Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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1 電気通信事業法6条(利用の公平)と憲法14条1項

 電気通信事業法(昭和59年法律第86号)6条は,「利用の公平」との見出しの下,「電気通信事業者は,電気通信役務の提供について,不当な差別的取扱いをしてはならない。」と規定しています。

当該規定については,電気通信行政当局の見解を示しているものと解されている『電気通信事業法逐条解説』(多賀谷一照=岡﨑俊一=岡崎毅=豊嶋基暢=藤野克編著。電気通信振興会・2008年)の43頁において,「憲法第14条第1項(法の下の平等)の規定を受けて不当な差別的取扱いを禁止するものである。」とされており,電気通信事業法6条にいう「不当な差別的取扱い」とは,「国籍,人種,性別,年齢,社会的身分,門地,職業,財産などによって,特定の利用者に差別的待遇を行うことである。」とされています(同書43-44頁)。憲法14条1項の列挙事項に「国籍,年齢,職業,財産など」が加わっています(同項は「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定しています。)。

年齢による差別待遇を行うことが禁止されているのならば,未成年者であっても,他の契約とは違って電気通信役務利用契約を締結するに当たっては法定代理人の同意を得る必要(民法5条1項本文参照)が無い,ということになるのでしょうか。財産に基づく差別待遇がいけないのならば,電気通信役務利用料金の支払が絶対見込めない者に対してであっても,求められればお金持ちに対するときと同様に電気通信役務を提供しなければならないのでしょうか。そしてこれらの妙な主張を打破するためには,憲法14条にまで遡った議論が必要なのでしょうか。

「通信の秘密」に関する憲法21条2項のみならず,通信業界は,「利用の公平」という形でも憲法14条1項とお付き合いしなければならないことになっているようです。憲法好きな業界及び業界人ですね。

 

2 電気通信事業法6条と公衆電気通信法3条

電気通信事業法6条の前身は,公衆電気通信法(昭和28年法律第97号。電気通信事業法附則3条により1985年4月1日から廃止)3条でした。

 

(1)公衆電気通信法3条の解釈

実は,前記2008年の『電気通信事業法逐条解説』の電気通信事業法6条解釈は,次に掲げる1953年の公衆電気通信法3条解釈をほぼそのまま引き継いだものです(金光昭=吉田修三『公衆電気通信法解説』(日信出版・1953年)20-21頁)。

 

〔公衆電気通信法3〕条は公衆電気通信役務の提供に当つては〔日本電信電話〕公社や〔国際電信電話株式〕会社又はこれらに代つて事実上公衆電気通信役務を提供する者が国籍,人種,性別,年齢,信仰,社会的身分,門地,職業,財産等によつて利用者に差別待遇をなすことを禁止したものであつて,・・・「公共性」及び「民主化」の理念に基くものである。/然し乍ら本条は前述の様な理由に基いてサービスの内容を特定の人に特別の条件によつて提供することを禁止しているだけであつて,何人にも特定の条件によつてサービスを提供すること,換言すれば特殊の内容のサービスを公平に提供することを禁止するものではない。(例えば至急電報―法第14条参照―又は至急通話若しくは特別至急通話等―法第47条参照)又特定の人にだけ優先的に又は有利な条件でサービスを提供することは形式的には本条と矛盾するであろうが,それが公共的必要に基く場合,例えば非常電報(法第15条参照)緊急電報(法第16条参照)非常通話(法第49条参照)緊急通話(法第50条参照)の取扱や加入電話や専用の優先受理(法30条第2項及び第59条参照)及び公共上の必要に基く料金の減免(法第70条乃至第72条参照)等が本条と実質的に矛盾しないことはもとより言を俟たない所であろう。これは畢竟憲法第14条に規定する国民の平等性の保証が合理的な差別の禁止を意味しないことに基くものである。(法学協会編「註解日本国憲法」上巻164頁参照)尚本条に違反すると罰則にかかることになつている。(法第110条参照)

 

公衆電気通信法110条1項は「公衆電気通信業務に従事する者が正当な理由がないのに公衆電気通信役務の取扱をせず,又は不当な取扱をしたときは,これを3年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。」と,同条2項は「前項の場合において金銭物品を収得したときは,これを没収する。その全部又は一部を没収することができないときは,その価額を追徴する。」と規定していました。

 

(2)GHQ民間通信局と逓信官僚

「民主化」やら憲法やら。逓信官僚並びにその流れを汲む郵政官僚及び電気通信官僚は,GHQの民間通信局から不信の念をもって見られていたようなので,厳しい憲法教育がされていたものでしょう。

日本国憲法施行後の1947年,GHQ民間通信局における郵便法(昭和22年法律第165号)の法案審査後の同年7月8日付け同局局内資料には,次のようにあります(同局分析課課長代理ファイスナー(C.A.Feissner)氏作成。GHQ/SCAP Records Box No.3208, Sheet No.CCS-00502)。

 

 新しい郵便法について,逓信省(MOC)郵便担当官と〔GHQ民間通信局の〕郵便課及び分析課との間で,詳細かつ逐条の議論が行われた。これは,およそ新しい法律に係る初めての審査であった――非常によく分かった(most revealing)――逓信省は,民主的法律というものを分かっていない(MOC has little conception of democratic laws)――不平等な課税――人民の基本権の侵害――逓信省の義務についての規定は無い――分析課は,逓信省に対して,郵便法について提示された原則に従って,他のすべての法律を書き直すよう要求した。

 

 ここで「不平等な課税」とは,旧郵便法(明治33年法律第54号)7条2項にあった「郵便専用ノ物件ハ何等ノ賦課ヲ受クルコトナシ」という規定のことでしょう。三等郵便局長(特定郵便局長)制度の下,三等郵便局長の私有財産であっても,「郵便専用ノ物件」ということになれば非課税扱いだったのでしょう。「人民の基本権の侵害」の例としては,旧郵便法4条前段に「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用車馬等ハ道路ニ障碍アリテ通行シ難キ場合ニ於テ墻壁又ハ欄柵ナキ宅地田畑其ノ他ノ場所ヲ通行スルコトヲ得」という規定があり,同法5条前段は「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用舟車馬等事故ニ遭遇シタル場合ニ於テ郵便逓送人郵便集配人又ハ郵便吏員ヨリ助力ヲ求メラレタル者ハ正当ノ事由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ス」と規定し,同法6条1項には「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用舟車馬等ニ対シテハ渡津,運河,道路,橋梁其ノ他ノ場所ニ於ケル通行銭ヲ請求スルコトヲ得ス」と規定されていました。違反者には罰金又は科料の制裁がありました(同法43条)。

 前記GHQ民間通信局局内資料作成者のファイスナー氏の人柄は,次のようなものでした。

 

  GHQにも記録に止めたい多くの人がいる。紙数の関係で他のすべての人を割愛するが,このファイスナー氏だけは是非ともここに書いておかねばならない。同氏は若いが実によく仕事をした。頭脳も明晰であった。態度は慇懃だったが,一旦思い込み,また言い出したことについては,パイプを斜めに銜えつつあらゆる反論を(ママ)底的に粉砕した。もともと少しく猜疑心が強いのじゃないかと思われる性格の上に,日本人にはずるい奴が多いという印象をどういう機会にか持ったのではないかと推察されるが,余りにもズバズバやったので,被害者が続出した。(荘宏「電波三法の制定」・逓信外史刊行会編『逓信史話 下』(電気通信協会・1962年)348-349頁)

 

 ファイスナー氏の最初の被害者は,郵便法案を突き返されて,新憲法にしっかり適合するように大修正するよう要求された逓信省郵務局の担当官たちだったのでしょう。

 

(3)郵便法5条と公衆電気通信法3条

  郵便法5条の「何人も,郵便の利用について差別されることがない。」との規定(見出しは「利用の公平」)については,「憲法の第14条に,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」という規定がございますが,これはまあ郵便の利用の面から規定いたしまして,「何人も,郵便の利用について差別させることがない。」という利用の公平を規定いたしたのでございます。」と,19471113日,国会において政府委員(小笠原光寿逓信省郵務局長)から説明されています(第1回国会参議院通信委員会会議録3号3頁。また,同国会衆議院通信委員会議録18120頁参照。なお,公衆電気通信法3条については,1953年2月19日及び同月21日に同様の説明が政府委員(金光昭郵政大臣官房電気通信監理官)からされている(第15回国会参議院電気通信委員会会議録11号3頁及び同国会衆議院電気通信委員会議録20号9号)。)。

公衆電気通信法3条は,次のとおり。(なお,同条にいう公衆電気通信法41条2項の契約とは,日本電信電話公社(電電公社)とその加入者との間で締結される「加入者が構内交換設備に接続される内線電話機の一部により他人に通話させるための契約」です。)

 

(利用の公平)

第3条 日本電信電話公社(以下「公社」という。),第7条又は第8条の規定により公衆電気通信業務を委託された者及び第41条第2項の契約を公社と締結した者並びに国際電信電話株式会社(以下「会社」という。)及び第9条の規定により国際電気通信業務を委託された者は,公衆電気通信役務の提供について,差別的取扱いをしてはならない。

 

 要は,「電電公社等及び国際電信電話株式会社等は,公衆電気通信役務の提供について,差別的取扱いをしてはならない。」ということです。

 

(4)「不当な差別的取扱い」と「差別的取扱い」との違い

 しかし,注意深い読者の方々は何か気が付きませんか。

 そう,公衆電気通信法3条は端的に「差別的取扱いをしてはならない。」としているのに対して,電気通信事業法6条は,「不当な差別的取扱いをしてはならない。」と規定していて,差別的取扱いは原則禁止されていないが不当なものだけ禁止される,という形になっていることです。これに対して公衆電気通信法3条は,およそ差別的取扱いをしてはならないのが原則であるが公共的必要に基づくもののような合理的な差別取扱いは認められる,という形になっています。原則と例外とが逆転しています。

 原則として電電公社及び国際電信電話株式会社(KDD)にのみ公衆電気通信役務の提供が認められ,かつ,電電公社及びKDDは公権力であると解されていた(KDDについては議論があり得ましたが。)公衆電気通信法下の体制における「利用の公平」と,電気通信分野に競争原理が導入され電気通信役務は民営化された日本電信電話株式会社以下民間企業によって競争的に提供される建前になった電気通信事業法下の体制における「利用の公平」とは,「不当な」との3文字が入った時に異なるものとなったと考えるのが素直ではないでしょうか。電気通信役務提供の担い手が公権力から民間企業に変化したのですから,憲法14条1項の直接適用が当然ということにはならないでしょう。

 「不当な差別的取扱いをしてはならない。」という規定は,電気通信事業法6条に特有のものというわけではなく,多くの法令に見られます。例えば,電気事業法(昭和39年法律第170号)も,約款又は供給条件が「特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと。」を問題としています(同法19条2項4号・5項3号・9項4号・13項4号,19条の2第2項3号,24条2項3号,24条の3第3項5号,24条の4第4項4号)。皆が皆,憲法14条1項の私人間適用ということではないでしょうし,そうであれば電気通信事業法6条もそのように解すべきではないでしょうか。

 

(5)「公平」の行方

 また,電気通信事業法施行から3年目に出た電気通信法制研究会編著の『逐条解説 電気通信事業法 附:日本電信電話株式会社法』(第一法規出版・1987年)では,電気通信事業法6条の「利用の公平とは,電気通信役務の提供のやり方を含む一般的な義務であって,その規定の対象は,すべての電気通信事業者に及ぶが,訓示的規定である。」とされていました(34頁)。憲法の私人間適用どころか,訓示的規定でしかないということでした。

 ちなみに,日本電信電話株式会社等に関する法律(昭和59年法律第85号)3条は,日本電信電話株式会社並びに東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社が「電話の役務のあまねく日本全国における適切,公平かつ安定的な提供の確保に寄与」すべき旨定めていますが,ここでの「公平」は,1984年4月の政府提出法案には無く,参議院における修正によって追加されたものです(第102回国会参議院逓信委員会会議録4号(19841213日)28-29頁。『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)117頁参照)。政府としては,電電公社民営化後の電気通信役務提供体制において「公平」を前面に出す意思はそもそも余り無かったということのようです。なお,参議院における上記修正は,198412月4日の政府委員(澤田茂生郵政省電気通信局長)の答弁(「あまねく公平」な電話の役務の提供について,「電気通信事業法の7条〔現行6条〕の中におきましても利用の公平とかいうことについて規定をいたしておりまして,・・・そういう趣旨は十分明定をしているつもりでございます。」(第102回国会参議院逓信委員会会議録2号8頁))にかかわらずされたものですから,電気通信事業法6条の「利用の公平」規定は国会議員にも余り頼りにされていなかったようです。

 

3 「法的安定性」

 ところで,「法的安定性は関係ない」わけではありません。

そのゆえか,新しい電気通信事業法6条における「不当な」の3文字追加の意味は大きなものではなく従来の公衆電気通信法3条と実質的には変わらない旨示唆するような答弁が,1984年7月11日,電気通信事業法案の国会審議において政府委員(小山森也郵政省電気通信局長)からされていました。

 

  これは要するに特定の利用者を正当な理由なく差別して取り扱ってはならないという趣旨でございまして,例えて申しますと,正当な理由というようなことを考えてみますと,福祉電話,こういったときは一般の利用者とは異なった料金でこれは差別しておりますが,差別というのは逆の意味になりますけれども,これはやはりほかの利用者の犠牲において福祉のための電話等をカバーしているわけでございます。ただしかし,そういったときには合理的な意味での区分を設けたものとしてこういったものは差別の中の不当な差別ではない,こういうような考えでございます。(第101回国会衆議院逓信委員会議録15号2頁)

 

「不当な差別的取扱い」が請求原因に来るのではなくて,依然として「差別的取扱い」との請求原因に対して「正当な理由」が抗弁となるような具合です。

質疑をした委員(松前仰衆議院議員)は,上記の答弁にやや不満であったようですが,「まあこれについて多く議論したくないのですけれども,「不当な差別」,そういう言葉が出てくると不当でない差別というのは一体あるのかというような感じがするわけですね。ですから,「不当な」という言葉は入れなくても「差別的」で十分じゃないだろうか。前の法律〔公衆電気通信法3条〕はたしかそういうふうになっていたと思うのですけれども,そういうことを申し上げておきたいと思います。」と述べて次の質疑に移っており(第101回国会衆議院逓信委員会議録15号2頁),政府委員もその場において追加説明をあえてしてはいません。

31年後の現在においても,通信管理主体に対する憲法上の「平等保障」義務の直接適用が説かれています。いわく,「憲法上の平等原則は公権力に対する客観的法規範と解するのが通説・判例であることにかんがみれば,私人たる通信事業者がこの原則に即した行為を実施する義務はただちに導かれないようにもみえる。しかし,「通信の自由を前提にそこから通信の秘密の保護を導く見解」に基づけば,憲法上,通信事業者その他の通信管理主体はその通信役務の利用者間の「平等」を保障すること(・・・「平等保障」という。)に対する義務を負うという帰結が導かれ得る」と(海野敦史「通信役務の利用における「法の下の平等」に関する序論的考察―米国オープンインターネット規制の概観―」情報通信学会誌32巻1号(2014年)26頁)。

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1 はじめに(民事訴訟のイメージをどうつかむか)


 「貸したお金が返ってこない。困った。」


 というときには,最終的には民事訴訟を通じてお金を取り戻すということになります。

 しかし,民事訴訟のイメージは,一般にはやや分かりにくいようです。(大学新入生向けの「法学入門」の講義を担当された民事訴訟法学の大家であった三ケ月章教授も,「民事訴訟法,略して民訴法のミンソとは,眠たくなる眠素の意味だよ」と韜晦されていたところです。)


 「石松が,あっしから5両借りたのに,そんな金を借りた覚えはねぇってシラを切りやがって返さないんでさぁ。石松は江戸で学問も少しはしたと言うから,真っ当な人間になったと思って証文も取らずに貸してやったのに(そういえば,あの時立会人になってくれた遊び人の金さん,あれから姿を消しちゃったけど,どこへ行ってしまったのだろう。),あっしは悔しくて,悔しくて。お奉行さま,何とかしてくだせぇ。」


 と言って訴え出ると,お奉行さまが横着者の石松をお白洲に呼び付けて,


 「石松,その方,ここにおる政五郎から5両を借りたまま返さないであろう。神妙に耳をそろえて早々に5両を返せ。さもないと,お仕置きが待っておるぞよ。」


 と原告のために恐喝してくれ,かつ,


 「とんでもございません,お奉行さま。政五郎はうそをついているのでございます。そもそも,わたくしが政五郎から5両借りたとの証拠が無いではございませんか。5両もの大金,証文もなしに貸すなんてことがあるわけがないではございませんか。」

 

 と横着者が飽くまでもシラを切り通そうとすると,


 「やいやいやいやい。てやんでぇ。この桜吹雪がすべてお見通しでぇ。」

 「あっ,お前はあの時の立会人の,遊び人の金さん・・・。」


 と,お奉行自ら証人にまでなってくれ,


 「石松,その方,家財は没収,打ち首,獄門。」


 と胸のすくような刑罰まで科してくれる・・・というのは時代劇でのお話です。

 

 民事訴訟は,刑事訴訟とは違って,被告に刑を科するためのものではありません。(民事訴訟では「被告」は飽くまで原告から訴えられた立場の被告にすぎず,犯罪行為をした者として検察官から公訴を提起された刑事訴訟での「被告」とは異なります。ここでの「人」の有る無しは,法律の世界ではよくある,一字違うと大違いの一例です。

 また,裁判官が自分で証人になることはできません。証人となると,「除斥」されて,当該事件について裁判官としての職務の執行ができなくなります(民事訴訟法2314号。刑事訴訟でも同じ(刑事訴訟法204号)。)。時代劇の例えでいうと,桜吹雪の北町奉行は証人になってしまったのでお裁きができないから,南町奉行がする,というような感じになりますでしょうか。遊び人の金さんが,評判の悪い南町奉行・鳥居耀蔵のお白洲に,証人としてのこのこ出頭するというのも妙ですね。

 裁判所が原告又は被告のどちらかをえこひいきするということもありません。裁判所は,原告及び被告を公正に取り扱います。(この点については,ただし,明治5年(1872年)810日の司法省第6号が「聴訟之儀ハ人民ノ権利ヲ伸シムル為メニ其曲直ヲ断スルノ設ニ候得者候らえば懇説篤諭シテ能ク其情ヲ尽サシムヘキノ所右事務ヲ断獄ト混同シ訴訟原被告人ヘ笞杖ヲ加ヘ候向モ候ふ向きも有之哉これあるやニ相聞ヘ甚無謂いはれなき次第ニ付自今右様之儀無之様これなきやう注意可致事致すべきこと」と注意していますから,そのころまでは,民事訴訟において原被告に対して裁判所が拷問をすることもあったようです。)


 ということで,時代劇のお白洲と現在の裁判所は違うのだ,ということは分かりますが,これではまだ,民事訴訟のイメージをどうつかむかという,出発点の問題提起から一歩も進んでいません。さて,どうしたものか。

 何事も初めが肝腎ということで,民事訴訟における訴えの提起のために原告から最初に裁判所に提出される「訴状」という書面に着目して,民事訴訟のイメージの説明を試みてみましょう。(民事訴訟法1331項は「訴えの提起は,訴状を裁判所に提出してしなければならない。」と規定しています。ただし,例外として同法271条などがあります。)



2 民事訴訟規則53条1項と訴状の記載事項


 最高裁判所の定めた民事訴訟規則(これは,国会の制定した法律である民事訴訟法とはまた別のもので,民事訴訟法を補充しているものです(同法3条)。「法律」ではありませんが,憲法77条に規定があり,関係者が従うべきことは同じです。)の第531項は,訴状の記載事項について次のように規定しています。



民事訴訟規則53条1項「訴状には,請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいう。)を記載するほか,請求を理由づける事実を具体的に記載し,かつ,立証を要する事由ごとに,当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。」


 わずか1項,これだけの分量の規定なのですが,見慣れない概念というか言葉が,既にぎゅうぎゅう詰まっていますね。最初の「訴状」は,訴えを提起するために原告が裁判所に提出する書面であるということを前に説明したからよいとして,①「請求」,②「請求の趣旨」,③「請求を特定するのに必要な事実」である「請求の原因」,④「請求を理由づける事実」,⑤「立証を要する事由」並びに⑥「当該事実に関連する事実」及び「証拠」について,それぞれいわく因縁があるところです。

 以下順を追って説明します。


(1)「請求」

 「請求」は日常用語なのですが,民事訴訟法令でいう「請求」は,「一定の権利又は法律関係の存否の主張」ということです。(ここでいう「一定の権利又は法律関係」を「訴訟物」といっています。)

 「権利」又は「法律関係」という堅いものに係る主張なので,法律的に根拠のある主張でなければなりません。

 お江戸で学問を少々聞きかじってうぬぼれた石松が,そんな生学問など歯牙にもかけない政五郎に腹を立て,政五郎に尊敬心を持たせようと,同人を被告として裁判所に訴えを提起しようと思って弁護士に相談しても,「はて,政五郎さんの内心の真心において,あなたに対する尊敬心を政五郎さんに持ってもらう・・・政五郎さんの真心に関するあなたの不満に基づくその欲求が,あなたの法的権利といえますかねぇ。難しいですねぇ。」とひたすら困惑されるでしょう。(あるいは,「まあ,石松さん,まずはお寿司でも食べて機嫌を直してくださいよ。けれど,私はおごりませんよ。」とでも当該弁護士は考えているのでしょうが。)

 この点,貸したお金を返せ,という場合は,原告の請求は,「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」という堂々たる権利の存在の主張であるということになります。

 消費貸借契約とはまたいかめしい名前ですが,民法がそういう名前を付けているところです。民法第3編第2章は「契約」の章ですが,その第5節が「消費貸借」の節で,同節冒頭の第587条が「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還することを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずる。」と規定しているところです。


(2)「請求の趣旨」

 「請求の趣旨」とは,「一定の権利又は法律関係の存否の主張」(請求)をしたことによる結論のことです。訴状においては,裁判所から出してもらいたい判決の主文と同じ文言で書かれます。裁判所は,訴状のこの記載で,原告がどういう裁判を求めているかが分かるわけです。

 例えば,50万円貸したからせめて元本の50万円は返してくれ,という場合,「消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」という権利の存在を主張した結論としての「請求の趣旨」は,「被告は,原告に対し,50万円を支払え」との裁判を求める,と書かれることになります。

 なお,元本50万円の返還を求めて請求の趣旨に50万円と書いた以上,「政五郎は50万円と言っているけれども,石松の支払が遅れているんだから,政五郎のために年5パーセントの割合の遅延損害金も石松に払わせてやろう。」と,裁判所が気を利かせて50万円を超える金額の支払を命ずる判決を出してくれることはありません。民事訴訟法246条は,「裁判所は,当事者が申し立てていない事項について,判決をすることができない。」と規定しています。


(3)「請求を特定するのに必要な事実」である「請求の原因」

 「請求の原因」は,つづめて「請求原因」といったり,ここでの原因は「事実」であることから,その旨はっきりさせて「請求原因事実」といったりします。

 「請求を特定」しなければならないのは,確かに,そうです。例えば,原告が被告に対する消費貸借契約に基づく貸金返還請求権の存在を主張して「被告は,原告に対し,50万円を支払え」との裁判を求める場合,原告が被告に対して実は何度も50万円を貸していたときには,どの貸金50万円に係る貸金返還請求権の存在が主張されているのかが分からなければ困ります。このようなときには,消費貸借契約が締結された日付によってどの貸金返還請求権の存在が主張されているのかを特定することになりましょうか。(無論,請求の特定のためにどこまで「請求の原因」を具体的に書くかは,他との誤認混同の恐れの程度によって相対的に決まります。一日中に何度も貸付けがあったのならば,締結の「日」よりも細かい記載が必要になったりするでしょう。)


(4)「請求を理由づける事実」

 ここでの「請求を理由づける事実」の事実とは,「主要事実」のことです。

 しかし,「請求を理由づける事実」の事実とは「主要事実」であると,言葉を言い換えただけでは意味が無いですね。

 それでは主要事実とは何かといえば,「一定の法律効果(権利の発生,障害,消滅,阻止)を発生させる要件に該当する具体的事実」のことです。「要件事実」ともいいます。

 図式化すると,


 主要事実a   

 主要事実b

   

  主要事実x    

     

  法律効果(権利の発生など)


 ということになります。

 要するに,風が吹けば桶屋がもうかるではありませんが,要件(主要事実(要件事実))が充足されれば効果(法律効果)が出てくるというわけです。法律効果とそのための要件事実とを結び付けているのが法律の規定であって,法律学生はそこのところを勉強して,専門家になることを目指しているということになります。

 法律効果として,貸金返還請求権に基づく貸金返還請求が認められるためには,次のaからcまでの主要事実が必要です。

 

 主要事実a:金銭の返還及び弁済期の合意 

 主要事実b:金銭の交付

 主要事実c:弁済期の到来

      

 法律効果:貸金返還請求権に基づく貸金返還請求


 以上まででは,まだ抽象的な枠組みです。訴状には具体的な事実(そもそも事実は具体的なものですね。)を書いていかなければなりません。

 上記主要事実a及びbについては,例えば,次のように書きます。


「原告は,被告に対し,平成○年○月○日,弁済期を平成×年×月×日として,○万円を貸し付けた。」


 「貸し付けた」とは意外に平易な表現ですが,ここでは「貸し付けた」によって,金銭の返還合意及び金銭の交付が共に表現されています。


 政五郎が石松に貸した50万円を民事訴訟を通じて取り戻したいと思って弁護士に相談すると,弁護士としては,訴状を書くためには,いつ石松に50万円を渡したのか(主要事実b関係),いつになったら返すという約束だったのか(弁済期の合意。主要事実a関係)を当該事実の当事者たる政五郎に問いただすことになります。「えっ,先生,何でそんな細かいことを訊くんですか。」と言われるかもしれませんが,求める法律効果を得るために必要な主要事実に係る前記のような事情があるところです。具体的な事実を訴状に書かなければなりません。民事訴訟の場合,裁判所は,当事者の主張しない主要事実をしん酌してくれません。また,弁護士は「真実を尊重」するところであります(弁護士職務基本規程5条)。


(5)「立証を要する事由」

 「事由」というのもまた見慣れない言葉です。事由とは,「理由又は原因となる事実」のことです。抽象的な理由ではなく,その理由となる具体的な事実を指すというわけです。

 民事訴訟規則53条1項の文脈では,同項の「事由」は,「請求を理由づける事実」(前記の請求を理由づける主要事実(要件事実))のことになります。

 さて,「立証を要する事由」と書かれていますが,これは,反対方向から見ると,「立証を要さない主要事実(要件事実)」があるということを前提にしています。

 民事訴訟法179条は「裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は,証明することを要しない。」と規定しています。

 貸金返還請求に係る前記の主要事実のうち,弁済期の到来(主要事実c)は,暦を見れば分かる顕著な事実なので,証明(立証)することを要しないことになります。主要事実a及びbについては,そのような事実があった(「はい,わたくし石松は,政五郎さんから,平成○年○月○日,弁済期を平成×年×月×日として,50万円の貸付けを受けました。」)と被告が認めてくれれば(自白してくれれば),原告はそれらの立証を要しないことになります(これに対して,刑事訴訟では,被告人の自白だけでは,その被告人は有罪になりません(憲法38条3項,刑事訴訟法319条2項)。)。

 しかし,被告が金銭借受けの事実を否認した場合,原告は,それらの主要事実を立証しなければいけません。この立証が不十分で失敗すると,法律効果を発生させるために必要な要件が充足されていないというわけで,原告の請求は認められず,請求の趣旨に応じた「被告は,原告に対し,50万円を支払え」との判決がもらえないことになります。 


(6)「当該事実に関連する事実」及び「証拠」

 「証拠」には,証拠書類などの物的なもののほか,証人も含まれます。

 立証を要する主要事実(要件事実)を立証するために証拠が必要なのは,分かりやすいところです。「証拠を出せ,証拠を。」とお白洲で開き直るのは,時代劇で悪役がする定番の作法です。

 しかしながら,刑事訴訟の世界では組織力を持つ警察官等が強制力をも用いて証拠を捜査してくれるのですが,民事訴訟の場合はそうはいきません。

 民事訴訟における証拠調べは,裁判所が職権で行うものではなく,当事者のイニシャティヴに委ねられています。裁判所ではなく,当事者が証拠の収集・提出をしなければなりません。

 石松に貸した50万円を取り戻したいとの相談を政五郎から受けた弁護士は,まずは政五郎に証拠について尋ねることになります。


 「現金を渡したんでしたっけ。証拠になる契約書とか取ってありますか。」

 「うーん,ないんですよ。石松は,口ぶりはかしこぶって偉そうなんだけど,相変わらず,物を書くってことができなくてね。」

 「えっ,それはちょっと・・・。じゃあ,お金を貸す時にだれか一緒にいた人はいませんか。だれかいてくれていたのであれば,証人になってもらうよう頼みましょう。」

 「いやぁ,遊び人の金さんていう人がいて,立会人になってもらったんですがね。金さんあれからどこかへ行っちゃって,今どこにいるか分かんないんですよ。」

 「えっ。いや,その金さんて人の住所とか職場とか家族とか分かりませんかねぇ。」

 「いゃあ,金さんは遊び人だからねぇ。あっしとも,まぁ,行きつけの店での楽しい飲み友だちということで,余り身の上の細かい話は訊かなかったんですよ。そこんところは,先生,何とかなりませんかねぇ。」

 「えっ・・・。私は遊び人じゃないから,その方面には詳しくないですよ・・・。」


 次に,「当該事実に関連する事実」とは,立証を要する主要事実(要件事実)に関連する事実ということになります。しかし,関連する事実といわれるだけでは漠然としています。

 「関連する事実」には,①「間接事実」,②「補助事実」及び③その他の事情が含まれます。


ア 間接事実

 間接事実は,主要事実(要件事実)ではない事実で,その存否を推認させる事実です。

 主要事実の存否は,常に証拠(例えば契約書)によって直接証明され得るものとは限りません。その場合には間接事実を積み重ねて,正に間接的に主要事実の存否が推認されるようにしなければなりません。

 政五郎の主張する貸付日の直前に石松が別の知人に50万円の借金を申し込んで断られ,「こうなったら太っ腹の政五郎に頼るしかないか」と言っていた事実や,政五郎の主張する貸付日の直後にいつも貧乏な石松が「政五郎銀行さまさまだよ」と言いながら50万円の買い物をしたという事実などは,当該主張に係る貸付日に政五郎が石松に50万円を貸し付けたとの主要事実の存在を推認させる方向に働く間接事実といえるでしょう。

 民事訴訟規則53条1項の「関連する事実で重要なもの」としては,まず,重要な間接事実があるところです。

 

    主要事実――――認定――→法律効果

  証明  推認

   証拠   間接事実

    

 補助事実


イ 補助事実

 補助事実は,証拠の証明力(証拠の信用性など)に影響を与える事実です。

 例えば,遊び人の金さんの居場所が分かって証人になってもらう場合,金さんが「遊び人」をしているのは仮の姿で,実は金さんは,うそと不正とを認めることのできない立場である非常にお堅い仕事に就いている人であるという事実などは,当該証人の信用性を高める補助事実といえるでしょう。


ウ その他の事情

 主要事実又は間接事実若しくは補助事実に該当しない事情であっても,紛争の全体像を理解するために重要な役割を果たし,裁判所にとって有益であるものがあるところです。



3 まとめ


 また長い記事になってしまいました。

 反省しつつ,ここで要約をしてみると,次のようなことになるでしょうか。


 民事訴訟の場合,求める判決(「請求の趣旨」として訴状に書かれます。)というアウトプットを得るためには,そのための「一定の権利又は法律関係の存否の主張」(請求)をしなければならず,そこにおいて,一定の権利が存在することを理由づけるためには,まず,その権利が発生したとの法律効果を発生させる要件であるところの主要事実に係る主張をしなければならないこと。

 各種法律効果を発生させるために必要な主要事実は法律で決まっていること。(したがって,分かっている事実の範囲次第で,主張し得る法律効果も決まってくること。主張する権利の種類が変わることによって,そのために主張が必要になる主要事実も変わってくること。)

 相手方が自白してくれない主要事実は証拠等によって立証しなければならないこと。

 以上,民事訴訟においては,法律を介して出てくるアウトプットの前提であるインプットとして,事実の主張及び証拠の提出が必要であるが,このインプットが,実は裁判所ではなく,当事者が自分のイニシャティヴでするものとされていること(弁論主義)。捜査機関が犯人及び証拠を捜査し,検察官が公判で犯罪を証明する刑事訴訟とは異なること。


 やはり,分かりにくいですね。 

 いずれにせよ,依頼者の方々からの信頼に応えるために,まず弁護士が研鑽を積まなければなりません。(弁護士法2条は「弁護士は,常に,深い教養の保持と高い品性の陶やに努め,法令及び法律事務に精通しなければならない。」と規定しています。)

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