第1 持統天皇と天武天皇と

 

1 持統天皇による禁制

 『日本書紀』によれば,持統称制三年「十二月の己酉の朔の丙辰〔十二月八日ですので,西暦ではもう690年でしょう。〕双六(すぐろく)禁断(いさめや)む。」とあります。

この「双六」については,小学館の『新編日本古典文学全集4 日本書紀③』の註(500頁)に「駒と賽で行う室内遊戯。養老「雑律」に「博戯して財物を賭」けるを禁じ,その注に「双六樗蒲,雖不賭即坐」とある。『続紀』天平勝宝六年十月条にも双六禁断の勅が出されたとみえる。」とあります。「樗蒲」は「ちょほ」又は「ちょぼ」と読んで,「一種のばくち」であるとされています(『角川新字源 第123版』(1978年))。養老律の注では「賭け()ると雖も即ち坐す」ということで,賭けなくともそれで遊んだだけで罰せられるということですから,厳しい。なお,博は「すごろく」です(角川新字源)。「賭」の字については,「貝と,音符者シヤ→ト(ねらう意→射セキ)とから成り,財貨をねらって事をする,「かける」意を表わす。」との説明がされています(同)。

(天平勝宝六年十月754年)の孝謙天皇(持統天皇の玄孫)の勅は,「勅すらく。官人百姓,憲法を畏れず,私かに徒衆を聚め,意に任せて双六して,淫迷するに至る。子父に順ふ無く,終に家業を亡ひ,亦孝道を虧く。斯に因て,京畿七道の諸国に仰て,固く禁断せ令めよ。其六位已下は,男女を論ずること無く,決杖一百〔以下略〕」というものでした。)

なお,「賭博」は博戯と賭事とに分かれますが(平成7年法律第91号による改正前の刑法(明治40年法律第45号)185条は「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者ハ50万円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス但一時ノ娯楽ニ供スル物ヲ賭シタル者ハ此限ニ在ラス」と規定していました。現在は「賭博をした者は,50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし,一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは,この限りでない。」です。),「一般に,行為者自身(又はその代理人)の動作により勝敗が決せられる,賭将棋や賭麻雀が博戯であり,行為者の動作等と無関係に結果が出る場合が賭事であるとされてきた。その限界は必ずしも明確でないが,どちらにせよ同様に処罰されるので厳密に論じる実益に乏しい。」とのことです(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)492頁註2)。


双六岳
 北アルプスの双六岳(巻き道を通る横着をしてはなりません。)

 

2 最高裁判所の理解等

「賭博行為は,一面互に自己の財物を自己の好むところに投ずるだけであつて,他人の財産権をその意に反して侵害するものではなく,従つて,一見各人に任かされた自由行為に属し罪悪と称するに足りないようにも見えるが,しかし,他面勤労その他正当な原因に因るのでなく,単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは,国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ,健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法271〔「すべて国民は,勤労の権利を有し,義務を負ふ。」〕参照)を害するばかりでなく,甚だしきは暴行,脅迫,殺傷,強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらあるのである。これわが国においては一時の娯楽に供する物を賭した場合の外単なる賭博でもこれを犯罪としその他常習賭博,賭場開張等又は富籖に関する行為を罰する所以であつて,これ等の行為は畢竟公益に関する犯罪中の風俗を害する罪であり(旧刑法第2篇第6章参照),新憲法にいわゆる公共の福祉に反するものといわなければならない。」とは最高裁判所大法廷昭和25年(1950年)1122日判決(刑集4112380頁)における弁護人の上告趣意に対するお説教です。しかして,当該有り難いお説教を踏まえて前記養老律の注(「賭け不ると雖も即ち坐す」)のいわんとすることを忖度すれば――他人の財物の獲得云々以前に――怠惰にゲームばっかりしていて働かない奴は勤労の美風を害してけしからず目障りなのでそれだけでも当罰性があるのだ,ということでしょうか。日がな一日PCを睨んでソリティアばかりして(令和の今でもソリティアでよいのでしょうか?)ちっとも働かない窓際をぢさんらは,当局者の発する「やってる感」をこそ選好する善良な国民の(他人の)「勤労の美風」信仰を愚弄するような存在ではあるものの,見当はずれの余計なことをして彼らの捨扶持(すてぶち)額を超えた積極損害を国民経済にもたらすことはないのだからむしろその方がよいではないか,と考えてはいけないのでしょう。

あるいは博戯のような悪業を奨励すると罰が当たって冥加が尽きるというような心配もなかったものかどうか。

 

3 天武天皇の博戯奨励並びにその不豫及び崩御

『日本書紀』天武天皇十四年九月(西暦では685年)条には「辛酉〔十八日〕に,天皇(すめらみこと)大安(おほあん)殿(どの)(おは)しまして,(おほきみ)(まへつきみ)(たち)を殿の前に()して,博戯せしめたまふ以令博戯()の日に,宮処(みやところの)(おほきみ)・難波王・竹田王・三国真人(とも)(たり)・県犬養宿禰大侶(おほとも)・大伴宿禰御行(みゆき)境部(さかひべの)宿禰石積(いはつみ)(おほの)朝臣(ほむ)()采女(うねめの)朝臣(ちく)()・藤原朝臣大島(おほしま)(すべ)て十人に,御衣(おほみそ)(はかま)を賜ふ。」とあるところ,博戯を奨励してしまった天武天皇(持統天皇の夫)は,6日後の同月二十四日(丁卯)に病気になってしまい(体不豫),「三日〔間〕大官大寺・川原寺・飛鳥寺に誦経せしむ」という騒動になっています(同天皇は,翌年九月九日に崩御。)。やはりばくち(博打)はよろしくありません。

なお,天武天皇がさせたという博戯については,『新編日本古典文学全集4 日本書紀③』の註(450頁)に「ばくち。当時のその方法については未詳。『史記』巻百二十九・貨殖伝に「博戯ハ悪業也。而シテ桓発之ヲ用ヰテ富ム」。」とあるばかりで,具体的な内容はそこでは不明です。ただし「悪業」だという認識は皆持っていたはずだろう,というのが註釈者の考えなのでしょう。

「日本では,賭博は古くから違法なものと考えられており,妾がそれほど違法と考えられなかった時代においてさえ,賭博は違法とされていたようである。〔大〕判昭和13330日(民集17-578)は,賭博をするための資金を貸す場合のみならず,賭博後の弁済資金を貸すことも,賭博をなすことを容易にするから,公序良俗に反するとした。」(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)234-235頁)といわれる我が醇風美俗の濫觴は,前記持統称制三年の禁制にあるのでしょう。

 なお,天武天皇の妻は,持統天皇一人ではありませんでした。

 

第2 新律綱領と児島惟謙の意見及びナポレオンの刑法典4101項等と

 

1 新律綱領の賭博処罰規定

明治三年十二月二十日(187129日)頒布の新律綱領の巻五の雑犯律の中に賭博処罰に係る次の規定がありました。

 

    賭博

 凡財物ヲ賭シ。博戯ヲ為ス者ハ。皆杖80。賭場ノ財物ハ。官ニ入ル。其賭房ヲ開張スル人ハ。其列ニ与ラスト雖モ。同罪。飲食ヲ賭スル者ハ。論スル(〔こと〕)勿レ。

 若シ産業無クシテ。常ニ腰刀ヲ挟帯シ。無頼ノ徒ヲ招結シ。賭場ヲ開張シ。四鄰ニ横行スル者ハ。皆流一等〔「流一等」は,北海道で役1年〕

 

 「80」なので,明治天皇は,「決杖百」の孝謙女帝よりも優しい。

 新律綱領巻一の名例律上の中の閏刑条によれば,士族・卒の場合,杖80は閉門80日,流は辺戍(北海道で辺疆の戍役に就く)となり,「若シ賊盗。及ヒ賭博等ノ罪ヲ犯シ。廉恥ヲ破ルヿ甚シキ者。笞杖ニ該ルハ。廃シテ庶人ト為スニ止メ。徒以上ハ。仍本刑ヲ加フ。」ということでした。ただし,賭博については,明治五年五月十四日(1872619日)以降「除族」にはせず,「常律ト一体ニ閏刑」が科せられることとなっていたそうです(霞信彦「児島惟謙「賭博罪廃止意見」に関する若干の考察」同『明治初期刑事法の基礎的研究』(慶応義塾大学法学研究会・1990年)132頁参照)。

 

2 児島惟謙の賭博罪廃止意見

ところで,18924月に問題となった司法高官の行った賭博に係る弄花事件(「大審院長児島惟謙をはじめ,同院判事の中定勝,栗塚省吾,加藤祖一,高木豊三,岸本辰雄,亀山貞義らが,日本橋浜町の待合茶屋初音屋などで,しばしば芸妓を交え,花札を使用して金銭をかけ,()くち(●●)をしたという事件で,その風聞が新聞に取り上げられ,大審院をゆるがす大問題となった」もの(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁))の中心人物の一人であった児島惟謙は,ある意味一貫性のある人物でした。(なお,弄花事件の「事の発端は,大審院検事磯部四郎が,同僚と雑談中にこれをしゃべったことにあっ」て,「磯部は,問題が大きくなって55日に辞表を出す」に至っています(大久保178頁)。)

 実は児島は,少壮の大坂裁判所司法少判事時代において既に,司法卿(江藤新平)及び同大輔(福岡孝弟)宛てに1873318日付け及び同年418日付けの2件の「伺」を提出し,新律綱領において設けられた賭博罪規定について疑義を呈していたのでした(霞129-131頁)。

318日付けの伺にいわく。

 

 賭博ハ天下ノ制禁ニシテ〔略〕是(〔けだし〕)労セスシテ巨利ヲ(〔ねらひ〕)シコトヲ慮リ遂ニ産業ヲ破リ(ママ)〔賊〕盗ノ階梯タランコトヲ責レハナリ然リ而シテ翻テ之ヲ考ルニ止タ骰子骨牌ヲ用ヒ僅々数銭ヲ賭注スルカ如キ真箇一時ノ遊戯ニシテ彼ノ(ママ)〔黠〕商猾民時価ノ低昂ヲ計リ空(〔たく〕)〔空の袋〕ヲ賄シテ巨利ヲ釣リ一敗直チニ窮民ニ陥ル如キ者ニ比スル時ハ其情状固ヨリ霄壤懸隔ス

 然ルニ其情ノ悪ムヘキ所ノ者〔投機〕ハ従来黙許ニ属シ其諒スヘキ所ノ者〔真箇一時ノ遊戯〕ハ法ニ依リテ科スル亦苛ナラスヤ況ヤ今親ク交際スル所ノ欧亜各洲ニ於テ已ニ之ヲ禁セス故ニ(〔も〕)シ内外人民共ニ謀テ賭注セハ他ノ罪ヲ問フ能ハスシテ特リ我人民ヲ責ム亦至公ノ理ニ近カラサルニ似タリ(ママ)〔冀〕クハ広ク万国ノ法ニ倣ヒ賭博ノ律ヲ廃センコトヲ若シ夫天下ノ成憲遂ニ変更スル能ハスンハ新タニ其軽重ヲ衡スルノ条例ヲ起シ情状的実候様有之度(〔さうらふやうこれありたく〕)此段宜敷(〔よろしく〕)御評議ヲ希候也

 (霞129頁)

 

 児島はヨーロッパの例を引いていますが,確かに,ドイツでは「単純賭博を処罰しない」そうです(前田491頁註1。ただし,当局の許可を得ずに公然と(öffentlich)催される賭博(Glücksspiel)に参加した者が処罰される規定(ドイツ刑法285条)のみがある,ということですから,むしろ「非公然賭博及び当局の許可を得た公然賭博を処罰しない」と言う方が精確でしょう。)。ところが,上記児島伺を撥ねつける187343日の司法省の指令においては「仏律第410条ノ厳ナルヲ見ルヘシ」とあって(霞130頁),フランスでは単純賭博をも処罰していると指摘するもののようです。確かに,当時の箕作麟祥訳のフランス刑法4101項は「賭博場ヲ設ケ人ヲシテ自由ニ入ラシメシ者又ハ賭博場ニ管スル者ニ於テ唱邀ヲ為シ人ヲ入ラシメシ者及ヒ其賭博場ニ於テ賭博ヲ為ス者又ハ法律ニ於テ允許セサル賑給場ヲ設ケシ者及ヒ其場所ノ管当者又ハ其他管照ノ托ヲ得タル者等ハ2月ヨリ少カラス6月ヨリ多カラサル時間禁錮ノ刑ニ処セラレ且100「フランク」ヨリ少カラス6000「フランク」ヨリ多カラサル罰金ノ言渡ヲ受ク可シ」であったそうです(霞136-137頁註5。下線は筆者によるもの)。しかし,箕作訳は精確であったものかどうか。

 

3 ナポレオンの刑法典4101項等

 

(1)ナポレオンの刑法典4101

 1810年のナポレオンの刑法典の第4101項は次のとおりでした。

 

  Ceux qui auront tenu une maison de jeux de hasard, et y auront admis le public, soit librement, soit sur la présentation des intéressés ou affiliés, les banquiers de cette maison, tous ceux qui auront établi ou tenu des loteries non autorisées par la loi, tous administrateurs, préposés ou agents de ces établissements, seront punis d'un emprisonnement de deux mois au moins et de six mois au plus, et d'une amende de cent francs à six mille francs.

 

 拙訳では,次のとおり。

 

  賭場施設を開張し,かつ,自由に,又は関係者若しくは会員の紹介に基づいてそこに公衆を入場せしめた全ての者,当該賭場における胴元,法律によって認められていない富籤を施設し,又は営んだ全ての者,これらの施設の全ての管理者,係員又は仲介者は,2月以上6月以下の懲役及び100フランから6000フランまでの罰金に処せられる。

 

「開張」は,漢和辞典的には「店を開いて商売する」ことです(角川新字源)。我が刑法1862項前段的には「賭博場開張とは,行為者自身が中心となって,その支配下に賭博をさせる場所を開設することである。〔略〕設備のいかんは問わず,また一時的な開設でもよい。」とされています(前田494頁)。ただし,ナポレオンの刑法典4101項のmaisonの場合は,「設備のいかんは問わず」というわけにはいかないのでしょう。

箕作は「賭博ヲ為ス者」と,一般化してしまった表現を採用していますが,banquierはトランプや賭博の「親」又は胴元の意味です(『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1985年))。「親」又は胴元相手に賭けをする者はponte(「[ルーレット・バカラで]胴元に対抗して賭ける人」(ロワイヤル仏和中辞典))であるべきところ,banquiersならざるこれらpontesは,本来的には罰せられるべき者ではないのでしょう。(『ロワイヤル仏和中辞典』はまた,banquierに「出資者」の訳語を充てていますが,これは「個人的に,かつ,商業的意図なしに他者に金銭を貸す者」ということですので(Le Nouveau Petit Robert (1993)),ここにおいて処罰されるべき者ではないでしょう。)

ナポレオンの刑法典の第410条は,その第3編「重罪,軽罪及びそれらの刑罰」中第2章「私人に対する(contre les particuliers)重罪及び軽罪」の第2節「財産に対する重罪及び軽罪」の第2款「破産犯罪,詐欺及びその他の不正行為(Banqueroutes, Escroqueries, et autres espèces de Fraude)」中第3目「賭場施設,富籤及び質屋に対する規則違反(Contravention aux Règlements sur les maison de jeu, les loteries, et les maisons de prêt sur gages)」に属するものです。同条の保護法益に係る刑法典中の当該位置付けからすると,同条については,賭場施設の経営者が大数の法則に乗じて哀れなギャンブル中毒者の「財産に対して危険を与えるから処罰するという説明」が可能で,「この賭博罪を一種の財産犯として捉える考え方を徹底すると,自ら財産的損害を被る単純賭博は処罰すべきではない」ということになるようです(前田491頁参照)。スタンダールいわく,“La loterie: duperie certaine et bonheur cherché par des fous.”(富籤。すなわち,確実な騙取の業にして分別を失った者たちによって求められる幸福。)と(Le Nouveau Petit Robert)。

「賑給」は「金品をほどこしあたえる」という意味ですが(角川新字源),箕作の言う賑給場は富籤札を発給する場所ということでしょうか。

 

(2)ナポレオンの刑法典4755

なお,ナポレオンの刑法典は更に,その第4編「違警罪及び刑」中第4755号において,6フラン以上10フラン以下の科料に処せられる者として次の者を掲げていました。

 

 5° Ceux qui auront établi ou tenu dans les rues, chemins, places ou lieux publics, des jeux de loterie ou d'autres jeux de hasard

 五 街頭,路上,広場又は公共の場所において,籤引き又は他の賭博を施設し,又は催した者

 

4101項の賭場施設(maison de jeux de hasard)のようなそれ用の立派な施設におけるものではなくて,屋外で臨時かつ簡易に行なわれるもののようです。

 

当時のフランス刑法に関する詳しい事情を知るには,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の起草に際して表明されたボワソナアド(フランスからの御雇外国人)の見解に当たることが有益でしょう。

 

第3 旧刑法

 

1 条文

旧刑法の第2編「公益ニ関スル重罪軽罪」中第6章「風俗ヲ害スル罪」には,次の諸規定がありました。

 

 第260条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図リ又ハ博徒ヲ招結シタル者ハ3月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ10円以上100円以下ノ罰金ヲ附加ス

 第261条 財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス其情ヲ知テ房屋ヲ給与シタル者亦同シ但飲食物ヲ賭スル者ハ此限ニ在ラス

  賭博ノ器具財物其現場ニ在ル者ハ之ヲ没収ス

 第262条 財物ヲ醵集シ富籤ヲ以テ利益ヲ僥倖スルノ業ヲ興行シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

また,第4編「違警罪」中4284号は,「路上ニ於テ賭博ニ類スル商業ヲ為シタル者」を1日の拘留又は10銭以上1円以下の科料に処するものとしていました。

 

2 単純賭博罪規定(旧刑法261条)の条文立案作業

旧刑法261条は,単純賭博を罰するものの現行犯罪たるもののみを対象とする点において,単純賭博を単純に処罰する現行刑法185条と異なり,他方pontesも罰せられるのですから,banquiersを罰する建前のナポレオンの刑法典とも異なっています。

 

(1)司法省内案の変遷

ボワソナアドの協力の下に行われた司法省による旧刑法261条の条文立案作業(1876年から1877年まで)におけるその文言の変遷を必要に応じて同法260条のそれと共にたどると次のとおり。

 

 まず,第1案(この段階から,「一般ノ風俗ヲ害シ及ヒ教法ニ対スル不敬ノ罪」の章中にありました。)。

 

 第3条 自己ノ利ヲ得ル為メ賭場ヲ開張シタル者ハ1月ヨリ6月ニ至ル重禁錮20円ヨリ100円ニ至ル罰金ニ処ス

  (『日本刑法草案会議筆記第分冊』(早稲田大学出版部・1977年)1427頁)

4条 賭場ニ於テ現ニ賭博ヲ為ス者ハ2円ヨリ10円ニ至ル罰金ニ処ス

  賭博ニ用ヒタル財物ハ没収ス

  (第分冊1428

 

 第2案(初案)。

 

 第309条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図ル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮20円以上100円以下ノ罰金ニ処ス

 第310条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博戯ヲ為ス者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮10円以上50円以下ノ罰金ニ処シ其財物ハ之ヲ没収ス

  (第分冊1436

 

 第2案の校正第1案(第1稿)。

 

 第 条 自己ノ利ヲ図リ家屋又ハ公ケノ場所ニ於テ賭博ヲ為サシメタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮10円以上100円以下ノ罰金ニ処ス

 第 条 前条ニ記載シタル場所ニ於テ現ニ賭博ヲ為ス者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮5円以上50円以下ノ罰金ニ処ス賭博ニ用ヒタル(ママ)物ハ没収ス

  現ニ飲食物ヲ賭シ又ハ戯ニ賭博ヲ為シタル者ハ本条ノ刑ヲ科サス

  (第Ⅲ分冊1442頁)

 

 第2案校正第1案の第2稿。

 

 第299条 賭場ヲ開張シテ利ヲ図ル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮10円以上100円以下ノ罰金ニ処ス

 第300条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ15日以上3月以下ノ重禁錮5円以上50円以下ノ罰金ニ処シ且其財物ヲ没収ス但戯ニ飲食物ヲ賭スル者ハ其罪ヲ論セス

  (第分冊1443頁)

 

 18771128日に太政官に上呈された司法省の確定稿(「一般ノ風俗ヲ害シ及ヒ教法ニ対スル不敬ノ罪」の章中にありました。)。

 

 第294条 公然財物ヲ賭シテ現ニ博奕ヲ為シタル者ハ15日以上2月以下ノ重禁錮3円以上30円以下ノ罰金ニ処シ現場ノ器具財物ヲ没収ス但戯ニ飲食物ヲ賭スル者ハ其罪ヲ論セス

  (第分冊1423

 

(2)ボワソナアドのProjet

なお,ボワソナアドのProjet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon (1886)には,賭博罪に対応するフランス語条文として次のものが掲げられています。

 

  293.  Sera puni d’un emprisonnement avec travail de 1 à 3 mois et d’une amende de 5 à 50 yens quiconque aura tenu des jeux de hasard dans sa maison ou dans un lieu public, pour en tirer un profit personnel.

294.  Seront punis d’un emprisonnement avec travail de 15 jours à 2 mois et d’une amende de 3 à 30 yens tous individus trouvés en flagrant délit de jeu de hasard, dans les conditions de l’article précédent.

Les enjeux seront confisqués.

Sont exceptés de la présente disposition les jeux de hasard purement gratuits ou portant seulement sur des objets de consommation actuelle et de pur agrément.

  (Boissonade: pp.801-802

 

 拙訳は,次のとおり。

 

  第293条 利益を図って自己の施設又は公の場所で賭博を催す者は,1月から3月までの重禁錮及び5円から50円までの罰金に処せられる。

  第294条 前条に規定する場合において,現に賭博を行っている際発覚した全ての個人は,15日から2月までの重禁錮及び3円から30円までの罰金に処せられる。

    賭けられた物は,没収される。

    この規定は,純粋に無償のものとしてされる賭博又はその場において消費される純粋な娯楽のための物のみが賭けられた賭博については適用されない。

 

(3)司法省確定稿の単純賭博罪規定と旧刑法のそれとの比較

司法省確定稿294条((1)オ)と旧刑法261条とを比較すると(両者の間には太政官の刑法草案審査局の審査及び元老院の審議が介在しています。),刑が重くなっているほか(15日以上2月以下ノ重禁錮1月以上6月以下ノ重禁錮,3円以上30円以下ノ罰金5円以上50円以下ノ罰金),「公然」性要件が落ち,③知情房屋給与者(旧刑法260条の図利賭場開張者とは異なります。)も同罪とされて(これはあるいは,新律綱領における「其賭房ヲ開張スル人ハ〔同人に図利目的は要求されていません。〕。其列ニ与ラスト雖モ。同罪。」の影響でしょうか。),④「戯ニ飲食物ヲ賭スル者」から「戯ニ」が落ちているほか(確かに,新律綱領では「戯ニ」との限定が付されてはいませんでした。),⑤没収対象の器具財物に「賭博ノ」との限定が付されています(なお,現行刑法の賭博(事+戯)とは異なり,旧刑法2612項の「賭博」は,財物をした奕という意味のようでもあります。)。

以下においては,単純賭博は現行犯罪であるもののみが罰されることになった理由及び落とされた公然性要件の意味並びにそもそも単純賭博も罰せられることになったことに係る事情を中心に検討しましょう。

 

3 単純賭博罪に係る現行犯罪性要件の導入に関して

 

(1)ボワソナアドによるナポレオンの刑法典410条運用関連説明

司法省内第1案の第3条に関する鶴田皓との議論の際(21)ア)における次のボワソナアドの発言が注目されます。

 

 然リ〔第3条は〕仏国刑法第410条ノ例ニ傚ヒタル者ナリ尤同条ニハ自ラ賭博ヲ為シタル罪ナケレ𪜈(〔ども〕)元来賭場ヲ開張シタル者ヲ罰スル以上ハ其現ニ自ラ賭博ヲ為シタル者ヲモ罰セサル可カラス仏国ノ実際ニ於テハ或ヒハ然リ之レハ矢張共ニ之ヲ開張シテ賭博ヲ為シタル者ト見做ス故ナリ故ニ日本刑法ニハ其自ラ賭博ヲ為シタル罪ヲ次条ニ置キタリ

 (第分冊1427頁)

 

「或ヒハ然リ」ということでややはっきりしないところがありますが,ナポレオンの刑法典4101項の解釈においては,pontesは不可罰の必要的共犯とはされなかった,ということでしょうか。確かに,同項の罪は賭場施設への公衆の入場を許した時に成立するので,当該入場者(admis)にとどまる限りにおいては不可罰の必要的共犯であるのでしょう。しかしそこから先,banquiersなど相手に賭博を始めて,admisからponteにまでなってしまうと,賭博による当該賭場施設の金儲けに協力する共犯になってしまうということなのでしょう。賭博は一人ではできません。ただし,ボワソナアドは後には「フランス法は単純賭博者(les simples joueurs)を罰することは決して(aucunement)ない,罰するのは賭博の主催者(entrepreneurs de jeux)のみである(第410条及び第4755号)。」と述べてはいます(Boissonade: p.811(d))。

 

(2)単純賭博罪の証拠の性質及びそれに伴う捜査上の問題論等

現行犯罪としての単純賭博のみが罰せられるべきことについて,ボワソナアドはProjetにおいて更に次のように説明しています。

 

   法律が,〔単純賭博の追及のためにはそれが〕現行犯罪であることを要求していることには理由がある。それは,犯罪が現行犯罪であるか否かという状況の違いが道徳的ないしは社会的害悪に変化をもたらすものではないのではあるが,そうなのである。

   というのは,違反行為の終了後における追及を容認することは,真実の発見にとって危険であるように観察されたのである。すなわち,そうすると,極めて一過的な事実であって痕跡を残さないものについての供述証拠を認めざるを得ないことになるが,それについての遅行捜査は,十分な有用性のないものであろうとともに,不愉快なもの(vexatoire)にたやすくなるであろう。他方,法律は,前条においては賭博の主催者〔略〕に対する追及のために現行犯罪性を要求してはいないのである。

  (Boissonade: pp.810-811

 

単純賭博罪の証拠の性質及びそれに伴う捜査上の問題論ですが,ちょっと分かりづらい。

要は,悪いのは専ら賭場の開張者である(ナポレオンの刑法典4101項参照),単純賭博者は賭場開張者捜査の際たまたまそこに居合わせて現行犯罪を行っていたものならば仕方がないが,本来それとして捜査の対象とすべきものではない,という趣旨でしょうか。賭博に対して峻厳な持統天皇以来の日本の伝統に従って単純賭博を処罰しようとしつつ,他方単純賭博に寛容なフランス法的伝統と折り合いをつけようとしたがゆえの苦心のacrobaticsでしょうか。

「ローマの十二表法では盗罪を現行犯(furtum manifestum)と非現行盗(furtum nec manifestum)とに分ち,前者の刑は後者の刑よりも重かつたことは有名な事実である」ところ(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)263頁),「古代に於て現行犯が特別の取扱を受けたことは,主として犯罪の新しい印象と之によつて惹起された道義的感情の興奮とによって説明される」(同265頁)ないしは「古代には憤怒が制裁の尺度であつた」(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)225頁)というような興奮・憤怒の大小による説明は,旧刑法261条については「犯罪が現行犯罪であるか否かという状況の違いが道徳的ないしは社会的害悪に変化をもたらすものではない」以上,ボワソナアドは採用していません。

なお,現行犯罪(infraction flagrant)とは,「現ニ行ヒ又ハ現ニ行ヒ終リタル際ニ発覚シタル罪ヲ謂」います(治罪法(明治13年太政官布告第37号)100条)。この治罪法時代の現行犯罪については,「犯行中に確認されればそこで「現行犯」という身分が生じ,それが後までついてまわった。いわば身分的・実体法的概念だったといえる。」とされています(田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣・1996年)77頁)。

 

(3)後日談その1:弄花事件の結末

旧刑法261条が現行犯罪性を求める結果,児島惟謙大審院長をも巻き込んだ前記弄花事件🎴の結末は,「当時の刑法は,賭博を現行犯以外は処罰しなかったから,刑事訴追は問題とならなかったが,司法部内の「醜陋卑穢」事件として喧伝された。(後に懲戒裁判が開かれるが全員免訴となる。)」ということになりました(大久保178頁)。判事懲戒法(明治23年法律第68号)1条第2の「官職上ノ威厳又ハ信用ヲ失フヘキ所為アリタルトキ」として懲戒裁判が開始され受命判事による下調べはされたものの,口頭弁論にまでは進まなかったということでした(同法271項)。

 

(4)後日談その2:現行刑法及び賭博犯処分規則における現行犯罪性要件の廃棄

 

ア 現行刑法

その後,現行刑法185条では現行犯罪要件が落とされていますがその理由は,「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者ハ100円以下ノ罰金ニ処ス但一時ノ娯楽ニ供スル物品ヲ賭シタル者ハ此限ニ在ラス」との改正案文を掲げる1901年の法典調査会編纂『刑法改正案理由書』(上田屋書店)の説明によれば,「現行法ハ()()博奕(﹅﹅)()()()云々ト規定スルカ為メ発覚ノ当時現ニ博奕ヲ為スニ非サレハ罪トナラストノ解釈行ハレ極テ不便ヲ感スルヲ以テ本案ハ()()2字ヲ削リ此弊ヲ(〔すく〕)ヘリ」ということでした(172頁・174頁)。

ボワソナアドの深謀遠慮は既に忘れられてしまっていて,かえって,旧刑法2611項は非現行犯罪をも当然対象とすべきなのに「現ニ」の文字があって変だなぁと1901年までには考えられるようになっていたのでした。真面目な立法者の原意が,単なる不便な一解釈であるものと見られるに至っています。新律綱領に顕現されていた伝統の力の方が強かったのでしょう。また上記説明は,188414日の賭博犯処分規則(明治17年太政官布告第1号)への言及をしていません(同規則は1889611日公布の明治22年法律第17号により廃止)。

 

イ 賭博犯処分規則

明治17年太政官布告第1号は「賭博犯ノ儀ハ刑法第260条第261条ニ明文有之候ヘトモ当分ノ内行政警察ノ処分ニ属シ東京ハ警視庁其他ハ地方官ヲシテ別紙賭博犯処分規則ニ依リ取締懲罰ノ事ヲ行ハシム/右奉 勅旨布告候事」というもので,その別紙は次のとおりでした。

 

 賭博犯処分規則

1条 賭博ヲ為シタル者ハ1月以上4年以下ノ懲罰及ヒ5円以上200円以下ノ過料ニ処ス家屋ヲ貸与シ及ヒ見張ヲ為シ其他総テ幇助ヲ為シタル者亦同シ

   博徒ニシテ党類ヲ招結シ又ハ賭場ヲ開張シ又ハ兇器ヲ携帯シ又ハ四隣ニ横行スル者ハ1年以上10年以下ノ懲罰及ヒ50円以上500円以下ノ過料ニ処ス其招結ニ応シタル者ハ賭博ヲ為サスト雖モ前項ニ依テ処分ス

  第2条 賭具及ヒ賭場ニ現存スル財物ハ何人ノ所有ヲ問ハス之ヲ没入ス

  第3条 賭博犯ヲ取押フルニハ何人ノ家宅ヲ問ハス何時タリトモ之ニ立入ルコトヲ得但警察官巡査ハ其証票ヲ携帯スヘシ

  第4条 此規則ヲ施行スルノ方法細則ハ警視総監府知事東京府ヲ除ク県令ニ於テ便宜之ヲ定メ内務卿ノ許可ヲ得テ施行スルコトヲ得 

 

ボワソナアドは1886年のProjetにおいて,上記規則が現行犯罪要件を不要とし,罰則を重くしたことについて,刑法を改正するにしても「筆者は同規則の当該厳格性を採用しない」と述べています(Boissonade: p.811(c))。

なお,旧刑法は刑事に属し,賭博犯処分規則は(行政)警察に属したわけですが,刑事の作用と警察の作用との区別について美濃部達吉は説明していわく,「刑事の作用の目標とする所は,常に過去に行はれた犯罪であり,これが応報として犯罪者に其の行為の結果を負担せしむるが為めにするものであるに対し,警察作用の目標とする所は,専ら現在及び将来の社会の秩序であり,其の秩序を保持する為めに人民に命令し強制する作用であることに,両者の区別が存する。警察作用でも,例へば営業上不正の行為の有つた者に対し其の営業を禁止するが如き,一見過去の行為に対する制裁と見らるべきものが無いではないが,此の場合でも,其の法律上の目的とする所は,制裁としてこれを科することに在るのではなく,唯此の如き者が将来営業を継続することが,社会の秩序に妨ありとして,其の営業を禁止するのである。」と(美濃部達吉『日本行政法 下』(有斐閣・1940年)14頁)。

 

4 公然性要件に関して

 

(1)保護法益論

司法省確定稿まで維持された単純賭博処罰のための公然性の要求は,ボワソナアドがフランス刑法のそれとは異なるものとした旧刑法における賭博罪の性質(前者は財産犯,後者は風俗を害する罪)に基づくものでしょう。司法省内第1案の第3条に関する議論の際(21)ア)ボワソナアドいわく。

 

 仏国刑法第410条ニテハ賭博及富ノ罪ヲ財産ニ対スル部類ニ入レテ別節ニ置ケリ然シ之レ〔賭博及富〕ハ元来人民相対ノ承諾上ノコトナレハ財産ニ対スル罪ト云フヘキモノニアラス然シ之ヲ罰スヘキ者ト為スハ何故ナレハ人心ノ僥倖ノ利益ヲ得ルコトニ走リ勉強心ヲ失フコトヲ恐ルレハナリ依リテ其之ヲ罰スル本旨ヲ論スレハ公益ヲ害シ風俗ヲ濫スカ為メナリトス

 故ニ日本刑法ニテハ之ヲ風俗ヲ害スル罪ノ部類ニ入レタリ之レハ蓋シ異議ナカルヘシ若シ異議アラハ別節ニ為ストモ強チ不都合ニモアラス

 (第分冊1427

 

 これはむしろ,図利賭場開張者の処罰に係る第13条に関する議論というよりは,賭場における単純賭博者の処罰に係る同案4条に関する議論でしょう。フランスの法学者たるボワソナアドとしては単純賭博者を財産犯として罰することはできず(ナポレオンの刑法典4101項は,哀れなギャンブル中毒者を食い物にする賭場施設の開張者及び胴元を処罰するので,財産犯ということでよいのでしょう。),日本的に単純賭博者を処罰するのであれば風俗を害する罪として位置付けざるを得なかったということでしょう。

更にボワソナアドはProjetにおいていわく,「法が賭博を罰するということを一見して,人はあるいは驚くであろう。なぜならば,それは賭博者の自由意志の結果であり,また,それは不正行為又は詐欺から免れているとも想定されているからである。しかし,そこに可罰的犯罪の通常の両要素を見出すことは容易である。賭博は不道徳である。というのは,それは貪欲(cupidité),すなわち正当な原因なしに他人の財産を獲得しようという欲望を動機とするからである。同様に賭博は,社会に害を及ぼす。というのは,それは不可避的に一方の賭博者の利益において他方の賭博者の窮乏をもたらすからである。更にそれは,ほとんど同様の確実性をもって勝者の窮乏をももたらす。というのは,経験の証しするところ,賭博で獲得された金銭はほとんど常に不身持のうちに蕩尽されてしまうからである。賭博への情熱は,当該情熱を満足させるべき他の犯罪(délits)を犯すように駆り立てもする。その所有物を全て失ってしまった後にも,哀れな賭博者が賭博を続ける手段を確保できるようにするためにされる横領,盗み,各種の詐欺行為である。」と(Boissonade: p.809)。単純賭博をも罰する日本法の立法担当者としての論述です。当事者の窮乏及び窮乏当事者による犯罪をそれぞれもたらす弊害並びにそもそもの貪欲の不道徳性に言及がされています。しかしここでは,我が裁判官流の「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ,健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風〔略〕を害する」とまでのくどいお説教はされていません。さすがに外国人として,日本の国民性を云為することには憚りがあったのでしょう。

 

(2)風俗を害するための「公然性」

風俗を害するためには,賭博行為も猥褻行為と同様公然性が要求されるもの(公然わいせつ罪に係る刑法174条参照)とボワソナアドは考えます。司法省内第1案の第4条に関する議論において(21)ア),賭場における単純賭博のみならず,どこで行われるものであっても現に単純賭博をした者は罰せられるべきだと主張する鶴田皓に対してボワソナアドはいわく。

 

  然ラハ仏文ニハ之ヲ〔「〕賭場其他公ノ場所ニ於テ」云々ニ作ルヘシ何トナレハ公ケノ場所ニ於テ賭博シタル者ニアラサレハ此条ノ罪ト為ス可カラサル筈ナレハナリ故ニ例ハ朋友間ノ自宅ニ於テ賭博ヲ為シタル者ハ之ヲ罪ト為スヲ得ス

 

  賭博ハ即風俗ヲ害スル罪ニシテ恰モ猥褻ノ所行ト同シ故ニ自宅ニ於テ密カニ之ヲ為シタル者ハ罪ト為スヲ得ス

  (以上第分冊1428

 

 出来上がりの旧刑法2611項の犯罪構成要件においては結局「公然」が落とされたところですが,上記のボワソナアドの発言に反対して「日本ニテモ賭博ハ現行犯ヲ罰スル罪ト為ス故ニ()カニ之ヲ為シタル者ハ罪ト為スヲ得ス然シ仮令朋友間ノ自宅ト雖モ其現行犯ヲ警察官ニ見付ラレタル時ハ罪トナサヽルヲ得ス/賭博ハ従前ノ刑法ニ在ル罪ニシテ且平素尤モ多クアル所ノ罪ナレハ日本丈ケノ慣習ニ依テ此刑法ヲ立テサルヲ得ス/故ニ先ツ「財物ヲ賭シ現ニ賭博ヲ為シタル者」ト記シ其意味ノ広ク係ル様ニ為サントス」と食い下がっていた鶴田が(第分冊1429)太政官の刑法草案審査局(総裁は,初め伊藤博文,後に柳原前光)に実は委員として加わっていたところです(大久保115頁)。猥褻行為は人間の本性に根差したものだから(これは,しかし,人間性の天使👼的本質を誤解したセクハラ発言でしょうか自宅において密かに耽る分には確かに自由である,しかし,どこでするとしてもそもそも賭博をするような奴らはもはや真人間ではなく,賭博者は「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ,健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害する」という危険なウィルスに感染した者として徹底的に隔離され,排除され,禁圧されなければならないのだ,という点において猥褻行為と賭博行為とは相違するのでしょうか。

 

5 フランスのjeu de hasardと日本の賭博と

ちなみにここで遅れ馳せながら一言すれば,jeu de hasardは,そもそものフランス語では,「計算,能力の働く余地のないもの(骰子,ルーレット,バカラ,富籤)」であるそうです(Le Nouveau Petit Robert)。そうであるとすると,母法国フランスのjeu de hasardの範囲は,「当事者の能力が結果に影響を及ぼす場合でも,偶然性に依拠する部分が残されていれば本罪を構成する。それ故,囲碁,将棋,麻雀,さらには野球や相撲等のスポーツも偶然の輸贏〔負けること・勝つこと〕といえるとされてきた」(前田492頁)ところの我が刑法185条の「賭博」よりも狭いものであるようです。

前記司法省内第2案校正第1案の第2稿に関する議論において(21)エ),ボワソナアドは「仏国ニテハ「ドミノ」玉突競馬ハ博奕ト見做サス而シテ就中玉突競馬ハ身体運動ノ為メ最モ公益アル者ニ付仮令財物ヲ賭スルトモ博奕ノ罪ト為スヲ得ス」と述べています(第分冊1447頁)。28枚の札で行われるドミノ・ゲームに関してネルヴァルいわく,「それはいつもドミノ――特に沈思黙考的なゲーム(jeu spécialement silencieux et méditatif)――の一勝負で終った。」と(Le Nouveau Petit Robert)。賭けドミノ・ゲームが賭博でないのならば,賭け碁,賭け将棋,賭け麻雀だって賭博ではないことにしてもよいではないか,とも言い得そうです。とはいえボワソナアドはそのProjetにおいて,日本刑法の「賭博」は純粋なもの(jeu de pur hasard)である必要まではないことは容認しています。「大多数の賭博においてそうであるように,巧緻,術策の能力が偶然性に伴うとしても,刑を免ぜられるものではない」わけです(Boissonade: p.810)。

そもそも,司法省内第2案校正第1案の第2稿の段階(21)エ)で採用された旧刑法2611項の「博奕」の「奕」の字が問題だったのでした。これは,元々は「弈」の字と混用されたもので,弈とは「いご(ゐご)。碁をうつ。」の意味です(角川新字源)。したがって,ボワソナアドがドミノについて云々しても「博奕」の文字に修正がされなかった以上,賭け碁は旧刑法2611項の対象となる運命だったのでした(いわんや,賭け将棋,賭け麻雀においてをや。)。もっとも,ボワソナアドはProjetにおいて,「体操,剣術,格闘,水泳,馬術又は競走の各競技については,この法律は適用されない。これらは,身体の力又は技を発達させ得るものであって,罰せられるよりもむしろ奨励されるべきものなのである。」と付言しています(Boissonade: p.810)。

なお,旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)1601項は「博戯(jeu)ハ博戯者ノ勇気,力量,巧技ヲ発達ス可キ性質ナル体躯運動ヲ目的トスルニ非サレハ其義務履行ノ為メ訴権ヲ許サス」と同条2項は「賭事(pari)ニ基ク訴権ハ右ノ如キ体躯運動ヲ為ス人ノ為メ又ハ賭者ノ直接ニ関係スル農工商業ノ進歩ノ為メニ非サレハ亦之ヲ許サス」と規定していました。「勇気,力量,巧技ヲ発達ス可キ性質ナル体躯運動」とのみあって,「賢明な又は複雑な術策によって精神を発達させるべき博戯」についての訴権が認められていませんが,それに関しては「チェス又は碁の名人が,それだけで,軍隊を指揮して戦闘に勝利する幸運な性質を有しているものと確言することはできない」のだと述べられています(Code Civil de l’Empire du Japon accompagné d’un Exposé de Motifs, Tome Troisième (1891): p.302)。

ちなみに,『論語』陽貨第十七の22には「子曰,飽食終日,無所用心,難矣哉。不有博奕者乎。為之猶賢乎已。」とあります。無駄飯で満腹して何もせず何も考えないでいるよりも双六や囲碁でもする方がましだ,ということのようです。しかし,価値的には下から2番目です。

 

6 その他

その他の細かい話。

 

(1)現場器具財物没収規定等の削除に関して

旧刑法2611項では処罰対象者として規定されていた「房屋ヲ給与シタル者」及び同条2項(「賭博ノ器具財物其現場ニ在ル者ハ之ヲ没収ス」)が現行刑法185条から削られたことについては,前者は「総則従犯ノ規定ヲ適用スルコトト為シ」たからであり,後者は「亦必要ナキヲ以テ之ヲ削除」したものと説明されています(法典調査会174頁)。旧刑法2612項の文言は,司法省内第2案校正第1案第2稿に関する議論の際(21)エ)鶴田皓が「「且其財物ヲ没収ス」ト記スル而已ニテハ十分ナラス故ニ之ヲ〔「〕現場ノ器具財物ヲ没収ス」ニ作ルヘシ」と言って提案し,ボワソナアドが「仏国ニテモ亦タ然リ故ニ「現場ノ器具」ノ字ハ加フヘシ」と和して(第Ⅲ分冊1447頁)成立したものです。

賭博罪において賭された財物は犯罪組成物件だそうですから(大判大正3421日(刑録20596)),現在は刑法1911号によって没収することができます。ただし,旧刑法には「犯罪行為を組成した物」を没収する旨の規定はなく,同法43条は次のように規定していました。

 

 第43条 左ニ記載シタル物件ハ宣告シテ官ニ没収ス但法律規則ニ於テ別ニ没収ノ例ヲ定メタル者ハ各其法律規則ニ従フ

  一 法律ニ於テ禁制シタル物件

  二 犯罪ノ用ニ供シタル物件

  三 犯罪ニ因テ得タル物件

 

単純賭博罪に関するボワソナアドのProjetにおける説明には,「法律は,賭けられた物(enjeux)あるいは負けたときの保証のために彼らの前に又は箱の中に賭博者らによって置かれた金額の没収を宣する。それは,当該軽罪の手段des moyens du délit)である。」とあります(Boissonade: p.812)。賭けられた物は単純賭博罪の用に供された物件として没収されるということでしょう。

没収に係る総則条項とその外に散在する特別条項との関係について,Projetにおいてボワソナアドは「〔各則に係る〕第2編及び第3編において特定物没収に係る種々の適用例が見られるであろう。法は,ここ〔総則〕で示された〔没収の〕一般原則の枠内にとどまることも可能であった。しかし,その〔没収の一般原則の〕適用がいくつかの場合においては種々の疑問を提起し得るところ,それについて法は自らをきちんとした形で説明したのである。原則をぎりぎりのところまで拡張しようという過剰があるであろう場所においては,没収対象を指定された物件に限定する意図もそこには見出し得るであろう。」と述べています(Boissonade: p.180)。

「賭博ノ・・・財物其現場ニ在ル者ハ之ヲ没収ス」との規定の効用について,ボワソナアドは,賭けられた物は「犯罪ノ用ニ供シタル物件」ではないと考えられてしまう可能性があると考えていたのでしょう。確かに,賭博で負けても負け金の弁済は必ずその場でしなければならないわけではないでしょうから,保証金としての賭け金がそこに置かれていてもいなくても賭博罪は成立しそうです。また,Projetにおいては,罪とならない「純粋に無償のものとしてされる賭博」の存在(22)の第2943項前段)も前提されていること(すなわち,賭けられた物がなくとも賭博行為は成立する。)に基づく,賭博が成立したときにおける処理に係る為念規定(賭博行為を成立せしめる物でなくとも没収)であるとも言えないものでしょうか。

 

賭け金は賭博罪の犯罪組成物件であるから犯罪供用物件として没収することができない,という議論をボワソナアドは心配していたわけではないようです(なお,この議論が問題となり得るのは,旧刑法下で,宮城浩蔵は犯罪組成物件(=罪体)没収不可説を採っており(清水晴生「旧刑法没収覚書」白鷗大学法科大学院紀要第7号(201312月)219頁),井上操も犯罪組成物件没収不可説を採りつつ,旧刑法2612項の意義を同法432号では没収できない犯罪組成物件たる賭け金の没収を可能にするためのもの(!)と解しており(同218頁),大審院明治2722日及び同院明治191117日の各裁判も罪体の没収を不可としていたそうであるからです(同212頁)。)。以下長い脱線となります。

現行刑法1911号の犯罪組成物件は「罪体」であると1907227日の衆議院刑法改正案委員会で平沼騏一郎政府委員(司法省民刑局長)が口走っていますが(「此第19条ノ第1号ニアルマストコロノ所謂犯罪行為ヲ組成シタル物,是ハ成程所有ヲ禁ジマシタ場合モ這入リマセウガ,ソレバカリニハ限ラナイノデアリマス,所謂罪体ト相成リマシタモノデ」ある(第23回帝国議会衆議院刑法改正案委員(特別調査委員)会議録(速記)第525頁)。),この「罪体」は,ナポレオンの刑法典11条の“corps du délit”でしょう。確かに同条は,「〔略〕あるいはその所有権が有罪宣告を受けた者に属する場合の罪体,あるいは犯罪によって生じた物,あるいは犯罪に供し,若しくは供しようとした物に係る特定物没収は,重罪及び軽罪に共通の刑罰である。(…la confiscation spéciale, soit du corps du délit quand la propriété en appartient au condamné, soit des choses produites par le délit, soit de celles qui ont servi ou qui ont été destinées à le commettre, sont des peines communes aux matières criminelle et correctionnelle.)」と規定しています。しかし罪体(corps du délit)と言われるだけではなおよく分からないので(ナポレオンの治罪法典32条に出て来る“corps du délit”(刑事訴訟法上の罪体(「犯罪事実の客観的側面(の主要部分)」(田宮356頁)))とは同じものでないこと(したがって当該概念を刑法ではそのまま採用しないこと)をボワソナアドは言明しています(cf. Boissonade: p.180)。),当該刑法典中を検索するに,違警罪に係る没収についての同旨規定である第470条においては,第11条の「その所有権が有罪宣告を受けた者に属する場合の罪体(corps du délit quand la propriété en appartient au condamné)」が,「違法に把持された物件(choses saisies en contravention)」をもって置き換えられていたのでした(cf. Boissonade: p.180)。「罪体(corps du délit)イコール違法に把持された物件」でもあるようです。これは,犯されたdélitcorps(主要な客観的事実)ではなく,現在のdélitたるcorps(物件)の把持,ということでしょうか

ボワソナアドは,没収されるべきものとされるナポレオンの刑法典11条の罪体とは同法典470条にいう把持が違法である=禁止されている物である禁制品のことであると解釈すべきであるとの線で,旧刑法431号の規定を正当化しています(「フランス刑法は第470条において,同じ対象〔旧刑法431号の禁制品〕を別様に表記している。「違法に把持された物件」と。」(Boissonade: p.180))。「罪体」イコール犯罪行為を組成した物ではありません。現行刑法1911号にいう犯罪組成物件は旧刑法432号の犯罪供用物件中に含まれるものとボワソナアドは考えていたのでしょう(磯部四郎🎴も,旧刑法下では犯罪供用物件と犯罪組成物件との区別は不要だとしていました(清水221頁・215頁)。)。換言すると,後に罪体イコール犯罪組成物件説が結局勝利したという解釈変更があった上で,現行刑法19条の起案(犯罪組成物件が「犯罪ノ用ニ供シタル物件」から切り分けられる)がされたわけでしょう。(なお,罪体すなわち禁制品ならば,没収されるべき罪体を,その所有権が有罪判決を受けた者に属するものにナポレオンの刑法典11条が限定していることの理解が難しくなってしまうようなのですが,これについては,当該限定がなければ「所有者明了ナラサル場合ニ於テモ〔禁制品であるのだから「何人ノ所有ヲ問ハス之ヲ没収ス」(旧刑法44条前段)べきだということになって〕尚ホ没収例ヲ適用ス可キモノナリトノ解釈ヲ生シ当事者ナクシテ刑事訴訟ヲ為スモノナリヤノ疑ヲ生スルヲ以テ〔略〕刑法ニ於テハ只犯人ニ属スル禁制物件ヲ没収スル趣意」を規定したというような説明による疑問の解消もあるいは可能でしょう(法典調査会29-30頁参照。下線は筆者によるもの)。)

 

ナポレオンの刑法典4103項は「全ての場合において,賭博に供され,又は富籤に醵出された全ての現金又は財物,賭博又は富籤の運営に用いられ,又は用いられるべきものとされた調度,器具,道具及び装置,並びにその場所に備え付けられ,又はそこを装飾する調度及び動産は没収される。(Dans tous les cas, seront confisqués tous les fonds ou effets qui seront trouvés exposés au jeu ou mis à la loterie, les meubles, instruments, ustensiles, appareils employés ou destinés au service des jeux ou des loteries, les meubles et les effets mobiliers dont les lieux seront garnis ou décorés.)」と規定していました。同条においては賭場施設に公衆の立入りがあればそこで犯罪成立ですので(同条1項),賭けられた金銭等まで没収し,また,賭場施設に備え付けられ,又はそこを装飾する調度及び動産まで没収するためには,同条3項は有用な規定でしょう。また,maisonの建物までは没収しないのでしょう。(なお,ナポレオンの刑法典11条は,特定物没収が「重罪及び軽罪に共通の刑罰である」ことを宣言するだけの規定であって,当該法典においては「各特定の場合につき,没収を命ずる法律の特別の規定が更に必要である」とされていたのでした(Boissonade: p.180)。)

ちなみに,ボワソナアドは,鶴田に対して「故ニ「現場ノ器具」ノ字ハ加フヘシ」と述べて賭博の器具を没収対象として規定することに賛成していたようなのですが,そのProjetにおいては,「〔賭けられた物以外の〕その他の賭博の器具(instruments de jeu)については,一点の疑念なく没収の対象であり,法律はそのことを言明することが必要であるとは信じない。」とさらりと述べるに至っています(Boissonade: p.812)。「仏国ニテモ亦タ然リ」ということで,ナポレオンの刑法典4103項の例につい倣ってしまったが,実は不要であることに後で気付いた,ということでしょうか。なお,現行刑法19条の没収は任意的(「没収することができる」)ですが,旧刑法43条による没収は必要的だったのでした(法典調査会30頁参照)。現行刑法19条が任意的没収の原則を採用したのは,そうでなければ「或ハ没収ノ価値ナキモノヲモ没収シ却テ無用ノ手数ヲ増スコトアレハナリ」であるからでした(法典調査会30頁)。

 

(2)「飲食物」から「一時の娯楽に供する物」へ

旧刑法2611項ただし書の「飲食物ヲ賭スル者ハ此限ニ在ラス」が現行刑法185条ただし書の「一時の娯楽に供する物」に変更せられた理由は,旧刑法の当該規定下では「飲食物ヲ以テ金銭ニ代用スルコト行ハルルニ至」ったため,現行刑法では「飲食物ト雖モ金銭ニ代用シタル場合ノ如キハ之ヲ罰シ飲食物ニ非スト雖モ単ニ娯楽ニ供スル物品ナルトキハ之ヲ罰セサルコトト為シ其認定ハ全ク之ヲ裁判所ニ一任シタリ」ということだそうです(法典調査会175頁)。この点は司法省内第1案の段階(21)ア)から議論があったところで,ボワソナアドが「飲食ト云ヘハ米穀ニモ係ルヘキナリ而シテ米穀ヲ賭シタル者ハ此条〔第4条〕ノ賭博ト見做サルヘカラス」との見解を既に表明しており,それに対して鶴田が「飲食トハ例ハ菓子類其他席上ニテ飲食シ得ヘキ位ノ物ヲ云フ」と述べて,ボワソナアドが「夫レハ此条ノ賭博ノ内ニ入レテ論スルヲ得ス且日本従前之ヲ罰セサル慣習ナレハ其意味ヲ別ニ一条ト為シテ断リ置クヘシ」と応じたという問答があったところです(第分冊1429)。司法省確定稿の「戯ニ」を削らなければよかったのに,ということになります(23④参照)。

Projetにおいてボワソナアドは賭けられた物の価額ないしは種類と賭博罪の成立・不成立の切り分けとの関係について次のように述べています。いわく,「数厘,天保銭1枚又は1銭のような些少の金額を賭ける者を捕らえることはしないということが法律の精神であろう。それらは,真の「利益」を構成せずに,賭博に興をより多く添える一つの方法なのである。最後に,法律〔ボワソナアド案2943項〕は,それが「純粋な娯楽のための」ものである限りにおいて,酒又は菓子のように「賭博の間に」消費される物を賭ける賭博を容認している。消費者が米又は必需の食料品の賞品(prix)を賭けたときは処罰される。」と(Boissonade: p.811-812)。

 

(3)旧刑法4284

前記のとおり旧刑法4284号は,「路上ニ於テ賭博ニ類スル商業ヲ為シタル者」を1日の拘留又は10銭以上1円以下の科料に処するものとしていました。同号については,司法省内第2案校正第1案第2稿の第300条に関する議論の際(21)エ)に鶴田皓から同条との異同について質問があり,ボワソナアドは次のように答え,それに対して鶴田は「然ラハ了解セリ」と一応納得したことになっています。

 

 違警罪中ニテ〔「〕賭博ニ類スル商業」トハ例ハ市街ニテ「ドツコイ」「々々々々」(賭博ニ類スル所行ノ名)ヲ為シテ商業トスルノ類ヲ云フ故ニ此条〔第300条〕ノ博奕トハ自ラ差違アリ

 仏国ニテハ真ノ博奕ハ路上等ニテ容易ニ為シ得ヘキ事ニ非ラス

 故ニ此条ノ博奕ノ如キハ即大抵賭場ヲ設ケテ為スヘキ者トス

 故ニ路上ニ於テ賭博ニ類スル商業ヲ為ス者ハ違警罪ト為スヘシ

 (第分冊1447

 

「ドツコイ」「々々々々」が何なのか不明なので,筆者としては鶴田のようにさわやかに「然ラハ了解セリ」と言うことができません。

そこでボワソナアドのProjetを見てみると,旧刑法4284号に対応する罪は,公衆の信頼に対する(contre la Confiance Publique)違警罪の一とされ(Projetの案では第4845号),構成要件は“Ceux qui auront offert des jeux de hasard ou des billets de loterie sur la voie publique”(公道上で賭博又は富籤札を提供した者)となっています(Boissondade: pp.1265-1266)。

その解説を読むと,ナポレオンの刑法典4755号(「街頭,路上,広場又は公共の場所において,籤引き又は他の賭博を施設し,又は催した者」を科料に処すもの)に関して鶴田にした説明とはまた異なった説明がされているようです。賭博罪又は富籤罪の一種の教唆をそれとして独立の犯罪構成要件としたものであるようです。しかし,旧刑法4284号の文言を解釈する上で参考になるものかどうか。

 

  〔Projet484条〕第5号については,法律は,公道における賭博又は富籤札の提供をもって〔Projet案〕第293条から第295条までにおいて規定され,かつ,罰せられている軽罪(délits)である公然賭博又は公衆向け富籤組織の軽罪に向けた教唆行為provocation)とみなし得たということに注意されたい。しかし,当該教唆が受諾される前に発覚したときは,当該違法な投機の主催者については「賭博を主催すること」,又は「実際に賭博をすること」によって成立する賭博の軽罪は未だに存在していないのである。実際のところ,他者に賭博をすることを提案する者は「賭博を主催すること」を教唆するものではない。というのは,賭博を主催するのは彼自身だからである。彼は「賭けること」を,一定の金額を賭博に投ずることを教唆するのである。ところで,一定の賭け物のみをリスクにさらす賭博者の軽罪は,現行犯罪である時,すなわちそれが犯された時に発覚しなければ〔Projet案〕第294条によって罰せられることはないのである。そこからして,可罰的であるためには現行犯罪性を教唆それ自身が帯びる必要があるので,完遂された軽罪が当該教唆の後に続くということにはならない。また,それは未着手の軽罪と結び付くものではない。しかしながら,賭博の提供は既に,それ自身において不道徳かつ公序にとって危険な行為なのであって,法律がそのようなものとしてここにそれを捉えるのは適切なことである。

Boissonade: pp.1266-1267

 

 分かりづらいですね。

公道における富籤札の提供が,公衆向けの富籤を組織することの教唆になるのかどうか,むしろ幇助のような気がします。

また,Projet484条第5号は旧刑法4284号に対応するものとされていますが,旧刑法4284号はむしろナポレオンの刑法典4755号により近いもののように思われます。ナポレオンの刑法典においては,賭博について本来罰せられるのはmaison de jeux de hasardたる賭場施設であり,私的な場所において朋友間で私的に行なわれる賭博は不可罰,それ以外の「街頭,路上,広場又は公共の場所」で施設され,又は催される「籤引き又は他の賭博」は「賭博ニ類スル」ものにすぎず,その業者は違警罪限りで処罰される,という切り分けだったのではないでしょうか。

ところがボワソナアドは,公の場所で賭博を催す者も賭場開張者として処罰することにしたので,ナポレオンの刑法典4755号的なものもやはりそこに含まれてしまうことになってしまい,そのためナポレオンの刑法典4755号とはまた異なるProjet484条第5号を起草したということになるのでしょう。

しかし,旧刑法4284号の解釈問題は残ります。「賭博」といわずに「賭博ニ類スル商業」なのですから,同号は賭博と直接結び付けるわけにはいかないのでしょう。であればそもそも一体何が規制対象たる「賭博ニ類スル商業」なのか,ということになります。「ドツコイ」又は「々々々々」たる所行が何であったのかが明らかになるのを待たねばならないようです。


202573日追記) 筆者は当初「ドツコイ」を“dequoi”のようなおフランス語かと思っていたのですが,「どっといどっこい」は実は日本語でした。小学館『日本国語大辞典 第二版 第9巻』(2001)は「どっこいどっこい」について説明していわく,「玩具として,また博打(ばくち),福引などに用いられる具。円盤に,中心から四方に線をひいて区画し,その区画の中に点数または品物の名を書いておき,中央の軸に指針をつけ,それをまわして,その止まったところの点数・品物を得る仕組のもの。また,円盤を回転させ,それに矢などを射る仕組のものもある。渦(うず)。*朝野新聞-明治14年(18811225日「当夏の頃よりブンマハシ店(東京のドッコイドッコイ)が大流行にて,当時五六十ケ所もあり」*明治世相百話(1936〈山本笑月〉縁日に見た下町情調「インチキものは吹矢の当てもの,ドッコイドッコイ,あぶりだし,いづれも碌なものは当りっこなし」」と。また,同辞典は「どっこい屋」について,当該「どっこいどっこい〔略〕を用いて博打(ばくち)や子ども相手の駄菓子のあてものを商売とする人。どっこいどっこい屋。」と説明しています。

端的に博打場の開張ですと旧刑法260条前段の罪(軽罪)に該当してしまいますから,違警罪に係る旧刑法4284号の「賭博ニ類スル商業」とは,どっこいどっこい等を用いた「碌なものは当りっこなし」のあてもの商売ということでしょうか。ボワソナアドは「邸宅(永田町)近くの日枝神社祭礼には,踊り屋台を招じ入れ,和服を着さえした」そうですから(大久保5頁)日本のお祭りは好きで,縁日の屋台を冷やかしつつ,どっこい屋らのいかがわしい所行をも目撃していたものでしょう。


児島惟謙の墓(正面)

 児島惟謙の墓(東京都品川区海晏寺)

児島惟謙の墓(横)
 児島は,現行刑法が施行されて現行犯罪ならざる単純賭博
🎴も処罰されるようになった明治411908101日の3箇月前に死去しました。