カテゴリ: 特別刑法

(上)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.html(申命記第22章第5節,禮記及び違式詿違条例)


なお,東京違式詿違条例62条ただし書にいう「女ノ着袴」の「袴」を,和服の(はかま)のことと解さずに,厳格に漢文にいう「()」として読むと(「袴」は「絝」の別体),「ももひき。ズボン。」のことになります(『角川新字源』777頁)(註)。ヨーロッパでは,女性がズボンをはくということが,女性による男装というスキャンダラスな行為を象徴するものであったはずですが(以下に出て来るフランス共和国元老院のウペール議員の用いた表現参照),我が国では,もんぺをはいていても大和撫子であることに変わりはありません。

 

  Als Lola Lola zerstörte sie 1930 im FilmDer Blaue Engel die Welt der Scheinmoral, wurde zur Ikone einer freien Sexualtät; ihr bewusstes Tragen von Hosen bei öffentlichen Auftritten beförderte ein emanzipiertes Frauenbild.

     (Edgar Wolfrum und Stefan Westermann, Die 101 Wichtigsten Personen der Deutschen Geschichte. (C.H.Beck, München, 2015) S.87)

  (1930年,映画『青い天使』の「ローラ・ローラ」として,彼女〔マレーネ・ディートリッヒ〕は見せかけの道徳(モラル)の世界を破壊し,自由な性の偶像(イコン)となった。公の場における彼女の意識的ズボン着用は,一つの解放された女性像をもたらした。)

 

4 共和国9年(ブリュ)(メール)26日セーヌ県警視総監命令第22号等

ボワソナアドの頑張りの背景には,それを支えるべきフランス法の規定があったように思われるところ,探してみると,今世紀に入ってから,フランス共和国の一元老院委員と同国政府との間で,次のようなやり取りがあったところです。

 

 アラン・ウペール君(コート・ドオル,UMP〔人民運動聯合〕)の書面による質問第00692号 

 (2012712日付け元老院公報1534頁掲載)

 アラン・ウペールは,政府の代表である女性の権利大臣の注意を,依然効力を有しているところの女性のズボン(パンタロン)着用を禁ずる18001117(ママ)日法の規定に向けて喚起する。具体的には,当該法――共和国9(ブリュ)(メール)26日法――は,「男装しようとする全ての女子は,その許可証を得るため,警視庁に出頭しなければならない。」と規定している。当該禁止は,ズボン(パンタロン)を女性が着用することを「当該女子が自転車のハンドル又は馬の手綱を把持する場合」に認める1892年及び1909年の2件の通達によって部分的に廃止されている。当該規定はもはや今日適用されないとしても,その象徴的重要性は,我々の現代的感性と衝突し得るものである。よって,同人は,同大臣に対し,当該規定を廃止する意思ありやと質問する。

 

 女性の権利省の回答

 (2013131日付け元老院公報339頁掲載)

 お尋ねの1800117日法は,「女子の異性装に関する命令」と題する共和国9(ブリュ)(メール)26日(1800117日)付けデュボワ警視総監の第22号命令である。ちなみに,当該命令は,先ず何より,彼女たちが男性のように装うことを妨げることによって,ある種の職務又は職業に女性が就くことを制限しようとするものであった。当該命令は,憲法及びフランスがヨーロッパと結んだ約束――なかんずく1946年憲法の前文,憲法第1条及び欧州人権条約――に銘記されている女性と男性との間における平等の原則と抵触している。当該抵触の結果,117日命令の明文によらざる廃止が生じたものであり,したがって,それは,全ての法的効力を剥奪されており,かつ,そのようなものとしてパリ警視庁に保存されている一片の古文書にすぎないものとなっている。

 

 共和国9(ブリュ)(メール)26日(1800117日)付けデュボワ警視総監の第22号命令は,次のとおり(Christine Bard, “Le DB 58 aux Archives de la Préfecture de Police”. Clio. Femmes, Genre, Histoire. octobre 1999)

 

  警視総監は,

  多くの女子が異性装をしている旨の報告を受け,かつ,健康上の理由cause de santé以外の理由では彼女らのうちいずれもその性の服装を廃することはできないものと確信し,

  異性装の女子は,必要に応じて提示できる特別の許可証を携帯できるようにならなければ,警察官による取り違え(méprises)をも含む数限りのない不都合(déagréments)にさらされることを考慮し,

  当該許可証は統一されたものであるべきこと及び本日まで異なった許可証が種々の当局から交付されていることを考慮し,

  最後に,本命令の発布後,成規の手続を履まずに男装する全ての女子は,その異性装を悪用する不法の意図(l’intention coupable d’abuser de son travestissement)を有するものと疑う理由を与えるものであることを考慮し,

  次のとおり定める。

  1 本日までにセーヌ県の副知事又は市長並びにサン・クルー,セーヴル及びムードンの各コミューンの市長によって交付された全ての異性装許可証(警視庁において交付されたものをも含む。)は,無効であり,そうあり続ける。

  2 男装しようとする全ての女子は,その許可証を得るため,警視庁に出頭しなければならない。

  3 当該許可証は,その署名の真正が正式に証明された保健吏(officier de santé)による証明書,並びにそれに加えて,申請者の氏名,職業及び住居を記した市長又は警察署長の証明書に基づかなければ与えられない。

  4 前各項の規定に従わずに異性装をするものと認められる全ての女子は,逮捕され,警視庁に引致される。

  5 この命令は,印刷され,セーヌ県全域並びにサン・クルー,セーヴル及びムードンの各コミューン内において掲示され,当該官吏による執行を確保するため,第15及び第17師団長,パリ要塞司令長官,セーヌ県及びセーヌ=オワーズ県の憲兵司令官,市長,警察署長並びに治安担当吏に送付される。

  警視総監デュボワ

 

「異性装を悪用する不法の意図」,すなわち男性と偽ることによる身元擬装を警戒する上記1800117日命令の発布の背景として,第一統領に対する同年1010日の共和主義者による暗殺の陰謀,同年1224日のサン・ニケーズ街における爆殺未遂事件といった出来事に象徴される,発足後1年のナポレオン・ボナパルトの統領政府(le Consulat)が治安強化を必要としていた世情があったと指摘されています(Bard: 11)。

1800117日命令に違反した罪に係る刑については,同命令自身は明らかにしていませんが,違警罪ということで科料又は5日未満の拘留ということになったはずとされ,例えば1830年にはつつましい研磨工であるペケ嬢に対して3フランの科料が科せられています(Bard: 18)。

しかし,一見して分かるように,女性の男装のみが問題とされていて,男性の女装については問題とされていません。「男性にとって,異性装は,女性的柔弱化と区別されたものとしては,疑いなく19世紀の初頭においてはなお考えることが難しかった。女性は,異性装によって,社会が彼女たちに拒否した自由を獲得する,しかし,男性は?」ということでしょうか(Bard: 14)。女性に対する警戒優先ということでは,前記申命記第22章第5節の立法趣旨⑥的です。ただし,1833531日の警視総監命令は,舞踏会,ダンス場,演奏会,宴会及び公の祝祭の主催者(entrepreneurs)が異性装をした者(男女を問わない。)の入場を認めることを禁止し,当該禁止は謝肉祭(カルナヴァル)の期間においてのみ警視庁の許可をもって解除されるものとしていました(Bard: 14)。1886年のボワソナアド刑法草案4864号にいう「公許ノ祭礼」の原風景は,フランスのカーニヴァルだったわけです。

なお,フランスの1810年刑法典の第259条は「自らに属しない服装,制服又は徽章(un costume, un uniforme ou une décoration)を公然僭用した者又は帝国の位階を詐称した者は,6月から2年までの禁錮に処せられる。」と規定していましたが,19世紀半ばのジャック=フランソワ・ルノダン(男性)はその女装について同条前段違反で何度も起訴されたにもかかわらず,常に放免されていましたし(同条は,我が軽犯罪法(昭和23年法律第39号)115号,警察犯処罰令220号(「官職,位記,勲爵,学位ヲ詐リ又ハ法令ノ定ムル服飾,徽章ヲ僭用シ若ハ之ニ類似ノモノヲ使用シタル者」を30日未満の拘留又は20円未満の科料に処する。)及び旧刑法231条(「官職位階ヲ詐称シ又ハ官ノ服飾徽章若クハ内外国ノ勲章ヲ僭用シタル者ハ15日以上2月以下ノ軽禁錮ニ処シ2円以上20円以下ノ罰金ヲ附加ス」)に類するものです。),1846年に行商人のクロード・ジルベール(男性)はその女装による公然猥褻のかど(l’inculpation d’outrage à la pudeur publique)で起訴されていますが,やはり無罪放免でした(Bard: 14)。

1800117日命令に基づく許可証を得ることができた女性は,「通常男性がするものとされている職業に従事する女性又は「髭の生えた女性のように,余りにも男性的なその外見のため,公道において好奇心の対象として曝される」女性」であったそうです(Bard: 6)。前者に係る理由が2013年の女性の権利省回答にいう「当該命令は,先ず何より,彼女たちが男性のように装うことを妨げることによって,ある種の職務又は職業に女性が就くことを制限しようとするものであった」という後付け的(デュボワは命令の趣旨として明示していません。)性格付けに対応し,後者はデュボワのいう「健康上の理由」を有する者に含まれるのでしょうか。女性の権利省の回答は,女性の男装を禁ずることは就職の場面において男女の平等原則を損ねるものであるとして,当該禁止規定の無効を導出するものですが,これは,申命記第22章第5節以来の異性装禁止の性格付けとして,同節に係る前記立法趣旨の⑤ないしは⑥を採ったような形になっています。

なお,かつての東京府知事の権限は他府県の知事のそれとは異なり,警察事務はそこには属しておらず(換言すると,現在とは異なり,府県知事は警察事務も所掌していました。),東京府における当該事務は警視庁が所掌していましたが,この「警視庁ノ制度ハ初メ仏国ノセイヌ県警察知事ノ制ニ倣ヒテ設置セラレタルモノ」です(美濃部達吉『行政法撮要 上巻(第4版)』(有斐閣・1933年)299頁)。デュボワは,ボナパルト政権下において創設された当該官職における初代在任者です(Bard: 11)。

 

5 米国における市条例

 米国では,1848年から1900年までの間に34の市が異性装を犯罪化する条例を制定し,1914年の第一次世界大戦勃発時までには更に11市が加わっています。Arresting Dress: Cross-Dressing, Law, and Fascination in Nineteenth-Century San Francisco”Duke University Press, 2014の著者であるサン・フランシスコ州立大学のC.シアーズ(Clare Sears)准教授によれば,これらの条例は,典型的には,売春取締りを主要な目的に,町の健全なイメージを醸成して中間層(ミドル・クラス・)家族(ファミリーズ)の移入を図ろうとする発展しつつあるフロンティア・タウンにおいて制定されたものだそうです。「当時は,異性装が行われる場合は多くは売春がらみでした。女性がある形で男装するということは,彼女はより冒険的であり,性的関係を結び得るより大きな可能性があるということを他の人々に伝えることでした。」,「実際は服装が問題なのではなかったのです。これらの条例は,淫らさを取り締まって,より性的に健全な町を作ろうと試みて制定されたのです。そして服装は,そこに達するための手段にすぎなかったのです。」とのことです。大きな拡がりをみせた風俗浄化運動(anti-indecency campaign)の一部として1863年にはかのサン・フランシスコ市においても「彼又は彼女の性に即するものではない服装」をして公然現れることを犯罪とする条例が制定され,19747月まで効力を保っていました。(以上,SF State News ウェブサイト: Beth Tagawa, “When cross-dressing was criminal: Book documents history of longtime San Francisco law”参照)

 なお,シアーズ准教授の前掲書の一書評(by John Carranza at notevenpast.org)によると,19世紀のサン・フランシスコでは,清国からの移民が,異性装をして上陸して来るのでけしからぬということで取り締まられていたそうです。男女不通衣裳の禁を破ったのであれば,米国法及びその執行の適正性いかんを云々する以前に,自民族の伝統的な礼の教えに背いていたことになるのでしょう。


(下)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601799.html(東京地方裁判所令和元年12月12日判決)



註:絝と和服の(はかま)とのここでの使い分けは,絝であれば馬乗袴型のもののみがそう呼称される一方,行灯袴型のものも(はかま)には含まれるとの理解に基づいています。現在の女子学生が卒業式の際よく着用するものは,行灯袴ですので,ズボンとスカートとの対比ではスカートに該当することになります。女性がスカートを着用するのでは,そもそもabominabilisにはならないでしょう。

 いずれにせよ,女ノ着袴は男粧であるから(「縛裳爲袴」については,「女性の長いスカート風の衣裳」である裳を「縛って袴にしたとは,男装をしたこと」とあります(『新編日本古典文学全集2 日本書紀①』(小学館・1994年)63頁・註14)。),それを許すためにはただし書で外す必要があった,ということになります。しかし,俳優・歌妓・舞妓ならぬ堅気の女性にまで着袴による男粧を許すのですから,東京違式詿違条例62条は,宗教的徹底性を持った異性装の禁止であったとはいえないでしょう。

 また,(まち)高袴(だかばかま)(というものがあります。(まち)」は,袴の内股のところのことです。すなわち襠高袴は,絝ということになります。これについては,明治四年八月十八日(1871102日)に太政官から「平民(まち)高袴(だかばかま)(さき)羽織(はおり)着用可為(なすべきは)勝手事(かってたること)」とのお触れが出ています。これは換言すると,それまで襠高袴及び割羽織は士族(男ですね。)専用だったわけです。絝の男性性に係る一例証となるでしょうか。


追記:本稿掲載後,
1800117日のセーヌ県警視総監命令に関して,新實五穂「警察令にみる異性装の表徴」DRESSTUDY64号(2013年秋)24-31頁に接しました。 

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1 申命記:第22章第5節

 ユダヤ教等の聖典に次のような規定があります。紀元前13世紀のモーセが書いたものか,紀元前7世紀・ヨシヤ改革王治下のユダ王国において書かれたものか。

 

  Non induetur mulier veste virili,

      nec vir utetur veste feminea;

      abominabilis enim apud Deum est qui facit haec.

      (Dt 22,5)

  (女は男の衣裳を着せらるることなく,

  (男は女の衣裳を用ゐることなし。

  (何となれば,これらのことを行ふ者は,主において忌まはしきものなればなり。)

  (申命記第22章第5

 

筆者が「衣裳」と訳した後は,ラテン語ではいずれもvestis”(女性名詞。“veste”奪格形)ですが,TheTorah.comウェブサイトに掲載されているヒラリー・リプカ(Hilary Lipka)博士の論文“The Prohibition of Cross-Dressing / What does Deuteronomy 22:5 prohibit and why?”https://www.thetorah.com/article/the-prohibition-of-cross-dressingによれば,ヘブライ語ではそれぞれ別の語が用いられており,前者はkeli” (item),後者はsimlah” (garment)であるそうです。また,ラテン語では“uti”“utetur”は三人称単数未来形。目的語は奪格形をとる。)とされた元のヘブライ語動詞の意味は“to wear, put on”であり,“non induetur“induetur”induereの受動態三人称単数未来形)に対応するヘブライ語部分の意味は“there shall not be upon”であるそうです。女性に対して禁止されている行為の範囲(virile “garment”の着用禁止に限られない。)の方が,男性に対するそれよりも広い。

King James’s Versionでは,“The woman shall not wear that which pertaineth unto a man, neither shall a man put on a woman’s garment: for all that do so are abomination unto the LORD thy God.”と訳されています。

申命記第22章第5節の立法趣旨としては,①淫行(illicit sexual activity)をする目的で男(女)性が女(男)装して専ら女(男)性のグループに立ち交じることの禁止,②異性装は偶像崇拝教の儀式として行われるものであるからという理由による禁止(筆者の手許のHerder社のEinheitsübersetzung版には「衣裳交換は,カナンの固有信仰において一の役割を演じていた。」との註が付されてあります。),③分かれてあるべきものとして神が作ったものを混ぜ合わせることの禁止,④更に壮大に,神による一連の分離の業によって創造された世界がそれを支える各分界が不明瞭にされることによって混沌に陥ることを防止するための禁止,並びに⑤男女の区別及び性別による役割分担のシステムを保持するための禁止といったものが唱えられていることを紹介した上で,リプカ博士は,⑥女性に対する禁止の方が幅広いことから,同節前段の「女性に対する,男性性に結び付いたあらゆる物――恐らく,衣服,伝統的武器並びに男性の仕事及び活動に結び付いている道具が含まれる――を着用又は佩用することの禁止は,男性の(優越的な)社会的地位を守ろうとする努力の一環だったのではないか。男性性に係る附随物を女たちから遠ざけておくことは,女たちがその「適正な」社会的位地にとどまることを確保する一方法である。」とし,後段については,「この法の制作者らは,「女っぽい」と見られる衣裳を着用することを男たちに禁ずることによって,彼らが,その外見を通じて彼ら自身の男性性(masculinity)の土台を掘り崩すこと(undermining)を防止しようと試みているのである。」と述べています。男性性を保護するため(Protecting Manhood”)ということですから,女性からの(潜在的)脅威の前に,男性らは兢々として防備を巡らしていたということになるようです。

女神の男装及び武装を是認する我がおおらかな神話の世界に比べると,せせこましい。

 

 天照大神〔中略〕(すなはち)(みかみを)(みづらと),縛(みもを)爲袴,〔略〕又(そびらに)千箭(ちのり)()(ゆきと)五百箭(いほのり)()(ゆき)(ひぢに)稜威(いつ)()高鞆(たかともを),振起(ゆはずを)急握劍柄(たかみを),蹈堅庭(かたにはを)而陷(むかももを),若沫雪(あわゆきの)蹴散(くゑはららかし),奮稜威(いつ)()雄誥(をたけびを),發稜威(いつ)()噴讓(ころひを)〔後略〕

 (日本書紀巻第一神代上〔第六段〕正文)

 

2 禮記:郊特牲第十一及び内則第十二

 ユーラシア大陸の東部に目を転ずると,禮記の郊特牲第十一には次のようにあります。

 

  男女有別。然後父子親。父子親然後義生。義生然後禮作。禮作然後萬物安。無別無義。禽獸之道也。

  男女別有りて,然る後に父子親しむ。父子親しみて,然る後に義生ず。義生じて,然る後に礼(おこ)る。礼(おこ)りて,然る後に万物安し。別無く義無きは,禽獣之道也。

 

 「男女有別」の意味は,正統的には,「男女は礼をもって交わるべきで,みだりになれ親しんではいけない。また,男と女とでは,守るべき礼式に区別があること」と解すべきもののようです(『角川新字源』(第123版・1978年)669頁)。しかし,原典においては続けて「然後父子親」とあるので,民法(明治29年法律第89号)などに親しんで,法律上の父子親子関係成立の難しさを知ってしまった法律家としては,ここでの「男女有別」を,「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。」との嫡出推定規定(民法7721項)が働く前提となる状態を示すものとひねって解したくなるところです。

我が民法7721項の嫡出推定規定の正当化根拠は「妻ハ稀ニ有夫姦ヲ犯スコトナキニ非スト雖モ是レ幸ニシテ例外中ノ例外ナル」ことだとされています(梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編(第22版)』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年)240頁)。ということであれば,「男女有別」は妻による有夫姦を防止するための策ということになります。制度的にはどのように発現するかといえば,物理的隔離でしょうか。禮記の内則第十二にいわく。

 

  禮始於謹夫婦。爲宮室。辨外内。男子居外。女子居内。深宮固門。寺守之。男不入。女不出。

  礼は夫婦を謹むに始まる。宮室を(つく)りて,外内を辨じ,男子は外に居り,女子は内に居り,宮を深くし門を固くし,閽寺(こんじ)宮刑に処せられ門番をする者〕之を守り,男は入らず,女は出でず。

 

 またいわく。

 

  男不言内。女不言外。非祭非喪。不相授器。其相授則女受以。其無。則皆坐。奠之而后取之。外内不共井。不共。不通寝席。不通乞假。男女不通衣裳。内言不出。外言不入。

  男は内を言はず,女は外を言はず。祭に非ず喪に非ざれば,器を相授けず。其の相授くるには則ち女は受くるに()〔竹製の方形のかご〕を以てす。其の篚無きときは,則ち皆坐して,之を()きて而して后に之を取る。外内井を共にせず。(ひょく)浴〔湢は浴室〕を共にせず。寝席を通ぜず。乞仮を通ぜず。男女衣裳を通ぜず。内言出でず,外言入らず。

 

「不通寝席。不通乞假。男女不通衣裳。」の部分は,「寝るための筵を共用せず,物を貸し借りせず,衣裳を共用しない。」ということであるとされています(任夢渓「『礼記』における女性観――儒教的女子教育の起点――」文化交渉・東アジア文化研究科院生論集(関西大学)4103頁)。「不通」が,衣裳を共用しない,という意味であれば,男性が自己専用の女性用衣裳を着用し,女性が自己専用の男性用衣裳を着用することのみであれば,男女の出会いの機会を芟除(さんじょ)せんとするここでの禁止には直接抵触しないもの()(無論,男性が女装して女性の間に立ち交じり,女性が男装して男性の間に立ち交じるということは当然禁止でしょう。)。

なお,余談ながら,男女有別であるから,男女の性別に係る性を表わす英単語は,人に生まれながら備わっている心を表わす趣旨のもの(「性」を分解すると,「生」及び「心(忄)」となります。)ではなく,sexであるのでしょう。sexはラテン語のsexus(第四変化の男性名詞)に由来し,“sexus”は,「切る,切り分ける」という意味の動詞である“secare”(一人称単数直説法現在形は“seco”)に由来するものです。したがって,合体というよりは,別居している様子(「男子居外。女子居内。」)がむしろふさわしい単語です。

 

3 東京違式詿違条例62条等

 我が国では,「ざんぎり頭の唄」(ザンギリ頭をたたいて見れば,文明開化の音がする)がはやった風俗変動期の1873年(明治6年)に至って,その年8月に出された法令に次のようなものがあります。

 

  ○第131号(812日)〔司法省〕

  今般違式罪目左之(とおり)追加(そうろう)此旨(このむね)及布達(ふたつにおよび)候事(そうろうこと)

  第62条 男ニシテ女粧シ女ニシテ男粧シ或ハ奇(かい)ノ粉飾ヲ為シテ醜体ヲ露ス者

   但シ俳優歌舞(ママ)等ハ勿論女ノ着袴スル類此限ニ非ス

  ○第138号(827日)〔司法省〕

  当省第131号ヲ以テ相達候(あいたっしそうろう)違式罪目追加第62条文中粉飾ハ扮飾ノ誤ニ(そうろう)為心得(こころえのため)此旨(このむね)及布達(ふたつにおよび)候事(そうろうこと)

 

18738月といえば,その17日の閣議で西郷隆盛の朝鮮国派遣が決定されるという征韓論の盛んな時期でした。司法卿・江藤新平は,まだ下野していません。

 

  翌日,〔江藤新平は〕妾の小禄を屋敷によびよせた。小禄は婦人のくせに羽織をきてやってきた。

  〔江藤新平正夫人〕千代は,彼女の居間で小禄を引見したとき上座からひたい越しに小禄を見て,なによりもそのことにおどろいた。

 (女が,羽織を)

  ということであり,羽織とは男の用いるものだと千代は信じこんでいたが,東京はどうなっているのであろう。やがてのちに千代は例外があることを知った。江戸ではよほど以前から深川芸者が羽織を着ていたという。それをまねて他の場所の芸者や素人のあいだでもそれを着ることがあるという。しかし,このときは知らなかった。

 (司馬遼太郎『歳月』(講談社・1969年)129-130頁)

 

なお,明治6年司法省第131号布達で第62条が追加された先は,明治五年「十一月八日〔1872128日〕東京府布達ヲ以テ来ル十三日〔同月13日〕ヨリ施行」された明治五年十一月の司法省の違式詿違(かいい)条例です(施行地は東京府限りということになります。)前月の明治6年(1873年)719日太政官布告第256の違式詿違条例ではありません。当該明治6年太政官布告の違式詿違条例は布告文で「各地方違式詿違条例」であるものとされており,かつ,その第62条には詿違罪目の一として既に「酔ニ乗シ又ハ戯ニ車馬往来ノ妨碍ヲナス者」が掲げられていました。

ところで,東京の違式詿違条例の第62条は,規定の場所からは一見すると詿違罪目への追加であるかのようですが(同条例の原始規定においては,第29条から最後の第54条までは詿違罪目でした。),その追加の布達文を見ると,違式罪目となっています。「違式」と「詿違」とは何が違うかといえば,前者の方が後者よりも刑が重いのでした。すなわち,違式の刑は75銭より少なからず150銭より多からざる贖金の追徴(同条例1条)であったのに対して,詿違の刑の贖金の追徴額は655毛より少なからず125釐より多からざるものとされていました(同条例2条。ただし,1876613日の太政官東京警視庁宛達によって,5銭より少なからず70銭より多からざるに改められました。)。贖金は,18781021日の明治11年太政官布告第33号によって科料に改められています。無〔資〕力の者に対する「実決」は,違式の場合は10より少なからず20より多からざる笞刑であったのに対し,詿違の場合は1日より少なからず2日より多からざる拘留でした(同条例3条。ただし,1876914日の明治9年太政官布告第117号によって,違式については8日より少なからず15日より多からざる懲役に,詿違については半日より少なからず7日より多からざる拘留(ただし,適宜懲役に換えられることあり。)に改められました。その後明治11年太政官布告第33号によって,違式は5日より少なからず10日より多からざる拘留に,詿違は半日より少なからず4日より多からざる拘留に更に改められています。)。1876613日の前記達で加えられた第6条は弾力条項で「違式ノ罪ヲ犯スト雖モ情状軽キ者ハ減等シテ詿違ノ贖金〔科料〕ヲ追徴シ詿違ノ罪(ママ)ヲ犯スト雖モ重キハ加等シテ違式ノ贖金〔科料〕ヲ追徴スヘシ其犯ス所極メテ軽キハ()タ呵責シテ放免スル(こと)アルヘシ」と規定していました。

違式詿違条例の執行については,明治五年十月九日司法省伺同月十九日(18721119日)正院定に係る太政官の警保寮職制の第1条において,少警視・権少警視について「各大区ニ派出シ区中警保ノ事ヲ督シ警部巡査ヲ監視シ違式以下ノ罪ヲ処断ス其決シ難キモノハ決ヲ大警視ニ取ル」と,大警視・権大警視について「各府県ニ派出シ管下警保ノ事ヲ監督シ少警視及警部巡査ヲ総摂シ違式以下ノ罪決シ難キヲ処断ス」と定められていました(下線はいずれも筆者によるもの)。187541日から施行された行政警察規則(明治8年太政官達第29号)の第2章「警部勤務ノ事」の第7条には「違警犯人ハ其犯状ヲ按シ違警条目ニヨリ処断シテ後長官ニ具申シ其疑按アルモノハ長官ノ指揮ヲ受ケテ処分スヘシ」と規定されていました。裁判所を煩わすまでもない,ということでした。後の有名な違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)の(さきがけ)です。

東京の違式詿違条例62号の罪に該当する罪は明治6年太政官布告第256号にはなかったのですが,当該太政官布告の布告文には「但地方ノ便宜ニ依リ斟酌増減ノ(かど)ハ警保寮ヘ可伺(うかがいい)(づべく)(かつ)条例掲示ノ儀モ同寮ノ指揮ヲ可受(うくべき)(こと)」とされていたので,各地で追加が可能でした。例えば,大分県では1876年の警第35号違式詿違云々達により187711日から女装・男装行為が詿違の罪に加えられています(春田国男「違式詿違条例の研究―—文明開化と庶民生活の相克――」別府大学短期大学部紀要13号(1994年)46-47頁)。京都府では,1876102日の明治9年京都府布達第385号違式詿違条例52条において,東京の違式詿違条例62条の罪に相当する罪(ただし,「歌舞妓」ではなく「舞妓」)が違式の罪として定められていました(西村兼文『京都府違式詿違条例図解』(西村兼文・1876年))。187861日から施行の明治11417日栃木県乙第104号布達の栃木県違式詿違条例の第11条は,違式罪目の一として,「奇怪ノ扮装ヲ為シテ徘徊スル者」を掲げていました(平野長富編『栃木県違式詿違条例図解』(集英堂・1878年))。

東京の違式詿違条例(明治五年十一月・司法省)も各地方の違式詿違条例(明治6年太政官布告第256号)も,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の施行(188211日から(明治14年太政官布告第36号))によって消滅しました。旧刑法には東京の違式詿違条例62条の罪に相当する罪を罰する旨の規定は設けられていませんでした。

しかしながら,18778月に大木喬任司法卿から元老院に提出された旧刑法の法案においてはなお,異性装の罪が違警罪の一つとして全国的に処罰されるべきものとされていました。

 

 478. Seront punis de 5 sens à 50 sens d’amende:

  ………

  16° Les hommes ou femmes qui, hors des théâtres, se seront montrés en public avec des vêtements d’un autre sexe que le leur;

(第478条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ5銭以上50銭以下ノ科料ニ処ス

  〔略〕

(十六 演劇外ニ於テ異性ノ者ノ衣裳ヲ着シテ公然現レタル男又ハ女)

  (Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice, le 8e mois de la 10e année de Meiji. (Kokubunsha, Tokio, 1879) pp.158-159

 

 これは,ボワソナアドのフランス語でしょう(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114-115頁)。

 ボワソナアドは,旧刑法施行の4年余の後に印刷されたProjet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire” (Tokio, 1886)(「大日本帝国刑法典の註釈付き再訂草案」)において,なおも異性装の罪を設けるべきものとしています。しかも18778月案におけるものよりも刑が重くなっています。

 

  486. Seront punis de 1 à 3 jours d’arrêt et 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

    ………

    4° Les hommes ou femmes qui, hors des théâtres ou des fêtes autorisées, se seront montrés en public avec des vêtements d’un autre sexe que le leur;

  (第486条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ1日以上3日以下ノ拘留及ヒ50銭以上150銭以下ノ科料又ハ両刑中一方ノミニ処ス

    〔略〕

(四 演劇又ハ公許ノ祭礼外ニ於テ異性ノ者ノ衣裳ヲ着シテ公然現レタル男又ハ女)

  Boissonade, pp.1269-1270

 

品位及び良俗に反する(contre la Décence et les Convenances Publiques)違警罪に分類されています(Boissonade, p.1269)。

司法省レヴェルではともかくも,その上部での,「男ニシテ女粧シ女ニシテ男粧シ或ハ奇(かい)ノ扮飾ヲ為シテ醜体ヲ露ス者(但シ俳優歌舞妓等ハ勿論女ノ着袴スル類此限ニ非ス)」ぐらいの行為は,やっぱりいちいち罰しなくてもよいよ,との我が国政府のさばけた判断に対して,フランス人ボワソナアドは随分生真面目に頑張っていたわけです。

異性装規制は,そもそも,我が国の伝統に根ざしていなかったということでしょうか。西洋人辺りから言われてつい導入しただけのものだったのでしょうか。

確かに,東京違式詿違条例62の構成要件をよく見ると,「(A)(α)男ニシテ女粧シ,(β)女ニシテ男粧シ,或ハ〔又は〕(γ)奇恠ノ扮飾ヲ為シテ,〔その結果〕(B)醜体ヲ露ス者」ですから,Aのみでは不足で,AかつB(醜体)でなければならず,更にAのうちα及びβは,あるいはγの例示にすぎないもののようにも思われます。(「醜体」は,警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)32号の「醜態」に係る大判大2123刑録191369号によれば「公衆ヲシテ不快ノ念ヲ抱カシムヘキ風俗即チ醜体」(伊藤榮樹(勝丸充啓改訂)『軽犯罪法 新装第2版』(立花書房・2013年)161頁(注2)における引用による。)ということになるようです。なお,東京違式詿違条例中の「醜体」仲間には,いずれも違式罪目として「裸体又ハ袒裼(たんせき)〔かたぬぎ・はだぬぎ〕シ或ハ股脚ヲ露ハシ醜体ヲナス者」(第22条)及び「男女相撲並蛇遣ヒ其他醜体ヲ見世物ニ出ス者」(第25条)がありましたが(註1),これらも旧刑法の違警罪からははずれています。ただしその後,警察犯処罰令32号で「公衆ノ目ニ触ルヘキ場所ニ於テ袒裼,裸(てい)〔裎も「はだか」〕シ又ハ臀部,股部ヲ露ハシ其ノ他醜態ヲ為シタル者」の形での復活があったわけです(すなわち,「醜態」であれば,「袒裼,裸裎シ又ハ臀部,股部ヲ露ハ」すもの以外の行為でも該当する建前である構成要件です。)。)要は見苦しさ(醜体)の有無の問題であって(脱衣の場合は東京違式詿違条例22条,着衣の場合は同条例62条),申命記22章第5節的な深刻な背景はなかったようでもあります(井上清『日本の歴史20 明治維新』(中央公論社・1966年)213頁においては,違式詿違条例の罪目は「およそ考えつくかぎりの,当時の役人の感覚で無作法あるいは見苦しい,他人の迷惑となる事項の禁止条項」であると評されています。)。これに対して,旧刑法18778月フランス語案47816号及びボワソナアド案4864号では,Bの要件抜きに,かつ,異性装と関係の無いγは排除して,α又はβのみの充足で直ちに犯罪成立ということになっていますから,異性装の端的な禁止規定としては,こちらの方が純化されています。(註2)(註3


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1 偽預言者

偽預言者というものがいます。

 

 Adtendite a falsis prophetis qui veniunt ad vos in vestimentis ovium, intrinsecus autem sunt lupi rapaces. (cf. Mt 7, 15)

(羊の衣を着て汝らの許に来たる偽預言者(falsus propheta)らに注意せよ,その内面において彼らは貪婪な狼なればなり。)

 

🐑の皮をかぶった狼🐺ですね。

偽預言者は社会の迷惑ですから,取り締まられねばなりません。その昔は,民衆の憎悪を一身に浴びて,極刑に処せられたことも多かったようです。春分の日以後最初の満月🌕の日後最初の日曜日の2日前の金曜日が近づく都度,かつての当該取締りの様子がどのようなものであったかが思いやられます🥚


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5781年のニサンの月の十五夜

 

2 旧刑法の違警罪及び警察犯処罰令

我が国近現代における取締法令としては,次のようなものがありました。

 

(1)旧刑法の違警罪

 

ア 構成要件及び刑

188211日施行(明治14年太政官布告第36号)の旧刑法(明治13717日太政官布告第36号)は,違警罪として,「流言浮説ヲ為シテ人ヲ誑惑シタル者」(同法42711号)及び「妄ニ吉凶禍福ヲ説キ又ハ祈禱符咒等ヲ為シ人ヲ惑ハシテ利ヲ図ル者」(同条12号)をいずれも1日以上3日以下の拘留又は20銭以上125銭以下の科料に処するものとしていました(同条柱書き)。

なお,「違警罪」とは何かといえば,刑法施行法(明治41年法律第29号)31条に「拘留又ハ科料ニ該ル罪ハ他ノ法律ノ適用ニ付テハ旧刑法ノ違警罪ト看做ス」とあります。

 

イ 語義

「流言浮説」とは「根もなき話である。即ち根拠なき風説である。」(司法省行刑局長塩野季彦『改訂増補警察犯処罰令釈義【附 改正違警罪即決例釈義】』(巌翠堂書店・1933年)84頁)ないしは「「ねなしごと」ヲイフ,根拠ナキ噂ノ意ニシテ真正ナルヤ否ヤ明カナラサル言説ナリ」と説かれています(刑事法学会編纂『改正違警罪即決例釈義 『附』警察犯処罰令釈義』(豊文社・1931年)警察犯処罰令釈義30頁)。

誑惑(きょうわく)」とは「あざむきまどわす」ことです(『角川新字源』(第123版・1978年))。あるいは「人ヲ「たぶらかし」テ思慮ヲ乱ス所為」です(刑事法学会30頁)。

(じゅ)」は「呪」です。「祈禱符咒」は,下記の司法省刑事局の1947年末軽犯罪法原案によれば「ごきとう,まじない」です。あるいは,祈禱は「いのり」,符呪は「のろい」(塩野88頁)。

()ハス(〇〇)とは人の心の平穏を害することである。」とされています(塩野89頁)。あるいは「人ヲ喜ハシメ又ハ悲マシメ以テ其ノ人ノ思慮ヲ乱スコト」です(刑事法学会32頁)。

 

ウ ボワソナアド

 

(ア)ボワソナアドによる旧刑法起草

 旧刑法は,フランスの法律家であるお雇い外国人・ボワソナアド作成の草案に基づくものです。1876年に「司法省では方針を大転換し〔それまで「日本側は編纂のイニシャティヴを自らの手に留保する方針」でした。〕,まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続きを何回かくりかえした後,最終案を作成するという手順にし」(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114頁),「翌〔明治〕10年に入って,前年の草案は論議し直され修正されて「日本刑法草案第2稿」(3473条)となり,さらに第4編違警罪の編纂も終了した。ボワソナアドによると,それは同年の7月のことである」(同115頁)ところ,18778月に司法卿から元老院に提出された刑法案のフランス語版が国立国会図書館デジタルコレクションにあります(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji)。

 

(イ)「狼少年」取締条項

 旧刑法42711号に対応する条項は,18778月案476条(同条に掲げられた者は,1日から3日までの拘留若しくは20銭から125銭の科料又はこれの併科によって罰せられる。)の第13号であって,同号には,“Ceux qui, par méchanceté ou plaisanterie, auront répandu la frayeur dans le public, ou réclamé, mal à propos, le secours des citoyens ou des agents de l’autorité, en faisant croire à danger qu’ils savaient ne pas exister”(「悪意から又はふざけて,公衆の間に恐怖を拡め,又は自らは存在しないと知っている危険があるものと信じさせて市民若しくは当局からの救援を時宜あしく要請した者」)が掲げられています(Projet 1877, pp.154-155)。旧刑法42711号よりもイメージを具体的に描くことができます。狼🐺少年対策ですね。

 1886年のボワソナアドの解説(Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire par Mr Gve Boissonade)によると,18778月案47613号は,人命(la vie des personnes)にもたらされる危険ゆえに設けられたものであって,特に悪質な事例として劇場で「火事だ」と叫ぶ場合が挙げられています(p.1258)。公共の安寧に対する(contre la sûreté publique)違警罪の一つです(Boissonade, p.1253)。

 

(ウ)「占い師及び魔法使い」取締条項

 旧刑法42712号に対応するのは,18778月案4776号です。同号によれば,“Ceux qui auront offert, pour un profit personnel, de conjurer des malheurs, d’attirer la félicité, de prédire l’avenir, de deviner les choses cachées ou d’interpréter les songes”(「私利のために,凶運を祓い,幸運を引き寄せ,未来を予言し,隠れたものを見抜き,又は夢を解くことを申し出た者」)は1日の拘留又は10銭から1円までの科料に処されます(Projet 1877, pp.156-157)。これは,日本語で読めば平凡な科学主義条項のようですが,慣れぬヨオロッパ語で読んでみると,(「私利のため」でなければよい,ということで抜け道があるのですが)古代ユダヤ教的ないしは中世キリスト教的な魔術🧹禁止・異教排斥の条項のように,筆者にはまず印象されてしまったところです。

 

  Nec inveniatur in te qui lustret filium suum aut filiam ducens per ignem aut qui ariolos sciscitetur et observet somnia atque auguria. Ne sit maleficus ne incantator, ne pythones consulat ne divinos et quaerat a mortuis veritatem. Omnia enim haec abominatur Dominus et propter istiusmodi scelera delebit eos in introitu tuo. (Dt 18, 10-12)

  (汝のうちに,その子女を火に導きて浄める者,又は占ひ師に尋ね,夢及び前兆を重んずる者なかるべし。妖術使ひ,魔法使ひあらざるべし,予言者又は卜占者に問ふこと,真実を死者らに求むることあるべからず。主はこれら全てを忌み嫌ふがゆゑなり。斯くの如き悪行のゆゑ,主は彼らを,汝の侵入とともに滅ぼさん。)

 

  Vir sive mulier in quibus pythonicus vel divinationis fuerit spiritus morte moriantur. Lapidibus obruent eos. Sanguis eorum sit super illos. (Lv 20, 27)

  (予言又は卜占の性ある男女は,死を以て除去せらるべし。投石を以て彼らを覆ふべし。彼らの血が彼らの上にあるべし。)

 

 しかし,1886年のボワソナアド解説によれば,18778月案4776号の罪は詐欺罪と境界を接するものであって,庶民の信じやすさ(crédulité populaire)を利用して少額の利益(minimes profits)を得るにとどまる限りにおいて,同号の軽い刑を科するをもって十分とするというものです(Boissonade, p.1267)。庶民の経済的利益を守るためのものです。宗教的浄化を目指すものではありません。近代的です。「私利のため」要件が効いています。公共の信用に対する(contre la confiance publique)違警罪の一つです(Boissonade, p.1265)。

18778月案提出後もボワソナアドは同案4776号の構成要件に修正を加えており(ただし,旧刑法制定過程におけるボワソナアドの関与については,「〔草案は,1877年〕1128日,司法省から太政官に「日本刑法草案」(4478条)として上呈された。以上で草案は司法省の手をはなれ,またこの段階でボワソナアドの関与も完了するのである。」と伝えられています(大久保115頁)。),1886年本で披露された構成要件は“Ceux qui auront joué le rôle de devins ou sorciers, en offrant, pour un profit personnel, de conjurer ou d’appeler des malheurs, d’attirer ou d’éloigner la félicité, de prédire l’avenir, de deviner les choses cachées ou d’interpréter les songes; sans préjudice des peines de l’escroquerie, s’il y a lieu”(「私利のために,凶運を祓い若しくは招き寄せ,幸運を引き寄せ若しくは遠ざけ,未来を予言し,隠れたものを見抜き,又は夢を解くことを申し出て占い師又は魔法使いとして振る舞った者。ただし,詐欺罪の成立を妨げない。」)となっていました。占い師又は魔法使い(devins ou sorciers)というと,ますますヨオロッパのおとぎばなしめいてくるのですが,これはかえって当該構成要件の充足を難しくするものでしょう。

 

(2)警察犯処罰令

 

ア 構成要件及び刑

1908101日から旧刑法が廃止され(刑法(明治40年法律第45号)上諭4項及び3項並びに明治41年勅令第163号),その後は警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号。194853日から廃止)が,「人ヲ誑惑セシムヘキ流言浮説又ハ虚報ヲ為シタル者」(同令216号),「妄ニ吉凶禍福ヲ説キ又ハ祈禱,符呪等ヲ為シ若ハ守札類ヲ授与シテ人ヲ惑ハシタル者」(同条17号),「病者ニ対シ禁厭,祈禱,符呪等ヲ為シ又ハ神符,神水等ヲ与ヘ医療ヲ妨ケタル者」(同条18号)及び「濫ニ催眠術ヲ施シタル者」(同条19号)をいずれも30日未満の拘留又ハ20円未満の科料に処するものとしていました(同条柱書き)。

警察犯処罰令は,旧刑法の違警罪規定に比べて(ボワソナアド草案はいわずもがな),偽預言者取締りのためには進歩したものとなっています。

なお,愛知県神道一致会の『宗教法令抜萃』(1936年)は,警察犯処罰令からは21号,3号,9号,17号,18号,28号及び33号を掲載していましたが,同条16号及び19号はそこには含まれていません(25-26頁)。警察犯処罰令21号は「合力,喜捨ヲ強請シ又ハ強テ物品ノ購買ヲ求メタル者」,同条3号は「濫ニ寄附ヲ強請シ又ハ収利ノ目的ヲ以テ強テ物品,入場券等ヲ配付シタル者」,同条9号は「祭事,祝儀又ハ其ノ行列ニ対シ悪戯又ハ妨害ヲ為シタル者」,同条28号は「濫ニ他人ノ標燈又ハ社寺,道路,公園其ノ他ノ公衆用ノ常燈ヲ消シタル者」及び同条33号は「神祠,仏堂,礼拝所,墓所,碑表,形像其ノ他之ニ類スル物ヲ汚瀆シタル者」をそれぞれ罰していました。

 

イ 語義

「虚報」は「真実ならざる報知である」ものとされています(塩野84頁)。

(きん)(よう)」も「しずめる。はらう。」という効果の「まじまい」となるようです(『角川新字源』「厭」及び「禁」の項参照)。警察犯処罰令218号の適用については「禁厭ト符呪トハ異例ノ行為ニ非ス」して,「行為カ禁厭ニ該ルヤ将符呪ニ該ルヤヲ確定スヲ要スルモノニ非ス苟モ厭勝呪詛ノ行為ニ属スルモノ」には同号の適用があってよい,とする法曹会決議があったそうです(塩野88-89頁)。「(よう)(しょう)」とは「まじないをして相手をうち負かす。」との意味です(『角川新字源』)。

「神符神水」については「神ノ加護ノ籠リタルモノ例ヘハ神前ニ供シタル米,水等ノ如シ」との説明があります(刑事法学会33頁)。「神符は水天宮の御符とか不動尊の御符と云ふが如く又神水とは薬師如来のお水とか天理教のお水と云ふが如し。」とのことです(塩野91頁)。ただし,神ノ加護がこもっていても「永ク神前ニ供ヘ置キタルモノヲ用フルトキハ往々衛生上有害ナル結果ヲ生スルコトアリ」とのことです(刑事法学会33頁)。

同様に「みだり」と訓みつつも,警察犯処罰令217号では「妄」,同条19号では「濫」の字が用いられていますが,前者については「でたらめ。思慮分別もなく。妄言。」と,後者については「しかるべき範囲からあふれ出る意で,行きすぎ。濫刑。濫賞。」と説明されています(『角川新字源』「同訓異義」)。「()()は行為の不法性を意味し,()()は行為に根拠なきを意味す。」ということです(塩野87頁)。

 

ウ 流言浮説又は虚報の罪の危険犯化

旧刑法42711号と警察犯処罰令216号とを比較すると,前者は誑惑の結果発生を必要とするのに対して,後者は当該結果の発生までを必要としない危険犯となっています。保安警察上の取締りです(塩野84頁)。ただし,「流言浮説又は虚報を為しても之が単純な滑稽的戯言に過ぎないものは罪とならぬ。」とされています(塩野85頁)。「明日正午天ヨリ黄金降リ来ルヘシトイフカ如キ何人モ一笑ニ附シ去ルカ如キ」ものでしょう(刑事法学会30頁)。

しかし,“Impletum est tempus et adpropinquavit regnum Dei!”との叫び(cf. Mc 1, 15)は,滑稽的戯言として一笑に付し去り得るものか否か。神の国(regnum Dei)と黄金の雨とを一緒にしてよいものかどうか。“Amen dico vobis, quoniam non transiet generatio haec donec omnia ista fiant. Caelum et terra transibunt, verba autem mea non transibunt.”との,すなわち「お前らの生きているうちにこの天も地も消え去るのだ(Caelum et terra transibunt)。」との切迫した警告(cf. Mc 13, 30-31)も,お笑いの種にすぎぬのか。

 

エ 図利目的不要となった,妄りに吉凶禍福を説く等によって人を惑わす罪

また,旧刑法42712号では必要であった図利目的が,警察犯処罰令217号では不要となっています。「吉凶禍福を説き祈禱,符呪を為し又は守札類を授与することは古来神官,僧侶,易者等の行ふ所である,此等は宗教上の信仰心に訴へ若くは哲学的窮理に則り世人を救済するに在るが故に之を取締る必要はない。然し宗教的にも哲学的にも何等教養なき者が人の弱点に乗じ迷信を利用し妄に之を行ひて人を惑はすものもあるから之を取締る必要を見るのである。」と説かれています(塩野87頁)。すなわち「人ノ迷信ヲ利用シ易占,祈禱,符呪等ニ依リ人心ヲ惑乱セシメントスルヲ取締ル為メ」のものです(刑事法学会32頁)。

「教理又は窮理に基きて為すは妄にあらず。人を惑はすと雖も妄ならざるときは罪と為らぬ」そうであり(塩野87頁),「教理,教典等相当ノ理由ニ基クモノハ妄ニトイフコトニ当ラサル」ことになるそうです(刑事法学会32頁)。また,「姓名により禍福を説くは古来選名等洽く行はるゝ所直に無稽なりと云ふを得ず。」とされています(塩野87頁)。であると,偽預言者に宗教的若しくは哲学的な何らかの教養があり,又はその説くところに既存の哲学若しくは宗教からする何らかのもっともらしい論証若しくは権威付けがある場合には取締対象外になりそうです。昔からあることをその枠内で繰り返しているうちはよいのだということでしょうか。独創性ある教祖的人物があぶない。

 

Et stupebant super doctrina eius, erat enim docens eos quasi potestatem habens et non sicut scribae. (cf. Mc 1, 22)

(んで,みーんなやつの講釈にびっくらこいちゃったんだ。ちゅうのは,やっこさん,何が正しいか正しくないかは自分が決めるちゅうようなぶっとんだ態度でみんなに講釈ばたれよって,ちゃーんと勉強した学者さま・お坊さま方の言いなさり方とは全然違っておったからのぉ。)

 

「妄ニ吉凶禍福ヲ説キ」の例として「玄関井戸雪隠ノ位地方角ヲ云為シ以テ凶事アリト為シ,毎朝店先ニ砂ヲ撒ケハ商売繁昌疑ヒナシト説ク」ことが挙げられています(刑事法学会32頁)。

 

オ 病者に対する禁厭等により医療を妨げる罪

警察犯処罰令218号の「医療ヲ妨ケタル」については,「必ずしも医療中に在ると否とを問はない。積極的に相手方の医療を受くることを制止するは勿論のこと祈禱又は御符を受けたるに依り相手方が自ら医療を廃したる場合も包含す。而して犯人は必しも悪意なるを要せず,善意且無償の場合にても本犯を構成す。職業的なると否とは固より問ふ所でない。」と説かれています(塩野91-92頁)。判例は,「特殊ナル医療妨礙ノ結果ヲ発生セシムルコト」,「現実ニ医療妨礙ノ結果ヲ生ズルコト」を不要としています(塩野92-93頁)。そうであれば「病者ニ対シ禁厭,祈禱,符呪等ヲ為シ又ハ神符,神水等ヲ与ヘ医療ヲ妨ケタ」以上は,当該病者の病気が治っちゃった場合も有罪になるのでしょうか。

 

… autem misertus eius extendit mamum suam, et tangens eum ait illi: “Volo mundare!”

Et cum dixisset statim discessit ab eo lepra et mundatus est. Et comminatus ei, statim eiecit illum et dicit ei: “Vide nemini dixeris!” (cf. Mc 1, 41-44)

 

この場合,某教祖が病者に手を触れつつ「われ浄めん。」と祈禱したところ,たちどころに病気がめでたく治ってしまっていますが,なぜか当該祈禱者は当該治癒者をおどしあげ置いた上で直ちに追い出し,「誰にも言わないようにしろ。」と口封じをしています。警察犯処罰令218号違反で29日間も拘留されることを恐れたものでしょうか(違警罪については,違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)によって,裁判の正式を用いずに警察署長若しくは分署長又はその代理たる官吏限りで即決ができました。)。

衛生警察上のみならず風俗警察上取り締まる必要があることから,警察犯処罰令218号は設けられたものとされています(塩野90頁)。病気治療等を口実に,みだりに信者におさわりなどをしてはいけないのでしょう。

 

カ 催眠術の罪

警察犯処罰令219号の「催眠術」については「人の精神に一種の観念を与へ所謂催眠現象を誘発して人格を一時的に転換せしむる術である。術は手段方法である,観念を統一させる手段として視覚聴覚若くは触覚を利用して観念の統一に導く為に色々の方法を採る,方法は単純単調であるから何人にも出来る。之により被術者に潜在意識を与へ二重人格を作り不可思議なる行為を現出せしむるから濫用の虞れがある。」とされ(塩野95頁),「施ス」については「催眠術の方法を他人に実行することである。実行すれば足り未だ催眠現象を現はさゞるも本犯は成立す。術の未熟なる場合も罰せられる。」とされています(同)。「催眠術」により誘発される催眠現象は「一時的」なものとされ,かつ,催眠術の方法の実行即犯罪成立ということですからその「方法」はいかにも催眠術的な特定のものに限定されるようです。「催眠(ママ)」は「人為的方法ニ依リテ催起セラルル神経系統ノ特別状態(昏睡,喪心等)ヲ総称」するもので,「小催眠状態」が「単ニ昏睡,麻酔,麻痺ト眼瞼ノ遅鈍カ感セシメ」られた状態,「大催眠状態」が「運動不随,昏睡,睡遊」の3状態であり,その状態をもたらす方法としては「人ノ意識ヲ集注」すること及び「暗示」があるものとされています(刑事法学会34頁)。いわゆるマインドコントロールは,「催眠術」といい得たものかどうか。

なお,警察犯処罰令219号の罪については,「近来催眠術の流行につれ之を濫用する者あるを以て之を取締る必要がある。」と述べられています(塩野94-95頁)。警察犯処罰令施行の翌年(1909年)6月に出た森鷗外の『魔睡』において,法科大学の大川渉教授の美貌の夫人が,磯貝(きよし)医師によって濫りに催眠術を施される被害を受けていところです。大川夫妻は泣き寝入りしました。法典にありがたく罰則規定があっても,それだけで直ちに悪が滅び去るわけではありません。

 

ちなみに,『魔睡』の磯貝医師のモデルには,三浦謹之助医科大学教授が擬せられていたそうです(一柳廣孝『催眠術の日本近代』(青弓社・2006年)133頁)。

この三浦教授は,『魔睡』ないしは警察犯処罰令219号関係で名前が出されてしまって迷惑を被っているのですが,覚せい(﹅﹅)剤取締法(昭和26年法律第252号)211号との関係でも名前が出て来てしまう人物です。すなわち,フェニルメチルアミノプロパン含有の覚醒剤である大日本製薬の「ヒロポン」の開発(1941年)に三浦は関与していたからです(西川伸一「戦後直後の覚せい剤蔓延から覚せい(﹅﹅)剤取締法制定に至る政策形成過程の実証研究」明治大学社会科学研究所紀要571号(201810月)3頁)。実験の一環として,三浦は自分でも覚醒剤を使っちゃっています(佐藤哲彦「医学的知識の構成について―「覚せい剤研究」の転換―」文学部論叢(熊本大学)60号(19983月)21頁)。

三浦は,規制が強化されつつも覚醒剤がなお合法であった時期の1949113日に文化勲章を受章し,他の受賞者ら(津田左右吉,志賀直哉,谷崎潤一郎ら)と共に昭和天皇から同日午餐の御陪食を賜わる栄に浴しています(宮内庁『昭和天皇実録 第十』(東京書籍・2017年)927頁)。三浦は昭和天皇が皇太子時代にヨオロッパを訪問した際(1921年)の供奉員でしたから(宮内庁『昭和天皇実録 第三』(東京書籍・2015年)15頁),天皇の御前といえども受賞者中一番くつろいでいたことでしょう。しかし,当該午餐の前月18日には「警視庁,少年ヒロポン患者の取締を命令(ヒロポン禍,問題化)」ということでしたので(『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年)374頁),あやうい受賞タイミングでした。(なお,少年ヒロポン患者を取り締まるのは,彼らをヒロポン中毒から救うためというよりも,彼らの行う犯罪からの社会防衛のためでした。)

――と書いているうちに筆者得意の脱線ですが,日本放送協会の「NHK放送史」ウェブサイトに文化勲章を受章した志賀直哉のインタビューの記録があって,文化勲章については「まあ,感想として別にね,あの,ありません」であって,他方仕事については,「仕事はね,正月号が行き詰まって,エンコしてんです(笑い)」ということでした。で,志賀直哉のいう当該正月号の一たる『文藝春秋』19501月号のために,志賀の同業者でこちらはヒロポン濫用に堕ちていた坂口安吾(文化勲章とは無縁のまま1955年に死亡)は,ヒロポン流行の当時の世相とそこから触発された自己の思考とを書いています。いわく,「伊豆の伊東にヒロポン屋というものが存在している。旅館の番頭にさそわれてヤキトリ屋へ一パイのみに行って,元ダンサーという女中を相手にのんでいると,まッ黒いフロシキ包み(1尺四方ぐらい)を背負ってはいってきた二十五六の青年がある。女中がついと立って何か話していたが,二人でトントン2階へあがっていった。/3分ぐらいで降りて戻ってきたが,男が立ち去ると,/「あの人,ヒロポン売る人よ。一箱100円よ。原価六十何円かだから,そんなに高くないでしょ」/という。東京では,120円から,140円だそうである。/ヒロポン屋は遊楽街を御用聞きにまわっているのである。最も濫用しているのはダンサーだそうで,皮下では利きがわるいから,静脈へ打つのだそうだ。/「いま,うってきたのよ」/と云って,女中は左腕をだして静脈をみせた。五六本,アトがある。中毒というほどではない。ダンサー時代はよく打ったが,今は打たなくともいられる,睡気ざましじゃなくて,打ったトタンに気持がよいから打つのだと言っていた。/この女中は,自分で静脈へうつのだそうだ。」,「病院へいって治せるなら,すぐにも,入院したいと思う。又,事実,中毒というものは持続睡眠療法できわめてカンタンに治ってしまう。鉄格子の部屋へいれて,ほッたらかしておいても,自然に治る。けれども,カンタンに治してもらえるというのは,カンタンに再び中毒することゝ同じことで,眠りたいから薬をのむ,中毒したから入院する,まことに二つながら恣意的で,こうワガママでは,どこまで行っても,同じくりかえしにすぎない。/この恣意的なところが一番よく似ているのは宗教である。中毒に多少とも意志的なところがあるとすれば,眠りたいから催眠薬をのみたい,苦しいから精神病院へ入院したい,というところだけであるが,人が宗教を求める動機も同じことだ。どんな深遠らしい理窟をこねても,根をたゞせば同じことで,意志力を失った人間の敗北の姿であることには変りはない。/教祖はみんなインチキかというに,そうでもなく,自分の借金の言い訳はむつかしいが,人の借金の言い訳はやり易いと同じような意味に於て,教祖の存在理由というものはハッキリしているのである。/教祖と信徒の関係は持ちつ持たれつの関係で,その限りに於て,両者の関係自体にインチキなところはない。たゞ意志力を喪失した場合のみの現象で,中毒と同じ精神病であるところに欠点があるだけだ。/麻薬や中毒は破滅とか自殺に至って終止符をうたれるが,宗教はともかく身を全うすることを祈願として行われているから,その限りに於て健全であるが,ナニ麻薬や中毒だって無限に金がありさえすれば,末長く酔生夢死の生活をたのしんでいられるはず,本質的な違いはない。両者ともに神を見,法悦にひたってもいられるのである。」と(「安吾巷談 麻薬・自殺・宗教」)。

おはなしは,偽預言者に戻ってきたようです。

 

キ 警察犯処罰令の法形式について

罪刑法定主義もあらばこそ(大日本帝国憲法23条参照),法律ならざる内務省令で犯罪構成要件及びその刑を定めるということが可能であったことについては,大日本帝国憲法9(「天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス」)及び明治23年法律第84(「命令ノ条項ニ違犯スル者ハ各其ノ命令ニ規定スル所ニ従ヒ200円以内ノ罰金若ハ1年以下ノ禁錮ニ処ス」。題名のない法律です。)を参照(また,佐藤幸治「創刊時はしがき」(三省堂『デイリー六法』)参照)。

しかし,日本国憲法下ではさすがに省令のままではまずいので,昭和22年法律第72号(これも題名のない法律です。)1条及び1条の4によって,警察犯処罰令は法律のステータスにまで暫時上昇します(194852日まで)。

 

(3)違式詿違条例及び軽犯罪法における欠缺

なお,警察犯処罰令216号から19号までの構成要件に対応する構成要件は,旧刑法の前の違式詿(かい)違条例(明治6719日太政官布告第256号)にも,194853日以降の軽犯罪法(昭和23年法律第39号。同法附則2項により警察犯処罰令を廃止)にもありません(伊藤榮樹原著=勝丸充啓改訂『軽犯罪法(新装第2版)』(立花書房・2013年)24-25頁)。(ただし,明治6太政官布告第256号は地方向けに違式詿違条例の雛型を示すものでもあったので,違式詿違条例については,地方によって異同があり得ます。)

司法省刑事局における1947年末における軽犯罪法案の原案においては,「人を惑わすような虚偽の事実を流布した者」及び「みだりに吉凶禍福を説いて人に不安の念をいだかせ,又はみだりにごきとう,まじないなどをし,若しくは守札,神水などを与えて傷病者が医療を受けることを妨げた者」を拘留又は科料に処する旨の構成要件(同案15号及び28号)がなお残されていました(伊藤=勝丸7-8頁)。これらの構成要件がその後結局削られたのは,「主として連合国軍総司令部(GHQ)からの修正要請等を容れた結果によるものと思われる」とされています(伊藤=勝丸9頁)。

 

3 現代の懸念

 警察犯処罰令の当該条項が消えたことによって,現在の我が国では偽預言者の取締りが難しくはなってはいないでしょうか。

 次のような偽預言者の登場が懸念されます。

 

Propheta venit dicens: “Quoniam impletum est tempus continentiae officialis, paenitemini et tollite integumenta oribus vestris! Mittite metum irrationalem coronavirorum! Filioli, quam difficile est confidentes in integumentis regnum deorum introire. Facilius est coronavirus per foramen integumenti transire quam divitem intrare in regnum deorum.”

Multa turba secuta est eum.

 

 偽預言者などというものは,権威めかして,先例を模倣し,稚拙な死語・古典語を幼稚に振り回すので困ったものです。警察犯処罰令217号対策でしょうか。

 拙訳を試みましょう。しかし,ところどころ理解不能のところがありますので,いわゆる超訳となります。

 

   預言者がやって来て言う。「雪隠詰め喰らうのはもう終わりじゃ。お前さん方,ちいと考え直せや。おぅ,顔を見せいや。はやりの何かね。バカな心配事などよしにせいや。皆の衆,顔を隠してウジウジしちょると,ええ思いはできんぞ。金持ちがええ思いするのは簡単じゃが,役に立たん物を笑いとばすのはもっと簡単じゃ。」

   愚かな人々が彼に従った。

cf. Mc 1, 15; 10, 24-25; 3, 7

 

 偽預言者及びその有象無象のお下品な追随者は社会に迷惑を及ぼします。良識ある市民及び行政当局は,毅然とした対応を執らなければなりません。

 

Tunc accesserunt ad eum ab Tocyone scribae et pharisaei dicentes: “Quare discipuli tui transgrediuntur traditionem seniorum? Neque enim lavant manus suas cum oryzam manducant, neque tegunt os suum integumento in foro.”

     Ipse autem respondens ait illis:

 

       Hypocritae, bene prophetavit de vobis Bendasan dicens: “Populus hic labiis traditionem patriae honorat. Cor autem eorum longe est a patria sua; sine causa autem colunt patriam conclusam docentes doctrinas mandata virorum flavorum ferorumque.”

Omnis plantatio salutaris quam non plantaverunt dei patriae caelestis eradicabitur.

Sed sinam vos doctores fallaces stultosque.

Caeci sunt duces caecorum. Caecus autem si caeco ducatum praestet, ambo in foveam cadunt.

Non lotis autem manibus manducare non coinquinat hominem.

Non tectis naribus spirare non vulnerat valetudinem hominis.

 

     Illi aiunt scandalizati: “Ecce homo devorator et bibens vinum, amicus peccatorum et coronavirorum! Hunc invenimus subvertentem gentem nostram et prohibentem os tegi integumento. Populum per terram nostram movet. Ministri publici, tollite hunc! Crucifigite, crucifigite eum!”

 

   そして,大きなまちから良識ある人たちが偽預言者のところにやって来て,苦情を言う。「先生,どうして先生のお弟子さんたちには,他の人たちのように,ちゃんとした生活様式を守っていただけないのでしょうか。食事中や人混みの中でのマナーを守っていただかないと,私ども困惑してしまいます。何よりも,弱い人たちの命が心配です。」

   こちらは買い言葉で言い返す。

 

     何じゃ,オタクのヘタレどもがきれいごとばかりをぬかしおって!確かにあんたらは,わしの知っている偉い人が前に言ったとおりじゃ。「上品な連中ちゅうのはな,愛する自分の国の実際がどうなっているかを現場からのデエタを広く丁寧に見て正しく理解してそこから有効な政策施策を考えなければいけません,理論や思い込みだけではいけません,と口では立派なことを言うんじゃ。だけど自分の国やわしらより,外国やそこの住人の方が上級上等じゃと思っとるんじゃ。頼まれもせんのに地球の裏側の人間の頭痛を疝気に病んで,雪隠詰め情態になってありがたがっておるんじゃ。」とな。

     わしらにはわしらのやり方生き方があるんじゃ。

     もう,ええ。御立派なあんたらとは,もう関わりたくないわ。

     御賢明御高潔なあんたら指導者に恵まれた,こちらも御賢明御高潔なあんたらの国民の将来は,ますます御発展御安泰なんじゃったよな。

     しかし,あんたらがどんなに御立派なことを言うたって,人間ちゅうのはいつか死ぬんじゃ。詰まらん作法を守る守らんなんぞ意味はないんじゃ。人は死ぬ死ぬ,死ぬべき齢になったら死ぬんじゃ。死ぬんじゃ。

 

良識ある人たちは,偽預言者につまずき,そして叫ぶ。「まあ,何という大食いの,大酒呑みの,意識の低い,差別心を持った不潔な男なんでしょう。この男は,この国の善良な市民の命に害をもたらすだけの恥ずべき存在です。信者連中にだらしない身なりをさせたまま,ぞろぞろ国中を徘徊させているのです。行政は何をしているのでしょう。この歩くハラスメントを何とかしてください。」と。

cf. Mt 15, 1-3; 15, 7-9; 15, 13-14; 15, 20 et Lc 7, 34; 23, 2; 23, 5; 23,18; 23,21.

 

 ハラスメント宣告は厳しい。心からの反省と謝罪と,更に社会からの一発退場✞とが必要です。さすがの偽預言者も参ってしまうでしょう。にわか信者らも,これではいけないと風を見て,蜘蛛の子🕷を散らしたように逃げ散ることでしょう。

しかし,落魄の偽預言者の最期は,それでも殊勝なものとなるでしょう。

 

     Postea sciens Propheta quia iam omnia consummata sunt ut consummaretur comoedia humana dicit: “Sitio.”

     Vas ergo positum erat aqua divina plenum. Illi autem spongiam plenam aqua hysopo circumponentes obtulerunt ori eius; necesse est distantiam socialitatis observare.

    Cum ore intecto non potuisset accipere Propheta aquam dixit: “Consummatum est.”

    Et inclinato capite tradidit spiritum per foramina minuta integumenti.

 

   それから預言者は,既に全てが終ってしまったことを知ったので,その多難の人生を完結させるために言った。「喉が渇いた。」と。

   ところで,神水で満たされた容器が置いてあった。彼らは水をたっぷり含ませたスポンジを木の枝に巻き付けて彼の口のところに持っていった。社会的距離は守られなければならない。

   預言者は,マスクを着けていたため水が飲めず,「おしまいだ。」とつぶやいた。

   そして,うなだれ,最後の息を,マスクの微細な穴を通して,吐いた。

cf. Io 19, 28-30

 

 神水だからとて,警察犯処罰令218号の罪の成立いかんを云々するのは野暮でしょう🐇



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9 東京地方裁判所昭和61年8月25日判決(北大塚三丁目事件)

東京地方裁判所昭和61825日判決(判タ622243頁)の事案は,無線機について「スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている」状態にまでは至っていないもののように思われるのですが,免許を受けずに無線局を開設する罪の成立がそのような段階において認められています。当該判決に係る罪となるべき事実は,「被告人両名は,共謀のうえ,郵政大臣の免許も法定の除外事由もなく,昭和601129日午前620分ころ,東京都豊島区北大塚三丁目12号付近路上において,両名が乗車して走行途次の普通乗用自動車内に,無線機2台,増幅機3台,安定化電源2台(以上は昭和61年押第656号の12の一部),電源2組(3個)(うち1組⦅2個⦆は同符号の一部,1組⦅1個⦆は同押号の2)及び空中線4本(同押号の671011)を積載し,被告人らにおいて接栓(コネクター)を差し込んで接続しさえすれば直ちに2組の無線通信設備として電波の発信が可能な状態にこれを支配管理し,もつて無線局を開設したものである。」というものでした(被告人両名はそれぞれ懲役10月)。

当該事案においては,「スイッチを入れればすぐ電波が出る」どころではなくて,もたもたとまず「接栓(コネクター)を差し込んで接続」しなければ送信設備になりません。また,「無線機」だけのみならずわざわざ電源や空中線が別途挙げられていますので,この「無線機」は,「送信設備」(送信装置と送信空中線系とから成る電波を送る設備(電波法施行規則2135号))に至らぬ「送信装置」(無線通信の送信のための高周波エネルギーを発生する装置及びこれに付加する装置(同項36号))にとどまっていたものでしょうか。ちなみに,「送信空中線系」とは,「送信装置の発生する高周波エネルギーを空間へ(ふく)する装置をいう」ものとされています(同項37号)。北大塚三丁目事件におけるこれら各機材の所在状況を見ると,「後部座席上の木の枝に装着したアンテナ2本(昭和61年押656号の67),その下のカメラボックス1個(同12)及び後部座席上のショルダーバック1個(同1)」が車内にあったところ,当該「カメラボックス内の無線機器一式⦅同12⦆並びにショルダーバッグ内のバッテリーと同軸ケーブル⦅同2及び3⦆」及び「紙筒(同9)と在中のホイップアンテナ2本(同1011)」が更に発見されたということになっています。電波法78条及びそれを承けた電波法施行規則42条の2を見ても,空中線が取り外され,電源も接続されていない送信装置をもって,無線局としての運用が可能な状態を構成するものといってよいものかどうか。「罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」とは1981512日の参議院逓信委員会における田中眞三郎政府委員の答弁でしたが,司法当局はより大胆な解釈運用に踏み込んだ,と評価すべきものなのでしょう。安西溫元検事正は「例えば,空中線が展張されていない場合(擬似空中線が取設されている場合を含む),電力供給ができない場合(電源不接続等)や無線設備が包装されていてそのままでは操作できない場合は開設とはいえない。」としつつも,「しかし,空中線が展張されていなくても,それがすでに無線設備に接続されていて容易かつ即座に展張しうる状態にあるとか,電源に接続されていないコードが電源の直ぐ間近かにあって即刻接続できる状態にあるとかのように,直ちに無線局としての運用ができる客観的状況が存在し,そのことから無線局を運用しようとする意図が推定できるときはすでに開設したといえる。」とまで述べていましたが(安西311頁),実務はこの安西説よりも更に進んでいます。

被告人らの主観的情況については,量刑事情として,「本件において被告人両名が支配管理していた無線装置は同時的使用の可能な2組,しかもいずれも市販の機器に改造が施されていて,(1)専ら送信の機能のみ,それも正常な音声通信は不可能で雑音だけを発信できるという極めて特異な機構に変えられており,かつ,(2)警察無線と周波数を同じくする電波も発射できるような仕組みに改められているものである。/このことは,第1に,本件無線装置が他の無線通信の妨害かく乱を唯一直接の目的とするものであることを意味する。」との判示があります。「他の無線通信の妨害かく乱」のために接続後の本件無線設備を使用する目的が,被告人らについて認められたということでしょう。なお,東京地方裁判所は,被告人らの「背後に必ずや,ある目的のために特定の無線通信を積極的に妨害かく乱するのだという事前の企図があり,被告人両名の本件所為がその周到な企ての一環として行われたものであることを推知させるものである」との認定をも行っていますが,そうであっても当該被告人らは,当該企図者の支配管理のもとに送信設備の操作にかかわったにすぎない者とまではいえないとしたものでしょう。

 

10 東京高等裁判所平成元年3月27日判決及び東京地方裁判所平成29427日判決(故意及び違法性の意識ないしはその可能性)

 

(1)東京高等裁判所平成元年3月27日判決(山谷争議団事件)と制限故意説

東京高等裁判所平成元年327日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成167号)は,電波法41項ただし書の免許を要しない無線局との関係で,免許を受けないで無線局を開設する罪の主観的要件について説くところがあります。

故意について,いわく。「(3)免許を必要とする出力の無線機を運用していた事実について認識を欠いていたとの主張について検討するに,原判決が弁護人らのこの点の主張は違法性の意識の欠如をいうに過ぎないものであって,それ自体失当であるとしたことは,所論指摘のとおりである。この点,所論は,免許を受けないで無線局を運用する罪の故意として,操作する無線機についてその出力が免許を必要とする強さ以上のものであるという認識が必要であるというのであるが,電波法4条,1101号は,無線局の開設,運用には原則として郵政大臣の免許が必要であることを定めたもの,いいかえると,免許を受けない者が無線局を開設,運用することを禁止することを定めたものであり,4条但書は,右原則的禁止に対し,電波が著しく微弱な場合などを法定の除外事由として定めたものと考えられ,したがって,故意としては無線設備――本件においては無線機――を操作して送受信を行うという認識(認容)のほか免許を受けていないという認識があれば足り,操作する無線機の出力が免許を要する範囲に入っているかどうかについては認識を要しないと解される。そして,被告人らにおいては,前記(2)で述べたように電波法の関係規定を知っていたとは認められないので,本件で使用した無線機の出力が免許を要する範囲に入っているということの認識があったとは認められないが,これによって故意を欠くものとは認められない。」と。

違法性の意識の可能性の位置付けについて,当該東京高等裁判所判決は「故意に違法性の意識は不要だが,その可能性は必要である(ないしは違法性の意識のないことに過失があれば故意犯として処罰する)という制限故意説」(前田雅英『刑法総論講義第4版』(東京大学出版会・2006年)215頁)を採用しているようです。いわく,「(2)違法性の意識を有する可能性について検討すると,原判決は,「弁護人の主張に対する判断」の二(2)の項で,被告人らには本件無線機の使用について違法性の意識があったことは証拠上これを認めることができないが,違法性の意識の欠如は故意を阻却しないとしたうえ,本件無線機を無免許で使用することが違法であると認識しうる可能性は十分にあったと考えられ,被告人らがこれらを認識しなかったことに相当な理由があったということはできないと認定説示しているところ,これは結論的に正当として是認できる。この点,関係各証拠を検討すると,被告人らを含め山谷争議団らが無線機を使用するにあたり,法規関係について解説してある本を読んだり電気店の店員らから説明を受けるなどしていたことは一切窺われず,したがって,電波法の関係規定を知っていたかどうかも不明であり,更には違法性の意識についてもこれを欠いていたのでは(ママ)ないかという疑いが残ることになる。しかし,無線機を使用することについては,いわゆる子供の玩具以外の場合,一定の法的規制があるというのが一般社会において常識的になっており,また,山谷争議団の者らにおいては,池尾荘で発見された6個の無線機がいずれもその使用に関し免許を要する機種であったのであり,池尾荘に設置したスーパーディスコアンテナも無線機の使用に際し用いられる器具の一つであったのであるから,これらの物を購入などする際には電気店の店員らに対しその使用について法的規制があるかどうか確かめることにより,免許が必要なことを容易に知ることができたものと認められる(本件無線機と同種の無線機の取扱説明書には,免許を要することの直接的な記載はないが,間接的にそれを窺わせる記載がある)。したがって,被告人らは,違法性の意識を欠いたことについて相当な理由はなかったもの,いいかえると,違法性を意識することのできる可能性のあったことが十分認められるので,本件各所為について故意を欠くとは認めることができない。この点,被告人らに故意のあることを認めた原判決に誤りはない。」と(下線は筆者によるもの)。故意の有無を違法性の意識の可能性の有無にかからしめていますので,違法性の意識の可能性を故意とはまた別個の責任阻却事由とする責任説(前田215頁参照)を採るものではありません。

 

(2)東京地方裁判所平成29年4月27日判決

なお,東京地方裁判所平成29427日判決(判時2388114頁。この判決は「電波法109条に関する東京地方裁判所平成29年4月27日判決(判時2388114頁)に関して(附:有線電気通信法17条1号の謎)」記事において御紹介するところがあったものです。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1075116026.html)に係る電波法1101号の免許又は登録を受けずに無線局を開設した罪の事案においては,「弁護人は,被告人が〔略〕パソコンに接続して使用していた無線LAN接続機器(3号物件)につき,被告人には,3号物件が日本で定められている出力制限値を超える出力が可能なものであったという認識がなかったから,無線局開設の故意がなく,無罪である旨主張し,被告人もそれに沿う供述をしている」ところ(これは,「違法性の意識がなければ故意がないとする厳格故意説」(前田215頁)的主張です。),当該主張及び供述に正面から応ずる形で丁寧に当該認識の有無を検討し(なお,違法性の意識を欠くことにつきやむを得ない事情があるときは,刑法383項ただし書による刑の減軽が問題ともなります。),「よって,被告人には,出力制限値を超える出力が可能な無線LAN接続機器を使用して無線局を開設したことの認識があったと認められる。」との端的な結論に達しています。違法性の意識ないしはその可能性と故意との関係に係る刑法理論上の問題について抽象的に説き及ぶところはありません。

 

(3)判例における故意と違法性の意識ないしはその可能性との関係

いずれにせよ,判例は,厳格故意説,制限故意説等とは異なり,「「事実の認識が存すれば故意責任を問い得る」とし,違法性の意識が欠けても責任に影響しないとしてきた」とされているものの(前田219頁),そこでも「一般人ならば違法性の意識を持ち得るだけの事実の認識」は必要でしょう(同220頁)。

 

11 平成5年法律第71号による改正(an denen er einst die Kraft seiner Jugend geübt hatte

平成5年法律第71号により,199441日から(同法附則1項),電波法110条の罰金の額が「20万円以下」から「50万円以下」になっています。

 

12 東京地方裁判所八王子支部平成9年7月4日判決(原田判決)

原田國男裁判官による東京地方裁判所八王子支部平成974日判決(判タ969278頁)は,罪数論的に興味深い裁判例です。まず,当該判決中電波法違反に関する犯罪事実。

  

  被告人は〔中略〕

 第2 別紙一覧表記載のとおり,前記Bらと共謀の上,Bらによる三鷹電車区からの〕窃取に係り,携帯用に改造した防護無線通信装置から電波を発射して,東日本旅客鉄道株式会社(代表取締役松田昌士)の旅客鉄道業務を妨害しようと企て,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外理由がないのに,平成848日午後519分ころから同年53日午後1038分ころまでの間,前後2回にわたり,千葉県船橋市海神町二丁目646番地付近から同県市川市平田四丁目113号付近に至るまでの道路上を走行する普通乗用自動車内等において,前記の携帯用に改造した防護無線通信装置を携帯して周波数373.2736メガヘルツの電波を多数回発射し,同県船橋市西船四丁目277号所在の右東日本旅客鉄道株式会社西船橋構内ほか13か所において,運行中の同社が運航管理する電車延べ21列車に各設置してある防護無線通信装置に同電波を受信させ,右21列車を緊急停止させ,又は,発車を見合わせるなどさせてその運行を遅延させ,もってそれぞれ偽計を用いて右東日本旅客鉄道株式会社の業務を妨害するとともに,無線局を開設して運用したものである。

 

 次に電波法違反に関する法令の適用。

 

  判示第2の別紙一覧表番号1199648日,共犯者Bと共に,前記千葉県内の道路上を走行中の普通乗用車内から,午後519分,午後520分及び午後521分の3回電波を発射〕及び同番号2199653日,共犯者A及びBと共に,東京都新宿区市谷田町二丁目5番付近から同都新宿区新宿三丁目381号付近を経て同都豊島区南池袋一丁目281号付近に至るまでの道路上に駐車し,又は,同道路上を走行する普通乗用自動車内から,午後1027分,午後1029分,午後1030分,午後1031分,午後1032分,午後1035分及び午後1038分の7回電波を発射〕の各行為のうち,電波法違反の点は,各無線局開設及び各運用につき包括してさらに各電波発射行為全体について包括して電波法1101号,4条,刑法60〔共同正犯〕に該当し,〔中略〕電波法違反の罪は,別紙一覧表番号1及び同番号2ごとに,全体として包括一罪となる

 

免許を受けずに無線局を開設した者が更に当該無線局を運用した場合の罪名については,河上説では運用罪のみが成立するとされ(伊藤等449頁),安西説では「開設罪と運用罪とを包括して1101号違反の1罪が成立する」とされていましたが(安西311頁),原田裁判官は安西説を採用したものです。

また,199648日及び同年53日のそれぞれにつき免許を受けずに無線局を開設した罪が成立したとされています。郵政大臣の免許を受けずに最初に無線局を開設した時に同罪は成立すると共に終了し,以後は法益侵害状態のみが残るという状態犯ではない,ということになりましょう。

 

13 平成15年法律第68号,平成16年法律第47号及び平成19年法律第136号による改正

平成15年法律第68号により,2004126日から(同法附則1条,平成15年政令第500号),電波法110条の柱書きが,「次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」に改められています。

平成16年法律第47号の第2条により,2005516日から(同法附則13号,平成17年政令第158号),電波法1101号が「第4条の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」に改められています。

それまでの電波法1101号が,現在のような1号と2号とに分離されたのは,平成19年法律第136号の第2条による改正によって,200841日からです(同法附則1条,平成20年政令第49号)。

 電波法1101号と2号とに分離されてしまった以上,免許を受けずに無線局を開設し,更に運用した場合には,やはり1罪ではなく2罪が成立するものと解し,両罪の関係は牽連犯(刑法541項後段)ということになるのでしょう。この限りにおいて前記原田判決の前例性は失われるわけです。

14 仙台高等裁判所平成19126日判決(W無線クラブ事件)

 前記仙台高等裁判所平成19126日判決は,アマチュア局の免許を受けている社団(W無線クラブ)の構成員である被告人(同人は自己のアマチュア局の免許を19963月に失効させている。)が無線局の運用をしていたところ,当該無線局に係る無線設備は被告人が1993年ないしは1994年頃購入して同人の車両に取り付け,20045月頃に自己の軽四輪貨物自動車に付け替えて以後ほぼ毎日のように使用していたものであって他の社団構成員が共用したことはなかったこと,当該社団が無線局免許を受ける際に提出した書類には当該無線設備が社団局の無線設備として記載されておらず,かつ,当該無線設備の常置場所は当該社団の無線設備の設置場所・常置場所ではなかったこと並びに被告人及び当該社団の構成員は当該無線設備が社団のものであるという認識を有していなかったことから,当該無線設備は当該社団に属しないものであることを認め,免許を受けずに「被告人は本件無線設備を設置して無線局を開設した」罪を犯したものとした原審判決を維持したものです。

 しかし,被告人がアマチュア局の免許を有していた時期に購入した無線設備だというのですから,電波法78条及び11319号との関係はどうなるのでしょうか。「免許を取り消され或いは免許期間が経過した後も設備を維持し,人を配置していれば開設罪が理論上は成立するが,現実には,運用罪に問擬する方が証拠上の難点が少ないと思われる。空中線の撤去(78条)に要する合理的時間が考えられるからである。」と説かれていたところです(伊藤等448頁(河上))。

 

15 平成27年法律第26号による改正

 平成27年法律第26号の第2条によって,2017101日から(同法附則1条,平成29年政令第255号),電波法1101号中「第4条」が「第4条第1項」に改められ,同号は現在の形になっています。

  


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1 関係条文

電波法(昭和25年法律第131号)の第110条には次のような規定があります。無線局の免許(電波法41項。これは,無線従事者の免許(同法411項,11316号)とは異なります。),無線局の登録(同法27条の181項),特定無線局に係る包括免許(同法27条の2(ただし,第一号包括免許人(同法27条の21号に掲げる無線局に係る特定無線局の包括免許人(同法27条の62項))の開設する特定無線局の数に係るものです。))及び高周波利用設備の許可(同法1001項)という電波法の柱となる各制度を支える礎石ともいうべき犯罪構成要件群ということになります。

 

110条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,無線局を開設した者

 4条第1項の規定による免許又は第27条の181項の規定による登録がないのに,かつ,第70条の71項,第70条の81項又は第70条の91項の規定によらないで,無線局を運用した者

 27条の7の規定に違反して特定無線局を開設した者

 100条第1項の規定による許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   〔第5号から第12号まで略〕

 

 関連規定を以下に掲げておきます。

 

(無線局の開設)

4条 無線局を開設しようとする者は,総務大臣の免許を受けなければならない。ただし,次の各号に掲げる無線局については,この限りでない。

 発射する電波が著しく微弱な無線局で総務省令で定めるもの

 26.9メガヘルツから27.2メガヘルツまでの周波数の電波を使用し,かつ,空中線電力が0.5ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて, 38条の7 1項(第38条の314項において準用する場合を含む。),第38条の26(第38条の316項において準用する場合を含む。)若しくは第38条の35又は第38条の443項の規定により表示が付されている無線設備(第38条の231項(第38条の29,第38条の314項及び第6項並びに第38条の38において準用する場合を含む。)の規定により表示が付されていないものとみなされたものを除く。以下「適合表示無線設備」という。)のみを使用するもの

 空中線電力が1 ワット以下である無線局のうち総務省令で定めるものであつて,次条の規定により指定された呼出符号又は呼出名称を自動的に送信し,又は受信する機能その他総務省令で定める機能を有することにより他の無線局にその運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるもので,かつ,適合表示無線設備のみを使用するもの

 27条の181項の登録を受けて開設する無線局(以下「登録局」という。)

 本邦に入国する者が,自ら持ち込む無線設備(次章に定める技術基準に相当する技術基準として総務大臣が指定する技術基準に適合しているものに限る。)を使用して無線局(前項第3号の総務省令で定める無線局のうち,用途及び周波数を勘案して総務省令で定めるものに限る。)を開設しようとするときは,当該無線設備は,適合表示無線設備でない場合であつても,同号の規定の適用については,当該者の入国の日から同日以後90日を超えない範囲内で総務省令で定める期間を経過する日までの間に限り,適合表示無線設備とみなす。この場合において,当該無線設備については,同章の規定は,適用しない。

 前項の規定による技術基準の指定は,告示をもつて行わなければならない。

 

(登録)

27条の18 電波を発射しようとする場合において当該電波と周波数を同じくする電波を受信することにより一定の時間自己の電波を発射しないことを確保する機能を有する無線局その他無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。以下同じ。)を同じくする他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することのできる無線局のうち総務省令で定めるものであつて,適合表示無線設備のみを使用するものを総務省令で定める区域内に開設しようとする者は,総務大臣の登録を受けなければならない。

  〔第2項及び第3項略〕

 

(指定無線局数を超える数の特定無線局の開設の禁止)

27条の7 第一号包括免許人は,免許状に記載された指定無線局数を超えて特定無線局を開設してはならない。

 

(特定無線局の免許の特例)

27条の2 次の各号のいずれかに掲げる無線局であつて,適合表示無線設備のみを使用するもの(以下「特定無線局」という。)を2以上開設しようとする者は,その特定無線局が目的,通信の相手方,電波の型式及び周波数並びに無線設備の規格(総務省令で定めるものに限る。)を同じくするものである限りにおいて,次条から第27条の11までに規定するところにより,これらの特定無線局を包括して対象とする免許を申請することができる。

 移動する無線局であつて,通信の相手方である無線局からの電波を受けることによつて自動的に選択される周波数の電波のみを発射するもののうち,総務省令で定める無線局

 電気通信業務を行うことを目的として陸上に開設する移動しない無線局であつて,移動する無線局を通信の相手方とするもののうち,無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して総務省令で定める無線局

 

(非常時運用人による無線局の運用)

70条の7 無線局(その運用が,専ら第39条第1項本文の総務省令で定める簡易な操作(次条第1項において単に「簡易な操作」という。)によるものに限る。)の免許人等は,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該無線局の免許等が効力を有する間,当該無線局を自己以外の者に運用させることができる。

  〔第2項から第4項まで略〕

2007524日付けの総務省「放送法等の一部を改正する法律案について」5頁及び6頁によれば,免許人等たる被災地地方公共団体から非常時の通信のための無線設備を応援部隊等に対して貸し出す場合が想定されています。)

 

(免許人以外の者による特定の無線局の簡易な操作による運用)

70条の8 電気通信業務を行うことを目的として開設する無線局(無線設備の設置場所,空中線電力等を勘案して,簡易な操作で運用することにより他の無線局の運用を阻害するような混信その他の妨害を与えないように運用することができるものとして総務省令で定めるものに限る。)の免許人は,当該無線局の免許人以外の者による運用(簡易な操作によるものに限る。以下この条において同じ。)が電波の能率的な利用に資するものである場合には,当該無線局の免許が効力を有する間,自己以外の者に当該無線局の運用を行わせることができる。ただし,免許人以外の者が第5条第3項各号のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

 (20172月付けの総務省総合通信基盤局「MVNOに係る電気通信事業法及び電波法の適用関係に関するガイドライン」4頁注1及び41-42頁によると,Mobile Virtual Network Operatorのサービスに関して利用される制度です。)

 

(登録人以外の者による登録局の運用)

70条の9 登録局の登録人は,当該登録局の登録人以外の者による運用が電波の能率的な利用に資するものであり,かつ,他の無線局の運用に混信その他の妨害を与えるおそれがないと認める場合には,当該登録局の登録が効力を有する間,当該登録局を自己以外の者に運用させることができる。ただし,登録人以外の者が第27条の202項各号(第2号を除く。)のいずれかに該当するときは,この限りでない。

  〔第2項から第4項まで略〕

   (前記2007524日付け総務省文書5頁及び6頁によれば,高出力のトランシーバのイベント会場,建設現場,選挙活動,スキー場等における貸出し等を可能にするための条項とされています。)

 

(高周波利用設備)

100条 左に掲げる設備を設置しようとする者は、当該設備につき、総務大臣の許可を受けなければならない。

 電線路に10キロヘルツ以上の高周波電流を通ずる電信,電話その他の通信設備(ケーブル搬送設備,平衡二線式裸線搬送設備その他総務省令で定める通信設備を除く。)

 無線設備及び前号の設備以外の設備であつて10キロヘルツ以上の高周波電流を利用するもののうち,総務省令で定めるもの

  〔第2項から第5項まで略〕

 

(電波の発射の防止)

78条 無線局の免許等がその効力を失つたときは,免許人等であつた者は,遅滞なく空中線の撤去その他の総務省令〔電波法施行規則(昭和25年電波監理委員会規則第14号)42条の2で定める電波の発射を防止するために必要な措置を講じなければならない。

 

113条 次の各号のいずれかに該当する者は,30万円以下の罰金に処する。

〔第1号から第18号まで略〕

十九 78条の規定に違反した者

 〔第20号から第28号まで略〕

 

 まあ賑やかなことです。論点満載なのですが,うっかり難しい論点に迷い込むと,行き着く果ては電波法全体を論じなければならないことになります。人生は短い。今回は禁欲して,無線局の開設及び運用に係る電波法1101号(及び2号)関係に絞って立法経緯及び裁判例を見ていきましょう。

 まずは筆者お得意の過去への遡りです。

 

2 電信法準用時代

 

(1)電信法44

 1900年に制定された電信法(明治33年法律第59号)の第44条は「電信又ハ電話ニ非スト雖通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ムル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用スルコトヲ得」と規定していました。これについては,「無線電信の如きは電信と称するも本法〔電信法〕の認むる所に非ず此の如きものも尚通信を為し信号を為し又は電話として通話しうべし之を取締らざれば本法の精神を没却すること多かるべきなり故に特に本法を準用すとせり」と説明されています(田中次郎『通信法釈義』(博文館・1901年)443頁)。あるいは,「将来学術技芸の進歩につれ電信電話でなくしてしかも相似たる作用を為すものを生ずるから,本条を設けて電信法準用の余地を残したのである。」とも説かれています(奥村喜和男『電信電話法論』(克明堂書店・1928年)295-296頁)。1928年当時,電信法44条の準用があったものとして「電鈴による信号,正午時通報,火災その他の公衆用信号等」が挙げられています(奥村296頁)。)

 

(2)明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号による準用

電信法44条に基づき,明治33年逓信省令第77号(19001010日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電信ニ準用ス」と規定し,大正3年逓信省令第13号(1914512日公布)は「電信法ハ第2条第3条第28条及第43条ヲ除クノ外之ヲ無線電話ニ準用ス/本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス」と規定していました。(後者の施行日の定めは,公式令(明治40年勅令第6号)11条の「別段ノ施行時期」の定めになります。施行日の定めのない前者については,公文式(明治19年勅令第1号)の第10条から第12条までの規定により,「官報各府県到達日数後ノ後7日ヲ以テ施行」され(10条),ただし「天災時変ニ依リ官報到達日数内ニ到達セサルトキハ其到達ノ翌日ヨリ起算」され(11条),なお,北海道,沖縄及び島地には道庁,県庁又は所轄郡役所に現に官報が到達の翌日から起算する(12条)という仕組みで施行されたものです。)電信法44条に基づく同法の準用の結果「無線電信の施設通報信号を為す目的あれば必ず願出許可等の手続を要するに至るべし」と予想されていましたが(田中444頁),現実には,明治33年逓信省令第77号及び大正3年逓信省令第13号はいずれも電信又は電話の私設が認められる範囲に係る電信法2条を無線電信又は無線電話に係る準用から外していましたので,同法1条の原則(「電信及電話ハ政府之ヲ管掌ス」)どおり,無線電信及び無線電話を施設することは政府以外の者には認められないこととなっていました。無線電信及び無線電話の私設が可能となるには,無線電信法(大正4年法律第26号)の制定・施行をまたなければなりませんでした。

 電信法には,次のような条項がありました。

 

  27 権利ナクシテ電信若ハ電話ヲ私設シタル者又ハ権利ヲ失ヒタル後主務官署ノ指定シタル期間内ニ私設ノ電話若ハ電信ヲ撤去セサル者ハ5円以上100円以下ノ罰金ニ処シ其ノ電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス

   前項ノ場合ニ於テ其ノ電信又ハ電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

   第1項ノ電信又ハ電話ヲ使用シタル者ハ50円以下ノ罰金ニ処ス

 

  41 第32条ヲ除クノ外前数条ニ記載シタル軽罪ヲ犯サントシテ未タ遂ケサルモノハ刑法未遂犯ノ例ニ照シテ処断ス

 

 電信法273項の「使用シタル者」については,「権利なきもの及権利を失ひたるものを罰すると同時に不法なる電信電話を使用したるものを罰す此使用者は大に専掌権妨害者の一人なれは罰せんとす使用者は其不法なることを知ると知らざるとを問はず即ち知情の如何を顧ず使用したる事実あれば直ちに処罰することをうべし」と説かれていました(田中390頁)。この「使用シタル者」は,電信又は電話の施設者ではなくて,その顧客ということになります。

 なお,電信法41条に「軽罪」とありますが,旧刑法(明治13年太政官告示第36号)8条によれば,軽罪の主刑は重禁錮,軽禁錮又は罰金ということになっています。

 

(3)電信の営造物性

 ちなみに,「電信」とは何かといえば,「元来電信と云ひ電話と云ふは其原電気的作用に原し遠隔者間の意思伝達の設備にして或場合には其作用のみを云ひ或場合には其施設全躰を指すことあり本法〔電信法〕に於ては施設全躰を総称せるなり法律上の観念として此2者を見れば正しく郵便と同しく公の営造物なりと信す」とされていました(田中276頁)。

 営造物に関しては,「法学漫歩2:電波的無から知的財産権の尊重を経て偶像に関する法まで」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)において御紹介したことがあります。

 

3 無線電信法時代

 

(1)関係条文

 第36回帝国議会の協賛を経て1915619日に大正天皇が裁可し,同月21日の官報で公布された無線電信法には次のようにあります。

 

  16 許可ナクシテ無線電信,無線電話ヲ施設シ若ハ許可ナクシテ施設シタル無線電信,無線電話ヲ使用シタル者又ハ許可ヲ取消サレタル後私設ノ無線電信,無線電話ヲ使用シタル者ハ1年以下ノ懲役又ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス

   前項ノ場合ニ於テ無線電信又は無線電話ヲ他人ノ用ニ供シ因テ金銭物品ヲ収得シタルトキハ之ヲ没収ス既ニ消費又ハ譲渡シタルトキハ其ノ金額又ハ代価ヲ追徴ス

 

  26 前10条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 

  13 主務大臣ハ不法ニ無線電信又ハ無線電話ヲ施設スル者アリト認メタルトキハ当該官吏ヲシテ其ノ施設ノ場所ニ立入リ機器工作物ノ検査,機器附属具ノ除却其ノ他相当ノ措置ヲ為サシムルコトヲ得

 

  10 私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ施設者其ノ無線電信又ハ無線電話ノ許可ヲ取消サレタルトキハ主務大臣ノ命スル所ニ依リ其ノ機器工作物ヲ撤去スルコトヲ要ス私設ノ無線電信又ハ無線電話ヲ廃止シタルトキ亦同シ

 

  18 第5条ノ規定ニ違反シタル者又ハ本法ニ依ル無線電信,無線電話ノ使用ノ制限停止,設備変更若ハ除却撤去ノ命令ニ従ハサル者ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス無線電信,無線電話ノ事務ニ従事スル者使用ノ制限又ハ停止ニ違反シテ使用シタルトキハ其ノ従事者ニ付亦同シ

 

無線電信法は,同法附則に基づく大正4年勅令第185号(19151025日裁可,同月26日公布)により1915111日から施行されています。

 

(2)第36回帝国議会における政府委員の説明

 

ア 無線電信法13

無線電信法13条の「不法ニ」は,「許可ヲ受ケナイ場合,条件等ノ外レタ場合モ含ミマス,許可ヲ受ケヌ場合ヨリモ少シ広イ」ものであるとされています(田中次郎政府委員(逓信省通信局長)(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第18頁))。「条件等ノ外レタ場合」は「第3条ニ違反」した場合です(田辺治通政府委員(逓信書記官)(同頁))。無線電信法3条は「私設ノ無線電信又ハ無線電話ノ機器,其ノ装置及運用ニ関スル制限並私設ノ無線電信ノ通信ニ従事スル者ノ資格ハ命令ノ定ムル所ニ依ル」と規定していました。「第3条ノ所謂制限ニ違反シテ,例ヘバ1「キロワット」ノ動力デ設備シタ,斯ウ云フモノガ若シ2「キロワット」ヲ用ヰテ設備シマスレバソレモ矢張リ〔第13条の不法に〕這入リマス」という例が挙げられていました(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁))。電波長(電波の周波数)もこちらに含まれます。この「許可ナクシテニアラザル,詰リ条件ニ違反シタモノ,サウ云フモノハ司法上ノ処分ハアリマセヌ」ということでした(同政府委員(同速記録同頁。また,13頁))。

 

イ 無線電信法16条の構成要件

無線電信法16条の構成要件については,「16条ノ中,許可ヲ得ズシテ施設シタ者,是ハ詰リ許可ヲ得ズシテ施設ト云ヒマスルモノハ,使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置スルト云フ意味デ施設ト書キマシタノデスガ,其モノガ更ニ一歩進ンデ使用シタト云フ場合ニハ,使用スル目的マデ其行為ガ進ンダモノデアル,所謂数行為ガ一緒ニ含マレタト云フ,アノ刑法ノ精神ヲ持ッテ来マシテ,素ト使用スル意志デ造ッタモノガ,更ニ一歩ヲ進ンデ使用セザリシ場合ハ矢張リ16条ノ前段デ処分シヤウ,斯ウ云フ立前ニナッテ居リマス」(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212頁)),「16条ノ許可ガナクシテ施設シタモノト云フ意味ハ,使ヒマセヌデモ使用ノ意思ヲ以テ無線電信電話ノ機械ヲ設置シタモノハ直ニ矢張リ本条ニ這入リマシテ,尚一歩進ンデ其モノヲ同ジ人間ガ使ヒマシテモ,先程磯部〔四郎委員〕サンノ質問ノヤウニ一歩進ンデ使ヒマシテモ,矢張リソレハ使用ノ意思ヲ以テ造ッタモノガ目的ヲ達シタト云フノニ過ギマセヌノデ,等シク本条ニ依ッテ処罰スルト云フ定メニナッテ居リマス」(同政府委員(同速記録13頁)),「此16条ハ許可ナクシテ施設シタモノデモ罰セラレル,況ンヤ施設シテソレヲ使用スルモノハ尚ホ罰セナケレバナラヌ,斯ウ云フ訳デアリマス」(田中次郎政府委員(同頁)),「実ハ此施設シテ尚ホ使用シタ場合ハモウ丁度1年以下ノ懲役,又ハ1000円以下ノ罰金ニ当テテ宜カラウ,本件ハ刑法ノ関係カラ考ヘマシタノデ,寧ロ其施設シタダケノモノハ此範囲内ニ這入ル積リデ居リマシタ」(同政府委員(同頁))と説明されています。

無線電信法16条の「使用」は,電信又は電話の利用の顧客に係る電信法273項の「使用」とは異なるようです。無線電信法においては別途その第173項において「私設ノ無線電信又ハ無線電話ニ依頼シ通信ヲ為サシメタル者ハ100円以下ノ罰金ニ処ス」と規定されていたところです。(しかしながら,第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会の磯部四郎委員(1892年の大審院検事時代に同僚と雑談中,司法高官らによる日本橋浜町の待合茶屋初音屋等における芸妓を交えての花札博奕(ばくち)遊戯についてしゃべってしまって「弄花事件」を惹起するに至り,自らも同年53日に辞表を提出した花札好きの人物(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)177-178頁))は無線電信法16条の「使用」を電信法273項の「使用」と同義であると解していたようで,かつ,田辺治通及び田中次郎両政府委員は正面からその誤解を指摘せず,ないしは磯部委員にむしろ迎合してしまったところもあって,191561日の議事は一部混乱しています(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第212-13頁)。)

無線電信法16条の無線電信,無線電話の施設者は,「使用ノ目的ヲ以テ無線電信,電話ノ器械ヲ設置」した者ですから,当該無線電信,無線電話の使用者と同一ということになりそうなのですが,実は施設者と使用者との間には微妙な齟齬があります。「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方ガ主眼」で,工事をした技師は入らない一方(田中次郎政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第215頁)),「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス,船長ノ命ニ依ッテヤル,船長ハ殆ド船舶内ノ最上権ヲ有ッテ居リマスカラ,船長ガ使用センナラヌ場合モアラウカト思ヒマス」と説かれています(同政府委員(同頁))。


ウ 無線電信法16条の刑量

無線電信法16条の罰の重さについては,「有線電信法ニハ罰ノ割合ハ5円以上100円以下ト云フ罰金丈ケニナッテ居リマス,是ハ矢張リ無線電信ノ性能トシテ随分濫用ノ結果,非常ナル弊害ガ伴ナウ,斯ウ云フコトカラ許可ヲ得ズシテヤル者ハ是非体刑ヲ加ヘテ,最高限ヲ重クシテ置カウ,勿論各犯罪ノ各種ノ場合ニ於キマシテハ各種ノ状況モアリマスノデ罰金刑ダケデハ足ラヌ,随分情ノ重イ者ハ体刑迄イカヌト通信ヲ濫用シタ者ノ取締ガ附カヌ,斯ウ云フ考カラ体刑モ加ヘマシタ」と(田辺治通政府委員(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第19頁)),あるいは「有線電信ヨリモ無線電信ハ割合ニ取締上先刻申上ゲタヤウニ困難ヲ感ズルヤウナ次第デアリマシテ,又其害モ有線電信ハ両間ダケノ間ニ止マルガ,無線電信ハ四方八面カラ来ル通信ヲ受ケ得ル装置ニナッテ居ル,又四方八面ヨリ出シ得ル機械デアリマスカラ,随分之ヲ不法ニ設備スルト云フコトハ,其害毒ヲ及ボスコトハ夥シイダラウト思ヒマスカラ,有線電信ヨリハ刑ヲ重クスルコトハ至当デアラウト,斯ウ云フヤウナ考デアリマス」と(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第13頁))説明されています。

電信法271項の「電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器ヲ没収ス」規定に対応する規定が無線電信法16条にはない理由は,「刑法ノ一般ノ規定ニ基キマシテ所謂犯罪ヲ構成スルヤウナモノハ,自ラ没収セラルヽ規定ガアリマスカラ,其方ニ拠ルコトニナルノデアリマス」ということでした(田中次郎政府委員(第36回帝国議会衆議院無線電信法案委員会議録(筆記速記)第14頁)。電信法制定時の旧刑法43条においては法律ニ於テ禁制シタル物件(同条1号),犯罪ノ用ニ供シタル物件(同条2号)及び犯罪ニ因リテ得タル物件(同条3号)は没収すべきものとして掲げられていましたが,電信法271項の罪における電話線又ハ電信線及電信又ハ電話ノ機器は,旧刑法432号の犯罪ノ用ニ供シタル物件にすぎないものではなくむしろ「罪躰を為すべき物件」であるということで,同条にいう「法律規則ニ於テ別ニ没収ノ例ヲ定メタル者」として電信法271項後段の規定が設けられていたものです(田中388-389頁)。刑法(明治40年法律第45号)1911号は,犯罪行為を組成した物は没収することができるものと規定しています。

 

エ 田辺治通

なお,第36回帝国議会で政府委員を務めた田辺治通は,無線電信法案の起草を担当した通信局業務課長でした。当時の同課の状況に関しては,「法起草に着手した田辺治通業務課長は広江恭三氏を係長として電信主任舛本茂一氏を配し,外国制度を翻訳調査させるために井手義知,山本直太郎2法学士を加えた。舛本氏の談によれば法理,刑量,軍事保護などでの審議がはかどらないときは課長から「今日はうんと喧嘩して来い」と再三督促に出されたそうである。」との証言があります(小松三郎「無線電信法制定前後」逓信外史刊行会『逓信史話上』(電気通信協会・1961年)303-304頁)。田辺は山梨県の現在の甲州市出身,平沼騏一郎系列,後に逓信省通信局長,大阪府知事,満洲国参議府副議長,内閣書記官長,逓信大臣,貴族院議員,内務大臣等を歴任します。無線電信法廃止の年(1950年)の130日に,同法廃止よりも4箇月ほど早く死亡します。

 

(3)昭和4年法律第45号による改正

192941日に昭和天皇が裁可し,同月2日の官報で公布された昭和4年法律第45号によって,無線電信法に高周波利用設備に関する規定が加えられています(同法は,同法附則に基づく昭和4年勅令第345号によって193011日から施行)。

 

 第28条ノ2 無線電信又ハ無線電話ニ非スト雖高周波電流ヲ使用シ通報信号ヲ為スモノニ関シテハ命令ノ定ル所ニ依リ本法ノ規定ヲ準用ス

 

 第28条ノ3 主務大臣ハ無線電信又ハ無線電話ニ依ル公衆通信又ハ軍事上必要ナル通信ニ及ホス障碍ヲ防止スル為必要ト認ムルトキハ高周波電流ヲ発生スル設備ニシテ無線電信,無線電話又ハ前条ノ通報信号施設ニ非サルモノニ関シ其ノ施設者ニ対シ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ヲ命スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ設備ノ変更又ハ特殊ノ設備ニ要シタル費用ハ命令ノ定ル所ニ依リ政府之ヲ補償ス

  前項ノ規定ニ依ル補償ニ関スル決定ニ対シ不服アル者ハ其ノ通知ヲ受ケタル日ヨリ3月内ニ民事訴訟ヲ提起スルコトヲ得

 

4 電波法の制定

電波法は,その公布の日である195052日から起算して30日を経過した日である同年61日から施行され(同法附則1項),同日から無線電信法は廃止されています(電波法附則2項)。制定当時の電波法110条の第1号から第3号までは次のとおりでした。

 

  110 左の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。

   一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を運用した者

   二 第100条第1項の規定に依る許可がないのに,同条同項の設備を運用した者

   三 第52条,第53条又は第55条の規定に違反して無線局を運用した者

    〔第4号から第6号まで略〕

 

なお,電波法52条本文は「無線局は,免許状に記載された目的又は通信の相手方若しくは通信事項(放送をする無線局については,放送事項)の範囲をこえて運用してはならない。」と規定していました。

電波法110条について,電波監理委員会電波監理総局の文書課長,放送課長及び法規課長を著者とする解説書は,次のように解説します。

 

  本条は,免許又は許可のないのに無線局若しくは高周波利用設備を運用したり,法律又は之に基く命令に違反して無線局又は無線設備を運用した者及び非常通信を拒否した者を処罰する規定である。

  従来の無線電信法16条では,許可なくして無線局を設置すれば処罰されるのであるが,本条では無線局又は高周波利用設備を免許又は許可を受けないで設置しても処罰されず,ただ免許又は許可を受けないで運用した場合に初めて処罰されるのである。単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。

  「免許がない」又は「許可がない」とは,初めから「免許又は許可」を受けないで運用する場合のみならず,免許の有効期間が経過し再免許を受けないで運用する場合,及び「免許又は許可」を取消された後,運用する場合を含むのである。

  本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう,又芸能人も当該無線局が免許がないと知りながらその無線局で放送に出演した場合は罪に問はれるであらう。(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)262頁)

 

2段落で「単に設置するだけならば電波監理上格別の支障がないからである。」といっていますが,これは実は日本側の発案ではなくGHQの指示によるものであったようで,194928日から数回にわたって逓信省の起草担当者がGHQ民間通信局の関係者と共同審議した結果同年315日にGHQ側から得られた了解事項の一つに「無線設備を建設許可なしに設置しても処罰する要はなく,ましてその未遂罪を処罰する必要はないこと。」があったのでした(荘等21-22頁)。無線電信法案が審議された191561日の貴族院無線電信法案特別委員会でも藤田四郎委員が「尚ホ私ハ磯部君ノ御尋ネノコトニ付テモウ少シ確メテ置キタイト思ヒマスガ,16条ノ場合ノヤウナ工合ニ,是ハ必ズ施設シテ使用シタモノデナケレバ罰セヌ,唯施設デハ罰セヌト云うフ趣意デハナイカト思ヒマスガ,ソレデ宜イノデスカ」と質問していたものの(第36回帝国議会貴族院無線電信法案特別委員会議事速記録第213頁),いやもう施設の段階で既に罰するのですよとの政府委員の答弁を受けてあっさり引き下がっていましたが,さすが戦勝国民は執拗であったようです。

3段落で「本条の処罰の対象は免許(許可を含む。)の主体即ち免許人である。」とありますから,免許を受けていない無線局の運用に係る電波法1101号の罪の構成要件に該当し得る者は当該無線局の開設者(同法41項)のみであるように思われます。しかしながら,続いて「併し無線従事者その他の使用人も,当該無線局又は高周波利用設備が免許又は許可がないと知りながらその設備を操作した場合は罪に問はれるであらう」云々といわれると混沌としてきます。確かに無線電信法16条においても,前記のとおり,無線電信,無線電話の施設者(「施設者ハ重モニ船長或ハ船主,所謂船ノ持主ノ方」)と使用者(「使用者ハ主トシテ技術者ガ使用イタシマス訳デスガ,船長ガ這入ル場合モアラウト思ヒマス」)との間には齟齬があったのでした。

  

5 最決昭和34年7月2日(八幡浜漁業用海岸無線局=第一稲荷丸無線局事件)

電波法110条の処罰の対象となる者についての重要判例は,最高裁判所第一小法廷昭和3472日(刑集1371031頁)決定です。同決定は,弁護人の上告理由は単なる法令違反の主張であって刑事訴訟法405条の上告理由に当たらないと一蹴した上で,括弧書きで「なお,原判決の判示は正当である。」とお墨付きを与えるものですが,原審の高松高等裁判所第三部昭和331129日判決が控訴棄却をもって維持した第一審の松山地方裁判所昭和3365日判決(刑集1371036頁)を見ると次のような電波法の適用が行われています。

 

ア 日本西海漁業協同組合が免許人である八幡浜漁業用海岸無線局(免許状に記載された通信事項は,漁業通信のみ)の通信士Oに対して,漁業通信ではない通信事項の通信(密漁関係で海上保安庁の巡視艇の動静を知らせる通信)を暗号で発信することを電話で依頼し,情を知らない当該通信士をして同局無線通信施設によって当該内容の電信を発信せしめた被告人A(同局の免許人ではない。)は,免許状に記載された通信事項の範囲を超えて,当該八幡浜漁業用海岸無線局を運用したことになる(Aに電波法52条,1103号が適用される。)。

イ 被告人Aは自己が船主である漁船第一稲荷丸に免許を受けて無線局を設置しているところ,その無線局の免許状には通信事項として漁業通信及び船舶の航行に関する事項のみが記載されているのにもかかわらず,第一稲荷丸無線局通信士Kは,同無線局において,Aの業務に関して前記巡視船の動静に係る電報を受信し,以て免許状に記載された通信事項の範囲を超えて当該第一稲荷丸無線局を運用した(Aに電波法52条,1103号,114条を適用)。

 

 アでは八幡浜漁業用海岸無線局の運用を行った者は,その免許人である日本西海漁業協同組合ではなく,被告人Aとなっています。Aは,故意を欠く通信士Oを利用して免許状に記載された通信事項の範囲を超えて無線局を運用させた間接正犯である,ということでしょう。最高裁判所の高橋幹男調査官は,「要するに間接正犯の理を認めたもののようであるが,免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」と評しています(最高裁判所調査官室編『最高裁判所判例解説刑事篇昭和34年度』(法曹会・1960年)243頁)。しかし,八幡浜漁業用海岸無線局についてその運用を観念できる主体は免許人である日本西海漁業協同組合又は当該法人の機関(理事)のみであるのならば,本件においては同協同組合の理事は全く情を知らなかったのですから電波法52条違反に係る1103号の罰則の発動はあり得なかった,ということになるようです。

 イでは通信士Kが第一稲荷丸無線局を運用したものとされ,Aは当該無線局の免許人ではあるものの端的に運用者とはされず,両罰規定を介して罰せられています(電波法114条は「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従事者が,その法人又は人の業務に関し,第110から前条までの違反行為をしたときは,行為者を罰する外,その法人又は人に対しても各本条の罰金刑を科する。」と規定していました(下線は筆者によるもの)。なお,通信士Kは少年であったようです。)。また,電波法25号は無線設備及び無線設備の操作を行う者の総体であっても受信のみを目的とするものは無線局ではないと定義していますが,無線局である以上,受信もその運用に当たるものとされています。

 イに関して前記高橋調査官は「本件においてはむしろ通信士〔K〕との共謀に基く免許人たる被告人の船舶局違法運用として解決出来るのではなかろうか。」と述べていますが(最高裁判所調査官室243頁),これは被告人Aを正犯とせよということでしょう。しかし,電波法52条違反に係る1103号の罪が自手犯ならば,自手犯は「自らの直接的行為によって構成要件を実現しなければ正犯とならない犯罪。したがって,間接正犯及び構成要件の一部実現による共同正犯は成立しない。」と定義されていますから(金子宏=新堂幸司=平井宜雄編集代表『法律学小辞典(第4版補訂版)』(有斐閣・2008年)503頁),Aに「自らの直接的行為」がないとAは正犯とはならないことになります。しかして,イにおける「構成要件を実現」するAの「自らの直接的行為」とは,何でしょうか。

 

6 免許を受けずに無線局を開設する罪の導入(昭和56年法律第49号)

 

(1)条文

電波法1101号は,昭和56年法律第49号によって,198311日から(同法附則1項)次のようになりました。無線電信法16条同様,無線局の開設段階で犯罪が成立することになりました(ただし,未遂までは罰せられず。)。

 

 110 次の各号の一に該当する者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

  一 第4条第1項の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者

 

(2)第94回国会における政府の説明

 「従来は郵政大臣が免許しなければ無線局は開設できない,こういう点は明確に相なっていたわけでございますけれども,その免許を受けないで開設している無線局が実際に運用といいますか活動しているときじゃないとつかまえることができなかったということで,郵政省としても懸命にそれをつかまえるべく努力をしてまいったのでございますけれども,今度はトラックのように無線機が移動しているものがたくさんできてきたのですね。どこか一定の個所に置いてあればまだつかみやすいのでございますけれども,そういう点を特に注意して今回の改正をしたのでございまして,今度は無断の免許のない無線局があればすぐこれをつかまえることができるという点で,こういう点を十分改正をしていただければ,取り締まりを厳重にやってまいりたい,こういうふうに考えております。」(山内一郎郵政大臣(第94回国会衆議院逓信委員会議録第106頁))という楽観的な見込みをもってされた改正です。「不法無線局として捕捉しますためには,現在のところ郵政大臣の免許を受ける必要があるわけですけれども,開設だけでは,あるいは車に積んで運んでいるだけでは規制できない。運用の実態をつかまえ,記録をとり,何月何日に運用しておった,そういう事実を突きつけない限り規制することができない,そういうような観点からいたしまして,ただいま御審議いただいております法の中で,郵政大臣の免許を得ないで開設しておる,電波が発射し得る状態になるという時点をつかまえまして規制に持ち込みたい,こういうことで御提案申し上げておる次第でございます。」というわけです(田中眞三郎政府委員(郵政省電波監理局長)(第94回国会衆議院逓信委員会議録第1022頁))。具体的には,「ハイパワー市民ラジオ」なるものが問題となっていました。いわく,「現行の電波法では,御存じのように無線局を運用したという立証と申しますか,証拠が得られないと摘発できない。また,それに加えまして,現在の規定が決まりました当時には,固定局と申しますか,動かない無線局がほとんどだったわけですけれども,近来は御存じのように移動するものに載っける。特にハイパワー市民ラジオのほとんどが,率直に申しまして,長距離トラックあるいはダンプカー等の車両に取りつけられまして,走行中に,雑談あたりはまだいいといたしましても,交通取り締まりの状況を流すというような実態があるようでございます。そういうわけですけれども,現在のところでは運用の実態が確認でき,そうした証拠の確保ができないと摘発はむずかしい,そういうようなことで御提案を申し上げておるというようなことでございます。」と(同政府委員(第94回国会参議院逓信委員会会議録第97頁))。

なお,我が国版の市民ラジオの無線局の無線設備の技術基準については無線設備規則(昭和25年電波監理委員会規則第18号)54条の2等に規定されていますが,その使用する電波の周波数及び空中線電力については電波法422号に規定があります(昭和57年郵政省令第65条附則2項参照)。我が国版の市民ラジオの無線局は,無線局の免許を受けなくとも開設・運用することができる無線局ということになります。

 犯罪構成要件としての無線局の開設とは何か。田中眞三郎政府委員によると「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います。それに対しまして無線局の開設とは何か。無線局を運用する意思を持ちまして無線設備を設置して電波を発射し得る状態にする,その上,かつこれを操作する者を配置して無線局としての運用が可能な状態におくこと,こういうふうに解釈いたしております。/したがいまして,たとえば無線設備が店頭等にあるというようなことでは開設になるというふうに考えていないわけでございます。実態として,たとえばトラック等自動車の運転席に無線設備がついておる,そしてアンテナもついておる,スイッチを入れれば電波が容易に出るというような状態で車両等を運行する人がいるというような場合にはこれは開設だ,運用にはもちろんならない状態でありましても開設だ」(第94回国会参議院逓信委員会会議録第914頁),「開設につきましては,無線局を運用しようという意思を持って設備をする,そうして電波を発射し得る状態にしておる,スイッチを入れればすぐ電波が出る,アンテナもつながっている,かつ,それを操作しようとする者が配置されておる。たとえば無線設備がありましても,店頭にあるようなものにつきましてはこれは操作者がいないというようなことで開設の要件にはならないと思いますけれども,そういうようなことで,無線局としての運用が可能な状態に置いてあるものというふうな解釈で,繰り返しますけれども,罰則の具体的な事実への適用解釈というものにつきましては慎重を期して,不当に個人の権利を侵すというようなことにならないように十分配意してまいりたいというふうに考えておる次第であります。」(同会議録24頁)とされています。

すなわち,①無線局を運用する意思の存在並びに②無線局としての運用が可能な状態の存在(②₁無線設備を設置してスイッチを入れれば電波を発射し得る状態にすること(アンテナ(空中線)に特に言及されるのは電波法78条(当時は「無線局の免許がその効力を失つたときは,免許人であつた者は,遅滞なく空中線を撤去しなければならない。」と規定)との関係でしょう。電波法制定時から「未だ免許を受けることとはなつていない無線設備には少くとも空中線を附属させてはならないものと解する。」とされていました(荘等223頁)。)。)及び②₂当該無線設備を操作する者の配備)が要件ということになるようです。

 

(3)無線局の運用と受信

無線局の運用の前段階というような位置付けですが,まず,「運用という場合には無線設備を用いて電波を空間に実際に発射するということかと思います」として無線局の運用は送信に限るものとする解釈はいかがなものでしょうか。無線局の運用には受信をも含むものとする前記最高裁判所昭和3472日決定を,当時の郵政省電波監理局は勉強していなかったものか,あるいは知っていながらあえて「最高裁判所だって間違えることがあるんですぅ。」と言い張って自論に固執したものか。他方,河上和雄元特捜検事は,「無線局を運用するとは,無線設備を操作して無線通信を行うことを意味し,発信設備のある限り,現実には受信しかしていなくても運用に当たる。」とあっさり解しています(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編(新版)』(立花書房・1994年)448頁。また,安西溫『特別刑法7』(警察時報社・1988年)311頁)。電波法25号ただし書の「受信のみを目的とするもの」を無線局から除く旨の規定については,「この受信のみを目的とするものというのは,受信設備の全てではなく受信設備であつても或ものは無線局を構成することがあるのであつて,それは送信設備の機能を果すためにはこれと一体をなしていると考えられる受信設備即ち具体的にいへば中央集中式又は二重通信方式により設置する受信設備等である。これらの受信設備は客観的に送信設備と一体をなしているものであるから,これらの受信設備を有している者の主観のいかんに拘らず必ず無線局を構成するものとして法の適用を受けるのである。」と説明されており(荘等83-84頁。下線は筆者によるもの),開設者ないしは運用者の主観的目的ではなく,無線設備の機能に係る客観的評価の問題とされていたところです(電波法施行規則5条,無線局免許手続規則(昭和25年電波監理委員会規則第15号)24項参照)。仙台高等裁判所平成19126日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成19497頁)においても,電波法25号ただし書の「「受信のみを目的とするもの」とは,受信専用設備をいうものが相当であるところ,本件無線設備は,電波を発射し送信することが可能なものであるから(空中線電力は,14メガヘルツ帯で10.4ないし10.8ワット,430メガヘルツ帯で10.6ないし11.4ワット,鑑定書⦅原審甲12⦆),これには該当しない。」と判示しています。

 

(4)無線局の運用の主体と開設の主体と

また,昭和34年最高裁判所決定の事案においても明らかになったとおり,無線局の運用の主体(通信士)と無線局の開設の主体(漁業協同組合又は船主)とは,必ずしも一致していなかったところです。運用者と開設者とのこの相違にどこまでこだわるべきか。(あるいは,前記高橋幹男調査官の言う「免許人以外の者にその無線局の運用を認めることが出来るとするには電波法全体の精神からみていわゆる自手犯の問題が相当疑問を提起することであろう。」との「電波法全体の精神」からする疑問をどう解消するか。)この辺は,実は,電波法施行規則5条の2が「免許人等〔免許人又は登録人〕の事業又は業務の遂行上必要な事項についてその免許人等以外の者が行う無線局の運用であつて,総務大臣が告示するものの場合は,当該免許人等がする無線局の運用とする。」と規定し,同条の告示によってacrobaticな辻褄合わせがされています。

当該告示である,電波法施行規則第5条の2の規定に基づく免許人以外の者が行う無線局の運用を,当該免許人がする無線局の運用とする場合(平成7年郵政省告示第183号)は,次のように規定しています。

 

免許人又は登録人〔略〕から無線局(放送をする無線局を除く。以下同じ。)の運用を行う免許人又は登録人以外の者(以下「運用者」という。)に対して,電波法及びこれに基づく命令の定めるところによる無線局の適正な運用の確保について適切な監督が行われているものであつて,次に掲げるものとする。

一 その無線局がスポーツ,レクリエーション,教養文化活動等の施設を利用者に提供する業務を遂行するために開設する無線局であるもの

二 アマチュア局であって,次の各号に掲げる運用方法によるもの

1 運用者は,アマチュア局の無線設備を操作することができる資格を有し,かつ,当該資格で操作できる範囲内で運用するものであること。

2 運用者は,運用しようとするアマチュア局の免許人の立ち会いの下で,かつ,当該アマチュア局の免許の範囲内で運用するものであること。ただし,運用しようとする社団であるアマチュア局の免許人の承諾を得て,地震,台風,洪水,津波,雪害,火災,暴動その他非常の事態が発生し,又は発生するおそれがある場合において,人命の救助,災害の救援,交通通信の確保又は秩序の維持のために必要な通信を行うときは,当該免許人の立ち会いを要しない。

3 呼出し又は応答を行う際は,運用しようとするアマチュア局の呼出符号又は呼出名称を使用するものであること。

三 免許人又は登録人と運用者との間において,その無線局を開設する目的に係る免許人又は登録人の事業又は業務を運用者が行うことについての契約関係があるもの(その無線局が移動局(ラジオマイクの局を除く。)の場合は,免許人又は登録人が当該無線局の無線設備を実際に操作する者に対して,別表に定める証明書〔無線局運用証明書〕を携帯させているものに限る。)

 

 平成7年郵政省告示第183号の第1号は,電波法70条の9とどのような関係になるのでしょうか。

平成7年郵政省告示第183号の第2号は,「アマチユア局の無線設備の操作を行う者は,免許人(免許人が社団である場合は,その構成員)以外の者であつてはならない。」と規定する無線局運用規則(昭和25年電波監理委員会規則第17号)260条の規定と矛盾するようでありますが,後法が先法を破ったもの歟。

前記仙台高等裁判所平成19126日判決は「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者であっても他人の無線局を運用することができるが(電波法施行規則5条の2参照)」と判示していますが,「一定の条件に適合すれば免許人等以外の者の無線局の運用であっても当該免許人等による無線局の運用である」とまでは言ってはいません。

また電波法施行規則5条の2の見出しは「無線局の運用の限界」となっていますが,これは法律たる電波法で免許人等に認められた無線局の運用の範囲を省令でもって「限界」付け,制限するということでしょうか。しかし,下位法令が上位法令を破ってはならないでしょう。したがって,電波法施行規則5条の2及び平成7年郵政省告示第183号は注意的な電波法の解釈規定であるということになるようなのですが,無線局運用証明書の携帯義務までをそのような解釈規定をもって創出してよいものかどうか(同告示の第3号)。ちなみに,自動車運転免許証の携帯義務は,法律をもって定められています(道路交通法(昭和35年法律第105号)951項)。

 

7 昭和59年法律第87号による改正

日本電信電話株式会社法及び電気通信事業法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和59年法律第87号)第47条により,198541日から(同法附則1条),電波法1101号は「第4条の規定による免許がないのに,無線局を開設し,又は運用した者」と改められています。

 

8 東京高等裁判所昭和60年9月13日判決(小金井食堂駐車場事件)

電波法1101号の無線局開設罪に係るリーディング・ケースは,東京高等裁判所昭和60913日判決(判タ56892頁)です。

第一審の宇都宮地方裁判所昭和591126日判決(判タ56894頁)は,罪となるべき事実として「被告人は,郵政大臣の免許を受けず,かつ,法定の除外事由がないのに,昭和581012日午前1時ころ,栃木県小山市大字羽川517番地小金井食堂西側駐車場において,同所に駐車中普通乗用自動車内に電源が接続された携帯無線送受信機を置き,自らその付近に位置して電波の送受信が可能な状態を保ち,もつて無線局を開設したものである。」との事実を認め,被告人を懲役4月に処しています。前記①の無線局を運用する意思の存在は,罪となるべき事実において記載されていませんが,争点に対する判断中において宇都宮地方裁判所は「被告人において,本件無線機を用いて警察無線等を傍受し,ないしは傍受しようとしていたことが強く推認されるものといわざるを得ない。」及び「被告人は,本件車両に戻つてきた後はもちろん,それ以前からも,本件無線機を自己の意思に基づき,基本的に自由に使用しうる地位にあつたものと推認することができる。」と判示しています。結論部分においては,同裁判所は「被告人が,他の者と共用してであったか否かはともかく,公訴事実記載の日時・場所において,本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつ,そのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,以上検討したところなどからして,被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当であるから,被告人は,本件の罪責を免れないものというべきである」と判示しています。

これに対して控訴がされたのですが,東京高等裁判所の判決文によれば,控訴趣意書において弁護人は「電波法41項に規定する「無線局の開設」とはアンテナ,送受信機,電源等無線設備を設置して電波を発射しうる状態に置き,かつこれを操作し得る者を配置し,いつでも無線局として運用可能な状態に置くことを要し,無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者と解すべきところ,原判決は,本件無線局の支配管理者が誰であるかを決定することなく,単に被告人が本件無線機と関連性があるか,あるいは関連性が強いということを認定しただけで無線局開設罪の罪責を問うているのであつて,右は電波法の解釈適用を誤つたものである。」と主張しています。ここでも国会答弁で出てきた①無線局を運用する意思はそれとして出て来ないのですが,「無線局の開設者とは,その無線局を支配・管理している者」であるとの定式が提示されています。

東京高等裁判所は,当該定式を「所論のとおり」であるとしつつ,「その無線局を支配・管理している者」の内容については,「原判決はその意義についての一般的な解釈を明示しているわけではなく,原判決の判文,特に「被告人が本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し,かつそのように操作・使用することが可能な状態にあったことは,これを優に認定することができるというべきである(なお,・・・被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして,かかる事実が存すれば,共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立するものと解するのが相当である・・・」と判示し,被告人が単に,他人が開設した無線局を運用したにすぎない者ではない趣旨の判示(ママ)ていることに徴すると,原判決は「無線局を開設した者」とはその無線局を支配管理している者と解しうえで被告人が本件無線局の支配管理者に当るとの判断の過程を明らかにしたものと理解することができるのであつて,所論の非難は当らない。」と一蹴しています。

なお,東京高等裁判所は「本件無線設備に関し他に無線(ママ)開設の免許を受けた者があり被告人がその免許を受けた者の支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわつたにすぎないと認められる特段の事情が存しないこと」をも確認した上で原審判決を維持しています。「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」していることが無線局の開設者たる要件であって,「無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有」している者(無線局の開設者)の「支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわったにすぎない」者は,無線局の運用者ではあるがその開設者とまではいえない,ということになるのでしょう。宇都宮地方裁判所の判決文(「共同使用者の有無及びその者の無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず,無線局開設罪は成立する」)によれば,同一の無線設備について複数の者による複数の無線局の開設が可能であるということになりますが,この点は電波法令も実は認めているところであって,例えば電波法関係手数料令(昭和33年政令第307号)31項には「基本送信機が2以上の無線局によつて共用されている場合」という表現が出て来ます。河上元検事は「免許を受けた他人の無線局を勝手に利用して無線通信を行う場合も無線局の無許可運用といえよう。」と述べていますが(伊藤等448頁。また,安西311頁),ここでいう「勝手に利用」ということは「自己の計算において操作・使用する」ことをいうものと解され,かつ,当該「意図」をもって無線局としての運用が可能な状態を作出すれば,免許を受けずに無線局を開設する罪も成立するというわけでしょう。

 
 後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1076312387.html



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   Dann rückte er auch den Stuhl zum Tische, nahm eins der aufgeschlagenen Bücher und vertiefte sich in Studien, an denen er einst die Kraft seiner Jugend geübt hatte. (Theodor Storm, Immensee)

 

1 東京地方裁判所平成29427日判決の衝撃

もう2年以上前のことになりますが,東京地方裁判所(裁判長裁判官・島田一,裁判官・島田環及び高野将人)が平成29427日に判決(判時2388114頁)を下した不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反,電子計算機使用詐欺,私電磁的記録不正作出・同供用,不正指令電磁的記録供用,電波法違反被告事件では,無線通信の秘密を窃用する罪に係る電波法(昭和25年法律第131号)109条1項の解釈が正面から争われ,検察側が敗北,同罪に係る当該公訴事実について被告人は無罪となりました。珍しいことです。同項は「無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし,又は窃用した者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と規定しているものです。

恐らくは,電波法を所管する総務省の電波当局への照会・お墨付きをも得ての公訴提起であったのでしょうが,どうしたことだったのでしょうか。判決後の平成29年(2017年)512日の閣議後記者会見において,高市早苗総務大臣に対して質問が発せられます(総務省ウェブ・サイト)

 

 問: 幹事社の日本経済新聞の根本と申します。1問御質問させていただきます。

    他人の無線LANの暗号鍵を解読し,無断で使った行為の違法性が争われた刑事裁判で,暗号鍵の解読は電波法が禁じる「無線通信の秘密」の無断使用には当たらないとして,無罪とした東京地裁判決について検察が控訴を断念いたしました。大臣の御所感をお聞かせください。

答: 東京地検が控訴をなさらなかったということは,承知しております。

 総務大臣として,個別の係争事案に対してコメントをすることは差し控えさせていただきたいのですが,電波法に係る事案となっている点については,現在,法務省に情報提供を求めておりますので,今後,判決内容について精査をしていく考えでございます。

 後ほど,無線LANアクセスポイントの無断使用に係る電波法における考え方につきまして,担当者から皆様に説明をさせていただきます。

 9時半からの予定でございます。

 総務省では,無線LANを利用しておられる方々を対象に,セキュリティ対策を周知啓発しております。利用者の皆様には,最新のセキュリティ対策を講じていただきたいと希望いたします。

 

 当該20175129時半からの「無線LANアクセスポイントの無断使用に係る電波法における考え方」に係る説明の内容を示す情報は,総務省ウェブ・サイトをざっと検索しただけでは見当たらず,当該判決に対する電波当局担当者の当時の反応がはっきり分からないことは,残念なことです。(なお,同日の朝日新聞夕刊4版14面では,「総務省は12日,「同様の事例は電波法違反にあたる」との見解を示した。パスワードの解読のために通信を傍受して悪用することが,電波法が禁じる「無線通信の秘密の窃用(盗んで使うこと)」にあたるという。/裁判では,パスワードそのものが通信の秘密にあたるかどうかが争われた。判決は,パスワードは通信されていないため通信の秘密にあたらないと判断され,電波法上は無罪とした。/総務省によると,今回解読されたのは「WEP」という古い方式の暗号で,解読する機器が出回っているという。利用者のパソコンなどが無線LAN機器に送る通信を傍受,複製して無線LAN機器に送ることでデータを入手,これを分析してパスワードを解読する。/この行為は電波法109条第1項に違反し,1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられるという。総務省電波政策課は「被害を防ぐには最新の無線LAN機器に買い替えてほしい」としている。(上栗崇)」と報じています。翌13日の読売新聞朝刊14版32面では「総務省は「暗号鍵を割り出すために,他人の無線LAN機器に繰り返し通信をかける行為は電波法違反の無線通信の秘密の窃用(盗んで使用する)に当たる」との見解を示した。」とされています。これらのような見解に依拠して,東京地方検察庁は痛い目に遭ったものでしょう。)

 

2 判決文

 前記東京地方裁判所判決における当該無罪の判示の主文は「本件公訴事実中,平成2771日付け追起訴状記載の公訴事実第1の電波法違反の点については,被告人は無罪。」であり,その理由として記されているところは次のとおりです。

 

1 無線通信の秘密の窃用の公訴事実等

   平成2771日付け追起訴状記載の公訴事実第1は,「被告人は,V₈方に設置して運用する小電力データ通信システムの無線局である無線LANルータのアクセスポイントと同人方に設置の通信端末機器で送受信される無線局の取扱中に係る無線通信を傍受することで,同アクセスポイント接続に必要なパスワードであるWEP鍵をあらかじめ取得し,平成26611日午前1126分頃,松山市〔番地等略〕被告人方において,同所に設置のパーソナルコンピュータを使用し,前記WEP鍵を利用して前記アクセスポイントに認証させて接続し,もって無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を窃用したものである。」というものである。

   被告人が,同日時頃,〔被告人方の真向かいにある〕V₈方無線LANアクセスポイントにかかるWEP鍵を利用して,同アクセスポイントに接続していたことは,証拠上認められるものの,当裁判所は,WEP鍵は電波法1091項にいう「無線通信の秘密」にはあたらず,それを利用することが同項違反にはならないと判断したので,以下補足して説明する。

  第2 WEP

1 WEPは,無線通信を暗号化する国際的な標準形式である。その際に用いられる暗号化鍵がWEP鍵である。

   暗号化の過程は概ね以下のとおりである。平文(暗号化したい情報)に,104ビットのWEP鍵と24ビットのIV(誰にでもわかるようになっている数字)を組み合わせた128ビットの鍵をWEPというシステムに入れることでできる乱数列を足し込んで暗号文を作成する。復号するためには,平文に足し込まれた乱数を引く必要があるが,その乱数を知るためには,WEP鍵が必要になる。

   WEP方式の無線LAN通信において,WEP鍵自体は無線通信の内容そのものとして送受信されることはない。

   2 前記(事実認定の補足説明)第23に認定のとおり,被告人は,1号パソコン〔被告人が使用していた押収番号1番のパーソナルコンピュータ〕からKali Linuxに収録されているwifiteを用いて,V₈方無線LAN〔アクセスポイント〕のWEP鍵情報を取得している。wifiteの攻撃手法は,ARPリプライ攻撃と言われるものであり,WEP鍵を計算で求める前提として,通信している者が出しているパケットが少ない場合に,大量のパケットを発生させることで大量の乱数を収集するというものである。

  第3 検討

1 電波法1091項の「無線通信の秘密」とは,当該無線通信の存在及び内容が一般的に知られていないもので,一般に知られないことについて合理的な理由ないし必要性のあるものをいうと解される。

   2 前記のとおり,WEP鍵は,それ自体無線通信の内容として送受信されるものではなく,あくまで暗号文を解いて平文を知るための情報であり,その利用は平文を知るための手段・方法に過ぎない。

   WEP鍵は,大量のパケットを発生させて乱数を得ることにより計算で求めることができるという点では,無線通信から割り出せる情報ではあるものの,WEP鍵が無線通信の内容を構成するものとは評価できない。このことは,WEP鍵を計算によって求めるためには,必ずしも無線LANルータと端末機器との間で送受信されるパケットを取得する必要はなく,ARPリプライ攻撃によってパケットを発生させることでも足りることからもいえる。すなわち,WEP鍵は,無線LANルータと端末機器との間で送受信される通信内容の如何にかかわらず,取得することができるのであり,無線通信の内容であるとはいえない。

   3 そうすると,WEP鍵は,無線通信の内容として送受信されるものではなく,無線通信の秘密にあたる余地はない。

   したがって,WEP鍵の利用は犯罪を構成せず,結局前記公訴事実については罪とならないから,刑訴法336条〔「被告事件が罪とならないとき,又は被告事件について犯罪の証明がないときは,判決で無罪の言渡をしなければならない。」〕により,被告人には無罪の言渡しをする。

 

当該判決書の「(事実認定の補足説明)第23」で認定されているところは,次のとおりです。

 

   3 被告人が1号パソコンからV₈方無線LANWEP鍵を取得したこと

1)認定できる事実

    警察官は,〔2014年〕611日午前1128分から被告人方の捜索を実施した。押収された1号パソコンのデスクトップ上にあった暗号化ファイル「f.atc」を復号すると作成される「f.txt」内に,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANに接続するためのWEP鍵が保存されていた。

f.atc」の復号パスワードは,「p₁」であった。

その取得経緯は,次のとおりと認められる。すなわち,被告人は,1号パソコンを購入した〔2014年〕130日午後239分頃,1号パソコンにKali LinuxというOSをインストールした。同日午後320分頃,そのKali Linux上でWEP鍵情報の解析を行うことができるソフトウェアwifiteにより,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANアクセスポイント(以下「V₈方無線LAN」という。)に対して攻撃がなされて,WEP鍵が取得され,同日午後526分頃から同日午後627分頃までの間,1号パソコンからV₈方無線LANに接続した。

そして,後述するとおり,被告人は,〔2014年〕611日午前1126分頃,1号パソコンを操作して,V₈方無線LANに接続したと認められる。

なお,1号パソコンのほか,被告人方から押収された押収番号18号のパソコン(18号パソコンという。)と6号外付けハードディスク〔押収番号6番の外付けハードディスク〕から,暗号化ファイル「f.atc」が発見され,それを復号すると作成される「f.txt」に,V₈方無線LANWEP鍵情報などが記録されていた。

2)検討

被告人が,1号パソコンを購入し,Kali Linuxをインストールした当日に,第三者が1号パソコンに対する遠隔操作の準備を済ませ,Kali Linuxのインストールからわずか40分程度で,wifiteを実行し,不正アクセスの準備行為であるWEP鍵の取得をした可能性は現実的には極めて低いと考えられる。そして,後述のとおり,〔2014年〕611日に,被告人がV₈方無線LANに接続したということは,1号パソコンを購入し使用した被告人がV₈方無線LANWEP鍵情報を取得したと合理的に推認することができる〔「被告人方では,被告人以外の家族が1号パソコンを使用することはなかった。」〕。このことは,被告人所有の他の機器から発見された暗号化ファイルの中にもV₈方無線LANWEP鍵情報が保存されていたことにより裏付けられている。

 

 はてさてこれは,以下のようなことでしょうか。

 

3 「無線通信の秘密」=無線通信の内容(及び存在)の秘密

まずは,「無線通信の秘密」とは「無線通信の内容(及び存在)の秘密」ということであって,それ以外の「無線通信に関する秘密」までをも含むものではない,ということでしょう。『判例時報』2388115頁において本件東京地方裁判所判決の匿名評釈者は,その漏洩又は窃用のみが処罰されるものである電波法1091項の「無線通信の秘密」の意義について,「通信自体が秘密の対象となるのではなく,通信内容それ自体に秘密性がある場合を意味すると解されている(伊藤榮樹ほか編・注釈特別刑法(6)Ⅱ(新版)(立花書房,1994439以下)。本判決もこれを前提として,無線通信の秘密とは,当該無線通信の存在及び内容が一般的に知られていないもので,一般に知られないことについて合理的な理由ないし必要性のあるものをいうと解したものと思われる。」と紹介しています。

伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編『注釈特別刑法第6巻Ⅱ交通法・通信法編(新版)』441頁において河上和雄元東京地検特捜部長は,「無線通信の秘密の意義については,〔電波法〕59条〔何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか,特定の相手方に対して行われる無線通信(電気通信事業法第4条第1項又は第164条第3項の通信であるものを除く。第109条並びに第109条の22項及び第3項において同じ。)を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。〕との関係から,通信自体が秘密の対象となるのではなく,通信内容それ自体に秘密性がある場合を意味するといわざるをえないが,この場合の秘密とは,当該無線通信の発信者,受信者間において,他の者にその存在(もっとも,存在自体に秘匿の必要性,合理性がある場合は少ないと思われる。)や,内容を秘匿する合理的理由と必要性があり,かつ,その通信の存在や内容が一般に知られていない場合,すなわち秘匿の必要性と非公知性のあるものといえよう。最高裁は,国家機密(国家公務員法10912号,1001項)について,この「秘密とは,非公知の事実であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの」(最決昭53531刑集323457)としているが,この考えは,秘密の要件の一般的特性をいうものであり,本条〔電波法109条〕の場合にも当てはまろう。ただ,国家機密と異なり,本条の秘密は,個人の秘密をも含むので,その秘密に違法性がある場合,例えば,密輸業者間の無線連絡の如きは,当事者間でいかに秘匿の必要性があっても,その存在や内容を傍受して漏らしても本条の対象とはならない。本法をはじめとして法令に違反しない正当な通信であって右の要件を具備してはじめて保護の対象となる。そして,秘密か否かの判定は,当然司法判断に服する(右最決昭53531)。」と述べています。

 

4 無線「通信」の内容

そもそも無線通信の「通信」とは,「意思,観念,感情等人の精神活動を伝達することをいうのであり,従つて特定人間の無線電信,無線電話による通信だけでなく放送,テレビジョン,フアクシミリ等による場合も含まれ」るものとされています(荘宏=松田英一=村井修一『電波法放送法電波監理委員会設置法詳解』(日信出版・1950年)81-82頁)。ということで,無線通信の「内容」は「当該通信が伝達しようとする意味の知識」ということになります(荘等108頁)。しかして,ここでの「意味」は,「意思,観念,感情等人の精神活動」に係る意味ということでしょう。ちなみに,レーダの電波は「意思,観念,感情等人の精神活動」を伝達するものではなく,したがってレーダについては無線通信の秘密を云々することはないということになるのでしょう。(なお,無線設備のうち無線通信を行わないものと高周波利用設備(電波法1001)との相違は,前者については電波の両端において電気的設備による電波の送受が前提とされている(同24号)のに対して,後者は高周波のエネルギーとして出しっぱなしになる(医療用設備,工業用加熱設備等)ということでしょうか(荘等246頁参照)。しかし,無線設備と高周波利用設備との切り分けは,それまで無線局として監理されていた誘導式読み書き通信設備(「通信」を行うものです。)が2002919日の総務省令改正によって高周波利用設備扱いに変換されてしまうなどということもあって,流動的です。)

『判例時報』の前記匿名評釈者は,「無線LAN通信で送受信しようとしている情報は,あくまで暗号文を復号して得られる平文であり,WEP鍵自体が送受信されているとは評価できない。強いて例えるならば,手紙(平文)を鍵のかかる封筒に入れて(暗号化)送るとき,そこで送られているのは,封筒の鍵(WEP鍵)ではなく,手紙であるのと同様に考えられよう。」と述べています(判時2388115頁)。この点に関しては,つとに立命館大学の上原哲太郎教授(情報セキュリティー)が「暗号鍵自体は,封筒の外側だけを見ているようなもので,中身を読んだとまではいえない。通信の秘密と解釈するのは無理があった」とコメントしていたところです(2017年4月28日読売新聞朝刊14版35面)。

 

5 無線通信の内容と当該無線通信の暗号化のための暗号鍵との別異性

結局,無線LANアクセスポイントに係るWEP鍵は,そもそも当該アクセスポイントを経由する無線通信の内容に含まれておらず,通信以前に,それらの無線通信とは別個独立に存在しているものなのだ,ということなのでしょう。すなわち,2014130日午後320分頃に「ソフトウェアwifiteにより,被告人方の真向かいにあるV₈方の無線LANアクセスポイント〔略〕に対して攻撃がなされて,WEP鍵が取得され」たといっても,まず直接収集されたのは「大量の乱数」にすぎず,そこにはWEP鍵自体は含まれておらず,「WEP鍵が取得」されたのはその後それらの乱数を基に別途パーソナルコンピュータ上で計算しでからのことだったのだ,ということなのでしょう。

封筒の鍵の形(「WEP鍵」)を知るためには,当該封筒の外側に付けられた錠の様子を調べる(「大量のパケットを発生させることで大量の乱数を収集する」)必要はあるのでしょうが,その際封筒の中の手紙(「通信の内容」)を見る必要は無いことになります。前記匿名評釈者は,「ここでも強いて例えるならば,封筒の鍵の形を知るために,その中に何が入っているのかを知る必要はないのと似ている。」と述べています(判時2388116頁)。

 

6 電波法109条の2との関係

 ところで本件は,何故電波法109条の21項の罰条(「暗号通信を傍受した者又は暗号通信を媒介する者であつて当該暗号通信を受信したものが,当該暗号通信の秘密を漏らし,又は窃用する目的で,その内容を復元したときは,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」)で起訴されなかったのでしょうか(同項は未遂も処罰(同条4項)。なお,「「暗号通信」とは,通信の当事者(当該通信を媒介する者であつて,その内容を復元する権限を有するものを含む。)以外の者がその内容を復元できないようにするための措置が行われた無線通信をいう。」とされています(同条3項)。)。同条は平成16519日法律第47号により電波法に追加され,既に200468日から施行(同条5項を除く。)されていました(平成16年法律第47号附則12号)。

刑の重さは電波法109条の21項も1091項も変わらないところ,暗号通信の「内容」の復元というところで,同法109条の2の適用はひっかかったのでしょうか。確かに,本件被告人が2014130日に復元ないしは計算の結果取得したものは暗号化鍵でした(無線通信の「内容」ではないでしょう。)。そこで,109条の21項の適用は断念しつつ,1091項の「無線通信の秘密」には内容及び存在のほかに暗号化鍵も含まれるのだとの解釈を裁判所に呑ませようとしたものでしょうか。

それとも,単に,暗号通信の秘密の内容を復元してそれを漏洩又は窃用した場合は,電波法109条の21項の罪は同法109条の罪に吸収されるのだという解釈が採られているということでよいのでしょうか。

 なお,電波法109条の未遂に係る処罰規定(刑法44条)はありませんが,当該未遂行為が処罰されないことについて,河上元特捜部長は,「おそらく立法ミスと考えられる」と批判しつつ,未遂を処罰しない「理由を強いて考えれば〔略〕本条〔電波法109条〕では秘密を漏らす行為のほか,その窃用をも処罰の対象としている点で〔電気通信事業法(昭和59年法律第86号)179条及び有線電気通信法(昭和28年法律第96号)14条と異なり〕秘密の利用に処罰の重点をおいた関係で,未遂を処罰の対象外としたといえるかも知れない。それにせよ,必ずしも合理的な説明とはいえない。」と述べていました(伊藤等編439頁)。

7 有線電気通信法17条1号の謎

 ところで,有線電気通信法(電波法同様に総務省が主管しています。)が出てきたので最後に脱線です。実は有線電気通信法171号の犯罪構成要件は,どうも出来がよくないようです。同号により「第3条第1項から第3項までの規定による届出をせず,又は虚偽の届出をした者」は10万円以下の罰金に処せられるのですが,有線電気通信法31項は「有線電気通信設備を設置しようとする者は,〔略〕設置の工事の開始の日の2週間前まで(工事を要しないときは,設置の日から2週間以内)に,その旨を総務大臣に届け出なければならない。」と規定しているところ,あるせっかちな人が有線電気通信設備の設置をふと思い立ち,思い立った吉日に即日工事をして設置してしまった場合はどうなるのでしょうか。届出をしない罪の既遂時期は工事日(かつ有線電気通信設備の設置を思い立った日)の15の日が終了した時(期間の遡及の場合の期限について『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)203頁参照)に遡及するのでしょうが,実はその時点では当該せっかち漢には有線電気通信設備を設置しようなどという気はつゆ無かったのであって,どうしたものでしょうか。「犯罪の既遂時期を明確にしなければならない」という要請(前田正道編『ワークブック法制執務(全訂)』(ぎょうせい・1983年)212頁)には一応応えているようにも見えるのですが,故意(刑法381項本文)の点はどう解したものやら。過失により届出期間を徒過した場合も有線電気通信法171号による処罰は可能であるとされていますが(伊藤等編419頁(河上和雄)),そもそも有線電気通信設備を設置しようという気の全く無かった人間に届出義務は生じていたのでしょうか。

 


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1 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決(判タ1439136頁):指定薬物

 福岡高等裁判所第1刑事部平成28年6月24日判決(平成28年(う)第181号薬事法違反被告事件)が『判例タイムズ』第1439号(201710月号)136頁以下で紹介されています。薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同様)2条14項の指定薬物を所持する罪の故意の有無が争われた事件です(故意が認められ,被告人の控訴棄却。懲役6月)。『判例タイムズ』で紹介された判決文中,下線が施されていた部分は次のとおりです。

 

   当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。

 

本件の事実関係の下では,被告人が本件植物片には指定薬物として指定されている薬物が含有されていないと信じたことに合理的な理由があったことなど,被告人の故意を否定するに足りる特異な状況も認められないというべきである。

 

 なお,薬事法2条14項は,「この法律で「指定薬物」とは,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する(がい)然性が高く,かつ,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(大麻取締法(昭和23年法律第124号)に規定する大麻,覚せい(﹅﹅)剤取締法(昭和26年法律第252号)に規定する覚せい剤,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法(昭和29年法律第71号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう。」と規定していました。

 薬事法8420号は,同法76条の4の規定に違反した者(同法83条の9に該当する者を除く。)は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれを併科されると規定していました。

 薬事法76条の4は,「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(以下この条及び次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,所持し,購入し,若しくは譲り受け,又は医療等の用途以外の用途に使用してはならない。」と規定しています。これは,平成25年法律第103号により2014年(平成26年)4月1日から改正されたものです。ちなみに,平成25年法律第84号の施行日は2014年(平成26年)1125日でしたので,あとで成立した第103号の方が先に成立した第84号より先に施行された形になります。Sic erunt novissimi primi et primi novissimi.”(マタイ20.16)ということの実例の一つですね。

 

 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,「平成26年〔2014年〕8月19日,被告人に対する脅迫の被疑事実による被告人方居室の捜索差押許可状が執行され,その際本件〔乾燥〕植物片が発見され,被告人は,自身で購入したことを自認して,それを任意提出し〔略〕,その後,本件植物片が鑑定され,本件薬物の成分が検出されたことが認められるから〔略〕,被告人が本件薬物を含有する本件植物片を所持していたことは明らかである。/また,本件薬物は,平成26年7月15日公布,同月25日施行の厚生労働省令第79号により,当時の薬事法(昭和25年法律第84号による改正前のもの,現在は法律名が「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」と改正されており,同法において同じ規制がされている)2条14項に規定する薬物に指定された(以下「指定薬物」という)ものである。」,「被告人は,本件植物片が,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用や当該作用の維持又は強化の作用を有する蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物を含有していること,すなわち,当時の薬事法によって規制しようとしていた薬理作用やその薬理作用による危険性を十分認識するとともに,その薬理作用を期待して本件植物片を購入し所持していたということができる。そして,被告人は,本件植物片がいわゆる危険ドラッグであることを前提に,それを購入して所持していた上,危険ドラッグの危険性や取締りの強化は十分承知しており,そのため販売員に本件植物片の規制の有無を確認しているのであるから,本件植物片の含有する本件薬物が,他の指定薬物と同様に規制され得るそれらと同種の物であり,指定薬物として取締りの対象に入る可能性を認識していたものというべきである。」,「被告人は,販売員から合法だと告げられるなどしたから合法だと信じたというのであるが,販売員でしかない者が違法か合法かを適切に判断できる立場にないことも,その言葉が信頼に足りる状況にないことも,いずれも明らかであるし,取締りの対象となって閉店した店が,再度オープンしたからといって,販売店で取り扱う商品が合法なものと推認できないこともまた明らかである。」というものでした。

平成25年法律第103号によって2014年4月1日から改正する前の薬事法76条の4は「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列してはならない。」というものでしたから,2014年の3月中に当該植物片が押収されていたのならば販売又は授与の目的がない限り被告人は指定薬物所持罪に問擬されることはなかったのでした。

 

2 故意の成立に必要な事実の認識の範囲に係る判例の立場に関する説明

 ところで,『判例タイムズ』第1439号の匿名解説は「本判決は,このような判例の立場に関する説明と軌を一にするものといえよう。」と述べています。そこでいう「このような判例の立場に関する説明」は,どのようなものでしょうか。いわく。

 

判例は,故意の成立に必要な事実の認識の範囲は,当該構成要件の該当事実そのものを認識していることが必要であり,その一部である違法性の意識を喚起しうる範囲の事実を認識していることは故意の成立を認める証拠に止まるとしている。そして,さらに,構成要件に該当する自然的事実を認識しているだけでは足りず,構成要件に該当するとの判断を下しうる社会的意味の認識が必要であるとしている(香城敏麿・最高裁判所判例解説刑事篇平成元年度15事件)。

 

〔行政取締法規違反の罪については,〕違法性を喚起しうる一部の事実を認識していたことと行為当時の状況をあわせて考慮すると,少なくとも未必的,概括的には構成要件該当事実を認識していたと認定しうる場合には,その錯誤は法律の錯誤にとどまる。これに対し,自然的な意味での事実の認識は存在していたものの,それが構成要件事実に当たるという意味の認識を妨げる特異な事情が介在していたため,故意の成立に必要な程度に事実の認識があったとは判断できない場合には,事実の錯誤となる(香城・前掲261頁)

 

 この香城敏麿最高裁判所上席調査官は,後に福岡高等裁判所長官となっています。したがって,福岡高等裁判所の後輩裁判官としては,元長官閣下の見解を重視すべきことは当然,ということになったのでしょう。

 

3 同窓生たち

 香城敏麿長官は,刑事法のみならず,憲法分野でも名前の出て来る著名な裁判官です。筆者も不敏ながらも法律の勉強はしたわけなので,その際同長官の氏名を目にするたびに,香城敏麿とは変わった名前だなぁ,「まろ」といわれると京都の貴族みたいだなぁ,しかし,そういえば札幌での中学生時代に香城○麿さんという上級生がいたけど親戚なのかなぁ,などと漠然と考えることがあったところです。とはいえいつまでも漠然とした思いのままでは埒が開きません,インターネットでいろいろ便利になったのでふと香城長官の出身高等学校を調べたところ,何のことはない,長官は北海道立札幌南高等学校の御出身でした。香城一族は,男子は○麿と命名せられることとなっているらしい,札幌の名族であったのでした。

 で,堅い裁判官の香城敏麿長官が1935年生まれであると分かると,今度は柔らかい小説家の渡辺淳一先生と同じ時期に札幌南高校にいたのかしら,が気になるところです。後に男女の愛とその官能を綴ることで有名になる渡辺先生は1933年生まれでした。ということは,両者は2歳違いであって,同級生の加清純子嬢と付き合ってめろめろ中の将来の大作家が3年生になった時(1951年4月)に,その半世紀後の20011130日に電気通信事業紛争処理委員会(現在は電気通信紛争処理委員会(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)144条以下))の初代委員長(同法146条)となる香城少年が入学して来たという関係であったわけです。『阿寒に果つ』の加清純子事件は,後の電気通信事業紛争処理委員会委員長が高校1年生として迎えた新年(1952年1月)に起きたのでした。


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時計台(札幌市中央区)

 

4 東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決等:医薬品及び製造たばこ代用品

 

(1)薬事法24条1項・84条5号

 ところで,福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,指定薬物の所持者について指定薬物を所持する故意があったということで公訴提起がされ,当該故意の認定が問題となった事案でした。他方,指定薬物に係る故意の認定の困難を回避するためか,いわゆる危険ドラッグの販売業者について,業として医薬品を販売の目的で貯蔵又は陳列したもの(薬事法24条1項違反。刑は,同法84条5号により3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科される。)として起訴した事例もあります。東京地方裁判所立川支部平成26年(わ)第1563号・平成27年(わ)第385号薬事法違反被告事件平成27年9月4日判決の事案などがそうです。薬事法83条の9の規定は「第76条の4の規定に違反して,業として,指定薬物を製造し,輸入し,販売し若しくは授与した者又は指定薬物を所持した者(販売又は授与の目的で貯蔵し,又は陳列した者に限る。)は,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」(平成25年法律第103号による2014年4月1日からの改正以降の条文)となっていましたが,これと比べれば同法84条5号では刑が軽くなっています。検察官としては,刑が軽くなってしまうとしても故意立証における安全性を優先したものでしょう。(福岡高等裁判所平成28年6月24日判決に係る『判例タイムズ』の匿名解説は,「本判決は,指定薬物として指定された事実についての認識をまったく不要としているものとはいえないであろう。」としつつ「指定の事実についての認識を故意に必要な認識の上でどのように位置付けるかは,今後の裁判例の集積にゆだねられているとみるべきであろう。」と述べています。「指定の事実の認識」の位置付けにくよくよしなければならない指定薬物ではなく,そのような苦労のなさそうな医薬品で行こうということだったのでしょうか。)

薬事法24条1項は,「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ,業として,医薬品を販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。ただし,医薬品の製造販売業者がその製造等をし,又は輸入した医薬品を薬局開設者又は医薬品の製造販売業者,製造業者若しくは販売業者に,医薬品の製造業者が,その製造した医薬品を医薬品の製造販売業者又は製造業者に,それぞれ販売し,授与し,又はその販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列するときは,この限りでない。」と規定しています。

しかし,医薬品貯蔵・陳列罪に係る故意の認定も難しい。

 

(2)医薬品の概念

医薬品の定義は,薬事法2条1項において次のように規定されていました。

 

 一 日本薬局方に収められている物

 二 人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて,機械器具,歯科材料,医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)

 三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であつて,機械器具等でないもの(医薬部外品及び化粧品を除く。)

 

指定薬物たるいわゆる危険ドラッグは薬事法2条1項3号の医薬品であるということで起訴がされたということになったのですが,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的の医薬品である,いわゆる危険ドラッグ」というのみの簡単な言い方で,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」としている物を皆医薬品にしてしまうということでよいものかどうか。

薬食同源といわれるところ,普通の飲食物も「人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」として摂取されるものではないでしょうか。眠気覚ましのために砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲むことまでが,医薬品の摂取になるものかどうか。(なお,砂糖を入れたコーヒーが眠気覚ましになるのは,砂糖による胃もたれ感によるものというよりはやはり,カフェインの効果に加えて糖分が疲れた脳に速やかに栄養を補給するからでしょう。)「医薬品ノ中ニハ御承知ノ如ク薬トシテ売出シマス場合ニハ非常ニ難カシイ名前ガ附イテ居ルガ,八百屋ヘ行ケバ食物デアリ,薬屋デ売ルトキハ医薬品デアルト云フヤウナモノモ中ニハナイコトハナイ」と,つとに述べられています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁(灘尾弘吉政府委員(厚生省衛生局長)))。(ちなみに,81回帝国議会の協賛を得た昭和18年法律第48号の旧々薬事法には医薬品の定義がそもそもありませんでした。この点については灘尾政府委員から「出来ルコトナラバ,医薬品ニ関スル定義ヲ此ノ法律案ニ規定致シタイト考ヘマシタ次第デアリマスガ,色々勘考致シマシタケレドモ,中々此ノ点ハ政治的ニ非常ニ難カシイノデアリマス,形式ヲ申シマスレバ,日本薬局方ニ所載セラレテ居リマスモノハ薬品ト言フト云フヤウナコトハ簡単ニ行キマスガ,段々押詰メテ参リマスト,境目ニナツテ来マスト,曖昧ナモノガ出来テ来ルト云フ状況デアリマス,是等ヲ包括致シマシテ,総テニ妥当スルヤウナ定義ト云フモノヲ文字ニ表ハスコトハ中々困難デアリマスノデ,一応ソレ等ノ点ニ付キマシテハ,従来モ左様ニナツテ居ルノデアリマスルガ,薬ニ関スル吾々ノ通念ニ従ツテ処置シテ行キ,疑問ノモノニ付テハ行政的ニ然ルベク処理シテ行クト云フ風ナ考ヘ方ヲ致シテ居ル次第デアリマス」と説明されています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁)。)

 薬事法2条1項3号の前身は昭和23年法律第197号の旧薬事法2条4項3号の「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの(食品を除く。)」との規定でしたが(旧薬事法に至って「医薬品」の定義規定が設けられたわけです。),同号の括弧書きに注意すべきです。食品も,医薬品同様「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」なのでした。(この括弧書きが昭和35年法律第145号の薬事法において取り去られたことについては,「なお,食品との関係につきましては,従来現行法には「(食品を除く)」という言葉が入っておりましたけれども,これは法制上検討いたしまして,食品衛生法の方に医薬品及び医薬部外品を除くという規定をおきまして,両方の調整をはかったわけでございますが,実態としては食品と医薬品,あるいは医薬部外品との関係は現在と変わらないというふうに考えております。」と説明されていますが(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第28号3頁(高田浩運政府委員(厚生省薬務局長))),確かに医薬品が原則で食品が例外であるというよりは食品が原則で医薬品等が例外であるとする方が「法制上」落ち着きがよいでしょう。)すなわち,「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」との文言だけでは覚束なく,もう一つ縛りをかけなくては,食品と医薬品との分別ができません。(ちなみに,食品衛生法(昭和22年法律第233号)4条1項は現在「この法律で食品とは,全ての飲食物をいう。ただし,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)に規定する医薬品,医薬部外品及び再生医療等製品は,これを含まない。」と規定しています。)

ところで,いわゆる危険ドラッグの植物片は,喫煙用に供されています。そうだとすると,食品とはいいにくい。そうであれば,食品ではないところの「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」であるのだから直ちに医薬品なのだといえるかといえば,まだなかなかそうはいきません。

 

(3)製造たばこ代用品

たばこ事業法(昭和59年法律第68号)38条2項は,次のように規定しています。

 

製造たばこ代用品とは,製造たばこ以外の物であつて,喫煙用に供されるもの(大麻取締法(昭和23年法律第124号)第1条に規定する大麻,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)第2条第1号に規定する麻薬,あへん法(昭和29年法律第71号)第3条第2号に規定するあへん並びに医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第2条第1項に規定する医薬品及び同条第2項に規定する医薬部外品を除く。)をいう。

 

 これを見ると,喫煙用に供される植物片は,それだけでは医薬品ということにならず,積極的に医薬品等であるものとされない限り,製造たばこ代用品にとどまることになります。

 製造たばこ代用品は,たばこ事業法38条1項によって,合法の嗜好品であるところの製造たばことみなされて同法の規定が適用されるものとなっています。

 なお,製造たばこ代用品とは「葉たばこ以外のものを原料として,製造たばこと同様の形態に製造されて喫煙用に供されるもの」であって,「代用品の例としては,〔略〕アメリカにはカカオビーンズの皮を主原料としたフリーとか,イギリスではタンポポを主原料とした,どんな味がするのかよくわかりませんけれど,ハニーローズとかいうのがあるそうでございます。」と紹介されています(第101回国会衆議院大蔵委員会議録第2935頁(小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)))。


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 札幌のタンポポ
  

(4)たばこと医薬品との分別

 ところで,薬事法2条1項3号の医薬品に該当するものとしてたばこを厳しく規制すべきだとの主張は,確かに理論の上ではあり得るところではありました。しかしながら,禁煙主義の方々のそのような主張がすげなく退けられた裁判例として,東京高等裁判所平成22年(ネ)第2176号損害賠償請求控訴事件平成24年3月14日判決があります。いわく。

 

   しかし,たばこが,大人が自由な意思で吸う吸わないを判断する嗜好品として製造・販売されてきたことは,これまで認定・説示してきたとおりである。ニコチン依存症候群に陥った者が離脱状態を緩和するために喫煙するということはあり得るが,そのことから,たばこが離脱症状の緩和を目的としているとはいえない。そして,喫煙者が喫煙をする理由の中には,手の操作的満足〔手持ちぶさた〕や娯楽的満足〔雰囲気,楽しみ〕など精神作用以外のものも含まれており〔略〕,たばこは精神作用を得ることのみを目的としているものではない。

   もっとも,たばこは,気分転換,ストレス解消,落ち着くなどの精神作用を理由としても嗜好されているものではあるが,そのことは,カフェインを含むコーヒー・茶やアルコール類など社会的に許容されている他の嗜好品においても同様である(なお,ICD-10〔略〕やDSM-(4)〔略〕においても,アルコール依存,カフェイン関連障害は一つの診断分類とされている。)しかし,薬事法が医薬品の製造・販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためであり,そのため,医薬品は,治療上の効能,効果と副作用とを比較考量して,医薬品としての有用性を有しない限り,承認されることがないのである(最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。これに対して,嗜好品は,国民の生命及び健康を保持する上での必需品ではなく,一定の健康上のリスクがあっても,これを摂取することに個人が自由な意思で価値を認めて嗜好するものであって,その価値が客観的に認められる必要やその価値が客観的にリスクを上回っていることが要求されるものではない。そうすると,嗜好品として許容されている範囲内の精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には該当しないと解するのが相当である。

   そして,ニコチン依存に関する今日の知見の下でも,たばこが嗜好品として許容されていることは,被控訴人日本たばこらに対する請求について説示したとおりである〔略〕。控訴人らは,たばこが嗜好品であるから医薬品に当たらないという考え方は,ニコチンの依存性が明らかにされる以前の古い認識であると主張し,たばこが今後も許容された嗜好品であり続けるかどうかは,今後の喫煙者の状況と知見の状況等を踏まえた社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる問題であるが,少なくとも現時点においては,たばこの精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には当たらず,たばこが医薬品に該当するとはいえない。(第5の1(2)イ)

 

東京高等裁判所の当該判示に拠って強弁すれば,製造たばこ代用品たり得る植物片は,嗜好品たる製造たばこ代用品として許容されている範囲内の精神作用を有するにとどまる限りにおいては当該精神作用を目的として用いられる場合であっても薬事法2条1項3号にいう人の機能への影響を有するものではなく,したがって医薬品ではない,と言い得そうです。当該許容される精神作用の範囲は「社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる」ということになれば,結局,当該植物片に係る医薬品の無許可販売業目的貯蔵・陳列罪の成立のためには,指定薬物として厚生労働省令によって現に指定されるに足る精神作用がある事実(既に指定された指定薬物を含有しているのであればこちらの要件は充足されるでしょう。)及び当該事実に係る認識が必要であるということになりそうです。

 

(5)指定薬物指定省令の公布後施行前の取締りについて

2014年9月19日の政府薬物乱用対策推進会議において厚生労働省の神田裕二医薬食品局長は「今日,新しく14物質を,規制対象となる「指定薬物」に指定しましたので,無承認医薬品としての医薬品としての指定を受けまして,先ほど申し上げた店舗数の多い4都府県に対しましては,本日既に立入検査に入って,今度規制する薬物を売っていたら無承認医薬品として取り締まる,というのを,早速今,立ち入りにちょうど今日行っているところです。」と発言しています。ここでいう「指定」は平成26年厚生労働省令第106号の公布のことで,当該省令が施行されるのは同月29日からのことでした。指定薬物としての指定自体の効力はいまだ発動されてはいないが,「社会一般の意見とそれを反映した立法」(この場合は当該省令の公布)によって当該14物質についてはその精神作用が嗜好品として許容されている範囲を超えることは明らかになったので,医薬品に係る薬事法24条1項・55条2項違反で取り締まるのだ,ということなのでしょう。

 

(6)東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決における医薬品性に係る故意の認定

「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的」であるかどうかの目的の有無についてのいわばディジタル的判断のみでは医薬品性は立証できず,更に許容範囲を超える(すなわち指定薬物指定相当の)精神作用の存在の認識が必要になるのでしょう。しかしそうであると,医薬品所持で起訴した場合であっても,指定薬物の所持に係る福岡高等裁判所平成28年6月24日判決にいう「当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。」の判断基準と余り変わらない判断基準となるように思われます。

東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決においては,薬事法84条5号・24条1項の無許可販売業目的医薬品陳列・貯蔵罪に係る被告人の故意の認定に,次のように多くの言葉が費やされています。

 

 〔前略〕本件植物片は,上記〔略〕のとおり,吸引等の方法による人体摂取を目的として販売,使用されていたものであるところ,被告人自身そのことを認識していた。そして,被告人が,上記〔略〕のとおり,ハーブ店経営者として自ら危険ドラッグの仕入れを行い,アッパー系,ダウン系,強い,弱いなどの効能を,仕入先業者から聞かされ,これを従業員に伝えるなどしていたことや,被告人自身も店内で扱われる商品のうち,リキッドやパウダーと呼ばれる危険ドラッグを使用してその使用感を確かめるなどしていたことからすれば(被告人の供述によっても,ハーブについても1回は使用している。),被告人が〔自店〕で扱っている危険ドラッグに人体への薬理作用があることを認識していたことはもちろん,その程度についてもそれなりに認識していたものと認められる。

  このことに加えて,〔中略〕などからすれば,被告人が,本件植物片が,指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれがあり,人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするものであることを十分認識していたこと,すなわち,本件植物片が医薬品に該当することの基礎となる事実を十分認識していたことは明らかである。そして,以上の経緯等からすれば,被告人が,本件植物片を販売目的で貯蔵又は陳列することが違法であるとの意識を有していたことも優に認められる。(第2の2(2))

 

 「指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれ」までの認識が必要ということで,「人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするもの」のみについてのあっさりとした認定では済まなかったところです。

 返す刀で弁護人の主張もばっさり。

 

 〔前略〕被告人が本件植物片を使用した経験がなかったとしても,本件植物片がそれなりに強い薬理作用を有していることを十分認識し得たといえる。これらのことに加え,上記〔略〕で認定した本件における事実経過等からすれば,被告人は,本件植物片が,嗜好品として許容されている範囲を超えた強い精神作用を有するものであり,指定薬物等の規制薬物を含有する可能性があり,購入客がその薬理作用を求めて身体に摂取する目的で本件植物片を使用しているということを十分認識していたと認められ,弁護人の主張〔「被告人は,①〔自店〕で販売されている植物片について,顧客が嗜好品として使用しているとの認識を有しており,②本件植物片を自身で使用したことはなく,仕入れ先業者からは本件植物片について大まかな定型的性質を聞いていただけである上,指定薬物を含有している商品については,そのことが発覚し次第,取扱を中止するなど,指定薬物を含有する商品を排除すべく努力をしていたものであるから,自身が,指定薬物を含有する医薬品を販売しているとの認識も抱いてはいなかった,などという」〕は採用することができない。(第2の2(3)ア)

 

 と,以上はいわゆる危険ドラッグ関係の剣呑な話でした。

 

(7)健康増進法改正に関して

 ちなみに,葉っぱに火をつけてプカプカすることについて論じてしまうとつい想起されるのは,受動喫煙対策が目玉の健康増進法(平成14年法律第103号)の今次改正案です。2018年3月に内閣から第196回国会に提出された健康増進法の一部改正法案が成立すると,製造たばこ代用品も健康増進法上の「たばこ」の一種とされます(改正後同法25条の4第1号)。「受動喫煙」は「人が他人の喫煙によりたばこから発生した煙にさらされることをいう。」と定義され(改正後健康増進法25条の4第3号),「喫煙」は「人が吸入するため,たばこを燃焼させ,又は加熱することにより煙(蒸気を含む。次号において同じ。)を発生させることをいう。」と定義されています(同条2号。ここでの「たばこ」には上記のとおり製造たばこ代用品が含まれます。)。葉たばこを原材料とする喫煙用製造たばこからの煙及び蒸気のみならず,カカオビーンズの皮やタンポポを原材料とする製造たばこ代用品からの煙及び蒸気も規制対象となるということは,要はニコチンの有無にかかわらずおよそ煙は健康に害があるので取り締まられねばならないということになるようです。PM2.5なども恐ろしいですからね。人前でわざわざ火をつけて煙を出すのはけしからんということなので,人のいるところでの焚火もしてはいけないのでしょう(関係する童謡も演奏・唱歌禁止ですね。)。焼肉焼鳥焼魚の煙はどうなるのでしょうか。今の時代,「(けぶ)(),国に満てり。百姓(おほみたから)(おの)づからに富めるか」などとのたまわれてしまうと困ってしまいます。

 

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 しかし,焼肉屋さんの焼肉は,煙が出ないのですね。
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1 2017年1月13日の大事件と鉄道営業法37条及び42条の規定

 2017年1月1313時過ぎ,京都市右京区嵯峨野野宮町において,五十代の女性二人が,JR山陰線の踏切を渡る途中写真を撮ってもらうために同線の線路内に1メートルほど立ち入ったという重大犯罪が発生したそうです。

鉄道営業法(明治33年法律第65号)には次のような条項があります。

 

 第37条 停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ10円以下ノ科料ニ処ス

 

 第42条 左ノ場合ニ於テ鉄道係員ハ旅客及公衆ヲ車外又ハ鉄道地外ニ退去セシムルコトヲ得

  一 有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ検査ヲ拒ミ運賃ノ支払ヲ肯セサルトキ

  二 第33条第3号〔列車中旅客乗用ニ供セサル箇所ニ乗リタルトキ〕ノ罪ヲ犯シ鉄道係員ノ制止ヲ肯セサルトキ又ハ第34条ノ罪〔制止を肯ぜずした,吸煙禁止違反又は婦人専用待合室車室等への男子の妄りな立入り〕ヲ犯シタルトキ

  三 第35条〔鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス〕,第37条ノ罪ヲ犯シタルトキ

  四 其ノ他車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタルトキ

  前項ノ場合ニ於テ既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス

 

鉄道営業法37条にいう「10円以下ノ科料ニ処ス」の部分は,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項本文(「第1項の罪〔刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)〕につき定めた科料で特にその額の定めのあるものについては,その定めがないものとする。」)により,要は,「科料ニ処ス」ということになります。科料は,1000円以上1万円未満です(刑法17条)。

 

2 罰金と科料の差

「罰金と科料の差は,①罰金には執行猶予を付しうるが科料には認められない〔刑法25条1項は50万円以下の罰金についてその刑の全部の執行猶予を認めています(ただし,同法27条の2第1項は罰金について刑の一部の執行猶予を認めていません。)。〕,②資格制限について原則として科料には規定がない,③公訴時効〔罰金に当たる罪については3年(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)250条2項6号),科料に当たる罪については1年(同項7号)〕および刑の時効〔罰金については3年(刑法32条5号),科料は1年(同条6号)〕に差がある,④科料にのみ処せられる犯罪の教唆・幇助は処罰されない〔刑法64条。ただし,同条の例外として,軽犯罪法(昭和23年法律第39号)3条があります。〕などの点で異なった扱いを受ける・・・科料は自由刑における拘留に対応するものであり,軽微な犯罪に対する制裁として資格制限に影響を及ぼさない刑として意味があると解すべきであるから,拘留を残しておく以上は,科料も存続させるべきである。」とされています(大谷實『刑事政策講義〔第4版〕』(弘文堂・1996年)155頁。下線は筆者)。

 

3 違警罪

旧刑法(明治13年太政官布告第36号)では罪について重罪(その主刑は,死刑,無期徒刑,有期徒刑,無期流刑,有期流刑,重懲役,軽懲役,重禁獄及び軽禁獄(同法7条)),軽罪(その主刑は,重禁錮,軽禁錮及び罰金(同法8条))及び違警罪(その主刑は,拘留及び科料(同法9条))の分類がありましたが,科料にしか該たらない鉄道営業法37条の罪は,違警罪ということになります。刑法施行法(明治41年法律第29号)31条は,「拘留又ハ科料ニ該ル罪ハ他ノ法律ノ適用ニ付テハ旧刑法ノ違警罪ト看做ス」と規定しています。

旧刑法において「「違警罪」は前2者〔重罪及び軽罪〕と異質の罪とされ,そのため,前2者〔重罪及び軽罪〕に存する附加刑としての剥奪公権〔国民ノ特権,官吏ト為ルノ権,勲章年金位記貴号恩給ヲ有スルノ権,兵籍ニ入ルノ権,会社及ヒ共有財産ヲ管理スルノ権,学校長及ヒ教師学監ト為ルノ権等が剥奪されました(同法31条)。〕・停止公権・禁治産・監視の制度はなく,「仮出獄」の制度も無縁であった。「加減例」においても「違警罪ノ刑ハ加ヘテ軽罪ニ入ルコトヲ得ス」とされ〔同法72条2項本文〕,期満免除は,禁錮罰金でも7年であるのに,1年であった。違警罪の未遂は常に「其罪ヲ論セス」とされたが〔同法113条3項〕,他方,重罪・軽罪に存した16歳以上20歳未満者の「宥恕シテ本刑ニ一等ヲ減ス」との制度〔同法81条〕はなかった〔同法83条1項〕。〔旧刑法〕最末尾の第430条は,同法2条〔「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スル(コト)ヲ得ス」〕の例外として次のように規定していた。/「前数条ニ記載スルノ外各地方ノ便宜ニヨリ定ムル所ノ違警罪ヲ犯シタル者ハ其罰則ニ従テ処断ス」」と紹介されているところです(小嶋和司「明治二三年法律第八四号の制定をめぐって」『小嶋和司憲法論集一 明治典憲体制の成立』(木鐸社・1988年)409410頁)。

なお,違警罪といえば違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)が出て来る人はマニアックですね。「違警罪即決の制度は,行政官庁をして裁判の正式を用ひず科刑の処分を為さしむるものである点に於て,すでに疑問とすべきものであるのみならず,其は屢々他の刑事捜査の目的上人身を拘束するの手段として濫用される弊害を伴うてゐる。」と批判されていた制度です(小野清一郎『刑事訴訟法講義 全訂第三版』(有斐閣・1933年)612613頁)。同例1条本文は「警察署長及ヒ分署長又ハ其代理タル官吏ハ其管轄地内ニ於テ犯シタル違警罪ヲ即決スヘシ」と,同例2条は「即決ハ裁判ノ正式ヲ用ヒス被告人ノ陳述ヲ聴キ証憑ヲ取調ヘ直チニ其言渡ヲ為スヘシ/又被告人ヲ呼出スコトナク若クハ呼出シタリト雖モ出廷セサル時ハ直チニ其言渡書ヲ本人又ハ其住所ニ送達スルコトヲ得」と規定していました。昭和22年法律第60号によって1947年5月3日から違警罪即決例が廃止されるまでは,鉄道営業法37条の事案は所轄の右京警察署限りの取扱いで済んで(ただし,正式裁判の請求に係る違警罪即決例3条参照),「送検」などと検察官を煩わせるまでのことにはならなかったものでしょう(無論正式裁判請求があったときは別で,同例6条は「警察署ニ於テ〔正式裁判請求の〕申立ヲ受ケタル時ハ24時内ニ訴訟ニ関スル一切ノ書類ヲ違警罪裁判所検察官ニ送致スヘシ」と規定していました。)。

 

4 科料に当たる罪と逮捕

犯罪,ということになると,すぐ,すわ逮捕か,という予想が発せられますが,科料にしか当たらない鉄道営業法37条の罪の被疑者が逮捕される事態は余り考えられません。

 

(1)通常逮捕

刑事訴訟法199条1項ただし書は,科料に当たる罪の被疑者を逮捕状によって逮捕することができる場合を,「被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求め〔同条1項本文は「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。」と規定〕に応じない場合」に限っています。頭書重大犯罪の被疑者は,警察署での取調べに5時間応じたということですから,定まった住居を有している限りは,逮捕されることはないでしょう。(なお,5時間かかったのは「しぼられた」(懲罰的な響きがありますね。)からかどうか。人によっては,普段から記憶が欠落していたり,あいまいだったりし,また話が要領を得ないため,司法警察員又は検察官ならぬ熱心な弁護士が優しく事情を聴く場合においても思わず長く時間がかかることがあります。)

 

(2)緊急逮捕

あらかじめ逮捕状を要さぬ緊急逮捕は,死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の被疑者にのみ可能であって(刑事訴訟法210条1項),科料のみの鉄道営業法37条の罪の被疑者が緊急逮捕されることはありません。

 

(3)現行犯逮捕

「現行犯人は,何人でも,逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」というのが刑事訴訟法213条の原則ですが,同条の規定も,科料に当たる罪の現行犯人については「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」以外の場合には適用されません(同法217条)。「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が堂々と,住所氏名を明らかにし,かつ,逃げも隠れもしないと高らかに宣言して仁王立ちした場合には,現行犯逮捕もできないようです。

 

5 科料に当たる現行犯罪の制止と警察官職務執行法5条,鉄道営業法42条1項等

 

(1)警察官職務執行法5条と刑事訴訟法217

刑事訴訟法217条に関連してここでちょっと脱線して,いささか問題になるのが,警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)5条に関する解釈です。

警察官職務執行法5条は,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があつて,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」と規定しています。当該規定振りの結果,同「条は,犯罪の予防のための措置として定められており,現行犯罪の鎮圧を目的とするものではないように見え,他に犯罪の鎮圧にかかる規定は存しない。このため現行犯罪の制止については,その法的根拠,要件をめぐり,判例学説ともに種々の見解に分かれている」ところです(田宮裕・河上和雄編『大コンメンタール警察官職務執行法』(青林書院・1993年)331頁(渡辺咲子))。すなわち,現行犯罪の制止にも警察官職務執行法5条後段の要件(人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があること。)が必要なのか,余計なしがらみなく組織法である警察法(昭和29年法律第162号)2条1項の規定(「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」)を直接の根拠にして即時強制ができるのか,司法警察と行政警察とがあるところ現行犯逮捕は司法警察に係る刑事訴訟法に規定されているものの行政警察に係る犯罪鎮圧目的のためにも現行犯逮捕ができるのか,あるいは警察法2条,警察官職務執行法,刑事訴訟法などを総合して法秩序全体から合理的に警察官による現行犯罪の制止は認められるものと考えることができるか,といった議論になります(田宮・河上編332頁以下(渡辺))。

東京高等裁判所昭和471020日判決(高刑集25巻4号461頁)は「警職法5条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であつて,まだ犯罪が行なわれない前の段階を対象としたものであるから,進んで犯罪が現に行なわれている場合にもこの規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。けだし,同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度とを限定しているのは,まさにそれが行なわれようとしているにもせよ(ママ)まだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから,基本的人権保障のためにこれを明定する必要があるからと解せられるが,これに反し現に犯罪が実行されている段階に立ち至れば,これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であるし,またこの場合には現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているところからみても,あえてその要件ないし阻止行為の態様を限定するまでのこともないため,別段の規定を設けなかつたものと解されるからである。それゆえ,すでに犯罪が現に実行されている段階においては,警察官としては当該犯罪を鎮圧阻止するために必要と認められる限度において,しかも憲法に保障する個人の権利および自由を不当に侵害し権利の濫用にわたらないかぎりは,犯人に対し犯罪の実行をやめさせるため強制力を行使することが許され,この場合においては特に警職法5条後段の要件を必要としないものと解するのが相当である。」と判示していますが(下線は筆者),「この判決及びこれを維持した最決昭49・7・4判時74826頁により,現行犯については本条〔警察官職務執行法5条〕後段の要件がなくても同条にいう制止行為程度の即時強制は許されるとの判断が裁判例として定着し,確立されたものとみてよい」とされています(田宮・河上編340頁(渡辺))。しかし,警察官職務執行法5条後段の要件がなくとも現行犯の制止ができるという判断の前提として「現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められていること」,すなわち現行犯逮捕を行い得ることが必要であるということであれば,なおも「刑訴法217条に現行犯逮捕のできない軽微な犯罪の場合に問題」(田宮・河上編340341頁(渡辺))が残ることは否定できません。上記東京高等裁判所昭和471020日判決の事案において警察官による制止の対象となったのは,刑事訴訟法217条の適用のない威力業務妨害罪(刑法234条)であって,当該問題は表面に現れずにすんだところではありました。東京高等裁判所昭和41年8月26日判決(高刑集19巻6号631頁)は,括弧書きで,「現行犯であつても刑事訴訟法第217条に規定する軽微な犯罪にあつては,住居若しくは氏名が明らかでない場合等でなければ逮捕することを得ないのであるが,かかる場合においても,警察官は犯罪鎮圧のための制止行為はこれをなし得,またなすべき責務があるというべきである。」と判示していますが,これも事案は威力業務妨害罪の制止行為の適法性が争われたもので(東京高等裁判所昭和471020日判決の事案と同一の事案),傍論というべきでしょう。「現行犯逮捕の可能な場合の制止を是とする見解の多くが,逮捕という強力な手段が認められる以上,逮捕に至らない制止を行うことは適法であるとするのであるから,逮捕できない場合に制止ができるとするには,別個の説明を要するのではないかと思われる。」と批判されています(田宮・河上編341頁(渡辺))。

「結局,現行犯罪の鎮圧にあたっても,本条〔警察官職務執行法5条〕に従って警告・制止を行う,と解するのが妥当であるといえよう。」との見解が表明されています(田宮・河上編343頁(渡辺))。「実行の着手,犯罪の成立の前後を問わず,犯罪が継続し,被害の拡大の虞がある場合には,本条〔警察官職務執行法5条〕の「犯罪がまさに行われようとするとき」に含まれると解するのが正当であって,その他の要件を満たす限り,本条により現行犯罪の制止が可能であることは,当然」であるというわけです(田宮・河上編332333頁(渡辺))。

科料に当たる罪を制止するとなると,何だか面倒くさい議論に巻き込まれそうですね。

 

(2)鉄道営業法42条1項

「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」が現にいるとしても,警察官としては,警察官職務執行法5条の要件やら刑事訴訟法217条の適用やらについてまず確認するのも大変で,「せっかく鉄道営業法42条1項3号があるのだから,鉄道係員がまず鉄道営業法37条の罪を犯している不心得者を退去させてくださいよ。」と言いたくなるかもしれません。

 鉄道営業法42条1項については,最高裁判所の判例があります(昭和48年4月25日大法廷判決(刑集27巻3号418頁))。いわく,「鉄道営業法42条1項は,旅客,公衆が停車場その他鉄道地内にみだりに立ち入つたとき等同項各号に定める所為に及んだ場合,鉄道係員は,当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させうる旨を規定している。けだし,鉄道施設は,不特定多数の旅客および公衆が利用するものであり,また,性質上特別の危険性を蔵するものであるから,車内または鉄道地内における法規ないし秩序違反の行動は,これをすみやかに排除する必要があるためにほかならない。すなわち,同条項は,鉄道事業の公共性にかんがみ,事業の安全かつ確実な運営を可能ならしめるため,とくにかかる運営につき責任を負う鉄道事業者に直接にこの排除の権限を付与したものである・・・。そして,鉄道営業法42条1項の規定により,鉄道係員が当該旅客,公衆を車外または鉄道地外に退去させるにあたつては,まず退去を促して自発的に退去させるのが相当であり,また,この方法をもつて足りるのが通常であるが,自発的な退去に応じない場合,または危険が切迫する等やむをえない事情がある場合には,警察官の出動を要請するまでもなく,鉄道係員において当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いうるものであり,また,このように解しても,前述のような鉄道事業の公共性に基づく合理的な規定として,憲法31条に違反するものではないと解すべきである。」云々(うんぬん)。鉄道営業法42条1項に基づく公衆を退去させるための実力の行使に対する抵抗について,公務執行妨害罪(日本国有鉄道に係る事案でした。)成立の可能性が認められています(高等裁判所に差戻し)。

 

(3)鉄道営業法38

 ところで,日本国有鉄道は民営化されてJR各社となったので鉄道営業法42条1項に基づく行為に対する公務執行妨害罪ということはなくなったのですが,鉄道営業法38条(「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」)の罪と刑法234条の威力業務妨害罪(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金),同法208条の暴行罪(2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)及び同法222条1項の脅迫罪(2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)との関係はどうなるのでしょうか。これについては,鉄道営業法38条と威力業務妨害罪とは観念的競合の関係であって重い威力業務妨害罪の刑によって処断されるとともに(刑法54条1項前段),暴行罪又は脅迫罪も鉄道営業法38条の罪に吸収されることなく(吸収されるとかえって刑が軽くなって不合理)観念的競合の関係となるとされています(伊藤榮樹・小野慶二・荘子邦雄編『注釈特別刑法第六巻Ⅱ交通法・通信法編〔新版〕』(立花書房・1994年)3536頁(伊藤榮樹(河上和雄補正)))。「かくて,制定当時は,一般法である刑法に対して特別法の関係に立ち,もっぱら優先して適用されるものとされていた鉄道営業法第38条は,いまやほとんどの場合,刑法上の罪と同時に成立し,実際の処罰の場合には,重い刑法上の罪の刑で処断されることになり,それら刑法の罪の陰にかくれて,ひっそりと生存するにすぎないことになってしまったのである。」とは,伊藤榮樹元検事総長閣下の感慨でした(伊藤榮樹・河上和雄・古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)63頁)。

 

6 鉄道営業法37条の罪

さて,遠回りしましたが,罰則規定としての鉄道営業法37条の解釈を見てみましょう。

 

(1)趣旨

まず,趣旨。鉄道営業法37条の趣旨は「人がみだりに鉄道地内に立ち入るときは,旅客の乗降や列車の運行の妨げとなり,ときには危険発生のおそれを生ずるので,これらの事態を未然に防止し,一般的保安を維持しようとする罰則規定である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。大阪高等裁判所昭和40年8月10日(高刑集18巻5号626頁)は,「鉄道営業の安全と,円滑な運営とを保護する規定」であると判示しています。

 

(2)「鉄道地内」

「鉄道地内」とは,「鉄道が所有ないし管理する用地・地域のうち,停車場,線路,踏切などのように直接鉄道運送業務に使用されるもの及び駅前広場のようにこれと密接不可分の利用関係にあるものをいう。塀,柵などで他と区画されているかどうかを問わない。鉄道運送業務に直接関係のない鉄道職員のための教育・訓練施設,宿舎などは,「鉄道地内」ではない。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上))。また,駅前広場が停車場に含まれるものと解されることにつき前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。踏切及び線路は,「鉄道地内」に含まれます。

 

(3)「妄ニ」

(みだり)ニ」とは,「正当な理由がなく不法に,の意である。」とされています(伊藤・小野・荘子編32頁(伊藤(河上)))。すなわち,米子駅ホームでされた労働組合支援のためのデモ行進について鉄道営業法37条の罪の成立を認めた鳥取地方裁判所米子支部昭和44年4月19日判決(判タ240296号)は,「妄ニ」は「正当の事由なく不法に」を意味するものと判示しています。

日本国有鉄道の労働組合の委任を受けて委任事務を処理するために京都駅構内に立ち入った弁護士(乗車券も入場券もなし。)は,妄ニ立ち入ったものではないとされています(京都地方裁判所昭和48年2月23日判決(判時713111頁))。踏切及び線路に関する例としては「閉鎖中の踏切道に立ち入るような場合」や「線路上へのすわり込み(広島高判昭48・1・29刑裁月報5・1・28)」が挙げられていますが(伊藤・小野・荘子編32頁,33頁(伊藤(河上))),広島高等裁判所昭和48年1月29日判決の事案は,正確には,呉線広駅に列車で到着し①2番線線路内に入り込んでシュプレヒコールを繰り返しながら蛇行行進をして3番線線路内に至り,続いて②当該線路上で停車中の米軍の弾薬を輸送する列車の前の線路上に立ちふさがり,及び坐り込みをしたものであり,鉄道営業法37条が適用されたのは①の行為であって,②の行為については刑法234条(威力業務妨害罪)が適用されています。

なお,入ることを禁じた場所に正当な理由がなく入ることに係る軽犯罪法1条32号前段の罪の「正当な理由がなく」に関して,「天災・火事・人命救助・犯人追跡のためとか,犯人からの逃避のためにする場合は,正当な理由がある場合である。」とされています(安西溫『特別刑法7 準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)193頁)。

 

(4)「立入リ」

「立入リ」については,軽犯罪法1条32号前段の罪の「入る」について,「その場所に身体の全部を入れることをいい,一部が入っただけでは足りないと解されている。刑法の住居侵入罪においては,身体の全部が入らなくても未遂として処罰されるが(刑131条),本号の罪には未遂犯処罰の規定がないから,身体の一部が入ったにすぎないときは処罰されないことになる。入る行為については,その場所に滞留する時間の長短を問わないのであって,その場所を単に通過するにすぎない場合でも,入ったことになる。入る方法は,徒歩による場合のみならず,車両や馬に乗って入るのでもよいが,無人の牛馬を乗り入れさせた場合は,入ったことにはならない。」と説かれていること(安西192193頁)が参考になるでしょう。禁止されているのは「立入リ」だから坐って入ればよいのだ,坐り込みは広島高等裁判所昭和48年1月29日判決では威力業務妨害だったのだ,という一休さん頓智噺のような主張は,やはり認められないでしょう。

 

(5)罪数及び関係法

 

ア 罪数関係

罪数関係については,鉄道営業法37条の罪は,刑法130条の建造物侵入罪(「正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し・・・た者は,3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」)との関係では観念的競合,軽犯罪法1条32号前段の罪とも観念的競合,鉄道営業法35条の罪(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ車内,停車場其ノ他鉄道地内ニ於テ旅客又ハ公衆ニ対シ寄附ヲ請ヒ,物品ノ購買ヲ求メ,物品ヲ配付シ其ノ他演説勧誘等ノ所為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス」)とは牽連犯(刑法54条1項後段)ではなく併合罪(同法45条)の関係,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)3条2号(「新幹線鉄道の線路内にみだりに立ち入った者」を1年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処するもの)は鉄道営業法37条の特別規定であって前者の罪が成立するときには後者の適用はありません(伊藤・小野・荘子編33頁,28頁(伊藤(河上))。刑法130条の建造物侵入罪との関係につき旭川駅ホームへの不法侵入に係る札幌高等裁判所昭和33年6月10日判決(高刑裁特報5巻7号271頁)。軽犯罪法1条32号前段の罪との関係につき最高裁判所昭和41年5月19日決定(刑集20巻5号335頁。鉄道駅構内に許諾を得ることなく立ち入る行為について),安西193頁。なお,鉄道営業法37条と35条との関係につき大阪簡易裁判所昭和40年6月21日判決(下刑集7巻6号1263頁)は,牽連犯の関係になるとしています。)。

 

イ 新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号

新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法3条2号の立法趣旨は,「物件を置きますことがたいへん危険でありますように,線路内に人が立ち入るということになりますと,確かに当該列車の運行の妨げになることと考えられますし,またひいては,その列車に乗っておられる乗客の人たちの身体の危険というものも相当大きな蓋然性で考えられるわけでございます。そういう意味で物件を置きますのと同じ危険度が列車の運行に対してあると考えられるわけでございまして,そういう観点から,ごらんのように「1年以下の懲役又は5万円以下の罰金」ということで制裁を科することとしておるわけでございます。」とされ(1964年5月15日の衆議院運輸委員会における伊藤榮樹説明員(法務省刑事局総務課長事務取扱)の答弁(第46回国会衆議院運輸委員会議録第3413頁)),更に「なおこれは一部やはり人が入ってくることは物を置くということとも関連してまいりますので,物を置かせてはならぬということに関連いたしまして,人が入ってこなければ大体物を置くということはないわけですから,無用の者がみだりに立ち入るということは極力排除すべきである,これはやはり列車の安全運行ということに直接間接の関連があるというふうに私どもは考えております。」と説かれています(同日同委員会における廣瀬眞一政府委員(運輸省鉄道監督局長)の答弁(同会議録14頁))。

 

ウ 建造物侵入罪

「駅のホームは,駅舎と屋根でつながっていて柵があるような場合には,建造物となる。駅の構内は,乗降客のための通路部分であっても建造物とされる(最判昭591218刑集38123026,なお東京高判昭38・3・27高刑集16・2・194)。」とはいえ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)137頁),踏切及び線路への立入りが刑法130条の建造物侵入罪になることはないでしょう。なお,軽犯罪法1条32号前段の罪は刑法130条の建造物侵入罪が成立するときには成立しません(安西190頁)。

 

エ 軽犯罪法1条32号前段

「軽犯罪法1条32号は,刑法第130条の補充規定であつて,住居侵入罪には該当しない違法性のより軽微な特定の場所に対する不法な侵入行為を禁止し,その場所に対する人の支配の平穏を維持しようとするもの」と解されています(前記大阪高等裁判所昭和40年8月10日判決)。同条前段については,「法令により一般的に立入りが禁止されている場所でも,立入り禁止の趣旨が外部的に表示されていなければ,入ることを禁じた場所に該当しない。」とされるとともに(安西191頁),同「号前段の罪が成立するには,行為者において,立ち入ろうとする場所が「入ることを禁じた場所」であることを認識してそこに入ることを要し,立札・標識・貼紙その他の表示に気付かなかったなどのため,右の認識を欠いたまま立ち入ったものであるときは,本号前段の故意を欠き,犯罪は成立しない。」とされています(安西193頁)。「立入禁止」の標識が現にそこに明らかにあるにもかかわらず,どういうわけかそれには気付かずに線路に入ってしまいましたぁと被疑者に天真爛漫に言われてしまった場合には,軽犯罪法1条32号前段の罪を成立させるために頑張ることは大変でしょう。

 

7 鉄道と軌道と

JR山陰線の線路は,鉄道の線路です。JR西日本の前身は,日本国有鉄道であり,鉄道省等でありました。しかしながら,JR山陰線の線路が新幹線鉄道の線路でないことは明らかです。

ところで,軌道については,軌道法(大正10年法律第76号)において鉄道営業法37条に相当する罰則規定が存在しません(軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)20条(「軌道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ新設軌道内ニ立入リタル者ハ科料ニ処ス踏切番人ノ制止ニ反シ踏切道ニ立入リタル者亦同シ」)は,「命令の規定で,法律を以て規定すべき事項を規定するもの」として,現憲法下において1948年から失効しているものと解されます(昭和22年法律第72号1条)。なお,「新設軌道」の定義については,軌道建設規程(大正12年内務省・鉄道省令第1号)3条に「道路其ノ他公衆ノ通行スル場所ニ敷設スル軌道ヲ併用軌道ト謂ヒ其ノ他ノ軌道ヲ新設軌道ト謂フ」と規定されています。)。京都の嵐山辺りをキャピキャピ散歩するのであれば,JR山陰線沿いではなく,京福電気鉄道株式会社の嵐山線沿いにした方がよかったということになるのでしょうか。(なお,京福電鉄株式会社の2017年1月30日付け「軌道業の旅客運賃の上限変更認可申請について」ウェッブ・ページによると,同年4月1日から嵐山線の大人の普通旅客運賃(均一)が210円から220円に変更されるようです。)

 
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 JRの線路(JR東日本中央線吉祥寺駅から) みだりに立ち入ってはなりません。
 

8 16歳の場合

最後に,もう五十代ではなく, 例えば「まだ16だから」の場合はどうなるでしょうか。

少年法(昭和23年法律第168号)2条1項により,満16年の者は同法の「少年」となります。

少年法41条本文は「司法警察員は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならない。」と規定していますので,科料に当たる鉄道営業法37条の罪に係る少年の被疑事件については,警察からは,送検されるのではなく,家庭裁判所へ送致されることになります(検察官から家庭裁判所への送致については少年法42条)。送致を受けた家庭裁判所は,事件について調査を行いますが(少年法8条1項),死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件及び故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件に係る家庭裁判所から検察官への送致について規定する少年法20条の反対解釈からすると,科料にのみ当たる鉄道営業法37条の罪を犯した16歳の少女は当該罪について公訴を提起されることはないということになります(少年法45条5号本文参照)。すなわち科料を科されることはないことになります。しかし,少年審判の結果保護処分(保護観察所の保護観察,児童自立支援施設若しくは児童養護施設送致又は少年院送致(同法24条1項))を受ける等の可能性はあり得るわけです。

(なお,冒頭御紹介した2017年1月17日の大事件の両被疑者については,同年3月21日に京都地方検察庁の検察官によって起訴猶予の不起訴処分がされたそうです(刑事訴訟法248条参照)。) 

 

弁護士 齊藤雅俊

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承前(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1056356619.html

 

ウ その他及び法案賛成論の勝利

未成年者喫煙禁止法案に対する貴族院本会議における賛成意見の理由付けは,風紀論(久保田議員)及び浪費防止論(村田議員)のほか,「教育上の点からして此法案を(ママ)賛成する」意見(伊澤修二議員(唱歌「紀元節」の作曲家)のもの。前記貴族院議事速記録第28641頁。同議員は「本日も本員は少しく職務上の差支(さしつかえ)で午後に出席して参りましたが,其途中で既に或る未成年の生徒(ママ)がプカプカしがー」をやってるのを見掛けたのである」と憤慨)がありました。残りはやはり強兵論であって,「煙草を呑む為に徴兵に取られぬやうになっては甚だ憂ふべきことであるから,どうしても禁じなければならぬから此案の通りにしたいと思ひます」ということでした(兒玉淳一郎議員長州出身の元大審院判事)。前記貴族院議事速記録第28641頁)。

貴族院本会議は,1900年2月19日,衆議院提出の未成年者喫煙禁止法案を可決しています。

 

4 第14回帝国議会衆議院における議論

根本正代議士らが原案を提出した衆議院では,特段の反対はありませんでした(18991219日の本会議において,「(「異議なし異議なし」と呼(ママ)者あり」ということで,「御異議がなければ,委員会の修正(どおり)確定致します」(片岡健吉議長)ということになっていました(前記衆議院議事速記録第10171頁)。)。賛成を前提に,条文の解釈論に関係がある議論がされています。

 

(1)「18歳未満ノ幼者」から未成年者へ

18991214日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においてはまず,原案の「18歳未満ノ幼者」について,根本正委員から,「全体私の望は,丁年以下(くらい)にしたいと思ふのでありますけれども,さうなりますると反対も多くなって此案の通過することも困難であらうと云ふ懸念から,先づ亜米利加の法に則って18歳と致しました」と,本来は満20年未満の未成年者(民法旧3条・現4条参照。「丁年」は,一人前に成長した年齢のこと。)に喫煙を禁ずることにしたかったというそもそもの思いが表明されています(第14回帝国議会衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号1頁。なお,原文は片仮名書き)。

その後,「(こと)に学校の生徒,制服を着て学校の制帽を(かぶっ)て紙巻煙草を指に挟んで往来して居るのを見ると,煙草を喫むの有害無害よりは実に憎らしくして,あんな奴に十分の学問が出来るものかと云ふ感が起る」という井上角五郎委員(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁)から,第1条に関し「但官私学校ノ生徒ハ18歳以上ノ者ト雖煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」というただし書を付けたらどうかという提案がされています(同頁)。同委員としては,「元来昔は煙草を喫んでも生徒の場合――学校に行って稽古をする中とか,或は剣術の稽古でもして居る間は,縦令(たとい)成年者と(いえども)煙草を喫むことは禁じてある例は,其藩々に依って幾らもある,それで詰り此案には賛成しますとした」(同頁)ということだからでしょう。なお,井上委員は,法案の衆議院への提出時の賛成者の一人であり(根本9頁参照),更には日清戦争前の朝鮮国との関係でも有名です(福沢諭吉の『福翁自伝』(1899年)に「・・・明治20年ごろかと思う。井上角五郎が朝鮮でなんとやらしたというので捕えられて,そのときの騒動というものはたいへんで,警察の役人が来て私方の家捜しサ。それから井上がなにか吟味に会うて,福沢諭吉に証人になって出てこいと言って,私をわざわざ裁判所に呼び出してタワイモないことをさんざん尋ねて,ドウカしたら福沢も科人の仲間にしたいというような風が見えました。」とあります。)

これに,酒造家大村家出身の大村和吉郎委員が,「私はもう一歩を進めまして,丁年に達するまで,即ち未成年者は(あまね)く煙草を喫めないことに是非致したいと井上案に加上します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁)。

ただし,井上修正案については,他の点においては幼者喫煙禁止法に賛成しながらも,文部省の政府委員(澤柳政太郎)が反対します。「大学の学生抔にな(ママ)したならば,随分分別も出来て居りますから,自由に任せて置きました方が(かえっ)て其者の発達のために宜しからうと思ひます」(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号3頁),「又悪い所は責めて往かなければなりませぬけれども,余り其の自由の意志を束縛致して,自ら重じ自ら制すると云ふやうな範囲を狭めて往くのは,甚だ宜くなからうと云ふやうに考へまする(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)等々の理由が述べられていますが,要するに官僚的には,巡査が取り締まってくれるのはもうけものだけど,文部省及びその管下教育機関に他より重い責任を課して,おっさんじみてきた学生生徒の禁煙指導まであえてさせるのは勘弁してくれ,ということでしょうか。

禁煙年齢を満18年未満から満20年未満に引き上げる大村修正に理由付けを与えたのは,足尾鉱毒事件の田中正造委員及び京都嵯峨の小松喜平治委員です。田中委員が「・・・丁年になって軍人になったときに,軍人が煙草を喫む癖があると,軍に出たときに煙草の(なくな)ったときなどは勇気の(くじ)けると云ふので,どうしても煙草を喫む兵隊は極往けぬさうです,第一邪魔になる,故に軍人には煙草を喫ませない癖を附けたい,20歳までは喫ませないと云ふことになると,兵隊に這入ったときに煙草を喫まずに居るかも知れない・・・」との考察を述べた後,それを受けて小松委員が「・・・煙草と云ふものは唯今田中君の御話の通り,喫む癖が附けば一朝にして止めることが出来ませぬから,18歳迄禁ずると云ふことならば,寧ろ未丁年者に喫ませないのが当然であろうと思ひますから,大村君に賛成致します」と発言して,会議の流れを作っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号4頁)。強兵論ということになるのでしょう。

大村修正は採用するが井上提案に係るただし書を取り入れないこととして,未成年者喫煙禁止法の原始規定1条の規定を最終的にまとめたのは,田中正造委員の次の発言でした。

 

 私は単純に20歳を以てと云ふことに賛成で,未成年者以上の者に向って斯う云ふ干渉をしては,こちらから斯う云ふ事をすると智識の発達がなくなって来る,自分自ら顧みて考へさせるのが必要であると,そこだけが〔文部省の〕政府委員の説明のやうに聞いて居ります,さうすると矢張り其方が穏当のやうに思ひますので,20歳と云ふ単純なるものを賛成致します(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

(2)「監督スル責任アル者」から親権者へ

 根本代議士らの原案3条の「監督スル責任アル者」には学校長や学校の教員は含まれるものかどうか, 問題となるところでした。ここは,当該問題に係る論点をうまく捉えた文部省の澤柳政太郎政府委員の誘導答弁が素晴らしかったところです。

 

・・・此辺を明らかにせられたいと思ひます,それで是が若し幼者に対して親権を行ふ者と――親の権を行ふと云ふやうな具合にありましたならば,民法の上に於てそれは親権を行ふと云ふこともありますから,明かにならうかと思ひますが,是だけではどうも矢張り明かでないと考へるのであります(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号5頁)

 

学校長や学校の教員は,親権ヲ行フ者ではありません。

澤柳政府委員の誘導答弁のあった翌日の18991215日,根本委員から衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会に対して,法案3条を「未成年者ニ対シ親権ヲ行フモノ情ヲ知リテ其喫(ママ)ヲ制止セザルトキハ拾銭以上壱円以下ノ科料ニ処ス/親権ヲ行フモノニ代リテ未成年者ヲ監督スルモノ又前項ニ拠リテ処断スと修正すべき旨の提案がされています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。同委員の説明では,「学校職員の如きものは,茲に含みませぬ」し,また,「雇主と云ふものは〔罪を〕受けない」ということとなっています(同頁)。したがって,立法者意思的には,「生徒がたばこを吸っているのに学校が見て見ぬふりをするのは,未成年者喫煙禁止法違反の犯罪だ。」とはいえないことになります。澤柳政府委員のgood jobでしたね。また,「アルバイト先で高校生の我が子がたばこを覚えてしまった。未成年者と知って雇っておきながら,どういう監督をしていたのか。雇用者は未成年者喫煙禁止法違反の犯罪者だ。」というような苦情も,これまた根本委員の考えからすると,少々お門違いということになるようです(未成年者飲酒禁止法1条2項の「親権者ニ代リテ之ヲ監督スル者」についてですが,宇都宮家栃木支判平成16年9月30http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/006252_hanrei.pdfを参照。なお,当該判決を下した山田敏彦判事は,現在,石割桜で有名な盛岡地方裁判所・家庭裁判所の所長を務めておられるようです。)。未成年者喫煙禁止法3条2項の「親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者」とは,根本委員によれば,「父母に代はるもの,例へば私が地方から出て居る生徒を頼まれて,どうか御前さんの所へ置いて呉れと云ふときは,親に代って其罰を受けると云ふやうにしたら宜しからうと思ひます」ということでありました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号1頁)。


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根本正代議士の郷里・茨城県那珂市東木倉

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東木倉の吉田神社

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 東木倉の清水洞の上公園


(3)行政警察的予防線

なお,政府委員内務省参与官法学博士一木喜徳郎が,18991215日の衆議院幼者喫煙禁止法案審査特別委員会において,未成年者喫煙禁止法の実施が可能な範囲の見通しについてあらかじめ述べています。いわく,「此法案の趣旨は,至極結構なことであると政府に於ても考へます」,しかし「家の内で烟草を喫んで居る者までも,一々此法を励行致しますると,随分苛察であるのみならず,実際其局に当るものも非常に困難であらうと思ひます」,しかしながら「詰り往来で煙草を吹かせて居るものがある,今日は法がないために之を差止めることが出来ない,そんなことからして子供が見習って煙草を喫ふと云ふことが生じて来ます,それ等の者を止める,警察官がそう云ふものを見付け次第差止めて,さうして喫(ママ)の器具を取上げると云ふことだけのことでございますれば,実行のことに於ても別段困難のことはなからうと思ひます,それ迄のことで幾らか法案の精神は達せられることでありませうと察せられるが,眼前に絶対に(ママ)者の喫(ママ)を差止めてしまふ迄に,効を収めると云ふことはむづかしからうと思ひます」,ところで「第1条の未成年者と云ふのは,余り広過ぎはしないであらうか」,「先づ然らばどれ位の所を定めたら宜からうか,是は見込次第なのでありますが,大体14歳――若い年で15と云ふ位の所で,適度でなからうかと云ふ考を有って居ります」,「少さなものが段々煙草を喫むものが殖えて来ると云ふことを防ぐには,是まで余り慣例のない所,14歳以下位に向って此禁を施したならば,適当ではないかと云ふ考で,大躰に於きまして,此法案を実施することが,先刻申述べました趣意なれば,別段()()なからうと思ひます,それだけを申述べます」と(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号頁)。

法律では20歳未満の者は喫煙禁止で警察が煙草や器具を没収できることになっているけど,実際は路上でたばこを吹かしている14歳以下くらいの子供しか取り締まらないよ,そもそも路上で児童がたばこを吸うことを完全になくすことはできないよ,との予防線です。現在の国会であれば,「国会制定の法律を誠実に執行しないつもりか,けしからん。」との騒ぎにもなりそうですが,そこは明治の帝国議会です。井上角五郎委員が「勿論取締を厳重にする寛にすると云ふは,其時の当局の考次第のことでありますから,吾々は是非寛になさるが宜しいとも言ひませぬ,厳重にしなければならぬとも言ひませぬ」云々と取締当局の広い裁量を是認する発言をしたところ,特別委員会は,大村和吉郎委員の「井上君と同感であります」との発言に続いて「「賛成」と云ふ者あり」ということになりました(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第2号8頁)。中学校を卒業したような年長の少年らにはもう警察は強制的に喫煙の差止めはしないから,後は家庭のしつけ及び学校の教育に基づく本人の自覚の出番であるよということが,未成年者喫煙禁止法の制定時においての,後の法制局長官,文部大臣,内務大臣,宮内大臣及び枢密院議長である一木喜徳郎によるそもそもの整理であったと解され得るわけです。

とはいえ,一木政府委員の整理は,飽くまで行政警察の立場からするもので,司法権の発動を掣肘するものではなかったものです。家の中での喫煙であっても,20歳未満の者による当該喫煙について情を知りながら制止しなかった親権を行う者が科料に処された裁判例は,多々あります(甲府家判昭和33年2月8日・家月1036719歳,実父,「自宅において」(下線は筆者によるもの)),大津家判昭和39年2月21日・家月16710416歳,母,「自宅において」),金沢家判昭和39年4月27日・家月16919416歳,実母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年5月27日・家月161117616歳,母,「自宅において」),札幌家小樽支判昭和39年6月24日・家月16128117ないしは18歳,母,「自宅において」)等)。

 

5 禁煙論者たち

 

(1)転向者たち

ところで,禁煙の義務化は,以前は喫煙家であったもののその後禁煙に成功した人が特に熱心になるものでしょうか。第14回帝国議会の幼者喫煙禁止法案審査特別委員会においては,井上角五郎委員及び大村和吉郎委員が自らの喫煙をやめた素晴らしい経験について雄弁に語っています(前記幼者喫煙禁止法案審査特別委員会速記録第1号2頁,4頁)。かつてドイツで禁煙運動を強力に進めたアドルフ・ヒトラーも,喫煙者から禁煙者への転向者だったそうです。

 

(2)転向,再転向,懺悔:田中正造の挫折

しかして,実は,よい兵隊になるために未成年者はたばこを吸うなとのたまわった夫子・田中正造自身は,自分ではたばこをやめられない人間でした。田中正造の1911年6月23日の日記にいわく。

 

○巣鴨町安部磯雄氏厳父権之丞君,年77。昨22日朝,予早く同家に至る。・・・老人の部屋に入れられ,火と湯を賜はる。談話年数に及ぶ,予年70。安部老人は77。予問ふ,酒は如何。老人答,酒も烟草も茶も湯も飲まず,只だ水のみと。予大に感ず。予は(ママ)茶と烟草とをのめり,老に及ばざるを()づ。よりて今日より茶をやめて水を呑む事とせり。・・・

 ・・・年59にして,酒毒を怖れて之を禁じたりしも・・・さて水の一条は(すで)に老人の門に入るも,烟草の一事を奈何せん。聖書に古き皮袋に新しき酒を容るなかれとあり。染致せる悪習慣の可怖(おそるべき),此の如し。予大に悔(ママ)たり。・・・(木下尚江編『田中正造之生涯』(国民図書・1928年)646647頁)

 

70歳の1911年6月に至って,その人生においてたばこをやめられなかったことを告白懺悔(ざんげ)しているところです。ところが,その9年前,1902年1月に出版された徂堂岩崎勝三郎の『田中正造奇行談』(大学館)には,「田中翁が(その)昔には煙草も(すっ)たし,酒も飲んだといふ話は聞て()るが,今日(こんにち)は絶対的()めて仕舞つた,先年も前橋の教会堂で独り演説をした事がある,其時にも種々(いろいろ)の理由を()べて,自分は今後決して,煙草も()はねば酒も飲まんと云つて断言をした,()れからは,如何(どん)な事があつても,()(ママ)もしないが(のみ)もせず,()()とふ今日(きょう)迄押し通して仕舞つたさうだが,言行一致せざる世に,(おう)の如きは実に学ばれぬ事である。」と記載されています(2021頁)。田中正造は,1901年末頃には「絶対的」な禁煙を誇っていたわけです。しかしながら,その後やはり再びたばこに手を出してしまったようですから,確かに世間のみならず,田中正造にとっても言行一致は難しいものでした。

なお,前記晩年の日記によれば,田中正造の禁酒開始は59歳の時。1841年生まれの田中正造が59歳といえば,正に未成年者喫煙禁止法が成立し施行された1900年のことですから,あるいは田中正造は,同法の法案審議又は成立施行を機に隗より始めて禁煙をも試みたものかもしれません(ちなみに,禁酒に関係する未成年者飲酒禁止法(大正11年法律第20号)の裁可・施行は田中正造没後の1922年のことです。)。自分が絶対的に禁煙するから未成年者もたばこを吸うなと言いつつ,やっぱりまたたばこを始めてしまった田中翁でした,ということでしょうか。

 

6 2000年改正

 

(1)概要

平成12年法律第134号による2000年改正によって,未成年者喫煙禁止法3条1項の科料刑について「1円以下ノ」との文言が削られたほか(これは形式的な改正ですね。),「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者」に係る刑が2万円以下の罰金から50万円以下の罰金になり,更に両罰規定が設けられています。

 

(2)趣旨説明

平成12年法律第134号に係る法案は,第150回国会の衆議院地方行政委員会によって起草されています。当該法案の趣旨について,200011月9日,同委員会の増田敏男委員長はいわく(第150回国会衆議院地方行政委員会議録第5号1‐2頁)。

 

 近年,少年によるおやじ狩り等と称する路上強盗やひったくりの急増,覚せい剤等の薬物汚染や性の逸脱行動の拡大など,少年の非行や問題行動は深刻な社会問題となっております。

 少年非行は,平成8年から連続して悪化,深刻化の傾向を示しており,強盗,殺人などの凶悪犯の検挙人員も高水準で推移しております。

 特に,最近の少年非行は,それまでに非行を犯したことのない少年が短絡的動機から重大な非行に走る,いわゆるいきなり型非行が目立っておりますが,こうした少年の多くにおいて,重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております。

 そして,このような問題行動が,路上,駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる傾向が強いものとなっている一方,たばこや酒類を販売する業者の一部が,相手方が20歳未満であることを知り,または知り得る場合であっても必要な注意を払わずに,たばこや酒類を販売している実態があります。

 少年の喫煙,飲酒は,少年自身の問題だけではなく,社会の責任の問題でもあります。

 平成11年に未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対して酒類を提供した場合における両罰規定が導入されたところでありますが,未成年者の健全な育成を図るため,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設けるとともに,酒類の提供及びたばこ等の販売禁止違反に対する罰則を強化する必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。

 

 「おやじ狩り」防止のための法律だったのでしょうか。(しかし,さすがにこの表現は「おやじ」らにとって悔しいものですから,そのゆえでしょうか,20001127日の参議院地方行政・警察委員会における増田委員長の趣旨説明からは「おやじ狩り」の語は消えています(第150回国会参議院地方行政・警察委員会会議録第5号9頁)。)

101年前にされた未成年者喫煙禁止法案に関する議論においては,提案者の根本正代議士は,たばこについて,「若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝國人民の元気を消滅するに至る訳であります」という消極的の認識を示していたのですが,100年もたつとたばこの性質も逆転し,かえって少年の行動の「悪化,深刻化」及び「凶悪」化をもたらす積極的かつ過激な刺戟を有するものとなってしまったかのような印象を受けます。(確かに,いずれもたばこをプカプカさせるチャーチル,スターリン及びルーズヴェルト配下の英ソ米の精強な兵士らに敗れた,こちらは両者とも潔癖な嫌煙・禁煙のファシストたる独伊の指導者のうち,ドイツのヒトラーはベルリンの地下壕内で自殺を余儀なくされ,イタリアのムッソリーニは処刑後ミラノで人民らにより遺体が辱められ逆さに吊るされています。)

「重大な非行に至るまでには,喫煙や飲酒などの問題行動があることが指摘されております」というのは,それはそうなのでしょうが,正確にいえば「問題行動」たる喫煙は症状にすぎず,当該「問題行動」の原因は別にあるのではないでしょうか。症状のみ抑えたとしても,それが同時に原因の治療・解消であるわけではないでしょう。

とはいえ,満20年に至らざる者らの喫煙が相変わらず「駅構内・列車内,繁華街で公然と行われる」のであれば,井上角五郎代議士,伊澤修二貴族院議員ら明治帝国議会の硬派議員団はよみがえり,根本代議士案ではまだ足りなかったわい若い者は生意気だわいと未成年者喫煙禁止法の罰則の強化に賛成したことではありましょう。

 

(3)酒類小売自由化との関係

なかなか分かりにくい増田委員長の趣旨説明だったのですが,実は,当該委員会案起草の背景には,「実は酒類の販売業の免許に関係いたしまして,それの規制緩和に当たって環境整備をする,要するに公正な取引環境を整備する,あるいは,ただいまのような社会的規制を強化する,そういうような前提条件を整える,その一環としての趣旨もあるわけでございます。」(滝実委員。前記地方行政委員会議録第5号2頁),「今回の法案につきましては,8月29日の政府・与党合意において,酒類小売業免許の規制緩和を円滑に進めるため,環境整備としてとることとされた措置の一つというふうにも承知しております。」(塚原治政府参考人(国税庁長官官房国税審議官)。同会議録5頁)というような大人の事情があったものです。酒類の小売の自由化をするに当たって自由化反対論者の反対理由の一つ(酒類の小売の自由化がされたら未成年者の飲酒が増えるおそれがある,というようなものでしょう。)をつぶすためにする未成年者飲酒禁止法の罰則強化に,未成年者喫煙禁止法もつき合わされたということでしょう。

 

7 2001年改正

未成年者喫煙禁止法に現行4条(「煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」)を挿入した平成13年法律第152号の法案も,衆議院の委員会起草に係るものでした。しかしながら,当該法案を決定した第153回国会衆議院内閣委員会の20011128日の会議においては,大畠章宏委員長からの草案の趣旨及び内容説明のみがされ,質疑答弁はされていません(第153回国会衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

大畠委員長による趣旨説明の前半は平成12年法律第134号に係る法案についての前記増田委員長による説明とほぼ同じで,結局当該草案提出の趣旨の要点は,「昨年,未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の改正により,未成年者に対するたばこ等の販売禁止違反に対しても両罰規定を設け,さらに,たばこ等の販売及び酒類の提供禁止違反に対する罰則を強化する措置が講じられたところであります。/しかしながら,依然として,20歳未満の者に対して,たばこや酒類を販売している実態がなくならない状況にあります。/そこで,今回,未成年者の喫煙及び飲酒の防止に一層資するため,たばこの販売業者等において年齢の確認その他の必要な措置を講ずる必要があることから,本起草案を提出することとした次第であります。」というものにすぎませんでした(前記衆議院内閣委員会議録第3号20頁)。

法案に関する質疑答弁は200112月4日の参議院内閣委員会でされています。
 まず,衆議院内閣委員長代理たる元通商産業省秀才官僚の佐藤剛男衆議院議員は,「・・・「年齢ノ確認」というものを例示規定に入れているわけでございます。確認の,確認その他のと違うところがみそであります。」と答弁していますが(第
153回国会参議院内閣委員会会議録第8号2頁),難しい。うまく理解されたものであるのかどうか。これは,当該条文の「其ノ他ノ」について,「「その他」は・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁)とする法制執務上の約束ごとを踏まえた上で「其ノ他」としなかった精緻な立法であるという自賛でしょう。「満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為・・・必要ナル措置ヲ講ズルモノ」とする一方,当該「必要ナル措置」の例示として「年齢ノ確認」が示されているという意味です(例示にすぎないので,あらゆる場合に必ず年齢ノ確認をしなければならないということにはなりません。)。

「講ズルモノトス」の規範としての性格についての佐藤衆議院議員の答弁は,要するに,「・・・訓示規定という形の・・・そういうたぐいに属する範疇のものでございます。」ということのようです(前記参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

「講ズルモノトス」規定が犯罪構成要件に結びつくということはないのだねという念押し質問に対する佐藤衆議院議員の答弁は,「・・・そういうものとすぐに直結するものではございません。そういう,条文は別でございます。ということで御理解をいただきたい。」ということになっています(参議院内閣委員会会議録第8号3頁)。

 

8 未成年喫煙禁止法5条の「知リテ」の意味等

最後に,未成年者喫煙禁止法現行5条(「満20年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円以下ノ罰金ニ処ス」)の犯罪構成要件における「知リテ」の解釈に関する興味深い裁判例を紹介します。

丸亀簡判平成261027日(平成25年(ろ)第2号)は当該「知リテ」は確定的認識に限られるものとはせず,「自ら喫煙するものであるかもしれないことを認識しながら,あえて・・・販売」すれば有罪となるものとしています。当該被告人が当該被販売者は「満20年ニ至ラサル者」であるものと認識していたかどうかの点を問題として逆転無罪判決を出した控訴審の高松高判平成27年9月15日(平成26年(う)第266号)においても,上記「知リテ」を確定的認識に限定しないことは問題とはされていません。

はてさて,しかし,少なくともタスポ等の導入前のたばこ自動販売機の設置者は,当該自動販売機から満20年に至らざる者が自ら喫煙するたばこを購入することが「あるかもしれないことを認識しながら,あえて」当該自動販売機を設置したのではなかったでしょうか。とはいえ,未成年者喫煙禁止法現行5条の罪の公訴時効期間は,3年であるところです(刑事訴訟法250条2項6号)。
 なお,未成年者喫煙禁止法現行5条にいう「煙草」の「自用」は,自ら「煙草ヲ喫スルコト」でしょう(同法1条)。「煙草」こと「たばこ」は,たばこ事業法(昭和59年法律第68号)2条1号において「タバコ属の植物をいう。」と定義されています。タンポポを主原料とした製造たばこ代用品(たばこ事業法38条。第101回国会衆議院大蔵委員会議録第29号35頁の小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)の答弁参照)などを20歳未満の者が喫煙しても,タンポポはキク科タンポポ属に属していてナス科タバコ属に属してはいませんから,未成年者喫煙禁止法1条違反にはならないのでしょう。ところで,「喫スル」の「喫」なのですが,『岩波国語辞典第4版』(1986年)の解義では「(口で)かむ。口からのどを通して腹の中へと入れる。くう。くらう。たべる。のむ。身に受ける。」とされています。口偏がついているから,口を使わなければならないというのでしょう。それでは,かぎ用製造たばこ(たばこ事業法2条3号参照)をかぐことは,「煙草ヲ喫スルコト」にならないのかどうか,悩ましいところです。しかし,喫煙用製造たばこに火をつけて,口でくわえずに鼻孔に差し込んで吸ったらどうなるのか,さすがにこれを喫煙にならないというのはなかなか辛いところです。「嗅」の字の部首は鼻ではなくて口偏だから,鼻のみを使っても口偏の「喫」に含まれるものであるのかどうか。とはいえ,学生時代知人であった某歯科大学生が酔っ払い宴会での持ち芸にしていた「ホタル」においては,点火された喫煙用製造たばこが用いられた箇所は口は口でも出口の方でしたから,「煙草ヲ喫スルコト」にはならない・・・と思います


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 かつて住んでいた集合住宅で,夜間ないしは早朝の人気(ひとけ)あるべくもない時刻に階段を上って又は下ってつと曲がると,薄明りの中で人目を忍び,かつ,(いと)しげにたばこを吸いいる近くの住人にばったり鉢合わせしてドッキリびっくりさせられたことが何度かありました。ヴェランダ(ほたる)族も昔の話。自らが夫であり父である家族の住むアパートメントの室内はおろかヴェランダでの喫煙すらも許されず(洗濯物等にたばこの臭いがうつることが当然許されないのでしょう。),とうとう廊下ないしは階段に流謫の身をかこつこととはなった可哀想なニコチン好きの(わび)しい姿でありました。

 たばこは東洋における文明と強兵との(さきがけ)たる我が日本帝国人民の元気の敵なりと,国を愛し国を憂うる議員諸賢の怒号する帝国議会の協賛を得,明治大帝の裁可を得たる未成年者喫煙禁止法(明治33年法律第33号)が施行せられて117回目の春,同法に関して不図(ふと)調査の思いを発し,いささか調べ得たことを文字にしてはみたのですが,以下思わず長いものとなりました。

 

1 法文及び若干の註

 

朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル未成年者喫煙禁止法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 

  御 名  御 璽

 

     明治33年3月6日(官報3月7日)

          内閣総理大臣 侯爵山縣有朋

          内務大臣 侯爵西郷從道

法律第33

未成年者喫煙禁止法

第1条 20年ニ至ラサル者(1)②ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス

第2条 前条ニ違反シタル者アルトキハ行政ノ処分ヲ以テ喫煙ノ為ニ所持スル煙草及器具ヲ没収ス

第3条 未成年者ニ対シテ親権ヲ行フ者情ヲ知リテ其ノ喫煙ヲ制止セサルトキハ(2)④科料ニ処ス 

 親権ヲ行フ者ニ代リテ未成年者ヲ監督スル者亦前項ニ依リテ処断ス

第4条 煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満20年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス(3)

第5条(4) 20年ニ至ラサル者(1)⑤ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ50万円(5)⑥以下ノ罰金ニ処ス

第6条(4) 法人ノ代表者又ハ法人若ハ人ノ代理人,使用人其ノ他ノ従業者ガ其ノ法人又ハ人ノ業務ニ関シ前条ノ違反行為ヲ為シタルトキハ行為者ヲ罰スルノ外其ノ法人又ハ人ニ対シ同条ノ刑ヲ科ス(6)

   附 則

本法ハ明治33年4月1日ヨリ之ヲ施行ス

 

条文中の(1)から(6)までの註は,1900年3月6日に明治天皇の裁可により成立(大日本帝国憲法5条・6条)した時の未成年者喫煙禁止法の原始規定と現行規定との相違に係るものです。(また,①から⑥までの註は,後記のとおり,第14回帝国議会の衆議院に茨城県選出の根本(しょう)衆議院議員らが提出した当初の法案に係るものです。

註(1)の部分は,立法時の原始規定では「未成年者」でした。昭和22年法律第223号(「民法の改正に伴う関係法律の整理に関する法律」は件名)23条により,1948年1月1日から改められています(同法29条参照)。現在,民法753条は「未成年者が婚姻をしたときは,これによって成年に達したものとみなす。」と規定していますが,これは昭和22年法律第222号による新しい規定で,同法による改正前の民「法は,一方,未成年者は親権または後見に服し,婚姻をしてもこの状態は変わらないものとするとともに,他方,妻は無能力者として夫の支配の下に立つものとし」ていたところです(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)93頁)。「公職選挙法,未成年者喫煙禁止法,未成年者飲酒禁止法などの適用では,依然として未成年者とされることはいうまでもない。」とされていますが(我妻95頁註(4)),解釈論以前に,昭和22年法律第223号によって法律の条文自体に改正が加えられていたわけです。

註(2)の部分に,原始規定では「1円以下ノ」が入っていました。なお,1900年当時施行されていた旧刑法(明治13年太政官布告第36号)29条には「科料ハ5銭以上1円95銭以下ト為シ仍ホ各本条ニ於テ其多寡ヲ区別ス」と規定されていました。「1円以下ノ」は,平成1212月1日法律第134号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20001231日から削られています(同法附則参照)。当該改正より前において「科料は,1000円以上1万円未満とする。」と規定する刑法17条との折り合いは,罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)2条3項によって,額の定めのない科料ということにされていてついていたものです。

註(3)の条項(現行4条の規定)は,原始規定にはありませんでした。平成131212日法律第152号(「未成年者喫煙禁止法及び未成年者飲酒禁止法の一部を改正する法律」との題名)1条によって,20011212日から現行4条が加えられたものです(同法附則1項参照)。

註(4)に係る「第5条」及び「第6条」は,原始規定にはありませんでした。未成年者喫煙禁止法の原始規定では,現行5条が第4条であり,かつ,同法は第4条までしかありませんでした。上記平成13年法律第152号1条により,当時の第4条及び第5条がそれぞれ新しい第5条及び第6条に,20011212日から移されています。

註(5)の部分は,原始規定では「10円」でした。罰金刑なので,旧刑法上の軽罪です(同法8条3号)。190810月1日施行の現行刑法15条本文では当初「罰金ハ20円以上トス」とされていたので10円以下の罰金規定が存続し得たかどうかというと,平成3年法律第31号による改正以前の刑法施行法(明治41年法律第29号)20条は「他ノ法律ニ定メタル刑ニ付テハ其期間又ハ金額ヲ変更セス但他ノ法律中特ニ期間又ハ金額ヲ定メサル刑ニ付テハ仍ホ旧刑法総則中期間又ハ金額ニ関スル規定ニ従フ」と規定していました。しかし,罰金等臨時措置法の旧4条1項本文により,科刑上,1949年2月1日からは(同法附則1項参照),未成年者喫煙禁止法の「10円以下ノ罰金」は2000円以下の罰金ということになりました。1972年7月1日からは8000円以下の罰金となり(昭和41年法律第61号),平成3年法律第31号による改正により1991年5月7日からは2万円以下の罰金となっています(罰金等臨時措置法2条1項本文)。最終的には前記平成12年法律第134号1条によって,20001231日から,未成年者喫煙禁止法自身の条文において「10円以下ノ罰金」が「50万円以下ノ罰金」に改められています。

註(6)の条項(現行6条の規定)は,両罰規定ですが,原始規定にはありませんでした。前記平成12年法律第134号1条によって20001231日から,当初は「第5条」として加えられたものです。

未成年者喫煙禁止法は,議員立法でした(大日本帝国憲法38条後段)。189912月6日付けで衆議院に根本正代議士外4名によって提出された法案の当初の題名は「幼者喫煙禁止法」で,第1条冒頭は「18歳未満ノ幼者」とされ(現在であれば「幼者」ではなく「児童」との語が用いられたでしょう(児童福祉法(昭和22年法律第164号)4条1項等参照)。),喫煙制止義務者は「第1条ノ幼者ヲ監督スル責任アル者」であって,第3条に第2項はなく,科料の額は「10銭以上1円以下」,たばこ又は器具を売ってはならない相手は「第1条ノ幼者」であり,罰金の額は「2円以上10円以下」とされていました。

 

2 根本正衆議院議員の法案提出趣旨

18991212日の衆議院本会議における根本正代議士による堂々の法案趣旨説明は次のとおりでした(第14回帝国議会衆議院議事速記録第7号83頁。なお,原文は片仮名書き)。

 

 諸君,茲に本員等が喫煙禁止法案を提出致しました理由を極簡短に述べます,此法案は近来小学校の子供が輸入の巻煙草を吸ふ者が日々増加しまして,此儘に棄置きましたならば我帝国人民をして,或は支那の今日に於ける有様,又遂に印度の如き結果を見ねばならぬと大に憂ふる所であります,それはどう云ふ訳であるかと申しまするなれば,此煙草と云ふものは阿片の如く「ナコチック」及「ニコチン」を含有するものでありまして,若し此の如き神経を麻痺し智覚を遅鈍にするものを,幼少の子供が喫しますれば,日本帝国人民の元気を消滅するに至る訳であります,それ故に此子供が煙草を喫むと云ふことは,国是として廃さねばならぬことでございます,此事と云ふものは実に文明の各国に於て行れる法律であります,既に独逸に於ては16歳以下の子供に煙草を喫ませませぬです,それはどう云ふ訳であるかと云ひますると,唯今申上げたる訳で,第一軍人たるに不適当たらしむる故であります,又亜米利加の一新報を見ますれば,西班牙と亜米利加が戦争をしました時分に各地方から兵卒を呼びまして,其内取除けられた青年があります,其取除けられた青年の100人の中90人は幼少より煙草を喫んだものであると云ふことが書いてあります,加之(しかのみ)ならず現に東京に駐在する所の米国特命全権公使「バック」君の御話を聴きました所が,先生が生れた故郷なるヴォルヂニア州と云ふ所は,諸君が御承知の通,煙草を製造して外国に輸(ママ)する大なる一煙草国であります,然れども20歳以上の人には害は少いが,18歳以下の人には宜しくないものであると云ふて,ヴォルヂニア州では18歳以下の子供には,一切煙草を売ることを法律を以て禁じてあると云ふことを,実に此公使より私が承った所であります,独りヴォルヂニア州のみならず,紐育(ニューヨーク)州でも通である,紐育州では1889年,即ち今を距ること10年前に此法律を施行致しました,又アイオ()州でも其通であります,斯の如き好き例が沢山ありますからして,此等のことは詳しく御話しませぬけれども,実に(いやしく)も国庫の補助を受けて居る学校の生徒が,煙草を喫むと云ふことは実に宜しくないこと思ひます(「同感」と呼(ママ)者あり)唯一言を御話します,1891年に亜米利加の「エール」大学校に於て,生徒が147人の一組の生徒があります,此4年間の結果を調べて見ました所が煙草を喫む人が70人あって,禁煙した者が77人あります,それで色調べて見ました所が,丈の高さが煙草を喫まない人は2割4分高くなって居る,又胸の囲りを計って見ますれば,2割6分7厘広くなって居ったと云ふことであります,殊更に肺に関係したことは(おびただ)しいものであって,7割7分5厘程のものになって居る,其他ボルマント州の如きは,小学校に於て教師と生徒と共に禁じてあります,又米国ウヱスト,ポエント陸軍兵学校に於ても禁じてある,又アナポリス海軍兵学校に於ても禁じてある,実に此法律は日本をして東洋に於て欧米列国に優る所の国にするならば,他日此国の父母と為る小学校の生徒に煙草を喫ませると云ふことはありませぬです,どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば,支那や印度の真似をせずに,どうか此文明国の法律を御採用あらんことを希望します

 

たばこを吸うと(から)天竺(てんじく)の人のようになっちゃうぞ,ということだったようです。無論,大昔の孔子も釈迦もたばこは吸っていなかったはずですから,米国留学経験者たる根本代議士とても儒教・仏教の排斥までは考えてはいなかったのでしょう。19世紀末の興隆する大日本帝国の臣民の眼から見ると,唐・天竺は衰亡文明の代名詞のようなものだったごとし。しかし,21世紀の今日,新興経済大国たる中華人民共和国及びインドの両国民から見ると,むしろ我が日本国こそが停滞ないしは衰退の中に恍惚とした活力のない過去の経済大国として印象されているようにも懸念されます。たばこさえ吸えば中華人民共和国経済及びインド経済のごとき活力を我が日本経済も取り戻すというのならば,日本国民こぞって煙突のごとくたばこを猛然と吸ってみるということもあり得るでしょうか。しかし,税収面での貢献はともかくも(国の平成28年度予算案に係る財務省資料を見ると,2016年度におけるたばこ税徴収概算額は9230億円でした。),経済政策としては相手にされないでしょう。

「どうか此帝国をして世界に輝く国とせんとするならば」,随分先のことを考えて子供の心配もよいのですが,今の大人が現下のそれぞれの課題に自ら全力で取り組み,立派な仕事をして来るべき世代にまず範を示し置くべきことも重要であるようにも思われます。

それはともかくとして,まずは強兵論なのでしょう。カイゼルのドイツでは,子供が軍人として不適当とならぬように16歳以下の子供にはたばこを吸わせない,米国の陸軍士官学校及び海軍兵学校はいずれも生徒にたばこを吸わせない,たばこを吸わない方が身体が強健になる(「エール」大学校の統計の数字の意味は根本代議士の説明の速記からは分かりにくいのですが,189912月6日に衆議院に提出された法案に付された理由(『衆議院議員根本正第十四回帝国議会報告』(根本正・1900年)1011頁参照)においては「禁煙者77人は喫煙者70人に勝ること重量2割4分・・・の増加」ということで,「2割4分」背が高いのではなく,体重が「2割4分」より増えているということだったようです。とすると,胸囲のみならず腹囲も非喫煙者の方が増加が大きかったのでしょうか。また,「肺に関係したこと」とは「肺量」であって,「肺量」が「禁煙者は喫煙者よりも平均多量なること7割7分5厘なり」ということだったそうです。),たばこを吸うと現役として兵役に服さないようになってしまうぞ(ただし,1898年の米西戦争の際の米軍兵士が全員非喫煙者であったわけではないでしょうし,むしろ喫煙者の方が兵士中の多数者だったかもしれません。上記衆議院提出の法案理由では「米西戦争に於て軍医の為に兵役より排斥せられたる青年の100分の90は喫煙の悪結果に基くと云ふ」ということではありました。なお,当該法案理由には,「「バック」君の言に「ヴヲルジニア」州及「アイオワ」州の如く18歳以下の者に対し煙草販売禁止法を施行せる各州の少年を喫煙する他州に比するに徴兵検査の成蹟頗る良結果を呈せりと云ふ」ともありました。)その他云々。

Peaceというたばこの銘柄がありますが,そこでの平和(ピース)は,健全な愛国的兵士像に背を向けた兵役忌避者的平和ということでしょうか。民族間闘争の世界に喜々として飛び込む,溢るる健康はそこにはないのでしょう。

 ・・・〔1914年の〕クリスマスの日,フランスの前線では銃砲撃が止まった。英国及びドイツの兵士らは無人(ノーマンズ)地帯(ランド)言葉たばこ(