タグ:使用貸借

承前(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078727400.html


3 民法593条の2

 

(1)趣旨

平成29年法律第44号により我が使用貸借は諾成契約化されましたが,その拘束力は弱いものとされています。

 

もっとも,これにより,安易な口約束でも契約が成立してしまうことがあり得るが,使用貸借は無償契約であることを踏まえれば,贈与における贈与者と同様に(新法第550条参照),使用貸借の貸主についても,契約の拘束力を緩和し,解除を認めるのが適切である。

そこで,新法においては,使用貸借を諾成契約とし,使用貸借は,当事者の合意があれば,目的物の交付がなくともその効力を生ずるとした上で(新法第593条),書面による場合を除き,貸主は,借主が借用物を受け取るまでは,契約の解除をすることができるとしている(新法第593条の2)。

  (筒井=村松303頁)

 

 また,「旧法下においても,明文の規定はなかったが,借主はいつでも意思表示により使用貸借を終了させることができると解されていた」ところ(筒井=村松306頁(注)),平成29年法律第44号による改正後の民法5983項は「借主は,いつでも契約の解除をすることができる。」と規定しています。(この点については,1895611日の第93回法典調査会において,穂積八束が「借主ハイツデモ返セルモノデアロウト思フ」と発言し(民法議事速記録第3278丁裏),当該認識を富井政章は否定していません(同78丁裏-79丁裏)。)

 

(2)Pacta sunt servanda?

 しかしこうしてみると,折角諾成契約になったものの,書面によらない使用貸借は,成立後も借用物の借主への引渡しがされるまではなお,各当事者から任意に解除され得るわけです(いずれの当事者が解除する場合でも損害賠償は不要でしょう(民法587条の22項,657条の21項等参照)。)。契約を解除さえしてしまえば,その履行を債務者の「良心ニ委ス」ものである(旧民法財産編(明治23年法律第28号)562条)自然債務も残らないわけで,全くの非人情状態となるということでしょう。両当事者に対する拘束力の欠如ということでは,要物契約時代と事情は変わらないようです。否,要物契約時代の書面によらない使用貸借の予約の方が,解除自由のお墨付きがなかっただけ,かえって拘束力が強かったことにならないでしょうか(「使用貸借の予約として有効としてよいが,贈与の550条本文を類推適用して,書面によらない場合の撤回権を認めるべきだろう。」とのかつての主張(内田165頁。また,星野177頁)は,飽くまでも学説でした。)。書面によらない諾成使用貸借は,拘束力の欠如にもかかわらず契約として存在するだけにかえって,“Pacta sunt servanda.”(約束は守られるべし。)の大原則を公然逆撫でするが如し。

 とはいえ,“Pacta sunt servanda.”は,「現代契約法における,輝ける(!)無限定の原則」ではあるものの「実は,非ローマ的なもの」だったそうです(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法――ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)223頁)。「ローマの契約法は,《法によって認められた一定の契約類型のみが合意によって創設され得る》という考えに基づいている。これが,ローマ契約法における「契約類型法定主義numerus clausus(「閉じた数」の意)」である。」ということでした(ベーレンツ=河上223頁)。単なるpactumだけでは不足で,法定された契約類型においてのみ“Pacta sunt servanda.”が妥当したということのようです。ところが,書面によらざる諾成使用貸借は,正に典型契約の一種として法定までされているにもかかわらず,“Pacta sunt servanda.”原則と相性が悪いのです。(要物契約時代においても「当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは,貸主は,いつでも返還を請求することができる」ことになっていたのだから(民法旧5973項)どちらも同じだ,といおうにも,要物使用貸借契約の効果として,貸主の解約告知までは借主に,現に引渡しを受けた借用物を使用収益する権利があることになりますので,当該契約には,借主の使用収益を不当利得・不法行為ではないものとするという法的効果が,直ちにあったわけです。)

 

(3)民法550条による「正当化」について

 前記の無拘束力状態は,諾成使用貸借の貸主は「贈与における贈与者と同様」である(民法550条参照),ということで正当化がされています。しかし,以前論じたことのある民法550条の由来に関する筆者の少数説的理解(「民法549条の「受諾」に関して(後編)」(20201119日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078025256.html)からすると,少々違和感があります。まず筆者の「少数説的理解」から説明しますと,それは,①民法550条の出発点は,要式契約たる贈与(公正証書によるもの)並びに単一の手渡しになる贈与及び慣習による贈物のみを有効として,方式を欠く贈与合意は無効であるとする旧民法の規定(同法財産取得編第14章(明治23年法律第98号)358条)であって,②方式を欠く無効の贈与合意に基づき,専ら当該「債務」の履行としてされた「贈与」の弁済を有効とする場合(当該「債務」が無効であることを知らずに(民法705条参照),贈与意思を失った(したがって,手渡しの贈与にもならない。)にもかかわらずされた当該弁済は,本来は非債弁済として無効のはずですが,有効としないのも変であるとの判断がされた場合)に生ずる贈与の成立時いかんという難問(そもそもは無効であった当初の合意の時か(合意が当初から有効だったことにする。),それとも履行時か(無効が治癒せられたことにする。))を解くために,③逆転の発想で,方式を欠く合意の場合でも贈与は一応成立することにするがその履行がされないうちに「取消」があったときは(原則どおり)契約が無かったことにしよう,という構成が採られたものという理解です。したがって,有効な無方式諾成契約を制約する(凹)ものとして「贈与の550条本文を類推適用」するのだというような趣旨が感じられる説明に接すると,いやいや民法550条は本来無効な無方式諾成契約の一部を救う(凸)ための規定であって凹凸の方向が逆ではないか,と思われてしまうところです。

 そもそも“Pacta sunt servanda.”ではないことになるのならば,要式諾成契約は別途認めるとしても,要物契約のままであってもさして差し支えはなかったのではないでしょうか。

 書面によらざる諾成使用貸借に基づき貸主が借用物を引き渡した場合において,平成29年法律第44号の施行前は,貸主はなお,当該「契約」に基づく借用物引渡債務が無効であることを知らず,かつ,当該引渡しは専ら当該無効の債務の履行としてされたものであってその際使用貸借の貸主たらんとする意思はなかったと主張して当該借用物の返還を請求できたが,同法施行以後はそのような面倒な主張は封じられた,という違いは,筆者にはそう大きなものとは思われません。

 

(4)旧民法財産取得編203条2項相当規定の欠如との関係

 なお,使用貸借を諾成契約としたスイス債務法には第3092項(Le prêteur peut réclamer la chose, même auparavant, si l’emprunteur en fait un usage contraire à la convention, s’il la détériore, s’il autorise un tiers à s’en servir, ou enfin s’il survient au prêteur lui-même un besoin urgent et imprévu de la chose.(借主が合意されたところに反する借用物の使用をしたとき,それを劣化させるとき若しくは第三者にそれを使用させるとき又は貸主自身に借用物を使用する急迫かつ予期せざる必要が生じたときには,期限前であっても,その物の返還を請求することができる。)),諾成契約と解しているドイツ民法には第6051号(Der Verleiher kann die Leihe kündigen: 1. wenn er infolge eines nicht vorhergesehenen Umstandes der verliehenen Sache bedarf,(貸主は,次に掲げる場合においては,使用貸借を告知することができる。/第1号 予期せざる事情により貸し渡した物を貸主が必要とする場合))の規定があります。ドイツ民法6051の「「予見されない事情」とは,病気とか貧困とかによる,その物の自己使用の必要性等である。この事情が予見可能であっても同様であると解されている。告知は必要性が生じてからなされなければならない。貸主の利益と借主の利益とが衝突する場合には,貸主の利益を優先させる。なお,1号は,借主の破産など,将来の返還請求の困難性がすでに予見されるときに類推適用される。」とのことです(右近編354頁(貝田))。我が旧民法財産取得編2032項も「然レトモ其物ニ付キ急迫ニシテ且予期セサル要用ノ生シタルトキハ貸主ハ裁判所ニ請求シテ期限前ニ一時又ハ永久ノ返還ヲ為サシムルコトヲ得」との規定がありました。同項に関してボワソナアドは「使用貸借は無償契約であること,貸主はその提供するサーヴィスに対してそれに相応するものを受け取っていないこと及び彼の意思は,絶対的にかつ何が起ころうとも彼の物を回復することはないというものではあり得なかったことを忘れてはならない。」と述べています(Boissonade, p.895)。

 民法旧財産取得編2032項が削られた理由は,第93回法典調査会における富井政章の説明によると,「是〔同項〕ハ使用貸借ト云フモノハ恩恵的ノ契約デアツテ即チ成ル可ク契約ハ結ンダトハ言ヘドノ貸主ニモ損害ヲ生ジナイヤウニスベキモノデアルト云フ所カラ出来タ規定デアラウト思フ併シ乍ラ幾ラ無償ノ契約デアツテモ一旦契約ヲ為シテサウシテ(ママ)主ガ或時期ニ返スト云フ約束ガ出来タ以上ハ借主ニ於テモ種々目的ガアツテ貸シタノデアラウ種々目的ガアツテ返還時期ヲ定メタノデアル,所ガソレヲ貸主ノ都合デ何時返スト言ハレルカ知ラヌト云フコトデアツテハ如何ニ報酬ノナイ契約デアツテモソレハ借主ニ取ツテハ非常ニ迷惑ニナルコトガアラウ〔略〕是ハ例ノ多イ規定デアリマスケレドモ如何ニモ契約上ノ拘束ト云フモノガナクナツテ仕舞ヒマスカラ是レハ思ヒ切ツテ置カナイト云フコトニシマシタ」とのこと(民法議事速記録第3273丁裏-74丁表。また,76丁表裏),また,「有名無実ノ権利シカ有シナイト云フ契約ハ法律ニ認メテ害カ多カラウ」ということ(同77丁裏-78丁表)でした。あゝ,「契約上ノ拘束」,“Pacta sunt servanda.”,有名無実の権利しかない契約を法認することの有害性――しかして民法593条の2本文・・・。


4 民法598条

 

(1)趣旨

 ところで,「解除」です。

 

   そこで,新法においては,使用貸借の借主は当該使用貸借が終了したときには目的物を返還するものであることを使用貸借の意義の中で明瞭にした上で(新法第593条),終了事由のうち,それが生じれば当然に使用貸借が終了するもの(期間満了,使用・収益の終了,借主の死亡)を新法第597条において規定し,当事者の意思表示によって使用貸借を終了させる行為を使用貸借の解除と位置付けた上で,解除原因を新法第598条において規定している。

  (筒井=村松305頁)

 

 分類学的整理がされたわけです。

 

(2)「解除」か「解約の申入れ」か

 

ア 星野分類学

しかし,民法598条の「解除」の語は,星野英一教授ならば「解約の申入れ」としていたものかもしれません。

 

   使用貸借も継続的契約関係〔略〕と解されるが,そこにおける契約の終了原因は,大別して三つある。第1は,いわばノーマルな終了原因ともいうべきもので,さらに二つに分かれる。〔①〕契約で存続期間(使用貸借では「返還」の時期と呼ばれている。賃貸借では「存続期間」という(604条など)),終了原因を定めた場合の期限の到来や原因の発生,〔②〕契約で存続期間等を定めなかった場合における貸主(または借主)からの一方的意思表示(解約(の)申入と呼ばれる(民法617条など))による終了である。第2は,いわばアブノーマルな終了原因で,両者を通じ,いわば異常事態が発生したためにノーマルな終了原因が生じなくても契約が終了する場合である(ある学者は,これらを「弱い終了原因」と「強い終了原因」と呼んでいる。)。〔略〕

  (星野179頁。下線は筆者によるもの)

 

  〔民法5981項の前身規定である民法旧5972項ただし書の返還請求について〕この場合,法律上は,返還請求と同時に解約申入がなされたものとされるわけである。(星野180頁。下線は筆者によるもの)

 

  解約申入  継続的債権(契約)関係において,期間の定めのない契約を,将来に向かって終了させる意思表示である(民法617条(賃貸借)・627条(雇傭))。解除(告知)が,期間の定めのある契約においてさえ途中でこれを終了させうる強力なものであるのに対し,こちらは,期間の定めのない継続的契約における通常の(本来の)終了原因である。従って,民法上は理由なしにすることができる〔略〕。

  (星野68-69頁。下線は筆者によるもの)

 

 星野教授の分類学では,ノーマルな契約の終了事由たる一方当事者の意思表示は解約の申入れであり,アブノーマルな契約の終了事由たる一方当事者の意思表示は解除であるということになるようです。

 

イ 我妻分類学

 しかし,我妻榮の分類学は異なります。

 

  継続的契約(賃貸借・雇傭・委任・組合など)は,一方の当事者の債務不履行を理由としてその契約関係を解消させる場合にも,遡及効を生ぜず,将来に向つて消滅(終了)するだけである(620条・630条・652条・684条参照)。民法は,かような場合にもこれを解除と呼んでいるが,その法律効果は,遡及効をもつ解除と大いに異なるので,学者は一般に告知(●●)と呼んでいる(もちろん,解除と告知と共通の点もある。その限りで告知に関する判決も引用する)。〔中略〕なお,民法は,継続的契約を終了させることを解約ともいつている。解除は直ちに効力を生ずるのに反して,解約は一定の猶予期間(解約期間)を経てから効力を生ずるのが常である(617条・618条・627条・629条・631条参照)。

  (我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)146-147頁)

 

 我妻は,ノーマル性・アブノーマル性による分類はせずに,契約を終了させる一方当事者の意思表示を解除とし,そのうち継続的契約に係るものであって遡及効を有しないものを告知とし,更に告知のうち猶予期間を伴うものを解約としています。

 

ウ 御当局

 内閣法制局筋では,「解約」は「賃貸借,雇傭,委任,組合のような現に存する継続的な契約関係について,当事者の一方的な意思表示によつて,その効力を将来に向かつて消滅させる行為をいう。学問上は,「解約告知」又は単に「告知」と呼ばれる。」ということで,「解約」に猶予期間が必ず伴うものとはしていません(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)64-65頁)。また,「解約」と「解除」との使い分けにも余りこだわらないようで,「法令上の用語としては,〔「解除」は,〕「解約」と同じ意味,すなわち,現存する継続的な契約関係の効力を,当事者の一方の意思表示によつて,将来に向かつて消滅させる意味に用いられることも多い(民法620626630651652等,国有財産法24)。」とされています(吉国等編60頁)。ノーマル性・アブノーマル性いかんに頓着しない点において,内閣法制局筋は,星野流分類学は採用していないということでしょうか。

 となると,継続的契約に係る「解約の申入れ」と「解除」(遡及効のないもの)との民法内における使い分けをどう考えるべきか。その使い分けのメルクマールはやはり我妻理論によって猶予期間の有無なのだろうな,というのが,平成29年法律第44号段階までであれば可能な結論でした。(なお,民法6262項は,文面上は,解除が直ちに効力を生ずる(猶予期間を伴わない)ことを維持した上でその前に予告をすることを求める形になっています。しかし,解約の申入れ構成でもいけそうであったにもかかわらず(同項については「起草者以来,解除前に予告をするという意味でなく,解除の意思表示さえすれば3ヶ月後に契約が終了する意味だと解されている」そうです(星野248頁。また,梅692頁)),あえてそれを採らなかった理由を考えると,契約上の雇用期間中における契約終了であることに係るアブノーマル性に行き着くのかもしれません。)

 

エ 598条vs.1014条3項

 ところで,平成30年法律第72号による改正によって,201971日から(同法附則1条・平成30年政令第316号)民法1014条に第3項が設けられ,そこには「預金又は貯金に係る契約の解約の申入れ」という表現が出現してしまっているところです。民法6663項は同法5911項を準用していないので,同法6621項が働いて,「預金又は貯金に係る契約の解約の申入れ」に猶予期間が伴うことはないのでしょう。当該契約の委任ないしは準委任的側面(山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』(有斐閣・2018年)441頁(𠮷永))についても,猶予期間なしに「いつでもその解除をすることができる」はずです(民法651条)。それではなぜ,「解除」ではなく「解約の申入れ」の語を採用したのか。遡及効のないことを理由として「解約の申入れ」の語を採用する必要がないことは,「寄託は,継続的な法律関係であるから,債務不履行を理由として解除される場合にも,その効果は遡及しない」(我妻榮『債権各論中巻二(民法講義Ⅴ₃)』(岩波書店・1962年)723頁)と解されていることから説明されるはずです。

 「解除」と「解約の申入れ」との使い分けに係る猶予期間メルクマール論が働かないのならば,ノーマルかアブノーマルか論になるようです。しかし,そうなると今度は民法598条が「解除」の語を採用することと衝突します。いささか厄介です。

 

(3)民法620条準用条項の要否

 また,民法598条のおかげで使用貸借に係る「解除」が目立つことになりましたが,そうなると,解除の遡及効を排除する民法620条が使用貸借については準用されていないことも目立ってしまいます。継続的契約なのだから解除に遡及効がないことは当然だ,「けだし,使用貸借のような継続的法律関係について遡及的消滅を認めることは,何等の実益なく,いたずらに法律関係を紛糾させるだけだからである。」(我妻Ⅴ₂・384頁)と開き直るべきでしょうか。しかし,そうならば,翻って民法620条,630条,652条及び684条も削除すべきことになるでしょう。

 しかして,我妻榮は,「何故に〔民法620条を〕使用貸借に準用しなかつたかわからない」と述べています(我妻Ⅴ₂・384頁)。しかし,理由はありました。使用貸借の解除にむしろ遡及効を認めるのが,民法起草担当者の意思だったのです。

 1895625日の第97回法典調査会において,民法620条の原案に関し,「一寸御尋ネヲシマスルガ賃貸借ト使用貸借トハ殆ド相似寄ツタモノデアリマスガ使用貸借ノ場合ニ於テ斯ウ云フコト〔遡及効制限規定〕ノナイノハ解除ガアツタ場合ニハ既往ニ遡ルト云フ斯ウ云フコトノ適用ニナルノデアリマスカ何ウデスカ」との重岡薫五郎の質問に対し梅謙次郎は次のように述べていたのでした。

 

  無論然ウデス夫レデ差支ナイノハ使用貸借ノ方ハ無賃デス然ウスルト若シ果実ヲ採ツタナラバ其果実ハ返サナケレバナラヌ夫レハ又返シテモ宜カラウト思ヒマス只デ借リテ居ツタノハ詰リ果実ヲ採ル権利ハナイト云フコトニナル夫レハ夫レデ宜カラウト云フ考ヘデアリマス(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第33巻』186丁裏)

 

「解除」に係る民法新598条を設けるのならば,同法620条を使用貸借についても準用する旨の明文規定も設けるべきではなかったでしょうか。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1 はじめに

 我が民法(明治29年法律第89号)593条以下に規定されている使用貸借は,なかなか難しい。前回のブログ記事においては,民法制定時には梅謙次郎等によって堂々たる双務契約と解されていた使用貸借がその後の解釈変更によって片務契約に分類替えされたことに関して,ついだらだらと埒もない文章を書き連ねてしまっていたところです(「双務契約に関して」(2021617日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078701464.html)。

 さて,平成29年法律第44号によって,202041日から(同法附則1条・平成29年政令第309号)使用貸借に関する規定もいろいろ改められています。これらの変更部分についてあれこれ吟味を試みてみると,やはりなかなか悩ましい。

 

2 民法593条

 使用貸借の冒頭規定である第593条は,「使用貸借は,当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって〔②〕,その効力を生ずる。」から「使用貸借は,当事者の一方がある物を引き渡すことを約し〔②〕,相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに〔①〕返還をすることを約することによって,その効力を生ずる。」に改められています(下線は筆者によるもの)。これは,「①使用貸借の意義」及び「②使用貸借の諾成化」に関する改正であるものとされています(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)301頁)。

 

(1)「使用貸借の意義」

 「使用貸借の意義」云々とはどういうことかといえば,「旧法に規定はなかったが,使用貸借が終了したときに借主が目的物を返還することは使用貸借の本質的要素であるため,新法においては,借主が契約が終了したときに目的物を返還することを約することが使用貸借の合意内容であることを明確化している(新法第593条)。」とのことだそうです(筒井=村松301頁。下線は筆者によるもの)。借主の返還約束自体は旧593条にも既に現れているので,返還義務発生の事由及びその時期がそれぞれ契約の終了及びその時であることが使用貸借契約の「本質的要素」であることになるようです。

 当該文言は,同じく平成29年法律第44号によって賃貸借の冒頭規定である第601条に挿入された「及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還すること」(下線は筆者によるもの)に揃えられたものでしょう。なお,旧601条には,賃借人の返還約束は現れていませんでした。

 しかし,そうなると平成29年法律第44号によって改められなかった消費貸借の冒頭規定である第587条の文言(「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずる。」)との関係が問題となります。同条には「契約が終了したときに」との文言がありません。「消費貸借の終了とは返還時期の問題である」(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)240頁)はずだったところです(したがって,消費貸借においても「契約が終了したときに返還」がされるものであったはずです。)。民法593条及び601条を原則規定とした上で,同法587条について反対解釈を施せば(平成29年法律第44号による折角の条文整備に対しては,厳格な反対解釈をもって報いてあげなければなりません。),消費貸借は,契約の終了を待たず「契約の目的物を受け取るや否や〔すなわち,契約の成立と同時に〕直ちに返還すべき貸借」であって,「返還時期の合意があることは,それによって利益を受ける当事者が主張立証すべきことになる」ようでもあります(司法研修所『増補民事訴訟における要件事実 第1巻』(1986年)276頁参照)。「貸借型の契約は,一定の価値をある期間借主に利用させることに特色があり,契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべき貸借は,およそ無意味であるから,貸借型の契約にあっては,返済時期の合意は,単なる法律行為の附款ではなく,その契約に不可欠の要素であると解すべきである(いわゆる貸借型理論)」(司法研修所276頁)とする考え方は最近はやらないそうですが,いわゆる貸借型理論は,少なくとも消費貸借については全面的に否定されたということになるのでしょうか。確かに,「期限の定のない消費貸借においては,貸主の返還請求権は契約成立と同時に弁済期にあり,借主は単に催告のなかつたことをもつて抗弁となし得るだけだとなし(大判大正221987頁等),この抗弁を主張しない限り,貸主の請求の時から借主は遅滞に陥〔る〕(大判大正3318191頁,大判昭和564595頁)」という判例があったそうです(我妻榮『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1973年)372-373頁。民法5911項は「当事者が返還の時期を定めなかったときは,貸主は,相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。」と規定しています。)。

 使用貸借に係る民法旧593条の文言は,旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)195条(「使用貸借ハ当事者ノ一方カ他ノ一方ノ使用ノ為メ之ニ動産又ハ不動産ヲ交付シ明示又ハ黙示ニテ定メタル時期ノ後他ノ一方カ其借受ケタル原物ヲ返還スル義務ヲ負担スル契約ナリ/此貸借ハ本来無償ナリ」)の第1項の規定から「明示又ハ黙示ニテ定メタル〔返還の〕時期」に言及されていた部分を削ったものとなっていましたが,これについては189567日の第92回法典調査会において富井政章が,「是ハ消費貸借ニ付テモ申シタコトデアリマス使用貸借ニ於テモ本案ハ孰レノ場合ニ於テモ当事者ガ返還ノ期日ヲ極メナイ場合ニ於テモ自ラ時期ガアルト云フ主義ヲ採ラナイ」ものとし,かつ,そうして「直チニ返還ヲ請求スル場合モアリマスカラ時期ノコトハ言ハナイコトニ致シマシタ」結果であるものと説明しています(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第32巻』52丁表。下線は筆者によるもの。また,同巻54丁表裏)。いわゆる貸借型理論(「契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべき貸借は,およそ無意味である」)とはなかなか整合しない発言です。この起草担当者の重い発言等に鑑みると,民法593条及び601条に「契約が終了したときに」をわざわざ挿入した平成29年法律第44号による改正によって使用貸借及び賃貸借についてはいわゆる貸借型理論が再確認され強化された,とまでもいきなり早分かりはすべきではないのでしょう(ただし,親和的な方向の改正ではあります。)。忖度の先走り(又は過去の「お勉強」への執着)は,あるいは危険なことがあるでしょう。

 

(2)使用貸借の諾成化

 

ア 諾成化の理由

 使用貸借を要物契約から諾成契約に改めた理由は,「目的物を無償で貸すことについて貸主と借主が合意したにもかかわらず,貸主は,〔要物契約であるので〕契約はまだ成立していないとして,借主からの目的物の引渡請求を拒絶することができるとすれば,確実に目的物を無償で借りたい借主にとって不利益を生ずることになる。/そのため,旧法の下でも,当事者の合意のみで貸主に目的物を無償で貸すことを義務付ける契約をすることができると一般に解されており,これは諾成的使用貸借と呼ばれていた」からとのことのようです(筒井=村松303頁)。

 

イ 従来の学説

確かに,我妻榮は「使用貸借を要物契約としたのは,専ら沿革によるものである。然し,現代法の契約理論からいえば,使用貸借を要物契約としなければならない理由はない。〔略〕従つて,わが民法の下でも,諾成的使用貸借を有効と解してよい」と述べていました(我妻Ⅴ₂・377頁)。梅謙次郎も「純理ヨリ之ヲ言ヘハ使用貸借ニ限リ践成〔要物〕契約ニシテ賃貸借ハ諾成契約ナルヘキ理由アルコトナシ然リト雖モ諸国ノ古来ノ慣習ニ依リ使用貸借ハ貸主カ物ヲ借主ニ引渡シタル時ヨリ成立スルモノトシ賃貸借ハ双方ノ意思ノ合致アル以上ハ直チニ契約成立スヘキモノトスルヲ例トス是レ蓋シ使用貸借ニ在リテハ貸主ニ貸与ノ義務アリトスルモ此義務ハ通常引渡ニ因リテ履行セラレ借主ハ既ニ物ノ引渡ヲ受ケタル後始メテ其返還ノ義務ヲ生スルニ止マリ未タ物ノ引渡ヲ受ケサルニ既ニ返還ノ義務アリト云フハ普通ノ観念ニ反スルモノト謂フヘシ」と,「純理」上の諾成使用貸借の可能性を認めていました(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)606頁)。これに対して星野英一教授は「消費貸借の要物性は単に歴史的な沿革に基づくにすぎないものだが〔略〕,使用貸借の要物性は,その無償契約であることに基づくと解される。」と述べ(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)175-176頁),使用貸借の要物性をその無償契約たる性質から説明しています。平成29年法律第44号の立法活動に関与した内田貴元法務省参与は,その民法教科書においては端的な諾成的使用貸借には言及しておらず,「当事者があえて使用貸借の合意をすれば,使用貸借の予約として有効としてよい」としていました(内田165頁。下線は筆者によるもの。また,星野176頁・177頁)。来栖三郎は,使用貸借の予約にも否定的であって,「使用貸借は無償だから,使用貸借の予約はみとむべきではない。少なくとも原則としてみとむべきではない。」と述べていました(来栖三郎『契約法』(有斐閣・1974年)393頁)。

 

ウ 実益

しかし,諾成的使用貸借の有効性を説く民法学者においても,その実益についての評価は高くなかったところです。そもそも「〔使用貸借は〕要物契約だが,その合理性に問題がないので,消費貸借におけるようなめんどうな解釈問題は生じていない」(星野177頁)との前提がありました。我妻は,「然し,実際上の必要からいえば,諾成的な使用貸借を認めること,――すなわち,その契約によつて貸主が貸す債務を負う場合を認めること,――はそれほど必要なことではない。その点は,消費貸借と異る。従つて,実際には,目的物の引渡があつたときに使用貸借が成立すると認定すべき場合が多いと思われる。但し,使用貸借についても,――民法に規定はないが――予約(貸主の貸す債務を成立させるもの)が成立し得ることはいうまでもない。」と述べていたところです(我妻Ⅴ₂・377頁)。

使用貸借の諾成契約化は,民法を改正したいから改正するということであって,平成・令和の「やってる感」重視の時代に係る一つの象徴とはなるものでしょうか。

 

エ 旧民法における使用貸借の要物性

なお,旧民法財産取得編195条のフランス語文は,“Le prêt à usage est un contrat par lequel l’une des parties remet à l’autre une chose mobilière ou immobilière, pour s’en servir, à charge de la rendre en nature, après le temps expressément ou tacitement fixé. / Ce prêt est essentiellement gratuit.”です。

使用貸借の要物性についてボワソナアドが説くところは次のとおり。

 

  当該契約は要物的réel)であって純粋に諾成的consensuel)ではない。事実,その主要な目的は,使用を許すことにある。ところで,ある物を人は,それをその手中に所持する前には使用できないのである。当該契約はまた,注意義務をもって当該物を保管すること及び合意された時期にそれを返還することを借主に義務付ける。ところで,「受け取った」ものでなければ,「保管し,及び返還する」ことはできないのである。

  このことは,使用させるために貸す旨の純粋な諾成の約束promesse)があっても無効である,といわんとするものではない。しかしながら,それは無名innommé)契約となるのであって,かつ,その使用貸借との相違は当事者の立場が顚倒する(les rôle seraient renversés)ほどのものなのである。すなわち,目的物を保管し(例えば,他の者に譲渡せず,貸与しない),しかる後に交付する義務を負う者は,将来の貸主futur prêteur)となるのである。貸す約束が実現されて第1の契約が履行されるときまでは,貸借は始まらないのである。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Troisième, Des Moyens d’Acquérir les Biens. (Tokio, 1891) pp.877-878

 

 ボワソナアドに言わせれば,平成29年法律第44号による改正後の日本民法の「使用貸借」は,沿革的使用貸借契約に将来の貸主の保管・交付義務契約を結合させた混合契約的chimère(キメラ)であるということになるのでしょうか。

 なお,フランス民法1875条(Le prêt à usage est un contrat par lequel l’une des parties livre une chose à l'autre pour s’en servir, à la charge par le preneur de la rendre après s’en être servi.(使用貸借は,当事者の一方が他の一方の使用のためにある物を交付し,使用の後にそれを返還する義務を受領者が負担する契約である。))は,我が旧民法財産取得編1951項から富井政章が忌避した返還時期に係る規定等を除いた形の文言です。

 

オ ドイツ民法学における解釈変遷:要物契約から諾成契約へ

ドイツ民法598条(Durch den Leihvertrag wird der Verleiher einer Sache verpflichtet, dem Entleiher den Gebrauch der Sache unentgeltlich zu gestatten.(使用貸借契約により,ある物の貸主は,借主にその物の使用を対価なしに許容する義務を負う。))については,「ローマ法において要物契約(Realvertrag)とされていたので」,また「本条において,貸主に単に使用許容の義務のみを課し,したがってその物を借主が使用するに際しての忍容義務のみを課していることによりみても明らかである」として,従来は同条の使用貸借は要物契約と解されていたが,「近時は使用貸借を要物契約とはみないで,一種の諾成契約(Konsensualvertrag)とみる説が支配的である(LARENZ)」とのことです(右近健男編『注釈ドイツ契約法』(三省堂・1995年)346頁(貝田守))。

ドイツ民法第一草案549条(Wer eine Sache von einem Anderen zum unentgeltlichen Gebrauche empfangen hat (Entleiher), ist verpflichtet, die Sache nur vertragsmäßig zu gebrauchen und dem Anderen (Verleiher) dieselbe Sache zu der vertragsmäßigen Zeit zurückzugeben. Der Verleiher ist verpflichtet, bis dahin dem Entleiher den vertragsmäßigen Gebrauch der Sache ze belassen.(相手方からある物を無償で使用するために受領した者(借主)は,契約で定まったところのみによってその物を使用し,かつ,相手方(貸主)に当該の物を契約で定まった時期に返還する義務を負う。貸主は,それまで,借主にその物の契約で定まったところによる使用を許容する義務を負う。))に関して同草案の理由書はつとにいわく,「ローマ法によれば,Kommodatは要物契約である。最初に貸与物の引渡しと受領とが,使用がされた後に当該の物を返還する受領者の義務を基礎付けるのである〔略〕。他方,相手方に物を貸す義務を,無式の契約(formloser Vertrag)で有効に基礎付けることはできなかった。――無式の契約の訴求可能性に関する今日の普通法によれば使用(コモ)貸借(ダート)はもはや要物契約ではなく諾成契約として観念されるべきであって相手方にある物を貸す義務の引受けはもはや予約の意味を有さずに使用貸借(ライフェアトラーク)の構成部分であ,かつ,意図された目的のための当該の物の引渡しは当該使用貸借から生ずる義務に係る履行として現れ,他方,当該の物を返還する相手方の義務は,その受領を条件とするもののその受領より前に基礎付けられている――となし得るものかどうかは争われている。当該争点は,関連規定に係るところの理解は要物契約としての契約の観念Auffassung des Vertrages als eines Realvertrages)にとってより有利である,といい得るものの,プロイセン,オーストリア及びザクセン法の領域においてもなお存在している。当該観念(Auffassung)が,ヘッセン草案248条及びバイエルン草案640条〔略〕の基礎となっているように見受けられる。これに対して,ドレスデン草案598条及びスイス連邦法321条は,使用(ゲブラウ)貸借(フスライエ)を諾成契約として構成している。本草案は,消費貸借に関係する第453条の理解にとって決定的であったものと同様の理由から〔略〕,この549条についても,使用貸借は諾成契約であるという表現をもたらすような理解を採るものではなく,物の引渡しがされたときの両当事者の主要な義務を一般的に記述することに自らを制約したものである〔略〕。」と。その後の審議でドイツ民法第一草案549条は「我々は,使用貸借をローマ法的意味での要物契約と見るべきかとの問題は,法典において決せられるべきものではなく,学問に委ねられるべきだとの見解であり,しかしてまた,立法者の立場からは,ある物の貸与を約束した者と貸主とを区別せず,むしろ使用貸借を一つのものとして取り扱うことにおいて,草案に比べて改正提案の方がより適切であると考える。」との理由から,「Durch den Leihvertrag wird der Verleiher verpflichtet, dem Entleiher den Gebrauch einer Sache unentgeltlich zu gestatten. Der Entleiher ist verpflichtet, die empfangene Sache nach Beendigung seiner Befugniß zum Gebrauche dem Verleiher zurückzugeben.(使用貸借契約により,貸主は,借主にある物の使用を対価なしに許容する義務を負う。借主は,受領した物を,使用権能の終了後貸主に返還する義務を負う。)」に改められています(Protokoll 121, VIII.)。更に続くドイツ民法第二草案538条は,制定されたドイツ民法598条とほぼ同じです(後者の「den Gebrauch der Sache」が前者では「den Gebrauch derselben」になっています。)。借主の借用物返還義務は,ドイツ民法では604条に規定があります。

現在のドイツでは「使用貸借は,二つに分類され,目的物の引渡しを同時に伴う現実使用貸借(Handleihe)と,時間的に先に引き渡すべきものである諾成的使用貸借(Versprechensleihe)とになる。この後者の場合に貸主の他の義務に加えて,その上に借主に目的物を引き渡すべき義務が加えられているのである。従来は,使用貸借を要物契約としていたので,このような諾成的使用貸借を予約(Vorvertrag zum Leihvertrag)の型で承認しようとしていたが,今日支配的見解によれば,このような作為的なものを認める必要性がなくなっているといえるのである。」と説かれています(右近編346-347頁(貝田))。

 

カ 制定時の現行民法における要物性

92回法典調査会に提出された我が民法593条の原案は「使用貸借ノ目的トシテ或物ヲ受取リタル者ハ無償ニテ之ヲ使用スル権利ヲ有ス」でしたが(民法議事速記録第3251丁裏・52丁裏),これは富井によれば,ドイツ民法第二草案538条の文章を借主の権利の側から書き改めたものでした(民法議事速記録第3252丁裏)。

ドイツ民法の草案作成者は前記のとおり既に使用貸借の要物契約性には執着していなかったところですが,ドイツ民法草案流の表現を採用しつつも富井はなおそこまで踏み切れなかったようです。消費貸借についてですが,189564日の第91回法典調査会において同人曰く,「尤モ近来消費貸借ヲ要物契約トセスシテ諾成契約トスルガ宜イト云フ説ガ起ツテ居ル是ハ近頃随分勢力ノアル説テアツテ現ニ瑞西債務法ノ如キハ即チ其主義ニ依テ消費貸借及ヒ使用(ママ)借ノ定義ヲ掲ケテ居ル位テアリマス併シ本案ニ於テハ多少迷ヒハシマシタ理論上ハ或ハ其方ガ正シイカモ知レマセヌ併シ古来普通ニ行ハレテ居ル考ヘヲ一変スル丈ケノ勇気ハナカツタ今ノ説ニ従ヘハ片務契約ト云フモノハ殆トナクナツテ仕舞ツテ大抵ノ契約ハ双務契約ニナツテ仕舞(ママ)何ウモ少シ不安心テアリマシタカラ矢張リ昔カラ行ハレテ居ル所ノ学説ニ依テ要物契約主義ヲ採ツテ受取ルト云フコトヲ必要トシタ」と(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第28巻』131丁表)。

18951230日の第12回民法整理会において,民法587条の応当条項(当時は「第585条」)が「消費貸借ハ当事者ノ一方カ同一ノ種類,品等及ヒ数量ノ物ヲ以テ返還ヲ為スコトヲ約シテ相手方ヨリ金銭其他ノ物ヲ受取ルニ因リテ其効力ヲ生ス」(日本学術振興会『民法整理会議事速記録第4巻』93丁裏)に改まりましたが,その趣旨は,富井政章によれば「此三ツノ消費貸借ト使用貸借ト寄託ト要物契約ト称スル者ニ付テモ斯ウ云フ風ニ受取リタルニ因リテ効力ヲ生スト書ケバ文ハミンナ揃(ママ)テサウシテ外ノ諾成契約タルモノニ付テ疑ノナイ者ニ付テ斯ウ云フ風ニ〔「約スルニ因リテ効力ヲ生ス」という風に(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第34巻』21丁表-22丁表参照)〕言ツテ居モノガ全ク生キテ来ルソレデ少シモ不都合ハナカラウト思ヒマシテ遂ニサウ云フコトニスルコトニ一致シタノテアリマス」ということでした(同93丁裏-94丁表)。それと同時に,使用貸借の民法593条の応当規定(当時は「第591条」)に係る「文字ヲ揃ヘル為メ」(富井)の修正がされています(同96丁表裏)。日本民法の方がドイツ民法よりもローマ的とはなりました。

 

キ 諾成化されたスイス債務法

スイス債務法305条(Le prêt à usage est un contrat par lequel le prêteur s’oblige à céder gratuitement l’usage d’une chose que l’emprunteur s’engage à lui rendre après s’en être servi.(使用貸借は,貸主がある物の使用を無償で許与することを約し,借主がその物を使用の後に貸主に返還することを約する契約である。))の規定振りは,明白に諾成契約のものです。

 

後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078761677.html)(うまく移動しないときは,一番下のタグの「使用貸借」をクリックしてください。) 続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1 「双務契約」

 我が民法(明治29年法律第89号)中の重要概念として,「双務契約」というものがあります。同法533条及び553条,破産法(平成16年法律第75号)531項,551項及び2項並びに14818号等に出て来る語です。平成29年法律第44号による改正(202041日から(同法附則1条,平成29年政令第309号))によって削除される前の民法534条及び535条にも出て来ていたところです。

 なお,平成29年法律第44号による改正前の民法5361項は「前2条〔第534条及び第535条〕に規定する場合を除き,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を有しない。」と規定しており,現在の同項は「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付の履行を拒むことができる。」と規定していますが,この民法536条の適用のある契約は双務契約であるものと一般に説かれています(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)62-63頁等)。しかし,同条に「双務契約」との明文はありません。ある債務と対になる「反対給付」(の債務)の語の存在でもって,「双務契約」との語がなくとも双務契約関係にあることが分かるということでしょうか。当該「反対給付」のフランス語は,富井政章及び本野一郎の訳によれば,“la contre-prestation”です。

 民法に双務契約の定義規定が無いのは,18935月の法典調査会の法典調査ノ方針13条に「法典中文章用語ニ関シ立法上特ニ定解ヲ要スルモノヲ除ク外定義種別引例等ニ渉ルモノハ之ヲ刪除(さんじょ)ス」とあったからでしょう。確かに「また定義は,むしろ研究の結果次第にかかわり,最後にでてくるものである」ところです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)はしがき3頁)。189545日の第75回法典調査会で,富井政章が「既成法典ハ仏蘭西民法抔ニ傚ツテ〔財産編〕297条カラ303条迄合意ノ種類ヲ列挙シテアリマス,是レモ学説ニ委ネテ少シモ差支ナイ法典全体ノ規定カラ契約ニ斯ウ云フ種類カアル又其種類分ケヲスルニ付テ(どう)云フ結果ニ違ヒカアルト云フコトハ法典全体ノ上カラ自ラ分ルト思フ依テ此合意ノ種類ニ関スル規定ハ悉ク削除致シマシタ」と説明していたところです(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第23巻』158丁表裏)。

 

2 旧民法の定義による「双務合意(契約)」

ということで削られたとはいえ,旧民法財産編(明治23年法律第28号)297条には,「双務合意(契約)」の定義規定がありました。いわく。

 

  第297条 合意ニハ双務ノモノ有リ片務ノモノ有リ

   当事者相互ニ義務ヲ負担スルトキハ其合意ハ双務ノモノナリ

   当事者ノ一方ノミカ他ノ一方ニ対シテ義務ヲ負担スルトキハ其合意ハ片務ノモノナリ 

 

「合意」であって「契約」ではないのですが,旧民法財産編2962項は,「合意」と「契約」との関係について,「合意カ人権〔債権〕ノ創設ヲ主タル目的トスルトキハ之ヲ契約ト名ツク」と規定していました。

旧民法財産編297条のフランス語文は,次のとおり。

 

 Art.297 Les conventions sont bilatérales ou unilatérales.

La convention est bilatérale ou synallagmatique, lorsque les parties s’obligent réciproquement;

    Elle est unilatérale, lorsqu’une des parties s’oblige seule envers l’autre.

 

これは,次のボワソナアド案を若干簡約したものになっています。なお,法典調査会の審議が契約の章に入った18954月の前月の8日(189538日),「政府との契約もすでに終了した「禿頭白髯の老博士」〔ボワソナアドはこの時69歳〕は,朝野の熱烈な見送りを受けつつ,令嬢とともに新橋駅を発ち,午後6時,横浜港でシドニイ号に乗船した。その数日前,かれは外国人として初めて,勲一等瑞宝章を贈られることに決定していた。しかし老博士は,第二の祖国と呼び,永住するつもりであった日本を,結局は去っていった。」ということがありました(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)195-196頁)。

 

 Art.318 Les conventions sont bilatérales ou unilatérales.

La convention est bilatérale ou synallagmatique, lorsque les parties s’obligent l’une envers l’autre ou réciproquement;

    Elle est unilatérale, lorsqu’une ou plusieurs parties s’obligent envers une ou plusieurs autres, sans réciprocité.

  (Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxième, Droits Personnels et Obligations (Tokio, 1891). p.21)

 

 しかしてこのボワソナアド案は,フランス民法の次の両条に由来します。

 

Art.1102 (ancien) Le contrat est synallagmatique ou bilatéral lorsque les contractants s’obligent réciproquement les unes envers les autres.

 

      Art.1103 (ancien) Il est unilatéral lorsqu’une ou plusieurs personnes sont obligées envers une ou plusieurs autres, sans que de la part de ces dernières il y ait d’engagement.

 

上記両条は,現在は第1106条にまとめられています。

 

Article 1106 Le contrat est synallagmatique lorsque les contractants s’obligent réciproquement les uns envers les autres.

Il est unilatéral lorsqu’une ou plusieurs personnes s’obligent envers une ou plusieurs autres sans qu’il y ait d’engagement réciproque de celles-ci.

 

 ここで“synallagmatique”とは難しい綴りの単語ですが,元は古代ギリシア語のσυνάλλαγμαであるそうです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)171頁)。

 なお,フランス民法における契約の種類の列挙及び定義に係る規定は,提案者であるビゴー=プレアムヌ(Bigot-Préameneu)によれば,「それを損なういくつかの煩瑣(quelques subtilités)を取り除きつつも,ほとんど全面的にローマ法から汲み出されたもの(sont puisées presque en entier dans le droit romain)」ということになるようです(共和国12(ブリュ)(メール)11日(1803113日)の国務院審議。民法典に関するコンセイユ・デタ議事録第3243頁)。確かにローマ法上の双務契約は,「一個の契約により当事者双方に(ultro citroque)債務を発生するもの」をいうそうです(原田171頁)。

 

3 民法533条の「双務契約」(富井政章)

 我が民法の起草担当者の意図していた同法533条の「双務契約」の意味については,1895416日の第78回法典調査会において富井政章から説明がありました。いわく。

 

双務契約ト云フコトハ契約ニ依ツテ双方ガ義務ヲ負フト云フ場合テアル然ウシテアル格段ナル場合ニ是レハ双務契約テアルカナイカト云フコトヲ法律()極メルコトハナイノテアリマスカラ夫レハ一々学者ニ任カス日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第24巻』206丁裏)

 

ここで負担付贈与について一言していわく。

 

而シテ〔略〕仏蘭西当リテ負担附ノ贈与ト云フコトガアル斯ウ云フ品ヲオマヘニ贈与スルカラ其代リ斯ウ云フコトヲシテ呉レト云フ契約ガアル夫レハ双務カ片務カト云フコトニ付テ余程議論ガアル,ケレトモ苟モ反対給付ヲ以テ一方ノ義務ノ成立スル条件ト当事者ガシタ以上ハ矢張リ双務契約ノ中ニ入レルト云フ説ガ今日ニ於テハ最モ勢力ヲ持ツテ居ル,矢張リ事実ニ依テ極メナケレハナラヌコトテアツテ一般ニ極メルコトハ出来得ナイト思フ,ケレトモ概シテ然ウ云フ場合ハ双務契約ト云フ方カ宜カラウ(民法議事速記録第24206丁裏-207丁表)

 

また改めていわく。

 

何処迄モ原則ハ契約ニ依テ双方ガ義務ヲ負フノガ双務契約テアルト云フ趣意テ立テ居ル併シ或ル格段ナル場合ニハ我々デモ各々意見ヲ異ニスル様ナコトガアラウト思フ(民法議事速記録第24207丁表裏)

 

「有償契約」との関係について更にいわく。

 

例ヘハ貸借ト云フモノニ付テハ此事ニ付テ少シ説ガアリマスガ我々ノ内テモ意見ガ皆同一テナイカモ知ラヌガ利息附ノ貸借ハ確カニ有償契約テアル債権者ハ利息ヲ取ル債務者ハ其借リタモノヲ使用シテ利益ヲ受クルト云フノテアルカラドチラニモ利益ヲ生スルカラ立派ナ有償テアリマスガ是レガ双務契約テアルカト云フト普通ノ見方テハ双務契約テナイ貸借ト云フモノハ貸主カラ物ヲ引渡シテ初メテ成立スル〔民法587条参照〕其成立シタ契約ニ依テドンナ義務ガ生シタカト言ヘハ借主ト云フ一方ニ返還スル義務ガ生ジタト云フ丈ケノ話シテ是レハ双務契約テハナイ,ケレトモ有償契約テアルニハ違ヒナイ,夫故ニ有償契約ニシテ双務契約テナイモノハアルガ双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノハナカラウ(民法議事速記録第24208丁表裏)

 

 「双務契約ト云フコトハ契約ニ依ツテ双方ガ義務ヲ負フト云フ場合テアル」ないしは「何処迄モ原則ハ契約ニ依テ双方ガ義務ヲ負フノガ双務契約テアルト云フ趣意テ立テ居ル」ということであれば,削られたとはいえ,なお旧民法財産編2972項の規定が生きていたようです。

 

4 双務・有償契約たりし負担付贈与

 また,富井政章の負担付贈与(イコール)双務契約説を承けてということになるのでしょうが,民法553条の旧規定は「負担附贈与ニ付テハ本節〔贈与の節〕ノ規定ノ外双務契約ニ関スル規定ヲ適用ス」でありました(下線は筆者によるもの)。梅謙次郎も,当該旧規定について「本条ハ負担附(○○○)贈与(○○)ノ性質ヲ定メタルモノナリ〔略〕本条ニ於テハ本節ノ規定ノ外双務契約ニ関スル規定ヲ適用スヘキコトヲ明言セルカ故ニ其性質ノ双務契約即チ有償契約ナルコト蓋シ明カナリ〔略〕而シテ余ハ之ヲ以テ最モ正鵠ヲ(ママ)タル学説ニ拠レルモノナリト信ス蓋シ贈与者カ自己ノ財産ヲ相手方ニ与ヘ相手方モ亦之ニ対シテ一ノ義務ヲ負担スル以上ハ是レ固ヨリ報償アルモノニシテ且当事者双方ニ義務ヲ生スルモノナルコト最モ明カナレハナリ」と賛意を表しています(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)470-471頁)。

 しかし,民法553条は,平成16年法律第147号によって,200541日から(同法附則1条,平成17年政令第36号)「負担付贈与については,この節に定めるもののほか,その性質に反しない限り,双務契約に関する規定を準用する。」に改められてしまっています(下線は筆者によるもの)。適用ではなく準用ですから,負担付贈与は双務契約ではない,ということが前提となっています。同条旧規定に対する「(法文は適用といつているが,正確にいえば準用である)」との我妻榮の括弧書きコメント(我妻榮『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1973年)235頁)を承けての変更でしょうか。我妻の負担付贈与()双務契約説の理由付けは,後に出て来ます(6,11(3)。また,7(3))。

 

5 双務契約にして有償契約でないものの存在(梅謙次郎及びボワソナアド)

 富井政章は「有償契約ニシテ双務契約テナイモノハアルガ双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノハナカラウ」と述べています。現在の民法学者も,「双務契約は常に有償契約であるが,有償契約が全て双務契約であるとは限らない。」と,同様のことを語っています(内田20頁)。

 ちなみに,有償契約については,これも旧民法財産編298条に定義規定がありました。

 

  第298条 合意ニハ有償ノモノ有リ無償ノモノ有リ

   各当事者カ出捐ヲ為シテ相互ニ利益ヲ得又ハ第三者ヲシテ之ヲ得セシムルトキハ其合意ハ有償ノモノナリ

   当事者ノ一方ノミカ何等ノ利益ヲモ給セスシテ他ノ一方ヨリ利益ヲ受クルトキハ其合意ハ無償ノモノナリ

 

 同条のフランス語文は,次のとおり。

 

  Art.298 Les conventions sont à titre onéreux ou à titre gratuit.

La convention est à titre onéreux, quand chacune des parties fait un sacrifice en faveur de l’autre ou en faveur d’un tiers;

Elle est à titre gratuit, quand l’une des parties reçoit avantage de l’autre, sans en fournir aucun, de son côté.

 

 ボワソナアドは,次のように解説しています。

 

当該「onéreux」の語は,「負担 “charge”」の意たるラテン語の「onus」に由来する。有償(à titre onéreux)契約においては,両当事者に負担ないしは出捐(sacrifice)が存在する。(Boissonade, p.34

 

 ところで,我が民法の制定当初において,梅謙次郎は,何と「双務契約ニシテ有償契約テナイト云フモノ」があることを高唱していました。いわく。

 

  双務(○○)契約(○○)Contrat synallagmatique, gegenseitiger Vertarg)トハ其成立ニ因リテ直チニ当事者双方ニ債務ヲ負担セシムルモノヲ謂フ例ヘハ売買,賃貸借,組合等ノ如キ是ナリ使用貸借ハ古来之ヲ片務契約トセリト雖モ余ハ双務契約ナリト信ス旧民法ニ於テモ初ノ草案ノ理由書ニハ之ヲ片務契約トセリト雖モ竟ニ其双務契約タルコトヲ認メタリ(梅411頁。下線は筆者によるもの)

  使用貸借ニ因リテ貸主ハ借主ヲシテ其所有物ノ使用及ヒ収益ヲ為サシムルノ義務ヲ負ヒ借主ハ其使用,収益ヲ為シタル後其物ヲ返還スル義務ヲ負フ〔したがって,双務契約である。〕(梅607頁)

古来一般ノ学説ニ拠レハ使用貸借ハ唯借主ヲシテ返還ノ義務ヲ負ハシメ貸主ハ何等ノ義務ヲモ負ハサルモノトセリ蓋シ使用貸借ハ概ネ貸主ノ好意ニ因レルモノナルカ故ニ古代ノ法律ニ在リテハ借主ハ敢テ物ヲ使用スル権利ヲ有スルニ非ス唯貸主ノ好意カ変セサル限リハ徳義上借主ヲシテ物ノ使用ヲ為サシムルニ過キサルモノトシ即チ貸主ハ何時ニテモ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得ルモノトセシヲ以テ使用貸借ハ真ニ借主ニ義務ヲ負ハシムルノミニシテ之ニ権利ヲ与ヘサリシモノト謂フヘシ(梅607-608頁)

然リト雖モ法律漸ク進歩スルニ及ヒテハ敢テ貸主カ故ナク物ノ返還ヲ求ムルコトヲ許サス唯自己ノ入用アルトキハ之ヲ求ムルコトヲ得ルモノトシ竟ニ普通ノ入用アルモ未タ返還ヲ求ムルコトヲ許サス唯臨時ノ必要ヲ生シタル場合ニ限リ其返還ヲ促スコトヲ得ルモノトスルニ至レリ(梅608頁)

殊ニ新民法ニ於テハ貸主ハ自己ノ為メニ如何ナル必要アルモ敢テ契約ヲ無視シテ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得サルモノトセルカ故ニ借主ハ純然タル権利ヲ有スルコト敢テ疑ナシト雖モ仏国法〔1889条〕,我旧民法〔財産取得編(明治23年法律第28号)2032項〕等ニ於テハ或場合ニ貸主ヲシテ物ノ返還ヲ求ムルコトヲ得セシムルニ拘ハラス余ハ夙ニ借主カ一ノ債権ヲ有スルコトヲ信シテ疑ハサリシナリ而シテ「ボワッソナード」氏カ之ヲ認メタルハ仏法学者中ニ在リテハ実ニ卓見ト謂フヘシ(同頁。下線は筆者によるもの)

 

使用貸借は「当事者の一方がある物を引き渡すことを約し,相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって,その効力を生ずる」契約ですから(民法593条。下線は筆者によるもの),当然無償契約であり(梅605頁,606頁等),有償契約ではありません。しかし,梅及びボワソナアドによれば,双務契約であるというのです。(ただし,ボワソナアドは「しかし最後まで心中のしこりとして残るのは,かくして我々は,無償(gratuit ou de bienfaisance)であると同時に双務(synallagmatique)である契約を有するわけであるが,この二つの性質は,通常は両立不能なのである。」との苦衷を明かしてはいます(Boissonade, p34: note(4))。)

我が民法制定時の二大権威の使用貸借=双務・無償契約説に対して,現在の民法学説の使用貸借=片務・無償契約説(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)49-50頁,内田165-166頁等)が対立します。

 

6 双務契約の現在の定義

前記の対立の由来はいずこにありや,と法律書の小さな文字を追って気が付くのは,現在の双務契約の定義が,旧民法財産編2972項のそれと微妙に異なっていることです。

 

  契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約が双務契約で,そうでない契約が片務契約である。(我妻Ⅴ₁・49頁。下線は筆者によるもの)

 

(イ)対価的な意義があるかどうかは,客観的に定められるのではなく,当事者の主観で定められる。代金がいかに廉くとも,当事者が売買のつもりなら,その代金は,対価的な意義があり,負担がいかに重くとも,当事者が贈与のつもりなら,その負担は対価的意義がない。〔負担付贈与≠双務契約説の理由付けは,これでしょう。

  (ロ)契約の各当事者が債務を負担する場合でも,その債務が互に対価的な意義をもたないときは,片務契約である。すなわち,(a)契約の当然の効果として双方の当事者が債務を負担するが,その債務が互に対価的な意義をもたない場合,例えば,使用貸借(貸主の使用させる債務と借主の返還債務とは対価的意義がない)は,不完全双務契約と呼ばれることもあるが,民法のいう双務契約ではない。また,(b)契約の成立後に一方の当事者が特別の事情で債務を負担する場合,例えば,無償委任(委任者は費用償還債務を負担することがある)は,双務契約ではない。(我妻Ⅴ₁・49頁)

 

 ここでは,「対価性」の要件が,旧民法ないしはフランス民法流の双務契約概念に追加されています(したがって,双務契約の範囲がより狭くなる。)。

また,現在の学説においては,一方当事者の債務と他方当事者の債務との間に対価的な関係があることこそが,「双務契約上の債務における牽連性」が認められる理由とされています。

 

   売主と買主の債務は,対価的な関係にあるために,両債務の間には特別な関係が生ずる。売主の債務をα,買主の債務をβで表すと,αとβとは,双務契約上の債務として特殊な関係に立つのである。この関係のことを牽連関係とか牽連性といい,3つのレベルに分けて論ずることができる。すなわち,債務の成立上の牽連性,履行上の牽連性,そして債務の存続上の牽連性である。(内田46頁。下線は筆者によるもの)

 

 しかし,梅謙次郎の理解する「双務契約」は,上記の牽連関係もあらばこそ,負担付贈与及び使用貸借も含むものであったのですから,我が民法の双務契約関係規定は,制定時においては,上記学説にいう牽連関係ないしは牽連性なるものを必ずしも前提とするものではなかったのでしょう。


続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ