1 はじめに:配偶者及び兄弟姉妹が相続人である場合の配偶者の遺留分は8分の3か2分の1か
我が民法(明治29年法律第89号)の第1042条は,「遺留分の帰属及びその割合」との見出しの下に,次のように規定しています。
第1042条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次条第1項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 3分の1
二 前号に掲げる場合以外の場合 2分の1
2 相続人が数人ある場合には,前項各号に定める割合は,これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
これは,平成30年法律第72号たる民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律によって,それまでの民法1028条が,2019年7月1日から(同法附則1条柱書き,平成30年政令第316号)改められたものです。
平成30年法律第72号による改正前の民法1028条(以下,昭和22年法律第222号の施行(1948年1月1日(同法附則1条))以後平成30年法律第72号による改正前の民法の第5編第8章(現在は第9章)の各条を「旧〇〇〇〇条」のように表記します。)は,次のとおりでした。
(遺留分の帰属及びその割合)
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1
民法旧1028条には現行1042条2項に相当する規定がありませんが,この点は,民法旧1044条で手当てがされていました(下線は筆者によるもの)。
(代襲相続及び相続分の規定の準用)
第1044条 第887条第2項及び第3項,第900条,第901条,第903条並びに第904条の規定は,遺留分について準用する。
六法を調べるのが億劫な読者もおられるでしょうから,民法900条及び901条の条文を次に掲げておきます。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
四 子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(代襲相続人の相続分)
第901条 第887条第2項又は第3項の規定により相続人となる直系卑属の相続分は,その直系尊属が受けるべきであったものと同じとする。ただし,直系卑属が数人あるときは,その各自の直系尊属が受けるべきであった部分について,前条の規定に従ってその相続分を定める。
2 前項の規定は,第889条第2項の規定により兄弟姉妹の子が相続人となる場合について準用する。
民法旧1028条及び旧1044条の当該部分(同法900条及び901条の準用の部分)を現行1042条の形に改めた趣旨は,平成30年法律第72号を立案起草された御当局の御担当者によれば,「〔平成30年法律第72号による改正前の〕旧法ではこれらの規律が明確に規定されておらず,一般国民からみて極めて分かりにくいという問題があったことから,新法においては,遺留分の額(第1042条)や遺留分侵害額(第1046条第2項)の算定方法を明確化することとしたものである。」とのことです(堂薗幹一郎=野口宣大『一問一答 新しい相続法――平成30年民法等(相続法)改正,遺言書保管法の解説』(商事法務・2019年)134頁)。
しかして,「明確化」された遺留分の額の「算定方法」は,要するに,「遺留分の具体的金額については,遺留分を算定するための財産の価額に,遺留分割合(原則2分の1)を乗じ,さらに遺留分権利者の法定相続分を乗じて,これを求める」とのことです(堂薗=野口133頁)。ここにいう「法定相続分」とは,民法1042条2項にいう同法「第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分」であるものと了解されます(民法900条の見出しは,正に「法定相続分」です。)。
更により明確に数式化された「遺留分を求める計算式」は,次のとおりです(堂薗=野口134頁(注1))。
遺留分=(遺留分を算定するための財産の価額)×(1/2)(※)×(遺留分権利者の法定相続分)
※直系尊属のみが相続人である場合には,1/3
ということで,「被相続人の弟及び妹並びに配偶者の計3人を相続人とする相続において,各相続人の遺留分は,それぞれ,遺留分を算定するための財産の価額の何分の1か。」と問われれば,弟及び妹については民法1042条1項柱書きによってそもそも遺留分が認められていないからそれぞれゼロであり,同柱書きによって遺留分権利者と認められている配偶者については,遺留分割合の2分の1(同法1042条1項2号。被相続人の配偶者及び兄弟姉妹は,いずれもその直系尊属ではありませんから,「3分の1」(同項1号)にはなりません。)に――民法900条3号においては妻の法定相続分は4分の3であるので――4分の3を乗じて8分の3となりますよ,と素直に答えればよいように思われます。
ところが,インターネット上の諸ウェブページを検するに,この場合,遺留分を算定するための財産の価額の8分の3をもって配偶者の遺留分とするのはよくある残念な間違いであって,正解は,遺留分を算定するための財産の価額の2分の1である,とするものが多く目に入ります(なお,「配偶者と兄弟姉妹が相続人になるとき配偶者の遺留分は1/2か3/8か?! - あなたのまちの司法書士事務所グループ|神戸・尼崎・三田・西宮・東京・北海道 (anamachigroup.com)」を参照)。遺留分権者は配偶者一人なので,専ら民法1042条1項2号そのままに,遺留分を算定するための財産の価額の2分の1を独り占めできるのだ,この場合同条2項は最初から問題にならないのだ,ということのようです。はてさて,せっかく「明確化」されたはずの条文の文理に素直に従って解釈したつもりが,無慈悲にも間違いとされるとは,トホホ・・・と若干自信を失いかけたところで,気を取り直して事態を明確化すべく,筆者は本稿を草することとしたのでした。
2 平成30年法律第72号制定前の通説:2分の1説
まず諸書を検するに,配偶者及び兄弟姉妹が相続人である場合における配偶者の遺留分が遺留分を算定するための財産の価額の8分の3ではなく2分の1となるということは,通説であったようです。「あったようです」と留保するのは,これらの書物は,平成30年法律第72号の制定前に書かれたものであって,解釈の対象となっているのは民法旧1028条だからです。
配偶者と兄弟姉妹が相続人となるときには,2分の1の遺留分は全て配偶者にいく。
(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)505頁)
配偶者と兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者は2分の1,兄弟姉妹には遺留分がない。
(我妻榮=有泉亨著・遠藤浩補訂『民法3 親族法・相続法(新版)』(一粒社・1992年)394頁)
〔旧1028条において,直系尊属のみが相続人である場合以外の〕場合は,〔総体的遺留分の率は〕2分の1である(同条2号)。①直系卑属のみ,②配偶者のみ,③配偶者と直系卑属,④配偶者と直系尊属,⑤配偶者と兄弟姉妹の五つの場合があるが,兄弟姉妹は遺留分を有しないから,⑤の場合は,②の場合と同じに,配偶者だけが2分の1の遺留分をもつ。
(遠藤浩等編『民法(9)相続(第3版)』(有斐閣双書・1987年)244-245頁(上野雅和))
配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合は,配偶者のみ3分の1
(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)406頁)
なお,中川善之助教授の1964年の上記著書『相続法』において「配偶者のみ3分の1」となっているのは,昭和55年法律第51号によって1981年1月1日から改正(同法附則1項)されるまで,民法旧1028条は次のとおりだったからでした。
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,左の額を受ける。
一 直系卑属のみが相続人であるとき,又は直系卑属及び配偶者が相続人であるときは,被相続人の財産の2分の1
二 その他の場合には,被相続人の財産の3分の1
昭和55年法律第51号による改正後の民法旧1028条は次のとおりでした。
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,左の額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人であるときは,被相続人の財産の3分の1
二 その他の場合には,被相続人の財産の2分の1
民法旧1028条がその最終的な姿になったのは,平成16年法律第147号による改正によってでした(2005年4月1日から施行(同法附則1条,平成17年政令第36号))。当該改正は,配偶者の遺留分拡大に係る昭和55年法律第51号による改正のような実質的内容の改正ではありませんから,正に民法旧1028条の「明確化」のためのものだったのでしょうが,それでもなお,平成30年法律第72号による改正が更に必要だったのでした。
配偶者と四人の兄弟姉妹があるとき〔略〕。兄弟姉妹には遺留分がないから,配偶者だけ一人で3分の1。従つて,被相続人は,遺産の3分の2は自由に処分することができる。
(我妻榮=立石芳枝『親族法・相続法』(日本評論新社・1952年)633頁(我妻))
確かに民法旧1028条の規定は,それ自体で一応完結しているので,遺留分権利者が一人であるときはそこで終わりだったのでしょう。遺留分権利者が複数であるときに初めて,同法旧1044条による900条及び901条の準用が必要となるものと解されていたのでしょう。
ちなみに,昭和22年法律第222号による改正前の民法1146条(以下,昭和22年法律第222号の施行前の民法の第5編の各条を「旧々〇〇〇〇条」のように表記します。いわゆる「明治民法」ですね。なお,旧民法(明治23年法律第28号・第98号)は,「明治民法」の一つ前の別の法典です(施行はされず。)。)は,「〔略〕第1004条〔略〕ノ規定ハ遺留分ニ之ヲ準用ス」と規定し,旧々1004条は「同順位ノ相続人数人アルトキハ其各自ノ相続分ハ相均シキモノトス但直系卑属数人アルトキハ嫡出ニ非サル子ノ相続分ハ嫡出子ノ相続分ノ2分ノ1トス」と規定していましたところ,梅謙次郎は旧々1146条について淡々と「此条〔旧々1004条〕ハ遺産相続ニ於テ同順位ノ相続人数人アル場合ニ付キ各自ノ相続分ヲ定メタルモノナリ而シテ遺留分モ亦其相続分ノ割合ニ応シテ之ヲ定ムヘキモノトシタルナリ」と説明しています(梅謙次郎『民法要義巻之五 相続編(第21版)』(私立法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1913年)454頁。下線は筆者によるもの)。遺留分についても,遺留分権利者が「数人アル場合」が問題となるのだということでしょう。
民法旧々1131条は「遺産相続人タル直系卑属ハ遺留分トシテ被相続人ノ財産ノ半額ヲ受ク/遺産相続人タル配偶者又ハ直系尊属ハ遺留分トシテ被相続人ノ財産ノ3分ノ1ヲ受ク」と規定していました。当該規定の前提となる遺産相続に係る同法旧々994条から996条までは,①直系卑属,②配偶者,③直系尊属,④戸主の順序の順位で遺産相続人となるものとしていましたので,遺留分権利者が存在する場合において,その範囲と遺産相続人の範囲とが異なるという事態(民法現行規定においては,配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者のみが遺留分権利者となります。)はなかったところです(遺留分のない戸主(旧々1131条参照)が遺産相続人となるのは,遺留分権利者でもある先順位の遺産相続人がないときでした。)。
なお,「遺産相続」といって単純に「相続」といわないことには理由があります。昭和22年法律第74号の施行(1947年5月3日から(同法附則2項))前の我が民法の相続制度は,家督相続と遺産相続との2本立てだったのでした(前者に係る規定は同法7条1項により適用停止)。家督相続は戸主権の相続で,遺産相続は,戸主ではない家族の死亡の場合におけるその遺産の相続です。(ちなみに,「日本国憲法施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」は,昭和22年法律第74号の題名ではなく,件名です(当該官報を見るに,上諭における用語は「日本国憲法施行」であって,「日本国憲法の施行」ではありません。)。)
3 脱線その1:特別受益の価額は遺留分から減ずるのか遺留分侵害額から減ずるのか問題の解決の「明確化」
しかし,平成30年法律第72号による民法1042条の「明確化」は,主に,遺留分についての同法旧1044条による「第903条〔略〕の規定」(同条は,特別受益者の相続分に係るもの)の準用の在り方(遺留分権利者が受けた特別受益の価額を,同人の遺留分の額からあらかじめ減じておくのか,それとも次の遺留分侵害額算定の段階においてそこから減ずるのか)に係るものでした。
なお,「特別受益者」は,共同相続人中「被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」ですので(民法903条1項。同項は「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と規定しています。),遺留分権利者が受けたことになる特別受益には,民法903条1項の贈与のみならず,遺贈も含まれることになります(民法1046条2項1号参照)。
最判平成8年11月26日民集50巻10号2747頁が,「不明確性」の元凶ということになるのでしょうか。
当該平成8年最判の判示にいわく,「被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の〔①〕遺留分の額は,民法〔旧〕1029条〔現行1043条に相当〕,〔旧〕1030条〔現行1044条1項に相当〕,〔旧〕1044条に従って,被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え〔この「贈与」については,当時,特別受益に係る903条1項の贈与は,相続開始前1年間より前のものも全て含まれました(旧1044条による903条1項前段の準用(我妻=立石637頁・656頁(我妻),遠藤等247頁(上野),内田505頁。最判平成10年3月24日民集52巻2号433頁参照)。特別受益に係る贈与の加算を原則として相続開始前10年間のものに限定する現行1044条3項は新設規定です。)。〕,その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し,それに同法〔旧〕1028条所定の遺留分の割合を乗じ,複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続分の割合を乗じ,遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定すべきものであり,〔②〕遺留分の侵害額は,このようにして算定した遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し,同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。」と(下線は筆者によるもの)。
すなわち,平成8年最判においては「厳密には,遺留分権利者の特別受益の額の取扱いが第1046条第2項の規律とは異なる(上記判例では,遺留分額の算定の中で,この額を予め控除しているものと考えられる。)」というのが,平成30年法律第72号の法案立案御当局の事実認識でした(堂薗=野口134頁(注3))。確かに,現行1046条2項1号は,特別受益の価額を「遺留分の算定の中で」ではなく,遺留分侵害額の算定の段階において初めて減ずる処理をすることにしています。すなわち,遺留分の額を算定するに当たって,特別受益の価額が,1042条又は1043条においてあらかじめ控除されるものではありません。
「明確化」を必要とする前提状況として,従来の学説は,(a)平成8年判決方式を採るものと(b)現行民法1042条=1046条2項方式を採るものとに分かれていました。
(a)平成8年最判方式を採る学説としては,①「各自の遺留分の額は,〔「被相続人が相続の時に有した財産の価額に贈与した財産の価額を加え,そこから債務の全額を控除した額である」ところの「元になる財産」〕の額に各自の遺留分と法定相続分の割合を掛けたものから特別受益を引いた額である」とするもの(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)168頁),②「各人の遺留分額は,遺留分算定の基礎となる遺産額〔略〕に各遺留分権利者の遺留分率(全体の遺留分率に法定相続分率を掛けたもの)を掛け,ここから相続人の特別受益額を差し引いたもの(1044条による903条の準用)ということになる」とするもの(内田506頁。ここで「〔旧〕1044条による903条の準用」というのは,民法903条1項後段の「算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」の部分を「算定した遺留分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の遺留分とする」と読み替えて準用するという意味でしょう。)及び③「〔旧々〕第1007条〔現行903条1-3項に対応〕ニ依リ相続財産ニ算入スヘキモノハ遺留分ノ算定ニ付テモ亦之ヲ算入スヘク而シテ之ヲ遺留分中ヨリ控除スヘク尚ホ其額カ遺留分ニ均シキカ又ハ之ニ超ユルトキハ一切遺留分ヲ受クルコトヲ得サルモノトス」とするもの(梅455-456頁)があります。
(b)現行民法1042条=1046条2項方式を採る学説としては,①遺産総額に相続人に対する生前贈与の額を加えた和(旧1029条,旧1044条・903条)に旧1028条の当該割合を乗じて得られた積に更に法定相続分に係る900条を準用(旧1044条)してそれぞれ算定した額を「各自の遺留分」とした上で,当該各自の遺留分額と各自の相続利益額(特別受益額(受贈額及び受遺額)と相続額との和)とを比較して後者が前者に及ばないときに遺留分侵害があるとする例を示すもの(我妻=立石639-641頁(我妻))及び②「それぞれの遺留分権利者の計算上の遺留分の額は,遺留分算定の基礎となる財産額〔「「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して」定める」〕に,その者の遺留分の率〔「遺留分権利者が複数あるときは,全体の遺留分の率に,それぞれの遺留分権利者の法定相続分の率を乗じたもの」〕を乗じたものである」とする一方,「遺留分侵害額の算出式」を「遺留分侵害額=遺留分算定の基礎となる財産額(A)×当該相続人の遺留分の率(B)-当該相続人の特別受益額(C)-当該相続人の純相続分額(D)」(ただし,「C=当該相続人の受贈額+受遺額 D=当該相続人が相続によって得た財産額-相続債務分担額」)とするもの(遠藤等247-249頁(上野))があります。
平成30年法律第72号は,平成8年最判の存在にかかわらず,(a)星野vs.(b)我妻の師弟対決において師匠の我妻説(b)を採用したものと解されます。「いずれの整理をしたとしても最終的に算出される遺留分侵害額に変わりはない」が「いわゆる遺留分超過額説を採用した判例(最一判平成10年2月26日民集52巻1号274頁)では,「遺留分」の概念について第1046条第2項と同様の理解をしているのではないかと考えられること等を踏まえて」,(b)説が採用されたものとされています(堂薗=野口134頁(注3))。
このうち,最判平成10年2月26日以外の理由である「等」たる理由については,相続人の遺留分は「割合を乗じた額」なので(民法1042条参照),その算定作業は掛け算をもって終わるべきであるから,ということもあるでしょうか。確かに,特定受益の額を減ずるということで個々に更に引き算が加わると凹凸ができて,「割合を乗じた額」ではなくなってしまいます。
しかしてこの割合方式はローマ法時代からの伝統でしょうか。いわく,「lex Falcidia(前40年の平民会議決) 相続人は少くとも相続財産の4分の1を取得する。4分の3を超える遺贈の超過額は無効となり,受遺者多数のときは按分的に減額せられる。〔略〕知らずして超過額を相続人が履行すれば,非債弁済の不当利得返還請求訴権〔略〕を発生する。4分の1(quarta Falcidia)とは相続債務,埋葬費用,解放せらるべき奴隷の値を全部遺産より控除した額の4分の1である。」と(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)371頁)。
ただし,我が民法の遺留分制度は,ローマ法と直結したものではありません。すなわち,「〔日本〕民法の遺留分制度(〔旧〕1028条以下参照)は,ゲルマン法系統の流を汲むフランス固有法のréserve制を模倣したものである。ローマ法の義務分制度と類似したものがあるが,又幾多の点で異つている。歴史的にいつてもローマの義務分が遺言の自由を制限して設けられた部分であるのに対して,遺留分は遺言の不能が解除せられた場合に依然として解除せられない部分であり,存在理由も倫理的義務よりは,家の維持のための経済的理由にあり(従つて遺留分額はもとは家産たる祖先伝来の不動産の幾分の一としてきめられた),又法定相続人が法定相続人として有する権利で(従つて被相続人の遠い親族でも相続人となれば遺留分はある),義務分の如く一定近親として与えられる権利ではなく(義務分では相続を拒絶しても義務分は請求できる),又遺留分の訴は不倫遺言の訴〔querela inofficiosi testamenti. 遺言者の一定近親者が遺言者の死亡に伴い受けた額が,無遺言相続人であったならば受けたところの額(pars legitima)の4分の1(義務分)に達しないときに,無遺言相続分(義務分ではない。)に障碍を与える限度において遺言を取り消すべく,当該近親者が提起し得る訴え〕の如く相続分額を求めることなく,遺留分額を要求するものであるが,その請求はローマの義務分補充の訴の如き単なる債権的な訴ではない。」とのことです(原田345-347頁)。「ゲルマン法では当初遺言制度を認めなかつた」ところです(原田329頁)。
他方,主要な理由とされる最判平成10年2月26日について見ると,同判決は,次のような判示をしています。いわく,「相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては,右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが,民法〔旧〕1034条〔「遺贈は,その目的の価額の割合に応じてこれを減殺する。但し,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。」〕にいう目的の価額に当たるものというべきである。けだし,右の場合には受遺者も遺留分を有するものであるところ,遺贈の全額が減殺の対象となるものとすると減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることが起こり得るが,このような結果は遺留分制度の趣旨に反すると考えられるからである。そして,特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても,以上と同様に解すべきである。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。」と。
当該最判は,直接には現行1047条1項柱書きの第3括弧書きに対応する,ということは分かります。
しかしながら,当該最判と平成8年最判との食い合わせの悪さは,一見すると分かりづらいところです。最判平成10年2月26日に係る調査官解説を見ると,そこには「本件における遺留分侵害額の算定及び減殺すべき額の計算例」が記載されており,確かに当該「計算例」においては,(b)現行民法1042条=1046条2項方式が採られています(野山宏「相続人に対する遺贈と民法1034条にいう目的の価額」『最高裁判所判例解説民事編平成10年度(上)(1月~5月分)』(法曹会・2001年)198-199頁)。しかし,当該解説は,平成8年最判が採用するところの遺留分概念に係る(a)説の否認にまで直接説き及んでいるものではありません。
それでも,極端な仮設例をもって考えてみると何だか分かってくるようではあります。相続人が息子3名のみの被相続人たる父が,6世紀前半漢土南朝梁の武帝こと蕭衍(皇帝菩薩)のように宗教に入れあげて,死亡前の1年間に正味財産の6分の5を某宗教法人にお布施(生前贈与)してしまったものの,宇宙大将軍🚀(実在の称号です。)こと侯景👽の乱的末期の混乱の中,残った6分の1は辛うじて長男に遺贈されることを得た(なお,中世ヨーロッパのキリスト教「教会は,霊魂救済のための喜捨が,教会を受遺者として行われることを認め,進んではこれを勧奨し,後には,無遺言者は懺悔をしない者と視られ,敬虔な遺贈をしない死者は埋葬を禁じられるというようなことにまでなった」そうです(中川309頁)。強欲なキリスト教✞⛪を禁じた我が豊臣秀吉🐒は,烈士だったのですな。),という場合を考えてみましょう。平成10年最判は,このような場合の長男を,次男三男(3兄弟の遺留分の率はそれぞれ6分の1(民法1042条))から最初にされる遺留分減殺請求(現在は遺留分侵害額請求)攻撃(受贈者である某宗教法人より先に,受遺者である長男が遺留分侵害額を負担しなければなりません(民法1047条1項1号)。)から守って過ぎ越されしめ,矛先を本尊たる某宗教法人に向けさせようというものでしょう。ところが,平成8年最判ないしは星野説(a)風に長男の遺留分の額を算定すると,民法1042条によって算定される遺留分の価額と同額の遺贈(特別受益の供与)が当該相続人にされてしまっているので,その分を差し引いて,残額ゼロということにならざるを得ません。そうであれば,次男三男からの最初の遺留分侵害額請求によって――せっかくの平成10年最判の理論ないしは民法1047条1項柱書きの第3括弧書きの規定もものかは――受遺価額の全額につき身ぐるみを剝がされてしまうことになります。これは確かにおかしいところです。
4 本題:遺留分に係る民法900条及び901条の準用に関する「明確化」の成否
(1)御当局の御趣旨
ところで,実はこちらが本稿の本題ですが,民法現行1042条におけるもう一つの「明確化」は,遺留分についての民法旧1044条による同法900条及び901条の準用の在り方に係るものであったと解されます。
すなわち,民法旧1044条及びそこにおいて遺留分について準用されるものとされた条項については,「これらの規定が具体的にどのように準用されるのか判然とせず,分かりにくいとの指摘がされていた」ところ,「法定相続分を規定する第900条,第901条については,相続人が複数いる場合の遺留分を算定するために適用する規律として第1042条第2項に」規定することとしたものとされています(堂薗=野口159頁。下線は筆者によるもの)。
(2)立法ミス説:相続人≠遺留分権利者
御当局による前記説明において「相続人が複数いる場合の」規律であるぞという趣旨が表明されています。民法900条柱書きの「同順位の相続人が数人あるときは」との表現に引きずられたのでしょうか(なお,ここでの「同順位の」は贅語でしょう。同順位だからこそ同時に相続人になっているわけです。ただし,民法旧々1004条も「同順位ノ相続人数人アルトキハ」云々と規定していました。ちなみに,明治23年法律第98号の旧民法財産取得編においては,同順位の相続人が複数いて相続人が複数となる場合はなかったところです(同編295条並びに313条及び314条)。)。出来上がりの民法現行1042条2項も「相続人が数人ある場合」に係る規定であるものと自己規定しています。
しかし,最判平成8年11月26日の「複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続分の割合を乗じ」との判示部分ないしは「それぞれの遺留分権利者の遺留分(個別的遺留分)の率 遺留分権利者が複数あるときは,全体の遺留分の率に,それぞれの遺留分権利者の法定相続分の率を乗じたものが,その者の遺留分の率である(1044条による900条・901条の準用)。」という民法教科書の記述(遠藤編245頁(上野)。下線は筆者によるもの)がせっかくあるのに,何ゆえ「遺留分権利者」概念から出発するそれらが民法現行1042条2項の起草者によって無視されてしまったのかは疑問です。配偶者及び兄弟姉妹が相続人である場合に係る同項の規定の不都合(前記1末尾における筆者の困惑参照)の存在及び当該不都合回避のための解釈方法に関して特に喋々されていないところからすると(堂薗=野口133-134頁参照),立法過程において当該不都合が気付かれることはなかったのでしょう。民法旧1028条の規定と同法900条及び901条の規定とを機械的に接合してみた際に生じた見落としによる他意なき立法ミスだったのでしょうか。
「1042条2項の「相続人が数人ある場合」は「遺留分権利者が数人ある場合は」と当然読むのだ。これは,同条1項が「兄弟姉妹以外の相続人は」と書いているから,当然そう解されるのだ。」と言って,従来からの解釈(配偶者及び兄弟姉妹が相続人である場合の配偶者の遺留分は,遺留分の算定のための財産の価額の8分の3ではなく2分の1)を維持しようとするのが,いわゆる大人の態度なのでしょう。
しかし,「遺留分権利者」概念が既にあるところ(民法1044条等参照),当該概念があるにもかかわらず,素直に当該概念が使用されずに「相続人」概念が使用されるということは,当該「相続人」概念は「遺留分権利者(=兄弟姉妹(なお,甥姪について次の(3)を参照)以外の相続人)」概念と同一のものではない,と解するのが法文解釈の常道でしょう。そうであれば,「明確化」を志向した改正によってかえって条文の趣旨が従来の解釈との関係で不明確になってしまった,ということになるようです。
(3)脱線その2:甥姪が遺留分権利者たり得る可能性(887条2項3項準用廃止の反対解釈)
相続人たる甥姪にも遺留分はないはずです。しかし,平成30年法律第72号による改正後の民法における文理上の根拠は難しい。
1042条2項で準用される901条2項(同項により準用される同条1項によって,代襲者である甥姪の遺留分は,被代襲者である兄弟姉妹と同じゼロとなります。)がその根拠である,ということに一見なりそうです。しかし,甥又は姪一人のみが相続人であるときは,1042条2項の適用はないのでしょう(同項は「相続人が複数ある場合」の規定)。
この点,旧1044条においては,いわば二重の為念的手当てがされていたものと解されます。
まず,旧1044条においては,直系卑属の代襲相続に係る887条2項・3項の準用はありましたが,甥姪の代襲相続に係る889条2項の準用はありませんでしたので(なお,昭和37年法律第40号による改正(同法附則1項により1962年7月1日から施行)前は,「第888条」の準用はあったが第889条第2項の準用はなかった,という形になります。),反対解釈的に,甥姪が遺留分権利者であることはないのだ,と言い得たでしょう。
また,上記のような反対解釈がされずに類推解釈がされて,仮に甥姪が遺留分権利者になるものとされたとしても,旧1044条による901条2項の準用は,甥又は姪一人のみが相続人であるときであっても可能であったはずです。(なお,我妻=立石656頁(我妻)は,旧1044条による901条の準用について「但し,兄弟姉妹及びその代襲者に関する部分が準用されないことはいうまでもない。」としていますので,889条2項の準用がないことをもって甥姪排除には既に十分であるものと理解していたように思われます。これに対して,潮見佳男教授は現行規定について,「代襲相続に関しては,1042条2項で代襲相続に関する901条が指示されていることから,代襲相続人が遺留分権利者であることがわかる」ものとしています(潮見佳男『詳解相続法(第2版)』(弘文堂・2022年)650頁)。)
以上に対して,平成30年法律第72号による改正以後の民法の現行規定においては「〔旧1044条による〕第887条第2項及び第3項の準用の趣旨を明らかにすることはしていない」とされているところ(堂薗=野口159頁(注)),その意味が問題となります。当該趣旨を明らかにすることをしないこととした理由は「代襲相続人も再代襲相続人も,「相続人」であることには変わりなく,遺留分権利者の範囲についてのみ相続人に代襲相続人等が含まれることを明文化することは,他の条文の解釈に影響を与えることから」であるとされています(堂薗=野口159頁(注))。そうであれば,甥姪についても「「相続人」であることには変わりなく」ということは同様に当てはまるはずであり,かつ,甥姪は被相続人の「兄弟姉妹」ではありませんから,その非遺留分権利者性については,改めて丁寧な論証が必要となるように思われます。「他の条文の解釈に影響を与えること」を嫌ってあえて「明文化」しなかったところ,こじつけ気味の甥姪の遺留分権利者性問題として足下の1042条の解釈に影響が出てしまったことになったとすれば,皮肉な結果です。
5 民法1042条解釈の方向性
(1)伝統的解釈態度
とはいえ,「わが民法の伝統的解釈態度は,かなり特殊なものである。第一に,あまり条文の文字を尊重せず(文理解釈をしない),たやすく条文の文字を言いかえてしまう。〔略〕第二に,立法者・起草者の意図を全くといってよいほど考慮しない。第三に,それではどんなやり方をしているのかというと,目的論的解釈をも相当採用しているが,特殊な論理解釈をすることが多い。すなわち,適当にある「理論」を作ってしまって,各規定はその表現である。従ってそう解釈せよと論ずる。〔略〕これは,ドイツ民法学,それもある時代の体系をそっくり受け入れ,これを「理論」と称し,後に述べるように実はフランス民法により近い我が民法をドイツの学説体系からむりに説明しようとしたことに由来する。」(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1971年(1993年改訂))61-62頁(一))と五十余年前に星野英一教授が歎ぜられた我が民法の伝統的解釈態度の特殊性は,令和の御代においても依然として尊重され続けるべきものなのでしょう。
したがって,今後も,平成30年第72号制定前の伝統的「理論」をもって民法の文言を超えた不易の真理として捧持しつつ,当該「理論」に基づく,配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときの配偶者の遺留分は2分の1であるのだ説をもって正解とすることが正統解釈であり続けるのでしょう。現に,潮見教授は,現行1042条に関して,妻並びに妹及び弟が相続人である場合,「〔妻〕に遺留分権があるが,〔妹・弟〕にはない。なお,〔妻〕の遺留分は,1042条1項2号により2分の1である(〔妹・弟〕が遺留分権利者でないため,900条3号を準用する余地がない点に注意を要する)。」とその遺著で説いて(潮見650頁),2分の1説支持の立場を明らかにしておられます。(ただし,「〔妹・弟〕が遺留分権利者でないため,900条3号を準用する余地がない」との命題は,理論というよりも,平成30年第72号によってされたのは専ら「明確化」であるものとされているので,新文言についての文理解釈がどのようなものとなっても従来の解釈による結論(2分の1説)の変更を伴うこと(「明確化」からの逸脱)はあり得ないのだ,というような「理論」から導出された結論がいきなり表明されているものでしょう。なお,「明確化」といっても,文言の修正にとどまらず,そこでは例えば遺留分概念の内容にまで触れ得たことにつき,前記3を参照。)
(2)文理解釈及びフランスの脱落に伴う独伊との提携
しかしやはり,筆者としては,民法現行1042条の筆者流の文理解釈(配偶者及び兄弟姉妹が相続人である場合の配偶者の遺留分は,遺留分の算定のための財産の価額の2分の1ではなく8分の3)をあえて正当化してみたいとの内心の欲求を抑えることができません。以下のごとき蛇足🐍👣が描かれるゆえんです。
ア ゲルマン(フランク)=フランス法型からローマ=ドイツ法型へ
手掛かりとして,平成30年法律第72号によって遺留分制度の効果が,遺贈又は贈与の物権的な減殺権(民法旧1031条)から債権的な遺留分侵害額請求権(同法現行1046条1項)に改められたことに注目すべきもののように思われます。つまり,我が遺留分制度は,今やゲルマン=フランス法型からローマ=ドイツ法型(独伊型)に決定的に移行したのだ,と解するところからの敷衍を試みるわけです。
(a)フランス法型は,遺産のうち被相続人が自由に処分しうる割合額(自由分・可譲分)を定め,その残りを法定相続人のうち直系親に保障する。被相続人が可譲分を超えて財産を処分していた場合は,原則として,現物を取り戻すことができる。遺留分は,相続分の一部であり,遺留分権者たる相続人全体に帰属する遺産部分である。
(b)ドイツ法型は,被相続人が遺産のうちから最近親者――直系卑属,親および配偶者に残さなければならない割合額(義務分・遺留分)を定め,これらの者に,被相続人から財産を承継した者に対して,遺留分を金銭で補償請求する権利を与える。遺留分は,最近親者に保障されるべき法定相続分の代償であり,各遺留分権者に個人的に帰属する債権的権利である。
(遠藤編240頁(上野)。下線は筆者によるもの)
従来は,①民法旧1028条において「遺留分権者たる相続人全体に帰属する遺産部分」(総体的遺留分)を決め,②遺留分権利者が複数の場合には旧1044条の準用する900条及び901条によって内部的分配(個別的遺留分)を決めるという2段階方式であったが,現在は,「各遺留分権者に個人的に帰属する債権的権利」である遺留分権利者の権利の割合を,1042条1項の割合と同項2項の割合の掛け算によって――「遺留分権者たる相続人全体に帰属する遺産部分」なる概念を介さず(なお,当該概念は,「財産が家に固着せしめられて来た」(中川403頁)ゲルマン法的な「家の維持のため」(原田346頁)という目的に親和的ですね(なお,ゲルマンというと正にドイツGermanyなので混乱しますが,Frankreichのフランス法ですから,それはフランク的ということになるのでしょうか。)。しかし,我が憲法24条は「個人の尊厳と両性の本質的平等」を言挙げしていますが,「家の維持」には言及していません。)――一挙かつ直接に算定するのだ,と解してはどうでしょうか。すなわち,現在の遺留分は,各相続人の法定相続分(1042条2項参照)から出発するものであって,それに1042条1項の割合を乗じたものになるのだ,と割り切るわけです。
しかし,平成30年法律第72号による民法改正を解説する文献における「配偶者と兄弟姉妹が共同相続人となる場合,2分の1を乗じて計算される総体的遺留分を前提として,配偶者の個別的遺留分が決まる。他方,遺留分権利者ではない兄弟姉妹には,当然であるが,遺留分は認められない。」(窪田充見『家族法 民法を学ぶ 第4版』(有斐閣・2019年)569頁。下線は筆者によるもの)及び「1042条は,旧1028条とは異なって2項を新設し,相続人が数人ある場合に遺留分額の全体額を各相続人(遺留分権利者)に配分する際の割合は,900条および901条の規定によって算定した各相続人の相続分,すなわち法定相続分の割合であることを明確に規定するに至っているのである。」(潮見佳男=窪田充見=中込一洋=増田勝久=水野紀子=山田攝子編著『Before/After相続法改正』(弘文堂・2019年)175頁(川淳一)。下線は筆者によるもの)というような記述は,フランス法型的発想の根強さを示すものでしょう。ただし,遺留分額の全体額である総体的遺留分を――残さず――配分するのであれば2分の1説が帰結せられるのでしょうが,そこまでの明示はされていません。特に前者の文献においては,「前提として・・・決まる」という含みのある表現が採用された上で,当該部分に直接続けて「次に,この総体的遺留分に,さらに各自の法定相続分を乗じて,それぞれの遺留分権利者の遺留分(個別的遺留分)が決まる(改正民1042条2項)。」と述べられており(窪田569頁。下線は筆者によるもの),8分の3説は必ずしも排除されていない,という読み方も可能であるものと筆者には思われます。
イ ドイツ民法2303条
我が新母法たるべきドイツ民法2303条は,次のように規定しています(中川17頁参照)。
§ 2303 Pflichtteilsberechtigte; Höhe des Pflichtteils
(1) Ist ein Abkömmling des Erblassers durch Verfügung von Todes wegen von der Erbfolge ausgeschlossen, so kann er von dem Erben den Pflichtteil verlangen. Der Pflichtteil besteht in der Hälfte des Wertes des gesetzlichen Erbteils.
(2) Das gleiche Recht steht den Eltern und dem Ehegatten des Erblassers zu, wenn sie durch Verfügung von Todes wegen von der Erbfolge ausgeschlossen sind. Die Vorschrift des § 1371 bleibt unberührt.
第2303条 義務分権利者,義務分の額
(1)被相続人の直系卑属が死因処分によって相続から排除された場合においては,同人は,相続人から義務分を請求することができる。義務分は,法定相続分の価額の2分の1とする。
(2)同様の権利が,死因処分によって相続から排除された場合において,被相続人の親及び配偶者に与えられる。ただし,第1371条〔Zugewinnausgleich im Todesfallということですから,「夫婦財産剰余共同制における死亡による剰余の清算」ということになります。〕の規定に影響を及ぼさない。
義務分の出発点は,正に各相続人の法定相続分(das gesetzliche Erbteil)となっています。
1888年のドイツ民法第一草案1975条1項は「被相続人は,法定相続人として相続するもの又は被相続人の死因処分がなければ法定相続人として相続することになっていたものであるその直系卑属及び親のそれぞれに対して(jedem),並びに同様にその配偶者に対して,残されたものの価額が法定相続分の価額の2分の1に達する(daß der Werth des Hinterlassenen die Hälfte des Werthes des gesetzlichen Erbtheiles erreicht)だけの物を残さなければならない(義務分(Pflichttheil))。」という法文を提示していました。この義務分(Pflichtteil)に関して,当該草案に係る同年の理由書(Motive)は,「「法定相続分」の意味するところは,法律上与えられるべき相続分であって,実際に帰属した(又は取得された)相続分ではない。」と(S.388),更に「法定相続分の代償としての義務分は,各個の(einzelnen)権利者に対して,他の者とは独立に帰属する。権利者は,その権利を自己のためのものとして行使すること(für sich geltend machen)ができなければならないので,その法定相続分に応じた自立的な割当てを受けたものとして(nach seinem gesetzlichen Erbtheile selbständig zugemessen),当該権利を保有するのでなければならないのである。」と述べていたところです(ibidem)。総体的遺留分概念の介在は,ありません。
なお,ドイツ民法においては,第1順位の法定相続人は直系卑属です(同法1924条。子らの相続分は均等(同条4項))。第2順位は両親及びその直系卑属ですが(同法1925条1項),相続開始時に両親健在の場合には両親のみが均等割合で相続し(同条2項),父母の一方が死亡していた場合には,当該死亡者の直系卑属が当該死亡者を代襲するものの,当該死亡者に直系卑属がないときは,生存している親のみが相続します(同条3項)。第3順位は祖父母及びその直系卑属で(同法1926条1項),全祖父母が健在ならば彼らのみが均等割合で相続し(同条2項),一方の祖父母夫妻中の祖父又は祖母が相続開始時に死亡していた場合には当該死亡者の直系卑属が当該死亡者を代襲し,当該直系卑属がないときは当該死亡者の配偶者に,当該配偶者が生存していないときはその直系卑属に当該死亡者の相続分が帰属し(同条3項),相続開始時に一方の祖父母夫妻がいずれも死亡しており,かつ,当該死亡者らの直系卑属もない場合には,他方の祖父母又はその直系卑属のみが相続します(同条4項)。第4順位は曽祖父母及びその直系卑属であって(同法1928条1条),相続開始時に曽祖父母が生存している場合には,当該生存者のみが(属する家系にかかわらず)均等の割合で相続し(同条2項),曽祖父母がいずれも生存していない場合にはその直系卑属のうち被相続人に最も親等の近い者が(複数のときは均等の割合で)相続します(同条3項)。以下どんどん世代を遡った先祖及びその直系卑属が順次法定相続人となります(同法1929条。同条2項は,1928条2項及び3項を準用しています。)。
ドイツ民法上の配偶者の法定相続権は,次のとおり。
第1931条
(1)被相続人の生存配偶者は,第1順位の血族と共に相続財産の4分の1の割合の,第2順位の血族又は祖父母と共に2分の1の割合の法定相続人となる。祖父母と祖父母の直系卑属とが相続にかかわるときは,配偶者は,他の2分の1の割合のうち,第1926条によれば直系卑属に帰属すべきものとなる部分をも受ける。
(2)第1順位若しくは第2順位の血族又は祖父母のいずれもないときは,生存配偶者は全相続財産を受ける。
(3)第1371条の規定に影響は及ばない。
(4)相続開始時に夫婦財産別産制が行われており,かつ,生存配偶者と共に被相続人の一人又は二人の子が法定相続人であるときは,生存配偶者及びそれぞれの子は,均等の割合で相続する。第1924条第3項〔代襲相続〕が準用される。
ドイツにおいて配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者及び兄弟姉妹の相続分はいずれも2分の1,義務分は,配偶者に4分の1,兄弟姉妹にはゼロとなるようです。我が国の相続法は,こうしてみると,配偶者に手厚くないわけではないですね。
ウ 民法1046条1項の「承継人」及び1049条2項に関して
(ア)民法1046条1項の「承継人」と遺留分権利者の権利の一身専属性と
ただし,今般我が民法は遺留分制度についてローマ=ドイツ法型を採用したのだと高々と言うためには,民法1046条1項が遺留分権利者のみならず,「その承継人」による遺留分侵害額請求をも認めていることが若干障碍となるように思われるところです(ここでの「承継人」は「包括承継人(遺留分権利者の相続人等)のほか,特定承継人も含む」ものとされています(内田507頁)。)。というのは,ローマ法の不倫遺言(「不倫」といっても,inofficiosusですから,「義務を果たさない」とか,「思いやりのない」といった意味です。)の訴えは,遺言者死亡の際義務分以上の額を受け得なかった近親者自身のみが(「自ら――その相続人には訴権は移転せず(復讐呼吸訴権〔「(actio vindictam spirans)――被害者の相続人に移転しない訴権」〕)」)提起し得るものとされていたからです(原田345頁・221頁)。(「復讐呼吸訴権」とはラテン語の生硬な直訳ですが,復讐・処罰(vindicta. vindictamは対格形)の精神を表わす(spirare. spiransは現在分詞形)訴権(actio)ということですね。)また,遺言相続における遺留分制度の趣旨は,ローマ=ドイツ法型風であると思われる「被相続人死亡ノ後其近親カ饑餓ニ迫マルノ虞ナキ為メ多少ノ遺留分ヲ認ルノ必要アリ」ということだったそうであるところ(梅426頁),そうであったのであれば,「饑餓ニ迫マ」られた当該近親者のみに当該権利の行使を認めれば十分であったように解され得るところです。
しかしこの点,我が判例はつとに,民法の明文上遺留分権利者の権利に帰属上の一身専属性まで認めることはできないものの(「民法〔旧〕1031条が,遺留分権利者の承継人にも遺留分減殺請求権を認めていることは,この権利がいわゆる帰属上の一身専属性を有しないことを示すものにすぎず」云々),当該権利の行使上の一身専属性を認めて,債権者代位権の目的とはならないもの(民法423条1項ただし書)としています(最判平成13年11月22日民集55巻6号1033頁)。このように行使上の一身専属性は既に認められている一方,帰属上の一身専属性はなお認められていないことについての理論上の不都合の有無を更に考えれば,「饑餓ニ迫マ」られるような,困っている(困った)被相続人の相続人はやはり貧乏なのでしょうし,遺留分権利者がその権利を「第三者に譲渡」(上記平成13年最判はこれを認めています。)して換金するのも「饑餓」対策としてあり得るところですから,当該帰属上の一身専属性まで,純ローマ式に要求する必要はないのでしょう。民法1046条1項にある「承継人」の文言について,筆者は結局余計な気をまわしたにすぎないということになるのでしょう。
なお,民法1046条1項の文言は,旧々1134条(「遺留分権利者及ヒ其承継人ハ遺留分ヲ保全スルニ必要ナル限度ニ於テ遺贈及ヒ前条ニ掲ケタル贈与ノ減殺ヲ請求スルコトヲ得」)に由来するわけですが,実は旧々1134条は家督相続及び遺産相続の両者に共通の規定なのでした。家督相続における遺留分制度の趣旨は,「家督相続ニ在リテハ苟モ家督相続ヲ認ムル以上ハ家督相続人カ家名ヲ維持スルニ足ルヘキ方法ヲ講セサルコトヲ得ス故ニ家名ヲ維持スルニ必要ナ財産ハ必ス之ヲ家督相続人ニ遺スヘキモノトセサルコトヲ得ス」ということですので(梅425-426頁。下線は筆者によるもの),遺留分権利者たる家督相続人は家名のために当然当該権利を行使すべきものであって当該権利に係る行使上の一身専属性は認められず,また,当該権利については,家の財産に関するものとしての財産権性が前面に出て来るものであったわけです。このような家督相続を念頭に置いた遺留分制度についての解釈(梅は,家督相続と遺産相続とを区別せずに,遺留分権利者の権利をもって「一身ニ専属スル権利ト認ムヘカラサ」るものとしています(梅436頁)。)が,遺産相続における遺留分制度の解釈をも覆ってしまっていたのでしょう。「現行民法の遺留分規定の内容は,「単独相続である家督相続を中心とした旧民法の規定を家督相続の廃止にともなって最小限度の修正を加えたのみでほとんどそのまま踏襲したものであるといわれている。そのため,現行民法のとる共同相続を前提として,共同相続人間で生起しうる遺留分の問題については何らの配慮もされていないといっても過言でない」(野田愛子=太田豊「共同相続と遺留分の減殺」ジュリスト439号102頁)とされる」ところであったのでした(野山202頁)。
(イ)民法1049条2項と各相続人に係る個人的なものとしての遺留分と
前記のとおり,昭和22年法律第222号は遺留分に係る旧々条項をほとんどそのまま踏襲したものであるといわれているとはいえ,同法による新設規定である民法1049条の第2項が,筆者の立場からは注目に値します(なお,同条は,「農業資産相続の場合を考えて」,「遺産の細分防止の方法の一つとして」,「少なくとも均分相続に対する攻撃の矛先をそらす手段にはなるだろう」ということで立案されたものです(我妻榮編『戦後における民法改正の経過』(日本評論社・1956年)190-191頁)。)。同項は「共同相続人の一人のした遺留分の放棄は,他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。」と規定していますが,これは「遺留分は,各相続人それぞれについて個人的に定められるものだから」とされています(我妻=立石655頁(我妻))。各相続人について,直接,個人的に帰属するということでしょう。すなわち,「遺留分権者たる相続人全体に帰属する遺産部分」としての総体的遺留分概念は,ここにおいて既に退場せしめられていたのでありました。
エ 結語
以上長々とした駄文にお付き合いいただき,ありがとうございました。
我が8分の3説は,民法1042条の文理に忠実なものでもありますので,「ドイツ式に体系化し解釈する」ことはこの場面では「奇妙な状況」(星野・概論Ⅰ・62頁(一))ではないのだ,とここで改めて強弁することをお許しください。
更に付言しますと,平成30年法律第72号の法案可決の際衆議院法務委員会(2018年6月15日)及び参議院法務委員会(同年7月5日)はいずれも附帯決議を付していますところ,両決議の各第2項は同文で「性的マイノリティを含む様々な立場にある者が遺言の内容について事前に相談できる仕組みを構築するとともに,遺言の積極的活用により,遺言者の意思を尊重した遺産の分配が可能となるよう,遺言制度の周知に努めること」について「格段の配慮」をするよう「政府」に対して要求しています(堂薗=野口7-8頁参照。下線は筆者によるもの)。「遺言者の意思を尊重した遺産の分配が可能」となるために「遺言制度の周知」を行うべきだということですから,遺言制度に附随する遺留分制度に関する解釈問題の解決も「遺言者の意思を尊重」する方向でされるべきだということが,平成30年法律第72号の解釈に係る立法者たる国会の意図なのでありましょう。遺留分の割合について二つの可能な解釈があれば,遺言者の自由が大きくなる方(遺留分が小さくなる方)を採用すべし,ということになるのでしょう。