1 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決(判タ1439号136頁):指定薬物
福岡高等裁判所第1刑事部平成28年6月24日判決(平成28年(う)第181号薬事法違反被告事件)が『判例タイムズ』第1439号(2017年10月号)136頁以下で紹介されています。薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同様)2条14項の指定薬物を所持する罪の故意の有無が争われた事件です(故意が認められ,被告人の控訴棄却。懲役6月)。『判例タイムズ』で紹介された判決文中,下線が施されていた部分は次のとおりです。
当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。
本件の事実関係の下では,被告人が本件植物片には指定薬物として指定されている薬物が含有されていないと信じたことに合理的な理由があったことなど,被告人の故意を否定するに足りる特異な状況も認められないというべきである。
なお,薬事法2条14項は,「この法律で「指定薬物」とは,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する蓋然性が高く,かつ,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(大麻取締法(昭和23年法律第124号)に規定する大麻,覚せい剤取締法(昭和26年法律第252号)に規定する覚せい剤,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法(昭和29年法律第71号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう。」と規定していました。
薬事法84条20号は,同法76条の4の規定に違反した者(同法83条の9に該当する者を除く。)は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれを併科されると規定していました。
薬事法76条の4は,「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(以下この条及び次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,所持し,購入し,若しくは譲り受け,又は医療等の用途以外の用途に使用してはならない。」と規定しています。これは,平成25年法律第103号により2014年(平成26年)4月1日から改正されたものです。ちなみに,平成25年法律第84号の施行日は2014年(平成26年)11月25日でしたので,あとで成立した第103号の方が先に成立した第84号より先に施行された形になります。“Sic erunt novissimi primi et primi
novissimi.”(マタイ20.16)ということの実例の一つですね。
福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,「平成26年〔2014年〕8月19日,被告人に対する脅迫の被疑事実による被告人方居室の捜索差押許可状が執行され,その際本件〔乾燥〕植物片が発見され,被告人は,自身で購入したことを自認して,それを任意提出し〔略〕,その後,本件植物片が鑑定され,本件薬物の成分が検出されたことが認められるから〔略〕,被告人が本件薬物を含有する本件植物片を所持していたことは明らかである。/また,本件薬物は,平成26年7月15日公布,同月25日施行の厚生労働省令第79号により,当時の薬事法(昭和25年法律第84号による改正前のもの,現在は法律名が「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」と改正されており,同法において同じ規制がされている)2条14項に規定する薬物に指定された(以下「指定薬物」という)ものである。」,「被告人は,本件植物片が,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用や当該作用の維持又は強化の作用を有する蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物を含有していること,すなわち,当時の薬事法によって規制しようとしていた薬理作用やその薬理作用による危険性を十分認識するとともに,その薬理作用を期待して本件植物片を購入し所持していたということができる。そして,被告人は,本件植物片がいわゆる危険ドラッグであることを前提に,それを購入して所持していた上,危険ドラッグの危険性や取締りの強化は十分承知しており,そのため販売員に本件植物片の規制の有無を確認しているのであるから,本件植物片の含有する本件薬物が,他の指定薬物と同様に規制され得るそれらと同種の物であり,指定薬物として取締りの対象に入る可能性を認識していたものというべきである。」,「被告人は,販売員から合法だと告げられるなどしたから合法だと信じたというのであるが,販売員でしかない者が違法か合法かを適切に判断できる立場にないことも,その言葉が信頼に足りる状況にないことも,いずれも明らかであるし,取締りの対象となって閉店した店が,再度オープンしたからといって,販売店で取り扱う商品が合法なものと推認できないこともまた明らかである。」というものでした。
平成25年法律第103号によって2014年4月1日から改正する前の薬事法76条の4は「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列してはならない。」というものでしたから,2014年の3月中に当該植物片が押収されていたのならば販売又は授与の目的がない限り被告人は指定薬物所持罪に問擬されることはなかったのでした。
2 故意の成立に必要な事実の認識の範囲に係る判例の立場に関する説明
ところで,『判例タイムズ』第1439号の匿名解説は「本判決は,このような判例の立場に関する説明と軌を一にするものといえよう。」と述べています。そこでいう「このような判例の立場に関する説明」は,どのようなものでしょうか。いわく。
判例は,故意の成立に必要な事実の認識の範囲は,当該構成要件の該当事実そのものを認識していることが必要であり,その一部である違法性の意識を喚起しうる範囲の事実を認識していることは故意の成立を認める証拠に止まるとしている。そして,さらに,構成要件に該当する自然的事実を認識しているだけでは足りず,構成要件に該当するとの判断を下しうる社会的意味の認識が必要であるとしている(香城敏麿・最高裁判所判例解説刑事篇平成元年度15事件)。
〔行政取締法規違反の罪については,〕違法性を喚起しうる一部の事実を認識していたことと行為当時の状況をあわせて考慮すると,少なくとも未必的,概括的には構成要件該当事実を認識していたと認定しうる場合には,その錯誤は法律の錯誤にとどまる。これに対し,自然的な意味での事実の認識は存在していたものの,それが構成要件事実に当たるという意味の認識を妨げる特異な事情が介在していたため,故意の成立に必要な程度に事実の認識があったとは判断できない場合には,事実の錯誤となる(香城・前掲261頁)
この香城敏麿最高裁判所上席調査官は,後に福岡高等裁判所長官となっています。したがって,福岡高等裁判所の後輩裁判官としては,元長官閣下の見解を重視すべきことは当然,ということになったのでしょう。
3 同窓生たち
香城敏麿長官は,刑事法のみならず,憲法分野でも名前の出て来る著名な裁判官です。筆者も不敏ながらも法律の勉強はしたわけなので,その際同長官の氏名を目にするたびに,香城敏麿とは変わった名前だなぁ,「まろ」といわれると京都の貴族みたいだなぁ,しかし,そういえば札幌での中学生時代に香城○麿さんという上級生がいたけど親戚なのかなぁ,などと漠然と考えることがあったところです。とはいえいつまでも漠然とした思いのままでは埒が開きません,インターネットでいろいろ便利になったのでふと香城長官の出身高等学校を調べたところ,何のことはない,長官は北海道立札幌南高等学校の御出身でした。香城一族は,男子は○麿と命名せられることとなっているらしい,札幌の名族であったのでした。
で,堅い裁判官の香城敏麿長官が1935年生まれであると分かると,今度は柔らかい小説家の渡辺淳一先生と同じ時期に札幌南高校にいたのかしら,が気になるところです。後に男女の愛とその官能を綴ることで有名になる渡辺先生は1933年生まれでした。ということは,両者は2歳違いであって,同級生の加清純子嬢と付き合ってめろめろ中の将来の大作家が3年生になった時(1951年4月)に,その半世紀後の2001年11月30日に電気通信事業紛争処理委員会(現在は電気通信紛争処理委員会(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)144条以下))の初代委員長(同法146条)となる香城少年が入学して来たという関係であったわけです。『阿寒に果つ』の加清純子事件は,後の電気通信事業紛争処理委員会委員長が高校1年生として迎えた新年(1952年1月)に起きたのでした。
4 東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決等:医薬品及び製造たばこ代用品
(1)薬事法24条1項・84条5号
ところで,福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,指定薬物の所持者について指定薬物を所持する故意があったということで公訴提起がされ,当該故意の認定が問題となった事案でした。他方,指定薬物に係る故意の認定の困難を回避するためか,いわゆる危険ドラッグの販売業者について,業として医薬品を販売の目的で貯蔵又は陳列したもの(薬事法24条1項違反。刑は,同法84条5号により3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科される。)として起訴した事例もあります。東京地方裁判所立川支部平成26年(わ)第1563号・平成27年(わ)第385号薬事法違反被告事件平成27年9月4日判決の事案などがそうです。薬事法83条の9の規定は「第76条の4の規定に違反して,業として,指定薬物を製造し,輸入し,販売し若しくは授与した者又は指定薬物を所持した者(販売又は授与の目的で貯蔵し,又は陳列した者に限る。)は,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」(平成25年法律第103号による2014年4月1日からの改正以降の条文)となっていましたが,これと比べれば同法84条5号では刑が軽くなっています。検察官としては,刑が軽くなってしまうとしても故意立証における安全性を優先したものでしょう。(福岡高等裁判所平成28年6月24日判決に係る『判例タイムズ』の匿名解説は,「本判決は,指定薬物として指定された事実についての認識をまったく不要としているものとはいえないであろう。」としつつ「指定の事実についての認識を故意に必要な認識の上でどのように位置付けるかは,今後の裁判例の集積にゆだねられているとみるべきであろう。」と述べています。「指定の事実の認識」の位置付けにくよくよしなければならない指定薬物ではなく,そのような苦労のなさそうな医薬品で行こうということだったのでしょうか。)
薬事法24条1項は,「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ,業として,医薬品を販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。ただし,医薬品の製造販売業者がその製造等をし,又は輸入した医薬品を薬局開設者又は医薬品の製造販売業者,製造業者若しくは販売業者に,医薬品の製造業者が,その製造した医薬品を医薬品の製造販売業者又は製造業者に,それぞれ販売し,授与し,又はその販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列するときは,この限りでない。」と規定しています。
しかし,医薬品貯蔵・陳列罪に係る故意の認定も難しい。
(2)医薬品の概念
医薬品の定義は,薬事法2条1項において次のように規定されていました。
一 日本薬局方に収められている物
二 人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて,機械器具,歯科材料,医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)
三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であつて,機械器具等でないもの(医薬部外品及び化粧品を除く。)
指定薬物たるいわゆる危険ドラッグは薬事法2条1項3号の医薬品であるということで起訴がされたということになったのですが,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的の医薬品である,いわゆる危険ドラッグ」というのみの簡単な言い方で,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」としている物を皆医薬品にしてしまうということでよいものかどうか。
薬食同源といわれるところ,普通の飲食物も「人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」として摂取されるものではないでしょうか。眠気覚ましのために砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲むことまでが,医薬品の摂取になるものかどうか。(なお,砂糖を入れたコーヒーが眠気覚ましになるのは,砂糖による胃もたれ感によるものというよりはやはり,カフェインの効果に加えて糖分が疲れた脳に速やかに栄養を補給するからでしょう。)「医薬品ノ中ニハ御承知ノ如ク薬トシテ売出シマス場合ニハ非常ニ難カシイ名前ガ附イテ居ルガ,八百屋ヘ行ケバ食物デアリ,薬屋デ売ルトキハ医薬品デアルト云フヤウナモノモ中ニハナイコトハナイ」と,つとに述べられています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁(灘尾弘吉政府委員(厚生省衛生局長)))。
ところで,いわゆる危険ドラッグの植物片は,喫煙用に供されています。そうだとすると,食品とはいいにくい。そうであれば,食品ではないところの「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」であるのだから直ちに医薬品なのだといえるかといえば,まだなかなかそうはいきません。
(3)製造たばこ代用品
たばこ事業法(昭和59年法律第68号)38条2項は,次のように規定しています。
製造たばこ代用品とは,製造たばこ以外の物であつて,喫煙用に供されるもの(大麻取締法(昭和23年法律第124号)第1条に規定する大麻,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)第2条第1号に規定する麻薬,あへん法(昭和29年法律第71号)第3条第2号に規定するあへん並びに医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第2条第1項に規定する医薬品及び同条第2項に規定する医薬部外品を除く。)をいう。
これを見ると,喫煙用に供される植物片は,それだけでは医薬品ということにならず,積極的に医薬品等であるものとされない限り,製造たばこ代用品にとどまることになります。
製造たばこ代用品は,たばこ事業法38条1項によって,合法の嗜好品であるところの製造たばことみなされて同法の規定が適用されるものとなっています。
なお,製造たばこ代用品とは「葉たばこ以外のものを原料として,製造たばこと同様の形態に製造されて喫煙用に供されるもの」であって,「代用品の例としては,〔略〕アメリカにはカカオビーンズの皮を主原料としたフリーとか,イギリスではタンポポを主原料とした,どんな味がするのかよくわかりませんけれど,ハニーローズとかいうのがあるそうでございます。」と紹介されています(第101回国会衆議院大蔵委員会議録第29号35頁(小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)))。
札幌のタンポポ
(4)たばこと医薬品との分別
ところで,薬事法2条1項3号の医薬品に該当するものとしてたばこを厳しく規制すべきだとの主張は,確かに理論の上ではあり得るところではありました。しかしながら,禁煙主義の方々のそのような主張がすげなく退けられた裁判例として,東京高等裁判所平成22年(ネ)第2176号損害賠償請求控訴事件平成24年3月14日判決があります。いわく。
しかし,たばこが,大人が自由な意思で吸う吸わないを判断する嗜好品として製造・販売されてきたことは,これまで認定・説示してきたとおりである。ニコチン依存症候群に陥った者が離脱状態を緩和するために喫煙するということはあり得るが,そのことから,たばこが離脱症状の緩和を目的としているとはいえない。そして,喫煙者が喫煙をする理由の中には,手の操作的満足〔手持ちぶさた〕や娯楽的満足〔雰囲気,楽しみ〕など精神作用以外のものも含まれており〔略〕,たばこは精神作用を得ることのみを目的としているものではない。
もっとも,たばこは,気分転換,ストレス解消,落ち着くなどの精神作用を理由としても嗜好されているものではあるが,そのことは,カフェインを含むコーヒー・茶やアルコール類など社会的に許容されている他の嗜好品においても同様である(なお,ICD-10〔略〕やDSM-(4)〔略〕においても,アルコール依存,カフェイン関連障害は一つの診断分類とされている。)しかし,薬事法が医薬品の製造・販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためであり,そのため,医薬品は,治療上の効能,効果と副作用とを比較考量して,医薬品としての有用性を有しない限り,承認されることがないのである(最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。これに対して,嗜好品は,国民の生命及び健康を保持する上での必需品ではなく,一定の健康上のリスクがあっても,これを摂取することに個人が自由な意思で価値を認めて嗜好するものであって,その価値が客観的に認められる必要やその価値が客観的にリスクを上回っていることが要求されるものではない。そうすると,嗜好品として許容されている範囲内の精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には該当しないと解するのが相当である。
そして,ニコチン依存に関する今日の知見の下でも,たばこが嗜好品として許容されていることは,被控訴人日本たばこらに対する請求について説示したとおりである〔略〕。控訴人らは,たばこが嗜好品であるから医薬品に当たらないという考え方は,ニコチンの依存性が明らかにされる以前の古い認識であると主張し,たばこが今後も許容された嗜好品であり続けるかどうかは,今後の喫煙者の状況と知見の状況等を踏まえた社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる問題であるが,少なくとも現時点においては,たばこの精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には当たらず,たばこが医薬品に該当するとはいえない。(第5の1(2)イ)
東京高等裁判所の当該判示に拠って強弁すれば,製造たばこ代用品たり得る植物片は,嗜好品たる製造たばこ代用品として許容されている範囲内の精神作用を有するにとどまる限りにおいては当該精神作用を目的として用いられる場合であっても薬事法2条1項3号にいう人の機能への影響を有するものではなく,したがって医薬品ではない,と言い得そうです。当該許容される精神作用の範囲は「社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる」ということになれば,結局,当該植物片に係る医薬品の無許可販売業目的貯蔵・陳列罪の成立のためには,指定薬物として厚生労働省令によって現に指定されるに足る精神作用がある事実(既に指定された指定薬物を含有しているのであればこちらの要件は充足されるでしょう。)及び当該事実に係る認識が必要であるということになりそうです。
(5)指定薬物指定省令の公布後施行前の取締りについて
2014年9月19日の政府薬物乱用対策推進会議において厚生労働省の神田裕二医薬食品局長は「今日,新しく14物質を,規制対象となる「指定薬物」に指定しましたので,無承認医薬品としての医薬品としての指定を受けまして,先ほど申し上げた店舗数の多い4都府県に対しましては,本日既に立入検査に入って,今度規制する薬物を売っていたら無承認医薬品として取り締まる,というのを,早速今,立ち入りにちょうど今日行っているところです。」と発言しています。ここでいう「指定」は平成26年厚生労働省令第106号の公布のことで,当該省令が施行されるのは同月29日からのことでした。指定薬物としての指定自体の効力はいまだ発動されてはいないが,「社会一般の意見とそれを反映した立法」(この場合は当該省令の公布)によって当該14物質についてはその精神作用が嗜好品として許容されている範囲を超えることは明らかになったので,医薬品に係る薬事法24条1項・55条2項違反で取り締まるのだ,ということなのでしょう。
(6)東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決における医薬品性に係る故意の認定
「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的」であるかどうかの目的の有無についてのいわばディジタル的判断のみでは医薬品性は立証できず,更に許容範囲を超える(すなわち指定薬物指定相当の)精神作用の存在の認識が必要になるのでしょう。しかしそうであると,医薬品所持で起訴した場合であっても,指定薬物の所持に係る福岡高等裁判所平成28年6月24日判決にいう「当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。」の判断基準と余り変わらない判断基準となるように思われます。
東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決においては,薬事法84条5号・24条1項の無許可販売業目的医薬品陳列・貯蔵罪に係る被告人の故意の認定に,次のように多くの言葉が費やされています。
〔前略〕本件植物片は,上記〔略〕のとおり,吸引等の方法による人体摂取を目的として販売,使用されていたものであるところ,被告人自身そのことを認識していた。そして,被告人が,上記〔略〕のとおり,ハーブ店経営者として自ら危険ドラッグの仕入れを行い,アッパー系,ダウン系,強い,弱いなどの効能を,仕入先業者から聞かされ,これを従業員に伝えるなどしていたことや,被告人自身も店内で扱われる商品のうち,リキッドやパウダーと呼ばれる危険ドラッグを使用してその使用感を確かめるなどしていたことからすれば(被告人の供述によっても,ハーブについても1回は使用している。),被告人が〔自店〕で扱っている危険ドラッグに人体への薬理作用があることを認識していたことはもちろん,その程度についてもそれなりに認識していたものと認められる。
このことに加えて,〔中略〕などからすれば,被告人が,本件植物片が,指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれがあり,人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするものであることを十分認識していたこと,すなわち,本件植物片が医薬品に該当することの基礎となる事実を十分認識していたことは明らかである。そして,以上の経緯等からすれば,被告人が,本件植物片を販売目的で貯蔵又は陳列することが違法であるとの意識を有していたことも優に認められる。(第2の2(2))
「指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれ」までの認識が必要ということで,「人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするもの」のみについてのあっさりとした認定では済まなかったところです。
返す刀で弁護人の主張もばっさり。
〔前略〕被告人が本件植物片を使用した経験がなかったとしても,本件植物片がそれなりに強い薬理作用を有していることを十分認識し得たといえる。これらのことに加え,上記〔略〕で認定した本件における事実経過等からすれば,被告人は,本件植物片が,嗜好品として許容されている範囲を超えた強い精神作用を有するものであり,指定薬物等の規制薬物を含有する可能性があり,購入客がその薬理作用を求めて身体に摂取する目的で本件植物片を使用しているということを十分認識していたと認められ,弁護人の主張〔「被告人は,①〔自店〕で販売されている植物片について,顧客が嗜好品として使用しているとの認識を有しており,②本件植物片を自身で使用したことはなく,仕入れ先業者からは本件植物片について大まかな定型的性質を聞いていただけである上,指定薬物を含有している商品については,そのことが発覚し次第,取扱を中止するなど,指定薬物を含有する商品を排除すべく努力をしていたものであるから,自身が,指定薬物を含有する医薬品を販売しているとの認識も抱いてはいなかった,などという」〕は採用することができない。(第2の2(3)ア)
と,以上はいわゆる危険ドラッグ関係の剣呑な話でした。
(7)健康増進法改正に関して
ちなみに,葉っぱに火をつけてプカプカすることについて論じてしまうとつい想起されるのは,受動喫煙対策が目玉の健康増進法(平成14年法律第103号)の今次改正案です。2018年3月に内閣から第196回国会に提出された健康増進法の一部改正法案が成立すると,製造たばこ代用品も健康増進法上の「たばこ」の一種とされます(改正後同法25条の4第1号)。「受動喫煙」は「人が他人の喫煙によりたばこから発生した煙にさらされることをいう。」と定義され(改正後健康増進法25条の4第3号),「喫煙」は「人が吸入するため,たばこを燃焼させ,又は加熱することにより煙(蒸気を含む。次号において同じ。)を発生させることをいう。」と定義されています(同条2号。ここでの「たばこ」には上記のとおり製造たばこ代用品が含まれます。)。葉たばこを原材料とする喫煙用製造たばこからの煙及び蒸気のみならず,カカオビーンズの皮やタンポポを原材料とする製造たばこ代用品からの煙及び蒸気も規制対象となるということは,要はニコチンの有無にかかわらずおよそ煙は健康に害があるので取り締まられねばならないということになるようです。PM2.5なども恐ろしいですからね。人前でわざわざ火をつけて煙を出すのはけしからんということなので,人のいるところでの焚火もしてはいけないのでしょう(関係する童謡も演奏・唱歌禁止ですね。)。焼肉焼鳥焼魚の煙はどうなるのでしょうか。今の時代,「烟気,国に満てり。百姓自づからに富めるか。」などとのたまわれてしまうと困ってしまいます。
しかし,焼肉屋さんの焼肉は,煙が出ないのですね。
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