1 「確定日付のある証書」
(1)民法467条2項
民法(明治29年法律第89号)467条2項に「確定日付のある証書」という語が出て来ます。
(債権の譲渡の対抗要件)
第467条 債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は,譲渡人が債務者に通知をし,又は債務者が承諾をしなければ,債務者その他の第三者に対抗することができない。
2 前項の通知又は承諾は,確定日付のある証書によってしなければ,債務者以外の第三者に対抗することができない。
民法467条の本野一郎及び富井政章によるフランス語訳(Code Civil de l’Empire du Japon, Livres I, II & III(新青出版・1997年))は,次のとおり(ただし,第1項は,平成29年法律第44号による改正前の法文です。)。
La
cession d’une créance nominative n’est opposable au débiteur et aux autres
tiers que si elle a été notifiée par le cédant au débiteur ou acceptée par
celui-ci.
La
notification et l’acceptation, dont il est parlé à l’alinéa précedent, ne sont
opposables aux tiers, autre que le débiteur, que si elles ont été faites dans
un acte ayant date certaine.
「確定日付」は,フランス語では“date
certaine”ということになります。「証書」は,“acte”です。合わせて「確定日付のある証書」は,“un
acte ayant date certaine”です。(なお,“acte”には「(法律)行為」との意味もあります。)
(2)民法施行法5条1項
で,確定日付のある証書とは何ぞや,ということで民法中を探しても,分からないことになっています。民法467条の起草者である梅謙次郎は,1895年3月22日の第72回法典調査会において「成程此確定日附ノ方法ト云フモノハ余程困難ニハ相違アリマセヌ,ケレトモ六ケ敷イカラト云ツテ規定シナイト云フ訳ニハ徃キマセヌカラ孰レ特別法ヲ以テ規定スヘキモノテアラウト考ヘマス」と述べていました(『法典調査会民法議事速記録第22巻』(日本学術振興会)139丁裏)。すなわち,当該特別法たる民法施行法(明治31年法律第11号)という,民法とはまた別の法律の第5条1項を見なければなりません。
第5条 証書ハ左ノ場合ニ限リ確定日付アルモノトス
一 公正証書ナルトキハ其日付ヲ以テ確定日付トス
二 登記所又ハ公証人役場ニ於テ私署証書ニ日付アル印章ヲ押捺シタルトキハ其印章ノ日付ヲ以テ確定日付トス
三 私署証書ノ署名者中ニ死亡シタル者アルトキハ其死亡ノ日ヨリ確定日付アルモノトス
四 確定日付アル証書中ニ私署証書ヲ引用シタルトキハ其証書ノ日付ヲ以テ引用シタル私署証書ノ確定日付トス
五 官庁又ハ公署ニ於テ私署証書ニ或事項ヲ記入シ之ニ日付ヲ記載シタルトキハ其日付ヲ以テ其証書ノ確定日付トス
六 郵便認証司(郵便法(昭和22年法律第165号)第59条第1項ニ規定スル郵便認証司ヲ謂フ)ガ同法第58条第1号ニ規定スル内容証明ノ取扱ニ係ル認証ヲ為シタルトキハ同号ノ規定ニ従ヒテ記載シタル日付ヲ以テ確定日付トス
ア 柱書き
ここでいう「証書」とは,「紙片,帳簿,布その他の物に,文字その他の符号をもつて,何らかの思想又は事実を表示したもので,その表示された内容が証拠となり得る物,すなわち書証の対象となり得る文書」をいいます(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)400頁)。
イ 第1号
民法施行法5条1項1号の「公正証書」は,公証人が作成するものに限られず,「公務員がその権限内において適法に作成した一切の証書」たる広義のものです(吉国等250頁)。
ウ 第4号
民法施行法5条1項4号に関しては,「同号にいう「確定日付ある証書中に私署証書を引用したるとき」とは,確定日付ある証書それ自体に当該私署証書の存在とその同一性が明確に認識しうる程度にその作成者,作成日,内容等の全部又は一部が記載されていることをいうと解すべきである。」と判示する最高裁判所判決があります(昭和58年3月22日・集民138号303頁)。
エ 第5号
民法施行法5条1項5号の「官庁又ハ公署」は,郵政事業庁(かつては,郵便事業は政府直営でした。)の後身たる日本郵政公社の存続期間中(2003年4月1日から2007年9月30日まで)は「官庁(日本郵政公社ヲ含ム)又ハ公署」となっていました(日本郵政公社法施行法(平成14年法律第98号)90条による改正)。ここでの「官庁又ハ公署」は,「国または地方公共団体等の事務執行機関一般を指すもの」です(奥村長生「101 市役所文書課係員が受け付けた事実を記入し受付日付を記載した債権譲渡通知書と確定日付のある証書」『最高裁判所判例解説民事篇(下)昭和43年度』(法曹会・1969年)931頁)。確定日付の付与に係る事務を郵便局〠で行わせてはどうかという話は,民法467条に係る審議を行った第72回法典調査会で既に出ていたところです(『法典調査会民法議事速記録第22巻』156丁表)。
民法施行法5条1項5号に関する判例として,最高裁判所第一小法廷昭和43年10月24日判決・民集22巻10号2245頁があります。横浜市を債務者とする債権の譲渡に関する事件に係るものです。いわく,「本件通告書と題する文書(乙第3号証)は,地方公共団体たる被上告人市〔債務者〕の文書受領権限のある市役所文書課係員が,同市役所の文書処理規定にもとづき,私署証書たる訴外D作成の本件債権譲渡通知の書面に,「横浜市役所受付昭和三四・八・一七・財第六三九号」との受付印を押捺し,その下部に P.M.4.25 と記入したものであるというのであるから,これは,公署たる被上告人市役所において,受付番号財639号をもつて受け付けた事実を記入し,これに昭和34年8月17日午後4時25分なる受付日付を記載したものというべく,従つて,右証書は民法施行法5条5号所定の確定日付のある証書に該当するものと解すべきである。/してみれば,右通告書をもつて,未だ確定日付ある証書とはいえないとして,上告人の本訴請求を排斥した原判決は,民法施行法5条5号の解釈適用を誤り,ひいては,民法467条2項の解釈適用を誤つた違法のあるものといわなければならない。」と。
民法施行法5条1項5号が「同号にいう「確定日附」の要件として,〔略〕私署証書に「或事項ヲ記入」することを要求しているのは,登記所または公証人役場が,「私署証書ニ確定日附ヲ附スルコト」自体を,その本来の職務としている(民法施行法5条2号,6条)のに対し,その他の官庁または公署はそのようなことをその本来の職務とするものではないため,登記所または公証人役場以外の官庁または公署が私署証書に単なる日付のみを記載するということは通常考えられず,したがって,そのような官庁または公署の単なる日付のみの記載をもってしてはいまだ「確定日附」とはいえないという消極的な理由からにすぎない,と解するのが相当」であり,判例,学説も結論的に同旨の見解に立つものと解されています(奥村932頁)。昭和43年最高裁判所判決は,当該消極的趣旨を前提として「或事項ヲ記入シ」とは「格別に制限的に解しなければならない理由はなく,官庁または公署がその職務権限に基づいて作成する文書,すなわち,公文書と認めうる記載さえあれば充分であると解し」た上で,更に,「「官庁又ハ公署」の作成する文書の記載内容には,私署証書,すなわち,私人の作成する文書の記載内容に比して,高度の信用性があると認められる」という信用性は,当該公署が債権譲渡の通知を受ける債務者であるという当事者の場合であっても同様に認められるということができるから,当該事案における「通告書」を民法施行法5条1項5号所定の確定日付のある証書に該当するものと認めたもの,と評価されています(奥村931-932頁)。
オ 第6号
民法施行法5条1項6号は,郵政民営化法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第102号)3条によって追加されたものです(併せて同条により,民法施行法5条1項中の「日附」が「日付」に改められました。)。従来は,民法施行法5条1項5号に含まれていたものです。内容証明郵便制度は,「郵便の送達により権利義務の発生保存移転若くは消滅等を証明せんとするものの利用に供するの目的を以て」(逓信省『郵便』(逓信省・1914年)48頁),当時の郵便規則(明治33年逓信省令第42号)が1910年11月5日公布の逓信省令第106号によって改正されて,同月16日から発足しています(当時の逓信大臣は後藤新平)。
カ 第2項及び第3項
指定公証人が電磁的方式によって「日付情報」を付した「電磁的記録ニ記録セラレタル情報」を「確定日付アル証書ト看做ス」とともに,当該日付情報の日付をもって確定日付とする民法施行法5条2項及び3項は,商業登記法等の一部を改正する法律(平成12年法律第40号)3条によって追加されたものです。
(3)民法施行法旧4条
なお,民法施行法4条は,「証書ハ確定日附アルニ非サレハ第三者ニ対シ其作成ノ日ニ付キ完全ナル証拠力ヲ有セス」と従来規定していましたが,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)1条によって,2020年4月1日からさりげなく「削除」となっています。
民法施行法旧4条は,実は(有害)無益な規定であったにもかかわらず,従来何となく目こぼしされてきていたものであったのでしょうか。同条の削除は,「この規定は現在では意味を失ったと解されることによるものと思われる。」とされています(山本宣之「民法改正整備法案による改正の実像」産大法学51巻1号(2017年4月)196頁)。
本槁においては,民法施行法5条1項及び旧4条について調べてみたところを記していきます。
2 民法467条に係る先行規定
なお,ここで,民法467条に係る先行規定を掲げておきます。
(1)明治9年7月6日太政官布告第99号
先ず,明治9年7月6日太政官布告第99号。
金穀等借用証書ヲ其貸主ヨリ他人ニ譲渡ス時ハ其借主ニ証書ヲ書換ヘシムヘシ若シ之ヲ書換ヘシメサルニ於テハ貸主ノ譲渡証書有之モ仍ホ譲渡ノ効ナキモノトス此布告候事
但相続人ヘ譲渡候ハ此限ニアラス
当該太政官布告に言及しつつ梅謙次郎は,「我邦ニ於テハ従来債権ノ譲渡ヲ許ササルヲ本則トセシカ如シ(9年7月6日告99号参観)」と述べていました(梅謙次郎『訂正増補第33版 民法要義巻之三 債権編』(法政大学=有斐閣書房・1912年)204頁)。
「外国人の起草した〔旧〕民法への反発から巻き起こった法典論争においては,「民法出テゝ忠孝亡フ」という有名なキャッチフレーズで争われた家族法の論点と並んで,財産法では債権譲渡が槍玉に挙げられた。(旧)民法典の施行延期を主張する延期派は,債権譲渡の自由は経済社会を攪乱し,弱肉強食を進めるものだと批判したのである。」とのことです(内田貴『民法Ⅲ 第4版 債権総論・担保物権』(東京大学出版会・2020年)245頁)。
(2)旧民法財産編347条
続いて旧民法財産編(明治23年法律第28号)347条。
第347条 記名証券ノ譲受人ハ債務者ニ其譲受ヲ合式ニ告知シ又ハ債務者カ公正証書若クハ私署証書ヲ以テ之ヲ受諾シタル後ニ非サレハ自己ノ権利ヲ以テ譲渡人ノ承継人及ヒ債務者ニ対抗スルコトヲ得ス
債務者ハ譲渡ヲ受諾シタルトキハ譲渡人ニ対スル抗弁ヲ以テ新債権者ニ対抗スルコトヲ得ス又譲渡ニ付テノ告知ノミニテハ債務者ヲシテ其告知後ニ生スル抗弁ノミヲ失ハシム
右ノ行為ノ一ヲ為スマテハ債務者ノ弁済,免責ノ合意,譲渡人ノ債権者ヨリ為シタル払渡差押又ハ合式ニ告知シ若クハ受諾ヲ得タル新譲渡ハ総テ善意ニテ之ヲ為シタルモノトノ推定ヲ受ケ且之ヲ以テ懈怠ナル譲受人ニ対抗スルコトヲ得
当事者ノ悪意ハ其自白ニ因ルニ非サレハ之ヲ証スルコトヲ得ス然レトモ譲渡人ト通謀シタル詐害アリシトキハ其通謀ハ通常ノ証拠方法ヲ以テ之ヲ証スルコトヲ得
裏書ヲ以テスル商証券ノ譲渡ニ特別ナル規則ハ商法ヲ以テ之ヲ規定ス
(3)ボワソナアド草案367条
旧民法財産編347条は,ボワソナアド草案の367条に対応します(Gustave Boissonade, Projet de Code Civil pour L’Empire du Japon
accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxième, Droits Personnels
et Obligations. Tokio, 1891; pp.202-203)。
367. Le cessionnaire d’une créance nominative ne peut opposer son droit aux ayant[sic]-cause du cédant ou au débiteur cédé qu’à
partir du moment où la cession a été dûment signifiée à ce dernier, ou acceptée
par lui dans un acte authentique ou ayant date certaine.
Le
signification d’une cession faite sous seing privé doit être faite à la requête
conjointe du cédant et du cessionnaire ou du cédant seul.
L’acceptation
du cédé l’empêche d’opposer au cessionnaire toutes les exceptions ou fins de
non-recevoir qu’il eût pu opposer au cédant; la simple signification ne fait
perdre au cédé que les exceptions nées depuis qu’elle a été faite.
Jusqu’à
l’un desdits actes, tous payements ou conventions libératoires du débiteur,
toutes saisies-arrêts ou oppositions des créanciers du cédant, toutes
acquisitions nouvelles de la créance, dûment signifiées ou acceptées, sont
présumées faites de bonne foi et sont opposables au cessionnaire négligent.
La
mauvaise foi des ayant-cause ne peut être prouvée que par leur aveu fait par
écrit ou en justice; toutefois, s’il y a eu fraude concertée avec le cédant, la
collusion pourra être établie par tous les moyens ordinaires de preuve.
Les
règles particulières à la cession des effets de commerce, par voie
d’endossement, sont établies au Code de Commerce.
(4)民法467条,旧民法財産編347条及びボワソナアド草案367条間の比較若干
ア 「記名証券」か「指名債権」か
ボワソナアド草案367条1項の“créance
nominative”が旧民法財産編347条1項では「記名証券」となっていますが,これはやはり「指名債権」と訳されるべきものだったのでしょう(平成29年法律第44号による改正前の民法467条1項参照)。「指名債権トハ債権者ノ誰タルコト確定セルモノ」をいいます(梅208頁)。
イ 「合式ニ告知」から譲受人通知主義を経て譲渡人通知主義へ
民法467条1項の譲渡人通知主義は,ボワソナアド草案367条1項(そのフランス語文言は,旧民法案審議当時も本稿のものと同じ(池田真朗『債権譲渡の研究(増補二版)』(弘文堂・2004年)28-29頁註(25))の「誤訳」により,旧民法財産編347条1項においては譲受人が合式ニ告知するもののようになっていたところ(池田24-25頁),ボアソナアドの考えに「感服」した現行民法起草者によって採用されたものです(『法典調査会民法議事速記録第22巻』140丁表-141丁表)。
ただし,ボワソナアド草案367条2項は「私署証書によってされた譲渡に係る告知は,譲渡人及び譲受人共同の又は譲渡人単独の申請に基づいてされなければならない。」と規定するものなので,債権譲渡の当事者が自ら同条1項の告知を債務者に直接することは想定されておらず,申請を受けたお役所筋において債務者に対する告知を合式ニ(dûment)するものと考えられていたようです。旧民法において「告知」となっているフランス語の“signification”は,法律用語としては「[令状などの]通達」を意味するものとされています(“signification d’un jugement par un huissier”は「執達吏による判決の通達」です。他方,“notification”は,法律用語ならぬ日常的な意味の語のようです。『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1985年))。わざわざ “dûment”の語をもって修飾しているのですから正にお役所の手を煩わすべきものなのでしょう。ボワソナアドは,「通達(signification)については,公証吏(officier
public)によってされなければならないことから,これも確定日付を有することになるものである。」と述べています(Boissonade II, p.218)。「執行官に通知してもらい,その執行官が何月何日何時に通知が着いたということを公正証書で証明するといった方法」が「債権譲渡法制の母法国フランスで用いられる方法であり,起草者もこれを想定していた」そうです(内田267頁)。ただし,ボワソナアドはともかく(池田35頁註(8)・80頁),梅謙次郎はそこまで具体的に「想定」していたものかどうか。梅は「執達吏カ只我々ノ手紙ヲ使ヒヲ以テヤル様ニ手数料ヲヤレハ持ツテ徃クトイフモノテハナイ執達吏規則ニ「告知及ヒ催告ヲ為スコト」トアリマスケレトモ告知及催告状ノ送達ヲ為スト云フコトハナイ「当事者ノ委任ニ依リ左ノ事務ヲ取扱フ」ト云フコトカアルカライツレ執達吏ニ依テ通知スルト云フトキハ所謂告知ニナツテ其証書自身カ証拠ニナルノテナクシテ執達吏カ其告知ノ手続ヲ履ンタノカ夫レカ証明ニナルト思フ」と述べています(『法典調査会民法議事速記録第22巻』164丁表裏)。「イツレ・・・其証書自身カ証拠ニナルノテナクシテ・・・夫レカ証明ニナルト思フ」ということで,曖昧であり,かつ,その手続は確定日付のある「証書」の証拠力(民法施行法旧4条参照)の発動の場ではないよというような口ぶりです(ただし,池田128頁註(20))。
旧執達吏規則は,「規則」といっても法律(明治23年法律第51号)で(執行官法(昭和41年法律第111号)附則2条により1966年12月31日から廃止(同法附則1条及び昭和41年政令第380号)),その旧執達吏規則2条の第1により,執達吏は当事者の委任によって「告知及催告ヲ為スコト」を「得」るものとされていたものです。なお,梅は「告知及催告状ノ送達ヲ為スト云フコトハナイ」と言っていましたが,現在の執行官法附則9条1項は「執行官は,当分の間,第1条に定めるもののほか,私法上の法律関係に関する告知書又は催告書の送付の事務を取り扱うものとする。」と規定しています。
ウ 「確定日付のある証書によってする」のは,通知又は承諾であってその証明ではない。
また,「古い判例には,467条2項にいう「確定日付のある証書によって」とは,債務者が通知を受けたことを確定日付のある証書で証明せよということであって,単に確定日付のある証書で通知せよということではない,としたものもあった(大判明治36年3月30日民録9-361)」そうですが,「大(連)判大正3年12月22日(民録20-1146〔略〕)が明治36年判決を改め,確定日付のある証書による通知・承諾とは,通知・承諾が確定日付のある証書でなされることであって,通知・承諾が到達したこと〔「通知又ハ承諾アリタルコト」。ちなみに,最高裁判所昭和49年3月7日判決・民集28巻2号174号は,確定日付のある債務者の承諾の場合は,到達の日時ではなく「確定日附のある債務者の承諾の日時の前後」を問題にしています。〕を確定日付のある証書で証明せよということではない,とした」ところです(内田267頁)。つとに第72回法典調査会において,民法467条2項の文言を「前項ノ通知又ハ承諾ハ確定日附アル証書ヲ以テ証明スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者以外ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス」とすべきではないか,「仮令ヒ確定日附ノアルモノテナクテモ執達吏ニ頼ンテ或ル通知証書ヲイツ幾日何々ノ証書ヲ誰々ノ所ニヤツタト云フコトテモ夫レテモ本条2項ノ目的ハ十分達シ得ラルルト思ヒマス」との田部芳の修正案(『法典調査会民法議事速記録第22巻』162丁裏)には,賛成がなかったところです(同164丁裏)。
なお,前記明治36年大審院判決は,民法467条2項の「確定日附アル証書ヲ以テスル」「通知」は主に執達吏によってされることを想定していたようで「而シテ債務者ニ於テ通知ヲ受ケタル事実ヲ確定日附アル証書ヲ以テ証明スルニハ種々ナル方法ニ依ルヲ得可キモ猶其中ニ就テ例ヘハ執達吏規則第2条第10条ニ依レハ執達吏ハ当事者ノ委任ニ依リ告知等ヲ為ス可キ職務ヲ有シ且正当ノ理由アルニ非サレハ之ヲ拒ムコトヲ得サル責任アリ且若シ正当ノ理由アリテ之ヲ拒ミ委任ヲ為スコトヲ得サル場合ニ於テハ第11条乃至第13条等其手続完備シアルニヨリ同法律ノ規定ニ従ヒ執達吏ニ委任シテ通知ヲ為サシメ執達吏カ職務ノ執行ニ付キ作製セル公正証書ヲ以テ証明スルカ如キハ譲渡人及ヒ譲受人ノ為メ他日安全ニ立証シ得可キモノナリ」と判示しています。
エ 債務者の承諾
(ア)確定日付の要否
債務者の承諾については,ボワソナアド草案367条1項においては債務者の承諾は「公正証書若しくは確定日付のある私署証書」ですべきものとなっていたところ,旧民法財産編347条1項では,当該私署証書に確定日付を要求しないものとされていました。旧民法の制定過程において,確定日付制度を採用すべきものとするボワソナアドの提案は却下されてしまっていたのでした。
(イ)「承諾」の性質
民法467条における債務者の承諾は,「承諾」との文言にもかかわらず,「債務者が,債権が譲渡された事実についての認識――譲渡の事実を了承する旨――を表明することである。従って,その性質は,通知と同じく,観念の表示である(通説)。判例は,かつて,異議を留めない承諾は意思表示であって,譲受人に対してすることを要する,といったことがある(大判大正6・10・2民1510頁。但し傍論)。然し,その後は,異議を留めない承諾もすべて観念の通知としているようである(例えば,大判昭和9・7・11民1516頁〔略〕)。」(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)532頁)と,また,「ここでいう承諾は,通知の機能的代替物だから,契約の成立の際の「承諾」のような意思表示ではない。譲渡に対する「同意」でもない。単に債権譲渡の事実を認識した旨の債務者の表示であり,これも「観念の通知」とされる。承諾の相手は,譲渡人でも譲受人でもよいとされている。」(内田234頁)ということで,観念の表示であるものと解されています。そうであれば,せっかくの平成29年法律第44号による改正の機会に,民法467条の「承諾」の語を同法152条における用語に揃えて「承認」とでも改めておけばよかったのにそれをしなかったのは,将来債権譲渡についての事前の包括的承諾というような「実務で用いられる「承諾」は,単なる観念の通知というより,意思表示としての「同意」とみる余地がある」から(内田273頁)でしょうか。
この「承諾」の性質問題についての起草者の認識はどうだったかといえば,梅謙次郎は,あっさり,「債務者カ承諾スルト言ヘハ夫レハ一ツノ契約テアル其契約ハ固ヨリ有効テアル」と,意思表示である旨述べていました(『法典調査会民法議事速記録第22巻』138丁裏)。そうだとすると,承諾に係る民法467条2項の証書(acte)は,法律行為(acte)たる契約に係る処分証書であるということになるようです(ただし,契約書については「厳密にいえば,契約条項の部分は処分証書であるが,契約書作成の日時,場所,立会人などの記載部分は報告文書であると考えられている」そうです(司法研修所『民事訴訟における事実認定』(法曹会・2007年)18頁(*26))。)。また,梅は,債務者の承諾が用いられる場合として,債権譲渡がされるより前の事前の承諾の例を挙げています(『法典調査会民法議事速記録第22巻』151丁裏-152丁表)。フランスの「破棄院は1878年に至って〔略〕,債務者と譲受人との関係においては,債務者のした承諾は,それが私署証書によるものでも,口頭でされたものでも,さらには黙示のものであってさえも,そこから生じた債務者の対人的な約束(engagement
personnel)は債務者を譲受人に拘束するに十分であり,債務者に対し,譲受人以外に弁済をすることを禁じるものである,と認め」ていたそうです(池田311頁。下線は筆者によるもの)。
オ 民法467条はボワソナアド草案367条の如クか?
なお,梅は民法467条について「本案ニ於テハ本トノ草案ノ如ク外国ニ於テ之ト同シ方式ヲ採用シテ居ル国ニ於ケルカ如ク確定日附ヲ必要ト致シタ」と述べていますが(『法典調査会民法議事速記録第22巻』140丁表),同条2項について見ても(同条1項の通知及び承諾は,そもそも確定日付のある証書を必要としていません。),承諾の方式についてはともかくも,ボワソナアド草案367条1項(旧民法財産編347条1項)の「合式ニ告知」の方式をどう解釈していたものでしょうか。債権譲渡の通知の方式(確定日付のある証書による通知)については「本トノ草案ノ如ク外国ニ於テ之ト同シ方式ヲ採用シテ居ル国ニ於ケルカ如ク」の方式であるとは言い切れないのではないか,と思われます。ボワソナアドは「「書記局ノ吏員ニ依テ」とか,「執達吏又ハ書記ノ証書ヲ以テ」」の方式を想定していたそうですし(池田80頁),「フランス法にいうsignificationは,「通知」ではなく「送達」もしくは「送達による通知」である。つまりそれは,huissier(執達吏)によって,exploit(送達証書)をもって行われる」そうです(同74-75頁)。当該exploit(送達証書)は,すなわち公証吏ないしは執達吏のexploitであるそうですから(池田75頁・76頁。また,同292-293頁),委任者作成の私署証書を送達するということではないようです。
(5)フランス民法1690条及び1691条
さて,次はボワソナアドの母国フランスの民法1690条及び1691条です。
Art. 1690 Le
cessionnaire n’est saisi à l’égard des tiers que par la signification du
transport faite au débiteur.
Néanmoins
le cessionnaire peut être également saisi par l’acceptation du transport faite
par le débiteur dans un acte authentique.
(譲受人は,第三者との関係では,債務者に対して譲渡の通達がなければ権利者ではない。
(ただし,譲受人は,公正証書でされた債務者による譲渡の承諾によっても同様に権利者となることができる。)
ここでの“saisir”は,“mettre
(qqn) en possession (de qqch)”の意味(Le Nouveau
Petit Robert)でしょう。
Art. 1691 Si,
avant que le cédant ou le cessionnaire eût signifié le transport au débiteur,
celui-ci avait payé le cédant, il sera valablement libéré.
(譲渡人又は譲受人によって債務者に対する譲渡の通達がなさしめられた前に当該債務者が譲渡人に弁済していたときは,債務の消滅は有効である。)
3 民法施行法旧4条及び5条の立案・審議
いよいよ民法施行法です。
(1)民法施行法旧4条
ア 梅の説明
1897年5月26日の法典調査会第6回民法施行法議事要録を見ると,民法施行法旧4条の参照条項としてフランス民法旧1328条(現1377条)並びに旧民法草案1349条及び1352条等が掲げられています。しかして梅謙次郎の説明(日本学術振興会版71丁表)は,いかにも淡白です。
梅君曰ク確定日附ノ制度ハ欧洲諸国中仏国法系ノ国ハ認メタリ旧民草按ニモ之ヲ認メシモ繁雑ノ手続アリシ為メ修正ノ際削除セラレタリ素ヨリ証書面中ノ事実ノ真正ナルコトヲ確実ニ為スハ困難ナルモ日附ヲ真確ニ為ス方法ハ極メテ容易ニシテ必要ナルカ故ニ本条以下数条ニ於テ是カ規定ヲ設ケタリ
イ 参照条項
(ア)フランス民法旧1328条
フランス民法旧1328条は次のとおりです。
Art.1328 Les
actes sous seing privé n’ont de date contre les tiers que du jour où ils ont
été enregistrés, du jour de la mort de celui ou de l’un de ceux qui les ont
souscrits, ou du jour où leur substance est constatée dans les actes dressés
par des officiers publics, tels que procès-verbaux de scellé ou d’inventaire.
(私署証書は,それらが登録された日,それらに署名した者若しくは署名した者らのうちの一人が死亡した日又は封印調書若しくは目録調書その他の公証吏によって作成された証書においてそれらの要領が確認された日以外の日付を第三者に対しては有しない。)
(イ)ボワソナアド草案1349条及び1352条
ボワソナアドの草案1349条は次のとおり(Gustave Boissonade, Projet de Code Civil
pour L’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome
Quatrième, Des Preuves et de la Prescription, Des Sûretés ou Garanties.
Tokio, 1891; pp.625-626)。
1349. Les actes sous seing privé font
la même foi qu’entre les parties et leurs héritiers en faveur et à l’encontre
de leurs ayant-cause particuliers, lorsqu ceux-ci ont traité avec elles
postérieurement auxdits actes; mais leur date ne peut être invoquée, pour
distinguer les tiers des ayant-cause, que si elle est certaine.
(私署証書は,当事者及びその相続人間におけるものと同じ証明力を,当該証書による行為より後に彼らと取引を行った特定承継人に対して有利にも不利にも有する。ただし,確定しているものの場合を除き,第三者と承継人とを区別するために当該証書の日付を援用することはできない。)
同1352条は次のとおり(Boissonade IV, p.627)。
1352. Les quittances ou décharges et
les causes de compensation, quoique n’ayant pas date certaine, peuvent être
admises par le tribunal comme opposables aux cessionnaires de créances, aux
subrogés et aux créanciers saisissants, lorsqu’il n’y a pas lieu de les croire
antidatées.
En
matière de commerce, la sincérité de la date des actes sous seing privé est
présumée, sauf la preuve d’erreur ou de fraude.
(領収書又は受領証及び相殺の原因は,確定日付がない場合であっても,日付の遡及がされているものと疑う理由がないときは,債権の譲受人,代位者及び差押債権者に対して対抗できるものとして法廷において受容されることができる。
(商事においては,誤謬又は不正の立証がない限り,私署証書の日付の真正は推定される。)
(ウ)ボワソナアド草案1349条解説
その草案1349条について,ボワソナアドは次のように解説しています(Boissonade IV, pp.661-667)。
84. フランス法1328条と近似する本条は,前者と書き振りが大いに異なる。根底においては同じことを述べているのであるが,本条は,より明白かつより正確にそれを行っているものと信ずる。実際のところ,当該1328条は,「私署証書は」同条の掲げる三つ方法「による場合以外においては日付を第三者に対しては有しない(その日付を証明するものではない)」と述べることによって,当該方法のうちの一つによって証書の日付が確定日付となった場合においては,それは第三者に対抗し得るものとなり,かつ,彼らの権利を縮小し,又は変更することができるということを示しているように見える。しかしながら,第三者の権利は,彼らが当事者となってはいない証書(行為)によって何らの侵害も被り得るものではない(フランス民法1165条〔「合意は,承諾をした当事者間においてのみ効力を有する。それは,第三者を害するものではなく,かつ,第1121条に定める場合を除いて第三者に利益を与えるものではない。」〕及び日本民法草案365条〔「合意は,一般に,その当事者間において,及び彼らの承継人に対してのみ効力を有する。合意が第三者に利益となり,及び彼らに対抗できるのは,法律の定める場合において,かつ,その条件に従うときのみである。」なお,旧民法財産編345条〕参照)。
フランス法がいわんとしたことは,恣意的に他者を第三者又は承継人たらしめること――これは私署証書の日付を前後させることによって容易にできるであろう――をなす余地は証書の当事者には残されていない,ということである。
85. 実際のところ,ある行為(証書)との関係における第三者又は承継人とは何者であろうか。ある行為(証書)によって害を被ることも益を得ることもないものである第三者とは,当該行為(証書)より前に取引を行った者である。彼はこれについて全くの部外者(penitus
extraneus)である。彼はそこにおいて代理されてはいなかったから,当該行為(証書)は彼にとってres
inter alios acta〔他者間でされたこと〕(他者とされたこと)である。当該行為(証書)によって利益を得,又は害を被るものであるその承継人とは,当該行為(証書)より後に取引を行った者である。当該行為(証書)が残し,又は可能とした状況を彼は取得し,引き継ぐ。証書(行為)の日付間の関係のみでこれほど大きな立場の違いが生ずるのであるから,これらの日付を前後させることが当事者次第とはならないということが必要である。何らかの物又は権利について取引をした者が,前者の承継人としてそれを尊重しなければならないものは,彼らのものよりも前の確定日付を取得した証書(行為)のみである。他方,この確定した先行性を有さない証書(行為)に対しては,彼らは第三者である(第2巻第149項参照)。
二つの命題のうち前者のみを述べつつではあるが,これが我々の本条〔ボワソナアド草案1349条〕が示していることである。実際のところ,当該証書(行為)が対抗することのできない第三者に係る直接の規定は必要ではない(このことは第365条が既に述べている。)。当該証書(行為)との関係で承継人である者についてのみ必要なのである。これとは反対の規定振りの採用は,確定した先行性を有する証書(行為)を援用すると考えられる者に対して間接的に有利なものたることが示されるだけのことになる。
したがって,第三者であるか承継人であるかの地位は,専ら日付の問題として決定される。ある当事者と取引をする者は,当該当事者が既に行った行為(証書)との関係ではその承継人であり,当該当事者がこれからする行為(証書)との関係では第三者である。
裁判手続において相互に両立しない二つの証書が援用された場合であって,いずれにも確定日付が無いときは,第1351条に規定されているように,両者が同時に確定日付を取得した場合に係るものと同じ原則に従って,かつ,同じ考慮事項によって優劣を決めることが自然であろう。〔草案1351条2項は「二つの証書が同時に確定日付を取得する他の場合においては,占有によって支持されているものが優先し,占有のないときは,法廷において最初に援用されたものが優先する。」と規定し,同条3項において確定日付のある証書のない場合に準用されています。〕
85-2. もっとも,注意すべきことは,同一の行為者に係る様々な行為(証書)によって設定された権利が両立しないものであるときのみ問題が生ずることである。であるからして,一つの行為(証書)が虚有権を,他のものが用益権を与え,又は二つの行為(証書)が異なった地役権を設定しても問題とはならない。一人の債務者が異なる貸主から二つの借用契約を続けて締結しても,又は代金債務を負う二つの購入を行っても同様である。実際のところ,どの負債が最初に生じたかは余り問題ではない。なぜならば,全ての一般債権者は,彼らの契約の日付がそれぞれどうあろうと,同一順位で支払を受けるべきものだからである(第1001条〔すなわち,債権者平等原則に係る旧民法債権担保編(明治23年法律第28号)1条〕参照)。
反対に,様々な行為(証書)によって与えられた権利が両立しないものである場合,又は日付の前後がそれらの効力若しくは効果に影響しなくてはならないものである場合においては,そのときにはすべての利害は日付にかかるのである。というのは,これは優先劣後決定の問題であり,かつ,日付が確定したものでないときは,不正が可能であるとともにそれが常に危惧されるべきものとなるからである。
しかし,同一の不動産の多重譲渡又は同一財産を目的とする抵当権の多重設定の問題は措いておこう。なぜならば,これらの場合においては,証書(行為)の日付によってではなく,謄記又は登記の日付によって優先劣後が決せられるからである。
しかしながら,債権譲渡について考えてみよう。ある債権者が,まず,例えば月の15日に,債権を譲渡したとしよう。譲受人の一郎は,同日,債務者に対する債権譲渡の通知を権限ある公証吏によって行う。これによって当該譲渡に確定日付が与えられる。翌日又は更に後になってから,当該債権者は当該同一の債権を二郎に譲渡し,かつ,当該両当事者は,一郎を害すべきことに一致して,15日よりも前の日付を譲渡証書(行為)に付与する。二郎は,公証吏によって通知を行うことに代えて,当該譲渡証書を被譲渡債権の債務者に提示し,彼から同じ日付で私署証書による譲渡の承諾を受ける。この日付遡及の方法によって,第2の譲渡が第1の譲渡に先行しているとの外観を呈する。第2の譲渡との関係では第三者たるべき一郎は,承継人と見られることになって,当該第2の譲渡を尊重すべきものであるとされそうである。これに反して,一郎に対しては彼の通知に先行する確定日付を有する承諾をもってするのでなければ対抗できないということであれば,彼の地位を攻撃することは不能となる。しかして,実際,第367条1項は「公正証書又は確定日付のある私署証書による承諾」を求めているところである。
またもう一つ債権譲渡について考えてみよう。ただし,今度は1回のみされたものについてである。譲受人は,公正証書をもって債務者に債権の取得を通知する。この時点において,債権は現実に存在している。数日後,当該債務者は,譲渡人と共謀して,上記通知より前の日付の私署証書であって更改又は免除の合意による債務の消滅(第1352条があるので,弁済の場合は措いておこう。)が記されたものを譲受人に対して提示する。もし譲受人が当該証書を尊重しなければならないとすれば,彼は不正によって財産を奪われることになる。これに反して,確定日付が要求されるのならば,それは譲渡の時に先行するものたり得ないのであるから,当該譲受人は第三者,すなわち上記行為(証書)に対する局外者であり続ける。
次に,また別の事案であって,よくあるもの。ある債務者が破産し,又は家資分散に陥る。この状況においては,彼は彼の財産――動産も不動産も――の管理及び特に処分の権限を失っている。しかし,彼は,宣告された彼の破産又は家資分散より前の日付を買主との合意の下に付した私署証書をもって,ある財産を売ってしまう。もし,法が確定日付を要求しないのならば,多くの債権者が害を被ることになる。というのは,当該破産者は,代金を容赦するという配慮を同時にするだろうからである。
もう一つ,彼の債権者中の一人に貸してあった動産を目的として破産者が質権設定契約を締結する場合について述べよう。当該質の日付を遡及させることによって,彼はそれを破産の前に遡らせ,かつ,有効なものとすることができる。確定日付を要求することにより,法はこのような不正を不可能とするのである。
85-3. かくも容易であると共に,それを予防することがそれよりも容易ではないことはない不正の危険を前にして,私署証書が承継人間においてそれぞれ対抗され得るためのものである確定日付の要件を,法律取調委員会及びそれに続いて元老院が却下したことは,我々にとって理解が難しいところである。我々は,我々の無念及び驚きを表明する機会を既に有した(第2巻第177項及び第530項参照)。さきに述べられた理論に対してなされた反対論は,しかし,深刻な躊躇をもたらすべき性質のもののようには我々には思われない。
第1 結局のところ,証書の内容の真正に係るものよりもより大きな保証を証書の日付の真正について求める理由があるのかということに人々は怪訝の念を懐いたもののようである。
これに対する回答は簡単である。問題となっている行為(証書)は,それ自体として禁止されているものが想定されてはいない。それは,一般に能力者がなすことのできる処分,債務の負担又は債務の消滅に係る適法の行為(証書)である。所有者は,彼の財産を売ることができる。債権者は,彼の債権を譲渡し,又は更改若しくは免除の合意によってそれを放棄することができる。債務者は,新たな負債を負うことができる。疑わしくあり得,かつ,問題となる唯一の点は,問題の行為(証書)がなされた時点において,合意の当事者がなおも所有者,債権者又は行為能力を有する者であったか否かを知ることである。したがって,大体の場合,解くべき問題としては日付のそれしかないのである。この問題がいったん解決されて黒白が明らかになると,承継人との関係における行為(証書)の有効又は無効の問題は自ずと解けるのである。
第2 本草案の理論は日付の遡及及び不正があるとの前提の上に立脚しているようであるということに,なおも人々は反発した。ところで,彼らが言ったところによると,法は不正を前提としてはならないのである。この反対論は,前のものよりはよりもっともらしい。しかし,これに対する反駁は,立証責任に関する一般法則によれば容易である。「ある事実に基づいて利益を得ようとする者は,当該事実を証明しなければならない」のである(第1314条1項〔旧民法証拠編1条1項〕参照)。ところで,ある行為(証書)との関係で第三者であると主張し,かつ,同一の前者の承継人である者に優先しようとする者は,自己の優先性を立証しなければならない。法は,日付遡及がされることを,それを恐れてはいながらも,前提としてはいない。法は,原告が彼の権利の要件――これは,彼の行為(証書)と両立しない行為(証書)との関係における日付の先行性に他ならない――を立証することを求めているだけである。人々は言う,それによって処分の内容が明らかになるのと同様に,私署証書によって当該日付の先行性は明らかにされなければならないものなのであると。ここには幻覚が存在している。私署証書は,当事者,彼らの相続人及び一般又は特定承継人との関係においてのみ効力及び証明力を有するのであって,第三者との関係ではそのようなものを有してはいないし,かつ,有し得ないのである(第365条参照)。ところで,彼のものと両立しないものを目的とする他の権原との関係で彼の権原の先行性を原告が直接証明できない限り,彼は明らかにその前者の承継人であって,第三者たることを主張することはできない。反対に,他の合意当事者が確定日付の利益を有している場合には,その者は相手方の主張に対する被告側の立場にあるのであって,同様の確定性がある先行日付を有する証書によってでなければその権利を奪われることはないのである。
第3 私署証書がそれによって確定日付を受けることができる最も単純かつ最も一般的な方法は,登録である(次条参照)。ところで,必然的に公証吏によってされなければならない当該手続は,手数料を必要とする。フランスにおいては,当該手数料は間接税の一種と解されている。しかしながら,区別がされなければならない。ある場合においては徴収されるべき手数料は一定額であり,他の場合,すなわち,譲渡,債務の負担又は債務の消滅がされる場合においては,証書(行為)の目的の価値に比例した額である。
ここにおいて人々は,新たな反対の対象を見出した。人々は,既に多くの税負担を負っている「人民に対して」新たな租税を創出することになってはならないと言った。返答は簡単である。登録に要するものが,行政によって提供されるサーヴィスの報酬でしかない一定額の手数料のみであれば,およそ全ての税たる性格が消滅するのである。当該一定額の手数料は,雇員,帳簿及び場所に係る費用に充てる以外の目的を有してはならない。それは,郵便又は電報の料金同様に税ではないことになる。我々は,特任雇員の手当てをしつつ,当該サーヴィスを市町村長のするものに加えることができよう。
我々は更に進んで次のようにも主張する。手数料額が契約の目的の価額に比例するものとなって税たる性格を有するようになっても,それは正当なものであって,我々が挙げることのできる他の多くのもの(3)よりもより正当なものである,と。彼らの財産にとって有益な取引がされることを社会が確認し,かつ,同時にそれに保護を与えるとき,売り又は買い,貸し又は借りる者が一回的な税を納付するということには,大いなる正しさと大いなる自然さ以外のものはない。
所得に対する一般課税――比例的のみならず累進的(まだどこの国でも敢行されてはいないが)な性格を有するもの――を一気に導入できるものと政府が考えた時代において,行政によって個人に提供されるサーヴィスに対する登録手数料の制度を設けることについてかくも大きな遠慮があったということは,奇妙なことではないであろうか。
いずれにせよ,我々は,私署証書の日付を遡及させる余地によって不可避的に可能なものとなる不正が,遅かれ早かれ,確定日付及び登録の制度への回帰をもたらすことであろうと確信しているものである。
(3)塩同様に不可欠なものである醤油に対する,菓子に対する,薬剤に対する税のごとし。非常に不人気で,高くかつ煩わしく感じられ,理論においても衡平においても正当化できないこれらの税に対しては,反対意見が多々あることであろう。
(2)民法施行法5条
ア 梅の当初案説明
1897年5月26日の法典調査会の段階では,確定日付のある証書とされるものとして提案されていたのは,民法施行法5条1項1号から4号までのものであって,同項5号のものはいまだに含まれていませんでした(『法典調査会民法施行法議事要録』71丁表裏)。参照条項としては,旧民法証拠編47条2項,ボワソナアド草案1350条及び1383条2項,フランス民法旧1319条(現行1371条)1項及び旧1328条等が掲げられています(同71丁裏)。梅謙次郎の説明は,次のとおり(同71丁裏-72丁表)。
梅君曰ク確定日附ノ方法ニ付テハ既ニ諸君ニ配付セル雛形ノ如ク極メテ便宜ナル方法ヲ採用セリ各外国ニ於ケル手続ハ本案ト大同小異ナルニ過キス而シテ本案ノ採用セル手続タルヤ登記所又ハ公証人役場ニ於テ金10銭ノ手数料ヲ以テ請求書ノ証書ニ官印ヲ押捺スルモノトス要スルニ以上ノ如クナストキハ極メテ其手続ハ簡便ニシテ且詐欺錯誤ノ虞ナカルヘシ
民法施行法の制定時までに5条1項5号が追加されていたのは,1897年5月26日の法典調査会において,磯部四郎🎴から「右4号ノ規定ヲ追補セラレタシト請求」があったところ,これに対して梅謙次郎が「兎ニ角考フルコトヲ約」したからでした(『法典調査会民法施行法議事要録』72丁裏)。
イ 参照条項
(ア)ボワソナアド草案1350条
ボワソナアド草案1350条は次のとおりです(Boissonade
IV, p.626)。
1350. Les actes sous seing privé acquièrent date
certaine:
1° Par
l’enregistrement officiel,
2° Par leur mention dans un procès-verbal de scellé ou d’invention, ou
dans un autre acte authentique ou même sous seing privé ayant date certaine,
3° Par le décès de l’une des parties ou d’un des témoins signataires, ou
par déclaration judiciaire de leur absence.
Dans les deux derniers cas, l’acte privé prend
date, soit du jour de l’acte où il est mentionné, soit du jour du décès ou des
dernières nouvelles.
(私署証書は,次に掲げる事由によって確定日付を備える。
(一 公の登録
(二 封印調書若しくは目録調書若しくはその他の公正証書又は確定日付のある私署証書における引用
(三 当事者の一人又は署名した立会人の一人の死亡又は失踪宣告
(前2号の場合においては,私署証書は,そこにおいてその引用がされた証書の日付又は死亡の若しくは生存が確認された最後の日をもってその日付とする。)
(イ)ボワソナアド草案1383条2項
ボワソナアド草案1383条1項及び2項は次のとおり(Boissonade
IV, p.729)。
1383. L’acte dressé en conformité à l’article
précédent [l’acte authentique] fait foi jusqu’à inscription en faux de toutes
les déclarations de l’officier public au sujet des faits et dires relatifs
audit acte, accomplis par lui-même ou en sa présence.
Il fait la même foi de sa date telle qu’elle y
est portée.
これを和訳したものが,旧民法証拠編47条1項及び2項ですね。次のとおり。
第47条 前条ニ従ヒテ作リタル証書〔公正証書〕ハ偽造ノ申立アルマテハ公吏自身ニテ又ハ其面前ニテ為シタル行為及ヒ申述ニ付キ其吏員ノ陳述ノ証拠ヲ為ス
此証書ハ之ニ記載シタル日附ニ付キ右同一ノ証拠ヲ為ス
(ウ)フランス民法旧1319条1項(旧1328条は承前)
フランス民法旧1319条1項は次のとおり。
Art. 1319 L’acte authentique fait pleine foi de la
convention qu’il renferme entre les parties contractantes et leurs héritiers ou
ayants cause.
(公正証書は,そこに記載された合意について,承諾の当事者及びその相続人又は承継人の間において完全な証拠をなす。)
ウ 梅の第5号追加案説明
民法施行法5条1項5号の規定は,1898年5月11日の法典調査会において審議されています。梅謙次郎の説明は次のとおり(『法典調査会民法施行法整理会議事速記録』(日本学術振興会)35丁表)。
此〔民法施行法案〕4条ハ旧ノ儘デアリマスルシ5条モ唯ダ第5号ヲ新タニ加ヘマシタダケデアリマス,此第5号ヲ新ニ加ヘマシタノハ此前議場デ御意見カアツテ整理ノ時マデニ考ヘテ置クト云フ問題デアツタノデス
同日の法典調査会においては,法案5条2号(民法施行法5条1項2号)の日付アル印章につき,全国の登記所に当該印章を備え付けるとなると費用がかかって大変であるので日付は手で書き入れるということでよいのではないかと高木豊三が細かいことを言い出しますが原案を覆すには至らず(同35丁表から40丁表まで),同3号の書き振りについての長谷川喬の質問に対して梅が「確定日附ト云フノハ詰リ証出ノ日附ト云フ意味デアル故ニ「死亡ノ日ヲ以テ確定日附トス」ト云フコトハ言ヘナイ又死亡ノ日ヲ以テ確定日トスルト云フコトモ言ヘナイ余儀ナク「死亡ノ日ヨリ確定日附アルモノトス」トシタノテアリマス」と答えていますが(同40丁表裏),法案の4条及び5条5号についての議論はありませんでした。確かに「日付」は,「文書などに,それの作成・発送・受領などの年月日を記すこと。「――を入れる」。その年月日。」ということですから(『岩波国語辞典 第4版』(1986年)),書かれていない日付は日付としては存在しないわけです。これも細かい。
結局,「民法施行法の立案経過に関する法典調査会民法施行法整理会議事速記録によれば,同法5条〔1項〕5号の規定は,同法5条に関する当初の草案にはなく,後日付加されたもののようであるが,その理由は詳らかでない。」ということになります(奥村933頁(注1))。また,1986年当時,「民法施行法5条については,判例も乏しく,特に詳細に論じた学説も見当たらない。」と報告されています(池田227頁)。
4 民法施行法旧4条の謎
(1)その削除は実質的な改正か,形式的な改正か。
平成29年法律第45号が民法施行法4条を「削除」とした理由は何だったのでしょうか。
筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)に当たっても記載は見当たりません。平成29年法律第45号による「実質的な改正」としては,「商事法定利率(旧商法第514条)の廃止や商事消滅時効(旧商法第522条)の廃止を行うなど」をしたと紹介されているばかりです(同書7頁(注6))。民法施行法旧4条の規定の削除も「民法における語句の見直しに伴って他法律の語句を置き換えるといった形式的な改正」(同)に含まれてしまうものなのでしょうか。
(2)確定日付の証明対象
そもそも,民法施行法旧4条の意味するところは,何だったのでしょうか。
確定日付の定義について諸書に当たってみましょう。
①「「確定日附」とは当事者が後から変更することの不可能な公に確定した日附のこと」である(角紀代恵「指名債権譲渡」星野英一編集代表『民法講座第4巻 債権総論』(有斐閣・1985年)283頁)。
②「確定日付とは,証書に付された日付で確定したもの(変更できないもの)のことです」(田村洋三「確定日付の意義と効用」東京公証人協会・公証問題研究会編著『公証Q&A 公証役場へ行こう!』(民事法情報センター・2008年)224頁)。
③「確定日付のある証書」には「その証書が確定日付の日に存在していたことの証明力がある」(田村224頁)。
④「確定日付は,特定の内容をもった証書が確定日付日に存在していたことを証明するものです。」(時岡泰「Q51 確定日付」𠮷井直昭編『公正証書・認証の法律相談(第四版)』(青林書院・2013年)336頁)。
⑤「民法施行法4条によれば,確定日付はその〔証書の〕作成につき法定証拠たる効力を付与するものである」(池田227頁)。
⑥「証書作成につき第三者に対しても完全な証拠力があると法律上認められる日付を確定日付といい」,「確定日付の本来的効力は,特定の内容をもった証書が確定日付日に存在していたことを証明することにある(民施法1条)。証書の内容の真正を保証するものでないことは勿論,成立の真正を保証するものでもない。」(山梨県弁護士会編『Q&A公証実務をめぐる諸問題』(ぎょうせい・1999年)149頁)。
確定日付は当事者が後から変更できない日付である(①②),というのは,名は体を表すということでしょう。また,日付ですから,1898年5月11日の前記梅謙次郎の説明からすると,何かに付されて(記載されて)いなければならないのは当然です(②)。
ただし,確定日付の証明対象が何であるかについては,証書の「存在」(③④⑥)とするものと,証書の「作成」(⑤⑥)とするものがあります。証書が物理的に存在しなければそこに日付を付することはできませんから,証書の存在云々はその用紙については当然のことをいっていることになります。⑤⑥は「証書ハ確定日附アルニ非サレハ第三者ニ対シ其作成ノ日ニ付キ完全ナル証拠力ヲ有セス」と規定していた民法施行法旧4条の表現に基づくものです。同条を改めて見てみると,なるほど,確定日付は,作成済みの完成した証書ではない物に付されてはならないということになります。未完成の証書に付されたその日の日付では,その作成の日を証明する日付ということにはなりません。
民法施行法4条が「削除」となった後も,作成済み完成証書ではないものに確定日付が付されることはないということを同法5条の解釈のみで確保できるのでしょうか。その日の日付がそれに付される同条の「証書」及び「電磁的記録」は,そう明記しなくとも,作成済みの完成したものを意味するものと当然解釈されるのだ(同条1項6号の「内容証明ノ取扱」がされていれば,その証明対象の証書の内容は確定してしまっているのだ。),ということなのでしょうが,それだけでよいものか。
民法施行法5条1項2号の公証人実務に関して「確定日付の付与は,一定の内容をもった証書について確定日にその証書が存在したことを立証するために行われるものですから,内容が未完成,不完全なものについては付与すべきでないという考えが有力です。」とされていますが(時岡337-338頁),民法施行法旧4条が健在な時点でなお「有力」な「考え」にすぎなかったのですから,今後が心配です。
また,民法施行法5条1項5号の「或事項」は,日付の記載と共に当該事項が記入されるところの対象物が完成した証書であることの確認がされたことを含意したものでなければならないのだ,とまで同法旧4条の規定なしにいえるかどうか。例えば,文字の美しさの検査をするお役人がいて,完成した私署証書の文字を検査してその検査の結果及び日付を当該証書に記入及び記載した場合,当該記載に係る日付は当該私署証書の確定日付になるものかどうか。「私署証書」は完全なものに限るとの解釈を前提としても,一見,民法施行法5条1項5号の規定に適合してしまっているようです。いやいや確定日付は証書の作成日の証明のためのものなのだから未完成証書にも記載されることがあり得る日付は確定日付じゃないよ(未完成証書であってもそこに記されてあるだけの文字を見てその美しさの検査をすることは可能ではないか。),と言うためには,やはり民法施行法旧4条の規定があった方がよいように思われます。
「私署証書に郵便切手を貼付し,郵便局の日付印を押印しても右日付印は,同号〔民法施行法5条1項5号〕の確定日付には該当しません。」といわれています(時岡340頁)。郵政民営化後の2013年出版の書物中の記載ですので,単に郵便局〠はもう官庁でも公署でもないからということかもしれませんが,官庁時代の郵便局における日付印押印についての説明がそこに残っているものかもしれません。後者の場合,民法施行法5条1項5号の確定日付に該当しないことの理由付けは,押印対象物が郵便切手に限らず当該私署証書でもあるとしても,この場合に記入される或事項はせいぜい当該私署証書の紙を郵便物として引き受けたということであって当該郵便物の私署証書としての完成を前提とするものではないからである,ということになるのでしょう。
(3)「完全ナル証拠力」=偽造申立手続必要説
民法施行法旧4条は,確定日付の証明の対象(証書の作成の日)と共にその証明の性質についても規定していました。第三者に対して「完全ナル証拠力」があるのだそうです。
しかし,この「完全ナル証拠力」とは何なのでしょうか。
「証書ハ確定日附アルニ非サレハ第三者ニ対シ其作成ノ日ニ付キ完全ナル証拠力ヲ有セス」との文言を反対解釈すると,その日付が確定日付ではない証書もその作成の日についての「不完全ナル証拠力」はある,ということになるようです。では,証拠力の完全と不完全との違いは何か。これは,フランス民法旧1319条1項を参照すべきでしょうか。「完全ナル証拠力」との文言は,同項の“pleine foi”の意味で用いられたように筆者には思われるところです。
筆者の手許のDallozのCode Civil (110e édition,
2011)を見ると,合意を記載した公正証書に係るフランス民法旧1319条1項の“pleine foi”の限界に関して,破棄院民事第一法廷は1986年5月13日に「当事者の言明であって,公証吏によって自ら現認された事実でないものについては,偽造申立手続(la procédure d’inscription de faux)をとることを要さずに,それを反駁する証拠を取り調べることができる。」と判示しています(p.1586)。偽造申立手続は,旧民法証拠編47条4項(同条2項が民法施行法5条案の参照条項として挙げられていました。)に「偽造申立手続ハ民事訴訟法ニ於テ之ヲ規定ス」とあって,確かに大正15年法律第61号による改正前の旧民事訴訟法(明治23年法律第29号)351条は「公正証書又ハ検真ヲ経タル私署証書ヲ偽造若クハ変造ナリト主張スル者ハ其証書ノ真否ヲ確定センコトノ申立ヲ為ス可シ/此場合ニ於テハ裁判所ハ其証書ノ真否ニ付キ中間判決ヲ以テ裁判ヲ為スヘシ」と,同355条1項は「公正証書ノ偽造若クハ変造ナルコトヲ真実ニ反キテ主張シタル原告若クハ被告ニ悪意若クハ重過失ノ責アルトキハ50円以下ノ過料ヲ言渡ス」と規定していました。ボワソナアドも,その草案1383条解説において,偽造申立手続に言及し,「当該〔公正〕証書によって対抗される当事者がそれを偽造と主張し,又はそのようなものとして攻撃しない限り,それは十全な証拠をなす(fera preuve complète)。」という表現を用いています(Boissonade IV, p.736)。旧民法証拠編48条1項は「公正証書ノ証拠力ハ偽造ノ申立ニ因リテ之ヲ停止ス其執行力ニ付テモ亦同シ」と規定していました。
「完全ナル証拠力」が確定日付たる日付については当該証書にあるのだという民法施行法旧4条の規定の趣旨が,当該証書が公正証書又は検真を経た私署証書ではない場合であっても,その作成日付部分に係る成立の真正は偽造申立手続によらなければ争うことができない(あるいは,偽造申立手続をとらなければ確定日付を「其作成ノ日」とする主張を争う証拠の取調べができない),ということであれば,「完全ナル証拠力」について同条は,旧民事訴訟法を大改正する大正15年法律第61号が施行された1929年10月1日以降は空文に帰していた,ということになるのかもしれません。
なお,民法施行法旧4条の反対解釈からは,対第三者ならぬ証書の当事者間であれば,確定日付ではない作成日付についても私署証書に「完全ナル証拠力」があり得るということになりますが,民事訴訟手続上は,当該私署証書について検真(大正15年法律第61号による改正前旧民事訴訟法352条・353条)を経ればよかったのでしょう(同法351条1項)。
それでも,「〔民法467条2項についても確定日付を不要とし〕単なる私的な日付を付した証書で,二重譲受人の一方が優先を主張しうるとすると,〔略〕民法施行法〔旧〕4条(証書ハ確定日付アルニ非サレハ第三者ニ対シ其作成ノ日ニ付キ完全ナル証拠力ヲ有セス)との抵触の問題も起こる。」という理解もありました(池田104頁註(12))。しかし,当該理解については,同条の「完全ナル」の語がやはり余計ではないかと筆者には思われるところです。「証書ハ確定日付アルニ非サレハ第三者ニ対シ其作成ノ日ニ付キ証拠力ヲ有セス」であれば,「単なる私的な日付を付した証書」は第三者に対する証拠としては全く役に立たないということでよいのですが(フランス民法旧1328条は,端的に,「日付を第三者に対しては有しない。」と規定していました。ボワソナアド草案1349条も,限定なしに,確定日付でない日付は「第三者と承継人とを区別するために・・・援用できない。」としています。),そうはなっていないところです。「単なる私的な日付」でも,優先の主張を支える証拠としての力は不完全ながらもある,ということになりそうです。あるいはここでも,民法施行法4条の起草者においては,いったんは否定された確定日付制度を改めて導入するに当たって,「出来ることならなるべく確定日付を要する部分を少なくしたい」という方向での遠慮があったものでしょうか(池田87-88頁参照。傍点は原文のもの)。
公吏の陳述たる証拠(旧民法証拠編47条1項参照)には,公吏の陳述であるがゆえに,程度問題を超えた,不正・誤謬が全くあり得ない「完全ナル証拠力」があるのだ,ということにもならないでしょう。公文書については「成立が推定されたからといって」も,「その記載内容が真実であることまで推定されるわけではないことは当然である」ものとされています(司法研修所61頁(*21))。「お上にだまされた。」と言い立てて同情してもらえるのは,よい子の住んでるよい国においてだけでしょう。
なお,「完全ナル証拠トス」又は「完全ノ証拠ヲ為ス」と訳された“… fait plein foi”が(Code Civil de l’Empire du Japon accompagné d’un Exposé des Motifs,
Tome Premier, Texte, Traduction Officielle.
Tokio, 1891; pp.489 et 493),「その証明力(cette force probante)が可能な限り最も高いものである(… est la plus considérable possible)」という意味で,「裁判上ノ自白」に係る旧民法証拠編36条1項では用いられており(Code
Civil de l’Empire du Japon accompagné d’un Exposé
des Motifs, Tome Quatrième, Exposé des Motifs du Livre des Garanties des
Créances et du Livre des Preuve, Traduction Officielle. Tokio, 1891; p.358),追認された私署証書に係る同25条1項においても同様の用法であるものと解されます(「私署証書は書かれた自白(aveu écrit)である。」とされています(Exposé IV, p.345)。)。「完全」といっても,「可能な限り最も高い」ものです。しかし,旧民法証拠編25条も同36条も,民法施行法案4条又は5条の参照条項として法典調査会には提示されていなかったところです。
民法施行法旧4条は,法典調査会に同条の参照条項として紹介されたフランス民法旧1328条及び旧民法草案1349条等と同様の効力を有するのだ,という主張もあるいはあり得るのでしょう。しかしながら,筆者としては条文自体の文理にこだわってみたところです。また,フランス民法旧1328条及び旧民法草案1349条条等と同様の効力を有するという由々しい規定を平成29年法律第45号で削除してしまうということであれば,それは大きな改正ですから御当局から何か一言あってもよさそうであるのに,現実にはそれがないということも考えるべきことでしょう。
(4)「完全ナル証拠力」=自由心証主義排斥説
ところで,大正15年法律第61号による改正前の旧民事訴訟法217条は「裁判所ハ民法又ハ此法律ノ規定ニ反セサル限リハ弁論ノ全旨趣及ヒ或ル証拠調ノ結果ヲ斟酌シ事実上ノ主張ヲ真実ナリト認ム可キヤ否ヤヲ自由ナル心証ヲ以テ判断ス可シ」と規定していたところ,同条にいう「民法」は広義のものであると解せば,民法施行法旧4条は当該「民法ノ規定」として自由心証主義の例外をなしていたことになりそうです。この場合,民法施行法旧4条の「完全ナル証拠力」とは,「その証明力が可能な限り最も高いもの」として裁判所の心証形成を拘束するという効力を有していたものと理解できるでしょう(書証の拘束力については,旧民法証拠編72条の「判事ハ証人ノ証拠ニ因リテ拘束セラレス其心証ニ従ヒテ判決ス」との規定の反対解釈を考えてみるべきでしょう。)。しかして,大正15年法律第61号による改正以後の旧民事訴訟法185条(「裁判所ハ判決ヲ為スニ当リ其ノ為シタル口頭弁論ノ全趣旨及証拠調ノ結果ヲ斟酌シ自由ナル心証ニ依リ事実上ノ主張ヲ真実ト認ムヘキカ否ヲ判断ス」)は後法として民法施行法旧4条の「完全ナル証拠力」規定をこの意味でも破っていたものでしょうか。(これについては,「民事訴訟法の体系書・注釈書において同法〔民法施行法〕4条が言及されることはなく,証書の証拠力は自由心証主義に従うと解されていると考えられる。」とされています(山本196頁註(24))。)破ったものとしても,しかし,当該後法下でも「書証の体裁や記載内容から見て特段の事情がない限りその記載どおりの事実を認めるべき場合に,これを排斥するには,首肯するに足りる理由を示さなければならない(最判昭和32・10・31民集11巻10号1779頁〔略〕)」とされていたところです(司法研修所49頁)。
ちなみに,平成29年法律第45号2条1項は,経過措置として,「この法律の施行の日(〔2020年4月1日。〕以下「施行日」という。)前に作成された前条の規定による改正前の民法施行法第4条に規定する証書の証拠力については,なお従前の例による。」と規定しています。しかし,民法施行法旧4条は正に証書の作成ノ日が争われているときに働く規定であったはずですから,証書の作成された日がまず決まってそれから民法施行法旧4条の適用の有無を考えるというのでは順序が顚倒しているように思われます。むしろ「この法律の施行の日(以下「施行日」という。)より前の日の確定日付のある証書の証拠力については,なお従前の例による。」というような規定の方がよかったのではないでしょうか。それとも,いったん完成した私署証書も,確定日付の付与を受けるとその作成日が確定日付の日に繰り下がるということなのでしょうか。しかし,民法施行法5条1項2号の確定日付の付与の実務においては「作成年月日の補充が可能の文書については補充させたうえ,確定日付を付与するのが一般的な扱いです。作成年月日の補充ができない場合には,後日の作成年月日の補充による混乱を防止するため,作成年月日欄に棒線を引かせるか,空欄である旨欄外に付記する扱いがとられています。」ということですから(時岡337頁),証書の作成日付と確定日付とは別であって,作成日付の日が確定日付の日以前であるのは構わないが,確定日付の日より後の日となると「混乱」する,ということのようでもあります。常に「確定日付イコール作成日付」であるのなら,公証人役場における上記のような細やかな配慮は不要であるように思われます。
(5)磯部四郎発言
なお,1895年3月22日の民法467条に係る審議の際磯部四郎🎴が「確定日附ノアル証書テナケレハ私署証書テハ第三者ニ対抗スル力カナイモノテアルト云フ1条カ確定日附ノ始メノ規則ニ設ケテアレハ其適用ハ一般ニ及ンテ来マスルカラ〔民法467条等の〕各条ニ付テ御設ケニナル必要ハナイ」のではないかとの意見を述べており(『法典調査会民法議事速記録第22巻』143丁表裏),これに対して梅は「御尤モノ御問ヒテアリマスルカ勿論此証書ヲハ第三者ニ対抗シヤウト云フトキニハ確定日附カナケレハナラヌト云フコトニ多分特別法テ極マルタラウト思ヒマス」と答えています(同143丁裏)。民法施行法旧4条は,あるいはこの流れから設けられたのかもしれません。同日の審議においては確定日付の導入に対してなお反対が多かった(横田国臣,尾崎三良及び田部芳)のに対し,磯部は起草者に賛成してくれていたのでした。
(6)対抗要件具備の要件として以外に確定日付が働く場面に関して
ところで,旧民法財産編347条3項があることによって,同条1項の合式の告知又は受諾が依然されていない債権譲渡の懈怠なる譲受人(一郎)であっても,当該債権譲渡の後にされ,かつ,合式の告知又は受諾までがされた新たな債権譲渡の譲受人(二郎)に優先する場合があることになっていました。すなわち,二郎が,先行してされた一郎への債権譲渡について悪意の場合です。その前提として債権譲渡の先後が問題となり,一郎としては自分への譲渡の方が先であることを,二郎の悪意に加えて主張立証せねばならないのですが,ボワソナアド草案1349条後段は,そのためには一郎の債権譲渡契約証書に確定日付があることが必要であるという趣旨であったものでしょう。(なぜ証書の日付で決まるかといえば,旧民法証拠編60条が「物権又ハ人権ヲ創設シ,移転シ,変更シ又ハ消滅セシムル性質アル総テノ所為ニ付テハ其所為ヨリ各当事者又ハ其一方ノ為メニ生スル利益カ当時五拾円ノ価額ヲ超過スルトキハ公正証書又ハ私署証書ヲ作ルコトヲ要ス/人証ハ右ノ価額ヲ超過スルニ於テハ法律上明示若クハ黙示ニテ例外ト為シタルトキニ非サレハ裁判所之ヲ受理セス」と規定していたところです(フランス民法旧1341条1項参照)。我が旧民法は,「一定の価額以上の債権を発生させる契約に書面を要するとしたり,その証明方法として証書を要するとする立法が多い」(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)10頁)中の一つだったわけです。)しかしながら,民法467条は,上記のような二郎悪意の場合についての例外を認めないことにしています。すなわち,物権について旧民法財産編350条を民法177条に,旧民法財産編346条1項を民法178条に改めたようにしないと,債権についても「譲渡ト云フモノカ確実ニナツテ居ラナイ若シ然ウ云フコト〔悪意〕カ証明サヘサレレハ夫レテ宜イト云フコトテアルト自分カ通知ヲ怠リ又承諾ヲ得ルコトヲ怠ツテ置キナカラ後日色々ナコトヲ言ヒ出シテ訴訟ノ種ニ致シタリ何カスルヤウナコトカアル」,したがって「寧ロ是ハ杓子定規ニ通知又ハ承諾ト云フモノヲ必要トシテ置ク方カ宜シイ」ということになったものです(『法典調査会民法議事速記録第22巻』142丁表)。当事者間の処分行為とは別の,それにプラスされる対抗要件具備の先後一本で決まるとなると,処分行為(証書)の先後自体を立証する必要がある場面は考えにくくなるようです。
債権の二重譲渡がされて両譲渡に係る債務者への通知がいずれも確定日付のない証書でされた場合はどうでしょうか。大審院大正8年8月25日判決・民録25輯1513頁は「指名債権者カ其債権ヲ目的トシテ質権ヲ設定シタル後更ニ同債権ヲ他人ニ譲渡シタル場合ニ於テ若シ質権設定ノ通知又ハ承諾〔民法364条参照〕カ確定日附アル証書ヲ以テ為サレスシテ〔略〕債権譲渡ノ通知又ハ承諾モ同シク確定日附アル証書ヲ以テ為サレサリシトキハ譲受人モ其譲渡ヲ以テ質権者ニ対抗スルコトヲ得サレハ第三債務者ニ於テ質権ノ行使ヲ拒ミ得ヘキ理由ナキヲ以テ斯カル場合ニ於テハ第三債務者ハ前ニ通知アリ又ハ承諾ヲ為シタル質権ノ設定ヲ尊重スヘキコト当然ナルニ由リ之カ行使ヲ拒ムコトヲ得サルモノト為スヲ至当トス」と判示しているところ(下線は筆者によるもの),我妻榮は,これを,対債務者対抗要件具備時ではなく処分時を基準として優先劣後を決するものと解してしまったようで,「判例の態度は必ずしも明瞭ではないが,かような場合には,第1の譲受人に弁済すべきものとするようである(大判大正8・8・25民〔録25輯〕1513頁(前に設定した質権者からの弁済請求を拒みえない))。然し,債務者はいずれの債権者に弁済しても――その譲渡が真実有効に行われたものであれば(二重譲渡はいずれも有効であるが,譲渡行為自体に瑕疵があれば譲渡は効力を生じない)――責任を免れる〔「確定日附ある証書によらない通知・承諾も債務者に対しては対抗力を有するものである」〕」と説いています(我妻545頁)。我妻の理解(あえて「正解」とは表現しません。)するところの「判例の態度」のような解決はなおも可能でしょうか。それが可能であって採用されると,債権譲渡自体の先後の証明が決定的に重要になります。しかし,いずれにせよ,「大正時代の古い判例」の「先例性は疑問である」とされてはいます(内田275頁)。
ところで,「二重譲渡はいずれも有効」といい得るのは,実はそもそも,第三者対抗要件制度がそこにあるからではないでしょうか。「いったん甲から乙に所有権が完全に移転する以上,甲にはもはやなにも残らないから,二重譲渡は論理的に不可能である,などといわれ」ているが,「そもそもをいえば,もしも〔「物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって,その効力を生ずる。」と規定する民法〕176条しかないならば二重譲渡は不可能だが,〔不動産に関する物権の変動の対抗要件に係る〕177条,〔動産に関する物権の譲渡の対抗要件に係る〕178条がある以上,そんなことはなく,そのような〔「不可能」を可能にすることについての〕説明は不要なのである。」ということでありました(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)40頁)。そうであれば,第三者対抗要件制度がない(働かない)場面では,譲渡自体の先後で優先劣後が決まるはずです。そうして,行為(証書)の先後を決めるそのような場面において,確定日付は本来その効能を果たしてきたものなのでしょう(1855年法による謄記制度導入前のフランスにおける不動産取引は,このような状態であったようです。当該事情については,「民法177条とフランス1855年3月23日法」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html参照)。
現行民法下,契約上の地位の移転(民法539条の2)については,「第三者対抗要件は規定されていないから,契約上の地位の移転の要件を満たした順で優先劣後が決まることになる」ものと解されています(内田298頁)。しかして当該順序いかんは,一般の証拠方法で立証がされるということになるのでしょう。すなわち,そもそも旧民法証拠編60条,ボワソナアド草案1349条等に相当する規定がなかった上に,民法施行法4条も既に「削除」となっている以上,同条に基づく証拠方法の制約可能性などということを今更くよくよ案ずる必要はないわけです。
コメント
コメント一覧 (2)
お褒めに与って汗顔の至りです。
民法施行法4条の削除の理由に関しては,内閣法制局参事官に対してどう説明したかについての資料が法務省にあるのでしょうが,御当局があえて自ら紹介に及んでおられないということは,「同条が働く場が無く,不要だから削除します。」「あっ,そう。」程度の淡白な審査だったのでしょうか。マニアックに文書開示請求までするのは,さすがに遠慮したところです。
平成29年法律第44号による今次民法改正は学者主導ということでしたから,その結果についても詳細な学問的研究がすみずみまでされているのかといえば,少なくとも民法施行法4条削除関係についてはまだその途上のようでした。今次改正に参与された方々等による締めくくり的研究の今後に期待をしています。
なお,民法施行法4条はフランス留学組の梅謙次郎と磯部四郎とによる一種の共同制作物であるように思いましたが,その削除によって,何となくパリが遠くなったような気がしています。