Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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1 2017年1月13日の大事件と鉄道営業法37条及び42条の規定

 2017年1月1313時過ぎ,京都市右京区嵯峨野野宮町において,五十代の女性二人が,JR山陰線の踏切を渡る途中写真を撮ってもらうために同線の線路内に1メートルほど立ち入ったという重大犯罪が発生したそうです。

鉄道営業法(明治33年法律第65号)には次のような条項があります。

 

 第37条 停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ10円以下ノ科料ニ処ス

 

 第42条 左ノ場合ニ於テ鉄道係員ハ旅客及公衆ヲ車外又ハ鉄道地外ニ退去セシムルコトヲ得

  一 有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ検査ヲ拒ミ運賃ノ支払ヲ肯セサルトキ

  二 第33条第3号〔列車中旅客乗用ニ供セサル箇所ニ乗リタルトキ〕ノ罪ヲ犯シ鉄道係員ノ制止ヲ肯セサルトキ又ハ第34条ノ罪〔制止を肯ぜずした,吸煙禁止違反又は婦人専用待合室車室等への男子の妄りな立入り〕ヲ犯シタルトキ

  三 第35条,第37条ノ罪ヲ犯シタルトキ

  四 其ノ他車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタルトキ

  前項ノ場合ニ於テ既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス

 

鉄道営業法37条にいう「10円以下ノ科料ニ処ス」の部分は,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項本文(「第1項の罪〔刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)〕につき定めた科料で特にその額の定めのあるものについては,その定めがないものとする。」)により,要は,「科料ニ処ス」ということになります。科料は,1000円以上1万円未満です(刑法17条)。

 

2 罰金と科料の差

「罰金と科料の差は,①罰金には執行猶予を付しうるが科料には認められない〔刑法25条1項は50万円以下の罰金についてその刑の全部の執行猶予を認めています(ただし,同法27条の2第1項は罰金について刑の一部の執行猶予を認めていません。)。〕,②資格制限について原則として科料には規定がない,③公訴時効〔罰金に当たる罪については3年(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)250条2項6号),科料に当たる罪については1年(同項7号)〕および刑の時効〔罰金については3年(刑法32条5号),科料は1年(同条6号)〕に差がある,④科料にのみ処せられる犯罪の教唆・幇助は処罰されない〔刑法64条。ただし,同条の例外として,軽犯罪法(昭和23年法律第39号)3条があります。〕などの点で異なった扱いを受ける・・・科料は自由刑における拘留に対応するものであり,軽微な犯罪に対する制裁として資格制限に影響を及ぼさない刑として意味があると解すべきであるから,拘留を残しておく以上は,科料も存続させるべきである。」とされています(大谷實『刑事政策講義〔第4版〕』(弘文堂・1996年)155頁。下線は筆者)。

 

3 違警罪

旧刑法(明治13年太政官布告第36号)では罪について重罪(その主刑は,死刑,無期徒刑,有期徒刑,無期流刑,有期流刑,重懲役,軽懲役,重禁獄及び軽禁獄(同法7条)),軽罪(その主刑は,重禁錮,軽禁錮及び罰金(同法8条))及び違警罪(その主刑は,拘留及び科料(同法9条))の分類がありましたが,科料にしか該たらない鉄道営業法37条の罪は,違警罪ということになります。刑法施行法(明治41年法律第29号)31条は,「拘留又ハ科料ニ該ル罪ハ他ノ法律ノ適用ニ付テハ旧刑法ノ違警罪ト看做ス」と規定しています。

旧刑法において「「違警罪」は前2者〔重罪及び軽罪〕と異質の罪とされ,そのため,前2者〔重罪及び軽罪〕に存する附加刑としての剥奪公権〔国民ノ特権,官吏ト為ルノ権,勲章年金位記貴号恩給ヲ有スルノ権,兵籍ニ入ルノ権,会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権,学校長及ヒ教師学監ト為ルノ権等が剥奪されました(同法31条)。〕・停止公権・禁治産・監視の制度はなく,「仮出獄」の制度も無縁であった。「加減例」においても「違警罪ノ刑ハ加ヘテ軽罪ニ入ルコトヲ得ス」とされ〔同法72条2項本文〕,期満免除は,禁錮罰金でも7年であるのに,1年であった。違警罪の未遂は常に「其罪ヲ論セス」とされたが〔同法113条3項〕,他方,重罪・軽罪に存した16歳以上20歳未満者の「宥恕シテ本刑ニ一等ヲ減ス」との制度〔同法81条〕はなかった〔同法83条1項〕。〔旧刑法〕最末尾の第430条は,同法2条〔「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スル(コト)ヲ得ス」〕の例外として次のように規定していた。/「前数条ニ記載スルノ外各地方ノ便宜ニヨリ定ムル所ノ違警罪ヲ犯シタル者ハ其罰則ニ従テ処断ス」」と紹介されているところです(小嶋和司「明治二三年法律第八四号の制定をめぐって」『小嶋和司憲法論集一 明治典憲体制の成立』(木鐸社・1988年)409410頁)。

なお,違警罪といえば違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)が出て来る人はマニアックですね。「違警罪即決の制度は,行政官庁をして裁判の正式を用ひず科刑の処分を為さしむるものである点に於て,すでに疑問とすべきものであるのみならず,其は屢々他の刑事捜査の目的上人身を拘束するの手段として濫用される弊害を伴うてゐる。」と批判されていた制度です(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)612613頁)。同例1条本文は「警察署長及ヒ分署長又ハ其代理タル官吏ハ其管轄地内ニ於テ犯シタル違警罪ヲ即決スヘシ」と,同例2条は「即決ハ裁判ノ正式ヲ用ヒス被告人ノ陳述ヲ聴キ証憑ヲ取調ヘ直チニ其言渡ヲ為スヘシ/又被告人ヲ呼出スコトナク若クハ呼出シタリト雖モ出廷セサル時ハ直チニ其言渡書ヲ本人又ハ其住所ニ送達スルコトヲ得」と規定していました。昭和22年法律第60号によって1947年5月3日から違警罪即決例が廃止されるまでは,鉄道営業法37条の事案は所轄の右京警察署限りの取扱いで済んで(ただし,正式裁判の請求に係る違警罪即決例3条参照),「送検」などと検察官を煩わせるまでのことにはならなかったものでしょう(ただし,正式裁判請求の場合に係る同例6条参照)。

 

4 科料に当たる罪と逮捕

犯罪,ということになると,すぐ,すわ逮捕か,という予想が発せられますが,科料にしか当たらない鉄道営業法37条の罪の被疑者が逮捕される事態は余り考えられません。

 

(1)通常逮捕

刑事訴訟法199条1項ただし書は,科料に当たる罪の被疑者を逮捕状によって逮捕することができる場合を,「被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求め〔同条1項本文は「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。」と規定〕に応じない場合」に限っています。頭書重大犯罪の被疑者は,警察署での取調べに5時間応じたということですから,定まった住居を有している限りは,逮捕されることはないでしょう。(なお,5時間かかったのは「しぼられた」(懲罰的な響きがありますね。)からかどうか。人によっては,普段から記憶が欠落していたり,あいまいだったりし,また話が要領を得ないため,司法警察員又は検察官ならぬ熱心な弁護士が優しく事情を聴く場合においても思わず長く時間がかかることがあります。)

 

(2)緊急逮捕

あらかじめ逮捕状を要さぬ緊急逮捕は,死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の被疑者にのみ可能であって(刑事訴訟法210条1項),科料のみの鉄道営業法37条の罪の被疑者が緊急逮捕されることはありません。

 

(3)現行犯逮捕

「現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」というのが刑事訴訟法213条の原則ですが,同条の規定も,科料に当たる罪の現行犯人については「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」以外の場合には適用されません(同法217条)。「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が堂々と,住所氏名を明らかにし,かつ,逃げも隠れもしないと高らかに宣言して仁王立ちした場合には,現行犯逮捕もできないようです。

 

5 科料に当たる現行犯罪の制止と警察官職務執行法5条,鉄道営業法42条1項等

 

(1)警察官職務執行法5条と刑事訴訟法217

刑事訴訟法217条に関連してここでちょっと脱線して,いささか問題になるのが,警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)5条に関する解釈です。

警察官職務執行法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があつて,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と規定しています。当該規定振りの結果,同「条は,犯罪の予防のための措置として定められており,現行犯罪の鎮圧を目的とするものではないように見え,他に犯罪の鎮圧にかかる規定は存しない。このため現行犯罪の制止については,その法的根拠,要件をめぐり,判例学説ともに種々の見解に分かれている」ところです(田宮裕・河上和雄編『大コンメンタール警察官職務執行法』(青林書院・1993年)331頁(渡辺咲子))。すなわち,現行犯罪の制止にも警察官職務執行法5条後段の要件(人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があること。)が必要なのか,余計なしがらみなく組織法である警察法(昭和29年法律第162号)2条1項の規定(「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」)を直接の根拠にして即時強制ができるのか,司法警察と行政警察とがあるところ現行犯逮捕は司法警察に係る刑事訴訟法に規定されているものの行政警察に係る犯罪鎮圧目的のためにも現行犯逮捕ができるのか,あるいは警察法2条,警察官職務執行法,刑事訴訟法などを総合して法秩序全体から合理的に警察官による現行犯罪の制止は認められるものと考えることができるか,といった議論になります(田宮・河上編332頁以下(渡辺))。

東京高等裁判所昭和471020日判決(高刑集25巻4号461頁)は「警職法5条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であつて,まだ犯罪が行なわれない前の段階を対象としたものであるから,進んで犯罪が現に行なわれている場合にもこの規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。けだし,同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度とを限定しているのは,まさにそれが行なわれようとしているにもせよ(ママ)まだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから,基本的人権保障のためにこれを明定する必要があるからと解せられるが,これに反し現に犯罪が実行されている段階に立ち至れば,これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であるし,またこの場合には現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているところからみても,あえてその要件ないし阻止行為の態様を限定するまでのこともないため,別段の規定を設けなかつたものと解されるからである。それゆえ,すでに犯罪が現に実行されている段階においては,警察官としては当該犯罪を鎮圧阻止するために必要と認められる限度において,しかも憲法に保障する個人の権利および自由を不当に侵害し権利の濫用にわたらないかぎりは,犯人に対し犯罪の実行をやめさせるため強制力を行使することが許され,この場合においては特に警職法5条後段の要件を必要としないものと解するのが相当である。」と判示していますが(下線は筆者),「この判決及びこれを維持した最決昭49・7・4判時74826頁により,現行犯については本条〔警察官職務執行法5条〕後段の要件がなくても同条にいう制止行為程度の即時強制は許されるとの判断が裁判例として定着し,確立されたものとみてよい」とされています(田宮・河上編340頁(渡辺))。しかし,警察官職務執行法5条後段の要件がなくとも現行犯の制止ができるという判断の前提として「現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められていること」,すなわち現行犯逮捕を行い得ることが必要であるということであれば,なおも「刑訴法217条に現行犯逮捕のできない軽微な犯罪の場合に問題」(田宮・河上編340341頁(渡辺))が残ることは否定できません。上記東京高等裁判所昭和471020日判決の事案において警察官による制止の対象となったのは,刑事訴訟法217条の適用のない威力業務妨害罪(刑法234条)であって,当該問題は表面に現れずにすんだところではありました。東京高等裁判所昭和41年8月26日判決(高刑集19巻6号631頁)は,括弧書きで,「現行犯であつても刑事訴訟法第217条に規定する軽微な犯罪にあつては,住居若しくは氏名が明らかでない場合等でなければ逮捕することを得ないのであるが,かかる場合においても,警察官は犯罪鎮圧のための制止行為はこれをなし得,またなすべき責務があるというべきである。」と判示していますが,これも事案は威力業務妨害罪の制止行為の適法性が争われたもので(東京高等裁判所昭和471020日判決の事案と同一の事案),傍論というべきでしょう。「現行犯逮捕の可能な場合の制止を是とする見解の多くが,逮捕という強力な手段が認められる以上,逮捕に至らない制止を行うことは適法であるとするのであるから,逮捕できない場合に制止ができるとするには,別個の説明を要するのではないかと思われる。」と批判されています(田宮・河上編341頁(渡辺))。

「結局,現行犯罪の鎮圧にあたっても,本条〔警察官職務執行法5条〕に従って警告・制止を行う,と解するのが妥当であるといえよう。」との見解が表明されています(田宮・河上編343頁(渡辺))。「実行の着手,犯罪の成立の前後を問わず,犯罪が継続し,被害の拡大の虞がある場合には,本条〔警察官職務執行法5条〕の「犯罪がまさに行われようとするとき」に含まれると解するのが正当であって,その他の要件を満たす限り,本条により現行犯罪の制止が可能であることは,当然」であるというわけです(田宮・河上編332333頁(渡辺))。

科料に当たる罪を制止するとなると,何だか面倒くさい議論に巻き込まれそうですね。

 

(2)鉄道営業法42条1項

「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が現にいるとしても,警察官としては,警察官職務執行法5条の要件やら刑事訴訟法217条の適用やらについてまず確認するのも大変で,「せっかく鉄道営業法42条1項3号があるのだから,鉄道係員がまず鉄道営業法37条の罪を犯している不心得者を退去させてくださいよ。」と言いたくなるかもしれません。

 鉄道営業法42条1項については,最高裁判所の判例があります(昭和48年4月25日大法廷判決(刑集27巻3号418頁))。いわく,「鉄道営業法42条1項は,旅客,公衆が停車場その他鉄道地内にみだりに立ち入つたとき等同項各号に定める所為に及んだ場合,鉄道係員は,当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させうる旨を規定している。けだし,鉄道施設は,不特定多数の旅客および公衆が利用するものであり,また,性質上特別の危険性を蔵するものであるから,車内または鉄道地内における法規ないし秩序違反の行動は,これをすみやかに排除する必要があるためにほかならない。すなわち,同条項は,鉄道事業の公共性にかんがみ,事業の安全かつ確実な運営を可能ならしめるため,とくにかかる運営につき責任を負う鉄道事業者に直接にこの排除の権限を付与したものである・・・。そして,鉄道営業法42条1項の規定により,鉄道係員が当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたつては,まず退去を促して自発的に退去させるのが相当であり,また,この方法をもつて足りるのが通常であるが,自発的な退去に応じない場合,または危険が切迫する等やむをえない事情がある場合には,警察官の出動を要請するまでもなく,鉄道係員において当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いうるものであり,また,このように解しても,前述のような鉄道事業の公共性に基づく合理的な規定として,憲法31条に違反するものではないと解すべきである。」云々(うんぬん)。鉄道営業法42条1項に基づく公衆を退去させるための実力の行使に対する抵抗について,公務執行妨害罪(日本国有鉄道に係る事案でした。)成立の可能性が認められています(高等裁判所に差戻し)。

 

(3)鉄道営業法38

 ところで,日本国有鉄道は民営化されてJR各社となったので鉄道営業法42条1項に基づく行為に対する公務執行妨害罪ということはなくなったのですが,鉄道営業法38条(「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」)の罪と刑法234条の威力業務妨害罪(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金),同法208条の暴行罪(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)及び同法222条1項の脅迫罪(2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)との関係はどうなるのでしょうか。これについては,鉄道営業法38条と威力業務妨害罪とは観念的競合の関係であって重い威力業務妨害罪の刑によって処断されるとともに(刑法54条1項前段),暴行罪又は脅迫罪も鉄道営業法38条の罪に吸収されることなく(吸収されるとかえって刑が軽くなって不合理)観念的競合の関係となるとされています(伊藤榮樹・小野慶二・荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編〔新版〕』(立花書房・1994年)3536頁(伊藤榮樹(河上和雄補正)))。「かくて,制定当時は,一般法である刑法に対して特別法の関係に立ち,もっぱら優先して適用されるものとされていた鉄道営業法第38条は,いまやほとんどの場合,刑法上の罪と同時に成立し,実際の処罰の場合には,重い刑法上の罪の刑で処断されることになり,それら刑法の罪の陰にかくれて,ひっそりと生存するにすぎないことになってしまったのである。」とは,伊藤榮樹元検事総長閣下の感慨でした(伊藤榮樹・河上和雄・古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)63頁)。

 

6 鉄道営業法37条の罪

さて,遠回りしましたが,罰則規定としての鉄道営業法37条の解釈を見てみましょう。

 

(1)趣旨

まず,趣旨。鉄道営業法37条の趣旨は「人がみだりに鉄道地内に立ち入るときは,旅客の乗降や列車の運行の妨げとなり,ときには危険発生のおそれを生ずるので,これらの事態を未然に防止し,一般的保安を維持しようとする罰則規定である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。大阪高等裁判所昭和40年8月10日(高刑集18巻5号626頁)は,「鉄道営業の安全と,円滑な運営とを保護する規定」であると判示しています。

 

(2)「鉄道地内」

「鉄道地内」とは,「鉄道が所有ないし管理する用地・地域のうち,停車場,線路,踏切などのように直接鉄道運送業務に使用されるもの及び駅前広場のようにこれと密接不可分の利用関係にあるものをいう。塀,柵などで他と区画されているかどうかを問わない。鉄道運送業務に直接関係のない鉄道職員のための教育・訓練施設,宿舎などは,「鉄道地内」ではない。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上))。また,駅前広場が停車場に含まれるものと解されることにつき前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。踏切及び線路は,「鉄道地内」に含まれます。

 

(3)「妄ニ」

(みだり)ニ」とは,「正当な理由がなく不法に,の意である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。すなわち,米子駅ホームでされた労働組合支援のためのデモ行進について鉄道営業法37条の罪の成立を認めた鳥取地方裁判所米子支部昭和44年4月19日判決(判タ240296号)は,「妄ニ」は「正当の事由なく不法に」を意味するものと判示しています。

日本国有鉄道の労働組合の委任を受けて委任事務を処理するために京都駅構内に立ち入った弁護士(乗車券も入場券もなし。)は,妄ニ立ち入ったものではないとされています(京都地方裁判所昭和48年2月23日判決(判時713111頁))。踏切及び線路に関する例としては「閉鎖中の踏切道に立ち入るような場合」や「線路上へのすわり込み(広島高判昭48・1・29刑裁月報5・1・28)」が挙げられていますが(伊藤・小野・荘子編32頁,33頁(伊藤(河上))),広島高等裁判所昭和48年1月29日判決の事案は,正確には,呉線広駅に列車で到着し①2番線線路内に入り込んでシュプレヒコールを繰り返しながら蛇行行進をして3番線線路内に至り,続いて②当該線路上で停車中の米軍の弾薬を輸送する列車の前の線路上に立ちふさがり,及び坐り込みをしたものであり,鉄道営業法37条が適用されたのは①の行為であって,②の行為については刑法234条(威力業務妨害罪)が適用されています。

なお,入ることを禁じた場所に正当な理由がなく入ることに係る軽犯罪法1条32号前段の罪の「正当な理由がなく」に関して,「天災・火事・人命救助・犯人追跡のためとか,犯人からの逃避のためにする場合は,正当な理由がある場合である。」とされています(安西溫『特別刑法7 準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)193頁)。

 

(4)「立入リ」

「立入リ」については,軽犯罪法1条32号前段の罪の「入る」について,「その場所に身体の全部を入れることをいい,一部が入っただけでは足りないと解されている。刑法の住居侵入罪においては,身体の全部が入らなくても未遂として処罰されるが(刑131条),本号の罪には未遂犯処罰の規定がないから,身体の一部が入ったにすぎないときは処罰されないことになる。入る行為については,その場所に滞留する時間の長短を問わないのであって,その場所を単に通過するにすぎない場合でも,入ったことになる。入る方法は,徒歩による場合のみならず,車両や馬に乗って入るのでもよいが,無人の牛馬を乗り入れさせた場合は,入ったことにはならない。」と説かれていること(安西192193頁)が参考になるでしょう。禁止されているのは「立入リ」だから坐って入ればよいのだ,坐り込みは広島高等裁判所昭和48年1月29日判決では威力業務妨害だったのだ,という一休さん頓智噺のような主張は,やはり認められないでしょう。

 

(5)罪数及び関係法

 

ア 罪数関係

罪数関係については,鉄道営業法37条の罪は,刑法130条の建造物侵入罪(「正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し・・・た者は,3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」)との関係では観念的競合,軽犯罪法1条32号前段の罪とも観念的競合,鉄道営業法35条の罪(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス」)とは牽連犯(刑法54条1項後段)ではなく併合罪(同法45条)の関係,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)3条2号(「新幹線鉄道の線路内にみだりに立ち入った者」を1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処するもの)は鉄道営業法37条の特別規定であって前者の罪が成立するときには後者の適用はありません(伊藤・小野・荘子編33頁,28頁(伊藤(河上))。刑法130条の建造物侵入罪との関係につき旭川駅ホームへの不法侵入に係る札幌高等裁判所昭和33年6月10日判決(高刑裁特報5巻7号271頁)。軽犯罪法1条32号前段の罪との関係につき最高裁判所昭和41年5月19日決定(刑集20巻5号335頁。鉄道駅構内に許諾を得ることなく立ち入る行為について),安西193頁。なお,鉄道営業法37条と35条との関係につき大阪簡易裁判所昭和40年6月21日判決(下刑集7巻6号1263頁)は,牽連犯の関係になるとしています。)。

 

イ 新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号

新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号の立法趣旨は,「物件を置きますことがたいへん危険でありますように,線路内に人が立ち入るということになりますと,確かに当該列車の運行の妨げになることと考えられますし,またひいては,その列車に乗っておられる乗客の人たちの身体の危険というものも相当大きな蓋然性で考えられるわけでございます。そういう意味で物件を置きますのと同じ危険度が列車の運行に対してあると考えられるわけでございまして,そういう観点から,ごらんのように「1年以下の懲役又は5万円以下の罰金」ということで制裁を科することとしておるわけでございます。」とされ(1964年5月15日の衆議院運輸委員会における伊藤榮樹説明員(法務省刑事局総務課長事務取扱)の答弁(第46回国会衆議院運輸委員会議録第3413頁)),更に「なおこれは一部やはり人が入ってくることは物を置くということとも関連してまいりますので,物を置かせてはならぬということに関連いたしまして,人が入ってこなければ大体物を置くということはないわけですから,無用の者がみだりに立ち入るということは極力排除すべきである,これはやはり列車の安全運行ということに直接間接の関連があるというふうに私どもは考えております。」と説かれています(同日同委員会における廣瀬眞一政府委員(運輸省鉄道監督局長)の答弁(同会議録14頁))。

 

ウ 建造物侵入罪

「駅のホームは,駅舎と屋根でつながっていて柵があるような場合には,建造物となる。駅の構内は,乗降客のための通路部分であっても建造物とされる(最判昭591218刑集38123026,なお東京高判昭38・3・27高刑集16・2・194)。」とはいえ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)137頁),踏切及び線路への立入りが刑法130条の建造物侵入罪になることはないでしょう。なお,軽犯罪法1条32号前段の罪は刑法130条の建造物侵入罪が成立するときには成立しません(安西190頁)。

 

エ 軽犯罪法1条32号前段

「軽犯罪法1条32号は,刑法第130条の補充規定であつて,住居侵入罪には該当しない違法性のより軽微な特定の場所に対する不法な侵入行為を禁止し,その場所に対する人の支配の平穏を維持しようとするもの」と解されています(前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。同条前段については,「法令により一般的に立入りが禁止されている場所でも,立入り禁止の趣旨が外部的に表示されていなければ,入ることを禁じた場所に該当しない。」とされるとともに(安西191頁),同「号前段の罪が成立するには,行為者において,立ち入ろうとする場所が「入ることを禁じた場所」であることを認識してそこに入ることを要し,立札・標識・貼紙その他の表示に気付かなかったなどのため,右の認識を欠いたまま立ち入ったものであるときは,本号前段の故意を欠き,犯罪は成立しない。」とされています(安西193頁)。「立入禁止」の標識が現にそこに明らかにあるにもかかわらず,どういうわけかそれには気付かずに線路に入ってしまいましたぁと被疑者に天真爛漫に言われてしまった場合には,軽犯罪法1条32号前段の罪を成立させるために頑張ることは大変でしょう。

 

7 鉄道と軌道と

JR山陰線の線路は,鉄道の線路です。JR西日本の前身は,日本国有鉄道であり,鉄道省等でありました。しかしながら,JR山陰線の線路が新幹線鉄道の線路でないことは明らかです。

ところで,軌道については,軌道法(大正10年法律第76号)において鉄道営業法37条に相当する罰則規定が存在しません(軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)20条(「軌道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ新設軌道内ニ立入リタル者ハ科料ニ処ス踏切番人ノ制止ニ反シ踏切道ニ立入リタル者亦同シ」)は,「命令の規定で,法律を以て規定すべき事項を規定するもの」として,現憲法下において1948年から失効しているものと解されます(昭和22年法律第72号1条)。なお,「新設軌道」の定義については,軌道建設規程(大正12年内務省・鉄道省令第1号)3条に「道路其ノ他公衆ノ通行スル場所ニ敷設スル軌道ヲ併用軌道ト謂ヒ其ノ他ノ軌道ヲ新設軌道ト謂フ」と規定されています。)。京都の嵐山辺りをキャピキャピ散歩するのであれば,JR山陰線沿いではなく,京福電気鉄道株式会社の嵐山線沿いにした方がよかったということになるのでしょうか。(なお,京福電鉄株式会社の2017年1月30日付け「軌道業の旅客運賃の上限変更認可申請について」ウェッブ・ページによると,同年4月1日から嵐山線の大人の普通旅客運賃(均一)が210円から220円に変更されるようです。)

 
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 JRの線路(JR東日本中央線吉祥寺駅から) みだりに立ち入ってはなりません。
 

8 16歳の場合

最後に,もう五十代ではなく, 例えば「まだ16だから」の場合はどうなるでしょうか。

少年法(昭和23年法律第168号)2条1項により,満16年の者は同法の「少年」となります。

少年法41条本文は「司法警察員は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならない。」と規定していますので,科料に当たる鉄道営業法37条の罪に係る少年の被疑事件については,警察からは,送検されるのではなく,家庭裁判所へ送致されることになります(検察官から家庭裁判所への送致については少年法42条)。送致を受けた家庭裁判所は,事件について調査を行いますが(少年法8条1項),死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件及び故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に係る家庭裁判所から検察官への送致について規定する少年法20条の反対解釈からすると,科料にのみ当たる鉄道営業法37条の罪を犯した16歳の少女は当該罪について公訴を提起されることはないということになります(少年法45条5号本文参照)。すなわち科料を科されることはないことになります。しかし,少年審判の結果保護処分(保護観察所の保護観察,児童自立支援施設若しくは児童養護施設送致又は少年院送致(同法24条1項))を受ける等の可能性はあり得るわけです。

(なお,冒頭御紹介した2017年1月17日の大事件の両被疑者については,同年3月21日に京都地方検察庁の検察官によって起訴猶予の不起訴処分がされたそうです(刑事訴訟法248条参照)。) 

 

弁護士 齊藤雅俊

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JR北海道・札幌駅の特急オホーツク


1 鉄道をめぐる父と子

 前回の記事(「鉄音を聞きながら:鉄道関係法のささやかな愉しみ」)では,鉄道営業法(明治33年法律第65号)の罰則関係の話などをしてしまいましたが,無論,鉄道関係法規は,刑事法ばかりではなく,民事法,行政法まで多様な広がりを持ちます。

 民事法中,鉄道運輸に関係するのは,商法(明治32年法律第48号)の運送営業の章(第28章。第569条以下)になります。

 ところで,我が国の商法学者中,鉄道とのかかわりが深い人物といえば,やはり松本烝治博士(東京帝国大学教授・法制局長官・関西大学学長・商工大臣・憲法担当国務大臣・第一東京弁護士会会長。18771014日生れ・1954108日没)でしょう。父の荘一郎は我が国の鉄道官僚のトップに上り(鉄道庁長官,逓信省鉄道局長,鉄道作業局長官),自らも南満洲鉄道株式会社の理事,副総裁となっています。

 松本烝治博士の「風ぼうは,丸いチーズに細い眼と口ヒゲをはめこんだように,一見して春風を感じさせるふくよかな温容」で,「人あたりもよく,誰にたいしてもいんぎん,丁寧」でありましたが,「かんしゃく持ち」で「なかなかの激情家」でもありました(児島襄『史録 日本国憲法』(文春文庫・1986年(単行本1972年))86頁)。女婿・田中耕太郎(東京帝国大学教授・文部大臣・最高裁判所長官)には,「考え方や頭の働き方は社会科学的または哲学的思想的というよりも,自然科学的という感じ」で,「技術家的な自由主義者」と評されています(児島89頁)。松本烝治博士は「分析的緻密な法律論を展開」したのに対し,田中耕太郎教授は「総合的な方面に商法研究を進められて,松本先生の説を乗り越えようとし,商法学はさらに新しい進展を遂げた」と評されています(鈴木竹雄「松本烝治先生の人と業績」(1989年)・松本烝治『私法論文集』(巌松堂書店・1926年,有斐閣・1989年復刻版))。

 さて,今回は,鉄道ネタの中でも,商法の問題を取り上げます。乗車券の法的性格に関する問題です。

 


2 松本烝治の乗車券論

 


(1)鉄道の乗車券

松本烝治博士の鉄道乗車券論は,次のとおり。当時のドイツの学説に,まずは依拠したものでした。

 


  鉄道乗車券の性質に付ては,独逸に於ては学者の之を論議するもの少からずと雖も,之を以て鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券と解するを通説とす。其説明に依れば,乗車券を買求むるに当りて旅客運送契約が締結せられ,乗車券は其運送契約上の旅客の権利を表彰し,鉄道は其所持人に対して義務を履行すべきものなるを以て,一個の無記名証券に外ならずとす。・・・余も亦,此通説を正当とす。(松本「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」(1916年)『私法論文集』962963頁(同書の原文は,片仮名書き,濁点・半濁点,句読点無し。))

 


 そこから更に松本博士の学説が展開されます。

 


 ・・・唯,鉄道乗車券を買求むるを以て運送契約の締結と観るは一般社会見解に反するが故に,寧ろ運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利を表彰する有価証券が売買授受せらるるものと解すること,却て適切ならむと思料す。・・・而して卑見に依れば,乗車券が有価証券たる性質は,運送の開始のためにする改鋏に因りて終了するものたり。何となれば,鉄道は特定の道程,特定の一人を運送する義務を負ふ者なるが故に,運送の開始に因り其乗車券の表彰する債権の履行が始まり,復之を他人に譲渡することを得ざるに至るものなればなり。即ち,鉄道乗車券は,無記名有価証券なれども,改鋏に因りて単純なる証拠の為めにする証券と変化するなり。精確に言へば・・・改鋏は,有価証券たる乗車券を回収し,之に代ふるに単純なる証拠の為めにする乗車券を交付するの行為と観察すべきなり。・・・(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』963964頁)

 


 この松本説が,大体において,鉄道乗車券についての我が商法学会の通説であるようです。(なお,鋏を入れる改鋏は,今はスタンプを挟み押すことをもって代替されていますね。)

 


  通説によれば,運送契約は乗車券購入のとき成立し,乗車券は運送債権を表章する有価証券とみとめられる。すなわち,通常の乗車券は特定区間の個別的運送についての通用期限付きの無記名証券(ただし鋏を入れた後は証拠証券となる)とされ〔る。〕(鈴木竹雄『新版 商行為法・保険法・海商法 全訂第二版』(弘文堂・1993年)54頁。ただし, これはドイツの通説寄りですね。

 


  ・・・乗車前に発行される〔乗車券〕は,通常は運送債権を表彰する有価証券と解される。したがって,一般の無記名式乗車券は,証券の引渡により自由に譲渡することができる。しかし,一旦運送が開始された後(改札制度のあるときは,改札の後)は,運送人は特定人に対してのみ義務を負い,乗車券の譲渡は許されなくなる。以上に対し,乗車後に発行されるものは,運送賃の支払を証明する単なる証拠証券である。(西原寛一『商行為法』(有斐閣・1960年)333頁)

 


  通常の無記名乗車券は,通説によれば,運送請求権を表章する有価証券であり,引渡により自由に譲渡することができる。ただし,改鋏後は,特定人を運送する義務を負担するから,譲渡は許されない。しかし,乗車中請求あり次第いつでも呈示し,また取集めに際しては渡さなければならない(鉄道営業18条)から,有価証券としての性質を有する。(河本一郎『手形法・小切手法 商法講義』(上柳克郎=北沢正啓=鴻常夫=竹内昭夫編,有斐閣・1978年)26頁)

 


 なお,改鋏後の鉄道乗車券が有価証券であるとするか否かは,有価証券の定義いかんによります。「「有価証券とは,財産的価値のある私権を表章する証券であって,その権利を移転しまたは行使するのに,証券を交付しまたは占有することを必要とするものをいう」との定義が通説になっている。」とされているのに対して(河本24頁),権利の移転及び行使に証券が必要だとする説も有力だからです。なお,鉄道営業法18条は,「旅客ハ鉄道係員ノ請求アリタルトキハ何時ニテモ乗車券ヲ呈示シ検査ヲ受クヘシ/有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ又ハ収集ノ際之ヲ渡ササル者ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依リ割増運賃ヲ支払フヘシ/前項ノ場合ニ於テ乗車停車場不明ナルトキハ其ノ列車ノ出発停車場ヨリ運賃ヲ計算ス」と規定しています。

 


(2)電車(軌道)の乗車券

 さて,松本烝治博士は,鉄道の乗車券が「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」であるという解釈は,「其儘之を電車の復券及び回数券に応用して毫も不可なる所あるを観ず。」としています(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』964頁)。「是等の乗車券は,亦運送契約上の権利を表彰する無記名証券たり。之を売買贈与するは実際上頻繁に行はるる所にして,電気局自身も亦回数券が年末年始の贈答用に供せらるることを期待して特に之を売出すを常とす」るからです(同頁)。権利の移転及び行使に用いられる電車の復券及び回数券は当然有価証券であって,そうであればそこに表章されている権利は「運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利」だということのようです。

 なお,松本烝治博士の立論においては,電車の片道券及び往復券の往券は,回数券及び往復券の復券とは異なるものとされています。なぜ異なるのかを理解するには,当時の路面電車の乗車方法を知らなければなりません。

 


 ・・・片道権及び往券は,乗客が之を買求めたる電車に於ける運送の賃金を支払ひたることを証する単純なる証票たるに過ぎずして,有価証券に非ず。車掌は之を乗客に交付するに当りて必ず入鋏することを要す。又,乗客は之を他人に譲渡すことを得ざるや勿論なり。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』962頁)・・・鉄道に於ては乗車券所持人に非ざれば之が運送を開始せざるを常とするも,電車に於ては別に車内に於て賃金を支払ふ方法を認め,乗車券所持人に非ざるも之が乗車を拒むことな〔し〕・・・(同964頁)

 


・・・之に反して〔電車の〕復券及び回数券は乗客の請求に因りて始めて入鋏せらるるものにして,其入鋏前に於ては自由に之を譲渡すことを得。余は之を以て通常の鉄道乗車券と全然同一性質を有する有価証券なりとす。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』962頁)

 


 軌道条例(明治23年法律第71号)に基づく軌道である路面電車では,あらかじめ乗車券を買っておくのは例外であって,正則は,電車に乗車後車内で賃金を支払って入鋏された片道券を受け取ることだったようです。

 


3 岡松参太郎及び大審院の乗車券論

 


(1)電車乗車券に係る岡松説

 ところで,松本烝治博士の論敵の岡松参太郎博士は,電車片道券の正則性から,その性質を復券及び回数券にも推し及ぼしたようです。

 


  岡松博士は,電車乗車券は其回数券なると復券なると将た片道券なるとに依り異ることなしとする前提に立ち,片道券は有価証券に非ずして単純なる賃金支払の証拠に過ぎざるを以て,回数券又は復券も亦有価証券たることなしと断定せらる。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』965頁)

 


 それでは,岡松説では電車の乗車券の性質はどのようなものかといえば,次のようなものだったそうです。

 


  岡松博士は又「現に電車に乗車し其運送の為めに利用する乗車券なるも,運送契約の成立其ものとは無関係なり。即ち営業者の為に賃銭支払の認識票となり,之が為に乗客は降車の請求を受けず,又再度支払の請求を受けざるに至るの便益あるに過ぎず。未だ使用せざる乗車券は,若し電車に乗車する際之を提示せば其金額に相当する支払ありたることを認識する証票と為るべきものたるに過ぎず。」云云勿論法律上の性質には差異あるも,郵便切手の売下は其売下に因り運送契約を締結するものにあらざるに於ては一なり。従て,其売下の後郵便税を改正するも旧税に従ひ運送すべき義務なきと一般なり。」と論結せらる。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』967頁)

 


 電車の乗車券は電車の乗車券なのだから性質はいずれも同じと考える岡松博士に対して,「分析的緻密な」松本博士は,電車の乗車券であっても,証拠証券にすぎない片道券及び往券と有価証券である復券及び回数券とは厳格に分別せられねばならないとするものでありました。

 


(2)電車乗車券に係る大審院の判例

 松本=岡松論争の翌年の大審院(たいしんいん)大正6年2月3日判決(民録2335頁)は,岡松説を採用します。

 


 Y(東京市)と乗客との間に於ける乗車契約は,乗車の時を以て成立するものにして,Yは其当時に於て実施せらるる運送条件に従ひ乗客を運送する私法上の義務を負担すると同時に,乗客も亦其当時に於て効力ある賃金率に従ひ乗車賃を支払ふ義務あるものとす。」

 「往復券・回数券の発行は,他日に於けるYと乗客との運送契約を予想し,之を以て乗車賃の支払に充つるの目的を以て発行せらるるものにして,其票券は,現行の乗車賃4銭と通行税を支払ひたることを証し乗車賃に代用せらるる一種の票券なりと解するを相当とす。故に,此票券の授受に因りYは其所持人に対して運送義務を負担するものにあらずして,唯票券を所持する乗客が乗車の際其票券を提出するに於ては,乗車賃金に代へて之を受領するの責務を負担するに過ぎざるものとす。」

 「是等票券を以て一種の無記名証券なりとし,之を発行したるYをして其所持人に対し運送の義務を負担せしむべきものと解釈すべきの問題に付きては,Yが内務省の認可を経て告示したる賃金表中此解釈を是認すべき何等の憑拠なく,此種の票券を以て無記名証券と看作すべき何等法律の規定なく,票券の内容も亦往復券・回数券たることを表示するに止まり,Yに於て運送義務を負担したることを表示すべき文言の記載あることなければ,他に其無記名証券性を肯定すべき事由の存せざる限りは,之を否定するを相当とす。」

 「往復券の復券殊に回数券が取引上に於て融通性を有することは,毫も其証券的性質を肯定するの根拠たるを得ず。何となれば,是等票券は縦令其性質に於て無記名証券にあらざるも,電車賃に代用せられ其所持人は乗車の際之を車掌に交付するに因りて電車賃の支払を免がるる以上は,其票券は,一種の有価物として売買譲与の目的たるを得ること郵便切手に於けると毫も異なる所なきを以てなり。」

「当院は・・・往復券・回数乗車券の性質より演繹し,其証券的性質を否定すると同時に,回数乗車券の発売に際しYと乗客との間に於ける運送契約若くは其予約の存在を否定し,是等票券を以て乗車賃に代用せらるる票券なりと断定するものなり。従て,往復券・回数券を購買したる者及其承継人は,乗車賃低減の場合に於て過払金として差額の返還を請求し得ると同時に,其増額の場合に付き其差額を支払ふことを要し,乗車賃を前払したるの故を以て其差額を僥倖することを得ざるものとす。」(原文は,片仮名書き,濁点・半濁点,句読点無し。) 

 


(3)電車乗車券判例に対する学説の批判

 「本件回数乗車券はその所持人を運送するというYに対する請求権が表章されている有価証券と解される」とされ(柴田和史「102 回数乗車券の性質」別冊ジュリ『商法(総則・商行為)判例百選[第5版]』(2008年)207頁),「問題となるのは,回数乗車券である。判例は,それが運送債権を表彰するものでなく,運送賃の前払を証する単なる票券ないし運送賃代用の票券にすぎないとする。しかし,旅客が最大の義務である運送賃の支払を終えながら,何らの権利の発生をも認められないのは,当事者の意思に適合しない。回数乗車券も,通用区間の指定(時には通用期間も指定)のある包括的運送契約上の権利を表彰する有価証券と解してよい」と述べられ(西原333頁),また,「回数乗車券も,包括的な運送についての無記名証券となるが,それでは,運賃値上げのとき追加払の要求がみとめられなくなるとして,回数乗車券は運送賃の前払を証する単なる票券にすぎないと解する説もある。しかし,有価証券と解したところで,通用期限の定めのない場合に,当然に追加払を要求できないことになるわけではないと思う。」とされており(鈴木54頁),電車の回数乗車券の無記名有価証券性を否定した上記大審院判例は,一般に学説の反対を受けているようです。

 中でも法政大学の柴田和史教授は研究熱心で,松本=岡松論争時における東京市の路面電車の回数乗車券の現物を確認した上で,いわく。

 


 ・・・最初に本件回数乗車券の外観形状を確認しておくことが重要である。本件回数乗車券の単券には,発行者である「東京市」の記載および「回数乗車券」の記載があるものの,乗車区間,有効期限,発行年月日および金額の記載はなかった(林順信『東京・市電と街並み』[1983]152頁の写真参照。なお,金額について,松本烝治「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」〔『私法論文集』967頁〕)。この点,一般的に発行されている回数乗車券の単券に金額が記載されていることから,近時の多くの学説が本件回数乗車券の単券にも金額の記載があるものとして本件判決を論じているが,事実と議論の前提に齟齬があると思われる。単券に金額の記載がないのであるから,票券説,金銭代用(証)券説・・・は立論の根拠を欠くことになろう〔。〕(柴田207頁)

 


 「近時の多くの学説」の一例としては,次のようなものがあります。

 


  無記名回数乗車券については,包括的運送債権を表章した有価証券か,後日成立すべき運送契約を予想してその運賃の前払があったことを証明する金銭代用証券かで争いがある。このような無記名回数乗車券の法的性格を論じる実益としては,発効後運賃の値上りがあったときに,回数券の所持人が運送を請求するためには,追加払が必要か,そのような必要はないのかという形で問題になる。

  大審院は,市電の回数乗車券について,運送人である東京市は,その所持人に運送債務を負担するものではなく,証券を所持する乗客が乗車の際にその証券を提出する場合に乗車賃に代えてこれを受領する債務を負担するにすぎないとして,差額を支払わなければならないという後者の立場をとった(大判大正623日民録2335頁〔百選〔第5版〕102〕)。

 この問題については,無記名回数乗車券といっても,一律に解すべきではないであろう。東京市電の回数乗車券のように,乗車区間も通用期間も限定していないで単に金額のみを表示した回数乗車券については,その証券所持人と運送人との間に運送契約が締結されており,したがって回数乗車券が運送債権を表章しているとは解し難く,大審院の判例の立場を支持すべきであろう。しかし,これに対して,乗車区間も通用期限も限定したものについては,すでに所持人と運送人との間に運送契約が締結されたものと考えるべきであり,したがって追加払は必要ないと解すべきであろう。(近藤光男『商法総則・商行為法〔第5版補訂版〕』(有斐閣・2008年)223224頁。下線は引用者)

 


 近藤光男教授は,丁寧に,自説と共に柴田教授の前記辛口判例評釈を併読するように指示しています。

 ところで,柴田教授は,「本件回数乗車券の検面には発行者Y,および,乗車券である旨の記載があることから,債務者であるYがその営業している乗車区間の範囲内において電車運送をなすべき給付の約束を表示しているものと考えることができる(松本烝治「電車乗車券の性質に関して岡松博士に答ふ」〔『私法論文集』975頁〕)。筆者もこの立場に従い本件回数乗車券の法的性質は有価証券であると考える。」とされた上で,「なお,乗車区間の記載も金額の記載もなければ,どこからどこまでの運送債権を表章するか確定できないのではないかとする反論が予想されるが,当時の東京市電は全区間一律料金だったのでそのような記載がなくても問題はなかったのである。」と述べられていますが(柴田207頁),ここのなお書き部分は,両刃の剣ともなりそうです。「全区間一律料金」だったので当然のこととして区間の記載がなくても問題がなかったのだとするのならば,乗車賃が4銭であることも当然のこととして,回数券の単券に金額の記載がなくとも問題がなかったものといい得るであろうからです。

 


(4)乗合自動車乗車券に係る大審院の判例

 ところで,大審院は,昭和14年2月1日判決(民集18277頁)で,今度は乗合自動車の回数券(「発行者ノ名義其ノ回数乗車券ナルコト各停留所区間料金等ヲ印刷シ其ノ特定ノ宛名ヲ記載シ居ラサル」もの)について,「本件ノ如キ回数乗車券ハ運送業者ト公衆トノ間ニ他日成立スヘキ運送契約ヲ予想シ其ノ乗車賃ノ前払アリタルコトヲ証シ即チ乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券ニシテ之カ発行ニヨリ其ノ所持人トノ間ニ旅客運送契約又ハ其ノ予約成立スルモノニアラス右運送契約ハ唯公衆カ乗車ノ都度乗客ト運送業者トノ間ニ成立スルモノト解スルヲ相当トス之ト同趣旨ノ見解ハ当院判決ノ曩ニ判示セル所ニシテ(大正・・・6年2月3日判決参照)・・・本件ニ付敢テ別異ノ解釈ヲ容ルヘキ特殊ノ事情アルヲ見ス」と判示しています。市電の回数券における東京市の記載ほど横着ではなく,「各停留所区間料金等」まで記載されていましたが,なお「乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券」にすぎないとされています。「各停留所・区間」(上柳克郎「回数乗車券の性質」別冊ジュリ『運輸判例百選』(1971年)160頁)が記載されていても,依然として「運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利」を表章した有価証券にはならないようです(なお,「料金」の記載があることだけでもって直ちに「乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券」にされたということではないでしょう。)。

 判例と学説が,真っ向から対立しているように見えます。

 


4 無記名有価証券性認定のための要件論

 


(1)大審院の立場

 ここで改めて注目すべきものと思われるのが,大審院の大正6年2月3日判決のうち次の部分です。

 


  是等票券を以て一種の無記名証券なりとし,之を発行したるYをして其所持人に対し運送の義務を負担せしむべきものと解釈すべきの問題に付きては,Yが内務省の認可を経て告示したる賃金表中此解釈を是認すべき何等の憑拠なく,此種の票券を以て無記名証券と看作すべき何等法律の規定なく,票券の内容も亦往復券・回数券たることを表示するに止まり,Yに於て運送義務を負担したることを表示すべき文言の記載あることなければ,他に其無記名証券性を肯定すべき事由の存せざる限りは,之を否定するを相当とす。

 


 大審院は,票券の無記名有価証券性を認めるのに慎重であり,契約におけるその旨の規定,法律の規定又は当該義務を負担した旨を表示する当該票券上の記載がなければ,容易には有価証券とは認めないという立場を採っているものと解し得る判示です。

 


(2)松本=岡松論争

 これは,松本=岡松論争における岡松博士の立場に近いもののようです。

 


  岡松博士は無記名証券たるには一定の形式を要すとし,鉄道乗車券,電車回数券の如き類は,此形式を缺くを以て無記名証券たることなしとす。是れ博士論文の中核にして,余の架空の謬想とする所なり。更に詳言すれば,博士は第一に無記名証券たる為めには,(一)一定の給付の約束,(二)所持人に弁済すべき約束,(三)債務者の署名又は記名を記載せるものたるを要すとし,其結果,乗車券類は此形式を具備せざるを以て無記名証券たることなしとし,第二に乗車券類は,若し其所持人に対して債務を負担する意思を以て発行せられたる場合に於ては,独逸民法第807条の特別規定に依り無記名票として無記名証券と同視せらるることを得べきも,此の如き特別規定なき我法律の下に於ては同一の効力を生ずることを得ざるものとす。(松本烝治「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」(1916年)松本『私法論文集』973974頁)

 


 岡松博士の無記名有価証券三要件は,ドイツ民法793条によるものとされます(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』974頁)。同条は,次のとおり。

 


 793 ある者が,当該証券(Urkunde)の所持人に一定の給付(eine Leistung)を約束する(所持人に対する債務文言(Schuldverschreibung))証券を発行した場合においては,同人から所持人は,当該証券について無権利者であるときを除き,約束に応じた給付を請求することができる。ただし,発行者は,無権利者である所持人に対して給付をしたときは,債務を免れる。

 2 記名(Unterzeichnung)の効力は,当該証券に記載された条件により,特別の形式の遵守にかからしめることができる。記名は,機械的に複製される署名(Namensunterschrift)をもって足りる。

 


「独逸民法は通常の無記名証券に上述の要件の定を為すが故に,乗車券,入場券の類に付て第807条の規定に依り特に無記名証券に関する多数の規定を準用する旨を定むるの必要を生じたもの」とされています(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』974頁)。ドイツ民法807条は,次のとおり。

 


807 債権者が記載されていない票券(Karten, Marken)又は類似の証券が,所持人に一定の給付をすることを同人が義務付けられる意思であるものとみなされる(sich ergibt)状況において発行者から交付された場合においては,第793条第1項並びに第794条,第796条及び第797条の規定が準用される。

 


松本烝治博士は,我が国の民商法にはドイツ民法793条に対応する規定がないことから,同法807条に対応する規定がなくとも,我が国においては「寧ろ所持人に対して義務を負担する意思を以て発行せられたる乗車券,入場券の類は多くは我法律の下に於ける真正の無記名証券なりとする直接方法を採」るものとしています(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』975頁)。「余が通常の鉄道乗車券又は問題の電車復券又は回数券を無記名証券なりとするは,其発行者が所持人に対して義務を負担する意思を以て発行したるものと認定するが故なり」というわけです(同976頁)。

しかしながら,この松本博士の論理の弱点は,発行者から「いやいやそんな意思はありませんでした」と否認されてしまうと窮してしまうことです。「独逸民法前の学説に依りて,積極的に所持人に弁済すべき旨の記載なきも,其所持人証券たるを得べきもの」(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』975頁)も,「証券面の文言又は発行に関する規約若くは慣習」ないしは「他の事情」によって認定されていたようです(同974頁)。発行者の意思の独断的「認定」だけではなかなか弱いでしょう。松本博士はまた,「我国に行はるる無記名社債券には、所持人に弁済すべき旨の明瞭なる記載を缺くもの少なからず存在するが如し。〔岡松〕博士の説に依れば,是等の社債券は無記名証券に非ざるものと為る。」とも反論していますが(同975頁),社債券については,その有価証券性について定める法令が存在しているところです。

 


5 鉄道の王国と長官の息子

軌道である路面電車(大正6年判決)及び乗合自動車(昭和14年判決)の回数乗車券について,大審院は松本烝治博士の無記名有価証券説を排斥しました。松本説は,学説の中にのみ生きて,判例には全く容れられないものなのでしょうか。否,松本烝治博士の父である荘一郎長官が準備した鉄道営業法の世界では,息子の説が生きることができます。「旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス」と規定する鉄道営業法15条1項があるのであって,鉄道と旅客との間においては,軌道や乗合自動車の場合のように「乗車契約は,乗車の時を以て成立するもの」というわけにはいかないことになっています。やはり,鉄道の乗車券は「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」なのでしょう。鉄道営業法15条1項の規定が,鉄道の乗車券の無記名有価証券性の「何等法律の規定」たる根拠となるものでしょう。鉄道に係る当該解釈を「其儘之を〔軌道である〕電車の復券及び回数券に応用」しようとする試みは大審院の容れるところとはなりませんでしたが,鉄道の世界にまで軌道及び乗合自動車に係る大審院判例が跳ね返ってくるわけではありません。

鉄道営業法15条1項は,次のように説明されています。

 


鉄道運送契約の性質に付ては多少の議論ありて或は雇用契約の性質に属するものなりと云ふものあれとも普通法即ち民法に於ては請負契約の一種として之を認めたり蓋し運送契約は人又は物を目的地まて運送することを目的とする契約なれはなり(民法第632条)故に運送賃は其の運送を終了したるとき即ち人又は物の到達地に到達したるときに非されは之か請求を為すことを得さるなり(民法第624条及第633条)然れとも鉄道運送に付ては独り我邦のみならす各国に於ても運賃は乗車又は物品託送の前若は其の際に之か支払を為すへきものとし或は法令を以てし或は運送条件を以て之を規定すること殆と一般鉄道営業の慣例たり旧法即ち鉄道略則第1条に於ても(賃金の事「何人に不限鉄道の列車にて旅行せんと欲する者は先賃金を払ひ手形を受取るへし然らされは決して列車に乗るへからす」)と規定せり本条は之を襲用し従前の如く普通法の例外を認め本条第1項の規定を設けたるものなり即ち旅客は先つ運賃を支払ひて乗車券を受くるに非されば乗車するの権利なきものとす故に若し乗車券なくして乗車したる場合に於て運賃を免るるの目的に出てたるものなるときは50円以下の罰金に処せらる(第〔29〕条第1号)運賃を免るるの目的にあらすして全く乗車券を購求するの暇なく鉄道係員の認諾を得て乗車したる場合に於ては20銭以内の増払を請求せられ又其の認諾を得すして乗車したる場合に於ては普通運賃2倍以内の割増運賃を請求せらるるものとす(鉄道運輸規程第23条)然れとも鉄道に於て営業上別段の定め例へは乗車後に於て乗車券を発売し又は多人数乗車特約の場合に於て運賃の後払を認諾し又は特約にあらさるも乗車賃を後払とするの運送条件を提供しあるの場合の如きは増払又は割増運賃の支払を請求せらるることなくして乗車することを得るなり(『鉄道営業法註釈』(帝国鉄道協会・1901年)2930頁)

 


請負契約の成立を前提に,その報酬の支払時期についてまず特則が設けられたものと解するのが素直でしょう。「乗車券を受くるに非されば乗車するの権利なきものとす」ですから,「乗車するの権利」が乗車券に化体されているものでしょう。鉄道係員の認諾を受けても乗車券なしの乗車の場合には「20銭以内の増払」を請求されるのですから,「乗車契約は,乗車の時を以て成立する」のが正則であるわけはありません。鉄道営業法16条1項が「旅客カ乗車前旅行ヲ止メタルトキハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依リ運賃ノ払戻ヲ請求スルコトヲ得」とわざわざ規定しているのは,運送契約が既に成立しているからでしょう。「鉄道の詐欺又は強迫に因り乗車券を購求したる者又は乗車契約の要素に錯誤ありたる場合に於ては其の契約は取消又は無効となる」(帝国鉄道協会33頁)との表現は,「乗車券を買求むるに当りて旅客運送契約が締結せられ」ることを前提としています。鉄道営業法29条の罰則(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ50円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス/一 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ/二 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ/三 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ」)は,乗車券が「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」であることを前提にしたものと解さなければ理解が難しいところです。

鉄道運輸規程(明治33逓信省令第36号)14条は,「乗車券ニハ通用区間及期限,客車ノ等級,運賃額並発行ノ日附ヲ記載スヘシ/特殊及臨時発行ノ乗車券ニ在リテハ前項ノ記載事項ヲ省略スルコトヲ得」と規定していました。これを見ると,前記東京市の路面電車の回数券は,堂々たる鉄道の乗車券と比べるといかにも横着でしたね。「本件回数乗車券に関しては,単券に金額も有効期限も記載しなかった発行者側の落ち度があまりにも大きく,このような迂闊な当事者を救済するために無理な理論を展開する必要はない」とも主張されるわけですが(柴田207頁),かえって鉄道の乗車券と同様に扱わない理由ともなります。

軌道と鉄道との違いにこだわるのも,いわゆる鉄道オタクの矜持でしょう。

 





1 様々な鉄道オタク

 大志わかば法律事務所は,JR代々木駅北口からすぐ,山手線沿いにあるので,事務所にいると一日中ガタンゴトンと電車の音が聞こえてきます。JR東日本の本社も近くにあります。鉄道ファンの人にとっては好立地でしょう。

しかし,一口に鉄道ファンといっても,いろいろな種類の人がいるようです。

 ウィキペディアの「鉄道ファン」項目の記事によれば,いわゆる「鉄」にも,「車両鉄」,「撮り鉄」,「音鉄」,「蒐集鉄」,「乗り鉄」,「降り鉄」,「駅弁鉄」,「時刻表鉄」,「駅鉄」等と呼ばれる様々な人々がいるそうです。女性の場合は,「鉄子」ですか。

 しかし,「鉄道関係法オタク」というジャンルは,いまだに大々的には認知されていないようですね。(ただし,「法規鉄」という細分類があるようではあります。)

 鉄道関係法の世界は,19世紀末年制定の鉄道営業法(明治33年法律第65号)がなお現役で頑張っていたりして,なかなか味わい深いものがあります。しかし,さすがに片仮名書き文語体の古色蒼然たる鉄道営業法に代表される法律分野は敬遠されてしまうということでしょうか。確かに,鉄道営業法に関する解説書は古いものばかりです。

 


2 伊藤榮樹元検事総長と鉄道関係法

 ところが意外なところに鉄道関係法オタクがいるもので,故伊藤榮樹元検事総長がその一人であったようです。伊藤榮樹=河上和雄=古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)におけるエッセイで,伊藤元検事総長は,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)の立法について(20頁以下),鉄道営業法26条の「鉄道係員旅客ヲ強ヒテ定員ヲ超エ車中ニ乗込マシメタルトキハ30円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス」との規定とラッシュ時の「尻押し部隊」との関係について(48頁以下),同法38条の「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」との規定と刑法208条(暴行。2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料),222条1項(脅迫。2年以下の懲役又は30万円以下の罰金),234条(威力業務妨害。3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)及び95条1項(公務執行妨害。3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)との関係について(54頁以下)解説しています。実は,『注釈特別刑法 第六巻Ⅱ 交通法・通信法編〔新版〕』(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編,立花書房・1994年)における鉄道営業法の罰則の解説は,伊藤元検事総長が執筆したものでした(河上和雄補正)。

 なお,伊藤元検事総長によれば,鉄道営業法26条の罰則と「尻押し部隊」との関係については,「旅客が自発的に定員を超えて乗り込もうとする場合において,それが社会常識上相当とされるときに,旅客の意思にこたえて,これを乗り込ませるべく助力する行為も,「強ヒテ」の要件を欠き,本条の罪は成立しないものと解すべきである。」とされ(伊藤=小野=荘子10頁),同法38条の罪と刑法の暴行罪,脅迫罪,威力業務妨害罪又は公務執行妨害罪との関係は,現在はいずれも観念的競合(刑法541項前段)になるものとされています(伊藤=小野=荘子3536頁)。

 


3 鉄道営業法と軌道法

 鉄道営業法の性格について,伊藤元検事総長の解説にいわく。

 


  鉄道営業法は,鉄道に関する基本法として制定され,鉄道の責任,旅客・荷主との契約関係(この点では,商法の運送契約に関する規定の特別法の性格を持つ。),鉄道係員の服務,旅客・公衆及び鉄道係員に対する罰則等を規定している。

鉄道とは,レールを敷設し,その上に動力を用いて車両を運行させ,旅客・荷物を運送する設備をいう。それは地方公共団体その他の公共団体又は私(法)人が経営する鉄道とを含む。軌道法による軌道は,鉄道と似ているが,鉄道が原則として道路に敷設することができない(〔旧〕地方鉄道法4参照)のに対し,軌道は,原則として道路に敷設すべきものとされる(軌道2)ところから,沿革的に道路の補助機関として観念されたため,法制上鉄道とは別個のものとして取り扱われている。(伊藤=小野=荘子3頁)

 


鉄道営業法は,当該鉄道が一般公衆によって利用されるものである限り,公有鉄道又は私人所有の鉄道であろうと,そのすべてに適用される。しかし,「鉄道」にあたらない軌道については,原則として適用されない(182参照)。(伊藤=小野=荘子4頁)

 


 軌道の典型は路面電車です(伊藤「古い話,つづき」伊藤=河上=古田47頁参照)。軌道法(大正10年法律第76号)2条には「軌道ハ特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外之ヲ道路ニ敷設スヘシ」とありますから,道路上に敷設されるものである軌道を走る路面電車には,鉄道営業法ではなく軌道法が適用されるわけです。

それでは道路下に敷設されるものの場合はどうかといえば,「もともと〔旧〕建設省(以前の内務省)の主張では,道路下の地下鉄は「鉄道」ではなく「軌道」とするのが正しいとされ」ているそうです(和久田康雄『やさしい鉄道の法規―JRと私鉄の実例―』(交通研究協会・1997年)11頁)。とはいえ,普通,地下「鉄道」は軌道ではなく鉄道として,鉄道事業法(昭和61年法律第92号)61条1項(「鉄道線路は,道路法(昭和27年法律第180号)による道路に敷設してはならない。ただし,やむを得ない理由がある場合において,国土交通大臣の許可を受けたときは,この限りでない。」(旧地方鉄道法(大正8年法律第52号)4条と同旨))のただし書の許可を受けて道路の下にその「鉄道線路」を敷設しています(和久田12頁)。ただし,「大阪市営の地下鉄だけは当時の内務省の指導が強かったのか,伝統的に「軌道」となっている」そうです(和久田11頁)。

 なお,鉄道営業法18条ノ2は「第3条,第6条乃至第13条,第14条,第15条及第18条ノ規定ハ鉄道ト通シ運送ヲ為ス場合ニ於ケル船舶,軌道,自動車又ハ索道ニ依ル運送ニ付之ヲ準用ス」と規定しています。

 


4 キセル乗車等をめぐって

 


(1)キセル乗車:有人改札の場合

 ところで,検事総長御専門の刑事法,なかんずく刑法と鉄道といえば,刑法11章の往来を妨害する罪のうちの第125条以下が有名ですが,刑法246条2項(「前項の方法により〔=「人を欺いて」〕,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする〔=「10年以下の懲役に処する」〕。」)の二項詐欺との関係で,キセル乗車に係る詐欺利得罪の成否が一つの論点になっており,法学部の刑法の授業で学生たちは混乱しつつ,いろいろ頭をひねるものです。高等裁判所の判例が分かれているからです。

 (なお念のため,キセル乗車とは,乗車駅(A)からの短区間(AB)の乗車券と降車駅(Z)までの短区間(YZ)の乗車券とをそれぞれ持ち,それらの乗車券でカヴァーされていない間の区間(BY)については無賃乗車をすることです。刻みたばこを吸うための道具であるキセル(煙管)は,たばこを詰める雁首と喫煙者が口をつける吸い口とだけが金属でできていて,その間をつなぐ羅宇(らお)は金属ではない竹であることから,最初と最後との部分だけについて乗車券を買って金を払う不正乗車をキセル乗車と呼ぶようになったものです。)

 


 刑法学の教授いわく。

 


  判例上,キセル乗車の下車時に処分行為を認めることが困難であったため(⇒275頁〔「下車駅の改札係員は,改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえないので,詐欺罪の成立を否定した判例も多かった(東京高判昭35222東高刑時報11243,広島高松江支判昭51126高刑集294651)。」〕),乗車駅の行為について詐欺罪を認めようとする判例がみられた。大阪高判昭和44年8月7日(刑月18795)は,キセル乗車の意図で提示された乗車券は,旅客営業規則により本来無効であり,そのような提示行為自体が欺罔行為にあたり,改札係員が入場させた行為および国鉄職員による運送が処分行為に該当するとした。このように考えると,輸送の利益を得た時点,すなわち列車が動いた時点でⅡ項詐欺が既遂となる。しかし,このような構成は,処分者が誰なのかという点に曖昧さを残す。そこで,処分者は被欺罔者と同様,改札係員だと考えると,改札係は被告人に財産的利益を与えていない。一般の入場券入場者の利益しか与えていないからである。そこで,実質的な処分行為は,輸送を担当した乗務員が行ったといわざるを得ない。しかし,そうなると被欺罔者と処分者が異なってしまう。そこで,広島高松江支判昭和5112月6日(高刑集294651)は,「処分行為者とされる乗務員が被欺罔者とされる改札係員の意思支配の下に被告人を輸送したとも認められない」とし,キセル乗車については,欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない詐欺罪は成立し得ないと判示したのである。被欺罔者と処分者をともに旧国鉄と解することも考えられるが〔昭和44年8月7日の大阪高等裁判所判決は,二項詐欺は「被欺罔者以外の者が・・・処分行為をする場合であっても,被欺罔者が日本国有鉄道のような組織体の一職員であって,被欺罔者のとった処置により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受け,これによって欺罔行為をした者が財産上の利益を得・・・る場合にも成立する」と説いていた。〕,詐欺の錯誤はやはり自然人について考えられるべきであろう。そうだとすると,乗車時に詐欺罪を認めることはかなり困難である。(前田雅英『刑法各論講義[第4版]』(東京大学出版会・2007年)278頁)

 


理屈っぽいですね。詐欺罪が成立するためには「欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない」という各行為及びそれらの行為の間の因果連鎖がなければならないところが難しさの原因です。

 


(2)キセル乗車:磁気乗車券と自動改札機の場合

ところで,改札係の自然人を欺罔して,その結果同人を錯誤に陥らせて,その結果同人に処分をさせて,その結果財産上不法の利益を得ることになったのかどうかが問題になったキセル乗車ですが,「改札の機械化により問題は減少した」(前田267頁)とされています。確かに,自然人に対する欺罔行為以下が問題となる二項詐欺は,人にあらざる自動改札機相手には問題にならないのは当然です。そこで今度は,昭和62年法律第52号で追加(1987622日から施行)された刑法246条の2の電子計算機使用詐欺の成否が問題になることになりました。

 


246条の2 前条に規定するもののほか,人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り,又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者は,10年以下の懲役に処する。

 


第7条の2 この法律〔刑法〕において,「電磁的記録」とは,電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。

 


東京地方裁判所平成24年6月25日判決(判タ1384363)は,有効乗車区間の連続しない磁気乗車券を用いていわゆるキセル乗車を行い,途中運賃の支払を免れる行為は,事実と異なる入場(乗車駅)情報の記録された磁気乗車券を下車駅の自動改札機に読み取らせることにより虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供したといえるから,刑法246条の2後段の罪が成立すると判示しています(被告人は最高裁判所まで争ったものの,有罪が確定)。(なお,磁気乗車券ですから,Suica, PASMOの類(以下「Suica等」)ではありません。)確かに,下車駅の自動改札機が扉を閉ざさずに乗客を外に出してくれるときは,人間の改札係のように「改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえない」といい得ることにはならないでしょう。下車駅の自動改札機の電子計算機は,しっかりと,各乗客につき不足運賃がないかどうかいちいち確認し,不足運賃がないと判断した上で運賃精算を請求しないという「意思」でもって,扉を開いたままにしておくのでしょう。人の場合における「欺かれなかったならば,出場を拒否し運賃の支払を要求したであろう状況のもとで,欺罔された結果,出場を許容しているのであるから不作為の処分行為に該当する」(前田276頁)場合に相当するものといい得るものでしょう。

なお,刑法246条の2にいう「虚偽の情報」について,最高裁判所平成18年2月14日決定(刑集602165)は,窃取したクレジットカードの名義人氏名,番号及び有効期限を冒用してインターネットでクレジットカード決済代行業者の電子計算機に入力送信して電子マネー利用権を取得した行為について,「被告人は,本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入の申込みがないにもかかわらず,本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え」たものと判示しています。窃取されたクレジットカードの名義人,番号及び有効期限自体はそれとしてはその通りであるから「虚偽の情報」には当たらない,とはいえないというわけです。

 


(3)自動改札機の強行突破:磁気乗車券の場合

 


ア 鉄道営業法29

東京地方裁判所平成24年6月25日判決の事案は,小賢しく複数の磁気乗車券を使って,自動改札機の電子計算機を「欺罔」したケースでした。

それでは,もっと素朴に,うっかり乗り越してしまった場合において,入場に使った磁気乗車券をそのまま下車駅の自動改札機に挿入し,自動改札機が,乗り越しであって不足運賃があるものと正しく判断し,不足運賃の支払を求めて扉を閉ざしたにもかかわらず,えいままよとその扉を突破して出場したときはどうなるでしょうか。乗り越した旨をはっきり正直に示す磁気乗車券を自動改札機に挿入していますから,刑法246条の2後段の「虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供した」わけではありません。同条の罪は成立しないように思われます。とはいえドロボー行為ではあります。しかし,刑法235条には「他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」とあって,物(「財物」)ではない財産上の利益(不足運賃の踏み倒し等)は,そもそも同条で罰せられる窃盗の対象として考えられていません。「タクシーの代金を踏み倒す行為,キセル乗車も,不正に運行の利益を受ける行為と評価しうる」ものとされていて(前田182頁),財物の窃取にはなりません。利益窃盗は,「立法者が明確に不可罰としている」ものです(前田275頁)。

ここで登場するのが,鉄道営業法29条です。

 


29 鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ50円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス

 一 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ

 二 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ

 三 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ

 


30条ノ2 前2条ノ所為ハ鉄道ノ告訴アルニ非ザレバ公訴ヲ提起スルコトヲ得ズ

 


15 旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス

  〔第2項略〕

 


    罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)

第2条 刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)につき定めた罰金については,その多額が2万円に満たないときはこれを2万円とし,その寡額が1万円に満たないときはこれを1万円とする。〔ただし書省略〕

  〔第2項以下略〕

 


鉄道営業法29条は,「旅客の不正乗車を禁ずるための罰則規定」で,「不正乗車のうち刑法246条2項で処罰できないものを処罰する規定,つまり,刑法246条2項の補充規定の性格を有するもの」とされています(伊藤=小野=荘子15頁)。鉄道営業法29条の罪は故意犯です(伊藤=小野=荘子16頁)。なお,同条の「鉄道係員」は,「鉄道の運輸,運転,保線,電気その他の分野,すなわち,現場において,直接,間接に鉄道運送の業務に従事するいわゆる現業員」のうち同条各号の行為について許諾を与える権限を有する係員ということになります(伊藤=小野=荘子16頁,6頁)。

鉄道営業法29条の「適用をみることとなる典型的なもの」としては,「駅員が不在,あるいは居ねむりをしている隙に有効な乗車券なしに乗車する,普通乗車券でグリーン車に乗るなど」が挙げられています(伊藤=小野=荘子17頁)。

キセル乗車に係る東京高等裁判所の昭和35年2月22日判決は,「乗客が下車駅において〔乗り越し〕精算することなく,恰も正規の乗車券を所持するかのように装い,係員を欺罔して出場したとしても,係員が免除の意思表示をしないかぎり,・・・正規の運賃は勿論,増運賃の支払義務は依然として存続し,出場することによってこれを免れ得るものではないから,これを以て財産上不法の利益を得たものということはできない。」として,刑法246条2項の詐欺利得罪の成立を否定しましたが,鉄道営業法29条の罪は成立するものとしています(伊藤=小野=荘子17頁参照)。磁気乗車券で乗り越してしまって下車駅の自動改札機を強行突破するときも鉄道営業法29条の罪は成立するでしょう。天網恢恢疎にして漏らさず,しっかり鉄道営業法29条が控えているわけでした。

 


イ 身柄の拘束の可否に係る刑法246条・246条の2と鉄道営業法29条との相違

しかし,刑法246条2項及び246条の2の罪の罰は10年以下の懲役であるのに対して,鉄道営業法29条の罪の罰は2万円以下の罰金(罰金等臨時措置法21項)又は科料(1000円以上1万円未満(刑法17条))にすぎません。この刑の相違は,刑事手続上も大きな違いを生みます。

まず,二項詐欺又は電子計算機使用詐欺の場合は,公訴時効は7年(刑事訴訟法25024号)であって,逮捕状を待たずの緊急逮捕もできる(同法2101項)ところです。

ところが,これに対して,鉄道営業法29条の罪の場合は,公訴時効は3年にすぎず(刑事訴訟法25026号),緊急逮捕はおろか現行犯逮捕もできず(同法217条。「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」を除く。),逮捕状による逮捕もできず(同法1991項ただし書(被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく検察官,検察事務官若しくは司法警察職員による取調べのための被疑者に対する出頭の求め(同法198条)に応じない場合を除く。)),勾留もされません(同法603項(被告人(又は被疑者(同法2071項))が定まった住居を有しない場合を除く。))。となると,うっかり乗り越してしまって,磁気乗車券が挿入された自動改札機の扉がバタンと閉まったにもかかわらず,ズイと図々しく出場したときに,「ちょっとあんた,何してるの。鉄道営業法29条違反の犯罪だよ。」と呼び止められても,堂々と氏名を名乗り,住所を告げ,「逃げも隠れもしない。ただ,今は所用があるのでちょっと失礼する。」と高々と宣言すれば,身柄が拘束されることもなく,すたすたと立ち去ることができるということでしょうか。しかも,鉄道営業法29条の罪は親告罪(同法30条ノ2)なので,捜査当局は被疑者の身柄拘束にますます慎重にならざるを得ません。犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)121条は「逮捕状を請求するに当つて,当該事件が親告罪に係るものであつて,未だ告訴がないときは,告訴権者に対して告訴するかどうかを確かめなければならない。」と規定しています。告訴権者から「告訴しません。」という返事があってもやはり逮捕状を請求するというのであれば同条の意味は無いでしょう。鉄道営業法29条の罪に係る親告罪の告訴期間は,告訴権者が「犯人を知つた日から6箇月」です(刑事訴訟法2351項)。

 


ウ 鉄道の場合と軌道の場合との相違

ところでそういえば,大阪市営地下鉄は軌道でした。下車駅における自動改札機強行突破を刑罰の威嚇をもって制止すべく,軌道法にもやはり鉄道営業法29条に相当する規定があるのでしょうか。(なお,都市モノレールの整備の促進に関する法律(昭和47年法律第129号)にいう都市モノレールも「支柱が道路面を占めていることから軌道」とされているそうです(和久田13頁)。ちなみに,同法に係る旧運輸省と旧建設省との「都市モノレールに関する覚書」締結までは,関東の京浜急行電鉄の大師線,関西の京阪電気鉄道の京阪線・宇治線,阪急電鉄の宝塚線・箕面線・神戸線・今津線・伊丹線・甲陽線,阪神電気鉄道の全線,能勢電気軌道の妙見線及び山陽電気鉄道の本線も,軌道であったそうです(和久田1213頁)。)

しかし,どういうわけか,軌道法には,鉄道営業法29条に相当する罰則が見当たりません。日本国憲法(736号ただし書参照)の施行の結果効力を失った罰則(和久田156頁)が並んでいる軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)の第4章にもありません(なお,また古い話ですが,軌道運輸規程4章は明治23年法律第84号(命令の条項違犯に関する罰則の件)に基づいていたもののようです。ちなみに,明治23年法律第84号については,佐藤幸治教授による『デイリー六法』の「創刊時はしがき」を参照。また,昭和22年法律第72号1条参照)。

これはどういうことでしょうか。鉄道営業法29条,15条1項及び18条ノ2を見比べながら考えると,どうも同法29条は乗車券の存在を前提とした規定であるということのようです。通し運送の場合に係る同法18条ノ2によって,乗車券の必要に係る同法15条1項が軌道に準用されるものとされているところからすると,鉄道との通し運送のときを除けば,軌道の乗客は乗車券を持たないことが原則であるようです。路面のチンチン電車を利用するのに鉄道のように事前に運賃を前払していちいち乗車券を買うということはない,ということは,確かにもっともではあります(ただし,前記の軌道運輸規程の第62項,第8条などは「乗車券」に言及してはいます。)。

それでは,「乗車券」とは何でしょうか。鉄道営業法2条1項で「本法其ノ他特別ノ法令ニ規定スルモノノ外鉄道運送ニ関スル特別ノ事項ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依ル」と定められている鉄道運輸規程(法令番号は昭和17年鉄道省令第3号ですが,国土交通省令です(同条2項)。)の第12条は,「乗車券ニハ通用区間,通用期間,運賃額及発行ノ日附ヲ記載スルコトヲ要ス但シ特別ノ事由アル場合ハ之ヲ省略スルコトヲ得」と規定しています(軌道運輸規程には同条に対応する条項は見当たらず。)。換言すれば,通用区間,通用期間,運賃額及び発行日付の記載があって初めてまっとうな乗車券になるということでしょう。「乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ」には処罰されるべき旨を定める鉄道営業法29条3号の規定は,正に「通用区間」が乗車券に記載されていることを前提としているもののようです。

(なお,明治33年逓信省令第36号の旧鉄道運輸規程14条(「乗車券ニハ通用区間及期限,客車ノ等級,運賃額並発行ノ日附ヲ記載スヘシ/特殊及臨時発行ノ乗車券ニ在リテハ前項ノ記載事項ヲ省略スルコトヲ得」)に関して,「乗車券は運賃の領収証となり又通用区間の通券となるものなれは記載の事項を一定し,旅客をして一見誤謬なからしむることを要す,是れ本条に於て特に其の記載すへき事項を規定したる所以」と説明されていました(帝国鉄道協会『鉄道運輸規程註釈』(帝国鉄道協会・1901年)11頁)。)

 


(4)自動改札機の強行突破:Suica等のSFサービスの場合

鉄道営業法29条が乗車券を前提としているのならば,乗車券を使わずに鉄道を利用する場合には同条の罰則の適用があるのかどうかが問題になります。例えば,Suica等のSFStored Fare)サービスを利用して,入金(チャージ)し置いた金額での精算払い方式で電車に乗るときは,これは乗車券を持って乗車することになるのかならないのか。鉄道営業法15条1項は,「営業上別段ノ定アル場合」は乗車するのに乗車券を受ける必要がないとわざわざ規定してくれていますから,無理にSF利用時のSuica等をもって乗車券と観念する必要はないように思われます。いわんや,SFサービス利用時のSuica等のカード上には当該利用に係る「通用区間」は記載されず,また,当該利用時において下車すべき「停車場」も指示されざるにおいておや。Suica等のSFサービスを使って電車に乗ったが下車駅で自動改札機に入金額不足だと扉を閉められたので,そこでままよと自動改札機をそのまま突破したという場合には,鉄道営業法29条の適用もない,とのもっともらしい主張も一応はでき得るように思われます。(そもそも軌道には鉄道営業法29条又は同条同様の罰則の適用がないというのであれば,Suica等のSFサービス利用のときに同条の適用がないものとしても,同条の適用がある磁気乗車券の場合との不均衡をそれほど気にする必要はないということになるようでもあります。)

 


5 車内で一杯

 さてさて,いつものように長い記事でお疲れさまです。(これ以上長過ぎると,ブログにアップロード不能になるようです。)

 たまたま長距離列車に乗って旅をされている読者の方は,ここで持参のお酒を取り出して,ほっと一杯やりたくなりませんか。

 鉄道旅行のよいところは,事故を起こさないようにしらふで緊張して車を運転して,移動するだけでへとへとになるドライブ旅行とは違って,車窓風景をゆったりと味わいつつ,いい気分でお酒を楽しめることではないでしょうか。

 とはいえ,持参のお酒は残さず飲まなければなりません。

 多少量が多くても,がまんして飲み干すことが期待されます。

 鉄道運輸規程23条1項を御覧ください。

 


 23 旅客ハ自ラ携帯シ得ル物品ニシテ左ノ各号ノ一ニ該当セザルモノニ限リ之ヲ客車内ニ持込ムコトヲ得

  一 〔略〕

  二 酒類,油類其ノ他引火シ易キ物品但シ旅行中使用スル少量ノモノヲ除ク

  〔第3号から第7号まで略〕

 


 実はお酒は,飲まないならば,客車内持込禁止なのです。

 持ち込んだ以上は,そのお酒は,「旅行中使用スル少量ノモノ」なのです。

 ということは,鉄道旅行に向け準備したお酒は,車内で全部飲み干してしまって,「少量だったねぇ」と名残を惜しむものだということになるのです。

 


 しかしここから先は,「呑み鉄」の世界になるようです。


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多摩モノレール(立川北駅):ただし,これは,鉄道ではなく軌道です。

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