承前(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1076312319.html)
9 東京地方裁判所昭和61年8月25日判決(北大塚三丁目事件)
東京地方裁判所昭和61年8月25日判決(判タ622号243頁)の事案は,無線機について「スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている」状態にまでは至っていないもののように思われるのですが,免許を受けずに無線局を開設する罪の成立がそのような段階において認められています。当該判決に係る罪となるべき事実は,「被告人両名は,共謀のうえ,郵政大臣の免許も法定の除外事由もなく,昭和60年11月29日午前6時20分ころ,東京都豊島区北大塚三丁目1番2号付近路上において,両名が乗車して走行途次の普通乗用自動車内に,無線機2台,増幅機3台,安定化電源2台(以上は昭和61年押第656号の12の一部),電源2組(3個)(うち1組⦅2個⦆は同符号の一部,1組⦅1個⦆は同押号の2)及び空中線4本(同押号の6,7,10,11)を積載し,被告人らにおいて接栓(コネクター)を差し込んで接続しさえすれば直ちに2組の無線通信設備として電波の発信が可能な状態にこれを支配管理し,もつて無線局を開設したものである。」というものでした(被告人両名はそれぞれ懲役10月)。
当該事案においては,「スイッチを入れればすぐ電波が出る」どころではなくて,もたもたとまず「接栓(コネクター)を差し込んで接続」しなければ送信設備になりません。また,「無線機」だけのみならずわざわざ電源や空中線が別途挙げられていますので,この「無線機」は,「送信設備」(送信装置と送信空中線系とから成る電波を送る設備(電波法施行規則2条1項35号))に至らぬ「送信装置」(無線通信の送信のための高周波エネルギーを発生する装置及びこれに付加する装置(同項36号))にとどまっていたものでしょうか。ちなみに,「送信空中線系」とは,「送信装置の発生する高周波エネルギーを空間へ輻射する装置をいう」ものとされています(同項37号)。北大塚三丁目事件におけるこれら各機材の所在状況を見ると,「後部座席上の木の枝に装着したアンテナ2本(昭和61年押656号の6,7),その下のカメラボックス1個(同12)及び後部座席上のショルダーバック1個(同1)」が車内にあったところ,当該「カメラボックス内の無線機器一式⦅同12⦆並びにショルダーバッグ内のバッテリーと同軸ケーブル⦅同2及び3⦆」及び「紙筒(同9)と在中のホイップアンテナ2本(同10,11)」が更に発見されたということになっています。電波法78条及びそれを承けた電波法施行規則42条の2を見ても,空中線が取り外され,電源も接続されていない送信装置をもって,無線局としての運用が可能な状態を構成するものといってよいものかどうか。「罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」とは1981年5月12日の参議院逓信委員会における田中眞三郎政府委員の答弁でしたが,司法当局はより大胆な解釈運用に踏み込んだ,と評価すべきものなのでしょう。安西溫元検事正は「例えば,空中線が展張されていない場合(擬似空中線が取設されている場合を含む),電力供給ができない場合(電源不接続等)や無線設備が包装されていてそのままでは操作できない場合は開設とはいえない。」としつつも,「しかし,空中線が展張されていなくても,それがすでに無線設備に接続されていて容易かつ即座に展張しうる状態にあるとか,電源に接続されていないコードが電源の直ぐ間近かにあって即刻接続できる状態にあるとかのように,直ちに無線局としての運用ができる客観的状況が存在し,そのことから無線局を運用しようとする意図が推定できるときはすでに開設したといえる。」とまで述べていましたが(安西311頁),実務はこの安西説よりも更に進んでいます。
被告人らの主観的情況については,量刑事情として,「本件において被告人両名が支配管理していた無線装置は同時的使用の可能な2組,しかもいずれも市販の機器に改造が施されていて,(1)専ら送信の機能のみ,それも正常な音声通信は不可能で雑音だけを発信できるという極めて特異な機構に変えられており,かつ,(2)警察無線と周波数を同じくする電波も発射できるような仕組みに改められているものである。/このことは,第1に,本件無線装置が他の無線通信の妨害かく乱を唯一直接の目的とするものであることを意味する。」との判示があります。「他の無線通信の妨害かく乱」のために接続後の本件無線設備を使用する目的が,被告人らについて認められたということでしょう。なお,東京地方裁判所は,被告人らの「背後に必ずや,ある目的のために特定の無線通信を積極的に妨害かく乱するのだという事前の企図があり,被告人両名の本件所為がその周到な企ての一環として行われたものであることを推知させるものである」との認定をも行っていますが,そうであっても当該被告人らは,当該企図者の支配管理のもとに送信設備の操作にかかわったにすぎない者とまではいえないとしたものでしょう。
10 東京高等裁判所平成元年3月27日判決及び東京地方裁判所平成29年4月27日判決(故意及び違法性の意識ないしはその可能性)
(1)東京高等裁判所平成元年3月27日判決(山谷争議団事件)と制限故意説
東京高等裁判所平成元年3月27日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成1年67号)は,電波法4条1項ただし書の免許を要しない無線局との関係で,免許を受けないで無線局を開設する罪の主観的要件について説くところがあります。
故意について,いわく。「(3)免許を必要とする出力の無線機を運用していた事実について認識を欠いていたとの主張について検討するに,原判決が弁護人らのこの点の主張は違法性の意識の欠如をいうに過ぎないものであって,それ自体失当であるとしたことは,所論指摘のとおりである。この点,所論は,免許を受けないで無線局を運用する罪の故意として,操作する無線機についてその出力が免許を必要とする強さ以上のものであるという認識が必要であるというのであるが,電波法4条,110条1号は,無線局の開設,運用には原則として郵政大臣の免許が必要であることを定めたもの,いいかえると,免許を受けない者が無線局を開設,運用することを禁止することを定めたものであり,4条但書は,右原則的禁止に対し,電波が著しく微弱な場合などを法定の除外事由として定めたものと考えられ,したがって,故意としては無線設備――本件においては無線機――を操作して送受信を行うという認識(認容)のほか免許を受けていないという認識があれば足り,操作する無線機の出力が免許を要する範囲に入っているかどうかについては認識を要しないと解される。そして,被告人らにおいては,前記(2)で述べたように電波法の関係規定を知っていたとは認められないので,本件で使用した無線機の出力が免許を要する範囲に入っているということの認識があったとは認められないが,これによって故意を欠くものとは認められない。」と。
違法性の意識の可能性の位置付けについて,当該東京高等裁判所判決は「故意に違法性の意識は不要だが,その可能性は必要である(ないしは違法性の意識のないことに過失があれば故意犯として処罰する)という制限故意説」(前田雅英『刑法総論講義第4版』(東京大学出版会・2006年)215頁)を採用しているようです。いわく,「(2)違法性の意識を有する可能性について検討すると,原判決は,「弁護人の主張に対する判断」の二(2)の項で,被告人らには本件無線機の使用について違法性の意識があったことは証拠上これを認めることができないが,違法性の意識の欠如は故意を阻却しないとしたうえ,本件無線機を無免許で使用することが違法であると認識しうる可能性は十分にあったと考えられ,被告人らがこれらを認識しなかったことに相当な理由があったということはできないと認定説示しているところ,これは結論的に正当として是認できる。この点,関係各証拠を検討すると,被告人らを含め山谷争議団らが無線機を使用するにあたり,法規関係について解説してある本を読んだり電気店の店員らから説明を受けるなどしていたことは一切窺われず,したがって,電波法の関係規定を知っていたかどうかも不明であり,更には違法性の意識についてもこれを欠いていたのでは,ないかという疑いが残ることになる。しかし,無線機を使用することについては,いわゆる子供の玩具以外の場合,一定の法的規制があるというのが一般社会において常識的になっており,また,山谷争議団の者らにおいては,池尾荘で発見された6個の無線機がいずれもその使用に関し免許を要する機種であったのであり,池尾荘に設置したスーパーディスコアンテナも無線機の使用に際し用いられる器具の一つであったのであるから,これらの物を購入などする際には電気店の店員らに対しその使用について法的規制があるかどうか確かめることにより,免許が必要なことを容易に知ることができたものと認められる(本件無線機と同種の無線機の取扱説明書には,免許を要することの直接的な記載はないが,間接的にそれを窺わせる記載がある)。したがって,被告人らは,違法性の意識を欠いたことについて相当な理由はなかったもの,いいかえると,違法性を意識することのできる可能性のあったことが十分認められるので,本件各所為について故意を欠くとは認めることができない。この点,被告人らに故意のあることを認めた原判決に誤りはない。」と(下線は筆者によるもの)。故意の有無を違法性の意識の可能性の有無にかからしめていますので,違法性の意識の可能性を故意とはまた別個の責任阻却事由とする責任説(前田215頁参照)を採るものではありません。
(2)東京地方裁判所平成29年4月27日判決
なお,東京地方裁判所平成29年4月27日判決(判時2388号114頁。この判決は「電波法109条に関する東京地方裁判所平成29年4月27日判決(判時2388号114頁)に関して(附:有線電気通信法17条1号の謎)」記事において御紹介するところがあったものです。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1075116026.html)に係る電波法110条1号の免許又は登録を受けずに無線局を開設した罪の事案においては,「弁護人は,被告人が〔略〕パソコンに接続して使用していた無線LAN接続機器(3号物件)につき,被告人には,3号物件が日本で定められている出力制限値を超える出力が可能なものであったという認識がなかったから,無線局開設の故意がなく,無罪である旨主張し,被告人もそれに沿う供述をしている」ところ(これは,「違法性の意識がなければ故意がないとする厳格故意説」(前田215頁)的主張です。),当該主張及び供述に正面から応ずる形で丁寧に当該認識の有無を検討し(なお,違法性の意識を欠くことにつきやむを得ない事情があるときは,刑法38条3項ただし書による刑の減軽が問題ともなります。),「よって,被告人には,出力制限値を超える出力が可能な無線LAN接続機器を使用して無線局を開設したことの認識があったと認められる。」との端的な結論に達しています。違法性の意識ないしはその可能性と故意との関係に係る刑法理論上の問題について抽象的に説き及ぶところはありません。
(3)判例における故意と違法性の意識ないしはその可能性との関係
いずれにせよ,判例は,厳格故意説,制限故意説等とは異なり,「「事実の認識が存すれば故意責任を問い得る」とし,違法性の意識が欠けても責任に影響しないとしてきた」とされているものの(前田219頁),そこでも「一般人ならば違法性の意識を持ち得るだけの事実の認識」は必要でしょう(同220頁)。
11 平成5年法律第71号による改正(an denen er einst die Kraft seiner Jugend geübt hatte)
平成5年法律第71号により,1994年4月1日から(同法附則1項),電波法110条の罰金の額が「20万円以下」から「50万円以下」になっています。
12 東京地方裁判所八王子支部平成9年7月4日判決(原田判決)
原田國男裁判官による東京地方裁判所八王子支部平成9年7月4日判決(判タ969号278頁)は,罪数論的に興味深い裁判例です。まず,当該判決中電波法違反に関する犯罪事実。
被告人は〔中略〕
第2 別紙一覧表記載のとおり,前記Bらと共謀の上,〔Bらによる三鷹電車区からの〕窃取に係り,携帯用に改造した防護無線通信装置から電波を発射して,東日本旅客鉄道株式会社(代表取締役松田昌士)の旅客鉄道業務を妨害しようと企て,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外理由がないのに,平成8年4月8日午後5時19分ころから同年5月3日午後10時38分ころまでの間,前後2回にわたり,千葉県船橋市海神町二丁目646番地付近から同県市川市平田四丁目1番13号付近に至るまでの道路上を走行する普通乗用自動車内等において,前記の携帯用に改造した防護無線通信装置を携帯して周波数373.2736メガヘルツの電波を多数回発射し,同県船橋市西船四丁目27番7号所在の右東日本旅客鉄道株式会社西船橋構内ほか13か所において,運行中の同社が運航管理する電車延べ21列車に各設置してある防護無線通信装置に同電波を受信させ,右21列車を緊急停止させ,又は,発車を見合わせるなどさせてその運行を遅延させ,もってそれぞれ偽計を用いて右東日本旅客鉄道株式会社の業務を妨害するとともに,無線局を開設して運用したものである。
次に電波法違反に関する法令の適用。
判示第2の別紙一覧表番号1〔1996年4月8日,共犯者Bと共に,前記千葉県内の道路上を走行中の普通乗用車内から,午後5時19分,午後5時20分及び午後5時21分の3回電波を発射〕及び同番号2〔1996年5月3日,共犯者A及びBと共に,東京都新宿区市谷田町二丁目5番付近から同都新宿区新宿三丁目38番1号付近を経て同都豊島区南池袋一丁目28番1号付近に至るまでの道路上に駐車し,又は,同道路上を走行する普通乗用自動車内から,午後10時27分,午後10時29分,午後10時30分,午後10時31分,午後10時32分,午後10時35分及び午後10時38分の7回電波を発射〕の各行為のうち,電波法違反の点は,各無線局開設及び各運用につき包括してさらに各電波発射行為全体について包括して電波法110条1号,4条,刑法60条〔共同正犯〕に該当し,〔中略〕電波法違反の罪は,別紙一覧表番号1及び同番号2ごとに,全体として包括一罪となる
免許を受けずに無線局を開設した者が更に当該無線局を運用した場合の罪名については,河上説では運用罪のみが成立するとされ(伊藤等449頁),安西説では「開設罪と運用罪とを包括して110条1号違反の1罪が成立する」とされていましたが(安西311頁),原田裁判官は安西説を採用したものです。
また,1996年4月8日及び同年5月3日のそれぞれにつき免許を受けずに無線局を開設した罪が成立したとされています。郵政大臣の免許を受けずに最初に無線局を開設した時に同罪は成立すると共に終了し,以後は法益侵害状態のみが残るという状態犯ではない,ということになりましょう。
13 平成15年法律第68号,平成16年法律第47号及び平成19年法律第136号による改正
平成15年法律第68号により,2004年1月26日から(同法附則1条,平成15年政令第500号),電波法110条の柱書きが,「次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」に改められています。
平成16年法律第47号の第2条により,2005年5月16日から(同法附則1条3号,平成17年政令第158号),電波法110条1号が「第4条の規定による免許又は第27条の18第1項の規定による登録がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」に改められています。
それまでの電波法110条1号が,現在のような1号と2号とに分離されたのは,平成19年法律第136号の第2条による改正によって,2008年4月1日からです(同法附則1条,平成20年政令第49号)。
電波法110条1号と2号とに分離されてしまった以上,免許を受けずに無線局を開設し,更に運用した場合には,やはり1罪ではなく2罪が成立するものと解し,両罪の関係は牽連犯(刑法54条1項後段)ということになるのでしょう。この限りにおいて前記原田判決の前例性は失われるわけです。
14 仙台高等裁判所平成19年12月6日判決(W無線クラブ事件)
前記仙台高等裁判所平成19年12月6日判決は,アマチュア局の免許を受けている社団(W無線クラブ)の構成員である被告人(同人は自己のアマチュア局の免許を1996年3月に失効させている。)が無線局の運用をしていたところ,当該無線局に係る無線設備は被告人が1993年ないしは1994年頃購入して同人の車両に取り付け,2004年5月頃に自己の軽四輪貨物自動車に付け替えて以後ほぼ毎日のように使用していたものであって他の社団構成員が共用したことはなかったこと,当該社団が無線局免許を受ける際に提出した書類には当該無線設備が社団局の無線設備として記載されておらず,かつ,当該無線設備の常置場所は当該社団の無線設備の設置場所・常置場所ではなかったこと並びに被告人及び当該社団の構成員は当該無線設備が社団のものであるという認識を有していなかったことから,当該無線設備は当該社団に属しないものであることを認め,免許を受けずに「被告人は本件無線設備を設置して無線局を開設した」罪を犯したものとした原審判決を維持したものです。
しかし,被告人がアマチュア局の免許を有していた時期に購入した無線設備だというのですから,電波法78条及び113条19号との関係はどうなるのでしょうか。「免許を取り消され或いは免許期間が経過した後も設備を維持し,人を配置していれば開設罪が理論上は成立するが,現実には,運用罪に問擬する方が証拠上の難点が少ないと思われる。空中線の撤去(78条)に要する合理的時間が考えられるからである。」と説かれていたところです(伊藤等448頁(河上))。
15 平成27年法律第26号による改正
平成27年法律第26号の第2条によって,2017年10月1日から(同法附則1条,平成29年政令第255号),電波法110条1号中「第4条」が「第4条第1項」に改められ,同号は現在の形になっています。
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