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1 民法370条ただし書後段に係る違和感

 

(1)条文

 民法(明治29年法律第89号)370条は次のような規定であって,難解ですが,筆者にとっては特にそのただし書後段の書きぶりが,かねてからしっくり感じられなかったところです。

 

  (抵当権の効力の及ぶ範囲)

  第370条 抵当権は,抵当地の上に存する建物を除き,その目的である不動産(以下「抵当不動産」という。)に付加して一体となっている物に及ぶ。ただし,設定行為に別段の定めがある場合及び債務者の行為について第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合は,この限りでない。

 

民法4243項は「債権者は,その債権が第1項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限り,同項の規定による請求(以下「詐害行為取消請求」という。)をすることができる。」と規定しています。ですから,民法370条ただし書後段の「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求」とは,同法4241「項の規定による請求」ということになるようです。民法4241項は「債権者は,債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし,その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは,この限りでない。」と規定していますから,「同項の規定による請求」とは,債務者が債権者を害することを知ってした行為であって,かつ,(以下は抗弁に回りますが)受益者がそのされた時において悪意であったものの取消しに係る債権者による裁判所に対する請求,ということになります。

民法4241項にいう「行為」には,法律行為のほか,弁済など厳密な意味では法律行為には当たらない行為も含まれるものとされますが(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)100頁),「旧法〔平成29年法律第44号による改正前の民法〕下では,単なる事実行為は含まれないと解されていたが,このような解釈を否定するものではない。」(同頁(注1))とされています。端的にいえば,「単なる事実行為は含まれない」そうです(内田貴『民法Ⅲ(第4版)債権総論・担保物権』(東京大学出版会・2020年)365頁)。

さて,抵当不動産に物が付加されて一体となるのは厳密にいえば事実行為であるから,それについて,本来は法律行為を対象とする(平成29年法律第44号による改正前の民法4241項は,詐害行為取消請求の対象として「法律行為」のみを規定していました。)詐害行為取消請求を云々するのはおかしいんじゃない,というのが筆者の違和感でありました。

 

(2)学説

 

  新370条ただし書後段は,どのような場合を想定しているのだろうか。たとえば,債務者が一般財産に属する自分の高価な貴金属を抵当権の目的物である建物の壁に埋め込んだとする。壁に埋め込めば,不動産の構成部分となるが,これは一般債権者を害する行為である。旧4241項は取消しの対象を法律行為に限定していたが,新4241項は単に「行為」に改めた。しかし,「行為」にはこのような純然たる事実行為は含まないと解されている(⇒365頁〔前掲〕)。そこで,新370条ただし書後段は,このような場合も,詐害行為としての要件を満たしていれば,付加一体物の例外を認めることにしたのである。不動産の構成部分である以上,一体として売却されるが,詐害行為であることについて悪意の抵当権者は,当該貴金属の価額分からは優先弁済を受けることができない。(内田495頁)

 

 事実行為であっても,民法4241項の「行為」性以外の「詐害行為としての要件を満たしていれば」,同法370条ただし書後段は働くということでしょうか。しかし,「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」(なお,平成29年法律第44号による改正前は「第424条の規定により債権者が債務者の行為を取り消すことができる場合」)とまで具体的に書き込まれて規定されてしまうと,やはり,事実行為については「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」なる場合はそもそもあり得ないのではないですか,と依然文句を言いたくなるところです。

 「一般債権者を詐害するような付加行為を認めない趣旨だが,付加行為は法律行為ではないからそれを取り消すことは無意味なので,抵当権者はそのような付加物に優先弁済権がないとしたものである。」といわれると(遠藤浩=川井健=原島重義=広中俊雄=水本浩=山本進一編『民法(3)担保物権(第3版)』(有斐閣・1987年)123頁(森島昭夫)),取り消すことができるのだが取り消しても「無意味」であるというよりはむしろ,そもそも取り消すことができないのではないですか,とこれまた文句を申し上げたくなります。

「第370条は「第424条ノ規定ニ依リ債権者(ママ)債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」をも,例外とする。実際に生じた事例は見出しえないが,強いて考えれば,負債の多い債務者が,一般財産に属する樹木または大きな機械などを,抵当権の目的となっている土地に移植しまたは据えつけて附合させる場合などがありうるであろう。債務者のかような行為は,一般債権者を詐害するものであるが,法律行為ではないから,第424条のように,これを取消すということは意味をなさない。一般債権者は何もしなくとも,抵当権の効力の及ばないことを主張しうる,と解すべきである。/建物についても全く同様である。とくに述べるべきことはない。」(我妻榮『新訂担保物権法』(岩波書店・1968年)266頁)とまでいわれると,ようやく,ああ,「取消権」の行使は「意味をなさない」からしないということであれば当該「取消権」なるものはそもそも無いっていうことが言いたいのではないかな,との感想が生じてきます。

 「抵当債(ママ)者が自分の物を抵当不動産に附着させて抵当権の目的物とすることによって他の債権者への弁済額を減らそうとして,つまり,抵当権者以外の債権者(同条の「債権者」は,この者のことである)を「害スルコトヲ知リテ」この附着行為をした場合,という意味であり,民法424条の要件が必要である(民法424条は「法律行為」に関するものだから同条そのものの問題ではない)。もっとも,実際はあまり問題になるまい。なお,〔略〕抵当不動産との附着の程度の強い場合には,抵当権の効力が及ぶと解されている。」(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1976年)249頁),すなわち,民法370条ただし書後段は「第424条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と規定してはいるものの「民法424条は「法律行為」に関するものだから同条そのものの問題ではない」のだ,わざわざ「第424条」云々と書いてあるけれども空振っているのだ,ちょっと変な条文なのだ,と割り切った説明をされる方が,筆者には分かりがよいところです。しかし,我は立法技術的にはおかしな条文なり,と堂々胸を張られるというのでは,困ったことです。

「法文トシテハ如何(いか)ニモ解シ()クイ」もので,「唯タ精神上テハ取消スコトカ出来ル場合ニ見エテ其実ハ其訴権ヲ以テ取消スコトノ出来ヌト云フコトニ為ツテ仕舞(ママ)考ヘ」られるところ,「其精神ハ宜シイカ法文ノ分ラサルカ為メニ〔現行民法〕起草委員ノ折角ノ御骨折カ水泡ニ帰シハスマイカ」とも思われてしまいます。

 

2 民法370条ただし書後段の沿革

 この難解な民法370条ただし書後段の条文の沿革をたどると,次のとおりとなります。

 

(1)ナポレオンの民法典2133条

 まず,1804年のナポレオンの民法典2133条。

 

   L’hypothèque acquise s’étend à toutes les améliorations survenues à l’immeuble hypothéqué.

  (成立した抵当権は,抵当不動産に生じた全ての改良に及ぶ。)

 

これは,我が明治政府のお雇い外国人・ボワソナアドにいわせれば,「恐らく言葉(ラコー)足らず(ニック)に過ぎ,かつ,疑問点を残すもの」であって(Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Tome Quatrième: des Sûretés ou Garanties des Créances ou Droits Personnels. Tokio, 1889. pp.386-387),「〔抵当不動産の〕増加については沈黙しており,また,改良の原因となるべき事由について説明していない」ものでした(Boissonade p.387)。

 

(2)ボワソナアド草案1206条及び旧民法債権担保編200条

フランス民法2133条の前記欠陥に対して,「ここに提案された解決策は,我々の考えによれば,フランス民法によって与えられるべきものである(celles qu’on doit…donner d’après le Code français)。」ということで起草された「解決策(solutions)」が(Boissonade p.387),旧民法に係るボワソナアド草案1206条です(Boissonade p.372)。

 

   1206.  L’hypothèque s’étend, de plein droit, aux augmentations ou améliorations qui peuvent survenir au fonds, soit par des causes fortuites et gratuites, comme l’alluvion, soit par le fait et aux frais du débiteur, comme par des constructions, plantations ou autres ouvrages, pourvu qu’il n’y ait pas fraude à l’égard des autres créanciers et sauf le privilége des archtectes et entrepreneurs de travaux, sur la plus-value, tel qu’il est réglé au Chapitre précédent. (2133)

      Elle ne s’étend pas aux fonds contigus que le débiteur aurait acquis, même gratuitement, encore qu’il les ait incorporés au fonds hypothéqué, au moyen de nouvelles clôtures ou par la suppression des anciennes.

  (抵当ハ寄洲ノ如キ意外及ヒ無償ノ原因ニ由リ或ハ建築,栽植又ハ其他ノ工作ニ因ル如ク債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ増加又ハ改良ニ当然及フモノトス但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ且前章ニ規定シタル如キ建築技師及ヒ工事請負人ノ増価ニ付キテノ先取特権ヲ妨ケス

  (抵当ハ債務者カ縦令無償ニテ取得シタルモノナルモ其隣接地ニ及ハサルモノトス但新囲障ノ設立又ハ旧囲障ノ廃棄ニ因リテ隣接地ヲ抵当不動産ニ合体シタルトキモ亦同シ)

 

 「債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ改良」に関して,ボワソナアドは次のように説明しています。

 

   次に,債務者の所為により,かつ,彼の費用負担によるところの改良,すなわち「建築,栽植又ハ其他ノ工作ノ如キモノ」である。ここにおいては,債務者がその資産(patrimoine)から取り出す物は債権者のうち一人の担保の増加のために債権者らの共同担保財産(gage général)から取り去られてしまう物であるという関係から,疑惑が生ずることになる。しかしながら,支出額(dépenses)の大きさは多様であり得ること及び多くの場合において当該支出は正当であり得ることから,法は,原則として,当該支出は抵当債権者の利益となるものとした。他方,濫用は可能であるところ,対抗策を直ちに示すためと同時にそれを防止するため,法は,まず,他の債権者に対して詐害となる場合を除外する。法は,次に,建築及びその他の工作は建築技師及び請負人に対して第1178条及び第1179条において規定される先取特権をもたらし得るものであることから,抵当による担保は,彼らが満足を得た後に残る増価分にしか及ばないことに注意を促す。(Boissonade p.387

 

ボワソナアド草案1206条が,ほぼそのまま旧民法債権担保編(明治23年法律第28号)200条となります。

 

  第200条 抵当ハ意外及ヒ無償ノ原因ニ由リ或ハ債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ増加又ハ改良ニ当然及フモノトス但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ且前章ニ規定シタル如キ工匠,技師及ヒ工事請負人ノ先取特権ヲ妨ケス

   抵当ハ債務者カ縦令無償ニテ取得シタルモノナルモ其隣接地ニ及ハサルモノトス但新囲障ノ設立又ハ旧囲障ノ廃棄ニ因リテ隣接地ヲ抵当不動産ニ合体シタルトキモ亦同シ

 

 旧民法債権担保編200条を梅謙次郎が修正したものが,現行民法370条となります。

 

(3)梅案365条ただし書後段

 

ア 条文

1894124日の第50回法典調査会に梅謙次郎が提出した現行民法370条の原案は,次のとおり(法典調査会民法議事速記録第168)。

 

 第365条 抵当権ハ其目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物ニ及フ但設定行為ニ別段ノ定アルトキ及ヒ第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス

 

 この梅案(松・竹・梅のうちの梅案ということではなくて,梅謙次郎案ということです。)では,更地であった抵当地の上に建物が建つと,その建物は抵当地に附加シテ之ト一体ヲ成シタル物であるということで,当該建物にも抵当権が及ぶことになっていたことに注意してください。

 なお,1895122日の第58回法典調査会に提出された民法419条案は次のとおりでした(法典調査会民法議事速記録第18119-120丁)。

 

  第419条 債権者ハ債務者カ其債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル法律行為ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得

   前項ノ請求ハ債務者ノ行為ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ其転得者ニ対シテ之ヲ為ス但債務者及ヒ転譲者ヲ其訴訟ニ参加セシムルコトヲ要ス

 

イ 梅の冒頭説明

梅の365条案ただし書後段について,同人の説くところは次のとおりでした(原文の片仮名書きを平仮名に改め,濁点及び句読点を補いました。)。

 

原文〔旧民法債権担保編200条〕1項の但書の処でありますが,「他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」,斯うあります。此趣意は勿論本条に於ても採用したのであります。即ち彼の廃罷訴権と法典に名附けてあります「アクシユ(ママ)ーレヤナ」の矢張り適用の中であることは疑ひないのであります。夫れならば寧ろ向ふの規定に総て従ふやうにしないと,御承知の通りに「アクシパーレヤナ」には夫れ夫れ条件がありまするので,唯だ詐害と云ふ丈けでは「アクシパーレヤナ」のことを意味しない。去ればと云つて此場合に限つて「アクシユパーレヤナ」と違つて規則に依て取消を許すと云ふのも理由のないことゝ思ひます。夫れで之は「第419条ノ規定ニ依リ」としたので,之は「アクシユパーレヤナ」の箇条を規定する積りであります。尤も一寸考へると,之は条文は要らぬのではないか「アクシユパーレナヤ」と云ふものは総ての場合に当嵌まるから此処でも言はぬで置けば総ての場合に当嵌りはしないかと云ふ疑ひが起るかも知れませぬが,夫れは然う云ふ訳には徃きませぬ。何ぜ然うかならば,「アクシユパーレヤナ」の規定が何か云ふやうな規定になるか知れませぬが,何れにしても,沿革上から考へて見ても,又私共が起草の任に当つたとして考へて見ても然うでありますが,此「アクシユパーレヤナ」と云ふものは法律行為を取消すと云ふのが其目的であらうと思ひます。夫れは「アクシユパーレヤナ」で出来る。即ち此処の所で言うても,債務者が或る請負人か何にかと或る契約を結んで,然うして家を建てるとか,或は建て増しをするとか不動産に改良を加へるとか,詰り其土地を抵当に取つて居る債権者に特別なる利益を与へやうと云ふ考へで然う云ふ事を致すと云ふ場合でありますれば其建築契約を取消すことは無論出来ますが,建築は既に成つて其代価は払つて仕舞つた其建物夫れ自身を「アクシユパーレヤナ」に依て取消す訳に徃きませぬ。建物を取消す訳に徃きませぬ。夫れで「アクシユパーレヤナ」の直接の適用としては,此場合に於ては適用はないでありませうが,唯だ条件を同じ条件にして「アクシユパーレヤナ」を行ふことが出来るやうな場合でありますれば,其加へた物丈けは,抵当権者の担保と為らずして債権者の一般の担保に為ると云ふならば,「アクシユパーレヤナ」の精神を無論貫くことが出来る。無論原文も然う云ふ意味であつたらうと思ひますが,唯だ条件は「アクシユパーレヤナ」と同じやうにしないと徃けないと思ひますから斯う云ふ風に書きました。(法典調査会民法議事速記録第169-11丁)。

 

ウ パウルス訴権(actio Pauliana

「アクシユパーレヤナ」とは何かといえば,ラテン語のactio Pauliana。「所謂「パウルス(○○○○)訴権(○○)actio Pauliana, action Paulienne ou révocatoire, Paulianische Klage oder Anfechtungsklage)」だそうです(梅謙次郎『訂正増補第27版 民法要義巻之二 物権編』(私立法政大学=有斐閣書房・1908年)508頁)。

パウルス訴権(パウリアーナ訴権)はローマ法上の制度であって,法務官法上の不法行為に係る訴権の一であり,次にように解説されています(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)232-234頁)。

 

  (一)歴史 4年のlex Aelia Sentiaは債権者詐害in fraudem creditorisの奴隷解放を無効とした〔同法(lex)は奴隷解放の要件を絞るためのもの〕。爾余の債務者の詐害行為には法務官は,(1)詐害的特示命令(interdictum fraudatorium〔特示命令は,訴権(actio)による普通手段の外に,純粋に法務官が創設した保護手段〕,(2)原状恢復in integrum restitutio。法律上一応は合法的形式を備えるが不当な結果が生じたときにその不当な結果を排除するのに用いられる。特示命令の外に法務官が創設した権利保護手段の一つ〕,(3)事実訴権actio in factum concepta。請求の表示が法律訴権のように一定の型にあてはめることを得ずして,具体的事実を記載し,判決をその有無にかからしめる場合の訴権〕等の救済手段を認めたが,ユ〔スティーニアーヌス〕帝は是等の保護手段を融合統一してパウリアーナ訴権(actio Pauliana)――glossema〔写本中の附註〕に基づく名称?――を作つたため,以前の歴史は不明になつている。

  (二)ユ帝法のパウリアーナ訴権の要件 (1)債務者の詐害行為 債務者の行つた譲渡,免除,新債務の負担の如き積極的行為のみならず,期限訴権の不提起,時効中断の懈怠の如き不作為も亦詐害行為である。但し人格権侵害訴権iniuriaの訴権。市民法上の不法行為訴権の一。iniuriaは,人の身体を傷つけ,無形的名誉を毀損し,公共物の使用を妨げるような行為(窃盗の未遂まで包含される。)〕,不倫遺言の訴〔適当額の遺産を近親に与えない遺言を不倫遺言(inofficiosum testamentum)といった。〕の如き訴を提起せず,又は相続を承継せず,遺贈を受領しないような利得行為をなさずとも,債権者は取消ができない。

  (2)債権者に対する実害の発生(eventus damni

  (3)債務者の詐害意思(consilium fraudis

  (4)債務者以外の者――実際的には最も通常の場合――に提起するには,有償行為の場合にはその者が詐害を知つたこと(conscius fraudis)。無償のときは知るを要しない。

  (三)性質効果 専決訴権actio arbitraria。金銭判決をなるべく避けるため,審判人に対し,判決前訴訟物自体の給付返還を被告に勧告すべき旨を命ずる文言の含まれている訴権〕,期限訴権actio temporalis。訴権消滅時効期間が30年以下のもの〕で,1年内に提起せられると全部の賠償義務,1年後は利得額の返還義務を発生する。加害者委附〔加害した奴隷又は動物を被害者に委附して復讐に委ね,あるいはその労働をもって罰金額損害額を弁済せしめる。〕を許さず,重畳的競合〔数人の加害者が存するとき,加害者の一人が罰金を支払っても他の加害者は依然責任を免れないこと。〕もしない〔略〕

 

 あるいは,「信義に反して債権者を害するような債務者の財産減少行為も,債権者を欺くものとして詐欺の関連で問題とされ,法務官法上,原状回復のための訴え(破産手続における破産財団への財産取戻し)や悪意の受益者に対する返還命令(特示命令)が認められた。ユスチニアヌス帝のもとで両者は統合され,その内容がパウルスの章句(Paulus, D.22,1,38,4)として伝えられるところから,「パウリアナ訴権(actio Pauliana)」と呼ばれる。債務者の詐害的行為に対する債権者取消権制度の原点である(日本民法第424条。〔略〕)。」ともいわれています(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法―ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)194-195頁)。ユスティーニアーヌス帝のDigesta(学説彙纂)中上記パウルスの章句は,次のとおり(拙訳は,あやしげですね。)。

 

In fabiana quoque actione et pauliana, per quam quae in fraudem creditorum alienata sunt revocantur, fructus quoque restituuntur: nam praetor id agit, ut perinde sint omnia, atque si nihil alienatum esset: quod non est iniquum (nam et verbum "restituas", quod in hac re praetor dixit, plenam habet significationem), ut fructus quoque restituantur.

  (債権者らに係る詐害となって逸出した物quae in fraudem creditorum alienate suntがそれによってper quam回復されるrevocanturファビウス及びパウルス訴権のいずれにおいてもin fabiana quoque actione et pauliana,果実もまたfructus quoque返還されるrestituuntur。というのはnam,法務官がpraetor,何も逸失しなかった場合とちょうどatque si nihil alienatum esset同様に全てがなるようにut perinde sint omnia取り運ぶからであるid agit。果実も返還されるようにすることもut fructus quoque restituantur,(というのはnam,本件において法務官が宣したquod in hac re praetor dixit「原状回復すべし」との言葉もet verbum "restituas",完全な意味を有しているのであるからplenam habet significationem)不当ではないところであるquod non est iniquum。)

 

 パウルス訴権は「実は謎に包まれた制度であり,この「パウルス」(Paulus)がどの時代の誰かも判然としない遅い産物」だそうです(木庭顕『新版ローマ法案内』(勁草書房・2017年)199頁)。

 

エ 梅謙次郎 vs. 磯部四郎

梅の365条案ただし書後段に関する前記最初の説明を聴いた上で,磯部四郎🎴が「又「第419条」と云ふのは多分「アクシヨンポーリアンド」〔ここの語尾の「ド」は,磯部の発音するおフランス語の“action Paulienne”に速記者が勝手に付加したものでしょう。ちなみに磯部は富山の出身です。〕の場合であらうと思ひますが,其条文の規定ニ依テ債権者と云ふのは抵当債権者でなく一般の債権者であらうと思ひますが,夫れを以て債務者の行為を取消した場合には,抵当権者の行為を取消したと云ふことは言はずして分つて居らうと思ひますが,殊に此但書以下の必要なる所以を伺ひたい」と改めて質問をしたのに対し(法典調査会民法議事速記録第1613丁),梅は次のように回答します。

 

 今御疑ひに為つたやうな意味でありませぬ。此「第419条」と云ふのは無論「アクシヨンポーリエス」〔梅のフランス語については,“action Paulienne”が「アクションポーリエス」となってしまっています。これはあるいは,和文タイピストが「ヌ」を「ス」と取り違えたのかもしれません。なお,ついでにいえば,国立国会図書館デジタルコレクションにおいてせっかく公開していただいている法典調査会民法議事速記録(日本学術振興会)でありますが,和文タイプの印字が,いささか潰れ気味で読みづらい。〕の積りであります。或は準用に為るかも知れませぬ。「アクシヨンポーリエス」の規則に従へば一般の債権者たる者が債務者の行為を取消すことの出来るやうな場合には,抵当設定者が取消される場合には,其行為を取消すのでない。家ならば家を建つて仕舞つた,其契約抔はてんで履行して仕舞つて金は払つて仕舞つた,けれども其金を払つたと云ふのは,例へばもう自分は無資力である近(ママ)内に破産の宣告を受けるかも知れぬ,抵当債権者は自分の親友である,是に少し特別の利益を与へたい,土地の価では足らぬから家を建てやるとか,或は今家は建つて居るが小さい,夫れに建て増しをして土地の価を増してやらうと云ふ,斯う云ふ訳で建てる。其建てた物を壊はすと云ふのではない,其行為を取消すと云ふのではない,けれども其建てた物に及ばない。抵当権が及ばない。矢張り夫れは一般の債権者の担保に為ると云ふ,斯う云ふ意味に為りますから,夫れで此明文が要ると云ふ考へであります。(法典調査会民法議事速記録第1613-14丁)

 

磯部はなおも釈然としません。むしろ不要論を唱えます。

 

  一般の債権者が取消すことを得る場合,其理由は能く分りましたが,勿論是丈けのことにして置いた所が,是れが行為を取消すことが出来る場合である場合でないと云ふことは矢張り裁判所でずつと調べて徃かなければ分ることでないと思ひます。果して裁判所で調べると云ふことになると,先刻仰言つた所の「アクシヨンポーリアンド」の中に為るか或は「アクシヨンポーリアンド」を実行し得ざる場合と為るかも知れぬと思ひます。然うして見ると,斯の如き規定がなくとも実際の便宜から考へて,却てない方が簡略で能く分りはしないかと云ふ考へが浮んで来ました。今,一体ヲ為シタル物ニ及フと云ふ通則の所に於て斯うして置かぬと不都合である,其不都合の所は特別の契約でしたときは仕方がないと云ふ先刻の御説明でありますが,特別の契約でも然う云ふ不都合が生ずるときは何んとか他に始末をしなければならぬ。夫れが甘く始末が着くならば,普通の場合でも甘く始末が着て徃かなければならぬと思ひますが,其処の所を一つ伺ひたい。夫れで「債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふものを定めるには,矢張り裁判所で定めなければならぬ。然うすれば寧ろ裁判所では「コントラクシヨン」をやつて来たもので差支へないではないか。又先程・・・実際に取消すことを得ると云ふ中に或は数へられると云ふことでありますが,私の考へでは数へられぬかも知れぬと云ふ考へが起りましたが,然うすると折角斯う云ふ明文が出来ましたが,実際には不必要に為りはしないかと云ふ疑ひが起りましたが,何う云ふものでございませうか,一寸伺ひます。(法典調査会民法議事速記録第1617-18丁)

 

確かに,民法370条ただし書後段については,その後「実際に生じた事例は見出しえない」(我妻266頁)とされたところではあります。

 梅の回答。起草の趣旨の繰り返しであって,磯部の不要論には正面から答えていません。

 

  私は斯う云ふ積りであります。即ち,私が磯部君に金を借りて居る,私の所有の地面を抵当に入れて金を借りて居る所が,私が無資力と為つて売ると云ふときに為ると,借りて居る丈けの価ひがない。夫れで私は無資力と云ふことを自から知つて居る,夫れであなたに向つて言つても宜し,言はなくても宜しいが,私の意思では,何うせ外の債権者に取られる位ならば外の人よりも磯部君丈けは迷惑を少なくさせたいものであると云ふ所から,然う云ふ場合に新たに入りもしない家を建てたとか,又は新に建て増しをしたとか,其場合に「アクシヨンポーリエス」を直ぐに行ふと云つても行はれぬ,「アクシヨンポーリエス」は行為を取消す名を持つて居るが,今のは行為を取消すのではない,行為は・・・先づ履行にてせんであつたと仮定を致します。其場合には,其建てた家と云ふものは磯部君の担保には為らぬと云ふことにならんと,磯部君の為めには大変都合が宜しいが外の債権者の為めには大変迷惑であると云う,斯う云ふことであります。然う云ふ場合には,即ち斯う云ふ意味に依て,夫れが法律行為であつたならば取消せる行為である,其場合には抵当権が後とから喰着けた物には及ばぬ。斯う云ふ意味に為るのであります。(法典調査会民法議事速記録第1618-19丁)

 

磯部はなおも喰い着いてきます。

 

  然うすると,債務者が一の債権者の利益を図る為めに他の債権者を詐害する考へを以て一つの建物を建てた,之は其建物に付て代価を払つた以上は其建物を壊はすことは出来ぬ,けれども其建物に付ては抵当債権者は権利は持たない,其土地丈けに付てしか抵当権は持たない,建物は他の普通債権者の権利が及ぶと云ふことに為る。其処で,何うでせう,他の債権者の利益を願つた為めに抵当債権者の利益を大変害するやうなことがありはしますまいか。何ぜならば,矢張り建物ならば何時でも其場合には地上権を設定しなければ仕方がないものと思ひますが,此「一体ヲ成シタル物ニ及フ」と云ふ通則の御説明の理由と,又此「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス」と云うことの御説明と大変抵触して来るやうな考へがありますが,どんなものでございませうか。(法典調査会民法議事速記録第1620-21丁)

 

 梅の回答。

 

  私は抵触しない積りであります。此場合に於てはどちらも債務者の所有物であつて然うして前の例の場合・・・其手続は競売法にても極まると思ひますが,然う云ふ場合は,土地と建物と同時に売る,売つて其内で土地の価が幾ら,家の価が幾らと云ふことを競売の場合に極める。然うして土地の価は抵当債権者に与へ,家の価は他の債権者に与へると云ふことに為らうと思ひます。(法典調査会民法議事速記録第1621丁)

 

次に磯部は――不要論はもう捨てたのか――要件論を論じ始め,梅と議論になります(法典調査会民法議事速記録第1621-24)。

 

  磯部四郎君 其処で抵当権の主義と云ふものがありますので,之が抵当債権者が・・・知つた時計りに夫れ丈けの規則で特に利益を与へやうと云ふのは,債務者丈けの考へで債権者に其考へがなかつたときは何うか。「アクシヨンポーリアンド」の実行条件でありますが,其処は何う為るのでございませうか。「ボアソナード」氏の元との200条でありますが,唯だ「他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」と云ふ丈けで,必ず「アクシヨンポーリアン(ママ)」の規則の適用を此処に持つて来たやうには見(ママ)ませぬが,今あなたの御起草に為つたのを見ると「第419条ノ規定ニ依リ」とありますから「アクシヨンポ(ママ)リアンド」の規則を其儘適用するやうに為らうと思ひますが,然うすると抵当権者が通牒してやつた場合を言ふのであるか,又は通牒せずとも唯だ債務者丈けが,私なら私を一つ利益してやらうと云ふとき丈けに当たるのでございませうか。

  梅謙次郎君 恰も其為めに此「第419条ノ規定ニ依リ」と云ふ規定が必要であらうと思つたのであります。即ち「アクシヨンポーリエス」の規定は何う云ふ風に極まるか分りませぬが,今の法典の儘であつたならば,御承知の通りに,有償行為に付ては双方の悪意を要し無償行為に付ては債務者丈けで宜しいと云ふ規定は或は変へらるるかも知れませぬが,若し其通りであつたならば,債務者が債権者から別段今催促を受けて居ると云ふのでも何んでもない,唯だ先刻私が申したやうに磯部君は親友であるから外の債権者は損をしても宜しいが是丈けは損をさせたくないと云ふ考へでやつたならば,夫れは無償行為であります。金を借りるときは是丈けで宜しいと云ふことで借りた,債権者は知らなくても宜しいことである。是は無償行為であります。然うでなく,債権者と談判をしてもう期限が来て催促をされる,夫れでは家を建つて斯う云ふことにしたい,実は私は斯う云ふ位置に為つて居るから私に差押抔の手続抔をしてからに破産の宣告でも受けるやうにしたらお前は損をしなければならぬから,今の内に自分から急いで家を建つて置かう,然うすればお前の抵当の目的物と為つてお前の方で損をせぬやうに為るから其代はり1ヶ月なり2ヶ月なり待つて呉れろ,宜しい,と云ふことに為つたらば,夫れは有償行為であります。夫れは一つの例でありますが,此有償行為ならば双方の悪意がなければならぬ。然うい云ふことになります。無償行為には悪意は要らぬと云ふことになるかも知れませぬが,何れにしても,「アクシヨンポーリエス」の場合に相手方の悪意が要ると云ふのに,此処の場合に限つて相手方の悪意が要らぬと云ふことは何うしても分らぬのであります。夫れで権衡を得るやうにして置かなければならぬと云ふので,態々「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふ風に書いたのであります。

磯部四郎君 一寸修正案を出さうと云ふ考へであります。段々伺ひましたが,何れ此「第419条ノ規定」と云ふもので,只今御述べになつた如くに,一の債務者が一の抵当債権者を特に利益する積りで抵当物に向つて一の建築をした,其費用等は已に弁済をして仕舞つて完全の所有権を持つて居る,夫れを即ち其建築物の配当金を抵当債権者に与へたと云ふ場合が「アクシヨンポーリアンド」で取消し得る場合と云ふものに嵌まりませうか。私の考へでは嵌まるまいと思ひます。「アクシヨンポーリアンド」と云ふものは,詰,債務者が債権者を詐害するの意思を以て己れの財産を匿して仕舞つたとか或は虚妄の負債でも拵へたとか云ふやうな場合に当嵌まるものと思ひます。現に自分の持つて居る物で金を借りても自分の土地に一の建物を拵へて自分の所有物を増加すると云ふのを取消し得る場合に於ては,到底此「アクシヨンポーリアンド」の規則では嵌まらぬと思ひますが,此一点からして既成法典の200条の「但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」と云ふことは之は「アクシヨンポーリアンド」の適用を此処に挙げたのではない,特に斯う云ふ場合を挙げたのと思ひます。「アクシヨンポーリアンド」の「アナロジー」でないか知れませぬけれども決して「アクシヨンポーリアンド」の適用を此処に挙げたのでないと思ひます。何ぜならば,只今御示しに為つたやうな場合は「アクシヨンポーリアンド」の規則の適用に依て徃くことの出来ぬ場合であらうと思ひますが,何うでございませいか。

  梅謙次郎君 私は然うは思ひませぬ。「アクシヨンポーリエス」の適用が当嵌まらぬと云ふのは,行為を取消すのでないから当嵌まらぬので,其事柄は矢張り「アクシヨンポーリエス」の規定で取消し得べき性質のものであると思ひます。何ぜならば,家を建てる,其家は競売に因て消(ママ)るのでありますが,其代はり代価を払はなければならぬ,成程相当の代価を,高い価を払へば損が徃く,夫故に随分建築夫れ自身ですらも取消されるかも知れぬ,契約夫れ自身でも随分取消されるかも知れぬ,殊に其建築した物をば直ぐ或る独りの債権者の特別担保にして仕舞(ママ)と云ふ,夫れは徃かぬと云ふのであります。若し此処で新に,磯部君に金を借りて居る,其抵当として1000円の形に500円の価しかない不動産を抵当に入れて居つた,夫れでは磯部君が損をするであらうと云ふので更らに私のもう一つ所有して居る500円の不動産を附け加へて抵当にすると仮定致します。此場合には,無論,「アクシヨンポーリエス」で適用が出来る。唯だ名義であるが,此処は「アクトアニユレー」〔acte annulé(取り消された行為)〕でないから,純然たる適用でない,所謂準用でありますが,準用は余程風の変つた準用でありますから,夫れで明文が要ります。

 
オ 磯部修正案及びその取下げ

 その後,磯部は次のように修正案を提出します。

 

  尚ほ私は末項の分に付て一の修正案を出さうと云ふ勇気を持つて提出致します。其訳は,法文の全体から考へると,精神と云ひ何うも斯くなければなるまいと私も考へるが,如何せん,「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふ法文は,精神は分りましたが,法文としては如何にも解し悪くい。先程梅君から御示しになつた例の如き場合は,所謂第419条の規則を以て取消すことは出来ないことに帰して仕舞(ママ)と思ひます。唯だ精神上では取消すことが出来る場合に見えて,其実は其訴権を以て取消すことの出来ぬと云ふことに為つて仕舞(ママ)と考へますから,其精神は宜しいが法文の分らざるが為めに今日の起草委員の折角の御骨折が水泡に帰しはすまいかと思ひます。却て右様な場合は利益を得る抵当債権者が実際上適用すると云ふ恐れがあります。寧ろ此処に「第419条ノ規定」と云ふことは言はぬで置て,既成法典の文章に傚つて私は二た通りに書て見ましたが,夫れは「及ヒ」の下に持つて来て「及ヒ他ノ債権者ニ対シテ詐害アルトキハ此限ニ在ラス」。斯うやつた方が此精神を悉く取りまして,然うして「アクシヨンポーリアンド」の規定でもなし,一の抵当債権者を単へに利するが為めにありもしない資力を以て建築をして他の債権者を害するやうな不都合をやつたときは,則ち抵当債権者は通謀のあると無きとに拘はらず兎に角債務者が他の債権者に対して詐害を為すの目的を以て右様な建築を為した場合には,縦令其一体を成した建築物と雖も抵当債権者は夫れに対しては先取特権(ママ)を持たないぞ,と云ふことが明に為らうと思ひますから,夫れで私は此365条の「及ヒ」までは此儘にして,「及ヒ」以下の「第419条ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ」と云ふこと丈け削除して,其代はりに唯だ此処に持つて来て「他ノ債権者ニ対シテ詐害アルトキハ」と云ふ丈けの文字を加へて,「此限ニ在ラス」を存して置くが宜しいと思ひます。夫れで然う云ふ修正説を提出して置きます。(法典調査会民法議事速記録第1631-32丁)

 

 しかしながら賛同者が無かったこと(あるいは単に“action Paulienne”の発音比べをさせられるのがいやなので,他の委員は黙っていたのかもしれません。)もあってか,磯部は上記修正説を取り下げてしまいます(法典調査会民法議事速記録第1638丁)。梅365条案の修正案(有名な「抵当地ノ上ニ存スル建物ヲ除ク外」が挿入されました。)が議された第51回法典調査委員会(189412月〔法典調査会民法議事速記録第1683丁には「11月」とあるが,これは誤り。〕7日)においても,再提出は結局されませんでした(法典調査会民法議事速記録第16131丁)。

 明治天皇に裁可せられた民法370条は,次のとおりとなりました。

 

  第370条 抵当権ハ抵当地ノ上ニ存スル建物ヲ除ク外其目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物ニ及フ但設定行為ニ別段ノ定アルトキ及ヒ第424条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス

 

同条ただし書後段に係る「法文トシテハ如何ニモ解シ悪クイ」との磯部の批判に対して敢然自己の原案を枉げなかった梅は,いわゆる確信犯だったわけです。
 梅は1910825日に大韓帝国の漢陽において歿しますが,翌1911827日付け読売新聞に掲載された磯部の回顧談には,「私は法典問題の起つた時のみ〔梅〕博士と一所になつた。兎も角博士は勉強家であり,又弁論家であつた。彼は〔略〕法律に関係したことは総て研究し,読破したが,余りにも議論家であつた為めに,時に或は其の論鋒にいくらか疑を抱かしめることもあつた。」とありました(東川徳治『博士梅謙次郎』(法政大学=有斐閣・1917年)231頁)。
 

3 民法370条ただし書後段の要件論及び立法論

 梅謙次郎によるところ,民法370条ただし書後段の要件は,次のとおりです。

 

其条件モ亦「パウルス」訴権ニ同シ即チ(第1)債務者カ他ノ債権者ヲ害スルコトヲ知リテ之ヲ為シタルコトヲ要ス而シテ他ノ債権者ヲ害スルトハ債務者カ已ニ無資力ナル場合ニ於テ金銭其他ノ財産ヲ以テ特ニ不動産ニ工作ヲ施シ以テ抵当権者ノ特別担保ヲ増加シ為メニ他ノ債権者カ受クヘキ弁済額ヲ減殺スルカ如キヲ謂フ(第2)其工事ヲ施スノ当時抵当権者カ右ノ事情ヲ知レルコトヲ要ス故ニ実際ハ大抵抵当権者ト抵当権設定者ト通謀シテ之ヲ為シタル場合ナルヘシ(424)然リト雖モ本条ノ規定ノ純然タル「パウルス」訴権ト異ナル所ハ(第1)「パウルス」訴権ハ以テ一ノ法律行為ヲ取消スヲ目的トスルニ本条ノ規定ハ工作ヲ施スニ付キ為シタル法律行為ヲ取消スニ非ス其行為ハ依然其効力ヲ存シ又工作物モ敢テ之ヲ除去スルニ非ス唯其工作物ヲ以テ抵当権ノ目的ト為スコトヲ得サルニ止マリ(第2)「パウルス」訴権ハ必ス裁判所ニ於テ之ヲ行フコトヲ要スルニ本条ノ規定ハ特ニ裁判所ニ請求スルコトヲ必要トセス右ニ掲ケタル条件ヲ具備スル以上ハ当然適用セラルヘキニ在リ是レ本条但書ニ於テ特ニ規定ヲ設クルノ必要アル所以ナリ(梅508-509頁)

 

 民法370条ただし書後段が問題となるのは,抵当権が実行されて(民事執行法(昭和54年法律第4号)180条),配当異議の申出の段階となって以降のようではあります(同法188条,89条・90条,111条)。しかしこの場合,債権者は配当異議の申出(民事執行法891項)をし,更に配当異議の訴えの提起(同法901項)をしなければならないのですから,やはり,「本条ノ規定ハ特ニ裁判所ニ請求スルコトヲ必要トセス右ニ掲ケタル条件ヲ具備スル以上ハ当然適用セラル」るわけではなく,結局「裁判所ニ請求スルコトヲ必要」とすることになるようです。なお,「配当期日において配当異議の申出をしなかった一般債権者は,配当を受けた他の債権者に対して,その者が配当を受けたことによって自己が配当を受けることができなかった額に相当する金員について不当利得返還請求をすることができないものと解するのが相当である。けだし,ある者が不当利得返還請求権を有するというためにはその者に民法703条にいう損失が生じたことが必要であるが,一般債権者は,債権者の一般財産から債権の満足を受けることができる地位を有するにとどまり,特定の執行の目的物について優先弁済を受けるべき実体的権利を有するものではなく,他の債権者が配当を受けたために自己が配当を受けることができなかったというだけでは右の損失が生じたということができないからである。」と判示する最高裁判所判決があります(最判平成10326日民集522513頁)。

 ところで,平成29年法律第44号による今次民法改正により,民法に第424条の3が加わったことをどう考えるべきでしょうか。民法370条ただし書後段の場合は,要は抵当債権者のために追加的に担保が供与された場合であるようですので,同法424条よりもむしろ同法424条の3にそろえて修文した方がよかったのではないでしょうか。「既存の債務について特定の債権者に担保を供与する行為は,〔平成29年法律第44号による民法の〕改正前の判例では,典型的な詐害行為とされてきた」ものの,「改正法は,特定の債権者に優先的に弁済する行為と同様に扱い,偏頗行為の一種として〔新424条の3の〕のルールを適用した。判例法の修正といえる。」とされています(内田369-370頁)。すなわち,「典型的な詐害行為」に係る「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」とは異なるということでしょう。

 そうであるとすれば,民法370条ただし書を,更に次のように改めてはいかん。

 

  ただし,設定行為に別段の定めがある場合及び第424条の3第1項又は同条第2項に規定する場合においては,この限りでない。

 

「○項場合において」と「○項に規定する場合において」との違いは,「「前項に規定する場合において」という語は,〔略〕当該前項に仮定的条件を示す「・・・の場合において(は)」,「・・・の場合において,・・・のときは」又は「・・・のときは」という部分がある場合に,この部分をうけて「その場合」という意味を表そうとするときに用いられる。したがって,当該前項中の一部分のみをうけるのであり,「前項の場合において」という語が,前項の全部をうけるのとは,明らかに異なる。」という説明(前田正道編『ワークブック法制執務(全訂)』(ぎょうせい・1983年)618-619頁)から御理解ください。

さて,「債務者カ已ニ無資力ナル場合」は,支払不能の場合(民法424条の311号)ということでよいのでしょう(「支払不能は,債務超過とともに,いわば,無資力概念を具体化・実質化するもの」です(内田367頁)。)。また,当該行為が債務者の義務に属せず,又はその時期が債務者の義務に属しないものであるときは更に30箇日支払不能前に遡るのであれば(民法424321号),民法370条ただし書後段においてもそうなるべきなのでしょう。「実際ハ大抵抵当権者ト抵当権設定者ト通謀シテ之ヲ為シタル場合ナルヘシ」なのですから,「その行為が,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであるとき」でよいのでしょう(民法424条の312号・第22号)。

泉下の磯部四郎も梅謙次郎も納得するものかどうか。

ちなみに,修正が必要であるとボワソナアドが批判していたナポレオンの民法典2133条ですが,現在はフランス民法23972項となっています。現在の同項の文言は“L’hypothèque s’étend aux améliorations qui surviennent à l’immeuble.”(抵当権は,当該不動産に生ずる改良に及ぶ。)です。確かに「全ての改良」が「改良」に改められるような微修正がされていますが,結局,ボワソナアドが細かくもわざわざ構想し,梅謙次郎が更に難しく手を入れて(かつ,磯部四郎の異論を撥ねつけて)出来上がった我が民法370条ただし書後段的規定の採用は,なかったわけです。

  

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1 共同不法行為の謎

 

   共同不法行為とは,719条という1カ条の条文に規定されているに過ぎない制度であるが,従来から大きな論争点のひとつであり,その解釈は混迷を極めている。なぜだろうか。

   まず,「数人が共同の不法行為に因りて他人に損害を加へたるときは各自連帯にてその賠償の責に任ず」と規定する1項前段は,加害者に連帯責任を課すことにより被害者を保護した規定らしいことは分かるが,「共同の不法行為」とは何かが明らかではない。また,共同行為者中の孰れがその損害を加へたるかを知ること能はざるとき亦同じ」と規定する後段は,加害者不明の場合の規定らしいことは分かるが,「共同行為」とは何かが明らかではない。そして,「共同の不法行為」と「共同行為」との関係も明らかではない。

   これらの点について,起草者の考え方自体はっきりせず(というより一貫せず),かつその後の学説も,各人各様で対立している。そして,判例も,何をもって共同不法行為と考えているのか,必ずしもはっきりしない。このような混迷の原因は,何のために719条があるのかについてそもそも見解が一致しないところにある。

        (内田貴『民法Ⅱ債権各論』(東京大学出版会・1997年)486-487頁)

 

こういわれると,民法(明治29年法律第89号)719条は避けて通りたくなるのですが,そうもいきません。

 

   このように,〔民法719条は〕理論的に問題の多い制度であることに加えて,とくに公害訴訟との関連で,実践的にも,この制度の理解いかんが実際の訴訟の結論に影響を与えることとなったため,以来注目を集めるに至っているのである。(内田Ⅱ487頁)

 

 ということでやむなく,かつて筆者は,夫子・内田貴弁護士の学説に従って民法719条を整理して理解し人にも説明しようと試みたのですが,やはりうまくいかない。

 

  「内田先生のあの本,共同不法行為のところ,何書いているのかさっぱり分からない・・・」

 

 との,某学部長先生(現在は第一東京弁護士会所属の弁護士)からかつて伺った御意見が,誠にむべなるかなと筆者の記憶中に改めてよみがえったところです。

 しかし,「現在のところ,719条の適用領域を画する基準については諸説が乱立し,帰一するところを知らない状況である。判例の考え方も明確ではない。」ということですから(内田Ⅱ490頁),何らかのもっともらしい理屈に基づき何かを言う限りは完全に間違った妄言ということにはならないのでしょう。その意味では,本稿を書きつつ筆者はやや気楽です。

 

  (共同不法行為者の責任)

  第719条 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。

  2 行為者を教唆した者及び幇助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する。

 

2 旧民法財産編378条並びにドイツ民法830条及び840条1項

 

(1)旧民法財産編378条の条文

民法719条の前身規定として同法起草者の一人である梅謙次郎によって挙げられているものには外国法の規定はなく,旧民法財産編(明治23年法律第28号)378条のみが示されています(梅謙次郎『民法要義巻之三債権編(訂正増補第30版)』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1910年)906頁)。

 

 第378条 本節〔第3節 不正ノ損害即チ犯罪及ヒ准犯罪〕ニ定メタル総テノ場合ニ於テ数人カ同一ノ所為ニ付キ責ニ任シ各自ノ過失又ハ懈怠ノ部分ヲ知ル能ハサルトキハ各自全部ニ付キ義務ヲ負担ス但共謀ノ場合ニ於テハ其義務ハ連帯ナリ

 

(2)ドイツ民法830条及び840条1項の各条文

しかしながら,日本民法719条とドイツ民法(我が民法第1編から第3編までの公布と同年の1896年公布)830条とはよく似ています。

 

       §830

  (1) Haben mehrere durch eine gemeinschaftlich begangene unerlaubte Handlung einen Schaden verursacht, so ist jeder für den Schaden verantwortlich. Das Gleiche gilt, wenn sich nicht ermitteln lässt, wer von mehreren Beteiligten den Schaden durch seine Handlung verursacht hat.

  (2) Anstifter und Gehilfen stehen Mittätern gleich.

 

     第830条

  1 数人が一の共同(gemeinschaftlich)にされた不法行為によって一の損害を惹起したときは,各人は当該損害に対して責任を負う。数人の関与者のうち(von mehreren Beteiligten)だれがその行為によって損害を惹起したかを知ることができないときも,同様とする。

  2 教唆者及び幇助者は,共同行為者と同様である(stehen Mittätern gleich)。

 

ただし,日本民法7191項は連帯債務であることを明言していますが,ドイツ民法8301項では「各人は当該損害に対して責任を負う。」とだけあってその点がなおはっきりしていません。ドイツ民法8401項を見なくてはなりません。ドイツでも連帯債務です。

 

        §840

  (1) Sind für den aus einer unerlaubten Handlung entstehenden Schaden mehrere nebeneinander verantwortlich, so haften sie als Gesamtschuldner.

 

     第840条

  1 一の不法行為から生ずる損害に対して数人が併存的に(nebeneinander)責任を負うときは,当該数人は連帯債務者として(als Gesamtschuldner)責任を負う。

 

(3)ドイツ民法第一草案714条(1888年)の条文

ドイツ民法830条は,1888年の第一草案では次のとおりでした(ドイツ民法の草案やその理由書・議事録がインターネットで見ることができてしまうので,髭文字を読解せねばならず,かえって大変です。)。

 

     §714

Haben Mehrere durch gemeinsames Handeln, sei es als Anstifter, Thäter oder Gehülfen, einen Schaden verschuldet, so haften sie als Gesammtschuldner. Das Gleiche gilt, wenn im Falle eines von Mehreren verschuldeten Schadens von den Mehreren nicht gemeinsam gehandelt, der Antheil des Einzelnen an dem Schaden aber nicht zu ermitteln ist.

 

     第714条

数人が(Mehrere),教唆者,行為者又は幇助者のいずれかとして,「共同」の行為(gemeinsames Handeln)によって一の損害をひき起こした(verschuldet)ときは,連帯債務者(Gesammtschuldner)として責任を負う。数人によってひき起こされた一の損害について当該数人が「共同」に行為していなかった(nicht gemeinsam gehandelt)場合において,しかし当該損害に係る各人の寄与分(Antheil)を知ることができないときも,同様とする。

 

ここで「共同」と括弧がついているのは„gemeinsam“であって,括弧なしの共同である„gemeinschaftlich“との訳し分けを試みたものです。

„Antheil“を「寄与分」と訳してみましたが,どうでしょうか。「原因力の大小等」(我妻榮『事務管理・不当利得・不法行為』(日本評論社・1937年(第1版))194頁参照)ともいい得るものでしょうか。(なお,ある結果に対してある事実が原因であるかどうかは厳密にはディジタル的な有無の問題であって,アナログ的な大小の問題ではないところです。)

 このドイツ民法第一草案714条は,見たところ,我が旧民法財産編378条と同じようなところのある規定であるようです。

 まず,ドイツ民法第一草案714条の第1文(「数人が,教唆者,行為者又は幇助者のいずれかとして,「共同」の行為(gemeinsames Handeln)によって一の損害をひき起こしたときは,連帯債務者(Gesammtschuldner)として責任を負う。」)は,我が旧民法財産編378条ただし書(「共謀ノ場合(であってすなわち当該「数人カ同一ノ所為ニ付キ責ニ任」ずる場合)ニ於テハ其義務ハ連帯ナリ」)と同じ規定であるように思われます(当該ただし書においては教唆者及び幇助者の取扱いについては明文で取り上げられてはいませんが。)。

ドイツ民法第一草案714条の第2文は,当該数人の「共同」の行為(gemeinsames Handeln)ではない場合ではあるが,それらの者の全員が各々当該損害の発生に何らかの寄与をしているときに関する規定であると読むことができます。我が旧民法財産編378条本文も,同条ただし書の場合以外の場合(共謀ではない場合)を含んでおり,かつ,「数人カ同一ノ所為ニ付キ責ニ任シ各自ノ過失又ハ懈怠ノ部分ヲ知ル能ハサルトキハ各自全部ニ付キ義務ヲ負担ス」というのですから,共謀でない当該場合において「数人カ同一ノ所為ニ付キ責ニ任」ずるのは,当該数人のいずれについても損害の発生の原因行為をしていることが認められるときであるということを前提とするもののようです(当該損害を惹起した「過失又ハ懈怠」の各人における存在を前提としているものと解されます。ただし,「同一ノ所為」であって「損害」ではないのですが,次に見るボワソナアドの草案では「所為」は"fait"ですので,ここでは,なされた結果に重点を置いて理解すべきなのでしょう。)。しかしながら効果については,ドイツ民法第一草案第2文は連帯債務とするのに対し,我が旧民法財産編378条本文は全部義務とするところにおいて,両者は相違します。

 

(4)ボワソナアド草案398条

とここで,旧民法財産編378条が基づいたところのボワソナアドの草案398条及びその解説を見てみる必要があるようです。少々長い寄り道となります。

 

   398.  Dans tous les cas prévus à la présente Section, si plusieurs personnes sont responsables d’un même fait, sans qu’il soit possible de connaître la part de faute ou de négligence de chacune, l’obligation est intégrale pour chacune, conformément à l’article 1074.

      S’il y a eu entre elles concert dans l’intention de nuire, ells sont solidairement responsables. [C. it. 1156]

  Boissonade, M. Gve, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxième, Droits Personnels et Obligations (Tokio, 1891) p.311

 

“concert dans l’intention de nuire”ですから,旧民法378条の「共謀」は,故意の加害に係る共謀ということになります。

イタリア民法典の第1156条が参考条文として挙げられていますが,残念ながら筆者はイタリア語をつまびらかにしません。

 ボワソナアド草案1074条とは,旧民法債権担保編(明治23年法律第28号)73条のことです。

 

       第4款 全部義務

  第73条 財産編第378条,第497条第2項及ヒ其他法律カ数人ノ債務者ノ義務ヲ其各自ニ対シ全部ノモノト定メタル場合ニ於テハ相互代理ニ付シタル連帯ノ効力ヲ適用スルコトヲ得ス但其総債務者又ハ其中ノ一人カ債務ノ全部ヲ弁済スル言渡ヲ受ケタルトキモ亦同シ

   然レトモ一人ノ債務者ノ為シタル弁済ハ債権者ニ対シ他ノ債務者ヲ免レシム又弁済シタル者ハ事務管理ノ訴権ニ依リ又ハ債権者ニ代位シテ得タル訴権ニ依リテ他ノ債務者ニ対シ其部分ニ付キ求償権ヲ有ス

 

             DE L’OBLIGATION SIMPLEMENT INTÉGRALE.

    ART. 1074. --- Dans le cas des articles 88, 152, 398, 519, 2e alinéa, et tous autres où l’obligation de plusieurs débiteurs est déclarée par la loi “intégrale ou pour le tout” à l’égard de chacun d’eux, il n’y a pas lieu de leur appliquer ceux des effets de la solidarité qui sont attachés au mandate réciproque, même après qu’ils ont, en tout ou en partie, subi la condemnation intégrale.

        Mais le payement fait par un seul libère tous les autres vis-à-vis du créancier, et celui qui a payé a son recours contre les autres pour leur part et portion, tant par l’action de gestion d’affaires que par les actions du créancier auxquelles il est subrogé de plein droit.

      Boissonade, M. Gve, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Quatrième, Des Preuves et de la Prescription, Des sûretés ou Garanties. (Tokio, 1891) p.162

 

ボワソナアド草案3981項は全部義務となる場合を規定し,同条2項は連帯債務となる場合を規定します。ボワソナアドによる同条の解説は,いわく。

 

  我々はここ〔ボワソナアド草案398条〕において,複数の人の用益に供され,又は複数の人に賃貸された家屋の火災に関して既に見たところ(草案88条及び153条参照)の責任の規整と同様の規整を見出す。

  この節において法が過失あるものと推定するところの複数の者(personnes que la loi présume en faute)中の各人についてその過失又は懈怠(négligence)の部分(part)を知り,かつ,決定することが可能である場合においては,彼らに対して全部義務(une responsabilité intégrale)を課することは衡平を欠くこととなろう。しかしながら,各個の過失の程度に係る当該確認は,ほぼ常に不可能である。そこで(alors),法は,各人が過失全体について有責であるものとみなすのである。読者は,第1074条について,債務に係るこの形態(cette modalité des obligations)――連帯債務(solidarité)の隣人ではあるが,それと混同してはならない――についての詳細を知ることができる。

  均一又は不均一に定められた持分において(pour des parts)複数の人によって所有される動物によって,又はそのような建物の崩壊によって損害(dommage)が惹起された場合においては,人はあるいは躊躇するであろう。この場合においては,衡平は,損害を生じさせた物に係る彼の所有権の割合に応じた責任以外の責任を各人に課することを許さないようにあるいは思われるであろう。しかし,これは幻覚である。例えば,建物の半分の持分の共有者でしかない者であっても,その半分のみについて建物を維持し,及び修繕するということは許されず,全体についてしなければならなかったのである。より強い理由をもって,危険な動物について,彼はそれをその全体について管理しなければならなかったのである。すなわち,その一部分以外については動物が管理されずにあり得るというようなことはおよそ考えることができない。共有者の各権利の割合に応じて責任を分割するものとする反対説は,知らず知らずのうちに,委付(abandon noxal)に係るローマの古い理論の影響を被ってしまっているのである。すなわち,生物又は無生物によって惹起された損害に係る責任から,損害の被害者に当該物を委付することによって逃れることを許す法制下においては,各共有者の責任がその持分を超え得ないことは明白である。しかしながら,この上なくより合理的かつ衡平な現在の制度は,もはやそうではない。そこにおいては,責任は,所有者の懈怠の上にのみ基礎付けられるのである。しかして,監督(surveillance)は性質上不可分であるので,責任は全部に及ぶものでなければならないのである。

  復数の人による過失(la faute de plusieurs)が意図的かつ共謀に基づくもの(volontaire et concertée)である場合においては,そうであればそれは私法上の犯罪(un délit civil)を構成するのであって,法は,複数の人による刑法上の犯罪の場合と同様に,そうであれば当該債務は連帯solidaire)であるものと宣言する。全部義務(l’obligation simplement intégrale)よりもより厳格な連帯債務(l’obligation solidaire)については,第4編第1部(第1052条以下)において説明される1

 

(1)〔ボワソナアドの原註〕古い案文においては,全ての場合において連帯義務(la responsabilité solidaire)となるものとされていた。その後,ここに示された区分(distinction)を我々(nous)は提案し,しかして当該区分は正式法文(第378条)に採用された。

Boissonade, Tome II, pp332-333

 

 「この節において法が過失あるものと推定するところの複数の者中の各人についてその過失又は懈怠の部分を知り,かつ,決定することが可能である場合においては,彼らに対して全部義務を課することは衡平を欠くこととなろう。」とありますから,その過失又は懈怠が,部分(part)としてはいかに小さいにせよ,損害の原因となっていることは証明されている,ということが前提とされているものでしょう。

 なお,そもそも「この節において法が過失あるものと推定するところの複数の者中の各人についてその過失又は懈怠の部分を知り,かつ,決定することが可能である場合」以外の場合(その過失又は懈怠の部分を知り,かつ,決定することが不可能である場合)において,分割債務(民法427条)又は連合ノ義務(旧民法財産編440条)の規定によらないこととされているのは,「数人の〔略〕債務者が同一内容の給付を〔略〕履行すべき義務を有し,而して〔略〕一人のなす履行によつて消滅する同じ数個の債権債務関係」が「不法行為又は債務不履行によつて損害を発生した場合」に発生するものとされていたローマ法(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)273-274頁)以来の伝統のゆえでしょうか。

 ローマ法における委付の話も出て来ますが,これは,「家長主人が権力服従者の加害行為に関し罰金又は損害額を支払う(noxam sarcire)代りに,加害者,加害動物を委附して(noxae dedere, noxae datio)その責を免れるを特色とする訴権を加害訴権(actio noxalis)という。〔略〕当初に於ては委附が本来の債務で,ただ支払によつて委附債務を免れ得たと解せられる。委附の目的は被害者の復讐に任せるにあつた。」というものだったそうです(原田234-235頁)。

 ボワソナアド草案88条は,次のとおり。

 

    88.  Si les choses soumises à l’usufruit ont péri par un incendie, en tout ou en partie, l’usufruitier n’en est responsable que si sa faute est prouvée en avoir été la cause.

      S’il y a plusieurs usufruitiers, la responsabilité est intégrale à la charge de chacun de ceux qui sont en faute.

  (Boissonade, M. Gve, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Premier, Des Droits Réels. (Tokio, 1890) pp.167-168

 

  第88条 用益権の目的である物の全部又は一部が火災により滅失した場合においては,用益者は,その過失が原因であったことの証明がない限り責任を負わない。

    用益者が複数であるときは,責任は,過失のあった者の各々について全部の支払となる。

 

 ボワソナアド草案882項についての同人の説明は,次のとおり。

 

法はまた,複数の共同用益者(plusieurs usufruitiers conjoints)が存在する場合であって,彼らについて共同の過失(faute collective)が立証されたときについて備えなければならなかった。この場合,彼らは連帯して責任を負うものと宣言すべきであったろうか,それとも彼らの責任を等分すべきであったろうか。これらの解決案のいずれも受け容れ難く思われた。すなわち,連帯は重きに過ぎ,分割は――一つの過失は複数の部分によってなされるものではないのであるから――非論理的であった。法は,中道を採るものである。すなわち,債務は全部義務であって(l’obligation sera intégrale ou pour le tout),連帯ではない。この解決は,第4編第1部において連帯債務(第1052条以下)及び全部義務(第1074条)がどのようなものであるかを読者が見たときに,よりよく理解されるであろう。(Boissonade, Tome I, pp.187-188

 

 ボワソナアド草案152条及び153条は,次のとおり。

 

 ..152.  Si les choses louées ont péri, en tout ou en partie, par un incendie, le preneur n’en est responsable que si l’incendie est prouvé avoir été causé par sa faute. [Contrà 1733.]

 

 ..153.  Au cas de plusieurs locataires de la même chose, tous ceux dont dont la faute est prouvée sont intégralement responsables de l’incendie.

  [Contrà 1734; L. fr. du 5 janv. 1883]

                                             Boissonade, Tome I, p.280

 

 第152条 賃借物の全部又は一部が火災により滅失した場合においては,賃借人は,当該火災はその過失を原因とするとの証明がない限り責任を負わない。(反対:フランス民法1733条)

 

  第153条 同一の物の賃借人が複数であるときは,そのうちその過失が証明された全ての者は,火災につき全部義務を負う。

  (反対:フランス民法1734条,フランス188315日法)

 

フランス民法1733条は賃借人の過失を推定し,同法1734条は連帯債務とし,フランス188315日法は,各自の住居の賃料に比例した責任を負うものとしていたそうです(Boissonade, Tome I, p.288)。

 

(5)ドイツ民法第一草案714条の理由書(Motive

 さて,再びドイツ民法第一草案714条。

 同条について,ドイツ民法第一草案理由書(Motive)は,次のように述べます。

 

教唆者,行為者又は幇助者のいずれかとして,「共同」の行為によって一の損害をひき起こした数人は,連帯債務者として責任を負う,という規定は,現行法を踏襲(wiedergeben)するものである。もっとも,普通法理論においては(in der gemeinrechtlichen Theorie),そのようなものとしての教唆者の責任について,異論がある。しかしながら,今日の法にとっては,そのような論争に意義は認められない。

同様の連帯債務者責任(die gleiche gesammtschuldnerische Haftung)が,数人によってひき起こされた一の損害の場合であって,当該数人が「共同」に行為しておらず(diese Mehreren nicht gemeinsam gehandelt haben),しかし当該損害に係る各人の寄与分を知ることができないときに生ずる(ザクセン法典第1495条,バイエルン草案第71条,ドレスデン草案第128条を参照)。この規定は,当該数人全員(die sämmtlichen Mehreren)が共通の不法行為の基礎に基づいて(nach allgemeinen Deliktsgrundsätzen)具体的な形で(in concreto)責任を負う(ein Verschulden trifft),という前提の限りにおいて(vorausgesetzt immer),どの行為が当該損害を直接(gerade)惹起したかが不確か(ungewiß)であるときにも特に適用を見るものである(greift namentlich auch Platz)。当該規定は,例えば,乱闘における(in Raufhändeln)致死事案(Tödtung)又は傷害事案(Körperverletzung)について実用的(praktisch)であろう。

事後援助者(Begünstiger)又は隠匿者(Hehler)の責任義務についての規定は,必要ではない。彼らが彼ら自らの行為によって(第704条及び第705条。刑法第257条以下参照)損害を惹起した限りにおいては,これらの者の損害賠償義務は自明のことである。他者の不法行為によって獲得された利益(Vortheile)について自ら不法行為をすることなく参与する(partizipiren)第三者は,その限りにおいて(insoweit)被害者に対して責めを負うものとする一般規定は,しかし,有益であるかもしれない(positiv wäre)。不法行為者(Delinquent)が参与を認めた第三者に対しての利得返還請求の可否の問題は,本草案の一般原則によって解決される。

 

 ここで,「どの行為が当該損害を直接惹起したかが不確かであるとき(wenn ungewiß ist, welche Handlung gerade den Schaden verursacht hat)」の問題は,寄与分の大小ではなく,そもそもの寄与(原因性)の有無に係る問題であるように思われます。ドイツ民法第一草案7142文の「しかし当該損害に係る各人の寄与分を知ることができないときder Antheil des Einzelnen an dem Schaden aber nicht zu ermitteln ist)」の文言の枠内にとどまるものか否か。


(6)ドイツ民法第二草案(1894年)に係る議事録(Protokolle)をめぐって

 ドイツ民法第一草案714条の文言は,同第二草案(1894年)753条において既に現行ドイツ民法830条の文言になっています。

 第一草案から第二草案への移行においてどのような議論があったのか。第二読会委員会の議事録(Protokolle der Kommission für die Zwite Lesung)は,いわく。

 

   その第1文に対しては異議の提起がなかった第714条について,第2文を次のようにすべきだとの提案がされた。

 

     数人が非共同的に行為し,かつ,だれの行為が損害を惹起したかを知ることができないときも,同様とする。Das Gleiche gilt, wenn Mehrere nicht gemeinschaftlich gehandelt haben und sich nicht ermitteln läßt, wessen Handlung den Schaden verursacht hat.

 

   当該提案は,採択された。ただし,文言(Fassung)については,編集委員会(die Red. Komm.)の審査(Prüfung)を受けるものとされた(blieb…vorbehalten)。

   当該提案は,第714条第2文の規定が次のような場合においても適用されることを明らかにしようとするものである。すなわち,違法な結果(ein rechtswidriger Erfolg)が,当該行為に係る数人の関与者の合同作業(das Zusammenwirken mehrerer an der Handlung Betheiligten)によってではなく,数人の関与者中の一人の行為(die Handlung eines von mehreren Betheiligten)によってもたらされたものの,当該行為を行った者(der Urheber)がだれであるか証明(nachweisen)できない場合である。したがって,当該行為をした数人中の(von den mehreren Handelnden)一人が当該損害を惹起したこと,当該損害は当該数人中のいずれによっても(von einem Jeden)惹起された可能性があること(möglicherweise...verursacht ist),及び行為者中の各人について(in der Person jedes der Handelnden),彼が損害惹起者(der Schädigende)であるときは,やはり不法行為責任を問い得ること(auch Verschuldung vorliegt)が前提されれば足りるものである。例えば,乱闘において(bei einem Raufhandel)数人がある一人に殴りかかり,かつ,当該殴打のうちの(von den Schlägen)一つが死をもたらした場合であって,当該致命的殴打がだれから直接出来したかが証明され得ないときには,第714条が適用され得なければならない。現草案によれば(nach dem Entw.),このような場合においては,第714条第1文の適用が疑わしくなるようなのである(würde...zweifelhaft sein)。

     委員会は,一の「共同」の非行に係る関与者の責任義務(Haftpflicht der an einem gemeinsamen Vergehen Betheiligten)をそのように法律上拡大することを承認した。

 

 前記議事録に記載された第7142文の改正案(以下「ドイツ民法83012文プロトコル案」又は単に「プロトコル案」といいます。)は,大胆です。

ドイツ民法83012文プロトコル案の文言であれば,「ある場所で喫煙した数人のうちの,だれかが吸いがらの始末を怠ったために出火した場合」(幾代通著=徳本伸一補訂『不法行為法』(有斐閣・1993年)228頁),「Aは猟に出かけ,Xを猪と間違えて猟銃で撃ってしまったが,同時に,同じく猟に来ていたBも,Xを猪と思って銃で撃った。弾丸は一発だけがXに命中し,Xは瀕死の重傷を負ったが,その弾丸がABいずれのものかが分からなかった(たまたま両者の銃が全く同じ物だったとしよう)」場合(内田Ⅱ489-490頁),山の上からハイカーA及びBがそれぞれ別々に不注意に石を投げて,そのうち一つの石が下の道を歩いていた人に当たって怪我をさせたが,その石を投げたのがAなのかBなのか分からない場合(内田Ⅱ492頁参照)等についても,ドイツ民法83011文の適用(「各人は当該損害に対して責任を負う」)があるものでしょう。「数人が非共同的に行為したとき(Mehrere nicht gemeinschaftlich gehandelt haben)」であっても大丈夫であることが明文化されているということは,心強いところです。

しかしながら,ドイツ民法案起草に係る編集委員会(die Red. Komm.)は,ドイツ民法83012文プロトコル案を大幅に修正しています。

一番大きな変更は,「非共同的に(nicht gemeinschaftlich)」との文言が落とされたことです。やはり,損害を惹起させたことの積極的証明のない者にまで当該損害に係る賠償責任を負わせるには,「共同的に行為する(gemeinschaftlich begehen)」ことは必須であると判断されたものでしょうか。これに対して,ドイツ民法第一草案7142文の場合は,損害に対する寄与分(Antheil)がどれだけかが既に云々されている段階の者に係る損害賠償の分量が問題になっていた(すなわち,既に因果関係は認められていた)ところです。

そうであれば,ドイツ民法83012文の意義は,「例えば,乱闘において数人がある一人に殴りかかり,かつ,当該殴打のうちの一つが死をもたらした場合であって,当該致命的殴打がだれから直接出来したかが証明され得ないときには,第〔830〕条が適用され得なければならない。〔かつての〕草案によれば,このような場合においては,第〔830〕条〔第1項〕第1文の適用が疑わしくなるようなのである。」という疑問を解消するための,為念的規定ということにすぎなかったものでしょうか。確かに,プロトコル案採択の趣旨も,「委員会は,一の「共同」の非行に係る関与者の責任義務(Haftpflicht der an einem gemeinsamen Vergehen Betheiligten)をそのように法律上拡大することを承認した。」ということであって,「一の「共同」の非行(ein gemeinsames Vergehen)」という縛りがかかっています。

ドイツ民法第一草案7142文に係る理由書の記述も「この規定は当該数人全員die sämmtlichen Mehrerenが共通の不法行為の基礎に基づいてnach allgemeinen Deliktsgrundsätzen具体的な形でin concreto責任を負うein Verschulden trifft),という前提の限りにおいてvorausgesetzt immer),どの行為が当該損害を直接gerade惹起したかが不確かungewißであるときにも特に適用を見るものであるgreift namentlich auch Platz。」というものであって,「共通の不法行為の基礎」という枠内限りでの適用拡大で満足し,それ以上の野心的主張はしていなかったところです。
 また,ドイツ民法83011文と同条2項とは共にgemeinschaftlich(又はgemeinsam)な場合であるので,その両者に挟まれた同12文もgemeinschaftlichな場合に係る規定であると解するのが自然でしょう(オセロ・ゲーム的思考:●○●→●●●)。

 ところで,ドイツ民法83012文ではプロトコル案とは異なり「非共同的に(nicht gemeinschaftlich)」との文言が落ちているのですが,そうなるとそれに対応する「数人が「共同」に行為していなかった(nicht gemeinsam gehandelt)場合」に係るドイツ民法第一草案7142文の規律はどこに行ってしまうのかが気になるところです(ドイツ民法83012文も同項1文と同様に共同(gemeinschaftlich)性の枠内にあると解する場合)。この点,ドイツ人は抜かりのないところで,ドイツ民法8401項が受皿規定になっています(ただし,「当該損害に係る各人の寄与分を知ることができないとき」に限らず,連帯債務となります。)。ドイツ民法8401項はドイツ民法第二草案7641項に由来していますが,ドイツ民法第二草案764条については,既にそこにおいてドイツ民法第一草案713条,714及び7362項が原規定である旨如才なく註記がしてありました(なお,法典調査会民法議事速記録41115丁を見ると,我が民法の第719条の起草に当たっての参照条文としてドイツ民法第一草案714条及び同第二草案753条(現行ドイツ民法830条)は挙げられていますが,同第二草案764条(現行ドイツ民法840条)には言及されていません。)。ドイツ民法8401項の「一の不法行為から生ずる損害に対して数人が併存的に責任を負うとき」との文言は,我が旧民法財産編378条本文の「数人カ同一ノ所為ニ付キ責ニ任」ずるときとの文言を彷彿とさせるようでもあります。

 

3 フランス語訳(富井=本野)から見た日本民法719条

「起草者の考え方自体はっきりせず(というより一貫せず)」と内田弁護士には評されているものの,現行民法の起草者の一人である富井政章が,本野一郎と共にした日本民法のフランス語訳(筆者の手元には,新青出版による1997年の復刻版があります。)における第719条は,次のとおり。

 

   ART. 719. --- Lorsque plusieurs personnes ont causé un dommage à une autre par un act illicite commis en commun, elles sont tenues solidairement à la réparation de ce dommage. Il en est de même, lorsqu’il est impossible de reconnaître lequel des coauteurs de l’acte a causé le dommage.

   L’instigateur et le complice sont considérés comme coauteurs.

 

 筆者の手許の辞典(Nouveau Petit Le Robert, 1993)では,“coauteur”とは“Participant à un crime commis par plusieurs autres, à degré égal de culpabilité”とされていますから,これは「共同正犯」ですね。

 また,富井=本野フランス語訳日本民法7191項第2文では“l’acte”と定冠詞付きの「行為」が問題となっていますから,同文は第1文の続き(その内容に関する敷衍)であって,第1文とは別の場面のことを新たに規定しようとするものではないようです。ドイツ民法83012文プロトコル案風に“Il en est de même, lorsqu’il est impossible de reconnaître lequel des acteurs qui n’agissaient pas en commun a causé le dommage.”と読み替えるのは,なかなか難しい。

 となると,民法71912文(後段)は,同項1文(前段)を承けて,共謀に基づき当該不法行為を行った当該数人の者たる「共同行為者」(les “coauteurs”)のうちだれの行為によって当該損害が惹起されたかまでが明らかにされずとも,その全員について連帯債務関係が生ずることには変わりがない旨が規定された,ということになるのでしょう。

 かくして日本民法7191項後段は,本来は,さきに筆者が理解したところのドイツ民法83012文に係る前記為念的趣旨と同じ趣旨の規定だったのでしょうか。そうだとすると,プロトコル案流に「〔民法7191項〕後段の規定の存在理由は,当該数人の者の間には〔同項前段〕の型におけるような主観的共同関係が存在しない場合にも,なお被害者の保護の機会を大きくするために特に政策的に認められた推定規定」であって,だれだか分からないがそのうちのだれかが吸いがらの始末を怠ったために出火したことは確かである事案における容疑者が属するのが「一般公衆が自由に出入りできる場所でたまたま同時に喫煙していた数人といったような」「偶然的な状況の場合であっても,本1項後段の適用を認めてよい」(幾代228-229頁・229頁註3),「ABいずれの行為と損害との間に事実的因果関係があるのか不明であるにもかかわらず,両者に連帯して全損害について賠償責任を負わせることを定めたのが〔民法7191項〕後段だというわけである」,「1項後段の法律的意味は,加害者が不明である限り因果(●●)関係(●●)()推定(●●)する(●●)というところにある」(内田490頁,492頁)とまで大胆に言い切ることは,類推適用の主張であればともかくも,躊躇されます。当該躊躇に対しては,「これに対しては,それでは責任を負わされる容疑者の範囲が不当に広くなる,との批判が出るかもしれないが,「加害者は,この数人のうちのだれかであり,この数人以外に疑いをかけることのできる者は一人もいない」という程度までの証明があり,かつ各人に因果関係の点を除いてそのほかの不法行為の要件がすべて揃っているときに本規定の適用があると解するならば,不当ではあるまい。」(幾代229頁註3)との叱咤があります。ドイツ民法83012文プロトコル案の提案者もそのようなことを言っていたところです。しかし,当該プロトコル案は結局そのままでは採用されず現行ドイツ民法83012文(及び日本民法7191項後段)の文言に変更されている,という事実の重みは厳として存在しています。民法7191項後段が「共同(●●)行為者(●●●)中・・・」といっているのがやや気になる点である」(幾代229頁註3。下線は筆者によるもの)程度どころか,いろいろ気になる筆者にとっては,大いに問題です。

(ただし,ドイツ民法83012文は„Das Gleiche gilt, wenn sie nicht ermitteln lässt, wer von mehreren Beteiligten den Schaden durch seine Handlung verursacht hat.“であってDas Gleiche gilt, wenn sie nicht ermitteln lässt, wer von den mehreren Beteiligten den Schaden durch seine Handlung verursacht hat.“ではなくかつ„Beteiligten“であって„Mittätern“ではないのでプロトコル案的解釈を許容する余地があるのだということになるのかもしれません。

  

4 主観的共同関係のない旧民法財産編378条本文の場合に係る適用条文の行方の問題

 

(1)削られた全部義務関係規定

ところで,前記見てきたところにかんがみ,日本民法719条をドイツ民法830条と同趣旨の規定と考え,日本民法7191項前段の規整対象は,「主観的共同関係のある場合の共同不法行為」すなわち「数人が共謀して強窃盗をしたり,他人に暴行を加えるなど,数人が共同する意識をもって行動した結果として他人に損害を与えた場合」であると解すると(幾代225頁),旧民法財産編378条との関係で問題が残ります。つまり,現行民法719条は旧民法財産編378条のただし書(共謀の場合に係ります。)に対応するものであると理解した場合,それでは爾余の旧民法財産編378条本文の規律(全部義務の場合を定める。)はどこへ行ってしまったのだろうか,という問題です。ドイツ民法の場合は同法8401項で拾い得るのですが(ただし,効果は連帯債務),我が民法においては見たところ規定を欠くようです。

「古い案文においては,全ての場合において連帯義務となるものとされていた。その後,ここに示された〔全部義務との〕区分を我々(nous)は提案し,しかして当該区分は正式法文(第378条)に採用された。」とProjetにおいてボワソナアドが自慢していた新工夫の全部義務の制度に係る規定が,現行日本民法では落とされてしまっていることと関係があるようです。

 

  連帯債務の性質に関しては,〔略〕連帯債務の中に共同連帯Korrealobligation)と単純連帯Blosssolidarobligation)とを分け,〔略〕第19世紀の中葉以後,〔略〕2種共に多数の債務が存するものであって,ただ前者はその多数の債務の間により一層緊密な関係があるに過ぎない,とする説がこれに代った。そして,近世の立法はいずれも,連帯債務の中に2種を区別することをしない(フ民1197条以下,ド民421条以下,ス債143条以下――ドイツ民法,スイス債務法は単純連帯の主要な場合である共同不法行為もこれを連帯債務とする(ド民830条〔筆者註:ここは,正確には,前記のとおり8401項でしょう。〕,ス債50条)。但しフランス民法には規定はない)。わが民法もまたこれにならった432条〔現在は436条〕以下,719条――旧民法は連帯債務の他に連帯でない全部義務を認める(財378条・439(ママ)条〔筆者註:「437条」の方がよいようです。〕以下)。その差は,前者においては債務者間に代理関係があり,後者においてはそうでない点にある(債担52条・73条))。(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店・1964年(第10刷は1972年))401頁。下線は筆者によるもの)

 

 どうでしょうか。「やっぱりもともとフランス民法には無かったし,ドイツ民法草案にも無いし,ボワソナアドの思い付きに係る新奇の「全部義務」などというものは,一度は我が民法に入れることにしたけれど,やめておいた方が「日本人は変だ」と言われなくて無難じゃないの」というような決定が現行民法の起草者間でされたかのように思わせられる記述です。ボワソナアドの渋面が目に浮かびます。

全部義務の日本民法典からの消滅に係る事情について,梅謙次郎は何と言っているかというと,次のごとし。

 

 連帯債務ハ従来分チテ完全(○○)ナル(○○)連帯(○○)Solidarité parfaite)及ヒ不完全(○○○)ナル(○○)連帯(○○)Solidarité imparfaite)ノ2トセリ而シテ旧民法ニ於テハ甲ヲ単ニ連帯(○○)ト謂ヒ乙ヲ全部(○○)義務(○○)ト謂ヘリ而シテ2者ノ分ルル所ハ代理ノ有無ニ在リトセリ然レトモ新民法ニ於テハ連帯ヲ以テ必スシモ代理アルモノトセス而モ或場合ニ於テハ幾分カ代理ニ類スル関係ヲ生スルモノトセリ故ニ其性質タルヤ旧民法ノ連帯ト全部義務トノ中間ニ在ルモノト謂フヘシ而シテ当事者ハ旧民法ニ所謂全部義務ノ如キ義務ヲ約スルコト固ヨリ其自由ナリト雖モ余ノ信スル所ニ拠レハ特ニ此ノ如キ義務ヲ約スルコトハ蓋シ極メテ稀ナルヘク寧ロ純然タル連帯ヲ約スヘキノミ又立法者モ法律上数人ノ債務者ヲシテ各自債務ノ全部ニ付キ責ヲ負ハシメント欲スル場合ニ於テハ単ニ所謂全部義務アルモノト云ハスシテ寧ロ連帯債務アルモノトスヘキノミ故ニ新民法ニ於テハ連帯債務ノ外別ニ所謂全部義務ノ如キモノヲ規定セス但稀ニハ自ラ所謂全部義務ヲ生スルコトナキニ非スト雖モ特ニ法文ノ規定ヲ竢タスシテ其関係明白ナルヘキノミ例ヘハ第714条,第715条及ヒ第718条ノ場合ニ於テ無能力者ノ監督義務者及ヒ之ニ代ハリテ無能力者ヲ監督スル者,使用者及ヒ之ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者,動物ノ占有者及ヒ之ニ代ハリテ動物ヲ保管スル者ハ皆各損害ノ全部ニ付キ賠償ノ責ニ任シ被害者ハ其孰レニ対シテモ之ヲ訴求スルコトヲ得ヘシ故ニ是レ旧民法ニ所謂全部義務ナラン然リト雖モ是等ノ場合ニ於テ被害者ハ其一人ヨリ賠償ヲ受クレハ復損害ナキカ故ニ更ニ他ノ者ニ対シテ賠償ヲ求ムルコトヲ得サルハ固ヨリニシテ又其義務者相互ノ関係ニ於テハ監督義務者,使用者,占有者ハ自己ニ代ハリテ監督,保管等ヲ為ス者ニ対シテ求償権ヲ有スヘキコトハ特ニ明文ヲ竢タスシテ明カナル所ナリ是レ本款ニ於テ単ニ連帯債務ニ付テノミ規定スル所以ナリ(梅103-105頁)

 

 つまり,旧民法財産編378条本文は,「法律上の全部義務の効果とその生ずる場合は当然であるから特に規定しないとして削除された」(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1978年(補訂版1981年))169頁)ということになります。しかし,削除といっても,「旧民法の全部義務」は「民法の起草者も否定していなかった」わけで,「明文こそないが当然のこととされている」ところです(星野170頁・171頁)。

  

(2)民法427条の存在と719条1項の適用と

しかし,民法714条,715条及び718条の場合は条文があるから全部義務になることについてはよいとしても,甲倉庫会社が過って受寄物と異なる記載をした倉庫証券を寄託者乙に発行し,乙がこれを使用して丙銀行から金を詐取した事案(大判大正2426日民録19281頁の事案)における丙に対する甲乙の不法行為責任などについては,民法714条,715条又は718条のような特別条項がないことから,被害者原告としては,各債務者に対する損害賠償の全額請求を行うためには,それらの特別条項に代わる一般条項の適用を確保しなければならないところです。すなわち,不法行為についても,そのままでは,多数の債務者の債務は分割債務となることを原則とする民法427条の適用可能性があるからです。

我妻榮は,分割債務を生ずる場合にはどのようなものがあるかを検討する際「当事者の直接の意思(●●)()基づかず(●●●●)()数人の者が共同債務を負担する著しい例は,共同不法行為であるが,それについては連帯債務となる旨の規定がある(719〔略〕)。」と述べています(我妻・債権総論389頁。下線は筆者によるもの)。星野英一教授も,「民法上は,分割債権・債務が原則となっている」ところ,「なお,法律の定める場合,〔略〕その他(民法719など)連帯債務の要件を充たす場合(その主張・立証責任がある)にそれらになることはいうまでもない。」と述べています(星野147-148頁。下線は筆者によるもの)。内田弁護士も民法427条の適用について「ただし,給付が分割できない場合(不可分性)のほか,別段の意思表示があるときや,法律の規定のあるとき(442項,7191),あるいは特別の慣習のあるときは,427条の適用は排除される。」との見解を示しています(内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物権』(東京大学出版会・1996年)335頁。下線は筆者によるもの)。「共同の不法行為」であっても,放っておくと分割債務になってしまうぞということのようです。いわんや主体間に通謀又は共同の認識の無い場合においてをや。

民法7191項の「共同の不法行為」たるための要件として「当該数人間に共謀などの主観的共同関係があることを要せず客観的共同関係があれば足りる,というのが従来の判例・通説の見解であったように思われる」とされています(幾代225頁。前記大判大正2426日民録19281頁が判例のリーディング・ケース(我妻・事務管理等194頁註2参照))。しかしながら,これは,客観的共同関係しかない場合(主体間に通謀又は共同の認識の無い場合)について旧民法財産編378条本文(全部義務とする。)又はドイツ民法8401項(連帯債務とする。)のような受皿を欠く現行民法において,損害賠償債務の分割債務化を避けるための法文上の手掛かりを,「従来の判例・通説」が,窮余というか折角そこにあるということで7191項に求めただけ,ということではないでしょうか。これを,「共同の不法行為」の外延に係る堂々たる概念解釈の大問題としてしまうから混乱する(少なくとも学生時代の筆者は当惑しました。)ように思われます。

ところで,民法7191項前段の「共同の不法行為」たるには「当該数人間に共謀などの主観的共同関係があることを要せず客観的共同関係があれば足りる,という」従来の判例・通説の見解については,「なお,このような解釈は,旧民法(同財産編378条)を意識的に改めたと思われる民法起草者の意思にも一致する,というのが一般の理解である。」といわれています(幾代227頁註2)。なるほど。民法起草者の書き残したものを検討しなければなりません。

 

5 『民法要義巻之三』の共同不法行為解説に関して

梅謙次郎の民法719条解説を見てみましょう。

 

(1)総論

 

 本条〔719条〕ハ数人カ共同シテ一ノ不法行為ヲ為シタル場合ニ於テ各自連帯ノ責任ヲ負フヘキコトヲ定メタルモノナリ例ヘハ数人共謀シテ他人ノ家屋ヲ毀チタルトキハ其各自ハ被害者ノ請求ニ応シ家屋ノ代価及ヒ他ノ損害ノ全部ヲ賠償スヘク其他総テ連帯債務者ノ負フヘキ責任ヲ負フモノトス是レ他ナシ此場合ニ於テハ各加害者ノ行為皆損害ノ原因ナルカ故ニ被害者ハ其孰レニ対シテモ損害ノ全部ヲ請求スルコトヲ得ヘキハ殆ト論ヲ竢タサル所ナリ而シテ法律ハ特ニ被害者ノ便ヲ計リ加害者間ニ連帯ノ責任アルモノトシタルナリ(梅906-907頁。下線は筆者によるもの)

 

ア 主観的共同関係必要説か否か:719条1項前段

 まず,民法7191項前段の「共同の不法行為」は,共謀に基づきされた不法行為なのだとされているように一見思われます。

しかし,「例ヘハ」の語は「共同の不法行為」の一例として共謀に基づく不法行為を挙げるのだとの趣旨を示すものであり,共謀に基づかない「共同の不法行為」の存在をも前提としているのだ,との読解も可能です。「例ヘハ」の位置は「数人共謀シテ」の前であって,「数人共謀シテ例ヘハ他人ノ家屋ヲ毀チタルトキ」という語順とはなっていません。

 なお,穂積陳重は,民法719条(案文では727条)の文言について,1895107日の第121回法典調査会において「互ヒニ共謀ガアツタトカサウ云フヤウナコトヲ有無ヲ論スル必要ハ本案ニ於テハナイヤウニナツテ居ルノテアリマス」と述べ(法典調査会議事速記録41116丁),同月9日の第122回法典調査会においては共同の不法行為について「皆ガ故意カ又ハ過失ガアル或ル場合ニ於テハ共謀モアリマセウ又或ル場合ニ於テハ過失モアリマセウ」と述べています(同124。また,同127)。

 また,梅による122回法典調査会での「些細ノ違ヒシカナイノニ此場合ニ一方ハ全部〔義務〕ト見ル一方ハ連帯ト見ルノハ小刀細工テアルカラ両方トモ連帯トシタ」との発言は(法典調査会議事速記録41138丁),民法7191項は旧民法財産編378条における全部義務となる場合及び連帯債務となる場合のいずれについても連帯債務とする趣旨の規定である,との認識を示すものでしょう。

イ 同条外における解釈上の全部義務関係の発生を認めるものか。

注目すべきは,「各加害者ノ行為皆損害ノ原因ナルカ故ニ被害者ハ其孰レニ対シテモ損害ノ全部ヲ請求スルコトヲ得ヘキハ殆ト論ヲ竢タサル所ナリ」の部分です。「法律上の全部義務の効果とその生ずる場合は当然である」(星野169頁)ところの「当然」に「〔法律上の全部義務〕の生ずる場合」の一例が,ここに示されているということでしょうか。「当然」全部義務が生ずるのであるならば,民法7191項前段の意義は,専ら,全部義務関係から百尺竿頭一歩を進めて,「共同の不法行為」について「特ニ被害者ノ便ヲ計リ加害者間ニ連帯ノ責任アルモノトシタ」ことにあることになります。

しかし,当然全部義務になるのならば,わざわざ民法7191項前段を適用した上で,連帯債務であるぞとする法律の明文を更にわざわざ枉げてドイツ法学流(我妻・債権総論402頁参照)の「不真正連帯債務」とする(最判昭和5734日判時104287頁)などということは,とんだ迂路でした。梅謙次郎に言わせれば,連帯債務と全部義務との違いを云々することは「小刀細工」にすぎないのでしょうが。

 (2)同時行為者を共同行為者と見なすものとする解釈:719条1項後段

次の梅の記述は,難しい。

 

 右ハ数人カ共同ノ不法行為ニ因リテ一ノ損害ヲ加ヘタル場合ニ付テ論シタリ然ルニ往往ニシテ数人カ同時ニ不法行為ヲ為シ他人ニ一ノ損害ヲ生セシメタリト雖モ而モ其孰レノ行為カ之ヲ生セシメタルカヲ知ルコト能ハサルコトアリ例ヘハ数人同時ニ他人ノ家屋ニ向ヒテ石ヲ投シタルニ其一カ家屋ニ命中シテ其一部ヲ破壊シタリトセンニ其石ハ必ス一人ノ投シタルモノナリト雖モ誰カ其石ヲ投シタルカヲ知ルコト能ハス而シテ同時ニ石ヲ投セシ者数人アリトセハ法律ハ恰モ其共同ノ行為ニ因リテ損害ヲ生シタルモノノ如ク見做シ同シク連帯シテ其責ニ任スヘキモノトセリ是レ理論上ヨリ見レハ聊カ解シ難キモノアルニ似タレトモ而モ此場合ニ於テ連帯責任アルモノトセサレハ被害者ハ竟ニ誰ニ向テカ其賠償ヲ請求スルコトヲ得ンヤ故ニ立法者ハ特ニ被害者ヲ保護シ右ノ行為者全体ヲシテ連帯ノ責任ヲ負ハシメタルナリ蓋シ仮令実際ハ其一人ノ行為ニ因リテ損害カ生シタルニモセヨ各自皆其損害ヲ生セシムルノ意思アリタルカ故ニ之ヲシテ連帯ノ責任ヲ負ハシムルモ敢テ酷ニ失スルモノト為スヘカラサルナリ(梅907-908頁。下線は筆者によるもの)


 民法7191項後段については,第121回法典調査会において穂積陳重が「此「共同行為者中ノ孰レカ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハサルトキ」即チ大勢ガ寄ツテたかツて人ヲ打ツ併シ誰ノ手ガ当ツタノカ誰ノ拳ガ当ツタノカ分ラヌト云フヤウナ場合ニ於テ若シ其加害者ト云フモノヲ差示ス,直接ニ害ヲ加ヘタ者丈ケヲ差示ストイフコトヲ要スルトナリマスレバ多クノ場合ニ於テ大勢ガ乱暴ヲ働イタトカ云フソンナ場合ニハ実際其証明ガ六ケ敷クシテ害ヲ受ケマシタ者ハ夫レ丈ケノ損ヲシナケレバナラヌ其場合ニ於テハ法律ノ保護ハナイト云フコトニナリマスソレ故ニ公益上カラシテ斯ノ如ク規定スルノガ相当テアラウト考ヘマス夫レカラ理由モナイコトハナイノテアリマスル即チ大勢ガ寄ツテ或行為ヲ為シタ一人々々ナラセナイカモ知ラヌ大勢ノ行為テ矢張リ或事ヲスルノテアリマスカラシテ直接ニ手ヲ下シタト下サヌトニ拘ラズ矢張リ勢ヒヲ出シテ其事ニ就イテハ何処マテモ法律ニ違ウテ居ル結果ヲ生スベキ事柄夫レヲ覚悟シテ自分ガシタノテアリマスカラ矢張リ斯ウ致シテ置キマシテ全ク純然タル道理モ立タヌコトモナイ併シ主トシテ公益上カラシテ斯ノ如キ規定ヲ置イタノテアリマス」と説明していたところです(法典調査会議事速記録41117-118丁)。

民法7191項後段の「共同行為者」について穂積は,第122回法典調査会において「此第2(ママ)〔文〕ノ共同行為者ト云フ場合モ固ヨリ第1(ママ)〔文〕ノ中ニ籠リマス積リデアリマス」と述べ,数人が共謀して人を殴る例を挙げています(法典調査会議事速記録41121-122丁)。しかして,穂積は更に「第2(ママ)〔文〕ニハサウ云フ関係〔共謀〕モナイ皆ガ起ツテ例ヘハ或ル事ニ激シテ皆ガ打チヤルト云フヤウナ風ノ時ニ当タリマセウト思ヒマス」と発言します(同123丁。また,同127丁)。主観的共同関係のある共同不法行為者については,そのうちだれが損害を加えたかが不明であっても,7191項後段の規定をまたずに同様の結果(全員の連帯責任)になるのは当然であるので(幾代228頁参照。同229頁註2は「この点は,民法典起草段階においても議論のあったところである」と報告しますが,法典調査会議事速記録41128丁の富井政章発言が分かりやすいでしょうか。),当該規定の独自の存在理由を考えてみた,ということでしょうか。しかし,「共同行為者」の文字の枠内でそこまで読み得るかどうか,「共同行為者ト云フコトニナルト兎ニ角予メ合同シテ居ツタヤウニシカ読メヌノテアリマス」「共同行為者ト云フト予メ意思ノ通謀ガアツタ人ダケニシカママヌヤウテアリマス」と磯部四郎🎴が疑問を提示します(同124-125丁)。

これに対する梅謙次郎の助け舟は,「共同行為者」の意味の拡張解釈論でした。「併シ乍ラ斯ウ云フ風ニ読メヌコトモナイ共同ト言ヘハ共ニ同ジクテアリマスカラ同時ニ同ジ行為ヲ為シタ其同ジト云フ幅ハ只一ツ手ヲ打ツトキガ同ジカ是レモ打チアレモ打ツト云フノガ同ジカソコハ見様テアリマスガアレヲ殴ツテヤラウト云フ約束ヲシナクテモソコヘ徃ツテ甲モ打チ乙モ打チ竟ニ死ンダドレガ打ツタノテ死ンダノカ分ラヌ此場合ニ共同行為者,共ニ同ジク為シタル行為ト云フコトニナラウ」と(法典調査会議事速記録41125丁)。

しかし,富井政章は,なおも通謀の存在を認定すべきものとするようです。いわく,「サウスレバ第2(ママ)〔文〕ノ方ハ例ヘハ酒ノ席ニ聘バレタ者ガ一時ニ己レモ殴ツテヤラウ己モ殴ツテヤラウ誰ガ殴ツタカ分ラヌト云フ場合ニ適用サレル同時ニト云フトモ矢張リ通謀シテ甲乙ノ2人ガ入ツテサウシテ実際甲ダケガ打ツタト云フヤウニ適用ガ読メル」と(法典調査会議事速記録41128-129丁)。

 『民法要義巻之三』では,梅は,民法7191項後段の「共同行為者」には同時行為者が含まれるものと「見做」される,と主張しています。「見做シ」なので,同時行為者は本来「共同ノ行為」をするものではないということが前提されています。したがって,第122回法典調査会における拡張解釈説から改説があったということになるのでしょう。しかしながら,民法7191項後段の法文自体には,当該見なし規定の存在を読み取り得せしめる文字はありません。

なかなか苦しいのですが,この窮屈な解釈を梅(及び穂積)は納得の上甘受しているということになるのでしょうか。民法7191項後段の法文については,「同時ニ不法行為ヲ為シタル者ノ中ノ孰レガ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハサルトキ亦同シ」という修正案の可能性を梅自ら第122回法典調査会で発言し(法典調査会議事速記録41127丁),更に当該調査会において箕作麟祥議長から起草委員に対し「尚ホ文章ハ御考ヘヲ願ヒマス」との依頼がされていたのですが(同145丁),結局原案が維持されてしまっています。

  

(3)教唆者及び幇助者:719条2項

 梅の7192項解説は,次のとおりです。

 

  教唆者及ヒ幇助者ハ果シテ共同行為者ト為スヘキカ是レ刑法ニ於テハ稍〻疑ハシキ問題ニ属シ其制裁ニ付テモ亦一様ナラスト雖モ不法行為ヨリ生スル民法上ノ責任ニ付テハ之ヲ共同行為者ト看做セリ蓋シ理論上ニ於テモ純然タル共同行為ナリト謂フヘキ場合極メテ多ク又仮令純然タル共同行為ト視ルヘカラサル場合ト雖モ其行為ハ相連繋シテ密着離ルヘカラサル関係ヲ有スルカ故ニ之ヲシテ連帯責任ヲ負ハシムルハ固ヨリ至当ト謂フヘケレハナリ例ヘハ前例ニ於テ自ラ石ヲ投セスト雖モ他人ニ之ヲ投スヘキコトヲ教唆シタル者又ハ其投スヘキ石ヲ供給シタル者ハ皆之ヲ共同行為者ト看做スナリ(梅908頁)

    


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1 民法884条

 民法884条に相続回復請求権という七文字熟語があって,なかなか難しい。「そもそも884条が何を定めているのかという点からして見解は一致せず,この規定がどのような紛争類型に適用されるのか等をめぐって学説・判例が分かれ,百花繚乱という状態となった」とされています(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)433頁)。条文は,次のとおりです。

 

   (相続回復請求権)

  第884条 相続回復の請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも,同様とする。

 

「本条は,相続回復請求権の短期消滅時効を規定するだけのように見えるが,実は,相続回復請求権という特殊の請求権を認める,という意味をももつている。かような請求権を認めることは,ローマ法に淵源し,ドイツ民法(同法2018条以下),スイス民法(同法598条以下)に承継されているが,フランスでも,判例の努力によつて,ほぼ同一の制度が認められている。かような制度を認める理由は,相続権のない者が相続人らしい地位にあつて相続財産の管理・処分をする場合に,真正の相続人に対して,相続財産を一括して回復することができるような便宜を与えようとすることである。」と,1952年段階では確信あり気に述べられています(我妻榮=立石芳枝『親族法・相続法』(日本評論新社・1952年)361頁(相続法は我妻執筆)。下線は筆者によるもの)。しかし,1947年の昭和22年法律第222号による民法親族編・相続編の「改正の際,戸主制度を廃止したにもかかわらず,遺産相続に関して以上の規定〔現行884条の前身である昭和22年法律第222号改正前民法966条及び993条〕がそのまま維持されてしまった。しかも,はっきりとした確信のもとに維持されたというより,改正を急いだために十分な検討を経ずに旧規定が承継されたという面が強い。」というのが実相だったのではないかとも説かれています(内田433頁)。

 

2 民法旧966条及び旧993条並びに起草者によるそれらの解説

昭和22年法律第222号改正前民法966条及び993条の条文は,次のとおりです。

 

 第966条 家督相続回復ノ請求権ハ家督相続人又ハ其法定代理人カ相続権侵害ノ事実ヲ知リタル時ヨリ5年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス相続開始ノ時ヨリ20年ヲ経過シタルトキ亦同シ

 

第993条 第965条乃至第968条ノ規定ハ遺産相続ニ之ヲ準用ス

 

 我が民法の起草者の一人たる梅謙次郎は,民法旧966条について次のように解説します。

 

  本条ハ家督(○○)相続権(○○○)()消滅(○○)時効(○○)ヲ定メタルモノナリ蓋シ家督相続ナルモノハ頗ル複雑ナルモノニシテ一旦事実上ノ相続ヲ為シタル者アルノ後数年乃至数十年ヲ経テ其者ノ相続権ヲ奪ヒ之ヲ他ノ者ニ与フルトキハ之カ為メニ生スル当事者間及ヒ第三者ニ対スル権利義務ノ関係非常ノ攪乱ヲ受ケ為メニ経済上,社会上容易ナラサル結果ヲ惹起スルコト多カルヘシ故ニ之ニ関シテ時効ノ規定ヲ設クヘキハ勿論其時効ハ寧ロ普通ノ時効ヨリモ其期間ヲ短ウスルノ理由アリ相続権シテ貴重ナルモノナルカ正当相続人権利サレタル場合事情リテ不問クカキハ人情ヘカラサルナリ外国テハ相続権普通時効最長期時効リテノミ消滅スヘキモノトセルカラス民法ヘリ〕(証155後略(梅謙次郎『第18版民法要義巻之五 相続編』(私立法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1910年)10-11頁)

  

 旧993条については,次のとおり。

 

  本条ニ於テハ家督相続ニ関スル第965条乃至第968条ノ規定ヲ遺産相続ニ準用セリ蓋シ〔略〕相続権ノ時効(966)〔略〕ニ付テハ家督相続ト遺産相続トノ間ニ区別ヲ設クル理由ナキカ故ニ此等ノ事項ニ付テハ家督相続ニ関スル規定ヲ遺産相続ニ準用スルヲ以テ妥当トシタルナリ(梅93頁)

 

民法966には「家督相続回復ノ請求権」と大きく打ち出されてはいるものの,梅謙次郎の解説を読む限りでは同条は飽くまでも相続権の短期時効による消滅(この点外国法制と異なる。)について定めたいわば消極的規定であるようで,新たに「家督相続回復ノ請求権」なる特殊な請求権を積極的に創出するという趣は窺われません。

 

3 旧民法証拠編155条並びにボワソナアド草案1492条及びボワソナアド解説

民法旧966条の前身規定は旧民法証拠編155条とされていますので(梅10頁),更に旧民法の当該規定を見てみましょう。

 

 第155条 相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権ハ相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテハ相続ノ時ヨリ30个年ヲ経過スルニ非サレハ時効ニ罹ラス

 

 民法旧規定の「相続回復ノ請求権」とは,旧民法の「相続人ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権」に対応するということでしょうか。

 旧民法証拠編155条は,次のボワソナアド草案に基づくものです。

 

   Art. 1492. L’action en pétition d’hérédité, pour faire valoir la qualité d’héritier légitime ou de légataire ou donataire à titre universel ne se prescript que par trente ans, à partir de l’ouverture de la succession, contre ceux qui possèdent, à l'un des mêmes titres, tout ou partie des biens du défunt. [133, 137]

  (Boissonade, M. Gve, Projet de Code Civil pour l’Empore du Japon accompagné d’un Commentaire, Tome Cinquième: Des Preuves et de la Prescription (Tokio, 1889) p. 388)

 

旧民法証拠編155条は,ボワソナアド草案1492条そのままですね。ただし,ボワソナアド草案1492条の“L’action en pétition d’hérédité”の部分が「遺産請求ノ訴権」と訳されており,その相手方である「占有スル者」が占有する物であるtout ou partie des biens du défunt”(死者(被相続人)の財産の全部又は一部)の部分は省略されているものです。後者については,恐らく,「遺産請求ノ訴権で問題になっているのは遺産なんだから,その相手方たる「占有スル者」が占有している物が被相続人の財産の全部又は一部であることは自明だろう」ということだったのでしょう。

[133, 137]は,ナポレオンの民法典における対応条項でしょう。

 

 第133条 失踪者の子及び直系卑属も同様に,〔関係権利者への〕確定的占有付与から30年間は,前条に定めるところに従い当該失踪者の財産の返還を請求することができる。

 

   第132条 失踪者が帰還し,又はその生存が証明されたときは,確定的占有付与の後であっても,当該失踪者は,現状におけるその財産及び処分された財産の対価又は売却されたその財産の対価の使用によって得られた財産を回復する。

 

   (旧民法人事編第284条 失踪者ノ相続順位ニ在ル者ハ他ノ者カ財産占有ヲ得タル日ヨリ30个年間其財産ノ返還ヲ請求スルコトヲ得

    此場合ニ於テモ果実ハ前条ノ規定ニ従ヒテ之ヲ取戻スコトヲ得)

 

第137条 前2条の規定は,失踪者又はその承継相続人若しくは承継人に帰属し,かつ,所定の時効期間の経過によらなければ消滅しないもの(lesquels)である遺産請求の訴権(actions en pétition d’hérédité)及び他の権利(autres droits)を害しない。

 

第135条 その生存が確認されていない個人に帰属した権利を主張する者は,当該権利が生じた時に当該個人が生存していたことを証明しなければならない。当該証明がされない限り,同人の請求は受理されない。

 

第136条 生存が確認されていない個人を相続権利者とする相続が開始された場合においては,相続財産は,専ら同人と同等の権利を有する者又は同人の代襲者に対してのみ帰属する。

 

    (旧民法人事編第287条 前2条ノ規定ハ失踪者又ハ其相続人及ヒ承継人ニ属スル相続ノ請求其他ノ権利ヲ行フヲ妨クルコト無シ此等ノ権利ハ普通ノ時効ニ因ルニ非サレハ消滅セス)

 

 その草案1492条に係るボワソナアドの解説は,次のとおりです。

 

   法は,かつて(autrefois),特にローマ法において,非常によく使われた表現(une expression très-usitée)であって,フランスの法典(第137条)ではただ1回のみ使用されているもの――“la pétition d’hérédité”――をあらかじめ定立する(La loi consacre…)。これは,物的訴権の一つ(une action réelle)であって,我々の条項にいうとおり「被相続人の財産の全部又は一部を相続人又は包括承継人の権原をもって占有する者に対して,相続人又は包括承継人の分限(qualité)をして効用を致さしむるため(à faire valoir)」のものである。〔追記:1891年の新版第41005頁では,「我々の条項にいうとおり「相続人又は包括承継人の分限(qualité)をして効用を致さしむるため(à faire valoir)」のものである。当該訴権は「被相続人の財産の全部又は一部を相続人又は包括承継人の権原をもって占有する者に対して」行使される。」と微妙に修正されています。〕相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限の承認(reconnaissance)は,結果として(pour conséquence),相続において当該分限に伴うところの財産(les biens de la succession attachés à cette qualité)の原告に対する回復(restitution au demandeur)をもたらすものである。

   相続財産中のある財産の占有者が,当該財産を買主若しくは特定の受贈者として,又は他の同様の特定の権原をもって占有している場合においては,la pétition d’héréditéによって訴えが提起されるべきものではなく,通常の返還請求の訴え(la revendication ordinaire)によるべきものであって,かつ,そうであるので時効期間は,不動産については15年又は30年,動産については即時となる。

   これに対して,占有が包括の権原によるものである場合においては,動産不動産の区分,正権原及び善意の有無を問わず,時効期間は一様に(uniformément30年である。

   この長い時効期間は,伝統的なものであり,並びに家産(patrimoine)の全体又は割り前が問題になっているという状況によって,及び相続の開始又は相続人若しくは受遺者としてのその権利に係る無知という相続権利者が陥り得る宥恕すべき情況によって説明されるものである。

   この訴権については(sur cette action),失踪に関して第1編において,相続並びに包括の贈与及び遺贈に関して第3編第2部においても触れられる(On reviendra…)。

                           (Boissonade pp.393-394

 

上記解説の最終段落について更に解説を加えれば,ボワソナアド当初案による旧民法の編別は次のとおりであったところです(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年(第3刷))135頁)。

 

 第1編 人事編

 第2編 財産編

 第3編 財産取得編

第1部 特定名義の取得法

    第2部 包括名義の取得法

  第4部 債権担保編

  第5編 証拠編

 

 「ここで注意しなければならないのは,このうち第1編人事編(すなわち家族法)と,第3編第2部包括名義の取得法(すなわち相続,贈与と遺贈,夫婦財産契約)は,初めから日本人委員が起草するてはず(●●●)になっていたことである。つまりはっきりいえば,ボワソナアドは,家族法相続法の起草は依頼されなかったのである。」ということでした(大久保135-136頁)。であるので,la pétition d’héréditéの実体についての詳しい規定の起草を,ボワソナアドとしては日本人委員(熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎及び井上正一(大久保157頁))に期待していたのでしょう。しかしながら,そのような起草はされず,旧民法におけるla pétition d’héréditéに関する規定は証拠編155条のみと観念される結果となったようです(梅10頁は民法旧966条に係る参考条項として旧民法証拠編155条のみを掲げています。)。旧民法人事編287条はナポレオンの民法典137条のほぼそのままの翻訳なのですが,そこではナポレオンの民法典137条における“actions en pétition d’hérédité”が「相続ノ請求」とされていて,証拠編155条における“action en pétition d’hérédité”に係る「遺産請求ノ訴権」の語と整合していません。結局,日本人委員はla pétition d’héréditéについて特に考えることはなかったのでしょう。

結果として,旧民法におけるaction en pétition d’héréditéの内実は,ボワソナアドが前記解説で説いたところに尽きるものであったことになるようです。すなわち,飽くまでも時効に係るものにすぎず(なお,旧民法証拠編155条の文言は,action en pétition d’héréditéのうち「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテ」行使されるものに限って時効期間の特別規定を設けた形になっています。),「真正の相続人に対して,相続財産を一括して回復することができるような便宜を与えようとすること」(前掲我妻等361頁)や,「相続回復請求権」を「「自分が相続人であるから遺産を全部返還せよ」と一括して請求」できる「個々の財産の返還請求権とは別の独立の請求権と構成」すること(内田434頁の紹介する「独立権利説」)までは,少なくともその旨明示的かつ積極的に表明されてはいなかったということになります。「相続回復請求権は,ローマ法以来の制度で,ドイツにもフランスにも存在する。日本にも,ボワソナード草案を通じて継受され」たとされてはいますが(内田432頁),ボワソナアドとしては,自分は「遺産請求ノ訴権」(l’action en pétition d’hérédité)との「表現」(expression)の定立(consacrer)を法典においてすることにはしたが,その定義は時効に係るものとしての自分の草案1492条に書いてある限りのものであって,相続に係るローマ法以来の西洋の制度をそれとしてそのまま日本の民法に積極的に持ち込むまでのことはしていない,飽くまでも当該「表現」を使った(あるいは「有り難く頂戴」(consacrer)した)にすぎない,そもそも相続法本体の起草は日本人の領分である,といささかの修正的弁明を試みたくなるかもしれません。

ちなみに,ボワソナアドのProjetは,現在国立国会図書館デジタルコレクションで自由にアクセスできるようになっています。当該書籍の印刷発行についてボワソナアドは後世読者のために紙や活字にまで気を配り精魂を傾けていますから,今日民法について何か語ろうとする者は,当該Projetを避けて通るわけにはいきません。

 

 〔略〕磯部〔四郎〕の談話によると,明治16,7年〔1883-1884年〕頃のこと,ボワソナアドが草案を「出版スルノニ,是レデハ紙質ガ悪イダノ,是レデハ活字ガ鮮明デナイダノト,兎角下ラナイ処ニ気ヲ配ツテ」,「肝腎ナ事務ガ運バナイ」ようになった。そこで今後は,いっさいボワソナアドに口をきかせないようにしようとして,大木〔喬任〕司法卿に会い,「ボアソナード氏ハ,卿ニ向テ何ト申スカハ存ジマセヌガ,民法編纂ノ実際ハ斯クノ如キ状態デアルカラ」,以後は,かれこれいわせないようにしたい,と申し出たところ,大木卿にたいそう叱られた。同卿は,「お前,ボワソナアドに1年どれほど金を払うか知っているだろう。1万5千円支払っているではないか。ずいぶん高い出費だが,国家の急務であるから,このような高い金を払って仕事をさせているのである。それを,わずかに活字のことや紙質のことぐらいで,けんか(●●●)をして感情を害し,その結果草案の起草がはかどらぬ時には,それこそ政府の損だから,そんな片々たることはやめて,ボワソナアドをだまして,仕事をさせるようにいたさねばならぬ」といったという。(大久保138-139頁)

 

後に芸妓をあげての花札ばくち🎴大好き大審院検事となる磯部四郎(大久保177-178頁参照。令和の聖代における事例のように,むくつけき新聞記者相手にこそこそと賭け麻雀🀄をしていたというような謙虚なものではないようです。)は,さすが人間が小さい。実は自分らの手間暇等の問題にすぎない事務方的正義論による悪口を偉い人に言いつけて,本当の仕事を一生懸命している真に有能な人の心を折ろうとする。

しかし,ここでボワソナアドを救ったのは,その高給であったということは興味深いところです。変に良心的に薄給に甘んじていると,甘く見られて,真の仕事をなす前に横着かつ感情的な事務方的正義に圧倒され揉みくちゃにされあるいは排除されてしまうことがあるということでしょう。高い報酬を請求するということにも,正義があるものです。

閑話休題。

ボワソナアド草案1492条(旧民法証拠編155条)及びそのボワソナアド解説から分かる範囲での遺産請求ノ訴権の性質を考えるに,まずこれは,物的訴権(action réelle)であるとされています。物的訴権とは,日本の法律家としては見慣れない概念なのですが,これはローマ法にいう対物訴権なのでしょう。対物訴権は,債権の訴権ではない訴権です。

 

  〔略〕対物訴権(actio in rem),対人訴権(actio in personam) ローマ人の考では前者は物自体に対する訴権,後者は人に対する訴権である。前者は物権,家族法上の権利,相続法上の権利に関する訴権及び確認〔略〕の訴権,後者は債権の訴権である。債権は相手方の行為を要求する権利であるから,法律関係成立の時から被告となり得べき者が定まり,従つて当然請求の表示〔略〕の部分に被告の名が見えて来るが,物権に於ては個別的な相手方はなく,その訴の相手方は法律関係自体からは定まらずして,権利侵害という後発事情の附加によつて定まらざるを得ない。この法律関係の非個別性に基づいて,請求の表示の部分には被告の名は示されない。〔略〕(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣全書・1955年)398-399頁)

 

  〔略〕物権とその基本観念 ローマ法には物権の語はない。ただ訴訟上対物訴権と対人訴権の区別があり〔略〕,現代人はローマ法上物に対する支配権にして対物訴権を附与せられた権利をば物権と称して,訴訟法上の区別を実体法上の観念に建て直しているのである。その対物訴権とはローマ人自身の考では,物自体に対して訴訟を提起しているのであつて,結局物的追求,第三者対抗可能がその基本観念である。(原田94頁)

 

  〔略〕対物訴訟〔略〕に於ては被告に応訴の義務がない。被告が認諾もせず,争点の決定もしないときは,法務官の命令によつて,訴訟物の占有は原告にうつるだけである。訴訟は確定しない。被告が後日争うときは,原告となるためにその地位が不利となるだけである。(原田386頁)

 

 相続財産返還請求訴訟は,基本的に「対物訴訟(actio in rem)」で,「所有物返還請求訴訟(rei vindicatio)」に類似したものであるといわれる〔略〕。そして,その場合の「正しい被告」(被告となるべき者)は,相続財産占有者のみである。(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法――ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)297頁)

 

ところで,旧民法証拠編155条の遺産請求ノ訴権は,相続財産を直ちに取り戻す訴権と等号で結ばれるものではなかったように思われます。ボワソナアドは,遺産請求ノ訴権に関して「相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限(qualité)の承認(reconnaissance)は,結果として(pour conséquence),相続において当該分限に伴うところの財産(les biens de la succession attachés à cette qualité)の原告に対する回復(restitution au demandeur)をもたらす(a (=avoir))」と述べていますが,「結果として(pour conséquence)」という間接効果的文言がありますので,遺産請求ノ訴権の効果についてボワソナアドは腰が引けているな,というのが一読しての筆者の感想です。確かに,「相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ」訴権というのはもって回った表現であって,物の引渡し(Herausgabe)を求めるためのものに限定されねばならないということにはならないようです。

あるいは,原告に係る「相続人又は包括の受遺者若しくは受贈者の分限(qualité)の承認(reconnaissance)」の可否が争われる訴訟の訴権であることこそが,実はボワソナアドの考えた遺産請求ノ訴権のメルクマールであったものと解すべきでしょうか。この点,最高裁判所大法廷昭和531220日判決(民集3291674頁)は,民法884条の相続回復請求権について「思うに,民法884条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである。」と判示しています(下線は筆者によるもの)。原告たる「真正相続人の相続権」の有無が争われるわけであって,ここでの「相続権」を「相続人ノ分限」で置き換えることができるのであれば(当該「相続権」は「相続開始後の相続人の地位」とも一応いい得るようです(我妻榮=有泉亨著,遠藤浩=川井健=水本浩補訂『民法3 親族法・相続法(新版)』(一粒社・1992年)305頁)。しかし,上掲最判昭和531220日の大塚喜一郎=吉田豊=団藤重光=栗本一夫=本山亨=戸田弘意見は「相続人の地位と相続権とは別個の観念」であるとします。とはいえ,当該判例の事案においては,被告たる他の共同相続人によって,原告たる共同相続人の相続権は全否定されていた(したがって相続人扱いされていなかった)のではないでしょうか(内田436-437頁によれば,原告の母は姑(その夫(原告の祖父)が被相続人)と折り合いが悪く,実家に帰って原告を出産してそのままとなり,その後原告と他の共同相続人との間には親戚付き合いもなかったそうです。。),相続回復請求の制度は,ボワソナアドの言及した原告たる相続人の分限(qualité)の承認(reconnaissance)の可否の争いに係るものと考えた場合における遺産請求ノ訴権の制度とパラレルなものと捉えることができそうです。相続回復請求訴訟においては,原被告は「互いに被相続人の権利を前提としながら,その承継を争う」ものとされています(我妻=有泉312頁)。

ただし,ボワソナアド草案1492及び旧民法証拠編155条は,「通常の返還請求の訴え」による場合においては「不動産については15年又は30年,動産については即時」の期間による時効取得によって真正相続人が害されるところ,相手方の「占有が包括の権原によるものである場合」に係る特則を設けて,その場合おいては「動産不動産の区分,正権原及び善意の有無を問わず,時効期間は一様に30年である」ものとして,より長い時効期間によって真正相続人を特に保護しようとするものでした。ところが,これとは反対に,民法旧966条及び旧993条以降の相続回復の請求権に係る消滅時効制度は,「表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。」とされ(前記最判昭和531220日。下線は筆者によるもの),むしろより短い時効期間によって表見相続人等を特に保護しようとするものとされています。「日本の相続回復請求権制度は,単に時効期間が短くなったというにとどまらない質的変化を遂げ,ローマ法以来の相続回復請求権とは異なる制度になったとすらいえる」(内田433頁)とは正にむべなるかなであって,ここでの「質的変化」とは,あえていえば正反対のものとなったということでしょう。日本人は「家」を大事にするといわれているようでもありますが,実は相続の真正には余り重きを置かず,その場その時の家関係者「みんな」の便宜こそが最優先されるということでしょうか。天一坊が徳川第9代将軍として政権を把握し,かつ,その政権が一応安定して「みんな」の居場所と出番とが確保されたのならば,将軍位継承権を否定されたとて家重やら宗武やら宗尹やらが今更がたがた言うな,引っ込んでおれ,ということなのでしょう。また,相続の真正について一番文句を言いそうな家の関係者「みんな」が忖度し,認許する以上は,法律関係が「早期かつ終局的に確定」されるという利益が「第三者」に対しても及んで当然ということになるのでしょう。


4 ドイツ民法のErbschaftsanspruch及びその影響

ドイツ民法2018条以下の規定が,日本民法の解釈に影響を与えてしまったようです。しかしながら,前記のとおり,ローマ法以来の流れを汲むドイツ民法は真正相続人を保護しようとしているのに対して,日本民法の相続回復請求権の消滅時効制度は表見相続人及び第三者を保護しようとするものとなってしまっているのですから,もっともらしくドイツ法を参照すればするほど混乱が深まったのかもしれません。

なお,ドイツ民法においては「〔相続回復〕請求権を個別的請求権とは独自の請求権とし,その中に相続財産の包括性を考慮した効果,相続財産の所在等に関する遺産占有者の通知義務など,主として相続人に有利な内容を付与している。そして,起草者によれば,こうした規定の背景には次のような考慮があった。すなわち,相続回復請求権の対象としての相続財産はいわゆる特別財産ではないが,その包括性を考慮した取扱がなされるのが妥当であること,そして,その際,法規や法律関係の簡明化という立法技術的要請から法文上個別的請求権とは独立の相続回復請求権を創立する,というものである。」ということだそうです(副田隆重「相続回復請求権」星野英一編集代表『民法講座第7巻 親族・相続』(有斐閣・1984年)444頁・註(20))。
 

節 相続回復請求権Erbschaftsanspruch

 

  第2018条 相続人(Erbe)は,現実には(in Wirklichkeit)その者に帰属しない相続権に基づいて(auf Grund eines...Erbrechts)相続財産(Erbschaft)から物(etwas)を入手した(erlangt hat)者(相続財産占有者(Erbschaftsbesitzer))に対し,当該入手物の引渡し(Herausgabe des Erlangten)を請求することができる。

 

第2019条 相続財産に属する手段をもってする(mit Mitteln)法律行為によって相続財産占有者が取得した物(was)も,相続財産から入手したものとみなされる。

債務者(Schuldner)は,当該帰属についての認識を得たときは,前項のような方法で取得された債権(Forderung)が相続財産に帰属するということ(Zugehörigkeit...zur Erbschaft)をまず自らについて実現させなければならない(hat…erst dann gegen sich gelten zu lassen)。この場合において,第406条から第408条までの規定が準用される。

 

第2020条 相続財産占有者は,得られた収益(die gezogenen Nutzungen)を相続人に引き渡さなければならない。引渡しの義務は,相続財産占有者が所有権(Eigentum)を取得した果実(Früchte)にも及ぶ。

 

第2021条 相続財産占有者が引渡しについて無能力(außer Stande)であるときは,その義務は,不当利得の引渡し(Herausgabe einer ungerechtfertigen Bereicherung)に係る規定により定められる。

 

第2022条 相続財産占有者は,当該費用(Verwendungen)が前条により引き渡す利得の計算において算入されていない(nicht…gedeckt werden)ときは,全ての費用の償還(Ersatz)と引換えにのみ相続財産に属する物の引渡しの義務を負う。この場合において,所有権に基づく請求権(Eigenthumsanspruch)について適用される第1000条から第1003条までの規定が準用される。

相続財産の負担に係る支出(Bestreitung von Lasten der Erbschaft)又は遺産債務(Nachlaßverbindlichkeiten)の弁済(Berichtigung)のために相続財産占有者がした出費(Aufwendungen)も,費用に含まれる。

個別の物についてされたものではない出費,特に前項に掲げられた出費に対して相続人が一般の条項によってより広い範囲で償還をしなければならない範囲において,相続財産占有者の請求権は変更されない(bleibt…unberührt)。

 

第2023条 相続財産占有者が相続財産に属する物を引き渡さなければならないときは,不良品化(Verschlechterung),沈没(Untergang)又は他の原因により生じる引渡しの不能に起因する損害賠償に係る相続人の請求権は,訴訟の係属の時から,所有者と占有者との間の関係について所有権に基づく請求権に係る訴訟の係属の時から適用される規定に従う。

収益の引渡し又は償還(Vergütung)に係る相続人の請求権及び費用の償還に係る相続財産占有者の請求権についても,前項と同様である。

 

第2024条 相続財産占有者は,相続財産占有の開始時において善意(in gutem Glauben)でなかった場合においては,その時において相続人の請求が訴訟係属していた(rechtshängig)ときと同様の責任を負う(haftet)。相続財産占有者が後に自分が相続人でないことを知った場合においては,当該事実を認識した時から同様の責任を負う。遅滞に基づく(wegen Verzugs)継続的責任(weitergehende Haftung)は,変更されない。

 

第2025条 相続財産占有者は,相続目的物(Erbschaftsgegenstand)を犯罪行為(Straftat)により,又は相続財産に属する物を禁じられた自力救済(verbotene Eigenmacht)により取得した場合においては,不法行為に基づく(wegen unerlaubter Handlungen)損害賠償に係る規定により責任を負う。ただし,当該規定により善意の相続財産占有者が禁じられた自力救済に基づく責任を負うのは,相続人が当該物件の占有を既に現実に(thatsächlich)獲得していたときに限る。

 

第2026条 相続財産占有者は,相続回復請求権が時効にかかっていない限りは,相続人に対して,相続財産に属するものとして占有していた物の時効取得(Ersitzung)を主張できない。

 

第2027条 相続財産占有者は,相続財産の状況(Bestand)及び相続目的物の所在(Verbleib)を相続人に通知する義務を負う。

相続人が当該物件の占有を現実に獲得する前に遺産(Nachlaß)から物を取得して占有した者は,相続財産占有者ではなくとも,前項と同じ義務を負う。

 

第2028条 相続開始時に(zur Zeit des Erbfalls)被相続人(Erblasser)と家庭共同体を共にしていた者は(Wer sich...in häuslicher Gemeinschaft befunden hat),その行った相続に関する行為(erbschaftliche Geschäfte)及び相続目的物の所在について知っていることを相続人に対し,求めに応じて通知する義務を負う。

必要な注意をもって(mit der erforderlichen Sorgfalt)前項の通知がされなかったとの推定(Annahme)に理由があるときは,同項の義務者は,相続人の求めに応じ,調書において(zu Protokoll),同人はその申述(seine Angaben)をその最善の知識に基づき(nach bestem Wissen),かつ,可能な限り(als er dazu imstande sei)完全に(vollständig)行った旨の宣誓に代わる(an Eides statt)保証をしなければならない(hat...zu versichern)。

   第259条第3項及び第261条の規定が準用される。

 

第2029条 個別の相続目的物について見た場合において(in Ansehung der einselnen Erbschaftsgegenstände)相続人に帰属する請求権に係る相続財産占有者の責任も,相続回復請求権に係る規定によって定められる。

 

  第2030条 相続財産占有者から相続分(Erbschaft)を契約(Vertrag)によって取得した者は,相続人との関係においては,相続財産占有者と同様の立場にある。

 

  第2031条 死亡したものと宣告された者又は失踪法の規定(Vorschriften des Verschollenheitsgesetzes)によりその死亡時期(Todeszeit)が定められた者であって,その死亡の時とされた時の経過後も生存したものは,相続回復請求権に適用される規定によりその財産の引渡し(Herausgabe ihres Vermögens)を請求することができる。同人がなお生存するときは,同人がその死亡宣告(Todeserklärung)又は死亡時期の定め(Feststellung der Todeszeit)を認識した時から1年を経過するまではその請求権は時効にかからない。

    死亡宣告又は死亡時期の定めなしに不当に(mit Unrecht)ある者が死亡したものとされたときも,同様である。

 

 以上ドイツ民法の関連条項を訳してみて思う。ドイツ人は,細かい。

さて,ドイツ民法の相続回復請求権は「包括的な返還請求権」であるということですが(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)36頁),これは,「個々の財産に対する既存の個別の請求権」(「集合権利説」に関する内田435頁参照)について同法の相続回復請求権の規律を及ぼすための規定と解されるべきものであろうところの同法2029条の反対解釈に基づき,そのようなものとして理解すべきものでしょうか。なお,ローマ法においても,「相続人は相続財産を一括しての保護手段と,相続財産を構成する個々の財産の保護手段の2を享有」していたそうです(原田360頁)。

「今日わが民法で相続回復請求権といっているのは,真正相続人が,〔略〕自己の相続権を主張して,遺産の占有を回復せんとする請求」といわれますが(中川36頁),ここで「占有を回復」することが目的とされるのは,ドイツ民法の相続回復請求権が,引渡し(Herausgabe)を請求するものだからでしょうか。

日本民法の相続回復請求権について「相続開始の時以後に,遺産が滅失して損害賠償に代わったり,僭称相続人の処分によって代金債権に代わったりした場合,この請求権はこれらの代わりのものの上に行使することができる」と(我妻=有泉307頁),また「相続財産の果実は相続財産に属するから,表見相続人は善意であっても,取得することはできない。」と(泉久雄『民法(9)相続(第3版)』(有斐閣双書・1987年)136頁)説明されていますが,当該説明とドイツ民法2019条及び2020条とは関係がありそうです。

「ドイツ民法は,相続回復請求権――Erbschaftsanspruch――の相手方を表見相続人に限ったから(独民2018条),表見相続人から相続財産を譲受けた第三者に対し,その財産の返還を求めるのは,相続回復請求ではないとしている。わが大審院もこれと同じ見解を固執して来た」(中川39頁)といわれています。すなわち,当該学説においては,「表見相続人」とは「現実にはその者に帰属しない相続権に基づいて相続財産から物(etwas)を入手した(erlangt hat)者」(ドイツ民法2018条)ということになるようです。また,ドイツ民法2030条のErbschaftは,相続財産中の個々の財産ではなく包括的な相続分であるということになります。

ところで,「現実にはその者に帰属しない相続権(ein ihm in Wirklichkeit nicht zustehenden Erbrecht)」に基づき占有するのが表見相続人だということになると,現実にその者に帰属している共同相続権に基づき占有する共同相続人は(全く相続権を有さない者である)表見相続人にはならないということになってしまいます。しかし,我が判例は,民法884条は共同相続人間についても適用されるものとしています(前掲最高裁判所昭和531220日判決)。当該判例においては「共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき,民法884条の規定の適用をとくに否定すべき理由はない」と判示していますので(下線は筆者によるもの),「表見相続人」の概念について拡張解釈がされたものでしょう。また,「相続持分」の「占有」ということがいわれていますが,相続持分は有体物たる物(民法85条)ではないですから,当該「占有」は,「物を所持」することに係る占有(同法180条)ではなく,厳密にいえば,財産権の行使に係る準占有(同法205条)ということになるのでしょうか。

なお,相続回復の請求権の消滅時効に係る規定の効果が及ぶ相手方の範囲について,民法旧966条及び現行884条には,旧民法証拠編155条(「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテハ」)のような明文での限定規定はありません。そういうこともあるがゆえでしょうか,つとに,表見相続人から相続財産を譲り受けた第三者に対して真正相続人がする相続財産の返還請求について「思うに,かような返還請求は,仮に判例のいうように相続の回復請求ではないとしても,表見相続人に相続権がないこと(正確にいえば,当該財産について処分権のないこと)を前提とするものであつて,相続回復請求権が時効によつて消滅し,真正の相続人において,表見相続人にその処分権のないことを主張することができなくなつた以上,〔相続権侵害者から相続財産を譲り受けた〕第三者はその時効の利益を援用できるというべきであろう。いいかえれば,この問題は,右のような第三者に対する返還請求を相続の回復請求とみるべきかどうかには必ずしも関係なく,時効の利益を援用しうる者の範囲だけの問題としても,解決しうるように思う。そして,第三者に援用権を与えないと,本条に短期消滅時効を規定した実益の大半は失われるであろう。」と説かれていたところです(我妻等369-370頁)。「相続の回復請求」なる積極的なものがされるべき相手方の範囲の限定に係る問題と民法884条の消滅時効という消極的なものの援用権者の範囲に係る問題とは別の問題であることを明らかにしたところが,快刀乱麻を断った部分です。その後,「仮に〔表見相続人からの〕第三取得者に対する真正相続人からの物権的請求権に884条が直接適用されないとしても,表見共同相続人のもとで完成した消滅時効を第三取得者が援用できれば同じことである。そして,前掲最(大)判昭和531220日〔略〕は,第三取得者もそのような時効の利益を享受できることを前提としている(第三者の利益を共同相続人への適用肯定の根拠としてあげるのだから)。」と説かれるに至っています(内田442頁)。

なお,「相続財産が僭称相続人から第三者に譲渡された場合に,その処分は無効」(我妻=有泉312頁)であるのが原則です。

第三取得者ではなく,すなわち表見相続人を介しないで,「自分の相続権を主張しないで,単に相続人の相続権を否認し,または相続以外の特定の権原を主張して相続財産を占有する者」は相続「回復請求権の消滅時効を援用」できないと解すべきものとされています(我妻=有泉309-310頁)。旧民法証拠編155条の「相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権」については,間口が広くとも,消滅時効について「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対」するものかどうかで絞りをかけることができたところです。民法884条の「相続回復の請求権」に関してはそのような限定規定がないので,当該請求権自体について,相手方を「相続を理由に占有を開始または継続している者に限るべき」ものとする(我妻=有泉310頁)書かれざる定義規定を(恐らく旧民法証拠編155条からではなくドイツ民法2018条から)解釈で読み込むものでしょう。

さらには,相続を理由とするとしても,単に相続人と自称するだけでは駄目であるようです。前記最高裁判所昭和531220日判決は,「自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し,又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し,相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は,本来,相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらない」ものと判示しています(なお,共同相続の場合には,「たとえば,戸籍上はその者が唯一の相続人であり,かつ,他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないとき」が上記「合理的事由」であるそうですから,むしろ原告(相続回復請求をする者)が共同相続人ではないと信ずることに係る合理的事由が問題となっているともいえそうです。)。確かに,天一坊程度のちゃちな僭称者(「自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するために口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきもの」であって「いわば相続回復請求制度の埒外にある者」)にいちいち表見相続人としての保護を与えてはいられないでしょう(なお,判例が上記部分で「相続回復請求制度」という場合,相続回復の請求権の消滅時効制度という意味でしょう。)。また,無権利者によって対外的・社会的には客観的な外観が存在するように作為されていても(老中・奉行も信じてしまうように暴れん坊将軍のお墨付きが精巧に偽造されていても),結局静的安定が優先されるべきものとされています(最判昭和531220日の高辻正己=服部高顯補足意見及び環昌一補足意見参照)。保護を受けるのならば,当該保護に値する旨自ら証しをなすべし,ということになります(最判平成11719日(民集5361138頁))。

なお,真正相続人を保護するためのErbschaftsanspruch制度下ならば,自ら相続人と称していわば不利な状態になることは,その者の勝手であって,この辺は論点とならないのでしょう。ちなみに,古代ローマの市民法上の相続請求権(hereditatis petitio)については,被告には,自己が相続人であるとの主張をなさず「何故に占有するかと問われたならば,「占有するが故に占有する」と答えるより外ない者ではあるが,なお原告の相続人であることを争う者(possessor pro possessore 占有者として占有する者)」までもが含まれていました(原田360-361頁)。

 本来の消滅時効の期間が相続回復請求権よりも短い場合には,その期間は相続回復請求権のもの(5年及び20年)に揃えよといわれています(我妻=有泉313頁)。旧民法証拠編155条の遺産請求ノ訴権に係る30年との関係についても,ボワソナアド解説によれば,「一様に(uniformément)」当該長い期間に揃えるべきものであったと解されます。

 相続回復請求権の消滅時効とは別に,(特に表見相続人のもとで)相続財産上の取得時効は進行するかについては,互いにその進行を妨げないと解すべきだといわれています(中川49頁(「特に表見相続人から譲渡をうけた第三者の場合を考えれば一層明白」),我妻=有泉313-314頁(「表見相続人の相続財産の上」のものについて),内田444頁(一般に「相続財産を占有している者のもと」の場合について),泉138頁(「表見相続人についても」))。これに対して,ドイツ民法2026条は表見相続人はその相続財産上の取得時効を主張できないとし,旧民法証拠編155条の遺産請求ノ訴権に関するボワソナアド解説によれば当該占有が包括の権原によるものである場合には取得時効期間は当該訴権の消滅時効期間に揃うものとされています(大判昭和729日(民集11192頁)も僭称相続人のもとでの取得時効の成立を否定)。しかし,表見相続人及び「みんな」の保護のためには,取得時効の進行及び成立を認めた方が一貫するのでしょう。これについては,「判例・学説は従来から第三取得者による時効取得を認めていたが,最判昭和4798日民集2671348頁は,従来判例上否定されていた表見相続人による時効取得を一定の場合に肯定した。」とされています(副田464頁・註(77))。 

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1 関係条文

電波法(昭和25年法律第131号)の第110条には次のような規定があります。無線局の免許(電波法41項。これは,無線従事者の免許(同法411項,11316号)とは異なります。),無線局の登録(同法27条の181項),特定無線局に係る包括免許(同法27条の2(ただし,第一号包括免許人(同法27条の21号に掲げる無線局に係る特定無線局の包括免許人(同法27条の62項))の開設する特定無線局の数に係るものです。))及び高周波利用設備の許可(同法1001項)という電波法の柱となる各制度を支える礎石ともいうべき犯罪構成要件群ということになります。

 

110条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,無線局を開設した者

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,かつ,第70条の71項,第70条の81項又は第70条の91項の規定によらないで,無線局を運用した者

 27条の7の規定に違反して特定無線局を開設した者

 100条第1項の規定による許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   〔第5号から第12号まで略〕

 

 関連規定を以下に掲げておきます。

 

(無線局の開設)

4条 無線局を開設しようとする者は,総務大臣の免許を受けなければならない。ただし,次の各号に掲げる無線局については,この限りでない。

 発射する電波が著しく微弱な無線局で総務省令で定めるもの

 26.9メガヘルツから27.2メガヘルツまでの周波数の電波を使用し,かつ,空中線電力が0.5ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて, 38条の7 1項(第38条の314項において準用する場合を含む。),第38条の26(第38条の316項において準用する場合を含む。)若しくは第38条の35又は第38条の443項の規定により表示が付されている無線設備(第38条の231項(第38条の29,第38条の314項及び第6項並びに第38条の38において準用する場合を含む。)の規定により表示が付されていないものとみなされたものを除く。以下「適合表示無線設備」という。)のみを使用するもの

 空中線電力が1 ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて,次条の規定により指定された呼出符号又は呼出名称を自動的に送信し,又は受信する機能その他総務省令で定める機能を有することにより他の無線局にその運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるもので,かつ,適合表示無線設備のみを使用するもの

 27条の181項の登録を受けて開設する無線局(以下「登録局」という。)

 本邦に入国する者が,自ら持ち込む無線設備(次章に定める技術基準に相当する技術基準として総務大臣が指定する技術基準に適合しているものに限る。)を使用して無線局(前項第3号の総務省令で定める無線局のうち,用途及び周波数を勘案して総務省令で定めるものに限る。)を開設しようとするときは,当該無線設備は,適合表示無線設備でない場合であつても,同号の規定の適用については,当該者の入国の日から同日以後90日を超えない範囲内で総務省令で定める期間を経過する日までの間に限り,適合表示無線設備とみなす。この場合において,当該無線設備については,同章の規定は,適用しない。

 前項の規定による技術基準の指定は,告示をもつて行わなければならない。

 

(登録)

27条の18 電波を発射しようとする場合において当該電波と周波数を同じくする電波を受信することにより一定の時間自己の電波を発射しないことを確保する機能を有する無線局その他無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。以下同じ。)を同じくする他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することのできる無線局のうち総務省令で定めるものであつて,適合表示無線設備のみを使用するものを総務省令で定める区域内に開設しようとする者は,総務大臣の登録を受けなければならない。

  〔第2項及び第3項略〕

 

(指定無線局数を超える数の特定無線局の開設の禁止)

27条の7 第一号包括免許人は,免許状に記載された指定無線局数を超えて特定無線局を開設してはならない。

 

(特定無線局の免許の特例)

27条の2 次の各号のいずれかに掲げる無線局であつて,適合表示無線設備のみを使用するもの(以下「特定無線局」という。)を2以上開設しようとする者は,その特定無線局が目的,通信の相手方,電波の型式及び周波数並びに無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。)を同じくするものである限りにおいて,次条から第27条の11までに規定するところにより,これらの特定無線局を包括して対象とする免許を申請することができる。

 移動する無線局であつて,通信の相手方である無線局からの電波を受けることによつて自動的に選択される周波数の電波のみを発射するもののうち,総務省令で定める無線局

 電気通信業務を行うことを目的として陸上に開設する移動しない無線局であつて,移動する無線局を通信の相手方とするもののうち,無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して総務省令で定める無線局

 

(非常時運用人による無線局の運用)

70条の7 無線局(その運用が,専ら第39条第1項本文の総務省令で定める簡易な操作(次条第1項において単に「簡易な操作」という。)によるものに限る。)の免許人等は,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該無線局の免許等が効力を有する間,当該無線局を自己以外の者に運用させることができる。

  〔第2項から第4項まで略〕

2007524日付けの総務省「放送法等の一部を改正する法律案について」5頁及び6頁によれば,免許人等たる被災地地方公共団体から非常時の通信のための無線設備を応援部隊等に対して貸し出す場合が想定されています。)

 

(免許人以外の者による特定の無線局の簡易な操作による運用)

70条の8 電気通信業務を行うことを目的として開設する無線局(無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して,簡易な操作で運用することにより他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるものとして総務省令で定めるものに限る。)の免許人は,当該無線局の免許人以外の者による運用(簡易な操作によるものに限る。以下この条において同じ。)が電波の能率的な利用に資するものである場合には,当該無線局の免許が効力を有する間,自己以外の者に当該無線局の運用を行わせることができる。ただし,免許人以外の者が第5条第3項各号のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

 (20172月付けの総務省総合通信基盤局「MVNOに係る電気通信事業法及び電波法の適用関係に関するガイドライン」4頁注1及び41-42頁によると,Mobile Virtual Network Operatorのサービスに関して利用される制度です。)

 

(登録人以外の者による登録局の運用)

70条の9 登録局の登録人は,当該登録局の登録人以外の者による運用が電波の能率的な利用に資するものであり,かつ,他の無線局の運用に混信その他の妨害を与えるおそれがないと認める場合には,当該登録局の登録が効力を有する間,当該登録局を自己以外の者に運用させることができる。ただし,登録人以外の者が第27条の202項各号(第2号を除く。)のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

   (前記2007524日付け総務省文書5頁及び6頁によれば,高出力のトランシーバのイベント会場,建設現場,選挙活動,スキー場等における貸出し等を可能にするための条項とされています。)

 

(高周波利用設備)

100条 左に掲げる設備を設置しようとする者は、当該設備につき、総務大臣の許可を受けなければならない。

 電線路に10キロヘルツ以上の高周波電流を通ずる電信,電話その他の通信設備(ケーブル搬送設備,平衡二線式裸線搬送設備その他総務省令で定める通信設備を除く。)

 無線設備及び前号の設備以外の設備であつて10キロヘルツ以上の高周波電流を利用するもののうち,総務省令で定めるもの

  〔第2項から第5項まで略〕

 

(電波の発射の防止)

78条 無線局の免許等がその効力を失つたときは,免許人等であつた者は,遅滞なく空中線の撤去その他の総務省令〔電波法施行規則(昭和25年電波監理委員会規則第14号)42条の2で定める電波の発射を防止するために必要な措置を講じなければならない。

 

113条 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の罰金に処する。

〔第1号から第18号まで略〕

十九 78条の規定に違反した者

 〔第20号から第28号まで略〕

 

 まあ賑やかなことです。論点満載なのですが,うっかり難しい論点に迷い込むと,行き着く果ては電波法全体を論じなければならないことになります。人生は短い。今回は禁欲して,無線局の開設及び運用に係る電波法1101号(及び2号)関係に絞って立法経緯及び裁判例を見ていきましょう。

 まずは筆者お得意の過去への遡りです。

 

2 電信法準用時代

 

(1)電信法44

 1900年に制定された電信法(明治33年法律第59号)の第44条は「電信又ハ電話ニ非スト雖通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ムル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用スルコトヲ得」と規定していました。これについては,「無線電信の如きは電信と称するも本法〔電信法〕の認むる所に非ず此の如きものも尚通信を為し信号を為し又は電話として通話しうべし之を取締らざれば本法の精神を没却すること多かるべきなり故に特に本法を準用すとせり」と説明されています(田中次郎『通信法釈義』(博文館・1901年)443頁)。あるいは,「将来学術技芸の進歩につれ電信電話でなくしてしかも相似たる作用を為すものを生ずるから,本条を設けて電信法準用の余地を残したのである。」とも説かれています(奥村喜和男『電信電話法論』(克明堂書店・1928年)295-296頁)。1928年当時,電信法44条の準用があったものとして「電鈴による信号,正午時通報,火災その他の公衆用信号等」が挙げられています(奥村296頁)。)

 

(2)明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号による準用

電信法44条に基づき,明治33年逓信省令第77号(19001010日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電信ニ準用ス」と規定し,大正3年逓信省令第13号(1914512日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電話ニ準用ス/本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス」と規定していました。(後者の施行日の定めは,公式令(明治40年勅令第6号)11条の「別段ノ施行時期」の定めになります。施行日の定めのない前者については,公文式(明治19年勅令第1号)の第10条から第12条までの規定により,「官報各府県到達日数後ノ後7日ヲ以テ施行」され(10条),ただし「天災時変ニ依リ官報到達日数内ニ到達セサルトキハ其到達ノ翌日ヨリ起算」され(11条),なお,北海道,沖縄及び島地には道庁,県庁又は所轄郡役所に現に官報が到達の翌日から起算する(12条)という仕組みで施行されたものです。)電信法44条に基づく同法の準用の結果「無線電信の施設通報信号を為す目的あれば必ず願出許可等の手続を要するに至るべし」と予想されていましたが(田中444頁),現実には,明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号はいずれも電信又は電話の私設が認められる範囲に係る電信法2条を無線電信又は無線電話に係る準用から外していましたので,同法1条の原則(「電信及電話ハ政府之ヲ管掌ス」)どおり,無線電信及び無線電話を施設することは政府以外の者には認められないこととなっていました。無線電信及び無線電話の私設が可能となるには,無線電信法(大正4年法律第26号)の制定・施行をまたなければなりませんでした。

 電信法には,次のような条項がありました。

 

  27 権利ナクシテ電信若ハ電話ヲ私設シタル者又ハ権利ヲ失ヒタル後主務官署ノ指定シタル期間内ニ私設ノ電話若ハ電信ヲ撤去セサル者ハ5円以上100円以下ノ罰金ニ処シ其ノ電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス

   前項ノ場合ニ於テ其ノ電信又ハ電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

   第1項ノ電信又ハ電話ヲ使用シタル者ハ50円以下ノ罰金ニ処ス

 

  41 第32条ヲ除クノ外前数条ニ記載シタル軽罪ヲ犯サントシテ未タ遂ケサルモノハ刑法未遂犯ノ例ニ照シテ処断ス

 

 電信法273項の「使用シタル者」については,「権利なきもの及権利を失ひたるものを罰すると同時に不法なる電信電話を使用したるものを罰す此使用者は大に専掌権妨害者の一人なれは罰せんとす使用者は其不法なることを知ると知らざるとを問はず即ち知情の如何を顧ず使用したる事実あれば直ちに処罰することをうべし」と説かれていました(田中390頁)。この「使用シタル者」は,電信又は電話の施設者ではなくて,その顧客ということになります。

 なお,電信法41条に「軽罪」とありますが,旧刑法(明治13年太政官告示第36号)8条によれば,軽罪の主刑は重禁錮,軽禁錮又は罰金ということになっています。

 

(3)電信の営造物性

 ちなみに,「電信」とは何かといえば,「元来電信と云ひ電話と云ふは其原電気的作用に原し遠隔者間の意思伝達の設備にして或場合には其作用のみを云ひ或場合には其施設全躰を指すことあり本法〔電信法〕に於ては施設全躰を総称せるなり法律上の観念として此2者を見れば正しく郵便と同しく公の営造物なりと信す」とされていました(田中276頁)。

 営造物に関しては,「法学漫歩2:電波的無から知的財産権の尊重を経て偶像に関する法まで」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)において御紹介したことがあります。

 

3 無線電信法時代

 

(1)関係条文

 第36回帝国議会の協賛を経て1915619日に大正天皇が裁可し,同月21日の官報で公布された無線電信法には次のようにあります。

 

  16 許可ナクシテ無線電信,無線電話ヲ施設シ若ハ許可ナクシテ施設シタル無線電信,無線電話ヲ使用シタル者又ハ許可ヲ取消サレタル後私設ノ無線電信,無線電話ヲ使用シタル者ハ1年以下ノ懲役又ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス

   前項ノ場合ニ於テ無線電信又は無線電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

 

  26 前10条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 

  13 主務大臣ハ不法ニ無線電信又ハ無線電話ヲ施設スル者アリト認メタルトキハ当該官吏ヲシテ其ノ施設ノ場所ニ立入リ機器工作物ノ検査,機器附属具ノ除却其ノ他相当ノ措置ヲ為サシムルコトヲ得

 

  10 私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ施設者其ノ無線電信又ハ無線電話ノ許可ヲ取消サレタルトキハ主務大臣ノ命スル所ニ依リ其ノ機器工作物ヲ撤去スルコトヲ要ス私設ノ無線電信又ハ無線電話ヲ廃止シタルトキ亦同シ

 

  18 第5条ノ規定ニ違反シタル者又ハ本法ニ依ル無線電信,無線電話ノ使用ノ制限停止,設備変更若ハ除却撤去ノ命令ニ従ハサル者ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス無線電信,無線電話ノ事務ニ従事スル者使用ノ制限又ハ停止ニ違反シテ使用シタルトキハ其ノ従事者ニ付亦同シ

 

無線電信法は,同法附則に基づく大正4年勅令第185号(19151025日裁可,同月26日公布)により1915111日から施行されています。

 

(2)第36回帝国議会における政府委員の説明

 

ア 無線電信法13

無線電信法13条の「不法ニ」は,「許可ヲ受ケナイ場合,条件等ノ外レタ場合モ含ミマス,許可ヲ受ケヌ場合ヨリモ少シ広イ」ものであるとされています(田中次郎政府委員(逓信省通信局長)(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第18頁))。「条件等ノ外レタ場合」は「第3条ニ違反」した場合です(田辺治通政府委員(逓信書記官)(同頁))。無線電信法3条は「私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ機器,其ノ装置及運用ニ関スル制限並私設ノ無線電信ノ通信ニ従事スル者ノ資格ハ命令ノ定ムル所ニ依ル」と規定していました。「第3条ノ所謂制限ニ違反シテ,例ヘバ1「キロワット」ノ動力デ設備シタ,斯ウ云フモノガ若シ2「キロワット」ヲ用ヰテ設備シマスレバソレモ矢張リ〔第13条の不法に〕這入リマス」という例が挙げられていました(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁))。電波長(電波の周波数)もこちらに含まれます。この「許可ナクシテニアラザル,詰リ条件ニ違反シタモノ,サウ云フモノハ司法上ノ処分ハアリマセヌ」ということでした(同政府委員(同速記録同頁。また,13頁))。

 

イ 無線電信法16条の構成要件

無線電信法16条の構成要件については,「16条ノ中,許可ヲ得ズシテ施設シタ者,是ハ詰リ許可ヲ得ズシテ施設ト云ヒマスルモノハ,使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置スルト云フ意味デ施設ト書キマシタノデスガ,其モノガ更ニ一歩進ンデ使用シタト云フ場合ニハ,使用スル目的マデ其行為ガ進ンダモノデアル,所謂数行為ガ一緒ニ含マレタト云フ,アノ刑法ノ精神ヲ持ッテ来マシテ,素ト使用スル意志デ造ッタモノガ,更ニ一歩ヲ進ンデ使用セザリシ場合ハ矢張リ16条ノ前段デ処分シヤウ,斯ウ云フ立前ニナッテ居リマス」(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁)),「16条ノ許可ガナクシテ施設シタモノト云フ意味ハ,使ヒマセヌデモ使用ノ意思ヲ以テ無線電信電話ノ機械ヲ設置シタモノハ直ニ矢張リ本条ニ這入リマシテ,尚一歩進ンデ其モノヲ同ジ人間ガ使ヒマシテモ,先程磯部〔四郎委員〕サンノ質問ノヤウニ一歩進ンデ使ヒマシテモ,矢張リソレハ使用ノ意思ヲ以テ造ッタモノガ目的ヲ達シタト云フノニ過ギマセヌノデ,等シク本条ニ依ッテ処罰スルト云フ定メニナッテ居リマス」(同政府委員(同速記録13頁)),「此16条ハ許可ナクシテ施設シタモノデモ罰セラレル,況ンヤ施設シテソレヲ使用スルモノハ尚ホ罰セナケレバナラヌ,斯ウ云フ訳デアリマス」(田中次郎政府委員(同頁)),「実ハ此施設シテ尚ホ使用シタ場合ハモウ丁度1年以下ノ懲役,又ハ1000円以下ノ罰金ニ当テテ宜カラウ,本件ハ刑法ノ関係カラ考ヘマシタノデ,寧ロ其施設シタダケノモノハ此範囲内ニ這入ル積リデ居リマシタ」(同政府委員(同頁))と説明されています。

無線電信法16条の「使用」は,電信又は電話の利用の顧客に係る電信法273項の「使用」とは異なるようです。無線電信法においては別途その第173項において「私設ノ無線電信又ハ無線電話ニ依頼シ通信ヲ為サシメタル者ハ100円以下ノ罰金ニ処ス」と規定されていたところです。(しかしながら,第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会の磯部四郎委員(1892年の大審院検事時代に同僚と雑談中,司法高官らによる日本橋浜町の待合茶屋初音屋等における芸妓を交えての花札博奕(ばくち)遊戯についてしゃべってしまって「弄花事件」を惹起するに至り,自らも同年53日に辞表を提出した花札好きの人物(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁))は無線電信法16条の「使用」を電信法273項の「使用」と同義であると解していたようで,かつ,田辺治通及び田中次郎両政府委員は正面からその誤解を指摘せず,ないしは磯部委員にむしろ迎合してしまったところもあって,191561日の議事は一部混乱しています(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212-13頁)。)

無線電信法16条の無線電信,無線電話の施設者は,「使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置」した者ですから,当該無線電信,無線電話の使用者と同一ということになりそうなのですが,実は施設者と使用者との間には微妙な齟齬があります。「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方ガ主眼」で,工事をした技師は入らない一方(田中次郎政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第215頁)),「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス,船長ノ命ニ依ッテヤル,船長ハ殆ド船舶内ノ最上権ヲ有ッテ居リマスカラ,船長ガ使用センナラヌ場合モアラウカト思ヒマス」と説かれています(同政府委員(同頁))。


ウ 無線電信法16条の刑量

無線電信法16条の罰の重さについては,「有線電信法ニハ罰ノ割合ハ5円以上100円以下ト云フ罰金丈ケニナッテ居リマス,是ハ矢張リ無線電信ノ性能トシテ随分濫用ノ結果,非常ナル弊害ガ伴ナウ,斯ウ云フコトカラ許可ヲ得ズシテヤル者ハ是非体刑ヲ加ヘテ,最高限ヲ重クシテ置カウ,勿論各犯罪ノ各種ノ場合ニ於キマシテハ各種ノ状況モアリマスノデ罰金刑ダケデハ足ラヌ,随分情ノ重イ者ハ体刑迄イカヌト通信ヲ濫用シタ者ノ取締ガ附カヌ,斯ウ云フ考カラ体刑モ加ヘマシタ」と(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第19頁)),あるいは「有線電信ヨリモ無線電信ハ割合ニ取締上先刻申上ゲタヤウニ困難ヲ感ズルヤウナ次第デアリマシテ,又其害モ有線電信ハ両間ダケノ間ニ止マルガ,無線電信ハ四方八面カラ来ル通信ヲ受ケ得ル装置ニナッテ居ル,又四方八面ヨリ出シ得ル機械デアリマスカラ,随分之ヲ不法ニ設備スルト云フコトハ,其害毒ヲ及ボスコトハ夥シイダラウト思ヒマスカラ,有線電信ヨリハ刑ヲ重クスルコトハ至当デアラウト,斯ウ云フヤウナ考デアリマス」と(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第13頁))説明されています。

電信法271項の「電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス」規定に対応する規定が無線電信法16条にはない理由は,「刑法ノ一般ノ規定ニ基キマシテ所謂犯罪ヲ構成スルヤウナモノハ,自ラ没収セラルヽ規定ガアリマスカラ,其方ニ拠ルコトニナルノデアリマス」ということでした(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第14頁)。電信法制定時の旧刑法43条においては法律ニ於テ禁制シタル物件(同条1号),犯罪ノ用ニ供シタル物件(同条2号)及び犯罪ニ因リテ得タル物件(同条3号)は没収すべきものとして掲げられていましたが,電信法271項の罪における電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器は,旧刑法432号の犯罪ノ用ニ供シタル物件にすぎないものではなくむしろ「罪躰を為すべき物件」であるということで,同条にいう「法律規則ニ於テ別ニ没収ノ例ヲ定メタル者」として電信法271項後段の規定が設けられていたものです(田中388-389頁)。刑法(明治40年法律第45号)1911号は,犯罪行為を組成した物は没収することができるものと規定しています。

 

エ 田辺治通

なお,第36回帝国議会で政府委員を務めた田辺治通は,無線電信法案の起草を担当した通信局業務課長でした。当時の同課の状況に関しては,「法起草に着手した田辺治通業務課長は広江恭三氏を係長として電信主任舛本茂一氏を配し,外国制度を翻訳調査させるために井手義知,山本直太郎2法学士を加えた。舛本氏の談によれば法理,刑量,軍事保護などでの審議がはかどらないときは課長から「今日はうんと喧嘩して来い」と再三督促に出されたそうである。」との証言があります(小松三郎「無線電信法制定前後」逓信外史刊行会『逓信史話上』(電気通信協会・1961年)303-304頁)。田辺は山梨県の現在の甲州市出身,平沼騏一郎系列,後に逓信省通信局長,大阪府知事,満洲国参議府副議長,内閣書記官長,逓信大臣,貴族院議員,内務大臣等を歴任します。無線電信法廃止の年(1950年)の130日に,同法廃止よりも4箇月ほど早く死亡します。

 

(3)昭和4年法律第45号による改正

192941日に昭和天皇が裁可し,同月2日の官報で公布された昭和4年法律第45号によって,無線電信法に高周波利用設備に関する規定が加えられています(同法は,同法附則に基づく昭和4年勅令第345号によって193011日から施行)。

 

 第28条ノ2 無線電信又ハ無線電話ニ非スト雖高周波電流ヲ使用シ通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用ス

 

 第28条ノ3 主務大臣ハ無線電信又ハ無線電話ニ依ル公衆通信又ハ軍事上必要ナル通信ニ及ホス障碍ヲ防止スル為必要ト認ムルトキハ高周波電流ヲ発生スル設備ニシテ無線電信,無線電話又ハ前条ノ通報信号施設ニ非サルモノニ関シ其ノ施設者ニ対シ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ヲ命スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ニ要シタル費用ハ命令ノ定ル所ニ依リ政府之ヲ補償ス

  前項ノ規定ニ依ル補償ニ関スル決定ニ対シ不服アル者ハ其ノ通知ヲ受ケタル日ヨリ3月内ニ民事訴訟ヲ提起スルコトヲ得

 

4 電波法の制定

電波法は,その公布の日である195052日から起算して30日を経過した日である同年61日から施行され(同法附則1項),同日から無線電信法は廃止されています(電波法附則2項)。制定当時の電波法110条の第1号から第3号までは次のとおりでした。

 

  110 左の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。

   一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を運用した者

   二 第100条第1項の規定に依る許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   三 第52条,第53条又は第55条の規定に違反して無線局を運用した者

    〔第4号から第6号まで略〕

 

なお,電波法52条本文は「無線局は,免許状に記載された目的又は通信の相手方若しくは通信事項(放送をする無線局については,放送事項)の範囲をこえて運用してはならない。」と規定していました。

電波法110条について,電波監理委員会電波監理総局の文書課長,放送課長及び法規課長を著者とする解説書は,次のように解説します。

 

  本条は,免許又は許可のないのに無線局若しくは高周波利用設備を運用したり,法律又は之に基く命令に違反して無線局又は無線設備を運用した者及び非常通信を拒否した者を処罰する規定である。

  従来の無線電信法16条では,許可なくして無線局を設置すれば処罰されるのであるが,本条では無線局又は高周波利用設備を免許又は許可を受けないで設置しても処罰されず,ただ免許又は許可を受けないで運用した場合に初めて処罰されるのである。単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。

  「免許がない」又は「許可がない」とは,初めから「免許又は許可」を受けないで運用する場合のみならず,免許の有効期間が経過し再免許を受けないで運用する場合,及び「免許又は許可」を取消された後,運用する場合を含むのである。

  本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう,又芸能人も当該無線局が免許がないと知りながらその無線局で放送に出演した場合は罪に問はれるであらう。(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)262頁)

 

2段落で「単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。」といっていますが,これは実は日本側の発案ではなくGHQの指示によるものであったようで,194928日から数回にわたって逓信省の起草担当者がGHQ民間通信局の関係者と共同審議した結果同年315日にGHQ側から得られた了解事項の一つに「無線設備を建設許可なしに設置しても処罰する要はなく,ましてその未遂罪を処罰する必要はないこと。」があったのでした(荘等21-22頁)。無線電信法案が審議された191561日の貴族院無線電信法案特別委員会でも藤田四郎委員が「尚ホ私ハ磯部君ノ御尋ネノコトニ付テモウ少シ確メテ置キタイト思ヒマスガ,16条ノ場合ノヤウナ工合ニ,是ハ必ズ施設シテ使用シタモノデナケレバ罰セヌ,唯施設デハ罰セヌト云うフ趣意デハナイカト思ヒマスガ,ソレデ宜イノデスカ」と質問していたものの(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第213頁),いやもう施設の段階で既に罰するのですよとの政府委員の答弁を受けてあっさり引き下がっていましたが,さすが戦勝国民は執拗であったようです。

3段落で「本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。」とありますから,免許を受けていない無線局の運用に係る電波法1101号の罪の構成要件に該当し得る者は当該無線局の開設者(同法41項)のみであるように思われます。しかしながら,続いて「併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう」云々といわれると混沌としてきます。確かに無線電信法16条においても,前記のとおり,無線電信,無線電話の施設者(「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方」)と使用者(「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス」)との間には齟齬があったのでした。

  

5 最決昭和34年7月2日(八幡浜漁業用海岸無線局=第一稲荷丸無線局事件)

電波法110条の処罰の対象となる者についての重要判例は,最高裁判所第一小法廷昭和3472日(刑集1371031頁)決定です。同決定は,弁護人の上告理由は単なる法令違反の主張であって刑事訴訟法405条の上告理由に当たらないと一蹴した上で,括弧書きで「なお,原判決の判示は正当である。」とお墨付きを与えるものですが,原審の高松高等裁判所第三部昭和331129日判決が控訴棄却をもって維持した第一審の松山地方裁判所昭和3365日判決(刑集1371036頁)を見ると次のような電波法の適用が行われています。

 

ア 日本西海漁業協同組合が免許人である八幡浜漁業用海岸無線局(免許状に記載された通信事項は,漁業通信のみ)の通信士Oに対して,漁業通信ではない通信事項の通信(密漁関係で海上保安庁の巡視艇の動静を知らせる通信)を暗号で発信することを電話で依頼し,情を知らない当該通信士をして同局無線通信施設によって当該内容の電信を発信せしめた被告人A(同局の免許人ではない。)は,免許状に記載された通信事項の範囲を超えて,当該八幡浜漁業用海岸無線局を運用したことになる(Aに電波法52条,1103号が適用される。)。

イ 被告人Aは自己が船主である漁船第一稲荷丸に免許を受けて無線局を設置しているところ,その無線局の免許状には通信事項として漁業通信及び船舶の航行に関する事項のみが記載されているのにもかかわらず,第一稲荷丸無線局通信士Kは,同無線局において,Aの業務に関して前記巡視船の動静に係る電報を受信し,以て免許状に記載された通信事項の範囲を超えて当該第一稲荷丸無線局を運用した(Aに電波法52条,1103号,114条を適用)。

 

 アでは八幡浜漁業用海岸無線局の運用を行った者は,その免許人である日本西海漁業協同組合ではなく,被告人Aとなっています。Aは,故意を欠く通信士Oを利用して免許状に記載された通信事項の範囲を超えて無線局を運用させた間接正犯である,ということでしょう。最高裁判所の高橋幹男調査官は,「要するに間接正犯の理を認めたもののようであるが,免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」と評しています(最高裁判所調査官室編『最高裁判所判例解説刑事篇昭和34年度』(法曹会・1960年)243頁)。しかし,八幡浜漁業用海岸無線局についてその運用を観念できる主体は免許人である日本西海漁業協同組合又は当該法人の機関(理事)のみであるのならば,本件においては同協同組合の理事は全く情を知らなかったのですから電波法52条違反に係る1103号の罰則の発動はあり得なかった,ということになるようです。

 イでは通信士Kが第一稲荷丸無線局を運用したものとされ,Aは当該無線局の免許人ではあるものの端的に運用者とはされず,両罰規定を介して罰せられています(電波法114条は「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従事者が,その法人又は人の業務に関し,第110から前条までの違反行為をしたときは,行為者を罰する外,その法人又は人に対しても各本条の罰金刑を科する。」と規定していました(下線は筆者によるもの)。なお,通信士Kは少年であったようです。)。また,電波法25号は無線設備及び無線設備の操作を行う者の総体であっても受信のみを目的とするものは無線局ではないと定義していますが,無線局である以上,受信もその運用に当たるものとされています。

 イに関して前記高橋調査官は「本件においてはむしろ通信士〔K〕との共謀に基く免許人たる被告人の船舶局違法運用として解決出来るのではなかろうか。」と述べていますが(最高裁判所調査官室243頁),これは被告人Aを正犯とせよということでしょう。しかし,電波法52条違反に係る1103号の罪が自手犯ならば,自手犯は「自らの直接的行為によって構成要件を実現しなければ正犯とならない犯罪。したがって,間接正犯及び構成要件の一部実現による共同正犯は成立しない。」と定義されていますから(金子宏=新堂幸司=平井宜雄編集代表『法律学小辞典(第4版補訂版)』(有斐閣・2008年)503頁),Aに「自らの直接的行為」がないとAは正犯とはならないことになります。しかして,イにおける「構成要件を実現」するAの「自らの直接的行為」とは,何でしょうか。

 

6 免許を受けずに無線局を開設する罪の導入(昭和56年法律第49号)

 

(1)条文

電波法1101号は,昭和56年法律第49号によって,198311日から(同法附則1項)次のようになりました。無線電信法16条同様,無線局の開設段階で犯罪が成立することになりました(ただし,未遂までは罰せられず。)。

 

 110 次の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

  一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者

 

(2)第94回国会における政府の説明

 「従来は郵政大臣が免許しなければ無線局は開設できない,こういう点は明確に相なっていたわけでございますけれども,その免許を受けないで開設している無線局が実際に運用といいますか活動しているときじゃないとつかまえることができなかったということで,郵政省としても懸命にそれをつかまえるべく努力をしてまいったのでございますけれども,今度はトラックのように無線機が移動しているものがたくさんできてきたのですね。どこか一定の個所に置いてあればまだつかみやすいのでございますけれども,そういう点を特に注意して今回の改正をしたのでございまして,今度は無断の免許のない無線局があればすぐこれをつかまえることができるという点で,こういう点を十分改正をしていただければ,取り締まりを厳重にやってまいりたい,こういうふうに考えております。」(山内一郎郵政大臣(第94回国会衆議院逓信委員会議録第106頁))という楽観的な見込みをもってされた改正です。「不法無線局として捕捉しますためには,現在のところ郵政大臣の免許を受ける必要があるわけですけれども,開設だけでは,あるいは車に積んで運んでいるだけでは規制できない。運用の実態をつかまえ,記録をとり,何月何日に運用しておった,そういう事実を突きつけない限り規制することができない,そういうような観点からいたしまして,ただいま御審議いただいております法の中で,郵政大臣の免許を得ないで開設しておる,電波が発射し得る状態になるという時点をつかまえまして規制に持ち込みたい,こういうことで御提案申し上げておる次第でございます。」というわけです(田中眞三郎政府委員(郵政省電波監理局長)(第94回国会衆議院逓信委員会議録第1022頁))。具体的には,「ハイパワー市民ラジオ」なるものが問題となっていました。いわく,「現行の電波法では,御存じのように無線局を運用したという立証と申しますか,証拠が得られないと摘発できない。また,それに加えまして,現在の規定が決まりました当時には,固定局と申しますか,動かない無線局がほとんどだったわけですけれども,近来は御存じのように移動するものに載っける。特にハイパワー市民ラジオのほとんどが,率直に申しまして,長距離トラックあるいはダンプカー等の車両に取りつけられまして,走行中に,雑談あたりはまだいいといたしましても,交通取り締まりの状況を流すというような実態があるようでございます。そういうわけですけれども,現在のところでは運用の実態が確認でき,そうした証拠の確保ができないと摘発はむずかしい,そういうようなことで御提案を申し上げておるというようなことでございます。」と(同政府委員(第94回国会参議院逓信委員会会議録第97頁))。

なお,我が国版の市民ラジオの無線局の無線設備の技術基準については無線設備規則(昭和25年電波監理委員会規則第18号)54条の2等に規定されていますが,その使用する電波の周波数及び空中線電力については電波法422号に規定があります(昭和57年郵政省令第65条附則2項参照)。我が国版の市民ラジオの無線局は,無線局の免許を受けなくとも開設・運用することができる無線局ということになります。

 犯罪構成要件としての無線局の開設とは何か。田中眞三郎政府委員によると「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います。それに対しまして無線局の開設とは何か。無線局を運用する意思を持ちまして無線設備を設置して電波を発射し得る状態にする,その上,かつこれを操作する者を配置して無線局としての運用が可能な状態におくこと,こういうふうに解釈いたしております。/したがいまして,たとえば無線設備が店頭等にあるというようなことでは開設になるというふうに考えていないわけでございます。実態として,たとえばトラック等自動車の運転席に無線設備がついておる,そしてアンテナもついておる,スイッチを入れれば電波が容易に出るというような状態で車両等を運行する人がいるというような場合にはこれは開設だ,運用にはもちろんならない状態でありましても開設だ」(第94回国会参議院逓信委員会会議録第914頁),「開設につきましては,無線局を運用しようという意思を持って設備をする,そうして電波を発射し得る状態にしておる,スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている,かつ,それを操作しようとする者が配置されておる。たとえば無線設備がありましても,店頭にあるようなものにつきましてはこれは操作者がいないというようなことで開設の要件にはならないと思いますけれども,そういうようなことで,無線局としての運用が可能な状態に置いてあるものというふうな解釈で,繰り返しますけれども,罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」(同会議録24頁)とされています。

すなわち,①無線局を運用する意思の存在並びに②無線局としての運用が可能な状態の存在(②₁無線設備を設置してスイッチを入れれば電波を発射し得る状態にすること(アンテナ(空中線)に特に言及されるのは電波法78条(当時は「無線局の免許がその効力を失つたときは,免許人であつた者は,遅滞なく空中線を撤去しなければならない。」と規定)との関係でしょう。電波法制定時から「未だ免許を受けることとはなつていない無線設備には少くとも空中線を附属させてはならないものと解する。」とされていました(荘等223頁)。)。)及び②₂当該無線設備を操作する者の配備)が要件ということになるようです。

 

(3)無線局の運用と受信

無線局の運用の前段階というような位置付けですが,まず,「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います」として無線局の運用は送信に限るものとする解釈はいかがなものでしょうか。無線局の運用には受信をも含むものとする前記最高裁判所昭和3472日決定を,当時の郵政省電波監理局は勉強していなかったものか,あるいは知っていながらあえて「最高裁判所だって間違えることがあるんですぅ。」と言い張って自論に固執したものか。他方,河上和雄元特捜検事は,「無線局を運用するとは,無線設備を操作して無線通信を行うことを意味し,発信設備のある限り,現実には受信しかしていなくても運用に当たる。」とあっさり解しています(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編(新版)』(立花書房・1994年)448頁。また,安西溫『特別刑法7』(警察時報社・1988年)311頁)。電波法25号ただし書の「受信のみを目的とするもの」を無線局から除く旨の規定については,「この受信のみを目的とするものというのは,受信設備の全てではなく受信設備であつても或ものは無線局を構成することがあるのであつて,それは送信設備の機能を果すためにはこれと一体をなしていると考えられる受信設備即ち具体的にいへば中央集中式又は二重通信方式により設置する受信設備等である。これらの受信設備は客観的に送信設備と一体をなしているものであるから,これらの受信設備を有している者の主観のいかんに拘らず必ず無線局を構成するものとして法の適用を受けるのである。」と説明されており(荘等83-84頁。下線は筆者によるもの),開設者ないしは運用者の主観的目的ではなく,無線設備の機能に係る客観的評価の問題とされていたところです(電波法施行規則5条,無線局免許手続規則(昭和25年電波監理委員会規則第15号)24項参照)。仙台高等裁判所平成19126日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成19497頁)においても,電波法25号ただし書の「「受信のみを目的とするもの」とは,受信専用設備をいうものが相当であるところ,本件無線設備は,電波を発射し送信することが可能なものであるから(空中線電力は,14メガヘルツ帯で10.4ないし10.8ワット,430メガヘルツ帯で10.6ないし11.4ワット,鑑定書⦅原審甲12⦆),これには該当しない。」と判示しています。

 

(4)無線局の運用の主体と開設の主体と

また,昭和34年最高裁判所決定の事案においても明らかになったとおり,無線局の運用の主体(通信士)と無線局の開設の主体(漁業協同組合又は船主)とは,必ずしも一致していなかったところです。運用者と開設者とのこの相違にどこまでこだわるべきか。(あるいは,前記高橋幹男調査官の言う「免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」との「電波法全体の精神」からする疑問をどう解消するか。)この辺は,実は,電波法施行規則5条の2が「免許人等〔免許人又は登録人〕の事業又は業務の遂行上必要な事項についてその免許人等以外の者が行う無線局の運用であつて,総務大臣が告示するものの場合は,当該免許人等がする無線局の運用とする。」と規定し,同条の告示によってacrobaticな辻褄合わせがされています。

当該告示である,電波法施行規則第5条の2の規定に基づく免許人以外の者が行う無線局の運用を,当該免許人がする無線局の運用とする場合(平成7年郵政省告示第183号)は,次のように規定しています。

 

免許人又は登録人〔略〕から無線局(放送をする無線局を除く。以下同じ。)の運用を行う免許人又は登録人以外の者(以下「運用者」という。)に対して,電波法及びこれに基づく命令の定めるところによる無線局の適正な運用の確保について適切な監督が行われているものであつて,次に掲げるものとする。

一 その無線局がスポーツ,レクリエーション,教養文化活動等の施設を利用者に提供する業務を遂行するために開設する無線局であるもの

二 アマチュア局であって,次の各号に掲げる運用方法によるもの

1 運用者は,アマチュア局の無線設備を操作することができる資格を有し,かつ,当該資格で操作できる範囲内で運用するものであること。

2 運用者は,運用しようとするアマチュア局の免許人の立ち会いの下で,かつ,当該アマチュア局の免許の範囲内で運用するものであること。ただし,運用しようとする社団であるアマチュア局の免許人の承諾を得て,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該免許人の立ち会いを要しない。

3 呼出し又は応答を行う際は,運用しようとするアマチュア局の呼出符号又は呼出名称を使用するものであること。

三 免許人又は登録人と運用者との間において,その無線局を開設する目的に係る免許人又は登録人の事業又は業務を運用者が行うことについての契約関係があるもの(その無線局が移動局(ラジオマイクの局を除く。)の場合は,免許人又は登録人が当該無線局の無線設備を実際に操作する者に対して,別表に定める証明書〔無線局運用証明書〕を携帯させているものに限る。)

 

 平成7年郵政省告示第183号の第1号は,電波法70条の9とどのような関係になるのでしょうか。

平成7年郵政省告示第183号の第2号は,「アマチユア局の無線設備の操作を行う者は,免許人(免許人が社団である場合は,その構成員)以外の者であつてはならない。」と規定する無線局運用規則(昭和25年電波監理委員会規則第17号)260条の規定と矛盾するようでありますが,後法が先法を破ったもの歟。

前記仙台高等裁判所平成19126日判決は「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者であっても他人の無線局を運用することができるが(電波法施行規則5条の2参照)」と判示していますが,「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者の無線局の運用であっても当該免許人等による無線局の運用である」とまでは言ってはいません。

また電波法施行規則5条の2の見出しは「無線局の運用の限界」となっていますが,これは法律たる電波法で免許人等に認められた無線局の運用の範囲を省令でもって「限界」付け,制限するということでしょうか。しかし,下位法令が上位法令を破ってはならないでしょう。したがって,電波法施行規則5条の2及び平成7年郵政省告示第183号は注意的な電波法の解釈規定であるということになるようなのですが,無線局運用証明書の携帯義務までをそのような解釈規定をもって創出してよいものかどうか(同告示の第3号)。ちなみに,自動車運転免許証の携帯義務は,法律をもって定められています(道路交通法(昭和35年法律第105号)951項)。

 

7 昭和59年法律第87号による改正

日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和59年法律第87号)第47条により,198541日から(同法附則1条),電波法1101号は「第4条の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」と改められています。

 

8 東京高等裁判所昭和60年9月13日判決(小金井食堂駐車場事件)

電波法1101号の無線局開設罪に係るリーディング・ケースは,東京高等裁判所昭和60913日判決(判タ56892頁)です。

第一審の宇都宮地方裁判所昭和591126日判決(判タ56894頁)は,罪となるべき事実として「被告人は,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外事由がないのに,昭和581012日午前1時ころ,栃木県小山市大字羽川517番地小金井食堂西側駐車場において,同所に駐車中普通乗用自動車内に電源が接続された携帯無線送受信機を置き,自らその付近に位置して電波の送受信が可能な状態を保ち,もつて無線局を開設したものである。」との事実を認め,被告人を懲役4月に処しています。前記①の無線局を運用する意思の存在は,罪となるべき事実において記載されていませんが,争点に対する判断中において宇都宮地方裁判所は「被告人において,本件無線機を用いて警察無線等を傍受し,ないしは傍受しようとしていたことが強く推認されるものといわざるを得ない。」及び「被告人は,本件車両に戻つてきた後はもちろん,それ以前からも,本件無線機を自己の意思に基づき,基本的に自由に使用しうる地位にあつたものと推認することができる。」と判示しています。結論部分においては,同裁判所は「被告人が,他の者と共用してであったか否かはともかく,公訴事実記載の日時・場所において,本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつ,そのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,以上検討したところなどからして,被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当であるから,被告人は,本件の罪責を免れないものというべきである」と判示しています。

これに対して控訴がされたのですが,東京高等裁判所の判決文によれば,控訴趣意書において弁護人は「電波法41項に規定する「無線局の開設」とはアンテナ,送受信機,電源等無線設備を設置して電波を発射しうる状態に置き,かつこれを操作し得る者を配置し,いつでも無線局として運用可能な状態に置くことを要し,無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者と解すべきところ,原判決は,本件無線局の支配管理者が誰であるかを決定することなく,単に被告人が本件無線機と関連性があるか,あるいは関連性が強いということを認定しただけで無線局開設罪の罪責を問うているのであつて,右は電波法の解釈適用を誤つたものである。」と主張しています。ここでも国会答弁で出てきた①無線局を運用する意思はそれとして出て来ないのですが,「無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者」であるとの定式が提示されています。

東京高等裁判所は,当該定式を「所論のとおり」であるとしつつ,「その無線局を支配・管理している者」の内容については,「原判決はその意義についての一般的な解釈を明示しているわけではなく,原判決の判文,特に「被告人が本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつそのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,・・・被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当である・・・」と判示し,被告人が単に,他人が開設した無線局を運用したにすぎない者ではない趣旨の判示(ママ)ていることに徴すると,原判決は「無線局を開設した者」とはその無線局を支配管理している者と解しうえで被告人が本件無線局の支配管理者に当るとの判断の過程を明らかにしたものと理解することができるのであつて,所論の非難は当らない。」と一蹴しています。

なお,東京高等裁判所は「本件無線設備に関し他に無線(ママ)開設の免許を受けた者があり被告人がその免許を受けた者の支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわつたにすぎないと認められる特段の事情が存しないこと」をも確認した上で原審判決を維持しています。「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」していることが無線局の開設者たる要件であって,「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」している者(無線局の開設者)の「支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわったにすぎない」者は,無線局の運用者ではあるがその開設者とまではいえない,ということになるのでしょう。宇都宮地方裁判所の判決文(「共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立する」)によれば,同一の無線設備について複数の者による複数の無線局の開設が可能であるということになりますが,この点は電波法令も実は認めているところであって,例えば電波法関係手数料令(昭和33年政令第307号)31項には「基本送信機が2以上の無線局によつて共用されている場合」という表現が出て来ます。河上元検事は「免許を受けた他人の無線局を勝手に利用して無線通信を行う場合も無線局の無許可運用といえよう。」と述べていますが(伊藤等448頁。また,安西311頁),ここでいう「勝手に利用」ということは「自己の計算において操作・使用する」ことをいうものと解され,かつ,当該「意図」をもって無線局としての運用が可能な状態を作出すれば,免許を受けずに無線局を開設する罪も成立するというわけでしょう。

 
 後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1076312387.html


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旧制第二高等学校蜂章碑(仙台市青葉区片平丁)

Immensee (1851)

  蜜蜂湖1851

  Es war sonnige Nachmittagsstille; nur nebenan schnurrte der Mutter Spinnrad, und von Zeit zu Zeit wurde Reinhards gedämpfte Stimme gehört, wenn er die Ordnungen und Klassen der Pflanzen nannte oder Elisabeths ungeschickte Aussprache der lateinischen Namen korrigierte.

     日差しの明るい午後の静寂(しじま)であった。ただ隣室で母の糸車が鳴っており,時折,植物の綱目名を挙げときにあるいエリーザベトのぎこちないラテン語名の発音を訂正するときに,ラインハルトの低い声が聞こえるだけであった。

 

      Bald ging es wieder sanft empor, und nun verschwand rechts und links die Holzung; statt dessen streckten sich dichtbelaubte Weinhügel am Wege entlang; zu beiden Seiten desselben standen blühende Obstbäume voll summender, wühlender Bienen.

  やがて道は再び緩やかな上り坂となった,そして左右の林が消えた。それに代わって,葉のよく茂った葡萄畑の丘陵が道に沿って開けた。道の両側には花盛りの果樹が並び,それらは,ぶんぶんうなり,花にもぐって蜜を集める蜜蜂でいっぱいであった。

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      BGB § 961 Eigentumsverlust bei Bienenschwärmen (1896)

Zieht ein Bienenschwarm aus, so wird er herrenlos, wenn nicht der Eigentümer ihn unverzüglich verfolgt oder wenn der Eigentümer die Verfolgung aufgibt.

ドイツ民法961条(蜂群に係る所有権喪失)(1896年)

蜂群が飛び去った場合であって,所有者が遅滞なくそれを追跡しなかったとき又は所有者が追跡を放棄したときは,その群れは無主となる。

(註:養蜂振興法(昭和30年法律第180号)1条において「蜜蜂の群(以下「蜂群」という。)」と,特に用語の指定がされています。蜂群(ほうぐん)というのはちょっとなじみのない言葉ですあしからず。)

 

Begründung zum 1. Entwurf, Band III, S.373 (1888)(インターネット上で見ることができる当該理由書の原文は髭文字で印刷されているので,非髭文字体でここに書き写すことにもなにがしかの意味はあるでしょう。)

2. Die Bienen gehören zu den wilden aber zähmbaren Thieren. Der Eigenthumsverlust in Folge Rückerlangung der natürlichen Freiheit bestimmt sich also nach § 905 Abs. 2, 3 [Gefangene wilde Thiere werden herrenlos, wenn sie die natürliche Freiheit wiedererlangen. / Gezähmte Thiere werden herrenlos, wenn sie die Gewohnheit, an den ihnen bestimmten Ort zurückzukehren, ablegen.]. Die Bienenschwärme fliegen frei umher. Das Band, welches dieselben in der Inhabung und unter der Herrschaft des Eigenthümers erhält, ist die Gewöhnung an eine bestimmte Bienenwohnung. Diese Gewöhnung wird nicht durch allmähliche Verwilderung abgelegt, sondern es liegt in der Natur der Bienen, daß periodisch in Folge der im Stocke erfolgten Aufzucht junger Brut ein Bienenhaufe den plötzlichen Entschluß der Auswanderung behufs Begründung einer neuen Kolonie faßt- und auszieht. Der ausziehende Bienenhaufe hat die consuetudo revertendi abgelegt. Die Frage bleibt, in welchem Augenblicke diese Ablegung der Rückkehrgewohnheit zur Aufhebung des Eigenthumes führe. Mit dem Beginne des Ausziehens ist die thatsächliche Gewalt des Eigenthümers noch nicht aufgehoben und bis zu der Entziehung dieser Gewalt bleibt selbstverständlich das Eigenthum bestehen. Bezüglich des Zeitpunktes der definitiven Aushebung der Inhabung und des Besitzes könnte man vielleicht auch ohne besondere gesetzliche Bestimmung zu dem in § 906 bestimmten Resultate [Ein ausgezogener Bienenschwarm wird herrenlos, wenn der Eigenthümer denselben nicht unverzüglich verfolgt, oder wenn der Eigenthümer die Verfolgung aufgiebt oder den Schwarm dergestalt aus dem Gesichte verliert, daß er nicht mehr weiß, wo derselbe sich befindet] gelangen. Der vorliegende Fall hat eine gewisse Aehnlichkeit mit dem Falle der Nacheile (§ 815 Abs. 2 [Ist eine bewegliche Sache dem Inhaber durch verbotene Eigenmacht weggenommen, so ist derselbe berechtigt, dem auf der That betroffenen oder bei sofortiger Nacheile erreichten Thäter die Sache mit Gewalt wieder abzunehmen. Im Falle der Wiederabnahme ist der Besitz als nicht unterbrochen anzusehen.]). So lange die Verfolgung dauert, ist Besitz und Inhabung und damit das Eigenthum noch nicht definitiv verloren. In einigen Gesetzgebungen sind Fristen für das Einfangen gesetzt, nach deren Ablauf erst die Herrenlosigkeit eintritt; doch hat man sich bei dem [sic] neuerdings in Ansehung einer Neuordnung des Bienenrechtes von sachverständiger Seite gemachten Vorschlägen nicht für eine derartige Fristbestimmung ausgesprochen. 

ドイツ民法第一草案理由書第3373頁(1888年)

2.蜜蜂は,野生ではあるが馴らすことができる動物に属する。したがって,自然の自由の再獲得の結果としての所有権喪失は,第一草案9052項・3項〔捕獲された野生の動物は,自然の自由を再獲得したときは,無主となる。/馴らされた動物は,戻るようしつけられた場所に戻る習性を失ったときは,無主となる。〕によるものである。蜂群は,自由に飛び回る。それらを所有者の所持及び支配の下に留める紐帯は,特定の巣箱に対する定着(Gewöhnung)である。この定着は,徐々に進行する野生化によって失われるものではない。むしろ,蜜蜂は次のような性質を有している。すなわち,定期的に,巣箱の中で若い虫たちの群れが増えた結果,一団の蜜蜂が,新しい定住地に住み着くために移住しようとの突然の決定を行い,かつ,飛び去るのである。この飛び去る一団の蜜蜂は,戻る習性(consuetudo revertendi)を失っている。残る問題は,どの瞬間において,戻る習性の喪失が所有権の消滅をもたらすかである。移動の開始によっては所有者の現実の力はなお消滅しないし,この実力がなくなるまでは所有権は明らかに存在し続ける。所持及び占有の確定的消滅の時点との関係では,特段の法の規定なしに,第一草案906条に規定する結果〔移動する蜂群は,所有者がそれを遅滞なく追跡しなかったとき又は所有者が追跡を放棄したとき若しくは当該群れを見失った結果もはやどこにいるのか分からなくなったときに無主となる。〕に到達することがひょっとしたら可能であったかもしれない。これは,第一草案8152項の追跡の場合〔禁じられた私力によって動産が所持者から奪われたときは,当該所持者は,現場で取り押さえられ,又は即時の追跡によって捕捉された当該行為者から,当該物件を実力で再び取り上げることができる。取戻しがあった場合は,占有は中断されなかったものとみなされる。〕とある程度類似しているところである。追跡が継続している間は,占有及び所持並びにこれらと共に所有権が確定的に失われることはないのである。その期間が経過したことによって初めて無主性が生ずるものとする,捕獲のための期間を定めたいくつかの立法例があるが,蜜蜂法の新秩序に係る考慮の上専門家の側から最近された提案においては,そのような期間の定めは提唱されていない。

 

BGB § 962 Verfolgungsrecht des Eigentümers (1896)

Der Eigentümer des Bienenschwarms darf bei der Verfolgung fremde Grundstücke betreten. Ist der Schwarm in eine fremde nicht besetzte Bienenwohnung eingezogen, so darf der Eigentümer des Schwarmes zum Zwecke des Einfangens die Wohnung öffnen und die Waben herausnehmen oder herausbrechen. Er hat den entstehenden Schaden zu ersetzen.

ドイツ民法962条(所有者の追跡権)(1896年)

蜂群の所有者は,追跡の際他人の土地に立ち入ることができる。群れが他人の空の巣箱(Bienenwohnung)に入ったときは,群れの所有者は,捕獲の目的で箱を開け,蜂の巣(Wabe)を取り出し,又は抜き取ることができる。彼は,生じた損害を賠償しなければならない。

 

Begründung zum 1. Entwurf, Band III, S.373 (1888)

3. Die Vorschriften des § 907 [Der Eigenthümer eines ausgezogenen Bienenschwarmes kann bei dem Verfolgen des Schwarmes fremde Grundstücke betreten und den Schwarm, wo derselbe sich angelegt hat, einfangen. / Ist der Schwarm in eine fremde, nicht besetzte Bienenwohnung eingezogen, so kann der verfolgende Eigenthümer zum Zwecke der Einfangung des Schwarmes die Wohnung öffnen, auch die Waben herausnehmen oder herausbrechen. / Die Vorschriften des §. 867 finden Anwendung.] beziehen sich auf den besonderen Fall der Anwendbarkeit des § 867 [Der Eigenthümer eines Grundstückes, auf dessen Gebiete eine fremde bewegliche Sache sich befindet, hat dem Eigenthümer oder bisherigen Inhaber der letzteren die zur Aufsuchung, Erlangung und Fortschaffung der Sache erforderlichen Handlungen zu gestatten. / Der Eigenthümer oder bisherige Inhaber der beweglichen Sache hat dem Eigenthümer des Grundstückes den aus diesen Handlungen entstandenen Schaden zu ersetzen und, wenn ein solcher zu besorgen ist, wegen Ersatzes desselben vorher Sicherheit zu leisten.], wenn die von einem fremden Grundstücke abzuholende Sache ein Bienenschwarm ist, und erweitern die Befugnisse des verfolgenden Eigenthümers insoweit, als durch die Sachlage geboten ist, wenn der Zweck des Einfangens erreicht werden soll. Die Natur des hier bestimmten Rechtes ist dieselbe, wie die Natur des in § 867 bestimmten Rechtes. Ein Vorgehen des Verfolgenden im Wege der Selbsthülfe ist nur insoweit erlaubt, als die in § 189 bestimmten Voraussetzungen zutreffen.

ドイツ民法第一草案理由書第3373頁(1888年)

3.第一草案907条の規定〔飛び去った蜂群の所有者は,当該群れの追跡の際他人の土地に立ち入り,かつ,当該群れをその移転先の場所で捕獲することができる。/群れが他人の空の巣箱に入ったときは,追跡中の所有者は,当該群れの捕獲の目的で当該箱を開けることができ,更に蜂の巣を取り出し,又は抜き取ることもできる。/第867条の規定が適用される。〕は,他人の土地から回収する物が蜂群である場合における第一草案867条〔その上に他人の動産が現在する土地の所有者は,当該動産の所有者又はそれまでの所持者に対して,その物の捜索,確保及び持ち去りのために必要な行為を許容しなければならない。/動産の所有者又はそれまでの所持者は,土地の所有者に対して,そのような行為から生じた損害を賠償しなくてはならず,必要があれば,その賠償のためにあらかじめ担保を提供しなければならない。〕の適用の特例に関するものであり,かつ,追跡中の所有者の権能を捕獲の目的が達成されるべく状況が必要とする限りにおいて拡張するものである。ここに規定される権利の性格は,第867条において規定される権利の性格と同様である。自救行為の手段としての追跡者の措置は,第一草案189条に規定する前提条件が満たされる限りにおいてのみ許される。

 

BGB § 963 Vereinigung von Bienenschwärmen

Vereinigen sich ausgezogene Bienenschwärme mehrerer Eigentümer, so werden die Eigentümer, welche ihre Schwärme verfolgt haben, Miteigentümer des eingefangenen Gesamtschwarms; die Anteile bestimmen sich nach der Zahl der verfolgten Schwärme.

ドイツ民法963条(蜂群の合体)

複数の所有者の飛び去った蜂群が合体した場合においては,彼らの群れの追跡を行った所有者は,捕獲された合体群の共有者となる。持分は,追跡のされた群れの数に応じて定まる。

 

Begründung zum 1. Entwurf, Band III, S.373 -374 (1888)

4. Die Vorschrift des §908 [Vereinigen sich mehrere ausgezogene Bienenschwärme verschiedener Eigenthümer bei dem Anlegen, so erwerben diejenigen Eigenthümer, welche ihre Schwärme verfolgt haben, an dem eingefangenen Gesammtschwarme das Miteigenthum nach Bruchtheilen; die Antheile bestimmen sich nach der Zahl der verfolgten Schwärme.] betrifft einen besonderen Fall der Anwendbarkeit des §892. Die hinzugefügte Besonderheit besteht darin, daß die Antheile der verschiedenen Eigenthümer an dem eingefangenen Gesammtschwarme, welcher sich möglicherweise durch einen herrenlosen Schwarm vergrößert haben kann, nach der Zahl der verfolgten Schwärme und nicht nach dem Werthverhältnisse dieser Schwärme sich bestimmen sollen. Eine solche durchgreifende Entscheidung erledigt in sachgemäßer Weise eine sonst schwer zu lösende Beweisfrage.

ドイツ民法第一草案理由書第3373-374頁(1888年)

4.第一草案908条の規定〔様々な所有者の複数の飛び去った蜂群が移転先において合体した場合には,彼らの群れの追跡を行った当該所有者は,捕獲された合体群について部分的な共同所有権を取得する。持分は,追跡のされた群れの数に応じて定まる。〕は第一草案892条の適用における特例に係るものである。付加的な特殊性は,捕獲された合体群(これは場合によっては無主の群れによって更に増大している可能性がある。)に対する様々な所有者の持分は,追跡のされた群れの数に応じて定められるべきものであり,これらの群れの価格関係に応ずべきものではないという点に存在する。このような思い切った決断によって,解決が難しいものともなり得る立証問題を実際的な方法によって取り除くものである。

 

      BGB § 964 Vermischung von Bienenschwärmen

Ist ein Bienenschwarm in eine fremde besetzte Bienenwohnung eingezogen, so erstrecken sich das Eigentum und die sonstigen Rechte an den Bienen, mit denen die Wohnung besetzt war, auf den eingezogenen Schwarm. Das Eigentum und die sonstigen Rechte an dem eingezogenen Schwarme erlöschen.

  ドイツ民法964条(蜂群の混和)

  蜂群が既に蜂群の入れられている他人の巣箱に入ったときは,当該巣箱に入れられていた蜜蜂に係る所有権及びその他の権利が,入ってきた当該群れに及ぶ。新たに入った群れに係る所有権及びその他の権利は,消滅する。

 

  Begründung zum 1. Entwurf, Band III, S.374 (1888)

  5. Die Vorschriften des §909 [Ist ein Bienenschwarm in eine fremde, besetzte Bienenwohnung eingezogen, so erstrecken sich das Eigentum und die sonstigen Rechte an den Bienen, mit welchen die Wohnung besetzt war, auch auf den eingezogenen Schwarm. Das Eigentum und die sonstigen Rechte, welche an dem letzteren bisher bestanden, erlöschen. Ein Anspruch wegen Bereicherung steht bem bisherigen Berechtigten gegen den neuen Eigenthümer nicht zu.] modifizieren die Bestimmungen über die Folgen einer Vermischung verschiedener Schwärme zu Ungunsten des Eigenthümers eines sog. Noth=, Hunger= oder Bettelschwarmes, welcher in eine fremde besetzte Bienenwohnung eingezogen ist. Nach sachverständiger Darstellung zieht zuweilen, besonders im Frühjahre oder Herbst, aus Mangel an Nahrung das gesammte Volk aus, wirft sich auf andere Stöcke, verursacht ein gegenseitiges Abstechen und bringt dadurch Schaden. Hier ist das Ausziehen Folge nachlässig betriebener Zucht; solche Völker bilden keine Schwärme im technischen Sinne, man nennt sie Bettel= und Hungerschwärme. Sie sollen nach den Vorschlägen der Bienenwirthe als herrenlos gelten. Es ist aber nicht über das Herrenloswerden solcher Schwärme eine besondere Bestimmung nöthig, sondern nur über die vermöge einer Art von commixtio erfolgende Eigenthumserwerbung, wenn der Schwarm mit einem fremden Schwarme durch Einziehen in dessen Wohnung sich vermischt. Mit Rücksicht auf die der Regel nach durch Vernachlässigung des bisherigen Eigenthümers des Bettelschwermes gegebene Ursache des Ausziehens und der Vermischung erledigt der Entwurf jeden möglichen Streit durch die durchgreifende Bestimmung, daß der Gesammtschwarm nach allen Richtungen unter das rechtliche Verhältniß des in der Wohnung bereits früher vorhandenen Schwarmes tritt und daß in Abweichung von der Vorschrift des §897 ein Bereicherungsanspruch des verlierenden bisherigen Eigenthümers des Bettelschwarmes ausgeschlossen ist. 

  ドイツ民法第一草案理由書第3374頁(1888年)

  5.第一草案909条の規定〔蜂群が既に蜂群の入れられている他人の巣箱に入ったときは,当該巣箱に入れられていた蜜蜂に係る所有権及びその他の権利が,入ってきた当該群れにも及ぶ。後者についてそれまで存在した所有権及びその他の権利は,消滅する。それまでの権利者に,新しい所有者に対する不当利得返還請求権は生じない。〕は,様々な群れによる混和の効果に関する規定を,他人の蜜蜂の巣箱に入り込んだいわゆる困窮,飢餓又は乞食蜂群Noth=, Hunger= oder Bettelschwarmの所有者の不利に修正するものである。専門家の述べるところによると,時折,特に春又は秋に,食物の不足により蜜蜂の集団Volk全体が飛び去り,他の巣箱に飛来して刺し殺し合いを惹起し,そしてそのことにより損害をもたらすことがある。ここでの飛び去りは,おろそかにされた飼育の結果である。そのような蜜蜂の集団は専門技術的な意味では群れを構成するものではなく,乞食及び飢餓蜂群と名付けられる。それらは,養蜂家の提案によれば無主であるものとみなされるべきものである。しかしながら,特則が必要であるのは,そのような群れが無主となることに関してではなく,むしろ専ら,当該群れが他の群れの巣箱に入り込むことによって当該他の群れと混和する場合における,一種の混合コンミクスティオによって招来される所有権の取得に関してである。定めに照らせば乞食蜂群のそれまでの所有者の怠慢によって与えられたところの飛び去り及び混和の原因に鑑みて,この案は,思い切った規定によって,可能性ある全ての紛争を取り除くものである。すなわち,全ての方面において合体群は,巣箱に既に早くから存在していた群れの法関係の下に入ること,及び第一草案897条の規定にかかわらず,権利を失う乞食蜂群のそれまでの所有者の不当利得返還請求権を排除することこれである。

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旧制第二高等学校旧正門(仙台市青葉区片平丁)
 

  Institutiones Justiniani 2.1.14 (533)

      Apium quoque natura fera est. Itaque quae in arbore tua consederint, antequam a te alveo includantur, non magis tuae esse intelleguntur, quam volucres quae in tua arbore nidum fecerint: ideoque si alius eas incluserit, is earum dominus erit. Favos quoque si quos hae fecerint, quilibet eximere potest. Plane integra re, si provideris ingredientem in fundum tuum, potes eum jure prohibere, ne ingrediatur. Examen quod ex alveo tuo evolaverit eo usque tuum esse intellegitur donec in conspectu tuo est nec difficilis ejus persecutio est: alioquin occupantis fit.

  ユスティーニアーヌス『法学提要』第2編第114533年)

  同様に,蜜蜂(apis)の性質は,野生(ferus)である。したがって,汝の木に居着いた蜜蜂たちも,汝によって巣箱(alveus)に入れられる前においては,汝の木に巣(nidus)を作った鳥たちより以上に汝のものであるとはみなされない。したがって,それゆえに,別の者が当該蜜蜂たちを収容(includere)したときは,彼がそれらの所有者である。同様に,それらが蜂の巣(favus)を作ったときは,誰でもそれを取り出すことができる。もちろん,当然に,汝の地所に立ち入る者について予見したならば,汝は,法により,彼が立ち入らないように禁ずることができる。汝の巣箱から逃げ去った蜂群(examen)は,汝の視界内(in conspectu)にあり,その追跡が困難でない限りにおいては汝のものであるとみなされる。そうでなければ,先占者(occupans)のものとなる物となる。

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1 ドイツ民法とローマ法等と

 

(1)ドイツ民法961

ドイツ民法961条は,ローマ法の“Examen quod ex alveo tuo evolaverit eo usque tuum esse intellegitur donec in conspectu tuo est nec difficilis ejus persecutio est: alioquin occupantis fit.”の法理に由来していることが分かります。ただし,見えなくなったらもうおしまい,というわけではありません(しかし,実際のところ,見えなくなったら追跡は難しいのでしょう。)。フランスの1791928日法(sur la police rurale)も,蜂群の所有者の追跡について期間制限を設けていませんでした(Boissonade, Projet de code civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un commentaire, Livre III, 1888. p.66)。すなわち,同法第1編第35条は,“Le propriétaire d’un essaim a le droit de le réclamer et de s’en ressaisir, tant qu’il n’a point cessé de le suivre; autrement l’essaim appartient au propriétaire du terrain sur lequel il s’est fixé.(蜂群(essain)の所有者は,その追跡を終止しない限りは,それに対する権利を主張し,かつ,再捕獲することができる。原則としては(autrement),蜂群は,それが定着した土地の所有者に帰属する。)と規定していたところです。

なお,上記ローマ法理の規定の対象となる事象は「既に採取され所有物になっている蜜蜂の群に分蜂または逃去が生じ,その捕獲に失敗した場合について規定しているものと考えられる。養蜂家が適切な処置をとらなかったために,蜂群が一体となって巣箱を逃げ出してしまったケースである。」(五十(やすた)()麻里子「蜜蜂は野か?――ローマ法における無主物先占に関する一考察」法政研究704号(200431日)20頁)とされていますが,ドイツ民法は,この分蜂及び逃去のうち分蜂のみを対象にして,逃去は念頭に置いていなかったそうです(五十君32頁註74)。(確かに,前記のドイツ民法第一草案理由書第3373頁の2の記載を見るとそのようですが,同374頁の5の乞食蜂群は以下に説明される逃去との関係でどう考えるべきでしょうか。)逃去は,冬の寒さの厳しくない地で見られる現象(五十君17頁)とされています。分蜂と逃去との相違は,「分蜂が古い群から新たな群が分かれる群の再生産であるのに対して,逃去は群全体がより良い環境を求めて巣を立ち去る現象なのである。したがって,分蜂においては一匹の女王蜂が働き蜂の一部と,時には雄蜂の一部を伴って巣を飛び立つのに対して,逃去では幼虫や貯蜜を残し全ての大人の蜜蜂が巣を去ってしまう。」ということです(五十君16頁)。逃去の場合,「群は数時間以内に巣を後にし,10分ほどで新たに巣を設ける場所へと移動する」そうですが,「他方,花や水が不足する場合には,蜜蜂は20日から25日かけて準備をし,卵やさなぎもあらかじめ働き蜂が食べたうえで,時には50キロメートル離れた場所まで移動する」そうです(五十君17頁)。

分蜂する蜜蜂たちのローマ時代における収容の様子は,ウァッロー(Varro)によれば,分蜂の数日前から巣門の前に蜂球が形成されているところ,激しく音が発せられて分蜂が始まり,「先に飛び立った蜜蜂は付近を飛び回って後続の蜜蜂を待」っているところで,「養蜂家は,蜂群がこのような状況にあることを発見したならば,「土を投げ付け,金を打ち鳴らして」これを脅かす一方,近くに蜜蜂の好むものを置いた巣箱を用意し,蜂群を誘導する。さらに,蜂群が巣箱に入った所を見計らって周囲に軽く煙をかけ,巣箱内に逃げ込むようしむける。すると蜂群は新しい巣箱に止まり,新しい蜂群が成立することとなるのである。」というものでした(五十君17-18頁)。

フランスの1791928日法第1編第35条後段の「原則としては,蜂群は,それが定着した土地の所有者に帰属する。」との規定は,巣箱への収容までを要件としないようですから,蜜蜂に係る“Itaque quae in arbore tua consederint, antequam a te alveo includantur, non magis tuae esse intelleguntur, quam volucres quae in tua arbore nidum fecerint: ideoque si alius eas incluserit, is earum dominus erit. Favos quoque si quos hae fecerint, quilibet eximere potest.”との法理とは異なるもののようです。ということは,ルイ16世時代のフランス王国においては,もはや古代ローマのように“apium natura fera est.”とは考えられておらず,蜜蜂は家畜扱いだったということでしょうか。1791928日法は同年106日にルイ16世の裁可を受けていますが,1792810日の事件の後にタンプル塔にあっても「時間つぶしのために希望して,257冊――たいていはラテンの古典作家である――もの優に図書館ぶんほども本を手に入れた」(ツヴァイク=関楠生訳『マリー・アントワネット』)教養人であった同王としては,裁可を求められた当該法案についてローマ法との関係で何か言いたいことがあったかもしれません。

 

(2)ドイツ民法962

ドイツ民法962条においては,“si provideris ingredientem in fundum tuum, potes eum jure prohibere, ne ingrediatur.”の法理(ただしこれは,無主物先占のための立入りに係るものですね。)とは異なり,養蜂家の所有権に配慮して,「蜂群所有者,追跡際他人土地ることができる。」とされています。前記フランス1791928日法も他人の土地内への追跡を所有者に認めていたそうです(Boissonade p.66)。

なお,ローマ時代の巣箱(alveus)は「直径30センチメートル,長さ90センチメートルの筒状に成型し,適切な場所に水平に置く。蜜蜂の出入口の反対側から蜂蜜の採取などの作業ができるよう,後部を閉じる際には後で取り外せるようにしておく。」というものであり(五十君15頁),材料にはいろいろなものがあって(ローマ帝国は広かったのです。),「コルクなどの樹皮,オオウイキョウの茎,植物を編んだ籠,空洞の丸木,木板」や「牛糞,土器,レンガさらには透明な角や石」が用いられていたそうです(五十君15頁)。現在の形の巣箱は,19世紀の発明であるそうですから(五十君15頁),ドイツ民法はこちらの方の近代的巣箱を想定しているものでしょう。ローマ時代には「人工的に与えられるものは外側の巣箱だけで,中の巣板は,蜜蜂達が,自身の体を物差にして六角形の巣房を両面に無駄なく組み合わせ,作って行くのに任せられていた」そうであり(五十君15頁),「採蜜の際にも蜂蜜の貯まった巣を壊して搾り取るしかなく,蜂群は再生できない場合が多かった」ことになります(五十君15頁)。

なお,蜜蜂たちを収容(includere)する方法はどうだったかといえば,「森の群を捕獲する方法(ratio capiendi silvestria examina)」においては,「巣が岩の窪みにある場合には,煙で蜜蜂を燻り出して音をたて,この音に驚いた蜜蜂が茂み等に蜂球を形成した所を,入れ物(vas)に収容」し,「巣が木のうろにあった場合には,巣の上下の木を切り,布に包んで持ち帰る」というものだったそうです(五十君16頁)。その後「筒を寝かせたような形状の巣箱に移され」,「こうしてはじめて「〔略〕巣箱に閉じ込められ」たものとされ,その獲取者の所有物」となりました(五十君19頁,94頁註94)。

 

(3)ドイツ民法963条及び964

ドイツ民法963条は日本民法245条・244条の混和の規定を(ただし,持分は,後者は価格の割合で決まるのに対し,前者は群れの数に応じて決まります。),ドイツ民法964条は日本民法245条・243条の混和の規定を彷彿とさせます(Vermischungは,正に「混和」です。)。

 

2 我が旧民法と民法と

 

(1)旧民法と蜜蜂と

さて,実は我が国においても,旧民法(明治23年法律第28号)財産取得編132項には「群ヲ為シテ他ニ移転シタル蜜蜂ニ付テハ1週日間之ヲ追求スルコトヲ得」という規定がありました。これは,ボワソナアドの原案6212項では,À l’égard des abeilles qui se sont transportées en essaim sur le fonds voisin, elles peuvent y être suivies et réclamées pendant une semaine; toutefois, ce droit cesse après 3 jours, si le voisin les a prises et retenues.(群れをなして隣地に移動した蜜蜂については,1週間はそこへの追跡及び回復が可能である。しかしながら,隣人がそれらを捕獲し,かつ,保持したときは,当該権利は3日の後に消滅する。)であったものです(Boissonade p.36)。隣人が保持するとは,retunues prisonnières dans une ruche ou autrement(巣箱に入れるか他の方法で捕えておく)ということであったそうです(Boissonade p.67)。「隣地に」が「他ニ」になったのは,188842日の法律取調委員会における渡正元委員(元老院議官)の提案の結果です(法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書9』(㈳商事法務研究会・1987年)「法律取調委員会民法草案財産取得編議事筆記」51頁)。これについては,「可笑クハ御座イマセンカ加様ナモノハ能サソウナモノデス蜂ガ必ズシモ隣ヘ往クト云フ極ツタモノデモアリマセンカラ」及び「蜂ナゾハ何処ヘ飛ンデ往クカ分リマスカ」と同日鶴田皓委員(元老院議官)に言われてしまっていたところです(法律取調委員会議事筆記50頁)。「隣人がそれらを捕獲し,かつ,保持したときは,当該権利は3日の後に消滅する」の部分を削ることは,これも同日,山田顕義委員長(司法大臣)が「隣人ダノ3日ダノト謂フコトハ刪ツテモ宜シウ御座イマセウ」と言い出していたところです(法律取調委員会議事筆記50頁)。ドイツ民法962条第3文のような損害賠償責任の規定が書かれなかった理由は,“cela va de soi, et même il est certain que la poursuite devrait être empêchée ou suspendue dans les cas où elle causerait des dommages difficiles à réparer.”(当然のことであり,また,償い難い損害が追跡によって惹起される場合には,追跡は妨げられ,又は中止されることになることがまた確かであるからである。)ということでした(Boissonade p.67)。

どういうわけか「不動産上ノ添附」の節の中にありました。ボワソナアドは,フランス1791928日法(当時も効力を有していました(Boissonade p.66)。)第1編第35条後段の規定を前提として,蜂群が定着した土地の所有者は,当該土地への添附によって当該蜂群の所有権を取得すると考えていたものでしょうか。そうだとすると,旧民法財産編(明治23年法律第28号)232項は「所有者ナキ不動産及ヒ相続人ナクシテ死亡シタル者ノ遺産ハ当然国ニ属ス」と規定していて無主の土地は我が国では無いのですから,我が国には無主の蜂群は存在しないものと考えられていたことになりそうです。

旧民法財産取得編132項は,ローマ法の“Examen quod ex alveo tuo evolaverit eo usque tuum esse intellegitur donec in conspectu tuo est nec difficilis ejus persecutio est.”の法理と比較すると,視界の中にあるか否か,追跡が困難か否かという要件を簡素化して,蜂群の移転(分蜂又は逃去(ニホンミツバチは,比較的寒い地域に生息するものであっても逃去を行うそうです(五十君32頁註74)。))後一律「1週日間」はなお前主の所有権が及ぶものとしたもののように解されます。期間無制限のフランス1791928日法と比較すると,追跡可能期間が短縮されたということになります(Boissonade p.67)。

 

(2)旧民法と魚及び鳩並びに野栖ノ動物と

旧民法財産取得編13条(全3項)の残りの条項をここで見ておくと,第1項は「私有池ノ魚又ハ鳩舎ノ鳩カ計策ヲ以テ誘引セラレ又ハ停留セラレタルニ非スシテ他ノ池又ハ鳩舎ニ移リタルトキ其所有者カ自己ノ所有ヲ証シテ1週日間ニ之ヲ要求セサレハ其魚又ハ鳩ハ現在ノ土地ノ所有者ニ属ス」と,第3項は「飼馴サレタルモ逃ケ易キ野栖ノ禽獣ニ付テハ善意ニテ之ヲ停留シタル者ニ対シ1个月間其回復ヲ為スコトヲ得」と規定していました。それぞれ,ボワソナアドの原案6211項では“Les poissons des étangs privés et les pigeons des colombiers qui passent dans un autre étang ou colombier, sans y avoir été attirés ou retenus par artifice, appartiennent au propriétaire chez lequel ils se sont établis, s’ils ne sont pas réclamés dans une semaine, avec justification de leur identité.”と,同条3項では“S’il s’agit d’animaux de nature sauvage, mais apprivoisés et fugitifs, la revendication pourra en être exercée pendant un mois contre celui qui les a recueillis de bonne foi.”とあったものを日本語訳したものです。なお,旧民法財産取得編133項の「飼馴サレタルモ逃ケ易キ野栖ノ動物」の語句における「逃ケ易キ」の語については,「仏原語ノ意義ヲ誤解シタルモノニシテケタル﹅﹅﹅ナリ」指摘ていす(本野一郎=正=日本民法義解 財産取得編債権担保社・189012月印行)56頁)。確かに,仏和辞典を検する限り,“fugitif”はそう解すべきです。

旧民法財産取得編131項は,当時のフランス民法564条(“Les pigeons, lapins, poissons, qui passent dans un autre colombier, garenne ou étang, appartiennent au propriétaire de ces objets, pourvu qu'ils n'y aient point été attirés par fraude et artifice.”(他の鳩舎,棲息地又は池に移った鳩,野兎,魚は,欺罔及び計策によって誘引されたものでなければ,当該物件の所有者に帰属する。))の承継規定ですね(同条は,同法第2編(財産編)第2章(所有権について)第2節(付合及び混和に係る添附について)の第2“Du droit d’accession relativement aux choses immobilières”(不動産に関する添附について)にありました。)。ボワソナアドが自ら,同項に対応する自分の原案はフランス民法564条を参考にした旨註記しています(Boissonade p.36)。ただし,フランス民法564条には無かった1週間の猶予期間が付されています。当該猶予期間を設けた理由は,フランス民法564条では,魚や鳩の所有権が,それらが自発的に移った(passés spontanément)先の隣人によって直ちに(immédiatement)取得されてしまうのでやや正義に欠ける(moins juste)ところ,当該隣人の新しい権利を当該動物の一種の意思(une sorte de volonté des animaux)にかからしめるのであれば一定の期間の経過を待つのが自然であること,並びに当該期間の経過は,前主における一種の放棄又は無関心(une sorte d’abandon ou d’indifférence)を示し,及び隣人に係る尊重すべき占有(une possession digne d’égards)を構成するからであるとされています(Boissonade pp.65-66)。

なお,当時のフランス民法はまた,その第524条において,les pigeons des colombiers(鳩舎の鳩),les lapins des garennes(棲息地の野兎)及びles poissons des étangs(池の魚)を用法による不動産として掲げていました

現行民法195条(「家畜以外の動物で他人が飼育していたものを占有する者は,その占有の開始の時に善意であり,かつ,その動物が飼主の占有を離れた時から1箇月以内に飼主から回復の請求を受けなかったときは,その動物について行使する権利を取得する。」)についてフランス留学組の梅謙次郎が「旧民法ニハ本条ノ規定ト同様ナル規定ヲ添附ノ章ニ置キ之ヲ以テ不動産ノ添附ニ関スルモノノ如クセルハ殆ト了解ニ苦シム所ナリ」と評したのは(梅謙次郎『民法要義巻之二(訂正増補第21版)』(法政大学=明法堂・1904年)58頁),専ら旧民法財産取得編133項についてでしょう。(ただし,同じくフランス留学組の富井政章は旧民法財産取得編13条について,全般的に,「既成法典ハ取得篇第13条ノ場合ヲ添附ノ場合トシテ規定シテ居ル是ハ少シ穏カデナイト思ヒマスル且例ノナイコトデアリマス」と述べています(法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書2 法典調査会民法議事速記録二』(㈳商事法務研究会・1984年)11頁(1894911日))。しかしこれも,専ら第3項についての発言でしょうか。)

確かに,旧民法財産取得編133項の規定においては,野(せい)ノ禽獣が不動産との関係で添附したというよりは,当該野栖ノ禽獣を停留した者の停留(占有)行為がむしろ主要要件であるようです。

ボワソナアドは,旧民法財産取得編133項に対する原案には参考立法例を示しておらず(Boissonade p.36, pp.67-68),同項はボワソナアドの独自案のように思われます。ただし,同項を承けた民法195条の1894911日原案(第239条「所有ノ意思ヲ以テ他人ガ飼養セル野栖ノ動物ヲ占有スル者ハ其占有ノ始善意ナルトキハ其動物ノ所有権ヲ取得ス但20日内ニ所有者ヨリ返還ノ請求ヲ受ケタルトキハ此限ニ在ラズ」)の参照条文として,法典調査会には,旧民法財産取得編13条のほか,イタリア民法7132項,スペイン民法6123項,ドイツ民法第一草案9052項・3項及び同民法第二草案8752項・3項(第二草案の当該規定は既に現行ドイツ民法9602項・3項と同じ内容の規定です。)が挙げられていました(民法議事速記録二11頁)。しかしながら,少なくとも,フランス民法には対応する規定は無かったようです。なお,1894911日原案239条は,無主物先占に係る規定と遺失物及び埋蔵物に係る規定との間におかれていました。同条が旧民法財産取得編133項を承けたものであることは,「本条ハ原文ノ第3項ニ修正ヲ加ヘテ之ヲ採用シタノデアリマス」との富井政章発言によって明白です(民法議事速記録二11頁)。

  

(3)民法195条と蜜蜂と

 現行民法制定の際旧民法財産取得編131項及び2項の規定は削られました。その理由について,富井政章の説明はいわく。「第1項ヲ削除致シマシタ理由ハ私有池ノ魚デアルトカ或ハ鳩舎ノ鳩デアルトカ云フモノハ野栖ノ動物トハ見ラレマスマイ併シナガラ之等ノモノニ付テ原文ニ在ル如ク特別ノ規定ヲ設ケル必要ハ実際アルマイト考ヘタ之等ノ動物ハ少シ時日ヲ経レバ外観ガ変ツテ其所有者ニ於テ此金魚此鳩ハ吾所有デアルト云フ其物ノ同一ヲ証明スルコトハ実際甚ダ困難デアラウト思フ特別ノ規定ガナクテモ決シテ不都合ハナカラウト思ヒマス夫レモ実際屢々斯カル場合ガ生ズルモノデアレバ或ハ規定ガ要リマセウケレドモ滅多ニ然ウ云フ場合ハ生ズマイト思ヒマシタ其故ニ削リマシタ〔蜜蜂に関する〕第2項モ同ジ理由デ欧羅巴諸国ノ法典ニ細密ナ規定ガアリマスケレドモ日本ニハソンナ必要ハナカラウト思ヒマス」ということでした(民法議事速記録二11頁(1894911日))。

 1890年から始まっていた帝国議会で,民法法案の審議に当たる議員諸賢の玩弄物おもちゃにされるのがいやだった,ということはあったものやら,なかったものやら。つとに188842日の前記法律取調委員会において,清岡公張委員(元老院議官)が「此ガアリマスト民法一般ヲ愚弄スル口実ニナリマス蜜蜂トカ鳩舎中ノ鳩抔ト申スコトハ実ニ可笑シウ御座イマス」と発言していました(法律取調委員会議事筆記52頁)。

鳩ポッポ(相模原市南区)

鳩ぽっぽ(相模原市南区を徘徊中)

 そもそも旧民法に係る「法律取調委員会の蜜蜂に関する議論を見ても,蜜蜂に関する知識が乏しく,分蜂についてさえも十分に認識していなかったことがうががえる」との批評があるところです(五十君
35頁註112)。(同委員会における蜜蜂に関する発言を見てみると,尾崎忠治委員(大審院長)が「天草デハ蜜蜂ガ沢山出ルノデアノ蜜ハ何ウシテ取リマスルカ」と訊いたのに対して松岡康毅委員(大審院刑事第二局長,後に日本大学初代総長)が「采ルノデアリマス彼ノ辺デハ此等ニ就テ訴訟ハアリマセン」とやや明後日あさって方向の回答をしたり,栗塚省吾報告委員(後に1892年の弄花事件(大審院長以下の同院高官が「日本橋浜町の待合茶屋初音屋などで,しばしば芸妓を交え,花札を使用して金銭をかけ,くち••という事件大審一人(大久保日本近代法父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁参照))が「大将ト称スルノハ女王ダソウデアリマス故ニ英国ノ王〔当時はヴィクトリア女王が在位〕ヲ蜂ダト謂ツテ居ル位デアリマス」との新知識を語ったりといった程度ではありましたが,山田委員長(司法大臣,日本大学学祖)が「私ノ国ナゾハ蜂ハ逃ルト大騒ヲ仕マスルガ大概村抔デ着クト人ノ中ニアロウトモ人ガ沢山掛ツテ竜吐水ヲ以テ方々ヘ往カン様ニ致シマス余程巧者ナ者デナケレバ之ヲ取ルコトハ出来マセン」との思い出(これは,蜂群の分蜂又は逃去があったときのことでしょうか。)を披露したりなどもしていました(法律取調委員会議事筆記50-51頁(188842日))。)確かに蜜蜂の位置付けは低かったようで,民法195条に関して梅謙次郎が挙げる生き物に蜜蜂は含まれていません。いわく,「家畜外〇〇〇動物〇〇トハ例ヘハ狐,狸,虎,熊,鶯,金糸雀,鯉,鮒,鯛等ノ如キ物ヲ謂フ之ニ反シテ牛,馬,犬,猫,家鴒,鶏,家鴨,金魚等ノ如キハ皆家畜ノ動物ナリ」と(梅59頁)。(なお,我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店・1983年)499頁には「ライオンも日本では家畜外ではない」とありますので,梅謙次郎のせっかくの説明にもかかわらず,虎には民法195条の適用はないのでしょう。)さらには,日本養蜂史の始まりの記事が『日本書紀』皇極天皇二年条の最後にありますが,「是年,百済太子余豊以蜜蜂房四枚,放養於三輪山。而終不蕃息。」,すなわち「つひうまらず」ということですから,繁殖失敗であり,なかなか我が国と蜜蜂とは相性がよくなかったところです。

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(日本では)家畜の親子(我妻説)(東京都千代田区神田神社)

蜜蜂は,前記民法195条にいう「家畜以外の動物」でしょうか,そうでないのでしょうか。“Apium natura fera est.”ですから,ローマ法では家畜以外の動物です。しかし我が国においては,「ニホンミツバチは自然状態でも生息することができるが,セイヨウミツバチは人の手を借りなければ生きていけない」ので,セイヨウミツバチは家畜であるが,ニホンミツバチは家畜以外の動物であると主張されています(五十君26頁)。ニホンミツバチとセイヨウミツバチとのこの法的位置付けの相違は,「ニホンミツバチは,キイロスズメバチやオオスズメバチからの攻撃に対し,優れた防衛行動をとって対処することができるが,セイヨウミツバチは全滅させられてしまう」ことに由来します(五十君35頁註117頁)。

なお,「家畜以外の動物」という表現は,「立法過程の当初の案では,「野栖ノ動物」(案239)となっていた。しかし,それでは旧民法(財産取得編13Ⅰ)と異なり魚や鳥などが含まれないおそれがあるとして,より広く包含させるため消極的側面から「家畜外ノ動物」と表現することとした(法典調査会民法議事9190裏以下)。」ということですが(川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7)物権(2)』(有斐閣・2007年)230頁(好美清光),ちょっと分かりにくい。「野栖ノ動物」に魚や鳥などが含まれないのは,魚は水栖(animalia quae in mari nascuntur),鳥は空栖(animalia quae in caelo nascuntur)であって,野栖(animalia quae in terra nascuntur)ではないからだ,ということでしょうか。しかしそうだとすると,旧民法財産編133項の「野栖ノ禽獣」の(とり)は,空を飛ぶことのできない駝鳥の類ということになります。(これについては,民法議事速記録二13頁(1894911日)の高木豊三発言を見ると,実は「此野栖ノママコトニナリマスルト鳥獣マルコトニナルダラウヘル」ということで鳥は含まれており,高木は魚が含まれないことを問題としています。「池沼ノ魚類」をも含む「家畜外ノ動物」との表現は,同日の法典調査会における磯部四郎の発案に係ります(同17)。これに対して更に同日,「家畜トシマスト鶏抔ハ這入ラヌト云フ御説ガ段々アル様デスガ,若シ家畜ノ中ニ鶏ガ這入ラヌト云フ御説ナラバ家禽家畜ヲ除クノ外ノ動物トシテハ如何ガデセウ」との念入りな提案が尾崎三良からあったところです(同18頁)。鳥問題はここで出て来ます。

ところで,民法195条は,富井政章及び本野一郎によるフランス語訳では“Celui qui possède un animal non domestique apprivoisé par une autre personne, s’il a été de bonne foi au début de sa possession et si, cette personne n’a pas réclamé l’animal dans le mois qui suit sa fuite, acquiert le droit qu’il exerce sur cet animal.”となっています。「家畜以外の動物で他人が飼育していたもの(元は「他人カ飼養セシ家畜外ノ動物」)」は“un animal non domestique apprivoisé par une autre personne”ということになります。“apprivoisé”は,ボワソナアドの原案以来用いられているフランス語です。

お,『星の王子さま』か,と筆者は思ってしまうところです。

 

  ----Non, dit le petit prince. Je cherche des amis. Qu’est-ce que signifie “apprivoiser”?

  ----C’est une chose trop oubliée, dit le renard. Ça signifie “créer des liens...”

     ---- Créer des liens?

  ----Bien sûr, dit le renard. Tu n’est encore pour moi qu’un petit garçon tout semblable à cent mille petits garçons. Et je n’ai pas besoin de toi. Et tu n’as pas besoin de moi non plus. Je ne suis pour toi qu’un renard semblable à cent mille renards. Mais, si tu m’apprivoises, nous aurons besoin l’un de l’autre. Tu sera pour moi unique au monde. Je serai pour toi unique au monde...  

  ――ちがうよ,と小さな王子は言いました。ぼくは友だちを探しているんだ。で,“apprivoiser”ってどういう意味?

  ――それはひどく忘れられてしまったものなんだ,と狐は言いました。その意味は,「(きずな)を創る・・・」

  ――(きずな)を創る?

  ――もちろん,と狐は言いました。きみはまだぼくにとって,十万の小さな男の子とそっくりの一人の小さな男の子でしかない。ぼくはきみを必要としないし,きみもぼくを必要としない。ぼくはきみにとって,十万の狐と似た一匹の狐でしかない。けれども,もしきみがぼくをapprivoiserすれば,ぼくらはお互いが必要になるんだ。きみはぼくにとって世界でただ一人の存在になる。ぼくはきみにとって世界でただ一匹の存在になる。

 

ただし,ここでの狐の説明に係る“apprivoiser”は,無主物先占に係る「所有の意思をもって占有」(民法2391項)することまでを意味するものではないように思われます。

てっぽうぎつね
 鉄砲狐(東京都台東区山谷堀公園)


ところで,日本民法195条の“apprivoisé(「飼育していた」)の語義は,ドイツ民法9603項の„gezähmt“(飼いならされた)とは異なるものであるように思われます。ボワソナアドは,“animaux apprivoisés”(飼馴らされた禽獣)について,“devenus familiers avec l’homme”(人と親しくなったもの(なお,ラテン語でres familiarisといえば,私有財産のことだそうです。))であると定義しつつ,その「飼馴らされた禽獣」が “fugitifs”(旧民法財産取得編133項の「逃ケ易キ」)であるとは,「それらが所有者のもとに戻らなくなったこと」(qu’ils ont cessé de revenir chez leur propriétaire)をいうものとしています(Boissonade p.67)。他方,ドイツ民法9603項は,「飼いならされた動物は,戻るべき場所としてならされた場所に戻る習性を失ったときには,無主となる。」(Ein gezähmtes Tier wird herrenlos, wenn es die Gewohnheit ablegt, an den ihm bestimmten Ort zurückzukehren.)と規定しています。ボワソナアドの原案の第6213項は,mais apprivoisés et fugitifsetでつないで表現していて,「飼いならされた」ことと「所有者のもとに戻らなくなったこと」とが両立するものとしています。これに対してドイツ民法9603項は,「戻るべき場所としてならされた場所に戻る習性を失ったとき」はもはやその動物は「飼いならされた」ものではない,ということを定めるものと解することができるところです。

ドイツ民法9603項は,いったん飼いならされた野生動物も再び無主になり得ることを規定しているわけですが(ローマ法も同様),他方,ボワソナアドの原案の第6213項(並びにそれを承けた我が旧民法財産取得編133項及び民法195条)は,野生動物もいったん飼いならされた以上は無主になることを許してはくれないものとなっています。また,フランス人ボワソナアドによれば,飼いならされる前の捕まっただけの野生動物(les animaux sauvages, mais captifs)が逃失(échappés)しても,なお遺失物(épaves terrestres)扱いで(Boissonade p.68),無主物とはなりません。ドイツ人もローマ人も野生動物に対してその「自由」の回復を認めてさばさばしているのに対して,フランス人は業が深いもののように見えます。あるいはこれは,178984日,6日,7日,8日及び11日のデクレ3条をもって廃止された旧体制(ancien régime)下の狩猟権(le droit exclusive de la chasse)に対して存したフランス人民の怨念と何らかの関係があるものか。(「フランスでは15世紀以来,いはゆるRoture即ち小都市の市民及農民の狩猟を禁じて,領主に狩猟の権を帰せしめ,領地を有する者は狩猟の権をも有す(Qui a fief a droit de chasse)の原則を確立してゐた」ところ(栗生武夫「狩猟権及漁撈権」法学93号・4号(19403月・4月)第一節四(和田電子出版・2003年)),「庶民は狩猟から遠ざけられ,貴族のみがこれを独占するやうになつたが,かうなると,貴族の狩猟熱は益々高まるばかりであつた。彼等は彼等のなすべき公の任務を忘れて狩猟にのみ熱狂するやうになつたのである。それも猪狩とか鹿狩とかいふ荒々しい種類のものばかり好むやうになつたのである。彼等は猟期の娯楽を高めるために,平素から野猪の類を蕃殖させておく方針をとつたから,彼等の猟区に隣接する農民の田畑は,常住野猪の害に曝されてゐなければならなかつた。而もかうした野獣害(Jagdschaden)に対して,彼等は賠償の責任に任じなかつた。野獣の蕃殖は貴族の狩猟権そのものの中に含まれる当然の権能だと見られてゐたからである。農民は彼等の農作物を現に荒らしつつある鳥獣をば殺すことはできたが,殺した鳥獣は狩猟権者たる貴族に納付しなければならなかつた。又農民は彼等の農作物を保護するために田畑の周囲に障囲をめぐらすことはできたが,障囲の費用は自分で負担しなければならなかつた。それのみか猟期になると,農民は貴族の狩猟行為を援助するために勢子(Treiberdienst)その他の雑役にも服さねばならなかつたが,これもまた無償であつた。勢子の役目は,彼等が貴族に対して負ふ夫役労働の一種だとされてゐたからである。」という状況とはなり(栗生・同),その結果「貴族の狩猟権に対する農民の不平がフランス革命の一原因となつた」のでした(栗生・同註13)。狩猟が大好きだったルイ16世は,悪王だったのですな。「フランス革命は,封建制度の遺物として当時なほ残存してゐた貴族の諸特権を一撃的に払拭したが,封建的狩猟権即ち貴族がその身分特権として他人の土地においても狩猟をなしうるといふ権利もまたこの嵐のなかに覆滅し去つたのであつた。即ち178984日,国民議会(Assemblée nationale)は徹夜の会議を以て封建的諸特権――領主裁判権・十分の一税・夫役労働制・買官制等々の廃止を決議したが,封建的狩猟権の廃止もまた,この決議の一項目として包含されたのであつた。尤も同夜の決議は,貴族に対する民衆の反抗心を一時的に鎮静せしめんとする動機に出たので,決議条項の中には,あとから修正を受け内容を抜かれて,空文化したものもないではなかつたが,狩猟権に関するかぎりは,即時の実行を見たのであつた。けだし地方の農民は,84日夜の決議内容を伝聞するや,『封建特権は廃止された。狩猟特権もまた廃止された。狩猟は今や万人のものだ』と叫び,それぞれ自己の土地においての狩猟を開始し,貴族がその身分特権をふりかざして農民の土地へまで入猟して来るのを事実上阻止してしまつたからである。ゆゑに同夜の決議第1条の冒頭にいふ,国民議会は完全に封建制を破壊したり(L’Assemblée nationale détruit entièrement le régime féodal)の句は,狩猟権に関するかぎり,直ちに効力を発生したと見ねばならない。/即ちここに貴族身分を基礎として他人の土地へまで立入つて狩猟をなすといふ,封建型の狩猟権が廃止されて,土地所有者がそれぞれ自己の土地において狩猟をなすといふ,あくまでも土地所有権者を本位にした,市民社会型の狩猟権が発生した次第であつた。」ということになります(栗生・第一節五)。「地主狩猟主義(Grundeigentümerjagdrecht)」が採用されたわけですが,「地主狩猟主義の下においては,狩猟は単なる自由でなくして私法上の一権利」となり「地主が一定の猟区を設定し,一般人の入猟を排斥しつつ,独占的に狩猟を行ひうる」こととなります,すなわち「狩猟権者は自己の猟区における狩猟鳥獣を排他的に捕獲しうる」ところです(栗生・第一節七)。狩猟権者たる地主がその土地の上の鳥獣に排他的私権を有する以上,野生動物の側の「自由」は云々できないのではないか,ということになるようにも思われます。無主物先占は野生動物の自由を前提とするのでしょうが,これは地主等の狩猟権とは食い合わせが悪く,「ローマ継受法の規定にしてゲルマン固有法の規定のために,その適用を阻止されたものは多々あつたが,先占自由の原則もその一つだつたのである。即ちこれを現代に見るも,ローマ法に由来する先占自由の原則は,ゲルマン法に由来する狩猟権及漁撈権のために,その適用力の半以上を失墜せしめられてゐるありさまである。」ということになるようです(栗生・はじがき)。)

(また,歴史噺に関連しての余談ですが,我妻=有泉499頁が我が民法における無主の野生動物の捕獲による所有権取得(民法239条)に関して「山で捕獲したが,帰途逃げられた場合は無主物に戻ると解される」と述べていることは,我が国の民俗を反映しているようにも思われ,興味深く感じられるところです。「山」はなお動物たちの世界であって,人の世界である「里」に戻って初めて人の動物に対する所有権が確立するということでしょうか。)

所有権の対象たる動物であって逸走したもののうち家畜以外の動物については,民法195条が適用されます(我妻=有泉300)。飼いならされた(apprivoisé)ものであることまでは不要なのでしょうし(単に捕獲された(captif)だけのものも含む。),当該家畜以外の動物がapprivoisé et non fugitif(飼いならされ,かつ,所有者のもとに戻るもの)であっても家畜扱いはしないということでしょう。家畜については,民法240条(「遺失物は,遺失物法(平成18年法律第73号)の定めるところに従い公告をした後3箇月以内にその所有者が判明しないときは,これを拾得した者がその所有権を取得する。」)が,遺失物法21項(逸走した家畜は,準遺失物であるとされます。)及び同法3条によって準用されます。セイヨウミツバチを拾得(「物件の占有を始めること」(遺失物法22項))した者は,速やかに,そのセイヨウミツバチを養蜂家に返還し,又は警察署長に提出しなければならないことになります(同法41項)。犬又は猫ではないので,動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年法律第105号)353項による都道府県等による引取りはしてもらえません。


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