1 ローマ人とゲルマン人と
(1)ギボン
エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をとぼとぼと読み進んでその第31章,西ゴート族の王・アドルファス(Adolphus. 高貴な狼(edel + Wolf)ですな。ドイツ語ではアータウルフ(Ataulf)ともいわれますが,この場合,英語での発音は「アティアルフ」となるようです。)とローマ帝国の皇女にして当時の西皇帝の妹たるプラシディア(Placidia. ラテン語読みでは「プラキディア」です。静子さん,寛子さん又は優子さんといった意味ですね。)との婚姻を祝する,414年にガリアで行われた式典の場面となりました。
〔前略〕ローマ皇后のように装われ飾られた花嫁は,上席の玉座に据わった。この場面においてはローマ式の衣装をまとっているゴート人の王は,彼女の脇の,威厳においては劣る座にあって満足していた。彼の民族の慣習に従ってプラシディアに与えられた婚姻に際しての贈り物は(137),たぐいまれかつ豪勢な,彼女の国からの分捕品であった。50名の美しい若者が,絹のローブに身を包み,それぞれの手でもって容器を運んで来た。一方の容器は多くの金塊で満ちており,他方は評価できないほどの価値を有する多くの宝石で満ちていた。〔後略〕
ここでは,婚姻に際しての贈り物に関する註の137が面白いところです(流通する邦訳本では,全ての註まで執念深く訳してもらっていないのですが。)。いわく。
137. 西ゴート人(アドルファスの臣民)は,その後の諸法によって,夫婦愛に係る惜しみのなさを抑制した。婚姻後最初の1年間において妻の利益のために夫が贈り物又は贈与をすることは違法であった。更に,彼の気前のよさは,常に,彼の財産の10分の1を超えることはできなかった。ランゴバルド人は,それよりはいくらか甘かった。彼らは,婚姻の夜の直後にするmorgingcap〔Morgengabe〕を許容した。処女性の対償であるこの有名な贈り物は,夫の身上の4分の1に達することもあった。用心深い娘たちがいて,全くのところそうなのだが,事前にプレゼントをねだっておくという十二分の賢さを有していた。彼女たちは,そのプレゼントに自分らが値しないことは分かり過ぎるほど分かっていたのだが。モンテスキュー『法の精神』第19編第25章,ムラトーリの『イタリアの古代について』第2巻第20論文243頁を参照。

Die römische Wölfin mit Edelrost
(2)モンテスキュー
『法の精神』第19編第25章は,前後の章と共に「どのように法が習俗に従うか」の例を紹介するものです。
ローマ法は,婚姻の前に贈り物をし合うことを許容していたが,婚姻後はもうそれを許さなかった。このことはローマ人の習俗に由来するものであって,彼らが婚姻するのは専ら質素,簡素及び節度のため(par la frugalité, la simplicité et la modestie)である一方,彼らは,家庭的な心遣い,媚態及び一生涯の幸福によって(par les soins domestiques, les complaisances et le bonheur de toute une vie)心動かされ得るのであった。
西ゴート法は,婚姻しなければならない妻に対して夫はその財産の10分の1を超えた贈与ができないようにし,かつ,婚姻最初の1年間は夫が妻に一切贈与ができないようにしようとしていた。これもまた当該国の習俗から来たものである。立法者らは,華々しさを求めての過剰な気前のよさをもたらすばかりのこのスペイン的虚勢を止めようとしたのである。
ローマ人は,彼らの法をもって,徳(la vertu)の支配というこの世で最も持続的な支配(l’empire du monde le plus durable)に係る不都合をいくらか抑止しようとしたのである。スペイン人は,彼らの法をもって,美(la beauté)の専横というこの世で最も脆い専横(la tyrannie du monde la plus fragile)による悪影響を防止しようとしたのである。
ローマ人は結婚してしまうとひたすら地味な夫婦生活を送るべきことになるので,結婚前の男女の自然な恋愛感情に基づく青年らしい気前のよさくらいは許してやろうよ,ということがローマ法の精神だったのでしょうか。西ゴートの老法律家たちは,1年もたてばどんな美人でも飽きる(美の脆弱性!)と分かっているのについ勢いで気前のよさを誇示して今現在ここでモテたがる(いい歳をしたおじさん連中をも含めた)同胞男児らの後先を考えない身上破壊的暴走癖に悩まされていたのでしょう。
(3)ローマ法及び日本民法旧754条
ローマ法における贈与についてはどのような規制があったかといえば,「前204年のlex Cinciaは特殊の血族,姻族を除き(personae exceptae),或る一定の限度を超える(ultra modum)贈与を禁止した。但し不完全法〔実行すれば行為は有効,罰も付かない〕であるから,完全に履行すれば問題はない。〔中略〕lex Cinciaは帝政の後期には行われず,ユ〔スティニアヌス〕帝は長く不使用に帰した法律と云つている。〔中略〕夫婦間の贈与はlex Cinciaでは未だ特別例外者の中に包含せられて,好条件に置かれていたが,Augustusの時代には既に禁ぜられている。この禁止は完全法〔違反の行為は無効〕である。且つ引渡をなすも所有権は移転しないものとせられる〔略〕。ただし,206年のAntoninusの勅法により,かかる贈与は取り消されない限り,贈与者の死亡により有効な贈与となる。」ということでした(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)214頁)。婚姻前の恋人間の贈与は,lex Cincia下では一定額以下であればそもそも有効で,かつ,それを超えた額の贈与でも履行してしまえばそれまでであった一方(更に後にはlex Cincia自体が適用されなくなる。),夫婦間の贈与は,アウグストゥス帝期以降は無効とされ,セプティミウス・セウェルス帝の統治期(在位:193年-211年)以降は取り消し得るもの(取り消さずに贈与者が死亡すれば以後取消しは不可)となった,ということになるようです。
「夫婦間の贈与の無効は恐らくAugustusの頃に発現した〔略〕。この流れを汲む民法(754条)の規定は,かかる契約は義理人情に委すべきもので,裁判沙汰で強行さるべきものではないというが,ローマでは卑しくも夫婦の愛情が財産的利害で左右さるべきものでないならば,かかる契約は効力を認めないに如かずとの見方に立脚している。」ということですから(原田295頁),徳(la vertu)の支配すべきところ,贈与による卑しい機嫌取り行為はそこに立ち入るべからず,ということでしょうか。
「夫婦間でした契約は,婚姻中,いつでも,夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし,第三者の権利を害することはできない。」と規定していたのは我が民法(明治29年法律第89号)754条です。同条は,令和6年法律第33号により今年(2026年)4月1日から削除されていますが(同法附則1条及び令和7年政令第363号),当該民法旧754条にはなかなか興味深い由来があったわけです。
2 日本民法旧754条の立法理由
民法旧754条の立法理由としては「「妻は夫に威圧せられて十分の意思を述ぶるを得ざることあり,或は夫は妻の愛に溺れて不知の間に意思の自由を奪はるる等のあるを以て」〔『民法修正案参考書 親族編・相続編』(1898年)79頁〕ということや,夫婦間の問題を裁判所の力を借りて解決することは夫婦の円満を害する,といったこと」がいわれているとされています(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)45-46頁)。
そこでは特に,「まして〔略〕,「夫は妻の愛に溺れて」という理由にいたっては,どこまで現実的な根拠になるか疑問である(「修正案参考書」の筆者の婚姻観が窺えて興味深いが)」と(内田46頁),妻への愛に耽溺することの弊害に係る当該立法理由(のあるいは真剣度を)を疑問視する見解が述べられてもいます。しかし前記のとおり,「夫は妻の愛に溺れ」ることは,そもそも結婚に興味のない(現代の)淡白虚弱な日本男児ならぬ獰猛絶倫の西ゴート,ランゴバルド等の古代・中世ゲルマン戦士らにとっては現実的かつ真剣な問題だったのでした。
前掲の「かかる〔夫婦間の〕契約は義理人情に委すべきもので,裁判沙汰で強行さるべきものではない」ということ(原田)ないしは「夫婦間の問題を裁判所の力を借りて解決することは夫婦の円満を害する」ということ(内田)は,要は「夫婦間で契約をしても,それに基づく権利を裁判所の力を借りて実現することは,夫婦間の円満を害する,さような契約の履行は,夫婦間の愛情と道義とにまかせるべきだ,という趣旨」(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)96頁)なのでしょう。当該趣旨は,穂積重遠がその『親族法』(岩波書店・1930年)327頁において説いたものであるそうです(我妻・親族96頁・註1)。「妻は夫に威圧せられて十分の意思を述ぶるを得ざることあり,或は夫は妻の愛に溺れて不知の間に意思の自由を奪はるる等のあるを以て」という当初の立法理由のみではどうも弱いと思われた上での穂積重遠による後付けでしょう。しかし,契約の取消しをしても結局更に贈与物の返還請求に進んだ局面,すなわち「原状回復(不当利得返還)の局面では,相手が応じない限り訴訟を起こすことになるから,結局裁判沙汰になりうるのである」(内田46頁)ということであって,折角の後付け説も力不足であったようです(我妻・親族96頁も「一度贈与したものも取り消してその返還を訴求しうるというのでは,趣旨は通るまい」と指摘します。)。「民法改正臨時委員会(昭和4年〔1929年〕以降)の人事法案が確定案となる前に,日支事変が起こり〔1937年〕」云々と言及されている「人事法案」(我妻・親族6頁)は,「戦後の改正の際に参考とされたものであり,新法の解釈にとっても,重要な意味がある」とされていますが(我妻・親族7頁),当該人事法案における民法旧754条の前身規定は,夫婦間における著しく不当な法律行為の取消し又は変更を婚姻解消又は取消しの日から6箇月経過前は家事審判所に請求することができるとするものであって(我妻・親族96-97頁・註2),結局「裁判(審判所)沙汰」を容認するものとなっています。平成期には穂積重遠理論は,「後には夫婦間の契約を裁判所で争うのは適当でないとの理由が言われたこともある。」と(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)73頁。下線は筆者によるもの),過去形で述べられる理由付けとなってしまっていました。
「妻が「夫に威圧せられて」契約を結んでしまうことがあるという理由は,今日ではどこまで説得的な想定か異論の余地があろう」(内田46頁)という今日の(内田本が出版された2002年以降の)事情は,穂積『親族法』が出た1930年当時からも既に妥当していたものかどうか。しかし,やはり妥当はしないとされていたようであって,上記人事法案においてされたところの婚姻解消又は取消後更に6箇月間にわたる法律行為の取消し・変更請求可能期間の設定は,「婚姻継続中は夫に威圧されて取り消し得ない妻の立場を主として考えたものであろう。〔略〕この態度は,〔略〕修正案理由書の趣旨に従ったものといわねばなるまい。」と評されています(我妻・親族97頁・註2。下線は筆者によるもの)。
3 日本民法旧754条の弊害:「夫の横暴」
「取消権は夫にもあるのだから,むしろ夫の横暴に利用される恐れが強い(実際にその例は多い)」(内田46頁)といわれる場合の夫の「横暴」とは,「妻の愛に溺れて」の理由以外の理由に基づいて妻と締結した同女に有利な契約を夫が一方的に取り消すことは「横暴」であるということなのでしょう。
「夫の横暴」を制限するために判例は「あるいは,夫婦関係が破綻に瀕している際の契約には〔民法旧754条の〕適用なしといい,あるいは,離婚の合意と関連させた財産分与の契約は,離婚の際の財産分与の合意(768条)として効力が維持されるという」ということですから(我妻・親族96頁),夫婦関係の破綻ないしは破綻に瀕しているどころかそれ以前の夫婦相和の美しい日々において「妻の愛に溺れて」つい締結してしまった契約を後から夫が取り消すことは,「夫の横暴」ということにはならないのでしょう。
4 ナポレオンの民法典
(1)日本民法の母法:第1096条及び第1595条
我が民法旧754条の母法については「フランス民法は,夫婦間の贈与(無制限)と売買(一定の制限あり)について規定する(1096条・1595条)。民法は,これに倣って,その範囲を拡大したものである。」と紹介されています(我妻・親族96頁・註1)。
ア 第1096条:夫婦間の贈与の取消可能性
1804年段階のフランス民法(以下「ナポレオンの民法典」といいます。)の第1096条は次のとおりでした。
1096.
Toutes donations faites entre époux, pendant le mariage, quoique qualifiées entre-vifs, seront toujours révocables.
La révocation pourra être faite par la femme, sans y être autorisée par le mari ni par justice.
Ces donations ne seront point révoquées par la survenance d’enfans.
婚姻中にされた配偶者間の全ての贈与は,生前贈与とされたとしても,いつでも取消しが可能である。
妻による取消しは,夫又は裁判所の許可なしにされることができる。
これらの贈与は,子の出生によっては取り消されない。
イ 第1595条:夫婦間の売買の原則禁止
ナポレオンの民法典の第1595条は次のとおりです。
1595.
Le contrat de vente ne peut avoir lieu entre époux que dans les trois cas suivans:
1. o Celui où l’un des deux époux cède des biens à l’autre séparé judiciairement d’avec lui, en paiement de ses droits;
2. o Celui où la cession que le mari fait à sa femme, même non séparée, a une cause légitime, telle que le remploi de ses immeubles aliénés, ou de deniers à elle appartenant, si ces immeubles ou deniers ne tombent pas en communauté;
3. o Celui où la femme cède des biens à son mari en paiement d’une somme qu’elle lui aurait promise en dot, et lorsqu’il y a exclusion de communauté;
Sauf, dans ces trois cas, les droits des héritiers des parties contractantes, s’il y a avantage indirect.
配偶者間では,次の3箇の場合を除いて,売買をすることができない。
一 法的に同人と別居した他方配偶者に対し配偶者中の一方が婚姻費用の支払として財産を移転する場合
二 当該不動産又は金銭が夫婦の共有に属しない場合において,別居の有無にかかわらずその妻に対して夫がする移転について,譲渡した不動産又は妻に属する金銭に係る再利用のような正当な原因があるとき。
三 共通財産制が排除されている場合において,妻が夫に対して婚資として約束した金額の支払として前者が財産を後者に対して移転するとき。
これら3箇の場合においても,間接的利益があるときには,契約当事者の相続人の権利に係るものを除く。
ナポレオンの民法典1595条が認めている三つの例外は,実は売買(vente)では全くなくて代物弁済(dation en payement)ではないか,というのがボワソナアドの理解であって(Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon, Tome III (Des Moyens d’Acquérir les Biens), Nouvelle Édition, Tokio, 1891: p.218),その結果,我が旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)35条の規定は「配偶者ノ間ニ於テハ動産ト不動産トヲ問ハス売買ノ契約ヲ禁ス/配偶者ノ一方カ他ノ一方ニ対シテ負担スル真実且正当ナル債務ヲ消滅セシムルニハ相互ニ代物弁済ヲ為スコトヲ得〔第3項・第4項略〕」となっています。
とはいえ第1595条は,本稿では措くこととしましょう。以下ナポレオンの民法典1096条について検討を行います。
(2)ナポレオンの民法典1096条に関する理由書の記述
その第1096条に関連するナポレオンの民法典の理由書(Exposés des Motifs)における記述を拾うと,次のごとし。
ア 夫婦財産契約による贈与の自由
共和国2年雪月17日〔1794年1月6日〕以前の全ての法律は,配偶者らが夫婦財産契約によってその間ですることができる贈与を,婚姻期間中にされるそれらから常に分別していた。
婚姻(夫婦財産契約)は,そこにおける彼らの権利に係る要約及び彼らの得ようと利益に係る規整について,親の補佐を受けた未成年者,又は成年者が,自由に交渉すべきところ(doivent être libre)の契約である。しかして,全ての彼らのエネルギーの中には相互的やり取りの感覚が存在しているとともに,夫権が与え,又は共同生活の結果であるところのかの支配力を一方が他方に対して有しているということはいまだ全くないのである。婚姻という特別のはからいのためは,彼らがその絆を結ぶ際に,彼らが適当とみなす,相互の,又は一方から他方への贈与を行うことについての自由(la liberté)が要請されるのである。
(Procès-Verbaux du Conseil d’État contenant la discussion du Projet de Code Civil, 1800-1804, Tome II: p.826)
上記の記述はナポレオンの民法典の第1095条(“Le mineur ne pourra, par contrat de mariage, donner à l’autre époux, soit par donation simple, soit par donation réciproque, qu’avec le consentement et l’assistance de ceux dont le consentement est requis pour la validité de son mariage; et, avec ce consentement, il pourra donner tout ce que la loi permet à l’époux majeur de donner à l’autre conjoint.” 我が旧民法財産取得編(明治23年法律第98号)366条「未成年ノ夫又ハ婦ハ婚姻ノ許諾ヲ与フ可キ人ノ許諾及ヒ立会ヲ得且夫婦財産契約ヲ以テスルニ非サレハ贈与ヲ為スコトヲ得ス」に対応するもの)に関するものでしょう。しかし,我が旧民法財産取得編366条については,その草案(「夫婦ハ未成年者ト雖モ一方ヨリ他ノ一方ニ又ハ互相ニ贈与ヲ為スコヨヲ得/然レトモ其婚姻ノ有効ナル為メ承諾ヲ与フ可キ人ノ承諾及ヒ立会ヲ得且ツ夫婦財産契約ニ依ルニ非サレハ其贈与ヲ為スコトヲ得ス」)に付された「民法草案獲得編第2部理由書」における磯部四郎🎴による「理由」において,ナポレオンの民法典の理由書における説明とはいささか異なった角度からの説明がされています。すなわち磯部はいわく,「而シテ未成年者ノ夫婦間ノ贈与ハ必ス夫婦財産契約ニ由ルニアラサレハ之ヲ為スコトヲ得スト定メタルハ夫婦財産契約ハ結婚以前ニ之ヲ為スモノナルカ故ニ其際ニ他人ノ関渉スルハ夫婦ノ親睦ヲ害スルニ至ラスト雖モ夫婦ト為リテ後他人ノ其間ニ関渉シテ事ヲ監督スルカ如キコトアルハ其親睦ヲ害スルニ至ルヘシ是ヲ以テ他人ノ関渉シテ其親睦ヲ害セサルノ間ニ贈与ヲ為スコトヲ許シ以テ一ハ財産将来ノ取締ヲ確保シ二ハ婚姻ノ後他人ノ関渉スルコトヲ絶チ其親睦ヲ永ク維持センコトヲ期シタルモノトス(仏国民法第1095条参看)」と(明治文化資料叢書刊行会編(石井良助編)『明治文化資料叢書第3巻 法律篇下』(風間書房・1960年)139頁)。ナポレオンの民法典の理由書では,相互主義の精神で交渉が行われる夫婦財産契約の段階では「夫権が与え,又は共同生活の結果であるところのかの支配力を一方が他方に対して有しているということはいまだ全くない」からということで――すなわち配偶者間の力関係にいまだ偏りがないものと見て――そこでの配偶者間の贈与には問題がないものとされていると筆者には解されるのに対して,磯部は婚姻後における他人(「婚姻ノ承諾ヲ与フ可キ人」)の容喙を避けるために婚姻前に贈与を済ましてしまおうという,夫婦間の力関係よりも夫婦と第三者との間の関係に着眼をした説明をしています。何だかずれているように筆者には思われるのです。
イ 婚姻中の夫婦間贈与に係るローマ法=成文法による規制と慣習法による規制と
ナポレオンの民法典の理由書は,引き続いていわく。
配偶者らが婚姻期間中にその間でしようとする贈与は,これとは〔夫婦財産契約による贈与とは〕また別の話である。
最初ローマの法律は,配偶者間の贈与を絶対的な在り方で禁止した。彼らの相互的な愛情(leur tendresse réciproque)のもたらす無分別な結果によって彼らがお互いにその家産を失うこととなる様を見ること,婚姻が金銭ずくのものとなること(de rendre le mariage vénal),正直な一方を他方が強いて贈与の名目下の犠牲によって平和を贖う羽目に陥らせることが恐れられたのである。
この絶対的禁止はアントニヌス〔筆者註:セプティミウス・セウェルス帝の息子であるカラカラの名〕の治下において修正された。彼は,全ての不都合は,婚姻期間中に彼らが自分たちのためにした贈与を取り消す権能を配偶者らに与えることによって防止できると信じたのである。
この主義は,フランスにおいては,成文法地域の大部分において踏襲されていた。
慣習法地域では,生存する者の利益において当該贈与が相互的でない限り,夫と妻との間の婚姻期間中における全ての贈与が絶対的に禁止されるという古来の原則が保持されていた。しかして許容される種類の贈与は更に,許される財産の種類及び量の範囲について,大なり小なり制限がされていたのである。
この枠は,大部分の慣習において,婚姻の解消の際に子供がいる場合の方が,子供がいない場合よりもより狭められていた。
絶対的な禁止をこのように修正しつつ,結果としては,相互性又は生存に係る条件が,配偶者の一方が他方の犠牲において利得をするという全ての忌まわしい企図を遠ざけることとなり,また,その中にそれらの贈与が狭め入れられた枠は,各家の財産を保存することとなったところである(conservaient les biens de chaque famille)。
我々はこれらの〔成文法地域及び慣習法地域の〕二つの制度から,婚姻の尊厳(la dignité des mariages),配偶者の相互利益及び子供のそれ(celui [l’intérêt] des enfans)にとって最も適切なものを採用したのである。
(PVCE, Tome II: pp.826-827)
「彼らの相互的な愛情のもたらす無分別な結果によって彼らがお互いにその家産を失うこととなる様を見ること」(岩田健次「ローマ法における嫁資の法――その序説――」関西大学法学論集11巻3=4=5号(1962年3月)283頁では,ローマ法において夫婦間贈与が禁止されていた理由は「浪費性で気前良い夫婦などの間で,相互の愛情のために贈与を認めることによって,相互の財産を奪い合うことのないためである。それに付随して,夫婦の間で小供を養育する熱意が減少することを防止するためである。」と述べられています。)は,「夫(妻)は妻(夫)の愛に溺れて不知の間に意思の自由を奪はるる」場合の結果なのでしょう。「正直な一方を他方が強いて贈与の名目下の犠牲によって平和を贖う羽目に陥らせること」(ローマ法における夫婦間贈与禁止の理由を述べる岩田283頁には,更に,「贈与をなしうる配偶者が,贈与しない場合に,婚姻が破壊される虞があることを配慮したといわれ」ている,とあります。)は,「妻(夫)は夫(妻)に威圧せられて十分の意思を述ぶるを得ざることあり」の場合の一場面なのでしょう。
しかし,「婚姻が金銭ずくのものとなること」における形容詞“vénal”は,きつい(仏和辞典で“fille vénale”や“amour vénal”の意味を調べてみてください。)。我が民法に係る「妻は夫に威圧せられて十分の意思を述ぶるを得ざることあり,或は夫は妻の愛に溺れて不知の間に意思の自由を奪はるる等のあるを以て」との立法理由における「等」は,「婚姻が金銭ずくのものとなること」だったのでしょうか。Vénalitéは正に,「夫婦の愛情が財産的利害で左右さるべきものでない」こと――すなわち「婚姻の尊厳」――に反することでしょう(この点,岩田283頁も「夫婦間の贈与を承認することにより,婚姻自体が売買の対象となることを〔ローマ法は〕恐れたともいわれる。」と述べます。)。
ローマ法における夫婦間の贈与の規制は,経済面及び尊厳面において各婚姻を保護するための手段であった,ということでしょうか。(ちなみに,その他の「国家的な意図」としては,「Augustusの婚姻法の成立に当って,禁止された婚姻や子のない婚姻の当事者である夫婦が相続法上相続財産取得を制限されていたのを,夫婦間における贈与によって,巧みに回避することを防止する意味などを有」したものとも紹介されています(岩田284頁)。)
なお,大村敦志教授の指摘によると,「〔我が〕旧民法の規定はフランス法に由来するが,フランスにおいてはまさにこの点〔筆者註:ここの「この点」は,「家の財産が他人に往くと云ふ虞がない」親子間契約と対比されるところの夫婦間契約の特徴ということですから,夫婦間契約においては「家の財産が他人に往くと云ふ虞」があるということでしょう。〕を重視して本条〔民法旧754条〕に相当する規定が設けられていることに注意する必要がある。」とのことです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)68頁)。しかし,当該「この点」に係る顧慮は,ナポレオンの民法典においては実は,ローマ法(夫婦間贈与はそもそも原則禁止)的な前記1096条(同条が,我が民法旧754条に対応)の規定に反映している,というよりもむしろ,「各家の財産を保存すること」に配意するゲルマン法的な同法典の下記1094条等の規定にこそより直接的に反映しているというべきではないでしょうか。
ウ 夫婦間贈与に係る規制の概要
閑話休題。更にナポレオンの民法典の理由書は続いています。
夫婦財産契約によっても,婚姻期間中であっても,一方配偶者が他方配偶者に贈与をすることが認められる。贈与者が子孫を遺さない場合にあっては,他人に与えることのできるもの全部を与え,また更に,直系の〔筆者註:条文にはこの形容詞directsはありません。〕相続人を害して処分することを法が禁ずる部分の全てについて用益権を設定できる。〔筆者註:これはナポレオンの民法典1094条1項(L’époux pourra, soit par contrat de mariage, soit pendant le mariage, pour le cas où il ne laisserait point d’enfans ni descendans, disposer en faveur de l’autre époux, en propriété, de tout ce dont il pourrait disposer en faveur d’un étranger, et, en outre, de l’usufruit de la totalité de la portion dont la loi prohibe la disposition au préjudice des héritiers.)の内容です。〕
贈与者が子供を遺す場合にあっては,所有権として全財産の4分の1及び用益権として他の4分の1を,又は用益権として全財産の2分の1を超える贈与をすることはできない。〔筆者註:これはナポレオンの民法典1094条2項(Et pour le cas où l’époux donateur laisserait des enfans ou descendans, il pourra donner à l’autre époux, ou un quart en propriété et un autre quart en usufruit, ou la moitié de tous ses biens en usufruit seulement.)の内容です。〕
婚姻中にされた配偶者間の全ての贈与は,生前贈与としてされたとしても,いつでも取消しが可能である。しかして妻は,この権利を行使するために,彼女の夫又は裁判所の許可を得ることを要しない。〔筆者註:これはナポレオンの民法典1096条1項及び2項の内容です。〕
この法律では,他人のためであっても,直系の相続人に留保されたもの以外の全ての財産を処分する権能を与えているところ,配偶者からその自由を,婚姻期間中,他の配偶者に対する関係では奪うということであっては首尾一貫しないことになる。血のつながりを断つことはないものの,彼らの不安及び愛の感情が向けられるのは,生存する配偶者を相続すべき親族についてよりもむしろ,両者のうちの生き残る者についてであるということが,配偶者の親密な一体性の正に結果なのである。そこで我々は,子供を全く遺さない配偶者らについては財産中処分可能な部分の全体に係る用益権を設定することができるものと決定して,愛の感情の赴くところになお従ったのである。
もし配偶者が子供を遺すならば,その愛の感情は子供らと他方配偶者との間で分割される。しかして子供を遺す当該配偶者が,子供らにとって最も有益な使用収益をその財産の全体について生存配偶者が行うということを確信している場合であっても,父性の義務は個人的なものであり,贈与配偶者が当該義務を他方配偶者に委ねてしまうときには,義務違反を犯すことになるのである。したがって,当該配偶者は,その財産の一定割合しか他方配偶者に遺すことが認められないこととなるのである。しかして当該割合は,所有権について全財産の4分の1及び用益権について他の4分の1,又は用益権について全体の半分と設定されたのである。
処分の権能をこのように枠付けた後には,婚姻期間中に配偶者間でされる贈与から生じ得る不都合を防止することのみが残されている。
ローマの立法で採用された方法が,より望ましいものと思われた。取消しが自由である(libre de les révoquer)にもかかわらず配偶者がその死までそれをそのままにしていた場合においては,当該取消しを行うために妻は何らの許可をも要さない場合においては,並びに〔筆者註:以下はナポレオンの民法典1097条の規定(Les époux ne pourront, pendant le mariage, se faire, ni par acte entre-vifs, ni par testament, aucune donation mutuelle et réciproque par un seul et même acte.)のことです。〕当該取消しをより自由にするために,及び同一の行為による複数の処分に係る不可分性が高められるということがないようにするために,両配偶者は婚姻期間中においては一にして同じものである行為によっていかなる相互的かつ反対的な贈与も自分たちのためにすることができないように規制されている場合においては,贈与が自由な同意の結果(l’effet d’un consentement libre)であること,及びそれらが従属(subordination)にも,又は一時的若しくは無分別な愛情(affection momentanée ou incosidérée)にも帰せられるべきものでないことは最早疑う余地のないことなのである。
更に我々は,彼らが新しい絆を取り結ぶ場合においても,子供たちとの関係で父性の義務に係る違反は生じない旨の賢明な規定〔筆者註:これはナポレオンの民法典1098条のことです。同条は“L’homme ou la femme qui, ayant des enfans d’un autre lit, contractera un second ou subséquent mariage, ne pourra donner à son nouvel époux qu’une part d’enfant légitime le moins prenant, et sans que, dans aucun cas, ces donations puissent excéder le quart des biens.”と規定していました。〕を維持したが,この規定は,第二の婚姻に係る否定的評価に,というよりは,子持ちの父たち又は母たちに係る義務に帰せられるものである。上記の場合においては,新しい配偶者のための贈与は,取り分の一番少ない嫡出子の相続分を超えることはできず,かつ,いかなるときにも当該贈与は財産の4分の1を超えることはできないものと規制されている。この用心より以上のことは不要であると判断されたものである。
(PVCE, Tome II: pp.827-828)
「取消しが自由であるにもかかわらず配偶者がその死までそれをそのままにしていた場合」といわれると,遺贈に関する規定が準用される死因贈与(民法554条)が想起されるところです。死因贈与は,民法1022条の準用により,いつでも撤回ができるというのが判例です。
『民法修正案参考書』のいう「妻は夫に威圧せられて十分の意思を述ぶるを得ざることあり,或は夫は妻の愛に溺れて不知の間に意思の自由を奪はるる」における「威圧せられ」た状態は“subordination”であり,「溺れ」る「愛」は“affection momentanée ou incosidérée”なのでしょう。「どこまで現実的な根拠になるか疑問である」とされた「「夫は妻の愛に溺れて」という理由」は,「「修正案参考書」の筆者の婚姻観」を窺わせたものというよりも,直接的には,ナポレオンの民法典の理由書の当該部分において記述されるところから窺われるフランス男児の婚姻の現実(ないしはフランスの立法者の懸念)に由来するものでしょう。
むしろ,ナポレオンの民法典1096条1項及び2項に対応する旧民法財産取得編367条1項(「夫婦間ノ贈与ハ何等ノ約款アルニ拘ハラス婚姻中贈与者随意ニ之ヲ廃罷スルコトヲ得」)に係る草案(「夫婦間ノ贈与ハ贈与者随意ニ之ヲ廃棄スルコトヲ得/婦ハ夫又ハ裁判所ノ允許ヲ要セスシテ贈与ノ廃棄ヲ為スコトヲ得但シ婚姻ノ継続中ニ非サレハ此廃棄ヲ訴求スルコトヲ得ス」)に付された「民法草案獲得編第2部理由書」の「理由」においては,その筆者である磯部四郎の婚姻観が窺われるようです。パリ留学経験のある磯部なのですが,「夫は妻の愛に溺れて」云々というようなおフランス風に軟弱なことは日本男児には生じないと思ったようで,溺れる愛についての言及はありません。いわく。
夫婦ハ概シテ平等ノ地位ニ互ニ在ルモノニアラス或ハ夫ノ権威婦ニ優ルカ或ハ婦ノ勢力夫ニ超ユルカ其権勢ノ一方ニ偏スルハ世間普通ノ状態ナリ而シテ其権勢ノ一方ニ偏スルハ悪シト云フニアラス其何レニ在ルヲ問ハス夫婦ノ交リ和ヲ得レハ婚姻ノ目的ニ達シタルモノトシテ之ヲ尊敬セサルヘカラス然レトモ其権勢ヲ濫用シテ強テ贈与ヲ為サシムルカ如キ結果ヲ生スルニ至リテハ法律之ヲ黙示スヘキニアラス宜シク其弊害ヲ矯正スルノ方法ヲ設定セサルヘカラス而シテ其方法ハ今日贈与スルコトヲ諾スルモ其意ニ適セサルニ於テハ常ニ之ヲ廃棄スルコトヲ得セシムルニ在ルヘシ斯ノ如クセハ一方ノ抑制ニ出テタル贈与ハ其効力ヲ生スルコトアラサルヘキヲ以テナリ〔後略〕
(明治文化資料叢書刊行会編(石井良助編)140頁)
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