1 定額小為替証書の「有効期間」
(1)規定
ゆうちょ銀行の定額小為替証書の表面には「下記の金額をこの証書の発行の日から6か月以内にゆうちょ銀行または郵便局でお受け取りください。」との記載があり,裏面には「8 発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載があります。
定額小為替証書表面の上記記載及び裏面第8項前段の記載は,ゆうちょ銀行の為替規定9条3項の「為替証書の有効期間は,その発行の日から6か月とします。」との規定に対応するものでしょう(なお,旧郵便為替法(昭和23年法律第59号)20条は「郵便為替証書(普通為替証書,電信為替証書又は定額小為替証書をいう。以下同じ。)の有効期間は,その発行の日から6箇月とする。/差出人又は受取人が,その責に帰すべからざる事由により,前項の有効期間内に為替金の払渡し又は払戻しの請求をすることができなかつたときは,その事由により請求をすることができなかつた日数は,それを同項の有効期間に算入しない。」と規定していました。)。旧郵便為替法20条2項を参照した上で考えると,郵便為替証書の「有効期間」とは,当該証書により為替金の払渡し(受取人が受けるもの)又は払戻し(差出人が受けるもの。後の逓信省通信局長である田中次郎の『通信法釈義』(博文館・1901年)564頁には旧々郵便為替法(明治33年法律第55号)に関して「注意すへきは払戻は差出人に於てのみ請求するを得之れ其文字より見るも明なり」とあります。)を受けることができる期間,ということのようです。
旧々郵便為替法の研究書によれば,「有効期間経過後の証書〔略〕は為替証書として全く払渡を要求するの力なかるべし」であったようでした(田中561頁)。とはいえ,旧々郵便為替規則(明治33年逓信省令第45号)30条2項は「差出人通常為替証書ノ有効期間ヲ経過シタル場合ニ於テ為替金ノ払戻ヲ請求セムトスルトキハ亦前項ノ手続ヲ為スヘシ」と規定して「通常為替証書ニ記名調印シ通常為替金受領証書ト共ニ振出郵便局ニ差出ス」こと(同条1項参照)を求めており(同規則42条及び49条によって電信為替及び小為替について準用),同規則50条2項は再度証書の交付の請求に際して「有効期間経過ノ郵便為替証書ヲ添付差出ス」ことを求めていました。「差出」が必要なのですから,有効期間が経過した郵便為替証書が全く無用無価値のものとなったわけではありません。
(2)趣旨
郵便為替証書に有効期間が設けられた趣旨については,旧々郵便為替法に関して,「元来証書には一定の有効期間を設けざれば永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり為替本来の精神は送達する地に於て払渡を為さしめんとするに在れば之には一定の効力期間を附し之を過れば効力を失はしむるは至当なりと謂ふべし」とありました(田中558頁)。「永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり」のみではなお抽象的に過ぎるようですが,1875年(明治8年)1月の郵便為替の「創業の際は為替資金の運転に最も苦しめたるが如し初は1ヶ所300円500円を配付するとし3万1500円を予算せしが(〔明治〕7年5月太政官達あり)実際不足を感し取扱役の私金準備方法を設け300円以上500円迄は1年6分の利を付すとせり其間資金を増加し〔明治〕8年6月には31万円余となれり〔明治〕18年5月立替金の法を設け〔明治〕20年には10円に付3厘の利とせり此の如くして今は資金の準備整ひ其数亦大に増加し東京市内のみにても1日二三万円を要するに至れり」というような経緯があり(田中522‐523頁),旧々郵便為替規則には「払渡資金欠乏ノトキ」は「為替金ノ払渡ヲ停延ス」との規定(22条5号,42条,49条。なお,旧々郵便為替法15条は「郵便官署ハ郵便為替金払渡ノ遅延ニ因リ生シタル損害ニ付賠償ノ責ニ任セス」と規定していました。)もあったところからすると,振出郵便局所から通常為替又は電信為替の振出しの案内を受けた払渡郵便局所(旧々郵便為替規則13条,40条1項)における折角の為替資金のいわゆるブタ積みを避けようとするものでもあったのでしょうか。
旧郵便為替法時代の『時の法令』1320号(1987年12月30日)の記事「郵便為替及び郵便振替サービスの改善 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(62・5・29公布法律第39号)」(上田伸)には,旧郵便為替法20条1項の改正に関して,「郵便為替証書の有効期間は,長期間にわたって為替金の払渡しがなされないようであれば,証拠書類の保管や計算事務などの面で繁雑であること,また,亡失・盗難などによる払渡警戒に対する事務負担の問題があることなど,手作業処理においては業務運営上支障を来すことになるため,できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨から設けられているものである。/しかしながら,この有効期間を経過した場合には,証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑であるので,この期間を2か月から6か月に延長することとされた(郵便為替法20条1項)。」とあります(33頁)。しかしながら,為替金に関する差出人及び受取人の権利は,郵便為替証書の有効期間の経過によってではなく,「郵便為替証書の有効期間の経過後,普通為替及び電信為替にあつては3年間,定額小為替にあつては1年間,郵便為替証書の再交付又は為替金の払もどしの請求がないとき」に初めて消滅したのですから(旧郵便為替法22条),郵便為替証書の有効期間経過後も「証拠書類の保管や計算事務」は残っていたわけですし,「手作業処理」に係る業務運営上の支障は機械化・オンライン化によって解消されたわけでしょう。郵便為替証書の有効期間を設けてしまった結果「証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑である」というに至っては,やや本末転倒のようでもあります。結局「できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨」という郵便局側のお願いにすぎないものが,「郵便為替証書の有効期間」という仰々しい制度になっていたようでもあります。
ただし,旧郵便為替法下では,郵便為替証書の有効期間が経過すると,有効期間が経過した当該郵便為替証書を受取人に所持させたままでも差出人が為替金の払戻しを受けることができるようになるという効果もあったようなのですが(同法32条2項(同条1項と異なり郵便為替証書との引換えは不要),38条及び38条の2並びに旧郵便為替規則(昭和23年逓信省令第31号)38条2項,62条及び68条),同法の昭和62年法律第39号による改正に際しては,重視されていなかったようです。
(3)現状
ア 形骸化か
実は,現在のゆうちょ銀行の取扱いでは,普通為替証書及び定額小為替証書の各「有効期間」及び当該期間経過後の為替証書の再交付の制度は形骸化しているようです。すなわち,現在の同行の為替規定においては,有効期間経過後の為替証書を所持する受取人が為替金の払渡しを受けるためには,いったん為替証書の再交付を受ける手続は不要とされるに至っています。また,為替証書の有効期間が経過したからといって,差出人が為替証書との引換えなしに為替金の払戻しを受け得るものとはされていません。
イ 為替金の払渡しの場合
ゆうちょ銀行の為替規定9条1項は「普通為替の為替金の払渡しを請求しようとするときは,受取人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,これを本支店等〔ゆうちょ銀行の本支店若しくは出張所又は郵便局(日本郵便株式会社の委託を受けて同行に係る銀行代理業を行う簡易郵便局を含む。)〕に提出してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」とのみ規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,郵便為替証書の再交付の請求に係る旧郵便為替法21条3号に対応する旧郵便為替規則14条ただし書が「郵便為替証書の有効期間が経過したためにする請求であつて,もとの郵便為替証書があるときは,その裏面に,再交付請求の旨及び住所を記載し,且つ,記名調印して,これを請求書とするものとする。」と規定していたことにかんがみると,「再交付請求の旨」ならぬ有効期間経過後の払渡請求である旨,ということになるのでしょうか。
ウ 為替金の払戻しの場合
また,有効期間経過後の為替証書を所持する差出人による為替金の払戻請求については,ゆうちょ銀行の為替規定10条1項は「普通為替の為替金の払戻しを請求しようとするときは,差出人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,本支店等に提出し,かつ,為替金受領証書を提示してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」と規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,普通為替の為替金の払戻請求に係る旧郵便為替規則38条2項が「〔前略〕普通為替証書の有効期間が経過した場合における法32条第2項の規定による為替金の払戻しの請求は,差出人が,普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日及び差出人の住所を記載し,かつ,記名調印した普通為替金払戻請求書に当該普通為替証書があるときはこれを添えて郵便局に差し出し,かつ,普通為替金受領証書を提示してするものとする。」と規定していたこと(同規則68条により定額小為替に準用)にかんがみると,為替金の払戻しを請求する旨及び「普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日」のみということになるように思われます。
なお,旧郵便為替法時代と異なり(同法32条2項及び38条の2並びに旧郵便為替規則38条2項及び68条参照),有効期間経過後の為替証書がなければ差出人は当該期間経過後であっても為替金の払戻請求ができない形になっていますので(旧々郵便為替規則30条2項に戻ったような形になっています。),実際には,当該証書を所持している受取人に対する払渡しが優先されることになるのでしょう。
エ 為替金に関する権利の移転との関係
為替金を受け取るためには「有効期間」経過後の為替証書でも大丈夫ということになれば,ゆうちょ銀行の為替規定11条2項の「〔前略〕為替証書の有効期間が経過したときは,差出人又は受取人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,元の為替証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。」との規定に基づく為替証書の再交付は,何のためにされるのでしょうか。「有効期間」が経過してしまうと,為替証書に差出人が受取人の氏名を記入(同規定4条1項)しても当該記入による受取人の指定は効力を生じないということでしょうか。それとも,同規定12条(「為替金に関する受取人の権利は,他の銀行その他当行所定の金融機関(次項において「他の銀行等」といいます。)以外の者に譲り渡すことができません。/他の銀行等へ為替金に関する受取人の権利を譲渡しようとするときは,為替証書を引き渡すことにより行ってください。」。また,定額小為替証書裏面の第2項には「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」と記載されています。)に基づく為替金に関する受取人の権利の譲渡は,為替証書の「有効期間」中に当該「為替証書を引き渡」してする(同条2項)のでなければ効力を生じないということでしょうか。しかし,指定受取人名記入欄には指定の日付を記入すべきものとはされていませんし,為替規定12条2項の引渡しの際に為替証書に当該引渡しの日付を記載すべきものともされていないでしょう。黙って郵便局に為替証書を提出してしまえば受取人指定日又は為替金に関する受取人の権利の譲渡日は問題にされずにそれまでのようでもあり,少々議論の実益性に疑問があるところです。
ちなみに,旧郵便為替法時代の郵便為替の為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡の方法については,旧郵便為替規則11条2項及び3項に「法第12条の規定による為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡は,受取人が郵便為替証書の裏面に2条の平行線を引き,なお譲渡を受ける銀行等を指定する場合には,その平行線内にその銀行等の名称を記載し,当該郵便為替証書を銀行等に引き渡して,これをする。/線引郵便為替証書に表示された為替金は,銀行等以外の者には,払い渡さない。又平行線内に銀行等の名称が記載されているときは,その銀行等以外の者には,払い渡さない。」という規定がありました。やはり日付の記載は求められていません。(なお,小切手の線引制度(小切手法37条・38条)が想起せられる規定です。)
2 為替金に関する受取人の権利の譲渡制限
旧郵便為替法12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては,銀行その他公社の定める金融機関(以下「銀行等」という。)以外の者に譲り渡すことができない。」と規定していたのに対し,ゆうちょ銀行の現在の為替規定12条1項からは「,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては」の部分が取り除かれています。定額小為替証書裏面の第2項も「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」との記載です。
差出人が受取人を指定しない普通為替又は定額小為替は想定されておらず,差出人によって受取人名が記入されていない為替証書は未完成品扱いになるということでしょうか。しかし,未完成品による不正規な払渡請求であるものとしながら「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等は責任を負いません。」(ゆうちょ銀行の為替規定9条4項)と開き直るのも変な話です。
あるいは,指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書又は普通為替証書は認められるとしても,他の銀行等以外の者に為替金に関する受取人の権利を譲渡することはやはり認められないということでしょうか。しかし,戸籍謄本等の交付申請手続において指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書を手数料の「お釣り」として役場から受け取ることがありますところ,筆者は「他の銀行等」ではありませんから,そのような「お釣り」の授受が無効ということになってしまってはいかにも不都合です。
なお,平成元年法律第26号による旧郵便為替法12条1項の改正に際して「為替金〔略〕に関する権利については,法律関係をできるだけ簡明にし,簡易な取扱いを維持するため,原則として譲渡を禁止し,銀行に対する譲渡のみを利用者の便宜のために例外的に認めておりましたが,銀行以外の金融機関であっても,利用者との間に預金その他の取引関係が多く,譲渡を認めることが利用者の取引上の利便を図ることになると考えられるところから,これらの金融機関についても譲渡ができるように譲渡制限を緩和したものです。」と説かれていましたが(寺田利信「郵便為替法及び郵便振替法の一部改正について―料金の法定制緩和の実現―」『郵便貯金』(郵便貯金振興会・1989年9月号)25頁),これは,差出人が受取人を指定しないということができなかった電信為替を専ら念頭に置いたものでしょう(電信為替における受取人の指定は郵便局にされて,郵便局は電信為替証書を当該受取人に送達しました(旧郵便為替法9条)。当該指定は,普通為替や定額小為替の場合のように郵便局の知らぬうちに郵便為替証書に記載してされたもの(旧郵便為替規則18条の2及び65条)ではありません。ちなみに,ゆうちょ銀行の現在の為替規定からは,もはや電信為替は消えています。)。
3 為替に関する契約の「解除」
(1)為替規定13条
定額小為替証書裏面第8項後段の「なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載は,ゆうちょ銀行の為替規定に対応する規定があるのでしょうか。当該規定の第13条は次のようなものですが,同条はいかにも解釈が難しい。
13 契約の解除
(1)為替証書発行の日から5年間,為替金の払渡し若しくは払戻し又は為替証書の再交付の請求がないときは,当行は,この規定による為替に関する契約を解除します。なお,為替証書の発行の日から5年間,受取人から為替金の払渡し又は為替証書の再交付の請求がなかった場合であっても,当行から差出人へその旨の通知は行いません。
(2)前項による契約解除に関する為替金に相当する額の返還の請求は,差出人が必要事項を記入し,記名押印又は署名をした当行所定の書類に当該為替証書又は為替金受領証書を添えて本支店等に提出してください。
定額小為替証書裏面第8項後段は為替金の受取債権等に係る消滅時効期間に関する記載のように見えるのですが,為替規定13条1項前段は,ゆうちょ銀行の約定解除権を定めたもののように思われます。約定解除権の行使は,相手方に対する意思表示によってされなくてはなりません(民法540条1項)。為替に関する契約におけるゆうちょ銀行の相手方は,差出人ということになります。ところが,為替規定13条1項後段を見ると,ゆうちょ銀行は,その約定解除権の行使が可能になったときであっても,差出人とは没交渉を貫くこととしているようです。すなわち,ゆうちょ銀行から差出人に対する解除の意思表示の通知はされないようです。であれば,結局,為替規定13条1項は,前段でゆうちょ銀行に約定解除権を認めつつ,後段でその行使を封印するという,いわゆる「マッチ・ポンプ」的規定であるように見えます。
ということで,実際には発動されることはないであろうゆうちょ銀行の為替規定13条なのですが,ついでに同条2項について考えると,同項は,約定解除の効果としての原状回復義務(民法545条1項)に関する規定ということになるのでしょう。為替金の返還と為替証書及び為替金受領証との返還とは同時履行関係に立つということでしょう(民法546条参照)。なお,明文で排除されていない以上,ゆうちょ銀行は,為替金受領時からの利息(民法545条2項)も支払うことになるのでしょうか。
(2)差出人による解除と払渡しの停止について
ところで,為替に関する契約に係るゆうちょ銀行の解除権の話が出てくると,差出人の解除権はどうかという話もおのずと出てきます。
為替契約は一種の請負であるとすると,「請負人が仕事を完成しない間は,注文者は,いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。」(民法641条)ということになりそうです。商法582条には「荷送人又ハ貨物引換証ノ所持人ハ運送人ニ対シ運送ノ中止,運送品ノ返還其他ノ処分ヲ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ運送人ハ既ニ為シタル運送ノ割合ニ応スル運送賃,立替金及ヒ其処分ニ因リテ生シタル費用ノ弁済ヲ請求スルコトヲ得/前項ニ定メタル荷送人ノ権利ハ運送品カ到達地ニ達シタル後荷受人カ其引渡ヲ請求シタルトキハ消滅ス」とあります。
しかしながら,送金小切手などの銀行の自己宛小切手(小切手法6条3項参照)については,「振出依頼人が振出人〔銀行〕に対して自由に支払委託を撤回することはできない〔略〕。自己宛小切手の振出人は,呈示期間内に小切手が呈示された場合には遡求義務を負うし,呈示期間経過後であっても,自己宛小切手が支払われるという一般的期待があることを考えると,振出依頼人からの支払委託の撤回があったからといって,振出人が当然にそれに応じて支払を拒絶しなければならないと解することは妥当ではない。そうだとすると,自己宛小切手の振出依頼人と振出人との間には,支払委託の撤回は振出依頼人の権利としては(振出人がそれに応じて支払を差し止めることはあるとしても)認められないという前提のもとに,その振出の依頼がなされていると解すべきである。したがって,振出依頼人からの支払委託の撤回がなされても,法律的にはそれはたんに事故届として,支払人が小切手の無権利者に支払った場合に免責されるかどうかを判断する資料の一つとしての意味しか有しないと解すべきである」と説かれています(前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣・1983年)401‐402頁)。旧々郵便為替法3条は「郵便官署ハ差出人ノ請求ニ因リ通常為替証書及電信為替証書ニ対スル郵便為替金ノ払渡前ニ於テ其払渡ヲ停止シ又ハ其ノ払戻ヲ為スコトヲ得」と規定していましたが,これは郵便官署の権能を定める規定です。「受取人は証書を持参し強て其払渡を強要することあるべし然れども官署は本条の規定に原て之を拒絶することを得るなり」とまでの郵便官署本位の効果があったところです(田中544頁)。
旧郵便為替法は,その第37条で電信為替について払渡しの停止制度(「差出人の払渡しの停止の請求がある場合には,公社は,為替金をまだ払い渡していないときは為替金の払渡しを停止し」と,差出人の請求権とされたものと解される文言です。)を定めていましたが(同条3項に基づき料金を徴収。なお,差出人に対する為替金の払戻しは,同法38条により準用される32条2項に基づき電信為替証書の有効期間経過後にされたものでしょう。),普通為替及び定額小為替については当該制度を認めていませんでした(昭和26年法律第255号による普通為替導入の際第29条を削除)。
ゆうちょ銀行の為替規定においては為替金の払渡しの停止について規定されていませんが,これは,差出人にそのような請求権を認めないという趣旨でしょう。
4 定額為替証書の喪失と再交付
(1)為替規定11条
定額小為替証書の裏面第8項前段(「発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。」)は,当該証書の「有効期間」経過後における証書の再交付に係る記載ですが,定額小為替証書が喪失された際の再交付に係るゆうちょ銀行の為替規定11条の下記規定については言及されていません。
11 為替証書の再交付
(1)為替証書を失ったときは,差出人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,為替金受領証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。
(2) 〔略〕
(3)前2項の請求があったときは,当行は,為替金が払い渡されていないことを確認したうえ,為替証書を当行所定の方法により発行してこれを請求人に交付します。ただし,定額小為替証書を失った場合においては,当該定額小為替証書の有効期間内は,為替証書の発行及び交付は行いません。
(4)為替証書が再発行されたときは,元の為替証書は,為替金の払渡し又は払戻しの請求に使用することはできません。
旧郵便為替法における同様の規定として,郵便為替証書の再交付に関する同法21条は,「普通為替証書又は電信為替証書を亡失したとき」(同条1号)又は「郵便為替証書の有効期間が経過したとき」(同条3号。定額小為替証書の亡失の場合は,その有効期間の経過を待って同号に基づき証書の再交付を受けたわけです。)には,日本郵政公社は,「郵便為替の差出人又は受取人の請求があるときは,郵便為替証書を再交付する」ものと規定していました。郵便為替証書の再交付に係る当該請求があったときには,「貯金事務センター又は郵便局において,当該為替金がまだ払い渡されていないことを確かめた上,貯金事務センター(郵便局長が支障がないと認めたときは,郵便局)において,郵便為替証書を再発行し,かつ,受取人の住所氏名(受取人が指定されている場合に限る。)を当該証書の相当欄に記載して,これを請求人に交付」しました(旧郵便為替規則15条1項)。そして,「郵便為替証書が再発行されたときは,もとの証書は,為替金の払渡及び払もどしの請求に使用することができない」ものとされていました(旧郵便為替規則15条2項)。
ただし,旧郵便為替法及び旧郵便為替規則は法令であったのに対して(したがって,民法施行法57条の特則でもあり得たところです。),ゆうちょ銀行の為替規定は,同行と為替に関する契約を締結した者(差出人)との間の契約の内容をなすものにすぎません。
とはいえ,公示催告手続を行うことに比べれば,為替証書を亡失した差出人にとっては,為替規定11条1項の為替証書再交付の制度は便利でしょう。
(2)元の為替証書の「無効化」について
ところで,旧々郵便為替法12条2項では「再度証書ヲ発行シタルトキハ原証書ハ無効トス」とされていた規定が旧郵便為替法では削られ,省令である旧郵便為替規則15条2項に落ちています。
これはあるいは,再度証書発行後も原証書がなお存在する場合は,郵便局による当該原証書所持人に対する為替金の払渡しが有効であるという解釈があって,その解釈との整合性を取るためのものだったのでしょうか。すなわち,旧々郵便為替規則54条は「小為替証書ノ亡失ニ因ル再度証書ノ請求ニ対シテハ其ノ発行ノ日ヨリ150日ヲ経過シタル後ニ非サレハ再度証書ヲ発行セス但シ相当保証人ヲ立テ請求スルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定し,当該規定については「小為替に付ては亡失のとき発行日より150日を経過したる后に非れは再証書を発行せす尤も相当保証人を立て其亡失の真を証し偽なる場合の弁償義務を負はしむれは150日以内にても再証書を発行すべし」と説明されていたこと(田中563頁)が問題になります。再度証書の発行を受けた者及びその保証人のこの弁償義務は国(郵便局)に対するものだったのでしょうが,原証書が出て来ても,失効していれば,郵便局がそれに対して為替金の払渡しをすることもないし(「再度証書を発行したるときは原証書は全然其効力を失ふべし故に之を以て払戻を請ふも許されす況んや払渡をや此の如くせされば重複に為替金を払渡すの恐なしとせざるなり」(田中564頁)),仮に払い渡してしまっても国は原証書を所持していた受取人に対して不当利得として返還請求ができたはずです。(そうだとすれば,弁償義務は,むしろ本来,国の頭越しに,原証書の所持人と過誤に基づく再度証書の交付を受けた者との間でまず問題になったように思われます(原証書が無効になったことによって原証書の所持人が為替金の払渡しを受けることができなくなったことが損害)。)国に対して不当利得が全て返還されなかったときの残額部分の国に対する弁償のための保証人だったのだと考えることも可能ですが,間接に過ぎるようです。実は亡失していなかった原証書の所持人に対する為替金の払渡しを有効とした上で,その場合においては亡失に係る主張が偽であったものと発覚した再度証書の所持人に対する払渡しは無効であるものとしての当該所持人に対する弁償請求に係る保証人と考えた方が素直ではないでしょうか。1901年当時の米国,ベルギー国及び英国の各郵便為替法令においては「何れの国も原証券の無効を明記することなき」状況だったそうですが(田中564‐565頁),当該沈黙にはそれなりの意味があったのでしょう。
ゆうちょ銀行の為替規定11条4項の規定も,亡失したはずの為替証書が出て来てしまったときにはその効力いかんが問われるところですが,そもそも為替に関する契約の当事者である差出人以外には対抗できないのではないでしょうか。
(3)普通為替証書と定額小為替証書との取扱いの違いについて
かつては普通為替証書についても,その有効期間内の証書の再交付は認められていませんでした。定額小為替証書との差がついたのは,昭和56年法律第52号による旧郵便為替法21条の改正の結果です。
《普通為替証書を亡失した場合は,当該為替証書の有効期間内においても,差出人又は受取人の請求により普通為替証書を再交付すること及び差出人の請求により払戻しをすることとされた(21条,32条2項)》
払渡郵便局の指定がなされていない普通為替証書については,受取人は,全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができるので普通為替証書を亡失した場合に為替証書の有効期間内の再交付及び払戻しを認めると,亡失された証書による払渡しがされ,重複払が生ずる危険があることから,これまで有効期間内はこれを認めていなかった。しかしながら,全国の郵便局が総合機械化され,オンライン網が完成した時点では,郵便局で払渡しの際に,即時に重複払のチェックが可能となるため,有効期間内においても,普通為替証書の亡失再交付及び払戻しができるようサービスの改善を図ることとされた。
(田中博「国民の要望に応えて郵便為替及び郵便振替サービスの改善を図るオンライン化に伴う改正 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(56.5.25公布 法律第52号)」『時の法令』1128号(1981年12月3日)15頁)
払渡郵便局がされず全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができる点では普通為替も定額小為替も同じなのですが,新サービスが普通為替についてのみのものにとどまったのは,「即時に重複払のチェックが可能」となるオンライン化がなお定額小為替関係については達成されていなかったものか,あるいは単に,普通為替と料金の安い定額小為替との間であえてサービスの差別化を図ったものか。手間のコストに引き合うように郵便為替証書の再交付料金を取って調整すればよいではないかと提案しようとしても,当該料金徴収について定めていた旧郵便為替法21条旧2項は,10年振りの郵便為替料金値上げを行うために旧郵便為替法の一部を改正した昭和36年法律第79号によって削られてしまっていたところでした(なお,昭和36年法律第79号による旧郵便為替法の改正については,定額小為替制度導入との関係で,前回(2017年8月31日)のブログ記事「再び定額小為替証書について」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1067546421.htmlで御紹介するところがありました。)。
弁護士 齊藤雅俊
大志わかば法律事務所
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