1 会社分割と債権者保護
(1)NTT分割の場合:連帯債務及び一般担保
当時の日本電信電話株式会社を,持株会社(日本電信電話株式会社)並びに東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社並びにエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に分割・再編成せしめた日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律(平成9年法律第98号)は,1997年6月は13日の金曜日という気にする人には気になる日取りの日に成立し,1999年7月,すなわちノストラダムスの大予言を気にした人々においては,空を仰いで非常に不安を覚えられたであろう月の初めに施行された(同法附則1条及び平成11年政令第164号による。)ゆゆしい法律ですが,その附則9条に次のような規定があります。
第9条 この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社及び承継会社が連帯して弁済の責めに任ずる。
2 前項の場合には,その社債権者は,会社及び承継会社の財産について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。
3 前項の先取特権の順位は,民法(明治29年法律第89号)の規定による一般の先取特権に次ぐものとする。
「会社法の会社分割においては債権者異議手続によって債権者の保護が図られているが(同法810条,789条),NTT再編法は,NTTの社債に係る債務を持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの連帯債務とし,並びに持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの財産に係る一般担保の規定を設けて,NTTの社債権者を害するおそれのないものとし(会社法810条5項但書,789条5項但書参照),債権者異議手続を要しないものとしたものと解される(電気通信審議会「日本電信電話株式会社の在り方について―情報通信産業のダイナミズムの創出に向けて―答申」〔1996・2・29〕第4章3-10(4)。また,小塚荘一郎「NTT分割の会社法上の諸問題」ジュリ1080〔1995・12・1〕・64も連帯債務とすることによる債権者保護を説いていた。)。」ということのようです(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)398‐399頁)。
「一般担保」は,NTTの社債には付いていたものです(平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)8条)。一般担保の起源は,1908年の東洋拓殖株式会社法(明治41年法律第63号)にさかのぼります(『コンメンタールNTT法』173頁)。ただし,東洋拓殖株式会社法27条は「東洋拓殖債券ノ所有者ハ東洋拓殖株式会社ノ財産ニ付他ノ債権者ニ先チテ自己ノ債権ノ弁済ヲ受クル権利ヲ有ス」とのみ規定していて,当初は一般担保が先取特権であることは明らかにされてはいませんでした。なお,「東洋拓殖株式会社ハ韓国ニ於テ拓殖事業ヲ営ムコトヲ目的トスル株式会社トシ本店ヲ韓国ニ置ク」ものであり(東洋拓殖株式会社法1条),その営むところの業務は,①農業,②拓殖のため必要なる土地の売買及び貸借,③拓殖のため必要なる土地の経営及び管理,④拓殖のため必要なる建築物の築造,売買及び貸借,⑤拓殖のため必要なる日韓移住民の募集及び分配,⑥移住民及び韓国農業者に対し拓殖上必要なる物品の供給並びにその生産又は獲得したる物品の分配,並びに⑦拓殖上必要なる資金の供給でした(同法11条)。
(2)会社法の場合
ア 分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外と関連問題
(ア)分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外
ところで,会社法(平成17年法律第86号)789条1項2号及び810条1項2号を反対解釈して,吸収(新設)分割後に吸収(新設)分割株式会社(なお,ここでの「分割」は自動詞。また,困ったことに吸収分割株式会社における「吸収」は,受身形です。)に対して債務の履行(当該債務の保証人として吸収(新設)分割承継会社と連帯して負担する保証債務の履行を含む。)を請求することができる債権者は,債権者の異議を述べることができないとされています(なお,会社法の上記各号括弧書きの「人的分割」(NTT分割の例でいえば,NTT東西及びNTTコムの株式をNTTが保有するのではなく,NTTの株主に分配する形態になるもの)の場合は,すべての債権者が異議を述べることができます。)。
NTTの分割・再編成の場合でいえば,それまでのNTTの債権者であって当該債務の履行を持株NTTに対して請求できるものは,債権者の異議手続きによって保護されるまでもなかった,ということになります。(なお,平成12年法律第90号により会社の分割制度が新設されたのは,NTTの分割・再編後の2001年4月1日からのことでした。)そうであれば,平成9年法律第98号附則9条の規定は,限定的に,「この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社は,連帯して弁済の責めに任ずる。」でよかったのかもしれません。
分割会社に対し債務の履行を請求できる債権者は,分割会社が承継会社・設立会社から,移転した純資産の額に等しい対価を取得するはずであるとの考えから,会社分割につき異議を述べることができない。(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)809頁。下線は筆者)
分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについては,それなりに考えた上で,割り切ってやったことだからもうくよくよしないよ,ということになるのでしょう。すなわち,「・・・責任財産に実物資産と株式という違いがあり,会社の把握するキャッシュフローにも差があるから,この処理には疑問がある。」(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)683頁)というような批判は覚悟の前だった,ということでしょう。
吸収分割または共同新設分割においては,分割条件次第では,分割会社が移転した純資産の価値に等しい対価を取得できないことがあり,その場合には,その債権者の債権回収の危険が増大する。しかし,移転された事業等の過小評価は,事業の譲渡においても生ずる問題で,事業の譲渡に債権者の異議手続がないこととの均衡等を理由に,分割会社の債権者となる者は,債権者の異議手続の対象外とされている。もし現実に損害が生じた場合には,当該債権者は,取締役等の責任(会社429条1項)を追及するほかない。(江頭809‐810頁)
(イ)分割会社保有の分割承継会社株式の差押えの例:NTTを素材として
ところで,NTTの債権者がNTTの保有するNTT東西の株式に対して強制執行をかけるときは,どうするのでしょうか。
NTT法5条1項は「会社は,地域会社の発行済株式の総数を保有していなければならない。」と規定し,同法23条4号では「第5条第1項の規定に違反して,地域会社の株式を処分したとき」には当該違反行為をしたNTTの「取締役,会計参与(会計参与が法人であるときは,その職務を行うべき社員)又は監査役〔若しくは執行役〕は,100万円以下の罰金に処」せられるものとされていることが一応問題になりそうです。しかし,NTTの取締役等ではないNTTの債権者にとっては関係のない話です。NTTの債権者による同社保有のNTT東西株式の差押えはあり得べしです。
NTT法に思い入れのある横着な「真面目」な人ならば「そんなことはないんです。あってはいけないんです。」と言い張るかもしれませんが,Seinに関する思考の停止ないしは能力不十分を,Sollenに関する情緒的道徳的教説で糊塗されても困ります。「株式会社」を名乗る以上は株式は譲渡され得べきものであって(会社法127条),譲渡制限株式(同法2条17号)についても「会社の事前の承認なしにされた譲渡制限株式の譲渡は,会社に対する関係では効力を生じないが,譲渡当事者間では有効である(最判昭和48・6・15民集27巻6号700頁。いわゆる「相対説」)」とされています(江頭228頁注(14))。「NTT東西の取締役等が,当該各社の新株を持株NTT以外の者に発行しても,〔NTT法23〕条4号によっては罰せられない」わけですし(『コンメンタールNTT法』276頁),「NTT法5条1項の規定に違反して持株NTTがNTT東西の株式を処分した場合,本〔23〕条4号により処罰されることはあっても,私法上の効力は当然に否定されるものではないものと解される。」ともされています(同頁)。
NTT東西は会社法の施行前から存在し,定款に株券を発行しない旨の定めもなかったでしょうから,株券発行会社(会社法117条6項)であるとしましょう(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)76条4項参照。推定に基づく書き方になるのは,NTT東西の定款を簡単には見ることができないので致し方ありません。)。ただし,株券は発行されていないでしょうから,NTT保有のNTT東西の株式に対する強制執行は,「株券発行会社において株券が未発行の間・・・に株主の債権者が株式に対し強制執行するには,「その他の財産権」(民執167条)としての株式の差押えを要する・・・。債権者は,株式の差押えにより生じた取立権に基づき株主の有する株券発行請求権を行使して株券を執行官に引き渡すべきことを会社に対し請求でき(民執167条1項・155条1項・163条1項),右取立てが困難なときは,譲渡命令・売却命令その他相当な方法による株式の換価を命ずる執行裁判所の命令(民執167条1項・161条)を求めることができる」ということになるそうです(江頭219頁)。(なお,NTT東西の定款には,その株式の譲渡による取得について各社の承認を要する旨の定めは設けられていないのでしょうか。)
(ウ)会社法立法者の誤算
ところで,分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについての立法者の見切りは,必ずしも正当ではなかったようです。
近時,詐害的な会社分割が行われているとの指摘がされています。詐害的な会社分割とは,例えば,吸収分割において,吸収分割会社が,吸収分割承継会社に債務の履行を請求することができる債権者と吸収分割承継会社に承継されない債務の債権者とを恣意的に選別した上で,吸収分割承継会社に優良事業や資産を承継させ,その結果,承継されない債権者が十分に債務の弁済を受けることができないこととなるなどの承継されない債権者を害する会社分割をいいます。(法務省大臣官房参事官坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)314頁)
「承継されない債権者」は分割会社に債務の履行を請求できるところ,当該分割会社は移転した純資産の額に等しい対価を承継会社又は設立会社から取得しているはずなので債権確保上大丈夫であろうから「承継されない債権者」は債権者の異議を述べることができないものとされていたのでしたが,立法者の楽観的見立ては裏切られてしまったわけです。
それでは被害をこうむった債権者は当初の予想どおり取締役等の責任追及(会社法429条1項)をしたかといえば,こちらも見通しがはずれています。
現行法の下では,このような詐害的な会社分割において承継されない債権者の保護を図るための方策の1つとして,民法上の詐害行為取消権(同法第424条)がもちいられています〔最二判平成24年10月12日民集66巻10号3311頁参照〕。(坂本314頁)
取締役等の責任追及ではなく,民法上の詐害行為取消権です。
(エ)今次会社法改正(その1):「ぬらくら」改正?
ほら見たことか,会社分割の手続については「原則として債権者に異議権を認め,弁済能力に問題はなく,債権者を害するおそれがないときは,そのことを会社が立証すべきものとすることも考えられた」(稲葉683頁)のだったが,今度こそどうするかね,というような提案も,だいたい「会社法は,利害関係者の利益を無視して,組織再編の便宜を優先させたきらいがある。」(同668頁)とのお小言と共に,会社法の平成26年法律第90号による改正に向けての当該法律案の起草に際して法案立案当局に対してあったのでしょうが,当該当局は,そこまで立ち戻った議論は避けたようです。当該当局関係者は,民法424条の詐害行為取消権を使う判例の考え方は「承継されない債権者の保護を図るために会社分割そのものを取り消す」までのことをやってやり過ぎだという趣旨の指摘をし,「会社分割そのものを取り消すまでの必要はなく,端的に,このような債権者は,吸収分割承継会社に対して,債務の履行を直接請求することが直截かつ簡明」なのだと論じています(坂本314頁)。
こうして,全面撤退を避けた転進により出来たのが,平成26年法律第90号による改正(「今次会社法改正」。2015年5月1日からの施行が予定されています。)後の会社法(「改正会社法」)759条4項,761条4項,764条4項及び766条4項です。
例えば,改正会社法759条4項は,次のとおり。
第1項の規定にかかわらず,吸収分割会社が吸収分割承継株式会社に承継されない債務の債権者(以下この条において「残存債権者」という。)を害することを知って吸収分割をした場合には,残存債権者は,吸収分割承継株式会社に対して,承継した財産の価額を限度として,当該債務の履行を請求することができる。ただし,吸収分割承継株式会社が吸収分割の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは,この限りでない。
吸収分割会社の詐害の意思及び吸収分割承継株式会社の悪意が,なお必要とされています。後者の悪意の必要性については,「詐害的な会社分割により害されることになる承継されない債権者を保護する必要がある反面,本来吸収分割承継会社に対しては債務の履行を請求することができない当該債権者が,常に吸収分割承継会社に対して債務の履行を請求することができることとすると,吸収分割承継会社に不測の損害を与えることになりかね」ないので,「吸収分割承継会社の利益にも配慮するため,民法第424条第1項ただし書を参考にして」必要とすることにしたということだそうです(坂本316頁)。詐害行為取消権については,「この制度は,債務者以外の第三者に深刻な影響を与え取引の安全を害するおそれが大きいのみならず,あまりに広くこれを適用することは,債務者の財産整理を妨げ,その経済的更生を困難にする弊害を生ずる。」とされていますが(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年)176頁),会社分割の場面においても同じように考えるべきなのでしょうか。同様の取引安全の問題なのでしょうか。会社分割に関しては,「重畳的債務引受けでないかぎり,債務者の過剰債務整理に利用される可能性がある」ことは,かねてから指摘されていたところです(稲葉666‐667頁)。
どうも,制度設計のそもそもを振り返るより先に,窮余の策のはずだった詐害行為取消権に乗っかった上でその改善を誇る「ぬらくら」改正でしょうか。
イ 今次会社法改正(その2):「ごめんなさい」改正?
その他今次会社法改正においては,会社分割に関して会社法759条2項・3項等の改正がされています。これは,会社分割の手続において異議を述べるための各別の催告を受けなかった分割会社の債権者は分割会社及び分割承継会社双方から当該債務の弁済を受け得る(ただし,官報のほかに定款による公告方法としての日刊新聞紙掲載又は電子公告による公告があったときは,不法行為に基づく債権者に限る。)という趣旨を明らかにするためのものです(江頭811頁,812頁注(5)参照)。現行会社法759条2項等では各別の催告を受けなかったことが問題になる債権者は「各別の催告をしなければならないもの」である債権者とされており,第789条2項等では各別に催告しなければならないのは「知れている債権者」とされているので,分割会社に知れていなかったので各別の催告を受けなかった不法行為債権者(官報公告のみのときはそれ以外の債権者を含む。)は,分割会社及び分割承継会社の双方から弁済を受け得るという保護が受けられないのではないかという解釈問題があったところです。
これは,「ごめんなさい」改正とされています。「平成17年改正前の商法では,会社分割をする会社の債権者であって,当該会社に知れていないものについては,各別の催告をすることは要しませんが,当該会社が当該債権者に対し各別の催告をしなかったときは,当該債権者(当該会社が,官報公告に加え,日刊新聞紙に掲載する方法または電子公告による公告を行う場合には,不法行為債権者に限ります。)は,当該会社および会社分割によって営業を承継し,または分割により設立された会社の双方に対して債務の履行を請求することができるとされていました(同法第374条ノ26等)。/改正法は,吸収分割会社に知れていない債権者を,平成17年改正前の商法と同様に保護の対象とするものです。」とされているところです(坂本312‐313頁(注2))。
2 今次会社法改正におけるその他の「ごめんなさい」改正等
(1)「人的分割」と準備金計上
ところで,会社分割制度については,会社法制定の際に手が加えられており,「いわゆる人的分割(会社分割に対して発行する株式が,分割会社に割り当てられる物的分割に対し,分割会社の株主に割り当てられるもの)の制度を廃止」し,「人的分割」は,「物的分割+承継会社・新設会社の株式を取得対価とする全部取得条項付株式の取得(171)またはその配当(453,454)と整理・・・(758八,763一二)」されています(稲葉665頁)。このことについては,「全部取得条項付種類株式という制度や,現物配当という制度を創設したことから,このような整理が可能になったことは認められるが,そのような整理をする必要があったこと,またそれによって制度が分かりやすいものになったとは,認められない。」(稲葉665頁)と批判されていました。しかしながら,自らの能力を恃む会社法案立案担当者は,「分かりやすいものになったとは,認められない」どころか十分我々は分かっているよと自信満々だったのでしょう。
ところが,今次会社法改正において,改正会社法792条及び812条の各柱書きは,現行会社法の当該各柱書きの規定を改めて,剰余金配当時の準備金の計上に係る「第445条第4項」も758条8号及び768条12号の行為(「人的分割」)について適用除外となるものとしています。会社法445条4項は「剰余金の配当をする場合には,株式会社は,法務省令で定めるところにより,当該剰余金の配当により減少する剰余金の額に10分の1を乗じて得た額を資本準備金又は利益準備金(以下「準備金」と総称する。)として計上しなければならない。」と規定しています。
これは,会社法制定時の見落としに係る「ごめんなさい」改正でしょうね。
・・・他方で,現行の第792条第2号は,剰余金の配当に際して準備金の計上を義務付ける第445条第4項の規定の適用を除外していないため,人的分割を行う場合であっても,準備金を計上しなければならないこととされています。
2 しかし,第445条第4項が剰余金の配当に際して一定の金額の準備金を計上することを義務付けている趣旨は,一定の金額の利益を留保させることによって他日の損失に備えさせることにあります。したがって,分配可能額の有無にかかわらず剰余金の配当が行われる人的分割において,準備金の計上を義務付ける必要はないと考えられます。また,財源規制等の規定の適用を除外しながら,準備金の計上のみを義務付ける理由もないと考えられます。(坂本337頁)
(2)発行可能株式総数に関する「くよくよ」改正?
「会社法制定前の登記実務は,消却された株式数だけ当然に(定款変更の手続なしに)発行可能株式総数が減少し,したがって,株式の消却の際には,発行済株式総数の変更登記(会社911条3項9号・915条1項)のほか,発行可能株式総数の変更登記も要するものとしていた(昭和44・10・3民事甲第2028号民事局長回答)。しかし,会社法においては,・・・とくに規定のない株式の消却・併合の場合には,定款記載事項である発行可能株式総数は減少しない・・・。したがって,株式の消却・併合により減少した発行済株式数だけ,その後発行可能な株式数が増加することになる。」という点(江頭252頁注(2))が,会社法制定による変化の一つでありました。その際,次のような勇敢な見切りがされていたはずです。
・・・発行済株式総数の減少により公開会社において発行可能株式総数が発行済株式総数の4倍を超えることは,構わない(会社法113条3項は,定款変更により発行可能株式総数が増加する場合のみを規制している)。(江頭253頁注(2))
ところが,当該見切りの維持は難しく,今次会社法改正においては,次のような「くよくよ」改正がされることになります。
・・・改正法では,株式会社が株式の併合をしようとするときに株主総会の決議によって定めなければならない事項に,株式の併合の効力発生日における発行可能株式総数を追加する(第180条第2項第4号)とともに,公開会社においては,そのような発行可能株式総数は,当該効力発生日における発行済株式の総数の4倍を超えることができないこととしています(同条第3項)。そして,当該効力発生日に発行可能株式総数に係る定款の変更をしたものとみなすこととしています(第182条第2項)。(坂本331頁)
株式の発行についての取締役会への授権に一定の制約を課するものである定款における発行可能株式総数の規定の役割(会社法37条3項,113条3項。公開会社において発行済株式総数の4倍以下とする。)が再評価されたというわけなのでしょう。現行会社法における穴をふさぐべき改正が,今次会社法改正においてはされています(改正会社法113条3項2号(公開会社でない株式会社が定款を変更して公開会社となる場合),814条1項(新設合併設立株式会社,新設分割設立株式会社又は株式移転設立完全親会社の場合))。
(3)競業者株主に対する株主名簿閲覧等拒絶問題
株主又は債権者による株主名簿の閲覧・謄写請求を株式会社が拒むことができる場合に係る会社法125条3項3号(「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み,又はこれに従事するものであるとき」)については,かねてから,株主からの請求に関して,「株主情報が競業に利用される事態は,想定し難い(会計帳簿とは明らかに異なる)。・・・株主名簿の開示によって会社が受ける不利益は,事務処理上の不都合(業務遂行の妨げとコスト負担の問題)と株主からプライバシーの侵害の苦情が寄せられることによるもので,競業者による利用という不都合は考えられない。この理由による開示拒絶(差別的取扱い)には合理的理由がない(株主平等原則の見地から,実質的に問題がある)。」(稲葉326‐327頁),「これは,会計帳簿に関する拒否事由を十分な検討なしにコピー・アンド・ペーストした結果でないかと疑われる」(稲葉328頁),「安易に画一的な横並びの処理をしたのではないかという問題がある。」(稲葉575頁)と批判されていました(なお,他方稲葉328頁は,債権者に株主名簿開示請求を認める趣旨については「問題がある」としています。)。
今次会社法改正においては,現行会社法125条3項の問題の第3号が削られます。
これは,「ごめんなさい」改正でしょうか。しかし,一応,近時の状況の変化に応じたものだという言い訳がされています。
・・・しかし,近時,・・・事業上の競争関係にある買収者が,株主としての正当な権利行使のために(例えば,買収対象会社の株主総会における委任状勧誘のため,他の株主に関する情報を収集する目的で),株主名簿の閲覧等を請求する事例が生じているといわれています。このような場合にまで,請求者が競業者であることの一事をもって一律に閲覧等の請求を拒絶することができるとすると,株主名簿の閲覧等の請求権を認める意義が損なわれることになります。(坂本334頁)
なお,現行会社法123条3項3号は削られるわけなので,従来の第4号及び第5号がそれぞれ第3号及び第4号として繰り上がり,改正会社法においては,その第125条3項にかつてコピペ疑惑を惹起した問題規定があったことが分からないようになります。この点,削除であれば「三 削除」となってその跡が残るのと異なるところです。
(4)譲渡制限株式の総数引受契約と取締役会等の承認
改正会社法205条には第2項が追加されて,募集株式の総数引受契約について,「募集株式が譲渡制限株式であるときは,株式会社は,株主総会(取締役設置会社にあっては,取締役会)の決議によって,同項の契約〔募集株式の総数引受契約〕の承認を受けなければならない。ただし,定款に別段の定めがある場合は,この限りでない。」ということになりました。募集株式の総数引受契約に係る現行会社法205条は,同法204条の適用を排除しているところ,「第204条第2項において株主総会の決議等を要求する趣旨は,譲渡制限株式の譲渡等の承認について株主総会(取締役会設置会社にあっては,取締役会)の決議を要することとする第139条第1項の趣旨を譲渡制限株式の募集に際しても及ぼそうとするものであるところ,この趣旨は,総数引受契約を締結する場合にも妥当する」(坂本335頁)にもかかわらず,うっかりその適用を排除してしまっていたので(代表取締役限りで譲渡制限株式の総数引受契約が締結できる。),同項と同旨の改正会社法205条2項を設けたということでしょう。
これは,「ごめんなさい」改正でしょうね。
(5)株式移転の無効の訴えの原告適格者
株式移転の無効の訴えの原告適格者に株式移転により設立する株式会社の破産管財人と株式移転について承認をしなかった債権者を加える改正(改正会社法828条2項12号)も,「ごめんなさい」改正でしょう。会社法制定の当初から,同法828条2項12号については問題点が指摘されていました。いわく,「・・・株式移転でも完全子会社の新株予約権者(一種の債権者)には株式移転の無効の訴えを提起する利益があるから(会社808条1項3号・810条1項3号),同人には,会社828条2項11号を類推適用し,提訴権を認めるべきである。」と(江頭845頁注(1))。
(6)監査役に関する登記事項漏れ問題
改正会社法911条3項17号は,株式会社の登記において, 監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定め(同法389条)の有無を新たに明示することにしました(同号イ)。現行会社法911条3項17号では「監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)であるときは,その旨及び監査役の氏名」のみを登記事項としていました。この現行会社法911条3項17号には,次のような叱責が浴びせられていたので,これまた「ごめんなさい」改正でしょう。
〔監査役の監査の範囲が会計に関するものに限定されているかは,〕登記上公示されない。
この理由について,監査役の権限に関する内部的制限に過ぎないからという説明(相澤・〔立案担当者による新・会社法の〕解説225)があるが,理解できない。
この監査役は,定款の定めが前提(機縁)にはなるが,法律の定めによる制限であって,監査役の権限・責任は,これによって外部的に限定される。会社と取締役間の訴訟の会社代表権もない。
・・・
これを公示しないことは,会社の組織の公示という登記の使命の放棄というほかない(監査役の登記に欠陥が生ずる)。(稲葉711‐712頁)
神と悪魔は細部に宿るといわれますが,法案立案担当者の息づかいも,マイナーな法改正部分においてこそ興味深く感じられます。
弁護士 齊藤雅俊
大志わかば法律事務所
渋谷区代々木一丁目57‐2ドルミ代々木1203(代々木駅北口そば。新宿駅南口からも近いです。)
電話:03‐6868‐3194
電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp
顧問契約ほかの企業法務案件に限らず,お気軽に御相談ください。

弁護士ランキング