2022年01月

第3 大阪高等裁判所令和2年1127日判決(令和2年大阪高裁判決):妻(及び生殖補助医療提供者)に対する夫からの損害賠償請求の可否の問題

 ところで,令和元年大阪家裁判決事件の元夫婦(「元」というのは,2017年(平成29年)1130日に当該の子の親権者を妻と定めて協議離婚しているからです。)の争いは,当該判決では終わってはいませんでした。

 

1 元夫の「自己決定権」侵害に係る損害賠償の認容

 元夫は,2017年中に元妻並びに当該生殖補助医療を行った診療所を経営する医療法人及び当該診療所の院長兼当該医療法人の理事長を相手取って共同不法行為に基づく損害賠償請求を提起していたのです。

第一審の大阪地方裁判所令和2312日判決・判時24593頁は,医療法人及び院長兼理事長の責任は認めませんでしたが,「原告は,被告Y₁〔元妻〕との間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害されるなどしたものであって,これにより多大な精神的苦痛を被った」として,元妻に対して慰謝料800万円及び弁護士費用80万円の合計額である「880万円及びこれに対する平成27年〔2015年〕420(ママ)日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」との判決を下しました(なお,大阪地方裁判所(菊池浩明裁判長並びに後藤誠裁判官及び足立瑞貴裁判官)は「融解胚移植の実施日である平成27420日」といっていますが,当該胚移植の実施日は2015422日ですので,同裁判所は誤判的誤記をしてしまったものでしょうか。)。

これに対して元夫及び元妻のいずれもが控訴し(元夫は,医療法人及び院長兼理事長に対する敗訴部分については控訴しませんでした。),控訴審の大阪高等裁判所令和21127日判決・判時249733頁(以下「令和2年大阪高裁判決」といいます。確定しています。)は,「一審被告〔元妻〕は,一審原告〔元夫〕に対し,5596400円及びこれに対する平成27422日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」との判決を下しています(559万円の内訳は,慰謝料500万円,令和元年大阪家裁判決に係る訴訟のためにかかったDNA鑑定費用86400円及び弁護士費用51万円)。元妻の控訴が一部認められたわけです。

 

2 「自分の子をもうけることについての自己決定権」

 

ア 判示

 令和2年大阪高裁判決は,「自分の子をもうけることについての自己決定権」の存在を宣言しています。いわく,「個人は,人格権の一内容を構成するものとして,子をもうけるか否か,もうけるとして,いつ,誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利,すなわち子をもうけることについての自己決定権を有すると解される。」と。すなわち,本件においては,民法709条(「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」)にいう侵害された「権利」は,「子をもうけることについての自己決定権」だ,というわけです。

 堂々たる押し出しの,なかなかゆかしい「権利」のようです。子は親の自己決定権に基づいてもうけるものであってどこやらから授かるものではない,ということであれば,「子を授かった」という,最近多い表現に対する違和感の由来するところが分かったような気がします。

 

  Dixit autem Maria ad angelum:

  Quomodo fiet istud, quoniam virum non cognosco?

       Et respondens angelus dixit ei:

       Spiritus Sanctus superveniet in te et virtus Altissimi obumbrabit tibi,

       ideoque et quod nascetur sanctum vocabitur Filius Dei. (Lc 1,34-35)

 

イ 人格権であることの意味

 ところで,令和2年大阪高裁判決を「自分の子をもうけることについての自己決定権」を「人格権」に由来するものとして裁判所は基礎付けているものと読んではいけないのでしょう。これは,「自分の子をもうけることについての自己決定権」があることを先に決めた上での分類学上の整理(物権でも債権でもない。)でしょう。

「判例は,名誉,氏名,肖像等の個別の人格的利益を指して人格権概念を用いるにとどまる(最大判昭61611民集404872頁(名誉),最判昭63216民集42227頁(氏名)など)。また,人格権論の法技術的有用性も,確たるものではない。第1に,人格権概念は,保護法益性が承認された人格的利益を総称する集合概念にとどまり,そこから個別の利益の法的保護が導き出されるような性質のものではない。」と説かれているところです(窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』(有斐閣・2017年)319-320頁(橋本佳幸))。「あなたの行為は私に精神的苦痛という損害を与え,したがって,人格権という私の権利ないしは法律上保護される利益を侵害した」と宣言するだけで損害賠償金の支払を受け得るということは,本来はないはずです(「権利又は法律上保護された利益」の「侵害」とそれによって生じた「損害」とは,民法709条においては別個の要件です。)。「自分の子をもうけることについての自己決定権」の権利性を基礎付ける事由は,別途具体的に探究されなければなりません。

 

ウ その働く場面

 「子をもうけるか否か,もうけるとして,いつ,誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利」の侵害は,生殖補助医療以前の時代であれば,一般的には性的自由の侵害に包摂され,他方,特に断種手術のような場合(生殖補助医療とは反対方向です。)については,身体の自由に対する侵害ないしは身体的自己決定権(「医療による身体侵襲との関連〔における〕患者〔の〕自らの意思で治療行為を選択・決定することができる地位」(窪田編321頁(橋本)))の侵害の問題に含められ得ていたはずです。性的自由の侵害については,「性的自由(貞操)も,〔身体の自由と〕同様に,身体支配の発露として絶対的保護を受ける(絶対権侵害型)。被害者を欺罔して性的自由を侵害した場合(大判明44126民録1716頁(名誉毀損とする),最判昭44926民集2391727頁)は,情交が被害者自らの意思に基づくことになるが,詐欺の場面〔略〕と同じ図式があてはまる。」と説かれています(窪田編321頁(橋本))。「自分の子をもうけることについての自己決定権」は,専ら生殖補助医療の場面において働くようです。

 生殖補助医療の場面においても,懐胎・出産を行う女性については,従来からの,身体の自由ないし身体的自己決定権で対応できそうです。卵子を提供した女性及び精子を提供した男性について,身体から分離後の卵子若しくは精子又は受精卵(胚)の運命についてどこまでの権利を認めるべきかが「自分の子をもうけることについての自己決定権」の問題になるようです。

 

エ 「子」の範囲の問題

 なお,ここで「自分の子」という場合,その子は法的な実親子関係のある子に限られるのでしょうか,それとも生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれるのでしょうか。本件の原告は,嫡出否認の訴え(令和元年大阪家裁判決)と「自己決定権」の侵害に係る不法行為に基づく損害賠償請求の訴え(令和2年大阪高裁判決)とを同時並行的に提起し,両方とも勝訴するつもりだったのでしょうから,生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれるものと理解していたはずです。自ら出産までしなければ卵子を提供した女性は出生子の法律上の母にはならず(生殖補助親子関係等法9条),AID型の生殖補助医療による出生子が出産女性の夫の嫡出子として確定した場合は精子を提供した男性が認知の訴えを提起されることはないことになってはいますが(同法10条),将来的には「生殖補助医療に用いられた精子又は卵子の提供者及び当該生殖補助医療により生まれた子に関する情報」の「開示」もあり得るようですから(同法附則313号),生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれると解しておくべきでしょう。

 

3 卵子又は精子の提供者の同意と「自分の子をもうけることについての自己決定権」との関係

 

ア 同意による制約

 しかし,生殖補助医療のために卵子又は精子を提供する者の「自分の子をもうけることについての自己決定権」は,提供に当たっての当該提供者の同意により,その内容(公序良俗に反するものを除く。)に従って制約されるものではないでしょうか。

「自分の子をもうけることについての自己決定権」の具体的内容の各項目(「①子をもうけるか否か,もうけるとして,③いつ,②誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利」)に即して考えてみましょう。令和2年大阪高裁判決事案の原告である元夫は,2014410日の精子提供に当たって「私達夫婦は凍結保存してあった受精卵(胚)を用いての胚移植に同意します。」,「受精卵(胚)の凍結期間は1年であり〔筆者註:この「1年」は初月不算入の月単位のものであったようで,診療所からの2015319日付け元夫・元妻両名宛て書面には「平成27年〔2015年〕4月末日をもって保存期間が満了となる」との記載があったと認定されています。〕,それ以降の継続に,毎年,継続意思確認書類の手続きと費用の支払いが必要であることを理解しています。」等との内容の同意書(「本件同意書1」)を元妻と連署して作成し,かつ,診療所に提出していますから,①「子をもうけるか否か」については,肯定,②「誰との間でもうけるか」については,元妻との間でもうける,③「いつ」もうけるかについては,20154月末頃までの懐胎(胚移植)によってもうける,との同意をしていたことになります。当該同意の範囲内であれば(元妻が胚移植を受けたのは2015422日でした。),その撤回がない限り(米国UPA707条参照),元夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権」の侵害はなかったことになる,というのが素直な結論でしょう。

 

イ 診療所の場合(責任否定)と元妻の場合(責任肯定)と

現に第一審の大阪地方裁判所令和2312日判決は,診療所についてその旨の判示をし,不法行為責任を認めていません。いわく「原告が本件同意書1に自署しているところ,同書面には,手術前に取りやめたくなった場合には同意書を取り下げることができると明確に記載されていることを指摘できるところ,原告が,本件移植以前に,被告医療法人Y₂らに対して,同意を撤回するとの意思表示をしていないことに照らせば,被告医療法人Y₂らは,胚移植の同意を含む本件同意書1に顕れた原告の同意に基づき,本件移植を実施したと認められる。」と。

 そうであると,なぜ診療所には不法行為責任が認められなかったのに元妻の責任が認められたのかが疑問となります。元妻の責任を認定する部分の上記大阪地方裁判所判決の判示は,元妻に対する元夫の明確な同意撤回までは認定しなかったものの「原告は,被告Y₁〔元妻〕が本件同意書2に原告名の署名をした平成27420日時点において,本件移植に同意していなかったものと認められ,被告Y₁も,同時点において,原告が本件移植に同意していないことを認識していたか容易に認識し得たものであったと認められる。/(2)したがって,被告Y₁は,原告に対し,被告Y₁との間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害するなどした不法行為責任を負うものである。」ということです。元妻が本件同意書2に夫の名で署名した2015年(平成27年)420日の情態が論ぜられている一方,肝腎の同月22日の胚移植については言及されていないのでよく分からないところがありますが,言葉足らずかも知れないところ(前記のとおり,大阪地方裁判所令和2312日判決は,主文において遅延損害金の発生日を2015420日としている不思議な判決でもあります。)を無理に補わずに解釈すれば,妻たるもの,明示されていない夫の内心の真実をちゃんと忖度して,よく弁えて,胚移植を断念すべきだったのだ,ということなのでしょう(令和2年大阪高裁判決に係る内藤陽「公法判例研究」北大法学論集724号(202111月)275頁以下においては,「原判決では本件移植への同意の有無それ自体に判断の重心を置いている」との読み方が示されています(同282頁)。)。しかし,「原告と被告Y₁とは,そもそも夫婦関係が良好でなかった」ものであっても,子がいったん生まれれば,夫婦にとって子は(かすがい)ということもありますから,妻にそこまで忖度及び遠慮要求することいかがなものか,過度ではないか,夫婦に子どもが出来るのは当然じゃないか,という反論もあり得そうです。

 なお,「本件同意書2」とは,本件胚移植の日に元妻が診療所に提出した「融解胚移植に関する同意書」と題する書面であって,「「私たち夫婦は,現在凍結保存中の胚を貴院にて融解し胚移植を受けることに同意します」との記載があり,夫氏名及び妻氏名をそれぞれ記載する欄が設けられているところ,被告Y₁は,妻氏名欄に自署するとともに,夫氏名欄に自署と筆跡を変えて原告氏名を記載した(以下「本件署名」という。)」ものです。ちなみに,第一審判決は,本件署名の真正を認めたことについて診療所に過失はないものとしています。いわく,「本件同意書2の原告〔名義〕の署名は,その体裁に照らして,原告の従前の署名と対比して異なることが容易に判明するものであるとはいえない上,〔公益社団法人日本産科婦人科〕学会の見解(会告)においても,本件各同意書の書式及び作成方法はこれに沿ったものであり,同意書への署名以外に,本人に直接電話をかけるなどしてその同意を確認することまでを推奨してはいないから〔略〕,このような取り扱いが不妊治療についての医療水準として不相当なものといえないことに照らすと,原告が主張するその他の事情を考慮しても,被告医療法人Y₂らが,本件移植に際して,原告に対し,直接の意思確認をすべきであったのにこれを怠ったとは認められない。」と。

 

ウ 胚移植に対する改めての明示的な同意の必要性

 

(ア)判示

 夫が明示的に同意を撤回していない以上,やはり夫婦にとって子が(かすがい)となる期待もあるのだから,そのまま胚移植に進んでも夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権が侵害されたと評価してしまうのはやはりいかがなものか論を封ずるためでしょうか,令和2年大阪高裁判決は,胚移植について,その際改めてそれに対する明示的な同意を必要とする規範があったのだ,としています。いわく,「一審被告が本件子を出産したのは本件移植を受けたからであるところ,本件移植を受けるためには夫である一審原告の明示的な同意が必要であったことは,本件同意書2に夫の署名欄が設けてあったことから明らかである。本件同意書2は一審原告・一審被告夫婦と本件クリニックとの間で取り交わされるものであるけれども,夫婦の間においても,子をもうけるか否か,もうけるとしていつもうけるかは,各人のその後の人生に関わる重大事項であるから,一審被告の立場からしても,平成26412日の別居以降,子をもうけることについて一審原告が積極的な態度を示していなかった経緯を踏まえれば,本件移植を受けるに先立ち,改めて一審原告の同意を得る必要があったことは明らかであったといえる。ところが,一審被告は,一審原告の意思を確認することなく,無断で本件同意書2に本件署名をして本件クリニックに提出し,本件移植を受けたのであるから,一審被告のこの一連の行為は,一審原告の自己決定権を侵害する不法行為(以下「本件不法行為」という。)に当たるというべきである。そして,本件不法行為のあった日は,一審被告が本件同意書2を本件クリニックに提出して本件移植を受けた平成27422日である。」と。遅延損害金は2015年(平成27年)422日から発生するものとされていますから,元夫の精神的苦痛等の損害は,移植=懐胎の時(子の出生時ではない。)に発生していることになります。

 

(イ)仕組みに対する妨害

 大阪高等裁判所(山田陽三裁判長並びに倉地康弘裁判官及び池町知佐子裁判官)は,お気楽的な「子は(かすがい)抑えるためでしょうか,子をもうけることは「各人のその後の人生に関わる重大事項である」慎重な立場採るべきことを説いています。「夫婦のその後の人生」ではなく,「各人のその後の人生」の問題とされていますから,夫婦関係の継続を前提とするにぎやかな「子は(かすがい)」論は当該裁判所からはこの形で門前払いされているのでしょう。

他方,夫婦・親子の関係についての価値判断的問題に深入りせずに結論を出すためでしょうか,令和2年大阪高裁判決の当該判示は,本件同意書2の重要性を再確認し,その意義論を展開した上で,生殖補助医療の提供の過程中における「自分の子をもうけることについての自己決定権」の尊重の必須性及びそのための仕組みの侵害を問題としたもののように思われます。すなわち,本件同意書2の取り交わしを求めた本件クリニックは,「本件同意書2に夫の署名欄が設けてあったことから明らか」なとおり,胚移植を行うためにはその段階において(その「自分の子をもうけることについての自己決定権」の侵害を避けるため,ということなのでしょう。)夫の「明示的な同意」を得ることを必要とするという規範に服していたところ,元妻は,夫名義の無断署名をして本件同意書2を作成し,かつ,提出するという欺罔行為をもって,夫の明示的な同意はないという事実を本件クリニックが了知することを妨害し,そのまま胚移植を受け,その結果夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権」を侵害したのだ,という筋道が読み取れそうです。(一種の債権侵害的構図ともいえましょうか。)元妻による不法行為は「本件移植を受けた」ことのみならざる「一連の行為」によるものとされ,それがあった日は,単に「本件移植を受けた平成27422日」ではなく,「一審被告が本件同意書2を本件クリニックに提出して本件移植を受けた平成27422日」とされています。

なお,「本件同意書2は一審原告・一審被告夫婦と本件クリニックとの間で取り交わされるものであるけれども,夫婦の間においても,〔略〕重大事項であるから,一審被告の立場からしても〔略〕改めて一審原告の同意を得る必要があったことは明らかであったといえる。」との文の意義については,これを中心に据えた読み方もありますが(内藤291頁),筆者においては,「けれども」,「おいても」,「からしても」と「も」の多い文体から見ても,同文は,本件同意書2論にちなんだ副次的な言明と見るべきものと思われます。本件クリニックが本件同意書2をもって元夫について明示的な同意の有無を確認することを妨害してはならない,との元妻に係る当為を,違った角度からながら,重いものとして位置付けるための文ではないでしょうか。令和2年大阪高裁判決は,「不妊治療と出産に至る経緯」に係る判示を,「本件クリニックは,本件署名のある本件同意書2が提出されたからこそ本件移植を行ったのであり,その提出がなければ,本件移植は行われず,本件子が出生することもなかった。」との認識で締め括っており(その直後に「自分の子をもうけることについての自己決定権」の存在宣言が続きます。),そこでは本件同意書2こそが問題の中心に据えられているものと解されます。

 

(ウ)訴訟戦略の奏功?

 しかし以上の読み方を採る場合,元夫のためには,控訴の相手方から診療所経営の医療法人及び院長兼理事長を外したという訴訟戦略がうまく功を奏したもの,といい得ることになるように思われます。当該医療法人及び院長兼理事長が第一審で主張したところによれば,本件同意書2は,胚移植について改めて同意を取る趣旨のものではなかったからです。胚移植によって懐胎された胎児に障碍があり,母体に悪影響が生じたときのための用心だったようです。

 

   本件同意書2は,既に本件同意書1の同意を得ている本件移植を実施することに対する同意を得るためではなく,今一度,融解のリスク等を確認してもらい,万が一,そのリスクが顕在化した場合であっても被告医療法人Y₂らが損害賠償責任を負わないようにするために取得する書面であって,本件同意書2の本件署名が被告Y₁によるものであったとしても,少なくとも移植を受ける被告Y₁の同意を得ることで本件同意書2の目的は果たせているため,〔夫である〕原告の同意との関係で問題はない。

 

控訴審においてもこの説明が繰り返されると,いささか厄介なことになったように思われます。

ただし,生殖補助医療の仕組みに関しては「これらの医療行為は,一個の不妊治療行為として包括的に概念把握されるべきものではなく,多種の行為のそれぞれについて医師の説明が行われ,当事者が決定し,実施されるものである,という思想のもとで制度設計がなされている。」ともいわれています(内藤290頁)。しかしながら,現実的問題としては,「胚移植は成功率が必ずしも高くなく,多ければ月に一度,何度もチャレンジすることが多い。そのたびに夫の同意を要求すると,それこそ形式的な,妻が代筆して済むような軽い同意になりはしないだろうか。」との懸念も表明されています(稲葉62頁)。

 

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(上)令和元年大阪家裁判決本論(夫との父子関係:フランス的な方向性?)

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079345802.html


2 仮定論:胚移植時の夫の同意必要説

 次は,(„leider auch“との語句を挿むべきかどうかは悩ましい)仮定論です。

 

(1)判示

令和元年大阪家裁判決は,本論のフランス的な方向性(でしょう。)では一貫できず,なお仮定論を論ずることによって,現代日本的な(といってよいのでしょう。)迷いを公然吐露した上で,それでも結論は同じになるのだ,との正当化を行っています。いわく。

 

   なお,仮に,原告と被告との間の法律上の父子関係を認めるためには父である原告の同意が必要であるとしても,原告は,別居〔筆者註:この別居は,嫡出推定を妨げるものではないとされています。〕直前の平成26410日の体外受精に際し,精子を提供するとともに,同日付けの「体外受精・顕微授精に関する同意書」,「卵子,受精卵(胚)の凍結保存に関する同意書」及び「凍結保存受精卵(胚)を用いる胚移植に関する同意書」等からなる1通の本件同意書1に署名しており〔略〕,本件同意書1に基づく体外受精,受精卵(胚)の凍結保存及び凍結保存受精卵(胚)移植に同意したと認められる。そして,その後,〔略〕原告が,〔平成27422日の〕本件移植時までに,上記同意を明確に撤回したとまで認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,本件移植については,原告の個別の明示的な同意があったとはいえない〔略〕が,原告の意思に基づくものということができるから,本件で,原告と被告の法律上の父子関係を否定することはできない。

 

 ここで仮定論をあえて展開しなければならなかったということは,日本民法における,前記奈良家庭裁判所平成291215日判決の傍論的思考の強さを示すものでしょう。しかし,当該「思考の強さ」はどこから生じて来ているのでしょうか。

 

(2)生殖補助親子関係等法10条との関係

 

ア AID型に関する規整

AID=Artificial Insemination with Donor’s semen)型の生殖補助医療に関し,生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(以下「生殖補助親子関係等法」と略称します。)10条が「妻が,夫の同意を得て,夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎した子については,夫は,民法第774条の規定にかかわらず,その子が嫡出であることを否認することができない。」と規定していることと関係があるのでしょうか。(ちなみに,同条における夫の同意は,法案提案者によれば,「懐胎に至った生殖補助医療の実施時に存在している必要があると考えてございます。懐胎に至った生殖補助医療の実施前に同意が撤回された場合には,第10条の夫の同意は存在しないと考えてございます。」とされています(秋野公造参議院議員・第203回国会衆議院法務委員会議録第36頁)。すなわち,体外受精胚移植(「体外受精により生じた胚を女性の子宮に移植すること」(生殖補助親子関係等法22項))たる生殖補助医療(同条1項)の場合においては,当該移植時に夫の同意が必要であることになるものと解されます。)他人の精子を用いる場合には移植前に同意の撤回は可能である,いわんや我が精子においてをや,という論理は,あり得るところでしょう。

 (なお,生殖補助親子関係等法10条の法案提出者の解釈は,懐胎に至った生殖補助医療の実施時を夫の同意撤回可能の最終期限としていますが,これは,人工授精(「男性から提供され,処理された精子を,女性の生殖器に注入すること」(同法22項))の場合はよいとしても,体外受精胚移植の場合についてはどうでしょうか。体外受精(「女性の卵巣から採取され,処置された未授精卵を,男性から提供され,処置された精子により受精させること」(生殖補助親子関係等法22項))後・体外受精胚移植前に夫の同意が撤回されたときには,当該体外受精により生じた胚はどうなるのでしょうか。当該胚は破棄されるということであれば,「これを人とみるか物とみるかについて,倫理上の問題が生じる。胚は,母体に戻せば人間になり得るからである。主体的価値からは,破棄は認められないことになる。かねて胎児に関しては,母親の決定権と胎児の生存権とが独立の問題となった。胚や受精卵についても,この二重の主体の関与が不可欠となる。」という難しい話があります(山野目章夫編『新注釈民法(1)総則(1)』(有斐閣・2018年)792頁(小野秀誠))。「二重の主体」のみならず,「自己決定権」を主張する夫も加わった三重の主体が関与する問題となるようです。懐胎に至った体外受精胚移植の場合は,その前段の体外受精の実施時に夫の同意が必要であり,その後の撤回は認められないのだ,との問題回避的追加説明もあるいは可能かもしれませんが,生殖補助親子関係等法2条は,体外受精と体外受精胚移植とを一連のものとしてではなく,別個の生殖補助医療として定義しています。)

 

イ AID型における父子関係とAIH型におけるそれとの相違

しかし,AID型とAIH型との場合を安易に同一視してよいのでしょうか(同一視するのならば,結果を先取りすることになります。)。AID型の場合においては,子の出生前に夫の同意がないときはもちろん,あるときであっても,民法の文言上,出生子は夫からの嫡出否認の対象となり得るところ(同法776条は子の出生後の夫による承認に否認権喪失の効果を認めていますが,反対解釈(出生前の承認には当該効果なし。)が可能です(梅248頁)。),生殖補助親子関係等法10条は,その嫡出否認権を否認するために夫の同意の意思を改めて根拠付けに用いた上で,解釈上更に慎重に,当該意思の撤回を,懐胎に至った生殖補助医療が行われた時までは可能であるとするものでしょう。これに対して,AIH型の場合は,夫の同意がないときであってもそもそも出生子が夫によって嫡出否認され得るのかという出発点自体が問題となっています。

 

(3)精子の所有権との関係

おれの精子はおれのものだから,勝手に使ってはならぬのだ,ということでしょうか。確かに,精子の所有権は,まずはその提供者に属するものと解してよいようです。「身体から分離した,毛髪や血液は,公序良俗に反しない場合には,〔権利の客体たる〕物となる。」(山野目編790頁(小野)),「身体から分離された皮膚や血液,臓器などは,公序良俗の範囲内で物となる」(同791頁(小野))とされているところです。しかし,受精卵が育って生まれた子の実父はだれかを決めるに当たって,当該卵子を受精させた精子に係る所有権という権利がだれに属していたかを問題にするのは,いかがなものでしょうか。日本民法においては,人は,物として権利の客体となることはありません(山野目編790頁(小野))。また,素朴論としてもむしろ,勝手に使われたとしてもあなたの精子だったのであるから,勝手に使った人の責任は別としても,生まれた子はやはりあなたの子ではないですか,ということにもなりそうです。あるいは,おれは精子の所有権を放棄したから,かくして無主となった精子によって受精した卵子が育って生まれた子は実父を有しないのだ,ということでしょうか。しかし,やはり,繰り返しになりますが,父子関係の認定に当たって,精子の所有権を云々するのは筋が違うように思われます。(そもそも,あえて精子の所有権をあらかじめ放棄しなくとも,少なくとも母体内における懐胎の段階では,当該受精卵(胚)を客体とする精子提供者の所有権(共有持分でしょうか。)の存否を云々することはもうできないはずです。また,体外受精された受精卵(胚)が所有権の客体である物であるとしても,卵子と精子とを比べて卵子の方が主たる動産であるということであるのならば,精子提供者の所有権はそこでは既に消滅していることとなりましょう(民法243条)。)

(なお,所有権の効能の拡張という発想は,筆者に「「物に関するパブリシティ権」と所有権」に関する議論を想起させるところです。当該議論については,こちらは3年前の「法学漫歩2:電波的無から知的財産権の尊重を経て偶像に関する法まで」記事を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)。)

 

(4)米国的発想?

 「今日のニュー・ヨークが,2週間後の東京です。」との警鐘が,新型コロナウイルス感染症(covid-19)に関して過去2年間頻繁に鳴らされ続けました。我が善良可憐な日本国民は真摯に当該警鐘を信じ,従順に従い,煩わしさに慣れつつ四六時中マスクを着用し,副反応に耐えつつ重ねてワクチンの接種を受けてきたところでした。

 「今日の米国の生殖補助親子関係法制が,2年後の日本のそれです。」ということにもなるのでしょうか。(ちなみに,生殖補助親子関係等法附則3条に基づく,生殖補助医療の適切な提供等を確保するための法制上の措置(同条3項参照)その他の必要な措置を講ずるための検討の期間は「おおむね2年」とされています。)

 親子関係に係る米国の州法統一のために,統一州法委員全国会議National Conference of Commissioners on Uniform State Laws. これは,民間の団体です(田中英夫『英米法総論 下』(東京大学出版会・1980年)642頁)。)によって作成された2017年統一親子法案(Uniform Parentage Act)の第7章を見てみましょう。同法案では,生殖補助医療assisted reproduction. 「性交渉(sexual intercourse)以外の妊娠をもたらす方法」と定義されています(同法案1024号)。)による出生子の親子関係については「第7章 生殖補助医療」において,性交渉による妊娠から出生した子の親子関係に係るものとは別立てで規定されています。

 

  第701条 (本章)の適用範囲

    本(章)は,性交渉(又は第8(章)の代理母合意に基づく生殖補助医療)によって懐胎された子の出生には適用されない。

 

  第702条 配偶子提供者の親としての地位

    配偶子提供者は,生殖補助医療によって懐胎された子の親ではない。

    〔筆者註:配偶子(gamete)は「精子,卵子又は精子若しくは卵子の一部」です(同法案10210号)。配偶子提供者(donor)は,「有償無償を問わず,生殖補助医療において使用されるための配偶子を提供する個人」ですが(同条9号柱書き),例外があって,「(第8(章)で別異に規定される場合を除き)生殖補助医療によって懐胎された子を出産する女性」(同号(A))及び「第7(章)に基づく親(又は第8(章)における親となる意思の表明者(intended parent))」(同号(B))は除かれています。〕

 

  第703条 生殖補助医療における親子関係

    当該生殖補助医療により懐胎された子の親となる意思をもって,女性の受ける生殖補助医療(assisted reproduction by a woman)に第704条に基づき同意した個人が,当該の子の親である。

   〔筆者註: “assisted reproduction by a woman”は,「女医による生殖補助医療」という意味ではないでしょう。〕

 

  第704条 生殖補助医療に対する同意

a)(b)項において別異に規定されている場合を除き,第703条の同意は,生殖補助医療によって懐胎された子を出産する女性と当該の子の親となる意思の個人とが署名した記録によるものでなければならない。

b)(a)項によって求められる記録による同意が子の出生の前後を通じてされなかった場合であっても,裁判所は,次のときには,親となることに対する同意の存在を認定することを妨げられない。

    (1)当該個人及び当該女性が両者そろって当該の子の親となる意思である旨の懐胎の前にされた明示の合意(express agreement)の存在を,当該女性又は当該個人が明白かつ説得的な(clear-and-convincing)証拠をもって立証したとき,又は

    (2)当該女性と当該個人とが,一時的な不在期を含めて当該の子の出生後最初の2年間,当該の子と共に同一の世帯において同居し,かつ,両者とも当該の子が当該個人の子であることを公然と示していたとき。ただし,当該個人が当該の子が2歳になる前に死亡し,若しくは意思無能力となり,又は当該の子が2歳にならずに死亡した場合においては,当該女性及び当該個人は同一の世帯において当該の子と共に同居する意思であったものであり,かつ,両者とも当該の子が当該個人の子であることを当該個人が公然と示すことを意図していたものの,当該個人は死亡又は意思無能力によって当該意図を実現できなかったということが明白かつ説得的な証拠をもって立証されたときには,裁判所は本項の親となることに対する同意を認めることができる。

 

  第705条 親であることを配偶者が争うことに対する制限

a)(b)項において別異に規定されている場合を除き,子の出生時において生殖補助医療によって当該の子を出産した女性の配偶者である個人は,当該個人が当該の子の親であることを争うことができない。ただし,次に掲げる場合は,この限りでない。

1)当該の子の出生後2年以内に,当該個人が当該個人と当該の子との間の親子関係に係る裁定手続を開始し,かつ, 

2)裁判所が,当該個人は当該の子の出生の前後を通じて当該生殖補助医療に同意していなかったこと又は第707条に基づき同意を撤回していたことを認めた場合

b)生殖補助医療によって生まれた子と配偶者との親子関係に係る裁定手続は,裁判所が次に掲げる全ての事項を認めたときは,何時でも開始することができる。

1)当該配偶者は,当該生殖補助医療のために,配偶子の提供も同意もしていなかったこと。

2)当該配偶者と当該の子を出産した女性とは,生殖補助医療がされたであろう時期以来同棲していないこと。

3)当該配偶者は,当該の子を当該配偶者の子として公然示したことはないこと。

c)本条は,生殖補助医療が行われた後に当該配偶者の婚姻が無効であると認められた場合であっても,親であることを配偶者が争う場合に適用される。

  〔筆者註:(c)項は,無効の婚姻は本来当初から無効であるところ,この場合は遡及効のないものとして取り扱おうとするものと解されます(次条参照)。しかして更に,本来無効なので,(c)項の適用は,離婚等で終らせようがないわけなのでしょう。〕

 

  第706条 婚姻に係る一定の法的手続の効果

    生殖補助医療によって懐胎した子を出産する女性の婚姻が,配偶子又は胚が当該女性に移植又は注入(transfer)される前に(離婚若しくは解消で終了し,法的別居若しくは別居手当授受関係となり,無効と認められ,又は取り消された)場合においては,当該女性の前配偶者は,当該の子の親ではない。ただし,生殖補助医療が(離婚,婚姻解消,取消し,無効確認,法的別居又は別居手当授受関係)の後に行われても当該前配偶者は当該の子の親となる旨の記録による同意が当該前配偶者によってされており,かつ,当該前配偶者が第707条に基づき同意を撤回していなかった場合は,この限りでない。

 

  第707条 同意の撤回

a)第704条に基づき生殖補助医療に同意する個人は,妊娠に至る移植又は注入の前には同意の撤回をいつでも,生殖補助医療によって懐胎した子を出産することに合意した女性及び当該生殖補助医療を提供する病院又は医療提供者に対する記録による同意撤回通知を行うことによってすることができる。病院又は医療提供者に対する通知の欠缺は,本(法)による親子関係の決定に影響を与えない。

b)(a)項に基づき同意を撤回する個人は,当該の子の本(章)に基づく親ではない。

 

  第708条 死亡した個人の親としての地位

a)生殖補助医療によって懐胎された子の親となる意思の個人が,配偶子又は胚の移植又は注入と当該の子の出生との間に死亡した場合においては,本(法)の他の規定に基づき当該個人が当該の子の親となるときは,当該個人の死亡は当該個人が当該の子の親となることを妨げない。

b)子を出産することに合意した女性の受ける生殖補助医療に記録により同意した個人が配偶子又は胚の移植又は注入の前に死亡した場合においては,次のときに限り,当該死亡した個人は当該生殖補助医療により懐胎された子の親である。

1)(A)当該個人が,当該個人の死後に生殖補助医療がされても当該個人が当該の子の親となる旨記録による同意をしていたとき,又は

B)当該個人の死後に生殖補助医療によって懐胎された子の親となろうとする当該個人の意思が,明白かつ説得的な証拠によって立証されたときであって,かつ,

2)(A)当該個人の死後(36)箇月以内に当該胚が母胎内にあったとき,又は,

B)当該個人の死後(45)箇月以内に当該の子が出生したとき。

 

 令和元年大阪家裁判決事件の原告たる夫(又はその訴訟代理人)においては,UPAの第705条(a)項(2)号を援用したものでしょうか。確かに,同号によれば,夫の同意が,生殖補助医療によって懐胎・出産された子の父を出産女性の夫とするための要件とされています。この点では,米国法は,原告側に有利に働きそうです。

しかし,UPA704条(a)項に準ずる形で同意してしまった以上,その撤回は生殖補助医療を受ける女性及び当該医療を提供する病院又は医療提供者に記録による形での(in record)通知(notice)でされなければなりません(UPA707条(a)項)。「上記同意を明確に撤回したとまで認めるに足りる的確な証拠はない」以上,米国法にすがろうとしても,結局,ゴールの手前で無情にも見捨てられることとはなるのでした。

 なお,将来的には,米国的法制の我が国への導入の可能性を全く否定することはできないでしょう。「〔生殖補助医療による〕親子関係を,実親子・養親子とは異なる第三のカテゴリーとしてとらえるべきでない」という考え方もありますが(大村123頁),生殖補助親子関係等法が「第三のカテゴリー」たる親子関係の受皿となり得るものとして既に存在しています。立派な新しい皿があれば,そこに新しい料理を盛りつけたくなるのは人情でしょう。

 

  …vinum novum in utres novos mittunt et ambo conservantur. (Mt 9,17)

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第1 おさらい:奈良家庭裁判所平成291215日判決における傍論の前例

今からちょうど年前(2021119日)の「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(令和2年法律第76号)に関して」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078236437.html)において筆者は,夫の精子を用いた妻に対する人工授精(AIH=Artificial Insemination with Husband’s semen)について「ほとんど問題はない。〔AIHにより懐胎され生まれた子は〕普通の嫡出子として取扱うべきである。」とする我妻榮の見解(同『親族法』(有斐閣・1961年)229頁)を引用しつつ,その「ほとんど」の場合に含まれない例外的状況の問題として,夫の精子によって受精した妻の卵子が凍結保存され,その後当該受精卵(=胚)によって当該妻が懐胎出産した子に対して,同意の不存在を理由に当該夫が実親子(父子)関係不存在確認の訴え(人事訴訟法(平成15年法律第109号)22号)を提起した事案(第一審・奈良家庭裁判所平成291215日判決,控訴審・大阪高等裁判所平成30426日判決,上告審・最高裁判所令和元年65日決定(民事訴訟法(平成8年法律第109号)312条に定める上告事由に該当しないため棄却(稲葉実香「生殖補助医療と親子関係(一)」金沢法学632号(20213月)41頁以下の55頁註10参照)))について御紹介するところがありました。

当該事案については,当該夫婦の関係は当該の子について嫡出推定(民法(明治29年法律第89号)772条)が及ぶに十分なものであったそうで(新聞報道によれば「別居していたが,旅行に出かけるなど夫婦の実態は失われていなかった」),嫡出否認の訴え(同法775条)によるべきであったのに当該訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,ということで夫の敗訴となっています。その際第一審の奈良家庭裁判所は「生殖補助医療の目的に照らせば,妻とともに生殖補助医療行為を受ける夫が,その医療行為の結果,仮に子が誕生すれば,それを夫と妻との間の子として受け入れることについて同意していることが,少なくとも上記医療行為を正当化するために必要である。以上によれば,生殖補助医療において,夫と子との間に民法が定める親子関係を形成するためには,夫の同意があることが必要であると解するべきである。」,「個別の移植時において精子提供者が移植に同意しないということも生じうるものであるから,移植をする時期に改めて精子提供者である夫の同意が必要であると解するべきである。」と判示していますが(稲葉53-54頁),当該判示は裁判官の学説たる傍論(obiter dictum=道行き(iterのついで(obに言われたこと(dictum)にすぎないものと取り扱われるべきものでありました。すなわち,夫敗訴の結論は,嫡出否認の訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,という入口を間違えた論段階で既に出てしまっていたところです。なお,実親子関係不存在確認の訴えとは異なり,嫡出否認の訴えは,「夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない」ものです(民法777条)。入口を間違えた論というよりもむしろ,制限時間オーヴァー論というべきかもしれません。

AIH型(夫の精子を用いて妻が懐胎出産することを目的とする生殖補助医療には,人工授精によるものの外に体外受精及び体外受精胚移植によるものもあるので,AIHといいます。)の生殖補助医療において妻による子の懐胎出産に夫の同意が存在しない場合における法律問題(これには,①夫と子との間における実親子(父子)関係の成否の問題並びに②妻及び生殖補助医療提供者に対する夫からの損害賠償請求の可否の問題があります。)に関する筆者の実務家(弁護士として家事事件の受任を承っております(電話:大志わかば法律事務所03-6868-3194,電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp)。大学の非常勤講師として学生諸君に民法を講じてもおります。よろずお気軽に御相談ください。)としての検討の深化及び解明のためには,その後更に裁判例が現れることが待たれていたところでした。

 

第2 大阪家庭裁判所令和元年1128年判決(令和元年大阪家裁判決):実親子(父子)関係の成否の問題

無論,種々の問題を惹起しつつ進む生殖補助医療の発展はとどまるところはなく,その後,凍結保存されていた受精卵(胚)を用いて妻が懐胎出産した子について夫がその子との父子関係の不存在を主張するという同様の事案(夫の精子によって妻の卵子が受精したもの)で,きちんと嫡出否認の訴えをもって争われたものに係る判決が現れました。大阪家庭裁判所平成28年家(ホ)第568号嫡出否認請求事件平成29年家(ホ)第272号親子関係不存在確認請求事件令和元年1128日判決です(第272号は却下,第568号は棄却。松井千鶴子裁判長,西田政博裁判官及び田中一孝裁判官。確定。各種データベースにはありますが,公刊雑誌には未掲載のようです。「原告は,当庁に対し,平成281221日に甲事件〔嫡出否認請求事件〕を,平成29621日に乙事件〔親子関係不存在確認請求事件〕をそれぞれ提起した。」ということですから,二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』(有斐閣・2017年)683頁(石井美智子)の紹介する「2017年〔平成29年〕1月と2月に奈良と大阪の2つのケースが明らかになっている(毎日新聞20174日付朝刊,読売新聞2017221日付朝刊)」もののうちの大阪の分でしょう。)。

当該大阪家庭裁判所判決(以下「令和元年大阪家裁判決」といいます。)の法律論は,2本立てになっています。本論の外に――当該本論の迫力を大いに減殺してしまうのですが――仮定論があるところです。以下,本論及び仮定論のそれぞれについて検討しましょう。

 

1 本論:自然生殖で生まれた子と同様に解する説

まずは本論です。

 

(1)判示

令和元年大阪家裁判決は,その本論において,嫡出推定の及ぶ範囲に係る判例の外観説を前提に(「民法772条所定の期間内に妻が懐胎,出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,外観上,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は夫婦が遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ機会がないことが明らかであるなどの事情がある場合に限り,その子は同条の嫡出推定が及ばない子として,親子関係不存在確認の訴えの提起が認められる」),当該事案に係る子には嫡出推定が及ぶものと判断した上で,「原告〔夫〕と被告〔子〕との間に生物学上の父子関係が認められることは前記112)で指摘したとおり〔すなわち,「被告〔の〕母〔原告の妻〕は,平成27422日,本件クリニックにおいて,前記(2)のとおり,平成26415日に凍結保存されていた受精卵(胚)〔すなわち,「平成26410日に原告が提供した精子と被告母が提供した卵子を使用して作製された受精卵(胚)は培養され,同月15日,凍結保存された。」〕を融解させて被告母に移植する本件移植により,被告を懐胎し,●●●被告を出産した。」〕であり,原告の嫡出否認の請求は理由がない。」と夫の主張を一刀両断にしています。

「生物学上の父子関係」のみがいわれているということは,夫の同意の有無は問題にならないということでしょう。(なお,ここでの「生物学上の父子関係」は,子がそこから育った受精卵に授精した精子の提供者(提供の方法は性交渉に限定されない。)とその子との間の関係のことと解されます。)

大阪家庭裁判所は続けていわく。「これに対し,原告は,被告が,自然生殖ではなく,生殖補助医療である凍結受精卵(胚)・融解移植により出生していることから,本件移植につき,父である原告の同意がない本件では,原告と被告との間の法律上の父子関係は認められないと主張するが,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当であることは前記21)で指摘したとおりであり〔すなわち,「生殖補助医療によって出生した子についても,法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要があることは自然生殖によって生まれた子と同様であり,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当である。」〕,採用の限りではない。」と。

 

(2)「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」意味

 妻が生殖補助医療によって出産した子について,夫との法律的父子関係を「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」という場合,(ア)民法772条の嫡出推定の場面並びに(イ)当該推定の及ぶときに係る同法774条・775条の嫡出否認訴訟の要件事実に関する場面及び(ウ)当該推定が及ばないときに係る実親子(父子)関係不存在確認訴訟の要件事実に関する場面があることになります。

 

ア 嫡出推定

民法772条の嫡出推定の場面については,生殖補助医療によって出生した子についてもその出生日は当然観念できますし(同条2項),その懐胎された時期を基準とすること(同条1項)も容易に承認できます。妻の懐胎は,専ら母体側の事情です。

 

 Ecce virgo concipiet et pariet filium…(Is 7,14)

 

イ 嫡出否認訴訟の要件事実

 

(ア)生物学上の父子関係の不存在

 嫡出推定が及ぶときに係る嫡出否認訴訟の要件事実の場面については,子の嫡出を否認しようとする夫が主張立証すべき事実として「自然血縁的父子関係の不存在」が挙げられています(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)255頁)。父たらんとする意思の不存在はそこでは挙げられていません。専ら「子カ何人ノ胤ナルカ」が問題となるものでしょう(梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編 第二十二版』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年)245頁)。

令和元年大阪家裁判決が,生殖補助医療によって生まれた子についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」とあらかじめ宣言しているにもかかわらず,なお執拗に,生殖補助医療はそもそも不自然だからそれによって生まれた子には「自然血縁的父子関係」はおよそあり得ないのだ,我妻榮も嫡出子は「〔母と〕夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない。」と言っているのだ(我妻214頁)と頑張ってしまえば,「自然血縁的父子関係」の存在は認知の訴え(民法787条)の要件事実でもありますから(岡口259頁),生殖補助医療によって出生した子は,そもそも実父を有すべきものではないことになってしまいます。しかしながら我妻榮も,その嫡出子に係る定義について一貫せず,AIHによる出生子について,前記のとおり普通の嫡出子として取り扱うべきものとしています。過去の裁判例の用語としても,最高裁判所平成1894日判決・民集6072563頁の原審である高松高等裁判所平成16716日判決は「人工(ママ)精の方法による懐胎の場合において,認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情が存しない限り,子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存在することに加えて,事実上の父の当該懐胎についての同意が存するという要件を充足することが必要であり,かつ,それで十分である」と判示しており(下線は筆者によるもの),生殖補助医療によって出生した子にも「自然血縁的父子関係」が存在することが前提となっています。いずれにせよ,令和元年大阪家裁判決における「生物学上の父子関係」という用語には,「自然」か「不自然」か云々に関する面倒な議論を避ける意味もあったものでしょう。

 

(イ)ナポレオンの民法典との比較等

なお,民法774条の前身規定案(「前条ノ場合ニ於テ子ノ嫡出子ナルコトヲ否認スル権利ハ夫ノミニ属ス」)についての富井政章の説明には「仏蘭西其他多クノ国ノ民法ヲ見ルト云フト種々ノ規定カアルヤウテアリマス夫ハ前条〔民法772条に対応する規定〕ノ場合ニ於テ遠方ニ居ツタトカ或ハ同居カ不能テアツタトカ云フコトヲ証明シナケレハナラヌトカ或ハ妻ノ姦通ヲ証明シタ丈ケテハ推定ハ(〔くず〕)レナイトカ或ハ(ママ)体上ノ無勢力夫レ丈ケテハ推定ヲ覆ヘス丈ケノ力ヲ持タナイトカ云フヤウナ趣意ノ規定カアリマスガ之ハ何レモ不必要ナ規定テアツテ全ク事実論トシテ置テ宜カラウト云フ考テ置カヌテアリマシタとあります(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第50巻』143丁裏-144丁表)。

対応するフランス法の条項は,ナポレオンの民法典の第312条から第316条までとされているところ(民法議事速記録第50143丁裏),それらの法文は次のとおりです(ただし,1804年段階のもの。拙訳は,8年前の「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)のものの再録ということになります。)

 

312.

L’enfant conçu pendant le mariage, a pour père le mari.

(婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。)

Néanmoins celui-ci pourra désavouer l’enfant, s’il prouve que, pendant le temps qui a couru depuis le trois-centième jusqu’au cent-quatre-vingtième jour avant la naissance de cet enfant, il était, soit par cause d’éloignement, soit par l’effet de quelque accident, dans l’impossibilité physique de cohabiter avec sa femme.

(しかしながら,夫は,子の出生前300日目から同じく180日目までの期間において,遠隔地にいたことにより,又は何らかの事故により,その妻と同棲することが物理的に不可能であったことを証明した場合には,その子を否認することができる。)

 

313.

Le mari ne pourra, en alléguant son impuissance naturelle, désavouer l’enfant : il ne pourra le désavouer même pour cause d’adultère, à moins que la naissance ne lui ait été cachée, auquel cas il sera admis à proposer tous les faits propres à justifier qu’il n’en est pas le père.

(夫は,自己の性的不能を理由として,子を否認することはできない。夫は,同人に子の出生が隠避された場合を除き,妻の不倫を理由としてもその子を否認することはできない。ただし,上記の〔子の出生が隠避された〕場合においては,夫は,その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張することが許される。)

 

314.

L’enfant né avant le cent-quatre-vingtième jour du mariage, ne pourra être désavoué par le mari, dans les cas suivans : 1.o s’il a eu connaissance de la grossesse avant le mariage ; 2.o s’il a assisté à l’acte de naissance, et si cet acte est signé de lui, ou contient sa déclaration qu’il ne sait signer ; 3.o si l’enfant n’est pas déclaré viable.

(婚姻から180日目より前に生まれた子は,次の各場合には,夫によって否認され得ない。第1,同人が婚姻前に妊娠を知っていた場合,第2,同人が出生証書に関与し,かつ,当該証書が同人によって署名され,又は署名することができない旨の同人の宣言が記されている場合,第3,子が生育力あるものと認められない場合。)

 

315.

La légitimité de l’enfant né trois cents jours après la dissolution du mariage, pourra être contestée.

(婚姻の解消から300日後に生まれた子の嫡出性は,争うことができる。)

 

316.

Dans les divers cas où le mari est autorisé à réclamer, il devra le faire, dans le mois, s’il se trouve sur les lieux de la naissance de l’enfant ;

(夫が異議を主張することが認められる場合には,同人がその子の出生の場所にあるときは,1箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après son retour, si, à la même époque, il est absent ;

(出生時に不在であったときは,帰還後2箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après la découverte de la fraude, si on lui avait caché la naissance de l’enfant.

(同人にその子の出生が隠避されていたときは,欺罔の発見後2箇月以内にしなければならない。)

 

 ナポレオンの民法典においては例外的にのみ認められる「その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張すること」(同法典313条末段)が,日本民法の嫡出否認の訴えにおいては常に認められることになっています。とはいえ,生殖補助医療出現より前の時代のことですから,自分の胤による子ではあるがその懐胎は自分の同意に基づくものではない,なる嫡出否認事由は,日本民法の制定時には想定されてはいないものでしょう。(ちなみに,富井政章はナポレオンの民法典の第312条以下を証拠法的なものと捉えていたようですが(ナポレオンの民法典3121項を承けた旧民法人事編(明治23年法律第98号)911項の「婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子トス」を「之ハドウモ「推定ス」テナクテハナラヌト思ヒマス固ヨリ反証ヲ許ス事柄テアリマス〔略〕此場合ニハ「子トス」ト断定シテアリマス之ハ甚タ穏カテナイト思ヒマスカラ「推定ス」ニ直(ママ)シマシタ」と修正してもいます(民法議事速記録第50109丁裏-110丁表)。),それらの条項は実体法的なものでもあったところです(「民法は,嫡出子の定義を定めていない。」ということ(我妻215頁)になったのは,富井らが旧民法人事編911項の規定を改めてしまったせいでしょう。)。「フランス法においては,親子法は様々な訴権によって構成されているが,そこでの訴権は,他の場合と同様に,手続・実体の融合したもの(分離していないもの)としてとらえられていると見るべきではないか。」と説かれているところです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)132頁)。)

 昔から,人違いで結婚してしまった(imposuit mihi),目許醜い(lippis oculis),嫌いな(despecta, humiliata)嫁が,第三者の生殖補助で妊娠して(Dominus aperuit vulvam ejus)子を産んだのであっても(genuit filium),胤が自分のもの(fortitudo mea)であるのなら,その子はやはり自分の子です。

 

       [Laban] habebat vero filias duas. Nomen majoris Lia. Minor appellabatur Rahel.

Sed Lia lippis erat oculis,

       Rahel decora facie et venusto aspectu,

quam diligens Jacob ait:

Serviam tibi pro Rahel filia tua minore septem annis. (Gn 29,16-18)

 

  …vocatis multis amicorum turbis ad convivium, [Laban] fecit nuptias,

       et vespere filiam suam Liam introduxit ad eum

       …ad quam cum ex more Jacob fuisset ingressus,

       facto mane, vidit Liam et dixit ad socerum:

       Quid est quod facere voluisti?

       Nonne pro Rahel servivi tibi? Quare imposuisti mihi? (Gn 29,22-25)

 

       Videns autem Dominus quod [Jacob] despiceret Liam aperuit vulvam ejus…

       quae conceptum genuit filium vocavitque nomen ejus Ruben, dicens:

       Vidit Dominus humilitatem meam. Nunc amabit me vir meus. (Gn 29,31-32)

 

       Ruben, primogenitus meus,

       tu fortitudo mea… (Gn 49,3)

 

(ウ)子をもうけることに係る夫の「自己決定権」

令和元年大阪家裁判決事件において原告である夫は,判決文によれば,「原告の同意がない以上」「本件移植は,原告の自己決定権という重要な基本的人権を侵害するものであり,正当な医療とはいえず,許されないから,原告と被告との間の法律上の親子(父子)関係は認められるべきではない。」と主張していたところです。ここでの「原告の同意」は,「凍結受精卵(胚)を融解し,母胎に移植する時期に必要とすべきである」とされており,胚の母胎への移植時に存在する必要があったものとされています。また,「原告の自己決定権」といわれるだけでは何に関する自己決定権であるのか分かりませんが,これは,文脈上「子をもうけること」に係る自己決定の権利のことであるものと解されます。

しかし,ここで原告の「自己決定権」を侵害し得た者はその妻又は当該生殖補助医療を行った医師であって,生まれた子には関係がありませんから,当該「侵害」が当該子との父子関係の有無に影響を与えるのだとの主張には,当該子の立場からすると少々納得し難いところがあるようでもあります。

令和元年大阪家裁判決の本論においては,原告の主張に係るその「自己決定権」に言及して応答するところがありません。難しい議論をして状況を流動化させるよりも,ルールに関する明確性・安定性を求め(「法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要」ということは,ルール及びその適用の明確性・安定性が必要であるということでしょう。),生殖補助医療により出生した子の法律上の父子関係についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当」であるものと判断されたものでしょう。

 

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