カテゴリ: 法制執務

1 日本民法解釈学史における我妻榮とその『親族法』と

 

(1)日本民法解釈学史における我妻榮

星野英一教授(192678日生-2012927日歿)が19715月当時の日本の民法解釈学界の状況を紹介した文章には,次のようにあります。

 

  〔前略〕現在の民法学,広く法律学は,研究についても教育についても,変動期にあるといってよい。教育については,新しい方法が工夫され,試みられつつある。研究については,解釈学だけに限定しても,〔この星野英一『民法概論(序論・総則)』(良書普及会・1971年)の〕本文を「ダットサン」〔かつては一粒社から出ていた我妻榮=有泉亨『民法Ⅰ-Ⅲ』〕や我妻・民法講義と比較して読んで頂ければわかるであろうとおり,今日のわが民法解釈学者の仕事は,我妻博士の理論・体系を目標に,これにぶつかり,これを批判し,崩して,新しいものをうちたてることにある,といえる。我妻民法学は,「民法講義」の第1冊「物権法」(昭和71932年〕)以来,その出版の当初は,当時の学界の状況からみると,著しく斬新なものであったが,その優れた内容によってわが学界・実務界に大きな影響を与え,「通説」を形成してきた。一人の著作でこれを凌駕するどころか,これに匹敵するだけの体系書は未だに出ていない有様である(このことを,後進としてまことに腑甲斐なく思う)。しかし,とにかくこれの一つ一つの部分に挑戦してその部分において我妻理論の上に出ることが民法解釈学者の関心であり,個別的に優れた業績が続々と現われ,かつ現われつつある。この中で,我妻民法学は,かなりの部分が崩れ落ちながらも(もちろん,多くの部分はそのままに残っている),なおその基礎と骨組とががっちりと建っている建物にも比せられる,といえようか。

   このようにして,民法学は,やや誇張した表現をすれば,カオスの状態にあるといってよい。〔後略〕

  (星野・概論・はしがき11

 

「我妻先生の一見見事な説明にあきたらないものをも感じていたので,『ダットサン』をわかりやすく〔自治大学校で,都道府県からの一般研修員相手に〕説明するようにしているうちに,批判したい所が多く出てきました,それで『民法概論』は,『ダットサン』を前提として,少し違ったところを書くようにし」た,ということだそうですが(星野英一「まことを求めて――回顧と近況――」(内田貴及び大村敦志を聞き手とする20028月の座談会)『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)177頁),星野教授の『民法概論』が出た1971年当時,我妻榮博士はなお存命で旺盛に活躍中でした(19731021日の急逝の際には『法学概論(法律学全集2)』(有斐閣・1974年)を執筆中)。いやあ我妻先生,先生の古い学問はもうかなりの部分が崩れ落ちて,先生が通説の体現者として君臨しておられた民法学の世界は今やカオスの「ヒャッハー」状態ですぜ,とまでもあからさまに言われてしまうと,少々以上ムッとはされなかったものでしょうか。

その後,19958月の段階における星野教授による我妻民法学評価は次のようなものでした。

 

  我妻民法学の日本民法学史における位置付けは,①民法学に新しい方法を取り入れて,あるいはそれに従った論稿を書き,②あるいはその方法をそれ以前の学問の方法と総合・体系化した著作を書き,③しかも,その方法論全体を明示した論稿をも出していること,④その結果,それまでの民法学の流れに,自己の新しいものを加えた,いわば大きな貯水池を作り,その後の民法学の発展の源を供給したところにある。民法学,特に財産法学の流れは,我妻法学に集まり,そこからさらに分かれていった,ということができる。

 (星野英一「我妻栄先生の人と業績――『近代法における債権の優越的地位』(中国訳版)序言」『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)377-378頁)

 

  〔前略〕『民法講義』を中心とする民法全般にわたる教科書については,末弘〔厳太郎〕博士の批判〔「学者がドイツ法学的な民法典の注釈や体系化ばかりに没頭して,法律と日本の社会の関係を顧みない態度」に対する批判〕に答え,「資本主義と私法」の研究をふまえた新鮮な執筆態度と,解釈論の結論がバランスのとれた,常識にかなったものであり,全体として説得力に富むものであったため,長い間,通説の地位を保ってきた。それだけに,後進の学者にとっては,「追い付き,追い越す」べき巨峰であり,戦後は,多くの部分について,〔我妻〕先生においてはなお十分でなかった新しい方法(例えば,日本民法の起草を中心とする沿革的・比較法的研究)を用いて,先生の解釈学説の批判に成功するものが多くなった。今日では,先生の解釈学説の多くの部分が通説とはいえなくなっている。〔後略〕

 (星野「我妻栄先生の人と業績」こころ380頁)

 

 我妻榮が民法学に取り入れた「新しい方法」というものが何であるかは上記引用部分の記述だけでははっきりしませんが,しかし「方法論全体を明示した論稿をも出している」ということであるところ,当該論稿は,1926年に出された「私法の方法論に関する一考察」論文(法学協会雑誌446号・7号・10号)なのでありましょう(我妻榮『近代法における債権の優越的地位』(有斐閣・1953年)475-560頁に収載)。当該「私法の方法論に関する一考察」論文の章立ては「序言」,「第1章 裁判中心の考察方法」,「第2章 法律の実現すべき理想の問題」,「第3章 社会現象の法律を中心とする研究の問題」及び「第4章 法律的構成の技術の問題」となっており,その「結語」において,若き我妻助教授はいわく。

 

  〔前略〕私は,その提唱する裁判中心の考察方法の途を進むに当つて当面した3箇の問題の関係を,次の如く要約せんとする。

   法律学は,

   「実現すべき理想の攻究」を伴はざる限り盲目(●●)であり,

   「法律中心の実有的攻究」を伴はざる限り空虚(●●)であり,

   「法律的構成」を伴はざる限り無力(●●)である。

    (我妻・近代法における560頁)

 

 カッコいいですね。

なお,我妻民法学のバランス性,常識性及び説得力に関しては,「私は一貫して我妻流のバランスの取れた考え方と,常識的な結論は,法律学者としての基本線にしたいと考えてきました。ただ,我妻先生の論法には説得力があるが,何かごまかしのようなところがあるとも思っていました。」との発言があります(星野「まことを求めて」ときの流れ205頁)。「ごまかしのようなところ」については具体的には,「抵当不動産から分離した物につき,どこまで抵当権の効力が及ぶかにつき,「登記により公示(かつては『公示の衣』)に包まれている限り効力が及ぶ」といった表現があります〔我妻榮『新訂担保物権法(民法講義)』(岩波書店・1968年)268頁参照〕。そういった所がほかにもあります。〔略〕ああいう言い方はどうかと思います。」というわけです(星野「まことを求めて」ときの流れ245頁)。

以上のことはともかくも,「一人で質量ともこれだけの教科書等(むしろ体系書。『民法講義』だけでも3,300頁。『親族法』430頁。なお,別に,不法行為の教科書,相続法の注釈書もあり,民法のどの部分についても〔我妻〕先生の解釈論がわかる)を書くことは,研究の細かく進んだ今日においては,もはや不可能であり,先生のこの業績も,日本民法学の不朽の古典として残っている。」ということであります(星野「我妻栄先生の人と業績」こころ380-381頁)。

 

(2)我妻榮の『親族法』

しかして前記の『親族法』たる『親族法(法律学全集23)』(有斐閣・1961年)こそが,「我妻が,家族法の分野で,財産法学のレベルの緻密な解釈論によって〔略〕中川〔善之助〕家族法学と違った独自の解釈学(体系書とコンメンタール)を打ち出し,この領域でも中川に匹敵する地位を有するに至ったのは,戦後である。」といわれる場合(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)162頁)における「戦後」の「体系書」であるわけです。

我妻『親族法』に付された法律学全集しおり第39号(19614月)における有斐閣編集室自賛の文章によれば,同書は,「大所高所より親族法の対象となる社会的実態の歴史的変遷,現実のすがたを直視して,制度の本質を考察されるとともに,問題点を細かく分析し,精緻な解釈論を展開されています。正に円熟した巨匠の手になる名作というべきでしょう。本書の出来上ったことを読者の皆様とともに喜びたいと思います。」ということでした(3頁)。

筆者は最近,その我妻『親族法(法律学全集23)』を読みあげました。そこで,折角の達成ですのでそれにちなんで同書に関して何か書こうかなと思っての,以上は例のごとくの冗長な前振りでありました。我が民法学における我妻民法の重要性をまず振り返った上でそこにおける『親族法』の位置付けを試みようとしたのですが,振りかぶり方が大き過ぎて,フォームが崩壊していますね。

なお,「戦後の若手学者の重要な仕事の1つは,我妻に欠けているものを追求することであった」そうで,具体的には,「我妻の抽象論には入っているが,沿革的研究として,日本民法のオリジンである,法典調査会――3人の起草者〔穂積陳重,富井政章及び梅謙次郎〕――旧民法――ボアソナード――フランス民法等へと遡ること,生きた法として,企業などの実務や進んで日本人の法意識・法観念の探求,法律における「理論構成」の意義と価値の再検討,我妻の関心が比較的少なかった,重要な制度の思想的背景の探求など,なお多くの重要問題が残されている」そうです(星野・学び方169-170頁)。しかし,我妻の側からは――先の大戦後の身分法研究の隆昌に関してですが――若手の研究に対して,「私には,二つの物足りなさが感じられる。一つは,研究の成果に関連・統一ができていないことであり,一つは,理論的な構成が弱いことである。」との感想を述べ,特に当該2点中の後者に関しては「多くの研究の中には,諸外国の立法の傾向を究明し,またはわが国における実情を明らかにするに止まり,それについての理論的構成に及ばないものも少なくない。その結果,あるいは一貫性のない人情論に堕し,あるいは近視眼的な当面の解決に満足することになり易い。」との苦言を呈しています(我妻・親族法・はしがき)。正に法律学は,「「法律的構成」を伴はざる限り無力(●●)である」のでした。

 

2 民法現行841条問題

 

(1)条文

我妻『親族法』を読んでいて考えさせられたところはいろいろありましたが,今回は民法(明治29年法律第89号)841条問題を取り上げましょう。同条は現在次のとおり。

 

   (父母による未成年後見人の選任の請求)

  第841条 父若しくは母が親権若しくは管理権を辞し,又は父若しくは母について親権喪失,親権停止若しくは管理権喪失の審判があったことによって未成年後見人を選任する必要が生じたときは,その父又は母は,遅滞なく未成年後見人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない。

 

我妻『親族法』が出た1961年当時は次のとおりでした。当該旧842条は,昭和22年法律第222号によって設けられた当初の姿を留めていたものでした。

 

  第842条 父若しくは母が親権若しくは管理権を辞し,後見人がその任務を辞し,又は父若しくは母が親権を失つたことによつて後見人を選任する必要が生じたときは,その父,母又は後見人は,遅滞なく後見人の選任を家事審判所に請求しなければならない。

 

(2)我妻『親族法』における批判:「法文の過誤」

 我妻『親族法』356頁は,当時の民法842条についていわく(下線は筆者によるもの)。

 

b)民法は,さらに,一定の場合に後見人選任の申請をなすべき義務者を定めて,後見人の欠けることを防ごうとしている(842条――この場合にも前段の申請権者〔被後見人の親族その他の利害関係人〕が申請しうることはいうまでもない)。すなわち,(ⅰ)親権または管理権を辞した父または母(これによって後見が開始する場合に限る),()その任務を辞した後見人。民法はこの他に,()親権を失った父または母(それによって後見人を選任する必要を生じたとき)を挙げる。これを文字通りに解すると,親権喪失の宣告を受けた場合となる(家裁の審判による親権者の変更は別として,辞任と喪失宣告以外に親権を失うことはない)。しかし,その場合に後見人選任の申請義務を課することは適当でない(後見人の解任の場合には後見人にその義務なし)。法文の過誤として無視する他はない(通説――立案の過程に作られた仮草案には「辞任と喪失宣告以外に親権を失うこと」が〕あった(我妻編「戦後における民法改正の経過」169頁参照)。〔以下略〕

 

 片山哲内閣から法案が提出され1947723日),国権の最高機関たる国会(第1回国会)によって法律とされ(同年129日。ちなみに,日本国憲法592項が働いて,「協議上の離婚は,その届出前に家事審判所の確認〔当分の間は簡易裁判所の確認で可〕を経なければならない。」との旨の規定を加えようする参議院の修正案を衆議院が蹴って,さきに衆議院で可決した法律案が再可決(総員起立)されて法律となったもの。なお,家事審判所といわれると何だろうとびっくりするのですが,家庭裁判所の設置は,194911日のことです(昭和23年法律第260号)。),昭和天皇によって公布19471222日)された昭和22年法律第222号(題名はなく,「民法の一部を改正する法律」というのは件名)には決してあってはならなかったはず,であったところの「法文の過誤」であるのだというのが面白いですね。

 「法文の過誤」といわれれば確かに,管理権喪失の審判に係る民法835条(昭和22年法律第222号による改正前は第897条)は当時からあったのに,同法旧842条には「管理権を失つた」場合についての規定もありませんね(なお,親権停止の制度(民法834条の2)は,平成23年法律第61号によって201241日から導入されたものです(同法附則1条及び平成23年政令第395号)。)。(ちなみに,昭和22年法律第222号における民法835条の文言は「親権を行う父又は母が,管理が失当であつたことによつてその子の財産を危うくしたときは,家事審判所は,子の親族又は検察官の請求によつて,その管理権の喪失を宣告することができる。」です。)

 親権喪失の宣告を受けた父又は母に「後見人選任の申請義務を課することは適当でない」と説かれる理由は,解任された後見人との横並び論(形式論)のほかに,実質論としては,オレが(アタクシが)飽くまでも親権者なのだ(なのよ),と親権喪失を肯んぜずにその審判手続で頑固に頑張っていた父又は母を負かした上で,「じゃあんたは親権者失格だから,後見人選任の請求をしてよ。」と義務付けるというのは敗北の傷口に更に塩を擦り込むというか馬鹿にしているというかとにかく失礼ではありますし,親権を喪失させられた側は当然不貞腐れるであろうから実際に後見人の選任の請求をしてくることは通常期待できないということでしょう。中川善之助は「〔親権喪失の宣告は〕裁判所がやることで,自分の意思でないのだから,親権を剥奪された父または母に後見人選任申請義務を認めるのは無理でもあり,不要でもあるわけですよ。」と述べています(我妻榮編『戦後における民法改正の経過』(日本評論社・1956年)170頁)。

 

(3)「法文の過誤」発生の経緯

 

ア 「整理もれ」

 夫子たる我妻榮自身が昭和22年法律第222号の法文立案の主要担当者であったところ(我妻は,臨時法制調査会(194672日に内閣に設置され,同月11日に第1回総会開催)の第三部会(当該部会は次の司法法制審議会の総会と同時に開催)の委員及び司法法制審議会(同月11日に司法省に設置)の委員であったところ,同審議会に置かれた第二小委員会委員として起草委員となったもの(同月13日)(我妻編・民法改正の経過5-6頁及び206-211頁参照)),当該「法文の過誤」発生の原因ないしは経緯を知るべく我妻編『戦後における民法改正の経過』169頁以下を見ると,事情は,親権者の氏とその監護に服する子の氏とが同じものに自動的に揃うようにしようという試みの挫折(「戦後の民法改正の過程において親子の共同生活という現実に即して氏を決定しようとする試みが成功しなかった」(我妻・親族法423頁))の過程における「整理もれ」ということだったそうです。

 

イ 民法改正案における規定:第3次案から第6次案まで

 19461018日付けの民法改正案第3次案から194731日付けの第6次案までは,昭和22年法律第222号による改正後の民法842条に対応する条項(第905条)の文言は「父若クハ母カ財産ノ管理ヲ辞シ,後見人カ其任務ヲ辞シ又ハ父若シクハ母カ親権ヲ失ヒタルニ因リ後見人ヲ選任スル必要ヲ生シタルトキハ其父,母又ハ後見人ハ遅滞ナク後見人ノ選任ヲ家事審判所(第3次案では「裁判所」)ニ請求スルコトヲ要ス」となっていました(我妻編・民法改正の経過301頁・311頁・335頁)。しかしてここで想定されていた「父若シクハ母カ親権ヲ失」う場合とは,次に掲げますところの第3次案における第8783項(単独親権者の婚姻による改氏)及び4項(生存配偶者の復氏)の場合であったようです(同条3項に「親権ヲ失フ」という表現があります。なお,中川善之助によれば,「〔判事の〕長野〔潔〕君だったか,〔司法省の〕村上〔朝一〕君だったか,だれだったかが,喪失のときに失ったという言葉づかいをすることはないとかいっていた」そうです(我妻編・民法改正の経過170頁)。おって,第6次案までは,管理権の辞任の規定はあっても(昭和22年法律第222号による改正前の民法899条参照),親権全体の辞任の規定はありませんでした(我妻編・民法改正の経過310頁参照)。)。

 

  第878条 父母カ離婚シタルトキハ親権ハ父之ヲ行フ但第788条第1項但書ノ場合ナルトキハ母之ヲ行フ

   父又ハ母カ第812条ノ22項ノ規定ニ依リテ子ヲ引取リタルトキハ親権ハ前項ノ規定ニ拘ハラス其父又ハ母之ヲ行フ

   父又ハ母カ婚姻ニ因リテ氏ヲ改メタルトキハ子ニ対スル親権ヲ失フ但第788条第2項ノ規定ニ依リ子ヲ引取リタルトキハ此限ニ在ラス

   前項ノ規定ハ第789条第1項及ヒ第2項ノ場合ニ之ヲ準用ス

   父カ認知シタル子ニ対スル親権ハ子カ第836条ノ23項ノ規定ニ依リ父ニ引取ラレタルトキニ限リ父之ヲ行フ

   (我妻編・民法改正の経過334頁)

 

  第788条 夫婦ハ共ニ夫ノ氏ヲ称ス但当事者カ婚姻ト同時ニ反対ノ意思ヲ表示シタルトキハ妻ノ氏ヲ称ス

   前項ノ規定ニ依リ氏ヲ改メタル妻又ハ夫ニ未成年ノ子アルトキハ配偶者トノ協議ヲ以テ其子ヲ引取リテ自己ト同一ノ氏ヲ称セシムルコトヲ得

   (我妻編・民法改正の経過330-331頁)

 

  第789条 夫婦ノ一方カ死亡シタルトキハ生存配偶者ハ婚姻前ノ氏ニ復スルコトヲ得

   前項ノ場合ニ於テ夫婦ニ未成年ノ子アルトキハ生存配偶者ハ裁判所ノ許可ヲ得テ其子ヲ引取リテ自己ト同一ノ氏ヲ称セシムルコトヲ得

   〔第3項略〕

   (我妻編・民法改正の経過331頁)

 

  第812条ノ2 婚姻ニ因リテ氏ヲ改メタル妻又ハ夫ハ離婚ニ因リテ婚姻前ノ氏ニ復ス

   前項ノ場合ニ於テハ妻又ハ夫ハ当事者ノ協議ヲ以テ其未成年ノ子ヲ引取リテ自己ト同一ノ氏ヲ称セシムルコトヲ得

   前項ノ協議調ハサルトキハ裁判所ノ許可ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得協議ヲ為スコト能ハサルトキ亦同シ

   (我妻編・民法改正の経過331頁)

 

  第836条ノ2 〔第1項略〕

   嫡出ニ非サル子ハ母ノ氏ヲ称ス

   父カ認知ヲ為シタルトキハ父ハ母トノ協議ヲ以テ未成年ノ子ヲ引取リ前項ノ規定ニ拘ハラス自己ノ氏ヲ称セシムルコトヲ得

   (我妻編・民法改正の経過332頁)

 

すなわち,中川善之助の説明によれば,「うちに子供を持っていて,その父なり母なりが単独親権者だった場合,その人が結婚して別の氏にかわってしまったというようなときには,子供に親権者がなくなるわけです〔第3次案8783項本文〕。子を引取ればいいが〔同項ただし書〕,引取らないと子の親権者がいなくなる。あるいは配偶者が死亡して実家の氏に復した場合――そのときに子供を引取って自分と同一の氏を称せしめれば親権者になるのだけれども,引取らないで親だけが復氏しておれば子供に親権者がいなくなって後見が開始することになるのですね〔同条4項〕。つまり,父もしくは母が自分の意思で親権を失う場合というのがあるから,この自分の意思で失った場合には自分でちゃんと跡始末をつけて後見人を申請しろという意味で,この規定〔第6次案までの第905条〕が入ったのですが,「引取リテ」をやめてしまったものですから,父もしくは母が親権を失ったこと〔筆者註:ここは「父もしくは母が親権を失ったこと」と括弧に入れて読んだ方が分かりやすいでしょう。〕によって後見人を選任する必要を生ずるということがなくなってしまったんです。従って,ここの842条のそこの部分は消すべきところだったのを消しおとしたのですね。」というわけです(我妻編・民法改正の経過169-170頁。また,162頁)。

なお,「「引取リテ」をやめてしまった」ということの意味するところが分かりづらいですが,第3次案の発想では「親権の所在を共同生活の実体〔筆者註:「引取リテ」の有無,ということですね。〕に合せよう,とにかく実際の生活に即するようにきめようということが頭にあって,それに一番即するようにするには,まず氏を共同生活の実体に合うように決めておいて,親権はその氏に合せることが一番おちつくところにおちつくというので,氏というものを共同生活の表象というか,共同生活の実体をつかむ手段として頼ってい」たところ(我妻編・民法改正の経過166頁における小澤文雄(法案作成時司法省在職)発言),出来上がりの昭和22年法律第222号では,親権の所在は共同生活の実体(「引取リテ」)とも(それに伴うものと当初は考えられていた)氏の同一性ともつながらなくてもよいものとされてしまった,ということです。GHQには「氏と親権とを結びつけることは,要するに家の代りに氏を頭に置いて,それに実質上の権利関係を結びつけることになる。いいかえれば,家の温存になるのじゃないかという頭が初めからあったらしいのです。」ということでした(我妻編・民法改正の経過166頁・小澤発言)。なお,「引取リテ」の字句の発案者については,「氏というものは共同生活の実体に伴うものだという考え」を「一層はっきりさせようという趣旨で,これはたしか中川〔善之助〕先生の発案で,「引取リテ」という字句が加わったと思います。」と村上朝一が回想しています(我妻編・民法改正の経過153頁)。

 

ウ 中川善之助及び我妻榮の認識

昭和22年法律第222号による改正後の民法842条に「父若しくは母が親権を失つた」との文言が残ってしまったことについて,我妻榮は「大失策でしたね。」と言い(我妻編・民法改正の経過162頁),中川善之助は「これは今度の再改正のときにはぜひ何とか始末する必要があります。前の改正のときのミスですからね。」と言っています(同書170頁)。

 

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(前編からの続き)


3 鳥獣保護法38条の銃猟の制限と警察官職務執行法4条1項の命令及び緊急避難と

 

(1)鳥獣保護法38条による銃猟の制限

 

ア 条文

 鳥獣保護法38条は次のとおりです。

 

   (銃猟の制限)

  第38条 日出前及び日没後においては,銃猟をしてはならない。

 2 住居が集合している地域又は広場,駅その他の多数の者の集合する場所(以下「住居集合地域等」という。)においては,銃猟をしてはならない。ただし,次条第1項の許可を受けて麻酔銃を使用した鳥獣の捕獲等(以下「麻酔銃猟」という。)をする場合は,この限りでない。

 3 弾丸の到達するおそれのある人,飼養若しくは保管されている動物,建物又は電車,自動車,船舶その他の乗物に向かって,銃猟をしてはならない。

 

イ 札幌高等裁判所令和6年1018日判決

 

(ア)概要

 鳥獣保護法38条に関しては,狩猟者らに衝撃を与え自治体からの有害鳥獣駆除要請に対して消極的態度をとるようになさしめたとされる札幌高等裁判所令和61018日判決・判例タイムズ153738があります。

当該判決は,ライフル銃を使用したヒグマの銃猟がされたところ(命中),当該銃猟は鳥獣保護法383項の「弾丸の到達するおそれのある〔略〕建物〔略〕に向かって,銃猟をしてはならない」との規定に違反したものとして当該銃猟をした者(被控訴人)に係る当該ライフル銃の銃刀法による所持許可を取り消した公安委員会の処分を是認したものです。銃刀法1021号における「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律により」の部分に違反したので,銃刀法1111号の「この法律〔略〕の規定〔略〕に違反した場合」として,同項に基づき同条411号の猟銃の所持許可が取り消されていたものです。

札幌高等裁判所による鳥獣保護法383項の趣旨解釈は,「鳥獣保護管理法383項は,弾丸の到達するおそれのある人,建物等に向かってする銃猟行為は,人の生命,身体等に対する危険を防止しつつこれを行うことが困難であることから一律にこれを禁止しており,その行為の当該具体的状況の下における具体的危険の有無を問わないもの」というものでした(判決書の第331)。なお,鳥獣保護管理室・解説218頁の紹介する東京高等裁判所昭和49521日判決・高等裁判所刑事判例集272119頁)。

 

(イ)附論:鳥獣被害対策実施隊

なお,当該被控訴人は地元自治体から委嘱されて当該自治体の鳥獣被害対策実施隊の隊員を務めており,当該事案における銃猟は当該自治体の職員からの出動要請を受けて行われたものでした。

鳥獣被害対策実施隊は鳥獣被害防止特措法9条に基づくものです。鳥獣被害防止特措法91項は「市町村は,対象鳥獣の捕獲等〔捕獲又は殺傷〕,防護柵の設置その他の被害防止計画に基づく被害防止施策を適切に実施するため,鳥獣被害対策実施隊を設けることができる。」と,同条2項は「鳥獣被害対策実施隊に鳥獣被害対策実施隊員を置く。」と,同条5項は「第2項に規定する鳥獣被害対策実施隊員は,被害防止計画に基づく被害防止施策の実施に従事するほか,市町村長の指示を受け,農林水産業等に係る被害〔「農林水産業に係る被害及び農林水産業に従事する者等の生命又は身体に係る被害その他の生活環境に係る被害」(同法22項)〕の原因となっている鳥獣の捕獲等で住民の生命,身体又は財産に係る被害を防止するため緊急に行う必要があるものに従事する。」と,同法96項は「第3項第2号に掲げる鳥獣被害対策実施隊員〔市町村職員以外の者で市町村長から任命された隊員〕は,非常勤とする。」と規定しています。

しかして鳥獣被害対策実施隊員がする「対象鳥獣の捕獲等」は,鳥獣保護法に従い狩猟者登録をしてする狩猟としてされることが一応想定されているようで,鳥獣被害防止特措法97項に狩猟者登録に係る読換規定が設けられています(鳥獣被害防止特措法が狩猟者登録に係る鳥獣保護法の規定の適用を排除するまでのことはないわけです。)。しかし,札幌高等裁判所令和61018日判決の事案に係る銃猟は2018821日に行われており狩猟者登録の有効期間外であり(鳥獣保護法552項),かつ,狩猟期間外ですから(同法210項),当該銃猟は狩猟者登録に基づく狩猟としてではなく,鳥獣保護法91項の許可に基づくものとしてされたようです。

 

(ウ)事実

札幌高等裁判所令和61018日判決は,当該事案における銃猟の状況について次のように認定しています(判決書の第324))。

 

 ア 被控訴人が本件発射行為をした位置(以下「本件発射位置」という。)から本件ヒグマがいた北北東方向付近の地形は,平坦な地面が続いたのち,市道(〔略〕以下「本件市道」という。)との間に,高低差8メートル程度の上り勾配の斜面(以下「本件斜面」という。)があるというものである。本件斜面のうち,下方の高低差5メートル程度の部分は急な斜面であったが,上方の高低差3メートル程度の部分は緩やかな斜面となっていた。〔本件ヒグマは急斜面と緩斜面との境付近にいました(下記イ(イ))。〕

   本件斜面には草木が繁茂しており背後の見通しが悪く,石も散乱していた。〔高速ライフル弾は小枝等に触れただけでも跳弾になりやすいとされる中,この状況では跳弾が起こりやすかったものと認定されています(判決書の第332))。〕

本件発射位置からみた本件周辺建物5軒〔この5軒について「弾丸の到達するおそれ」が認められたわけです。〕の位置関係(方角,距離)は下記のとおりである。

e会館     北方向   距離 89メートル前後

本件建物   北東方向  距離 64メートル前後

本件一般住宅 北東方向(本件建物より東寄り)

                 距離 43メートル前後

本件空き家  北北西方向 距離 57メートル前後

本件物置   北北西方向 距離 38メートル前後

    〔被控訴人はライフルを北北東に向けていましたが(下記イ(イ)),その方角は,本件建物及びe会館が存した方角からは「さほど乖離しておらず」,本件一般住宅,本件物置及び本件空き家の存した方角からも「大きく乖離するものではな」く,本件周辺建物5軒は「いずれも本件発射行為をした位置から90メートル以内にあったこと」を考慮して,「本件発射行為は,「建物等に向かってする銃猟行為」に当たる」ものとされています(判決書の第333))。跳弾の起こりやすさの認定(判決書の第332))に続いての認定です。〕

   本件周辺建物5軒のうち,e会館,本件建物及び本件一般住宅は,本件発射位置からみて本件市道を挟んで反対側にあり,本件市道よりさらに標高が高く,本件発射行為をした位置との高低差は,順に15メートル程度,12メートル程度,10メートル程度であり,本件発射位置から各建物までは,本件市道を除くと,斜度に変化があるものの概ね上り勾配になっていた。

本件空き家及び本件物置は,本件発射位置からみて本件市道より手前にある。本件発射位置との高低差は,いずれも8メートル程度であり,本件発射位置から各建物までは,斜度に変化があるものの概ね上り勾配になっていた。

本件発射行為当時,本件建物,e会館及び本件物置と本件発射位置との間には,仮に何らかの物が存在していたとしても,弾丸を遮るに足りる構造物は存在しなかった。

〔略〕

イ(ア) 被控訴人は,本件現場において,B〔被控訴人と同じ鳥獣被害対策実施隊の隊員〕に対し,私道(〔略〕以下「本件私道」という。)を通って本件斜面の北側の本件市道に移動するよう指示を出し,Bはこれに従い,本件私道を通って本件斜面の北側の本件市道に向かった。〔略〕

(イ) 被控訴人は,本件ヒグマ〔推定年齢0歳,体長80センチメートル,体重7.5キログラム(判決書の第324)ウ(ウ))〕が本件斜面の急斜面と緩斜面の境付近(被控訴人との高低差は5メートル程度,本件市道との高低差は3メートル程度)にいた時,本件ヒグマが立ち上がるのを待った上,本件ライフル銃を上方に向け本件ヒグマの胸付近に狙いを定め,弾丸を1個発射し,これを本件ヒグマに命中させた(本件発射行為)。この時,被控訴人は,e会館と本件建物の間の方角を狙って,本件ライフル銃を北北東方向付近に向けていた。

本件発射行為をした位置と本件ヒグマがいた地点の距離は,18メートル前後であった。

〔略〕

(ウ) 本件発射位置における本件ライフルの高さと本件ヒグマの弾丸が命中した部分を直線で結んだ延長線は,本件市道まで本件斜面の地面と交わらないか,交わるとしてもごく浅い角度であった。〔入射角が小さいと跳弾が起こりやすいわけです(判決書の第332))。〕

〔略〕

(エ) 本件発射行為当時,本件ヒグマがいた位置と本件一般住宅との間には,仮に何らかの物が存在していたとしても,土手などの弾丸を遮るに足りる構造物が存在しなかった。

〔略〕

(オ) 本件発射行為当時,C警察官及びD〔地元自治体〕職員は,本件市道上の本件建物又は本件一般住宅の前付近にいた〔略〕。

ウ(ア) Bは,本件市道の本件建物の前付近から本件斜面の上方に歩いて進入し,本件ヒグマがいた位置より本件市道側〔略〕にいたところ,被控訴人が本件発射行為により発射した弾丸は,本件ヒグマを貫通し,Bが把持していた猟銃の銃床に当たって貫通した〔略〕。〔上記イ(オ)の認定もあったところ,「本件発射行為は同人ら〔B,C及びD〕の生命・身体も危険にさらしたというべきである。」と判示されています(判決書の第342)ア)。〕

   (イ) Bは,本件ヒグマが倒れていた付近に降りていき,本件ヒグマに向けて弾丸を発射し,とどめを刺した〔略〕。

 

(エ)感想

 少なくともライフル銃の発射方向から左右それぞれ45度乖離(45度は北北東と北北西との間の角度です。)の方角の範囲内で,かつ,発射地点から90メートルの距離内であれば,遮蔽物等がなければ,誤射又は誤射せずに命中した場合の貫通(本件では貫通が認定されています。)や跳弾による「弾丸の到達するおそれ」が認められたわけです。

しかし,ライフル銃(口径7.62ミリメートルのレミントンM700)の最大到達距離は約3キロメートルから約4キロメートルと推定されるものであるそうですし(判決書の第321)),一般社団法人大日本猟友会発行の『狩猟読本』(20184月増刷(一部改訂))には「射撃方向の左右90°に射撃線を想定し,その線の前方に人がいたら発砲してはならない。」との記載があるそうですから(判決書の第322)ア),札幌高等裁判所の認定は,ギリギリのところで「弾丸の到達するおそれ」を認めた限界事例なのだ,ということにはならないのでしょう。上記『狩猟読本』には,「ライフル実包やスラッグ実包を撃つ時は,必要以上に遠くまで飛ばないように,前方に安土(バックストップ:山・崖・高い土手など)があることを確認する。ライフル弾やスラッグ弾などの単体弾は,前方に安土の無い限り発砲しない。単体弾は遠方まで飛ぶし,推力を失って落下するものにも貫通力(殺傷力)があるので,尾根を超えるような撃ち方もしてはならない。」ともあるそうです(判決書の第322)ア)。


(2026年3月28日追記:最高裁判所令和8327日判決と鳥獣被害防止特措法と)

 上記札幌高等裁判所判決に対しては上告がされていたところ,最高裁判所令和8327日判決は,原判決破棄・被上告人の控訴棄却の判決を下し,公安委員会による猟銃の所持許可取消処分を取り消した第一審判決の結論が正しいものとしました。本件発射行為を理由として猟銃の所持許可を取り消すものとした「公安委員会の判断は,重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,本件処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法というべきである」からとのことです。

 札幌高等裁判所は裁量権の逸脱・濫用はないとしていたのに対して最高裁判所は逸脱又は濫用はあるとしたわけですが,この判断の相違をもたらしたものは――筆者は,「附論」として,本件の被処分者が鳥獣被害対策実施隊の隊員であったことを指摘していたところですが――鳥獣被害防止特措法の援用の有無にありました(脱線だと考えて「附論」としたのですが,実は本線上にあったのでした。)。札幌高等裁判所は鳥獣被害防止特措法を「関係法令等」に含めていなかったのですが(その判決文の第22を承けた別紙1「関係法令等の定め」は,銃刀法及び鳥獣保護法並びに警察生活安全部長通達「銃砲刀剣類所持等取締法に基づく行政処分事務処理要領の制定について」(平成29316日道本保第4069)における定めのみを記載していました。),最高裁判所は,鳥獣被害防止特措法も「〔鳥獣被害対策実施隊員の〕活動を通じて住民を始めとする農林水産業に従事する者等の生命,身体,財産又は生活環境に係る被害の防止を図る趣旨に出たもの」との理解の上,「銃砲の使用等による人の生命,身体又は財産に対する危害を防止するとの観点からは,本件発射行為を理由とする処分として本件許可の取消しが相当であるといえたとしても,本件発射行為が市の鳥獣被害対策実施隊員であった上告人に対する出動の要請を契機として行われたものであることに照らし,上記取消しをすることが上記特措法の趣旨に沿わない事態を招くおそれを生じさせる場合には,そのことを上記取消しに係る判断において事情として考慮することができるものというべきである。」と,銃刀法111項の処分に係る判断に当たって鳥獣被害防止特措法の趣旨を考慮すべきものとしたのでした。

 結論としては,本件猟銃所持許可取消しは「〔前略〕鳥獣被害対策実施隊員が有害鳥獣の捕獲等の活動を行うことや,さらには民間人が同隊員に任命されること自体をちゅうちょさせるなど,周辺住民等の利益の保護に資する同隊員の職務の遂行に萎縮的な影響をおよぼし,ひいては上記〔鳥獣被害防止〕特措法の趣旨に沿わない事態を招くおそれを生じさせるものと考えられる。」ということで,当該取消しは「重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き」,「裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法」,という評価に至ったのでした。

 札幌高等裁判所は,「市からの出動要請を受けて,有害駆除〔ママ〕という公共の利益のために」本件発射行為をしたのであるから猟銃所持許可を取り消す公安委員会の判断は裁量権の逸脱・濫用である,との被控訴人の主張を,「有害鳥獣駆除に係る発射行為の状況は様々であるから,発射行為が有害鳥獣駆除の一環としてされたことをもって,直ちに,その発射行為の銃刀法違反を理由とする銃砲所持許可の取消処分が,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,都道府県公安委員会の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと評価されるとは解されない」と一蹴していました(342)イ(ア))。確かに,「有害鳥獣駆除に係る発射行為の状況は様々」ではありました(鳥獣保護法91項の許可は,有害鳥獣駆除をさせてくださいとの申請に対してされるところ,当該申請の原因・動機は様々であって,それに対する評価も様々であり得るのでしょう。)。しかし,鳥獣被害対策実施隊員が鳥獣による被害の防止のためにする発射行為は,鳥獣被害防止特措法の趣旨の実現たる特別なものだったのでした。

 

ウ 警察官職務執行法4条1項の命令又は緊急避難による違法性阻却

 なるほど鳥獣保護法38条は厄介です。同条2項の住居集合地域等にまで熊が出て来たときにはお手上げです。(最高裁判所平成12224日決定・刑集542106頁は「被告人が狩猟のため散弾銃を発射した場所は人家と田畑が混在する地域内にあり,発射地点の周囲半径約200メートル以内に人家が約10軒あるなどの状況が認められるのであるから,右場所が「人家稠密ノ場所」〔旧鳥獣保護法16条〕に当たるとした原判断は相当である。」と判示しています。)

この厄介な規制の下,緊急銃猟制度導入前においては,「銃猟により対応すべき状況には,緊急事態の状況に応じて警察官職務執行法第4条に基づく警察官の命令に基づく措置や捕獲者による刑法第37条の緊急避難の措置として銃猟を行ってい」たそうですが,「警察官職務執行法4条については,警察官が不在の場合や同条に該当するような現実・具体的に危険が生じ特に急を要する場合ではなく,これに至らない状況には対応できないことも想定されるほか,現場の警察官が必ずしもクマ類への対処に精通しているとも限らない」とともに,「緊急避難については,緊急避難の成立要件の判断が個別具体的事情に大きく依存しており,その成否について確たる見通しを持ちづらい」というリスクがあったところです(環境省・鳥獣保護管理法第38条に関する検討会「鳥獣保護管理法第38条の改正に関する対応方針」(202478日)4頁)。警察官職務執行法4条に基づく警察官の命令と刑法37条の緊急避難とについて見てみましょう。

 

(2)警察官職務執行法4条1項の警察官の命令による対処

 

ア 条文

 警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)41項は「警察官は,人の生命若しくは身体に危険を及ぼし,又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある〔略〕狂犬,奔馬の類等の出現〔略〕等危険な事態がある場合においては,〔略〕特に急を要する場合においては,〔略〕その場に居合わせた者,その事物の管理者その他関係者に対し,危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ,又は自らその措置をとることができる。」と規定しています。

 

イ 警察庁通達

 上記規定に基づく熊の駆除に関し,2023328日付けの警察庁丁保発第43号・警察庁丁企画発第153号「熊等が住宅街に現れ,人の生命・身体に危険が生じた場合の対応における警察官職務執行法第4条第1項の適用について」通達が,警察庁生活安全局保安課長・警察庁長官官房企画課長から出ています。

当該通達は,「住宅街に熊が現れた場合も」警察官職務執行法41項の「狂犬,奔馬の類等の出現」に該当するものと解し(12)ア),「住宅街に熊が現れた場合,周囲の人々を安全な場所に避難させた上で,熊を猟銃で駆除することも」同項の「危害防止のため通常必要と認められる措置」に該当するものと解し(12)イ),更に「事物の管理者等事態収拾に責任がある者だけでなく,危害防止に協力し得る者が含まれることから,猟銃の扱いに熟達したハンターも」同項の「その場に居合わせた者,その事物の管理者その他関係者」に該当するものと解し(12)ウ),結論として「警職法第4条第1項の活用により熊の駆除を積極的に推進できるとまでは言えないが,現実・具体的に危険が生じ特に急を要する場合には,警職法第4条第1項を根拠に,人の生命・身体の安全等を確保するための措置として,警察官がハンターに対し猟銃を使用して住宅街に現れた熊を駆除するよう命じることは行い得るものと解される。」としています(13))。

当該通達はまた,「警職法第4条第1項に基づく警察官による命令は,命令を受けた者に,命令に従う義務を生じさせる」と述べた上で「ハンターが警職法第4条第1項に基づく警察官による命令に忠実に従い,危害防止のため通常必要と認められる措置として猟銃により当該熊等を駆除することについては,当該ハンターが刑事責任を問われることはないと解される。」と付言しています(31))。2021618日に札幌市内において,警察官職務執行法41項に基づく警察官の発砲命令によってハンターが銃猟でヒグマを駆除したという事例があったところです(第217回国会衆議院環境委員会議録第510頁(大濱健志政府参考人(警察庁長官官房審議官)))

 ただし,当該通達は留意事項として「住宅街において猟銃を発射する場合は,関係機関等と連携し,交通の規制,周辺住民の避難・誘導,学校等への連絡を行うなど,あらかじめ周囲の安全を確保し,猟銃の発射に係る危険防止に努めること。」を挙げています(22))。すなわち「周囲の人々を安全な場所に避難させた上」であるわけですから(同通達12)イ),「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし,又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある」危険な事態がある場合であって更に「特に急を要する」ときという要件のうち,人の生命又は身体に危険が及ぶおそれのある危険な事態がある場合であって特に急を要するとき,の部分がそもそもなくなってから初めて警察官職務執行法41項の命令を発するべきかどうかが検討されるということになるようです。熊は餌を求めて出て来るのでしょうが,熊に食べられる物をもって(熊だから沢山食べるのでしょうが),財産に係る重大な損害と直ちにいえるものかどうか。

 

ウ 国会答弁

この点については,202548日の国会答弁では「具体的な事例といたしましては,通報を受けた警察官が現場に到着し,現に熊等が人を襲おうとしているような場合が考えられるところでございます。」ということになっています(第217回国会衆議院環境委員会議録第511頁(大濱政府参考人))。結局どうも,「あらかじめ周囲の安全を確保」すること(これは努力義務です。)ができない場合であっても警察官職務執行法41項の命令あり得べし,ということなのでしょう(現に人が襲われようとしているときはそうなるのでしょう。)。ただし,警察官が現場に到着した時には既に人々は恐れをなして逃げ散り去っていて熊ばかりが一頭残って悠々としている,というのが通常の光景なのかもしれません。そうなると,「例えば周囲に人がおらず,人の生命や身体に危険を及ぼすおそれがない場合などは警察官職務執行法第4条第1項の規定に該当せず,警察官がハンターに猟銃等を使用して熊等の駆除を命じることは困難である」ということになります(第217回国会参議院環境委員会会議録第615頁(大濱政府参考人))

 

エ 警察官職務執行法7条による武器の使用

 なお,警察官が「自らその措置をとる」ことにして拳銃で熊を撃てばよいではないかとも考えられるかもしれませんが,猟銃ならざる拳銃による熊退治はそもそも無理でしょう。

また,警察官による武器の使用が認められる場合は,「犯人の逮捕若しくは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合」です(警察官職務執行法7条)。警察官職務執行法7「条は,武器使用の要件・限界を創設的に定めたものと考えるべきであり,その要件・限界を越えた武器の使用は,武器使用という範囲内では,違法となる。」と解されているところ(田宮裕=河上和雄編『大コンメンタール 警察官職務執行法』(青林書院・1993年)366頁(古田佑紀)),「人が動物に襲われている場合にその動物を射殺する行為」も同条に基づく武器使用としてされるものです(田宮=河上383頁(古田))。

熊は犯()ではないですし,他人は既に避難しているとすれば,自己に対する防護や公務執行に対する抵抗の抑止が必要になる場合というのは,警察官がわざわざ自ら進んで熊に近付いた場合でしょうか。(なお,警察官職執行法7条で「自己若しくは他人に対する防護のため武器の使用が認められるのは,実力行使が許される場合に限られる。典型的には,正当防衛や緊急避難に当たる場合である。その他に,警職法3条の保護措置や,4条の避難の措置,5条の犯罪の制止,6条の立入りなどの場合が挙げられる」ということで(田宮=河上374頁(古田)),警察官職務執行法7条のみならず他の何らかの根拠条項との合わせ技が必要であるそうです。同法4条の使い勝手の悪さは前記のとおりです。)他方,自らの安全を確保した上で熊の油断を狙ってライフル銃でズドンと撃つのは,自己に対する防護のためでも公務執行に対する抵抗の抑止のためでもないのでしょう。

 

(3)緊急避難による対処

次は,刑法37条の緊急避難です。「自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避けるため,やむを得ずにした行為は,これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り,罰しない。」ですね(同条1項本文)。

「正当防衛は,急に襲いかかってきた動物等に対しても可能である(対物防衛)。」として(前田雅英『刑法総論講義 第4版』(東京大学出版会・2006年)335頁)刑法36条の正当防衛を適用することは,熊退治の現場では考えられていないわけです。確かに,鳥獣保護法91項の許可を受けてする有害鳥獣駆除ということであれば,鳥獣保護法8312号及び3号の狩猟鳥獣の捕獲等の罪に対する正当防衛による違法性阻却を考える必要はそもそもないわけです(同項2号第2括弧書き及び3号括弧書き)。

住居集合地域等で(一応昼間に)熊を銃猟するときは,熊ならぬ,周囲(弾丸の到達するおそれのある範囲内)に存する他者の法益との比較に係る鳥獣保護法382項又は3項違反の罪に対する緊急避難の成否が問題となるわけです。

 鳥獣保護法38条は「人間の身体又は生命に対する危険」を「防止し,公共の安全を維持するため」に設けられたものだそうですから(鳥獣保護管理室・解説216頁),同条の保護法益は,公共の安全ひいては人間の生命及び身体ということでしょうか。新型コロナウィルス騒動でも理解せられたように,生命及び身体に関する国民の安心・安全は現在極めて重い法益です。当該法益と熊退治によって避けられるべき「現在の危難」に係る法益との権衡が問題となるわけですが,熊が人から離れた場所にいて現在悪さをしておらず,また,悪さの実行が間近に押し迫っている様子もないという場合などは,重大な「現在の危難」があるというべきなのか悩ましいでしょう。

前記札幌高等裁判所令和61018日判決の事案では,緊急避難による違法性阻却は論点になっていませんでした。当該事案のような状況における熊退治銃猟の場合においては,鳥獣保護法38条違反の罪の成立を阻却する緊急避難の要件の充足は認められない,ということが関係者間の当然の了解となっているものでしょうか。

さて,最後に緊急銃猟制度について検討しましょう。

 

4 緊急銃猟制度

 

(1)条文

 令和7年法律第28号により導入された緊急銃猟制度に関し鳥獣保護法は次のように規定しています。

 

    第3章の2 緊急銃猟

 

(緊急銃猟)

34条の2 市町村長(特別区の区長を含む。以下この章において同じ。)は,危険鳥獣が,住居,広場その他の人の日常生活の用に供されている場所又は電車,自動車,船舶その他の人の日常生活の用に供されている乗物(以下この項において「住居等」という。)に侵入していること又は侵入するおそれが大きいことを把握し,かつ,当該危険鳥獣による人の生命又は身体に対する危害を防止するための措置を緊急に講ずる必要があると認める場合において,銃器を使用した鳥獣の捕獲等(以下「銃猟」という。)以外の方法によっては的確かつ迅速に当該危険鳥獣の捕獲等をすることが困難であり,かつ,第34条の4の規定による措置その他の措置を講ずることにより銃猟によって人に弾丸の到達するおそれその他の人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれがないと認めるときは,住居等又はその付近において,当該危険鳥獣について銃猟をすることができる。

 2  市町村長は,前項の規定による銃猟(以下「緊急銃猟」という。)をしようとするときは,その職員に緊急銃猟を実施させ,又はその職員以外の者に委託して緊急銃猟を実施させることができる。この場合において,市町村長は,緊急銃猟を実施する場所,緊急銃猟の実施に当たり留意すべき事項その他の緊急銃猟の実施に関する事項をこれらの者に明らかにするものとする。

 3 市町村長は,前項の規定により緊急銃猟を実施させる場合には,第39条第1項に規定する狩猟免許を受けた者であることその他の適正に緊急銃猟を実施するために必要な経験,技能及び知識を有する者として政令で定める要件を備える者に緊急銃猟を実施させるものとする。

 4 緊急銃猟を実施する者は,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない。

 5 緊急銃猟として実施する行為については,第8条,第15条第4項,第17条,第35条第2項及び第3項並びに第38条の規定は,適用しない。ただし,同条第3項(弾丸の到達するおそれのある人に向かってする銃猟の制限に係る部分に限る。)の規定については,市町村長の指揮を受け,人の生命又は身体に危害を及ぼすことがないように当該緊急銃猟を実施する場合に限る。

 

(緊急銃猟等のための土地の立入り等)

34条の3 市町村長は,緊急銃猟をし,又は緊急銃猟により捕獲等をした危険鳥獣の適切な処理をするために必要な限度において,その職員に他人の土地に立ち入らせ,若しくは障害物を除去させ,又はその職員以外の者に委託して他人の土地に立ち入らせ,若しくは障害物を除去させることができる。

 2 前項の規定による措置を実施する者は,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない。

 

(安全を確保するための措置)

34条の4 市町村長は,緊急銃猟をしようとする場合において,緊急銃猟の実施に伴う人の生命又は身体に対する危害を防止するため必要があると認めるときは,政令で定める手続に従い,当該危害が発生するおそれのある場所の通行を禁止し,又は制限することができる。

 2 市町村長は,緊急銃猟をしようとする場合において,緊急銃猟の実施に伴う人の生命又は身体に対する危害を防止するため必要があると認めるときは,当該危害が発生するおそれのある地域の住民に対し,避難すべき旨を指示することができる。

 

(都道府県知事に対する応援の要求等)

34条の5 市町村長は,緊急銃猟をする必要があると認めるときは,都道府県知事に対し,的確かつ迅速に当該緊急銃猟をし,又は第34条の31項若しくは前条の規定による措置を講ずるため,応援を求めることができる。この場合において,当該応援を求められた都道府県知事は,正当な理由がない限り,応援を拒んではならない。

 2 前項の応援に従事する者は,同項に規定する措置の実施については,当該応援を求めた市町村長の指揮の下に行動するものとする。

 3 第1項の規定により都道府県知事の応援を受けた市町村長は,当該応援に要した費用を負担しなければならない。

 

(損失の補償)

34条の6 市町村長は,緊急銃猟の実施又は第34条の31項の規定による措置のため損失を受けた者に対し,通常生ずべき損失の補償をする。

 2 前項の補償を受けようとする者は,市町村長にその請求をしなければならない。

 3 市町村長は,前項の請求を受けたときは,補償すべき金額を決定し,その請求をした者に通知しなければならない。

 4 前項の規定による金額の決定に不服がある者は,同項の規定による通知を受けた日から6月を経過する日までの間に,訴えをもってその増額の請求をすることができる。

 5 前項の訴えにおいては,市町村(特別区を含む。)を被告とする。

 

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第1 申込みと承諾とによる契約の成立

 民法(明治29年法律第89号)の第5221項は,202041日から平成29年法律第44号の施行(同法附則1条及び平成29年政令第309号)によって新しくなって,「契約は,契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」と規定しています。当該新規定の効能は,「契約は契約の申込みとこれに対する承諾によって成立するとの一般的な解釈を明文化するとともに,契約の「申込み」の定義を明文で定めている」ところにあるそうです(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)214頁)。

 契約の内容が示されるのは申込みにおいてなので,「承諾」は,「申込をそのまま承諾する必要があり」ます(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)31頁)。「このように,申込をあたかも鏡のように反映した内容で承諾しなければならないという原則は,アメリカではミラーイメージ・ルールと呼ばれている」そうです(同頁)。“An acceptance must be positive and unequivocal. It may not change any of the terms of the offer, nor add to, subtract from, or qualify in any way the provisions of the offer. It must be the mirror image of the offer.”ということになります(Len Young Smith, G. Gale Robertson, Richard A. Mann, and Barry S. Roberts, Smith and Robertson’s Business Law, Seventh Edition, St. Paul, MN (West Publishing, 1988), p.194)。「承諾者が,申込みに条件を付し,その他変更を加えてこれを承諾したときは,その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす」ものとされます(民法528条)。

 

第2 贈与契約の冒頭規定(民法549条)における受贈者の「受諾」との文言

 さて,申込みと承諾とによる契約の成立に係る前記のような予備知識を几帳面にしっかり学んだ上で,我が民法における13の典型契約の筆頭たる贈与契約に係る冒頭規定を見ると,いきなりいささか混乱します。承諾であるものと通常解されるべきであろう行為について,なぜか「受諾」という語が用いられているからです。

 

   (贈与) 

  第549条 贈与は,当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し,相手方が受諾をすることによって,その効力を生ずる。〔下線は筆者によるもの〕

 

 なお,同条は,平成29年法律第44号による改正前は次のとおりでした。

 

   (贈与)

  第549条 贈与は,当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し,相手方が受諾をすることによって,その効力を生ずる。〔下線は筆者によるもの〕

 

それまでの民法549条を平成29年法律第44号によって改正した趣旨は,「旧法第549条は,文言上,贈与は「自己の財産」を無償で与えるものとしていたが,判例(最判昭和44131日)は,他人の物を贈与する契約も有効であると解していたことから,同条の「自己の財産」を「ある財産」に改めている(新法第549条)」ものだそうです(筒井=村松264頁)。

 平成16年法律第147号による200541日からの改正(同法附則1条及び平成17年政令第36号)前の民法549条は次のとおりでした。

 

  第549条 贈与ハ当事者ノ一方カ自己ノ財産ヲ無償ニテ相手方ニ与フル意思ヲ表示シ相手方カ受諾ヲ為スニ因リテ其効力ヲ生ス

 

なお,契約が申込みと承諾とにより成立することに関して指摘されるべき民法549条の文言の不自然性については,次のように説くものがあります。いわく,「贈与は契約(●●)である。申込をするのが贈与する者(贈与者)で,承諾(ママ)をするのが贈与を受ける者(受贈者)であることを必要とするのではない(549条の文字はそう読めるが,普通の場合のことをいつているだけのことである)。然し,とにかく,当事者の合意を必要とする」と(我妻榮『債権各論 中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1973年)223)。しかし,承諾であるべきものが,なぜ法文では「受諾」と呼ばれて「承諾」ではないのかについては,やはりここでも触れられてはいません。(ちなみに,贈与者から申込みがされる場合を普通の場合とする我妻榮先生は,「ねぇ,あれちょうだい,これちょうだい」と受贈者側からおねだり(申込み)をされたことはなかったもの歟。なお,申込みをする側と承諾をする側とが固定されてあるべき場合があることについては,「陰神乃先唱曰,妍哉,可愛少男歟。陽神後和之曰,妍哉,可愛少女歟。遂為夫婦」であれば残念ながら「生蛭児」であって「便載葦船而流之」ということになったが,やり直して「陽神先唱曰,妍哉,可愛少女歟。陰神後和之曰,妍哉,可愛少男歟。然後同宮共住」と正せば「而生児,号大日本豊秋津洲」となった,との日本書紀の記述(巻第一神代上・第4段一書第一)を御参照ください。)

「承諾」の語は,申込みに対する意思表示について用いられるのであって(申込みのいわば外側で使用される。「申込み」←承諾),申込みにおいて示される契約の内容を民法において記述する際には用いられず(申込みのいわば内側においては使用されない。),当該内容記述のためには,「承諾」ではなくて「約する」とか「受諾」の語が用いられるのだ(「申込み:契約の内容の表示(「約する」,「受諾」等)」←承諾),という説明も考えてみました。しかし,委任に係る民法643条は,契約の内容を示す際に「承諾」の語を用いており(「委任は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。」),うまくいきません。しかも,旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)230条では「代理ハ黙示ニテ之ヲ委任シ及ヒ之ヲ受諾スルコトヲ得」と「受諾」の語を用いていたものが,民法643条ではきちんと「承諾」に改められているところです。

 

第3 法典調査会における議論

 

1 第81回法典調査会

 

(1)原案

民法549条は,1895426日の第81回法典調査会に提出された原案においては次のとおりの文言でした(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第25巻』138丁裏)。

 

 第548条 贈与ハ当事者ノ一方カ自己ノ財産ヲ無償ニテ相手方ニ与フル意思ヲ表示シ其相手方カ之ヲ受諾スルニ因リテ其効力ヲ生ス

 

(2)箕作麟祥の質疑

やはり似たようなことを考える人がいるもので,筆者と同様の疑問を,第81回法典調査会における審議の際箕作麟祥委員が担当起草委員の穂積陳重に対してぶつけ,両者(及び梅謙次郎)の間で次のような問答が交わされます(民法議事速記録25141丁裏-142丁裏)。

 

 箕作麟祥君 一寸詰マラヌコトテアリマスガ伺ヒマスガ此「(ママ)諾」ト云フ字テアリマスガ是ハ前ノ申込ノ所ニアルヤウナ承諾ト云フ文字ノ方ガ当リハシナイカト思ヒマスガ何ウテアリマセウカ夫カラ「相手方カ之ヲ」ト云フコトガアリマスガ此「之ヲ」ハ何ヲ受諾スルノテアリマスカ

 穂積陳重君 「受諾」ノ字ハお考ノ通リ「承諾」ノ方カ全体本統カモ分リマセヌガ贈与丈ハ何ンダカ「受諾」ト申ス方カ宜イヤウナ心持テアリマシテ屢々使ヒマス例ヘハ第15条ノ第7号ニモ「遺贈若クハ贈与ヲ拒絶シ又ハ負担附ノ遺贈若クハ贈与ヲ受諾スルコト〔平成11年法律第149号による改正前の民法1217号は,準禁治産者がそれを行うには保佐人の同意を要する行為として「贈与若クハ遺贈ヲ拒絶シ又ハ負担附ノ贈与若クハ遺贈ヲ受諾スルコト」を掲げていました。〕夫レカラ第17条ノ第7号ニモアリマス贈与若クハ遺贈ヲ受諾シ又ハ拒絶スルコト〔昭和22年法律第222号で削除される前の民法142号は,妻がそれを行うには夫の許可を要する行為として「贈与若クハ遺贈ヲ受諾シ又ハ之ヲ拒絶スルコト」を掲げていました。〕」何ンタカ事ヲ諾フノテ承知シタト云フヨリ受ケル方カ宜イヤウナ心持テ是迄使ヒ来ツテ居ツタノテスカ・・・

  箕作麟祥君 夫レハ承知シテ居リマスガ夫レハマダ練レヌ中ノ御案テ・・・

  穂積陳重君 今度モ吾々ノ中テ考ヘテ見マシタガ贈与ト云フト此方カ宜イヤウニ思ヒマス夫レカラ「之ヲ」ト云フコトハ其前ノ事柄ヲト云フ意味ノ積リテアリマシタガ或ハ充分テナイカモ知レマセヌ

  箕作麟祥君 意思ヲ表示シタ事柄ヲ受諾スルト云フノテアリマスカ

  穂積陳重君 ソウテアリマス

  箕作麟祥君 事柄ト云フト可笑シクハアリマセヌカ事柄ト云フナラハ尚ホ「承諾」ト云フ方カ宜イヤウニ思ヒマスガ然ウ云フ理由カアルナラハ強テ申シマセヌガ尚ホ一ツ御一考ヲ願ヒタイモノテアリマス

  梅謙次郎君 詰マリ感覚テアリマスナ

  穂積陳重君 夫レハモウ然ウナツテモ一向差支ヘナイノテス,マア一度考ヘテ見マセウ

 

箕作麟祥が「是ハ前ノ申込ノ所ニアルヤウナ承諾ト云フ文字ノ方ガ当リハシナイカト思ヒマスガ何ウテアリマセウカ」と法典の整合性論で攻めて来たのに対し,穂積陳重は「「受諾」ノ字ハお考ノ通リ「承諾」ノ方カ全体本統カモ分リマセヌガ」及び「夫レハモウ然ウナツテモ一向差支ヘナイノテス」と,箕作の正しさを認めたような形でたじたじとなっています。そこに梅謙次郎が――自分たちの原案擁護のためでしょうが――口を挟んでいるのですが,「詰マリ感覚テアリマスナ」とはいかにも軽い。(「感覚」で済むのなら,世の法律論議は気楽なものです。)真面目に議論している箕作は,あるいはむっとなったものかどうか。同席していた富井政章などは,はらはらしたのではないでしょうか。

 

 〔自信力というものが非常に強かったことのほか,梅謙次郎の〕第2の欠点は,会議などには時時言葉が荒過ぎた,少し物を感情に持つ人は敬礼を失すると云ふやうな非難が時時あつた。私なども度度遭遇したのである(東川徳治『博士梅謙次郎』(法政大学=有斐閣・1917年)219-220頁(「富井政章氏の演説」))

 

(3)横田國臣の意見

 また,第81回法典調査会における穂積陳重案548条の議論の最後に,横田國臣委員が次のように発言しています(民法議事速記録25144丁表)。

 

  横田國臣君 文字ノコトテアリマスカラ,モウ別ニ私ハ主張ハ致シマセヌガ此「其相手方」ト云フ「其」ト云フ字ハ要ルマイト思フノテス「当事者ノ一方カ」トアルカラナクテモ宜カラウト思フ夫レカラ「之ヲ」ト云フ字モ要ルマイト思フノテゴザイマス指スノモ其事柄ト云フ位テアルカラナイ方カ宜カラウ是ハ唯整理ノトキノ御参考ニ申シテ置キマス

 

2 第11回民法整理会

 

(1)梅謙次郎の説明

 前記議論の結末は,18951228日の法典調査会第11回民法整理会において,結局次のようになりました(日本学術振興会『法典調査会民法整理会議事速記録第4巻』68丁裏-69丁裏。なお,筆者において適宜段落分けをしました。)。

 

  梅謙次郎君 之ハ当時横田さんカラ御注意カアツテ「其相手方」ト言フト上ニ「相手方」トアルカラ「其相手方」,「其相手方」カ一向分ラヌ当事者ノ一方ノ相手方ナラハ前ニ付テ居ル斯ウ云フ可笑シナ書キヤウハナイ
 「之ヲ」ト言フト「之ヲ」カ,トウモ何ヲ受ケテ居ルノカ意思ヲ受諾スルノテモナカラウ余程可笑シナ文字タカラ能ク考ヘテ置テ呉レト云フコトテアリマシタ之モ退テ考ヘテ見マスルト成程文章カ悪ルイ,ソレテ「相手方カ受諾ヲ為スニ因リテ」トシマシタ
 序テニ申シマスカ此「受諾」ト云フ文字ニ付テ箕作先生カラ之ハ既成法典ニモアツタカ可笑シナ字テ「承諾」ト云フヤウナ字ニテモ直シタラ,トウカト云フ御注意カアリマシタ之ニ付テモ相談ヲシマシタカ無論「受諾」ト云フ字テナケレハナラヌト云フコトモナイ「承諾」テモ宜シイ理窟ノ方カラ言
(ママ)テモ契約ノ方ニモ「承諾」トアツテ「贈与」モ契約テアルカラ理窟カラ言ツテモ其方カ無論宜シイ
 カ唯タ総則抔ニ「遺贈若クハ贈与ヲ受諾スル」ト云フヤウナ言葉カ使(ママ)テアリマシタカ,サウ云フヤウナトキハ契約テハアルカ大変意思ノ方ニ持ツテ来テ居リマスカラ同シ言葉テ言ヒ顕ハスコトカ出来ル
 又吾々ノ中テモ貰(ママ)コトヲ承諾スルト云フト嫌ヤナ事ヲ承諾スルト云フヤウニ聞ヘルカラ,ソレテ「受諾」ト言フ方カ宜シイト云ウヤウナ感シテ,ソレテ賛成スル方モアツタヤウテアリマスカラ旁々以テ此儘ニシテ置キマシタ

  議長(箕作麟祥君) ソレテハ547条ハ御発議カナケレハ朱書ニ決シマス〔略〕

 

 ということなのですが,よく理解するためには,なお細かな分析が必要であるようです。

 

(2)梅説明の分析

 

ア 「受諾」の対象(その1):「意思ヲ表示シタ事柄」ではない

梅は「「之ヲ」(),トウモ何ヲ受ケテ居ルノカ意思ヲ受諾スルノテモナカラウ」と横田國臣から注意されたものと整理した上で(なお,横田の発言は,前記のとおり,「之ヲ」が「指スノモ其事柄ト云フ位テアル」という認識に基づくものです。),「成程文章カ悪ルイ,ソレテ「相手方カ受諾ヲ為スニ因リテ」トシマシタ」というのですから,穂積陳重原案にあったところの先立つ「之ヲ」を削った民法549条の「受諾」の対象は「意思ヲ表示シタ事柄」ではないことになります。すなわち贈与契約の申込みの内側において表示されている契約の内容の「受諾」ではなく,なおそれとは異なった次元のものの「受諾」なのだということなのでしょう。「意思ヲ受諾スルノテモナカラウ」との疑念が生ずるおそれを払拭するということであれば,事柄ではなく「意思」が「受諾」の対象となるのでしょう(2024523日追記:久々に読み返してみてこのくだりは我ながら分かりにくいのですが,梅は,「意思ヲ受諾スルノテモナカラウ」との疑念に対して,いや実はそのとおり意思を受諾するのです(あえて,意思表示に対する承諾という端的な表現を用いない。),と返答しているものと筆者は解したわけです。意思ヲ表示シタ事柄ヲ受諾スルト云フノテアリマスカ」という箕作の問いに対する「ソウテアリマス」との穂積陳重の前記返答は否定撤回され,「総則抔」で「「遺贈若クハ贈与ヲ受諾スル」ト云フヤウナ言葉」が使用される場合と同様に,ここでは「大変意思ノ方ニ持ツテ来テ居」るのだ,と梅は言いたかったのでしょう(下記エ参照)。なお,梅の『民法要義巻之三債権編』(1912年印刷発行版)の462頁に掲載されている民法549条の文言を見ると,「受諾」が「承諾」とされる誤植が放置されたままになっていますが(梅は1910年死去),本稿の主題の重みはその程度のものかとここで見放さずに,なお暫くお付き合いください。)。

 

イ 「受諾」の対象(その2):申込み

しかして,「理窟ノ方カラ言(ママ)テモ契約ノ方ニモ「承諾」トアツテ「贈与」モ契約テアルカラ理窟カラ言ツテモ其方カ無論宜シイ」との発言が続きます。結局民法549条の「受諾」は,贈与契約の申込みたる意思表示に対する承諾だったのかということになります。

ちなみに,富井政章及び本野一郎による1898年出版の我が民法549条のフランス語訳は“La donation produit effet par la déclaration de volonté que fait l’une des parties de transmettre à l’autre un bien à titre gratuit et par l’acceptation de celle-ci.”となっており(Code Civil du l’Empire du Japon Livres I, II et III promulgués le 28 avril 1896(新青出版・1997年)),最後の“celle-ci”“l’autre des parties”たる相手方のことです。この“par l’acceptation de celle-ci”(相手方の受諾により)と対になるのは“par la déclaration de volonté que fait l’une des parties”(当事者の一方がなす意思表示により)ですので,相手方の“l’acceptation”の対象は,「当事者の一方」の「意思表示」であるものと解すべきものでしょう。契約の効力の発生に際しての意思表示に対する“l’acceptation”ということになれば,「承諾」の文字が念頭に浮かぶところです(民法5221項参照)。

 

ウ 旧民法における「言込」及び「受諾」並びに「承諾」

ついでながら,梅は「受諾」の文字は旧民法(「既成法典」)にあったという認識であったようなのでこれについて見てみると,贈与に係る旧民法財産取得編第14編(明治23年法律第98号)349条から367条までには「受諾」の文字はないのですが,旧民法財産編(明治23年法律第28号)3041項の第1は,贈与がその一つである合意(贈与の定義に係る旧民法財産取得編349条参照)の成立要件として「当事者又ハ代人ノ承諾」を掲げ,旧民法3061項は「承諾トハ利害関係人トシテ合意ニ加ハル総当事者ノ意思ノ合致ヲ謂フ」と「承諾」を定義しているところ(総当事者が「承諾」をするのであって,相手方のみが承諾をするのではありません。),遠隔者間において合意を取り結ぶ場合については,「合意ノ言込」及びその「受諾」ということがあるものとされていました(旧民法財産編308条)。

フランス語ではどうかというと,「承諾トハ利害関係人トシテ合意ニ加ハル総当事者ノ意思ノ合致ヲ謂フ」は,“Le consentement est l’accord des volontés de toutes les parties qui figurent dans la convention comme intéressées.”ということで(Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, nouvelle édition, Tome Deuxième, Droits Personnels et Obligations. (Tokio, 1891) p.53),「承諾」は“consentement”,また,「言込」は“offre”,「受諾」は“acceptation”となっていました(Boissonade II, p.53-54)。

現行民法の契約の章においては,「言込」が「申込み」に,「受諾」が「承諾」に改められたわけです。契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示を受けた相手方が「受諾」するものとする用語法であれば,旧民法の用語法を引きずったものということになります。

 

エ 民法旧1217号及び旧142項との横並び論

結局,承諾ではあるが「受諾」の文字を使うということであれば,総則の民法旧1217号及び旧142号との横並び論ということになるのでしょうが,これは,犬が尻尾を振るのであれば,尻尾が犬を振ってもいいじゃないか,というような議論であるようにも思われます。贈与に関することはまず贈与の節において決定されるべきであって,総則における用字は,それら各則における諸制度の共通性を踏まえて後から抽象化を経て決定されるべきものでしょう。

そもそも,総則の前記両号があるから贈与について当該両号に揃えたのだ,と言った場合,じゃあ遺贈についてはなぜ同じように当該両号と揃えなかったのかね,という反論が可能でありました。遺贈については,例えば民法旧1089条前段は「遺贈義務者其他ノ利害関係人ハ相当ノ期間ヲ定メ其期間内ニ遺贈ノ承認又ハ抛棄ヲ為スヘキ旨ヲ受遺者ニ催告スルコトヲ得」と規定していたところです(民法現行987条前段参照)。「遺贈義務者其他ノ利害関係人ハ相当ノ期間ヲ定メ其期間内ニ遺贈ノ受諾又ハ拒絶ヲ為スヘキ旨ヲ受遺者ニ催告スルコトヲ得」ではありません。

なお,「契約テハアルカ大変意思ノ方ニ持ツテ来テ居リマスカラ同シ言葉テ言ヒ顕ハスコトカ出来ル」との梅発言の意味は取りにくいのですが,これは,契約ならば厳密には申込みと承諾とによって成立することになるが,受遺者による遺贈の承認による効果(なお,遺贈は単独行為であって,契約ではありません。)と同様の効果を目的する受贈者の意思表示を当該遺贈の承認と一まとめにして「同シ言葉テ言ヒ顕ハ」して総称するのならば,「受諾」という言葉でいいじゃないか(効果意思は同様である。),ということでしょうか。しかし,民法旧1217号及び旧142号における,遺贈関係とまとめて規定しなければならないという特殊事情に基づく総称を,そのような事情のない同法549条の贈与の本体規定にそのまま撥ね返らせるのは,おかしい。

 

オ 「承」諾と「受」諾との感覚論

 

(ア)ポツダム宣言

感覚論としては,「承諾」はいやなことについてで,「受諾」はいいものを貰うときの用語である,というような説明がされています。しかし,そうだとすると,1945814日の詔書に「朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇4国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ」とあって「承諾スル旨」とされていなかったのは,昭和天皇にとってポツダム宣言はありがたい申込みであって,渋々「承諾」するようなものではなく,実は欣然「受諾」せられたのであった,ということになるのでしょうか。(ただし,「受諾」は「条約において,acceptの訳語として多く用いられる」ので(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)377頁),4敵国に対するポツダム宣言の「受諾」といういい方をここでもしただけなのだ,ということかもしれません。)

 

(イ)漢字「承」及び「受」並びに「諾」の成り立ち

なお,『角川新字源』(1978年・第123版)によれば,「承」の成り立ちは,「会意形声。もと,手と,持ち上げる意と音とを示す(ショウ)とからなり,手でささげすすめる,転じて「うける」意を表わす」ということだそうです。また,同辞書は,「受」の成り立ちについて,「形声。引き合っている手〔象形文字略。上の「爪」の部分と下の「又」の部分が対応するようです。〕と,音符(シゥ)(ワは変わった形。うつす意→(シュ))とから成り,うけわたしする,転じて「うける」意を表わす。」ということであると説明しています。手を上げる所作が必要な「承」に比べて「受」の方はより事務的である,ということになるのでしょうか。
 同じ漢和辞書における「諾」の成り立ちの説明は,「会意形声。言と,従う意と音とを示す若ジャク→ダクとからなり,「うべなう」意を表わす。」というものです。「うべなう」の意味は,『岩波国語辞典第四版』(1986年)によれば「いかにももっともだと思って承知する。」,『角川新版古語辞典』(1973年)では「①服従する。承服する。〔略〕②謝罪する。〔略〕③承諾する。」と説かれています。
 

カ 民法の現代語化改正による横並び論の根拠文言の消失(2005年4月)

ところで,民法旧12条は,平成16年法律第147号によって200541日から(同法附則1条及び平成17年政令第36号)民法13条に移動し,同条17号は「贈与の申込みを拒絶し,遺贈を放棄し,負担付贈与の申込みを承諾し,又は負担付遺贈を承認すること。」に改められて,同号から「受諾」の語は消えています。すなわち,同号においては,負担付きのものについてですが,贈与の申込みに対する肯定の意思表示は「受諾」ではなく承諾であるものと明定されるに至っているわけです。

民法現行1317号の改正は,「民法現代語化案」に関する意見募集に際して法務省民事局参事官室から発表された200484日付けの「民法現代語化案補足説明」において,「確立された判例・通説の解釈で条文の文言に明示的に示されていないもの等を規定に盛り込む」ものとも,「現在では存在意義が失われている(実効性を喪失している)規定・文言の削除・整理を行う」ものともされていませんので,当該「補足説明」にいう,民法「第1編から第3編までの片仮名・文語体の表記を平仮名・口語体に改める」と共に「全体を通じて最近の法制執務に則して表記・形式等を整備する」ことの一環だったのでしょう。「現代では一般に用いられていない用語を他の適当なものに置き換える」ということではなかったのでしょう。

しかしながら,他方,民法1317号(旧1217号)との横並び論もあらばこそ,平成16年法律第147号による改正を経ても民法549条の「受諾」は「承諾」に改められずにそのままとされました。同条の「受諾」がそのまま維持されたことが平成16年法律第147号の法案起草担当者による見落としによるものでないのならば,当該受諾について,これは契約の申込みに対する承諾そのものではないという判断が,「最近の法制執務に則して」されたことになるようです。

 

第4 現行法令における「受諾」の用法

 

1 辞典的定義

ところで,村上謙・元内閣法制局参事官によれば,「受諾」は「相手方又は第三者の主張,申出,行動等に同意することをいう」ものであって,前記のとおり「条約において,acceptの訳語として多く用いられる」ほか,「国内法上では調停案の受諾(労働関係調整法26)等の用例のほか,旧「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」(昭和20勅令542号)などというのがある」とのことです(吉国等377頁)。

 

2 実際の用例

 

(1)調停等,ポツダム命令,国際的約束及びその他

ということで,その実際を見るべく,e-Gov法令検索を利用して現行の法律並びに政令及び勅令(すなわち内閣法制局参事官の審査を経た法令)の本則中「受諾」の語を用いている条が何条あるかを調べてみると全部で69箇条であって,その内訳を4種類に分類して示せば,①調停案,和解案又は斡旋案について「受諾」をいうもの計40箇条(労働関係調整法(昭和21年法律第25号)261項及び2項,労働関係調整法施行令(昭和21年勅令第478号)10条,地方自治法(昭和22年法律第67号)250条の19251条の23項,4項及び7項並びに251条の311項から13項まで,金融商品取引法(昭和23年法律第25号)77条の23項,156条の4424号及び5号並びに6項並びに156条の506項,建設業法(昭和24年法律第100号)25条の134項,中小企業等協同組合法(昭和24年法律第181号)9条の223項,土地改良法(昭和24年法律第195号)65項,酪農及び肉用牛生産の振興に関する法律(昭和29年法律第182号)22条及び23条,生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律(昭和32年法律第164号)14条の122項,小売商業調整特別措置法(昭和34年法律第55号)163項,小売商業調整特別措置法施行令(昭和34年政令第242号)8条及び91項,入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律(昭和41年法律第126号)84項,農業振興地域の整備に関する法律(昭和44年法律第58号)154項,公害紛争処理法(昭和45年法律第108号)23条の242号,341項及び3項並びに362項,公害紛争処理法施行令(昭和45年政令第253号)32項及び12条,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)22条,銀行法(昭和56年法律第59号)52条の6724号及び5号並びに6項並びに52条の736項,貸金業法(昭和58年法律第32号)41条の4424号及び5号並びに6項並びに41条の506項,保険業法(平成7年法律第105号)308条の724号及び5号並びに6項並びに308条の136項,民事訴訟法(平成8年法律第109号)264条,特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(平成11年法律第158号)16条,独立行政法人国民生活センター法(平成14年法律第123号)25条,信託業法(平成16年法律第154号)85条の724号及び5号並びに6項並びに85条の136項並びに家事事件手続法(平成23年法律第52号)1732号,2422号,2522項及び2701項),②旧「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」が出て来るもの計9箇条(金融機関再建整備法(昭和21年法律第39号)336項及び37条の63項,昭和22年法律第721条の2,ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く大蔵省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年法律第43号)813号,国の債権の管理等に関する法律施行令(昭和31年政令第337号)925号,連合国財産の返還等に伴う損失の処理等に関する法律(昭和34年法律第165号)1条,国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(昭和61年政令第54号)124号,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成3年法律第71号)31号イ並びに特別会計に関する法律施行令(平成19年政令第124号)411号),③国際的約束に係る「受諾」をいうもの計9箇条(関税定率法(明治43年法律第54号)732号,9項から11項まで及び28項並びに822号,8項から10項まで及び31項,相殺関税に関する政令(平成6年政令第415号)45項及び112項から5項まで,不当廉売関税に関する政令(平成6年政令第416号)75項及び142項から5項まで,国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律(平成16年法律第115号)31号ロ並びに武力紛争の際の文化財の保護に関する法律(平成19年法律第32号)23号及び61項)及び④その他計11箇条(民法4961項及び549条,手形法(昭和7年法律第20号)563項,国会法(昭和22年法律第79号)102条の153項及び4項並びに1042項及び3,国家公務員法(昭和22年法律第120号)1091号,議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和22年法律第225号)52項及び3項並びに5条の34項及び5,宗教法人法(昭和26年法律第126号)134号,港湾法施行令(昭和26年政令第4号)65号並びに特定外貿埠頭の管理運営に関する法律施行令(平成18年政令第278号)37号)ということになります。


 
(2)「その他」の内訳(更に6分類)

問題は,前記④の11箇条です。

 

ア 立法府対行政府

まず,国会法102条の15及び104条並びに議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律5条及び5条の3については,各議院又はその委員会等と内閣,官公署若しくは行政機関の長(国会法)又は公務所,監督庁若しくは行政機関の長(議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律)との間の関係において,前者の求めを後者が拒否する場合においてその理由として疎明されたところを前者が受け容れるときに「受諾」するという言葉が使われているものとして整理できそうです。無論これらの場面は,契約の申込みを承諾する場面とは異なります。

 

イ 公務員の任用等

次に,国家公務員法1091号(「第7条第3項の規定〔「人事官であつた者は,退職後1年間は,人事院の官職以外の官職に,これを任命することができない。」〕に違反して任命を受諾した者」)及び宗教法人法134号(「代表役員及び定数の過半数に当る責任役員に就任を予定されている者の受諾書」)は,人事上の就任行為に関するものですが,委任契約であれば,当然承諾の語が用いられるべきものです(民法643条参照)。一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成18年法律第48号)においては,一般社団法人の設立時理事,設立時監事及び設立時代表理事並びに一般財団法人のそれら及び設立時評議員について就任の「承諾」という語が用いられています(同法31823号及び31925号。また,株式会社につき商業登記法(昭和38年法律第125号)47210号)。

しかし,公務員の任用行為の法律上の性質については,「任用行為の性質については,公法上の契約説と,単独行為説とがある。前者は,公務員の任用に本人の同意を要する点を重視し,後者は,公務員関係の内容が任命権者の一方的に定めるところである点を重視する。しかし,これは,法律上には格別意義のない論争で,かつては,この論争が政治的目的に悪用される弊害さえ生じたことがある。公法上の契約説は,天皇の任官大権を侵犯するものとして非難したごときこれである。その実体に即し,「相手方の同意を要件とする特殊の行為」と考えるべき」ものとされているところ(田中二郎『新版 行政法 中巻 全訂第2版』(弘文堂・1976年)245-246頁註(1)),特殊の行為であるがゆえに契約のように承諾の語を使うことができず(公法上の契約説にかつて加えられた上記非難に係るトラウマもあるいはあったかもしれません。),かつ,「同意」は「他の者がある行為をすることについて賛成の意思を表示することをいう」とされているので(吉国等558頁),任用行為の当事者である被任用者が他人事のように同意をするというのも変であろうということから(なお,国家公務員法51項参照),「任命の受諾」ということになったものでしょうか。

宗教法人の役員については,宗教団体法(昭和14年法律第77号)時代には「寺院又ハ教派,宗派若ハ教団ニ属スル教会ノ設立ノ認可ヲ申請セントスルトキハ申請書ニ寺院規則又ハ教会規則及管長又ハ教団統理者ノ承認書ノ外左ノ事項ヲ記載シタル書類並ニ住職又ハ教会主管者タルベキ者及総代タルベキ者ノ同意書ヲ添附シ之ヲ地方長官ニ提出スベシ(宗教団体法施行規則(昭和15年文部省令第1号)131項柱書き。下線は筆者によるもの。また,同条2項柱書き。なお,寺院は当然法人です(宗教団体法22項)。)とされていましたが,ここでの住職又ハ教会主管者タルベキ者の「同意」は,寺院又は教会の設立に対する同意ではなく,それぞれの就任についてのものであったように思われます。委任において用いられる「承諾」ではなく「同意」の語が用いられたのは,「大審院判例(大正7419,大正6125民)は右の太政官布達〔明治17811日太政官布達第19号〕に寺院の住職を任免することは「各管長ニ委任シ」云々とあることを根拠として,住職の任免は国家から管長に委任せられたもので,現在に於いてもそれは国の行政事務の一部であるとする見解を取つて居る」(美濃部達吉『日本行政法下巻』(有斐閣・1940年)564頁)という我が国の政教分離前の伝統によるものでもありましょうか。行政事務ということになれば,公務員の任用行為同様,民法の契約の概念を直接当てはめるわけにはいかないわけでしょう。しかして同意は,前記のとおり「他の者がある行為をすることについて賛成の意思を表示することをいう」ということなので,宗教法人法134号を起草するに当たって,役員らの就任行為については,「承諾」の語を避けつつ,自らするのは変はである「同意」ではなく,受諾のいかんが問題になるのだというふうに書き振りを改めたものでしょうか。


 
ウ 執行受諾行為

3に,港湾法施行令65号及び特定外貿埠頭の管理運営に関する法律施行令37号ですが,これは,港湾管理者の貸付金に関する貸付けの条件の基準の一つとして「貸付けを受ける者〔又は指定会社〕は,港湾管理者の指示により,貸付金についての強制執行の受諾の記載のある公正証書を作成するために必要な手続をとらなければならないものとすること。」を掲げるものです。債務名義たる執行証書に関する規定です。執行証書は,金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの」(民事執行法(昭和54年法律第4号)225号)ですが,「債務者が公証人に対して,直ちに強制執行に服する旨の意思を陳述することを執行受諾行為」というものとされています(『民事弁護教材 改訂民事執行(補正版)』(司法研修所・2005年)5頁)。「執行受諾行為は,執行力という訴訟上の効果を生ずる行為であり,また,公証人という準国家機関に対してする行為であるから,訴訟行為である」ところです(同頁)。

 

エ 参加引受け

4に,手形法563項(「参加ノ他ノ場合ニ於テハ所持人ハ参加引受ヲ拒ムコトヲ得若所持人ガ之ヲ受諾スルトキハ被参加人及其後者ニ対シ満期前ニ有スル遡求権ヲ失フ」)は,参加引受けという手形行為に関する規定です。参加引受けに対する所持人の承諾の有無ではなく受諾の有無が問題になるということは,参加引受けは参加引受人と所持人との間での契約(申込みと承諾とで成立)ではない,と観念されていることになるようです。

手形行為に関しては,周知のとおり交付契約説,創造説及び発行説があるわけですが,創造説,発行説又は参加引受けは手形の相手方への交付という単独行為と解する説(上柳克郎等編『手形法・小切手法』(有斐閣双書・1978年)47頁(上柳克郎)参照)からすると,「所持人ガ之ヲ受諾スルトキ」と規定されていることは自説の補強材料になるのだ,ということになるのでしょう。

なお,そもそもの為替手形及約束手形ニ関シ統一法ヲ制定スル条約(193067日ジュネーヴにおいて署名)第一附属書563項を見ると“In other cases of intervention the holder may refuse an acceptance by intervention. Nevertheless, if he allows it, he loses his right of recourse before maturity against the person on whose behalf such acceptance was given and against subsequent signatories.”ということであって,実はあっさりしたものです。参加は英語では“intervention”,引受けは“acceptance”です。すなわち,英語の“acceptance”には,契約の申込みに対する承諾との意味の外に,手形法上の引受けとの意味もあるのでした。さすがに“acceptance”“acceptance”するとは書けませんね。「acceptance=承諾」の出番はなかったのでした。

 

オ 供託

5に,供託に係る民法4961項(「債権者が供託を受諾せず,又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は,弁済者は,供託物を取り戻すことができる。この場合においては,供託をしなかったものとみなす。」)ですが,そもそも供託自体が弁済者と債権者との間での契約ではないところです。「供託の法律的性質は,第三者のためにする寄託契約である(537-539条・657条以下参照)。すなわち,供託者と供託所との契約は寄託であるが,これによって債権者をして寄託契約上の権利を取得せしめるものである。本来の債務者に代って供託所が債務者となるようなものである」と説かれています(我妻榮『新訂 債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)307頁)。供託者からの供託の申込みを承諾するのは供託所であるということになるようです。「「放擲」(特殊な観念)と事務管理の融合したものとする異説」もあるそうですが(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1981年)275頁参照),この場合も債権者は契約の当事者になりません。民法4961項は富井=本野のフランス語訳では “La chose consignée peut être retirée, tant que le créancier n’a pas déclaré accepter la consignation ou qu’il n’a pas été rendu un jugement passé en forece de chose jugée déclarant la consignation régulière. Dans ce cas, la consignation est censée n’avoir pas été faite.となっていますので,フランス語の“accepter”は,「承諾する」及び「受諾する」のいずれをも含む幅広い意味の言葉であるということになります。なお,同項は,旧民法財産編4782項(「然レトモ債権者カ供託ヲ受諾セス又其供託カ債務者ノ請求ニテ既判力ヲ有スル判決ニ因リテ有効ト宣告セラレサル間ハ債務者ハ其供託物ヲ引取ルコトヲ得但此場合ニ於テハ義務ハ旧ニ依リ存在ス」)に由来するところ,旧民法財産編4782項の本となったボワソナアド原案の501条の21項は,次のとおりでした(Boissonade II, p.621)。

 

  500 bis.   Toutefois, tant que le créancier n’a pas accepté la consignation ou qu’elle n’a pas été, à la demande du débiteur, déclarée valable par jugement ayant acquis force de chose jugée, celui-ci peut la retirer et la libération est réputée non avenue.

 

 フランス語で“accepter”とあれば機械的に「承諾」と訳すのではなく,訳語の選択には工夫がされていたわけです。

 

カ 民法549条

 契約であるところの贈与に係る民法549条における用法に似た「受諾」の用法は,以上見た範囲では,ほかにはなさそうです。法制執務的には,一人ぼっちでちょっと心細い。

後編に続く(
http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078025256.html




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1 序

 筆者は,かつて「「法の下の平等」(日本国憲法14条1項)の由来に関する覚書」などという大仰な題名を掲げたブログ記事(2015年9月26日)を書きましたが,当該記事の中にあって筆者の主観において主役を務めていたのは,「1946年2月28日の松本大臣の決断によって,19世紀トニセン流の狭い射程しかない法律の前の平等概念を超えた,広い射程の「法(律)の下の平等」概念が我が国において生まれたと評価し得るように思われます。」との評価を呈上することとなった憲法担当国務大臣松本烝治でした。松本烝治こそが,日本国憲法14条1項の前段と後段との連結者であって,その結果,同項の「法の下の平等」概念はその後松本自身も予期しなかったであろう大きな発展を遂げることになった,というのが筆者の観察でした。

 松本大臣の筆先からは,思いもかけぬ日本国憲法上の論点がひょこりと飛び出して来るようです。

 今回筆者が逢着したのは,天皇に係る日本国憲法4条1項後段の「国政に関する権能」概念でした。

 

天子さま――という表現を,松本国務相は使う。

  〔中略〕

  「父にしてみれば,ほかの明治人と同じように,ひたすら天子さまでしょ。終戦にしても,天皇制を護持するために終戦にしたんで,日本人民のためにだけ終戦にしたのじゃないという考え方ですよ」

  と,松本正夫がいい〔後略〕

   (児島襄『史録 日本国憲法』(文春文庫・1986年(単行本1972年))88頁,90頁)

 

 ということで,松本烝治は天皇及び皇室のためを思って仕事をしていたようなのですが,天皇の意思表示と「天皇は,国政に関する権能を有しない。」とする日本国憲法4条1項後段との関係を検討しているうちに,筆者は,忠臣小楠公・楠木正行の四條畷における奮闘がかえって不敬の臣・高師直の増長を招いてしまったようなことがあったなぁというような感慨を覚えるに至ったのでした。(奇しくもいずれも,四条がらみの戦いでした。)

 

「「法の下の平等」(日本国憲法14条1項)の由来に関する覚書」

(松本烝治は後編に登場します。)

前編http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144048.html

後編http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144259.html


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小楠公・楠木正行像(大阪府大東市飯盛山山頂)

  返らじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞ留むる


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小楠公・楠木正行墓(大阪府四條畷市)

馬には放れ,身は疲れたり。今はこれまでとや思ひけん,楠帯刀正行,舎弟次郎正時,和田新発意〔正行・正時のいとこ〕,三人立ちながら差し違へ,同じ枕に臥したりけり。吉野の御廟にて過去帳に入りたりし兵,これまでなほ63人討ち残されてありけるが,「今はこれまでぞ。いざや面々,同道申さん」とて,同時に腹掻き切つて,同じ枕に臥しにけり。(兵藤裕己校注『太平記(四)』(岩波文庫・2015年)232頁)

 ・・・ただこの楠ばかりこそ,都近き殺所(せつしょ)両度藤井寺合戦・住吉合戦大敵(なび)吉野村上ぬ。京都(よりかか)恐懼和田片時(へんし)1348年)一月五日〕,聖運すでにかたぶきぬ。・・・(同234頁)


2 関係条文

 日本国憲法4条1項は「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,国政に関する権能を有しない。」と規定しています。三省堂の『模範六法』にある英文では“The Emperor shall perform only such acts in matters of state as are provided for in this Constitution and he shall not have powers related to government.”となっています。

 下らない話ですが,日本語文では,天皇は「この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ」という表現になっているので,天皇は当該国事行為をする以外は食事睡眠等を含めて何もしてはならないのかという余計な心配をしたくなるのですが,英語文では,国事(matters of state)についてはこの憲法の定める行為しかしないのだよと読み得るので一安心です。政府見解的には「国事行為は,天皇の国家機関としての地位に基づく行為」であるそうですから(園部逸夫『皇室法概論』(第一法規・2002年)124頁),換言すると,日本国憲法4条1項前段は,天皇が国家機関としての地位に基づき行う行為は「この憲法の定める国事に関する行為のみ」だということのようです。(ちなみに,「宮廷費で賄うこととされている」天皇の「公的行為」は,「天皇の自然人としての行為であるが,象徴としての地位に基づく行為」です(園部131頁,126頁)。)

日本国の日本国憲法の解釈に英語が出てくるのはわずらわしくありますが,1946年の日本国憲法制定当時の法制局長官である入江俊郎は,日本国憲法の英語文について「アメリカとの折衝では,英文で意見を合致した。憲法解釈上有力な参考になる。」と同年の枢密院審査委員会で述べていたところです(佐藤達夫(佐藤功補訂)『日本国憲法成立史 第三巻』(有斐閣・1994年)387頁)。

 

3 GHQ草案

 話を1946年2月13日,東京・麻布の外務大臣官邸において松本烝治憲法担当国務大臣,吉田茂外務大臣らにGHQ民政局のホイットニー准将,ケーディス陸軍大佐,ハッシー海軍中佐及びラウエル陸軍中佐から手交されたいわゆるGHQ草案から始めましょう。

同日のGHQ草案では,日本国憲法4条に対応する第3条の規定は次のとおりとなっていました(国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」の「資料と解説」における「315 GHQ草案 1946年2月13日」参照)。

 

Article III.     The advice and consent of the Cabinet shall be required for all acts of the Emperor in matters of State, and the Cabinet shall be responsible therefor.

The Emperor shall perform only such state functions as are provided for in this Constitution. He shall have no governmental powers, nor shall he assume nor be granted such powers.

The Emperor may delegate his functions in such manner as may be provided by law.

      

日本国憲法4条1項に対応する部分は,「天皇は,この憲法の定める国の職務(state functions)のみを行う。天皇は,政治の大権(governmental powers)を有さず,かつ,そのような大権を取得し,又は与えられることはない。」となっています。「天皇は,この憲法の定める国の職務のみを行う。」の部分は,「天皇は,国の職務を行うが,この憲法の定めるものに限られる。」と敷衍して意訳しないと,天皇の食事睡眠等がまた心配になります。この点については,それとも,その前の項では天皇の行う国事に関する行為(acts of Emperor in matters of State)が問題になっていますから,「国事に関する行為(acts in matters of State)であって天皇が行うものは,この憲法の定める国の職務(state functions)のみである」という意味(こころ)なのでしょうか。(State functionsは,国家機関としての地位に基づき行う行為だということになるのでしょう。)

 後に日本国憲法4条1項となるこのGHQ草案3条2項は,大日本帝国憲法4条(「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ従ヒ之ヲ行フ」)の清算規定でしょう。

大日本帝国憲法4条の伊東巳代治による英語訳文は次のとおり(Commentaries on the Constitution of the Empire of Japan(中央大学・1906年(第2版))。同書は『憲法義解』の英訳本です。)。

 

ARTICLE IV

 The Emperor is the head of the Empire, combining in Himself the rights of sovereignty, and exercises them, according to the provisions of the present Constitutions(sic).

 

ちなみに,米国人らは真面目で熱心であるので,当然伊東巳代治による英語訳『憲法義解』を研究していました。

1946年7月15日にGHQを訪問した佐藤達夫法制局次長は,次のようなケーディス大佐の姿を描写しています(佐藤達夫(佐藤功補訂)『日本国憲法成立史 第四巻』(有斐閣・1994年)681頁。下線は筆者によるもの)。

 

 第1条についての政府の説明は,かつて松本博士がその試案における天皇の地位について自分に説明した考え方と同じだ・といって,英訳〈憲法義解〉をもち出し次のように述べた。〔後略〕

 

この点については,既に同年3月4日の段階で,「先方〔GHQ民政局〕は伊東巳代治の明治憲法の英訳を持っており」と観察されていたところです(佐藤達・三112頁)。
 GHQ草案3条は外務省によって次のように訳されました(佐藤達・三
34頁)。

 

国事ニ関スル(in matters of State)皇帝ノ一切ノ行為ニハ内閣ノ輔弼及協賛ヲ要ス而シテ内閣ハ之カ責任ヲ負フヘシ

皇帝ハ此ノ憲法ノ規定スル国家ノ機能(state functions)ヲノミ行フヘシ彼ハ政治上ノ権限(governmental powers)ヲ有セス又此ヲ把握シ又ハ賦与セラルルコト無カルヘシ

皇帝ハ其ノ権能ヲ法律ノ定ムル所ニ従ヒ委任スルコトヲ得

 

Governmental powersとは,国家機関としての権力的な権限のことだと思われます(日本国憲法の英語文をざっと見ると,powerは,主,国政の権力,全権委任状の全,国,行政,最高裁判所の規則を定める権限,憲法に適合するかしないかを決定する権限,国の財政を処理する権限といった語の対応語となっています。)。「政治上ノ権限」は外務省の訳語ですが,いずれにせよ「国政権」,「政府に係る権限」などとそれらしく重く訳されるべきでした。「政治」はなお,筆者の感覚では,卑俗ないしは非公的なものとなり得ますが,「政治の大権」は,12世紀以来武士どもの棟梁が天皇から奪い取ったものを指称する軍人勅諭(1882年1月4日)における明治天皇の用語です。

日本国憲法88条に基づき皇室財産が国有化されて皇室が財産を失ったように,同4条1項についても,同項で天皇も「この憲法の定める国事に関する行為」をする仕事を残して政治の大権を失っており,今や後堀河院以降の時代と同様であって政治の大権は天皇から臣下の手に落ちているところ(軍人勅諭的表現),願わくは当該臣下が北条泰時のような者ならんことを,といい得ることになっていれば,依然同項後段に関する解釈問題がなお今日的なものとなっているという事態とはなっていなかったものでしょうか。天皇ないしは皇族の少々の発言等では天皇の政治の大権という巨大なものは回復したことに到底ならずしたがって天皇が政治の大権を有する違憲状態となったとの問題も発生せず,天皇及び皇族の振る舞い方の問題は日本国憲法4条1項後段の憲法論とは別の次元で(例えば皇室の家法における行為規範の問題として)論じられるようになっていたのではないでしょうか。しかしながら, 日本国憲法4条1項の規定については,「国家機関としての天皇は,憲法に定める国事に関する行為のみを行い,国政に関与する権能を全く持たない旨を定めるものである」のみならず,「一般に天皇の行為により事実上においても国政の動向に影響を及ぼすようなことがあってはならないという趣旨を含むものと解されている」ところです(園部128‐129頁)。

 

4 日本側3月2日案と松本モデル案

 

(1)3月2日案

GHQ草案を承けた日本側1946年3月2日案の第4条は次のようになりました(佐藤達・三94頁)。

 

第4条 天皇ハ此ノ憲法ノ定ムル国務ニ限リ之ヲ行フ。政治ニ関スル権能ハ之ヲ有スルコトナシ。

 天皇ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ権能ノ一部ヲ委任シテ行使セシムルコトヲ得。

 

(2)松本モデル案

 

ア 文言

3月2日案の第4条は,松本国務大臣が1946年2月26日に佐藤達夫法制局第一部長に渡したモデル案どおりなのです。GHQ草案の「一応大ナル(いが)ヲ取リ一部皮ヲ剥クべしとの意図をもって作成された松本大臣のモデル案の調子を見るため,その第1条から第4条までを次に記載します(佐藤達・三72頁,6970頁)。

 

第1条 天皇ハ民意ニ基キ国ノ象徴及国民統合ノ標章タル地位ヲ保有ス

第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ世襲シテ之ヲ継承ス

第3条 天皇ノ国事ニ関スル一切ノ行為ハ内閣ノ輔弼ニ依ルコトヲ要ス内閣ハ之ニ付其ノ責ニ任ス

第4条 天皇ハ此ノ憲法ノ定ムル国務ニ限リ之ヲ行フ政治ニ関スル権能ハ之ヲ有スルコトナシ

 天皇ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ権能ノ一部ヲ委任シテ行使セシムルコトヲ得

 

イ ちょっと小説

 冒頭の「天皇ハ民意ニ基キ」で松本大臣はがっくり元気がなくなり,続く「国ノ象徴及国民統合ノ標章タル地位」で頭が痛くなり,皇室典範については議会の関与に係る規定を後ろの条項に回して少し気が楽になり,内閣の輔弼(advice)は当然あるべきことと認めても生意気な同意(consent)は毅然として認めず,内閣が天皇の行為について責任を負うとあからさまに書くと天皇が被保護者みたいであるから「之ニ付其ノ責ニ任ス」とうまく表現し,国務を行うのは当然でも「ニ限リ」はちょっと嫌だなぁと眉をしかめたところで,「天皇ハ此ノ憲法ノ定ムル国務ニ限リ之ヲ行ヒ政治ノ大権ヲ有スルコトナシ」とはとても書けなかったものでしょう。

 「・・・ニ限リ之ヲ行フ政治ニ関スル権能ハ之ヲ有スルコトナシ」と書いた松本大臣の心理はどういうものであったか。

 「政治上ノ権限」というのがgovernmental powersに対応する外務省の訳語だったのですが,どうしてこれをそのまま採らずに「政治ニ関スル権能」を採用したのか。

 

ウ 「権能」

まず,「権能」ですが,これは,「権限」よりは「融通性の広い」,その意味ではやや輪郭がぼやけ,かつ,微温的な語として採用されたのではないでしょうか。日本国憲法の英語文でpowerが「権能」と対応するものとされているのは第4条1項だけです。「権能」とは,「法律上認められている能力をいう。あるいは権限,職権と同じように,あるいは権利に近い意味で用いられる。「権限」,「権利」というような用語よりは融通性の広い,いずれかといえば,能力の範囲ないし限界よりは,その内容ないし作用に重きを置いた用語であるといえよう。」と定義されており,かつ,用例として正に日本国憲法4条が挙げられています(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)橘武夫執筆)。

 

エ 「政治」

「政治」という語の維持は,政治家の方々には悪いのですが,dirty imageがあることはかえって結構であって,否定の対象語として適当であると思われたのかもしれません。ちなみに,1946年7月11日付けのGHQ民政局長宛てビッソン,ピーク及びコールグローヴ連名覚書「憲法草案の日本文と英文の相違」では「日本人は天皇が政治的(ポリテイクス)な意味で政治(ガバメント)に積極的にたずさわったり,政府の行政そのものに直接介入することを望んだことはこれまで一度もなかった。したがって,日本人は憲法にこのような禁止条項がはいることにはなんら反対していない。」と観察していました(佐藤達・四700702頁)。「統治」であれば,大日本帝国憲法告文(「皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範」)及び上諭(「国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所」)並びに1条(「天皇之ヲ統治ス」)及び3条(「国ノ統治権ヲ総攬」)の真向否定になるのであって論外であり(伊東巳代治の訳するところでは統治権は“the rights of sovereigntyであって,統治=主権ということになっていました。),「政府に係る権限」も天皇ノ政府を失うとの文言であって寂しい。

 

オ 「ニ関スル」

しかし,「政治上ノ権能ハ之ヲ有サス」と,失う権能の対象を比較的くっきりはっきり書くと,たといそれがdirty imageを伴うものであっても,やはり喪失感が辛く厳しい。そこで「上ノ」に代えて「ニ関スル」が出て来ての更に朧化した表現となったのではないでしょうか。

「政治ニ関スル権能」ということになると,しかし,外延が弛緩します。「政治」は必ずしも国家の機関の公的活動をのみ意味しませんし,「に関する」は「に係る」よりも更に広い対象を含み得るからです。「に係る」に関して,「に係る」は「「・・・に関する」又は「・・・に関係する」に近い意味であるが,これらより直接的なつながりがある場合に用いられる。」とされているところです(吉国等編『法令用語』澄田智執筆)。換言すると,「に係る」が「・・・より直接的」であるということは,「に関する」は「に係る」より間接的であるわけです。

「国政に関する(related to government)」の「に関する」のせいで日本国憲法4条1項の解釈について後日紛糾が生ずるのですが,その紛糾の種は松本大臣がまいたものだったのでした。

 

5 佐藤・GHQ折衝及び3月6日要綱から4月13日草案まで

 

(1)佐藤・GHQ折衝および3月6日要綱

1946年3月4日から同月5日にかけての佐藤達夫部長とGHQ民政局との折衝においては,日本側3月2日案の第4条については「その中で,天皇の権能の委任について,マ草案では単に「其ノ権能ヲ法律ノ定ムル所ニ従ヒ委任スルコトヲ得」となっていたのに対し日本案で「其ノ権能ノ一部ヲ委任・・・」としていたことが問題となり,その「一部」を削ることとした」だけでした(佐藤達・三112113頁)。その結果の第4条の第1項の英語文は,次のとおりです(佐藤達・三178頁)。

 

The Emperor shall perform only such functions as are provided for in this constitution. Nor shall he have powers related to government.

 

英語文においても,GHQ草案にあったgovernmental powersが,松本大臣の手を経た結果,将来紛糾をもたらすこととなる,より幅広いものと日本側が解釈するpowers related to governmentになってしまっていたわけです。

1946年3月6日内閣発表の憲法改正草案要綱の第4は,次のとおりです(佐藤達・三189頁)。

 

第4 天皇ハ此ノ憲法ノ定ムル国務ヲ除クノ外政治ニ関スル権能ヲ有スルコトナキコト

 天皇ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ権能ヲ委任スルコトヲ得ルコト

 

このうち第1項は,3月2日案(及びそこから変更の無かった3月5日案(佐藤達・三164頁))とは異なった表現となっています。「これは,この憲法に列挙される天皇の権能も,一応は「政治ニ()スル(﹅﹅)権能(﹅﹅)」と見られるから,「除クノ外」でつなぐ方が論理的だ・という考えによるものであったと思う。」ということですが(佐藤達・三178頁),松本大臣の毒がまわってきたわけです。「邪推するならば,政府は天皇の権能にかんして,民政局にたいする関係においてはその政治的権能を否定しながら,日本国民にたいする関係においてはそれを復活させたと考えることもできるし,また,すくなくとも民政局発案のものをただしく把握していなかったことだけは疑ない。」(小嶋和司「天皇の権能について」『小嶋和司憲法論集二 憲法と政治機構』(木鐸社・1988年)92頁)というのはやはり「邪推」で,「政治的権能」よりも「政治ニ関スル権能」の方が意味する範囲がはるかに広かっただけであり(天皇の「政治的権能」プラス・アルファが否定されたことになります。「此ノ憲法ノ定ムル国務」はプラス・アルファの部分に含まれてしまうのでしょう。),また,文句を言われようにも,“governmental powers”から“powers related to government”への用語の変更をGHQが十分重く受け止めていなかっただけだということのようです。

 

(3)4月13日草案まで

とはいえ,1946年4月2日に法制局とGHQ民政局との打合せがあったのですが,前記の点は,「第4条の「国務ヲ除クノ外」は,要綱作成のときに入れたのであったけれども,この打ち合せの段階で,それは英文にもないし,また「国務」が形式的な仕事をあらわしている点からいって,「除クノ外」でつなぐことは反って適切ではなかろうという意見が出たが,これは成文化のときの考慮に残した。」というように再び問題となり(佐藤達・三289頁),同月13日の日本国草案作成段階では,「英文との関係もあっていろいろと迷った」結果,日本側限りで「国務ヲ除クノ外」を「国務のみを行(ママ),」としています(佐藤達・三326頁)。1946年4月13日の憲法改正草案4条は,次のとおり(佐藤達・三336頁)。

 

第4条 天皇は,この憲法の定める国務のみを行ひ,政治に関する権能を有しない。

  天皇は,法律の定めるところにより,その権能を委任することができる。

 

6 枢密院審査委員会

とはいえ,憲法改正草案4条1項後段から「その他の」を完全に切り捨てる割り切りは難しかったようで,1946年4月22日の第1回の枢密院審査委員会における幣原喜重郎内閣総理大臣の説明要旨では「改正案においては,天皇は一定の国務のみを行ひ,その他においては,政治に関する権能を有せられないこととしてゐるのである。」と述べています(佐藤達・三381382頁。下線は筆者によるもの)。(ここでの「一定の国務」の範囲については,1946年4月の法制局「憲法改正案逐条説明(第1輯)」では「天皇が具体的に統治権の実施に当たらるる範囲」と観念されていました(国立国会図書館「日本国憲法の誕生」の「44 「憲法改正草案に関する想定問答・同逐条説明」1946年4月~6月」参照。下線は筆者のもの)。)同年5月3日の委員会においては林頼三郎枢密顧問官も「第4条の国務と政治とは別なやうによめる。国務即政治なり。要綱のときの「除くの外政治に関する・・・」の方がよくわかつた。」と発言し,これに対して入江法制局長官が「その国務だけで,それ以外は政治に関する権能を有せずといふ意なるもこの国務のみを行ふといふこととそれ以外は行はぬといふ2点をかきたかつたのである。」と答弁すると,更に「そういふ意味ならそれ以外といふ字を入れたらどうか。」と二の矢を放っています(国立国会図書館「日本国憲法の誕生」の「41 枢密院委員会記録 1946年4月~5月」)。

しかしながら,枢密院審査委員会においては草案4条1項の文言は修正されませんでした。とはいえ1946年5月の法制局「憲法改正草案逐条説明(第1輯)」は,なお第4条1項について「天皇が行はせられる国務の範囲は第6条及び第7条に規定されて居りますが,本条はそこに定められた国務のみを行はせられることを明らかにし,その他の政治に関する権能を有せられないことを定めたのであります。」と述べています(国立国会図書館「日本国憲法の誕生」の「44 「憲法改正草案に関する想定問答・同逐条説明」1946年4月~6月」参照。下線は筆者によるもの)。「その他の」の挿入等何らかの手当ての必要性は決して消えてはいませんでした。

問題解決は先延ばしにされ,その後の修正作業は,帝国議会の審議期間中において概略後記のような経緯で行われていきます。

7 第90回帝国議会会期中の修正及びその意味

 

(1)芦田小委員会修正

 第90回帝国議会衆議院の憲法小委員会(芦田均小委員長)において1946年8月2日までに修正を経た日本国憲法案4条は,次のとおりでした(佐藤達・四783頁参照)。下線部が小委員会による修正後の文言で,括弧内が被修正部分です。

 

 第4条 天皇は,この憲法の定める国務のみを行ひ,その他の国政(政治)に関する権能を有しない。

 

   天皇は,法律の定めるところにより,前項の国務に関する(その)権能を委任することができる。

 

 上記第1項の英語文は,次のとおりでした(佐藤達・四802頁)。

 

    The Emperor shall perform only such state functions as are provided for in this Constitution. Never shall he have powers related to government.

 

第4条1項の「政治に関する権能を有しない」を「その他の国政に関する権能を有しない」と改めることは,同年7月25日に芦田小委員長から提案されていました(佐藤達・四715頁)。

 

(2)7月29日の入江・ケーディス会談

 

ア GHQ側の認識:本来的形式説

前記のように第4条1項の「政治に関する権能を有しない。」を「その他の国政に関する権能・・・」と改めようとしている点については,1946年7月29日,入江俊郎法制局長官がGHQ民政局のケーディス大佐を訪問した際GHQ側が,「何故に「その他の」を加えるのか,それでは,国務(state function)と国政(government)とが同一レベルのものとなり,天皇が儀礼的国務のみを行うという意味がぼやけてしまう。せっかく,前文及び第1条で主権在民を明文化しても,第4条において,あたかも天皇がそれを行使するかのように規定したのでは何にもならない。」とおかんむりだったそうです(佐藤達・四757頁)。

第4条1項前段の天皇の「国務」は儀礼的な行為にすぎないものであるというのがGHQの認識であり,儀礼的な行為にすぎないから国政(government)とは同一レベルにはない,すなわちそもそも国政に含まれるものではない,ということのようです。「4条は,天皇に単なる「行為」権のみを認め,「国政に関する権能」を認めていないのであって,6条,7条の「国事に関する行為」は本来的に形式的・儀礼的行為にとどまるものと解す」る「本来的形式説」が採用されているわけです(佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)253254頁)。

 

イ 日本側の認識:国政に関する権能による国事行為の権能の包含

日本側のその場における反論は,「それに対して,「国政」のほうが意味がひろく,「国務」も国政のなかに含まれる。したがって「その他の国政・・・」としないと,第1項前段の「天皇は,この憲法の定める国務のみを行ひ」と矛盾する」というものだったそうですが(佐藤達・四757頁),なお言葉足らずだったでしょう。より精確には,「「その他の」を加える理由として,「国政に関する」とあるために,事務的,儀礼的の仕事でも,およそ「国政」に関連するものは含まれることとなる。したがって「その他の」を入れることが論理上正確であり,且つ,天皇の権能として許されない事がらが一層明確となる」ということが日本の法制局の思考だったようです(佐藤達・四758頁)。「国政に関する」の「に関する」こそが問題であって,この文言があるばかりに,国政自体に係る権能のみならず国政に関連するだけの仕事に係る権能をも含むこととなって,「国政に関する権能」の行使となる仕事のレベルは上下分厚く,「国務」のレベルの仕事もそこに含まれてしまうことになっているのだ,ということだったようです。しかし,こう理屈を明らかにすればするほど「その他の」の文言が必要不可欠ということになり,結局「その他の」がない場合には矛盾が生じ,「そのような理解は4条の文言からいって無理」(佐藤幸253頁)ということになるようです。

なお,第4条1項のgovernmentが「政治」から「国政」に改まることについては,1946年7月15日に佐藤達夫法制局次長がケーディス大佐に対して,努力する旨約束していたところでした(佐藤達・四682頁,683頁)。これは,同月11日付けの前記ビッソンらの民政局長宛て覚書で,「政治」の語にはgovernmentのほかpoliticsの意味がある旨指摘されていたところ(佐藤達・四702頁),それを承けてケーディス大佐から一義的にgovernmentと理解されるような語を用いるように要求されたからでしょうか。

 

(3)8月6日の入江・ケーディス会談

 

ア 日本側妥協による日本国憲法4条1項の日本語文言の成立

1946年7月29日には対立解消に至らなかったものの,しかしながら,同年8月6日,入江長官はケーディス大佐を訪問し,「天皇の章について,「国務」等の語を「国事に関する行為」に改め,〔芦田小委員会の修正した第4条1項の〕「その他の国政」の「その他」〔ママ〕を削ることにしたい,もしこれに同意ならば,政府として議会側に働きかける用意がある・と述べ」るに至りました(佐藤達・四801頁)。「ケーディス大佐は,ゴルドン中尉を呼び入れて用語の適否を確かめた上,これに賛成し,「国事に関する行為」は,英文がまちまちの表現をしているにくらべて改善であると述べた」そうです(佐藤達・四801頁。なお,「国務」の語については,英語に戻すとstate affairsとなり「functionよりもいっそう積極的で強い語感を含む言葉」となっているとの指摘が同年7月11日付けのビッソンらの民政局長宛て覚書でされていました(佐藤達・四702頁)。)。第4条1項の文言は,「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ, 国政に関する権能を有しない。」という現在の日本国憲法4条1項の文言となることになったわけです。(なお,ジョゼフ・ゴードン陸軍中尉は,GHQ草案作成時26歳でGHQの翻訳委員会のスタッフであり,また,後に日本国憲法24条関係で有名となるベアテ・シロタ嬢と結婚します。「エール大学の民事要員訓練所でみっちり学んだというゴードン氏の日本語は,読み書きは立派なものだが,会話はまったく駄目。妻のベアテさんは,会話は日本人と変わりないが,読み書きは苦手。ベアテさんに来た日本語の手紙を,ご主人が読んで英語で聞かせてあげるというから,なんとも不思議な夫婦だ。」と紹介されています。(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』(角川文庫・2014年(単行本1995年))6970頁))

 

イ 4条1項前段と同項後段との関係に係るGHQの認識:逆接

第4条1項の前段と後段とは英文では二つの文になっていたところ,前記合意成立の際,「ケーディス大佐〔は〕,この二つの語句は,althoughbutで結ばれる関係にある,日本文がandで結ばれているような感じになっているのはおもしろくない・と述べた」そうです(佐藤達・四802頁)。すなわち,日本国憲法4条1項後段は,前段で国事行為(前記のとおり,これは儀礼的なものなので国政とは別レベルである,というのがGHQの認識でした。)を行う旨規定しているのでそれらの行為を通じて天皇が国政の権能を有するもののように誤解される恐れがあるから,天皇の国事行為の性格についてのそのような誤解を打ち消すために(「althoughbutで結ばれる関係」ということはこういう意味でしょう。)書かれた文言である,ということのようです。

 

ウ 4条1項前段と同項後段との関係に係る日本側の認識:順接

ただし,「これに対しては,日本側からalthough又はbutというのはonlyを見落としているもので,むしろ,論理上thereforeと解すべきである。また,もし日本文で二つの文章に分けるとすれば,短い文章で「天皇」の主語をくり返すことになり翻訳臭がでてきわめておかしなものとなる・と反対した結果,先方はその提案を撤回した。」との落着となりました(佐藤達・四802頁)。

第4条1項前段の「のみ(only)」の語に天皇に対する制限ないしは禁止規範の存在が見出されたところ,therefore,当該制限ないしは禁止規範の内容たる「天皇の権能として許されない事がら」が明文化されることとなったのが同項後段である,というのが日本の法制局の理解なのでしょう。(これに対して,あるいはGHQの理解は,第4条1項前段の「のみ(only)」による天皇に対する制限ないしは禁止は同項前段自体の内部で閉じている,すなわち,同項前段の意味は「天皇は,国事に関する行為を行う。ただし,この憲法の定めるものに限る。」というものである,同項後段は具体的な制限ないしは禁止規範ではなくて天皇に政治の大権が無いことを改めて確認する為念規定である(「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ふ。この国事に関する行為を行ふ権限は,政治の大権のために認められたものと解釈してはならない。」),ということででもあったのでしょうか。)GHQの理解では日本国憲法4条1項後段は同項前段に向かっているものであるのに対して,日本の法制局の理解では同項後段は天皇に向かっている,と比喩的に表現できるでしょうか。

日本側は第4条1項をどのように解釈することにしたのでしょうか。「国政に関する権能(powers related to government)」を「国政の権能(governmental powers)」と解釈することにしたのでしょうか。しかし,当座のところは,むしろ原案復帰にすぎないということで,「その他の国政に関する権能を有しない。」の「その他の」を元のとおり解釈で補うことにした,ということの方があり得ることではないでしょうか。帝国議会で政府は,「此処の意味は,天皇は政治に関する権能を有せられない,併しながら其の政治に関する権能の中でも,此の憲法にはつきり書いてある部分は行はせらるゝことが出来る,斯う云ふ意味であります」との答弁を行っていたところです(小嶋「天皇の権能について」9192頁参照)。

 

エ Governmentの訳語:「国政」か「統治」か

なお,日本国憲法4条1項後段の「国政に関する権能」(powers related to government)の語について当該会談において「ゴルドン中尉は,「国政に関する権能を有しない」の「国政」を「統治」と改めることを提案したが,日本側はこれに反対し,またケーディス大佐も「統治」とすると,天皇はrulingに関する権能はもたないが,もっと軽易なadministrativeな権能はもち得るように解せられる恐れがあるから「国事」に対するものとして「国政」とした方がいい・と述べ,「国政」とすることに落ち着いた」そうです(佐藤達・四802頁)。

大日本帝国憲法の完全否定になる「統治」の語の採用を日本側が拒んだことは分かります。大日本帝国憲法の告文及び上諭並びに1条及び3条は,天皇は大日本帝国の統治の大権を有してきたものであり,また今後も有するものであることを規定していましたし,伊東巳代治の英語訳(統治=sovereignty)からしても, 「統治」の語は主権論争を惹起せざるを得なかったからです。

天皇に対する制約規範として,「統治に関する権能を有しない」と「国政に関する権能を有しない」とを比較すると,権能を有しないものとされるものの範囲は後者(「国政」)の方が前者(「統治」)より広いのです(というのが筆者及びケーディス大佐の理解です。)。だからこそ,ケーディス大佐は軽易なadministrative権能まで天皇に与えまいとして日本側の「国政」説に与したのでした。

 

オ 英語文の修正

1946年8月24日の段階で,日本国憲法案4条1項の英語文は,“The Emperor shall perform only such acts in matters of state as are provided for in this Constitution. Never shall he have powers related to government.”という形になっていたもののようです(佐藤達・四876頁)。

8 「結果的形式説」の妥当性

 

(1)当初の政府説明の維持不能性:「その他の」の不在

 日本国憲法4条1項における,天皇が「国政に関する権能を有しない」こと(同項後段)とその同じ天皇が「この憲法の定める国事に関する行為」を行うこと(同項前段)との関係に係る「此処の意味は,天皇は政治に関する権能を有せられない,併しながら其の政治に関する権能の中でも,此の憲法にはつきり書いてある部分は行はせらるゝことが出来る,斯う云ふ意味であります」との第90回帝国議会における政府説明は,確かに,同項後段は「その他の国政に関する権能を有しない」と規定していておらず,かつ,そのことは再三公然と指摘されていたことでもあるので,いつまでも維持され得るものではありませんでした。

 

(2)本来的形式説の難点:松本烝治元法制局長官の「ニ関スル」の呪縛

 しかし,日本国憲法4条1項前段の国事行為を行うことに係る天皇の権能は同項後段の国政に関する権能には含まれない,との解釈(天皇の国事行為に係る本来的形式説の前提となる解釈)は,我が日本国の法制局参事官の頑として受け付けないところでした。

 

ア 「国事に関する行為」を行う権能と「国政に関する権能」と

日本国憲法4条1項の前段と後段との関係を後段冒頭に「その他の」の無いまま整合的に説明するための努力に関してでしょうが,「多くの論者は「国事に関する行為」と「国政に関する権能」とを単純に相排斥する対立的概念であるとして,その区分基準を「国事」と「国政」との相違にもとめ,ここで敗退する。」との指摘があります(小嶋和司「再び天皇の権能について」『小嶋和司憲法論集二 憲法と政治機構』113頁)。当該指摘に係る状況について精密に見てみると,国事行為を行う権能は国政に関する権能に含まれるのだ,と言う主張の壁の前に当該論者らは敗退したということでしょう。

 

イ 「国政に関する権能」概念の縮小解釈の可能性いかん

 

(ア)「国政の動向を決定するような権能」:小嶋和司教授

そこで,本来的形式説の首唱者(小嶋和司教授)は,本丸の「国政に関する権能」概念を操作することにします。当該概念を縮小せしめることとして,「国政に関する権能」は「国政の動向決定(●●)する(●●)ような(権能」であるものと主張します(小嶋「再び」113頁。「国政運営に影響を及ぼすような権能」との理解から改説)。そこには「「国事に関する行為」を行う権能」は含まれないのだ,と主張するわけです。しかし,「国政の権能」,せめて「国政に係る権能」との文言であったのならばともかくも,「に関する」がそこまでの縮小を認めるものかどうか。内閣法制局は,無理だと考えているのでしょう。

 

(イ)「国政に関して実質的な影響を与えるような行為をする権能」:内閣法制局

「国政」に関して,元法制局参事官の佐藤功教授は,「国政」とは「国の政治を意味する。」としつつ,「憲法4条は,天皇が憲法の定める国事に関する行為のみを行い国政に関する権能を有しない旨を定めている。この場合に「国政に関する権能」とあるのは,国家意思を決定する国政に関して実質的な影響を与えるような行為をする権能という意味である。」と,なおも「国政に関する権能」を広く定義しています(吉国等編『法令用語辞典』。下線は筆者によるもの)。松本烝治元法制局長官の筆にした「ニ関スル」は,実に重いものなのです。

日本国憲法4条1項の前段と後段との関係の解釈については,憲法学界の大勢は本来的形式説を採るようなのですが,内閣法制局筋の実務家から見るとどういうものなのでしょうか。

 

ウ またも小説

「ここは,「関する」ですか,若しくは「係る」ですか,又は「の」なのですか。」

と夜半, 霞が関の中央合同庁舎第4号館の内閣法制局の大部屋において内閣法制局参事官に「詰め」られたとき,

「いやぁ,そこは作文ですから,よくご存じの参事官が文学的フィーリングで決めてくださいよ。」

などと学識不足のゆえか疲労に由来する横着のゆえかうっかり言おうものなら,法令案の審査がストップして大騒ぎになります。

「なんですかそれは。それが審査を受ける者の態度ですか。」

担当官庁の法案作成担当チームの頑冥無学迷走ぶりに憤然として大机の前で御機嫌斜めの内閣法制局参事官殿のところに本省局長閣下がちょこちょことやって来て,御免お願い機嫌を直して審査を再開してちょうだいよこちらは死ぬ気で頑張るからさと懇願している様子を実見した者の言うには,「ふぅーん,人間の頭の使い方には2種類あるんだな。」と思ったとの由。

「考える」と「下げる」。

無論,後者の方が前者よりもはるかに高い価値があるものです。


考える
「考える」(東京都台東区上野公園国立西洋美術館前庭)
 

(3)結果的形式説

 本来的形式説が,「に関する」に伴う「国政に関する権能」概念の広さゆえ採用が難しいところから,別の解決策が求められざるを得ません。

日本国憲法4条1項前段の国事行為には「すべて内閣の助言と承認が要求され,この助言と承認権には実質的決定権が含まれるから,結果的には「国事に関する行為」は形式的・儀礼的になる,というように説く見解」たる「結果的形式説」(佐藤幸254頁参照)が,アポリアからの最後の脱出路となるわけです。

ただし,「行為」が「形式的・儀礼的になる」と落着するのだと述べるだけで説明を打ち切るのは,なお議論が行為レベルにとどまっていて不親切です。「形式的・儀礼的」な行為を行う権能であっても「国政に関する権能」ではないわけではなかったのですから。より正確には,日本国憲法4条1項前段の国事行為を行う権能「のうち『国政に関する』部分は『内閣の助言と承認』の中にあって,天皇にはないのであって,その形式的宣布の部分だけが天皇の権能として現れてくるのである」というように(小嶋「天皇の権能について」96頁の引用する佐藤功教授の論説参照),権能のレベルで問題を処理しておく必要があります。

結果的形式説であれば,日本国憲法4条1項前段の国事行為を行う天皇の権能については,当該国事行為に係る内閣の助言と承認を経ることによって,そのうち国政に関する部分はいわば内閣に吸収されて失われ,そもそも国政に関しない部分しか残らないものとなっている,ということになります。したがって,同項後段の天皇は「国政に関する権能を有しない」規定との抵触は存在せず,同項後段冒頭に「その他の」を置く必要も無い,ということになります。

 

9 その他

本稿では,日本国憲法4条1項をめぐる紛糾や論争を追ってきたのですが,時代はまた,第90回帝国議会において日本国憲法案が審議中の時期に戻ります。

 

(1)日本国憲法4条1項後段不要論

1946年7月23日に行われた金森徳次郎憲法担当国務大臣とGHQのケーディス大佐との会談において,当該規定の生みの親の一人であったはずのケーディス大佐は,日本国憲法案4条1項後段はそもそも実は不要だったという意味の重大発言をしていたという事実があります。

 

〔日本側から天皇の章の〕第4条第1項の後段「政治に関する権能を有しない」を削るという修正意見があることを述べたところ,先方は,はじめからこの字句がなかったとすれば,その方がいいと考えるが,すでにあるものを削るとなると,それによって天皇が政治に関する権能を有することになるというような誤解を与えるおそれがあるから,その削除には賛成できない・と述べた。(佐藤達・四693頁)

 

思い返せば,初めからこの字句がなければその方がよかったのだ,というわけです。

これは,GHQにとっては,天皇の権能の制限は他の条項で既に十分であって,日本国憲法4条1項後段は実はいわば添え物のような宣言的規定だったのだ,ということでしょうか。同項後段の今日の日本における現実の働きぶりを見ると,隔世の感がします。

 

(2)日本国憲法4条1項の当初案起草者:リチャード・A・プール少尉

そうなると,GHQ民政局内で当該まずい添え物規定をそもそも最初に起草したのはだれなのだとの犯人捜しが始まります。

下手人は,割れています。

本職は米国国務省の外交官であったところのリチャード・A・プール海軍少尉です(当時26歳)。

日本国憲法4条1項の規定の濫觴としては,GHQ草案の作成過程の初期において,1946年2月6日の民政局運営委員会(ケーディス大佐,ハッシー中佐及びラウエル中佐並びにエラマン女史)との会合に,プール少尉及びネルソン陸軍中尉の天皇,条約及び授権員会から次のような案文が提出されていました(国立国会図書館「日本国憲法の誕生」の「314 GHQ原案」参照。下線はいずれも筆者によるもの)。

 

Article IV.  All official Acts and utterances of the Emperor shall be subject to the advice and consent of the Cabinet. The Emperor shall have such duties as are provided for by this Constitution, but shall have no governmental powers, nor shall he assume or be granted such powers. The Emperor may delegate his duties in such manner as may be provided by Law.

When a regency is instituted in conformity with the provisions of such Imperial Home Law as the Diet may enact, the duties of the Emperor shall be performed by the Regent in the name of the Emperor; and the limitations on the functions of the Emperor contained herein shall apply with equal force to the Regent.

 

 日本国憲法4条1項に対応する部分は,「天皇は,この憲法の定める義務を有するが(but),政治の大権(governmental powers)を有さず,かつ,そのような大権を取得し,又は与えられることはない。」となっています。天皇はこの憲法の定める仕事をする,しかしながら(but)政治の大権は有さないのである,というのですから,同年8月6日のケーディス大佐の前記発言に至るまで,当該条文の構造に係るGHQの論理(逆接とするもの)は一貫していたわけです。

 これが,GHQ草案の前の天皇,条約及び授権委員会の最終報告書では次のようになります。

 

 Article     The advice and consent of the Cabinet shall be required for all acts of the Emperor in matters of State, and the Cabinet shall be responsible therefor. The Emperor shall perform such state functions as are provided for in this Constitution. He shall have no governmental powers, nor shall he assume or be granted such powers. The Emperor may delegate his functions in such manner as may be provided by law.

       When a regency is instituted in conformity with the provisions of such Imperial House Law as the Diet may enact, the duties of the Emperor shall be performed by the Regent in the name of the Emperor; and the limitations on the functions of the Emperor contained herein shall apply with equal force to the Regent.

 

「天皇は,この憲法の定める国の職務(state functions)を行う。天皇は,政治の大権を有さず,かつ,そのような大権を取得し,又は与えられることはない。」ということで,「義務(duties)」の代わりに「国の職務」という言葉が出てきます。また,butでつながれた一つの文であったものが,二つの文に分割されています。

日本国憲法4条1項前段の「のみ(only)」の文言はなお欠落していましたが,当該文言は1946年2月13日のGHQ草案には存在します。すなわち,天皇,条約及び授権委員会からの最終報告の後,同月12日の最終の運営委員会あたりでこの「のみ(only)」は挿入されたものでしょう。ホイットニー准将か,ケーディス大佐か,ハッシー中佐か,ラウエル中佐か。だれの手によるものかは筆者には不明です。

 

(3)最後の小説

Governmental powersとの語は,プール少尉らの最初の案から使用されていたものです。

プール少尉の高祖父であるエリシャ・ライス大佐は幕末における箱館の初代米国領事ですから,当然プール少尉は,自分の高祖父が箱館にいた時代の日本は「政治の大権」を江戸幕府が把持していて軍人勅諭のいうところの「浅間しき次第」ではあったが,天皇はやはりなお天皇であった,ということは知っていたことでしょう。

高祖父以来代々日本に住んで仕事をしていた一族の家系に生まれ,少年時代を横浜で過ごした1919年生まれのプール少尉が最初の案を起草した天皇のgovernmental powers放棄規定を受け取るに至った1877年生まれの松本烝治憲法担当国務大臣が,自らのモデル案を作成の際,「なにぃ,「天皇ハ政治ノ大権ヲ有セス又此ヲ把握シ又ハ賦与セラルルコト無カルヘシ」だとぉ。GHQはワシントン幕府の東京所司代のつもりかぁ。増長しおって。後水尾天皇の御宸念がしのばれることだわい。」と憤然口汚くののしりつつも,あっさり尊皇的闘争をあきらめて,「政治ニ関スル権能」ではなくあえておおらかに「政治ノ大権」の語を採用していたならばどうだったでしょうか。

 

芦原やしげらば繁れ荻薄とても道ある世にすまばこそ

 

天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,政治の大権を有しない。

 

日本国憲法4条1項の前段と後段との関係をめぐる議論は本来的形式説で片が付き,同項後段は政体の転換を闡明するための宣言的規定と解されて天皇の日常を規制するinstructionとまでは受け取られなかった,ということになったかどうか。

「天皇は,国政に関する権能を有さない」という規範の存在は,天皇を寡黙にさせるものなのでしょう。しかしながら,更に当該規範を積極的に振り回す横着な実力者が登場して寡黙が沈黙にまで至ると・・・木を以て作るか,金を以て鋳るかした像を連想するような者も出て来る可能性があり・・・本稿冒頭での高師直想起につながるわけです。

 

 「「木を以て作るか,金を以て鋳るかして,生きたる院,国王をば,いづくへも皆流し捨てばや」発言とそれからの随想」(20161030日)

  http://donttreadonme.blog.jp/archives/1062095479.html

  さらばやがて,この(つい)(たち)焼き払吉野越後(もろ)(やす)六千余騎貞和正月和泉石川富田林市東部河原武蔵師直三万十四平田奈良県葛城一帯吉野る。(『太平記(四)』234235頁)

  ・・・

  さる程に,武蔵守師直,三万余騎を率して,吉野山に押し寄せ,三度(みたび)(ママ)揚げ音も後村上焼き払皇居宿所鳥居(かね)鳥居金剛力士二階北野天神示現七十二三十八行化(ぎょうげ)神楽宝蔵(へつい)殿(どの)三尊(さんぞん)万人(かうべ)(かたぶ)金剛蔵王一時(いつし)灰燼立ちる。あ有様。(237238頁)

 

10 跋

ところで,実は,1994年6月12日,米国コロンビア特別区ワシントン市で,米国訪問中の今上天皇と「知日派の米国人」プール少尉とが会話する機会があったという事実があります。

しかし,日本国憲法4条1項後段規定の現在唯一の名宛人被規律者である今上天皇と当該規定の立案責任者であった元日本占領軍士官との間で,本稿で以上論じたようなことどもを十分語り尽くすだけの時間があったものかどうか・・・。

松本烝治は,「実は,私は今の憲法に何と書いてあるか見たことがないのです。それほど私は憲法が嫌いになったのです・・・」(児島380頁)と日本国憲法に背を向け,195410月8日に死去していました。

 

「「知日派の米国人」考」(2014年3月4日)

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1000220558.html



 弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

郵便:1500002  東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16  渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

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楠公父子別れの地たる桜井駅址(大阪府三島郡島本町JR島本駅前)にある記念碑:上部に「七生報国」の文字があります。両楠公は,しぶとい。

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小楠公・楠木正行を祭る四條畷神社(大阪府四条畷市)  


 


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1 七代目樽金王と『吾輩は猫である』

 前回の記事(「アメリカ建国期における君主制論走り書き」)において御紹介したパトリック・ヘンリーの1765年印紙税反対演説に,王政ローマ最後の王(7人目)であるタルクィニウスが出てきました。タルクィニウスとは,一般になじみのない名前ですね。

 しかし,夏目漱石の愛読者であれば,あるいは思い出されるかもしれません。『吾輩は猫である』の苦沙弥先生が書物のありがたさの例として威張って持ち出した故事として,苦沙弥先生の奥さんが迷亭君に話して聞かせた逸話です。その中に出てくる昔のローマの王様,「七代目樽金」がタルクィニウスなのです(迷亭君=漱石は英学者なので,英語で,Tarquin the Proud(傲慢王)ですね,と言い添えます。)。樽金王のところに,ある時,ある女が,9冊組の予言書を持ってやって来て買えと言うが,法外に高い値段をふっかけるので樽金王が躊躇すると,その女は9冊のうち3冊を燃やしてしまい,残りの6を買えという,冊数が減ったので値段も下がるかと思ったが,相変わらず9冊分の値段が要求されるので樽金王がなおも躊躇すると,女は更に3冊を燃やしてしまい,残る本は3冊だけになってしまう,そこでさすがに樽金王も慌てて,9冊分の金額を払って,残った3冊の予言書を買ったというお話です(Dionysius of Halicarnassus, Roman Antiquities, IV 62.1-4参照)。

 傲慢王樽金のローマ追放は,紀元前510年のことと伝えられています。同王の息子が人妻ルクレーティアに対して日本刑法では第177条に規定される罪を犯し,被害者が自殺したのがきっかけです(Livy 1.58)。かつて樽金王の命令で兄弟が処刑されたため,それまで愚鈍を装って身の安全を図り,Brutus(愚鈍)という名がついてしまっていた同王の甥(姉妹の子)のルーキウス・ユーニウス・ブルートゥスが首謀者となって叛乱を起こし,それが成功したものです(Livy 1.56, 1.59-60)。しかしながら,その後も樽金は王位回復をうかがいます。そのため,王党派の陰謀に加わったブルートゥスの二人の息子は共和制ローマの初代執政官(の一人)である父親が毅然として見守る中残酷に処刑され(むち打ちの上,斬首),ブルートゥス自身も王党派との戦闘において,樽金の息子(ルクレーティア事件の犯人ではない者)と戦い,相撃ちになって死んでしまいました(Livy 2.5-6)

なお,ルーキウス・ブルートゥスの二人の息子は上記のように処刑されてしまったので,果たして紀元前44年にカエサルを暗殺したマルクス・ブル-トゥスはルーキウスの子孫であり得るのか,疑問を呈する向きもあったようです(cf. Plutarch, Life of Brutus)

なんだか,古代ローマのなじみのない話ばかりですね。

しかし,『吾輩は猫である』の冒頭部分は,皆さんもうおなじみでしょう。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 
 何の変哲もない文章のようです。いやいや,しかし,ここには突っ込みたくなるところがあるのです。この二つの文を見てムズムズするあなた,あなたは法制執務にはまり過ぎです。

 あ,あなたの右手が赤ペンに伸びる。

 赤ペンを握った。

 迷いなく,力強く夏目漱石の名文に直しを入れる。

 何だ何だ,出来上がりは。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。


 おお,点(読点)が二つ入りましたね。やっぱり。今回はこの,読点のお話です。(なお,点が読点といわれるのに対して,丸(。)は句点といいます。)

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 I am a cat. 
(京都市北区船岡山の建勲神社で撮影)


2 法令文における読点

 日本語の文章を書くに当たって頭を大いにひねる事項の一つに,点(読点)の打ち方があります。「読点の付け方は,句点の付け方に比べて複雑である。読点が原則として慣用に従って付けられるべきことは当然であるが・・・この慣用によらないことも認められるので,その付け方には,細心の注意を払う必要がある。」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)569頁)とは,法令について,法制執務担当者向けの参考書に書かれている言葉です。

 当該参考書には,法令文における読点の付け方について10項目の注意事項が示されていますので(前田569573頁),以下ざっと御紹介しましょう。

 


(1)主語の後

 上記法令文読点注意事項10項目のうち,第1項目の本文にいわく。

 


1 主語の後には,読点を付ける。・・・(前田569頁)

 


 だから,「吾輩は猫である。」,「名前はまだ無い。」と,法制執務中毒者は主語の後には読点を入れたくなってしまうのです。

 


   行政権は,内閣に属する。(憲法65条)

 


 と,ここでも主語である「行政権は」の後に読点が入っていますね。

 しかし,法令関係の仕事のいやらしさは,原則があればそこにはまた例外があることです。読点注意事項第1項目の後段には,次のような注意書きが付されています。

 


1 ・・・しかしながら,条件句や条件文章の中に出てくる主語の後には,次の例に示すように,通常,読点を付けない。

  例 

労働安全衛生法

  26 労働者は,事業者が第20条から第25条まで及び前条〔第25条の2〕第1項の規定に基づき講ずる措置に応じて,必要な事項を守らなければならない。

(前田569頁)

 


労働安全衛生法26条においては,条件句中の主語である「事業者が」の後に読点を付ける「労働者は,事業者が20条から・・・」というような表記にはしなかったわけです。

しかし,こうなると次に掲げる憲法67条2項の「参議院が,」の読点はどういうことになるのでしょうか。

 


衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名の議決をした後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名の議決をしないときは,衆議院の議決を国会の議決とする。

 


これは問題ですね。自由民主党の日本国憲法改正草案(2012年4月27日)の第67条3項では,次に掲げるように,「指名の議決」が「指名」に変えられつつ,問題の部分は,「参議院が,指名をしないときは」ではなく「参議院が指名をしないときは」になっており,条件句の中であるので,主語である「参議院が」の後の読点(,)が削られています。憲法を改正してまで読点の付け方の間違いを正すというのは,何とも真面目かつ大変なことです。法制執務の作法は,憲法よりも重いのです。

 


3 衆議院と参議院とが異なった指名をした場合において,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名した後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名をしないときは,衆議院の指名を国会の指名とする。

 


(2)並列表記

 読点の付け方に係る注意事項10項目のうち第2項目から第5項目までは,中学校ないしは高等学校の英語の授業で習った,ものをたくさん並べたときの最後の2項目の間はand又はorでつなぐという話,及びそこでのand又はorの前にカンマを打つか打たないかは米国式と英国式とで違いがあるという話を想起させます。

 米国式だと,前カンマ有りで,

 


 A, B, C,…Y, and (or) Z

 


 英国式だと,前カンマ無しで,

 


 A, B, C,…Y and (or) Z

 


 でしたね。

 日本の法令文では,名詞を並べるときは英国式です。(前田569頁参照)

 


  一 憲法改正,法律,政令及び条約を公布すること。(憲法71号)

 


 名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べるときには,これは原則として米国式となります。(前田570頁参照)

 


   悪意の占有者は,果実を返還し,かつ,既に消費し,過失によって損傷し,又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。(民法1901項)

 


米国式より徹底しているのは,並べるものが二つのときでも,読点を打つことです。(前田570頁参照)

 


   占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し,又は損傷したときは,・・・(民法191条)

 


 「その他」でくくる場合,名詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれませんが,名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれます。(前田571頁参照)

 


株式会社は,代表取締役以外の取締役に社長,副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には,当該取締役がした行為について,善意の第三者に対してその責任を負う。(会社法354条)

 


差押状,記録命令付差押状又は捜索状の執行については,錠をはずし,封を開き,その他必要な処分をすることができる。(刑事訴訟法1111項前段)

 


(3)条件句の前後

 読点注意事項中第6項目は,条件句を他の部分から分けて示すために読点を使えと述べています。

 


6 条件句の前後には,・・・読点を付ける。(前田571頁)

 


 前記のとおり,条件句内では主語の後にも読点を打たないこととされており,前後は読点で隔てられ,内部は読点を省いて緊密に,条件句は他の部分とは別部分である一塊のものとして表記せよということのようです。

 


   連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合においてその連帯債務者が相殺を援用したときは債権は,すべての連帯債務者の利益のために消滅する。(民法4361項)

 


(4)対句

 対句というものもあります。

 


10 ・・・2以上の文章が対句になっているときには,次の例に示すように,対句の接続にのみ読点が付けられ,主語の後などに付けられるべき読点は省略され,また,対句を受ける述語の前にも読点を付けないのが,普通である。しかしながら,対句が長いなどの理由から,読点を省略していない例も多い。

 


  

     労働安全衛生法

   (安全衛生改善計画の作成の指示等)

  78 (略)

  2 事業者は,安全衛生改善計画を作成しようとする場合には,当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときにおいてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときにおいては労働者の過半数を代表する者の意見をきかなければならない。

(前田572573頁)

 


次に掲げる破産法5条1項の場合,各対句の共通主語である「債務者が」の後に読点が付されています。これは,当該読点が無い場合には「債権者は」が最初の対句のみの主語ととられてしまう可能性があるため,当該可能性を避けるためでしょう。なかなか難しい。

 


破産事件は,債務者が,営業者であるときはその主たる営業所の所在地,営業者で外国に主たる営業所を有するものであるときは日本におけるその主たる営業所の所在地,営業者でないとき又は営業者であっても営業所を有しないときはその普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。

 


(5)「お約束」等:「,かつ,」,「ただし,」,「この場合において,」等

 次の2項目は,「お約束」及び「お約束」に近いもののようです。

 


7 句と句とをつなぐ「かつ」の前後,ただし書における「ただし」の後,後段における「この場合において」の後には,・・・必ず読点を付ける。(前田572頁)

 


8 名詞を説明するために「で」又は「であつて」を用いる場合に,その後に続く説明の字句が相当に長いときには,・・・「で」又は「であつて」の後に読点を付けるのが,原則である。(前田572頁)

 


第7項目は「必ず」なので,分かりやすいといえば分かりやすいのですが,「かつ」の前後に必ず読点を打つこととされているのは「句と句とをつなぐ場合」と限定が付されていることに注意が必要です。「かつ」の前後に読点の無い次のような例があります。

 


   会社及び地域会社は,・・・常に経営が適正かつ効率的に行われるように配意し,国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切,公平かつ安定的な提供の確保に寄与するとともに,・・・。(日本電信電話株式会社等に関する法律3条)

 


 「,かつ,」の例はこちらですね。

 


   前項の合意〔管轄の合意〕は,一定の法律関係に基づく訴えに関し,かつ,書面でしなければ,その効力を生じない。(民事訴訟法112項)

 


 第8項の「で,」及び「であって,」については,飽くまでも「原則」であり,かつ,「相当に長いとき」という評価を要する限定がついているので,絶対の「お約束」というのは言い過ぎで,やはり,例外を伴う,「お約束」に近いもの,にとどまるのでしょう。

「で」の次に読点を打つか否かについては,同じ行政不服審査法内において次のような例が見られます。

 まずは,「で」の後に読点有りの例。

 


   前3項の規定〔不服申立てに関する教示に関する規定〕は,地方公共団体その他の公共団体に対する処分で,当該公共団体がその固有の資格において処分の相手方となるものについては,適用しない。(行政不服審査法574項)

 

 次の例では,「で」の後に読点無しとなっています。

 


   法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは,その名で不服申立てをすることができる。(行政不服審査法10条)

 


 「であって」の後に続く説明の字句が相当に長いものか否かの判断基準については,会社法2条を見ると,少なくとも「法務省令で定めるもの」云々の字句の場合は,「相当に長い」ものではない,とされているようです。

 


  二 外国会社 外国の法令に準拠して設立された法人その他の外国の団体であって,会社と同種のもの又は会社に類似するものをいう。(会社法22号)

 


  三十四 電子公告 公告方法のうち,電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)により不特定多数の者が公告すべき内容である情報の提供を受けることができる状態に置く措置であって法務省令で定めるものをとる方法をいう。(会社法234号)

 


(6)目的語と動詞との間の読点不要性

 主語の後には読点を打つのが原則でしたが,目的語の後には,読点を付さないのが通常であるそうです。

 


9 目的語と動詞とを続ける場合,通常その間には読点を付けないが,その間に条件句又は条件文章が入るときには,その条件句又は条件文章の前後に読点を付けるのが,普通である。(前田572頁)

 


 条件句の前後に読点を打つべきことは,前記の注意事項第6項目に出ていましたね。

第9項目によれば,夏目漱石と朝日新聞社との間で作成される契約書における条項の書き方は,次のように目的語の後に読点を付するものであっては不可であることになるわけです。

 


 一 夏目金之助は朝日新聞社のために,連載小説を,書くものとする。

 


 次のような表記ならば,よいのでしょう。

 


 一 夏目金之助は,朝日新聞社のために,連載小説を書くものとする。

 


 いずれにせよ,読点の打ち方は難しく,かつ,法令においては文字どおり一点一画もゆるがせにはできない以上,法令案起草担当者の苦心のほどが思いやられます。法制執務担当者向けの市販の参考書に書いてあることだけでは,まだまだよく分かりませんね。残りはそもそもの日本語表記の問題として考えよ,ということでしょうか。

 


3 電波法116条の謎

 法令における読点は,法令案起草担当者が一点一点心を込めて打ったものである以上,その有無がそれぞれ意味するところを深く,かつ,重く考えて法令は解釈されねばならない,とは,よくいわれるところです。

 


(1)過料に係る同種規定における読点有り規定と読点無し規定との混在

 しかしながら,次の例の場合はどう考えるべきでしょうか。

 


    電波法(昭和25年法律第131号)

116 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の過料に処する。

  一 第20条第9項(同条10項及び第27条の16において準用する場合を含む。)の規定に違反して,届出をしない者

  二 第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者

  三 第24条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して,免許状を返納しない者

  〔第4号から第23号まで略〕

 


第1号及び第3号並びに第4号以下(第18号を除く。)では,「・・・の規定に違反して,○○しない者(した者)」と表記されていて,「規定に違反して」の後に読点(,)が打たれているのですが,第2号では読点無しののっぺらぼうに「・・・の規定に違反して届出をしない者」と表記されています。この相違をどう解釈すべきか。なお,当該読点の有無の相違は,1950年5月2日の電波法公布の官報の紙面において既にそうなっていたものであって(ちなみに,当時の同法116条には,第4号以下はまだありませんでした。),64年間にわたって官報正誤で直されていませんから,今更,印刷局の印刷ミスだったということになるわけではないでしょう。

 


(2)読点の有無によって文の意味を異ならせる解釈の可能性

電波法116条1号は,無線局の免許に係る免許人の地位の承継があったことの届出をしないことが同法の規定違反になり(「届出をしない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定し,同条3号は,無線局の免許が失効したのに当該免許に係る免許状(なお,同法1005項は,無線局についての規定を高周波利用設備について準用するものです。)を総務省に返納しないことが同法の規定違反になり(「免許状を返納しない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定する条項でしょう。

これらに対して,読点の有無に意味を持たせて(すなわち,読点の有無によって読み方が異なるように)解釈するとなると,電波法116条2号は,上記の二つの号(同条1号及び3号)のようには解釈せずに,「第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者」と解すべきでしょうか。

すなわち,電波法22条は「免許人は,その無線局を廃止するときは,その旨を総務大臣に届け出なければならない。」と規定していますが,同条の規定に違反した届出(「・・・の規定に違反して届出」)をしないと(すなわち,規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると),過料の制裁を受けるものと解さなければならないということになるのでしょうか。無線局の廃止に関して総務大臣に届出があることを前提に,電波法22条違反の届出(=無効の届出)をしない(=有効な届出をする)ことを過料の対象とするものと考えてみるわけです。

「くびに,はなわをかけた。」(保護司法16条参照)と「くびには,なわをかけた。」(刑事訴訟法4751項,刑法111項参照)とが全く違った意味になるように,ここでも同様のことが起きているのでしょうか。

しかし,いかにも変な解釈ですね。

が,よく考えるとそうでもない,有益であり得る解釈かもしれません(①)。とはいえそもそも,電波法116条2号は,「「,」はたかが点だよ。」とノンシャランに,法制執務担当者の深刻ぶりを冷やかすネタにすればよいだけのものではないでしょうか(②)。

 


(3)法制執務担当者冷やかしネタ説

まずは後者の②の立場について見てみましょう。

端的にいって,これが,妥当な態度です。電波法116条2号は,法令の解釈に当たってはお役所の無謬性を前提にして妙に精緻に細かいところにまでこだわり過ぎてはいけないよ,という戒めとして活用されるべきものにすぎません。

 電波法案を起草した当時の電気通信省電波庁の人たちは,単純に,同法案116条2号において点を打ち忘れたことに気が付かなかったようです。

 1950年の電波法制定時に起草関係者によって著されたlegendaryな解説書(古い本の方が役に立つものです。)における同法116条の解説は,次のようになっています。

 


   左の各号の一に該当する者は,3000円以下の過料に処せられるのである。

(一)免許人の地位を承継した者は,遅滞なくその事実を証する書面を添えて,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(二)免許人は,その無線局(高周波利用設備を含む。)を廃止したり,又その無線局の運用を1箇月以上休止するとき〔制定当時の電波法22条はこの場合にも届出を要する旨規定していた。〕は,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(三)免許(高周波利用設備であるときは許可。)がその効力を失つたときは,免許人(高周波利用設備であるときは許可を受けた者。)であつた者は,1箇月以内にその免許状を返納しなければならないのにこれに違反した者(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)266頁)

 


三つの号はどれも同じように読んで理解されるべきもの,という前提で書かれていることが歴然としています。

なお,電波法22条に規定されている無線局廃止の届出がされるべき時期は,必ずしも事前でなくてもよいものであるようです。「廃止しようとするときに即ち事前に届出をすることは望ましいことではあるが必ずしもこれに限らない。廃止の事情には種々のものがあるからである。」と電波庁=電波監理総局関係者によって説かれていました(荘ら182頁)。

また,「免許人が無線局を廃止したときは,免許は,その効力を失う。」(電波法23条)わけですが,それではそもそも無線局の「廃止」とは何かといえば,それは免許人の意思表示であるとされています。すなわち,「無線局を廃止するとは,単に無線局の物理的な滅失をいうのではなく,免許人が無線局によつてその局の業務を行うことを廃棄する意思を表示することをいう。内部意思の決定だけでは足らず,この内部意思が客観的に表示されていることを要する。必ずしも届出でによつて表示されていることを要しない」と説明されていました(荘ら183頁)。事実上は,電波監理委員会(その後郵政大臣,総務大臣)に対する無線局廃止の届出がなければ無線局廃止の意思表示の存在が明らかではなく,したがって,当該届出以外の方法で無線局廃止の意思表示があったとして電波法116条2号による過料の制裁が発動されるということは考えにくいところです。あるいは,電波法22条の届出は,無線局廃止の報告ではなく,むしろ無線局廃止の効力要件のように取り扱われているのではないでしょうか。

 


(4)過料=解約金類似効果説

 前記①の説は,電波法116条2号を,免許人が同法22条の規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると過料の制裁を受けるもの,と解してみることを前提とするものです。すなわち,無線局廃止の届出があった場合,それが真実のものかどうかを総務省のお役人が確認し,無線局廃止の意思に基づかない虚偽のものであれば(実際は,御当局の指導に基づき無線局廃止の意思表示の撤回をするということになりましょうか。),無線局の免許は失効せず,「規定に違反して届出」をしない者ではない(二重否定で「規定に違反して届出」をしたいたずら者になる)から電波法116条2号の場合には当たらず免許人には過料が課されず,届出に表示されている無線局廃止の意思が真実のものであれば(無線局廃止の意思表示を撤回しなければ),無線局の免許は失効し,「規定に違反して届出」(虚偽の届出をするいたずら)をしない者になるので同号の場合に当たり免許人に最大30万円の過料が課されるというわけです。

 何ともばかげた解釈であるように思われるのではありますが,無線局の免許の効力としては免許人の電波利用料支払義務というものがあるということ(電波法103条の2。電波利用料は,電波利用共益費用に係る総務省の特定財源になります(同条4項)。)を想起し,かつ,電波つながりで携帯電話を連想して,期間(2年)の定めのある携帯電話役務提供契約(いわゆる「2年縛り契約」)の中途解約の場合には少なくない額の解約金が消費者から徴収されている現在の携帯電話業界の実務との比較で考えると,「電波利用料=携帯電話利用料」及び「過料=解約金」というアナロジーが成立し得るところです。電波利用料収入の継続的な確保を一途に考える人々にとっては実は魅力的な制度設計ということになるかもしれません。無論,同じ電波=電気通信関係者とはいえ,我が国のお役人は高潔・高邁な方々ばかりです。

 なお,株式会社NTTドコモ,KDDI株式会社及びソフトバンクモバイル株式会社の「2年縛り契約」に係る契約約款の有効性は,すべて,大阪高等裁判所によって是認されています(それぞれ,平成24127日判決(判時217633頁①),平成25329日判決(平成24年(ネ)第2488号)及び平成25711日判決(平成24年(ネ)第3741号))。ただし,理由づけがそれぞれ異なるため,なお最高裁判所の判断が待たれています。

 


4 「、」と「,」

 最後に読点の形自体が問題になります。

 縦書きのときの読点が「、」であることについては,議論はありません。

 問題は横書きの場合です。

 ワードプロセッシング・ソフトウェアの日本語横書きデフォルト設定は「、」になっています。しかし,果たしてこれでよいのでしょうか。

 基準が無いわけではないのです。

 実は,公用文については,昭和27年4月4日内閣閣甲第16号内閣官房長官発各省庁次官あて依命通知「公用文改善の趣旨徹底について」によって各部内において周知されるべきものとされた「公用文作成の要領」(昭和2610月に国語審議会が審議決定)の「第3 書き方について」の「注2」において,

 


句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。

 


とされているのです(内閣総理大臣官房総務課監修『新公用文用字用語例集』(ぎょうせい・1986年)368頁)。

 「感じのよ」い公用文の作成のためには,「、」よりも「,」の方を用いるべきだ,と国語審議会が「公用文作成の要領」で決めてしまっていたわけです。

 この点,司法部においては,司法修習等における起案指導の場などを通じて「,」の使用が徹底しているようです。しかし,国の行政部では一般に,そこまでの研修の機会がないのか,ワードプロセッシング・ソフトウェアのデフォルト設定(「、」)にそのまま乗ってしまっているようです。慙愧に堪えません。(各種ウェッブ・サイトなどを注意して御覧ください。)

 とはいえ,国語の教科書は縦書きで,作文も縦書きで書かされて,点は「、」の形で打つべしという教育を我々は小学校以来受けていますから,三つ子の魂百までで,あるいは仕方のないことなのかもしれません。

 なお,地方自治体等で,横書きの場合でも読点は「、」であって「,」は用いないと決めているところもあります。

 


130812_051625
 


 北アルプス・槍ヶ岳を望む(三俣山荘から)

 


長い記事をお読みいただき毎度ありがとうございます。

さて,本業についてここで少々営業申し上げますと,裁判関係の訴訟代理人業務等のほか,法律相談,法務関係の講師等も広くうけたまわっております。(本ブログのようなおしゃべりばかりをしているわけではありません。)

 


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法律相談は,初回30分まで無料ですので,よろしく御活用ください。

 


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1 「悪法」たちの廃止

 先の大戦下の我が国民経済の運行に多大の影響を与えたお騒がせ法律である輸出入品等に関する臨時措置に関する法律(昭和12年法律第92)は,昭和20年法律第49号によって,1946116日に廃止されました。また,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の兄弟分である国家総動員法は,昭和20年法律第44号によって194641日から廃止されています。

 国家総動員法とは「悪法」仲間であった治安維持法(長尾龍一「二つの「悪法」」ジュリ769号参照)は,「聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為」ということで,昭和20年勅令第542号に基づくポツダム勅令である昭和20年勅令第575号によって,帝国議会の協賛を経ずに19451015日に廃止されています。GHQに目をつけられてポツダム命令でばっさり廃止された治安維持法に比べれば,帝国議会の協賛を経た法律による廃止といういわばノーマルな終わり方をした国家総動員法や輸出入品等に関する臨時措置に関する法律は,同じ「悪法」といっても,治安維持法に比べれば罪が軽かったということでしょうか。国家総動員法に基づいて統制経済の運行に携わっている企画院内の「赤を潰す」ために,1941年の企画院事件では治安維持法が発動されたところですが,「悪法」同士のこのけんかにおいては,歴史の発展法則に照らして実は国家総動員法側に理があった,ということになるわけなのでしょう。


2 昭和20年法律第49号と昭和12年法律第92 

 輸出入品等に関する臨時措置に関する法律等を廃止した昭和20年法律第49号の本文及び附則(本文には条は無いのに,附則は12条ありました。)の第1条は,次のとおりです。


法律第49

左ノ法律ハ之ヲ廃止ス

 石油業法

 自動車製造事業法

 人造石油製造事業法

 製鉄事業法

 工作機械製造事業法

 航空機製造事業法

 軽金属製造事業法

 有機合成事業法

 重要機械製造事業法

 石油専売法

 戦時行政特例法

 軍需会社法

 昭和12年法律第92

 昭和17年法律第15

   附 則

1条本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム


 自省の権限の確保拡大を大切にする商工官僚ならば,「ああ,せっかくの業法たちが,わが省の権限が・・・ああ,もったいないもったいない」と涙が出たであろう法律ですね,昭和20年法律第49号は。


3 法令の題名と件名

 ところで,昭和20年法律第49号の本文では,廃止される法律として,「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」が挙げられていません。代わりに無愛想に「昭和12年法律第92」とのみ掲げられています。これは一体どうしたわけでしょう。

 実は,昭和12年法律第92号には,その固有の呼び名である「題名」が付けられていなかったのです。題名のない法律だったのです。


(1)題名

 法令の題名は,その法令に固有のものであり,かつ,その法令の一部を成します(前田正道編『ワークブック法制執務<全訂>』(ぎょうせい・1982年)131-132)。そして「現在では,法令には,原則として題名が付けられることとなっており,少なくとも,法律及び政令には,すべて題名が付けられている」のですが,「昭和22年ごろまでは,法律においても,題名が付けられるものと付けられないものとがあり,重要な法令は別として,既存の法令の一部を改正する法令,一時的な問題を処理するために制定される法令,内容の比較的重要でない法令,簡潔な題名を付けることが困難な法令等については,むしろ題名が付けられないのが通例」でした(前田・前掲121頁)。昭和12年法律第92号はその一例ですし,また,昭和20年法律第49号も同様です。

 昭和12年法律第92号の場合は,「一時的な問題を処理するために制定される法令」だから,あえて正式に題名を付けなかったということであるように思われます。それとも,「物品需給関係調整法」などというように,がんばって簡潔に名前を付けると,経済統制色(「色」ということになるのでしょうか。)がはっきりし過ぎて角が立つと心配されたのでしょうか。


(2)件名

 では,昭和12年法律第92号の呼び名とされている「輸出入品等に関する臨時措置に関する法律」とは,その題名でないのならば何なのだ,ということになりますが,これは「件名」であるということになります。

 件名とは,「題名の付いていない法令については,その法令の公布文に引用されている字句をもって,その法令の同一性を表す名称としている」ところの「その法令についての便宜的な呼び名」のことです(前田・前掲131頁)。

 なお「公布文」とは,「公布者の意思を表明する文書をいい,公布文は,公布される法令の冒頭に付けられ」ますが,その「法令の一部を成すものではない」ものです(前田・前掲20頁)。公布文は,大日本帝国憲法下の公式令(明治40年勅令第6号)における「上諭」に相当します(法律について同令6条。裁可も含まれるから,単なる「公布」文ではない。)。

 昭和12年法律第92号に付された昭和天皇の上諭に「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」という字句が用いられていたので,当該字句が同法の同一性を表す便宜的な名称たる件名となったわけです。(昭和20年法律第49号の場合は,「石油業法外十三法律廃止法律」が件名。

 しかし,通常の六法では,法令の名称が題名なのか件名なのかが分からないように編集されてしまっていますね。

 件名しかない法令を他の法令において引用する場合,昭和20年法律第49号においては法令番号だけで引用されていましたが,「最近では,題名と同じように取り扱って,まず件名を掲げ,その下にその法令番号を括弧書きすることとされてい」ます(前田・前掲131頁)。しかしながら,件名はその法令の固有の名称ではありませんから,「題名を引用する場合と異なり,いわゆる地の文章に従って,片仮名書き・文語体の法令に引用するときは片仮名書き・文語体で,また平仮名書き・口語体の法令に引用するときは当該件名が片仮名書き・文語体であっても平仮名書き・口語体で引用してもよいこととされ,更に,件名に常用漢字でない漢字が用いられているときは,その字を平仮名書きにすることも許され」,また,「法令の内容が改正されることによって当初の公布文に書かれたところと異なることとなったときは,改正後の内容に即した件名を付けることができる」こととされています(前田・前掲132頁)。

 平仮名書きの刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)603項を見ると,片仮名書きの件名である「暴力行為等処罰ニ関スル法律」及び「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」が,それぞれ「暴力行為等処罰に関する法律」及び「経済関係罰則の整備に関する法律」と平仮名書きになっています。


4 昭和22年法律第54号と名のはなし


(1)題名の無い昭和22年法律第54号と橋本龍伍

 さて,題名の無い法律でありながら有名な法律として,占領下に制定施行された昭和22年法律第54号があります。大日本帝国憲法下最後の第92回帝国議会の終盤においてあわただしく協賛され,1947412日に昭和天皇によって裁可されて成立,同月14日に公布されたものです。

 同法の法案作成の中心人物は,経済安定本部にいた後の厚生大臣・文部大臣である橋本龍伍。元内閣総理大臣であった龍太郎及び元高知県知事である大二郎の兄弟の父親です。

 自分の息子には「龍太郎」・「大二郎」という立派な名前をつけておきながら,大二郎(1947112日生まれ)と同年生まれの昭和22年法律第54号には,橋本龍伍(又は関係者)はなぜ正式に題名を付さなかったのでしょうか。

 全くの新規立法である昭和22年法律第54号は「既存の法令の一部を改正する法令」ではないですし,有名な法律であって「内容の比較的重要でない法令」ではもちろんないわけですから,①「一時的な問題を処理するために制定される法令」であること,②「簡潔な題名を付けることが困難な法令」であること又は③その他(「等」)のいずれかの理由により,題名が付されないことになったようです(前田・前掲121頁参照)。①「まぁ,今のところは長い物に巻かれてアメリカさんのこの妙な気まぐれに付き合ってやるかぁ。いずれにせよ,占領がいつまでも続くものじゃないからね。」と考えられていたのか,②「アメリカさんの考え方は,日本の法律家・行政官には理解が難しいよなぁ。英米法系と大陸法系との違いってやつかな。法案は作らされたものの,自分でもこの法案は何だかよく分からん。統制経済で忙しいし。簡潔でいい題名が付けられん。」という状態だったものか,それとも③単に「ま,題名が無くてもいっか。」ということだったのか。立案担当者の間においてすら無理解があったのか,無関心があったのか。いずれにせよ法律にとっては余り幸せなことではありません。重要な大法律であるぞと名乗ろうにも,正式な題名が無いというのでは,ちょっと肩身が狭いでしょう。


(2)親の命名権と子の名を有する権利

 なお,親の「命名権」については,いわゆる「悪魔」ちゃん命名事件に係る東京家庭裁判所八王子支部平成6131日審判(判時148656頁)は,「出生子の命名権の本質については,①親権の一部であり,親は自由に子の名を選択し,命名できる,と解する説と,②子自身の固有の権利であるが,子はその権利を行使できないので,親が子のために事務管理的にこれを代理行使するに過ぎない,との説があるが,何れにしても民法13項により,命名権の濫用と見られるようなその行使は許されない。」と述べています(「悪魔」と命名するのは命名権の濫用であって,出生届の不受理が可能であるとした。ちなみに,谷口知平教授は,「名は出生届に際して附せられる,之を附する権利義務を誰が有するかは明かでない・・・法務当局の見解では従来の慣習に従い命名権者の範囲,順位が定まるとし,大体父・母を考える如くである(大正3年12月9日民1684号法務局長回答)。子を創造した者がそれを命名する権利義務があるともいえよう。併し人は人格権の一内容として自らの呼称を選定する権利ありともいいう」ると述べていました(同『戸籍法』(有斐閣・1957年)77頁)。)。しかしこれは命名権が行使される場合のその限界について論じているのであって,命名権が行使されない場合(名未定の出生届)にどうするかはまた別の問題のようです(なお,棄児については市町村長が氏名をつけます(戸籍法57条2項)。)。

 ところで,児童の権利に関する条約71項は「・・・児童は,出生の時から氏名を有する権利・・・を有するものとし・・・」と訳されていますが,「出生の時から氏名を有する権利を有する」は,正文の英語では"shall have the right from birth to a name",フランス語では"a dès celle-ci sa naissancele droit à un nom"となっていて,必ずしもfamily namepersonal namenom de familleprénomとがそろっていなければならないというわけではなさそうです。歴史的には,正式な個人名が無くとも何とかやってはいけるようで,例えば,古代ローマの女性には個人名がつけられず,通常は氏族名(nomen gentile)だけで呼ばれていました。ユリアは個人名ではなく,ユリウス一族の女の意味であり,オクタウィアはオクタウィウス一族の女という意味です。さらにいえば,個人名がつけられる場合でも,西洋では親子で同じ名前をつけてしまったりしますね。アメリカ合衆国の先代大統領の名は,その父である第41代大統領と同じくGeorgeです。ブッシュ家では,バーバラ夫人が"George!"と呼ぶと,夫と長男とが同時に「はいっ」と反応したものか。

 これに対して,我が国では,子に親の名と同一の字で構成される名をつけることは,振り仮名をつけて読み方を変えても,「特定(識別)の困難」をもたらすものであってその出生届は戸籍法に反する違法なものになり,当該出生届の不受理は正当であるとされています(名古屋高決昭和38119判時36152母「伸子」で,長女に「伸子しんこ」と命名した事案)。

 ちなみに,「悪魔」どころか,我が国の王朝貴族の女性の名前には「くそ(屎)」というのがあったようです。「源つくるが女(むすめ)」とされています。古今和歌集の1054番の歌の作者です。


    いとこなりける男によそへて人のいひければ    くそ

よそながらわが身にいとのよるといへばたいつはりにすぐばかりなり

 歌の趣旨は,いの字とばかりいちゃついて不当に他の人を差別的に取り扱っているものではありませんから御調査は無用です,ということでしょうか。


(3)昭和22年法律第54号の件名

 昭和22年法律第54号の件名は,無論「くそ法」というようなものではありません。上諭に基づくその件名は,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。(なお,昭和22年法律第54号においては,上諭及び法令番号の次に,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律目次」が冒頭に来る目次が付されていますが,当時は目次の冒頭は単なる「目次」ではなく,「刑事訴訟法目次」のように表記されたもののようです。刑事訴訟法の場合は,当該目次の次に「刑事訴訟法」という題名がしっかり掲げられていますが,昭和22年法律第54号においては当該題名部分に題名は掲げられておらず,いきなり「第1章 総則」が始まっています。)

 「題名のない法令は,改正の機会に,なるべく適当な題名を付けるように取り扱われている」そうですが(前田・前掲355頁),昭和22年法律第54号にはいまだに題名が付されていないのはなぜでしょうか。改めて題名を付するとなると,同法に対する様々な思い入れが未成熟なまま噴出し,議論が沸騰して収拾がつかなくなるおそれがあるからでしょうか。それともそもそも,いわゆる経済法ないしは競争法のアカデミズムにおいて,高尚ならざる法制執務的なこのような細かい実務問題には関心が払われていないからでしょうか。

 某立派な先生が最近書かれた独占禁止法の本の初版で「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は昭和22年法律第54号の「題名」であるとの記述を見て,おっ,と思ったことがあります。ただし,幸いにしてすぐに間違いに気づかれたようで,第2版においては「こっそり」修正がされており,「件名」に差し替えられていましたが。しかしながら,この事例から推すと,専門家を自認する学者の方々でも,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は堂々たる正式な題名であるぞと無邪気に思っておられる先生はまだ多いのではないでしょうか。

補遺:輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の裔


 戦後,治安維持法は連合国最高司令官の通達に基づいて廃止され,その適用にあたった思想検察,特高警察関係者は一斉に追放処分に処された。それに対し国家総動員法は,2012月の第89臨時議会において,法律の形式をもって廃止されたが,その施行は2141日とされ,しかも同法に基づく諸勅令は,「国家総動員法上必要アルトキ」の語を「終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為特ニ必要アルトキ」と読みかえて,更に6ヶ月間効力の延長が認められた。その間にこれらを承継する立法措置が多くとられて,総動員法附属勅令で,実質上は効力の存続を認められたものも多い。戦後復興の必要もまた統制経済を要求したのである。・・・(長尾龍一「帝国憲法と国家総動員法」『思想としての日本憲法史』(信山社・1997年)151頁)


 兄弟分の国家総動員法と同様,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律も,その姿を変えつつ,その実質をなおも我が法体系中に存置させていました。同法を廃止した昭和20年法律第49号の附則91項は次のように規定していました。


本法施行ノ際現ニ存スル昭和12年法律第92号ニ基ク命令又ハ処分ニ付テハ本法施行後6月ヲ限リ旧法ハ仍其ノ効力ヲ有ス此ノ場合ニ於テハ大東亜戦争ニ関聯シ国民経済ノ運行ヲ確保スル為トアルハ終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為トス

 6箇月の執行猶予です。

 更に1946101日,臨時物資需給調整法(昭和21年法律第32号)が公布され,即日施行されました(同法附則1項)。

 同法の第11項及び第4条は,次のとおり。


1 主務大臣は,産業の回復及び振興に関し,経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために,左に掲げる事項に関して,必要な命令をなすことができる。

一 経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給

二 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の使用の制限又は禁止

三 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の生産(加工及び修理を含む。以下同じ。)若しくは出荷若しくは工事の施行又は物資の生産若しくは出荷若しくは工事の制限若しくは禁止

四 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資又は遊休設備の譲渡,引渡又は貸与


第4条 第1条第1項の規定による命令に違反した者は,これを10年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

 前項の罪を犯した者には,情状により,懲役及び罰金を併科することができる。

 

 この第4条の罰則は,昭和16年改正後の輸出入品等に関する臨時措置に関する法律5条の罰則よりも重い刑が定められています(7年以下→10年以下,5万円以下→10万円以下)。

 堂々と「臨時物資需給調整法」という題名が付されていますから,森田福市衆議院議員であっても,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律のときのように,看板に偽りありと批判はできなかったでしょう。(「「等」に注意すべきこと等」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2806453.html参照)

  ただし,森田福市は,前年194586日の原子爆弾の広島投下を受けて既に死去していました。

 なお,臨時物資需給調整法の上諭に農林大臣として副署したのは,企画院事件でひっぱられた和田博雄でした。他方,「を潰すこと一点張り」だった平沼騏一郎が,今や戦争犯罪人でひっぱられていました。

 臨時物資需給調整法は,「昭和2341日又は経済安定本部の廃止の時の何れか早い時に,その効力を失ふ。」とされていましたが(附則2項),毎年1年づつ失効が先延ばしされ(昭和23年法律第16号,昭和24年法律第21号,昭和25年法律第55号,昭和26年法律第74号),失効となったのは,195241日でした。

 統制経済は,いったん始めるとやめられなくなるのでしょうか。

 臨時物資需給調整法からバトンを引き継いだのが,今度は国際的供給不足物資等の需給調整に関する臨時措置に関する法律(昭和27年法律第23号)です。195241日から施行(同法附則1項)されました。これもまた,当初195341日に失効の予定が(同附則2項),順次195361日,195441日,195541日へと失効日が先送りになりました(昭和28年法律第24号,昭和28年法律第44号,昭和29年法律第23号)。

 何やら,今年こそは(今年度こそは)統制経済と別れます,と毎年決意を新たにしつつも,結局目標が達成できずに翌年なっても同様に,今年こそは(今年度こそは),と同じ望みへの再挑戦を誓い,かつ,1年の猶予を乞うということの繰り返しでしたね。人間的ではあります。



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1 会社法の一部を改正する法律案の第185回国会への提出

 200651日から施行された会社法(平成17726日法律第86号)は施行後7年半余を経たところですが,その初めての本格的改正(ただし,他の法律の制定・改正に伴う会社法の部分改正は,既にいろいろ行われています。)に係る法案である「会社法の一部を改正する法律案」が,「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」と共に,20131129日,内閣から国会に提出されました(衆議院先議)。

 当該両法案は衆議院法務委員会に付託されています(同年125日)。

 上記両法案が提出された第185回国会の会期は2013128日をもって終了しましたが,当該両法案は閉会中審査に付されており(国会法472項参照),次の常会である20141月召集の第186回国会に継続され(同法68条ただし書参照),当該国会における審議を経ての法律の成立が予想されます(常会の会期は150日間(同法10条))。当該「会社法の一部を改正する法律案」の附則1条は「この法律は,公布の日から起算して16月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と規定していますが,同文の附則規定を有していた会社法の前例においては,法律の公布から9箇月余で施行となっています。

 いずれにせよ,会社法の改正法が成立したときは,それに伴い,改正内容の研究及びそれに対する対応が必要になります。参考書籍も多々出版されることでしょう。企業法務担当者には,なかなか寧日はありません。


 会社法の一部を改正する法律案の提出理由

 今回の会社法の一部改正法案はどのようなものか,手っ取り早く大づかみに知りたいときは,法案に付されている「理由」を見るのが便宜でしょう(法務大臣による国会における法案の趣旨説明(「お経読み」)は第185回国会ではされていません。)。会社法の一部を改正する法律案に付された「理由」は,次のとおりです。



   理 由

 株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に鑑み,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化並びに株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図るため,監査等委員会設置会社制度を創設するとともに,社外取締役等の要件等を改めるほか,株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設,株主による組織再編等の差止請求制度の拡充等の措置を講ずる必要がある。これが,この法律案を提出する理由である。


 法案の作成を担当した法務省としては,①監査等委員会設置会社制度の創設,②社外取締役の要件改正,③株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設及び④株主による組織再編の差止請求制度の拡充の4点が今次会社法改正の目玉だと考えているようです。

 なお,上記①から④までのほか,前記「理由」の文章中の諸所にちりばめられている「等」には実は多様な改正内容が含まれていることに注意が必要です。学校の古文の授業では,朧化表現の「など」などには具体的な内容は無く,専ら表現をおぼろにするものと習ったわけですが,霞が関の官庁文の「等」には具体的な,そして時には非常に重要な内容が詰まっています。(監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)のうち株式について有価証券報告書提出義務のある株式会社であるいわゆる一流企業で最も問題になっているであろう,改正後会社法327条の2の「社外取締役を置いていない場合には,取締役は,・・・定時株主総会において,社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならない」義務の導入は,「等」で読まれていることになります。) 


3 法律の改正に伴う「こっそり」改正

 一つの法律が改正されると,関係法令にも変動が及びます。そして,その際される各種法令における「関係条項」の改正は,専ら当該法律の改正に対応するために必要となる改正ばかりであるというわけではありません。実は,従来の立法ミスを改めるための,「こっそり」改正も含まれています。


(1)豚の密飼養一斉検挙とへい獣処理場等に関する法律の昭和42年改正

 例えば,伊藤栄樹元検事総長のエッセイ「つづいて,あれこれ」では,へい獣処理場等に関する法律(昭和23年法律第140号。現在の題名は,化製場等に関する法律)における「こっそり」改正の事例が紹介されています。

 へい獣処理場等に関する法律103号が「前条第1項の規定に違反した者」に対する罰則(1年以下の懲役又は3万円以下の罰金)を定め,同法91項(都道府県知事が指定する区域内で牛,馬,豚,めん羊,山羊,犬,鶏又はあひるを一定数以上飼養又は収容しようとする者は知事の許可を受けなければならないものとする。)の違反に備えていたところ(昭和34年法律第143号による改正後の規定),その後1962101日に第9条と第10条との間に第9条の2を挿入したときに,第103号の「前条第1項」を「第91項」に改正することを失念してしまっていたというケースの後始末です(第10条から見た「前条」は,「第9条」ではなく,「第9条の2」になってしまっていました。)。山口県下で豚の密飼養ケースを一斉検挙した際に,いざへい獣処理場等に関する法律103号に基づき起訴しようとした山口地方検察庁が同法の当該規定の上記不整合を発見し,法務省刑事局刑事課に照会があったものです。

 伊藤栄樹刑事課長は,罪刑法定主義の立場から,「「前条第1項の規定に違反した者」と規定している第10条第3号の規定は,遺憾ながら第9条第1項の許可を受けないで豚を飼養した者を処罰するのに有効と解釈することに疑問がある,したがって,今回のいっせい検挙にかかる無許可の豚飼養業者は,すべて不起訴処分にするほかはない」と回答する一方,同法を所管する厚生省に改正方を申し入れたのですが,「なかなか適当な改正のチャンスがなく,昭和42年になって,やっと同省所管の全く別の法律が改正される際,その附則で,こっそりと改正することになった。したがって,牛,馬,豚などの無許可飼養については,5年ばかりの間,罰則が死んだ状態になっていたわけである。」という次第であったものです(以上,伊藤栄樹=河上和雄=古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)23-25)。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ,とは現実には行われ難いことであったわけです(厚生大臣が正直に告白した場合,国会は大紛糾したでしょう。)。

 なお,伊藤元検事総長の「昭和42年になって,やっと同省所管の全く別の法律が改正される際,その附則で」との記述は実は不正確で,実際には,「許可,認可等の整理に関する法律」(昭和42120号)という省庁横断的な法律の本則の第16条で改正されたものです。多くの法律についてバラバラと改正されるものをまとめた法律の中に,こっそり紛れ込ませたということでしょう。

 また,1962101日のへい獣処理場等に関する法律の改正は,「行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」の施行(同法附則1項参照)によるものですが,同法86条により挿入されたへい獣処理場等に関する法律9条の2は,「政令で定める市の長が行なう処分についての審査請求の裁決に不服がある者は,厚生大臣に対して再審査請求をすることができる」旨の規定でした(行政不服審査法811号参照)。へい獣処理場等に関する法律9条の2は「許可申請の取扱いについて不服がある者は,厚生大臣に対して審査請求することができる旨」を規定していたという伊藤元検事総長の記述(伊藤=河上=古田・前掲24頁)は,ここでも若干不正確でありました。


(2)特殊会社に係る某法律24条の平成26年改正(予定)

 さて,今回の会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の第60条後段は,特殊会社に係る某法律について,次のように規定しています。



24条中「名義書換代理人」を「株主名簿管理人」に改める。


 これも,本来は「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成17726日法律第87号)で改正して手当てしておくべきであったところ,改正をし忘れた分を9年たってからつじつまを合わせる「こっそり」改正です。

 当該某法律の第24条は,現在,なおも次のようになっています(下線は筆者)。



24 第6条第1項又は第2項の規定に違反した場合においては,その違反行為をした会社の職員又は名義書換代理人名義書換代理人が法人である場合は,その従業者)は,50万円以下の罰金に処する。


 某法律の第61項及び2項は,外国人等議決権割合が3分の1以上になるような株式取得者の株主名簿への記載又は記録を禁止するものです。

 株主名簿管理人は,株式会社から委託を受けて「株式会社に代わって株主名簿の作成及び備置きその他の株主名簿に関する事務を行う者」です(会社法123条)。株式会社が新株予約権を発行しているときは,株主名簿管理人は「株式会社に代わって株主名簿及び新株予約権原簿の作成及び備置きその他の株主名簿及び新株予約権原簿に関する事務を行う者」になります(同法251条)。

 名義書換代理人の制度は,会社法の施行前の商法の旧規定によるものであって(株式についての名義書換代理人,新株予約権についての名義書換代理人及び社債についての名義書換代理人がありました。),会社法の施行に伴い,株式についての名義書換代理人及び新株予約権についての名義書換代理人の制度は,株式名簿管理人の制度に置き換えられています(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律80条参照)。すなわち,会社法の施行された200651日以後には,株式についての「名義書換代理人」というものはなくなっていたわけです。

 某法律の第24条は罰則ですから,罪刑法定主義からすると,その有効性に疑義が生じないように,2005年の会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律においてしっかり手当てがされているべきものでした。しかし,某法律を所管する某省のお忙しい秀才官僚たちは,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案における関係条項の作成の際,会社法案の膨大さに唖然呆然うんざりして,「名義書換代理人」の「株主名簿管理人」への変化を見落としてしまったものでしょう。Menschliches, Allzumenschliches!(人間的な,余りに人間的な!)


(3)某法律施行規則の「こっそり」改正予備軍:「会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社となる場合」(10条1項2号ハ)

 ところで,今回の会社法の改正に伴う,前記某法律を所管する某省のエリート官僚諸氏の大変かつ大切なお仕事は,会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案60条の作成で終わったわけではありません。当該某法律に係る省令(「某法律施行規則」)にも「こっそり」改正が必要な条項が存在しています。これらの条項も,会社法の改正に伴う省令改正に紛れて,きれいにする必要があります。

 例えば,某法律施行規則101項は,某法律に係る特殊会社が合併,分割又は解散の決議の認可を当該某省の大臣から受けようとするときは,同項各号に規定する事項を記載した申請書を当該大臣に提出すべきものと定めていますが,当該記載事項に係る同項2号に次のような規定が存在しています。



二 次のイからハまでに掲げる場合に応じ,当該イからハまでに定める反対株主の氏名又は名称及び住所並びにその者の所有する株式の数

 イ 

 ロ 

 ハ 会社が,新設合併により消滅する会社又は会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社となる場合  同法第806条第2項に規定する反対株主


 「会社法第763条第1号に規定する新分割設立株式会社が新設分割により新分割する会社」とは何でしょう。意味不明です。また,会社法7631号にあるのは「新分割設立株式会社」であって「新分割設立株式会社」ではありません。会社法には「新設分割」はあっても(同法230号),「新分割」はありません。某省のエリート官僚たちの言語能力は,通常の日本語話者のそれとは次元の違うところにあるのでしょうか。

 実は,「会社法第763条第1号に規定する新分割設立株式会社が新設分割により新分割する会社」とは,会社法763条の第5号で定義されている新設分割会社のことであるものと解されます。某法律施行規則1012号ハの定めにある会社法806条は,消滅株式会社等における反対株主の株式買取請求について定めており,そこにいう消滅株式会社等とは,新設合併消滅株式会社,新設分割株式会社及び株式移転完全子会社であるところです(同法8031項)。

 会社法763条(同条は,株式会社を設立する新設分割計画において定めるべき事項を規定する。)5号の規定は次のとおり。



五 新設分割設立株式会社が新設分割により新設分割をする会社(以下この編において「新設分割会社」という。)から承継する資産,債務,雇用契約その他の権利義務(株式会社である新設分割会社(以下この編において「新設分割株式会社」という。)の株式及び新株予約権に係る義務を除く。)に関する事項


 読みづらく,分かりにくい規定です。

 最初の括弧書きが文を肝腎のところで分断しているので,「新設分割設立株式会社が新設分割により・・・承継する」という係り結びが見えにくくなっています。その結果,当該括弧書きの「新設分割会社」に係る定義の部分は「新設分割をする会社」にとどまるものではなく,「新設分割設立株式会社が新設分割により新設分割をする会社」が大きく一かたまりの定義部分となっている,との誤読を誘ったものと思われます(惜しむらくは,「新設分割をする会社(以下この編において「新設分割会社」という。)から新設分割設立株式会社が新設分割により承継する資産,債務,雇用契約その他の権利義務・・・」と書かれていれば,すっきりと読めたものでしょうか。)。

 会社法の施行に伴う某法律施行規則の改正のための省令案を起草することをノンシャランな上司から仰せつかった某省の若者官僚が,連日連夜大量,難解かつマニアックな会社法の条文に取り組まされて朦朧となった頭でもって同法における新設分割会社の定義について上記誤読をしてしまった挙句,某法律施行規則1012号ハにおいては「単に「新設分割会社」と書くよりも,そのそもそもの定義に噛み砕いて書き下した方が親切だろう」などと余計なことを考えてしまい,「新設分割設立株式会社」の定義は「会社法第763条第1号に規定」されている旨書き足した上,「新設分割」が何度も繰り返されるくどくどしさに魔がさして,適宜その単調さを破るべく「新分割」などという会社法にない概念を省令レベルにおいて創造しつつ,天使のように単純な「新設分割をする会社」ではなく悪魔のように難解な「会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社」と起案して,当該某省におけるエリートぞろいの上司連に伺ったものと想像されます。えい,と目をつぶって手を放したところ,あら不思議,だれも当該条項について読み込まず,又は読んでもそのおかしさに気が付かないまま,当該伺い文書は課を出て,部を通り,局を出て,大臣官房を通って大臣決裁まで受けちゃった,ということでしょうか。大勢の机の上(あるいはパーソナル・コンピュータの中)を通ったはずなのですが,どうしたことでしょう。霞が関エリート官僚集団のこのような失態を図らずも明るみに出すとは,会社法恐るべし。

 なお,会社法の読みにくさ,分かりにくさ等に対する詳細な批判として,つとに,稲葉威雄元広島高等裁判所長官の『会社法の解明』(中央経済社・2010年)という分厚い本が出版されています。


4 おわりに

 某法律施行規則は,今回取り上げた部分のほかにも,会社法について深く考えさせる契機となる興味深い規定を多々有しています(某法律については,伝統的な当該方向等からの実定法学的アプローチの方が,「経済法」や「競争法」などという方面からの理念的アプローチよりも,法学的にはなお生産的であるようです。)。しかしながら,それらについていちいち書くと,また長過ぎるブログ記事になるように思われます。後日紹介する機会もあるでしょうから,今回はこの辺で切り上げましょう。

 会社法が改正されるとなると,法曹界・実業界のみならず,法務省以外のお役所もいろいろ忙しくしなければならなくなるというわけです。

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霞が関官庁街

 弁護士 齊藤雅俊
  大志わかば法律事務所
  東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203
  電話: 03-6868-3194 (法律問題に関して,何でも,お気軽に御相談ください。)
  電子メール: saitoh@taishi-wakaba.jp
 (関連:『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)285頁・185頁)

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1 はじめに


 一見簡単な質問ほど答えるのが難しいものです。


「今ある法律って,正式にはどこにあるの。」と尋ねられると,実は困ってしまいます。


 「うーん,現行法の姿って,実はヴァーチャルな存在なんだよなぁ。」という要領を得ない回答をせざるを得ないからです。


参照条文や,あるいは関連する判例まで各条に付された,便利に編集された各種法令集(一般に「六法全書」ないしは「六法」と呼ばれています。ちなみに,六法とは,憲法,民法,商法,民事訴訟法,刑法及び刑事訴訟法のことです。)がいろいろな出版社から発行されています。したがって,「六法全書を見ましょうね。社会人たるもの,六法の一冊くらい持っていても悪くはないですよね。」と安易に答えたくなるのですが,実は質問の「正式に」というところが曲者。民間企業が編集出版している六法は,民間企業が編集出版している意味では私的出版物であります。

 

 「そうそう,森内閣が提唱したIT革命以来精力的に拡充されている政府の電子サービスの一環として,総務省の運営しているe-Govというポータルサイトがあるんですよ。そこから「法令検索」に入れば,現行法令について,総務省の「法令データ提供システム」を便利に利用することができますよ。」と答えれば,やれやれ,責めを果たしたことになるでしょうか。総務省は,「行政機関が共用する情報システムの整備及び管理に関すること」を所掌しているお役所です(総務省設置法(平成11年法律第91号)412号)。

 しかしながら,総務省が何やら自信なさげなことを言っています。「法令データ提供システム」の「注意事項」に次のようなことが書かれているところです。


  本システムで提供する法令データは,総務省行政管理局が官報を基に,施行期日を迎えた一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い,データ内容の正確性については,万全を期しておりますが,官報で掲載された内容と異なる場合は,官報が優先します。

総務省は,本システムの利用に伴って発生した不利益や問題について,何ら責任を負いません。


 どうも法令の正しい姿を見るためには,「官報」というものに当たらなければならないようです。官報とは何でしょうか。

 また,「一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い」と何やら理解の難しいことが言われています。これはどういう意味でしょうか。



2 官報


 まず官報から。

 官報は,国立印刷局(お札に「国立印刷局製造」と書いてあります。)から,行政機関の休日を除いて毎日発行されている小ぶりな新聞といった体裁の刊行物です。その内容としては,「憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣府令〔,復興庁令〕,省令,規則,庁令,訓令,告示,国会事項,裁判所事項,人事異動,叙位・叙勲,褒章,皇室事項,官庁報告,資料,地方自治事項及び公告等を掲載するもの」とされています(官報及び法令全書に関する内閣府令(昭和24年総理府・大蔵省令第1号)1条)。

 官報は,主要地にある官報販売所から購入することができます。官報販売所は全国官報販売協同組合を設立しており,虎ノ門(住所は厳密には霞が関)の政府刊行物センターは同協同組合の直営店です。また,図書館でも官報を見ることができるでしょう。

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 「官報の編集,印刷及び普及を行うこと」は,「
…官報の編集,印刷及び普及を行い…公共上の見地から行われることが適当な情報の提供を図る…」ことを目的の一つとする国立印刷局の業務として,法律によって規定されています(独立行政法人国立印刷局法(平成14年法律第14号)32項,1113号)。

 それでは,官報というものは国立印刷局限りで編集,印刷及び普及を行っているのかといえばそうではありません。政府がそこに関与しているところです。内閣府設置法(平成11年法律第89号)4337号が「官報及び法令全書並びに内閣所管の機密文書の印刷に関すること」を内閣府の所掌事務としています。

 官報を所掌する組織が国立印刷局と内閣府とに分かれてしまっていますが,元は一つであったところです。印刷局は,元は内閣に所属していました。1924年の内閣所属部局及職員官制(大正13年勅令第307号)では,印刷局は,恩給局,拓殖局及び統計局と共に内閣の所属四局の一つとされており(同官制1条),内閣印刷局の所掌事務には「官報,法令全書及職員録ノ編輯及発売ニ関スル事項」及び「官報其ノ他ノ印刷ニ関スル事項」が含まれていました(同官制61号・2号)。先の大戦中の194311月1日に「行政機構整備」が行われ,「印刷局ハ大蔵大臣ノ管理ニ属」することになりましたが(印刷局官制(昭和18年勅令第809号)1条),同時に昭和18年勅令第799号によって内閣所属部局及職員官制が改正され,内閣官房の所掌事務として「官報及法令全書ニ関スル事項」が加えられました(改正後同官制218号)。
 1890年の内閣所属職員官制(明治23年勅令114号)では官報局長が「内閣所属ノ職員」とされており(同官制1条),官報局では「官報ノ編輯印刷発売及配送ニ関スル事項」を所掌していました(同官制81号)。それまで大蔵大臣の管理に属していた印刷局が内閣総理大臣の管理に移り,また,官報に関する事務が官報局から印刷局に移ったのは,189811
1日からでした(印刷局官制(明治31年勅令第258号))。

 

 国立印刷局では「法令全書」というものも毎月発行しており(独立行政法人国立印刷局法32項,1114号),当該法令全書は,「憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣府令〔,復興庁令〕,省令,規則,庁令,訓令及び告示等を集録するもの」とされています(官報及び法令全書に関する内閣府令2条)。官報と法令全書のどちらからでも法律を見ることができるようです。内閣府が関与して国立印刷局から発行される点でも同じです。ではなぜ総務省は,法令全書ではなく,「官報で掲載された内容と異なる場合は,官報が優先します。」として,官報の方を優先するのでしょうか。

 

 法令の公布が,官報でされることになっているからです。



3 法令の公布


 ここで,法令の「公布」の意味ですが,最高裁判所大法廷昭和321228日判決(刑集11143461号)において,「成文の法令が一般的に国民に対し現実にその拘束力を発動する(施行せられる)ためには,その法令の内容が,一般国民の知りうべき状態に置かれることが前提要件とせられるのであつて,このことは,近代民主国家における法治主義の要請からいつて,まさにかくあるべきことといわなければならない。わが国においては,明治初年以来,法令の内容を一般国民の知りうべき状態に置く方法として法令公布の制度を採用し,これを法令施行の前提要件として来た現行制度の下においても同様の立前を採用している…」と判示されています。


 1889年に発布された大日本帝国憲法の第6条は「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」と規定していました。ここでの「公布」の意味は,伊藤博文の『憲法義解』では「裁可ハ以テ立法ノ事ヲ完結シ公布ハ以テ臣民遵行ノ効力ヲ生ス」と説かれていました。しかし,美濃部達吉はそれを訂正し,『逐条憲法精義』では,「公布は唯既に成立して居る法律を一般に宣示するだけの行為で,之に依つて何等の効力を与ふるものでもなければ,効力を附け加ふるものでもない。…〔法律は〕公布をその活動力発生の条件と為し,而して公布に依つて,或は期限附に,或は公布の即日より,その効力を活動せしめ得べき状態に入るのである。」と述べています。

 ちなみに,19世紀初めのナポレオン民法典の第1条1項は「法律(les lois)は,第一執政官(ナポレオン)によってそれについてされた公布(promulgation)によって,フランス全領内において施行されるべきものとなる(sont exécutoires)。」と,同条2項は「法律は,その公布が認識可能になった時から,共和国の各地において施行される。」と規定していました。


 大日本帝国憲法6条の天皇による法律の裁可及びその公布を命ずる行為は,現実には一つの行為としてされていました。

 例えば,刑法(明治40424日法律第45号)の裁可及び公布の命令は,


 朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル刑法改正法律ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 御名 御璽

  明治40423


という形でされており,明治天皇の親署も一つ,御璽の印影も一つだけです。(ちなみに,六法にある「明治40424日」というのは,裁可ではなく,公布の日付です。)

 なお,現行憲法下での天皇による法律の公布も同様の形式で,例えば刑法の一部を改正する法律(昭和43521法律第61)の公布文は,

 

 刑法の一部を改正する法律をここに公布する。

 御名 御璽

  昭和43521


となっています。「裁可シ」が抜けたのは国会が「国の唯一の立法機関」であるからであり(憲法41条),「公布セシム」が「公布する」になったのは,現行憲法では天皇は「公布…ヲ命ス」るのではなく,法律並びに政令,条約及び憲法改正を「公布する」もの(憲法71号)とされているからでしょう。『憲法義解』的には,公布によって法律は「以テ臣民遵行ノ効力ヲ生ス」るところです。(ちなみに,手元にあるDallozの2011年版"Code Civil"の第1条解説において紹介されているフランスのpromulgationの定義はゆゆしく,「国家元首が法律の存在を公証し,公権力に対し,当該法律を遵行し,及び遵行されるようにすることを命ずる行為」とされています。Publicationとは異なるようです。)

 公布は法令ごとにそれぞれされます。天皇の裁可の単位が法令の単位になっていたのですから,裁可に伴うものであった公布は,今でも法令ごとにされるということでしょう。

 この点に関して,昔の印刷局官制を調べていて,面白い例を見つけました。大日本帝国憲法発布前の1886年の例ですが,明治19年勅令第17号です。「朕造幣局印刷局ノ官制ヲ裁可シ茲に之ヲ公布セシム」と一つの行為で造幣局官制及び印刷局官制を裁可し,公布を命じてしまったので,両官制は実は一つの勅令のそれぞれ一部ということになってしまっています。この形は,やはり不自然な感じがします。



4 官報による法令の公布


 法令の公布が官報でされることについては,前記の昭和32年最高裁判所大法廷判決において次のように判示されています。


 公式令の廃止後は,法令公布の方法については,一般的な法令の規定を欠くに至つたのであつて,実際の取扱としては,公式令廃止後も,法令の公布は官報をもつてする従前の方法が行われて来たことは顕著な事実ではあるが…今日においては法令の公布が官報による以外の方法でなされることを絶対に認め得ないとまで云うことはできないであろう。しかしながら,公式令廃止後の実際の取扱としては,法令の公布は従前通り官報によつてなされて来ていることは上述したとおりであり,特に国家がこれに代わる他の適当な方法をもつて法令の公布を行うものである場合でない限りは,法令の公布は従前通り,官報をもつてせられるものと解するのが相当…


昭和22年政令第4号によって194753日から廃止された公式令(明治40年勅令第6号)は,その第6条において「法律ハ上諭ヲ附シテ之ヲ公布ス/前項ノ上諭ニハ帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨ヲ記載シ親署ノ後御璽ヲ鈐シ内閣総理大臣年月日ヲ記入シ之ニ副署シ又ハ他ノ国務各大臣若ハ主任ノ国務大臣ト倶ニ之ニ副署ス/枢密顧問ノ諮詢ヲ経タル法律ノ上諭ニハ其ノ旨ヲ記載ス」と,そして第12条において「前数条ノ公文ヲ公布スルハ官報ヲ以テス」と規定していました。法律の公布が官報をもってされることの根拠規定がここにあったわけです。(公式令の前には公文式(明治19年勅令第1号)という勅令があり,公文式10条本文は「凡ソ法律命令ハ官報ヲ以テ布告シ官報各府県庁到達日数ノ後7日ヲ以テ施行ノ期限トナス」と規定していました。)

 公式令は,帝国議会の協賛を要する「法律」の形式ではなく,前記大日本帝国憲法6条の天皇大権に基づき,議会の協賛を要しない天皇の勅令の形式をもって制定されています。



5 法令の一部改正の「溶け込み」方式


 次に「一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い」ということについて。

 法律が新たに制定されるとき,又は全部改正がされたときは,その法律全体が一つの法律として成立するわけですから,官報にはその法律全体が掲載されることになります。ここまでは分かりやすいところです。

 ところが,一部改正の場合は厄介です。一部の改正をした後の姿となった法律の全体が一つの法律として制定されるわけではないからです。

 例えば,1999年の放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)を見ると,次のような法律になっています。


    放送法の一部を改正する法律

 放送法(昭和25年法律第132号)の一部を次のように改正する。

2条第2号の4中「又はこれに伴う文字,図形その他の影像若しくは信号を送る放送」を「を送る放送(文字,図形その他の影像又は信号を併せ送るものを含む。)」に改め,同条第2号の5中「,文字,図形その他の影像又は信号を送る放送」を「を送る放送(文字,図形その他の影像又は信号を併せ送るものを含む。)」に改める。

9条第1項第1号ニを削る。

    附 則
 (施行期日)
1 この法律は,公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
 〔第2項及び第3項略〕


  読みづらいですね。官報に掲載されるのはこれだけです。

なお,この放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)と元の放送法(昭和25年法律第132号)とは,飽くまでもそれぞれ別個独立の法律ですので念のため。 

「「○○」を「○○」に改める」という規定は,霞が関方面ではカイメル文とも呼ばれています。

放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)附則1項の政令(平成11年政令第342号)に基づき同法は1999111日から施行されたのですが,同日の午前零時に,上記一部改正法の本則の規定どおり,放送法本体の第2条の第2号の4及び第2号の5の文字が改められ,並びに第9条第1項第1号ニが削られたことになります。すなわち一部改正法の本則の内容が元の放送法の中に「溶け込む」わけです。

しかし,法律としての力によって一部改正法の本則の内容が元の法律に「溶け込む」といっても,それは観念的(ヴァーチャル)なものです。インターネット上ないしは印刷物上に存在する元の法律の文言までが一夜にして魔法のように自動的に変化するわけではありません。すなわち,総務省行政管理局の担当者や六法を出版している会社の担当者が,目をしょぼしょぼさせながら官報に掲載された一部改正法をチェックしつつ,手元にある元の法律の原稿を現実に修正しなくてはならないわけです。



6 おわりに


法律の公布は官報によってされるから法律の現在の姿を「正式に」知るためには官報のみに依拠しなければならない,という厳格な方針を採ると大変なことになるわけです。

一部改正後の現在のその法律の姿をそのまま内容とする一つの法律は,現実には制定されていないのでした。最初の制定時の官報掲載条文を基にして,その後の一部改正法の内容を官報で根気よくたどりながら,精確に条文に修正を加えていって,やっと現在のその法律の姿が分かるわけです。


 ところで,官報といえども絶対ではありません。

 官報掲載のための法令の原稿に誤りがある等(今では植字の誤りというのはないのでしょうが)の原因により,官報に掲載された文言が,実際に制定された法令の文言と異なるということがどうしても起こります。

 この場合,発覚すると,後の官報の正誤欄に掲載がされて訂正が行われます。

 なかなか油断ができません。

 しかも,この官報正誤欄掲載という手段も曲者のようです。

 「正誤は,原本と印刷との間に抵触のある場合に,これを訂正するに止まるべき」であるにもかかわらず,「終戦後間もない頃は,正誤の形式で,実質的な法令の改正と見るべき措置をとった例」が「ないではな」かったそうです(田中二郎『新版行政法上巻全訂第2版』165頁)。


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