前編(旧文言関係)から続く:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079742256.html
第3 現行605条の文言に関して
1 「その他の第三者に対抗することができる」の文言の採用に関して
(1)旧605条における「対抗」の語の不採用と現行605条における採用及びその必要(賃借権多重設定時の優劣決定基準)と
以上,大きな回り道をした上で,民法旧605条において「対抗」の語が採用されなかった意味を考えてみるに,実は「対抗要件」という語には2義があって,同条は,本家の同法177条,178条及び467条に「対抗」の語を譲って,その使用を遠慮していた,ということのようです。
対抗要件という言葉は,物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準という意味で用いられることが多い(177条・178条・467条)。賃貸借の対抗要件は,賃貸借という本来は債務者に対してしか主張できない債権について,第三者である新所有者等に対しても,主張できるようにする(対抗力をもたせる)という機能をもつ。
(中田裕康『契約法[新版]』(有斐閣・2021年(第3刷2022年6月10日))448頁)
しかしそうであると,現行605条は,従来の遠慮を強引にかなぐり捨てたものということになるのでしょうか。
〔前略〕旧605条は,不動産賃貸借の登記をすると,その不動産の新所有者等に対して「その効力を生ずる」と規定していたが,605条は「対抗することができる」と規定する。これは,㋐第三者に対する賃借権の対抗の問題と,㋑第三者への賃貸人たる地位の移転の問題とを区別し,605条は㋐を規律し,新設の605条の2が㋑を規律することとして,規律内容を明確化したものである。〔後略〕
(中田447頁)
㋑の問題に対応する限りでの㋐の「第三者に対する賃借権の対抗の問題」は,「賃貸借の目的である不動産が譲渡された場合,賃借人は,賃貸借の対抗要件を備えていれば,所有権に基づく譲受人の明渡請求を拒むことができる。」ということでしょう(中田449頁)。「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)」ではありません。それだけであれば,あえて旧605条の文言を改めて「対抗」の語を採用する必要があったものかどうか。
この点,平成29年法律第44号の法案起草者は,民法現行605条には是非とも「対抗」の語を用いなければならないと考えたようです。同条は「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準」に関する規定,すなわち本来的な対抗問題に関する規定でもある,という判断がされたからであるようなのです。いわく,「旧法第605条は,登記をした不動産の賃貸借について,「不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる」と規定していたが,判例(最判昭和28年12月18日〔民集7・12・1515〕)は,この規定により対抗力を備えた賃貸人は,当該不動産について二重に賃借権の設定を受けた者など物権を取得した者ではない対抗関係にある第三者にも,賃貸借を対抗することができるとしていた。そこで,新法においては,登記をした不動産の賃貸借は,「不動産について物権を取得した者その他の第三者」に「対抗することができる」としている(新法第605条)。」と(筒井=村松313頁)。しかして現行605条の「その他の第三者」はどのようなものかといえば,正に民法177条の「第三者」を彷彿させるがごとく,「その不動産について所有権,地上権,抵当権などの物権を取得した者,目的物を差し押さえた者(差押債権者),二重賃借人などである。」とされています(中田446頁)。
(2)最判昭和28年12月18日に関して
昭和27年(オ)第883号建物収去土地明渡請求事件に係る昭和28年12月18日判決において最高裁判所第二小法廷(霜山精一(裁判長),栗山茂,藤田八郎及び谷村唯一郎各裁判官)は,次のように判示しています。
民法605条は不動産の賃貸借は之を登記したときは爾後その不動産につき物権を取得した者に対してもその効力を生ずる旨を規定し,建物保護に関する法律では建物の所有を目的とする土地の賃借権により土地の賃借人がその土地の上に登記した建物を有するときは土地の賃貸借の登記がなくても賃借権をもつて第三者に対抗できる旨を規定しており,更に罹災都市借地借家臨時処理法10条によると罹災建物が滅失した当時から引き続きその建物の敷地又はその換地に借地権を有する者はその借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくてもその借地権をもつて昭和21年7月1日から5箇年以内にその土地について権利を取得した第三者に対抗できる旨を規定しているのであつて,これらの規定により土地の賃借権をもつてその土地につき権利を取得した第三者に対抗できる場合にはその賃借権はいわゆる物権的効力を有し,その土地につき物権を取得した第三者に対抗できるのみならずその土地につき賃借権を取得した者にも対抗できるのである。従つて第三者に対抗できる賃借権を有する者は爾後その土地につき賃借権を取得しこれにより地上に建物を建てて土地を使用する第三者に対し直接にその建物の収去,土地の明渡を請求することができるわけである。
ところで原審の判断したところによると本件土地はもと訴外Dの所有に係り同人から被上告人の父Eが普通建物所有の目的で賃借し,Eの死後その家督相続をした被上告人において右賃貸借契約による借主としての権利義務を承継したが,昭和13年6月を以て賃貸借期間が満了となつたので,右Dと被上告人との間で同年10月1日被上告人主張の本件土地賃貸借契約を結んだのであるが,その後昭和15年5月17日本件土地所有権はDからその養子である訴外Fに譲渡され,Dの右契約による貸主としての権利義務はFに承継された。ところが被上告人が右借地上に所有していた家屋は昭和20年3月戦災に罹り焼失したが被上告人の借地権は当然に消滅するものでなく罹災都市借地借家臨時処理法の規定によつて昭和21年7月1日から5箇年内に右借地について権利を取得した者に対し右借地権を対抗できるわけであるところ,上告人は本件土地に主文掲記の建物を建築所有して右土地を占有しているのであるがその理由は上告人は土地所有者のFから昭和22年6月に賃借したというのであるから上告人は被上告人の借地権をもつて対抗される立場にあり上告人は被上告人の借地権に基く本訴請求を拒否できないというのであるから,原判決は前段説示したところと同一趣旨に出でたものであつて正当である。それゆえ論旨は理由がない。
〔上告棄却〕
罹災都市借地借家臨時処理法(昭和21年法律第13号)10条は「罹災建物が滅失し,又は疎開建物が除却された当時から,引き続き,その建物の敷地又はその換地に借地権を有する者は,その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても,これを以て,昭和21年7月1日から5箇年以内に,その土地について権利を取得した第三者に,対抗できる。」と,同法1条は「この法律において,罹災建物とは,空襲その他今次の戦争に因る災害のために滅失した建物をいひ,〔略〕借地権とは,建物の所有を目的とする地上権及び賃借権をい〔略〕ふ。」と規定していました。罹災都市借地借家臨時処理法は,1957年の段階で既に「立法の体裁として,甚しく妥当を欠く。速に整理して,恒久的存在をもつ法律とすることが望ましい。」と言われていましたが(我妻Ⅴ₂・401頁),大規模な災害の被災地における借地借家に関する特別措置法(平成25年法律第61号)附則2条1号により,2013年9月25日から(同法附則1条,平成25年政令第270号)廃止されています。
建物保護に関する法律1条1項は,前記のとおり,「建物ノ所有ヲ目的トスル地上権又ハ土地ノ賃借権ニ因リ地上権者又ハ土地ノ賃借人カ其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スルトキハ地上権又ハ土地ノ賃貸借ハ其ノ登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得」と規定していました。建物保護に関する法律は,借地借家法(平成3年法律第90号)附則2条1号により,1992年8月1日から(同法附則1条,平成4年政令第25号)廃止されています。建物保護に関する法律1条1項の規定に対応するのが,借地借家法10条1項の規定(「借地権は,その登記がなくても,土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは,これをもって第三者に対抗することができる。」)です。「借地権」は「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」(借地借家法2条1号),「借地権者」は「借地権を有する者」です(同条2号)。
しかし,最判昭和28年12月18日の論理は,筆者には分かりづらいところです。どう理解すべきか,少々努力してみましょう。(なお,当該事案の特殊性を強調して,「罹処法等により特別の対抗力を与えられている者については,これを優先させないと法律の目的が達成されないことはいうまでもない。」(星野433頁)とは直ちには言わないことにしましょう。)
当該判例は,民法旧605条,建物保護に関する法律1条1項及び罹災都市借地借家臨時処理法10条を,その理由付けのために動員しています。当該事案には,直接には罹災都市借地借家臨時処理法10条が適用されましたが,同条は,その「その土地について権利を取得した第三者に,対抗することができる」という文言からして,「物や債権の二重譲渡のように,1つの権利をめぐって相容れない者同士が争う場合(対抗問題)の優劣決定基準」に関する規定でもあるのだ,と最高裁判所によって解されるとともに,その際その前提として,当該対抗要件の具備は「その賃借権〔に〕いわゆる物権的効力〔この場合は排他性〕を有」せしめる効力(「変態的拡張」)があるのだ,としているものでしょうか。(筆者がここで,「いわゆる物権的効力」について,「同一の目的物の上に一個の物権が存するときは,これと両立しない物権の並存することを許さない」ものたる排他性(我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店・1983年)11頁)を措定するのは,「物権の排他性は,第三者に対する影響が大きいから,この性質を持たせるためには,物権の存在,ないしその変動(設定・移転等)を表象する外形を必要とすること」となっているところ(同頁),外界から認識し得る何らかの表象に係る当該必要が公示の原則であって(同40頁),当該公示を貫徹するために,成立要件主義に拠らずに採用されたのが対抗要件主義であるからでした(同42-43頁)。なお,対抗要件具備の先後によって権利の優先劣後が定まるのは,その前提として早い者勝ちの原則があるからでしょう。フランスでは,不動産謄記を対抗要件とする制度の発足前は,法律行為に係る証書の確定日付の前後で権利の優劣が決まっていたのでした。(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html))その際,同様の「第三者ニ対抗スルコトヲ得」との文言であって前例と考えられる建物保護に関する法律1条1項が,罹災都市借地借家臨時処理法10条に係る当該解釈を補強する前例としても援用されたものでしょうか(しかし,正に「建物保護」に関する法律としては,上告人の現に所有している建物が収去されてしまうという結論は辛いですね。)。
当該解釈をもって遡及的に,実はそうとははっきりしない文言である民法旧605条の意味をも最高裁判所は捉え直したものなのでしょうか。それを承けて,「賃借権の登記が旧605条の想定していた場面(新所有者に対する対抗)における対抗要件としてだけでなく,二重賃貸借の優劣判定基準として用いられることにもなったわけである。」(中田456-457頁)ということで,平成29年法律第44号による新しい民法605条は,最判昭和28年12月18日によって捉え直された民法旧605条の真意義に従って表記されたものであるということになるのでしょうか。
最判昭和28年12月18日に関する長谷部調査官説明は「排他性のない債権たる賃借権に,物権的請求権に比すべき妨害排除請求権が認められるかは問題であるが,少くとも排他的効力を具備する賃借権にはこれを認めて差支えないであろう。本件は,罹災都市借地借家臨時処理法10条により借地権を第三者に対抗できる被上告人が,その対抗を受ける新な借地権者たる上告人に対しその地上建物の収去土地の明渡を求めるものであつて,上告人においては被上告人に対し自己の借地権を主張し得ない立場にあるのだから,被上告人の賃借権という債権に基く請求といえども,通常の債権の二重譲渡または二重設定の場合と異りこれを拒否し得ないこととなると思われる。以上が本判決の立場である。」というものでした(判タ36号41頁)。ここでも,罹災都市借地借家臨時処理法10条による対抗要件具備が土地の賃借権に排他性(「いわゆる物権的効力」)を与えるということが当然の前提となっているようです。
しかし,「対抗」の語から,勝手に連想が膨らんで行っているもののようにも思われます。
賃借権は債権である以上,「債権は,たとい事実上両立することのできないもの(ある人が同一時間に別の劇場で演技する債務)でも,無数に成立しうる。」(我妻Ⅱ・11頁)のが大前提であるはずです。債権者平等の下,現に占有を有する者が占有訴権によって保護されるということでよいでないか,という考え(星野432頁の紹介する「これは対抗力の問題外であって,債権の平等性の問題であり,先に履行を受けた者が事実上優先する(他の者に対する賃貸人の債務が履行不能となる)とする」高木多喜男説)も成り立つでしょう。これを,当事者たる賃貸人の同意無しに(罹災都市借地借家臨時処理法10条及び建物保護に関する法律1条1項の対抗要件具備には賃貸人の同意は不要でした。),物権的排他性のあるものにしてしまってよいのでしょうか。また,罹災都市借地借家臨時処理法10条は「第三者に,対抗することができる」と,建物保護に関する法律1条1項は「第三者ニ対抗スルコトヲ得」と規定していて十分抽象的ではありますが,それと同時に,物権的排他性を付与するものであると明示するものでもありません。「変態的拡張」たる物権的排他性付与の効果を認めるには不十分であるともいい得るでしょう。梅謙次郎も,第95回法典調査会において,「成程人権ト云フコトガアツテハ第三者ニ対抗ガ出来ヌコトデアリマスガ立法者ノ万能力デサウ云フコトハ差支ナイト思フ」と述べており(民法議事速記録第33巻11丁表裏),これは反対解釈すると,第三者に対抗できないことが本来の性質である債権に第三者に対する対抗力を与えるには,法律の具体的明文による立法措置が必要であるということでしょう。(この点に関して,大審院大正10年5月30日判決は,「然レトモ明治42年法律第40号〔建物保護に関する法律〕第1条ニ地上権又ハ土地ノ賃借権ハ其登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得トアルハ建物ノ所有ヲ目的トスル地上権又ハ賃借権ヲ有スル者ヲ保護スル為メ地上権ニ付テハ民法第177条ニ対スル例外ヲ設ケ賃借権ニ付テハ民法第605条ノ規定ヲ以テ不充分ナリトシ同条ノ要求スル賃借権ノ登記ヲ必要ナラスト為シタルモノナルコト其法律制定ノ旨趣ニ照シテ明ラカニシテ物権タル地上権ト債権タル賃借権ヲ同一規定ノ内ニ網羅シタル為メ対抗ナル文字ヲ用ヰタルニ過キサルモノトス故ニ前示法律第1条ニ所謂賃借権ノ対抗トハ第605条ニ賃借権ハ云云其効力ヲ生ストアルト同一旨趣ニシテ他意アルニアラスト解スルヲ相当トス」と,建物の所有を目的とする土地の賃借権については,建物保護に関する法律1条1項の規定するところは民法605条のそれと同じである旨判示していたところです。)
なお,建物保護に関する法律は,議員立法でした。
その法案は,当初は「工作物保護ニ関スル法律案」として,高木益太郎衆議院議員外1名から衆議院(第25回帝国議会)に提出されたものであって,1909年2月6日の衆議院における第一読会に付されたその内容は「地上権又ハ土地賃借権ニ因リ工作物ヲ有スル者ハ登記ナシト雖其ノ事実ヲ知リタル第三者ニ対抗スルコトヲ得」というものでした(第25回帝国議会衆議院議事速記録第6号72頁)。
当該原案に対する修正点の指摘が,1909年2月12日の衆議院工作物保護ニ関スル法律案委員会で平沼騏一郎政府委員(司法省民刑局長)からされており(第25回帝国議会衆議院工作物保護ニ関スル法律案委員会議録(速記)第2回),成立した建物保護に関する法律1条1項の法文は,当該指摘を取り入れたものとなりました。平沼政府委員の指摘は大別して3点。すなわち,①工作物では広過ぎるので保護対象は建物に制限されたい(「此案ト云フモノガ民法ノ規定ニ対シテ余程大キナ例外ニ相成ルノデアリマスカラ,成ルベク範囲ハ狭メマシテ,保護ノ必要ノアリマスルモノニ限定致シタイト考ヘマス」「極メテ極端ナ一例ヲ申上ゲルヤウデアリマスガ,旗竿1本土地ノ上ニ立テ居リマシテモ,是ハ工作物ニ相成ラウト思フ」「今日ノトコロデハ先ヅ地震売買ノタメニ害ヲ受ケルモノハ建物ダケト考ヘテ宜シカラウト思ヒマス」),②原案では新地主保護が不十分である,建物の登記を求めるべきではないか(「此建物ノ建テ居ルト云フコトハ,成程表顕スベキ事実デアルカラ,新タニ土地ヲ買ヒマスルモノハ,建物ノ工作物ガ現ニ土地ノ上ニ存在シテ居ルカラ見レバソレデ分ルデハナイカト云フコトデゴザイマセウガ,〔略〕併シ随分此土地ノ区劃ト云フコトモ,郡部ナドヘ参リマスレバ曖昧ニナッテ居ル所モアルノデアリマスカラ,単純ニ建物ノ建ッテ居ルト云フコトダケデハ十分ナ公示ノ事実ニナラヌ場合モアルデアラウカト考ヘル,此建物ト云フモノハ建物ノ所有者一人ノ行為ニ依リマシテ,登記ノ出来ルコトニ相成ッテ居リマスガ,其登記ト云フコトハ,現今法律ニ認メラレタ建物所有ノ公示ノ方法ニナッテ居ルノデアリマスカラ,或ハ之ニ加ヘマシテ建物ハ登記セラレテ居ルト云フコトヲ必要条件ト致サナケレバ,十分ニ新所有者即チ譲受人ヲ保護スルト云フコトニ於テ,缺クルトコロガアリハシナイカト云フ懸念ヲ有シテ居ルノデアリマス」),及び③善意悪意で区別することはやめた方がよい(「併ナガラ此善意悪意ヲ斯ウ云フ場合ニ区別スルト云フ趣意ハ,現行ノ民法ニ於テハ先ヅ採ラヌ方ノコトニナッテ居ルヤウニ考ヘル」「又此善意悪意ノ区別ト云フモノガ,ナカナカ争ヲ生ジマスル原因ニナルノデアリマスカラ,サウ云フ争ヲ生ズルヤウナ原因ハ,成ルベク法律ノ上デハ杜絶シテ置ク方ガ必要デアラウト思フ,若シ只今申シマシタ所有ノ建物ニ登記ノアルト云フコトヲ条件ト致シマスレバ,最早此善意悪意ト云フコトヲ区別スル必要モナクナラウト考ヘマス」)ということでした。
最判昭和28年12月18日を支持する学説は,建物の所有を目的とする土地の賃借権に関して,次のように説きます。
後説〔先に履行を受けた方が事実上優先するとする高木多喜男説〕は,対抗力の「本来の」問題とか,物権と債権の区別といった抽象論にやや捉われている感がある。確に,賃借権の対抗力は,歴史的には目的物の新所有者に対する対抗を意味したが〔略〕,だからといって今日そう解しなければならない必然性はない。実質的に見ると,用益権としては賃借権と地上権とで内容に大差がなく〔略〕,対抗要件とされた登記は,地上権においてはまさに二重賃貸借の処理のための制度でもあり,この点につき差違を認める理由がないといえる。登記のある者と占有のある者との間においては,新所有者に対して賃借権を主張できる者が,新所有者に対して賃借権を主張できない者に破れるのはおかしい。また,双方に登記がある場合〔「登記実務上,2個以上の賃借権登記は可能とされている。昭和30・5・21民甲972号民事局長通達」(幾代=広中199頁(幾代))〕に,登記が後でも占有が先の者を優先させるのは果たして妥当であろうか〔略〕。勤勉さという点でも,占有もさりながら,やはり登記を得た方がより勤勉といえよう。従って,「対抗要件」は,二重賃貸借の問題についての優劣判定の基準ともなると解したい。
(星野432-433頁)
「新所有者に対して賃借権を主張できる者が,新所有者に対して賃借権を主張できない者に破れるのはおかしい。」というのは,✌に対して勝てる✊が,✌に負ける✋には負けるというジャンケン的状況はおかしい,ということでしょうか。しかしこの議論は,✌がいまだ登場して来ていない段階にあっては,迫力ないしは具体性においてどうでしょうか。
結局決め手は,「実質的に見ると,用益権としては賃借権と地上権とで内容に大差がな」いことなのでしょう。建物の所有を目的とする土地の賃借権は,建物の所有を目的とする地上権と同様の排他性を有することになったのだ,しかしてその画期は,両者を合わせた借地権概念が創出せられた借地法(大正10年法律第49号。同法1条は「本法ニ於テ借地権ト称スルハ建物ノ所有ヲ目的トスル地上権及賃借権ヲ謂フ」と規定しました。)の制定(大正天皇が裁可した1921年4月7日)ないしは施行時(同法15条・16条に基づき,大正10年勅令第207号により1921年5月15日から東京市及びその周辺,京都市,大阪市及びその周辺,横浜市並びに神戸市に施行,その後順次施行地区が拡大され,全国に施行されたのは1941年3月10日から(昭和16年勅令第201号))なのだ,ということになるでしょうか。前記大判大正10年5月30日の事案は大阪の事件だったようですので(第一審裁判所は大阪区裁判所),判決日には借地法の適用があったわけですが(同法18条),施行後なお日が浅かった段階での判決であり,かつ,建物保護に関する法律1条1項にいう賃借権の「対抗」には旧605条の効果を含まぬという上告人の主張に対してそれを排斥したものですので(なお,上告人は,一審では勝訴しており,二審では被控訴人でした。),その後の最判昭和28年12月18日流の解釈の妨げにはならないようです(なお,我妻Ⅴ₂・500頁は,両判決間において「判例に変遷があるとみるべきものではあるまいと思う。」と述べています。)。
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