Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

タグ:猫

1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



DSCF0121

 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

150‐0002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電話:03-6868-3194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

お気軽に御相談ください

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

1 七代目樽金王と『吾輩は猫である』

 前回の記事(「アメリカ建国期における君主制論走り書き」)において御紹介したパトリック・ヘンリーの1765年印紙税反対演説に,王政ローマ最後の王(7人目)であるタルクィニウスが出てきました。タルクィニウスとは,一般になじみのない名前ですね。

 しかし,夏目漱石の愛読者であれば,あるいは思い出されるかもしれません。『吾輩は猫である』の苦沙弥先生が書物のありがたさの例として威張って持ち出した故事として,苦沙弥先生の奥さんが迷亭君に話して聞かせた逸話です。その中に出てくる昔のローマの王様,「七代目樽金」がタルクィニウスなのです(迷亭君=漱石は英学者なので,英語で,Tarquin the Proud(傲慢王)ですね,と言い添えます。)。樽金王のところに,ある時,ある女が,9冊組の予言書を持ってやって来て買えと言うが,法外に高い値段をふっかけるので樽金王が躊躇すると,その女は9冊のうち3冊を燃やしてしまい,残りの6を買えという,冊数が減ったので値段も下がるかと思ったが,相変わらず9冊分の値段が要求されるので樽金王がなおも躊躇すると,女は更に3冊を燃やしてしまい,残る本は3冊だけになってしまう,そこでさすがに樽金王も慌てて,9冊分の金額を払って,残った3冊の予言書を買ったというお話です(Dionysius of Halicarnassus, Roman Antiquities, IV 62.1-4参照)。

 傲慢王樽金のローマ追放は,紀元前510年のことと伝えられています。同王の息子が人妻ルクレーティアに対して日本刑法では第177条に規定される罪を犯し,被害者が自殺したのがきっかけです(Livy 1.58)。かつて樽金王の命令で兄弟が処刑されたため,それまで愚鈍を装って身の安全を図り,Brutus(愚鈍)という名がついてしまっていた同王の甥(姉妹の子)のルーキウス・ユーニウス・ブルートゥスが首謀者となって叛乱を起こし,それが成功したものです(Livy 1.56, 1.59-60)。しかしながら,その後も樽金は王位回復をうかがいます。そのため,王党派の陰謀に加わったブルートゥスの二人の息子は共和制ローマの初代執政官(の一人)である父親が毅然として見守る中残酷に処刑され(むち打ちの上,斬首),ブルートゥス自身も王党派との戦闘において,樽金の息子(ルクレーティア事件の犯人ではない者)と戦い,相撃ちになって死んでしまいました(Livy 2.5-6)

なお,ルーキウス・ブルートゥスの二人の息子は上記のように処刑されてしまったので,果たして紀元前44年にカエサルを暗殺したマルクス・ブル-トゥスはルーキウスの子孫であり得るのか,疑問を呈する向きもあったようです(cf. Plutarch, Life of Brutus)

なんだか,古代ローマのなじみのない話ばかりですね。

しかし,『吾輩は猫である』の冒頭部分は,皆さんもうおなじみでしょう。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。

 
 何の変哲もない文章のようです。いやいや,しかし,ここには突っ込みたくなるところがあるのです。この二つの文を見てムズムズするあなた,あなたは法制執務にはまり過ぎです。

 あ,あなたの右手が赤ペンに伸びる。

 赤ペンを握った。

 迷いなく,力強く夏目漱石の名文に直しを入れる。

 何だ何だ,出来上がりは。


 吾輩は猫である。名前はまだ無い。


 おお,点(読点)が二つ入りましたね。やっぱり。今回はこの,読点のお話です。(なお,点が読点といわれるのに対して,丸(。)は句点といいます。)

DSCF0679
 I am a cat. 
(京都市北区船岡山の建勲神社で撮影)


2 法令文における読点

 日本語の文章を書くに当たって頭を大いにひねる事項の一つに,点(読点)の打ち方があります。「読点の付け方は,句点の付け方に比べて複雑である。読点が原則として慣用に従って付けられるべきことは当然であるが・・・この慣用によらないことも認められるので,その付け方には,細心の注意を払う必要がある。」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)569頁)とは,法令について,法制執務担当者向けの参考書に書かれている言葉です。

 当該参考書には,法令文における読点の付け方について10項目の注意事項が示されていますので(前田569573頁),以下ざっと御紹介しましょう。

 


(1)主語の後

 上記法令文読点注意事項10項目のうち,第1項目の本文にいわく。

 


1 主語の後には,読点を付ける。・・・(前田569頁)

 


 だから,「吾輩は猫である。」,「名前はまだ無い。」と,法制執務中毒者は主語の後には読点を入れたくなってしまうのです。

 


   行政権は,内閣に属する。(憲法65条)

 


 と,ここでも主語である「行政権は」の後に読点が入っていますね。

 しかし,法令関係の仕事のいやらしさは,原則があればそこにはまた例外があることです。読点注意事項第1項目の後段には,次のような注意書きが付されています。

 


1 ・・・しかしながら,条件句や条件文章の中に出てくる主語の後には,次の例に示すように,通常,読点を付けない。

  例 

労働安全衛生法

  26 労働者は,事業者が第20条から第25条まで及び前条〔第25条の2〕第1項の規定に基づき講ずる措置に応じて,必要な事項を守らなければならない。

(前田569頁)

 


労働安全衛生法26条においては,条件句中の主語である「事業者が」の後に読点を付ける「労働者は,事業者が20条から・・・」というような表記にはしなかったわけです。

しかし,こうなると次に掲げる憲法67条2項の「参議院が,」の読点はどういうことになるのでしょうか。

 


衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名の議決をした後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名の議決をしないときは,衆議院の議決を国会の議決とする。

 


これは問題ですね。自由民主党の日本国憲法改正草案(2012年4月27日)の第67条3項では,次に掲げるように,「指名の議決」が「指名」に変えられつつ,問題の部分は,「参議院が,指名をしないときは」ではなく「参議院が指名をしないときは」になっており,条件句の中であるので,主語である「参議院が」の後の読点(,)が削られています。憲法を改正してまで読点の付け方の間違いを正すというのは,何とも真面目かつ大変なことです。法制執務の作法は,憲法よりも重いのです。

 


3 衆議院と参議院とが異なった指名をした場合において,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は衆議院が指名した後,国会休会中の期間を除いて10日以内に,参議院が指名をしないときは,衆議院の指名を国会の指名とする。

 


(2)並列表記

 読点の付け方に係る注意事項10項目のうち第2項目から第5項目までは,中学校ないしは高等学校の英語の授業で習った,ものをたくさん並べたときの最後の2項目の間はand又はorでつなぐという話,及びそこでのand又はorの前にカンマを打つか打たないかは米国式と英国式とで違いがあるという話を想起させます。

 米国式だと,前カンマ有りで,

 


 A, B, C,…Y, and (or) Z

 


 英国式だと,前カンマ無しで,

 


 A, B, C,…Y and (or) Z

 


 でしたね。

 日本の法令文では,名詞を並べるときは英国式です。(前田569頁参照)

 


  一 憲法改正,法律,政令及び条約を公布すること。(憲法71号)

 


 名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べるときには,これは原則として米国式となります。(前田570頁参照)

 


   悪意の占有者は,果実を返還し,かつ,既に消費し,過失によって損傷し,又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。(民法1901項)

 


米国式より徹底しているのは,並べるものが二つのときでも,読点を打つことです。(前田570頁参照)

 


   占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し,又は損傷したときは,・・・(民法191条)

 


 「その他」でくくる場合,名詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれませんが,名詞ではない,動詞,形容詞又は副詞を並べた後の「その他」の前には読点が打たれます。(前田571頁参照)

 


株式会社は,代表取締役以外の取締役に社長,副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には,当該取締役がした行為について,善意の第三者に対してその責任を負う。(会社法354条)

 


差押状,記録命令付差押状又は捜索状の執行については,錠をはずし,封を開き,その他必要な処分をすることができる。(刑事訴訟法1111項前段)

 


(3)条件句の前後

 読点注意事項中第6項目は,条件句を他の部分から分けて示すために読点を使えと述べています。

 


6 条件句の前後には,・・・読点を付ける。(前田571頁)

 


 前記のとおり,条件句内では主語の後にも読点を打たないこととされており,前後は読点で隔てられ,内部は読点を省いて緊密に,条件句は他の部分とは別部分である一塊のものとして表記せよということのようです。

 


   連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合においてその連帯債務者が相殺を援用したときは債権は,すべての連帯債務者の利益のために消滅する。(民法4361項)

 


(4)対句

 対句というものもあります。

 


10 ・・・2以上の文章が対句になっているときには,次の例に示すように,対句の接続にのみ読点が付けられ,主語の後などに付けられるべき読点は省略され,また,対句を受ける述語の前にも読点を付けないのが,普通である。しかしながら,対句が長いなどの理由から,読点を省略していない例も多い。

 


  

     労働安全衛生法

   (安全衛生改善計画の作成の指示等)

  78 (略)

  2 事業者は,安全衛生改善計画を作成しようとする場合には,当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合があるときにおいてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときにおいては労働者の過半数を代表する者の意見をきかなければならない。

(前田572573頁)

 


次に掲げる破産法5条1項の場合,各対句の共通主語である「債務者が」の後に読点が付されています。これは,当該読点が無い場合には「債権者は」が最初の対句のみの主語ととられてしまう可能性があるため,当該可能性を避けるためでしょう。なかなか難しい。

 


破産事件は,債務者が,営業者であるときはその主たる営業所の所在地,営業者で外国に主たる営業所を有するものであるときは日本におけるその主たる営業所の所在地,営業者でないとき又は営業者であっても営業所を有しないときはその普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。

 


(5)「お約束」等:「,かつ,」,「ただし,」,「この場合において,」等

 次の2項目は,「お約束」及び「お約束」に近いもののようです。

 


7 句と句とをつなぐ「かつ」の前後,ただし書における「ただし」の後,後段における「この場合において」の後には,・・・必ず読点を付ける。(前田572頁)

 


8 名詞を説明するために「で」又は「であつて」を用いる場合に,その後に続く説明の字句が相当に長いときには,・・・「で」又は「であつて」の後に読点を付けるのが,原則である。(前田572頁)

 


第7項目は「必ず」なので,分かりやすいといえば分かりやすいのですが,「かつ」の前後に必ず読点を打つこととされているのは「句と句とをつなぐ場合」と限定が付されていることに注意が必要です。「かつ」の前後に読点の無い次のような例があります。

 


   会社及び地域会社は,・・・常に経営が適正かつ効率的に行われるように配意し,国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切,公平かつ安定的な提供の確保に寄与するとともに,・・・。(日本電信電話株式会社等に関する法律3条)

 


 「,かつ,」の例はこちらですね。

 


   前項の合意〔管轄の合意〕は,一定の法律関係に基づく訴えに関し,かつ,書面でしなければ,その効力を生じない。(民事訴訟法112項)

 


 第8項の「で,」及び「であって,」については,飽くまでも「原則」であり,かつ,「相当に長いとき」という評価を要する限定がついているので,絶対の「お約束」というのは言い過ぎで,やはり,例外を伴う,「お約束」に近いもの,にとどまるのでしょう。

「で」の次に読点を打つか否かについては,同じ行政不服審査法内において次のような例が見られます。

 まずは,「で」の後に読点有りの例。

 


   前3項の規定〔不服申立てに関する教示に関する規定〕は,地方公共団体その他の公共団体に対する処分で,当該公共団体がその固有の資格において処分の相手方となるものについては,適用しない。(行政不服審査法574項)

 

 次の例では,「で」の後に読点無しとなっています。

 


   法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは,その名で不服申立てをすることができる。(行政不服審査法10条)

 


 「であって」の後に続く説明の字句が相当に長いものか否かの判断基準については,会社法2条を見ると,少なくとも「法務省令で定めるもの」云々の字句の場合は,「相当に長い」ものではない,とされているようです。

 


  二 外国会社 外国の法令に準拠して設立された法人その他の外国の団体であって,会社と同種のもの又は会社に類似するものをいう。(会社法22号)

 


  三十四 電子公告 公告方法のうち,電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)により不特定多数の者が公告すべき内容である情報の提供を受けることができる状態に置く措置であって法務省令で定めるものをとる方法をいう。(会社法234号)

 


(6)目的語と動詞との間の読点不要性

 主語の後には読点を打つのが原則でしたが,目的語の後には,読点を付さないのが通常であるそうです。

 


9 目的語と動詞とを続ける場合,通常その間には読点を付けないが,その間に条件句又は条件文章が入るときには,その条件句又は条件文章の前後に読点を付けるのが,普通である。(前田572頁)

 


 条件句の前後に読点を打つべきことは,前記の注意事項第6項目に出ていましたね。

第9項目によれば,夏目漱石と朝日新聞社との間で作成される契約書における条項の書き方は,次のように目的語の後に読点を付するものであっては不可であることになるわけです。

 


 一 夏目金之助は朝日新聞社のために,連載小説を,書くものとする。

 


 次のような表記ならば,よいのでしょう。

 


 一 夏目金之助は,朝日新聞社のために,連載小説を書くものとする。

 


 いずれにせよ,読点の打ち方は難しく,かつ,法令においては文字どおり一点一画もゆるがせにはできない以上,法令案起草担当者の苦心のほどが思いやられます。法制執務担当者向けの市販の参考書に書いてあることだけでは,まだまだよく分かりませんね。残りはそもそもの日本語表記の問題として考えよ,ということでしょうか。

 


3 電波法116条の謎

 法令における読点は,法令案起草担当者が一点一点心を込めて打ったものである以上,その有無がそれぞれ意味するところを深く,かつ,重く考えて法令は解釈されねばならない,とは,よくいわれるところです。

 


(1)過料に係る同種規定における読点有り規定と読点無し規定との混在

 しかしながら,次の例の場合はどう考えるべきでしょうか。

 


    電波法(昭和25年法律第131号)

116 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の過料に処する。

  一 第20条第9項(同条10項及び第27条の16において準用する場合を含む。)の規定に違反して,届出をしない者

  二 第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者

  三 第24条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して,免許状を返納しない者

  〔第4号から第23号まで略〕

 


第1号及び第3号並びに第4号以下(第18号を除く。)では,「・・・の規定に違反して,○○しない者(した者)」と表記されていて,「規定に違反して」の後に読点(,)が打たれているのですが,第2号では読点無しののっぺらぼうに「・・・の規定に違反して届出をしない者」と表記されています。この相違をどう解釈すべきか。なお,当該読点の有無の相違は,1950年5月2日の電波法公布の官報の紙面において既にそうなっていたものであって(ちなみに,当時の同法116条には,第4号以下はまだありませんでした。),64年間にわたって官報正誤で直されていませんから,今更,印刷局の印刷ミスだったということになるわけではないでしょう。

 


(2)読点の有無によって文の意味を異ならせる解釈の可能性

電波法116条1号は,無線局の免許に係る免許人の地位の承継があったことの届出をしないことが同法の規定違反になり(「届出をしない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定し,同条3号は,無線局の免許が失効したのに当該免許に係る免許状(なお,同法1005項は,無線局についての規定を高周波利用設備について準用するものです。)を総務省に返納しないことが同法の規定違反になり(「免許状を返納しない」=「・・・の規定に違反・・・」),過料の制裁を受けることになる旨を規定する条項でしょう。

これらに対して,読点の有無に意味を持たせて(すなわち,読点の有無によって読み方が異なるように)解釈するとなると,電波法116条2号は,上記の二つの号(同条1号及び3号)のようには解釈せずに,「第22条(第100条第5項において準用する場合を含む。)の規定に違反して届出をしない者」と解すべきでしょうか。

すなわち,電波法22条は「免許人は,その無線局を廃止するときは,その旨を総務大臣に届け出なければならない。」と規定していますが,同条の規定に違反した届出(「・・・の規定に違反して届出」)をしないと(すなわち,規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると),過料の制裁を受けるものと解さなければならないということになるのでしょうか。無線局の廃止に関して総務大臣に届出があることを前提に,電波法22条違反の届出(=無効の届出)をしない(=有効な届出をする)ことを過料の対象とするものと考えてみるわけです。

「くびに,はなわをかけた。」(保護司法16条参照)と「くびには,なわをかけた。」(刑事訴訟法4751項,刑法111項参照)とが全く違った意味になるように,ここでも同様のことが起きているのでしょうか。

しかし,いかにも変な解釈ですね。

が,よく考えるとそうでもない,有益であり得る解釈かもしれません(①)。とはいえそもそも,電波法116条2号は,「「,」はたかが点だよ。」とノンシャランに,法制執務担当者の深刻ぶりを冷やかすネタにすればよいだけのものではないでしょうか(②)。

 


(3)法制執務担当者冷やかしネタ説

まずは後者の②の立場について見てみましょう。

端的にいって,これが,妥当な態度です。電波法116条2号は,法令の解釈に当たってはお役所の無謬性を前提にして妙に精緻に細かいところにまでこだわり過ぎてはいけないよ,という戒めとして活用されるべきものにすぎません。

 電波法案を起草した当時の電気通信省電波庁の人たちは,単純に,同法案116条2号において点を打ち忘れたことに気が付かなかったようです。

 1950年の電波法制定時に起草関係者によって著されたlegendaryな解説書(古い本の方が役に立つものです。)における同法116条の解説は,次のようになっています。

 


   左の各号の一に該当する者は,3000円以下の過料に処せられるのである。

(一)免許人の地位を承継した者は,遅滞なくその事実を証する書面を添えて,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(二)免許人は,その無線局(高周波利用設備を含む。)を廃止したり,又その無線局の運用を1箇月以上休止するとき〔制定当時の電波法22条はこの場合にも届出を要する旨規定していた。〕は,その旨を電波監理委員会に届け出なければならないのにこれに違反した者

(三)免許(高周波利用設備であるときは許可。)がその効力を失つたときは,免許人(高周波利用設備であるときは許可を受けた者。)であつた者は,1箇月以内にその免許状を返納しなければならないのにこれに違反した者(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)266頁)

 


三つの号はどれも同じように読んで理解されるべきもの,という前提で書かれていることが歴然としています。

なお,電波法22条に規定されている無線局廃止の届出がされるべき時期は,必ずしも事前でなくてもよいものであるようです。「廃止しようとするときに即ち事前に届出をすることは望ましいことではあるが必ずしもこれに限らない。廃止の事情には種々のものがあるからである。」と電波庁=電波監理総局関係者によって説かれていました(荘ら182頁)。

また,「免許人が無線局を廃止したときは,免許は,その効力を失う。」(電波法23条)わけですが,それではそもそも無線局の「廃止」とは何かといえば,それは免許人の意思表示であるとされています。すなわち,「無線局を廃止するとは,単に無線局の物理的な滅失をいうのではなく,免許人が無線局によつてその局の業務を行うことを廃棄する意思を表示することをいう。内部意思の決定だけでは足らず,この内部意思が客観的に表示されていることを要する。必ずしも届出でによつて表示されていることを要しない」と説明されていました(荘ら183頁)。事実上は,電波監理委員会(その後郵政大臣,総務大臣)に対する無線局廃止の届出がなければ無線局廃止の意思表示の存在が明らかではなく,したがって,当該届出以外の方法で無線局廃止の意思表示があったとして電波法116条2号による過料の制裁が発動されるということは考えにくいところです。あるいは,電波法22条の届出は,無線局廃止の報告ではなく,むしろ無線局廃止の効力要件のように取り扱われているのではないでしょうか。

 


(4)過料=解約金類似効果説

 前記①の説は,電波法116条2号を,免許人が同法22条の規定どおりに真面目に無線局廃止の届出をすると過料の制裁を受けるもの,と解してみることを前提とするものです。すなわち,無線局廃止の届出があった場合,それが真実のものかどうかを総務省のお役人が確認し,無線局廃止の意思に基づかない虚偽のものであれば(実際は,御当局の指導に基づき無線局廃止の意思表示の撤回をするということになりましょうか。),無線局の免許は失効せず,「規定に違反して届出」をしない者ではない(二重否定で「規定に違反して届出」をしたいたずら者になる)から電波法116条2号の場合には当たらず免許人には過料が課されず,届出に表示されている無線局廃止の意思が真実のものであれば(無線局廃止の意思表示を撤回しなければ),無線局の免許は失効し,「規定に違反して届出」(虚偽の届出をするいたずら)をしない者になるので同号の場合に当たり免許人に最大30万円の過料が課されるというわけです。

 何ともばかげた解釈であるように思われるのではありますが,無線局の免許の効力としては免許人の電波利用料支払義務というものがあるということ(電波法103条の2。電波利用料は,電波利用共益費用に係る総務省の特定財源になります(同条4項)。)を想起し,かつ,電波つながりで携帯電話を連想して,期間(2年)の定めのある携帯電話役務提供契約(いわゆる「2年縛り契約」)の中途解約の場合には少なくない額の解約金が消費者から徴収されている現在の携帯電話業界の実務との比較で考えると,「電波利用料=携帯電話利用料」及び「過料=解約金」というアナロジーが成立し得るところです。電波利用料収入の継続的な確保を一途に考える人々にとっては実は魅力的な制度設計ということになるかもしれません。無論,同じ電波=電気通信関係者とはいえ,我が国のお役人は高潔・高邁な方々ばかりです。

 なお,株式会社NTTドコモ,KDDI株式会社及びソフトバンクモバイル株式会社の「2年縛り契約」に係る契約約款の有効性は,すべて,大阪高等裁判所によって是認されています(それぞれ,平成24127日判決(判時217633頁①),平成25329日判決(平成24年(ネ)第2488号)及び平成25711日判決(平成24年(ネ)第3741号))。ただし,理由づけがそれぞれ異なるため,なお最高裁判所の判断が待たれています。

 


4 「、」と「,」

 最後に読点の形自体が問題になります。

 縦書きのときの読点が「、」であることについては,議論はありません。

 問題は横書きの場合です。

 ワードプロセッシング・ソフトウェアの日本語横書きデフォルト設定は「、」になっています。しかし,果たしてこれでよいのでしょうか。

 基準が無いわけではないのです。

 実は,公用文については,昭和27年4月4日内閣閣甲第16号内閣官房長官発各省庁次官あて依命通知「公用文改善の趣旨徹底について」によって各部内において周知されるべきものとされた「公用文作成の要領」(昭和2610月に国語審議会が審議決定)の「第3 書き方について」の「注2」において,

 


句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。

 


とされているのです(内閣総理大臣官房総務課監修『新公用文用字用語例集』(ぎょうせい・1986年)368頁)。

 「感じのよ」い公用文の作成のためには,「、」よりも「,」の方を用いるべきだ,と国語審議会が「公用文作成の要領」で決めてしまっていたわけです。

 この点,司法部においては,司法修習等における起案指導の場などを通じて「,」の使用が徹底しているようです。しかし,国の行政部では一般に,そこまでの研修の機会がないのか,ワードプロセッシング・ソフトウェアのデフォルト設定(「、」)にそのまま乗ってしまっているようです。慙愧に堪えません。(各種ウェッブ・サイトなどを注意して御覧ください。)

 とはいえ,国語の教科書は縦書きで,作文も縦書きで書かされて,点は「、」の形で打つべしという教育を我々は小学校以来受けていますから,三つ子の魂百までで,あるいは仕方のないことなのかもしれません。

 なお,地方自治体等で,横書きの場合でも読点は「、」であって「,」は用いないと決めているところもあります。

 


130812_051625
 


 北アルプス・槍ヶ岳を望む(三俣山荘から)

 


長い記事をお読みいただき毎度ありがとうございます。

さて,本業についてここで少々営業申し上げますと,裁判関係の訴訟代理人業務等のほか,法律相談,法務関係の講師等も広くうけたまわっております。(本ブログのようなおしゃべりばかりをしているわけではありません。)

 


連絡先:大志わかば法律事務所(電話:03-6868-3194, 電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

www.taishi-wakaba.jp

 


法律相談は,初回30分まで無料ですので,よろしく御活用ください。

 


お客さまの問題解決のお手伝いに日々汗をかいているところですが,「なんだか気になること」が問題になってしまう前の予防法務も重要です。法律関係で気になることについては何でも,まずはお気軽にご連絡ください。                      




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

このページのトップヘ