第1 持統天皇と天武天皇と
1 持統天皇による禁制
『日本書紀』によれば,持統称制三年「十二月の己酉の朔の丙辰〔十二月八日ですので,西暦ではもう690年でしょう。〕に双六を禁断む。」とあります。
この「双六」については,小学館の『新編日本古典文学全集4 日本書紀③』の註(500頁)に「駒と賽で行う室内遊戯。養老「雑律」に「博戯して財物を賭」けるを禁じ,その注に「双六樗蒲,雖不賭即坐」とある。『続紀』天平勝宝六年十月条にも双六禁断の勅が出されたとみえる。」とあります。「樗蒲」は「ちょほ」又は「ちょぼ」と読んで,「一種のばくち」であるとされています(『角川新字源 第123版』(1978年))。養老律の注では「賭け不ると雖も即ち坐す」ということで,賭けなくともそれで遊んだだけで罰せられるということですから,厳しい。なお,博は「すごろく」です(角川新字源)。「賭」の字については,「貝と,音符者シヤ→ト(ねらう意→射セキ)とから成り,財貨をねらって事をする,「かける」意を表わす。」との説明がされています(同)。
(天平勝宝六年十月(754年)の孝謙天皇(持統天皇の玄孫)の勅は,「勅すらく。官人百姓,憲法を畏れず,私かに徒衆を聚め,意に任せて双六して,淫迷するに至る。子父に順ふ無く,終に家業を亡ひ,亦孝道を虧く。斯に因て,京畿七道の諸国に仰て,固く禁断せ令めよ。其六位已下は,男女を論ずること無く,決杖一百〔以下略〕」というものでした。)
なお,「賭博」は博戯と賭事とに分かれますが(平成7年法律第91号による改正前の刑法(明治40年法律第45号)185条は「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者ハ50万円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス但一時ノ娯楽ニ供スル物ヲ賭シタル者ハ此限ニ在ラス」と規定していました。現在は「賭博をした者は,50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし,一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは,この限りでない。」です。),「一般に,行為者自身(又はその代理人)の動作により勝敗が決せられる,賭将棋や賭麻雀が博戯であり,行為者の動作等と無関係に結果が出る場合が賭事であるとされてきた。その限界は必ずしも明確でないが,どちらにせよ同様に処罰されるので厳密に論じる実益に乏しい。」とのことです(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)492頁註2)。
2 最高裁判所の理解等
「賭博行為は,一面互に自己の財物を自己の好むところに投ずるだけであつて,他人の財産権をその意に反して侵害するものではなく,従つて,一見各人に任かされた自由行為に属し罪悪と称するに足りないようにも見えるが,しかし,他面勤労その他正当な原因に因るのでなく,単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは,国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ,健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法27条1項〔「すべて国民は,勤労の権利を有し,義務を負ふ。」〕参照)を害するばかりでなく,甚だしきは暴行,脅迫,殺傷,強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらあるのである。これわが国においては一時の娯楽に供する物を賭した場合の外単なる賭博でもこれを犯罪としその他常習賭博,賭場開張等又は富籖に関する行為を罰する所以であつて,これ等の行為は畢竟公益に関する犯罪中の風俗を害する罪であり(旧刑法第2篇第6章参照),新憲法にいわゆる公共の福祉に反するものといわなければならない。」とは最高裁判所大法廷昭和25年(1950年)11月22日判決(刑集4巻11号2380頁)における弁護人の上告趣意に対するお説教です。しかして,当該有り難いお説教を踏まえて前記養老律の注(「賭け不ると雖も即ち坐す」)のいわんとすることを忖度すれば――他人の財物の獲得云々以前に――怠惰にゲームばっかりしていて働かない奴は勤労の美風を害してけしからず目障りなのでそれだけでも当罰性があるのだ,ということでしょうか。日がな一日PCを睨んでソリティアばかりして(令和の今でもソリティアでよいのでしょうか?)ちっとも働かない窓際をぢさんらは,当局者の発する「やってる感」をこそ選好する善良な国民の(他人の)「勤労の美風」信仰を愚弄するような存在ではあるものの,見当はずれの余計なことをして彼らの捨扶持額を超えた積極損害を国民経済にもたらすことはないのだからむしろその方がよいではないか,と考えてはいけないのでしょう。
あるいは博戯のような悪業を奨励すると罰が当たって冥加が尽きるというような心配もなかったものかどうか。
3 天武天皇の博戯奨励並びにその不豫及び崩御
『日本書紀』天武天皇十四年九月(西暦では685年)条には「辛酉〔十八日〕に,天皇,大安殿に御しまして,王卿等を殿の前に喚して,博戯せしめたまふ(以令博戯)。是の日に,宮処王・難波王・竹田王・三国真人友足・県犬養宿禰大侶・大伴宿禰御行・境部宿禰石積・多朝臣品治・采女朝臣竹羅・藤原朝臣大島,凡て十人に,御衣袴を賜ふ。」とあるところ,博戯を奨励してしまった天武天皇(持統天皇の夫)は,6日後の同月二十四日(丁卯)に病気になってしまい(体不豫),「三日〔間〕大官大寺・川原寺・飛鳥寺に誦経せしむ」という騒動になっています(同天皇は,翌年九月九日に崩御。)。やはりばくち(博打)はよろしくありません。
なお,天武天皇がさせたという博戯については,『新編日本古典文学全集4 日本書紀③』の註(450頁)に「ばくち。当時のその方法については未詳。『史記』巻百二十九・貨殖伝に「博戯ハ悪業也。而シテ桓発之ヲ用ヰテ富ム」。」とあるばかりで,具体的な内容はそこでは不明です。ただし「悪業」だという認識は皆持っていたはずだろう,というのが註釈者の考えなのでしょう。
「日本では,賭博は古くから違法なものと考えられており,妾がそれほど違法と考えられなかった時代においてさえ,賭博は違法とされていたようである。〔大〕判昭和13年3月30日(民集17-578)は,賭博をするための資金を貸す場合のみならず,賭博後の弁済資金を貸すことも,賭博をなすことを容易にするから,公序良俗に反するとした。」(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)234-235頁)といわれる我が醇風美俗の濫觴は,前記持統称制三年の禁制にあるのでしょう。
なお,天武天皇の妻は,持統天皇一人ではありませんでした。
第2 新律綱領と児島惟謙の意見及びナポレオンの刑法典410条1項等と
1 新律綱領の賭博処罰規定
明治三年十二月二十日(1871年2月9日)頒布の新律綱領の巻五の雑犯律の中に賭博処罰に係る次の規定がありました。
賭博
凡財物ヲ賭シ。博戯ヲ為ス者ハ。皆杖80。賭場ノ財物ハ。官ニ入ル。其賭房ヲ開張スル人ハ。其列ニ与ラスト雖モ。同罪。飲食ヲ賭スル者ハ。論スルヿ勿レ。
若シ産業無クシテ。常ニ腰刀ヲ挟帯シ。無頼ノ徒ヲ招結シ。賭場ヲ開張シ。四鄰ニ横行スル者ハ。皆流一等〔「流一等」は,北海道で役1年〕。
「杖80」なので,明治天皇は,「決杖百」の孝謙女帝よりも優しい。
新律綱領巻一の名例律上の中の閏刑条によれば,士族・卒の場合,杖80は閉門80日,流は辺戍(北海道で辺疆の戍役に就く)となり,「若シ賊盗。及ヒ賭博等ノ罪ヲ犯シ。廉恥ヲ破ルヿ甚シキ者。笞杖ニ該ルハ。廃シテ庶人ト為スニ止メ。徒以上ハ。仍本刑ヲ加フ。」ということでした。ただし,賭博については,明治五年五月十四日(1872年6月19日)以降「除族」にはせず,「常律ト一体ニ閏刑」が科せられることとなっていたそうです(霞信彦「児島惟謙「賭博罪廃止意見」に関する若干の考察」同『明治初期刑事法の基礎的研究』(慶応義塾大学法学研究会・1990年)132頁参照)。
2 児島惟謙の賭博罪廃止意見
ところで,1892年4月に問題となった司法高官の行った賭博に係る弄花事件(「大審院長児島惟謙をはじめ,同院判事の中定勝,栗塚省吾,加藤祖一,高木豊三,岸本辰雄,亀山貞義らが,日本橋浜町の待合茶屋初音屋などで,しばしば芸妓を交え,花札を使用して金銭をかけ,ばくちをしたという事件で,その風聞が新聞に取り上げられ,大審院をゆるがす大問題となった」もの(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁))の中心人物の一人であった児島惟謙は,ある意味一貫性のある人物でした。(なお,弄花事件の「事の発端は,大審院検事磯部四郎が,同僚と雑談中にこれをしゃべったことにあっ」て,「磯部は,問題が大きくなって5月5日に辞表を出す」に至っています(大久保178頁)。)
実は児島は,少壮の大坂裁判所司法少判事時代において既に,司法卿(江藤新平)及び同大輔(福岡孝弟)宛てに1873年3月18日付け及び同年4月18日付けの2件の「伺」を提出し,新律綱領において設けられた賭博罪規定について疑義を呈していたのでした(霞129-131頁)。
3月18日付けの伺にいわく。
賭博ハ天下ノ制禁ニシテ〔略〕是蓋労セスシテ巨利ヲ射シコトヲ慮リ遂ニ産業ヲ破リ賭〔賊〕盗ノ階梯タランコトヲ責レハナリ然リ而シテ翻テ之ヲ考ルニ止タ骰子骨牌ヲ用ヒ僅々数銭ヲ賭注スルカ如キ真箇一時ノ遊戯ニシテ彼ノ點〔黠〕商猾民時価ノ低昂ヲ計リ空槖〔空の袋〕ヲ賄シテ巨利ヲ釣リ一敗直チニ窮民ニ陥ル如キ者ニ比スル時ハ其情状固ヨリ霄壤懸隔ス
然ルニ其情ノ悪ムヘキ所ノ者〔投機〕ハ従来黙許ニ属シ其諒スヘキ所ノ者〔真箇一時ノ遊戯〕ハ法ニ依リテ科スル亦苛ナラスヤ況ヤ今親ク交際スル所ノ欧亜各洲ニ於テ已ニ之ヲ禁セス故ニ儻シ内外人民共ニ謀テ賭注セハ他ノ罪ヲ問フ能ハスシテ特リ我人民ヲ責ム亦至公ノ理ニ近カラサルニ似タリ翼〔冀〕クハ広ク万国ノ法ニ倣ヒ賭博ノ律ヲ廃センコトヲ若シ夫天下ノ成憲遂ニ変更スル能ハスンハ新タニ其軽重ヲ衡スルノ条例ヲ起シ情状的実候様有之度此段宜敷御評議ヲ希候也
(霞129頁)
児島はヨーロッパの例を引いていますが,確かに,ドイツでは「単純賭博を処罰しない」そうです(前田491頁註1。ただし,当局の許可を得ずに公然と(öffentlich)催される賭博(Glücksspiel)に参加した者が処罰される規定(ドイツ刑法285条)のみがある,ということですから,むしろ「非公然賭博及び当局の許可を得た公然賭博を処罰しない」と言う方が精確でしょう。)。ところが,上記児島伺を撥ねつける1873年4月3日の司法省の指令においては「仏律第410条ノ厳ナルヲ見ルヘシ」とあって(霞130頁),フランスでは単純賭博をも処罰していると指摘するもののようです。確かに,当時の箕作麟祥訳のフランス刑法410条1項は「賭博場ヲ設ケ人ヲシテ自由ニ入ラシメシ者又ハ賭博場ニ管スル者ニ於テ唱邀ヲ為シ人ヲ入ラシメシ者及ヒ其賭博場ニ於テ賭博ヲ為ス者又ハ法律ニ於テ允許セサル賑給場ヲ設ケシ者及ヒ其場所ノ管当者又ハ其他管照ノ托ヲ得タル者等ハ2月ヨリ少カラス6月ヨリ多カラサル時間禁錮ノ刑ニ処セラレ且100「フランク」ヨリ少カラス6000「フランク」ヨリ多カラサル罰金ノ言渡ヲ受ク可シ」であったそうです(霞136-137頁註5。下線は筆者によるもの)。しかし,箕作訳は精確であったものかどうか。
3 ナポレオンの刑法典410条1項等
(1)ナポレオンの刑法典410条1項
1810年のナポレオンの刑法典の第410条1項は次のとおりでした。
Ceux qui auront tenu une maison de jeux de hasard, et y auront admis le public, soit librement, soit sur la présentation des intéressés ou affiliés, les banquiers de cette maison, tous ceux qui auront établi ou tenu des loteries non autorisées par la loi, tous administrateurs, préposés ou agents de ces établissements, seront punis d'un emprisonnement de deux mois au moins et de six mois au plus, et d'une amende de cent francs à six mille francs.
拙訳では,次のとおり。
賭場施設を開張し,かつ,自由に,又は関係者若しくは会員の紹介に基づいてそこに公衆を入場せしめた全ての者,当該賭場における胴元,法律によって認められていない富籤を施設し,又は営んだ全ての者,これらの施設の全ての管理者,係員又は仲介者は,2月以上6月以下の懲役及び100フランから6000フランまでの罰金に処せられる。
「開張」は,漢和辞典的には「店を開いて商売する」ことです(角川新字源)。我が刑法186条2項前段的には「賭博場開張とは,行為者自身が中心となって,その支配下に賭博をさせる場所を開設することである。〔略〕設備のいかんは問わず,また一時的な開設でもよい。」とされています(前田494頁)。ただし,ナポレオンの刑法典410条1項のmaisonの場合は,「設備のいかんは問わず」というわけにはいかないのでしょう。
箕作は「賭博ヲ為ス者」と,一般化してしまった表現を採用していますが,banquierはトランプや賭博の「親」又は胴元の意味です(『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1985年))。「親」又は胴元相手に賭けをする者はponte(「[ルーレット・バカラで]胴元に対抗して賭ける人」(ロワイヤル仏和中辞典))であるべきところ,banquiersならざるこれらpontesは,本来的には罰せられるべき者ではないのでしょう。(『ロワイヤル仏和中辞典』はまた,banquierに「出資者」の訳語を充てていますが,これは「個人的に,かつ,商業的意図なしに他者に金銭を貸す者」ということですので(Le Nouveau Petit Robert (1993)),ここにおいて処罰されるべき者ではないでしょう。)
ナポレオンの刑法典の第410条は,その第3編「重罪,軽罪及びそれらの刑罰」中第2章「私人に対する(contre les particuliers)重罪及び軽罪」の第2節「財産に対する重罪及び軽罪」の第2款「破産犯罪,詐欺及びその他の不正行為(Banqueroutes, Escroqueries, et autres espèces de Fraude)」中第3目「賭場施設,富籤及び質屋に対する規則違反(Contravention aux Règlements sur les maison de jeu, les loteries, et les maisons de prêt sur gages)」に属するものです。同条の保護法益に係る刑法典中の当該位置付けからすると,同条については,賭場施設の経営者が大数の法則に乗じて哀れなギャンブル中毒者の「財産に対して危険を与えるから処罰するという説明」が可能で,「この賭博罪を一種の財産犯として捉える考え方を徹底すると,自ら財産的損害を被る単純賭博は処罰すべきではない」ということになるようです(前田491頁参照)。スタンダールいわく,“La loterie: duperie certaine et bonheur cherché par des fous.”(富籤。すなわち,確実な騙取の業にして分別を失った者たちによって求められる幸福。)と(Le Nouveau Petit Robert)。
「賑給」は「金品をほどこしあたえる」という意味ですが(角川新字源),箕作の言う賑給場は富籤札を発給する場所ということでしょうか。
(2)ナポレオンの刑法典475条5号
なお,ナポレオンの刑法典は更に,その第4編「違警罪及び刑」中第475条5号において,6フラン以上10フラン以下の科料に処せられる者として次の者を掲げていました。
5° Ceux qui auront établi ou tenu dans les rues, chemins, places ou lieux publics, des jeux de loterie ou d'autres jeux de hasard
五 街頭,路上,広場又は公共の場所において,籤引き又は他の賭博を施設し,又は催した者
第410条1項の賭場施設(maison de jeux de hasard)のようなそれ用の立派な施設におけるものではなくて,屋外で臨時かつ簡易に行なわれるもののようです。
当時のフランス刑法に関する詳しい事情を知るには,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の起草に際して表明されたボワソナアド(フランスからの御雇外国人)の見解に当たることが有益でしょう。
第3 旧刑法
1 条文
旧刑法の第2編「公益ニ関スル重罪軽罪」中第6章「風俗ヲ害スル罪」には,次の諸規定がありました。
第260条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図リ又ハ博徒ヲ招結シタル者ハ3月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ10円以上100円以下ノ罰金ヲ附加ス
第261条 財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス其情ヲ知テ房屋ヲ給与シタル者亦同シ但飲食物ヲ賭スル者ハ此限ニ在ラス
賭博ノ器具財物其現場ニ在ル者ハ之ヲ没収ス
第262条 財物ヲ醵集シ富籤ヲ以テ利益ヲ僥倖スルノ業ヲ興行シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス
また,第4編「違警罪」中428条4号は,「路上ニ於テ賭博ニ類スル商業ヲ為シタル者」を1日の拘留又は10銭以上1円以下の科料に処するものとしていました。
2 単純賭博罪規定(旧刑法261条)の条文立案作業
旧刑法261条は,単純賭博を罰するものの現行犯罪たるもののみを対象とする点において,単純賭博を単純に処罰する現行刑法185条と異なり,他方pontesも罰せられるのですから,banquiersを罰する建前のナポレオンの刑法典とも異なっています。
(1)司法省内案の変遷
ボワソナアドの協力の下に行われた司法省による旧刑法261条の条文立案作業(1876年から1877年まで)におけるその文言の変遷を必要に応じて同法260条のそれと共にたどると次のとおり。
ア まず,第1案(この段階から,「一般ノ風俗ヲ害シ及ヒ教法ニ対スル不敬ノ罪」の章中にありました。)。
第3条 自己ノ利ヲ得ル為メ賭場ヲ開張シタル者ハ1月ヨリ6月ニ至ル重禁錮20円ヨリ100円ニ至ル罰金ニ処ス
(『日本刑法草案会議筆記第Ⅲ分冊』(早稲田大学出版部・1977年)1427頁)
第4条 賭場ニ於テ現ニ賭博ヲ為ス者ハ2円ヨリ10円ニ至ル罰金ニ処ス
賭博ニ用ヒタル財物ハ没収ス
(第Ⅲ分冊1428頁)
イ 第2案(初案)。
第309条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図ル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮20円以上100円以下ノ罰金ニ処ス
第310条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博戯ヲ為ス者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮10円以上50円以下ノ罰金ニ処シ其財物ハ之ヲ没収ス
(第Ⅲ分冊1436頁)
ウ 第2案の校正第1案(第1稿)。
第 条 自己ノ利ヲ図リ家屋又ハ公ケノ場所ニ於テ賭博ヲ為サシメタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮10円以上100円以下ノ罰金ニ処ス
第 条 前条ニ記載シタル場所ニ於テ現ニ賭博ヲ為ス者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮5円以上50円以下ノ罰金ニ処ス賭博ニ用ヒタル賍物ハ没収ス
現ニ飲食物ヲ賭シ又ハ戯ニ賭博ヲ為シタル者ハ本条ノ刑ヲ科サス
(第Ⅲ分冊1442頁)
エ 第2案校正第1案の第2稿。
第299条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図ル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮10円以上100円以下ノ罰金ニ処ス
第300条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮5円以上50円以下ノ罰金ニ処シ且其財物ヲ没収ス但戯ニ飲食物ヲ賭スル者ハ其罪ヲ論セス
(第Ⅲ分冊1443頁)
オ 1877年11月28日に太政官に上呈された司法省の確定稿(「一般ノ風俗ヲ害シ及ヒ教法ニ対スル不敬ノ罪」の章中にありました。)。
第294条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ15日以上2月以下ノ重禁錮3円以上30円以下ノ罰金ニ処シ現場ノ器具財物ヲ没収ス但戯ニ飲食物ヲ賭スル者ハ其罪ヲ論セス
(第Ⅲ分冊1423頁)
(2)ボワソナアドのProjet案
なお,ボワソナアドのProjet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon (1886)には,賭博罪に対応するフランス語条文として次のものが掲げられています。
293. Sera puni d’un emprisonnement avec travail de 1 à 3 mois et d’une amende de 5 à 50 yens quiconque aura tenu des jeux de hasard dans sa maison ou dans un lieu public, pour en tirer un profit personnel.
294. Seront punis d’un emprisonnement avec travail de 15 jours à 2 mois et d’une amende de 3 à 30 yens tous individus trouvés en flagrant délit de jeu de hasard, dans les conditions de l’article précédent.
Les enjeux seront confisqués.
Sont exceptés de la présente disposition les jeux de hasard purement gratuits ou portant seulement sur des objets de consommation actuelle et de pur agrément.
(Boissonade: pp.801-802)
拙訳は,次のとおり。
第293条 利益を図って自己の施設又は公の場所で賭博を催す者は,1月から3月までの重禁錮及び5円から50円までの罰金に処せられる。
第294条 前条に規定する場合において,現に賭博を行っている際発覚した全ての個人は,15日から2月までの重禁錮及び3円から30円までの罰金に処せられる。
賭けられた物は,没収される。
この規定は,純粋に無償のものとしてされる賭博又はその場において消費される純粋な娯楽のための物のみが賭けられた賭博については適用されない。
(3)司法省確定稿の単純賭博罪規定と旧刑法のそれとの比較
司法省確定稿294条((1)オ)と旧刑法261条とを比較すると(両者の間には太政官の刑法草案審査局の審査及び元老院の審議が介在しています。),①刑が重くなっているほか(15日以上2月以下ノ重禁錮→1月以上6月以下ノ重禁錮,3円以上30円以下ノ罰金→5円以上50円以下ノ罰金),②「公然」性要件が落ち,③知情房屋給与者(旧刑法260条の図利賭場開張者とは異なります。)も同罪とされて(これはあるいは,新律綱領における「其賭房ヲ開張スル人ハ〔同人に図利目的は要求されていません。〕。其列ニ与ラスト雖モ。同罪。」の影響でしょうか。),④「戯ニ飲食物ヲ賭スル者」から「戯ニ」が落ちているほか(確かに,新律綱領では「戯ニ」との限定が付されてはいませんでした。),⑤没収対象の器具財物に「賭博ノ」との限定が付されています(なお,現行刑法の賭博(賭事+博戯)とは異なり,旧刑法261条2項の「賭博」は,財物を賭した博奕という意味のようでもあります。)。
以下においては,単純賭博は現行犯罪であるもののみが罰されることになった理由及び落とされた公然性要件の意味並びにそもそも単純賭博も罰せられることになったことに係る事情を中心に検討しましょう。
3 単純賭博罪に係る現行犯罪性要件の導入に関して
(1)ボワソナアドによるナポレオンの刑法典410条運用関連説明
司法省内第1案の第3条に関する鶴田皓との議論の際(2(1)ア)における次のボワソナアドの発言が注目されます。
然リ〔第3条は〕仏国刑法第410条ノ例ニ傚ヒタル者ナリ尤同条ニハ自ラ賭博ヲ為シタル罪ナケレ𪜈元来賭場ヲ開張シタル者ヲ罰スル以上ハ其現ニ自ラ賭博ヲ為シタル者ヲモ罰セサル可カラス仏国ノ実際ニ於テハ或ヒハ然リ之レハ矢張共ニ之ヲ開張シテ賭博ヲ為シタル者ト見做ス故ナリ故ニ日本刑法ニハ其自ラ賭博ヲ為シタル罪ヲ次条ニ置キタリ
(第Ⅲ分冊1427頁)
「或ヒハ然リ」ということでややはっきりしないところがありますが,ナポレオンの刑法典410条1項の解釈においては,pontesは不可罰の必要的共犯とはされなかった,ということでしょうか。確かに,同項の罪は賭場施設への公衆の入場を許した時に成立するので,当該入場者(admis)にとどまる限りにおいては不可罰の必要的共犯であるのでしょう。しかしそこから先,banquiersなど相手に賭博を始めて,admisからponteにまでなってしまうと,賭博による当該賭場施設の金儲けに協力する共犯になってしまうということなのでしょう。賭博は一人ではできません。ただし,ボワソナアドは後には「フランス法は単純賭博者(les simples joueurs)を罰することは決して(aucunement)ない,罰するのは賭博の主催者(entrepreneurs de jeux)のみである(第410条及び第475条5号)。」と述べてはいます(Boissonade: p.811(d))。
(2)単純賭博罪の証拠の性質及びそれに伴う捜査上の問題論等
現行犯罪としての単純賭博のみが罰せられるべきことについて,ボワソナアドはProjetにおいて更に次のように説明しています。
法律が,〔単純賭博の追及のためにはそれが〕現行犯罪であることを要求していることには理由がある。それは,犯罪が現行犯罪であるか否かという状況の違いが道徳的ないしは社会的害悪に変化をもたらすものではないのではあるが,そうなのである。
というのは,違反行為の終了後における追及を容認することは,真実の発見にとって危険であるように観察されたのである。すなわち,そうすると,極めて一過的な事実であって痕跡を残さないものについての供述証拠を認めざるを得ないことになるが,それについての遅行捜査は,十分な有用性のないものであろうとともに,不愉快なもの(vexatoire)にたやすくなるであろう。他方,法律は,前条においては賭博の主催者〔略〕に対する追及のために現行犯罪性を要求してはいないのである。
(Boissonade: pp.810-811)
単純賭博罪の証拠の性質及びそれに伴う捜査上の問題論ですが,ちょっと分かりづらい。
要は,悪いのは専ら賭場の開張者である(ナポレオンの刑法典410条1項参照),単純賭博者は賭場開張者捜査の際たまたまそこに居合わせて現行犯罪を行っていたものならば仕方がないが,本来それとして捜査の対象とすべきものではない,という趣旨でしょうか。賭博に対して峻厳な持統天皇以来の日本の伝統に従って単純賭博を処罰しようとしつつ,他方単純賭博に寛容なフランス法的伝統と折り合いをつけようとしたがゆえの苦心のacrobaticsでしょうか。
「ローマの十二表法では盗罪を現行犯(furtum manifestum)と非現行盗(furtum nec manifestum)とに分ち,前者の刑は後者の刑よりも重かつたことは有名な事実である」ところ(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)263頁),「古代に於て現行犯が特別の取扱を受けたことは,主として犯罪の新しい印象と之によつて惹起された道義的感情の興奮とによって説明される」(同265頁)ないしは「古代には憤怒が制裁の尺度であつた」(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)225頁)というような興奮・憤怒の大小による説明は,旧刑法261条については「犯罪が現行犯罪であるか否かという状況の違いが道徳的ないしは社会的害悪に変化をもたらすものではない」以上,ボワソナアドは採用していません。
なお,現行犯罪(infraction flagrant)とは,「現ニ行ヒ又ハ現ニ行ヒ終リタル際ニ発覚シタル罪ヲ謂」います(治罪法(明治13年太政官布告第37号)100条)。この治罪法時代の現行犯罪については,「犯行中に確認されればそこで「現行犯」という身分が生じ,それが後までついてまわった。いわば身分的・実体法的概念だったといえる。」とされています(田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣・1996年)77頁)。
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