1 「双務契約」

 我が民法(明治29年法律第89号)中の重要概念として,「双務契約」というものがあります。同法533条及び553条,破産法(平成16年法律第75号)53条1項,55条1項及び2項並びに148条1項8号等に出て来る語です。平成29年法律第44号による改正(2020年4月1日から(同法附則1条,平成29年政令第309号))によって削除される前の民法534条及び535条にも出て来ていたところです。

 なお,平成29年法律第44号による改正前の民法536条1項は「前2条〔第534条及び第535条〕に規定する場合を除き,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を有しない。」と規定しており,現在の同項は「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付の履行を拒むことができる。」と規定していますが,この民法536条の適用のある契約は双務契約であるものと一般に説かれています(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)62-63頁等)。しかし,同条に「双務契約」との明文はありません。ある債務と対になる「反対給付」(の債務)の語の存在でもって,「双務契約」との語がなくとも双務契約関係にあることが分かるということでしょうか。当該「反対給付」のフランス語は,富井政章及び本野一郎の訳によれば,“la contre-prestation”です。

 民法に双務契約の定義規定が無いのは,1893年5月の法典調査会の法典調査ノ方針13条に「法典中文章用語ニ関シ立法上特ニ定解ヲ要スルモノヲ除ク外定義種別引例等ニ渉ルモノハ之ヲ刪除(さんじょ)ス」とあったからでしょう。確かに「また定義は,むしろ研究の結果次第にかかわり,最後にでてくるものである」ところです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)はしがき3頁)。1895年4月5日の第75回法典調査会で,富井政章が「既成法典ハ仏蘭西民法抔ニ傚ツテ〔財産編〕297条カラ303条迄合意ノ種類ヲ列挙シテアリマス,是レモ学説ニ委ネテ少シモ差支ナイ法典全体ノ規定カラ契約ニ斯ウ云フ種類カアル又其種類分ケヲスルニ付テト(どう)云フ結果ニ違ヒカアルト云フコトハ法典全体ノ上カラ自ラ分ルト思フ依テ此合意ノ種類ニ関スル規定ハ悉ク削除致シマシタ」と説明していたところです(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第23巻』158丁表裏)。

 

2 旧民法の定義による「双務合意(契約)」

ということで削られたとはいえ,旧民法財産編(明治23年法律第28号)297条には,「双務合意(契約)」の定義規定がありました。いわく。

 

  第297条 合意ニハ双務ノモノ有リ片務ノモノ有リ

   当事者相互ニ義務ヲ負担スルトキハ其合意ハ双務ノモノナリ

   当事者ノ一方ノミカ他ノ一方ニ対シテ義務ヲ負担スルトキハ其合意ハ片務ノモノナリ 

 

「合意」であって「契約」ではないのですが,旧民法財産編296条2項は,「合意」と「契約」との関係について,「合意カ人権〔債権〕ノ創設ヲ主タル目的トスルトキハ之ヲ契約ト名ツク」と規定していました。

旧民法財産編297条のフランス語文は,次のとおり。

 

 Art.297 Les conventions sont bilatérales ou unilatérales.

La convention est bilatérale ou synallagmatique, lorsque les parties s’obligent réciproquement;

    Elle est unilatérale, lorsqu’une des parties s’oblige seule envers l’autre.

 

これは,次のボワソナアド案を若干簡約したものになっています。なお,法典調査会の審議が契約の章に入った1895年4月の前月の8日(1895年3月8日),「政府との契約もすでに終了した「禿頭白髯の老博士」〔ボワソナアドはこの時69歳〕は,朝野の熱烈な見送りを受けつつ,令嬢とともに新橋駅を発ち,午後6時,横浜港でシドニイ号に乗船した。その数日前,かれは外国人として初めて,勲一等瑞宝章を贈られることに決定していた。しかし老博士は,第二の祖国と呼び,永住するつもりであった日本を,結局は去っていった。」ということがありました(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)195-196頁)。

 

 Art.318 Les conventions sont bilatérales ou unilatérales.

La convention est bilatérale ou synallagmatique, lorsque les parties s’obligent l’une envers l’autre ou réciproquement;

    Elle est unilatérale, lorsqu’une ou plusieurs parties s’obligent envers une ou plusieurs autres, sans réciprocité.

  (Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxième, Droits Personnels et Obligations (Tokio, 1891). p.21)

 

 しかしてこのボワソナアド案は,フランス民法の次の両条に由来します。

 

Art.1102 (ancien) Le contrat est synallagmatique ou bilatéral lorsque les contractants s’obligent réciproquement les unes envers les autres.

 

      Art.1103 (ancien) Il est unilatéral lorsqu’une ou plusieurs personnes sont obligées envers une ou plusieurs autres, sans que de la part de ces dernières il y ait d’engagement.

 

上記両条は,現在は第1106条にまとめられています。

 

Article 1106 Le contrat est synallagmatique lorsque les contractants s’obligent réciproquement les uns envers les autres.

Il est unilatéral lorsqu’une ou plusieurs personnes s’obligent envers une ou plusieurs autres sans qu’il y ait d’engagement réciproque de celles-ci.

 

 ここで“synallagmatique”とは難しい綴りの単語ですが,元は古代ギリシア語のσυνάλλαγμαであるそうです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)171頁)。

 なお,フランス民法における契約の種類の列挙及び定義に係る規定は,提案者であるビゴー=プレアムヌ(Bigot-Préameneu)によれば,「それを損なういくつかの煩瑣(quelques subtilités)を取り除きつつも,ほとんど全面的にローマ法から汲み出されたもの(sont puisées presque en entier dans le droit romain)」ということになるようです(共和国12年霧(ブリュ)月(メール)11日(1803年11月3日)の国務院審議。民法典に関するコンセイユ・デタ議事録第3巻243頁)。確かにローマ法上の双務契約は,「一個の契約により当事者双方に(ultro citroque)債務を発生するもの」をいうそうです(原田171頁)。

 

3 民法533条の「双務契約」(富井政章)

 我が民法の起草担当者の意図していた同法533条の「双務契約」の意味については,1895年4月16日の第78回法典調査会において富井政章から説明がありました。いわく。

 

双務契約ト云フコトハ契約ニ依ツテ双方ガ義務ヲ負フト云フ場合テアル然ウシテアル格段ナル場合ニ是レハ双務契約テアルカナイカト云フコトヲ法律ア(は)極メルコトハナイノテアリマスカラ夫レハ一々学者ニ任カス(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第24巻』206丁裏)

 

ここで負担付贈与について一言していわく。

 

而シテ〔略〕仏蘭西当リテ負担附ノ贈与ト云フコトガアル斯ウ云フ品ヲオマヘニ贈与スルカラ其代リ斯ウ云フコトヲシテ呉レト云フ契約ガアル夫レハ双務カ片務カト云フコトニ付テ余程議論ガアル,ケレトモ苟モ反対給付ヲ以テ一方ノ義務ノ成立スル条件ト当事者ガシタ以上ハ矢張リ双務契約ノ中ニ入レルト云フ説ガ今日ニ於テハ最モ勢力ヲ持ツテ居ル,矢張リ事実ニ依テ極メナケレハナラヌコトテアツテ一般ニ極メルコトハ出来得ナイト思フ,ケレトモ概シテ然ウ云フ場合ハ双務契約ト云フ方カ宜カラウ(民法議事速記録第24巻206丁裏-207丁表)

 

また改めていわく。

 

何処迄モ原則ハ契約ニ依テ双方ガ義務ヲ負フノガ双務契約テアルト云フ趣意テ立テ居ル併シ或ル格段ナル場合ニハ我々デモ各々意見ヲ異ニスル様ナコトガアラウト思フ(民法議事速記録第24巻207丁表裏)

 

「有償契約」との関係について更にいわく。

 

例ヘハ貸借ト云フモノニ付テハ此事ニ付テ少シ説ガアリマスガ我々ノ内テモ意見ガ皆同一テナイカモ知ラヌガ利息附ノ貸借ハ確カニ有償契約テアル債権者ハ利息ヲ取ル債務者ハ其借リタモノヲ使用シテ利益ヲ受クルト云フノテアルカラドチラニモ利益ヲ生スルカラ立派ナ有償テアリマスガ是レガ双務契約テアルカト云フト普通ノ見方テハ双務契約テナイ貸借ト云フモノハ貸主カラ物ヲ引渡シテ初メテ成立スル〔民法587条参照〕其成立シタ契約ニ依テドンナ義務ガ生シタカト言ヘハ借主ト云フ一方ニ返還スル義務ガ生ジタト云フ丈ケノ話シテ是レハ双務契約テハナイ,ケレトモ有償契約テアルニハ違ヒナイ,夫故ニ有償契約ニシテ双務契約テナイモノハアルガ双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノハナカラウ(民法議事速記録第24巻208丁表裏)

 

 「双務契約ト云フコトハ契約ニ依ツテ双方ガ義務ヲ負フト云フ場合テアル」ないしは「何処迄モ原則ハ契約ニ依テ双方ガ義務ヲ負フノガ双務契約テアルト云フ趣意テ立テ居ル」ということであれば,削られたとはいえ,なお旧民法財産編297条2項の規定が生きていたようです。

 

4 双務・有償契約たりし負担付贈与

 また,富井政章の負担付贈与=(イコール)双務契約説を承けてということになるのでしょうが,民法553条の旧規定は「負担附贈与ニ付テハ本節〔贈与の節〕ノ規定ノ外双務契約ニ関スル規定ヲ適用ス」でありました(下線は筆者によるもの)。梅謙次郎も,当該旧規定について「本条ハ負担附(○○○)贈与(○○)ノ性質ヲ定メタルモノナリ〔略〕本条ニ於テハ本節ノ規定ノ外双務契約ニ関スル規定ヲ適用スヘキコトヲ明言セルカ故ニ其性質ノ双務契約即チ有償契約ナルコト蓋シ明カナリ〔略〕而シテ余ハ之ヲ以テ最モ正鵠ヲ得(ママ)タル学説ニ拠レルモノナリト信ス蓋シ贈与者カ自己ノ財産ヲ相手方ニ与ヘ相手方モ亦之ニ対シテ一ノ義務ヲ負担スル以上ハ是レ固ヨリ報償アルモノニシテ且当事者双方ニ義務ヲ生スルモノナルコト最モ明カナレハナリ」と賛意を表しています(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)470-471頁)。

 しかし,民法553条は,平成16年法律第147号によって,2005年4月1日から(同法附則1条,平成17年政令第36号)「負担付贈与については,この節に定めるもののほか,その性質に反しない限り,双務契約に関する規定を準用する。」に改められてしまっています(下線は筆者によるもの)。適用ではなく準用ですから,負担付贈与は双務契約ではない,ということが前提となっています。同条旧規定に対する「(法文は適用といつているが,正確にいえば準用である)」との我妻榮の括弧書きコメント(我妻榮『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1973年)235頁)を承けての変更でしょうか。我妻の負担付贈与≠(非)双務契約説の理由付けは,後に出て来ます(6,11(3)。また,7(3))。

 

5 双務契約にして有償契約でないものの存在(梅謙次郎及びボワソナアド)

 富井政章は「有償契約ニシテ双務契約テナイモノハアルガ双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノハナカラウ」と述べています。現在の民法学者も,「双務契約は常に有償契約であるが,有償契約が全て双務契約であるとは限らない。」と,同様のことを語っています(内田20頁)。

 ちなみに,有償契約については,これも旧民法財産編298条に定義規定がありました。

 

  第298条 合意ニハ有償ノモノ有リ無償ノモノ有リ

   各当事者カ出捐ヲ為シテ相互ニ利益ヲ得又ハ第三者ヲシテ之ヲ得セシムルトキハ其合意ハ有償ノモノナリ

   当事者ノ一方ノミカ何等ノ利益ヲモ給セスシテ他ノ一方ヨリ利益ヲ受クルトキハ其合意ハ無償ノモノナリ

 

 同条のフランス語文は,次のとおり。

 

  Art.298 Les conventions sont à titre onéreux ou à titre gratuit.

La convention est à titre onéreux, quand chacune des parties fait un sacrifice en faveur de l’autre ou en faveur d’un tiers;

Elle est à titre gratuit, quand l’une des parties reçoit avantage de l’autre, sans en fournir aucun, de son côté.

 

 ボワソナアドは,次のように解説しています。

 

当該「onéreux」の語は,「負担 “charge”」の意たるラテン語の「onus」に由来する。有償(à titre onéreux)契約においては,両当事者に負担ないしは出捐(sacrifice)が存在する。(Boissonade, p.34)

 

 ところで,我が民法の制定当初において,梅謙次郎は,何と「双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノ」があることを高唱していました。いわく。

 

  双務(○○)契約(○○)(Contrat synallagmatique, gegenseitiger Vertarg)トハ其成立ニ因リテ直チニ当事者双方ニ債務ヲ負担セシムルモノヲ謂フ例ヘハ売買,賃貸借,組合等ノ如キ是ナリ使用貸借ハ古来之ヲ片務契約トセリト雖モ余ハ双務契約ナリト信ス旧民法ニ於テモ初ノ草案ノ理由書ニハ之ヲ片務契約トセリト雖モ竟ニ其双務契約タルコトヲ認メタリ(梅411頁。下線は筆者によるもの)

  使用貸借ニ因リテ貸主ハ借主ヲシテ其所有物ノ使用及ヒ収益ヲ為サシムルノ義務ヲ負ヒ借主ハ其使用,収益ヲ為シタル後其物ヲ返還スル義務ヲ負フ〔したがって,双務契約である。〕(梅607頁)

古来一般ノ学説ニ拠レハ使用貸借ハ唯借主ヲシテ返還ノ義務ヲ負ハシメ貸主ハ何等ノ義務ヲモ負ハサルモノトセリ蓋シ使用貸借ハ概ネ貸主ノ好意ニ因レルモノナルカ故ニ古代ノ法律ニ在リテハ借主ハ敢テ物ヲ使用スル権利ヲ有スルニ非ス唯貸主ノ好意カ変セサル限リハ徳義上借主ヲシテ物ノ使用ヲ為サシムルニ過キサルモノトシ即チ貸主ハ何時ニテモ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得ルモノトセシヲ以テ使用貸借ハ真ニ借主ニ義務ヲ負ハシムルノミニシテ之ニ権利ヲ与ヘサリシモノト謂フヘシ(梅607-608頁)

然リト雖モ法律漸ク進歩スルニ及ヒテハ敢テ貸主カ故ナク物ノ返還ヲ求ムルコトヲ許サス唯自己ノ入用アルトキハ之ヲ求ムルコトヲ得ルモノトシ竟ニ普通ノ入用アルモ未タ返還ヲ求ムルコトヲ許サス唯臨時ノ必要ヲ生シタル場合ニ限リ其返還ヲ促スコトヲ得ルモノトスルニ至レリ(梅608頁)

殊ニ新民法ニ於テハ貸主ハ自己ノ為メニ如何ナル必要アルモ敢テ契約ヲ無視シテ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得サルモノトセルカ故ニ借主ハ純然タル権利ヲ有スルコト敢テ疑ナシト雖モ仏国法〔1889条〕,我旧民法〔財産取得編(明治23年法律第28号)203条2項〕等ニ於テハ或場合ニ貸主ヲシテ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得セシムルニ拘ハラス余ハ夙ニ借主カ一ノ債権ヲ有スルコトヲ信シテ疑ハサリシナリ而シテ「ボワッソナード」氏カ之ヲ認メタルハ仏法学者中ニ在リテハ実ニ卓見ト謂フヘシ(同頁。下線は筆者によるもの)

 

使用貸借は「当事者の一方がある物を引き渡すことを約し,相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって,その効力を生ずる」契約ですから(民法593条。下線は筆者によるもの),当然無償契約であり(梅605頁,606頁等),有償契約ではありません。しかし,梅及びボワソナアドによれば,双務契約であるというのです。(ただし,ボワソナアドは「しかし最後まで心中のしこりとして残るのは,かくして我々は,無償(gratuit ou de bienfaisance)であると同時に双務(synallagmatique)である契約を有するわけであるが,この二つの性質は,通常は両立不能なのである。」との苦衷を明かしてはいます(Boissonade, p34: note(4))。)

我が民法制定時の二大権威の使用貸借=双務・無償契約説に対して,現在の民法学説の使用貸借=片務・無償契約説(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)49-50頁,内田165-166頁等)が対立します。

 

6 双務契約の現在の定義

前記の対立の由来はいずこにありや,と法律書の小さな文字を追って気が付くのは,現在の双務契約の定義が,旧民法財産編297条2項のそれと微妙に異なっていることです。

 

  契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約が双務契約で,そうでない契約が片務契約である。(我妻Ⅴ₁・49頁。下線は筆者によるもの)

 

(イ)対価的な意義があるかどうかは,客観的に定められるのではなく,当事者の主観で定められる。代金がいかに廉くとも,当事者が売買のつもりなら,その代金は,対価的な意義があり,負担がいかに重くとも,当事者が贈与のつもりなら,その負担は対価的意義がない。〔負担付贈与≠双務契約説の理由付けは,これでしょう。〕

  (ロ)契約の各当事者が債務を負担する場合でも,その債務が互に対価的な意義をもたないときは,片務契約である。すなわち,(a)契約の当然の効果として双方の当事者が債務を負担するが,その債務が互に対価的な意義をもたない場合,例えば,使用貸借(貸主の使用させる債務と借主の返還債務とは対価的意義がない)は,不完全双務契約と呼ばれることもあるが,民法のいう双務契約ではない。また,(b)契約の成立後に一方の当事者が特別の事情で債務を負担する場合,例えば,無償委任(委任者は費用償還債務を負担することがある)は,双務契約ではない。(我妻Ⅴ₁・49頁)

 

 ここでは,「対価性」の要件が,旧民法ないしはフランス民法流の双務契約概念に追加されています(したがって,双務契約の範囲がより狭くなる。)。

また,現在の学説においては,一方当事者の債務と他方当事者の債務との間に対価的な関係があることこそが,「双務契約上の債務における牽連性」が認められる理由とされています。

 

   売主と買主の債務は,対価的な関係にあるために,両債務の間には特別な関係が生ずる。売主の債務をα,買主の債務をβで表すと,αとβとは,双務契約上の債務として特殊な関係に立つのである。この関係のことを牽連関係とか牽連性といい,3つのレベルに分けて論ずることができる。すなわち,債務の成立上の牽連性,履行上の牽連性,そして債務の存続上の牽連性である。(内田46頁。下線は筆者によるもの)

 

 しかし,梅謙次郎の理解する「双務契約」は,上記の牽連関係もあらばこそ,負担付贈与及び使用貸借も含むものであったのですから,我が民法の双務契約関係規定は,制定時においては,上記学説にいう牽連関係ないしは牽連性なるものを必ずしも前提とするものではなかったのでしょう。


7 双務契約に関するドイツ民法草案の条文及びドイツ民法学説

 ということでありますが,対価性要件の出自を探らねばなりません。ドイツ民法の影響でしょうか。

 

(1)同時履行の抗弁

 我が民法533条の原案に係る参照条文として,法典調査会においては,ドイツ民法第一草案362条から367条まで及び同第二草案271条から273条までが掲げられています(民法議事速記録第24巻203丁裏。なお,我が旧民法には同時履行の抗弁権に係る一般規定はなく,関連するものとしては,売買及び交換について個別の規定(同法財産取得編47条3項・4項,74条,109条1項)があっただけでした(同丁,梅412頁)。)。ドイツ民法第二草案271条は,次のとおり(同案272条は不安の抗弁,273条は引換給付判決に関する規定)。

 

  §271 Bei einem gegenseitigen Vertrage kann jeder Theil, sofern er nicht vorzuleisten verpflichtet ist, die ihm obliegende Leistung bis zur Bewirkung der Gegenleistung verweigern. Hat die Leistung an Mehrere zu erfolgen, so kann dem Einzelnen der ihm gebührende Theil bis zur Bewirkung der ganzen Gegenleistung verweigert werden. Die Vorschrift des §. 230 Abs. 2 findet keine Anwendung.

   Ist von der einen Seite theilweise geleistet, so kann die Gegenleistung insoweit nicht verweigert werden, als die Verweigerung nach den Umständen, insbesondere wegen verhältnißmäßiger Geringfügigkeit des rückständigen Theiles, gegen Treu und Glauben verstoßen würde.

  (双務契約(ein gegenseitiger Vertrag)における各当事者は,先履行の義務を負っていない限りにおいて,その債務の履行を,反対給付の履行があるまで拒むことができる。給付が複数の者にされるべき場合においては,反対給付の全部の履行があるまで各人に対しその応当部分の履行を拒むことができる。第230条第2項の規定〔担保の供与によって履行拒絶を免れ得るとの規定〕は適用されない。

  (一方当事者が一部の給付をしたときは,当該の事情の下にあって,特に残余部分の比例上の僅少性に鑑み,履行の拒絶が信義誠実の原則に反することになる限りにおいて,反対給付を行うことを拒むことはできない。)

 

同時履行の抗弁については,「フランス民法には,双務契約に関する一般的な原則としての同時履行の抗弁権に関する規定はない。然し,近時の学説は,双務契約から生ずる両債務の牽連性の原理と売買に関する二三の規定とを根拠としてこれを認め,判例もこれに同調している。」とのことでした(我妻Ⅴ₁・83頁)。我が民法533条の原案に係る参照条文としてフランス民法から正に3箇条,すなわち1612条(「買主が代金を支払わず,かつ,支払のための期限を売主が買主に与えていないときは,売主は目的物を引き渡すに及ばない。」),1613条(「売主が買主に代金支払の期限を与えた場合であっても,売買の後に買主が破産手続開始の決定を受け又は支払不能に陥り,売主が代金の支払を受けられなくなる差し迫った危険があるときは,売主は引渡債務に拘束されない。ただし,買主が期日における支払に係る担保を供したときは,この限りでない。」)及び1651条(「売買の際この点に関し別段の定めがされなかったときは,買主は,引渡しがされる時にその場所で代金を支払わなければならない。」)が挙げられていました(民法議事速記録第24巻203丁裏)。

 

(2)危険負担

我が民法536条の原案に係る参照条文としては,法典調査会において,旧民法財産編542条(「債務者カ履行ノ不能ニ因リテ義務ヲ免カレタルトキハ其債務者ハ己レノ受取ル可キ対価ニ付テハ其履行ノ為メ既ニ出捐シタル限度ニ於テノミ権利ヲ存ス」)及び他の外国法の条文と並んで,ドイツ民法第一草案368条及び同第二草案274条及び275条が挙げられています(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第25巻』20丁表)。我が民法536条1項に対応するドイツ民法第二草案274条は,次のとおり(同草案275条は我が民法536条2項に対応)。

 

 §274 Wird die aus einem gegenseitigen Vertrage dem einen Theile obliegende Leistung in Folge eines weder von ihm noch von dem anderen Theile zu vertretenden Umstandes unmöglich, so verliert er den Anspruch auf die Gegenleistung; bei theilweiser Unmöglichkeit mindert sich der Anspruch auf die Gegenleistung verhältnißmäßig nach Maßgabe der §§. 408, 409.

  Verlangt der andere Theile nach §. 237 Herausgabe des für den geschuldeten Gegenstand erlangten Ersatzes oder Abtretung des Ersatzanspruchs, so bleibt er zur Gegenleistung verpflichtet; der Anspruch auf dieselbe mindert sich jedoch verhältnißmäßigig nach Maßgabe der §§. 408, 409 insoweit, als der Werth des Ersatzes oder des Ersatzanspruchs hinter dem Werthe der geschuldeten Leistung zurückbleibt.

  Soweit die nach diesen Vorschriften nicht geschuldete Gegenleistung bewirkt ist, kann das Geleistete nach den Vorschriften über die Herausgabe einer ungerechtfertigten Bereicherung zurückgefordert werden.

 (双務契約(ein gegenseitigen Vertrag)に基づく一方当事者の債務の履行がいずれの当事者の責めにも帰することのできない事由によって不能となった場合においては,同人は反対給付に対する請求権を失う。一部の不能のときは,反対給付に対する請求権は,第408条及び第409条に従い比例的に縮小する。

 (第237条によって相手方が債務の目的について得られた代償の引渡し又は代償賠償請求権の譲渡を請求するときは,同人はなお反対給付の義務を負う。ただし,同人に対する請求権は,履行されるべきであった給付の価値よりも代償又は代償請求権の価値が劣後する限りにおいて,第408条及び第409条に従い比例的に縮小する。

 (これらの規定によっては債務の目的とはされない反対給付が履行された限りにおいて,給付されたものは,不当利得の返還に関する規定に基づいてその返還の請求がされ得る。)

 

(3)「gegenseitiger Vertrag」の定義:ドイツにおける学説の確立及び日本での継受

 しかし,ドイツ民法草案においては,ドイツ語で(ドイツ民法なのでドイツ語なのは当たり前ですが)「gegenseitiger Vertrag」とあるだけで,その定義らしい規定は見当たりません。

 ドイツ民法第一草案の理由書(1888年)における同時履行の抗弁に係る第362条の解説には「第362条以下は特に,双務契約から生ずる(aus gegenseitigen Verträgen)債務関係の内容を規整する。双務契約の性質及び構造(Natur und Struktur)――特に普通法に基づくもの――に関する現在の論争について,法律は,一の言明をもって断案を下すことはできない。したがって,双務契約に関する法律の各規定から結論を導き出すことは,依然として学問及び実務に委ねられているのである。」とあるばかりです。

 とはいえ,ドイツ民法制定(1896年)後ほどなくして同国の学説は次のように固まったようです。石坂音四郎の1915年出版の著書にいわく。

 

   双務(●●)契約(●●)(zweiseitige [sic] Verträge, contrats synallagmatiques)トハ各当事者カ互ニ対価トシテ給付ヲ為スヘキ債務ヲ負担スル契約ヲ云フ故ニ双務契約ニ在リテハ当事者双方ハ債権者タルト共ニ債務者タルモノトナス然レトモ単ニ当事者双方カ債務ヲ負担スルモ直ニ双務契約成立スルモノトナスコトヲ得ス双方ノ当事者ノ負担スル給付カ互ニ対価(●●)(Entgelt, Äquivalent)タル関係ヲ有スル場合ニ双務契約ハ成立スルモノトス蓋双務契約ニ在リテ当事者ノ一方カ債務ヲ負担スルハ他方カ同シク債務ヲ負担スルカ為メナルヲ以テ双方ノ給付ハ互ニ対価タルコトヲ要ストナササルヲ得ス故ニ例ヘハ負担附贈与ハ当事者双方ニ債務ヲ負担セシムルモ互ニ対価ヲ為ササルカ故ニ双務契約タル性質ヲ有セス【註3】(石坂音四郎『日本民法第3編 債権 第5巻』(有斐閣書房・1915年)1758頁)

 

Das Entgeltとは,“für eine Arbeit gezahlte Entshädigung(労働に対して支払われた代償)”というように説明されています(Hoeber Wörterbuch Deutsch als Fremdsprache)。

 

  【註3】双務契約ニ於テ双方ノ給付カ互ニ対価タル関係ヲ有スルコトハ従来ノ定説タリ(Windscheid §320, Enneccerus S.85, Örtmann S.180, Dernburg §91, Planck S.136, Crome S.165, Staudinger-Kuhlenbeck S.254)或ハ之ニ反シ双務契約ニ於ケル双方ノ給付ハ互ニ対価タルコトヲ要セストナス者アリ(Haymann, Jahrb. f. Dogm. B.56 S.86 fg)若シ対価ノ意義ヲ双方ノ給付カ同一ノ価格ヲ有スルコトヲ要ストノ意義ニ解スルトキハ双務契約ニ於ケル双方ノ給付ハ互ニ対価アルコトヲ要セサルモノト解スルコトヲ得ヘシ然レトモ対価トハ単ニ一方ノ給付ニ対シ他方ノ給付カ報償タルヘキコトヲ云フニ過キス故ニ双方ノ給付カ客観的ニ其価格ヲ同フ(ママ)スルコトヲ要セサルノミナラス主観的ニモ価格ヲ同フ(ママ)スルコトヲ要セス(石坂1763頁)

 

 双務契約に係る対価性要件はドイツ民法の明文に基づくものではなく飽くまでもドイツの学説上のものであるということは,Haymannの反対説の存在によっても傍証されるでしょう。

 しかし,1915年。その前年我が海軍はドイツ勢力を北太平洋から駆逐し,我が陸軍は青島城下に同地のドイツ軍を武装解除せしめていたのですが,我が法学界はドイツ法学の圧倒的影響下にあったのでした。

8 「有償契約」:ドイツ民法及びその民法559条に対する影響いかん

 ところで,双務契約と有償契約との密接な関係に鑑みるに(有償契約⊃双務契約),双務契約の対価性要件は,売主の追奪担保責任規定を売買以外の契約類型に準用するドイツ民法旧445条などと関係があるかもしれません。同条は,次のとおり。

 

  §445 Die Vorschriften der §§433 bis 444 finden auf andere Verträge, die auf Veräußerung oder Belastung eines Gegenstandes gegen Entgelt gerichtet sind, entsprechende Anwndung.

  (第433条から第444条までの規定は,他の契約であって,あるものに係る譲渡又は負担の設定を対価と引換え(gegen Entgelt)にすることを目的とするものについて準用する。)

 

ただし,ここでは「entgeltliche Verträge」というような契約の種別名を示す語は用いられてはいません。

しかし,我が民法における有償契約概念は,旧民法財産編298条ではなく,ドイツ民法に直接由来するといってよいのかもしれません。「有償契約」の語は民法559条に出て来るのですが,同条の規定振りの前例とされたものは,ドイツ民法旧445条の前身たるドイツ民法第二草案386条であったようであるからです(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第26巻』62丁裏,65丁表。民法559条の原案について旧民法から挙げられた参照条文は追奪担保責任に係る財産編395条から397条までのみであって,そのうち財産編396条1項に「有償ノ行為(les actes à titre onéreux)」との語はありましたが,有償合意の定義に係る財産編298条までは挙げられていません。また,ドイツ以外の国の民法条項も挙げられていません。)。ドイツ民法第二草案386条の条文は,ドイツ民法旧445条における「der §§433 bis 444」の部分がなお「der §§375 bis 385」となっていたほかは,同条と同文です。

1895年4月30日の第82回法典調査会において梅謙次郎は「独逸民法第一読会草案ニハ今申上ゲマシタ通リ追奪担保モ瑕疵担保モ皆総則デアリマシタガ第二読会草案デハ皆夫レヲ売買ノ方ニ持ツテ参リマシタ然ウシテ二読会ノ第386条デ持ツテ追奪担保ノ規則ヲバ他ノ有償契約ニ適用ス第429条ニ於テ瑕疵担保ニ関シテ同様ノ規定ヲ置イテアリマス夫レデ実際同シコトニシテアルノデアリマス本案モ略ボ同ジヤウナ考ヘカラ,唯ダ本案デハ担保ノコトノミデナイ手附ノ事抔モアリマス外ノ規定ト雖モ随分他ノ有償契約ニ当嵌マルモノモ拾テ来レバ可ナリ数多イノデ詰リ殆ンド売買ノ規定全部ガ外ノ有償契約ニモ多少当嵌マル夫故ニ寧ロ斯ウ云フヤウナ概括的ノ規定ヲ一ヶ条置キマシテ其代ハリ但書ヲ以テ其適用ノ範囲ニ制限ヲ置ク然ウシタナラバ実際ニ於テ差支ヘヌノミナラズ大ニ便利デアラウト云フ考ヘデ斯様ナ一ヶ条ヲ設ケ置イタノデアリマス」と述べています(民法議事速記録第26巻65丁表裏。下線は筆者によるもの)。ドイツ民法第二草案429条は,我が民法559条の原案の参照条文には挙げられてはいないのですが,次のようなものでした。

 

 §429 Die Vorschriften über die Verpflichtung des Verkäufers zur Gewährleistung wegen Mängel der Sache finden auf andere Verträge, die auf Veräußerung oder Belastung einer Sache gegen Entgelt gerichtet sind, entsprechende Anwendung.

 (物の瑕疵に係る担保の履行についての売主の義務に関する規定は,他の契約であって,ある物に係る譲渡又は負担の設定を対価と引換え(gegen Entgelt)にすることを目的とするものについて準用する。)

 

 これはドイツ民法旧493条と同文です。

 梅謙次郎は,当然ドイツ民法草案の当該条項に自ら当たっているはずです。


9 民法536条1項と旧民法財産編542条と

ところで,我が民法536条1項の直接の前身規定は,旧民法財産編542条であるようです。1895年4月19日の第79回法典調査会において富井政章は,民法536条1項の原案に関し「〔危険負担の債務者主義は〕既成法典始メ何処ノ国ノ法律モ斯ウ為ツテ居リマス〔参照条文としては,ドイツ民法草案のほか,オーストリア民法,スイス債務法及びモンテネグロ民法の各条項が掲げられていました。フランス民法の欠落が注目されます。〕唯タ一ツ既成法典ト違ウ(ママ)所ハ既成法典ハ此危険問題ヲ履行ノ不能ノ処ニ極メテアリマス〔旧民法財産編542条において規定〕特定物ニ付テハ契約ノ効力ノ処ニ規定シテ〔旧民法財産編335条において規定〕他ノ場合テハ履行不能ノ処ニ規定シテアリマス如斯同シ性質ノ問題ヲ2箇所ニ規定スルノハ如何テアラウカト思ツテ全ク危険問題ノ一部ニ違ヒアリマセヌカラ此処ニ置キマシタ尚ホ一ツ既成法典ト違ウ(ママ)所ハ既成法典ハ財産編ノ第542条ニ於テ此規則ニ一ノ制限ヲ置テアリマス「債務者カ履行ノ不能ニ因リテ義務ヲ免カレタルトキハ其債務者ハ己レノ受取ル可キ対価ニ付テハ其履行ノ為メ既ニ出捐シタル限度ニ於テノミ権利ヲ存ス」即チ反対給付ヲ受クル権利ハ持タナイ,ケレトモ自分カ其履行ノ為メニ銭ヲ出シタ〔略〕入費ヲ掛ケテ夫レカラ後ニ於テ履行不能カ出来タト云フヤウナ場合ニハ其償ヒヲ取ルコトガ出来ルト云フ規定テアリマス〔略〕何処ノ国ノ法律ニ於テモ斯ウ云フ制限ハ置テアリマセヌ既成法典丈ケテアリマス初メハ斯ウ書テ見マシタガ何ウモ実際上種々計算論カ起ツテ煩ニ耐ヘ難イト思ヒマシタカラ置カナイコトニ致シマシタ」と説明しています(民法議事速記録第25巻20丁裏から21丁裏まで。下線は筆者によるもの)。

旧民法財産編542条のフランス語文は,次のとおり。

 

  Art.542 Lorsque le débiteur est libéré par l’impossibilité d’exécuter,  il n’a droit à la contre-valeur qui lui avait été promise que dans la mesure des sacrifices qu’il avait déjà pu faire en vue de l’exécution.

 

 これに比べると,ボワソナアドの原案は若干細かい。

 

  Art.564  Lorsque le débiteur est libéré, par l’impossibilité d’exécuter une obligation de faire, ou de donner une chose autre qu’un corps certain, il n’a droit à la contre-valeur qui lui avait été promise que dans la mesure des sacrifices qu’il avait déjà pu faire en vue de l’exécution.

  (Boissonade, pp.792-793)

 

「フランス民法は,〔危険負担について〕債権者主義をとるようにみえるが,それは,与える債務,とりわけ特定物の売買について,所有権と危険とがともに移転するとなす規定(Art. 1136-1138, 1583 et suiv.)であつて,その他の双務契約については,一般的な規定はない。」という状態だったそうですから(我妻Ⅴ₁・86頁),特定物を与えることに係るものではないその原案564条及び旧民法財産編542条は,ボワソナアドの作品でしょう。

 

しかし,特定物に係る約束ではなく,流通の外に置かれた種類の物を与える債務に関する場合においては,常に債務者に対価(contre-valeur)に対する権利を保持させるわけにはもういかない。というのは,彼は,債務に係る物を調達するための何らの出捐もなおしていないかもしれないからである。同様に,何ごとかをなすことについては,その履行の負担無しに,彼に約束されていた利益を債務者が取得することは正義にかなうものではないだろう。

もちろん,彼の履行不能は彼の責めに帰されるものではなく,当該不能は彼をその債務から解放することができる。しかし,彼に利得を与えてはならない。ところで,約束したことを履行することなくその報酬を受けるときに起こるのが,この事態なのである。反対に,特定物の引渡しの債務においては,債務者を解放する滅失が彼に利得を与えることはない。というのは,債権者が何も受け取らないとしても,他方,債務者は何も保持しないからである。しかして債務者が対価(contre-valeur)を受領しないとすると,滅失の負担は彼に帰することになるのである。

しかし,法は,全ての対価(contre-valeur)を絶対的に債務者に拒絶することもできなかった。というのは,履行不能事由が発生した時に,債務者がその準備を既に行い,及びそのために,彼に属する特定物を与えるときより以上に彼の負担となるべきではない出捐がされていた,という事態があり得るからである。そこで法は,「其履行ノ為メ既ニ出捐シタル限度ニ於テ」対価(contre-valeur)に対する権利を彼に保存せしめたのである。〔後略〕

  (Boissonade, pp.801-802)


10 双務契約の解除と契約の解除と

 双務契約概念が役立つ場面としては,契約の解除の場合が挙げられます。「解除の機能は,相手が債務不履行に陥った場合に,債権者を反対債権から解放し,債務者の遅れた履行を封じ,あるいは,自らが先履行して引き渡した目的物の取り戻しを認めることによって,債権者を保護することにある。したがって,双務契約でのみ問題となるのである。」ということです(内田85-86頁)。しかし,1895年4月23日の法典調査会において民法540条の原案に関して穂積陳重が「成程双務契約ノ場合カ多数ノ場合テアリマス併シ我々モ能ク考ヘマシタ所ガ何ウモ「双務契約ノ当事者ノ一方」トハ書キ悪(に)クカツタノテアリマス委任テアルトカ代理テアルトカ寄託テアルトカ然ウ云フヤウナ場合ニ於テ矢張リ此箇条ガ当ルノテゴザイマスルカラ「双務契約当事者」ト云フコトヲ止メテ単ニ「当事者」ト双方ニ当ルヤウニ書イタ」と述べていますので(民法議事速記録第25巻75丁裏。下線は筆者によるもの),民法540条以下の契約の解除を双務契約のみに係るものと限定して解することはできないでしょう。

 この点,旧民法は「凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス/此場合ニ於テ解除ハ当然行ハレス損害ヲ受ケタル一方ヨリ之ヲ請求スルコトヲ要ス然レトモ裁判所ハ第406条ニ従ヒ他ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許与スルコトヲ得」と規定していました(財産編421条)。「解除ノ条件ノ成就スルトキハ当事者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシム」ることになったわけです(旧民法財産権409条2項)。無論,ここでの双務契約は旧民法財産編297条2項の双務契約です。

 

11 小括

 さて,以上長々と双務契約に関して書き連ねて来ましたが,だんだん収拾がつかなくなってきたようでもあります。

 収拾の道筋をつけるためには,本稿の執筆意図に戻るべきでしょうか。

 本稿の執筆意図は,実は他愛のないものでした。

かつて筆者は「双務契約」との字面で双務契約を理解したつもりでいたのですが,人に説明する必要から再確認したところ双務契約の定義は「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約が双務契約」ということであって,双つの債務に加えて対価性要件が必要とされており使用貸借は片務契約に分類されていることに改めて気付き,早分かりの許されぬ民法学の奥深さに前途遼遠日暮れて途(みち)遠しの念をしみじみ懐いていたのでした。ところが最近,「手近に注釈書,体系書〔略〕それと梅謙次郎『民法要義』を備えておくことをお勧めする。起草者の考え方を短いスペースで,シャープな論法を駆使して展開する梅博士のこの書は,講義の準備用に教師が勉強する範囲に属する民法の条文についてぜひ一度は参照するべきである。」(米倉明『民法の教え方 一つのアプローチ(増補版)』(弘文堂・2003年)188頁)との勧めに従い『民法要義(復刻版)』全5巻を大枚はたいて入手して眺めていたところ(『民法要義』は国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができますが,やはり本物の本にはかないません。),前記のとおり使用貸借=双務契約説を梅謙次郎もボワソナアドも採っていたことを知って,なんだ素朴流解釈でよかったじゃないか,それにしても対価性要件など面倒なことを導入して迷惑な話であったなぁ,これが「双務契約に於ける相互の牽聯関係は,ローマ法はドイツ法に比して弱い。」(原田171頁)すなわちドイツ法は他国の法に比べて双務契約の牽連性にうるさく力が入り過ぎであるということではないかな,対価性抜きの双務契約概念でも実は民法の解釈は困らないのではないのかな,ちいとその旨論証を試みてみようかしら,と思ったところなのです。


(1)民法533条

民法533条については,我が民法制定当時,ドイツ民法学説の双務契約概念はいまだに固まっていなかったところです。また,同時履行の抗弁に係るドイツ民法第二草案271条を承けたドイツ民法320条1項が末段でその適用を排除する同法273条3項に係る同条1項を見てみると,次のとおりであるところです。

 

 §273 Hat der Schuldner aus demselben rechtlichen Verhältnis, auf dem seine Verpflichtung beruht, einen fälligen Anspruch gegen den Gläubiger, so kann er, sofern nicht aus dem Schuldverhältnis sich ein anderes ergibt, die geschuldete Leistung verweigern, bis die ihm gebührende Leistung bewirkt wird (Zurückbehaltungsrecht).

  (債務者が,その義務が基づくものと同一の法律関係から,債権者に対し,弁済期にある請求権を有するときは,当該債務関係から別異の帰結が生じない限りにおいて,応当する給付が履行されるまで,その債務に係る給付の履行を拒むことができる。(Zurückbehaltungsrecht))

 

Zurückbehaltungsrechtを「留置権」と訳してしまうと,我が民法の物権たる留置権(同法295条)との混同混乱が生じてしまうところですが(したがって,以下「ZBR」といいます。),「ドイツ民法は,これをZurückbehaltungsrecht(§§273,274)とし,あくまでも同一債権関係から生じた二つの債権の間の拒絶機能として,債権編の総則の中に規定する。従って,学者はこれを債権的拒絶権能として,同時履行の抗弁権(同法320条)を包含する広い概念と解している(Oertmann I b z. §273)。」とのことであって(我妻榮『新訂担保物権法(民法講義Ⅲ)』(岩波書店・1968年)21頁),対価性のない双務契約の債務者は,ドイツ民法320条の同時履行の抗弁権を行使できなくとも,同法273条のZBRでカヴァーされ得ることになります。同時履行の抗弁権とZBRとの相違は,前者は「担保としても機能する。したがって,第273条の留置権と異なり,反対給付に代わる担保給付によって排除すること〔同条3項〕はできない。」ということですが(椿寿夫=右近健夫編『ドイツ債権法総論』(日本評論社・1988年)210頁(右近健夫)),その違いの大きさはどこまでのものなのでしょうか。

日本民法533条の「双務契約」の範囲は,ドイツ法学流にドイツ民法320条のgegenseitige Verträgeの範囲に厳密に揃えるよりもむしろ,同法273条1項をも視野に入れて,余裕をもったものとしてもよいのではないでしょうか。


(2)民法536条

民法536条にはそもそも「双務契約」の語がありません。同条の適用は,旧民法財産編542条の適用が「己レノ受取ルヘキ対価」概念によって決まったように,専ら「反対給付」の概念への該当性いかんによって決められるべきものなのでしょう。平成29年法律第44号によって民法425条の2及び425条の4において「反対給付」の語が用いられるに至っていますが,正に両条の「反対給付」は,「その財産を取得するため」にされたものです。すなわち,当該「反対給付」は,「その財産を取得」することと対価関係にあるわけです。

旧民法財産編542条の「対価」がフランス語ではcontre-valeur(『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1985年)によれば財政用語で,「交換価値」)であるのに対し,民法536条の「反対給付」のフランス語訳がcontre-prestation(同辞典によれば民族学用語で,「答礼贈与」)となっているのは,我が民法起草担当者は負担付贈与も双務・有償契約であると考えていたからである,というのはうがちが過ぎるでしょうか。


(3)負担付贈与

負担付贈与は,平成16年法律第147号による民法553条の改正によって,その本来の性質は双務契約ではないものとされてしまいました(適用→準用)。(ただし,日本民法ではなお,負担の不履行の場合には贈与者は負担付贈与を解除して贈与の目的の返還を含め原状回復を求めることができることになります(同法545条。贈与の時からの利息の支払又は果実の返還も受けられます。)。ドイツ民法では,双務契約の解除の条件が整った場合であっても,負担の履行のために当該負担付贈与の目的が費消されたであろう限度で,不当利得返還の規定に従っての返還が認められるだけです(同法527条1項)。)

ところで,それでは負担付贈与は無償契約となったのでしょうか,なおも有償契約なのでしょうか。(片務・有償契約の例としては,要物の利息付消費貸借があったところです。)

「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約が双務契約」であるのに対して,「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する出捐(経済的損失)をする契約が有償契約」であるとされます(「対価的な意義」の意味は双務契約についてのものと同様。我妻Ⅴ₁・49-50頁)。負担付贈与の場合,贈与者の贈与債務と受贈者の負担債務との間には対価的関係がないもの(「対価的な意義がない」)と当事者によって考えられているとして双務契約性が否定されるものとされています(我妻Ⅴ₂・224頁)。であれば,両当事者間において,対価的性の無い当該両債務以外に対価性のある何らかの出捐がなければ,この時点で負担付贈与の有償契約性は否定されてしまいます。

しかし,民法551条2項という条項があります。負担付債務の贈与者は「売主と同じく担保の責任を負う」のですが,民法559条で担保責任に関する売買の規定が有償契約に準用されていますところ(前記8の梅説明参照),担保の責任が云々される契約は有償契約ということになるのでしょう。しかして,「負担の限度において」贈与者が担保の責任を負うというのであれば,やはり贈与債務と負担債務との間に「対価的な意義を有する出捐(経済的損失)」の関係があるということでしょう。「負担付贈与は,負担の限度では,贈与者の給付と対価関係に立つとみて,この規定を設けたものであろう。」と我妻榮は評しています(我妻Ⅴ₂・234頁)。さりながら,負担と贈与者の給付とは対価関係にないのだから(だから負担付贈与はそもそも双務契約ではないのだよ。)民法551条2項は削られるべき規定だよとまでの,学理に忠実かつ親切な立法提案まではしてくれていません(実はドイツ民法もその第526条において,負担付贈与の目的に瑕疵があってその価額が負担の実行費用額に及ばない場合における不足額の塡補がされるまで当該負担の履行を拒絶する受贈者の権利及び当該場合において瑕疵を知らずに負担を履行した受贈者に係る不足額分の費用償還を請求する権利について規定しています。)。双務契約ではないが,双務契約に関する規定を準用し,かつ,負担の限度において有償契約とみなす,ということでしょうか。民法起草担当者の負担付贈与=双務・有償契約説の方が,準用・みなし規定を用いた力技の厚化粧を要しないだけ素直であったように思われます。しかし,平成16年法律第147号による民法553条の改正後は,準用・みなし説で行くしかないのでしょう。


(4)使用貸借

 使用貸借が双務契約であれば,何らかの不都合が生じたものか。

 平成29年法律第44号による改正前の要物契約時代の説明ですが「使用貸借に危険負担(民法534条)の適用はなく(貸主には目的物を引き渡す義務がないから),同時履行の抗弁権(民法533条)の適用も考えられない」とされていました(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)176頁)。要は双務契約だとしても「名ばかり双務契約」となるだけだったということでしょう。しかし,「名ばかり」はけしからんと言って,あえてそれを理由に片務契約に分類するまでの必要はなかったのではないでしょうか(星野Ⅳ・176頁参照)。名ばかり管理職とされて残業手当なしに酷使されるという無慈悲な情況と似た状況が生ずるわけでもないでしょう。

 使用貸借の解除もあり得ます。民法594条3項は「借主が前2項の規定〔定まった用法に従う義務及び無断で第三者に使用収益をさせない義務〕に違反して使用又は収益をしたときは,貸主は,契約の解除をすることができる。」と規定していますが,「是レ第541条ト其精神ヲ同シウスト雖モ唯此場合ニ於テハ借主ハ其債務ヲ履行セサルニ非スシテ寧ロ其権利以外ノ事ヲ為シタルモノナルカ故ニ当然第541条ヲ適用スルコト能ハサルヲ以テ特ニ本条第3項ノ明文ヲ設ケタルナリ尚ホ第541条ニ於テハ先ツ催告ヲ為シテ然ル後契約ヲ解除スヘキモノトセリト雖モ本条ニ於テハ既ニ権利以外ノ事ヲ為スカ如キ無法ノ借主ニ対シテ将来其無法行為ヲ止ムヘキコトヲ催告スルカ如キハ殆ト児戯ニ均シキヲ以テ借(ママ)主ハ直チニ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得ルモノトセリ」ということです(梅613-614頁)。不完全履行に基づく契約の解除というドイツ法学流の概念によらず,民法541条の特則として同法594条3項が設けられたということのようです。貸主としては,使用貸借契約を解除して,借主に使用収益させる自分の債務から解放される必要があるところです。