Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

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 グリム童話に「賢い人々(Die klugen Leute)」というお話があります(KHM Nr.104)。これがなかなか法律学的に興味深いところです。

 

1 代理

 農家のハンスが3日間家を空けることにし,その間の農畜産業経営について妻に代理権の授与を行います。

 

「トリネ(Trine)や,おれはこれから遠くに出かけて,三日ほど留守にする。その間に家畜商人がやって来て,うちの3頭の牝牛を買いたいと言ってきたら,売ってもよい。けれども200ターレルでなきゃだめだ。それより少ない額ではだめだぞ。分かったね。」「神さまの御名において行ってらっしゃい」と妻は答えた。「それはうまくやるわ。」「そうだぞ,お前!」と夫は言った。「お前は小さい子供の時に頭から落っこちて,それが今の今まで尾をひいているからな。だが,これはお前に言っておくがな,もしばかなことをやらかしたら,おれはお前の背中を真っ青にしてやるからな。色を塗るんじゃないぞ。おれが今この手に持っている杖一本でやるのだぞ。その痕は,まる一年残って,とれるのはやっとそれからだからな。」

 

心配ならばトリネに代理権を授与しなければよかったのですが,授与してしまった以上,それは有効です。我が民法(明治29年法律第89号)102条は「代理人は,行為能力者であることを要しない。」と規定しています。「本人があえて無能力者を代理人にするなら,なにも差支えはない」わけです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)213頁)。ドイツ民法165条は,「代理人によって,又は代理人に対してされた意思表示の効力は,当該代理人の行為能力が制限されていること(dass der Vertreter in der Geschäftsfähigkeit beschränkt ist)によって妨げられない。」と宣言しています。

 牝牛3頭の所有権は,ハンスに属していたのでしょう。

 

2 日常家事債務

 ところで,農家で牝牛3頭を売却するということは,さすがに日常の家事に関することではないでしょう。
 我が民法
761条は「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは,他の一方は,これによって生じた債務について,連帯してその責任を負う。ただし,第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は,この限りでない。」と規定しているところから,「日常家事に夫婦の財産を処分することも含めざるを得ず(たとえば家具を新しく買い替える場合に古い家具を中古品として売るなど),761条が当然の前提としている原則として,相互の代理権を肯定してよいだろう。」とされ(内田貴『民法Ⅳ親族・相続』(東京大学出版会・2002年)44頁。判例として,最判昭和441218日民集23122476),「妻は,夫婦共同生活の運営に必要な限りでは,夫名義の借財をする権限を有するのみならず,夫名義の財産を処分する権限をも有する。」とされていますが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)108頁),「日常の家事」という縛りがあります。
 「「日常の家事」とは,未成熟の子を含む夫婦の共同生活に通常必要とされる一切の事項を含む。家族の食料・光熱・衣料などの買入,保健・娯楽・医療,子女の養育・教育,家具・調度品の購入などは当然に含まれる(夫婦それぞれの所有動産に火災保険をつけることも含まれる(大判昭和
1212月8日民集1764頁は旧法の下で夫の管理権が及ぶという))。問題となるのは,これらの目的のために資金を調達する行為――既存の財産の処分と借財――だが,これも,普通に家政の処理と認められる範囲内(例えば月末の支払いのやりくりのための質入・借財など)においてはもとよりのこと,これを逸脱する場合でも,当該夫婦の共同生活にとくに必要な資金調達のためのものは,なお含まれると解すべきものと思う・・・。ただし,以上のすべてについて,その範囲は,各夫婦共同生活の社会的地位・職業・資産・収入などによって異なるのみならず,当該共同生活の存在する地域社会の慣行によっても異なる。」とされているところです(我妻・親族法106頁)。
 日常家事の範囲を越えた越権行為が配偶者の一方によってされた場合において(原則は無権代理),越権行為の相手方である第三者をどう保護すべきかについては,「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり,民法110条の趣旨を類推適用して,その第三者の保護をはかれば足りる」とされています(前記最判)。我が民法110条は「前条本文の規定は,代理人がその権限外の行為をした場合において,第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。〔代理人が第三者との間でした行為についてその責任を負う。〕」と規定しています。判例が「民法110条の適用」ではなく「民法110条の趣旨を類推適用」といっているのは,「〔民法110条の法理〕の適用されるのは,あくまでも,相手方が日常の家事の範囲内と信じた場合に限るべきであって,それ以外の行為について特別の代理権があったと信じた場合には及ばないと解する。従って,〔権限外の行為について権限があると信じた場合に係る〕110条が適用されるとせずに,110条の趣旨を類推すべし,というのである。」ということでしょう(我妻・親族法111頁)。

昭和22年法律第222号によって改正される前の明治31年法律第9号804条では,「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス/夫ハ前項ノ代理権ノ全部又ハ一部ヲ否認スルコトヲ得但之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定されていました。
 ドイツ民法1357条は,「各配偶者は,家族生活に係る必要の相当な充足のための(zur angemessenen Deckung des Lebensbedarfs der Familie)行為を他方配偶者のためにも有効に行う権限を有する(ist berechtigt...zu besorgen)。当該行為によって,事情による例外の場合を除いて,両配偶者は,権利を取得し,及び義務を負う。/一方配偶者は,自分のために他方配偶者が有効に行為を行う権限を制限し,又は否認することができる。当該制限又は否認に十分な理由(ausreichender Grund)がないときは,家庭裁判所は,申立てによってそれらを取り消さなければならない(hat...aufzuheben)。当該制限又は否認は,第1412条に従ってのみ第三者に対して効力を生ずる。/配偶者が別居している(getrennt leben)ときは,第1項は適用されない。」と規定しています。

 

3 売買契約と同時履行の抗弁及び所有権移転の時期

夫が出立した翌日,トリネのところに家畜商人がやって来ます。3頭の牝牛を見て,そして200ターレルの代金額を聞いた家畜商人は言います。

 

「喜んでその額はお支払します。この牛たちは,安く見積もっても(unter Brüdern)それだけの値打ちはありますからね。早速牛たちを連れて行かせてもらいましょう。」

 

 売買契約成立です。

直ちに家畜商人は牝牛たちを鎖から外し,牛小屋から引き出し,中庭を抜けて牝牛3頭と正に立ち去ろうとしたところ,トリネはその袖を捉えて言います。

 

  「あんた,まず私に200ターレルを払ってくれなきゃいけないよ。そうじゃなきゃ,あんたを行かせるわけにはいかないね。」

 

これは,同時履行の抗弁ですね。民法533条は「双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる。ただし,相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しています。ドイツ民法320条は,「双務契約により(aus einem gegenseitigen Vertrag)義務を負う者は,先に給付する義務を負っている場合を除き,反対給付の実現まで自己の負担する給付(die ihm obliegende Leistung)を拒絶することができる。複数の者に対して給付がされるべき場合においては(Hat die Leistung an mehrere zu erfolgen),それぞれの者に対し(dem einzelnen)彼に帰属する給付の部分(der ihm gebührende Teil)が,全ての反対給付の実現まで拒絶され得る。第273条第3項の規定〔我が民法301条に相当〕は,準用されない。/一方から一部の給付がされた場合においては,事情にかんがみ,特に遅滞している部分の相対的些少性のゆえをもって(wegen verhältnismäßiger Geringfügigkeit),拒絶が信義則(Treu und Glauben)に抵触するときは,その限りにおいて反対給付は拒絶されることができない。」と規定しています。

なお,我が判例によれば,売買契約成立当時その財産権が売主に帰属していたときは,当該財産権は,原則として,当然に買主に移転するとされていますので(大判大2・1025民録19857,最判昭33・6・20民集12101585),牝牛3頭の所有者である夫の代理人であるトリネと家畜商人との間で当該牝牛3頭を代金200ターレルで当該家畜商人に売るという売買契約が成立したときには,その時において当然に所有権が家畜商人に移っているということになります。しかしながら,ドイツにおいては,状況は異なります。ドイツ民法929条は「動産の所有権の移転(Übertragung des Eigentums an einer beweglichen Sache)のためには,所有者が承継人(Erwerber)に目的物を引き渡し(übergibt),かつ,両者が所有権が移動(übergehen)すべきことに合意していること(einig)が必要である。承継人が目的物を占有している場合においては,所有権の移動についての合意をもって足りる。」と規定しているからです。したがって,トリネから家畜商人への引渡しが完了しておらず,かつ,同女は所有権の移転にはまだ合意していないようなので,牝牛3頭の所有権は,この段階ではまだトリネの夫であるハンスにあります。(「ドイツでは,契約(法律行為)が,債権を発生させる債権契約(行為)と物権を発生〔又は移転〕させる物権契約(行為)とに分かれ,前者が後者の原因(行為)であるが,前者(原因行為)と後者(物権行為)とは峻別され,前者の無効・取消は後者に影響しない(物権行為の無因性)〔ただし,「当事者間で不当利得返還としての物権の返還が問題になる」〕。物権契約(行為)と登記〔又は〕引渡とによって物権が移転する」と(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)32‐33頁)理屈っぽく晦渋に説かれていたことの背景には,上記のようなドイツ民法の条文があったのでした。)

「双務契約」とは,「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約」で,「そうでない契約が片務契約」とされています(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)49頁)。売買は「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものであって(民法555条),売主(トリネに代理されたハンス)は財産権移転債務(「観念的に財産権を買主に取得させることのほか,目的物の占有を買主に取得させること及び登記等の対抗要件を買主に取得させることをも含んでいる」とされています(司法研修所『増補民事訴訟における要件事実第一巻』(1986年)138頁)。),買主(家畜商人)は代金(200ターレル)支払債務という,互いに対価的な意義を有する債務を負担しており,典型的な双務契約であるということになります(我妻Ⅴ₁49頁)。

民法555条ただし書は「相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しているので,トリネ主張の同時履行の抗弁は,家畜商人の代金(200ターレル)支払債務が弁済期にないときには効き目がないことになります。しかしながら,心配に及ばず,「契約上の義務は,一般に,特に期限の合意がない限り,契約成立と同時に直ちに履行すべきもの」であるので(司法研修所138頁),他に期限の合意がない限り,家畜商人の代金支払債務は既に弁済期にあるわけです。

 

4 動産の売買の先取特権

しかし,家畜商人は,トリネの同時履行の抗弁を,うまいこと言って引っ込めさせます。

 

「おっしゃるとおりです。」と男は答えた。「ただ,わたくしは,がま口を腹巻に入れて来るのを忘れてしまったところです。けれども心配には及びません。わたくしがお支払するまでの担保を御提供します。2頭の牝牛は引き取らせていただきますが,3頭目はこちらに残しておきます。それであなたには立派な担保(ein gutes Pfand)があるということになるのです。」妻は納得し,男が自分の牝牛を連れて出て行くのを見送った。そして考えた。「あたしがこんなに賢くやったって知ったら,ハンスはどんなに喜ぶのかしら。」

 

 Pfandは質物とも訳せますが,この3頭目の牝牛の所有権は,ドイツ民法上はいまだ家畜商人に移転しておらず,そもそも債権者たるハンスに残っているのですね。すなわち,当該牝牛については,家畜商人から代金の支払提供のないまま,トリネ及びハンスの側において単に売買契約に係る売主としての債務が履行されていない状態です。家畜商人は当該牝牛については引渡しの請求を引っ込めているので,同時履行の抗弁を発動させるまでもないところです。

 ところで,家畜商人が連れ去ってしまった牝牛2頭については,その代金債権について何の担保もないのかといえば,実はなお先取特権(さきどりとっけん)というものがあります。我が民法311条5号によれば,動産の売買によって生じた債権を有する者は,債務者の特定の動産について先取特権を有するとされ,同法321条は「動産の売買の先取特権は,動産の代価及びその利息に関し,その動産について存在する。」と規定しています。「その趣旨は,売却がなされたからこそその物が債務者=買主の財産となり,債務者=買主の債権者が差し押さえることができるようになったのだから,売主を特に優先させるのが公平であるという点にある」とされています(星野Ⅱ204頁)。動産に対する強制執行において,「先取特権・・・を有する者は,その権利を証する文書を提出して,配当要求をすることができる。」とされているところです(民事執行法(昭和54年法律第4号)133条)。しかし,家畜商人ですから,買い取ったハンスの牝牛2頭は間もなく更に転売されてしまい,新たな買主に引き渡されてしまうことでしょう(商法(明治32年法律第48号)501条1号は「利益を得て譲渡する意思をもってする動産・・・の有価取得又はその取得したものの譲渡を目的とする行為」を,真っ先に商行為としています。「商人」とは「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」です(同法4条1項)。)。そうなると,「先取特権は,債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は,その動産について行使することができない。」ということになってしまいます(民法333条)。余り頼りにはなりません。

 なお,売買の代金の「利息」については,我が民法575条2項が「買主は,引渡しの日から,代金の利息を支払う義務を負う。ただし,代金の支払について期限があるときは,その期限が到来するまでは,利息を支払うことを要しない。」と規定しています。

 

5 DV法の解説は,なし

 三日たって旅から帰って来たハンスは,家畜商人にまんまとだまされた上にそのことにも気付いていないトリネに大いに腹を立てます。ここでハンスが前言どおりトリネをシデ材の(hagebüchnen)杖で打擲(ちょうちゃく)したのならば,本稿脱線配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)に関する解説を長々としなければならなくなります。しかしながら,ハンスはトリネが可哀想になりました。なお三日間世間を見てみて,その間にトリネよりもお人よし(noch einfältiger)な者に遭遇したのならば,トリネを赦してやることにしました。

 

6 原始的不能の債権に係る契約の効力等

 ハンスが大きな道の傍らで石に腰かけて待っていると,干し草を積んだ格子枠車に乗ったちょっと様子のおかしい(車を牽く牛の荷が軽くなるように,干し草の上に座らずに,車の上に立っている)女性が来たので,その車の前に飛び出して妙な具合に駆け回り「わたくしは天国から落ちてきた者です。どうやって戻ったらよいのか分かりません。天国にまで乗せて行ってもらえませんか?」と言ってみれば,お人よしの女性は,3年前に亡くなった夫のあの世での様子を訊いてきます。ハンスは,彼女の夫はあの世で羊飼いをやっているけれどもそれは大変な仕事で,服がボロボロになっていると答えます。彼女は驚き,ハンスに対して夫に対する差し入れを頼みます。衣服はだめだと言われたので(確かに刑事収容施設でも,紐がついている衣服などは差し入れできません。),お金を差し入れることにし,家から財布を取って来て,ハンスのポケットにねじ込みます。

 

 立ち去る前に,彼女は彼の親切(Gefälligkeit)に対してなお千回も(noch tausendmal)お礼をした。

 

 お人よしの女性が家に帰って,畑から戻って来た息子に対して天国からやって来た人の話をすると,息子も天国から来た人と話をしたいと思い,馬に乗って追いかけます。柳の木の下で折から財布の中のお金を数えようとしていたハンスに遭った息子は,天国から来た人を見なかったかと尋ねます。

 

 「ああ」とお百姓は答えた。「その人は帰りましたよ。あそこの山を登ってね。そこからだといくらか近いんですね。急いで駆ければ,まだ追いつけますよ。」

 

けれども息子は,疲れていたのでもう進めません。そこで,代わりに馬に乗って追いかけ,天国の人に戻ってくるよう説得してくれよとハンスに頼みます。

 

「やれやれ」とお百姓は考えた。「こいつもあれか,ランプはあっても芯が無いって連中の仲間だな。」「何の,あなたのために一肌脱がないってことがありますかい。」と彼は言い,馬にまたがり,全速で駆け去った。

 

息子は夜になるまで待ったけれども,ハンスも天国の人も戻って来ません。しかし,息子がたたずんでいる場所はドイツであって日本ではないとはいえ,世の中は,よい人よい子ばかりなのです。

 

「きっと」と彼は考えた。「天国の人はひどく急いでいて,戻ろうとはしなかったんだな。それであのお百姓は,天国の人に,おれの親父のところに持って行ってくれって,天国の人に馬を渡したんだな。」

 

あの世にいる亡夫に金銭の差し入れをしてくれ,又は天国の人に追いついて戻ってくるよう説得してくれとの頼みがあって(契約の申込み),ハンスはいずれの頼みについても請け合っています(承諾)。詐欺(民法96条1項)かといえば,お人よしの女性もその息子も一方的な思い込みで勝手に申込みの意思表示をしてきているので,ちょっと当てはまらないようではあります。両者の申込みに係る契約の種類は,請負(民法632条)といおうにも報酬の約束がないので,無償の準委任(同法656条)でしょうか。しかし,「原始的に不能なことについては,債権は成立しない〔略〕。従つて,その契約は効力を生じない(無効である)」ということ(我妻Ⅴ₁80頁)になるようです。現在のドイツ民法306条2項及び3項は「条項(die Bestimmungen)が契約の構成部分とならず,又は無効である場合においては,契約の内容は,法律の規定による(nach den gesetzlichen Vorschriften)ものとする(richtet sich)。/前項により見込まれる変更を考慮に入れてもそれに拘束されること(das Festhalten an ihm)が一方当事者に対して酷に過ぎるもの(eine unzumutbare Härte)となるときは,契約は無効である。」と規定しています。

しかし,平成29年法律第44号による改正後の民法412条の2第2項は「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは,第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。」と規定しています。債務の履行が原始的不能であってもその契約は有効であるということでしょうか。(ただし,これについては,改正後民法412条の2第2項の文言に関して「原始的に不能な給付を目的とする契約の効力が常に無効であるとの立場に立つものではないということまでは明らかであるが,原則,無効・有効,どちらの立場に立つのか明確ではなく,非常にわかりにくいと言わざるをえない。」との批判がつとにあったところです(角紀代恵「債権法改正案について――原始的不能概念の廃棄を中心に」『経済法の現代的課題 舟田正之先生古稀祝賀』(有斐閣・2017年)131頁)。これに対して,筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)72頁は,同項に関して「契約に基づく債務が原始的不能の場合であっても,債務不履行に基づく損害賠償請求をすることは妨げられないとしている」ものであるとは述べてはいますが,債務が原始的不能であっても契約は原則として有効であるとまでは明言していません。)契約が有効ということになれば,お人よしの女性とその息子とが財布及びその中の金銭並びに馬の返還をハンスに請求するには,それぞれの準委任契約を解除しなければならなくなるのでしょうか。解除は,相手方に対する意思表示によってしなければならないところです(民法540条1項)。

無論,グリム童話の世界は,ドイツ民法の適用下ではあります。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

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1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



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 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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