1 民法884条
民法884条に相続回復請求権という七文字熟語があって,なかなか難しい。「そもそも884条が何を定めているのかという点からして見解は一致せず,この規定がどのような紛争類型に適用されるのか等をめぐって学説・判例が分かれ,百花繚乱という状態となった」とされています(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)433頁)。条文は,次のとおりです。
(相続回復請求権)
第884条 相続回復の請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも,同様とする。
「本条は,相続回復請求権の短期消滅時効を規定するだけのように見えるが,実は,相続回復請求権という特殊の請求権を認める,という意味をももつている。かような請求権を認めることは,ローマ法に淵源し,ドイツ民法(同法2018条以下),スイス民法(同法598条以下)に承継されているが,フランスでも,判例の努力によつて,ほぼ同一の制度が認められている。かような制度を認める理由は,相続権のない者が相続人らしい地位にあつて相続財産の管理・処分をする場合に,真正の相続人に対して,相続財産を一括して回復することができるような便宜を与えようとすることである。」と,1952年段階では確信あり気に述べられています(我妻榮=立石芳枝『親族法・相続法』(日本評論新社・1952年)361頁(相続法は我妻執筆)。下線は筆者によるもの)。しかし,1947年の昭和22年法律第222号による民法親族編・相続編の「改正の際,戸主制度を廃止したにもかかわらず,遺産相続に関して以上の規定〔現行884条の前身である昭和22年法律第222号改正前民法966条及び993条〕がそのまま維持されてしまった。しかも,はっきりとした確信のもとに維持されたというより,改正を急いだために十分な検討を経ずに旧規定が承継されたという面が強い。」というのが実相だったのではないかとも説かれています(内田433頁)。
2 民法旧966条及び旧993条並びに起草者によるそれらの解説
昭和22年法律第222号改正前民法966条及び993条の条文は,次のとおりです。
第966条 家督相続回復ノ請求権ハ家督相続人又ハ其法定代理人カ相続権侵害ノ事実ヲ知リタル時ヨリ5年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス相続開始ノ時ヨリ20年ヲ経過シタルトキ亦同シ
第993条 第965条乃至第968条ノ規定ハ遺産相続ニ之ヲ準用ス
我が民法の起草者の一人たる梅謙次郎は,民法旧966条について次のように解説します。
本条ハ家督相続権ノ消滅時効ヲ定メタルモノナリ蓋シ家督相続ナルモノハ頗ル複雑ナルモノニシテ一旦事実上ノ相続ヲ為シタル者アルノ後数年乃至数十年ヲ経テ其者ノ相続権ヲ奪ヒ之ヲ他ノ者ニ与フルトキハ之カ為メニ生スル当事者間及ヒ第三者ニ対スル権利義務ノ関係非常ノ攪乱ヲ受ケ為メニ経済上,社会上容易ナラサル結果ヲ惹起スルコト多カルヘシ故ニ之ニ関シテ時効ノ規定ヲ設クヘキハ勿論其時効ハ寧ロ普通ノ時効ヨリモ其期間ヲ短ウスルノ理由アリ殊ニ相続権ハ概シテ貴重ナルモノナルカ故ニ正当ノ相続人カ其権利ヲ侵サレタル場合ニ於テ其事情ヲ知リテ長ク之ヲ不問ニ措クカ如キハ人情殆ト有リ得ヘカラサル所ナリ〔略〕外国ニ於テハ相続権ハ普通時効即チ最長期時効ニ因リテノミ消滅スヘキモノトセル例鮮カラス旧民法モ亦之ヲ襲ヘリ〔略〕(証155)〔後略〕(梅謙次郎『第18版民法要義巻之五 相続編』(私立法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1910年)10-11頁)
旧993条については,次のとおり。
本条ニ於テハ家督相続ニ関スル第965条乃至第968条ノ規定ヲ遺産相続ニ準用セリ蓋シ〔略〕相続権ノ時効(966)〔略〕ニ付テハ家督相続ト遺産相続トノ間ニ区別ヲ設クル理由ナキカ故ニ此等ノ事項ニ付テハ家督相続ニ関スル規定ヲ遺産相続ニ準用スルヲ以テ妥当トシタルナリ(梅93頁)
民法旧966条には「家督相続回復ノ請求権」と大きく打ち出されてはいるものの,梅謙次郎の解説を読む限りでは同条は飽くまでも相続権の短期時効による消滅(この点外国法制と異なる。)について定めたいわば消極的規定であるようで,新たに「家督相続回復ノ請求権」なる特殊な請求権を積極的に創出するという趣は窺われません。
3 旧民法証拠編155条並びにボワソナアド草案1492条及びボワソナアド解説
民法旧966条の前身規定は旧民法証拠編155条とされていますので(梅10頁),更に旧民法の当該規定を見てみましょう。同編第2部「時効」の第8章「特別ノ時効」の章にあります。
第155条 相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権ハ相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテハ相続ノ時ヨリ30个年ヲ経過スルニ非サレハ時効ニ罹ラス
民法旧規定の「相続回復ノ請求権」とは,旧民法の「相続人ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権」に対応するということでしょうか。
旧民法証拠編155条は,次のボワソナアド草案に基づくものです。
Art. 1492. L’action en pétition d’hérédité, pour faire valoir la qualité
d’héritier légitime ou de légataire ou donataire à titre universel ne se
prescript que par trente ans, à partir de l’ouverture de la succession, contre
ceux qui possèdent, à l'un des mêmes titres, tout ou partie des biens du défunt.
[133, 137]
(Boissonade, M. Gve, Projet de
Code Civil pour l’Empore du Japon accompagné d’un Commentaire, Tome Cinquième: Des Preuves et de la Prescription (Tokio,
1889) p. 388)
旧民法証拠編155条は,ボワソナアド草案1492条そのままですね。ただし,ボワソナアド草案1492条の“L’action en pétition d’hérédité”の部分が「遺産請求ノ訴権」と訳されており,その相手方である「占有スル者」が占有する物である“tout
ou partie des biens du défunt”(死者(被相続人)の財産の全部又は一部)の部分は省略されているものです。後者については,恐らく,「遺産請求ノ訴権で問題になっているのは遺産なんだから,その相手方たる「占有スル者」が占有している物が被相続人の財産の全部又は一部であることは自明だろう」ということだったのでしょう。
[133, 137]は,ナポレオンの民法典における対応条項でしょう。
第133条 失踪者の子及び直系卑属も同様に,〔関係権利者への〕確定的占有付与から30年間は,前条に定めるところに従い当該失踪者の財産の返還を請求することができる。
第132条 失踪者が帰還し,又はその生存が証明されたときは,確定的占有付与の後であっても,当該失踪者は,現状におけるその財産及び処分された財産の対価又は売却されたその財産の対価の使用によって得られた財産を回復する。
(旧民法人事編第284条 失踪者ノ相続順位ニ在ル者ハ他ノ者カ財産占有ヲ得タル日ヨリ30个年間其財産ノ返還ヲ請求スルコトヲ得
此場合ニ於テモ果実ハ前条ノ規定ニ従ヒテ之ヲ取戻スコトヲ得)
第137条 前2条の規定は,失踪者又はその承継相続人若しくは承継人に帰属し,かつ,所定の時効期間の経過によらなければ消滅しないもの(lesquels)である遺産請求の訴権(actions en pétition d’hérédité)及び他の権利(autres droits)を害しない。
第135条 その生存が確認されていない個人に帰属した権利を主張する者は,当該権利が生じた時に当該個人が生存していたことを証明しなければならない。当該証明がされない限り,同人の請求は受理されない。
第136条 生存が確認されていない個人を相続権利者とする相続が開始された場合においては,相続財産は,専ら同人と同等の権利を有する者又は同人の代襲者に対してのみ帰属する。
(旧民法人事編第287条 前2条ノ規定ハ失踪者又ハ其相続人及ヒ承継人ニ属スル相続ノ請求其他ノ権利ヲ行フヲ妨クルコト無シ此等ノ権利ハ普通ノ時効ニ因ルニ非サレハ消滅セス)
その草案1492条に係るボワソナアドの解説は,次のとおりです。
法は,かつて(autrefois),特にローマ法において,非常によく使われた表現(une expression très-usitée)であって,フランスの法典(第137条)ではただ1回のみ使用されているもの――“la pétition d’hérédité”――をあらかじめ定立する(La loi consacre…)。これは,物的訴権の一つ(une action réelle)であって,我々の条項にいうとおり「被相続人の財産の全部又は一部を相続人又は包括承継人の権原をもって占有する者に対して,相続人又は包括承継人の分限(qualité)をして効用を致さしむるため(à faire valoir)」のものである。〔追記:1891年の新版第4版1005頁では,「我々の条項にいうとおり「相続人又は包括承継人の分限(qualité)をして効用を致さしむるため(à faire valoir)」のものである。当該訴権は「被相続人の財産の全部又は一部を相続人又は包括承継人の権原をもって占有する者に対して」行使される。」と微妙に修正されています。〕相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限の承認(reconnaissance)は,結果として(pour conséquence),相続において当該分限に伴うところの財産(les biens de la succession attachés à cette qualité)の原告に対する回復(restitution au demandeur)をもたらすものである。
相続財産中のある財産の占有者が,当該財産を買主若しくは特定の受贈者として,又は他の同様の特定の権原をもって占有している場合においては,la pétition
d’héréditéによって訴えが提起されるべきものではなく,通常の返還請求の訴え(la revendication ordinaire)によるべきものであって,かつ,そうであるので時効期間は,不動産については15年又は30年,動産については即時となる。
これに対して,占有が包括の権原によるものである場合においては,動産不動産の区分,正権原及び善意の有無を問わず,時効期間は一様に(uniformément)30年である。
この長い時効期間は,伝統的なものであり,並びに家産(patrimoine)の全体又は割り前が問題になっているという状況によって,及び相続の開始又は相続人若しくは受遺者としてのその権利に係る無知という相続権利者が陥り得る宥恕すべき情況によって説明されるものである。
この訴権については(sur cette action),失踪に関して第1編において,相続並びに包括の贈与及び遺贈に関して第3編第2部においても触れられる(On reviendra…)。
(Boissonade pp.393-394)
上記解説の最終段落について更に解説を加えれば,ボワソナアド当初案による旧民法の編別は次のとおりであったところです(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年(第3刷))135頁)。
第1編 人事編
第2編 財産編
第3編 財産取得編
第1部 特定名義の取得法
第2部 包括名義の取得法
第4部 債権担保編
第5編 証拠編
「ここで注意しなければならないのは,このうち第1編人事編(すなわち家族法)と,第3編第2部包括名義の取得法(すなわち相続,贈与と遺贈,夫婦財産契約)は,初めから日本人委員が起草するてはずになっていたことである。つまりはっきりいえば,ボワソナアドは,家族法相続法の起草は依頼されなかったのである。」ということでした(大久保135-136頁)。であるので,la pétition
d’héréditéの実体についての詳しい規定の起草を,ボワソナアドとしては日本人委員(熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎及び井上正一(大久保157頁))に期待していたのでしょう。しかしながら,そのような起草はされず,旧民法におけるla pétition
d’héréditéに関する規定は証拠編155条のみと観念される結果となったようです(梅10頁は民法旧966条に係る参考条項として旧民法証拠編155条のみを掲げています。)。旧民法人事編287条はナポレオンの民法典137条のほぼそのままの翻訳なのですが,そこではナポレオンの民法典137条における“actions en pétition d’hérédité”が「相続ノ請求」とされていて,証拠編155条における“action en pétition
d’hérédité”に係る「遺産請求ノ訴権」の語と整合していません。結局,日本人委員はla pétition
d’héréditéについて特に考えることはなかったのでしょう。
結果として,旧民法におけるaction en pétition d’héréditéの内実は,ボワソナアドが前記解説で説いたところに尽きるものであったことになるようです。すなわち,飽くまでも時効に係るものにすぎず(なお,旧民法証拠編155条の文言は,action en pétition d’héréditéのうち「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテ」行使されるものに限って時効期間の特別規定を設けた形になっています。),「真正の相続人に対して,相続財産を一括して回復することができるような便宜を与えようとすること」(前掲我妻等361頁)や,「相続回復請求権」を「「自分が相続人であるから遺産を全部返還せよ」と一括して請求」できる「個々の財産の返還請求権とは別の独立の請求権と構成」すること(内田434頁の紹介する「独立権利説」)までは,少なくともその旨明示的かつ積極的に表明されてはいなかったということになります。「相続回復請求権は,ローマ法以来の制度で,ドイツにもフランスにも存在する。日本にも,ボワソナード草案を通じて継受され」たとされてはいますが(内田432頁),ボワソナアドとしては,自分は「遺産請求ノ訴権」(l’action en pétition d’hérédité)との「表現」(expression)の定立(consacrer)を法典においてすることにはしたが,その定義は時効に係るものとしての自分の草案1492条に書いてある限りのものであって,相続に係るローマ法以来の西洋の制度をそれとしてそのまま日本の民法に積極的に持ち込むまでのことはしていない,飽くまでも当該「表現」を使った(あるいは「有り難く頂戴」(consacrer)した)にすぎない,そもそも相続法本体の起草は日本人の領分である,といささかの修正的弁明を試みたくなるかもしれません。
ちなみに,ボワソナアドのProjetは,現在国立国会図書館デジタルコレクションで自由にアクセスできるようになっています。当該書籍の印刷発行についてボワソナアドは後世読者のために紙や活字にまで気を配り精魂を傾けていますから,今日民法について何か語ろうとする者は,当該Projetを避けて通るわけにはいきません。
〔略〕磯部〔四郎〕の談話によると,明治16,7年〔1883-1884年〕頃のこと,ボワソナアドが草案を「出版スルノニ,是レデハ紙質ガ悪イダノ,是レデハ活字ガ鮮明デナイダノト,兎角下ラナイ処ニ気ヲ配ツテ」,「肝腎ナ事務ガ運バナイ」ようになった。そこで今後は,いっさいボワソナアドに口をきかせないようにしようとして,大木〔喬任〕司法卿に会い,「ボアソナード氏ハ,卿ニ向テ何ト申スカハ存ジマセヌガ,民法編纂ノ実際ハ斯クノ如キ状態デアルカラ」,以後は,かれこれいわせないようにしたい,と申し出たところ,大木卿にたいそう叱られた。同卿は,「お前,ボワソナアドに1年どれほど金を払うか知っているだろう。1万5千円支払っているではないか。ずいぶん高い出費だが,国家の急務であるから,このような高い金を払って仕事をさせているのである。それを,わずかに活字のことや紙質のことぐらいで,けんかをして感情を害し,その結果草案の起草がはかどらぬ時には,それこそ政府の損だから,そんな片々たることはやめて,ボワソナアドをだまして,仕事をさせるようにいたさねばならぬ」といったという。(大久保138-139頁)
後に芸妓をあげての花札ばくち🎴大好き大審院検事となる磯部四郎(大久保177-178頁参照。令和の聖代における事例のように,むくつけき新聞記者相手にこそこそと賭け麻雀🀄をしていたというような謙虚なものではないようです。)は,さすが人間が小さい。実は自分らの手間暇等の問題にすぎない事務方的正義論による悪口を偉い人に言いつけて,本当の仕事を一生懸命している真に有能な人の心を折ろうとする。
しかし,ここでボワソナアドを救ったのは,その高給であったということは興味深いところです。変に良心的に薄給に甘んじていると,甘く見られて,真の仕事をなす前に横着かつ感情的な事務方的正義に圧倒され揉みくちゃにされあるいは排除されてしまうことがあるということでしょう。高い報酬を請求するということにも,正義があるものです。
閑話休題。
ボワソナアド草案1492条(旧民法証拠編155条)及びそのボワソナアド解説から分かる範囲での遺産請求ノ訴権の性質を考えるに,まずこれは,物的訴権(action réelle)であるとされています。物的訴権とは,日本の法律家としては見慣れない概念なのですが,これはローマ法にいう対物訴権なのでしょう。対物訴権は,債権の訴権ではない訴権です。
〔略〕対物訴権(actio in rem),対人訴権(actio in personam) ローマ人の考では前者は物自体に対する訴権,後者は人に対する訴権である。前者は物権,家族法上の権利,相続法上の権利に関する訴権及び確認〔略〕の訴権,後者は債権の訴権である。債権は相手方の行為を要求する権利であるから,法律関係成立の時から被告となり得べき者が定まり,従つて当然請求の表示〔略〕の部分に被告の名が見えて来るが,物権に於ては個別的な相手方はなく,その訴の相手方は法律関係自体からは定まらずして,権利侵害という後発事情の附加によつて定まらざるを得ない。この法律関係の非個別性に基づいて,請求の表示の部分には被告の名は示されない。〔略〕(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣全書・1955年)398-399頁)
〔略〕物権とその基本観念 ローマ法には物権の語はない。ただ訴訟上対物訴権と対人訴権の区別があり〔略〕,現代人はローマ法上物に対する支配権にして対物訴権を附与せられた権利をば物権と称して,訴訟法上の区別を実体法上の観念に建て直しているのである。その対物訴権とはローマ人自身の考では,物自体に対して訴訟を提起しているのであつて,結局物的追求,第三者対抗可能がその基本観念である。(原田94頁)
〔略〕対物訴訟〔略〕に於ては被告に応訴の義務がない。被告が認諾もせず,争点の決定もしないときは,法務官の命令によつて,訴訟物の占有は原告にうつるだけである。訴訟は確定しない。被告が後日争うときは,原告となるためにその地位が不利となるだけである。(原田386頁)
相続財産返還請求訴訟は,基本的に「対物訴訟(actio in rem)」で,「所有物返還請求訴訟(rei
vindicatio)」に類似したものであるといわれる〔略〕。そして,その場合の「正しい被告」(被告となるべき者)は,相続財産占有者のみである。(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法――ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)297頁)
ところで,旧民法証拠編155条の遺産請求ノ訴権は,相続財産を直ちに取り戻す訴権と等号で結ばれるものではなかったように思われます。ボワソナアドは,遺産請求ノ訴権に関して「相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限(qualité)の承認(reconnaissance)は,結果として(pour conséquence),相続において当該分限に伴うところの財産(les biens de la succession attachés à cette qualité)の原告に対する回復(restitution au demandeur)をもたらす(a (=avoir))」と述べていますが,「結果として(pour conséquence)」という間接効果的文言がありますので,遺産請求ノ訴権の効果についてボワソナアドは腰が引けているな,というのが一読しての筆者の感想です。確かに,「相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ」訴権というのはもって回った表現であって,物の引渡し(Herausgabe)を求めるためのものに限定されねばならないということにはならないようです。
あるいは,原告に係る「相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限(qualité)の承認(reconnaissance)」の可否が争われる訴訟の訴権であることこそが,実はボワソナアドの考えた遺産請求ノ訴権のメルクマールであったものと解すべきでしょうか。この点,最高裁判所大法廷昭和53年12月20日判決(民集32巻9号1674頁)は,民法884条の相続回復請求権について「思うに,民法884条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである。」と判示しています(下線は筆者によるもの)。原告たる「真正相続人の相続権」の有無が争われるわけであって,ここでの「相続権」を「相続人ノ分限」で置き換えることができるのであれば(当該「相続権」は「相続開始後の相続人の地位」とも一応いい得るようですが(我妻榮=有泉亨著,遠藤浩=川井健=水本浩補訂『民法3 親族法・相続法(新版)』(一粒社・1992年)305頁),しかし,上掲最判昭和53年12月20日の大塚喜一郎=吉田豊=団藤重光=栗本一夫=本山亨=戸田弘意見は「相続人の地位と相続権とは別個の観念」であるとします。とはいえ,当該判例の事案においては,被告たる他の共同相続人によって,原告たる共同相続人の相続権は全否定されていた(したがって相続人扱いされていなかった)のではないでしょうか(内田436-437頁によれば,原告の母は姑(その夫(原告の祖父)が被相続人)と折り合いが悪く,実家に帰って原告を出産してそのままとなり,その後原告と他の共同相続人との間には親戚付き合いもなかったそうです。)。),相続回復請求の制度は,ボワソナアドの言及した原告たる相続人の分限(qualité)の承認(reconnaissance)の可否の争いに係るものと考えた場合における遺産請求ノ訴権の制度とパラレルなものと捉えることができそうです。相続回復請求訴訟においては,原被告は「互いに被相続人の権利を前提としながら,その承継を争う」ものとされています(我妻=有泉312頁)。
ただし,ボワソナアド草案1492条及び旧民法証拠編155条は,「通常の返還請求の訴え」による場合においては「不動産については15年又は30年,動産については即時」の期間による時効取得によって真正相続人が害されるところ,相手方の「占有が包括の権原によるものである場合」に係る特則を設けて,その場合おいては「動産不動産の区分,正権原及び善意の有無を問わず,時効期間は一様に30年である」ものとして,より長い時効期間によって真正相続人を特に保護しようとするものでした。ところが,これとは反対に,民法旧966条及び旧993条以降の相続回復の請求権に係る消滅時効制度は,「表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。」とされ(前記最判昭和53年12月20日。下線は筆者によるもの),むしろより短い時効期間によって表見相続人等を特に保護しようとするものとされています。「日本の相続回復請求権制度は,単に時効期間が短くなったというにとどまらない質的変化を遂げ,ローマ法以来の相続回復請求権とは異なる制度になったとすらいえる」(内田433頁)とは正にむべなるかなであって,ここでの「質的変化」とは,あえていえば正反対のものとなったということでしょう。日本人は「家」を大事にするといわれているようでもありますが,実は相続の真正には余り重きを置かず,その場その時の家関係者「みんな」の便宜こそが最優先されるということでしょうか。天一坊が徳川第9代将軍として政権を把握し,かつ,その政権が一応安定して「みんな」の居場所と出番とが確保されたのならば,将軍位継承権を否定されたとて家重やら宗武やら宗尹やらが今更がたがた言うな,引っ込んでおれ,ということなのでしょう。また,相続の真正について一番文句を言いそうな家の関係者「みんな」が忖度し,認許する以上は,法律関係が「早期かつ終局的に確定」されるという利益が「第三者」に対しても及んで当然ということになるのでしょう。
4 ドイツ民法のErbschaftsanspruch及びその影響
ドイツ民法2018条以下の規定が,日本民法の解釈に影響を与えてしまったようです。しかしながら,前記のとおり,ローマ法以来の流れを汲むドイツ民法は真正相続人を保護しようとしているのに対して,日本民法の相続回復請求権の消滅時効制度は表見相続人及び第三者を保護しようとするものとなってしまっているのですから,もっともらしくドイツ法を参照すればするほど混乱が深まったのかもしれません。
なお,ドイツ民法においては「〔相続回復〕請求権を個別的請求権とは独自の請求権とし,その中に相続財産の包括性を考慮した効果,相続財産の所在等に関する遺産占有者の通知義務など,主として相続人に有利な内容を付与している。そして,起草者によれば,こうした規定の背景には次のような考慮があった。すなわち,相続回復請求権の対象としての相続財産はいわゆる特別財産ではないが,その包括性を考慮した取扱がなされるのが妥当であること,そして,その際,法規や法律関係の簡明化という立法技術的要請から法文上個別的請求権とは独立の相続回復請求権を創立する,というものである。」ということだそうです(副田隆重「相続回復請求権」星野英一編集代表『民法講座第7巻 親族・相続』(有斐閣・1984年)444頁・註(20))。
第3節 相続回復請求権(Erbschaftsanspruch)
第2018条 相続人(Erbe)は,現実には(in Wirklichkeit)その者に帰属しない相続権に基づいて(auf
Grund eines...Erbrechts)相続財産(Erbschaft)から物(etwas)を入手した(erlangt hat)者(相続財産占有者(Erbschaftsbesitzer))に対し,当該入手物の引渡し(Herausgabe
des Erlangten)を請求することができる。
第2019条 相続財産に属する手段をもってする(mit
Mitteln)法律行為によって相続財産占有者が取得した物(was)も,相続財産から入手したものとみなされる。
債務者(Schuldner)は,当該帰属についての認識を得たときは,前項のような方法で取得された債権(Forderung)が相続財産に帰属するということ(Zugehörigkeit...zur Erbschaft)をまず自らについて実現させなければならない(hat…erst
dann gegen sich gelten zu lassen)。この場合において,第406条から第408条までの規定が準用される。
第2020条 相続財産占有者は,得られた収益(die
gezogenen Nutzungen)を相続人に引き渡さなければならない。引渡しの義務は,相続財産占有者が所有権(Eigentum)を取得した果実(Früchte)にも及ぶ。
第2021条 相続財産占有者が引渡しについて無能力(außer Stande)であるときは,その義務は,不当利得の引渡し(Herausgabe
einer ungerechtfertigen Bereicherung)に係る規定により定められる。
第2022条 相続財産占有者は,当該費用(Verwendungen)が前条により引き渡す利得の計算において算入されていない(nicht…gedeckt werden)ときは,全ての費用の償還(Ersatz)と引換えにのみ相続財産に属する物の引渡しの義務を負う。この場合において,所有権に基づく請求権(Eigenthumsanspruch)について適用される第1000条から第1003条までの規定が準用される。
相続財産の負担に係る支出(Bestreitung
von Lasten der Erbschaft)又は遺産債務(Nachlaßverbindlichkeiten)の弁済(Berichtigung)のために相続財産占有者がした出費(Aufwendungen)も,費用に含まれる。
個別の物についてされたものではない出費,特に前項に掲げられた出費に対して相続人が一般の条項によってより広い範囲で償還をしなければならない範囲において,相続財産占有者の請求権は変更されない(bleibt…unberührt)。
第2023条 相続財産占有者が相続財産に属する物を引き渡さなければならないときは,不良品化(Verschlechterung),沈没(Untergang)又は他の原因により生じる引渡しの不能に起因する損害賠償に係る相続人の請求権は,訴訟の係属の時から,所有者と占有者との間の関係について所有権に基づく請求権に係る訴訟の係属の時から適用される規定に従う。
収益の引渡し又は償還(Vergütung)に係る相続人の請求権及び費用の償還に係る相続財産占有者の請求権についても,前項と同様である。
第2024条 相続財産占有者は,相続財産占有の開始時において善意(in gutem Glauben)でなかった場合においては,その時において相続人の請求が訴訟係属していた(rechtshängig)ときと同様の責任を負う(haftet)。相続財産占有者が後に自分が相続人でないことを知った場合においては,当該事実を認識した時から同様の責任を負う。遅滞に基づく(wegen Verzugs)継続的責任(weitergehende Haftung)は,変更されない。
第2025条 相続財産占有者は,相続目的物(Erbschaftsgegenstand)を犯罪行為(Straftat)により,又は相続財産に属する物を禁じられた自力救済(verbotene Eigenmacht)により取得した場合においては,不法行為に基づく(wegen unerlaubter Handlungen)損害賠償に係る規定により責任を負う。ただし,当該規定により善意の相続財産占有者が禁じられた自力救済に基づく責任を負うのは,相続人が当該物件の占有を既に現実に(thatsächlich)獲得していたときに限る。
第2026条 相続財産占有者は,相続回復請求権が時効にかかっていない限りは,相続人に対して,相続財産に属するものとして占有していた物の時効取得(Ersitzung)を主張できない。
第2027条 相続財産占有者は,相続財産の状況(Bestand)及び相続目的物の所在(Verbleib)を相続人に通知する義務を負う。
相続人が当該物件の占有を現実に獲得する前に遺産(Nachlaß)から物を取得して占有した者は,相続財産占有者ではなくとも,前項と同じ義務を負う。
第2028条 相続開始時に(zur Zeit
des Erbfalls)被相続人(Erblasser)と家庭共同体を共にしていた者は(Wer sich...in häuslicher
Gemeinschaft befunden hat),その行った相続に関する行為(erbschaftliche Geschäfte)及び相続目的物の所在について知っていることを相続人に対し,求めに応じて通知する義務を負う。
必要な注意をもって(mit der
erforderlichen Sorgfalt)前項の通知がされなかったとの推定(Annahme)に理由があるときは,同項の義務者は,相続人の求めに応じ,調書において(zu Protokoll),同人はその申述(seine Angaben)をその最善の知識に基づき(nach bestem Wissen),かつ,可能な限り(als er dazu imstande
sei)完全に(vollständig)行った旨の宣誓に代わる(an Eides statt)保証をしなければならない(hat...zu
versichern)。
第259条第3項及び第261条の規定が準用される。
第2029条 個別の相続目的物について見た場合において(in Ansehung der einselnen Erbschaftsgegenstände)相続人に帰属する請求権に係る相続財産占有者の責任も,相続回復請求権に係る規定によって定められる。
第2030条 相続財産占有者から相続分(Erbschaft)を契約(Vertrag)によって取得した者は,相続人との関係においては,相続財産占有者と同様の立場にある。
第2031条 死亡したものと宣告された者又は失踪法の規定(Vorschriften des Verschollenheitsgesetzes)によりその死亡時期(Todeszeit)が定められた者であって,その死亡の時とされた時の経過後も生存したものは,相続回復請求権に適用される規定によりその財産の引渡し(Herausgabe ihres Vermögens)を請求することができる。同人がなお生存するときは,同人がその死亡宣告(Todeserklärung)又は死亡時期の定め(Feststellung der Todeszeit)を認識した時から1年を経過するまではその請求権は時効にかからない。
死亡宣告又は死亡時期の定めなしに不当に(mit
Unrecht)ある者が死亡したものとされたときも,同様である。
以上ドイツ民法の関連条項を訳してみて思う。ドイツ人は,細かい。
さて,ドイツ民法の相続回復請求権は「包括的な返還請求権」であるということですが(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)36頁),これは,「個々の財産に対する既存の個別の請求権」(「集合権利説」に関する内田435頁参照)について同法の相続回復請求権の規律を及ぼすための規定と解されるべきものであろうところの同法2029条の反対解釈に基づき,そのようなものとして理解すべきものでしょうか。なお,ローマ法においても,「相続人は相続財産を一括しての保護手段と,相続財産を構成する個々の財産の保護手段の2を享有」していたそうです(原田360頁)。
「今日わが民法で相続回復請求権といっているのは,真正相続人が,〔略〕自己の相続権を主張して,遺産の占有を回復せんとする請求」といわれますが(中川36頁),ここで「占有を回復」することが目的とされるのは,ドイツ民法の相続回復請求権が,引渡し(Herausgabe)を請求するものだからでしょうか。
日本民法の相続回復請求権について「相続開始の時以後に,遺産が滅失して損害賠償に代わったり,僭称相続人の処分によって代金債権に代わったりした場合,この請求権はこれらの代わりのものの上に行使することができる」と(我妻=有泉307頁),また「相続財産の果実は相続財産に属するから,表見相続人は善意であっても,取得することはできない。」と(泉久雄『民法(9)相続(第3版)』(有斐閣双書・1987年)136頁)説明されていますが,当該説明とドイツ民法2019条及び2020条とは関係がありそうです。
「ドイツ民法は,相続回復請求権――Erbschaftsanspruch――の相手方を表見相続人に限ったから(独民2018条),表見相続人から相続財産を譲受けた第三者に対し,その財産の返還を求めるのは,相続回復請求ではないとしている。わが大審院もこれと同じ見解を固執して来た」(中川39頁)といわれています。すなわち,当該学説においては,「表見相続人」とは「現実にはその者に帰属しない相続権に基づいて相続財産から物(etwas)を入手した(erlangt hat)者」(ドイツ民法2018条)ということになるようです。また,ドイツ民法2030条のErbschaftは,相続財産中の個々の財産ではなく包括的な相続分であるということになります。
ところで,「現実にはその者に帰属しない相続権(ein ihm in Wirklichkeit nicht zustehenden
Erbrecht)」に基づき占有するのが表見相続人だということになると,現実にその者に帰属している共同相続権に基づき占有する共同相続人は(全く相続権を有さない者である)表見相続人にはならないということになってしまいます。しかし,我が判例は,民法884条は共同相続人間についても適用されるものとしています(前掲最高裁判所昭和53年12月20日判決)。当該判例においては「共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき,民法884条の規定の適用をとくに否定すべき理由はない」と判示していますので(下線は筆者によるもの),「表見相続人」の概念について拡張解釈がされたものでしょう。また,「相続持分」の「占有」ということがいわれていますが,相続持分は有体物たる物(民法85条)ではないですから,当該「占有」は,「物を所持」することに係る占有(同法180条)ではなく,厳密にいえば,財産権の行使に係る準占有(同法205条)ということになるのでしょうか。
なお,相続回復の請求権の消滅時効に係る規定の効果が及ぶ相手方の範囲について,民法旧966条及び現行884条には,旧民法証拠編155条(「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテハ」)のような明文での限定規定はありません。そういうこともあるがゆえでしょうか,つとに,表見相続人から相続財産を譲り受けた第三者に対して真正相続人がする相続財産の返還請求について「思うに,かような返還請求は,仮に判例のいうように相続の回復請求ではないとしても,表見相続人に相続権がないこと(正確にいえば,当該財産について処分権のないこと)を前提とするものであつて,相続回復請求権が時効によつて消滅し,真正の相続人において,表見相続人にその処分権のないことを主張することができなくなつた以上,〔相続権侵害者から相続財産を譲り受けた〕第三者はその時効の利益を援用できるというべきであろう。いいかえれば,この問題は,右のような第三者に対する返還請求を相続の回復請求とみるべきかどうかには必ずしも関係なく,時効の利益を援用しうる者の範囲だけの問題としても,解決しうるように思う。そして,第三者に援用権を与えないと,本条に短期消滅時効を規定した実益の大半は失われるであろう。」と説かれていたところです(我妻等369-370頁)。「相続の回復請求」なる積極的なものがされるべき相手方の範囲の限定に係る問題と民法884条の消滅時効という消極的なものの援用権者の範囲に係る問題とは別の問題であることを明らかにしたところが,快刀乱麻を断った部分です。その後,「仮に〔表見相続人からの〕第三取得者に対する真正相続人からの物権的請求権に884条が直接適用されないとしても,表見共同相続人のもとで完成した消滅時効を第三取得者が援用できれば同じことである。そして,前掲最(大)判昭和53年12月20日〔略〕は,第三取得者もそのような時効の利益を享受できることを前提としている(第三者の利益を共同相続人への適用肯定の根拠としてあげるのだから)。」と説かれるに至っています(内田442頁)。
なお,「相続財産が僭称相続人から第三者に譲渡された場合に,その処分は無効」(我妻=有泉312頁)であるのが原則です。
第三取得者ではなく,すなわち表見相続人を介しないで,「自分の相続権を主張しないで,単に相続人の相続権を否認し,または相続以外の特定の権原を主張して相続財産を占有する者」は相続「回復請求権の消滅時効を援用」できないと解すべきものとされています(我妻=有泉309-310頁)。旧民法証拠編155条の「相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権」については,間口が広くとも,消滅時効について「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対」するものかどうかで絞りをかけることができたところです。民法884条の「相続回復の請求権」に関してはそのような限定規定がないので,当該請求権自体について,相手方を「相続を理由に占有を開始または継続している者に限るべき」ものとする(我妻=有泉310頁)書かれざる定義規定を(恐らく旧民法証拠編155条からではなくドイツ民法2018条から)解釈で読み込むものでしょう。
さらには,相続を理由とするとしても,単に相続人と自称するだけでは駄目であるようです。前記最高裁判所昭和53年12月20日判決は,「自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し,又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し,相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は,本来,相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらない」ものと判示しています(なお,共同相続の場合には,「たとえば,戸籍上はその者が唯一の相続人であり,かつ,他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないとき」が上記「合理的事由」であるそうですから,むしろ原告(相続回復請求をする者)が共同相続人ではないと信ずることに係る合理的事由が問題となっているともいえそうです。)。確かに,天一坊程度のちゃちな僭称者(「自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するために口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきもの」であって「いわば相続回復請求制度の埒外にある者」)にいちいち表見相続人としての保護を与えてはいられないでしょう(なお,判例が上記部分で「相続回復請求制度」という場合,相続回復の請求権の消滅時効制度という意味でしょう。)。また,無権利者によって対外的・社会的には客観的な外観が存在するように作為されていても(老中・奉行も信じてしまうように暴れん坊将軍のお墨付きが精巧に偽造されていても),結局静的安定が優先されるべきものとされています(最判昭和53年12月20日の高辻正己=服部高顯補足意見及び環昌一補足意見参照)。保護を受けるのならば,当該保護に値する旨自ら証しをなすべし,ということになります(最判平成11年7月19日(民集53巻6号1138頁))。
なお,真正相続人を保護するためのErbschaftsanspruch制度下ならば,自ら相続人と称していわば不利な状態になることは,その者の勝手であって,この辺は論点とならないのでしょう。ちなみに,古代ローマの市民法上の相続請求権(hereditatis petitio)については,被告には,自己が相続人であるとの主張をなさず「何故に占有するかと問われたならば,「占有するが故に占有する」と答えるより外ない者ではあるが,なお原告の相続人であることを争う者(possessor pro possessore 占有者として占有する者)」までもが含まれていました(原田360-361頁)。
本来の消滅時効の期間が相続回復請求権よりも短い場合には,その期間は相続回復請求権のもの(5年及び20年)に揃えよといわれています(我妻=有泉313頁)。旧民法証拠編155条の遺産請求ノ訴権に係る30年との関係についても,ボワソナアド解説によれば,「一様に(uniformément)」当該長い期間に揃えるべきものであったと解されます。
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