1 未婚少子化社会及び特別縁故者に対する相続財産分与制度(民法958条の3)
(1)未婚少子化社会
前回(2018年1月22日)の当ブログの記事(「離婚の本訴と反訴との関係,最大判昭和62年9月2日の一般論,離婚の動向その他に関して」)においては,国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集(2017改訂版)の数字を引いて,2015年次における我が国の生涯未婚率(50歳時の未婚割合)は男性が23.37パーセント,女性が14.06パーセントであると御紹介したところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1069738803.html)。婚姻が少なくなるということは,婚姻外において子が生まれることは少ないという我が国における男女親子関係の特徴を前提とすれば(上記2017年改訂版人口統計資料集によれば,2015年次の出生総数に対する嫡出でない子の割合はなお2.29パーセントです。なお,この割合は1978年次には0.77パーセントだったのですが,1950年次(2.47パーセント)以前はむしろより高く,1920年次には8.25パーセントでした。),法定相続人の無いまま死亡する者の数が増加するということになります。一人っ子の場合,特にそうなります(一人の女性が再生産年齢(15歳から49歳まで)を経過する間に子供を生んだと仮定した場合の平均出生児数である合計特殊出生率は,2017年改訂版人口統計資料集によれば,2015年次において1.45です。)。
(2)相続人を定める我が民法の規定
だれが相続人になるかに関する我が民法の規定は,あらまし次のとおりです。
民法887条 被相続人の子は,相続人となる。
〔子の代襲者等の相続権に関する第2項及び第3項は略〕
同法890条 被相続人の配偶者は,常に相続人となる。〔配偶者の相続順位に関するただし書は略〕
同法889条 次に掲げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には,次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする。
二 被相続人の兄弟姉妹
〔被相続人の兄弟姉妹の代襲者の相続権に関する第2項は略〕
(3)相続人の無い場合及び相続財産法人
相続人の無いことが明らかであるときは「相続人のあることが明らかでないとき」に含まれますから,当該相続においては,「相続財産は,法人とする。」ということになります(民法951条)。(なお,同条についての法哲学の長尾龍一教授の註釈は,「私なども学生の頃,〔中略〕民法951条の規定について,講義で,「乞食がふんどし一つで行き倒れになると,そのふんどしは法人になる」という話をきき,「ふんどしを盗めば法人格そのものを盗んだことになるから,回復請求権の主体がなくなって取り得になる」などときたない議論をしたことがある。」というものです(長尾龍一『法哲学入門』(日本評論社・1982年)31頁)。ただし,刑法的には,「盗んだ」といっても窃盗(同法235条)ではなく(死者からの窃盗が認められた最高裁判所昭和41年4月8日判決・刑集20巻4号207頁の事案は,人を殺害後財物奪取の意思を生じた当該犯人が当該被害者の財物を奪取したもの),占有離脱物横領(同法254条)の成否が問題になります。)
法人たる相続財産の管理人(民法952条1項。なお,唯一の相続財産たるふんどしも奪い去られてしまった行き倒れの乞食を被相続人とする相続財産の管理人の選任の請求をしても,「相続財産が存在しても管理費用さえも充たしえない程度のものであるとか,その他選任の必要を認めないときは,家庭裁判所は相続財産管理人を選任すべきではなく,請求を却下すべきである。」とされていますので(金山正信=高橋朋子『新版注釈民法(27)相続(2)相続の効果§§896~959(補訂版)』(有斐閣・2013年)952条解説・690頁),却下されるのでしょう。)は,公告をして相続債権者及び受遺者に対して弁済をし(同法957条),更に相続人の捜索の公告(同法958条)をすることになりますが,「前条〔958条〕の期間〔同条の公告に係る相続人があるならばその権利を主張すべき期間であって,6箇月を下ることができないもの〕内に相続人としての権利を主張する者がないとき」は,「相続人並びに相続財産の管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者は,その権利を行使することができない」ものと確定します(同法958条の2)。
(4)特別縁故者に対する相続財産分与制度(民法958条の3)
相続人としての権利を主張する者がなく相続人の権利行使はないものと確定した場合において活用されるべき規定が,「特別縁故者に対する相続財産の分与」との見出しが付された民法958条の3です。
第958条の3 前条〔第958条の2〕の場合において,相当と認めるときは,家庭裁判所は,被相続人と生計を同じくしていた者,被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって,これらの者に,清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
2 前項の請求は,第958条の期間の満了後3箇月以内にしなければならない。
2 我が奮闘及び脱線
筆者は,この特別縁故者に対する相続財産分与の審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)39条,別表第一の101の項,203条以下)に係る手続代理人(同法22条。訴訟代理人(民事訴訟法54条)ではありません。)を務めたことがあります。
(1)狭き門か
当該審判手続の間,尊敬する先輩弁護士に「私は今,特別縁故者に対する相続財産分与の手続代理人をやっているんですがね,うまくいけばいいんですがねぇ。」と話したことがあったところ,ああ特別縁故者に対する相続財産分与か,それは大変だ,自分は2件やったことがあるけれど家庭裁判所は実に渋い,もうやりたくない案件だ,とのお言葉。大きな不安に包まれた記憶があります。
確かに,特別縁故者該当性に係る前例として引用される大阪高等裁判所昭和46年5月18日決定・家月24巻5号47頁は「同法条にいう被相続人と特別の縁故があつた者とはいかなる者を指すかは具体的に例を挙げることは困難であるけれども,同法条の立言の趣旨からみて同法条に例示する二つの場合に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあつた者で,相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあつた者というものと解するのが相当」と判示しているところ,これが,特別縁故者たるためには専ら「被相続人と生計を同じくしていた者」又は「被相続人の療養看護に努めた者」に準じろ,ということであれば狭き門です。当該決定は,抗告人(申立人)の特別縁故者性を否定しています。
しかし,そこにおいては,「同法条に例示する二つの場合に該当する者に準ずる」場合であること(「準ずる場合」)が求められているのではなく,「準ずる程度」の「具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉」があった云々,との「交渉」の「程度」が求められているものと解すべきなのでしょう。しかしてその「交渉」及び「程度」はどれくらいの交渉の程度かといえば,当該大阪高等裁判所決定では抗告人(申立人)と被相続人との交渉が「いわゆる親類縁者として通例のこと」ないしは「親類縁者として世間一般通常のこと」であったかどうかが問題とされており,通常の親族間の交渉の程度を超えた交渉の程度がそれだ,ということにまずなるようです(ただし,当該決定においては,当該通常の親族間の交渉の程度を超えれば直ちに「相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあつた者」になるものとまでは論ぜられるに至っていません。)。平成になってからの裁判例を見ると,①「通常親族がなし又はなすべき相互扶助の程度を超えて援助,協力してきた」から(東京高等裁判所平成元年8月10日決定・家月42巻1号103頁。申立人は被相続人の伯母),②「被相続人と通常の親族としての交際ないし成年後見人の一般的職務の程度を超える親しい関係にあり,被相続人からも信頼を寄せられていたものと評価することができるから」(大阪高等裁判所平成20年10月24日決定・家月61巻6号99頁。申立人は被相続人の父の妹の孫及びその夫),③「被相続人と申立人X₂〔被相続人の妻の従妹〕の関係は,通常の親戚付合いを超えた親密な関係にあったと認められ,また,被相続人が申立人X₂に財産の管理処分を託する遺言書を書いた旨伝えていたことからすれば,被相続人は,申立人X₂に相当程度の財産を遺す意向を有していたと認められる。これらの事情からすれば」(東京家庭裁判所平成24年4月20日審判・判時2275号106頁),被相続人と特別の縁故があった者に該当するとする裁判例があるところです。
なお,特別縁故者は自然人に限られず,法人等でも特別縁故者として認められることができます。民法958条の3を導入すべく法案審議がされていた第40回国会の衆議院法務委員会において1962年2月23日に平賀健太政府委員(法務省民事局長検事)が,「必ずしもそういうふうに血族あるいは姻族関係があるという場合に限られませんので,たとえば孤独の老人が養老院でなくなった,若干の金品を残して死んだというような場合に,長年世話になった養老院にその遺産を与えるというようなことも考えられます。それからまた,これは非常に特殊な例かとも思うのでございますが,やはり孤独の老学者が大学の研究室をわが家同然にして生活してきた。その学者が蔵書その他のものを残して死亡したというような場合に,その蔵書なんかをその大学に与えるというようなことも,これは可能かと思います。」と,つとに答弁しています(第40回国会衆議院法務委員会議録第8号8頁)。
(2)脱線その1:ファウスト博士及びその研究室
1962年2月23日の前記国会答弁において平賀健太政府委員の想定する「老学者」と「研究室」とのイメージは,ファウスト博士とその研究室とのもののようなものでしょうか。
NACHT.
In einem hochgewölbten, engen, gothischen Zimmer
Faust unruhig
auf seinem Sessel am Pulte.
・・・・・・
Weh! steck’ ich in dem Kerker noch?
Verfluchtes, dumpfes Mauerloch!
Wo selbst das liebe Himmelslicht
Trüb' durch gemahlte
Scheiben bricht.
Beschränkt mit diesem Bücherhauf,
Den Würme nagen, Staub bedeckt,
Den, bis an's hohe Gewölb' hinauf,
Ein angeraucht Papier umsteckt;
Mit Gläsern, Büchsen rings umstellt,
Mit Instrumenten vollgepfropft,
Urväter Hausrath drein gestopft –
Das ist deine Welt! Das heißt eine Welt!
夜,高い天井の狭いゴシック風の部屋,牢獄,呪われたかび臭い壁の穴,虫が食い埃をかぶった天井まで届く本の山,たばこのやにが染みついた紙,ガラス容器,罐,器材,先祖伝来の古い家具・・・。
脱線ですね。
(3)脱線その2:「平賀書簡問題」
しかし脱線ついでにいえば,1962年の平賀政府委員は,後に1969年の「平賀書簡問題」の平賀所長として有名になります。
「平賀書簡問題」とは何かといえば,佐藤幸治教授の『憲法(第三版)』(青林書院・1995年)の事項索引には項目として堂々と立っているのですが,該当ページに当たると「地方裁判所長が,事件担当の裁判官に私信を送り,一定の方向を示唆したことが問題となったいわゆる平賀書簡問題がある。」というだけで(328頁),やや不親切です。
この点,樋口陽一教授の『憲法Ⅰ』(青林書院・1998年)における説明は,詳しい。
〔裁判官の身分保障に関する〕本文でのべたさまざまの次元での問題が一連の出来事として集中的にあらわれたのが,1969年の平賀書簡事件をきっかけとする経緯である。憲法9条にかかわる長沼事件〔一審判決は1973年9月7日(判時712号24頁)〕を審理していた札幌地方裁判所で,審理担当の福島重雄裁判長に,判断内容につき助言・示唆した書簡を送った平賀健太・同裁判所長に対し,札幌地裁裁判官会議〔裁判所法(昭和22年法律第59号)29条2項・3項〕が,「裁判権の行使に不当に影響を及ぼすおそれがある」との厳重注意処分を決定した(9月13日)。最高裁〔長官は石田和外〕も,9月20日,平賀所長を注意処分に付すとともに〔裁判所法80条1号〕,東京高裁判事に転出させた。この出来事につき,飯守重任鹿児島地家裁所長が自民党の外郭団体である国民協会の機関紙(10月1日号)に「平賀書簡問題の背景」と題する文章を寄せ,青年法律家協会〔略〕を問題として,事件を作り上げたのは「青法協加入の裁判官たちと,反体制弁護士集団と,これらを支援するマスコミ勢力」だとし,平賀書簡のような助言は今までも「例がなかったとは到底考えられない」として平賀前所長を擁護した。飯守所長が平賀書簡のような行為を「必要に応じて行なわれていたものと見てよい」としたことについては,福岡高裁が飯守所長を厳重注意処分に付した〔裁判所法80条2号〕。他方,平賀・福島両裁判官それぞれについて出されていた訴追請求〔裁判官弾劾法(昭和22年法律第137号)15条〕について,翌1970年10月19日,裁判官訴追委員会〔同法5条以下。国会議員により構成される。〕は,平賀裁判官については,先輩としての老婆心から助言したもので裁判干渉ではないとして不訴追の決定をし,福島裁判官については,平賀書簡のコピーを東京の裁判官に送ってこれを公表するに任せたことにより裁判官会議非公開の原則〔下級裁判所事務処理規則(昭和23年最高裁判所規則第16号)15条1項本文〕に反して「職務上の義務に著しく違反」し〔裁判官弾劾法2条1号〕,青法協に加入したことにより「裁判官の威信」を失ったとして〔同条2号〕,不訴追ではなく訴追猶予の決定をした〔同法13条〕。〔後略〕(493‐494頁)
裁判官になってしまい,かつ,偉くなってしまうと,後輩裁判官とのお付き合いも,仕事に関する権威的講釈をせぬようおっかなびっくりになってしまわざるを得ないものでしょうか。
これに対して,検察官は,同一体です(司法研修所検察教官室『平成18年度 検察講義案』12頁参照)。
(4)脱線その3:検察官同一体の原則及びその相手方
とはいえ検察官はだれに向かって同一体かというと,在野の弁護士などはもちろん歯牙にもかけず,実は,裁判官に対してであったようです。
後の司法大臣にして元第一東京弁護士会会長たる貴族院議員岩田宙造,1935年1月29日の貴族院本会議における質問演説において獅子吼していわく。
〔前略〕検事が斯の如く予審判事〔旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)295条以下等参照〕に対して不当なる権力を持って居ると云ふことは,何に依って斯様な不当な権力を持つのであらうかと云ふことを考へて見たいのであります,是は所謂検事一体と云ふことを申すのでありまして,検事は上検事総長から下区裁判所の下級の検事に至りまする迄一体として働くのであります,で詰り上の命令に,服従しなければならぬことになって居る,なって居りまするから,普通は検事と云ふものは弱いものである,上官の命令通りに動かなければならぬから,自分の我意を,自分の独立した主張を通す訳にいかぬから,検事は普通弱いと言って居る,之に反し判事は各〻独立であって,上官の命令と雖も自分の意見に反すれば従ふ必要はないのでありますから,是は独立で,判事の地位は強いと普通に言って居るのであります,併ながら実際の結果はそれが反対の作用をして居る,検事は予審判事と対立を致しました場合に,検事の方は如何に下級の検事と雖も,検事総長と同じ力を以て予審判事に対抗し得るのであります,検事一体であるが故に・・・検事一体であるが故に其検事の言ふことは,検事総長が言ふことと同じ力を以て予審判事に向ふ,予審判事の方は独立でありまして,如何にも強いやうな地位に居りまするが,孤立である,孤立でありまするから,自分の言ふことは自分だけの力しかないのでありまして,決して上大審院長を初め其裁判官の同じ力を以て之に対抗すると云ふ力は無い,全く自分一個の力しかないのであります,でありまするから太刀打が出来ないと云ふことになる〔後略〕(第67回帝国議会貴族院議事速記録第6号51頁。原文は片仮名書き。なお,第一東京弁護士会会史編纂委員会編『われらの弁護士会史』(第一東京弁護士会・1971年)231‐232頁)
弱いように見える方が実は強く,強いように見える方が実は弱い。世の中には逆説が満ち満ちています。
閑話休題。
(5)特別縁故者該当性について
特別縁故の有無の決定は,申立人が「被相続人と生計を同じくしていた者」又は「被相続人の療養看護に努めた者」に準ずる者であるかどうかを直接検討してされるのではなく,広島高等裁判所平成15年3月28日決定・家月55巻9号60頁によれば,「その特別縁故の有無については,(1)①被相続人の生前における交際の程度,②被相続人が精神的・物質的に庇護恩恵を受けた程度,③死後における実質的供養の程度等の具体的実質的な縁故関係のほか,(2)被相続人との自然的血縁関係をも考慮して決すべきもの」とされています(番号及び下線は筆者によるもの)。
以上のゆえか,「判例上,特別縁故者に該当しないとして却下された事例は比較的少ない。」ということになります(梶村太市『裁判例からみた相続人不存在の場合における特別縁故者への相続財産分与審判の実務』(日本加除出版・2017年)42頁)。ただし,より詳しく見ると,次のような事情があります。
・・・たとえば2012(平成24)年の〔特別縁故者に対する相続財産の分与の審判事件の〕既済事件(総数1122件)について見てみれば,認容件数928(82.7%),却下80(7.1%),取下げ109(9.7%)となっている(2005年を見れば,認容率81.5%,却下率6.5%,取下げ率9.6%であり,それほどの違いはない)。〔家事事件手続法の〕別表一事件(旧甲類審判事件)は,もともと,認容率が高いといわれているが,その全既済事件につき,2012年の認容率は96.8%,却下率は0.4%,取下げ率2.3%であるから,別表一事件の中では,特別縁故者への相続財産分与事件の認容率は高くはないということになり,多少慎重に特別縁故関係の認定が行われるようになったといえる。他方,特別縁故者への相続財産分与事件取下げ率の高さは,依然続いている。この点について,実務家からは,死後縁故の問題との関連で,被相続人の死後,事務処理や祭祀法要等を行った者がこれら費用の清算を求めて特別縁故者としての相続財産分与を求めたような事例で,具体的・現実的縁故関係が認められないような場合は,直ちに申立てを却下せず,相続財産管理人にこれら費用の清算を認める権限外行為許可審判を出して,申立人に取下げを促しているという事情があるとの指摘がなされている・・・。(久貴忠彦=犬伏由子『新版注釈民法(27)相続(2)(補訂版)』958条の3解説・726頁)
「特別縁故者への相続財産分与申立ては,たとえ一部にせよ何らかの形で認容されることが多い」とともに「審理の途中で見込みなしと判断して取り下げられることも少なくない」わけです(梶村42頁)。
(6)全部分与か一部分与か
ところで,ここで「たとえ一部にせよ何らかの形で認容されることが多い」ということは,一部分与の審判が実は多いということなのでしょう。また,前記先輩弁護士の苦い体験談や,丸山茂神奈川大学法務研究科教授が「特別縁故者と被相続人の意思―最近の審判例から―」(神奈川ロージャーナル9号23頁)で紹介している東京家庭裁判所平成28年5月30日審判(4分の1の一部分与)などが存在します。そうだとすると,次のような楽観的記述は,実は眉に唾をつけて読むべきものだったのでしょうか。
分与請求については,認容された「そのほとんどにおいては全部分与が認められている(一部分与事件は5%に満たない,と推測されたことがある(田中実ほか「特別縁故者に対する残存相続財産の分与制度をめぐる諸問題」私法30号(昭43)151))。」(久貴=犬伏749頁)
「多くの審判例にあってかなり容易に多額の遺産の全部分与が認められている」(久貴=犬伏750頁)
司法統計によると,2016年における特別縁故者に対する相続財産の分与の審判事件に係る既済件数の総数は984,そのうち認容は816件(82.9%),却下は86件(8.7%),取下げは77件(7.8%),その他5件となっています。しかしそこでは,認容された816件のうちどれだけが全部分与でどれだけが一部分与かの内訳はちょっと分かりません。「一部分与事件は5%に満たない」との「推測」は,今(2018年)を去る50年前の1968年(昭和43年)にされたものですから,安易かつ直ちに当てにしてはいけないもののようです。そもそも田中実=久貴忠彦=人見康子の当該「特別縁故者に対する残存相続財産の分与制度をめぐる諸問題」研究報告は,「制度発足の昭和37年から41年末までの相続財産の処分(家審9Ⅰ甲32の2〔民法第958条の3第1項の規定による相続財産の処分〕)審判事件申立数は672である。このうち,既済は534で,その内訳は,認容344,却下24,取下159,その他7,である」ところ,「37年10月より42年6月に至る間の,114審判事件(認容105,却下9)と4抗告事件(うち2件は取消差戻)」(審判事件申立人の内訳は「総数は149名であり,うち特別縁故者と認定された者123(うち3名は相当性なしとして却下),否定された者26」)を「報告の基礎として用いたもの」であって(私法30号150頁),その114審判事件及び4抗告事件について見れば「遺産の一部分与がなされることはきわめて少なく,本報告事例中では5件しかない。」というものだったのですから(同151頁),網羅的な調査ではないし,かつ,「報告の基礎」として用いられた事例に偏りがあった可能性もあり得るところです。また,既済534件中取下げが3割の159件では,正に「審理の途中で見込みなしと判断して取り下げられることも少なくない」状態だったわけです。
(7)相当性について
民法958条の3第1項には実は二重のハードルが仕掛けられてあったのであって,でき得れば相続財産の全部の分与を受けようとする申立人は,①特別縁故者該当性のほか,②「相当と認めるときは・・・相続財産の全部又は一部を与えることができる」ための相当性を,全部分与が受けられる程度までクリアしなければならないのでした。
この相当性の基準について前記広島高等裁判所平成15年3月28日決定は,「被相続人と特別縁故者との縁故関係の厚薄,度合,特別縁故者の年齢,職業等に加えて,相続財産の種類,数額,状況,所在等の記録に現れた一切の事情を考慮して,上記分与すべき財産の種類,数額等を決定すべきものである」としています。
しかし,これでは「すべては裁判所の裁量にかかり,明確な基準を見出すことはできない」ということで(久貴=犬伏749頁)抽象的に過ぎるようなので,どう対処すべきか。「親族が特別縁故者であるときは全部分与が容易に認められ,遠縁ないしは全くの他人がそれであるときには一部分与が考えられるというのであればそれは明らかに誤りである。特別縁故者としては親族であろうと他人であろうと等質でなければならない」(久貴=犬伏750頁)と裁判所に意見するより前に,足元を固めなくてはなりません。筆者は,全部分与を受けることを確保せむと申立書の補充書なるものを家庭裁判所に提出し,そこにおいて,「裁判例のうち一部分与となったものは枚挙にいとまがな」いとされたもの(梶村47頁)のうちから平成期の裁判例たる名古屋高等裁判所平成8年7月12日決定・家月48巻11号64頁,鳥取家庭裁判所平成20年10月20日審判・家月61巻6号112頁,前記大阪高等裁判所平成20年10月24日決定,前記東京家庭裁判所平成24年4月20日審判及び東京高等裁判所平成26年5月21日決定・判時2271号44頁の5件を取り上げ,それぞれについて一部分与の結論をもたらすこととなった理由であるものと考えられる特有の事情の摘出を試み,それらの特有の事情のような事情は筆者が手続代理人をしている案件においては無いのだと説明したのでした。更には,被相続人に関する諸事情の記述については申立書の段階では主に申立人の陳述に頼っていたのですが,追加的に被相続人のかつての知友親族に会い,ないしは電話をかけて,故人の人となり等を聴取しては聴取書又は電話聴取書にまとめて提出しています。Sachlichな実務家たるべき弁護士からのとんだ学者的学術論文ないしは伝記作家的文学作品の到来に,担当裁判官は苦笑されたことでしょう。
(8)Das Ende meines Kampfs
筆者が頂いた審判書には,相当性判断の箇所において,申立人と被相続人との間の親族関係の存在(5親等の血族),申立人は長期間にわたって通常の親族としてのかかわりを超える援助を行っていて被相続人からも信頼を寄せられていたと考えられること並びに申立人は今後も継続して被相続人の祭祀を継続する意向を有すること及びその可能性の高さが摘示された上で,「相続財産から相続財産管理人の報酬を控除した残金を分与させるとしても,あながち不当とは言えない。」とのお言葉が記されていました。
実質全部分与であります。しかし,「あながち不当とは言えない。」とは渋い表現です。
とはいえ,これは,ボーダーライン・ケースではあるが何とか全部分与となることができたということでしょうか。ということは,もしかしたらそれは,担当代理人のお手柄なのかな,卓越した手腕なのかな・・・などと暫時図々しく自惚れかけていたのですが,人間自惚れると自惚れた分野において高転びに転ぶものです。
…darum sollst du deine Tugenden
lieben, -- denn du wirst an ihnen zu Grunde gehn. --
3 特別縁故者に対する相続財産分与に係る課税に関して
最後に,税法関係についてもしっかりとフォローアップする弁護士として,特別縁故者に対する相続財産分与に係る課税に関して一言。
特別縁故者に対する相続財産分与の「審判の確定により,特別縁故者は相続財産を取得することとなるが,その法的構成は,被相続人からの相続による承継取得ではなく,相続財産法人からの無償贈与である。」とされています(久貴=犬伏766頁。また,阿川清道「民法の一部を改正する法律について」曹時14巻4号66頁)。そこで,「当初は,所得税法による課税対象とされていた」とされています(久貴=犬伏767頁。また,梶村34頁,阿川66頁)。「贈与」だといわれるのに贈与税が課されないのはなぜかといえば,「法人からの贈与により取得した財産」の価額は贈与税の課税価格に算入されないのだ(相続税法(昭和25年法律第73号)21条の3第1項1号),と説明されたものなのでしょうか。現在の所得税法(昭和40年法律第33号)に当てはめると,「法人からの贈与」として一時所得(同法34条)になったということでしょうか(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)247頁参照。なお,1964年3月26日に泉美之松政府委員(大蔵省主税局長)は参議院大蔵委員会において「従来は一時所得といたしておりました」と答弁していますが(第46回国会参議院大蔵委員会会議録第20号9頁),「法人からの贈与」だからというような理由付けまでは述べられていません。)。しかし,相続財産法人からの無償「贈与」といっても,不動産の所有権移転の登記を行う際の登記原因は「相続財産分与の審判」であって(久貴=犬伏766頁参照),贈与ではありません。(この点については,『法曹時報』1962年4月号の記事の段階において阿川清道法務省民事局第二課長は「不動産登記の関係では,相続登記ではなく,贈与による所有権移転登記手続をなすべきこととなるわけである。」との見解を示していましたが(阿川66頁),同年の昭和37年6月15日民事甲1606号法務省民事局長通達においては登記原因は「相続財産処分の審判」であるものとされています(沼辺愛一=藤島武雄「特別縁故者に対する相続財産の処分をめぐる諸問題」判タ155号76頁注3参照)。登記原因を「贈与」であるものとする第二課長の見解は,平賀健太局長のレヴェルで排斥されたということでしょうか。)また,神戸地方裁判所昭和58年11月14日判決・行集34巻11号1947頁は「財産分与は,従前は,相続財産法人に属していた財産を同法人から役務又は資産の譲渡の対価としてではなく取得するものであるから,所得税法に規定する一時所得に該当するものとして,所得税が課税されていた。」と判示しており,そこでは「贈与」の語が用いられてはいません。
その後「昭和39年(法23)の相続税法3条の2(現4条)の新設によって,これ〔民法958条の3第1項による財産の取得〕が「遺贈に因り取得したものとみなす」とされて相続税の課税対象」となっています(久貴=犬伏767頁。また,梶村34頁)。他方所得税については,当該所得は「相続,遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和25年法律第73号)の規定により相続,遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」として,非課税となっています(所得税法9条1項16号)。
「相続税法は,審判確定時ではなく相続開始時のそれが適用され,この場合の課税価格の算定に当たっては,分与審判に関する訴訟費用等の額を分与財産の価格から控除することはできないとされる(神戸地判昭和58・11・14〔略〕)」とされています(梶村34頁)。前記神戸地方裁判所昭和58年11月14日判決では,「特別縁故者は,自ら申立を行つてはじめて分与を受けうることになるものであるから,原告の主張する訴訟費用等は,被相続人の債務ではなく,また,被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもない。/従つて,右訴訟費用等が〔相続税〕法13条1項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。」と判示されています。課税価格に算入される価額から相続税法13条1項によって控除され得るものは,「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)」(同項1号)及び「被相続人に係る葬式費用」(同項2号)に係るもののみです。適用される相続税法は審判確定時のものであるべきだとする学説がありますが(金子528‐529頁),相続税課税が強化され気味の昨今,裁判所の見解でよろしいのではないでしょうか。なお,特別縁故者に対する相続財産分与の審判による財産取得に係る所得が一時所得であるのならば,「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」の控除が問題となったところでした(所得税法34条2項)。
弁護士 齊藤雅俊
大志わかば法律事務所
〒150‐0002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階
電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

弁護士ランキング