2022年06月

前編(旧文言関係)から続く:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079742256.html


第3 現行605条の文言に関して

 

1 「その他の第三者に対抗することができる」の文言の採用に関して

 

(1)旧605条における「対抗」の語の不採用と現行605条における採用及びその必要(賃借権多重設定時の優劣決定基準)と

以上,大きな回り道をした上で,民法旧605条において「対抗」の語が採用されなかった意味を考えてみるに,実は「対抗要件」という語には2義があって,同条は,本家の同法177条,178条及び467条に「対抗」の語を譲って,その使用を遠慮していた,ということのようです。

 

  対抗要件という言葉は,物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準という意味で用いられることが多い(177条・178条・467条)。賃貸借の対抗要件は,賃貸借という本来は債務者に対してしか主張できない債権について,第三者である新所有者等に対しても,主張できるようにする(対抗力をもたせる)という機能をもつ。

(中田裕康『契約法[新版]』(有斐閣・2021年(第32022610日))448頁)

 

しかしそうであると,現行605条は,従来の遠慮を強引にかなぐり捨てたものということになるのでしょうか。

 

〔前略〕旧605条は,不動産賃貸借の登記をすると,その不動産の新所有者等に対して「その効力を生ずる」と規定していたが,605条は「対抗することができる」と規定する。これは,㋐第三者に対する賃借権の対抗の問題と,㋑第三者への賃貸人たる地位の移転の問題とを区別し,605条は㋐を規律し,新設の605条の2が㋑を規律することとして,規律内容を明確化したものである。〔後略〕

(中田447頁)

 

 ㋑の問題に対応する限りでの㋐の「第三者に対する賃借権の対抗の問題」は,「賃貸借の目的である不動産が譲渡された場合,賃借人は,賃貸借の対抗要件を備えていれば,所有権に基づく譲受人の明渡請求を拒むことができる。」ということでしょう(中田449頁)。「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)」ではありません。それだけであれば,あえて旧605条の文言を改めて「対抗」の語を採用する必要があったものかどうか。

 この点,平成29年法律第44号の法案起草者は,民法現行605条には是非とも「対抗」の語を用いなければならないと考えたようです。同条は「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準」に関する規定,すなわち本来的な対抗問題に関する規定でもある,という判断がされたからであるようなのです。いわく,「旧法第605条は,登記をした不動産の賃貸借について,「不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる」と規定していたが,判例(最判昭和281218日〔民集7121515〕)は,この規定により対抗力を備えた賃(ママ)人は,当該不動産について二重に賃借権の設定を受けた者など物権を取得した者ではない対抗関係にある第三者にも,賃貸借を対抗することができるとしていた。そこで,新法においては,登記をした不動産の賃貸借は,「不動産について物権を取得した者その他の第三者」に「対抗することができる」としている(新法第605条)。」と(筒井=村松313頁)。しかして現行605条の「その他の第三者」はどのようなものかといえば,正に民法177条の「第三者」を彷彿させるがごとく,「その不動産について所有権,地上権,抵当権などの物権を取得した者,目的物を差し押さえた者(差押債権者),二重賃借人などである。」とされています(中田446頁)。

 

(2)最判昭和281218日に関して

 昭和27年(オ)第883号建物収去土地明渡請求事件に係る昭和281218日判決において最高裁判所第二小法廷(霜山精一(裁判長),栗山茂,藤田八郎及び谷村唯一郎各裁判官)は,次のように判示しています。

 

   民法605条は不動産の賃貸借は之を登記したときは爾後その不動産につき物権を取得した者に対してもその効力を生ずる旨を規定し,建物保護に関する法律では建物の所有を目的とする土地の賃借権により土地の賃借人がその土地の上に登記した建物を有するときは土地の賃貸借の登記がなくても賃借権をもつて第三者に対抗できる旨を規定しており,更に罹災都市借地借家臨時処理法10条によると罹災建物が滅失した当時から引き続きその建物の敷地又はその換地に借地権を有する者はその借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくてもその借地権をもつて昭和2171日から5箇年以内にその土地について権利を取得した第三者に対抗できる旨を規定しているのであつて,これらの規定により土地の賃借権をもつてその土地につき権利を取得した第三者に対抗できる場合にはその賃借権はいわゆる物権的効力を有し,その土地につき物権を取得した第三者に対抗できるのみならずその土地につき賃借権を取得した者にも対抗できるのである。従つて第三者に対抗できる賃借権を有する者は爾後その土地につき賃借権を取得しこれにより地上に建物を建てて土地を使用する第三者に対し直接にその建物の収去,土地の明渡を請求することができるわけである。

   ところで原審の判断したところによると本件土地はもと訴外Dの所有に係り同人から被上告人の父Eが普通建物所有の目的で賃借し,Eの死後その家督相続をした被上告人において右賃貸借契約による借主としての権利義務を承継したが,昭和136月を以て賃貸借期間が満了となつたので,右Dと被上告人との間で同年101日被上告人主張の本件土地賃貸借契約を結んだのであるが,その後昭和15517日本件土地所有権はDからその養子である訴外Fに譲渡され,Dの右契約による貸主としての権利義務はFに承継された。ところが被上告人が右借地上に所有していた家屋は昭和203月戦災に罹り焼失したが被上告人の借地権は当然に消滅するものでなく罹災都市借地借家臨時処理法の規定によつて昭和2171日から5箇年内に右借地について権利を取得した者に対し右借地権を対抗できるわけであるところ,上告人は本件土地に主文掲記の建物を建築所有して右土地を占有しているのであるがその理由は上告人は土地所有者のFから昭和226月に賃借したというのであるから上告人は被上告人の借地権をもつて対抗される立場にあり上告人は被上告人の借地権に基く本訴請求を拒否できないというのであるから,原判決は前段説示したところと同一趣旨に出でたものであつて正当である。それゆえ論旨は理由がない。

  〔上告棄却〕

 

罹災都市借地借家臨時処理法(昭和21年法律第13号)10条は「罹災建物が滅失し,又は疎開建物が除却された当時から,引き続き,その建物の敷地又はその換地に借地権を有する者は,その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても,これを以て,昭和2171日から5箇年以内に,その土地について権利を取得した第三者に,対抗できる。」と,同法1条は「この法律において,罹災建物とは,空襲その他今次の戦争に因る災害のために滅失した建物をいひ,〔略〕借地権とは,建物の所有を目的とする地上権及び賃借権をい〔略〕ふ。」と規定していました。罹災都市借地借家臨時処理法は,1957年の段階で既に「立法の体裁として,甚しく妥当を欠く。速に整理して,恒久的存在をもつ法律とすることが望ましい。」と言われていましたが(我妻Ⅴ₂・401頁),大規模な災害の被災地における借地借家に関する特別措置法(平成25年法律第61号)附則21号により,2013925日から(同法附則1条,平成25年政令第270号)廃止されています。

建物保護に関する法律11項は,前記のとおり,「建物ノ所有ヲ目的トスル地上権又ハ土地ノ賃借権ニ因リ地上権者又ハ土地ノ賃借人カ其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スルトキハ地上権又ハ土地ノ賃貸借ハ其ノ登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得」と規定していました。建物保護に関する法律は,借地借家法(平成3年法律第90号)附則21号により,199281日から(同法附則1条,平成4年政令第25号)廃止されています。建物保護に関する法律11項の規定に対応するのが,借地借家法101項の規定(「借地権は,その登記がなくても,土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは,これをもって第三者に対抗することができる。」)です。「借地権」は「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」(借地借家法21号),「借地権者」は「借地権を有する者」です(同条2号)。

しかし,最判昭和281218日の論理は,筆者には分かりづらいところです。どう理解すべきか,少々努力してみましょう。(なお,当該事案の特殊性を強調して,「罹処法等により特別の対抗力を与えられている者については,これを優先させないと法律の目的が達成されないことはいうまでもない。」(星野433頁)とは直ちには言わないことにしましょう。)

当該判例は,民法旧605条,建物保護に関する法律11項及び罹災都市借地借家臨時処理法10条を,その理由付けのために動員しています。当該事案には,直接には罹災都市借地借家臨時処理法10条が適用されましたが,同条は,その「その土地について権利を取得した第三者に,対抗することができる」という文言からして,「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準」に関する規定でもあるのだ,と最高裁判所によって解されるとともに,その際その前提として,当該対抗要件の具備は「その賃借権〔に〕いわゆる物権的効力〔この場合は排他性〕を有」せしめる効力(「変態的拡張」)があるのだ,としているものでしょうか。(筆者がここで,「いわゆる物権的効力」について,「同一の目的物の上に一個の物権が存するときは,これと両立しない物権の並存することを許さない」ものたる排他性(我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義)』(岩波書店・1983年)11頁)を措定するのは,「物権の排他性は,第三者に対する影響が大きいから,この性質を持たせるためには,物権の存在,ないしその変動(設定・移転等)を表象する外形を必要とすること」となっているところ(同頁),外界から認識し得る何らかの表象に係る当該必要が公示の原則であって(同40頁),当該公示を貫徹するために,成立要件主義に拠らずに採用されたのが対抗要件主義であるからでした(同42-43頁)。なお,対抗要件具備の先後によって権利の優先劣後が定まるのは,その前提として早い者勝ちの原則があるからでしょう。フランスでは,不動産謄記を対抗要件とする制度の発足前は,法律行為に係る証書の確定日付の前後で権利の優劣が決まっていたのでした。(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html))その際,同様の「第三者ニ対抗スルコトヲ得」との文言であって前例と考えられる建物保護に関する法律11項が,罹災都市借地借家臨時処理法10条に係る当該解釈を補強する前例としても援用されたものでしょうか(しかし,正に「建物保護」に関する法律としては,上告人の現に所有している建物が収去されてしまうという結論は辛いですね。)。

当該解釈をもって遡及的に,実はそうとははっきりしない文言である民法旧605条の意味をも最高裁判所は捉え直したものなのでしょうか。それを承けて,「賃借権の登記が旧605条の想定していた場面(新所有者に対する対抗)における対抗要件としてだけでなく,二重賃貸借の優劣判定基準として用いられることにもなったわけである。」(中田456-457頁)ということで,平成29年法律第44号による新しい民法605条は,最判昭和281218日によって捉え直された民法旧605条の真意義に従って表記されたものであるということになるのでしょうか。

最判昭和281218日に関する長谷部調査官説明は「排他性のない債権たる賃借権に,物権的請求権に比すべき妨害排除請求権が認められるかは問題であるが,少くとも排他的効力を具備する賃借権にはこれを認めて差支えないであろう。本件は,罹災都市借地借家臨時処理法10条により借地権を第三者に対抗できる被上告人が,その対抗を受ける新な借地権者たる上告人に対しその地上建物の収去土地の明渡を求めるものであつて,上告人においては被上告人に対し自己の借地権を主張し得ない立場にあるのだから,被上告人の賃借権という債権に基く請求といえども,通常の債権の二重譲渡または二重設定の場合と異りこれを拒否し得ないこととなると思われる。以上が本判決の立場である。」というものでした(判タ3641頁)。ここでも,罹災都市借地借家臨時処理法10条による対抗要件具備が土地の賃借権に排他性(「いわゆる物権的効力」)を与えるということが当然の前提となっているようです。

 しかし,「対抗」の語から,勝手に連想が膨らんで行っているもののようにも思われます。

賃借権は債権である以上,「債権は,たとい事実上両立することのできないもの(ある人が同一時間に別の劇場で演技する債務)でも,無数に成立しうる。」(我妻Ⅱ・11頁)のが大前提であるはずです。債権者平等の下,現に占有を有する者が占有訴権によって保護されるということでよいでないか,という考え(星野432頁の紹介する「これは対抗力の問題外であって,債権の平等性の問題であり,先に履行を受けた者が事実上優先する(他の者に対する賃貸人の債務が履行不能となる)とする」高木多喜男説)も成り立つでしょう。これを,当事者たる賃貸人の同意無しに(罹災都市借地借家臨時処理法10条及び建物保護に関する法律11項の対抗要件具備には賃貸人の同意は不要でした。),物権的排他性のあるものにしてしまってよいのでしょうか。また,罹災都市借地借家臨時処理法10条は「第三者に,対抗することができる」と,建物保護に関する法律11項は「第三者ニ対抗スルコトヲ得」と規定していて十分抽象的ではありますが,それと同時に,物権的排他性を付与するものであると明示するものでもありません。「変態的拡張」たる物権的排他性付与の効果を認めるには不十分であるともいい得るでしょう。梅謙次郎も,第95回法典調査会において,「成程人権ト云フコトガアツテハ第三者ニ対抗ガ出来ヌコトデアリマスガ立法者ノ万能力デサウ云フコトハ差支ナイト思フ」と述べており(民法議事速記録第3311丁表裏),これは反対解釈すると,第三者に対抗できないことが本来の性質である債権に第三者に対する対抗力を与えるには,法律の具体的明文による立法措置が必要であるということでしょう。(この点に関して,大審院大正10530日判決は,「然レトモ明治42年法律第40号〔建物保護に関する法律〕第1条ニ地上権又ハ土地ノ賃借権ハ其登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得トアルハ建物ノ所有ヲ目的トスル地上権又ハ賃借権ヲ有スル者ヲ保護スル為メ地上権ニ付テハ民法第177条ニ対スル例外ヲ設ケ賃借権ニ付テハ民法第605条ノ規定ヲ以テ不充分ナリトシ同条ノ要求スル賃借権ノ登記ヲ必要ナラスト為シタルモノナルコト其法律制定ノ旨趣ニ照シテ明ラカニシテ物権タル地上権ト債権タル賃借権ヲ同一規定ノ内ニ網羅シタル為メ対抗ナル文字ヲ用ヰタルニ過キサルモノトス故ニ前示法律第1条ニ所謂賃借権ノ対抗トハ第605条ニ賃借権ハ云云其効力ヲ生ストアルト同一旨趣ニシテ他意アルニアラスト解スルヲ相当トス」と,建物の所有を目的とする土地の賃借権については,建物保護に関する法律11項の規定するところは民法605条のそれと同じである旨判示していたところです。)

 

なお,建物保護に関する法律は,議員立法でした。

その法案は,当初は「工作物保護ニ関スル法律案」として,高木益太郎衆議院議員外1名から衆議院(第25回帝国議会)に提出されたものであって,190926日の衆議院における第一読会に付されたその内容は「地上権又ハ土地賃借権ニ因リ工作物ヲ有スル者ハ登記ナシト雖其ノ事実ヲ知リタル第三者ニ対抗スルコトヲ得」というものでした(第25回帝国議会衆議院議事速記録第672頁)。

当該原案に対する修正点の指摘が,1909212日の衆議院工作物保護ニ関スル法律案委員会で平沼騏一郎政府委員(司法省民刑局長)からされており(第25回帝国議会衆議院工作物保護ニ関スル法律案委員会議録(速記)第2回),成立した建物保護に関する法律11項の法文は,当該指摘を取り入れたものとなりました。平沼政府委員の指摘は大別して3点。すなわち,①工作物では広過ぎるので保護対象は建物に制限されたい(「此案ト云フモノガ民法ノ規定ニ対シテ余程大キナ例外ニ相成ルノデアリマスカラ,成ルベク範囲ハ狭メマシテ,保護ノ必要ノアリマスルモノニ限定致シタイト考ヘマス」「極メテ極端ナ一例ヲ申上ゲルヤウデアリマスガ,旗竿1本土地ノ上ニ立テ居リマシテモ,是ハ工作物ニ相成ラウト思フ」「今日ノトコロデハ先ヅ地震売買ノタメニ害ヲ受ケルモノハ建物ダケト考ヘテ宜シカラウト思ヒマス」),②原案では新地主保護が不十分である,建物の登記を求めるべきではないか(「此建物ノ建テ居ルト云フコトハ,成程表顕スベキ事実デアルカラ,新タニ土地ヲ買ヒマスルモノハ,建物ノ工作物ガ現ニ土地ノ上ニ存在シテ居ルカラ見レバソレデ分ルデハナイカト云フコトデゴザイマセウガ,〔略〕併シ随分此土地ノ区劃ト云フコトモ,郡部ナドヘ参リマスレバ曖昧ニナッテ居ル所モアルノデアリマスカラ,単純ニ建物ノ建ッテ居ルト云フコトダケデハ十分ナ公示ノ事実ニナラヌ場合モアルデアラウカト考ヘル,此建物ト云フモノハ建物ノ所有者一人ノ行為ニ依リマシテ,登記ノ出来ルコトニ相成ッテ居リマスガ,其登記ト云フコトハ,現今法律ニ認メラレタ建物所有ノ公示ノ方法ニナッテ居ルノデアリマスカラ,或ハ之ニ加ヘマシテ建物ハ登記セラレテ居ルト云フコトヲ必要条件ト致サナケレバ,十分ニ新所有者即チ譲受人ヲ保護スルト云フコトニ於テ,缺クルトコロガアリハシナイカト云フ懸念ヲ有シテ居ルノデアリマス」),及び③善意悪意で区別することはやめた方がよい(「併ナガラ此善意悪意ヲ斯ウ云フ場合ニ区別スルト云フ趣意ハ,現行ノ民法ニ於テハ先ヅ採ラヌ方ノコトニナッテ居ルヤウニ考ヘル」「又此善意悪意ノ区別ト云フモノガ,ナカナカ争ヲ生ジマスル原因ニナルノデアリマスカラ,サウ云フ争ヲ生ズルヤウナ原因ハ,成ルベク法律ノ上デハ杜絶シテ置ク方ガ必要デアラウト思フ,若シ只今申シマシタ所有ノ建物ニ登記ノアルト云フコトヲ条件ト致シマスレバ,最早此善意悪意ト云フコトヲ区別スル必要モナクナラウト考ヘマス」)ということでした。

 

 最判昭和281218日を支持する学説は,建物の所有を目的とする土地の賃借権に関して,次のように説きます。

 

  後説〔先に履行を受けた方が事実上優先するとする高木多喜男説〕は,対抗力の「本来の」問題とか,物権と債権の区別といった抽象論にやや捉われている感がある。確に,賃借権の対抗力は,歴史的には目的物の新所有者に対する対抗を意味したが〔略〕,だからといって今日そう解しなければならない必然性はない。実質的に見ると,用益権としては賃借権と地上権とで内容に大差がなく〔略〕,対抗要件とされた登記は,地上権においてはまさに二重賃貸借(ママ)の処理のための制度でもあり,この点につき差違を認める理由がないといえる。登記のある者と占有のある者との間においては,新所有者に対して賃借権を主張できる者が,新所有者に対して賃借権を主張できない者に破れるのはおかしい。また,双方に登記がある場合〔「登記実務上,2個以上の賃借権登記は可能とされている。昭和30521民甲972号民事局長通達」(幾代=広中199頁(幾代))〕に,登記が後でも占有が先の者を優先させるのは果たして妥当であろうか〔略〕。勤勉さという点でも,占有もさりながら,やはり登記を得た方がより勤勉といえよう。従って,「対抗要件」は,二重賃貸借の問題についての優劣判定の基準ともなると解したい。

(星野432-433頁)

 

 「新所有者に対して賃借権を主張できる者が,新所有者に対して賃借権を主張できない者に破れるのはおかしい。」というのは,に対して勝てるが,に負けるには負けるというジャンケン的状況はおかしい,ということでしょうか。しかしこの議論は,がいまだ登場して来ていない段階にあっては,迫力ないしは具体性においてどうでしょうか。

結局決め手は,「実質的に見ると,用益権としては賃借権と地上権とで内容に大差がな」いことなのでしょう。建物の所有を目的とする土地の賃借権は,建物の所有を目的とする地上権と同様の排他性を有することになったのだ,しかしてその画期は,両者を合わせた借地権概念が創出せられた借地法(大正10年法律第49号。同法1条は「本法ニ於テ借地権ト称スルハ建物ノ所有ヲ目的トスル地上権及賃借権ヲ謂フ」と規定しました。)の制定(大正天皇が裁可した192147日)ないしは施行時(同法15条・16条に基づき,大正10年勅令第207号により1921515日から東京市及びその周辺,京都市,大阪市及びその周辺,横浜市並びに神戸市に施行,その後順次施行地区が拡大され,全国に施行されたのは1941310日から(昭和16年勅令第201号))なのだ,ということになるでしょうか。前記大判大正10530日の事案は大阪の事件だったようですので(第一審裁判所は大阪区裁判所),判決日には借地法の適用があったわけですが(同法18条),施行後なお日が浅かった段階での判決であり,かつ,建物保護に関する法律11項にいう賃借権の「対抗」には旧605条の効果を含まぬという上告人の主張に対してそれを排斥したものですので(なお,上告人は,一審では勝訴しており,二審では被控訴人でした。),その後の最判昭和281218日流の解釈の妨げにはならないようです(なお,我妻500頁は,両判決間において「判例に変遷があるとみるべきものではあるまいと思う。」と述べています。)。

 

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第1 民法605条の現行文言と旧文言と

 平成29年法律第44号(202041日から施行(同法附則1条,平成29年政令第309号))によって改正された民法(明治29年法律第89号)の第605条は,

 

不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 

と規定しています。平成29年法律第44号による改正前の民法605条(以下「民法旧605条」ないしは「旧605条」といいます。)については,かねてから「本条ハ不動産ノ賃貸借ヲ登記スルトキハ之ヲ第三者ニ対抗スルコトヲ得ル旨ヲ定メタリ」といわれていましたから(梅謙次郎『民法要義巻之三債権編』(私立法政大学=有斐閣書房・1912年(第33版))638頁),一見するに現行605条の書き振りは,当然のことをそのまま書いたものであるように思われます。しかしながら,更によく見ると,旧605条の条文は,

 

不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる。

 

であり,更に,平成16年法律第147号による改正(200541日から施行(同法附則1条,平成17年政令第36号))前の文言は,

 

不動産ノ賃貸借ハ之ヲ登記シタルトキハ爾後其不動作ニ付キ物権ヲ取得シタル者ニ対シテモ其効力ヲ生ス

 

というものであって,広く「第三者」に対して「対抗することができる」とは規定されていませんでした(富井政章=本野一郎によるフランス語訳は,“Le bail d’immeuble, lorsqu’il a été inscrit, produit effet même contre ceux qui ont acquis, depuis lors, des droits réels sur l’immeuble.)。

筆者はかつて,民法旧605条について,「不動産の賃貸借は,登記すると対抗できるようになります。すなわち,民法605条に書いてあるとおり・・・」と講義しつつ,同条の文言中に「対抗」の語が無いことに気が付き狼狽したことがあります。

 

第2 旧605条の文言に関して

 

1 「変態的拡張」

確かに,「対抗」とは,「私法上,当事者間において効力の生じた法律関係を第三者に対して主張することをいう。」わけですが(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)495頁),賃貸借に基づく賃借人の権利は,専ら賃貸人に対するものである債権でしかありませんから(民法605条は,その第2編「債権」の第2章「契約」中にある規定です。),それを,その,「特定の人をして特定の行為をなさしめる権利であ」って「排他性のない」ものである債権たる性質(我妻榮『新訂債権総論(民法講義)』(岩波書店・1964年(1972年補訂))5頁参照)のまま,登記で公示して「対抗するぞ」と力んでみても,債務者である賃貸人以外の第三者に対しては,最初から権利が無いのですから,うっかりすると全く無意義であることになるようです。

民法旧605条に関して「蓋シ登記ハ素ト物権ニ付テ之ヲ為スヘキヲ本則トスルト雖モ(177)本条ニ於テハ便宜ニ従ヒ例外ニテ債権ヲ登記セシムルコトトセリ蓋シ賃貸借ハ債権ヲ生スルニ過キスト雖モ而モ其債権ハ間接ニ不動産ヲ目的トシ登記ニ由リテ之ヲ公示スルコト極メテ容易ナレハナリ而シテ登記ニ由リテ之ヲ公示スル以上ハ第三者ハ之ヲ知ルコトヲ得ルカ故ニ之ヲ第三者ニ対抗スルモ為メニ第三者カ不慮ノ損害ヲ被ルカ如キコトハ万有ルヘカラサルナリ」と梅謙次郎が説くとき(梅三639頁),そこで「対抗」される「之」は――文脈を素直にたどれば単に「賃貸借」ではありますが――登記をすることによって不動産の賃貸借が新たに取得した「その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる」という効力であるものと一応解すべきなのでしょう。

大審院大正10711日判決(民録271378)は「不動産ノ賃貸借ト雖モ其性質ニ於テハ当事者間ニ債権関係ヲ発生スルニ止マリ唯其登記ヲ為シタル場合ニ於テ爾後其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタルモノニ対シテモ契約上ノ効力ヲ生スルニ過キサレハ賃貸借ノ登記ナルモノハ法律カ契約本来ノ効力ニ付キ一種ノ変態的拡張ヲ認ムルノ要件ナリ」と判示しています。すなわち,ここでの登記は,賃貸借契約の効力に「爾後其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタルモノニ対シテモ契約上ノ効力ヲ生スル」効力を加える変態的拡張を生じさせると同時に,当該変態的拡張を公示するものであるわけです。(「変態的拡張」とは,なかなか印象的な表現ですね。)

 

2 梅謙次郎の説明並びにフランス法,ドイツ法及びオーストリア法

 1895618日の第95回法典調査会において,旧605条に対応する第608条案(「不動産ノ賃貸借ハ之ヲ登記シタルトキハ其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタル者ニ対シテモ其効力ヲ生ス但敷金又ハ借賃ノ前払ヲ以テ之ニ対抗スルコトヲ得ス」)に関して梅謙次郎は次のように解説しています。

 

   既成法典に於ては賃借権を物権と見ましたのでございますが,本案では之を人権〔筆者註:当時は,債権のことを「人権」といいました。〕と見ました。夫故に若し規定がなければ,賃貸借関係と云ふものは第三者に対抗することが出来ぬと云ふことになる。

去り乍ら,不動産の賃貸借だけは,之を第三者に対抗することを得るとして置きませぬと頗る不便であろうと思ふ。

各国の法律を調べて見ますのに,各国の法律も皆さうなつて居ります。仏蘭西,和蘭,以太利,澳太利,モンテネグロ,白耳義民法草案,独乙の二読会民法草案抔も皆さうなつて居ります。其他の法律でも,原則としては第三者に対抗の出来ぬと云ふ主義を取つて居る所でも,取得者が相当の期限を与へて,(ママ)うして解約を申し入れることが出来ると云ふ丈けで,当然に権利が消滅して居るとはしてない。例へは,瑞西債務法,ババリヤ(ママ)〔筆者註:Bavariaは,すぐ後に出て来る(バイ)威里(エルン)の英語名です。〕,独逸一読会民法草案,巴威里等は皆さうであります。

本案に於きましては,右の多数の例に依りまして,不動産の賃貸借は第三者に対抗することを得るとありましたが〔筆者註:1893519日の法典調査会民法主査会第2回会議で予決された議案乙第6号の2に「賃借人ノ権利ハ一定ノ条件ヲ以テ賃貸人ノ特定承継人ニ之ヲ対抗スルコトヲ得ルモノト定ムルコト」とありました。当該会議において富井政章は「地上権ヲ存シテ置クト云フコトニナレバ格別若シ地上権ヲ廃スルト云フコトニナレバ此第2項ハ実ニ必要ナモノテアルト思ヒマス此第2項ガ無ケレバ賃借権ヲ人権トスルト云フ事ニハ私共ハ或ハ反対スルカモ知レマセヌ夫レ程ノ大問題デアリマシテ賃借権ヲ人権ニスルト云フ償ヒトテ是非第2ハ附ケ添ヘテ出サネバナラヌ問題デアルト思ヒマス」と発言しています(日本学術振興会『法典調査会民法主査会議速記録第196丁裏-97丁表』)。なお,同会議で穂積陳重は,対象となる賃借物の範囲について「我我ハ先ツ不動産丈ケデ宜カラウト云フコトニ相談シマシタ」と説明しています(同94丁裏)。,併し之には必ず登記がなければならぬと云ふことにしてあります。又,此点は,太利,白耳義,索遜〔筆者註:ベルギー法及びサクソン法は,参照条文として掲げられていません(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第33巻』7丁表裏)。〕の民法,瑞西債務法皆同じで,それ等の例に倣つたのであります。

今申上げた三つ(ママ)の例は,仮令ひ登記の場合であつても矢張り解約期限を守らなければならぬ,双方期限を設けて置て其期限の後に立退けと云ふことが出来る,それ迄は仕方がないと云ふことになつて居りますが,本案では是れは取らなかつた。何も取らなかつたと言へば,登記すれば第三者に対抗することが出来ると云ふことを極めてある以上は,第三者に対抗しやうと思へは登記さへすれば宜しいので,夫れを登記しなければ,第三者に対抗しない積りで初めから権利を得ないものと見て差支なからう。既成法典には物権と見た代りに之を登記してなかつたら第三者に対抗出来ないとしたので,其点は既成法典の主義の方が判然して宜しいと思ひましたので,それで登記のないのは一切対抗が出来ない,登記があるのは対抗が出来ると()した()が簡便であらうと思ひました。

仏蘭西では18年を踰る期限の賃貸借に限つて登記をする(ママ)白耳義では9年を踰る期限の賃貸借には登記すると云ふことになつて居りますが,18年の期限と云ふのは長い期限でありますが,さう云ふ期限の長いものを賃貸借にして置きましたならば弊害があると思ひますから,どんな短かいのでも第三者に対抗するには登記が要るとしたので,今,従来の慣習を調べて見ますと,第三者に対抗することが出来ぬと云ふ方が多いやうであります。是れは誠に尤もな訳で,登記と云ふことがなければ仕方がないが,併し今日は登記があつて,賃貸借も登記が出来るとして置けば,最早第三者に対抗することが出来るとした方が便利と思ひますから,多少従来の慣習に違うかも知れませぬが,登記をすれは第三者に対抗することを得と云ふことにしました。

(民法議事速記録第337丁表-9丁表。原文は片仮名書き。句読点及び改行は筆者が補ったもの)

 

1804年のナポレオンの民法典1743条は,“Si le bailleur vend la chose louée, l’acquéreur ne peut expulser le fermier ou le locataire qui a un bail authentique ou dont la date est certaine, à moins qu’il ne se soit réservé ce droit par le contrat de bail.”(「賃貸人が賃貸物を売却した場合であっても,賃貸借契約において当該権利が留保されていない限り,買主は,公正証書たる,又は確定日付のある契約書を有する農地賃借人又は借家人を退去させることができない。」)と規定していました。1894年のドイツ民法第二草案512条は,„Wird das vermiethete Grundstück nach der Ueberlassung an den Miether von dem Vermiether an einen Dritten veräußert, so tritt der Erwerber an Stelle des Vermiethers in die während der Dauer seines Eigenthums sich aus dem Miethverhältniß ergebenden Rechte und Verpflichtungen ein. / Erfüllt der Erwerber die Verpflichtungen nicht, so haftet der Vermiether, soweit der Erwerber zum Schadensersatze verpflichtet ist, für den Schadensersatz wie ein Bürge, der auf die Einrede der Vorausklage verzichtet hat. Der Vermiether wird von der Haftung befreit, wenn der Miether, nachdem er von dem Uebergang des Eigenthums durch Mittheilung des Vermiethers Kenntniß erlangt hat, das Miethverhältniß nicht für den ersten Termin kündigt, für den die Kündigung zulässig ist.(「賃借人への引渡しの後に賃貸借の目的物である土地が賃貸人から第三者に譲渡されたときは,賃貸人に代わって譲受人が,その所有権の存続中に賃貸借関係から生ずる権利義務に係る当事者となる。/譲受人が義務を履行しないときは,同人の損害賠償義務の範囲内において,賃貸人は,検索の抗弁権の認められない保証人として,当該損害賠償について責任を負う。賃貸人からの通知によって賃借人が所有権の移転を知った後に,同人が,解約告知が認められる最初の期日において賃貸借関係の解約告知をしなかったときは,賃貸人は上記の責任を免れる。」)と規定していました(現行ドイツ民法566条に対応)。日本民法の登記に対して,フランス民法は公正証書又は確定日付のある証書,ドイツ民法は引渡しをもって賃借人保護の要件とするということになるようです。

我が国とは東方国仲間(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079413301.html)であるオーストリア(Österreich)の民法(1811年(前年,オーストリア皇帝フランツ1世は,ナポレオンの岳父となっています。))1095条は,„Wenn ein Bestandvertrag in die öffentlichen Bücher eingetragen ist; so ist das Recht des Bestandnehmers als ein dingliches Recht zu betrachten, welches sich auch der nachfolgende Besitzer auf die noch übrige Zeit gefallen lassen muß.“(「賃貸借契約が登記されたときは,賃借権は,その後の存続期間中,爾後の所有者も認容しなければならない物権的権利とみなされる。」)と規定しています。„ein dingliches Rechtを「物権」ではなく「物権権利」と訳したのは,端的に物権であれば不要であるはずの„welches“以下の修飾句が付いているからです。

なお,不動産登記法(平成16年法律第123号)では「賃借権」を登記することになっているのに(同法38号),民法605条では「賃貸借」を登記することになっている点も筆者としては気になっていたところですが(不動産登記制度は,不動産に関する「権利」を公示するためのものです(旧不動産登記法(明治32年法律第24号)1条等)。),「賃借権」ではなく「賃貸借」が登記されるものと規定されている理由は,直接的にはオーストリア民法1095条が「賃貸借契約」を登記する旨規定していたことに由来するものと考えてもよさそうですね。

 

3 賃借人の登記請求権に関して

旧民法(明治23年法律第28号・第98号)を全面改正する新(現行)民法下において不動産の賃貸借の登記が励行されるかどうかについて起草者らが抱いていた見通しについてですが,これについては,当時の登記法制がどのようなものであったかも考えてみるべきなのでしょう。

1895年当時の登記法(明治19年法律第1号)11項は,明治20年法律第1号による改正を経て「地所建物船舶ノ売買譲与質入書入ヲ為ス者ハ本法ニ従ヒ地所建物ハ其所在地船舶ハ其定繋ノ登記所ニ登記ヲ請フ可シ」と規定していたところです。したがって,新(現行)民法対応の新しい登記法においても,賃貸借を「為ス者ハ本法ニ従ヒ地所建物ハ其所在地船舶ハ其定繋ノ登記所ニ登記ヲ請フ可シ」というような,登記申請が義務付けられた形での規定がされるものと考えられていたかもしれません。(ちなみに,1886年の登記法制定に当たっては,「登録税による財政収入を図る目的」もあったそうです(幾代通『不動産登記法』(有斐閣・1957年)4頁)。)

しかしながら,その後の実際はといえば次のとおりとなりました。

 

〔前略〕判例は,賃借権は債権であるから登記請求権はないと判示した(大判大正10711日民録27-1378)。その結果,地上権などとは違い,賃貸借においては賃借人は自ら対抗要件を具備することができないこととなり,結局,「売買は賃貸借を破る」という原則をとったに等しい状態となった。

しかし,賃借人には登記請求権がないという結論は,論理必然的なものではない。そもそも605条の起草者は,賃借人に登記請求権ありと考えていたと推測され,債権だからということは,登記請求権を否定する決定的な理由とはならない。

  しかし,この判決がでたとき,学説は,ドイツ流の物権・債権峻別理論の影響からか,反対しなかった。かくして判例はその後も維持され,それにより605条は事実上機能しないこととなった。賃貸人はわざわざ登記に同意したりしないからである。

 (内田貴『民法 債権各論』(東京大学出版会・1997年)215頁)

 

「賃借権がその本質において債権として構成されるということから,致し方ないものと考えられてきたわけ」です(幾代通=広中俊雄編『新版注釈民法(15)債権(6) 増補版』(有斐閣・1996年)186頁(幾代通))。

しかし,大判大正10711日の「論理」は,単純に「賃借権は債権であるから」ということのみから登記請求権を否定したものではありませんでした。当該判決において大審院第二民事部は「〔前略〕賃貸借ノ登記ナルモノハ法律カ契約本来ノ効力ニ付キ一種ノ変態的拡張ヲ認ムルノ要件ナリト謂フヘク其要件ヲ履践スルト否トハ賃貸借本来ノ効力範囲ニ属セスシテ当事者カ任意ニ処分シ得ヘキ事項ナレハ賃借人ハ賃貸借ノ登記ヲ為スコトノ特約存セサル場合ニ於テハ特別ノ規定ナキ限リ賃貸人ニ対シテ賃貸借ノ本登記請求権ハ勿論其仮登記ヲ為ス権利ヲモ有セサルモノト解スルヲ相当トス」と判示しているのであって,反対解釈すれば,賃貸借の目的不動産について物権を取得した第三者に対してもその効力を生ずることが不動産の賃貸借の「契約本来ノ効力」に属するものとの解釈が採られれば,不動産の賃借権がなお債権であっても,当該「賃貸借契約ノミニ依リ当然登記請求権ヲ有スル」ことが認められ得たようにも思われます。

 いずれにせよ,「賃借権も,登記によって第三者に対抗でき(民605条),この点で物権と同じことになったのだから,賃借人に登記請求権があると解することも,完全に可能で,理論的に何の障害もない」(星野英一『借地・借家法』(有斐閣・1969年)383頁)といわれても,不動産の賃借権が「物権と同じこと」になるためにはまず「変態的拡張」のための登記が必要であって,当該「変態的拡張」の部分のある民法605条の登記は,「変態的拡張」がそもそも不要である通常の物権に係る第三者対抗要件具備のみのための登記とはやはり違う登記であるように思われます。「不動産ノ賃貸借ハ其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタル者ニ対シテモ其効力ヲ生ス但其登記前ニ物権ヲ取得シタル者ニ対シテハ此限ニ在ラス」というような条文ででもあったならばともかくも,「あまりにもおかしい」ことである「賃貸人の横暴と,賃借人の不当な圧迫」とを防止すべしとする「政策判断」(星野383-384頁)だけでは,大審院にはなおも不足だったものでしょう。 

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