1 罰金・過料等の裁判の執行に係る現行刑事訴訟法の規定
(1)第490条
現行刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)490条は,次のように規定しています。
第490条 罰金,科料,没収,追徴,過料,没取,訴訟費用,費用賠償又は仮納付の裁判は,検察官の命令によつてこれを執行する。この命令は,執行力のある債務名義と同一の効力を有する。
前項の裁判の執行は,民事執行法(昭和54年法律第4号)その他強制執行の手続に関する法令の規定に従つてする。ただし,執行前に裁判の送達をすることを要しない。
(2)過料
ここでの「過料」は,「133条・137条・150条・160条など刑訴法に規定された過料をいい,民法,商法等他の法律に規定された過料を含まない」ものです(松尾浩也監修,松本時夫=土本武司編集代表『条解 刑事訴訟法(第3版増補版)』(弘文堂・2006年)1000頁)。
過料は,刑法(明治40年法律第45号)の刑に含まれません(同法8条)。
美濃部達吉は過料について,秩序罰としてのものを3種(①民商法等に定められている私法的秩序の維持のための民事上の秩序罰,②民事訴訟法,刑事訴訟法等に定められている訴訟手続上の秩序維持のための訴訟法上の秩序罰及び③行政上の秩序罰)及び執行罰としてのもの(旧行政執行法(明治33年法律第84号)5条1項2号)を挙げています(美濃部達吉『日本行政法 上巻』(有斐閣・1936年)327-329頁,333-336頁)。すなわち,刑事訴訟法490条1項にいう「過料」は訴訟法上の秩序罰たる過料であって,民事上若しくは行政上の秩序罰としての又は行政上の執行罰としての過料ではないことになります。
なお,行政上の執行罰としての過料に係る旧行政執行法(明治33年法律第84号)5条1項2号は,「当該行政官庁ハ法令又ハ法令ニ基ツキテ為ス処分ニ依リ命シタル行為又ハ不行為ヲ強制スル為」「強制スヘキ行為ニシテ他人ノ為スコト能ハサルモノナルトキ又ハ不行為ヲ強制スヘキトキハ命令ノ規定ニ依リ25円以下ノ過料ニ処スル」「処分ヲ為スコトヲ得」という規定であって,同条2項本文は「前項ノ処分ハ予メ戒告スルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス」と,同法6条1項は「第5条ノ過料ハ国税徴収法ノ規定ニヨリ之ヲ徴収スルコトヲ得」と規定していました。現在も残っている砂防法(明治30年法律第29号)における執行罰たる過料の規定(同法36条から38条まで)が旧行政執行法のそれによって上書きされなかったのは,砂防法36条の過料の額が,当初から「500円以内」と大きかったからでしょう。
(3)執行力のある債務名義と同一の効力を有する検察官の命令書
ア 解説
また,刑事訴訟法490条1項後段及び2項本文については,「検察官の命令を記載した書面が債務名義,即ち給付義務の存在を証明し,かつ,執行力を付与された公正の文書とみなされるが,実際の執行事務の処理は,法務局の長または地方法務局の長に依頼して行なわれることになっている」と(松尾,松本=土本1000頁),あるいは,「執行の方式については,執行指揮書ではなく,命令書が用いられる(490条は単に「命令」とするが,書面によらなければならないことは当然である。ちなみに治罪法462条2項は「命令書」としていた)。執行の実際は,徴収係の検察事務官が徴収金原票と題する書面を作成し,検察官が指揮印を押してこれを徴収命令書にする。この書面は,民事執行法にいわゆる執行力のある債務名義」(民執51条参照)で,強制執行が可能である」(松尾浩也『刑事訴訟法(下)新版』(弘文堂・1993年)315頁),「検察官は,強制執行をするときは,法務局長または地方法務局長に対し,強制執行手続依頼書に徴収命令書を添えて手続を依頼する」(同書316頁)と説明されています。(なお,現在は法務局又は地方法務局の手を煩わすことになっていますが,かつては検察庁が自ら強制執行の申立てをしていたようです。「罰金,科料,過料等の裁判については,検察庁の長官又はその指定する所属官吏が申立をすべき〔「債権者の地位に立って,執行の申立をす」べき〕である(民刑局長回答明治44年11月6日通達回答集390頁)。」と1976年段階で紹介されていたところです(菊井維大『強制執行法(総論)』(有斐閣・1976年)95-96頁)。)
イ 書式の謎
この強制執行手続依頼書及び徴収命令書の書式は,法務省の徴収事務規程(平成23年3月19日同省訓令)26条1項に基づく同規程の様式第20号及び第19号です。当該規程の2013年11月28日改正後当時のこれらの様式を山中理司弁護士のウェブサイトで見ると,強制執行手続依頼書(様式第20号)は某法務局長又は地方法務局長を宛先として表示しつつ「次の者は,別紙〇〇〇本のとおり裁判が確定したものであるところ,下記の徴収金を納付しないから〇〇〇〇〇〇につき強制執行の手続をとられたく,関係書類を添付して依頼します。」というもので,その添付書類は,徴収命令書(徴収事務規程26条1項後段には「強制執行手続依頼書には,徴収命令書を添付する。」とあります。)及び裁判書又は裁判を記載した調書の謄(抄)本です(このことは同号様式の(注意)に記されてありますし,「別紙〇〇〇本」の部分でも分かります。)。徴収命令書(様式第19号)は,「徴収原票」と題された書面に検察官の印が押捺されているだけというものではなく,きちんと「徴収命令書」と題されており,「次の者に対する下記確定裁判につき,徴収を命令する。」という居丈高な命令文言が記されています。しかし,法務局長又は地方法務局長の機嫌を損じてはいけないと考えられたものなのか,当該命令書には当の「命令」の名宛人が表示されないことになっています。名宛人なき命令というものが果たして命令なのか,単なる検察官の独り言になってしまわないのか。また,強制執行手続依頼書と徴収命令書との記載事項は大幅に重複しているところ(罰金刑の言渡しを受けた者の氏名・生年月日・住居,裁判の罪名(件名),裁判所,裁判の日及び確定の日並びに執行すべき徴収金の種別及び金額),なぜ強制執行手続依頼書に一本化して(命令書が依頼書に「添付」されるのですから,強制執行手続依頼書の方が主なのではないでしょうか。)徴収命令書を廃止しないのかも不思議なところです。これは刑事訴訟法490条1項の「検察官の命令によつてこれを執行する」の文言に縛られているからなのでしょう。しかし,そうだとすると,当該不可解な呪縛には,何か立法経緯上の由来がありそうです。
(4)「執行前に裁判の送達をすることを要しない」
刑事訴訟法490条2項ただし書の「執行前に裁判の送達をすることを要しない」ことについては,「刑訴法においては,裁判の効力はすべて告知によって生じ,執行前に裁判の送達をすることを要しないので,本但書は民事執行法29条の規定の特則である」とされています(松尾,松本=土本1001頁)。しかし,そもそも裁判書ではないところの・同条1項後段の検察官の命令書の取扱いはどうなるのでしょうか。
刑事訴訟法490条2項ただし書は民事執行法29条の例外である「執行前に債務名義の送達を要しない場合」を定めたものと解釈され,「この場合同時送達も不要なのかについて見解が分かれますが,裁判の告知がなされているのであれば,不要と解します。」と説かれています(新堂幸司=竹下守夫編『民事執行・民事保全法』(有斐閣・1995年(遠藤功))108頁)。確かに,「債務名義の送達は,債務者に,その内容及び存在を知らせて,執行に対する正当な防禦の機会を与えるための形式的通知であって,立法政策的価値は大きくない」とともに(菊井135頁),罰金刑の言渡しを受けた者にその納付をきつく命令するのではなく他人事のようにその「徴収を命令する」命令書を送達しても,受け取った側では怪訝に思うばかりということになるのでしょう。
2 旧刑事訴訟法の規定
現行刑事訴訟法490条に対応する条項は,旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)では次のとおりでした。
第553条 罰金,科料,没収,追徴,過料,没取,訴訟費用又ハ費用賠償ノ裁判ハ検察官ノ命令ニ因リ之ヲ執行ス此ノ命令ハ執行力アル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス
前項ノ裁判ノ執行ニ付テハ民事訴訟法ヲ準用ス但シ執行前裁判ノ送達ヲ為スコトヲ要セス
3 旧々刑事訴訟法の規定及び旧非訟事件手続法の規定
(1)旧々刑事訴訟法
旧々刑事訴訟法(明治23年法律第96号)には次のようにありました。
第320条 刑ノ執行ハ其刑ヲ言渡シタル裁判所ノ検事又ハ上告裁判所ヨリ命ヲ受ケタル裁判所ノ検事ノ指揮ニ因リ之ヲ為ス可シ刑ノ執行ノ停止ニ付キ亦同シ
罰金,科料,訴訟費用及ヒ没収物品,追徴金ハ検事ノ命令ニ依リ之ヲ徴収ス可シ
前項ノ徴収ニ付テハ非訟事件手続法第208条ノ規定ヲ準用ス
破壊又ハ廃棄ス可キ没収物品ハ検事之ヲ処分ス可シ
旧々刑事訴訟法320条1項後段及び同条3項は,刑法施行法(明治41年法律第29号)50条により,1908年10月1日から挿入されたものです(同法附則1項並びに明治40年法律第45号の別冊ではない部分の第2項及び明治41年勅令第163号)。
(2)旧非訟事件手続法
1908年10月1日当時の旧非訟事件手続法(明治31年法律第14号:現在の題名は「外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律」)208条は次のとおり(なお,旧非訟事件手続法は,同法旧210条により民法(明治29年法律第89号)の施行日である1898年7月16日(明治29年法律第89号及び明治31年法律第9号のそれぞれ別冊でない部分の第2項並びに明治31年勅令第123号)から施行されています。)。
第208条 過料ノ裁判ハ検事ノ命令ヲ以テ之ヲ執行ス此命令ハ執行力ヲ有スル債務名義ト同一ノ効力ヲ有スル
過料ノ裁判ノ執行ハ民事訴訟法第6編ノ規定ニ従ヒテ之ヲ為ス但執行ヲ為ス前裁判ノ送達ヲ為スコトヲ要セス
旧刑事訴訟法では,旧々刑事訴訟法のような旧非訟事件訴訟法旧208条(なお,同条は,平成16年法律第152号の第2条により,2005年4月1日から(同法附則1条本文・平成16年政令第418号),旧非訟事件手続法163条になっています。現行非訟事件手続法(平成23年法律第51号)では121条です。)の規定の準用をやめて,検事の命令の効力及び執行の準拠法規について書き下ろしていますが,これはやはり,堂々たる訴訟法が非訟事件手続法の規定を準用するのは上下顚倒のようで恰好悪く感じられたからでありましょうか。
なお,旧非訟事件手続法18条1項及び2項は「裁判ハ之ヲ受クル者ニ告知スルニ因リテ其効力ヲ生ス」及び「裁判ノ告知ハ裁判所ノ相当ト認ムル方法ニ依リテ之ヲ為ス」と規定していました。
4 旧治罪法の規定
(1)第462条
旧治罪法(明治13年太政官布告第37号)では次のとおりでした。
第462条 刑ノ執行ハ原裁判所ノ検察官又ハ大審院ヨリ命ヲ受ケタル裁判所ノ検察官ノ指揮ニ因リ之ヲ為ス可シ
罰金科料裁判費用及ヒ没収物品ハ検察官ノ命令書ニ依リ之ヲ徴収ス可シ
破壊又ハ廃棄ス可キ没収物品ハ検察官之ヲ処分ス可シ
(2)ボワソナアドのProjet案及びその構想について
旧治罪法462条に対応するボワソナアドのProjet案は,次のとおりでした(Gustave Boissonade, Projet de Code de Procédure Criminelle pour l’Empire du Japon (1882): pp.917-918)。
626. Les condamnations pénales seront exécutées, aux poursuites et diligences du commissaire du Gouvernement près le tribunal qui a statué ou qui a été délégué pour l’exécution.
Néanmoins, les amendes, les frais dûs au Trésor public et les objets confisqués dont la destruction n’est pas ordonnée, seront perçus par le receveur des finances du département, sur un mandat du commissaire du Gouvernement, accompagné d’un extrait du jugement.
Les objets confisqués qui devront être détruits le seront sous la surveillance du commissaire du Gouvernemant.
第626条 有罪判決は,裁判をした,又は執行を委任された裁判所の検察官による求め及び発意により執行される。
しかしながら,罰金及び科料,国庫に対して負う費用並びに破壊が命ぜられていない没収物は,裁判の抄本が添えられた検察官の委託書に基づき,府県の財政収入官吏によって徴収される。
破壊されなければならない没収物は,検察官の監督下においてそうされる。
裁判所の検察官とは何事かといえば,旧治罪法33条は「裁判所ニハ検察官1名又ハ数名ヲ置ク」と規定していました。
国庫(Trésor public)のための財政収入官吏(receveur des finances)が府県(département)に属しているとはどういうことかといえば,旧税務管理局官制(明治29年勅令第337号)が1896年11月1日に施行されるまでは,国税の業務は,収税長及び収税属並びに収税部及び収税署による府県の仕事だったのでした(同官制11条参照)。
その草案626条についてのボワソナアドの解説は次のとおりでした(Boissonade: p.925)。
原則として,刑を執行せしめるのは,その適用を求めた当事者として,検察官である。
この原則は,自由刑(peine corporelles)及び権利剥奪刑,更に監視に適用される。
国庫の担当者(agents du Trésor public)の求め及び発意(aux poursuites et diligences)によって執行される財産刑についてのみ例外が存在する。そのために裁判の抄本を添えた委託書を交付するのは,なお検察官である。
はて,現在の刑事訴訟法490条の解釈においては,「財産刑の裁判の執行にあたっては,まず前提として,472条・473条により検察官の執行指揮がなければならない。これに基づき,納付を命ぜられた者が完納しない場合に,本条〔第490条〕によって強制執行が行なわれることになる」とされているのですが(松尾,松本=土本1000頁。法務省の徴収事務規程10条と26条との関係です。),ボワソナアドは,罰金刑等の執行の指揮(“aux poursuites et diligences”を筆者は「求め及び発意により」と訳してみたのですが,確かに「指揮」は良い訳語です。)は国庫の担当者がするものと考えていたようです。そうなると,mandatは,命令書というよりも委託書なのでしょう(前記のとおり,現行刑事訴訟法の下,罰金等の徴収のために検察官から法務局長又は地方法務局長に送付される文書は強制執行手続依頼書です。)。刑の執行の指揮者は2本建て(死刑の執行は司法卿の命令によるので(旧治罪法460条2項),正確には3本建て)であるものと構想されていたようです。ボワソナアドはその草案626条に対応するナポレオンの治罪法典の条項として第376条(“La condamnation sera exécutée par les ordres du procureur général; il aura le droit de requérir directement, pour cet effet, l'assistance de la force publique.(有罪判決は,検察長の命令により執行される。彼は,このために,警察力の助けを直接求める権利を有する。)”)を挙げていますが,同条はボアソナアド草案626条1項のみに対応するものとされています(Boissonade: p.917)。そうであるならば,同条2項以下はボワソナアドの考案に係るものなのでしょうか。
(3)府県の財政収入官吏の権限に関して
ア 旧明治10年太政官布告第79号
なお,ボワソナアドがそのProjetを出版した1882年当時には,旧明治10年太政官布告第79号(題名のない布告で,一般に「租税不納処分規則」といわれています(小柳春一郎「明治期の国税滞納処分制度について」税大ジャーナル第14号(2010年6月)5頁・24頁註(18))。)が施行されていましたが,同規則においては租税に係る自力執行権の対象たる換価対象は税の賦課財産に限定されており(同規則1条(したがって,地租については土地のみが対象で,建物も動産も対象外)。営業税・酒税については製造品及び器物(同規則2条)。ただし,同規則3条の府県税の戸数割については,土地建物を除いた動産などの公売が行われたそうです。),結局,罰金同様に賦課財産が観念できぬ税たる所得税については,「明治20年3月23日勅令第5号で導入された所得税に関しては,「租税未納者処分規則中適当の条項之なきにも拘はず追加の発令難相成」として,「民事裁判に訴出る」との明治21年〔1888年〕3月27日付内訓〔略〕がある」ということになったそうです(小柳5-7頁(なお,1889年4月20日に閣議に提出された国税滞納処分法案に関して松方正義大蔵大臣は「現行の租税不納処分規則たるや〔略〕所得税不納の如きに至ては之を制裁するに由なし」と述べていたそうです(同10-11頁)。))。「租税未納の者は従来怠納金を徴し本人身代限りを以て取立る等処分も有之処自今右処分を廃止し」たことになったはずですが(旧租税不納処分規則の布告文(小柳5頁)),「民事裁判に訴出る」ということは,なおも身代限の手続の実行を求めるということだったのでしょうか。
イ 身代限
ここで,身代限とは何か,といえば,次のとおりです。
〔御定書百箇条〕によれば,支払不能に陥った債務者に関する手続として2種類のものが用意されていた。第1は,債権者の申立てにもとづく身代限の手続であり,第2は,債務者の申立てにもとづく分散の手続である。身代限では,個別の債権者が,その債権の支払を求めて裁判所に出訴し,裁判所は,一定の期限を定めてその弁済を命じ,弁済がなければ債務者に対して身代限を宣告する。身代限の手続においては,債務者の財産が売却され,債権債務の清算がなされる。この手続の性質に関しては,今日の個別執行に近似するという見解が一般的であるが,債権者申立ての破産手続としての性格も併せもっていたとみられる。
(伊藤真『破産法(第4版)』(有斐閣・2005年)44頁)
身代限は債務者の財産に対する裁判上の強制執行にして,これが実行には必ずしも多数の債権が競合することを要せず。
(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(岩波文庫・1984年(原著1925年))102頁)
なお,「明治初年には裁判所に執達吏・執行官は存在せず,身代限りでも地方官が入札等の具体的手続を担当していた」そうです(小柳6頁)。「強制執行は固有の意味では司法作用ではないから,これを司法機関以外の機関に行なわせることも可能である(刑事裁判の執行は行政機関に委ねられている如し〔筆者註:ただし,刑事訴訟法490条1項の裁判の場合は,最終的には民事執行法に従って司法機関によって強制執行がされます。〕)。従って,例えば行政機関たる執行局の如きものを設置し,強制執行権能をこれに附与することも一案である。」と説かれていますが(菊井145頁),明治初年は正にそうであったわけです。
ウ 旧国税滞納処分法(明治22年法律第32号)
現在の国税徴収法(昭和34年法律第147号)につながる旧国税滞納処分法(明治22年法律第32号)が施行されたのは,1890年1月1日からでした(同法53条本文)。旧執達吏規則(明治23年法律第51号)の施行は1890年11月1日からです(同規則上諭)。
国税「以外の国の金銭上の債権で,特別の徴収手続を必要とするものについては,個別の法律で国税徴収法に規定する滞納処分の例によるものとしている」ところですが(塩野宏『行政法Ⅰ』(有斐閣・1991年)186頁),いかにも「公法上の債権」らしく思われる国の罰金債権の徴収はどういうわけか「国税徴収法に規定する滞納処分の例によるもの」とされていません。この間の分岐点は,大日本帝国憲法の施行(1890年11月29日から)を控えて各種法典の整備が進んだ時期に,あるいはあったものでしょう。
(4)旧治罪法下の実務:検察官から書記局への命令
ボワソナアド草案626条2項は府県の収税官吏が罰金等を徴収することを構想したようなのですが,現実の旧治罪法462条2項は「府県の財政収入官吏によって」の部分が脱落した形になっています。しかして翌1882年1月1日からの旧刑法及び旧治罪法の施行を前に,大審院・裁判所宛ての明治14年12月5日司法省丁第25号達は「治罪法第462条第2項罰金科料裁判費用及没収物品ノ徴収ハ書記局ニ於テ之ヲ担当シ会計主任ヘ引渡ス儀ト可心得此旨相達候事」と定めました。その結果として「検察官ノ命令書ニ依リ書記局ニ於テ徴収ノ手続ヲ為スヘシ/但命令書ハ別ニ書式ナシ」(1882年1月18日内訓),命令書の「書式ハ便宜取計フ可シ」(同年1月14日指令),また,「検察官ニ於テ直チニ人民ニ対スルノ命令書ヲ作リ之ヲ書記局ニ送致シ書記ハ其ノ命令書ヲ人民ニ下付シ其命令ニ基キ徴収ノヿヲ取扱フ」のではなく,「検察官ノ命令書ハ書記ニ対スル者トス」(同年3月15日指令)ということになったというのが司法省の見解となりました(『現行治罪法質疑録 完』(同盟印刷・1883年12月)下巻176頁・178頁)。
没収物品が被告人の手中にあれば,巡査をして命令書によって引き揚げしめることができるとも1882年2月20日の内訓で司法省は言っています(現行治罪法質疑録・下巻177-178頁)。罰金・科料未納の場合は軽禁錮又は拘留への換刑処分をしたのでしょう(旧刑法(明治13年太政官布告第36号)27条1項には「罰金ハ裁判確定ノ日ヨリ1月内ニ納完セシム若シ限内納完セサル者ハ1円ヲ1日ニ析算シテ之ヲ軽禁錮ニ換フ其1円ニ満サル者ト雖モ仍1日ニ計算ス」と,同法30条には「科料ハ裁判確定ノ日ヨリ10日内ニ納完セシム若シ限内納完セサル者ハ第27条ノ例ニ照シ之ヲ拘留ニ換フ」とありました。)。
問題は裁判費用なのですが,旧刑法附則(明治14年太政官布告第67号)48条は刑事の裁判費用を呼び出された証人,医師,鑑定人,通弁人及び翻訳人に対する日当,旅費及び止宿料並びに数多の時間又は特別の技能若しくは費用に応じた日当外の金額及び日稼者の償金に限定した上,明治15年(1882年)6月25日司法省丙第25達は「刑法治罪法実施已来刑事ニ付出庭セシメタル証人鑑定人等ノ旅費日当等一時官庁ニ於テ立換渡ヲ為シ候義モ有之候処該旅費日当等ハ則チ裁判費用ニシテ総テ被告人ノ担当スヘキ者ナルハ勿論ノ義ニ付自今右立換ヲ為スニ不及儀ト心得ヘシ此旨相達候事」と定めて,その結果司法省としては「証人鑑定人等ノ旅費日当等ハ目下直ニ被告人ニ係リ請求授受セシムヘキ手続ニ付〔略〕検事ニ於テハ命令スルニ不及儀ト心得ヘシ」(1882年11月27日内訓)と安心したことになっています(現行治罪法質疑録・下巻194-195頁)。ただし,当該明治15年司法省丙第25号達がその6月に出る前の1882年2月2日の司法省の内訓では「刑事訴訟費用ノ宣告ヲ受ケタル者一時差出スヿ能ハサル旨申立ルトキハ書記局ヨリ其宣告ヲ為シタル裁判官ニ執行ノ言渡ヲ請求シ其裁判官ハ他ノ通常民事裁判言渡ト同シク警察官ノ公力ニ因リ執行スヘキノ言渡ヲ為スヘキモノトス」となっていました(現行治罪法質疑録・下巻201頁)。しかしその後司法省の見解は変化したようで,いずれも明治15年司法省丙第25号達が出る前のものですが,1882年5月15日の司法省回答は「裁判費用ヲ科セラレタル者納完セサルトキハ検事ハ其犯人所在ノ地ニ於テ(犯人監獄ニ在リト雖モ)追徴方ヲ民事裁判所ニ請求スヘキヤ」との問いに対して「裁判費用ヲ納完セサルトキハ検事ニ於テ其始審裁判所ニ請求ス可キ者トス」と述べ(現行治罪法質疑録・下巻204頁),同月27日の回答は刑事の裁判費用が納完されないときは「民事ノ規則ニ従ヒ身代限ノ処分ヲ検事ヨリ民事裁判所ヘ請求シ得ル」ものとしています(同205頁)。検事は命令書を出しておけば,後は書記局に全部お任せ,というわけではなかったようです。1882年6月15日回答の司法省の考えでは訴訟費用の負担の裁判(旧治罪法307条)は「本案ニ附帯スル一ノ民事ト見做シ」ていましたが(現行治罪法質疑録・下巻205頁),そうであればその徴収規定が同じ旧治罪法462条2項にあった罰金も,民事の債権に係るものということだったでしょうか。
以上要するに,旧治罪法施行時の実務においては「検察官ノ命令書」は検事から書記局に対するものとされており(明治14年12月5日司法省丁第25号達),したがって当該命令書には「執行力ヲ有スル債務名義ト同一ノ効力」まではないものとされていたと考えるのが自然と思われ(なお,ボワソナアドは,財政収入官吏が租税徴収手続の例によって公法上の金銭債権に係るものたる罰金等の行政上の強制徴収を自ら行うことを構想していたように思われるのですが,そうであれば,検察官の財政収入官吏に対する「命令書」というより委託書ないしは依頼書であるもの(mandat)自体には,対人民の直接の執行力があることまでは不要であったわけです。),であるからこそ,訴訟費用等を実際に強制執行により徴収しようとすると,当該命令書にかかわらず,書記ではなく検事が改めて民事訴訟手続に取り組まなければならないと解されていたのでしょう。
5 民事上の秩序罰たる過料の誕生時における経緯
身代限による執行ということに関して,罰金及び民事上の秩序罰たる過料について,後者の誕生過程において注目すべき発言があります。
旧商法(明治23年法律第32号)256条から261条までは商事会社関係の罰則としての過料による制裁について定めていますが,これは,原案には「罰金」とあったものが,1888年1月19日の法律取調委員会において村田保が頑張って「過料」と改められたものでありました(後に「村田は性格が執拗,偏狭という評を受け,貴族院における「鬼門」だといわれ」るようになります(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年(追補版))164頁)。)。その際村田は罰金について,「罰金ト定メレバ刑法ニ依ラナケレバナリマセン又之〔罰金〕ヲ出サントキハ身代限リニスルトカ或ハ1円ヲ1日ニ積算スルコトニシナケレバナリマセン」と語っています(法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書18 法律取調委員会 商法草案議事筆記』((社)商事法務研究会・1985年)230頁)。それでは罰金ではなく「過料トシテ払ハントキハ」との松岡康毅の質問に対しては,「身代限リニナル」と答えています(日本近代立法資料叢書18:231頁)。
旧商法における商事会社関係の過料の裁判についてはその第261条1項において「前数条ニ掲ケタル過料ハ裁判所ノ命令ヲ以テ之ヲ科ス但其命令ニ対シテ即時抗告ヲ為スコトヲ得」と規定されていたところですが,手続に関して旧商法施行条例(明治23年法律第59号)に追加的規定があり,その命令の執行については,同条例23条によって検事が「其執行ノ責ニ任ス」るものとされました。検事がこの「命令執行ノ責任ヲ負ハシ」められるのは,「社会ノ代表者タルノ故ヲ以テ」だそうです(磯部四郎🎴『大日本新典商法釈義 第15編』(長島書房・1891年)23頁)。当該執行の方法は,従来の流れからすると身代限ですから,1891年1月1日からの旧民事訴訟法(明治23年法律第29号)施行以後はその第6編の強制執行によるものと想定されていたのでしょう。旧商法の施行日も,当初は1891年1月1日が予定されていました(しかし,その後「法典論争」で旧商法の施行は延期され,会社・手形・破産の規定は1893年7月1日から,残りの規定は1898年7月1日から施行。ただし,1899年6月16日からの現行商法(明治32年法律第48号)の施行により破産編を除き廃止されています(明治32年法律第48号の別冊ではない部分の第2項及び第3項並びに明治32年勅令第133号)。)。
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