Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

カテゴリ: 特別刑法

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9 東京地方裁判所昭和61年8月25日判決(北大塚三丁目事件)

東京地方裁判所昭和61825日判決(判タ622243頁)の事案は,無線機について「スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている」状態にまでは至っていないもののように思われるのですが,免許を受けずに無線局を開設する罪の成立がそのような段階において認められています。当該判決に係る罪となるべき事実は,「被告人両名は,共謀のうえ,郵政大臣の免許も法定の除外事由もなく,昭和601129日午前620分ころ,東京都豊島区北大塚三丁目12号付近路上において,両名が乗車して走行途次の普通乗用自動車内に,無線機2台,増幅機3台,安定化電源2台(以上は昭和61年押第656号の12の一部),電源2組(3個)(うち1組⦅2個⦆は同符合の一部,1組⦅1個⦆は同押号の2)及び空中線4本(同押号の671011)を積載し,被告人らにおいて接栓(コネクター)を差し込んで接続しさえすれば直ちに2組の無線通信設備として電波の発信が可能な状態にこれを支配管理し,もつて無線局を開設したものである。」というものでした(被告人両名はそれぞれ懲役10月)。

当該事案においては,「スイッチを入れればすぐ電波が出る」どころではなくて,もたもたとまず「接栓(コネクター)を差し込んで接続」しなければ送信設備になりません。また,「無線機」だけのみならずわざわざ電源や空中線が別途挙げられていますので,この「無線機」は,「送信設備」(送信装置と送信空中線系とから成る電波を送る設備(電波法施行規則2135号))に至らぬ「送信装置」(無線通信の送信のための高周波エネルギーを発生する装置及びこれに付加する装置(同項36号))にとどまっていたものでしょうか。ちなみに,「送信空中線系」とは,「送信装置の発生する高周波エネルギーを空間へ(ふく)する装置をいう」ものとされています(同項37号)。北大塚三丁目事件におけるこれら各機材の所在状況を見ると,「後部座席上の木の枝に装着したアンテナ2本(昭和61年押656号の67),その下のカメラボックス1個(同12)及び後部座席上のショルダーバック1個(同1)」が車内にあったところ,当該「カメラボックス内の無線機器一式⦅同12⦆並びにショルダーバッグ内のバッテリーと同軸ケーブル⦅同2及び3⦆」及び「紙筒(同9)と在中のホイップアンテナ2本(同1011)」が更に発見されたということになっています。電波法78条及びそれを承けた電波法施行規則42条の2を見ても,空中線が取り外され,電源も接続されていない送信装置をもって,無線局としての運用が可能な状態を構成するものといってよいものかどうか。「罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」とは1981512日の参議院逓信委員会における田中眞三郎政府委員の答弁でしたが,司法当局はより大胆な解釈運用に踏み込んだ,と評価すべきものなのでしょう。安西溫元検事正は「例えば,空中線が展張されていない場合(擬似空中線が取設されている場合を含む),電力供給ができない場合(電源不接続等)や無線設備が包装されていてそのままでは操作できない場合は開設とはいえない。」としつつも,「しかし,空中線が展張されていなくても,それがすでに無線設備に接続されていて容易かつ即座に展張しうる状態にあるとか,電源に接続されていないコードが電源の直ぐ間近かにあって即刻接続できる状態にあるとかのように,直ちに無線局としての運用ができる客観的状況が存在し,そのことから無線局を運用しようとする意図が推定できるときはすでに開設したといえる。」とまで述べていましたが(安西311頁),実務はこの安西説よりも更に進んでいます。

被告人らの主観的情況については,量刑事情として,「本件において被告人両名が支配管理していた無線装置は同時的使用の可能な2組,しかもいずれも市販の機器に改造が施されていて,(1)専ら送信の機能のみ,それも正常な音声通信は不可能で雑音だけを発信できるという極めて特異な機構に変えられており,かつ,(2)警察無線と周波数を同じくする電波も発射できるような仕組みに改められているものである。/このことは,第1に,本件無線装置が他の無線通信の妨害かく乱を唯一直接の目的とするものであることを意味する。」との判示があります。「他の無線通信の妨害かく乱」のために接続後の本件無線設備を使用する目的が,被告人らについて認められたということでしょう。なお,東京地方裁判所は,被告人らの「背後に必ずや,ある目的のために特定の無線通信を積極的に妨害かく乱するのだという事前の企図があり,被告人両名の本件所為がその周到な企ての一環として行われたものであることを推知させるものである」との認定をも行っていますが,そうであっても当該被告人らは,当該企図者の支配管理のもとに送信設備の操作にかかわったにすぎない者とまではいえないとしたものでしょう。

 

10 東京高等裁判所平成元年3月27日判決及び東京地方裁判所平成29427日判決(故意及び違法性の意識ないしはその可能性)

 

(1)東京高等裁判所平成元年3月27日判決(山谷争議団事件)と制限故意説

東京高等裁判所平成元年327日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成167号)は,電波法41項ただし書の免許を要しない無線局との関係で,免許を受けないで無線局を開設する罪の主観的要件について説くところがあります。

故意について,いわく。「(3)免許を必要とする出力の無線機を運用していた事実について認識を欠いていたとの主張について検討するに,原判決が弁護人らのこの点の主張は違法性の意識の欠如をいうに過ぎないものであって,それ自体失当であるとしたことは,所論指摘のとおりである。この点,所論は,免許を受けないで無線局を運用する罪の故意として,操作する無線機についてその出力が免許を必要とする強さ以上のものであるという認識が必要であるというのであるが,電波法4条,1101号は,無線局の開設,運用には原則として郵政大臣の免許が必要であることを定めたもの,いいかえると,免許を受けない者が無線局を開設,運用することを禁止することを定めたものであり,4条但書は,右原則的禁止に対し,電波が著しく微弱な場合などを法定の除外事由として定めたものと考えられ,したがって,故意としては無線設備――本件においては無線機――を操作して送受信を行うという認識(認容)のほか免許を受けていないという認識があれば足り,操作する無線機の出力が免許を要する範囲に入っているかどうかについては認識を要しないと解される。そして,被告人らにおいては,前記(2)で述べたように電波法の関係規定を知っていたとは認められないので,本件で使用した無線機の出力が免許を要する範囲に入っているということの認識があったとは認められないが,これによって故意を欠くものとは認められない。」と。

違法性の意識の可能性の位置付けについて,当該東京高等裁判所判決は「故意に違法性の意識は不要だが,その可能性は必要である(ないしは違法性の意識のないことに過失があれば故意犯として処罰する)という制限故意説」(前田雅英『刑法総論講義第4版』(東京大学出版会・2006年)215頁)を採用しているようです。いわく,「(2)違法性の意識を有する可能性について検討すると,原判決は,「弁護人の主張に対する判断」の二(2)の項で,被告人らには本件無線機の使用について違法性の意識があったことは証拠上これを認めることができないが,違法性の意識の欠如は故意を阻却しないとしたうえ,本件無線機を無免許で使用することが違法であると認識しうる可能性は十分にあったと考えられ,被告人らがこれらを認識しなかったことに相当な理由があったということはできないと認定説示しているところ,これは結論的に正当として是認できる。この点,関係各証拠を検討すると,被告人らを含め山谷争議団らが無線機を使用するにあたり,法規関係について解説してある本を読んだり電気店の店員らから説明を受けるなどしていたことは一切窺われず,したがって,電波法の関係規定を知っていたかどうかも不明であり,更には違法性の意識についてもこれを欠いていたのでは(ママ)ないかという疑いが残ることになる。しかし,無線機を使用することについては,いわゆる子供の玩具以外の場合,一定の法的規制があるというのが一般社会において常識的になっており,また,山谷争議団の者らにおいては,池尾荘で発見された6個の無線機がいずれもその使用に関し免許を要する機種であったのであり,池尾荘に設置したスーパーディスコアンテナも無線機の使用に際し用いられる器具の一つであったのであるから,これらの物を購入などする際には電気店の店員らに対しその使用について法的規制があるかどうか確かめることにより,免許が必要なことを容易に知ることができたものと認められる(本件無線機と同種の無線機の取扱説明書には,免許を要することの直接的な記載はないが,間接的にそれを窺わせる記載がある)。したがって,被告人らは,違法性の意識を欠いたことについて相当な理由はなかったもの,いいかえると,違法性を意識することのできる可能性のあったことが十分認められるので,本件各所為について故意を欠くとは認めることができない。この点,被告人らに故意のあることを認めた原判決に誤りはない。」と(下線は筆者によるもの)。故意の有無を違法性の意識の可能性の有無にかからしめていますので,違法性の意識の可能性を故意とはまた別個の責任阻却事由とする責任説(前田215頁参照)を採るものではありません。

 

(2)東京地方裁判所平成29年4月27日判決

なお,東京地方裁判所平成29427日判決(判時2388114頁。この判決は「電波法109条に関する東京地方裁判所平成29年4月27日判決(判時2388114頁)に関して(附:有線電気通信法17条1号の謎)」記事において御紹介するところがあったものです。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1075116026.html)に係る電波法1101号の免許又は登録を受けずに無線局を開設した罪の事案においては,「弁護人は,被告人が〔略〕パソコンに接続して使用していた無線LAN接続機器(3号物件)につき,被告人には,3号物件が日本で定められている出力制限値を超える出力が可能なものであったという認識がなかったから,無線局開設の故意がなく,無罪である旨主張し,被告人もそれに沿う供述をしている」ところ(これは,「違法性の意識がなければ故意がないとする厳格故意説」(前田215頁)的主張です。),当該主張及び供述に正面から応ずる形で丁寧に当該認識の有無を検討し(なお,違法性の意識を欠くことにつきやむを得ない事情があるときは,刑法383項ただし書による刑の減軽が問題ともなります。),「よって,被告人には,出力制限値を超える出力が可能な無線LAN接続機器を使用して無線局を開設したことの認識があったと認められる。」との結論に達しています。違法性の意識ないしはその可能性と故意との関係に係る刑法理論上の問題について抽象的に説き及ぶところはありません。

 

(3)判例における故意と違法性の意識ないしはその可能性との関係

いずれにせよ,判例は,厳格故意説,制限故意説等とは異なり,「「事実の認識が存すれば故意責任を問い得る」とし,違法性の意識が欠けても責任に影響しないとしてきた」とされているものの(前田219頁),そこでも「一般人ならば違法性の意識を持ち得るだけの事実の認識」は必要でしょう(同220頁)。

 

11 平成5年法律第71号による改正(an denen er einst die Kraft seiner Jugend geübt hatte

平成5年法律第71号により,199441日から(同法附則1項),電波法110条の罰金の額が「20万円以下」から「50万円以下」になっています。

 

12 東京地方裁判所八王子支部平成9年7月4日判決(原田判決)

原田國男裁判官による東京地方裁判所八王子支部平成974日判決(判タ969278頁)は,罪数論的に興味深い裁判例です。まず,当該判決中電波法違反に関する犯罪事実。

  

  被告人は〔中略〕

 第2 別紙一覧表記載のとおり,前記Bらと共謀の上,Bらによる三鷹電車区からの〕窃取に係り,携帯用に改造した防護無線通信装置から電波を発射して,東日本旅客鉄道株式会社(代表取締役松田昌士)の旅客鉄道業務を妨害しようと企て,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外理由がないのに,平成848日午後519分ころから同年53日午後1038分ころまでの間,前後2回にわたり,千葉県船橋市海神町二丁目646番地付近から同県市川市平田四丁目113号付近に至るまでの道路上を走行する普通乗用自動車内等において,前記の携帯用に改造した防護無線通信装置を携帯して周波数373.2736メガヘルツの電波を多数回発射し,同県船橋市西船四丁目277号所在の右東日本旅客鉄道株式会社西船橋構内ほか13か所において,運行中の同社が運航管理する電車延べ21列車に各設置してある防護無線通信装置に同電波を受信させ,右21列車を緊急停止させ,又は,発車を見合わせるなどさせてその運行を遅延させ,もってそれぞれ偽計を用いて右東日本旅客鉄道株式会社の業務を妨害するとともに,無線局を開設して運用したものである。

 

 次に電波法違反に関する法令の適用。

 

  判示第2の別紙一覧表番号1199648日,共犯者Bと共に,前記千葉県内の道路上を走行中の普通乗用車内から,午後519分,午後520分及び午後521分の3回電波を発射〕及び同番号2199653日,共犯者A及びBと共に,東京都新宿区市谷田町二丁目5番付近から同都新宿区新宿三丁目381号付近を経て同都豊島区南池袋一丁目281号付近に至るまでの道路上に駐車し,又は,同道路上を走行する普通乗用自動車内から,午後1027分,午後1029分,午後1030分,午後1031分,午後1032分,午後1035分及び午後1038分の7回電波を発射〕の各行為のうち,電波法違反の点は,各無線局開設及び各運用につき包括してさらに各電波発射行為全体について包括して電波法1101号,4条,刑法60〔共同正犯〕に該当し,〔中略〕電波法違反の罪は,別紙一覧表番号1及び同番号2ごとに,全体として包括一罪となる

 

免許を受けずに無線局を開設した者が更に当該無線局を運用した場合の罪名については,河上説では運用罪のみが成立するとされ(伊藤等449頁),安西説では「開設罪と運用罪とを包括して1101号違反の1罪が成立する」とされていましたが(安西311頁),原田裁判官は安西説を採用したものです。

また,199648日及び同年53日のそれぞれにつき免許を受けずに無線局を開設した罪が成立したとされています。郵政大臣の免許を受けずに最初に無線局を開設した時に同罪は成立すると共に終了し,以後は法益侵害状態のみが残るという状態犯ではない,ということになりましょう。

 

13 平成15年法律第68号,平成16年法律第47号及び平成19年法律第136号による改正

平成15年法律第68号により,2004126日から(同法附則1条,平成15年政令第500号),電波法110条の柱書きが,「次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」に改められています。

平成16年法律第47号の第2条により,2005516日から(同法附則13号,平成17年政令第158号),電波法1101号が「第4条の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」に改められています。

それまでの電波法1101号が,現在のような1号と2号とに分離されたのは,平成19年法律第136号の第2条による改正によって,200841日からです(同法附則1条,平成20年政令第49号)。

 電波法1101号と2号とに分離されてしまった以上,免許を受けずに無線局を開設し,更に運用した場合には,やはり1罪ではなく2罪が成立するものと解し,両罪の関係は牽連犯(刑法541項後段)ということになるのでしょう。この限りにおいて前記原田判決の前例性は失われるわけです。

14 仙台高等裁判所平成19126日判決(W無線クラブ事件)

 前記仙台高等裁判所平成19126日判決は,アマチュア局の免許を受けている社団(W無線クラブ)の構成員である被告人(同人は自己のアマチュア局の免許を19963月に失効させている。)が無線局の運用をしていたところ,当該無線局に係る無線設備は被告人が1993年ないしは1994年頃購入して同人の車両に取り付け,20045月頃に自己の軽四輪貨物自動車に付け替えて以後ほぼ毎日のように使用していたものであって他の社団構成員が共用したことはなかったこと,当該社団が無線局免許を受ける際に提出した書類には当該無線設備が社団局の無線設備として記載されておらず,かつ,当該無線設備の常置場所は当該社団の無線設備の設置場所・常置場所ではなかったこと並びに被告人及び当該社団の構成員は当該無線設備が社団のものであるという認識を有していなかったことから,当該無線設備は当該社団に属しないものであることを認め,免許を受けずに「被告人は本件無線設備を設置して無線局を開設した」罪を犯したものとした原審判決を維持したものです。

 しかし,被告人がアマチュア局の免許を有していた時期に購入した無線設備だというのですから,電波法78条及び11319号との関係はどうなるのでしょうか。「免許を取り消され或いは免許期間が経過した後も設備を維持し,人を配置していれば開設罪が理論上は成立するが,現実には,運用罪に問擬する方が証拠上の難点が少ないと思われる。空中線の撤去(78条)に要する合理的時間が考えられるからである。」と説かれていたところです(伊藤等448頁(河上))。

 

15 平成27年法律第26号による改正

 平成27年法律第26号の第2条によって,2017101日から(同法附則1条,平成29年政令第255号),電波法1101号中「第4条」が「第4条第1項」に改められ,同号は現在の形になっています。

  

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1 関係条文

電波法(昭和25年法律第131号)の第110条には次のような規定があります。無線局の免許(電波法41項。これは,無線従事者の免許(同法411項,11316号)とは異なります。),無線局の登録(同法27条の181項),特定無線局に係る包括免許(同法27条の2(ただし,第一号包括免許人(同法27条の21号に掲げる無線局に係る特定無線局の包括免許人(同法27条の62項))の開設する特定無線局の数に係るものです。))及び高周波利用設備の許可(同法1001項)という電波法の柱となる各制度を支える礎石ともいうべき犯罪構成要件群ということになります。

 

110条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,無線局を開設した者

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,かつ,第70条の71項,第70条の81項又は第70条の91項の規定によらないで,無線局を運用した者

 27条の7の規定に違反して特定無線局を開設した者

 100条第1項の規定による許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   〔第5号から第12号まで略〕

 

 関連規定を以下に掲げておきます。

 

(無線局の開設)

4条 無線局を開設しようとする者は,総務大臣の免許を受けなければならない。ただし,次の各号に掲げる無線局については,この限りでない。

 発射する電波が著しく微弱な無線局で総務省令で定めるもの

 26.9メガヘルツから27.2メガヘルツまでの周波数の電波を使用し,かつ,空中線電力が0.5ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて, 38条の7 1項(第38条の314項において準用する場合を含む。),第38条の26(第38条の316項において準用する場合を含む。)若しくは第38条の35又は第38条の443項の規定により表示が付されている無線設備(第38条の231項(第38条の29,第38条の314項及び第6項並びに第38条の38において準用する場合を含む。)の規定により表示が付されていないものとみなされたものを除く。以下「適合表示無線設備」という。)のみを使用するもの

 空中線電力が1 ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて,次条の規定により指定された呼出符号又は呼出名称を自動的に送信し,又は受信する機能その他総務省令で定める機能を有することにより他の無線局にその運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるもので,かつ,適合表示無線設備のみを使用するもの

 27条の181項の登録を受けて開設する無線局(以下「登録局」という。)

 本邦に入国する者が,自ら持ち込む無線設備(次章に定める技術基準に相当する技術基準として総務大臣が指定する技術基準に適合しているものに限る。)を使用して無線局(前項第3号の総務省令で定める無線局のうち,用途及び周波数を勘案して総務省令で定めるものに限る。)を開設しようとするときは,当該無線設備は,適合表示無線設備でない場合であつても,同号の規定の適用については,当該者の入国の日から同日以後90日を超えない範囲内で総務省令で定める期間を経過する日までの間に限り,適合表示無線設備とみなす。この場合において,当該無線設備については,同章の規定は,適用しない。

 前項の規定による技術基準の指定は,告示をもつて行わなければならない。

 

(登録)

27条の18 電波を発射しようとする場合において当該電波と周波数を同じくする電波を受信することにより一定の時間自己の電波を発射しないことを確保する機能を有する無線局その他無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。以下同じ。)を同じくする他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することのできる無線局のうち総務省令で定めるものであつて,適合表示無線設備のみを使用するものを総務省令で定める区域内に開設しようとする者は,総務大臣の登録を受けなければならない。

  〔第2項及び第3項略〕

 

(指定無線局数を超える数の特定無線局の開設の禁止)

27条の7 第一号包括免許人は,免許状に記載された指定無線局数を超えて特定無線局を開設してはならない。

 

(特定無線局の免許の特例)

27条の2 次の各号のいずれかに掲げる無線局であつて,適合表示無線設備のみを使用するもの(以下「特定無線局」という。)を2以上開設しようとする者は,その特定無線局が目的,通信の相手方,電波の型式及び周波数並びに無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。)を同じくするものである限りにおいて,次条から第27条の11までに規定するところにより,これらの特定無線局を包括して対象とする免許を申請することができる。

 移動する無線局であつて,通信の相手方である無線局からの電波を受けることによつて自動的に選択される周波数の電波のみを発射するもののうち,総務省令で定める無線局

 電気通信業務を行うことを目的として陸上に開設する移動しない無線局であつて,移動する無線局を通信の相手方とするもののうち,無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して総務省令で定める無線局

 

(非常時運用人による無線局の運用)

70条の7 無線局(その運用が,専ら第39条第1項本文の総務省令で定める簡易な操作(次条第1項において単に「簡易な操作」という。)によるものに限る。)の免許人等は,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該無線局の免許等が効力を有する間,当該無線局を自己以外の者に運用させることができる。

  〔第2項から第4項まで略〕

2007524日付けの総務省「放送法等の一部を改正する法律案について」5頁及び6頁によれば,免許人等たる被災地地方公共団体から非常時の通信のための無線設備を応援部隊等に対して貸し出す場合が想定されています。)

 

(免許人以外の者による特定の無線局の簡易な操作による運用)

70条の8 電気通信業務を行うことを目的として開設する無線局(無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して,簡易な操作で運用することにより他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるものとして総務省令で定めるものに限る。)の免許人は,当該無線局の免許人以外の者による運用(簡易な操作によるものに限る。以下この条において同じ。)が電波の能率的な利用に資するものである場合には,当該無線局の免許が効力を有する間,自己以外の者に当該無線局の運用を行わせることができる。ただし,免許人以外の者が第5条第3項各号のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

 (20172月付けの総務省総合通信基盤局「MVNOに係る電気通信事業法及び電波法の適用関係に関するガイドライン」4頁注1及び41-42頁によると,Mobile Virtual Network Operatorのサービスに関して利用される制度です。)

 

(登録人以外の者による登録局の運用)

70条の9 登録局の登録人は,当該登録局の登録人以外の者による運用が電波の能率的な利用に資するものであり,かつ,他の無線局の運用に混信その他の妨害を与えるおそれがないと認める場合には,当該登録局の登録が効力を有する間,当該登録局を自己以外の者に運用させることができる。ただし,登録人以外の者が第27条の202項各号(第2号を除く。)のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

   (前記2007524日付け総務省文書5頁及び6頁によれば,高出力のトランシーバのイベント会場,建設現場,選挙活動,スキー場等における貸出し等を可能にするための条項とされています。)

 

(高周波利用設備)

100条 左に掲げる設備を設置しようとする者は、当該設備につき、総務大臣の許可を受けなければならない。

 電線路に10キロヘルツ以上の高周波電流を通ずる電信,電話その他の通信設備(ケーブル搬送設備,平衡二線式裸線搬送設備その他総務省令で定める通信設備を除く。)

 無線設備及び前号の設備以外の設備であつて10キロヘルツ以上の高周波電流を利用するもののうち,総務省令で定めるもの

  〔第2項から第5項まで略〕

 

(電波の発射の防止)

78条 無線局の免許等がその効力を失つたときは,免許人等であつた者は,遅滞なく空中線の撤去その他の総務省令〔電波法施行規則(昭和25年電波監理委員会規則第14号)42条の2で定める電波の発射を防止するために必要な措置を講じなければならない。

 

113条 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の罰金に処する。

〔第1号から第18号まで略〕

十九 78条の規定に違反した者

 〔第20号から第28号まで略〕

 

 まあ賑やかなことです。論点満載なのですが,うっかり難しい論点に迷い込むと,行き着く果ては電波法全体を論じなければならないことになります。人生は短い。今回は禁欲して,無線局の開設及び運用に係る電波法1101号(及び2号)関係に絞って立法経緯及び裁判例を見ていきましょう。

 まずは筆者お得意の過去への遡りです。

 

2 電信法準用時代

 

(1)電信法44

 1900年に制定された電信法(明治33年法律第59号)の第44条は「電信又ハ電話ニ非スト雖通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ムル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用スルコトヲ得」と規定していました。これについては,「無線電信の如きは電信と称するも本法〔電信法〕の認むる所に非ず此の如きものも尚通信を為し信号を為し又は電話として通話しうべし之を取締らざれば本法の精神を没却すること多かるべきなり故に特に本法を準用すとせり」と説明されています(田中次郎『通信法釈義』(博文館・1901年)443頁)。あるいは,「将来学術技芸の進歩につれ電信電話でなくしてしかも相似たる作用を為すものを生ずるから,本条を設けて電信法準用の余地を残したのである。」とも説かれています(奥村喜和男『電信電話法論』(克明堂書店・1928年)295-296頁)。1928年当時,電信法44条の準用があったものとして「電鈴による信号,正午時通報,火災その他の公衆用信号等」が挙げられています(奥村296頁)。)

 

(2)明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号による準用

電信法44条に基づき,明治33年逓信省令第77号(19001010日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電信ニ準用ス」と規定し,大正3年逓信省令第13号(1914512日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電話ニ準用ス/本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス」と規定していました。(後者の施行日の定めは,公式令(明治40年勅令第6号)11条の「別段ノ施行時期」の定めになります。施行日の定めのない前者については,公文式(明治19年勅令第1号)の第10条から第12条までの規定により,「官報各府県到達日数後ノ後7日ヲ以テ施行」され(10条),ただし「天災時変ニ依リ官報到達日数内ニ到達セサルトキハ其到達ノ翌日ヨリ起算」され(11条),なお,北海道,沖縄及び島地には道庁,県庁又は所轄郡役所に現に官報が到達の翌日から起算する(12条)という仕組みで施行されたものです。)電信法44条に基づく同法の準用の結果「無線電信の施設通報信号を為す目的あれば必ず願出許可等の手続を要するに至るべし」と予想されていましたが(田中444頁),現実には,明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号はいずれも電信又は電話の私設が認められる範囲に係る電信法2条を無線電信又は無線電話に係る準用から外していましたので,同法1条の原則(「電信及電話ハ政府之ヲ管掌ス」)どおり,無線電信及び無線電話を施設することは政府以外の者には認められないこととなっていました。無線電信及び無線電話の私設が可能となるには,無線電信法(大正4年法律第26号)の制定・施行をまたなければなりませんでした。

 電信法には,次のような条項がありました。

 

  27 権利ナクシテ電信若ハ電話ヲ私設シタル者又ハ権利ヲ失ヒタル後主務官署ノ指定シタル期間内ニ私設ノ電話若ハ電信ヲ撤去セサル者ハ5円以上100円以下ノ罰金ニ処シ其ノ電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス

   前項ノ場合ニ於テ其ノ電信又ハ電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

   第1項ノ電信又ハ電話ヲ使用シタル者ハ50円以下ノ罰金ニ処ス

 

  41 第32条ヲ除クノ外前数条ニ記載シタル軽罪ヲ犯サントシテ未タ遂ケサルモノハ刑法未遂犯ノ例ニ照シテ処断ス

 

 電信法273項の「使用シタル者」については,「権利なきもの及権利を失ひたるものを罰すると同時に不法なる電信電話を使用したるものを罰す此使用者は大に専掌権妨害者の一人なれは罰せんとす使用者は其不法なることを知ると知らざるとを問はず即ち知情の如何を顧ず使用したる事実あれば直ちに処罰することをうべし」と説かれていました(田中390頁)。この「使用シタル者」は,電信又は電話の施設者ではなくて,その顧客ということになります。

 なお,電信法41条に「軽罪」とありますが,旧刑法(明治13年太政官告示第36号)8条によれば,軽罪の主刑は重禁錮,軽禁錮又は罰金ということになっています。

 

(3)電信の営造物性

 ちなみに,「電信」とは何かといえば,「元来電信と云ひ電話と云ふは其原電気的作用に原し遠隔者間の意思伝達の設備にして或場合には其作用のみを云ひ或場合には其施設全躰を指すことあり本法〔電信法〕に於ては施設全躰を総称せるなり法律上の観念として此2者を見れば正しく郵便と同しく公の営造物なりと信す」とされていました(田中276頁)。

 営造物に関しては,「法学漫歩2:電波的無から知的財産権の尊重を経て偶像に関する法まで」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)において御紹介したことがあります。

 

3 無線電信法時代

 

(1)関係条文

 1915619日に大正天皇が裁可し,同月21日の官報で公布された無線電信法には次のようにあります。

 

  16 許可ナクシテ無線電信,無線電話ヲ施設シ若ハ許可ナクシテ施設シタル無線電信,無線電話ヲ使用シタル者又ハ許可ヲ取消サレタル後私設ノ無線電信,無線電話ヲ使用シタル者ハ1年以下ノ懲役又ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス

   前項ノ場合ニ於テ無線電信又は無線電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

 

  26 前10条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 

  13 主務大臣ハ不法ニ無線電信又ハ無線電話ヲ施設スル者アリト認メタルトキハ当該官吏ヲシテ其ノ施設ノ場所ニ立入リ機器工作物ノ検査,機器附属具ノ除却其ノ他相当ノ措置ヲ為サシムルコトヲ得

 

  10 私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ施設者其ノ無線電信又ハ無線電話ノ許可ヲ取消サレタルトキハ主務大臣ノ命スル所ニ依リ其ノ機器工作物ヲ撤去スルコトヲ要ス私設ノ無線電信又ハ無線電話ヲ廃止シタルトキ亦同シ

 

  18 第5条ノ規定ニ違反シタル者又ハ本法ニ依ル無線電信,無線電話ノ使用ノ制限停止,設備変更若ハ除却撤去ノ命令ニ従ハサル者ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス無線電信,無線電話ノ事務ニ従事スル者使用ノ制限又ハ停止ニ違反シテ使用シタルトキハ其ノ従事者ニ付亦同シ

 

無線電信法は,同法附則に基づく大正4年勅令第185号(19151025日裁可,同月26日公布)により1915111日から施行されています。

 

(2)第36回帝国議会における政府委員の説明

 

ア 無線電信法13

無線電信法13条の「不法ニ」は,「許可ヲ受ケナイ場合,条件等ノ外レタ場合モ含ミマス,許可ヲ受ケヌ場合ヨリモ少シ広イ」ものであるとされています(田中次郎政府委員(逓信省通信局長)(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第18頁))。「条件等ノ外レタ場合」は「第3条ニ違反」した場合です(田辺治通政府委員(逓信書記官)(同頁))。無線電信法3条は「私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ機器,其ノ装置及運用ニ関スル制限並私設ノ無線電信ノ通信ニ従事スル者ノ資格ハ命令ノ定ムル所ニ依ル」と規定していました。「第3条ノ所謂制限ニ違反シテ,例ヘバ1「キロワット」ノ動力デ設備シタ,斯ウ云フモノガ若シ2「キロワット」ヲ用ヰテ設備シマスレバソレモ矢張リ〔第13条の不法に〕這入リマス」という例が挙げられていました(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁))。電波長(電波の周波数)もこちらに含まれます。この「許可ナクシテニアラザル,詰リ条件ニ違反シタモノ,サウ云フモノハ司法上ノ処分ハアリマセヌ」ということでした(同政府委員(同速記録同頁。また,13頁))。

 

イ 無線電信法16条の構成要件

無線電信法16条の構成要件については,「16条ノ中,許可ヲ得ズシテ施設シタ者,是ハ詰リ許可ヲ得ズシテ施設ト云ヒマスルモノハ,使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置スルト云フ意味デ施設ト書キマシタノデスガ,其モノガ更ニ一歩進ンデ使用シタト云フ場合ニハ,使用スル目的マデ其行為ガ進ンダモノデアル,所謂数行為ガ一緒ニ含マレタト云フ,アノ刑法ノ精神ヲ持ッテ来マシテ,素ト使用スル意志デ造ッタモノガ,更ニ一歩ヲ進ンデ使用セザリシ場合ハ矢張リ16条ノ前段デ処分シヤウ,斯ウ云フ立前ニナッテ居リマス」(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁)),「16条ノ許可ガナクシテ施設シタモノト云フ意味ハ,使ヒマセヌデモ使用ノ意思ヲ以テ無線電信電話ノ機械ヲ設置シタモノハ直ニ矢張リ本条ニ這入リマシテ,尚一歩進ンデ其モノヲ同ジ人間ガ使ヒマシテモ,先程磯部〔四郎委員〕サンノ質問ノヤウニ一歩進ンデ使ヒマシテモ,矢張リソレハ使用ノ意思ヲ以テ造ッタモノガ目的ヲ達シタト云フノニ過ギマセヌノデ,等シク本条ニ依ッテ処罰スルト云フ定メニナッテ居リマス」(同政府委員(同速記録13頁)),「此16条ハ許可ナクシテ施設シタモノデモ罰セラレル,況ンヤ施設シテソレヲ使用スルモノハ尚ホ罰セナケレバナラヌ,斯ウ云フ訳デアリマス」(田中次郎政府委員(同頁)),「実ハ此施設シテ尚ホ使用シタ場合ハモウ丁度1年以下ノ懲役,又ハ1000円以下ノ罰金ニ当テテ宜カラウ,本件ハ刑法ノ関係カラ考ヘマシタノデ,寧ロ其施設シタダケノモノハ此範囲内ニ這入ル積リデ居リマシタ」(同政府委員(同頁))と説明されています。

無線電信法16条の「使用」は,電信又は電話の利用の顧客に係る電信法273項の「使用」とは異なるようです。無線電信法においては別途その第173項において「私設ノ無線電信又ハ無線電話ニ依頼シ通信ヲ為サシメタル者ハ100円以下ノ罰金ニ処ス」と規定されていたところです。(しかしながら,第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会の磯部四郎委員(1892年の大審院検事時代に同僚と雑談中,司法高官らによる日本橋浜町の待合茶屋初音屋等における芸妓を交えての花札博奕(ばくち)遊戯についてしゃべってしまって「弄花事件」を惹起するに至り,自らも同年53日に辞表を提出した花札好きの人物(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁))は無線電信法16条の「使用」を電信法273項の「使用」と同義であると解していたようで,かつ,田辺治通及び田中次郎両政府委員は正面からその誤解を指摘せず,ないしは磯部委員にむしろ迎合してしまったところもあって,191561日の議事は一部混乱しています(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212-13頁)。)

無線電信法16条の無線電信,無線電話の施設者は,「使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置」した者ですから,当該無線電信,無線電話の使用者と同一ということになりそうなのですが,実は施設者と使用者との間には微妙な齟齬があります。「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方ガ主眼」で,工事をした技師は入らない一方(田中次郎政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第215頁)),「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス,船長ノ命ニ依ッテヤル,船長ハ殆ド船舶内ノ最上権ヲ有ッテ居リマスカラ,船長ガ使用センナラヌ場合モアラウカト思ヒマス」と説かれています(同政府委員(同頁))。


ウ 無線電信法16条の刑量

無線電信法16条の罰の重さについては,「有線電信法ニハ罰ノ割合ハ5円以上100円以下ト云フ罰金丈ケニナッテ居リマス,是ハ矢張リ無線電信ノ性能トシテ随分濫用ノ結果,非常ナル弊害ガ伴ナウ,斯ウ云フコトカラ許可ヲ得ズシテヤル者ハ是非体刑ヲ加ヘテ,最高限ヲ重クシテ置カウ,勿論各犯罪ノ各種ノ場合ニ於キマシテハ各種ノ状況モアリマスノデ罰金刑ダケデハ足ラヌ,随分情ノ重イ者ハ体刑迄イカヌト通信ヲ濫用シタ者ノ取締ガ附カヌ,斯ウ云フ考カラ体刑モ加ヘマシタ」と(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第19頁)),あるいは「有線電信ヨリモ無線電信ハ割合ニ取締上先刻申上ゲタヤウニ困難ヲ感ズルヤウナ次第デアリマシテ,又其害モ有線電信ハ両間ダケノ間ニ止マルガ,無線電信ハ四方八面カラ来ル通信ヲ受ケ得ル装置ニナッテ居ル,又四方八面ヨリ出シ得ル機械デアリマスカラ,随分之ヲ不法ニ設備スルト云フコトハ,其害毒ヲ及ボスコトハ夥シイダラウト思ヒマスカラ,有線電信ヨリハ刑ヲ重クスルコトハ至当デアラウト,斯ウ云フヤウナ考デアリマス」と(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第13頁))説明されています。

電信法271項の「電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス」規定に対応する規定が無線電信法16条にはない理由は,「刑法ノ一般ノ規定ニ基キマシテ所謂犯罪ヲ構成スルヤウナモノハ,自ラ没収セラルヽ規定ガアリマスカラ,其方ニ拠ルコトニナルノデアリマス」ということでした(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第14頁)。電信法制定時の旧刑法43条においては法律ニ於テ禁制シタル物件(同条1号),犯罪ノ用ニ供シタル物件(同条2号)及び犯罪ニ因リテ得タル物件(同条3号)は没収すべきものとして掲げられていましたが,電信法271項の罪における電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器は,旧刑法432号の犯罪ノ用ニ供シタル物件にすぎないものではなくむしろ「罪躰を為すべき物件」であるということで,同条にいう「法律規則ニ於テ別ニ没収ノ例ヲ定メタル者」として電信法271項後段の規定が設けられていたものです(田中388-389頁)。刑法(明治40年法律第45号)1911号は,犯罪行為を組成した物は没収することができるものと規定しています。

 

エ 田辺治通

なお,第36回帝国議会で政府委員を務めた田辺治通は,無線電信法案の起草を担当した通信局業務課長でした。当時の同課の状況に関しては,「法起草に着手した田辺治通業務課長は広江恭三氏を係長として電信主任舛本茂一氏を配し,外国制度を翻訳調査させるために井手義知,山本直太郎2法学士を加えた。舛本氏の談によれば法理,刑量,軍事保護などでの審議がはかどらないときは課長から「今日はうんと喧嘩して来い」と再三督促に出されたそうである。」との証言があります(小松三郎「無線電信法制定前後」逓信外史刊行会『逓信史話上』(電気通信協会・1961年)303-304頁)。田辺は山梨県の現在の甲州市出身,平沼騏一郎系列,後に逓信省通信局長,大阪府知事,満洲国参議府副議長,内閣書記官長,逓信大臣,貴族院議員,内務大臣等を歴任します。無線電信法廃止の年(1950年)の130日に,同法よりも4箇月ほど早く死亡します。

 

(3)昭和4年法律第45号による改正

192941日に昭和天皇が裁可し,同月2日の官報で公布された昭和4年法律第45号によって,無線電信法に高周波利用設備に関する規定が加えられています(同法は,同法附則に基づく昭和4年勅令第345号によって193011日から施行)。

 

 第28条ノ2 無線電信又ハ無線電話ニ非スト雖高周波電流ヲ使用シ通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用ス

 

 第28条ノ3 主務大臣ハ無線電信又ハ無線電話ニ依ル公衆通信又ハ軍事上必要ナル通信ニ及ホス障碍ヲ防止スル為必要ト認ムルトキハ高周波電流ヲ発生スル設備ニシテ無線電信,無線電話又ハ前条ノ通報信号施設ニ非サルモノニ関シ其ノ施設者ニ対シ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ヲ命スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ニ要シタル費用ハ命令ノ定ル所ニ依リ政府之ヲ補償ス

  前項ノ規定ニ依ル補償ニ関スル決定ニ対シ不服アル者ハ其ノ通知ヲ受ケタル日ヨリ3月内ニ民事訴訟ヲ提起スルコトヲ得

 

4 電波法の制定

電波法は,その公布の日である195052日から起算して30日を経過した日である同年61日から施行され(同法附則1項),同日から無線電信法は廃止されています(電波法附則2項)。制定当時の電波法110条の第1号から第3号までは次のとおりでした。

 

  110 左の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。

   一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を運用した者

   二 第100条第1項の規定に依る許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   三 第52条,第53条又は第55条の規定に違反して無線局を運用した者

    〔第4号から第6号まで略〕

 

なお,電波法52条本文は「無線局は,免許状に記載された目的又は通信の相手方若しくは通信事項(放送をする無線局については,放送事項)の範囲をこえて運用してはならない。」と規定していました。

電波法110条について,電波監理委員会電波監理総局の文書課長,放送課長及び法規課長を著者とする解説書は,次のように解説します。

 

  本条は,免許又は許可のないのに無線局若しくは高周波利用設備を運用したり,法律又は之に基く命令に違反して無線局又は無線設備を運用した者及び非常通信を拒否した者を処罰する規定である。

  従来の無線電信法16条では,許可なくして無線局を設置すれば処罰されるのであるが,本条では無線局又は高周波利用設備を免許又は許可を受けないで設置しても処罰されず,ただ免許又は許可を受けないで運用した場合に初めて処罰されるのである。単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。

  「免許がない」又は「許可がない」とは,初めから「免許又は許可」を受けないで運用する場合のみならず,免許の有効期間が経過し再免許を受けないで運用する場合,及び「免許又は許可」を取消された後,運用する場合を含むのである。

  本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう,又芸能人も当該無線局が免許がないと知りながらその無線局で放送に出演した場合は罪に問はれるであらう。(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)262頁)

 

2段落で「単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。」といっていますが,これは実は日本側の発案ではなくGHQの指示によるものであったようで,194928日から数回にわたって逓信省の起草担当者がGHQ民間通信局の関係者と共同審議した結果同年315日にGHQ側から得られた了解事項の一つに「無線設備を建設許可なしに設置しても処罰する要はなく,ましてその未遂罪を処罰する必要はないこと。」があったのでした(荘等21-22頁)。無線電信法案が審議された191561日の貴族院無線電信法案特別委員会でも藤田四郎委員が「尚ホ私ハ磯部君ノ御尋ネノコトニ付テモウ少シ確メテ置キタイト思ヒマスガ,16条ノ場合ノヤウナ工合ニ,是ハ必ズ施設シテ使用シタモノデナケレバ罰セヌ,唯施設デハ罰セヌト云うフ趣意デハナイカト思ヒマスガ,ソレデ宜イノデスカ」と質問していたものの(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第213頁),いやもう施設の段階で既に罰するのですよとの政府委員の答弁を受けてあっさり引き下がっていましたが,さすが戦勝国民は執拗であったようです。

3段落で「本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。」とありますから,免許を受けていない無線局の運用に係る電波法1101号の罪の構成要件に該当し得る者は当該無線局の開設者(同法41項)のみであるように思われます。しかしながら,続いて「併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう」云々といわれると混沌としてきます。確かに無線電信法16条においても,前記のとおり,無線電信,無線電話の施設者(「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方」)と使用者(「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス」)との間には齟齬があったのでした。

  

5 最決昭和34年7月2日(八幡浜漁業用海岸無線局=第一稲荷丸無線局事件)

電波法110条の処罰の対象となる者についての重要判例は,最高裁判所第一小法廷昭和3472日(刑集1371031頁)決定です。同決定は,弁護人の上告理由は単なる法令違反の主張であって刑事訴訟法405条の上告理由に当たらないと一蹴した上で,括弧書きで「なお,原判決の判示は正当である。」とお墨付きを与えるものですが,原審の高松高等裁判所第三部昭和331129日判決が控訴棄却をもって維持した第一審の松山地方裁判所昭和3365日判決(刑集1371036頁)を見ると次のような電波法の適用が行われています。

 

ア 日本西海漁業協同組合が免許人である八幡浜漁業用海岸無線局(免許状に記載された通信事項は,漁業通信のみ)の通信士Oに対して,漁業通信ではない通信事項の通信(密漁関係で海上保安庁の巡視艇の動静を知らせる通信)を暗号で発信することを電話で依頼し,情を知らない当該通信士をして同局無線通信施設によって当該内容の電信を発信せしめた被告人A(同局の免許人ではない。)は,免許状に記載された通信事項の範囲を超えて,当該八幡浜漁業用海岸無線局を運用したことになる(Aに電波法52条,1103号が適用される。)。

イ 被告人Aは自己が船主である漁船第一稲荷丸に免許を受けて無線局を設置しているところ,その無線局の免許状には通信事項として漁業通信及び船舶の航行に関する事項のみが記載されているのにもかかわらず,第一稲荷丸無線局通信士Kは,同無線局において,Aの業務に関して前記巡視船の動静に係る電報を受信し,以て免許状に記載された通信事項の範囲を超えて当該第一稲荷丸無線局を運用した(Aに電波法52条,1103号,114条を適用)。

 

 アでは八幡浜漁業用海岸無線局の運用を行った者は,その免許人である日本西海漁業協同組合ではなく,被告人Aとなっています。Aは,故意を欠く通信士Oを利用して免許状に記載された通信事項の範囲を超えて無線局を運用させた間接正犯である,ということでしょう。最高裁判所の高橋幹男調査官は,「要するに間接正犯の理を認めたもののようであるが,免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」と評しています(最高裁判所調査官室編『最高裁判所判例解説刑事篇昭和34年度』(法曹会・1960年)243頁)。しかし,八幡浜漁業用海岸無線局についてその運用を観念できる主体は免許人である日本西海漁業協同組合又は当該法人の機関(理事)のみであるのならば,本件においては同協同組合の理事は全く情を知らなかったのですから電波法52条違反に係る1103号の罰則の発動はあり得なかった,ということになるようです。

 イでは通信士Kが第一稲荷丸無線局を運用したものとされ,Aは当該無線局の免許人ではあるものの運用者とはされず,両罰規定で罰せられています(電波法114条は「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従事者が,その法人又は人の業務に関し,第110条から前条までの違反行為をしたときは,行為者を罰する外,その法人又は人に対しても各本条の罰金刑を科する。」と規定していました。)。また,電波法25号は無線設備及び無線設備の操作を行う者の総体であっても受信のみを目的とするものは無線局ではないと定義していますが,無線局である以上,受信もその運用に当たるものとされています。

 イに関して前記高橋調査官は「本件においてはむしろ通信士〔K〕との共謀に基く免許人たる被告人の船舶局違法運用として解決出来るのではなかろうか。」と述べていますが(最高裁判所調査官室243頁),これは被告人Aを正犯とせよということでしょう。しかし,電波法52条違反に係る1103号の罪が自手犯ならば,自手犯は「自らの直接的行為によって構成要件を実現しなければ正犯とならない犯罪。したがって,間接正犯及び構成要件の一部実現による共同正犯は成立しない。」と定義されていますから(金子宏=新堂幸司=平井宜雄編集代表『法律学小辞典(第4版補訂版)』(有斐閣・2008年)503頁),Aに「自らの直接的行為」がないとAは正犯とはならないことになります。しかして,イにおける「構成要件を実現」するAの「自らの直接的行為」とは,何でしょうか。

 

6 免許を受けずに無線局を開設する罪の導入(昭和56年法律第49号)

 

(1)条文

電波法1101号は,昭和56年法律第49号によって,198311日から(同法附則1項)次のようになりました。無線電信法16条同様,無線局の開設段階で犯罪が成立することになりました(ただし,未遂までは罰せられず。)。

 

 110 次の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

  一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者

 

(2)第94回国会における政府の説明

 「従来は郵政大臣が免許しなければ無線局は開設できない,こういう点は明確に相なっていたわけでございますけれども,その免許を受けないで開設している無線局が実際に運用といいますか活動しているときじゃないとつかまえることができなかったということで,郵政省としても懸命にそれをつかまえるべく努力をしてまいったのでございますけれども,今度はトラックのように無線機が移動しているものがたくさんできてきたのですね。どこか一定の個所に置いてあればまだつかみやすいのでございますけれども,そういう点を特に注意して今回の改正をしたのでございまして,今度は無断の免許のない無線局があればすぐこれをつかまえることができるという点で,こういう点を十分改正をしていただければ,取り締まりを厳重にやってまいりたい,こういうふうに考えております。」(山内一郎郵政大臣(第94回国会衆議院逓信委員会議録第106頁))という楽観的な見込みをもってされた改正です。「不法無線局として捕捉しますためには,現在のところ郵政大臣の免許を受ける必要があるわけですけれども,開設だけでは,あるいは車に積んで運んでいるだけでは規制できない。運用の実態をつかまえ,記録をとり,何月何日に運用しておった,そういう事実を突きつけない限り規制することができない,そういうような観点からいたしまして,ただいま御審議いただいております法の中で,郵政大臣の免許を得ないで開設しておる,電波が発射し得る状態になるという時点をつかまえまして規制に持ち込みたい,こういうことで御提案申し上げておる次第でございます。」というわけです(田中眞三郎政府委員(郵政省電波監理局長)(第94回国会衆議院逓信委員会議録第1022頁))。具体的には,「ハイパワー市民ラジオ」なるものが問題となっていました。いわく,「現行の電波法では,御存じのように無線局を運用したという立証と申しますか,証拠が得られないと摘発できない。また,それに加えまして,現在の規定が決まりました当時には,固定局と申しますか,動かない無線局がほとんどだったわけですけれども,近来は御存じのように移動するものに載っける。特にハイパワー市民ラジオのほとんどが,率直に申しまして,長距離トラックあるいはダンプカー等の車両に取りつけられまして,走行中に,雑談あたりはまだいいといたしましても,交通取り締まりの状況を流すというような実態があるようでございます。そういうわけですけれども,現在のところでは運用の実態が確認でき,そうした証拠の確保ができないと摘発はむずかしい,そういうようなことで御提案を申し上げておるというようなことでございます。」と(同政府委員(第94回国会参議院逓信委員会会議録第97頁))。

なお,我が国版の市民ラジオの無線局の無線設備の技術基準については無線設備規則(昭和25年電波監理委員会規則第18号)54条の2等に規定されていますが,その使用する電波の周波数及び空中線電力については電波法422号に規定があります(昭和57年郵政省令第65条附則2項参照)。我が国版の市民ラジオの無線局は,無線局の免許を受けなくとも開設・運用することができる無線局ということになります。

 犯罪構成要件としての無線局の開設とは何か。田中眞三郎政府委員によると「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います。それに対しまして無線局の開設とは何か。無線局を運用する意思を持ちまして無線設備を設置して電波を発射し得る状態にする,その上,かつこれを操作する者を配置して無線局としての運用が可能な状態におくこと,こういうふうに解釈いたしております。/したがいまして,たとえば無線設備が店頭等にあるというようなことでは開設になるというふうに考えていないわけでございます。実態として,たとえばトラック等自動車の運転席に無線設備がついておる,そしてアンテナもついておる,スイッチを入れれば電波が容易に出るというような状態で車両等を運行する人がいるというような場合にはこれは開設だ,運用にはもちろんならない状態でありましても開設だ」(第94回国会参議院逓信委員会会議録第914頁),「開設につきましては,無線局を運用しようという意思を持って設備をする,そうして電波を発射し得る状態にしておる,スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている,かつ,それを操作しようとする者が配置されておる。たとえば無線設備がありましても,店頭にあるようなものにつきましてはこれは操作者がいないというようなことで開設の要件にはならないと思いますけれども,そういうようなことで,無線局としての運用が可能な状態に置いてあるものというふうな解釈で,繰り返しますけれども,罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」(同会議録24頁)とされています。

すなわち,①無線局を運用する意思の存在並びに②無線局としての運用が可能な状態の存在(②₁無線設備を設置してスイッチを入れれば電波を発射し得る状態にすること(アンテナ(空中線)に特に言及されるのは電波法78条(当時は「無線局の免許がその効力を失つたときは,免許人であつた者は,遅滞なく空中線を撤去しなければならない。」と規定)との関係でしょう。電波法制定時から「未だ免許を受けることとはなつていない無線設備には少くとも空中線を附属させてはならないものと解する。」とされていました(荘等223頁)。)。)及び②₂当該無線設備を操作する者の配備)が要件ということになるようです。

 

(3)無線局の運用と受信

無線局の運用の前段階というような位置付けですが,まず,「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います」として無線局の運用は送信に限るものとする解釈はいかがなものでしょうか。無線局の運用には受信をも含むものとする前記最高裁判所昭和3472日決定を,当時の郵政省電波監理局は勉強していなかったものか,あるいは知っていながらあえて「最高裁判所だって間違えることがあるんですぅ。」と言い張って自論に固執したものか。他方,河上和雄元特捜検事は,「無線局を運用するとは,無線設備を操作して無線通信を行うことを意味し,発信設備のある限り,現実には受信しかしていなくても運用に当たる。」とあっさり解しています(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編(新版)』(立花書房・1994年)448頁。また,安西溫『特別刑法7』(警察時報社・1988年)311頁)。電波法25号ただし書の「受信のみを目的とするもの」を無線局から除く旨の規定については,「この受信のみを目的とするものというのは,受信設備の全てではなく受信設備であつても或ものは無線局を構成することがあるのであつて,それは送信設備の機能を果すためにはこれと一体をなしていると考えられる受信設備即ち具体的にいへば中央集中式又は二重通信方式により設置する受信設備等である。これらの受信設備は客観的に送信設備と一体をなしているものであるから,これらの受信設備を有している者の主観のいかんに拘らず必ず無線局を構成するものとして法の適用を受けるのである。」と説明されており(荘等83-84頁。下線は筆者によるもの),開設者ないしは運用者の主観的目的ではなく,無線設備の機能に係る客観的評価の問題とされていたところです(電波法施行規則5条,無線局免許手続規則(昭和25年電波監理委員会規則第15号)24項参照)。仙台高等裁判所平成19126日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成19497頁)においても,電波法25号ただし書の「「受信のみを目的とするもの」とは,受信専用設備をいうものが相当であるところ,本件無線設備は,電波を発射し送信することが可能なものであるから(空中線電力は,14メガヘルツ帯で10.4ないし10.8ワット,430メガヘルツ帯で10.6ないし11.4ワット,鑑定書⦅原審甲12⦆),これには該当しない。」と判示しています。

 

(4)無線局の運用の主体と開設の主体と

また,昭和34年最高裁判所決定の事案においても明らかになったとおり,無線局の運用の主体(通信士)と無線局の開設の主体(漁業協同組合又は船主)とは,必ずしも一致していなかったところです。運用者と開設者とのこの相違にどこまでこだわるべきか。(あるいは,前記高橋幹男調査官の言う「免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」との「電波法全体の精神」からする疑問をどう解消するか。)この辺は,実は,電波法施行規則5条の2が「免許人等〔免許人又は登録人〕の事業又は業務の遂行上必要な事項についてその免許人等以外の者が行う無線局の運用であつて,総務大臣が告示するものの場合は,当該免許人等がする無線局の運用とする。」と規定し,同条の告示によってacrobaticな辻褄合わせがされています。

当該告示である,電波法施行規則第5条の2の規定に基づく免許人以外の者が行う無線局の運用を,当該免許人がする無線局の運用とする場合(平成7年郵政省告示第183号)は,次のように規定しています。

 

免許人又は登録人〔略〕から無線局(放送をする無線局を除く。以下同じ。)の運用を行う免許人又は登録人以外の者(以下「運用者」という。)に対して,電波法及びこれに基づく命令の定めるところによる無線局の適正な運用の確保について適切な監督が行われているものであつて,次に掲げるものとする。

一 その無線局がスポーツ,レクリエーション,教養文化活動等の施設を利用者に提供する業務を遂行するために開設する無線局であるもの

二 アマチュア局であって,次の各号に掲げる運用方法によるもの

1 運用者は,アマチュア局の無線設備を操作することができる資格を有し,かつ,当該資格で操作できる範囲内で運用するものであること。

2 運用者は,運用しようとするアマチュア局の免許人の立ち会いの下で,かつ,当該アマチュア局の免許の範囲内で運用するものであること。ただし,運用しようとする社団であるアマチュア局の免許人の承諾を得て,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該免許人の立ち会いを要しない。

3 呼出し又は応答を行う際は,運用しようとするアマチュア局の呼出符号又は呼出名称を使用するものであること。

三 免許人又は登録人と運用者との間において,その無線局を開設する目的に係る免許人又は登録人の事業又は業務を運用者が行うことについての契約関係があるもの(その無線局が移動局(ラジオマイクの局を除く。)の場合は,免許人又は登録人が当該無線局の無線設備を実際に操作する者に対して,別表に定める証明書〔無線局運用証明書〕を携帯させているものに限る。)

 

 平成7年郵政省告示第183号の第1号は,電波法70条の9とどのような関係になるのでしょうか。

平成7年郵政省告示第183号の第2号は,「アマチユア局の無線設備の操作を行う者は,免許人(免許人が社団である場合は,その構成員)以外の者であつてはならない。」と規定する無線局運用規則(昭和25年電波監理委員会規則第17号)260条の規定と矛盾するようでありますが,後法が先法を破ったもの歟。

前記仙台高等裁判所平成19126日判決は「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者であっても他人の無線局を運用することができるが(電波法施行規則5条の2参照)」と判示していますが,「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者の無線局の運用であっても当該免許人等による無線局の運用である」とまでは言ってはいません。

また電波法施行規則5条の2の見出しは「無線局の運用の限界」となっていますが,これは法律たる電波法で免許人等に認められた無線局の運用の範囲を省令でもって「限界」付け,制限するということでしょうか。しかし,下位法令が上位法令を破ってはならないでしょう。したがって,電波法施行規則5条の2及び平成7年郵政省告示第183号は注意的な電波法の解釈規定であるということになるようなのですが,無線局運用証明書の携帯義務までをそのような解釈規定をもって創出してよいものかどうか(同告示の第3号)。ちなみに,自動車運転免許証の携帯義務は,法律をもって定められています(道路交通法(昭和35年法律第105号)951項)。

 

7 昭和59年法律第87号による改正

日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和59年法律第87号)第47条により,198541日から(同法附則1条),電波法1101号は「第4条の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」と改められています。

 

8 東京高等裁判所昭和60年9月13日判決(小金井食堂駐車場事件)

電波法1101号の無線局開設罪に係るリーディング・ケースは,東京高等裁判所昭和60913日判決(判タ56892頁)です。

第一審の宇都宮地方裁判所昭和591126日判決(判タ56894頁)は,罪となるべき事実として「被告人は,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外事由がないのに,昭和581012日午前1時ころ,栃木県小山市大字羽川517番地小金井食堂西側駐車場において,同所に駐車中普通乗用自動車内に電源が接続された携帯無線送受信機を置き,自らその付近に位置して電波の送受信が可能な状態を保ち,もつて無線局を開設したものである。」との事実を認め,被告人を懲役4月に処しています。前記①の無線局を運用する意思の存在は,罪となるべき事実において記載されていませんが,争点に対する判断中において宇都宮地方裁判所は「被告人において,本件無線機を用いて警察無線等を傍受し,ないしは傍受しようとしていたことが強く推認されるものといわざるを得ない。」及び「被告人は,本件車両に戻つてきた後はもちろん,それ以前からも,本件無線機を自己の意思に基づき,基本的に自由に使用しうる地位にあつたものと推認することができる。」と判示しています。結論部分においては,同裁判所は「被告人が,他の者と共用してであったか否かはともかく,公訴事実記載の日時・場所において,本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつ,そのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,以上検討したところなどからして,被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当であるから,被告人は,本件の罪責を免れないものというべきである」と判示しています。

これに対して控訴がされたのですが,東京高等裁判所の判決文によれば,控訴趣意書において弁護人は「電波法41項に規定する「無線局の開設」とはアンテナ,送受信機,電源等無線設備を設置して電波を発射しうる状態に置き,かつこれを操作し得る者を配置し,いつでも無線局として運用可能な状態に置くことを要し,無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者と解すべきところ,原判決は,本件無線局の支配管理者が誰であるかを決定することなく,単に被告人が本件無線機と関連性があるか,あるいは関連性が強いということを認定しただけで無線局開設罪の罪責を問うているのであつて,右は電波法の解釈適用を誤つたものである。」と主張しています。ここでも国会答弁で出てきた①無線局を運用する意思はそれとして出て来ないのですが,「無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者」であるとの定式が提示されています。

東京高等裁判所は,当該定式を「所論のとおり」であるとしつつ,「その無線局を支配・管理している者」の内容については,「原判決はその意義についての一般的な解釈を明示しているわけではなく,原判決の判文,特に「被告人が本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつそのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,・・・被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当である・・・」と判示し,被告人が単に,他人が開設した無線局を運用したにすぎない者ではない趣旨の判示(ママ)ていることに徴すると,原判決は「無線局を開設した者」とはその無線局を支配管理している者と解しうえで被告人が本件無線局の支配管理者に当るとの判断の過程を明らかにしたものと理解することができるのであつて,所論の非難は当らない。」と一蹴しています。

なお,東京高等裁判所は「本件無線設備に関し他に無線(ママ)開設の免許を受けた者があり被告人がその免許を受けた者の支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわつたにすぎないと認められる特段の事情が存しないこと」をも確認した上で原審判決を維持しています。「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」していることが無線局の開設者たる要件であって,「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」している者(無線局の開設者)の「支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわったにすぎない」者は,無線局の運用者ではあるがその開設者とまではいえない,ということになるのでしょう。宇都宮地方裁判所の判決文(「共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立する」)によれば,同一の無線設備について複数の者による複数の無線局の開設が可能であるということになりますが,この点は電波法令も実は認めているところであって,例えば電波法関係手数料令(昭和33年政令第307号)31項には「基本送信機が2以上の無線局によつて共用されている場合」という表現が出て来ます。河上元検事は「免許を受けた他人の無線局を勝手に利用して無線通信を行う場合も無線局の無許可運用といえよう。」と述べていますが(伊藤等448頁。また,安西311頁),ここでいう「勝手に利用」ということは「自己の計算において操作・使用する」ことをいうものと解され,かつ,当該「意図」をもって無線局としての運用が可能な状態を作出すれば,免許を受けずに無線局を開設する罪も成立するというわけでしょう。

 
 後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1076312387.html


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   Dann rückte er auch den Stuhl zum Tische, nahm eins der aufgeschlagenen Bücher und vertiefte sich in Studien, an denen er einst die Kraft seiner Jugend geübt hatte. (Theodor Storm, Immensee)

 

1 東京地方裁判所平成29427日判決の衝撃

もう2年以上前のことになりますが,東京地方裁判所(裁判長裁判官・島田一,裁判官・島田環及び高野将人)が平成29427日に判決(判時2388114頁)を下した不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反,電子計算機使用詐欺,私電磁的記録不正作出・同供用,不正指令電磁的記録供用,電波法違反被告事件では,無線通信の秘密を窃用する罪に係る電波法(昭和25年法律第131号)109条1項の解釈が正面から争われ,検察側が敗北,同罪に係る当該公訴事実について被告人は無罪となりました。珍しいことです。同項は「無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし,又は窃用した者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と規定しているものです。

恐らくは,電波法を所管する総務省の電波当局への照会・お墨付きをも得ての公訴提起であったのでしょうが,どうしたことだったのでしょうか。判決後の平成29年(2017年)512日の閣議後記者会見において,高市早苗総務大臣に対して質問が発せられます(総務省ウェブ・サイト)

 

 問: 幹事社の日本経済新聞の根本と申します。1問御質問させていただきます。

    他人の無線LANの暗号鍵を解読し,無断で使った行為の違法性が争われた刑事裁判で,暗号鍵の解読は電波法が禁じる「無線通信の秘密」の無断使用には当たらないとして,無罪とした東京地裁判決について検察が控訴を断念いたしました。大臣の御所感をお聞かせください。

答: 東京地検が控訴をなさらなかったということは,承知しております。

 総務大臣として,個別の係争事案に対してコメントをすることは差し控えさせていただきたいのですが,電波法に係る事案となっている点については,現在,法務省に情報提供を求めておりますので,今後,判決内容について精査をしていく考えでございます。

 後ほど,無線LANアクセスポイントの無断使用に係る電波法における考え方につきまして,担当者から皆様に説明をさせていただきます。

 9時半からの予定でございます。

 総務省では,無線LANを利用しておられる方々を対象に,セキュリティ対策を周知啓発しております。利用者の皆様には,最新のセキュリティ対策を講じていただきたいと希望いたします。

 

 当該20175129時半からの「無線LANアクセスポイントの無断使用に係る電波法における考え方」に係る説明の内容を示す情報は,総務省ウェブ・サイトをざっと検索しただけでは見当たらず,当該判決に対する電波当局担当者の当時の反応がはっきり分からないことは,残念なことです。(なお,同日の朝日新聞夕刊4版14面では,「総務省は12日,「同様の事例は電波法違反にあたる」との見解を示した。パスワードの解読のために通信を傍受して悪用することが,電波法が禁じる「無線通信の秘密の窃用(盗んで使うこと)」にあたるという。/裁判では,パスワードそのものが通信の秘密にあたるかどうかが争われた。判決は,パスワードは通信されていないため通信の秘密にあたらないと判断され,電波法上は無罪とした。/総務省によると,今回解読されたのは「WEP」という古い方式の暗号で,解読する機器が出回っているという。利用者のパソコンなどが無線LAN機器に送る通信を傍受,複製して無線LAN機器に送ることでデータを入手,これを分析してパスワードを解読する。/この行為は電波法109条第1項に違反し,1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられるという。総務省電波政策課は「被害を防ぐには最新の無線LAN機器に買い替えてほしい」としている。(上栗崇)」と報じています。翌13日の読売新聞朝刊14版32面では「総務省は「暗号鍵を割り出すために,他人の無線LAN機器に繰り返し通信をかける行為は電波法違反の無線通信の秘密の窃用(盗んで使用する)に当たる」との見解を示した。」とされています。これらのような見解に依拠して,東京地方検察庁は痛い目に遭ったものでしょう。)

 

2 判決文

 前記東京地方裁判所判決における当該無罪の判示の主文は「本件公訴事実中,平成2771日付け追起訴状記載の公訴事実第1の電波法違反の点については,被告人は無罪。」であり,その理由として記されているところは次のとおりです。

 

1 無線通信の秘密の窃用の公訴事実等

   平成2771日付け追起訴状記載の公訴事実第1は,「被告人は,V₈方に設置して運用する小電力データ通信システムの無線局である無線LANルータのアクセスポイントと同人方に設置の通信端末機器で送受信される無線局の取扱中に係る無線通信を傍受することで,同アクセスポイント接続に必要なパスワードであるWEP鍵をあらかじめ取得し,平成26611日午前1126分頃,松山市〔番地等略〕被告人方において,同所に設置のパーソナルコンピュータを使用し,前記WEP鍵を利用して前記アクセスポイントに認証させて接続し,もって無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を窃用したものである。」というものである。

   被告人が,同日時頃,〔被告人方の真向かいにある〕V₈方無線LANアクセスポイントにかかるWEP鍵を利用して,同アクセスポイントに接続していたことは,証拠上認められるものの,当裁判所は,WEP鍵は電波法1091項にいう「無線通信の秘密」にはあたらず,それを利用することが同項違反にはならないと判断したので,以下補足して説明する。

  第2 WEP

1 WEPは,無線通信を暗号化する国際的な標準形式である。その際に用いられる暗号化鍵がWEP鍵である。

   暗号化の過程は概ね以下のとおりである。平文(暗号化したい情報)に,104ビットのWEP鍵と24ビットのIV(誰にでもわかるようになっている数字)を組み合わせた128ビットの鍵をWEPというシステムに入れることでできる乱数列を足し込んで暗号文を作成する。復号するためには,平文に足し込まれた乱数を引く必要があるが,その乱数を知るためには,WEP鍵が必要になる。

   WEP方式の無線LAN通信において,WEP鍵自体は無線通信の内容そのものとして送受信されることはない。

   2 前記(事実認定の補足説明)第23に認定のとおり,被告人は,1号パソコン〔被告人が使用していた押収番号1番のパーソナルコンピュータ〕からKali Linuxに収録されているwifiteを用いて,V₈方無線LAN〔アクセスポイント〕のWEP鍵情報を取得している。wifiteの攻撃手法は,ARPリプライ攻撃と言われるものであり,WEP鍵を計算で求める前提として,通信している者が出しているパケットが少ない場合に,大量のパケットを発生させることで大量の乱数を収集するというものである。

  第3 検討

1 電波法1091項の「無線通信の秘密」とは,当該無線通信の存在及び内容が一般的に知られていないもので,一般に知られないことについて合理的な理由ないし必要性のあるものをいうと解される。

   2 前記のとおり,WEP鍵は,それ自体無線通信の内容として送受信されるものではなく,あくまで暗号文を解いて平文を知るための情報であり,その利用は平文を知るための手段・方法に過ぎない。

   WEP鍵は,大量のパケットを発生させて乱数を得ることにより計算で求めることができるという点では,無線通信から割り出せる情報ではあるものの,WEP鍵が無線通信の内容を構成するものとは評価できない。このことは,WEP鍵を計算によって求めるためには,必ずしも無線LANルータと端末機器との間で送受信されるパケットを取得する必要はなく,ARPリプライ攻撃によってパケットを発生させることでも足りることからもいえる。すなわち,WEP鍵は,無線LANルータと端末機器との間で送受信される通信内容の如何にかかわらず,取得することができるのであり,無線通信の内容であるとはいえない。

   3 そうすると,WEP鍵は,無線通信の内容として送受信されるものではなく,無線通信の秘密にあたる余地はない。

   したがって,WEP鍵の利用は犯罪を構成せず,結局前記公訴事実については罪とならないから,刑訴法336条〔「被告事件が罪とならないとき,又は被告事件について犯罪の証明がないときは,判決で無罪の言渡をしなければならない。」〕により,被告人には無罪の言渡しをする。

 

当該判決書の「(事実認定の補足説明)第23」で認定されているところは,次のとおりです。

 

   3 被告人が1号パソコンからV₈方無線LANWEP鍵を取得したこと

1)認定できる事実

    警察官は,〔2014年〕611日午前1128分から被告人方の捜索を実施した。押収された1号パソコンのデスクトップ上にあった暗号化ファイル「f.atc」を復号すると作成される「f.txt」内に,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANに接続するためのWEP鍵が保存されていた。

f.atc」の復号パスワードは,「p₁」であった。

その取得経緯は,次のとおりと認められる。すなわち,被告人は,1号パソコンを購入した〔2014年〕130日午後239分頃,1号パソコンにKali LinuxというOSをインストールした。同日午後320分頃,そのKali Linux上でWEP鍵情報の解析を行うことができるソフトウェアwifiteにより,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANアクセスポイント(以下「V₈方無線LAN」という。)に対して攻撃がなされて,WEP鍵が取得され,同日午後526分頃から同日午後627分頃までの間,1号パソコンからV₈方無線LANに接続した。

そして,後述するとおり,被告人は,〔2014年〕611日午前1126分頃,1号パソコンを操作して,V₈方無線LANに接続したと認められる。

なお,1号パソコンのほか,被告人方から押収された押収番号18号のパソコン(18号パソコンという。)と6号外付けハードディスク〔押収番号6番の外付けハードディスク〕から,暗号化ファイル「f.atc」が発見され,それを復号すると作成される「f.txt」に,V₈方無線LANWEP鍵情報などが記録されていた。

2)検討

被告人が,1号パソコンを購入し,Kali Linuxをインストールした当日に,第三者が1号パソコンに対する遠隔操作の準備を済ませ,Kali Linuxのインストールからわずか40分程度で,wifiteを実行し,不正アクセスの準備行為であるWEP鍵の取得をした可能性は現実的には極めて低いと考えられる。そして,後述のとおり,〔2014年〕611日に,被告人がV₈方無線LANに接続したということは,1号パソコンを購入し使用した被告人がV₈方無線LANWEP鍵情報を取得したと合理的に推認することができる〔「被告人方では,被告人以外の家族が1号パソコンを使用することはなかった。」〕。このことは,被告人所有の他の機器から発見された暗号化ファイルの中にもV₈方無線LANWEP鍵情報が保存されていたことにより裏付けられている。

 

 はてさてこれは,以下のようなことでしょうか。

 

3 「無線通信の秘密」=無線通信の内容(及び存在)の秘密

まずは,「無線通信の秘密」とは「無線通信の内容(及び存在)の秘密」ということであって,それ以外の「無線通信に関する秘密」までをも含むものではない,ということでしょう。『判例時報』2388115頁において本件東京地方裁判所判決の匿名評釈者は,その漏洩又は窃用のみが処罰されるものである電波法1091項の「無線通信の秘密」の意義について,「通信自体が秘密の対象となるのではなく,通信内容それ自体に秘密性がある場合を意味すると解されている(伊藤榮樹ほか編・注釈特別刑法(6)Ⅱ(新版)(立花書房,1994439以下)。本判決もこれを前提として,無線通信の秘密とは,当該無線通信の存在及び内容が一般的に知られていないもので,一般に知られないことについて合理的な理由ないし必要性のあるものをいうと解したものと思われる。」と紹介しています。

伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編『注釈特別刑法第6巻Ⅱ交通法・通信法編(新版)』441頁において河上和雄元東京地検特捜部長は,「無線通信の秘密の意義については,〔電波法〕59条〔何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか,特定の相手方に対して行われる無線通信(電気通信事業法第4条第1項又は第164条第3項の通信であるものを除く。第109条並びに第109条の22項及び第3項において同じ。)を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。〕との関係から,通信自体が秘密の対象となるのではなく,通信内容それ自体に秘密性がある場合を意味するといわざるをえないが,この場合の秘密とは,当該無線通信の発信者,受信者間において,他の者にその存在(もっとも,存在自体に秘匿の必要性,合理性がある場合は少ないと思われる。)や,内容を秘匿する合理的理由と必要性があり,かつ,その通信の存在や内容が一般に知られていない場合,すなわち秘匿の必要性と非公知性のあるものといえよう。最高裁は,国家機密(国家公務員法10912号,1001項)について,この「秘密とは,非公知の事実であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの」(最決昭53531刑集323457)としているが,この考えは,秘密の要件の一般的特性をいうものであり,本条〔電波法109条〕の場合にも当てはまろう。ただ,国家機密と異なり,本条の秘密は,個人の秘密をも含むので,その秘密に違法性がある場合,例えば,密輸業者間の無線連絡の如きは,当事者間でいかに秘匿の必要性があっても,その存在や内容を傍受して漏らしても本条の対象とはならない。本法をはじめとして法令に違反しない正当な通信であって右の要件を具備してはじめて保護の対象となる。そして,秘密か否かの判定は,当然司法判断に服する(右最決昭53531)。」と述べています。

 

4 無線「通信」の内容

そもそも無線通信の「通信」とは,「意思,観念,感情等人の精神活動を伝達することをいうのであり,従つて特定人間の無線電信,無線電話による通信だけでなく放送,テレビジョン,フアクシミリ等による場合も含まれ」るものとされています(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)81-82頁)。ということで,無線通信の「内容」は「当該通信が伝達しようとする意味の知識」ということになります(荘等108頁)。しかして,ここでの「意味」は,「意思,観念,感情等人の精神活動」に係る意味ということでしょう。ちなみに,レーダの電波は「意思,観念,感情等人の精神活動」を伝達するものではなく,したがってレーダについては無線通信の秘密を云々することはないということになるのでしょう。(なお,無線設備のうち無線通信を行わないものと高周波利用設備(電波法1001)との相違は,前者については電波の両端において電気的設備による電波の送受が前提とされている(同24号)のに対して,後者は高周波のエネルギーとして出しっぱなしになる(医療用設備,工業用加熱設備等)ということでしょうか(荘等246頁参照)。しかし,無線設備と高周波利用設備との切り分けは,それまで無線局として監理されていた誘導式読み書き通信設備(「通信」を行うものです。)が2002919日の総務省令改正によって高周波利用設備扱いに変換されてしまうなどということもあって,流動的です。)

『判例時報』の前記匿名評釈者は,「無線LAN通信で送受信しようとしている情報は,あくまで暗号文を復号して得られる平文であり,WEP鍵自体が送受信されているとは評価できない。強いて例えるならば,手紙(平文)を鍵のかかる封筒に入れて(暗号化)送るとき,そこで送られているのは,封筒の鍵(WEP鍵)ではなく,手紙であるのと同様に考えられよう。」と述べています(判時2388115頁)。この点に関しては,つとに立命館大学の上原哲太郎教授(情報セキュリティー)が「暗号鍵自体は,封筒の外側だけを見ているようなもので,中身を読んだとまではいえない。通信の秘密と解釈するのは無理があった」とコメントしていたところです(2017年4月28日読売新聞朝刊14版35面)。

 

5 無線通信の内容と当該無線通信の暗号化のための暗号鍵との別異性

結局,無線LANアクセスポイントに係るWEP鍵は,そもそも当該アクセスポイントを経由する無線通信の内容に含まれておらず,通信以前に,それらの無線通信とは別個独立に存在しているものなのだ,ということなのでしょう。すなわち,2014130日午後320分頃に「ソフトウェアwifiteにより,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANアクセスポイント〔略〕に対して攻撃がなされて,WEP鍵が取得され」たといっても,まず直接収集されたのは「大量の乱数」にすぎず,そこにはWEP鍵自体は含まれておらず,「WEP鍵が取得」されたのはその後それらの乱数を基に別途パーソナルコンピュータ上で計算しでからのことだったのだ,ということなのでしょう。

封筒の鍵の形(「WEP鍵」)を知るためには,当該封筒の外側に付けられた錠の様子を調べる(「大量のパケットを発生させることで大量の乱数を収集する」)必要はあるのでしょうが,その際封筒の中の手紙(「通信の内容」)を見る必要は無いことになります。前記匿名評釈者は,「ここでも強いて例えるならば,封筒の鍵の形を知るために,その中に何が入っているのかを知る必要はないのと似ている。」と述べています(判時2388116頁)。

 

6 電波法109条の2との関係

 ところで本件は,何故電波法109条の21項の罰条(「暗号通信を傍受した者又は暗号通信を媒介する者であつて当該暗号通信を受信したものが,当該暗号通信の秘密を漏らし,又は窃用する目的で,その内容を復元したときは,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」)で起訴されなかったのでしょうか(同項は未遂も処罰(同条4項)。なお,「「暗号通信」とは,通信の当事者(当該通信を媒介する者であつて,その内容を復元する権限を有するものを含む。)以外の者がその内容を復元できないようにするための措置が行われた無線通信をいう。」とされています(同条3項)。)。同条は平成16519日法律第47号により電波法に追加され,既に200468日から施行(同条5項を除く。)されていました(平成16年法律第47号附則12号)。

刑の重さは電波法109条の21項も1091項も変わらないところ,暗号通信の「内容」の復元というところで,同法109条の2の適用はひっかかったのでしょうか。確かに,本件被告人が2014130日に復元ないしは計算の結果取得したものは暗号化鍵でした(無線通信の「内容」ではないでしょう。)。そこで,109条の21項の適用は断念しつつ,1091項の「無線通信の秘密」には内容及び存在のほかに暗号化鍵も含まれるのだとの解釈を裁判所に呑ませようとしたものでしょうか。

それとも,単に,暗号通信の秘密の内容を復元してそれを漏洩又は窃用した場合は,電波法109条の21項の罪は同法109条の罪に吸収されるのだという解釈が採られているということでよいのでしょうか。

 なお,電波法109条の未遂に係る処罰規定(刑法44条)はありませんが,当該未遂行為が処罰されないことについて,河上元特捜部長は,「おそらく立法ミスと考えられる」と批判しつつ,未遂を処罰しない「理由を強いて考えれば〔略〕本条〔電波法109条〕では秘密を漏らす行為のほか,その窃用をも処罰の対象としている点で〔電気通信事業法(昭和59年法律第86号)179条及び有線電気通信法(昭和28年法律第96号)14条と異なり〕秘密の利用に処罰の重点をおいた関係で,未遂を処罰の対象外としたといえるかも知れない。それにせよ,必ずしも合理的な説明とはいえない。」と述べていました(伊藤等編439頁)。

7 有線電気通信法17条1号の謎

 ところで,有線電気通信法(電波法同様に総務省が主管しています。)が出てきたので最後に脱線です。実は有線電気通信法171号の犯罪構成要件は,どうも出来がよくないようです。同号により「第3条第1項から第3項までの規定による届出をせず,又は虚偽の届出をした者」は10万円以下の罰金に処せられるのですが,有線電気通信法31項は「有線電気通信設備を設置しようとする者は,〔略〕設置の工事の開始の日の2週間前まで(工事を要しないときは,設置の日から2週間以内)に,その旨を総務大臣に届け出なければならない。」と規定しているところ,あるせっかちな人が有線電気通信設備の設置をふと思い立ち,思い立った吉日に即日工事をして設置してしまった場合はどうなるのでしょうか。届出をしない罪の既遂時期は工事日(かつ有線電気通信設備の設置を思い立った日)の15の日が終了した時(期間の遡及の場合の期限について『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)203頁参照)に遡及するのでしょうが,実はその時点では当該せっかち漢には有線電気通信設備を設置しようなどという気はつゆ無かったのであって,どうしたものでしょうか。「犯罪の既遂時期を明確にしなければならない」という要請(前田正道編『ワークブック法制執務(全訂)』(ぎょうせい・1983年)212頁)には一応応えているようにも見えるのですが,故意(刑法381項本文)の点はどう解したものやら。過失により届出期間を徒過した場合も有線電気通信法171号による処罰は可能であるとされていますが(伊藤等編419頁(河上和雄)),そもそも有線電気通信設備を設置しようという気の全く無かった人間に届出義務は生じていたのでしょうか。

 

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1 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決(判タ1439136頁):指定薬物

 福岡高等裁判所第1刑事部平成28年6月24日判決(平成28年(う)第181号薬事法違反被告事件)が『判例タイムズ』第1439号(201710月号)136頁以下で紹介されています。薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同様)2条14項の指定薬物を所持する罪の故意の有無が争われた事件です(故意が認められ,被告人の控訴棄却。懲役6月)。『判例タイムズ』で紹介された判決文中,下線が施されていた部分は次のとおりです。

 

   当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。

 

本件の事実関係の下では,被告人が本件植物片には指定薬物として指定されている薬物が含有されていないと信じたことに合理的な理由があったことなど,被告人の故意を否定するに足りる特異な状況も認められないというべきである。

 

 なお,薬事法2条14項は,「この法律で「指定薬物」とは,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する(がい)然性が高く,かつ,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(大麻取締法(昭和23年法律第124号)に規定する大麻,覚せい(﹅﹅)剤取締法(昭和26年法律第252号)に規定する覚せい剤,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法(昭和29年法律第71号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう。」と規定していました。

 薬事法8420号は,同法76条の4の規定に違反した者(同法83条の9に該当する者を除く。)は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれを併科されると規定していました。

 薬事法76条の4は,「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(以下この条及び次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,所持し,購入し,若しくは譲り受け,又は医療等の用途以外の用途に使用してはならない。」と規定しています。これは,平成25年法律第103号により2014年(平成26年)4月1日から改正されたものです。ちなみに,平成25年法律第84号の施行日は2014年(平成26年)1125日でしたので,あとで成立した第103号の方が先に成立した第84号より先に施行された形になります。Sic erunt novissimi primi et primi novissimi.”(マタイ20.16)ということの実例の一つですね。

 

 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,「平成26年〔2014年〕8月19日,被告人に対する脅迫の被疑事実による被告人方居室の捜索差押許可状が執行され,その際本件〔乾燥〕植物片が発見され,被告人は,自身で購入したことを自認して,それを任意提出し〔略〕,その後,本件植物片が鑑定され,本件薬物の成分が検出されたことが認められるから〔略〕,被告人が本件薬物を含有する本件植物片を所持していたことは明らかである。/また,本件薬物は,平成26年7月15日公布,同月25日施行の厚生労働省令第79号により,当時の薬事法(昭和25年法律第84号による改正前のもの,現在は法律名が「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」と改正されており,同法において同じ規制がされている)2条14項に規定する薬物に指定された(以下「指定薬物」という)ものである。」,「被告人は,本件植物片が,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用や当該作用の維持又は強化の作用を有する蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物を含有していること,すなわち,当時の薬事法によって規制しようとしていた薬理作用やその薬理作用による危険性を十分認識するとともに,その薬理作用を期待して本件植物片を購入し所持していたということができる。そして,被告人は,本件植物片がいわゆる危険ドラッグであることを前提に,それを購入して所持していた上,危険ドラッグの危険性や取締りの強化は十分承知しており,そのため販売員に本件植物片の規制の有無を確認しているのであるから,本件植物片の含有する本件薬物が,他の指定薬物と同様に規制され得るそれらと同種の物であり,指定薬物として取締りの対象に入る可能性を認識していたものというべきである。」,「被告人は,販売員から合法だと告げられるなどしたから合法だと信じたというのであるが,販売員でしかない者が違法か合法かを適切に判断できる立場にないことも,その言葉が信頼に足りる状況にないことも,いずれも明らかであるし,取締りの対象となって閉店した店が,再度オープンしたからといって,販売店で取り扱う商品が合法なものと推認できないこともまた明らかである。」というものでした。

平成25年法律第103号によって2014年4月1日から改正する前の薬事法76条の4は「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列してはならない。」というものでしたから,2014年の3月中に当該植物片が押収されていたのならば販売又は授与の目的がない限り被告人は指定薬物所持罪に問擬されることはなかったのでした。

 

2 故意の成立に必要な事実の認識の範囲に係る判例の立場に関する説明

 ところで,『判例タイムズ』第1439号の匿名解説は「本判決は,このような判例の立場に関する説明と軌を一にするものといえよう。」と述べています。そこでいう「このような判例の立場に関する説明」は,どのようなものでしょうか。いわく。

 

判例は,故意の成立に必要な事実の認識の範囲は,当該構成要件の該当事実そのものを認識していることが必要であり,その一部である違法性の意識を喚起しうる範囲の事実を認識していることは故意の成立を認める証拠に止まるとしている。そして,さらに,構成要件に該当する自然的事実を認識しているだけでは足りず,構成要件に該当するとの判断を下しうる社会的意味の認識が必要であるとしている(香城敏麿・最高裁判所判例解説刑事篇平成元年度15事件)。

 

〔行政取締法規違反の罪については,〕違法性を喚起しうる一部の事実を認識していたことと行為当時の状況をあわせて考慮すると,少なくとも未必的,概括的には構成要件該当事実を認識していたと認定しうる場合には,その錯誤は法律の錯誤にとどまる。これに対し,自然的な意味での事実の認識は存在していたものの,それが構成要件事実に当たるという意味の認識を妨げる特異な事情が介在していたため,故意の成立に必要な程度に事実の認識があったとは判断できない場合には,事実の錯誤となる(香城・前掲261頁)

 

 この香城敏麿最高裁判所上席調査官は,後に福岡高等裁判所長官となっています。したがって,福岡高等裁判所の後輩裁判官としては,元長官閣下の見解を重視すべきことは当然,ということになったのでしょう。

 

3 同窓生たち

 香城敏麿長官は,刑事法のみならず,憲法分野でも名前の出て来る著名な裁判官です。筆者も不敏ながらも法律の勉強はしたわけなので,その際同長官の氏名を目にするたびに,香城敏麿とは変わった名前だなぁ,「まろ」といわれると京都の貴族みたいだなぁ,しかし,そういえば札幌での中学生時代に香城○麿さんという上級生がいたけど親戚なのかなぁ,などと漠然と考えることがあったところです。とはいえいつまでも漠然とした思いのままでは埒が開きません,インターネットでいろいろ便利になったのでふと香城長官の出身高等学校を調べたところ,何のことはない,長官は北海道立札幌南高等学校の御出身でした。香城一族は,男子は○麿と命名せられることとなっているらしい,札幌の名族であったのでした。

 で,堅い裁判官の香城敏麿長官が1935年生まれであると分かると,今度は柔らかい小説家の渡辺淳一先生と同じ時期に札幌南高校にいたのかしら,が気になるところです。後に男女の愛とその官能を綴ることで有名になる渡辺先生は1933年生まれでした。ということは,両者は2歳違いであって,同級生の加清純子嬢と付き合ってめろめろ中の将来の大作家が3年生になった時(1951年4月)に,その半世紀後の20011130日に電気通信事業紛争処理委員会(現在は電気通信紛争処理委員会(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)144条以下))の初代委員長(同法146条)となる香城少年が入学して来たという関係であったわけです。『阿寒に果つ』の加清純子事件は,後の電気通信事業紛争処理委員会委員長が高校1年生として迎えた新年(1952年1月)に起きたのでした。


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時計台(札幌市中央区)

 

4 東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決等:医薬品及び製造たばこ代用品

 

(1)薬事法24条1項・84条5号

 ところで,福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,指定薬物の所持者について指定薬物を所持する故意があったということで公訴提起がされ,当該故意の認定が問題となった事案でした。他方,指定薬物に係る故意の認定の困難を回避するためか,いわゆる危険ドラッグの販売業者について,業として医薬品を販売の目的で貯蔵又は陳列したもの(薬事法24条1項違反。刑は,同法84条5号により3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科される。)として起訴した事例もあります。東京地方裁判所立川支部平成26年(わ)第1563号・平成27年(わ)第385号薬事法違反被告事件平成27年9月4日判決の事案などがそうです。薬事法83条の9の規定は「第76条の4の規定に違反して,業として,指定薬物を製造し,輸入し,販売し若しくは授与した者又は指定薬物を所持した者(販売又は授与の目的で貯蔵し,又は陳列した者に限る。)は,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」(平成25年法律第103号による2014年4月1日からの改正以降の条文)となっていましたが,これと比べれば同法84条5号では刑が軽くなっています。検察官としては,刑が軽くなってしまうとしても故意立証における安全性を優先したものでしょう。(福岡高等裁判所平成28年6月24日判決に係る『判例タイムズ』の匿名解説は,「本判決は,指定薬物として指定された事実についての認識をまったく不要としているものとはいえないであろう。」としつつ「指定の事実についての認識を故意に必要な認識の上でどのように位置付けるかは,今後の裁判例の集積にゆだねられているとみるべきであろう。」と述べています。「指定の事実の認識」の位置付けにくよくよしなければならない指定薬物ではなく,そのような苦労のなさそうな医薬品で行こうということだったのでしょうか。)

薬事法24条1項は,「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ,業として,医薬品を販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。ただし,医薬品の製造販売業者がその製造等をし,又は輸入した医薬品を薬局開設者又は医薬品の製造販売業者,製造業者若しくは販売業者に,医薬品の製造業者が,その製造した医薬品を医薬品の製造販売業者又は製造業者に,それぞれ販売し,授与し,又はその販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列するときは,この限りでない。」と規定しています。

しかし,医薬品貯蔵・陳列罪に係る故意の認定も難しい。

 

(2)医薬品の概念

医薬品の定義は,薬事法2条1項において次のように規定されていました。

 

 一 日本薬局方に収められている物

 二 人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて,機械器具,歯科材料,医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)

 三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であつて,機械器具等でないもの(医薬部外品及び化粧品を除く。)

 

指定薬物たるいわゆる危険ドラッグは薬事法2条1項3号の医薬品であるということで起訴がされたということになったのですが,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的の医薬品である,いわゆる危険ドラッグ」というのみの簡単な言い方で,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」としている物を皆医薬品にしてしまうということでよいものかどうか。

薬食同源といわれるところ,普通の飲食物も「人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」として摂取されるものではないでしょうか。眠気覚ましのために砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲むことまでが,医薬品の摂取になるものかどうか。(なお,砂糖を入れたコーヒーが眠気覚ましになるのは,砂糖による胃もたれ感によるものというよりはやはり,カフェインの効果に加えて糖分が疲れた脳に速やかに栄養を補給するからでしょう。)「医薬品ノ中ニハ御承知ノ如ク薬トシテ売出シマス場合ニハ非常ニ難カシイ名前ガ附イテ居ルガ,八百屋ヘ行ケバ食物デアリ,薬屋デ売ルトキハ医薬品デアルト云フヤウナモノモ中ニハナイコトハナイ」と,つとに述べられています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁(灘尾弘吉政府委員(厚生省衛生局長)))。(ちなみに,81回帝国議会の協賛を得た昭和18年法律第48号の旧々薬事法には医薬品の定義がそもそもありませんでした。この点については灘尾政府委員から「出来ルコトナラバ,医薬品ニ関スル定義ヲ此ノ法律案ニ規定致シタイト考ヘマシタ次第デアリマスガ,色々勘考致シマシタケレドモ,中々此ノ点ハ政治的ニ非常ニ難カシイノデアリマス,形式ヲ申シマスレバ,日本薬局方ニ所載セラレテ居リマスモノハ薬品ト言フト云フヤウナコトハ簡単ニ行キマスガ,段々押詰メテ参リマスト,境目ニナツテ来マスト,曖昧ナモノガ出来テ来ルト云フ状況デアリマス,是等ヲ包括致シマシテ,総テニ妥当スルヤウナ定義ト云フモノヲ文字ニ表ハスコトハ中々困難デアリマスノデ,一応ソレ等ノ点ニ付キマシテハ,従来モ左様ニナツテ居ルノデアリマスルガ,薬ニ関スル吾々ノ通念ニ従ツテ処置シテ行キ,疑問ノモノニ付テハ行政的ニ然ルベク処理シテ行クト云フ風ナ考ヘ方ヲ致シテ居ル次第デアリマス」と説明されています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁)。)

 薬事法2条1項3号の前身は昭和23年法律第197号の旧薬事法2条4項3号の「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの(食品を除く。)」との規定でしたが(旧薬事法に至って「医薬品」の定義規定が設けられたわけです。),同号の括弧書きに注意すべきです。食品も,医薬品同様「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」なのでした。(この括弧書きが昭和35年法律第145号の薬事法において取り去られたことについては,「なお,食品との関係につきましては,従来現行法には「(食品を除く)」という言葉が入っておりましたけれども,これは法制上検討いたしまして,食品衛生法の方に医薬品及び医薬部外品を除くという規定をおきまして,両方の調整をはかったわけでございますが,実態としては食品と医薬品,あるいは医薬部外品との関係は現在と変わらないというふうに考えております。」と説明されていますが(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第28号3頁(高田浩運政府委員(厚生省薬務局長))),確かに医薬品が原則で食品が例外であるというよりは食品が原則で医薬品等が例外であるとする方が「法制上」落ち着きがよいでしょう。)すなわち,「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」との文言だけでは覚束なく,もう一つ縛りをかけなくては,食品と医薬品との分別ができません。(ちなみに,食品衛生法(昭和22年法律第233号)4条1項は現在「この法律で食品とは,全ての飲食物をいう。ただし,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)に規定する医薬品,医薬部外品及び再生医療等製品は,これを含まない。」と規定しています。)

ところで,いわゆる危険ドラッグの植物片は,喫煙用に供されています。そうだとすると,食品とはいいにくい。そうであれば,食品ではないところの「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」であるのだから直ちに医薬品なのだといえるかといえば,まだなかなかそうはいきません。

 

(3)製造たばこ代用品

たばこ事業法(昭和59年法律第68号)38条2項は,次のように規定しています。

 

製造たばこ代用品とは,製造たばこ以外の物であつて,喫煙用に供されるもの(大麻取締法(昭和23年法律第124号)第1条に規定する大麻,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)第2条第1号に規定する麻薬,あへん法(昭和29年法律第71号)第3条第2号に規定するあへん並びに医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第2条第1項に規定する医薬品及び同条第2項に規定する医薬部外品を除く。)をいう。

 

 これを見ると,喫煙用に供される植物片は,それだけでは医薬品ということにならず,積極的に医薬品等であるものとされない限り,製造たばこ代用品にとどまることになります。

 製造たばこ代用品は,たばこ事業法38条1項によって,合法の嗜好品であるところの製造たばことみなされて同法の規定が適用されるものとなっています。

 なお,製造たばこ代用品とは「葉たばこ以外のものを原料として,製造たばこと同様の形態に製造されて喫煙用に供されるもの」であって,「代用品の例としては,〔略〕アメリカにはカカオビーンズの皮を主原料としたフリーとか,イギリスではタンポポを主原料とした,どんな味がするのかよくわかりませんけれど,ハニーローズとかいうのがあるそうでございます。」と紹介されています(第101回国会衆議院大蔵委員会議録第2935頁(小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)))。


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 札幌のタンポポ
  

(4)たばこと医薬品との分別

 ところで,薬事法2条1項3号の医薬品に該当するものとしてたばこを厳しく規制すべきだとの主張は,確かに理論の上ではあり得るところではありました。しかしながら,禁煙主義の方々のそのような主張がすげなく退けられた裁判例として,東京高等裁判所平成22年(ネ)第2176号損害賠償請求控訴事件平成24年3月14日判決があります。いわく。

 

   しかし,たばこが,大人が自由な意思で吸う吸わないを判断する嗜好品として製造・販売されてきたことは,これまで認定・説示してきたとおりである。ニコチン依存症候群に陥った者が離脱状態を緩和するために喫煙するということはあり得るが,そのことから,たばこが離脱症状の緩和を目的としているとはいえない。そして,喫煙者が喫煙をする理由の中には,手の操作的満足〔手持ちぶさた〕や娯楽的満足〔雰囲気,楽しみ〕など精神作用以外のものも含まれており〔略〕,たばこは精神作用を得ることのみを目的としているものではない。

   もっとも,たばこは,気分転換,ストレス解消,落ち着くなどの精神作用を理由としても嗜好されているものではあるが,そのことは,カフェインを含むコーヒー・茶やアルコール類など社会的に許容されている他の嗜好品においても同様である(なお,ICD-10〔略〕やDSM-(4)〔略〕においても,アルコール依存,カフェイン関連障害は一つの診断分類とされている。)しかし,薬事法が医薬品の製造・販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためであり,そのため,医薬品は,治療上の効能,効果と副作用とを比較考量して,医薬品としての有用性を有しない限り,承認されることがないのである(最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。これに対して,嗜好品は,国民の生命及び健康を保持する上での必需品ではなく,一定の健康上のリスクがあっても,これを摂取することに個人が自由な意思で価値を認めて嗜好するものであって,その価値が客観的に認められる必要やその価値が客観的にリスクを上回っていることが要求されるものではない。そうすると,嗜好品として許容されている範囲内の精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には該当しないと解するのが相当である。

   そして,ニコチン依存に関する今日の知見の下でも,たばこが嗜好品として許容されていることは,被控訴人日本たばこらに対する請求について説示したとおりである〔略〕。控訴人らは,たばこが嗜好品であるから医薬品に当たらないという考え方は,ニコチンの依存性が明らかにされる以前の古い認識であると主張し,たばこが今後も許容された嗜好品であり続けるかどうかは,今後の喫煙者の状況と知見の状況等を踏まえた社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる問題であるが,少なくとも現時点においては,たばこの精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には当たらず,たばこが医薬品に該当するとはいえない。(第5の1(2)イ)

 

東京高等裁判所の当該判示に拠って強弁すれば,製造たばこ代用品たり得る植物片は,嗜好品たる製造たばこ代用品として許容されている範囲内の精神作用を有するにとどまる限りにおいては当該精神作用を目的として用いられる場合であっても薬事法2条1項3号にいう人の機能への影響を有するものではなく,したがって医薬品ではない,と言い得そうです。当該許容される精神作用の範囲は「社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる」ということになれば,結局,当該植物片に係る医薬品の無許可販売業目的貯蔵・陳列罪の成立のためには,指定薬物として厚生労働省令によって現に指定されるに足る精神作用がある事実(既に指定された指定薬物を含有しているのであればこちらの要件は充足されるでしょう。)及び当該事実に係る認識が必要であるということになりそうです。

 

(5)指定薬物指定省令の公布後施行前の取締りについて

2014年9月19日の政府薬物乱用対策推進会議において厚生労働省の神田裕二医薬食品局長は「今日,新しく14物質を,規制対象となる「指定薬物」に指定しましたので,無承認医薬品としての医薬品としての指定を受けまして,先ほど申し上げた店舗数の多い4都府県に対しましては,本日既に立入検査に入って,今度規制する薬物を売っていたら無承認医薬品として取り締まる,というのを,早速今,立ち入りにちょうど今日行っているところです。」と発言しています。ここでいう「指定」は平成26年厚生労働省令第106号の公布のことで,当該省令が施行されるのは同月29日からのことでした。指定薬物としての指定自体の効力はいまだ発動されてはいないが,「社会一般の意見とそれを反映した立法」(この場合は当該省令の公布)によって当該14物質についてはその精神作用が嗜好品として許容されている範囲を超えることは明らかになったので,医薬品に係る薬事法24条1項・55条2項違反で取り締まるのだ,ということなのでしょう。

 

(6)東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決における医薬品性に係る故意の認定

「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的」であるかどうかの目的の有無についてのいわばディジタル的判断のみでは医薬品性は立証できず,更に許容範囲を超える(すなわち指定薬物指定相当の)精神作用の存在の認識が必要になるのでしょう。しかしそうであると,医薬品所持で起訴した場合であっても,指定薬物の所持に係る福岡高等裁判所平成28年6月24日判決にいう「当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。」の判断基準と余り変わらない判断基準となるように思われます。

東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決においては,薬事法84条5号・24条1項の無許可販売業目的医薬品陳列・貯蔵罪に係る被告人の故意の認定に,次のように多くの言葉が費やされています。

 

 〔前略〕本件植物片は,上記〔略〕のとおり,吸引等の方法による人体摂取を目的として販売,使用されていたものであるところ,被告人自身そのことを認識していた。そして,被告人が,上記〔略〕のとおり,ハーブ店経営者として自ら危険ドラッグの仕入れを行い,アッパー系,ダウン系,強い,弱いなどの効能を,仕入先業者から聞かされ,これを従業員に伝えるなどしていたことや,被告人自身も店内で扱われる商品のうち,リキッドやパウダーと呼ばれる危険ドラッグを使用してその使用感を確かめるなどしていたことからすれば(被告人の供述によっても,ハーブについても1回は使用している。),被告人が〔自店〕で扱っている危険ドラッグに人体への薬理作用があることを認識していたことはもちろん,その程度についてもそれなりに認識していたものと認められる。

  このことに加えて,〔中略〕などからすれば,被告人が,本件植物片が,指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれがあり,人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするものであることを十分認識していたこと,すなわち,本件植物片が医薬品に該当することの基礎となる事実を十分認識していたことは明らかである。そして,以上の経緯等からすれば,被告人が,本件植物片を販売目的で貯蔵又は陳列することが違法であるとの意識を有していたことも優に認められる。(第2の2(2))

 

 「指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成文を含むおそれ」までの認識が必要ということで,「人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするもの」のみについてのあっさりとした認定では済まなかったところです。

 返す刀で弁護人の主張もばっさり。

 

 〔前略〕被告人が本件植物片を使用した経験がなかったとしても,本件植物片がそれなりに強い薬理作用を有していることを十分認識し得たといえる。これらのことに加え,上記〔略〕で認定した本件における事実経過等からすれば,被告人は,本件植物片が,嗜好品として許容されている範囲を超えた強い精神作用を有するものであり,指定薬物等の規制薬物を含有する可能性があり,購入客がその薬理作用を求めて身体に摂取する目的で本件植物片を使用しているということを十分認識していたと認められ,弁護人の主張〔「被告人は,①〔自店〕で販売されている植物片について,顧客が嗜好品として使用しているとの認識を有しており,②本件植物片を自身で使用したことはなく,仕入れ先業者からは本件植物片について大まかな定型的性質を聞いていただけである上,指定薬物を含有している商品については,そのことが発覚し次第,取扱を中止するなど,指定薬物を含有する商品を排除すべく努力をしていたものであるから,自身が,指定薬物を含有する医薬品を販売しているとの認識も抱いてはいなかった,などという」〕は採用することができない。(第2の2(3)ア)

 

 と,以上はいわゆる危険ドラッグ関係の剣呑な話でした。

 

(7)健康増進法改正に関して

 ちなみに,葉っぱに火をつけてプカプカすることについて論じてしまうとつい想起されるのは,受動喫煙対策が目玉の健康増進法(平成14年法律第103号)の今次改正案です。2018年3月に内閣から第196回国会に提出された健康増進法の一部改正法案が成立すると,製造たばこ代用品も健康増進法上の「たばこ」の一種とされます(改正後同法25条の4第1号)。「受動喫煙」は「人が他人の喫煙によりたばこから発生した煙にさらされることをいう。」と定義され(改正後健康増進法25条の4第3号),「喫煙」は「人が吸入するため,たばこを燃焼させ,又は加熱することにより煙(蒸気を含む。次号において同じ。)を発生させることをいう。」と定義されています(同条2号。ここでの「たばこ」には上記のとおり製造たばこ代用品が含まれます。)。葉たばこを原材料とする喫煙用製造たばこからの煙及び蒸気のみならず,カカオビーンズの皮やタンポポを原材料とする製造たばこ代用品からの煙及び蒸気も規制対象となるということは,要はニコチンの有無にかかわらずおよそ煙は健康に害があるので取り締まられねばならないということになるようです。PM2.5なども恐ろしいですからね。人前でわざわざ火をつけて煙を出すのはけしからんということなので,人のいるところでの焚火もしてはいけないのでしょう(関係する童謡も演奏・唱歌禁止ですね。)。焼肉焼鳥焼魚の煙はどうなるのでしょうか。今の時代,「(けぶ)(),国に満てり。百姓(おほみたから)(おの)づからに富めるか」などとのたまわれてしまうと困ってしまいます。

 

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 しかし,焼肉屋さんの焼肉は,煙が出ないのですね。
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1 2017年1月13日の大事件と鉄道営業法37条及び42条の規定

 2017年1月1313時過ぎ,京都市右京区嵯峨野野宮町において,五十代の女性二人が,JR山陰線の踏切を渡る途中写真を撮ってもらうために同線の線路内に1メートルほど立ち入ったという重大犯罪が発生したそうです。

鉄道営業法(明治33年法律第65号)には次のような条項があります。

 

 第37条 停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ10円以下ノ科料ニ処ス

 

 第42条 左ノ場合ニ於テ鉄道係員ハ旅客及公衆ヲ車外又ハ鉄道地外ニ退去セシムルコトヲ得

  一 有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ検査ヲ拒ミ運賃ノ支払ヲ肯セサルトキ

  二 第33条第3号〔列車中旅客乗用ニ供セサル箇所ニ乗リタルトキ〕ノ罪ヲ犯シ鉄道係員ノ制止ヲ肯セサルトキ又ハ第34条ノ罪〔制止を肯ぜずした,吸煙禁止違反又は婦人専用待合室車室等への男子の妄りな立入り〕ヲ犯シタルトキ

  三 第35条〔鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス〕,第37条ノ罪ヲ犯シタルトキ

  四 其ノ他車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタルトキ

  前項ノ場合ニ於テ既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス

 

鉄道営業法37条にいう「10円以下ノ科料ニ処ス」の部分は,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項本文(「第1項の罪〔刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)〕につき定めた科料で特にその額の定めのあるものについては,その定めがないものとする。」)により,要は,「科料ニ処ス」ということになります。科料は,1000円以上1万円未満です(刑法17条)。

 

2 罰金と科料の差

「罰金と科料の差は,①罰金には執行猶予を付しうるが科料には認められない〔刑法25条1項は50万円以下の罰金についてその刑の全部の執行猶予を認めています(ただし,同法27条の2第1項は罰金について刑の一部の執行猶予を認めていません。)。〕,②資格制限について原則として科料には規定がない,③公訴時効〔罰金に当たる罪については3年(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)250条2項6号),科料に当たる罪については1年(同項7号)〕および刑の時効〔罰金については3年(刑法32条5号),科料は1年(同条6号)〕に差がある,④科料にのみ処せられる犯罪の教唆・幇助は処罰されない〔刑法64条。ただし,同条の例外として,軽犯罪法(昭和23年法律第39号)3条があります。〕などの点で異なった扱いを受ける・・・科料は自由刑における拘留に対応するものであり,軽微な犯罪に対する制裁として資格制限に影響を及ぼさない刑として意味があると解すべきであるから,拘留を残しておく以上は,科料も存続させるべきである。」とされています(大谷實『刑事政策講義〔第4版〕』(弘文堂・1996年)155頁。下線は筆者)。

 

3 違警罪

旧刑法(明治13年太政官布告第36号)では罪について重罪(その主刑は,死刑,無期徒刑,有期徒刑,無期流刑,有期流刑,重懲役,軽懲役,重禁獄及び軽禁獄(同法7条)),軽罪(その主刑は,重禁錮,軽禁錮及び罰金(同法8条))及び違警罪(その主刑は,拘留及び科料(同法9条))の分類がありましたが,科料にしか該たらない鉄道営業法37条の罪は,違警罪ということになります。刑法施行法(明治41年法律第29号)31条は,「拘留又ハ科料ニ該ル罪ハ他ノ法律ノ適用ニ付テハ旧刑法ノ違警罪ト看做ス」と規定しています。

旧刑法において「「違警罪」は前2者〔重罪及び軽罪〕と異質の罪とされ,そのため,前2者〔重罪及び軽罪〕に存する附加刑としての剥奪公権〔国民ノ特権,官吏ト為ルノ権,勲章年金位記貴号恩給ヲ有スルノ権,兵籍ニ入ルノ権,会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権,学校長及ヒ教師学監ト為ルノ権等が剥奪されました(同法31条)。〕・停止公権・禁治産・監視の制度はなく,「仮出獄」の制度も無縁であった。「加減例」においても「違警罪ノ刑ハ加ヘテ軽罪ニ入ルコトヲ得ス」とされ〔同法72条2項本文〕,期満免除は,禁錮罰金でも7年であるのに,1年であった。違警罪の未遂は常に「其罪ヲ論セス」とされたが〔同法113条3項〕,他方,重罪・軽罪に存した16歳以上20歳未満者の「宥恕シテ本刑ニ一等ヲ減ス」との制度〔同法81条〕はなかった〔同法83条1項〕。〔旧刑法〕最末尾の第430条は,同法2条〔「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スル(コト)ヲ得ス」〕の例外として次のように規定していた。/「前数条ニ記載スルノ外各地方ノ便宜ニヨリ定ムル所ノ違警罪ヲ犯シタル者ハ其罰則ニ従テ処断ス」」と紹介されているところです(小嶋和司「明治二三年法律第八四号の制定をめぐって」『小嶋和司憲法論集一 明治典憲体制の成立』(木鐸社・1988年)409410頁)。

なお,違警罪といえば違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)が出て来る人はマニアックですね。「違警罪即決の制度は,行政官庁をして裁判の正式を用ひず科刑の処分を為さしむるものである点に於て,すでに疑問とすべきものであるのみならず,其は屢々他の刑事捜査の目的上人身を拘束するの手段として濫用される弊害を伴うてゐる。」と批判されていた制度です(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)612613頁)。同例1条本文は「警察署長及ヒ分署長又ハ其代理タル官吏ハ其管轄地内ニ於テ犯シタル違警罪ヲ即決スヘシ」と,同例2条は「即決ハ裁判ノ正式ヲ用ヒス被告人ノ陳述ヲ聴キ証憑ヲ取調ヘ直チニ其言渡ヲ為スヘシ/又被告人ヲ呼出スコトナク若クハ呼出シタリト雖モ出廷セサル時ハ直チニ其言渡書ヲ本人又ハ其住所ニ送達スルコトヲ得」と規定していました。昭和22年法律第60号によって1947年5月3日から違警罪即決例が廃止されるまでは,鉄道営業法37条の事案は所轄の右京警察署限りの取扱いで済んで(ただし,正式裁判の請求に係る違警罪即決例3条参照),「送検」などと検察官を煩わせるまでのことにはならなかったものでしょう(無論正式裁判請求があったときは別で,同例6条は「警察署ニ於テ〔正式裁判請求の〕申立ヲ受ケタル時ハ24時内ニ訴訟ニ関スル一切ノ書類ヲ違警罪裁判所検察官ニ送致スヘシ」と規定していました。)。

 

4 科料に当たる罪と逮捕

犯罪,ということになると,すぐ,すわ逮捕か,という予想が発せられますが,科料にしか当たらない鉄道営業法37条の罪の被疑者が逮捕される事態は余り考えられません。

 

(1)通常逮捕

刑事訴訟法199条1項ただし書は,科料に当たる罪の被疑者を逮捕状によって逮捕することができる場合を,「被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求め〔同条1項本文は「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。」と規定〕に応じない場合」に限っています。頭書重大犯罪の被疑者は,警察署での取調べに5時間応じたということですから,定まった住居を有している限りは,逮捕されることはないでしょう。(なお,5時間かかったのは「しぼられた」(懲罰的な響きがありますね。)からかどうか。人によっては,普段から記憶が欠落していたり,あいまいだったりし,また話が要領を得ないため,司法警察員又は検察官ならぬ熱心な弁護士が優しく事情を聴く場合においても思わず長く時間がかかることがあります。)

 

(2)緊急逮捕

あらかじめ逮捕状を要さぬ緊急逮捕は,死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の被疑者にのみ可能であって(刑事訴訟法210条1項),科料のみの鉄道営業法37条の罪の被疑者が緊急逮捕されることはありません。

 

(3)現行犯逮捕

「現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」というのが刑事訴訟法213条の原則ですが,同条の規定も,科料に当たる罪の現行犯人については「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」以外の場合には適用されません(同法217条)。「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が堂々と,住所氏名を明らかにし,かつ,逃げも隠れもしないと高らかに宣言して仁王立ちした場合には,現行犯逮捕もできないようです。

 

5 科料に当たる現行犯罪の制止と警察官職務執行法5条,鉄道営業法42条1項等

 

(1)警察官職務執行法5条と刑事訴訟法217

刑事訴訟法217条に関連してここでちょっと脱線して,いささか問題になるのが,警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)5条に関する解釈です。

警察官職務執行法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があつて,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と規定しています。当該規定振りの結果,同「条は,犯罪の予防のための措置として定められており,現行犯罪の鎮圧を目的とするものではないように見え,他に犯罪の鎮圧にかかる規定は存しない。このため現行犯罪の制止については,その法的根拠,要件をめぐり,判例学説ともに種々の見解に分かれている」ところです(田宮裕・河上和雄編『大コンメンタール警察官職務執行法』(青林書院・1993年)331頁(渡辺咲子))。すなわち,現行犯罪の制止にも警察官職務執行法5条後段の要件(人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があること。)が必要なのか,余計なしがらみなく組織法である警察法(昭和29年法律第162号)2条1項の規定(「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」)を直接の根拠にして即時強制ができるのか,司法警察と行政警察とがあるところ現行犯逮捕は司法警察に係る刑事訴訟法に規定されているものの行政警察に係る犯罪鎮圧目的のためにも現行犯逮捕ができるのか,あるいは警察法2条,警察官職務執行法,刑事訴訟法などを総合して法秩序全体から合理的に警察官による現行犯罪の制止は認められるものと考えることができるか,といった議論になります(田宮・河上編332頁以下(渡辺))。

東京高等裁判所昭和471020日判決(高刑集25巻4号461頁)は「警職法5条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であつて,まだ犯罪が行なわれない前の段階を対象としたものであるから,進んで犯罪が現に行なわれている場合にもこの規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。けだし,同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度とを限定しているのは,まさにそれが行なわれようとしているにもせよ(ママ)まだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから,基本的人権保障のためにこれを明定する必要があるからと解せられるが,これに反し現に犯罪が実行されている段階に立ち至れば,これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であるし,またこの場合には現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているところからみても,あえてその要件ないし阻止行為の態様を限定するまでのこともないため,別段の規定を設けなかつたものと解されるからである。それゆえ,すでに犯罪が現に実行されている段階においては,警察官としては当該犯罪を鎮圧阻止するために必要と認められる限度において,しかも憲法に保障する個人の権利および自由を不当に侵害し権利の濫用にわたらないかぎりは,犯人に対し犯罪の実行をやめさせるため強制力を行使することが許され,この場合においては特に警職法5条後段の要件を必要としないものと解するのが相当である。」と判示していますが(下線は筆者),「この判決及びこれを維持した最決昭49・7・4判時74826頁により,現行犯については本条〔警察官職務執行法5条〕後段の要件がなくても同条にいう制止行為程度の即時強制は許されるとの判断が裁判例として定着し,確立されたものとみてよい」とされています(田宮・河上編340頁(渡辺))。しかし,警察官職務執行法5条後段の要件がなくとも現行犯の制止ができるという判断の前提として「現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められていること」,すなわち現行犯逮捕を行い得ることが必要であるということであれば,なおも「刑訴法217条に現行犯逮捕のできない軽微な犯罪の場合に問題」(田宮・河上編340341頁(渡辺))が残ることは否定できません。上記東京高等裁判所昭和471020日判決の事案において警察官による制止の対象となったのは,刑事訴訟法217条の適用のない威力業務妨害罪(刑法234条)であって,当該問題は表面に現れずにすんだところではありました。東京高等裁判所昭和41年8月26日判決(高刑集19巻6号631頁)は,括弧書きで,「現行犯であつても刑事訴訟法第217条に規定する軽微な犯罪にあつては,住居若しくは氏名が明らかでない場合等でなければ逮捕することを得ないのであるが,かかる場合においても,警察官は犯罪鎮圧のための制止行為はこれをなし得,またなすべき責務があるというべきである。」と判示していますが,これも事案は威力業務妨害罪の制止行為の適法性が争われたもので(東京高等裁判所昭和471020日判決の事案と同一の事案),傍論というべきでしょう。「現行犯逮捕の可能な場合の制止を是とする見解の多くが,逮捕という強力な手段が認められる以上,逮捕に至らない制止を行うことは適法であるとするのであるから,逮捕できない場合に制止ができるとするには,別個の説明を要するのではないかと思われる。」と批判されています(田宮・河上編341頁(渡辺))。

「結局,現行犯罪の鎮圧にあたっても,本条〔警察官職務執行法5条〕に従って警告・制止を行う,と解するのが妥当であるといえよう。」との見解が表明されています(田宮・河上編343頁(渡辺))。「実行の着手,犯罪の成立の前後を問わず,犯罪が継続し,被害の拡大の虞がある場合には,本条〔警察官職務執行法5条〕の「犯罪がまさに行われようとするとき」に含まれると解するのが正当であって,その他の要件を満たす限り,本条により現行犯罪の制止が可能であることは,当然」であるというわけです(田宮・河上編332333頁(渡辺))。

科料に当たる罪を制止するとなると,何だか面倒くさい議論に巻き込まれそうですね。

 

(2)鉄道営業法42条1項

「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が現にいるとしても,警察官としては,警察官職務執行法5条の要件やら刑事訴訟法217条の適用やらについてまず確認するのも大変で,「せっかく鉄道営業法42条1項3号があるのだから,鉄道係員がまず鉄道営業法37条の罪を犯している不心得者を退去させてくださいよ。」と言いたくなるかもしれません。

 鉄道営業法42条1項については,最高裁判所の判例があります(昭和48年4月25日大法廷判決(刑集27巻3号418頁))。いわく,「鉄道営業法42条1項は,旅客,公衆が停車場その他鉄道地内にみだりに立ち入つたとき等同項各号に定める所為に及んだ場合,鉄道係員は,当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させうる旨を規定している。けだし,鉄道施設は,不特定多数の旅客および公衆が利用するものであり,また,性質上特別の危険性を蔵するものであるから,車内または鉄道地内における法規ないし秩序違反の行動は,これをすみやかに排除する必要があるためにほかならない。すなわち,同条項は,鉄道事業の公共性にかんがみ,事業の安全かつ確実な運営を可能ならしめるため,とくにかかる運営につき責任を負う鉄道事業者に直接にこの排除の権限を付与したものである・・・。そして,鉄道営業法42条1項の規定により,鉄道係員が当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたつては,まず退去を促して自発的に退去させるのが相当であり,また,この方法をもつて足りるのが通常であるが,自発的な退去に応じない場合,または危険が切迫する等やむをえない事情がある場合には,警察官の出動を要請するまでもなく,鉄道係員において当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いうるものであり,また,このように解しても,前述のような鉄道事業の公共性に基づく合理的な規定として,憲法31条に違反するものではないと解すべきである。」云々(うんぬん)。鉄道営業法42条1項に基づく公衆を退去させるための実力の行使に対する抵抗について,公務執行妨害罪(日本国有鉄道に係る事案でした。)成立の可能性が認められています(高等裁判所に差戻し)。

 

(3)鉄道営業法38

 ところで,日本国有鉄道は民営化されてJR各社となったので鉄道営業法42条1項に基づく行為に対する公務執行妨害罪ということはなくなったのですが,鉄道営業法38条(「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」)の罪と刑法234条の威力業務妨害罪(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金),同法208条の暴行罪(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)及び同法222条1項の脅迫罪(2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)との関係はどうなるのでしょうか。これについては,鉄道営業法38条と威力業務妨害罪とは観念的競合の関係であって重い威力業務妨害罪の刑によって処断されるとともに(刑法54条1項前段),暴行罪又は脅迫罪も鉄道営業法38条の罪に吸収されることなく(吸収されるとかえって刑が軽くなって不合理)観念的競合の関係となるとされています(伊藤榮樹・小野慶二・荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編〔新版〕』(立花書房・1994年)3536頁(伊藤榮樹(河上和雄補正)))。「かくて,制定当時は,一般法である刑法に対して特別法の関係に立ち,もっぱら優先して適用されるものとされていた鉄道営業法第38条は,いまやほとんどの場合,刑法上の罪と同時に成立し,実際の処罰の場合には,重い刑法上の罪の刑で処断されることになり,それら刑法の罪の陰にかくれて,ひっそりと生存するにすぎないことになってしまったのである。」とは,伊藤榮樹元検事総長閣下の感慨でした(伊藤榮樹・河上和雄・古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)63頁)。

 

6 鉄道営業法37条の罪

さて,遠回りしましたが,罰則規定としての鉄道営業法37条の解釈を見てみましょう。

 

(1)趣旨

まず,趣旨。鉄道営業法37条の趣旨は「人がみだりに鉄道地内に立ち入るときは,旅客の乗降や列車の運行の妨げとなり,ときには危険発生のおそれを生ずるので,これらの事態を未然に防止し,一般的保安を維持しようとする罰則規定である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。大阪高等裁判所昭和40年8月10日(高刑集18巻5号626頁)は,「鉄道営業の安全と,円滑な運営とを保護する規定」であると判示しています。

 

(2)「鉄道地内」

「鉄道地内」とは,「鉄道が所有ないし管理する用地・地域のうち,停車場,線路,踏切などのように直接鉄道運送業務に使用されるもの及び駅前広場のようにこれと密接不可分の利用関係にあるものをいう。塀,柵などで他と区画されているかどうかを問わない。鉄道運送業務に直接関係のない鉄道職員のための教育・訓練施設,宿舎などは,「鉄道地内」ではない。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上))。また,駅前広場が停車場に含まれるものと解されることにつき前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。踏切及び線路は,「鉄道地内」に含まれます。

 

(3)「妄ニ」

(みだり)ニ」とは,「正当な理由がなく不法に,の意である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。すなわち,米子駅ホームでされた労働組合支援のためのデモ行進について鉄道営業法37条の罪の成立を認めた鳥取地方裁判所米子支部昭和44年4月19日判決(判タ240296号)は,「妄ニ」は「正当の事由なく不法に」を意味するものと判示しています。

日本国有鉄道の労働組合の委任を受けて委任事務を処理するために京都駅構内に立ち入った弁護士(乗車券も入場券もなし。)は,妄ニ立ち入ったものではないとされています(京都地方裁判所昭和48年2月23日判決(判時713111頁))。踏切及び線路に関する例としては「閉鎖中の踏切道に立ち入るような場合」や「線路上へのすわり込み(広島高判昭48・1・29刑裁月報5・1・28)」が挙げられていますが(伊藤・小野・荘子編32頁,33頁(伊藤(河上))),広島高等裁判所昭和48年1月29日判決の事案は,正確には,呉線広駅に列車で到着し①2番線線路内に入り込んでシュプレヒコールを繰り返しながら蛇行行進をして3番線線路内に至り,続いて②当該線路上で停車中の米軍の弾薬を輸送する列車の前の線路上に立ちふさがり,及び坐り込みをしたものであり,鉄道営業法37条が適用されたのは①の行為であって,②の行為については刑法234条(威力業務妨害罪)が適用されています。

なお,入ることを禁じた場所に正当な理由がなく入ることに係る軽犯罪法1条32号前段の罪の「正当な理由がなく」に関して,「天災・火事・人命救助・犯人追跡のためとか,犯人からの逃避のためにする場合は,正当な理由がある場合である。」とされています(安西溫『特別刑法7 準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)193頁)。

 

(4)「立入リ」

「立入リ」については,軽犯罪法1条32号前段の罪の「入る」について,「その場所に身体の全部を入れることをいい,一部が入っただけでは足りないと解されている。刑法の住居侵入罪においては,身体の全部が入らなくても未遂として処罰されるが(刑131条),本号の罪には未遂犯処罰の規定がないから,身体の一部が入ったにすぎないときは処罰されないことになる。入る行為については,その場所に滞留する時間の長短を問わないのであって,その場所を単に通過するにすぎない場合でも,入ったことになる。入る方法は,徒歩による場合のみならず,車両や馬に乗って入るのでもよいが,無人の牛馬を乗り入れさせた場合は,入ったことにはならない。」と説かれていること(安西192193頁)が参考になるでしょう。禁止されているのは「立入リ」だから坐って入ればよいのだ,坐り込みは広島高等裁判所昭和48年1月29日判決では威力業務妨害だったのだ,という一休さん頓智噺のような主張は,やはり認められないでしょう。

 

(5)罪数及び関係法

 

ア 罪数関係

罪数関係については,鉄道営業法37条の罪は,刑法130条の建造物侵入罪(「正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し・・・た者は,3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」)との関係では観念的競合,軽犯罪法1条32号前段の罪とも観念的競合,鉄道営業法35条の罪(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス」)とは牽連犯(刑法54条1項後段)ではなく併合罪(同法45条)の関係,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)3条2号(「新幹線鉄道の線路内にみだりに立ち入った者」を1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処するもの)は鉄道営業法37条の特別規定であって前者の罪が成立するときには後者の適用はありません(伊藤・小野・荘子編33頁,28頁(伊藤(河上))。刑法130条の建造物侵入罪との関係につき旭川駅ホームへの不法侵入に係る札幌高等裁判所昭和33年6月10日判決(高刑裁特報5巻7号271頁)。軽犯罪法1条32号前段の罪との関係につき最高裁判所昭和41年5月19日決定(刑集20巻5号335頁。鉄道駅構内に許諾を得ることなく立ち入る行為について),安西193頁。なお,鉄道営業法37条と35条との関係につき大阪簡易裁判所昭和40年6月21日判決(下刑集7巻6号1263頁)は,牽連犯の関係になるとしています。)。

 

イ 新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号

新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号の立法趣旨は,「物件を置きますことがたいへん危険でありますように,線路内に人が立ち入るということになりますと,確かに当該列車の運行の妨げになることと考えられますし,またひいては,その列車に乗っておられる乗客の人たちの身体の危険というものも相当大きな蓋然性で考えられるわけでございます。そういう意味で物件を置きますのと同じ危険度が列車の運行に対してあると考えられるわけでございまして,そういう観点から,ごらんのように「1年以下の懲役又は5万円以下の罰金」ということで制裁を科することとしておるわけでございます。」とされ(1964年5月15日の衆議院運輸委員会における伊藤榮樹説明員(法務省刑事局総務課長事務取扱)の答弁(第46回国会衆議院運輸委員会議録第3413頁)),更に「なおこれは一部やはり人が入ってくることは物を置くということとも関連してまいりますので,物を置かせてはならぬということに関連いたしまして,人が入ってこなければ大体物を置くということはないわけですから,無用の者がみだりに立ち入るということは極力排除すべきである,これはやはり列車の安全運行ということに直接間接の関連があるというふうに私どもは考えております。」と説かれています(同日同委員会における廣瀬眞一政府委員(運輸省鉄道監督局長)の答弁(同会議録14頁))。

 

ウ 建造物侵入罪

「駅のホームは,駅舎と屋根でつながっていて柵があるような場合には,建造物となる。駅の構内は,乗降客のための通路部分であっても建造物とされる(最判昭591218刑集38123026,なお東京高判昭38・3・27高刑集16・2・194)。」とはいえ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)137頁),踏切及び線路への立入りが刑法130条の建造物侵入罪になることはないでしょう。なお,軽犯罪法1条32号前段の罪は刑法130条の建造物侵入罪が成立するときには成立しません(安西190頁)。

 

エ 軽犯罪法1条32号前段

「軽犯罪法1条32号は,刑法第130条の補充規定であつて,住居侵入罪には該当しない違法性のより軽微な特定の場所に対する不法な侵入行為を禁止し,その場所に対する人の支配の平穏を維持しようとするもの」と解されています(前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。同条前段については,「法令により一般的に立入りが禁止されている場所でも,立入り禁止の趣旨が外部的に表示されていなければ,入ることを禁じた場所に該当しない。」とされるとともに(安西191頁),同「号前段の罪が成立するには,行為者において,立ち入ろうとする場所が「入ることを禁じた場所」であることを認識してそこに入ることを要し,立札・標識・貼紙その他の表示に気付かなかったなどのため,右の認識を欠いたまま立ち入ったものであるときは,本号前段の故意を欠き,犯罪は成立しない。」とされています(安西193頁)。「立入禁止」の標識が現にそこに明らかにあるにもかかわらず,どういうわけかそれには気付かずに線路に入ってしまいましたぁと被疑者に天真爛漫に言われてしまった場合には,軽犯罪法1条32号前段の罪を成立させるために頑張ることは大変でしょう。

 

7 鉄道と軌道と

JR山陰線の線路は,鉄道の線路です。JR西日本の前身は,日本国有鉄道であり,鉄道省等でありました。しかしながら,JR山陰線の線路が新幹線鉄道の線路でないことは明らかです。

ところで,軌道については,軌道法(大正10年法律第76号)において鉄道営業法37条に相当する罰則規定が存在しません(軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)20条(「軌道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ新設軌道内ニ立入リタル者ハ科料ニ処ス踏切番人ノ制止ニ反シ踏切道ニ立入リタル者亦同シ」)は,「命令の規定で,法律を以て規定すべき事項を規定するもの」として,現憲法下において1948年から失効しているものと解されます(昭和22年法律第72号1条)。なお,「新設軌道」の定義については,軌道建設規程(大正12年内務省・鉄道省令第1号)3条に「道路其ノ他公衆ノ通行スル場所ニ敷設スル軌道ヲ併用軌道ト謂ヒ其ノ他ノ軌道ヲ新設軌道ト謂フ」と規定されています。)。京都の嵐山辺りをキャピキャピ散歩するのであれば,JR山陰線沿いではなく,京福電気鉄道株式会社の嵐山線沿いにした方がよかったということになるのでしょうか。(なお,京福電鉄株式会社の2017年1月30日付け「軌道業の旅客運賃の上限変更認可申請について」ウェッブ・ページによると,同年4月1日から嵐山線の大人の普通旅客運賃(均一)が210円から220円に変更されるようです。)

 
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 JRの線路(JR東日本中央線吉祥寺駅から) みだりに立ち入ってはなりません。
 

8 16歳の場合

最後に,もう五十代ではなく, 例えば「まだ16だから」の場合はどうなるでしょうか。

少年法(昭和23年法律第168号)2条1項により,満16年の者は同法の「少年」となります。

少年法41条本文は「司法警察員は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならない。」と規定していますので,科料に当たる鉄道営業法37条の罪に係る少年の被疑事件については,警察からは,送検されるのではなく,家庭裁判所へ送致されることになります(検察官から家庭裁判所への送致については少年法42条)。送致を受けた家庭裁判所は,事件について調査を行いますが(少年法8条1項),死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件及び故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に係る家庭裁判所から検察官への送致について規定する少年法20条の反対解釈からすると,科料にのみ当たる鉄道営業法37条の罪を犯した16歳の少女は当該罪について公訴を提起されることはないということになります(少年法45条5号本文参照)。すなわち科料を科されることはないことになります。しかし,少年審判の結果保護処分(保護観察所の保護観察,児童自立支援施設若しくは児童養護施設送致又は少年院送致(同法24条1項))を受ける等の可能性はあり得るわけです。

(なお,冒頭御紹介した2017年1月17日の大事件の両被疑者については,同年3月21日に京都地方検察庁の検察官によって起訴猶予の不起訴処分がされたそうです(刑事訴訟法248条参照)。) 

 

弁護士 齊藤雅俊

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ウ その他及び法案賛成論の勝利

未成年者喫煙禁止法案に対する貴族院本会議における賛成意見の理由付けは,風紀論(久保田議員)及び浪費防止論(村田議員)のほか,「教育上の点からして此法案を(ママ)賛成する」意見(伊澤修二議員(唱歌「紀元節」の作曲家)のもの。前記貴族院議事速記録第28641頁。同議員は「本日も本員は少しく職務上の差支(さしつかえ)で午後に出席して参りましたが,其途中で既に或る未成年の生徒(ママ)がプカプカしがー」をやってるのを見掛けたのである」と憤慨)がありました。残りはやはり強兵論であって,「煙草を呑む為に徴兵に取られぬやうになっては甚だ憂ふべきことであるから,どうしても禁じなければならぬから此案の通りにしたいと思ひます」ということでした(兒玉淳一郎議員長州出身の元大審院判事)。前記貴族院議事速記録第28641頁)。

貴族院本会議は,1900年2月19日,衆議院提出の未成年者喫煙禁止法案を可決しています。

 

4 第14回帝国議会衆議院における議論

根本正代議士らが原案を提出した衆議院では,特段の反対はありませんでした(18991219日の本会議において,「(「異議なし異議なし」と呼(ママ)者あり」ということで,「御異議がなければ,委員会の修正(どおり)確定致します」(片岡健吉議長)ということになっていました(前記衆議院議事速記録第10171頁)。)。賛成を前提に,条文の解釈論に関係がある議論がされています。

 

(1)「18歳未満ノ幼者」から未成年者へ

18991214日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においてはまず,原案の「18歳未満ノ幼者」について,根本正委員から,「全体私の望は,丁年以下(くらい)にしたいと思ふのでありますけれども,さうなりますると反対も多くなって此案の通過することも困難であらうと云ふ懸念から,先づ亜米利加の法に則って18歳と致しました」と,本来は満20年未満の未成年者(民法旧3条・現4条参照。「丁年」は,一人前に成長した年齢のこと。)に喫煙を禁ずることにしたかったというそもそもの思いが表明されています(第14回帝国議会衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号1頁。なお,原文は片仮名書き)。

その後,「(こと)に学校の生徒,制服を着て学校の制帽を(かぶっ)て紙巻煙草を指に挟んで往来して居るのを見ると,煙草を喫むの有害無害よりは実に憎らしくして,あんな奴に十分の学問が出来るものかと云ふ感が起る」という井上角五郎委員(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁)から,第1条に関し「但官私学校ノ生徒ハ18歳以上ノ者ト雖煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」というただし書を付けたらどうかという提案がされています(同頁)。同委員としては,「元来昔は煙草を喫んでも生徒の場合――学校に行って稽古をする中とか,或は剣術の稽古でもして居る間は,縦令(たとい)成年者と(いえども)煙草を喫むことは禁じてある例は,其藩々に依って幾らもある,それで詰り此案には賛成しますとした」(同頁)ということだからでしょう。なお,井上委員は,法案の衆議院への提出時の賛成者の一人であり(根本9頁参照),更には日清戦争前の朝鮮国との関係でも有名です(福沢諭吉の『福翁自伝』(1899年)に「・・・明治20年ごろかと思う。井上角五郎が朝鮮でなんとやらしたというので捕えられて,そのときの騒動というものはたいへんで,警察の役人が来て私方の家捜しサ。それから井上がなにか吟味に会うて,福沢諭吉に証人になって出てこいと言って,私をわざわざ裁判所に呼び出してタワイモないことをさんざん尋ねて,ドウカしたら福沢も科人の仲間にしたいというような風が見えました。」とあります。)

これに,酒造家大村家出身の大村和吉郎委員が,「私はもう一歩を進めまして,丁年に達するまで,即ち未成年者は(あまね)く煙草を喫めないことに是非致したいと井上案に加上します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁)。

ただし,井上修正案については,他の点においては幼者喫煙禁止法に賛成しながらも,文部省の政府委員(澤柳政太郎)が反対します。「大学の学生抔にな(ママ)したならば,随分分別も出来て居りますから,自由に任せて置きました方が(かえっ)て其者の発達のために宜しからうと思ひます」(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁),「又悪い所は責めて往かなければなりませぬけれども,余り其の自由の意志を束縛致して,自ら重じ自ら制すると云ふやうな範囲を狭めて往くのは,甚だ宜くなからうと云ふやうに考へまする(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)等々の理由が述べられていますが,要するに官僚的には,巡査が取り締まってくれるのはもうけものだけど,文部省及びその管下教育機関に他より重い責任を課して,おっさんじみてきた学生生徒の禁煙指導まであえてさせるのは勘弁してくれ,ということでしょうか。

禁煙年齢を満18年未満から満20年未満に引き上げる大村修正に理由付けを与えたのは,足尾鉱毒事件の田中正造委員及び京都嵯峨の小松喜平治委員です。田中委員が「・・・丁年になって軍人になったときに,軍人が煙草を喫む癖があると,軍に出たときに煙草の(なくな)ったときなどは勇気の(くじ)けると云ふので,どうしても煙草を喫む兵隊は極往けぬさうです,第一邪魔になる,故に軍人には煙草を喫ませない癖を附けたい,20歳までは喫ませないと云ふことになると,兵隊に這入ったときに煙草を喫まずに居るかも知れない・・・」との考察を述べた後,それを受けて小松委員が「・・・煙草と云ふものは唯今田中君の御話の通り,喫む癖が附けば一朝にして止めることが出来ませぬから,18歳迄禁ずると云ふことならば,寧ろ未丁年者に喫ませないのが当然であろうと思ひますから,大村君に賛成致します」と発言して,会議の流れを作っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号4頁)。強兵論ということになるのでしょう。

大村修正は採用するが井上提案に係るただし書を取り入れないこととして,未成年者喫煙禁止法の原始規定1条の規定を最終的にまとめたのは,田中正造委員の次の発言でした。

 

 私は単純に20歳を以てと云ふことに賛成で,未成年者以上の者に向って斯う云ふ干渉をしては,こちらから斯う云ふ事をすると智識の発達がなくなって来る,自分自ら顧みて考へさせるのが必要であると,そこだけが〔文部省の〕政府委員の説明のやうに聞いて居ります,さうすると矢張り其方が穏当のやうに思ひますので,20歳と云ふ単純なるものを賛成致します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

(2)「監督スル責任アル者」から親権者へ

 根本代議士らの原案3条の「監督スル責任アル者」には学校長や学校の教員は含まれるものかどうか, 問題となるところでした。ここは,当該問題に係る論点をうまく捉えた文部省の澤柳政太郎政府委員の誘導答弁が素晴らしかったところです。

 

・・・此辺を明らかにせられたいと思ひます,それで是が若し幼者に対して親権を行ふ者と――親の権を行ふと云ふやうな具合にありましたならば,民法の上に於てそれは親権を行ふと云ふこともありますから,明かにならうかと思ひますが,是だけではどうも矢張り明かでないと考へるのであります(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

学校長や学校の教員は,親権ヲ行フ者ではありません。

澤柳政府委員の誘導答弁のあった翌日の18991215日,根本委員から衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会に対して,法案3条を「未成年者ニ対シ親権ヲ行フモノ情ヲ知リテ其喫(ママ)ヲ制止セザルトキハ拾銭以上壱円以下ノ科料ニ処ス/親権ヲ行フモノニ代リテ未成年者ヲ監督スルモノ又前項ニ拠リテ処断スと修正すべき旨の提案がされています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。同委員の説明では,「学校職員の如きものは,茲に含みませぬ」し,また,「雇主と云ふものは〔罪を〕受けない」ということとなっています(同頁)。したがって,立法者意思的には,「生徒がたばこを吸っているのに学校が見て見ぬふりをするのは,未成年者喫煙禁止法違反の犯罪だ。」とはいえないことになります。澤柳政府委員のgood jobでしたね。また,「アルバイト先で高校生の我が子がたばこを覚えてしまった。未成年者と知って雇っておきながら,どういう監督をしていたのか。雇用者は未成年者喫煙禁止法違反の犯罪者だ。」というような苦情も,これまた根本委員の考えからすると,少々お門違いということになるようです(未成年者飲酒禁止法1条2項の「親権者ニ代リテ之ヲ監督スル者」についてですが,宇都宮家栃木支判平成16年9月30http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/006252_hanrei.pdfを参照。なお,当該判決を下した山田敏彦判事は,現在,石割桜で有名な盛岡地方裁判所・家庭裁判所の所長を務めておられるようです。)。未成年者喫煙禁止法3条2項の「親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者」とは,根本委員によれば,「父母に代はるもの,例へば私が地方から出て居る生徒を頼まれて,どうか御前さんの所へ置いて呉れと云ふときは,親に代って其罰を受けると云ふやうにしたら宜しからうと思ひます」ということでありました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。


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根本正代議士の郷里・茨城県那珂市東木倉

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東木倉の吉田神社

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 東木倉の清水洞の上公園


(3)行政警察的予防線

なお,政府委員内務省参与官法学博士一木喜徳郎が,18991215日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会において,未成年者喫煙禁止法の実施が可能な範囲の見通しについてあらかじめ述べています。いわく,「此法案の趣旨は,至極結構なことであると政府に於ても考へます」,しかし「家の内で烟草を喫んで居る者までも,一々此法を励行致しますると,随分苛察であるのみならず,実際其局に当るものも非常に困難であらうと思ひます」,しかしながら「詰り往来で煙草を吹かせて居るものがある,今日は法がないために之を差止めることが出来ない,そんなことからして子供が見習って煙草を喫ふと云ふことが生じて来ます,それ等の者を止める,警察官がそう云ふものを見付け次第差止めて,さうして喫(ママ)の器具を取上げると云ふことだけのことでございますれば,実行のことに於ても別段困難のことはなからうと思ひます,それ迄のことで幾らか法案の精神は達せられることでありませうと察せられるが,眼前に絶対に(ママ)者の喫(ママ)を差止めてしまふ迄に,効を収めると云ふことはむづかしからうと思ひます」,ところで「第1条の未成年者と云ふのは,余り広過ぎはしないであらうか」,「先づ然らばどれ位の所を定めたら宜からうか,是は見込次第なのでありますが,大体14歳――若い年で15と云ふ位の所で,適度でなからうかと云ふ考を有って居ります」,「少さなものが段々煙草を喫むものが殖えて来ると云ふことを防ぐには,是まで余り慣例のない所,14歳以下位に向って此禁を施したならば,適当ではないかと云ふ考で,大躰に於きまして,此法案を実施することが,先刻申述べました趣意なれば,別段()()なからうと思ひます,それだけを申述べます」と(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号頁)。

法律では20歳未満の者は喫煙禁止で警察が煙草や器具を没収できることになっているけど,実際は路上でたばこを吹かしている14歳以下くらいの子供しか取り締まらないよ,そもそも路上で児童がたばこを吸うことを完全になくすことはできないよ,との予防線です。現在の国会であれば,「国会制定の法律を誠実に執行しないつもりか,けしからん。」との騒ぎにもなりそうですが,そこは明治の帝国議会です。井上角五郎委員が「勿論取締を厳重にする寛にすると云ふは,其時の当局の考次第のことでありますから,吾々は是非寛になさるが宜しいとも言ひませぬ,厳重にしなければならぬとも言ひませぬ」云々と取締当局の広い裁量を是認する発言をしたところ,特別委員会は,大村和吉郎委員の「井上君と同感であります」との発言に続いて「「賛成」と云ふ者あり」ということになりました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号8頁)。中学校を卒業したような年長の少年らにはもう警察は強制的に喫煙の差止めはしないから,後は家庭のしつけ及び学校の教育に基づく本人の自覚の出番であるよということが,未成年者喫煙禁止法の制定時においての,後の法制局長官,文部大臣,内務大臣,宮内大臣及び枢密院議長である一木喜徳郎によるそもそもの整理であったと解され得るわけです。

とはいえ,一木政府委員の整理は,飽くまで行政警察の立場からするもので,司法権の発動を掣肘するものではなかったものです。家の中での喫煙であっても,20歳未満の者による当該喫煙について情を知りながら制止しなかった親権を行う者が科料に処された裁判例は,多々あります(甲府家判昭和33年2月8日・家月1036719歳,実父,「自宅において」(下線は筆者によるもの)),大津家判昭和39年2月21日・家月16710416歳,母,「自宅において」),金沢家判昭和39年4月27日・家月16919416歳,実母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年5月27日・家月161117616歳,母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年6月24日・家月16128117ないしは18歳,母,「自宅において」)等)。

 

5 禁煙論者たち

 

(1)転向者たち

ところで,禁煙の義務化は,以前は喫煙家であったもののその後禁煙に成功した人が特に熱心になるものでしょうか。第14回帝国議会の幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においては,井上角五郎委員及び大村和吉郎委員が自らの喫煙をやめた素晴らしい経験について雄弁に語っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁,4頁)。かつてドイツで禁煙運動を強力に進めたアドルフ・ヒトラーも,喫煙者から禁煙者への転向者だったそうです。

 

(2)転向,再転向,懺悔:田中正造の挫折

しかして,実は,よい兵隊になるために未成年者はたばこを吸うなとのたまわった夫子・田中正造自身は,自分ではたばこをやめられない人間でした。田中正造の1911年6月23日の日記にいわく。

 

○巣鴨町安部磯雄氏厳父権之丞君,年77。昨22日朝,予早く同家に至る。・・・老人の部屋に入れられ,火と湯を賜はる。談話年数に及ぶ,予年70。安部老人は77。予問ふ,酒は如何。老人答,酒も烟草も茶も湯も飲まず,只だ水のみと。予大に感ず。予は(ママ)茶と烟草とをのめり,老に及ばざるを()づ。よりて今日より茶をやめて水を呑む事とせり。・・・

 ・・・年59にして,酒毒を怖れて之を禁じたりしも・・・さて水の一条は(すで)に老人の門に入るも,烟草の一事を奈何せん。聖書に古き皮袋に新しき酒を容るなかれとあり。染致せる悪習慣の可怖(おそるべき),此の如し。予大に悔(ママ)たり。・・・(木下尚江編『田中正造之生涯』(国民図書・1928年)646647頁)

 

70歳の1911年6月に至って,その人生においてたばこをやめられなかったことを告白懺悔(ざんげ)しているところです。ところが,その9年前,1902年1月に出版された徂堂岩崎勝三郎の『田中正造奇行談』(大学館)には,「田中翁が(その)昔には煙草も(すっ)たし,酒も飲んだといふ話は聞て()るが,今日(こんにち)は絶対的()めて仕舞つた,先年も前橋の教会堂で独り演説をした事がある,其時にも種々(いろいろ)の理由を()べて,自分は今後決して,煙草も()はねば酒も飲まんと云つて断言をした,()れからは,如何(どん)な事があつても,()(ママ)もしないが(のみ)もせず,()()とふ今日(きょう)迄押し通して仕舞つたさうだが,言行一致せざる世に,(おう)の如きは実に学ばれぬ事である。」と記載されています(2021頁)。田中正造は,1901年末頃には「絶対的」な禁煙を誇っていたわけです。しかしながら,その後やはり再びたばこに手を出してしまったようですから,確かに世間のみならず,田中正造にとっても言行一致は難しいものでした。

なお,前記晩年の日記によれば,田中正造の禁酒開始は59歳の時。1841年生まれの田中正造が59歳といえば,正に未成年者喫煙禁止法が成立し施行された1900年のことですから,あるいは田中正造は,同法の法案審議又は成立施行を機に隗より始めて禁煙をも試みたものかもしれません(ちなみに,禁酒に関係する未成年者飲酒禁止法(大正11年法律第20号)の裁可・施行は田中正造没後の1922年のことです。)。自分が絶対的に禁煙するから未成年者もたばこを吸うなと言いつつ,やっぱりまたたばこを始めてしまった田中翁でした,ということでしょうか。

 

6 2000年改正

 

(1)概要

平成12年法律第134号による2000年改正によって,未成年者喫煙禁止法3条1項の科料刑について「1円以下ノ」との文言が削られたほか(これは形式的な改正ですね。),「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者」に係る刑が2万円以下の罰金から50万円以下の罰金になり,更に両罰規定が設けられています。

 

(2)趣旨説明

平成12年法律第134号に係る法案は,第150回国会の衆議院地方行政委員会によって起草されています。当該法案の趣旨について,200011月9日,同委員会の増田敏男委員長はいわく(第150回国会衆議院地方行政委員会議録第5号1‐2頁)。

 

 近年,少年によるおやじ狩り等と称する路上強盗やひったくりの急増,覚せい剤等の薬物汚染や性の逸脱行動の拡大など,少年の非行や問題行動は深刻な社会問題となっております。

 少年非行は,平成8年から連続して悪化,深刻化の傾向を示しており,強盗,殺人などの凶悪犯の検挙人員も高水準で推移しております。

 特に,最近の少年非行は,それまでに非行を犯したことのない少年が短絡的動機から重大な非行に走る,いわゆるいきなり型非行が目立っておりますが,こうした少年の多くにおいて,重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております。

 そして,このような問題行動が,路上,駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる傾向が強いものとなっている一方,たばこや酒類を販売する業者の一部が,相手方が20歳未満であることを知り,または知り得る場合であっても必要な注意を払わずに,たばこや酒類を販売している実態があります。

 少年の喫煙,飲酒は,少年自身の問題だけではなく,社会の責任の問題でもあります。

 平成11年に未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対して酒類を提供した場合における両罰規定が導入されたところでありますが,未成年者の健全な育成を図るため,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設けるとともに,酒類の提供及びたばこ等の販売禁止違反に対する罰則を強化する必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。

 

 「おやじ狩り」防止のための法律だったのでしょうか。(しかし,さすがにこの表現は「おやじ」らにとって悔しいものですから,そのゆえでしょうか,20001127日の参議院地方行政・警察委員会における増田委員長の趣旨説明からは「おやじ狩り」の語は消えています(第150回国会参議院地方行政・警察委員会会議録第5号9頁)。)

101年前にされた未成年者喫煙禁止法案に関する議論においては,提案者の根本正代議士は,たばこについて,「若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝國人民の元気を消滅するに至る訳であります」という消極的の認識を示していたのですが,100年もたつとたばこの性質も逆転し,かえって少年の行動の「悪化,深刻化」及び「凶悪」化をもたらす積極的かつ過激な刺戟を有するものとなってしまったかのような印象を受けます。(確かに,いずれもたばこをプカプカさせるチャーチル,スターリン及びルーズヴェルト配下の英ソ米の精強な兵士らに敗れた,こちらは両者とも潔癖な嫌煙・禁煙のファシストたる独伊の指導者のうち,ドイツのヒトラーはベルリンの地下壕内で自殺を余儀なくされ,イタリアのムッソリーニは処刑後ミラノで人民らにより遺体が辱められ逆さに吊るされています。)

「重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております」というのは,それはそうなのでしょうが,正確にいえば「問題行動」たる喫煙は症状にすぎず,当該「問題行動」の原因は別にあるのではないでしょうか。症状のみ抑えたとしても,それが同時に原因の治療・解消であるわけではないでしょう。

とはいえ,満20年に至らざる者らの喫煙が相変わらず「駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる」のであれば,井上角五郎代議士,伊澤修二貴族院議員ら明治帝国議会の硬派議員団はよみがえり,根本代議士案ではまだ足りなかったわい若い者は生意気だわいと未成年者喫煙禁止法の罰則の強化に賛成したことではありましょう。

 

(3)酒類小売自由化との関係

なかなか分かりにくい増田委員長の趣旨説明だったのですが,実は,当該委員会案起草の背景には,「実は酒類の販売業の免許に関係いたしまして,それの規制緩和に当たって環境整備をする,要するに公正な取引環境を整備する,あるいは,ただいまのような社会的規制を強化する,そういうような前提条件を整える,その一環としての趣旨もあるわけでございます。」(滝実委員。前記地方行政委員会議録第5号2頁),「今回の法案につきましては,8月29日の政府・与党合意において,酒類小売業免許の規制緩和を円滑に進めるため,環境整備としてとることとされた措置の一つというふうにも承知しております。」(塚原治政府参考人(国税庁長官官房国税審議官)。同会議録5頁)というような大人の事情があったものです。酒類の小売の自由化をするに当たって自由化反対論者の反対理由の一つ(酒類の小売の自由化がされたら未成年者の飲酒が増えるおそれがある,というようなものでしょう。)をつぶすためにする未成年者飲酒禁止法の罰則強化に,未成年者喫煙禁止法もつき合わされたということでしょう。

 

7 2001年改正

未成年者喫煙禁止法に現行4条(「煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」)を挿入した平成13年法律第152号の法案も,衆議院の委員会起草に係るものでした。しかしながら,当該法案を決定した第153回国会衆議院内閣委員会の20011128日の会議においては,大畠章宏委員長からの草案の趣旨及び内容説明のみがされ,質疑答弁はされていません(第153回国会衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

大畠委員長による趣旨説明の前半は平成12年法律第134号に係る法案についての前記増田委員長による説明とほぼ同じで,結局当該草案提出の趣旨の要点は,「昨年,未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設け,さらに,たばこ等の販売及び酒類の提供禁止違反に対する罰則を強化する措置が講じられたところであります。/しかしながら,依然として,20歳未満の者に対して,たばこや酒類を販売している実態がなくならない状況にあります。/そこで,今回,未成年者の喫煙及び飲酒の防止に一層資するため,たばこの販売業者等において年齢の確認その他の必要な措置を講ずる必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。」というものにすぎませんでした(前記衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

法案に関する質疑答弁は200112月4日の参議院内閣委員会でされています。
 まず,衆議院内閣委員長代理たる元通商産業省秀才官僚の佐藤剛男衆議院議員は,「・・・「年齢ノ確認」というものを例示規定に入れているわけでございます。確認の,確認その他のと違うところがみそであります。」と答弁していますが(第
153回国会参議院内閣委員会会議録第8号2頁),難しい。うまく理解されたものであるのかどうか。これは,当該条文の「其ノ他ノ」について,「「その他」は・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁)とする法制執務上の約束ごとを踏まえた上で「其ノ他」としなかった精緻な立法であるという自賛でしょう。「満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為・・・必要ナル措置ヲ講ズルモノ」とする一方,当該「必要ナル措置」の例示として「年齢ノ確認」が示されているという意味です(例示にすぎないので,あらゆる場合に必ず年齢ノ確認をしなければならないということにはなりません。)。

「講ズルモノトス」の規範としての性格についての佐藤衆議院議員の答弁は,要するに,「・・・訓示規定という形の・・・そういうたぐいに属する範疇のものでございます。」ということのようです(前記参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

「講ズルモノトス」規定が犯罪構成要件に結びつくということはないのだねという念押し質問に対する佐藤衆議院議員の答弁は,「・・・そういうものとすぐに直結するものではございません。そういう,条文は別でございます。ということで御理解をいただきたい。」ということになっています(参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

 

8 未成年喫煙禁止法5条の「知リテ」の意味等

最後に,未成年者喫煙禁止法現行5条(「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円以下ノ罰金ニ処ス」)の犯罪構成要件における「知リテ」の解釈に関する興味深い裁判例を紹介します。

丸亀簡判平成261027日(平成25年(ろ)第2号)は当該「知リテ」は確定的認識に限られるものとはせず,「自ら喫煙するものであるかもしれないことを認識しながら,あえて・・・販売」すれば有罪となるものとしています。当該被告人が当該被販売者は「満20年ニ至ラサル者」であるものと認識していたかどうかの点を問題として逆転無罪判決を出した控訴審の高松高判平成27年9月15日(平成26年(う)第266号)においても,上記「知リテ」を確定的認識に限定しないことは問題とはされていません。

はてさて,しかし,少なくともタスポ等の導入前のたばこ自動販売機の設置者は,当該自動販売機から満20年に至らざる者が自ら喫煙するたばこを購入することが「あるかもしれないことを認識しながら,あえて」当該自動販売機を設置したのではなかったでしょうか。とはいえ,未成年者喫煙禁止法現行5条の罪の公訴時効期間は,3年であるところです(刑事訴訟法250条2項6号)。
 なお,未成年者喫煙禁止法現行5条にいう「煙草」の「自用」は,自ら「煙草ヲ喫スルコト」でしょう(同法1条)。「煙草」こと「たばこ」は,たばこ事業法(昭和59年法律第68号)2条1号において「タバコ属の植物をいう。」と定義されています。タンポポを主原料とした製造たばこ代用品(たばこ事業法38条。第101回国会衆議院大蔵委員会議録第29号35頁の小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)の答弁参照)などを20歳未満の者が喫煙しても,タンポポはキク科タンポポ属に属していてナス科タバコ属に属してはいませんから,未成年者喫煙禁止法1条違反にはならないのでしょう。ところで,「喫スル」の「喫」なのですが,『岩波国語辞典第4版』(1986年)の解義では「(口で)かむ。口からのどを通して腹の中へと入れる。くう。くらう。たべる。のむ。身に受ける。」とされています。口偏がついているから,口を使わなければならないというのでしょう。それでは,かぎ用製造たばこ(たばこ事業法2条3号参照)をかぐことは,「煙草ヲ喫スルコト」にならないのかどうか,悩ましいところです。しかし,喫煙用製造たばこに火をつけて,口でくわえずに鼻孔に差し込んで吸ったらどうなるのか,さすがにこれを喫煙にならないというのはなかなか辛いところです。「嗅」の字の部首は鼻ではなくて口偏だから,鼻のみを使っても口偏の「喫」に含まれるものであるのかどうか。とはいえ,学生時代知人であった某歯科大学生が酔っ払い宴会での持ち芸にしていた「ホタル」においては,点火された喫煙用製造たばこが用いられた箇所は口は口でも出口の方でしたから,「煙草ヲ喫スルコト」にはならない・・・と思います

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 かつて住んでいた集合住宅で,夜間ないしは早朝の人気(ひとけ)あるべくもない時刻に階段を上って又は下ってつと曲がると,薄明りの中で人目を忍び,かつ,(いと)しげにたばこを吸いいる近くの住人にばったり鉢合わせしてドッキリびっくりさせられたことが何度かありました。ヴェランダ(ほたる)族も昔の話。自らが夫であり父である家族の住むアパートメントの室内はおろかヴェランダでの喫煙すらも許されず(洗濯物等にたばこの臭いがうつることが当然許されないのでしょう。),とうとう廊下ないしは階段に流謫の身をかこつこととはなった可哀想なニコチン好きの(わび)しい姿でありました。

 たばこは東洋における文明と強兵との(さきがけ)たる我が日本帝国人民の元気の敵なりと,国を愛し国を憂うる議員諸賢の怒号する帝国議会の協賛を得,明治大帝の裁可を得たる未成年者喫煙禁止法(明治33年法律第33号)が施行せられて117回目の春,同法に関して不図(ふと)調査の思いを発し,いささか調べ得たことを文字にしてはみたのですが,以下思わず長いものとなりました。

 

1 法文及び若干の註

 

朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル未成年者喫煙禁止法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 

  御 名  御 璽

 

     明治33年3月6日(官報3月7日)

          内閣総理大臣 侯爵山縣有朋

          内務大臣 侯爵西郷從道

法律第33

未成年者喫煙禁止法

第1条 20年ニ至ラサル者(1)②ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス

第2条 前条ニ違反シタル者アルトキハ行政ノ処分ヲ以テ喫煙ノ為ニ所持スル煙草及器具ヲ没収ス

第3条 未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者情ヲ知リテ其ノ喫煙ヲ制止セサルトキハ(2)④科料ニ処ス 

 親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者亦前項ニ依リテ処断ス

第4条 煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス(3)

第5条(4) 20年ニ至ラサル者(1)⑤ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円(5)⑥以下ノ罰金ニ処ス

第6条(4) 法人ノ代表者又ハ法人若ハ人ノ代理人,使用人其ノ他ノ従業者ガ其ノ法人又ハ人ノ業務ニ関シ前条ノ違反行為ヲ為シタルトキハ行為者ヲ罰スルノ外其ノ法人又ハ人ニ対シ同条ノ刑ヲ科ス(6)

   附 則

本法ハ明治33年4月1日ヨリ之ヲ施行ス

 

条文中の(1)から(6)までの註は,1900年3月6日に明治天皇の裁可により成立(大日本帝国憲法5条・6条)した時の未成年者喫煙禁止法の原始規定と現行規定との相違に係るものです。(また,①から⑥までの註は,後記のとおり,第14回帝国議会の衆議院に茨城県選出の根本(しょう)衆議院議員らが提出した当初の法案に係るものです。

註(1)の部分は,立法時の原始規定では「未成年者」でした。昭和22年法律第223号(「民法の改正に伴う関係法律の整理に関する法律」は件名)23条により,1948年1月1日から改められています(同法29条参照)。現在,民法753条は「未成年者が婚姻をしたときは,これによって成年に達したものとみなす。」と規定していますが,これは昭和22年法律第222号による新しい規定で,同法による改正前の民「法は,一方,未成年者は親権または後見に服し,婚姻をしてもこの状態は変わらないものとするとともに,他方,妻は無能力者として夫の支配の下に立つものとし」ていたところです(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)93頁)。「公職選挙法,未成年者喫煙禁止法,未成年者飲酒禁止法などの適用では,依然として未成年者とされることはいうまでもない。」とされていますが(我妻95頁註(4)),解釈論以前に,昭和22年法律第223号によって法律の条文自体に改正が加えられていたわけです。

註(2)の部分に,原始規定では「1円以下ノ」が入っていました。なお,1900年当時施行されていた旧刑法(明治13年太政官布告第36号)29条には「科料ハ5銭以上1円95銭以下ト為シ仍ホ各本条ニ於テ其多寡ヲ区別ス」と規定されていました。「1円以下ノ」は,平成1212月1日法律第134号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20001231日から削られています(同法附則参照)。当該改正より前において「科料は,1000円以上1万円未満とする。」と規定する刑法17条との折り合いは,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項によって,額の定めのない科料ということにされていてついていたものです。

註(3)の条項(現行4条の規定)は,原始規定にはありませんでした。平成131212日法律第152号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20011212日から現行4条が加えられたものです(同法附則1項参照)。

註(4)に係る「第5条」及び「第6条」は,原始規定にはありませんでした。未成年者喫煙禁止法の原始規定では,現行5条が第4条であり,かつ,同法は第4条までしかありませんでした。上記平成13年法律第152号1条により,当時の第4条及び第5条がそれぞれ新しい第5条及び第6条に,20011212日から移されています。

註(5)の部分は,原始規定では「10円」でした。罰金刑なので,旧刑法上の軽罪です(同法8条3号)。190810月1日施行の現行刑法15条本文では当初「罰金ハ20円以上トス」とされていたので10円以下の罰金規定が存続し得たかどうかというと,平成3年法律第31号による改正以前の刑法施行法(明治41年法律第29号)20条は「他ノ法律ニ定メタル刑ニ付テハ其期間又ハ金額ヲ変更セス但他ノ法律中特ニ期間又ハ金額ヲ定メサル刑ニ付テハ仍ホ旧刑法総則中期間又ハ金額ニ関スル規定ニ従フ」と規定していました。しかし,罰金等臨時措置法の旧4条1項本文により,科刑上,1949年2月1日からは(同法附則1項参照),未成年者喫煙禁止法の「10円以下ノ罰金」は2000円以下の罰金ということになりました。1972年7月1日からは8000円以下の罰金となり(昭和41年法律第61号),平成3年法律第31号による改正により1991年5月7日からは2万円以下の罰金となっています(罰金等臨時措置法2条1項本文)。最終的には前記平成12年法律第134号1条によって,20001231日から,未成年者喫煙禁止法自身の条文において「10円以下ノ罰金」が「50万円以下ノ罰金」に改められています。

註(6)の条項(現行6条の規定)は,両罰規定ですが,原始規定にはありませんでした。前記平成12年法律第134号1条によって20001231日から,当初は「第5条」として加えられたものです。

未成年者喫煙禁止法は,議員立法でした(大日本帝国憲法38条後段)。189912月6日付けで衆議院に根本正代議士外4名によって提出された法案の当初の題名は「幼者喫煙禁止法」で,第1条冒頭は「18歳未満ノ幼者」とされ(現在であれば「幼者」ではなく「児童」との語が用いられたでしょう(児童福祉法(昭和22年法律第164号)4条1項等参照)。),喫煙制止義務者は「第1条ノ幼者ヲ監督スル責任アル者」であって,第3条に第2項はなく,科料の額は「10銭以上1円以下」,たばこ又は器具を売ってはならない相手は「第1条ノ幼者」であり,罰金の額は「2円以上10円以下」とされていました。

 

2 根本正衆議院議員の法案提出趣旨

18991212日の衆議院本会議における根本正代議士による堂々の法案趣旨説明は次のとおりでした(第14回帝国議会衆議院議事速記録第7号83頁。なお,原文は片仮名書き)。

 

 諸君,茲に本員等が喫煙禁止法案を提出致しました理由を極簡短に述べます,此法案は近来小学校の子供が輸入の巻煙草を吸ふ者が日々増加しまして,此儘に棄置きましたならば我帝国人民をして,或は支那の今日に於ける有様,又遂に印度の如き結果を見ねばならぬと大に憂ふる所であります,それはどう云ふ訳であるかと申しまするなれば,此煙草と云ふものは阿片の如く「ナコチック」及「ニコチン」を含有するものでありまして,若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝国人民の元気を消滅するに至る訳であります,それ故に此子供が煙草を喫むと云ふことは,国是として廃さねばならぬことでございます,此事と云ふものは実に文明の各国に於て行れる法律であります,既に独逸に於ては16歳以下の子供に煙草を喫ませませぬです,それはどう云ふ訳であるかと云ひますると,唯今申上げたる訳で,第一軍人たるに不適当たらしむる故であります,又亜米利加の一新報を見ますれば,西班牙と亜米利加が戦争をしました時分に各地方から兵卒を呼びまして,其内取除けられた青年があります,其取除けられた青年の100人の中90人は幼少より煙草を喫んだものであると云ふことが書いてあります,加之(しかのみ)ならず現に東京に駐在する所の米国特命全権公使「バック」君の御話を聴きました所が,先生が生れた故郷なるヴォルヂニア州と云ふ所は,諸君が御承知の通,煙草を製造して外国に輸(ママ)する大なる一煙草国であります,然れども20歳以上の人には害は少いが,18歳以下の人には宜しくないものであると云ふて,ヴォルヂニア州では18歳以下の子供には,一切煙草を売ることを法律を以て禁じてあると云ふことを,実に此公使より私が承った所であります,独りヴォルヂニア州のみならず,紐育(ニューヨーク)州でも通である,紐育州では1889年,即ち今を距ること10年前に此法律を施行致しました,又アイオ()州でも其通であります,斯の如き好き例が沢山ありますからして,此等のことは詳しく御話しませぬけれども,実に(いやしく)も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼(ママ)者あり)唯一言を御話します,1891年に亜米利加の「エール」大学校に於て,生徒が147人の一組の生徒があります,此4年間の結果を調べて見ました所が煙草を喫む人が70人あって,禁煙した者が77人あります,それで色調べて見ました所が,丈の高さが煙草を喫まない人は2割4分高くなって居る,又胸の囲りを計って見ますれば,2割6分7厘広くなって居ったと云ふことであります,殊更に肺に関係したことは(おびただ)しいものであって,7割7分5厘程のものになって居る,其他ボルマント州の如きは,小学校に於て教師と生徒と共に禁じてあります,又米国ウヱスト,ポエント陸軍兵学校に於ても禁じてある,又アナポリス海軍兵学校に於ても禁じてある,実に此法律は日本をして東洋に於て欧米列国に優る所の国にするならば,他日此国の父母と為る小学校の生徒に煙草を喫ませると云ふことはありませぬです,どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば,支那や印度の真似をせずに,どうか此文明国の法律を御採用あらんことを希望します

 

たばこを吸うと(から)天竺(てんじく)の人のようになっちゃうぞ,ということだったようです。無論,大昔の孔子も釈迦もたばこは吸っていなかったはずですから,米国留学経験者たる根本代議士とても儒教・仏教の排斥までは考えてはいなかったのでしょう。19世紀末の興隆する大日本帝国の臣民の眼から見ると,唐・天竺は衰亡文明の代名詞のようなものだったごとし。しかし,21世紀の今日,新興経済大国たる中華人民共和国及びインドの両国民から見ると,むしろ我が日本国こそが停滞ないしは衰退の中に恍惚とした活力のない過去の経済大国として印象されているようにも懸念されます。たばこさえ吸えば中華人民共和国経済及びインド経済のごとき活力を我が日本経済も取り戻すというのならば,日本国民こぞって煙突のごとくたばこを猛然と吸ってみるということもあり得るでしょうか。しかし,税収面での貢献はともかくも(国の平成28年度予算案に係る財務省資料を見ると,2016年度におけるたばこ税徴収概算額は9230億円でした。),経済政策としては相手にされないでしょう。

「どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば」,随分先のことを考えて子供の心配もよいのですが,今の大人が現下のそれぞれの課題に自ら全力で取り組み,立派な仕事をして来るべき世代にまず範を示し置くべきことも重要であるようにも思われます。

それはともかくとして,まずは強兵論なのでしょう。カイゼルのドイツでは,子供が軍人として不適当とならぬように16歳以下の子供にはたばこを吸わせない,米国の陸軍士官学校及び海軍兵学校はいずれも生徒にたばこを吸わせない,たばこを吸わない方が身体が強健になる(「エール」大学校の統計の数字の意味は根本代議士の説明の速記からは分かりにくいのですが,189912月6日に衆議院に提出された法案に付された理由(『衆議院議員根本正第十四回帝国議会報告』(根本正・1900年)1011頁参照)においては「禁煙者77人は喫煙者70人に勝ること重量2割4分・・・の増加」ということで,「2割4分」背が高いのではなく,体重が「2割4分」より増えているということだったようです。とすると,胸囲のみならず腹囲も非喫煙者の方が増加が大きかったのでしょうか。また,「肺に関係したこと」とは「肺量」であって,「肺量」が「禁煙者は喫煙者よりも平均多量なること7割7分5厘なり」ということだったそうです。),たばこを吸うと現役として兵役に服さないようになってしまうぞ(ただし,1898年の米西戦争の際の米軍兵士が全員非喫煙者であったわけではないでしょうし,むしろ喫煙者の方が兵士中の多数者だったかもしれません。上記衆議院提出の法案理由では「米西戦争に於て軍医の為に兵役より排斥せられたる青年の100分の90は喫煙の悪結果に基くと云ふ」ということではありました。なお,当該法案理由には,「「バック」君の言に「ヴヲルジニア」州及「アイオワ」州の如く18歳以下の者に対し煙草販売禁止法を施行せる各州の少年を喫煙する他州に比するに徴兵検査の成蹟頗る良結果を呈せりと云ふ」ともありました。)その他云々。

Peaceというたばこの銘柄がありますが,そこでの平和(ピース)は,健全な愛国的兵士像に背を向けた兵役忌避者的平和ということでしょうか。民族間闘争の世界に喜々として飛び込む,溢るる健康はそこにはないのでしょう。

 ・・・〔1914年の〕クリスマスの日,フランスの前線では銃砲撃が止まった。英国及びドイツの兵士らは無人(ノーマンズ)地帯(ランド)言葉たばこ(シガレット)交換た。サッカ試合た。翌日た。司令部強硬叱責銃砲撃徐々た。銃後におい戦勝交換てい殺戮for the slaughter of the men who were exchanging cigarettes)を求めて捧げられていた。・・・(A.J.P. Taylor, The First World War (Penguin Books, 1963) p.65

ところで,「実に苟も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼ふ者あり)」というくだりはどうでしょうか(このくだりは,衆議院提出の法案理由には書かれてありません。)。「苟も国庫の補助を受けて居る」のは19世紀末の当時は学校の生徒だけだったのかもしれませんが,現在の我が福祉国家においては,「国庫の補助を受けて居る」者は数多く,特別視して直ちに特に厳重な生活規制の対象とするわけにもいかないでしょう。結局は,学生の本分として「煙草を喫むと云ふことは実に宜しくない」ということに話は収斂し,しからば当該「学生の本分」は何かということになれば,良き貔貅(ひきゅう)たれ,ということになるのでしょう。しかし,ユーラシアの残酷を離れての太古からの平和国家たる我が国の代議士諸賢が, そこまで徹底したスパルタ的軍国主義者だったと考えてよいものかどうか。単に,学生のくせに偉そうにたばこなんか吸いやがって生意気だ,行儀が悪い,ということだったのかもしれません。

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In terra pax hominibus bonae voluntatis qui mutuo tabacum dant!  (photographed on 11 November 2018)


3 第14回帝国議会貴族院における議論

 

(1)未成年者喫煙禁止法案反対論

14回帝国議会の審議においては,貴族院本会議における未成年者喫煙禁止法案(衆議院から貴族院に18991219日付けで提出された法案における題名。なお,衆議院からの提出の際には,法案は成立時の原始規定と同じ形になっていました。)に対する反対意見及びそれをめぐる議論(1900年2月19日)が,まず興味深いところです。

 

ア 二条基弘委員長報告

実は,貴族院の未成年者喫煙禁止法案特別委員会においては,未成年者喫煙禁止法案は否決されていました。未成年者喫煙禁止法案特別委員長の二条基弘公爵(後光厳天皇を擁立したあの二条良基http://donttreadonme.blog.jp/archives/1003236277.htmlの子孫ですね。)が1900年2月19日の貴族院本会議で報告するには,「先づ此条文を皆読みました所が,中に之を解釈するにもむづかしい話で,実際今日の有様に於て此案の通りに,此案を出して十分に取締が出来るかと云ふことは甚だ疑はしい話で,到底是はむづかしいことであらう」,「若し此法のやうなことにしますれば子供が煙草を持って歩いた所がそれが果して自分が喫むのか否やは中管理者の分ることではありますまい,又果して聞いた所が(いつわ)って是はさうでないと言へばそれまでの話で,即ち認定問題に移って来ることでありますから,即ち到底其成績を顕すことはむづかしいことである,「然るに此未成年者ばかりの喫煙を禁ずると云ふことは主意に於ては誰も皆賛成をして居るので,さりながら此事柄は法律を以て制裁を加ふべきものであるや否やと云ふ所に於きましては(いず)も皆法律を以てやるべきものではあるまい,是は必ず学校とか又は即ち家庭教育の父兄たる者の責任に於てやるべきことが至当のことであらう」,「若し是は大体の目的として衛生上に害があると云ふやうなことになればまだ是よりも他に非常に害になるものもありまする,それを止めずして単に之を止むると云ふことは行くまい」,「若しもそれが行政命令〔文部省令〕で出来ると云ふやうなことになれば斯様なる法律を今出してやるのは甚だ宜しくないからして,是は行政命令の方に任せた方が宜しからうと云ふので,是は政府の方で断然其手続をやって貰ひたいと云ふ精神からして,委員会に於きまして是は否決になった訳であります」というようなことでありました(第14回帝国議会貴族院議事速記録第28639頁。原文は片仮名書き。なお,国立国会図書館のウェッブ・サイトを見ても貴族院未成年者喫煙禁止法案特別委員会の速記録はないようです。)。取締りの実効性の問題のほか,親権の行使ないしは学校教育に係る文部省令等で対応すべきであって法律を用いるまでもないこと,及びより有害ではあるが禁止されていない物がたばこのほかにあることとの衡量論が否決の理由とされているということでしょう。

 

イ 『学問のすゝめ』の小幡篤次郎

かつて福沢諭吉の『学問のすめ』初篇に共著者として名を連ねていた小幡篤次郎議員は,未成年者喫煙禁止法案特別委員会の法案否決論に賛成でした。いわく,「・・・如何にも煙草を未成年者が呑むと云ふは宜しくないと云ふことは勿論(もちろん)御同意でございますが,之を親の権柄で禁ずることは当り前で,それを親の権柄が通らない為に政府の力を借りて止める(など)と云ふことは甚だどうも教育上の主義を得ない,又今一つは之を制しまするには巡査の力を借らなくてはならぬ,子供が途中で巡査に(とが)られて煙草を取上げられる抔と云ふことは煙草を呑むよりも一層恥づべきことと思ふ,是は否決すべきものと思ひます」と(前記貴族院議事速記録第28641頁)。家庭内でしつけるべきことについてまで,法が家に入ってはならぬということでしょう。

 

(2)未成年者喫煙禁止法案賛成論

 

ア 後の文部大臣たる久保田譲

しかし,我が国の為政者は,我が人民の自主的しつけ力・自律力には悲観的です。後に文部大臣となる久保田譲議員はいわく。

 

・・・私は此事は衛生上の関係よりも(むし)ろ青年風紀を維持する上から本案の成立することを希望致します,成る程特別委員長の申されましたやうに斯の如きことは社会の制裁並に家庭の取締等が能く届いてある国であるならば必ず法律を以て制定するには及びますまい,小さい小学の子供抔が一家の内で煙草を吸ったり或は往来で煙草を吸ふやうなことは文明の諸国では其例を見ない所である,それで父兄なり家庭なりで能く是等の教訓が届いて取締の届くことであれば決して法律抔の世話になることはありますまい,(しかし)ながら我国に於ては家庭の有様がなかなかさう云ふ訳には参りませぬ,中以上の所では或は制裁もあるか知りませぬが,中以下の家庭に於てはなかなか左様なことは一向頓著をして居らぬ,それ故に小学校の子供が十や十二三の子供が往来を煙草を(くわ)へて歩いて居ると云ふのは如何にも一国の風紀を(みだ)る,それから一見して其国民の遊惰なることを知らる有様であります,誠に慨歎に堪へぬのであります・・・若し又之を今日此処(ここ)で断じて否決をしたならば其影響は如何でありませう,斯の如きことは帝国議会に於ては必要を認めぬと云ふことになる,さうすると其反動は益〻斯の如き風儀の悪いことが盛に行はるやうになりますから最も恐るべきことである・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

イ 「鬼門」村田保と慶安御触書

フランス人ボアソナードらの旧民法は「倫常を紊」り,「慣習に(もと)る」と主張した執拗で徹底的な法典延期論者にして,「性格が執拗,偏狭」,「貴族院における「鬼門」」たる村田保議員(大久保泰甫『ボアソナアド』(岩波新書・1998年)178頁,163164頁参照)も,未成年者喫煙禁止法案に賛成でした。しかし,法案に対する賛成意見を述べる際の村田議員の口吻からは,旧民法人事編を排してせっかく制定された明治31年法律第9号の民法第4編に規定された親権は必ずしも強いものではないものと認識していたことが窺われます。

 

・・・未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者ガ情ヲ知ッテ制シナイトキハ科料ニ処スとあります,若し此法案がなければ自分の子が煙草を呑んで居っても止めることは出来ない,御同様に同じことである,所が此法案が出来れば未成年者は煙草を呑むことが出来ぬと云ふことが出来る,さうして若し幼年者が煙草呑んだらば親が罰されると云ふことになるから,子として自分の親が罰せらると云ふことになれば子たる者はどうしても呑むことは出来まいと思ひます・・・(前記貴族院議事速記録第28640頁)

 

 親権者たる明治の親父(民法旧877条によれば親権者は原則その子の家に在る父)も,監護ないしは教育の方針に係る親権者たる自己の権威のみをもってしては子に対して「こらっ,子供のくせにたばこなんか吸うんじゃない。」と言えず,「何だよぉ,オヤジィ,自分がたばこ吸っているくせに勝手なこと言うなよぉ。」と反論(「御同様に同じことである」)をされればたちまち腰砕けになっていたということのようです。そうであれば,村田議員の認識は甘い。そもそも親権者の権威に服さぬ反抗的な子は,「あのぉ,たばこを吸われちゃうと,私が警察に科料1円を取られちゃうんで,止めてくれませんでしょうか・・・」と父親におずおずと言われても,かえって,「ハァ,このオヤジ,何言ってんの?わけわかんねー。1円払えばいいじゃん,うぜぇなぁ,払えよォ。」とあきれて笑い,たばこの煙を吹きかけるだけでしょう。(ちなみに,警察が科料を支払わせることについては,1900年当時は,違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)により,違警罪たる科料の罪(旧刑法9条2号)については警察署長若しくは分署長又はその代理たる官吏が即決することができ(同例1条),必要なときは科料を仮納させることができたところです(同例8条,9条)。即決の言渡しに対しては,正式の裁判を請求できることとなってはいました(同例3条)。)

 なお,村田議員にとっての未成年者が喫煙することに伴う弊害は,「内証で煙草を呑んで之が為に金を費すことが非常である,それのみならず学校の生徒は煙草の為にまるで学費を費したと云ふことを聞いて居る,それで随分此弊害と云ふものは恐ろしいものである」ということで(前記貴族院議事速記録第28640頁),実は子供によるお小遣いの無駄遣いでした。

 「中以下の家庭」の「遊惰」なる人民に対しては,徳川幕府がその百姓らに対してしたように,明治国家が自ら細かく生活に介入して啓蒙せざるを得ず,かつ,たばこはそもそも代物(だいもつ)(代金)多く()不経済なものでありました。

 

 一 たは(たば)()のみ申間敷(もうすまじく)(そうろう),是ハ食にも不成(ならず),結句以来(わずらい)(なる)ものに候,其上(ひま)もかけ代物(だいもつ)(ママ),火の用心も(あしく)候,万事ニ損成ものニ候事(慶安御触書)

 

後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1056356752.html

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1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



DSCF0121

 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

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1 1999年の児ポ法制定時にさかのぼる

 我が児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。「児ポ法」)が,その第2条3項3号においていわゆる三号ポルノを「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」と定義して,当該三号ポルノをも児童ポルノとして規制するに至った理由については,やはり,1999年の第145回国会における児ポ法法案の審議模様にまでさかのぼって調べる必要があるように思いました。以下は当該審議模様に係る議事録を調べた結果のあらましです。無論,先行研究もあるのですが,やはり自分で原典に当たらないままでは,たとい詰まらないことであっても,もっともらしい顔をして語ってはいけないものでしょう。また,これは人によるのでしょうが,抽象化された命題を抽象的に取り扱うよりも,その根の部分における,必ずしもきれいに割り切れてはいない人間的なやり取りを再確認する方が,法学方法論としても興味深く感じられるところです。

(なお,以下の議事録の略称は,参8・○は第145回国会参議院法務委員会会議録第8号(1999427日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,衆10・○は同国会衆議院法務委員会議録第10号(同年511日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,衆11・○は同会議録第11号(同月12日の同委員会の議事を記録)○頁の意味,及び衆12・○は同会議録第12号(同月14日の同委員会の議事を記録)○頁の意味です。)

 児ポ法成立当初の同法2条3項3号は,次のとおり。

 

 3 この法律において「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。

   〔第1号及び第2号省略〕

  三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの

 

 児ポ法は,議員立法でした。(ちなみに,議事録の登場人物には弁護士議員が多かったです。)

 1999年4月27日の参議院法務委員会において,児ポ法法案の発議者の一人である林芳正参議院議員(法務委員ではない。)が同法案の趣旨説明を行いましたが,その中には次のような部分があります。

 

 平成6年に批准されました児童の権利に関する条約では,児童はあらゆる形態の性的搾取及び性的虐待から保護されることが定められております。(参81。衆101の清水嘉与子参議院議員説明。また,参88の林議員,参82の円より子委員答弁)

 

 ・・・児童の性的な姿態を描写した写真等であって諸外国において児童ポルノとして取り締まられているものすべてが刑法上のわいせつ図画に該当するものではないのが現状であります。(参81。衆101の清水(嘉)参議院議員説明)

 

 児童の権利に関する条約(平成6年条約第2号)の第34条の英文は,次のとおりです。

 

  Article 34

States Parties undertake to protect the child from all forms of sexual exploitation and sexual abuse. For these purposes, States Parties shall in particular take all appropriate national, bilateral and multilateral measures to prevent:

  (a) The inducement or coercion of a child to engage in any unlawful sexual activity;

  (b) The exploitative use of children in prostitution or other unlawful sexual practices;

  (c) The exploitative use of children in pornographic performances and materials.

 

  児童の権利に関する条約34(c)は「わいせつな演技及び物」と訳されていますが,ここの「わいせつ」は,実は“pornographic”でしたね。(また,exploitativeという修飾語がついています。)

「わいせつ図画の規制は,性的な秩序,道徳,風俗の維持をその目的としておりまして,児童の権利の擁護に資することを目的とするものではありませんので,わいせつ図画に当たらない児童ポルノもあると考えられます。そこで処罰の対象となる範囲も異なります。」(参82円委員答弁。また,参86の大森礼子議員(法務委員でない。)答弁,衆1227林(芳)参議院議員答弁)ということですから,児童ポルノの方がわいせつ図画よりも範囲が広いようです。かつ,「処罰対象となる行為をより具体的に表現すべく,淫行,わいせつ概念を使用せず,最大限の努力をいたしました。」とされています(参82円委員答弁)。

 

2 「児童を性欲の対象としてとらえる風潮」の矯正

 しかし,児童ポルノに係る行為を処罰の対象とする理由は,必ずしも専ら児童の権利の擁護ばかりではないようです。悪しき風潮の矯正も意図されているようです。

 

 ・・・性交または性交類似行為に係る児童の姿態等を描写したもの,これが児童ポルノでございますが,その児童ポルノを製造,頒布する行為は,その児童ポルノに描写された児童の心身に長期にわたって有害な影響を与え続けます。また,このような行為が社会に広がるときには,児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに,身体及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長にこれもまた重要な影響を与えるものと思われます。(参83円委員答弁。また,衆127-8,衆1211,衆1213,衆1216同議員答弁,参85,衆1227林議員答弁,参86,衆125の大森議員答弁)

 

 ただし,刑罰法規の部分については,1999年5月12日の衆議院法務委員会において,「こういう理解でよろしいでしょうか。つまり,刑罰法規の部分については,まさに内心の問題ではなくて,実際の侵害の行動を処罰するものだ。これは間違いない。ただ,そういったことの結果として,刑罰法規とは違った意味の部分のところで,そうした風潮を抑止するという効果もある。それも目的に入っている。ただ,あくまでも刑罰法規は行動についてのものである,こういう理解でよろしいですね。」との「理解」が枝野幸男委員から提示され,これについて発議者(円参議院議員)が「はい,枝野先生の御指摘のとおりでございます。」と答弁しています(衆112)。

いずれにせよ,18歳未満の者に対する性欲自体を望ましからぬものとして法は評価しているということになるようです。

この点に関しては,衆議院の日野市朗法務委員が,同月14日,いわゆる援助交際の児童買春性に関してですが,次のような感想を述べています。

 

  よくわからないのですが,そうすると,性行為そのもの,これは悪なんですかな。いや,金を払えば悪になる,こういうわけでしょう。ただし,児童全体が,18歳以下であれば,当然それは被害者であるという前提に立っているわけですね,この法律は。(衆1218

 

 これに対して,発議者は,児童の未熟性に対するpaternalismないしはmaternalismというより高次の理念に立っていたようでした。また,男性優位的な発想での性欲の誇示は無用のものとされています。

 

  援助交際についてはさまざまな意見があることは承知しております。ただ,いわゆる援助交際について悪とか善とかの発想に立っているわけではなくて,性的な虐待や性的搾取が子供たちの人権侵害になるということを,その子供たち自身も今の世の中でわかっていない部分もあると思います。

  ・・・本当に日本のカップルは性的な話し合いもできなければ,豊かな性的関係を持てない方々が多くて,その中から,自分よりも劣った,おとなしい,何も自己主張をしない子供たちをお金で買うというようなケースが多々ございました。そうした,今回の児童に対する性的搾取や性的虐待,それを対償をもってするという中には,どうも性差別的な発想や,また人種差別的な発想,そして性欲を誇示することが男らしいというような社会通念等まであるような感じもいたします。

  ・・・子供たちの人権というものを考えるときに,性的な人権,自己主張,そういったものがしっかりできるようになるには,ただ体の肉体的な発達があってもできない子供たちも大変多いところから,今回の法案はそうした大人の側こそ範を示すべきであるということもありまして,18歳未満の子供たちに対してはこういった法案をつくったわけでございまして,いわゆる援助交際もその中に,法に関する限りは入るものと考えております。(衆1218の円参議院議員答弁)

 

3 三号ポルノと発議者・大森参議院議員の答弁

 

(1)三号ポルノの概要

 三号ポルノについては,大森参議院議員が発議者として答弁しています。

 

  3号に当たります児童ポルノ,いわゆる三号ポルノという言い方をしますが,これは「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した」「写真,ビデオテープその他の物」をいいます。

  具体的な例としましては,全裸または半裸の児童に扇情的なポーズをとらせた姿態を描写した写真等が考えられ,これが性欲を興奮させまたは刺激する姿態であることが視覚により認識することができるものであれば,児童の性器等が描写されておらず,またはその部分にぼかしが施されているものであったとしてもこの児童ポルノに当たることになります。(参84

 

(2)児童の実在性要件と合成写真問題

なお,児童ポルノであるためには,そこにおける児童は実在しているものでなければならないという要件が更にあって,これについていろいろ議論がありました。顔と身体とが別の児童の合成写真はどうなるのだ,というようなことが質疑者と大森参議院議員との間で問題とされたものです。

合成写真問題に関する松尾邦弘政府委員(法務省刑事局長)の岡目八目的な認識は次のとおり。

 

 ・・・発議者の方〔大森参議院議員〕は,顔はある有名な少女にいたしましょうか,その写真である,下がその少女のものとは違う写真がつけられている,あるいはこれに,写真に非常に酷似した,写真と見まがうような模写でもいいかと思いますが,そういったものであれば,体の方もやはりその児童の姿態というふうに大部分が見られるならば,発議者の方もこれは〔顔写真が使われた実在の児童に係る児童ポルノに〕当たると言っているわけでございます。

 ですから,顔がありまして,下が全く児童の姿態と見られないような,そういうものがくっついているような場合にはそれは難しいかと思いますが,全体として発議者のおっしゃっているのは,下半身についても児童の姿態というふうに見られるのであれば,それは〔下半身の写真が使われた児童に係る児童ポルノに〕当たり得るというふうに先ほどお答えになったように思いますので,木島〔日出夫〕先生のお尋ねと,結論の部分においては,余り差がないものというふうに私は理解しています。(衆1229

 

(3)「衣服の全部又は一部を着けない」要件

衣服の全部又は一部を着けない」というのは,状態をいうものであって行為をいうものではないとされています(衆115の大森参議院議員答弁)。また,前記の大森参議院議員答弁にいう「全裸または半裸」については,「この用語につきましては,今枝野先生がおっしゃったように,いわゆる風営法の第2条第6項第3号「衣服を脱いだ人の姿態」という言葉について,警察庁の解釈基準で「全裸又は半裸等社会通念上」「人が着用しているべき衣服を脱いだ人の姿態をいう。」とされていることもありまして,これを念頭に置いて答弁したものでございます。」と説明されています(衆116の大森参議院議員答弁)。

 

(4)要件としての「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の広汎性

二号及び三号ポルノの「性欲を興奮させ又は刺激するもの」との規定と刑法のわいせつ物頒布罪等におけるわいせつ概念との関係について,大森議員は端的かつ断乎たる答弁をしています。刑法のわいせつ概念における余計な限定は取り払われています。

 

  いわゆる二号ポルノ,三号ポルノには「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という文言がございます。この文言と刑法上のわいせつとはどう異なるかという御質問ですが,刑法175条のわいせつ物頒布等の罪に書かれてありますわいせつの意義につきましては,最高裁の判例がございまして,いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するものをいうとする判断が出ております。

  これに対しまして,この法案におきましては,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」とされていることから,児童ポルノについては刑法のわいせつに該当しないものも含み得ることになります。もう少し詳しく言いますと,最高裁の判例,昭和26年5月10日,「いたずらに」それから「普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」,これをこちらの法案では要求しておりません。

  これにつきましては,児童ポルノの性質上,まず「いたずらに」については,これは過度にという意味ですけれども,これを要しないとしております。それから,「普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」であるかどうかについて論ずるまでもなく規制すべきである,こういう趣旨であります。(参85。また,衆129

 

「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態」であって少しでも性欲を刺激するものでさえあれば,たとい普通人の正常な性的羞恥心を害さず,かつ,善良な性的道義観念に反するものでなくとも,三号ポルノとして取り締まられるのだということのようです。ただし,ここで興奮させられ又は刺激される性欲は誰のものかといえば,「通常,構成要件に規定してありますことは,一般通常人というものを基準としております。」とされてはいるところです(衆116の大森参議院議員答弁)。

 

(5)具体的事例への当てはめ

 

ア 確答回避と捜査機関等への信頼

と一応の説明はされたとはいえ,具体的事例に係る判断に当たっては,発議者の一員たる大森議員もなかなか慎重で,警察及び検察,最終的には裁判所に下駄を預けたような答弁がされています。

 

 まず,一般論としてでありますが,あるものが児童ポルノに当たるか否か,これは個別具体的な事例ごとにこの法案の要件に該当するか否かを総合的に判断することになりますので,こういう一般的な事例について確定的に答えることは困難でありますし,するべきことでもないだろうと思っております。

 今,中村〔敦夫〕委員から御指摘がありました,川辺などで児童が裸で楽しそうに遊んでいる,この場面を聞いたときに,お互い頭の中で想像している場面というのが違うかもしれません。例えば,川辺で2歳か3歳ぐらいの男の子が裸で遊んでいるそばでお母さんが楽しそうに見守っているとか,こういういわゆる和やかな川遊びの場面もあると思いますし,あるいは川辺で,児童といいましても18歳未満を児童といいますから,では17歳の女性だったらどうかとか,こういう問題が起きます。

 それで,どのように判断するかということにつきましてはいわゆる構成要件の問題になるわけですけれども,児童の姿態がどのようなものであるかによって判断されることになります。今おっしゃったのは,少なくとも一号ポルノ以外の事例だと思いますので,その場合には,一般人から見まして「性欲を興奮させ又は刺激する」と言えるかどうかという,この基準によって判断するとしかちょっとお答えのしようがございません。(参89

 

 今,中村委員がおっしゃったことは,確かに芸術的表現の自由との関係の問題だと思います。

 それから,構図等も大事である,こういうお話がございましたけれども,これは2号,3号につきましては,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」とありますので,確かに構図とか場面とか周囲の状況とか姿態とか,こういうことを総合的に判断して,この要件に該当するかどうかということを判断することになると思います。

 ・・・やはり犯罪ありと思料して捜査する場合には,その構成要件該当性については私どもは警察とか検察庁が十分吟味して慎重に取り扱うものと思っておりまして,本来ポルノに当たらないものを警察及び検察が当たると判断するということは考えていないところでございますが,そこのところで争いがあった場合,最終的にだれがその犯罪構成要件に当たるかどうかを決めるのかというと,最終的判断は裁判所という言い方になると思います。(参89

 

イ としまえん水着の安全性

それでも,水着については,「いわゆる通常の,普通の,としまえんのプールあたりでみんなが着ているような水着」の姿態が児童ポルノには「一般的には当たらない」かどうかが衆議院法務委員会の枝野委員によってなおも追及されています。わざわざ「としまえんのプールあたり」との限定が付いていますから,刺激的ではない,むしろ野暮ったい水着なのでしょう。さすがにこれに対しては,大森参議院議員も次のように答弁せざるを得ませんでした。

 

としまえんのプールの水着ですか。(枝野委員「などで着ているような」と呼ぶ)〔児童ポルノに〕ならないと思います。(衆115

 

ウ 下着,入浴,3歳児

しかし,下着姿や入浴の場面となると難しくなります。

大森参議院議員は,下着姿については「あくまで個別具体的な事例に基づきまして,この法案の要件に該当するか否か総合的に判断されるべきもの」として確答を避けています(衆115)。

入浴の場面については,「子供がおふろに入っている姿を見て通常,一般人は性欲を興奮させ,刺激するというところまで至らないと思いますので,そういうところから〔児童ポルノに〕当たらない場合が多いのではないかというふうにお答えできると思います。」と答弁しています(衆115)。

とはいえ,その少し後に大森参議院議員は,次のように付け足します。

 

 ただ,低年齢,3歳とかとおっしゃったのでしょうか,その裸であれば絶対該当しないかということは必ずしも言えません。性的に未熟な女の子,女児の陰部等を描写したものと認める写真についても刑法上のわいせつ図画に当たるとした判例がございます。

 そういったことから,常に否定されるわけではないと考えます・・・(衆116

 

一般通常人の性欲といえども,なかなか油断はできないようです。(児童ポルノの場合は,わいせつ物の場合とは異なって,性欲の興奮又は刺激が過度にまで及ぶ必要はありません。)

 

エ 男子児童ポルノ

この一般通常人には当然女性も含まれるので,女性の性欲を興奮させ又は刺激する男子児童の児童ポルノの存在も,大森参議院議員は否定しません。

 

・・・ジャニーズJrのようなアイドルの男の子の姿態についてはどうかということですが,これも,同じ答弁になりますが,その姿態が「性欲を興奮させ又は刺激するもの」であるかどうかというこの判断基準によることになります。ある程度セクシーとかそれを売り物にする場合もあるかもしれませんし,それによってファンの子が多少性的興奮といいますか,することは否定できないかもしれません。(衆115

 

オ 「芸術性」との関係

芸術作品については,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」であっても芸術作品であれば児童ポルノには当たらないという考え方は採用されず,飽くまでも児ポ法2条3項の要件(「性欲を興奮させ又は刺激するもの」か否か)に該当するか否か一本で決すべきものという考え方が示されています(衆115,衆1111-12,衆1210,衆1222の大森参議院議員答弁)。

 

4 余話

 

 当ブログの悪癖ですが,話が飛びます。

 

(1)2014年の日弁連公告

 日本弁護士連合会の『自由と正義』2014年3月号に,岡山弁護士会が同弁護士会の○弁護士にした懲戒処分について,次のような公告が出ていました(122頁)。

 

1処分を受けた弁護士

   〔略〕

2 処分の内容 戒 告

3 処分の理由の要旨

   被懲戒者〔○弁護士〕は,Aから破産手続開始申立事件を受任し,2006年7月6日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。また,被懲戒者は,Bから破産手続開始申立事件を受任し,同月25日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。さらに,被懲戒者は,Cから破産手続開始申立事件を受任し,2007年5月1日頃,懲戒請求者に対して受任通知を発送した。

   被懲戒者は,上記各事件の処理を事務員に担当させ,201211月に上記事務員の任務懈怠が判明するまでその処理状況の確認を怠った。その結果,被懲戒者は,Cの事件につき2013年2月13日まで破産手続開始申立てを行わず,Bの事件につき同月27日まで破産手続開始申立てを行わず,Aの事件についてはAとの連絡が困難となって,同年3月8日に辞任した。

   被懲戒者の上記行為は,弁護士職務基本規程第19条及び第35条に違反し,弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

4 処分が効力を生じた年月日

    20131224

 

 2006年7月ころ及び2007年5月ころ受任した破産手続開始申立事件計3件について,○弁護士は債権者に受任通知を出しっぱなしにして後は事務員任せにし,事務員は事務員で横着をして事件を放置し,201211月に発覚(恐らく「懲戒請求者」の債権者が業を煮やしたのでしょうか。)するまで約6年4月ないしは5年6月の長期間,事件処理を怠っていたという気の長い話でした。

 この弁護士の○先生は,いろいろお疲れだったのでしょう。

 なお,弁護士職務基本規程19条及び35条は,次のとおり。

 

   (事務職員等の指導監督)

 第19条 弁護士は,事務職員,司法修習生その他の自らの職務に関与させた者が,その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に及び,又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし,若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない。

 

   (事件の処理)

 第35条 弁護士は,事件を受任したときは,速やかに着手し,遅滞なく処理しなければならない。

 

(2)クレサラ問題における弁護士等の受任通知書の効能:取立て停止

ところで,弁護士のする受任通知の効果としては,貸金業法21条1項に次のような規定があります。

 

   (取立て行為の規制)

 第21条 貸金業を営む者又は貸金業を営む者の貸付けの契約に基づく債権の取立てについて貸金業を営む者その他の者から委託を受けた者は,貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たつて,人を威迫し,又は次に掲げる言動その他の人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動をしてはならない。

     〔第1号から第8号まで略〕

  九 債務者等〔債務者又は保証人〕が,貸付けの契約に基づく債権に係る債務の処理を弁護士若しくは弁護士法人若しくは司法書士若しくは司法書士法人(以下この号において「弁護士等」という。)に委託し,・・・弁護士等・・・から書面によりその旨の通知があつた場合において,正当な理由がないのに,債務者等に対し,電話をかけ,電報を送達し,若しくはファクシミリ装置を用いて送信し,又は訪問する方法により,当該債務を弁済することを要求し,これに対し債務者等から直接要求しないように求められたにもかかわらず,更にこれらの方法で当該債務を弁済することを要求すること。

  十 債務者等に対し,前各号(第6号を除く。)のいずれかに掲げる言動をすることを告げること。

 

同法47条の3第1項3号により,同法21条1項の規定に違反した者は,2年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されるものとされています。

債務者が弁護士等に債務処理を委託して,当該弁護士等が貸金業を営む者に受任通知書を送付すると,通知を受けた業者からの取立てが止まるわけです。いわゆるクレサラ問題における弁護士等の効能の大きな一つがここにあります。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

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 我が国において児童ポルノとされるものの範囲は,我が国より先に児童ポルノの単純所持を処罰することとしていたいわゆる主要国のそれよりも広い,ともいわれています。インターネット上で読めるものとしては,例えば,2013年2月11日の髙山佳奈子教授による「京都府児童ポルノの規制等に関する条例」に係る「論点解説」に,次のようにあります。

 

日本の児童買春・児童ポルノ処罰法は児童ポルノの定義中に「〔衣服の全部又は〕一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」〔平成26年法律第79号による改正前の三号ポルノ〕を含めており,これはかなり広い定義だといえる。諸外国の所持規制は,やはりそれ自体として児童虐待を構成するような行為に限定されている。児童の裸の写真を見たり所持したりしているだけで処罰されるわけではない。

 

なるほど。少なくとも,三号ポルノの分は,我が国が他国に先んじているわけですね。それでは少し具体的に,児童ポルノの定義について,比較法的に眺めてみましょう。

 これまたインターネット上で読むことができる財団法人社会安全研究財団が出した「G8諸国における児童ポルノ対策に関する調査」の「報告書」(2013年3月。調査実施・編集は,株式会社三菱総合研究所の海外事業センター情報通信政策研究本部)において,米国(連邦),英国,フランス,ドイツ,イタリア及びカナダにおける児童ポルノの定義規定が紹介されていましたので,当該報告書等を参考に,英和辞典や仏和辞典や独和辞典を引いてみました。

 

1 米国

米国連邦法典第182256条(社安研2頁参照)

(8)「児童ポルノ」(child pornography)とは,電子的,機械的又はその他の方法により作成され,又は制作された,写真,フィルム,ビデオ,絵画(picture)又はコンピュータの若しくはコンピュータ処理された画像(image)若しくは絵画を含む,次のいずれかに該当する性的に露骨な行為(sexually explicit conduct)の視覚的描写(any visual depiction)をいう。

A)そのような視覚的描写の制作が,性的に露骨な行為に従事している(engaging in)未成年者の利用を伴うもの

B)そのような視覚的描写が,デジタル画像,コンピュータ画像又はコンピュータ処理された画像であって,性的に露骨な行為に従事している未成年者のものであるか,又はそれと見分けがつかない形態であるもの

C)そのような視覚的描写が,身元を特定し得る未成年者が性的に露骨な行為に従事しているように見えるように創作され(created),翻案され(adapted)又は修正され(modified)ているもの

 

 ここでの定義の中心となる鍵概念は,「性的に露骨な行為」(sexually explicit conduct)です。

「未成年者とは同法第2256条(1)において,「18歳未満の者」と定義されている。また,「性的に露骨な行為」ということについては,基本的にあらゆる形態の性行為,又は性器あるいは陰部のみだらな(lascivious)露出を指すとされている。性的な行為に従事している必要はなく,裸体であっても性的に十分挑発的であれば,違法な児童ポルノに該当しうる。」とされています(社安研2頁)。

 しかし,「性的な行為に従事している必要はなく,裸体であっても性的に十分挑発的であれば,違法な児童ポルノに該当しうる。」といわれてしまうと,米国連邦法における「児童ポルノ」の定義の要素である「性的に露骨な行為」の限界がはっきりしなくなるようにも思われて心配になります。当該部分は,米国連邦司法省のウェッブ・サイトにある次の一説を訳して記載したもののようです。

 

 Notably the legal definition of sexually explicit conduct does not require that an image depict a child engaging in sexual activity. A picture of a naked child may constitute illegal child pornography if it is sufficiently sexually suggestive.

 

 こうなると,「性的に露骨な行為」の定義に直接当たってみるしかないのですが,結論としては,性的な行為(sexual activity)以外のものについては,「性器あるいは陰部のみだらな露出」以外のものは「性的に十分挑発的」ではあり得ないもののようです。

 米国連邦法典第182256条2項における「性的に露骨な行為」の定義は,次のとおりです。

 

 (2)

  (A) Except as provided in subparagraph (B), “sexually explicit conduct” means actual or simulated ---

    (i) sexual intercourse, including genital-genital, oral-genital, anal-genital, or oral-anal, whether between persons of the same or opposite sex;

    (ii) bestiality;

    (iii) masturbation;

    (iv) sadistic or masochistic abuse; or

    (v) lascivious exhibition of the genitals or public area of any person;

  (B) For purposes of subsection 8(B) of this section, “sexually explicit conduct” means ---

    (i) graphic sexual intercourse, including genital-genital, oral-genital, anal-genital, or oral-anal, whether between persons of the same or opposite sex, or lascivious simulated sexual intercourse where the genitals, breast, or public area of any person is exhibited;

    (ii) graphic or lascivious simulated;

(I) bestiality;

(II) masturbation; or

(III) sadistic or masochistic abuse; or

     (iii) graphic or simulated lascivious exhibition of the genitals or public area of any person;

 

 ちょっと,日本語訳を付することは,正に性的に露骨な表現であって,はばかられるところです。当該部分の訳文については,これもインターネット上で読むことのできる間柴泰治「日米英における児童ポルノの定義規定」『調査と研究』681号(201068日)4頁を御覧ください。

 なお,「性的に露骨な行為」の描写における“graphic”の意味は,“a viewer can observe any part of the genitals or public area of any depicted person or animal during any part of the time that the sexually explicit conduct is being depicted”ということで(米国連邦法典第18225610項),性器又は陰部が見えることということのようです。

 しかし確かに,「性器あるいは陰部のみだらな露出」に比べて,我が児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。「児ポ法」)2条3項3号のいわゆる三号ポルノに係る「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」との定義は,より広いもののようです。「性器あるいは陰部」のみならず,「臀部又は胸部」までもが含まれ,しかも,「露出」までを必要とせず,「強調」でよいとするのですから。

 なお,20031222日の欧州委員会枠組み決定(Council Framework Decision2004/68/JHA「児童の性的搾取及び児童ポルノに対する戦いについて」(on combating the sexual exploitation of children and child pornography)の第1条の(b)においては,「「児童ポルノ」とは,ポルノグラフィックな物件(pornographic material)であって,次のものを視覚的に描写し,又は表現(visually depicts or represents)するもの」とされ,その(i)では「性的に露骨な行為(児童の性器又は陰部のみだらな露出を含む。)に関与し,又はそれを行う実在の児童」が対象として挙げられています。

 

(i) a real child involved or engaged in sexually explicit conduct, including lascivious exhibition of the genitals or the public area of a child;

 

 ここでいう「性的に露骨な行為」も,米国連邦法典第182256条2項における「性的に露骨な行為」に似たものであるように思われます。

 

2 英国

英国2009年検死官及び刑事司法改革法62条(社安研15-16頁参照)

(1)禁止された児童(child)の画像(image)を所持することは犯罪である。

(2)禁止された画像とは,次のような画像である。

(a)ポルノグラフィックなもの(is pornographic

(b)第(6)項に該当するもの,及び

(c)わいせつな性格のものであって,過度に不快で,嫌悪を催す等のもの(is grossly offensive, disgusting or otherwise of an obscene character

(3)性的興奮(sexual arousal)の目的のためだけに,又は主に(principally)そのために制作されたと合理的に推定されるべき性質である場合には,画像は「ポルノグラフィック」である。

(4)(個人の所持において発見された)画像が一連の画像の一部を形成している場合,第(3)項で言及した性質の画像であるかどうかは,次の事項を考慮して決定される。

(a)画像自体,及び

(b)(一連の画像が,画像の文脈をもたらすことができる場合)一連の画像中で当該画像が現れる文脈

(5)したがって,例えば,

(a)画像が一連の画像により構成される物語の不可欠の一部を形成し,及び

(b)当該一連の画像全体について,性的興奮の目的のためだけに,又は主にそのために制作されたと合理的に推定されるべき性質のものではない場合,

画像は,当該物語の一部であることにより,それ自体を取り出した場合にはポルノグラフィックであると認められ得るとしても,ポルノグラフィックではないものと認められ得る。

(6)画像は,次の場合,本項に該当する。

   (a)児童の性器又は肛門部(genitals or anal region)にのみ,又は専らそれらに注目する画像である場合,又は

   (b)第7項に掲げられた行為のいずれかを描いている場合

〔第(7)項及び第(8)項略。児童の関与する性交及び性交類似行為の類を具体的に規定。ちょっと書くのに抵抗がありました。〕

 

 「児童」は,2003年法によって16歳未満から18歳未満に引き上げられたそうです(社安研16頁)。

 さらに,英国では,1988年刑事司法法160条1項において,「児童のいかがわしい(indecent)写真(photograph)又は擬似写真を所持する者は,罪を犯したものとする。ただし,第160A〔児童が16歳以上である場合の配偶者等に係る免責規定〕の適用を妨げない。」と規定されています(間柴8頁。なお,社安研87頁参照)。

「いかがわしい」は漠然としていて厄介です。「たとえ性行為を伴わない描写でも,「いかがわしい」とされることがある。例えば,性器等が露出していないものの,上半身は大き目のブラウスと一連のビーズを,下半身は下着のみを着けた,胸を誇示するような14歳の女児の写真,また,裸体主義者のみが集まる水泳プールで撮影された,性欲を喚起するようなポーズを取っていない7歳の男児の裸体の写真が,いずれも「いかがわしい」とされている。」と報告されています(間柴9頁)。

 英国法における定義には,我が三号ポルノの定義と同様の悩ましさがあるようです。

 

3 フランス

フランス刑法227条の23(社安研26頁参照)

頒布(diffusion)を目的として,未成年者(mineur)のポルノグラフィックな性質をもった画像又は表現物(l’image ou la representation)を定着(fixer),録画(enregistrer)又は伝達(transmettre)する行為には,5年の禁錮及び75,000ユーロの罰金が科される。画像又は表現物が15歳以下の者に係る場合は,当該画像又は表現物の頒布を目的としてされなかったときであっても,当該行為は処罰される。

同様の画像又は表現物を,いかなる方法であれ,提供し,利用可能にし,若しくは頒布し,輸入若しくは輸出し,又は輸入させ,若しくは輸出させる行為にも,同様の刑が科される。

未成年者の画像又は表現物を,不特定の公衆に向けて頒布するために,電子コミュニケーション網を使用した場合,7年の禁錮及び100,000ユーロの罰金が科される。

同様の映像又は表現物を利用可能にする公衆向け通信サービスを常習的に(habituellement)又は有償で利用し(consulter),いかなる方法であれ,同様の画像又は表現物を取得(acquérir)又は所持(détenir)する行為には,2年の禁錮及び30,000ユーロの罰金が科される。

本条に規定する違法行為が,組織的に行われた場合,10年の禁錮及び500,000ユーロの罰金が科される。

本条に規定する罪の未遂には,同様の刑が科される。

本条の規定は,外観(aspect physique)が未成年者のものである者のポルノグラフィックな画像にも同様に適用される。ただし,その者が,画像を定着又は録画した日に18歳である場合には適用されない。

 

 「児童ポルノの被写体となる年齢は18歳未満,若しくは18歳未満に見えるものが対象である。そして,当初は実在の児童を対象にしていたが,法改正によって未成年者を表現するあらゆる表現物に対象が拡大されており,架空の未成年を表現した絵や画像等も含まれるとされている。」とのことです(社安研26頁)。

 前記20031222日の欧州委員会枠組み決定のフランス語版においては,「児童ポルノ」にpédopornographieとの語が用いられていましたが,フランス刑法227条の23では当該語は用いられていません。

 

4 ドイツ

ドイツ刑法184b及び184c(社安研37頁から引用)

184b

子供による性行為,子供に対する性行為若しくは子供の目前での性行為を目的とするポルノ文書〔は児童ポルノ〕

184c

14歳から18歳までの者による性行為,このような者に対する性行為若しくはこのような者の目前での性行為を目的とするポルノ文書〔は青少年ポルノ〕

 

 ドイツ語では,児童ポルノは,pornographische Schriften, die sexuelle Handlungen von, an oder vor Kindern zum Gegenstand haben (kinderpornographische Schriften)ということになり,青少年ポルノは,pornographische Schriften, die sexuelle Handlungen von, an oder vor Personen von vierzehn bis achtzehn Jahren zum Gegenstand haben (jugendpornographische Schriften)ということになります。

 「ドイツでもアニメーションやマンガ等は児童ポルノの対象に含まれている。またヒアリングによれば,ドイツの法律では表現行為全般が対象になっているため,小説等の文章表現も対象になるとのことである」そうです(社安研37頁)。

 とはいえ,sexuelle Handlungen(性(的)行為)が児童ポルノ性を認定するための要素になっているという形で,児童ポルノの範囲は限界付けられているということでしょう。

 

5 イタリア

イタリア刑法600条の3(社安研44頁から引用)

(前略)

本条において未成年ポルノとは,媒体を問わず,現実の若しくは疑似のあからさまな性的な行為を行う18才未満の者のあらゆる表現,又は性的な目的のための18才未満の者の性的な部位のあらゆる表現を指す。

 

 「イタリアでは2012年8月に法改正があり,児童ポルノの定義として以上の文章が追記されている。これが追加されたことによって,アニメーションやマンガ,文章等の表現についても児童ポルノの対象となることとなった。また,対象が実在の児童ではなく,児童に見える者であっても,対象になる。」とのことです(社安研44頁)。

 

6 カナダ

カナダ刑法163.1条1項(社安研53頁参照)

(1)本条において,「児童ポルノ」とは次のものを意味する。

(a)電子的若しくは機械的手段のいずれによって制作され,されなかったかにかかわらず,写真,フィルム,ビデオ若しくはその他の視覚的表現であって,

(i)18歳未満であるか,若しくは18歳未満として描かれた者であって,あからさまな性的行為を行い(engaged in explicit sexual activity),若しくは行っているものとして描かれる者を見せるもの,若しくは

(ii)その主たる性格が,18歳未満の者の性器若しくは肛門部(a sexual organ or the anal region)の性的目的による描写であるもの 

(b)本法に基づく犯罪となる18歳未満の者との性的行為を唱導し,若しくは助言する(advocates or counsels)文書,視覚的表現若しくは音声記録

(c)その主たる性格が,本法に基づく犯罪となる 18歳未満の者との性的行為の性的目的による描写である文書,又は

(d)その主たる性格が,本法に基づく犯罪となる18歳未満の者との性的行為の性的目的による描写,提示若しくは表現である音声記録

 

 「この法律では,「写真,フィルム,ビデオ,又はその他の視覚的表現」が対象とされている。カナダ警察によると,アニメーションやCGであっても,この表現にあたるものであれば,児童ポルノの対象となるとされる。/また,同様に「18歳未満として描かれた者」が対象となっているため,実際には18歳を超えている場合にも,表現方法によっては児童ポルノの対象となり得る。・・・18歳未満に扮している20歳の女性であるという認識での所有は,児童ポルノの所有に当たることになる。」とされています(社安研53頁)。

 

7 平成19G8司法・内務大臣会議(ミュンヘン会議)閣僚宣言

 我が法務省のウェッブ・サイトに,「児童ポルノとの国際的闘いの強化に関するG8司法・内務閣僚宣言」(2007524日)が掲載されています。当該宣言中,児童ポルノの定義に関する部分は次のとおり。

 

 ・・・我々は,以下の事項を確保することにより,これらの国際文書によって確立された手段を国内法的実施に移す我々のコミットメントを改めて確認する。

 

 1 児童ポルノを,「現実の若しくは擬似のあからさまな性的行為を行う児童のあらゆる表現(手段のいかんを問わない)」又は「主として性的な目的のための児童の身体の性的な部位のあらゆる表現」と明確に定義すること。

 ・・・

 

 We re-affirm our commitment to implement into domestic legislation the measures established through these international instruments, ensuring that our domestic legislation:

 

1. Clearly defines child pornography as any representation, by whatever means, of a child engaged in real or simulated explicit sexual activities or any representation of the sexual parts of a child for primarily sexual purposes;

  ….

 

 前記イタリア刑法600条の3の規定は,上記宣言を承けたもののようですね。

 再掲すると,我が児ポ法2条3項3号の三号ポルノの定義は「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」となっていますが,当該定義と前記閣僚宣言における児童ポルノの定義との関係はどうなるでしょうか。

児ポ法2条3項3号の「性的な部位」(=性器,肛門及び乳首並びにその周辺部,臀部並びに胸部)と閣僚宣言にいう「性的な部位(sexual parts)」とでは範囲が異なるでしょう。Sexual partsは,性器及び陰部(genitals and public area. 米国・欧州委員会の事例参照)又は性器及び肛門部(genitals (sexual organ) and anal region. 英国・カナダの事例参照)に限定されているものと解すべきではないでしょうか。Sexual parts sexy partsとは異なります。

  また,「あからさまな性的行為(explicit sexual activities)」は飽くまでも行為であって,児ポ法2条3項3号が対象とする「姿態」は,いくら性欲を興奮させ又は刺激するものであっても,通常やはりそれだけではあからさまな性的行為とはいえないでしょう。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所 www.taishi-wakaba.jp

東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203(新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

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(前の記事からの続き)

 

2 児童ポルノ単純所持罪に係る立法者の意図探求の必要性

 しかしながら,「本法案による単純所持の処罰化条項が,規制目的を達するために必要最小限のものと言えるか,その妥当性には疑問を持たざるを得ません。〔児ポ法2条3項3号の〕いわゆる3号ポルノの規定は,本法案で一定の明確化を試みられたものの,依然として不明確さを残しています。その単純所持を処罰することは恣意的な捜査を拡大するおそれが大きく,処罰する必要のないものにまで広範に捜査の網を掛けることが否定できないものです。個人の私的領域にまで捜査機関が踏み込み,冤罪を生むことも懸念される」(2014617日の参議院法務委員会における仁比聡平委員(日本共産党)の法案に対する反対討論(第186回国会参議院法務委員会会議録2421頁))と批判されている児童ポルノ単純所持罪の前記関係条文については,どのような解釈が立法者においてされているのか,気になるところです。

法律の解釈に当たっては,民事法についてですが,「まず,文理解釈・論理解釈を試み,ついで立法者ないし起草者の意図を探求することが基礎的作業として必要」です(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)49頁)。いくら鋭い頭脳を誇る秀才であっても,文理解釈・論理解釈を云々しているだけではなお不十分であって,立法者ないし起草者の意図の探求までを広く行い得る強靭な知的基礎体力を有していなければなりません。我が国の民法学の伝統的解釈態度においては「立法者・起草者の意図を全くといってよいほど考慮しない」まま「適当にある「理論」を作ってしまって,各規定はその表現である,従ってそう解釈せよと論ずる」ことが多かったと批判されていますが(星野61頁),無論,現段階の法解釈においては,「基礎的作業」をないがしろにしたまま,「視点」やら「体系」やら,自らの「理論」に酔った決めつけ解釈は許されません。上記「基礎的作業」の結果,「それで特に今日でも差支えなければ,それによることとし,それでは今日妥当でなさそうなときに,規定の今日におけるあるべき解釈を求め」て,目的論的解釈がされるのが順序であるとされています(星野49頁)。

 ということで,児童ポルノ単純所持罪導入に係る立法者の意図,より具体的には,第186回国会における衆議院及び参議院の各法務委員会における議論(それぞれ2014年6月4日及び同月17日)をここに整理してまとめてみることにしました。とはいえ,これは飽くまでも一応のものであり,かつ,法的な作法云々には必ずしも厳密に従うものではないことを御了承ください。運よく来年(2015年)の春ころに,大勢の方に読んでいただけることを期待しています。

 なお,以下の記述での「衆法○」は,「第186回国会衆議院法務委員会議録第21号」の○頁という意味であり,「参法○」は,「第186回国会参議院法務委員会会議録第24号」の○頁という意味です。(ここで議事録の表題が,参議院側は「委員会会議録」なのに,衆議院側は「委員会議録」となっていますが,これは別にタイプ・ミスというわけではありません。国会において委員会が今のように重視されるようになったのは,やはり米国の影響を受けた現行憲法下であって(現行の国会法第5章の章名は「委員会及び委員」),現行憲法下設けられた参議院は「委員会会議録」と「委員会」をはっきり出しているのに対して,帝国議会以来の伝統を誇る衆議院はなお「委員会議録」という形を維持しているということのようです(議院法(明治22年法律第2号)第4章の章名は単に「委員」)。したがって,「第28回国会衆議院逓信委員会議録第27号」をもっともらしく「第28回国会衆議院逓信委員会会議録第27号」に変形させるような「校正」は,間違いであり,さかしげであるにもかかわらず(又はそうであるからこそ)対象の現物(この場合は議事録)に当たらなかった横着ゆえの残念な結果ということになります。)

 

3 児童ポルノ単純所持罪に関する国会審議のまとめ(コンメンタール風)

 

(1)児童の実在性要件

  ・・・児童ポルノの禁止法は実在の児童の保護を目的としたもの・・・(ふくだ峰之委員・衆法3;また61623,参法2。同旨,階猛委員・衆法13

  ・・・実在の子供の権利を守る,つまり,社会的法益を守るという立法ではなくて個人的法益を守る罪として考えて,この〔児ポ法〕立法をつくったわけでございます。(谷垣禎一法務大臣・衆法3

  ・・・客体となる児童については生存していることを要する・・・だからといって,死体はもう無制限にはびこらせていいということを我々も認めるわけではありませんので,こうした行為についてもちゃんと適切に規制していくようなことは立法府としてこれから取り組むべきことではないかと思っております。・・・(階衆議院議員・参法3

  CG等の創作物であったとしても,実在の児童の姿態を描写したと認められるものであれば,これはもう児童ポルノとして規制の対象になり得ると考えられます。(西田譲衆議院議員・参法8

  基本的には,被写体の児童が身元が特定されていることが要件ではない・・・(遠山清彦衆議院議員・参法12

  〔18歳未満の例えばアイドルの顔を使ったCGも児童ポルノに当たり得るのかとの質疑に対して〕・・・あくまで実在の児童を描写したものであるかどうかということでやはり判断をしなければなりませんので,たとえCGであったとしても,仮にそうであるのであれば児童ポルノに当たる場合があり得るということでございます。(西田衆議院議員・参法15

  

 

(2)児童の上限年齢を18歳未満から下げなかった理由

  ・・・既存の児童にかかわる条約,法律との整合性をとらなきゃいけないという立場からいいますと,まず,児童の権利に関する条約が,その対象となる児童を18歳に満たない者とすることを原則としております。また,日本の児童福祉法も,児童の定義というのは18歳に満たない者とされているわけでございまして,これらの基本的な条約,法律と今回の当該法改正案の目的から考えて,18歳未満の者をこの法律でも児童と捉えるということにいたしました。

  また,現実に,児童の年齢を18歳よりも引き下げた場合に,今度は処罰される対象が過度に限定されるおそれも出てくるというふうに思います。(遠山委員・衆法18

  平成25年でございますが,〔児童ポルノ事犯の年齢別被害児童は〕小学生以下が92人,中学生が272人,高校生が256人,その他が26人ということで,最近は中学生が中心になってきているというふうに考えることができるかなと思います。(宮城直樹政府参考人(警察庁長官官房審議官)・参法6-7

 

(3)年齢の錯誤

  ・・・16歳の女性が写っている写真集を20の写真集だと言って売って,購入した方が20だと思って買った場合は,児童ポルノを買ったという認識が本人にないんですね。ですから,故意でないので,処罰の対象にはなりません。・・・16歳なのに20のものだと売りながらも,買った人全員が,実は18歳以下の写真集を買ったと認識をしているような売り方をした場合は,買った人も処罰の対象になるんです。(遠山委員・衆法18

 

(4)児童ポルノ該当性判断の例

  まず,性的虐待が実際に行われているが,顔のみを写した動画ということでございますが,顔のみが描写をされていて性的部位が描写されていない場合には,本法に基づく児童ポルノには該当しないということになります。二つ目の,衣服を着けた児童に精子が掛けられているということでございますが,これもこの一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断ができません。三番目,動物の性器を触っているという例でございますが,これは,法律の中には「他人の性器等を触る」という表現がございますが,これににわかに該当するということはありませんので,この一事をもってだけで児童ポルノに該当するとはなかなか判断しにくいということでございます。それから,服の上からロープで縛られているということで,性器等の強調がないということでございますけれども,これも同じように,この一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断がしにくいと。最後の,性的虐待中の音声ですけれども,これも,「視覚により認識することができる方法により描写したもの」というのが児童ポルノの定義に入っておりますので,これもこのことだけをもって該当しないものと考えます。(遠山衆議院議員・参法9

 

(5)「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の判断基準

  現行法の2条3項2号及び3号にいいます「性欲を興奮させ又は刺激するもの」といいますのは,これは一般人を基準に判断すべきものと解されていると承知しております。(林眞琴政府参考人(法務省刑事局長)・衆法7;また,参法14

  ・・・一般人から見て性欲を興奮させ又は刺激すると言えるか否かの基準によってやっぱり判断される・・・1歳未満の乳児ということでございますけれども,その画像の内容が性欲の興奮又は刺激に向けられていると評価すべき特段の事情がない限りは児童ポルノに当たらない場合が多いのではないかと考えられます。(西田衆議院議員・参法8

  〔3歳児の場合〕・・・総合的に検討して判断すべきものであります。3歳だからという児童の年齢のみをもって判断すべきものではないということであります。(階衆議院議員・参法10

  〔Tバックを着けた女子高校生,まわし姿の男の子については〕・・・やはり,どうしてもこれは個別具体的な事由になってきますので,一概的にこの場で当たります,当たりませんということを判断するのは非常に困難でございますし,総合的にやはり判断しなければいけないところでございます。・・・(西田衆議院議員・参法8

 一般人というのはどういう人を指すのかということを問題にされるのかもしれませんけれども,そこはなかなかこういう人が一般人だということは言えないわけでありまして,外形で見ていくしかないと。つまり,その問題となっている児童ポルノとされるものの外形で見ていくしかない・・・(階衆議院議員・参法10

 

 

(6)「殊更に」

  「殊更に」とは,一般的には,合理的な理由なく,わざわざとか,わざととかいう意味と解されるところでございますが,これは,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものかどうか判断するために加えさせていただきました。

  その判断は,性的な部位が描写されているのか,あるいは児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合,例えば時間だったり枚数だったりですね,そうしたものの客観的要素に基づいてなされるというものと考えております。(ふくだ委員・衆法5

  ・・・モザイクに関してでございますけれども,これも一概にどの程度であればというのは個別の事案になってきますので非常にお答えづらいんでございますが,やはりそのモザイクのきめの細かさや粗さがどうかとか範囲がどうかと,そういったことを含めて判断していかなければならないものでございます。(西田衆議院議員・参法8

 

(7)「性的な部位」

  具体的には,まず,衣服の全部または一部を着けない児童の姿態のうち,児童の性器等,例えば性器あるいは肛門または乳首が露出をしているというものを真に可罰的なコアの要素と捉えつつ,性器等のみでは処罰範囲が狭過ぎて,例えば裸の児童を後方から撮影して性器等が写っていない場合まで対象外となってしまうことから,性器の周辺,例えば臀部だとか胸部などを含む児童の性的な部位にまで対象を今回広げさせていただいたということで御理解いただきたいと思います。(ふくだ委員・衆法5

 

(8)「強調」

  露出のみでは,性的な部位が隠れてはいるけれども強調,誇張されている場合などが含まれないということになってしまいますので,性的な部位の強調も対象とすることにさせていただきました。

  具体的にどのような場合が強調に当たるかについては,描写の方法を含めた写真及び映像等の全体からこれは判断されるものであると思っております。例えば、着衣の上から撮影した場合や,ぼかしが入っている場合や,児童が意識的に股や胸を強調するポーズをとっていない場合であっても,性器等やその周辺部を大きく描写したり長時間描写しているかどうか,着衣の一部をめくって該当する部分を描写しているかどうかなどの諸要素を総合的に勘案しまして,性的な部位を強調していると判断されることはあり得るというふうに考えております。(ふくだ委員・衆法5

 

(9)「,殊更に・・・強調されているものであり,かつ,」部分挿入の趣旨

  ・・・いわゆる3号ポルノについて,その定義をより明確にするため・・・(遠山委員・衆法2

  今回の2条3項3号の改正は,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられているかを,性的な部位が描写されているか,児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合の客観的要素に基づいて判断をするために加えさせていただいたものでございます。このような判断は,従前,性欲を興奮させまたは刺激するものの該当性判断の一要素として行われてきたところでございますけれども,今回の改正は,このような判断を行うことを明記することにおきまして,3号ポルノの定義の明確化を図るという趣旨でございました。

  これによりまして,例えば,水浴びをしている裸の幼児の自然な姿を親が成長記録のために撮影をしたようなケースとか,あるいは,その画像の客観的な状況から内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものではない限り,殊さらに露出されまたは強調されているものとは言えずに,処罰の対象外になるということでございます。

  このように,「殊更に」との文言を追加することにより,画像の客観的な状況から3号ポルノの該当性判断を行うとの趣旨が明確になり,処罰の範囲をより明確にすることができるというふうに考えておるところでございます。(ふくだ委員・衆法5;また,参法2。同旨,遠山委員・衆法16

  ・・・児童の性的な部位の描写がずっと延々と続いているのか,静止画であればそこが強調されているのか,あるいは,PCのケースでいえば,発見された写真のうちどれぐらいの割合の枚数がそういう裸の写真であるか等々から,客観的な要素に基づいて判断をされなければいけないことだと考えております。(遠山委員・衆法19

  ・・・私どもの意識としては,結論から言うと,処罰範囲を狭めるという趣旨ではないというふうに考えております。(遠山委員・衆法16;また,19

 

10)文化芸術活動と児童ポルノとの区別

  具体的に,この第2条3項の第3号,いわゆる3号ポルノでございますけれども,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という要件,この判断についてでありますけれども,児童が実際に描写された画像等の全体から見て芸術性があるかどうか,もしくは芸術的表現の上で児童の裸体等を描写する必要性や合理性が認められるかどうかといったことを一つの考慮の要素として判断することになると考えられます。(西田委員・衆法16