Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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1 三種ノ神器と後鳥羽天皇及び後醍醐天皇

 安徳天皇を奉じ三種ノ神器を具しての平家都落ちを承けて前年急遽践祚した第82代後鳥羽天皇の即位の大礼を,後白河法皇が翌七月に行おうとしていることに関する元暦元年(寿永三年)(1184年)六月廿八日の九条兼実日記(『玉葉』)の批判的記述。

 

 ・・・何況(なんぞいわんや)不帯剣璽(けんじをおびざる)即位之例出来者(いできたらば),後代乱逆之(もとい),只可在(このことに)此事(あるべし)・・・

 

 壇ノ浦の合戦において安徳天皇が崩御し,平家は滅亡,三種ノ神器のうち鏡及び璽は回収されたものの剣は失われてしまったのは,その翌年のことでした。
 承久三年の乱逆は,元暦元年から37年後のことです。九条家は,兼実の孫の道家の代となっていました。 

 頼山陽『日本外史』巻之五新田氏前記楠氏にいわく。

 

 〔建武三年(1336年),後醍醐〕帝の(けつ)(かえ)るや,〔足利〕尊氏(すで)に新帝〔光厳天皇〕の弟を擁立す。これを北朝光明帝となす。帝に神器を伝へんことを請ふ。〔後醍醐〕帝(ゆる)さず。尊氏,〔後醍醐〕帝を花山院に(とら)へ,従行の者僧(ゆう)(かく)らを殺し,その余を(こう)(しゅう)す。・・・〔三条〕(かげ)(しげ)(ひそか)に計を進め,(のが)れて大和に(みゆき)せしむ。〔後醍醐〕帝,夜,婦人の()を服し,(かい)(しょう)より出づ。(たす)けて馬に(のぼ)せ,景繁,神器を(にな)つて従ふ。・・・ここにおいて,行宮(あんぐう)を吉野に(),四方に号令す。(頼成一=頼惟勤訳『日本外史(上)』(岩波文庫・1976年)313314頁)

 

 同じく巻之七足利氏正記足利氏上にいわく。

 

 〔後醍醐〕帝,〔新田〕義貞をして,太子を奉じ越前に赴かしめ,(しこう)して()を命じて闕に還る。〔足利〕直義,兵に将としてこれを迎へ,(すなわ)ち新主〔光明天皇〕のために剣璽を請ふ。〔後醍醐〕帝,偽器(ぎき)を伝ふ。(頼成一=頼惟勤訳『日本外史(中)』(岩波文庫・1977年)26頁)

 

 しかし,偽器まで使って(あざむ)き給うのは,さすがにどうしたものでしょうか。

 

2 天皇の退位等に関する皇室典範特例法案要綱

昨日(2017年5月10日),京都新聞のウェッブ・サイトに「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案要綱」というものが掲載されていました。当該要綱(以下「本件要綱」といいます。)の第二「天皇の退位及び皇嗣の即位」には「天皇は,この法律の施行の日限り,退位し,皇嗣が,直ちに即位するものとすること。」とあり,第六「附則」の一「施行期日」には「1 この法律は,公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとすること。」とあります。すなわち,全国民を代表する議員によって組織された我が国会が,3年間の期間限定ながら,内閣(政令の制定者)に対し,在位中の天皇を皇位から去らしめ(「天皇は,この法律の施行の日限り,退位し」というのは,法律施行日の夜24時に天皇は退位の意思表示をするものとし,かつ,当該意思表示は直ちに効力を生ずるものとするという意味ではなくて,シンデレラが変身したごとく同時刻をもって天皇は自動的に皇位を失って上皇となるという意味でしょう。),皇嗣をもって天皇とする権限を授権するような形になっています。

 

3 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承と三種ノ神器

「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承の際三種ノ神器はどうなるのかが気になるところです。

手がかりとなる規定は,本件要綱の第六の七「贈与税の非課税等」にあります。いわく,

 

第二により皇位の継承があった場合において皇室経済法第7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物については,贈与税を課さないものとすること。

 

 皇室経済法(昭和22年法律第4号)7条は,次のとおり。

 

 第7条 皇位とともに伝わるべき由緒ある物は,皇位とともに,皇嗣が,これを受ける。

 

(1)皇室経済法7条をめぐる解釈論:相続法の特則か「金森徳次郎の深謀」か

 本件要綱の第六の七には「皇室経済法第7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物」とあります。ところで,これは,皇位継承があったときに,皇室経済法7条によって直接,三種ノ神器その他の「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」の所有権は,特段の法律行為を要さずに前天皇から新天皇に移転するということでしょうか。見出しには「贈与税の非課税等」とありますが,ここでの「等」は,皇室経済法7条のこの効力を指し示すものなのでしょうか。

 皇室経済法7条については,筆者はかつて(2014年5月)「「日本国民の総意に基づく」ことなどについて」と題するブログ記事で触れたことがあります。ここに再掲すると,次のごとし。

 

皇室経済法7条は「皇位とともに伝わるべき由緒ある物は,皇位とともに,皇嗣が,これを受ける。」と規定しています。同条の趣旨について,19461216日,第91回帝国議会衆議院皇室典範案委員会において,金森徳次郎国務大臣は次のように説明しています。天皇にも「民」法の適用があることが前提とされています。

 

次ぎに第7条におきまして,日本国の象徴である天皇の地位に特に深い由緒ある物につきましては,一般相続財産に関する原則によらずして,これらのものが常に皇位とともに,皇嗣がこれを受けらるべきものなる旨を規定いたしております,このことはだいたいこの皇室経済法で考えておりまするのは,民法等に規定せられることを念頭にはおかないのでありまするけれども,しかし特に天皇の御地位に由緒深いものの一番顕著なものは,三種の神器などが,物的な面から申しましてここの所にはいるかとも存じますが,さようなものを一般の相続法等の規定によつて処理いたしますることは,甚はだ目的に副わない結果を生じまするので,かようなものは特別なるものとして相続法より除外して,皇位のある所にこれが帰属するということを定めたわけであります。

 

  天皇に民法の適用があるのならば相続税法の適用もあるわけで,19461217日,第91回帝国議会衆議院皇室典範案委員会におけるその点に関する小島徹三委員の質疑に対し,金森徳次郎国務大臣は次のように答弁しています。

 

・・・だいたい〔皇室経済法〕第7条で考えております中におきましては,はつきり念頭に置いておりますのは,三種の神器でありますけれども,三種の神器を物の方面から見た場合でありますけれども,そのほかにもここに入り得る問題があるのではないか,かように考えております,所がその中におきまして,極く日本の古典的な美術の代表的なものというようなものがあります時に,一々それが相続税の客体になりますと,さような財産を保全することもできないというふうな関係になりまして,制度の関係はよほど考えなければなりませんので,これもまことに卑怯なようでありますけれども,今後租税制度を考えます時に,はっきりそこをきめたい,かように考えております

 

  相続税法12条1項1号に,皇室経済法7条の皇位とともに伝わるべき由緒ある物は,相続税の非課税財産として掲げられています。

  三種の神器は,国有財産ではありません。19461221日,第91回帝国議会貴族院皇室経済法案特別委員会における大谷正男委員の質疑に対する金森徳次郎国務大臣の答弁は,次のとおり。

 

此の皇位に非常に由緒のあると云ふもの・・・今の三種の神器でありましても,皇位と云ふ公の御地位に伴ふものでありますが故に,本当から云へば国の財産として移るべきものと考ふることが,少くとも相当の理由があると思つて居ります,処がさう云ふ風に致しますると,どうしても神器などは,信仰と云ふものと結び付いて居りまする為に,国の方にそれは物的関係に於ては移つてしまふ,それに籠つて居る精神の関係に於ては皇室の方に置くと云ふことが,如何にも不自然な考が起りまして,取扱上の上にも面白くない点があると云ふのでありまするが故に,宗教に関しまするものは国の方には移さない方が宜いであらう,と致しますると,皇室の私有財産の方に置くより外に仕様がない,こんな考へ方で三種の神器の方は考へて居ります・・・

 

  http://donttreadonme.blog.jp/archives/1003236277.html

 

 要するに筆者の理解では,皇室経済法7条は民法の相続法の特則であって,崩御によらない皇位継承の場合(相続が伴わない場合)には適用がないはずのものでした。生前退位の場合にも適用があるとすれば(確かに適用があるように読み得る文言とはなっています。),これは,皇位継承の原因は崩御のみには限られないのだという理解が,皇室典範(昭和22年法律第3号)及び皇室経済法の起草者には実はあったということになりそうです(両法の昭和天皇による裁可はいずれも同じ1947年1月15日にされています。)。「金森徳次郎の深謀」というべきか。

 しかし,皇室経済法7条が生前退位をも想定していたということになると,現行皇室典範4条の規定(「天皇が崩じたときは,皇嗣が,直ちに即位する。」)は崩御以外の皇位継承原因を排除しているのだという公定解釈の存立基盤があやしくなります。そうなると,本件要綱の第一にある「皇室典範(昭和22年法律第3号)第4条の規定の特例として」との文言は,削るべきことになってしまうのではないでしょうか。

 

(2)贈与税課税の原因となる贈与と所得税の課税対象となる一時所得

 更に困ったことには,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承に伴い直ちに皇室経済法7条によって「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」の所有権が前天皇から新天皇に移転するのであれば,これは新旧天皇間の贈与契約に基づく財産の授受ではなく,そもそも贈与税の課税対象とはならないのではないでしょうか。

相続税法(昭和25年法律第73号)1条の4第1項は,贈与税の納税義務者を「贈与により財産を取得した個人」としていますが,ここでいう「贈与」とは民法549条の贈与契約のことでしょう(金子宏『租税法(第17版)』(弘文堂・2012年)543頁参照)。相続税法5条以下には贈与により取得したものとみなす場合が規定されていますが,それらは,保険契約に基づく保険金,返還金等(同法5条),定期金給付契約に基づく定期金,返還金等(同法6条),著しく低い価額の対価での財産譲渡(同法7条),債務の免除,引受け及び第三者のためにする債務の弁済(同法8条),信託受益権(同法第1章第3節),並びにその他対価を支払わないで,又は著しく低い価額の対価で利益を受けること(同法9条)であるところ,皇室経済法7条による「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」の所有権の移転がみなし贈与であるためには, 相続税法9条の規定するところに該当するか否かが問題になるようです。しかしながら,相続税法9条の適用がある事例として挙げられているのは,同族会社等における跛行増資,同族会社に対する資産の低額譲渡及び妻が夫から無償で土地を借り受けて事業の用に供している場合(金子546頁)といったものですから,どうでしょうか。同条の「当該利益を受けさせた者」という文言からは,当該利益を受けさせた者の効果意思に基づき利益を受ける場合に限られると解すべきではないでしょうか。

むしろ新天皇(若しくは宮内庁内廷会計主管又は麹町税務署長若しくは麻布税務署長)としては,一時所得(所得税法(昭和40年法律第33号)34条1項)があったものとして所得税が課されるのではないか,ということを心配すべきではないでしょうか。一時所得とは「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」をいいます。(ちなみに,所得税法上の各種所得中最後に定義される雑所得は,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」です(同法35条1項)。)個人からの贈与により取得する所得には所得税は課税されませんが(所得税法9条1項16号),そうではない所得については,所得税の課税いかんを考えるべきです。

しかし,今井敬座長以下「高い識見を有する人々の参集」を求めて開催された天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議(2016年9月23日内閣総理大臣決裁)の最終報告(2017年4月21日)のⅣ2には「天皇の退位に伴い,三種の神器(鏡・剣・璽)や宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)などの皇位と共に伝わるべき由緒ある物(由緒物)は,新たな天皇に受け継がれることとなるが,これら由緒物の承継は,現行の相続税法によれば,贈与税の対象となる「贈与」とみなされる。」と明言されてしまっています。贈与税非適用説は,今井敬座長らの高い識見に盾突く不敬の解釈ということになってしまいます。

 

(3)本件要綱の第六の七の解釈論:贈与契約介在説

そうであれば,三種ノ神器等の受け継ぎが相続税法上の贈与税の課税原因たる「贈与」に該当することになるように,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承に際しての三種ノ神器等の承継の法律構成を,本件要綱の第六の七の枠内で考えなければなりません。

 

第二により皇位の継承があった場合において皇室経済法第7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物については,贈与税を課さないものとすること。

 

とあるのは,

 

第二により皇位の継承があった場合において皇室経済法第7条の規定の趣旨に基づく前天皇との贈与契約により皇位とともに皇嗣が受けた物については,贈与税を課さないものとすること。

 

との意味であるものと理解すべきでしょうか。

皇室経済法7条により直接三種ノ神器等の所有権が移転するとしても,その原因たる「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承は実のところ現天皇の「譲位意思」に基づくものなのだから広く解して贈与に含まれるのだ,と頑張ろうにも,そもそも「83歳と御高齢になられ,今後これらの御活動〔国事行為その他公的な御活動〕を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じ」ていること(本件要綱の第一)のみから一義的に退位の意思,更に三種ノ神器の贈与の意思までを読み取ってしまうのは,いささか忖度に飛躍があるように思われるところです。

新旧天皇間の贈与については日本国憲法8条の規定(「皇室に財産を譲り渡し,又は皇室が,財産を譲り受け,若しくは賜与することは,国会の議決に基かなければならない。」)の適用いかんが一応問題となりますが,同条は皇室内での贈与には適用がないものと解することとすればよいのでしょう。

贈与税の非課税措置の発効は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日の午前零時からです(本件要綱の第六の一)。課税問題を避けるためには,新旧天皇間の贈与契約の効力発生(書面によらない贈与の場合はその履行の終了(金子543頁))はそれ以後でなければならないということになります(国税通則法(昭和37年法律第66号)15条2項5号は贈与による財産の取得の時に贈与税の納税義務が成立すると規定)。しかし,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日当日の24時間中においてはなおも皇位継承は生じないところ(本件要綱の第二参照),その日のうちに三種ノ神器の所有権が次期天皇に移ってしまうのはフライングでまずい。そうであれば,あらかじめ天皇と皇嗣との間で,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日の翌日午前零時をもって三種ノ神器その他の皇位とともに伝わるべき由緒ある物の所有権が前天皇から新天皇に移転する旨の贈与契約を締結しておくべきことになるのでしょう(午前零時きっかりに意思表示を合致させて贈与契約を締結するのはなかなか面倒でしょう。)。

ちなみに,上の行うことには下これに倣う。相続税については,皇室経済法7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物の価額は相続税の課税価格に算入しないものとされていること(相続税法12条1項1号)にあたかも対応するように,人民らの墓所,霊廟及び祭具並びにこれらに準ずるものの価額も相続税の課税価格に算入しないこととされています(同項2号)。そうであれば,贈与税について,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」による皇位継承に際して皇嗣が贈与を受けた皇位とともに伝わるべき由緒ある物については贈与税を課さないものとするのであれば,人民向けにも同様の非課税措置(高齢による祭祀困難を理由とした祭祀主宰者からの墓所,霊廟及び祭具並びにこれらに準ずるものの贈与について非課税措置を講ずるといったようなもの)が考えられるべきなのかもしれません。

 

(4)三種ノ神器贈与の意思表示の時期

とここまで考えて,一つ難問が残っていることに気が付きました。

天皇から皇嗣に対する三種ノ神器の贈与は,正に皇室において新天皇に正統性を付与する行為(更に人によっては三種ノ神器の授受こそが「譲位」の本体であると思うかもしれません。)であって,三種ノ神器も国法的には天皇の私物にすぎないといえども,当該贈与の意思表示を華々しく天皇がすることは日本国憲法4条1項後段の厳しく禁ずるところとされている「国政に関する権能」の行使に該当してしまうのではないか,という問題です。皇位継承が既成事実となった後に,もはや天皇ではなくなった上皇からひそやかに贈与の意思表示があるということが憲法上望ましい,ということにもなるのではないでしょうか。(三種ノ神器の取扱いいかんによっては信教の自由に関する問題も生じ得るようなので,その点からも三種ノ神器を受けることが即位の要件であるという強い印象が生ずることを避けるべきだとする配慮もあり得るかもしれません。「天皇に対してはもろに政教分離の原則が及ぶ,と考えざるを得ない。なぜか。憲法第20条第3項は「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定しているからである。実際のところ,神道儀式を日常的に公然とおこなう天皇が,神道以外のありとあらゆる宗教・宗派を信奉する国民たちの「統合の象徴」であるというのは,おかしな話である。天皇は「象徴」であるためには,宗教的に中立的であらねばならない。」と説く論者もあるところです(奥平康弘『「萬世一系」の研究(下)』(岩波現代文庫・2017年(単行本2005年))264頁)。)

しかしそうなると,新天皇は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日の翌日午前零時に即位した時点においては三種ノ神器の所有権を有しておらず,当該即位は,九条兼実の慨嘆した不帯剣璽(けんじをおびざる)即位之例となるということもり得るようです。ただし,後醍醐前天皇が光明天皇にしたような三種ノ神器を受けさせないいやがらせは,現在では考えられぬことでしょう。(後醍醐前天皇としては,光明天皇の贈与税御負担のことを忖度したのだと主張し給うのかもしれませんが。)

なお,三種ノ神器は,国法上は不融通物ではありませんが(世伝御料と定められた物件は分割譲与できないものとする明治皇室典範45条も1947年5月2日限り廃止されています。),天皇といえども任意に売却等できぬことは(ただし,日本国憲法8条との関係では,相当の対価による売買等通常の私的経済行為を行う限りにおいてはその度ごとの国会の議決を要しません(皇室経済法2条)。なお,相当の対価性確保のためには,オークション等を利用するのがよろしいでしょうか。),皇室の家法が堅く定めているところでしょう。

面倒な話をしてしまいました。しかし,源義経のように三種ノ神器をうっかり長州の海の底に取り落としてしまうようなわけにはなかなかいきません。

ところで,長州といえば,尊皇,そして明治維新。現在,政府においては,明治元年(1868年)から150年の来年(2018年)に向け「明治150年」関連施策をすることとしているそうです。明治期の立憲政治の確立等に貢献した先人の業績等を次世代に(のこ)す取組もされるそうですが,ここでの「先人」に大日本帝国憲法の制定者である明治大帝は含まれるものか否か。
 大日本帝国憲法3条は,規定していわく。

 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
 

1 大隅良典博士と所得税法9条1項13号ホ
 大隅良典博士に
2016年のノーベル生理学・医学賞が授与されるということで,ノーベル賞の賞金には課税がされるものかどうかが,関心のある向きの間で話題にされています。

 解答は,六法をひもとく労を惜しまなければ非常に難しいものではなく,所得税法(昭和40年法律第33号)9条1項13号ホを見ると,「ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品」には所得税が課されないものとされています。

 同号は,次のとおり。

 

  (非課税所得)

 第9条 次に掲げる所得については,所得税を課さない。

  〔第1号から第12号まで略〕

  十三 次に掲げる年金又は金品

   イ 文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)第3条第1項(年金)の規定による年金

   ロ 日本学士院から恩賜賞又は日本学士院賞として交付される金品

   ハ 日本芸術院から恩賜賞又は日本芸術院賞として交付される金品

   ニ 学術若しくは芸術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして国,地方公共団体又は財務大臣の指定する団体若しくは基金から交付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く。)で財務大臣の指定するもの

   ホ ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品

   ヘ 外国,国際機関,国際団体又は財務大臣の指定する外国の団体若しくは基金から交付される金品でイからホまでに掲げる年金又は金品に類するもの(給与その他対価の性質を有するものを除く。)のうち財務大臣の指定するもの

  〔第14号から第18号まで略〕

 2〔第2項略〕

 ちなみに,ただで金品を貰うのであれば贈与であるから贈与税の問題となるのではないかとも思われるかもしれませんが,贈与税は「相続税の補完税であるため,個人からの贈与による財産のみが課税の対象とされ」(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)543頁),「法人からの贈与により取得した財産」は贈与税の課税価格に算入しないものとされています(相続税法(昭和25年法律第73号)21条の3第1項1号)。それでは法人から贈与された金品は非課税なのかといえば,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」である一時所得(所得税法34条1項)に「法人からの贈与」は含まれ(金子247頁),所得税が課されるわけです。
 

2 湯川秀樹博士と昭和25年法律第71号による旧所得税法6条6号の追加 

 さて所得税法9条1項13号ホは最近の改正による規定であろうか,何だか記憶に残るところではノーベル賞受賞者で所得税の申告漏れがあった人もいたようだったが,と思って各種ウェッブ・ページを見てみると,1949年に湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を受賞したところ,ノーベル賞の賞金には所得税が課されるものであることが当時問題視されたことにより法改正がされてノーベル賞の賞金は非課税になったとの説明があります。

 確かに,湯川博士のノーベル賞受賞の翌年である1950年の昭和25年法律第71号(同年3月31日成立)によって,旧所得税法(昭和22年法律第27号)の第6条6号として,非課税所得となるものとして「国,地方公共団体,外国,国際機関,国際団体又は大蔵大臣の指定する団体,基金若しくはこれらに準ずるものが学術に対する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術の研究を奨励するものとして交付する金品(給与又は対価の性質を有するものを除く。)で大蔵大臣の定めるもの」が追加されています。大蔵大臣によってノーベル基金が指定され,そのノーベル物理学賞などの賞金等の金品(「品」としてはノーベル賞メダルがありました。金銭のみならず,現物給付等の経済的利益も所得税法では課税の対象となります(同法36条1項・2項参照)。)は「学術に対する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術の研究を奨励するものとして交付する金品(給与又は対価の性質を有するものを除く。)」として更に同大臣によって定められたものであるわけです。

 昭和25年法律第71号の法案が審議された1950年3月9日の衆議院大蔵委員会において平田敬一郎政府委員(大蔵省主税局長)は旧所得税法6条の新しい第6号について「この非課税は新しく入れたわけでありまして,学術研究のための特別な奨励金等を,これによりまして免税する考えであります。具体的には国,地方団体等が出します場合は,無条件にこの条文に該当するということでいいと思いますが,民間の団体等で支出します場合におきましては,個別的に審査いたしまして,告示することによってその関係を明らかにしたい。大蔵省の告示で,その関係をはつきりいたしたいと考えております。」と答弁しています(第7回国会大蔵委員会議録第29号1頁)。

 ところが,肝腎の湯川博士に対する課税についてですが,前尾繁三郎委員が心配して「ちよつとこれに付随してお尋ねしたいのは,昨年の湯川博士の例のノーベル賞に関してでありますが,この法律は遡及されるわけではないと思いますが,ノーベル賞については,おそらく湯川博士はアメリカに住居が移つておる,あるいは居所が移つておるというような理由で,非課税になると思うのでありますが,この点はいかがでありますか。」と尋ねたところ,平田政府委員の回答は「湯川博士の場合は,家族とも一緒にアメリカに住居を移しておられるものに該当するものと考えますので,課税にならないと解釈いたします。」ということでした(第7回国会衆議院大蔵委員会議録29号1頁)。せっかく心配していたのに,そもそも我が国によって課税されるものではなかったとは,ちょっと肩透かしです。
 昭和25年法律第71号によって設けられた旧所得税法6条6号に係る大蔵省告示は,1950年6月13日に出され,次のようなものでした(昭和25年6月13日大蔵省告示第441号)。

  所得税法(昭和22年法律第27号)第6条第6号の規定により,同号に規定する団体,基金又はこれらに準ずるもの及び学術に対する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術の研究を奨励するものとして交付する金品を次のように指定し,昭和25年1月1日以後交付があつた金品から,これを適用する。

  昭和25年6月13

      大蔵大臣 池田 勇人

 一 ノーベル基金よりノーベル賞として授与する金品

 二 日本学士院が日本学術会議法(昭和23年法律第121号)第24条第2項の規定により恩賜賞又は日本学士院賞として授与する賞はい(、、)賞金

 三 国が科学研究費交付金等取扱規程(昭和24年文部省令第32号)の規定により交付する科学研究費交付金,科学試験研究費補助金及び人文科学研究費補助金並びに文部大臣の裁定により交付する研究成果刊行費補助金及び科学研究奨励交付金

 四 財団法人朝日新聞文化事業団が交付する朝日科学奨励金

 五 株式会社朝日新聞社が朝日文化賞(学術に関するものに限る。)として交付する金品

 六 株式会社毎日新聞社が交付する毎日学術奨励金及び毎日出版文化賞(学術に関するものに限る。)として交付する賞金

 七 株式会社読売新聞社が読売文学賞(学術に関するものに限る。)として交付する金品
 

 旧所得税法6条の前記規定は,1965年に全部改正された現行所得税法の当初の第9条1項17号に「文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)第8条第1項(年金)の規定による年金及び学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして国,地方公共団体,外国,国際機関,国際団体又は大蔵大臣の指定する団体若しくは基金から交付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く。)で大蔵大臣の指定するもの」として引き継がれています。当該第9条1項17号に基づく指定に係る告示として昭和40年5月28日大蔵省告示第174号が出されており,「所得税法(昭和40年法律第33号)第9条第1項第17号の規定に基づき,同号に規定する団体又は基金及び学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして交付される金品を次のように指定し,昭和40年4月1日以後交付される金品から適用する。なお,所得税法第6条第12号に規定する団体,基金又はこれらに準ずるもの及び学術に対する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術の研究を奨励するものとして交付する金品を指定する告示(昭和25年6月大蔵省告示第441号)は,同日付をもつて廃止する。」との柱書きに続いて,第1号として「ノーベル基金からノーベル賞として授与される金品」が掲げられています(第2号から第14号までは省略)。

3 川端康成と昭和44年法律第14号による所得税法9条1項18号の改正 

 ところで,現行所得税法の当初の第9条1項17号(昭和41年法律第31号によって1号繰り下げられて第9条1項18号になっていました。)は,昭和44年法律第14号によって次のように改正され,「ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品」が具体的に書き出される形になっています(改正部分に下線)。

 

 文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)第8条第1項(年金)の規定による年金,ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品並びに学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして国,地方公共団体又は大蔵大臣の指定する団体若しくは基金から交付される金品及び外国,国際機関,国際団体又は大蔵大臣の指定する外国の団体若しくは基金から交付されるこれらの年金又は金品に類する金品これらの金品のうち給与その他対価の性質を有するものを除く。)で大蔵大臣の指定するもの

 

さて,昭和44年といえば1969年。その前年にノーベル賞関係で何かなかったものかと調べれば,1968年のノーベル文学賞受賞者は川端康成であって,同年1212日にはストックホルムで「美しい日本の私」と題した講演がされています(なお,『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年)には12月「11日」にストックホルムの「授賞式」で講演がされたと記載されていますが,どうでしょうか。)。「美しい日本」では租税法規も美しく,ノーベル基金に感謝の真心をこめてノーベル賞は非課税である旨を所得税法に確認的に明示したということでしょうか。

いやいや,昭和44年法律第14号による所得税法9条1項18号の改正は,確認的なものにとどまらず,なかなか創設的なものであったものと考えられます。すなわち,川端康成が受賞した賞は「文学」賞であって,「学術」に係る賞ではなかったので,1965年の物理学賞の朝永振一郎博士などのようには非課税の恩典に素直にあずかれなかったという事情があるところです(小谷野敦・深澤晴美編『川端康成詳細年譜』(勉誠出版・2016年)の609頁を見ると,川端康成のノーベル文学賞受賞が発表された1963年10月17日の翌日から国税庁は川端康成のノーベル文学賞に係る課税問題について検討を始め,同月22日に至って正式に非課税と決したといいますから,正に素直ではありません。)。昭和44年法律第14号の法案が審議された1969年3月25日の参議院大蔵委員会で細見卓政府委員(大蔵大臣官房審議官)は「所得税制の整備」の一環として「すなわち,ノーベル賞の賞金はすべて非課税であるということを法律の上で明記することと」したと述べていますが(第61回国会参議院大蔵委員会会議録第6号20頁),ここでわざわざ付加された「すべて」は,「文学賞及び平和賞をも含めて」という意味であったものと解されます。
 というのはすなわち,前年1968年11月6日の衆議院大蔵委員会の閉会中審査において,弁護士という面倒くさい職業人である岡澤完治委員が,川端康成のノーベル文学賞に対しては所得税を課さないものとする同年10月22日の国税庁長官見解に対して批判的な質疑をしたところ,細見大蔵大臣官房審議官(この場では政府委員ではなく説明員です。)から「おっしゃるように紛議もございますので,機会を見て,むしろこれは法律ないし告示なりを訂正願うというのが筋だろう,かように考えております。」と答弁しているからです(第59回国会衆議院大蔵委員会議録第5号9頁)。
 なかなか興味深い問答なのですが,まず岡澤委員が「川端康成先生のノーベル文学賞受賞に関連して課税の問題が論議されたことは,お互いに承知いたしておるところでございますが,結論的には,去る10月22日の国税庁長官の見解で課税されないということになったわけでございます。私はその結論に必ずしも異議があるわけではございませんけれども,所得税法の9条18項〔号〕を見てまいりますと,「学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして国,地方公共団体,外国,国際機関,国際団体又は大蔵大臣の指定する団体若しくは基金から交付される金品で大蔵大臣の指定するもの」という大前提がございます。この大前提をすなおに読みました場合,法文解釈としてはどう考えましても,文学,いわゆる今度受賞の対象になりました川端康成先生の文学を含めまして,学術という結論は出てこないような感じがいたします。現に学術会議の会長で,ノーベル賞の受賞の先任者であります朝永振一郎博士自身が,文学は学術の中に入らないと思うという意味の見解を明らかにしておられます。同じく学術会議の副会長の桑原武夫京大名誉教授も同じ趣旨の結論を述べておられます。・・・通常の解釈からすれば,当然課税されるべきものである。国民感情がその逆だから結論を先に出して,それに合うように非課税の結論を出すということになりますと,やはり国民一般としては,川端先生に対する感情は別として,法律の解釈,適用に納得できないものがあるのじゃないか。もちろん,法のもと平等であるべきでございます・・・」と堂々の法解釈に関する議論を展開したのに対して(
第59回国会衆議院大蔵委員会議録第5号9頁),細見説明員は「このノーベル賞を,所得税法9条〔旧所得税法6条〕に基づきまする非課税賞金として指定いたしましたときには,御承知のように,湯川博士が初めてノーベル賞をおとりになったときで,この立法の当時,立法に伴います告示を出しました。当時はすべてノーベル賞というのは世界的な権威というところにむしろ重点を置きまして,もちろんそのころ平和賞,文学賞のあることも存じてはおったのですが,日本人がノーベル賞をとられるときには学術であろうということで,ここに掲示いたしておりますのは,ノーベル賞はそのものずばりで書いております。ごらん願いますように,その告示で,あとのほうにいろいろ朝日新聞の朝日学術奨励金及び朝日文化賞というようなもの,また,毎日学術奨励賞並びに毎日出版文化賞というものが特に学術ということをかぶせておりますので,立法者の意図といたしましては,当時はノーベル賞はおよそ学術ということであろうと思いますし,今日解釈いたします場合に,川端さんの活動というような,特定の文学作品ということでなくて,多数の文学作品を通ずる文化活動というような面で,かりにこういう点の広い文化活動という意味で,学術ということもいえないこともないかと思いますが・・・」と苦心の答弁をし,上記の「おっしゃるように紛議もございますので,機会を見て,むしろこれは法律ないし告示なりを訂正願うというのが筋だろう,かように考えております。」との結論に達しているところです。
 この段階での政府の所得税法9条1項18号の解釈は「この9条の趣旨は学術ということであります。その意味では,学術に限って解釈いたさなければならないと思います。ただ,立法論といたしまして,もっと広く,文化活動あるいは社会のために御活躍になった方の特別の賞金のようなものは非課税にしていいんじゃないかという立法論がございますれば別でございます,そういう意味でございます。」というものでしたので(細見説明員・
第59回国会衆議院大蔵委員会議録第5号9頁),税務当局の認識するところでは,川端康成に対するノーベル文学賞は,飽くまでも「特定の文学作品ということでなくて,多数の文学作品を通ずる文化活動というような・・・意味で〔の〕学術」を対象とする「ノーベル賞」だったのでしょう。川端康成は文学者ではなく文・学者であった,ということでしょうか。

なお,昭和44年法律第14号の制定時には,スウェーデン国立銀行による経済学賞は,まだ第1回の表彰が発表される前の段階でした(1969年から授賞開始)。現在の「所得税法第9条第1項第13号ニ又はヘに規定する団体又は基金及び交付される金品等を指定する件」(昭和441017日大蔵省告示第96号)においても,スウェーデン国立銀行及びその経済学賞の金品は所得税法9条1項13号ヘに基づき指定されていません。

ちなみに,昭和44年大蔵省告示第96号の20号の「国際レーニン平和賞委員会から国際レーニン平和賞として交付される金品」とは,何だったものやら。

4 佐藤榮作とノーベル平和賞
 ところで,ノーベル平和賞の金品も我が所得税法上非課税所得となることが明定された
昭和44年法律第14号の制定時の内閣総理大臣は佐藤榮作でした。佐藤榮作は5年後の1974年に自らノーベル平和賞を受賞しています。しかしながら,ノーベル平和賞の金品のことをあらかじめ予感しつつ,昭和44年法律第14号の法案作成に当たる主税官僚らを督励していたわけではないでしょう。

5 所得税法9条1項18号から所得税法9条1項13号ホまで
 昭和44年法律第14号による改正によって当時の所得税法9条1項18号に「ノーベル基金からノーベル賞として交付される金品」が法律上の文言として登場したわけですが,その後同号が現在のようにイからヘまでの箇条書き方式に改められたのは昭和48年法律第8号による改正によってです。同法による改正後の所得税法9条1項18号は,現在の所得税法9条1項13号とほぼ同じ文言となっています。現在のイの「文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)第3条第1項(年金)」が当時はなお「文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)第8条第1項(年金)」であり,現在のニ及びヘでは「財務大臣」であるところが「大蔵大臣」になっているほか,現在のニでは「学術若しくは芸術に関する顕著な貢献を表彰するものとして」となっているところが当時はなお「学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして」となっている点のみが異なります。それまでの所得税法9条1項18号が学術中心であったことからすると,ハにおいて「日本芸術院から恩賜賞又は日本芸術院賞として交付される金品」が非課税所得となったことが,昭和48年法律第8号による所得税法9条1項18号の改正における主要な点であったということになるものと考えられます。
 それまでの所得税法9条1項18号が同項13号に繰り上がったのは,昭和63年法律第109号による改正によってです。
 平成2年法律第12号による改正によって,所得税法9条1項13号ニの
「学術に関する顕著な貢献を表彰するものとして」が「学術若しくは芸術に関する顕著な貢献を表彰するものとして」に改められています。当該改正規定に基づき非課税となる芸術賞の金品の基準は「受賞者は全日本または全世界を対象として選考されるものであること。それから,受賞者は長年にわたり芸術の水準向上に関する顕著な業績を上げた者であって,その金品が特定の作品の対価といった色彩を有するものではないこと。それから,芸術分野の専門家を含む委員から成る適切な選考を確保するための委員会を設けまして,そこで受賞者を選考するものであること。4番目には,その賞金の名称は特定の営利企業や特定の商品等の名称を使用するものではないこと。」である旨1990年3月27日の衆議院大蔵委員会で答弁がされています(尾崎護政府委員(大蔵省主税局長)・第118回国会衆議院大蔵委員会議録第6号10頁)。功なり名を遂げた老大家先生らに,それまでの栄誉及び富に加えて更に非課税の賞金等を,企業メセナ等のパトロンから増し加えるということであったのでしょうか。当時は,バブル時代。しかしながら,"Whosoever hath, to him shall be given, and he shall have more abundance: but whosoever hath not, from him shall be taken away even that he hath."とは常に変わらぬ真理であります。

あとがき

 さて,さして長くもないブログ記事に「あとがき」も何ですが,今回のブログ記事の執筆動機は2016年7月21日付けの「明治皇室典範10条(「天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」)に関して」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1059527019.html)の中にあるといえば牽強付会が過ぎるでしょうか。実は,大隅良典博士のノーベル生理学・医学賞受賞のニュースを聞いた晩の筆者は「日本も米国並みに当たり前のようにノーベル賞を取るようになったんだから,マスコミ関係者諸氏はお仕事だから仕方がないとしても,普通の米国の庶民がノーベル賞なんぞにはそもそも関心を示さないように,科学の夢やロマンが何だかだと,いい歳をして見苦しく「科学少年」ぶって,いちいち興奮して騒ぎ立てはしないよ。」と思っていたのですが,その後大隅博士一族の学者一家振りに関する報道を見てあれれと思うところがあり,関心を喚起され,ついにはおっちょこちょいに同博士のノーベル賞の賞金と所得税との関係についての考察から出発するこの記事を書くこととはなったものでした(ノーベル賞の賞金と所得税との関係についてのウェッブ・ページは多いのですが,所得税法の当該規定に係る改正経緯について条文等に具体的に当たったものは少ないようなので,このブログ記事にも何がしかの存在意義が認められ得るのではないかと願っています。)。

 大隅良典博士は,筆者がこの夏に前記の「明治皇室典範10条(「天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」)に関して」を書くに当たってその「君臣秩序と儀礼」論文(大津透・大隅清陽・関和彦・熊田亮介・丸山裕美子・上島亨・米谷匡史『日本の歴史08 古代天皇制を考える』(講談社・2001年)3186頁)から豊富に引用をした日本史学者である山梨大学の大隅清陽教授の叔父上だったのでした。

 国民が皆天皇制について考えることとなった2016年の夏が過ぎれば国民がこぞって祝うノーベル賞の秋が来て,そこにはいずれも大隅一族の偉い学者の存在があることだわい,というのが7月21日付けのブログ記事と10月5日付けのこのブログ記事とを結ぶ筆者なりの感慨であったわけです。

 ところで,甥の大隅清陽教授についてはその『律令官制と礼秩序の研究』(吉川弘文館・2011年)の「あとがき」において自らについて語っているところがありますので,一部紹介してみます。当該「あとがき」の冒頭の次の部分が,筆者にとって印象深いところです。

 

  学界関係者にはご存じの方も多いと思うが,筆者の父は,中世思想史を専攻する同業の研究者である。父が北海道大学に勤めていた関係で,筆者は,2歳から中学2年までを札幌で過ごした。父親の職業からは,「日本史」や「日本文化」というものがごく身近な家庭環境に育ったはずなのだが,ポプラやアカシアは知っていても,「日本的」な花鳥風月とは無縁の風土に育った筆者にとって,「日本史」はどこか,遠い異国の歴史のように思われた。中学3年からは家族で東京に転居したが,高温多湿の「内地」(北海道の人々は,本州以南の日本をこう呼ぶ)の気候には未だに馴染めない。こうした個人史は,「日本」を研究する者にとって,致命的な欠陥ともなり得るのだろうが,「日本」というもの(内国植民地で,入植した民族の側の子どもとして育った者にとって,それは壮大なフィクションでもある)に対する,表現し難いかすかな違和感は,自分の研究の根底とも,どこかでつながっているように思う。(大隅394頁)

 

日本史学者としての自らを語っている文章ですからオートファジー云々を連想させる話は全くありませんが,確かに大隅という苗字はそうそう多くあるものではないところでした。

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 札幌市南区真駒内の5月 

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