(上)日本民法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900158.html
(中)旧民法及びローマ法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900161.html
8 フランス民法673条
フランス民法を見てみましょう。
(1)条文及びその沿革
民法233条に対応する条項は,ボナパルト第一統領政権下の1804年の段階ではフランス民法672条に,1881年8月20日法による改正後は673条にあって,同条は,1921年2月12日法によって更に改正されています。
共和暦12年霧月4日(1803年11月26日)に国務院に提出された案には当該条項はありませんでしたが,同12年雪月14日(1804年1月5日)の同院提出案に第665条として出現しています。
Code napoléon (1804)
(1804年ナポレオン法典)
Art. 672.
Le voisin peut exiger que les arbres et haies plantés à une moindre distance soient arrachés.
(隣人は,必要な距離を保たずに栽植された木及び生垣を抜去することを請求することができる。)
Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres du voisin, peut contraindre celui-ci à couper ces branches.
(その所有物の上に隣人の木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。)
Si ce sont les racines qui avancent sur son héritage, il a droit de les y couper lui-même.
(彼の地所に延びて来たものが根である場合においては,彼はそれをそこにおいて自ら截去する権利を有する。)
Après la Loi du 20 août 1881
(1881年8月20日法による改正後)
Art. 673.
Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres du voisin peut contraindre celui-ci à les couper. Les fruits tombés naturellement de ces branches lui appartiennent.
(その所有物の上に隣人の木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。当該枝から自然に落下した果実は,同人に属する。)
Si ce sont les racines qui avancent sur son héritage, il a le droit de les y couper lui-même.
(彼の地所に延びて来たものが根である場合においては,彼はそれをそこにおいて自ら截去する権利を有する。)
Le droit de couper les racines ou de faire couper les branches est imprescriptible.
(根を截去し,又は木の枝を剪除させる権利は,消滅時効にかからない。)
Après la Loi du 12 février 1921
(1921年2月12日法による改正後)
Art. 673.
Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres, arbustes et arbrisseaux du voisin peut contraindre celui-ci à les couper. Les fruits tombés naturellement de ces branches lui appartiennent.
(その所有物の上に隣人の木,小低木及び低木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。当該枝から自然に落下した果実は,同人に属する。)
Si ce sont les racines, ronces ou brindilles qui avancent sur son héritage, il a le droit de les couper lui-même à la limite de la ligne séparative.
(彼の地所に延びて来たものが根,茨又は小枝である場合においては,彼はそれらを境界線において自ら截去する権利を有する。)
Le droit de couper les racines, ronces et brindilles ou de faire couper les branches des arbres, arbustes et arbrisseaux est imprescriptible.
(根,茨及び小枝を截去し,又は木,小低木及び低木の枝を剪除させる権利は,消滅時効にかからない。)
(2)破毀院1965年4月6日判決
フランス民法673条の趣旨については,次のフランス破毀院民事第1部1965年4月6日判決(61-11025)が参考になります。
2項目にわたる上告理由については――
攻撃されている原審による是認判決の確認した事実によれば,Xに属する所有地に要保持適正距離に係る規則に従った距離を隣地から保って2本のポプラの木が栽植されていたところ,それらの根が,隣人Yの地所に侵入し,そこにおいて損害をもたらしたこと,
彼の木によってこのようにして惹起された被害についてXは責任を負うと宣告したことについて控訴院に対する不服が申し立てられたこと,すなわち,〔当該不服申立てに係る上告理由の主張するところは,〕第1に,民法673条は,根の侵襲に係る責任(la faute d’immissio de racines)を設定したものではなく,根がその土地に侵入した当該土地所有者の利益のために,添付に係る一つの場合について規整したものであって,当該根は同人のものとなりもはや相隣関係問題に係る請求の目的とならなくなるものである(…organise un cas d’accession au profit du propriétaire, sur le fonds duquel pénétrent des racines, qui, devenant la chose de ce dernier, ne peuvent plus faire l’objet d’une réclamation pour troubles de voisinage)とのこと,
第2に,上告によれば,損害被害者である寡婦Yの懈怠(négligence)は,民法673条が彼女に与えている,オージュロー(Augerau)の木から延びた根を截去する権利を知らなかったことによるとのことに鑑み,
しかしながら,攻撃されている判決は,立法者は民法673条の規定によって,発生した損害の賠償を受ける権利を制限すること(restreindre le droit à réparation du dommage réalisé)を意図していたものではなく,反対に,隣人の利益のための手段を設けることによってより有効な保護の確保(assurer une protection plus efficace en instituant des mesures de prévention au profit des voisins)を図っていたものであるということを正当な資格でもって(à juste titre)強調している(souligne)こと,
控訴院は,このことから,木の所有者は,それが規定の距離を保って栽植されたものであっても,隣の地所に延びた根によって惹起された損害について責任を負うものであるという結論を導き出し得たことに鑑み,
並びに,事実審の裁判官が職権をもって,被害が発生する時まで彼女の不動産に脅威を与えつつある危険を知らなかった寡婦Yには何ら懈怠はなかったものと認めたこと,
かくして,上告理由はその両項目のいずれについても受け容れられないことに鑑み,
以上の理由をもって,X対寡婦Y事件(61-11025)パリ控訴院1960年12月13日判決に対する上告を棄却する。
上告理由の拠った,侵入した根の所有権に係る土地所有者帰属説は,破毀院の採用するところとはならなかったわけでしょう。
(3)破毀院2010年6月30日判決
なお,我妻榮は,民法233条1項について,「竹木の枝が境界線を越えていても相隣者に何らの害を与えない場合に,剪除を請求するのは,権利の濫用となる。多少の損害を与える場合にも,剪除することの損害がさらに大きいときは,第209条を類推して,償金を請求することができるだけだと解すべきではあるまいか(ス民687条2項〔ママ。同項は越境した枝に成った果実の所有権に関する規定ですので,同条1項のことと解すべきでしょう。〕参照)」と説いています(我妻Ⅱ・295頁(なお,同書の第1版は1932年,改訂第1版は1952年に発行されています。)。また,能見=加藤編273頁(松尾))。新潟地方裁判所昭和39年12月22日判決下民集15巻12号3027頁も「ところで,民法233条1項によれば,隣地の樹木の枝が境界線を越え他人の地内にさしかゝつた場合には,その樹木の所有者をして枝を剪除させることができるのであるが,相隣接する不動産の利用をそれぞれ充分に全うさせるために,その各所有権の内容を制限し,また各所有者に協力義務を課する等その権利関係相互に調節を加えている同法の相隣関係規定の趣旨に照らすとき,右越境樹枝剪除の請求も,当該越境樹枝により何等の被害も蒙つていないか,あるいは蒙つていてもそれが極めて僅少であるにも拘らずその剪除を請求したり,又はその剪除によつて,被害者が回復する利益が僅少なのに対比して樹木所有者が受ける損害が不当に大きすぎる場合には,いわゆる権利濫用としてその効力を生じないと解さなければならない。従つて結局越境樹枝の剪除を行うに際しても,単に越境部分のすべてについて漫然それを行うことは許されず,前記相隣関係の規定が設けられた趣旨から,当事者双方の具体的利害を充分に較量してその妥当な範囲を定めなければならないと解すべきである。」と判示しています(15本の樹木の枝が隣地に越境していたのに対し,同裁判所は11本についてのみ剪除を命じ,かつ,剪除すべきものとされた枝の部分も越境部分全部ではありませんでした。)。しかしながら,我が民法と直系関係にあるフランス民法にではなく,傍系関係のスイス民法に拠るのはいかがなものでしょうか。
フランス破毀院民事第3部の2010年6月30日判決(09-16.257)は,隣地のヒマラヤ杉(樹齢100年超)の枝の剪除を請求する訴えを,①当該樹木自体を伐採するのでなければ,枝の剪除では5メートル以上の高さから落下する針葉による迷惑は解消されないこと,②剪除請求者らは,木の多い地にあるその土地を入手する際に庭やプールを定期的に掃除しなければならなくなることを当然知っていたこと,③同人らは当該樹木の生長が弱まっていることを知り得たこと,④同人らは当該樹木の寿命を侵害する意図を有していないこと及び⑤彼らの訴えが濫用(abus)になることなしに境界内に全ての枝が収まるようにさせることを請求することはできないこと,との理由をもって退けたリヨン控訴院の2009年6月11日判決を,フランス民法673条1項前段及び3項に違背するものとして破棄しています。判決要旨は,「隣地から越境してきた木の枝に対する土地所有者の消滅時効にかからない権利には何らの制限も加えることができないところ,原告らはその訴えが濫用になることなしに境界内に全ての木の枝が収まるようにさせることはできない旨を摘示して木の剪定の請求を排斥した控訴院は,民法673条に違背する。」というようなものになっています(Bulletin 2010, III, n˚137)。無慈悲です。
(なお,ヒマラヤ杉仲間の事件としては,大阪高等裁判所平成元年9月14日判決判タ715号180頁があります。枝が延びて迷惑な別荘地のヒマラヤ杉3本(樹齢約30年)を隣地の旅館主が伐採してしまったものですが,民法233条1項等を援用しての,自救行為であるから不法行為は成立しないとの旅館主側の主張は排斥されています。「本件ヒマラヤ杉の枝が境界を越えて伸びており,そのため本件〔旅館〕建物の看板が見えにくくなり,あるいは車両等の通行の妨害となっていたとしても,控訴人〔旅館主〕らがなし得るのは枝のせん除にとどまり,木そのものを伐採することは許されない。」というわけです。ちなみに,旅館の土地に1番近いヒマラヤ杉は境界線から約1.7メートルしか離れていなかったそうですから(木の正確な高さは判決書からは不明ですが,当然2メートルは超えていたでしょう。),フランス民法671条1項及び672条1項の適用があれば,原則として,当該樹木の抜去又は高さ2メートル以下までの剪定を請求できたはずです。この場合,原告は特定の損害(un préjudice particulier)の証明を要しないものとされています(フランス破毀院民事第3部2000年5月16日判決(98-22.382))。)
9 ドイツ民法第一草案
竹木がドイツ民法流に土地の本質的構成部分(wesentlicher Bestandteil)であるのであれば,前者の後者に対する独立性は弱いことになるはずです。したがって,当該独立性の弱さを前提とすれば,竹木の一部分を構成するものである根が,そうではあっても当該竹木本体とは別に,侵入した隣りの土地にその本質的構成部分として付合してその所有権に包含されるべきこと,及びその結果,一の植物の一部に他の部分とは別個の所有権が存在することにはなるがそのことは可能であり,またむしろそれが必然であること,を是認する理解が自然に出て来るようになるもののように思われます。すなわち,越境した根の所有権に係る土地所有者帰属説は,あるいはドイツ民法的な法律構成なのではないかと考えられるところです。
そうであれば,ドイツにおいて実際に土地所有者帰属説が採られているものかどうかが気になるところです。ドイツ民法を調べるに当たっては,筆者としてはついドイツ民法第一草案の理由書(Motive)に当たるのが便利であるものですから本稿における調査はそこまでにとどめることとし,以下においてはドイツ民法第一草案の第784条及び第861条並びにMotiveにおける後者の解説を訳出します。
第784条 土地の本質的構成部分には,土とつながっている限りにおいてその産出物が属する。
種子は播種によって,植物は根付いたときに,土地の本質的構成部分となる(eine Pflanze wird, wenn sie Wurzel gefaßt hat, wesentlicher Bestandtheil des Grundstückes.)。
§861
Wenn Zweige oder Wurzeln eines auf einem Grundstücke stehenden Baumes oder Strauches in das Nachbargrundstück hinüberragen, so kann der Eigenthümer des letzteren Grundstückes verlangen, daß das Hinüberragende von dem Eigenthümer des anderen Grundstückes von diesem aus beseitigt wird. Erfolgt die Beseitigung nicht binnen drei Tagen, nachdem der Inhaber des Grundstückes, auf welchem der Baum oder Strauch sich befindet, dazu aufgefordert ist, so ist der Eigenthümer des Nachbargrundstückes auch befugt, die hinüberragenden Zweige und Wurzeln selbst abzutrennen und die abgetrennten Stücke ohne Entschädigung sich zuzueignen.
(ある土地上に生立する樹木又は灌木の枝又は根が隣地に越境した場合においては,当該隣地の所有者は,相手方土地所有者によって当該隣地から越境物が除去されることを求めることができる。当該樹木又は灌木が存在する土地の占有者にその旨要求されてから3日以内に当該除去がされなかったときは,隣地の所有者も,越境した枝及び根を自ら切り取ること並びに切り取った物を補償なしに自己のものとすることが認められる。)
第861条解説
第861条の第1文は,当該所有者は越境した根及び枝の除去を所有権に基づく否認の訴え(妨害排除請求の訴え)によって(mit der negatorischen Eigenthumsklage)請求することができること(第943条)に注意を喚起する。それによって,特に,次の文で規定される自救権が通常の法的手段と併存するものであること及びそれがプロイセンの理論が主張するように隣人のための排他的な唯一の保護手段を設けるものではないことを明らかにするためである。枝及び根が越境して生長することは確かに間接的侵襲にすぎず,人の行為の直接の結果ではない。しかし,当該事情は,この種の突出を被ることが隣地所有権に対する障害である事実を何ら変えるものではない。隣人はある程度の高さ――地表カラ15尺ノ高サ〔ラテン語〕――からはこの種の突出を受忍しなければならないとの法律上の所有権の制限は,確かにときおり普通法理論において及び自力での除去を一定の高さまでのみにおいて認める地方的規則の結果として唱道されるが,近代的立法においては認められていないものである。
枝及び根の越境は,それに対して実力での防衛が可能である禁止された自力の行使行為ではないので,法が沈黙している限りにおいては,隣人は,否認訴権的法的手段(das negatorische Rechtsmittel)によるしかないという限定的状況に置かれるであろう。根の除去のためには,普通法は特段の定めをしていない。枝の張出しの除去は,その枝を耕地の上に地表カラ15尺ノ高サに,又はその枝を家の上に突き出した樹木の所有者が自ら張出部分を除去しないときは,隣人が当該張出部分を伐り取って自らのものとすることができるものとする樹木伐除命令(interdictum de arboribus caedendis 〔伐られるべき木の命令〕)によって,そこでは規律されている。プロイセン一般ラント法は,越境する枝及び根に係る自力除去権を隣人に与えるが,それを自分のものとすることは認めていない。フランス民法は,根の截去のみを認める。ザクセン法は,截去した根を当該隣人に属すべきものとする点を除いて,プロイセン法と同一である。
草案は,植物学的表現は違いをもたらさないことを明らかにするため,及び灌木の張出し,取り分け生垣に係るそれが特に多いことから,樹木に加えて灌木にも言及している。更に草案は,枝及び根の双方を考慮しつつ自力での除去の許容について定めるとともに,低い位地の枝についての制約を設けていない。この種の区別を正当化する十分な理由が欠けているとともに,そのような区別は,法律の実際の運用を難しくするからである。事前の求めの必要性の規定及び自らの手による除去のために与えられた期間によって,樹木の所有者に対して厳し過ぎないかとの各懸念は除去されている。截去した物を自らのものとすることを隣人に認めるその次の規定は,単純であるとの長所を有するとともに,当該取得者が截去の手間(Mühe)を負担したことから,公正(Billigkeit)にかなうものである。
隣地から木の根の侵入を被った土地の所有者は,当該侵入根の除去を求めて当該土地の所有権に基づく妨害排除請求ができるというのですから,当該木の根の所有権は隣地の木の所有者になお属しているわけでしょう。また,截去した侵入根の所有権取得の理由も,既に当該侵入根が截去者の土地に付合していたことにではなくて,手間賃代りとして截去者に与えることの公正性に求められています。越境根の所有権に係る土地所有者帰属説は,ドイツにおいても採用されていないようです。
なお,枝の除去について,高さ15尺より上の高いものが除去されるのが原則なのか下の低いものが除去されるのが原則なのかはっきりしないのですが(特に耕地の上に枝が突き出した場合は,ドイツ語原文自体がはっきりしない表現を採っています。15尺より上又は下のものがどうなるものかがそこでは不明で,首をひねりながらの翻訳となりました。),これはローマ法自体がはっきりしていなかったので,ドイツ人も参ってしまっていたものでしょうか。この点に関するローマ法の昏迷状況に係る説明は,いわく,「樹木の枝が隣の家屋を覆うを許さず。〔略〕又樹木の枝が隣の田地を覆う場合は其の枝が15ペデスpedes (foot)[歩尺]或はそれ以上に達するときはこれを伐り採ることを要せざるも15ペデス以下の枝はことごとくこれを伐り取らざるべからず。但しこの15ペデス以上或は以下についてDigestaの中の文面が甚だ不明瞭なるために,これについて異論あり。異論とは,15ペデス以上の枝はかえってこれを伐り採ることを要す。而して15ペデス以下の枝はこれらを伐り採ることを要せずと。」と(吉原編85頁)。