Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

タグ:未成年者喫煙禁止法

承前(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1056356619.html

 

ウ その他及び法案賛成論の勝利

未成年者喫煙禁止法案に対する貴族院本会議における賛成意見の理由付けは,風紀論(久保田議員)及び浪費防止論(村田議員)のほか,「教育上の点からして此法案を(ママ)賛成する」意見(伊澤修二議員(唱歌「紀元節」の作曲家)。前記貴族院議事速記録第28641頁。「本日も本員は少しく職務上の差支(さしつかえ)で午後に出席して参りましたが,其途中で既に或る未成年の生徒(ママ)がプカプカしがー」をやってるのを見掛けたのである」と憤慨)がありました。残りはやはり強兵論であって,「煙草を呑む為に徴兵に取られぬやうになっては甚だ憂ふべきことであるから,どうしても禁じなければならぬから此案の通りにしたいと思ひます」ということでした(兒玉淳一郎議員長州出身の元大審院判事)。前記貴族院議事速記録第28641頁)。

貴族院本会議は,1900年2月19日,衆議院提出の未成年者喫煙禁止法案を可決しています。

 

4 第14回帝国議会衆議院における議論

根本正代議士らが原案を提出した衆議院では,特段の反対はありませんでした(18991219日の本会議において,「(「異議なし異議なし」と呼(ママ)者あり」ということで,「御異議がなければ,委員会の修正(どおり)確定致します」(片岡健吉議長)ということになっていました(前記衆議院議事速記録第10171頁)。)。賛成を前提に,条文の解釈論に関係がある議論がされています。

 

(1)「18歳未満ノ幼者」から未成年者へ

18991214日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においてはまず,原案の「18歳未満ノ幼者」について,根本正委員から,「全体私の望は,丁年以下(くらい)にしたいと思ふのでありますけれども,さうなりますると反対も多くなって此案の通過することも困難であらうと云ふ懸念から,先づ亜米利加の法に則って18歳と致しました」と,本来は満20年未満の未成年者(民法旧3条・現4条参照。「丁年」は,一人前に成長した年齢のこと。)に喫煙を禁ずることにしたかったというそもそもの思いが表明されています(第14回帝国議会衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号1頁。なお,原文は片仮名書き)。

その後,「(こと)に学校の生徒,制服を着て学校の制帽を(かぶっ)て紙巻煙草を指に挟んで往来して居るのを見ると,煙草を喫むの有害無害よりは実に憎らしくして,あんな奴に十分の学問が出来るものかと云ふ感が起る」という井上角五郎委員(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁)から,第1条に関し「但官私学校ノ生徒ハ18歳以上ノ者ト雖煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」というただし書を付けたらどうかという提案がされています(同頁)。同委員としては,「元来昔は煙草を喫んでも生徒の場合――学校に行って稽古をする中とか,或は剣術の稽古でもして居る間は,縦令(たとい)成年者と(いえども)煙草を喫むことは禁じてある例は,其藩々に依って幾らもある,それで詰り此案には賛成しますとした」(同頁)ということだからでしょう。なお,井上委員は,法案の衆議院への提出時の賛成者の一人であり(根本9頁参照),更には日清戦争前の朝鮮国との関係でも有名です(福沢諭吉の『福翁自伝』(1899年)に「・・・明治20年ごろかと思う。井上角五郎が朝鮮でなんとやらしたというので捕えられて,そのときの騒動というものはたいへんで,警察の役人が来て私方の家捜しサ。それから井上がなにか吟味に会うて,福沢諭吉に証人になって出てこいと言って,私をわざわざ裁判所に呼び出してタワイモないことをさんざん尋ねて,ドウカしたら福沢も科人の仲間にしたいというような風が見えました。」とあります。)

これに,酒造家大村家出身の大村和吉郎委員が,「私はもう一歩を進めまして,丁年に達するまで,即ち未成年者は(あまね)く煙草を喫めないことに是非致したいと井上案に加上します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁)。

ただし,井上修正案については,他の点においては幼者喫煙禁止法に賛成しながらも,文部省の政府委員(澤柳政太郎)が反対します。「大学の学生抔にな(ママ)したならば,随分分別も出来て居りますから,自由に任せて置きました方が(かえっ)て其者の発達のために宜しからうと思ひます」(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁),「又悪い所は責めて往かなければなりませぬけれども,余り其の自由の意志を束縛致して,自ら重じ自ら制すると云ふやうな範囲を狭めて往くのは,甚だ宜くなからうと云ふやうに考へまする(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)等々の理由が述べられていますが,要するに官僚的には,巡査が取り締まってくれるのはもうけものだけど,文部省及びその管下教育機関に他より重い責任を課して,おっさんじみてきた学生生徒の禁煙指導まであえてさせるのは勘弁してくれ,ということでしょうか。

禁煙年齢を満18年未満から満20年未満に引き上げる大村修正に理由付けを与えたのは,足尾鉱毒事件の田中正造委員及び京都嵯峨の小松喜平治委員です。田中委員が「・・・丁年になって軍人になったときに,軍人が煙草を喫む癖があると,軍に出たときに煙草の(なくな)ったときなどは勇気の(くじ)けると云ふので,どうしても煙草を喫む兵隊は極往けぬさうです,第一邪魔になる,故に軍人には煙草を喫ませない癖を附けたい,20歳までは喫ませないと云ふことになると,兵隊に這入ったときに煙草を喫まずに居るかも知れない・・・」との考察を述べた後,それを受けて小松委員が「・・・煙草と云ふものは唯今田中君の御話の通り,喫む癖が附けば一朝にして止めることが出来ませぬから,18歳迄禁ずると云ふことならば,寧ろ未丁年者に喫ませないのが当然であろうと思ひますから,大村君に賛成致します」と発言して,会議の流れを作っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号4頁)。強兵論ということになるのでしょう。

大村修正は採用するが井上提案に係るただし書を取り入れないこととして,未成年者喫煙禁止法の原始規定1条の規定を最終的にまとめたのは,田中正造委員の次の発言でした。

 

 私は単純に20歳を以てと云ふことに賛成で,未成年者以上の者に向って斯う云ふ干渉をしては,こちらから斯う云ふ事をすると智識の発達がなくなって来る,自分自ら顧みて考へさせるのが必要であると,そこだけが〔文部省の〕政府委員の説明のやうに聞いて居ります,さうすると矢張り其方が穏当のやうに思ひますので,20歳と云ふ単純なるものを賛成致します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

(2)「監督スル責任アル者」から親権者へ

 根本代議士らの原案3条の「監督スル責任アル者」には学校長や学校の教員は含まれるものかどうか, 問題となるところでした。ここは,当該問題に係る論点をうまく捉えた文部省の澤柳政太郎政府委員の誘導答弁が素晴らしかったところです。

 

・・・此辺を明らかにせられたいと思ひます,それで是が若し幼者に対して親権を行ふ者と――親の権を行ふと云ふやうな具合にありましたならば,民法の上に於てそれは親権を行ふと云ふこともありますから,明かにならうかと思ひますが,是だけではどうも矢張り明かでないと考へるのであります(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

学校長や学校の教員は,親権ヲ行フ者ではありません。

澤柳政府委員の誘導答弁のあった翌日の18991215日,根本委員から衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会に対して,法案3条を「未成年者ニ対シ親権ヲ行フモノ情ヲ知リテ其喫(ママ)ヲ制止セザルトキハ拾銭以上壱円以下ノ科料ニ処ス/親権ヲ行フモノニ代リテ未成年者ヲ監督スルモノ又前項ニ拠リテ処断スと修正すべき旨の提案がされています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。同委員の説明では,「学校職員の如きものは,茲に含みませぬ」し,また,「雇主と云ふものは〔罪を〕受けない」ということとなっています(同頁)。したがって,立法者意思的には,「生徒がたばこを吸っているのに学校が見て見ぬふりをするのは,未成年者喫煙禁止法違反の犯罪だ。」とはいえないことになります。澤柳政府委員のgood jobでしたね。また,「アルバイト先で高校生の我が子がたばこを覚えてしまった。未成年者と知って雇っておきながら,どういう監督をしていたのか。雇用者は未成年者喫煙禁止法違反の犯罪者だ。」というような苦情も,これまた根本委員の考えからすると,少々お門違いということになるようです(未成年者飲酒禁止法1条2項の「親権者ニ代リテ之ヲ監督スル者」についてですが,宇都宮家栃木支判平成16年9月30http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/006252_hanrei.pdfを参照。なお,当該判決を下した山田敏彦判事は,現在,石割桜で有名な盛岡地方裁判所・家庭裁判所の所長を務めておられるようです。)。未成年者喫煙禁止法3条2項の「親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者」とは,根本委員によれば,「父母に代はるもの,例へば私が地方から出て居る生徒を頼まれて,どうか御前さんの所へ置いて呉れと云ふときは,親に代って其罰を受けると云ふやうにしたら宜しからうと思ひます」ということでありました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。

 

(3)行政警察的予防線

なお,政府委員内務省参与官法学博士一木喜徳郎が,18991215日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会において,未成年者喫煙禁止法の実施が可能な範囲の見通しについてあらかじめ述べています。いわく,「此法案の趣旨は,至極結構なことであると政府に於ても考へます」,しかし「家の内で烟草を喫んで居る者までも,一々此法を励行致しますると,随分苛察であるのみならず,実際其局に当るものも非常に困難であらうと思ひます」,しかしながら「詰り往来で煙草を吹かせて居るものがある,今日は法がないために之を差止めることが出来ない,そんなことからして子供が見習って煙草を喫ふと云ふことが生じて来ます,それ等の者を止める,警察官がそう云ふものを見付け次第差止めて,さうして喫(ママ)の器具を取上げると云ふことだけのことでございますれば,実行のことに於ても別段困難のことはなからうと思ひます,それ迄のことで幾らか法案の精神は達せられることでありませうと察せられるが,眼前に絶対に(ママ)者の喫(ママ)を差止めてしまふ迄に,効を収めると云ふことはむづかしからうと思ひます」,ところで「第1条の未成年者と云ふのは,余り広過ぎはしないであらうか」,「先づ然らばどれ位の所を定めたら宜からうか,是は見込次第なのでありますが,大体14歳――若い年で15と云ふ位の所で,適度でなからうかと云ふ考を有って居ります」,「少さなものが段々煙草を喫むものが殖えて来ると云ふことを防ぐには,是まで余り慣例のない所,14歳以下位に向って此禁を施したならば,適当ではないかと云ふ考で,大躰に於きまして,此法案を実施することが,先刻申述べました趣意なれば,別段()()なからうと思ひます,それだけを申述べます」と(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号頁)。

法律では20歳未満の者は喫煙禁止で警察が煙草や器具を没収できることになっているけど,実際は路上でたばこを吹かしている14歳以下くらいの子供しか取り締まらないよ,そもそも路上で児童がたばこを吸うことを完全になくすことはできないよ,との予防線です。現在の国会であれば,「国会制定の法律を誠実に執行しないつもりか,けしからん。」との騒ぎにもなりそうですが,そこは明治の帝国議会です。井上角五郎委員が「勿論取締を厳重にする寛にすると云ふは,其時の当局の考次第のことでありますから,吾々は是非寛になさるが宜しいとも言ひませぬ,厳重にしなければならぬとも言ひませぬ」云々と取締当局の広い裁量を是認する発言をしたところ,特別委員会は,大村和吉郎委員の「井上君と同感であります」との発言に続いて「「賛成」と云ふ者あり」ということになりました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号8頁)。中学校を卒業したような年長の少年らにはもう警察は強制的に喫煙の差止めはしないから,後は家庭のしつけ及び学校の教育に基づく本人の自覚の出番であるよということが,未成年者喫煙禁止法の制定時においての,後の法制局長官,文部大臣,内務大臣,宮内大臣,枢密院議長である一木喜徳郎によるそもそもの整理であったと解され得るわけです。

とはいえ,一木政府委員の整理は,飽くまで行政警察の立場からするもので,司法権の発動を掣肘するものではなかったものです。家の中での喫煙であっても,20歳未満の者による当該喫煙について情を知りながら制止しなかった親権を行う者が科料に処された裁判例は,多々あります(甲府家判昭和33年2月8日・家月1036719歳,実父,「自宅において」(下線は筆者によるもの)),大津家判昭和39年2月21日・家月16710416歳,母,「自宅において」),金沢家判昭和39年4月27日・家月16919416歳,実母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年5月27日・家月161117616歳,母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年6月24日・家月16128117ないしは18歳,母,「自宅において」)等)。

 

5 禁煙論者たち

 

(1)転向者たち

ところで,禁煙の義務化は,かつて喫煙家であったもののその後禁煙に成功した人が特に熱心になるものでしょうか。第14回帝国議会の幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においては,井上角五郎委員及び大村和吉郎委員が自らの喫煙をやめた素晴らしい経験について雄弁に語っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁,4頁)。かつてドイツで禁煙運動を強力に進めたアドルフ・ヒトラーも,喫煙者から禁煙者への転向者だったそうです。

 

(2)転向,再転向,懺悔:田中正造の挫折

しかして,実は,よい兵隊になるために未成年者はたばこを吸うなとのたまわった夫子・田中正造自身は,自分ではたばこをやめられない人間でした。田中正造の1911年6月23日の日記にいわく。

 

○巣鴨町安部磯雄氏厳父権之丞君,年77。昨22日朝,予早く同家に至る。・・・老人の部屋に入れられ,火と湯を賜はる。談話年数に及ぶ,予年70。安部老人は77。予問ふ,酒は如何。老人答,酒も烟草も茶も湯も飲まず,只だ水のみと。予大に感ず。予は(ママ)茶と烟草とをのめり,老に及ばざるを()づ。よりて今日より茶をやめて水を呑む事とせり。・・・

 ・・・年59にして,酒毒を怖れて之を禁じたりしも・・・さて水の一条は(すで)に老人の門に入るも,烟草の一事を奈何せん。聖書に古き皮袋に新しき酒を容るなかれとあり。染致せる悪習慣の可怖(おそるべき),此の如し。予大に悔(ママ)たり。・・・(木下尚江編『田中正造之生涯』(国民図書・1928年)646647頁)

 

70歳の1911年6月に至って,その人生においてたばこをやめられなかったことを告白懺悔(ざんげ)しているところです。ところが,その9年前,1902年1月に出版された徂堂岩崎勝三郎の『田中正造奇行談』(大学館)には,「田中翁が(その)昔には煙草も(すっ)たし,酒も飲んだといふ話は聞て()るが,今日(こんにち)は絶対的()めて仕舞つた,先年も前橋の教会堂で独り演説をした事がある,其時にも種々(いろいろ)の理由を()べて,自分は今後決して,煙草も()はねば酒も飲まんと云つて断言をした,()れからは,如何(どん)な事があつても,()(ママ)もしないが(のみ)もせず,()()とふ今日(きょう)迄押し通して仕舞つたさうだが,言行一致せざる世に,(おう)の如きは実に学ばれぬ事である。」と記載されています(2021頁)。田中正造は,1901年末頃には「絶対的」な禁煙を誇っていたわけです。しかしながら,その後やはり再びたばこに手を出してしまったようですから,確かに世間のみならず,田中正造にとっても言行一致は難しいものでした。

なお,前記晩年の日記によれば,田中正造の禁酒開始は59歳の時。1841年生まれの田中正造が59歳といえば,正に未成年者喫煙禁止法が成立し施行された1900年のことですから,あるいは田中正造は,同法の法案審議又は成立施行を機に隗より始めて禁煙をも試みたものかもしれません。自分が絶対的に禁煙するから未成年者もたばこを吸うなと言いつつ,やっぱりまたたばこを始めてしまった田中翁でした,ということでしょうか。

 

6 2000年改正

 

(1)概要

平成12年法律第134号による2000年改正によって,未成年者喫煙禁止法3条1項の科料刑について「1円以下ノ」との文言が削られたほか(これは形式的な改正ですね。),「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者」に係る刑が2万円以下の罰金から50万円以下の罰金になり,更に両罰規定が設けられています。

 

(2)趣旨説明

平成12年法律第134号に係る法案は,第150回国会の衆議院地方行政委員会によって起草されています。当該法案の趣旨について,200011月9日,同委員会の増田敏男委員長はいわく(第150回国会衆議院地方行政委員会議録第5号1‐2頁)。

 

 近年,少年によるおやじ狩り等と称する路上強盗やひったくりの急増,覚せい剤等の薬物汚染や性の逸脱行動の拡大など,少年の非行や問題行動は深刻な社会問題となっております。

 少年非行は,平成8年から連続して悪化,深刻化の傾向を示しており,強盗,殺人などの凶悪犯の検挙人員も高水準で推移しております。

 特に,最近の少年非行は,それまでに非行を犯したことのない少年が短絡的動機から重大な非行に走る,いわゆるいきなり型非行が目立っておりますが,こうした少年の多くにおいて,重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております。

 そして,このような問題行動が,路上,駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる傾向が強いものとなっている一方,たばこや酒類を販売する業者の一部が,相手方が20歳未満であることを知り,または知り得る場合であっても必要な注意を払わずに,たばこや酒類を販売している実態があります。

 少年の喫煙,飲酒は,少年自身の問題だけではなく,社会の責任の問題でもあります。

 平成11年に未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対して酒類を提供した場合における両罰規定が導入されたところでありますが,未成年者の健全な育成を図るため,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設けるとともに,酒類の提供及びたばこ等の販売禁止違反に対する罰則を強化する必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。

 

 「おやじ狩り」防止のための法律だったのでしょうか。(しかし,さすがにこの表現は「おやじ」らにとって悔しいものですから,そのゆえでしょうか,20001127日の参議院地方行政・警察委員会における増田委員長の趣旨説明からは「おやじ狩り」の語は消えています(第150回国会参議院地方行政・警察委員会会議録第5号9頁)。)

101年前にされた未成年者喫煙禁止法案に関する議論においては,提案者の根本正代議士は,たばこについて,「若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝國人民の元気を消滅するに至る訳であります」という消極的の認識を示していたのですが,100年もたつとたばこの性質も逆転し,かえって少年の行動の「悪化,深刻化」及び「凶悪」化をもたらす積極的かつ過激な刺戟を有するものとなってしまったかのような印象を受けます。

「重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております」というのは,それはそうなのでしょうが,正確にいえば「問題行動」たる喫煙は症状にすぎず,当該「問題行動」の原因は別にあるのではないでしょうか。症状のみ抑えたとしても,それが同時に原因の治療・解消であるわけではないでしょう。

とはいえ,満20年に至らざる者らの喫煙が相変わらず「駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる」のであれば,井上角五郎代議士,伊澤修二貴族院議員ら明治帝国議会の硬派議員団はよみがえり,根本代議士案ではまだ足りなかったわい若い者は生意気だわいと未成年者喫煙禁止法の罰則の強化に賛成したことではありましょう。

 

(3)酒類小売自由化との関係

なかなか分かりにくい増田委員長の趣旨説明だったのですが,実は,当該委員会案起草の背景には,「実は酒類の販売業の免許に関係いたしまして,それの規制緩和に当たって環境整備をする,要するに公正な取引環境を整備する,あるいは,ただいまのような社会的規制を強化する,そういうような前提条件を整える,その一環としての趣旨もあるわけでございます。」(滝実委員。前記地方行政委員会議録第5号2頁),「今回の法案につきましては,8月29日の政府・与党合意において,酒類小売業免許の規制緩和を円滑に進めるため,環境整備としてとることとされた措置の一つというふうにも承知しております。」(塚原治政府参考人(国税庁長官官房国税審議官)。同会議録5頁)というような大人の事情があったものです。酒類の小売の自由化をするに当たって自由化反対論者の反対理由の一つ(酒類の小売の自由化がされたら未成年者の飲酒が増えるおそれがある,というようなものでしょう。)をつぶすためにする未成年者飲酒禁止法の罰則強化に,未成年者喫煙禁止法もつき合わされたということでしょう。

 

7 2001年改正

未成年者喫煙禁止法に現行4条(「煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」)を挿入した平成13年法律第152号の法案も,衆議院の委員会起草に係るものでした。しかしながら,当該法案を決定した第153回国会衆議院内閣委員会の20011128日の会議においては,大畠章宏委員長からの草案の趣旨及び内容説明のみがされ,質疑答弁はされていません(第153回国会衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

大畠委員長による趣旨説明の前半は平成12年法律第134号に係る法案についての前記増田委員長による説明とほぼ同じで,結局当該草案提出の趣旨の要点は,「昨年,未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設け,さらに,たばこ等の販売及び酒類の提供禁止違反に対する罰則を強化する措置が講じられたところであります。/しかしながら,依然として,20歳未満の者に対して,たばこや酒類を販売している実態がなくならない状況にあります。/そこで,今回,未成年者の喫煙及び飲酒の防止に一層資するため,たばこの販売業者等において年齢の確認その他の必要な措置を講ずる必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。」というものにすぎませんでした(前記衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

法案に関する質疑答弁は200112月4日の参議院内閣委員会でされています。
 まず,衆議院内閣委員長代理たる元通商産業省秀才官僚の佐藤剛男衆議院議員は,「・・・「年齢ノ確認」というものを例示規定に入れているわけでございます。確認の,確認その他のと違うところがみそであります。」と答弁していますが(第
153回国会参議院内閣委員会会議録第8号2頁),難しい。うまく理解されたものであるのかどうか。これは,当該条文の「其ノ他ノ」について,「「その他」は・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁)とする法制執務上の約束ごとを踏まえた上で「其ノ他」としなかった精緻な立法であるという自賛でしょう。「満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為・・・必要ナル措置ヲ講ズルモノ」とする一方,当該「必要ナル措置」の例示として「年齢ノ確認」が示されているという意味です(例示にすぎないので,あらゆる場合に必ず年齢ノ確認をしなければならないということにはなりません。)。

「講ズルモノトス」の規範としての性格についての佐藤衆議院議員の答弁は,要するに,「・・・訓示規定という形の・・・そういうたぐいに属する範疇のものでございます。」ということのようです(前記参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

「講ズルモノトス」規定が犯罪構成要件に結びつくということはないのだねという念押し質問に対する佐藤衆議院議員の答弁は,「・・・そういうものとすぐに直結するものではございません。そういう,条文は別でございます。ということで御理解をいただきたい。」ということになっています(参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

 

8 未成年喫煙禁止法5条の「知リテ」の意味等

最後に,未成年者喫煙禁止法現行5条(「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円以下ノ罰金ニ処ス」)の犯罪構成要件における「知リテ」の解釈に関する興味深い裁判例を紹介します。

丸亀簡判平成261027日(平成25年(ろ)第2号)は当該「知リテ」は確定的認識に限られるものとはせず,「自ら喫煙するものであるかもしれないことを認識しながら,あえて・・・販売」すれば有罪となるものとしています。当該被告人が当該被販売者は「満20年ニ至ラサル者」であるものと認識していたかどうかを問題として逆転無罪判決を出した控訴審の高松高判平成27年9月15日(平成26年(う)第266号)においても,「知リテ」を確定的認識に限定しないことは問題とはされていません。

はてさて,しかし,少なくともタスポ等の導入前のたばこ自動販売機の設置者は,当該自動販売機から満20年に至らざる者が自ら喫煙するたばこを購入することが「あるかもしれないことを認識しながら,あえて」当該自動販売機を設置したのではなかったでしょうか。とはいえ,未成年者喫煙禁止法現行5条の罪の公訴時効期間は,3年であるところです(刑事訴訟法250条2項6号)。
 なお,未成年者喫煙禁止法現行5条にいう「煙草」の「自用」は,自ら「煙草ヲ喫スルコト」でしょう(同法1条)。「煙草」こと「たばこ」は,たばこ事業法(昭和59年法律第68号)2条1号において「タバコ属の植物をいう。」と定義されています。タンポポを主原料とした製造たばこ代用品(たばこ事業法38条。第101回国会衆議院大蔵委員会議録第29号35頁の小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)の答弁参照)などを20歳未満の者が喫煙しても,タンポポはキク科タンポポ属に属していてナス科タバコ属に属してはいませんから,未成年者喫煙禁止法1条違反にはならないのでしょう。ところで,「喫スル」の「喫」なのですが,『岩波国語辞典第4版』(1986年)の解義では「(口で)かむ。口からのどを通して腹の中へと入れる。くう。くらう。たべる。のむ。身に受ける。」とされています。口偏がついているから,口を使わなければならないというのでしょう。それでは,かぎ用製造たばこ(たばこ事業法2条3号参照)をかぐことは,「煙草ヲ喫スルコト」にならないのかどうか,悩ましいところです。しかし,喫煙用製造たばこに火をつけて,口でくわえずに鼻孔に差し込んで吸ったらどうなるのか,さすがにこれを喫煙にならないというのはなかなか辛いところです。「嗅」の字の部首は鼻ではなくて口偏だから,鼻のみを使っても口偏の「喫」に含まれるものであるのかどうか。とはいえ,学生時代知人であった某歯科大学生が酔っ払い宴会での持ち芸にしていた「ホタル」においては,点火された喫煙用製造たばこが用いられた箇所は口は口でも出口の方でしたから,「煙草ヲ喫スルコト」にはならない・・・と思います

 かつて住んでいた集合住宅で,夜間ないしは早朝の人気(ひとけ)あるべくもない時刻に階段を上って又は下ってつと曲がると,薄明りの中で人目を忍び,かつ,(いと)しげにたばこを吸いいる近くの住人にばったり鉢合わせしてドッキリびっくりさせられたことが何度かありました。ヴェランダ(ほたる)族も昔の話。自らが夫であり父である家族の住むアパートメントの室内はおろかヴェランダでの喫煙すらも許されず(洗濯物等にたばこの臭いがうつることが当然許されないのでしょう。),とうとう廊下ないしは階段に流謫の身をかこつこととはなった可哀想なニコチン好きの(わび)しい姿でありました。

 たばこは東洋における文明と強兵との(さきがけ)たる我が日本帝国人民の元気の敵なりと,国を愛し国を憂うる議員諸賢の怒号する帝国議会の協賛を得,明治大帝の裁可を得たる未成年者喫煙禁止法(明治33年法律第33号)が施行せられて117回目の春,同法に関して不図(ふと)調査の思いを発し,いささか調べ得たことを文字にしてはみたのですが,以下思わず長いものとなりました。

 

1 法文及び若干の註

 

朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル未成年者喫煙禁止法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 

  御 名  御 璽

 

     明治33年3月6日(官報3月7日)

          内閣総理大臣 侯爵山縣有朋

          内務大臣 侯爵西郷從道

法律第33

未成年者喫煙禁止法

第1条 20年ニ至ラサル者(1)②ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス

第2条 前条ニ違反シタル者アルトキハ行政ノ処分ヲ以テ喫煙ノ為ニ所持スル煙草及器具ヲ没収ス

第3条 未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者情ヲ知リテ其ノ喫煙ヲ制止セサルトキハ(2)④科料ニ処ス 

 親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者亦前項ニ依リテ処断ス

第4条 煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス(3)

第5条(4) 20年ニ至ラサル者(1)⑤ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円(5)⑥以下ノ罰金ニ処ス

第6条(4) 法人ノ代表者又ハ法人若ハ人ノ代理人,使用人其ノ他ノ従業者ガ其ノ法人又ハ人ノ業務ニ関シ前条ノ違反行為ヲ為シタルトキハ行為者ヲ罰スルノ外其ノ法人又ハ人ニ対シ同条ノ刑ヲ科ス(6)

   附 則

本法ハ明治33年4月1日ヨリ之ヲ施行ス

 

条文中の(1)から(6)までの註は,1900年3月6日に明治天皇の裁可により成立(大日本帝国憲法5条・6条)した時の未成年者喫煙禁止法の原始規定と現行規定との相違に係るものです。(また,①から⑥までの註は,後記のとおり,第14回帝国議会の衆議院に茨城県選出の根本(しょう)衆議院議員らが提出した当初の法案に係るものです。

註(1)の部分は,立法時の原始規定では「未成年者」でした。昭和22年法律第223号(「民法の改正に伴う関係法律の整理に関する法律」は件名)23条により,1948年1月1日から改められています(同法29条参照)。現在,民法753条は「未成年者が婚姻をしたときは,これによって成年に達したものとみなす。」と規定していますが,これは昭和22年法律第222号による新しい規定で,同法による改正前の民「法は,一方,未成年者は親権または後見に服し,婚姻をしてもこの状態は変わらないものとするとともに,他方,妻は無能力者として夫の支配の下に立つものとし」ていたところです(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)93頁)。「公職選挙法,未成年者喫煙禁止法,未成年者飲酒禁止法などの適用では,依然として未成年者とされることはいうまでもない。」とされていますが(我妻95頁註(4)),解釈論以前に,昭和22年法律第223号によって法律の条文自体に改正が加えられていたわけです。

註(2)の部分に,原始規定では「1円以下ノ」が入っていました。なお,1900年当時施行されていた旧刑法(明治13年太政官布告第36号)29条には「科料ハ5銭以上1円95銭以下ト為シ仍ホ各本条ニ於テ其多寡ヲ区別ス」と規定されていました。「1円以下ノ」は,平成1212月1日法律第134号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20001231日から削られています(同法附則参照)。当該改正より前において「科料は,1000円以上1万円未満とする。」と規定する刑法17条との折り合いは,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項によって,額の定めのない科料ということにされていてついていたものです。

註(3)の条項(現行4条の規定)は,原始規定にはありませんでした。平成131212日法律第152号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20011212日から現行4条が加えられたものです(同法附則1項参照)。

註(4)に係る「第5条」及び「第6条」は,原始規定にはありませんでした。未成年者喫煙禁止法の原始規定では,現行5条が第4条であり,かつ,同法は第4条までしかありませんでした。上記平成13年法律第152号1条により,当時の第4条及び第5条がそれぞれ新しい第5条及び第6条に,20011212日から移されています。

註(5)の部分は,原始規定では「10円」でした。罰金刑なので,旧刑法上の軽罪です(同法8条3号)。190810月1日施行の現行刑法15条本文では当初「罰金ハ20円以上トス」とされていたので10円以下の罰金規定が存続し得たかどうかというと,平成3年法律第31号による改正以前の刑法施行法(明治41年法律第29号)20条は「他ノ法律ニ定メタル刑ニ付テハ其期間又ハ金額ヲ変更セス但他ノ法律中特ニ期間又ハ金額ヲ定メサル刑ニ付テハ仍ホ旧刑法総則中期間又ハ金額ニ関スル規定ニ従フ」と規定していました。しかし,罰金等臨時措置法の旧4条1項本文により,科刑上,1949年2月1日からは(同法附則1項参照),未成年者喫煙禁止法の「10円以下ノ罰金」は2000円以下の罰金ということになりました。1972年7月1日からは8000円以下の罰金となり(昭和41年法律第61号),平成3年法律第31号による改正により1991年5月7日からは2万円以下の罰金となっています(罰金等臨時措置法2条1項本文)。最終的には前記平成12年法律第134号1条によって,20001231日から,未成年者喫煙禁止法自身の条文において「10円以下ノ罰金」が「50万円以下ノ罰金」に改められています。

註(6)の条項(現行6条の規定)は,両罰規定ですが,原始規定にはありませんでした。前記平成12年法律第134号1条によって20001231日から,当初は「第5条」として加えられたものです。

未成年者喫煙禁止法は,議員立法でした(大日本帝国憲法38条後段)。189912月6日付けで衆議院に根本正代議士外4名によって提出された法案の当初の題名は「幼者喫煙禁止法」で,第1条冒頭は「18歳未満ノ幼者」とされ(現在であれば「幼者」ではなく「児童」との語が用いられたでしょう(児童福祉法(昭和22年法律第164号)4条1項等参照)。),喫煙制止義務者は「第1条ノ幼者ヲ監督スル責任アル者」であって,第3条に第2項はなく,科料の額は「10銭以上1円以下」,たばこ又は器具を売ってはならない相手は「第1条ノ幼者」であり,罰金の額は「2円以上10円以下」とされていました。

 

2 根本正衆議院議員の法案提出趣旨

18991212日の衆議院本会議における根本正代議士による堂々の法案趣旨説明は次のとおりでした(第14回帝国議会衆議院議事速記録第7号83頁。なお,原文は片仮名書き)。

 

 諸君,茲に本員等が喫煙禁止法案を提出致しました理由を極簡短に述べます,此法案は近来小学校の子供が輸入の巻煙草を吸ふ者が日々増加しまして,此儘に棄置きましたならば我帝国人民をして,或は支那の今日に於ける有様,又遂に印度の如き結果を見ねばならぬと大に憂ふる所であります,それはどう云ふ訳であるかと申しまするなれば,此煙草と云ふものは阿片の如く「ナコチック」及「ニコチン」を含有するものでありまして,若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝国人民の元気を消滅するに至る訳であります,それ故に此子供が煙草を喫むと云ふことは,国是として廃さねばならぬことでございます,此事と云ふものは実に文明の各国に於て行れる法律であります,既に独逸に於ては16歳以下の子供に煙草を喫ませませぬです,それはどう云ふ訳であるかと云ひますると,唯今申上げたる訳で,第一軍人たるに不適当たらしむる故であります,又亜米利加の一新報を見ますれば,西班牙と亜米利加が戦争をしました時分に各地方から兵卒を呼びまして,其内取除けられた青年があります,其取除けられた青年の100人の中90人は幼少より煙草を喫んだものであると云ふことが書いてあります,加之(しかのみ)ならず現に東京に駐在する所の米国特命全権公使「バック」君の御話を聴きました所が,先生が生れた故郷なるヴォルヂニア州と云ふ所は,諸君が御承知の通,煙草を製造して外国に輸(ママ)する大なる一煙草国であります,然れども20歳以上の人には害は少いが,18歳以下の人には宜しくないものであると云ふて,ヴォルヂニア州では18歳以下の子供には,一切煙草を売ることを法律を以て禁じてあると云ふことを,実に此公使より私が承った所であります,独りヴォルヂニア州のみならず,紐育(ニューヨーク)州でも通である,紐育州では1889年,即ち今を距ること10年前に此法律を施行致しました,又アイオ()州でも其通であります,斯の如き好き例が沢山ありますからして,此等のことは詳しく御話しませぬけれども,実に(いやしく)も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼(ママ)者あり)唯一言を御話します,1891年に亜米利加の「エール」大学校に於て,生徒が147人の一組の生徒があります,此4年間の結果を調べて見ました所が煙草を喫む人が70人あって,禁煙した者が77人あります,それで色調べて見ました所が,丈の高さが煙草を喫まない人は2割4分高くなって居る,又胸の囲りを計って見ますれば,2割6分7厘広くなって居ったと云ふことであります,殊更に肺に関係したことは(おびただ)しいものであって,7割7分5厘程のものになって居る,其他ボルマント州の如きは,小学校に於て教師と生徒と共に禁じてあります,又米国ウヱスト,ポエント陸軍兵学校に於ても禁じてある,又アナポリス海軍兵学校に於ても禁じてある,実に此法律は日本をして東洋に於て欧米列国に優る所の国にするならば,他日此国の父母と為る小学校の生徒に煙草を喫ませると云ふことはありませぬです,どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば,支那や印度の真似をせずに,どうか此文明国の法律を御採用あらんことを希望します

 

たばこを吸うと(から)天竺(てんじく)の人のようになっちゃうぞ,ということだったようです。無論,大昔の孔子も釈迦もたばこは吸っていなかったはずですから,米国留学経験者たる根本代議士とても儒教・仏教の排斥までは考えてはいなかったのでしょう。19世紀末の興隆する大日本帝国の臣民の眼から見ると,唐・天竺は衰亡文明の代名詞のようなものだったごとし。しかし,21世紀の今日,新興経済大国たる中華人民共和国及びインドの両国民から見ると,むしろ我が日本国こそが停滞ないしは衰退の中に恍惚とした活力のない過去の経済大国として印象されているようにも懸念されます。たばこさえ吸えば中華人民共和国経済及びインド経済のごとき活力を我が日本経済も取り戻すというのならば,日本国民こぞって煙突のごとくたばこを猛然と吸ってみるということもあり得るでしょうか。しかし,税収面での貢献はともかくも(国の平成28年度予算案に係る財務省資料を見ると,2016年度におけるたばこ税徴収概算額は9230億円でした。),経済政策としては相手にされないでしょう。

「どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば」,随分先のことを考えて子供の心配もよいのですが,今の大人が現下のそれぞれの課題に自ら全力で取り組み,立派な仕事をして来るべき世代にまず範を示し置くべきことも重要であるようにも思われます。

それはともかくとして,まずは強兵論なのでしょう。カイゼルのドイツでは,子供が軍人として不適当とならぬように16歳以下の子供にはたばこを吸わせない,米国の陸軍士官学校及び海軍兵学校はいずれも生徒にたばこを吸わせない,たばこを吸わない方が身体が強健になる(「エール」大学校の統計の数字の意味は根本代議士の説明の速記からは分かりにくいのですが,189912月6日に衆議院に提出された法案に付された理由(『衆議院議員根本正第十四回帝国議会報告』(根本正・1900年)1011頁参照)においては「禁煙者77人は喫煙者70人に勝ること重量2割4分・・・の増加」ということで,「2割4分」背が高いのではなく,体重が「2割4分」より増えているということだったようです。とすると,胸囲のみならず腹囲も非喫煙者の方が増加が大きかったのでしょうか。また,「肺に関係したこと」とは「肺量」であって,「肺量」が「禁煙者は喫煙者よりも平均多量なること7割7分5厘なり」ということだったそうです。),たばこを吸うと現役として兵役に服さないようになってしまうぞ(ただし,1898年の米西戦争の際の米軍兵士が全員非喫煙者であったわけではないでしょうし,むしろ喫煙者の方が兵士中の多数者だったかもしれません。上記衆議院提出の法案理由では「米西戦争に於て軍医の為に兵役より排斥せられたる青年の100分の90は喫煙の悪結果に基くと云ふ」ということではありました。なお,当該法案理由には,「「バック」君の言に「ヴヲルジニア」州及「アイオワ」州の如く18歳以下の者に対し煙草販売禁止法を施行せる各州の少年を喫煙する他州に比するに徴兵検査の成蹟頗る良結果を呈せりと云ふ」ともありました。)その他云々。

Peaceというたばこの銘柄がありますが,そこでの平和(ピース)は,健全な愛国的兵士像に背を向けた兵役忌避者的平和ということでしょうか。民族間闘争の世界に喜々として飛び込む,溢るる健康はそこにはないのでしょう。

ところで,「実に苟も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼ふ者あり)」というくだりはどうでしょうか(このくだりは,衆議院提出の法案理由には書かれてありません。)。「苟も国庫の補助を受けて居る」のは19世紀末の当時は学校の生徒だけだったのかもしれませんが,現在の我が福祉国家においては,「国庫の補助を受けて居る」者は数多く,特別視して直ちに特に厳重な生活規制の対象とするわけにもいかないでしょう。結局は,学生の本分として「煙草を喫むと云ふことは実に宜しくない」ということに話は収斂し,しからば当該「学生の本分」は何かということになれば,良き貔貅(ひきゅう)たれ,ということになるのでしょう。しかし,ユーラシアの残酷を離れての太古からの平和国家たる我が国の代議士諸賢が, そこまで徹底したスパルタ的軍国主義者だったと考えてよいものかどうか。単に,学生のくせに偉そうにたばこなんか吸いやがって生意気だ,行儀が悪い,ということだったのかもしれません。
 

3 第14回帝国議会貴族院における議論

 

(1)未成年者喫煙禁止法案反対論

14回帝国議会の審議においては,貴族院本会議における未成年者喫煙禁止法案(衆議院から貴族院に18991219日付けで提出された法案における題名。なお,衆議院からの提出の際には,法案は成立時の原始規定と同じ形になっていました。)に対する反対意見及びそれをめぐる議論(1900年2月19日)が,まず興味深いところです。

 

ア 二条基弘委員長報告

実は,貴族院の未成年者喫煙禁止法案特別委員会においては,未成年者喫煙禁止法案は否決されていました。未成年者喫煙禁止法案特別委員長の二条基弘公爵(後光厳天皇を擁立したあの二条良基http://donttreadonme.blog.jp/archives/1003236277.htmlの子孫ですね。)が1900年2月19日の貴族院本会議で報告するには,「先づ此条文を皆読みました所が,中に之を解釈するにもむづかしい話で,実際今日の有様に於て此案の通りに,此案を出して十分に取締が出来るかと云ふことは甚だ疑はしい話で,到底是はむづかしいことであらう」,「若し此法のやうなことにしますれば子供が煙草を持って歩いた所がそれが果して自分が喫むのか否やは中管理者の分ることではありますまい,又果して聞いた所が(いつわ)って是はさうでないと言へばそれまでの話で,即ち認定問題に移って来ることでありますから,即ち到底其成績を顕すことはむづかしいことである,「然るに此未成年者ばかりの喫煙を禁ずると云ふことは主意に於ては誰も皆賛成をして居るので,さりながら此事柄は法律を以て制裁を加ふべきものであるや否やと云ふ所に於きましては(いず)も皆法律を以てやるべきものではあるまい,是は必ず学校とか又は即ち家庭教育の父兄たる者の責任に於てやるべきことが至当のことであらう」,「若し是は大体の目的として衛生上に害があると云ふやうなことになればまだ是よりも他に非常に害になるものもありまする,それを止めずして単に之を止むると云ふことは行くまい」,「若しもそれが行政命令〔文部省令〕で出来ると云ふやうなことになれば斯様なる法律を今出してやるのは甚だ宜しくないからして,是は行政命令の方に任せた方が宜しからうと云ふので,是は政府の方で断然其手続をやって貰ひたいと云ふ精神からして,委員会に於きまして是は否決になった訳であります」というようなことでありました(第14回帝国議会貴族院議事速記録第28639頁。原文は片仮名書き。なお,国立国会図書館のウェッブ・サイトを見ても貴族院未成年者喫煙禁止法案特別委員会の速記録はないようです。)。取締りの実効性の問題のほか,親権の行使ないしは学校教育に係る文部省令等で対応すべきであって法律を用いるまでもないこと,及びより有害ではあるが禁止されていない物がたばこのほかにあることとの衡量論が否決の理由とされているということでしょう。

 

イ 『学問のすゝめ』の小幡篤次郎

かつて福沢諭吉の『学問のすめ』初篇に共著者として名を連ねていた小幡篤次郎議員は,未成年者喫煙禁止法案特別委員会の法案否決論に賛成でした。いわく,「・・・如何にも煙草を未成年者が呑むと云ふは宜しくないと云ふことは勿論(もちろん)御同意でございますが,之を親の権柄で禁ずることは当り前で,それを親の権柄が通らない為に政府の力を借りて止める(など)と云ふことは甚だどうも教育上の主義を得ない,又今一つは之を制しまするには巡査の力を借らなくてはならぬ,子供が途中で巡査に(とが)られて煙草を取上げられる抔と云ふことは煙草を呑むよりも一層恥づべきことと思ふ,是は否決すべきものと思ひます」と(前記貴族院議事速記録第28641頁)。家庭内でしつけるべきことについてまで,法が家に入ってはならぬということでしょう。

 

(2)未成年者喫煙禁止法案賛成論

 

ア 後の文部大臣たる久保田譲

しかし,我が国の為政者は,我が人民の自主的しつけ力・自律力には悲観的です。後に文部大臣となる久保田譲議員はいわく。

 

・・・私は此事は衛生上の関係よりも(むし)ろ青年風紀を維持する上から本案の成立することを希望致します,成る程特別委員長の申されましたやうに斯の如きことは社会の制裁並に家庭の取締等が能く届いてある国であるならば必ず法律を以て制定するには及びますまい,小さい小学の子供抔が一家の内で煙草を吸ったり或は往来で煙草を吸ふやうなことは文明の諸国では其例を見ない所である,それで父兄なり家庭なりで能く是等の教訓が届いて取締の届くことであれば決して法律抔の世話になることはありますまい,(しかし)ながら我国に於ては家庭の有様がなかなかさう云ふ訳には参りませぬ,中以上の所では或は制裁もあるか知りませぬが,中以下の家庭に於てはなかなか左様なことは一向頓著をして居らぬ,それ故に小学校の子供が十や十二三の子供が往来を煙草を(くわ)へて歩いて居ると云ふのは如何にも一国の風紀を(みだ)る,それから一見して其国民の遊惰なることを知らる有様であります,誠に慨歎に堪へぬのであります・・・若し又之を今日此処(ここ)で断じて否決をしたならば其影響は如何でありませう,斯の如きことは帝国議会に於ては必要を認めぬと云ふことになる,さうすると其反動は益〻斯の如き風儀の悪いことが盛に行はるやうになりますから最も恐るべきことである・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

イ 「鬼門」村田保と慶安御触書

フランス人ボアソナードらの旧民法は「倫常を紊」り,「慣習に(もと)る」と主張した執拗で徹底的な法典延期論者にして,「性格が執拗,偏狭」,「貴族院における「鬼門」」たる村田保議員(大久保泰甫『ボアソナアド』(岩波新書・1998年)178頁,163164頁参照)も,未成年者喫煙禁止法案に賛成でした。しかし,法案に対する賛成意見を述べる際の村田議員の口吻からは,旧民法人事編を排してせっかく制定された明治31年法律第9号の民法第4編に規定された親権は必ずしも強いものではないものと認識していたことが窺われます。

 

・・・未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者ガ情ヲ知ッテ制シナイトキハ科料ニ処スとあります,若し此法案がなければ自分の子が煙草を呑んで居っても止めることは出来ない,御同様に同じことである,所が此法案が出来れば未成年者は煙草を呑むことが出来ぬと云ふことが出来る,さうして若し幼年者が煙草呑んだらば親が罰されると云ふことになるから,子として自分の親が罰せらると云ふことになれば子たる者はどうしても呑むことは出来まいと思ひます・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

 親権者たる明治の親父(民法旧877条によれば親権者は原則その子の家に在る父)も,監護ないしは教育の方針に係る親権者たる自己の権威のみをもってしては子に対して「こらっ,子供のくせにたばこなんか吸うんじゃない。」と言えず,「何だよぉ,オヤジィ,自分がたばこ吸っているくせに勝手なこと言うなよぉ。」と反論(「御同様に同じことである」)をされればたちまち腰砕けになっていたということのようです。そうであれば,村田議員の認識は甘い。そもそも親権者の権威に服さぬ反抗的な子は,「あのぉ,たばこを吸われちゃうと,私が警察に科料1円を取られちゃうんで,止めてくれませんでしょうか・・・」と父親におずおずと言われても,かえって,「ハァ,このオヤジ,何言ってんの?わけわかんねー。1円払えばいいじゃん,うぜぇなぁ,払えよォ。」とあきれて笑い,たばこの煙を吹きかけるだけでしょう。(ちなみに,警察が科料を支払わせることについては,1900年当時は,違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)により,違警罪たる科料の罪(旧刑法9条2号)については警察署長若しくは分署長又はその代理たる官吏が即決することができ(同例1条),必要なときは科料を仮納させることができたところです(同例8条,9条)。即決の言渡しに対しては,正式の裁判を請求できることとなってはいました(同例3条)。)

 なお,村田議員にとっての未成年者が喫煙することに伴う弊害は,「内証で煙草を呑んで之が為に金を費すことが非常である,それのみならず学校の生徒は煙草の為にまるで学費を費したと云ふことを聞いて居る,それで随分此弊害と云ふものは恐ろしいものである」ということで(前記貴族院議事速記録第28640頁),実は子供によるお小遣いの無駄遣いでした。

 「中以下の家庭」の「遊惰」なる人民に対しては,徳川幕府がその百姓らに対してしたように,明治国家が自ら細かく生活に介入して啓蒙せざるを得ず,かつ,たばこはそもそも代物(だいもつ)(代金)多く()不経済なものでありました。

 

 一 たは(たば)()のみ申間敷(もうすまじく)(そうろう),是ハ食にも不成(ならず),結句以来(わずらい)(なる)ものに候,其上(ひま)もかけ代物(だいもつ)(ママ),火の用心も(あしく)候,万事ニ損成ものニ候事(慶安御触書)

 

後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1056356752.html

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