弁護士の弁の字は,難しい康熙字典の旧字体では「辯」。これは意符の言を真ん中に,音符の辡(べん)で挟んだ文字で,訴訟を分け治める,ひいて,ことわけを明らかにする意を表す文字だそうです(『角川新字源』)。

 名前に言の字が入っているくらいですから,辯護士にとって最重要なのは辯舌ということになるのでしょうか。

 しかしながら,なかなかそういうことにも,簡単にはならないようです。


 口頭弁論の必要性に係る民事訴訟法87条1項本文は「当事者は,訴訟について,裁判所において口頭弁論をしなければならない。」と規定しています。しかし,準備書面に係る民事訴訟法161条1項は,また,「口頭弁論は,書面で準備しなければならない。」と規定しています。そうなると,裁判所における口頭弁論期日における当事者の陳述の実際は,あらかじめ裁判所に提出され,かつ,相手方に直送されているところの「準備書面に記載のとおり陳述いたします。」ということになってくるわけです。

 まずは,弁護士にとっては,書面をしっかりと,かつ,「簡潔な文章で整然かつ明瞭に」書く(民事訴訟規則5条)腕が重要ということになります。


 しかし,これは現代日本に特有な話で,辯護士らはその華麗な辯舌でもって法廷で争うべきことが原則なのではないか,他の国ないしは時代においてはそのような原則が貫徹している例があるはずではないか,とも考えてしまうところです。そのような場合,つい念頭に浮かぶのは,古代ローマの弁護士(また,執政官。「祖国の父」との称号を得る。)にして第一の雄弁家とされるキケロー(前106年-前43年)です。


 キケローは,うぬぼれやで毒舌家(例えば,プルタルコスによれば,天分も学識もないくせに法律家を自称している男を証人に呼んだところ「何も知らない」と答えたので,キケローは「どうやら君は法律のことを訊かれたと思っているらしいね」と言ったとか。)。弁護士報酬は受けなかったものの(ローマの法律家は金銭を要求しなかったものとされています。),厚く感謝する依頼者から,返す必要のないお金を貸してもらったり,遺産相続人に指名されるなどしつつローマの政界で台頭します。(確かに,プルタルコスは,キケローは自己所有の地所からの収入で支出を賄えたので,弁護に立っても報酬や贈物を受け取らなかったと書いていますが,そこでは「借金」や遺産相続には言及されていません。なお,日本民法の委任契約においても,その旨の特約がなければ受任者は委任者に対して報酬を請求できないものとされています(民法6482項)。)

 しかし,キケローは,武器を取るのは苦手で,演説でも実は調子が出てくるまではあがり症。政争における殺人の罪で告発されたアンニウス・ミローを弁護するときには,ポンペーイウスが陣取って武器立ち並ぶ政治裁判法廷の物々しさにすっかり取り乱して震えが止まらず,声がつかえて散々の出来栄え。ミローは有罪,マルセイユに逃亡しました。

 ところが,当該弁論に失敗した後,キケローは『ミローのための演説』を今度は悠然と書き直し,公刊します。今に残る当該「名演説」をマルセイユで読んだミローは,「キケローよ,君がこのとおりしゃべっていたのなら,今ごろおれはここで魚を食ってはいなかったはずだぞ!」と吠えたとか。


 カエサル暗殺(前44315日)後,キケローはアントーニウスと敵対。一連の『フィリッピカ』演説(アテネのデーモステネースの同名の反マケドニア(当時の国王は,アレクサンドロス大王の父のフィリッポス2世)演説集にちなんで命名)でアントーニウス 

を攻撃します。しかし,カエサルの後継者であるオクターウィアーヌスがアントーニウス及びレピドゥスと組むに至り(第二回三頭政治),キケローの運命は暗転。アントーニウスの要求により,三頭政治家のボローニャ会議においてキケローは死すべきものと決定。前4312月7日,キケローは海辺の別荘地で,アントーニウスの手の者によって殺害されました。

 アントーニウスは,キケローの首と,自分を攻撃する『フィリッピカ』を書いたその右手とを切り取ってローマに持って来させ,呵呵大笑,フォルムにさらします。


 キケローの舌(首)を取っただけではアントーニウスの腹の虫は納まらず,書面を書く右手までさらしてやっと十分満足したということは,古代ローマの弁護士にとっても書面作成こそが重要な仕事であったということを推認させる事実でしょうか。前48年に死んでいたミローに言わせれば,残る右手で名文さえ書ければ,キケローの図々しいうぬぼれにとっては,舌が少々使えないくらい何でもないことを忘れるな,ということでしょうか。


 いずれにせよ,右手が使えないのは不便なことです。


 (なお,プルタルコスは,アントーニウスの伝記では右手と書きつつ,キケローの伝記では,その両手が切り取られたものとしています。この分かりにくさは,さすがプルタルコスというべきか。両手を切ったということならば,アントーニウスの手下が,キケローが左利きであった場合のことをも考えて周到に処置したということでしょうか。いずれにせよ,最近の弁護士はパーソナル・コンピュータのキーボードを両手で打って書面を作成していますから,現代のアントーニウスは,「しっかり両手を切り取れ」と命ずることになるのでしょう。)


 現在,キケローの名から派生したcicéroneないしはCiceroneという単語がフランス語やドイツ語に存在します。ただし,これらは弁護士とは関係なく,(雄弁な)観光ガイドという意味です。



(参考)河野与一訳『プルターク英雄伝』(岩波文庫)10:169頁・195頁・205頁・207頁・222頁・224225頁,1192; I.モンタネッリ・藤沢道郎訳『ローマの歴史』(中公文庫)256257頁・278279