Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

タグ:独禁法

(前編からの続き)


5 NTTグループにおける多重代表訴訟制度:NTTコミュニケーションズの非対象性

 独禁法9条(龍太郎の父の龍伍が立案に携わった立法当初の同法同条では「持株会社は,これを設立してはならない。/前項において持株会社とは,株式(社員の持分を含む。以下同じ。)を所有することにより,他の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社をいう。」と規定)を改正して持株会社を解禁するに当たっては,国会議員においても,持株会社を中心とした企業グループの例としては,同時期に国会審議がされていた平成9年法律第98号に基づき再編成されるNTTグループがまず念頭に置かれていたことでしょう。

 そこで,多重代表訴訟制度が現在のNTTグループにはどう当てはまるのかを見てみると,実は,NTTコミュニケーションズの発起人等に対しては,多重代表訴訟は提起され得ないように思われます。(ただし,「思われます」というのは横着ですね。本来ならば,最新の有価証券報告書類を見て裏をとらねばならず,「持株NTTはグループ運営にかかわる契約を締結し,グループ運営の推進にかかわる包括的な役務提供に対する報酬を得ているはずである。」という類の憶測で片付ける横着な記述をしてはならないのですが(この点『コンメンタールNTT法』24頁は,当該NTTグループ運営に関わる契約の存在及び報酬総額について,きっちり裏をとった記述をしています(同書ⅱ頁参照)。),まあ,改正会社法の説明のための例示ということでお許しください。)

 多重代表訴訟における訴えは,「特定責任に係る責任追及等の訴え」であるところ(改正会社法847条の31項),ここでいう「特定責任」が,「当該株式会社の発起人等の責任の原因となった事実が生じた日において最終完全親会社等及びその完全子会社等(前項の規定により当該完全子会社等とみなされるものを含む。・・・)における当該株式会社の株式の帳簿価額が当該最終完全親会社等の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超える場合における当該発起人等の責任をいう」(改正会社法847条の34項)と定義されていることが問題です。2010年3月末のNTTの総資産額は,有価証券報告書上,7兆4,7778,900万円であるところ,帳簿上のNTTコミュニケーションズの株式価額は7,3597,400万円でしかなく(『コンメンタールNTT法』21頁),総資産額に対して9.8パーセントにしかならないからです。

 「特定責任」は,要するに「一定の重要な完全子会社の発起人等の責任」(坂本170頁)であって,多重代表訴訟の対象となる責任を特定責任に限定した理由は,どうやら,重要でない完全子会社の発起人等は「例えば,取締役であっても,実質的には,当該最終完全親会社等の事業部門の長である従業員にとどまる者」であろうから,ということのようです(坂本170頁)。現行の株主代表訴訟制度は,「株式会社の取締役同士の馴れ合いによりその責任の追及が懈怠されるおそれがあることに着目し,取締役その他のいわゆる役員クラスの者の責任をその対象とするもの」であって「従業員の責任は,その対象としてい」ないということにかんがみれば,完全子会社の取締役といってもその完全親会社においては実は本来従業員クラスにすぎない者については,多重代表訴訟制度においても見逃してやるよ,ということのようです(坂本170頁参照)

 そうであれば,NTTコミュニケーションズの役員の方々は,「改正会社法下にあっても,NTTの株主から多重代表訴訟で刺されることはないぞ,万歳!」と喜ばれるよりは,「NTT持株会社の従業員並みだって!?馬鹿にするな。わたくしは持株会社でも役員クラスなのだっ。」と憤慨された方がよいかもしれません。

 特定責任のしきいについて,「総資産額の5分の1を要件としたのは,事業譲渡や会社分割において,株主総会の決議が不要とされる要件(第468条第2項,現行の第784条第3項等参照)を参考とした」とされています(坂本170頁)。しかし,総資産額の5分の1以上を要するということであれば持株会社の株主が多重代表訴訟を提起できる完全子会社は計算上5社が最大限ということですね。同じ株式価額の完全子会社が6社あれば,その全社の発起人等について多重代表訴訟は提起され得ないということにもなるようです。また,持株会社の総資産に含まれるのは,完全子会社の株式ばかりではありません。改正会社法で多重代表訴訟制度が導入されるといっても,定款(完全親会社等の定款なのか,訴えられる発起人等の株式会社の定款なのか,ちょっと分かりづらいですね。)の変更を伴わないデフォルトの特定責任が対象ということであれば,なかなか新たに株主による訴訟の対象となる完全子会社の発起人等の方は多くはないでしょう。(ところで,発起人等の特定責任を追及する場合,会社の成立前には株式もないので,会社の成立前の行為に係る多重代表訴訟はあり得ないということでよいのでしょうか。)


6 「親」と「子」との絆の強化:改正会社法46712号の2

 持株会社解禁前の独禁法では,持株会社の設立や持株会社になることは禁じられていたのですが,解禁後は掌が返されたようになって,商法の世界では,むしろ持株会社制度はよいものだ,ということになったようです。わざわざ「親会社が子会社の発行済み株式の総数を有する完全親子会社関係を円滑に創設するため」に「株式交換及び株式移転の制度を設けることとし」たわけですから(陣内孝雄法務大臣・第145回国会衆議院法務委員会議録22号)

わたくしに対してあいさつもしないで何だ,追い出せ,と偉い経済法の大学者の方は憤慨されるのかもしれませんが・・・事業支配力の過度の集中って何だといっても,学説云々よりも結局お役所たる公正取引委員会のガイドライン次第ですし,「公正な競争」に対する明確な意義付けの欠如は多方面に弊害をもたらすとはいえ,具体的な当該意義の御提案なきままその旨詠嘆されているだけでは何のことやら・・・実務及び立法は日々進んで行きます。

 改正会社法の下では会社間での「親」と「子」との絆が更に強化されています。

 改正会社法467条(事業譲渡等の承認等)1項2号の2は,「その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)」には,「株式会社は,・・・当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに,株主総会の決議によって,当該行為に係る契約の承認を受けなければならない」ものとしています。「次のいずれにも該当する場合」の「次」は,「イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超えるとき」及び「ロ 当該株式会社が,効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき」です。当該株主総会の決議は,「当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない」ものとされています(会社法309条2項11号)

 いったん「親」と「子」とになった以上,「親」たる会社が「子」たる会社の株式を安易に売ることは許さず,ということですね。「子」を安易に売り飛ばして,恣意的に「親子」関係を解消することは許さず,というアナロジーであるようです。

 「株式会社が,その子会社の株式等を譲渡することにより,株式等の保有を通じた当該子会社の事業に対する直接の支配を失う場合(例えば,子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないこととなる場合)には,事業譲渡と実質的に異ならない影響が当該株式会社に及ぶと考えられます。したがって,このような子会社の株式等の譲渡については,事業譲渡と同様,株主総会の決議による承認を要することとするのが相当です。」ということです(坂本221頁)。しかし,「迅速な意思決定という企業集団における経営のメリットが損なわれるおそれ」があって,迷惑そうですね(坂本221頁参照)。となると,「株式会社が譲り渡す子会社の株式等の帳簿価額が小さい場合には,当該譲渡により当該株式会社がその子会社の事業に対する直接の支配を失ったとしても,当該株式会社に及ぶ影響は小さいものにとどまる」といえるので「このような場合にまで,株主総会の決議による承認を経る必要はないと考えられ」ること(坂本221頁)からして設けられた改正会社法467条1項2号の2イがフルに活用されて,結局業績不振等の子会社の株式を売り飛ばすときには,株主総会の招集を回避するため,小分けにして少しずつ株式を売ることになるのではないでしょうか。そうだとすると,随分簡単に規制の潜脱(?)ができそうです。会社法467条1項1号ないし4号ではいわゆるgoing concernたる「事業」又は「事業の重要な一部」が譲渡等の単位になっているのですが(同項5号は事後設立の規制),2号の2に入る株式の譲渡は,一株単位でできますからねぇ・・・。


弁護士 齊藤雅俊

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1 多重代表訴訟制度等

 平成26年法律第90号による会社法(平成17年法律第86号)の今次改正2015年5月1日施行予定)における主要改正項目の一つに「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の創設」があります2014年1月15日の弊ブログ記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正の話)」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html

 「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟」といえば,平成26年法律第90号による改正後の会社法(「改正会社法」)の①第847条の3の「最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え」がまず思い浮かぶのですが,実は、同法の②第847条の2の「旧株主による責任追及等の訴え」とセットです。坂本三郎法務省大臣官房参事官編著の『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の目次を見ると,次のようになっています。


 第3編 親子会社に関する規律の整備

第1章 親会社株主の保護等

第1 多重代表訴訟制度等

     1 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)

     2 旧株主による責任追及等の訴えの制度

     3 旧株主による責任追及等の訴えおよび特定責任追及の訴えに係る訴訟手続等 

     4 利益供与に係る規律等の見直し

     5 経過措置


上記「目次」によれば,多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)と旧株主による責任追及等の訴えの制度とでひとまとまりで「多重代表訴訟制度等」ということになるようです。

「目次を活用せよ。」とは,かつて教わった記憶があります。


2 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)



(1)概要

 「いわゆる多重代表訴訟制度とは,企業グループの頂点に位置する株式会社(最終完全親会社等)の株主が,その子会社(孫会社も含みます。)の取締役等(注)の責任について代表訴訟を提起することができる制度をいいます(第847条の3)。」とされています(坂本158頁)。「最終完全親会社等」等の定義については,当ブログでも紹介したことがありました2015112日「改正会社法と子会社等及び親会社等(前編)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017451062.html


(2)「発起人等」と「取締役等」

なお,「取締役等(注)」における「(注)」とはどういうことかということで当該「(注)」を見ると,


条文上は,「発起人等」としています(第847条の3第4項)。「発起人等」とは,具体的には,発起人,設立時取締役,設立時監査役,役員等(取締役,会計参与,監査役,執行役または会計監査人。第423条第1項)または清算人をいいます(第847条第1項)。


と説明されています(坂本159頁)。主に取締役が訴えられるのならば「取締役等」にしておけばよいのに,なぜ「発起人等」などという概念を作ったのでしょうか(平成26年法律第90号による改正前の会社法(「現行会社法」)8471項には当該概念はありません。「発起人等」は改正会社法における新設概念です。)

「発起人等の損害賠償責任」(現行会社法53条の見出し)といえば,「発起人,設立時取締役又は設立時監査役」の責任がまず念頭に浮かぶわけで(同条),取締役や執行役の責任にはなかなか思いは及ばないように思われるのですが,どうでしょうか。それとも「取締役等」という呼称は,現行会社法の第213(〔募集株式の引受人から〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)及び第286(〔新株予約権の行使に当たっての〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)で既に2度使われているので,いくら何でも3回も使い回すのはいけないだろうということでしょうか(なお,現行会社法213条及び286条の「取締役等」には,取締役及び執行役以外の者は含まれません(会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)44条から46条まで及び60条から62条まで)。)


3 旧株主による責任追及等の訴えの制度



(1)概要

「旧株主による責任追及等の訴えの制度とは,株式会社の株式交換もしくは株式移転または株式会社が吸収合併消滅会社となる吸収合併の効力が生じた日において当該株式会社の株主であった者(旧株主)は,当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,①当該株式交換もしくは株式移転によって当該株式会社の完全親会社の株式を取得したときまたは②当該吸収合併により吸収合併存続株式会社の完全親会社の株式を取得したときは,当該株式会社または吸収合併存続会社(これらを併せて,「株式交換等完全子会社」と定義しています。)に対し,責任追及等の訴えの提起を請求することができることとし,株式交換等完全子会社が当該訴えを提起しないときは,当該旧株主自らが当該訴えを提起することができることとするものです(第847条の2)。」とされています(坂本181頁)

いわゆる株主「代表訴訟を提起した株主は,その訴訟の係属中,株式を保有し続ける必要」があり,「そのため,訴えの提起後,原告が・・・株式を保有しなくなった場合には,原告となる資格(原告適格)を失い,その株主が提起した代表訴訟は,不適法なものとして却下される」との「原則」(坂本183頁)に対する調整規定です。

原告である株主が自分で当該株式を譲渡したのならば,いわば自分で原告適格を放棄したようなものなので問題はないのですが,株主代表訴訟を提起された取締役等の会社が,えいやっと株式交換や株式移転の制度を利用して,当該原告の手中にあった自社の株式を,自社の完全親会社の株式に変換してしまうという手妻を使ったときが問題となりました。(キツネに渡されたお札で品物を買おうとしていたら,木の葉に換えられてしまったようなものか。)


なお,株式交換とは「株式会社がその発行済株式(株式会社が発行している株式をいう。以下同じ。)の全部を他の株式会社又は合同会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法231号)。ここでの「他の株式会社又は合同会社」は既存の会社ですね。これら「他の株式会社又は合同会社」によって,株式交換をする株式会社の株式はすべて取得されてしまうことになります(当該他の株式会社(「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号))の「完全子会社」になるわけです(会社法施行規則改正案(20141125日に意見募集手続がされた法務省案)218条の3第1項)。しかし,合同会社の株式交換完全子会社にはなりますが(会社法76811号),完全子会社には定義上なりません(完全子会社の「親」は株式会社に限られる。)。他方,合同会社は完全親会社(改正会社法847条の2第1項)にはなりませんが(完全親会社は,株式会社限定),「株式交換完全親会社」にはなります(会社法767条)。この辺で,会社法にうんざりしない人は,立派です。)。株式交換をする株式会社の株主は,当該株式会社の株式を失うことになるわけですが,代わりに株式交換完全親会社からの金銭等を受けることができます(会社法76812号,77012号(株式交換完全親合同会社の社員となる場合)・3号)。当該金銭等(「金銭その他の財産をいう。」と会社法151条においてていねいに定義されています。)が株式交換完全親株式会社の株式であれば(会社法76812号イ),確かに,株式交換をする株式交換完全子会社の株主は,当該株式交換完全子会社の株式を株式交換完全親株式会社の株式に交換した形になります(同法7691項・31号)。ただし,「株式交換」といいつつも,株式交換完全子会社の株主が株式交換完全親株式会社の株式の交付を受けない場合があり得ます(会社法76812号ロからホまで)

「株式移転」は,「一又は二以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法232号)。株式交換との違いは,株式交換では既存の会社間で養子縁組をして「親」と「子」とになるのに対して,株式移転の場合は,「子」又は「子ら」が先にあって,「親」を後から作るということでしょうか。鉄腕アトムのパパは,アトムの後から作られたのでした。株式会社鉄腕アトムが株式移転によって株式会社アトムのパパを設立する場合,株式会社鉄腕アトムの株主には,同社の株式に代わるものとして株式会社アトムのパパの株式が交付されます(会社法77315号,7741項・2項)


(2)株式交換等に対する会社法制定時の調整及びその不十分性

会社法の制定に当たっては第851条が設けられ,「訴えの提起後に会社(A)が株式交換・株式移転(会社231号・32号)により他の株式会社(B)の完全子会社となったため,原告株主がAの株主資格を喪失しても,当該株主がその手続によりB(またはBの完全親会社)の株主となった場合には,原告適格を喪失することなくその訴訟を追行することができる」ようにされていました(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)444頁)。「完全子会社となる会社(A)に代表訴訟が係属していた場合に,株式交換(株式移転)により原告がAの株主でなくなったことを原告適格の喪失として訴訟を却下した裁判例があったことから(東京地判平成13329判時1748171頁,名古屋地判平成1488判時1800150頁,東京高判平成15724判時1858154頁等),これを変更する趣旨で・・・新設された」規定であるとされています(江頭447頁)。とはいえ,胸を張るような話ではなく,「そのような結果をもたらす立法〔株式交換・株式移転制度の導入〕には,欠陥があったというほかない。これを是正するのは,当然であった。」というだけのことです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)478頁)

しかしながら,会社法851条だけでは不十分であったそうです。

同条においては,株主代表訴訟提起に株式交換等がされた場合についてのみ手当てがされているわけですが,「株式交換等の効力が代表訴訟の提起前に生じたか,提起後に生じたかによって,代表訴訟による責任追及の可否を区別するのは相当でないと考えられ」るからです(坂本183頁)


(3)後始末

「そこで,〔平成26年〕改正法では,ある株式会社の株主が,株式交換等により当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,その株式交換等によって,当該株式会社等の完全親会社の株式を取得したときは,当該株主(旧株主)は,元々株式を保有していた株式会社の発起人等その他一定の者に対し,当該株式交換等の効力が生ずる前に発生していた責任を追及する訴えを提起することができることとしています(第847条の2)。」ということになったわけです(坂本183184頁)

「完全親子会社関係がある場合,その親会社株主につき完全子会社の業務執行の適正を図るためのいかなる権利を認めるべきかについては,容易に完全親子会社関係が形成できる組織再編法制(会社分割・株式交換・株式移転)の整備をした以上,当然それに伴う検討をし,手当てをすべき事項であった」にもかかわらず,「その立法の際積み残され」(株式交換及び株式移転は平成11年法律第125号による改正によって,会社分割は平成12年法律第90号による改正で導入)2005(平成17年)の「会社法の立法に際しても,総合的な検討はされなかった」もの(稲葉478頁)と苦言が呈されていたものの後始末です。


4 多重代表訴訟制度と平成9年独禁法改正(持株会社解禁)等


(1)多重代表訴訟制度創設の理由

いわゆる多重代表訴訟制度に戻りましょう。

いわゆる多重代表訴訟制度の創設の理由は,「平成9年の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の改正により持株会社が解禁され,また,平成11年の商法改正により株式交換・株式移転の制度が創設されたことにより,持株会社形態や完全親子会社関係にある企業グループが多数作成されるようにな」ったところ,「株式会社の発起人等が株式会社に対して責任を負っている場合であっても,当該発起人等と当該株式会社の完全親会社の取締役との間の人的関係や仲間意識から,当該完全親会社が当該株式会社の株主として代表訴訟を提起する等して当該発起人等の責任を追及することを懈怠するおそれが類型的かつ構造的に存在」するからだとされています(坂本160頁)

もともとは,平成9年法律第87号による昭和22年法律第54(独禁法)の改正19971217日から施行)が事の始まりのようです。


(2)平成9年独禁法改正と平成9年NTT法改正

実は,平成9年法律第87号による独禁法9条の改正(持株会社の解禁)に向けた動きは,平成9年法律第第98号による日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)の改正(NTTの再編)につながる作業と並行して進んでいました。なおも20世紀であった村山内閣から橋本内閣にかけての時代の話になります。

時系列的には,まず,1995年3月31日の閣議決定である「規制緩和計画」で当時の持株会社規制を見直すという姿勢が示されています。これを受けて行われた公正取引委員会の「独占禁止法第4章改正問題研究会」の研究に係る199512月の中間報告書では,事業支配力の過度の集中の防止という独禁法1条の目的に反しない範囲で持株会社規制を見直すことが妥当であるということになったとされています。以上は,村山富市内閣時代の話です。

ところで,橋本龍太郎内閣時代になって199612月6日,郵政省が「NTT再編成についての方針」を公表します。そこでは,「日本電信電話株式会社を純粋持株会社の下に,長距離通信会社と二の地域通信会社に再編する」ものとされるとともに,「郵政省は,再編成の実施のために,独占禁止法,商法等の関連法令,及び譲渡益課税,連結納税等の税制上の特例措置について,政府内の調整を進める。」とされていました(下線は筆者)。すなわち,NTTの再編のために,時代遅れとなった独禁法の持株会社禁止規制を打破しようとする流れに掉さす動きがあったわけです。1997年2月25日には当時の与党3党(自由民主党,社会民主党及び新党さきがけ)の「独禁法改正に関する三党合意」で「独占禁止法の目的に反しない範囲で持株会社を解禁する」ものとされ,同年3月11日に持株会社解禁のための独禁法改正法案が国会に提出されました。また,同月14日に,持株会社の下にNTTを再編するためのNTT法改正法案が国会に提出されています。


(3)橋本龍太郎内閣総理大臣とNTT再編問題

橋本龍太郎内閣総理大臣は,1984年に成立したNTT法の法案作成準備作業の出発点となった,1983年9月13日の政府・自由民主党行政改革推進本部常任幹事会に報告された「日本電信電話公社の改革について」11項目(第11項では,「新会社〔NTT〕の在り方については,電気通信技術の発展の動向等を踏まえ,10年以内に見直しを行うものとする。」とされていました。)を若き自由民主党行財政調査会長としてまとめた人物でしたから,13年たった当時も,当然NTT再編問題にも深い関心を有していました。


1996年〕7月31日,当時の橋本龍太郎内閣総理大臣が,通商産業・郵政両事務次官に対し,基盤技術研究促進センターの運営改善を指示した際,郵政事務次官にはNTTの国際通信事業への進出を認める等の規制緩和の断行を求めており(日経1996812〔ママ〕,郵政省とNTTは連絡会議を設けNTTの海外事業の促進について検討を開始していたところであった。そんな折もおり,英国の通信会社であるBT社が米国の通信会社であるMCIコミュニケーションズ社と合併交渉に入ったという報道が同年11月になってもたらされ,「国際通信に進出する会社を純粋民間会社とし,これをグループとしてサポートするという持株会社構想」が浮上したといわれている(NTT社史376)。(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)13頁)


 なお,1996年8月1日の朝刊で「橋本首相は31日,郵政省の五十嵐三津雄事務次官に対し,日本電信電話(NTT)の国際通信事業への進出を認めるなど,大胆な規制緩和の断行を求めた。」と報道したのは読売新聞です。日本経済新聞は,「橋本竜太郎首相は31日,首相官邸に堤通産,五十嵐郵政両次官を呼び,情報通信基盤整備で「両省の縦割り対応を直せ」と強く指示した。/首相は通産省の組織を改廃,日本電信電話(NTT)株売却益〔ママ〕を活用して設立した「基盤技術研究センター〔ママ〕」が両省の争いで,縦割り体制で機能していない,などと指摘。「そういう所を直せ」と厳命した。」と報じただけです。基礎的な資料を収集したのか,事実については裏をとったのか,仕事が甘いですね。

 「風が吹けば桶屋がもうかる」式に考えると,


基盤技術研究促進センターの運営問題→ 橋本内閣総理大臣による通産・郵政両事務次官呼び付け→ その際ついでに橋本内閣総理大臣から郵政事務次官へのNTT国際進出促進の指示→ NTT・郵政間におけるNTT国際進出のための検討→ BT・MCI合併問題をきっかけにNTTにおける持株会社利用の着想→ 持株会社制度下でのNTT再編構想→ NTT再編の動きに伴っての独禁法改正・持株会社解禁の早期実現→ 1999年の株式交換・株式移転制度の導入→ 2001年の会社分割制度の導入→ 完全親子会社関係の叢生に伴う会社法に係る諸種の問題の発生→ 今次会社法改正での多重代表訴訟制度等の導入,


ということになりそうです。

 基盤技術研究促進センターの運営問題なるものを橋本内閣総理大臣の耳に入れるきっかけを作った人物の責任は重大ですね。


(4)基盤技術研究促進センターと通商産業省等

 なお,基盤技術研究促進センターについては,「NTT株式に係る配当金の活用策」として「基盤技術研究円滑化法(昭6065)に基づく特別認可法人として基盤技術研究促進センターが198510月から2003年3月まで存在し,産業投資特別会計所属のNTT株式に係る配当金を原資にして基盤技術に関する試験研究に必要な資金の出資及び貸付け等を行っていた。」と紹介しているものがあります(『コンメンタールNTT法』169頁)。「同センターの「解散時の資本金3,1484,425万円から,出資事業により取得した株式の取得に要した費用総額2,8567,015万円とこれを処分したことにより得られた収入総額913,048万余円との差引額である2,7653,966万余円」が「出資がなかったものとして償却」されている(会計検査院「平成19年度決算検査報告」116)。」という記述(『コンメンタールNTT法』169頁)の意味は分かるでしょうか。編集上の事由のゆえか晦渋ですが,要は基盤技術研究促進センターは,営利性を有し,かつ,黒字経営が期待されていた法人であったにもかかわらず(毎年度の損益計算書において利益を生じた場合において,繰り越された損失を埋めてなお残余があるときは,そこから積立金を積み立てた後の残余を出資者に分配できるものとされていました。),その出資事業において,17年半の間で2,7653,966万余円をすってしまったものであるところです。

 基盤技術研究促進センターは,通商産業省及び郵政省の共管であったわけですから,同センター関係の問題は,通商産業省出身の内閣総理大臣秘書官を通じて橋本内閣総理大臣に伝えられたものでしょうか(そういえば,維新の党の江田憲司代表が橋本内閣総理大臣の政務秘書官をしていましたね。)。まさか,1996年7月当時の基盤技術研究促進センターの職員中に,内閣総理大臣秘書官と何やら特別なパイプを持っていた者がいたということは・・・どうでしょうか。確かに,通商産業省,郵政省等からの出向者で構成されていた組織ではあったところです。

 閑話休題。


(後編に続く)


弁護士 齊藤雅俊

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筆者は,かつて基盤技術研究促進センターの所管官庁である通商産業省で仕事をしたことがありますが,当時の上司や仲間は,今でも懐かしいです。


 


1 判決主文,事案,関係条文及び争点

(1)判決主文

原告ら及び被告らがいずれも電気通信事業者である平成23年(ワ)第32660号独占禁止法第24条に基づく差止請求事件に係る東京地方裁判所の判決が,平成26年(2014年)6月19日に出ました。

 主文は,


 1 原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

 2 原告らの予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。

 3 訴訟費用は原告らの負担とする。


 というものです。請求棄却に訴え却下,更に訴訟費用負担と,正に一刀両断真っ向唐竹割りです。武士の情けもあらばこそ,優秀な弁護士らを訴訟代理人に擁した原告らの残念・無残な敗北です。


(2)事案の概要

 当該事案の概要は,判決書における東京地方裁判所の整理によれば,次のようなものでした。


  本件は,戸建て向けFTTHサービス(Fiber To The Home, 光ファイバによる家庭向けのデータ通信サービス)を提供するために被告らの設置する設備に接続しようとする原告らが,被告らに対し,接続の単位を1分岐単位としOSUOptical Subscriber Unit, 被告ら局舎内の光信号主端末回線収容装置〕等を原告らと被告らが共用する方式での接続を,被告らが拒否したことは,電気通信事業法に基づく接続義務に違反するものであり,不当に原告らとの取引を拒絶し,又は被告らの優越的地位を濫用するものであるから,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)19条に違反する等と主張して,独占禁止法24条に基づき,主位的に,①8分岐単位での接続を強要しないこと,②1分岐単位での接続の申込みを拒否しないこと,③被告らが原告らとの間でOSUの共用に応じること,④被告らの設備を別紙1〔別紙は本記事では略〕のAないしDの接続箇所で原告らの設備と接続することを請求し,予備的に,被告らが,原告らに対し,①8分岐単位での接続を強要してはならない義務,②1分岐単位での接続の申込みを拒否してはならない義務,③被告らが原告らとの間でOSUの共用に応じる義務,④被告らの設備を別紙1のAないしDの接続箇所で原告らの設備と接続する義務を負うことの確認を求める事案である。


(3)関係条文

昭和22年法律第54号(独禁法。これは,201422日の記事で御紹介したように,題名の無い法律です。)19条及び24条は,次のとおり。


19条 事業者は,不公正な取引方法を用いてはならない。


24条 第8条第5号〔事業者団体が事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすること。〕又は第19条の規定に違反する行為によつてその利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,これにより著しい損害を生じ,又は生ずるおそれがあるときは,その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる。


 なお,後にしばしば出てくる電気通信事業法(昭和59年法律第86号)32条をここで掲げると,次のとおり。


 32条 電気通信事業者は,他の電気通信事業者から当該他の電気通信事業者の電気通信設備をその設置する電気通信回線設備に接続すべき旨の請求を受けたときは,次に掲げる場合を除き,これに応じなければならない。

  一 電気通信役務の円滑な提供に支障が生ずるおそれがあるとき。

  二 当該接続が当該電気通信事業者の利益を不当に害するおそれがあるとき。

  三 前2号に掲げる場合のほか,総務省令で定める正当な理由があるとき。


(4)争点

 本件事案における争点は,東京地方裁判所の整理によると,次の8項目になりました。


 1 主位的請求に係る作為命令が独占禁止法24条の対象となるか否か

 2 主位的請求と接続約款及び電気通信事業法32条について

 3 確認の利益(予備的請求)

 4 被告らの原告らに対する優越的地位(独占禁止法295号)の有無

 5 優越的地位の濫用行為(独占禁止法295号)の有無

 6 取引内容等の制限(独占禁止法296号,一般指定2項)の有無

 7 公正競争阻害性(独占禁止法296号)の有無その1―参入を著しく困難にする効果の有無

 8 公正競争阻害性(独占禁止法296号)の有無その2―電気通信事業法32条の接続拒否事由の有無


原告らは,第1の争点はクリアしたものの(それに伴い,第3の争点である予備的請求の確認の利益は否定された。),第2の争点の段階であえなく討ち死に。第4の争点以下に関する経済法に係る高邁な議論は,そのために費やされた時間,労力及び費用と共に空しく無駄となってしまいました。

第4ないし第7の争点が,「独禁法に基づく本件請求の本質的な論点」ということになるようですが,東京地方裁判所が当該各論点に関する判断を避けるまでもなく,電気通信事業法がらみの第2の争点を,電気通信事業者である原告らが越えることができずに終わってしまったということのようです。例えていえば,富士山頂を目指したが,登山道にたどりつく前に,ふもとの段階で樹海に迷い込んでしまったようなものでしょうか。それとも,五合目登山口から登るつもりで富士スバルラインを自動車で走っていたら,途中で自動車がエンコしたようなものか。


すこしの事にも先達はあらまほしきことなり(徒然草・第52段)


2 独禁法関係の判示

無論,本件判決が,独禁法に関する論点に全く触れなかったわけではありません。インターネットに掲載された白石忠志東京大学教授の法科大学院の「経済法」用レジュメには,本件判決に関して,「24条による作為命令は可能」及び「事業法で強制された行為は独禁法に違反しない」との二つの命題が示されています。


(1)「24条による作為命令は可能」

独禁法「24条による作為命令は可能」という点について,本件判決の該当部分は,次のとおり。第1の争点である「主位的請求に係る作為命令が独占禁止法24条の対象となるか否か」に関係します。


 独占禁止法24条は,不公正な取引方法に係る規制に違反する行為によってその利益を侵害され又は侵害されるおそれがある者は,その利益を侵害し又は侵害するおそれがある事業者に対し,「その侵害の停止又は予防」を請求することができると規定しているところ,ここでいう不公正な取引方法に係る規制に違反する行為が不作為によるものである場合もあり得ることから考えると,差止請求の対象である「その侵害の停止又は予防」は,不作為による損害を停止又は予防するための作為を含むと解するのが相当である。この点,被告らは,独占禁止法24条に基づき作為命令を求めることはできないと主張するが,上記に判示したところに照らし,被告らの主張は採用できない。


 とはいえ,原告らの独禁法24条に基づく差止請求は別の理由で棄却されたのですから,以上は一般論にすぎません。なお,当該判示は,三光丸事件判決(東京地判平成16415判タ1163235)が独禁法24条に基づく引渡請求を作為命令の請求であることを理由として不適法却下したことに対する学説の批判(白石忠志『独禁法事例の勘所〔第2版〕』(有斐閣・2010年)191192頁参照)にこたえたものでしょう。


(2)「事業法で強制された行為は独禁法に違反しない」

「事業法で強制された行為は独禁法に違反しない」という点について,本件判決の該当部分は,次のとおり。第2の争点である「主位的請求と接続約款及び電気通信事業法32条について」に関係します。


・・・被告らの設置する加入者光回線設備は,〔電気通信事業〕法上の第一種指定電気通信設備に当たるから,本件請求に係る接続は,同法33条2項所定の接続に当たると認められ・・・そうすると,被告らは,〔総務大臣から〕電気通信事業法33条2項の接続約款の認可又は同条10項の接続に関する協定の認可を受けていない以上,本件請求に係る接続に関する協定を締結するなどして,このような接続をさせることはできないのであって,接続約款の認可を受けずに原告らとの間で本件請求に係る接続に関する協定又は契約を締結すれば,刑罰法規の構成要件に該当することになる(同法1864号,339項)。

 もとより,電気通信事業法による規制は,独占禁止法による規制を排除するものではなく,電気通信事業法に基づき総務大臣が認可した接続約款による接続が,具体的な事案において,独占禁止法違反の要件を満たす場合に,独占禁止法に基づく規制に服することがあり得ることは否定できない(・・・最高裁平成221217日第二小法廷判決参照)。しかしながら,前記のとおり,被告らは,本件請求に係る接続に関する接続約款等についての総務大臣の認可がない以上,電気通信事業法上,このような接続に応じてはならない義務を課されている状況にあるといえるのであって,にもかかわらず,独占禁止法により,このような接続をしなければならない義務を被告らに課すことは,被告らに相互に矛盾する法的義務を課すことにほかならないことを考えると,独占禁止法24条に基づき,被告らに対してこのような接続を請求することはできないと解される。


注意深い読者であれば,接続協定と接続との関係が気になると思います。この点に関する東京地方裁判所の判示は,次のとおり。


原告らは,電気通信事業者の接続義務を定める電気通信事業法32条を根拠に,被告らに対する接続請求権があると主張する。しかしながら,同条は,接続という行為義務自体を定めたものではなく,接続に関する協定を締結しこれを維持しなければならないことを定めたものであると解される。


 ここで東京地方裁判所がいいたいのは,「原告らは,電気通信事業法32条から直ちに,被告らの局舎に立ち入って被告らの電気通信回線設備との接続工事をする権利が発生するかのように思っているかもしれないが,立入りや工事の権利は同条から直接生ずるものではなく,同条に促されて事業者間で締結される接続協定によって初めて生ずるのだよ。」ということでしょう。確かに,「電気通信事業法32条の権利の行使だっ。」と称して,いきなり,勝手に人様の局舎に侵入して勝手に接続工事をするのは,刑罰法規に触れる行為でしょう。また,高らかに電気通信事業法32条を理由に掲げて「直ちに接続工事をせい。」と言われても,献身的に黙々と, 気持ちよく仕事をしてくれる都合のいい人ならざる電気通信回線設備設置事業者としては,具体的な費用負担やら接続の条件について接続協定の合意のないまま,一方的に自腹で,かつ,接続請求者の言いなりに接続工事をするわけにはいかないでしょう。

 ところで,原告らがそこに接続させたいと言っている被告らの加入者光回線設備は電気通信事業法上の第一指定電気通信設備なので,当該設備との接続に係る協定を,総務大臣の認可なしに締結すると,被告らは同法33条9項の禁止に違反することになり,同法186条4号によって200万円以下の罰金に処せられてしまいます。独禁法24条に基づき裁判所が,総務大臣の認可をバイパスして,「総務大臣の認可の必要なんか無視していいからこの差止命令に従って接続せよ。電気通信事業法1864号の罰則の適用の有無など心配するな。」と被告らに言っていいのかどうかが問題となるわけです。電気通信事業法が青信号を出したものに対して独禁法が「いや,やっぱり独禁法上はいけないんです。」と赤信号を出すことは認められています。しかし,電気通信事業法がなお赤信号を出しているとき,それにもかかわらず,電気通信関係の諸立法も経済法である以上独禁法の方が偉いのである,普遍的・一般的思考による問題解決が必要なのであって,区々たる法文の単なる当てはめに拘泥してはいけないのである云々などと言って,裁判所が独禁法の名の下にあえて,被告らに対して電気通信事業法の赤信号を無視させてよいのかどうかが問題になったわけです。電気通信事業法も独禁法も法形式は同じ法律ですし,また,独禁法は「一般競争法」にすぎないのならば,特別法は一般法を破るでしょう。結論として,東京地方裁判所は,独禁法が電気通信事業法と別個にgo-stopの信号を出してもよいが,電気通信事業法の赤信号を青信号に変えることまではできない,と判断したもののようです。両法間(お役所間)で赤か青か信号が一致しないときは,結局事業者にとっては「赤信号」ということになるわけです。


3 協定の申込みに対する承諾の意思表示を求める請求権の存否

 なお,以上の議論は,独禁法24条に基づく裁判所に対する差止請求の名の下に,電気通信事業法上の総務大臣による接続協定認可制度をバイパスしてはいけないということでもありました。第一種指定電気通信設備への新たな接続は,これまで電気通信事業法32条等における接続義務に基づき,被告らと事業者間とで協議した上で,被告らが総務大臣に接続約款認可申請又は協定認可申請を行うという手順で実現してきた,というのならば正に当該手順を踏むべく,独禁法の名の下に裁判所を使って事業者間の協議及び総務大臣の認可をバイパスするという一見容易そうでありながら実は荒涼索漠たる樹海への道をとるな,ということでしょう。

 ということで,「これまでの手順」の道になるべく沿うべく東京地方裁判所は丁寧に,「総務大臣の認可がない場合であっても,原告らが,被告らに対し,協定の内容についての承諾の意思表示を求める請求権が発生し得ると解する余地があるかも問題となり得るところ」である,という問題を自ら提起し,検討しています。同裁判所は,原告らからの接続協定の内容に係る申込みに対して被告らに承諾の意思表示をさせ,その上で当該内容に係る合意における債務として被告らに当該協定に係る認可申請をさせるという「手順」を考えたのかもしれません(厳密にいうと総務大臣の認可前に協定を締結してしまうと犯罪構成要件に触れることになるので,正式な協定の締結は認可取得後にすることになるのでしょう。)。独禁法24条に基づきそのような作為(承諾)をさせることができるのであれば,原告らの請求にもまだまだ脈はあります。


(1)本件請求の場合に係る否定

 しかしながら,原告らの請求においては,接続協定の内容たるべき具体的内容(接続料及び接続条件)がそもそも欠けていましたから,原告らの本件訴訟は,やはりここで倒れてしまいました(被告らが仮に承諾し,又は裁判所が承諾の意思表示を命じてもそもそも有効な接続協定として成立しない。)。


(2)独禁法24条に基づく場合に係る否定

 とはいえ,東京地方裁判所は,なお不屈の親切さをもって考察を進めます。


  なお,本件で,仮に原告らが,協定の具体的な内容を定めた上で,独占禁止法24条又は電気通信事業法32条に基づき,被告らに対し承諾の意思表示を請求することができるかを検討するに,まず,独占禁止法24条については,同条に基づく差止めとして意思表示を命じることができるか否かはともかくとして,接続の単位についてのみ不公正な取引方法に当たるとして独占禁止法上の救済を与えるべき場合に,このような接続の単位を超える協定のその他の具体的な内容を被告らに強制すべき理由はないから,同条に基づく請求としては失当であるといわざるを得ない。(下線は筆者)


独禁法24条の差止めは,「その侵害の停止又は予防」の限度でされるべきであって,その先の事細かな当事者間の法律関係の形成までは独禁法では面倒を見られないよということでしょうか。
    ところで,「現行〔独禁法〕24条の判決例には,作為命令の請求を不適法として却下したものがあるが(・・・東京地判平成16415日〔三光丸〕),全く説得力がない・・・。本判決は,それが机上の空論であることを静かに物語っている」(白石・勘所188頁)とされる蒜山酪農農業協同組合事件判決(岡山地判平成16413(平成8年(ワ)第1089号))の主文1項においては,「・・・被告蒜山酪農農業協同組合は,・・・乙事件原告らに対し,岡山県真庭郡八束村大字中福田地内に設置の八束村公共育成牧場の利用を正当な理由なく拒否してはならない」とされています(白石・勘所184頁に引用)。蒜山酪農農業協同組合が乙事件原告らに対し「・・・系統外取引を開始したことを理由に本件公共育成牧場の利用を拒否することは,事業者団体の内部において特定の事業者を不当に差別的に取り扱うことにより,その事業活動を困難にするものであり一般指定5項に該当し,独占禁止法19条に違反することとなる。」と判断された事案です(白石・勘所185186頁に引用)。しかし,当該判決主文との関係はどうなるかというと,当該判決主文における蒜山酪農農業協同組合に対する作為命令は,独禁法違反のみがその根拠ではなかったように思われます。独禁法19法違反の認定に続いて,「従って,原告らが組合員たる地位に基づき,本件公共育成牧場を利用することを拒否することは許されない。」とされているからです(白石・勘所186頁に引用。下線は筆者)。まず,原告らの組合員としての公共育成牧場利用権が,独禁法違反云々以前に成立していたことが前提になっていたように思われます(ただし, 現行の独禁法24条が導入される前の事案ではあります。)。  


(3)電気通信事業法32条に基づく場合に係る否定

独禁法19条及び24条において不作為が問題になる場合には作為義務が前提としてあるはずですが,本件において原告らが主張していた被告らの作為義務の根拠は,電気通信事業法32条のようです。同条が,接続を要求する当事者が協定の具体的内容を定めてその承諾の意思表示を相手方に請求することまでを認めるものであるかどうかについての東京地方裁判所の見解は,次のとおり。


・・・電気通信事業法は,同法32条により接続に関する協定を締結し維持しなければならない場合であっても,当事者間に協議が調わなかったときには,総務大臣の裁定により協定の具体的内容を定めることとし,これにより同条の規定を担保することとしたものと解されるのであって,当事者の協議が調わない場合に,このような裁定の手続を経ないまま,一方の当事者が協定の具体的内容を定め,その承諾の意思表示を請求することにより,相手方にその内容を強制できるとする理由は見出し難く,このような事態は電気通信事業法32条の想定するところではないと解されるから,同条に基づく請求としても理由がないというほかはない。


 これに対して,総務大臣の裁定の制度(電気通信事業法35条)は司法手続に加えて導入されたものであって,民事訴訟による解決を否定するものではないとの主張がありますが,どうでしょうか。当該主張の根拠とするところは,2012年7月付け総務省作成の「事業者間の協議の円滑化に関するガイドライン」に「「協議が整わなかった場合,当事者は法令の定める紛争処理スキーム(総務大臣による協議命令・裁定及び電気通信紛争処理委員会によるあっせん・仲裁)を利用することができる」と記述しているとおり,これ以外に,接続請求事業者が裁判所に対して民事的救済を求めることを排除するものではありません。」ということのようですが(原告ら訴訟代理人弁護士らの第14準備書面),強い理由づけではあるとはいい得ないでしょう。無論,裁判を受ける権利は何人にも認められているのですが(憲法32条),紛争の解決は,残念ながら,自らが正義であると信ずる原告の無念の敗訴という形によっても達成され得るところです。そもそも電気通信事業法32条によって接続請求事業者に認められる具体的な権利は,電気通信回線設備設置事業者に対して誠実に協議に応ずることを求めるところまでではないかとも考えられているところです(東京弁護士会所属の宮下和昌弁護士による論文「電気通信事業法32条の「応じなければならない」の法的意味」(2012年)を参照)。


4 独禁法戦線から電気通信事業法32条ラインへの後退可能性

 ところで,本件における原告らは,被告らとの紛争を解決しようとするに当たって,あるいは併せて独禁法24条の万能性をも立証しようとして,そのいわば学問的情熱に引っ張られ過ぎたのかもしれません。万能条項存在の立証を急ぐ余りに,結局よろずのものを失ってしまったようにも思われます。(万能細胞をめぐる騒動もありましたね。学者の世界は大変です。)経済法あるいは競争法の考え方を正確に理解して問題の解決に結び付けることができる実務家が不足していたものでもありましょうか。

本件訴訟における原告らと被告らとの間の争点は8項目になったところですが,実は,第8項目(公正競争阻害性(独占禁止法296号)の有無その2―電気通信事業法32条の接続拒否事由の有無)のみを争う確認訴訟という形もあり得たのではないでしょうか。被告らが原告らの1分岐接続請求に対して当該「接続に関する協定を締結しこれを維持しなければならない」義務を有するのかどうかが双方の間における電気通信事業法上の争いに係る本来の中心の一つであったようですから,当該義務の存否を明らかにすれば,紛争の解決に大きく進むことがあるいはできたのではないでしょうか。公法上の法律関係に関する確認の訴えとしての当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)ということになるのでもありましょう。原告らがそこでも武運つたなく敗訴すればそれまでですが,勝訴すれば,その後の協議に対する追い風になり,総務大臣の裁定等の手続も円滑に進むことになったのではないでしょうか。

とはいえやはり,華やかかつ理念的な独禁法の旗を降ろして,官僚臭のする伝統的業法の流れを汲む野暮な電気通信事業法の旗の下で戦うことは,原告らにおける新進・優秀な人々はいさぎよしとしなかったものでしょう。(控訴せず。)

1 「悪法」たちの廃止

 先の大戦下の我が国民経済の運行に多大の影響を与えたお騒がせ法律である輸出入品等に関する臨時措置に関する法律(昭和12年法律第92)は,昭和20年法律第49号によって,1946116日に廃止されました。また,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の兄弟分である国家総動員法は,昭和20年法律第44号によって194641日から廃止されています。

 国家総動員法とは「悪法」仲間であった治安維持法(長尾龍一「二つの「悪法」」ジュリ769号参照)は,「聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為」ということで,昭和20年勅令第542号に基づくポツダム勅令である昭和20年勅令第575号によって,帝国議会の協賛を経ずに19451015日に廃止されています。GHQに目をつけられてポツダム命令でばっさり廃止された治安維持法に比べれば,帝国議会の協賛を経た法律による廃止といういわばノーマルな終わり方をした国家総動員法や輸出入品等に関する臨時措置に関する法律は,同じ「悪法」といっても,治安維持法に比べれば罪が軽かったということでしょうか。国家総動員法に基づいて統制経済の運行に携わっている企画院内の「赤を潰す」ために,1941年の企画院事件では治安維持法が発動されたところですが,「悪法」同士のこのけんかにおいては,歴史の発展法則に照らして実は国家総動員法側に理があった,ということになるわけなのでしょう。


2 昭和20年法律第49号と昭和12年法律第92 

 輸出入品等に関する臨時措置に関する法律等を廃止した昭和20年法律第49号の本文及び附則(本文には条は無いのに,附則は12条ありました。)の第1条は,次のとおりです。



法律第
49

左ノ法律ハ之ヲ廃止ス

 石油業法

 自動車製造事業法

 人造石油製造事業法

 製鉄事業法

 工作機械製造事業法

 航空機製造事業法

 軽金属製造事業法

 有機合成事業法

 重要機械製造事業法

 石油専売法

 戦時行政特例法

 軍需会社法

 昭和12年法律第92

 昭和17年法律第15

   附 則

1条本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム


 自省の権限の確保拡大を大切にする商工官僚ならば,「ああ,せっかくの業法たちが,わが省の権限が・・・ああ,もったいないもったいない」と涙が出たであろう法律ですね,昭和20年法律第49号は。


3 法令の題名と件名

 ところで,昭和20年法律第49号の本文では,廃止される法律として,「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」が挙げられていません。代わりに無愛想に「昭和12年法律第92」とのみ掲げられています。これは一体どうしたわけでしょう。

 実は,昭和12年法律第92号には,その固有の呼び名である「題名」が付けられていなかったのです。題名のない法律だったのです。


(1)題名

 法令の題名は,その法令に固有のものであり,かつ,その法令の一部を成します(前田正道編『ワークブック法制執務<全訂>』(ぎょうせい・1982年)131-132)。そして「現在では,法令には,原則として題名が付けられることとなっており,少なくとも,法律及び政令には,すべて題名が付けられている」のですが,「昭和22年ごろまでは,法律においても,題名が付けられるものと付けられないものとがあり,重要な法令は別として,既存の法令の一部を改正する法令,一時的な問題を処理するために制定される法令,内容の比較的重要でない法令,簡潔な題名を付けることが困難な法令等については,むしろ題名が付けられないのが通例」でした(前田・前掲121頁)。昭和12年法律第92号はその一例ですし,また,昭和20年法律第49号も同様です。

 昭和12年法律第92号の場合は,「一時的な問題を処理するために制定される法令」だから,あえて正式に題名を付けなかったということであるように思われます。それとも,「物品需給関係調整法」などというように,がんばって簡潔に名前を付けると,経済統制色(「色」ということになるのでしょうか。)がはっきりし過ぎて角が立つと心配されたのでしょうか。


(2)件名

 では,昭和12年法律第92号の呼び名とされている「輸出入品等に関する臨時措置に関する法律」とは,その題名でないのならば何なのだ,ということになりますが,これは「件名」であるということになります。

 件名とは,「題名の付いていない法令については,その法令の公布文に引用されている字句をもって,その法令の同一性を表す名称としている」ところの「その法令についての便宜的な呼び名」のことです(前田・前掲131頁)。

 なお「公布文」とは,「公布者の意思を表明する文書をいい,公布文は,公布される法令の冒頭に付けられ」ますが,その「法令の一部を成すものではない」ものです(前田・前掲20頁)。公布文は,大日本帝国憲法下の公式令(明治40年勅令第6号)における「上諭」に相当します(法律について同令6条。裁可も含まれるから,単なる「公布」文ではない。)。

 昭和12年法律第92号に付された昭和天皇の上諭に「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」という字句が引用されていたので,当該字句が同法の同一性を表す便宜的な名称たる件名となったわけです。(昭和20年法律第49号の場合は,「石油業法外十三法律廃止法律」が件名。

 しかし,通常の六法では,法令の名称が題名なのか件名なのかが分からないように編集されてしまっていますね。

 件名しかない法令を他の法令において引用する場合,昭和20年法律第49号においては法令番号だけで引用されていましたが,「最近では,題名と同じように取り扱って,まず件名を掲げ,その下にその法令番号を括弧書きすることとされてい」ます(前田・前掲131頁)。しかしながら,件名はその法令の固有の名称ではありませんから,「題名を引用する場合と異なり,いわゆる地の文章に従って,片仮名書き・文語体の法令に引用するときは片仮名書き・文語体で,また平仮名書き・口語体の法令に引用するときは当該件名が片仮名書き・文語体であっても平仮名書き・口語体で引用してもよいこととされ,更に,件名に常用漢字でない漢字が用いられているときは,その字を平仮名書きにすることも許され」,また,「法令の内容が改正されることによって当初の公布文に書かれたところと異なることとなったときは,改正後の内容に即した件名を付けることができる」こととされています(前田・前掲132頁)。

 平仮名書きの刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)603項を見ると,片仮名書きの件名である「暴力行為等処罰ニ関スル法律」及び「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」が,それぞれ「暴力行為等処罰に関する法律」及び「経済関係罰則の整備に関する法律」と平仮名書きになっています。


4 昭和22年法律第54号と名のはなし


(1)題名の無い昭和22年法律第54号と橋本龍伍

 さて,題名の無い法律でありながら有名な法律として,占領下に制定施行された昭和22年法律第54号があります。大日本帝国憲法下最後の第92回帝国議会の終盤においてあわただしく協賛され,1947412日に昭和天皇によって裁可されて成立,同月14日に公布されたものです。

 同法の法案作成の中心人物は,経済安定本部にいた後の厚生大臣・文部大臣である橋本龍伍。元内閣総理大臣であった龍太郎及び元高知県知事である大二郎の兄弟の父親です。

 自分の息子には「龍太郎」・「大二郎」という立派な名前をつけておきながら,大二郎(1947112日生まれ)と同年生まれの昭和22年法律第54号には,橋本龍伍(又は関係者)はなぜ正式に題名を付さなかったのでしょうか。

 全くの新規立法である昭和22年法律第54号は「既存の法令の一部を改正する法令」ではないですし,有名な法律であって「内容の比較的重要でない法令」ではもちろんないわけですから,①「一時的な問題を処理するために制定される法令」であること,②「簡潔な題名を付けることが困難な法令」であること又は③その他(「等」)のいずれかの理由により,題名が付されないことになったようです(前田・前掲121頁参照)。①「まぁ,今のところは長い物に巻かれてアメリカさんのこの妙な気まぐれに付き合ってやるかぁ。いずれにせよ,占領がいつまでも続くものじゃないからね。」と考えられていたのか,②「アメリカさんの考え方は,日本の法律家・行政官には理解が難しいよなぁ。英米法系と大陸法系との違いってやつかな。法案は作らされたものの,自分でもこの法案は何だかよく分からん。統制経済で忙しいし。簡潔でいい題名が付けられん。」という状態だったものか,それとも③単に「ま,題名が無くてもいっか。」ということだったのか。立案担当者の間においてすら無理解があったのか,無関心があったのか。いずれにせよ法律にとっては余り幸せなことではありません。重要な大法律であるぞと名乗ろうにも,正式な題名が無いというのでは,ちょっと肩身が狭いでしょう。


(2)親の命名権と子の名を有する権利

 なお,親の「命名権」については,いわゆる「悪魔」ちゃん命名事件に係る東京家庭裁判所八王子支部平成6131日審判(判時148656頁)は,「出生子の命名権の本質については,①親権の一部であり,親は自由に子の名を選択し,命名できる,と解する説と,②子自身の固有の権利であるが,子はその権利を行使できないので,親が子のために事務管理的にこれを代理行使するに過ぎない,との説があるが,何れにしても民法13項により,命名権の濫用と見られるようなその行使は許されない。」と述べています(「悪魔」と命名するのは命名権の濫用であって,出生届の不受理が可能であるとした。ちなみに,谷口知平教授は,「名は出生届に際して附せられる,之を附する権利義務を誰が有するかは明かでない・・・法務当局の見解では従来の慣習に従い命名権者の範囲,順位が定まるとし,大体父・母を考える如くである(大正3年12月9日民1684号法務局長回答)。子を創造した者がそれを命名する権利義務があるともいえよう。併し人は人格権の一内容として自らの呼称を選定する権利ありともいいう」ると述べていました(同『戸籍法』(有斐閣・1957年)77頁)。)。しかしこれは命名権が行使される場合のその限界について論じているのであって,命名権が行使されない場合(名未定の出生届)にどうするかはまた別の問題のようです(なお,棄児については市町村長が氏名をつけます(戸籍法57条2項)。)。

 ところで,児童の権利に関する条約71項は「・・・児童は,出生の時から氏名を有する権利・・・を有するものとし・・・」と訳されていますが,「出生の時から氏名を有する権利を有する」は,正文の英語では"shall have the right from birth to a name",フランス語では"a dès celle-ci sa naissancele droit à un nom"となっていて,必ずしもfamily namepersonal namenom de familleprénomとがそろっていなければならないというわけではなさそうです。歴史的には,正式な個人名が無くとも何とかやってはいけるようで,例えば,古代ローマの女性には個人名がつけられず,通常は氏族名(nomen gentile)だけで呼ばれていました。ユリアは個人名ではなく,ユリウス一族の女の意味であり,オクタウィアはオクタウィウス一族の女という意味です。さらにいえば,個人名がつけられる場合でも,西洋では親子で同じ名前をつけてしまったりしますね。アメリカ合衆国の先代大統領の名は,その父である第41代大統領と同じくGeorgeです。ブッシュ家では,バーバラ夫人が"George!"と呼ぶと,夫と長男とが同時に「はいっ」と反応したものか。

 これに対して,我が国では,子に親の名と同一の字で構成される名をつけることは,振り仮名をつけて読み方を変えても,「特定(識別)の困難」をもたらすものであってその出生届は戸籍法に反する違法なものになり,当該出生届の不受理は正当であるとされています(名古屋高決昭和38119判時36152。母「伸子」で,長女に「伸子しんこ」と命名した事案)。

 ちなみに,「悪魔」どころか,我が国の王朝貴族の女性の名前には「くそ(屎)」というのがあったようです。「源つくるが女(むすめ)」とされています。古今和歌集の1054番の歌の作者です。



    いとこなりける男によそへて人のいひければ    くそ

よそながらわが身にいとのよるといへばたいつはりにすぐばかりなり

 歌の趣旨は,いの字とばかりいちゃついて不当に他の人を差別的に取り扱っているものではありませんから御調査は無用です,ということでしょうか。


(3)昭和22年法律第54号の件名

 昭和22年法律第54号の件名は,無論「くそ法」というようなものではありません。上諭に基づくその件名は,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。(なお,昭和22年法律第54号においては,上諭及び法令番号の次に,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律目次」が冒頭に来る目次が付されていますが,当時は目次の冒頭は単なる「目次」ではなく,「刑事訴訟法目次」のように表記されたもののようです。刑事訴訟法の場合は,当該目次の次に「刑事訴訟法」という題名がしっかり掲げられていますが,昭和22年法律第54号においては当該題名部分に題名は掲げられておらず,いきなり「第1章 総則」が始まっています。)

 「題名のない法令は,改正の機会に,なるべく適当な題名を付けるように取り扱われている」そうですが(前田・前掲355頁),昭和22年法律第54号にはいまだに題名が付されていないのはなぜでしょうか。改めて題名を付するとなると,同法に対する様々な思い入れが未成熟なまま噴出し,議論が沸騰して収拾がつかなくなるおそれがあるからでしょうか。それともそもそも,いわゆる経済法ないしは競争法のアカデミズムにおいて,高尚ならざる法制執務的なこのような細かい実務問題には関心が払われていないからでしょうか。

 某立派な先生が最近書かれた独占禁止法の本の初版で「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は昭和22年法律第54号の「題名」であるとの記述を見て,おっ,と思ったことがあります。ただし,幸いにしてすぐに間違いに気づかれたようで,第2版においては「こっそり」修正がされており,「件名」に差し替えられていましたが。しかしながら,この事例から推すと,専門家を自認する学者の方々でも,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は堂々たる正式な題名であるぞと無邪気に思っておられる先生はまだ多いのではないでしょうか。

補遺:輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の裔



 戦後,治安維持法は連合国最高司令官の通達に基づいて廃止され,その適用にあたった思想検察,特高警察関係者は一斉に追放処分に処された。それに対し国家総動員法は,
2012月の第89臨時議会において,法律の形式をもって廃止されたが,その施行は2141日とされ,しかも同法に基づく諸勅令は,「国家総動員法上必要アルトキ」の語を「終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為特ニ必要アルトキ」と読みかえて,更に6ヶ月間効力の延長が認められた。その間にこれらを承継する立法措置が多くとられて,総動員法附属勅令で,実質上は効力の存続を認められたものも多い。戦後復興の必要もまた統制経済を要求したのである。・・・(長尾龍一「帝国憲法と国家総動員法」『思想としての日本憲法史』(信山社・1997年)151頁)


 兄弟分の国家総動員法と同様,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律も,その姿を変えつつ,その実質をなおも我が法体系中に存置させていました。同法を廃止した昭和20年法律第49号の附則91項は次のように規定していました。



本法施行ノ際現ニ存スル昭和
12年法律第92号ニ基ク命令又ハ処分ニ付テハ本法施行後6月ヲ限リ旧法ハ仍其ノ効力ヲ有ス此ノ場合ニ於テハ大東亜戦争ニ関聯シ国民経済ノ運行ヲ確保スル為トアルハ終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為トス

 6箇月の執行猶予です。

 更に1946101日,臨時物資需給調整法(昭和21年法律第32号)が公布され,即日施行されました(同法附則1項)。

 同法の第11項及び第4条は,次のとおり。



1 主務大臣は,産業の回復及び振興に関し,経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために,左に掲げる事項に関して,必要な命令をなすことができる。

一 経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給

二 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の使用の制限又は禁止

三 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の生産(加工及び修理を含む。以下同じ。)若しくは出荷若しくは工事の施行又は物資の生産若しくは出荷若しくは工事の制限若しくは禁止

四 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資又は遊休設備の譲渡,引渡又は貸与


第4条 第1条第1項の規定による命令に違反した者は,これを10年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

 前項の罪を犯した者には,情状により,懲役及び罰金を併科することができる。

 

 この第4条の罰則は,昭和16年改正後の輸出入品等に関する臨時措置に関する法律5条の罰則よりも重い刑が定められています(7年以下→10年以下,5万円以下→10万円以下)。

 堂々と「臨時物資需給調整法」という題名が付されていますから,森田福市衆議院議員であっても,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律のときのように,看板に偽りありと批判はできなかったでしょう。

 ただし,森田福市は,前年194586日の原子爆弾の広島投下を受けて既に死去していました。

 なお,臨時物資需給調整法の上諭に農林大臣として副署したのは,企画院事件でひっぱられた和田博雄でした。他方,「を潰すこと一点張り」だった平沼騏一郎が,今や戦争犯罪人でひっぱられていました。

 臨時物資需給調整法は,「昭和2341日又は経済安定本部の廃止の時の何れか早い時に,その効力を失ふ。」とされていましたが(附則2項),毎年1年づつ失効が先延ばしされ(昭和23年法律第16号,昭和24年法律第21号,昭和25年法律第55号,昭和26年法律第74号),失効となったのは,195241日でした。

 統制経済は,いったん始めるとやめられなくなるのでしょうか。

 臨時物資需給調整法からバトンを引き継いだのが,今度は国際的供給不足物資等の需給調整に関する臨時措置に関する法律(昭和27年法律第23号)です。195241日から施行(同法附則1項)されました。これもまた,当初195341日に失効の予定が(同附則2項),順次195361日,195441日,195541日へと失効日が先送りになりました(昭和28年法律第24号,昭和28年法律第44号,昭和29年法律第23号)。

 何やら,今年こそは(今年度こそは)統制経済と別れます,と毎年決意を新たにしつつも,結局目標が達成できずに翌年なっても同様に,今年こそは(今年度こそは),と同じ望みへの再挑戦を誓い,かつ,1年の猶予を乞うということの繰り返しでしたね。人間的ではあります。



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