Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

タグ:電波法

(前編からの続き)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1054087409.html

 

4 GHQ法務局とラジオ・コード的規定の採否

 

(1)第2回国会提出の放送法案とGHQのラジオ・コード

しかし,「日本側として何とかして復活実現させよう」と最終的には頑張ることになったにもかかわらず,第7回国会における内閣提出の放送法案においては現在の放送法4条1項(同法原始規定44条3項・53条)のような規定が当初は設けられていなかったのは,そもそもなぜだったのでしょうか。

実は,第2回国会に出した放送法案について194812月2日にGHQ法務局(LS)からされた罵倒が,逓信省(1949年6月1日から電気通信省電波庁)及びGHQ民間通信局のトラウマになっていたようです。

第2回国会に内閣が提出した放送法案には,次のような規定がありました(放送法制立法過程研究会164166頁,182183頁,189190頁参照)。

 

 (定義)

第2条 この法律においては,左の用語を各下記の意義に用いる。

  〔第1号から第8号まで略〕

 九 「一般放送局」とは,日本放送協会が施設した以外の放送局をいう。

  〔第10号及び第11号略〕

 十二 「放送番組」とは,公衆に直接提供する目的で行なわれる電気通信の内容をいう。

 

 (ニユース放送)

第4条 ニユース記事の放送については,左に掲げる原則に従わなければならない。

 一 厳格に真実を守ること。

 二 直接であると間接であるとにかかわらず,公安を害するものを含まないこと。

 三 事実に基き,且つ,完全に編集者の意見を含まないものであること。

 四 何等かの宣伝的意図に合うように着色されないこと。

 五 一部分を特に強調して何等かの宣伝的意図を強め,又は展開させないこと。

 六 一部の事実又は部分を省略することによつてゆがめられないこと。

 七 何等かの宣伝的意図を設け,又は展開するように,一の事項が不当に目立つような編集をしないこと。

2 時事評論,時事分析及び時事解説の放送についてもまた前項各号の原則に従わなければならない。〔参議院における修正案(194810月9日付け同議院通信委員会資料)では「時事分析及び時事解説の放送についても前号〔ママ〕の原則に従わなければならない。評論,演芸その他の放送であつて,その内容に明らかにニユース記事,時事分析及〔ママ〕時事解説を含むものも,また同様とする。」とされ(放送法制立法過程研究会200頁参照),全ての放送に適用があるものとされています。〕

3 〔放送法現行9条に相当する規定〕

 

 (放送番組の編集)

46条2項 〔日本放送〕協会は,放送番組の編集に当つては,左の各号の定めるところによらなければならない。

 一 公衆に対し,できるだけ完全に,世論の対象となつている事項を編集者の意見を加えないで放送すること。

 二 意見が対立している問題については,それぞれの意見を代表する者を通じて,あらゆる角度から論点を明らかにすること。

 三 成人教育及び学校教育の進展に寄与すること。

 四 音楽,文学及び娯楽等の分野において,常に最善の文化的な内容を保持すること。

 

 (政治的公平)

47条 協会の放送番組の編集は,政治的に公平でなければならない。

2 公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせたときは,その選挙における他の候補者に対しても申出により同一放送設備を使用し,同等な条件の時間において,同一時間数を与えなければならない。

 

 (免許の取消又は業務の停止)

68条1項 放送委員会は,免許人〔一般放送局(法案2条9号)の設置の免許を受けた者(法案58条1項)。なお,法案38条2項の規定では日本放送協会の設置する放送局に法案68条の準用はなし。〕が,左の各号の一に該当すると認めた場合には,当該免許を取り消し,又は1箇月以内の期間を定めて,業務の停止を命ずることができる。

 〔第1号略〕

 二 この法律又はこの法律に基く放送委員会規則に違反した場合

 〔第3号から第5号まで略〕

 

第2回国会の放送法案の第4条1項及び2項と同法案68条1項2号との関係は,現在の放送法4条1項と電波法76条1項との関係と極めてよく似ていますね。第2回国会の放送法案4条1項1号と放送法4条1項3号と, 及び第2回国会の放送法案4条1項2号と放送法4条1項1号とはいずれも対応関係がはっきりしています。放送法4条1項2号の「政治的に公平であること」が政治的「宣伝的意図」を排除すべきことを意味するのならば,同号は, 第2回国会の放送法案4条1項の4号,5号及び7号と対応することになります。

なお,1945年9月22日にGHQから我が国に下されたラジオ・コードと第2回国会の放送法案4条との承継関係は歴然としており,同法案4条1項各号及び第2項は,それぞれラジオ・コードの「一,報道番組」のAB及びFからJまでの各項並びにK項に対応し(なお,CからEまでの各項は聯合国批判及び進駐軍批判の禁止並びに聯合軍の動静の秘密保持に関するもの),参議院通信委員会の意図した第2回国会の放送法案4条2項の改正案も「劇,風刺物,脚色物,詩,寄席演劇,喜劇等ヲ含ム慰安番組ハ・・・報道放送ニ関スル第1項中ニ挙ゲラレタル諸要求ニ合致スベシ」とするラジオ・コードの「二,慰安番組」の規制に正に合致していました(放送法制立法過程研究会2324頁参照)。

 

(2)GHQ法務局の見解:ラジオ・コード的規定違憲論

このような第2回国会の放送法案に対するGHQ法務局の託宣(194812月2日)は,次のとおりでした(放送法制立法過程研究会207208頁,212213頁参照)。

 

・・・

二,第4条

 A この条文には,強く反対する。何故ならば,それは憲法第21条に規定せられている「表現の自由の保証〔ママ〕」と全く相容れないからである。現在書かれているまの第4条を適用するとすれば絶えずこの条文に違反しないで放送局を運用することは不可能であろう。反対の側から言えば,政府にその意志があれば,あらゆる種類の報道の真実〔realistic reporting〕あるいは,批評を抑えることに,この条文を利用することができるであろう。この条文は,戦前の警察国家〔former police state〕のもつていた思想統制機構〔thought control devices〕を再現し,放送を権力〔forces in power〕の宣伝機関〔propaganda vehicle〕としてしまう恐れがある。――これは,この立法の目的としているところは〔ママ〕,正反対である。放送が現在日本において,公の報道〔public information〕,教育機関として最も重要な手段〔most important means of communication〕であることを考えれば,上記の如き方向への発展(への可能性)の危険性は,如何に声を大にしても過ぎるということはない。

   例えば,第2項は,ニユース評論(News Comentary (sic))は,厳密に真実であり,編集者の意見を含まず,「着色」していないことを要求している。しかし「評論」とは,定義によれば「個人の意見」の発表であり,「報道上及び教育上の価値判断」の顕現である。条文にあるような制限の下に「評論」が不可能であること〔deprive … of their informative and educational values〕は,自明の理であろう。政治の面を離れても「制限」を実行することはむづかしい〔not workable〕。例えば,台風その他全国的天災等も第2項〔ママ〕第2号によつて報道するわけにはゆかなくなる。何故ならば,その報道は,公安を害する〔disturb public tranquility〕かもしれないからである。

 B この条文を,弁護するものは,それが1945年9月19SCAPIN33号〔ラジオ・コードの3日前に出されたプレス・コード「日本新聞規則ニ関スル覚書」〕に基いているというかもしれない。然し,SCAPINの内容と国内法とは,相違がなくてはならない。このSCAPIN33号は純然たる国内事件を規律しようとしたものではない。それは「占領に」関係あることのみを目的としている。このSCAPINは意見の制限や抑圧に用いられたことがないのみならず〔has this SCAPIN never been used for restriction or suppression of opinion〕,国内事件に関しては,それは1945年9月第660号及び1946年第99SCAPINによつて置きかえられている。

 C 言論の自由抑圧を一掃するため〔because of the sweeping prohibition of freedom of speechLSはこの第4条の全文削除を勧告する。何故なら放送の本来の目的は,「不偏不党」をも含めて第3章〔日本放送協会の章〕第46条,第47条で尽されているからである〔in as much as the reasonable objectives of broadcasting, including impartiality, are covered by the standards expressed in Chapter III, Articles 46 and 47〕。

  ・・・

 

 逓信省及びGHQ民間通信局の事務方としては,参りました,といったところだったのでしょう。「適切な意見と思はれるのでこれを取入れることとした」と伝えられています(荘=松田=村井37頁)。

  しかし,第2回国会の放送法案4条1項及び2項には, 「編集の詐術」等を防止するための真面目かつ立派でごもっともなことばかり書いてあるのですが,意外にもそれらを非難するGHQ法務局の前記意見をどう読むべきでしょうか。もしかしたら,「ごもっとも」なことばかり言う「真面目」かつ「立派」な人々こそが実は,言論の自由を扼殺して警察国家を招来する最も恐るべき危険な人々だということなのでしょうか。なかなか米国人の言うことは,我々善良かつ真面目な日本人にとっては難しいところです。

 また,LS意見のC項の意味するところは正確には何でしょうか。第2回国会の放送法案46条2項及び47条に書かれてある程度の番組準則であれば,日本放送協会のみならず一般的にも許されるということでしょうか。しかし,GHQ法務局は,番組準則については直接語らず,放送に係る妥当な目的(the reasonable objectives of broadcasting)が日本放送協会について定める上記法案の46条及び47条において準則(standards)の形で書かれてあるんだから,同法案4条までは不要であると言っているようです。日本における放送の目的が問題であり,それについては真面目な日本放送協会が果たすのであるから,他の「一般放送事業者」については気にしなくともよい,ということのように解釈され得ます。「一般放送事業者」の放送番組の編集に係る条項を設けなかったところからすると,第7回国会に放送法案を提出するに当たって,我が国政府はそのように理解していたように思われます。
 (なお,B項に出てくるプレス・コードについては,メリーランド大学プランゲ文書に保存されているものとしてインターネット上で紹介されている1945年9月21日版があり,それには前文が付いていて,当該前文によれば,プレス・コードは「日本に出版の自由を確立するため」発令されたものとされ,「出版を制限するもので無く,寧ろ日本の出版機関を教育し,出版の自由の責任と,重要性とを示さうとするものである(This PRESS CODE, rather than being one of restrictions of the press, is one which is designed to educate the press of the Japanese in the responsibilities and meaning of a free press.)。従って報道の真実性と宣伝の排除といふことに重点を置いてゐる(Emphasis is placed on the truth of news and the elimination of propaganda.)」ものであるとされていました。プランゲ文庫版の日本語訳は,日本の新聞記者諸賢の自尊心をおもんぱかった言葉づかいになっていますね。直訳調だと,「このプレス・コードは,取締り云々以前に,日本原住民連中の「報道機関」に,自由なプレスに伴う責任及びそもそも自由なプレスの何たるかを教育してやるために作成されたものなんだよ。うそニュースはいかんし,どこかの宣伝ばかりするようになってはいかんということを分からせてやろうってものなんだよ。」とも訳せそうな気がします。)
 

5 高塩修正のGHQ通過並びにGHQ説得の技術及びその副産物

 

(1)目糞鼻糞,袈裟の下の鎧等

 しかし,我が国においては,「一般放送事業者」だから「不真面目」でよい,ということにはなりません。やはり,せいぜい「おもしろまじめ」であって,飽くまでも真面目でなければ許されないのです。日本放送協会及び「一般放送事業者」を通じて適用されるべき番組準則は,やはり必要だったのです。

番組準則を導入する高塩修正に向けて,中村純一衆議院電気通信委員以下日本側は,どのようにGHQ民政局を説得したのか。

やはり,目糞鼻糞論というべきか(余り上品な比喩ではないですね。),GHQのラジオ・コードは御立派なものであったので今後とも当該御指導に引き続きあやかりたい,という方向からの口説きがあったようです。

 

塩野〔宏〕 放送法〔原始規定〕第44条第3項が〔1950年4月7日の〕衆議院修正で四原則をもって規律することとされたのですが,こういった文句もFCC〔米国の連邦通信委員会〕のレギュレーションを参考にしたのですか。

野村〔義男〕 これは,大体司令部〔GHQ〕から日本側に出たラジオ・コードあるいはプレス・コードをここへ入れたわけです。だから通ったので,日本側の発案で持って行ったらおそらく通らなかったでしょうね。・・・

  (1978年3月11日に東京・内幸町の飯野ビル(改築前)のレストラン・キャッスルでされた座談会から。放送法制立法過程研究会564頁)

 

自らが散々活用したラジオ・コードの例を出されてしまうとGHQもなかなか強い姿勢を続けられなかったようです(なお,前記GHQのGS文書に係るBox No.2205の26‐27コマ目にある1950年3月30日付け民政局宛て民間情報教育局(CIE)の照会回答文書では,「聯合国最高司令官のラジオ・コードの規定を採用することによって,修正案は,原案のいくつかの重要な点(several important details)を失うことになっている。協会は今や「公衆に関係がある事項について報道すること(inform listeners of all public issues)」を義務付けられないし,事実をまげてはならないとの制約が適用される範囲も「ニュース」のみに狭められている。これは,他の番組においては事実をまげてよいことを含意するものである。」と述べられています。)。それでも,袈裟衣の下の鎧たる電波法76条1項の修正案は,やはり見とがめられたのかもしれません(ただし,主役の民政局及び民間通信局はともかく民間情報教育局は,上記Box No.2205の33コマ目の1950年3月30日付け民政局宛て照会回答文書で「民間情報教育局は,このような性格の技術的立法には直接関係しないものであるが,〔電波法案に係る〕当該修正案に対する反対は無いところである。」と述べています。)。以下は想像になりますが,そこで日本側としてはGHQ法務局の以前の見解の手前もあり(そこでは,GHQのプレス・コードといえども占領目的に関するものはともかくも純粋の日本の内国事項に係る意見の制限又は抑圧にまでは用いられたことはないとの主張もされていました。自由と民主主義の国たることを標榜する米国の軍人としては,そういう建前でなければ受け付けられないのでしょう。),いやいやGHQさま放送法案の新しい第44条3項は「道徳的,社会的な基準」にすぎないものでありましてこれでもって電波法76条1項の行政処分をして憲法21条1項を弑逆するようなことはありません,御ラジオ・コードを超えるようなあつかましいことに用いるような意図は毛頭ございません,といったような言い訳がされたのではないかと思われます(飽くまでも想像です。なお,1950年3月16日付けの辻衆議院電気通信委員長からホイットニーGHQ民政局長宛ての前記書簡においては,「私どもが御提案申し上げた修正は占領政策に合致し(the amendments we proposed will coincide with the occupation policies),また,我が国の民主化を推進するものと確信しております。」と述べられていました。)。これが,1950年4月7日の衆議院電気通信委員会における,高塩修正に対する中村純一委員の賛成討論における前記発言につながったのではないでしょうか(飽くまでも想像です。)。

 

(2)取りもどすべき日本及び合格すべき司法試験答案について

さて,放送法4条1項に基づく電波法76条1項の処分の可否の問題に戻ります。

「できる」という側には,1945年9月22日のGHQのラジオ・コードを依然奉戴しているみたいで,「主権回復」から60年以上たち占領体制を脱却する自由と民主の我が国にふさわしくないという非難が可能なようではあります。しかし,「できない」という側にも,194812月2日のGHQ法務局の「押し付け憲法解釈」を依然奉戴しているみたいで,これも同じく,「主権回復」から60年以上たち占領体制を脱却する自由と民主の我が国にふさわしくないという非難が可能なようであります。はてさて,取りもどすべき日本は,どちらの側にあるのでしょうか。

とはいえ,194812月2日のGHQ法務局の意見のとおり,1995年の司法試験における憲法の前記設問に回答していたらどうなっていたことでしょうか。合憲性審査に係る「二重の基準」やら精神的自由権に係る「厳格な審査基準」やら「明白かつ現在の危険」基準やら「より制限的でないほかに選び得る手段の原則」やらがちゃんと書かれていないので,落第点でしょうか。そうだとすると,司法試験受験生的には,前記GHQ法務局的論証パターンは論外であって,したがって,放送法4条1項違反を理由に電波法76条1項の処分をすることは違憲であるとは電波法・放送法の立法過程の実務において正しく論証されてはいなかったのだ,日本の司法試験に合格していない米国人は困ったものだったのだ,ということになるようにも思われます。

(3)岸信介内閣による放送法改正(昭和34年法律第30号)

 ところで,1950年に成立した放送法の最初の本格的改正は,第2次岸信介内閣時代の1959年に成立した昭和34年法律第30号によってされたものです。電波法・放送法の運用も8年を超えたところでの改正であって,当時の政府当局の見解が反映されたものであったわけです。放送法の当該改正に向けた岸内閣の郵政大臣ら(電波監理委員会は,1952年に廃止され,放送を含む電波監理行政は郵政省に引き継がれていました。)の精励については,次のように紹介されています。(紹介者は,例の荘宏氏。荘氏は,1952年8月に電波監理総局の文書課長から郵政省電波監理局次長となって,その後1959年6月に東京郵政局長として転出するまで7年近く電波の「万年次長」を務めておられました。いやしくも「高級官僚」たる者は短い期間で「無責任に」ポストからポストへどんどん異動しては偉くなっていくはずなのですが,この塩漬け人事はなかなかのもの,郵政省は違ったようですね。)

 

  かくて,この時期〔第1次岸内閣改造内閣発足時,すなわち1957年7月10日〕に就任した郵政大臣田中角栄氏は,テレビジョン局開設について全国的に大量の予備免許を与えるとともに,永年の懸案であった放送法の改正法律案を閣議を経て国会に提出した。予備免許は世人も驚くほどまことに迅速且つ果断の措置であったが,法案は政府の権力を番組面に加うることは毫もなく,番組についてはあくまで放送事業者の自主的規律を重んずるものであった。

  この法律案は国会審議の都合で成立するに至らなかったが,この案を基礎としこれに若干の修正を加えた案が,次の郵政大臣寺尾豊氏〔1958年6月12日就任〕によって作成され,閣議を経て国会に提出された。この案は国会において部分的に若干の修正を受けたが,大綱においては変わることなく成立した〔昭和34年法律第30号〕。その結果が現行〔19639月当時〕の放送法である。この改正の主要眼目は,良質放送番組の確保にあり,しかもその方法としては,法律において番組のあり方について明文を以て指示する以外は,一切を放送事業者の自律に求めることとし,官の権力はいささかも及ぼさないというものであった。

  この法律案の立案及び国会説明に,寺尾大臣は非常な努力をされた。夜も官舎に係官を呼び自ら逐条審議を続け,早朝も4時頃には起きて国会への準備をされたのである。しかもこの際見落してならないことは,この肝胆をくだいての努力が,放送の自由,言論表現の自由をまもるためのものであったことである。法律の立案権をもつということは,極めて大きな権力である。その力をもつ人が,この方向にこれほどの積極性を示したその良識と信念とには,十分の敬意が払われて然るべきである。(荘宏『放送制度論のために』(日本放送出版協会・1963年)221222頁)

 

 「法案は政府の権力を番組面に加うることは毫もなく,番組についてはあくまで放送事業者の自主的規律を重んずるものであった。」,「改正の主要眼目は,良質放送番組の確保にあり,しかもその方法としては,法律において番組のあり方について明文を以て指示する以外は,一切を放送事業者の自律に求めることとし,官の権力はいささかも及ぼさないというものであった。」ということです(下線は筆者)。したがってこれは,当時の政府当局者は,当時の放送法44条3項(現在の第4条1項)は「道徳的,社会的な基準」にすぎないとの中村純一委員の前記解釈を依然採用しており,かつ,それを前提としていたということでしょう。

 昭和34年法律第30号によって,番組基準(放送法現行5条参照)及び放送番組審議機関(同法現行6条及び7条参照)に関する制度が導入されたのですが,これらは,「放送法は,・・・各放送事業者が自らの判断と力によって自らの放送番組を適正なものにすることを求めている。そこには官憲の介入,干渉は全くない。放送番組については必要最少限度の準則を法が直接に定め,それ以外はすべて放送事業者の自律にまかされているのである。」という法制度を前提に,「そこでもう一段の工夫を加え」たものとされています(荘289頁)。

 どうも当時の政府当局は,放送法原始規定44条3項及び53(なお,高塩修正によって「一般放送事業者」にも放送法原始規定44条3項の準用が同53条を通じてあることになったの理由の一つとしては,「一般放送事業者」にも土地収用法の適用があるようにしようという(放送法原始規定49条参照)虫のよい提案が衆議院電気通信委員会からの原案段階であったからのようです。高塩修正の原案に係る放送法案53条について,GHQ民間情報教育局の前記1950年3月30日文書(Box No.2205の27コマ目)は,「第53条第3項――民間放送事業者に土地収用法の特権を認めることは,不必要であり,かつ,財産所有者に対して有害であるようである。私立の学校,新聞社及び劇団が同様の特権を有するものであるのかどうか,考えさせられる。」と批判しています。)に基づく電波法76条1項の運用停止等の処分はないものと考えていたようです。この状況において,それでは,当時の岸信介内閣総理大臣はどのように考えていたかというと,次のような答弁が,1959年3月10日の参議院逓信委員会でされています。

 

 ○森中守義君 ・・・あなたの手によって出される法案に対しては,すべての国民が不安と疑惑と嫌悪を持っておる。そういう岸内閣によっていずれ,先刻あなたのお答えからいくならば用意したいという放送法の改正は,防諜法あるいは軍機保護法の制定がそうそう簡単にいかぬ。従ってこの機会に事務的あるいは法体系の整備という一つの口実を設けて,その裏に隠れて日本放送協会や一般放送事業者に対する悪らつな政治的意図のもとに法改正が用意されないとは,私は残念ながら岸総理のもとにおいてはどうしても信頼ができません。・・・

 ○国務大臣(岸信介君)・・・しかしいずれの意味にいたしましても,今森中委員のお話のように,私は放送法を根本的に検討して,そして何かここに言論統制の意図を持ってこれを改正するというような考えは毛頭持っておりません。・・・決して政治的な特殊の意図をもって,特に言論の自由を統制し制限するというような意図のもとに,いかなる意味においても将来も放送法をそういう意図をもって改正するとか,検討するという意思は毛頭持っておらないことをここに明白に申し上げておきます。

 (第31回国会参議院逓信委員会会議録第1110頁)

 

放送法を改正せず,検討もしないというのですから,当然「言論の自由を統制し制限する」方向での解釈変更もしないということのようです。「いかなる意味においても将来も」というのですから,非常に重い言葉です。

岸信介の衣鉢を継ぐものと自己規定する政治家であれば,放送法4条1項と電波法76条1項との関係についての見解表明においてやや窮屈を感じざるを得ないことになるようです。

とはいえ,「不安と疑惑と嫌悪」やら「悪らつ」やら,一国の内閣総理大臣をボロクソに言う日本社会党の森中守義委員はなかなかのものでしたが,その同委員も見逃していた昭和34年法律第30号による「悪らつ」な改正条項が実は存在していたのではないでしょうか。同法による改正後の放送法44条4項及び51条に係る「・・・国内放送の放送番組の編集に当つては,・・・教養番組又は教育番組並びに報道番組及び娯楽番組を設け,放送番組の相互の間の調和を保つようにしなければならない。」との規定(前出)が,それです。娯楽番組をしっかり放送して庶民を満足させなければならないと法認したというのがよいですね。現在はとんと見かけなくなりましたが,かつてはプロ野球中継が大人気の放送番組でした。昭和34年法律第30号成立の翌年である1960年の1月19日,米国ワシントン市で新たな日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約が調印され,同条約をめぐっては,国会の承認(憲法61条・602項)を経ての同年6月23日の発効に向けて世情は騒然としたと伝えられていますが,無論,後楽園球場などは善良な庶民で満員でありました。難しい報道番組などを視聴して悲憤慷慨するよりも,ひいきのプロ野球チームを楽しく応援する方が,気が利いているようです。(とはいえ,「プロ野球」といわれると,覚せい剤取締法違反被疑事件ないしは被告事件弁護を最近は思い出してしまって楽しめないのは,弁護士の職業病でしょうか。) 

1 緒論

 

(1)問題の所在

 電波法(昭和25年法律第131号)76条1項は,「総務大臣は,免許人等がこの法律,放送法若しくはこれらの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは,3箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ,又は期間を定めて運用許容時間,周波数若しくは空中線電力を制限することができる。」と規定しています。この条項については,特に放送法(昭和25年法律第132号)4条1項との関係で,放送事業者が同項に違反するものと総務大臣が判断したときには,同大臣は当該放送事業者を免許人等とする無線局の運用の停止を命ずることができるかどうかという問題がよく話題とされます。

 放送法4条1項は,次のとおり。

 

  (国内放送等の放送番組の編集等)

 第4条 放送事業者は,国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては,次の各号の定めるところによらなければならない。

  一 公安及び善良な風俗を害しないこと。

  二 政治的に公平であること。

  三 報道は事実をまげないですること。

  四 意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 

1995年(なお, いわゆる「椿事件」の発生は1993年です。)の司法試験第二次試験における論文式試験の憲法の第1問においては,次のような問題が出題されています。

 

 放送法は,放送番組の編集に当たって「政治的に公平であること」,「意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を要求している。新聞と対比しつつ,視聴者及び放送事業者のそれぞれの視点から,その憲法上の問題点を論ぜよ。

 

 この問題文であれば電波法76条1項との関係を論ぜずにすむので,司法試験受験生としてはなお書きやすかったでしょうが,現実の「けしからぬ」放送事業者に対する電波法・放送法に基づく行政処分の可否という具体的な問題を前にするとなると,なかなか判断表明は難しいところでしょう。

 とはいえ,現実の問題が生じた場合は,いたずらに自己の伝来的予断を言い募るばかりというわけにはいかず,たとい判断停止という結論に最終的には至ってしまうとしても,まず何らかの法学的検討はなされるべきでしょう。とはいえ,法学的検討といっても,受験秀才的答案構成を考えたり,高尚な憲法理論を華麗に論ずるのは当ブログ筆者の柄ではありません。

 

(2)いくつかの用語の解説

 なお,あらかじめ電波法76条1項及び放送法4条1項に出てくる諸概念について説明しておくと,次のとおりです。

 電波法76条1項にまず出てくる「免許人等」とは,同法「第14条第2項第2号の免許人又は第27条の23第1項の登録人」のことです(同法6条1項9号)。このうち「免許人」とは「無線局の免許を受けた者」であり(同法14条2項2号),「登録人」とは同法「第27条の18第1項の登録を受けた者」です(同法27条の23第1項)。免許人や登録人になるとどういういいことがあるかというと,無線局を開設することができ(免許人につき電波法4条本文,登録人につき同条4号),更にその無線局は交付された免許状(免許人の場合(同法14条))又は登録状(登録人の場合(同法27条の22))の記載に係る制限の下において運用され得る(同条52条から55条まで参照)ということになります。免許人等以外の者が無線局を開設すると1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられます(電波法110条1号)。

 なお,無線局と無線設備とは別概念で,無線設備は電気的設備にすぎない(電波法2条4号)のに対して,無線局は人をも含んで「無線設備及び無線設備の操作を行う者の総体をいう。但し,受信のみを目的とするものを含まない。」と定義されています(同条5号)。

 電波法76条1項にいう「これらの法律に基づく命令」は,行政処分のことではなくて(こちらは同項の「処分」),政令,電波監理委員会規則,郵政省令,総務省令といったものの総称としての命令です。

 電波法76条1項では単に「周波数」とされていますが,厳密には「電波の周波数」ですね。周波数にも音の周波数等いろいろあります。

 放送法4条1項の「放送事業者」は一見単純なようですが,実は「放送事業者」には「基幹放送事業者」と「一般放送事業者」とがあり(同法2条26号),「基幹放送事業者」は「認定基幹事業者及び特定地上基幹放送事業者」である一方(同条23号),「一般放送事業者」とは同法「第126条第1項の登録を受けた者及び第133条第1項の規定による届出をした者をいう。」ということになると(同法2条25号)もう何が何だか分からなくなってきますね。しかしながら,「「特定地上基幹放送事業者」とは,電波法の規定により自己の地上基幹放送の業務に用いる放送局(以下「特定地上基幹放送局」という。)の免許を受けた者をいう。」ということですから(放送法2条22号),日本放送協会(NHK)やら「民放」やらの「地上波放送局」は,この特定地上基幹放送事業者ということになるようです。しかし,厳密かつ細かしい概念規定はまだまだ続きます。「地上基幹放送」とは「基幹放送であつて,衛星基幹放送及び移動受信用地上基幹放送以外のものをいう。」とされ(放送法2条15号),「基幹放送」とは「電波法(昭和25年法律第131号)の規定により放送をする無線局に専ら又は優先的に割り当てられるものとされた周波数の電波を使用する放送」であり(同条2号。なお,「放送をする無線局に専ら又は優先的に割り当てられるものとされた周波数」については電波法26条2項5号ア参照),「衛星基幹放送」は「人工衛星の放送局を用いて行われる基幹放送」であり(放送法2条13号),「移動受信用地上基幹放送」は「自動車その他の陸上を移動するものに設置して使用し,又は携帯して使用するための受信設備により受信されることを目的とする基幹放送であつて,衛星基幹放送以外のもの」だそうです(同条14号)。NOTTVはこの移動受信用地上基幹放送をやっていたのですかね。何だか移動しながら視聴しないと怒られそうな基幹放送だったので落ち着かず,それゆえ結局潰れることになったのでしょうか。「放送局」についても丁寧に,「放送をする無線局」であると定義規定があります(放送法2条20号)。

 放送法4条1項の「国内放送」とは「国内において受信されることを目的とする放送」で(同法2条4号),「内外放送」とは「国内及び外国において受信されることを目的とする放送」です(同条12号)

 放送法4条1項の「放送番組」にも定義があって,「放送をする事項の種類,内容,分量及び配列」のことだそうです(同法2条28号)。

 

(3)原始規定

 どうも現在の放送法は,有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号),有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号),電気通信役務利用放送法(平成13年法律第85号)及び有線放送電話に関する法律(昭和32年法律第152号)までをも取り込んでしまったので(平成22年法律第65号附則2条参照),かえって分かりづらいですね。電波法76条1項及び放送法4条1項に係る1950年の両法成立当初の原始規定を見てみましょう。

 

  (無線局の免許の取消等)

 電波法76条1項 電波監理委員会は,免許人がこの法律,放送法若しくはこれらの法律に基く命令又はこれらに基く処分に違反したときは,3箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ,又は期間を定めて運用許容時間,周波数若しくは空中線電力を制限することができる。

 

  (放送番組の編集)

 放送法44条3項 〔日本放送〕協会は,放送番組の編集に当つては,左の各号の定めるところによらなければならない。

  一 公安を害しないこと。

  二 政治的に公平であること。

  三 報道は事実をまげないですること。

  四 意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 

  (放送番組の編集)

 放送法53条 第44条第3項の規定は,一般放送事業者に準用する。

 

放送法の原始規定における「一般放送事業者」とは,「〔日本放送〕協会以外の放送事業者をいう。」とされており(同法旧51条括弧書き),「放送事業者」とは「電波法(昭和25年法律第131号)の規定により放送局の免許を受けた者」とされています(放送法旧4条1項括弧書き)。原始規定における「一般放送事業者」は,放送法の現段階における一般放送事業者ではなく,「特定地上基幹放送事業者であって日本放送協会ではないもの」ですね。

なお,放送法原始規定の第44条3項1号には「及び善良な風俗」が入っていませんが,当該部分が挿入されたのは,第2次岸信介内閣時代に制定された昭和34年法律第30号によってです。


DSCF0297
 東京都渋谷区神南にある日本放送協会の放送センター
 

2 電波法・放送法施行当時における電波監理総局の解釈

さて,これらの規定について,電波法・放送法及び電波監理委員会設置法(昭和25年法律第133号)の施行(1950年6月1日(「電波の日」)から)当時における電波監理委員会の事務局たる電波監理総局(電波監理委員会設置法20条1項)の人々がどのような解釈を与えていたかを知るべく,同総局の文書課長たる荘宏,放送課長たる松田英一及び法規課長たる村井修一の3氏共著の『電波法 放送法 電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)を見てみたのですが,実はほとんど何も書かれていません。

電波法76条1項の解説においては,同項に基づく電波監理委員会の処分の単位に関する考察がされているだけで,同項にいう「・・・放送法若しくはこれらの法律に基く命令又はこれらに基く処分」(下線は筆者)に関して説くところがありません(荘=松田=村井221222頁参照)。

放送法旧44条3項については,「第3項は,放送番組の編集についての準則である。いわゆるラジオコードと称すべきものである。この外にも本法中にラジオコードに相当する規定があるが,これらは大綱を示しただけで,協会は更に詳細な放送準則を定め,それに従つて放送番組の編集を行うことになるであらう。」とだけ記されています(荘=松田=村井327頁)。ちなみに1950年当時はいまだテレビジョン放送はされていません。「ラジオコード」とは,当時日本を占領中のGHQからの指令たるSCAPIN43「日本ニ与フル放送準則(Memorandum Concerning Radio Code for Japan)」(1945年9月22日)にいうRadio Codeのことですね(放送法制立法過程研究会『資料・占領下の放送立法』(東京大学出版会・1980年)2327頁参照)。

放送法旧53条については,「本条は,一般放送事業者の放送番組の編集について規定している。/第44条第3項各号は協会の放送番組編集の場合の放送準則いわゆるラジオコードに相当する事項であるが,一般放送も放送のもつ社会的影響から考えて公共的な色彩をもつものであるから,協会と同様の原則に従うことが要求せられるのである。」とのみ解説が付されています(荘=松田=村井334頁)。

 

3 高塩修正と中村委員発言

 

(1)内閣提出法案における欠缺並びに衆議院における修正及び追加

「何も書いてない。政府当局には何か隠し事があったのか。けしからん。総務大臣答えなさい。」と代議士の先生が居丈高に政府を攻撃されても,政府御当局の方々は困ってしまって,後知恵で理屈を頑張ってひねくり出すうちに,問題が難しくなるだけでしょう。

実は,電波法76条1項における行政処分の根拠としての「放送法」との文言及び「放送番組の編集」に関する放送法旧44条3項及び旧53条(同法現行4条1項)の規定は,1950年4月7日の第7回国会衆議院電気通信委員会において高塩三郎委員から提出され採択された修正案(放送法制立法過程研究会339343頁参照)に基づくものです(電波法案については自由党,日本社会党,民主党,国民協同党及び農民協同党の共同提案,放送法案については自由党,民主党,国民協同党及び農民協同党の共同提案(第7回国会衆議院電気通信委員会議録第12号1頁))。電気通信省の電波庁の事務方が,GHQ民間通信局(C.A.ファイスナー氏等),法務府法制意見第三局(吉國一郎参事官)等と調整して作り上げた内閣提出法案には,そのような規定は無く(電波法76条1項の「放送法」関係部分及び放送法旧53条は高塩修正で追加),あるいは違った内容でした(放送法旧44条3項は高塩修正で変更)。自分が立案したのではないものとされている事項について,詳しい解説を書けと言われても建前上無理でしょう。

19491222日に国会に提出された電波法案76条1項並びに放送法案44条3項及び45条は,次のとおりでした(放送法制立法過程研究会315頁,282頁参照)。

 

(無線局の免許の取消等)

電波法案76条1項 電波監理委員会は,免許人がこの法律若しくはこの法律に基く命令又はこれらに基く処分に違反したときは,3箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ,又は期間を定めて運用許容時間,周波数若しくは空中線電力を制限することができる。

 

 (放送番組の編集)

放送法案44条3項 協会は,放送番組の編集に当つては,左の各号の定めるところによらなければならない。

 一 公衆に関係がある事項について,事実をまげないで報道すること。

 二 意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 三 音楽,文学,演芸,娯楽等の分野において,最善の内容を保持すること。

 

 (政治的公平)

放送法案45条 協会の放送番組の編集は,政治的に公平でなければならない。

2 協会が公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において,その選挙における他の候補者の請求があつたときは,同一の放送設備により,同等な条件の時刻において,同一時間の放送をさせなければならない。

 

 当初の内閣提出放送法案においては,放送番組の編集に関する規定は日本放送協会についてのみあって「一般放送事業者」(当時)についてはありませんでしたが,これは,1950年1月24日の衆議院電気通信委員会でされた網島毅電波監理長官の概要説明にいう「民間放送につきましては,できる限り自由に委せる方針にいたしましたので・・・第3章に最小限度必要な規定を単に2箇条〔放送番組の編集に関するものとしてのそれとしての条項は無し。〕設けているだけであります。将来民間放送がいかなる発達するか見透をつけることが困難でありますし,特権を認めたりこれに伴う監督を行いますよりは将来の発達の状況によりそこで適当に考慮をするのがよいと存ずるもでございます。」ということであったのでしょう(荘=松田=村井73頁)。

 放送法案44条3項を見ると,同項3号では「音楽,文学,演芸,娯楽等」の番組が放送されることが想定されており,何だかほのぼのしてきますね。同項1号も「報道は事実をまげないですること。」ではなく,「報道すること。」になっています。こうしてみると,同項で問題となっている「放送番組」については,放送をする事項の内容ではなく,むしろその種類に重点があったようにも思われます(放送法2条28号(同法原始規定では4号)参照)。同項2号も,時事の評論,分析又は解説の放送番組の存在を前提としているものでしょうか(第2回国会に内閣から提出された放送法案4条2項(放送法制立法過程研究会165頁)参照)。放送をする事項の種類に係る規定の欠缺は後に気が付かれたらしく,昭和34年法律第30号によって,放送法旧44条に新たに第4項(「協会は,国内放送の放送番組の編集に当つては,特別な事業計画によるものを除くほか,教養番組又は教育番組並びに報道番組及び娯楽番組を設け,放送番組の相互の間の調和を保つようにしなければならない。」)が付け加えられています(同項は,昭和34年法律第30号で新たに設けられた放送法旧51条によって当時の「一般放送事業者」にも準用。放送法現行106条1項)。また,放送法案45条1項の「政治的に公平」については,同条2項との並びで考えると,主に政治家の選挙運動との関係が考えられていたようであり,かつ,その重点は,放送をする事項の内容よりも,むしろ分量や配列にあったようです(なお,放送法案45条2項と同様の規定は「一般放送事業者」に係る第52条にもあり,両者はそれぞれ放送法原始規定の第45条(候補者放送)及び第52条(候補者放送)となった後,現在は放送法13条(候補者放送)に統一されています。)。

 

(2)高塩修正の理由

前記高塩修正の理由について高塩委員は,次のように説明しています。いわく,「〔放送法案〕第44条は,協会の放送番組編集上の準則でありまして,その第3項は,いわゆるラジオ・コードに相当する規定でありますが,諸般の角度から検討の結果,修正案におきましては,公安を害しないこと,政治的に公平であること,報道は事実を曲げないですること,意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすることの4原則をもつて規律することが,最も適当であるとして,原案に対し所要の修正を施したものであります。/なおこれとともに放送事業は民間放送といえども,高度の公共性を帯びるものでありまするから,協会放送に対して要求されるこのラジオ・コードは,民間放送に対してもまた要求さるべきものであるとの見解に立つて,修正案は第52条の次に1条を設け,前述の4原則を一般放送事業者に準用することにいたしました。・・・〔電波法案〕第76条は,無線局の運用の停止,制限及び免許の取消しに関する規定でありますが,原案においては,これらの処分をなす場合を電波法またはこれに基く命令,処分に違反したときに限つておりまするのを,放送法関係の場合をも含めることに修正いたしました。」と(第7回国会衆議院電気通信委員会議録第1212頁)。

GHQから下されたいわゆるラジオ・コードが,所与のものとして前提とされています。電波法案76条に関する説明では,放送法の具体的にどの条項が運用停止等命令発動の根拠として想定されているのか必ずしも明らかではなく,なお不親切ですね。

 

(3)中村委員発言とその背景

 

ア 中村委員発言:「道徳的,社会的な基準」

高塩修正に係る放送法旧44条3項の規定の性格については,衆議院電気通信委員会における有力委員であった元逓信官僚(電務局長, 簡易保険局長)の中村純一委員による同委員会における高塩修正採択の際の賛成討論における発言があり,注目すべきものです。いわく,「・・・日本放送協会たると民間放送たるとを問わず,いやしくも放送が社会的な公共性を有するものである以上は,放送として当然守られなければならないところの道徳的,社会的な基準に関するものでありまして,これまた適当であると考えるものでございます。」と(第7回国会衆議院電気通信委員会議録第12号4頁)。

「法的基準」ではなく,飽くまでも「道徳的,社会的な基準」であるものとされています。

 

イ 中村委員と高塩修正案の作成経緯

なお,ここで中村委員の発言を注目すべきものと述べたのには,理由があります。1950年4月7日提出の高塩修正案の作成に関して,次のような事情があったからです。

 

 〔第7回国会における電波法案,放送法案及び電波監理委員会設置法案に係る〕両院の審査は極めて熱心に行なわれ,衆議院においては24年〔ママ。昭和25年(1950年)の誤り〕2月10日をもって3法案の公聴会も了したので,同11日から箱根奈良屋〔当時はまだ営業中〕別館で修正案作成の作業が行なわれた。参加した者は,衆院から電気通信委員会委員中村純一,同専門員吉田弘苗〔元逓信院電波局長〕,法制局第三部長鮫島真男等の諸氏,電波庁からは網島〔電波監理〕長官,野村〔義男〕法規経済部長等の諸氏で,総員9人であった。13日帰京したが,その後修正案は衆院内,衆参両院間,国会政府間で検討が続けられ,3月15日衆議院はその修正案をGSGovernment Section. 民政局〕の長ホイットニー氏宛に送附した〔なお,国立国会図書館のGHQ文書のうちGSに関する“Telecommunications Ministry 7th Diet 1950-02”(Box No.2205)の21‐22コマのホイットニー局長宛て辻寛一衆議院電気通信委員長の書簡の日付は,同月16日〕

 ・・・

 GHQの・・・強い意向に鑑み,衆議院も数次のGHQ折衝の後,設置法案については遂に委員長国務大臣は断念,政府提出案のままで進めることになった。電波法案,放送法案についてもGSは衆院修正案に対して意見を出してきた。前者に関するものは比較的簡単に解決したが,放送法案については,受信料の法定を廃そうとする点および日本放送協会予算に対する国会承認を政府認可に移そうとする点が,GSの容るるところとならなかったNHKの受信料を月額35円とする放送法案32条2項が削られ,修正放送法案37条4項により「・・・受信料の月額は,国会が,〔NHKの〕収支予算を承認することによつて,定める。」ことになった(放送法制立法過程研究会341342頁参照)。荘氏の記述ではよく分からないが,放送法案32条2項は吉國一郎参事官の意見によるものだったところ,修正放送法案37条4項はGHQの当初意見案に戻ったものである(放送法制立法過程研究会435‐436頁(吉國発言))。〕。結局これらの国会修正の動きは,いずれも政府がGHQと渡り合って承認を得られなかったものを,日本側として何とかして復活実現させようとの最後の努力であったが,主要点についてはGHQはいささかも応ずるところがなかったのである。

 かくて3法案修正案についてGSの承認がでたのは4月4日であった。ここにおいて衆院電通委は,4月7日,設置法案は政府提出原案のまま,また他の2法案にはGSOKを得た修正を加えて可決,翌8日3法案は電通委議決通りで衆院本会議を通過した。(荘宏「電波三法の制定」『逓信史話 下』(電気通信協会・1962年)360361頁)

 

高塩修正というよりは,実質的には奈良屋別館組の中村純一衆議院電気通信委員による修正であって,衆議院電気通信委員会を代表してGHQ民政局と折衝したのも中村委員が中心であったものと思われます。

放送法原始規定44条3項が「道徳的,社会的な基準」であるとの中村委員の前記発言は,対GHQ折衝を経て最終化された立法者意思の表明であったものと考えられます。中村委員は前記『電波法 放送法 電波監理委員会設置法詳解』の出版に際して援助をしたものとも同書のはしがきにおいて言及されており(「・・・併せて,三法律の成立につき国会の審議にも参画せられた衆議院議員中村純一先生(愛媛県選出)を始め本書出版に際して援助せられた各位の御好意に対して御礼を申し上げる。」),同委員の見解は,電波監理総局関係者によっても了解されていたものと解すべきことも裏書きされています。

 

(後編に続きます。)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1054087468.html

1 七代目樽金王と『吾輩は猫である』

 前回の記事(「アメリカ建国期における君主制論走り書き」)において御紹介したパトリック・ヘンリーの1765年印紙税反対演説に,王政ローマ最後の王(7人目)であるタルクィニウスが出てきました。タルクィニウスとは,一般になじみのない名前ですね。

 しかし,夏目漱石の愛読者であれば,あるいは思い出されるかもしれません。『吾輩は猫である』の苦沙弥先生が書物のありがたさの例として威張って持ち出した故事として,苦沙弥先生の奥さんが迷亭君に話して聞かせた逸話です。その中に出てくる昔のローマの王様,「七代目樽金」がタルクィニウスなのです(迷亭君=漱石は英学者なので,英語で,Tarquin the Proud(傲慢王)ですね,と言い添えます。)。樽金王のところに,ある時,ある女が,9冊組の予言書を持ってやって来て買えと言うが,法外に高い値段をふっかけるので樽金王が躊躇すると,その女は9冊のうち3冊を燃やしてしまい,残りの6を買えという,冊数が減ったので値段も下がるかと思ったが,相変わらず9冊分の値段が要求されるので樽金王がなおも躊躇すると,女は更に3冊を燃やしてしまい,残る本は3冊だけになってしまう,そこでさすがに樽金王も慌てて,9冊分の金額を払って,残った3冊の予言書を買ったというお話です(Dionysius of Halicarnassus, Roman Antiquities, IV 62.1-4参照)。

 傲慢王樽金のローマ追放は,紀元前510年のことと伝えられています。同王の息子が人妻ルクレーティアに対して日本刑法では第177条に規定される罪を犯し,被害者が自殺したのがきっかけです(Livy 1.58)。かつて樽金王の命令で兄弟が処刑されたため,それまで愚鈍を装って身の安全を図り,Brutus(愚鈍)という名がついてしまっていた同王の甥(姉妹の子)のルーキウス・ユーニウス・ブルートゥスが首謀者となって叛乱を起こし,それが成功したものです(Livy 1.56, 1.59-60)。しかしながら,その後も樽金は王位回復をうかがいます。そのため,王党派の陰謀に加わったブルートゥスの二人の息子は共和制ローマの初代執政官(の一人)である父親が毅然として見守る中残酷に処刑され(むち打ちの上,斬首),ブルートゥス自身も王党派との戦闘において,樽金の息子(ルクレーティア事件の犯人ではない者)と戦い,相撃ちになって死んでしまいました(Livy 2.5-6)

なお,ルーキウス・ブルートゥスの二人の息子は上記のように処刑されてしまったので,果たして紀元前44年にカエサルを暗殺したマルクス・ブル-トゥスはルーキウスの子孫であり得るのか,疑問を呈する向きもあったようです(cf. Plutarch, Life of Brutus)

なんだか,古代ローマのなじみのない話ばかりですね。

しかし,『吾輩は猫である』の冒頭部分は,皆さんもうおなじみでしょう。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 
 何の変哲もない文章のようです。いやいや,しかし,ここには突っ込みたくなるところがあるのです。この二つの文を見てムズムズするあなた,あなたは法制執務にはまり過ぎです。

 あ,あなたの右手が赤ペンに伸びる。

 赤ペンを握った。

 迷いなく,力強く夏目漱石の名文に直しを入れる。

 何だ何だ,出来上がりは。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。


 おお,点(読点)が二つ入りましたね。やっぱり。今回はこの,読点のお話です。(なお,点が読点といわれるのに対して,丸(。)は句点といいます。)

DSCF0679
 I am a cat. 
(京都市北区船岡山の建勲神社で撮影)


2 法令文における読点

 日本語の文章を書くに当たって頭を大いにひねる事項の一つに,点(読点)の打ち方があります。「読点の付け方は,句点の付け方に比べて複雑である。読点が原則として慣用に従って付けられるべきことは当然であるが・・・この慣用によらないことも認められるので,その付け方には,細心の注意を払う必要がある。」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)569頁)とは,法令について,法制執務担当者向けの参考書に書かれている言葉です。

 当該参考書には,法令文における読点の付け方について10項目の注意事項が示されていますので(前田569573頁),以下ざっと御紹介しましょう。

 


(1)主語の後

 上記法令文読点注意事項10項目のうち,第1項目の本文にいわく。

 


1 主語の後には,読点を付ける。・・・(前田569頁)

 


 だから,「吾輩は猫である。」,「名前はまだ無い。」と,法制執務中毒者は主語の後には読点を入れたくなってしまうのです。

 


   行政権は,内閣に属する。(憲法65条)

 


 と,ここでも主語である「行政権は」の後に読点が入っていますね。

 しかし,法令関係の仕事のいやらしさは,原則があればそこにはまた例外があることです。読点注意事項第1項目の後段には,次のような注意書きが付されています。

 


1 ・・・しかしながら,条件句や条件文章の中に出てくる主語の後には,次の例に示すように,通常,読点を付けない。

  例 

労働安全衛生法

  26 労働者は,事業者が第20条から第25条まで及び前条〔第25条の2〕第1項の規定に基づき講ずる措置に応じて,必要な事項を守らなければならない。

(前田569頁)

 


労働安全衛生法26条においては,条件句中の主語である「事業者が」の後に読点を付ける「労働者は,事業者が20条から・・・」というような表記にはしなかったわけです。

しかし,こうなると次に掲げる憲法67条2項の「参議院が,」の読点はどういうことになるのでしょうか。

 


衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名の議決をした後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名の議決をしないときは,衆議院の議決を国会の議決とする。

 


これは問題ですね。自由民主党の日本国憲法改正草案(2012年4月27日)の第67条3項では,次に掲げるように,「指名の議決」が「指名」に変えられつつ,問題の部分は,「参議院が,指名をしないときは」ではなく「参議院が指名をしないときは」になっており,条件句の中であるので,主語である「参議院が」の後の読点(,)が削られています。憲法を改正してまで読点の付け方の間違いを正すというのは,何とも真面目かつ大変なことです。法制執務の作法は,憲法よりも重いのです。

 


3 衆議院と参議院とが異なった指名をした場合において,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名した後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名をしないときは,衆議院の指名を国会の指名とする。

 


(2)並列表記

 読点の付け方に係る注意事項10項目のうち第2項目から第5項目までは,中学校ないしは高等学校の英語の授業で習った,ものをたくさん並べたときの最後の2項目の間はand又はorでつなぐという話,及びそこでのand又はorの前にカンマを打つか打たないかは米国式と英国式とで違いがあるという話を想起させます。

 米国式だと,前カンマ有りで,

 


 A, B, C,…Y, and (or) Z

 


 英国式だと,前カンマ無しで,

 


 A, B, C,…Y and (or) Z

 


 でしたね。

 日本の法令文では,名詞を並べるときは英国式です。(前田569頁参照)

 


  一 憲法改正,法律,政令及び条約を公布すること。(憲法71号)

 


 名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べるときには,これは原則として米国式となります。(前田570頁参照)

 


   悪意の占有者は,果実を返還し,かつ,既に消費し,過失によって損傷し,又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。(民法1901項)

 


米国式より徹底しているのは,並べるものが二つのときでも,読点を打つことです。(前田570頁参照)

 


   占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し,又は損傷したときは,・・・(民法191条)

 


 「その他」でくくる場合,名詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれませんが,名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれます。(前田571頁参照)

 


株式会社は,代表取締役以外の取締役に社長,副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には,当該取締役がした行為について,善意の第三者に対してその責任を負う。(会社法354条)

 


差押状,記録命令付差押状又は捜索状の執行については,錠をはずし,封を開き,その他必要な処分をすることができる。(刑事訴訟法1111項前段)

 


(3)条件句の前後

 読点注意事項中第6項目は,条件句を他の部分から分けて示すために読点を使えと述べています。

 


6 条件句の前後には,・・・読点を付ける。(前田571頁)

 


 前記のとおり,条件句内では主語の後にも読点を打たないこととされており,前後は読点で隔てられ,内部は読点を省いて緊密に,条件句は他の部分とは別部分である一塊のものとして表記せよということのようです。

 


   連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合においてその連帯債務者が相殺を援用したときは債権は,すべての連帯債務者の利益のために消滅する。(民法4361項)

 


(4)対句

 対句というものもあります。

 


10 ・・・2以上の文章が対句になっているときには,次の例に示すように,対句の接続にのみ読点が付けられ,主語の後などに付けられるべき読点は省略され,また,対句を受ける述語の前にも読点を付けないのが,普通である。しかしながら,対句が長いなどの理由から,読点を省略していない例も多い。

 


  

     労働安全衛生法

   (安全衛生改善計画の作成の指示等)

  78 (略)

  2 事業者は,安全衛生改善計画を作成しようとする場合には,当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときにおいてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときにおいては労働者の過半数を代表する者の意見をきかなければならない。

(前田572573頁)

 


次に掲げる破産法5条1項の場合,各対句の共通主語である「債務者が」の後に読点が付されています。これは,当該読点が無い場合には「債権者は」が最初の対句のみの主語ととられてしまう可能性があるため,当該可能性を避けるためでしょう。なかなか難しい。

 


破産事件は,債務者が,営業者であるときはその主たる営業所の所在地,営業者で外国に主たる営業所を有するものであるときは日本におけるその主たる営業所の所在地,営業者でないとき又は営業者であっても営業所を有しないときはその普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。

 


(5)「お約束」等:「,かつ,」,「ただし,」,「この場合において,」等

 次の2項目は,「お約束」及び「お約束」に近いもののようです。

 


7 句と句とをつなぐ「かつ」の前後,ただし書における「ただし」の後,後段における「この場合において」の後には,・・・必ず読点を付ける。(前田572頁)

 


8 名詞を説明するために「で」又は「であつて」を用いる場合に,その後に続く説明の字句が相当に長いときには,・・・「で」又は「であつて」の後に読点を付けるのが,原則である。(前田572頁)

 


第7項目は「必ず」なので,分かりやすいといえば分かりやすいのですが,「かつ」の前後に必ず読点を打つこととされているのは「句と句とをつなぐ場合」と限定が付されていることに注意が必要です。「かつ」の前後に読点の無い次のような例があります。

 


   会社及び地域会社は,・・・常に経営が適正かつ効率的に行われるように配意し,国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切,公平かつ安定的な提供の確保に寄与するとともに,・・・。(日本電信電話株式会社等に関する法律3条)

 


 「,かつ,」の例はこちらですね。

 


   前項の合意〔管轄の合意〕は,一定の法律関係に基づく訴えに関し,かつ,書面でしなければ,その効力を生じない。(民事訴訟法112項)

 


 第8項の「で,」及び「であって,」については,飽くまでも「原則」であり,かつ,「相当に長いとき」という評価を要する限定がついているので,絶対の「お約束」というのは言い過ぎで,やはり,例外を伴う,「お約束」に近いもの,にとどまるのでしょう。

「で」の次に読点を打つか否かについては,同じ行政不服審査法内において次のような例が見られます。

 まずは,「で」の後に読点有りの例。

 


   前3項の規定〔不服申立てに関する教示に関する規定〕は,地方公共団体その他の公共団体に対する処分で,当該公共団体がその固有の資格において処分の相手方となるものについては,適用しない。(行政不服審査法574項)

 

 次の例では,「で」の後に読点無しとなっています。

 


   法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは,その名で不服申立てをすることができる。(行政不服審査法10条)

 


 「であって」の後に続く説明の字句が相当に長いものか否かの判断基準については,会社法2条を見ると,少なくとも「法務省令で定めるもの」云々の字句の場合は,「相当に長い」ものではない,とされているようです。

 


  二 外国会社 外国の法令に準拠して設立された法人その他の外国の団体であって,会社と同種のもの又は会社に類似するものをいう。(会社法22号)

 


  三十四 電子公告 公告方法のうち,電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)により不特定多数の者が公告すべき内容である情報の提供を受けることができる状態に置く措置であって法務省令で定めるものをとる方法をいう。(会社法234号)

 


(6)目的語と動詞との間の読点不要性

 主語の後には読点を打つのが原則でしたが,目的語の後には,読点を付さないのが通常であるそうです。

 


9 目的語と動詞とを続ける場合,通常その間には読点を付けないが,その間に条件句又は条件文章が入るときには,その条件句又は条件文章の前後に読点を付けるのが,普通である。(前田572頁)

 


 条件句の前後に読点を打つべきことは,前記の注意事項第6項目に出ていましたね。

第9項目によれば,夏目漱石と朝日新聞社との間で作成される契約書における条項の書き方は,次のように目的語の後に読点を付するものであっては不可であることになるわけです。

 


 一 夏目金之助は朝日新聞社のために,連載小説を,書くものとする。

 


 次のような表記ならば,よいのでしょう。

 


 一 夏目金之助は,朝日新聞社のために,連載小説を書くものとする。

 


 いずれにせよ,読点の打ち方は難しく,かつ,法令においては文字どおり一点一画もゆるがせにはできない以上,法令案起草担当者の苦心のほどが思いやられます。法制執務担当者向けの市販の参考書に書いてあることだけでは,まだまだよく分かりませんね。残りはそもそもの日本語表記の問題として考えよ,ということでしょうか。

 


3 電波法116条の謎

 法令における読点は,法令案起草担当者が一点一点心を込めて打ったものである以上,その有無がそれぞれ意味するところを深く,かつ,重く考えて法令は解釈されねばならない,とは,よくいわれるところです。

 


(1)過料に係る同種規定における読点有り規定と読点無し規定との混在

 しかしながら,次の例の場合はどう考えるべきでしょうか。

 


    電波法(昭和25年法律第131号)

116 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の過料に処する。

  一 第20条第9項(同条10項及び第27条の16において準用する場合を含む。)の規定に違反して,届出をしない者

  二 第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者

  三 第24条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して,免許状を返納しない者

  〔第4号から第23号まで略〕

 


第1号及び第3号並びに第4号以下(第18号を除く。)では,「・・・の規定に違反して,○○しない者(した者)」と表記されていて,「規定に違反して」の後に読点(,)が打たれているのですが,第2号では読点無しののっぺらぼうに「・・・の規定に違反して届出をしない者」と表記されています。この相違をどう解釈すべきか。なお,当該読点の有無の相違は,1950年5月2日の電波法公布の官報の紙面において既にそうなっていたものであって(ちなみに,当時の同法116条には,第4号以下はまだありませんでした。),64年間にわたって官報正誤で直されていませんから,今更,印刷局の印刷ミスだったということになるわけではないでしょう。

 


(2)読点の有無によって文の意味を異ならせる解釈の可能性

電波法116条1号は,無線局の免許に係る免許人の地位の承継があったことの届出をしないことが同法の規定違反になり(「届出をしない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定し,同条3号は,無線局の免許が失効したのに当該免許に係る免許状(なお,同法1005項は,無線局についての規定を高周波利用設備について準用するものです。)を総務省に返納しないことが同法の規定違反になり(「免許状を返納しない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定する条項でしょう。

これらに対して,読点の有無に意味を持たせて(すなわち,読点の有無によって読み方が異なるように)解釈するとなると,電波法116条2号は,上記の二つの号(同条1号及び3号)のようには解釈せずに,「第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者」と解すべきでしょうか。

すなわち,電波法22条は「免許人は,その無線局を廃止するときは,その旨を総務大臣に届け出なければならない。」と規定していますが,同条の規定に違反した届出(「・・・の規定に違反して届出」)をしないと(すなわち,規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると),過料の制裁を受けるものと解さなければならないということになるのでしょうか。無線局の廃止に関して総務大臣に届出があることを前提に,電波法22条違反の届出(=無効の届出)をしない(=有効な届出をする)ことを過料の対象とするものと考えてみるわけです。

「くびに,はなわをかけた。」(保護司法16条参照)と「くびには,なわをかけた。」(刑事訴訟法4751項,刑法111項参照)とが全く違った意味になるように,ここでも同様のことが起きているのでしょうか。

しかし,いかにも変な解釈ですね。

が,よく考えるとそうでもない,有益であり得る解釈かもしれません(①)。とはいえそもそも,電波法116条2号は,「「,」はたかが点だよ。」とノンシャランに,法制執務担当者の深刻ぶりを冷やかすネタにすればよいだけのものではないでしょうか(②)。

 


(3)法制執務担当者冷やかしネタ説

まずは後者の②の立場について見てみましょう。

端的にいって,これが,妥当な態度です。電波法116条2号は,法令の解釈に当たってはお役所の無謬性を前提にして妙に精緻に細かいところにまでこだわり過ぎてはいけないよ,という戒めとして活用されるべきものにすぎません。

 電波法案を起草した当時の電気通信省電波庁の人たちは,単純に,同法案116条2号において点を打ち忘れたことに気が付かなかったようです。

 1950年の電波法制定時に起草関係者によって著されたlegendaryな解説書(古い本の方が役に立つものです。)における同法116条の解説は,次のようになっています。

 


   左の各号の一に該当する者は,3000円以下の過料に処せられるのである。

(一)免許人の地位を承継した者は,遅滞なくその事実を証する書面を添えて,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(二)免許人は,その無線局(高周波利用設備を含む。)を廃止したり,又その無線局の運用を1箇月以上休止するとき〔制定当時の電波法22条はこの場合にも届出を要する旨規定していた。〕は,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(三)免許(高周波利用設備であるときは許可。)がその効力を失つたときは,免許人(高周波利用設備であるときは許可を受けた者。)であつた者は,1箇月以内にその免許状を返納しなければならないのにこれに違反した者(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)266頁)

 


三つの号はどれも同じように読んで理解されるべきもの,という前提で書かれていることが歴然としています。

なお,電波法22条に規定されている無線局廃止の届出がされるべき時期は,必ずしも事前でなくてもよいものであるようです。「廃止しようとするときに即ち事前に届出をすることは望ましいことではあるが必ずしもこれに限らない。廃止の事情には種々のものがあるからである。」と電波庁=電波監理総局関係者によって説かれていました(荘ら182頁)。

また,「免許人が無線局を廃止したときは,免許は,その効力を失う。」(電波法23条)わけですが,それではそもそも無線局の「廃止」とは何かといえば,それは免許人の意思表示であるとされています。すなわち,「無線局を廃止するとは,単に無線局の物理的な滅失をいうのではなく,免許人が無線局によつてその局の業務を行うことを廃棄する意思を表示することをいう。内部意思の決定だけでは足らず,この内部意思が客観的に表示されていることを要する。必ずしも届出でによつて表示されていることを要しない」と説明されていました(荘ら183頁)。事実上は,電波監理委員会(その後郵政大臣,総務大臣)に対する無線局廃止の届出がなければ無線局廃止の意思表示の存在が明らかではなく,したがって,当該届出以外の方法で無線局廃止の意思表示があったとして電波法116条2号による過料の制裁が発動されるということは考えにくいところです。あるいは,電波法22条の届出は,無線局廃止の報告ではなく,むしろ無線局廃止の効力要件のように取り扱われているのではないでしょうか。

 


(4)過料=解約金類似効果説

 前記①の説は,電波法116条2号を,免許人が同法22条の規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると過料の制裁を受けるもの,と解してみることを前提とするものです。すなわち,無線局廃止の届出があった場合,それが真実のものかどうかを総務省のお役人が確認し,無線局廃止の意思に基づかない虚偽のものであれば(実際は,無線局廃止の意思表示の撤回ということになりましょうか。),無線局の免許は失効せず,「規定に違反して届出」をしない者ではない(二重否定で「規定に違反して届出」をしたいたずら者になる)から電波法116条2号の場合には当たらず免許人には過料が課されず,届出に表示されている無線局廃止の意思が真実のものであれば(無線局廃止の意思表示を撤回しなければ),無線局の免許は失効し,「規定に違反して届出」(虚偽の届出をするいたずら)をしない者になるので同号の場合に当たり免許人に最大30万円の過料が課されるというわけです。

 何ともばかげた解釈であるように思われるのではありますが,無線局の免許の効力としては免許人の電波利用料支払義務というものがあるということ(電波法103条の2。電波利用料は,電波利用共益費用に係る総務省の特定財源になります(同条4項)。)を想起し,かつ,電波つながりで携帯電話を連想して,期間(2年)の定めのある携帯電話役務提供契約(いわゆる「2年縛り契約」)の中途解約の場合には少なくない額の解約金が消費者から徴収されている現在の携帯電話業界の実務との比較で考えると,「電波利用料=携帯電話利用料」及び「過料=解約金」というアナロジーが成立し得るところです。電波利用料収入の継続的な確保を一途に考える人々にとっては実は魅力的な制度設計ということになるかもしれません。無論,同じ電波=電気通信関係者とはいえ,我が国のお役人は高潔・高邁な方々ばかりです。

 なお,株式会社NTTドコモ,KDDI株式会社及びソフトバンクモバイル株式会社の「2年縛り契約」に係る契約約款の有効性は,すべて,大阪高等裁判所によって是認されています(それぞれ,平成24127日判決(判時217633頁①),平成25329日判決(平成24年(ネ)第2488号)及び平成25711日判決(平成24年(ネ)第3741号))。ただし,理由づけがそれぞれ異なるため,なお最高裁判所の判断が待たれています。

 


4 「、」と「,」

 最後に読点の形自体が問題になります。

 縦書きのときの読点が「、」であることについては,議論はありません。

 問題は横書きの場合です。

 ワードプロセッシング・ソフトウェアの日本語横書きデフォルト設定は「、」になっています。しかし,果たしてこれでよいのでしょうか。

 基準が無いわけではないのです。

 実は,公用文については,昭和27年4月4日内閣閣甲第16号内閣官房長官発各省庁次官あて依命通知「公用文改善の趣旨徹底について」によって各部内において周知されるべきものとされた「公用文作成の要領」(昭和2610月に国語審議会が審議決定)の「第3 書き方について」の「注2」において,

 


句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。

 


とされているのです(内閣総理大臣官房総務課監修『新公用文用字用語例集』(ぎょうせい・1986年)368頁)。

 「感じのよ」い公用文の作成のためには,「、」よりも「,」の方を用いるべきだ,と国語審議会が「公用文作成の要領」で決めてしまっていたわけです。

 この点,司法部においては,司法修習等における起案指導の場などを通じて「,」の使用が徹底しているようです。しかし,国の行政部では一般に,そこまでの研修の機会がないのか,ワードプロセッシング・ソフトウェアのデフォルト設定(「、」)にそのまま乗ってしまっているようです。慙愧に堪えません。(各種ウェッブ・サイトなどを注意して御覧ください。)

 とはいえ,国語の教科書は縦書きで,作文も縦書きで書かされて,点は「、」の形で打つべしという教育を我々は小学校以来受けていますから,三つ子の魂百までで,あるいは仕方のないことなのかもしれません。

 なお,地方自治体等で,横書きの場合でも読点は「、」であって「,」は用いないと決めているところもあります。

 


130812_051625
 


 北アルプス・槍ヶ岳を望む(三俣山荘から)

 


長い記事をお読みいただき毎度ありがとうございます。

さて,本業についてここで少々営業申し上げますと,裁判関係の訴訟代理人業務等のほか,法律相談,法務関係の講師等も広くうけたまわっております。(本ブログのようなおしゃべりばかりをしているわけではありません。)

 


連絡先:大志わかば法律事務所(電話:03-6868-3194, 電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

www.taishi-wakaba.jp

 


法律相談は,初回30分まで無料ですので,よろしく御活用ください。

 


お客さまの問題解決のお手伝いに日々汗をかいているところですが,「なんだか気になること」が問題になってしまう前の予防法務も重要です。法律関係で気になることについては何でも,まずはお気軽にご連絡ください。                      




このページのトップヘ