Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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1 不動産登記及び民法177条並びに対抗問題
 職業柄,不動産の登記の申請手続を自らすることがあります。(なお,登記をするのは登記所に勤務する登記官であって,申請人ではありません。不動産登記法(平成16年法律第123号)11条は「登記は,登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。」と規定しています。)

 不動産の登記といえば,まず民法(明治29年法律第89号)177条が想起されます。同条は,大学法学部の学生にとっての民法学習におけるつまづゆうなるものの一つではないでしょうか。

 

 (不動産に関する物権の変動の対抗要件)

 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。

 

この民法177条に関する知識は,それを持っていると他人を出し抜くことができる法律の知識の典型のような感じが初学者にはするでしょう。

 

・・・甲乙の売買契約により甲の土地の所有権は乙に移転するというのが民法の原則であるが,甲はなお同じ土地について丙と有効に売買契約を結べる。

しかし,土地の所有権はひとつであるから,たとえ有効な売買契約が2つあっても2人の買主がともに所有権を取得するというわけにはいかない。そこで,このとき乙と丙のどちらが勝つかを決めておく必要がある。ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。しかし,民法は,不動産については登記の先後で決めることにした(177条)。つまり,丙が甲から先に登記の移転を受けると,乙に優先するのである。したがって,結果的に,甲乙の売買による所有権の移転は確定的なものではなかったことになる。このときの登記を対抗要件と呼び,二重譲渡のように対抗要件で優先劣後を決める問題を対抗問題という・・・(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)53頁)。

2 「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」 

「ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。」というのならばその考え方を素直に採用すればよいではないか,と考えたくなるところです。

 

  ・・・ものによっては,うっかりすると〔民法典には書かれていないけれども,条文と同じ価値をもっているような法命題・準則に〕気が付かないことがあります。「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」の原則などです。私自身の学生時代の経験をいいますと,この命題は,民法では教わった記憶がなく――居眠りをしていたのかもしれませんが――ローマ法の講義と,ドイツ法の講義で教わったことを覚えています。(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)93頁)

 

「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」ということであれば,ますます売買の先後で決めればよいではないか,登記の先後で出し抜くことを認めるとは,制度を知らない普通の人間は損をするみたいでいやらしいなぁ・・・などという違和感を抱懐し続けると,法律学習から脱落してしまう危険があります。

3 フランス法における制度の変遷

しかしながら,実際に,「甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考え」,そのように民法を制定した例があります。1804年のナポレオンの民法典です。

 

  〔意思主義と対抗要件主義の組合せという我が国のやり方は,〕フランス民法に由来するが,フランスでは,1804年の民法典においては,177条にあたる規定がなく,先に買った者が,万人に対する関係で完全に所有権を取得し,後から買った者は負けるということになっていた。(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)40頁)

 

 ところが,ナポレオンの民法典における上記制度は,甥のナポレオン3世の時代に現在の日本のやり方の形に変更されます。

 

 しかし,これでは,不動産を占有するので所有者だと信じて買ったり,これに抵当権をつけても,先に買った者がいるならばこれに負けることになり,非常に取引の安全を害する。そこで,約50年後の1855年に,先に買っても,登記をしないと後から買って登記をした者に負けるということにした。取引の安全を保護するための制度だが,第三者の保護に値する事情を考慮せず,権利取得者でも登記を怠った者は保護されないという面から規定したのである。ただ,その結果,不動産を買おうとする者は,売主に登記があるならば,これを買って登記を自分に移せば,先に買った者があっても安心だ,ということになった。日本民法は,フランスにおける50年の発展の結論だけをいわば平面的に採用したのである。そのために,わかりにくい制度となっているが,この沿革を考えれば,たやすく理解できるであろう。(星野・概論Ⅱ・4041頁)

 

 「たやすく理解できるであろう」といわれても,まだなかなか難しい。


4 フランス1855年3月23日法

ところで,フランスの民法典(Code Civil)の本体が1855年に改正されたかといわれれば,そうではありません。1855年3月23日法という特別法が制定されています。

同法の拙訳は,次のとおり。(同法はフランス政府のLegifranceサイトでは見ることができませんので,ここで紹介することに何らかの意義はあるのでしょう。条文の出典は後出のトロロンのコンメンタールです。同法の概要については,つとに星野英一「フランスにおける不動産物権公示制度の沿革の概観」(1954年10月のシンポジウム報告に手を加えたもので初出1957年)同『民法論集第2巻』(有斐閣・1970年)49頁以下において紹介されています。なお,同法は現在は1955年1月4日のデクレ(Décret n˚ 55-22 du 4 janvier 1955)に代わっています。当該デクレについては,星野英一「フランスにおける1955年以降の不動産物権公示制度の改正」(初出1959年)同・論集第2巻107頁以下を参照ください。)

 

第1条 財産の状況に係る次に掲げる事項は,抵当局において(au bureau des hypothèques)謄記される(sont transcrits)。

 一 不動産の所有権又は抵当に親しむ物権(droits réels susceptibles d’hypothèque)の移転を伴う生者間における全ての証書による行為(acte)〔筆者註:acteには,行為という意味と証書という意味とがあります。星野「沿革」・論集第2巻95頁等の整理では,フランス法において登簿されるacteとは証書のことであるとされています。

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 前各号において示された性質の口頭合意(une convention verbale)の存在を宣言する全ての裁判(jugement

 四 共有物競売(licitation)において共同相続人の一人又は共有者の一人のためにされるもの(celui rendu … au profit d’un cohéritier ou d’un copartageant)を除く全ての競落許可(adjudication)の裁判〔筆者註:「共同相続人または共有者間における分割のための競売・・・において共有者の一人が競落人となったときは除かれる」のは,「共有分割と同じ関係だから」だそうです(星野「沿革」・論集第2巻52頁)。「相続財産の分割については,分割部分を受けた者は初めからその部分につき単独で直接に被相続人から相続したことになり(民883条),分割は最初からのこの状態を確認するにすぎないもので,移転行為でなく確認行為であると解されている。この理は一般原則であるとされ」ているそうです(星野「沿革」・論集第2巻54頁)。〕

 

第2条 次に掲げる事項も同様に謄記される。

 一 不動産質権(antichrèse),地役権(servitude),使用権(usage)及び住居権(habitation)の設定に係る全ての証書による行為(Tout acte constitutif)〔筆者註:我が民法の不動産質権のフランス語訳は,富井政章及び本野一郎によれば,droit de gage sur les immeublesです(第2編第9章第3節の節名)。使用権及び住居権についいては,星野「沿革」・論集第2巻48頁註11において「使用権とは,他人の物の使用をなしうる権利であり(もっとも,収益を全くなしえないのか否かの点,および,なしうるとしてその範囲につき,問題がある),住居権とは,他人の家屋を使用しうる権利である。」と説明されています。我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)110条1項には「使用権ハ使用者及ヒ其家族ノ需要ノ程度ニ限ルノ用益権ナリ」と,同条2項には「住居権ハ建物ノ使用権ナリ」と定義されています。〕

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 当該権利の口頭合意による存在を宣言する全ての裁判

 四 18年を超える期間の賃貸借(les baux

 五 前号の期間より短い期間の賃貸借であっても,3年分の期限未到来の賃料又は小作料(fermages)に相当する金額の受領又は譲渡(quittance ou cession)を証する全ての証書による行為又は裁判

 

第3条 前各条に掲げる証書による行為及び裁判から生ずる権利は,謄記されるまでは,当該不動産に係る権利を有し,かつ,法律の定めるところに従い当該権利を保存した(qui les ont conservés)第三者に対抗することができない(ne peuvent être opposés)。

謄記されなかった賃貸借は,18年の期間を超えて第三者に対抗することは決してできない(ne peuvent jamais)。

 

 第4条 謄記された証書による行為の解除(résolution),無効(nullité)又は取消し(rescision)の全ての裁判は,確定した日から1月以内に,登記簿にされた謄記の欄外に付記されなければならない(doit…être mentionné en marge de la transcription faite sur le registre)。

   当該裁判を獲得した代訴人(avouéは,自ら作成し,かつ,署名した明細書(un bordereau)を登記官(conservateur)に提出して当該付記がされるようにする義務を負い,違反した場合においては100フランの罰金(amende)を科される。登記官は,代訴人に対して,その明細書に係る受取証(récépisséを交付する。

 

 第5条 登記官は,請求があったときは,その責任において,前各条において規定された謄記及び付記に係る抄本又は謄本を発行する(délivre…l’état spécial ou général des transcriptions et mentions)。

 

 第6条 謄記がされてからは,先取特権者又はナポレオン法典第2123条〔裁判上の抵当権〕,第2127条〔公正証書による約定抵当権〕及び第2128条〔外国における契約に基づく抵当権〕に基づく抵当権者は,従前の所有者について(sur le précédent propriétaire)有効に登記(inscription)をすることができない。〔筆者註:裁判上の抵当権については,「裁判上の抵当権とは,裁判を得た者のために,債務者の財産に対して法律上当然に発生する抵当権であって,法定抵当権におけると同様,債務者の現在および将来のすべての不動産に対して効力が及ぶものである」と説明されています(星野「沿革」・論集第2巻23頁註6)。〕

   しかしながら,売主又は共有者は,売買又は共有物の分割から45日以内は,当該期間内にされた全ての証書による行為の謄記にかかわらず,ナポレオン法典第2108条〔不動産売買に関する先取特権〕及び第2109条〔共有物分割に関する先取特権〕により彼らが取得した先取特権を有効に登記することができる。

   民事訴訟法第834条及び第835条は,削除される。〔筆者註:星野「沿革」・論集第2巻26頁にこの両条の訳がありますが,民事訴訟法834条によれば,抵当不動産譲渡及びその謄記があってもその後なお2週間はナポレオン法典2123条,2127条及び2128条に基づく当該譲渡前の抵当権者は登記ができるものとされていました(ただし,2108条及び2109条の権利者を害することを得ない。)。〕

 

 第7条 ナポレオン法典第1654条〔買主の代金支払債務不履行に基づく売主の売買契約解除権〕に規定する解除は,売主の先取特権の消滅後は,当該不動産に係る権利の移転を買主から受け,かつ,当該権利の保存のための法律に従った第三者を害する場合は行うことができない。

 

 第8条 寡婦(veuve),成年者となった未成年者,禁治産の宣告の取消しを受けた禁治産者,これらの者の相続人又は承継人が婚姻の解消又は後見の終了後から1年以内に登記しなかった場合においては,上記の者の抵当は,第三者との関係においては,その後に登記がされた日付のものとする(ne date que du jour des inscriptions prises ultérieurement)。〔筆者註:この条は,妻並びに未成年者及び成年被後見人の法定抵当権(登記を要しなかった(ナポレオンの民法典2135条)。)に関する規定であって,「法定抵当権とは,法律上当然に一定の債権について与えられるもので(2117条1項),妻がその債権等につき夫の財産に対して有するもの,未成年者および禁治産者がその債権等につき後見人の財産に対して有するもの,国,地方公共団体および営造物がその債権等につき収税官吏および会計官吏の財産に対して有するもの,の3種がある(2121条)。」と紹介されています(星野「沿革」・論集第2巻22‐23頁註6)。なお,星野「沿革」・論集第2巻51頁は,この1855年3月23日法8条について「1年内に登記をしないともはや第三者に対抗することができない。」と記しています。〕

 

 第9条 妻(les femmes)がその法定抵当を譲渡し,又は放棄することができる場合においては,それらの譲渡及び放棄は公署証書(acte authentique)によってされなければならず,並びに譲受人は,彼らのためにされた当該抵当の登記によらなければ,又は既存の登記の欄外における代位の付記(mention de la subrogation)によらなければ,第三者との関係においては,当該権利を取得することができない。

   譲渡又は放棄を受けた者の間における妻の抵当権の行使の順位は,登記又は付記の日付によって定まる。

 

 第10条 この法は,1856年1月1日から施行する。

 

 第11条 上記第1条,第2条,第3条,第4条及び第9条は,1856年1月1日より前に確定日付を付された証書による行為及び下された裁判には適用されない。

   それらの効果は,その下でそれらが行われた法令による。

   謄記はされていないが前記の期日より前の確定日付のある証書による行為の解除,無効又は取消しの裁判は,この法律の第4条に従い謄記されなければならない。

   その先取特権がこの法律の施行の時に消滅している売主は,第三者に対して,ナポレオン法典第1654条の規定による自らの解除(l’action résolutoire qui lui appartient aux termes de l’article 1654 du Code Napoléon)を前記の期日から6月以内にその行為を抵当局に登記することによって保存することができる。

       10条により必要となる登記は,本法律が施行される日から1年以内にされなければならない。当該期間内に登記がされないときは,法定抵当はその後にそれが登記された日付による順位を得る(ne prend rang que du jour où elle ultérieurement inscrite)。

   贈与(donation)に係る,又は返還を条件とする規定(des dispositions à charge de rendre)を含む証書による行為の謄記に関するナポレオン法典の規定については従前のとおりである(Il n’est point dérogé aux)。それらの規定は,執行を受け続ける(continueront à recevoir leur exécution)。

 

 第12条 特別法により徴収すべき手数料(droits)が定められるまでは,証書による行為又は裁判の謄記であって,この法律の前には当該手続に服するものとされていなかったものは,1フランの定額手数料と引き換えにされる。

  

 「謄記」という見慣れぬ用語については,次の説明を御覧ください。

 

・・・「謄記transcription」と「登記inscription」の使い分けについてである。transcriptionとは文字通りには転記することであるが,フランスにおける不動産の公示は,原因証書(売買契約書)の写しを綴じ込むことによって行われており,原因証書とは別に権利関係が登録されるわけではない。transcriptionという用語はこのことを示すものである。(大村敦志『フランス民法』(信山社出版・2010年)148頁)

 ただし,謄記の方法が,文字どおりの証書の筆写(transcription)から当事者によって提出された証書を編綴するシステムになったのは,1921年7月24日法(Loi relative à la suppression du registre de la transcription et modifiant la loi du 23 mars 1855 et les art. 1069, 2181 et 2182 du Code civil),1921年8月28日命令(Décret fixant le type et le coût des formules destinées à la rédaction des documents déposés aux conservations des hypothèques)及び192110月6日命令(Décret fixant le prix des bordereaux de transcription hypothécaire)による制度改正がされてからのことです(星野「沿革」・論集第2巻7778頁。また,同「改正」・論集第2巻111頁)。


5 トロロンのコンメンタール 

1855年3月23日法については,第二帝政フランスの元老院議長にして破毀院院長(Premier Président)たるレイモン=テオドール・トロロン(Troplong)によるコンメンタールであるCommentaire de la Loi du 23 mars 1855 sur la Transcription en Matière Hypothècaire≫(抵当関係謄記に関する1855年3月23日法逐条解説)1856年にパリのCharles Hingrayから出ており,これは現在インターネット上で読むことができます。実に浩瀚なものです。おしゃれたるべき書籍の狙いや書籍としての編集上の事由から一次資料に基づく整理の多くを削除するような横着なことをすることなく,むしろ長過ぎる(trop long)くらいのこのような大著を出す西洋知識人の知的タフネスには,非常に知識に富んでいて聡明である程度であるところの我が国の学者諸賢では太刀打ちできないものでしょうか。無論,仕事に厳しい法律実務家は,婦女子生徒にもめちゃくちゃフレンドリーであるというようなことはなく,かえって迷惑がられ,悪くすると嫌われてしまうのでしょうが。

そのトロロンによる1855年3月23日法第3条解説の冒頭部分(167169頁)を以下訳出します。

 

142. 第3条は,謄記(transcription)の効果を定める。

 ナポレオン法典の原則によれば,合意(consentement)は,当事者間においても,第三者との関係でも,所有権(propriété)を移転せしめる。売買は,その締結により,買主を所有者とする。権利を失った売主(le vendeur dépouillé)は,譲渡された不動産に係る何らの権利ももはや与えることはできない。このように,誠実(la bonne foi)は欲するであって,そこからのインスピレーションがこの制度(ce système)の導き(guide)となったのである。売買について知らずに,所有者だと思って売主と取引をした者は,買主に対して何らの権利も絶対的に有さない。本人(leur auteur)が有する以上の権利を人々は取得することはできない。当該本人は,既に権利を失っているので,彼らに何も移転することはできないのである。

 唯一,約定(convention)が証明されなければならない。しかして,第三者との関係では,証書(acte)は,確定日付あるものとなった時から(du moment où sa date est certaine)しかその示す約定の存在を証明しないのである〔筆者註:ナポレオン法典1328条が「私署証書は,第三者に対しては,それらが登録された日,それらに署名した者若しくは署名した数名中の一人の死亡の日又は封印調書若しくは目録調書のような官公吏によって作成された証書においてそれらの内容が確認された日以外の日付を有さない。」と規定していました。〕。したがって,第三者との関係では,所有権の移転は,その先行性の証明となる証書の存在という条件の下に置かれることになる。同一の財産に係る2名の前後する買主の間においては,契約書が先に確定日付を受けた者が他の者に対して勝つのである。これが,ナポレオン法典による立法に基づく状況である。これが,1855年3月23日法まで支配した理論である。

 

143. しかしながら,不動産信用の必要(les nécessités du crédit foncier〔なお,「フランスでは1852年に抵当貸付銀行(Crédit foncier)というものができ」たそうです(星野英一「物権変動論における「対抗」問題と「公信」問題」同『民法論集第6巻』(有斐閣・1986年)145頁)。また,星野「沿革」・論集第2巻49頁(ここでは「土地信用銀行」と訳されています。)参照〕によって起動されたものであるこの法律は,前記の原則に抵触し,ナポレオン法典はその点において重大な変更を被ることとなった。もちろん,当事者及び彼らの承継人間においては,所有権の変動は常に合意のみによって行われるのであって,ナポレオン法典の母なる理念(l’idée mère),すなわち深く哲学的かつ倫理的な理念(idée profondément philosophique et morale)は,その全効力の中に存続する。しかしながら,第三者との関係においては,以後変動は,公の登記簿に証書が謄記されることによって(par la transcription du titre sur un registre public)初めて達成されるのである。謄記がされるまでは,売主は,当事者及び彼らの包括承継人(leurs successeurs universels)以外の者との関係では所有権の属性(les attributs de la propriétéを保持している。彼によって第三者に移転され,かつ,しかるべく正規化された(dûment régularisés)権利は,時期的には先行していてもその証書をいまだに謄記していなかった買主に対して対抗することができるのである。買主は,それらその契約を公告した第三者に対して,当該本人(son auteur)は彼自身有していなかった権利を彼らに移転することはできなかったのだと言うことをもはや許されない。買主は,少なくとも第三者との関係では,謄記によって日付をはっきりさせず(en ne prenant pas date contre lui par la transcription),売主は権利を失っていないと公衆が信ずることを正当化してしまった(en autorisant)ことによって,売主がそれらの権利をなお有するものとしたのである(l’a laissé investi de ces droits)。彼は,競合する権利に対抗されることによって被った損害について,自分のみを(à lui seul)及びその懈怠を(à sa négligence)咎めるべきである(doit imputer)。

 以上からして,所有権の移転は,現在は二重の原則によって規律されていることになる。当事者間においては,それは合意から生ずる。第三者との関係では,証書の謄記をもってその日付とする(elle ne date que de la transcription du titre)。同一の不動産に係る物権を主張する2名の間では,公示の法律に先に適合するようにした者が(celle qui se sera conformée la première à la loi de la publicité),その主張について勝利を得るのである。

 

144.以上のように論じたところで(Ceci posé),当該状況下においては,通常の理論では単なる承継人であって本人を代表し(représentant son auteur)かつ譲渡人の写し絵(image du cédant)であるところの者が,他の者のためにされた当該本人に由来するところの行為(les actes émanés de cet auteur)を争うことのできる第三者となるように見える。周知のとおり,当該二重効(ce dualisme)は,法においては新奇なものではない。どのようにして同一の個人が,ある場合には譲渡人の承継人であり,他の場合にはそうではないこととなり得るかについては,他の書物で示し置いたところである。

 難しい点は,どのような場合に第三者の利益が生じ,どのような他の場合に1855年3月23日法にかかわらずナポレオン法典の規定がそのまま適用される(demeure intacte)かを知ることにある。

 まず,買主は,その契約書を謄記していなくとも,売主に対しては,取得した不動産を請求する権利を有する。公示の規定は,このような仮定例のために設けられたものでないことは明白である。当事者は彼らの締結した契約を知らないものではなく,かつ,彼らに関しては公告は無用のものである。

 

 星野英一教授の以下のような論述には,上記トロロンの説明を彷彿とさせるものがあるように感じられます。

 

  ・・・つぎの疑問が出るかもしれない。甲は乙に完全に所有権を移したのなら,丙に移すべき権利を持っていないではないかということである。この点の説明は難しいように見えるが,実はなんのこともない。甲乙間において乙に完全に所有権が移っているということは,乙は甲に対して所有権から生ずる法律効果を主張でき,甲は乙に対して所有権から生ずる効果を主張できない,ということである。しかし,乙は丙に対しては所有権から生ずる効果を主張できないのであり,その限りで,乙の権利は不完全なものであり,甲になにものか,つまり,丙に登記を移転し,その結果乙が丙に所有権を対抗できなくなって,結局丙が完全な意味で所有権者になるようにすることのできる権能が残っている,ということである。(星野・概論Ⅱ・39頁)

 

  所有権を,ある物質的存在のように考えると,ある物の所有権はどこかにしかないことになり,甲から乙に移った以上甲から丙には移りえない,ということにもなりそうだが,所有権とは,そのような存在でなく,要するに誰かが他の人にある法律効果を主張するさいの根拠として用いられる観念的存在にすぎない。故に,乙は甲に対しては所有権を主張しうるが,丙に対してはそう主張できない,甲は乙に対しては所有権を主張できないが,丙に対してはこれを移転しうる,と考えることになんらおかしなところはないのである。このことは,所有権に限ったことではなく,法律概念にはこのようなものが多い。その実体化(物質的存在のように考えること)は誤りであることをはっきり弁えなければならない。どうしても実体的に考えたいのなら,先に述べたように乙の持っている「所有権」は,完全なものでなく「所有権マイナスα」であり,甲にαが残っている,といえばよい。そのαは,強力なもので,丙に移転され登記がされると,乙にある「所有権マイナスα」を否定する力を有するというわけである。いったん甲から乙に所有権が完全に移転する以上,甲にはもはやなにも残らないから,二重譲渡は論理的に不可能である,などといわれ,この点を説明しようとして,古くから色々の説が唱えられており,最近も新しい説が出ている。しかし,そもそもをいえば,もしも176条しかないならば二重譲渡は不可能だが,177条,178条がある以上,そんなことはなく,そのような説明は不要なのである。(星野・概論Ⅱ・3940頁)

 

 未謄記の買主間における優劣に関するトロロンの次の議論も面白いところです(177頁)。

 

 151. 謄記をしていない買主間においては,一方から他方に対して1855年3月23日法が援用されることはできない。なおもナポレオン法典の規律下にあるところであって,他方との関係における証書の日付の先行性によって紛争は解決せられるのである。第2の買主は,空しく第1の買主に対して言うであろう。もしあなたがあなたの取得を公示していたのならば,私は購入することはなかったでしょう,あなたの落ち度(faute)が私を誤りに陥らせたのです,と。第1の買主は論理的に(avec raison)答えるであろう。現在の原則によれば,あなたの購入を他のだれよりも先に謄記したときにならなければ,あなたは所有権について確実なものと保証されていないのです。で,あなたは何もしていませんでしたね。

 

 6 「日本民法の不動産物権変動制度」講演その他

 トロロンのコンメンタールの第151項を読んで面白がるのはméchantでしょうか。しかし,大村敦志教授の著書に次のようなくだりがあるところです。

 

  ・・・〔不動産物権変動におけるフランス法主義に関する研究者である〕滝沢〔聿代〕はここ〔「法定取得+失権」説と呼ばれる滝沢の見解〕から重要な解釈論的な帰結を導く。それは,「第一譲渡優先の原則」あるいは「非対称性の法理」とでも言うべき帰結である。滝沢によれば,第二買主は登記を備えることによって初めて権利を取得するのであり,登記以前に所有権を有するのは第一買主である。第一買主は登記を備えた第二買主に対抗することはできないが,第二買主が登記を備えるまでは第一買主はその権利を対外的に主張できるというのである。つまり,双方未登記の第一買主と第二買主とでは前者が優先する,言い換えれば,両者の立場は対等ではないというわけである。

  以上に対して,星野〔英一〕は異を唱えた(星野「日本民法の不動産物権変動制度」同『民法論集第6巻』〔1986,初出は1980〕)。星野の論点は次の3点にあった。一つは,議論の仕方についてである。滝沢のような議論はフランスではなされていないのであり,無用の法律構成であるというのである。もう一つは,歴史的な経緯の異同についてである。フランスでは,意思主義は1804年の民法典によって,対抗要件主義は1855年の登記法によってそれぞれ導入されたのに対して,日本では,両者は同時にセットとして民法典に書き込まれたことを重視すべきであるというのである。それゆえ最後に,フランス法では第一買主と第二買主の地位が非対称であるとしても,日本では両者を対称的に考えるべきであるというのである。(大村150頁)


 ここで大村教授は星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度 ――母法フランス法と対比しつつ――」講演を典拠として挙げていますが,同講演において星野教授が滝沢説(ないしはその方法)に「異を唱えた」という部分は,筆者の一読したところ,以下のようなものです。

 

 ・・・先に述べたような立場〔「・・・プロセスとしてどうしても,文理解釈,論理解釈といわれる操作から出発し,つぎに立法者や起草者がどう考えたかを探究し,進んで立法にさいしてもととなった外国法やその歴史に遡って調べなければなりません。これは,少なくとも学者にとって必要な作業です。これらの基礎的な作業を経たうえで,現在の立場から,先に述べた利益考量・価値判断をするわけです。その論証のしかたとしては,たとえば,日本の民法は,立法者の考え方そして立法のもととなっている外国法によれば,こういうもの,こう解釈されるべきものであった,しかし現在においては,社会情勢が立法者の前提としていたところと変わっていたり,人々の考え方が変わっているので,今日ではそれは取り得ない,としたうえで,現在の解釈としてはこうあるべきだ,というふうに論ずるわけです。」という立場〕から日本民法を理解するために,その沿革,そしてフランス民法の沿革に遡ったよい研究をした滝沢助教授が,この点〔二重譲渡の可能性の説明〕になると一転して――というより実はそもそも同氏の問題意識というか問題の出発点がそこにあるのですが――,フランスの学者もほとんど問題にしていないところの――このことは同氏の研究からも明らかです――二重譲渡の可能性ないし第二買主の権利取得の説明に苦心しているのは,やや一貫しない感があります。ここでも,というよりここでこそ――というのは日本民法もこの点では同じ,というより始めから二つの規定〔176条及び177条〕を併存させているのですから――,もっとあっさりと,フランス式で押しとおすほうが当初の方法に忠実であり,すなおではなかったか,と思われるのです。つまり,同助教授はせっかく立派な実証的研究をしているのに,ドイツ法学的(?)問題意識をもってフランス法をかなり強引に利用したように思われます。それとも,日本の学説が盛んに議論している問題だから,日本に密着した問題だということでしょうか。それなら一応わかりますが,日本の学界において盛んに問題とされているものがあまり問題とするほどのものではない〔すなわち,「どちらの問題〔二重譲渡の説明及び物権の「得喪及ヒ変更」の範囲〕についても,文理解釈・論理解釈ではわからないため,立法者,起草者,場合によりそのもととなった法律に遡らねばならないので,それなしの議論は,いわば砂上の楼閣になりかねないのです。率直に言って,従来の議論は,我妻〔榮〕先生のものでさえその辺が不十分で,現在もその弱い基盤の上に議論されているために,迷路に陥っている感がありました。」という情況〕,ということを外国法を参考にして明らかにするのも重要な意義のあることであり,私はこの問題についてはむしろそれが必要だと考えるものです。しかし,これも法律学の任務に関する考え方の違いによるものでしょうか。ただ,少なくとも,前述したやや一貫しない感じの所についての説明は必要でしょう。(星野・論集第6巻9495頁,107108頁)

 

上記部分は,「滝沢〔聿代「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」法学協会雑誌93巻9号,11号,12号,94巻4号,7号(昭和5152年)〕によって,ようやく論議のためのほぼゆるぎない基礎が確立されたといってよい,ただ後に二,三の点について述べるように,同論文にもなおこの点〔立法者・起草者,そのもととなった外国法に遡った議論〕でも若干の不統一ないし不徹底が見られるのは惜しい。」(星野「日本民法の」・論集第6巻97頁註8)とされた「二,三の点」に係るものでしょう。

なお,星野教授も,滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受」論文を引用しつつ,「同条〔民法177条〕をあえて説明すれば,物権を取得しても登記をしないでいて第三者が登記をすると失権する規定だともいえましょう」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)。また,「同条〔民法177条〕は物権を取得したが登記を怠った者の懈怠を咎めるという客観的意味を持つ規定だといってもよいでしょう。」との星野教授の理解(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)は,トロロンの前記コンメンタール第143項第1段落の最終部分と符合するようですが,この点に係る「民法の起草者もそんなことは言っていない」との石田喜久夫教授の批判に関し星野教授は,「民法の構造に立った理解として,滝沢助教授および私の理解以外にうまい理解のしかたがほかにあれば再考するにやぶさかではない。」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻121頁註9)。少なくともこれらの点においては,星野教授は滝沢説に「異を唱えた」ものではないでしょう。(なお,石田教授と星野教授とは,「私どもは,公刊された文章でかなり厳しい批判をしあいました。契約の基本原理から,多方面の解釈論に及びます。個人的な会話においても悪口をいいあっていましたが,学者としても,人間としても,互いに尊敬しあい,心が通じていたからだと信じています。」という間柄でした(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)288頁)。)

そもそも1977年2月11日に広島市における全国青年司法書士連絡協議会大会おいてされた星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度」講演は,「幸い,この点に関する優れた研究〔滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」〕が最近発表されましたので,これを参考にしながらお話を進める」こととしたというものでした(星野・論集第6巻89頁)。

 

7 第三者の善意要件に関して 

 なお,ボアソナアドの旧民法財産編350条1項は「第348条ニ掲ケタル行為,判決又ハ命令ノ効力ニ因リテ取得シ変更シ又ハ取回シタル物権ハ其登記ヲ為スマテハ仍ホ名義上ノ所有者ト此物権ニ付キ約束シタル者又ハ其所有者ヨリ此物権ト相容レサル権利ヲ取得シタル者ニ対抗スルコトヲ得ス但其者ノ善意ニシテ且其行為ノ登記ヲ要スルモノナルトキハ之ヲ為シタルトキニ限ル」と規定して,第三者に善意を要求していました。初学者的には違和感の無い結果となったようです。しかしながら,いろいろ問題があるということで当該規定は現行民法には採用されなかったのでしょうか。残念ながら本稿においては,そこまで現行民法の編纂過程を調べて論ずるには至らなかったところです。(この点については,多田利隆西南学院大学法科大学院教授の「民法177条と信頼保護」論文(西南学院大学法学論集47巻2=3号(2015年)129頁以下)において現行民法の起草者である穂積陳重,富井政章及び梅謙次郎の見解が紹介されており(「不動産登記が「公益ニ基ク」公示方法として十分な効果をあげるためには「絶対的」のもの〔「第三者の善意・悪意に応じて取り扱いを分けるという相対的な取り扱いはしないということ」〕でなければならないからだというのである」(穂積について),「其意思ノ善悪ニ関シテ争議ヲ生シ挙証ノ困難ナルカ為メニ善意者ニシテ悪意者ト認定セラルルコト往々コレナキヲ保セズ。故ニ法律ハ第三者ノ利益ト共ニ取引ノ安全ヲ保証スルタメニ上記ノ区別ワ採用セザリシモノト謂ウベシ」(富井の『民法原論 第二巻 物権』における記述の紹介)及び「実際には善意・悪意の区別は困難であって,第三者によって物権変動を認めたり否定したりすると「頗ル法律関係ヲ錯雑ナラシムルモノニシテ実際ノ不便少カラス」,したがって,「第三者ノ善意悪意ヲ問ハス登記アレハ何人ト雖モ之ヲ知ラスト云フコトヲ得ス登記ナケレバ何人モ之ヲ知ラサルモノト看做シ畢竟第三者ニ対シテハ登記ノ有無ニ因リテ権利確定スヘキモノトセル」立場を採用したのだと説明」(梅の『民法要義 巻之二 物権篇』の記述に関して)),「そこでは共通して,本来であれば善意の第三者のみを保護すべきであるが,公示制度の実効性を高めることや,善意・悪意をめぐる争いの弊害を防ぐことなど,実際上あるいは便宜上の理由によって,具体的な善意要件は掲げなかったことが説かれている」と総括されています(131‐133頁)。)
 ところで,トロロンは前掲書において1855年3月23日法第3条に関してつとに次のように述べていました(229230頁)。

 

 190.謄記を援用する者に対してはまた,それは悪意(mauvaise foi)によってされたものであると主張して対抗することができる。しかし,ここでいう悪意とは何を意味するのであろうか?

取り急ぎ述べれば,謄記されていない先行する売買に係る単純な認識(la simple connaissance)は,同一の不動産を新たに買った者を悪意あるもの(en état de mauvaise foi)とはしない。このことは,贈与の謄記に関して,既に確立されたものとなっている。しかして共和暦13年テルミドール3日に破毀院は,ブリュメール法〔共和暦7年ブリュメール11日(179811月1日)の抵当貸付法(Loi de crédit hypothécaire)であって,同法の内容については星野「沿革」・論集第2巻9頁・13‐14頁註5を,所有権の移転を第三者に対抗するためには謄記が必要であるとする同法の規定がナポレオンの民法典においては採用されなかった経緯については星野「沿革」・論集2巻16頁・17頁註5註6(「ある者は,不注意か手違いのためであろうかと疑い,ある者は,部会が最後の瞬間に思い直して意見を変えたのであろうか,という」)を参照〕を適用してそのように裁判している。

  「(同院は当該判決(arrêt)においていわく)最初の売買が謄記されておらず,かつ,したがって所有権の移転がない限りにおいては,既に他者に売られていることを知り得た不動産を買う者を不正行為(fraude)をもってとがめる(accuser)ことはできない。法律によって提供された有利な機会から利益を得ることは不正行為ではないからである(car il n’y a pas fraude à profiter d’un avantage offert par la loi)。しかして,証書を謄記させるために同様の注意(une égale dilligence)を用いなかったのならば,最初の買主は自分自身を咎めるべきである。」

  しかしながら,第2の買主は,第1の買主が自らの懈怠によるというよりも売主によって第2の買主と共謀の上(avec complicité)共同してされた陰謀(une manœuvre concertée)の犠牲者であるという場合においては,第1の買主を裏切る(tromper)ために売主によって企まれた(machinée)不正行為に加担したものである。この場合においては,著しく格別な悪意(la plus insigne mauvaise foi)による行為(acte)を謄記によって掩護(couvrir)せしめることは不可能である。この意見は,新法を提案するに当たっての政府のものである。実際に,提案理由中には次のようにある。「同一の不動産又は同一の物権について同一の権利者(propriétaire)によって2ないしは多数の譲渡(aliénations)がされた場合においては,最初に謄記されたものが他の全てのものを排除する(exclurait)。ただし,最初に当該手続(cette formalité)を充足した(a rempli)者が不正行為(fraude)に加担していない(n’eût participé)ときに限る。」と。


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 内田貴『民法Ⅳ』と浅田次郎「ラブ・レター」

 東京大学出版会の『民法Ⅰ~Ⅳ』教科書シリーズで有名な内田貴教授は,現在弁護士をされているそうです。

 専ら民事法関係の仕事をされるわけでしょうか(最高裁判所平成28年7月8日判決・判時232253頁の被上告人訴訟代理人など)。しかし,刑事弁護でも御活躍いただきたいところです。

 

 内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(2002年)6364頁に「白蘭の婚姻意思」というコラムがあります。

 

  外国人の日本での不法就労を可能とするための仮装結婚が,ときにニュースになる。そのような行為も目的を達すれば有効だなどと言ってよいのだろうか。ベストセラーとなった浅田次郎の『鉄道員(〔ぽっぽや〕)』(集英社,1997年)に収録されている「ラブ〔・〕レター」という小説が,まさにそのような婚姻を描いている。中国人女性(ぱい)(らん)新宿歌舞伎町の裏ビデオ屋の雇われ店長である吾郎との婚姻届を出し,房総半島の先端付近にある千倉という町で不純な稼ぎをしていたが,やがて病死する。死を前にした白蘭は,会ったこともない夫の吾郎に宛てて感謝の手紙を書いた。遺体を荼毘に付すため千倉に赴いた吾郎はこの手紙を読む。

  さて,白蘭の手紙がいかに読者の涙を誘ったとしても,見たこともない男との婚姻など無効とすべきではないだろうか。

  〔中略〕小説とは逆に,白蘭ではなく吾郎が病死し,法律上の妻である白蘭と吾郎の親〔ママ。小説中の吾郎の夢によれば,吾郎の両親は既に亡くなり,オホーツク海沿いの湖のほとりにある漁村に兄が一人いることになっていました。〕との間で相続争いが生じたとしたらどうだろうか。伝統的な民法学説は,吾郎と白蘭の婚姻は無効だから,白蘭に相続権はないと言うだろう。しかし,たとえ不法就労を助けるという目的であれ,法律上の婚姻をすれば戸籍上の配偶者に相続権が生ずることは当事者にはわかっていたことである。それを覚悟して婚姻届を出し,当事者間では目的を達した以上,評価規範としては婚姻を有効として相続権をめぐる紛争を処理すべきだというのが本書の立場である。つまり,評価規範としては,見たこともない相手との婚姻も有効となりうる。法制度としての婚姻を当事者が利用した以上,第三者が口を挟むべきではない,という考え方であるが,読者はどのように考えられるだろうか。

 

「裏ビデオ屋」であって「裏DVD屋」でないところが前世紀風ですね。(ちなみに,刑事弁護の仕事をしていると,裏DVDに関係した事件があったりします。証拠が多くて閉口します。)

「目的の達成」とか「評価規範」といった言葉が出てきます。これは,婚姻の成立要件である婚姻意思(民法742条1号は「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」は婚姻は無効であると規定しています。)に係る内田教授の次の定式と関係します。

 

 「婚姻意思とは,法的婚姻に伴う法的効果を全面的に享受するという意思である。しかし,〔事後的な〕評価規範のレベルでは,たとえ一部の効果のみを目的とした婚姻届がなされた場合でも,結果的に婚姻の法的効果を全面的に生ぜしめて当事者間に問題を生じない場合には,有効な婚姻と認めて差し支えない」(内田63頁)

 

法的婚姻には数多くの法的効果(同居協力扶助義務(民法752条),貞操義務(同法770条1項1号),婚姻費用分担義務(同法760条),夫婦間で帰属不明の財産の共有推定(同法762条2項),日常家事債務連帯責任(同法761条),夫婦間契約取消権(同法754条),相続(同法890条),妻の懐胎した子の夫の子としての推定(同法772条),準正(同法789条),親族(姻族)関係の発生(同法725条),成年擬制(同法753条),夫婦の一方を死亡させた不法行為による他方配偶者の慰謝料請求権(同法711条),離婚の際の財産分与(同法768条)等)が伴いますが,これらの効果は一括して相伴うmenuであって,自分たちに都合のよい一部の効果のみを目的としてà la carte式に摘み食いするわけにはいきません。

吾郎と白蘭としては,白蘭が日本人の配偶者としての地位を得て,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」といいます。)別表第2の上欄の日本人の配偶者等としての在留資格に在留資格を変更(入管法20条)することができるようになる効果のみを目的として婚姻届をした(民法739条1項)ということでしょう。
 (なお,婚姻の成立は吾郎については日本民法,白蘭については中華人民共和国民法により(法の適用に関する通則法(平成
18年法律第78号。以下「法適用法」といいます。)24条1項(旧法例(明治31年法律第10号)13条1項)。白蘭には,中華人民共和国の駐日代表機関が発給した証明書の添付が求められることになります(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)107頁参照)。),婚姻の方式は日本民法及び戸籍法により(法適用法24条2項・3項(旧法例13条2項・3項)),婚姻の効力は日本民法による(法適用法25条(旧法例14条))こととなったもののようです。ちなみに,中華人民共和国婚姻法5条は,婚姻は男女双方の完全な自由意思によらなければならない旨規定しています。)

入管法の「「別表第2の上欄の在留資格をもつて在留する者」すなわち地位等類型資格をもって在留する外国人は,在留活動の範囲について〔入管法上〕何ら制限がないので,本法においてあらゆる活動に従事することができ」ます(坂中英徳=齋藤利男『出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第四版)』(日本加除出版・2012年)366頁)。ただし,日本人の配偶者等の在留期間は,入管法2条の2第3項の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(昭和56年法務省令第54号。以下「入管法施行規則」といいます。)3条及び別表第2によれば,5年,3年,1年又は6月となります。入管法20条2項の法務省令である入管法施行規則20条2項及び別表第3によれば,白蘭は,日本人の配偶者等に在留資格を変更する申請をするに当たって,資料として「当該日本人〔吾郎〕との婚姻を証する文書及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕又はその配偶者〔吾郎〕の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」の提出を求められたようです。また,在留期間の更新(入管法21条)の都度「当該日本人〔吾郎〕の戸籍謄本及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕,その配偶者〔吾郎〕・・・の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」を提出していたことになります(入管法21条2項,入管法施行規則21条2項・別表第3の5)

(なお,入管法20条3項及び21条3項は「法務大臣は,当該外国人が提出した文書により・・・適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と規定していますが,文書審査以外をしてはいけないわけではなく,同法20条3項につき「法務大臣は原則として書面審査により在留資格の変更の許否を決定するという趣旨である。しかし,法務大臣が適正な判断を行うために必要と認める場合には入国審査官をして外国人その他の関係人に対し出頭を求め,質問をし,又は文書の提出を求める等の事実の調査(第59条の2)をさせることができるほか,審査の実務においては,任意の方法により外国人の活動実態等を実地に見聞することが行われている。」と説明されています(坂中=齋藤454455頁)。)

内田教授は,「「婚姻には婚姻意思がなければならない(婚姻意思のない婚姻は無効である)」という法的ルールが〔事前の〕行為規範として働く場面では,〔略〕やはりその法的効果を全面的に享受するという意思をもって届出をなすべきであり,単なる便法としての婚姻〔略〕は望ましくないという議論は,十分説得的である。」としつつ,「しかし,ひとたび便法としての婚姻届〔略〕が受理されてしまった場合,この行為をどのように評価するかという局面では別の考慮が働く。たとえ婚姻の法的効果を全面的に享受する意思がなかった場合であっても,当事者が便法による目的をすでに達しており,婚姻の法的効果を全面的に発生させても当事者間にはもはや不都合は生じないという場合には(たとえば,当事者間には紛争がなく,もっぱら第三者との関係で紛争が生じている場合など),〔事後の〕評価規範を〔事前の〕行為規範から分離させて,実質的婚姻意思(全面的享受意思)がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地がある。〔略〕最判昭和381128日〔略〕は,便法としての離婚がその目的を達した事案であるが,まさにこのような観点から正当化できるのである。」と説いています(内田62頁)。「最判昭和381128日」は,「旧法下の事件であるが,妻を戸主とする婚姻関係にある夫婦が,夫に戸主の地位を与えるための方便として,事実上の婚姻関係を維持しつつ協議離婚の届出を行ない,その後夫を戸主とする婚姻届を改めて出したという事案」であって,「訴訟は,妻の死後,戸籍上いったん離婚したことになっているために戦死した長男の遺族扶助料を受けられなくなった夫が,離婚の届出の無効を主張してものであるが,最高裁は便法としての離婚を有効とした」ものです(内田58頁)。

「〔以上の内田説が採用されたならば〕便法として婚姻届を出すことが増えるのではないかという心配があろう。しかし,〔当事者間で〕もめごとが生ずればいつ無効とされるかもしれないというリスクはあるのであって,それを覚悟して行なうなら,あえて問題とするまでもないだろう。なぜなら,便法としての婚姻届そのものは,道徳的に悪というわけではないからである。」というのが内田貴弁護士の価値判断です(内田63頁)。

 

2 吾郎と白蘭の犯罪

しかしながら,吾郎と白蘭とが婚姻届を出した行為は,「道徳的に悪というわけではない」日中友好のほのぼのとした話であるどころか,犯罪行為なのです。

 

 (公正証書原本不実記載等)

刑法157条 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 〔略〕

3 前2項の罪の未遂は,罰する。

 

 吾郎と白蘭との婚姻の方式は日本民法及び戸籍法によったものと解されるわけですが,「日本人と外国人との婚姻の届出があつたときは,その日本人について新戸籍を編成する。ただし,その者が戸籍の筆頭に記載した者であるときは,この限りでない。」と規定されています(戸籍法16条3項)。「日本人と外国人が婚姻した場合,婚姻の方式について日本法が準拠法になれば必ず婚姻届が出され,その外国人は日本戸籍に登載されないとしても,この婚姻は日本人配偶者の身分事項欄にその旨の記載がなされるので,婚姻関係の存在だけは戸籍簿上に表示される」ところです(澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第4版補訂版)』(有斐閣・1998年)136137頁)。「国籍の変更はないから日本人たる夫或は妻の戸籍に何国人某と婚姻の旨記載する。氏や戸籍の変更はない(夫婦の称する氏欄の記載の要がない)」ところ(谷口107頁),日本国民の高野吾郎と中華人民共和国民の康白蘭とが婚姻したからといって両者の氏が同一になるわけではありません(民法750条どおりというわけにはいきません。ただし,戸籍法107条2項により吾郎は婚姻から6箇月以内の届出で氏を康に変えることができたところでした。)。「外国人にも戸籍法の適用があり出生,死亡などの報告的届出義務を課せられ(日本在住の外国人間の子及び日本在住米国人と日本人間の子につき出生届出義務を認める,昭和24年3月23日民甲3961号民事局長回答),創設的届出も日本において為される身分行為についてはその方式につき日本法の適用がある結果,届出が認められる。但し外国人の戸籍簿はないから,届書はそのまま綴り置き戸籍に記載しない。ただ身分行為の当事者一方が日本人であるときは,その者の戸籍にのみ記載することとなる。」というわけです(谷口5455頁)。

吾郎の戸籍の身分事項欄に当該公務員によって記載又は記録(戸籍法119条1項)された白蘭との婚姻の事実が虚偽の申立てによる不実のものであれば,刑法157条1項の罪が,婚姻届をした吾郎及び白蘭について成立するようです。第一東京弁護士会刑事弁護委員会編『量刑調査報告集Ⅳ』(第一東京弁護士会・2015年)144145頁には「公正証書原本不実記載等」として2008年7月から2013年2月までを判決日とする19件の事案が報告されていますが,そのうち18件が吾郎・白蘭カップル同様の日本人と外国人との「偽装婚姻」事案となっています。大体執行猶予付きの判決となっていますが,さすがに同種前科3犯の被告人(日本人の「夫」)は実刑判決となっています。外国人の国籍は,ベトナム,中華人民共和国,大韓民国,フィリピン及びロシアとなっていて,その性別は女性ばかりではなく男性もあります。

 内田弁護士の前記理論は,見事に無視されている形です。

 実務は次の最高裁判所の判例(昭和441031日第二小法廷判決民集23101894頁)に従って動いているのでしょう。

 

 〔民法742条の〕「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは,当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり,したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいて当事者間に,一応,所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても,それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって,前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には,婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

  これを本件についてみるに,〔中略〕本件婚姻の届出に当たり,XYとの間には, B女に右両名間の嫡出子としての地位を〔民法789条により〕得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあったが,Xには,Y女との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから,右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。所論引用の判例〔便法的離婚を有効とした前記最判昭和381128日〕は,事案を異にし,本件に適切でない。

 

 内田弁護士の主張としては,最判昭和441031日の事案では「一方当事者が裏切った」ことによって「便法が失敗」したから「全面的に婚姻〔略〕の法的効果を生ぜしめることは,明らかに当事者の当初の意図に反する。そこで,原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて,結果的に意思を欠くから無効という判断」になったのだ(内田63頁),しかし,最判昭和381128日の事案では問題の便法的離婚について「当該身分行為の効果をめぐって当事者間に紛争が生じた場合」ではなかったのだ(夫婦間で紛争のないまま妻は既に死亡),最判昭和441031日で最高裁判所の言う「事案を異にし」とはそういう意味なのだ,だから,吾郎・白蘭間の「偽装婚姻」被告事件についても当事者である吾郎と白蘭との間で紛争がなかった以上両者の婚姻は有効ということでよいのだ,公正証書原本不実記載等の罪は成立しないのだ,検察官は所詮第三者にすぎないのだからそもそも余計な起訴などすべきではなかったのだ,ということになるのでしょうか。

 (なお,筆者の手元のDallozCODE CIVIL (ÉDITION 2011)でフランス民法146条(Il n’y a pas de mariage lorsqu’il n’y a point de consentement.(合意がなければ,婚姻は存在しない。))の解説部分を見ると,19631120日にフランス破毀院第1民事部は,「夫婦関係とは異質な結果を得る目的のみをもって(ne…qu’en vue d’atteindre un résultat étranger à l’union matrimoniale)両当事者が挙式に出頭した場合には合意の欠缺をもって婚姻は無効であるとしても,これに反して,両配偶者が婚姻の法的効果を制限することができると信じ,かつ,特に両者の子に嫡出子としての地位(la situation d’enfant légitime)を与える目的のみのために合意を表明した場合には,婚姻は有効である。」と判示したようです。)
 (入管法74条の8第1項は「退去強制を免れさせる目的で,第24条第1号又は第2号に該当する外国人を蔵匿し,又は隠避させた者は,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。」と規定していますが(同条2項は営利目的の場合刑を加重,同条3項は未遂処罰規定),入管法24条1号に該当する外国人とは同法3条の規定に違反して本邦に入った者(不法入国者(我が国の領海・領空に入った段階から(坂中=齋藤525頁))),同法24条2号に該当する外国人は入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者(不法上陸者)であって,白蘭は合法的に我が国に入国・上陸しているでしょうから,白蘭との「偽装婚姻」が入管法74条の8に触れるということにはならないでしょう。むしろ,平成28年法律第88号で整備され,2017年1月1日から施行されている入管法70条1項2号の2の罪(偽りその他不正の手段により在留資格の変更又は在留資格の更新の許可を受けた者等は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科)及び同法74条の6の罪(営利の目的で同法70条1項2号の2に規定する行為の実行を容易にした者は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科)が「偽装婚姻」に関係します。「偽りその他不正の手段」は,入管法22条の4第1項1号について「申請人が故意をもって行う偽変造文書,虚偽文書の提出若しくは提示又は虚偽の申立て等の不正行為をいう。」と説明されています(坂中=齋藤489頁)。「営利の目的で」は,入管法74条2項について「犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを目的としてという意味」であるとされています(坂中=齋藤1016頁)。入管法74条の6の「実行を容易にした」行為については,「「営利の目的」が要件になっているが,行為態様の面からは何ら限定されていないから,「〔略〕実行を容易にした」といえる行為であれば本罪が成立する。」とされています(坂中=齋藤1027頁)。)


3 婚姻事件に係る検察官の民事的介入

 しかし,検察官は婚姻の有効・無効について全くの第三者でしょうか。

 

(1)検察官による婚姻の取消しの訴え

 

ア 日本

民法744条1項は「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻〔婚姻適齢未満者の婚姻,重婚,再婚禁止期間違反の婚姻,近親婚,直系姻族間の婚姻又は養親子等の間の婚姻〕は,各当事者,その親族又は検察官から,その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし,検察官は,当事者の一方が死亡した後は,これを請求することができない。」と規定しているところです。検察庁法(昭和22年法律第61号)4条に規定する検察官の職務に係る「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」に当たるものです。「前記のような要件違反の婚姻が存続することは,社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでないため,たとえ各当事者やその親族などが取消権を行使しなくても,公益の代表者たる検察官をして,その存続を解消させるべきだという理由によるものと思われる。」とされています(岡垣学『人事訴訟の研究』(第一法規・1980年)61頁)。

 

イ フランス

 母法国であるフランスの民法では,「婚姻取消の概念はなく,合意につき強迫などの瑕疵があって自由な同意がない場合(同法180条),同意権者の同意を得なかった場合(同法182条)には,その婚姻は相対的無効であり(理論上わが民法の婚姻取消に相当),特定の利害関係人が一定の期間内に無効の訴を提起することができるが,検察官が原告となることはない〔ただし,その後の改正により,第180条の自由な同意の無い場合は検察官も原告になり得ることになりました。〕。これに対して,不適齢婚,〔合意の不可欠性,出頭の必要性,〕重婚,近親婚に関する規定(同法144条・〔146条・146条の1・〕147条・161条‐163条)に違反して締結された公の秩序に関する実質的要件を欠く婚姻は絶対無効とし,これを配偶者自身,利害関係人のほか,検察官も公益の代表者として主当事者(Partieprincipale(sic))となり,これを攻撃するため婚姻無効の訴を提起することができるのみならず,その義務を負うものとしている(同法184条・190条)」そうです(岡垣6162頁)。フランス民法190条は「Le procureur de la République, dans tous les cas auxquels s’applique l’article 184, peut et doit demander la nullité du mariage, du vivant des deux époux, et les faire condamner à se séparer.(検察官は,第184条が適用される全ての事案において,両配偶者の生存中は,婚姻の無効を請求し,及び別居させることができ,かつ,そうしなければならない。)」と規定しています。

 フランスにおける婚姻事件への検察官による介入制度の淵源は,人事訴訟法(平成15年法律第109号)23条の検察官の一般的関与規定(「人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。/検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。」)に関して,次のように紹介されています。

 

 〔前略〕フランス法が婚姻事件につき検察官の一般的関与を認めた淵源を遡ると,近世教会法における防禦者(matrimonü)関与の制度にいたる。もともとローマ法には身分関係争訟に関する特別手続がなく,民事訴訟の原則がそのまま適用されており,右の特別手続を定めたのは教会法である。すなわち,近世ヨーロッパでは婚姻事件は教会(教会裁判所)の管轄に属しており,174111月3日の法令をもって,婚姻無効事件には防禦者が共助のために関与すべきものとし,これに婚姻を維持するための事情を探求し,また証拠資料を提出する職責を与えたため,防禦者は事件に関する一切の取調に立ち合うことを必要とした。――今日のバチカン教会婚姻法が,婚姻無効訴訟を審理する教会裁判所は,3名の裁判官,1名の公証人のほかに,被告の弁護人で婚姻の有効を主張して争うことを職務とする婚姻保護官(defensor vinculi)からなるとしているのは(同法1966条以下),この流れを引くものとみられる。――その後婚姻事件に関する管轄が教会から通常裁判所に移るとともに,フランスでは防禦者に代って公益の代表者たる検察官が訴訟に関与するものとされたのである。(岡垣116頁)

 

  フランスでは,人事訴訟のみならず民事事件全般につき,検察官の一般的関与の権限を認める1810年4月20日の法律(Sur l’organization(sic) de l’odre(sic) judiciaire et l’administration de la justice46条が現在でも有効である。検察官は当事者でない訴訟においても,法廷で裁判官に意見を述べるため,従たる当事者(partie jointe)として関与するのである。この関与は原則として任意的であって,検察官はとくに必要であると認めるときでなければ関与しない。しかし,破毀院の事件,人の身分および後見に関する事件その他検察官に対し事件の通知――記録の事前回付――をすべきものと法定されている事件ならびに裁判所が職権をもって検察官に対し通知すべきことを命じた事件(フランス民訴法83条)については,検察官の関与が必要的であって,意見の陳述をなすべきものとされている。(岡垣118頁)

 

  1810年4月20日の司法部門組織及び司法行政に関する法律46条は,次のとおり(どういうわけか,ルクセンブルク大公国の官報局のウェッブ・サイトにありました。)。

 

 46.

  En matière civile, le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

  Il surveille l’exécution des lois, des arrêts et des jugements; il poursuit d’office cette exécution dans les dispositions qui intéressent l’ordre public.

(民事については,検察官(le ministère public)は,法律で定められた事件において職責として(d’office)訴訟の当事者となる(agit)。

 検察官は,法律並びに上級審及び下級審の裁判の執行を監督し,公の秩序にかかわる事項における当該執行は,職責として訴求する。)

 

 この辺,現在のフランス民事訴訟法は次のように規定しています。

 

Article 421

Le ministère public peut agir comme partie principale ou intervenir comme partie jointe. Il représente autrui dans les cas que la loi détermine.

(検察官は,訴訟の主たる当事者となり,又は従たる当事者として訴訟に関与することができる。検察官は,法律の定める事件において他者を代理する。)

 

Article 422

Le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

(検察官は,法律で定められた事件において職責として訴訟の当事者となる。)

 

Article 423

En dehors de ces cas, il peut agir pour la défense de l’ordre public à l’occation des faits qui portent atteinte à celui-ci.

 (前条に規定する場合以外の場合において,検察官は,公の秩序に侵害を及ぼす事実があるときは,公の秩序の擁護のために訴訟の当事者となることができる。)

 

Article 424

Le ministère public est partie jointe lorsqu’il intervient pour faire connaître son avis sur l’application de la loi dans une affaire dont il a communication.

 (検察官は,事件通知があった事件について法の適用に係る意見を述べるために関与したときは,従たる当事者である。)

 

Article 425

Le ministère public doit avoir communication:

1° Des affaires relatives à la filiation, à l’organisation de la tutelle des mineurs, à l’ouverture ou à la modification des mesures judiciaires de protection juridique des majeurs ainsi que des actions engagées sur le fondement des dispositions des instruments internationaux et européens relatives au déplacement illicite international d’enfants;

2° Des procédures de sauvegarde, de redressement judiciaire et de liquidation judiciaire, des causes relatives à la responsabilité pécuniaire des dirigeants sociaux et des procédures de faillite personnelle ou relatives aux interdictions prévues par l’article L.653-8 du code de commerce.

Le ministère public doit également avoir communication de toutes les affaires dans lesquelles la loi dispose qu’il doit faire connaître son avis.

(次に掲げるものについては,検察官に対する事件通知がなければならない。

第1 親子関係,未成年者の後見組織関係,成年者の法的保護のための司法的手段の開始又は変更関係の事件並びに子供の国際的不法移送に係る国際的及び欧州的文書の規定に基づき提起された訴訟

第2 再生,法的更生及び法的清算の手続,会社役員の金銭的責任に関する訴訟並びに個人の破産又は商法典L第653条の8の規定する差止めに関する手続

それについて検察官が意見を述べなくてはならないと法律が定める全ての事件についても,検察官に対する事件通知がなければならない。)

 

Article 426

Le ministère public peut prendre communication de celles des autres affaires dans lesquelles il estime devoir intervenir.

(検察官は,その他の事件のうち関与する必要があると思料するものについて,事件通知を受けることができる。)

 

Article 427

Le juge peut d’office décider la communication d’une affaire au ministère public.

 (裁判官は,その職責に基づき,事件を検察官に事件通知することを決定することができる。)

 

Article 428

La communication au ministère public est, sauf disposition particulière, faite à la diligence du juge.

Elle doit avoir lieu en temps voulu pour ne pas retarder le jugement.

 (検察官に対する事件通知は,別段の定めがある場合を除いては,裁判官の発意により行う。

 事件通知は,裁判の遅滞をもたらさないように適切な時期に行われなければならない。)

 

Article 429

Lorsqu’il y a eu communication, le ministère public est avisé de la date de l’audience.

 (事件通知があったときには,検察官は弁論期日の通知を受ける。)

 

ウ ドイツ

ドイツはどうかといえば,第二次世界大戦敗戦前は「詐欺・強迫などの事由のある婚姻は取り消しうるものとし,特定の私人が一定の期間内に婚姻取消の訴を提起することができるが,検察官の原告適格を認めていない。しかし,重婚,近親婚などの制限に違反した婚姻は無効とし,該婚姻につき検察官および各配偶者などにその訴の原告適格を認めていた。ところが,〔略〕右の無効原因がある場合につき,第二次大戦後の婚姻法改正によって,西ドイツでは検察官の原告適格を全面的に否定した」そうです(岡垣62頁)。

 

(2)検察官による婚姻の無効の訴え(消極)

 民法742条1号に基づく婚姻の無効の訴え(人事訴訟法2条1号)の原告適格を検察官が有するか否かについては,しかしながら,「民法その他の法令で検察官が婚姻無効の訴について原告適格を有することを直接または間接に規定するものはなく,その訴訟物が〔略〕私法上の実体的権利であることを考えると,民法は婚姻取消の特殊性にかんがみ,とくに検察官に婚姻取消請求権なる実体法上の権利行使の権能を与えたものとみるべきであり,婚姻取消の訴につき検察官の原告適格が認められているからといって,婚姻無効の訴にこれを類推することは許されないというべきである。」と説かれています(岡垣66頁)。

婚姻関係の存否の確認の訴え(人事訴訟法2条1号)についても,「この訴における訴訟物は夫婦関係の存否確認請求権であって,その本質は実体私法上の権利であるところ,民法その他の法令で検察官にその権利を付与したとみるべき規定がないため」,婚姻の無効の訴えについてと同様「この訴についても検察官の原告適格を認めることができないであろう。」とされています(岡垣73頁)。

戸籍法116条2項は,適用の場面の無い空振り規定であるものと解されているところです(法務省の戸籍制度に関する研究会の第5回会合(2015年2月19日)に提出された資料5の「戸籍記載の正確性の担保について」6頁・11頁)。戸籍法116条は,「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から1箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。/検察官が訴を提起した場合には,判決が確定した後に,遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。」と規定しています。これに対して,検察官の提起した婚姻取消しの訴えの勝訴判決に基づく戸籍記載の請求に係る戸籍法75条2項の規定は生きているわけです。

 

(3)検察官による民事的介入の実態

 婚姻の無効の訴えについて検察官には原告適格は無いものとされているところですが,そもそも検察官による婚姻の取消しの訴えの提起も,2001年4月1日から同年9月30日までの間に調査したところその間1件も無く,検察庁で「これについて実際にどういう手続をとっているかということも分からない」状態でした(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 また,検察官の一般的関与について,旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)には下記のような条項があったところですが,同法5条1項は大審院も「検事ニ対スル一ノ訓示規定ニ外ナラ」ないとするに至り(大判大正9・1118民録261846頁),弁論期日に検察官が出席し立ち会わないことは裁判所が審理を行い判決をするにつきなんらの妨げにもならないとされていたところです(岡垣129頁・128頁)。同法6条については,「人事訴訟手続法6条・26条に「婚姻(又ハ縁組)ヲ維持スル為メ」という文言のあるのは,単に〔当時のドイツ民事訴訟法を範としたという〕沿革的な意味をもつにとどまり,一般に婚姻または縁組を維持するのが公益に合致することが多く,かつ,望ましいところでもあるので,その趣旨が示されているにすぎず,それ以上の意義をもつものではない。したがって,右人事訴訟手続法上の文言にもかかわらず,検察官は婚姻事件および養子縁組事件のすべてにつき,婚姻または縁組を維持する為めであると否とを論ぜず,事実および証拠方法を提出することが可能というべきである。」と説かれていました(岡垣149頁)。要は,旧人事訴訟手続法の規定と検察官の仕事の実際との間には齟齬があったところです。2001年4月1日から同年9月30日までの間に係属した人事訴訟事件について,検察庁は4248件の通知を受けていますが(旧人事訴訟手続法5条3項),「これに対して検察官の方がとった措置というのはゼロ件」でありました(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 

 第5条 婚姻事件ニ付テハ検察官ハ弁論ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ要ス

  検察官ハ受命裁判官又ハ受託裁判官ノ審問ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ得

  事件及ヒ期日ハ検察官ニ之ヲ通知シ検察官カ立会ヒタル場合ニ於テハ其氏名及ヒ申立ヲ調書ニ記載スヘシ

 

 第6条 検察官ハ当事者ト為ラサルトキト雖モ婚姻ヲ維持スル為メ事実及ヒ証拠方法ヲ提出スルコトヲ得

 

(4)仏独における婚姻の無効の訴え

 

ア フランス

 これに対してフランスはどうか。「フランス民法は,その146条で,合意なきときは婚姻なしと規定し,婚姻は当事者の真に自由な合意の存在を要するという大原則を宣言するとともに,右の規定に違反して締結された婚姻は,前に婚姻取消の関係において述べたと同じく配偶者自身,利害関係人または検察官が主当事者としてこれを攻撃しうべく,検察官は配偶者双方の生存中にかぎって婚姻無効の訴を提起することができ,しかもこれを提起すべき義務を有するとしている(同法184条・190条)。さらに婚姻の形式的要件とされる公開性の欠如または無管轄の身分官吏の面前で挙式された婚姻は,配偶者自身,父母などのほか検察官もこれを攻撃するため,婚姻無効の訴を提起することができるとしている(同法191条)。」と報告されています(岡垣6667頁)。

 

イ ドイツ

 次は,ドイツ。「ドイツでは,もと民事訴訟法632条が婚姻無効の訴につき検察官の原告適格を認めるとともに,1938年の婚姻法は検察官のみが婚姻無効の訴を提起しうる場合,検察官および配偶者の一方が婚姻無効の訴を提起しうる場合,婚姻が当事者の一方の死亡や離婚によって解消後は検察官のみが原告適格を有すること,当事者双方が死亡したときは何びとも訴を提起しえない旨を規定し(同法21条ないし28条。同民訴法632条・636条・628条参照),1946年の婚姻法も手続的には同趣旨の規定をしていた(同法24条。1938年婚姻法28条において,検察官が訴を提起しうる場合についてはナチス的色彩が強度であったが,これが改正された点が著しく異る)。そのほか,同民事訴訟法640条3項後段は,検察官が子の両親に対して,または一方の親の死亡後生存する親に対して婚姻無効の訴を提起した場合に,判決確定前両親が死亡したときは,検察官は婚姻無効の訴を子に対する非嫡出確定の訴に変更すべきものとしていた。しかるに,西ドイツでは第二次大戦後1961年の改正婚姻法が非嫡出子確定の訴を削除したため,それにともなって右の制度も廃止されるにいたった。」とのことです(岡垣67頁)。

 

4 婚姻の無効の性質と刑事訴訟

 婚姻の無効の性質については,「多数説は当然無効説を支持」しているところ(すなわち,裁判による無効の宣言をもって無効となるとする形成無効説を採らない。),「判例も当然無効説に立つ(最判昭和34年7月3日民集13‐7‐905。その結果,人訴法2条1号の定める婚姻無効の訴えは確認の訴えと解することになる。ただし,同法24条により対世的効力がある)」ものとされています(内田82頁)。

 日本の民法の世界では検察官には婚姻の無効の訴えを吾郎及び白蘭を被告として提起する(人事訴訟法12条2項)原告適格はないにもかかわらず,刑法の世界では,婚姻の無効は当然無効であることを前提として,公正証書原本不実記載等の罪の容疑で吾郎及び白蘭を逮捕・勾留した上でぎゅうぎゅう取り調べ,公訴を提起して有罪判決を得て二人を前科者にしてしまうことができるという成り行きには,少々ねじれがあるようです。「婚姻意思」が無い婚姻であっても「社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでない」ほどのものではないから婚姻の無効の訴えについて検察官に原告適格を与えなかったものと考えれば,民事法の世界では関与を謝絶された検察官が,刑事法の世界で「夫婦たるもの必ず「食卓と床をともにする関係」たるべし(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)55頁参照),「社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体的結合」あるべし(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)14頁参照),「永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営む」べし(最高裁判所平成141017日判決・民集56巻8号1823頁参照)。そうでないのに婚姻届を出したけしからぬ男女は処罰する。」と出張(でば)って来ることにやややり過ぎ感があります。検察官が原告適格を有する婚姻取消事由のある婚姻を戸籍簿に記載又は記録させても,それらの婚姻は取消しまでは有効なので(民法748条1項),公正証書原本不実記載等の罪にならないこととの比較でも不思議な感じとなります。実質的には出入国管理の問題として立件されてきているのでしょうから,今後は入管法70条1項2号の2及び同法74条の6を適用するか(ただし,日本弁護士連合会の2015年3月19日付けの意見書の第2の1(2)は,従来の刑法157条による対処で十分だとしているようではあります。),あるいは後記フランス入管法L623‐1条のような規定を我が入管法にも設けて対処する方が分かりやすいかもしれません。

 
  
5 有罪判決の後始末:戸籍の訂正

 検察官が婚姻の取消しの訴えを提起して勝訴したときについては,前記の戸籍法75条2項が「裁判が確定した後に,遅滞なく戸籍記載の請求をしなければならない。」と規定しています。これに対して,吾郎と白蘭との婚姻が無効であることが公正証書原本不実記載等の罪に係る刑事事件の判決で明らかになり,当該判決が確定した場合は吾郎の戸籍をどう訂正すべきでしょうか。

 戸籍制度に関する研究会の第5回会合に提出された資料5「戸籍記載の正確性の担保について」に「偽装婚姻について,刑事訴訟法第498条第2項ただし書の規定により市区町村に通知があった件数は,統計を開始した平成201218日から平成261231日までの累計で448件に及ぶ。」とありますので(5頁(注17)),「偽装婚姻」に係る公正証書原本不実記載等の罪の裁判を執行する一環として,「〔偽造し,又は変造された〕物が公務所に属するときは,偽造又は変造の部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」との刑事訴訟法498条2項ただし書に基づく処理をしているようです。(この「公務所への通知も,没収に準ずる処分であるから,押収されていると否とにかかわらず,490条および494条の規定に準じて,検察官がなすべきである。」とされています(松尾浩也監修・松本時夫=土本武司編集代表『条解刑事訴訟法 第3版増補版』(弘文堂・2006年)1008頁)。)通知を受ける公務所は上記会合に提出された参考資料6「戸籍訂正手続の概要」によれば本籍地の市区町村長であり,これらの市区町村長が届出人又は届出事件の本人に遅滞なく通知を行い(戸籍法24条1項),届出人又は届出事件の本人が戸籍法114条の家庭裁判所の許可審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)別表第1の124項)を得て市区町村長に訂正申請をするか,又は同法24条1項の通知ができないとき,若しくは通知をしても戸籍訂正の申請をする者がないときは,当該市区町村長が管轄法務局又は地方法務局の長の許可を得て職権で戸籍の訂正(同条2項)をすることになるようです。

ところが,「戸籍訂正の対象となる事件の内容が戸籍法114条によって処理するを相当とする場合には本人にその旨の通知をし,本人が訂正申請をしないときは戸籍法24条2項により監督法務局又は地方法務局長の許可を得て市町村長が職権訂正をすべきであり(昭和25年7月20日民甲1956号民事局長回答),そしてこの場合のみ市町村長の職権訂正を監督庁の長は許可する権限がある」ものの,「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」ということであったようであって(谷口162頁),前記戸籍制度に関する研究会の第5回会合においても「戸籍法第114条の訂正は,創設的な届出が無効な場合が対象となるが,一つ条件があり,無効であることが戸籍面上明らかであることが必要とされている。例えば,婚姻届の届出がされ,戸籍に記載された後,夫か妻の(婚姻前の日付で)死亡届が出されて,死亡の記載がされたような場合が考えられる。」との,呼応するがごとき発言がありました(議事要旨3頁)。「戸籍法114条は,届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に,その行為が無効であることを発見したときは,届出人または届出事件の本人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができると定めている。だから,第三者が戸籍の訂正をするには審判または判決によらねばならないが,婚姻の当事者がなすには,この規定によって家庭裁判所の許可だけですることもできると解する余地がある。前記の116条は「確定判決によ(ママ)て戸籍の訂正をすべきときは,・・・」というだけで,いかなる場合には確定判決もしくは家裁の審判によるべく,いかなる場合には家裁の許可で足りるか,明らかでない。実際の取扱では,利害関係人の間に異議がないときは許可だけでよいとされており,判例〔大判大正13年2月15日(民集20頁),大判大正6年3月5日(民録93頁)〕も大体これを認めているようである。正当だと思う。」と説かれていたところですが(我妻57頁。大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)45頁は,簡単に,「婚姻が無効となった後,戸籍の記載はどうなるのだろうか。この場合,届出人または届出事件の本人は,家裁の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。」と述べています。),しかし判例はそうだが「戸籍実務上は,無効が戸籍の記載のみによって明かな場合(戦死者との婚姻届の場合,昭和241114日民甲2651号民事局長回答。甲の既に認知した子を,乙が認知する届をなし受理記載され後の認知は無効となる場合,大正5年11月2日民1331号法務局長回答)は,114条の手続でよいが,戸籍面上明かでない場合は,当事者間の異議の有無にかかわらず116条の手続即ち確定判決又は審判を得て訂正すべきものと解せられている(昭和26年2月10日民甲209号民事局長回答)。」と言われていたところでした(谷口160頁)。利害関係者に異議のないまま戸籍法114条の手続を執ってくれれば,又は大げさながら婚姻の無効の訴えを提起して同法116条1項の手続を執ってくれればよいのですが,そうでない場合,同法24条2項に基づく職権訂正にはなおもひっかかりがあるようでもあります(「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては〔管轄法務局又は地方法務局の長に〕許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」)。すなわち,「訂正事項が身分関係に重大な影響を及ぼす場合には,職権で戸籍訂正を行うことができないと解する見解」もあるところです(「戸籍記載の正確性の担保について」9頁)。しかし,「実務上は,十分な資料により訂正事由があると認められる場合には,職権訂正手続を行っている」そうです(同頁)。

 

6 吾郎と白蘭の弁護方針

吾郎又は白蘭を公正証書原本不実記載等の罪の被告事件において弁護すべき弁護人は,前記内田理論を高唱して両者間の婚姻の有効性を力説する外には,どのような主張をすべきでしょうか。

愛,でしょうか。

前記Dallozのフランス民法146条(「合意がなければ,婚姻は存在しない。」)解説を見ると,「妻にその出身国から出国するためのヴィザを取得させ得るようにするのみの目的をもって挙式がされた婚姻は,合意の欠缺のゆえに無効である。」とされつつも(パリ大審裁判所1978年3月28日),「追求された目的――例えば,在留の権利,国籍の変更――が,婚姻の法的帰結を避けることなく真の夫婦関係において生活するという将来の両配偶者の意思を排除するものでなければ,偽装婚姻ではない。」とされています(ヴェルサイユ控訴院1990年6月15日)。フランス入管法L623‐1条1項も「在留資格(titre de séjour)若しくは引き離しから保護される利益を得る,若しくは得させる目的のみをもって,又はフランス国籍を取得する,若しくは取得させる目的のみをもって,婚姻し,又は子を認知する行為は,5年の禁錮又は15000ユーロの罰金に処せられる。この刑は,婚姻した外国人が配偶者に対してその意図を秘匿していたときも科される。」と規定しており,「目的のみをもって(aux seules fins)」が効いています。

しかし,吾郎は,前年の夏「戸籍の貸し賃」50万円を仲介の反社会的勢力からもらったきりで,白蘭とは一度も会ったことがなく,翌春同女が死んだ後になって初めてその名を知った有様です。トゥールーズ控訴院1994年4月5日も,同棲及び性的関係の不存在を,婚姻が在留資格目的で偽装されたものと認定するに当たって重視しています(前記Dallozフランス民法146条解説)。

やはり内田弁護士の理論にすがるしかないのでしょうか。

 なお,内田弁護士の尽力によって吾郎と白蘭との間の婚姻は民法上有効であるものとされても,入管法上は白蘭の日本在留は必ずしも保証されません。「外国人が「日本人の配偶者」の身分を有する者として〔入管法〕別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するためには,単にその日本人配偶者との間に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足りず,当該外国人が本邦において行おうとする活動が日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当することを要」し,「日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはでき」ず,そのような「外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということができない」からです(前記最高裁判所平成141017日判決)。(しかも「婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っているかどうかの判断は客観的に行われるべきものであり,有責配偶者からの離婚請求が身分法秩序の観点からは信義則上制約されることがあるとしても,そのことは上記判断を左右する事由にはなり得ない」とされています(ということで,当該最高裁判所判決は,4年前に日本人の夫が別に女をつくって家を出て行って,その後は在留資格更新申請の際等を除いて夫に会うこともなく,また相互に経済的関係もなかったタイ人妻に係る日本人の配偶者等としての在留資格更新を不許可とした処分を是認しました。)。)入管法22条の4第1項7号は,日本人の配偶者等の在留資格で在留する日本人の配偶者たる外国人が,「その配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な事由がある場合を除く。)」を在留資格取消事由としています(同条7項により30日以内の出国期間を指定され,当該期間経過後は退去強制になります(同法24条2号の4)。)。「偽装婚姻一般に共通して見られる同居の欠如(配偶者の身分を有する者としての活動実体の欠如)は,本号〔入管法22条の4第1項7号〕にいう「配偶者としての活動を行わずに在留している場合」にも該当し,同居していないことにつき正当理由がないことも明らかであるので,本号の取消し事由は偽装婚姻対策上も有効であると考えられる。」と説かれています(坂中=齋藤498頁)。 

1 大阪・道頓堀から大審院へ

 「カフェ丸玉」事件判決という民法関係の有名な判決があります。当該判決については,その判示するところが民法学上どのように位置付けられるか(「自然債務」だ云々),そもそも「カフェ丸玉」とは何か(大阪は道頓堀にあった丸玉という名前の「カフヱー」であるが,ここでいう「カフヱー」はフランス語で勉強するcafeとはまた違ったものであり,すなわち大正から改元された昭和の初めにおける我が国の「モボ・モガ」その他の言葉で表される世相の中で云々等,いろいろ論ずべき点がありますが,脱線すると例によって長くなりますので,省略します。

 で,そのカフェ丸玉事件についてかつて説明することがあり,

「えー,そこで,約束の400円を払ってくれよと女性の方からお客さんを被告にして訴えが提起されまして,400円上げるよと調子のいい約束をしてしまったお客さんは一審二審と負けてしまったのですが,大審院が昭和10425日に判決を出しまして┉┉

 とまできたところ,

「えっ,タイシンインですか。それは間違っているんじゃないですか。ダイシンインが正しい読み方ではないのですか。」

 と,配布資料に記された「大審院」との漢字表記を見ながらの,思わぬ質問がありました(大審院が現在の最高裁判所の前身であるということは,すんなり理解してもらえたのですが。)。

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 今回の記事は,その,大審院の「大」の読み方について,「タイシンイン」派の立場から,改めて考えてみようとするものです。

 

 まず,日本語は神道をシントウと読むことから分かるように澄んだ音をよしとするから,偉い裁判所は,タイシンインなのですよ,との説明が思いつかれますが,これは,現在の最高裁判所の偉い法廷である大法廷はタイホウテイではなく,ダイホウテイであることから,説得力のある説明ということにはならないようです。そもそも神社も,シンシャではなくジンジャですね。

 事典・辞書類を調べてみると,大審院の読み方については,ダイシンインが多数派です。ただし,タイシンインという読み方もあるものとはされています。穏便に両論併記主義がとられているということは,どちらか一方の読み方が正しいとする決め手となる根拠はいまだに無いということのようです。


2 呉音と漢音


(1)ダイとタイとの相違

 ところで,そもそも大の読み方に,ダイとタイとの2種類があるのはなぜでしょうか。

 前者のダイは,王仁博士によって5世紀前半に我が国に漢字が伝来されて以来の古い音である呉音,後者のタイは,7世紀初めからの遣隋使・遣唐使時代になって導入されたそれより新しい音である漢音です。ダイとタイとの違いは,呉音と漢音との違いということになります。


(2)呉音・漢音「対抗」史

 当初我が国においては,百済経由で渡来したかつての長江沿岸の音である呉音が専ら用いられていたわけですが,隋唐帝国の首都である長安・洛陽の音である漢音が8世紀の「グローバル・スタンダード」であるぞ,ということで,桓武天皇の延暦11年(792)には明経之徒(儒学学生)は漢音を学ぶべしとの勅令が出,翌延暦12年(793年)には仏僧に対しても同様の勅令が出ます。しかしながら,仏教界においては漢音公定化に対する反発が強く,延暦23年(804年)には漢音が必ずできなければならないということではないこととなり,漢音公定化が撤回され,呉音派が巻き返します。その後は仏教界は呉音の支配が続きます。また,律令を学ぶ明法道についても,漢音公定化は及ばず,呉音のまま明治維新まで継承されることになります。

 唐の滅亡(907)後の宋代以降,全般に,我が国においては漢音に対して呉音が優勢な形で時代は推移します。日本人にとって,呉音の方が漢音よりも一般に「やわらかい」感じがするからではないかと考えられています。

 その間,生硬な漢音は「厳格な武家倫理に親和的」ということもあってか,江戸期儒学は,漢音を採用します(中世儒学の担い手は呉音派の仏教僧侶でした。)。江戸時代後期には,「仏教呉音,儒教漢音」という「住み分け」が生じていたとされます。

 そして,明治維新。

 「律令の発音は基本的に呉音だったから,太政大臣とか文部省とか兵部省とか,呉音読みの制度が色々導入された┉┉。しかしこういう復古主義は,革新の時代にはふさわしくなく,ほどなく欧米文物の全面的導入時代となったのだが,その担い手は藩校において漢音で中国古典を学んだ官僚であった。そこで明治10年代には,公文書の世界は基本的に漢音が支配することとなった。熊本藩校出身の井上毅を中心として起稿され,明治22年に刊行された『憲法義解』は,漢音時代のもので,まあ「ぎかい」と読んだだろうな。」ということになりました。

 (以上,呉音と漢音との関係については,長尾龍一教授のウェッブ・サイト「OURANOS」のウェッブ・ページ「日本史の中の呉音と漢音」に掲載されている同教授の論文によりました。同ウェッブ・サイトの「独居独白(July 2013)」ウェッブ・ページの72日の項によると,同論文は紀要に採用されなかったものだそうですが,インターネットでアクセスでき,ありがたいことです。)

 「仏教呉音,儒教漢音」なので,徳高い僧侶は大徳(だいとく),大いに勉強した儒学者は大儒(たいじゅ)ということになるのでしょう。弘法大師はダイシですが,一緒に渡唐した遣唐大使の藤原葛野麻呂が「私は日本のダイシだ」と長安で言うと,「ダイシって何だ」と笑われたものでありましょう。大衆は,ダイシュであればお坊さんの群れ,タイシュウであれば一般の人々。大雪山は,ダイセッセンと読めば仏教発祥の地インドの北のヒマラヤ山脈,これに対して北海道の旭岳を主峰とする山塊は,ダイセツザンと呼ばれたり,タイセツザンと唱えられたり。そして,重大な法規である大法はタイホウですが,ダイホウとなると,世俗を超えた仏の教法ということになります。


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JR北海道の特急大雪1号(旭川駅構内)
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 特急大雪は,漢音で「たいせつ」と読みます。


3 大阪・北浜から大審院へ


(1)大審院の発足

 さて,「明治10年代には,公文書の世界は基本的に漢音が支配することとなった」ということですから,大審院の読み方については,まずその発足の時期が問題になります。

 大審院の発足は,明治8年(1875年)のことです。

 1875524日付け明治8年太政官第91号布告大審院諸裁判所職制章程が大審院の組織を定めており,その大審院章程1条は「大審院ハ民事刑事ノ上告ヲ受ケ上等裁判所以下ノ審判ノ不法ナル者ヲ破毀シテ全国法憲ノ統一ヲ主持スルノ所トス」と規定していました。(明治8612日の太政官の達によれば,控訴上告手続に係る明治8年太政官第93号布告の布告日である1875524日が大審院の開庁日。)

 この大審院諸裁判所職制章程は,その前月1875414日付けの明治8年太政官第59号布告が「┉┉元老院大審院被置候事┉┉」としていたことに基づくものですが,当該布告自体は更に同日付けの明治天皇の次の詔書に基づくものでした。



┉┉
朕今誓文ノ意ヲ拡充シ茲ニ元老院ヲ設ケ以テ立法ノ源ヲ広メ大審院ヲ置キ以テ審判ノ権ヲ鞏クシ又地方官ヲ召集シ以テ民情ヲ通シ公益ヲ図リ漸次ニ国家立憲ノ政体ヲ立テ汝衆庶ト倶ニ其慶ニ頼ラント欲ス┉┉


 立憲政体漸立の詔,あるいは漸次に立憲政体を立てるの詔と呼ばれているものです。

 この詔書はまた,同年1月から2月にかけて,大久保利通,木戸孝允及び板垣退助が大阪の料亭等で行ったいわゆる大阪会議の結果に基づくものでした。


(2)大阪会議

 前年木戸が去った後の政府において,外からは民権派及び鹿児島の西郷隆盛派の攻撃があり,内においては旧主家の島津久光左大臣からことごとに弾劾を受けて孤立感を深める大久保の政権を強化すべく,前々年江藤新平に追い落とされて下野中の井上馨が(江藤は,1874年の佐賀の乱で大久保政権に敗れ,同年4月13日梟首,既に故人。)木戸及び民権派の板垣を政府に復帰させるため画策した18751月から2月にかけての大阪会議は,「往年,坂本龍馬が薩長同盟をはかった故智にならい┉┉┉┉3人それぞれ偶然に落ちあったような形」で行われました(井上清『日本の歴史20 明治維新』(中央公論社・1966年)414頁)。したがって,現在イメージされるところの全員一同に会した「会議」とは異なります。木戸は187311月の段階で,伊藤博文から政体について意見を問われ,司法省と裁判所とを分離すべきこと,大臣・参議が立法・行政を共に行っている現状から他日必ず元老院及び下院の二院を立てるようにすべきことと述べていましたが(井上・前掲380頁),立憲政体漸立の詔の内容は,この線に沿ったものとなっています。すなわち,大阪会議の過程で,木戸は,次のような政府改革図案を作成していたところでしたが,大久保がそれをのんだというわけです。(18753月,木戸及び板垣は参議として政府に復帰。)


              天皇陛下

             ┉┉┉┉┉┉┉┉┉

                            内閣

             太政左右大臣

               参議        


              行 政    大審院    元老院(上)

                     地方官(下)

             

 正確には再現できていないのですが(現物の画像は,国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「資料に見る日本の近代」第1章の110「大阪会議」を参照),天皇及び天皇を輔弼する内閣(大臣(太政大臣,左大臣及び右大臣)及び参議により構成)の下に,行政(参議と各省卿との分離は板垣の持論(井上・前掲417頁)。),大審院並びに元老院及び地方官(地方官会議)が並び,あたかも行政,司法及び立法の三権が分立するような形になっています。

 大阪会議は,1875211日に大久保,木戸,板垣,井上馨及び伊藤博文が集まって,締め。会場となった北浜の料亭加賀伊は,木戸によって新たに花外楼と命名され,政官界の大立者御用達の店に。現在もその名で営業しています(ただし,北浜の本店ビルは現在建替中。)。


4 パリ・セーヌ河畔から大審院へ


(1)フランス帰朝の法制官僚・井上毅

 大審院は,大阪での会合の過程において木戸孝允が既にその名前による設置を主張していたわけですが,木戸の提案の元となった大審院の概念はどこに由来するものだったのでしょうか。立憲政体という近代的な制度を指向しているわけですから,古代以来の律令というわけではないでしょう。 

 実は,大審院は,仏式の概念です。

 しかし,仏式といっても仏さまの仏教式ではなく,おふらんすのフランス式のことです。

 ここでまた,後の『憲法義解』の主起稿者,明治法制官僚の雄,井上毅が登場します。

 1872年から1873年まで司法省からフランスに留学していた井上毅は,滞仏中からフランスの最高裁判所に当たる「大審院」に関するノートないしは覚書を作成しており,帰国後1874年中にはいわゆる彼の司法四部作である『仏国大審院考』,『治罪法備考』,『王国建国法』及び『仏国司法三職考』をほぼまとめ上げ(これは,18751月には筆写のため植木枝盛に貸し出されなどしています。),1874年の「法制を論じ左院の議を駁す」で大審院の設置されるべきことを説き,1875年の大阪会議後の同年311日には大久保利通参議あてに大審院の設置を含む司法改革意見を提出,翌月14日の立憲政体漸立の詔は,実に井上毅自身の起草に係るものであったところです(木野主計『井上毅研究』(続群書類従完成会・1995年)参照)。すなわち,当時「大審院」といえば,井上毅の説く大審院のことであったわけでありましょう。フランス式であります。

 西洋起源の大審院でありますから,律令又は仏教由来の語として,ダイシンインと呉音で読まなければならない,ということにはならないことになります。欧米文物の全面的導入時代の先駆けとしては,むしろ漢音でタイシンインと読むべきだ,ということに一応なりそうです。

 しかしながら,日本語における一般的な呉音の優勢ということも考えなければなりません。大審院が,great審院の意味であるのであれば,実感的には,一般的にはやはりダイシンインと読むべきかと思われます。真面目に立派な仕事をする優秀な研究者を「大先生」と呼ぶときはダイセンセイですが,うっかり優雅な大学者に「先生はタイガクシャですね」とごあいさつ申し上げると大変です。「おれは怠学者かっ」とキレてしまうからです。


(2)Elle n'était pas grande.

 それでは,井上毅の推奨するフランス最終審裁判所である大審院は,フランス語では何といったのでしょうか。フランス語ですから,greatならぬgrandな裁判所という意味の文字が使われているのでしょうか。

 実は,フランスの大審院は,フランス語では別にgrandな裁判所ではありません。La Cour de cassation現在では文字どおりに破毀院と訳される名前の裁判所です。下級裁判所の「審判ノ不法ナル者ヲ破毀シテ全国法憲ノ統一ヲ主持スルノ所」として,即物的かつ無愛想に破毀院と名付けられたのでしょう(なお,我が現行の訴訟法では「破棄」の語が用いられるため,破棄院とも訳されますが,我が大審院の模範となったとのいにしえのゆかりを重視するのであれば,大審院章程の文字に忠実に破毀院とした方がよいのではないでしょうか。)。ルイ16世在位中1791年のフランス王国の憲法典第3篇(公権力について)第5章(司法権について)19条には「立法府のもとに,全王国に唯一の破毀裁判所(un seul tribunal de cassation)を設けるものとする。当該裁判所は,その権能として,裁判所によって下された終審としての裁判に対する破毀の請求について・・・宣告するものとする。」とありますから,そもそもの破毀裁判所は,立法府側の存在として,司法権プロパーの裁判所に対して喧嘩腰です。「破毀院」と訳すと後ろ向きでネガティヴなのですが,確かに仕方のないところです。しかしながら,そのままではとても我が国には受け入れられなかったのでしょうから,一番偉いということが分かり,かつ,ポジティヴでもある「大審院」という訳語が編み出されたものでしょう。(なお,フランスは,アンシャン・レジーム下の特権階級であった法服貴族に対する反感の歴史もあってか,裁判所に対する姿勢は全面肯定的なものではありません。例えば,フランス民法5条は,「裁判官は,係属された訴訟について,一般的及び法規的命題の形で裁判をしてはならない。」と,「判例法」に対して太い釘をさしています。)

 「大審院」という名前になったからとはいえ,井上毅ら政府上層部においては,その立派な名前によってうっかり自ら幻惑されることはなく,大審院は別にgrandeなものではないという事実は忘れられていません。大日本帝国憲法起草仲間の伊東巳代治による『憲法義解』の英訳本"Commentaries on the Constitution of the Empire of Japan (2nd ed.)"(中央大学・1906年)は"In the 8th year (1875), the Court of Cassation was established so as to maintain the unity of the law. In the same year, the functions of the Minister of Justice were settled to consist in exercising control over the judicial administration and not in interfering with trials."と当該部分を訳しており(113頁),飽くまでも大審院は"Court of Cassation"であって,日本語からの逆翻訳において迷走して"Grand Court of Justice"のようなものとされることはなかったところです。 

 明治5年(1872年)83日付け太政官の司法職務定制(司法省職制並ニ事務章程)の第2条は「司法省ハ全国法憲ヲ司リ各裁判所ヲ統括ス」と,第3条は「省務支分スル者3トス/裁判所 検事局/明法寮」と規定しており,裁判所は司法省に属するものとされていたものが,明治8年(1875)太政官第91号布告大審院諸裁判所職制章程によって裁判所は司法省から独立した形になり,それに伴い,明治858日司法省達第10号達の司法省職制における卿に係る条項の第1号ただし書は,確かに,司法卿は「裁判ニ干預セス」と規定していました。しかしながら,なお同号の本文は,司法卿は「諸裁判官ヲ監督シ庶務ヲ総判シ及検事ヲ管摂シ検務ヲ統理スルコトヲ掌ル」と規定しており,司法行政は依然として司法省が所管していたところです。「諸裁判官ヲ監督」する司法省に対しては,大審院もそれほどgreatではなかったものでしょう。

 ところで,そもそも大審院は,大・審院なのでしょうか,大審・院なのでしょうか,それとも三文字熟語なのでしょうか。

 ○審院という語は,現行法令においては,見たところ大審院しかありませんし,旧法令においても同様の結果でありそうです。井上毅の用いた翻訳語には「覆審院」があり(木野・前掲438頁等),また,cour d'assisesを「会審院」と訳しているようですが(木野・前掲75頁,77頁等),「覆審」はそれで一つの熟語ですから,前者は覆審・院ということになり,後者も,会して審理するから「会審」ということならば(assisesには会合・大会の意味があります。),前者に倣って会審・院と解すべきことになるでしょう。

 ということで,大審院は大審・院であると解することになると,下級裁判所の「審判ノ不法ナル者ヲ破毀」するための審判が「大審」ということになりそうです。しかし,下級裁判所の裁判官にとってはそうなのかもしれませんが,大審とは少々大仰なようです。また,現行法令においては,見たところ大審の語は大審院の語中でのみ使われているところであって,旧法令においても同様のこととなっているように思われます。大審なる概念の存在の説明は,なかなか容易なことではなさそうです。

 結局,「大審院」はそもそもが,ネガティヴな「破毀院」の語を避けるための,苦肉の仲人口による新作三文字熟語として考えるべきかもしれません。

 また,ちなみに,大審院の母法国フランスにおいては,現在,日本の地方裁判所に相当する大審裁判所(tribunal de grande instance)及び少額事件を取り扱う小審裁判所(tribunal d'instance)が第一審裁判所として存在しています。ここでの大審(grande instanceは,grandeが入っていること及び小審との対比から,やはりダイシンでしょう。そうであれば,母法国のgrandeな仕事をする第一審裁判所にダイシンを譲ってダイシンサイバンショとし,こちらのかつての終審裁判所はタイシンインであったということで住み分けてはどうでしょうか。


5 おわりに

 大審院はお寺でもなければ律令制官庁でもありませんから,ダイシンインと呉音で読む必要はありません。むしろ,近代フランスのCour de cassationをその原型とするものなのですから,文明開化時代における新規輸入の欧米文物制度の一つとして,藩校で儒学を学んだ士族出身の秀才法制官僚に倣って,漢音でタイシンインと読むべきことになりそうです。日常よく言う「大(だい)○○」と同様に,実感を込めてgreatダイシンインと言おうにも,大審院においては何が大(grande)なのかが具体的にははっきりしないところです。また,大審院法制の母法国であるフランスには現在,大審裁判所という裁判所が存在するので,そちらをダシンサイバンショと読んでこちらをタイシンインと読めば,混乱が避けられるようにも思われます。以上がタイシンイン派としての主張です。

 しかしながら,漢音でタイシンインと読まなければならない,というところまではいきません。呉音優勢下での呉音・漢音混用状態の中,我が国語においては,結局は理論ではなく慣習が決めるべき問題ではあります。そして,慣習を決める日常の運用においては,感覚的なものが占める位置は無視できないものであります。大審院の場合,まず文字面が問題になりますが,何やら寺院関係にありそうな漢字の並びでもあり(妙心寺内に大心院という名前の塔頭があり,ダイシンインと読まれているようです。),また,いよいよここで最後のお裁きかということになれば,やはり深くおごそかに,語頭を濁って読むべきものと感じられるのかもしれません。

 『憲法義解』も,ケンポウギゲと読んだ方が,正統的な漢音のケンポウギカイよりも何やら,御利益(りやく)がありそうに感じられます。


(なお,社団法人日本放送協会の放送用語並発音改善委員会は,1934411日,大審院の読みとして「大審院部内の伝統的な読み方を尊重して」タイシンインを採用していますが(すなわち大審院の人々の自称はタイシンイン),そこに至るまでの調査に係る極めて興味深い報告である塩田雄大「漢語の読み方はどのように決められてきたか」NHK放送文化研究所年報20079094頁)が,インターネットでアクセス可能になっています。1934年当時において既に「現代の中年以下の人は多く「ダイ」なり」という状況だったところ,二十代の青年からは「タイシンインといふと法律に凝り固まつてゐるやるだ」とある意味もっともな違和感が表明される一方,十代の高等女学校5年生の大多数(59名中57名)からは,「ダイシンインといふ方が重重しくて権威がある。タイシンインでは軽いやうで権威がない」という率直な感想が述べられていたそうです。その後,新憲法下の最高裁判所広報室が,1962年当時,日本放送協会に「ダイシンイン」と読むとの回答をしたことがあるようですが,同協会の放送用語委員会は「タイシンイン」を維持しています(同論文102頁注15)。



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