1 費用の概念
費用という言葉は日常的によく使われますが,その意味は,細かくかつ厳密に考えると,やや難しい。
漢語ですから,漢和辞典たる『角川新字源』(第123版・1978年)にまず当たってみると,「費用」とは,「①ついえ。入費。②つかう。消費。」という意味であるそうです。消費の意味で「費用」の語を用いるのは,日本語というよりは漢文における用法でしょう。消費ではなく,入費が,費用と等号で結ばれるもののようです。
『岩波国語辞典 第四版』(1986年)は,「入費」を「ある事柄をするのにかかる費用」と,「費用」を「そのことのために必要なお金。「旅行の――」」と定義しています。
『新明解国語辞典 第五版』(三省堂・1997年)は,「入費」を「(仕事のための)費用。「大変な――だ」」と,「費用」を「何かをするために必要な金。「莫大な――をかける/――をつぎ込む(惜しまぬ・負担する・自弁する)/入院――」」と定義しています。
「費用」は,これから支出され(「そのことのために必要なお金」「何かをするために必要な金」),あるいは現に支出されつつある(「――をかける」「――をつぎ込む」)金銭であるようです。
しかし,「この仕事には大変な費用がかかってしまってさぁ。」と語る場合のように,既に支出されてしまった金銭についても「費用」とは云わないものでしょうか。
ということで,元内閣法制局長官閣下らが編者としてずらりと名を連ねる吉國一郎等共編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)を見てみると,ここではさすがに,費用を「ある用途のために使用された,又は使用されるべき金銭をいう」と定義して,支出済みの(「使用された」)金銭も当該用途に係る費用と観念せられるべきものとしています(632頁)。
2 訴訟費用の償還請求
(1)訴訟費用の負担の裁判及び訴訟費用額確定処分に関する民事訴訟法の規定
ところで,民事訴訟法(平成8年法律第109号)第1編総則の第4章は「訴訟費用」と題し,同章中の第61条は「訴訟費用は,敗訴の当事者の負担とする。」と,第64条は「一部敗訴の場合における各当事者の訴訟費用の負担は,裁判所が,その裁量で定める。ただし,事情により,当事者の一方に訴訟費用の全部を負担させることができる。」と,第67条は「裁判所は,事件を完結する裁判において,職権で,その審級における訴訟費用の全部について,その負担の裁判をしなければならない。ただし,事情により,事件の一部又は中間の争いに関する裁判において,その費用についての負担の裁判をすることができる。/2 上級の裁判所が本案の裁判を変更する場合には,訴訟の総費用について,その負担の裁判をしなければならない。事件の差戻し又は移送を受けた裁判所がその事件を完結する裁判をする場合も,同様とする。」と,第71条1項は「訴訟費用の負担の額は,その負担の裁判が執行力を生じた後に,申立てにより,第一審裁判所の裁判所書記官が定める。」と規定しています。
「事件を完結する裁判」において訴訟費用の負担の裁判がされますところ,当該訴訟のために必要な金銭は,支出が必要だったのですから,「事件を完結する裁判」までには既に支出されているはずであるわけで,すなわち,民事訴訟法67条の訴訟費用は,ほとんどが既支出の費用であるということになります。(細かく考えると,判決書の送達は訴訟費用の負担の裁判がされた後に行われますが,そのために必要な費用は,後に見るように,郵便切手で裁判所に予納されているはずです。)
(2)訴訟費用の償還請求 vs. 支払請求又は弁償請求
既支出の訴訟費用についてその負担者(敗訴当事者)に対して勝訴当事者がする請求は,それでは何を請求するのでしょうか。
「費用額の支払を請求」するならばよいとしても,「費用の支払を請求する」では今更おかしい。費用は既に使用され,支払われてしまっています。これは,「費用の償還を請求する」なのでしょう(民法(明治29年法律第89号)196条,299条,391条,570条,583条2項,600条,605条の2第4項,608条,650条,664条の2,702条,778条の3,786条4項,905条1項及び993条参照)。
「職務を行う上などに要した費用を償うために金銭を支払うという場合」には「弁償」の語も用いられますが(地方自治法(昭和22年法律第67号)203条2項・4項及び207条,労働組合法(昭和24年法律第174号)19条の8(中央労働委員会の委員),私立学校法(昭和24年法律第270号)14条(私立学校審議会の委員)等),この弁償の語はまた,「国,公共団体等において金銭,物品の出納保管その他経理事務に従事する職員が,その責任を怠つてその保管に係る金銭,物品等を亡失き損し,又は故意若しくは重大な過失により,法令に違反して予算を支出したこと等により,その職員の勤務する国,公共団体等に損害を与えたときに,その損害を償わせる場合」(会計法(昭和22年法律第35号)41-44条等)にも用いられます(法令用語辞典〈第八次改訂版〉669頁)。いずれもお役所に関係するものですし,また,特に後者は責任の懈怠や故意・過失を要件とする損害賠償ですから,「負担者は自分の支出した費用は当然負担するほか相手方の支弁した費用を弁償しなければならない。この相手方の弁償請求権(訴訟費用償還請求権)は訴訟法の定めるところに従って発生する法定の請求権である(その根拠は訴訟追行の不成功に求められるものであって原則として故意・過失の有無を問わない。〔略〕)。」(三ケ月章『民事訴訟法』(有斐閣・1959年)177頁)とされるところの訴訟費用の償還請求は,やはり「弁償」請求というよりは「償還」請求なのでしょう。
(3)訴訟費用の範囲
なお,民事訴訟法第1編第4章にいう「訴訟費用」は,「日常用語」でいう「訴訟につき裁判所・両当事者の支出する一切の費用」(上田徹一郎『民事訴訟法(第二版)』(法学書院・1997年)422頁)ではなく,民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年法律第40号)2条に掲げられたものに限られます。
ア 弁護士報酬に関する問題
民事訴訟費用等に関する法律2条同条の規定する訴訟費用に弁護士費用が含まれないことは法律業界では有名な事実です(例外は,同条10号の「民事訴訟等に関する法令の規定により裁判所が選任を命じた場合において当事者等〔当事者又は事件の関係人〕が選任した弁護士又は裁判所が選任した弁護士に支払った報酬及び費用」)。しかし,法律業界外では必ずしも周知のことではないでしょうから,「勝訴して訴訟費用が相手方から取れるとお前は言ったのに,何でお前の報酬金とやらをおれがお前に払わなければならないんだ!」と受任弁護士に対して憤慨される勝訴当事者の方もおられるかもしれません。なお,ここに報酬金とは,「事件〔又は法律事務〕の性質上,委任事務処理の結果に成功不成功があるものについて,その成功の程度に応じて受ける委任事務処理の対価」をいいます(日本弁護士連合会旧報酬等基準規程(平成7年会規第38号)3条2項)。これに対して着手金は「事件又は法律事務〔略〕の性質上,委任事務処理の結果に成功不成功があるものについて,その結果のいかんにかかわらず受任時に受けるべき委任事務処理の対価」です(同項)。
民法648条1項は「受任者は,特約がなければ,委任者に対して報酬を請求することができない。」と規定していますが,「弁護士が業務上訴訟委任を引き受けて処理する場合(大判大7・6・15民録24輯1126頁〔「弁護士カ其業務上訴訟委任ヲ受ケ之ヲ処理シタルトキハ委任者ニ対シテ其報酬ヲ請求シ得ヘキハ当然」〕,東京地判平2・3・2判時1364号60頁,東京地判平3・4・19判時1403号42頁など)には,報酬に関する明示の特約がなくとも,弁護士による報酬請求が許容される」ところです(山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』290頁(一木孝之))。
「弁護士の報酬額につき当事者間に別段の定めのなかつた場合において,裁判所がその額を認定するには,事件の難易,訴額及び労力の程度だけからこれに応ずる額を定むべきではなく,当事者間の諸般の状況を審査し,当事者の意思を推定して相当報酬額を定むべきである」と最高裁判所は判示し(最判昭和37年2月1日民集16巻2号157頁),当該事件では,弁護士がかねてから依頼者の法律顧問(顧問料月5000円)であったこと,訴訟事件委任の際のいきさつ,事件の進行状況,難易の程度,事件終結(当該事件は和解で完結)当時の顚末等を顧慮し,更に当該弁護士所属の弁護士会の報酬規程にも鑑み,その他諸般の状況をも斟酌して着手金及び成功報酬金の額を定めた原審の判断を是認しています。ちなみに,「2003年(平成15年)の〔弁護士〕法改正に伴い前記文言〔同法旧33条は弁護士会会則に定めるべきものとして「弁護士の報酬に関する標準」を挙げていました。〕が削除され,弁護士報酬の自由化が実現したため,依頼者との合意,とりわけ同人の経済的利益を基礎とする金額決定が優先されることにな」っていますが(山本編292頁(一木)),「弁護士報酬の標準を定める規定が廃止された後も,報酬額に関する当事者の意思が明らかでない場合にこの規定の内容を報酬額を定める1つの要素とする裁判例(東京地判平成19・8・24判タ1288号100頁)がある」そうです(日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編『解説「弁護士職務基本規程」第3版』(日本弁護士連合会・2017年)69頁)。
イ 民事訴訟費用等に関する法律2条
当事者(本稿では,当事者以外の「事件の関係人」及び「その他の者」(民事訴訟費用等に関する法律2条柱書き参照)は一応捨象し置きます。)が負担すべきものたる民事訴訟費用等に関する法律2条の訴訟費用は,①裁判所の行為について要する裁判費用(民事訴訟法83条1項1号参照)と②当事者が訴訟追行をするに必要な当事者費用とに分かれます。
前者の①裁判費用は,訴えの提起等に係る手数料(民事訴訟費用等に関する法律2条1号・3条(収入印紙を訴状等に貼付して納付するのが原則です(同法8条2項)。))及び裁判所が証拠調べや書類の送達などをするのに必要な費用(同法2条2号・11条1項(証人等に対する旅費,日当及び宿泊料等を含みます。原則予納で(同法12条1項),送達等のための郵便料金に充てる費用については郵便切手で予納することになります(同法13条)。))です。
後者の②当事者費用は,当事者若しくは事件の関係人,その法定代理人若しくは代表者又はこれに準ずる者の期日出頭のための旅費,日当及び宿泊料(同法2条4号),代理人(法定代理人及び特別代理人を除く。)の期日出頭に係る旅費,日当及び宿泊料(同条5号),訴状その他の書類(当該民事訴訟手続の資料とされたものに限る。)の作成及び提出の費用(同条6号),当該書類のうち官庁その他の公の団体又は公証人から交付を受けるものにつきそのために要する費用(同条7号),当該書類のうち訳文に係るものの翻訳料(同条8号)並びに文書又は物(裁判所が取り調べたものに限る。)を裁判所に送付した費用(同条10号)です。
訴訟費用の負担の裁判(民事訴訟法67条)が「執行力」を生じた後に,申立てにより,訴訟費用額の確定手続が行われることになります(同法71条1項)。
3 民事訴訟法71条1項の「執行力」:広義の執行力
民事訴訟法71条1項においては「執行力を生じた」という表現が用いられています。執行力とは,民事訴訟法の学習において出て来る由々しい概念です。
(1)民事訴訟法71条1項における「執行力」は狭義の執行力か:消極
しかして,民事訴訟法71条1項における「執行力」についての説明は,「給付判決が確定するか仮執行の宣言が付せられると,その判決内容どおりに被告が任意に履行しないときには,原告はその判決を債務名義として強制執行の申立てができる」ところ「この債務名義になりうることを判決その他の証書の効力という面からとらえて執行力とよぶ」ということ(新堂幸司『新民事訴訟法(第二版)』(弘文堂・2001年)175頁)でよろしいでしょうか。しかし,これでは執行力は原告のためにのみあるみたいで,原告敗訴で訴訟費用を原告が負担するときの説明としてはちょっと違和感がありますね。より抽象的に,「裁判で命じられた給付内容を実現するために強制執行手続を利用できることを裁判の属性とみて執行力という。通常,執行力といえば,この意味の執行力を指す。この執行力は,判決の中では給付判決のみに生じ,判決の確定をまって生じるのが原則であるが,仮執行宣言によって確定前にも付与される(民執22条1号2号参照)。」という方(新堂624頁)がよろしいでしょうか。しかし,訴訟費用の負担の裁判関係については,なお言及されていません。この点,金子宏=新堂幸司=平井宜男編集代表の『法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣・2008年)の「執行力」の項では,「判決の中では,給付判決のみについて〔略〕執行力が認められ,確認判決や形成判決については,訴訟費用の裁判の部分を除くと,執行力がない。」と説明されており,反対解釈すると,判決中訴訟費用の裁判の部分については常に「強制執行に基づいて給付請求権を実現できる効力」たる執行力があるということになるようです。
しかし,例えば「訴訟費用は,原告の負担とする。」というようなものにすぎない判決中の「訴訟費用の裁判の部分」をもって直ちに強制執行手続ができるものでしょうか。債務名義は「国の強制力によつて執行されるべき請求権の存在及び範囲を表示し,かつ,法律により執行力を付与された裁判又はこれに準ずるものの証書」ですが(法令用語辞典〈第八次改訂版〉309頁),「訴訟費用は,原告の負担とする。」との裁判だけでは,その訴訟費用の償還を原告に求める請求権が被告にあることは分かりますが,その請求権の範囲はなお不定であって,「表示」されているものとはいえません。「債務名義の性質上執行の基準が執行機関に直ちに判定できる程度に特定していることが必要」なのです(三ケ月・民訴法449頁)。また,そもそも訴訟費用の償還請求に係る債務名義は,訴訟費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分であって(民事執行法(昭和54年法律第4号)22条4号の2。なお,当該債務名義の証書性については民事訴訟規則(平成8年最高裁判所規則第5号)26条。),訴訟費用の負担の裁判のみによって強制執行を行うことはできません。
(2)広義の執行力
であれば,民事訴訟法71条1項の「執行力」とは,上記の狭義の執行力ではなく,広義の執行力なのでしょう。広義の執行力とは,「強制執行以外の方法によって判決内容に適合した状態を実現できる性質をいう。たとえば,確定判決に基づいて戸籍簿の記載・訂正,登記の抹消・変更を申請できることを,判決の効力としてみたいい方である(判決によって執行の停止・取消しを申し立てることができるのもやはり広義の執行力の一例である,民執39条〔1項〕1号2号6号7号・40条)」と説明されています(新堂624頁)。訴訟費用の負担の裁判に係る広義の執行力に基づいて,強制執行手続ならぬその前段階の訴訟費用額確定処分を求める申立てができるのだ,と説明することになるのでしょうか。例えば,栗田隆・関西大学教授の「民事訴訟法講義」ウェブサイトの「判決の効力1」においては,「訴訟費用の負担の裁判(67条)は,負担者と負担割合を定めるだけであり,それ自体は債務名義とならず,狭義の執行力を持ち得ない。しかし,この裁判も71条1項で執行力が生ずることが予定されている。この執行力は,広義の執行力である。」と説明されています(下線は筆者によるもの)。谷口安平=井上治典編『新・判例コンメンタール民事訴訟法2 訴訟費用・口頭弁論・送達』(三省堂・1993年)46頁においては,旧民事訴訟法(明治23年法律第29号)100条1項について,「申立ては,費用負担の裁判が確定するなど広義の執行力が生じた後であることを要するが,費用償還請求権が現存する必要はない〔略〕。ここに執行力とは,執行しうべき裁判の意であり,執行力ある債務名義の正本を意味しない(大決大5・6・5民録22輯1137頁〔「〔旧〕民事訴訟法〔旧〕第84条第2項ニ執行シ得ヘキ裁判ト称スルハ執行力アル正本ヲ謂フモノニアラス」〕参照)。仮執行宣言付判決は広義の執行力を有するから(東京高決昭43・10・28下民集19巻9=10号722頁),確定前においても本条の申立ては許される。また担保を条件とする仮執行宣言も執行力を有することに変わりはないから申立てはできるが,費用額確定決定に基づく強制執行は担保を条件とする。」と説かれています(山内八郎。下線は筆者によるもの)。民事訴訟法71条1項の「執行力を生じた」の「執行力」の発生時は,仮執行宣言が付されていないときは,訴訟費用の負担の裁判が含まれる判決についてはその確定時ということになるわけです。「訴訟費用の負担の裁判に対しては,独立して控訴をすることができない。」とされ(民事訴訟法282条),当該規定は上告及び抗告について準用されています(同法313条・331条本文)。
しかし,民事訴訟法の本文に堂々出て来る「執行力」の語が,正統的な狭義の執行力を意味するのではなく,実は枉げて・広義の執行力を意味するのだ,というのではいささか体裁が悪いようです。
(3)民事訴訟法典における「執行力」の用例
ア 現行民事訴訟法
実は「執行力」の語が現行民事訴訟法中に出てくるのは3箇所のみです。その1が同法71条1項,その2は同法73条1項,その3は同法189条1項です。
民事訴訟法189条1項は「この章の規定による過料の裁判は,検察官の命令で執行する。この命令は,執行力のある債務名義と同一の効力を有する。」ということですから,何だか分かりやすい気がします(しかし,民事執行法51条1項は,「第25条の規定により強制執行を実施することができる債務名義の正本〔原則として執行文の付された債務名義の正本〕」をもって「執行力のある債務名義の正本」といっていますね。すなわち,「の正本」が付いています。これに対して民事訴訟法189条1項には「の正本」がありません。しかしてこの点に関しては,「実務上は,過料の裁判が形式的に確定した後,過料の裁判の正本または謄本に検察官が,これに基づいて執行すべきことを命ずる旨を附記して署名押印し,年月日を記入して行なう。したがって,執行命令自体のなかに司法機関による執行力の公証を含んでいるため,執行文の付与を必要とせず,執行力ある債務名義(執行力ある正本)と同一の効力を有するとされているのである」という説明があります(兼子一,松浦馨=新堂幸司=竹下守夫『条解民事訴訟法』(弘文堂・1986年)980-981頁(松浦):旧民事訴訟法270条ノ2の解説)。過料の裁判の正本又は謄本と検察官の命令とが一体となって執行力ある債務名義の正本と同一の効力を有することになるということでしょうか。)。
民事訴訟法73条1項前段は「訴訟が裁判及び和解によらないで完結したときは,申立てにより,第一審裁判所は決定で訴訟費用の負担を命じ,その裁判所の裁判所書記官はその決定が執行力を生じた後にその負担の額を定めなければならない。」と規定していますので(下線は筆者によるもの),同法71条1項と同様の問題があります(しかし,決定は,「相当と認める方法で告知することによって,その効力を生ずる」のですから(同法119条),決定があってから更に「執行力を生」ずるのを待つ必要はないのではないでしょうか。ただし,当該決定に対して即時抗告があると(同法73条2項の準用する同法71条8項(令和4年法律第48号の施行前は第7項))執行停止ということになりますから(民事訴訟法334条1項),当該執行停止中は負担の額を定める処分を裁判所書記官は行ってはならないということになるのでしょう。なお,判決も言渡しによって効力を生ずるはずですが(民事訴訟法250条),それにより強制執行を行うためには確定判決にならなければならないのでした(民事執行法22条1号・旧民事訴訟法518条1項(「執行力アル正本ハ判決ノ確定シタルトキ又ハ仮執行ノ宣言アリタルトキニ限リ之ヲ付与ス」))。)。
民事訴訟法189条の前々身規定は旧民事訴訟法561条ノ2(「過料ノ裁判ハ検事ノ命令ヲ以テ之ヲ執行ス此命令ハ執行力アル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス」)であって大正15年法律第61号(旧民事訴訟法第1編から第5編までを全面改正するもの)によって1929年10月1日から挿入されたもので,その後昭和54年法律第5号により1980年10月1日から前身規定たる旧民事訴訟法270条ノ2(「本章ノ規定ニ依ル過料ノ裁判ハ検察官ノ命令ヲ以テ之ヲ執行ス此ノ命令ハ執行力アル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス/過料ノ裁判ノ執行ハ民事執行法(昭和54年法律第4号)其ノ他強制執行ノ手続ニ関スル法令ノ規定ニ従ヒテ之ヲ為ス但シ執行ヲ為ス前裁判ノ送達ヲ為スコトヲ要セズ」)となっていたものです(なお,旧非訟事件手続法(明治31年法律第14号:現在の題名は「外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律」)においては,当初から旧208条1項が「過料ノ裁判ハ検事ノ命令ヲ以テ之ヲ執行ス此命令ハ執行力ヲ有スル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス」と規定していました。しかし当該規定は,大正15年法律第61号の制定当時においては,民法,民法施行法(明治31年法律第11号),商法(明治32年法律第48号)及び商法施行法(明治32年法律第49号)に規定されている過料事件にのみ適用があったのでした(当時の旧非訟事件手続法旧206条参照。ただし,個別の法律で準用規定を設けることが可能であったことは勿論です(刑法施行法(明治41年法律第29号)50条による改正後の旧々刑事訴訟法(明治23年法律第96号)320条3項参照)。)。)。旧民事訴訟法561条ノ2は同法第6編「強制執行」中にあったので民事執行法の制定の際(1979年)にはそのまま同法中の規定として旧民事訴訟法から去ってしまいそうなものでもありましたが,特に第2編「第一審ノ訴訟手続」中に移動して旧民事訴訟法中に残留したのでした。なお,大正15年法律第61号による旧民事訴訟法の改正前には同法に民事訴訟法189条の前々々身規定があったわけではなく(ただし,旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)553条1項は「・・・過料・・・ノ裁判ハ検察官ノ命令ニ因リ之ヲ執行ス此ノ命令ハ執行力アル債務名義ト同一ノ効力ヲ有ス」とつとに規定していました。),また,民事訴訟法189条は,本来は民事執行法的な旧民事訴訟法第6編の出身であるところです。他方,民事訴訟法73条に対応する旧民事訴訟法104条には「其ノ裁判カ執行力ヲ生シ」云々の文言はありませんでした。したがって,現行民事訴訟法71条1項こそが民事訴訟法における「執行力」の用例の本家本元というべきものでしょう。すなわち,同条の前身規定である旧民事訴訟法100条1項(なお,同条も大正15年法律第61号による旧民事訴訟法改正以後の規定です。)が「裁判所カ訴訟費用ノ負担ヲ定ムル裁判ニ於テ其ノ額ヲ定メサルトキハ第一審ノ受訴裁判所ハ其ノ裁判カ執行力ヲ生シタル後申立ニ因リ決定ヲ以テ之ヲ定ム」と規定していたとともに(下線は筆者によるもの),大正15年法律第61号による改正前から,旧84条2項(「〔訴訟費用額確定の〕申請ハ第72条第2項又ハ上訴取下ノ場合ヲ除ク外執行シ得ヘキ裁判ニ依ルトキニ限リ之ヲ為スコトヲ得」)という古い前々身規定を1890年の旧民事訴訟法制定時以来有していたところです。
イ 旧民事訴訟法旧第6編「強制執行」:「執行力アル正本」と第550条1号と
ただし,旧民事訴訟法の旧第6編「強制執行」中,第550条1号(民事執行法39条1項1号に対応)は「強制執行ハ左ノ書類ヲ提出シタル場合ニ於テ之ヲ停止シ又ハ之ヲ制限スヘシ/第1 執行ス可キ判決若クハ其仮執行ヲ取消ス旨又ハ強制執行ヲ許サストシテ宣言シ若クハ其停止ヲ命シタル旨ヲ記載シタル執行力アル裁判ノ正本」と規定しており,実はここでの「執行力」の用例が,同法100条1項(及び561条ノ2)の「執行力」に先行していたのでした。とはいえ,前記(新堂624頁)のとおり,民事執行法39条1項1号は広義の執行力の働く場合の一つとして例示されていますから,同号及び旧民事訴訟法550条1号の「執行力」は正に広義の執行力なのでしょう。
ちなみに,旧民事訴訟法の当初規定においては執行力の語は39箇所に出現しますが,「執行力アル裁判」という表現は上記第550条1号にあるばかりで,残りの38箇所では全て「執行力アル正本」という形となっています。旧民事訴訟法の当初規定における「執行力アル正本」とは,それぞれ執行文の付された・判決の正本(旧民事訴訟法516条以下),公証人の作った執行証書(同法559条5号・560条・562条),抗告をもってのみ不服を申し立て得る裁判の正本(同法559条1号・560条),裁判上の和解の正本(同法559条3号・560条),訴え提起前の和解の正本(同法559条4号・560条)及びそれを発した後に債権者又は債務者に承継があった場合の執行命令の正本(同法559条2号・560条・561条1項。支払命令(現在の支払督促)に係る仮執行宣言は当該命令に執行命令を付することによってされました(同法旧393条2項)。)並びに執行文の付与不要の・それを発した後に債権者又は債務者に承継がない執行命令の正本(同法561条1項の反対解釈として,通常の執行命令については執行文の付与なしに強制執行が可能であることになります。)です。旧民事訴訟法516条1項は「強制執行ハ執行文ヲ付シタル判決ノ正本ニ基キ之ヲ為ス」と規定し,これが同法560条によって他の債務名義に準用されているのですから(ただし,執行命令に係る同法561条1項に注意),狭義の執行力は,本来は執行力アル正本について観念されたものなのでしょう。前記大審院大正5年6月5日決定は,「〔旧民事訴訟法〕第550条第1号ニ執行力アル裁判ノ正本トアルハ是亦執行シ得ヘキ裁判ノ正本ノ意義ニシテ執行力アル正本ヲ指スモノニアラス」とも判示しています。旧民事訴訟法550条1号の「執行力ノアル裁判ノ正本」については,裁判(判決であれば確定したもの又は仮執行宣言が付されたもの(旧民事訴訟法518条1項参照))の正本であればよく,執行文の付与は不要ということでしょう。
4 1877年ドイツ民事訴訟法とテヒョー及びモッセと
以上狭義の執行力と広義の執行力との関係についてくだくだしい考証をしてしましました。
しかし,法令に関してこの条項はどうも変だなぁというときは,グダグダ思弁するより先に,当該問題条項の出生の秘密を探るべきでしょう。
我が明治の旧民事訴訟法の原案は,ドイツの実務家・テヒョー(Hermann Techow)によって作成されたのでした(三ケ月章『法学入門』(弘文堂・1982年)68頁・73-74頁)。
(1)1877年ドイツ民事訴訟法関連条項
テヒョーが当然参考にしたであろう1877年のドイツ民事訴訟法98条には,我が民事訴訟法71条1項に対応するものとして次のような規定があります。
§. 98.
Der Anspruch auf Erstattung der Prozeßkosten kann nur auf Grund eines zur Zwangsvollstreckung geeigneten Titels geltend gemacht werden.
Das Gesuch um Festsetzung des zu erstattenden Betrags ist bei dem Gericht erster Instanz anzubringen; es kann vor dem Gerichtsschreiber zu Protokoll erklärt werden. Die Kostenberechnung, die zur Mittheilung an den Gegner bestimmte Abschrift derselben und die zur Rechtfertigung der einzelnen Ansätze dienenden Belege sind beizufügen.
第98条 訴訟費用の償還請求は,強制執行をすることができる名義に基づいてのみ主張することができる。
償還されるべき金額の確定の申請は,第一審裁判所に対してされるものとする。当該申請は,調書とするため裁判所書記に対して表明することができる。費用計算書,相手方に対する通知用のその謄本及び各計上項目を証明するため資料が添付されるものとする。
我が民事執行法39条1項1号及び旧民事訴訟法550条1号に対応する1877年ドイツ民事訴訟法691条1号は次のとおりです。我が旧民事訴訟法550条1号は,1877年ドイツ民事訴訟法691条1号を直訳したものでした。旧民事訴訟法550条1号では„vollstreckbare Entscheidung“が「執行力アル裁判」と„das zu vollstreckende Urtheil“が「執行ス可キ判決」と訳し分けられています。
§. 691.
Die Zwangsvollstreckung ist einzustellen oder zu beschränken:
1. wenn die Ausfertigung einer vollstreckbaren Entscheidung vorgelegt wird, aus welcher sich ergiebt, daß das zu vollstreckende Urtheil oder dessen vorläufige Vollstreckbarkeit aufgehoben, oder daß die Zwangsvollstreckung für unzulässig erklärt oder deren Einstellung angeordnet ist;
我が旧民事訴訟法516条1項(民事執行法25条本文)に対応するものは,1877年ドイツ民事訴訟法662条1項であって,同項を直訳したものが旧民事訴訟法516条1項だったのでした。ただし,1877年ドイツ民事訴訟法662条1項には「執行文ヲ付シタル判決ノ正本」をもって「執行力アル正本(vollstreckbare Ausfertigung)」と称する旨注記する括弧書き規定があって,より親切です。
§. 662.
Die Zwangsvollstreckung erfolgt auf Grund einer mit der Vollstreckungsklausel versehenen Ausfertigung des Urtheils (vollstreckbare Ausfertigung).
(2)1877年ドイツ民事訴訟法98条の継受について
1877年ドイツ民事訴訟法98条について検討しましょう。
ア 第2項の継受
1877年ドイツ民事訴訟法98条2項が我が国においてどのように継受されたかは,次に見るように分かりやすいところです。
まず,1891年1月1日から施行された旧民事訴訟法旧84条1項(「弁済ス可キ費用額ノ確定ハ申請ニ因リ訴訟ノ第一審ニ繋属シタル裁判所ノ決定ヲ以テ之ヲ為ス」),3項(「申請ハ口頭ヲ以テ之ヲ為スコトヲ得」及び「申請ニハ費用計算書,相手方ニ付与ス可キ計算書ノ謄本及ヒ各箇費用額ノ疎明ニ必要ナル証書ヲ添附ス可シ」)となり(旧民事訴訟法旧84条3項は証明ではなく疎明でよいとしていますが,1877年ドイツ民事訴訟法99条2項も「計上項目を認めるためには,疎明をもって足りる。(Zur Berücksichtigung eines Ansatzes genügt, daß derselbe glaubhaft gemacht ist.)」と規定していました。),
次に,大正15年法律第61号によって1929年10月1日から改正された旧民事訴訟法100条1項(「裁判所カ訴訟費用ノ負担ヲ定ムル裁判ニ於テ其ノ額ヲ定メサルトキハ第一審ノ受訴裁判所ハ〔略〕申立ニ因リ決定ヲ以テ之ヲ定ム」),150条(「申立其ノ他ノ申述ハ別段ノ規定アル場合ヲ除クノ外書面又ハ口頭ヲ以テ之ヲ為スコトヲ得/口頭ヲ以テ申述ヲ為スニハ裁判所書記官ノ面前ニ於テ陳述ヲ為スコトヲ要ス/前項ノ場合ニ於テハ裁判所書記官調書ヲ作リ之ニ署名捺印スルコトヲ要ス但シ署名捺印ニ代ヘテ記名捺印スルコトヲ得」)及び100条2項(「訴訟費用額ノ確定ヲ求ムル申立ヲ為スニハ費用計算書及其ノ謄本並費用額ノ疎明ニ必要ナル書面ヲ提出スルコトヲ要ス」)となり,
現在は,民事訴訟法71条1項(「訴訟費用の負担の額は,〔略〕申立てにより,第一審裁判所の裁判所書記官が定める。」)及び民事訴訟規則24条(「法第71条(訴訟費用額の確定手続)第1項〔略〕の申立ては,書面でしなければならない。/2 前項の申立てにより訴訟費用〔略〕の負担の額を定める処分を求めるときは,当事者は,費用計算書及び費用額の疎明に必要な書面を裁判所書記官に提出するとともに,同項の書面及び費用計算書について第47条(書類の送付)第1項の直送〔当事者の相手方に対する直接の送付をいい,送付すべき書類の写しの交付又はその書類のファクシミリを利用しての送信によってされる。〕をしなければならない。」)となっているわけです。(訴訟費用額の確定処分を求める申立ては専ら書面によってされるべきものとされた理由は,「〔民事訴訟規則24〕条2項により,「費用計算書及び費用額の疎明に必要な書面」を提出する必要があるので,特に,申立てだけを口頭ですることを認める実益が乏しく,また,申立てに際し数額を示す場合もあることから,正確を期するためにも,書面による方が申立ての趣旨に合っているとも考えられる」からだとされています(最高裁判所事務総局民事局監修『条解民事訴訟規則』(司法協会・1997年)50頁)。)
イ 第1項の継受
しかし,1877年のドイツ民事訴訟法98条1項が我が国においてどのように継受されたのかは,一見してよく分かる,というようにはいかないところです。
1877年ドイツ民事訴訟法98条1項は,訴訟費用(Prozeßkosten)の償還(Erstattung)の請求について規定しています。償還についてであって,額の確定(Festsetzung)についてではありません。であれば,これは当事者間における償還請求権についての規定でしょう。すなわち,「この請求権は,訴訟費用の裁判によってのみ当事者間に発生する法定の請求権であり,当事者のほうからいえば,法定の訴訟費用の範囲内でその弁償を求めようとするかぎり,訴訟費用の裁判手続によるべきで,別訴で独立に訴求することは許されない。」(新堂851頁)ないしは「負担者は自分の支出した費用は当然負担するほか相手方の支弁した費用を弁償しなければならない。この相手方の弁償請求権(訴訟費用償還請求権)は訴訟法の定めるところに従って発生する法定の請求権である」(三ケ月・民訴法177頁(前出))ということになるのでしょう。訴訟法上,債務名義(Schuldtitel)の成立の段階に至って当事者間において訴訟費用償還請求権が発生する,ということでしょうか。
(3)旧民事訴訟法旧84条2項の1877年ドイツ民事訴訟法98条に対する独自性
ア 旧民事訴訟法旧84条2項及び100条1項
旧民事訴訟法旧84条2項は次のように規定しており,1877年ドイツ民事訴訟法98条1項を継受したものではないようです。むしろ同条2項の「確定の申請」に関して敷衍するものの如くです。
〔訴訟費用額確定の〕申請ハ第72条第2項〔訴えの取下げ又は請求の放棄若しくは認諾〕又ハ上訴取下ノ場合ヲ除ク外執行シ得ヘキ裁判ニ依ルトキニ限リ之ヲ為スコトヲ得
これが旧民事訴訟法100条1項では次のようになったわけです。
裁判所カ訴訟費用ノ負担ヲ定ムル裁判ニ於テ其ノ額ヲ定メサルトキハ第一審ノ受訴裁判所ハ其ノ裁判カ執行力ヲ生シタル後申立ニ因リ決定ヲ以テ之ヲ定ム
イ テヒョー原案
ここでテヒョーによる旧民事訴訟法原案における同法旧84条対応規定を見てみると,次のとおりです(法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書24』((社)商事法務研究会・1986年)委員修正民事訴訟規則54-55頁)。
第17条 費用弁償ノ請求ヲ受ケンカ為メ其金額ヲ定メント欲スル原被告ハ初審ヲ為シタル裁判所ニ請願書ヲ出ス可シ其請願書ニハ費用ノ計算書其謄本ノ必要ナル数及ヒ各費目ノ証書ヲ相添フヘシ但裁判所ノ記録ニテ明瞭ナル費目ハ別ニ証書ヲ添フルヲ要セス
請願ハ書記ノ面前ニ於テ口頭ニテ之ヲ調書ニ記載セシムルコトヲ得
裁判所又ハ合議裁判所ノ裁判長又ハ其受命ノ裁判官(第3編第1章第4条参考)ハ其計算書ヲ調査シテ其弁償費用ノ額ヲ確定ス
弁償費用ノ額ヲ確定シタル指令ハ之ヲ計算書ニ添ヒ関係人ニ送達シテ通知ヲ為ス可シ
旧民事訴訟法旧84条2項の「執行シ得ヘキ裁判ニ依ルトキニ限リ」の淵源は,テヒョーではないようです。
テヒョーではないのならば,言い出しっぺは誰か。
ウ モッセと司法省法律取調委員会と
(ア)モッセの仕事
旧民事訴訟法旧84条2項の発案者は,1886年5月10日に内閣顧問として横浜に入港した(長尾龍一「鹿鳴館の挫折とともに――アルバート・モッセ夫妻の『在日書簡集 1886-9年』」『思想としての日本憲法史』(信山社・1997年)56頁)ユダヤ系ドイツ人のアルベルト・モッセ(Albert Mosse)でした。
モッセは1887年4月以降井上馨外務大臣を委員長とする外務省の法律取調委員会で,テヒョー起草の民事訴訟法案再検討の主任となっていましたところ(長尾67-68頁。テヒョーは1884年来日,1886年秋には帰国しています(長尾74頁)。),1887年9月17日の井上外務大臣辞任後は,司法省(山田顕義司法大臣)に移った法律取調委員会(同年10月21日発足)から「テッヒョー起草の民訴法典案を,ボワソナードが起草した治罪法と整合させる作業」をなお委ねられていました(しかしながら,「仏法に適合するように独法的法案を修正する仕事だから,面白くない」ので「結局辞退する〔モッセ夫人1888年3月8日付け書簡〕」に至っています(長尾69頁)。)。この間のモッセの仕事の成果の一つとして,我が旧民事訴訟法旧84条2項は生まれたのでした。なお,モッセによれば,山田顕義は「端的に「馬鹿」(Schafskopf)」🐑だったそうです(1887年11月19日付け書簡。長尾70頁)。
Schafskopf?
旧民事訴訟法旧84条は,次のモッセ案83条(日本近代立法資料叢書24・モッセ氏訴訟法草案(独逸文)36-37頁)に由来するようです。
Art. 83. Die Festsetzung des Betrags der zu erstattenden Kosten erfolgt auf das Gesuch der berechtigten Partei durch Beschluss des Gerichts, bei welchem der Rechtsstreit in erster Instanz anhaengig wurde.
Das Gesuch ist ausser im Falle des Art. 71 Abs. 3 oder der Zuruecknahme eines Rechtsmittels nur zulaessig auf Grund einer vollstreckbaren Verpflichtung ueber die Kosten befindenden Entscheidung.
Das Gesuch kann muendlich erklaert werden.
Dem Gesuch sind die Kostenberechnung, die zur Mittheilung an den Gegner bestimmte Abschrift desselben [sic: derselben] , sowie die zur Glaubhaftmachung der einzelnen Ansaetze erforderlichen Belege beizufuegen.
第83条 償還されるべき費用の額の確定は,権利のある当事者の申請に基づき,当該法律上の争いが第一審において係属した裁判所が決定により行う。
申請は,第71条第3項又は上訴の取下げの場合を除き,費用に係る義務について判断した裁判であって執行され得るものに基づいてのみ認められる。
申請は,口頭ですることができる。
申請には,費用計算書,相手方に対する通知用のその謄本及び各計上項目の疎明に必要な資料が添付されるものとする。
モッセ案83条2項が設けられたのは「原案では,費用確定がいつ及びいかなる名義に基づけば可能となるべきものかが不明確なままである(der Entw. unklar laesst, wann und auf Grund welchen Titels die Kosten festsetzung [sic: Kostenfestsetzung] statthaft sein soll)」からだそうです(日本近代立法資料叢書24・モッセ氏訴訟法草案133頁)。名義としては,訴訟費用の負担に係る裁判ということになるわけでしょう。「執行され得る(vollstreckbar)」という限定が「いつ(wann)」に係るものであれば,判決であれば確定後(令和4年法律第48号による改正後の民事訴訟法71条2項は「前項の申立て〔訴訟費用額確定処分を求める申立て〕は,訴訟費用の負担の裁判が確定した日から10年以内にしなければならない。」と規定しています。),判決以外の裁判であれば執行停止がされていないとき,ということになるのでしょう(また,民事執行法22条3号括弧書き参照)。
(イ)司法省法律取調委員会の議事
1888年4月14日の司法省の法律取調委員会の議事においては,次の案文(修正後)が検討されています(法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書22』((社)商事法務研究会・1985年)法律取調委員会民事訴訟法按議事筆記210頁。下線は筆者によるものであり,第3項は報告委員による修正後のもの)。
第83条 弁償ス可キ費用額ノ確定ハ権利アル原告又ハ被告ノ申請ニ因リ争訟カ第一審ニ於テ繋属シタル裁判所ノ決定ヲ以テ之ヲ為ス
申請ハ第71条第3項又ハ争訟〔上訴〕取下ノ場合ヲ除クノ外費用ニ付キ為シタル執行シ得ヘキ裁判ニ因テノミ之ヲ許ス
其申請ハ裁判所書記ニ口述シテ調書ヲ作ラシムルコトヲ得
申請ニハ費用計算書相手方ニ付与スルニ供シタル計算書ノ謄本及ヒ各個用額ノ疎明ニ必要ナル証書ヲ添フヘシ
第2項に関する議論は次のとおりでした(日本近代立法資料叢書22・民事訴訟法草按議事筆記211頁)。法律取調委員会においては,旧民事訴訟法旧84条2項の「執行シ得ヘキ裁判」にいう裁判とは,本案に係る裁判の部分のことであるとの認識であったようです(しかし,被告勝訴のときの本案の裁判の「執行」とは何か,といった問題は残ります。)。
(〔山田顕義〕委員長)場合ヲ除クノ外単ニ費用ニ関スル裁判ニ因テ執行シ得ベキ場合ヲモ之ヲ許ストハ出来ンカ
(渡邊〔廉吉〕)費用ヲ掲ゲタル裁判デアツテ本案裁判ガ重イノデス更ヘマスレバ費用ヲ掲ゲタル裁判ニ付テ其執行シ得ベキモノニ因テノミトシテモ良シウ御座イマス
(三好〔退蔵〕)執行シ得ベキ時ニテ良クハナイカ
(渡邊)コウ云フ執行シ得ベキ裁判所ガ御座イマスカラ額ヲ定メテ置イテ下サイト言ツテ持ツテ来ルノデス
(南部〔甕男〕)原案デ良シイ
(清岡〔公張〕)費用ニ付キ為シタル裁判ト云フノハオカシイダロウドウシテモ費用計リノ様ニナリマス
(渡邊)反訳デハ費用ヲ掲ゲタルトシテモ差支ハアリマセン
(南部)「費用ニ付キ為シタル」ヲ削ル方ガ差支ガアルマイ
(三好)費用ニ付キ為シタルヲ削ルコトハ出来マセンカ
(本多〔康直〕)醸イマセン
(委員長)削リマスカソウスルト本訴ト見ナケレバナリマセンソレ丈ケノコトハ費用額ノ申請ガ出来ルト云フノダカラ分ルコトハ分ル先キヘヤリマシヨウ
本条ハ「争訟」ハ「上訴」ト正誤第2項「費用ニ付為シタル」ヲ削リ第3項報告委員の修正ニ決ス
(ウ)大正15年法律第61号による旧民事訴訟法の改正に関して
大正15年法律第61号による旧民事訴訟法の改正は,その第100条1項において「訴訟費用ノ負担ヲ定ムル」ところの「其ノ裁判カ執行力ヲ生シタル後」と規定して,清岡公張の懸念に応えて山田顕義がせっかく削った「費用ニ付キ為シタル」の部分が復活したような形となったとともに,「執行シ得ヘキ(vollstreckbar)」を窮屈な専門用語を用いた「執行力ヲ生シタル」に変更してしまったわけです。ドイツ語の„vollstreckbare Entscheidung“の翻訳問題としては,旧民事訴訟法691条1号における訳し分けの結果に改正後の同法100条1項の用語が揃えられたということでしょうか。旧民事訴訟法691条1号の用例においては,「執行ス可キ判決(das zu vollstreckende Urtheil)」は現にその狭義の執行力が執行力アル正本に基づき発現されて強制執行手続が開始されている判決ですが(だから当該強制執行の停止又は制限が問題となります。),「執行力アル裁判(vollstreckbare Entscheidung)ノ正本」は,執行力アル正本ならざる「執行シ得ヘキ裁判ノ正本」であるものとされています(大決大5・6・5)。同号の場合においては「執行力アル」の方が「執行ス可キ」よりも強制執行との関係では縁遠いものであるということでしょうか。執行力アル正本(vollstreckbare Ausfertigung)は執行力アル裁判の正本から更に一歩強制執行に向けて進んで,執行文の付与を受けているものであるわけです。だとすると,Vollstreckbarkeitには段階があるということでしょうか(正に広義の執行力と狭義の執行力と,ということなのでしょう。)。しかし,「執行力アル裁判ノ正本」であっても旧民事訴訟法516条の執行力アル正本ではないからそれに基づいて強制執行はできないということは,玄人ならざる者には分かりづらい。
5 訴訟費用額確定処分の申立て及び訴訟費用償還請求の実施に関して
(1)申立て及び請求の例外性
訴訟費用額の確定処分を求める申立てをして相手方に訴訟費用の償還請求をする訴訟当事者は非常に少ないようです。筆者は8年ほど前に初めて訴訟費用額の確定処分を求める申立て及び訴訟費用の償還請求をしましたが,その際相手方の代理人弁護士の先生から,
齊藤先生は訴訟費用の請求はいつもやっておられるのですか?(変わってますね。)
東京地方裁判所の人も,訴訟費用の請求があるのは年に1件くらいだと言っていますよ。
と嫌味を言われたことがあります。最近の民事訴訟法の教科書においても「もっとも,弁護士報酬は原則として訴訟費用には含まれないことから,訴訟費用額の確定手続が行われることはあまりないといわれている。」と述べられています(山本弘=長谷部由起子=松下淳一著,林昭一補訂『民事訴訟法(第4版)』(有斐閣・2023年)317頁(松下))。
(2)三ケ月先生の熱弁
しかしこの点,後の法務大臣閣下たる若き37歳の三ケ月章助教授(当時)は,つとに1959年1月出版のその著書で,次のように熱く語っておられました。
この訴訟費用の規制に関してはわが国の法制及び実際の慣行は殆ど世界に例がないともいえる程の特異性をもつものである。第一に,民事訴訟法(及び民事訴訟費用法)において訴訟費用とされるものには,現実の訴訟に関する出費の中で大きな部分を占める弁護士報酬が含まれていないということである〔略〕。このことはたとえ勝訴しても(そしてそれが全く当然のことであっても),弁護士の費用は自弁しなければならないことを意味する。既に弁護士報酬の取扱において右の〔訴訟費用の敗訴者負担に係る〕結果責任の思想が崩れている以上,他の訴訟費用の取扱においてもその軽視に傾くのは必定である。かくて第二に,わが国の実務においては,訴訟費用の確定の申立,従って又相手方からのその取立が行われることが甚しく少いという事実となって現れる(これは訴訟法の規定中相当大きな部分を占める訴訟費用に関する規定が殆ど動いていないということを意味する)。かくて弁護士費用は勿論のこと,法が相手方から取立てることを許容する狭義の訴訟費用についても,勝訴者は権利の上に眠っているのが実情である。これは訴訟に当って費用自弁はやむをえざる害悪であるという観念がひろく瀰漫しているということに他ならないが,それは本来あるべき訴訟像を歪めて国民の前に投影して結果的に訴訟による権利の救済から国民を無意識的に遠ざけている一つの原因をなしているとみることは決して誇張ではない。更に費用の負担を通じての制裁的機能の麻痺は濫訴(とくに濫上訴)の弊を助長する方向に働いていることも否めないのである。訴訟に対する当事者の真率さは敗訴費用負担の原則がきびしく,又実効的に貫かれるときにのみ担保されるということは,不幸にして民事訴訟制度の歴史の教えるところである。かくみてくれば訴訟費用の点に関するわが国の立法及び実務上の慣行は大きな欠陥をもち,健全な司法制度の運営という見地からは深甚の反省が加えらるべき点であると考える。
(三ケ月・民訴法358-359頁)
オックスフォード大学のグッドハート教授は「〔略〕訴訟費用(の負担の原則)は正当な請求をなす原告にとっては攻撃の補助的武器であり,又不当な裁判沙汰にされた被告にとっての楯である」とさえ断ずる〔略〕。
(三ケ月・民訴法359頁(註2))
訴訟費用請求権の放棄それ自体は当事者の自由処分に委ねられるものであるが,法律が訴訟制度の一環として訴訟費用償還請求権を認める以上,明示の反対の意思の表明されない限り訴訟費用を取立てる権限は訴訟代理権に当然包含されるとみるべく,実体法上の訴訟委任契約も原則としてそこまで義務づけていると解すべきである(〔旧民事訴訟法〕81条は「弁済の受領」と規定しているが〔現行民事訴訟法55条1項〕母法のドイツ民訴法81条ははっきりと「相手方から取立てるべき費用の受領」と規定し〔旧民事訴訟法旧65条1項も「訴訟委任ハ〔略〕相手方ヨリ弁済スル費用ノ領収ヲ為ス権ヲ授与ス」と規定〕,解釈上もこれは費用のみの特則で訴訟物の弁済の受領はここに含まれず特段の授権を要すると解されていることを注意すべきである,Baumbach, §82.)。従って委任を受けた訴訟代理人たる弁護士は訴訟費用の確定・取立まで責任をもつべきものであって(これとその報酬を別にとるということとは別問題である。ドイツ弁護士報酬条例23条3号参照),それを怠り,又は軽々に請求権の放棄を勧奨することは問題であるというべきである。
(三ケ月・民訴法360頁)
確かに,「費用額確定手続は,本案に付随する事務手続たる性格を有することから,申立てには手数料は必要とされないし,訴訟代理人を通じてする場合には第1審の訴訟代理権に訴訟額確定手続の申立権限は含まれているものと扱われるため,あらためての委任状(授権)を要しない」ものとされています(笠井正俊=越山和広編『新・コンメンタール民事訴訟法』(日本評論社・2010年)241頁(堀野出))。
(3)申立て及び請求事務処理に対する報酬
ところで,「訴訟費用額の確定・請求の事務処理を報酬放棄の無料でサービスせよ!」と言われてそれに唯々諾々と従えば,非行ではないとしても,これはかえって弁護士としての品位を失うことになるのではないでしょうか(弁護士法(昭和24年法律第105号)56条1項参照)。「弁護士報酬は公定されている(連邦弁護士手数料法)」ところのドイツにおいては,「原則として「法定報酬を下まわる報酬の合意は許されない」。「連邦弁護士手数料法の定める報酬額は最低報酬額であり,これ以下の報酬を約することは仕事の安売りであり弁護士身分の名誉をそこなうものとして」「良俗違反として無効と解されている」。」と紹介されていたところです(来栖三郎『契約法』(有斐閣・1974年)531頁(註1)の(3))。確かに,無償で人を利用しようという虫の良い考え方に際限なく従っていては身が持ちませんし,社会的にもよろしくないでしょう。筆者は,ハンバーガー🍔ショップにおける「スマイル ¥0」との価格表示にかつて憤然としていたところですが(本場の米国ではむしろ顧客の方から店員に“Hello”と声をかけてにっこり挨拶をするのが普通でしょう。),我が国現時の生産性の停滞の原因にはこの過剰思いやりサービス要求を受けての労働者らの疲弊(「働いたら負け」)ということもあるのではないでしょうか。
とはいえ,弁護士による訴訟費用額の確定処分の申立て・請求は勝訴に伴うものとして,その事務処理報酬は,成功報酬のうちに含まれているものと考えるべきなのでしょう。筆者はそう考えて,勝訴の場合には,訴訟費用額の確定処分の申立てを行った上で訴訟費用償還金の請求を行っています。
(4)電話(ウェブ)会議期日の出頭日当の訴訟費用該当性
しかして最近当該業務を行った際の確認事実を一つ,ここで御紹介して本稿を閉じたいと思います。
『判例時報』2291号(2016年6月11日号)の尾島明=佐古智昭「許可抗告事件の実情――平成26年度――」16-17頁の紹介する最高裁判所平成26年(許)第35号同年12日17日決定によって,代表者ないし代理人が電話会議の方法による弁論準備手続期日に出頭しないで関与した期日の「日当」(民事訴訟費用等に関する法律2条4号・5号)が訴訟費用として認められましたが,書面による準備手続における「裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法」による協議(民事訴訟法176条2項)に係る「日当」は訴訟費用に含まれない旨今般裁判所から御教示を受けました。上記最高裁判所決定が「正当として是認することができる」とお墨付きを与えた原審決定である札幌高等裁判所平成26年6月25日決定は「費用法2条4号,5号は,当事者等又は代理人が期日に出頭するための「日当」が,当事者等又はその他の者が負担すべき民事訴訟等の費用の範囲であり,その額は「出頭・・・に現実に要した日数」に応じて最高裁判所が定める額である旨定めているところ,電話会議の方法による弁論準備手続期日に出頭しないでその手続に関与した場合でも,「期日に出頭しないで同項(注:民訴法170条3項)の手続に関与した当事者は,その期日に出頭したものとみなす」とされており(同条4項),費用法は,前記の場合を「日当」の対象から除外していない。そうすると,前記の場合においても「日当」を訴訟費用額として認めた本件処分は相当である。」ということだったそうなので,反対解釈して,民事訴訟法170条4項に対応する規定を有しない・書面による準備手続における電話(ウェブ)会議の方法による協議については確かに,民事訴訟費用等に関する法律2条4号・5号の「日当」を観念できないことになるわけです。
日当概念は現在の国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年法律第114号)及びその施行令(令和6年政令第306号)等からは消えてしまっていますが,日当は,従来,「法令上の用語としては,実費弁償の性質を有する旅費の1種として用いられている。すなわち,国家公務員等の旅費に関する法律6条1項で,「旅費の種類は,鉄道費,・・・日当,宿泊料・・・とする」と,同条6項で「日当は,旅行中の日数に応じ一日当たりの定額により支給する」と規定し,「日当」は,旅費のうち,運賃その他,他の種類のものには含まれない旅行中の昼食代その他の雑費の支払に充てるため,実費弁償として定額支給される旅費の一種であることを示している。」とされ,かつ,「日当が報酬と異なるものであることは,例えば,刑事訴訟法38条2項の規定,すなわち,「前項の規定により選任された弁護人は,旅費,日当,宿泊料及び報酬を請求することができる」などからも明らかであろう」とされていました(法令用語辞典〈第八次改訂版〉595頁)。ということであれば,日当は現実の場所的移動に伴うその間の「昼食代その他の雑費の支払に充てるため」のものということになりますから,なまじい国家公務員等の旅費に関する法律等における上記日当概念に関する知識がある者は,場所的移動を伴わない電話(ウェブ)会議への参加に日当は出るのであろうかと悩むところがあったことでしょう。しかし裁判所においては,民亊訴訟法170条4項の力による割り切りがされたということでしょう。
なお,日本弁護士連合会旧報酬等基準規程3条2項の「日当」は,「弁護士が,委任事務処理のために事務所所在地を離れ,移動によってその事件等のために拘束されること(委任事務処理自体による拘束を除く。)の対価をいう」ものとされていますから,実費弁償の性質を有する国家公務員等の旅費に関する法律等における旧日当概念とは異なるわけです。


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