(前編からの続き)
3 鳥獣保護法38条の銃猟の制限と警察官職務執行法4条1項の命令及び緊急避難と
(1)鳥獣保護法38条による銃猟の制限
ア 条文
鳥獣保護法38条は次のとおりです。
(銃猟の制限)
第38条 日出前及び日没後においては,銃猟をしてはならない。
2 住居が集合している地域又は広場,駅その他の多数の者の集合する場所(以下「住居集合地域等」という。)においては,銃猟をしてはならない。ただし,次条第1項の許可を受けて麻酔銃を使用した鳥獣の捕獲等(以下「麻酔銃猟」という。)をする場合は,この限りでない。
3 弾丸の到達するおそれのある人,飼養若しくは保管されている動物,建物又は電車,自動車,船舶その他の乗物に向かって,銃猟をしてはならない。
イ 札幌高等裁判所令和6年10月18日判決
(ア)概要
鳥獣保護法38条に関しては,狩猟者らに衝撃を与え自治体からの有害鳥獣駆除要請に対して消極的態度をとるようになさしめたとされる札幌高等裁判所令和6年10月18日判決・判例タイムズ1537号38頁があります。
当該判決は,ライフル銃を使用したヒグマの銃猟がされたところ(命中),当該銃猟は鳥獣保護法38条3項の「弾丸の到達するおそれのある〔略〕建物〔略〕に向かって,銃猟をしてはならない」との規定に違反したものとして当該銃猟をした者(被控訴人)に係る当該ライフル銃の銃刀法による所持許可を取り消した公安委員会の処分を是認したものです。銃刀法10条2項1号における「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律により」の部分に違反したので,銃刀法11条1項1号の「この法律〔略〕の規定〔略〕に違反した場合」として,同項に基づき同条4条1項1号の猟銃の所持許可が取り消されていたものです。
札幌高等裁判所による鳥獣保護法38条3項の趣旨解釈は,「鳥獣保護管理法38条3項は,弾丸の到達するおそれのある人,建物等に向かってする銃猟行為は,人の生命,身体等に対する危険を防止しつつこれを行うことが困難であることから一律にこれを禁止しており,その行為の当該具体的状況の下における具体的危険の有無を問わないもの」というものでした(判決書の第3の3(1)。なお,鳥獣保護管理室・解説218頁の紹介する東京高等裁判所昭和49年5月21日判決・高等裁判所刑事判例集27巻2号119頁)。
(イ)附論:鳥獣被害対策実施隊
なお,当該被控訴人は地元自治体から委嘱されて当該自治体の鳥獣被害対策実施隊の隊員を務めており,当該事案における銃猟は当該自治体の職員からの出動要請を受けて行われたものでした。
鳥獣被害対策実施隊は鳥獣被害防止特措法9条に基づくものです。鳥獣被害防止特措法9条1項は「市町村は,対象鳥獣の捕獲等〔捕獲又は殺傷〕,防護柵の設置その他の被害防止計画に基づく被害防止施策を適切に実施するため,鳥獣被害対策実施隊を設けることができる。」と,同条2項は「鳥獣被害対策実施隊に鳥獣被害対策実施隊員を置く。」と,同条5項は「第2項に規定する鳥獣被害対策実施隊員は,被害防止計画に基づく被害防止施策の実施に従事するほか,市町村長の指示を受け,農林水産業等に係る被害〔「農林水産業に係る被害及び農林水産業に従事する者等の生命又は身体に係る被害その他の生活環境に係る被害」(同法2条2項)〕の原因となっている鳥獣の捕獲等で住民の生命,身体又は財産に係る被害を防止するため緊急に行う必要があるものに従事する。」と,同法9条6項は「第3項第2号に掲げる鳥獣被害対策実施隊員〔市町村職員以外の者で市町村長から任命された隊員〕は,非常勤とする。」と規定しています。
しかして鳥獣被害対策実施隊員がする「対象鳥獣の捕獲等」は,鳥獣保護法に従い狩猟者登録をしてする狩猟としてされることが一応想定されているようで,鳥獣被害防止特措法9条7項に狩猟者登録に係る読換規定が設けられています(鳥獣被害防止特措法が狩猟者登録に係る鳥獣保護法の規定の適用を排除するまでのことはないわけです。)。しかし,札幌高等裁判所令和6年10月18日判決の事案に係る銃猟は2018年8月21日に行われており狩猟者登録の有効期間外であり(鳥獣保護法55条2項),かつ,狩猟期間外ですから(同法2条10項),当該銃猟は狩猟者登録に基づく狩猟としてではなく,鳥獣保護法9条1項の許可に基づくものとしてされたようです。
(ウ)事実
札幌高等裁判所令和6年10月18日判決は,当該事案における銃猟の状況について次のように認定しています(判決書の第3の2(4))。
ア 被控訴人が本件発射行為をした位置(以下「本件発射位置」という。)から本件ヒグマがいた北北東方向付近の地形は,平坦な地面が続いたのち,市道(〔略〕以下「本件市道」という。)との間に,高低差8メートル程度の上り勾配の斜面(以下「本件斜面」という。)があるというものである。本件斜面のうち,下方の高低差5メートル程度の部分は急な斜面であったが,上方の高低差3メートル程度の部分は緩やかな斜面となっていた。〔本件ヒグマは急斜面と緩斜面との境付近にいました(下記イ(イ))。〕
本件斜面には草木が繁茂しており背後の見通しが悪く,石も散乱していた。〔高速ライフル弾は小枝等に触れただけでも跳弾になりやすいとされる中,この状況では跳弾が起こりやすかったものと認定されています(判決書の第3の3(2))。〕
本件発射位置からみた本件周辺建物5軒〔この5軒について「弾丸の到達するおそれ」が認められたわけです。〕の位置関係(方角,距離)は下記のとおりである。
e会館 北方向 距離 89メートル前後
本件建物 北東方向 距離 64メートル前後
本件一般住宅 北東方向(本件建物より東寄り)
距離 43メートル前後
本件空き家 北北西方向 距離 57メートル前後
本件物置 北北西方向 距離 38メートル前後
〔被控訴人はライフルを北北東に向けていましたが(下記イ(イ)),その方角は,本件建物及びe会館が存した方角からは「さほど乖離しておらず」,本件一般住宅,本件物置及び本件空き家の存した方角からも「大きく乖離するものではな」く,本件周辺建物5軒は「いずれも本件発射行為をした位置から90メートル以内にあったこと」を考慮して,「本件発射行為は,「建物等に向かってする銃猟行為」に当たる」ものとされています(判決書の第3の3(3))。跳弾の起こりやすさの認定(判決書の第3の3(2))に続いての認定です。〕
本件周辺建物5軒のうち,e会館,本件建物及び本件一般住宅は,本件発射位置からみて本件市道を挟んで反対側にあり,本件市道よりさらに標高が高く,本件発射行為をした位置との高低差は,順に15メートル程度,12メートル程度,10メートル程度であり,本件発射位置から各建物までは,本件市道を除くと,斜度に変化があるものの概ね上り勾配になっていた。
本件空き家及び本件物置は,本件発射位置からみて本件市道より手前にある。本件発射位置との高低差は,いずれも8メートル程度であり,本件発射位置から各建物までは,斜度に変化があるものの概ね上り勾配になっていた。
本件発射行為当時,本件建物,e会館及び本件物置と本件発射位置との間には,仮に何らかの物が存在していたとしても,弾丸を遮るに足りる構造物は存在しなかった。
〔略〕
イ(ア) 被控訴人は,本件現場において,B〔被控訴人と同じ鳥獣被害対策実施隊の隊員〕に対し,私道(〔略〕以下「本件私道」という。)を通って本件斜面の北側の本件市道に移動するよう指示を出し,Bはこれに従い,本件私道を通って本件斜面の北側の本件市道に向かった。〔略〕
(イ) 被控訴人は,本件ヒグマ〔推定年齢0歳,体長80センチメートル,体重7.5キログラム(判決書の第3の2(4)ウ(ウ))〕が本件斜面の急斜面と緩斜面の境付近(被控訴人との高低差は5メートル程度,本件市道との高低差は3メートル程度)にいた時,本件ヒグマが立ち上がるのを待った上,本件ライフル銃を上方に向け本件ヒグマの胸付近に狙いを定め,弾丸を1個発射し,これを本件ヒグマに命中させた(本件発射行為)。この時,被控訴人は,e会館と本件建物の間の方角を狙って,本件ライフル銃を北北東方向付近に向けていた。
本件発射行為をした位置と本件ヒグマがいた地点の距離は,18メートル前後であった。
〔略〕
(ウ) 本件発射位置における本件ライフルの高さと本件ヒグマの弾丸が命中した部分を直線で結んだ延長線は,本件市道まで本件斜面の地面と交わらないか,交わるとしてもごく浅い角度であった。〔入射角が小さいと跳弾が起こりやすいわけです(判決書の第3の3(2))。〕
〔略〕
(エ) 本件発射行為当時,本件ヒグマがいた位置と本件一般住宅との間には,仮に何らかの物が存在していたとしても,土手などの弾丸を遮るに足りる構造物が存在しなかった。
〔略〕
(オ) 本件発射行為当時,C警察官及びD〔地元自治体〕職員は,本件市道上の本件建物又は本件一般住宅の前付近にいた〔略〕。
ウ(ア) Bは,本件市道の本件建物の前付近から本件斜面の上方に歩いて進入し,本件ヒグマがいた位置より本件市道側〔略〕にいたところ,被控訴人が本件発射行為により発射した弾丸は,本件ヒグマを貫通し,Bが把持していた猟銃の銃床に当たって貫通した〔略〕。〔上記イ(オ)の認定もあったところ,「本件発射行為は同人ら〔B,C及びD〕の生命・身体も危険にさらしたというべきである。」と判示されています(判決書の第3の4(2)ア)。〕
(イ) Bは,本件ヒグマが倒れていた付近に降りていき,本件ヒグマに向けて弾丸を発射し,とどめを刺した〔略〕。
(エ)感想
少なくともライフル銃の発射方向から左右それぞれ45度乖離(45度は北北東と北北西との間の角度です。)の方角の範囲内で,かつ,発射地点から90メートルの距離内であれば,遮蔽物等がなければ,誤射又は誤射せずに命中した場合の貫通(本件では貫通が認定されています。)や跳弾による「弾丸の到達するおそれ」が認められたわけです。
しかし,ライフル銃(口径7.62ミリメートルのレミントンM700)の最大到達距離は約3キロメートルから約4キロメートルと推定されるものであるそうですし(判決書の第3の2(1)),一般社団法人大日本猟友会発行の『狩猟読本』(2018年4月増刷(一部改訂))には「射撃方向の左右90°に射撃線を想定し,その線の前方に人がいたら発砲してはならない。」との記載があるそうですから(判決書の第3の2(2)ア),札幌高等裁判所の認定は,ギリギリのところで「弾丸の到達するおそれ」を認めた限界事例なのだ,ということにはならないのでしょう。上記『狩猟読本』には,「ライフル実包やスラッグ実包を撃つ時は,必要以上に遠くまで飛ばないように,前方に安土(バックストップ:山・崖・高い土手など)があることを確認する。ライフル弾やスラッグ弾などの単体弾は,前方に安土の無い限り発砲しない。単体弾は遠方まで飛ぶし,推力を失って落下するものにも貫通力(殺傷力)があるので,尾根を超えるような撃ち方もしてはならない。」ともあるそうです(判決書の第3の2(2)ア)。
(2026年3月28日追記:最高裁判所令和8年3月27日判決と鳥獣被害防止特措法と)
上記札幌高等裁判所判決に対しては上告がされていたところ,最高裁判所令和8年3月27日判決は,原判決破棄・被上告人の控訴棄却の判決を下し,公安委員会による猟銃の所持許可取消処分を取り消した第一審判決の結論が正しいものとしました。本件発射行為を理由として猟銃の所持許可を取り消すものとした「公安委員会の判断は,重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,本件処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法というべきである」からとのことです。
札幌高等裁判所は裁量権の逸脱・濫用はないとしていたのに対して最高裁判所は逸脱又は濫用はあるとしたわけですが,この判断の相違をもたらしたものは――筆者は,「附論」として,本件の被処分者が鳥獣被害対策実施隊の隊員であったことを指摘していたところですが――鳥獣被害防止特措法の援用の有無にありました(脱線だと考えて「附論」としたのですが,実は本線上にあったのでした。)。札幌高等裁判所は鳥獣被害防止特措法を「関係法令等」に含めていなかったのですが(その判決文の第2の2を承けた別紙1「関係法令等の定め」は,銃刀法及び鳥獣保護法並びに警察生活安全部長通達「銃砲刀剣類所持等取締法に基づく行政処分事務処理要領の制定について」(平成29年3月16日道本保第4069号)における定めのみを記載していました。),最高裁判所は,鳥獣被害防止特措法も「〔鳥獣被害対策実施隊員の〕活動を通じて住民を始めとする農林水産業に従事する者等の生命,身体,財産又は生活環境に係る被害の防止を図る趣旨に出たもの」との理解の上,「銃砲の使用等による人の生命,身体又は財産に対する危害を防止するとの観点からは,本件発射行為を理由とする処分として本件許可の取消しが相当であるといえたとしても,本件発射行為が市の鳥獣被害対策実施隊員であった上告人に対する出動の要請を契機として行われたものであることに照らし,上記取消しをすることが上記特措法の趣旨に沿わない事態を招くおそれを生じさせる場合には,そのことを上記取消しに係る判断において事情として考慮することができるものというべきである。」と,銃刀法11条1項の処分に係る判断に当たって鳥獣被害防止特措法の趣旨をも考慮すべきものとしたのでした。
結論としては,本件猟銃所持許可取消しは「〔前略〕鳥獣被害対策実施隊員が有害鳥獣の捕獲等の活動を行うことや,さらには民間人が同隊員に任命されること自体をちゅうちょさせるなど,周辺住民等の利益の保護に資する同隊員の職務の遂行に萎縮的な影響をおよぼし,ひいては上記〔鳥獣被害防止〕特措法の趣旨に沿わない事態を招くおそれを生じさせるものと考えられる。」ということで,当該取消しは「重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き」,「裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法」,という評価に至ったのでした。
札幌高等裁判所は,「市からの出動要請を受けて,有害駆除〔ママ〕という公共の利益のために」本件発射行為をしたのであるから猟銃所持許可を取り消す公安委員会の判断は裁量権の逸脱・濫用である,との被控訴人の主張を,「有害鳥獣駆除に係る発射行為の状況は様々であるから,発射行為が有害鳥獣駆除の一環としてされたことをもって,直ちに,その発射行為の銃刀法違反を理由とする銃砲所持許可の取消処分が,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,都道府県公安委員会の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと評価されるとは解されない」と一蹴していました(第3の4(2)イ(ア))。確かに,「有害鳥獣駆除に係る発射行為の状況は様々」ではありました(鳥獣保護法9条1項の許可は,有害鳥獣駆除をさせてくださいとの申請に対してされるところ,当該申請の原因・動機は様々であって,それに対する評価も様々であり得るのでしょう。)。しかし,鳥獣被害対策実施隊員が鳥獣による被害の防止のためにする発射行為は,鳥獣被害防止特措法の趣旨の実現たる特別なものだったのでした。
ウ 警察官職務執行法4条1項の命令又は緊急避難による違法性阻却
なるほど鳥獣保護法38条は厄介です。同条2項の住居集合地域等にまで熊が出て来たときにはお手上げです。(最高裁判所平成12年2月24日決定・刑集54巻2号106頁は「被告人が狩猟のため散弾銃を発射した場所は人家と田畑が混在する地域内にあり,発射地点の周囲半径約200メートル以内に人家が約10軒あるなどの状況が認められるのであるから,右場所が「人家稠密ノ場所」〔旧鳥獣保護法16条〕に当たるとした原判断は相当である。」と判示しています。)
この厄介な規制の下,緊急銃猟制度導入前においては,「銃猟により対応すべき状況には,緊急事態の状況に応じて警察官職務執行法第4条に基づく警察官の命令に基づく措置や捕獲者による刑法第37条の緊急避難の措置として銃猟を行ってい」たそうですが,「警察官職務執行法4条については,警察官が不在の場合や同条に該当するような現実・具体的に危険が生じ特に急を要する場合ではなく,これに至らない状況には対応できないことも想定されるほか,現場の警察官が必ずしもクマ類への対処に精通しているとも限らない」とともに,「緊急避難については,緊急避難の成立要件の判断が個別具体的事情に大きく依存しており,その成否について確たる見通しを持ちづらい」というリスクがあったところです(環境省・鳥獣保護管理法第38条に関する検討会「鳥獣保護管理法第38条の改正に関する対応方針」(2024年7月8日)4頁)。警察官職務執行法4条に基づく警察官の命令と刑法37条の緊急避難とについて見てみましょう。
(2)警察官職務執行法4条1項の警察官の命令による対処
ア 条文
警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)4条1項は「警察官は,人の生命若しくは身体に危険を及ぼし,又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある〔略〕狂犬,奔馬の類等の出現〔略〕等危険な事態がある場合においては,〔略〕特に急を要する場合においては,〔略〕その場に居合わせた者,その事物の管理者その他関係者に対し,危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ,又は自らその措置をとることができる。」と規定しています。
イ 警察庁通達
上記規定に基づく熊の駆除に関し,2023年3月28日付けの警察庁丁保発第43号・警察庁丁企画発第153号「熊等が住宅街に現れ,人の生命・身体に危険が生じた場合の対応における警察官職務執行法第4条第1項の適用について」通達が,警察庁生活安全局保安課長・警察庁長官官房企画課長から出ています。
当該通達は,「住宅街に熊が現れた場合も」警察官職務執行法4条1項の「狂犬,奔馬の類等の出現」に該当するものと解し(1(2)ア),「住宅街に熊が現れた場合,周囲の人々を安全な場所に避難させた上で,熊を猟銃で駆除することも」同項の「危害防止のため通常必要と認められる措置」に該当するものと解し(1(2)イ),更に「事物の管理者等事態収拾に責任がある者だけでなく,危害防止に協力し得る者が含まれることから,猟銃の扱いに熟達したハンターも」同項の「その場に居合わせた者,その事物の管理者その他関係者」に該当するものと解し(1(2)ウ),結論として「警職法第4条第1項の活用により熊の駆除を積極的に推進できるとまでは言えないが,現実・具体的に危険が生じ特に急を要する場合には,警職法第4条第1項を根拠に,人の生命・身体の安全等を確保するための措置として,警察官がハンターに対し猟銃を使用して住宅街に現れた熊を駆除するよう命じることは行い得るものと解される。」としています(1(3))。
当該通達はまた,「警職法第4条第1項に基づく警察官による命令は,命令を受けた者に,命令に従う義務を生じさせる」と述べた上で「ハンターが警職法第4条第1項に基づく警察官による命令に忠実に従い,危害防止のため通常必要と認められる措置として猟銃により当該熊等を駆除することについては,当該ハンターが刑事責任を問われることはないと解される。」と付言しています(3(1))。2021年6月18日に札幌市内において,警察官職務執行法4条1項に基づく警察官の発砲命令によってハンターが銃猟でヒグマを駆除したという事例があったところです(第217回国会衆議院環境委員会議録第5号10頁(大濱健志政府参考人(警察庁長官官房審議官)))。
ただし,当該通達は留意事項として「住宅街において猟銃を発射する場合は,関係機関等と連携し,交通の規制,周辺住民の避難・誘導,学校等への連絡を行うなど,あらかじめ周囲の安全を確保し,猟銃の発射に係る危険防止に努めること。」を挙げています(2(2))。すなわち「周囲の人々を安全な場所に避難させた上」であるわけですから(同通達1(2)イ),「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし,又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある」危険な事態がある場合であって更に「特に急を要する」ときという要件のうち,人の生命又は身体に危険が及ぶおそれのある危険な事態がある場合であって特に急を要するとき,の部分がそもそもなくなってから初めて警察官職務執行法4条1項の命令を発するべきかどうかが検討されるということになるようです。熊は餌を求めて出て来るのでしょうが,熊に食べられる物をもって(熊だから沢山食べるのでしょうが),財産に係る重大な損害と直ちにいえるものかどうか。
ウ 国会答弁
この点については,2025年4月8日の国会答弁では「具体的な事例といたしましては,通報を受けた警察官が現場に到着し,現に熊等が人を襲おうとしているような場合が考えられるところでございます。」ということになっています(第217回国会衆議院環境委員会議録第5号11頁(大濱政府参考人))。結局どうも,「あらかじめ周囲の安全を確保」すること(これは努力義務です。)ができない場合であっても警察官職務執行法4条1項の命令あり得べし,ということなのでしょう(現に人が襲われようとしているときはそうなるのでしょう。)。ただし,警察官が現場に到着した時には既に人々は恐れをなして逃げ散り去っていて熊ばかりが一頭残って悠々としている,というのが通常の光景なのかもしれません。そうなると,「例えば周囲に人がおらず,人の生命や身体に危険を及ぼすおそれがない場合などは警察官職務執行法第4条第1項の規定に該当せず,警察官がハンターに猟銃等を使用して熊等の駆除を命じることは困難である」ということになります(第217回国会参議院環境委員会会議録第6号15頁(大濱政府参考人))。
エ 警察官職務執行法7条による武器の使用
なお,警察官が「自らその措置をとる」ことにして拳銃で熊を撃てばよいではないかとも考えられるかもしれませんが,猟銃ならざる拳銃による熊退治はそもそも無理でしょう。
また,警察官による武器の使用が認められる場合は,「犯人の逮捕若しくは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合」です(警察官職務執行法7条)。警察官職務執行法7「条は,武器使用の要件・限界を創設的に定めたものと考えるべきであり,その要件・限界を越えた武器の使用は,武器使用という範囲内では,違法となる。」と解されているところ(田宮裕=河上和雄編『大コンメンタール 警察官職務執行法』(青林書院・1993年)366頁(古田佑紀)),「人が動物に襲われている場合にその動物を射殺する行為」も同条に基づく武器使用としてされるものです(田宮=河上383頁(古田))。
熊は犯人ではないですし,他人は既に避難しているとすれば,自己に対する防護や公務執行に対する抵抗の抑止が必要になる場合というのは,警察官がわざわざ自ら進んで熊に近付いた場合でしょうか。(なお,警察官職執行法7条で「自己若しくは他人に対する防護のため武器の使用が認められるのは,実力行使が許される場合に限られる。典型的には,正当防衛や緊急避難に当たる場合である。その他に,警職法3条の保護措置や,4条の避難の措置,5条の犯罪の制止,6条の立入りなどの場合が挙げられる」ということで(田宮=河上374頁(古田)),警察官職務執行法7条のみならず他の何らかの根拠条項との合わせ技が必要であるそうです。同法4条の使い勝手の悪さは前記のとおりです。)他方,自らの安全を確保した上で熊の油断を狙ってライフル銃でズドンと撃つのは,自己に対する防護のためでも公務執行に対する抵抗の抑止のためでもないのでしょう。
(3)緊急避難による対処
次は,刑法37条の緊急避難です。「自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避けるため,やむを得ずにした行為は,これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り,罰しない。」ですね(同条1項本文)。
「正当防衛は,急に襲いかかってきた動物等に対しても可能である(対物防衛)。」として(前田雅英『刑法総論講義 第4版』(東京大学出版会・2006年)335頁)刑法36条の正当防衛を適用することは,熊退治の現場では考えられていないわけです。確かに,鳥獣保護法9条1項の許可を受けてする有害鳥獣駆除ということであれば,鳥獣保護法83条1項2号及び3号の狩猟鳥獣の捕獲等の罪に対する正当防衛による違法性阻却を考える必要はそもそもないわけです(同項2号第2括弧書き及び3号括弧書き)。
住居集合地域等で(一応昼間に)熊を銃猟するときは,熊ならぬ,周囲(弾丸の到達するおそれのある範囲内)に存する他者の法益との比較に係る鳥獣保護法38条2項又は3項違反の罪に対する緊急避難の成否が問題となるわけです。
鳥獣保護法38条は「人間の身体又は生命に対する危険」を「防止し,公共の安全を維持するため」に設けられたものだそうですから(鳥獣保護管理室・解説216頁),同条の保護法益は,公共の安全ひいては人間の生命及び身体ということでしょうか。新型コロナウィルス騒動でも理解せられたように,生命及び身体に関する国民の安心・安全は現在極めて重い法益です。当該法益と熊退治によって避けられるべき「現在の危難」に係る法益との権衡が問題となるわけですが,熊が人から離れた場所にいて現在悪さをしておらず,また,悪さの実行が間近に押し迫っている様子もないという場合などは,重大な「現在の危難」があるというべきなのか悩ましいでしょう。
前記札幌高等裁判所令和6年10月18日判決の事案では,緊急避難による違法性阻却は論点になっていませんでした。当該事案のような状況における熊退治銃猟の場合においては,鳥獣保護法38条違反の罪の成立を阻却する緊急避難の要件の充足は認められない,ということが関係者間の当然の了解となっているものでしょうか。
さて,最後に緊急銃猟制度について検討しましょう。
4 緊急銃猟制度
(1)条文
令和7年法律第28号により導入された緊急銃猟制度に関し鳥獣保護法は次のように規定しています。
第3章の2 緊急銃猟
(緊急銃猟)
第34条の2 市町村長(特別区の区長を含む。以下この章において同じ。)は,危険鳥獣が,住居,広場その他の人の日常生活の用に供されている場所又は電車,自動車,船舶その他の人の日常生活の用に供されている乗物(以下この項において「住居等」という。)に侵入していること又は侵入するおそれが大きいことを把握し,かつ,当該危険鳥獣による人の生命又は身体に対する危害を防止するための措置を緊急に講ずる必要があると認める場合において,銃器を使用した鳥獣の捕獲等(以下「銃猟」という。)以外の方法によっては的確かつ迅速に当該危険鳥獣の捕獲等をすることが困難であり,かつ,第34条の4の規定による措置その他の措置を講ずることにより銃猟によって人に弾丸の到達するおそれその他の人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれがないと認めるときは,住居等又はその付近において,当該危険鳥獣について銃猟をすることができる。
2 市町村長は,前項の規定による銃猟(以下「緊急銃猟」という。)をしようとするときは,その職員に緊急銃猟を実施させ,又はその職員以外の者に委託して緊急銃猟を実施させることができる。この場合において,市町村長は,緊急銃猟を実施する場所,緊急銃猟の実施に当たり留意すべき事項その他の緊急銃猟の実施に関する事項をこれらの者に明らかにするものとする。
3 市町村長は,前項の規定により緊急銃猟を実施させる場合には,第39条第1項に規定する狩猟免許を受けた者であることその他の適正に緊急銃猟を実施するために必要な経験,技能及び知識を有する者として政令で定める要件を備える者に緊急銃猟を実施させるものとする。
4 緊急銃猟を実施する者は,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない。
5 緊急銃猟として実施する行為については,第8条,第15条第4項,第17条,第35条第2項及び第3項並びに第38条の規定は,適用しない。ただし,同条第3項(弾丸の到達するおそれのある人に向かってする銃猟の制限に係る部分に限る。)の規定については,市町村長の指揮を受け,人の生命又は身体に危害を及ぼすことがないように当該緊急銃猟を実施する場合に限る。
(緊急銃猟等のための土地の立入り等)
第34条の3 市町村長は,緊急銃猟をし,又は緊急銃猟により捕獲等をした危険鳥獣の適切な処理をするために必要な限度において,その職員に他人の土地に立ち入らせ,若しくは障害物を除去させ,又はその職員以外の者に委託して他人の土地に立ち入らせ,若しくは障害物を除去させることができる。
2 前項の規定による措置を実施する者は,その身分を示す証票を携帯し,関係者の請求があるときは,これを提示しなければならない。
(安全を確保するための措置)
第34条の4 市町村長は,緊急銃猟をしようとする場合において,緊急銃猟の実施に伴う人の生命又は身体に対する危害を防止するため必要があると認めるときは,政令で定める手続に従い,当該危害が発生するおそれのある場所の通行を禁止し,又は制限することができる。
2 市町村長は,緊急銃猟をしようとする場合において,緊急銃猟の実施に伴う人の生命又は身体に対する危害を防止するため必要があると認めるときは,当該危害が発生するおそれのある地域の住民に対し,避難すべき旨を指示することができる。
(都道府県知事に対する応援の要求等)
第34条の5 市町村長は,緊急銃猟をする必要があると認めるときは,都道府県知事に対し,的確かつ迅速に当該緊急銃猟をし,又は第34条の3第1項若しくは前条の規定による措置を講ずるため,応援を求めることができる。この場合において,当該応援を求められた都道府県知事は,正当な理由がない限り,応援を拒んではならない。
2 前項の応援に従事する者は,同項に規定する措置の実施については,当該応援を求めた市町村長の指揮の下に行動するものとする。
3 第1項の規定により都道府県知事の応援を受けた市町村長は,当該応援に要した費用を負担しなければならない。
(損失の補償)
第34条の6 市町村長は,緊急銃猟の実施又は第34条の3第1項の規定による措置のため損失を受けた者に対し,通常生ずべき損失の補償をする。
2 前項の補償を受けようとする者は,市町村長にその請求をしなければならない。
3 市町村長は,前項の請求を受けたときは,補償すべき金額を決定し,その請求をした者に通知しなければならない。
4 前項の規定による金額の決定に不服がある者は,同項の規定による通知を受けた日から6月を経過する日までの間に,訴えをもってその増額の請求をすることができる。
5 前項の訴えにおいては,市町村(特別区を含む。)を被告とする。
続きを読む