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1 契約書チェックと「直接損害」

 企業法務の仕事の一環として,契約書のチェックがあります。

 契約書のチェックをしていて悩まされる問題は多々ありますが,次のような条項がいつも出て来るので,当該条項をどう解釈すべきか,修正すべきか否か,修正するのならどのようにすべきか,という問題が,皆さん頭痛の種となっているのではないでしょうか。

 

 (損害賠償)

第〇条 甲又は乙は,相手方が本契約に違反したことにより損害を被ったときは,相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。

 

 筆者において下線を付した「直接損害」なるものの概念が,分からないのです。

 

2 法令用語辞典・法律学辞典及び不法行為法学・債権総論と「直接損害」

 契約書案を持ち込んで来た悩みなき担当者は,「弁護士なのに「直接損害」の意味すら分からないんですか?」というような様子をしているので,こちらはなかなか弱音を吐けず,まずは自分で調べることになります。しかし,法令用語辞典・法律学辞典の類,更に不法行為法学及び債権総論の書物からは,はかばかしい解決が得られません。

 

(1)法令用語辞典

 吉国一郎等編『法令用語辞典<第八次改訂版>』(学陽書房・2001年)においては,「直接強制」,「直接請求」及び「直接選挙」の語は解説されているのですが,「直接損害」の語は取り上げられておらず,ついでながら「間接損害」も掲載されていません。同書は,内閣法制局関係者が執筆しているものですので,すなわちこれは,「直接損害」は我が国の法令用語ではないということでしょうか。

 

(2)法律学辞典と会社法学上の「直接損害・間接損害」

 金子宏等編集代表『法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣・2008年)には,「直接損害」について定義があるのですが,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人の損害賠償責任に関する講学上の概念であって,契約当事者間一般における債務不履行による損害賠償の範囲に係る法令上の概念とはいえないようです。同辞典における「直接損害」の定義は,次のとおり。

 

  株式会社の役員等(会社423①)の悪意・重過失による任務懈怠(けたい)によって第三者が直接に損害を被った場合のその損害をいう。任務懈怠により株式会社に損害が生じ,その結果として第三者が損害を被るわけではない点で,間接損害と区別される。会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)にいう「損害」には,直接損害と間接損害のいずれも含まれるというのが,判例である(最大判昭和441126民集23112150)。(金子等編871頁)

 

 会社法(平成17年法律第86号)423条1項は,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人をもって同法第2編第4章第11節(役員等の損害賠償責任)における「役員等」であるものと定義しています。また,同節はまず役員等の株式会社に対する損害賠償責任について規定していますから(同法423条以下),ここでの「第三者」とは当該役員等がその機関であるところの株式会社以外の者ということになります。

 会社法429条1項は「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。(他の役員等も当該損害を賠償する責任を負うときは,これらの者は連帯債務者となります(同法430条)。)

 第三者に「直接損害」(「典型的には,会社が倒産に瀕した時期に取締役が返済見込みのない金銭借入れ,代金支払の見込みのない商品購入等を行ったことにより契約相手方である第三者が被る損害である。」)を被らせる(会社には損害が無い。)役員等の悪意・重過失による任務懈怠は,当該任務懈怠行為における「契約相手方に対する不法行為(民709条)にも当たり得るが(最判昭和47・9・21判時68488頁),判例によれば,不法行為は第三者に対する加害についての故意・過失を要件とするのに対し,この責任は,取締役の会社に対する任務懈怠についての悪意・重過失を要件とする点が異なるという(最判昭和441126民集23112150頁)。」と説明されています(江頭憲治郎『株式会社法 第6版』(有斐閣・2015年)505頁)。

 

(3)不法行為法学における「間接損害」

債務不履行ならぬ不法行為に関する我が法学用語には,「間接損害」というものがあります。

 

 直接には甲に対する加害行為がなされることによって,同時に,かねてから甲と特別の社会関係に立っている乙にも――この甲乙間の社会関係を媒介として――損害を与える,という場合がある。このような場合に,加害者は,甲に対する不法行為責任のほかに,乙に対する関係においても不法行為を負うべき場合があるのか。あるとすれば,それはいかなる要件のもとにおいてであり,またこの責任と,甲に対する責任とはいかなる関係に立つのかという〔問題を,〕「間接損害」ないし「間接被害者」と不法行為の問題,とよぶこともできよう。具体的には,甲の生命や身体が侵害されたことにより近親者乙がある種の損害を受けた場合〔略〕,および甲の生命・身体が侵害されることにより,甲の雇主たる乙企業が企業独自の損害――いわゆる「企業損害」――を受けた場合〔略〕,が主として問題になる。(幾代通著・徳本伸一補訂『不法行為法』(有斐閣・1993年)245頁)

 

とはいえ,この「間接損害」の概念も確乎としたものではなく,「企業損害」だけを「間接損害」の語で呼ぶこともあれば,「間接損害」の語を避けて「反射損害」の語を用いる学者もいるそうです(幾代246頁)。

「間接損害」以外の損害を「直接損害」ということにして,上記の不法行為法学的用法をパラレルに契約当事者間の債務不履行の場面に当てはめると,債務者の債権者に対する債務不履行によって当該債権者に対して与えられた損害は全て「直接損害」ということになって,わざわざ「直接」との形容詞を付する必要はなさそうです。前記条項の「相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。」との規定の意味は,債権者は自分以外の者に生じた損害の賠償を請求することはしない,という当たり前のことを確認した規定ということになります。面白くないですね。
 なお,不法行為法の議論においては,次のような指摘もあります。


  ・・・同一主体に生ずる損害としては,たしかに交通事故などの場合には,最初にまずごく単純明快な「直接的」といえるような損害が生じ,ついでこの損害があったということが原因(の一つ)となって後続の「間接的」損害が発生する,という場合が多いけれども,不法行為一般についてみれば,必ずしもこのような態様のものばかりとはかぎらない。一被害主体にとっての最初の損害それ自体が,加害者(と擬せられる者)の行為から発して必ずしも直線的でない複雑で複合的な事実的因果関係の連鎖によって初めて生ずる,という場合もある。このような場合をも視野に入れて考察するとき,「直接的結果(損害)」「間接的結果(損害)」という区分の実用法学上の有用性には疑問をいだかざるをえないのである。(幾代129頁)

 

(4)債権総論

不法行為ではなく,債務不履行により生じた損害に係る「直接損害」概念について説いた書物はないものか,ということで,我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)の事項索引に当たってみると,そこには「直接損害」も「間接損害」も見出しとして掲げられてはいません。内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物権』(東京大学出版会・1996年)の事項索引にも「直接損害」は見出しとなっておらず,「間接損害」とあるのはそこでも不法行為法上の概念としての掲載です(同書173175頁)。

どうもよく分からない。

 

3 小説的会話

 

「この,「直接損害」って何ですか。」

「えっ,先生は弁護士なんだから御存知なんじゃないですか。」

「いや,日本の法学上は,株式会社の役員等の第三者に対する損害賠償責任の場面において「直接損害」と「間接損害」との区別が論じられたり,不法行為法における「間接損害」の取扱いが問題になったりしていますけれども,債務不履行により生じた損害の賠償の範囲について「直接損害」が云々という議論はちょっと聞いたことがないですねぇ。うーん,民法416条では,第1項で「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」と,第2項で「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」と規定しているんですが,第1項の損害は「通常損害」,第2項の損害は「特別損害」と呼ばれていて,「直接損害」の語は用いられていないんですよねぇ。契約書のこの「直接損害」条項は,民法416条とどう違うことになるんですかねぇ。」

「私は存じ上げません。先生がお考え下さい。」

「えっ。しかし,私にはこの「直接損害」の意味が分からないんで,困りましたねぇ。ここは日本民法416条の原則にそのまま乗っかってしまうことにして,この「直接損害」云々が含まれている条項はいっそ削ってしまいましょうか。契約書にわざわざ書かなくても,債務不履行によって債権者に損害を与えたら債務者は損害賠償しなきゃならないということは民法上当り前のことでしょう。」

「いや,契約書に書いておかないと,相手方が損害賠償に応じてくれない可能性があります。」

「(そんな屁理屈をこきそうな困った相手と何で契約を結ぶのかなぁ。)うーん,この条項は,あなたの部の契約書では昔から使っているんでしょ。」

「そうです。」

「そうだとしたら,昔からいる人もいるんでしょうから,だれか部内で「直接損害」の意味を知っている人はいませんかねぇ。」

「当部は法務部ではありません。」

「しかし,意味の分からぬ契約書をそのまま長いこと使っていたんですか。ちょっとこれは変だとか,気持ち悪いとか思わなかったんですか。」

「先生,細かいですねぇ。契約書なんてだれも細かく読みませんよ。」

「(うっ,それなら何で契約書のチェックを求めて来るんだろう。)困りましたねぇ。契約書はビジネスの基本ツールなんだけど,御存知ない,でやってこられましたか。困りましたねぇ。」

「先生,あなたは私たちが長年やってきたことを馬鹿にされるのですか。」

「いやいや,そんなことはありません。ただちょっと困っているだけです。(その「長年」のうちにだれかちゃんと調べてくれればよかったのになぁ。みんな長年しあわせに,何を考えて仕事をしていたのかしら。)・・・そうですねぇ,この「直接損害」の概念って,英文契約書の翻訳あたりからウィルスのように日本国内向けの契約書に侵入した,っていうことはないでしょうかね。その辺分かるような英文契約書とかその参考書とか,心当たりはありませんか。」

「何で契約書チェックを受けるのに,英文契約についてまでこちらで調べなければならないんですか。先生,それって,パワハラじゃないですか。」

「いやいや,パワハラなど滅相もない。(危ない,危ない,パワハラ認定がされると干されてしまう。)」

「先生は,英語はできないんですか。先生は,超一流法律事務所の先生方と違って,ナニが高くないって聞いてますからね,困りましたねぇ。」

「はは・・・。(良心的報酬額設定がかえって仇となるのかい。)」

「とにかく先生,こちらは締切りが迫っているんです。急いでいるんで早くチェックを済ませてください。先生のせいでみんなが迷惑するんです。」

「ははははいーぃ。」

 

4 英米法

 筆者が英米法の法律辞典類を見て,direct damagesとかdirect lossの定義を調べてみても,はっきりとしたことは分かりませんでした。

 ところが,最近某得意先企業の空いている役員室で作業をさせてもらっているとき,そこに置いてあった英米法辞典を見てピンと来るものがありました。(なお,この英米法辞典は,後で確認しましたが,Black’s Law Dictionaryの第10版ではありませんでした。)

 

 「これはやはり,Hadleyじゃないかな。」

 

(1)ハドリー事件判決と日本民法416

 我が民法(明治29年法律第89号)416条の規定がそれに由来する(平井宜雄『損害賠償法の理論』(東京大学出版会・1971年)146‐158頁参照)イングランドにおける1854年2月23日(嘉永七年二月二十三日ならば横浜応接所でペリー持参の献上品である汽車模型が円型レールで試運転された日なのですが,日本におけるその日はグレゴリオ暦では1854年3月21日です(『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年))。)のHadley v. Baxandale判決は,代表的民法教科書の一つにおいて,次のように紹介されています。

 

 ・・・ハドリー事件とはどのような事案だったのだろうか。原告Xは製粉所を経営していたが,製粉機の回転軸(クランク・シャフト)が壊れて製粉機が動かなくなったので,その回転軸を遠方にある機械製作所に見本として送って,新しい回転軸を作ってもらうことにした。そこで,運送会社Yに対し,その運搬を依頼したが,Yの懈怠のために運送が遅れ,結局新しい回転軸は予定より数日遅れて届くことになった。その結果,その間Xの製粉所は操業の停止を余儀なくされ,操業していたら得られたであろう利益を失った。これを賠償請求したのが,この事件である〔略〕。

  〔原審はXの請求を認容したが,控訴審の本件〕判決は,契約違反に対する損害賠償を,契約締結時に当事者が予見しえた範囲に限定すべきだとし,当該回転軸がなければXの工場が操業を停止せざるを得なくなるかどうかは,Yにはわからなかったとして(予備の回転軸がある場合もあるから),結論的にはXの請求を認めなかった。(内田148頁)

 

我が民法416条1項の通常損害の賠償請求には債権者による「予見可能性の立証は不要であるが,〔同条2項の〕特別損害なら,債権者の方で「特別の事情」の予見可能性を立証する必要がある」とされています(内田149頁)。民法「416条で予見の対象となっているのは,「特別の事情」であって「損害」そのものではないことは,文言上も明らかである」ところです(内田149頁)。民法416条2項の予見の主体である「当事者」は,富井政章及び本野一郎のフランス語訳では“les parties”と複数の両当事者とされていますが(《Code Civil de L’Empire du Japon 1896》(新青出版・1997年)),判例・通説上は債務者とされ(内田151頁),予見の時期は,Hadley判決では契約締結時とされていましたが,我が判例・通説上は履行期ないしは不履行時とされています(内田152頁)。

 

(2)英米法学におけるハドリー事件判決解説と直接損害(Direct Damages)概念

英米法の法律家はどう言っているものかと“Hadley v. Baxandale”でインターネット検索をすると,カリフォルニア大学バークレー校ボールト・ホール法科大学院のメルヴィン・アロン・エイゼンバーグ教授の「ハドリー対バクセンデール原則」という論文が見つかりました(Melvin Aron Eisenberg, The Principle of Hadley v. Baxendale, 80 CAL. L. REV. 563 (1992))。以下同教授の当該論文により,ハドリー対バクセンデール事件及び判決並びにそこにおいて表明された原則を見てみましょう(なお,同教授は,「ハドリー対バクセンデール原則」のAufhebenを主張しています。)。

事件について。新しいシャフトの原型とすべく(as a pattern)壊れたクランク・シャフトが送られた先は,原製作者であるグリニッジのJoyce & Co.という会社でした。(なお,原告の製粉所はGloucesterにありました。)原告はその従業員を,Pickford & Co.の商号で営業している大きな運送事業者の現地事務所に行かせ,当該従業員はピックフォードの事務員に製粉所が止まったからシャフトは直ちに送られなければならないと告げたところ,当該事務員は正午までにシャフトを預かればその翌日にはグリニッジに届くと答えました。その翌日正午前に当該シャフトはピックフォードに委ねられ,ハドリーは運送賃として2ポンド4ペンス(追記:川元主税「ハドレイ対バクセンデール再読」名城法学6834号(2019年)45頁によれば,2ポンド4シリングを支払いました。ピックフォードの事務員は,急いで送ってくれと告げられています。しかしながら,運送は何らかの懈怠("by some neglect”)によって5日間遅れます。ピックフォードは荷物をロンドンに送ったのですが,シャフトをロンドンからグリニッジに直ちに鉄道で転送せずにそのまま数日止め置き,別の鉄製品と一緒に運河でジョイスに送ったのでした。その結果,製粉所は5日間余計に操業ができませんでした。原告(複数形になっています。(追記:当該製粉所は,Joseph及びJonahのハドリー兄弟によって経営されていました(川元43頁)。)300ポンドの損害賠償を請求したところ,一審判決(陪審)は100ポンド分を認容しました。(Eisenberg pp.563-564(追記:陪審員評議の結果認められた損害賠償額は,実は50ポンドであったようです(川元56頁,溜箭将之「損害賠償の範囲」『アメリカ法判例百選』(有斐閣・2012年)206頁)。)

ハドリーの製粉所の名前はCity Steam-Mills,ピックフォードの経営者がバクセンデールです(溜箭206頁)。(追記:川元44頁註67によれば,当該製粉所の名前は,正確にはCity Flour Millsです。

(なお,止まってしまった機械を製粉機ではなく「製麺機」であると紹介する書物もありますが(北川善太郎=潮見佳男「§416(損害賠償の範囲)」『新版注釈民法(10)Ⅱ債権(1)債権の目的・効力(2)』(有斐閣・2011年)334頁),ハドリーの製粉所で機械が止まって供給できなくなった商品は“flour, sharps, and bran”(小麦粉,(小麦の)二番粉及びぬか・ふすま)とされていて(Eisenberg p.564),パスタ類は挙げられていません。)

ところが,原告にとって,控訴(追記:正確には,陪審のした事実審理の再審理を求める申立てがされたということです(川元57頁)。)審の判決(Hadley v. Baxandale (1854), 9 Exch. 341, 156 Eng. Rep. 145)はがっかりものでした。

 

 〔控訴を受けた〕Exchequer Chamber1873年にCourt of Appealとなります(田中英夫『英米法総論上』(東京大学出版会・1980年)164頁)。(追記:ハドリー事件が取り扱われたのはCourt of Exchequer(財務府裁判所)であって,Exchequer Chamberではなく,「なお,ハドレイ事件の裁判所をCourt of Exchequer Chamber(財務府会議室裁判所)とする誤記が時折みられるが,これは中央裁判所〔財務府裁判所,王座裁判所(Court of King’s Bench)及び民訴裁判所(Court of Common Pleas)〕の判決に対する誤審審理を行う上訴裁判所(判決を下した裁判所以外の2つの裁判所の裁判官で構成される)であり,まったくの別物である」そうです(川元47頁註78)。)〕は判決を覆した。しかしながら,〔損害の〕遠隔性の理論(theory of remoteness)によってではなかった。その代わり,当該裁判所は,契約違反(a breach of contract)によって損害を被った(injured)当事者は,「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって生ずるものと・・・合理的に認められる(“reasonably be considered … [as] arising naturally, i.e., according to the usual course of things”」べきものである損害(damages)又は「当該契約の違反による蓋然的結果として,契約の締結時において両当事者の予期するところにあったものと合理的に想定され(reasonably be supposed to have been in the contemplation of both parties, at the time they made the contract, as the probable result of the breach of it”)」得るものである損害のみを回復することができると述べた。裁判所は,原告はいずれのテストも満足させることができなかったものと結論した。当該裁判所の判決の二つの肢(the two branches of the court’s holding)は,ハドリー対バクセンデールの第1及び第2のルール(the first and second rules of Hadley v. Baxandale)として知られるようになった。(Eisenberg p.564

 

ハドリー対バクセンデールの第1ルールは我が民法416条1項(「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」)に,同第2ルールは同条2項(「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」)に対応するものであることは明らかです。ただし,ハドリー対バクセンデールでは,予期の対象は損害であって損害の原因たる事情の予見は問題になっておらず,予期の主体は契約の両当事者,予期の時期は契約の締結時です。

しかして,エイゼンバーグ論文の次の一節に至って,「直接損害」概念の英米法的淵源を尋ねんとする筆者の肩の荷は下りたのでした。

 

ハドリー対バクセンデールの二つのルールの基礎の上にあって,契約法は,伝統的に,一方における一般又は直接損害general or direct damages)と他方における特別又は派生損害(special or consequential damages)とを区別してきた。一般又は直接損害は,買主〔債権者〕に係る特有の事情とは関係なく所与のタイプの不履行から生ずる損害である。一般損害の賠償は,ハドリー対バクセンデールの原則によって妨げられることは全くない。定義それ自体によって,そのような損害は「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって当該不履行から生ずるものと・・・合理的に認められる」べきものだからである。例えば,売主が物品売買契約に係る債務を履行しなかったときには,買主は,契約代金額と市場価格又は代替品の価格との差額に等しい損害を被るということは自然の成り行きである。この差額は,通常,一般損害として回復され得る。(Eisenberg p.565。下線による強調は筆者)

 

 何のことはない,実は「直接損害(direct damages)」≒「民法416条1項の通常損害(le préjudice qu’entraînerait l’inexécution, d’après le cours ordinaire des choses (富井=本野訳))」だったのでした。

 (なお,平井204頁は「イギリスにおいて,Hadley v. Baxendaleのルールは,動産売買法Sale of Good[s] Act (1893)が制定されるに及んでその51条および54条として規定されている。すなわち,51条1項は売主が買主に対し引渡をせず又は拒んだ場合において買主は損害賠償の訴を提起できる旨を定め,同2項はこの場合における賠償の範囲が売主の契約違反から事物の通常の経過にしたがって直接的かつ自然的に生じた損失であるべき旨を定める。〔略〕54条は,これに加えて特別損害の賠償を請求する買主の権利がこの法律によって影響を受けない旨を定めているのである。」と紹介しています(下線は筆者によるもの)。1893年法51条2項の文言は“The measure of damages is the estimated loss directly and naturally resulting, in the ordinary course of events, from the seller’s breach of contract.”というものです。ここで“direct”が副詞形で出てきています。Hadley v. Baxendaleでは“naturally, i.e., according to the usual course of things”であったものが,“directly and naturally, i.e., in the ordinary course of events”とパラフレーズされたものと解すべきなのでしょう。)


5 フランス民法

 我が民法416条のフランス語訳における“d’après le cours ordinaire des choses”と英語のaccording to the usual course of thingsとはよく似た表現ですが,これは,ハドリー対バクセンデール事件判決の理論が,「フランスのポチェという学者(フランス民法典に大きな影響を与えた学者)の理論の影響を受けているといわれ」ている(内田148頁)からでもあるのでしょうか。(なお,ポチェから英米法への影響は,スコットランド経由だったようです。すなわち,「Hadley事件の6年前にスコットランドの裁判所から貴族院に上告された事件があり,その時コテナム卿(Lord Cottenham)はスコットランド法にもとづいて意見を述べた。スコットランド法は大陸法系に属し,フランス民法に大きな影響を与えたポチエ(Pothier, Traité des Obligations, 1761)の学説にしたがっていた。この意見がHadley事件を審理した財務裁判所に大きな影響を与えたと言われる。」ということでした(平井156頁註(21))。)

 

  (b)〔債務不履行による損害の賠償の範囲〕の点の原則的な考え方および実際の範囲についての立法例は,大別して二つに分かれる。賠償すべき損害の範囲を比較的狭くしているもの(例えば英米,フランス)が多いが,比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)もある。前者は,フランスのポチエ(Pothier)という学者(さらに古くはデュムーランDumoulin, Molinaeus)に由来する。ポチエの考えは,原則として債務者が契約時に予見可能であった損害のみ賠償すればよいとすること,故意の不履行の場合については過失による不履行の場合よりも賠償すべき損害の範囲を広くしていること(損害を直接損害・間接損害に分け,前者では間接損害の賠償まで,後者は直接損害の賠償に止まる,とある)に特色がある。後者は,これを批判し,いったん債務者に故意過失があって賠償すべきであるとされた以上は,その範囲は原則として損害のすべてに及ぶとするのが債権者のために必要であるとの立場に立ちつつ,あまり範囲が広がるのは適当でないとして,相当の範囲,つまり「相当因果関係」のある損害の範囲に止めようとするものである。〔略〕

  (c)わが民法は,416条でこれを定めているが,読めばわかるとおり,基本的には前者の立場をとっている。(α)これは,ポチエの影響を受けた英米法を参照にして作られたものである(民法〔34条〕,526条〔略〕などと共に英米法の影響を受けた規定の一つである。)ポチエを祖父とするとその孫ということになり,ポチエの子法であるフランス民法とは叔父おいの関係にあることになる(フランス民法と異なり,直接損害・間接損害の区別をしていない)。〔後略〕(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1981年)6869頁。下線は筆者によるもの)

 

 フランス法には,「直接損害」と「間接損害」の区別があるようです。しかし,そこでいう「直接損害」は,ハドリー対バクセンデールの第1ルールについていわれる「直接損害(direct damages)」と同じものでしょうか,違うものでしょうか。

当該「叔父」法のフランス民法を見てみようと思いますが,実は同法は昨年(2016年)10月に改正があって,以前とは条文番号がずれたりなどしています。

 

1231条の2(旧1149条) 債権者に対する損害賠償は,以下の例外及び修正を別にして,一般に,その被った損失及び失われた利益についてである。

1231条の3(旧1150条) 不履行が重大な懈怠又は悪意(une faute lourde ou dolosive)によるものではない場合においては,債務者は,契約締結の時に予見され,又は予見されることができた(qui puvaient être prévus)損害賠償の責任のみを負う。

1231条の4(旧1151条) 契約の不履行が重大な懈怠又は悪意によるものである場合であっても,損害賠償は,不履行に接着しかつ直接の結果であるもの以外を含まない(les dommages et intérêts ne comprennet que ce qui est une suite immédiate et direct de l’inexécution)。

 

 債務者が悪意により(à une faute dolosive“dolosif”には仏和辞典的には「詐欺の」との訳語が当てられています。))債務不履行をした場合であっても,損害賠償の対象範囲は「間接損害」にまで及ぶものではなく,なおも「直接損害(une suite immédiate et direct)」にとどまるようです(星野教授による前記ポチエ説紹介の下線部分との関係は,ちょっと分かりづらいところです。)。

 

 〔フランス民法旧1151条(現1231条の4)〕では,間接の結果である損害は排除されている。しかも,フランス民法上,直接損害(dommage direct)は,損害の予見性とともに因果関係の制限の問題として理解されている(イタリア民法1223条も同旨)。直接損害・間接損害の古典的な例として,次のものをあげることができる。病気の馬を給付したところ,買主の所有している他の健康な馬にその病気が感染し,その馬も死亡した場合は,直接損害が発生している。他方,馬の死亡のために,農地の耕作ができず,収入を得られず,他の借金の返済にまわせず,その結果として財産の差押えを受けた場合は,(他の借金を返済できないという損害が生じているため)間接損害が発生している(Pothier, Traité des obligations)。(北川=潮見329頁)

 

  わが民法の起草者は,直接損害・間接損害という区別を〔略〕フランス流に解したうえで,直接の結果か間接の結果かという区別は不明確であるとして排斥した〔略〕。(北川=潮見329頁。また,332333頁)

 

6 民法416条の起草経緯管見

我が現行民法起草前のフランス法学者ボワソナアドによる我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)385条は,フランス民法旧1149条から旧1151条に倣って,次のように規定していました。

 

385条 損害賠償ハ債権者ノ受ケタル損失ノ償金及ヒ其失ヒタル利得ノ填補ヲ包含ス

 然レトモ債務者ノ悪意ナク懈怠ノミニ出テタル不履行又ハ遅延ニ付テハ損害賠償ハ当事者カ合意ノ時ニ予見シ又ハ予見スルヲ得ヘカリシ損失ト利得ノ喪失トノミヲ包含ス

 悪意ノ場合ニ於テハ予見スルヲ得サリシ損害ト雖モ不履行ヨリ生スル結果ニシテ避ク可カラサルモノタルトキハ債務者其賠償ヲ負担ス

 

我が旧民法財産編385条3項とフランス民法旧1151条(現1231条の4)との相違は,ボワソナアドによれば「間接の損害とは,たとえば,買主が転売契約上の債務を履行できなくなったために負うに至った巨大な賠償額のようなものであるが,フランス民法がこれを排して,悪意の不履行でも直接の損害に限定しているのは,不履行より直接生じた損害以外のものは義務不履行の確実な結果とはいえないことと,間接の損害は買主が注意すれば避けることができたものと推測されることによる。したがって,直接・間接の結果に代わって,債権者が損害を避けることができたかどうかが範囲決定の標準とされた」ということだそうです(北川=潮見330頁)。

しかし,いわゆる民法典論争を経て旧民法の施行延期,現行民法案の起草という流れとなり,債務不履行による損害の賠償の範囲に関する我が旧民法及び現行民法の各規定間に断絶が生じます。

法典調査会に提出された原案の410条は,次のとおり(北川=潮見332頁。下線は筆者によるもの)。

 

損害賠償ノ請求ハ通常ノ場合ニ於テ債務ノ不履行ヨリ生スヘキ損害ノ賠償ヲ為サシムルヲ以テ目的トス

当事者カ始メヨリ予見シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシ損害ニ付テハ特別ノ事情ヨリ生シタルモノト雖モ其賠償ヲ請求スルコトヲ得

 

原案410条にも「予見」が出て来ますが,これは旧民法財産編385条の「予見」とは「異なる原理に基づいてい」ました(北川=潮見333頁)。「つまり,旧民法上,過失による不履行は予見された損害または予見可能な損害の賠償責任を生じさせ,故意による不履行は予見することのできなかった損害の賠償責任を生じさせていた(旧民法財産編385Ⅱ・Ⅲ)。これに対して,原案410条は,「債務関係ノ性質ヨリシテ」損害賠償の範囲および額を決めるうえでは,予見を標準とせざるをえないとの理解を基礎に据え,「特別の事情より生じた損害」の予見ないし予見可能性を標準としている(法典調査会民法議事速記録185455丁)。そして,「英吉利(など)ノ有名ナ判決例ノ規則(など)デモ詰リ之ニ帰スルノデアツテ通常ノ結果カラ予見シテ居レバ特別ノ結果デモ之ヲ償フコトヲ要スル如何ニモ穏カナ規則ジヤラウト思ヒマス」(法典調査会民法議事速記録1855丁)と述べられている。」と紹介されています(北川=潮見333334頁)。これは,旧民法では損害の分類基準として「避ク可カラサルモノ」か否か(避ク可カラサルモノであれば「直接損害」として損害賠償の範囲内,避けることができたのなら「間接損害」であって範囲外)をなお採用した上でその「避ク可カラサルモノ」枠内において悪意の無い懈怠者については予見可能性をもって更に損害賠償の範囲を限定するという構造であったのに対し,現行民法416条の原案では,損害賠償の範囲(大枠)自体を予見可能性でもって直接画するということになったということでしょう(「1項には「予見」という字句が入っていないが,「通常生スヘキ損害」は「予見スヘキモノ」(梅〔『民法要義巻之三』〕56)と考えられるものであるという理解からすれば,2項のみならず1項も含めて,「予見」という要素が,賠償されるべき損害の範囲を確定するための標準として捉えられていたとみるのが適切である」(北川=潮見334335頁)。)。「直接損害・間接損害」というフランス民法流の損害区分の概念がここで消えたわけです。

旧民法財産編385条に代わる我が民法「416条は,イギリス法の先例であるハドレー事件に大きく依拠して作られた面がある。1項の通常損害と2項の特別損害の区別は,ヨーロッパ大陸法においては一般的には認められていないものであり,すぐれてイギリス法的な区分であるといえる。」とされていますから(北川=潮見341頁),我が通常損害はハドリー対バクセンデール事件判決以来の英米法的「直接損害(direct damages)」に由来するものであるとしても,ヨーロッパ大陸法の雄たるフランス民法1231条の4的な「直接損害(une suite immédiate et direct)」とは異なることになるのでしょう。すなわち,英米法の「直接損害」とフランス法の「直接損害」とは異なるものとなることになるようです(前者は我が通常損害と親和的であるが,後者はそうではない。)。

 

7 予見可能性の意味をめぐって

 

(1)民法416

ところで,我が民法416条における「予見することができた(予見可能)」(les parties ont…pu prévoir(富井=本野訳))については,「予見可能とは,事実可能ということでなく,予見すべきであるという規範的な意味である」とされています(星野74頁)。しかし,これに対して前田達明教授は,「ハドレー事件,ドイツ法,フランス法は,どれも『事実としての予見可能性』を述べているし,ボアソナード草案405条2項を受けた旧民法財産編385条2項も,それを受けた416条2項も,『事実としての予見可能性』を規定したものとみるのが素直である」と,予見可能性の規範的把握(これでは「極端な言い方をするならば,信義則(1条2項)でもって損害賠償の範囲が定まるというのと同じことになってしまう」)に反対しています(北川=潮見415416頁)。

この論点に関しては,平成29年法律第44号による改正後の民法416条2項は「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見すべきであったときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」となりますから(下線は筆者),我が国では規範的把握論者に軍配が上がったようです。(追記:筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)によれば,従来から「裁判実務においては,当事者が特別の事情を実際に予見していたといった事実の有無によるのではなく,当事者がその事情を予見すべきであったといえるか否かという規範的な評価により,特別の事情によって生じた損害が賠償の範囲に含まれるかが判断されていた。」とされています(77頁)。ただし,「例えば,不動産の売主が引渡債務を履行しなかったが,買主は既にその不動産について高額の違約金の定めがある転売契約を結んでいたという事案において,契約の締結後に買主が売主に対してその違約金の定めという特別の事情の存在を告げた場合に,当事者がその事情を予見していたとして,違約金に係る損害が全て賠償の範囲に含まれるとするのは相当でない。この場合に,規範的な評価により判断されると,賠償の範囲は,飽くまでも当事者が予見すべきであったと客観的に評価される事情によって生じた損害に限定される。」という解釈を「条文上も明確化するため」に平成29年法律第44号による改正がされるということは(筒井=村松77頁),従来の裁判実務の追認を超えて,大審院大正7年8月27日判決の判例(不履行時説)を覆して予見又は予見可能性の有無の判断時期を契約締結時に戻すということにもなるのでしょうか。)

 

(2)ハドリー事件判決

しかしながら,予見可能性が規範的に把握されるということは,我が民法416条がハドリー対バクセンデール事件判決の準則からより遠ざかるということにもなりそうです。

実は,ハドリー対バクセンデール事件判決の準則における予見可能性(foreseeability)は,「伝統的」に,「当該損害が予見され得たこと,及びそれ〔当該損害〕が発生する見込み(prospect)が限界的なものを超えており(more than marginal)又は取るに足らないものではない(not insignificant)ことのみではなく,事前的に見て(viewed ex ante),当該損害が結果することが蓋然的probable)又は高度に蓋然的(highly probable)であったことまでをも要求するもの」とされていたのでした(Eisenberg p.567)。「比較的素直に(in a relatively straightforward way)適用された場合であっても,ハドリー対バクセンデール原則は,逸失利益(lost profit)を典型的に排除し(typically cuts off),本来的に損害賠償を制限するものである。」ということになります(Eisenberg p.569)。逸失利益は,special or consequential damagesの典型とされていたのですが(Eisenberg p.565)。

なお,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 App. Cas. 350 [The Heron II] (1967)事件判決においてライド卿は,ハドリー対バクセンデール事件判決におけるオールダソン裁判官の思考を次のように解説します(Eisenberg p.579)。

 

〔彼は,〕明らかに,遅滞が製粉所の操業再開を妨げるだろうということが合理的に予見可能(reasonably foreseeable)ではなかった,ということを言おうとはしていなかったし,言おうとすることはできなかった。彼は単に,非常に多くの(in the great multitude)――これは,私は大多数(the great majority)という意味にとるが――場合には,それは起こらないものである(this would not happen)と述べただけである。彼は,予見できる結果と予見できない結果とをではなく,大多数の場合に生ずるものであるのでありそうな(likely)結果と,極少数の場合(in a small minority of cases)にのみ起るものであるのでありそうにない(unlikely)結果とを区別していたのである。・・・彼は,明らかに,大多数の場合において起る結果は,両当事者の予期の中(in the contemplation of the parties)にあったものと公正かつ合理的に認められるべき(should fairly and reasonably be regarded)であるが,相当な可能性として(as a substantial possibility)予見することはできるが極少数の場合にしか起こらない結果は,彼らの予期の中にあったものと認められるべきではないということを言おうとしていたのである。・・・

  

 ハドリー対バクセンデール事件判決について「今日では,この判例は,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 A.C. 350 [The Heron II]・・・に照らして,理解されなければならない。」とされていますが(田中英夫『英米法総論下』(東京大学出版会・1980年)539頁),なかなか難しい。The Heron II判決は,後にH. Parsons (Livestock) Ltd. v. Uttley Ingham & Co., [1978] 1 Q.B. 791 (Eng. C.A. 1977)において,デニング卿によって次のようにまとめられています(Eisenberg p.580)。

 

  契約違反の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間(a reasonable man)が契約締結の際非常に大きな程度の蓋然性があるものとして(as being of a very substantial degree of probability予期するcontemplate)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

  不法行為の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間が不法行為の際上記より相当低い程度の蓋然性があるものとして(as being of a much lower degree of probability予見するforesee)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

 

 ちょっとした可能性(possibility)ではだめで,高度の蓋然性(probability)がなければ債務不履行に基づく損害賠償の範囲内に入る前に足切りをされてしまうということでしょうか。契約締結時における予見(foresee)ないしは予期(contemplate)に係る損害の可能性ないしは蓋然性の程度が問題とされているのですね。これに対して我が民法416条では,損害の原因となった事情に係る債務不履行時における予見(prévoir)の有る無しないしは予見の可能性(pouvoir)の有る無しが問題になっているということのようです。

 

8 小括

 要するに,「直接損害」は英文契約書由来の概念であるとの前提で考えれば沿革的には我が民法416条の通常損害に対応するが,必ずしも一致はしない,そこで英米法的なものとして直接理解しようとしてみれば英米法の大変な勉強が必要になってしまってとてもじゃないがやってられない,さりとて日本法においては適当な対応概念が他に見当たらない(フランス法的な直接損害・間接損害の区別は現行民法起草時に放棄されている。),ということでしょう。概念が曖昧な語は,使用しない方が無難だと思うのですが,どうでしょうか。

 

9 ドイツ民法

 最後は附録です。「比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)」と紹介されているライン川の向こうのドイツ民法における我が民法416条に係る対応条項を見ておきましょう。(なお,以下の条項は,「ドイツ民法典は,債務法総則の一部として債務不履行であると不法行為であるとを問わず,損害賠償一般に関する通則的規定(249‐255条)を有しており」といわれる(平井23頁)「通則的規定」に当たります。)ただし,翻訳は覚束ないところです。

 

  (損害賠償の(des Schadensersatzes)性質(Art)及び範囲)

 第249条 損害賠償の義務を負う者は,賠償を義務付けることとなった事情(Umstand)が生じなかった場合において存在したであろう状態を回復しなければならない。

 2 人身の傷害又は物の損壊による損害賠償をすべきときは,債権者は,原状回復(Herstellung)に代えてそれに必要な費用の額を請求することができる。物の損壊の場合には,現実に課されたときであって,かつ,その範囲内においてのみ,消費税(Umsatzsteuer)が,前文の必要な金額に含まれる。

  (期間設定後の金銭による損害賠償)

 第250条 債権者は,賠償義務者に対して,当該期間経過後に原状回復を拒絶するために,原状回復のための相当の(angemessene)期間を意思表示により定めることができる。原状回復が適時(rechtzeitig)にされない場合には,当該期間の経過後,債権者は金銭による賠償を請求することができ,原状回復請求権は消滅する(ist ausgeschlossen)。

  (期間設定を要しない金銭による損害賠償) 

251条 原状回復が不可能であるとき,又は債権者の補償(Entschädigung)のために不十分であるときは,賠償義務者は,債権者に対して,金銭で補償しなければならない。

2 原状回復が過大な費用によって(mit unverhältnismäßigen Aufwendungen)のみ可能である場合には,賠償義務者は,債権者を金銭で補償することができる。傷害を負った動物の治療行為(Heilbehandlung)によって生ずる費用は,その価額を著しく超えるだけでは過大ではない(sind nicht bereits dann unverhältnismäßig, wenn sie dessen Wert erheblich übersteigen)。

  (逸失利益)

 第252条 賠償されるべき損害には,逸失利益が含まれる。逸失された利益とは,物事の通常の成り行きに基づき(nach dem gewöhnlichen Lauf der Dinge),又は特別の事情(den besonderen Umständen),特に,執られた手配及び備えに基づき(nach den getroffenen Anstalten und Vorkehrungen),蓋然性(Wahrscheinlichkeit)をもって期待されることができた(erwartet werden konnte)利益である。

  (非物的損害(Immaterieller Schaden))

 第253条 財産上の損害(Vermögensschaden)ではない損害については,法律によって定められた場合にのみ金銭による補償を請求することができる。

 2 身体,健康,自由又は性的自己決定の(der sexuellen Selbstbestimmung)傷害又は侵害によって(wegen einer Verletzung)損害賠償がされるべきときは,財産上の損害ではない損害についても金銭による相当な補償(eine billige Entschädigung)を請求することができる。

  (双方の過失)

254条 損害の発生について被害者の過失(Verschulden des Beschädigten)があったときは(Hat…mitgewirkt),賠償(Ersatz)の義務又はなされるべき賠償の範囲は,どの程度まで損害が一方又は他方当事者によって主に(vorwiegend)生じさせられたかに係る事実を主要なもの(insbesondere)とするところの事情により定まる(hängt von den Umständen)。

2 被害者の過失が,債務者が知ることができず,若しくは知るべきもの(kennen musste)でもなかった特に高額な損害に係る危険(die Gefahr eines ungewöhnlich hohen Schadens)に債務者の注意を喚起しなかったこと,又は損害の回避若しくは減少について懈怠があったこと(dass er unterlassen hat, den Schaden abzuwenden oder zu mindern)に限り存在する場合(darauf beschränkt)においても,前項と同様である。第278条の規定〔履行補助者等の過失に係る債務者の責任〕が,準用される。

 (損害賠償請求権の譲渡)

 第255条 物又は権利の毀損(Verlust)に対して損害賠償(Schadensersatz)を行うべき者は,当該物の所有権又は当該権利の対第三者効に基づき賠償権利者に(dem Ersatzberechtigten)属する請求権の譲渡と引換えにのみ当該賠償の義務を負う。 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

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1 会社分割と債権者保護

 

(1)NTT分割の場合:連帯債務及び一般担保

 当時の日本電信電話株式会社を,持株会社(日本電信電話株式会社)並びに東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社並びにエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に分割・再編成せしめた日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律(平成9年法律第98号)は,1997年6月は13日の金曜日という気にする人には気になる日取りの日に成立し,1999年7月,すなわちノストラダムスの大予言を気にした人々においては,空を仰いで非常に不安を覚えられたであろう月の初めに施行された(同法附則1条及び平成11年政令第164号による。)ゆゆしい法律ですが,その附則9条に次のような規定があります。

 

 第9条 この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社及び承継会社が連帯して弁済の責めに任ずる。

 2 前項の場合には,その社債権者は,会社及び承継会社の財産について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

 3 前項の先取特権の順位は,民法(明治29年法律第89号)の規定による一般の先取特権に次ぐものとする。

 

 「会社法の会社分割においては債権者異議手続によって債権者の保護が図られているが(同法810条,789条),NTT再編法は,NTTの社債に係る債務を持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの連帯債務とし,並びに持株NTT並びにNTT東西及びNTTコムの財産に係る一般担保の規定を設けて,NTTの社債権者を害するおそれのないものとし(会社法810条5項但書,789条5項但書参照),債権者異議手続を要しないものとしたものと解される(電気通信審議会「日本電信電話株式会社の在り方について―情報通信産業のダイナミズムの創出に向けて―答申」〔1996229〕第4章3104)。また,小塚荘一郎「NTT分割の会社法上の諸問題」ジュリ10801995121〕・64も連帯債務とすることによる債権者保護を説いていた。)。」ということのようです(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)398399頁)。

 「一般担保」は,NTTの社債には付いていたものです(平成9年法律第98号による改正前の日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)8条)。一般担保の起源は,1908年の東洋拓殖株式会社法(明治41年法律第63号)にさかのぼります(『コンメンタールNTT法』173頁)。ただし,東洋拓殖株式会社法27条は「東洋拓殖債券ノ所有者ハ東洋拓殖株式会社ノ財産ニ付他ノ債権者ニ先チテ自己ノ債権ノ弁済ヲ受クル権利ヲ有ス」とのみ規定していて,当初は一般担保が先取特権であることは明らかにされてはいませんでした。なお,「東洋拓殖株式会社ハ韓国ニ於テ拓殖事業ヲ営ムコトヲ目的トスル株式会社トシ本店ヲ韓国ニ置ク」ものであり(東洋拓殖株式会社法1条),その営むところの業務は,①農業,②拓殖のため必要なる土地の売買及び貸借,③拓殖のため必要なる土地の経営及び管理,④拓殖のため必要なる建築物の築造,売買及び貸借,⑤拓殖のため必要なる日韓移住民の募集及び分配,⑥移住民及び韓国農業者に対し拓殖上必要なる物品の供給並びにその生産又は獲得したる物品の分配,並びに⑦拓殖上必要なる資金の供給でした(同法11条)。

 

(2)会社法の場合

 

ア 分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外と関連問題

 

(ア)分割会社に履行請求できる債権者の異議を述べ得る債権者からの除外

 ところで,会社法(平成17年法律第86号)789条1項2号及び810条1項2号を反対解釈して,吸収(新設)分割後に吸収(新設)分割株式会社(なお,ここでの「分割」は自動詞。また,困ったことに吸収分割株式会社における「吸収」は,受身形です。)に対して債務の履行(当該債務の保証人として吸収(新設)分割承継会社と連帯して負担する保証債務の履行を含む。)を請求することができる債権者は,債権者の異議を述べることができないとされています(なお,会社法の上記各号括弧書きの「人的分割」(NTT分割の例でいえば,NTT東西及びNTTコムの株式をNTTが保有するのではなく,NTTの株主に分配する形態になるもの)の場合は,すべての債権者が異議を述べることができます。)。

NTTの分割・再編成の場合でいえば,それまでのNTTの債権者であって当該債務の履行を持株NTTに対して請求できるものは,債権者の異議手続きによって保護されるまでもなかった,ということになります。(なお,平成12年法律第90号により会社の分割制度が新設されたのは,NTTの分割・再編後の2001年4月1日からのことでした。)そうであれば,平成9年法律第98号附則9条の規定は,限定的に,「この法律の施行の時において発行されている会社の社債に係る債務については,会社は,連帯して弁済の責めに任ずる。」でよかったのかもしれません。

 

  分割会社に対し債務の履行を請求できる債権者は,分割会社が承継会社・設立会社から,移転した純資産の額に等しい対価を取得するはずであるとの考えから,会社分割につき異議を述べることができない。(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)809頁。下線は筆者)

 

分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについては,それなりに考えた上で,割り切ってやったことだからもうくよくよしないよ,ということになるのでしょう。すなわち,「・・・責任財産に実物資産と株式という違いがあり,会社の把握するキャッシュフローにも差があるから,この処理には疑問がある。」(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)683頁)というような批判は覚悟の前だった,ということでしょう。

 

  吸収分割または共同新設分割においては,分割条件次第では,分割会社が移転した純資産の価値に等しい対価を取得できないことがあり,その場合には,その債権者の債権回収の危険が増大する。しかし,移転された事業等の過小評価は,事業の譲渡においても生ずる問題で,事業の譲渡に債権者の異議手続がないこととの均衡等を理由に,分割会社の債権者となる者は,債権者の異議手続の対象外とされている。もし現実に損害が生じた場合には,当該債権者は,取締役等の責任(会社4291項)を追及するほかない。(江頭809810頁)

 

(イ)分割会社保有の分割承継会社株式の差押えの例:NTTを素材として

ところで,NTTの債権者がNTTの保有するNTT東西の株式に対して強制執行をかけるときは,どうするのでしょうか。

NTT法5条1項は「会社は,地域会社の発行済株式の総数を保有していなければならない。」と規定し,同法23条4号では「第5条第1項の規定に違反して,地域会社の株式を処分したとき」には当該違反行為をしたNTTの「取締役,会計参与(会計参与が法人であるときは,その職務を行うべき社員)又は監査役〔若しくは執行役〕は,100万円以下の罰金に処」せられるものとされていることが一応問題になりそうです。しかし,NTTの取締役等ではないNTTの債権者にとっては関係のない話です。NTTの債権者による同社保有のNTT東西株式の差押えはあり得べしです。

NTT法に思い入れのある横着な「真面目」な人ならば「そんなことはないんです。あってはいけないんです。」と言い張るかもしれませんが,Seinに関する思考の停止ないしは能力不十分を,Sollenに関する情緒的道徳的教説で糊塗されても困ります。「株式会社」を名乗る以上は株式は譲渡され得べきものであって(会社法127条),譲渡制限株式(同法217号)についても「会社の事前の承認なしにされた譲渡制限株式の譲渡は,会社に対する関係では効力を生じないが,譲渡当事者間では有効である(最判昭和48615民集276700頁。いわゆる「相対説」)」とされています(江頭228頁注(14))。「NTT東西の取締役等が,当該各社の新株を持株NTT以外の者に発行しても,〔NTT23〕条4号によっては罰せられない」わけですし(『コンメンタールNTT法』276頁),「NTT法5条1項の規定に違反して持株NTTNTT東西の株式を処分した場合,本〔23〕条4号により処罰されることはあっても,私法上の効力は当然に否定されるものではないものと解される。」ともされています(同頁)。

NTT東西は会社法の施行前から存在し,定款に株券を発行しない旨の定めもなかったでしょうから,株券発行会社(会社法1176項)であるとしましょう(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)764項参照。推定に基づく書き方になるのは,NTT東西の定款を簡単には見ることができないので致し方ありません。)。ただし,株券は発行されていないでしょうから,NTT保有のNTT東西の株式に対する強制執行は,「株券発行会社において株券が未発行の間・・・に株主の債権者が株式に対し強制執行するには,「その他の財産権」(民執167条)としての株式の差押えを要する・・・。債権者は,株式の差押えにより生じた取立権に基づき株主の有する株券発行請求権を行使して株券を執行官に引き渡すべきことを会社に対し請求でき(民執1671項・1551項・1631項),右取立てが困難なときは,譲渡命令・売却命令その他相当な方法による株式の換価を命ずる執行裁判所の命令(民執1671項・161条)を求めることができる」ということになるそうです(江頭219頁)。(なお,NTT東西の定款には,その株式の譲渡による取得について各社の承認を要する旨の定めは設けられていないのでしょうか。)

 

(ウ)会社法立法者の誤算

ところで,分割会社に履行請求できる債権者を異議を述べ得る債権者から除くことについての立法者の見切りは,必ずしも正当ではなかったようです。

 

  近時,詐害的な会社分割が行われているとの指摘がされています。詐害的な会社分割とは,例えば,吸収分割において,吸収分割会社が,吸収分割承継会社に債務の履行を請求することができる債権者と吸収分割承継会社に承継されない債務の債権者とを恣意的に選別した上で,吸収分割承継会社に優良事業や資産を承継させ,その結果,承継されない債権者が十分に債務の弁済を受けることができないこととなるなどの承継されない債権者を害する会社分割をいいます。(法務省大臣官房参事官坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)314頁)

 

「承継されない債権者」は分割会社に債務の履行を請求できるところ,当該分割会社は移転した純資産の額に等しい対価を承継会社又は設立会社から取得しているはずなので債権確保上大丈夫であろうから「承継されない債権者」は債権者の異議を述べることができないものとされていたのでしたが,立法者の楽観的見立ては裏切られてしまったわけです。

それでは被害をこうむった債権者は当初の予想どおり取締役等の責任追及(会社法4291項)をしたかといえば,こちらも見通しがはずれています。

 

 現行法の下では,このような詐害的な会社分割において承継されない債権者の保護を図るための方策の1つとして,民法上の詐害行為取消権(同法第424条)がもちいられています〔最二判平成241012日民集66103311頁参照〕。(坂本314頁)

 

 取締役等の責任追及ではなく,民法上の詐害行為取消権です。

 

(エ)今次会社法改正(その1):「ぬらくら」改正?

ほら見たことか,会社分割の手続については「原則として債権者に異議権を認め,弁済能力に問題はなく,債権者を害するおそれがないときは,そのことを会社が立証すべきものとすることも考えられた」(稲葉683頁)のだったが,今度こそどうするかね,というような提案も,だいたい「会社法は,利害関係者の利益を無視して,組織再編の便宜を優先させたきらいがある。」(同668頁)とのお小言と共に,会社法の平成26年法律第90号による改正に向けての当該法律案の起草に際して法案立案当局に対してあったのでしょうが,当該当局は,そこまで立ち戻った議論は避けたようです。当該当局関係者は,民法424条の詐害行為取消権を使う判例の考え方は「承継されない債権者の保護を図るために会社分割そのものを取り消す」までのことをやってやり過ぎだという趣旨の指摘をし,「会社分割そのものを取り消すまでの必要はなく,端的に,このような債権者は,吸収分割承継会社に対して,債務の履行を直接請求することが直截かつ簡明」なのだと論じています(坂本314頁)。

 こうして,全面撤退を避けた転進により出来たのが,平成26年法律第90号による改正(「今次会社法改正」。201551日からの施行が予定されています。)後の会社法(「改正会社法」)759条4項,761条4項,764条4項及び766条4項です。

 例えば,改正会社法759条4項は,次のとおり。

 

  第1項の規定にかかわらず,吸収分割会社が吸収分割承継株式会社に承継されない債務の債権者(以下この条において「残存債権者」という。)を害することを知って吸収分割をした場合には,残存債権者は,吸収分割承継株式会社に対して,承継した財産の価額を限度として,当該債務の履行を請求することができる。ただし,吸収分割承継株式会社が吸収分割の効力が生じた時において残存債権者を害すべき事実を知らなかったときは,この限りでない。

 

吸収分割会社の詐害の意思及び吸収分割承継株式会社の悪意が,なお必要とされています。後者の悪意の必要性については,「詐害的な会社分割により害されることになる承継されない債権者を保護する必要がある反面,本来吸収分割承継会社に対しては債務の履行を請求することができない当該債権者が,常に吸収分割承継会社に対して債務の履行を請求することができることとすると,吸収分割承継会社に不測の損害を与えることになりかね」ないので,「吸収分割承継会社の利益にも配慮するため,民法第424条第1項ただし書を参考にして」必要とすることにしたということだそうです(坂本316頁)。詐害行為取消権については,「この制度は,債務者以外の第三者に深刻な影響を与え取引の安全を害するおそれが大きいのみならず,あまりに広くこれを適用することは,債務者の財産整理を妨げ,その経済的更生を困難にする弊害を生ずる。」とされていますが(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年)176頁),会社分割の場面においても同じように考えるべきなのでしょうか。同様の取引安全の問題なのでしょうか。会社分割に関しては,「重畳的債務引受けでないかぎり,債務者の過剰債務整理に利用される可能性がある」ことは,かねてから指摘されていたところです(稲葉666667頁)。

どうも,制度設計のそもそもを振り返るより先に,窮余の策のはずだった詐害行為取消権に乗っかった上でその改善を誇る「ぬらくら」改正でしょうか。

 

イ 今次会社法改正(その2):「ごめんなさい」改正?

 その他今次会社法改正においては,会社分割に関して会社法759条2項・3項等の改正がされています。これは,会社分割の手続において異議を述べるための各別の催告を受けなかった分割会社の債権者は分割会社及び分割承継会社双方から当該債務の弁済を受け得る(ただし,官報のほかに定款による公告方法としての日刊新聞紙掲載又は電子公告による公告があったときは,不法行為に基づく債権者に限る。)という趣旨を明らかにするためのものです(江頭811頁,812頁注(5)参照)。現行会社法759条2項等では各別の催告を受けなかったことが問題になる債権者は「各別の催告をしなければならないもの」である債権者とされており,第789条2項等では各別に催告しなければならないのは「知れている債権者」とされているので,分割会社に知れていなかったので各別の催告を受けなかった不法行為債権者(官報公告のみのときはそれ以外の債権者を含む。)は,分割会社及び分割承継会社の双方から弁済を受け得るという保護が受けられないのではないかという解釈問題があったところです。

 これは,「ごめんなさい」改正とされています。「平成17年改正前の商法では,会社分割をする会社の債権者であって,当該会社に知れていないものについては,各別の催告をすることは要しませんが,当該会社が当該債権者に対し各別の催告をしなかったときは,当該債権者(当該会社が,官報公告に加え,日刊新聞紙に掲載する方法または電子公告による公告を行う場合には,不法行為債権者に限ります。)は,当該会社および会社分割によって営業を承継し,または分割により設立された会社の双方に対して債務の履行を請求することができるとされていました(同法第374条ノ26等)。/改正法は,吸収分割会社に知れていない債権者を,平成17年改正前の商法と同様に保護の対象とするものです。」とされているところです(坂本312313頁(注2))。

 

2 今次会社法改正におけるその他の「ごめんなさい」改正等

 

(1)「人的分割」と準備金計上

ところで,会社分割制度については,会社法制定の際に手が加えられており,「いわゆる人的分割(会社分割に対して発行する株式が,分割会社に割り当てられる物的分割に対し,分割会社の株主に割り当てられるもの)の制度を廃止」し,「人的分割」は,「物的分割+承継会社・新設会社の株式を取得対価とする全部取得条項付株式の取得(171)またはその配当(453454)と整理・・・(758八,763一二)」されています(稲葉665頁)。このことについては,「全部取得条項付種類株式という制度や,現物配当という制度を創設したことから,このような整理が可能になったことは認められるが,そのような整理をする必要があったこと,またそれによって制度が分かりやすいものになったとは,認められない。」(稲葉665頁)と批判されていました。しかしながら,自らの能力を恃む会社法案立案担当者は,「分かりやすいものになったとは,認められない」どころか十分我々は分かっているよと自信満々だったのでしょう。

ところが,今次会社法改正において,改正会社法792条及び812条の各柱書きは,現行会社法の当該各柱書きの規定を改めて,剰余金配当時の準備金の計上に係る「第445条第4項」も758条8号及び76812号の行為(「人的分割」)について適用除外となるものとしています。会社法445条4項は「剰余金の配当をする場合には,株式会社は,法務省令で定めるところにより,当該剰余金の配当により減少する剰余金の額に10分の1を乗じて得た額を資本準備金又は利益準備金(以下「準備金」と総称する。)として計上しなければならない。」と規定しています。

これは,会社法制定時の見落としに係る「ごめんなさい」改正でしょうね。

 

・・・他方で,現行の第792条第2号は,剰余金の配当に際して準備金の計上を義務付ける第445条第4項の規定の適用を除外していないため,人的分割を行う場合であっても,準備金を計上しなければならないこととされています。

 2 しかし,第445条第4項が剰余金の配当に際して一定の金額の準備金を計上することを義務付けている趣旨は,一定の金額の利益を留保させることによって他日の損失に備えさせることにあります。したがって,分配可能額の有無にかかわらず剰余金の配当が行われる人的分割において,準備金の計上を義務付ける必要はないと考えられます。また,財源規制等の規定の適用を除外しながら,準備金の計上のみを義務付ける理由もないと考えられます。(坂本337頁)

 

(2)発行可能株式総数に関する「くよくよ」改正?

 「会社法制定前の登記実務は,消却された株式数だけ当然に(定款変更の手続なしに)発行可能株式総数が減少し,したがって,株式の消却の際には,発行済株式総数の変更登記(会社91139号・9151項)のほか,発行可能株式総数の変更登記も要するものとしていた(昭和44103民事甲第2028号民事局長回答)。しかし,会社法においては,・・・とくに規定のない株式の消却・併合の場合には,定款記載事項である発行可能株式総数は減少しない・・・。したがって,株式の消却・併合により減少した発行済株式数だけ,その後発行可能な株式数が増加することになる。」という点(江頭252頁注(2))が,会社法制定による変化の一つでありました。その際,次のような勇敢な見切りがされていたはずです。

 

 ・・・発行済株式総数の減少により公開会社において発行可能株式総数が発行済株式総数の4倍を超えることは,構わない(会社法1133項は,定款変更により発行可能株式総数が増加する場合のみを規制している)。(江頭253頁注(2))

 

ところが,当該見切りの維持は難しく,今次会社法改正においては,次のような「くよくよ」改正がされることになります。

 

・・・改正法では,株式会社が株式の併合をしようとするときに株主総会の決議によって定めなければならない事項に,株式の併合の効力発生日における発行可能株式総数を追加する(第180条第2項第4号)とともに,公開会社においては,そのような発行可能株式総数は,当該効力発生日における発行済株式の総数の4倍を超えることができないこととしています(同条第3項)。そして,当該効力発生日に発行可能株式総数に係る定款の変更をしたものとみなすこととしています(第182条第2項)。(坂本331頁)

 

 株式の発行についての取締役会への授権に一定の制約を課するものである定款における発行可能株式総数の規定の役割(会社法373項,1133項。公開会社において発行済株式総数の4倍以下とする。)が再評価されたというわけなのでしょう。現行会社法における穴をふさぐべき改正が,今次会社法改正においてはされています(改正会社法11332号(公開会社でない株式会社が定款を変更して公開会社となる場合),8141項(新設合併設立株式会社,新設分割設立株式会社又は株式移転設立完全親会社の場合))。

 

(3)競業者株主に対する株主名簿閲覧等拒絶問題

 株主又は債権者による株主名簿の閲覧・謄写請求を株式会社が拒むことができる場合に係る会社法125条3項3号(「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み,又はこれに従事するものであるとき」)については,かねてから,株主からの請求に関して,「株主情報が競業に利用される事態は,想定し難い(会計帳簿とは明らかに異なる)。・・・株主名簿の開示によって会社が受ける不利益は,事務処理上の不都合(業務遂行の妨げとコスト負担の問題)と株主からプライバシーの侵害の苦情が寄せられることによるもので,競業者による利用という不都合は考えられない。この理由による開示拒絶(差別的取扱い)には合理的理由がない(株主平等原則の見地から,実質的に問題がある)。」(稲葉326327頁),「これは,会計帳簿に関する拒否事由を十分な検討なしにコピー・アンド・ペーストした結果でないかと疑われる」(稲葉328頁),「安易に画一的な横並びの処理をしたのではないかという問題がある。」(稲葉575頁)と批判されていました(なお,他方稲葉328頁は,債権者に株主名簿開示請求を認める趣旨については「問題がある」としています。)。

 今次会社法改正においては,現行会社法125条3項の問題の第3号が削られます。

 これは,「ごめんなさい」改正でしょうか。しかし,一応,近時の状況の変化に応じたものだという言い訳がされています。

 

 ・・・しかし,近時,・・・事業上の競争関係にある買収者が,株主としての正当な権利行使のために(例えば,買収対象会社の株主総会における委任状勧誘のため,他の株主に関する情報を収集する目的で),株主名簿の閲覧等を請求する事例が生じているといわれています。このような場合にまで,請求者が競業者であることの一事をもって一律に閲覧等の請求を拒絶することができるとすると,株主名簿の閲覧等の請求権を認める意義が損なわれることになります。(坂本334頁)

 

なお,現行会社法123条3項3号は削られるわけなので,従来の第4号及び第5号がそれぞれ第3号及び第4号として繰り上がり,改正会社法においては,その第125条3項にかつてコピペ疑惑を惹起した問題規定があったことが分からないようになります。この点,削除であれば「三 削除」となってその跡が残るのと異なるところです。

 

(4)譲渡制限株式の総数引受契約と取締役会等の承認

改正会社法205条には第2項が追加されて,募集株式の総数引受契約について,「募集株式が譲渡制限株式であるときは,株式会社は,株主総会(取締役設置会社にあっては,取締役会)の決議によって,同項の契約〔募集株式の総数引受契約〕の承認を受けなければならない。ただし,定款に別段の定めがある場合は,この限りでない。」ということになりました。募集株式の総数引受契約に係る現行会社法205条は,同法204条の適用を排除しているところ,「第204条第2項において株主総会の決議等を要求する趣旨は,譲渡制限株式の譲渡等の承認について株主総会(取締役会設置会社にあっては,取締役会)の決議を要することとする第139条第1項の趣旨を譲渡制限株式の募集に際しても及ぼそうとするものであるところ,この趣旨は,総数引受契約を締結する場合にも妥当する」(坂本335頁)にもかかわらず,うっかりその適用を排除してしまっていたので(代表取締役限りで譲渡制限株式の総数引受契約が締結できる。),同項と同旨の改正会社法205条2項を設けたということでしょう。

これは,「ごめんなさい」改正でしょうね。

 

(5)株式移転の無効の訴えの原告適格者

株式移転の無効の訴えの原告適格者に株式移転により設立する株式会社の破産管財人と株式移転について承認をしなかった債権者を加える改正(改正会社法828212号)も,「ごめんなさい」改正でしょう。会社法制定の当初から,同法828条2項12号については問題点が指摘されていました。いわく,「・・・株式移転でも完全子会社の新株予約権者(一種の債権者)には株式移転の無効の訴えを提起する利益があるから(会社80813号・81013号),同人には,会社828条2項11号を類推適用し,提訴権を認めるべきである。」と(江頭845頁注(1))。

 

(6)監査役に関する登記事項漏れ問題

改正会社法911条3項17号は,株式会社の登記において, 監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定め(同法389条)の有無を新たに明示することにしました(同号イ)。現行会社法911条3項17号では「監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)であるときは,その旨及び監査役の氏名」のみを登記事項としていました。この現行会社法911条3項17号には,次のような叱責が浴びせられていたので,これまた「ごめんなさい」改正でしょう。

 

〔監査役の監査の範囲が会計に関するものに限定されているかは,〕登記上公示されない。

 この理由について,監査役の権限に関する内部的制限に過ぎないからという説明(相澤・〔立案担当者による新・会社法の〕解説225)があるが,理解できない。

 この監査役は,定款の定めが前提(機縁)にはなるが,法律の定めによる制限であって,監査役の権限・責任は,これによって外部的に限定される。会社と取締役間の訴訟の会社代表権もない。

 ・・・

 これを公示しないことは,会社の組織の公示という登記の使命の放棄というほかない(監査役の登記に欠陥が生ずる)。(稲葉711712頁)

 

 神と悪魔は細部に宿るといわれますが,法案立案担当者の息づかいも,マイナーな法改正部分においてこそ興味深く感じられます。

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

渋谷区代々木一丁目572ドルミ代々木1203(代々木駅北口そば。新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

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1 今次会社法改正における主要項目

 会社法(平成17年法律第86号)の一部を改正する平成26年法律第90号(201551日からの施行が予定されています。)の法案に付された提出理由における主な改正項目4本柱のうち最後のものは,「株主による組織再編等の差止請求制度の拡充」でした(他の3本は,①監査等委員会設置会社制度の創設,②社外取締役の要件改正及び③株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設。2014115日の本ブログの記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)。

 今回は,4本目の「株主による組織再編等の差止請求制度の拡充」についてのお話です。

なお,監査等委員会設置会社制度の創設については,今年2015年1月15日の記事で御紹介しました(「改正会社法と監査等委員会設置会社制度の導入等」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017728671.html)。

社外取締役の要件改正については,「子会社等」及び「親会社等」概念との関係で触れるところがありました(2015年1月12日「改正会社法と子会社等及び親会社等(後編)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017451320.html)。

株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設については,2015年2月4日の記事で御紹介しています(「平成9年の持株会社解禁の周辺から平成27年の多重代表訴訟制度等まで」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2015-02-04.html)。

 

2 会社法における「組織再編」

 ところで,「組織再編」とは何かを最初に明らかにしておきましょう。「組織再編は,会社法上の概念ではない」ところです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)654頁)。

 

(1)組織変更

 まず,「組織変更」とは違います。組織変更については,会社法2条26号に次のような定義があります。

 

 二十六 組織変更 次のイ又はロに掲げる会社がその組織を変更することにより当該イ又はロに定める会社となることをいう。

  イ 株式会社 合名会社,合資会社又は合同会社

  ロ 合名会社,合資会社又は合同会社 株式会社

 

持分会社(合名会社,合資会社又は合同会社(会社法5751項))相互間においては,組織変更とはいわず,「定款の変更による持分会社の種類の変更」(同法638条見出し)ということになるそうです。「内部規律は共通であるため,相互間の種類の変更は,・・・定款の変更による社員の責任の態様の変更とされている」わけです(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)856頁)。しかしながら,「会社法制定前は,株式会社・有限会社相互間という物的会社間の組織変更・・・,または,合名会社・合資会社という人的会社相互間の組織変更・・・を認め,他を認めていなかった」ところです(江頭856頁)。「社員の責任形態を無視した組織変更概念のおかしさは,どうしようもない。」,「会社の種類の変更を即ち組織変更とする従来の制度設計を変更すべき合理的な理由はない。」ともいわれています(稲葉119頁・656頁)。

 

(2)改正会社法784条の2,796条の2及び805条の2からの帰納

平成26年法律第90号の法案作成関係者による『一問一答 平成26年改正会社法』(坂本三郎編著・商事法務・2014年)によれば,「改正法では,株主が不利益を受けるような組織再編に対する事前の救済手段として,一般的な組織再編の差止請求に係る明文の規定を新設することとしています。具体的には,組織再編が法令または定款に違反し,当事会社の株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,当該組織再編の差止めを請求することができることとしています(第784条の2,第796条の2,第805条の2)。」とされています(307頁。下線は筆者)。平成26年法律第90号による改正後の会社法(改正会社法)の第784条の2,第796条の2又は第805条の2に基づいて差止めがされ得るものが「組織再編」であるということになります。

そこで,改正会社法の当該条文を見てみるのですが,同法784条の2及び796条の2では「吸収合併等」をやめることを,同法805条の2では「新設合併等」をやめることを請求できる旨規定しています。「等」があるので,外延がはっきりしませんね。今度は,これらの概念における「等」とは何なのだということになります。なかなか会社法にはいらいらさせられます。「吸収合併等」とは,「吸収合併,吸収分割又は株式交換」のことであり(同法7821項),「新設合併等」とは,「新設合併,新設分割又は株式移転」のことです(同法8044項)。すなわち,「組織再編」とは,吸収合併,新設合併,吸収分割,新設分割,株式交換及び株式移転(会社法227号から32号まで)のことであって,そこには組織変更は含まれません。

ちなみに,会社計算規則(平成18年法務省令第13号)2条3項33号は,吸収合併,吸収分割及び株式交換を「吸収型再編」と定義し,同項41号は,新設合併,新設分割及び株式移転を「新設型再編」と定義しています。

なお,会社法の第5編(組織変更,合併,会社分割,株式交換及び株式移転)については,「実体規定と手続規定の分離(規定が分かれている),横断的な手続規定の構成をしながら個別規定が紛れ込み,他方で重複する規定が多い。・・・ともかく分かりにくい。会社法の問題点が集約されているような編である」(稲葉68頁)と酷評されています。

 

3 組織再編に対する差止請求

(1)必要性

組織再編に対する差止請求を認める理由は,「現行法上株主や債権者が組織再編の効力を争う手段としては,組織再編の無効の訴えがありますが(第828条〔17号から12号まで〕),事後的に組織再編の効力が否定されることは法律関係を複雑・不安定にするおそれもあります。そうであれば,株主が,当該組織再編の効力発生前に,その差止めを請求することができることとするのが相当と考えられます。」ということです(坂本307頁)。かねてから,「組織再編無効は,遡及効はないし,実際上は機能しない。株主総会決議に瑕疵がある蓋然性が高い場合には,その効力発生前に,手続を停止して(差止め),瑕疵の有無について決着をつけるべきもの・・・(それでないと救済の実効性はない)」と説かれていたところでありました(稲葉670頁)。

なお,組織変更については,差止め云々以前に,会社法以前はそもそもその無効の訴えに関する規定からして欠けており,設立無効に関する規定を類推適用ないしは準用していた状態だったので(江頭863864頁),なお当分無効の訴え(会社法828162)をもって満足せよということでしょうか。

 

(2)無効の訴えの制度に加わる差止請求制度

 

ア 合併についての制度整備の流れ

しかし,組織再編の元祖たる合併に係る無効の訴えに関する規定(商法旧415条)も,昭和13年法律第72号による商法改正によって初めて入ったところです。

昭和13年法律第72号による無効の訴えに係る制度の整備については,次のように説明されています。

 

 凡そ会社の設立,解散其他之に準ずべき重大事項(例へば株式会社の資本の増加又は減少)に付ては,其効力の有無は何人に対しても劃一的に決定せらるべきものである。会社なる一人格者の設立又は解散が甲に対しては無効であるが,乙に対しては有効であると謂ふが如きは,意味を為さざると同時に,法律関係を錯綜不可解ならしむるものである。然るに従来の立法例を観るに,此点に留意して周到なる規定を設けて居るものは殆ど存在して居らない。我が商法も亦独商法に倣つて僅に会社設立無効の訴に付て特別規定を設けて居るに止まつて居る(商法99条ノ2〔合名「会社カ事業ニ著手シタル後社員カ其設立ノ無効ナルコトヲ発見シタルトキハ訴ヲ以テノミ其無効ヲ主張スルコトヲ得」。これは明治44年法律第73号によって追加された。〕以下,232条〔株式会社の設立無効についての同様の規定〕,独商法309条,311条)。改正要綱は右に述べた点に付て,出来得る限り従来各国の立法の缺漏を補完せんことを期し,第47〔合名会社の合併の無効の訴え〕,第120〔株主総会決議の無効の訴え〕,第162〔資本増加の無効の訴え〕,第168〔資本減少の無効の訴え〕,第183〔株式会社の合併の無効の訴え〕等の各要綱を定めたものであつて此等の諸要綱は其内容の適否に付ては暫く措き,新規の考案たる点に至つては聊か誇るに足るべきものがあるかと考へる。(松本烝治「商法改正要綱解説」同『私法論文集 続編』(巌松堂書店・1938年)6364頁)

 

「新規の考案」ですから,無効の訴えに関する規定の整備は,当時のイノベーションであったわけです。

なお,昭和13年法律第72号による改正前の商法旧99条ノ2ないしは同232条の規定は,合併による新設会社の設立無効については適用されないものとされていました。

 

合併ニ因リテ設立シタル会社ニ対シ商法第99条ノ2又ハ第232条ノ規定ニ依ル設立無効ノ訴ヲ提起スルコトヲ得ルヤ否ヤ

・・・此規定ハ通常ノ会社設立行為カ無効ナル場合ニ限リテ適用セラルヘキモノニシテ合併ニ依リテ設立シタル会社ニ適用セラルヘキモノニ非ス・・・

果シテ然ラハ新設合併ノ場合ニ於テ合併カ無効ナルモ仍ホ其無効ヲ主張スルニ途ナキカト謂フニ決シテ然ラス利害関係人ハ何人ト雖モ其攻撃又ハ防禦ノ方法トシテ会社合併ノ無効従テ新会社設立ノ無効ヲ援用スルコトヲ得ヘク又無効確認ノ訴ヲ提起スルコトヲモ得ヘシ只商法第99条ノ2又ハ第232条ノ特殊ノ訴訟ヲ許サスト謂フノミ(松本烝治「商法雑題」同『私法論文集』(巌松堂書店・1926年)11271128頁・1130頁)

 

 合併について見れば,昭和13年法律第72号によって無効の訴えの制度が整備され,平成26年法律第90号によって更に差止請求制度が導入されるわけです。立法の進化というべきでしょう。

 

イ 差止請求制度の導入(昭和25年改正)

 なお,差止請求制度の導入の経緯については,会社法360条1項の株主による取締役の行為の差止め(「6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては,その期間)前から引き続き株式を有する株主は,取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし,又はこれらの行為をするおそれがある場合において,当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは,当該取締役に対し,当該行為をやめることを請求することができる。」)について,「取締役の違法行為の事前阻止は,本来,・・・会社の機関内部で行われることが期待されるが,それが行われない場合に備え,昭和25年改正の際に株主の代表訴訟と同じ発想の下に,株主の差止請求権が規定された〔商法旧272条〕。改正前は,取締役の職務執行停止以外に,個々の具体的行為を差し止める制度はなかった。現行法上「会社の目的の範囲外の行為」・・・がとくに例示されているのは,・・・アメリカ州会社法の伝統に基づく(デ州会1241〔号〕参照)。」と紹介されています(江頭451頁)。

また,会社法210条の「株主が不利益を受けるおそれがあるとき」における募集株式の発行又は自己株式の処分をやめることの株主による請求(法令・定款違反の場合のほか,当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合に可能です。)については,「株主のこの差止請求権は,昭和25年改正により募集株式の発行が取締役会の権限とされ,株主がそれに関与しなくなった際に,株主に不利益が生ずることを防止するために設けられた。アメリカの各州法上「株主自身の権利に基づく個人的訴権」として認められた権利に由来し・・・,アメリカには,会社360条タイプ・・・の例が乏しいのに比し,このタイプの差止訴訟の数は多い。」とされています(江頭680頁)。

 改正会社法784条の2,796条の2又は805条の2は,いずれも「株主が不利益を受けるおそれがあるとき」が要件になっていますから,会社法210条型の差止請求ということになるようです。

 

(3)「法令又は定款」違反要件について

なお,組織再編の差止請求における要件たる「法令又は定款」違反には,取締役の善良な管理者の注意義務や忠実義務の違反は含まれず,組織再編において当事会社の株主に交付される対価が不相当である場合も含まれないものと解されています(坂本309頁)。

 

4 組織再編等(組織再編を除く。)に対する差止請求

 

(1)三つの「等」

 ところで,「等」を気にする方々は,「株主による組織再編の差止請求制度の拡充」における「等」の差止請求制度の「等」とは何かが知りたくてうずうずされているでしょう。

 ここでもまた『一問一答 平成26年改正会社法』を参照することになるのですが,当該「等の差止請求」とは,

 

①全部取得条項付種類株式の取得の差止請求

改正会社法171条の3 第171条第1項の規定による全部取得条項付種類株式の取得が法令又は定款に違反する場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,当該全部取得条項付種類株式の取得をやめることを請求することができる。

 

②株式の併合の差止請求

改正会社法182条の3 株式の併合が法令又は定款に違反する場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,当該株式の併合をやめることを請求することができる。

 

③新設の株式等売渡請求制度における売渡株式等の全部の取得の差止請求

改正会社法179条の7第1項 次に掲げる場合において,売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは,売渡株主は,特別支配株主に対し,株式等売渡請求に係る売渡株式等〔売渡株式及び売渡新株予約権〕の全部の取得をやめることを請求することができる。

 一 株式売渡請求が法令に違反する場合

 二 対象会社が第179条の4第1項第1号(売渡株主に対する通知に係る部分に限る。)又は第179条の5〔事前開示手続〕の規定に違反した場合

 三 第179条の2第1項第2号又は第3号に掲げる事項〔対価関係事項〕が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合

 

の三つということになるそうです(307308頁)。

 

(2)全部取得条項付種類株式制度について

全部取得条項付種類株式制度については,かねてから批判がありました。

 

 ・・・株主が、その意思によることなく,資本多数決によって,株主たる地位を奪われること(会社の出資者たる地位が奪われ,会社事業から切り離されること)は,最も重大な平等原則の侵害ということができる。

 これが,株主の締出し(スクウィーズ・アウト)の問題である。会社法では,これを安易に特別決議によってする余地を認めており,その立法としての妥当性には大きな疑問がある・・・

〔会社法における〕新しい制度としては,全部取得条項付種類株式(108①七)という制度が認められている。これは,会社がある種類の株式全部を取得することができる制度である。もともとは,債務超過の会社において,会社更生等の手続による裁判所の関与なく,100%減資を認め,新しい株主構成にするための制度として考案された,といわれる。

 しかし,そのような実体要件がなくても〔立法過程で債務超過の要件は不要とされた(江頭151頁)。〕,手続(種類株式にする定款変更の上,1112項〔既発行の株式を全部取得条項付種類株式にする定款変更〕と1711項〔当該全部取得条項付種類株式の会社による取得〕の株主総会・種類株主総会の特別決議を経ることになるが,まとめて同一機会にすることができる。反対株主の相当価格での株式買取請求権および取得価格決定申立権は認められる)だけで,株主の地位の剥奪を認める制度として,汎用化されている(種類株式にするのは,現実に他の種類の株式を発行する必要はなく,定款にその定めさえすればよい)。特別の決議要件は,定められていない。

 つまりは,少数株主は,裁判所への株式の価格決定申立権(172)といった対抗手段(これが,少数株主の保護手段として,不備なものであることは,後記のとおりである)があるだけで,株主の地位から放逐される。(稲葉318319頁)

 

 スクィーズ・アウトの実務としては,「税制上の理由等」により,全部取得条項付種類株式の取得の形(株式を対価とする全部取得条項付種類株式の取得により,少数株主の有する株式の全部をいったん端数株式とした後,端数の処理(第234条)により,当該端数株式の売却代金を少数株主に交付する。)をとることが「通例」であるとされています(坂本229頁)。

 

(3)株式の併合について

 株式の併合についても,「株式併合がスクウィーズ・アウトに利用される場合(支配株主以外〔ママ〕の持株以外の株式をすべて1株未満の端数とするような株式併合)については,適正な補償についての手当てが欠けている(〔株式の併合によって生ずる1株未満の端数について,端数の合計数に相当する数の株式の売却等によって得られた代金を端数に応じて株主に交付する〕235条では,意味がない)」とされていました(稲葉320頁)。

「株式の併合は,その結果端数が生ずる株主に対して不利に働くという理由から,平成13年改正(法79号)前は,法律がとくに必要性を認めた場合にしか行うことができないものとされていた」のですが,「平成13年改正〔議員立法〕は,出資単位に関する会社の自治の尊重という観点・・・から,株式の併合が許容される事由に関する規制を撤廃し,一定の手続を踏めば事由のいかんを問わず株式の併合をできるものとし」ています(江頭260頁。下線は筆者)。

 

(4)株式等売渡請求制度について

 株式等売渡請求制度(改正会社法179条以下)とは,「株式会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主〔特別支配株主〕が,他の株主の全員に対し,その有する当該株式会社の株式の全部を売り渡すことを請求することができることとする制度」であって,「特別支配株主が株式売渡請求をすることを認めるほか,これに併せて,新株予約権や新株予約権付社債についても売渡請求をすることを認める」こととされていることから,「株式等売渡請求」制度と呼ばれているものです(坂本227頁)。「特別支配株主が,対象会社の株主総会の決議を要することなく,キャッシュ・アウト(支配株主が,少数株主の有する株式の全部を,少数株主の個別の承諾を得ることなく,金銭を対価として取得すること)を行うことを可能とするもの」であって,「これにより,特別支配株主は,機動的にキャッシュ・アウトを行い,そのメリットを実現することができる」ようになるとされています(坂本227頁)。

 スクウィーズ・アウトのための全部取得条項付種類株式の利用に対する批判において,「この場合,少数株主を締め出すことに利益があるのは,会社というより,多数株主であることを看過してはならない。全部取得条項付株式のように会社が取得するという道筋はおかしく,状況に応じ,直截に多数株主ないし支配株主が取得する仕組みを採用すべきである。」との議論があったところから(稲葉319頁),それではということで「直截に多数株主ないし支配株主が取得する仕組み」を作ったということでしょうか。

 株式等売渡請求制度によって実現されるキャッシュ・アウトの「メリット」として,次のものが例示されています(坂本228頁)。

 

 ①長期的視野に立った柔軟な経営の実現(積極的な事業の改革等を行うことにより会社の短期的な収益が悪化する場合には,少数株主から代表訴訟等による経営責任の追及を受けるリスクをおそれて,取締役がこのような改革等を躊躇する可能性があるが,ある株主が株式会社の全ての株式を有するという支配関係を形成することにより,このようなリスクを払拭し,柔軟かつ積極的な経営を行うことができるようになる。)

  ②株主総会に関する手続の省略による意思決定の迅速化(株主が1人であれば,実際に株主総会を開催するのではなく,書面による株主総会決議の制度(第319条)を利用することが容易になる。)

  ③株主管理コストの削減

 

 株主は少なければ少ないほどよいということでしょうか。株主総会はない方がよいということでしょうか。

 そうだとすると,「民間出資が認められるものであっても,「株式会社に於ける株主総会に該当するものがない」ものであって,その「企業の経営はその資本的所有と切り離され国家の直接の管理に属して居」たところ(山崎32参照)」の営団制度(コンメンタールNTT法(三省堂・2011年)244頁参照)など,今日再評価されるべきでしょうか。我が国政府が,「長期的視野に立った柔軟な」姿勢で,かつ,短期的収益悪化についても鷹揚に,各営団経営陣をそれぞれの改革に向けて鼓舞してくれることを期待することはできないものでしょうか。

 「経営責任の追及」はやはり悪でしょうか。確かに,聖徳太子は,その憲法の第一条において「以和為貴」と説いておられます。しかし,その第十一条においては,「明察功過賞罰必当」と言っておられて,信賞必罰の必要性も指摘しておられます。

 いずれにせよ,少数者をsqueeze outすることによって,会社が,おしゃれで気持ちのよい快適な場所になるのならば,結構なことです。

弁護士 齊藤雅俊

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(前編からの続き)


5 NTTグループにおける多重代表訴訟制度:NTTコミュニケーションズの非対象性

 独禁法9条(龍太郎の父の龍伍が立案に携わった立法当初の同法同条では「持株会社は,これを設立してはならない。/前項において持株会社とは,株式(社員の持分を含む。以下同じ。)を所有することにより,他の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社をいう。」と規定されていました。)を改正して持株会社を解禁するに当たっては,国会議員においても,持株会社を中心とした企業グループの例としては,同時期に国会審議がされていた平成9年法律第98号に基づき再編成されるNTTグループがまず念頭に置かれていたことでしょう。

 そこで,多重代表訴訟制度が現在のNTTグループにはどう当てはまるのかを見てみると,実は,NTTコミュニケーションズの発起人等に対しては,多重代表訴訟は提起され得ないように思われます。(ただし,「思われます」というのは横着ですね。本来ならば,最新の有価証券報告書類を見て裏をとらねばならず,「持株NTTはグループ運営にかかわる契約を締結し,グループ運営の推進にかかわる包括的な役務提供に対する報酬を得ているはずである。」という類の憶測で片付ける横着な記述をしてはならないのですが(この点『コンメンタールNTT法』24頁は,当該NTTグループ運営に関わる契約の存在及び報酬総額について,きっちり裏をとった記述をしています(同書ⅱ頁参照)。),まあ,改正会社法の説明のための例示ということでお許しください。)

 多重代表訴訟における訴えは,「特定責任に係る責任追及等の訴え」であるところ(改正会社法847条の31項),ここでいう「特定責任」が,「当該株式会社の発起人等の責任の原因となった事実が生じた日において最終完全親会社等及びその完全子会社等(前項の規定により当該完全子会社等とみなされるものを含む。・・・)における当該株式会社の株式の帳簿価額が当該最終完全親会社等の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超える場合における当該発起人等の責任をいう」(改正会社法847条の34項)と定義されていることが問題です。2010年3月末のNTTの総資産額は,有価証券報告書上,7兆4,7778,900万円であるところ,帳簿上のNTTコミュニケーションズの株式価額は7,3597,400万円でしかなく(『コンメンタールNTT法』21頁),総資産額に対して9.8パーセントにしかならないからです。

 「特定責任」は,要するに「一定の重要な完全子会社の発起人等の責任」(坂本170頁)であって,多重代表訴訟の対象となる責任を特定責任に限定した理由は,どうやら,重要でない完全子会社の発起人等は「例えば,取締役であっても,実質的には,当該最終完全親会社等の事業部門の長である従業員にとどまる者」であろうから,ということのようです(坂本170頁)。現行の株主代表訴訟制度は,「株式会社の取締役同士の馴れ合いによりその責任の追及が懈怠されるおそれがあることに着目し,取締役その他のいわゆる役員クラスの者の責任をその対象とするもの」であって「従業員の責任は,その対象としてい」ないということにかんがみれば,完全子会社の取締役といってもその完全親会社においては実は本来従業員クラスにすぎない者については,多重代表訴訟制度においても見逃してやるよ,ということのようです(坂本170頁参照)

 そうであれば,NTTコミュニケーションズの役員の方々は,「改正会社法下にあっても,NTTの株主から多重代表訴訟で刺されることはないぞ,万歳!」と喜ばれるよりは,「NTT持株会社の従業員並みだって!?馬鹿にするな。わたくしは持株会社でも役員クラスなのだっ。」と憤慨された方がよいかもしれません。

 特定責任のしきいについて,「総資産額の5分の1を要件としたのは,事業譲渡や会社分割において,株主総会の決議が不要とされる要件(第468条第2項,現行の第784条第3項等参照)を参考とした」とされています(坂本170頁)。しかし,総資産額の5分の1以上を要するということであれば持株会社の株主が多重代表訴訟を提起できる完全子会社は計算上5社が最大限ということですね。同じ株式価額の完全子会社が6社あれば,その全社の発起人等について多重代表訴訟は提起され得ないということにもなるようです。また,持株会社の総資産に含まれるのは,完全子会社の株式ばかりではありません。改正会社法で多重代表訴訟制度が導入されるといっても,定款(完全親会社等の定款なのか,訴えられる発起人等の株式会社の定款なのか,ちょっと分かりづらいですね。)の変更(会社法847条の34項第2括弧書き)を伴わないデフォルトの特定責任が対象ということであれば,なかなか新たに株主による訴訟の対象となる完全子会社の発起人等の方は多くはないでしょう。(ところで,発起人等の特定責任を追及する場合,会社の成立前には株式もないので,会社の成立前の行為に係る多重代表訴訟はあり得ないということでよいのでしょうか。)


6 「親」と「子」との絆の強化:改正会社法46712号の2

 持株会社解禁前の独禁法では,持株会社の設立や持株会社になることは禁じられていたのですが,解禁後は掌が返されたようになって,商法の世界では,むしろ持株会社制度はよいものだ,ということになったようです。わざわざ「親会社が子会社の発行済み株式の総数を有する完全親子会社関係を円滑に創設するため」に「株式交換及び株式移転の制度を設けることとし」たわけですから(陣内孝雄法務大臣・第145回国会衆議院法務委員会議録22号)

わたくしに対してあいさつもしないで何だ,追い出せ,と偉い経済法の大学者の方は憤慨されるのかもしれませんが・・・事業支配力の過度の集中って何だといっても,学説云々よりも結局お役所たる公正取引委員会のガイドライン次第ですし,「公正な競争」に対する明確な意義付けの欠如は多方面に弊害をもたらすとはいえ,具体的な当該意義の御提案なきままその旨詠嘆されているだけでは何のことやら・・・実務及び立法は日々進んで行きます。

 改正会社法の下では会社間での「親」と「子」との絆が更に強化されています。

 改正会社法467条(事業譲渡等の承認等)1項2号の2は,「その子会社の株式又は持分の全部又は一部の譲渡(次のいずれにも該当する場合における譲渡に限る。)」には,「株式会社は,・・・当該行為がその効力を生ずる日(以下この章において「効力発生日」という。)の前日までに,株主総会の決議によって,当該行為に係る契約の承認を受けなければならない」ものとしています。「次のいずれにも該当する場合」の「次」は,「イ 当該譲渡により譲り渡す株式又は持分の帳簿価額が当該株式会社の総資産額として法務省令で定める方法により算定される額の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)を超えるとき」及び「ロ 当該株式会社が,効力発生日において当該子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないとき」です。当該株主総会の決議は,「当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては,その割合以上)を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては,その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない」ものとされています(会社法309条2項11号)

 いったん「親」と「子」とになった以上,「親」たる会社が「子」たる会社の株式を安易に売ることは許さず,ということですね。「子」を安易に売り飛ばして,恣意的に「親子」関係を解消することは許さず,というアナロジーであるようです。

 「株式会社が,その子会社の株式等を譲渡することにより,株式等の保有を通じた当該子会社の事業に対する直接の支配を失う場合(例えば,子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しないこととなる場合)には,事業譲渡と実質的に異ならない影響が当該株式会社に及ぶと考えられます。したがって,このような子会社の株式等の譲渡については,事業譲渡と同様,株主総会の決議による承認を要することとするのが相当です。」ということです(坂本221頁)。しかし,「迅速な意思決定という企業集団における経営のメリットが損なわれるおそれ」があって,迷惑そうですね(坂本221頁参照)。となると,「株式会社が譲り渡す子会社の株式等の帳簿価額が小さい場合には,当該譲渡により当該株式会社がその子会社の事業に対する直接の支配を失ったとしても,当該株式会社に及ぶ影響は小さいものにとどまる」といえるので「このような場合にまで,株主総会の決議による承認を経る必要はないと考えられ」ること(坂本221頁)からして設けられた改正会社法467条1項2号の2イがフルに活用されて,結局業績不振等の子会社の株式を売り飛ばすときには,株主総会の招集を回避するため,小分けにして少しずつ株式を売ることになるのではないでしょうか。そうだとすると,随分簡単に規制の潜脱(?)ができそうです。会社法467条1項1号ないし4号ではいわゆるgoing concernたる「事業」又は「事業の重要な一部」が譲渡等の単位になっているのですが(同項5号は事後設立の規制),2号の2に入る株式の譲渡は,一株単位でできますからねぇ・・・。


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1 多重代表訴訟制度等

 平成26年法律第90号による会社法(平成17年法律第86号)の今次改正2015年5月1日施行予定)における主要改正項目の一つに「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の創設」があります2014年1月15日の弊ブログ記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正の話)」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html

 「株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟」といえば,平成26年法律第90号による改正後の会社法(「改正会社法」)の①第847条の3の「最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え」がまず思い浮かぶのですが,実は、同法の②第847条の2の「旧株主による責任追及等の訴え」とセットです。坂本三郎法務省大臣官房参事官編著の『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の目次を見ると,次のようになっています。


 第3編 親子会社に関する規律の整備

第1章 親会社株主の保護等

第1 多重代表訴訟制度等

     1 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)

     2 旧株主による責任追及等の訴えの制度

     3 旧株主による責任追及等の訴えおよび特定責任追及の訴えに係る訴訟手続等 

     4 利益供与に係る規律等の見直し

     5 経過措置


上記「目次」によれば,多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)と旧株主による責任追及等の訴えの制度とでひとまとまりで「多重代表訴訟制度等」ということになるようです。

「目次を活用せよ。」とは,かつて教わった記憶があります。


2 多重代表訴訟制度(特定責任追及の訴えの制度)



(1)概要

 「いわゆる多重代表訴訟制度とは,企業グループの頂点に位置する株式会社(最終完全親会社等)の株主が,その子会社(孫会社も含みます。)の取締役等(注)の責任について代表訴訟を提起することができる制度をいいます(第847条の3)。」とされています(坂本158頁)。「最終完全親会社等」等の定義については,当ブログでも紹介したことがありました2015112日「改正会社法と子会社等及び親会社等(前編)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1017451062.html


(2)「発起人等」と「取締役等」

なお,「取締役等(注)」における「(注)」とはどういうことかということで当該「(注)」を見ると,


条文上は,「発起人等」としています(第847条の3第4項)。「発起人等」とは,具体的には,発起人,設立時取締役,設立時監査役,役員等(取締役,会計参与,監査役,執行役または会計監査人。第423条第1項)または清算人をいいます(第847条第1項)。


と説明されています(坂本159頁)。主に取締役が訴えられるのならば「取締役等」にしておけばよいのに,なぜ「発起人等」などという概念を作ったのでしょうか(平成26年法律第90号による改正前の会社法(「現行会社法」)8471項には当該概念はありません。「発起人等」は改正会社法における新設概念です。)

「発起人等の損害賠償責任」(現行会社法53条の見出し)といえば,「発起人,設立時取締役又は設立時監査役」の責任がまず念頭に浮かぶわけで(同条),取締役や執行役の責任にはなかなか思いは及ばないように思われるのですが,どうでしょうか。それとも「取締役等」という呼称は,現行会社法の第213(〔募集株式の引受人から〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)及び第286(〔新株予約権の行使に当たっての〕出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任)で既に2度使われているので,いくら何でも3回も使い回すのはいけないだろうということでしょうか(なお,現行会社法213条及び286条の「取締役等」には,取締役及び執行役以外の者は含まれません(会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)44条から46条まで及び60条から62条まで)。)


3 旧株主による責任追及等の訴えの制度


(1)概要

「旧株主による責任追及等の訴えの制度とは,株式会社の株式交換もしくは株式移転または株式会社が吸収合併消滅会社となる吸収合併の効力が生じた日において当該株式会社の株主であった者(旧株主)は,当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,①当該株式交換もしくは株式移転によって当該株式会社の完全親会社の株式を取得したときまたは②当該吸収合併により吸収合併存続株式会社の完全親会社の株式を取得したときは,当該株式会社または吸収合併存続会社(これらを併せて,「株式交換等完全子会社」と定義しています。)に対し,責任追及等の訴えの提起を請求することができることとし,株式交換等完全子会社が当該訴えを提起しないときは,当該旧株主自らが当該訴えを提起することができることとするものです(第847条の2)。」とされています(坂本181頁)

いわゆる株主「代表訴訟を提起した株主は,その訴訟の係属中,株式を保有し続ける必要」があり,「そのため,訴えの提起後,原告が・・・株式を保有しなくなった場合には,原告となる資格(原告適格)を失い,その株主が提起した代表訴訟は,不適法なものとして却下される」との「原則」(坂本183頁)に対する調整規定です。

原告である株主が自分で当該株式を譲渡したのならば,いわば自分で原告適格を放棄したようなものなので問題はないのですが,株主代表訴訟を提起された取締役等の会社が,えいやっと株式交換や株式移転の制度を利用して,当該原告の手中にあった自社の株式を,自社の完全親会社の株式に変換してしまうという手妻を使ったときが問題となりました。(キツネに渡されたお札で品物を買おうとしていたら,木の葉に換えられてしまったようなものか。)


なお,株式交換とは「株式会社がその発行済株式(株式会社が発行している株式をいう。以下同じ。)の全部を他の株式会社又は合同会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法231号)。ここでの「他の株式会社又は合同会社」は既存の会社ですね。これら「他の株式会社又は合同会社」によって,株式交換をする株式会社の株式はすべて取得されてしまうことになります(当該他の株式会社(「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号))の「完全子会社」になるわけです(会社法施行規則改正案(20141125日に意見募集手続がされた法務省案)218条の3第1項)。しかし,合同会社の株式交換完全子会社にはなりますが(会社法76811号),完全子会社には定義上なりません(完全子会社の「親」は株式会社に限られる。)。他方,合同会社は完全親会社(改正会社法847条の2第1項)にはなりませんが(完全親会社は,株式会社限定),「株式交換完全親会社」にはなります(会社法767条)。この辺で,会社法にうんざりしない人は,立派です。)。株式交換をする株式会社の株主は,当該株式会社の株式を失うことになるわけですが,代わりに株式交換完全親会社からの金銭等を受けることができます(会社法76812号,77012号(株式交換完全親合同会社の社員となる場合)・3号)。当該金銭等(「金銭その他の財産をいう。」と会社法151条においてていねいに定義されています。)が株式交換完全親株式会社の株式であれば(会社法76812号イ),確かに,株式交換をする株式交換完全子会社の株主は,当該株式交換完全子会社の株式を株式交換完全親株式会社の株式に交換した形になります(同法7691項・31号)。ただし,「株式交換」といいつつも,株式交換完全子会社の株主が株式交換完全親株式会社の株式の交付を受けない場合があり得ます(会社法76812号ロからホまで)

「株式移転」は,「一又は二以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式会社に取得させることをいう。」と定義されています(会社法232号)。株式交換との違いは,株式交換では既存の会社間で養子縁組をして「親」と「子」とになるのに対して,株式移転の場合は,「子」又は「子ら」が先にあって,「親」を後から作るということでしょうか。鉄腕アトムのパパは,アトムの後から作られたのでした。株式会社鉄腕アトムが株式移転によって株式会社アトムのパパを設立する場合,株式会社鉄腕アトムの株主には,同社の株式に代わるものとして株式会社アトムのパパの株式が交付されます(会社法77315号,7741項・2項)


(2)株式交換等に対する会社法制定時の調整及びその不十分性

会社法の制定に当たっては第851条が設けられ,「訴えの提起後に会社(A)が株式交換・株式移転(会社231号・32号)により他の株式会社(B)の完全子会社となったため,原告株主がAの株主資格を喪失しても,当該株主がその手続によりB(またはBの完全親会社)の株主となった場合には,原告適格を喪失することなくその訴訟を追行することができる」ようにされていました(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)444頁)。「完全子会社となる会社(A)に代表訴訟が係属していた場合に,株式交換(株式移転)により原告がAの株主でなくなったことを原告適格の喪失として訴訟を却下した裁判例があったことから(東京地判平成13329判時1748171頁,名古屋地判平成1488判時1800150頁,東京高判平成15724判時1858154頁等),これを変更する趣旨で・・・新設された」規定であるとされています(江頭447頁)。とはいえ,胸を張るような話ではなく,「そのような結果をもたらす立法〔株式交換・株式移転制度の導入〕には,欠陥があったというほかない。これを是正するのは,当然であった。」というだけのことです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)478頁)

しかしながら,会社法851条だけでは不十分であったそうです。

同条においては,株主代表訴訟提起に株式交換等がされた場合についてのみ手当てがされているわけですが,「株式交換等の効力が代表訴訟の提起前に生じたか,提起後に生じたかによって,代表訴訟による責任追及の可否を区別するのは相当でないと考えられ」るからです(坂本183頁)


(3)後始末

「そこで,〔平成26年〕改正法では,ある株式会社の株主が,株式交換等により当該株式会社の株主でなくなった場合であっても,その株式交換等によって,当該株式会社等の完全親会社の株式を取得したときは,当該株主(旧株主)は,元々株式を保有していた株式会社の発起人等その他一定の者に対し,当該株式交換等の効力が生ずる前に発生していた責任を追及する訴えを提起することができることとしています(第847条の2)。」ということになったわけです(坂本183184頁)

「完全親子会社関係がある場合,その親会社株主につき完全子会社の業務執行の適正を図るためのいかなる権利を認めるべきかについては,容易に完全親子会社関係が形成できる組織再編法制(会社分割・株式交換・株式移転)の整備をした以上,当然それに伴う検討をし,手当てをすべき事項であった」にもかかわらず,「その立法の際積み残され」(株式交換及び株式移転は平成11年法律第125号による改正によって,会社分割は平成12年法律第90号による改正で導入)2005(平成17年)の「会社法の立法に際しても,総合的な検討はされなかった」もの(稲葉478頁)と苦言が呈されていたものの後始末です。


4 多重代表訴訟制度と平成9年独禁法改正(持株会社解禁)等


(1)多重代表訴訟制度創設の理由

いわゆる多重代表訴訟制度に戻りましょう。

いわゆる多重代表訴訟制度の創設の理由は,「平成9年の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の改正により持株会社が解禁され,また,平成11年の商法改正により株式交換・株式移転の制度が創設されたことにより,持株会社形態や完全親子会社関係にある企業グループが多数作成されるようにな」ったところ,「株式会社の発起人等が株式会社に対して責任を負っている場合であっても,当該発起人等と当該株式会社の完全親会社の取締役との間の人的関係や仲間意識から,当該完全親会社が当該株式会社の株主として代表訴訟を提起する等して当該発起人等の責任を追及することを懈怠するおそれが類型的かつ構造的に存在」するからだとされています(坂本160頁)

もともとは,平成9年法律第87号による昭和22年法律第54(独禁法)の改正19971217日から施行)が事の始まりのようです。


(2)平成9年独禁法改正と平成9年NTT法改正

実は,平成9年法律第87号による独禁法9条の改正(持株会社の解禁)に向けた動きは,平成9年法律第第98号による日本電信電話株式会社法(昭和59年法律第85号。NTT法)の改正(NTTの再編)につながる作業と並行して進んでいました。なおも20世紀であった村山内閣から橋本内閣にかけての時代の話になります。

時系列的には,まず,1995年3月31日の閣議決定である「規制緩和計画」で当時の持株会社規制を見直すという姿勢が示されています。これを受けて行われた公正取引委員会の「独占禁止法第4章改正問題研究会」の研究に係る199512月の中間報告書では,事業支配力の過度の集中の防止という独禁法1条の目的に反しない範囲で持株会社規制を見直すことが妥当であるということになったとされています。以上は,村山富市内閣時代の話です。

ところで,橋本龍太郎内閣時代になって199612月6日,郵政省が「NTT再編成についての方針」を公表します。そこでは,「日本電信電話株式会社を純粋持株会社の下に,長距離通信会社と二の地域通信会社に再編する」ものとされるとともに,「郵政省は,再編成の実施のために,独占禁止法,商法等の関連法令,及び譲渡益課税,連結納税等の税制上の特例措置について,政府内の調整を進める。」とされていました(下線は筆者)。すなわち,NTTの再編のために,時代遅れとなった独禁法の持株会社禁止規制を打破しようとする流れに掉さす動きがあったわけです。1997年2月25日には当時の与党3党(自由民主党,社会民主党及び新党さきがけ)の「独禁法改正に関する三党合意」で「独占禁止法の目的に反しない範囲で持株会社を解禁する」ものとされ,同年3月11日に持株会社解禁のための独禁法改正法案が国会に提出されました。また,同月14日に,持株会社の下にNTTを再編するためのNTT法改正法案が国会に提出されています。


(3)橋本龍太郎内閣総理大臣とNTT再編問題

橋本龍太郎内閣総理大臣は,1984年に成立したNTT法の法案作成準備作業の出発点となった,1983年9月13日の政府・自由民主党行政改革推進本部常任幹事会に報告された「日本電信電話公社の改革について」11項目(第11項では,「新会社〔NTT〕の在り方については,電気通信技術の発展の動向等を踏まえ,10年以内に見直しを行うものとする。」とされていました。)を若き自由民主党行財政調査会長としてまとめた人物でしたから,13年たった当時も,当然NTT再編問題にも深い関心を有していました。


1996年〕7月31日,当時の橋本龍太郎内閣総理大臣が,通商産業・郵政両事務次官に対し,基盤技術研究促進センターの運営改善を指示した際,郵政事務次官にはNTTの国際通信事業への進出を認める等の規制緩和の断行を求めており(日経1996812〔ママ〕,郵政省とNTTは連絡会議を設けNTTの海外事業の促進について検討を開始していたところであった。そんな折もおり,英国の通信会社であるBT社が米国の通信会社であるMCIコミュニケーションズ社と合併交渉に入ったという報道が同年11月になってもたらされ,「国際通信に進出する会社を純粋民間会社とし,これをグループとしてサポートするという持株会社構想」が浮上したといわれている(NTT社史376)。(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)13頁)


 なお,1996年8月1日の朝刊で「橋本首相は31日,郵政省の五十嵐三津雄事務次官に対し,日本電信電話(NTT)の国際通信事業への進出を認めるなど,大胆な規制緩和の断行を求めた。」と報道したのは読売新聞です。日本経済新聞は,「橋本竜太郎首相は31日,首相官邸に堤通産,五十嵐郵政両次官を呼び,情報通信基盤整備で「両省の縦割り対応を直せ」と強く指示した。/首相は通産省の組織を改廃,日本電信電話(NTT)株売却益〔ママ〕を活用して設立した「基盤技術研究センター〔ママ〕」が両省の争いで,縦割り体制で機能していない,などと指摘。「そういう所を直せ」と厳命した。」と報じただけです。典拠として日本経済新聞の記事のみを表示した者は,基礎的な資料を収集したのか,事実については裏をとったのか,仕事が甘いですね。

 「風が吹けば桶屋がもうかる」式に考えると,


基盤技術研究促進センターの運営問題→ 橋本内閣総理大臣による通産・郵政両事務次官呼び付け→ その際ついでに橋本内閣総理大臣から郵政事務次官へのNTT国際進出促進の指示→ NTT・郵政間におけるNTT国際進出のための検討→ BT・MCI合併問題をきっかけにNTTにおける持株会社利用の着想→ 持株会社制度下でのNTT再編構想→ NTT再編の動きに伴っての独禁法改正・持株会社解禁の早期実現→ 1999年の株式交換・株式移転制度の導入→ 2001年の会社分割制度の導入→ 完全親子会社関係の叢生に伴う会社法に係る諸種の問題の発生→ 今次会社法改正での多重代表訴訟制度等の導入,


ということになりそうです。

 基盤技術研究促進センターの運営問題なるものを橋本内閣総理大臣の耳に入れるきっかけを作った人物の責任は重大ですね。


(4)基盤技術研究促進センターと通商産業省等

 なお,基盤技術研究促進センターについては,「NTT株式に係る配当金の活用策」として「基盤技術研究円滑化法(昭6065)に基づく特別認可法人として基盤技術研究促進センターが198510月から2003年3月まで存在し,産業投資特別会計所属のNTT株式に係る配当金を原資にして基盤技術に関する試験研究に必要な資金の出資及び貸付け等を行っていた。」と紹介しているものがあります(『コンメンタールNTT法』169頁)。「同センターの「解散時の資本金3,1484,425万円から,出資事業により取得した株式の取得に要した費用総額2,8567,015万円とこれを処分したことにより得られた収入総額913,048万余円との差引額である2,7653,966万余円」が「出資がなかったものとして償却」されている(会計検査院「平成19年度決算検査報告」116)。」という記述(『コンメンタールNTT法』169頁)の意味は分かるでしょうか。編集上の事由のゆえか晦渋ですが,要は基盤技術研究促進センターは,営利性を有し,かつ,黒字経営が期待されていた法人であったにもかかわらず(毎年度の損益計算書において利益を生じた場合において,繰り越された損失を埋めてなお残余があるときは,そこから積立金を積み立てた後の残余を出資者に分配できるものとされていました。),その出資事業において,17年半の間で2,7653,966万余円をすってしまったものであるところです。

 基盤技術研究促進センターは,通商産業省及び郵政省の共管であったわけですから,同センター関係の問題は,通商産業省出身の内閣総理大臣秘書官を通じて橋本内閣総理大臣に伝えられたものでしょうか(そういえば,維新の党の江田憲司代表が橋本内閣総理大臣の政務秘書官をしていましたね。)。まさか,1996年7月当時の基盤技術研究促進センターの職員中に,内閣総理大臣秘書官と何やら特別なパイプを持っていた者がいたということは・・・どうでしょうか。確かに,通商産業省,郵政省等からの出向者で構成されていた組織ではあったところです。

 閑話休題。


(後編に続く)


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

電話:03-6868-3194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

企業法務案件に限らず,お気軽に御相談ください。

筆者は,かつて基盤技術研究促進センターの所管官庁である通商産業省で仕事をしたことがありますが,当時の上司や仲間は,今でも懐かしいです。


 



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1 今次会社法改正の目玉:監査等委員会設置会社制度の導入

 会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)の内閣からの提案の「理由」では「株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に鑑み,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化並びに株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図るため」,まず第一に「監査等委員会設置会社制度を創設する」ものとされていました(2014115日の記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html参照)。

 法務省民事局において平成26年法律第90号の立案事務に関与した人たちによって書かれた坂本三郎法務省大臣官房参事官編著の『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の編別も,第1編「総論」に続く第2編「コーポレート・ガバナンスの強化に関する改正」の第1章「取締役会の監督機能の強化」における最初の部分は「第1 監査等委員会設置会社制度」となっています。

 監査等委員会設置会社制度こそが,平成26年法律第90号による会社法(平成17年法律第86号)改正(「今次会社法改正」。201551日からの施行が予定されています。)の第一の目玉であるようです。

 「日本企業では,十分なコーポレート・ガバナンスが行なわれておらず,このことが,外国企業と比較して日本企業の収益力が低く,株価も低迷している原因となっているという,内外の投資家の不信感があると考えられ」ているところ,「会社法におけるコーポレート・ガバナンスについては,経営者から独立した社外取締役の機能を活用するなど,取締役に対する監査・監督の在り方を見直すべきである等の指摘」がされていたので(坂本2頁),「社外取締役の機能を活用」するための主な改正点の第1として「①新たな機関設計である監査等委員会設置会社制度の創設」がされたのですから(坂本3頁),我が国の企業が監査等委員会設置会社制度を大いに導入することにより,「日本企業に対する内外の投資家からの信頼が高まることとなり,日本企業に対する投資が促進され,ひいては,日本経済の成長に寄与することが期待」されているわけです(坂本2頁)。

 我が国経済の困難な情況にかんがみると,このようにすばらしい成長促進効果を有する監査等委員会設置会社制度をもって,株式会社における当然の機関設計として採用すべきもののように思われます。

 


2 監査等委員会の非必置性

 しかしながら,監査等委員会設置会社制度の採用は,義務付けられていません。今次会社法改正後の会社法(「改正会社法」)326条(株主総会以外の機関の設置)2項は「株式会社は,定款の定めによって,取締役会,会計参与,監査役,監査役会,会計監査人,監査等委員会又は指名委員会等を置くことができる。」と規定しており,監査等委員会設置会社制度は多くの機関設計の選択肢の中の一つにとどめられています。

「これまでの監査役設置会社制度および指名委員会等設置会社制度の意義を否定するものではありません。」ということです(坂本20頁)。監査役制度については,商法の数次にわたる改正及び会社法の制定を経ていますから,これを今更否定するとなると,今まで長いこと一生懸命やってきたことは何だったのかっ,という反発をかうことにもなるのでしょう。指名委員会等設置会社制度についても,「2010年当時,東京証券取引所上場会社に占める委員会設置会社〔指名委員会等設置会社〕の割合は,2.2パーセント」にすぎないとはいえ(坂本19頁(注2)の引用する同取引所『東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書201115頁),「取締役会の中に,メンバーの過半数を社外取締役とする指名委員会,監査委員会,報酬委員会の3委員会を設けて,取締役会の監督機能を強化するとともに,業務執行を担当する執行役を設け,取締役会が執行役に対して決議事項を大幅に委任することができるようにし,機動的な業務決定を可能」とするものとして(森山眞弓法務大臣・第154回国会衆議院法務委員会議録721頁),2003年4月1日からせっかく華々しく導入せしめた当該制度を軽々に廃止するわけにはいかなかったのでしょう。とはいえ,指名委員会等設置会社制度については,「社外取締役が過半数を占める指名委員会および報酬委員会に,取締役候補者の指名や取締役および執行役の報酬の決定を委ねることへの抵抗感等がある」ということですから(坂本18頁),当該制度は我が国の主流経営層からはなお嫌われているのでしょうが。(指名委員会等設置会社制度は「日本企業の主流となっておらず,実績が評価されるようにもなっていない(そのパフォーマンスは,必ずしも良好ではない)」ところです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)455頁)。)

監査等委員会設置会社制度は選択肢の一つにすぎないというのであれば,オプションのやたらに多い情報通信機器をうまく使いこなせずせっかくのスマート・フォンでも電話機能,電子メール機能及びインターネット閲覧機能しか使用しないおじさんのように,昔ながらのやり方(監査役制度)を続けていけばよいようです。

 


3 社外取締役選任促進の動きと監査等委員会設置会社制度

 


(1)社外取締役を置いていない場合の理由の開示制度

 


ア 改正会社法327条の2

しかしながら,面倒だからといって監査等委員会設置会社制度を完全に無視するわけにいかない株式会社もあるでしょう。改正会社法327条の2の関係で,監査等委員会設置会社制度の採用を考える会社も出て来そうです。同条は,次のとおり。

 


 (社外取締役を置いていない場合の理由の開示)

327条の2 事業年度の末日において監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものが社外取締役を置いていない場合には,取締役は,当該事業年度に関する定時株主総会において,社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならない。

 


 「社外取締役が業務執行者に対する監督上重要な役割を果たし得ることに鑑み,社外取締役の選任の義務付けに代え」て設けられた(坂本79頁),「株主に対する情報提供および毎年の定時株主総会でこの説明をしなければならなくなることを前提に社外取締役を置くかどうかを会社において検討することによる社外取締役の選任の促進という趣旨・目的に基づく」規定です(坂本91頁)。

 改正会社法327条の2は「監査役会設置会社」を対象としますが,公開会社である大会社は,そもそも監査役会の設置が義務付けられている株式会社です(会社法3281項(指名委員会等設置会社である場合を除く。))。公開会社である大会社は,「類型的にみて,株主構成が頻繁に変動することや会社の規模に鑑みた影響力の大きさから,社外取締役による業務執行者に対する監督の必要性が高く,また,その会社の規模から,社外取締役の人材確保に伴うコストを負担し得ると考えられ」ている類型の会社です(坂本82頁)。

 そうだとすると,社外取締役の選任こそが日本経済を救う鍵であるのならば,株式について有価証券報告書の提出義務を負う株式会社であることとの限定を付加して,改正会社法327条2の規律の対象を「不特定多数の株主が存在する可能性が高いことから,社外取締役による業務執行者に対する監督の必要性が特に高いとかんがえられるもの」(坂本8283頁。下線は筆者)にまで更に限定する必要はないようでもあります。しかしながら,当該有価証券報告書提出義務会社という限定が更に付されたのは,やはり社外取締役選任の義務付けを見送らせるに至った(「改正法においては,社外取締役の選任を義務付ける旨の規定を設けていません」(坂本77頁)。)反対意見に相応の理由があったということでしょう。また,「社外取締役をより積極的に活用すべきであるとの指摘は,特に上場企業について,強くされてい」た(坂本82頁)ので,取りあえず当該指摘対象企業を中心に手当てすることにしたということでもありましょう。

 


イ 「理由を説明」の内容

 改正会社法327条の2の「説明」は,厄介です。社外取締役を置くことが「「相当でない」理由を説明したというためには,社外取締役を置くことがかえってその会社にマイナスの影響を及ぼすというような事情を説明する必要があります。また,例えば,「社外監査役が○名おり,社外者による監査・監督として十分に機能している」と説明するだけでは,社外取締役を置くことが「必要でない」理由の説明にすぎず,社外取締役を置くことが「相当でない」理由の説明とは認められません。」と解説されています(坂本85頁)。「このほか,例えば,「適任者がいない」ということのみの説明も,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明とは認められないこととなり得るものと考えられ」るとされています(坂本85頁(注3))。

20141125日に法務省から意見募集手続に付された会社法施行規則の改正案(「会社法施行規則改正案」)の第124条(社外役員等に関する特則)2項及び3項は次のとおり。各事業年度の事業報告(会社法4352項)の内容に関する規定です。

 


2 事業年度の末日において監査役会設置会社(大会社に限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものが社外取締役を置いていない場合には,株式会社の会社役員に関する事項として,第121条〔(株式会社の会社役員に関する事項)〕に規定する事項のほか,社外取締役を置くことが相当でない理由を事業報告の内容に含めなければならない。

3 前項の理由は,当該監査役会設置会社の当該事業年度における事情に応じて記載し,又は記録しなければならない。この場合において,社外監査役が2人以上あることのみをもって当該理由とすることはできない。

 


 会社法施行規則改正案124条2項の括弧書きが「(大会社に限る。)」であって,「(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)」ではないのは,同条自体が既に会社法施行規則第2編「株式会社」第5章「計算等」第2節「事業報告」第2款「事業報告等の内容」第2目「公開会社における事業報告の内容」の一部であって,公開会社についての規定だからですね。

 取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合における株主総会参考書類(会社法3011項)の記載事項に関する会社法施行規則改正案74条の2は,次のとおり。

 


  (社外取締役を置いていない場合等の特則)

 第74条の2 前条第1項に規定する場合〔取締役が取締役(監査等委員である取締役を除く。)の選任に関する議案を提出する場合〕において,株式会社が社外取締役を置いていない特定監査役会設置会社(当該株主総会の終結の時に社外取締役を置いていないこととなる見込みであるものを含む。)であって,かつ,取締役に就任したとすれば社外取締役となる見込みである者を候補者とする取締役の選任に関する議案を当該株主総会に提出しないときは,株主総会参考書類には,社外取締役を置くことが相当でない理由を記載しなければならない。

 2 前項に規定する「特定監査役会設置会社」とは,監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものをいう。

 3 第1項の理由は,当該株式会社のその時点における事情に応じて記載しなければならない。この場合において,社外監査役が2人以上あることのみをもって当該理由とすることはできない。

 


ウ 「理由を説明」に失敗した場合

 


(ア)そもそも説明せず,又は虚偽の説明をしたとき

事業年度の末日に置いて社外取締役を置いていない特定監査役会設置会社(会社法施行規則改正案74条の22項)の取締役が,定時株主総会において,「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明せず,又は説明はしたもののその説明が虚偽であったときには,取締役はその善良な管理者の注意義務(会社法330条,民法644条)に違反した状態になるとされています(坂本89頁)。社長は怒られざるを得ませんね。しかしこれは,全く説明をせず,又は説明が虚偽であった場合のことでしょう。

 


(イ)説明はしたが,不合理・不十分であるとき

一応説明自体はされ,うそでもないが,ただ,「社外取締役を置くことが相当でない理由」としてはなお不合理又は不十分であった場合はどうでしょう。

 


・・・各会社において取締役が説明した具体的な内容が,当該会社について「社外取締役を置くことが相当でない理由」として十分なものであるかどうかの判断は,第一次的には,当該会社の株主(株主総会)において行われることとなると考えられます。

 したがって,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明が,客観的に見て不合理・不十分であるということのみから,直ちに第327条の2に違反したことになるものではなく,また,当該定時株主総会における株主総会の決議に瑕疵があること等になるものでもないと解されます。(坂本91頁)

 


 株主総会が無事終われば結果オーライということのようです。しかし,「社外取締役の選任の促進」を願う御当局としては,むしろ,「こらっ,社長!それじゃ説明になっていないじゃないか」というような追及があって,多少荒れる総会になってくれる方が実は望ましいということになってしまうのでしょうか。

 そこまではいかなくとも,御当局としては,説明がされたものと認められる場合自体を限定することに腐心しておられるようです。「「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明については,各会社において,その個別の事情に応じて,社外取締役を置くことがかえってその会社にマイナスの影響を及ぼすというような事情を説明しなければならず,例えば,「社外監査役が○名おり,社外者による監査・監督としては十分に機能している」ことのみをもって説明されたりしたような場合には,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明とは認められないと解され」る(説明がされていない)というように(坂本91頁),外堀が埋められてあります。

 いずれにせよ,特定監査役会設置会社としては,社外取締役を置かないとやはりいろいろ面倒そうです。

 


(2)監査等委員会設置会社制度採用のすすめ

 そこで,そのような特定監査役会設置会社が,改正会社法327条の2に係る奔命に疲れて新たに社外取締役を置くこととした場合,是非併せて監査等委員会設置会社制度を導入してもらいたいというのが御当局のお考えのようです。

 すなわち,改正会社法327条の2のところにおいて「・・・取締役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの・・・」と定義せずにわざわざ「・・・監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの」と定義し(下線筆者),会社法施行規則74条の2第2項では正に「特定監査役会設置会社」という名称を採用しているのは,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明という厄介なことをさせられる原因は監査役会が設置されていることであるという印象を当該特定監査役会設置会社の取締役に与えるためであるようにも思われるところです。公開会社である大会社がその本来的必置機関である監査役会の設置義務を免れる場合は,当該大会社が指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社である場合(なお,両者とも社外取締役を置くものです(改正会社法3316項,4003項)。)ですから(改正会社法3281項),監査役会を廃止したいのならば,まずは指名委員会等設置会社よりもお手軽な監査等委員会設置会社制度を採用されてはいかがですか,というように思考を誘導しようということだったのではないでしょうか。(「社外監査役に加え,社外取締役の選任を義務付けることには,重複感・負担感がある」(坂本78頁(注)で紹介されている社外取締役選任義務付けに対する反対意見の主なものの一つ)というのであれば,社外役員枠を監査役から取締役に移されてはどうですか,ということででもあるのでしょうか。監査役会設置会社における監査役は3人以上でそのうち半数以上は社外監査役でなければならないとされている一方(会社法3353項),それに対応するかのように,「監査等委員会設置会社においては,監査等委員である取締役は,3人以上で,その過半数は,社外取締役でなければならない。」(改正会社法3316項)とされています。)「社外取締役を置いていない監査役会設置会社は,社外監査役をそのまま社外取締役とすればそれだけで監査等委員会設置会社に移行できるので,移行することは比較的容易であると言われている」そうです(神田秀樹「平成26年会社法改正と社外取締役」自正201412月号46頁)。

 「社外取締役については,・・・取締役会の決議における議決権を行使すること等を通じて業務執行者を適切に監督すること等を期待」されているのですから(坂本77頁),社外取締役の機能は,取締役会で発揮されることを前提としていると考えられます。「「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明に係る規定は,取締役会設置会社・・・のうちの一定の株式会社に係る社外取締役の不設置に関するものである」とそもそも理解されているのならば(坂本81頁(注1)。下線は筆者),改正会社法327条の2では「監査役会設置会社」ではなく本来「取締役会設置会社」が出てくるべきであったはずです。むろん,監査役会設置会社はすべて取締役会設置会社なのですが(会社法32712号)。

 


4 監査役制度と社外取締役制度

 


(1)ドイツ法とイギリス法

 しかし,やはり,監査役制度と社外取締役制度とは,食い合わせが悪いということなのでしょうか。ちなみに,前者はドイツ法由来,後者はイギリス法由来の制度ということのようです。

 

  先づ沿革に付て論ぜんに,中世時代に続起したる株式会社には,大株主会ありて会社重役の相談役の如き位置に立ち,重大なる事件に就て重役の諮詢に応じ,又会社の諸般の業務の監督を掌れり。此大株主会は,独逸法に於ては種々の変遷の末,終に法律上独立せる会社の監督機関として認めらるるに至りたり。之を独逸法に於ける株式会社の監査役(Aufsichtsrat)とす。然るに英法に於ては,大に沿革の趣を異にし,此大株主会は漸次変更して,終に会社重役と合同するに至りたり。故に英法に於ては,重役会(board of directors)自身が会社業務の最高監督機関の機能を掌れるなり。即ち,重役中に主として業務の執行を司るものと多少監督者の地位を有するものとの2種あるを常とす。学者或は此前者を名けて業務執行重役会(Managing board)と謂ひ,後者を称して業務監督重役会(Controling board)と謂ふは此故なり。此の如く重役自身が会社の業務を執行し,又同時に之を監督するに於ては,別に株主の為めに会社会計の正否を検査する機関を置くの必要を感ぜずんばあらず。此必要を充す為めに生じ来りたる機関が,即ち英国会社法の常任検査役〔Auditor〕なり。・・・故に英法の検査役は会計の正否を審査するの機関たるに止まり,独法の監査役の如き会社業務一般の監督機関に非ざるなり。我商法の監査役は,次に述ぶる如く会社業務の最高監督機関にして,主として独法の監査役に倣ひて設けられたる制度なり。故に英法の常任検査役とは沿革上全然別物なりと謂はざるべからず。(松本烝治「監査役制度ノ改正問題ニ付テ」(初出19105月発行法協285号)『私法論文集』(巌松堂書店・1926年(復刻版・有斐閣・1989年))6667頁(原文は片仮名書き,句読点なし。))

 


昭和13年法律第72号による改正前の商法(明治32年法律第48号)の規定中監査役の主な権限に係るものとしては,同法181条(「監査役ハ何時ニテモ取締役ニ対シテ営業ノ報告ヲ求メ又ハ会社ノ業務及ヒ会社財産ノ状況ヲ調査スルコトヲ得」),183条(「監査役ハ取締役カ株主総会ニ提出セントスル書類ヲ調査シ株主総会ニ其意見ヲ報告スルコトヲ要ス」),182条(「監査役ハ株主総会ヲ招集スル必要アリト認メタルトキハ其招集ヲ為スコトヲ得此総会ニ於テハ会社ノ業務及ヒ会社財産ノ状況ヲ調査セシムル為メ特ニ検査役ヲ選任スルコトヲ得」),184条(「監査役ハ取締役又ハ支配人ヲ兼ヌルコトヲ得ス但取締役中ニ欠員アルトキハ取締役及ヒ監査役ノ協議ヲ以テ監査役中ヨリ一時取締役ノ職務ヲ行フヘキ者ヲ定ムルコトヲ得」〔第2項略〕),185条(「会社カ取締役ニ対シ又ハ取締役カ会社ニ対シ訴ヲ提起スル場合ニ於テハ其訴ニ付テハ監査役会社ヲ代表ス但株主総会ハ他人ヲシテ之ヲ代表セシムルコトヲ得」〔第2項略〕),168条(「取締役ハ定款ニ定メタル員数ノ株券ヲ監査役ニ供託スルコトヲ要ス」)及び176条(「取締役ハ監査役ノ承認ヲ得タルトキニ限リ自己又ハ第三者ノ為メニ会社ト取引ヲ為スコトヲ得此場合ニ於テハ民法第108条ノ規定ヲ適用セス」)が挙げられ,「此の如くにして,我商法の監査役は会社業務の一般的監督機関として取締役と対立するものたり。英法の常任検査役の如く会計検査の一事のみを司掌するものに非ざるなり。」とされています(松本69頁)。

ところで,我が商法が取締役会制度を導入したのは先の大戦後のことであって,GHQ時代の昭和25年法律第167号による改正の結果です。同法によってまた,監査役の任務は会計監査に限定されました。当該1950年改正に基づく株式会社の機関構成は,むしろ,board of directors及びAuditorとを有する前記イギリス法的構成のようですね。その後の監査役の強化の歴史は,ドイツ法的なものに戻るべき失地回復の歴史でもあったということになるようです。しかしてその間,Controling board的なものの導入強化は閑却されていたわけです。

 

  英米では,オーディター(auditor)には会計専門家の資格が要求され,したがって同人は,わが国の会計監査人に相当する。わが国の監査役に近い機能は,社外取締役によって構成され,オーディターおよび内部統制部門の経営者からの独立性を保障するために監視する監査委員会(audit committee)により担われており・・・わが国が平成14年改正で導入した委員会設置会社は,基本的にそれをモデルとしている。

  ドイツの株式会社では,監査役会が取締役を選任(重大事由があるときは解任)する

権限を有し(ド株式84条),特定の業務執行に対する同意権限も保有できるので(ド株式1114項),わが国でいえば社外取締役のみから構成された取締役会に近い。また,共同決定制度により,労働者代表の監査役が選任される・・・。・・・(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)460461頁注(1))

 


 監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社は会計監査人を置かなければなりませんが(改正会社法3275項),これは,英米法式の社外取締役と会計専門家たるauditorとの組合せの採用ですね。

 なお,会社法331条2項の「株式会社は,取締役が株主でなければならない旨を定款で定めることができない。ただし,公開会社でない株式会社においては,この限りでない。」(同法3351項で監査役に準用)との規定については,「取締役に広く適材を求めることが公開会社制度の理念と認識された結果であろう。」(江頭351頁)と説明されていますが,これは昭和13年法律第72号による改正前の商法164条1項が「取締役ハ株主総会ニ於テ株主中ヨリ之ヲ選任ス」(下線筆者。同法189条で監査役に準用)と規定していたことを前提に考えるべき規定です。すなわち,反面として,取締役及び監査役は株主でなければならないという考えにもそれなりの正統性があるわけです。「我商法は,監査役は株主中より之を選任すべきものとす・・・。此,制度沿革上は頗る根拠あり。何となれば,我商法の監査役は,前述せる如く独法の監査役と同く,中世時代の株式会社の大株主会を起源とするものなればなり。又,監査役を会社事業に直接の利害関係を有する株主中より選任するは,其職務に忠実なるべきの利益あり。」というわけです(松本70頁)。

 


(2)監査役の監査と監査等委員会の監査

 


ア 独任制の機関の自らする監査と会議体の組織的監査

 監査役の監査と監査等委員会の監査とは違います。「監査役は,独任制の機関として,通常,自ら会社の業務財産の調査等を行うという方法で監査を行う」のに対し(なお,監査役会が置かれても,監査役が独任制の機関であることは維持されています(会社法3902項ただし書参照)。),「監査等委員会は,指名委員会等設置会社の監査委員会と同様に,会議体であり,組織的な監査を行う」こととなるとされています(坂本54頁)。すなわち,「監査等委員会は,内部統制システムが取締役会により適切に構築・運営されているかを監視し,他方で,当該内部統制システムを利用して監査に必要な情報を入手し,また,必要に応じて内部統制部門に対して具体的指示を行うという方法で監査を行う」ことになります(坂本54頁)。監査等委員会設置会社の取締役会が決定しなければならない事項として「監査等委員会の職務の執行のため必要なものとして法務省令で定める事項」及び「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」が掲げられています(改正会社法399条の1311号ロ・ハ,第2項)。

 


イ NTT法15条及び18条の2

 この点,会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成26年法律第91号)60条によって挿入される日本電信電話株式会社等に関する法律(昭和59年法律第85号)18条の2第1項は,「総務大臣は,この法律を施行するため必要があると認めるときは,会社又は地域会社の監査役を指名して,特定の事項を監査させ,当該監査の結果を報告させることができる。」との同法15条1項の規定に関し,「会社又は地域会社が監査等委員会設置会社である場合における第15条の規定の適用については,同条中「監査役」とあるのは,「監査等委員」とする。」と規定していますが,監査役による監査と監査等委員会による監査との性格の違いにかんがみて,どうでしょうか(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)226頁・260頁参照)。監査等委員による監査は,監査等委員会からの選定をまって初めてされるもののようですし(改正会社法399条の31項・2項),監査に当たっても,当該監査等委員は,監査等委員会の決議に従わねばなりません(同条4項)。とはいえ,いずれにせよ,NTTに対する「監査機能の強化」に係る日本電信電話株式会社等に関する法律第15条の規定に係る政府案は,日本電信電話株式会社法案をめぐって当時激しく争っていた郵政・通商産業両省に対する1984年4月4日の自由民主党の「裁定案」をうけ,同日から翌5日にかけての一夜漬けで作られたものなので(同月6日に法案閣議決定),同条の解釈には難しいところがあるのはしかたのないことなのでしょう(『コンメンタールNTT法』225234頁参照)。

 

1984年4月「5日午前4時,〔内閣〕法制局で郵政,通産両省をはさんでの法案づくりが始まった。しかし,自民党裁定がもうひとつ不明確で作業は遅々として進まない。同午前9時半,自民党政調正副会長会議が開かれ,藤尾〔正行〕政調会長が前日の裁定案についての統一見解を提示した。初めて文章化された裁定案が出たのである。(日本経済新聞198446日朝刊5面。下線は筆者)

 


城山三郎の『官僚たちの夏』的おおわらわとでもいうべきでしょうか。昔の日本には元気がありましたよね。

 


5 会社法制改正論今昔

日本の元気は変動し,昨今は低下傾向を示しているところですが,変わらないのは会社法制変更に向けた情熱でしょうか。とはいえ,当該情熱に対する回答もそれほど変わるべきものとは思われません。今から百余年前の1910年における会社法制改正論議の中にあって,後の憲法改正担当国務大臣・松本烝治既にいわく,

 


監査役制度改正問題に関する世論の批評は,略ぼ上述せる所を以て尽せりと信ず。之を要するに,研究不十分にして議論浅薄なりとの誹を免れざるなり。而して此問題に関する余の提案自身は,未だ定見として之を公表すべきものなきなり。然れども,仮に法律の改正に因りて近時続出せる会社の不始末を剿絶することを得べきものと思料するものあらば,其根本的の誤謬なることを一言せんと欲す。実業社会に法律思想が普及せられ法律を遵法するの精神が汎布せらるるの方法を講ぜず,区区たる法条の改正に因りて之が救済を図らんとするは,所謂百年河清を待つの類のみ。問題は,世道人心に在り。法は抑も末なり。(松本7273頁)

 


しかし,こう言われてしまうと困りますね。

平成26年法律第90号附則25条は,「政府は,この法律の施行後2年を経過した場合において,社外取締役の選任状況その他の社会経済情勢の変化等を勘案し,企業統治に係る制度の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて,社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるものとする。」と規定しています。会社法の改正は,まだまだ続くようです。

 


弁護士 齊藤雅俊

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(前編からの続き)

 


5 子会社等及び親会社等の定義の効用

 新たに設けられた子会社等及び親会社等の定義が働く場面としては,社外取締役及び社外監査役の要件に係る規定(改正会社法215号・16号)並びに支配株主の異動を伴う募集株式の割当て等についての特則が適用される場合等(同法206条の2244条の2)に係る規定が挙げられています(坂本9798頁)。

 


(1)社外取締役の要件

 改正会社法2条15号においては,社外取締役の定義が従来のものから改められています。

そこにおける子会社等及び親会社等の定義に関係する改正部分として,次のような社外取締役の要件が加えられています。

改正会社法2条15号ハでは「当該株式会社の親会社等(自然人であるものに限る。)又は親会社等の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと」(親会社等の関係者は社外取締役となることができないこととする。),

同号ニでは「当該株式会社の親会社等の子会社等(当該株式会社及びその子会社を除く。)の業務執行取締役等でないこと」(いわゆる兄弟会社の業務執行取締役等は社外取締役となることができないこととする。)

及び同号ホでは「当該株式会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の重要な使用人又は親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族でないこと」(株式会社の取締役等の近親者は社外取締役になることができないこととする。)

が要件として加えられています。

 改正会社法2条15号ニの括弧書きで除かれている「当該株式会社及びその子会社の業務執行取締役等でないこと」は,既に現在の社外取締役の要件としてあるところです(会社法215号,改正会社法215号イ)。「業務執行取締役等」にいう「等」は,「執行役又は支配人その他の使用人」です(改正会社法215号イ)。

 改正会社法2条15号ホの重要な使用人については,会社法362条4項3号(重要な使用人の選解任は取締役会の決定によるものとする。)を参照(ただし,同号の「重要な使用人」よりも限定して解釈する余地があるともされている(坂本109頁(注2))。)。

 会社法における社外取締役制度については,従来,「その制度の趣旨が問題である。その要件は,独立性ではなく,社外性(あるいは非従属性)が問題にされているようであるが,親会社の取締役等ないし過去にそうであった者でも社外取締役だとすれば,この取締役に求める機能が問われる」というような批判(稲葉131頁)があったところですが,「社外取締役には,業務執行者から独立した立場で,業務執行全般を評価し,これに基づき,取締役会における業務執行者の選定または解職の決定に関して議決権を行使すること等を通じて,業務執行者に対する監督を実効的に行うこと等を期待することができる」(坂本18頁)という独立性重視の認識(また,江頭496頁注(1))に基づき,手当てがされたものでしょう。

 社外取締役の機能を活用するとコーポレート・ガバナンスの強化が図られ(坂本3頁参照),「十分なコーポレート・ガバナンスが行なわれ」れば,「外国企業と比較して日本企業の収益力が低く,株価も低迷している原因」が取り除かれることになるようです(坂本2頁参照)。ただし,社外取締役は,定義上,業務執行はしません。

なお,過去に親会社の取締役等であったものについては,「過去に親会社等の関係者であったにすぎない者は,もはや親会社等に対して義務を負うわけではなく,当該者と親会社等との間の現在の利害関係は失われていることから,株式会社の業務執行者が当該株式会社の利益を犠牲にしてその親会社等の利益を図ることについての実効的な監督を期待することはできないとまではいえない」とされ,改正会社法においてもなお社外取締役になり得るものとされています(坂本104105頁)。

 


(2)社外監査役の要件

 改正会社法2条16号ハは「当該株式会社の親会社等(自然人であるものに限る。)又は親会社等の取締役,監査役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと」を,同号ニは「当該株式会社の親会社等の子会社等(当該株式会社及びその子会社を除く。)の業務執行取締役等でないこと」を,及び同号ホは「当該株式会社の取締役若しくは支配人その他の重要な使用人又は親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族でないこと」を社外監査役の要件に加えています。

 従来の社外監査役の要件についても批判があって,「親会社の取締役は排除されない。集団経営(その典型は持株会社)の下では,親会社の指示で業務執行が行われていることが多い。親会社取締役やその経験者に社外監査役としての地位を認めることが,その制度設計の趣旨にかなうかどうかは,問題である。」といわれていたところ(稲葉132頁),改正会社法2条16号ハは親会社の取締役等を社外監査役から排除するものとしています。なお,「親会社関係者でも,その業務執行担当者でなければ(たとえば監査役),〔社外監査役とすることに〕問題はない」とはされていましたが(稲葉132頁),平成26年法律第90号は更に進んで,改正会社法2条16号ハにおいて例えば親会社等の監査役を社外監査役として迎えることを否定しています。その理由は,「当該株式会社とその親会社との間で利益が対立する行為につき,当該株式会社の業務執行者の善管注意義務違反の有無を監査する場面においては,当該株式会社の社外監査役には,その親会社から独立した立場で監査することが求められることから,当該株式会社およびその親会社のいずれに対しても善管注意義務を負う立場で監査を行うことは相当でありません。」と説明されています(坂本110頁(注2))。

 


(3)支配株主の異動を伴う募集株式の割当て等についての特則が適用される要件

 改正会社法206条の2(公開会社における募集株式の割当て等の特則)は,「支配株主の異動は,公開会社の経営の在り方に重大な影響を及ぼすことがあり得ますから,新たな支配株主が現れることとなるような募集株式の割当てについては,株主に対する情報開示を充実させるとともに,株主の意思を問うための手続を設けることが相当であると考えられ」て設けられたものです(坂本128頁)。

 公開会社(会社法25号。この定義規定も分かりにくいですね。)が問題になるのは,公開会社では取締役会決議で募集株式につき募集事項を決定することができ(同法2011項),募集株式の割当ても取締役(会)が決定することができ(同法2041項。同条2項参照),株主総会の関与を要しないものとされているからです。経営陣が勝手に支配株主を異動させ得るわけです。

 従来から,「支配株主を出現させるような新株発行を安易に許すことは,すべての既存の株主に重大な影響を及ぼすものとして問題があることは明らかだし,経営者が従来の株主のコントロールから脱却するためにこれを利用する危険は否定できない。その割当先の相当性の判断にも問題が起こり得る」ことから(稲葉360頁),「公開会社にあっても新たに支配株主が出現するような場合には,原則として総会の承認を要求すること,総会決議に基づかない募集の場合には,その説明を募集に当たっての開示事項(203③以下)にすること等について手当てすべきである(その説明は,総会でされるときは,賛否の議決権行使の判断資料になり,開示事項は,差止請求の要否・可否についての判断材料になる)。」と提案されていました(稲葉361頁)。

 

そこで,改正法では,第206条の2を新設し,募集株式の割当てまたは総数引受契約の締結により募集株式の引受人となった者(第206条)が,当該募集株式の発行等の結果として公開会社の総株主の議決権の過半数を有することとなる場合には,①株主に対して当該引受人(特定引受人)に関する情報を開示することとし,また,②総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主から反対の通知があった場合には,特定引受人に対する募集株式の割当て等について,株主総会の決議による承認を要することとしています。(坂本128頁)

 


 改正会社法206条の2第1項ただし書は,特定引受人が当該公開会社の親会社等であるときには同条の特則の適用を要しないものとしています。既に親会社等として当該公開会社を支配しているので,「募集株主の発行等によって支配株主の異動が生ずるわけではない」からです(坂本131頁)。

 特定引受人性の有無の決定に当たっては,当該引受人及びその子会社等がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数が基準とされます(改正会社法206条の211号)。「引受人による公開会社に対する支配の有無は,当該引受人が自ら直接に保有する議決権数のみならず,その子会社等を通じて間接的に保有する議決権数も合算して考慮することが相当と考えられる」からです(坂本130頁)。総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主(株主は複数も可(坂本134頁(注1)))が特定引受人による募集株主の引受けに反対するときは,当該特定引受人の子会社等による引受けにも反対がされたことになります(同条4項)。

 


(4)公開会社における募集新株予約権の割当て等の特則

 改正会社法は,「募集新株予約権を発行する場合の割当て等についても,〔同法206条の2と〕同様の規律を設けることとしています(第244条の2。・・・)」(坂本129頁(注2))。「募集株式の割当て等に関する第206条の2の規律・・・が容易に潜脱されることを防止するため」の規律です(坂本135頁)。

 改正会社法244条の2における親会社等及び子会社等概念の働きは,同法206条の2におけるものとパラレルです。

 なお,改正会社法244条の2は同法206条の2とパラレルに規定されているわけですが,募集新株予約権に係る同法244条の2第5項ただし書(「ただし,当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において,当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは,この限りでない。〔すなわち,総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主が反対通知を行ったとしても,株主総会の決議による承認を要しない。〕」)の意味するところは,募集株式に係る同法206条の2第4項ただし書(同じ文言)と完全にパラレルではないようです(前者の働く場面は,後者に比べて狭い。)。

 公開会社の存立を維持するための資金調達として募集株式の発行等がされるということは理解できますが,新株予約権の発行自体についてはそうはいかないからです。「固有の新株予約権は,企業の資金調達の手段として機能するものとはいいにくい」ものであって,すなわち,「新株予約権の行使は,専ら権利者の選択に委ねられているから,会社の資金需要には対応しない」ものであり,「むしろ,独立の新株予約権は,株主構成の変動に関連して,ガバナンス絡みで利用されるもの」だからです(稲葉364頁)。改正会社法244条の2第5項ただし書が機能する場面は,主に新株予約権付社債(より精確には新株予約権付社債に付された募集新株予約権)についてのみ考えられることになりそうです(稲葉365頁参照)。「専ら資金調達を目的とする新株予約権すなわちその発行による対価が資金調達の意味をもつほどの額になるものは,オプションとしての価値に着目するものではなく,株式の価値を先取りするものでしかあり得ない」ので,「そのような資金調達は,新株予約権発行によるのではなく,新株発行によるべきもの」と説かれています(稲葉365頁)。

 


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(記事が長くなり過ぎて,前編及び後編に分けて掲載することになりました。御了承ください。)

 


1 会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)の成立及び予定施行期日(201551日)

 昨年(2014年)1月15日の本ブログの記事(「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)で,会社法(平成17年法律第86号)を改正する動きについて触れるところがありました。当該改正に係る法案は,2014年6月20日に第186回国会の参議院本会議で可決されて法律として成立。当該会社法の一部を改正する法律は,同月27日に平成26年法律第90号として公布されました。同法は,「公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」ものとされていますが(同法附則1条),政府においては「平成27年5月1日から施行することを予定」しています(20141125日法務省ウェッブ・サイト掲載「会社法の改正に伴う会社更生法施行令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集について」参照)。

そこで,施行を3箇月余の後に控えた平成26年法律第90号による会社法の改正内容にちなんで,改めて会社法に関して何か書いてみようと思い立ちました。

 ところが,改正会社法を読み,改正前会社法を改めて読むと,やはり相変わらず「むむむ,これは・・・」と頭を何重にもひねって脳を活性化させるべき素材に満ちています。楽しく会社法世界に遊ぶことができるかどうか,果たして会社法関係シリーズを途中で挫折することなく続けられるものかどうか・・・。とにかくやってみましょう。

 


2 子会社等及び親会社等並びに子会社及び親会社

 改正会社法(平成26年法律第90号による改正後の会社法)は,第2条3号の2において新たに「子会社等」を,同条4号の2において新たに「親会社等」を定義しています。

しかし,会社法における子会社及び親会社の定義(同法23号・4号)は,かつて新しい会社法の勉強を試みた際に,まずすっきりと頭に入らなかったつまずきの石でした。

 名が体を分かりやすく表してくれていないのです。

 所蔵の江頭憲治郎教授の『株式会社法』(有斐閣・2006年(初版))を見直すと,その8頁(「親会社・子会社の定義」という注のある頁)の欄外に,次のような書き込みがしてあります。

 

  親会社は会社に限らぬ。

  子会社も会社に限らぬ。

  しかし,親会社の「子」は株式会社に限られ,

  子会社の「親」は,会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)に限られる。

  「親」が会社でない「子」は,子会社になれぬので,子法人等になる。

 


 魂の叫びでしょうか。自分で書いたはずのものですが,はて,今読み返すと,自分に何か非常に深刻な悩みごとがあったのではないかと心配されてしまいます。

さて,それはともかく,改正会社法下では,子会社及び親会社並びにその関連事項に関する諸定義について変化があるのかないのか,変化があるとしてその内容はどのようなものか。

 


3 子会社等

 まず「子会社等」について見てみましょう。

 


(1)子会社等の定義(改正会社法23号の2

 「子会社等」とは,「子会社」(改正会社法23号の2イ)又は「会社以外の者がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と定義されています。

 


ア 子会社の定義

 


(ア)会社法23

子会社は,「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(会社法23号)。

 


(イ)会社法施行規則3条1項:子会社は会社に限らぬ。

 会社法2条3号の子会社の正確な定義は,結局法務省令を見なければ分からないのですが,当該法務省令である会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)3条1項には「法第2条第3号に規定する法務省令で定めるもの〔子会社〕は,同号〔法2条3号〕に規定する会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」と規定されています(下線は筆者)。ところで,ここでの「会社等」は,「会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう」ものとされています(会社法施行規則231号)。すなわち,子会社といっても,会社法上の会社とされる「株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社」(同法21号)には限定されず,また,法人格を有するものに限定(同条3号の「法人として」参照)もされず,広く組合及びその他の事業体をも含むものとなっています。子会社は「子・会社」ではなく,飽くまでも三文字熟語の「子会社」であって,必ずしも会社とは限られないというのが,会社法の世界における従来からの正統文法なのです。

 


(ウ)「法人として」の法人格の無いもの

 商法会社編の改正作業にかつて携わった稲葉威雄元広島高等裁判所長官は,会社法2条3号(及び4号)においては「法人として法務省令で定めるもの」と規定されているにもかかわらず,法務省令である会社法施行規則では子会社に法人ではないもの(「組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」)をも含ませていることについて,次のように疑問を呈しています。

 


  この場合,会社法が「法人として法務省令で定める」という意味は,何であろうか。法人かどうかは,実体たる事実の問題であって,法務省令の定めによって法人でないものが法人になるはずはない。組合の意味もあいまいであるが,民法上の組合であれば法人格はもたない。

  事業体というのも,法人格とは結び付かない広い概念である。そもそも〔会社法〕2条3号・4号の法人として定めるという限定の趣旨が判然としない。

  法人でないものを法人として定めたところで法人格は生まれない。親会社,子会社という用語を使うから,法人でなければならないとするのは,表現にとらわれ過ぎている。「法人として」を「ものとして」にするほうが,ずっと簡明である。(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)76頁)

 


法人でないものを法務省令で「法人として」定めても,確かに法人格は生まれません(民法331項参照)。しかしながら,会社法令上は「法人として」定められたことにはなるのでしょう。法人格は無いが「法人として定めるもの」は,それでは,亜法人(あほうじん)とでも称すべきものでしょうか。

 


  ・・・法の「法人として」という文言がもつ意味をどう解したのであろうか。これは,もともとの会社法の規定の詰めが甘く,文言が適切でなかったことに起因する弥縫策かもしれず,親会社・子会社という文言にひきずられて,これに該当するものは法人でなければならないと考えたのかもしれない。

  しかし,法人の実体のないものについて法務省令で定めれば法人となるものでない以上,このような限定をする意味は理解できない。

  むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか(事業体には,個人を含まないことになるか)。

  親子会社は,実質支配基準によって定まり,議決権の過半数を支配している場合は,その典型例(形式的に判断できる)であるが,これには限られない。この基準を具体化する定めが,施行規則3条3項であるが,財務・事業の方針の決定を支配しているかどうかは,事実認定の問題であるから,客観的な(第三者による)判断には困難がある(金融商品取引法の適用局面とは違って行政庁等の関与はない)。

・・・

渉外関係,企業結合(企業再編行為を含む)関係については,日本法上の形式的な意味の会社以外の存在を対象にする必要があることが,明らかであるから,その適用局面を明確にし(日本の会社法がどのような形で効力をもつか),必要に応じ,会社とか法人にこだわらない表現を採用する等の工夫をすべきであった。・・・(稲葉129130頁)

 


イ 「子会社以外の子会社等」の定義

 


(ア)会社法施行規則改正案3条の2第1項

 会社法的に表現すれば「子会社以外の子会社等」というくせのある表現になるであろう改正会社法2条3号の2ロの「もの」は,20141125日に法務省から意見募集手続に付された会社法施行規則の改正案(以下「会社法施行規則改正案」という。)によれば,改正会社法2条3号の3「ロに規定する者〔「会社以外の者」〕が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」とされています(会社法施行規則改正案3条の21項)。ここが会社法文法の精緻なところなのですが,改正会社法2条3号の2ロに規定する「者」は「会社以外の」であって,「もの」は上記のとおり同ロ(「・・・法務省令で定めるもの」)の定義対象それ自体である「子会社以外の子会社等」ということになります。

なお,「子会社以外の子会社等」たる主体の性格について,坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の97頁に,「会社以外の者がその経営を支配している法人」という表現がありますが,ここでいう「法人」は会社法施行規則2条3項2号の会社等であって,法人格の無いものをも含む概念ですよね(前記の「亜法人」ですよね。)。

 


(イ)子会社と「子会社以外の子会社等」との分別:「親」の相違

 子会社と「子会社以外の子会社等」との違いが分かったでしょうか。分かりにくいですよね。

 実は,どちらも他者に財務及び事業の方針の決定を支配されている事業体等なのですが,当該他者たる支配者(「親」)の違いが子会社と「子会社以外の子会社等」との違いです。子会社の支配者(「親」)は会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)でなければなりませんが(会社法23号),「子会社以外の子会社等」の支配者(「親」)は,「会社以外の者」でなければならず(改正会社法23号の2ロ),会社であってはいけません。むしろ,子会社については「子会社」といわずに逆立ちして「会社の子事業体等」といい,「子会社以外の子会社等」については「会社以外の者の子事業体等」とでもいうことにすれば分かりやすいでしょうか。

 


(ウ)「子会社以外の子会社等」と子法人等との分別:「親」としての自然人の許否

 また,「子会社以外の子会社等」については,法務省は現行会社法施行規則3条の改正は考えていないようなので,同条3項1号柱書きの二つ目の括弧書き内にある「子法人等」との分別がまた問題となります。(ただし,現行の会社法施行規則では子法人等が出てくるのは同規則3条3項1号の括弧書きの中だけのようですから,子法人等の概念は実は重要なものではないのでしょうが。)

子法人等は,「会社以外の会社等が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」であるものとされています。この場合の支配者(「親」)は「会社以外の会社等」ですから,会社法施行規則2条3項2号の会社等から会社を除いた「外国会社,組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」ということになります。支配者(「親」)が会社でないものは「子会社以外の子会社等」でありますが,更にそのうちの支配者(「親」)が事業体等(会社を除く。)であるものが子法人等であることになります。自然人が支配者(「親」)であるものは,「子会社以外の子会社等」にはなっても,子法人等にはなりません。子法人等とは,「会社以外の事業体等の子事業体等」ということになるのでしょう。

 支配者(「親」)が自然人であり得るか否かが「子会社以外の子会社等(子法人等を除く。)」と子法人等との違いの決め手です(坂本97頁(注)参照)。子会社の「財務及び事業の方針の決定を支配している場合」の定義に係る会社法施行規則3条3項の規定と,「子会社以外の子会社等」の当該定義に係る会社法施行規則改正案3条の2第3項の規定とを見比べるとそれが分かります。会社法施行規則改正案3条の2第3項2号イ(4)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が所有している議決権」という規定が,同号ロ(1)には「自己(自然人であるものに限る。)」という規定及び(6)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族」という規定が,並びに同号ニの三つ目の括弧書きに「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が行う融資の額を含む。」という規定があります。これらの規定にいう「自己」は「〔改正会社法2条3号の2〕ロに規定する者」(会社法施行規則改正案3条の31項)たる「会社以外の者」ですが,そこには自然人が含まれているからこそ,上記のような規定が設けられるわけです。自然人でないものに,配偶者や親族があるわけはありません。

 


ウ 子会社等,子会社,「子会社以外の子会社等」及び子法人等の相互関係

 以上,他者に支配される事業体等(「会社等」)である子会社等という全体集合があって,そのうち会社に支配されるものが子会社であり,子会社の補集合が「子会社以外の子会社等」であって,更に「子会社以外の子会社等」の部分集合として子法人等があるということのようです。「子会社」や「子法人等」といった場合,下線部分の「会社」や「法人等」は子の性質を表すものかといえばそうではなくて,むしろ「親」の性質を表すものとして考えた方がしっくりするわけです。しかし,そのようにあえて考えて納得するときであってもすべてがきれいに説明されるわけではなく,会社は法人である(会社法3条)にもかかわらず,そこには目をつぶることになります(子法人等の支配者には,法人であっても会社は含まれない。)。これもまた,会社法の味わいの珍なるところです。

 


(2)完全子会社等

 


ア 子会社等と完全子会社等との違い

 なお,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項2号で定義されている「完全子会社等」は,子会社等の延長線上にはない,一応別種のものだと考えましょう。これまた「完全・子会社等」ではなく,「完全子会社等」という六文字熟語であるからです。すなわち,改正会社法847条の3第2項2号で定義される完全子会社等は,「株式会社がその株式又は持分の全部を有する法人」でありますから,①その支配者たる株式又は持分の全部を有する者が株式会社に限定されていることによって子会社等(支配者に限定はない。),更には子会社(支配者が会社であればよい(同条3号)。)よりも狭く,②支配されるところの当の主体の性質においても法人に限定されていることによって会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう(会社法施行規則232号)。)たる子会社等(同規則31項,会社法施行規則改正案3条の21項)よりも狭いものとなっているところです。「親」に完全に支配されている子会社等が,すべて完全子会社等になるわけではありません。

 


イ 完全子会社:株式会社限定

 さらに,会社法施行規則改正案218条の3(完全親会社)第1項(現行会社法施行規則2191項)に規定されている「完全子会社」は,「当該ある株式会社が発行済株式の全部を有する株式会社」とされています。完全子会社等とは,支配者が株式会社である点では同じであっても,支配されるところの当の主体が法人より狭い株式会社でなければならないところで違います。

 


4 親会社等

 「親会社等」に移りましょう。

 


(1)親会社等の定義(改正会社法24号の2

 改正会社法2条4号の2は,「親会社等」を「親会社」(同号イ)又は「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と規定しています。

 


ア 親会社の定義

 


(ア)会社法2条4号

会社法上の親会社は,「株式会社を子会社とする会社その他の当該株式会社の経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(同法24号)。

 


(イ)会社法施行規則3条2項:親会社は会社に限らぬ。

親会社について会社法施行規則を見ると,親会社は「会社等が〔会社法24〕号に規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等」とされています(同規則32項。下線は筆者)。親会社は,会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体(同規則232号))です。したがって,親会社といっても組合等を含むものであって,会社には限られません。

 


イ 「親会社以外の親会社等」の定義(会社法施行規則改正案3条の22項)

改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」は,会社法施行規則改正案3条の2第2項において「ある者(会社等であるものを除く。)が〔改正会社法2条4号の2〕ロに規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該ある者」と定められています。会社等が株式会社を支配していれば当該会社等は親会社です。すなわち,株式会社を支配する者であって,親会社ではない者が,「親会社以外の親会社等」ということになります。自然人が典型的なものとして考えられるのでしょう。「例えば,株式会社の経営を支配している自然人は親会社に該当しません。」ということになっている一方(坂本98頁。すなわち,会社法施行規則232号の会社等には自然人は含まれないことになります。なお,稲葉130頁の「〔「法人として」は〕むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか」参照),改正会社法2条15号ハ・ニ等の親会社等について「株式会社の経営を支配している者が自然人である場合」が該当することになる旨説明されています(坂本98頁(注))。

なお,相続財産法人(民法951条)は会社等たる事業体ではないでしょうから,たといある株式会社を支配するに足る株式が当該法人に係る相続財産に含まれていても,当該相続財産法人は当該株式会社に係る親会社にはならないのは当然として,法人ではありますから(改正会社法24号の2括弧書き参照),その結果「親会社以外の親会社等」ともされないものとも考えられます。しかし,「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として」(「であって」ではない。)えいやっと法務省令で決めた会社法施行規則改正案3条の2第2項の定義のみを見ればよいのだということになれば,相続財産法人も,法人ながら,「親会社以外の親会社等」であるものとされ得そうです。

とはいえ,改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」については,主に自然人が念頭に置かれていることになるとは,ちょっと文字面からは分かりにくいですね。「親会社・等」であって「親・会社等」ではないということでしょうか。会社法令の文法は,不規則活用が多いです。

 


ウ 親会社等の「子」:株式会社限定

 


(ア)株式会社以外には「親会社等の捜索は許さず」

また,親会社等が支配の対象とするのは,本来,株式会社に限られるはずです。子会社ないしは子会社等は,株式会社に限られず,会社等一般でよかったのですが,親会社等の「子」は,会社法を見ると株式会社に限られています(会社法24号及び改正会社法24号の2ロは「株式会社の経営を支配」するものと規定(下線筆者))。これはあれですね,株式会社ではない子会社等に対しては,「親」の捜索が禁止されているような具合ですね。法的には,子があれば必ずそれに対応する親があるというわけにはいかないのは,親族法について,昨年(2014年)1月3日の記事(「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)で見たところでした(「父の捜索は許さず」に一種対応する「親会社等の捜索は許さず」ですか。)。

 


(イ)例外:会社法135条1項と会社法施行規則3条4項

ところで,「子会社は,その親会社である株式会社の株式・・・を取得してはならない。」と定める会社法135条1項に関して,子会社及び親会社の各定義及びそれらの関係が問題になっています。当該問題を処理するためということで,会社法施行規則3条4項は「法第135条第1項の親会社についての〔会社法施行規則3条〕第2項の規定〔同規則における親会社の定義規定〕の適用については,〔法135〕条第1項の子会社を〔規則3条〕第2項の法第2条第4号に規定する株式会社とみなす。」とわざわざ規定しています。しかし,当該規定も難しい。一読して同項の意味が了解できるのであれば,あなたは会社法令ワールドの立派な住人です。

 


 ・・・会社法上の「親会社」は,日本法に基づき設立された「株式会社」の経営を支配するものに限られるので(会社則32項),外国会社に「親会社」は存在し得ない。ただし子会社による親会社株式の取得の禁止の規定(会社1351項)の適用に関しては,外国会社である子会社の経営を支配するものも親会社とみなされる(会社則34項)。(江頭9頁注(12))

 


 と言われただけでは,なおよく分かりませんね。更にいえば,「外国会社である子会社」ばかりが対象とされているわけではないようです。

 


 ・・・〔会社法施行規則34項は,会社法〕135条の親会社株式取得が制限される場合の子会社は,株式会社に限定されない(ここでは,〔会社法〕2条3号に定められた意味での子会社を意味する)。そのことを規定したものであるが,分かりにくい。つまり,〔会社法〕2条4号・施行規則3条2項は,日本法に基づいて設立された株式会社を子会社とするものを親会社としているが,135条の局面での子会社は,株式会社に限定されるものではない。そのことを明確にするための手当てとされる。(稲葉130頁)

 


 会社法における子会社及び親会社の各定義をそれとして読んで会社法135条1項を読むと,親会社が「子」とし得るものは株式会社に限られるはずであるから(同法24号),「子会社は,その親会社である株式会社」とある文言からは,同項の子会社は親会社の「子」である以上当然株式会社でしかあり得ないな,ということになります。しかし,そのように読まれては困るので,会社法施行規則3条4項に 晦渋ながらも規定を置いたということでしょう。

 会社法施行規則3条4項に従えば,会社法135条1項の「親会社」についての法務省令における定義規定は,同規則3条2項を読み替えた,「法第2条第4号に規定する法務省令で定めるもの〔親会社〕は,会社等が法第135条第1項の子会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等とする。」となる,ということになるのでしょう。しかし,やっぱり,親会社の「子」は株式会社であるものとするはずの会社法2条4号との関係が釈然としませんね。やはり,「当該株式会社の経営を支配している法人として」えいやっと法務省令でそう決めたからそれでいいのだ,ということでしょうか。

 会社法135条1項を,「株式会社の子会社は,その株式会社の株式(以下この条において「親会社株式」という。)を取得してはならない。」とでも書いてくれれば困難が少なかったように思うのですが,どうでしょう。改正会社法においては,同項の改正はありません。

 


(2)完全親会社等

 


ア 親会社等と完全親会社等との違い:完全親会社等の株式会社限定性

ところで,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項で定義されている「完全親会社等」と親会社等との関係はどうなるでしょうか。せっかく自然人を含めるために親会社等という概念を改正会社法2条4号の2で作ったのですから,完全親会社等にも自然人が含まれるのでしょうか。否,そうではありません。完全親会社等は,株式会社に限られます(改正会社法847条の3第2項柱書き)。完全親会社等は,やはり「完全親会社等」という六文字熟語であって,「完全・親会社等」(自然人が含まれる。)でも「完全親・会社等」(株式会社以外の会社,組合,事業体が含まれる(会社法施行規則232号参照)。)でもないわけです。

しかし,「会社等」といわれれば会社でないものが含まれるように考えるのが自然なのですが,完全親会社等には,「等」にもかかわらず会社以外のものは含まれず,しかも会社の中でもその一部である株式会社しか該当しないということになっています。「完全親株式会社」というのでは長過ぎるということだったのでしょうか。それとも,「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号)及び「株式移転設立完全親株式会社」(同法8043項)との関係が面倒だったということでしょうか。しかし,引っ込むべきはずなのに出っ張るように見えるのはどういうことか。

あるいは,現行会社法804条3項の「株式移転設立完全親株式会社」は立法ミスですので,「完全親株式会社」は縁起が悪いとして忌避されたものか。すなわち,会社法2条32号の定義上株式移転で設立される会社は株式会社に限られており,当該会社については「株式移転設立完全親会社」といえば足りるにもかかわらず(同法77311号参照),現行会社法804条3項においては「株式移転設立完全親株式会社」なるものが定義の無いまま突然登場してしまっています(下線部筆者)。そこで平成26年法律第90号は「こっそり」改正を行い,改正後会社法8043項においは「株式移転設立完全親株式会社」が「株式移転設立完全親会社」に修正されているところです(姫野司法書士試験研究所のブログ2014年8月26日の記事「こんな会社法に負けるな!」参照)。

 


イ 完全親会社等と完全親会社との違い

 


(ア)完全親会社等の定義(改正会社法847条の32項)

 完全親会社等は,「完全親会社」(改正会社法847条の321号)又は「株式会社の発行済株式の全部を他の株式会社及びその完全子会社等(・・・法人をいう。・・・)又は他の株式会社の完全子会社等が有する場合における当該他の株式会社(完全親会社を除く。)」(同項2号。なお,多層にわたる完全子会社等が存在し得ます(同条3項)。)です。

 


(イ)完全親会社の定義(改正会社法847条の21項)

 完全親会社は,「特定の株式会社の発行済株式の全部を有する株式会社その他これと同等のものとして法務省令で定める株式会社」です(改正会社法847条の21項柱書き。現行会社法851条(株主でなくなった者の訴訟追行)1項)。完全親会社となる法務省令で定める株式会社に係る会社法施行規則改正案218条の3は,現行会社法施行規則219条(会社法施行規則改正案では削除)と同様の規定です。

 


(ウ)「完全親会社以外の完全親会社等」の定義:「子」・「孫」の株式会社純一性の有無

従来からの①完全親会社のほかに②改正会社法847条の3第2項2号の「完全親会社以外の完全親会社等」を設けた理由は,次の説明から理解すべきでしょう。

 


2 ①と②との違いは,株式会社Aが,その中間子法人による保有分(すなわち,株式会社Aの間接保有分)と合わせて,株式会社Bの発行済株式の全部を有する場合において,当該中間法人が,株式会社に限られるか(①),それとも,株式会社以外の法人が含まれるか(②)という点にあります。・・・(坂本163頁)

 


 そうだとすると,ブリーダー的に言えば,完全親会社の「子」や「孫」は代々折り目正しく株式会社であるのに対して,「完全親会社以外の完全親会社等」の「子」や「孫」には株式会社ならざる法人という斑(ブチ)が混ざるという点が,両者の相違ということになるわけです(親会社の「子」として株式会社以外の法人があることは,本来あるべからざることです(会社法24号参照)。)。

 


ウ 最終完全親会社等

 しかし,お話は完全親会社等では終わりません。改正会社法847条の3第1項において更に「最終完全親会社等」が規定されています。

 最終完全親会社等は,「当該株式会社の完全親会社等であって,その完全親会社等がないものをいう。」と定義されています。なお,最終完全親会社等は,「最終・完全親会社等」なので,株式会社でなければなりません。「例えば,一般社団法人がグループ企業の最上位に位置する株式会社の発行済株式の全部を有する場合には,当該一般社団法人が「最終完全親会社等」に該当してその社員が多重代表訴訟の原告適格を有するわけではなく,あくまでも,当該株式会社が「最終完全親会社等」に該当し,当該一般社団法人が当該株式会社の株主として多重代表訴訟の原告適格を有すること」となるわけです(坂本161162頁)。

 しかし,「最終」完全親会社等というネーミングも何でしょうかね・・・「最初」完全親会社等や「元祖」完全親会社等では変だということでしょうね。とはいえ,単なる○○者ではなくて,「最終○○者」と自称していた人がいましたね。終末論的響きがあるというべきか。確かに,今次会社法改正について触れるところもあった2013年6月14日の閣議決定は,「日本再興戦略―JAPAN is BACK―」と題されていました。ターミネーターですね。

 


(と,この辺で字数オーバーです。次の後編に続きます。)

 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

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1 会社法の一部を改正する法律案の第185回国会への提出

 200651日から施行された会社法(平成17726日法律第86号)は施行後7年半余を経たところですが,その初めての本格的改正(ただし,他の法律の制定・改正に伴う会社法の部分改正は,既にいろいろ行われています。)に係る法案である「会社法の一部を改正する法律案」が,「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」と共に,20131129日,内閣から国会に提出されました(衆議院先議)。

 当該両法案は衆議院法務委員会に付託されています(同年125日)。

 上記両法案が提出された第185回国会の会期は2013128日をもって終了しましたが,当該両法案は閉会中審査に付されており(国会法472項参照),次の常会である20141月召集の第186回国会に継続され(同法68条ただし書参照),当該国会における審議を経ての法律の成立が予想されます(常会の会期は150日間(同法10条))。当該「会社法の一部を改正する法律案」の附則1条は「この法律は,公布の日から起算して16月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と規定していますが,同文の附則規定を有していた会社法の前例においては,法律の公布から9箇月余で施行となっています。

 いずれにせよ,会社法の改正法が成立したときは,それに伴い,改正内容の研究及びそれに対する対応が必要になります。参考書籍も多々出版されることでしょう。企業法務担当者には,なかなか寧日はありません。


 会社法の一部を改正する法律案の提出理由

 今回の会社法の一部改正法案はどのようなものか,手っ取り早く大づかみに知りたいときは,法案に付されている「理由」を見るのが便宜でしょう(法務大臣による国会における法案の趣旨説明(「お経読み」)は第185回国会ではされていません。)。会社法の一部を改正する法律案に付された「理由」は,次のとおりです。



   理 由

 株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に鑑み,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化並びに株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図るため,監査等委員会設置会社制度を創設するとともに,社外取締役等の要件等を改めるほか,株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設,株主による組織再編等の差止請求制度の拡充等の措置を講ずる必要がある。これが,この法律案を提出する理由である。


 法案の作成を担当した法務省としては,①監査等委員会設置会社制度の創設,②社外取締役の要件改正,③株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度の創設及び④株主による組織再編の差止請求制度の拡充の4点が今次会社法改正の目玉だと考えているようです。

 なお,上記①から④までのほか,前記「理由」の文章中の諸所にちりばめられている「等」には実は多様な改正内容が含まれていることに注意が必要です。学校の古文の授業では,朧化表現の「など」などには具体的な内容は無く,専ら表現をおぼろにするものと習ったわけですが,霞が関の官庁文の「等」には具体的な,そして時には非常に重要な内容が詰まっています。(監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)のうち株式について有価証券報告書提出義務のある株式会社であるいわゆる一流企業で最も問題になっているであろう,改正後会社法327条の2の「社外取締役を置いていない場合には,取締役は,・・・定時株主総会において,社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならない」義務の導入は,「等」で読まれていることになります。) 


3 法律の改正に伴う「こっそり」改正

 一つの法律が改正されると,関係法令にも変動が及びます。そして,その際される各種法令における「関係条項」の改正は,専ら当該法律の改正に対応するために必要となる改正ばかりであるというわけではありません。実は,従来の立法ミスを改めるための,「こっそり」改正も含まれています。


(1)豚の密飼養一斉検挙とへい獣処理場等に関する法律の昭和42年改正

 例えば,伊藤栄樹元検事総長のエッセイ「つづいて,あれこれ」では,へい獣処理場等に関する法律(昭和23年法律第140号。現在の題名は,化製場等に関する法律)における「こっそり」改正の事例が紹介されています。

 へい獣処理場等に関する法律103号が「前条第1項の規定に違反した者」に対する罰則(1年以下の懲役又は3万円以下の罰金)を定め,同法91項(都道府県知事が指定する区域内で牛,馬,豚,めん羊,山羊,犬,鶏又はあひるを一定数以上飼養又は収容しようとする者は知事の許可を受けなければならないものとする。)の違反に備えていたところ(昭和34年法律第143号による改正後の規定),その後1962101日に第9条と第10条との間に第9条の2を挿入したときに,第103号の「前条第1項」を「第91項」に改正することを失念してしまっていたというケースの後始末です(第10条から見た「前条」は,「第9条」ではなく,「第9条の2」になってしまっていました。)。山口県下で豚の密飼養ケースを一斉検挙した際に,いざへい獣処理場等に関する法律103号に基づき起訴しようとした山口地方検察庁が同法の当該規定の上記不整合を発見し,法務省刑事局刑事課に照会があったものです。

 伊藤栄樹刑事課長は,罪刑法定主義の立場から,「「前条第1項の規定に違反した者」と規定している第10条第3号の規定は,遺憾ながら第9条第1項の許可を受けないで豚を飼養した者を処罰するのに有効と解釈することに疑問がある,したがって,今回のいっせい検挙にかかる無許可の豚飼養業者は,すべて不起訴処分にするほかはない」と回答する一方,同法を所管する厚生省に改正方を申し入れたのですが,「なかなか適当な改正のチャンスがなく,昭和42年になって,やっと同省所管の全く別の法律が改正される際,その附則で,こっそりと改正することになった。したがって,牛,馬,豚などの無許可飼養については,5年ばかりの間,罰則が死んだ状態になっていたわけである。」という次第であったものです(以上,伊藤栄樹=河上和雄=古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)23-25)。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ,とは現実には行われ難いことであったわけです(厚生大臣が正直に告白した場合,国会は大紛糾したでしょう。)。

 なお,伊藤元検事総長の「昭和42年になって,やっと同省所管の全く別の法律が改正される際,その附則で」との記述は実は不正確で,実際には,「許可,認可等の整理に関する法律」(昭和42120号)という省庁横断的な法律の本則の第16条で改正されたものです。多くの法律についてバラバラと改正されるものをまとめた法律の中に,こっそり紛れ込ませたということでしょう。

 また,1962101日のへい獣処理場等に関する法律の改正は,「行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」の施行(同法附則1項参照)によるものですが,同法86条により挿入されたへい獣処理場等に関する法律9条の2は,「政令で定める市の長が行なう処分についての審査請求の裁決に不服がある者は,厚生大臣に対して再審査請求をすることができる」旨の規定でした(行政不服審査法811号参照)。へい獣処理場等に関する法律9条の2は「許可申請の取扱いについて不服がある者は,厚生大臣に対して審査請求することができる旨」を規定していたという伊藤元検事総長の記述(伊藤=河上=古田・前掲24頁)は,ここでも若干不正確でありました。


(2)特殊会社に係る某法律24条の平成26年改正(予定)

 さて,今回の会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の第60条後段は,特殊会社に係る某法律について,次のように規定しています。



24条中「名義書換代理人」を「株主名簿管理人」に改める。


 これも,本来は「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成17726日法律第87号)で改正して手当てしておくべきであったところ,改正をし忘れた分を9年たってからつじつまを合わせる「こっそり」改正です。

 当該某法律の第24条は,現在,なおも次のようになっています(下線は筆者)。



24 第6条第1項又は第2項の規定に違反した場合においては,その違反行為をした会社の職員又は名義書換代理人名義書換代理人が法人である場合は,その従業者)は,50万円以下の罰金に処する。


 某法律の第61項及び2項は,外国人等議決権割合が3分の1以上になるような株式取得者の株主名簿への記載又は記録を禁止するものです。

 株主名簿管理人は,株式会社から委託を受けて「株式会社に代わって株主名簿の作成及び備置きその他の株主名簿に関する事務を行う者」です(会社法123条)。株式会社が新株予約権を発行しているときは,株主名簿管理人は「株式会社に代わって株主名簿及び新株予約権原簿の作成及び備置きその他の株主名簿及び新株予約権原簿に関する事務を行う者」になります(同法251条)。

 名義書換代理人の制度は,会社法の施行前の商法の旧規定によるものであって(株式についての名義書換代理人,新株予約権についての名義書換代理人及び社債についての名義書換代理人がありました。),会社法の施行に伴い,株式についての名義書換代理人及び新株予約権についての名義書換代理人の制度は,株式名簿管理人の制度に置き換えられています(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律80条参照)。すなわち,会社法の施行された200651日以後には,株式についての「名義書換代理人」というものはなくなっていたわけです。

 某法律の第24条は罰則ですから,罪刑法定主義からすると,その有効性に疑義が生じないように,2005年の会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律においてしっかり手当てがされているべきものでした。しかし,某法律を所管する某省のお忙しい秀才官僚たちは,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案における関係条項の作成の際,会社法案の膨大さに唖然呆然うんざりして,「名義書換代理人」の「株主名簿管理人」への変化を見落としてしまったものでしょう。Menschliches, Allzumenschliches!(人間的な,余りに人間的な!)


(3)某法律施行規則の「こっそり」改正予備軍:「会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社となる場合」(10条1項2号ハ)

 ところで,今回の会社法の改正に伴う,前記某法律を所管する某省のエリート官僚諸氏の大変かつ大切なお仕事は,会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案60条の作成で終わったわけではありません。当該某法律に係る省令(「某法律施行規則」)にも「こっそり」改正が必要な条項が存在しています。これらの条項も,会社法の改正に伴う省令改正に紛れて,きれいにする必要があります。

 例えば,某法律施行規則101項は,某法律に係る特殊会社が合併,分割又は解散の決議の認可を当該某省の大臣から受けようとするときは,同項各号に規定する事項を記載した申請書を当該大臣に提出すべきものと定めていますが,当該記載事項に係る同項2号に次のような規定が存在しています。



二 次のイからハまでに掲げる場合に応じ,当該イからハまでに定める反対株主の氏名又は名称及び住所並びにその者の所有する株式の数

 イ 

 ロ 

 ハ 会社が,新設合併により消滅する会社又は会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社となる場合  同法第806条第2項に規定する反対株主


 「会社法第763条第1号に規定する新分割設立株式会社が新設分割により新分割する会社」とは何でしょう。意味不明です。また,会社法7631号にあるのは「新分割設立株式会社」であって「新分割設立株式会社」ではありません。会社法には「新設分割」はあっても(同法230号),「新分割」はありません。某省のエリート官僚たちの言語能力は,通常の日本語話者のそれとは次元の違うところにあるのでしょうか。

 実は,「会社法第763条第1号に規定する新分割設立株式会社が新設分割により新分割する会社」とは,会社法763条の第5号で定義されている新設分割会社のことであるものと解されます。某法律施行規則1012号ハの定めにある会社法806条は,消滅株式会社等における反対株主の株式買取請求について定めており,そこにいう消滅株式会社等とは,新設合併消滅株式会社,新設分割株式会社及び株式移転完全子会社であるところです(同法8031項)。

 会社法763条(同条は,株式会社を設立する新設分割計画において定めるべき事項を規定する。)5号の規定は次のとおり。



五 新設分割設立株式会社が新設分割により新設分割をする会社(以下この編において「新設分割会社」という。)から承継する資産,債務,雇用契約その他の権利義務(株式会社である新設分割会社(以下この編において「新設分割株式会社」という。)の株式及び新株予約権に係る義務を除く。)に関する事項


 読みづらく,分かりにくい規定です。

 最初の括弧書きが文を肝腎のところで分断しているので,「新設分割設立株式会社が新設分割により・・・承継する」という係り結びが見えにくくなっています。その結果,当該括弧書きの「新設分割会社」に係る定義の部分は「新設分割をする会社」にとどまるものではなく,「新設分割設立株式会社が新設分割により新設分割をする会社」が大きく一かたまりの定義部分となっている,との誤読を誘ったものと思われます(惜しむらくは,「新設分割をする会社(以下この編において「新設分割会社」という。)から新設分割設立株式会社が新設分割により承継する資産,債務,雇用契約その他の権利義務・・・」と書かれていれば,すっきりと読めたものでしょうか。)。

 会社法の施行に伴う某法律施行規則の改正のための省令案を起草することをノンシャランな上司から仰せつかった某省の若者官僚が,連日連夜大量,難解かつマニアックな会社法の条文に取り組まされて朦朧となった頭でもって同法における新設分割会社の定義について上記誤読をしてしまった挙句,某法律施行規則1012号ハにおいては「単に「新設分割会社」と書くよりも,そのそもそもの定義に噛み砕いて書き下した方が親切だろう」などと余計なことを考えてしまい,「新設分割設立株式会社」の定義は「会社法第763条第1号に規定」されている旨書き足した上,「新設分割」が何度も繰り返されるくどくどしさに魔がさして,適宜その単調さを破るべく「新分割」などという会社法にない概念を省令レベルにおいて創造しつつ,天使のように単純な「新設分割をする会社」ではなく悪魔のように難解な「会社法第763条第1号に規定する新規分割設立株式会社が新設分割により新規分割する会社」と起案して,当該某省におけるエリートぞろいの上司連に伺ったものと想像されます。えい,と目をつぶって手を放したところ,あら不思議,だれも当該条項について読み込まず,又は読んでもそのおかしさに気が付かないまま,当該伺い文書は課を出て,部を通り,局を出て,大臣官房を通って大臣決裁まで受けちゃった,ということでしょうか。大勢の机の上(あるいはパーソナル・コンピュータの中)を通ったはずなのですが,どうしたことでしょう。霞が関エリート官僚集団のこのような失態を図らずも明るみに出すとは,会社法恐るべし。

 なお,会社法の読みにくさ,分かりにくさ等に対する詳細な批判として,つとに,稲葉威雄元広島高等裁判所長官の『会社法の解明』(中央経済社・2010年)という分厚い本が出版されています。


4 おわりに

 某法律施行規則は,今回取り上げた部分のほかにも,会社法について深く考えさせる契機となる興味深い規定を多々有しています(某法律については,伝統的な当該方向等からの実定法学的アプローチの方が,「経済法」や「競争法」などという方面からの理念的アプローチよりも,法学的にはなお生産的であるようです。)。しかしながら,それらについていちいち書くと,また長過ぎるブログ記事になるように思われます。後日紹介する機会もあるでしょうから,今回はこの辺で切り上げましょう。

 会社法が改正されるとなると,法曹界・実業界のみならず,法務省以外のお役所もいろいろ忙しくしなければならなくなるというわけです。

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霞が関官庁街

 弁護士 齊藤雅俊
  大志わかば法律事務所
  東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203
  電話: 03-6868-3194 (法律問題に関して,何でも,お気軽に御相談ください。)
  電子メール: saitoh@taishi-wakaba.jp
 (関連:『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)285頁・185頁)

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