2015年02月

1 会社分割と債権者保護

 

(1)NTT分割の場合:連帯債務及び一般担保

 当時の日本電信電話株式会社を,持株会社(日本電信電話株式会社)並びに東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社並びにエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に分割・再編成せしめた日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律(平成9年法律第98号)は,1997年6月は13日の金曜日という気にする人には気になる日取りの日に成立し,1999年7月,すなわちノストラダムスの大予言を気にした人々においては,空を仰いで非常に不安を覚えられたであろう月の初めに施行された(同法附則1条及び平成11年政令第164号による。)ゆゆしい法律ですが,その附則9条に次のような規定があります。

 

 第9条 この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社及び承継会社が連帯して弁済の責めに任ずる。

 2 前項の場合には,その社債権者は,会社及び承継会社の財産について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

 3 前項の先取特権の順位は,民法(明治29年法律第89号)の規定による一般の先取特権に次ぐものとする。

 

 「会社法の会社分割においては債権者異議手続によって債権者の保護が図られているが(同法810条,789条),NTT再編法は,NTTの社債に係る債務を持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの連帯債務とし,並びに持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの財産に係る一般担保の規定を設けて,NTTの社債権者を害するおそれのないものとし(会社法810条5項但書,789条5項但書参照),債権者異議手続を要しないものとしたものと解される(電気通信審議会「日本電信電話株式会社の在り方について―情報通信産業のダイナミズムの創出に向けて―答申」〔1996229〕第4章3104)。また,小塚荘一郎「NTT分割の会社法上の諸問題」ジュリ10801995121〕・64も連帯債務とすることによる債権者保護を説いていた。)。」ということのようです(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)398399頁)。

 「一般担保」は,NTTの社債には付いていたものです(平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)8条)。一般担保の起源は,1908年の東洋拓殖株式会社法(明治41年法律第63号)にさかのぼります(『コンメンタールNTT法』173頁)。ただし,東洋拓殖株式会社法27条は「東洋拓殖債券ノ所有者ハ東洋拓殖株式会社ノ財産ニ付他ノ債権者ニ先チテ自己ノ債権ノ弁済ヲ受クル権利ヲ有ス」とのみ規定していて,当初は一般担保が先取特権であることは明らかにされてはいませんでした。なお,「東洋拓殖株式会社ハ韓国ニ於テ拓殖事業ヲ営ムコトヲ目的トスル株式会社トシ本店ヲ韓国ニ置ク」ものであり(東洋拓殖株式会社法1条),その営むところの業務は,①農業,②拓殖のため必要なる土地の売買及び貸借,③拓殖のため必要なる土地の経営及び管理,④拓殖のため必要なる建築物の築造,売買及び貸借,⑤拓殖のため必要なる日韓移住民の募集及び分配,⑥移住民及び韓国農業者に対し拓殖上必要なる物品の供給並びにその生産又は獲得したる物品の分配,並びに⑦拓殖上必要なる資金の供給でした(同法11条)。

 

(2)会社法の場合

 

ア 分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外と関連問題

 

(ア)分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外

 ところで,会社法(平成17年法律第86号)789条1項2号及び810条1項2号を反対解釈して,吸収(新設)分割後に吸収(新設)分割株式会社(なお,ここでの「分割」は自動詞。また,困ったことに吸収分割株式会社における「吸収」は,受身形です。)に対して債務の履行(当該債務の保証人として吸収(新設)分割承継会社と連帯して負担する保証債務の履行を含む。)を請求することができる債権者は,債権者の異議を述べることができないとされています(なお,会社法の上記各号括弧書きの「人的分割」(NTT分割の例でいえば,NTT東西及びNTTコムの株式をNTTが保有するのではなく,NTTの株主に分配する形態になるもの)の場合は,すべての債権者が異議を述べることができます。)。

NTTの分割・再編成の場合でいえば,それまでのNTTの債権者であって当該債務の履行を持株NTTに対して請求できるものは,債権者の異議手続きによって保護されるまでもなかった,ということになります。(なお,平成12年法律第90号により会社の分割制度が新設されたのは,NTTの分割・再編後の2001年4月1日からのことでした。)そうであれば,平成9年法律第98号附則9条の規定は,限定的に,「この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社は,連帯して弁済の責めに任ずる。」でよかったのかもしれません。

 

  分割会社に対し債務の履行を請求できる債権者は,分割会社が承継会社・設立会社から,移転した純資産の額に等しい対価を取得するはずであるとの考えから,会社分割につき異議を述べることができない。(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)809頁。下線は筆者)

 

分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについては,それなりに考えた上で,割り切ってやったことだからもうくよくよしないよ,ということになるのでしょう。すなわち,「・・・責任財産に実物資産と株式という違いがあり,会社の把握するキャッシュフローにも差があるから,この処理には疑問がある。」(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)683頁)というような批判は覚悟の前だった,ということでしょう。

 

  吸収分割または共同新設分割においては,分割条件次第では,分割会社が移転した純資産の価値に等しい対価を取得できないことがあり,その場合には,その債権者の債権回収の危険が増大する。しかし,移転された事業等の過小評価は,事業の譲渡においても生ずる問題で,事業の譲渡に債権者の異議手続がないこととの均衡等を理由に,分割会社の債権者となる者は,債権者の異議手続の対象外とされている。もし現実に損害が生じた場合には,当該債権者は,取締役等の責任(会社4291項)を追及するほかない。(江頭809810頁)

 

(イ)分割会社保有の分割承継会社株式の差押えの例:NTTを素材として

ところで,NTTの債権者がNTTの保有するNTT東西の株式に対して強制執行をかけるときは,どうするのでしょうか。

NTT法5条1項は「会社は,地域会社の発行済株式の総数を保有していなければならない。」と規定し,同法23条4号では「第5条第1項の規定に違反して,地域会社の株式を処分したとき」には当該違反行為をしたNTTの「取締役,会計参与(会計参与が法人であるときは,その職務を行うべき社員)又は監査役〔若しくは執行役〕は,100万円以下の罰金に処」せられるものとされていることが一応問題になりそうです。しかし,NTTの取締役等ではないNTTの債権者にとっては関係のない話です。NTTの債権者による同社保有のNTT東西株式の差押えはあり得べしです。

NTT法に思い入れのある横着な「真面目」な人ならば「そんなことはないんです。あってはいけないんです。」と言い張るかもしれませんが,Seinに関する思考の停止ないしは能力不十分を,Sollenに関する情緒的道徳的教説で糊塗されても困ります。「株式会社」を名乗る以上は株式は譲渡され得べきものであって(会社法127条),譲渡制限株式(同法217号)についても「会社の事前の承認なしにされた譲渡制限株式の譲渡は,会社に対する関係では効力を生じないが,譲渡当事者間では有効である(最判昭和48615民集276700頁。いわゆる「相対説」)」とされています(江頭228頁注(14))。「NTT東西の取締役等が,当該各社の新株を持株NTT以外の者に発行しても,〔NTT23〕条4号によっては罰せられない」わけですし(『コンメンタールNTT法』276頁),「NTT法5条1項の規定に違反して持株NTTNTT東西の株式を処分した場合,本〔23〕条4号により処罰されることはあっても,私法上の効力は当然に否定されるものではないものと解される。」ともされています(同頁)。

NTT東西は会社法の施行前から存在し,定款に株券を発行しない旨の定めもなかったでしょうから,株券発行会社(会社法1176項)であるとしましょう(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)764項参照。推定に基づく書き方になるのは,NTT東西の定款を簡単には見ることができないので致し方ありません。)。ただし,株券は発行されていないでしょうから,NTT保有のNTT東西の株式に対する強制執行は,「株券発行会社において株券が未発行の間・・・に株主の債権者が株式に対し強制執行するには,「その他の財産権」(民執167条)としての株式の差押えを要する・・・。債権者は,株式の差押えにより生じた取立権に基づき株主の有する株券発行請求権を行使して株券を執行官に引き渡すべきことを会社に対し請求でき(民執1671項・1551項・1631項),右取立てが困難なときは,譲渡命令・売却命令その他相当な方法による株式の換価を命ずる執行裁判所の命令(民執1671項・161条)を求めることができる」ということになるそうです(江頭219頁)。(なお,NTT東西の定款には,その株式の譲渡による取得について各社の承認を要する旨の定めは設けられていないのでしょうか。)

 

(ウ)会社法立法者の誤算

ところで,分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについての立法者の見切りは,必ずしも正当ではなかったようです。

 

  近時,詐害的な会社分割が行われているとの指摘がされています。詐害的な会社分割とは,例えば,吸収分割において,吸収分割会社が,吸収分割承継会社に債務の履行を請求することができる債権者と吸収分割承継会社に承継されない債務の債権者とを恣意的に選別した上で,吸収分割承継会社に優良事業や資産を承継させ,その結果,承継されない債権者が十分に債務の弁済を受けることができないこととなるなどの承継されない債権者を害する会社分割をいいます。(法務省大臣官房参事官坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)314頁)

 

「承継されない債権者」は分割会社に債務の履行を請求できるところ,当該分割会社は移転した純資産の額に等しい対価を承継会社又は設立会社から取得しているはずなので債権確保上大丈夫であろうから「承継されない債権者」は債権者の異議を述べることができないものとされていたのでしたが,立法者の楽観的見立ては裏切られてしまったわけです。

それでは被害をこうむった債権者は当初の予想どおり取締役等の責任追及(会社法4291項)をしたかといえば,こちらも見通しがはずれています。

 

 現行法の下では,このような詐害的な会社分割において承継されない債権者の保護を図るための方策の1つとして,民法上の詐害行為取消権(同法第424条)がもちいられています〔最二判平成241012日民集66103311頁参照〕。(坂本314頁)

 

 取締役等の責任追及ではなく,民法上の詐害行為取消権です。

 

(エ)今次会社法改正(その1):「ぬらくら」改正?

ほら見たことか,会社分割の手続については「原則として債権者に異議権を認め,弁済能力に問題はなく,債権者を害するおそれがないときは,そのことを会社が立証すべきものとすることも考えられた」(稲葉683頁)のだったが,今度こそどうするかね,というような提案も,だいたい「会社法は,利害関係者の利益を無視して,組織再編の便宜を優先させたきらいがある。」(同668頁)とのお小言と共に,会社法の平成26年法律第90号による改正に向けての当該法律案の起草に際して法案立案当局に対してあったのでしょうが,当該当局は,そこまで立ち戻った議論は避けたようです。当該当局関係者は,民法424条の詐害行為取消権を使う判例の考え方は「承継されない債権者の保護を図るために会社分割そのものを取り消す」までのことをやってやり過ぎだという趣旨の指摘をし,「会社分割そのものを取り消すまでの必要はなく,端的に,このような債権者は,吸収分割承継会社に対して,債務の履行を直接請求することが直截かつ簡明」なのだと論じています(坂本314頁)。

 こうして,全面撤退を避けた転進により出来たのが,平成26年法律第90号による改正(「今次会社法改正」。201551日からの施行が予定されています。)後の会社法(「改正会社法」)759条4項,761条4項,764条4項及び766条4項です。

 例えば,改正会社法759条4項は,次のとおり。

 

  第1項の規定にかかわらず,吸収分割会社が吸収分割承継株式会社に承継されない債務の債権者(以下この条において「残存債権者」という。)を害することを知って吸収分割をした場合には,残存債権者は,吸収分割承継株式会社に対して,承継した財産の価額を限度として,当該債務の履行を請求することができる。ただし,吸収分割承継株式会社が吸収分割の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは,この限りでない。

 

吸収分割会社の詐害の意思及び吸収分割承継株式会社の悪意が,なお必要とされています。後者の悪意の必要性については,「詐害的な会社分割により害されることになる承継されない債権者を保護する必要がある反面,本来吸収分割承継会社に対しては債務の履行を請求することができない当該債権者が,常に吸収分割承継会社に対して債務の履行を請求することができることとすると,吸収分割承継会社に不測の損害を与えることになりかね」ないので,「吸収分割承継会社の利益にも配慮するため,民法第424条第1項ただし書を参考にして」必要とすることにしたということだそうです(坂本316頁)。詐害行為取消権については,「この制度は,債務者以外の第三者に深刻な影響を与え取引の安全を害するおそれが大きいのみならず,あまりに広くこれを適用することは,債務者の財産整理を妨げ,その経済的更生を困難にする弊害を生ずる。」とされていますが(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年)176頁),会社分割の場面においても同じように考えるべきなのでしょうか。同様の取引安全の問題なのでしょうか。会社分割に関しては,「重畳的債務引受けでないかぎり,債務者の過剰債務整理に利用される可能性がある」ことは,かねてから指摘されていたところです(稲葉666667頁)。

どうも,制度設計のそもそもを振り返るより先に,窮余の策のはずだった詐害行為取消権に乗っかった上でその改善を誇る「ぬらくら」改正でしょうか。

 

イ 今次会社法改正(その2):「ごめんなさい」改正?

 その他今次会社法改正においては,会社分割に関して会社法759条2項・3項等の改正がされています。これは,会社分割の手続において異議を述べるための各別の催告を受けなかった分割会社の債権者は分割会社及び分割承継会社双方から当該債務の弁済を受け得る(ただし,官報のほかに定款による公告方法としての日刊新聞紙掲載又は電子公告による公告があったときは,不法行為に基づく債権者に限る。)という趣旨を明らかにするためのものです(江頭811頁,812頁注(5)参照)。現行会社法759条2項等では各別の催告を受けなかったことが問題になる債権者は「各別の催告をしなければならないもの」である債権者とされており,第789条2項等では各別に催告しなければならないのは「知れている債権者」とされているので,分割会社に知れていなかったので各別の催告を受けなかった不法行為債権者(官報公告のみのときはそれ以外の債権者を含む。)は,分割会社及び分割承継会社の双方から弁済を受け得るという保護が受けられないのではないかという解釈問題があったところです。

 これは,「ごめんなさい」改正とされています。「平成17年改正前の商法では,会社分割をする会社の債権者であって,当該会社に知れていないものについては,各別の催告をすることは要しませんが,当該会社が当該債権者に対し各別の催告をしなかったときは,当該債権者(当該会社が,官報公告に加え,日刊新聞紙に掲載する方法または電子公告による公告を行う場合には,不法行為債権者に限ります。)は,当該会社および会社分割によって営業を承継し,または分割により設立された会社の双方に対して債務の履行を請求することができるとされていました(同法第374条ノ26等)。/改正法は,吸収分割会社に知れていない債権者を,平成17年改正前の商法と同様に保護の対象とするものです。」とされているところです(坂本312313頁(注2))。

 

2 今次会社法改正におけるその他の「ごめんなさい」改正等

 

(1)「人的分割」と準備金計上

ところで,会社分割制度については,会社法制定の際に手が加えられており,「いわゆる人的分割(会社分割に対して発行する株式が,分割会社に割り当てられる物的分割に対し,分割会社の株主に割り当てられるもの)の制度を廃止」し,「人的分割」は,「物的分割+承継会社・新設会社の株式を取得対価とする全部取得条項付株式の取得(171)またはその配当(453454)と整理・・・(758八,763一二)」されています(稲葉665頁)。このことについては,「全部取得条項付種類株式という制度や,現物配当という制度を創設したことから,このような整理が可能になったことは認められるが,そのような整理をする必要があったこと,またそれによって制度が分かりやすいものになったとは,認められない。」(稲葉665頁)と批判されていました。しかしながら,自らの能力を恃む会社法案立案担当者は,「分かりやすいものになったとは,認められない」どころか十分我々は分かっているよと自信満々だったのでしょう。

ところが,今次会社法改正において,改正会社法792条及び812条の各柱書きは,現行会社法の当該各柱書きの規定を改めて,剰余金配当時の準備金の計上に係る「第445条第4項」も758条8号及び76812号の行為(「人的分割」)について適用除外となるものとしています。会社法445条4項は「剰余金の配当をする場合には,株式会社は,法務省令で定めるところにより,当該剰余金の配当により減少する剰余金の額に10分の1を乗じて得た額を資本準備金又は利益準備金(以下「準備金」と総称する。)として計上しなければならない。」と規定しています。

これは,会社法制定時の見落としに係る「ごめんなさい」改正でしょうね。

 

・・・他方で,現行の第792条第2号は,剰余金の配当に際して準備金の計上を義務付ける第445条第4項の規定の適用を除外していないため,人的分割を行う場合であっても,準備金を計上しなければならないこととされています。

 2 しかし,第445条第4項が剰余金の配当に際して一定の金額の準備金を計上することを義務付けている趣旨は,一定の金額の利益を留保させることによって他日の損失に備えさせることにあります。したがって,分配可能額の有無にかかわらず剰余金の配当が行われる人的分割において,準備金の計上を義務付ける必要はないと考えられます。また,財源規制等の規定の適用を除外しながら,準備金の計上のみを義務付ける理由もないと考えられます。(坂本337頁)

 

(2)発行可能株式総数に関する「くよくよ」改正?

 「会社法制定前の登記実務は,消却された株式数だけ当然に(定款変更の手続なしに)発行可能株式総数が減少し,したがって,株式の消却の際には,発行済株式総数の変更登記(会社91139号・9151項)のほか,発行可能株式総数の変更登記も要するものとしていた(昭和44103民事甲第2028号民事局長回答)。しかし,会社法においては,・・・とくに規定のない株式の消却・併合の場合には,定款記載事項である発行可能株式総数は減少しない・・・。したがって,株式の消却・併合により減少した発行済株式数だけ,その後発行可能な株式数が増加することになる。」という点(江頭252頁注(2))が,会社法制定による変化の一つでありました。その際,次のような勇敢な見切りがされていたはずです。

 

 ・・・発行済株式総数の減少により公開会社において発行可能株式総数が発行済株式総数の4倍を超えることは,構わない(会社法1133項は,定款変更により発行可能株式総数が増加する場合のみを規制している)。(江頭253頁注(2))

 

ところが,当該見切りの維持は難しく,今次会社法改正においては,次のような「くよくよ」改正がされることになります。

 

・・・改正法では,株式会社が株式の併合をしようとするときに株主総会の決議によって定めなければならない事項に,株式の併合の効力発生日における発行可能株式総数を追加する(第180条第2項第4号)とともに,公開会社においては,そのような発行可能株式総数は,当該効力発生日における発行済株式の総数の4倍を超えることができないこととしています(同条第3項)。そして,当該効力発生日に発行可能株式総数に係る定款の変更をしたものとみなすこととしています(第182条第2項)。(坂本331頁)

 

 株式の発行についての取締役会への授権に一定の制約を課するものである定款における発行可能株式総数の規定の役割(会社法373項,1133項。公開会社において発行済株式総数の4倍以下とする。)が再評価されたというわけなのでしょう。現行会社法における穴をふさぐべき改正が,今次会社法改正においてはされています(改正会社法11332号(公開会社でない株式会社が定款を変更して公開会社となる場合),8141項(新設合併設立株式会社,新設分割設立株式会社又は株式移転設立完全親会社の場合))。

 

(3)競業者株主に対する株主名簿閲覧等拒絶問題

 株主又は債権者による株主名簿の閲覧・謄写請求を株式会社が拒むことができる場合に係る会社法125条3項3号(「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み,又はこれに従事するものであるとき」)については,かねてから,株主からの請求に関して,「株主情報が競業に利用される事態は,想定し難い(会計帳簿とは明らかに異なる)。・・・株主名簿の開示によって会社が受ける不利益は,事務処理上の不都合(業務遂行の妨げとコスト負担の問題)と株主からプライバシーの侵害の苦情が寄せられることによるもので,競業者による利用という不都合は考えられない。この理由による開示拒絶(差別的取扱い)には合理的理由がない(株主平等原則の見地から,実質的に問題がある)。」(稲葉326327頁),「これは,会計帳簿に関する拒否事由を十分な検討なしにコピー・アンド・ペーストした結果でないかと疑われる」(稲葉328頁),「安易に画一的な横並びの処理をしたのではないかという問題がある。」(稲葉575頁)と批判されていました(なお,他方稲葉328頁は,債権者に株主名簿開示請求を認める趣旨については「問題がある」としています。)。

 今次会社法改正においては,現行会社法125条3項の問題の第3号が削られます。

 これは,「ごめんなさい」改正でしょうか。しかし,一応,近時の状況の変化に応じたものだという言い訳がされています。

 

 ・・・しかし,近時,・・・事業上の競争関係にある買収者が,株主としての正当な権利行使のために(例えば,買収対象会社の株主総会における委任状勧誘のため,他の株主に関する情報を収集する目的で),株主名簿の閲覧等を請求する事例が生じているといわれています。このような場合にまで,請求者が競業者であることの一事をもって一律に閲覧等の請求を拒絶することができるとすると,株主名簿の閲覧等の請求権を認める意義が損なわれることになります。(坂本334頁)

 

なお,現行会社法123条3項3号は削られるわけなので,従来の第4号及び第5号がそれぞれ第3号及び第4号として繰り上がり,改正会社法においては,その第125条3項にかつてコピペ疑惑を惹起した問題規定があったことが分からないようになります。この点,削除であれば「三 削除」となってその跡が残るのと異なるところです。

 

(4)譲渡制限株式の総数引受契約と取締役会等の承認

改正会社法205条には第2項が追加されて,募集株式の総数引受契約について,「募集株式が譲渡制限株式であるときは,株式会社は,株主総会(取締役設置会社にあっては,取締役会)の決議によって,同項の契約〔募集株式の総数引受契約〕の承認を受けなければならない。ただし,定款に別段の定めがある場合は,この限りでない。」ということになりました。募集株式の総数引受契約に係る現行会社法205条は,同法204条の適用を排除しているところ,「第204条第2項において株主総会の決議等を要求する趣旨は,譲渡制限株式の譲渡等の承認について株主総会(取締役会設置会社にあっては,取締役会)の決議を要することとする第139条第1項の趣旨を譲渡制限株式の募集に際しても及ぼそうとするものであるところ,この趣旨は,総数引受契約を締結する場合にも妥当する」(坂本335頁)にもかかわらず,うっかりその適用を排除してしまっていたので(代表取締役限りで譲渡制限株式の総数引受契約が締結できる。),同項と同旨の改正会社法205条2項を設けたということでしょう。

これは,「ごめんなさい」改正でしょうね。

 

(5)株式移転の無効の訴えの原告適格者

株式移転の無効の訴えの原告適格者に株式移転により設立する株式会社の破産管財人と株式移転について承認をしなかった債権者を加える改正(改正会社法828212号)も,「ごめんなさい」改正でしょう。会社法制定の当初から,同法828条2項12号については問題点が指摘されていました。いわく,「・・・株式移転でも完全子会社の新株予約権者(一種の債権者)には株式移転の無効の訴えを提起する利益があるから(会社80813号・81013号),同人には,会社828条2項11号を類推適用し,提訴権を認めるべきである。」と(江頭845頁注(1))。

 

(6)監査役に関する登記事項漏れ問題

改正会社法911条3項17号は,株式会社の登記において, 監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定め(同法389条)の有無を新たに明示することにしました(同号イ)。現行会社法911条3項17号では「監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)であるときは,その旨及び監査役の氏名」のみを登記事項としていました。この現行会社法911条3項17号には,次のような叱責が浴びせられていたので,これまた「ごめんなさい」改正でしょう。

 

〔監査役の監査の範囲が会計に関するものに限定されているかは,〕登記上公示されない。

 この理由について,監査役の権限に関する内部的制限に過ぎないからという説明(相澤・〔立案担当者による新・会社法の〕解説225)があるが,理解できない。

 この監査役は,定款の定めが前提(機縁)にはなるが,法律の定めによる制限であって,監査役の権限・責任は,これによって外部的に限定される。会社と取締役間の訴訟の会社代表権もない。

 ・・・

 これを公示しないことは,会社の組織の公示という登記の使命の放棄というほかない(監査役の登記に欠陥が生ずる)。(稲葉711712頁)

 

 神と悪魔は細部に宿るといわれますが,法案立案担当者の息づかいも,マイナーな法改正部分においてこそ興味深く感じられます。

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



DSCF0121

 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 今次会社法改正における主要項目

 会社法(平成17年法律第86号)の一部を改正する平成26年法律第90号(201551日からの施行が予定されています。)の法案に付された提出理由における主な改正項目4本柱のうち最後のものは,「株主による組織再編等の差止請求制度の拡充」でした(他の3本は,①監査等委員会設置会社制度の創設,②社外取締役の要件改正及び③株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設。2014115日の本ブログの記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)。

 今回は,4本目の「株主による組織再編等の差止請求制度の拡充」についてのお話です。

なお,監査等委員会設置会社制度の創設については,今年2015年1月15日の記事で御紹介しました(「改正会社法と監査等委員会設置会社制度の導入等」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017728671.html)。

社外取締役の要件改正については,「子会社等」及び「親会社等」概念との関係で触れるところがありました(2015年1月12日「改正会社法と子会社等及び親会社等(後編)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017451320.html)。

株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設については,2015年2月4日の記事で御紹介しています(「平成9年の持株会社解禁の周辺から平成27年の多重代表訴訟制度等まで」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2015-02-04.html)。

 

2 会社法における「組織再編」

 ところで,「組織再編」とは何かを最初に明らかにしておきましょう。「組織再編は,会社法上の概念ではない」ところです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)654頁)。

 

(1)組織変更

 まず,「組織変更」とは違います。組織変更については,会社法2条26号に次のような定義があります。

 

 二十六 組織変更 次のイ又はロに掲げる会社がその組織を変更することにより当該イ又はロに定める会社となることをいう。

  イ 株式会社 合名会社,合資会社又は合同会社

  ロ 合名会社,合資会社又は合同会社 株式会社

 

持分会社(合名会社,合資会社又は合同会社(会社法5751項))相互間においては,組織変更とはいわず,「定款の変更による持分会社の種類の変更」(同法638条見出し)ということになるそうです。「内部規律は共通であるため,相互間の種類の変更は,・・・定款の変更による社員の責任の態様の変更とされている」わけです(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)856頁)。しかしながら,「会社法制定前は,株式会社・有限会社相互間という物的会社間の組織変更・・・,または,合名会社・合資会社という人的会社相互間の組織変更・・・を認め,他を認めていなかった」ところです(江頭856頁)。「社員の責任形態を無視した組織変更概念のおかしさは,どうしようもない。」,「会社の種類の変更を即ち組織変更とする従来の制度設計を変更すべき合理的な理由はない。」ともいわれています(稲葉119頁・656頁)。

 

(2)改正会社法784条の2,796条の2及び805条の2からの帰納

平成26年法律第90号の法案作成関係者による『一問一答 平成26年改正会社法』(坂本三郎編著・商事法務・2014年)によれば,「改正法では,株主が不利益を受けるような組織再編に対する事前の救済手段として,一般的な組織再編の差止請求に係る明文の規定を新設することとしています。具体的には,組織再編が法令または定款に違反し,当事会社の株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,当該組織再編の差止めを請求することができることとしています(第784条の2,第796条の2,第805条の2)。」とされています(307頁。下線は筆者)。平成26年法律第90号による改正後の会社法(改正会社法)の第784条の2,第796条の2又は第805条の2に基づいて差止めがされ得るものが「組織再編」であるということになります。

そこで,改正会社法の当該条文を見てみるのですが,同法784条の2及び796条の2では「吸収合併等」をやめることを,同法805条の2では「新設合併等」をやめることを請求できる旨規定しています。「等」があるので,外延がはっきりしませんね。今度は,これらの概念における「等」とは何なのだということになります。なかなか会社法にはいらいらさせられます。「吸収合併等」とは,「吸収合併,吸収分割又は株式交換」のことであり(同法7821項),「新設合併等」とは,「新設合併,新設分割又は株式移転」のことです(同法8044項)。すなわち,「組織再編」とは,吸収合併,新設合併,吸収分割,新設分割,株式交換及び株式移転(会社法227号から32号まで)のことであって,そこには組織変更は含まれません。

ちなみに,会社計算規則(平成18年法務省令第13号)2条3項33号は,吸収合併,吸収分割及び株式交換を「吸収型再編」と定義し,同項41号は,新設合併,新設分割及び株式移転を「新設型再編」と定義しています。

なお,会社法の第5編(組織変更,合併,会社分割,株式交換及び株式移転)については,「実体規定と手続規定の分離(規定が分かれている),横断的な手続規定の構成をしながら個別規定が紛れ込み,他方で重複する規定が多い。・・・ともかく分かりにくい。会社法の問題点が集約されているような編である」(稲葉68頁)と酷評されています。

 

3 組織再編に対する差止請求

(1)必要性

組織再編に対する差止請求を認める理由は,「現行法上株主や債権者が組織再編の効力を争う手段としては,組織再編の無効の訴えがありますが(第828条〔17号から12号まで〕),事後的に組織再編の効力が否定されることは法律関係を複雑・不安定にするおそれもあります。そうであれば,株主が,当該組織再編の効力発生前に,その差止めを請求することができることとするのが相当と考えられます。」ということです(坂本307頁)。かねてから,「組織再編無効は,遡及効はないし,実際上は機能しない。株主総会決議に瑕疵がある蓋然性が高い場合には,その効力発生前に,手続を停止して(差止め),瑕疵の有無について決着をつけるべきもの・・・(それでないと救済の実効性はない)」と説かれていたところでありました(稲葉670頁)。

なお,組織変更については,差止め云々以前に,会社法以前はそもそもその無効の訴えに関する規定からして欠けており,設立無効に関する規定を類推適用ないしは準用していた状態だったので(江頭863864頁),なお当分無効の訴え(会社法828162)をもって満足せよということでしょうか。

 

(2)無効の訴えの制度に加わる差止請求制度

 

ア 合併についての制度整備の流れ

しかし,組織再編の元祖たる合併に係る無効の訴えに関する規定(商法旧415条)も,昭和13年法律第72号による商法改正によって初めて入ったところです。

昭和13年法律第72号による無効の訴えに係る制度の整備については,次のように説明されています。

 

 凡そ会社の設立,解散其他之に準ずべき重大事項(例へば株式会社の資本の増加又は減少)に付ては,其効力の有無は何人に対しても劃一的に決定せらるべきものである。会社なる一人格者の設立又は解散が甲に対しては無効であるが,乙に対しては有効であると謂ふが如きは,意味を為さざると同時に,法律関係を錯綜不可解ならしむるものである。然るに従来の立法例を観るに,此点に留意して周到なる規定を設けて居るものは殆ど存在して居らない。我が商法も亦独商法に倣つて僅に会社設立無効の訴に付て特別規定を設けて居るに止まつて居る(商法99条ノ2〔合名「会社カ事業ニ著手シタル後社員カ其設立ノ無効ナルコトヲ発見シタルトキハ訴ヲ以テノミ其無効ヲ主張スルコトヲ得」。これは明治44年法律第73号によって追加された。〕以下,232条〔株式会社の設立無効についての同様の規定〕,独商法309条,311条)。改正要綱は右に述べた点に付て,出来得る限り従来各国の立法の缺漏を補完せんことを期し,第47〔合名会社の合併の無効の訴え〕,第120〔株主総会決議の無効の訴え〕,第162〔資本増加の無効の訴え〕,第168〔資本減少の無効の訴え〕,第183〔株式会社の合併の無効の訴え〕等の各要綱を定めたものであつて此等の諸要綱は其内容の適否に付ては暫く措き,新規の考案たる点に至つては聊か誇るに足るべきものがあるかと考へる。(松本烝治「商法改正要綱解説」同『私法論文集 続編』(巌松堂書店・1938年)6364頁)

 

「新規の考案」ですから,無効の訴えに関する規定の整備は,当時のイノベーションであったわけです。

なお,昭和13年法律第72号による改正前の商法旧99条ノ2ないしは同232条の規定は,合併による新設会社の設立無効については適用されないものとされていました。

 

合併ニ因リテ設立シタル会社ニ対シ商法第99条ノ2又ハ第232条ノ規定ニ依ル設立無効ノ訴ヲ提起スルコトヲ得ルヤ否ヤ

・・・此規定ハ通常ノ会社設立行為カ無効ナル場合ニ限リテ適用セラルヘキモノニシテ合併ニ依リテ設立シタル会社ニ適用セラルヘキモノニ非ス・・・

果シテ然ラハ新設合併ノ場合ニ於テ合併カ無効ナルモ仍ホ其無効ヲ主張スルニ途ナキカト謂フニ決シテ然ラス利害関係人ハ何人ト雖モ其攻撃又ハ防禦ノ方法トシテ会社合併ノ無効従テ新会社設立ノ無効ヲ援用スルコトヲ得ヘク又無効確認ノ訴ヲ提起スルコトヲモ得ヘシ只商法第99条ノ2又ハ第232条ノ特殊ノ訴訟ヲ許サスト謂フノミ(松本烝治「商法雑題」同『私法論文集』(巌松堂書店・1926年)11271128頁・1130頁)

 

 合併について見れば,昭和13年法律第72号によって無効の訴えの制度が整備され,平成26年法律第90号によって更に差止請求制度が導入されるわけです。立法の進化というべきでしょう。

 

イ 差止請求制度の導入(昭和25年改正)

 なお,差止請求制度の導入の経緯については,会社法360条1項の株主による取締役の行為の差止め(「6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては,その期間)前から引き続き株式を有する株主は,取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし,又はこれらの行為をするおそれがある場合において,当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは,当該取締役に対し,当該行為をやめることを請求することができる。」)について,「取締役の違法行為の事前阻止は,本来,・・・会社の機関内部で行われることが期待されるが,それが行われない場合に備え,昭和25年改正の際に株主の代表訴訟と同じ発想の下に,株主の差止請求権が規定された〔商法旧272条〕。改正前は,取締役の職務執行停止以外に,個々の具体的行為を差し止める制度はなかった。現行法上「会社の目的の範囲外の行為」・・・がとくに例示されているのは,・・・アメリカ州会社法の伝統に基づく(デ州会1241〔号〕参照)。」と紹介されています(江頭451頁)。

また,会社法210条の「株主が不利益を受けるおそれがあるとき」における募集株式の発行又は自己株式の処分をやめることの株主による請求(法令・定款違反の場合のほか,当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合に可能です。)については,「株主のこの差止請求権は,昭和25年改正により募集株式の発行が取締役会の権限とされ,株主がそれに関与しなくなった際に,株主に不利益が生ずることを防止するために設けられた。アメリカの各州法上「株主自身の権利に基づく個人的訴権」として認められた権利に由来し・・・,アメリカには,会社360条タイプ・・・の例が乏しいのに比し,このタイプの差止訴訟の数は多い。」とされています(江頭680頁)。

 改正会社法784条の2,796条の2又は805条の2は,いずれも「株主が不利益を受けるおそれがあるとき」が要件になっていますから,会社法210条型の差止請求ということになるようです。

 

(3)「法令又は定款」違反要件について

なお,組織再編の差止請求における要件たる「法令又は定款」違反には,取締役の善良な管理者の注意義務や忠実義務の違反は含まれず,組織再編において当事会社の株主に交付される対価が不相当である場合も含まれないものと解されています(坂本309頁)。

 

4 組織再編等(組織再編を除く。)に対する差止請求

 

(1)三つの「等」

 ところで,「等」を気にする方々は,「株主による組織再編の差止請求制度の拡充」における「等」の差止請求制度の「等」とは何かが知りたくてうずうずされているでしょう。

 ここでもまた『一問一答 平成26年改正会社法』を参照することになるのですが,当該「等の差止請求」とは,

 

①全部取得条項付種類株式の取得の差止請求

改正会社法171条の3 第171条第1項の規定による全部取得条項付種類株式の取得が法令又は定款に違反する場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,当該全部取得条項付種類株式の取得をやめることを請求することができる。

 

②株式の併合の差止請求

改正会社法182条の3 株式の併合が法令又は定款に違反する場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,当該株式の併合をやめることを請求することができる。

 

③新設の株式等売渡請求制度における売渡株式等の全部の取得の差止請求

改正会社法179条の7第1項 次に掲げる場合において,売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは,売渡株主は,特別支配株主に対し,株式等売渡請求に係る売渡株式等〔売渡株式及び売渡新株予約権〕の全部の取得をやめることを請求することができる。

 一 株式売渡請求が法令に違反する場合

 二 対象会社が第179条の4第1項第1号(売渡株主に対する通知に係る部分に限る。)又は第179条の5〔事前開示手続〕の規定に違反した場合

 三 第179条の2第1項第2号又は第3号に掲げる事項〔対価関係事項〕が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合

 

の三つということになるそうです(307308頁)。

 

(2)全部取得条項付種類株式制度について

全部取得条項付種類株式制度については,かねてから批判がありました。

 

 ・・・株主が、その意思によることなく,資本多数決によって,株主たる地位を奪われること(会社の出資者たる地位が奪われ,会社事業から切り離されること)は,最も重大な平等原則の侵害ということができる。

 これが,株主の締出し(スクウィーズ・アウト)の問題である。会社法では,これを安易に特別決議によってする余地を認めており,その立法としての妥当性には大きな疑問がある・・・

〔会社法における〕新しい制度としては,全部取得条項付種類株式(108①七)という制度が認められている。これは,会社がある種類の株式全部を取得することができる制度である。もともとは,債務超過の会社において,会社更生等の手続による裁判所の関与なく,100%減資を認め,新しい株主構成にするための制度として考案された,といわれる。

 しかし,そのような実体要件がなくても〔立法過程で債務超過の要件は不要とされた(江頭151頁)。〕,手続(種類株式にする定款変更の上,1112項〔既発行の株式を全部取得条項付種類株式にする定款変更〕と1711項〔当該全部取得条項付種類株式の会社による取得〕の株主総会・種類株主総会の特別決議を経ることになるが,まとめて同一機会にすることができる。反対株主の相当価格での株式買取請求権および取得価格決定申立権は認められる)だけで,株主の地位の剥奪を認める制度として,汎用化されている(種類株式にするのは,現実に他の種類の株式を発行する必要はなく,定款にその定めさえすればよい)。特別の決議要件は,定められていない。

 つまりは,少数株主は,裁判所への株式の価格決定申立権(172)といった対抗手段(これが,少数株主の保護手段として,不備なものであることは,後記のとおりである)があるだけで,株主の地位から放逐される。(稲葉318319頁)

 

 スクィーズ・アウトの実務としては,「税制上の理由等」により,全部取得条項付種類株式の取得の形(株式を対価とする全部取得条項付種類株式の取得により,少数株主の有する株式の全部をいったん端数株式とした後,端数の処理(第234条)により,当該端数株式の売却代金を少数株主に交付する。)をとることが「通例」であるとされています(坂本229頁)。

 

(3)株式の併合について

 株式の併合についても,「株式併合がスクウィーズ・アウトに利用される場合(支配株主以外〔ママ〕の持株以外の株式をすべて1株未満の端数とするような株式併合)については,適正な補償についての手当てが欠けている(〔株式の併合によって生ずる1株未満の端数について,端数の合計数に相当する数の株式の売却等によって得られた代金を端数に応じて株主に交付する〕235条では,意味がない)」とされていました(稲葉320頁)。

「株式の併合は,その結果端数が生ずる株主に対して不利に働くという理由から,平成13年改正(法79号)前は,法律がとくに必要性を認めた場合にしか行うことができないものとされていた」のですが,「平成13年改正〔議員立法〕は,出資単位に関する会社の自治の尊重という観点・・・から,株式の併合が許容される事由に関する規制を撤廃し,一定の手続を踏めば事由のいかんを問わず株式の併合をできるものとし」ています(江頭260頁。下線は筆者)。

 

(4)株式等売渡請求制度について

 株式等売渡請求制度(改正会社法179条以下)とは,「株式会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主〔特別支配株主〕が,他の株主の全員に対し,その有する当該株式会社の株式の全部を売り渡すことを請求することができることとする制度」であって,「特別支配株主が株式売渡請求をすることを認めるほか,これに併せて,新株予約権や新株予約権付社債についても売渡請求をすることを認める」こととされていることから,「株式等売渡請求」制度と呼ばれているものです(坂本227頁)。「特別支配株主が,対象会社の株主総会の決議を要することなく,キャッシュ・アウト(支配株主が,少数株主の有する株式の全部を,少数株主の個別の承諾を得ることなく,金銭を対価として取得すること)を行うことを可能とするもの」であって,「これにより,特別支配株主は,機動的にキャッシュ・アウトを行い,そのメリットを実現することができる」ようになるとされています(坂本227頁)。

 スクウィーズ・アウトのための全部取得条項付種類株式の利用に対する批判において,「この場合,少数株主を締め出すことに利益があるのは,会社というより,多数株主であることを看過してはならない。全部取得条項付株式のように会社が取得するという道筋はおかしく,状況に応じ,直截に多数株主ないし支配株主が取得する仕組みを採用すべきである。」との議論があったところから(稲葉319頁),それではということで「直截に多数株主ないし支配株主が取得する仕組み」を作ったということでしょうか。

 株式等売渡請求制度によって実現されるキャッシュ・アウトの「メリット」として,次のものが例示されています(坂本228頁)。

 

 ①長期的視野に立った柔軟な経営の実現(積極的な事業の改革等を行うことにより会社の短期的な収益が悪化する場合には,少数株主から代表訴訟等による経営責任の追及を受けるリスクをおそれて,取締役がこのような改革等を躊躇する可能性があるが,ある株主が株式会社の全ての株式を有するという支配関係を形成することにより,このようなリスクを払拭し,柔軟かつ積極的な経営を行うことができるようになる。)

  ②株主総会に関する手続の省略による意思決定の迅速化(株主が1人であれば,実際に株主総会を開催するのではなく,書面による株主総会決議の制度(第319条)を利用することが容易になる。)

  ③株主管理コストの削減

 

 株主は少なければ少ないほどよいということでしょうか。株主総会はない方がよいということでしょうか。

 そうだとすると,「民間出資が認められるものであっても,「株式会社に於ける株主総会に該当するものがない」ものであって,その「企業の経営はその資本的所有と切り離され国家の直接の管理に属して居」たところ(山崎32参照)」の営団制度(コンメンタールNTT法(三省堂・2011年)244頁参照)など,今日再評価されるべきでしょうか。我が国政府が,「長期的視野に立った柔軟な」姿勢で,かつ,短期的収益悪化についても鷹揚に,各営団経営陣をそれぞれの改革に向けて鼓舞してくれることを期待することはできないものでしょうか。

 「経営責任の追及」はやはり悪でしょうか。確かに,聖徳太子は,その憲法の第一条において「以和為貴」と説いておられます。しかし,その第十一条においては,「明察功過賞罰必当」と言っておられて,信賞必罰の必要性も指摘しておられます。

 いずれにせよ,少数者をsqueeze outすることによって,会社が,おしゃれで気持ちのよい快適な場所になるのならば,結構なことです。

弁護士 齊藤雅俊

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(前編からの続き)


5 NTTグループにおける多重代表訴訟制度:NTTコミュニケーションズの非対象性

 独禁法9条(龍太郎の父の龍伍が立案に携わった立法当初の同法同条では「持株会社は,これを設立してはならない。/前項において持株会社とは,株式(社員の持分を含む。以下同じ。)を所有することにより,他の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社をいう。」と規定されていました。)を改正して持株会社を解禁するに当たっては,国会議員においても,持株会社を中心とした企業グループの例としては,同時期に国会審議がされていた平成9年法律第98号に基づき再編成されるNTTグループがまず念頭に置かれていたことでしょう。

 そこで,多重代表訴訟制度が現在のNTTグループにはどう当てはまるのかを見てみると,実は,NTTコミュニケーションズの発起人等に対しては,多重代表訴訟は提起され得ないように思われます。(ただし,「思われます」というのは横着ですね。本来ならば,最新の有価証券報告書類を見て裏をとらねばならず,「持株NTTはグループ運営にかかわる契約を締結し,グループ運営の推進にかかわる包括的な役務提供に対する報酬を得ているはずである。」という類の憶測で片付ける横着な記述をしてはならないのですが(この点『コンメンタールNTT法』24頁は,当該NTTグループ運営に関わる契約の存在及び報酬総額について,きっちり裏をとった記述をしています(同書ⅱ頁参照)。),まあ,改正会社法の説明のための例示ということでお許しください。)

 多重代表訴訟における訴えは,「特定責任に係る責任追及等の訴え」であるところ(改正会社法847条の31項),ここでいう「特定責任」が,「当該株式会社の発起人等の責任の原因となった事実が生じた日において最終完全親会社等及びその完全子会社等(前項の規定により当該完全子会社等とみなされるものを含む。・・・)における当該株式会社の株式の帳簿価額が当該最終完全親会社等の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超える場合における当該発起人等の責任をいう」(改正会社法847条の34項)と定義されていることが問題です。2010年3月末のNTTの総資産額は,有価証券報告書上,7兆4,7778,900万円であるところ,帳簿上のNTTコミュニケーションズの株式価額は7,3597,400万円でしかなく(『コンメンタールNTT法』21頁),総資産額に対して9.8パーセントにしかならないからです。

 「特定責任」は,要するに「一定の重要な完全子会社の発起人等の責任」(坂本170頁)であって,多重代表訴訟の対象となる責任を特定責任に限定した理由は,どうやら,重要でない完全子会社の発起人等は「例えば,取締役であっても,実質的には,当該最終完全親会社等の事業部門の長である従業員にとどまる者」であろうから,ということのようです(坂本170頁)。現行の株主代表訴訟制度は,「株式会社の取締役同士の馴れ合いによりその責任の追及が懈怠されるおそれがあることに着目し,取締役その他のいわゆる役員クラスの者の責任をその対象とするもの」であって「従業員の責任は,その対象としてい」ないということにかんがみれば,完全子会社の取締役といってもその完全親会社においては実は本来従業員クラスにすぎない者については,多重代表訴訟制度においても見逃してやるよ,ということのようです(坂本170頁参照)

 そうであれば,NTTコミュニケーションズの役員の方々は,「改正会社法下にあっても,NTTの株主から多重代表訴訟で刺されることはないぞ,万歳!」と喜ばれるよりは,「NTT持株会社の従業員並みだって!?馬鹿にするな。わたくしは持株会社でも役員クラスなのだっ。」と憤慨された方がよいかもしれません。

 特定責任のしきいについて,「総資産額の5分の1を要件としたのは,事業譲渡や会社分割において,株主総会の決議が不要とされる要件(第468条第2項,現行の第784条第3項等参照)を参考とした」とされています(坂本170頁)。しかし,総資産額の5分の1以上を要するということであれば持株会社の株主が多重代表訴訟を提起できる完全子会社は計算上5社が最大限ということですね。同じ株式価額の完全子会社が6社あれば,その全社の発起人等について多重代表訴訟は提起され得ないということにもなるようです。また,持株会社の総資産に含まれるのは,完全子会社の株式ばかりではありません。改正会社法で多重代表訴訟制度が導入されるといっても,定款(完全親会社等の定款なのか,訴えられる発起人等の株式会社の定款なのか,ちょっと分かりづらいですね。)の変更(会社法847条の34項第2括弧書き)を伴わないデフォルトの特定責任が対象ということであれば,なかなか新たに株主による訴訟の対象となる完全子会社の発起人等の方は多くはないでしょう。(ところで,発起人等の特定責任を追及する場合,会社の成立前には株式もないので,会社の成立前の行為に係る多重代表訴訟はあり得ないということでよいのでしょうか。)


6 「親」と「子」との絆の強化:改正会社法46712号の2

 持株会社解禁前の独禁法では,持株会社の設立や持株会社になることは禁じられていたのですが,解禁後は掌が返されたようになって,商法の世界では,むしろ持株会社制度はよいものだ,ということになったようです。わざわざ「親会社が子会社の発行済み株式の総数を有する完全親子会社関係を円滑に創設するため」に「株式交換及び株式移転の制度を設けることとし」たわけですから(陣内孝雄法務大臣・第145回国会衆議院法務委員会議録22号)

わたくしに対してあいさつもしないで何だ,追い出せ,と偉い経済法の大学者の方は憤慨されるのかもしれませんが・・・事業支配力の過度の集中って何だといっても,学説云々よりも結局お役所たる公正取引委員会のガイドライン次第ですし,「公正な競争」に対する明確な意義付けの欠如は多方面に弊害をもたらすとはいえ,具体的な当該意義の御提案なきままその旨詠嘆されているだけでは何のことやら・・・実務及び立法は日々進んで行きます。

 改正会社法の下では会社間での「親」と「子」との絆が更に強化されています。

 改正会社法467条(事業譲渡等の承認等)1項2号の2は,「その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)」には,「株式会社は,・・・当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに,株主総会の決議によって,当該行為に係る契約の承認を受けなければならない」ものとしています。「次のいずれにも該当する場合」の「次」は,「イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超えるとき」及び「ロ 当該株式会社が,効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき」です。当該株主総会の決議は,「当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない」ものとされています(会社法309条2項11号)

 いったん「親」と「子」とになった以上,「親」たる会社が「子」たる会社の株式を安易に売ることは許さず,ということですね。「子」を安易に売り飛ばして,恣意的に「親子」関係を解消することは許さず,というアナロジーであるようです。

 「株式会社が,その子会社の株式等を譲渡することにより,株式等の保有を通じた当該子会社の事業に対する直接の支配を失う場合(例えば,子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないこととなる場合)には,事業譲渡と実質的に異ならない影響が当該株式会社に及ぶと考えられます。したがって,このような子会社の株式等の譲渡については,事業譲渡と同様,株主総会の決議による承認を要することとするのが相当です。」ということです(坂本221頁)。しかし,「迅速な意思決定という企業集団における経営のメリットが損なわれるおそれ」があって,迷惑そうですね(坂本221頁参照)。となると,「株式会社が譲り渡す子会社の株式等の帳簿価額が小さい場合には,当該譲渡により当該株式会社がその子会社の事業に対する直接の支配を失ったとしても,当該株式会社に及ぶ影響は小さいものにとどまる」といえるので「このような場合にまで,株主総会の決議による承認を経る必要はないと考えられ」ること(坂本221頁)からして設けられた改正会社法467条1項2号の2イがフルに活用されて,結局業績不振等の子会社の株式を売り飛ばすときには,株主総会の招集を回避するため,小分けにして少しずつ株式を売ることになるのではないでしょうか。そうだとすると,随分簡単に規制の潜脱(?)ができそうです。会社法467条1項1号ないし4号ではいわゆるgoing concernたる「事業」又は「事業の重要な一部」が譲渡等の単位になっているのですが(同項5号は事後設立の規制),2号の2に入る株式の譲渡は,一株単位でできますからねぇ・・・。


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1 多重代表訴訟制度等

 平成26年法律第90号による会社法(平成17年法律第86号)の今次改正2015年5月1日施行予定)における主要改正項目の一つに「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の創設」があります2014年1月15日の弊ブログ記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正の話)」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html

 「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟」といえば,平成26年法律第90号による改正後の会社法(「改正会社法」)の①第847条の3の「最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え」がまず思い浮かぶのですが,実は、同法の②第847条の2の「旧株主による責任追及等の訴え」とセットです。坂本三郎法務省大臣官房参事官編著の『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の目次を見ると,次のようになっています。


 第3編 親子会社に関する規律の整備

第1章 親会社株主の保護等

第1 多重代表訴訟制度等

     1 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)

     2 旧株主による責任追及等の訴えの制度

     3 旧株主による責任追及等の訴えおよび特定責任追及の訴えに係る訴訟手続等 

     4 利益供与に係る規律等の見直し

     5 経過措置


上記「目次」によれば,多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)と旧株主による責任追及等の訴えの制度とでひとまとまりで「多重代表訴訟制度等」ということになるようです。

「目次を活用せよ。」とは,かつて教わった記憶があります。


2 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)



(1)概要

 「いわゆる多重代表訴訟制度とは,企業グループの頂点に位置する株式会社(最終完全親会社等)の株主が,その子会社(孫会社も含みます。)の取締役等(注)の責任について代表訴訟を提起することができる制度をいいます(第847条の3)。」とされています(坂本158頁)。「最終完全親会社等」等の定義については,当ブログでも紹介したことがありました2015112日「改正会社法と子会社等及び親会社等(前編)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017451062.html


(2)「発起人等」と「取締役等」

なお,「取締役等(注)」における「(注)」とはどういうことかということで当該「(注)」を見ると,


条文上は,「発起人等」としています(第847条の3第4項)。「発起人等」とは,具体的には,発起人,設立時取締役,設立時監査役,役員等(取締役,会計参与,監査役,執行役または会計監査人。第423条第1項)または清算人をいいます(第847条第1項)。


と説明されています(坂本159頁)。主に取締役が訴えられるのならば「取締役等」にしておけばよいのに,なぜ「発起人等」などという概念を作ったのでしょうか(平成26年法律第90号による改正前の会社法(「現行会社法」)8471項には当該概念はありません。「発起人等」は改正会社法における新設概念です。)

「発起人等の損害賠償責任」(現行会社法53条の見出し)といえば,「発起人,設立時取締役又は設立時監査役」の責任がまず念頭に浮かぶわけで(同条),取締役や執行役の責任にはなかなか思いは及ばないように思われるのですが,どうでしょうか。それとも「取締役等」という呼称は,現行会社法の第213(〔募集株式の引受人から〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)及び第286(〔新株予約権の行使に当たっての〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)で既に2度使われているので,いくら何でも3回も使い回すのはいけないだろうということでしょうか(なお,現行会社法213条及び286条の「取締役等」には,取締役及び執行役以外の者は含まれません(会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)44条から46条まで及び60条から62条まで)。)


3 旧株主による責任追及等の訴えの制度


(1)概要

「旧株主による責任追及等の訴えの制度とは,株式会社の株式交換もしくは株式移転または株式会社が吸収合併消滅会社となる吸収合併の効力が生じた日において当該株式会社の株主であった者(旧株主)は,当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,①当該株式交換もしくは株式移転によって当該株式会社の完全親会社の株式を取得したときまたは②当該吸収合併により吸収合併存続株式会社の完全親会社の株式を取得したときは,当該株式会社または吸収合併存続会社(これらを併せて,「株式交換等完全子会社」と定義しています。)に対し,責任追及等の訴えの提起を請求することができることとし,株式交換等完全子会社が当該訴えを提起しないときは,当該旧株主自らが当該訴えを提起することができることとするものです(第847条の2)。」とされています(坂本181頁)

いわゆる株主「代表訴訟を提起した株主は,その訴訟の係属中,株式を保有し続ける必要」があり,「そのため,訴えの提起後,原告が・・・株式を保有しなくなった場合には,原告となる資格(原告適格)を失い,その株主が提起した代表訴訟は,不適法なものとして却下される」との「原則」(坂本183頁)に対する調整規定です。

原告である株主が自分で当該株式を譲渡したのならば,いわば自分で原告適格を放棄したようなものなので問題はないのですが,株主代表訴訟を提起された取締役等の会社が,えいやっと株式交換や株式移転の制度を利用して,当該原告の手中にあった自社の株式を,自社の完全親会社の株式に変換してしまうという手妻を使ったときが問題となりました。(キツネに渡されたお札で品物を買おうとしていたら,木の葉に換えられてしまったようなものか。)


なお,株式交換とは「株式会社がその発行済株式(株式会社が発行している株式をいう。以下同じ。)の全部を他の株式会社又は合同会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法231号)。ここでの「他の株式会社又は合同会社」は既存の会社ですね。これら「他の株式会社又は合同会社」によって,株式交換をする株式会社の株式はすべて取得されてしまうことになります(当該他の株式会社(「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号))の「完全子会社」になるわけです(会社法施行規則改正案(20141125日に意見募集手続がされた法務省案)218条の3第1項)。しかし,合同会社の株式交換完全子会社にはなりますが(会社法76811号),完全子会社には定義上なりません(完全子会社の「親」は株式会社に限られる。)。他方,合同会社は完全親会社(改正会社法847条の2第1項)にはなりませんが(完全親会社は,株式会社限定),「株式交換完全親会社」にはなります(会社法767条)。この辺で,会社法にうんざりしない人は,立派です。)。株式交換をする株式会社の株主は,当該株式会社の株式を失うことになるわけですが,代わりに株式交換完全親会社からの金銭等を受けることができます(会社法76812号,77012号(株式交換完全親合同会社の社員となる場合)・3号)。当該金銭等(「金銭その他の財産をいう。」と会社法151条においてていねいに定義されています。)が株式交換完全親株式会社の株式であれば(会社法76812号イ),確かに,株式交換をする株式交換完全子会社の株主は,当該株式交換完全子会社の株式を株式交換完全親株式会社の株式に交換した形になります(同法7691項・31号)。ただし,「株式交換」といいつつも,株式交換完全子会社の株主が株式交換完全親株式会社の株式の交付を受けない場合があり得ます(会社法76812号ロからホまで)

「株式移転」は,「一又は二以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法232号)。株式交換との違いは,株式交換では既存の会社間で養子縁組をして「親」と「子」とになるのに対して,株式移転の場合は,「子」又は「子ら」が先にあって,「親」を後から作るということでしょうか。鉄腕アトムのパパは,アトムの後から作られたのでした。株式会社鉄腕アトムが株式移転によって株式会社アトムのパパを設立する場合,株式会社鉄腕アトムの株主には,同社の株式に代わるものとして株式会社アトムのパパの株式が交付されます(会社法77315号,7741項・2項)


(2)株式交換等に対する会社法制定時の調整及びその不十分性

会社法の制定に当たっては第851条が設けられ,「訴えの提起後に会社(A)が株式交換・株式移転(会社231号・32号)により他の株式会社(B)の完全子会社となったため,原告株主がAの株主資格を喪失しても,当該株主がその手続によりB(またはBの完全親会社)の株主となった場合には,原告適格を喪失することなくその訴訟を追行することができる」ようにされていました(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)444頁)。「完全子会社となる会社(A)に代表訴訟が係属していた場合に,株式交換(株式移転)により原告がAの株主でなくなったことを原告適格の喪失として訴訟を却下した裁判例があったことから(東京地判平成13329判時1748171頁,名古屋地判平成1488判時1800150頁,東京高判平成15724判時1858154頁等),これを変更する趣旨で・・・新設された」規定であるとされています(江頭447頁)。とはいえ,胸を張るような話ではなく,「そのような結果をもたらす立法〔株式交換・株式移転制度の導入〕には,欠陥があったというほかない。これを是正するのは,当然であった。」というだけのことです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)478頁)

しかしながら,会社法851条だけでは不十分であったそうです。

同条においては,株主代表訴訟提起に株式交換等がされた場合についてのみ手当てがされているわけですが,「株式交換等の効力が代表訴訟の提起前に生じたか,提起後に生じたかによって,代表訴訟による責任追及の可否を区別するのは相当でないと考えられ」るからです(坂本183頁)


(3)後始末

「そこで,〔平成26年〕改正法では,ある株式会社の株主が,株式交換等により当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,その株式交換等によって,当該株式会社等の完全親会社の株式を取得したときは,当該株主(旧株主)は,元々株式を保有していた株式会社の発起人等その他一定の者に対し,当該株式交換等の効力が生ずる前に発生していた責任を追及する訴えを提起することができることとしています(第847条の2)。」ということになったわけです(坂本183184頁)

「完全親子会社関係がある場合,その親会社株主につき完全子会社の業務執行の適正を図るためのいかなる権利を認めるべきかについては,容易に完全親子会社関係が形成できる組織再編法制(会社分割・株式交換・株式移転)の整備をした以上,当然それに伴う検討をし,手当てをすべき事項であった」にもかかわらず,「その立法の際積み残され」(株式交換及び株式移転は平成11年法律第125号による改正によって,会社分割は平成12年法律第90号による改正で導入)2005(平成17年)の「会社法の立法に際しても,総合的な検討はされなかった」もの(稲葉478頁)と苦言が呈されていたものの後始末です。


4 多重代表訴訟制度と平成9年独禁法改正(持株会社解禁)等


(1)多重代表訴訟制度創設の理由

いわゆる多重代表訴訟制度に戻りましょう。

いわゆる多重代表訴訟制度の創設の理由は,「平成9年の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の改正により持株会社が解禁され,また,平成11年の商法改正により株式交換・株式移転の制度が創設されたことにより,持株会社形態や完全親子会社関係にある企業グループが多数作成されるようにな」ったところ,「株式会社の発起人等が株式会社に対して責任を負っている場合であっても,当該発起人等と当該株式会社の完全親会社の取締役との間の人的関係や仲間意識から,当該完全親会社が当該株式会社の株主として代表訴訟を提起する等して当該発起人等の責任を追及することを懈怠するおそれが類型的かつ構造的に存在」するからだとされています(坂本160頁)

もともとは,平成9年法律第87号による昭和22年法律第54(独禁法)の改正19971217日から施行)が事の始まりのようです。


(2)平成9年独禁法改正と平成9年NTT法改正

実は,平成9年法律第87号による独禁法9条の改正(持株会社の解禁)に向けた動きは,平成9年法律第第98号による日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)の改正(NTTの再編)につながる作業と並行して進んでいました。なおも20世紀であった村山内閣から橋本内閣にかけての時代の話になります。

時系列的には,まず,1995年3月31日の閣議決定である「規制緩和計画」で当時の持株会社規制を見直すという姿勢が示されています。これを受けて行われた公正取引委員会の「独占禁止法第4章改正問題研究会」の研究に係る199512月の中間報告書では,事業支配力の過度の集中の防止という独禁法1条の目的に反しない範囲で持株会社規制を見直すことが妥当であるということになったとされています。以上は,村山富市内閣時代の話です。

ところで,橋本龍太郎内閣時代になって199612月6日,郵政省が「NTT再編成についての方針」を公表します。そこでは,「日本電信電話株式会社を純粋持株会社の下に,長距離通信会社と二の地域通信会社に再編する」ものとされるとともに,「郵政省は,再編成の実施のために,独占禁止法,商法等の関連法令,及び譲渡益課税,連結納税等の税制上の特例措置について,政府内の調整を進める。」とされていました(下線は筆者)。すなわち,NTTの再編のために,時代遅れとなった独禁法の持株会社禁止規制を打破しようとする流れに掉さす動きがあったわけです。1997年2月25日には当時の与党3党(自由民主党,社会民主党及び新党さきがけ)の「独禁法改正に関する三党合意」で「独占禁止法の目的に反しない範囲で持株会社を解禁する」ものとされ,同年3月11日に持株会社解禁のための独禁法改正法案が国会に提出されました。また,同月14日に,持株会社の下にNTTを再編するためのNTT法改正法案が国会に提出されています。


(3)橋本龍太郎内閣総理大臣とNTT再編問題

橋本龍太郎内閣総理大臣は,1984年に成立したNTT法の法案作成準備作業の出発点となった,1983年9月13日の政府・自由民主党行政改革推進本部常任幹事会に報告された「日本電信電話公社の改革について」11項目(第11項では,「新会社〔NTT〕の在り方については,電気通信技術の発展の動向等を踏まえ,10年以内に見直しを行うものとする。」とされていました。)を若き自由民主党行財政調査会長としてまとめた人物でしたから,13年たった当時も,当然NTT再編問題にも深い関心を有していました。


1996年〕7月31日,当時の橋本龍太郎内閣総理大臣が,通商産業・郵政両事務次官に対し,基盤技術研究促進センターの運営改善を指示した際,郵政事務次官にはNTTの国際通信事業への進出を認める等の規制緩和の断行を求めており(日経1996812〔ママ〕,郵政省とNTTは連絡会議を設けNTTの海外事業の促進について検討を開始していたところであった。そんな折もおり,英国の通信会社であるBT社が米国の通信会社であるMCIコミュニケーションズ社と合併交渉に入ったという報道が同年11月になってもたらされ,「国際通信に進出する会社を純粋民間会社とし,これをグループとしてサポートするという持株会社構想」が浮上したといわれている(NTT社史376)。(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)13頁)


 なお,1996年8月1日の朝刊で「橋本首相は31日,郵政省の五十嵐三津雄事務次官に対し,日本電信電話(NTT)の国際通信事業への進出を認めるなど,大胆な規制緩和の断行を求めた。」と報道したのは読売新聞です。日本経済新聞は,「橋本竜太郎首相は31日,首相官邸に堤通産,五十嵐郵政両次官を呼び,情報通信基盤整備で「両省の縦割り対応を直せ」と強く指示した。/首相は通産省の組織を改廃,日本電信電話(NTT)株売却益〔ママ〕を活用して設立した「基盤技術研究センター〔ママ〕」が両省の争いで,縦割り体制で機能していない,などと指摘。「そういう所を直せ」と厳命した。」と報じただけです。典拠として日本経済新聞の記事のみを表示した者は,基礎的な資料を収集したのか,事実については裏をとったのか,仕事が甘いですね。

 「風が吹けば桶屋がもうかる」式に考えると,


基盤技術研究促進センターの運営問題→ 橋本内閣総理大臣による通産・郵政両事務次官呼び付け→ その際ついでに橋本内閣総理大臣から郵政事務次官へのNTT国際進出促進の指示→ NTT・郵政間におけるNTT国際進出のための検討→ BT・MCI合併問題をきっかけにNTTにおける持株会社利用の着想→ 持株会社制度下でのNTT再編構想→ NTT再編の動きに伴っての独禁法改正・持株会社解禁の早期実現→ 1999年の株式交換・株式移転制度の導入→ 2001年の会社分割制度の導入→ 完全親子会社関係の叢生に伴う会社法に係る諸種の問題の発生→ 今次会社法改正での多重代表訴訟制度等の導入,


ということになりそうです。

 基盤技術研究促進センターの運営問題なるものを橋本内閣総理大臣の耳に入れるきっかけを作った人物の責任は重大ですね。


(4)基盤技術研究促進センターと通商産業省等

 なお,基盤技術研究促進センターについては,「NTT株式に係る配当金の活用策」として「基盤技術研究円滑化法(昭6065)に基づく特別認可法人として基盤技術研究促進センターが198510月から2003年3月まで存在し,産業投資特別会計所属のNTT株式に係る配当金を原資にして基盤技術に関する試験研究に必要な資金の出資及び貸付け等を行っていた。」と紹介しているものがあります(『コンメンタールNTT法』169頁)。「同センターの「解散時の資本金3,1484,425万円から,出資事業により取得した株式の取得に要した費用総額2,8567,015万円とこれを処分したことにより得られた収入総額913,048万余円との差引額である2,7653,966万余円」が「出資がなかったものとして償却」されている(会計検査院「平成19年度決算検査報告」116)。」という記述(『コンメンタールNTT法』169頁)の意味は分かるでしょうか。編集上の事由のゆえか晦渋ですが,要は基盤技術研究促進センターは,営利性を有し,かつ,黒字経営が期待されていた法人であったにもかかわらず(毎年度の損益計算書において利益を生じた場合において,繰り越された損失を埋めてなお残余があるときは,そこから積立金を積み立てた後の残余を出資者に分配できるものとされていました。),その出資事業において,17年半の間で2,7653,966万余円をすってしまったものであるところです。

 基盤技術研究促進センターは,通商産業省及び郵政省の共管であったわけですから,同センター関係の問題は,通商産業省出身の内閣総理大臣秘書官を通じて橋本内閣総理大臣に伝えられたものでしょうか(そういえば,維新の党の江田憲司代表が橋本内閣総理大臣の政務秘書官をしていましたね。)。まさか,1996年7月当時の基盤技術研究促進センターの職員中に,内閣総理大臣秘書官と何やら特別なパイプを持っていた者がいたということは・・・どうでしょうか。確かに,通商産業省,郵政省等からの出向者で構成されていた組織ではあったところです。

 閑話休題。


(後編に続く)


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

電話:03-6868-3194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

企業法務案件に限らず,お気軽に御相談ください。

筆者は,かつて基盤技術研究促進センターの所管官庁である通商産業省で仕事をしたことがありますが,当時の上司や仲間は,今でも懐かしいです。


 



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