Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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 民法733条 女は,前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ,再婚をすることができない。

 2 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。

 

1 最高裁判所大法廷平成271216日判決

 最近の最高裁判所大法廷平成271216日判決(平成25年(オ)第1079号損害賠償請求事件。以下「本件判例」といいます。)において,法廷意見は,「本件規定〔女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定〕のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は,憲法14条1項にも,憲法24条2項にも違反するものではない。」と判示しつつ,「本件規定のうち100日超過部分〔本件規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分〕が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記当時〔遅くとも上告人が前婚を解消した日(平成20年3月の某日)から100日を経過した時点〕において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていた」ものとの違憲判断を示しています。

 女性が再婚する場合に係る待婚期間の制度については,かねてから「待婚期間の規定は、十分な根拠がなく,立法論として非難されている。」と説かれていましたが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)31頁。なお,下線は筆者によるもの),最高裁判所は本件判例において違憲であるとの判断にまで踏み込んだのでした。

 

2 我妻榮の民法733条批判

 待婚期間規定に対して,我妻榮は次のように批判を加えていました(我妻3132頁)。

 

  第1に,この制度が父性決定の困難を避けるためなら,後婚がいやしくも成立した後は,〔民法744条に基づき〕取り消しても意味がない。少なくとも,この制度を届書受理の際にチェックするだけのものとして,取消権を廃止すべきである。

  第2に,父性推定の重複を避けるためには,――父性の推定は・・・,前婚の解消または取消後300日以内であって後婚の成立の日から200日以後だから〔民法772条〕――待婚期間は100日で足りるはずである。

  第3に,待婚期間の制限が除かれる場合(733条2項)をもっと広く定むべきである。

  第4に,以上の事情を考慮すると,待婚期間という制限そのものを廃止するのが一層賢明であろう。ことにわが国のように,再婚は,多くの場合,前婚の事実上の離婚と後婚の事実上の成立(内縁)を先行している実情の下では,弊害も多くはないであろう。

 

 民法733条を批判するに当たって我妻榮は,同条は「専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮」から設けられたものと解する立場を採っています(我妻3031頁)。

 

  妻は,婚姻が解消(夫の死亡または離婚)しても,あまりに早く再婚すべきものではない,とする制限は,以前から存在したが,それは別れた夫に対する「貞」を守る意味であった・・・。しかし,現在の待婚期間には,そうした意味はなく,専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮である。第2項の規定は,このことを示す。

 

3 待婚期間に係る梅謙次郎の説明

民法起草者の一人梅謙次郎は,民法733条の前身である民法旧767条(「女ハ前婚ノ解消又ハ取消ノ日ヨリ6个月ヲ経過シタル後ニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得ス/女カ前婚ノ解消又ハ取消ノ前ヨリ懐胎シタル場合ニ於テハ其分娩ノ日ヨリ前項ノ規定ヲ適用セス」)に関して,次のように説明しています(梅謙次郎『民法要義 巻之四 親族編 訂正増補第二十版』(法政大学・中外出版社・有斐閣書房・1910年)9193頁)。

 

 本条ノ規定ハ血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メニ設ケタルモノナリ蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ故ニ前婚消滅ノ後6个月ヲ経過スルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルモノトセリ而シテ此6个月ノ期間ハ法医学者ノ意見〔本件判例に係る山浦善樹裁判官反対意見における説明によれば「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」〕ヲ聴キテ之ヲ定メタルモノナリ

 ・・・

 民法施行前ニ在リテハ婚姻解消ノ後300日ヲ過クルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルヲ原則トシ唯医師ノ診断書ニ由リ遺胎ノ徴ナキコトヲ証明スルトキハ例外トシテ再婚ヲ許シ若シ遺胎ノ徴アルトキハ分娩ノ後ニ非サレハ之ヲ許ササルコトトセリ〔明治7年(1874年)9月29日の太政官指令では「自今婦タル者夫死亡セシ日又ハ離縁ヲ受ケシ日ヨリ300日ヲ過サレハ再婚不相成候事/但遺胎ノ徴ナキ旨2人以上ノ証人アル者ハ此限ニアラス」とされていました。〕是レ稍本条ノ規定ニ類スルモノアリト雖モ若シ血統ノ混乱ヲ防ク理由ノミヨリ之ヲ言ヘハ300日ハ頗ル長キニ失スルモノト謂ハサルコトヲ得ス蓋シ仏国其他欧洲ニ於テハ300日ノ期間ヲ必要トスル例最モ多シト雖モ是レ皆沿革上倫理ニ基キタル理由ニ因レルモノニシテ夫ノ死ヲ待チテ直チニ再婚スルハ道義ニ反スルモノトスルコト恰モ大宝律ニ於テ夫ノ喪ニ居リ改嫁スル者ヲ罰スルト同一ノ精神ニ出タルモノナリ(戸婚律居夫喪改嫁条)然ルニ近世ノ法律ニ於テハ此理由ニ加フルニ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テシタルカ故ニ分娩後ハ可ナリトカ又ハ遺胎ノ徴ナケレハ可ナリトカ云ヘル例外ヲ認ムルニ至リシナリ然リト雖モ一旦斯ノ如キ例外ヲ認ムル以上ハ寧ロ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テ唯一ノ理由ト為シ苟モ其混乱ノ虞ナキ以上ハ可ナリトスルヲ妥当トス殊ニ再婚ヲ許ス以上ハ6月ト10月トノ間ニ倫理上著シキ差異アルヲ見ス是新民法ニ於テモ旧民法ニ於ケルカ如ク右ノ期間ヲ6个月トシタル所以ナリ 

 
4 6箇月の待婚期間の立法目的

 

(1)山浦反対意見

 梅謙次郎の上記『民法要義 巻之四』等を検討した山浦善樹裁判官は,本件判例に係る反対意見において「男性にとって再婚した女性が産んだ子の生物学上の父が誰かが重要で,前夫の遺胎に気付かず離婚直後の女性と結婚すると,生まれてきた子が自分と血縁がないのにこれを知らずに自分の法律上の子としてしまう場合が生じ得るため,これを避ける(つまりは,血統の混乱を防止する)という生物学的な視点が強く意識されていた。しかし,当時は血縁関係の有無について科学的な証明手段が存在しなかった(「造化ノ天秘ニ属セリ」ともいわれた。)ため,立法者は,筋違いではあるがその代替措置として一定期間,離婚等をした全ての女性の再婚を禁止するという手段をとることにしたのである。・・・多数意見は,本件規定の立法目的について,「父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐこと」であるとするが,これは,血縁判定に関する科学技術の確立と家制度等の廃止という社会事情の変化により血統の混乱防止という古色蒼然とした目的では制度を維持し得なくなっていることから,立法目的を差し替えたもののように思える。・・・単に推定期間の重複を避けるだけであれば,重複も切れ目もない日数にすれば済むことは既に帝国議会でも明らかにされており,6箇月は熟慮の結果であって,正すべき計算違いではない。・・・民法の立案者は妻を迎える側の立場に立って前夫の遺胎を心配していたのであって,生まれてくる子の利益を確保するなどということは,帝国議会や法典調査会等においても全く述べられていない。」と述べています。

 しかし,「蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ」といった場合の「血統」の「混乱」とは,再婚した母の出産した子について前夫及び後夫に係る嫡出の推定(民法772条2項,旧820条2項)が重複してしまうことによって父を定めることを目的とする訴え(同法773条,旧821条)が提起されたところ,生物学上の父でない方を父と定める判決又は合意に相当する審判(家事事件手続法277条)がされてしまう事態を指すように一応思われます。嫡出の推定が重複するこの場合を除けば,「生物学な視点」から問題になるのは,「前夫の子と推定されるが事実は後夫の子なので,紛争を生じる」場合(前夫との婚姻期間中にその妻と後夫とが関係を持ってしまった場合)及び「後夫の子と推定されるが事実は前夫の子なので,紛争を生じる」場合(妻が離婚後も前夫と関係を持っていた場合。山浦裁判官のいう前記「血統の混乱」はこの場合を指すようです。)であるようですが,これらの紛争は,嫡出推定の重複を防ぐために必要な期間を超えて再婚禁止期間をいくら長く設けても回避できるものではありません(本件判例に係る木内道祥裁判官の補足意見参照)。

 

(2)再婚の元人妻に係る妊娠の有無の確認及びその趣旨

 「血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メ」には,元人妻を娶ろうとしてもちょっと待て,妊娠していないことがちゃんと分かってから嫁に迎えろよ,ということでしょうか。

旧民法人事編32条(「夫ノ失踪ニ原因スル離婚ノ場合ヲ除ク外女ハ前婚解消ノ後6个月内ニ再婚ヲ為スコトヲ得ス/此制禁ハ其分娩シタル日ヨリ止ム」)について,水内正史編纂の『日本民法人事編及相続法実用』(細謹舎・1891年)は「・・・茲ニ一ノ論スヘキハ血統ノ混淆ヨリ婚姻ヲ防止スルモノアルコト是ナリ即夫ノ失踪シタル為ニ婦ヲ離婚シタル場合ヲ除キ其他ノ原因ヨリ離婚トナル場合ニ於テハ女ハ前婚期ノ解消シタル後6ヶ月ハ必ス寡居ス可キモノニシテ6ヶ月以内ハ再婚スルコトヲ得ス是レ6ヶ月以内ニ再婚スルヿヲ許ストキハ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルカ将タ後夫ノ子ナルカ得テ知リ能ハサレハナリ而シテ寡居ノ期間ヲ6ヶ月ト定メタルハ子ノ懐胎ヨリ分娩ニ至ル期間ハ通常280日ナレトモ時トシテハ180日以後ハ分娩スルコトアルヲ以テ180日即6ヶ月ヲ待ツトキハ前夫ノ子ヲ懐胎シタルニ於テハ其懐胎ヲ知リ得ヘク従テ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルコトヲ知リ得レハナリ此故ニ此制禁ハ其胎児ノ分娩シタルトキハ必スシモ6ヶ月ヲ待ツヲ要セス其時ヨリ禁制ハ息ムモノトス(32)」と説いており(2728頁。下線は筆者によるもの),奥田義人講述の『民法人事編』(東京専門学校・1893年)は「()()失踪(・・)()源因(・・)する(・・)離婚(・・)()場合(・・)()除く(・・)外女(・・)()前婚(・・)解消(・・)()()6ヶ月内(・・・・)()再離(・・)〔ママ〕()()さる(・・)もの(・・)()なす(・・)()()()()制限(・・)()()なり(・・)(第32条)而して此の制限の目的は血統の混合を防止するに外ならさるものとす蓋し婚姻解消の後直ちに再婚をなすを許すことあらんか再婚の後生れたる子ハ果して前夫の子なるか将た又後夫の子なるか之れを判明ならしむるに難けれはなり其の前婚解消の後6ヶ月の経過を必要となすは懐胎より分娩に至るまての最短期を採りたること明かなり去りなから若充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し・・・」と説いていました(85頁)。ちなみに,旧民法人事編91条2項は「婚姻ノ儀式ヨリ180後又ハ夫ノ死亡若クハ離婚ヨリ300日内ニ生マレタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました(下線は筆者によるもの)。

 しかし,民法旧767条1項の文言からすると,女性の前婚解消後正に6箇月がたってその間前婚期間中に懐胎したことが分かってしまった場合であっても,当事者がこれでいいのだと決断すれば,再婚は可能ということになります。ところが,これでいいのだと言って再婚したとしても,後婚夫婦間に生まれた子が直ちに後夫の法律上の子になるわけではありません。民法旧820条も「妻カ婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子ト推定ス/婚姻成立ノ日ヨリ200日後又ハ婚姻ノ解消若クハ取消ノ日ヨリ300日内ニ生レタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました。すなわち,前婚中前夫の子を懐胎していた女性とその前婚解消後6箇月たって当該妊娠を確実に承知の上これでいいのだと婚姻した後夫にとって,新婚後3箇月足らずで妻から生まれてくる子は自分の子であるものとは推定されません。そうであれば,後の司法大臣たる奥田義人の前記講述中「(もし)充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し」の部分に注目すると,「血統の混淆」とは,再婚した元人妻が新しい夫との婚姻早々,前夫の子であることが嫡出推定から明らかな子を産む事態を実は指しているということでしょうか。本件判例に係る木内裁判官の補足意見における分類によれば,「前夫の子と推定され,それが事実であるが,婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」事態でしょう。

旧民法人事編32条及び民法旧767条は,嫡出推定の重複を避けることに加えて,当該重複を避けるために必要な期間(旧民法で120日,民法で100日)を超える部分については,恋する男性に対して,ほれた元人妻とはいえ,前夫の子を妊娠しているかいないかを前婚解消後6箇月の彼女の体型を自分の目で見て確認してから婚姻せよ,と確認の機会を持つべきものとした上で,当該確認の結果妊娠していることが現に分かっていたのにあえて婚姻するのならば「婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」ことは君の新家庭ではないものと我々は考えるからあとは自分でしっかりやってよ,と軽く突き放す趣旨の条項だったのでしょうか。彼女が妊娠しているかどうか分からないけどとにかく早く結婚したい,前夫の子が産まれても構わない,ぼくは彼女を深く愛しているから家庭の平和が乱されることなんかないんだと言い張るせっかちな男性もいるのでしょうが,実際に彼女が前夫の子かもしれない子を懐胎しているのが分かったら気が変わるかもしれないよなとあえて自由を制限する形で醒めた配慮をしてあげるのが親切というものだったのでしょうか。そうだとすると,一種の男性保護規定ですね。大村敦志教授の紹介による梅謙次郎の考え方によると,「兎に角婚姻をするときにまだ前の種を宿して居ることを知らぬで妻に迎へると云ふことがあります・・・さう云ふことと知つたならば夫れを貰うのでなかつたと云ふこともあるかも知れぬ」ということで〔(梅・法典調査会六93頁)〕,「「6ヶ月立つて居れば先夫の子が腹に居れば,・・・もう表面に表はれるから夫れを承知で貰つたものならば構はぬ」(法典調査会六94頁)ということ」だったそうです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)2829頁)。なお,名古屋大学のwww.law.nagoya-ふu.ac.jp/jalii/arthis/1890/oldcivf2.htmlウェッブページによれば,旧民法人事編の待婚期間の長さは,第1草案及び再調査案においては嫡出推定の重複を避け,かつ,切れ目がないようにするためのきっちり4箇月(約120日)であったところ,法取委〔法律取調委員会〕上申案以後6箇月になっています。旧民法人事編の「第1草案」については「明治21年〔1888年〕7月頃に,「第1草案」の起草が終わった。分担執筆した幾人かの委員とは,熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎,井上正一であり,いずれもフランス法に強い「報告委員」が担当した。「第1草案」の内容は,かなりヨオロッパ的,進歩的なものであった。」と述べられ(大久保泰甫『日本近代法の父 ボアソナアド』(岩波新書・1998年)157頁),更に「その後,法律取調委員会の・・・本会議が開かれ,「第1案」「第2按」「再調査案」「最終案」と何回も審議修正の後,ようやく明治23年〔1890年〕4月1日に人事編が・・・完成し,山田〔顕義〕委員長から〔山県有朋〕総理大臣に提出された。」と紹介されています(同158頁)。

 

(3)本件判例

 本件判例の法廷意見は,民法旧767条が目的としたところは必ずしも一つに限られてはいなかったという認識を示しています。いわく,「旧民法767条1項において再婚禁止期間が6箇月と定められたことの根拠について,旧民法起訴時の立案担当者の説明等からすると,その当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,①再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。③また,諸外国の法律において10箇月の再婚禁止期間を定める例がみられたという事情も影響している可能性がある。」と(①②③は筆者による挿入)。続けて,法廷意見は「しかし,その〔昭和22年法律第222号による民法改正〕後,医療や科学技術が発達した今日においては,上記のような各観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難になったといわざるを得ない。」と述べていますが,ここで維持できなくなった観点は①及び③であろうなと一応思われます(③については判決文の後の部分で「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。」と述べられています。)。

 ところで,本件判例の法廷意見は更にいわく,「・・・妻が婚姻前から懐胎していた子を産むことは再婚の場合に限られないことをも考慮すれば,再婚の場合に限って,①前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間を超えて婚姻を禁止する期間を設けることを正当化することは困難である。他にこれを正当化し得る根拠を見いだすこともできないことからすれば,本件規定のうち100日超過部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとなっているというべきである。」と(①②は筆者による挿入)。さて,100日を超えた約80日の超過部分を設けることによって防止しようとした「婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態」とはそもそも何でしょう。当該約80日間が設けられたことによって,前婚解消後6箇月で直ちに再婚した妻の産む子のうち後婚開始後約120日経過後200日経過前の期間内に生まれた子には前夫及び後夫いずれの嫡出推定も及ばないことになります。むしろ父子関係が争われやすくなるようでもありました(昭和15年(1940年)1月23日の大審院連合部判決以前は,婚姻成立の日から200日たたないうちに生まれた子を非嫡出子としたものがありました(我妻215頁参照)。)。嫡出推定の切れ目がないよう前婚解消後100日経過時に直ちに再婚したがる女性には何やら後夫に対する隠し事があるように疑われ,後夫が争って,つい嫡出否認の訴えを提起したくなるということでしょうか。しかし,嫡出否認の訴えが成功すればそもそも父子関係がなくなるので,この争い自体から積極的な「血統に混乱」は生じないでしょう。(なお,前提として,「厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間」の範囲内については②の観点は依然として有効であることが認められていると読むべきでしょうし,そう読まれます。)「再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとした」ことと②の「再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点」との結び付きはそもそも強いものではなかったように思われます。また,前夫の嫡出推定期間内に生まれる子の生物学上の父が実は後夫である場合は,むしろ嫡出推定が重複する期間を設けて紛戦に持ち込み,父を定めることを目的とする訴えを活用して生物学上の父と法律上の父とが合致するようにし,もって「血統の混乱」を取り除くことにする方がよいのかもしれません。しかし,そのためには逆に,待婚期間は短ければ短い方がよく,理想的には零であるのがよいということになってしまうようです(なお,待婚期間がマイナスになるのは,重婚ということになります。)。この点については更に,大村教授は「嫡出推定は婚姻後直ちに働くとしてしまった上で,二つの推定の重複を正面から認めよう,という発想」があることを紹介しています(大村29頁)。

それでは,①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」と現在は「医療や科学技術が発達した」こととの関係はどうでしょうか。現在は6箇月たたなくとも妊娠の有無が早期に分かるから,そこまでの待婚期間は不要だということでしょう。しかし,「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」においては「女の体型」という外見が重視されているようであり,女性が妊娠を秘匿している事態も懸念されているようではあります。妊娠検査薬があるといっても,女性の協力がなければ検査はできないでしょうが,その辺の事情には明治や昭和の昔と平成の現代とで変化が生じているものかどうか。

本件判例の法廷意見は,憲法24条1項は「婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」と解した上で「上記のような婚姻をするについての自由」は「十分尊重に値するもの」とし,さらには,再婚について,「昭和22年民法改正以降,我が国においては,社会状況及び経済状況の変化に伴い婚姻及び家族の実態が変化し,特に平成期に入った後においては,晩婚化が進む一方で,離婚件数及び再婚件数が増加するなど,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情も認めることができる」ものとしています。「婚姻をするについての自由」に係る憲法24条1項は昭和22年民法改正のそもそもの前提だったのですから,その後に①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」の有効性が減少したことについては,やはり,後者の「再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情」が大きいのでしょうか。「再婚」するにはそもそも主に離婚が前提となるところ,離婚の絶対数が増えれば早く再婚したいという人の絶対数も増えているのでしょう。ちなみに,女性が初婚時よりも再婚時の方が良い妻になることが多いという精神分析学説がありますが(„Ich meine, es muß dem Beobachter auffallen, in einer wie ungewönlich großen Anzahl von Fällen das Weib in einer ersten Ehe frigid bleibt und sich unglücklich fühlt, während sie nach Lösung dieser Ehe ihrem zweiten Manne eine zärtliche und beglückende Frau wird.“(Sigmund Freud, Das Tabu der Virginität, 1918)),これは本件判例には関係ありません。

しかし,現代日本の家族は核家族化したとはいえ,「家庭の不和」の当事者としては,夫婦のみならず,子供も存在し得るところです。

 

5 待婚期間を不要とした実例:アウグストゥス

 

(1)アウグストゥスとリウィアとリウィアの前夫の子ドルスス

 ところで,前夫の子を懐胎しているものと知りつつ,当該人妻の前婚解消後直ちにこれでいいのだと婚姻してしまった情熱的な男性の有名な例としては,古代ローマの初代皇帝アウグストゥスがいます。

 

  〔スクリボニアとの〕離婚と同時にアウグストゥスは,リウィア・ドルシラを,ティベリウス・ネロの妻でたしかに身重ですらあったのにその夫婦仲を裂き,自分の妻とすると(前38年),終生変らず比類なく深く愛し大切にした。(スエトニウス「アウグストゥス」62(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 前63年生まれのアウグストゥスは,前38年に25歳になりました。リウィアは前58年の生まれですから,アウグストゥスの5歳年下です。両者の婚姻後3箇月もたたずに生まれたリウィアの前夫ティベリウス・クラウディウス・ネロの息子がドルススです。

 

  〔4代目皇帝〕クラウディウス・カエサルの父ドルススは,かつて個人名をデキムスと,その後でネロと名のった。リウィアは,この人を懐妊したまま,アウグストゥスと結婚し,3ヶ月も経たぬ間に出産した(前38年)。そこでドルススは,継父の不義の子ではないかと疑われた。たしかにドルススの誕生と同時に,こんな詩句が人口に膾炙した。

  「幸運児には子供まで妊娠3ヶ月で生れるよ」

  ・・・

  ・・・アウグストゥスは,ドルススを生存中もこよなく愛していて,ある日元老院でも告白したように,遺書にいつも,息子たちと共同の相続人に指名していたほどである。

  そして〔前9年に〕彼が死ぬと,アウグストゥスは,集会で高く賞揚し,神々にこう祈ったのである。「神々よ,私の息子のカエサルたちも,ドルススのごとき人物たらしめよ。いつか私にも,彼に授けられたごとき名誉ある最期をたまわらんことを」

  アウグストゥスはドルススの記念碑に,自作の頌歌を刻銘しただけで満足せず,彼の伝記まで散文で書いた。(スエトニウス「クラウディウス」1(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(下)』(岩波文庫・1986年)))

 

(2)アウグストゥス家の状況

しかし,共和政ローマの名門貴族クラウディウス一門(アッピア街道で有名なアッピウス・クラウディウス・カエクスもその一人)のティベリウス・クラウディウス・ネロ(前33年没)を法律上の父として持つドルススは,母の後夫であり,自分の生物学上の父とも噂されるアウグストゥスの元首政に対して批判的であったようです。

 

 〔ドルススの兄で2代目皇帝の〕ティベリウスは・・・弟ドルスス・・・の手紙を公開・・・した。その手紙の中で弟は,アウグストゥスに自由の政体を復活するように強制することで兄に相談をもちかけていた。(スエトニウス「ティベリウス」50(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 少なくとも皇帝としてのアウグストゥスに対しては,反抗の意思があったわけです。

 

 ところでドルススには名声欲に劣らぬほど,民主的な性格が強かったと信じられている。

 ・・・彼はそうする力を持つ日がきたら,昔の共和政を復活させたいという希望を,日頃から隠していなかったといわれているからである。

 ここに,ある人らが大胆にも次のような説を伝えている根拠があると私は思うのである。

 ドルススはアウグストゥスに不信の念を抱かれ,属州から帰還を命じられても逡巡していて毒殺されたと。この説を私が紹介したのは,これが真実だとか,真相に近いと思ったからではなく,むしろこの説を黙殺したくなかったからにすぎない。(スエトニウス「クラウディウス」1)

 

 自分の本当の父親が誰であるのか悩むことがあったであろうドルススの心事を忖度することには興味深いものがあります。

 アウグストゥスの家庭は,余り平和ではありませんでした。

 

 〔アウグストゥスは,リウィアと再婚する際離婚した〕スクリボニアからユリアをもうける。リウィアからは熱烈に望んでいたのに一人の子供ももうけなかった。もっとも胎内に宿っていた赤子が月足らずで生まれたことはあるが。(スエトニウス「アウグストゥス」63

 

  娘と孫娘のユリアは,あらゆるふしだらで穢れたとして島に流した。(スエトニウス「アウグストゥス」65

 

6 待婚期間を回避した実例:ナポレオン

 

(1)ナポレオンの民法典

 「我々は,良俗のためには,離婚と2度目の婚姻との間に間隔を設けることが必要であると考えた。(Nous avons cru, pour l’honnêteté publique, devoir ménager une intervalle entre le divorce et un second mariage.)」と述べたのは,ナポレオンの民法典に係る起草者の一人であるポルタリスです(Discours préliminaire du premier projet de Code civil, 1801)。1804年のナポレオンの民法典における待婚期間に関する条項にはどのようなものがあったでしょうか。

 

 第228条 妻は,前婚の解消から10箇月が経過した後でなければ,新たに婚姻することができない。(La femme ne peut contracter un nouveau mariage qu’après dix mois révolus depuis la dissolution du mariage précédent.

 

これは我が民法733条1項及び旧767条1項並びに旧民法民事編32条1項に対応する規定ですね。ただし,待婚期間が6箇月ではなく10箇月になっています。また,ナポレオンの民法典228条は,離婚以外の事由による婚姻の解消(主に死別)の場合に適用がある規定です。

共和国10年葡萄月(ヴァンデミエール)14日(180110月6日)に国務院(コンセイユ・デタ)でされた民法典に関する審議の議事(同議事録http://archives.ih.otaru-uc.ac.jp/jspui/handle/123456789/53301第1巻294295頁)を見ると,同条の原案には,décence”(品位,節度)がそれを要請するであろうとして(ブーレ発言),後段として「夫も,当該解消から3箇月後でなければ,2度目の婚姻をすることができない。(le mari ne peut non plus contracter un second mariage qu’après trois mois depuis cette dissolution.)」という規定が付け足されていました。同条の原案に対する第一執政官ナポレオンの最初の感想は,「10箇月の期間は妻には十分長くはないな。」であり,司法大臣アブリアルが「我々の風習では,その期間は1年間で,喪の年(l’an de deuil)と呼ばれています。」と合の手を入れています。トロンシェが,「実際のところ,妻に対する禁制の目的は,la confusion de partを防ぐことであります。夫についてはそのような理由はありません。彼らの家計を維持する関係で妻の助力を必要とする耕作者,職人,そして人民階級の多くの諸個人にとっては,提案された期間は長過ぎます。」と発言しています。議長であるナポレオンが「アウグストゥスの例からすると妊娠中の女とも婚姻していたのだから,古代人はla confusion de partの不都合ということを気にしてはいなかったよな。夫の方については,規定せずに風習と慣例とに委ねるか,もっと長い期間婚姻を禁ずるかのどちらかだな。この点で民法典が,慣習よりもぬるいということになるのはまずい。」と総括し,結局同条については,後段を削った形で採択されています。しかして残った同条は,端的にla confusion de partを防ぐための条項であるかといえば,アウグストゥスの例に触れた最終発言によれば第一執政官はその点を重視していたようには見えず,さりとて「喪の年」を2箇月縮めたものであるとも言い切りにくいところです。(ただし,この10箇月の期間にはいわれがあるところで,古代ローマの2代目国王「ヌマは更に喪を年齢及び期間によつて定めた。例へば3歳以下の幼児が死んだ時には喪に服しない。もつと年上の子供も10歳まではその生きた年数だけの月数以上にはしない。如何なる年齢に対してもそれ以上にはせず,一番長い喪の期間は10箇月であつて,その間は夫を亡くした女たちは寡婦のままでゐる。その期限よりも前に結婚した女はヌマの法律に従つて胎児を持つてゐる牝牛を犠牲にしなければならな」かった,と伝えられています(プルタルコス「ヌマ」12(河野与一訳『プルターク英雄伝(一)』(岩波文庫・1952年)))。また,ヌマによる改暦より前のローマの暦では1年は10箇月であったものともされています(プルタルコス「ヌマ」18・19)。なお,“La confusion de part”“part”は「新生児」の意味で,「新生児に係る混乱」とは,要は新生児の父親が誰であるのか混乱していることです。これが我が国においては「血統ノ混乱」と訳されたものでしょうか。

離婚の場合については,特別規定があります。

 

296条 法定原因に基づき宣告された離婚の場合においては,離婚した女は,宣告された離婚から10箇月後でなければ再婚できない。(Dans le cas de divorce prononcé pour cause déterminée, la femme divorcée ne pourra se remarier que dix mois apès le divorce prononcé.

 

297条 合意離婚の場合においては,両配偶者のいずれも,離婚の宣告から3年後でなければ新たに婚姻することはできない。(Dans le cas de divorce par consentement mutuel, aucun des deux époux ne pourra contracter un nouveau mariage que trois ans après la pronunciation du divorce.

 

 面白いのが297条ですね。合意離婚の場合には,男女平等に待婚期間が3年になっています。ポルタリスらは当初は合意離婚制度に反対であったので(Le consentement mutuel ne peut donc dissoudre le mariage, quoiqu’il puisse dissoudre toute autre société.(ibid)),合意離婚を認めるに当たっては両配偶者に一定の制約を課することにしたのでしょう。男女平等の待婚期間であれば,我が最高裁判所も,日本国憲法14条1項及び24条2項に基づき当該規定を無効と宣言することはできないでしょう。

 ただ,ナポレオンの民法典297条が皇帝陛下にも適用がある(ないしは国民の手前自分の作った民法典にあからさまに反することはできない)ということになると,一つ大きな問題が存在することになったように思われます。

 18091215日に皇后ジョゼフィーヌと婚姻解消の合意をしたナポレオンが,どうして3年間待たずに1810年4月にマリー・ルイーズと婚姻できたのでしょうか。

 ジョゼフィーヌの昔の浮気を蒸し返して法定原因に基づく離婚(ナポレオンの民法典296条参照)とするのでは,皇帝陛下としては恰好が悪かったでしょう。どうしたものか。

 

(2)18091216日の元老院令

 実は,18091215日のナポレオンとジョゼフィーヌとの合意に基づく婚姻解消は,合意離婚ではなく,立法(同月16日付け元老院令)による婚姻解消という建前だったのでした。合意離婚でなければ,夫であるナポレオンが再婚できるまで3年間待つ必要はありません。

 上記元老院令は,その第1条で「皇帝ナポレオンと皇后ジョゼフィーヌとの間の婚姻は,解消される。(Le mariage contracté entre l’Empereur Napoléon et l’Impératrice Joséphine est dissous.)」と規定しています。

 大法官は,カンバセレス。ナポレオンに最終的に「婚姻解消,やらないか。」と言ったのは,フーシェでもタレイランでもなく彼だったものかどうか。いずれにせよ,厄介な法律問題を処理してくれたカンバセレスの手際には,皇帝陛下も「いい男」との評価を下したことでしょう。

 こじつけのようではありますが,1809年においても2015年においても,1216日は,離婚後の長い待婚期間の問題性が表面化された日でありました。

(前編 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144048.html からの続き)

3 日本国憲法14条1項の制定経緯瞥見

 

(1)憲法研究会の「憲法草案要綱」

 まず,1946年2月13日のGHQ草案に影響を与えたとされる高野岩三郎,鈴木安蔵らによる憲法研究会の「憲法草案要綱」(19451226日)における「国民権利義務」の部分を見てみると,次のとおりです。

 

一,国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス

一,爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス

一,国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ〔ママ〕妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス

 一,国民ハ拷問ヲ加ヘラルルコトナシ

 一,国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス

一,国民ハ労働ノ義務ヲ有ス

一,国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス

一,国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス

一,国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高8時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ

一,国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス  

 一,男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス

 一,民族人種ニヨル差別ヲ禁ス

 一,国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス

 

 これを見ると,最初の項の法律の前の平等は,出生又は身分による差別の廃止に係るもので,伝統的な身分制廃止の意味で用いられているようです。したがって,次の項の華族(=爵位を有する者(華族令(明治40年皇室令第2号)1条1項が「凡ソ有爵者ヲ華族トス」と規定))の廃止につながるのでしょう。男女平等や民族差別・人種差別の禁止は,法律の前の平等の第1項からは離れたところの第11項及び第12項に出てきます。法律の前の平等とは直結していないようです。

 ところで,他の箇所ではヴァイマル憲法的なところも多いのですが,「憲法草案要綱」の第6項及び第7項並びに第9項から第12項までは,今は亡きソヴィエト社会主義共和国連邦(同盟)の1936年憲法(スターリン憲法)の香りがしますね。

 

 第12条1項 ソ同盟においては,労働は,「働かざる者は食うべからず」の原則によって,労働能力あるすべての市民の義務であり,また名誉である。

 第118条1項 ソ同盟の市民は,労働の権利すなわち労働の量および質に相当する支払を保障された仕事を得る権利を有する。

 第119条 ソ同盟の市民は,休息の権利を有する。

   休息の権利は,労働者および職員のために,8時間労働日を制定し,かつ困難な労働条件を有する若干の職業のために,労働日を7時間ないし6時間に,かつ特別に困難な労働条件を有する職場においては,4時間に短縮することによって保障され,さらに労働者および職員に対して,年次有給休暇を設定し,かつ勤労者に対する奉仕のために,広く行きわたった療養所,休息の家,およびクラブを供与することによって,保障される。

 第120条1項 ソ同盟の市民は,老齢,ならびに病気および労働能力喪失の場合に,物質的保障をうける権利を有する。

 第122条 ソ同盟における婦人は,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野において,男子と平等の権利を与えられる。

   これらの婦人の権利を実現する可能性は,婦人に対して,男子と平等の労働,労働賃金,休息,社会保険および教育に対する権利が与えられること,母および子の利益が国家的に保護されること,子供の多い母および独身の母に対する国家的扶助,妊娠時に婦人に有給休暇が与えられること,広く行きわたった産院,託児所および幼稚園の供与によって保障される。

 第123条 ソ同盟の市民の権利の平等は,その民族および人種のいかんを問わず,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野にわたり不変の法である。

   市民の人種的または民族的所属からする,いかなる直接もしくは間接の権利の制限も,または反対に,直接もしくは間接の特権の設定も,ならびに人種的もしくは民族的排他性の宣伝,もしくは憎悪および軽侮の宣伝も,法律によって罰せられる。

  (山之内一郎訳『人権宣言集』(岩波文庫)292-294頁)

 

(2)「憲法草案要綱」のGHQへの紹介

 法律の前の平等がかかわる出生又は身分の問題と,男女平等及び民族差別・人種差別の禁止の問題とを最初に同一の範疇にひっくるめてしまったのは,GHQ「民政局法規課長として,高野岩三郎らの「憲法研究会」・・・のメンバーや,リベラルなグループとのつきあいも多く,日本側の在野の憲法草案を取り入れるに当たって,橋渡し役として動いた人物」であるマイロ・E・ラウエル中佐(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』(角川文庫・2014年(単行本1995年))47頁)でしょう。

 ラウエル中佐がまとめた1946年1月11日付けのGHQ参謀長あてのメモランダム“Comments on Constitutional Revision proposed by Private Group”(「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」)では,憲法研究会の「憲法草案要綱」における「14.素晴らしくリベラルな条項」(14. Outstanding Liberal Provisions)として,“b. Discriminations by birth, status, sex, race and nationality are prohibited. The peerage is abolished.”b. 出生,身分,性別,人種及び民族による差別は,禁止される。華族制度は,廃止される。)が挙げられています。性別,人種又は民族に基づく差別禁止問題と伝統的な身分制廃止問題とが融合されて,全体として差別禁止の話とされています。

 

(3)GHQ民政局国民の権利委員会における検討

 GHQ原案の起草に携わったGHQ民政局の国民の権利委員会(“Civil Rights Committee”は,「人権委員会」と訳するよりも,こう訳した方がよいでしょう。その構成員は,ピーター・K・ロウスト中佐,ハリー・エマソン・ワイルズ氏及びベアテ・シロタ氏)は,どのように考えていたか。実は,初稿及びそれに対する書き込みからすると,法律の前の平等と,性別,人種又は民族による差別の禁止とは,前者が後者を包摂するような関係であるものとは考えられていなかったようです。

 国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」のハッシー文書のウェッブ・ページによると,国民の権利委員会による日本国憲法14条の原型規定は,最初は次のようなものでした(102コマ目,121コマ目,123コマ目,126コマ目及び129コマ目)。

 

 6.  All persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic, educational, and domestic relations on account of race, creed, sex, caste or national origin. No special privilege shall accompany any ownership or grant of title, honor, decoration or other distinction; nor shall any such ownership or grant of distinction, whether now existing or hereafter to be conferred, be valid beyond the lifetime of the individual who owns or may receive it.

 

 挿入の書き込みがあるのは,及びの部分です。

 最初のの所には,“natural”が挿入されています(102コマ目,121コマ目,123コマ目,126コマ目及び129コマ目)。

 次のの所には,華族制度廃止規定が挿入されるべきものとされていたようです。102コマ目では“Insert”121コマ目では“peerage clause”126コマ目では“Insert peerage clause”129コマ目では“Peerage Clause”と書き込まれています。

 “Peerage Clause”とは,1946年2月3日のマッカーサー三原則の第3項における次の第2文及び第3文のことでしょう。

 

 No rights of peerage except those of the Imperial family will extend beyond the lives of those now existent.

  No patent of nobility will from this time forth embody within itself any National or Civic power of government.

 

最高司令官御自らのお筆先になる規定が脱落してしまっているということは大変なことです。慌てて原案初稿に挿入することになったようです。しかし,そこでは,華族制度の廃止こそが,法律の前の平等に直ちに続くものと考えられていたようです。換言すると,「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止より前に華族制度の廃止が先行すべきものとされていて,「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止は,法律の前の平等と直接結びついたものとは考えられていなかった,ということになるように思われます。前記憲法研究会の「憲法草案要綱」でもそのような並びになっていました。しかしながら,単に,マッカーサー元帥のお筆先を順番の上で優先させようとしていたのかもしれません。

なお,前記ラウエル中佐の「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」における14.b.の部分とは異なり,「出生,身分(birth, status)」による差別の禁止は,国民の権利委員会の案にはそれとして出ていません。法律の前に平等(equal before the law)ということで,その点は尽くされていると考えられたものでしょうか。

「性別」,「人種」及び「民族」は,憲法研究会の「憲法草案要綱」にありましたが,“creed”及び“caste”は,国民の権利委員会が付加したものということになります。“Creed”は,西洋の歴史にかんがみると宗教的なものでしょう。1786年ヴァジニア信教自由法の第2項は,“the same (their opinions in matters of religion) shall in no wise diminish, enlarge, or  affect their civil capacities.”と規定していましたから,換言すると,宗教的意見のいかんによって,市民としての資格について縮小,拡大その他の影響を受けていたわけです。“Caste”は,インドのあのカーストですね。しかし,なぜ,カーストが日本で問題になるのか。とはいえ,国民の権利委員会のロウスト中佐は,実際にインドの大学で講師をもしていたという風変わりな人物でしたので(鈴木57-58頁),その影響があったものでもありましょう。しかし,この謎は,神智をもってしないと解くことのできない神秘の謎のまま残りそうでもあります(http://www.theosophy.wiki/mywiki/index.php?title=Pieter_K._Roest#cite_note-4)。

国民の権利委員会の修正後の原案は,次のとおりです(167コマ目)。

 

5.  All natural persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic, educational and domestic relations on account of race, creed, sex, caste or national origin. No patent of nobility shall from this time forth embody within itself any national or civil power of government. No right of peerage except those of Imperial family shall extend beyond the lives of those now existent. No special privilege shall accompany any ownership or grant of title, honor, decoration or other distinction; nor shall any such ownership or grant of distinction be valid beyond the lifetime of the individual who owns or may receive it.

 

結局,華族制度の廃止規定が,法律の前の平等規定と「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止規定との間に割って入ることはありませんでした。確かにワイマル憲法109条でも,身分制度の廃止関係は,(公民としての)男女同権の後ろにまわっています。

 

(4)GHQ草案13

これが,1946年2月13日に松本烝治憲法担当国務大臣らに手交されたGHQ草案では次のとおりとなっています。

 

 Article XIII.  All natural persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic or social relations on account of race, creed, sex, social status, caste or national origin.

         No patent of nobility shall from this time forth embody within itself any national or civic power of government.

         No rights of peerage except those of the Imperial dynasty shall extend beyond the lives of those now in being. No special privilege shall accompany any award of honor, decoration or other distinction; nor shall any such award be valid beyond the lifetime of the individual who now holds or hereafter may receive it.

 

第1項後段の差別禁止の場面から,“educational and domestic relations”が抜けています。これは,教育及び家族生活の問題は他の個別条項(現行日本国憲法では第26条及び第24条)で手当てされるからここで規定する必要は無い,ということでしょう。ところが,それに代わって,広く“social relations”(社会的関係)における差別が禁止されることになり,また,差別の理由(“on account of”という表現が用いられています。)とすることが許されないものとして“social status”(社会的身分)が加えられています。これらの修正は,国民の権利委員会によってではなく,運営委員会(Steering Committee。構成員は,ケーディス大佐,ラウエル中佐及びハッシー中佐並びにルース・エラマン氏)によってされたものでしょう。ラウエル中佐あたりが,「カーストなんてインドみたいで,かつ,特殊に過ぎるではないか。これはやはり「身分」とは違うのではないか。わしの「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」の14.b.に,“birth, status”による差別は禁止されると書いておいたぞ。“Social status”を入れて,出生・身分を理由とした差別の禁止もはっきりさせるべきだろう。」と考えて,筆を入れたものでしょうか。“Social status”が身分制的身分であるとすると,第1項後段における「身分」による差別の禁止は,身分制の廃止に係る同項前段の法律の前の平等と相重なることになります。前段と後段との架橋が,ここでされてしまったようです。(しかし,ここまで思いつきを書いてしまうと,ブログでなければ許されない妄想の域に入ってしまうようです。)なお,ヴァイマル憲法109条2項の英訳をインターネット上で調べてみると,ドイツ語のStandを,“social standing”とするものがあります(www.zum.de)。一般には“rank”と訳されているようですが。

 

(5)日本国政府の対応

 

ア 外務省訳

 GHQ草案13条の我が外務省訳は次のとおり。

 

13条 一切ノ自然人ハ法律上平等ナリ政治的,経済的又ハ社会的関係ニ於テ人種,信条,性別,社会的身分,階級又ハ国籍起源ノ如何ニ依リ如何ナル差別的待遇モ許容又ハ黙認セラルルコト無カルヘシ

爾今以後何人モ貴族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方ノ如何ナル政治的権力ヲモ有スルコト無カルヘシ

皇族ヲ除クノ外貴族ノ権利ハ現存ノ者ノ生存中ヲ限リ之ヲ廃止ス栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ優遇ノ授与ニハ何等ノ特権モ附随セサルヘシ又右ノ授与ハ現ニ之ヲ有スル又ハ将来之ヲ受クル個人ノ生存中ヲ限リ其ノ効力ヲ失フヘシ

 

法律の「前」でも「下」でもなく,法律「上」平等ということになっています。“Creed”が「信条」と訳された以上,「宗教的信仰に限らず,政治や人生に関する信念を包含するものと解される」ことになるのでしょう(佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)471頁)。“Caste”を「階級」と訳したのは,確信犯的誤訳でしょうか。“National origin”に「民族的出自」という訳語が当てられず,帰化した国民にのみ関係しそうな「国籍起源」という訳語が当てられたのは,当時の大日本帝国の外務省においては,大日本帝国はそもそも多民族帝国ではなかったという意識があったものか,受諾したポツダム宣言の第8項に基づき,早くも朝鮮,台湾等は考慮の外になってしまっていたのか,考えさせられるところです。

 

イ 佐藤達夫部長の検討と松本烝治国務大臣の決断

 

(ア)1946年2月28日まで

これに対する日本政府(松本烝治憲法担当国務大臣,佐藤達夫法制局第一部長及び入江俊郎法制局次長)の1946年2月28日案(初稿)は,次のとおり(ウェッブ・ページ6コマ目及び7コマ目)。主に佐藤達夫部長の手になるものとされています。

 

13第5条 国民ハ凡テ法律ノ前ニ平等トス。 

  国民ハ門閥,出生又ハ性別ニ依リ政治上,経済上其ノ他一般ノ社会関係ニ於テ差別ヲ受クルコトナシ。 

  (爾今何人ト雖モ貴族(・・)タルノ故ヲ以テ政治上ノ特権ヲ附与セラルルコトナシ)

  

 ―別案―

国民ハ門閥,出生又ハ性別ニ依リ法律上差別セラルルコトナシ。

 補則, 王公族,華族及朝鮮貴族ノ特権ハ之ヲ廃止ス。

  此ノ憲法施行ノ際現ニ王公族,華族又ハ朝鮮貴族タル者ノ有スル特権ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ者ノ生存中ニ限リ仍従前ノ例ニ依ル。

 

「人種,信条」及び「社会的身分,階級又ハ国籍起源」が,「門閥,出生」に置き換えられています。ここでの「門閥」がドイツ語の“Stand”に対応するのならば,佐藤部長は,前記ヴァイマル憲法109条的条項を考えていたものでしょうか。

なお,ここで出てくる「王公族」及び「朝鮮貴族」が,日本国憲法14条2項において含意されているところの「貴族(華族を除く。)」です(会社法のような表現で,失礼します。)。いずれも日韓併合条約に基づくものでした。王公族については,大韓帝国皇帝家が王族,同帝国の皇族2家が公族となっていました。朝鮮貴族には公侯伯子男の5爵があり,華族が内地人に限られるのと対応して,朝鮮貴族の受爵者は朝鮮人に限られていました。

 

(イ)1946年2月28日の打合せとその後

佐藤達夫部長は,後に,1946年「2月28日さきの〔内閣総理大臣官邸〕放送室で松本大臣と第1回の打ち合わせをした。これには当時の法制局次長入江俊郎氏も参加したはずである。」と回想しています(佐藤達夫著=佐藤功補訂『日本国憲法成立史第3巻』(有斐閣・1994年)71頁)。入江次長はやや影が薄い。

1946年3月1日案(第2稿)では次のようになっています(ウェッブ・ページ6コマ目)。変化した部分は,松本烝治大臣の責任によるものとすべきでしょう。「法律ノ前ニ」が「法律ノ下ニ」になったのは,佐藤達夫部長としては,「表現上の変更にとどまったものと思っている」ところだったそうです(佐藤=佐藤119頁)。

 

 1314条 凡テノ国民ハ法律ノ下ニ平等ニシテ人種,信条,性別,社会上ノ身分又ハ門閥ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

   爵位,勲章其ノ他ノ栄典ハ特権ヲ伴フコトナシ。

 

ここで,「法律の下の平等」と「人種,信条,性別,社会上の身分又ハ門閥」による差別の禁止とが初めて一文に合体します。なお,ここでの「門閥」は,「階級又ハ国籍起源」(カースト又は民族)の言い換えということになるようです。

いずれにせよ,1946年2月28日の松本大臣の決断によって,19世紀トニセン流の狭い射程しかない法律の前の平等概念を超えた,広い射程の「法(律)の下の平等」概念が我が国において生まれたと評価し得るように思われます。(これも非学術的な言い過ぎのようでありますが。長尾龍一教授によれば, なお,「要するに法の下の平等の規定は, 封建制の遺産の除去という目的に限定されているのである。」ということではあります(同『憲法問題入門』(ちくま新書・1997年)97頁)。)

松本大臣は,「男女平等」についてはどのような考えを持っておられたものか。

 

松本国務相の・・・夫人は慶應義塾の重鎮小泉信吉の令嬢,つまり小泉信三の姉千子である。

松本家では,千子夫人の“威令”がゆきとどき,松本国務相はときに夫人の横に寝ころび,夫人に羊かん,果物をツマ楊枝で食べさせてもらったり,政治談議の好きな夫人の舌鋒にへきえきして,当時は草深いおもかげを残す綱島温泉に逃げだしたりした,と長女峰子は語る。

その長女峰子は,・・・東大教授田中耕太郎にとつぎ,次女文子は慶應義塾大学医学部三辺謙夫人である。そして,三辺謙は,松本国務相の秘書をつとめた・・・(児島襄『史録日本国憲法』(文春文庫・1986年(単行本1972年))88-89頁)

 

なお,松本大臣は,本業の商法学の分野では,1935年の中央大学五十周年記念論文集において「従来の定説に対し相当大胆な叛逆を試みた」ものである『株式会社に於ける定款自由の原則と其例外』という論文を発表していて,「併し乍ら解釈論上は定款規定自由の大原則に対し如何なる場合に於ても株主平等ならざるべからずとする一般的の制限を存すべき理はなく,株主平等に反する定款規定が正義衡平の観念に反するや否や,即ち公序良俗に反するや否やを個個の場合に付き考察して其規定の効力を判定するに止まるべきである。会社の個個の株主総会の決議其他の行為に付ても亦同様に解して誤ないと考へる。・・・之を要するに株主平等の原則なるものは解釈上は寧ろ之を排斥すべきものである。」「所謂株主平等の原則なるものは実際上は寧ろ誤解を招き又は膠柱の不便を生ぜしむる無用の原則であつて,法律解釈上是の如き根拠に乏しき原則を高調するは其利を以て害を償ふに足らないものと考へる。」と,平等原則中少なくとも「株主平等原則」に対しては警告を発していました(松本烝治『私法論文集(続編)』(巌松堂書店・1938年)316頁,304頁,311頁)。

 1946
年3月4日にGHQ民政局に提出された同月2日案は次のとおり(ウェッブ・ページ3コマ目及び4コマ目)。

 

13条 凡テノ国民ハ法律ノ下ニ平等ニシテ,人種,信条,性別,社会上ノ身分又ハ門閥ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

爵位,勲章其ノ他ノ栄典ハ特権ヲ伴フコトナシ。

 

なお,我が3月2日案の第14条は「外国人ハ均シク法律ノ保護ヲ受クルノ権利ヲ有ス」と規定していました。GHQ草案XVI条( “Aliens shall be entitled to the equal protection of law.”)に対応するものです。

 

(6)1946年3月4日から同月5日にかけての佐藤部長とGHQとの折衝から同月6日の憲法改正草案要綱まで

 

ア 佐藤部長とGHQ民政局との折衝

「三月四,五両日司令部ニ於ケル顛末」(佐藤達夫作成)には,1946年3月4日から同月5日にかけて徹夜で行われたGHQ民政局と日本側(佐藤達夫部長)との折衝について次のようにあります(ウェッブ・ページ6コマ目)。

 

13条 「ナチユラル・パーソンズ」ハ自然人トスベシ尚「ナシヨナル・オリジン」ヲ脱セリト云フ,之ハ「人種」ニ含ムト考ヘタリト述ベタルモ,ソレハ違フト云フ,然ラバXVIノ外国人ノ条文トノ関係如何ト述ベタルニ夫レデハXVIヲ削ツテ之ニ合スベシトテ(XVI当方案14条ノ「均シク」(equal protection)ノ意ヲ質シタルニ日本国民トイクオール(・・・・・)ナリト云フ)「自然人ハ・・・タルト・・・タルトヲ問ハズ」トシ門閥ノ下ニ「又ハ国籍」ヲ入レルコトニシテ落付ク。(ナシヨナル・オリジンハ出身国ト云フベキカ)

次ニ貴族制ノ廃止ハ何故ニ規定セザリシヤト云フ,(ママ)ハ重要問題故是非規定スベシ,トテ〔1946年2月13日のGHQ〕交付案ノ趣旨ヲ入ルルコトトス。〔「ただ「皇族(imperial dynasty)ヲ除ク外」は当然のこととして削り,その他マ草案の英文にも若干の手直しが加えられた。」(佐藤=佐藤118頁)〕

 

 閣議で配布された日本国憲法1946年3月5日案では,次のとおり。

 

 第13条 凡テノ自然人ハ其ノ日本国民タルト否トヲ問ハズ法律ノ下ニ平等ニシテ,人種,信条,性別,社会上ノ身分若ハ門閥又ハ国籍ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

  爾今何人モ貴族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方ノ如何ナル政治的権力ヲモ有スルコト無カルヘシ。華族ハ現存ノ者ノ生存中ヲ限リ之ヲ廃止ス栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ優遇ノ授与ニハ何等ノ特権モ附随セサルヘシ又右ノ授与ハ現ニ之ヲ有スル又ハ将来之ヲ受クル個人ノ生存中ヲ限リ其ノ効力ヲ失フヘシ

 

この第13条1項については吉田茂外務大臣から「国籍により政治上差別を受けることがないという規定,すなわち外国人も日本人と同様政治上の権限をひとしく享有するが如き規定は不適当であるから改めること」については「さらにマッカーサー司令部に申し入れて再考を乞うことにしたい」との発言があり(佐藤=佐藤161頁参照),翌6日午後同大臣から文書をもって申し入れがされ,GHQは直ちに当該部分を改めたそうです(同162頁参照。「これについては,国籍云々と書いておくと,外交官の治外法権も,日本国内では認められなくなるといったら,司令部側は早速ひっこんだそうです」(同))。ただし,佐藤達夫部長は,「私が5日の夕方司令部から総理官邸にもどった後,〈3月5日案〉第13条の「国籍」及び「日本国民タルト否トヲ問ハズ」について,白洲氏から司令部に交渉してもらい,これを削ることの了解を得ていた」と記憶しています(佐藤=佐藤176頁。また,同119頁)。

なお,5日の閣議中断中の幣原喜重郎内閣総理大臣及び松本国務大臣の内奏の際,昭和天皇から「華族廃止についても堂上華族だけは残す訳には行かないか」との発言があったと伝えられています(佐藤=佐藤162-163頁参照)。

 

イ 内閣発表憲法改正草案要綱(1946年3月6日)

 1946年3月6日の内閣発表憲法改正草案要綱では,次のようになっています。

 

 第14 凡ソ人ハ法ノ下ニ平等ニシテ人種,信条,性別,社会的地位,又ハ門地ニ依リ政治的,経済的又ハ社会的関係ニ於テ差別ヲ受クルコトナキコト

  将来何人ト雖モ華族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方公共団体ニ於テ何等ノ政治的権力ヲモ有スルコトナク華族ノ地位ハ現存ノ者ノ生存中ニ限リ之ヲ認ムルコトトシ栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ栄典ノ授与ニハ何等ノ特権ヲ伴フコトナク此等ノ栄典ノ授与ハ現ニ之ヲ有シ又ハ将来之ヲ受クル者ノ一代ニ限リ其ノ効力ヲ有スベキコト

 

ここで「法律ノ下ニ」が「法ノ下ニ」になりましたが,それは「形式的意味の“法律”との混同を避ける趣旨」であったそうです(佐藤=佐藤179頁)。

「社会上ノ身分」が「社会的地位」になり,「門閥」は「門地」になっています。「社会的地位」は現在の日本国憲法14条1項では「社会的身分」にまた改められていますから,やはり,「社会的身分」は,身分的なものなのでしょう。GHQ草案からの由来に鑑みると,「門地」は「カースト又は民族」ということになるようです。しかしながら,門地(family origin)は,現在,「人の出生によって決定される社会的地位のことで,いわゆる「家柄」がこれにあたる。貴族制度の廃止(142項)は,その当然の帰結である。」と解されていて(佐藤幸治475頁),むしろこちらの方が本来の身分(Stand)に相当するものであるかのように理解されています。ロウスト中佐のインド体験が悪いのか,また,スターリン憲法賛美がうまく理解されなかったのか,翻訳上の辻褄合わせが,「憲法14条1項にいう社会的身分と門地との違いって何だ」という難問を生み出してしまったようです。

ハッシー中佐の文書中の1946年3月6日の日本国憲法案では次のとおり(ウェッブ・ページ5コマ目)。

 

 Article XIII.     All natural persons are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic, or social relations because of race, creed, sex, social status, or family origin. No right of peerage shall from this time forth embody within itself any national or civic power of government, nor shall peerage extend beyond the lives of those now in being. No privilege shall accompany any award of honor, decoration or any distinction; nor shall any such award be valid beyond the lifetime of the individual who now holds or hereafter may receive it.

 

 なお,3月5日案の英文は,次のようなものでした(佐藤=佐藤179-180頁参照)。

 

 Article XIII.     All natural persons, Japanese or alien, are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic, or social relations because of race, creed, sex, social status, family origin, or nationality. No right of peerage shall…… No privilege shall accompany any award of honor, decoration or other distinction; nor……

1 「法の下の平等」の用例

 

(1)憲法

 日本国憲法14条1項は,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定しています。英文では,“All of the people are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic or social relations because of race, creed, sex, social status or family origin.”となります。同条には,【法の下の平等,貴族の廃止,栄典】などと六法の編集者が見出しを付けています。ただし,憲法の原本には固有の見出しが付いていないので,飽くまでも編集者が私的に付けた見出しです。「昭和24年以降の法令(及び昭和22年,同23年の法令の一部)には条文見出しがついているので,( )を用いて条名の右肩(まれには下)にそのまま表示した。さらに古い法令で見出しのついていないものについては,編集委員が見出しを付し,【 】に入れて条名の下に収めた。」ということです(井上正仁=山下友信編集代表『六法全書 平成27年版 Ⅰ』(有斐閣・2015年)8頁)。見出しは「利用上の便宜が極めて大きいので,構成の極めて簡単な法令で検索の手掛かりを特に必要としないものを除いては,最近では,例外なく見出しが付けられる」ことになっています(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)155頁)。日本国憲法は,「さらに古い法令で見出しのついていないもの」に該当します。2012年4月27日決定の自由民主党の日本国憲法改正草案では,憲法14条全体に,「(法の下の平等)」という見出しが付けられています。

 

(2)男女平等関係3法律

 この「法の下の平等」の語が他の法令で用いられている例はないかと総務省行政管理局による法令データ提供システムで検索したところ,3例がありました(なお,以下引用条文における下線は筆者によるもの)。

 第1は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)1条です。

 

  (目的)

第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することを目的とする。

 

 この法律の当初の題名は「勤労婦人福祉法」で,当時の第1条は「この法律は,勤労婦人の福祉に関する原理を明らかにするとともに,勤労婦人について,職業指導の充実,職業訓練の奨励,職業生活と育児,家事その他の家庭生活との調和の促進,福祉施設の設置等の措置を推進し,もつて勤労婦人の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。」と規定していました。「法の下の平等」が入ってきたのは,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律(昭和60年法律第45号)による改正によってです。同法による改正により改題された雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律の第1条は,次のとおりとなりました。

 

  (目的)

第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇が確保されることを促進するとともに,女子労働者について,職業能力の開発及び向上,再就職の援助並びに職業生活と家庭生活との調和を図る等の措置を推進し,もつて女子労働者の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。

 

 第2は,男女共同参画社会基本法(平成11年法律第78号)の前文の第1項です。

 

  我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,男女平等の実現に向けた様々な取組が,国際社会における取組とも連動しつつ,着実に進められてきたが,なお一層の努力が必要とされている。

 

「最近では,法令の第1条に目的規定又は趣旨規定を置くものが多く・・・,わざわざ前文を置かなくても,法令の制定の目的を知ることができる」のですが,「前文は,その法令の制定の理念を強調して宣明する必要がある場合に置かれることが多く,憲法以外の法令では,いわゆる基本法関係・・・に多い。」とされています(前田146頁)。「前文は,具体的な法規を定めたものではなく,その意味で,前文の内容から直接法的効果が生ずるものではないが,各本条とともに,その法令の一部を構成するものであり,各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有する」ものです(前田・同頁)。

第3は,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)の前文第1項です。

 

 我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。

 

 この配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律は,議員立法です。前文を特に設けた理由は,「配偶者からの暴力は,犯罪となる行為であるにもかかわらず,これまで被害者の救済が必ずしも十分に行われてきませんでした。また,被害者の多くは女性であり,配偶者からの暴力は個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げとなっており,配偶者からの暴力を防止し,被害者の保護を図ることは,人権の擁護と男女平等の実現のみならず,女性に対する暴力の根絶という国際社会の要請にも沿うものであります。そのため,特に前文を設け,この法律の趣旨及び目的を明らかにしております。」と説明されています(提案者南野知惠子参議院議員・第151回国会参議院共生社会に関する調査会会議録第5号(2001年4月2日)2頁)。

 以上見た範囲では,「法の下の平等」といえば,主に男女平等を意味するものと受け取られているようです。(ただし,女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)には,「法の下の平等」の語はありません。)

 

2 法律の前の平等と「法の下の平等」との相違

 ところが,前回のブログ記事「大日本帝国憲法19条とベルギー国憲法(1831年)6条」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1038090379.html)で見た「法律の前の平等」に関するベルギーの法学者トニセンによる説明によれば,「立憲国家において法律の前の平等l’égalité devant la loiは,主に4種の態様において現れる。①全ての身分ordresの区別の不在において,②全ての市民が差別なく全ての文武の官職に就任し得ることにおいて,③裁判権juridictionに関する全ての特権の不在において,④課税に関する全ての特権の不在において。」ということでありました。19世紀立憲主義的には,法律の前の平等の主眼はAncien Régime的身分制の廃止であって,そこに「男女平等」は含まれていなかったわけです。

 20世紀に入り1919年に制定されたドイツのヴァイマル憲法109条は次のように規定していました。

 

 Art.109.  Alle Deutschen sind vor dem Gesetze gleich.

Männer und Frauen haben grundsätzlich dieselben staatsbürgerlichen Rechte und Pflichten.

Öffentlich-rechtliche Vorrechte oder Nachteile der Geburt oder des Standes sind aufzuheben. Adelsbezeichnungen gelten nur als Teil des Namens und dürfen nicht mehr verliehen werden.

Titel dürfen nur verliehen werden, wenn sin ein Amt oder einen Beruf bezeichnen; akademische Grade sind hierdurch nicht betroffen.

Orden und Ehrenzeichen dürfen vom Staat nicht verliehen werden.

Kein Deutscher darf von einer ausländischen Regierung Titel oder Orden annehmen.

 

 第109条(1)すべてのドイツ人は,法律の前に平等である。

  (2)男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。

  (3)出生または身分にもとづく公法上の特権または,不利益は廃止されなければならない。貴族の称号は,氏名の一部としてのみ通用し,将来はこれを授与してはならない。

  (4)称号は,官職または職業を表示する場合にのみ,これを授与することができる,学位はこれに関係がない。

  (5)国は,勲章および名誉記章を授与してはならない。

  (6)いかなるドイツ人も,外国政府から称号または勲章を受領してはならない。

 (山田晟訳『人権宣言集』(岩波文庫・1957年)201頁)

 

法律の前の平等を宣言した第1項に続いて,第2項で「男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。」と規定していますから,これは,法律の前の平等に「男女平等」も含めるものとしたものか。しかしながら,公民としての権利及び義務(staatsbürgerliche Rechte und Pflichten)が同一であることのみが規定されていますので,我が憲法14条1項のように,広く経済的又は社会的関係における差別までをも禁ずる射程は有していないようです。公民権(staatsbürgerliche Rechte)は個人権(bürgerliche Rechte)と対になる概念ですが,「公民権とは国,市町村等の意思形成に参与し得る権利」であり,「個人権とはそれ以外の基本権(平等権・自由権等)」であると,ヴァイマル憲法136条2項についてですが説明されています(山田217頁註3)。

 「人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」ことを含む我が憲法14条1項の「法の下の平等」は,伝統的な法律の前の平等の概念よりも射程が随分広いものになっているようです。これは一体なぜなのか。日本国憲法の立案過程を見てみる必要があるようです(国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」を参照)。

 

(以下,後編 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144259.html に続く)

 

1 大日本帝国憲法草案からの「法律ノ前ニ於テ平等トス」規定の消失

 1889年2月11日に発布された大日本帝国憲法にはそれとして平等条項が無いところですが,その第19条は「日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得」と規定しています。これは,1888年3月の「浄写三月案」(国立国会図書館の電子展示会「史料にみる日本の近代―開国から戦後政治までの軌跡」の「第2章 明治国家の展開」27ウェッブ・ページ参照)の段階で既にこの形になっていました(ただし,「其他」の「」は朱筆で追記)

 しかし,伊東巳代治関係文書の「憲法説明 説明(第二)」は,1888年1月17日付けで作成され同年2月に条文が修正されたものですが(国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができます。),そこでの「第22条」は,「日本臣民タル者法律ノ前ニ於テ平等トス又法律命令ニ由リ定メタル資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其他ノ公務ニ就クコトヲ得」とありました(なお,「法律ノ前ニ於テ平等」は「法律ニ対シ」とすべきか「法律ニ於テ」とすべきか迷いがあったようで,「ニ対シ」及び「ニ於テ」の書き込みがあります。)。すなわち,1888年1月段階では「法律ノ前ニ於テ平等」という文言があったところです。

 188710月の修正後の夏島草案(「浄写三月案」と同様に国立国会図書館のウェッブ・ページを参照)では「日本臣民タル者ハ法律ノ前ニ於テ平等トス又適当ノ法律命令ニ由リ定メタル資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其他ノ公務ニ就クコトヲ得」とありました。同年8月作成時の夏島草案では「第50条 日本臣民タル者ハ政府ノ平等ナル保護ヲ受ケ法律ノ前ニ於テ平等トス又適当ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其他ノ公務ニ就クコトヲ得」とあり,「政府ノ平等ナル保護」まであったところです。

 夏島草案の1887年8月版は,同年4月30日に成立した(小嶋和司「ロエスレル「日本帝國憲法草案」について」『小嶋和司憲法論集一 明治典憲体制の成立』(木鐸社・1988年)4頁)ロエスレルの草案の第52条の影響を受けたものでしょう。

 

 第52条 何人タリトモ政府ノ平等ナル保護,法律ニ対スル平等及凡テ公務ニ従事シ得ルノ平等ヲ享有ス

 Art. 52.  Jeder geniesst den gleichen Schütz des Staats, Gleichheit vor dem Gesetz und die gleiche Zulassung zu allen öffentlichen Ämtern.

  (小嶋24-25頁参照)

 

「法律ニ対スル平等Gleichheit vor dem Gesetz」は,もっと直訳風にすると「法律の前の平等」になりますね。

なお,「政府」の語は,本来「国家」であるべきものStaatの誤りです(小嶋53頁)

 

2 1831年ベルギー国憲法,1849年フランクフルト憲法及び1850年プロイセン憲法

ところで,ロエスレル草案の「表現は,あくまでロエスレルの脳漿に発するロエスレルの言葉でおこなわれた」ところですが(小嶋39頁),そもそも,臣民権利義務に係る大日本帝国憲法第2章については,「その規定の内容に於いて最も多くプロイセンの1850年1月の憲法の影響を受けて居ることは,両者の規定を対照比較することに依つて容易に知ることが出来る,而してプロイセンの憲法は,此の点に於いて,最も多く1831年のベルジツク憲法及び1848年のフランクフルト国民会議に於いて議決せられた『ドイツ国民の基礎権』の影響を受けて居るもので,随つてわが憲法も亦間接には此等の影響の下に在るものと謂ふことが出来る。」ということですから(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)329頁)1831年ベルギー国憲法,1849年フランクフルト憲法及び1850年プロイセン憲法の当該条文をそれぞれ見てみましょう。

 

(1)ベルギー国憲法6条

まず,1831年ベルギー国憲法。

 

第6条 国内にいかなる身分の区別も存してはならない。

  ベルギー国民は,法律の前に平等である。ベルギー国民でなければ,文武の官職に就くことができない。ただし,特別の場合に,法律によって例外を設けることを妨げない。

  (清宮四郎訳『世界憲法集 第二版』(岩波文庫・1976年)71頁)

 Article 6

    Il n’y a dans l’État aucune distinction d’ordres.

    Les Belges sont égaux devant la loi; seuls ils sont admissibles aux emplois civils et militaires, sauf les exceptions qui peuvent être établies par une loi pour des cas particuliers.

 

(2)フランクフルト憲法137

次に1849年フランクフルト憲法。

 

137条(1)法律の前に,身分Ständeの区別は存しない。身分としての貴族は廃止されたものとする。

 (2)すべての身分的特権は,除去されたものとする。

 (3)ドイツ人は,法律の前に平等である。

 (4)すべての称号は,役職とむすびついたものでないかぎり,廃止されたものとし,再びこれをみとめてはならない。

 (5)邦籍を有する者は,何人も,外国から勲章を受領してはならない。

 (6)公職は,能力ある者がすべて平等にこれにつくことができる。

 (7)国防義務は,すべての者にとって平等である,国防義務における代理はみとめられない。

  (山田晟訳『人権宣言集』(岩波文庫・1957年)172頁)

§.137.

  [1]Vor dem Gesetze gilt kein Unterschied der Stände. Der Adel als Stand ist aufgehoben.

[2]Alle Standesvorrechte sind abgeschafft.

[3]Die Deutschen sind vor dem Gesetze gleich.

[4]Alle Titel, in so weit sie nicht mit einem Amte verbunden sind, sind aufgehoben und dürfen nie wieder eingeführt werden.

[5]Kein Staatsangehöriger darf von einem auswärtigen Staate einen Orden annehmen.

[6]Die öffentlichen Aemter sind für alle Befähigten gleich zugänlich.

[7]Die Wehrpflicht ist für Alle gleich; Stellvertretung bei derselben findet nicht statt.

 

 なお,美濃部達吉の言う「1848年のフランクフルト国民会議に於いて議決せられた『ドイツ国民の基礎権』」とは,後にフランクフルト憲法に取り入れられた18481227日のドイツ国民の基本権に関する法律Gesetz, betreffend die Grundrechte des deutschen Volksのことでしょうか(山田170頁参照)

 

(3)プロイセン憲法4条

最後に1850年プロイセン憲法。

 

 第4条(1)すべてのプロイセン人は,法律の前に平等である。身分的特権は,みとめられない。公職は,法律の定める条件のもとに,その能力あるすべての者が,平等にこれにつくことができる。

   (山田訳189頁)

 Art.4.  Alle Preußen sind vor dem Gesetz gleich. Standesvorrechte finden nicht statt. Die öffentlichen Aemter sind, unter Einhaltung der von den Gesetzen festgestellten Bedingungen, für alle dazu Befähigten gleich zugänglich.

 

(4)大日本帝国憲法19条との比較

 これらの条項を眺めていると,お話の流れとしては,①身分制を廃止し(ベ1項,フ1項),身分的特権を除去すれば(フ2項,プ2文),②国民は法律の前に平等になり(ベ2項前段,フ3項,プ1文),③その結果国民は均しく公職に就くことができるようになる(ベ2項後段,フ6項,プ3文)ということのようです。フランクフルト憲法137条4項及び5項は身分制の復活の防止,同条7項は平等の公職就任権の裏としての平等の兵役義務ということでしょうか。①は前提,②は宣言,③がその内容ということであれば,我が大日本帝国憲法19条は,前提に係る昔話や難しい宣言などせずに,単刀直入に法律の前の平等が意味する内容(③)のみを規定したものということになるのでしょう。

なお,『憲法義解』における第2章の冒頭解説の部分では,「抑中古,武門の政,士人と平民との間に等族を分ち,甲者公権を専有して乙者預らざるのみならず,其の私権を併せて乙者其の享有を全くすること能はず。公民〔おほみたから〕の義,是に於て滅絶して伸びざるに近し。維新の後,屢大令を発し,士族の殊権を廃し,日本臣民たる者始めて平等に其の権利を有し其の義務を尽すことを得せしめたり。本章の載する所は実に中興の美果を培殖し,之を永久に保明する者なり。」とあって,「士族の殊権を廃し」,すなわち身分的特権を除去して(①),「日本臣民たる者始めて平等に其の権利を有しその義務を尽す」,すなわち法律の前の平等が達成されたものとする(②)との趣旨であろうところの補足的説明がされています1888年3月の「浄写三月案」における当該部分の朱字解説にはなかった文章です。「浄写三月案」では,代わりに,「彼ノ外国ニ於テ上下相怨ムノ余リニ国民ノ権利ヲ宣告シテ以テ譲予ノ契約トナスカ如キハ固ヨリ我カ憲法ノ例ヲ取ル所ニ非サルナリ」とのお国自慢が記されています。)

 

3 ベルギー国憲法流の「法律の前の平等」の意味

 しかし,身分的特権を除去して国民が均しく公職に就けるようにすることのみが法律の前の平等の意味だったのでしょうか。「法律の前の平等」にはもう少し多くの内容があってもよさそうな気もします。そもそもの規定である1831年ベルギー国憲法6条2項における“Les Belges sont égaux devant la loi”の意味を詳しく見てみる必要があるようです。

 便利になったことに,Jean Joseph ThonissenLa Constitution belge annotée, offrant, sous chaque article, l’état de la doctrine, de la jurisprudence et de la legislation1844 年版が現在インターネットで読むことができるようになっています(「東海法科大学院論集」3号(2012年3月)113頁以下の「憲法21条の「通信の秘密」について」を書く際には国立国会図書館まで行って,「これってもしかしたら井上毅も読んだのだろうか」というような古い現物の本(1876年版)に当たったものでした。ちなみに,上記論文執筆当時,1831年ベルギー国憲法の解説本を読もうとして国立国会図書館でフランス語本を探したとき見つかった一番古い本が,当該トニセン本でした。トニセンは,1844年には27歳。刑法学者,後にベルギー国王の大臣)。その22頁以下に第6条の解説があります。

 

 22 立憲国家において法律の前の平等l’égalité devant la loiは,主に4種の態様において現れる。①全ての身分ordresの区別の不在において,②全ての市民が差別なく全ての文武の官職に就任し得ることにおいて,③裁判権juridictionに関する全ての特権の不在において,④課税に関する全ての特権の不在において。平等l’égalitéに係る前2者の態様が第6条によって承認されている。他の2者は,第7条,第8条,第92条及び第112条において検討するものとする。Thonissen, p.23

 

ベルギー国憲法7条は「個人の自由は,これを保障する。/何人も,あらかじめ法律の定めた場合に,法律の定める形式によるのでなければ,訴追されない。/現行犯の場合をのぞいては,何人も,裁判官が理由を付して発する令状によらなければ,逮捕されない。逮捕状は,逮捕のとき,または遅くとも逮捕ののち24時間以内に,これを示さなければならない。」と,第8条は「何人もその意に反して,法律の定める裁判官の裁判を受ける権利を奪われない。」と規定していました(清宮訳71頁)。第92条は「私権にかかわる争訟は,裁判所の管轄に専属する。」と規定しており(同92頁),第112条は「租税に関して特権を設けることはできない。/租税の減免は,法律でなければ,これを定めることができない。」と規定していました(同99頁)。これらはそれぞれ,大日本国帝国憲法23条,24条,57条1項及び62条1項に対応します。

 

 23 このように理解された法律の前の平等は,いわば,立憲的政府の決定的特徴を成す。それは,フランス革命の最も重要,最も豊饒な成果である。かつては,特権privilège及び人々の間の区別distinctions personnellesが,人間精神,文明及び諸人民の福祉の発展に対する障碍を絶えずもたらしていた。ほとんど常に,人は,出生の偶然が彼を投じたその境遇において生まれ,そして死んでいった。立憲議会は,それ以後全ての自由な人民の基本法において繰り返されることになる次の原則を唱えることによって新しい時代を開いた。いわく,「人は,自由かつ権利において平等なものとして出生し,かつ生存する。社会的差別は,共同の利益の上にのみ設けることができる。・・・憲法は,自然的及び市民的権利として次のものを保障しなければならない。第一,全て市民は徳性及び才能以外の区別なしに地位及び職務に就任し得ること。第二,全ての税contributionsは,全ての市民の間においてその能力に応じて平等に配分されること。第三,人による区別なく,同一の犯罪には同一の刑罰が科されること。」と(1791年憲法,人権宣言,第1条及び第1編唯一の条)。Thonissen, p.23

 

「人は,自由かつ権利において平等なものとして出生し,かつ生存する。社会的差別は,共同の利益の上にのみ設けることができる。」とは,1789年の人及び市民の権利宣言の第1条の文言です(山本桂一訳『人権宣言集』(岩波文庫)131頁)1789年の人及び市民の権利宣言は,1791年の立憲君主制フランス憲法の一部となっています(当時の王は,ルイ16世)。トニセンがした上記引用部分の後半は,フランス1791年憲法の第1編(憲法によって保障される基本条項(Dispositions fondamentales garanties par la Constitution))の最初の部分です(ただし,フランス憲法院のウェッブ・ページによると,原文は,「保障しなければならない(doit garantir)」ではなく,単に「保障する(garantit)」であったようです。)

前記伊東巳代治関係文書の「憲法説明 説明(第二)」の第22条(大日本帝国憲法19条)の朱書解説1888年1月)は「本条ハ権利ノ平等ヲ掲ク蓋臣民権利ノ平等ナルコト及自由ナルコトハ立憲ノ政体ニ於ケル善美ノ両大結果ナリ所謂平等トハ左ノ3点ニ外ナラズ第一法律ハ身分ノ貴賤ト資産ノ貧富ニ依テ差別ヲ存スルヿナク均ク之ヲ保護シ又均ク之ヲ処罰ス第二租税ハ各人ノ財産ニ比例シテ公平ニ賦課シ族類ニ依テ特免アルコトナシ第三文武官ニ登任シ及其他ノ公務ニ就クハ門閥ニ拘ラズ之ヲ権利ノ平等トス」と述べていますが,トニセンの書いていることとよく似ていますね。日本がベルギーから知恵を借りたのか,それとも両者は無関係だったのか。最近似たようなことが問題になっているようでもありますが,井上毅はフランス語を読むことができたところです(と勿体ぶるまでもなく,トニセン本及びその訳本は,大日本帝国憲法草案の起草に当たっての参考書でした(山田徹「井上毅の「大臣責任」観に関する考察:白耳義憲法受容の視点から」法学会雑誌(首都大学東京)48巻2号(2007年12月)453頁)。)。ただし,上記引用部分に続く「彼ノ平等論者ノ唱フル所ノ空理ニ仮托シテ以テ社会ノ秩序ヲ紊乱シ財産ノ安全ヲ破壊セントスルカ如キハ本条ノ取ル所ニ非サルナリ」の部分は,トニセンのベルギー国憲法6条解説からとったものではありません。

なお,「①全ての身分ordresの区別の不在」については,「憲法説明 説明(第二)」の第22条(大日本帝国憲法19条)朱書解説は,「維新ノ後陋習ヲ一洗シテ門閥ノ弊ヲ除キ又漸次ニ刑法及税法ヲ改正シテ以テ臣民平等ノ主義ニ就キタリ而シテ社会組織ノ必要ニ依リ華族ノ位地ヲ認メ以テ自然ノ秩序ヲ保ツト雖亦法律租税及就官ノ平等タルニ於テ其分毫ヲ妨クルナシ此レ憲法ノ保証スル所ナリ」と述べています。「法律租税及就官ノ平等タルニ於テ其分毫ヲ妨クルナシ」なのだから,華族制度も問題は無い,ということのようです。

 

 24 1815年の基本法は,この関係において,大いに足らざるところがあった。同法は,三身分ordresの封建的区別を再定立していた。すなわち,貴族又は騎士団身分,都市身分及び村落身分である。主にこの階層化classificationこそが,国民会議Congrès nationalが,国内にいかなる身分の区別も存してはならないと決定して禁止しようとしたものであった(第75〔国王の栄典授与権に関する条項〕のレオポルド勲章を制定した法律に関する議論の分析を参照)。Thonissen, p.23

 

 25 第6条第2項は,全ての市民は全ての文武の官職に差別なしに就任し得ることを宣言するものである。この規定は,法律の前の平等の原則を採用したことの必然的帰結であった。「第二次的な法律において初めてseulement規定されるべきではなく,憲法自身において規定されるべきものである原則は,公職に対する全ての市民の平等な就任可能性の原則である。実際,この種の特典faveursの配分における特権及び偏頗ほど,市民を傷つけ,落胆させるものはない。そして,ふさわしくかつ有能な人物のみを招聘するための唯一の方法は,職を才能及び徳性によるせりにかける以外にはない〔Macarel1833年版Élèm. de dr. pol. (『政治法綱要』とでも訳すべきか)246頁からの引用〕。」Thonissen, pp.23-24

 

 上杉慎吉は,大日本帝国憲法19条について「第19条は仏蘭西人権宣言の各人平等の原則に当たるものである,我憲法は各人平等の原則を定めずして,唯た文武官に任ぜられ公務に就くの資格は法律命令を以て予め定むべく,而して法律命令が予め之を定むるには均しくと云ふ原則に依らなければならぬことを定めたのである・・・均くと云ふのは門閥出生に依りて資格の差等を設けざるの意味である,諸国の憲法が此規定を設けたる理由は従来門閥出生に依つて官吏に任じ公務に就かしめたることあるのを止める趣意でありまするから,均くと云ふのは必しも文字通りに解すべきではありませぬ,例へば男女に就て差等を設くるとも第19条の趣意に反するものではない」と述べていました(同『訂正増補帝国憲法述義』(有斐閣書房・1916年)294-295頁)。大日本帝国憲法19条と1789年のフランスの人及び市民の権利宣言とのつながりがこれだけでは分かりにくかったのですが,その間に1791年フランス憲法並びに1831年ベルギー国憲法及び1850年プロイセン憲法が介在していたのでした。

 しかし,ヨーロッパAncien Régimeの身分制のえげつなさが分からなければ,当時唱えられるに至った「法律の前の平等」の意味もまたなかなか分からないようです。
 なお,尊属殺人罪に係る刑法200条を違憲とした最高裁判所大法廷昭和48年4月4日判決(刑集27巻3号265頁)に対する下田武三裁判官の反対意見では「わたくしは,憲法14条1項の規定する法の下における平等の原則を生んだ歴史的背景にかんがみ,そもそも尊属・卑属のごとき親族間の身分関係は,同条にいう社会的身分には該当しないものであり,したがつて,これに基づいて刑法上の差別を設けることの当否は,もともと同条項の関知するところではないと考えるものである。」と述べられていましたが,そこにいう「歴史的背景」とは,前記のようなものだったわけでしょう。 

1 電気通信事業法6条(利用の公平)と憲法14条1項

 電気通信事業法(昭和59年法律第86号)6条は,「利用の公平」との見出しの下,「電気通信事業者は,電気通信役務の提供について,不当な差別的取扱いをしてはならない。」と規定しています。

当該規定については,電気通信行政当局の見解を示しているものと解されている『電気通信事業法逐条解説』(多賀谷一照=岡﨑俊一=岡崎毅=豊嶋基暢=藤野克編著。電気通信振興会・2008年)の43頁において,「憲法第14条第1項(法の下の平等)の規定を受けて不当な差別的取扱いを禁止するものである。」とされており,電気通信事業法6条にいう「不当な差別的取扱い」とは,「国籍,人種,性別,年齢,社会的身分,門地,職業,財産などによって,特定の利用者に差別的待遇を行うことである。」とされています(同書43-44頁)。憲法14条1項の列挙事項に「国籍,年齢,職業,財産など」が加わっています(同項は「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定しています。)。

年齢による差別待遇を行うことが禁止されているのならば,未成年者であっても,他の契約とは違って電気通信役務利用契約を締結するに当たっては法定代理人の同意を得る必要(民法5条1項本文参照)が無い,ということになるのでしょうか。財産に基づく差別待遇がいけないのならば,電気通信役務利用料金の支払が絶対見込めない者に対してであっても,求められればお金持ちに対するときと同様に電気通信役務を提供しなければならないのでしょうか。そしてこれらの妙な主張を打破するためには,憲法14条にまで遡った議論が必要なのでしょうか。

「通信の秘密」に関する憲法21条2項のみならず,通信業界は,「利用の公平」という形でも憲法14条1項とお付き合いしなければならないことになっているようです。憲法好きな業界及び業界人ですね。

 

2 電気通信事業法6条と公衆電気通信法3条

電気通信事業法6条の前身は,公衆電気通信法(昭和28年法律第97号。電気通信事業法附則3条により1985年4月1日から廃止)3条でした。

 

(1)公衆電気通信法3条の解釈

実は,前記2008年の『電気通信事業法逐条解説』の電気通信事業法6条解釈は,次に掲げる1953年の公衆電気通信法3条解釈をほぼそのまま引き継いだものです(金光昭=吉田修三『公衆電気通信法解説』(日信出版・1953年)20-21頁)。

 

〔公衆電気通信法3〕条は公衆電気通信役務の提供に当つては〔日本電信電話〕公社や〔国際電信電話株式〕会社又はこれらに代つて事実上公衆電気通信役務を提供する者が国籍,人種,性別,年齢,信仰,社会的身分,門地,職業,財産等によつて利用者に差別待遇をなすことを禁止したものであつて,・・・「公共性」及び「民主化」の理念に基くものである。/然し乍ら本条は前述の様な理由に基いてサービスの内容を特定の人に特別の条件によつて提供することを禁止しているだけであつて,何人にも特定の条件によつてサービスを提供すること,換言すれば特殊の内容のサービスを公平に提供することを禁止するものではない。(例えば至急電報―法第14条参照―又は至急通話若しくは特別至急通話等―法第47条参照)又特定の人にだけ優先的に又は有利な条件でサービスを提供することは形式的には本条と矛盾するであろうが,それが公共的必要に基く場合,例えば非常電報(法第15条参照)緊急電報(法第16条参照)非常通話(法第49条参照)緊急通話(法第50条参照)の取扱や加入電話や専用の優先受理(法30条第2項及び第59条参照)及び公共上の必要に基く料金の減免(法第70条乃至第72条参照)等が本条と実質的に矛盾しないことはもとより言を俟たない所であろう。これは畢竟憲法第14条に規定する国民の平等性の保証が合理的な差別の禁止を意味しないことに基くものである。(法学協会編「註解日本国憲法」上巻164頁参照)尚本条に違反すると罰則にかかることになつている。(法第110条参照)

 

公衆電気通信法110条1項は「公衆電気通信業務に従事する者が正当な理由がないのに公衆電気通信役務の取扱をせず,又は不当な取扱をしたときは,これを3年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。」と,同条2項は「前項の場合において金銭物品を収得したときは,これを没収する。その全部又は一部を没収することができないときは,その価額を追徴する。」と規定していました。

 

(2)GHQ民間通信局と逓信官僚

「民主化」やら憲法やら。逓信官僚並びにその流れを汲む郵政官僚及び電気通信官僚は,GHQの民間通信局から不信の念をもって見られていたようなので,厳しい憲法教育がされていたものでしょう。

日本国憲法施行後の1947年,GHQ民間通信局における郵便法(昭和22年法律第165号)の法案審査後の同年7月8日付け同局局内資料には,次のようにあります(同局分析課課長代理ファイスナー(C.A.Feissner)氏作成。GHQ/SCAP Records Box No.3208, Sheet No.CCS-00502)。

 

 新しい郵便法について,逓信省(MOC)郵便担当官と〔GHQ民間通信局の〕郵便課及び分析課との間で,詳細かつ逐条の議論が行われた。これは,およそ新しい法律に係る初めての審査であった――非常によく分かった(most revealing)――逓信省は,民主的法律というものを分かっていない(MOC has little conception of democratic laws)――不平等な課税――人民の基本権の侵害――逓信省の義務についての規定は無い――分析課は,逓信省に対して,郵便法について提示された原則に従って,他のすべての法律を書き直すよう要求した。

 

 ここで「不平等な課税」とは,旧郵便法(明治33年法律第54号)7条2項にあった「郵便専用ノ物件ハ何等ノ賦課ヲ受クルコトナシ」という規定のことでしょう。三等郵便局長(特定郵便局長)制度の下,三等郵便局長の私有財産であっても,「郵便専用ノ物件」ということになれば非課税扱いだったのでしょう。「人民の基本権の侵害」の例としては,旧郵便法4条前段に「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用車馬等ハ道路ニ障碍アリテ通行シ難キ場合ニ於テ墻壁又ハ欄柵ナキ宅地田畑其ノ他ノ場所ヲ通行スルコトヲ得」という規定があり,同法5条前段は「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用舟車馬等事故ニ遭遇シタル場合ニ於テ郵便逓送人郵便集配人又ハ郵便吏員ヨリ助力ヲ求メラレタル者ハ正当ノ事由ナクシテ之ヲ拒ムコトヲ得ス」と規定し,同法6条1項には「職務執行中ノ郵便逓送人郵便集配人及郵便専用舟車馬等ニ対シテハ渡津,運河,道路,橋梁其ノ他ノ場所ニ於ケル通行銭ヲ請求スルコトヲ得ス」と規定されていました。違反者には罰金又は科料の制裁がありました(同法43条)。

 前記GHQ民間通信局局内資料作成者のファイスナー氏の人柄は,次のようなものでした。

 

  GHQにも記録に止めたい多くの人がいる。紙数の関係で他のすべての人を割愛するが,このファイスナー氏だけは是非ともここに書いておかねばならない。同氏は若いが実によく仕事をした。頭脳も明晰であった。態度は慇懃だったが,一旦思い込み,また言い出したことについては,パイプを斜めに銜えつつあらゆる反論を(ママ)底的に粉砕した。もともと少しく猜疑心が強いのじゃないかと思われる性格の上に,日本人にはずるい奴が多いという印象をどういう機会にか持ったのではないかと推察されるが,余りにもズバズバやったので,被害者が続出した。(荘宏「電波三法の制定」・逓信外史刊行会編『逓信史話 下』(電気通信協会・1962年)348-349頁)

 

 ファイスナー氏の最初の被害者は,郵便法案を突き返されて,新憲法にしっかり適合するように大修正するよう要求された逓信省郵務局の担当官たちだったのでしょう。

 

(3)郵便法5条と公衆電気通信法3条

  郵便法5条の「何人も,郵便の利用について差別されることがない。」との規定(見出しは「利用の公平」)については,「憲法の第14条に,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」という規定がございますが,これはまあ郵便の利用の面から規定いたしまして,「何人も,郵便の利用について差別させることがない。」という利用の公平を規定いたしたのでございます。」と,19471113日,国会において政府委員(小笠原光寿逓信省郵務局長)から説明されています(第1回国会参議院通信委員会会議録3号3頁。また,同国会衆議院通信委員会議録18120頁参照。なお,公衆電気通信法3条については,1953年2月19日及び同月21日に同様の説明が政府委員(金光昭郵政大臣官房電気通信監理官)からされている(第15回国会参議院電気通信委員会会議録11号3頁及び同国会衆議院電気通信委員会議録20号9号)。)。

公衆電気通信法3条は,次のとおり。(なお,同条にいう公衆電気通信法41条2項の契約とは,日本電信電話公社(電電公社)とその加入者との間で締結される「加入者が構内交換設備に接続される内線電話機の一部により他人に通話させるための契約」です。)

 

(利用の公平)

第3条 日本電信電話公社(以下「公社」という。),第7条又は第8条の規定により公衆電気通信業務を委託された者及び第41条第2項の契約を公社と締結した者並びに国際電信電話株式会社(以下「会社」という。)及び第9条の規定により国際電気通信業務を委託された者は,公衆電気通信役務の提供について,差別的取扱いをしてはならない。

 

 要は,「電電公社等及び国際電信電話株式会社等は,公衆電気通信役務の提供について,差別的取扱いをしてはならない。」ということです。

 

(4)「不当な差別的取扱い」と「差別的取扱い」との違い

 しかし,注意深い読者の方々は何か気が付きませんか。

 そう,公衆電気通信法3条は端的に「差別的取扱いをしてはならない。」としているのに対して,電気通信事業法6条は,「不当な差別的取扱いをしてはならない。」と規定していて,差別的取扱いは原則禁止されていないが不当なものだけ禁止される,という形になっていることです。これに対して公衆電気通信法3条は,およそ差別的取扱いをしてはならないのが原則であるが公共的必要に基づくもののような合理的な差別取扱いは認められる,という形になっています。原則と例外とが逆転しています。

 原則として電電公社及び国際電信電話株式会社(KDD)にのみ公衆電気通信役務の提供が認められ,かつ,電電公社及びKDDは公権力であると解されていた(KDDについては議論があり得ましたが。)公衆電気通信法下の体制における「利用の公平」と,電気通信分野に競争原理が導入され電気通信役務は民営化された日本電信電話株式会社以下民間企業によって競争的に提供される建前になった電気通信事業法下の体制における「利用の公平」とは,「不当な」との3文字が入った時に異なるものとなったと考えるのが素直ではないでしょうか。電気通信役務提供の担い手が公権力から民間企業に変化したのですから,憲法14条1項の直接適用が当然ということにはならないでしょう。

 「不当な差別的取扱いをしてはならない。」という規定は,電気通信事業法6条に特有のものというわけではなく,多くの法令に見られます。例えば,電気事業法(昭和39年法律第170号)も,約款又は供給条件が「特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと。」を問題としています(同法19条2項4号・5項3号・9項4号・13項4号,19条の2第2項3号,24条2項3号,24条の3第3項5号,24条の4第4項4号)。皆が皆,憲法14条1項の私人間適用ということではないでしょうし,そうであれば電気通信事業法6条もそのように解すべきではないでしょうか。

 

(5)「公平」の行方

 また,電気通信事業法施行から3年目に出た電気通信法制研究会編著の『逐条解説 電気通信事業法 附:日本電信電話株式会社法』(第一法規出版・1987年)では,電気通信事業法6条の「利用の公平とは,電気通信役務の提供のやり方を含む一般的な義務であって,その規定の対象は,すべての電気通信事業者に及ぶが,訓示的規定である。」とされていました(34頁)。憲法の私人間適用どころか,訓示的規定でしかないということでした。

 ちなみに,日本電信電話株式会社等に関する法律(昭和59年法律第85号)3条は,日本電信電話株式会社並びに東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社が「電話の役務のあまねく日本全国における適切,公平かつ安定的な提供の確保に寄与」すべき旨定めていますが,ここでの「公平」は,1984年4月の政府提出法案には無く,参議院における修正によって追加されたものです(第102回国会参議院逓信委員会会議録4号(19841213日)28-29頁。『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)117頁参照)。政府としては,電電公社民営化後の電気通信役務提供体制において「公平」を前面に出す意思はそもそも余り無かったということのようです。なお,参議院における上記修正は,198412月4日の政府委員(澤田茂生郵政省電気通信局長)の答弁(「あまねく公平」な電話の役務の提供について,「電気通信事業法の7条〔現行6条〕の中におきましても利用の公平とかいうことについて規定をいたしておりまして,・・・そういう趣旨は十分明定をしているつもりでございます。」(第102回国会参議院逓信委員会会議録2号8頁))にかかわらずされたものですから,電気通信事業法6条の「利用の公平」規定は国会議員にも余り頼りにされていなかったようです。

 

3 「法的安定性」

 ところで,「法的安定性は関係ない」わけではありません。

そのゆえか,新しい電気通信事業法6条における「不当な」の3文字追加の意味は大きなものではなく従来の公衆電気通信法3条と実質的には変わらない旨示唆するような答弁が,1984年7月11日,電気通信事業法案の国会審議において政府委員(小山森也郵政省電気通信局長)からされていました。

 

  これは要するに特定の利用者を正当な理由なく差別して取り扱ってはならないという趣旨でございまして,例えて申しますと,正当な理由というようなことを考えてみますと,福祉電話,こういったときは一般の利用者とは異なった料金でこれは差別しておりますが,差別というのは逆の意味になりますけれども,これはやはりほかの利用者の犠牲において福祉のための電話等をカバーしているわけでございます。ただしかし,そういったときには合理的な意味での区分を設けたものとしてこういったものは差別の中の不当な差別ではない,こういうような考えでございます。(第101回国会衆議院逓信委員会議録15号2頁)

 

「不当な差別的取扱い」が請求原因に来るのではなくて,依然として「差別的取扱い」との請求原因に対して「正当な理由」が抗弁となるような具合です。

質疑をした委員(松前仰衆議院議員)は,上記の答弁にやや不満であったようですが,「まあこれについて多く議論したくないのですけれども,「不当な差別」,そういう言葉が出てくると不当でない差別というのは一体あるのかというような感じがするわけですね。ですから,「不当な」という言葉は入れなくても「差別的」で十分じゃないだろうか。前の法律〔公衆電気通信法3条〕はたしかそういうふうになっていたと思うのですけれども,そういうことを申し上げておきたいと思います。」と述べて次の質疑に移っており(第101回国会衆議院逓信委員会議録15号2頁),政府委員もその場において追加説明をあえてしてはいません。

31年後の現在においても,通信管理主体に対する憲法上の「平等保障」義務の直接適用が説かれています。いわく,「憲法上の平等原則は公権力に対する客観的法規範と解するのが通説・判例であることにかんがみれば,私人たる通信事業者がこの原則に即した行為を実施する義務はただちに導かれないようにもみえる。しかし,「通信の自由を前提にそこから通信の秘密の保護を導く見解」に基づけば,憲法上,通信事業者その他の通信管理主体はその通信役務の利用者間の「平等」を保障すること(・・・「平等保障」という。)に対する義務を負うという帰結が導かれ得る」と(海野敦史「通信役務の利用における「法の下の平等」に関する序論的考察―米国オープンインターネット規制の概観―」情報通信学会誌32巻1号(2014年)26頁)。

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