Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

カテゴリ: 特別刑法

1 2017年1月13日の大事件と鉄道営業法37条及び42条の規定

 2017年1月1313時過ぎ,京都市右京区嵯峨野野宮町において,五十代の女性二人が,JR山陰線の踏切を渡る途中写真を撮ってもらうために同線の線路内に1メートルほど立ち入ったという重大犯罪が発生したそうです。

鉄道営業法(明治33年法律第65号)には次のような条項があります。

 

 第37条 停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ10円以下ノ科料ニ処ス

 

 第42条 左ノ場合ニ於テ鉄道係員ハ旅客及公衆ヲ車外又ハ鉄道地外ニ退去セシムルコトヲ得

  一 有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ検査ヲ拒ミ運賃ノ支払ヲ肯セサルトキ

  二 第33条第3号〔列車中旅客乗用ニ供セサル箇所ニ乗リタルトキ〕ノ罪ヲ犯シ鉄道係員ノ制止ヲ肯セサルトキ又ハ第34条ノ罪〔制止を肯ぜずした,吸煙禁止違反又は婦人専用待合室車室等への男子の妄りな立入り〕ヲ犯シタルトキ

  三 第35条,第37条ノ罪ヲ犯シタルトキ

  四 其ノ他車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタルトキ

  前項ノ場合ニ於テ既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス

 

鉄道営業法37条にいう「10円以下ノ科料ニ処ス」の部分は,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項本文(「第1項の罪〔刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)〕につき定めた科料で特にその額の定めのあるものについては,その定めがないものとする。」)により,要は,「科料ニ処ス」ということになります。科料は,1000円以上1万円未満です(刑法17条)。

 

2 罰金と科料の差

「罰金と科料の差は,①罰金には執行猶予を付しうるが科料には認められない〔刑法25条1項は50万円以下の罰金についてその刑の全部の執行猶予を認めています(ただし,同法27条の2第1項は罰金について刑の一部の執行猶予を認めていません。)。〕,②資格制限について原則として科料には規定がない,③公訴時効〔罰金に当たる罪については3年(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)250条2項6号),科料に当たる罪については1年(同項7号)〕および刑の時効〔罰金については3年(刑法32条5号),科料は1年(同条6号)〕に差がある,④科料にのみ処せられる犯罪の教唆・幇助は処罰されない〔刑法64条。ただし,同条の例外として,軽犯罪法(昭和23年法律第39号)3条があります。〕などの点で異なった扱いを受ける・・・科料は自由刑における拘留に対応するものであり,軽微な犯罪に対する制裁として資格制限に影響を及ぼさない刑として意味があると解すべきであるから,拘留を残しておく以上は,科料も存続させるべきである。」とされています(大谷實『刑事政策講義〔第4版〕』(弘文堂・1996年)155頁。下線は筆者)。

 

3 違警罪

旧刑法(明治13年太政官布告第36号)では罪について重罪(その主刑は,死刑,無期徒刑,有期徒刑,無期流刑,有期流刑,重懲役,軽懲役,重禁獄及び軽禁獄(同法7条)),軽罪(その主刑は,重禁錮,軽禁錮及び罰金(同法8条))及び違警罪(その主刑は,拘留及び科料(同法9条))の分類がありましたが,科料にしか該たらない鉄道営業法37条の罪は,違警罪ということになります。刑法施行法(明治41年法律第29号)31条は,「拘留又ハ科料ニ該ル罪ハ他ノ法律ノ適用ニ付テハ旧刑法ノ違警罪ト看做ス」と規定しています。

旧刑法において「「違警罪」は前2者〔重罪及び軽罪〕と異質の罪とされ,そのため,前2者〔重罪及び軽罪〕に存する附加刑としての剥奪公権〔国民ノ特権,官吏ト為ルノ権,勲章年金位記貴号恩給ヲ有スルノ権,兵籍ニ入ルノ権,会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権,学校長及ヒ教師学監ト為ルノ権等が剥奪されました(同法31条)。〕・停止公権・禁治産・監視の制度はなく,「仮出獄」の制度も無縁であった。「加減例」においても「違警罪ノ刑ハ加ヘテ軽罪ニ入ルコトヲ得ス」とされ〔同法72条2項本文〕,期満免除は,禁錮罰金でも7年であるのに,1年であった。違警罪の未遂は常に「其罪ヲ論セス」とされたが〔同法113条3項〕,他方,重罪・軽罪に存した16歳以上20歳未満者の「宥恕シテ本刑ニ一等ヲ減ス」との制度〔同法81条〕はなかった〔同法83条1項〕。〔旧刑法〕最末尾の第430条は,同法2条〔「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スル(コト)ヲ得ス」〕の例外として次のように規定していた。/「前数条ニ記載スルノ外各地方ノ便宜ニヨリ定ムル所ノ違警罪ヲ犯シタル者ハ其罰則ニ従テ処断ス」」と紹介されているところです(小嶋和司「明治二三年法律第八四号の制定をめぐって」『小嶋和司憲法論集一 明治典憲体制の成立』(木鐸社・1988年)409410頁)。

なお,違警罪といえば違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)が出て来る人はマニアックですね。「違警罪即決の制度は,行政官庁をして裁判の正式を用ひず科刑の処分を為さしむるものである点に於て,すでに疑問とすべきものであるのみならず,其は屢々他の刑事捜査の目的上人身を拘束するの手段として濫用される弊害を伴うてゐる。」と批判されていた制度です(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)612613頁)。同例1条本文は「警察署長及ヒ分署長又ハ其代理タル官吏ハ其管轄地内ニ於テ犯シタル違警罪ヲ即決スヘシ」と,同例2条は「即決ハ裁判ノ正式ヲ用ヒス被告人ノ陳述ヲ聴キ証憑ヲ取調ヘ直チニ其言渡ヲ為スヘシ/又被告人ヲ呼出スコトナク若クハ呼出シタリト雖モ出廷セサル時ハ直チニ其言渡書ヲ本人又ハ其住所ニ送達スルコトヲ得」と規定していました。昭和22年法律第60号によって1947年5月3日から違警罪即決例が廃止されるまでは,鉄道営業法37条の事案は所轄の右京警察署限りの取扱いで済んで(ただし,正式裁判の請求に係る違警罪即決例3条参照),「送検」などと検察官を煩わせるまでのことにはならなかったものでしょう(ただし,正式裁判請求の場合に係る同例6条参照)。

 

4 科料に当たる罪と逮捕

犯罪,ということになると,すぐ,すわ逮捕か,という予想が発せられますが,科料にしか当たらない鉄道営業法37条の罪の被疑者が逮捕される事態は余り考えられません。

 

(1)通常逮捕

刑事訴訟法199条1項ただし書は,科料に当たる罪の被疑者を逮捕状によって逮捕することができる場合を,「被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求め〔同条1項本文は「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。」と規定〕に応じない場合」に限っています。頭書重大犯罪の被疑者は,警察署での取調べに5時間応じたということですから,定まった住居を有している限りは,逮捕されることはないでしょう。(なお,5時間かかったのは「しぼられた」(懲罰的な響きがありますね。)からかどうか。人によっては,普段から記憶が欠落していたり,あいまいだったりし,また話が要領を得ないため,司法警察員又は検察官ならぬ熱心な弁護士が優しく事情を聴く場合においても思わず長く時間がかかることがあります。)

 

(2)緊急逮捕

あらかじめ逮捕状を要さぬ緊急逮捕は,死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の被疑者にのみ可能であって(刑事訴訟法210条1項),科料のみの鉄道営業法37条の罪の被疑者が緊急逮捕されることはありません。

 

(3)現行犯逮捕

「現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」というのが刑事訴訟法213条の原則ですが,同条の規定も,科料に当たる罪の現行犯人については「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」以外の場合には適用されません(同法217条)。「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が堂々と,住所氏名を明らかにし,かつ,逃げも隠れもしないと高らかに宣言して仁王立ちした場合には,現行犯逮捕もできないようです。

 

5 科料に当たる現行犯罪の制止と警察官職務執行法5条,鉄道営業法42条1項等

 

(1)警察官職務執行法5条と刑事訴訟法217

刑事訴訟法217条に関連してここでちょっと脱線して,いささか問題になるのが,警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)5条に関する解釈です。

警察官職務執行法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があつて,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と規定しています。当該規定振りの結果,同「条は,犯罪の予防のための措置として定められており,現行犯罪の鎮圧を目的とするものではないように見え,他に犯罪の鎮圧にかかる規定は存しない。このため現行犯罪の制止については,その法的根拠,要件をめぐり,判例学説ともに種々の見解に分かれている」ところです(田宮裕・河上和雄編『大コンメンタール警察官職務執行法』(青林書院・1993年)331頁(渡辺咲子))。すなわち,現行犯罪の制止にも警察官職務執行法5条後段の要件(人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があること。)が必要なのか,余計なしがらみなく組織法である警察法(昭和29年法律第162号)2条1項の規定(「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」)を直接の根拠にして即時強制ができるのか,司法警察と行政警察とがあるところ現行犯逮捕は司法警察に係る刑事訴訟法に規定されているものの行政警察に係る犯罪鎮圧目的のためにも現行犯逮捕ができるのか,あるいは警察法2条,警察官職務執行法,刑事訴訟法などを総合して法秩序全体から合理的に警察官による現行犯罪の制止は認められるものと考えることができるか,といった議論になります(田宮・河上編332頁以下(渡辺))。

東京高等裁判所昭和471020日判決(高刑集25巻4号461頁)は「警職法5条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であつて,まだ犯罪が行なわれない前の段階を対象としたものであるから,進んで犯罪が現に行なわれている場合にもこの規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。けだし,同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度とを限定しているのは,まさにそれが行なわれようとしているにもせよ(ママ)まだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから,基本的人権保障のためにこれを明定する必要があるからと解せられるが,これに反し現に犯罪が実行されている段階に立ち至れば,これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であるし,またこの場合には現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているところからみても,あえてその要件ないし阻止行為の態様を限定するまでのこともないため,別段の規定を設けなかつたものと解されるからである。それゆえ,すでに犯罪が現に実行されている段階においては,警察官としては当該犯罪を鎮圧阻止するために必要と認められる限度において,しかも憲法に保障する個人の権利および自由を不当に侵害し権利の濫用にわたらないかぎりは,犯人に対し犯罪の実行をやめさせるため強制力を行使することが許され,この場合においては特に警職法5条後段の要件を必要としないものと解するのが相当である。」と判示していますが(下線は筆者),「この判決及びこれを維持した最決昭49・7・4判時74826頁により,現行犯については本条〔警察官職務執行法5条〕後段の要件がなくても同条にいう制止行為程度の即時強制は許されるとの判断が裁判例として定着し,確立されたものとみてよい」とされています(田宮・河上編340頁(渡辺))。しかし,警察官職務執行法5条後段の要件がなくとも現行犯の制止ができるという判断の前提として「現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められていること」,すなわち現行犯逮捕を行い得ることが必要であるということであれば,なおも「刑訴法217条に現行犯逮捕のできない軽微な犯罪の場合に問題」(田宮・河上編340341頁(渡辺))が残ることは否定できません。上記東京高等裁判所昭和471020日判決の事案において警察官による制止の対象となったのは,刑事訴訟法217条の適用のない威力業務妨害罪(刑法234条)であって,当該問題は表面に現れずにすんだところではありました。東京高等裁判所昭和41年8月26日判決(高刑集19巻6号631頁)は,括弧書きで,「現行犯であつても刑事訴訟法第217条に規定する軽微な犯罪にあつては,住居若しくは氏名が明らかでない場合等でなければ逮捕することを得ないのであるが,かかる場合においても,警察官は犯罪鎮圧のための制止行為はこれをなし得,またなすべき責務があるというべきである。」と判示していますが,これも事案は威力業務妨害罪の制止行為の適法性が争われたもので(東京高等裁判所昭和471020日判決の事案と同一の事案),傍論というべきでしょう。「現行犯逮捕の可能な場合の制止を是とする見解の多くが,逮捕という強力な手段が認められる以上,逮捕に至らない制止を行うことは適法であるとするのであるから,逮捕できない場合に制止ができるとするには,別個の説明を要するのではないかと思われる。」と批判されています(田宮・河上編341頁(渡辺))。

「結局,現行犯罪の鎮圧にあたっても,本条〔警察官職務執行法5条〕に従って警告・制止を行う,と解するのが妥当であるといえよう。」との見解が表明されています(田宮・河上編343頁(渡辺))。「実行の着手,犯罪の成立の前後を問わず,犯罪が継続し,被害の拡大の虞がある場合には,本条〔警察官職務執行法5条〕の「犯罪がまさに行われようとするとき」に含まれると解するのが正当であって,その他の要件を満たす限り,本条により現行犯罪の制止が可能であることは,当然」であるというわけです(田宮・河上編332333頁(渡辺))。

科料に当たる罪を制止するとなると,何だか面倒くさい議論に巻き込まれそうですね。

 

(2)鉄道営業法42条1項

「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が現にいるとしても,警察官としては,警察官職務執行法5条の要件やら刑事訴訟法217条の適用やらについてまず確認するのも大変で,「せっかく鉄道営業法42条1項3号があるのだから,鉄道係員がまず鉄道営業法37条の罪を犯している不心得者を退去させてくださいよ。」と言いたくなるかもしれません。

 鉄道営業法42条1項については,最高裁判所の判例があります(昭和48年4月25日大法廷判決(刑集27巻3号418頁))。いわく,「鉄道営業法42条1項は,旅客,公衆が停車場その他鉄道地内にみだりに立ち入つたとき等同項各号に定める所為に及んだ場合,鉄道係員は,当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させうる旨を規定している。けだし,鉄道施設は,不特定多数の旅客および公衆が利用するものであり,また,性質上特別の危険性を蔵するものであるから,車内または鉄道地内における法規ないし秩序違反の行動は,これをすみやかに排除する必要があるためにほかならない。すなわち,同条項は,鉄道事業の公共性にかんがみ,事業の安全かつ確実な運営を可能ならしめるため,とくにかかる運営につき責任を負う鉄道事業者に直接にこの排除の権限を付与したものである・・・。そして,鉄道営業法42条1項の規定により,鉄道係員が当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたつては,まず退去を促して自発的に退去させるのが相当であり,また,この方法をもつて足りるのが通常であるが,自発的な退去に応じない場合,または危険が切迫する等やむをえない事情がある場合には,警察官の出動を要請するまでもなく,鉄道係員において当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いうるものであり,また,このように解しても,前述のような鉄道事業の公共性に基づく合理的な規定として,憲法31条に違反するものではないと解すべきである。」云々(うんぬん)。鉄道営業法42条1項に基づく公衆を退去させるための実力の行使に対する抵抗について,公務執行妨害罪(日本国有鉄道に係る事案でした。)成立の可能性が認められています(高等裁判所に差戻し)。

 

(3)鉄道営業法38

 ところで,日本国有鉄道は民営化されてJR各社となったので鉄道営業法42条1項に基づく行為に対する公務執行妨害罪ということはなくなったのですが,鉄道営業法38条(「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」)の罪と刑法234条の威力業務妨害罪(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金),同法208条の暴行罪(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)及び同法222条1項の脅迫罪(2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)との関係はどうなるのでしょうか。これについては,鉄道営業法38条と威力業務妨害罪とは観念的競合の関係であって重い威力業務妨害罪の刑によって処断されるとともに(刑法54条1項前段),暴行罪又は脅迫罪も鉄道営業法38条の罪に吸収されることなく(吸収されるとかえって刑が軽くなって不合理)観念的競合の関係となるとされています(伊藤榮樹・小野慶二・荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編〔新版〕』(立花書房・1994年)3536頁(伊藤榮樹(河上和雄補正)))。「かくて,制定当時は,一般法である刑法に対して特別法の関係に立ち,もっぱら優先して適用されるものとされていた鉄道営業法第38条は,いまやほとんどの場合,刑法上の罪と同時に成立し,実際の処罰の場合には,重い刑法上の罪の刑で処断されることになり,それら刑法の罪の陰にかくれて,ひっそりと生存するにすぎないことになってしまったのである。」とは,伊藤榮樹元検事総長閣下の感慨でした(伊藤榮樹・河上和雄・古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)63頁)。

 

6 鉄道営業法37条の罪

さて,遠回りしましたが,罰則規定としての鉄道営業法37条の解釈を見てみましょう。

 

(1)趣旨

まず,趣旨。鉄道営業法37条の趣旨は「人がみだりに鉄道地内に立ち入るときは,旅客の乗降や列車の運行の妨げとなり,ときには危険発生のおそれを生ずるので,これらの事態を未然に防止し,一般的保安を維持しようとする罰則規定である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。大阪高等裁判所昭和40年8月10日(高刑集18巻5号626頁)は,「鉄道営業の安全と,円滑な運営とを保護する規定」であると判示しています。

 

(2)「鉄道地内」

「鉄道地内」とは,「鉄道が所有ないし管理する用地・地域のうち,停車場,線路,踏切などのように直接鉄道運送業務に使用されるもの及び駅前広場のようにこれと密接不可分の利用関係にあるものをいう。塀,柵などで他と区画されているかどうかを問わない。鉄道運送業務に直接関係のない鉄道職員のための教育・訓練施設,宿舎などは,「鉄道地内」ではない。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上))。また,駅前広場が停車場に含まれるものと解されることにつき前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。踏切及び線路は,「鉄道地内」に含まれます。

 

(3)「妄ニ」

(みだり)ニ」とは,「正当な理由がなく不法に,の意である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。すなわち,米子駅ホームでされた労働組合支援のためのデモ行進について鉄道営業法37条の罪の成立を認めた鳥取地方裁判所米子支部昭和44年4月19日判決(判タ240296号)は,「妄ニ」は「正当の事由なく不法に」を意味するものと判示しています。

日本国有鉄道の労働組合の委任を受けて委任事務を処理するために京都駅構内に立ち入った弁護士(乗車券も入場券もなし。)は,妄ニ立ち入ったものではないとされています(京都地方裁判所昭和48年2月23日判決(判時713111頁))。踏切及び線路に関する例としては「閉鎖中の踏切道に立ち入るような場合」や「線路上へのすわり込み(広島高判昭48・1・29刑裁月報5・1・28)」が挙げられていますが(伊藤・小野・荘子編32頁,33頁(伊藤(河上))),広島高等裁判所昭和48年1月29日判決の事案は,正確には,呉線広駅に列車で到着し①2番線線路内に入り込んでシュプレヒコールを繰り返しながら蛇行行進をして3番線線路内に至り,続いて②当該線路上で停車中の米軍の弾薬を輸送する列車の前の線路上に立ちふさがり,及び坐り込みをしたものであり,鉄道営業法37条が適用されたのは①の行為であって,②の行為については刑法234条(威力業務妨害罪)が適用されています。

なお,入ることを禁じた場所に正当な理由がなく入ることに係る軽犯罪法1条32号前段の罪の「正当な理由がなく」に関して,「天災・火事・人命救助・犯人追跡のためとか,犯人からの逃避のためにする場合は,正当な理由がある場合である。」とされています(安西溫『特別刑法7 準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)193頁)。

 

(4)「立入リ」

「立入リ」については,軽犯罪法1条32号前段の罪の「入る」について,「その場所に身体の全部を入れることをいい,一部が入っただけでは足りないと解されている。刑法の住居侵入罪においては,身体の全部が入らなくても未遂として処罰されるが(刑131条),本号の罪には未遂犯処罰の規定がないから,身体の一部が入ったにすぎないときは処罰されないことになる。入る行為については,その場所に滞留する時間の長短を問わないのであって,その場所を単に通過するにすぎない場合でも,入ったことになる。入る方法は,徒歩による場合のみならず,車両や馬に乗って入るのでもよいが,無人の牛馬を乗り入れさせた場合は,入ったことにはならない。」と説かれていること(安西192193頁)が参考になるでしょう。禁止されているのは「立入リ」だから坐って入ればよいのだ,坐り込みは広島高等裁判所昭和48年1月29日判決では威力業務妨害だったのだ,という一休さん頓智噺のような主張は,やはり認められないでしょう。

 

(5)罪数及び関係法

 

ア 罪数関係

罪数関係については,鉄道営業法37条の罪は,刑法130条の建造物侵入罪(「正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し・・・た者は,3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」)との関係では観念的競合,軽犯罪法1条32号前段の罪とも観念的競合,鉄道営業法35条の罪(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス」)とは牽連犯(刑法54条1項後段)ではなく併合罪(同法45条)の関係,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)3条2号(「新幹線鉄道の線路内にみだりに立ち入った者」を1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処するもの)は鉄道営業法37条の特別規定であって前者の罪が成立するときには後者の適用はありません(伊藤・小野・荘子編33頁,28頁(伊藤(河上))。刑法130条の建造物侵入罪との関係につき旭川駅ホームへの不法侵入に係る札幌高等裁判所昭和33年6月10日判決(高刑裁特報5巻7号271頁)。軽犯罪法1条32号前段の罪との関係につき最高裁判所昭和41年5月19日決定(刑集20巻5号335頁。鉄道駅構内に許諾を得ることなく立ち入る行為について),安西193頁。なお,鉄道営業法37条と35条との関係につき大阪簡易裁判所昭和40年6月21日判決(下刑集7巻6号1263頁)は,牽連犯の関係になるとしています。)。

 

イ 新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号

新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号の立法趣旨は,「物件を置きますことがたいへん危険でありますように,線路内に人が立ち入るということになりますと,確かに当該列車の運行の妨げになることと考えられますし,またひいては,その列車に乗っておられる乗客の人たちの身体の危険というものも相当大きな蓋然性で考えられるわけでございます。そういう意味で物件を置きますのと同じ危険度が列車の運行に対してあると考えられるわけでございまして,そういう観点から,ごらんのように「1年以下の懲役又は5万円以下の罰金」ということで制裁を科することとしておるわけでございます。」とされ(1964年5月15日の衆議院運輸委員会における伊藤榮樹説明員(法務省刑事局総務課長事務取扱)の答弁(第46回国会衆議院運輸委員会議録第3413頁)),更に「なおこれは一部やはり人が入ってくることは物を置くということとも関連してまいりますので,物を置かせてはならぬということに関連いたしまして,人が入ってこなければ大体物を置くということはないわけですから,無用の者がみだりに立ち入るということは極力排除すべきである,これはやはり列車の安全運行ということに直接間接の関連があるというふうに私どもは考えております。」と説かれています(同日同委員会における廣瀬眞一政府委員(運輸省鉄道監督局長)の答弁(同会議録14頁))。

 

ウ 建造物侵入罪

「駅のホームは,駅舎と屋根でつながっていて柵があるような場合には,建造物となる。駅の構内は,乗降客のための通路部分であっても建造物とされる(最判昭591218刑集38123026,なお東京高判昭38・3・27高刑集16・2・194)。」とはいえ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)137頁),踏切及び線路への立入りが刑法130条の建造物侵入罪になることはないでしょう。なお,軽犯罪法1条32号前段の罪は刑法130条の建造物侵入罪が成立するときには成立しません(安西190頁)。

 

エ 軽犯罪法1条32号前段

「軽犯罪法1条32号は,刑法第130条の補充規定であつて,住居侵入罪には該当しない違法性のより軽微な特定の場所に対する不法な侵入行為を禁止し,その場所に対する人の支配の平穏を維持しようとするもの」と解されています(前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。同条前段については,「法令により一般的に立入りが禁止されている場所でも,立入り禁止の趣旨が外部的に表示されていなければ,入ることを禁じた場所に該当しない。」とされるとともに(安西191頁),同「号前段の罪が成立するには,行為者において,立ち入ろうとする場所が「入ることを禁じた場所」であることを認識してそこに入ることを要し,立札・標識・貼紙その他の表示に気付かなかったなどのため,右の認識を欠いたまま立ち入ったものであるときは,本号前段の故意を欠き,犯罪は成立しない。」とされています(安西193頁)。「立入禁止」の標識が現にそこに明らかにあるにもかかわらず,どういうわけかそれには気付かずに線路に入ってしまいましたぁと被疑者に天真爛漫に言われてしまった場合には,軽犯罪法1条32号前段の罪を成立させるために頑張ることは大変でしょう。

 

7 鉄道と軌道と

JR山陰線の線路は,鉄道の線路です。JR西日本の前身は,日本国有鉄道であり,鉄道省等でありました。しかしながら,JR山陰線の線路が新幹線鉄道の線路でないことは明らかです。

ところで,軌道については,軌道法(大正10年法律第76号)において鉄道営業法37条に相当する罰則規定が存在しません(軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)20条(「軌道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ新設軌道内ニ立入リタル者ハ科料ニ処ス踏切番人ノ制止ニ反シ踏切道ニ立入リタル者亦同シ」)は,「命令の規定で,法律を以て規定すべき事項を規定するもの」として,現憲法下において1948年から失効しているものと解されます(昭和22年法律第72号1条)。なお,「新設軌道」の定義については,軌道建設規程(大正12年内務省・鉄道省令第1号)3条に「道路其ノ他公衆ノ通行スル場所ニ敷設スル軌道ヲ併用軌道ト謂ヒ其ノ他ノ軌道ヲ新設軌道ト謂フ」と規定されています。)。京都の嵐山辺りをキャピキャピ散歩するのであれば,JR山陰線沿いではなく,京福電気鉄道株式会社の嵐山線沿いにした方がよかったということになるのでしょうか。(なお,京福電鉄株式会社の2017年1月30日付け「軌道業の旅客運賃の上限変更認可申請について」ウェッブ・ページによると,同年4月1日から嵐山線の大人の普通旅客運賃(均一)が210円から220円に変更されるようです。)

 
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 JRの線路(JR東日本中央線吉祥寺駅から) みだりに立ち入ってはなりません。
 

8 16歳の場合

最後に,もう五十代ではなく, 例えば「まだ16だから」の場合はどうなるでしょうか。

少年法(昭和23年法律第168号)2条1項により,満16年の者は同法の「少年」となります。

少年法41条本文は「司法警察員は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならない。」と規定していますので,科料に当たる鉄道営業法37条の罪に係る少年の被疑事件については,警察からは,送検されるのではなく,家庭裁判所へ送致されることになります(検察官から家庭裁判所への送致については少年法42条)。送致を受けた家庭裁判所は,事件について調査を行いますが(少年法8条1項),死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件及び故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に係る家庭裁判所から検察官への送致について規定する少年法20条の反対解釈からすると,科料にのみ当たる鉄道営業法37条の罪を犯した16歳の少女は当該罪について公訴を提起されることはないということになります(少年法45条5号本文参照)。すなわち科料を科されることはないことになります。しかし,少年審判の結果保護処分(保護観察所の保護観察,児童自立支援施設若しくは児童養護施設送致又は少年院送致(同法24条1項))を受ける等の可能性はあり得るわけです。

(なお,冒頭御紹介した2017年1月17日の大事件の両被疑者については,同年3月21日に京都地方検察庁の検察官によって起訴猶予の不起訴処分がされたそうです(刑事訴訟法248条参照)。) 

 

弁護士 齊藤雅俊

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ウ その他及び法案賛成論の勝利

未成年者喫煙禁止法案に対する貴族院本会議における賛成意見の理由付けは,風紀論(久保田議員)及び浪費防止論(村田議員)のほか,「教育上の点からして此法案を(ママ)賛成する」意見(伊澤修二議員(唱歌「紀元節」の作曲家)のもの。前記貴族院議事速記録第28641頁。同議員は「本日も本員は少しく職務上の差支(さしつかえ)で午後に出席して参りましたが,其途中で既に或る未成年の生徒(ママ)がプカプカしがー」をやってるのを見掛けたのである」と憤慨)がありました。残りはやはり強兵論であって,「煙草を呑む為に徴兵に取られぬやうになっては甚だ憂ふべきことであるから,どうしても禁じなければならぬから此案の通りにしたいと思ひます」ということでした(兒玉淳一郎議員長州出身の元大審院判事)。前記貴族院議事速記録第28641頁)。

貴族院本会議は,1900年2月19日,衆議院提出の未成年者喫煙禁止法案を可決しています。

 

4 第14回帝国議会衆議院における議論

根本正代議士らが原案を提出した衆議院では,特段の反対はありませんでした(18991219日の本会議において,「(「異議なし異議なし」と呼(ママ)者あり」ということで,「御異議がなければ,委員会の修正(どおり)確定致します」(片岡健吉議長)ということになっていました(前記衆議院議事速記録第10171頁)。)。賛成を前提に,条文の解釈論に関係がある議論がされています。

 

(1)「18歳未満ノ幼者」から未成年者へ

18991214日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においてはまず,原案の「18歳未満ノ幼者」について,根本正委員から,「全体私の望は,丁年以下(くらい)にしたいと思ふのでありますけれども,さうなりますると反対も多くなって此案の通過することも困難であらうと云ふ懸念から,先づ亜米利加の法に則って18歳と致しました」と,本来は満20年未満の未成年者(民法旧3条・現4条参照。「丁年」は,一人前に成長した年齢のこと。)に喫煙を禁ずることにしたかったというそもそもの思いが表明されています(第14回帝国議会衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号1頁。なお,原文は片仮名書き)。

その後,「(こと)に学校の生徒,制服を着て学校の制帽を(かぶっ)て紙巻煙草を指に挟んで往来して居るのを見ると,煙草を喫むの有害無害よりは実に憎らしくして,あんな奴に十分の学問が出来るものかと云ふ感が起る」という井上角五郎委員(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁)から,第1条に関し「但官私学校ノ生徒ハ18歳以上ノ者ト雖煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」というただし書を付けたらどうかという提案がされています(同頁)。同委員としては,「元来昔は煙草を喫んでも生徒の場合――学校に行って稽古をする中とか,或は剣術の稽古でもして居る間は,縦令(たとい)成年者と(いえども)煙草を喫むことは禁じてある例は,其藩々に依って幾らもある,それで詰り此案には賛成しますとした」(同頁)ということだからでしょう。なお,井上委員は,法案の衆議院への提出時の賛成者の一人であり(根本9頁参照),更には日清戦争前の朝鮮国との関係でも有名です(福沢諭吉の『福翁自伝』(1899年)に「・・・明治20年ごろかと思う。井上角五郎が朝鮮でなんとやらしたというので捕えられて,そのときの騒動というものはたいへんで,警察の役人が来て私方の家捜しサ。それから井上がなにか吟味に会うて,福沢諭吉に証人になって出てこいと言って,私をわざわざ裁判所に呼び出してタワイモないことをさんざん尋ねて,ドウカしたら福沢も科人の仲間にしたいというような風が見えました。」とあります。)

これに,酒造家大村家出身の大村和吉郎委員が,「私はもう一歩を進めまして,丁年に達するまで,即ち未成年者は(あまね)く煙草を喫めないことに是非致したいと井上案に加上します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁)。

ただし,井上修正案については,他の点においては幼者喫煙禁止法に賛成しながらも,文部省の政府委員(澤柳政太郎)が反対します。「大学の学生抔にな(ママ)したならば,随分分別も出来て居りますから,自由に任せて置きました方が(かえっ)て其者の発達のために宜しからうと思ひます」(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁),「又悪い所は責めて往かなければなりませぬけれども,余り其の自由の意志を束縛致して,自ら重じ自ら制すると云ふやうな範囲を狭めて往くのは,甚だ宜くなからうと云ふやうに考へまする(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)等々の理由が述べられていますが,要するに官僚的には,巡査が取り締まってくれるのはもうけものだけど,文部省及びその管下教育機関に他より重い責任を課して,おっさんじみてきた学生生徒の禁煙指導まであえてさせるのは勘弁してくれ,ということでしょうか。

禁煙年齢を満18年未満から満20年未満に引き上げる大村修正に理由付けを与えたのは,足尾鉱毒事件の田中正造委員及び京都嵯峨の小松喜平治委員です。田中委員が「・・・丁年になって軍人になったときに,軍人が煙草を喫む癖があると,軍に出たときに煙草の(なくな)ったときなどは勇気の(くじ)けると云ふので,どうしても煙草を喫む兵隊は極往けぬさうです,第一邪魔になる,故に軍人には煙草を喫ませない癖を附けたい,20歳までは喫ませないと云ふことになると,兵隊に這入ったときに煙草を喫まずに居るかも知れない・・・」との考察を述べた後,それを受けて小松委員が「・・・煙草と云ふものは唯今田中君の御話の通り,喫む癖が附けば一朝にして止めることが出来ませぬから,18歳迄禁ずると云ふことならば,寧ろ未丁年者に喫ませないのが当然であろうと思ひますから,大村君に賛成致します」と発言して,会議の流れを作っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号4頁)。強兵論ということになるのでしょう。

大村修正は採用するが井上提案に係るただし書を取り入れないこととして,未成年者喫煙禁止法の原始規定1条の規定を最終的にまとめたのは,田中正造委員の次の発言でした。

 

 私は単純に20歳を以てと云ふことに賛成で,未成年者以上の者に向って斯う云ふ干渉をしては,こちらから斯う云ふ事をすると智識の発達がなくなって来る,自分自ら顧みて考へさせるのが必要であると,そこだけが〔文部省の〕政府委員の説明のやうに聞いて居ります,さうすると矢張り其方が穏当のやうに思ひますので,20歳と云ふ単純なるものを賛成致します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

(2)「監督スル責任アル者」から親権者へ

 根本代議士らの原案3条の「監督スル責任アル者」には学校長や学校の教員は含まれるものかどうか, 問題となるところでした。ここは,当該問題に係る論点をうまく捉えた文部省の澤柳政太郎政府委員の誘導答弁が素晴らしかったところです。

 

・・・此辺を明らかにせられたいと思ひます,それで是が若し幼者に対して親権を行ふ者と――親の権を行ふと云ふやうな具合にありましたならば,民法の上に於てそれは親権を行ふと云ふこともありますから,明かにならうかと思ひますが,是だけではどうも矢張り明かでないと考へるのであります(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

学校長や学校の教員は,親権ヲ行フ者ではありません。

澤柳政府委員の誘導答弁のあった翌日の18991215日,根本委員から衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会に対して,法案3条を「未成年者ニ対シ親権ヲ行フモノ情ヲ知リテ其喫(ママ)ヲ制止セザルトキハ拾銭以上壱円以下ノ科料ニ処ス/親権ヲ行フモノニ代リテ未成年者ヲ監督スルモノ又前項ニ拠リテ処断スと修正すべき旨の提案がされています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。同委員の説明では,「学校職員の如きものは,茲に含みませぬ」し,また,「雇主と云ふものは〔罪を〕受けない」ということとなっています(同頁)。したがって,立法者意思的には,「生徒がたばこを吸っているのに学校が見て見ぬふりをするのは,未成年者喫煙禁止法違反の犯罪だ。」とはいえないことになります。澤柳政府委員のgood jobでしたね。また,「アルバイト先で高校生の我が子がたばこを覚えてしまった。未成年者と知って雇っておきながら,どういう監督をしていたのか。雇用者は未成年者喫煙禁止法違反の犯罪者だ。」というような苦情も,これまた根本委員の考えからすると,少々お門違いということになるようです(未成年者飲酒禁止法1条2項の「親権者ニ代リテ之ヲ監督スル者」についてですが,宇都宮家栃木支判平成16年9月30http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/006252_hanrei.pdfを参照。なお,当該判決を下した山田敏彦判事は,現在,石割桜で有名な盛岡地方裁判所・家庭裁判所の所長を務めておられるようです。)。未成年者喫煙禁止法3条2項の「親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者」とは,根本委員によれば,「父母に代はるもの,例へば私が地方から出て居る生徒を頼まれて,どうか御前さんの所へ置いて呉れと云ふときは,親に代って其罰を受けると云ふやうにしたら宜しからうと思ひます」ということでありました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。

 

(3)行政警察的予防線

なお,政府委員内務省参与官法学博士一木喜徳郎が,18991215日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会において,未成年者喫煙禁止法の実施が可能な範囲の見通しについてあらかじめ述べています。いわく,「此法案の趣旨は,至極結構なことであると政府に於ても考へます」,しかし「家の内で烟草を喫んで居る者までも,一々此法を励行致しますると,随分苛察であるのみならず,実際其局に当るものも非常に困難であらうと思ひます」,しかしながら「詰り往来で煙草を吹かせて居るものがある,今日は法がないために之を差止めることが出来ない,そんなことからして子供が見習って煙草を喫ふと云ふことが生じて来ます,それ等の者を止める,警察官がそう云ふものを見付け次第差止めて,さうして喫(ママ)の器具を取上げると云ふことだけのことでございますれば,実行のことに於ても別段困難のことはなからうと思ひます,それ迄のことで幾らか法案の精神は達せられることでありませうと察せられるが,眼前に絶対に(ママ)者の喫(ママ)を差止めてしまふ迄に,効を収めると云ふことはむづかしからうと思ひます」,ところで「第1条の未成年者と云ふのは,余り広過ぎはしないであらうか」,「先づ然らばどれ位の所を定めたら宜からうか,是は見込次第なのでありますが,大体14歳――若い年で15と云ふ位の所で,適度でなからうかと云ふ考を有って居ります」,「少さなものが段々煙草を喫むものが殖えて来ると云ふことを防ぐには,是まで余り慣例のない所,14歳以下位に向って此禁を施したならば,適当ではないかと云ふ考で,大躰に於きまして,此法案を実施することが,先刻申述べました趣意なれば,別段()()なからうと思ひます,それだけを申述べます」と(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号頁)。

法律では20歳未満の者は喫煙禁止で警察が煙草や器具を没収できることになっているけど,実際は路上でたばこを吹かしている14歳以下くらいの子供しか取り締まらないよ,そもそも路上で児童がたばこを吸うことを完全になくすことはできないよ,との予防線です。現在の国会であれば,「国会制定の法律を誠実に執行しないつもりか,けしからん。」との騒ぎにもなりそうですが,そこは明治の帝国議会です。井上角五郎委員が「勿論取締を厳重にする寛にすると云ふは,其時の当局の考次第のことでありますから,吾々は是非寛になさるが宜しいとも言ひませぬ,厳重にしなければならぬとも言ひませぬ」云々と取締当局の広い裁量を是認する発言をしたところ,特別委員会は,大村和吉郎委員の「井上君と同感であります」との発言に続いて「「賛成」と云ふ者あり」ということになりました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号8頁)。中学校を卒業したような年長の少年らにはもう警察は強制的に喫煙の差止めはしないから,後は家庭のしつけ及び学校の教育に基づく本人の自覚の出番であるよということが,未成年者喫煙禁止法の制定時においての,後の法制局長官,文部大臣,内務大臣,宮内大臣及び枢密院議長である一木喜徳郎によるそもそもの整理であったと解され得るわけです。

とはいえ,一木政府委員の整理は,飽くまで行政警察の立場からするもので,司法権の発動を掣肘するものではなかったものです。家の中での喫煙であっても,20歳未満の者による当該喫煙について情を知りながら制止しなかった親権を行う者が科料に処された裁判例は,多々あります(甲府家判昭和33年2月8日・家月1036719歳,実父,「自宅において」(下線は筆者によるもの)),大津家判昭和39年2月21日・家月16710416歳,母,「自宅において」),金沢家判昭和39年4月27日・家月16919416歳,実母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年5月27日・家月161117616歳,母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年6月24日・家月16128117ないしは18歳,母,「自宅において」)等)。

 

5 禁煙論者たち

 

(1)転向者たち

ところで,禁煙の義務化は,以前は喫煙家であったもののその後禁煙に成功した人が特に熱心になるものでしょうか。第14回帝国議会の幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においては,井上角五郎委員及び大村和吉郎委員が自らの喫煙をやめた素晴らしい経験について雄弁に語っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁,4頁)。かつてドイツで禁煙運動を強力に進めたアドルフ・ヒトラーも,喫煙者から禁煙者への転向者だったそうです。

 

(2)転向,再転向,懺悔:田中正造の挫折

しかして,実は,よい兵隊になるために未成年者はたばこを吸うなとのたまわった夫子・田中正造自身は,自分ではたばこをやめられない人間でした。田中正造の1911年6月23日の日記にいわく。

 

○巣鴨町安部磯雄氏厳父権之丞君,年77。昨22日朝,予早く同家に至る。・・・老人の部屋に入れられ,火と湯を賜はる。談話年数に及ぶ,予年70。安部老人は77。予問ふ,酒は如何。老人答,酒も烟草も茶も湯も飲まず,只だ水のみと。予大に感ず。予は(ママ)茶と烟草とをのめり,老に及ばざるを()づ。よりて今日より茶をやめて水を呑む事とせり。・・・

 ・・・年59にして,酒毒を怖れて之を禁じたりしも・・・さて水の一条は(すで)に老人の門に入るも,烟草の一事を奈何せん。聖書に古き皮袋に新しき酒を容るなかれとあり。染致せる悪習慣の可怖(おそるべき),此の如し。予大に悔(ママ)たり。・・・(木下尚江編『田中正造之生涯』(国民図書・1928年)646647頁)

 

70歳の1911年6月に至って,その人生においてたばこをやめられなかったことを告白懺悔(ざんげ)しているところです。ところが,その9年前,1902年1月に出版された徂堂岩崎勝三郎の『田中正造奇行談』(大学館)には,「田中翁が(その)昔には煙草も(すっ)たし,酒も飲んだといふ話は聞て()るが,今日(こんにち)は絶対的()めて仕舞つた,先年も前橋の教会堂で独り演説をした事がある,其時にも種々(いろいろ)の理由を()べて,自分は今後決して,煙草も()はねば酒も飲まんと云つて断言をした,()れからは,如何(どん)な事があつても,()(ママ)もしないが(のみ)もせず,()()とふ今日(きょう)迄押し通して仕舞つたさうだが,言行一致せざる世に,(おう)の如きは実に学ばれぬ事である。」と記載されています(2021頁)。田中正造は,1901年末頃には「絶対的」な禁煙を誇っていたわけです。しかしながら,その後やはり再びたばこに手を出してしまったようですから,確かに世間のみならず,田中正造にとっても言行一致は難しいものでした。

なお,前記晩年の日記によれば,田中正造の禁酒開始は59歳の時。1841年生まれの田中正造が59歳といえば,正に未成年者喫煙禁止法が成立し施行された1900年のことですから,あるいは田中正造は,同法の法案審議又は成立施行を機に隗より始めて禁煙をも試みたものかもしれません(となみに,禁酒に関係する未成年者飲酒禁止法(大正11年法律第20号)の裁可・施行は田中正造没後の1922年のことです。)。自分が絶対的に禁煙するから未成年者もたばこを吸うなと言いつつ,やっぱりまたたばこを始めてしまった田中翁でした,ということでしょうか。

 

6 2000年改正

 

(1)概要

平成12年法律第134号による2000年改正によって,未成年者喫煙禁止法3条1項の科料刑について「1円以下ノ」との文言が削られたほか(これは形式的な改正ですね。),「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者」に係る刑が2万円以下の罰金から50万円以下の罰金になり,更に両罰規定が設けられています。

 

(2)趣旨説明

平成12年法律第134号に係る法案は,第150回国会の衆議院地方行政委員会によって起草されています。当該法案の趣旨について,200011月9日,同委員会の増田敏男委員長はいわく(第150回国会衆議院地方行政委員会議録第5号1‐2頁)。

 

 近年,少年によるおやじ狩り等と称する路上強盗やひったくりの急増,覚せい剤等の薬物汚染や性の逸脱行動の拡大など,少年の非行や問題行動は深刻な社会問題となっております。

 少年非行は,平成8年から連続して悪化,深刻化の傾向を示しており,強盗,殺人などの凶悪犯の検挙人員も高水準で推移しております。

 特に,最近の少年非行は,それまでに非行を犯したことのない少年が短絡的動機から重大な非行に走る,いわゆるいきなり型非行が目立っておりますが,こうした少年の多くにおいて,重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております。

 そして,このような問題行動が,路上,駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる傾向が強いものとなっている一方,たばこや酒類を販売する業者の一部が,相手方が20歳未満であることを知り,または知り得る場合であっても必要な注意を払わずに,たばこや酒類を販売している実態があります。

 少年の喫煙,飲酒は,少年自身の問題だけではなく,社会の責任の問題でもあります。

 平成11年に未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対して酒類を提供した場合における両罰規定が導入されたところでありますが,未成年者の健全な育成を図るため,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設けるとともに,酒類の提供及びたばこ等の販売禁止違反に対する罰則を強化する必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。

 

 「おやじ狩り」防止のための法律だったのでしょうか。(しかし,さすがにこの表現は「おやじ」らにとって悔しいものですから,そのゆえでしょうか,20001127日の参議院地方行政・警察委員会における増田委員長の趣旨説明からは「おやじ狩り」の語は消えています(第150回国会参議院地方行政・警察委員会会議録第5号9頁)。)

101年前にされた未成年者喫煙禁止法案に関する議論においては,提案者の根本正代議士は,たばこについて,「若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝國人民の元気を消滅するに至る訳であります」という消極的の認識を示していたのですが,100年もたつとたばこの性質も逆転し,かえって少年の行動の「悪化,深刻化」及び「凶悪」化をもたらす積極的かつ過激な刺戟を有するものとなってしまったかのような印象を受けます。(確かに,いずれもたばこをプカプカさせるチャーチル,スターリン及びルーズヴェルト配下の精強な兵士らに敗れたこちらは両者とも潔癖な嫌煙・禁煙のファシストたるヒトラーはベルリンの地下壕内で自殺を余儀なくされ,ムッソリーニは処刑後ミラノで人民らに遺体が辱められ逆さに吊るされています。)

「重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております」というのは,それはそうなのでしょうが,正確にいえば「問題行動」たる喫煙は症状にすぎず,当該「問題行動」の原因は別にあるのではないでしょうか。症状のみ抑えたとしても,それが同時に原因の治療・解消であるわけではないでしょう。

とはいえ,満20年に至らざる者らの喫煙が相変わらず「駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる」のであれば,井上角五郎代議士,伊澤修二貴族院議員ら明治帝国議会の硬派議員団はよみがえり,根本代議士案ではまだ足りなかったわい若い者は生意気だわいと未成年者喫煙禁止法の罰則の強化に賛成したことではありましょう。

 

(3)酒類小売自由化との関係

なかなか分かりにくい増田委員長の趣旨説明だったのですが,実は,当該委員会案起草の背景には,「実は酒類の販売業の免許に関係いたしまして,それの規制緩和に当たって環境整備をする,要するに公正な取引環境を整備する,あるいは,ただいまのような社会的規制を強化する,そういうような前提条件を整える,その一環としての趣旨もあるわけでございます。」(滝実委員。前記地方行政委員会議録第5号2頁),「今回の法案につきましては,8月29日の政府・与党合意において,酒類小売業免許の規制緩和を円滑に進めるため,環境整備としてとることとされた措置の一つというふうにも承知しております。」(塚原治政府参考人(国税庁長官官房国税審議官)。同会議録5頁)というような大人の事情があったものです。酒類の小売の自由化をするに当たって自由化反対論者の反対理由の一つ(酒類の小売の自由化がされたら未成年者の飲酒が増えるおそれがある,というようなものでしょう。)をつぶすためにする未成年者飲酒禁止法の罰則強化に,未成年者喫煙禁止法もつき合わされたということでしょう。

 

7 2001年改正

未成年者喫煙禁止法に現行4条(「煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」)を挿入した平成13年法律第152号の法案も,衆議院の委員会起草に係るものでした。しかしながら,当該法案を決定した第153回国会衆議院内閣委員会の20011128日の会議においては,大畠章宏委員長からの草案の趣旨及び内容説明のみがされ,質疑答弁はされていません(第153回国会衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

大畠委員長による趣旨説明の前半は平成12年法律第134号に係る法案についての前記増田委員長による説明とほぼ同じで,結局当該草案提出の趣旨の要点は,「昨年,未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設け,さらに,たばこ等の販売及び酒類の提供禁止違反に対する罰則を強化する措置が講じられたところであります。/しかしながら,依然として,20歳未満の者に対して,たばこや酒類を販売している実態がなくならない状況にあります。/そこで,今回,未成年者の喫煙及び飲酒の防止に一層資するため,たばこの販売業者等において年齢の確認その他の必要な措置を講ずる必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。」というものにすぎませんでした(前記衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

法案に関する質疑答弁は200112月4日の参議院内閣委員会でされています。
 まず,衆議院内閣委員長代理たる元通商産業省秀才官僚の佐藤剛男衆議院議員は,「・・・「年齢ノ確認」というものを例示規定に入れているわけでございます。確認の,確認その他のと違うところがみそであります。」と答弁していますが(第
153回国会参議院内閣委員会会議録第8号2頁),難しい。うまく理解されたものであるのかどうか。これは,当該条文の「其ノ他ノ」について,「「その他」は・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁)とする法制執務上の約束ごとを踏まえた上で「其ノ他」としなかった精緻な立法であるという自賛でしょう。「満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為・・・必要ナル措置ヲ講ズルモノ」とする一方,当該「必要ナル措置」の例示として「年齢ノ確認」が示されているという意味です(例示にすぎないので,あらゆる場合に必ず年齢ノ確認をしなければならないということにはなりません。)。

「講ズルモノトス」の規範としての性格についての佐藤衆議院議員の答弁は,要するに,「・・・訓示規定という形の・・・そういうたぐいに属する範疇のものでございます。」ということのようです(前記参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

「講ズルモノトス」規定が犯罪構成要件に結びつくということはないのだねという念押し質問に対する佐藤衆議院議員の答弁は,「・・・そういうものとすぐに直結するものではございません。そういう,条文は別でございます。ということで御理解をいただきたい。」ということになっています(参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

 

8 未成年喫煙禁止法5条の「知リテ」の意味等

最後に,未成年者喫煙禁止法現行5条(「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円以下ノ罰金ニ処ス」)の犯罪構成要件における「知リテ」の解釈に関する興味深い裁判例を紹介します。

丸亀簡判平成261027日(平成25年(ろ)第2号)は当該「知リテ」は確定的認識に限られるものとはせず,「自ら喫煙するものであるかもしれないことを認識しながら,あえて・・・販売」すれば有罪となるものとしています。当該被告人が当該被販売者は「満20年ニ至ラサル者」であるものと認識していたかどうかを問題として逆転無罪判決を出した控訴審の高松高判平成27年9月15日(平成26年(う)第266号)においても,「知リテ」を確定的認識に限定しないことは問題とはされていません。

はてさて,しかし,少なくともタスポ等の導入前のたばこ自動販売機の設置者は,当該自動販売機から満20年に至らざる者が自ら喫煙するたばこを購入することが「あるかもしれないことを認識しながら,あえて」当該自動販売機を設置したのではなかったでしょうか。とはいえ,未成年者喫煙禁止法現行5条の罪の公訴時効期間は,3年であるところです(刑事訴訟法250条2項6号)。
 なお,未成年者喫煙禁止法現行5条にいう「煙草」の「自用」は,自ら「煙草ヲ喫スルコト」でしょう(同法1条)。「煙草」こと「たばこ」は,たばこ事業法(昭和59年法律第68号)2条1号において「タバコ属の植物をいう。」と定義されています。タンポポを主原料とした製造たばこ代用品(たばこ事業法38条。第101回国会衆議院大蔵委員会議録第29号35頁の小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)の答弁参照)などを20歳未満の者が喫煙しても,タンポポはキク科タンポポ属に属していてナス科タバコ属に属してはいませんから,未成年者喫煙禁止法1条違反にはならないのでしょう。ところで,「喫スル」の「喫」なのですが,『岩波国語辞典第4版』(1986年)の解義では「(口で)かむ。口からのどを通して腹の中へと入れる。くう。くらう。たべる。のむ。身に受ける。」とされています。口偏がついているから,口を使わなければならないというのでしょう。それでは,かぎ用製造たばこ(たばこ事業法2条3号参照)をかぐことは,「煙草ヲ喫スルコト」にならないのかどうか,悩ましいところです。しかし,喫煙用製造たばこに火をつけて,口でくわえずに鼻孔に差し込んで吸ったらどうなるのか,さすがにこれを喫煙にならないというのはなかなか辛いところです。「嗅」の字の部首は鼻ではなくて口偏だから,鼻のみを使っても口偏の「喫」に含まれるものであるのかどうか。とはいえ,学生時代知人であった某歯科大学生が酔っ払い宴会での持ち芸にしていた「ホタル」においては,点火された喫煙用製造たばこが用いられた箇所は口は口でも出口の方でしたから,「煙草ヲ喫スルコト」にはならない・・・と思います

 かつて住んでいた集合住宅で,夜間ないしは早朝の人気(ひとけ)あるべくもない時刻に階段を上って又は下ってつと曲がると,薄明りの中で人目を忍び,かつ,(いと)しげにたばこを吸いいる近くの住人にばったり鉢合わせしてドッキリびっくりさせられたことが何度かありました。ヴェランダ(ほたる)族も昔の話。自らが夫であり父である家族の住むアパートメントの室内はおろかヴェランダでの喫煙すらも許されず(洗濯物等にたばこの臭いがうつることが当然許されないのでしょう。),とうとう廊下ないしは階段に流謫の身をかこつこととはなった可哀想なニコチン好きの(わび)しい姿でありました。

 たばこは東洋における文明と強兵との(さきがけ)たる我が日本帝国人民の元気の敵なりと,国を愛し国を憂うる議員諸賢の怒号する帝国議会の協賛を得,明治大帝の裁可を得たる未成年者喫煙禁止法(明治33年法律第33号)が施行せられて117回目の春,同法に関して不図(ふと)調査の思いを発し,いささか調べ得たことを文字にしてはみたのですが,以下思わず長いものとなりました。

 

1 法文及び若干の註

 

朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル未成年者喫煙禁止法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 

  御 名  御 璽

 

     明治33年3月6日(官報3月7日)

          内閣総理大臣 侯爵山縣有朋

          内務大臣 侯爵西郷從道

法律第33

未成年者喫煙禁止法

第1条 20年ニ至ラサル者(1)②ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス

第2条 前条ニ違反シタル者アルトキハ行政ノ処分ヲ以テ喫煙ノ為ニ所持スル煙草及器具ヲ没収ス

第3条 未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者情ヲ知リテ其ノ喫煙ヲ制止セサルトキハ(2)④科料ニ処ス 

 親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者亦前項ニ依リテ処断ス

第4条 煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス(3)

第5条(4) 20年ニ至ラサル者(1)⑤ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円(5)⑥以下ノ罰金ニ処ス

第6条(4) 法人ノ代表者又ハ法人若ハ人ノ代理人,使用人其ノ他ノ従業者ガ其ノ法人又ハ人ノ業務ニ関シ前条ノ違反行為ヲ為シタルトキハ行為者ヲ罰スルノ外其ノ法人又ハ人ニ対シ同条ノ刑ヲ科ス(6)

   附 則

本法ハ明治33年4月1日ヨリ之ヲ施行ス

 

条文中の(1)から(6)までの註は,1900年3月6日に明治天皇の裁可により成立(大日本帝国憲法5条・6条)した時の未成年者喫煙禁止法の原始規定と現行規定との相違に係るものです。(また,①から⑥までの註は,後記のとおり,第14回帝国議会の衆議院に茨城県選出の根本(しょう)衆議院議員らが提出した当初の法案に係るものです。

註(1)の部分は,立法時の原始規定では「未成年者」でした。昭和22年法律第223号(「民法の改正に伴う関係法律の整理に関する法律」は件名)23条により,1948年1月1日から改められています(同法29条参照)。現在,民法753条は「未成年者が婚姻をしたときは,これによって成年に達したものとみなす。」と規定していますが,これは昭和22年法律第222号による新しい規定で,同法による改正前の民「法は,一方,未成年者は親権または後見に服し,婚姻をしてもこの状態は変わらないものとするとともに,他方,妻は無能力者として夫の支配の下に立つものとし」ていたところです(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)93頁)。「公職選挙法,未成年者喫煙禁止法,未成年者飲酒禁止法などの適用では,依然として未成年者とされることはいうまでもない。」とされていますが(我妻95頁註(4)),解釈論以前に,昭和22年法律第223号によって法律の条文自体に改正が加えられていたわけです。

註(2)の部分に,原始規定では「1円以下ノ」が入っていました。なお,1900年当時施行されていた旧刑法(明治13年太政官布告第36号)29条には「科料ハ5銭以上1円95銭以下ト為シ仍ホ各本条ニ於テ其多寡ヲ区別ス」と規定されていました。「1円以下ノ」は,平成1212月1日法律第134号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20001231日から削られています(同法附則参照)。当該改正より前において「科料は,1000円以上1万円未満とする。」と規定する刑法17条との折り合いは,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項によって,額の定めのない科料ということにされていてついていたものです。

註(3)の条項(現行4条の規定)は,原始規定にはありませんでした。平成131212日法律第152号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20011212日から現行4条が加えられたものです(同法附則1項参照)。

註(4)に係る「第5条」及び「第6条」は,原始規定にはありませんでした。未成年者喫煙禁止法の原始規定では,現行5条が第4条であり,かつ,同法は第4条までしかありませんでした。上記平成13年法律第152号1条により,当時の第4条及び第5条がそれぞれ新しい第5条及び第6条に,20011212日から移されています。

註(5)の部分は,原始規定では「10円」でした。罰金刑なので,旧刑法上の軽罪です(同法8条3号)。190810月1日施行の現行刑法15条本文では当初「罰金ハ20円以上トス」とされていたので10円以下の罰金規定が存続し得たかどうかというと,平成3年法律第31号による改正以前の刑法施行法(明治41年法律第29号)20条は「他ノ法律ニ定メタル刑ニ付テハ其期間又ハ金額ヲ変更セス但他ノ法律中特ニ期間又ハ金額ヲ定メサル刑ニ付テハ仍ホ旧刑法総則中期間又ハ金額ニ関スル規定ニ従フ」と規定していました。しかし,罰金等臨時措置法の旧4条1項本文により,科刑上,1949年2月1日からは(同法附則1項参照),未成年者喫煙禁止法の「10円以下ノ罰金」は2000円以下の罰金ということになりました。1972年7月1日からは8000円以下の罰金となり(昭和41年法律第61号),平成3年法律第31号による改正により1991年5月7日からは2万円以下の罰金となっています(罰金等臨時措置法2条1項本文)。最終的には前記平成12年法律第134号1条によって,20001231日から,未成年者喫煙禁止法自身の条文において「10円以下ノ罰金」が「50万円以下ノ罰金」に改められています。

註(6)の条項(現行6条の規定)は,両罰規定ですが,原始規定にはありませんでした。前記平成12年法律第134号1条によって20001231日から,当初は「第5条」として加えられたものです。

未成年者喫煙禁止法は,議員立法でした(大日本帝国憲法38条後段)。189912月6日付けで衆議院に根本正代議士外4名によって提出された法案の当初の題名は「幼者喫煙禁止法」で,第1条冒頭は「18歳未満ノ幼者」とされ(現在であれば「幼者」ではなく「児童」との語が用いられたでしょう(児童福祉法(昭和22年法律第164号)4条1項等参照)。),喫煙制止義務者は「第1条ノ幼者ヲ監督スル責任アル者」であって,第3条に第2項はなく,科料の額は「10銭以上1円以下」,たばこ又は器具を売ってはならない相手は「第1条ノ幼者」であり,罰金の額は「2円以上10円以下」とされていました。

 

2 根本正衆議院議員の法案提出趣旨

18991212日の衆議院本会議における根本正代議士による堂々の法案趣旨説明は次のとおりでした(第14回帝国議会衆議院議事速記録第7号83頁。なお,原文は片仮名書き)。

 

 諸君,茲に本員等が喫煙禁止法案を提出致しました理由を極簡短に述べます,此法案は近来小学校の子供が輸入の巻煙草を吸ふ者が日々増加しまして,此儘に棄置きましたならば我帝国人民をして,或は支那の今日に於ける有様,又遂に印度の如き結果を見ねばならぬと大に憂ふる所であります,それはどう云ふ訳であるかと申しまするなれば,此煙草と云ふものは阿片の如く「ナコチック」及「ニコチン」を含有するものでありまして,若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝国人民の元気を消滅するに至る訳であります,それ故に此子供が煙草を喫むと云ふことは,国是として廃さねばならぬことでございます,此事と云ふものは実に文明の各国に於て行れる法律であります,既に独逸に於ては16歳以下の子供に煙草を喫ませませぬです,それはどう云ふ訳であるかと云ひますると,唯今申上げたる訳で,第一軍人たるに不適当たらしむる故であります,又亜米利加の一新報を見ますれば,西班牙と亜米利加が戦争をしました時分に各地方から兵卒を呼びまして,其内取除けられた青年があります,其取除けられた青年の100人の中90人は幼少より煙草を喫んだものであると云ふことが書いてあります,加之(しかのみ)ならず現に東京に駐在する所の米国特命全権公使「バック」君の御話を聴きました所が,先生が生れた故郷なるヴォルヂニア州と云ふ所は,諸君が御承知の通,煙草を製造して外国に輸(ママ)する大なる一煙草国であります,然れども20歳以上の人には害は少いが,18歳以下の人には宜しくないものであると云ふて,ヴォルヂニア州では18歳以下の子供には,一切煙草を売ることを法律を以て禁じてあると云ふことを,実に此公使より私が承った所であります,独りヴォルヂニア州のみならず,紐育(ニューヨーク)州でも通である,紐育州では1889年,即ち今を距ること10年前に此法律を施行致しました,又アイオ()州でも其通であります,斯の如き好き例が沢山ありますからして,此等のことは詳しく御話しませぬけれども,実に(いやしく)も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼(ママ)者あり)唯一言を御話します,1891年に亜米利加の「エール」大学校に於て,生徒が147人の一組の生徒があります,此4年間の結果を調べて見ました所が煙草を喫む人が70人あって,禁煙した者が77人あります,それで色調べて見ました所が,丈の高さが煙草を喫まない人は2割4分高くなって居る,又胸の囲りを計って見ますれば,2割6分7厘広くなって居ったと云ふことであります,殊更に肺に関係したことは(おびただ)しいものであって,7割7分5厘程のものになって居る,其他ボルマント州の如きは,小学校に於て教師と生徒と共に禁じてあります,又米国ウヱスト,ポエント陸軍兵学校に於ても禁じてある,又アナポリス海軍兵学校に於ても禁じてある,実に此法律は日本をして東洋に於て欧米列国に優る所の国にするならば,他日此国の父母と為る小学校の生徒に煙草を喫ませると云ふことはありませぬです,どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば,支那や印度の真似をせずに,どうか此文明国の法律を御採用あらんことを希望します

 

たばこを吸うと(から)天竺(てんじく)の人のようになっちゃうぞ,ということだったようです。無論,大昔の孔子も釈迦もたばこは吸っていなかったはずですから,米国留学経験者たる根本代議士とても儒教・仏教の排斥までは考えてはいなかったのでしょう。19世紀末の興隆する大日本帝国の臣民の眼から見ると,唐・天竺は衰亡文明の代名詞のようなものだったごとし。しかし,21世紀の今日,新興経済大国たる中華人民共和国及びインドの両国民から見ると,むしろ我が日本国こそが停滞ないしは衰退の中に恍惚とした活力のない過去の経済大国として印象されているようにも懸念されます。たばこさえ吸えば中華人民共和国経済及びインド経済のごとき活力を我が日本経済も取り戻すというのならば,日本国民こぞって煙突のごとくたばこを猛然と吸ってみるということもあり得るでしょうか。しかし,税収面での貢献はともかくも(国の平成28年度予算案に係る財務省資料を見ると,2016年度におけるたばこ税徴収概算額は9230億円でした。),経済政策としては相手にされないでしょう。

「どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば」,随分先のことを考えて子供の心配もよいのですが,今の大人が現下のそれぞれの課題に自ら全力で取り組み,立派な仕事をして来るべき世代にまず範を示し置くべきことも重要であるようにも思われます。

それはともかくとして,まずは強兵論なのでしょう。カイゼルのドイツでは,子供が軍人として不適当とならぬように16歳以下の子供にはたばこを吸わせない,米国の陸軍士官学校及び海軍兵学校はいずれも生徒にたばこを吸わせない,たばこを吸わない方が身体が強健になる(「エール」大学校の統計の数字の意味は根本代議士の説明の速記からは分かりにくいのですが,189912月6日に衆議院に提出された法案に付された理由(『衆議院議員根本正第十四回帝国議会報告』(根本正・1900年)1011頁参照)においては「禁煙者77人は喫煙者70人に勝ること重量2割4分・・・の増加」ということで,「2割4分」背が高いのではなく,体重が「2割4分」より増えているということだったようです。とすると,胸囲のみならず腹囲も非喫煙者の方が増加が大きかったのでしょうか。また,「肺に関係したこと」とは「肺量」であって,「肺量」が「禁煙者は喫煙者よりも平均多量なること7割7分5厘なり」ということだったそうです。),たばこを吸うと現役として兵役に服さないようになってしまうぞ(ただし,1898年の米西戦争の際の米軍兵士が全員非喫煙者であったわけではないでしょうし,むしろ喫煙者の方が兵士中の多数者だったかもしれません。上記衆議院提出の法案理由では「米西戦争に於て軍医の為に兵役より排斥せられたる青年の100分の90は喫煙の悪結果に基くと云ふ」ということではありました。なお,当該法案理由には,「「バック」君の言に「ヴヲルジニア」州及「アイオワ」州の如く18歳以下の者に対し煙草販売禁止法を施行せる各州の少年を喫煙する他州に比するに徴兵検査の成蹟頗る良結果を呈せりと云ふ」ともありました。)その他云々。

Peaceというたばこの銘柄がありますが,そこでの平和(ピース)は,健全な愛国的兵士像に背を向けた兵役忌避者的平和ということでしょうか。民族間闘争の世界に喜々として飛び込む,溢るる健康はそこにはないのでしょう。

ところで,「実に苟も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼ふ者あり)」というくだりはどうでしょうか(このくだりは,衆議院提出の法案理由には書かれてありません。)。「苟も国庫の補助を受けて居る」のは19世紀末の当時は学校の生徒だけだったのかもしれませんが,現在の我が福祉国家においては,「国庫の補助を受けて居る」者は数多く,特別視して直ちに特に厳重な生活規制の対象とするわけにもいかないでしょう。結局は,学生の本分として「煙草を喫むと云ふことは実に宜しくない」ということに話は収斂し,しからば当該「学生の本分」は何かということになれば,良き貔貅(ひきゅう)たれ,ということになるのでしょう。しかし,ユーラシアの残酷を離れての太古からの平和国家たる我が国の代議士諸賢が, そこまで徹底したスパルタ的軍国主義者だったと考えてよいものかどうか。単に,学生のくせに偉そうにたばこなんか吸いやがって生意気だ,行儀が悪い,ということだったのかもしれません。
 

3 第14回帝国議会貴族院における議論

 

(1)未成年者喫煙禁止法案反対論

14回帝国議会の審議においては,貴族院本会議における未成年者喫煙禁止法案(衆議院から貴族院に18991219日付けで提出された法案における題名。なお,衆議院からの提出の際には,法案は成立時の原始規定と同じ形になっていました。)に対する反対意見及びそれをめぐる議論(1900年2月19日)が,まず興味深いところです。

 

ア 二条基弘委員長報告

実は,貴族院の未成年者喫煙禁止法案特別委員会においては,未成年者喫煙禁止法案は否決されていました。未成年者喫煙禁止法案特別委員長の二条基弘公爵(後光厳天皇を擁立したあの二条良基http://donttreadonme.blog.jp/archives/1003236277.htmlの子孫ですね。)が1900年2月19日の貴族院本会議で報告するには,「先づ此条文を皆読みました所が,中に之を解釈するにもむづかしい話で,実際今日の有様に於て此案の通りに,此案を出して十分に取締が出来るかと云ふことは甚だ疑はしい話で,到底是はむづかしいことであらう」,「若し此法のやうなことにしますれば子供が煙草を持って歩いた所がそれが果して自分が喫むのか否やは中管理者の分ることではありますまい,又果して聞いた所が(いつわ)って是はさうでないと言へばそれまでの話で,即ち認定問題に移って来ることでありますから,即ち到底其成績を顕すことはむづかしいことである,「然るに此未成年者ばかりの喫煙を禁ずると云ふことは主意に於ては誰も皆賛成をして居るので,さりながら此事柄は法律を以て制裁を加ふべきものであるや否やと云ふ所に於きましては(いず)も皆法律を以てやるべきものではあるまい,是は必ず学校とか又は即ち家庭教育の父兄たる者の責任に於てやるべきことが至当のことであらう」,「若し是は大体の目的として衛生上に害があると云ふやうなことになればまだ是よりも他に非常に害になるものもありまする,それを止めずして単に之を止むると云ふことは行くまい」,「若しもそれが行政命令〔文部省令〕で出来ると云ふやうなことになれば斯様なる法律を今出してやるのは甚だ宜しくないからして,是は行政命令の方に任せた方が宜しからうと云ふので,是は政府の方で断然其手続をやって貰ひたいと云ふ精神からして,委員会に於きまして是は否決になった訳であります」というようなことでありました(第14回帝国議会貴族院議事速記録第28639頁。原文は片仮名書き。なお,国立国会図書館のウェッブ・サイトを見ても貴族院未成年者喫煙禁止法案特別委員会の速記録はないようです。)。取締りの実効性の問題のほか,親権の行使ないしは学校教育に係る文部省令等で対応すべきであって法律を用いるまでもないこと,及びより有害ではあるが禁止されていない物がたばこのほかにあることとの衡量論が否決の理由とされているということでしょう。

 

イ 『学問のすゝめ』の小幡篤次郎

かつて福沢諭吉の『学問のすめ』初篇に共著者として名を連ねていた小幡篤次郎議員は,未成年者喫煙禁止法案特別委員会の法案否決論に賛成でした。いわく,「・・・如何にも煙草を未成年者が呑むと云ふは宜しくないと云ふことは勿論(もちろん)御同意でございますが,之を親の権柄で禁ずることは当り前で,それを親の権柄が通らない為に政府の力を借りて止める(など)と云ふことは甚だどうも教育上の主義を得ない,又今一つは之を制しまするには巡査の力を借らなくてはならぬ,子供が途中で巡査に(とが)られて煙草を取上げられる抔と云ふことは煙草を呑むよりも一層恥づべきことと思ふ,是は否決すべきものと思ひます」と(前記貴族院議事速記録第28641頁)。家庭内でしつけるべきことについてまで,法が家に入ってはならぬということでしょう。

 

(2)未成年者喫煙禁止法案賛成論

 

ア 後の文部大臣たる久保田譲

しかし,我が国の為政者は,我が人民の自主的しつけ力・自律力には悲観的です。後に文部大臣となる久保田譲議員はいわく。

 

・・・私は此事は衛生上の関係よりも(むし)ろ青年風紀を維持する上から本案の成立することを希望致します,成る程特別委員長の申されましたやうに斯の如きことは社会の制裁並に家庭の取締等が能く届いてある国であるならば必ず法律を以て制定するには及びますまい,小さい小学の子供抔が一家の内で煙草を吸ったり或は往来で煙草を吸ふやうなことは文明の諸国では其例を見ない所である,それで父兄なり家庭なりで能く是等の教訓が届いて取締の届くことであれば決して法律抔の世話になることはありますまい,(しかし)ながら我国に於ては家庭の有様がなかなかさう云ふ訳には参りませぬ,中以上の所では或は制裁もあるか知りませぬが,中以下の家庭に於てはなかなか左様なことは一向頓著をして居らぬ,それ故に小学校の子供が十や十二三の子供が往来を煙草を(くわ)へて歩いて居ると云ふのは如何にも一国の風紀を(みだ)る,それから一見して其国民の遊惰なることを知らる有様であります,誠に慨歎に堪へぬのであります・・・若し又之を今日此処(ここ)で断じて否決をしたならば其影響は如何でありませう,斯の如きことは帝国議会に於ては必要を認めぬと云ふことになる,さうすると其反動は益〻斯の如き風儀の悪いことが盛に行はるやうになりますから最も恐るべきことである・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

イ 「鬼門」村田保と慶安御触書

フランス人ボアソナードらの旧民法は「倫常を紊」り,「慣習に(もと)る」と主張した執拗で徹底的な法典延期論者にして,「性格が執拗,偏狭」,「貴族院における「鬼門」」たる村田保議員(大久保泰甫『ボアソナアド』(岩波新書・1998年)178頁,163164頁参照)も,未成年者喫煙禁止法案に賛成でした。しかし,法案に対する賛成意見を述べる際の村田議員の口吻からは,旧民法人事編を排してせっかく制定された明治31年法律第9号の民法第4編に規定された親権は必ずしも強いものではないものと認識していたことが窺われます。

 

・・・未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者ガ情ヲ知ッテ制シナイトキハ科料ニ処スとあります,若し此法案がなければ自分の子が煙草を呑んで居っても止めることは出来ない,御同様に同じことである,所が此法案が出来れば未成年者は煙草を呑むことが出来ぬと云ふことが出来る,さうして若し幼年者が煙草呑んだらば親が罰されると云ふことになるから,子として自分の親が罰せらると云ふことになれば子たる者はどうしても呑むことは出来まいと思ひます・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

 親権者たる明治の親父(民法旧877条によれば親権者は原則その子の家に在る父)も,監護ないしは教育の方針に係る親権者たる自己の権威のみをもってしては子に対して「こらっ,子供のくせにたばこなんか吸うんじゃない。」と言えず,「何だよぉ,オヤジィ,自分がたばこ吸っているくせに勝手なこと言うなよぉ。」と反論(「御同様に同じことである」)をされればたちまち腰砕けになっていたということのようです。そうであれば,村田議員の認識は甘い。そもそも親権者の権威に服さぬ反抗的な子は,「あのぉ,たばこを吸われちゃうと,私が警察に科料1円を取られちゃうんで,止めてくれませんでしょうか・・・」と父親におずおずと言われても,かえって,「ハァ,このオヤジ,何言ってんの?わけわかんねー。1円払えばいいじゃん,うぜぇなぁ,払えよォ。」とあきれて笑い,たばこの煙を吹きかけるだけでしょう。(ちなみに,警察が科料を支払わせることについては,1900年当時は,違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)により,違警罪たる科料の罪(旧刑法9条2号)については警察署長若しくは分署長又はその代理たる官吏が即決することができ(同例1条),必要なときは科料を仮納させることができたところです(同例8条,9条)。即決の言渡しに対しては,正式の裁判を請求できることとなってはいました(同例3条)。)

 なお,村田議員にとっての未成年者が喫煙することに伴う弊害は,「内証で煙草を呑んで之が為に金を費すことが非常である,それのみならず学校の生徒は煙草の為にまるで学費を費したと云ふことを聞いて居る,それで随分此弊害と云ふものは恐ろしいものである」ということで(前記貴族院議事速記録第28640頁),実は子供によるお小遣いの無駄遣いでした。

 「中以下の家庭」の「遊惰」なる人民に対しては,徳川幕府がその百姓らに対してしたように,明治国家が自ら細かく生活に介入して啓蒙せざるを得ず,かつ,たばこはそもそも代物(だいもつ)(代金)多く()不経済なものでありました。

 

 一 たは(たば)()のみ申間敷(もうすまじく)(そうろう),是ハ食にも不成(ならず),結句以来(わずらい)(なる)ものに候,其上(ひま)もかけ代物(だいもつ)(ママ),火の用心も(あしく)候,万事ニ損成ものニ候事(慶安御触書)

 

後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1056356752.html

1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



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 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

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1 1999年の児ポ法制定時にさかのぼる

 我が児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。「児ポ法」)が,その第2条3項3号においていわゆる三号ポルノを「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」と定義して,当該三号ポルノをも児童ポルノとして規制するに至った理由については,やはり,1999年の第145回国会における児ポ法法案の審議模様にまでさかのぼって調べる必要があるように思いました。以下は当該審議模様に係る議事録を調べた結果のあらましです。無論,先行研究もあるのですが,やはり自分で原典に当たらないままでは,たとい詰まらないことであっても,もっともらしい顔をして語ってはいけないものでしょう。また,これは人によるのでしょうが,抽象化された命題を抽象的に取り扱うよりも,その根の部分における,必ずしもきれいに割り切れてはいない人間的なやり取りを再確認する方が,法学方法論としても興味深く感じられるところです。

(なお,以下の議事録の略称は,参8・○は第145回国会参議院法務委員会会議録第8号(1999427日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,衆10・○は同国会衆議院法務委員会議録第10号(同年511日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,衆11・○は同会議録第11号(同月12日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,及び衆12・○は同会議録第12号(同月14日の同委員会の議事を記録)○頁の意味です。)

 児ポ法成立当初の同法2条3項3号は,次のとおり。

 

 3 この法律において「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。

   〔第1号及び第2号省略〕

  三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの

 

 児ポ法は,議員立法でした。(ちなみに,議事録の登場人物には弁護士議員が多かったです。)

 1999年4月27日の参議院法務委員会において,児ポ法法案の発議者の一人である林芳正参議院議員(法務委員ではない。)が同法案の趣旨説明を行いましたが,その中には次のような部分があります。

 

 平成6年に批准されました児童の権利に関する条約では,児童はあらゆる形態の性的搾取及び性的虐待から保護されることが定められております。(参81。衆101の清水嘉与子参議院議員説明。また,参88の林議員,参82の円より子委員答弁)

 

 ・・・児童の性的な姿態を描写した写真等であって諸外国において児童ポルノとして取り締まられているものすべてが刑法上のわいせつ図画に該当するものではないのが現状であります。(参81。衆101の清水(嘉)参議院議員説明)

 

 児童の権利に関する条約(平成6年条約第2号)の第34条の英文は,次のとおりです。

 

  Article 34

States Parties undertake to protect the child from all forms of sexual exploitation and sexual abuse. For these purposes, States Parties shall in particular take all appropriate national, bilateral and multilateral measures to prevent:

  (a) The inducement or coercion of a child to engage in any unlawful sexual activity;

  (b) The exploitative use of children in prostitution or other unlawful sexual practices;

  (c) The exploitative use of children in pornographic performances and materials.

 

  児童の権利に関する条約34(c)は「わいせつな演技及び物」と訳されていますが,ここの「わいせつ」は,実は“pornographic”でしたね。(また,exploitativeという修飾語がついています。)

「わいせつ図画の規制は,性的な秩序,道徳,風俗の維持をその目的としておりまして,児童の権利の擁護に資することを目的とするものではありませんので,わいせつ図画に当たらない児童ポルノもあると考えられます。そこで処罰の対象となる範囲も異なります。」(参82円委員答弁。また,参86の大森礼子議員(法務委員でない。)答弁,衆1227林(芳)参議院議員答弁)ということですから,児童ポルノの方がわいせつ図画よりも範囲が広いようです。かつ,「処罰対象となる行為をより具体的に表現すべく,淫行,わいせつ概念を使用せず,最大限の努力をいたしました。」とされています(参82円委員答弁)。

 

2 「児童を性欲の対象としてとらえる風潮」の矯正

 しかし,児童ポルノに係る行為を処罰の対象とする理由は,必ずしも専ら児童の権利の擁護ばかりではないようです。悪しき風潮の矯正も意図されているようです。

 

 ・・・性交または性交類似行為に係る児童の姿態等を描写したもの,これが児童ポルノでございますが,その児童ポルノを製造,頒布する行為は,その児童ポルノに描写された児童の心身に長期にわたって有害な影響を与え続けます。また,このような行為が社会に広がるときには,児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに,身体及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長にこれもまた重要な影響を与えるものと思われます。(参83円委員答弁。また,衆127-8,衆1211,衆1213,衆1216同議員答弁,参85,衆1227林議員答弁,参86,衆125の大森議員答弁)

 

 ただし,刑罰法規の部分については,1999年5月12日の衆議院法務委員会において,「こういう理解でよろしいでしょうか。つまり,刑罰法規の部分については,まさに内心の問題ではなくて,実際の侵害の行動を処罰するものだ。これは間違いない。ただ,そういったことの結果として,刑罰法規とは違った意味の部分のところで,そうした風潮を抑止するという効果もある。それも目的に入っている。ただ,あくまでも刑罰法規は行動についてのものである,こういう理解でよろしいですね。」との「理解」が枝野幸男委員から提示され,これについて発議者(円参議院議員)が「はい,枝野先生の御指摘のとおりでございます。」と答弁しています(衆112)。

いずれにせよ,18歳未満の者に対する性欲自体を望ましからぬものとして法は評価しているということになるようです。

この点に関しては,衆議院の日野市朗法務委員が,同月14日,いわゆる援助交際の児童買春性に関してですが,次のような感想を述べています。

 

  よくわからないのですが,そうすると,性行為そのもの,これは悪なんですかな。いや,金を払えば悪になる,こういうわけでしょう。ただし,児童全体が,18歳以下であれば,当然それは被害者であるという前提に立っているわけですね,この法律は。(衆1218

 

 これに対して,発議者は,児童の未熟性に対するpaternalismないしはmaternalismというより高次の理念に立っていたようでした。また,男性優位的な発想での性欲の誇示は無用のものとされています。

 

  援助交際についてはさまざまな意見があることは承知しております。ただ,いわゆる援助交際について悪とか善とかの発想に立っているわけではなくて,性的な虐待や性的搾取が子供たちの人権侵害になるということを,その子供たち自身も今の世の中でわかっていない部分もあると思います。

  ・・・本当に日本のカップルは性的な話し合いもできなければ,豊かな性的関係を持てない方々が多くて,その中から,自分よりも劣った,おとなしい,何も自己主張をしない子供たちをお金で買うというようなケースが多々ございました。そうした,今回の児童に対する性的搾取や性的虐待,それを対償をもってするという中には,どうも性差別的な発想や,また人種差別的な発想,そして性欲を誇示することが男らしいというような社会通念等まであるような感じもいたします。

  ・・・子供たちの人権というものを考えるときに,性的な人権,自己主張,そういったものがしっかりできるようになるには,ただ体の肉体的な発達があってもできない子供たちも大変多いところから,今回の法案はそうした大人の側こそ範を示すべきであるということもありまして,18歳未満の子供たちに対してはこういった法案をつくったわけでございまして,いわゆる援助交際もその中に,法に関する限りは入るものと考えております。(衆1218の円参議院議員答弁)

 

3 三号ポルノと発議者・大森参議院議員の答弁

 

(1)三号ポルノの概要

 三号ポルノについては,大森参議院議員が発議者として答弁しています。

 

  3号に当たります児童ポルノ,いわゆる三号ポルノという言い方をしますが,これは「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した」「写真,ビデオテープその他の物」をいいます。

  具体的な例としましては,全裸または半裸の児童に扇情的なポーズをとらせた姿態を描写した写真等が考えられ,これが性欲を興奮させまたは刺激する姿態であることが視覚により認識することができるものであれば,児童の性器等が描写されておらず,またはその部分にぼかしが施されているものであったとしてもこの児童ポルノに当たることになります。(参84

 

(2)児童の実在性要件と合成写真問題

なお,児童ポルノであるためには,そこにおける児童は実在しているものでなければならないという要件が更にあって,これについていろいろ議論がありました。顔と身体とが別の児童の合成写真はどうなるのだ,というようなことが質疑者と大森参議院議員との間で問題とされたものです。

合成写真問題に関する松尾邦弘政府委員(法務省刑事局長)の岡目八目的な認識は次のとおり。

 

 ・・・発議者の方〔大森参議院議員〕は,顔はある有名な少女にいたしましょうか,その写真である,下がその少女のものとは違う写真がつけられている,あるいはこれに,写真に非常に酷似した,写真と見まがうような模写でもいいかと思いますが,そういったものであれば,体の方もやはりその児童の姿態というふうに大部分が見られるならば,発議者の方もこれは〔顔写真が使われた実在の児童に係る児童ポルノに〕当たると言っているわけでございます。

 ですから,顔がありまして,下が全く児童の姿態と見られないような,そういうものがくっついているような場合にはそれは難しいかと思いますが,全体として発議者のおっしゃっているのは,下半身についても児童の姿態というふうに見られるのであれば,それは〔下半身の写真が使われた児童に係る児童ポルノに〕当たり得るというふうに先ほどお答えになったように思いますので,木島〔日出夫〕先生のお尋ねと,結論の部分においては,余り差がないものというふうに私は理解しています。(衆1229

 

(3)「衣服の全部又は一部を着けない」要件

衣服の全部又は一部を着けない」というのは,状態をいうものであって行為をいうものではないとされています(衆115の大森参議院議員答弁)。また,前記の大森参議院議員答弁にいう「全裸または半裸」については,「この用語につきましては,今枝野先生がおっしゃったように,いわゆる風営法の第2条第6項第3号「衣服を脱いだ人の姿態」という言葉について,警察庁の解釈基準で「全裸又は半裸等社会通念上」「人が着用しているべき衣服を脱いだ人の姿態をいう。」とされていることもありまして,これを念頭に置いて答弁したものでございます。」と説明されています(衆116の大森参議院議員答弁)。

 

(4)要件としての「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の広汎性

二号及び三号ポルノの「性欲を興奮させ又は刺激するもの」との規定と刑法のわいせつ物頒布罪等におけるわいせつ概念との関係について,大森議員は端的かつ断乎たる答弁をしています。刑法のわいせつ概念における余計な限定は取り払われています。

 

  いわゆる二号ポルノ,三号ポルノには「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という文言がございます。この文言と刑法上のわいせつとはどう異なるかという御質問ですが,刑法175条のわいせつ物頒布等の罪に書かれてありますわいせつの意義につきましては,最高裁の判例がございまして,いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するものをいうとする判断が出ております。

  これに対しまして,この法案におきましては,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」とされていることから,児童ポルノについては刑法のわいせつに該当しないものも含み得ることになります。もう少し詳しく言いますと,最高裁の判例,昭和26年5月10日,「いたずらに」それから「普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」,これをこちらの法案では要求しておりません。

  これにつきましては,児童ポルノの性質上,まず「いたずらに」については,これは過度にという意味ですけれども,これを要しないとしております。それから,「普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」であるかどうかについて論ずるまでもなく規制すべきである,こういう趣旨であります。(参85。また,衆129

 

「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態」であって少しでも性欲を刺激するものでさえあれば,たとい普通人の正常な性的羞恥心を害さず,かつ,善良な性的道義観念に反するものでなくとも,三号ポルノとして取り締まられるのだということのようです。ただし,ここで興奮させられ又は刺激される性欲は誰のものかといえば,「通常,構成要件に規定してありますことは,一般通常人というものを基準としております。」とされてはいるところです(衆116の大森参議院議員答弁)。

 

(5)具体的事例への当てはめ

 

ア 確答回避と捜査機関等への信頼

と一応の説明はされたとはいえ,具体的事例に係る判断に当たっては,発議者の一員たる大森議員もなかなか慎重で,警察及び検察,最終的には裁判所に下駄を預けたような答弁がされています。

 

 まず,一般論としてでありますが,あるものが児童ポルノに当たるか否か,これは個別具体的な事例ごとにこの法案の要件に該当するか否かを総合的に判断することになりますので,こういう一般的な事例について確定的に答えることは困難でありますし,するべきことでもないだろうと思っております。

 今,中村〔敦夫〕委員から御指摘がありました,川辺などで児童が裸で楽しそうに遊んでいる,この場面を聞いたときに,お互い頭の中で想像している場面というのが違うかもしれません。例えば,川辺で2歳か3歳ぐらいの男の子が裸で遊んでいるそばでお母さんが楽しそうに見守っているとか,こういういわゆる和やかな川遊びの場面もあると思いますし,あるいは川辺で,児童といいましても18歳未満を児童といいますから,では17歳の女性だったらどうかとか,こういう問題が起きます。

 それで,どのように判断するかということにつきましてはいわゆる構成要件の問題になるわけですけれども,児童の姿態がどのようなものであるかによって判断されることになります。今おっしゃったのは,少なくとも一号ポルノ以外の事例だと思いますので,その場合には,一般人から見まして「性欲を興奮させ又は刺激する」と言えるかどうかという,この基準によって判断するとしかちょっとお答えのしようがございません。(参89

 

 今,中村委員がおっしゃったことは,確かに芸術的表現の自由との関係の問題だと思います。

 それから,構図等も大事である,こういうお話がございましたけれども,これは2号,3号につきましては,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」とありますので,確かに構図とか場面とか周囲の状況とか姿態とか,こういうことを総合的に判断して,この要件に該当するかどうかということを判断することになると思います。

 ・・・やはり犯罪ありと思料して捜査する場合には,その構成要件該当性については私どもは警察とか検察庁が十分吟味して慎重に取り扱うものと思っておりまして,本来ポルノに当たらないものを警察及び検察が当たると判断するということは考えていないところでございますが,そこのところで争いがあった場合,最終的にだれがその犯罪構成要件に当たるかどうかを決めるのかというと,最終的判断は裁判所という言い方になると思います。(参89

 

イ としまえん水着の安全性

それでも,水着については,「いわゆる通常の,普通の,としまえんのプールあたりでみんなが着ているような水着」の姿態が児童ポルノには「一般的には当たらない」かどうかが衆議院法務委員会の枝野委員によってなおも追及されています。わざわざ「としまえんのプールあたり」との限定が付いていますから,刺激的ではない,むしろ野暮ったい水着なのでしょう。さすがにこれに対しては,大森参議院議員も次のように答弁せざるを得ませんでした。

 

としまえんのプールの水着ですか。(枝野委員「などで着ているような」と呼ぶ)〔児童ポルノに〕ならないと思います。(衆115

 

ウ 下着,入浴,3歳児

しかし,下着姿や入浴の場面となると難しくなります。

大森参議院議員は,下着姿については「あくまで個別具体的な事例に基づきまして,この法案の要件に該当するか否か総合的に判断されるべきもの」として確答を避けています(衆115)。

入浴の場面については,「子供がおふろに入っている姿を見て通常,一般人は性欲を興奮させ,刺激するというところまで至らないと思いますので,そういうところから〔児童ポルノに〕当たらない場合が多いのではないかというふうにお答えできると思います。」と答弁しています(衆115)。

とはいえ,その少し後に大森参議院議員は,次のように付け足します。

 

 ただ,低年齢,3歳とかとおっしゃったのでしょうか,その裸であれば絶対該当しないかということは必ずしも言えません。性的に未熟な女の子,女児の陰部等を描写したものと認める写真についても刑法上のわいせつ図画に当たるとした判例がございます。

 そういったことから,常に否定されるわけではないと考えます・・・(衆116

 

一般通常人の性欲といえども,なかなか油断はできないようです。(児童ポルノの場合は,わいせつ物の場合とは異なって,性欲の興奮又は刺激が過度にまで及ぶ必要はありません。)

 

エ 男子児童ポルノ

この一般通常人には当然女性も含まれるので,女性の性欲を興奮させ又は刺激する男子児童の児童ポルノの存在も,大森参議院議員は否定しません。

 

・・・ジャニーズJrのようなアイドルの男の子の姿態についてはどうかということですが,これも,同じ答弁になりますが,その姿態が「性欲を興奮させ又は刺激するもの」であるかどうかというこの判断基準によることになります。ある程度セクシーとかそれを売り物にする場合もあるかもしれませんし,それによってファンの子が多少性的興奮といいますか,することは否定できないかもしれません。(衆115

 

オ 「芸術性」との関係

芸術作品については,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」であっても芸術作品であれば児童ポルノには当たらないという考え方は採用されず,飽くまでも児ポ法2条3項の要件(「性欲を興奮させ又は刺激するもの」か否か)に該当するか否か一本で決すべきものという考え方が示されています(衆115,衆1111-12,衆1210,衆1222の大森参議院議員答弁)。

 

4 余話

 

 当ブログの悪癖ですが,話が飛びます。

 

(1)2014年の日弁連公告

 日本弁護士連合会の『自由と正義』2014年3月号に,岡山弁護士会が同弁護士会の○弁護士にした懲戒処分について,次のような公告が出ていました(122頁)。

 

1処分を受けた弁護士

   〔略〕

2 処分の内容 戒 告

3 処分の理由の要旨

   被懲戒者〔○弁護士〕は,Aから破産手続開始申立事件を受任し,2006年7月6日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。また,被懲戒者は,Bから破産手続開始申立事件を受任し,同月25日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。さらに,被懲戒者は,Cから破産手続開始申立事件を受任し,2007年5月1日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。

   被懲戒者は,上記各事件の処理を事務員に担当させ,201211月に上記事務員の任務懈怠が判明するまでその処理状況の確認を怠った。その結果,被懲戒者は,Cの事件につき2013年2月13日まで破産手続開始申立てを行わず,Bの事件につき同月27日まで破産手続開始申立てを行わず,Aの事件についてはAとの連絡が困難となって,同年3月8日に辞任した。

   被懲戒者の上記行為は,弁護士職務基本規程第19条及び第35条に違反し,弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

4 処分が効力を生じた年月日

    20131224

 

 2006年7月ころ及び2007年5月ころ受任した破産手続開始申立事件計3件について,○弁護士は債権者に受任通知を出しっぱなしにして後は事務員任せにし,事務員は事務員で横着をして事件を放置し,201211月に発覚(恐らく「懲戒請求者」の債権者が業を煮やしたのでしょうか。)するまで約6年4月ないしは5年6月の長期間,事件処理を怠っていたという気の長い話でした。

 この弁護士の○先生は,いろいろお疲れだったのでしょう。

 なお,弁護士職務基本規程19条及び35条は,次のとおり。

 

   (事務職員等の指導監督)

 第19条 弁護士は,事務職員,司法修習生その他の自らの職務に関与させた者が,その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に及び,又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし,若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない。

 

   (事件の処理)

 第35条 弁護士は,事件を受任したときは,速やかに着手し,遅滞なく処理しなければならない。

 

(2)クレサラ問題における弁護士等の受任通知書の効能:取立て停止

ところで,弁護士のする受任通知の効果としては,貸金業法21条1項に次のような規定があります。

 

   (取立て行為の規制)

 第21条 貸金業を営む者又は貸金業を営む者の貸付けの契約に基づく債権の取立てについて貸金業を営む者その他の者から委託を受けた者は,貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たつて,人を威迫し,又は次に掲げる言動その他の人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動をしてはならない。

     〔第1号から第8号まで略〕

  九 債務者等〔債務者又は保証人〕が,貸付けの契約に基づく債権に係る債務の処理を弁護士若しくは弁護士法人若しくは司法書士若しくは司法書士法人(以下この号において「弁護士等」という。)に委託し,・・・弁護士等・・・から書面によりその旨の通知があつた場合において,正当な理由がないのに,債務者等に対し,電話をかけ,電報を送達し,若しくはファクシミリ装置を用いて送信し,又は訪問する方法により,当該債務を弁済することを要求し,これに対し債務者等から直接要求しないように求められたにもかかわらず,更にこれらの方法で当該債務を弁済することを要求すること。

  十 債務者等に対し,前各号(第6号を除く。)のいずれかに掲げる言動をすることを告げること。

 

同法47条の3第1項3号により,同法21条1項の規定に違反した者は,2年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されるものとされています。

債務者が弁護士等に債務処理を委託して,当該弁護士等が貸金業を営む者に受任通知書を送付すると,通知を受けた業者からの取立てが止まるわけです。いわゆるクレサラ問題における弁護士等の効能の大きな一つがここにあります。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

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 我が国において児童ポルノとされるものの範囲は,我が国より先に児童ポルノの単純所持を処罰することとしていたいわゆる主要国のそれよりも広い,ともいわれています。インターネット上で読めるものとしては,例えば,2013年2月11日の髙山佳奈子教授による「京都府児童ポルノの規制等に関する条例」に係る「論点解説」に,次のようにあります。

 

日本の児童買春・児童ポルノ処罰法は児童ポルノの定義中に「〔衣服の全部又は〕一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」〔平成26年法律第79号による改正前の三号ポルノ〕を含めており,これはかなり広い定義だといえる。諸外国の所持規制は,やはりそれ自体として児童虐待を構成するような行為に限定されている。児童の裸の写真を見たり所持したりしているだけで処罰されるわけではない。

 

なるほど。少なくとも,三号ポルノの分は,我が国が他国に先んじているわけですね。それでは少し具体的に,児童ポルノの定義について,比較法的に眺めてみましょう。

 これまたインターネット上で読むことができる財団法人社会安全研究財団が出した「G8諸国における児童ポルノ対策に関する調査」の「報告書」(2013年3月。調査実施・編集は,株式会社三菱総合研究所の海外事業センター情報通信政策研究本部)において,米国(連邦),英国,フランス,ドイツ,イタリア及びカナダにおける児童ポルノの定義規定が紹介されていましたので,当該報告書等を参考に,英和辞典や仏和辞典や独和辞典を引いてみました。

 

1 米国

米国連邦法典第182256条(社安研2頁参照)

(8)「児童ポルノ」(child pornography)とは,電子的,機械的又はその他の方法により作成され,又は制作された,写真,フィルム,ビデオ,絵画(picture)又はコンピュータの若しくはコンピュータ処理された画像(image)若しくは絵画を含む,次のいずれかに該当する性的に露骨な行為(sexually explicit conduct)の視覚的描写(any visual depiction)をいう。

A)そのような視覚的描写の制作が,性的に露骨な行為に従事している(engaging in)未成年者の利用を伴うもの

B)そのような視覚的描写が,デジタル画像,コンピュータ画像又はコンピュータ処理された画像であって,性的に露骨な行為に従事している未成年者のものであるか,又はそれと見分けがつかない形態であるもの

C)そのような視覚的描写が,身元を特定し得る未成年者が性的に露骨な行為に従事しているように見えるように創作され(created),翻案され(adapted)又は修正され(modified)ているもの

 

 ここでの定義の中心となる鍵概念は,「性的に露骨な行為」(sexually explicit conduct)です。

「未成年者とは同法第2256条(1)において,「18歳未満の者」と定義されている。また,「性的に露骨な行為」ということについては,基本的にあらゆる形態の性行為,又は性器あるいは陰部のみだらな(lascivious)露出を指すとされている。性的な行為に従事している必要はなく,裸体であっても性的に十分挑発的であれば,違法な児童ポルノに該当しうる。」とされています(社安研2頁)。

 しかし,「性的な行為に従事している必要はなく,裸体であっても性的に十分挑発的であれば,違法な児童ポルノに該当しうる。」といわれてしまうと,米国連邦法における「児童ポルノ」の定義の要素である「性的に露骨な行為」の限界がはっきりしなくなるようにも思われて心配になります。当該部分は,米国連邦司法省のウェッブ・サイトにある次の一説を訳して記載したもののようです。

 

 Notably the legal definition of sexually explicit conduct does not require that an image depict a child engaging in sexual activity. A picture of a naked child may constitute illegal child pornography if it is sufficiently sexually suggestive.

 

 こうなると,「性的に露骨な行為」の定義に直接当たってみるしかないのですが,結論としては,性的な行為(sexual activity)以外のものについては,「性器あるいは陰部のみだらな露出」以外のものは「性的に十分挑発的」ではあり得ないもののようです。

 米国連邦法典第182256条2項における「性的に露骨な行為」の定義は,次のとおりです。

 

 (2)

  (A) Except as provided in subparagraph (B), “sexually explicit conduct” means actual or simulated ---

    (i) sexual intercourse, including genital-genital, oral-genital, anal-genital, or oral-anal, whether between persons of the same or opposite sex;

    (ii) bestiality;

    (iii) masturbation;

    (iv) sadistic or masochistic abuse; or

    (v) lascivious exhibition of the genitals or public area of any person;

  (B) For purposes of subsection 8(B) of this section, “sexually explicit conduct” means ---

    (i) graphic sexual intercourse, including genital-genital, oral-genital, anal-genital, or oral-anal, whether between persons of the same or opposite sex, or lascivious simulated sexual intercourse where the genitals, breast, or public area of any person is exhibited;

    (ii) graphic or lascivious simulated;

(I) bestiality;

(II) masturbation; or

(III) sadistic or masochistic abuse; or

     (iii) graphic or simulated lascivious exhibition of the genitals or public area of any person;

 

 ちょっと,日本語訳を付することは,正に性的に露骨な表現であって,はばかられるところです。当該部分の訳文については,これもインターネット上で読むことのできる間柴泰治「日米英における児童ポルノの定義規定」『調査と研究』681号(201068日)4頁を御覧ください。

 なお,「性的に露骨な行為」の描写における“graphic”の意味は,“a viewer can observe any part of the genitals or public area of any depicted person or animal during any part of the time that the sexually explicit conduct is being depicted”ということで(米国連邦法典第18225610項),性器又は陰部が見えることということのようです。

 しかし確かに,「性器あるいは陰部のみだらな露出」に比べて,我が児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。「児ポ法」)2条3項3号のいわゆる三号ポルノに係る「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」との定義は,より広いもののようです。「性器あるいは陰部」のみならず,「臀部又は胸部」までもが含まれ,しかも,「露出」までを必要とせず,「強調」でよいとするのですから。

 なお,20031222日の欧州委員会枠組み決定(Council Framework Decision2004/68/JHA「児童の性的搾取及び児童ポルノに対する戦いについて」(on combating the sexual exploitation of children and child pornography)の第1条の(b)においては,「「児童ポルノ」とは,ポルノグラフィックな物件(pornographic material)であって,次のものを視覚的に描写し,又は表現(visually depicts or represents)するもの」とされ,その(i)では「性的に露骨な行為(児童の性器又は陰部のみだらな露出を含む。)に関与し,又はそれを行う実在の児童」が対象として挙げられています。

 

(i) a real child involved or engaged in sexually explicit conduct, including lascivious exhibition of the genitals or the public area of a child;

 

 ここでいう「性的に露骨な行為」も,米国連邦法典第182256条2項における「性的に露骨な行為」に似たものであるように思われます。

 

2 英国

英国2009年検死官及び刑事司法改革法62条(社安研15-16頁参照)

(1)禁止された児童(child)の画像(image)を所持することは犯罪である。

(2)禁止された画像とは,次のような画像である。

(a)ポルノグラフィックなもの(is pornographic

(b)第(6)項に該当するもの,及び

(c)わいせつな性格のものであって,過度に不快で,嫌悪を催す等のもの(is grossly offensive, disgusting or otherwise of an obscene character

(3)性的興奮(sexual arousal)の目的のためだけに,又は主に(principally)そのために制作されたと合理的に推定されるべき性質である場合には,画像は「ポルノグラフィック」である。

(4)(個人の所持において発見された)画像が一連の画像の一部を形成している場合,第(3)項で言及した性質の画像であるかどうかは,次の事項を考慮して決定される。

(a)画像自体,及び

(b)(一連の画像が,画像の文脈をもたらすことができる場合)一連の画像中で当該画像が現れる文脈

(5)したがって,例えば,

(a)画像が一連の画像により構成される物語の不可欠の一部を形成し,及び

(b)当該一連の画像全体について,性的興奮の目的のためだけに,又は主にそのために制作されたと合理的に推定されるべき性質のものではない場合,

画像は,当該物語の一部であることにより,それ自体を取り出した場合にはポルノグラフィックであると認められ得るとしても,ポルノグラフィックではないものと認められ得る。

(6)画像は,次の場合,本項に該当する。

   (a)児童の性器又は肛門部(genitals or anal region)にのみ,又は専らそれらに注目する画像である場合,又は

   (b)第7項に掲げられた行為のいずれかを描いている場合

〔第(7)項及び第(8)項略。児童の関与する性交及び性交類似行為の類を具体的に規定。ちょっと書くのに抵抗がありました。〕

 

 「児童」は,2003年法によって16歳未満から18歳未満に引き上げられたそうです(社安研16頁)。

 さらに,英国では,1988年刑事司法法160条1項において,「児童のいかがわしい(indecent)写真(photograph)又は擬似写真を所持する者は,罪を犯したものとする。ただし,第160A〔児童が16歳以上である場合の配偶者等に係る免責規定〕の適用を妨げない。」と規定されています(間柴8頁。なお,社安研87頁参照)。

「いかがわしい」は漠然としていて厄介です。「たとえ性行為を伴わない描写でも,「いかがわしい」とされることがある。例えば,性器等が露出していないものの,上半身は大き目のブラウスと一連のビーズを,下半身は下着のみを着けた,胸を誇示するような14歳の女児の写真,また,裸体主義者のみが集まる水泳プールで撮影された,性欲を喚起するようなポーズを取っていない7歳の男児の裸体の写真が,いずれも「いかがわしい」とされている。」と報告されています(間柴9頁)。

 英国法における定義には,我が三号ポルノの定義と同様の悩ましさがあるようです。

 

3 フランス

フランス刑法227条の23(社安研26頁参照)

頒布(diffusion)を目的として,未成年者(mineur)のポルノグラフィックな性質をもった画像又は表現物(l’image ou la representation)を定着(fixer),録画(enregistrer)又は伝達(transmettre)する行為には,5年の禁錮及び75,000ユーロの罰金が科される。画像又は表現物が15歳以下の者に係る場合は,当該画像又は表現物の頒布を目的としてされなかったときであっても,当該行為は処罰される。

同様の画像又は表現物を,いかなる方法であれ,提供し,利用可能にし,若しくは頒布し,輸入若しくは輸出し,又は輸入させ,若しくは輸出させる行為にも,同様の刑が科される。

未成年者の画像又は表現物を,不特定の公衆に向けて頒布するために,電子コミュニケーション網を使用した場合,7年の禁錮及び100,000ユーロの罰金が科される。

同様の映像又は表現物を利用可能にする公衆向け通信サービスを常習的に(habituellement)又は有償で利用し(consulter),いかなる方法であれ,同様の画像又は表現物を取得(acquérir)又は所持(détenir)する行為には,2年の禁錮及び30,000ユーロの罰金が科される。

本条に規定する違法行為が,組織的に行われた場合,10年の禁錮及び500,000ユーロの罰金が科される。

本条に規定する罪の未遂には,同様の刑が科される。

本条の規定は,外観(aspect physique)が未成年者のものである者のポルノグラフィックな画像にも同様に適用される。ただし,その者が,画像を定着又は録画した日に18歳である場合には適用されない。

 

 「児童ポルノの被写体となる年齢は18歳未満,若しくは18歳未満に見えるものが対象である。そして,当初は実在の児童を対象にしていたが,法改正によって未成年者を表現するあらゆる表現物に対象が拡大されており,架空の未成年を表現した絵や画像等も含まれるとされている。」とのことです(社安研26頁)。

 前記20031222日の欧州委員会枠組み決定のフランス語版においては,「児童ポルノ」にpédopornographieとの語が用いられていましたが,フランス刑法227条の23では当該語は用いられていません。

 

4 ドイツ

ドイツ刑法184b及び184c(社安研37頁から引用)

184b

子供による性行為,子供に対する性行為若しくは子供の目前での性行為を目的とするポルノ文書〔は児童ポルノ〕

184c

14歳から18歳までの者による性行為,このような者に対する性行為若しくはこのような者の目前での性行為を目的とするポルノ文書〔は青少年ポルノ〕

 

 ドイツ語では,児童ポルノは,pornographische Schriften, die sexuelle Handlungen von, an oder vor Kindern zum Gegenstand haben (kinderpornographische Schriften)ということになり,青少年ポルノは,pornographische Schriften, die sexuelle Handlungen von, an oder vor Personen von vierzehn bis achtzehn Jahren zum Gegenstand haben (jugendpornographische Schriften)ということになります。

 「ドイツでもアニメーションやマンガ等は児童ポルノの対象に含まれている。またヒアリングによれば,ドイツの法律では表現行為全般が対象になっているため,小説等の文章表現も対象になるとのことである」そうです(社安研37頁)。

 とはいえ,sexuelle Handlungen(性(的)行為)が児童ポルノ性を認定するための要素になっているという形で,児童ポルノの範囲は限界付けられているということでしょう。

 

5 イタリア

イタリア刑法600条の3(社安研44頁から引用)

(前略)

本条において未成年ポルノとは,媒体を問わず,現実の若しくは疑似のあからさまな性的な行為を行う18才未満の者のあらゆる表現,又は性的な目的のための18才未満の者の性的な部位のあらゆる表現を指す。

 

 「イタリアでは2012年8月に法改正があり,児童ポルノの定義として以上の文章が追記されている。これが追加されたことによって,アニメーションやマンガ,文章等の表現についても児童ポルノの対象となることとなった。また,対象が実在の児童ではなく,児童に見える者であっても,対象になる。」とのことです(社安研44頁)。

 

6 カナダ

カナダ刑法163.1条1項(社安研53頁参照)

(1)本条において,「児童ポルノ」とは次のものを意味する。

(a)電子的若しくは機械的手段のいずれによって制作され,されなかったかにかかわらず,写真,フィルム,ビデオ若しくはその他の視覚的表現であって,

(i)18歳未満であるか,若しくは18歳未満として描かれた者であって,あからさまな性的行為を行い(engaged in explicit sexual activity),若しくは行っているものとして描かれる者を見せるもの,若しくは

(ii)その主たる性格が,18歳未満の者の性器若しくは肛門部(a sexual organ or the anal region)の性的目的による描写であるもの 

(b)本法に基づく犯罪となる18歳未満の者との性的行為を唱導し,若しくは助言する(advocates or counsels)文書,視覚的表現若しくは音声記録

(c)その主たる性格が,本法に基づく犯罪となる 18歳未満の者との性的行為の性的目的による描写である文書,又は

(d)その主たる性格が,本法に基づく犯罪となる18歳未満の者との性的行為の性的目的による描写,提示若しくは表現である音声記録

 

 「この法律では,「写真,フィルム,ビデオ,又はその他の視覚的表現」が対象とされている。カナダ警察によると,アニメーションやCGであっても,この表現にあたるものであれば,児童ポルノの対象となるとされる。/また,同様に「18歳未満として描かれた者」が対象となっているため,実際には18歳を超えている場合にも,表現方法によっては児童ポルノの対象となり得る。・・・18歳未満に扮している20歳の女性であるという認識での所有は,児童ポルノの所有に当たることになる。」とされています(社安研53頁)。

 

7 平成19G8司法・内務大臣会議(ミュンヘン会議)閣僚宣言

 我が法務省のウェッブ・サイトに,「児童ポルノとの国際的闘いの強化に関するG8司法・内務閣僚宣言」(2007524日)が掲載されています。当該宣言中,児童ポルノの定義に関する部分は次のとおり。

 

 ・・・我々は,以下の事項を確保することにより,これらの国際文書によって確立された手段を国内法的実施に移す我々のコミットメントを改めて確認する。

 

 1 児童ポルノを,「現実の若しくは擬似のあからさまな性的行為を行う児童のあらゆる表現(手段のいかんを問わない)」又は「主として性的な目的のための児童の身体の性的な部位のあらゆる表現」と明確に定義すること。

 ・・・

 

 We re-affirm our commitment to implement into domestic legislation the measures established through these international instruments, ensuring that our domestic legislation:

 

1. Clearly defines child pornography as any representation, by whatever means, of a child engaged in real or simulated explicit sexual activities or any representation of the sexual parts of a child for primarily sexual purposes;

  ….

 

 前記イタリア刑法600条の3の規定は,上記宣言を承けたもののようですね。

 再掲すると,我が児ポ法2条3項3号の三号ポルノの定義は「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」となっていますが,当該定義と前記閣僚宣言における児童ポルノの定義との関係はどうなるでしょうか。

児ポ法2条3項3号の「性的な部位」(=性器,肛門及び乳首並びにその周辺部,臀部並びに胸部)と閣僚宣言にいう「性的な部位(sexual parts)」とでは範囲が異なるでしょう。Sexual partsは,性器及び陰部(genitals and public area. 米国・欧州委員会の事例参照)又は性器及び肛門部(genitals (sexual organ) and anal region. 英国・カナダの事例参照)に限定されているものと解すべきではないでしょうか。Sexual parts sexy partsとは異なります。

  また,「あからさまな性的行為(explicit sexual activities)」は飽くまでも行為であって,児ポ法2条3項3号が対象とする「姿態」は,いくら性欲を興奮させ又は刺激するものであっても,通常やはりそれだけではあからさまな性的行為とはいえないでしょう。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所 www.taishi-wakaba.jp

東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203(新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

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(前の記事からの続き)

 

2 児童ポルノ単純所持罪に係る立法者の意図探求の必要性

 しかしながら,「本法案による単純所持の処罰化条項が,規制目的を達するために必要最小限のものと言えるか,その妥当性には疑問を持たざるを得ません。〔児ポ法2条3項3号の〕いわゆる3号ポルノの規定は,本法案で一定の明確化を試みられたものの,依然として不明確さを残しています。その単純所持を処罰することは恣意的な捜査を拡大するおそれが大きく,処罰する必要のないものにまで広範に捜査の網を掛けることが否定できないものです。個人の私的領域にまで捜査機関が踏み込み,冤罪を生むことも懸念される」(2014617日の参議院法務委員会における仁比聡平委員(日本共産党)の法案に対する反対討論(第186回国会参議院法務委員会会議録2421頁))と批判されている児童ポルノ単純所持罪の前記関係条文については,どのような解釈が立法者においてされているのか,気になるところです。

法律の解釈に当たっては,民事法についてですが,「まず,文理解釈・論理解釈を試み,ついで立法者ないし起草者の意図を探求することが基礎的作業として必要」です(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)49頁)。いくら鋭い頭脳を誇る秀才であっても,文理解釈・論理解釈を云々しているだけではなお不十分であって,立法者ないし起草者の意図の探求までを広く行い得る強靭な知的基礎体力を有していなければなりません。我が国の民法学の伝統的解釈態度においては「立法者・起草者の意図を全くといってよいほど考慮しない」まま「適当にある「理論」を作ってしまって,各規定はその表現である,従ってそう解釈せよと論ずる」ことが多かったと批判されていますが(星野61頁),無論,現段階の法解釈においては,「基礎的作業」をないがしろにしたまま,「視点」やら「体系」やら,自らの「理論」に酔った決めつけ解釈は許されません。上記「基礎的作業」の結果,「それで特に今日でも差支えなければ,それによることとし,それでは今日妥当でなさそうなときに,規定の今日におけるあるべき解釈を求め」て,目的論的解釈がされるのが順序であるとされています(星野49頁)。

 ということで,児童ポルノ単純所持罪導入に係る立法者の意図,より具体的には,第186回国会における衆議院及び参議院の各法務委員会における議論(それぞれ2014年6月4日及び同月17日)をここに整理してまとめてみることにしました。とはいえ,これは飽くまでも一応のものであり,かつ,法的な作法云々には必ずしも厳密に従うものではないことを御了承ください。運よく来年(2015年)の春ころに,大勢の方に読んでいただけることを期待しています。

 なお,以下の記述での「衆法○」は,「第186回国会衆議院法務委員会議録第21号」の○頁という意味であり,「参法○」は,「第186回国会参議院法務委員会会議録第24号」の○頁という意味です。(ここで議事録の表題が,参議院側は「委員会会議録」なのに,衆議院側は「委員会議録」となっていますが,これは別にタイプ・ミスというわけではありません。国会において委員会が今のように重視されるようになったのは,やはり米国の影響を受けた現行憲法下であって(現行の国会法第5章の章名は「委員会及び委員」),現行憲法下設けられた参議院は「委員会会議録」と「委員会」をはっきり出しているのに対して,帝国議会以来の伝統を誇る衆議院はなお「委員会議録」という形を維持しているということのようです(議院法(明治22年法律第2号)第4章の章名は単に「委員」)。したがって,「第28回国会衆議院逓信委員会議録第27号」をもっともらしく「第28回国会衆議院逓信委員会会議録第27号」に変形させるような「校正」は,間違いであり,さかしげであるにもかかわらず(又はそうであるからこそ)対象の現物(この場合は議事録)に当たらなかった横着ゆえの残念な結果ということになります。)

 

3 児童ポルノ単純所持罪に関する国会審議のまとめ(コンメンタール風)

 

(1)児童の実在性要件

  ・・・児童ポルノの禁止法は実在の児童の保護を目的としたもの・・・(ふくだ峰之委員・衆法3;また61623,参法2。同旨,階猛委員・衆法13

  ・・・実在の子供の権利を守る,つまり,社会的法益を守るという立法ではなくて個人的法益を守る罪として考えて,この〔児ポ法〕立法をつくったわけでございます。(谷垣禎一法務大臣・衆法3

  ・・・客体となる児童については生存していることを要する・・・だからといって,死体はもう無制限にはびこらせていいということを我々も認めるわけではありませんので,こうした行為についてもちゃんと適切に規制していくようなことは立法府としてこれから取り組むべきことではないかと思っております。・・・(階衆議院議員・参法3

  CG等の創作物であったとしても,実在の児童の姿態を描写したと認められるものであれば,これはもう児童ポルノとして規制の対象になり得ると考えられます。(西田譲衆議院議員・参法8

  基本的には,被写体の児童が身元が特定されていることが要件ではない・・・(遠山清彦衆議院議員・参法12

  〔18歳未満の例えばアイドルの顔を使ったCGも児童ポルノに当たり得るのかとの質疑に対して〕・・・あくまで実在の児童を描写したものであるかどうかということでやはり判断をしなければなりませんので,たとえCGであったとしても,仮にそうであるのであれば児童ポルノに当たる場合があり得るということでございます。(西田衆議院議員・参法15

  

 

(2)児童の上限年齢を18歳未満から下げなかった理由

  ・・・既存の児童にかかわる条約,法律との整合性をとらなきゃいけないという立場からいいますと,まず,児童の権利に関する条約が,その対象となる児童を18歳に満たない者とすることを原則としております。また,日本の児童福祉法も,児童の定義というのは18歳に満たない者とされているわけでございまして,これらの基本的な条約,法律と今回の当該法改正案の目的から考えて,18歳未満の者をこの法律でも児童と捉えるということにいたしました。

  また,現実に,児童の年齢を18歳よりも引き下げた場合に,今度は処罰される対象が過度に限定されるおそれも出てくるというふうに思います。(遠山委員・衆法18

  平成25年でございますが,〔児童ポルノ事犯の年齢別被害児童は〕小学生以下が92人,中学生が272人,高校生が256人,その他が26人ということで,最近は中学生が中心になってきているというふうに考えることができるかなと思います。(宮城直樹政府参考人(警察庁長官官房審議官)・参法6-7

 

(3)年齢の錯誤

  ・・・16歳の女性が写っている写真集を20の写真集だと言って売って,購入した方が20だと思って買った場合は,児童ポルノを買ったという認識が本人にないんですね。ですから,故意でないので,処罰の対象にはなりません。・・・16歳なのに20のものだと売りながらも,買った人全員が,実は18歳以下の写真集を買ったと認識をしているような売り方をした場合は,買った人も処罰の対象になるんです。(遠山委員・衆法18

 

(4)児童ポルノ該当性判断の例

  まず,性的虐待が実際に行われているが,顔のみを写した動画ということでございますが,顔のみが描写をされていて性的部位が描写されていない場合には,本法に基づく児童ポルノには該当しないということになります。二つ目の,衣服を着けた児童に精子が掛けられているということでございますが,これもこの一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断ができません。三番目,動物の性器を触っているという例でございますが,これは,法律の中には「他人の性器等を触る」という表現がございますが,これににわかに該当するということはありませんので,この一事をもってだけで児童ポルノに該当するとはなかなか判断しにくいということでございます。それから,服の上からロープで縛られているということで,性器等の強調がないということでございますけれども,これも同じように,この一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断がしにくいと。最後の,性的虐待中の音声ですけれども,これも,「視覚により認識することができる方法により描写したもの」というのが児童ポルノの定義に入っておりますので,これもこのことだけをもって該当しないものと考えます。(遠山衆議院議員・参法9

 

(5)「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の判断基準

  現行法の2条3項2号及び3号にいいます「性欲を興奮させ又は刺激するもの」といいますのは,これは一般人を基準に判断すべきものと解されていると承知しております。(林眞琴政府参考人(法務省刑事局長)・衆法7;また,参法14

  ・・・一般人から見て性欲を興奮させ又は刺激すると言えるか否かの基準によってやっぱり判断される・・・1歳未満の乳児ということでございますけれども,その画像の内容が性欲の興奮又は刺激に向けられていると評価すべき特段の事情がない限りは児童ポルノに当たらない場合が多いのではないかと考えられます。(西田衆議院議員・参法8

  〔3歳児の場合〕・・・総合的に検討して判断すべきものであります。3歳だからという児童の年齢のみをもって判断すべきものではないということであります。(階衆議院議員・参法10

  〔Tバックを着けた女子高校生,まわし姿の男の子については〕・・・やはり,どうしてもこれは個別具体的な事由になってきますので,一概的にこの場で当たります,当たりませんということを判断するのは非常に困難でございますし,総合的にやはり判断しなければいけないところでございます。・・・(西田衆議院議員・参法8

 一般人というのはどういう人を指すのかということを問題にされるのかもしれませんけれども,そこはなかなかこういう人が一般人だということは言えないわけでありまして,外形で見ていくしかないと。つまり,その問題となっている児童ポルノとされるものの外形で見ていくしかない・・・(階衆議院議員・参法10

 

 

(6)「殊更に」

  「殊更に」とは,一般的には,合理的な理由なく,わざわざとか,わざととかいう意味と解されるところでございますが,これは,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものかどうか判断するために加えさせていただきました。

  その判断は,性的な部位が描写されているのか,あるいは児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合,例えば時間だったり枚数だったりですね,そうしたものの客観的要素に基づいてなされるというものと考えております。(ふくだ委員・衆法5

  ・・・モザイクに関してでございますけれども,これも一概にどの程度であればというのは個別の事案になってきますので非常にお答えづらいんでございますが,やはりそのモザイクのきめの細かさや粗さがどうかとか範囲がどうかと,そういったことを含めて判断していかなければならないものでございます。(西田衆議院議員・参法8

 

(7)「性的な部位」

  具体的には,まず,衣服の全部または一部を着けない児童の姿態のうち,児童の性器等,例えば性器あるいは肛門または乳首が露出をしているというものを真に可罰的なコアの要素と捉えつつ,性器等のみでは処罰範囲が狭過ぎて,例えば裸の児童を後方から撮影して性器等が写っていない場合まで対象外となってしまうことから,性器の周辺,例えば臀部だとか胸部などを含む児童の性的な部位にまで対象を今回広げさせていただいたということで御理解いただきたいと思います。(ふくだ委員・衆法5

 

(8)「強調」

  露出のみでは,性的な部位が隠れてはいるけれども強調,誇張されている場合などが含まれないということになってしまいますので,性的な部位の強調も対象とすることにさせていただきました。

  具体的にどのような場合が強調に当たるかについては,描写の方法を含めた写真及び映像等の全体からこれは判断されるものであると思っております。例えば、着衣の上から撮影した場合や,ぼかしが入っている場合や,児童が意識的に股や胸を強調するポーズをとっていない場合であっても,性器等やその周辺部を大きく描写したり長時間描写しているかどうか,着衣の一部をめくって該当する部分を描写しているかどうかなどの諸要素を総合的に勘案しまして,性的な部位を強調していると判断されることはあり得るというふうに考えております。(ふくだ委員・衆法5

 

(9)「,殊更に・・・強調されているものであり,かつ,」部分挿入の趣旨

  ・・・いわゆる3号ポルノについて,その定義をより明確にするため・・・(遠山委員・衆法2

  今回の2条3項3号の改正は,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられているかを,性的な部位が描写されているか,児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合の客観的要素に基づいて判断をするために加えさせていただいたものでございます。このような判断は,従前,性欲を興奮させまたは刺激するものの該当性判断の一要素として行われてきたところでございますけれども,今回の改正は,このような判断を行うことを明記することにおきまして,3号ポルノの定義の明確化を図るという趣旨でございました。

  これによりまして,例えば,水浴びをしている裸の幼児の自然な姿を親が成長記録のために撮影をしたようなケースとか,あるいは,その画像の客観的な状況から内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものではない限り,殊さらに露出されまたは強調されているものとは言えずに,処罰の対象外になるということでございます。

  このように,「殊更に」との文言を追加することにより,画像の客観的な状況から3号ポルノの該当性判断を行うとの趣旨が明確になり,処罰の範囲をより明確にすることができるというふうに考えておるところでございます。(ふくだ委員・衆法5;また,参法2。同旨,遠山委員・衆法16

  ・・・児童の性的な部位の描写がずっと延々と続いているのか,静止画であればそこが強調されているのか,あるいは,PCのケースでいえば,発見された写真のうちどれぐらいの割合の枚数がそういう裸の写真であるか等々から,客観的な要素に基づいて判断をされなければいけないことだと考えております。(遠山委員・衆法19

  ・・・私どもの意識としては,結論から言うと,処罰範囲を狭めるという趣旨ではないというふうに考えております。(遠山委員・衆法16;また,19

 

10)文化芸術活動と児童ポルノとの区別

  具体的に,この第2条3項の第3号,いわゆる3号ポルノでございますけれども,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という要件,この判断についてでありますけれども,児童が実際に描写された画像等の全体から見て芸術性があるかどうか,もしくは芸術的表現の上で児童の裸体等を描写する必要性や合理性が認められるかどうかといったことを一つの考慮の要素として判断することになると考えられます。(西田委員・衆法16

 

11)「みだりに」

  ・・・児童ポルノを所持する場合であっても,例えば,・・・警察が捜査の過程で持っている場合とか,あるいは警察から依頼を受けて専門家の方々が鑑定をする場合であったりとか,・・・報道記者等が取材のために取得をするに至った場合であったりとか,・・・ホットラインセンターの業務であったりとか,・・・フィルタリングソフトの開発であったり,そういったことの過程で取得した場合,これは正当な理由があるものとして,この「みだりに」という規定には当たらないというものと解されると考えます。(西田委員・衆法17

  ・・・被害者の立場に立って被害告発のために弁護士が児童ポルノを所持する場合などは,正当な理由がある・・・(遠山衆議院議員・参法5

 

12)児ポ法3条の2の趣旨

  ・・・この条文は,性的搾取または性的虐待に係る行為が許されるものではないことを理念として宣言する規定であります。

  したがって,廃棄,削除等の具体的義務を課すものではありません。(階猛委員・衆法11。同旨,遠山衆議院議員・参法45

 

13)児童ポルノ単純所持罪導入の理由

  ・・・インターネットの発達により児童ポルノ被害に遭う児童の数がふえ続けていること,児童ポルノ単純所持罪を設けるべきとの国際社会の強い要請があること等に鑑み・・・(遠山委員・衆法2

  ・・・スウェーデンの女王陛下から,直接,日本はこのようなことを取り締まれないのかという御要請を受けたことが私ございます。(谷垣大臣・衆法3

  ・・・私からも,本日傍聴をされておりますアグネス・チャン日本ユニセフ協会大使初め関係者の皆様〔に〕・・・心から敬意を表したいと思います。(遠山委員・衆法7

  ・・・供給側を中心とした処罰対象とするだけでは児童ポルノを根絶するということはなかなか厳しい・・・需要の側の行為をも処罰対象とすることが必要・・・国際的な動向・・・(ふくだ衆議院議員・参法1。また,遠山衆議院議員・参法18

  〔G8での児童ポルノ単純所持禁止国は〕現時点で掌握している限りにおきましては,カナダ,フランス,ドイツ,イタリア,イギリス,アメリカでございます。(ふくだ衆議院議員・参法2。また,遠山衆議院議員・参法18

  ・・・平成22年の6月11日には,国連の児童の権利委員会による報告書が出されまして,・・・この中で,日本において児童ポルノの所持が依然として合法であることに懸念が表明をされて,児童ポルノの所持を犯罪化すべきであるということが指摘をされておりました。(遠山衆議院議員・参法18) 

 

14)捜査機関の決意

  ・・・捜査の端緒としてはもちろん様々なものが考えられるわけでございますが,児童ポルノの例えば所持罪についていえば,例えば一般論として申し上げますと,児童ポルノを販売している者に対する捜査の際にその者が児童ポルノを販売した客のリストなどが発見されて,それが端緒となって児童ポルノを所持している者が判明すると,こういったことも考えられると思います。(林政府参考人(法務省刑事局長)・参法2

  〔18歳未満の少女が非常に露出度の高い水着を着用して,着たままでわいせつ性が高いポーズを取っている画像,映像などのいわゆる着エロは3号ポルノに当たるのかとの佐々木さやか委員の質疑に対して〕一般論として申し上げますと,今御指摘の着エロというもの,いわゆる着エロであるか否かにかかわらず,法の2条2項3号の要件を満たせば児童ポルノに該当するものと考えられます。そして,実際,捜査当局においても,この着エロであるか否かにかかわらず,児童ポルノ事犯についてその取締りに努めて適切に対応しているものと認識しております。(林政府参考人(法務省刑事局長)・参法6

  〔児童ポルノを所持していることが明らかであっても,性的目的があるかどうか,合理的な理由があるかないか分からない段階で,児ポ法に違反するかの捜査を実際行うケースというのはあるのかどうかとの質疑に対して〕・・・御指摘のような場合には,そのような目的があるのかどうかということにつきましてまさに捜査をしていくということになると承知をいたしているところでございます。(辻義之政府参考人(警察庁生活安全局長)・参法11

  我々の摘発する側といたしましては,仮に児童で,その児童の人定といいますか,どこの誰かさんだということが分からなくても,要するにその画像がまさに児童に係るものであると,もう児童ポルノであるということが分かればそれは摘発するものでございます。(宮城政府参考人(警察庁長官官房審議官)・参法15

 

15)「自己の性的好奇心を満たす目的」要件の趣旨

  ・・・例えば,嫌がらせなどによりメールでそういったものを送りつけられた場合,あるいは,本人がネットサーフィンをしている間に,意図しないアクセスで児童ポルノが自分のコンピューターに入ってしまう場合,あるいは,パソコンがウィルスに感染をして勝手に児童ポルノをダウンロードした場合,また,インターネット上の掲示板に児童ポルノが掲載された場合における,掲示板の管理者やサーバーの管理者が,自分がつくったサイトにそれが投稿されてしまうことによって事実上持ってしまうという場合がございます。

  そういった場合,それらを処罰するというのは合理的ではないということでございますので,処罰範囲を合理的に限定するために,「自己の性的好奇心を満たす目的で,」というものをつけて,所持の対象を明確化したわけでございます。(遠山委員・衆法7

  自己の性的好奇心を満たす目的を持たずに児童ポルノを所持するケースはあるかということですが,端的に答えれば,これはあり得ると思います。

  例えば,大学の研究者が研究目的で児童ポルノを,・・・所持するに至った場合。あるいは,マスコミの報道記者さんが取材の過程で,取材上の必要性から児童ポルノを所持するに至ったような場合ということもあり得るかと思いますので,それらは,自己の性的好奇心を満たす目的での所持ではないと認められた場合には,第7条1項の処罰規定は適用されないということでございます。(遠山委員・衆法8;また,参法6

  〔図書館,アーカイブス,報道機関,あるいは出版社が自分たちの出したものを歴史的にとっておくとかの形での所持〕のケースでは,そもそも,自己の性的好奇心を満たす目的という要件は満たさないことが想定されますので,第7条1項の適用の前提を欠くと考えております。(階委員・衆法11

  ・・・学術研究の目的で集めていても,実際には,客観的証拠から自己の性的好奇心を満たす目的を持って自己の意思に基づいて所持するに至ったと立証された場合は処罰の対象になり得るという理解・・・もし正当な業務行為であるとすれば,刑法35条上,違法性が阻却されるという解釈も私ども理解・・・(遠山衆議院議員・参法16

  ・・・所持の目的につきましては,所持の態様あるいは分量,それから所持している対象の内容等の客観的事情からの推認によって立証される必要がある,こういうことになっております。(遠山委員・衆法7;また,参法5-6

  ・・・先ほど来申し上げておりますとおり,客観的事情からの推認によって立証されないと,性的好奇心を満たす目的を持っているとは判ぜられないわけでございます。よって,捜査当局による自白の強要を誘発することはあってはならないということでございます。(遠山委員・衆法8

  ・・・自己の性的好奇心を満たす目的とは,当該事件において立件対象となる所持の時点においてその有無を判断すべきものであります。そしてその有無は,所持者の内心についての供述だけでなく,児童ポルノの所持の態様,分量,所持している対象の内容等の客観的事情からの推認により認定されるべきものであります。(階委員・衆法12;また,参法3

  ・・・単に婚姻関係にある男女が私的に記録で撮ったビデオを所持していることだけをもって,即この児童ポルノの禁止法の処罰対象になるとは考えにくいかと思っております。(遠山衆議院議員・参法16

 

16)「所持」

・・・自己の事実上の支配下に置くことをいう・・・自己の事実上の支配下に置いているかどうかという観点から,証拠関係で認定できるかどうかについて判断いたします。(椎名毅衆議院議員・参法12

 

17)「自己の意思に基づいて所持〔保管〕するに至った者」

  これは,所持あるいは保管開始の時点において,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったことが必要である,よって,この点を証拠により立証することを要するという趣旨でございます。(遠山委員・衆法8

  ・・・送りつけられた時点では自己の意思に基づくというものでなかったとしても,その後,メールに添付された児童ポルノ画像を開き,当該ファイルが児童ポルノであることを認識した上で,性的好奇心を満たす目的を持って,これを積極的な利用の意思に基づいて自己のパソコンの個人用フォルダに保存し直すなどしたときは,その時点で新たに自己の意思に基づいて所持するに至ったということが認められると考えております。(階委員・衆法11

  適用開始前から持っていて,仮に適用開始後,引っ越しなどで見つかったケース・・・その場合であっても,積極的な利用の意思に基づいて新たな所持,保管が開始されたと認められるかどうかということも重要なわけでございまして,そのような積極的な利用の意思に基づいて新たな所持,保管が開始されたと認められなければ,自己の性的好奇心を満たす目的という部分において否定されるということはあり得ると考えております。(階委員・衆法13

  ・・・自己の利用に向けた積極的な行為の有無というところが基準になるかと考えられます。・・・

  まず,当該行為のみをもって自己の利用に向けたと評価し得る事例でございますけれども,例えば,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルをプリントアウトしたものをファイリングして書庫に置いていた場合,あるいは,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルを受信フォルダに入れたままにしておいたが,当該添付ファイルを繰り返し閲覧していた場合,あるいは,送りつけられた児童ポルノ本を貸し倉庫を借りて預けていたような場合が考えられるかと思います。

  他方,当該行為のみをもって自己の利用に向けたと評価し得るかどうか微妙な事例としましては,まず,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルをパソコンのフォルダ,USBメモリーなどに入れて保存した場合,こうした場合は,他のポルノ画像が入ったフォルダ,USBに入れた場合は,自己の利用に向けた行為と言えるであろうし,削除の趣旨でごみ箱フォルダに入れた場合には,それのみでは自己の利用に向けた行為とは言えないという意味において微妙だということです。

  あるいは,別な事例としましては,送りつけられた児童ポルノ本を開封して自宅に保管したような事例,こうした事例においては,他のポルノ本と並べてよく使う書棚に保管した場合には自己の利用に向けた行為と言えるであろうし,いずれ廃棄予定の不要な雑誌等を平積みしている場所に一緒に保管した場合などは,それのみでは自己の利用に向けた行為とは言えないということで,微妙なケースであります。

  さらに,三つ目の事例としましては,当該行為のみでは自己の利用に向けたと評価し得ない事例でございます。

  こうした事例は,まずは,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルを開いたけれども,その後,削除せずにパソコン内にデータとして残っていた場合,あるいは送りつけられたメールがメールソフトの自動ソート機能でパソコン内に保存されていた場合,あるいは送りつけられた封筒を開封して児童ポルノ本と確認したがそのまま自宅内で放置していた場合,こうしたことのみでは自己の利用に向けたと評価し得ないと思います。(階委員・衆法20頁)

  ・・・ごみ箱から削除した上でファイル復元ソフト等を入れている場合・・・復元できるような特殊ソフトを保有した上で,これによって復元する意思を明確にしているというような事情があれば〔当該ファイルを自己の事実上の支配下に置いていると認めるべき〕特段の事情に該当する可能性があるものと考えます。(椎名衆議院議員・参法12

 

18)「自己の性的好奇心を満たす目的」と「自己の意思に基づいて所持〔保管〕するに至った」との関係

  ・・・この規定は,・・・自己の性的好奇心を満たす目的での所持罪との骨格を維持しつつ,その所持について,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったという文言を追加することとされたものです。

  「自己の性的好奇心を満たす目的」は,立件対象となる所持の時点での目的についての要件でありますが,「自己の意思に基づいて所持するに至った」とは,当該所持を開始した経緯及びその時点での認識についての要件であります。

  そして,両者の関係につきましては,自己の性的好奇心を満たす目的というものが,いわゆる目的犯としての構成要件を意味するものであるのに対しまして,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったということは,処罰範囲に限定をかけるもので,自己の意思に基づいて所持するに至った時期やそのような所持に至った経緯などを証拠により立証することを要請する趣旨であることを明らかにするものであります。(階委員・衆法11

 

19)「当該者であることが明らかに認められる」

  ・・・これは,取得の時期などを含めて,自己の意思に基づいて所持するに至った時期とか経緯などについて,できる限り客観的,外形的な証拠によって確定するべきであるという趣旨を明確にするために加えたものでございます。

・・・しっかりとした捜査に基づいて客観的な証拠が集められ,それに基づいて立証されなければいけない,こういう趣旨でございます。(遠山委員・衆法8。また,ふくだ衆議院議員・参法2

 

20)括弧書きの法的性質

  ・・・この括弧書きの法的性質については,その前半部分,すなわち,所持の開始のときに自己の意思に基づいているということを前半が規定しておりますけれども,それは客観的なことを定めているわけですが,後半部分では立証の程度について規定しているということであります。

  これを処罰条件と見るか,構成要件と見るかということについて・・・議論になりましたけれども,いずれでもないだろう,また,こういったことについて同様の立法例もないということで,結論としましては,この括弧書きの法的性質が必ずしも明らかではありませんねということになったわけです。(階委員・衆法21

・・・実質的にも,この規定の趣旨は性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持した行為についてその処罰範囲を括弧書きの条件を満たす者に限定するものである・・・(階委員・衆法21。また,ふくだ衆議院議員・参法2

 

21)共犯

  ・・・自己の性的好奇心を満たす目的を持たない者が,当該目的を持つ者,これが正犯でございますが,この正犯の行為を容易にして,これを加功したような場合に,当該目的を有しない者がその共犯者として処罰されることはあり得るものと考えております。(林政府参考人(法務省刑事局長)・衆法21

 

22)罪数

  ・・・児童ポルノの撮影,それから所持の各行為は,別個独立の行為としてそれぞれ1罪として処罰され,そして両罪は併合罪とされると考えております。

  ・・・強制わいせつ罪と児童ポルノ所持も,それぞれ1罪として処罰をされ,両罪は併合罪とされると考えます。(遠山委員・衆法18

 

23)1年間の適用延期の趣旨

  ・・・所持罪の新設に当たり,施行前から所持している児童ポルノについて罰則の適用前に適切に廃棄等の措置を講じていただけるよう・・・(遠山委員・衆法2;また,8-9,参法520

  〔取得当時は自己の性的好奇心を満たす目的があっても,〕立件対象となる1年経過後に性的好奇心を満たす目的がなければ,処罰対象にはならないということであります。(階委員・衆法12;また,参法3。同旨,遠山衆議院議員・参法5

  ・・・かつては自己の性的好奇心を満たす目的を持って児童ポルノを収集していて,現在も家のどこかに児童ポルノが保管されていると認識している場合であっても,罰則適用開始後の所持の時点において自己の性的好奇心を満たす目的がないときは処罰されず,そのような場合に,家捜しまでして見つけ出して廃棄することは求められないと解しております。(階委員・衆法12;また,参法3

 

国会における議論について,それぞれコメントを付けることも考えましたが,大部になることもあり,今回は素材として,皆さまにそのまま提供します。

しかし,一応これだけの作業をしたのですから,「児童ポルノ単純所持罪にくわしい弁護士」と今後自称してもバチは当たらないのでしょう。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203

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 「姦淫するなかれ」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ,すべて色情を懐きて女を見るものは,既に心のうち姦淫したるなり。もし右の目なんぢを躓かせば,抉り出して棄てよ,五体の一つ亡びて,全身ゲヘナに投げ入れられぬは益なり。もし右の手なんぢを躓かせば,切り棄てよ,五体の一つ亡びて,全身ゲヘナに往かぬは益なり。(マタイ伝福音書527-530


1 児童ポルノ単純所持罪の導入

 今年(2014年)6月18日に児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律が第186回国会の参議院本会議で可決され成立し,同月25日に平成26年法律第79号として公布され,翌7月15日から施行されました(同法附則11項)。同法によって,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。以下「児ポ法」)の一部が改正され,いわゆる児童ポルノ単純所持罪が導入されたわけです。改正後児ポ法(題名が「児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」に改められています。)及び平成26年法律第79号における児童ポルノ単純所持罪に関する条項は,次のとおりです(なお,小括弧の数字は,後出の国会審議概要の整理に係る番号に対応します。)。


   (定義)

児ポ法2条 この法律において「児童」1とは,18歳に満たない者2)(3をいう。

 2 ・・・性交等(性交若しくは性交類似行為をし,又は自己の性的好奇心を満たす目的で,児童の性器等(性器,肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り,若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)・・・

 3 この法律において「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。4

  一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態

  二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの5

  三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に6児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)7が露出され又は強調8されているものであり,かつ,9性欲を興奮させ又は刺激するもの5)(10


   (児童買春,児童ポルノの所持その他児童に対する性的搾取及び性的虐待に係る行為の禁止)

 児ポ法3条の2 何人も,児童買春をし,又はみだりに11児童ポルノを所持し,若しくは第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管することその他児童に対する性的搾取又は性的虐待に係る行為をしてはならない。12


   (児童ポルノ所持,提供等)13)(14

児ポ法7条 自己の性的好奇心を満たす目的で15,児童ポルノを所持16した者(自己の意思に基づいて所持するに至った者17)(18であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる19者に限る。)20は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で15,第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識できる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者(自己の意思に基づいて保管するに至った者17)(18であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる19者に限る。)20も,同様とする。21)(22

 〔第2項以下略〕


  (国民の国外犯)

児ポ法10条 ・・・第7条第1項・・・の罪は,刑法(明治40年法律第45号)第3条の例〔日本国外において罪を犯した日本国民に適用〕に従う。


  (両罰規定) 

児ポ法11条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,第5条,第6条又は第7条第2項から第8項までの罪を犯したときは,行為者を罰するほか,その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。


  (施行期日等)

平成26年法律第79号附則1条2項 この法律による改正後の第7条第1項の規定は,この法律の施行の日から1年間は,適用しない。23



上記児ポ法の改正に関しては,インターネット上の世論等で盛り上がりがあるものかと思いましたが,意外と反応は激しくはないようです。法改正が終わってしまえばもうすべてが終わった気分になってあとは淡々と適応していくということなのか,それとも児童ポルノ単純所持罪に係る規定の適用は来年(2015年)7月15日からなので(平成26年法律第79号附則12項),まだピンと来ず,その時が近づいてからにわかに慌てて騒ぎ出すつもりなのか。

(ちなみに,議員立法(議案提出者は衆議院法務委員長)である平成26年法律第79号の附則1条2項では,いきなり「この法律による改正後の第7条第1項」という表現が出て来ます。これに対して,これが内閣提出に係るものであったならば,「この法律による改正後の児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第7条第1項」とされていたでしょう(下線は筆者)。平成26年法律第79号附則4条以下を見ると分かるところですが,同法によって改正された法律は児ポ法に限られていません。なお,平成26年法律第79号と児ポ法とは別個の法律であって,前者の溶け込み残りの附則が後者の条文に続いて出てくるのは,六法編集者がそのように編集してくれるからにすぎません。)


(なお,この記事はブログ記事としては長くなり過ぎて1回でアップロードできなくなったので,2回に分けて掲載します。次の記事にお進みください。)


1 様々な鉄道オタク

 大志わかば法律事務所は,JR代々木駅北口からすぐ,山手線沿いにあるので,事務所にいると一日中ガタンゴトンと電車の音が聞こえてきます。JR東日本の本社も近くにあります。鉄道ファンの人にとっては好立地でしょう。

しかし,一口に鉄道ファンといっても,いろいろな種類の人がいるようです。

 ウィキペディアの「鉄道ファン」項目の記事によれば,いわゆる「鉄」にも,「車両鉄」,「撮り鉄」,「音鉄」,「蒐集鉄」,「乗り鉄」,「降り鉄」,「駅弁鉄」,「時刻表鉄」,「駅鉄」等と呼ばれる様々な人々がいるそうです。女性の場合は,「鉄子」ですか。

 しかし,「鉄道関係法オタク」というジャンルは,いまだに大々的には認知されていないようですね。(ただし,「法規鉄」という細分類があるようではあります。)

 鉄道関係法の世界は,19世紀末年制定の鉄道営業法(明治33年法律第65号)がなお現役で頑張っていたりして,なかなか味わい深いものがあります。しかし,さすがに片仮名書き文語体の古色蒼然たる鉄道営業法に代表される法律分野は敬遠されてしまうということでしょうか。確かに,鉄道営業法に関する解説書は古いものばかりです。

 


2 伊藤榮樹元検事総長と鉄道関係法

 ところが意外なところに鉄道関係法オタクがいるもので,故伊藤榮樹元検事総長がその一人であったようです。伊藤榮樹=河上和雄=古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)におけるエッセイで,伊藤元検事総長は,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)の立法について(20頁以下),鉄道営業法26条の「鉄道係員旅客ヲ強ヒテ定員ヲ超エ車中ニ乗込マシメタルトキハ30円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス」との規定とラッシュ時の「尻押し部隊」との関係について(48頁以下),同法38条の「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」との規定と刑法208条(暴行。2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料),222条1項(脅迫。2年以下の懲役又は30万円以下の罰金),234条(威力業務妨害。3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)及び95条1項(公務執行妨害。3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)との関係について(54頁以下)解説しています。実は,『注釈特別刑法 第六巻Ⅱ 交通法・通信法編〔新版〕』(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編,立花書房・1994年)における鉄道営業法の罰則の解説は,伊藤元検事総長が執筆したものでした(河上和雄補正)。

 なお,伊藤元検事総長によれば,鉄道営業法26条の罰則と「尻押し部隊」との関係については,「旅客が自発的に定員を超えて乗り込もうとする場合において,それが社会常識上相当とされるときに,旅客の意思にこたえて,これを乗り込ませるべく助力する行為も,「強ヒテ」の要件を欠き,本条の罪は成立しないものと解すべきである。」とされ(伊藤=小野=荘子10頁),同法38条の罪と刑法の暴行罪,脅迫罪,威力業務妨害罪又は公務執行妨害罪との関係は,現在はいずれも観念的競合(刑法541項前段)になるものとされています(伊藤=小野=荘子3536頁)。

 


3 鉄道営業法と軌道法

 鉄道営業法の性格について,伊藤元検事総長の解説にいわく。

 


  鉄道営業法は,鉄道に関する基本法として制定され,鉄道の責任,旅客・荷主との契約関係(この点では,商法の運送契約に関する規定の特別法の性格を持つ。),鉄道係員の服務,旅客・公衆及び鉄道係員に対する罰則等を規定している。

鉄道とは,レールを敷設し,その上に動力を用いて車両を運行させ,旅客・荷物を運送する設備をいう。それは地方公共団体その他の公共団体又は私(法)人が経営する鉄道とを含む。軌道法による軌道は,鉄道と似ているが,鉄道が原則として道路に敷設することができない(〔旧〕地方鉄道法4参照)のに対し,軌道は,原則として道路に敷設すべきものとされる(軌道2)ところから,沿革的に道路の補助機関として観念されたため,法制上鉄道とは別個のものとして取り扱われている。(伊藤=小野=荘子3頁)

 


鉄道営業法は,当該鉄道が一般公衆によって利用されるものである限り,公有鉄道又は私人所有の鉄道であろうと,そのすべてに適用される。しかし,「鉄道」にあたらない軌道については,原則として適用されない(182参照)。(伊藤=小野=荘子4頁)

 


 軌道の典型は路面電車です(伊藤「古い話,つづき」伊藤=河上=古田47頁参照)。軌道法(大正10年法律第76号)2条には「軌道ハ特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外之ヲ道路ニ敷設スヘシ」とありますから,道路上に敷設されるものである軌道を走る路面電車には,鉄道営業法ではなく軌道法が適用されるわけです。

それでは道路下に敷設されるものの場合はどうかといえば,「もともと〔旧〕建設省(以前の内務省)の主張では,道路下の地下鉄は「鉄道」ではなく「軌道」とするのが正しいとされ」ているそうです(和久田康雄『やさしい鉄道の法規―JRと私鉄の実例―』(交通研究協会・1997年)11頁)。とはいえ,普通,地下「鉄道」は軌道ではなく鉄道として,鉄道事業法(昭和61年法律第92号)61条1項(「鉄道線路は,道路法(昭和27年法律第180号)による道路に敷設してはならない。ただし,やむを得ない理由がある場合において,国土交通大臣の許可を受けたときは,この限りでない。」(旧地方鉄道法(大正8年法律第52号)4条と同旨))のただし書の許可を受けて道路の下にその「鉄道線路」を敷設しています(和久田12頁)。ただし,「大阪市営の地下鉄だけは当時の内務省の指導が強かったのか,伝統的に「軌道」となっている」そうです(和久田11頁)。

 なお,鉄道営業法18条ノ2は「第3条,第6条乃至第13条,第14条,第15条及第18条ノ規定ハ鉄道ト通シ運送ヲ為ス場合ニ於ケル船舶,軌道,自動車又ハ索道ニ依ル運送ニ付之ヲ準用ス」と規定しています。

 


4 キセル乗車等をめぐって

 


(1)キセル乗車:有人改札の場合

 ところで,検事総長御専門の刑事法,なかんずく刑法と鉄道といえば,刑法11章の往来を妨害する罪のうちの第125条以下が有名ですが,刑法246条2項(「前項の方法により〔=「人を欺いて」〕,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする〔=「10年以下の懲役に処する」〕。」)の二項詐欺との関係で,キセル乗車に係る詐欺利得罪の成否が一つの論点になっており,法学部の刑法の授業で学生たちは混乱しつつ,いろいろ頭をひねるものです。高等裁判所の判例が分かれているからです。

 (なお念のため,キセル乗車とは,乗車駅(A)からの短区間(AB)の乗車券と降車駅(Z)までの短区間(YZ)の乗車券とをそれぞれ持ち,それらの乗車券でカヴァーされていない間の区間(BY)については無賃乗車をすることです。刻みたばこを吸うための道具であるキセル(煙管)は,たばこを詰める雁首と喫煙者が口をつける吸い口とだけが金属でできていて,その間をつなぐ羅宇(らお)は金属ではない竹であることから,最初と最後との部分だけについて乗車券を買って金を払う不正乗車をキセル乗車と呼ぶようになったものです。)

 


 刑法学の教授いわく。

 


  判例上,キセル乗車の下車時に処分行為を認めることが困難であったため(⇒275頁〔「下車駅の改札係員は,改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえないので,詐欺罪の成立を否定した判例も多かった(東京高判昭35222東高刑時報11243,広島高松江支判昭51126高刑集294651)。」〕),乗車駅の行為について詐欺罪を認めようとする判例がみられた。大阪高判昭和44年8月7日(刑月18795)は,キセル乗車の意図で提示された乗車券は,旅客営業規則により本来無効であり,そのような提示行為自体が欺罔行為にあたり,改札係員が入場させた行為および国鉄職員による運送が処分行為に該当するとした。このように考えると,輸送の利益を得た時点,すなわち列車が動いた時点でⅡ項詐欺が既遂となる。しかし,このような構成は,処分者が誰なのかという点に曖昧さを残す。そこで,処分者は被欺罔者と同様,改札係員だと考えると,改札係は被告人に財産的利益を与えていない。一般の入場券入場者の利益しか与えていないからである。そこで,実質的な処分行為は,輸送を担当した乗務員が行ったといわざるを得ない。しかし,そうなると被欺罔者と処分者が異なってしまう。そこで,広島高松江支判昭和5112月6日(高刑集294651)は,「処分行為者とされる乗務員が被欺罔者とされる改札係員の意思支配の下に被告人を輸送したとも認められない」とし,キセル乗車については,欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない詐欺罪は成立し得ないと判示したのである。被欺罔者と処分者をともに旧国鉄と解することも考えられるが〔昭和44年8月7日の大阪高等裁判所判決は,二項詐欺は「被欺罔者以外の者が・・・処分行為をする場合であっても,被欺罔者が日本国有鉄道のような組織体の一職員であって,被欺罔者のとった処置により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受け,これによって欺罔行為をした者が財産上の利益を得・・・る場合にも成立する」と説いていた。〕,詐欺の錯誤はやはり自然人について考えられるべきであろう。そうだとすると,乗車時に詐欺罪を認めることはかなり困難である。(前田雅英『刑法各論講義[第4版]』(東京大学出版会・2007年)278頁)

 


理屈っぽいですね。詐欺罪が成立するためには「欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない」という各行為及びそれらの行為の間の因果連鎖がなければならないところが難しさの原因です。

 


(2)キセル乗車:磁気乗車券と自動改札機の場合

ところで,改札係の自然人を欺罔して,その結果同人を錯誤に陥らせて,その結果同人に処分をさせて,その結果財産上不法の利益を得ることになったのかどうかが問題になったキセル乗車ですが,「改札の機械化により問題は減少した」(前田267頁)とされています。確かに,自然人に対する欺罔行為以下が問題となる二項詐欺は,人にあらざる自動改札機相手には問題にならないのは当然です。そこで今度は,昭和62年法律第52号で追加(1987622日から施行)された刑法246条の2の電子計算機使用詐欺の成否が問題になることになりました。

 


246条の2 前条に規定するもののほか,人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り,又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者は,10年以下の懲役に処する。

 


第7条の2 この法律〔刑法〕において,「電磁的記録」とは,電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。

 


東京地方裁判所平成24年6月25日判決(判タ1384363)は,有効乗車区間の連続しない磁気乗車券を用いていわゆるキセル乗車を行い,途中運賃の支払を免れる行為は,事実と異なる入場(乗車駅)情報の記録された磁気乗車券を下車駅の自動改札機に読み取らせることにより虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供したといえるから,刑法246条の2後段の罪が成立すると判示しています(被告人は最高裁判所まで争ったものの,有罪が確定)。(なお,磁気乗車券ですから,Suica, PASMOの類(以下「Suica等」)ではありません。)確かに,下車駅の自動改札機が扉を閉ざさずに乗客を外に出してくれるときは,人間の改札係のように「改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえない」といい得ることにはならないでしょう。下車駅の自動改札機の電子計算機は,しっかりと,各乗客につき不足運賃がないかどうかいちいち確認し,不足運賃がないと判断した上で運賃精算を請求しないという「意思」でもって,扉を開いたままにしておくのでしょう。人の場合における「欺かれなかったならば,出場を拒否し運賃の支払を要求したであろう状況のもとで,欺罔された結果,出場を許容しているのであるから不作為の処分行為に該当する」(前田276頁)場合に相当するものといい得るものでしょう。

なお,刑法246条の2にいう「虚偽の情報」について,最高裁判所平成18年2月14日決定(刑集602165)は,窃取したクレジットカードの名義人氏名,番号及び有効期限を冒用してインターネットでクレジットカード決済代行業者の電子計算機に入力送信して電子マネー利用権を取得した行為について,「被告人は,本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入の申込みがないにもかかわらず,本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え」たものと判示しています。窃取されたクレジットカードの名義人,番号及び有効期限自体はそれとしてはその通りであるから「虚偽の情報」には当たらない,とはいえないというわけです。

 


(3)自動改札機の強行突破:磁気乗車券の場合

 


ア 鉄道営業法29

東京地方裁判所平成24年6月25日判決の事案は,小賢しく複数の磁気乗車券を使って,自動改札機の電子計算機を「欺罔」したケースでした。

それでは,もっと素朴に,うっかり乗り越してしまった場合において,入場に使った磁気乗車券をそのまま下車駅の自動改札機に挿入し,自動改札機が,乗り越しであって不足運賃があるものと正しく判断し,不足運賃の支払を求めて扉を閉ざしたにもかかわらず,えいままよとその扉を突破して出場したときはどうなるでしょうか。乗り越した旨をはっきり正直に示す磁気乗車券を自動改札機に挿入していますから,刑法246条の2後段の「虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供した」わけではありません。同条の罪は成立しないように思われます。とはいえドロボー行為ではあります。しかし,刑法235条には「他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」とあって,物(「財物」)ではない財産上の利益(不足運賃の踏み倒し等)は,そもそも同条で罰せられる窃盗の対象として考えられていません。「タクシーの代金を踏み倒す行為,キセル乗車も,不正に運行の利益を受ける行為と評価しうる」ものとされていて(前田182頁),財物の窃取にはなりません。利益窃盗は,「立法者が明確に不可罰としている」ものです(前田275頁)。

ここで登場するのが,鉄道営業法29条です。

 


29 鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ50円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス

 一 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ

 二 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ

 三 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ

 


30条ノ2 前2条ノ所為ハ鉄道ノ告訴アルニ非ザレバ公訴ヲ提起スルコトヲ得ズ

 


15 旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス

  〔第2項略〕

 


    罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)

第2条 刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)につき定めた罰金については,その多額が2万円に満たないときはこれを2万円とし,その寡額が1万円に満たないときはこれを1万円とする。〔ただし書省略〕

  〔第2項以下略〕

 


鉄道営業法29条は,「旅客の不正乗車を禁ずるための罰則規定」で,「不正乗車のうち刑法246条2項で処罰できないものを処罰する規定,つまり,刑法246条2項の補充規定の性格を有するもの」とされています(伊藤=小野=荘子15頁)。鉄道営業法29条の罪は故意犯です(伊藤=小野=荘子16頁)。なお,同条の「鉄道係員」は,「鉄道の運輸,運転,保線,電気その他の分野,すなわち,現場において,直接,間接に鉄道運送の業務に従事するいわゆる現業員」のうち同条各号の行為について許諾を与える権限を有する係員ということになります(伊藤=小野=荘子16頁,6頁)。

鉄道営業法29条の「適用をみることとなる典型的なもの」としては,「駅員が不在,あるいは居ねむりをしている隙に有効な乗車券なしに乗車する,普通乗車券でグリーン車に乗るなど」が挙げられています(伊藤=小野=荘子17頁)。

キセル乗車に係る東京高等裁判所の昭和35年2月22日判決は,「乗客が下車駅において〔乗り越し〕精算することなく,恰も正規の乗車券を所持するかのように装い,係員を欺罔して出場したとしても,係員が免除の意思表示をしないかぎり,・・・正規の運賃は勿論,増運賃の支払義務は依然として存続し,出場することによってこれを免れ得るものではないから,これを以て財産上不法の利益を得たものということはできない。」として,刑法246条2項の詐欺利得罪の成立を否定しましたが,鉄道営業法29条の罪は成立するものとしています(伊藤=小野=荘子17頁参照)。磁気乗車券で乗り越してしまって下車駅の自動改札機を強行突破するときも鉄道営業法29条の罪は成立するでしょう。天網恢恢疎にして漏らさず,しっかり鉄道営業法29条が控えているわけでした。

 


イ 身柄の拘束の可否に係る刑法246条・246条の2と鉄道営業法29条との相違

しかし,刑法246条2項及び246条の2の罪の罰は10年以下の懲役であるのに対して,鉄道営業法29条の罪の罰は2万円以下の罰金(罰金等臨時措置法21項)又は科料(1000円以上1万円未満(刑法17条))にすぎません。この刑の相違は,刑事手続上も大きな違いを生みます。

まず,二項詐欺又は電子計算機使用詐欺の場合は,公訴時効は7年(刑事訴訟法25024号)であって,逮捕状を待たずの緊急逮捕もできる(同法2101項)ところです。

ところが,これに対して,鉄道営業法29条の罪の場合は,公訴時効は3年にすぎず(刑事訴訟法25026号),緊急逮捕はおろか現行犯逮捕もできず(同法217条。「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」を除く。),逮捕状による逮捕もできず(同法1991項ただし書(被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく検察官,検察事務官若しくは司法警察職員による取調べのための被疑者に対する出頭の求め(同法198条)に応じない場合を除く。)),勾留もされません(同法603項(被告人(又は被疑者(同法2071項))が定まった住居を有しない場合を除く。))。となると,うっかり乗り越してしまって,磁気乗車券が挿入された自動改札機の扉がバタンと閉まったにもかかわらず,ズイと図々しく出場したときに,「ちょっとあんた,何してるの。鉄道営業法29条違反の犯罪だよ。」と呼び止められても,堂々と氏名を名乗り,住所を告げ,「逃げも隠れもしない。ただ,今は所用があるのでちょっと失礼する。」と高々と宣言すれば,身柄が拘束されることもなく,すたすたと立ち去ることができるということでしょうか。しかも,鉄道営業法29条の罪は親告罪(同法30条ノ2)なので,捜査当局は被疑者の身柄拘束にますます慎重にならざるを得ません。犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)121条は「逮捕状を請求するに当つて,当該事件が親告罪に係るものであつて,未だ告訴がないときは,告訴権者に対して告訴するかどうかを確かめなければならない。」と規定しています。告訴権者から「告訴しません。」という返事があってもやはり逮捕状を請求するというのであれば同条の意味は無いでしょう。鉄道営業法29条の罪に係る親告罪の告訴期間は,告訴権者が「犯人を知つた日から6箇月」です(刑事訴訟法2351項)。

 


ウ 鉄道の場合と軌道の場合との相違

ところでそういえば,大阪市営地下鉄は軌道でした。下車駅における自動改札機強行突破を刑罰の威嚇をもって制止すべく,軌道法にもやはり鉄道営業法29条に相当する規定があるのでしょうか。(なお,都市モノレールの整備の促進に関する法律(昭和47年法律第129号)にいう都市モノレールも「支柱が道路面を占めていることから軌道」とされているそうです(和久田13頁)。ちなみに,同法に係る旧運輸省と旧建設省との「都市モノレールに関する覚書」締結までは,関東の京浜急行電鉄の大師線,関西の京阪電気鉄道の京阪線・宇治線,阪急電鉄の宝塚線・箕面線・神戸線・今津線・伊丹線・甲陽線,阪神電気鉄道の全線,能勢電気軌道の妙見線及び山陽電気鉄道の本線も,軌道であったそうです(和久田1213頁)。)

しかし,どういうわけか,軌道法には,鉄道営業法29条に相当する罰則が見当たりません。日本国憲法(736号ただし書参照)の施行の結果効力を失った罰則(和久田156頁)が並んでいる軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)の第4章にもありません(なお,また古い話ですが,軌道運輸規程4章は明治23年法律第84号(命令の条項違犯に関する罰則の件)に基づいていたもののようです。ちなみに,明治23年法律第84号については,佐藤幸治教授による『デイリー六法』の「創刊時はしがき」を参照。また,昭和22年法律第72号1条参照)。

これはどういうことでしょうか。鉄道営業法29条,15条1項及び18条ノ2を見比べながら考えると,どうも同法29条は乗車券の存在を前提とした規定であるということのようです。通し運送の場合に係る同法18条ノ2によって,乗車券の必要に係る同法15条1項が軌道に準用されるものとされているところからすると,鉄道との通し運送のときを除けば,軌道の乗客は乗車券を持たないことが原則であるようです。路面のチンチン電車を利用するのに鉄道のように事前に運賃を前払していちいち乗車券を買うということはない,ということは,確かにもっともではあります(ただし,前記の軌道運輸規程の第62項,第8条などは「乗車券」に言及してはいます。)。

それでは,「乗車券」とは何でしょうか。鉄道営業法2条1項で「本法其ノ他特別ノ法令ニ規定スルモノノ外鉄道運送ニ関スル特別ノ事項ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依ル」と定められている鉄道運輸規程(法令番号は昭和17年鉄道省令第3号ですが,国土交通省令です(同条2項)。)の第12条は,「乗車券ニハ通用区間,通用期間,運賃額及発行ノ日附ヲ記載スルコトヲ要ス但シ特別ノ事由アル場合ハ之ヲ省略スルコトヲ得」と規定しています(軌道運輸規程には同条に対応する条項は見当たらず。)。換言すれば,通用区間,通用期間,運賃額及び発行日付の記載があって初めてまっとうな乗車券になるということでしょう。「乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ」には処罰されるべき旨を定める鉄道営業法29条3号の規定は,正に「通用区間」が乗車券に記載されていることを前提としているもののようです。

(なお,明治33年逓信省令第36号の旧鉄道運輸規程14条(「乗車券ニハ通用区間及期限,客車ノ等級,運賃額並発行ノ日附ヲ記載スヘシ/特殊及臨時発行ノ乗車券ニ在リテハ前項ノ記載事項ヲ省略スルコトヲ得」)に関して,「乗車券は運賃の領収証となり又通用区間の通券となるものなれは記載の事項を一定し,旅客をして一見誤謬なからしむることを要す,是れ本条に於て特に其の記載すへき事項を規定したる所以」と説明されていました(帝国鉄道協会『鉄道運輸規程註釈』(帝国鉄道協会・1901年)11頁)。)

 


(4)自動改札機の強行突破:Suica等のSFサービスの場合

鉄道営業法29条が乗車券を前提としているのならば,乗車券を使わずに鉄道を利用する場合には同条の罰則の適用があるのかどうかが問題になります。例えば,Suica等のSFStored Fare)サービスを利用して,入金(チャージ)し置いた金額での精算払い方式で電車に乗るときは,これは乗車券を持って乗車することになるのかならないのか。鉄道営業法15条1項は,「営業上別段ノ定アル場合」は乗車するのに乗車券を受ける必要がないとわざわざ規定してくれていますから,無理にSF利用時のSuica等をもって乗車券と観念する必要はないように思われます。いわんや,SFサービス利用時のSuica等のカード上には当該利用に係る「通用区間」は記載されず,また,当該利用時において下車すべき「停車場」も指示されざるにおいておや。Suica等のSFサービスを使って電車に乗ったが下車駅で自動改札機に入金額不足だと扉を閉められたので,そこでままよと自動改札機をそのまま突破したという場合には,鉄道営業法29条の適用もない,とのもっともらしい主張も一応はでき得るように思われます。(そもそも軌道には鉄道営業法29条又は同条同様の罰則の適用がないというのであれば,Suica等のSFサービス利用のときに同条の適用がないものとしても,同条の適用がある磁気乗車券の場合との不均衡をそれほど気にする必要はないということになるようでもあります。)

 


5 車内で一杯

 さてさて,いつものように長い記事でお疲れさまです。(これ以上長過ぎると,ブログにアップロード不能になるようです。)

 たまたま長距離列車に乗って旅をされている読者の方は,ここで持参のお酒を取り出して,ほっと一杯やりたくなりませんか。

 鉄道旅行のよいところは,事故を起こさないようにしらふで緊張して車を運転して,移動するだけでへとへとになるドライブ旅行とは違って,車窓風景をゆったりと味わいつつ,いい気分でお酒を楽しめることではないでしょうか。

 とはいえ,持参のお酒は残さず飲まなければなりません。

 多少量が多くても,がまんして飲み干すことが期待されます。

 鉄道運輸規程23条1項を御覧ください。

 


 23 旅客ハ自ラ携帯シ得ル物品ニシテ左ノ各号ノ一ニ該当セザルモノニ限リ之ヲ客車内ニ持込ムコトヲ得

  一 〔略〕

  二 酒類,油類其ノ他引火シ易キ物品但シ旅行中使用スル少量ノモノヲ除ク

  〔第3号から第7号まで略〕

 


 実はお酒は,飲まないならば,客車内持込禁止なのです。

 持ち込んだ以上は,そのお酒は,「旅行中使用スル少量ノモノ」なのです。

 ということは,鉄道旅行に向け準備したお酒は,車内で全部飲み干してしまって,「少量だったねぇ」と名残を惜しむものだということになるのです。

 


 しかしここから先は,「呑み鉄」の世界になるようです。


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多摩モノレール(立川北駅):ただし,これは,鉄道ではなく軌道です。

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