Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

タグ:父の捜索は許さず

(記事が長くなり過ぎて,前編及び後編に分けて掲載することになりました。御了承ください。)

 


1 会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)の成立及び予定施行期日(201551日)

 昨年(2014年)1月15日の本ブログの記事(「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)で,会社法(平成17年法律第86号)を改正する動きについて触れるところがありました。当該改正に係る法案は,2014年6月20日に第186回国会の参議院本会議で可決されて法律として成立。当該会社法の一部を改正する法律は,同月27日に平成26年法律第90号として公布されました。同法は,「公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」ものとされていますが(同法附則1条),政府においては「平成27年5月1日から施行することを予定」しています(20141125日法務省ウェッブ・サイト掲載「会社法の改正に伴う会社更生法施行令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集について」参照)。

そこで,施行を3箇月余の後に控えた平成26年法律第90号による会社法の改正内容にちなんで,改めて会社法に関して何か書いてみようと思い立ちました。

 ところが,改正会社法を読み,改正前会社法を改めて読むと,やはり相変わらず「むむむ,これは・・・」と頭を何重にもひねって脳を活性化させるべき素材に満ちています。楽しく会社法世界に遊ぶことができるかどうか,果たして会社法関係シリーズを途中で挫折することなく続けられるものかどうか・・・。とにかくやってみましょう。

 


2 子会社等及び親会社等並びに子会社及び親会社

 改正会社法(平成26年法律第90号による改正後の会社法)は,第2条3号の2において新たに「子会社等」を,同条4号の2において新たに「親会社等」を定義しています。

しかし,会社法における子会社及び親会社の定義(同法23号・4号)は,かつて新しい会社法の勉強を試みた際に,まずすっきりと頭に入らなかったつまずきの石でした。

 名が体を分かりやすく表してくれていないのです。

 所蔵の江頭憲治郎教授の『株式会社法』(有斐閣・2006年(初版))を見直すと,その8頁(「親会社・子会社の定義」という注のある頁)の欄外に,次のような書き込みがしてあります。

 

  親会社は会社に限らぬ。

  子会社も会社に限らぬ。

  しかし,親会社の「子」は株式会社に限られ,

  子会社の「親」は,会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)に限られる。

  「親」が会社でない「子」は,子会社になれぬので,子法人等になる。

 


 魂の叫びでしょうか。自分で書いたはずのものですが,はて,今読み返すと,自分に何か非常に深刻な悩みごとがあったのではないかと心配されてしまいます。

さて,それはともかく,改正会社法下では,子会社及び親会社並びにその関連事項に関する諸定義について変化があるのかないのか,変化があるとしてその内容はどのようなものか。

 


3 子会社等

 まず「子会社等」について見てみましょう。

 


(1)子会社等の定義(改正会社法23号の2

 「子会社等」とは,「子会社」(改正会社法23号の2イ)又は「会社以外の者がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と定義されています。

 


ア 子会社の定義

 


(ア)会社法23

子会社は,「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(会社法23号)。

 


(イ)会社法施行規則3条1項:子会社は会社に限らぬ。

 会社法2条3号の子会社の正確な定義は,結局法務省令を見なければ分からないのですが,当該法務省令である会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)3条1項には「法第2条第3号に規定する法務省令で定めるもの〔子会社〕は,同号〔法2条3号〕に規定する会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」と規定されています(下線は筆者)。ところで,ここでの「会社等」は,「会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう」ものとされています(会社法施行規則231号)。すなわち,子会社といっても,会社法上の会社とされる「株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社」(同法21号)には限定されず,また,法人格を有するものに限定(同条3号の「法人として」参照)もされず,広く組合及びその他の事業体をも含むものとなっています。子会社は「子・会社」ではなく,飽くまでも三文字熟語の「子会社」であって,必ずしも会社とは限られないというのが,会社法の世界における従来からの正統文法なのです。

 


(ウ)「法人として」の法人格の無いもの

 商法会社編の改正作業にかつて携わった稲葉威雄元広島高等裁判所長官は,会社法2条3号(及び4号)においては「法人として法務省令で定めるもの」と規定されているにもかかわらず,法務省令である会社法施行規則では子会社に法人ではないもの(「組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」)をも含ませていることについて,次のように疑問を呈しています。

 


  この場合,会社法が「法人として法務省令で定める」という意味は,何であろうか。法人かどうかは,実体たる事実の問題であって,法務省令の定めによって法人でないものが法人になるはずはない。組合の意味もあいまいであるが,民法上の組合であれば法人格はもたない。

  事業体というのも,法人格とは結び付かない広い概念である。そもそも〔会社法〕2条3号・4号の法人として定めるという限定の趣旨が判然としない。

  法人でないものを法人として定めたところで法人格は生まれない。親会社,子会社という用語を使うから,法人でなければならないとするのは,表現にとらわれ過ぎている。「法人として」を「ものとして」にするほうが,ずっと簡明である。(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)76頁)

 


法人でないものを法務省令で「法人として」定めても,確かに法人格は生まれません(民法331項参照)。しかしながら,会社法令上は「法人として」定められたことにはなるのでしょう。法人格は無いが「法人として定めるもの」は,それでは,亜法人(あほうじん)とでも称すべきものでしょうか。

 


  ・・・法の「法人として」という文言がもつ意味をどう解したのであろうか。これは,もともとの会社法の規定の詰めが甘く,文言が適切でなかったことに起因する弥縫策かもしれず,親会社・子会社という文言にひきずられて,これに該当するものは法人でなければならないと考えたのかもしれない。

  しかし,法人の実体のないものについて法務省令で定めれば法人となるものでない以上,このような限定をする意味は理解できない。

  むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか(事業体には,個人を含まないことになるか)。

  親子会社は,実質支配基準によって定まり,議決権の過半数を支配している場合は,その典型例(形式的に判断できる)であるが,これには限られない。この基準を具体化する定めが,施行規則3条3項であるが,財務・事業の方針の決定を支配しているかどうかは,事実認定の問題であるから,客観的な(第三者による)判断には困難がある(金融商品取引法の適用局面とは違って行政庁等の関与はない)。

・・・

渉外関係,企業結合(企業再編行為を含む)関係については,日本法上の形式的な意味の会社以外の存在を対象にする必要があることが,明らかであるから,その適用局面を明確にし(日本の会社法がどのような形で効力をもつか),必要に応じ,会社とか法人にこだわらない表現を採用する等の工夫をすべきであった。・・・(稲葉129130頁)

 


イ 「子会社以外の子会社等」の定義

 


(ア)会社法施行規則改正案3条の2第1項

 会社法的に表現すれば「子会社以外の子会社等」というくせのある表現になるであろう改正会社法2条3号の2ロの「もの」は,20141125日に法務省から意見募集手続に付された会社法施行規則の改正案(以下「会社法施行規則改正案」という。)によれば,改正会社法2条3号の3「ロに規定する者〔「会社以外の者」〕が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」とされています(会社法施行規則改正案3条の21項)。ここが会社法文法の精緻なところなのですが,改正会社法2条3号の2ロに規定する「者」は「会社以外の」であって,「もの」は上記のとおり同ロ(「・・・法務省令で定めるもの」)の定義対象それ自体である「子会社以外の子会社等」ということになります。

なお,「子会社以外の子会社等」たる主体の性格について,坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の97頁に,「会社以外の者がその経営を支配している法人」という表現がありますが,ここでいう「法人」は会社法施行規則2条3項2号の会社等であって,法人格の無いものをも含む概念ですよね(前記の「亜法人」ですよね。)。

 


(イ)子会社と「子会社以外の子会社等」との分別:「親」の相違

 子会社と「子会社以外の子会社等」との違いが分かったでしょうか。分かりにくいですよね。

 実は,どちらも他者に財務及び事業の方針の決定を支配されている事業体等なのですが,当該他者たる支配者(「親」)の違いが子会社と「子会社以外の子会社等」との違いです。子会社の支配者(「親」)は会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)でなければなりませんが(会社法23号),「子会社以外の子会社等」の支配者(「親」)は,「会社以外の者」でなければならず(改正会社法23号の2ロ),会社であってはいけません。むしろ,子会社については「子会社」といわずに逆立ちして「会社の子事業体等」といい,「子会社以外の子会社等」については「会社以外の者の子事業体等」とでもいうことにすれば分かりやすいでしょうか。

 


(ウ)「子会社以外の子会社等」と子法人等との分別:「親」としての自然人の許否

 また,「子会社以外の子会社等」については,法務省は現行会社法施行規則3条の改正は考えていないようなので,同条3項1号柱書きの二つ目の括弧書き内にある「子法人等」との分別がまた問題となります。(ただし,現行の会社法施行規則では子法人等が出てくるのは同規則3条3項1号の括弧書きの中だけのようですから,子法人等の概念は実は重要なものではないのでしょうが。)

子法人等は,「会社以外の会社等が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」であるものとされています。この場合の支配者(「親」)は「会社以外の会社等」ですから,会社法施行規則2条3項2号の会社等から会社を除いた「外国会社,組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」ということになります。支配者(「親」)が会社でないものは「子会社以外の子会社等」でありますが,更にそのうちの支配者(「親」)が事業体等(会社を除く。)であるものが子法人等であることになります。自然人が支配者(「親」)であるものは,「子会社以外の子会社等」にはなっても,子法人等にはなりません。子法人等とは,「会社以外の事業体等の子事業体等」ということになるのでしょう。

 支配者(「親」)が自然人であり得るか否かが「子会社以外の子会社等(子法人等を除く。)」と子法人等との違いの決め手です(坂本97頁(注)参照)。子会社の「財務及び事業の方針の決定を支配している場合」の定義に係る会社法施行規則3条3項の規定と,「子会社以外の子会社等」の当該定義に係る会社法施行規則改正案3条の2第3項の規定とを見比べるとそれが分かります。会社法施行規則改正案3条の2第3項2号イ(4)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が所有している議決権」という規定が,同号ロ(1)には「自己(自然人であるものに限る。)」という規定及び(6)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族」という規定が,並びに同号ニの三つ目の括弧書きに「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が行う融資の額を含む。」という規定があります。これらの規定にいう「自己」は「〔改正会社法2条3号の2〕ロに規定する者」(会社法施行規則改正案3条の31項)たる「会社以外の者」ですが,そこには自然人が含まれているからこそ,上記のような規定が設けられるわけです。自然人でないものに,配偶者や親族があるわけはありません。

 


ウ 子会社等,子会社,「子会社以外の子会社等」及び子法人等の相互関係

 以上,他者に支配される事業体等(「会社等」)である子会社等という全体集合があって,そのうち会社に支配されるものが子会社であり,子会社の補集合が「子会社以外の子会社等」であって,更に「子会社以外の子会社等」の部分集合として子法人等があるということのようです。「子会社」や「子法人等」といった場合,下線部分の「会社」や「法人等」は子の性質を表すものかといえばそうではなくて,むしろ「親」の性質を表すものとして考えた方がしっくりするわけです。しかし,そのようにあえて考えて納得するときであってもすべてがきれいに説明されるわけではなく,会社は法人である(会社法3条)にもかかわらず,そこには目をつぶることになります(子法人等の支配者には,法人であっても会社は含まれない。)。これもまた,会社法の味わいの珍なるところです。

 


(2)完全子会社等

 


ア 子会社等と完全子会社等との違い

 なお,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項2号で定義されている「完全子会社等」は,子会社等の延長線上にはない,一応別種のものだと考えましょう。これまた「完全・子会社等」ではなく,「完全子会社等」という六文字熟語であるからです。すなわち,改正会社法847条の3第2項2号で定義される完全子会社等は,「株式会社がその株式又は持分の全部を有する法人」でありますから,①その支配者たる株式又は持分の全部を有する者が株式会社に限定されていることによって子会社等(支配者に限定はない。),更には子会社(支配者が会社であればよい(同条3号)。)よりも狭く,②支配されるところの当の主体の性質においても法人に限定されていることによって会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう(会社法施行規則232号)。)たる子会社等(同規則31項,会社法施行規則改正案3条の21項)よりも狭いものとなっているところです。「親」に完全に支配されている子会社等が,すべて完全子会社等になるわけではありません。

 


イ 完全子会社:株式会社限定

 さらに,会社法施行規則改正案218条の3(完全親会社)第1項(現行会社法施行規則2191項)に規定されている「完全子会社」は,「当該ある株式会社が発行済株式の全部を有する株式会社」とされています。完全子会社等とは,支配者が株式会社である点では同じであっても,支配されるところの当の主体が法人より狭い株式会社でなければならないところで違います。

 


4 親会社等

 「親会社等」に移りましょう。

 


(1)親会社等の定義(改正会社法24号の2

 改正会社法2条4号の2は,「親会社等」を「親会社」(同号イ)又は「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と規定しています。

 


ア 親会社の定義

 


(ア)会社法2条4号

会社法上の親会社は,「株式会社を子会社とする会社その他の当該株式会社の経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(同法24号)。

 


(イ)会社法施行規則3条2項:親会社は会社に限らぬ。

親会社について会社法施行規則を見ると,親会社は「会社等が〔会社法24〕号に規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等」とされています(同規則32項。下線は筆者)。親会社は,会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体(同規則232号))です。したがって,親会社といっても組合等を含むものであって,会社には限られません。

 


イ 「親会社以外の親会社等」の定義(会社法施行規則改正案3条の22項)

改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」は,会社法施行規則改正案3条の2第2項において「ある者(会社等であるものを除く。)が〔改正会社法2条4号の2〕ロに規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該ある者」と定められています。会社等が株式会社を支配していれば当該会社等は親会社です。すなわち,株式会社を支配する者であって,親会社ではない者が,「親会社以外の親会社等」ということになります。自然人が典型的なものとして考えられるのでしょう。「例えば,株式会社の経営を支配している自然人は親会社に該当しません。」ということになっている一方(坂本98頁。すなわち,会社法施行規則232号の会社等には自然人は含まれないことになります。なお,稲葉130頁の「〔「法人として」は〕むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか」参照),改正会社法2条15号ハ・ニ等の親会社等について「株式会社の経営を支配している者が自然人である場合」が該当することになる旨説明されています(坂本98頁(注))。

なお,相続財産法人(民法951条)は会社等たる事業体ではないでしょうから,たといある株式会社を支配するに足る株式が当該法人に係る相続財産に含まれていても,当該相続財産法人は当該株式会社に係る親会社にはならないのは当然として,法人ではありますから(改正会社法24号の2括弧書き参照),その結果「親会社以外の親会社等」ともされないものとも考えられます。しかし,「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として」(「であって」ではない。)えいやっと法務省令で決めた会社法施行規則改正案3条の2第2項の定義のみを見ればよいのだということになれば,相続財産法人も,法人ながら,「親会社以外の親会社等」であるものとされ得そうです。

とはいえ,改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」については,主に自然人が念頭に置かれていることになるとは,ちょっと文字面からは分かりにくいですね。「親会社・等」であって「親・会社等」ではないということでしょうか。会社法令の文法は,不規則活用が多いです。

 


ウ 親会社等の「子」:株式会社限定

 


(ア)株式会社以外には「親会社等の捜索は許さず」

また,親会社等が支配の対象とするのは,本来,株式会社に限られるはずです。子会社ないしは子会社等は,株式会社に限られず,会社等一般でよかったのですが,親会社等の「子」は,会社法を見ると株式会社に限られています(会社法24号及び改正会社法24号の2ロは「株式会社の経営を支配」するものと規定(下線筆者))。これはあれですね,株式会社ではない子会社等に対しては,「親」の捜索が禁止されているような具合ですね。法的には,子があれば必ずそれに対応する親があるというわけにはいかないのは,親族法について,昨年(2014年)1月3日の記事(「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)で見たところでした(「父の捜索は許さず」に一種対応する「親会社等の捜索は許さず」ですか。)。

 


(イ)例外:会社法135条1項と会社法施行規則3条4項

ところで,「子会社は,その親会社である株式会社の株式・・・を取得してはならない。」と定める会社法135条1項に関して,子会社及び親会社の各定義及びそれらの関係が問題になっています。当該問題を処理するためということで,会社法施行規則3条4項は「法第135条第1項の親会社についての〔会社法施行規則3条〕第2項の規定〔同規則における親会社の定義規定〕の適用については,〔法135〕条第1項の子会社を〔規則3条〕第2項の法第2条第4号に規定する株式会社とみなす。」とわざわざ規定しています。しかし,当該規定も難しい。一読して同項の意味が了解できるのであれば,あなたは会社法令ワールドの立派な住人です。

 


 ・・・会社法上の「親会社」は,日本法に基づき設立された「株式会社」の経営を支配するものに限られるので(会社則32項),外国会社に「親会社」は存在し得ない。ただし子会社による親会社株式の取得の禁止の規定(会社1351項)の適用に関しては,外国会社である子会社の経営を支配するものも親会社とみなされる(会社則34項)。(江頭9頁注(12))

 


 と言われただけでは,なおよく分かりませんね。更にいえば,「外国会社である子会社」ばかりが対象とされているわけではないようです。

 


 ・・・〔会社法施行規則34項は,会社法〕135条の親会社株式取得が制限される場合の子会社は,株式会社に限定されない(ここでは,〔会社法〕2条3号に定められた意味での子会社を意味する)。そのことを規定したものであるが,分かりにくい。つまり,〔会社法〕2条4号・施行規則3条2項は,日本法に基づいて設立された株式会社を子会社とするものを親会社としているが,135条の局面での子会社は,株式会社に限定されるものではない。そのことを明確にするための手当てとされる。(稲葉130頁)

 


 会社法における子会社及び親会社の各定義をそれとして読んで会社法135条1項を読むと,親会社が「子」とし得るものは株式会社に限られるはずであるから(同法24号),「子会社は,その親会社である株式会社」とある文言からは,同項の子会社は親会社の「子」である以上当然株式会社でしかあり得ないな,ということになります。しかし,そのように読まれては困るので,会社法施行規則3条4項に 晦渋ながらも規定を置いたということでしょう。

 会社法施行規則3条4項に従えば,会社法135条1項の「親会社」についての法務省令における定義規定は,同規則3条2項を読み替えた,「法第2条第4号に規定する法務省令で定めるもの〔親会社〕は,会社等が法第135条第1項の子会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等とする。」となる,ということになるのでしょう。しかし,やっぱり,親会社の「子」は株式会社であるものとするはずの会社法2条4号との関係が釈然としませんね。やはり,「当該株式会社の経営を支配している法人として」えいやっと法務省令でそう決めたからそれでいいのだ,ということでしょうか。

 会社法135条1項を,「株式会社の子会社は,その株式会社の株式(以下この条において「親会社株式」という。)を取得してはならない。」とでも書いてくれれば困難が少なかったように思うのですが,どうでしょう。改正会社法においては,同項の改正はありません。

 


(2)完全親会社等

 


ア 親会社等と完全親会社等との違い:完全親会社等の株式会社限定性

ところで,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項で定義されている「完全親会社等」と親会社等との関係はどうなるでしょうか。せっかく自然人を含めるために親会社等という概念を改正会社法2条4号の2で作ったのですから,完全親会社等にも自然人が含まれるのでしょうか。否,そうではありません。完全親会社等は,株式会社に限られます(改正会社法847条の3第2項柱書き)。完全親会社等は,やはり「完全親会社等」という六文字熟語であって,「完全・親会社等」(自然人が含まれる。)でも「完全親・会社等」(株式会社以外の会社,組合,事業体が含まれる(会社法施行規則232号参照)。)でもないわけです。

しかし,「会社等」といわれれば会社でないものが含まれるように考えるのが自然なのですが,完全親会社等には,「等」にもかかわらず会社以外のものは含まれず,しかも会社の中でもその一部である株式会社しか該当しないということになっています。「完全親株式会社」というのでは長過ぎるということだったのでしょうか。それとも,「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号)及び「株式移転設立完全親株式会社」(同法8043項)との関係が面倒だったということでしょうか。しかし,引っ込むべきはずなのに出っ張るように見えるのはどういうことか。

あるいは,現行会社法804条3項の「株式移転設立完全親株式会社」は立法ミスですので,「完全親株式会社」は縁起が悪いとして忌避されたものか。すなわち,会社法2条32号の定義上株式移転で設立される会社は株式会社に限られており,当該会社については「株式移転設立完全親会社」といえば足りるにもかかわらず(同法77311号参照),現行会社法804条3項においては「株式移転設立完全親株式会社」なるものが定義の無いまま突然登場してしまっています(下線部筆者)。そこで平成26年法律第90号は「こっそり」改正を行い,改正後会社法8043項においは「株式移転設立完全親株式会社」が「株式移転設立完全親会社」に修正されているところです(姫野司法書士試験研究所のブログ2014年8月26日の記事「こんな会社法に負けるな!」参照)。

 


イ 完全親会社等と完全親会社との違い

 


(ア)完全親会社等の定義(改正会社法847条の32項)

 完全親会社等は,「完全親会社」(改正会社法847条の321号)又は「株式会社の発行済株式の全部を他の株式会社及びその完全子会社等(・・・法人をいう。・・・)又は他の株式会社の完全子会社等が有する場合における当該他の株式会社(完全親会社を除く。)」(同項2号。なお,多層にわたる完全子会社等が存在し得ます(同条3項)。)です。

 


(イ)完全親会社の定義(改正会社法847条の21項)

 完全親会社は,「特定の株式会社の発行済株式の全部を有する株式会社その他これと同等のものとして法務省令で定める株式会社」です(改正会社法847条の21項柱書き。現行会社法851条(株主でなくなった者の訴訟追行)1項)。完全親会社となる法務省令で定める株式会社に係る会社法施行規則改正案218条の3は,現行会社法施行規則219条(会社法施行規則改正案では削除)と同様の規定です。

 


(ウ)「完全親会社以外の完全親会社等」の定義:「子」・「孫」の株式会社純一性の有無

従来からの①完全親会社のほかに②改正会社法847条の3第2項2号の「完全親会社以外の完全親会社等」を設けた理由は,次の説明から理解すべきでしょう。

 


2 ①と②との違いは,株式会社Aが,その中間子法人による保有分(すなわち,株式会社Aの間接保有分)と合わせて,株式会社Bの発行済株式の全部を有する場合において,当該中間法人が,株式会社に限られるか(①),それとも,株式会社以外の法人が含まれるか(②)という点にあります。・・・(坂本163頁)

 


 そうだとすると,ブリーダー的に言えば,完全親会社の「子」や「孫」は代々折り目正しく株式会社であるのに対して,「完全親会社以外の完全親会社等」の「子」や「孫」には株式会社ならざる法人という斑(ブチ)が混ざるという点が,両者の相違ということになるわけです(親会社の「子」として株式会社以外の法人があることは,本来あるべからざることです(会社法24号参照)。)。

 


ウ 最終完全親会社等

 しかし,お話は完全親会社等では終わりません。改正会社法847条の3第1項において更に「最終完全親会社等」が規定されています。

 最終完全親会社等は,「当該株式会社の完全親会社等であって,その完全親会社等がないものをいう。」と定義されています。なお,最終完全親会社等は,「最終・完全親会社等」なので,株式会社でなければなりません。「例えば,一般社団法人がグループ企業の最上位に位置する株式会社の発行済株式の全部を有する場合には,当該一般社団法人が「最終完全親会社等」に該当してその社員が多重代表訴訟の原告適格を有するわけではなく,あくまでも,当該株式会社が「最終完全親会社等」に該当し,当該一般社団法人が当該株式会社の株主として多重代表訴訟の原告適格を有すること」となるわけです(坂本161162頁)。

 しかし,「最終」完全親会社等というネーミングも何でしょうかね・・・「最初」完全親会社等や「元祖」完全親会社等では変だということでしょうね。とはいえ,単なる○○者ではなくて,「最終○○者」と自称していた人がいましたね。終末論的響きがあるというべきか。確かに,今次会社法改正について触れるところもあった2013年6月14日の閣議決定は,「日本再興戦略―JAPAN is BACK―」と題されていました。ターミネーターですね。

 


(と,この辺で字数オーバーです。次の後編に続きます。)

 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

渋谷区代々木一丁目572ドルミ代々木1203(代々木駅北口そば。新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

企業法務案件に限らず,お気軽に御相談ください。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

  少々遅れましたが,明けましておめでとうございます。

 今年の初記事です

 また長々しいものになってしまいました。しかし,あえて開き直ってしまえば,生産性の高い一年の幕開けにふさわしい,ということではありましょう。


1 はじめに

 大陸軍(ダイリクグン)をもってヨーロッパを席捲したフランス皇帝ナポレオン1世(1769815日生まれ,18215551歳で没)には,複数の子どもがあったと伝えられています。(他方,大西洋の彼方のタイリクグンを率い,後にナポレオンの仇敵となるイギリスを相手に独立戦争を戦ったアメリカ合衆国のワシントン大統領には子どもは生まれませんでした。)

 公式には,皇后ジョゼフィーヌとの離婚後1810年に再婚したオーストリア皇女マリー・ルイーズとの間に生まれた夭折の嫡男ナポレオン2世(ローマ王,ライヒシュタット公。1811320日生まれ,183272221歳で没)の存在が認められているだけです。しかしながら,ナポレオンには,その他幾人かの「隠し子」があったところです。

 これらの子どもとナポレオンとの「父子」関係を,ナポレオンが自らの名の下に公布した1804年のフランス民法典(以下「ナポレオンの民法典」)を仏和辞書片手に参照しつつ,見てみることとしましょう。フランス法については門外漢であるとはいえ,ナポレオンの民法典における具体的な規定が,その後ヨーロッパ大陸法を継受して形成された我が国の民法の関係諸制度にどのような影響を与えているのかは,日本の法律家として,いささか興味のあるところです。

画像 002

立法者ナポレオン,Hôtel des Invalides, Paris

(ナポレオンの右手は「ローマ法/ユスティニアヌスの法学提要」を,左手は「ナポレオン法典/万人に平等かつ理解可能な正義」を指す。足下の言葉は「私の一箇の法典が,その簡明さによって,先行するすべての法律の総体よりも多大な福祉をフランスにもたらした。」)



2 実子かつナポレオンの嫡出子:ナポレオン2世 

 まず,ナポレオン2世。

 ナポレオン2世には,ナポレオンの民法典の「第1編 人事」,「第7章 父性(paternité)及び親子関係(filiation)」,「第1節 嫡出ないしは婚内子(enfans légitimes ou nés dans le mariage)の親子関係」(第312条から第318条まで)における次の規定がそのまま適用になります。



3121

 婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。

L'enfant conçu pendant le mariage, a pour père le mari.


 これは,我が民法7721項が「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。」として,慎重な規定ぶりになっているのと比べると,子を主語とした,堂々たる原則宣言規定になっています。

 (なお,我が民法の規定からは,嫡出子は妻と「夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない」(我妻栄『親族法』(1961年)214頁)のが原則であるということになるようです。これに対して,「嫡出親子関係に関する限り,フランス法の出発点は『人為』にあり,『自然』は『人為』の枠の中で一定の役割を占めるに過ぎない」とされています(大村敦志『フランス民法―日本における研究状況』96頁)。ちなみに,明治23年法律第98号として公布されながら施行されないまま廃止された旧民法人事編911項は,ナポレオンの民法典3121項と同様「婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子トス」と規定していました。)

 ナポレオンとマリー・ルイーズとのパリでの結婚式は18104月のことだったそうですから,マリー・ルイーズがナポレオンとの婚姻中にナポレオン2世を懐胎したことについては問題はありません(妊娠期間はおおよそ9箇月)。2世は,1世の嫡出の子です。

 なお,わが民法7722項の「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。」との規定に対応する規定は,ナポレオンの民法典では次のようになっています。



314

 婚姻から180日目より前に生まれた子は,次の各場合には,夫によって否認され得ない。第1,同人が婚姻前に妊娠を知っていた場合,第2,同人が出生証書に関与し(s'il a assisté à l'acte de naissance),かつ,当該証書が同人によって署名され,又は署名することができない旨の同人の宣言が記されている場合,第3,子が生育力あるもの(viable)と認められない場合。


315

 婚姻の解消から300日後に生まれた子の嫡出性は,争うことができる。


 なお,l'acte de naissance「出生証書」ではなく,「出生届」としたくもなったところですが,我が旧民法の規定から推すに,同法の母法国であるフランスにおいては,出生の届出があると証書(acte)が身分取扱吏の関与の下で作られるとともに,身分登録簿(le registre de l'état civil)に登録(inscrire)されていたもののようです。すなわち,旧民法によれば,出生があれば「届出」がされ(旧民法人事編95条,99条参照),当該「出生・・・ハ身分取扱吏ノ主管スル帳簿ニ之ヲ記載ス可」きものであるところ(同289条),その「帳簿ニ記載シタル証書ハ公正証書ノ証拠力ヲ有」するものとされ(同2901項本文),また,「身分取扱吏ノ詐欺若クハ過失ニ因リテ証書ヲ作ラサリシトキ」があるもの(同291条)とされている一方,本人は,出生証書を婚姻等の場合に提出すべきものとされていたところです(同441号等)。


3 実子であるが他の男性の嫡出子:アレクサンドル及びジョゼフィーヌ


(1)アレクサンドル・ヴァレウスキ伯爵

 ナポレオンの隠し子で最も有名なのは,ポーランド生まれで,後にナポレオン3世の政府の外務大臣にもなったアレクサンドル・ヴァレウスキ伯爵(181054日生まれ)でしょう。甥の3世よりも息子の方が当然1世によく似ているので,ヴァレウスキ家の外務大臣がボナパルト家の皇帝と勘違いされることも間々あったとか。ちなみに,1858年の日仏修好通商条約の締結は,アレクサンドル・ヴァレウスキ外務大臣時代の出来事です。

 さて,アレクサンドルの母親は,マリア・ヴァレウスカ。しかし,マリアは,1807年の初めポーランドでナポレオンに出会った当時既に,同地の貴族であるヴァレウスキ伯爵の妻でした。すなわち,アレクサンドルは,母マリアとヴァレウスキ伯爵との婚姻中に懐胎された子です。

 アレクサンドルが生まれた当時のポーランド(ワルシャワ大公国)における民法がどのようなものであったかはつまびらかにできないのですが,ナポレオンの民法典に則って考えると,前記3121項(同項の原則によれば,アレクサンドルの父は母の夫であるヴァレウスキ伯爵になる。)のほか次の条項が問題になります。



3122

 しかしながら,夫は,子の出生前300日目から同じく180日目までの期間において,遠隔地にいたこと(éloignement)により,又は何らかの事故により(par l'effet de quelque accident),その妻と同棲(cohabiter)することが物理的に不可能であったこと(l'impossibilité physique)を証明した場合には,その子を否認することができる。


313

 夫は,自己の性的不能(son impuissance naturelle)を理由として,子を否認することはできない。夫は,同人に子の出生が隠避された場合を除き(à moins que la naissance ne lui ait été cachée),妻の不倫を理由としても(même pour cause d'adultère)その子を否認することはできない。ただし,上記の場合においては,夫は,その子の父ではないことを理由づけるために適当なすべての事実を主張することが許される。


316

 夫が異議を主張(réclamer)することが認められる場合には,同人がその子の出生の場所にあるときは(s'il se trouve sur le lieux de la naissance de l'enfant),1箇月以内にしなければならない。

 出生時に不在であったときは,帰還後2箇月以内にしなければならない。

 同人にその子の出生が隠避されていたときは,欺罔の発見後2箇月以内にしなければならない。


 ヴァレウスキ伯爵がアレクサンドルの嫡出を否認することができた場合(アレクサンドルの出生は伯爵に隠避されていなかったようですから,ナポレオンの民法典313条ではなく3122項が問題になるのでしょう。また,マリア夫人は長くポーランドの家を離れてナポレオンと一緒にいたようです。)であっても,最短では, 181064日までに否認しなかったのであれば(同法典3161項参照),ことさら「認知」をするまでもなく,アレクサンドルの父はヴァレウスキ伯爵であると確定したわけです。


(2)モントロン伯爵令嬢ジョゼフィーヌ

 ナポレオンは,皇帝退位後も,別の機会に人妻に子を産ませています。

 1815年にセント・ヘレナ島に流されたナポレオンに,同島においてなおも仕えた側近の中に,モントロン伯爵夫妻がありました。その間無聊をかこつナポレオンとモントロン伯爵夫人との間には,一人の女児が生まれています。しかし,幼女ジョゼフィーヌ(1818126日生まれ,1819930日没)の父が,ナポレオンの民法典によれば,母の夫であるモントロン伯爵であることは,動かせないでしょう。

 すなわち,ジョゼフィーヌの出生はモントロン伯爵に隠避されていたわけではなく(ナポレオンの民法典313条参照),モントロン伯爵夫妻はどちらも狭いセント・ヘレナ島で生活していたのですから,「同棲することが物理的に不可能であった」わけでもないところです(同法典3122項参照)。したがって,夫であるモントロン伯爵による否認はできず,「婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。」とするナポレオンの民法典第3121項の原則が貫徹するのでしょう。


4 実子であるが「父が不在である子」:シャルル・レオン

 180612月(出生日は,インターネット上では,13日,15日等あって十分一定していません。)にエレオノール・ドゥニュエルから生まれたシャルル・レオンの場合は,法律の適用関係がどうなっていたのかまた難しいところです(なお,Léonというのは,Napoléonの最後の4文字ですね。。シャルル・レオンの身分登録簿には,母はエレオノール・ドゥニュエルであるが,父は不在(absent)として登録されていた(officiellement inscrit)とされています(La Fondation NapoléonのサイトにあるHenri Ramé氏による記事)。


(1)母の前夫の嫡出子とされる可能性

 ところで,実は,エレオノール・ドゥニュエルは1806429日に離婚が成立するまでは,ルヴェルという男の妻であったところです。

 通常の妊娠期間の長さから考えると,ルヴェルとの離婚の前にシャルル・レオンが懐胎されたのでしょうから,前記のとおり,ナポレオンの民法典の第3121項(また,同法典315条参照)によれば,シャルル・レオンはルヴェルの嫡出の子となるのが順当であったところです。どうしたものでしょう。

 とはいえ,実は,シャルル・レオンが懐胎されたころには,母エレオノール・ドゥニュエルの夫であるルヴェルは詐欺罪で収監されていたようですから(夫の収監で困ったエレオノールは,そこで,ナポレオンの妹であるカトリーヌの「朗読係」をすることになっていたわけです。),ナポレオンの民法典3122項に基づき,ルヴェルからシャルル・レオンが子であることを否認することは可能ではあったわけです。しかし,そのような訴訟沙汰が本当にあったものかどうか(なお,ナポレオンの民法典318条によれば,夫が訴訟外で子の否認をしても,1箇月内に訴え(une action en justice)を提起しなければ効力のないものとされています。)。いろいろと面倒ではなかったでしょうか。


(2)嫡出でない子の場合


ア ナポレオンによる認知に対する障害

 フランスにおける身分登録の手続に関する実際の詳細に立ち入るのはまた大変ですから,取りあえず,シャルル・レオンは,改めてルヴェルの嫡出子とされる可能性はないものと考えましょう。すなわち,シャルル・レオンは,婚姻外(hors mariage)で生まれた,嫡出でない子(enfant naturel)であるものとしましょう。

 その場合,ナポレオンによるシャルル・レオンの認知のいかんが次の問題になります。

 ナポレオンの民法典第1編第7章の「第3節 嫡出でない子」,「第2款 嫡出でない子の認知」(第334条から第342条まで)における第334条は,認知の手続について次のように規定しています。



334

 嫡出でない子の認知は,その出生証書においてされていなかった場合は,公署証書によって(par un acte authentique)されるものとする。


 一見単純です。しかしながら,1806年当時,ナポレオンにはジョゼフィーヌという正妻がいたところです。したがって,ナポレオンの民法典の次の条項の存在は,ナポレオンによるシャルル・レオンの認知の障害となったものでしょう。

 


335

 近親間又は不倫の関係から生まれた子(enfans nés d'un commerce incestueux ou adultérin)のためには,認知をすることができない。


 さすがに,皇帝陛下の不倫行為を示唆してしまうような身分登録はまずかったわけでしょう。


イ 「父の捜索」の否定

 同様に,エレオノール・ドゥニュエルの子であるシャルル・レオンから,ジョゼフィーヌという正妻のいるナポレオンに対して認知を求めることもできなかったところです。ナポレオンの民法典の次の条項は,このことを明らかにしています。



342

 第335条により認知が許されない場合においては,子は,父の捜索をすることも母の捜索をすることも許されない。


 ちなみに,母子関係は母の認知をまたず分娩の事実によって発生するとするのが我が国の判例(最判昭37427民集1671247)ですが,これに対して,民法の条文の文言どおり母の認知を要するものとする谷口知平教授の説は「母の姦通の子や未婚の子が虚偽の届出または棄児として,身分をかくそうとしている場合に,第三者から出生の秘密をあばくことは許さるべきではない。子の朗らかな成人のためにその意思を尊重し,母または子のいずれかの発意と希望があるときにのみ母子関係を認むべきだ」ということを実質的な根拠の一つとしているものとされているところ,当該谷口説を,我妻教授は,「虚偽の出生届を公認してまで,人情を尊重すべしとの立場には賛成しえない」,谷口「教授の懸念されることは,社会教育その他の手段によって解消すべきもの」と批判していたところです(我妻『親族法』248-249頁)。我妻教授は「非嫡出子と母との関係は,その成立についても,成立した関係の内容についても,嫡出子と区別しない,というのが立法の進路であり,その途に横たわる障害については合理性を見出しえない」として,フランス民法よりもドイツ民法・スイス民法(いずれも当時のもの)を評価して(同232頁,234頁)上記判例を先取りする説を唱えていました。

 しかしながら,ナポレオンの民法典については,その第335条との関係からして,「人情」論を別としても,認知を介さずに分娩の事実のみから直ちに母子関係を認めるものとすることに対するためらいが,立法者においてあったのではないでしょうか。

 なお,そもそもナポレオンの民法典340条が,「父の捜索は許さず」の原則を明らかにしていたところです。



340

 父の捜索は禁止される(La recherche de la paternité est interdite.)。かどわかし(enlèvement)の場合においては,当該かどわかしの時期が懐胎の時期と符合するときは,利害関係者の請求により,かどわかしを行った者(ravisseur)を子の父と宣言することができる。


 この規定と「同一」(我妻『親族法』233頁)とされるのが,我が民法施行前の,次に掲げる明治6年太政官21号の布告です(1873118日)。



妻妾ニ非サル婦女ニシテ分娩スル児子ハ一切私生ヲ以テ論シ其婦女ノ引受タルヘキ事

 但男子ヨリ己レノ子ト見留メ候上ハ婦女住所ノ戸長ニ請テ免許ヲ得候者ハ其子其男子ヲ父トスルヲ可得事


 父に対する認知請求権は,フランス革命時代に否定されるに至ったものとされますが,その理由としては,「革命以前にこの請求権が濫用されたこと」のほか,「平等の理想の他に,男女関係において,愛情とそこに向かう意思を尊重した(離婚の自由もそこから出てくる)」フランス革命時代において,「親子関係においても同様に血のつながりでなく,父としての愛情とそのような父になる意思が父子関係の基礎であると考えた」当該時代の法律家の「奇妙な論理」が挙げられています(星野英一『家族法』(1994年)112-113頁)。「通常生理的な父は子に対して愛情を持ち,父となる意思を持つが,そうでない場合には,父たることを強制することはできない」とされたわけです(同)。


(余話として)「司馬遼太郎の『歳月』の謎の読み方」補遺

 なお,明治6年太政官21号の布告は江藤新平司法卿時代のものですが,当該布告では妾(「妻妾」の「妾」)が公認されていたことになります。

 以前御紹介した司馬遼太郎の『歳月』には,江藤司法卿がフランスからの御雇外国人ブスケと「蓄妾問答」を行った場面があり,そこでは,ブスケとの議論に負けて妾の制度を「民法に組み入れる思案をすてた以上,江藤の法家的気分からいえば積極的にこの蓄妾の風を禁止する覚悟をした。上は当然,公卿,旧大名家にまで及ぶことであり,どのような排撃をうけるかわからなかったが,とにかくもここ数年のあいだには断固としてこの禁止を立法化し,違反の者に対しては容赦なく法をもってさばくつもりであった。」と,江藤司法卿の断固たる決意が力強く叙述されています。しかしながら,そもそも当該江藤司法卿の下で,妾の禁止はしないまま,かえってわざわざそれを公認してしまったような形の布告が出されてしまっていたことになります。

 となると,明治6年太政官21号の布告は上記「蓄妾問答」の前に出されたものでしょうか。しかしながら,「父の捜索は許さず」がフランス法由来の原則であるのならば,あえて当該原則を導入しようとする当該布告がフランスの法律家であるブスケの意見を徴さずに制定されたということは考えられにくいところです。『歳月』の描くような「蓄妾問答」がその際されたとなると,江藤新平は,実際には,「妾廃止」という考えに必ずしも小説で描かれているほどには固執していなかったということになるわけで,当該小説から受ける印象とは異なり,意外と妥協的ないしは便宜主義的な人物ということになるのかもしれません。

 井上清教授は,江藤新平の人物について,「本質的に保守官僚主義者であり,急進主義と見えるものは功業欲の発現にすぎない」,「貧窮のなかに成長した秀才官僚型の大物で,立身出世の機を見るに敏」と評しています(『日本の歴史20 明治維新』(中央公論社・1966年)350頁。なお,同書のしおりは,同教授と司馬遼太郎との対談)。


(余話の余話:補遺の補遺)

 江藤新平が妾廃止論者であった証拠としては,「明治五年十一月二十一日,司法卿江藤新平,司法大輔福岡孝悌両人より,「自今妾の名義を廃し,一家一夫一婦と定め度の件」を太政官に建議せり。」という事実があります(石井研堂『明治事物起原Ⅰ』(ちくま学芸文庫・1997年)269頁)。しかしながら,「翌6115なお,明治五年の十二月は2日間しかなかった。,太政官が,「伺の趣,御沙汰に不被及候事」と指令」し,江藤及び福岡の建白は採用されませんでした(石井・前掲270頁)。司法卿及び司法大輔の当該建議が退けられた明治6年(1873115日の3日後に,前記明治6年太政官21号の布告が出ています。なお,この布告は,同月13日の太政官宛て司法省伺が契機となって出されたものです(二宮周平「認知制度は誰のためにあるのか」立命館法学310号(2006年6号)316頁,村上一博「明治6年太政官第21号布告と私生子認知請求」法学論叢67巻2=3号(1995年1月)512頁)。ちなみに,当時戸籍事務を所管していたのは,民部省から当該事務を吸収していた大蔵省であって,司法省ではありませんでした(戸籍事務は,内務省設立以後は内務省に移る。)。江藤とブスケとのせっかくの「蓄妾問答」も,江藤のせっかくの妾廃止の「覚悟」も,政府内において十分かつ決定的な重要性を持ち得なかったということのようです。しかしながらそもそも,明治五年十一月二十一日(なお,村上一博「明治前期における妾と裁判」法律論叢71234頁では,同月二十三日に正院に提出されたとされる。)の妾廃止の建白は,上司である江藤新平と部下である福岡孝悌との連名で提出されています。偉い人とそうでない人との連名文書に係る通常の作成実態からすると,当該文書の実質的作成主体は偉くない方の人であるはずです。となると,妾廃止を言い出した本当の妾廃止論者は福岡孝悌であって,江藤は福岡ほどではなかったかもしれません。


5 実子ではないが「証明されない嫡出子」:アルベルティーヌ及びギヨーム

 以上は,ナポレオンが嫡出子又は隠し子の実父となった場合です。しかし,ナポレオンの「隠し子」というよりはナポレオンに隠された子ということになりますが,ナポレオンの妻がナポレオン以外の者を実父とする子を産んだ場合もあったところです。 


(1)マリー・ルイーズとナイペルク伯爵

 ナポレオンの妻マリー・ルイーズは,実は,ナポレオンの没落後,オーストリア貴族のナイペルク伯爵と愛人関係になってしまい,二人の間には1817年にアルベルティーヌという女児が,1819年にはギヨームという男児が生まれています(名前はここではフランス語読みです。)。

 さて困ったことになりました。1819年には,マリー・ルイーズの夫であるナポレオンはまだセント・ヘレナ島で生きています。マリー・ルイーズが女公となったイタリアのパルマ公国の臣民の手前も問題です。上記の子らをマリー・ルイーズが分娩した事実は,秘密とされることになりました。

 この隠避は少なくともナポレオンに対しては成功し,最期までナポレオンは,前記事情は御存知なかったものと思われます。すなわち,ナポレオンは,1821年に死ぬ前のその遺言で,「私は最愛の妻マリ=ルイーズに満足の意を表したいと常に思っていた。私は最後の瞬間まで妻に対して最もやさしい感情を抱きつづけている。妻に頼む,どうか気を配って,私の息子(mon fils)の子供時代をまだ取りかこんでいる数々の陥穽から私の息子を守ってもらいたい。」(大塚幸男訳『ナポレオン言行録』(岩波文庫)201頁)と述べているからです。当該遺言での「私の息子(mon fils)」は単数形ですので,ナポレオン2世のみを指し,ギヨームは含まれないものでしょう。


(2)否認の不存在

 ナポレオンは大西洋の孤島であるセント・ヘレナ島に流されており,マリー・ルイーズがそこを訪れていないことは明らかですから,ナポレオンは,その民法典の第3122項に基づき,あるいはまた,子の出生が隠避されたことから第313条に基づき,第3121項によって自分の子であるとされているアルベルティーヌ及びギヨームについて,子であることの否認をすることができ,その際その否認は,同法典3163項により「欺罔の発見後2箇月以内」にすべきであったところです。しかしながら,当該否認をしないまま,ナポレオンは死んでしまいました。ナポレオンの民法典第1編第7章「第1節 嫡出ないしは婚内子の親子関係」の規定の建前からすると,ナポレオンの側からの否認(なお,同法典317条は夫の相続人(les héritiers)による否認が認められる場合について規定しています。)がされない以上,パルマのアルベルティーヌ及びギヨームは,ナポレオンの嫡出子であったわけです。


(3)証明の不存在

 しかしながら,ナポレオンとアルベルティーヌ及びギヨームとの父子関係は,ナポレオンの民法典第1編第7章「第2節 嫡出子の親子関係の証明」(第319条から第330条まで)との関係で,証明ができないもの,というのが正確なところであったようです。アルベルティーヌ及びギヨームには,ナポレオンの嫡出子としての出生証書及び身分登録(ナポレオンの民法典319条)も身分占有(同法典320条)もなかったはずだからです。

 アルベルティーヌ及びギヨームにはvon Montenuovo(モンテヌオヴォ)という氏が与えられていたところです(NeippergNeuberg(ドイツ語で「新山」)→Montenuovo(イタリア語で「新山」))。(なお,Wilhelm (ギヨーム)von Montenuovoは,オーストリア帝国のFürst(公爵又は侯爵)となりました。)



319

 嫡出子の親子関係は,身分登録簿(le registre de l'état civil)に登録された出生証書によって証明される。


320

 前条による証書(titre)がないときは,嫡出子身分の継続的占有(la possession constante de l'état d'enfant légitime)による。


322

 何人も,その出生の証書(titre de naissance)及び当該証書に合致する身分の占有によって与えられる身分と異なる身分を主張することはできない。

 また,反対に,何人も,出生の証書に合致する身分を占有している者の身分を争うことはできない。


 無論,身分登録が虚偽の場合については,ナポレオンの民法典3231項は,「・・・又は子が,虚偽の名前で(soit sous de faux noms),若しくは知れない父及び母から生まれたものとして(soit comme né de père et mère inconnus)登録された場合には,親子関係の証明は,証拠によることができる。」と規定していました。民事裁判所(tribunaux civils)のみが管轄を有する事件です(同法典326条)。

 しかしながら,身分登録と異なる親子関係の証明が認められる場合については制限的な規定があったのみならず(ナポレオンの民法典3232項,324条,325条),そもそもアルベルティーヌ及びギヨームが法律上はナポレオンの子であることをわざわざ証明しようとする者はいなかったようです。

 ちなみに,我が旧民法の親子法も「フランス法と同様」に,「証拠法的な色彩を強く帯びていた」ところです(大村『フランス民法』91頁)。

画像 003

ナポレオンの墓,Hôtel des Invalides, Paris



6 おわりに:最高裁判所平成25年12月10日決定

 実は,今回の記事を書くきっかけになったのは,先月出た,我が最高裁判所の平成251210日第三小法廷決定(平成25年(許)第5号戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)でした。次にその一部を掲げます。



「特例法
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号)41項は,性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定している。したがって,特例法31項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも,民法7722項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とするところであるが(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44529日第一小法廷判決・民集2361064頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12314日第三小法廷判決・裁判集民事189497頁参照),性別の取扱いの変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。」


 ナポレオンが現在も生きているものとした場合,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が立法されたこと及び当該法律の第41項に係る最高裁判所の上記解釈についてどのような態度をとるのかは,分かりません。しかしながら,上記決定の引用部分の「もっとも」以下の判示については,ナポレオンは,その民法典の第3122項の規定(我が民法の第772条の推定を実質的に受けない場合に係る判例(特に上記決定において引用されている平成12年最高裁判決参照)のいわゆる外観説に符合)及び第313条の規定(「夫は,自己の性的不能を理由として,子を否認することはできない。」)に照らせば,是認できるものであるとの見解を表明するのではないでしょうか。

 ただし,「最後の瞬間まで・・・最もやさしい感情を抱きつづけてい」た「最愛の妻マリ=ルイーズ」に,アルベルティーヌ及びギヨームという自分のあずかり知らぬ子が生まれていたと知ったならば,嫡出父子関係ないしは嫡出否認の在り方について,改めてその見解に変化を生じさせるかもしれませんが。

 前記最高裁判所平成251210日決定においても,裁判官の意見は32に分かれていました。
(追記:最高裁判所第一小法廷平成26年7月17日判決は,DNA鑑定の結果生物学上は99.99パーセント以上他の男の子であるとされた子であっても,妻が婚姻中に懐胎した子であって嫡出推定が働く以上なお法律上は夫の子である,としました。)


補遺 出生証書に関するナポレオンの民法典の規定(抄)

  「2 実子かつナポレオンの嫡出子:ナポレオン2」の最後の部分で紹介した出生証書に関する旧民法の規定に対応するナポレオンの民法典の規定は,次のとおりです。



55

 出生届(déclarations de naissance)は,分娩から3日以内に(dans les trois jours de l'accouchement),その地の身分取扱吏に対してされるものとし,当該身分取扱吏に子が示されるものとする。


56

 子の出生は,父によって,若しくは父によることができないときは,医師,助産婦,衛生担当吏その他の分娩に立ち会った者によって,又は母がその住所外(hors de son domicile)で分娩した場合においては,分娩がされた場所を管理する者によって,届けられるものとする。

 続いて,2名の証人の立会いの下に,出生証書(l'acte de naissance)が作成されるものとする。


57

 出生証書(l'acte de naissance)には,出生の日,時刻及び場所,子の性別並びにその子に与えられる名,父母の氏名,職業及び住所並びに証人の氏名,職業及び住所が記載されるものとする。


40

 身分証書は,各市町村において,一つ又は複数の登録簿に(sur un ou plusieurs registres tenus doubles)登録されるものとする(seront inscrits)。


70

 身分取扱吏は,これから婚姻しようとする各配偶者の出生証書(l'acte de naissance)を提出させるものとする。同条以下略

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

このページのトップヘ