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(上)法制審議会に対する諮問第118号及び旧刑法:

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(中)1886年のボワソナアド提案及びフランス法:

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第4 侮辱罪(刑法231条)削除論

 

1 第1回国会における政府提案(1947年)

 ところで,現在の日本国憲法が施行されてから最初に召集された1947年の第1回国会において,侮辱罪は削除の憂き目に遭いかけていたところです。

昭和22年法律第124号の政府原案においては(第1回国会参議院司法委員会会議録第242頁参照),「事実の摘示を伴わない侮辱は,名誉を傷ける程度も弱く,刑罰を以て臨むのは聊か強きに過ぐるのではないかという趣旨に基」づき(1947725日の参議院司法委員会における鈴木義男司法大臣による趣旨説明(第1回国会参議院司法委員会会議録第35頁)),刑法231条は削除されるということになっていたのでした(〈ただし,政府原案の決定に至るまでの課程における刑法改正法律案の要綱においては,むしろ侮辱罪の重罰化が提案されていたそうです(嘉門9頁)。〉)

194786日の参議院司法委員会において國宗榮政府委員(司法省刑事局長)からは「34章のうちの231条侮辱罪の規定でありますが,「事実ヲ摘示セスト雖モ公然人ヲ侮辱シタル者ハ拘留又ハ科料ニ處ス」,この規定を削除いたしました。この削除いたしました趣旨は,今日の言論を尊重いたしまする立場から,たまたま怒りに乗じて発しましたような,軽微な,人を侮辱するような言葉につきましては,刑罰を以て臨まなくてもよいのではないか,かような考えからこれを削除いたしましたが,この点につきましては,尚考慮の余地があろうかと考えているのでございます。特に90条,91条を削除いたしました関係上,外国の使節等に対しまする単なる侮辱の言葉が,往々にして国交に関する問題を起すような場合も考えられまするので,これは削除いたしましたけれども,考慮を要するのではないかと考えております。」と説明されています(第1回国会参議院司法委員会会議録第94頁)。ここでは言論の尊重に言及がされています。また,軽微な侮辱は処罰しなくてもよいとされていますが,「たまたま怒りに乗じて発し」たような軽微なものではない,重大な侮辱は全くあり得ないといってよいものかどうか。ちなみに,起訴猶予制度は既に法定されていました(刑事訴訟法(大正11年法律第75号)279条)。続いて同月7日の同委員会において同政府委員は「侮辱罪は具体的な事実を示しませず,単に侮蔑の意思を表示したという場合でありましてこういう場合には被害者の感情を傷つけることはありましても,被害者の名誉,即ち社会的に承認されておるところの価値,又は地位,これを低下させる虞れは比較的少いと思われるのであります。いわば礼儀を失したような行為のやや程度の高いものに過ぎないのではないか,これに対しまして刑罰を科するのは一応適当ではない,こういう趣旨で,現に英米の名誉毀損罪は,かような行為までは包含していないというような点を参照いたしまして,一応この廃止案を立てた次第でございます。」と述べています(第1回国会参議院司法委員会会議録第102頁)。被害者の感情(名誉感情)よりもその社会的に承認されている価値又は地位としての名誉(外部的名誉)を重視するのは,侮辱罪と名誉毀損罪との保護法益をいずれも外部的名誉とする判例・通説の立場でしょう。英米の名誉毀損罪については,「イギリス法は名誉毀損defamationを其の表示の形式に従つて,文書誹謗libel及び口頭誹謗slanderの二に分かつてゐる。〔略〕前者は民事上の不法行為であると共に,刑事上の犯罪でもあるが,後者は民事上の不法行為たるに止まり,原則として刑事上の犯罪とはされないのである」ところ(小野・名誉の保護93頁),同法においては「いづれにしても単純なる侮辱mere insultは文書誹謗とならぬ」(同97頁)と説かれていました。現在では,「アメリカの連邦,イギリスのイングランドとウェールズについては侮辱罪や名誉毀損罪に相当する罰則は設けられていないと承知しております。」との状況であるそうです(侮辱罪第2回議事録12頁(栗木幹事))。1947813日の参議院司法委員会において國宗政府委員は更に「公然人を侮辱いたしますことは,我々が,希望いたしておりまする民主主義社会の人の言動といたしましては,遙かに遠いものでありまして,好ましくないところでございます。併しながらこの侮辱は時によりまするというと非常に教養のある人々でも時と場合によりまして多少感情的なことに走りまして,いわば単に礼儀を失したような行為のやや程度の高いもの,こういうふうに考えられる行動がある場合がございます。かようなものにつきましては刑罰を以つて処するということは妥当でないと一応こういう観点に立ちまして,やはりもう少し法律の規定に緩やかにして置きまして,感情の発露に任せた自由な言動というものを,暫くそのままにして置いて,これを社会の文化と慣習とによりまして洗練さして行くということも考えられるのではないか,そういうような観点から侮辱罪を廃止することにいたしたのでございます。」と,感情の発露たる洗練された自由な言動を擁護しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第1321頁)。

しかしながら,1947103日に衆議院司法委員会は全会一致で社会党,民主党及び国民協同党の三派共同提案による刑法231条存置案を可決して(第1回国会衆議院司法委員会議録第44377頁・385頁),他方では不敬罪(刑法旧74条・旧76条),外国君主・大統領侮辱罪(同法旧902項)及び外国使節侮辱罪(同法旧912項)が削除されたにもかかわらず(これについては「何人も法の下で特権的保護を享受すべきではないという連合国最高司令官の主張があったので,外国の首長や外交使節に対する犯罪を他の一般国民に対する犯罪よりも厳しい刑罰に処していた刑法典の規定を,私達も賛成する形をとって削除に導いた。」というGHQ内の事情もあったようです(アルフレッド・オプラー(内藤頼博監訳,納谷廣美=高地茂世訳)『日本占領と法制改革』(日本評論社・1990年)102頁)。),単純侮辱罪は残ったのでした。同月7日の参議院司法委員会において佐藤藤佐政府委員(司法次官)は後付け的に「極く軽微の単純侮辱罪は,そう事例も沢山これまでの例でありませんし,事件としても極く軽微でありまするから,かような軽微のものは一応削除したらどうかという意見の下に立案いたしたのでありまするけれども,現下の情勢に鑑みまして,現行刑法において事実を摘示しないで人を侮辱した場合,即ち単純侮辱罪を折角規定されてあるのを,これを廃止することによつて,却つて侮辱の行為が相当行われるのではなかろうかという心配もございまするし,又他面一般の名誉毀損罪の刑を高めて,個人の名誉をいやが上にも尊重しようという立案の趣旨から考えましても,いかに軽微なる犯罪と雖も,人の名誉を侮辱するというような場合には,やはりこれを刑法において処罰する方がむしろ適当であろうというふうにも考えられまするので,政府当局といたしましては,衆議院の刑法第231条の削除を復活して存置するという案に対しては,賛同いたしたいと考えておるのであります。」と説明しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第313頁)。

しかし,74年前には侮辱罪の法定刑引上げどころかその廃止が企図されていたとは,隔世の感があります。

 

2 最決昭和58111日における谷口裁判官意見(1983年)

その後,1983年には最決昭和58111日刑集3791341頁が出て,そこにおける谷口正孝裁判官の意見が,「このように軽微な罪〔である侮辱罪〕は非犯罪化の検討に値するとする見解」として紹介されています(大コンメ66頁(中森))。

ただし,よく注意して読めば分かるように,当該谷口意見は,端的に侮辱罪は直ちに非犯罪化されるべきであると宣言したものではありません。

すなわち,当該意見において谷口裁判官は,「侮辱罪の保護法益を名誉感情・名誉意識と理解」した上で「私のこのような理解に従えば,本件において法人を被害者とする侮辱罪は成立しないことになる。(従つて又幼者等に対する同罪の成立も否定される場合がある。このような場合こそはモラルの問題として解決すればよく,しかも,侮辱罪は非犯罪化の方向に向うべきものであると考えるので,私はそれでよいと思う。)」と述べていたところです。ただし,「非犯罪化の方向に向かうべきものであると考える」その理由は具体的には示されていません(これに対して,かえって,「たしかに,名誉感情・名誉意識というのは完全に本人の主観の問題ではある。然し・公然侮辱するというのは日常一般的なことではない。名誉感情・名誉意識がたとえ高慢なうぬぼれや勝手な自尊心であつたにせよ,現に人の持つている感情を右のように日常一般的な方法によらずに侵害することをモラルの問題として処理してよいかどうかについてはやはり疑問がある。可罰的違法性があるものとしても決して不当とはいえまい。」と少し前では言われています。)。また,当該事案の解決としても,法人に対する侮辱罪の成立は否定するものの法人にあらざる被害者に対する侮辱罪の成立を谷口裁判官は是認するものでした(したがって,「反対意見」ではなく,「意見」)。

 

第5 改正刑法準備草案(1961年)及び改正刑法草案(1974年)

 ただし,谷口正孝裁判官の侮辱罪に対する消極的な態度は,侮辱罪改正に係る一般的な方向性からは例外的なものと評し得たものでありましょうか。

刑法改正準備会による1961年の改正刑法準備草案の第330条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固又は5万円以下の罰金もしくは拘留に処する。」と規定し,法制審議会による1974年の改正刑法草案の第312条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固,10万円以下の罰金,拘留又は科料に処する。」と規定していたところです。罰金の上限額は別として,法制審議会は,47年前にも同様の結論に達していたのでした。〈ちなみに,改正刑法草案における侮辱罪の法定刑引上げの理由は,「本〔侮辱〕罪に事実を摘示しない公然の名誉侵害が含まれるとすると,事実摘示の名誉毀損との間に差がありすぎる」からということだったそうです(嘉門9頁)。〉

 

第6 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会における議論(2021年)

 さて,2021年。

 

1 諮問第118号に至る経緯及び侮辱罪の保護法益論議の可能性

2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議においては,侮辱罪の法定刑引上げを求める法務大臣の諮問がされるに至った経緯が,吉田雅之幹事(法務省刑事局刑事法制管理官)から次のように説明されています。

 

  近時,インターネット上において,誹謗中傷を内容とする書き込みを行う事案が少なからず見受けられます。

  このような誹謗中傷は,容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難となります。また,匿名性の高い環境で誹謗中傷が行われる上,タイムライン式のSNSでは,先行する書き込みを受けて次々と書き込みがなされることから,過激な内容を書き込むことへの心理的抑制力が低下し,その内容が非常に先鋭化することとなります。インターネット上の誹謗中傷は,このような特徴を有することから,他人の名誉を侵害する程度が大きいなどとして,重大な社会問題となっています。

  他方で,他人に対する誹謗中傷は,インターネット以外の方法によるものも散見されるところであり,これらによる名誉侵害の程度にも大きいものがあります。

  こうした誹謗中傷が行われた場合,刑法の名誉毀損罪又は侮辱罪に該当し得ることになりますが,侮辱罪の法定刑は,刑法の罪の中で最も軽い「拘留又は科料」とされています。

  こうした現状を受け,インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題化していることを契機として,誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑みると,公然と人を侮辱する侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられます。

  そこで,早急に侮辱罪の法定刑を改正する必要があると思われることから,今回の諮問に至ったものです。

 (侮辱罪第1回議事録4-5頁)

 

 「他人の名誉を侵害する程度が大きい」ということですが,具体的には,公然性が高まって他人の名誉を侵害する程度が大きくなったということでしょうか(「容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難」),それとも「内容が非常に先鋭化」して被害者の名誉感情を傷つける度合いが高まったということでしょうか。しかし,後者についていえば,侮辱には事実の摘示が伴わない以上,付和雷同の勢いそれ自体の有する力は別として,純内容的には,少なくとも第三者的に見る場合,具体性及び迫力をもって名誉を侵害する先鋭的内容としようにも限界があるように思われます。そもそも,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする判例・通説の立場においては,侮辱罪においては「具体的な事実摘示がなく,名誉に対する危険の程度が低い」(大コンメ66頁(中森))とされていたはずです。「何等の事実的根拠を示さざる価値判断に因つて人の社会的名誉を毀損することは寧ろ極めて稀であると考へられ」(小野・名誉の保護201頁),「他人の前で侮蔑の表示をすることは,他人に自己の侮蔑の感情ないし意思を情報として伝達することにはなるが,かようなものは情報としての価値が低く伝達力も弱いから,情報状態,情報環境を害するという面はとくに考えなくてもよいとおもわれる。むしろ侮辱行為をしたという情報が流通することによって社会的名誉を失うのは,侮辱行為をした当人ではなかろうか。」(平川宗信『名誉毀損罪と表現の自由』(有斐閣・1983年)23頁)というわけです。

 しかし,インターネット上のものに限られず(これは単に契機にすぎない。),「誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっている」ということですから,公然性の高まりだけでは説明がつかないようです。むしろ侮辱罪の保護法益自体の見直しがされ,その上で新たに「厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価」を下そうとしているようにも読み得るところです。

 侮辱罪の法定刑引上げのための立法事実を示すものの一つとして,法務省当局は,「令和3年〔2021年〕49日付け東京新聞は,「侮辱罪は明治時代から変わっておらず,「拘留又は科料」とする侮辱罪の法定刑は,刑法の中で最も軽い,死に追いつめるほど人格を深く傷つける結果に対し,妥当な刑罰なのか,時効期間も含めて,法務省のプロジェクトチームで議論が進んでおり,注視したい」との意見を掲載」している旨報告しています(侮辱罪第1回議事録7-8頁(栗木幹事))。ここで「死に追いつめるほど人格を深く傷つける」といわれていますが,これは被害者の感情を深く傷つけたということでしょう。

 ということで,今次の侮辱罪の法定刑引上げは,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする従来の判例・通説から,名誉感情こそがその保護法益であるとする小野清一郎等の少数説への転換の契機になるものかとも筆者には当初思われたところです。小野清一郎は名誉の現象を「社会的名誉(名声・世評),国家的名誉(栄典)及び主観的名誉(名誉意識・名誉感情)の3種に分つて其の論理的形式を考察」し(小野・名誉の保護180頁),「主観的名誉即ち人の名誉意識又は名誉感情といふ如きものは,其の個人の心理的事実である限り,他人の行為によつて実質的に侵害され,傷けらるることの可能なるは明かである。固有の意味に於ける侮辱,即ちドイツ刑法学者の謂ゆる「単純なる」侮辱,我が刑法第231条の侮辱などは,此の意味に於ける名誉の侵害即ち人の名誉意識又は名誉感情を傷くることを謂ふものであると信ずる。」と述べています(同203頁。また,235-236頁・252頁)。

 ただし,1940年の改正刑法仮案,1961年の改正刑法準備草案及び1974年の改正刑法草案における侮辱罪の法定刑に係る各改正提案に鑑みると,「誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識」の高まりは少なくとも既に八十年ほど前からあって,今回は当該既に高まっていた意識が再認識ないしは再覚醒されたということにすぎない,ということだったのかもしれません。「文明の進むに従ひ〔略〕文明人の繊細なる感情生活そのものに付ての保護の要求は次第に高まる」ものだったのでした(小野・名誉の保護224頁)。

 (なお,ボワソナアドは,名誉意識・名誉感情が外部から傷つけられることに係る可能性については,そのような可能性を超越した強い人間像をもって対応していました。名誉毀損罪等成立における公然性の必要に関していわく,「我々が我々自身について有している評価については,我々がそれに価する限り,我々以外のものがそれを侵害することはできない。封緘され,かつ,我々にのみ宛てられたものであれば,我々が受領する侮辱的通信文が可罰的でないのは,それは我々の栄誉を侵害しないからである。立会人なしに我々に向かってされる言語又は動作による侮辱についても同様である。我々の軽蔑(mépris)のみで,正義の回復には十分なのである。」と(Boissonade, p.1052)。)


2 侮辱罪の保護法益に係る判例・通説(外部的名誉説)の維持

 いずれにせよ,法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会は,侮辱罪の保護法益について判例・通説の外部的名誉説を堅持する姿勢を崩してはいませんでした。第1回会議で栗木幹事いわく。

 

   名誉毀損罪と侮辱罪は,いずれも社会が与える評価としての外部的名誉を保護法益とするものと解されておりまして,両罪の法定刑の差は,事実の摘示の有無という行為態様の違いによるものとされております。しかしながら,これまでもいろいろ例が出ておりますが,事実の摘示がない事案であっても,その態様等によっては,他人の名誉を侵害する程度が大きいものが少なからず見られるところでございます。〔略〕

   また,事実を摘示したかどうか,すなわち,どのような事実をどの程度具体的に摘示すれば足りるかについての評価は,その性質上微妙なところがございます。事実の摘示があったと評価し難い事案は,侮辱罪で処理せざるを得ない結果,名誉侵害に対する法的評価を適切に行うことが困難な場合がございます。特に,中谷〔昇〕委員〔一般社団法人セーファーインターネット協会副会長〕からも御紹介がございましたが,タイムライン式のSNSで最初の書き込みをした者が,事実の摘示を伴う誹謗中傷を行って,これを前提として別の者が引き続いて誹謗中傷の書き込みを行った場合には,それ自体に事実の摘示が含まれておらず,したがって侮辱罪で処理せざるを得ないものであるとしても,一連の書き込みを見る者からしますと,その当該別の者の書き込みについて事実の摘示を伴っているのと同じように受け止められ,名誉侵害の程度が大きい場合があると考えられます。

   以上申し上げたことからしますと,名誉毀損罪の法定刑と比較して,侮辱罪の法定刑が軽きに失すると言わざるを得ません。侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じたものに引き上げ,厳正に対処すべき犯罪という法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられるため,侮辱罪の法定刑のみを引き上げることとしているものでございます。

  (侮辱罪第1回議事録17-18頁)

 

ここでは,保護法益を共通のものとする名誉毀損罪と侮辱罪との同質性を前提に,両者を分かつものたる事実摘示の有無に係る判断の困難性から,後者の法定刑を前者のそれに近付けることが理由付けられています。

したがって飽くまで,「侮辱行為の結果,人が亡くなったこと自体を,どこまで量刑上評価できるかについては,議論があり得ると思うのですけれども,亡くなったこと自体ではなくて,どの程度その社会的な評価を毀損する危険性の高い行為であったかを評価する限りにおいて,量刑上考慮されることはあり得るように思われます。」ということになります(侮辱罪第1回議事録22-23頁(吉田幹事))。「一般的にこういった被害者の方の感情を,裁判所が量刑に当たってどう考慮していくかということにつきましては,その感情そのものを量刑に反映させるというよりは,その罪なりの保護法益を踏まえ,例えば行為の危険性や結果の重大性の表れの一つという形で考慮していくということになるのだろうな」というわけです(侮辱罪第1回議事録27頁(品川しのぶ委員(東京地方裁判所判事)))。人を死に致すような侮辱であっても,その社会的評価を毀損する危険性の低いもの,というものはあるのでしょう。

なお,「例えば,性犯罪について考えてみますと,一般に,保護法益については性的自由,性的自己決定権ということが言われておりますが,被害者が負った心の傷,精神的な苦痛というものも量刑上考慮され得るものだと思われます。性的自由というものが,誰と性的な行為を行うかを決める自由であると捉えた場合,その自由が侵害された場合の精神的な苦痛というのは,その保護法益からやや外に出るものという捉え方もできると思われますが,そうしたものも,現在量刑上考慮されているということだと思いますので,法益侵害やその危険に伴う精神的な苦痛というのを量刑上考慮するということはあり得ることだと考えております。」とも言われていますが(侮辱罪第1回議事録23頁(吉田幹事)),侮辱を原因として死がもたらされた場合,その死をもたらした苦痛は,通常,専ら自己の外部的名誉が侮辱により侵害されたことに一般的に伴う苦痛にとどまらない幅広くかつ大きな苦痛であるものであるように思われます(外部的名誉が侵害されたことが直ちに死に結び付く人は無論いるのでしょうが。)。当該例外的に大きな苦痛を,外部的名誉侵害の罪の量刑判断にそのまま算入してよいものかどうか。〈すなわち,侮辱罪について「私生活の平穏といった法益」をも問題にすることになるのでしょうが(深町晋也「オンラインハラスメントの刑法的規律――侮辱罪の改正動向を踏まえて」法学セミナー80315。また,19),外部的名誉の侵害はなくとも私生活の平穏が害されることはあるのでしょうから,どうも単純に外部的名誉に係る「付加的な法益」視できないもののようにも思われるところです。〉

 

3 侮辱罪の保護法益に関する議論再開の余地いかん

ところで,インターネットにおける誹謗中傷の場合,「耳を塞ぎたくても塞げないような状況に現在なっていて,しかも,相手が誰かも分からないのが何十人も書き込んで,もう世間からというか,周りから本当に叩かれている感じになって〔略〕もう本当に心が折れているという」情態になるわけですが(侮辱罪第1回議事録10頁(柴田崇幹事(弁護士)発言)),ここで心が折れた被害者が感ずる侵害はその実存の基底に徹し,専らその外部的名誉に係るものにとどまるものではないのでしょう。

あるいは,侮辱には「人の尊厳を害し,人を死に追いやるような危険性を含んだものがあるという事実」という表現(侮辱罪第2回議事録14-15頁(安田拓人幹事(京都大学教授))。下線は筆者によるもの)からすると,「普遍的名誉すなわち人間の尊厳が保持されている状態」(平川宗信『刑法各論』(有斐閣・1995年)222頁・224頁・235頁参照)が侵害されているということになるのでしょうか(ただし,平川説は名誉意識・名誉感情は保護法益ではないとしており,かつ,そこでいう「人間の尊厳」は,名誉としてのそれということになっています。侮辱罪(刑法231条)は「名誉に対する罪」の章に属している以上「名誉」の縛りが必須となるものでしょう。),それとも感情に対する侵害であると素直に認めて,名誉感情=保護法益説を再評価すべきでしょうか(しかし,同説においても「人の社会的名誉に相応する主観的名誉を保護し,其の侵害を処罰する」との縛りがあります(小野・名誉の保護307頁)。)。あるいは,名誉にのみこだわらずに,ローマ法上の広いiniuria概念(「iniuriaはユ〔スティニアヌス〕帝時代には広く人格権又は名誉の侵害とも称すべき広概念であつて,人の身体を傷け,無形的名誉を毀損し,公共物の使用を妨げるが如き行為,窃盗の未遂まで包含せられるが,古い時代には第一の身体傷害のみを指していた」ものです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)230頁)。モムゼンの訳では「人格的侵害Personalverletzung」となります(小野・名誉の保護14頁)。)までをも想起すべきものでしょうか。ちなみに,ドイツ刑法のBeleidigung(「侮辱」と訳されます。)については,広く「凡そ人に精神的苦痛を与ふる行為」と解し,その結果「侮辱の罪に於ける保護法益は名誉に限らぬことになる」少数説(Barの説)があったそうです(小野・名誉の保護250頁。また,60頁。なお,ドイツ刑法においては章名も“Beleidigung”であって,すなわち同法では「Beleidigungなる語は広義に於て侮辱及び名誉毀損を含む意味に用ひられてゐ」ます(同474頁註(2))。)。しかし,日本刑法第34章「名誉に対する罪」の罪は,飽くまで,個々の人格者の名誉を攻撃の客体とするとともに当該名誉を保護の客体とする罪のはずです(小野・名誉の保護249頁参照)。しかして,名誉は「人格的法益として生命は勿論,身体・自由よりも下位に在るものと考へられる」ものとされてしまっているところです(小野・名誉の保護221頁)。(ところで,また別の問題ですが,「世間」や「周り」は,犯罪の主体たり得るものでしょうか。)

難しいところです。「直接的な保護法益ではない被害感情がいかなる法的意味を持つかは相当に難問です。〔略〕いずれにしても,侮辱罪の保護法益が外部的名誉であることはきちんと踏まえられるべきであるし,そのことの持つ意味については,理論的な整理が必要なのではないかと,個人的には思いました。」とは,現在の法制審議会会長の発言です(侮辱罪第1回議事録28-29頁(井田委員))。しかし,侮辱を苦にした被害者の死がもたらされても刑法の保護法益論上直ちに侮辱者に重刑が科されるとは限らない,被害者の外部的名誉の侵害に応じた刑にとどまらざるを得ず,かつ,事実の摘示がない侮辱ではそもそも外部的名誉の侵害も限定的であるはずだ,ということになると,「なぜ被害者の極めて重大な苦痛を真摯に正面から受け止めないのだ!」と国会審議の際に改めて問題となるかもしれません。「その点は保護法益として捉え直さなければいけない問題なのか,あるいは保護法益は現通説のままでも,そうした感情侵害の面も当然考慮できるという整理をするか,議論に値する問題ですが,個人的には後者の理解が十分可能と考えているところです。」とも言われています(侮辱罪第1回議事録30頁(小池信太郎幹事(慶応義塾大学教授)))。議論の火種は残っているようではあります。無論,社会的評価をそう気にすべきではない,「文化低き社会に於ける程個人は他人の評価に従属するの意識が強い」のであって「偉大なる精神」であれば「他人の評価から独立なることを得る」のである(小野・名誉の保護141頁参照),「他人の誹毀又は侮辱に因り自己人格の核心を傷けらるる如く考ふるは甚しき誤想である」(同221-222頁)などと言い放てば,炎上必至でしょう。

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3 1886年のボワソナアド提案:軽罪としての侮辱罪及び違警罪としての侮辱罪

 

(1)ボワソナアドの提案

 

ア 軽罪としての侮辱罪

1886年の『註釈付き改訂日本帝国刑法案』において,ボワソナアドは,違警罪にとどまらない,軽罪(délit)としての侮辱罪を提案しています。

 

  400 bis.  L’injure, l’offense, l’outrage, ne contenant pas l’imputation d’un fait déshonorant ou d’un vice déterminé, commis envers un particulier, sans provocation, publiquement, par parole ou par écrit, seront punis d’un emprisonnement simple de 11 jours à 1 mois et d’une amende de 2 à 10 yens, ou de l’une de ces deux peines seulement.

 (Boissonade, p.1049

 (第400条の2 挑発されることなく,破廉恥な行為又は特定の悪徳(悪事醜行)を摘発せずして,公然と(publiquement)口頭又は文書で私人(particulier)を侮辱した者は.11日以上1月以下の軽禁錮及び2円以上10円以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。)

 

 第400条の2が含まれる節名は,1877年案のものから変わらず“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”のままでした。他人の評判(réputation)に対する罪ということであれば,ボワソナアドは,侮辱罪の保護法益は外部的名誉であるものと考えていたように思われます(ボワソナアドは同節の冒頭解説で人のhonneur及びdignitéの保護をいいつつ,そこでのhonneurは他人による評価(l’estime des autres)だとしています(Boissonade, pp.1051-1052)。)。フランス法系の考え方は「外部的名誉の毀損を中心とし」,「主観的感情の侵害を中心とするドイツ法系の考へ方と趣を異に」するものです(小野・名誉の保護90頁)。ちなみに,現在の刑法の英語訳でも第34章の章名は“Crimes against Reputation”になっているようです。

 

イ 違警罪としての侮辱罪

 軽罪としての侮辱罪の提案に伴い,違警罪としての侮辱罪の構成要件も修正されています。

 

   489.  Seront punis de 1 à 2 jours d’arrêts et de 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

     Ceux qui auront, par paroles ou par gestes, commis une injure ou une offense simple contre un particulier, en présence d’une ou plusieurs personnes étrangères;

  (Boissonade, p. 1277

  (第489条 次の各号の一に該当する者は,1日以上2日以下の拘留及び50銭以上150銭以下の科料に処し,又はそのいずれかの刑を科する。

    一 一又は複数の不特定人の現在する場所において,言語又は動作をもって私人を罵詈嘲弄(une injure ou une offense simple)した者)

 

なお,1886年案においては,違警罪に係る第4編においても章及び節が設けられて条文整理がされています。すなわち,同編は第1章「公益ニ関スル違警罪(Des contraventions contre la chose publique)」と第2章「私人に対する違警罪(Des contraventions contre les particuliers)」との二つに分かれ,第2章は更に第1節「身体ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les personnes)」と第2節「財産ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les biens)」とに分かたれました。しかして,第489条は,第2章第1節中に設けられていました。

 

(2)ボワソナアドの解説

 

ア 軽罪としての侮辱罪

 

(ア)ボワソナアド

軽罪としての侮辱罪に係る第400条の2に関するボワソナアドの解説は,次のとおりでした。

 

18778月の〕刑法草案は,口頭又は文書による侮辱(l’injure verbale ou écrite)であって名誉毀損(diffamation)の性質を有さいないものに関する規定をここに〔軽罪として〕設けていなかった。口頭の侮辱を違警罪として罰するにとどめていたものである(第47620号)。そこには一つの欠缺(けんけつ)une lacune)があったものと信ずる。公然と私人に向けられた侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)は,文書によるものであっても口頭によるものであっても,決闘を挑むためという目的〔〈旧刑法編纂の際「ボアソナードと日本側委員との間で,「元来,罵詈は闘殴のタンタチーフのようなもの」という発言が見られ」たそうです(嘉門7頁註9)。〉〕がある(前記第3節の2の第1条において規定されている場合)のではないときであっても,軽罪のうちに数えられなければならない。面目(considération)に対する侵害が軽いことに応じて,その刑が軽くなければならないだけである。また,禁錮は定役を伴わないものであり〔重禁錮ならば定役に服する(旧刑法241項)。〕,裁判所は罰金を科するにとどめることもできる。

法は,侮辱(une injure, une offense ou un outrage)を構成する表現の性格付けを試みる必要があるものとは信じない。すなわち,侮辱(l’injure)を罰する他の場合(第132条及び第169条)においてもそれはされていない。フランスのプレス法は,「全ての侮辱的表現(expression outrageante),軽蔑の語(terme de mépris)又は罵言(invective)」(第29条)について語ることによって,全ての困難を予防してはいない。侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)を構成するものの評価は,常に裁判所に委ねられる。侮辱者及び被侮辱者の各事情,前者の教育,なかんずくその意図.居合わせた人々の種類等がその際考慮されるのである。

しかし,可罰的侮辱の構成要素がここに二つある。それらは,いわば2個の消極的条件である。

すなわち,①侮辱は「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発を含まない」ものでなければならない。そうでなければ,名誉毀損(diffamation)の事案ということになる。②それは,同じように侮辱的な(injurieux ou offensants)言葉又は行為によって「挑発された」ものであってはならない。反対の場合には,各当事者が告訴できないものとは宣言されない限りにおいて,最初の侮辱者のみが可罰的である。

  (Boissonade, pp. 1060-1061

 

 フランスの1881729日のプレスの自由に関する法律29条及び33条が,ボワソナアドの1886年案400条の2に係る参照条文として掲げられています(Boissonade, p.1049)。

当該1881年プレスの自由法の第29条は名誉毀損と侮辱との分類に係る規定であって,その第1項は「当該行為(le fait)が摘発された当の人(personne)又は団体(corps)の名誉(honneur)又は面目(considération)の侵害をもたらす行為に係る(d’un fait)全ての言及(allégation)又は摘発(imputation)は,名誉毀損(diffamation)である。」と,第2項は「全ての侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言であって何らの行為の(d’aucun fait)摘発を含まないものは,侮辱(injure)である。」と規定していました。

また,1881年プレスの自由法33条はその第1項で「この法律の第30条及び第31条に規定されている団体又は人に対して同じ方法で〔裁判所(cours, tribunaux),陸海軍,法定の団体(corps constitués)及び公行政機関に対し,並びにその職務又は資格ゆえに大臣,議員,官吏,公の権威の受託者若しくは代理人,国家から報酬を得ている宗派の聖職者,公のサービス若しくは職務に服している市民,陪審員又はその証言ゆえに証人に対して,公共の場所若しくは集会における演説,叫び若しくは威嚇によって,文書若しくは公共の場所若しくは集会において販売に付され,若しくは展示されて販売され若しくは配布された印刷物によって,又は公衆が見ることのできるプラカード若しくは張り紙によって,並びに図画,版画,絵画,標章又は画像の販売,配布又は展示によって〕侮辱をした者は,6日以上3月以下の禁錮及び18フラン以上500フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第2項で「挑発が先行することなしに同様の方法で私人(particulier)を侮辱した者は,5日以上2月以下の禁錮及び16フラン以上300フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第3項は「侮辱が公然とされなかったときは,刑法第471条に定める刑〔1フラン以上5フラン以下の科料(1810年)〕のみが科される。」と規定していました。

 なお,injure, offense及びoutrage相互間の違いは何かといえば,その改訂刑法案169条の解説において,ボワソナアドは次のように述べています。

 

   我々はここに,offense, injure, outrageという三つの表現を見出すが,それらは重さに係る単純なニュアンス(simples nuances de gravité)を示すだけのものであって,刑に変化をもたらすものではない。

   (Boissonade, p. 571

 

筆者の手もとのLe Nouveau Petit Robert1993年)には,injureの古義として“Offense grave et délibérée”とあり,outrageの語義は“Offense ou injure extrêmement grave”とありますから,重さの順は,offense injure outrageとなるのでしょう。

 

(イ)フランス法的背景

ところで,旧刑法で軽罪としての侮辱罪が設けられなかった欠缺(lacune)の原因は何だったのでしょうか。どうも,今年(2021年)が死後200年になるナポレオンのようです。

1810年のナポレオンの刑法典375条は「何らの精確な行為の摘発を含まない侮辱であって,特定の悪徳を摘発するものについては,公共の場所若しくは集会において表示され,又は拡散若しくは配布に係る文書(印刷されたものに限られない。)に記入されたときは,その刑は16フラン以上500フラン以下の罰金である。(Quant aux injures ou aux expressions outrageantes qui ne renfermeraient l'imputation d'aucun fait précis, mais celle d'un vice déterminé, si elles ont été proférées, dans des lieux ou réunions publics, ou insérées dans des écrits imprimés ou non, qui auraient été répandus et distribués, la peine sera d'une amende de seize francs à cinq cents francs.)」と規定し,続いて同法典376条は「他の全ての侮辱であって,重大性及び公然性というこの二重の性質を有さないものは,違警罪の刑にしか当たらない。(Toutes autres injures ou expressions outrageantes qui n'auront pas eu ce double caractère de gravité et de publicité, ne donneront lieu qu'à des peines de simple police.)」と規定しており,違警罪に係る同法典47111号は「挑発されずに人を侮辱した者であって,それが第367条から第378条まで〔誣言(calomnies),侮辱(injures)及び秘密の漏洩に関する条項群〕に規定されていないものであるもの(Ceux qui, sans avoir été provoqués, auront proféré contre quelqu'un des injures, autres que celles prévues depuis l'article 367 jusque et compris l'article 378)」は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものと規定していました。ナポレオンの刑法典375条は「侮辱」(injures, expressions outrageantes)といいますが,「特定の悪徳」を適発するのであれば我が1877年司法省案的(ボワソナアド的)には誹毀の罪(後に名誉毀損罪となるもの)ですから,結局ナポレオンの刑法典においては,(日本法的意味での)侮辱罪は,違警罪でしかなかったわけです。

ナポレオンの刑法典の誣言及び侮辱に関する規定は,後に1819517日法に移されますが,同法においても,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものではない侮辱は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものとされていました(同法20条)。私人に対する侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金(軽罪の刑)に処せられるものとするという一見して原則規定であるような規定があっても(1819517日法192項),そのためには特定の悪徳を摘発し,かつ,公然とされる必要があったわけです。すなわち,ナポレオンの刑法典時代と変わっていなかったわけです。(〈旧刑法編纂の際「日本側委員である鶴田皓は,罵詈が喧嘩の原因となることが問題である以上,「公然」の字を削除すべきとしたが,ボアソナードは,対面の罵詈はフランスでは無罪であることや,実際上の証明の困難性を理由に,公然性要件の必要性を説き,維持されることとなった」そうですが(嘉門7頁),ここでのボワソナアドのフランス法の説明は,条文だけからでは分かりづらいところです。〉)

と,以上において筆者はimputationを「摘発」と訳して「摘示」としていませんが,これには理由があります。ジョゼフ・カルノー(フランス革命戦争における「勝利の組織者」ラザールの兄たるこちらは法律家)が,そのExamen des Lois des 17, 26 mai; 9 juin 1819, et 31 mars 1820 (Chez Nève, Libraire de la Cour de Cassation, Paris; 1821 (Nouvelle Édition))なる書物において,1819517日法における名誉毀損罪の成立に関し,imputationのみならず単純なallégation(筆者は「言及」と訳しました。)でも成立するものであると指摘した上で,それは「したがって,告発を繰り返したrépéter l’inculpation)だけではあるが,それについて摘発imputation)をした者と同様に,名誉毀損者として処罰されなければならない」旨記していたからです(p.36)。「摘示」と「摘発」との語義の違いについては,「〔日本刑法230条の〕事実の摘示といふは,必ずしも非公知の事実を摘発するの意味ではない。公知の事実であつても,之を摘示し,殊に之を主張することに依つて,人をして其の真実なることを信ぜしむる場合の如き,名誉毀損の成立あることは疑ひない」一方,我が「旧刑法(第358条)は悪事醜行の「摘発」を必要とし,その解釈として判例は「公衆の認知せざる人の悪事醜行を暴露することなり」とした」と説明されています(小野・名誉の保護280頁)。

筆者が「特定の悪徳」と訳したvice déterminéについてのカルノーの説明は,「vice déterminéによって法は,肉体的欠陥une imperfection corporelle)の単純な摘発を意図してはいない。そのような摘発は,その対象となった者に対して不愉快なもの(quelque chose de désagréable)であり得ることは確かである。しかし,それは本来の侮辱une injure proprement dite)ではない。特定の悪徳の摘発は,法又は公の道徳la morale publique)の目において非難されるべきことをする(faire quelque chose de répréhensible習慣的傾向une disposition habituelle)のそれ以外のものではあり得ない。」というものでした(Carnot, p.58)。

フランス法においては,vice déterminéfaitには含まれないようです。侮辱の定義(1881729日法292項と同じもの)に関してカルノーは,「侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言が何ら行為の摘発l’imputation d’aucun faitを含まないときは,単純な侮辱であって名誉毀損ではない。そこから,特定の悪徳の摘発も,告発(prévention)の性質を変えるものではないということになる。〔すなわち,名誉毀損になるものではない。〕なおも侮辱injure)があるばかりである。」といっています(Carnot, p.37)。この点ボワソナアド式日本法とは異なるようです(vice déterminéの摘発も,「悪事醜行」の摘発を「誹毀」でもってまとめる旧刑法358条の原案たる18778月案398条の構成要件となっていました。)。しかし,フランス1881729日法になると,侮辱を違警罪ではなく軽罪として処罰するための要件として,公然性は依然求めるものの,特定の悪徳の摘発はもはや求めないこととなっていたわけです。

フランス法の名誉毀損の定義はナポレオンの刑法典3671項の誣言(calomnieの定義から由来し,同項は「個人について,もしそれが事実であれば当該表示対象者を重罪若しくは軽罪の訴追の対象たらしめ,又はなお同人を市民の軽蔑若しくは憎悪にさらすこととはなる何らかの行為(quelconque des faits)を摘発」することを構成要件としていましたので(cf. Carnot, p.36),ここでのfaits(行為)は広い意味での事実ではなく,犯罪を構成し得るような限定的なものでなければならないわけだったのでしょう。これに対して日本刑法230条の「事実」は,「具体的には,政治的・社会的能力,さらに学問的能力,身分,職業に関すること,さらに被害者の性格,身体的・精神的な特徴や能力に関する等,社会生活上評価の対象となり得るものを広く含む」とされています(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)153頁)。

 

(ウ)付論:讒謗律に関して

なお,フランス法的背景といえば,明治政府による言論取締りの法として著名な1875年の我が讒謗律は,小野清一郎によって,イギリス法の影響下に制定されたものと説かれていましたが(小野・名誉の保護126-128頁),1967年には奥平康弘助教授(当時)によってフランス法を母法とするものであるとする説が唱えられています(手塚1-2頁による紹介。同5頁註(3)によれば,奥平説は,奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説(4)」法律時報39872頁において提唱されたものです。)。

小野は,讒謗律1条の「凡ソ事実ノ有無ヲ論セス人ノ栄誉ヲ害スヘキノ行事ヲ摘発公布スル者之ヲ讒毀トス人ノ行事ヲ挙ルニ非スシテ悪名ヲ以テ人ニ加ヘ公布スル者之ヲ誹謗トス著作文書若クハ画図肖像ヲ用ヒ展観シ若クハ発売シ若クハ貼示シテ人ヲ讒毀シ若クハ誹謗スル者ハ下ノ条別ニ従テ罪ヲ科ス」との条文について論じて,「茲に「事実の有無を論ぜず」とあるも恐らく1843年の誹謗文書法以前に於けるイギリス普通法の思想に依つたもの」とし,更に「なほ,讒毀又は誹謗が文書図書に依る場合に於て之を処罰すべきものとしてゐることもイギリスの‘libel’の観念を継受した証左である」とイギリス法の影響を主張しています(小野・名誉の保護127頁)。しかし,前者については,フランス1819517日法の名誉毀損についても―――名誉毀損の定義規定には「事実の有無を論ぜず」との明文はありませんでしたが――カルノーは,「517日法によってそれ〔名誉毀損〕がそう定義されているとおり,それ〔名誉毀損〕は全ての侮辱的な行為(tout fait injurieux)に係る摘発又は言及によって成立する。事実の証明が認められないときは,たとえそれが事実であっても(fût-il même vrai)そうなのである。」と述べています(Carnot, p.35)。(事実の証明が認められる場合は,後に見る1819526日法(同月17日法とは関連しますが,別の法律です。)201項において限定的に定められていました。)後者については,あるいは単に,讒謗律の布告された1875628日の前段階においては,我が国ではなお演説というものが一般的なものではなかったということを考えるべきかもしれません。187412月に刊行された『学問のすゝめ』12編において福沢諭吉いわく。「演説とは,英語にてスピイチと云ひ,大勢の人を会して説を述べ,席上にて(わが)思ふ所を人に(つたう)るの法なり。我国には(いにしえ)より其法あるを聞かず,寺院の説法などは先づ此類なる可し。」,「然るに学問の道に於て,談話,演説の大切なるは既に明白にして,今日これを実に行ふ者なきは何ぞや。」と(第1回の三田演説会の開催は,1874627日のことでした。)。すなわち,讒謗律布告の当時の「自由民権論者の活動は,もつぱら新聞,雑誌その他の出版物を舞台として行われ,政談演説は一般にまだ普及していなかつた」のでした(手塚3頁)。

讒謗律の法定刑とフランス1819517日法のそれとを比較すると(なお,讒謗律の讒毀は専ら摘発に係るものであること等,構成要件の細かいところには違いがあり得ることには注意),次のとおりです。

天皇に対する讒毀又は誹謗は3月以上3年以下の禁獄及び50円以上1000円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律2条),フランス国王に対するそれは6月以上5年以下の禁錮及び500フラン以上1万フラン以下の罰金並びに場合により公権剥奪も付加されるものでした(1819517日法9条)。

皇族に対する讒毀又は誹謗は15日以上2年半以下の禁獄及び15円以上700円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律3条),フランス王族に対するそれは1月以上3年以下の禁錮及び100フラン以上5000フランの罰金でした(1819517日法10条)。

日本帝国の官吏の職務に関する讒毀は10日以上2年以下の禁獄及び10円以上500円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,同じく誹謗は5日以上1年以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対し(讒謗律4条),フランス王国の官吏の職務に関する名誉毀損は8日以上18月以下の禁錮及び50フラン以上3000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法16条。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条)),侮辱は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されました(同法191項。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条。Cf. Carnot, pp.38-39))。

日本帝国の華士族平民に対する讒毀は7日以上1年半以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,誹謗は3円以上100円以下の罰金に処されたのに対し(讒謗律5条),フランス王国の私人に対する名誉毀損は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法18条),侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金に処されました(同法192項。ただし,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものでない侮辱の刑は1フラン以上5フラン以下の科料(同法20条,フランス刑法471条))。こうしてみると,讒謗律1条にいう誹謗に係る「悪名ヲ以テ人ニ加ヘ」とは,vice déterminéimputationすることのようでもあります。(なお,讒謗律5条違反の刑の相場は「大概罰金5円に定まつて居た」そうです(手塚5頁註(10)の引用する宮武外骨)。)

讒謗律71項(「若シ讒毀ヲ受ルノ事刑法ニ触ルヽ者検官ヨリ其事ヲ糾治スルカ若クハ讒毀スル者ヨリ検官若クハ法官ニ告発シタル時ハ讒毀ノ罪ヲ治ムルヿヲ中止シ以テ事案ノ決ヲ俟チ其ノ被告人罪ニ坐スル時ハ讒毀ノ罪ヲ論セス」)に対応する条項は,「事案ノ決ヲ俟チ」までは1819526日法25条,「其ノ被告人罪ニ坐スル」以後はcalomnie(誣言)に係るナポレオンの刑法典370条でした(1819526日法201項は,名誉毀損(diffamation)について事実の証明が許される場合を,公の権威の受託者若しくは代理人又は公的資格で行動した全ての者に対する摘発であって,その職務に関する行動に係るものの場合に限定しています。「其の他の場合には全然真実の証明を許さざることとした」ものです(小野・名誉の保護450頁)。)。官吏の職務に関する讒毀及び誹謗並びに華士族平民に対するそれらの罪は親告罪である旨規定する讒謗律8条に対応する条項は,1819526日法5条でした。

 

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第1 法制審議会と諮問第118号(2021916日)

 

1 2021916日の法制審議会

 2021916日に開催された法務省の法制審議会の第191回会議において上川陽子法務大臣から諮問第118号が発せられ,当該諮問は,新設の「刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会」に付託され審議され,当該部会から報告を受けた後改めて法制審議会の総会において審議されることになりました(法務省法制審議会ウェブページ)。

 諮問第118号は,次のとおりです。

 

  諮問第118

    近年における侮辱の罪の実情等に鑑み,早急にその法定刑を改正する必要があると思われるので,別紙要綱(骨子)について御意見を承りたい。

 

  別紙

       要綱(骨子)

侮辱の罪(刑法第231条)の法定刑を1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とすること。


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 法務省(東京都千代田区霞が関)

 

2 侮辱罪関係条文

 ちなみに,刑法(明治40年法律第45号)231条の条文は「事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する。」というものです。

拘留及び科料については,それぞれ,「拘留は,1日以上30日未満とし,刑事施設に拘置する。」(刑法16条)及び「科料は,1000円以上1万円未満とする。」(同法17条)と規定されています。

また,侮辱罪は「告訴がなければ公訴を提起することができない」親告罪です(刑法2321項)。

なお,「拘留又ハ科料ニ該ル罪」ですので,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の違警罪とみなされます(刑法施行法(明治41年法律第29号)31条)。旧刑法は,罪を重罪(crime),軽罪(délit)及び違警罪(contravention)の3種に分類していましたが(同法1条),違警罪はその中で最も軽いものです。違警罪については,かつては違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)によって,警察署長及び分署長又はその代理たる官吏が,正式の裁判によらずに即決することができました。

 

3 近年における侮辱の罪の実情

 

(1)テラハ事件

 諮問第118号にいう「近年における侮辱の罪の実情」については,当該諮問についていち早く報道した読売新聞によると「侮辱罪を巡っては,フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)が昨年〔2020年〕5月に自殺した問題で,ツイッターにそれぞれ「生きてる価値あるのかね」「きもい」などと書き込んだ男2人が略式命令を受けたが,9000円の科料にとどまり,厳罰化を求める声が上がっていた。/同省は昨年6月にプロジェクトチームを設置し,罰則のあり方などを検討。SNSなどでの中傷は不特定多数から寄せられる上,拡散してネットに残り続けるなど被害が深刻化しており,懲役刑の導入は必須とした。その上で,侮辱罪は対象となる行為が広いため,名誉毀損罪と同じ「3年・50万円以下」とはせず,「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を追加することにした。」とのことです(読売新聞オンライン2021830日「【独自】ネット中傷対策,侮辱罪に懲役刑導入へ・・・テラハ事件では科料わずか9千円」)。

「被害が深刻化」ということなので,侮辱罪の有罪件数は増加傾向にあり,かつ,量刑も重罰化が進んでいるものと一応思われます。

 

(2)科刑状況に関して

 

ア 科刑状況

しかしながら,2016年から2020年までの5年間における侮辱罪の科刑状況を示す法制審議会第191回会議配布資料(刑6)によると,侮辱罪で刑を科された者の数は,それぞれ23人(2016年),16人(2017年),24人(2018年),27人(2019年)及び30人(2020年)ということで,30人まで増えたのだと言われれば確かに増えてはいるのでしょうが,その絶対数を見る限りでは,侮辱罪事件は今や「深刻」なまでに多いのだというのにはいささか追加説明が必要であるようです(2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議における井田良委員(中央大学教授)の発言によると「ドイツでは侮辱罪で年間2万件の有罪判決が出されている」そうです(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議議事録(以下「侮辱罪第1回議事録」と略称します。)14頁)。)。

また,同じ前記法制審議会配布資料によれば,量刑も,科料額は確かに上限近くの9000円以上のところに貼り付いているようですが,自由刑である拘留に処された者は当該5年間において一人もいません(当該5年間中に刑を科された120人中,116人が9000円以上の科料,2人が5000円以上9000円未満の科料(2016年及び2017年)及び2人が3000円以上5000円未満の科料(2017年及び2019年))。1万円以上の罰金刑(刑法15条)の導入は分かるけれども,拘留を使わないでいきなり懲役・禁錮を導入したいとはどういうことか,とも言われそうです(2021106日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議における池田綾子委員(弁護士)発言参照(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議議事録(以下「侮辱罪第2回議事録」と略称します。)12-13頁))。ただし,拘留には執行猶予がないこと(刑法25条及び27条の2)にも注意すべきもののようです(侮辱罪第1回議事録21頁の保坂和人幹事(法務省大臣官房審議官)発言参照)。

 

イ 拘留に関して

なお,拘留については,「現行の拘留制度は,威嚇力もなければ改善の効果もない致命的欠陥をもっている」,「現行の拘留は禁錮と同じ性格をもち,刑期が1日以上30日未満である点で異なるにすぎない。戦前の昭和3年〔1928年〕には10万人余の拘留受刑者がいたが,現在では,拘留を執行される者は年間数十名にすぎず〔司法統計年報によると,2019年の通常第一審終局処理人員中拘留に係るものは6名〕,改善の処遇は望むべくもないといわれる。このように拘留が減少したのは,制度に欠陥があるからであるとされ,また,昭和初期に比べれば,現在の拘留制度は無きに等しいともいわれている。」ということでよいのでしょうか(大谷實『刑事政策講義(第4版)』(弘文堂・1996年)137頁・138頁参照)。

しかしながら,拘留受刑者の大幅減少は,違警罪即決例の廃止(裁判所法施行法(昭和22年法律第60号)1条により194753日から(同法附則,裁判所法(昭和22年法律第59号)附則1項,日本国憲法1001項))によるところが大きいようにも筆者には思われます。すなわち,『日本国司法省第五十四刑事統計年報 昭和三年』によると,1928年(昭和3年)の第一審裁判終局被告人のうち科刑が拘留であったものは188名にすぎません(22頁)。いわれるところの10万余人の拘留受刑者は,裁判所の手を煩わさずに警察署限りで処理されたものではないでしょうか。

とはいえ拘留はなお現在も見捨てられてはおらず,「拘留は刑事施設に短期間拘置するものでありますが,特定の種類の犯罪や犯人に対するショック療法的効果が認められ,いわゆる小暴力犯罪者や営利的小犯罪を繰り返す者に対する刑罰という性格を有しているとされており,懲役・禁錮及び罰金が選択刑として定められた後も,侮辱罪については,単なる偶発的な罵詈雑言を繰り返す事案など,比較的当罰性の低い事案も想定されることからすると,拘留も存置しておくことが,個別具体的な事案に応じた適切な量刑に資するものと考えられる」とされています(侮辱罪第2回議事録13頁(栗木傑幹事(法務省刑事局参事官)))。

 

第2 法制審議会による迅速答申(20211021日)

 諮問第118号には「早急に」改正する必要があるとあり,かつ,当該改正の内容も「第231条中「拘留又は科料」を「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に改める。」とあらかじめ決められていたので,ここで法制審議会が法務省の事務当局から期待されていた機能は,rubber stamp的なものであったものと考えるのは忖度(そんたく)過剰でしょうか。いずれにせよ,同審議会の刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会の会議は2021922日及び同年106日の2回開催されて,賛成8名反対1名(第2回会議の出席委員総数は佐伯仁志部会長を除いて9名)で法務大臣提示の要綱(骨子)が可決されています(侮辱罪第2回議事録17頁)。同年1021日には法制審議会総会を経て同審議会会長から古川禎久法務大臣にその旨の答申がされました。

この迅速処理に対して,20211017日に朝日新聞Digitalに掲載された同社社説は批判的な見解を表明し,「見直しに向けた議論の必要性は理解できる。それにしても,今回の進め方は拙速に過ぎ,将来に禍根を残さないか。そんな疑問を拭えない。」,「どのような表現が「侮辱」とされ,国家が刑罰を科すべきかという線引きはあいまいだ。厳罰化の後,恣意(しい)的に運用されるようなことがあれば,言論・表現の自由の萎縮につながる恐れがある。」,「厳罰化するのであれば,免責する場合について広く意見を聞き,法律に盛り込む方向で検討を深めるべきではないか。」と評しています。朝日新聞社的角度というべきでしょうか。

なお,「「國賊朝日新聞」といふ如き」ことについては,侮辱罪の成立があり得るものであると解せられています(小野清一郎『刑法に於ける名誉の保護(再版)』(有斐閣・1956年(初版は1934年))311頁。また,212頁)。

 

第3 侮辱罪の脱違警罪化論の濫觴(Boissonade en l’année 1886

 さはさりながら,侮辱罪の重罰化(脱違警罪化)論は,旧刑法施行後(同法は明治14年太政官布告第36号により188211日から施行)程なくして生じた同法改正問題の一環としてつとにボワソナアドが提起していたところであり,百三十余年の歴史があるものです。今になって拙速云々ということになったのも思えば不思議な話です。

 

1 旧刑法及び18778月フランス語文司法省案

 

(1)罵詈嘲弄罪

 侮辱罪の前身規定は,旧刑法においては,違警罪の構成要件等を規定する第4編中の第42612号にありました。

 

  第426条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ2日以上5日以下ノ拘留ニ処シ又ハ50銭以上150銭以下ノ科料ニ処ス

   十二 公然人ヲ罵詈嘲弄シタル者但訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

同号は,187711月に司法省(司法卿・大木喬任)から太政官に提出された案のフランス語文(同年8月)においては,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877). Imprimerie Kokubunsha, Tokio, 1879. pp.154, 156)。

 

  476.  Seront punis de 1 jour à 3 jours d’arrêts et de 20 sens à 1 yen 25 sens d’amende, soit cumulativement, soit séparément:

 

      20˚  Ceux qui auront dit une injure simple à un particulier, en public ou en  présence de deux ou plusieurs personnes étrangères;

 

    Dans les deux alinéas qui précèdent [20˚ et 21˚], la poursuite n’aura lieu que sur la plainte de la personne offensée.

 

 (第476条 次の各号の一に該当する者は,1日以上3日以下の拘留若しくは20銭以上125銭以下の科料に処し,又はこれを併科する。

 

  (二十 公然(en public)又は2名以上の不特定人(personnes étrangères)の現在する場所において私人(particulier)を罵詈嘲弄(une injure simple)した者

 

  (前2号の罪は,被害者の告訴がなければ公訴を提起することができない。)

 

なお,3日間の拘留というと,逮捕されると72時間くらいはすぐ経過しそうなのですが(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)2052項参照),当時違警罪を犯した者は,氏名住所が分明でなく,又は逃亡の恐れがあるときに違警罪裁判所に引致されることはあっても現行犯逮捕はされなかったところです(治罪法(明治13年太政官布告第37号)1022項参照)。現在の刑事訴訟法においては,30万円以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕が可能であり(同法217条),逮捕状による通常逮捕は,被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく取調べのための出頭の求めに応じない場合に限り可能であるということになっています(同法1991項ただし書)。「1年以下の懲役若しくは禁錮」が法定刑に含まれれば,現行犯逮捕及び通常逮捕に係るこれらの制約が外れることになります(なお,緊急逮捕はできません(刑事訴訟法2101項参照)。)。

〈おって,旧刑法42612号の淵源を,明治618日の司法省布達第1号で第56条として東京違式詿違条例(違式詿違条例については,http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.htmlを参照ください。)に追加された「格子ヲ撥キ墻塀ヲ攀チ徒ニ顔面ヲ出シ往来ヲ瞰ミ或ハ嘲哢スル者」との条項(詿違の罪です。)ではないかと示唆するものと解される見解もあります(嘉門優「侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割――侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって」法学セミナー803号(202112月)7頁註8)。しかし,旧刑法の編纂については,「司法省では方針を大転換し,まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続を何回かくりかえした後,最終案を作成する,という手順」だったそうですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114頁),やはり直接フランス法の影響を考えた方がよいのではないでしょうか。また,旧刑法42612号の「罵詈」の語は,元の「誹謗」が鶴田皓によって改めたられたものだそうです(嘉門7頁註10)。


(2)官吏侮辱罪

ところで,「侮辱」の語が用いられている点においては,旧刑法141条の官吏侮辱罪がむしろ重視されるべきかもしれません。

 

141条 官吏ノ職務ニ対シ其目前ニ於テ形容若クハ言語ヲ以テ侮辱シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 其目前ニ非スト雖モ刊行ノ文書図画又ハ公然ノ演説ヲ以テ侮辱シタル者亦同シ

 

旧刑法141条に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は次のとおりです(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.59-60)。

 

169.  L’offense, l’injure, l’outrage, commis publiquement et directement, par gestes ou par paroles, envers un officier public dans l’exercice de ses fonctions ou à l’occasion de ses fonctions et en sa présence, sera puni d’un emprisonnement avec travail de 2 mois à 2 ans et d’une amende de 5 à 50 yens.

Si l’infraction a été commise hors la présence du fonctionnaire, par la voie de la presse ou par des discours tenus en public, la peine sera un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et une amende de 3 à 30 yens.

 

  (第169条 動作(gestes)又は言語(paroles)をもって,その職務を執行中の又はその職務に当たっている官吏に向かって,その現在する場所において(en sa présence)公然と(publiquement)かつ直接に侮辱(l’offnese, l’injure, l’outrage)をした者は,2月以上2年以下の重禁錮に処し,5円以上50円以下の罰金を付加する。

   (罪が,その官吏の現在する場所以外の場所において,出版又は公然の演説(discours tenus en public)をもって犯されたときは,1月以上1年以下の重禁錮に処し,3円以上30円以下の罰金を付加する。)

 

(3)誹毀罪

現行刑法においては,侮辱罪(231条)と名誉毀損罪(「公然と事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」(同法2301項))とは「名誉に対する罪」として同じ第34章に規定されていますが,旧刑法においては,前者の前身規定はさきに御紹介したように違警罪として第4編に,後者の前身規定は「身体財産ニ対スル重罪軽罪」に係る第3編に規定されており(同編中の「身体ニ対スル罪」に係る第1章のうち「誣告及ヒ誹毀ノ罪」に係る第12節中),泣き別れ状態でした。なお,18778月フランス語文司法省案の条文によると,第3編の編名は“Des crimes et délits contre les particuliers”(「私人に対する重罪軽罪」ということで,第2編の「公益ニ関スル重罪軽罪(Des crimes et délits contre la chose publique)」に対応しています。),第3編第1章の章名は“Des crimes et délits contre les personnes”(「身体に対する重罪軽罪」),同章第12節の節名は“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”(「人の評判に対する重罪軽罪」)でした。

旧刑法における名誉毀損関係条項は,次のとおりでした。

 

  第358条 悪事醜行ヲ摘発シテ人ヲ誹毀シタル者ハ事実ノ有無ヲ問ハス左ノ例ニ照シテ処断ス

   一 公然ノ演説ヲ以テ人ヲ誹毀シタル者ハ11日以上3月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス

   二 書類画図ヲ公布シ又ハ雑劇偶像ヲ作為シテ人ヲ誹毀シタル者ハ15日以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

 第359条 死者ヲ誹毀シタル者ハ誣罔ニ出タルニ非サレハ前条ノ例ニ照シテ処断スル(こと)ヲ得ス

 

 第361条 此節ニ記載シタル誹毀ノ罪ハ被害者又ハ死者ノ親属ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

 上記各条項に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.128-130)。

 

   398.  Quiconque aura, dans l’intention de nuire, imputé publiquement à un particulier un fait déshonorant ou un vice déterminé, sera, sans qu’il y aît lieu de rechercher si le fait ou le vice imputé est vrai ou faux, coupable de diffamation et puni comme il suit:

          Si la diffamation a eu lieu par des paroles ou des discours tenus en public, la peine sura un emprisonnement avec travail de 11 jours à 2 mois et une amende de 2 à 10 yens;

          Si la diffamation a eu lieu par des écrits ou imprimés, par des dessins ou emblèmes distribués, vendus, ou affichés en public, ou par des représentations théatrales, la peine sera un emprisonnement avec travail de 15 jours à 3 mois et une amende de 3 à 30 yens.

 

   400.  La diffamation envers les morts est punissable, d’après l’article 398, mais seulement quand elle est faite de mauvaise foi et avec le caractère de calomnie.

 

      403.  La poursuite des délits de diffamation n’a lieu que sur la plainte de la partie offensée, ou sur celle de sa famille, si elle est décédée.

 

重禁錮(「禁錮」ではありますが,定役に服しました(旧刑法241項)。)が主刑ですから,旧刑法358条の罪は軽罪です(同法81号)。

なお,旧刑法358条の「誹毀」は,後に32)ア(ウ)で見る讒謗律(明治8年太政官布告第110号)1条の「讒毀と誹謗とを合せたものであらう。」といわれています(小野・名誉の保護129頁)。

 ところで,書類を公布して悪事醜行を摘発して人を誹毀すること(旧刑法3582号)の例として大審院の明治16年(1883年)1024日判決の事案がありますが(手塚豊「讒謗律の廃止に関する一考察」法学研究4710号(197410月)6-7頁),いささか疑問を感じさせる裁判です。すなわち,「被告ハ明治15年〔1882年〕622日北陸日報第532号雑報欄内ニ於テ如何ナル者ノ所業ニヤ昨日午前6時頃本区広坂通兼六園ノ入口ナル掲示板ニ中折即チ半紙ニテ〔略〕有髷公ノ咽喉首以上ヲ画キ「恰モ獄門首ノ如シ」勿躰ナクモ我賢明ナル千(ママ)高雅氏〔石川県令〕ニ模擬シタル者カ有像ノ傍ニ国ヲ亡シ人民ヲ害スル千阪高雅ト特書シアリタルヨシ云々トノ文ヲ掲ケ」たとのことによって,当該被告人は禁錮2月及び罰金20円附加の刑に処せられてしまっているところです(16歳以上20歳未満なので罪一等は減ぜられています(旧刑法81条)。なお,原審(金沢軽罪裁判所)では讒謗律5条が適用されてしまって,罰金6円でした。)。悪口を書いた似顔絵を兼六園入口の掲示板にさらされてしまったことが千阪県令の「悪事醜行」となるわけではないでしょうし,「国ヲ亡シ人民ヲ害スル」の徒呼ばわりすることが「事実ノ有無ヲ問」い得る具体的な「悪事醜行」を千阪県令について「摘発」することになるものでもないでしょう。

 

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1 『愛の流刑地』

 筆者の郷土・北海道の生んだ偉大な文豪にして愛の街・銀座の征服者たる渡辺淳一(1933年生-2014年歿)の名作に『愛の流刑地』があります(単行本上下2006年・文庫本上下2007年,いずれも幻冬舎)。200411月から20061月まで日本経済新聞朝刊に連載されていた恋愛等小説です。

現在の衰廃長寿大国日本の朝の通勤電車内においては,背中を丸めてスマート・フォンの小さな画面をのぞき込みつつ,せわしなく指を動かしてゲームをしたり電子メールを打ったり漫画を読んだり,ちまちまとしたことをしているマスク姿の人々ばかりを見るようになりましたが,かつての興隆経済大国日本の朝の通勤電車内においては,企業戦士らは満員の乗客に身を揉まれつよじりつ,その朝入手の日本経済新聞を器用かつコンパクトに折り畳んで眼前僅かに存在する空間中に巧緻に保持し,むさぼるようにその最終面に目を通しつつ,「私の履歴書」の自慢話には,よしこの金満ラッキーじいさんができたのならばこの優秀なオレ様も!と脂肪に覆われたぽっちゃりお(なか)の上の小さな胸をわくわくと高鳴らせ,渡辺作品の男女話には,よしこの艶福ダンディ大先生に続いてこの二枚目のボクちゃんもとマスクに覆われざる露わな鼻の下をでれでれと長く伸ばし,今日もこれから打ち続く勤務先組織内における生存のための気配り(こころ)配りの辛労(仕事が大変,とはあえていいません。)に雄々しく立ち向かうべく,新たな元気をもらっていたものでした。妖艶な美女の露わな肢体の写真が大胆に掲載された賑やかなスポーツ新聞の紙面を,女性乗客の厳しい視線もかまわずその鼻先に無邪気に露呈する豪の者もいましたが,さすがにそれは下品というもの(現在であれば,セクハラということで直ちに社会的に抹殺されるものでしょう。),渡辺作品(及び小松久子閨秀画伯描くところの挿絵)までにとどめておくところが紳士の嗜みというものでありました。

ところで「名作」とは申し上げましたが,実は『愛の流刑地』の後半は殺人被告事件の被告人となった村尾菊治をめぐる刑事訴訟関係のお話になっており,「刑事訴訟法のお勉強はもういいよ」と,筆者は途中で読むのをやめてしまっていたところです。小説家としては,ストーカー行為によって自らが警察に逮捕された経験もあり(と確か「私の履歴書」に書かれていたようです。),刑事法関係の知識を誇示したかったのでしょうが,せっかくリラックスして小説を読もうとして今更昔の法律勉強の復習をさせられそうになる筆者としては,辛いところでした。(無論現在においては,お金持ちの文豪から刑事弁護の依頼があれば,二つ返事で駆けつけて,一心不乱にその刑事法関係蘊蓄話を承り,まずいところは「うーん,それは検察官が・・・」,「裁判官も保守的ですからねえ・・・」とやんわり舵取りをさせていただくことになります,とは筆者の願望的空想です。なお,読者の皆さまにおかれましては,まさかの際には筆者への刑事弁護依頼をよろしく御考慮ください(大志わかば法律事務所。電話:03-6868-3194,電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp)。)

しかしながら最近,旧刑法(明治13年太政官第36号布告)を調べていて,同法下においては我が国においても流刑というものがあったことを再確認し(同法74号・5号,20条及び21条),つい『愛の流刑地』を思い出してしまったところです(なお,現行刑法(明治40年法律第45号)下においては,流刑はありません(同法9条)。)。しかして,当該想起と共に,次のような疑問が湧いてしまったところです。

旧刑法下において,「流刑地」ってどこであったのであろうか。

 

2 「島地」(une île du Japon déterminée par le Gouvernement

旧刑法においては,無期流刑及び有期流刑(12年以上15年以下)が重罪(同法においては,罪は,重罪,軽罪及び違警罪の3級に分かれていました(同法1条)。)の主刑のうちの二つとして掲げられており(同法74号・5号,202項),かつ,「流刑ハ無期有期ヲ分タス島地ノ獄ニ幽閉シ定役ニ服セス」とありました(同法201項)。この「島地」というのが「流刑地」ということになります。なんだか江戸幕府の遠島刑のようだから八丈島等であろうかとも一見思われます。しかし,旧刑法はフランス刑法を第一の基礎としたものであり,その叩き台となった草案はフランス人御傭外国人ボワソナアドによって起草されたものですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)113-115頁),「島地」がそれに対応するところのフランス語の原語をまず見てみるべきでしょう。

18778月に大木喬任司法卿から元老院に提出された旧刑法の司法省案のフランス語版中旧刑法201項に相当する部分は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877); Tokio, Imprimerie Kokubunsha, 1879: p.7)。

 

  25.  Les condamnés à la déportation, soit perpétuelle, soit temporaire, sont transportés, dans une île du Japon déterminée par le Gouvernement.

      Ils y sont détunus dans une prison spéciale, sans travail obligatoire.

 (第25条 無期又は有期の流刑に処せられた者は,政府によって定められた国内の一島(une île du Japon déterminée par le Gouvernement)に移送される。

  (流刑受刑者は,特別の刑事施設に拘置され,所定の作業に服さない。)

 

文字どおりには島流しですが,ある一島を政府が監獄島(「島地」)として指定することが想定されていたようです。その趣旨は,1886年に印刷されたボワソナアドによる改訂刑法草案及びその解説によれば,「流刑囚を人口の集中地から遠ざけること及び何らかの混乱に乗じて流刑囚が自ら,又はその徒党の助けによって脱出することがないようにすることであった。」とのことであり,「同時に,〔ボワソナアドの改訂刑法草案〕第27条〔旧刑法21条,旧刑法附則(明治14年太政官第67号布告)13条等に相当〕に基づき一定の期間の後に与えられ得る恩典を別として,家族との引き離しがより強調されることとなるものである。」とのことでもありました(Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire; Tokio, 1886: p.143)。

なお,旧刑法21条は「無期流刑ノ囚5年ヲ経過スレハ行政ノ処分ヲ以テ幽閉ヲ免シ島地ニ於テ地ヲ限リ居住セシムル(こと)ヲ得/有期流刑ノ囚3年ヲ経過スル者亦同シ」と,旧刑法附則13条は「徒刑ノ囚仮出獄ヲ許サレタル者又ハ流刑ノ囚幽閉ヲ免セラレタル者家属ヲ招キ同居スルヲ請フ時ハ之ヲ許スヿヲ得但其路費ハ自ラ之ヲ弁ス可シ」と規定していました。

政府による流刑の島地の選択については,「立法の問題というよりは行政の問題であるので,法律と同じ固定性を有するものではない。したがって,経験によって有用性が示されれば変更がされ得る。」とのことで(Boissonade: p.143),また,流刑同様重罪(crime)の主刑である無期及び有期(12年以上15年以下)の徒刑(旧刑法72号・3号,172項)が執行される「島地」(同法171項は「徒刑ハ無期有期ヲ分タス島地ニ発遣シ定役ニ服ス」と規定していました。)と同一である必要も,法的にはありませんでした。しかし,「単一の監視並びに単一の海軍及び陸軍の備えをもって兼ねようとする経済上の理由に基づきその旨決定され得るところであるが,徒刑囚が〔流刑囚と〕同一の島地に置かれるという場合」もあり得るものとされ,その場合には「刑の執行の場所について,実際上分離(une séparation de fait)がされる。法が流刑囚は特別の刑事施設において拘置される〔幽囚される〕ものと規定しているのはこのためである。」とのことでした(Boissonade: p.144)。徒刑囚は定役に服しますが,流刑囚は定役に服しません。

他方,徒刑囚のための島地の選択については,ボワソナアドいわく。「脱獄の機会をより少なくするために,男子徒刑囚は,島地に置かれる〔女子徒刑囚は島地に発遣されず内地の懲役場に拘置されました(旧刑法18条)。〕。島地の決定は後に行われる。経験が必要とするならば,当該決定は変更され得る。それは行政上の問題であって,もはや刑事立法の問題ではない。」と(Boissonade: p.141)。当該部分に係るボワソナアドの註は,更にいわく。

 

  (h) 治罪法草案628条について既に触れる機会があったところであるが(926b),日本は列島であるので,最も大きく,最も中央にあり,かつ,政府の所在地である本州(l’île de Nippon)をもって一種の大陸(continent)とみなす慣習がある。

  刑罰の一般規則(le Règlement général des peines)は,北海道(la grande île de Yéso)を徒刑の執行地と定めた。

 (Boissonade: p.141

 

 この「刑罰の一般規則」が何なのかはボワソナアドの文章からは直接分かりませんが,これは,188211日からの旧刑法の施行(明治14年太政官第36号布告)に向けて1881919日に発せられた監獄則(明治14年太政官第81号達)でしょうか。

 

3 監獄則等と監獄と

 

(1)1881年の監獄則に関して

1881年の監獄則1条は,次のとおり。

 

1条 監獄ヲ別テ左ノ6種ト為ス

   一 留置場 裁判所及ヒ警察署ニ属スルモノニシテ未決者ヲ一時留置スルノ所トス但時宜ニ由リ拘留ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘留スルコトヲ得

   二 監倉 未決者ヲ拘禁スルノ所トス

   三 懲治場 徴治人ヲ徴治スルノ所トス

   四 拘留場 拘留ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘留スルノ所トス

   五 懲役場 懲役ノ刑及ヒ禁錮ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

   六 集治監 徒刑流刑及ヒ禁獄ノ刑ニ処セラレタル者ヲ集治スルノ所トス

    北海道ニ在ル本監ハ徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治ス

 

特に北海道に言及されています。ただし,「北海道ニ在ル本監ハ徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治ス」の部分については,第12なのか第16後段なのかが細かいながら問題です。これについては,第12項ならば1字上がっていなければならないこと(「文語体・片仮名書きの法令では,行を変えるだけで項の区切りを付けていた」ところです(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)160頁)。)及び「本」といわれていて「監獄」ではないことからすると,第16号の一部たる同号後段なのでしょう。

禁獄囚は,「内地ノ獄ニ入レ定役ニ服セス」(旧刑法231項。下線は筆者によるもの)ということなので,そもそも,徒刑流刑に処せられた者を集治する北海道(すなわち北海道は徒刑流刑に共通の島地であるということになるようです。)で入獄することは――内地・島地の別を重んじて――ないものとされていたのでしょうか。旧刑法231項の「内地ノ」はフランス語文では “située dans l’intérieur du Japon”であるようであり(Projet (Août 1877): p.8; Boissonade: p.80),これに関してボワソナアドは,禁獄囚は「島地(une île)に押送されることはない。」と述べていたところです(Boissonade: p.149)。なお,重罪の主刑たる禁獄には重禁獄と軽禁獄とがありましたが(旧刑法78号・9号),「重禁獄ハ9年以上11年以下軽禁獄ハ6年以上8年以下」でした(同法232項)。無期流刑が二等又は有期流刑が一等を免ぜられると重禁獄,有期流刑が二等を免ぜられると軽禁獄になります(旧刑法68条)。定役に服するとなると,禁獄ではなく,懲役になります(旧刑法221項)。

しかし,監獄則16号本文によれば,集治監が北海道外にあれば,道外ながらも当該集治監に徒刑囚を入獄させ,流刑囚を幽閉することもできるわけであり,すっきりしないところが残っています(集治監が本州にあれば,徒刑流刑の執行地が島地たることを求める旧刑法との関係で疑問ですが,ボワソナアドももはや行政の問題だと言ってはいたところです。)。

ということで,旧刑法の施行当時どのような集治監があったのかを知るべく法務省の『犯罪白書 昭和43年版』第3編第22「刑務所」を見てみると,18794月に「徒刑,流刑,終身懲役などの罪囚を収容するため,内務省直轄の集治監が東京府葛飾郡小菅村および宮城県宮城郡小泉村におかれ」,「さらに,内務省は,〔1881〕年8月,開拓使管下(北海道)石狩国樺戸郡に既決監を設け,樺戸集治監としたほか,〔1882〕年6月,石狩国空知郡市来知村に空知集治監,翌〔1883〕年3月,福岡県三池郡下里村に三池集治監,〔1885〕年9月,釧路国川上郡熊牛村に釧路集治監を設置した。また,〔1884〕年7月,兵庫県下兵庫に仮留監を設置して,内務省の直轄とし,東京,宮城,三池の3集治監に仮留監を付設し,北海道集治監に発遣する囚徒を一時拘禁せしめた。〔1891〕年6月,北見国網走郡に釧路集治監網走分監を設置し,同年7月北海道集治監の組織を変更し,本監を樺戸に,分監を空知,釧路,網走に設置した。」ということでした。旧刑法施行開始の188211日の段階では,流刑囚が幽囚され得る監獄は,小菅集治監,宮城集治監及び樺戸集治監の3監であったようです。本州島にある東京府小菅村及び宮城県小泉村を「島地」とはなかなかいいにくいところですが,おフランス流の旧刑法との間のねじれではあったものでしょう。

ところで,さきに出て来た「内地」の語について更にいえば,重罪の主刑たる懲役(旧刑法76号・7号)については――島地で執行されるものとされる徒刑との関係なのでしょうが――「懲役ハ内地ノ懲役場ニ入レ定役ニ服ス」とあります(同法221項。下線は筆者によるもの)。また「内地」が出てきたぞということで,この懲役の「内地」は禁獄の「内地」と同じかと思ってフランス語の案文を見てみると,懲役の「内地」は“l’intérieur du pays”であって(Projet (Août 1877): p.8; Boissonade: p.80),禁獄の「内地」とは違った用語となっています。ボワソナアドの説明によれば,懲役の執行場所は「遠く離れた特別の島(une île, éloignée et spéciale)ではもはやなく,くにの中に置かれた刑事施設(une prison de l’intérieur du pays)においてである。一般的には,有罪判決が言い渡された地方(contrée)のものにおいてである。」となっています(Boissonade: p.148)。要は,「内地」というよりは「地元」ないしは「当地」と訳した方がよかったものでしょうか。確かに,こう解さないと,北海道内で判決を言い渡された懲役囚をその都度わざわざ道外に押送しなければならないことになります。

 

(2)1889年の監獄則及び明治16年太政官第4号達に関して

1881年の監獄則を全部改正した,1889712日裁可・同月13日布告の監獄則(明治22年勅令第93号)の第1条は次のようになっていました(なお,当該勅令には施行日の規定がありませんから,公文式(明治19年勅令第1号)10条から12条までの規定によったものでしょう。)。ちなみに,監獄則が法律ではなく勅令の法形式を採っているのは,監獄に収監中の者の監獄関係は特別権力関係だとする理論(塩野宏『行政法Ⅰ』(有斐閣・1991年)30頁参照)に基づくものでしょうか。

 

1条 監獄ヲ別テ左ノ6種ト為ス

 一 集治監 徒刑流刑及旧法懲役終身ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

 二 仮留監 徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治監ニ発遣スル迄拘禁スル所トス

 三 地方監獄 拘留禁錮禁獄懲役ニ処セラレタル者及婦女ニシテ徒刑ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

 四 拘置監 刑事被告人ヲ拘禁スル所トス

 五 留置場 刑事被告人ヲ一時留置スル所トス但警察署内ノ留置場ニ於テハ罰金ヲ禁錮ニ換フル者及拘留ニ処セラレタル者ヲ拘禁スルコトヲ得

 六 懲治場 不論罪ニ係ル幼者及瘖啞者ヲ懲治スル所トス

 

 1881年の監獄則16号後段のような,北海道に係る難しい規定は削られています。

 なお,「旧法懲役終身ニ処セラレタル者」というのは旧刑法の施行前の裁判に係るものでしょう。旧刑法の懲役は重懲役と軽懲役とですが(同法76号・7号),「重懲役ハ9年以上11年以下軽懲役ハ6年以上8年以下ト為ス」とされており(同法222項),すなわち旧刑法には,無期といえば無期徒刑及び無期流刑があるだけで(同法72号・4号),無期懲役という刑はなかったのでした。

ちなみに,旧刑法の禁錮は,罰金と並んで軽罪(délit)の主刑であって(同法8条),無期はなくて,刑期は11日以上5年以下(同法242項),軽禁錮であれば定役に服しませんでしたが,重禁錮は定役に服しました(同条1項)。無期があり,かつ,全て定役に服さない現行刑法の禁錮(同法13条)とは,「禁錮」との名称は同一ですが,異なります。

罰金を禁錮に換えることについては旧刑法27条に規定があります。

拘留は,科料と並んで違警罪(contravention)の主刑の一つであり,「拘留所ニ留置シ定役ニ服セス其刑期ハ1日以上10日以下」のものでした(旧刑法9条,28条)。

不論罪に係る幼者及び瘖啞者の懲治については旧刑法79条,80条及び82条に規定があります。

 懲役囚のみならず禁獄囚も地方監獄で拘禁することになったのは,旧刑法231項の「内地」の解釈が,同法221項の「内地」のそれ(l’intérieur du pays ou de la contrée où la condamnation a été prononcée”. 筆者流には「地元」ないしは「当地」)に揃えられたものでしょうか。

 ところで,高倉健等ゆかりの網走分監が設置された1891年の段階では,流刑囚が幽閉され得る監獄は小菅,宮城,三池,樺戸,空知,釧路及び網走の7監であったか,といえばそうとも言い切れないようです。

 旧刑法施行から1年少しが経過した1883125日付けで,次の明治16年太政官第4号達が発せられています。

 

  沖縄県人民ニ限リ徒刑流刑ニ処セラレタルモノハ同県下八重山島ニ発配スルヲ得ヘシ此旨相達候事

  但囚人取扱方ハ旧慣ニ因リ沖縄県令之ヲ管理スヘシ

 

流刑囚が沖縄県民であった場合は,その幽囚地は,三池,小菅,宮城又は遠い北海道ではなく,八重山諸島であり得たわけです(実際には石垣島でしょうか。)。明治16年太政官第4号達は,「旧刑法施行ノ為メ公布シタル法令」の一として刑法施行法(明治41年法律第29号)附則2項によって現行刑法施行の日である1908101日から廃止(刑法施行法附則1項,刑法上諭,明治41年勅令第163号)されるまで効力を有したものとされています。ただし,1903319日に裁可され,同月20日に公布された監獄官制(明治36年勅令第35号)を見ると沖縄県の監獄は島尻郡小禄間切に沖縄監獄があるだけで,同官制2条に基づく分監も沖縄県にはなかったようです(明治36323日司法省告示第18号)。すなわち,1903年当時(なお,監獄官制は同年41日から施行(同官制附則1項))には,八重山諸島には,警察署内の留置場はともかくそれ以外の監獄はなかったようなのですが,どうしていたものでしょうか。

 

(3)1903年の監獄官制に関して

1903年の監獄官制においては,前記『犯罪白書 昭和43年版』によれば,「集治監および府県監獄署は単に監獄と改称され,小菅監獄等57監獄の名称および位置が定められた」ところです。しかし,こうなると,57監獄中の某監獄が監獄則1条における監獄6分類中のどれに当たるのかが監獄官制上の名称だけでは不明となります。したがって,監獄官制122項は「各監獄ノ種類ハ司法大臣之ヲ指定ス」と規定し,同項に基づき明治36323日司法省告示第17号が出されています。

しかし,この明治36年司法省告示第17号が難しい。

まず,57監獄中,留置場として指定されたものは一つもありません。これは,留置場は全て警察署内に設けられていたものであって,かつ,警察署内の留置場は司法大臣の管理外であるということでしょう。すなわち,内務省所管の留置場と司法大臣の管理に属する監獄官制上の監獄(同官制1条は「監獄ハ司法大臣ノ管理ニ属ス」と規定しています。)とを共に「監獄」とする監獄則上の監獄概念と,監獄官制上の監獄概念は異なるということでしょう(前者の方が留置場を含むだけ広い。)。朕の勅令で同じ「監獄」の語を使っておいてこれは何だ,とて明治天皇に逆鱗の気味はなかったものかどうか。

次に,集治監として指定されているものは,樺戸,網走及び十勝(北海道河西郡下帯広村)の3監獄だけです(いずれも地方監獄及び拘置監を兼ねます。なお,空知及び釧路の施設は消滅していますが,北海道内には他に函館監獄及び札幌監獄が存在しており,いずれも地方監獄,拘置監及び懲治場として指定されています。函館監獄には更に根室分監が設けられています。)。小菅,宮城及び三池はどうしたのだといえば,いずれも仮留監及び地方監獄としてのみ指定されています(なお,仮留監については,当該3監獄以外の監獄で指定されたものはありません。)。これは,従来からの運用の実際において,小菅,宮城及び三池は「集治監」との看板を掲げつつも,既に徒刑囚流刑囚の終着地ではなく,通過地にすぎないものとなっていたということでしょう。

結局,旧刑法下の流刑地は,(八重山諸島問題を別とすれば)やはり原作者・渡辺淳一の出身地たる北海道であったということになるようです。

 

4 「愛の徒刑地」から「女=政治の罪の流刑地」へ

 

(1)政治犯→流刑地

さて,)の最後において,筆者が「流刑地」とのみ言ってあえて「愛の流刑地」と言わなかったことには理由があります。

旧刑法における流刑は,政治犯に科せられるものとされていたからです(同法682号・3号と672号・3号とを対照)。

1886年の自らの改訂刑法草案を説明しつつボワソナアドいわく。

 

  無期流刑は,政治犯に対する死刑を廃する本草案において,政治犯に対する最も重い刑である。

  これについては,本草案は,相当の注目に値する点でフランス法と異なっている。

  フランスにおいては,政治事件について死刑が廃止された際に,それは「要塞監獄(enceinte fortifiée」への流刑をもって代えられた。これは,脱走に対する厳重な警戒をするものであると同時に,自由の剥奪をより苦しいものとするものであった。より軽い政治犯罪については,島地におけるもの(dans une île)ではあるが,監視と両立するものたる相当程度の自由が認められる,「単純」と形容される流刑が維持された。

  日本においても確かに2種類の流刑が存在する。しかし,それらは期間において相違するのみであって,その処遇内容(régime)においては相違しない。一方は無期であり,他方は有期(16年以上20年以下)である。両者のイメージは,無期及び有期の徒刑の緩和版というものである。両流刑において,流刑囚は島地において受刑することに加えて,特別の刑事施設に拘置(幽閉)される。しかしながら,後者〔幽閉〕の苦しみは必ずしも刑期中続くものではない。〔略〕〔ボワソナアド改訂刑法草案〕第27条は,その緩和をもたらす規定である。

 (Boissonade: pp.142-143

 

 旧刑法の制定に向けて「政治犯については,ボワソナアドは,フランス第二共和制以来の考え方を踏襲して,死刑の廃止を実定法化しようと努力した。そして,〔18771128日に〕司法省が太政官に上申した「日本刑法草案」の段階では,内乱罪の首魁にも,死刑は廃止され,無期流刑が科されることになっていた。」ところです(大久保119頁)。しかしながら,司法省案は太政官の刑法草案審査局における審査の段階で,「明けて〔1878〕年1月,審査局では,内閣に重要問題の予決を求め,ここで,皇室に対する罪を置くこと,国事犯(政治犯)を死刑に処すること,など4点が決定された(伊藤博文-井上毅ラインによる)。皇室に対する罪は,新律綱領では不吉であるという理由で除かれたが,今回の刑法では加えられ,また国事犯に対する死刑は,ボワソナアドの廃止論が審査局でくつがえされたのである。」ということでした(大久保115頁)。

 なお,フランス法による政治犯の流刑地は,いずれも南太平洋のマルキーズ諸島やヌーヴェル・カレドニーにあったそうです。

 国事ニ関スル罪に係る我が旧刑法第2編第2章を見ると,次のような規定があります。

 

  第121条 政府ヲ顚覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ紊乱スルヿヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス

   二 群衆ノ指揮ヲ為シ其他枢要ノ職務ヲ為シタル者ハ無期流刑ニ処シ其情軽キ者ハ有期流刑ニ処ス

 

  第131条 本国及ヒ同盟国ノ軍情機密ヲ敵国ニ漏泄シ若クハ兵隊屯集ノ要地又道路ノ険夷ヲ敵国ニ通知シタル者ハ無期流刑ニ処ス

    敵国ノ間諜ヲ誘導シテ本国管内ニ入ラシメ若クハ之ヲ蔵匿シタル者亦同シ

 

  第132条 陸海軍ヨリ委任ヲ受ケ物品ヲ供給シ及ヒ工作ヲ為ス者交戦ノ際敵国ニ通謀シ又ハ其賄遺ヲ収受シテ命令ニ違背シ軍備ノ欠乏ヲ致シタル時ハ有期流刑ニ処ス

 

  第133条 外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者ハ有期流刑ニ処ス其予備ニ止ル者ハ一等又ハ二等ヲ免ス

 

(2)故殺犯→徒刑地

これに対して,性交中の快感増進のためについ相手方を絞殺する行為は,「予メ謀リテ人ヲ殺シタル者」ではないから死刑にはならないとしても(旧刑法292条参照),「故意ヲ以テ人ヲ殺シタル者ハ故殺ノ罪ト為シ無期徒刑ニ処ス」との規定の適用があるものでしょう(同法294条)。徒刑であって,流刑ではありません。また,無期徒刑ですから懲役8年などというやわなものではありません。期間が無期であるのみならず,旧刑法の条文では単なる「定役」なのですが,フランス語案文によると,徒刑男囚(les hommes condamnés aux travaux forcés)の服する定役は,最も苦しい作業(les ouvrages les plus pénibles)なのです(Projet (Août 1877): p.6; Boissonade: p.78)。travaux forcésに服さしめられるのですから,徒刑は,フランス語の文字どおりには強制労働の刑です。その作業は,鬼哭啾々白骨累々,北辺の地の鬱蒼たる原生林における「囚人道路」開鑿(かいさく)作業のようなものでしょうか。五十代後半の文弱の物書きだからとて容赦はされず,徒刑囚たるもの60歳になるまでは壮丁同様の重い苦役に日々服して(旧刑法19条反対解釈),過去の性愛の悦びを思い出しては自らを慰めるその妄念も妄執も全て(ほこり)と汗とにまみれた疲労によって奪われ果てなければなりません。雪女が出て来ても,反応する元気はもうピクとも残っていないでしょう。仮出獄も,無期徒刑の場合は15年間待たねばなりませんし(旧刑法532項),かつ,仮出獄後も当該島地に留まらなければなりません(同法54条)。

定役には服さずに北海道で過ごし,5年もたったら集治監の幽閉から解放してもらって家族を呼び寄せて暮らそうかという政治犯についてならば「(家族)愛の流刑地」ともいい得たのでしょう。しかし,故殺の刑は無期徒刑である以上「流刑地」とはいかがなものでしょうか。性愛に溺れて犯した故殺の結果発遣される「愛の徒刑地」,しかして重い苦役の毎日に,みだらな性愛の思い出も(つい)には無情に解け去ってしまう最果ての徒刑地,略して「愛トケ」では駄目であったのでしょうか。

 

(3)女(les femmes)=政治(la politique

さはさりながら,我が母法国・おフランスの悪魔的外交官の悪魔的外交術をもってすれば,女は政治だから女がらみの犯罪は政治犯罪だ,だから徒刑ではなくて流刑に処せられるべきだ,と言い張り得るかもしれません。

 

  その後,タレイランについてティエールは,ガンベッタに対して次のように語った。

  ――ド・タレイラン氏のもとに僕は足しげく通ったものさ。彼は僕に対して大いに好意を示してくれていた,けれども,やり切れなかったな。僕はいつも話題を,ヨーロッパ,時事問題,要は政治に持って行きたかったんだけれども,彼ときたら専ら女の話ばかりするのだからね。僕はいらいらしていた。で,ある日彼に言ったのさ。

  ――大公,あなたはいつも女性のお話をなさいますが,私としては,むしろ政治のお話ができれば嬉しいのですが,ってね。

  で,やっこさんが僕に向かって言うにはこうだ――しかし,女・・・しかしこれは政治ですぞ,だってさ。(--- Mais les femmes, me répondit-il, mais c’est la politique.

 (Jacques Dyssord, Les belles amies de Monsieur de Talleyrand; Nouvelles Édition Latines, Paris, 2001: p.273

 

 ウィーン等の華麗な宮廷ではかようなespritに富んだ外交術が功を奏したのでしょうが,しかし,日本の質朴な法廷においてこのような“de la merde dans un bas de soie”(ナポレオンによるタレイランの人物評🧦💩的弁論術を弄せんとすると,真面目な裁判官に,ふざけないでください!と厳しく叱責されそうです。


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7 旧民法財産編262条4項と34条等との関係論及び「ローマ法的解決」

 

(1)民法233条の同法上の位置付け問題

民法233条の趣旨をどう考えるべきかの問題に改めて立ち戻って考えるとしても,同条の民法中における位置付けは難しい。「土地の所有権は,法令の制限内において,その土地の上下に及ぶ。」(民法207条)とされている以上,民法2331項は,当該所有権に基づく妨害排除請求権と重複します(民法・不動産登記法部会資料72頁参照)。民法2332項は,土地に侵入した根の所有権が当該土地の所有者に属するのならば(この点が正に問題ですが。),「所有物の使用,収益及び処分」(同法206条)そのものの一環ということになり得ますから,これも重複しそうです。

 

(2)旧民法財産編34条等と同編2624項(民法233条)との関係

ただし,民法233条は旧民法財産編2624項を承けた規定であるということなので,旧民法の中での位置付けを考えると,ある程度なるほどと合点し得る説明ができそうではあります。

 

ア 旧民法財産編34条論

 

(ア)旧民法財産編34

実は旧民法における土地の所有権については,民法207条のような一般的な規定は伴われてはいませんでした。確かに旧民法財産編301項は「所有権トハ自由ニ物ノ使用,収益及ヒ処分ヲ為ス権利ヲ謂フ」と規定していましたが,所有物が土地である場合について同編34条は,「土地ノ所有者ハ其地上ニ一切ノ築造,栽植ヲ為シ又ハ之ヲ廃スルコトヲ得/又其地下ニ一切ノ開鑿及ヒ採掘ヲ為スコトヲ得/右孰レノ場合ニ於テモ公益ノ為メ行政法ヲ以テ定メタル規則及ヒ制限ニ従フコトヲ要ス/此他相隣地ノ利益ノ為メ所有権ノ行使ニ付シタル制限及ヒ条件ハ地役ノ章ニ於テ之ヲ規定ス」と規定していました(フランス民法5522項及び3項に対応)。民法207条の規定と比較すると,伸び伸びとした土地所有権の行使を認めるもののようには印象されません。

なお,不動産たる土地についてボワソナアドは,「真の不動産をなすものは,土地を構成する物というよりはそれが占める空間である(ce qui constitute le véritable immeuble, c’est moins la substance du sol que l’espace qu’il occupe)」と言っています(Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Premier, Des Droits Réels ; Tokio, 1890: p.34)。(しかし,空間は,有体物でしょうか。)

 

(イ)民法207

民法207条は,旧民法財産編34条の規定だけでは「事柄が足りないので,一般的な原則」を掲げるべく「同条を修正してつくられたもの」,と報告されています(川島=川井編319頁(野村=小賀野))。189468日の第19回法典調査会で梅謙次郎は民法207条の規定を置くべき必要について「唯疑ヒノ起ルノハ空中ノ話シテアリマス譬ヘバ私ノ地面ノ右ノ方ノ隣リノ者カ恰度(ちやうど)左ノ方ニ地面ヲ持ツテ居ルト仮定スル其間ニ電話ヲ架設シヤウトシテ私ノ地面ノ上ヲ通(ママ)ス其場合ニ空中ハ御前ノ所有物テナイカラ斯ウ云フコトヲシテモ構ハヌト言ツテヤラシテハ叶ハヌ是カラ段々世ノ中カ進歩スルニ従ツテ然ウ云フ事柄ハ余程多クナツテ来ヤウト思ヒマス然ウ云フコトヲ規定スベキ必要ガアラウト思フ」(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第7119丁裏-120丁表)等と説明しています。こう言われると,土地の所有権に基づく妨害排除権の及ぶ範囲が第一に問題になっているように見えます。2055分まで審議が続き,磯部四郎からは修正案が出(追随者なし),奥田義人,村田保,菊池武夫,都筑馨六及び三浦安からは削除説が唱えられました。削除説についていえば,梅も当該規定について「若シ之カナカツタナラハ所有権ト云フモノハ土地ノ上下ニ及ハヌモノテアルノヲ此箇条ヲ以テ特ニ及ホシタモノデアルカト云フ御問ヒテアリマスガ私共ハ然ウハ思ツテ居リマセヌ」,「〔上の方,空中については〕疑ヒノアル点テアリマスカラ此処ニ規定シヤウト考ヘタノテアリマス」と述べており(民法議事速記録第7121丁裏-122丁表),したがって,民法207条は絶対不可欠とまでは言えなかったわけです。最後は議長の西園寺公望が採決し,削除説への賛成少数で梅の原案が可決されています。

 民法207条は難産で,梅謙次郎は苦労したわけですが,実は三起草委員の一人である富井政章は同条についてニュアンスの違った解釈をしていたようでもあります。同条に係る富井=本野のフランス語訳は “La propriété du sol emporte, sous réserve des restrictions apportées par les lois et ordonnances, la propriété du dessus et du dessous.” であって,直訳すれば,「土地の所有権は,法令の制限内において,その上下の所有権の取得を伴う。」でしょうか,「法令の制限内において」の部分を除いてフランス民法5521項と同じ表現となっています。しかしてフランス民法552条は,不動産上の添付(accession)に関する規定なのでした。添付は,所有権取得の一態様です。ローマの添付法には「地上物は土地に従う(superficies solo cedit)」とあります。

 

イ 旧民法財産編34条と枝の剪除請求権との関係及び同編36条の本権訴権等

 

(ア)枝の剪除請求権との関係

旧民法財産編341項及び4項を見ると,越境した枝の剪除を越境された土地の所有者が求めるためには,明文の特則があった方がよかったようです。

確かに,ボワソナアドは,「土地の所有者は,当該土地の上の空間の主人である。したがって,隣人は,分界線上において,当該分界線から垂直に伸ばした線を越える建築をすることはできない。また,隣人は,一所有地と他の所有地との間に橋を差し掛けて,中間の他人所有地の上を通過することもできない。何ら難しいことはない。」との解釈を説いてはいました(Boissonade, p.93)。しかしながら,土地上の空間に係る妨害排除のために占有訴権たる保持訴権を行使しようとすると,それは「其ノ占有ニ関シ〔略〕妨害ヲ受」けた者が「妨害ヲ止マシメ又ハ賠償ヲ得ルヲ目的」として行うものということになりました(旧民法財産編362項・200条)。そこにおいては,当該空間下の土地の占有に関する妨害の有無及び妨害を止ましめる方法は何であるべきかの判断が面倒そうでありました。

 

(イ)旧民法財産編36条の本権訴権等

ところで,従来,物権的請求権については,「民法には,所有権に基づく物権的請求権そのものの規定はありません。しかし,占有権については占有訴権が認められており,これより強力な所有権についてこれに基づく請求権を認めることが相当であることや,民法202条が占有の訴えのほかに本権の訴えを認めていることに照らし,所有権について物権的請求権が発生するものと解されています。」(司法研修所民事裁判教官室『改訂 問題研究 要件事実――言い分方式による設例15題――』と説かれていましたが(司法研修所・20069月)56頁),「本権の訴え」といわれるだけでは――筆者一人の感想でしょうか――漠としています。「本権ノ訴(action pétitoire, petitorische klage)即チ占有(ママ)ル権利其物ノ主張ヲ目的トスルモノ」とやや敷衍していわれても(梅87頁),フランス語及びドイツ語のお勉強にはなっても,なおよく分かりません。(『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1984年)には“action pétitoire”は「不動産所有権確認の訴訟」とあり,『独和大辞典(第2版)コンパクト版』(小学館・2000年)には„petitorische Ansprüche“は「本権上の請求権」とあるばかりです。)しかし,せっかく旧民法財産編361項本文に「所有者其物ノ占有ヲ妨ケラレ又ハ奪ハレタルトキハ所持者ニ対シ本権訴権ヲ行フコトヲ得(Si le propriétaire est troublé dans la possession de sa chose ou en est privé, il peut exercer contre tout détenteur l’action pétitoire)」とありますから,ここで,本権訴権とは何かについてボワソナアドの説くところを聴いてみましょう。

 

  ここまで論じられてきたrevendicationの訴え(action en revendication)は,まず,本権のpétitoire)〔訴え〕との名を占有のpossessoire)訴えとの対照において称する。本権の訴え(action pétitoire)は,原告が真にvraiment)所有権を有するものかどうかを裁判させようとするものであるf。占有の訴えは,原告が現実に(en fait)所有権を行使しているexerce)こと(占有するposséder),といわれること)を確認させようとのみするものである。本権の訴えは,権利の根拠le fond)について裁判せしめる。占有の訴えは,占有すなわち現実の行使l’exercice de fait)についてのみ裁判せしめるものである。

 (Boissonade, pp.96-97

 

  (f)ラテン語のpetere,すなわち「求める(demander)」に由来するpétitoireの語は,それ自体では十分確定した意味を有しない。しかし,ローマ法に影響された全ての立法において,上記の意味と共に,術語とされている(consacré)。

   本権の訴えは,所有権のみならず他の物権の多くについてそもそものau fond)その存在について裁判させるためにも行われる。

  (Boissonade, p.96

 

 本権の訴えは所有権その他の物権の存否を裁判させようとするものであるのはよいのですが,当該争点に係る肯定の裁判の結果,どのような請求を実現させようとするものであるのかというと,旧民法財産編36条に対応するボワソナアド草案37条の第1項及び第2項を見ると(Boissonade, p.76),action en revendication(所有物取戻訴権)及び’action négatoire(否認訴権)の行使が想定されていたところです。

フランス語のrevendicationは,ラテン語のrei vindicatio(所有物取戻訴権,所有物取戻しの訴え)に由来します。ローマ法においては「所有物取戻訴権は物権中の王位の権利の最強武器である。「予が予の物を発見するところ予これを取り戻す」(ubi rem meam invenio, ibi vindico)原則は何等の制限を受けない。何人の手からでも何等の補償も要せずして取り戻せるのである。その者が如何に善意で過失なくして取得したにしても,彼は保護せられない。比較法制史上個人主義がかくほど徹底した法制も稀である。」とのことでした(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)120頁)。

ローマ法における否認訴権(actio negatoria)については,「役権否認の訴権である。ドイツ普通法時代には占有侵奪以外のあらゆる妨害排除の訴権に高められている。目的は制限なき所有権の確認,侵害の排除,目的物(人役権〔用益権(旧民法財産編44条参照),準用益権,使用権(同編1101項参照)並びに住居権(同条2項参照)及び奴隷又は獣の労務権(原田127-128頁)〕につき問題となる)利益の返還,損害の賠償及び将来妨害せずとの担保問答契約の提供である。」と説明されています(原田120頁)。ボワソナアドは,否認訴権を説明していわく,「この場合,所有権者は彼の地所をなお占有しているので,彼がそれを要求するrevendiquer),彼がそれを取り戻そうとする,とはいえない。彼は専ら自由,解放を求めるのである。したがって,彼はその所有権を確認するのではない。その権利は争われていないからである。彼は,他者によって主張されている役権を争い,否認するdénie)のである。ここから,否認négatoire)訴権の名が生ずる。全くローマ由来の名である。」と(Boissonade, p.96)。

実は,旧民法財産編36条には立法上の不体裁があって,その第1項はaction en revendicationにのみ係るものでした(cf. Boissonade, p.76)。確かに同項の本権訴権行使の相手方は「所持者」です。ボワソナアドも,否認訴権はaction en revendicationの一種であると述べつつも,「否認訴権(action négatoire)は古いテキスト(l’ancien texte [sic])においては言及されていない〔筆者註:ボワソナアドのProjet1880年版及び1882年版のいずれにも否認訴権に係る規定はちゃんとありましたので,「古いテキスト」とは旧民法財産編36条のことを指すのでしょうか。〕。これは修正されなければならなかった脱漏であった。地役権の行使によって妨害された所有権者がそれを争うのは所有物取戻しの訴えによるものでないことを理解するには,〔ボワソナアド草案〕288条〔すなわち旧民法財産編2692項〕を待つまでもない。」と述べています(Boissonade, pp.95, 96(1))。

否認訴権に係るボワソナアド草案372項は次のとおりです(Boissonade, p.76)。

 

   Il peut aussi intenter une action négatoire contre ceux qui exerceraient sur son fonds des droits de servitude qu’il prétendrait ne pas exister.

  (所有権者は,また,彼が存在しないと主張する役権を彼の地所に行使する者に対して否認の訴えを提起することができる。)

 

「否認の訴え」というと嫡出否認の訴え(民法775条等)や,破産法(平成16年法律第75号)上の否認権の行使に係る訴え(同法173条)と紛らわしいですね。やはり旧民法財産編2692項流に「拒却訴権」の行使ないしは「拒却」の訴えとでもいうべきでしょうか。いずれにせよ,否認訴権を読み出しにくい旧民法財産編361項を前提とすれば,土地所有権に対する妨害の排除手段の明示に係る同編2624項の存在はその分の有用性を有していたわけです。

なお,我妻榮は「所有権についても,これ〔占有訴権〕に対応する所有物返還請求権(rei vindicatio)・所有物妨害除去請求権(actio negatoria)・所有物妨害予防請求権が,学説上一般に認められている。のみならず他の物権にも――物権それぞれの内容に応じて多少の差はあるが――これらに対応するものが認められている。そしてこれを物権一般の効力として,物上請求権または物権的請求権という(ドイツ民法は所有権について規定し(985条以下),他の物権に準用する。〔略〕)。」と述べており(我妻Ⅱ・22頁),そこでは所有物妨害予防請求権にラテン語名が付いていません。この点に関しては,ボワソナアドも,旧民法財産編36条に関して所有物妨害予防訴権については言及していなかったところです(Boissonade, pp.95-97)。

 

ウ 旧民法財産編34条と根の截去権との関係

また,根の截去についても,旧民法財産編342項の「開鑿及ヒ採掘(excavations, fouilles et extractions de matériaux)」にぴったり当てはまらないとともに(大は小を兼ねるのでしょうが,それでも,邪魔物たる隣地からの根の截去は,有益物であろうし,かつ,土地所有者の所有物又は無主物たるべきものであろうmatériauxの採掘に含まれ得るものでしょうか。),相隣関係なので地役の章を見なければならず(旧民法財産編344項),そこで同章を見れば,旧民法財産編261条は井戸,用水溜,下水溜及び糞尿坑,地窖並びに水路用石樋及び溝渠を穿つについて分界線から保つべき距離を規定しており,すなわち,分界線付近で穴を掘ることは注意してすべきものとされてあるところ,隣地から侵入して来た根の截去のための土堀りは分界線からどれだけ離れてすべきか,又は分界線に接してすることができるかは,やはり明文で規定されるべきものだった,とも考えられないものでしょうか。あるいはこじつけ気味に,第25回法典調査会における前記土方=梅問答にヒントを探してみると,旧民法財産編2624項は,竹木の存在する隣地を要役地とし,その枝又は根が侵入する土地を承役地とする地役権の存在を否定する趣旨であるように解されます(梅の言う「時効ニ依テ取得」するものは,地役権でしょう。)。旧民法財産編2621項から3項までは竹木の栽植又は保持において保つべき分界線からの距離を規定していますが,当該距離を保ちさえすればあとは枝又は根の侵入について隣地に対する地役権までが付随して認められるというわけではないよ,ということが同条4項の趣旨だったということもできないでしょうか。

しかし,さかしらなこじつけは,素直な事実認識を阻害しそうではあります。

結局のところ,越境した根の所有権の帰属はどうなっていたのでしょうか。

ちなみに,ある土地に生立している草木(及びその根)は土地の本質的構成部分となるという,いささか重たい表現である例のドイツ民法941項後段に相当する明示規定は,管見の限り旧民法にはないようです。旧民法財産編81項第5本文は「樹林,竹木其ノ他植物」を「耕地,宅地其他土地ノ部分」(同項第1)と並置して「性質ニ因ル不動産」としており(「性質ニ因ル不動産」は,その性質に因り遷移することを得ない物(同編7条)),同編81項第5ただし書を承けた同編12条は「植木師及ヒ園丁カ売ル為メニ培養シ又ハ保存シタル草木」(第3)及び「収去スル為メニ譲渡シタル樹木及ヒ収穫物」(第4)のような「仮ニ土地ニ定著セシメタル物」を「用法ニ因ル動産」としています。ただし,ボワソナアドは,樹林,木,小低木及びその他の植物並びに果実及び収穫物について,「土地から(du sol)分離して動産にすることが非常に容易(bien facile)な物であるが,そこにつながっている間は,それと一体をなし(tant qu’ils y sont attachés, ils font corps avec lui),かつ,性質上の不動産である。」とし,また,「栽植又は播種の場合,木及び種子は,なお根を下ろしていなくとも,地中に置かれるとともに不動産となる。」と述べています(Boissonade, p.35)。

 

(3)「ローマ法的解決」

 隣地の竹木から侵入して来た根の被侵入地内における所有権について,旧民法は土地所有者帰属説及び竹木所有者帰属説のうちどちらを採っていたのかがなおよく分からないのであれば,同法の母法たるフランス民法についてそれを問うべし,ということになります(我が民法233条と同様の規定として,フランス民法673条が存在します。当該条文は,後に御紹介します。)。ということで筆者は,頑ななる我がPCに手を焼きつつ,おフランス語でインターネット検索を重ねたのですが,そこで思わぬ収獲がありました。

フランス民法の淵源であるところのローマ法においては,隣地に侵入した根(radix)について樹木所有者帰属説が採られていたことが分かったのです(フランス民法及び我が旧民法も同説採用でしょう。)。日本民法の解釈問題は残るとしても,筆者の問題意識の主要部分はこれでひとまず解消したようです。

 当該収獲は,1823年にパリのImprimerie de Dondey-Dupréから出版されたポチエ(R.J.Pothier)の『ユスティニアヌスの学説彙纂(Pandectae Justinianeae, in Novum Ordinem Digestae, cum Legibus Codicis et Novellis quae Jus Pandectarum Confirmant, Explicant aut Abrogant)』第19巻の538-539頁にありました(Lib.XLVII. Pandectarum Tit.VII: III)。

 

   Non ideo minus autem furtim caesa arbor videbitur, quod qui radices hujus caecidit, eas in suo s[o]lo caecidit.

  (しかし,木の根を截った者が彼の地所でそれをしたからといって,それだけより窃盗的にではなくその木が伐られたことにはならない。)

   Enimvero si arbor in vicini fundum radices porrexit, recidere eas vicino non licebit: agere autem licebit non esse ei jus, sicuti tignum aut protectum immissum habere. Si radicibus vicini arbor aletur, tamen ejus est, in cujus fundo origo ejus (1) fuerit. l.6. §2. Pomp. lib.20. ad Sab.

  (確かに,「木が隣人の地所に根を伸ばした場合,当該隣人はそれを截ることはできない。彼に権利はない。しかし,梁又は廂が侵入してきたときと同様に行動することはできる。隣人の木がその根で養分を吸収するとしても,しかしそれは,それが最初に生えた場所がその地所内にある者のものである1。」6節第2款ポンポニウス第20編サビヌスについて

 

    (1Nec obstat quod in institut. lib.2. tit.1. §31 dicitur, ejus arborem videri, in cujus fundo radices egit. Hoc enim intelligendum quum integras radices egit, ita ut omnino ex hoc solo arbor alatur. Quod si mea arbor extremas du[m]taxat radices egerit in solo vicini: quamvis haec inde aliquatenus alatur, tamen mea manet; quum in meo solo et radicum maxima pars, et origo arboris sit.

     (『法学提要』第2編第1章第31節において,その地所に根が張った者に木は属するものと見られるといわれていることは,妨げにならない。それは,当該土地からその木が全ての養分を吸収するように全ての根が張っている場合のこととして理解されるべきものなのである。私の木が隣人の土地にせいぜい根の先端を延ばしたとして,その木がそこから幾分かの養分を吸収したとしても,根の大部分が,及び木の生え出した場所が,私の土地内にあれば,それは依然私のものである。)

 

ローマ法では,隣地の木の根が境界線を越えるときであっても,被越境地の所有者はその根を切り取ってはならないのでした。その理由は,隣人の梁や廂が侵入してきたときと同様に振る舞えというところからすると,越境した根はなお,その木の所有者の所有に属するから,ということになるわけでしょう。この点,S.P.スコットのDigesta英訳(1932年)では“but he can bring an action to show that the tree does not belong to him; just as he can do if a beam, or a projecting roof extends over his premises.(しかし,彼は,ちょうど梁又は廂が彼の地所に突き出てきたときにできるように,その木は彼のものではないことを示すために訴えを提起することができる。)となっていますnon esse ei jus”の不定法句は,agereを言説動詞とした,間接話法の内容ということでしょうか。当該不定詞句は,ポチエのフランス語では最後の文にくっつけて訳されていて,筆者の頭を悩ませたのでした。)

邦語でも「地下にある〔突出してきた〕根についても,これを切断させることが,可能です。相手方がその作業をしないときには,その人が自力で〔略〕根を切り取る行動に出ても差し支えありません。これは,法上許された「自力救済」の一つのパターンですね。」ということが紹介されています(柴田光蔵「ROMAHOPEDIA(ローマ法便覧)第五部」京都大学学術情報リポジトリ・紅(20184月)37頁)。自力截去は直ちにはできません。「又我が樹木根が隣地[に]出でるときは,隣人はこれを有害と認むるときは任意にこれを除去することを得。」というのは(吉原達也編「千賀鶴太郎博士述『羅馬法講義』(5)完」広島法学333号(2010年)85-86頁),反対解釈すると任意の除去は有害のときに限られ,無害のときは手を出せないということですが,これは当該越境樹木根の所有権を当該隣人が有していないからでしょう。

ローマ法においては,木の所有権は,その木が最初に生えた場所(origo)の属する土地の所有者に属する,ということでよいのでしょうか。註では根の大部分の所在をも要件としていますが,本文の方が簡明であるようです。

なお,名詞origoは,動詞oririに由来し,当該動詞には太陽等の天体が昇るという意味もあります(おやじギャグ的に「下りる」わけではありません。)。日出る東方を示すOrientの語源ですね。


(4)ボワソナアドの旧民法財産編262条4項解説探訪(空振り)

なお,民法財産編2624項の趣旨をボワソナアドのProjetに尋ねてみても,空振りです。同条はフランス民法の1881820日法による改正後671条から673条まで及びイタリア民法579条から582条までを参考にしたものであること並びに旧民法財産編262条における分界線・竹木間距離保持規定の目的は通気及び日照の確保による居住及び耕作の保護であり,「市街地では木は実用のためというよりは楽しみのためのものであるし,田園地においてはその広さが規定された距離を容易に遵守することを可能とすることから」,法は遠慮なし(sans scrupules)に所有権者の自由を制限しているものであることは説かれていますが,同条4項について特段の説明はありません(Boissonade, pp.565, 568-570)。

 

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(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html

(中)ドイツ民法草案等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842106.html


4 旧民法

現行民法545条の旧民法における前身規定は,同法財産編4092項,421条,424条及び561条並びに同法財産取得編81条とされています(民法議事速記録第25108丁裏)。

 

 旧民法財産編4092項 解除ノ条件ノ成就スルトキハ当時者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシム

  (フランス語文は前掲)

 

 旧民法財産編421条 凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス

  (Dans tout contrat synallagmatique, la condition résolutoire est toujours sous-entendue au profit de la partie qui a exécuté ses obligations ou qui offre de le faire, pour le cas où l’autre partie ne remplirait pas les siennes.

  此場合ニ於テ解除ハ当然行ハレス損害ヲ受ケタル一方ヨリ之ヲ請求スルコトヲ要ス然レトモ裁判所ハ第406条ニ従ヒ他ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許与スルコトヲ得

  (Dans ce cas, la résolution n’a pas lieu de plein droit: elle doit être demandée en justice par la partie lésée; mais le tribunal peut accorder à l’autre un délai de grâce, conformément à l’article 406.

 

 旧民法財産編424条 裁判上ニテ解除ヲ請求シ又ハ援用スル当事者ハ其受ケタル損害ノ賠償ヲ求ムルコトヲ得

  (La partie qui demande ou invoque la résolution, peut, en outre, obtenir la réparation du préjudice éprouvé.

 

 旧民法財産編561条 義務ハ第409条,第421条及ヒ第422条ニ従ヒ明示ニテ要約シタル解除又ハ裁判上得タル解除ニ因リテ消滅ス

  (Les obligations s’éteignent par la résolution ou résiliation, stipulée expressément ou obtenue en justice, conformément aux articles 409, 421 et 422.

  解除ヲ請求ス可キトキハ其解除訴権ハ通常ノ時効期間ニ従フ但法律ヲ以テ其期間ヲ短縮シタル場合ハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la résolution doit être demandée en justice, l’action résolutoire ne se prescrit que par le laps de temps de la prescription ordinaire, sauf le cas où la loi fixe un délai plus court.

 

 旧民法財産取得編81条〔売買の解除〕 当事者ノ一方カ上ニ定メタル義務其他特ニ負担スル義務ノ全部若クハ一分ノ履行ヲ欠キタルトキハ他ノ一方ハ財産編第421条乃至第424条ニ従ヒ裁判上ニテ契約ノ解除ヲ請求シ且損害アレハ其賠償ヲ要求スルコトヲ得

  (Si l’une des parties manque à remplir tout ou partie de ses obligations, telles qu’elles sont déterminées ci-dessus ou de toutes autres obligations auxquelles elle se serait spécialement soumise, l’autre peut demander en justice la résolution du contrat, avec indemnité de ses pertes, s’il y a lieu, conformément aux articles 421 à 424 du Livre des Biens.

  当事者カ解除ヲ明約シタルトキハ裁判所ハ恩恵期間ヲ許与シテ其解除ヲ延ヘシムルコトヲ得ス然レトモ此解除ハ履行ヲ欠キタル当事者ヲ遅滞ニ付シタルモ猶ホ履行セサルトキニ非サレハ当然其効力ヲ生セス

  (Si la résolution a été expressément stipulée entre les parties, le tribunal ne peut la retarder par la concession d’un délai de grâce; mais elle ne produit son effet de plein droit que si la partie qui manque à executer a été inutilement mise en demeure.

 

 我が旧民法の母法は,フランス民法です。2016101日より前の同法1183条及び1184条は,次のとおりでした。

 

Article 1183

La condition résolutoire est celle qui, lorsqu'elle s'accomplit, opère la révocation de l'obligation, et qui remet les choses au même état que si l'obligation n'avait pas existé.

  (解除条件は,それが成就したときに,債務の効力を失わせ,かつ,その債務が存在しなかった場合と同様の状態に事態を復元させるものである。)

Elle ne suspend point l'exécution de l'obligation ; elle oblige seulement le créancier à restituer ce qu'il a reçu, dans le cas où l'événement prévu par la condition arrive.

  (当該条件は,債務の履行を停止させない。それは,条件によって定められた事件が発生したときに,専ら債権者をして受領したものを返還させる。)

Article 1184

La condition résolutoire est toujours sous-entendue dans les contrats synallagmatiques, pour le cas où l'une des deux parties ne satisfera point à son engagement.

  (解除条件は,当事者の一方がその約束を何ら果さない場合について,双務契約に常に包含される。)

Dans ce cas, le contrat n'est point résolu de plein droit. La partie envers laquelle l'engagement n'a point été exécuté, a le choix ou de forcer l'autre à l'exécution de la convention lorsqu'elle est possible, ou d'en demander la résolution avec dommages et intérêts.

  (前項に規定する場合において,契約は当然解除されない。約束の履行を受けなかった当事者は,それが可能なときの合意の履行の強制又は損害賠償の請求と共にするその解除の請求を選択できる。)
La résolution doit être demandée en justice, et il peut être accordé au défendeur un délai selon les circonstances.

  (解除は裁判所に請求されなければならない。裁判所は,被告に対し,事情に応じた期限を許与することができる。)

 

(1)旧民法財産編4211

「凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス」という旧民法財産編4211項(及びフランス民法旧11841項)の規定は双務契約の当事者の意思を推定した規定のように思われますが,なかなか面白い。ボワソナアドの説くところを聴きましょう。

 

  394. 黙示の解除条件(condition résolutoire tacite)は,双務契約(contrats synallagmatiques ou bilatéraux)における特有の効果の一つであって,かつ,既に〔ボワソナアド草案〕第318条〔旧民法財産編297条〕に関して述べたとおり(第22項),この種別の契約に多大の利益を与えるものである。フランス民法は,これについての一般原則を第1184条において規定し,かつ,種々の特定の契約――特に売買(第1610条及び第1654条から第1657条まで)及び賃貸借(第1741条)――について特則を設けている。イタリア民法は,当該原則を同一の文言で規定している(第1165条)。これら両法典にはなおいくつかの規定の欠缺があったところ,本案においてはそれらが補正されている。

   債務不履行によって不便を被る当事者に対して法律によって与えられた(accordée par la loi)この解除は,非常に大きな恩恵である。当該当事者がなし得ることが当初の行為(action originaire)に限定された場合においては,債務者に係る他の債権者らとの競争を余儀なくされて当該債務者の支払不能の累を被ることがあり得るところである。彼は彼自身の債務全部の履行を強いられた上で,彼が受け取るべきものの一部しか受け取ることができなくなるかもしれないのである。しかし,解除の手段によって,彼は,合意がそもそもなかったような当初の地位を回復することができる。彼が彼自身の債務をまだ履行していないときには,彼は,その債務者を解放すると同時にまた解放されるのである。彼が既に履行していたときには,現物又は代替物をもって,彼は,引き渡した物の返還を請求することができる。例えば,彼の合意のみをもって既に所有権を移転し,その上当該不動産を引き渡した不動産の売主は,買主に既に占有を移転し,かつ,権原(証書:titres)を与えてしまっている。当該買主は,定まった期日に代金を弁済しない。当該売主は,解除によって,所有権を回復し,かつ,売った物の占有を再び得ることができる。この権利は,買主に係る他の債権者らに先んじて代金の弁済を受けるために,解除を請求することなしに,売った物の差押え及び再売却を実行できる同様に貴重な権利である先取特権に類似したところがある(… a de l’analogie)。しかし,その利点自体のゆえに,解除権は,買主と取引をする第三者が不意打ちのおそれを抱かないように,本来の先取特権と同様の公示に服するものである(〔ボワソナアド草案〕第1188条及び第1276条の2を見よ。)。

売られた物を引き渡す動産,食料及び商品の売主にとって,事情はしかく良好ではない。一般に,彼は,第三取得者又は他の債権者に対しても優先して,現物で当該目的物を回復することはできない。解除は,常に,彼に債権しか与えない。ただ,当初取り決められた代金額ではなく,売られた物の現在の価額――これは増価している可能性がある――を回復し得るところである。

動産の先取特権について規定する折には,更に売主の保護のための他の手段が整えられるであろう(フランス民法2102条第4号及び同商法576条並びに本草案11382項参照)。

目的物が彼にとって便宜の時に引き渡されず,又はそれが約束された状態ではなかったときには,売主についてのみならず買主にとっても解除は役立つ。しかしながら,彼が既に代金を支払っていた場合は,その回復のために彼は,何らの先取特権もなしに,一般債権しか有しない。というのは,彼が支払った代金は,売主のもとで他の財貨と混和してしまっているからである。したがって,彼は,売主に支払能力があるときにのみ解除を用いることになる。しかしながら,売主の支払不能を知らずにうっかり解除してしまった場合には,彼は,少なくとも代金の返還までは留置権を行使することができるであろう(〔ボワソナアド草案〕第1096条を見よ。)。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxisième, Droits Personnels et Obligations. Tokio, 1891. pp.454-456。なお,平井一雄「解除の効果についての覚書」獨協法学9号(197710月)50-51頁)

 

暗黙の解除条件の制度は,法律によって与えられたものとされていますが,「解除条件は,当事者の蓋然的意思の法律による解釈(par une interprétation faite par la loi de l’intention probable des parties)以外のものによって双務契約に付与されたものではない」ところです(Boissonade, p.458)。なお,「したがって,彼らは反対の意思を表示することができる。履行に係るこの保証は,公序(ordre public)に属するものではないからである。しかし,法律上の推定(présomption légale)を覆すためには,彼らは明白にその旨の放棄をしなければならない。」とされます(ibid.)。

契約の解除を先取特権と類似のものとして説明するというボワソナアドの視角は独創的なものであるようにも思われます。この点については,「なお,ボワソナードの見解が「黙示の解除条件」の法的基礎として,部分的にではあれ,先取特権の一種という解除条件の枠組みからは外れた法理論に依拠・連関していた実際の理由としては,わが国における(旧)民法典施行後の実務および理論上の参考に供するために,このような理論を示したのではないかとも思われる。法典施行後(法典論争の結果,旧民法典の施行は実現しなかったが),裁判上の解除として解除訴訟に現れることが容易に予想される紛争類型(不動産売買の解除事案)についてのみ,踏み込んだ先取特権〔と〕いう法的基礎を示したと考えられなくもない。だが,この点はあくまで筆者の推測の域を出ない。」と評されています(福本忍「ボワソナード旧民法典草案(Projet)における法定解除の法的基礎――『プロジェ・初版』を分析素材として――」九州国際大学法学論集23123号(20173月)295-296頁・註82)。ところで,ボワソナアドの説くところを読みつつ,筆者は,古代ローマにおける「契約責任の変貌」に関する次の文章を想起していたところでした。

 

  不履行の場合に何を請求しうるかであるが,この点でも原則が変化するわけではないにかかわらず実際には少しずつ今までにはありえなかった関心が浮上していく。農場を売ったとしよう。引き渡したが代金が支払われない。代金支払いについて過失を論ずる余地は少ないから,故意責任,そして重い懲罰的損害賠償,という筋道になる。こういう場合売った農場を取り戻そうという関心は希薄であろう。売った以上金銭を欲したはずである。ところがやがてその農場自体を取り戻したいという関心が生まれる。まさにそれしかないそれを別に売りたい,そしてまた賠償を取りたくとも相手に他に資産はなく,それを他の債権者と分けるなどまっぴらごめんだ,等々。売っておきながら反対方向の金銭の流れとの関係で紐つきであるという,あの観念の再浮上でもある。同時履行の抗弁権という諾成契約に相応しからぬ観念が,しかも契約当事者間の信義の名のもとに,生まれてくる事情でもある。

  〔略〕契約を一方当事者の主張に基づいて解消するという関心が現れる。引渡をしてしまっていても契約さえ解消できれば所有権は移らない。ここからはrei vindicatio〔所有権に基づく返還請求〕が使えるではないか,というのである。所有権者が半分纏っていたbona fidesの衣装をかなぐり捨てる瞬間である。〔後略〕

(木庭146-147頁)

 

 こうしてみると,ボワソナアドの視角は,むしろ正統的なものであったといい得るようです。

 なお,旧民法財産編4092項が解除条件成就の効果は合意前に遡及するものとしていましたから,旧民法財産編4211項の解除の効果も遡及したわけでしょう。また,旧民法財産編4211項の「義務不履行」状態にあると認められる者には,同条2項に係るボワソナアド解説によれば,「障碍に遮られた誠意ある債務者(débiteur embarrassé et de bonne foi)」も含まれたようです(Boissonade, p.458)。裁判所による恩恵上の期限の許与は,このような債務者に対してされるべきものと説かれています(ibid.)。

 

(2)旧民法財産編424

 旧民法財産編424条の損害ノ賠償と民法5454項の損害賠償との関係も難しい。

民法5454項の損害賠償については,「その性質は,債務不履行による損害賠償請求権であつて,解除の遡及効にもかかわらずなお存続するものと解すべきである。近時の通説である(スイス債務法と同様に消極的契約利益の賠償と解する少数の説もある〔略〕)。判例は,以前には,債権者を保護するために政策的に認められるものといつたことなどもあるが(大判大正610271867頁など(判民大正10年度78事件我妻評釈参照)),その後には,大体において,債権者を保護するために債務不履行の責任が残存するものだと解している(大判昭和8224251頁,同昭和86131437頁など)」ところであって(我妻200頁),「填補賠償額を算定する標準は,抽象的にいえば,契約が履行されたと同様の利益――履行期に履行されて,債権者の手に入つたと同様の利益――であつて,債務不履行の一般原則に従う」ものとされています(我妻201-202頁)。

これに対して,旧民法財産編424条の損害ノ賠償に関してボワソナアドが説くところは,異なります。いわく,「法は解除した当事者に「其受ケタル損害ノ賠償(la réparation du préjudice éprouvé)」しか認めず,かつ,得べかりし利益(gain manqués)の賠償は認めていないことが注目される。また,法は,通常用いられる表現であって,「その被った損失及び得られなかった得べかりし利益(la perte éprouvée et le gain manqué)」を含むところの(〔ボワソナアド草案〕第405条)dommages-intérêtsとの表現を避けている。実際のところ,解除をした者がその合意からの解放とそれから期待していた利益とを同時に得るということは,理性及び衡平に反することになろう。彼が第三者との新しい合意において得ることのできる当該利益を,彼が2度得ることはできない。日本の法案は,このように規定することによって,通常の形式(la formule ordinaire)に従って“des dommages-intérêts”を与えるものとする外国法典においては深刻な疑問を生ぜしめるであろう問題を断ち切ったものである。」と(Boissonade, p.461。なお,平井51-52頁)。「解除は事態を合意より前の時点の状態に置くことをその目的とするものの,当該結果は常に可能であるものではない。」ということですから(Boissonade, p.460),原状回復を超えた損害賠償は認められないということでしょう。すなわち,「解除に伴う損害賠償の範囲は,現物が返還された場合であれ,返還不能で価格による償還の場合であれ,解除時における目的物の客観的価格が限度」になるものと考えられていたようです(平井52頁)。

ボワソナアドの口吻であると,フランス民法旧11842項の損害賠償についても,得べかりし利益の賠償を含まず,かつ,原状回復が上限であるものと解するのが正しい,ということになるようです。我が旧民法及びフランス民法に係るボワソナアドの当該解釈を前提とすると,民法5454項に関して「わが民法は,フランス民法・旧民法に由来し,債務不履行により損害の生じた以上民法415条によりこれを賠償すべきものとの趣旨で,ただ反対の立法例もあるので念のため規定したとされる。」と言い切ること(星野Ⅳ・93頁。下線は筆者によるもの)はなかなか難しい。梅謙次郎は対照すべき条文として旧民法財産編424条を掲げつつ,民法5454項に関して「当事者ノ一方カ其不履行ニ因リテ相手方ニ損害ヲ生セシメタルトキハ必ス之ヲ賠償スヘキコト第415条ノ規定スル所ナリ而シテ是レ契約ノ解除ニ因リテ変更ヲ受クヘキ所ニ非サルナリ故ニ当事者ノ一方ノ不履行ニ因リテ相手者カ解除権ヲ行ヒタル場合ニ於テハ其解除ノ一般ノ効力ノ外相手方ヲシテ其不履行ヨリ生スル一切ノ損害ヲ賠償セシムルコトヲ得ヘシ(契約上ノ解除権ヲ行使スル場合其他不履行ニ因ラサル解除ノ場合ニ在リテモ若シ同時ニ契約ノ全部又ハ一部ノ不履行ノ事実アルトキハ同シク賠償ノ責ヲ生スルモノトス)」と述べていますが(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)453頁・454-455頁),ここでの旧民法財産編424条は,飽くまで単に対照されるだけのものだったのでしょう。

なお,穂積陳重の「既成法典〔すなわち旧民法〕抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス」との前記発言は,文言上解除と損害ノ賠償とが併存している旧民法財産編424条の存在を前提とすると理解が難しく,あるいは選択云々ということであればフランス民法旧11842項に関する言い間違いということになるのでしょうか。それとも,旧民法財産編424条の損害ノ賠償をボワソナアド流に正解した上で,同条の損害ノ賠償は原状回復の一部であって本来の損害賠償ではない,という判断が前提としてあったのでしょうか。

 

(3)旧民法財産編412

ところで,法典調査会の民法議事速記録にも梅謙次郎の『民法要義』にも民法545条に関して参照すべきものとして挙げられていないものの,なお同条に関して参考となるべき条文として旧民法財産編412条があります。

 

 旧民法財産編412条 条件ノ成就シタルトキハ物又ハ金銭ヲ引渡シ又ハ返還ス可キ当事者ハ其成就セサル間ニ収取シ又ハ満期ト為レル果実若クハ利息ヲ交付スルコトヲ要ス但当事者間ニ反対ノ意思アル証拠カ事情ヨリ生スルトキハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la condition est accomplie, celle des parties qui doit livrer ou restituer une chose ou une somme d’argent doit en fournir les fruits ou intérêts perçus ou échus dans l’intervalle, à moins que la preuve d’une intention contraire des parties ne résulte des circonstances.

 

 ボワソナアドの解説は,次のとおり。

 

371. 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,暫定的に収取される(intérimaires)果実及び利息について規定し,解除の効果を全からしめる。フランス及びイタリアの法典はひとしくこの点について沈黙しており,意見の相違をもたらしている。

 本案は,解除の自然な帰結をたどるものである。もし,解除が直接的なもので,かつ,移転された権利の受領者に対して成就したのであれば,同人は,一定の占有期間中において目的物の果実及び産物を収取できたのであるから,それらを返還する。他方,譲渡人は,代金を受領することができたのであるから,その利息を返還する。もし,停止条件の成就によって解除が間接的に作用するときは〔筆者註:旧民法では停止条件付法律行為の効力もその成立時に遡及し(同法財産編4091項),(遡及的)解除条件付法律行為の場合の裏返しのような形で,法律行為成立時と条件成就時との間における当事者間の法律関係が変動しました。〕,権利を譲渡した者は目的物を収取された果実と共に引き渡し,受領者は代金を利息と共に支払う。かくして事態は,第1の場合においては解除条件付合意がされなかった場合においてあるべきであった状態に至り,第2の場合においては停止条件付合意が無条件かつ単純であった場合においてあるべきであった状態に至る。

 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,上記の解決を与えつつも,当事者の意図するところによって変更が可能であることを認める。実際にも,単純処理の目的のために,明示又は黙示に,条件の成否未定の間に一方当事者によって収取された果実を他方当事者から受領すべき代金の利息と相殺するように両当事者が認めることは可能である。当該相殺は,フランスにおいては遺憾にも,例外ではなくむしろ一般準則として認められているところであるが,日本においては裁判所によって極めて容易に認められるであろう。特に,合意と条件の成否決定との間の期間が長期にわたるときである。しかしながら,これは常に,状況によりもたらされた例外と観念されなければならない。

Boissonade, p.434

 

 フランス及びイタリア両民法には規定がなかったということで,穂積陳重はドイツ民法草案を参照したのでしょう。旧民法財産編412条は契約の解除の場合についてではなく条件成就の場合一般に係る規定である建前であったので,民法545条に係る参照条文とはされなかったものでしょうか。

 

跋 2021年の夏

 と以上長々と書いてきて,いささか収拾がつかなくなってきました。

 ここで原点に帰って,筆者の問題意識を再確認しておきましょう。

 そもそも本記事を起稿したのは,2021年夏の東京オリンピック大会開催に関する「開催都市契約に係るスイス債務法の適用等に関する走り書き(後編)」記事の「追記2:放送に関する払戻し契約」において(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078653594.html),平成29年法律第44号による民法改正を解説する筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)の228頁(注3)における民法536条新1項に係る御当局流解釈論を紹介したことが発端です。すなわち,当該解釈論によれば,民法536条新1項においては「債権者は履行拒絶権がある反対給付債務の履行を常に拒絶することができるのであり,このような履行拒絶権の内容からすると,この場合の反対給付債務については,そもそも給付保持を認める必要すらないことから,債務としては存在しないのと同様に評価することができる。そのため,新法においても,旧法と同様に,債権者は,既に反対給付債務を履行していたときには,不当利得として,給付したものの返還を請求することができると解される」ものとされ(下線は筆者によるもの),債務者は,原則的には「その利益の存する限度において」当該利益を返還する義務を負うことになるわけですが(民法703条),ここで債権者が一声「あなたは債務を履行することができなくなっていますから,この契約を解除します。」と債務者に契約解除の意思表示をすれば(同法54211号,5401項),債務者は債権者を「原状に復させる義務を負」い,かつ,受領の時からの金銭の利息の支払及び受領物から生じた果実の返還もしなければならないことになるわけです(同法5451-3項)。要するに,「契約解除」の単なる一声で,返還を受け得るものの範囲が結構増加することになります(民法703条と545条との違い)。実務上は,合理的な債権者としてはなるべく一声添えて契約の解除構成とし,債務者に対し,給付したものに係るより多くの返還の請求をすることになるのでしょうが(裁判所の対応としては,契約の解除構成でも不当利得構成でもよい,ということにはなるのでしょう。),たった一声で結果に大きな差が出るのは奇妙ではあり,実用法学論はともかくも,そもそも本来的にはどちらが「正しい」構成なのかしら,という危険な好奇心を抱いてしまったところです(「正しさ」の追求は,おおむね剣呑です。)。

 ということで,契約の解除の効果に係る民法545条を,最近筆者に対して気難しく反抗的な机上のPCをなだめつすかしつ,『法典調査会民法議事速記録』等を参照しながら調べ始めてみたわけです。

 民法545条の原状回復義務は,沿革的には次のように説明されるのでしょう。

契約の解除制度を構築する際,既にあった解除条件付法律行為の制度に拠ったところ(フランス民法旧11841項,旧民法財産編4211項),当時の解除条件成就の効果は法律行為成立以前に遡及するものであったため(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項。民法1272項とは異なる。),契約の解除の効果として旧民法財産編412条的な原状回復義務が疑問なく当然のものとして取り入れられ(ドイツ民法第一草案42712項,ドイツ民法第二草案298条),それがそのまま残っている,ということでしょうか。契約の解除の制度なるものに係る抽象的かつ超越的な「本質」に基づくものではないのでしょう。

遡及的解除条件の双務契約への付加及びその成就の効果は当事者の意思の推定に基づくものとされていたもののようです。しかし,当該条件付加の目的は,ボワソナアドとしては担保物権的効果を主眼としていたようであって(以上本記事41)参照),その点では,原状回復義務は債権でしかない限りにおいては重視されなかったということになるようです。確かに,原状回復債権以前に本来の契約に基づく債権があったのであって,まずはその担保の心配をせよ,ということになるものでしょうか。また,契約の解除が民法5361項の場面に闖入するに至った原因は平成29年法律第44号による改正によって契約の解除に債務者の帰責事由を不要としたからなのですが,当該改正の理由は,債権者が「契約を解除してその拘束力を免れること」をより容易にするということのようであって(筒井=村松234頁等),契約の解除の効能としては,それに伴うところの原状回復には重きが置かれていないようです(そもそも,契約が履行されていたなら得たであろう利益(履行利益)の賠償を民法5454項の損害賠償として認める解釈は,契約が締結されなかった状態に戻すはずのものである同条1-3項にいう原状回復とは食い合わせが悪いところです。)。「解除の機能は,相手が債務不履行に陥った場合に,債権者を反対債務から解放し,債務者の遅れた履行を封じ,あるいは,自らが先履行して引き渡した目的物の取り戻しを認めることによって,債権者を保護することにある。」と説かれています(内田85-86頁)。契約の解除制度の主要目的が債権の担保及び契約の拘束力からの離脱という,これからどうする的問題のみに係るものであれば,契約の成立時からその解除時までの期間における法的効力及び効果をあえて後ろ向きに剥奪しようとする債権的な原状回復の努力は,どうも当該主要目的に正確に正対したものとはいえず,過剰感のあるものともいい得るように思われます。

 契約の解除制度の基礎付けを契約当事者の意思に置く場合,民法5361項の場面において,債務者が既に受領していた反対給付に係る返還義務を契約の解除に基づく原状回復義務とすることも(従前は不当利得に基づく返還義務でした。),契約当事者の意思の範囲内にあるものと観念し得るかどうか。202041日以降の当事者の意思は制度的にそうなのだ(平成29年法律第44号附則32条),と言われればそういうことにはなるのでしょう。そうだとすると,民法536条新1項に係る御当局流の解釈論は,契約が解除されるまでは当該契約に基づき既受領の反対給付を債務者は当然保持できるのだ,との契約当事者の意思もまた措定される場合,当該意思を余りにも軽んずるものであるとされてはしまわないものでしょうか。

 以下余談。

 話題を開催都市契約ないしは放送に関する払戻し契約関係から,東京オリンピック大会開催下(2021年夏)の我が国の情態いかんに移せば,これに関しては,新型コロナウィルス感染症の「感染爆発」下にあって,我々は80年ほど前のいつか来た道を再び歩んでいるのではないか,と懸念する声もあるようです。

 しかし,ちょうど80年前の19417月末の我が国の指導者に比べれば,現在の我が国の政治家・国民ははるかに立派です。

 1941730日水曜日の午前,昭和天皇と杉山元参謀総長(陸軍)とのやり取りにいわく。

  

  また天皇は,南部仏印進駐の結果,経済的圧迫を受けるに至りしことを御指摘になる。参謀総長より予期していたところにして当然と思う旨の奉答を受けられたため,予期しながら事前に奏上なきことを叱責される。(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)445頁)

 

前年行った北部仏印進駐でも足らずに19417月にまた南部仏印進駐を更に行い,これに対して発動された関係諸国の経済的圧迫がけしからぬあの「ABCD包囲網」であるということで同年12月の対米英蘭開戦の災いに立ち至ったはずなのですが,いや,こういうことをしちゃえば当然ヤバくなることは分かっていました,と当の責任者からしゃあしゃあと言われると腹が立ちます。

前年以来重ねて緊急事態宣言を発しているにもかかわらず感染状況が改善しないところ,他方累次の宣言等によって国民が「経済的圧迫を受けるに至りしこと」を担当国務大臣に対して指摘すると,「予期していたところにして当然と思う」という他人事のような回答が返って来た,という悲劇には,今日の日本はまだ見舞われてはいないようです。

同じ1941730日の午後,今度は永野修身軍令部総長(海軍)です。

 

 永野より,前総長〔伏見宮博恭王〕と同様,できる限り戦争を回避したきも,三国同盟がある以上日米国交調整は不可能であること,その結果として石油の供給源を喪失することになれば,石油の現貯蔵量は2年分のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかない旨の奉答を受けられる。天皇は,日米戦争の場合の結果如何につき御下問になり,提出された書面に記載の勝利の説明を信じるも,日本海海戦の如き大勝利は困難なるべき旨を述べられる。軍令部総長より,大勝利は勿論,勝ち得るや否やも覚束なき旨の奉答をお聞きになる。(宮内庁445-446頁)

 

 衆議院議員の任期満了まで2月余のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかないとて,感染制圧に至る旨の説明が記載された書類と共に勇ましい新規大型施策の提案があったところ,その担当部署の長に対して「難しいんじゃないの」と牽制球を投げてみると,いや撲滅はもちろん効果があるかどうかも覚束ないんですとあっさり告白されてしまえば,脱力以前に深刻な事態です。しかし,このような漫画的事態(とはいえ,告白してしまっておけば,確実視される当該施策失敗の際に責任を負うのは,提案者ではなく採用者であるということにはなります。)が現在の永田町・霞が関のエリートによって展開されているということは,およそ考えられません。

 19417月末の大元帥とその両幕僚長との悲喜劇的やり取りにかんがみると,その4年後に我が民法等の立法資料の原本が甲府において灰燼に帰してしまうに至った成り行きも,何だか分かるような気がします。

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序 『法典調査会民法議事速記録』等と甲府空襲と

 

(1)明治の資料と国立国会図書館デジタルコレクションと

 国立国会図書館デジタルコレクションで日本学術振興会版の『法典調査会民法議事速記録』等が利用できるようになって,民法(明治29年法律第89号)について何かを語る場合,専ら学説及び判例の上に立って才気ばしった「概念による計算」を披露するだけでは許されなくなっているようです。旧民法(明治23年法律第28号)に係るボワソナアド(Boissonade)のProjet(『日本帝国民法典草案ならびに註釈』)及びその手になるExposé(制定された旧民法に係る日本政府の『公定フランス語訳および立法理由書』)も同様に当該デジタルコレクションで利用可能となっていますからなおさらです。ProjetExposéとの関係については,パリ大学法学部長宛て18911018日付けのボワソナアド書簡にいわく。「〔前略〕日本の民法典は,私の草案に対する削除と修正(これらの「修正」――私が採用しかねる「修正」――については,パリで新たな評言がありましょう)の後,公布されましたが,この時,政府は,〔削除について〕私に責任のないことを明らかにするため,私の草案と註釈を再び出版しようと申し出ました。この提案は,同時に,どうしても引き受けてくれと頼まれた,相当重く相当骨の折れる仕事を交換条件とした申し出でありました。その仕事とは,新法典の立法理由書の起草であり,できる限り草案がうけた修正を正当化し,また,私の個人的見解を捨象して書いてくれ,という注文でした。/もちろん,私の「註釈」のうち,新法典にもまだ通用するものは,そのまま使ってもよろしいといわれました。そして,新条文はごく少なく,ほとんどが削除ばかりでありましたから,私は自分自身で自分を削除する羽目になったわけです。〔後略〕」と(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)168頁)。〔 〕による付加は同書原文のもの)

 

(2)法典調査会民法議事速記録と日本学術振興会と

「これら旧民法典の審議過程の資料や現行民法典の法典調査会等での審議過程の資料は,当時の司法省に原本がわずか1部存在していたのみであって,明治29年〔1896年〕の現行民法典成立・〔1898716日の同法〕施行後も全く公刊等をされないまま昭和の時代に至った」ところであったそうです(池田真朗「法典調査会民法議事速記録等の立法資料について」同『債権譲渡の研究(増補第二版)』(弘文堂・2004年)492-493頁)。その間ドイツ法学説が,我が国を席捲します。

 

このような状況において,昭和8年〔1933年〕10月に,日本学術振興会第一(法学,政治学)常置委員会は,その最初の会合で,明治維新以後のわが国の立法資料の蒐集に関する小委員会を設置することを決定する。それが第九小委員会と呼ばれるものであり,この第九小委員会が,民法,商法,訴訟法,刑法,その他諸法(法例,戸籍法,不動産登記法等)に関する立法資料の印刷保存を行ったのである。(池田496頁)

こうして,日本学術振興会は昭和9年〔1934年〕から昭和14年〔1939年〕までにこれらの立法資料を全288巻にタイプ印刷(印書あるいは謄写印書)し,各巻とも8部製作して(製作時に各部ともタイプで印書したのか,何部ずつかを謄写印書したのかは,正確にはわからない。8部を付き合わせてミスタイプ等を点検すれば判明するであろうが),それらを同振興会,司法省,旧四帝国大学(現在の東京大学,京都大学,東北大学,九州大学)および早稲田大学,慶應義塾大学の8か所に各1部ずつ配付して保管せしめた(同振興会保管分は後に一橋大学に移管された)。その全288巻中最初の65巻が,この法典調査会民法議事速記録全65巻であり,この部分については,法典()調査会()第九小委員会委員長加藤正治博士の序によれば,昭和9年〔1934年〕11月から昭和10年〔1935年〕12月までかけて印書されたということである(先に述べたように,民法の最初の部分の審議は主査会と総会とで行われているのであるから,本来はそちらから先に印書すればよかったと思われるのであるが,実際はこの第100条(現在の99条)からの法典調査会議事速記録が先に印書され,主査会と総会の部分は,後に述べる旧民法関係の草案審議資料の後に印書された)。(池田496-497頁)

 

なお,これら全288巻の元になった原資料は,昭和20年〔1945年〕,戦災により,疎開先の甲府刑務所において,すべて焼失した。したがって,これらのタイプ印書資料がなければ,我々は永遠に民法や旧民法の立法段階の資料に接することができなくなり,民法研究にはまさに致命的な痛手となるところであった。日本学術振興会の尽力(およびそれに対する司法省の援助)に対して,感謝の念を禁じえない。(池田499頁)

 

(3)甲府空襲と歩兵第320聯隊と

194576-7日夜の甲府大空襲による立法資料焼失については,「惜しくも疎開さきの甲府刑務所で戦災のため焼失した旧民法いらいの豊富な立法資料のなかに,競売法関係のものは,無かったのであろうか。その書目(司法省調査課,和漢図書目録,昭和12年のXB300の部)から推測したところでは,どうもありそうもない。偶然にも,空襲の直後,急用で私は甲府の兵営の門に入ったが,この貴重な立法資料までやられたとは思いもよらないことであった。」との1945年当時36歳の助教授であった斎藤秀夫教授の追想があります(斎藤秀夫「「競売法」の執筆を終えて」法律学全集しおりNo.33(有斐閣・1960.33頁)。

甲府聯隊の兵舎は,甲府空襲における損害を免れていました(総務省「甲府市における戦災の状況(山梨県)」ウェブページ)。

なお,192678日生まれの星野英一教授は,「〔1945年の1月だかに徴兵検査を受けました。ただ,まさかと思っていたのに徴兵令状が来てしまいました。6月の中旬か下旬か,正確には覚えていませんが,甲府の連隊に入れということです。父が付いてきてくれ,中学からの親しい友達が二人ほど新宿駅まで送ってきてくれました。その前夜に宴会をやって,みんな悲壮な顔をしていました。」ということで(星野英一『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)40頁),当時「甲府の連隊」で服役中であったわけなのですが,甲府空襲の直後に甲府聯隊の兵舎で東北帝国大学の斎藤助教授を望見するということはなかったようです。

 

場所は,甲府に入ったその日に,行軍して石和から少し南側の村に行き,そこの農協に中隊ごとに分宿しました。それから数週間ですか,今度は岡山県の勝間田という,津山のちょっと南になる低い山の中に行きました。そこでは,これも中隊ごとで,私どもはお寺に分宿でした。いろいろな所に泊まっているので,うまく当たった中隊は,軍の演習場の宿舎で,設備も食べ物も良いのだけれども,我々はそういう所でした。それから最後にまた移りまして,今度は伯耆(ほうき)大山(だいせん)という,米子の一つ手前の村に行きました。簸川(ひのかわ)のある所で,今度は分隊ごとに農家分宿です。(星野・超えて41-42頁)

 

星野教授の属した聯隊は,有名な歩兵第49聯隊ではなく,1945年に入ってにわかに甲府で編成された歩兵第320聯隊であったようです(第59軍(同年6月広島に司令部設置)の第230師団に属する。)。なお,伯耆大山は駅名です(伯備線が山陰本線に合流する所。星野教授は「実は私はローカル線に乗ってぼんやり景色を眺めているのも好きなのである」(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)189頁)ということでしたから,つい鉄っ気のある話し方になってしまったのでしょうか。ただし,「一つ手前」といっても,米子駅と伯耆大山駅との間には1993年以降東山公園駅が存在します。)。第320聯隊の駐屯地は,1945年当時は五千石村といったようです(現在は米子市の市域に含まれます。)。

 

(4)『法典調査会民法議事速記録』の活用に関して

法典調査会民法議事速記録の原本は甲府刑務所において滅びましたが,日本学術振興会の印刷本は生き残りました。正に第九小委員会の配慮が生きたことになります。

 

 此の速記録は原本が1部僅に司法省に存するのみであつて,若し火災等の危険を考へるならば,真に慄然たらざるを得ないのであるが,今,此の印刷が完了して,適当の場処に夫々それを保管することが出来るやうになつたのは,誠に結構な次第である。(加藤正治「序」(19379月)・日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第1巻』)

 

とはいえ,第九小委員会の意図したところは資料の保存にとどまり,その普及にまでは及んでいませんでした。

 

しかしながら,この学術振興会版は右のようにごくわずかの部数しか製作されなかったため,これを利用してする研究も,戦後昭和40年代〔1965-1974年〕まではごく少なかった。また保管機関以外の研究者・実務家にとっては,利用上の不便が大きかったため,次第にその参観・入手の要望が多方面から強く出されるようになってきた。(池田499頁)

 

 1983年から1988年にかけて,商事法務研究会から『日本近代立法資料叢書』の一部として,法典調査会民法議事速記録全32巻が刊行されます。

しかし,『日本近代立法資料叢書』版を利用した研究が直ちに爆発的にされたということではないようです。我が民法の施行百周年を5年後に控えた1993年,星野教授は,「この機会に,わが民法典の本来の姿と,その後における「学説継受」の研究をすることである。この点は戦後かなり盛んに行われてきたが,これを一層進める必要がある。民法典の現代語化の研究に際して痛感しているのは,我々がいかに民法典の各条文をきちんと理解していないかということである。このことが,学生に対する民法の教育にとっても悪い結果を及ぼしていると感じている。」との所感を述べています(星野・こころ134頁)。(民法典の現代語化は,平成16年法律第147号によってなされています(200541日から施行(同法附則1条,平成17年政令第36号))。)「時々は,法典調査会議事速記録を参照することをお勧めしたい。講義の準備をしつつこれらの書に接しておくことは,研究の入口のところを歩いているようなもので,講義の準備の苦しさを少しばかり緩和してくれることになろう。」といわれても(米倉明『民法の教え方 一つのアプローチ(増補版)』(弘文堂・2003年)188頁),大学の図書館等の奥に鎮座する『日本近代立法資料叢書』にはなかなかアクセスしづらいところです。自宅の机上のPCからアクセスできる国立国会図書館のデジタルコレクションが,有り難く感じられます。

 

1 民法545条に関する法典調査会における議論

 

(1)穂積陳重の説明

とまた前口上が長くなりました。さて,筆者が最近法典調査会民法議事速記録を読んでいて面白く感じたのは,民法545条の原案(条番号は「第543条」ですが,条文はそのまま制定法律になっています。)についての穂積陳重による次の説明です(1895423日の第80回法典調査会)。

 

   本条ハ解除権行使ノ効果ヲ規定致シタモノテゴザイマシテ本案ノ中テ大切ナ箇条ノ一ツデゴザイマス,

デ解除権行使ノ結果ト云フモノハ通常是迄諸国ニ於キマシテハ所謂物権上ノ効果トデモ申シマセウカにてるれーふ〔ママ。Widerruf?〕・・・ト申シマシテ即チ当事者ハ相手方ヲ原状ニ復セシムルト云フ方テアツタノテゴザイマス本案テ採リマシタ主義ハ此解除権行使ノ効果ハ即チ人権上ノ効果テアリマシテ原状回復ノ義務ヲ負フ彼ノおふりがツしよんいんてらーぶ〔ママ。obligatio in integrum?〕原状回復ノ義務ヲ生セシメルト云フ方ノ主義ヲ採リマシタノテゴザイマス,

デ即チ此解除権ト云フモノヲ行フノハ前ノ法律行為ヲ根本カラ排斥スルノテハナイ法律行為ト云フモノハ其儘元トノ通リニナツテ居テ夫レガ其時ヨリシテナクナルノテアリマスガ之ニ代ツテ新タニ其義務ガ解ケテ而シテ新タニ法律上ノ債務ガ生ズルノテアル相手方ヲ原状ニ復セシムル方ノ債務ガ生ズルノテアル,

デ此主義ハ独逸民法ガ近頃採リマシタ主義テゴザイマスルガ経済(ママ)抔ハ何ウモ斯ウ云フ方ノ主義デナイト云フト取引上ノ保護,信用ノ保護ト云フモノハ其目的ヲ達スルコトハ出来ナイ本権カラシテ物権上ノ効果ヲ生シテ其者自身,権利自身ガ後トニ返ヘルト云フヤウナコトニ為ツテハ別シテ物ノ所有権ノ移転ヤ何カヲ目的トシテ居リマス所ノ契約抔ニ於キマシテハ第三者ニ迄其効果ヲ及ボスコトニナツテ自然信用ガ薄クナル第三取得者ノ安全ヲモ害スルコトニナツテ何ウシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ宜シイ又当事者ノ利害ニ於キマシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ簡易ニシテ双方原トニ復セシメルコトガ易イ第三者ノ権利ガ中ニ加ハツテ居ルト原トニ復スルニハ色々ノ費用ガ入ツタリ何カスルガ当事者ガ原トノ有様ニ復スルト云フ義務ヲ負フノハ当事者ノ便利ニシテ却テ其目的ヲ達スルコトハ易イト云フ斯ウ云フ主トシテ経済上ノ理由ヨリ致シマシテ人権上ノ効果則チ法律上ノ債務ヲ新タニ生スルト云フコトニ致シタノテゴザイマス

夫レテ其結果ト致シマシテ仮令斯ノ如キ解除権ガ行ハルルト云フコトガ或ハ分ツテ居リマシテモ其第三者ガ或場合ニ於テ其目的物ヲ取得致シタトシマシテモ夫レガ為メニ知ルナラハ損害賠償ノ責ニモ任セス又返還ノ責ニモ任セナイノモ勿論テアリマセウ夫レテ取引上ハ甚ダ安全ニ為ル況ヤ之ヲ知ラナイ場合ガ多ゴザイマスルカラシテ別シテ斯ノ如ク原トノ有様ニ復サセルト云フ義務ヲ負ハセル方ガ一般ノ為メニ便利テアル,

デ斯ノ如ク原状ニ復セシムル義務ト申シマシタ以上ハ矢張リ其間ノ果実抔モ元トニ返ヘスト云フコトハ之ニ這入ツテ居ル積リテアツテ果実返還ノ義務モ私共ハ別段ニ相談ハ致シマセヌガ之ニ這入ル積リテアリマス〔平成29年法律第44号による改正後の民法5453項参照〕金ハ原状ニ復スルト云ツテ元トノ高ヲ返ヘシタ丈ケテハ本(ママ)ノ元トニ復シタトハ言ヘヌ先ツ通常ノ場合ニ於キマシテハ之ガ融通セラルル利息ガ附クノガ当リ前テアリマスカラ矢張リ明文ガナケレハ徃カヌ夫レテ第2項ニ於テ即チ法定利息丈ケハ払ハナケレハ徃カヌト云フコトヲ特ニ掲ケマシタ国ニ依リマシテハ尚ホ細カニ原状ニ復スル有様ヲ規定シテアリマシテ或ハ増加シタモノハ之ニ入レナケレハナラヌ又労役ハ之ニ其賃銀ヲ払ハナケレハ徃カヌ甚タシキニ至リマシテハ損料,品物ノ使用ニ対スル損料迄計算シナケレハ徃カヌト云フ様ニ書イテアル所モ随分アリマスルケレトモ之等ノ細カイ所ニ立入ルノハ越権テアリマスルカラ一般ニ原状ニ復スルト書イテ置キマシタ

夫レカラ解除シテモ損害賠償ヲ求メラレヌト云フコトニナツテハ不都合テアリマスルカラ第3項〔現4項〕ニ於テ損害賠償ノ請求ヲ妨ゲヌト云フコトヲ殊更ニ記シタノテアリマス是ハ事ニ依ツタラハ或ハ要ラナイト云フ説モ出ルカモ知レマセヌガ併シナガラ御承知ノ通リ既成法典抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス又不履行ニ付テハ損害賠償ヲ請求スルコトヲ得ト云フノガ一般ノ原則テアリマス之等ハ不履行モナイカラ損害賠償ノ権モナクナツテ仕舞(ママ)ト云フ疑ヒモ起リ得ル夫故ニ是ハ何処ニモアリマス損害賠償ノ請求権ト云フモノハ成立シ得ルモノテアルト云フコトハ何ウモ明カニ書イテ置カナケレハ徃カナイト思ヒマス

夫レカラ尚ホ此効果ニ付テ生ジ得ヘキモノハ則チ原状ニ復スルト云フ場合ニハ保存費テアルトカ改良費テアリマスルトカ云フヤウナコトノ計算ノ問題ガ出テ参リマセウト思ヒマス併ナガラ是ハ占有ノ方ニ規則ガアリマス即チ197条〔民法196条参照〕ニ「占有者カ占有物ヲ返還スル場合ニ於テハ其物ノ保存ノ為メニ費シタル金額其他ノ必要費ヲ回復者ヨリ償還セシムルコトヲ得」「占有者カ占有物ノ改良ノ為メニ費シタル金額其他ノ有益費ニ付テハ其価格ノ増加カ現存スル場合ニ限リ回復者ノ選択(ママ)従ヒ其費シタル金額又ハ其増価格ヲ償還セシムルコトヲ得」ト云フ規定ガアリマス此規定ガ何時テモ其儘此処ニ当ル積リテ別段ニ此処ニ入レナカツタノテアリマス

(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第25109丁表から111丁裏まで。段落分けは筆者によるもの。なお,中田裕康『契約法』(有斐閣・2017年)223頁等参照)

 

(2)折衷説

 これは,あれですね,判例・通説(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)190-191頁)とされる直接効果説(契約の解除に遡及効を認めるもの)もあらばこそ,「未履行の債務については,解除の時から債務が消滅し(遡及効を認めない点で直接効果説と異なる),既履行のものについては,新たに返還義務を生ずる(間接効果説に同じ)」ところの「折衷説」(我妻190頁)ですね。

「わが民法の規定は,直接効果説から説明しやすいもの(民法5451項但書,同2項)」と,折衷説から説明しやすいもの(民法5451項本文・同3項〔現4項〕)とがある」ということでしたが(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)94頁),直接効果説に親和的であるとされる民法5451項ただし書については,法典調査会の場で土方寧から当該規定は我が民法において本当に必要なのかとの質問があり,それに対して,為念規定であって,本来は無くともよいものである旨穂積陳重が陳弁し,既に同説には梯子が外されていたところです。

 

  「第三者ノ権利ヲ害スルコトヲ得ス」ト云フコトニ付テハ吾々モ余程相談ヲシテ見マシタガドウモ前ニ申シマシタ通リ是迄諸国ニ規定モ置イテアツテ原状ノ効果ヲ生ズルト云フヤウニナツテ居リマスルシ夫レカラシテ原状ニ復セシムル義務ヲ負フト斯ウ申シマスルト云フト既ニ第三者ノ権利ガ夫レニ加ハツテ居ツタノテモ尚ホ夫レヲ害シテモシナケレハ徃カヌト云フヤウナ風ノ疑ヒモ生シハシナイカト思ヒマシタカラ之ヲ置イタ方ガ宜カラウト云フノテ遂ニ置イタノテアリマスガ此但書ガナクテモ前ノ文章ヲ注意シテ読メハ多分間違ヒハ生ジハセヌト思ヒマス(民法議事速記録第25113丁裏-114丁表)

 

民法5452項について穂積陳重は「之ガナイト利息ガ附カナイ之ガアツテ始メテ附ク」と述べていますから(民法議事速記録第25114丁表),同項は,確認的規定ではなく,創設的規定なのでしょう。遡及効があるからこそ受領時から利息が付くのだと言えば言い得ますが,当該遡及効の結果を規定したのではなく将来効のみを有する同条1項の原状回復義務の内容を原状回復の結果をもたらすように具体化させた規定であるといい得るものなのでしょう(旧民法財産編の解除(同編4211項)は効果が遡及する解除条件の成就(同編4092項:“L’accomplissement de la condition résolutoire remet les parties dans la situation où elles étaient respectivement avant la convention.”)ということであったので,契約の解除に係る民法545条の原状回復義務(富井政章=本野一郎の訳によれば“chacune des parties est obligée de remettre l’autre dans l’état antérieur à la formation du contrat”)の内容もそれに揃えて規定された,ということになるのでしょう。なお,民法1272項の解除条件の成就は――「解除」との文言は同一ながらも――その時から解除条件付法律行為が「その効力を失う」ものであって,そこに遡及効はありません。とはいえ,「解除条件附法律行為が,物権行為または処分行為なるときは,条件の成就によつてその行為の効力を失い,それと同時に,ただちにその行為以前の権利の原状に当然に復帰」し,「解除条件附法律行為が債権行為なるときは,条件の成就によつて,その債権行為の効力が当然に消滅する。その債権行為にもとづく履行請求権も,それに応ずる履行義務も,また当然に消滅する。もし,その債権行為にもとづいて,履行としての物の引渡がなされていたときは,その物を返還すべきものとなる。債権の効力を失い,債権者の給付保持力が消滅するからである。」ということになります(於保不二雄編『注釈民法(4)総則(4)』(有斐閣・1967年)326頁(金山正信))。)。

契約の解除の効果に関する理論構成については,直接効果説,間接効果説及び折衷説があって「わが国でも争われている」ということでしたので(星野Ⅳ・94頁),初学者は訳も分からぬままに当該3説を丸暗記してみるなど民法学習上悩ませられていたところですが,起草担当者の意思は何とも平明なものでした。「そもそも右の議論はドイツ民法に特殊の面をも含み,わが国ではあまり意味がない。」(星野Ⅳ・94頁),したがってくよくよ悩まなくてもよいのだよと励まされるより先に,法典調査会民法議事速記録が早くから広く流通してドイツ法学流の特殊論点の侵入に対する防壁となってくれていた方が有り難かったところです。