1 はじめに
前回の記事「Zur ersten Feierstunde des Osterfestes (春のお祝いに際して)」(https://donttreadonme.blog.jp/archives/1082693799.html)を書いていて,恩赦制度に対する関心が筆者に喚起されました。刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)475条1項(「死刑の執行は,法務大臣の命令による。」)の死刑執行命令の職務を前にしての法務大臣閣下の御苦悩との関連においてです。同項の前身規定を尋ねて旧治罪法(明治13年太政官布告第37号)460条(「死刑ノ言渡確定シタル時ハ検察官ヨリ速ニ訴訟書類ヲ司法卿ニ差出スヘシ/司法卿ヨリ死刑ヲ執行ス可キノ命令アリタル時ハ3日内ニ其執行ヲ為スヘシ」)を経てボワソナアドの原案622条,623条及び625条(Boissonade, Projet de Code de Procédure Criminelle (1882): pp.916-917)にたどり着いた筆者は,旧治罪法460条は,天皇に対する司法卿の「特赦」上奏権(「司法卿ハ刑ノ言渡確定シタル後何時ニテモ特赦ノ申立ヲ為スヿヲ得」(同法478条1項)及び「特赦ノ申立アリタル時ハ司法卿ヨリ其書類ニ意見書ヲ添ヘ上奏スヘシ」(同法477条3項))を背景にした死刑囚に対する全件「特赦」検討主義を前提とするものであるとの認識に至ったのでした。
ということで,刑事訴訟法475条1項との関係という切り口から恩赦制度について論じてみようと思ったのですが,なかなか直ちにそれに取りかかるわけにはいきません。
まずは「特赦」をめぐる語義穿鑿です。
なお,ここで特赦の語を括弧の中に入れているのは,1947年5月3日施行の現行恩赦法(昭和22年法律第20号)5条が採用する特赦(これには括弧を付さないことにします。)の概念(「特赦は,有罪の言渡の効力を失わせる。」)とそれより前の「特赦」(これには括弧を付けます。)の概念との間には相違があり,かつ,後者については更に旧刑法(明治13年太政官布告第36号)及び旧治罪法施行後の時代(旧刑法及び旧治罪法の施行日は1882年1月1日)の用法と1889年2月11日発布の大日本帝国憲法の第16条を経た1908年10月1日施行の明治41年勅令第215号以後の用法とではその意味範囲が異なるからです。
2 旧治罪法及び旧々刑事訴訟法並びに旧刑法:明治41年勅令第215号による減刑の分離まで
(1)「特赦」:grâceとcommutation de peineと
そもそも,旧治罪法及び旧々刑事訴訟法(明治23年法律第96号)における「特赦」の語義が厄介なのでした。ボワソナアドの治罪法原案においては,旧治罪法における「特赦」について,grâceとcommutation de peineとの二つの概念が提示されているのです。すなわち,旧治罪法第6編第3章の章名は「特赦」ですが(旧々刑事訴訟法第8編第3章も同じ),ボワソナアドの原案では“De la Grâce et de la Commutation de Peine”(「Grâce及びCommutation de Peineについて」)との章名になっています(Boissonade, PCPC: p.941)。また,死刑案件に係る天皇への上奏の要否についての司法卿の検討に関するボワソナアド原案623条には上奏内容として“la grâce ou une commutation de peine”(「grâce又はcommutation de peine」)とあり,旧治罪法477条及び478条には「特赦ノ申立」とのみありますが,その前身であるボワソナアド原案645条には“recours en grâce ou en commutation de peine”(「grâce又はcommutation de peineの申立て」)とあり(Boissonade, PCPC: p.941),旧治罪法480条には「特赦状」とのみありますが,ボワソナアド原案650条には“lettres de grâce et de commutation”(「grâce状及びcommutation状」)とあります(Boissonade, PCPC: p.942)。
当該2概念(grâce及びcommutation)の異同についてボワソナアドは,旧治罪法に係るボワソナアド原案の解説書において,「commutationは部分的なgrâceであるとよく言われる。刑の言渡しを受けた者により軽い刑を科するとともに(en plaçant le condamné sous une peine moindre)刑の免除を行う(elle fait remise d’une peine)という意味においてである。この定式は,大きな不都合なしに用いることができるものである。」と述べています(Boissonade, PCPC: p.943)。Commutationにおいては,重い刑から軽い刑への差替えがされるということでしょう。確かにフランス語辞書を見ると,commutationは“substitution, remplacement”であるということですから,入替え,取替え,差替えといった意味でよろしいのでしょう。刑の減軽(恩赦法7条2項前段)ということでしょう。
(2)旧刑法64条
旧刑法64条は「大赦ニ因テ免罪ヲ得タル者ハ直チニ復権ヲ得特赦ニ因テ免罪ヲ得タル者ハ赦状中記載スルニ非サレハ復権ヲ得ス/赦ニ因リテ復権ヲ得タル者ハ自ラ監視ヲ免シタル者トス」と規定しています。ボワソナアドの原案のフランス語(Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal (1886): pp.96-97)と比較すると,旧刑法64条の「大赦」,「特赦」及び「復権」は,それぞれ“amnistie”,“grâce”及び“réhabilitation”です。
旧刑法の復権は,同法における附加刑であった剥奪公権(同法10条1号及び32条)によって剥奪された公権(同法31条)を回復させるものでした(同法63条1項)。大赦又は特にその旨赦状に記された特赦による復権の場合は,附加刑であった監視(同法10条4号及び37条から41条まで)も免れることとなりました(同法64条2項)。
なお,旧刑法64条1項の「特赦」には,「部分的なgrâce(grâce partielle)」としてのcommutationが含まれていたものでしょう。同項に関して,「ところで,全部的なgrâceの事例は稀であろう。多くは単純なcommutation又は刑の執行の減軽(abaissement de la peine)がされ,かつ,ほとんど常に(presque toujours)それは死刑の言渡しに係るものであろう。」とボワソナアドは考えていたところです(Boissonade, PRCP: p.228)。おって,「刑の執行の減軽」(恩赦法7条2項後段参照)との訳語がここで出て来た理由は,「減軽」される刑(peine)に定冠詞(la)が付いているので,simple(単純な)commutationのように刑の差替えがされるのではなく,言い渡された定冠詞付きの刑が維持されつつその執行が減軽(abaissement)されるもののように解されるからです。
(3)ボワソナアドによるgrâceとcommutation de peineとの各定義について
ア ボワソナアドによる定義
1886年に至って(旧刑法及び旧治罪法の施行日は前記のとおり1882年1月1日でした。),ボワソナアドは,旧刑法64条に定義のなかったgrâceについて「専ら主刑の執行を免除するもの(elle fait seulement remise de l’exécution de la peine principale)」との定義を,またそもそも同条に現れていなかったcommutationについて,「commutationは,確定した刑を減軽し,かつ,新しい刑は裁判で言い渡されたものとみなされる。」という定義を提示しています(Boissonade, PRCP: p.97)。
さて,悩ましい。
イ Grâce=刑の執行の免除
刑の執行を免除するものであるのならば,grâceは,現行恩赦法8条の刑の執行の免除に該当することになります(同法4条及び5条の特赦ではありません。)。
ウ Commutationと刑の減軽(及び刑の執行の減軽)と
Commutationは専ら刑を減軽するものであって,刑の執行を減軽するものではないであれば,「刑を減軽し,又は刑の執行を減軽する」(恩赦法7条2項)ものである恩赦法上の(特定の者に対する)減刑よりも狭い範囲のものということになります。
なお,commutationについて「部分的なgrâce(grâce partielle)」との観念を機械的に適用すれば,言い渡された刑を維持した上での,刑の執行の免除にまで至らない刑の執行の量的減軽こそが「本来」の“commutation”であることになります。しかし,刑の執行の減軽については,前記のとおり,ボワソナアドはabaissement de la peineの語を用いるものでしょう。
ちなみに,死刑については,死刑の執行の減軽というわけにはいかないでしょうから(死なない程度に絞首(旧刑法12条)するというのでは,死刑ならざる新たな身体刑の創出ということになります。),死刑を無期徒刑(同法7条2号及び17条)に差し替えて刑を減軽する(commutation)ということにならざるを得ないわけでしょう。なお,刑の減軽と刑の執行の減軽との効果の相違の例としてボワソナアドは,無期徒刑が有期徒刑に刑の減軽があれば,仮出獄(旧刑法53条)の後の監視の期間は有期徒刑の満期までであるのに対して,無期徒刑の刑の執行が有期に減軽されるだけであれば,監視期間は無期になってしまう(同法55条参照)との趣旨を述べています(Boissonade, PRCP: p.230)。
(4)総称としての「特赦」及びその終焉
旧刑法並びに旧治罪法及び旧々刑事訴訟法にいう「特赦」は,刑の執行の免除と刑の減軽との総称(なお,ボワソナアドは刑の執行の減軽も排除してはいなかったものでしょう。)であって,専ら「有罪の言渡の効力を失わせる」ものである現在の恩赦法(5条)の特赦とは異なることになります。
旧刑法時代は「特赦」概念に減刑までが含まれていたわけですが,同法が廃止されて現行刑法(明治40年法律第45号)に代わった日である1908年10月1日に施行された旧特赦及び減刑に関する勅令(明治41年勅令第215号)に至って,「特赦」と減刑とが別のものとして書き分けられたところです(なお,同令の施行に伴い,旧々刑事訴訟法324条から334条までも,「刑事訴訟法中復権及ヒ特赦ニ関スル規定ハ之ヲ削ル」と規定する刑法施行法(明治41年法律第29号)52条によって同日から削除されています。)。
ちなみに,「特赦」に係る法律の規定が勅令に移されたのは,大日本帝国憲法16条に定められた恩赦大権に係る規律を帝国議会の協賛を要する法律(同5条及び37条)によってすることは大権の行使に議会の干与を許容することとなって好ましくないとされたからでしょう。
3 大日本帝国憲法16条及び旧恩赦令
(1)大日本帝国憲法16条
1889年発布の大日本帝国憲法16条は「天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス」と規定していますから,この時点で既に「特赦」と減刑とは書き分けられるべきものと認識されていたわけです。『憲法義解』の第16条解説においては,「大赦は特別の場合に於て殊例の恩典を施行する者にして,一の種類の犯罪に対し之を赦すなり。特赦は一個犯人に対し其の刑を赦すなり。減刑は既に宣告せられたるの刑を減ずるなり。復権は既に剥奪せられたるの公権を復するなり。」とあります。
伊東巳代治による大日本帝国憲法16条の英語訳は“The Emperor orders amnesty, pardon, commutation of punishments and rehabilitation.”です。伊東は,「大赦特赦減刑及復権」に係る『憲法義解』の上記解説部分を“ ‘Amnesty’ is to be granted, in a special case, as an exceptional favor, and is intended for the pardoning of a certain class of offences. ‘Pardon’ is granted to an individual offender to release him from the penalty he has incurred. ‘Commutation’ is the lessening of the severity of the penalties already pronounced in the sentence. ‘Rehabilitation’ is the restoration of public rights that have been forfeited.”と訳しています。
(2)旧恩赦令を踏まえての解説
大日本帝国憲法16条の「特赦」においては,刑は赦されても罪は赦されないわけですから,これは,刑の執行の免除の意味でしょう。ボワソナアドも,grâceはpardonであると言った上で,amnistieを受けた者が新たに罪を犯しても再犯にならぬが(旧刑法97条は「大赦ニ因テ免罪ヲ得タル者ハ再ヒ罪ヲ犯スト雖モ再犯ヲ以テ論スルヿヲ得ス」と規定していました。),grâceを受けた者はそうではないと述べています(Boissonade, PRCP: p.225)。Amnistieの語は忘却を意味するギリシア語に由来し,それは「犯罪行為及びその刑を消し去り,そのどちらについても何ら法的痕跡を残さないもの」だそうです(ibid.)。これに対して,「grâceは主刑を免ずるのみ」なのでした(Boissonade, PRCP: p.229)。
1912年の旧恩赦令(大正元年勅令第23号)5条は「特赦ハ刑ノ執行ヲ免除ス但シ特別ノ事情アルトキハ将来ニ向テ刑ノ言渡ノ効力ヲ失ハシムルコトヲ得」と規定しています。同条の「特赦」は,やはり刑の執行の免除であることが本則です。同条ただし書の部分は,ボワソナアドによる上記のgrâce本質論からすると,異質なamnistie的効果を付加せしめたということになるのでしょう。「刑ノ言渡ノ効力ヲ失ハシムル」ときは,5年を待たずに再犯に当たらなくなるほか(刑法56条),7年待たずに刑の執行猶予を受け得る(同法原25条2号・1号)ということになるわけです。また,刑の執行の免除の場合には「刑の言渡の結果として生じた権利能力の喪失は尚そのまゝであ」るのですが(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)313-314頁。また,旧刑法64条1項後段参照),刑の言渡しの効力までが失われるのであれば,刑の言渡しの結果として失われた権利能力はそれにより回復します。
大日本帝国憲法16条の減刑は,「刑を減ずるなり」ということでは刑の減軽であるようですが,伊東の英語訳では「既に言い渡された刑の苛酷を緩和すること」ということですので刑の執行の減軽であるようであります。伊東は,commutationは「部分的なgrâce(grâce partielle)」であるとの説明に引っ張られ過ぎて,英語のcommutationにも「交換」の意味があることを失念したのでしょうか。
旧恩赦令7条2項は「特定ノ者ニ対スル減刑ハ刑ノ執行ヲ減軽ス但シ特別ノ事情アルトキハ刑ヲ変更スルコトヲ得」と規定していますが,これは伊東の英語文的に,刑の執行の減軽本則論を採ったものでしょう。通常は,abaissement de la peineたる刑の執行の減軽がされるものであって,本来のcommutationである刑の減軽は「特別ノ事情アルトキ」に行われる例外,ということにされています。ちなみに,「刑の減軽とは刑期の短縮,罰金額の減少又は刑名の変更を包含する」ものとされています(美濃部314頁)。
なお,旧恩赦令10条1項は「復権ハ将来ニ向テ資格ヲ回復ス」と規定して,回復されるものは「公権」ではなく「資格」であるものとしています。
ちなみに,旧々刑事訴訟法にあった復権手続に関する規定(同法324条から330条まで)は前記のとおり刑法施行法52条により1908年10月1日から削除されていて,旧恩赦令が1912年9月26日から施行されるまでは復権手続規定については空白期間となっていました。現行刑法の付加刑は没収のみであって(7条),旧刑法にあった附加刑としての剥奪公権及び監視(同法10条1号及び4号)は廃されたからでしょう(また,刑法施行法18条)。しかし,刑法以外の法令に,刑の言渡しによる資格の喪失又は停止に関する規定(旧恩赦令9条参照)が多々あることに由来する不都合が再発見されたものでしょう。
と,旧刑法及び旧治罪法の各原案のフランス語並びに大日本帝国憲法16条及びその『憲法義解』解説の英語訳を穿鑿し来った上で,ここで更に日本国憲法の英語文までを検分してしまうのが筆者の余計なところです。
4 日本国憲法:刑の執行の免除の分離及び有罪の言渡しの効力を失わせるものへ
(1)現行英語文とGHQ草案との比較
日本国憲法7条6号及び73条7号の「大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権」の英語版は,後者について見ると,“general amnesty, special amnesty, commutation of punishment, reprieve, and restoration of rights”ということになります(7条6号では“general amnesty, special amnesty,”ではなく,“general and special amnesty,”になっています。)。大赦にわざわざ“general”が付され,特赦が“special amnesty”になっており,復権が“restoration of rights”となっていて,折角の伊東巳代治訳が生かされていません。
変だなあということでGHQ草案に当たってみると,日本国憲法7条6号に対応する部分は“Attest grants of amnesty, pardons, commutation of punishment, reprieves and rehabilitation”と,同73条7号のそれは“Grant amnesty, pardon, commutation of punishment, reprieve and rehabilitation”となっています。さすがにGHQの米国人らは(一応)しっかりしているようです。
(2)GHQ民政局内における起草過程
ア 天皇委員会原案とreprieveの登場と
この間のGHQ民政局内部での起草過程を見ると,1946年2月6日にプール少尉及びネルソン中尉の天皇委員会(Committee on the Emperor)が運営委員会(Steering Committee: ケーディス大佐,ハッシー中佐及びラウエル中佐並びにエラマン女史)に提出した第1次草案(運営委員会に最初に原案を提出した担当委員会は,天皇委員会でした。)では,米国憲法2条2節1項の“ [The President] shall have Power to grant Reprieves and Pardons for Offences against the United States, except in Cases of Impeachment.”との規定(「(大統領は),合衆国に対する犯罪〔連邦法違反の罪〕について,弾劾の場合を除いて,刑の執行の延期及び赦免・刑の減免の権限を有する。」)を参考にしたのか,日本国憲法7条6号に対応する部分は“To confirm pardons and reprieves granted by the Cabinet or Diet”(「内閣又は国会によって与えられたpardons及び刑の執行の延期(reprieves)を確認すること」)となっていました(「3-14 GHQ原案」中の“Drafts of the Revised Constitution”(国立国会図書館・電子展示会「日本国憲法の誕生」)第11齣)。それに対してハッシー中佐の手で修正が施され,最終的GHQ草案における形となったようです(同第14齣 “Hussey’s early copy”における書き込み参照)。ハッシー中佐はその際伊東巳代治による『憲法義解』の英訳本を参照したものでしょう。
なお,「内閣又は国会」という恩赦権の所在の二元主義については,「議会に一般的な大赦をおこなう権能を,行政府に個別的な特赦をおこなう権能を,それぞれ与える方式があり,議会によるamnistieと大統領によるgrâceという二つの形式を定めるフランス法がその例である。」と紹介されています(樋口陽一『憲法Ⅰ』(青林書院・1998年)335頁)。つとにボワソナアドも,「主権が国民(Nation)に存する共和国においては,amnistieの権能は,その政治的性格のゆえに選挙された代表者らに属する。大統領又は執行権の長が行使しうる権能は,réhabilitation, grâce及びcommutationのそれらのみである。」と述べていたところです(Boissonade, PRCP: pp.231-232)。
おって,reprieveとは,「多くの場合に,死刑執行を延期(一時停止)させることを意味する」とされています(飛田茂雄『アメリカ合衆国憲法を英文で読む』(中公新書・1998年)111頁)。
イ 執行権委員会原案
他方,天皇委員会に後れて執行権委員会(Committee on the Executive)が運営委員会に提出した原案では,日本国憲法73条7号に対応する部分は“The Prime Minister shall…Grant pardons, commutations of punishment and rehabilitations”(「首相は・・・特赦,減刑及び復権を与える」)となっていて伊東巳代治訳の大日本帝国憲法16条風でしたが,恩赦権者は首相(Prime Minister)であり,かつ,“amnesty”(大赦)が落ちていました(「3-14 GHQ原案」中の“Drafts of the Revised Constitution”(国立国会図書館・電子展示会「日本国憲法の誕生」)第62齣及び第65齣(実際は第65齣が第62齣の先に来るようです。))。当該原案に対して,手書きで“amnesty”及び“reprieves”の各語が追加記入されています(同第62齣)。ということなので,恩赦の種類は大日本帝国憲法16条の4種に“reprieve”が加えられた五つだということは,先の天皇委員会との議論を経て運営委員会においては決定済みだったのでしょう。占領下の1945年10月17日に大赦令(昭和20年勅令第579号)が既に出ていますから,GHQとしても大赦の効用は是認していたところなのでしょう。なお,執行権の主体を首相にするか内閣にするかは,執行権委員会と運営委員会との間で大議論となっていたところです(「日本国憲法74条をめぐって」(https://donttreadonme.blog.jp/archives/3703074.html)参照)。
大日本帝国憲法16条の英語訳と比較して日本国憲法7条6号及び73条7号の英語文がおかしいのは,GHQ草案を日本語に訳して日本語による条文の起草・制定を行った上でまた英語に訳し戻すという一連の作業の間に日本側において英語に変な倭臭をつけてしまったゆえでしょうか。また,“reprieve”が刑の執行の延期ではなくて刑の執行の免除に化けてしまったことにも,誤訳又は超訳的状況があったものでしょう。
(3)GHQ草案の翻訳
そこで,1946年2月13日に我が国政府に手交されたGHQ草案に係る同月25日の臨時閣議で披露された外務省罫紙上の日本語訳を見てみると,「大赦,恩赦,減刑,執行猶予及復権」となっています。重複訳です。恩赦は,旧恩赦令上,同令1条の「大赦,特赦,減刑及復権」の総称であること(「恩赦令」は単なる件名ではなく正式な題名です。)を我が外務省の方々は御存知なかったのでしょうか。また,“reprieve”を「執行猶予」と訳すると,刑法25条の刑の執行猶予との混同が生じそうです。
この点は,1946年3月2日の我が政府案では「大赦,特赦,減刑,刑ノ執行(ノ)停止及復権」に修正されています。
(4)3月4日から5日までの徹宵折衝
なお,前記1946年3月2日案では,恩赦は内閣が決定する(decide)ものの,それを行う主体は天皇であるものとされていましたが,同月4日から5日までにかけてのGHQとの徹宵交渉において,天皇が行うことは恩赦の認証(attest)のみであるものとせよと押し戻されました(佐藤達夫「三月四,五日司令部ニ於ケル顚末」(国立国会図書館・電子展示会「日本国憲法の誕生」)第4齣)。決定は内閣でするので,天皇がするのは「表示行為ノミ」であると言って説得しようとしても駄目であったそうです(同齣)。ちなみに,現在の日本国憲法73条7号では内閣が行うことは恩赦の「決定」までということになっていますが,これは1946年3月4日から翌日にかけての対GHQ折衝の際の「整理漏」(同第11齣)がそのまま残っているものです。
「帝国議会での現行憲法審議の際,恩赦は,栄典の授与とともに,それ自体を――認証をでなく――天皇の権能とすべきであるという主張が出された。それに対し,政府側は,恩赦は三権の機械的分立に対する緩和を意味し,その運用には政治的批判を伴うことがあるとし,その実質的責任をすべて内閣に集中させるため,天皇は認証のみを行うこととする,という説明をした。しかし,ありうべき政治的批判に対する内閣の実質的責任を強調する,という点では,天皇の行為が認証に限定されようとされまいと,どちらも名目的・儀礼的な性格のものである以上,変わりはないというべきであろう」と説かれても(樋口108頁),要は泣く子と地頭とGHQとには勝てなかったのだよ,というわけです。
1946年3月6日内閣発表の憲法改正草案要綱の段階でも「大赦,特赦,減刑,刑ノ執行(ノ)停止及復権」の表現が維持されています。
(5)「刑の執行の停止」から「刑の執行の免除」への“reprieve”の変身
「大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権」という表現への変化が見られたのは,1946年4月5日の口語化第1次草案からです。
刑の執行の停止が刑の執行の免除に化けたのは,大(免除)は小(停止)を兼ねるからよいのだとroughに考えられたのでしょうか。また,英語文では「刑の執行の免除」についてもなお“reprieve”の語が維持されていたので,GHQにおいては当該変化に気が付かなかったものでしょうか。
1946年9月10日の第90回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会において,この点に関して牧野英一委員と金森徳次郎国務大臣との間で問答がありました。すなわち,牧野委員が「第7条の第6号に「大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除」と云ふことがあります,是は金森国務相に於ても固より十分心得ておいでになることと思ひまするが,尚是は司法大臣の御所管に属することで,特に「刑の執行の免除」と云ふものを御加になる必要があるものかどうか,現行の恩赦令に依れば,是は必要のないことと思ひますが〔同令5条本文で「特赦ハ刑ノ執行ヲ免除ス」と規定〕如何なものでございますか,殊に英訳の方で見ますと「刑の執行の免除」と云うふこととは余程懸け離れた文字〔“reprieve”〕が使つてあります,英米法に於てはさう云ふことの意味を為すものと考へまするが,我が国の憲法を起草すると云ふ場合になつて参りますると,従来の恩赦令で十分足りる,故に此の語を附加へる必要はないのぢやないかと愚考する次第であります」とただしたのに対して,金森国務大臣は「成る程現在の制度に於ては,刑の執行の免除は他の事項,多分特赦であると思ひますが,其の中に含まれて居るもののやうに思ひますが,斯様な一つの形で恩赦の権能の一つとして特記することは,決して理由ないことではないと云ふやうに考へて,原案を斯くの如く列べたのであります,唯,今迄通りで宜いではないかと言へばそれも勿論であります,併し斯様に一つの形をはつきり書くと云ふことも亦立法のやり方であらうと考へて居ります,英語の翻訳が是と合ふとか,合はぬとか云ふ御話でありましたが,実は私はどうも同じやうなことを繰返しまするが,英語に付ては十分の理解を持つて居りませぬので,併しそれは英文の問題でありまして,日本国の憲法を起案致しまする其の態度は,英文の用ひ方が如何様であらうとも,必ずしも重きを生ずることではないと考へて居ります,尚「レトリーヴ」と云ふ言葉はどう云ふ意味を以て居るかと云ふことは,法律家と社会的な言葉の遣ひ方との間に差異があるやうでありますが,必ずしも無関係の意味ではないやうに私は聞いて居ります」と答弁しています(第90回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会議事速記録第9号5-6頁。原文は片仮名書き)。
上記金森答弁に鑑みるに,口語化第1次草案における文言変更,すなわち,英米法的なreprieveであるところの「刑の執行の停止」から既に我が恩赦法制中にあった「特赦」の本則としての「刑の執行の免除」(旧恩赦令5条本文)への変更は,両者の相違を十分弁えた上で,意図的にされたものだったのでしょう。我が法制と喰い合わせが悪そうなreprieve(当該制度は,我が法制においては屋上屋的な余計物となるもの(この点は,後に(7)で見ます。)として不要であると判断されたのでしょう。)の語をGHQさまの手前削ることができないので,その訳語を従来からある「刑の執行の免除」でもって代替する(超訳する)こととし,その上で刑の執行の停止と刑の執行の免除とについては「必ずしも無関係の意味ではないやう」だからぎりぎりセーフということで,当該超訳をGHQよ赦してよ,ということなのでしょう。
(6)日本国憲法=恩赦法下における概念の再整理
ア 恩赦の種類の並べ方問題
現在,恩赦の種類の並びが「大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除,復権」となっていますが,これは「「刑の執行の免除」は,おっしゃられた“reprieve”です。」と言い張ってGHQさまのお目こぼしにあずかるためにGHQ草案における並びを変更しなかったことの名残でしょう。事柄の実質からすると「大赦,特赦,刑の執行の免除,減刑,復権」の並びの方が分かりよいように思われます。刑の執行の免除が,本来は大多数の場合の「特赦」そのものだったわけですから(旧恩赦令5条本文)。
イ 再構成された特赦の概念等
更に考えると,恩赦法5条において特赦の効果を刑の言渡しの効力の消滅(旧恩赦令5条ただし書)にとどめず有罪の言渡しの効力の消滅にまで押し進めたのは,新しい特赦とかつての「特赦」の本家・本則であった刑の執行の免除との間により大きな質的相違を設けたかったからだったのかもしれません。その結果,更に大赦及び復権も横並びということで,これらも刑の言渡しを受けた者を対象とするもの(旧恩赦令3条1号は「刑ノ言渡ヲ受ケタル者ニ付テハ其言渡ハ将来ニ向テ効力ヲ失」わさせるものと「別段ノ規定」なき場合の大赦の効力について定め,同令9条は「復権ハ刑ノ言渡ヲ受ケタル為法令ノ定ムル所ニ依リ資格ヲ喪失シ又ハ停止セラレタル者ニ対」するものである旨規定していました。下線は筆者によるもの)から変じて,恩赦法下においては有罪の言渡しを受けた者を対象とするもの(同法3条1号及び9条参照)にされたわけでしょう(第92回帝国議会における木村篤太郎司法大臣の恩赦法案提案理由説明(同議会貴族院議事速記録第11号86頁,同院恩赦法案特別委員会議事速記録第1号1頁,同議会衆議院議事速記録第15号192頁及び同院統計法案委員会議録(速記)第1回3頁)参照)。
ウ 日本国憲法の英語文の深謀遠慮
日本国憲法7条6号及び73条7号の英語には変な倭臭がすると筆者はうっかり口を滑らせてしまったところです。しかし,以上の検討を踏まえて改めて考えると,当該英語は,“reprieve”の闖入による「特赦」概念の変更(かつての本則部分が刑の執行の免除として独立してしまったので,残ったただし書の例外部分を拡充(刑の言渡しの効力を失わせるものから有罪の言渡しの効力を失わせるものへの拡充)して維持存続)等を踏まえての,大日本帝国憲法16条の「大赦特赦〔略〕復権」の各概念と日本国憲法7条6号及び73条7号の「大赦,特赦,〔略〕復権」の各対応概念とは実は等号では結ばれないのだよ,ということを示すための彫心鏤骨の訳し分けの結果だったのかもしれません。
「有罪の言渡の効力を失わせる」のであれば(恩赦法5条),これはもはや「犯罪行為及びその刑を消し去り(efface la faute et le peine),そのどちらについても何ら法的痕跡を残さないもの」たるamnistie(Boissonade: supra)の一種です。そこで,日本国憲法=恩赦法上の特赦は今や,「grâceは主刑を免ずるのみ」といわれる(Boissonade: supra)ところのgrâce = pardonの範疇内のものではない,と解された上での“special amnesty”の訳語の採用なのでしょう。
“Special amnesty”が登場したのであれば,それだけで従来のamnestyを“general amnesty”としなければなりません。
Rehabilitationは,『憲法義解』の「復権は既に剥脱せられたるの公権を復するなり」との説明を承けて伊東巳代治が“the restoration of public rights”であるものと英語で説明していましたけれども,旧刑法が廃止された後,復権手続規定不存在の期間(1908年10月1日から1912年9月25日まで)を一度経て復活した旧恩赦令の復権手続は,附加刑として剥奪された「公権」ではなく,刑の言渡しを受けたため法令の定めるところにより喪失・停止をこうむった「資格」の回復のためのものだったのでした(同10条及び恩赦法10条)。そこで,1889年2月11日当時の旧刑法を前提としたrehabilitationとは異なるものとして,“public”の落ちた“restoration of rights”の訳語を採用したということでもあるのでしょう。なお,旧刑法における剥奪公権によって剥奪される権利は,①国民の特権,②官吏と為るの権,③勲章・年金・位記・貴号・恩給を有するの権,④外国の勲章を佩用するの権,⑤兵籍に入るの権,⑥裁判所に於て証人と為るの権(但単に事実を陳述するは此限に在らず),⑦後見人と為るの権(但親属の許可を得て子孫の為めにするは此限に在らず),⑧分散者の管財人と為り,又は会社及び共有財産を管理するの権並びに⑨学校長及び教師・学監と為るの権でした(同法31条)。重罪の刑に処せられた者は,当然かつ終身,公権を剥奪されるのでした(旧刑法32条)。おって,旧恩赦令以来の復権は,特定の資格について行うこともできるものとされています(同令10条2項及び恩赦法10条2項)。
“Commutation of punishment”の語は残っています。しかし,日本語の側において恩赦法7条2項は,伊東的解釈を排して,「特定の者に対する減刑は,刑を減軽し,又は刑の執行を減軽する。」と規定しています。すなわち,刑の減軽を,先に立てて本則化しているわけです。本来のcommutationによりふさわしい形の条文となっています。
しかし,GHQさまの余計なお世話である問題の“reprieve”については,これはいかんともし難かったものでしょう。本来ならば,「刑の執行の免除」はボワソナアド=伊東巳代治式に“pardon”と訳されるべきだったのでしょうが,米国憲法2条2節1項においては,reprieveとpardonとはあからさまに別個のものであるとされおり,また,GHQ草案においてもそうだったのでした。
(7)我が国におけるreprieveの不要性
Reprieveは「多くの場合に,死刑執行を延期(一時停止)させることを意味する」とされているわけですが(飛田・前掲),米国では,裁判所で死刑の判決が出て確定すると,恩赦が必要的に事前に検討されることなく死刑執行がされてしまうので,そこで大統領によるreprieveが必要になった,ということでしょうか。
その点我が国では,reprieveが最も必要となるのであろう死刑については既に旧治罪法460条2項以来,司法卿ないしは司法大臣の執行命令があるまではその執行があらかじめ停止されていたのでした。日本国憲法制定当時の旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)もその第538条で「死刑ノ執行ハ司法大臣ノ命令ニ依ル」と,第539条で「死刑ヲ言渡シタル判決確定シタルトキハ検事ハ速ニ訴訟記録ヲ司法大臣ニ差出スヘシ」と,第540条で「司法大臣死刑ノ執行ヲ命シタルトキハ5日内ニ其ノ執行ヲ為スヘシ」と規定していました。
懲役,禁錮又は拘留の言渡しを受けた者に対しても,内閣及び天皇ないしは司法大臣を煩わすまでもなく,検察官による執行停止の制度があったところです(刑事訴訟法480条及び482条に対応する旧刑事訴訟法544条及び546条(また,1908年10月1日からの旧々刑事訴訟法319条2項・320条1項))。

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