カテゴリ: 刑法

1 横領の罪と「横領」の語と

 1907年制定の我が現行刑法(明治40年法律第45号)の第38章の章名は「横領の罪」とされ,同章冒頭の同法2521項は「自己の占有する他人の物を横領した者は,5年以下の懲役に処する。」と規定しています。

「横領」とは,国語辞典的には「人の物を不法に自分のものとすること。横取りすること。横奪。押領(おうりょう)。」という意味であるものとされています(『日本国語大辞典第二版第2巻』(小学館・2001年)885頁)。

法律的には,刑法2521項の単純横領罪について「「横領」とは,自己の占有する他人の物を不法に領得することをいい,それは,不法領得の意思を実現するすべての行為を意味する。その不法行為の意思が確定的に外部に発現されたとき,本罪は既遂になる。」ということであって(末永秀夫=絹川信博=坂井靖=大仲土和=長野哲生=室井和弘=中村芳生『-5訂版-犯罪事実記載の実務 刑法犯』(近代警察社・2007年)533頁。下線は筆者によるもの),具体的には,「売却,入質,貸与,贈与,転貸(以上は物の法律的処分),費消(物の物質的処分),拐帯,抑留,隠匿,着服(以上は物の事実的処分)などによって行なわれる」ものとされています(同頁)。なお,不法領得の意思の存在それ自体のみでは犯罪とはならず,行為を要するわけです。

 「横領」は,今日,広く理解された日常的概念であるように思われます。

 

2 明治の新造語であった「横領」

 しかしながら,「横領」は,実は明治時代における新造語であって,我が日本語の伝統的語彙には含まれていないものだったのでした。

『日本国語大辞典第二版第2巻』には「「横領」の語形は明治期まで資料に見当たらないが,明治15年〔1882年〕までに脱稿したとされる「稿本日本辞書言海」に「わうりやう 横領 恣ニ他ノ物ヲ奪フ事,ヨコドリ,横奪,侵略」とあり,挙例に見られるように明治中期に至って使用が定着したか。「おうりょう(押領)」の語誌。」とあります(885頁)。ここでの「挙例」中の一番早期のものは,「*内地雑居未来之夢(1886)(坪内逍遥)11「お店をあの儘に横領(ワウリャウ)して,自己(うぬ)が物にして踏張らうといふ了見」」です(同頁)。

したがって,1880717日に布告された我が旧刑法(明治13年太政官布告第36号。188211日から施行(明治14年太政官布告第36号))には,実は「横領」の名の罪は無かったのでした。

(なお,「押領」の「語誌」には,「〔略〕所領を奪う意で中世に多用されたが,対象が土地だけではなく金品に及ぶようになって「横領」へと変化していったものか。」とあります(『日本国語大辞典第二版第2巻』885頁)。すなわち「横領」は,元々は不動産侵奪(刑法235条の2参照)から始まったということでしょうか。)

 

3 旧刑法393条,395条,397条等

 「横領」の語の確立していなかった当時,「横領」の名の罪は無かったとはいえ,現行刑法252条の罪に対応する罪は,旧刑法第3編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」の第2章「財産ニ対スル罪」中第5節「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」において,次のように規定されていました。

 

  第393条 他人ノ動産不動産ヲ冒認シテ販売交換シ又ハ抵当典物ト為シタル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス〔2月以上4年以下の重禁錮に処し,4円以上40円以下の罰金を附加〕

   自己ノ不動産ト雖モ已ニ抵当典物ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売与シ又ハ重()テ抵当典物ト為シタル者亦同シ

  第394条 前数条ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者ハ6月以上2年以下ノ監視ニ付ス〔「監視」は「主刑ノ終リタル後仍ホ将来ヲ撿束スル為メ警察官吏ヲシテ犯人ノ行状ヲ監視セシムル者」です(旧刑法附則(明治14年太政官布告第67号)21条)。〕

  第395条 受寄ノ財物借用物又ハ典物其他委託ヲ受ケタル金額物件ヲ費消シタル者ハ1月以上2年以下ノ重禁錮ニ処ス若シ騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス

  第396条 自己ノ所有ニ係ルト雖モ官署ヨリ差押ヘタル物件ヲ蔵匿脱漏シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処ス但家資分散ノ際此罪ヲ犯シタル者ハ第388条ノ例ニ照シテ処断ス〔2月以上4年以下ノ重禁錮。なお,家資分散は,非商人のための破産手続です。〕

  第397条 此節ニ記載シタル罪ヲ犯サントシテ未タ遂ケサル者ハ未遂犯罪ノ例ニ照ラシテ処断ス〔已に遂げたる者の刑に1等又は2等を減ずる〕

  第398条 此節ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者第377条ニ掲ケタル親属〔祖父母,父母,夫妻,子,孫及びその配偶者又は同居の兄弟姉妹〕ニ係ル時ハ其罪ヲ論セス

 

旧刑法393条の罪が,前記1の物の法律的処分に係る横領罪に対応するようです。しかし,詐欺取財をもって論ずるものとされています。「典物」の「典」は,「質に入れる」の意味ですが(『角川新字源』(123版・1978年)),広義には担保権を設定するということになりましょう。

旧刑法395条前段の罪は,前記1の物の物質的処分に係る横領罪に対応するようです。しかし,後段の「騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル者ハ詐欺取材ヲ以テ論ス」るものとされる「騙取拐帯其他詐欺ノ所為」が,前記1の物の事実的処分に係る横領罪に正確に対応するものかどうかは分かりづらいところです。

 

4 旧刑法393

 

(1)1877年司法省案

旧刑法393条は,187711月の司法卿への上申案では「第437条 他人ノ動産不動産ヲ冒認シ人ヲ騙瞞シテ販売交換シタル者又ハ抵当典物ト為シタル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス/自己所有ノ不動産ト雖モ已ニ抵当ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売典〔与〕シ又ハ重ネテ抵当ト為シタル者亦同シ但判決ノ前ニ於テ抵当ノ金額ヲ弁償シタル者ハ其罪ヲ論〔免〕ス」というものでした(『日本刑法草案会議筆記第分冊』(早稲田大学出版部・1977年)2441-2442頁)。

同年8月のフランス語文案では,“437. Est encore coupable d’escroquerie et puni des peines portées à l’article 434 celui qui, à l’aide de manœuvres frauduleuses, a vendu ou cédé à titre onéreux, hypothéqué ou donné en nantissement un immeuble ou un meuble dont il savait n’être pas propriétaire, ou qui, étant propriétaire, a vendu ou hypothéqué un immeuble, en dissimulant, à l’aide de mêmes manœuvres, tout ou partie des hypothèques dont il était grevé./ Le coupable, dans ce dernier cas, sera exempt de peine, s’il a remboursé, avant la condamnation, les créances hypothécaires par lui dissimulées.”となっていました。

“Nemo plus juris ad alium transferre potest quam ipse habet”(何人も自己の有する権利より大きな権利を他者に移転することはできない)原則を前提に,所有権を得られなかった買主,抵当権を取得できなかった抵当権者等を被害者とするものでしょうか。しかし,現在,不動産の二重売買の場合であっても第2の買主が先に登記を備えれば当該買主は所有権者になれますし(民法(明治29年法律第89号)177条),動産の場合には善意無過失の買主に即時取得の保護があります(同法192条)。ここで,1877年当時においては所有権を有さない者を売主とする売買によって買主は所有権を取得できなかったかどうかを検討しておく必要があるようです。

 

(2)1877年段階における無権利者から物を購入した場合における所有権取得の可否

 

ア 不動産:物権変動の効力要件としての地券制度及び公証制度

まず,不動産。「明治維新とともに,旧幕時代の土地取引の禁令が解除され(明治五年太政官布告50号),土地の所有と取引の自由が認められるにいたったが,同時に近代的な地租制度を確立するための手段として地券制度が定められた(明治五年大蔵省達25号)。すなわち,土地の売買譲渡があるごとに(後には所有者一般に),府知事県令(後に郡役所に移管さる)が地券(所在・面積・石高・地代金・持主名等を記載)正副2通を作成し,正本は地主に交付し,副本は地券台帳に編綴した。この地券制度のもとでは,地券の交付ないし裏書(府県庁が記入する)が土地所有権移転の効力発生要件とされた(初期には罰則により強制された)。/〔略〕地券制度によっては覆われえない土地の担保権設定や建物に関する物権変動につき,公証制度が採用された(明治6-8年)。その方法は,物権変動に関する証文に戸長が奥書・割印(公簿との)するものであるが,かかる公証制度は後に土地所有権にも拡げられた(明治13年)。なお,右公証は規定上は物権変動の効力発生要件とされたが,実際の運用上は第三者対抗要件とされていた。」ということですので(幾代通『不動産登記法』(有斐閣・1957年)3-4頁),1877年(明治10年)当時には,土地の所有権の移転については地券制度,その他不動産の物権変動については公証制度(奥書割印制度)がいずれも効力発生要件として存在していたということでしょう(「実際の運用上は第三者対抗要件とされていた」というのは,お上の手を煩わすことを厭う人民たる当事者間においては,公証を受けぬまま物権変動があるものとして通用していたということであって,司法省当局の建前は,飽くまでも効力発生要件であるものとしていたのでしょう。)。

未公証の売買の後に当該売主を売主として同一不動産について更に売買がされた場合において当該後からの売買について公証がされたときは,前の売買の買主はそもそも所有権を全然取得しておらず,後の売買の買主は完全な所有権者から有効に所有権を取得したということになります。自分の物を売っただけの売主に,横領罪(現行刑法2521項)が成立するということはないわけです。他方,公証された売買(したがって,所有権は買主に有効に移転して売主は無権利者となる。)の後に更に当該売主が同一不動産を他の者に対して売るというようなことは,後の売買の買主があらかじめしっかり戸長に確認するお上の制度を弁えた人物である限りは生じない建前のようです。

 

イ 動産:即時取得(即時時効)未導入

動産については,現行民法192条の案文を審議した1894529日の法典調査会の第16回議事速記録において,同条に係る参照条文は,旧民法証拠編(明治23年法律第28号)144条,フランス民法2279条,ロシア民法317条,イタリア民法707条,スイス債務法205条及びスペイン民法464条が挙げられているだけです(『法典調査会民法議事速記録第6巻』(日本学術振興会・1936年)163丁表裏)。即時時効(旧民法証拠編144条)ないしは即時取得制度は新規の輸入制度であったということでしょうか。1894529日の段階でなお土方寧は即時取得の効果について「私ノ考ヘデハ本条〔民法192条〕ニ所謂色々ノ条件ト云フモノガ具ツテ居ツテ他人ノ物ヲ取得スルトキニハ真ノ所有主即チ自分ヨリ優ツタ権利ヲ持テ居ル人ヨリ()()即チ一般ノ人ニ対シテハ所有権ヲ取得シタモノト看做スト云フコトニシテ全ク第三者ノ方ニ取ラナクテハナラヌト思ヒマス」と発言し(下線及び傍点は筆者によるもの),「夫レナラ丸デ削ツテ仕舞ハナケレバ徃カヌ」と梅謙次郎に否定されています(『法典調査会民法議事速記録第6巻』169丁裏-170丁表)。確かに,自らを所有権者であると思う善意の占有者は,結局はその物の真の所有権者からの返還請求に応じなくてはならないとはいえ,その間果実を取得でき(民法1891項),その責めに帰すべき事由によって占有物を滅失又は損傷させてしまったとしてもその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において回復者に賠償をすればよいだけである(同法191条)との規定が既にあります。

 

(3)旧刑法393条起草時の鶴田=ボワソナアド問答

ところで,旧刑法393条の規定の原型は,司法省において,187612月より前の段階で,同省の鶴田皓の提議に基づき,フランスからのお雇い外国人であるボワソナアドによって起草されたものでした。なお,鶴田皓は「同じ肥前出身の大木喬任〔司法卿〕の信頼が厚かったといわれており,また,パリでボワソナアドから刑法などの講義を受け,ヨオロッパ法にも,一応の知見をもっていた」人物です(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波文庫・1998年)113頁)。

 

 鶴田 又爰ニ議定スヘキ一事アリ即二重転売ノ罪之レナリ例ハ甲者ヘ売渡スヘキ契約ヲ為シ其手付金ヲ受ケ取タル上又乙者ヘ売渡シ其代価ノ金額ヲ欺キ取タルノ類ヲ云フ之レハ矢張詐偽取財ヲ以テ論セサルヲ得ス

 Boissonade 其二重転売ハ固ヨリ詐偽取財ヲ以テ論セサルヲ得ス即第3条〔旧刑法390条の詐欺取財の罪の原型規定〕ノ「其他偽計ヲ用ヒテ金額物件云々」ノ内ニ含(ママ)スヘキ積ナリ

 鶴 然シ二重転売ヲ以テ第3条ノ〔「〕其他偽計ヲ用ヒテ金額物件云々」ノ内ニ含畜セシメントスルハ少シ無理ナリ故ニ此二重転売ノ詐偽取財ヲ以テ論スヘキ主意ハ別ニ1条ヲ以テ特書センコトヲ要ス

 

  此時教師ヨリ加条ノ粗案ヲ出ス

 

B 然ラハ別ニ左ノ主意ヲ以テ1条ヲ加フヘシ

 

  第 条 故意ヲ以テ己レニ属セサル動産ヲ要償ノ契約ヲ以テ譲シ又ハ典物ト為シタル事ヲ欺隠シテ売リ又ハ他ヘ書入ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ス

〔筆者註:「徳川時代に諸道具または品物の書入(〇〇)と称せしもの」は,質ならざる「動産抵当」のことです(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(岩波文庫・1984年)24頁)。〕

 

 鶴 此条ヘ動産(〇〇)云々ト記シテ不動産ヲ記セサルハ差〔蓋〕シ不動産ニハ二重転売スルコトナシトスルナラン

  然シ例ハ甲ノ狭小ナル地ヲ売ランカ為メ乙ノ広大ナル地ヲ人ニ示シ其広大ナル地ノ価額ヲ受取ルノ類ナキニアラス

  最モ仏国ニテハ不動産ノ売買ハイ()テーキ役所ニ於テ登記スヘキ規則アルニ付詐偽シテ売買スルコトナキ筈ナレ𪜈(トモ)日本ニテハ未タ〔「〕イボテーキ」役所ノ規則モ十分ナラス故ニ或ヒハ区戸長ト犯人ト私和シテ詐偽スルコトナキニモアラス故ニ日本ニテハ此条ヘ不動産(〇〇〇)ノ字ヲモ掲ケ置カンコトヲ要ス

  〔筆者註:フランスの「イポテーク役所」(bureau des hypothèquesに関しては,「民法177条とフランス1855323日法」記事を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html)。〕

 

 B 仏国ニテハ不動産ノ売買ニ付テ詐偽スル者ナキ筈ナリ若シ之ヲ詐偽スル者アリタル時ハ民事上ニ於テ損害ノ償ヲ求ムル而已ナリ何トナレハ地面家屋等ノ不動産ハ他ヘ転輾セス何時迠モ其形迹ノ現在スル故ニ仮令一旦詐偽セラルトモ再ヒ其詐偽ヲ見出シ易キモノナレハナリ

  〔筆者註:これは,不動産取引についての詐欺は,どうせいつかは発覚するのであえて行う者はいないだろう,という趣旨でしょうか。〕

  然ルニ動産ハ他ヘ転輾シ竟ニ其形迹ヲ現在セサルニ至ル故ニ一旦詐偽セラレタル以上ハ到底其損害ヲ受クルヲ免レス仍テ動産ノ二重転売ハ詐偽取財ヲ以テ論スヘキナレ𪜈(トモ)不動産ハ之ヲ罪ト為スニ及ハサルヘシト思考ス

  〔筆者註:ここでのボワソナアド発言の趣旨は分かりにくいところですが,実は旧刑法393条の罪は,第1買主に対する横領の罪と第2買主に対する詐欺の罪との観念的競合であるものと考えられていたところでした。すなわち,鶴田皓が理解するところ「一体此前段ノ己レニ属セサル動産不動産ヲ要償契約ヲ以テ附与シ云々」ハ盗罪ト詐偽取財ト2罪ノ性質ヲ含畜スルニ似タリ何トナレハ其他人ニ属スル動産不動産ヲ己レノ所有物同様私ニ販売シ又ハ典物ト為ス点ヨリ論スレハ盗罪ノ性質ナリ又之ヲ己レノ所有物ナリト云ヒ他人ヲ欺キ販売又ハ典物ト為シテ利益ヲ得ル点ヨリ論スレハ詐偽取財ノ性質ナレハナリ」であって,同人が更に「然ルニ之ヲ詐偽取財ニ引付テ論スルハ盗罪ト詐偽取財トノ2倶発ト為シ其一ノ重キニ従テ処断スル主意ナリヤ」とボワソナアドに問うたところ,ボワソナアドは「然リ道理上ヨリ論スレハ固ヨリ貴説ノ如クナレ𪜈(トモ)其詐偽取財ノ成立タル以上ハ其以前ノ所為ハ之ヲ総テ1罪ヲ犯ス為メ数多ノ刑名ニ触レタル者ト見做サルヽ(ママ)ヲ得ス」と回答しています(『日本刑法草案会議筆記第分冊2488-2489頁)。このボワソナアド回答は,牽連犯規定(現行刑法541項後段。旧刑法には牽連犯規定はありませんでした。牽連犯規定に関しては,江藤隆之「牽連犯の来歴――その3つの謎を解く――」桃山法学33号(2020年)41頁以下が興味深いですね。)の先駆となるべき思考を示すものでもありましょう(また,『日本刑法草案会議筆記第分冊』2532頁では,旧刑法395条の前身条文案について「此蔵匿拐帯シタル物品ヲ以テ他人ヘ売却シテ利ヲ得タル時ハ前条〔旧刑法393条の前身条文案〕ノ詐偽取財ヲ以テ論スヘキナラン」との鶴田の問いに対してボワソナアドは「然リ此背信ノ罪〔旧刑法395条の前身条文案〕ハ蔵匿拐帯消費シタル而已ヲ以テ本罪ト為ス」と述べています。)。なお,動産の二重売買問題については,フランスにおいてはナポレオンの民法典1141条によって解決が与えられていたので,当該解決に慣れていたであろうボワソナアドにとっては,Nemo plus juris ad alium transferre potest quam ipse habet”原則が貫徹する場合における当該問題を改めて考えることには当初戸惑いがあったかもしれません。ナポレオンの民法典1141条はいわく,“Si la chose qu’on s’est obligé de donner ou de livrer à deux personnes successivement, est purement mobilière, celle des deux qui en a été mise en possession réelle est préférée et en demeure propriétaire, encore que son titre soit postérieur en date, pourvu toutefois que la possession soit de bonne foi.”2の相手方に順次与え又は引き渡されるべく義務付けられた物が純粋な動産の性質を有する場合においては,当該両者中先に現実の占有を得た者が,その権原の日付が劣後するものであっても,優先され,かつ,その所有者となる。ただし,当該占有が善意によるものであるときに限る。)と(我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)346条も「所有者カ1箇ノ有体動産ヲ2箇ノ合意ヲ以テ各別ニ2人ニ与ヘタルトキハ其2人中現ニ占有スル者ハ証書ノ日附ハ後ナリトモ其所有者タリ但其者カ自己ノ合意ヲ為ス当時ニ於テ前ノ合意ヲ知ラス且前ノ合意ヲ為シタル者ノ財産ヲ管理スル責任ナキコトヲ要ス/此規則ハ無記名証券ニ之ヲ適用ス」と規定しています。)。〕

 鶴 然ラハ不動産ヲ区戸長ト私和シテ二重転売又ハ二重ノ抵当ト為シタル時ハ其区戸長而已ヲ罰シ其本人ハ罰セサルヤ

 B 然リ其本人ヘ対シテハ民事上ニ於テ損害ノ償ヲ求ムル而已ナリ

 鶴 然シ日本ニテハ未タ「イホテーキ」ノ規則十分ナラサル故ニ不動産ニテモ或ハ之ヲ二重転売又ハ二重抵当ト為ス者ナキヲ保シ難シ故ニ右加条ノ粗案中ヘ不動産(〇〇〇)ノ字ヲ掲ケ置カンコトヲ要ス

 B 然ラハ先ツ貴説ノ如ク不動産(〇〇〇)ノ字ヲ之レニ掲ケ置クヘシ但他日「イボテーキ」ノ規則十分ニ確シタル時ハ全ク不用ニ属スヘシ即右加条ノ粗案ヲ左ノ如ク改ムヘシ

 

  第 条 故意ヲ以テ己レニ属セサル動産不動産ヲ要償ノ契約ヲ以テ譲与シ又ハ不動産ヲ書入ト為シ又ハ動産ヲ典物ト為シ又ハ所有者已ニ其不動産ヲ書入ト為シタル事ヲ欺隠シテ他人ヘ売渡シ又ハ他人ヘ書入ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論シ前同刑ニ処ス

 

 鶴 右ノ主意ニテ別ニ1条ヲ置クハ最モ余カ説ニ適スル者トス

 B 右ノ主意ニ付テ再考スルニ〔「〕不動産云々」ノ事ヲ掲ケ置クハ至極良法ナリ

  仏国ニテモ「イボテーキ」ノ規則アル故ニ必ス登記役所ヘ徃テ其真偽ヲ検閲スレハ二重転売等ノ害ヲ受クルコトナキ筈ナレ𪜈(トモ)若シ其本人ノ辞ヲ信シ之ヲ検閲セサル時ハ其害ヲ受クルコトナシトハ保シ難キ恐レアレハナリ

 鶴 然ラハ不動産ノ二重転売ハ仏国ニテハ民事ノ償ト為ス而已ナレ𪜈(トモ)日本ニテハ之ヲ刑事ニ論スルヲ適当ト為スノ貴説ナリ

 B 然リ

   (『日本刑法草案会議筆記第分冊2475-2477頁)

 

(4)ボワソナアド解説

 187711月上申案437条における「他人ノ動産不動産ヲ冒認シ人ヲ騙瞞シテ販売交換シタル者又ハ抵当典物ト為シタル者」及び「自己所有ノ不動産ト雖モ已ニ抵当ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売与シ又ハ重ネテ抵当ト為シタル者」の意味に関しては,後年ボワソナアドが解説を書いています(ただし,フランス語文は“celui qui, à l’aide de manœuvres frauduleuses, a frauduleusement vendu ou cédé à titre onéreux, hypothéqué ou donné en nantissement, un immeuble ou un meuble dont il savait n’être pas propriétaire, ou qui, étant propriétaire, a vendu ou hypothéqué un immeuble, consenti une aliénation, une hypothèque ou un droit réel quelconque sur ledit bien, en dissimulant, à l’aide de mêmes manœuvres frauduleusement, tout ou partie des hypothèques autres droits réel dont il était grevé.”(自己がその所有者ではないことを知っている不動産若しくは動産を欺罔行為に基づき売り,有償で譲渡し,それに抵当権を設定し,若しくは担保として供与する者又は,それが負担する他の物権の存在の全部若しくは一部を欺罔行為に基づき隠蔽して,当該物件に係る譲渡,抵当権設定又はその他の物権の設定の合意をするその所有者である者(新4343号)。))となっていて,18778月のものとは若干の相違があります(Gve. Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour L’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire; Tokio, 1886: p.1146)。)。

 

   恐らくフランスでは,ここで詐欺(escroquerie)の第3類型として規定された欺罔行為(fraude)を罰することは難しいであろう。当該行為は,同国ではローマ起源の転売(ステ)詐欺(リョナ)stellionat)という名で呼ばれている。しかし,ステリョナは,損害賠償だけを生じさせる私法上の犯罪としてのみ認識されている(フランス民法2059条,2066条及び2136条参照)。(b

 

     (b)ステリョナ行為者に対する唯一の厳格な取扱いは,損害賠償を保証させるための身体拘束であった(前掲各条参照)。しかしそれは,私法事項に係る身体拘束の一般的廃止の一環として,1867722日法により消滅した。

 

しかし,譲渡人が当該権利を有していることに係るここで規定されている欺瞞行為(tromperie)が,虚言的歪曲(altérations mensongères)のみにとどまらず,当該権利が存在するものと誤信させる欺罔工作又は姦策に基づくもの(appuyée de manœuvres frauduleuses ou d’artifices)であるときには,フランス刑法405条によって罰せられる詐欺をそこに見ることが可能であり,かつ,必要でもあることになるものと筆者には思われる。

ともあれ,この日本法案に当該困難はないであろう。先行し,かつ,当該権利と両立しない物権のために当該法律行為が約束の効果を生じない場合に係る,有償であり,主従各様であるところの物権の多様な在り方に対応できるように努力がされたところである〔筆者註:18776-8月段階においてボワソナアドは「後来ハ動産ヲ抵当ト為ス法ハ廃セサル可カラス」と主張していましたが(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2525頁),当該主張は撤回されたもののように思われます。〕2度繰り返される「欺罔行為に基づき(frauduleusement)」の語の使用は,誤りや見落としであるものを処罰から免れさせるために十分である。しかし,法はここで精確に語の本来の意味での工作又は姦策の存在を求めることはしていない。目的物を,彼の物であるもの又は設定される権利と両立しない物権を負担するものではないものとして提示することで十分である。そして,当該法律行為は有償であるものと想定され,必然的に対価の約定又は受領があるのであるから,姦策性は十分なのである。

  (Boissonade, pp.1155-1156

 

 人の悪いすれっからしのフランス人の国ではステリョナ程度では不可罰とする伝統があるので二重売買について詐欺の成立を認めることは難しいが,他人は皆自分のために善意をもって献身奉仕してくれるものと図々しく信じている素直な心の日本人の国では,どしどし無慈悲に処罰しても問題はなかろう,ということでしょうか。

 

(5)ステリョナ

 なお,1804年のナポレオンの民法典2059条は,次のとおりでした。

 

2059.

La contrainte par corps a lieu, en matière civile, pour le stellionat.

Il y a stellionat,

Lorsqu’on vend ou qu’on hypothèque un immeuble dont on sait n’être pas propriétaire;

Lorsqu’on présente comme libres des biens hypothéqués, ou que l’on déclare des hypothèques moindres que celles dont ces biens sont chargés.

    

  第2059条 私法事項に係る身体拘束は,転売(ステ)詐欺(リョナ)について行われる。

    次の場合には,ステリョナがあるものとする。

    自分が所有者ではないものと知っている不動産を売り,又はそれに抵当権を設定する場合

    抵当権を負担する物件を当該負担のないものとして提示し,又は当該物件が負担するものよりも少ないものとして抵当権を申告する場合

  

 ステリョナが動産については認められないのは,同法1141条があるからでしょう。目的動産に係る現実の占有の取得と代金の支払との同時履行関係が維持される限り,当該目的物の所有権を取得できなかった買主も,当該代金についての損害を被ることはないわけです。当該動産の所有権を実際に取得していれば代金額を超えて得べかりしものであった利益に係る損害の問題は残るのでしょうが,その賠償を確保するために売主の身体を拘束するまでの必要はない,というわけだったのでしょう。しかしてそうであれば,いわんや詐欺罪横領罪の成立においてをや,ということになっていたものと思われます。

 

5 旧刑法395

 

(1)1877年司法省案及びナポレオンの刑法典408

 旧刑法395条の前身規定を187711月の司法卿宛て上申案及び同年8月のフランス語案について見ると,次のとおりでした。

 

  第438条 賃借恩借ノ物品又ハ典物受寄品其他委託ヲ受タル金額物品ヲ蔵匿拐帯シ若クハ費消シタル者ハ背信ノ罪ト為シ1月以上1年以下ノ重禁錮2円以上20円以下ノ罰金ニ処ス

   若シ水火震災其他非常ノ変ニ際シ委託ヲ受ケタル物品ニ係ル時ハ1等ヲ加フ

   (『日本刑法草案会議筆記第分冊』2442頁)

 

438. Est coupable d’abus de confiance et puni d’un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et d’une amende de 2 à 20 yens, celui qui a frauduleusement détourné, dissimulé ou dissipé des sommes, valeurs ou effet mobiliers quelconques qui lui avaient été confiés à titre de louage, de dépôt, de mandat, de gage ou de prêt à usage.

La peine sera augmentée d’un degré, en cas de dépôt confié pendant un incendie, une inondation ou une des autres calamités prévues à l’article 412.

 

 また,1810年のナポレオンの刑法典4081項は次のとおりでした。なお,下線が付されているのは,1832年法及び1863年法による追加(cf. Boissonade, p.1159)の部分です。

 

ARTICLE 408.

Quiconque aura détourné ou dissipé, au préjudice du propriétaire, possesseur ou détenteur, des effets, deniers, marchandises, billets, quittances ou tous autres écrits contenant ou opérant obligation ou décharge, qui ne lui auraient été remis qu'à titre de louage, de dépôt, de mandate, de nantissement, de prêt à usage, ou pour un travail salarié ou non salarié, à la charge de les rendre ou représenter, ou d'en faire un usage ou un emploi déterminé, sera puni des peines portées dans l'article 406.

  (専ら賃貸借,寄託,委任,担保の受領,使用貸借により,又は有償若しくは無償の仕事のために,返還若しくは再提出をし,又は決められた使用若しくは用途に用いる条件で預かった財産,金銭,商品,手形,受取証書又は義務若しくは弁済をその内容若しくは効果とする書面を,その所有者,占有者又は所持者の利益に反して脱漏又は費消した(aura détourné ou dissipé)者は,第406条に規定する刑に処せられる。)

 

 ここでいう第406条の刑とは,2月以上2年以下の重禁錮及び被害者に対する返還額と損害賠償額との合計額の4分の1を超えない25フラン以上の罰金並びに場合によっては停止公権でした。

 

(2)「脱漏」又は「拐帯」(détourner),「蔵匿」(dissimuler)及び「費消」(dissiper)の語義穿鑿

 フランス語の“détourner”の訳語は,我が旧刑法の立案過程において,「脱漏」から「拐帯」に改められています。鶴田皓によれば「元来蔵匿(〇〇)脱漏(〇〇)ト畢竟一事ナリ故ニ脱漏(〇〇)ノ字ヲ省キ之ニ換フルニ拐帯(〇〇)ノ字ヲ以テ塡スヘシ」ということでした(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2506頁)。「拐帯」とは「①人をかどわかして売る。②人の財物を持ちにげする。」との意味です(『角川新字源』)。「蔵匿(〇〇)脱漏(〇〇)ト畢竟一事」と鶴田は言いますが,「脱漏」がそこに含まれるという「蔵匿」こと“dissimuler”は,むしろナポレオンの刑法典408条の構成要件に含まれてはいなかったのでした。

Le Nouveau Petit Robert (1993)によれば,“détourner”は,「方向を変える(changer la direction de (qqch.))」,「流れを変える(changer le cours de)」,「逸走させる(écarter (qqch) du chemin à suivre)」というような意味ですが,法律用語としては「(所有者から託された物件を)当該所有者に回復することが不可能となる状態に(dans l’impossibilité de restituer)自らを故意に置くこと。それのために定められたものとは異なる使用をし,又は用途に用いること。」ということになるようです。同辞書はまた“restituer”は「(不法又は違法(illégalement ou injustement)にある人から得た物を)その人に返還すること」であるとしていますから,「背信ノ罪ハ盗罪ト同シク一旦其所有主ヲ害スル意ニ出テ蔵匿脱漏スルトモ其所有主ノ覚知セサル内ニ悔悟シテ先キニ蔵匿脱漏シタル金額物件ヲ旧ノ如ク償ヒ置ケハ其先キ蔵匿脱漏シタル罪ハ免スヘキ者トス」というボワソナアドの発言が想起されるところです(『日本刑法草案会議筆記第Ⅳ分冊』2491頁。同所で続けてボワソナアドは「故ニ日本文ニハ損害ヲ為シタル者云々」ニ作ルヘシ」と付言しています。)。

更に同じLe Nouveau Petit Robert“dissiper”を見ると,これは,「散逸させる(anéantir en dispersant)」とか「浪費・蕩尽する(dépenser sans compter --- détruire ou aliéner)」ということのようです。

“dissimuler”は「隠す」ということでよいのでしょう。

 

(3)未遂処罰規定:旧刑法397

 

ア 詐欺取財ノ罪と受寄財物ニ関スル罪との(かすがい)

 旧刑法397条は,旧刑法第3編第2章第5節が「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」との一つの節であって,「詐欺取財ノ罪」の節と「受寄財物ニ関スル罪」の節との二つの節に分離されなかった原因となった規定です。

それまでの「倒産詐偽取財背信ノ罪」の節(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2493頁)を「倒産。詐偽取財。背信ノ罪ヲ3節ニ分ケ」ることになり(同2513頁),18776月中には「第3節 倒産ノ罪」(同2514頁),「第4節 詐欺取財ノ罪」(同2518頁)及び「第5節 背信ノ罪」(同2530頁)の3節分立案が出来たのですが,未遂犯処罰規定は背信ノ罪の節にはあっても(同2531頁),詐欺取財ノ罪の節にはなかったのでした(同2518-2519頁)。鶴田はその不均衡を指摘して問題視し,詐欺取財は契約成立をもって既遂となると主張するボワソナアドとの妥協の結果,「詐欺取財ノ罪」の節と「背信ノ罪」の節とは再び一つにまとめられることになったのでした。

 

  鶴田皓 〔略〕未遂犯罪ノ刑ニ照シ云々ノ法ハ詐偽取財ニ置カサルニ付背信ノ罪ニモ置カスシテ相当ナラン元来詐偽取財ニハ或ヒハ「タンタチーフ」ト為スヘキ場合ナキニアラサルヘシ例ハ甲者ヨリ砂糖ヲ売リ渡ス契約ヲ為シ而シテ乙者ニテ現ニ之ヲ受取ラントスル時其砂糖ノ内ヘ土砂ヲ混和シアル見顕シタルノ類之ナリ

  ボワソナアド 然シ甲者ニテニ契約ヲ為シ而シテ乙者ヨリ砂糖ノ代価ヲ受取タレハ即詐偽取財ノ本罪ト為スヘシ

  鶴 然シ甲者ニテ乙者ヨリ其砂糖ノ代価ヲ受取ラサル以前ナレハ仮令契約ヲ為ストモ詐偽取財ノ本罪トハ為シ難シ即其タンタチーフト為スヘキナラン

  B 然シ其已ニ契約ヲ為シタル以上ハ代価ヲ受取ルト否トニ拘ハラス詐偽取財ノ本罪ト為シテ相当ナリ

  鶴 然シ其代価ヲ受取ラサル以前ハ詐偽取財ノ取財ト云フ本義ニ適セス故ニタンタチーフト為スヘシ

 

     此時教師ニテハ右契約ヲ為ス以上ハ詐偽取財ノ本罪ト為スヘキ説ヲ反復主張ス

 

  鶴 右ノ(ママ)論ハ暫ク置キ詐偽取財背信ノ罪ニ此条ノ如ク未遂犯罪ヲ罰スル法ヲ置クヘキカ否サルカヲ決議センコトヲ要ス

   尤支那律ニハ詐偽シテ未タ財ヲ得サルノ明文アリ之レハ即〔「〕タンタチーフ」ヲ罰スル法ナリ

   然シ契約而已ニテ詐偽取財ノ本罪ト為スナレハ詐偽取財ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナカルヘシ

   然シ実際ニテハ詐偽取財ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナキニアラス却テ背信ノ罪ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナカルヘシ

  B 然ラハ此条ハ依然存シ置キ而シテ背信ノ罪ヲ詐偽取財ニ併1節中ニ置クヘシ

  鶴 然リ之レヲ1節中ニ置キ而シテ此条ヲ詐偽取財ト背信ノ罪トニ係ラシムル様ニ為スヘシ

  B 然リ

    (『日本刑法草案会議筆記第分冊』2539-2540頁)

 

イ 後日のボワソナアド解説

鶴田は背信ノ罪に係る「蔵匿拐帯シ若クハ費消」行為には「タンタチーフ(未遂行為)ト為スヘキ場合ナカルヘシ」と解していましたが,ボワソナアドはそうは思ってはいないところでした。すなわち後日にいわく,「通常の背信ノ罪においては,この〔実行の着手と既遂との〕分別は〔詐欺取財の場合よりも〕識別することがより難しい」が,「受託者が委託を受けた物の脱漏(détourner),蔵匿(dissimuler)又は損傷(détérioer)を始めたときには,更に背信の罪の未遂の成立を観念することができる。船長の不正の場合には,進むべき航路から正当な理由なしに既に逸れたときを捉えれば,未遂の成立は極めて明瞭であり得る。」と(Boissonade, pp.1173-1174)。これは前記1の物の事実的又は物質的処分の場合に係るものですね。

他方,詐欺取財の既遂の時期については,ボワソナアドは鶴田説に譲歩したようであって,「欺罔工作をされて財物を引き渡すべき意思形成に至った者が,当該引渡しを実行する前に危険を警告されたとき,又は少なくとも引渡しを始めただけであるときには,詐欺取財の未遂の成立がある」ものと述べています(Boissonade, p.1173)。

なお,ボワソナアドは,フランス刑法においては背信の罪(当時の第4003項(「被差押者であって,差押えを受け,かつ,同人に保管を命ぜられた物件を破壊し,若しくは脱漏し,又は破壊若しくは脱漏しようとしたものは,第406条に規定する刑に処せられる。」)の罪を除く。)に未遂処罰規定はないと述べつつ(Boissonade, p.1173),ナポレオンの刑法典408条の違反者に科される罰金の額が「被害者に対する返還額と損害賠償額との合計額の4分の1を超えない25フラン以上の罰金」であることによる同条に係る未遂処罰の困難性を指摘しています。「というのは,未遂が成立しただけである場合,返還債務又は損害賠償債務が生ずることは稀だからである。」と(Boissonade, p.1173 (m)。ただし,1810年の法典にその後加えられた上記当時のフランス刑法4003項の未遂処罰規定は,そのことに頓着しなかったようです。)。我が旧民法395条の罰則はこのような不都合をもたらす価額比例(ad valorem)方式ではありませんでした。

 

(4)条文解釈

蔵匿拐帯をも構成要件に含む187711月の司法卿への上申案4381項とは異なり,旧刑法395条前段は,費消のみが問題とされています。また,同条後段は読みづらい。

 

ア 後段の解釈

 

(ア)ボワソナアド説

旧刑法395条後段を先に論ずれは,当該部分は,ボワソナアドによれば,「騙取,拐帯其他詐欺ノ所為」とは読まずに,「騙取拐帯」と四文字熟語にして,「騙取拐帯その他の詐欺の所為」と読むべきものとされるようです。当該部分の趣旨をボワソナアドは“Les peines de l’escroquerie seront prononcées dans tous les cas où la détention précaire aurait été obtenue par des manœuvres frauduleuses avec intention d’en détourner ou d’en détruire l’objet ultérieurement(それによってその後当該物件を脱漏し,又は損壊する意図を伴う欺罔工作によって仮の所持が取得された全ての場合においては,詐欺取財の罪の刑が宣告される。)と解していたところです(Boissonade, pp.1148-1149)。この場合,「当該欺罔工作の時に,その後の脱漏の意思が既に存在していなければならない」ことに注意しなければなりません(Boissonade, p.1164)。

「拡張を要さずに法の正常な解釈によってこの刑〔詐欺取財の刑〕の適用に至るべきことについては疑いがない。しかしながら,法自身がそのことを明らかにしている方がよりよいのである。」ということですから(Boissonade, p.1164),為念規定です。

 

(イ)高木豊三説

しかし,高木豊三🎴(弄花事件時(1892年)は大審院判事)は旧刑法395条後段について「是レ亦他人ノ信任委託スル所ニシテ自己ノ手中ニ在ル物件ニ係ルト雖モ騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル以上ハ即チ詐欺取財ト異ナル無シ」と説いており(高木豊三『刑法義解第7巻』(時習社=博聞社・1881年)1034頁),信任委託を受けて占有している物について更に騙取拐帯其他詐欺ノ所為がされた場合に係る規定であるものと解していたようであります。

 

(ウ)磯部四郎説

磯部四郎🎴(弄花事件時は大審院検事)は,大体ボワソナアド説のようですが,「騙取拐帯」四文字熟語説を採らず,「騙取,拐帯,其他詐欺ノ所為」と読んで,旧刑法395条後段は「拐帯」に係る特別規定であるものだとするようです。

 

 又()()拐帯其他詐(ママ)ノ所為アル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ストハ本条後段ノ明示スル所ナリ「詐偽ノ所為」トハ信用ヲ置カシムルカ為メ欺罔手段ヲ施シ遂ニ寄託ヲ為サシメテ之ヲ費消シタル所為等ヲ云フニ外ナラスシテ是等ハ当然詐偽罪ヲ構成シ特ニ明文ヲ掲クルノ必要ナキカ如シ〔筆者註:以上はボワソナアドの説く為念規定説と同旨です。〕然レ𪜈(トモ)単純ノ詐偽トハ自ラ異ナル所アルノミナラス拐帯ノ如キハ全ク其性質ヲ異ニセリ「拐帯」トハ例ヘハ土方人足ニ鋤鍬等ヲ交付シテ土工ヲ為サシメタルノ際之ヲ持去テ費消シタル所為等ヲ云フ此所為ハ純然タル詐偽ト云フヲ得ス何トナレハ工事ノ為メ被害者ヨリ交付シタルモノニシテ犯者自ラ進ンテ之ヲ取リタルニハアラサレハナリ是特ニ「詐偽取財ヲ以テ論ス」トノ明文ヲ要シタル所以ナリ

 (磯部四郎『増補改正刑法講義下巻』(八尾書店・1893年)1034-1035頁)

 

 「持去テ費消シタル所為等」である「拐帯」は,同条前段の通常の「費消」よりも重く詐欺取財ノ罪の刑をもって罰するのだ,ということのようですが,果たしてこの重罰化を正当化するほどの相違が存在するものかどうか,悩ましいところです。

 

(エ)当局の説=高木説

 しかしながら,御当局は高木🎴説を採ったものでしょう。

1901年段階の法典調査会は,旧刑法395条について「現行法ハ又受寄財物ヲ費消スルカ又ハ騙取,拐帯等ノ行為ヲ為スニ非サレハ罪ト為ササルヲ以テ」,「修正案ハ改メテ費消又ハ拐帯等ノ行為ニ至ラストモ既ニ横領ノ行為アリタル場合ニハ之ヲ罪ト為シ」という認識を示しています(法典調査会編纂『刑法改正案理由書 附刑法改正要旨』(上田書店・1901年)225頁)。

 

イ 高木説に基づく条文全体の解釈

御当局の見解が上記ア(エ)のとおりであれば,高木🎴説的に旧刑法395条を解釈すべきことになります。

 

(ア)体系論

高木🎴によれば「此条ハ人ノ信任シテ寄託又ハ占有又ハ使用セシメタル物件ヲ擅ニ費消シ及ヒ騙取拐帯其他詐欺ノ所為ヲ以テ財ヲ取ル者ノ罪ヲ定ムルナリ」ということですから(高木1032頁。下線は筆者によるもの),旧刑法395条は,太政官刑法草案審査局での修正を経て1879625日付けで柳原前光刑法草案審査総裁から三条実美太政大臣に上申された「刑法審査修正案」において,旧刑法395条は既に最終的な形になっていました。また,同条は「旧律所謂費用受寄財産ニ類スル所為ヲ総称スル」ものだとされていますから(高木1025頁),その間新律綱領=改定律例的思考による修正があったものかもしれません。明治三年十二月二十日(187129日)頒布の新律綱領の賊盗律には監守自盗ということで「凡(アラタ)(メヤク)(アヅカ)(リヤク)。自ラ監守スル所ノ。財物ヲ盗ム者ハ。主従ヲ分タス。贓ヲ併セテ。罪ヲ論シ。窃盗ニ。2等ヲ加フ。」云々(以下「1両以下。杖70」から「200両以上。絞」までの刑が掲げられています。)とありました。),もはやボワソナード的に背信の罪(abus de confiance)一本であるものではなく,費消の罪と取財(拐帯等)の罪との二本立てとされた上で,後者は同じ取財の罪として詐欺取財をもって論ずることとされた,ということでしょう。

毀棄罪と領得財との関係が想起されるところ,それでは背信の罪はどこへ行ったのかといえば,旧刑法395条を含む節の節名はもはや「詐欺取財及ヒ背信ノ罪」ではなく,「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」となっています(下線は筆者によるもの。なお,「刑法審査修正案」での節名は「詐欺取財及ヒ受寄財物ニ関スル罪」でした。)。受寄財物に係る背信の罪ではなく,受寄財物に係る費消及び取財の罪ということであるように思われます(ただし,ナポレオンの刑法典においては,第3編第2章の財産に対する罪は盗罪(vols),破産,詐欺取財及びその他の欺罔行為に関する罪(banqueroutes, escroqueries et autres espèces de fraude)並びに損壊傷害に関する罪(destructions, dégradations, dommages)の三つの節に分類されていますが,背信の罪は第2節に属し,盗罪にも損壊傷害の罪にも分類されていません。)。187711月の司法卿宛て上申案4381項にあった「蔵匿」が旧刑法395条では落ちているのは,拐帯とは異なり蔵匿ではいまだ取財性がないから,ということなのでしょう。(なお,ボワソナアドは,「脱漏隠匿」は「盗取」よりも広い概念(「一体盗取スル而已ニアラス」)であると考えていたようです(『日本刑法草案会議筆記第Ⅳ分冊』2469頁)。)

 

(イ)「費消」論

旧刑法395条の「費消」については,「費消(○○)シタル(○○○)トハ費用消耗ノ義ニシテ必スシモ全部ノ費消ヲ云フニ非ス」とされています(高木1033頁。下線は筆者によるもの)。ここでの「費用」は,「①ついえ。入費。」の意味(『角川新字源』)ではなく,「②つかう。消費。」(同)のうちの「消費」の意味でしょう(少なくとも司法省案の元となったフランス語は“dissiper”です。)。

しかし,我が国刑事法実務界の一部では,ボワソナアド刑法学の影響が抜きがたく残っていたのではないでしょうか。磯部四郎🎴は,旧刑法395条の「費消」について「脱漏(détourner),蔵匿(dissimuler)又ハ費消(dissiper)」的解釈を維持しています。

 

 「費消」トハ必シモ減尽ニ帰セシメタルノミヲ云フニアラス所有者ヨリ返還ヲ促サレテ之ヲ返還セス又ハ返還スルコト能ハサルニ至ラシメタルヲ以テ足レリトス代替物タル米穀ノ如キハ之ヲ食シ尽スコトヲ得ヘシト雖モ金属製ノ特定物ノ如キハ決シテ其躰ヲ消滅ニ帰セシムルコトヲ得ヘキモノニアラス加害者ノ手裏ニ存セスト雖モ必ス何レノ処(ママ)ニカ存在スルコトヲ想像スヘシ故ニ費消ハ返還セス又ハ返還スルコト能ハサルニ至ラシメタルノ謂ヒタルニ外ナラス故ニ又蔵匿脱漏シタルトキト雖モ返還セサルニ至テハ費消ヲ以テ論セサルヘカラス背信ノ責メハ之ヲ自己ノ手裡ニ蔵匿シテ返還セサルト他人ノ手裡ニ帰セシメテ返還セサルトニ因テ消長スヘキモノニアラス唯タ返還セサルヲ以テ背信ノ所為トセサルヘカラス或ル論者ハ物躰ヲ消滅ニ帰セシメタルニアラサレハ費消ト云フヲ得スト云フト雖モ是レ特ニ代替物ノ場合ニ就テ云フヘキノミ特定物ニ関シテハ不通ノ説タルヲ免レス

 (磯部1032頁)

 

 磯部🎴は,現行刑法の政府提出法案が第23回帝国議会で協賛せられた際の衆議院刑法改正案委員長です。

Boissonade Tower1
Boissonade Tower2
ボワソナアド来日から150年(法政大学Boissonade Tower

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1 現行刑法38

 

(1)新旧の文言

 1995512日に公布された刑法の一部を改正する法律(平成7年法律第91号)が施行された同年61日(同法附則1条)から,刑法(明治40年法律第45号)38条は次のようになっています。

 

  (故意)

  第38条 罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。

  2 重い罪に当たるべき行為をしたのに,行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は,その重い罪によって処断することはできない。

  3 法律を知らなかったとしても,そのことによって,罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし,情状により,その刑を減軽することができる。

 

1995531日以前の刑法38条の文言は次のとおり。なお,現行刑法の施行日は,その別冊ではない部分の第2項に基づく明治41年勅令第163号により,1908101日です。

 

  第38条 罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス但法律ニ特別ノ規定アル場合ハ此限ニ在ラス

   罪本重カル可クシテ犯ストキ知ラサル者ハ其重キニ従テ処断スルコトヲ得ス

   法律ヲ知ラサルヲ以テ罪ヲ犯ス意ナシト為スコトヲ得ス但情状ニ因リ其刑ヲ減軽スルコトヲ得

 

(2)第2項:抽象的事実の錯誤

刑法旧382項など甚だ古風で,どう読んでよいものか,いささか困惑します。「つみもとおもかるべくして」云々と訓ずるとのことでした。

また,刑法382項は,抽象的事実の錯誤について「軽い犯罪事実の認識で重い犯罪を実現した場合,重い犯罪の刑を適用してはならないと規定している」ものとされています(前田雅英『刑法総論講義 第4版』(東京大学出版会・2006年)254頁)。抽象的事実の錯誤論は「〔行使者が〕認識した犯罪類型と異なる犯罪類型に属する結果が生じた場合をどう処断するのかを扱う」ものですが(前田253頁),そこでは,「錯誤により認識した構成要件を超えた事実についての故意犯の成立を否定する」法定的符合説と「主観面と客観面が異なる構成要件にあてはまるにしても,「およそ犯罪となる事実を認識して行為し,犯罪となる結果を生ぜしめた」以上,38項の範囲内で故意既遂犯の成立を認めようとする見解」である抽象的符合説とが対立していたとされています(前田254頁)。「対立していた」と過去形なのは「わが国では,法定的符合説が圧倒的に有力になった」からですが(前田256頁),その間,偉い学者先生たちの難解煩瑣な学説の対立を丁寧に紹介されて,法学部の学生たちは消化不良でげんなりしていたものでした。

 

(3)第3項:法律の錯誤

刑法383項についても,同項の「法律を知らなかったとしても」の部分をほぼその文字どおり「「条文を知らなかったとしても」と解」した上での「(条文への)あてはめの錯誤は故意を否定しない」ことを意味するのだという解釈は,「しかし,条文を知らなくても処罰すべきなのは当然のことであり,それをわざわざ規定したと解するのはかなり無理がある」ということで一蹴されており,「やはり,38項は「違法性の意識が欠けても故意は否定されない」と読むべきである」とされています(前田216-217頁)。「法律ヲ知ラサルヲ以テ」が強引に「違法性ノ意識ノ欠缺ヲ以テ」と,別次元のものとして読み替えられるわけです(違法性の意識とは「「悪いことをしている」という意識」です(前田214頁)。)。「刑法は哲学的・理論的色彩の濃い法とされている」(前田3頁)ところの面目躍如です。

しかして,「法律ヲ知ラサルヲ以テ」を「違法性ノ意識ノ欠缺ヲ以テ」と読み替えただけでは刑法383項の解釈問題は実は解決せず,「学説は,(a)違法性の意識がなければ故意がないとする厳格故意説,(b)故意に違法性の意識は不要だが,その可能性は必要である(ないしは違法性の意識のないことに過失があれば故意犯として処罰する)という制限故意説,そして(c)違法性の意識がなくても故意は認められるとする考え方に三分し得る。そして,(c)説は,故意が認められても違法性の意識の可能性が欠ければ責任が阻却されるとする責任説と,故意があれば原則として可罰的とする判例の考え方に分かれると考えることもできる。」とのことです(前田215頁)。これまた諸説濫立で厄介であり,学習者には重い負担です。しかし,結局は「違法性の意識」(当該概念は刑法383項において明示されていません。)を不要とする判例説を採るのであれば(前田220頁参照),三つ巴に対立する学説状況を迂回する沿革的説明のようなものに拠る方がむしろ簡便であるように思われます。

なお,責任説は,「故意を構成要件の認識と捉え」,「違法性の意識の欠如を故意とは別個の責任阻却の問題として処理する立場」です(前田215頁)。故意を専ら構成要件の認識であるものと観念するのは,ドイツ法学の流儀なのでしょう。ドイツ刑法の現行161項前段は,„Wer bei Begehung der Tat einen Umstand nicht kennt, der zum gesetzlichen Tatbestand gehört, handelt nicht vorsätzlich.“(犯行の際に法律上の構成要件に属する事情の認識がない者は,故意をもって行為するものではない。)と規定しています。

 

2 旧刑法77

沿革的説明は筆者の好むところですが,188211日から施行された(明治14年太政官布告第36号)旧刑法(明治13年太政官布告第36号)77条は次のように規定していました。

 

 第77条 罪ヲ犯ス意ナキノ所為ハ其罪ヲ論セス但法律規則ニ於テ別ニ罪ヲ定メタル者ハ此限ニアラス

  罪トナルヘキ事実ヲ知ラスシテ犯シタル者ハ其罪ヲ論セス

  罪本重カル可クシテ犯ス時知ラサル者ハ其重キニ従テ論スル((こと))ヲ得ス

  法律規則ヲ知ラサルヲ以テ犯スノ意ナシト為スヿヲ得ス

 

 旧刑法77条の第4項にただし書を加え,その第2項を削ると,現行刑法38条と同様の規定となりますね。

 

3 旧刑法77条から現行刑法38条へ

 

(1)1901年法典調査会案

 旧刑法77条と現行刑法38条とをつなぐ,1901年の段階での刑法改正案における対応条項及び当該条項の形となった理由の説明は次のとおりでした(法典調査会編纂『刑法改正案理由書』(上田屋書店・1901年)55-56頁)。

 

  第48条 罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ之ヲ罰セス但法律ニ特別ノ規定アル場合ハ此限ニ在ラス  

   法律ヲ知ラサルヲ以テ罪ヲ犯ス意ナシト為スコトヲ得ス但情状ニ因リ其刑ヲ減軽スルコトヲ得

    (理由)本条ハ現行法第77条ニ修正ヲ加ヘタルモノニシテ現行法第77条第2項及ヒ第3項ハ共ニ同条第1項ノ適用ニ過キサルヲ以テ本案ハ其必要ヲ認メス之ヲ(さん)除シタリ

    本条第1項ハ現行法第77条ト全ク同一ノ主旨ヲ規定シタルモノニシテ本案ニ於テハ原則トシテ罪ヲ犯ス意ナキ行為ハ罪トナラサルコトヲ定メ唯例外トシテ法律ヲ以テ特別ノ規定ヲ設ケタルトキハ意ナキ行為ヲモ罪トナスコトヲ明ニシタルモノナリ

    第2項ハ現行法第77条第4項ト同シク法律ヲ知ラスト雖モ是ヲ以テ罪ヲ犯スノ意ナキモノト為ササル主旨ニシテ実際上ノ必要ニ基ク規定ナリ然リト雖モ真ニ法律ヲ知ラサルカ為メ不幸ニシテ或ハ罪名ニ触レ事情憫諒ス可キ者アルヲ以テ本条但書ニ於テ裁判所ヲシテ其情状ヲ見テ刑ヲ減軽スルコトヲ得セシメタルモノナリ

 

要は,旧刑法77条を引き継いだものであって,同条2項及び3項は1項で読めるので削り,「真ニ法律ヲ知ラサルカ為メ不幸ニシテ或ハ罪名ニ触レ事情憫諒ス可キ者」のために同条4項にただし書を付けたということのようです。

 

(2)「罪本重カル可クシテ」条項の復活

旧刑法773項の復活は,19061121日に開催された司法省の法律取調委員会総会でのことであって,同省の起草委員会が作成した次の条文案(前記1901年案48条に相当する条項(「第40条」)に続くべきもの)が江木衷委員の主唱によって削られた際の勝本勘三郎委員による「本条削除に決する以上は,第40条の2項として,左の1項を加へたし。/罪本重カルヘクシテ犯ス時知ラサルトキハ重キニ従テ論スルコトヲ得ス」との提案が,磯部四郎🎴等の多数委員の賛成によって可決されたことによるものです(佐立治人「現行日本刑法第38条第2項の由来について――旧中国の罪刑法定主義の「生きた化石」――」関西大学法学論集712号(20217月)524-523頁(当該論文は,横書きの雑誌に縦書きで掲載されているので,ページのナンバリングが逆行しています。))。

 

 第41条 犯罪事実犯人ノ信シタル所ト異リタル場合ニ於テハ左ノ例ニ依ル

  一 所犯犯人ノ信シタル所ヨリ重ク若クハ之ト等シキトキハ其信シタル所ニ従テ処断ス 

  二 所犯犯人ノ信シタル所ヨリ軽キトキハ其現ニ犯シタル所ニ従テ処断ス

 

19072月に第23回帝国議会に提出された現行刑法案の理由書である「刑法改正案参考書」においては,現行刑法382項について,「現行法〔旧刑法〕第77条第3項ト同一趣旨ナリ」と述べられていたそうです(佐立522頁)。

 

(3)ドイツ法の影響?

 旧刑法773項に対応する規定の復活は,旧刑法の施行の直前に我が司法省に提出されたドイツのベルナー(Albert Friedrich Berner)の『日本刑法ニ関スル意見書』において(当該意見書は,村田保との数箇月にわたる協議に基づいて作成されたもの),旧刑法77条「第2項は贅文である」として同条が批判されていること(青木人志「西欧の目に映った旧刑法」法制史研究47号(19983月)165頁,また164頁)の反対解釈(すなわち,同項ならざる同条3項は贅文ではないから,意味のある条項であるということになります。)によるものでしょうか。確かに,当時のドイツ刑法59条には,次のような規定があったところです。

 

  §. 59.

Wenn Jemand bei Begehung einer strafbaren Handlung das Vorhandensein von Thatumständen nicht kannte, welche zum gesetzlichen Thatbestande gehören oder die Strafbarkeit erhöhen, so sind ihm diese Umstände nicht zuzurechnen.

  (可罰的行為を犯した際に,犯行に関する事情であって,法律上の構成要件に属し,又は可罰性を加重するものの存在を知らなかった者に対しては,当該事情をもって帰責すべきではない。)

Bei der Bestrafung fahrlässig begangener Handlungen gilt diese Bestimmung nur insoweit, als die Unkenntniß selbst nicht durch Fahrlässigkeit verschuldet ist.

  (前項の規定は,過失により犯された行為を罰する場合においては,不知自体が過失によって有責ではないときに限り適用される。)

 

「犯行に関する事情であって,法律上の構成要件に属」するものの不知は我が旧刑法772項に対応し,「犯行に関係する事情であって,可罰性を加重するもの」の不知は同条3項に対応するようです。旧刑法772項が「贅文」だとベルナーが言うのは,同条1項との関係においてでしょう。そうだとすると,「罪トナルヘキ事実ヲ知ラス」という情態は「罪ヲ犯ス意ナキ」情態に含まれるということになるようです。ただし,ボワソナアドはつとに,旧刑法772項相当規定を削るべしとの鶴田皓の意見に対して「〔第2項は〕第1項トハ同シ主意ニアラス不論罪中尤緊要ノ事ニ付項ヲ分カチテ掲ケサルヲ得ス/例ヘハ処女ヲ姦シタリ然シ人ノ妻ナリシナレ𪜈(ども)之ヲ知ラス〔略〕等ノコトヲ云フ」と反論していました(「日本刑法草案会議筆記」『日本立法資料全書31 旧刑法(明治13年)(3)-1』(信山社・1996年)213頁。ナポレオンの刑法典の姦通罪は336条から第338条まで)。(ちなみに,ボワソナアドは,ドイツ刑法旧59条について「然シ独乙ノ刑法ノ書法ニテハ不十分ナリ何故ナレハ犯スノ意アリテ犯シタルコト而已ニテ犯スノ意ナクシテ犯シタル(こと)ヲ記セス故ニ其主意ヲ尽サルナリ」と鶴田相手に評しています(日本刑法草案会議筆記211頁)。旧刑法771項の規定がある点において,日本刑法はドイツ刑法に対して優越するのだというのでしょう。なお,旧刑法77条に対応する条項に係る「第1稿以前ノ草按」の第2項は「若シ犯人〔略〕止タ其犯罪ノ1箇又ハ2箇以上ノ性質ニ関シ又ハ犯人ノ犯シタル事ノ1箇又ハ2箇以上ノ模様ノ罪トナルヘキ又ハ其罪重カルヘキ事ヲ知ラスシテ為シタルトキモ亦同シ〔罰ス可カラス〕」と,旧刑法77条の第2項と第3項とが一体となったような書き振りとなっていましたが(日本刑法草案会議筆記210),これは,ドイツ刑法旧591風というべきでしょう。

なお,現行刑法の1901年案48条の解説は,旧刑法773項は同条1項の「適用」だといいますが,同項(ただし書を除く。)の適用の結果は,「其罪ヲ論セス」(無罪放免)ということになるはずです。しかし,旧刑法773項の場合は,通常の故意犯について,「重キニ従テ論スル」ことはしないが,なお軽きに従って「其罪ヲ論ス」ることになるのでしょうから,同条1項が素直にそのまま適用されるものではないでしょう。「「罪本重カル可クシテ犯」した行為は,軽い罪を犯そうと思って重い罪を犯した行為であるから,「罪ヲ犯ス意ナキノ所為」ではない。よって,旧刑法第77条第3項を同条第1項の「適用」と言うことはできない」わけです(佐立525頁)。あるいはむしろドイツ刑法旧591項の影響で,旧刑法77条の第2項と第3項とを一からげにしてしまった上で,両項とも同条1項で読んでしまおうとした勇み足だったのでしょうか。

ところで,以上見たような旧刑法77条と現行刑法38条との連続性に鑑みるに,「旧刑法はフランス,現行刑法はドイツに倣ったもの」(前田18頁)と断案しようにも,旧刑法77条がそこから更にドイツ風🍺🥔に改変されて現行刑法38条となったものとはとてもいえないようです。

 

4 1877年8月旧刑法フランス語案89

ちなみに,我が旧刑法77条の原型となった18778月のフランス語案における対応条項は,次のようなものでした。

 

   89. Il n’y a pas d’infraction, lorsque l’inculpé n’a pas eu l’intention de la commettre ou de nuire en la commettant, sauf dans les cas où la loi punit la seule inobservation de ses dispositions ou des règlements.

  (被告人に,当該犯罪をなす,又は当該犯行によって害する意思がなかった場合においては,犯罪は成立しない。ただし,法がその条項又は規則に係る単なる不遵守を罰するときは,この限りでない。)

   Il en est de même si l’inculpé a ignoré l’existence des circonstances constitutives de l’infraction.

  (当該犯罪を構成する事情の存在を被告人が知らなかったときも,前項と同様である。)

   Si l’inculpé a seulement ignoré une ou plusieurs circonstances aggravantes de l’infraction, il ne subit pas l’élévation de peine qui y est attachée.

  (被告人の不知が当該犯罪の犯情を悪化させる一又は複数の事情に専ら係るものであったときは,それらに伴う刑の加重は,同人について生じない。)

   L’ignorance de la loi ou des règlements ne peut être invoquée pour établir le défaut d’intention.

  (法律又は規則の不知をもって意思の欠缺を立証することはできない。)

 

犯罪(infraction)の成立に関して,第1項及び第4項において意思(intention)の有無が,第2項において当該犯罪を構成する事情(circonstances constitutives de l’infraction)の知又は不知(ignorance)が問題とされていますから,故意の本質に係る表象(認識)説(故意の成立を犯罪「事実の認識(表象)の有無」を中心に考える。),意思説(故意には,犯罪事実の表象に加えて犯罪事実実現の意思・意欲といった「積極的内心事情」が必要であるとする。)及び動機説(「認識が行為者の意思に結びついたこと,すなわち行為者が認識を自己の行為動機としたこと」が故意だとする。)の争い(前田206頁参照)の種は既にここに胚胎していたわけです。旧刑法77条の「故意・法の不知規定」は「仏刑法にない規定」(青木163頁)を創出したものであって,我が国の立法関係者が「故意という定義困難な対象の定式化を試みたこと」は,オランダのハメル(van Hamel)によって「評価」されたところです(同165頁)。

 

5 「罪本重カル可クシテ」条項の由来

 

(1)新律綱領

ところで,現行刑法382項に対応する規定は,旧刑法773項の前の時期においては,明治三年十二月二十日(187129日)の新律綱領巻3名例律下の本条別有罪名条に次のように規定されていました。

 

 凡本条。別ニ罪名アリテ。名例ト罪同カラサル者ハ。本条ニ依テ之ヲ科ス。

 若シ本条。罪名アリト雖モ。其心規避((はかりよける))スル所アリテ。本罪ヨリ重ケレハ。其重キ者ニ従テ論ス。其罪。本重カルヘクシテ。犯ス時。知ラサル者ハ。凡-人ニ依リテ論ス。仮令ハ。叔。姪。別処ニ生長シテ。(もと)相識ラス。姪。叔ヲ打傷シ。官司推問シテ。始テ其叔ナルヲ知レハ。止タ凡---法ニ依ル。又別処ニ窃盗シテ。大祀神御ノ物ヲ偸得ル如キ。並ニ犯ス時。知ラサレハ。止タ凡--律ニ依テ論ス。其罪。本軽カルヘキ者ハ。本法ニ従フ((こと))ヲ聴ス。仮令ハ。父。子ヲ識ラス。殴打ノ後。始テ子ナルヿヲ知ル者ハ。止タ父---法ニ依ル。凡-殴ヲ以テ論ス可ラス。

 

(2)唐土の律🐼及びその現在的意味

 この新律綱領の規定は,18世紀半ば(乾隆五年)の清律の本条別有罪名条を継受したものであるそうです(佐立535頁)。当該清律は14世紀末(洪武三十年)の明律の名例律における本条別有罪名条を引き継ぎ,更に当該明律は,唐の名例律における本条別有制条を引き継いだものです(佐立539537頁)。当該唐律の本条別有制条及びその疏(公定註釈)は次のとおり(佐立546-545頁)。

 

 (すべて)本条(べつに)有制(せいあり)与例(れいと)〔=名例律〕不同(おなじからざる)者,(ほん)本条(でうによる)(もし)当条(ざいめ)有罪名(いありといへども)所為(なすところ)(おもき)者,(おのづから)(おもきに)(したがふ)其本(それもと)応重而(まさにおもかるべくして)(をかす)(とき)不知(しらざる)者,(ぼんに)(よりて)(ろんず)。本(まさにかる)(かるべき)者,聴従本(もとにしたがふをゆるす)

疏。議曰,(もし)有叔姪,別処生長,(もと)未相識。姪打叔傷,官司推問始知,聴依凡人闘法。又(もし)別処行盗,盗得大祀神御之物。如此之類,並是犯時不知,得依凡論,悉同常盗断。其本応軽者,或有父不識子,主不識奴。殴打之後,然始知悉,須依打子及奴本法,不可以凡闘而論。是名本応軽者,聴従本。

 

「このように,律疏に挙げられている例では,事実を知らずに行おうとした犯罪と,実際に行った犯罪とは,どちらも傷害罪,窃盗罪,闘殴罪という同じ類型の犯罪であり,刑を加重・減軽する条件を含んでいるかいないかの違いがあるだけである。それもそのはずで,この律条の「凡に依りて論ず」という文言の「凡」とは,刑を加重・減軽する条件を持っていない対象という意味であるから,この律条の規定は,事実を知らずに行おうとした犯罪と,実際に行った犯罪とが,刑を加重・減軽する条件を含んでいるかいないかの違いがあるだけの,同じ類型の犯罪である場合だけに適用される規定なのである。よって,団藤重光『刑法綱要総論』(創文社,1990年第3版)が「唐律以来,382項に相当する規定の疏議には,構成要件の重なり合うばあいだけが例示されていたことを,注意しておかなければならない。」(第2編第4章第3節,303頁注34)と述べるのは正しい」わけで(佐立541-542頁,また521頁),旧刑法に係る18778月のフランス語案文893項(“Si l’inculpé a seulement ignoré une ou plusieurs circonstances aggravantes de l’infraction, il ne subit pas l’élévation de peine qui y est attachée.”)は「其罪。本重カルヘクシテ。犯ス時。知ラサル者ハ。凡-人ニ依リテ論ス。」の正当な理解の上に立ったものでもあったわけです。

この辺の沿革・経緯を知っていれば,現行刑法382項に係る抽象的符合説などに惑わされる余計な苦労は全く不要であったように思われます。(なお,19061121日の法律取調委員会総会で議論された起草委員会案41条は,佐立治人関西大学教授によって,抽象的符合説的な「犯そうとした罪と実際に犯した罪とが異なる類型の罪であるときにも適用できる条文」であるものと解されています(佐立523頁,また524頁)。すなわち,抽象的符合説の採用につながる可能性の大きな当該条文が現行刑法の制定前夜にあらかじめ排斥され,正に法定的符合説に親和的な「両者が同じ類型の罪であるときにだけ適用できる条文」(佐立523頁)たる旧刑法773項が復活していたのだというわけです。)

以下においては,18778月フランス語案文89条に基づくボワソナアドの解説の主なところを見てみましょう。

 

6 1877年8月案89条(旧刑法77条)に係るボワソナアド解説

 

(1)第1項

18778月案891項では,「①当該犯罪をなす,又は当該犯行によって害する意思がなかった場合」と規定されて,犯罪に係る二つの意思類型が提示されていますが,旧刑法771項では単に「罪ヲ犯ス意ナキノ所為」という形で一本化されています。これについては,ボワソナアド自身も「もっとも,一の意思類型を他のものから分別することに大きな実際的意義があるわけではない。悪性の弱い方,すなわち,犯罪をなす意思が認められれば十分だからである」と述べ(Gve Boissonade, Projet révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire; Kokoubounsha, Tokio, 1886: p.269),「法律(第77条)においては当該意思〔犯罪をなす意思〕のみが要求されているのは,恐らく(peut-être)この理由によるものだろう。」と註記しています(ibidem)。「恐らく」とはいっても,鶴田皓が日本文ではそのようにする旨あらかじめボワソナアドに明言し,ボワソナアドも了解していたところでした(日本刑法草案会議筆記216-217頁)。

 

(2)第2項

18778月案892項(旧刑法772項)に関するボワソナアドの説明は,次のようなものでした。すなわちまず,「892項及び3()()は,法律が学説に副っていうところの当該犯罪を「構成する事実(faits constitutif)」又は「構成する事情(circonstances constitutives)」たる事実又は事情の幾つかについて被告人が知らなかった場合を想定して,当該犯罪をなす意思についての規定を全きものとするものである」とされた上で,ある物の占有を取得する際それが他人のものであることを知らず,自分のもの又は無主物だと思っていた場合には盗犯の成立はないとの例が示された外,異性との婚外交渉において相手が婚姻していることを知らなかった場合,未成年の娘を堕落させる軽罪(délit)において当該女性が20歳未満であることを知らなかった場合〔ナポレオンの刑法典334条参照〕,現住建造物放火の重罪(crime)において当該建造物に居住者がおり,又は居住目的のものであることを知らなかった場合が提示されています(Boissonade, p.270)。しかして,「このように知られなかった事情中には,軽罪にとっての本質ないしは構成要件が存在する。もし被告人がそれらを知っていたら,彼は恐らく当該犯罪を行わなかったであろう。彼の意思するところは法の意思するところに反するものではなかった。彼の意思は法が罰しようとする不道徳性を有してはいなかった。」ということだそうです(Boissonade, pp.270-271)。

 

(3)第3項

18778月案893項(旧刑法773項)については,まず全体的に「軽罪本体の全体を構成するものではないが,その道徳的又は社会的な害悪を増加せしめ,そしてその理由により「加重的(aggravantes)」と呼ばれる他の事情についても〔同条2項と〕同様である。そのようなものとしては,使用人による盗犯の場合における盗品が被告人の主人のものであるという事情,暴行傷害の場合における被害者の尊属性,人の羞恥心に対する軽罪〔猥褻の罪〕の場合における法が刑の厳しさの大小をそこにかからしめている年齢及び親等の区分がある。」と説明された上で(Boissonade, p.271),「逆に,存在しない加重的事情の存在を誤って信じた者には,刑の加重は及ばないことに注意しよう。主人のものを盗んでいると信じて他人のものを盗む使用人,父を殴っていると信じて他人を殴る息子は,彼らがあえてやむを得ないと覚悟した刑の加重を被らないのである。後に実際に(第8章),事実を伴わない意思は,事実自体として罰せられることはないことが了解されるだろう。ここにおいては,刑の基礎として失われているものは,道徳的害悪ではなく,社会的害悪なのである。」と敷衍がされています(ibidem)。当該敷衍の意味するところは,現行刑法382項に係る「重い犯罪事実の認識で軽い犯罪事実を生ぜしめた場合はどうなるのであろうか」との発問(前田254頁)に対して,その場合は,罪本軽かるべくして犯すとき知らざる者は其軽きに従て処断することを(ゆる)ことになるのだ,と回答するということですね(なお,鶴田皓も同様の説であったことにつき,日本刑法草案会議筆記214頁)。

 

(4)第4項

18778月案894項に関する解説は,次のとおりです(Boissonade, pp.271-273)。

 

  165. 第89条の最終項は,法律の不知(l’ignorance de la loi)に関して,他の立法においては裁判所による解釈に委ねられている問題に解決を与えるものである。

   法律を知らなかった者は,確かにそれを犯す意思(intention)を有してはいなかった。しかし,法律が罰するのは,当該意思ではない。それは,悪しき行為(une action mauvaise)をなそうとする意思なのである。確かに,当該行為が法律によって正式に予想され,禁止され,かつ,罰せられていなかったならば,それは可罰的ではない。しかし,法律が公布されたときは,それは知られなければならない。それを知らない者には,それを知らないという落ち度(faute)があるのである。

   「何人も法律を知らないものとは評価されない(n’est censé)」(nemo legem ignorare censetur)とよく言われる。この法諺は,文言上,人々がそれについて思うとおりのことを述べているものではない。正確には,法律を知っていることが推定されるということを意味するものであるが,しかし,当該推定の反証を禁止するものではないのである。彼の法律の不知は彼の落ち度だとして,当該立証をした者に対して厳しく当たることは可能であろう。しかし,多くの場合において法律が訴訟当事者によって知られていないとしてもそれは常に彼らの落ち度によるものではない,ということは認められなければならない。法文は,全ての人が容易に接し得るものではない。基本法典を除き,諸法は――刑罰法規であっても――私人がその中で迷わないことが難しい諸種の法規集の中に散在しており,更に,法律が目の前にあっても,そこに,裁判所及び職業法律家をも悩ませる解釈上の難題があるということが稀ではないのである。したがって,法律を知っていることの推定又は法律を知らないことは落ち度であることの推定を,留保なしに認めることは正義にかなうものではないであろう。民事法に関係するときは特にそうである。

   しかし,刑事においては,より多くを求めること(d’être plus exigeant)が自然である。法律によって禁止され,かつ,罰せられる行為は常に,普遍的な道徳が多かれ少なかれ非難するようなものなのである。それらは,同時に,社会状態にとって有害である。それを知らなかったことによって当該法律によって警告されていなかった被告人も,そのような行為を避けるべきことを少なくとも彼の理性及び良心によって警告されていたのである。

   法律の不知は,単なる行政規則又は地域的措置に関するときは,より恕し得るものである(plus excusable)。しかしながら,被告人には,それらのことについて正確な知識を得なかったという落ち度がなお存在するのである。

   更に注意すべきは,我々の条項は,法律の不知の主張立証を被告人に禁ずるものではなく,それが示されたときに当該不知を考慮に入れることを裁判所に禁ずるものではないことである。禁止されているのは,この場合においては,意思の欠缺の理由によって被告人が全く刑を免れることである。というのは,彼には彼が知らなかった法律を犯す意思がなかったとしても,それでも彼は,道徳的及び社会的に悪い行為をなすという意思を有していたからである。

 

18778月案894項の“la loi”=旧刑法774項の「法律」=現行刑法383項の「法律」は,やはり違法性の意識というような抽象化されたものではなく,文字どおりの法律なのでしょう。刑法383項の原意は「法律を知らなかったとしても,違法性の意識が直ちに否定されることによって罪を犯す意思がないものとはされない」ということなのでしょう。

18778月案892項はl’ignorance de la loi ou des règlementsではなく“les circonstances constitutives de l’infraction”の不知をもって,旧刑法772項は「法律規則ヲ知ラサル」ことではなく「罪トナルヘキ事実」の不知をもって,「其罪ヲ論セス」とする理由としていたところです。

しかして,「法律によって禁止され,かつ,罰せられる行為は常に,普遍的な道徳が多かれ少なかれ非難するようなものなのである。それらは,同時に,社会状態にとって有害である。」ということですから,罪トナルヘキ事実を知っていれば,違法性の意識(悪しき行為をなす意識)があるものと推定されるわけなのでしょう。ちなみに「判例は,故意に違法性の意識提訴機能を認め」ているところです(前田221頁)。

また,ボワソナアドは,違法性の意識の存在が認められない場合(これは,「単なる行政規則又は地域的措置に関する(de simples règlements administratifs ou de mesures locales)」法律の不知の場合には多いのでしょうか。ただし,ボワソナナドは,「より恕し得る」とは言っていても,違法性の認識を欠くとまでははっきり言っておりませんが。)であっても,罪トナルヘキ事実を知っているのであれば,なお法律の不知に係る被告人の落ち度(faute)に基づく科罰は可能であるとするのでしょう。

最高裁判所昭和321018日判決(刑集11102663号)における「刑法383項但書は,自己の行為が刑罰法令により処罰さるべきことを知らず,これがためその行為の違法であることを意識しなかつたにかかわらず,それが故意犯として処罰される場合において,右違法の意識を欠くことにつき勘酌または宥恕すべき事由があるときは,刑の減軽をなし得べきことを認めたものと解するを相当とする。」との判示は,以上のような,被告人に違法性の意識までがある場合と落ち度のみがある場合との二段構えの文脈において理解すべきでしょうか。

しかして上記判決は,続いて,「従つて自己の行為に適用される具体的な刑罰法令の規定ないし法定刑の寛厳の程度を知らなかつたとしても,その行為の違法であることを意識している場合は,故意の成否につき同項本文の規定をまつまでもなく,また前記のような事由による科刑上の寛典を考慮する余地はあり得ないのであるから,同項但書により刑の減軽をなし得べきものでないことはいうまでもない。」と述べています。これについては,ボワソナアドの前記第165項説明の最終段落は「道徳的及び社会的に悪い行為をなすという意思」があっても刑の減軽は可能である(刑の免除まではできないだけ)という意味であると解されますところ,当該段落の記述と最高裁判所の所論との間には扞格があるようでもあります。しかし,ボワソナアドの当該説明は一般的な酌量減軽(18778月案99条・100条,旧刑法89条・90条)についてのものとなりますから(現行刑法383項ただし書に相当する規定は当時未存在),「道徳的及び社会的に悪い行為をなすという意思」があっても情状原諒すべきものがあればそもそも刑の減軽が可能なのでありますし,減軽ですから,刑の免除に及ばないのは当然です。落ち度のみあって違法性の意識はない場合はどうなるのかの問題にボワソナアドは触れていませんが,刑の免除規定がない以上はやはり減軽にとどまらざるを得ないとするものだったのでしょうか(ただし,1等の減軽と2等の減軽とで差を付けることは可能でしょう(18778月案100条,旧刑法90条)。)。これに対して,現行刑法においてわざわざ新たに導入された同法383項ただし書の適用については,行為者における違法性の意識の有無という大きな区切りでまず切り分けることが自然でしょう。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1 某巡査の重婚的「婿入」

 鷗外森林太郎の小説『雁』(1911-1915年)のヒロインである玉は,岡田医学生と淡い交渉を持った1880年(明治13年)の段階(「古い話である。僕は偶然それが明治13年の出来事だと云ふことを記憶してゐる。」)において,貸金業者の末造の妾でありましたが,飽くまでも妾にとどまる限りにおいては,末造と婚姻していたものではありません。しかしながら,末造の妾になる前に,玉には某巡査が「婿」としてやって来ていたという事情がありました。当該事情は下記のとおりですが,玉は法的には,未婚であったのでしょうか,それとも元・人妻となったものだったのでしょうか。

 

  或る時〔飴細工屋の爺いさんの家の〕入口に靴の脱いであるのを見た。それから間もなく,此家の戸口に新しい標札が打たれたのを見ると,巡査(なん)何某(なにがし)と書いてあつた。末造は松永町から,(なか)(おかち)(まち)へ掛けて,色々な買物をして廻る間に,又探るともなしに,飴屋の爺いさんの内へ婿入(むこいり)のあつた事を(たしか)めた。標札にあつた巡査がその婿なのである。お玉を目の(たま)よりも大切にしてゐた爺いさんは,こはい顔のおまはりさんに娘を渡すのを,天狗にでも(さら)はれるやうに思ひ,その婿殿が自分の内へ這入り込んで来るのを,此上もなく窮屈に思つて,平生心安くする誰彼に相談したが,一人もことわつてしまへとはつきり云つてくれるものがなかつた。〔中略〕末造が此噂を聞いてから,やつと三月ばかりも立つた頃であつただらう。飴細工屋の爺いさんの家に,ある朝戸が締まつてゐて,戸に「貸家差配(さはい)松永町西のはづれにあり」と書いて張つてあつた。そこで又近所の噂を,買物の(ついで)に聞いて見ると,おまはりさんには国に女房も子供もあつたので,それが出し抜けに尋ねて来て,大騒ぎをして,お玉は井戸へ身を投げると云つて飛び出したのを,立聞をしてゐた隣の上さんがやう〔やう〕止めたと云ふことであつた。おまはりさんが婿に来ると云ふ時,爺いさんは色々の人に相談したが,その相談相手の中には一人も爺いさんの法律顧問になつてくれるものがなかつたので,爺いさんは戸籍がどうなつてゐるやら,どんな届がしてあるやら,一切無頓着でゐたのである。巡査が髭を(ひね)つて,手続は万事己がするから好いと云ふのを,少しも疑はなかつたのである。

  (『鷗外選集第3巻 小説三』(岩波書店・1979年)216-217頁)

 

法律顧問は,有益かつ必要です(御連絡・御相談は,saitoh@taishi-wakaba.jpへ。あるいは,03-6868-3194へ)。

令和の御代となっては遅蒔きながら,玉と某巡査との婚姻の成否について考えてみましょう。当該「婿入」騒動があったのは,明治11年か12年(1878-1879年)の頃のことであったとの前提での解説です。

 

2 重婚の許否の問題

まず,前回記事(「令和4年法律第102号による改正後の民法773条における「第732条」出現の「異次元」性に関して」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080634730.html)以来の問題である重婚の許否について検討します。

1888年(明治21年)の旧民法人事編第一草案41条は「配偶者アル者ハ重ネテ婚姻ヲ為スコトヲ得ス」と規定していますが,熊野敏三起稿の理由書には「本条ハ重婚ヲ禁スルモノニシテ一夫一婦ノ制ニ帰着スルモノナリ此規則ハ或ハ旧来ノ慣習ニ反スルヤ知ルヘカラスト雖モ刑法中重婚ヲ罰スレハ既ニ之ヲ一変シタルモノト云フヘシ」とあります(『明治文化資料叢書第3巻 法律編上』(風間書房・1959年)63頁)。ここでの「刑法」は,1882年(明治15年)11日から施行された(明治14年太政官第36号布告)旧刑法(明治13717日太政官第36号布告)のことになります。旧刑法354条は「配偶者アル者重()テ婚姻ヲ為シタル時ハ6月以上2年以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス」と規定していました(重禁錮は禁錮場に留置し定役に服せしめる刑です(同法241項。他方,定役に服さないのが軽禁錮でした(同項)。)。)。

熊野の口吻を反対解釈すると我が国の「旧来ノ慣習」はあるいは重婚制であったということになるようですが,ボワソナアドは,重婚(bigamie)の罪は日本社会では稀であり(raretéであるとされています。),その民俗(mœurs)は重婚に赴かせしめるものではないと観察していたところです(cf. Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accmpagné d’un Commentaire, Tokio, 1886, p.1045)。稀ではあるが,重婚はあることはあった,ということになるようです。

梅謙次郎に至ると,きっぱりと,「蓋シ我邦ニ於テハ既ニ千有余年前ヨリ此〔一夫一婦の〕主義ヲ認メ敢テ一夫多妻若クハ一妻多夫ノ制ヲ取ラス」と述べています(梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編(第22版)』(私立法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年(初版1899年))90頁)。民法(明治31年法律第9号)旧766条(「配偶者アル者ハ重ネテ婚姻ヲ為スコトヲ得ス」)の草案は18951122日の第139回法典調査会で審議されましたが,そこで参照条文等として掲げられたものは,我が国法関係では,旧民法人事編(明治23年法律第98号)31条(「配偶者アル者ハ重()テ婚姻ヲ為スコトヲ得ス」),旧刑法354条,戸婚律有妻更娶条,和娶人妻条,応政談,御定書百个条48(密通御仕置之事),明治8128日司法省指令,明治9623日太政官指令1条及び明治9717日「内務省1」となっています(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第46巻』91丁表)。これらの条文等が我が国における一夫一婦制の伝統を基礎付けていたのだ,ということでしょう。

 

 今日本に於ける沿革を案ずるに戸婚律に(第1)有妻更娶条(第2)和娶人妻条ありて配偶者ありながら他人と婚姻する者を罰し其婚姻を無効とせり。新律綱領,改定律(ママ)には明文なし。故に人の妻を娶るも罪なきに非さるやの疑を生するも実際は不応為罪中に之を含みたり。明治8128日司法省指令に由れば妻ある夫更に婚姻(ママ)ば不応為罪の重きに依て処断す。後婚の婦女其情を知らば同罪とすとあり。徳川時代に於ては百ヶ条に「密通致し候妻死罪,密通之男死罪」と規定したり。

 (中村進午『親族法』(東京専門学校・1899年)82頁)

 

 明治8年(1875年)128日司法省指令の事案は,玉と某巡査との事件と同型ですね。

 明治9年(1876年)717日「内務省1」の内容は筆者には調べがつかなかったのですが,同年623日の太政官指令1条は,18749月に夫が逃亡してしまったので妻が姑及び実家の父らに勧められてN松と「再婚」したところ,後に事実が当局に露見して187511月に妻の実父らはそれぞれ処分され,かつ,N松とは離隔せられたものの,18761月に妻が出産してしまった「後婚」の子を戸籍上どう取り扱うかについての回答であって,「子ハ双方ノ協議ニ任セ男又ハ女ニテ(ひき)引取(とりをなし)男ニテ引取候ハ庶子女ニテ引取候ハ私生ノ子ト記載スヘキ事」というものでした。N松との「後婚」は一妻多夫の重婚として無効なので,生まれた子は嫡出子にはならず(なお,同児は187511月の「離隔」前に懐妊されているところ,重婚も取消しまでは有効であって,かつ,取消しの効果は遡及しないとの現行民法(明治29年法律第89号)744条及び7481項の主義であれば,嫡出子たり得たところでしょう(同法7721項及び2項後段参照。また,旧民法人事編66条(「無効ノ言渡アリタル婚姻ハ子ニ付テハ其出生ノ婚姻前後ナルヲ問ハス法律上ノ効力ヲ生ス」))。),N松が認知(引取り)をすればその庶子となるが,そうでなければ(女ニテ引取の場合)父の知れない私生子であるということでしょう。

 不応為罪は,明治三年十二月二十日(187129日)の新律綱領の巻5雑犯律に「凡律令ニ正条ナシト雖モ情理ニ於テ為スヲ得()ヘカラサルノ事ヲ為ス者ハ笞30事理重キ者ハ杖70」との規定があったものです。罪刑法定主義(旧刑法2条「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スル(こと)ヲ得ス」)もあらばこそです。30及び杖70の刑は,明治6年(1873年)710日から施行の改定律例(明治6613日太政官第206号布告)によって,それぞれ30日の懲役及び70日の懲役に改められています(なお,改定律例は,新律綱領を廃止するものでも全部を改正するものでもなく,補充するものでした。)。ただし,玉の「婿」の某巡査は官吏でしょうから(「上は君主より下は交番の巡査に至る迄」いずれも国家機関である,とは美濃部達吉の不敬的かつ有名な表現です。),改定律例23条又は(平民の場合)24条の適用があり(重婚は,公務に係る公罪ではなく私罪でしょう。),重婚に係る不応為罪を犯したとしても,懲役70日ではなく,官吏私罪贖例図に照らして贖金1050銭に処せられるべきものだったのではないでしょうか(なお,等外吏ではなく,それより一つ偉い判任官であれば14円)。

 

3 婚姻の成立の問題

 次に重婚の成立,すなわち婚姻は何をもって成立することとされていたかの問題があります。

 「徳川時代の厳格なる用語にては,婚姻(〇〇)というは夫婦の関係を発生すべき祝言(〇〇)()挙行(〇〇)なり。而してこの婚姻を挙行する契約は即ち縁談取極にして,これは結納(〇〇)()授受(〇〇)に依りて成立するものとす」(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(1956年(岩波文庫版1984年))130頁),「江戸時代においては,武士と庶民とで違ったようであり,武士についての幕府法によると,双方の当主(戸主のようなもの)からそれぞれ幕府に縁組願いを出して許可を得た後に結納の授受と婚儀の挙行によって婚姻が成立し,その後その旨の届出を要し,庶民については,社会的には結納の授受と祝言の挙行が行われたが,法律上は変遷があり,末期には人別帳(当時の戸籍)に記載することを要した。」(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)56頁)というような状況であったところ,明治に入って,明治三年十一月四日(18701225日)に太政官から縁組規則(明治三年太政官第797号布告)というものが出ます。

 

  一華族ハ太政官ヘ願出士族以下ハ其管轄府藩県ヘ(ねがい)願出(いづべき)

  一華族士族取結候節ハ華族ハ太政官ヘ願出士族ハ其管轄官庁ヨリ太政官ヘ伺済ノ上可差許(さしゆるすべき)

  一府藩県管轄違ニテ取結候節ハ士族卒平民タリトモ双方ノ官ニテ聞済互ニ送リ状取替シ(もうす)(べき)

  右之通被定(さだめられ)候事

 

藩の字が出て来ますが,明治三年段階では,前年に版籍奉還はされているものの,なお廃藩置県はされていなかったところです(廃藩置県の詔書が出されたのは,明治四年七月十四日(1871829日)のことでした。)。

華族令(宮内省達)が出て五爵の制が定められたのは明治17年(1884年)77日のことですが,明治二年の版籍奉還の段階での「華族」は,それまでの公卿・諸侯の称を改めたものです。

明治三年の縁組規則は,翌明治四年四月二十二日(187169日)の太政官第198号布告で早速改められます。

 

 昨冬十一月御布告縁組規則中管轄違ニテ取結候節ハ士族卒平民トモ双方官庁ニテ聞済送リ状取替候様御達ニ相成居候処平民ハ不及其儀(そのぎにおよばず)今般御布告ノ戸籍法第5則ノ通可相(あひここ)心得(ろうべく)此段更ニ相達候事

 

 明治四年四月四日(1871522日)の太政官第170号布告たる戸籍法の第5則は,次のとおりです。

 

  編製ハ爾後6ヶ年目ヲ以テ改ムヘシト雖モ其間ノ出生死去出入等ハ必其時々戸長ニ届ケ戸長之ヲ其庁ニ届ケ出テ支配所アルモノハ支配所ニ届支配所ヨリ其庁ニ届ク其庁之ヲ受ケ人員ノ増減等本書ヘ加除シ毎年十一月中戸籍表ヲ改メ十二月中太政官ヘ差出スヘシ加除ハ生ルモノト入ルモノヲ加ヘ死者ト出ルモノヲ除ク類ヲ云フ

 

平民については「今般御布告ノ戸籍法第5則ノ通可相(あひここ)心得(ろうべく)」ということですから,平民の婚姻等については府藩県への願い出(及び当該府藩県からの許可)を要さず,戸長への報告的届出のみでよい,ということでしょうか。江戸時代の制とほぼ同様,ということになるのでしょう。

ただし,学説上「明治四年の戸籍法により,戸(ママ)への届出が婚姻の成立要件となったとする説」があるそうです(星野57頁)。しかし,明治四年太政官第170号布告戸籍法の趣旨については「戸籍人員ヲ詳ニシテ猥リナラサラシムルハ政務ノ最モ先シ重スル所ナリ夫レ全国人民ノ保護ハ大政ノ本務ナル(こと)素ヨリ云フヲ待タス然ルニ其保護スヘキ人民ヲ詳ニセス何ヲ以テ其保護スヘキヿヲ施スヲ得ンヤ是レ政府戸籍ヲ詳ニセサルヘカラサル儀ナリ又人民ノ各安康ヲ得テ其生ヲ遂ル所以ノモノハ政府保護ノ庇蔭ニヨラサルハナシ去レハ其籍ヲ逃レ其数ニ漏ルモノハ其保護ヲ受ケサル理ニテ自ラ国民ノ外タルニ近シ此レ人民戸籍ヲ納メサルヲ得サルノ儀ナリ」とあるので,同法は,人民間における親族関係の私法的規整には直接の関心はなかったように思われます。

なお,明治四年戸籍法においては「届出をなすべき者は規定されていないが,戸主であることは常識として明文を待たぬ公理だったと指摘されている(福島正夫・「家」制度の研究資料篇一(195940-41頁)」そうです(二宮周平編集『新注釈民法(17)親族(1)』(有斐閣・2017年)3-4頁(二宮周平)。また,同81頁(二宮),谷口知平『戸籍法』(有斐閣・19577)。

明治四年八月二十三日(1871107日)太政官第437号布告によって,諸身分間の通婚が自由化されます。

 

 華族ヨリ平民ニ至ル迄互婚姻被差許(さしゆるされ)候条双方願ニ不及(およばず)其時々戸長へ可届出(とどけいづべき)

  但送籍方ノ儀ハ戸籍法第8則ヨリ11則迄ニ照準可致(いたすべき)

 

しかし,戸長への婚姻の届出は励行されなかったようです。

明治8129日の太政官第209号達(使府県宛て)は,次のように定めます。

 

 婚姻又ハ養子養女ノ取組若クハ其離婚離縁縦令(たとひ)相対熟談ノ上タリ𪜈(とも)双方ノ戸籍ニ登記セサル内ハ其効ナキ者ト看做スヘク候条右等ノ届方等閑ノ所業無之(これなき)(やう)精々説諭可致置(いたしおくべく)此旨相達候事

 

 この明治8年太政官第209号達についての重要な解釈を示す司法省達があります。明治10619日司法省丁第46号達(大審院・上等裁判所・地方裁判所宛て)です。

 

 8年第209号御達ノ儀ニ付有馬判事ヨリ甲号ノ通伺出ニ因リ乙号ノ通太政官ヘ上申候処丙号ノ通御裁令相成候条此段為心得(こころえのため)相達候事

   甲号  (ママ)律伺

 明治8年第209号公布婚姻又ハ養子養女ノ取組若クハ其離婚離縁縦令(たとひ)相対熟談ノ上タリトモ双方戸籍ニ登記セサル内ハ其効ナキ者ト看做ス可ク云々ト有之(これあり)候付テハ双方父母親属熟談ノ上人ノ妻トナリ男女ノ子アル者ト雖𪜈(とも)戸籍ニ登記無之(これなき)者ハ犯姦告訴等ノ節無論(ろんなく)処女ト看做シ処分致ス儀ニ可有之(これあるべく)尤右ノ者夫又ハ夫ノ祖父母父母ヲ謀殺故殺殴傷罵詈等ニ至ル迄総テ凡人ヲ以テ論シ且人ノ養子女トナリテ同居シ実際親子ノ会釈ヲ為ス者ト雖モ前同断ノ者ハ皆凡人ヲ以テ処分致シ可然(しかるべき)()已ニ戸籍法規則確定ノ上ハ婚姻又ハ養子女等其時々送籍等ヲ不為(なさざる)者ハ無之(これなき)筈ニ候得共(さうらへども)辺土僻隅ノ愚民(ママ)ニ至テハ絶テナシトモ難確定(かくていしがたく)候付(さうらふにつき)犯者アルニ臨ミ実際ト条理上ト不都合(しよう)(ずべき)有之(これある)関係不尠(すくなからず)(いささか)疑義ヲ生シ候条(あらかじ)メ御指揮ヲ受置度(うけおきたく)此旨相伺候也

                       在宮崎県

                        七等判事有馬純行

     明治9418

              司法卿大木喬任殿

   乙号  太政官ヘ上申

 婚姻又ハ養子女ノ取組若クハ離縁等ノ儀ニ付テハ8年第209号ヲ以テ使府県ヘ達セラレタリ然ルニ該達ハ文意稍々明確ヲ欠キ或ハ宮崎県伺ノ如キ疑団ヲ生スルアリト雖𪜈(とも)篤ト該達ノ文意ヲ熟案スルニ仮令ヒ相対熟談ノ上タリ𪜈(とも)云々ノ文字アリテ既ニ其婚姻ヲ行ヒ夫婦ト為リタル者ヲ指的スルニアラス其主意ヲ約言スレハ婚姻養子ノ取組等ヲ為スニ当リ双方ノ熟談ノミニテハ一概ニ之ヲ夫婦父子ト見ル可カラサル旨ヲ示シタルモノナリ(尤モ最初該達施行ノ際ハ此ノ辨明ト其旨意ヲ異ニセシヤモ知ル可カラサレト今日ノ日法律ノ改良修正ヲ要スルニ当テハ成ルヘク旧法ヲ破毀セス之カ辨明ヲ以テ其効ヲ得シムルヲ良トス)然ルニ若シ之ヲ以テ既ニ婚姻ヲ行ヒ親族隣里モ之ヲ認許セシ者ニ適用シテ凡人ヲ以テ処分スルハ実ニ人類社会ノ根本タル一家親族ノ大倫ヲ乱スヘキ法律ト云ハサルヲ得ス

 別紙有馬判事伺ノ如キ其実明々タル夫婦親子ニシテ独リ戸籍ノ登記ヲ欠ク者若シ謀殺故殺犯姦等ノ(こと)アランニ凡人ヲ以テ之ヲ論セン()是レ其形ヲ論シテ其実ヲ論セサル者大ニ法律ノ原旨ニ悖戻スト謂フ可シ

 然リト𪜈(とも)其戸籍登記ノ届ヲ為サヽル情実ニ因リ元ト其婚姻等ノ成リ立タサル不良ノ所為アルモノハ其効ヲ失ハシムル者モ之レアルヘシ因テ別紙ノ通指令可及(におよぶべし)ト存候且左ノ指令案ノ趣旨ニ従ヒ各裁判所ヘ念ノ為メ本省ヨリ布達ニ及ヒ(たく)此段相伺候条早速御裁令相成(たく)存候也

   丙号  太政官ヨリ御指令

 伺ノ趣8年第209号ノ諭達後其登記ヲ怠リシ者アリト雖モ既ニ親族近隣ノ者モ夫婦若シクハ養子女ト認メ裁判官ニ於テモ其実アリト認ムル者ハ夫婦若シクハ養父子ヲ以テ論ス可キ儀ト相心得ヘシ

 

 明治8年太政官第209号達と明治10年司法省丁第46号達との関係について,梅謙次郎は次のように述べています。

 

  〔前略〕我邦ニ於テハ明治8年ノ達(8129日太政官達209号)ニ依リテ夫婦双方ノ戸籍ニ登録スルヲ以テ其成立条件トセリ然レトモ此達ハ殆ト実際ニ行ハレス刑事ニ於テハ夙ニ明治10年司法省達(10619日司法省達丁46号)ニ依リテ苟モ親族,近隣ノ者夫婦ト認メ裁判官ニ於テモ其実アリト認ムル者ハ夫婦ヲ以テ論スヘキモノトセリ爾来民事ニ於テモ此達ニ依レル例尠カラス而シテ実際ノ慣習ニ於テハ上流社会ト雖モ先ツ事実上ノ婚姻ヲ為シタル後数日乃至数月ヲ経テ届出ヲ為ス者十ニ八九ナリ況ヤ下等社会ニ在リテハ竟ニ届出ヲ為ササル者頗ル多シトス此ノ如キハ実ニ神聖ナル婚姻ト私通トヲ混同スルノ嫌アリテ到底文明国ニ採用スヘキモノニ非サルナリ

  (梅105-106頁)

 

梅は,「刑事ニ於テハ」と,明治10年司法省丁第46号達の適用対象を刑事に限定していますが,これは同達発出の端緒たる有馬純行判事の司法卿宛て伺いが,直接には,犯姦謀殺故殺殴傷罵詈等の刑事事件に係る擬律の取扱いに係るものだったからでしょう。しかし,太政官への上申中において司法省は,明治8年太政官第209号達について,「文意稍々明確ヲ欠キ」,「実ニ人類社会ノ根本タル一家親族ノ大倫ヲ乱スヘキ法律ト云ハサルヲ得ス」といった射程の広い批判を加えており,当該太政官達が刑事関係以外でもなお無傷で残り得るということは,なかなか難しいところだったでしょう。「民事ニ於テモ此〔司法省〕達ニ依レル例尠カラス」とは,当然の成り行きでしょう。

我妻榮は,明治8年太政官第209号達と明治10年司法省丁第46号達との関係について,「明治8年第209号達は法律婚主義(戸籍の届出)を宣言したが,後の明治10年司法省達丁第46号は,事実婚主義に復帰したようにも思われる。実際上も,その後,届出のない夫婦関係を保護した判決はすこぶる多い。しかし,右の二つの法令の関係――復帰とみるか二本建になったとみるか――については,学説が分かれている」と述べています(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)38頁註(2))。ここでの「二本建」説は――梅による明治10年司法省丁第46号達の性格付けを前提にする――民事と刑事との二本建てであるとなす説であって,民事において当該司法省達によってしまったのは例外的事態であると解するものでしょうか(なお,星野57頁は「裁判実務にも混乱が見られるようである」と言っていますが,二宮編81頁(二宮)は,「大審院は,〔明治10年司法省丁第46号達〕を民事事件にも適用していた」とあっさり言い切っています。)。

しかし,明治10年司法省丁第46号達を乙号部分に注目して読めば,当該達と明治8年太政官第209号達との整合性の確保を司法省は志向し,両者は民事及び刑事において統一的に解釈・適用されるべきもの(換言すれば,司法省達は「文意稍々明確ヲ欠」く太政官達を,否定(「破毀」)はせずにその欠缺を補充するもの)と考えていたように思われます。しからばその解釈とはどのようなものかといえば,婚姻及び縁組については,

 

 婚姻又ハ養子養女ノ取組は,縦令(a)両家戸籍届出権者を含めての相対熟談ノ上タリ𪜈(とも)(b)双方ノ戸籍ニ登記をし,又は(β)親族近隣ノ者モ夫婦若シクハ養子女ト認メ裁判官ニ於テモ其実アリト認められなければ,其効ナキ者ト看做ス

 

ということになるのだ,ということではないでしょうか。

 江戸時代でいえば,(a)は縁談の取極ということになりましょう。当該縁談取極においては,太政官達の戸籍登記本則主義を司法省が真っ向から否認しない以上,両家戸籍届出権者の同意は必須でしょう。(a)を前提に,そこに(b)又は(β)の要件が加わることによって婚姻又は縁組が有効に成立するものとするのが当時の司法省及び裁判所の公定解釈であった,と筆者は考えてみたいのです。これは,民刑事共通に適用されるところの法律婚主義(「届出ありさえすれば現実の共同生活なくしても身分関係が認められた」(谷口9))と事実婚主義との二本建て説ということになりましょうか。建物賃借権の対抗要件に係る不動産登記(民法605条)と引渡し(借地借家法(平成3年法律第90号)31条)との二本建て主義と何だか似てしまっています(「民法605条僻見(後編)」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079742276.html)が不図想起されます。)。

 

4 当てはめ

 玉と某巡査との「婚姻」においては,「爺いさんは戸籍がどうなつてゐるやら,どんな届がしてあるやら,一切無頓着でゐたのである。」ということですから,(b)の要件は欠けていたようです(なお,婚姻それ自体については,明治21年(1888)段階の旧民法人事編第一草案の理由書において「殊ニ近時ニ至テハ其礼式大ニ破レ諾成ノ行為ト云フモ不可ナカラン」と観察されています(明治文化資料叢書361)。)。(a)の要件については,玉の父と某巡査との間では「おまはりさんが〔略〕,大きな顔をして酒を飲んで,上戸でもない爺さんに相手をさせてゐた間,まあ,一寸楽隠居になつた夢を見たやうなものですな」という情況だったそうですから(鷗外選集第3217-218頁),晩酌仲間の両者ともに戸籍届出権者であったのであれば,一応要件充足でしょうか。しかし,(β)の親族近隣ノ者モ夫婦ト認メ要件はどうでしょうか。確かに東京の練塀町(ねりべいちょう)下谷(したや)間にあった某巡査・玉の同居宅の「近隣」の人々は夫婦ト認め,玉の親族たる爺さんも同様だったのでしょうが,前婚の妻及びその子供を始めとする某巡査の親族側は,某巡査と玉とを夫婦ト認めるものでは全然なかったものでしょう。この要件は,上記(b)要件と共に未充足であったようです。

 そうであれば,玉は岡田を見知った時にはなお未婚であって,また,某巡査も玉との重婚に係る不応為罪を犯したわけではない,ということになるようです。

 とはいえ,玉は,末造の妾である限りにおいては,なお末造に対する守操義務があったようです。すなわち,改定律例260条は「凡和姦。夫アル者ハ。各懲役1年。妾ハ。一等ヲ減ス。〔以下略〕」と規定していたのでした。改定律例では,懲役1年の次は懲役100日であったようなので,一等ヲ減ぜられれば懲役100日となったものでしょうか。


DSCF2166
末造の妾宅があった無縁坂(左東京都台東区,右同文京区)


上野警察署(2)
上野警察署(1)
所轄の警察署

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079619346.html:(前編:「三島,東京及び諸県から旧刑法へ」)からの続き



(3)傾向犯か否か:ボワソナアドの消極説

 ボワソナアドの強制わいせつ罪解説を見ると,「主に犯人がわいせつ傾向の満足(une satisfaction impudique)を意図している場合を念頭にここでは法が設けられているのではあるが,動機としては好奇心又は感情を傷つけ,若しくは侮辱する意思のみであった場合であっても可罰性が低下するものではない。当該行為は他者の性的羞恥心を侵害する性質のものである,ということを彼は認識していたという点に本質はあるのである。」とありました(Boissonade, p.1022)。(旧刑法258条の公然わいせつ罪におけるわいせつな行為については,ボワソナアドは「法の精神の内にあるためには,当該行為は,淫奔な情動(une passion lubrique)を満足させる目的をもってされなければならない。」と一応は述べつつも,「したがって,他の人々の目の毒となろうとする意図(une intention de blesser les yeux étrangers)が別にない限り,公の場所又は公衆の視界内の場所において,完全なものを含む裸体で入浴する行為は,わいせつ行為とはいえない。なお単なる違警罪にとどまる。」と(Boissonade, p.807),やはり他者が受ける印象に係る行為者の意思を重視しています。また,その少し前では,「他人の性的羞恥心を害する意図が無くとも,行為者が,他の人々に見られ得るということを知っていれば,〔公然わいせつの〕犯罪は成立する。このような場合,注意の欠如は,良き品位の敬重に係る可罰的な無頓着なのである。」と述べてもいます(ibid. p.806)。)

ところがこれに対して我が判例は,従来,「刑法176条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには,その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し,婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であつても,これが専らその婦女に報復し,または,これを侮辱し,虐待する目的に出たときは,強要罪その他の罪を構成するのは格別,強制わいせつの罪は成立しないものというべきである。」と判示し,強制わいせつ罪=傾向犯説を採っていました(最高裁判所昭和45129日判決刑集2411頁(ただし,入江俊郎裁判官の反対意見(長部謹吾裁判官同調)あり。))。

2017年に至ってやっと,「刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」と強制わいせつ罪=傾向犯説の判例が放棄されており(最高裁判所大法廷平成291129日判決刑集719467頁),当初のボワソナアド的解釈への復帰がされています。随分大きな回り道であったように思われます。ちなみに,わいせつ行為性の認定に当たっては「個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断」すべきことについては,ボワソナアドも「それは,公訴が提起された事実について,事案の情況(circonstances du fait)を,ここでは恐らく他の全ての犯罪類型よりもよりよく考慮に入れた上で,裁判所が慎重に決すべきものである。」と述べていました(Boissonade, p.1020)。

 

(4)言葉によるわいせつ行為の可否:ボワソナアドの消極説

 なお,公然わいせつ罪に係る刑法174条についてですが,「本条のわいせつな行為には言語による場合も含み得る(平野271頁,大塚516頁)。実際にはほとんど問題になり得ないが,公衆の面前で極端にわいせつな内容を怒鳴り続ければ本条に該当することも考えられる。」と説かれています(前田481頁)。

しかしながら,ボワソナアドは,旧刑法258条の公然わいせつ罪に関し,「猥褻ノ所行」の部分が “un acte contraire à la pudeur”であるフランス語文について,「まず全ての破廉恥,卑猥又は淫らな(déshonnêtes, licencieuses ou obscènes)言葉又は歌謡(paroles ou chansons)は,除外されなければならない。これらは,道徳上いかにとがめられるべきものであっても,所行acte行為))という表現には当てはまらない。また,善良な人々に一過性の印象を与えるだけで,良き品位に対して同じ危険をもたらすものでもない。」と述べていました(Boissonade, p.806)。強制わいせつ罪におけるわいせつ行為についても,ボワソナアドの説くところは,「しかし筆者は,被害者に対して向けられた卑猥又は更に淫らな言説(discours)にこれらの規定を適用することはできないことに言及しなければならない。言葉は行為ではなく,法は「行為について」(“d’actes”)しか語っていないのである。」というものでした(Boissonade, p.1020)。

 

(5)性的羞恥心(pudeur)とわいせつ(猥褻)と

 

 Pudeur”

 ところでボワソナアドは,「子供に卑猥又は淫らな図画又は表象(dessins ou emblèmes)を示した者」には,旧刑法346条前段の適用があり得るものと考えていたようです(Boissonade, p.1020)。「すなわち,このような事案においては,画像(image)は実物と同様に,子供の性的羞恥心(la pudeur)及び操行(les mœurs)にとって危険であり得るからである。」ということでした(ibid.)。このくだりは,「強制わいせつ罪は,「性的自由・自己決定の侵害」で説明するのは妥当ではなく,広く性的人格権の侵害を処罰するものなのである。」との説(前田119頁)に親和的であるものというべきでしょうか。「性的人格権」という概念は漠としていますが,「幼女についても性的羞恥心を認めることができる(7歳の女児に対する強制わいせつの事案につき,新潟地判昭63826判時1299152参照)。」とありますから(前田119頁註7),そこにpudeurは含まれているのでしょう。

 なお,新潟地方裁判所昭和63826日判決はどのようなものかといえば,当該判決に係る罪となるべき事実は,「被告人は,昭和63年〔1988年〕531日午後3時ころ,新潟県西蒲原郡〇〇町大字◎◎×××番地×△△△△△方墓地内において,A子(昭和56年〔1981年〕54日生)を籾殻袋の上に座らせ,同女のポロシャツの前ボタン三つを全部外した上,そこから手を差し入れて,同女の右乳部を多数回撫でまわし,更に,スカートの中に手を差し入れてパンツの上から同女の臀部を撫で,もって,13歳未満の女子に対しわいせつの行為をしたものである。」というものでした。これに対して弁護人が,被告人は無罪であるとして「小学校1年生の女児は,その胸(乳部)も臀部も未だ何ら男児と異なるところなく,その身体的発達段階と社会一般の通念からして,胸や臀部が性の象徴性を備えていると言うことはできず,かかる胸や臀部を触ることは,けしからぬ行為ではあるが,未だ社会一般の性秩序を乱す程度に至っておらず,また,性的羞恥悪感を招来するものであると決め付けることは困難であるから,被告人の行為をもってわいせつ行為ということはできず,従って,被告人は無罪である。」と主張したものの,奥林潔裁判官は当該主張を採用せず,刑法176条後段の罪(累犯加重あり。)の成立を認めて14月の懲役を宣告しています(求刑懲役3年)。弁護人の主張を排斥して被告人の所為がわいせつ行為であること認めた判示において,同裁判官はいわく。「右認定事実によれば,右A子は,性的に未熟で乳房も未発達であって〔「身長約125センチメートル,体重約25キログラム」〕男児のそれと異なるところはないとはいえ,同児は,女性としての自己を意識しており,被告人から乳部や臀部を触られて羞恥心と嫌悪感を抱き〔「乳部を触ってきたため,気持ちが悪く,恐ろしくて泣き出したくなり,臀部を触られたときには,嫌で嫌で仕方がなかった」。犯行日の午後5時過ぎ頃祖母に対し「「あのおじさんエッチなおじさんなんよ。」と報告」し,祖母が「「何されたの」と訊き返したところ」本件被害状況を「恥ずかしそうに話した。」〕,被告人から逃げ出したかったが,同人を恐れてこれができずにいたものであり,同児の周囲の者は,これまで同児を女の子として見守ってきており,同児の母E子は,自己の子供が本件被害に遭ったことを学校等に知られたことについて,同児の将来を考えて心配しており,同児の父親らも本件被害内容を聞いて被告人に対する厳罰を求めていること(E子の検察官に対する供述調書,B子〔祖母〕の司法警察員に対する供述調書及びD〔父〕作成の告訴状),一方被告人は,同児の乳部や臀部を触ることにより性的に興奮をしており〔「右犯行により,被告人の胸はどきどきして,陰茎も勃起し」〕,そもそも被告人は当初からその目的で右所為に出たものであって,この種犯行を繰り返す傾向も顕著であり,そうすると,被告人の右所為は,強制わいせつ罪のわいせつ行為に当たるといえる。」と。すなわち,判例上のわいせつ概念からすると,被害者A子の「性的羞恥心」が害されたこと及び被告人において「徒に性欲を興奮または刺激せしめ」られた情況があったこと並びに被害者の周囲における「善良な性的道義観念に反すること」であったことが必要であったわけなのでしょう。

 しかし,被害者が子供である場合,その性的羞恥心の侵害までを必ず厳格に求める必要は無いようにも思われます。12歳未満の男女に対する猥褻ノ所行に係る旧刑法346条前段の規定に関して,ボワソナアドいわく。

 

  この場合,暴行又は脅迫をもって当該子供に対する犯行がされる必要は無い。無垢それ自体が,子供らが危険を予知し,かつ,間に合ううちにそれ〔予知〕をすることを妨げるのである。恐らく,何らかの好奇心さえもが子供を危険にさらし,しかして,彼の操行を損い得る有害な印象が,彼の脳裡に長く留められることになるのである(et son imagination conservera longtemps une funeste impression qui peut gâter ses mœurs.)。

 (Boissonade, pp.1020-1021

 

 ここでは,子供の現在の性的羞恥心のみならず,子供の精神の将来における健全な成長(「慎み」としてのpudeurを持つようになること)も,保護法益に加えられているものでしょう。ボワソナアドによれば,「元来暴行脅迫ヲ用フルト否ラサルトヲ論セス猥褻ノ所行ヲ罰スルハ女子ノ淫心ヲ動カシ行状ヲ乱タスノ害アル故ナリ」なのです(法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第1回会議(2015112日)配布資料13「強制わいせつ罪及び強姦罪の制定経緯等について」2頁(日本刑法草案会議筆記に記録されたボワソナアドと鶴田皓との問答が紹介されています。))。我が旧刑法の起草準備段階において,「鶴田〔皓〕は,フランス法は子どもの性器をただ見るような行為に対しては刑罰が重すぎないか〔略〕,日本の刑法ではその程度のことは公然猥褻の時だけ罰すればいいのではないかと意見する。ボワソナードは,暴行が加わらなくとも子どもへの猥褻が罰せられなくてはならないのは,その行為が子どもの「淫行」を導き,そのために「終身ノ行状ヲ乱ス」〔略〕からであると説明する〔筆者註:ボワソナアドは更に幼者の「健康ヲ害スル恐レ」も挙げています(法制審議会資料2頁)。〕。しかし,鶴田は強姦ならいざ知らずただ単に性器を玩弄する目的での猥褻罪は、真面目に扱わなくてもいいのではないかと譲らない。」という場面があったそうです(高島122頁)。(実際には鶴田も「成程強姦ニアラサル以上ハ幼者ニ対シテハ真ニ淫事ヲ遂クル目的ニテ猥褻ノ所行ヲ為ス訳ニモアラス畢竟之ヲ玩弄スル迄ノ事ト見做サヽルヲ得ス故ニ貴説ニ従フヘシ」とボワソナアドに同意しています(法制審議会資料2頁)。)

 

イ 「猥褻」

 ところで,改めて考えてみると,フランス語の“acte contraire à la pudeur”を訳するに,なぜ「猥褻ノ所行」の語をもってしたのかが気になるところです。前者は保護法益の面から,それに反するものとして当該行為がいわば反射的に定義されています。これに対して後者は,専ら行為それ自体の性格を直接語ろうとするもののようです。「猥」の字は,本来は「犬がほえる声」wěi 🐕の意味だったようで,「みだり」と読めば「入りまじる意で,そうするいわれもないのにそうする。」との意味であるそうです(『角川新字源』(123版・1978年))。これが修飾する「褻」の字は,本来は「身につける衣,はだぎ」の意味で,やがて「なれる」,「けがれる」,「けがらわしい」といった意味が生じたようです(同)。そうであれば「猥褻」である典型的状況を想像してみれば,男女が発情期の犬のようになって,その下着が入り乱れているというような光景なのでしょうか。『禮記』の内則第十二にいう「男女不通衣裳」との教え(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.html)が守られていない有様であるようです。なるほど。しかし,結局,肉体についてではなく衣裳の有様からする間接的表現だったのでしょうか。

なお,諸葛亮の『出師表』には「先帝不以臣卑鄙,猥自屈」とあって「猥」の字が用いられていますが,劉備が猥褻に,孔明の前において自ら枉屈したということであっては,「三顧の礼」も台無しです。

ちなみに,江村北海による1783年の『授業編』巻之八詩学第十一則には,「初学ノ徒タマ〔タマ〕艶詩情詩ノ題ヲ得テ作ルトモ,ズイブン猥褻ニ遠ザカリ清雅ナルヤウニ作ルベシ。俗ニイヤラシキトイフ体ノ心モ辞モナキヤウニ心ヲ付クベシ。是レ詩ヲ作ルノタシナミナリ。芙蓉詩集ノ中江南楽ノ詩ニ,開牕対郎賞〔(まど)を開き郎に対して賞す〕李妾桃郎顔トイフ句アリ。余ガイヤラシキトイフハ,カル類ヲ云。(けだし),李妾桃郎顔〔李は妾,桃は郎が顔。筆者思うに,妾郎=女郎でしょうか。〕トイフハ,語ヲモ成サズ句ヲモナサズ,漢土人ニハ有ルマジキ句ナリ。然レドモ其人ノ詩ニ,大雅久休矣吾今泛海槎〔槎は,いかだ〕トアレバ,自負モ亦大矣。アヤシムベシ。其他近人ノ詩集ヲ見レバ,贈妓〔妓に贈る〕,宿妓家〔妓家に宿す〕ナドノ詩少ナカラズ。余オモフニ,左様ノ事ハタトヘアリトモ,耻ラヒテ,遍ク人ヘ語リ聞ヱ,詩ニモ作リ,印刻シテアラハニ伝ユル事ハスマジキコトナルヲ。反リテカルコトヲ,俗ニイフ,人ニヒケラカスナドハ,冶遊〔芸妓遊び〕ヲヨキコトヽ思ヘルニヤ。アヤシムベシ。要スルニ,風雅ノ罪人トモイフヘシ」とあります。冶遊を題材に選べばそれは猥褻の詩となってしまうようです。風雅の漢詩人たるは,厳しい。


(6)未遂処罰の要否:ボワソナアドの消極説

旧刑法346条及び347条の罪は軽罪であり(同法8条),両罪について未遂処罰はなかったのですが(同法1132項),現行刑法180条(平成29年法律第72号の施行(2017713日から(同法附則1条))までは刑法179条)は,強制性交等とともに,強制わいせつの未遂をも罰する旨規定しています。この点については,ボワソナアドは眉を顰めたかもしれません。ボワソナアドは,意図的に強制わいせつの未遂を処罰しないこととしていたからです。

 

  ここでは,性的羞恥心に対する加害(l’attentat à pudeur)は,強姦の実行の着手(la tentative de viol)と混同されることになり得る。しかしながらそれは,当該加害が暴行をもってされたときであっても,大きな誤りである。実際,その性質が第389条〔旧刑法348条〕においてのみ示されている強姦は,更に精確に表現しなければならないとすると,暴行又は脅迫による女又は娘との男の性交であり,しかして,そのような行為は,犯人の意思から独立の情況によって着手され,又は中止されることはないものと理解されている。これら両条〔旧刑法346条及び347条〕にかかわる性的羞恥心に反する行為(les actes contraires à la pudeur)は,非常に異なっている。〔強姦と〕同一の目的を有するものではないから〔筆者註:ボワソナアドによれば「「暴行ヲ以テ猥褻ノ所行云々」トハ男女間ノ情欲ヲ遂クル目的ニアラサルトモ例ハ人ノ陰陽ヲ出シテ之ヲ玩弄スル類ヲ云フ」とのことでした(法制審議会資料1頁)。〕,たとい暴行又は脅迫をもって犯されたときであっても,そこまでの重大性を有するものではない。それらは,わいせつな接触(attouchements impudiques〔「おさわり」との表現は軽過ぎるでしょうか。〕)又は性的羞恥心が隠すことを命じている身体の部分の曝露という行為(le fait de découvrir les parties du corps que la pudeur ordonne de cacher〔「スカートめくり」の類でしょうか。〕)によって構成されるものにすぎない。これらの行為がいかにとがめられるべきものであるとしても,それらは強姦とはその性質において非常に異なっているので,その結果,犯罪的な意図を欠くものとも観念され得るものである。例を挙げれば,第1に,傷病者に対する看護の一環の場合,第2に,だれもいないと思って,ある人がその身体を十分に覆っていない場合である。

   各行為の倫理的性質の相違に加えて,司法上の相違が存在する。すなわち,適法又は無関係な行為との混同がされない程度にまで十分その性格付けをすることができることから,強姦の実行の着手は可罰的である一方〔筆者註:なお,ボワソナアドは「而シ其強姦ノ目的ナル証古ナキ時ハ「暴行ヲ以テ猥褻ノ所行ヲ云々」ト為スベキ事アリ」と述べつつも,強姦未遂と強制わいせつとは「一体ハ其罪ノ性質ノ違ヒアリ」異なるものとしていました(法制審議会資料1頁。また,2頁)。〕,既遂の行為においてでなければ確実性をもって行為の犯罪性及び犯意を認定することができないため,性的羞恥心に反する行為の実行の着手は,法によって可罰的であるものと宣言されてはいないし,かつ,され得ないところである。言い換えれば,単なるなれなれしさ(une simple familiarité),いささか困ったいたずら(un jeu plus ou moins inconvenant)又は意図せざる若しくは偶然による行為(quelque fait involontaire et fortuit)ではない,ということを知ることは困難なのである。

  (Boissonade, pp.1018-1019

 

 現行刑法における強制わいせつ未遂処罰規定導入の理由は,「現行法〔旧刑法〕ハ唯強姦ノ未遂罪ヲ罰スト雖モ〔強制わいせつ〕ノ罪モ亦其必要アルヲ以テ」ということで,あっさりしています(法典調査会170頁)。未遂処罰規定がなくとも「〔強制わいせつの実行の着手〕が深刻にとがめられるべきものであるときには,その抑圧が達成され得ないものではない。すなわち,犯人が意図し,かつ,その実行が妨げられたより重大な行為が何であったとしても,実行行為の開始がそれ自体で性的羞恥心に対する侵害行為を構成し得るからである。」とのボワソナアドの予防線(Boissonade, p.1019)も空しかったわけです。

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

【広告】法律問題の御検討に当たっては😩まず,当職にお気軽に御相談ください

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp; 電話:03-6868-3194📶

大志わかば法律事務所 (初回30分は相談無料

 

1 大物主神の「犯罪」:強制わいせつ罪

 

  三島溝咋(みしまのみぞくひ)(むすめ),名は勢夜陀多良比売(せやだたらひめ),その容姿(かたち)(うる)()しくありき。故,美和の大物主神,見()でて,その美人の大便(くそ)まれる時,丹塗矢に()りて,その大便(くそ)まれる溝より流れ下りて,その美人の(ほと)を突きき。ここにその美人驚きて,立ち走りいすすきき〔あわてふためいた〕。すなはちその矢を()ち来て,床の()に置けば,忽ちに麗しき壮夫(をとこ)に成りて,すなはちその美人を(めと)して生める子,名は富登多多良伊須須岐比売(ほとたたらいすすきひめの)命と謂ひ,亦の名は比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ) こはそのほとと云ふ事を悪みて,後に名を改めつるぞ。と謂ふ。(『古事記』神武天皇記)

 

これは刑法(明治40年法律第45号)176条の強制わいせつ罪(「13歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。」)に該当する行為ですね。同罪の暴行について「通説・判例は,暴行を手段とする場合に限らず,暴行自体がわいせつ行為である場合を含めている(大判大14121刑集4743)」ところ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)119頁。また,大判大7820刑録241203),自ら「丹塗矢に化りて」,女子の意思に反して,それで「陰を突」くのは,暴行によるわいせつ行為です。

 

2 大審院の判例2題等:東京の歯科医師事件及び諸県の宴会事件

 

(1)東京の歯科医師事件

大審院第二刑事部の大正14年(れ)第1621号猥褻及歯科医師法違反被告事件同年121日判決(一審:東京区裁判所,二審:東京地方裁判所)に係る事案は,「大正13年〔1924年〕618日某歯科医院治療室ニ於テ某女当24年ノ需ニ応シ其ノ齲歯ノ治療ノ為1プロノコカイン水約半筒ヲ患部ニ注射シ治療台ニ横臥安静セシメタル際同女ノ意ニ反シテ着衣ノ裾ヨリ右手ヲ入レ其ノ陰部膣内ニ自己ノ右示指ヲ挿入シテ暴行ヲ加ヘ以テ猥褻行為ヲ為シタルモノ」です。刑法176「条ニ所謂暴行ハ如斯場合ヲ指称スルモノニ非ス暴行行為ヲ手段トシテ猥褻行為ヲ為シタルコトヲ要件トスルモノナリ」との弁護人の主張に対して大審院は,「刑法第176条ニ所謂暴行トハ被害者ノ身体ニ対シ不法ニ有形的ノ力ヲ加フルノ義ト解スヘク婦人ノ意思ニ反シ其ノ陰部膣内ニ指ヲ挿入スルカ如キハ暴行タルコト勿論ニシテ本件ノ猥褻行為ハ斯ル暴行行為ニヨリテ行ハレタルモノナレハ暴行行為自体カ同時ニ猥褻行為ト認メラルル場合ト雖同条ニ所謂暴行ヲ以テ猥褻行為ヲ為シタルモノニ該当スルコト明白ナリ論旨理由ナシ」と判示しています。

 

(2)諸県の宴会事件

 

ア 判例

大審院第一刑事部の大正7年(れ)第1935号猥褻致傷ノ件同年820日判決(一審:宮崎地方裁判所,二審:長崎控訴院)に係る事案は「被告ハ大正7年〔1918年〕321日ノ夜宮崎県北諸県(もろかた)郡○○村大字×××△△△△方ニ於テ外14名ト酒宴中相共ニ同家下女◎◎◎◎ト互ニ調戯(からか)ヒ其他数名ノ者カ◎◎ヲ押シ倒シ居ルニ乗シ被告ハ指ヲ◎◎ノ陰部ニ突込ミ因テ陰部ニ治療20日余ヲ要スル創傷ヲ負ハシメタルモノナリ」というもので,被害者を押し倒していた者らと被告人との間の共犯関係は認められなかったものの,刑法178条の罪(「抗拒不能に乗じ」た準強制わいせつ(この「抗拒不能」については,「他人の行為により,縛られた状態であったり身動きできない重傷を負っている場合が考えられる」とされています(前田125頁註17)。))ではなく同法176条の罪を犯し,よって人を死傷させたものとして,同法1811項の強制わいせつ致傷罪(刑は無期又は3年以上の懲役)の成立が認められたものです。大審院は,「婦人ノ意思ニ反シテ指ヲ陰部ニ挿入スルカ如キハ其自体暴行ニ因リ猥褻行為ヲ為スモノト謂ハサルヘカラス原判決カ前示被告ノ行為ヲ刑法第176条ニ問擬シタルハ相当ナリ」と判示しています。

ところで,1918321日といえば,第一次世界大戦の終わりの始まりであるドイツ軍による西部戦線大攻勢発起の日であるとともに,(現在のとてつもなく恐ろしい新型コロナウイルス感染症パンデミック💀に比べれば児戯のごときものではありますが)スペイン風邪の世界的流行の前夜でもありました(「スペイン風邪に関して」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1077312171.html)。女性との戯れを伴う大勢での長夜の飲🍶に耽っていたとは(当然「マスク会食」ではなかったのでしょう。),当時の宮崎県人には自粛の心も,風邪等の感染症に係る弱者の命を守る優しさも思いやりの心も全く見られず,ゆるみ切っていたとしかいいようがありません。真面目な日向人は全て,神武天皇に率いられて遠い昔に東に去ってしまっていたものでしょうか。

 

イ 諸県のゆかり:泉媛及び髪長媛

しかし,大正時代の刑事事件はともかくも,日向国諸県の人々の宴会といえば,古代以来のゆかしい由来があるのです。『日本書紀』景行天皇十八年三月条に「始めて(ひな)(もり)に到ります。是の時に,石瀬(いはせの)河の()に人(ども)集へり。(ここ)天皇(すめらみこと),遥に(みそこなは)して,左右に(みことのり)して(のたまは)く,「其の集へるは何人(なにひと)ぞ。(けだ)(あた)か。」とのたまふ。乃ち()夷守・(をと)夷守二人を遣して()しめたまふ。乃ち弟夷守,還り(まゐき)(まを)して(まを)さく,「諸県君泉媛(もろがたきみいづみひめ),大御食(みあへ)(たてまつ)らむとするに依りて,其の(やから)(つど)へり」とまをす。」とありました。諸県の人々が,そのお姫様を奉じて,現在の宮崎県小林市辺り(同市は諸県の北西方向に所在します。)の岩瀬河畔まで出張って,第十二代天皇陛下歓迎の大宴会の準備をしていたのでした。「地方豪族の娘が天皇の食事を奉るのは服従の表象」だったそうです(小島憲之=直木孝次郎=西宮一民=蔵中進=毛利正守校注・訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀①』(小学館・1994年)359頁註4)。『日本書紀』にその旨の記載はありませんが,景行天皇は,泉媛を始めとする諸県の人々との宴会の夜を愉快に堪能されたことでしょう。その際宴に集う人々の間においては,男女が互ニ調戯フ場面もあったかもしれません。

また,諸県といえば,諸県君(うし)諸井(もろゐ)の娘であって,大鷦鷯(おほさざきの)(みこと)第十六代仁徳天皇)の妃となった髪長媛の出身地ということになります。美人が多いのでしょう。

髪長媛と大鷦鷯尊との間には,怪我が生じた云々といった悶着は生じなかったようです(『日本書紀』応神天皇十三年九月条)。

 

 道の(しり) こはだ嬢子(をとめ)を 神のごと 聞えしかど 相枕まく

  道の後 こはだ嬢子 争はず 寝しくをしぞ (うるは)しみ()

                                                   

 

3 旧刑法346条及び347条の猥褻ノ所行罪

 

(1)条文

現行刑法176条の前身規定は,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の第3編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」中の第1章「身体ニ対スル罪」にある第11節「猥褻姦淫重婚ノ罪」の第346条に「12歳ニ満サル男女ニ対シ猥褻ノ所行ヲ為シ又ハ12歳以上ノ男女ニ対シ暴行脅迫ヲ以テ猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ2円以上20円以下ノ罰金ヲ附加ス」と,同法347条に「12歳ニ満サル男女ニ対シ暴行脅迫ヲ以テ猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ2月以上2年以下ノ重禁錮ニ処シ4円以上40円以下ノ罰金ヲ附加ス」とあった規定です。

(なお,旧刑法においては,公然猥褻罪(同法258条)及びに猥褻物等公然陳列販売罪(同法259条)は第2編「公益ニ関スル重罪軽罪」中の第6章「風俗ヲ害スル罪」において規定されており,これらの罪の保護法益と同法3111節の猥褻姦淫重婚ノ罪のそれとの分別が明らかにされていました。「〔現行〕刑法典は,強制わいせつ罪と強姦罪を社会法益の中に位置づけているが(22章〔「わいせつ,姦淫及び重婚の罪」〕),現在は一般に,個人法益に対する罪として捉えられている。〔略〕公然わいせつ罪,わいせつ物頒布罪等は,社会法益に対する罪(性的風俗に対する罪)として扱う。」ということであれば(前田117頁),分類学的正確性において現行刑法には旧刑法よりも劣るところがあり(大塚仁『刑法概説(各論)増補二版』(有斐閣・1980年)89頁註2参照),「現行法〔旧刑法〕第3編第1章第11節ノ猥褻,姦淫及ヒ重婚ノ罪モ身体ニ対スルヨリモ寧ロ風俗ヲ害スルモノト認メ」た(法典調査会編纂『刑法改正案理由書 附刑法改正要旨』(上田屋書店・1901年)166頁),そもそもの法典調査会の判断は間違っていたということになるのでしょう。)

旧刑法346条及び347条のフランス語文は,18778月のProjet de Code Pénal pour l’Empire du Japonにおいては,良き品位に対する(contre les bonnes mœurs)罪として,次のとおりでした(なお,旧刑法26章の風俗ヲ害スル罪は,フランス語文では,公道徳及び信仰の敬重に対する軽罪(délits contre la morale publique et le respect dû aux cultes)でした。)。

 

   386. Seront punis d’un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an de d’une amende de 5 à 20 yens:

    1° Celui qui aura commis, sans violences, un acte contraire à la pudeur d’un enfant de l’un ou l’autre sexe âgé de moins de 12 ans accomplis;

        2° Celui qui aura commis le même acte avec violences ou menaces contre une personne de l’un ou de l’autre sexe âgée de plus de 12 ans.

 

      387. Si l’acte a été commis avec violences ou menaces contre un enfant ayant moins de 12 ans, la peine sera un emprisonnement de 2 mois à 2 ans et une amende de 10 à 40 yens.

 

(2)“un acte contraire à la pudeur” vs. „unzüchtige Handlungen “

 我が刑法176条の「わいせつな行為」にいう「わいせつ」については,「「徒に性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること」という定義が維持されている(最判昭26510刑集561026)」そうですが(前田119-120頁),猥褻ノ所行が“un acte contraire à la pudeur”,すなわち「性的羞恥心に反する行為」ということであると,「徒に性欲を興奮または刺激せしめ」の部分は不要であるようにも思われます。被害者のpudeur(性的羞恥心)が受ける侵害に専ら着目せず,行為者の心情をも問題にするのは,unzüchtige Handlungen(わいせつ行為)概念を中心に強制わいせつ罪を構成したドイツ刑法旧176条の影響でしょうか。

 1871年ドイツ刑法の第176条は次のとおりでした。

 

  第176条 次に掲げる者は,10年以下の懲役〔Zuchthaus. 重罪の刑(同法11項)〕に処せられる。

   一 婦女に対して,暴力をもって(mit Gewalt)わいせつ行為をなす者又は生命若しくは身体に対する現在の危険をもって脅迫してわいせつ行為の受忍を余儀なくさせる者

   二 意思若しくは意識の無い状態にあり,又は精神障碍のある婦女を婚姻外において姦淫する者

   三 14歳未満の者とわいせつ行為をする者又はこれらの者をわいせつ行為の実行若しくは受忍に誤導する(verleitet)者

宥恕すべき事情(milderne Umständeがあるときは,6月以上の重禁錮〔Gefängnißstrafe. (軽罪の刑(同法12項)。最長期は5年(同法161項))〕に処する。

    本条の罪は,告訴を待ってこれを論ずる。ただし,公訴の提起後は,告訴を取り下げることはできない。

 

 「メツガーは,「いわゆる傾向犯(Tendenzdelikte)は,行為者の内心的傾向の徴表として表出される犯罪であり,この傾向は法規定の中に含まれる。性器に対するあらゆる接触は,医師の診察上の目的によらないのであれば,強制わいせつ罪における『わいせつ行為(unzüchtige Handlung)』に当たる。それはすなわち,当該行為が,性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという傾向を伴ってなされたということである。」と主張した」そうです(神元隆賢「強制わいせつ罪における性的意図の法的性質と要否」法政論叢54巻(2018年)2103頁における引用)。

 我が旧刑法のフランス語文原案の起草者であるボワソナアドによる,旧刑法258条の公然わいせつ罪(「公然猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ3円以上30円以下ノ罰金ニ処ス」)に関する「わいせつな行為(acte contraire à la pudeur publique)」の定義は,「何よりも,そしてほとんど専ら,単数又は複数の男性又は女性の陰部(les parties sexuelles)を故意に公衆の目にさらす行為」というものでした(Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagé d’un commentaire (Tokio, 1886): pp.806-807)。旧刑法の起草準備段階において,鶴田皓から「一人ニテ陰陽[性器]ヲ出シタル時」にも公然わいせつ罪になるのかと問われたボワソナードは,罪となると答えた上で,「然シ国ノ寒熱帯度ニ依テ自ラ慣習ノ異ル所アレハ一概ニ仏国ノ例ヲ推シテ論シ難シ 然シ陰器[性器]ヲ出シタル以上ハ何レニモ猥褻ノ所行ト為サゝルヲ得ス/故ニ日本ニテハ上肢位迄ヲ出シタル者ハ猥褻ノ所行ト罰スルニ及ハサルヘシ」と述べていたそうです(高島智世「ボワソナードの自然法思想と法の継受――『日本刑法草案会議筆記』の性犯罪規定を分析対象として――」金城大学紀要第12号(2012年)122)。

 公然わいせつ罪についてどうもピンと来ない様子である日本人を見ながら,ボワソナアドの脳裡には,『法の精神』における次の一節の記憶がよみがえったものかどうか。

 

   世界のほとんど全ての国民において守られている性的羞恥心(pudeur)に係る規則がある。それを,秩序の再建を常に目的としなければならないものである犯罪の処罰において破ることは,不条理である。

   〔中略〕

   日本の当局者が,公共の場において裸の女らをさらし者にし,更に彼女らをして四つん這いで動かしめた時,彼らは性的羞恥心を震駭せしめたのである。しかし,彼らが母を強いて・・・させようとし,息子を強いて・・・させようとした時――私は,全部は書けない――彼らは自然(nature)自体を震駭せしめたのである。

  (Montesquieu, De l’Esprit des lois (Paris, 1748: Livre XII, Chapitre XIV

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

【広告】法律問題の御検討に当たっては😩まず,当職にお気軽に御相談ください

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp; 電話:03-6868-3194📶

大志わかば法律事務所 (初回30分は相談無料

 

第4 現行刑法93条及び94条解説

 

1 現行刑法93条:私戦予備及び陰謀の罪

 刑法93条の解釈論は,現在世間を悩ませているようです。これはそもそも,司法省の刑法草案取調掛の多数意見は不要としたいわくつきの条項だったのでした。それを少数派が頑張って,刑法草案審査局段階で逆転復活させたのはよいが,その際本来は内乱罪的に詳細なものであるべきであった構成要件が単純化されてしまったことが祟ったというべきでしょうか。

 

(1)国内犯

 現行刑法によっては,国外で行われるものであるところの私戦自体は罰しないということにした結果(同法2条から4条まで参照。勝てば日本国の生んだ英雄万歳になるし,負ければ当該外国の正義及び武勇を寿ぐばかりである,ということだったのでしょうか。),国内で犯され得る予備及び陰謀のみが同法93条に残ることになったのではないかと思われますところ(前記第322)ウ参照),1902214日の貴族院刑法改正案特別委員会において古賀廉造政府委員はその旨次のような答弁をしています。

 

  現行法デハ外患罪ノ中ニ「外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者ハ」ト云フ規則ガ掲ゲテアルヤウデゴザイマス,然ルニ外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開クト云フ事実ハ想像ニ浮ンデ来ナイノデゴザイマス,皆外国ヘ行ッテ向フノ土地デ戦争ヲスルト云フコトデアリアスレバ寧ロ向フノ国ノ犯罪ニナリハシナイカト云フ考ヲ持ッタノデアリマス,日本内地ニ居ッテ此行為ヲ為スコトハ殆ド出来得ル場合ガ無イモノデハアルマイカト云フ考デゴザイマス,ソコデ原案デハ日本内地ニ於テナサレルダケノ行為ヲ禁ジタ方ガ穏当デアラウ,加之是ハ外患罪ト云フ性質デハアルマイ,寧ロ交信ヲ破ル性質ノ犯罪デアラウト云フノデ茲ニ規定シタ次第デアリマス

  (第16回帝国議会貴族院刑法改正案特別委員会議事速記録第9132頁)


 更に同年36日の衆議院刑法改正案委員中調査委員会においては,外国に対して私に戦闘をなしたことを我が国で罰する方針は無い旨の政府答弁がありました。

 まず,倉富勇三郎政府委員(司法省民刑局長)。

  

  私カニ戦端ヲ開クト云フ事柄ガ,ムヅカシイコトデアリマスガ,兎角外国ニ往ッテ既ニ外国デ戦ヲ始メタコトデアレバ,向フハ向フデ勝手ニ処分モ出来ル,又場合ニ依ッテハ本統ノ戦争ニナルカモ知レヌ,サウ云フコトマデ本国ノ刑法デ罰スルコトガ,兎モ角モ不必要デアル,併ナガラ内国デ取締ノ附クダケハ,取締リヲ附ケナケレバナラヌタメニ,111条〔現行刑法93条に対応〕ヲ置イタノデ,予備陰謀デアレバ,之ヲ其儘ニスルコトハ出来ヌ,有形ノ戦ヲ始メタコトニナレバ,向フデドウトモスルコトモアリマスシ,場合ニハ引続イテ本統ノ戦ニナルカモ知レマセヌ

  (第16回帝国議会衆議院刑法改正案委員中調査委員会会議録第229頁)

 

 これを石渡敏一政府委員が敷衍しました。

 

  現刑法〔旧刑法〕ノ133条並ニ,草案ノ111条〔現行刑法93条に対応〕,実ニ斯ウ云フ考ヘ――外国カラ見レバ一ノ国事犯デアル,其国ノ政府ヲ倒ストカ,其国ヲ乗取ルトカ云フ場合ナラ,国事犯ト見テ外国デ処分ヲスルカラ,内地デ罰スル必要ハナイ,又一面カラ見レバ,外国ニ於ケル政治犯ナラバ,外国人ガ罪ヲ犯シテモ,内地ニ於テ罰セザルノミナラズ,場合ニ依ッテハ保護ト云フコトモオカシイガ,マア保護ヲスルト云フ位ニナッテ居ル,内国人デアルト云ッテ,罰スルノモオカシイ,ソレ故ニ外国トノ交際上,内国ヲ以テ外国ニ対スル政治犯ノ根拠地トシテハ,外国ニ対シ今日ノ如ク締盟国トシテ,親睦シテ居ル間柄デハ宜シクナカラウ,唯内国ダケデ取締ヲ付ケル,外国ニ於テ戦端ヲ開イタラ,一ノ政治犯トナルカラ,内地ニ於テ罰スル必要ハナイノミナラズ,場合ニ依ッテハ保護スル位ナモノニナッテ居リマスカラ,之ヲ変ヘタ方ガ宜カラウト云フノデ,此ノ如ク変ヘタノデアリマス

  (第16回帝国議会衆議院刑法改正案委員中調査委員会会議録第229頁)

 

ア 脱線1:樺太国境越しの対露私戦の問題

ただし,現行刑法が制定された明治40年(1907年)には樺太に国境線があったので,理屈だけならば,国境線越しに我が国内からロシア帝国と私戦を行うことは可能ではあったのでしょう。しかし,元ロシア領の樺太に刑法が直接施行されることはなかったので,現行刑法制定に当たって樺太の日露国境のことを考える必要はなかったのでしょう。明治40年法律第25号が「法律ノ全部又ハ一部ヲ樺太ニ施行スルヲ要スルモノハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム〔ただし書略〕」と規定しており,刑法の樺太施行には明治41年勅令第192号が必要だったのでした。

 

イ 脱線2:在日米軍に対する私戦の問題

今日的問題としては,在日米軍相手に(すなわち国内において外国たる米国に対し)私に戦闘をなした場合はどうなるか,があります。既遂であっても刑法93条の予備又は陰謀の範囲でしか罰せられないというのも変ですね。日米安保体制は「憲法の定める統治の基本秩序」(日本国憲法がその前提とする統治の基本秩序)であるということで,内乱罪で処断すべきでしょうか。

 

(2)日本国憲法9条

ここで,日本人らが(国外で)外国相手に私戦をすることは現行刑法によって処罰されないとしても,法律レヴェルならざる日本国憲法9条との関係ではどうなのか,ということが疑問となります(大塚536頁は同条違反とするようです。)。しかしこれについては,極端な反対解釈をした上での屁理屈としては,「日本国民といえども,日本国憲法91項で放棄しているのは日本国の戦争,日本国の武力による威嚇及び日本国の武力の行使に限られ,同条2項後段で認めないのは国の交戦権のみである。したがって,日本国憲法によっては,私の戦闘,私の武力による威嚇及び私の武力の行使は放棄されておらず,かつ,私の交戦権も否認されていないのである。」ともいい得るようです(なお,人民の武装権を保障する米国憲法修正第2条参照)。

また,「国の交戦権」を認めないからといって,外国の軍隊がなす戦闘の正当業務性(刑法35条)までを否定するものではないでしょう。

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

【広告】法律問題の御検討に当たっては😩まず,当職にお気軽に御相談ください

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp; 電話:03-6868-3194📶

大志わかば法律事務所 (初回30分は相談無料

 

(3)第155条(私戦の罪に係る外国人の刑の減軽規定)解説

18778月案の第155条により,日本国在住の外国人について,同案154条の2の重罪の犯人又は共謀者となったときには,1等の減軽がされるものとしています。「日本国はそうではないが彼らの国が交戦中である他の外国に対する遠征を日本国内で組織しようとする外国人は,確かに,日本国にとって危険な行為をするものである。しかしながら,道徳的観点からすると,彼らの行為はしかく罪深いものではない。したがって,日本国家に対して直接なされた企てに係る場合と同様の刑1等の減軽を与えることは自然であるように思われる」からということでした(Boissonade, p.523)。

なお,1878227日に伊藤博文から刑法草案審査局に口達された政府の予決により,旧刑法から「外国人関係ハ一切之ヲ削除スルコト」となったところです(浅古弘「刑法草案審査局小考」早稲田法学573号(1982年)386頁。当該予決4項目のうち,他の3項目は「皇室ニ対スル罪ヲ設クルコト」,「国事犯ノ巨魁ヲ死刑ニ処シ刑名ヲ区別シテ設クルコト」及び「附加刑ハ之ヲ設クルモ政権ハ削除スルコト」でした。)。

 

(4)第156条(中立命令違反の罪の前身規定)解説

中立違反の罪に係る18778月案156条は,犯罪の主体に係る日本臣民との限定が外され,軽禁錮の上限が2年から3年に引き上げられ,「局外中立に反する行為をした者」が「其布告〔局外中立の布告〕ニ違背シタル者」に改められて旧刑法134条となっています。

 

ア 趣旨

ボワソナアドによれば,「局外中立を保っている国家は,その国民が交戦国に武器弾薬を供給すること(これは,利潤の追求が彼らをして大きな良心の痛みなしになさせしめ得るところであるが)をせずに彼ら自身当該局外中立を守ることに多大の利益を有している。そうでない場合には,当該投機者が属する国は,交戦国の一方を優遇するものとの疑いにさらされ,否応なしに戦争に巻き込まれ得るし,また少なくとも,復仇représailles),すなわち復讐の行為を受け得るところなのである。/そのために,局外中立を保ちたい諸国は正式かつ公の局外中立宣言をする慣習である。それと同時に,局外中立に反したその国民に対する刑を定めるが,当該刑が基本的な形で当該国の既存の法律において定められているときには,局外中立宣言において市民にその刑を知らせるのである。」(Boissonade, p.524)ということが中立違反の罪を設ける趣旨となります。しかし,対応する条項がフランス刑法にあるものとして紹介されてはいません(cf. Boissonade, p.506)。

 

イ 局外中立宣言の必要性

「我々のこの条項によって科される罰の適用のためには,当該宣言が必要である。この点が,違反の重大性自体からしてこの事前の宣言を必要としない〔私戦の罪に係る〕条項の適用との大きな違いである。」(Boissonade, p.525

 「局外中立に反することに係る刑は刑法に書かれていることが明らかにされなければならないので,局外中立宣言をするときには,必須ではないが,それを知らせるのがよいであろう。」(Boissonade, p.525

 

ウ 構成要件

 ところでボワソナアドは,局外中立に反するものである犯罪行為に係る構成要件を別途設ける必要はないものと考えていたようです。「我々は,違反者に対する罰の原則を定めるにとどめた。事件が生じたときには,最も安定した国際慣行を特に参酌し,事柄の原則に従って裁判することになる。疑いがあるときは,被告人を無罪にすることになる。」と述べるとともに(Boissonade, p.526),何が「局外中立に反すること(violation de la neutralité)」に当たるかについての解説を展開しています。一般的には戦時禁制品(contrebande de guerre)の交戦国中の一方に対する供給が当たるとされ(武器,爆発物,武装した又は武装し得る船舶及び兵員輸送用に整備された船舶は戦時禁制品であることについて意見の一致があるものの,偵察に用いることのできる小型船舶,石炭並びに食糧及び装備の補給には疑いがあるとされています。),中立国の船舶による封鎖の突破もそうであるとされている一方(なお,交戦国の一に対する陸上部隊又は海上部隊の遠征の組織は,私戦処罰の問題とされています。),「日本臣民が交戦国の軍隊に個人的に加入する行為は,局外中立に反するものとみなしてはならないであろう。それは,復仇をもたらし得ないことから法が制約する必要のない,個人の自由の発現である。」と述べられています(Boissonade, pp.525-526)。

 

エ 刑の重さについて

 局外中立に反する罪に対する刑の重さに係る考え方については,「我々の本条が適用される多様な事案に対し,罰はかなり軽いものとなっている。それに対して当該行為がされた交戦当事国が有し,かつ,もしものときに当たって当該国が行使することを怠ることはないであろう没収権を考慮に入れたからである。」とされています(Boissonade, p.526)。

 

3 旧刑法133条及び134条解説

 

(1)旧刑法133条:私に外国に戦端を開く罪

 旧刑法133条の解釈としては,戦端を開く行為が客観的にどのようなもので,その主体がだれかということが問題になるようです。当該主体は,未遂及び予備の主体とも同一たるべきものでしょう。

 

ア 「戦端ヲ開」くことについて

 「外国」について,高木豊三は「敵国ト否ト同盟国ト否ト和親国ト否トヲ別タサルナリ」といっています(高木豊三『校訂 刑法義解』(時習社=博聞社・1882年)403頁)。「敵国」も含む点は,18778月案154条の21項にあった「日本国が宣戦している交戦相手国ではない」との限定句がなくなったことによる反対解釈でしょうか。(なお,高木は,18759月からボワソナアドの下で法を学び,18767月に卒業した,司法省法学校正則科第1期生です(大久保53頁)。)

「戦端ヲ開」くとは,18778月案154条の2に鑑みるに組織的な遠征(expédition)の部隊についていわれるのですから,正に「組織的な武力攻撃」(前掲前田・各論584-585頁。下線は筆者によるもの)を開始することでしょう。

陸軍刑法(明治41年法律第46号)は,擅権の罪に係るその第2編第2章の第35条において「司令官外国ニ対シテ故ナク戦闘ヲ開始シタルトキハ死刑ニ処ス」と,海軍刑法(明治41年法律第48号)はこれも擅権の罪に係る第2編第2章の第30条において「指揮官外国ニ対シテ故ナク戦闘ヲ開始シタルトキハ死刑ニ処ス」と規定しています。「司令官」とは「軍隊ノ司令ニ任スル陸軍軍人」であり(陸軍刑法17条),「指揮官」は「艦船,軍隊ヲ指揮スル海軍軍人」です(海軍刑法13条)。部下が呆れてついてこないまま司令官又は指揮官一人が武器を使って外国を攻撃した場合は陸軍刑法35条及び海軍刑法30条の「戦闘ヲ開始シタルトキ」にはならないでしょうから,両条での「戦闘」は,軍隊・軍艦レヴェルでの組織的なものでなければならないのでしょう。高木は,「陸海軍ノ兵ヲ率ヒ若クハ暴徒ヲ集嘯シテ」といっています(高木403頁)。

(なお,陸軍刑法38条及び海軍刑法33条は「命令ヲ待タス故ナク戦闘ヲ為シタル者ハ死刑又ハ無期若ハ7年以上ノ禁錮ニ処ス」と規定しており戦闘の主体が司令官又は指揮官に限定されていませんが,「現に,戦時状態に在る敵国に対して,勝手に戦闘を為す場合」についてのものであるとされ(田家秀樹『改正陸軍刑法註解 附陸軍刑法施行法』(高橋慶蔵・1908年)93頁。また,軍事警察雑誌社『改正陸軍刑法正解 附同施行法釈義』(軍事警察雑誌社・1909年)68頁),「主眼トスル所ハ例ヘバ戦闘ノ開始後ニ在リテ戦ノ機未ダ熟セズ命令ナクンバ戦争行為ヲ為ス可ラズト云フガ如キ場合ニ於テ其命令ヲ待タズシテ擅ニ戦争行為ヲ為シタル場合ヲ処罰スルノ規定ナリ」といわれています(引地虎治郎『改正陸軍刑法講義』(川流堂・1909年)76頁)。戦闘を「開始」することと,戦闘を「為」すこととは異なるようです。組織がいったん起動した後は動きやすくなるが,組織をまず起動させることはそもそもそのための権限がある者しかできない,ということでしょうか。)

 

イ 犯行の主体について

司法省刑法草案取調掛の多数意見は広く参加者を罰する18778月案154条の2の私戦の罪全体を不要としていたこと及び残された法定刑の重さが既遂で有期流刑であることからすると,旧刑法133条の「外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開」く者は,当該私戦(expédition)の首魁級が想定されていたように思われます。

「私戦にはまた,国家に対する裏切りの性格は全く無い。むしろ,過大な,しかし時宜を得ずかつ違法な情熱があるところである。」といわれていますから(Boissonade, p.521),内乱罪と刑が同等以上ではおかしいところです。内乱罪において有期流刑以上の刑罰があったのは,死刑を科される首魁及び教唆者(旧刑法1211号)並びに無期流刑又は有期流刑を科される群衆の指揮をなしその他枢要の職務をなしたる者(同条2号(有期は「其情軽キ者」))についてのみでした。したがって,私戦の罪については,内乱罪にいう,兵器金穀を資給し,若しくは諸般の職務をなしたる者(旧刑法1213号)又は教唆に乗じて付和随行し,若しくは指揮を受けて雑役に供したる者(同条4号),すなわち,現場の兵隊レヴェルの者(18778月案154条の23項(2年から5年の軽禁錮)該当者)は,旧刑法133条の「戦端ヲ開」く者ではない,ということになります。また,そうだとすると,共犯処罰についても,戦端を開く行為におけるその手段としての兵隊の存在は当然予想されるところですから(必要的共犯),処罰規定がない以上は,兵隊は不可罰ということになりましょう(前田雅英『刑法総論講義 第4版』(東京大学出版会・2006年)404-405頁。内乱罪及び騒乱罪が必要的共犯の例として挙げられています。)。

また,内乱罪については,「首謀者は必ず存在しなければならない点が騒乱罪との相違点である」とされています(前田・各論504頁)。換言すると,群衆の指揮をなし,その他枢要の職務をなす者が欠ける内乱もあるわけです。私戦においても同様でしょう。首魁が旧刑法133条の有期流刑の対象となることに疑いはありません。(ただし,群衆の指揮をなし,その他枢要の職務をなした者は対象とならないとまでは確言できません。征服王となるかもしれぬ首魁と,その場合その臣下となる者らとの間で刑に差を設けないことは不適当ではないかといえば,そうなのではありますが。なお,内乱罪について,「首謀者は必ずしも1人とは限らない」とされています(前田・各論504頁)。)「凡ソ日本ノ兵権ヲ有スル者若クハ其他ノ者陸海軍ノ兵ヲ率ヒ若クハ暴徒ヲ集嘯シテ以テ私ニ外国ト戦争ノ端緒ヲ開」く者が「外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者」であるといわれていますところ(高木403頁),これはやはり首魁でしょう。ただし,「日本ノ兵権ヲ有スル者」が「陸海軍ノ兵」を率いる場合については,陸軍刑法海軍刑法が適用されるものでしょう。

 

ウ 予備

 予備行為の意味については,18778月案154条の25項の規定するところでよいのでしょう(前記22)エ参照)。予備の法定刑は,有期流刑が1等又は2等減ぜられるのですから,重禁獄又は軽禁獄になったわけです(旧刑法68条)。重禁獄は9年以上11年以下,軽禁獄は6年以上8年以下でした(旧刑法23条)。

 前記22)イの丸山作楽は,88月ほど獄に繋がれていました。

 

エ 未遂

旧刑法133条の未遂処罰については,前記22)ウを参照。法定刑は上記の予備と同じです(旧刑法1131項,112条)。

 

(2)旧刑法134条:局外中立の布告に違背する罪

 

ア 白地刑罰法規化

 ボワソナアドは,18778月案156条は構成要件としても十分であって,局外中立宣言が発せられれば(当該宣言は,天皇の外交大権(大日本帝国憲法13条)の施行に関する勅旨の宣誥として詔書でされたわけです(公式令11項)。),それのみで中立違反の罪に係る罰条が起動するものと考えていたようです(前記24)ウ)。しかしながら,国際法頼みの「局外中立に反する行為」なる構成要件は――あるいは,罪刑法定主義の建前からもいかがなものか,ということにでも刑法草案審査局でなったのでしょうか――旧刑法134条の構成要件においては,局外中立の「布告ニ違背」することとなっています。(ただし,高木豊三は旧刑法134条について「蓋シ日本其戦争ニ就テ自国ノ利害栄辱ニ関スルモノナキ時ハ局外中立ノ法ヲ守リ且ツ其旨ヲ布告ス是時ニ当リ若シ其布告ニ違背シ一方ノ敵国ニ兵器弾薬船舶ノ類ヲ売与シ若クハ兵馬糧食ヲ資給シ其他中立ノ布告ヲ破ル可キ所為アル者」は同条に照らして罰せられると述べており(高木405頁),白地刑罰法規であるとの認識を明示してはおらず,むしろボワソナアド風の解釈を維持していました。)しかしてその布告(公文式(明治19年勅令第1号)の制定前は,法規の形式でもありました。)の形式は,詔書ではなく,天皇の発する命令である勅令(公文式1条から3条まで参照)でした。

 

イ 米西戦争時の前例:交戦国の軍隊への応募従事等禁止勅令等

 1898年の米西戦争(同年425日に米国が同月21日からスペインとの戦争状態が存在することを宣言,同年1210日のパリ条約調印で終結。この戦争の結果,米国はフィリピン,グアム及びプエルト・リコを獲得しました。)の際の対応が前例となります。

 明治天皇は1898430日付けで次の詔勅(公式令の施行前でした。)を発します(同年52日付けの官報で公布)。

 

  朕ハ此ノ次北米合衆国ト西班牙国トノ間ニ不幸ニシテ釁端ヲ啓クニ方リ帝国ト此ノ両国トノ間ニ現存スル平和交親ヲ維持セムコトヲ欲シ茲ニ局外中立ニ関スル条規ヲ公布セシム帝国臣民並ニ帝国ノ版図内ニ在ル者ハ戦局ノ終ハルマテ国際法ノ原則ト此ノ条規トニ依リ厳正中立ノ義務ヲ完フスヘシ背ク者ハ独リ交戦国ノ処分ニ対シ帝国ノ保護ヲ享クル能ハサルノミナラス亦帝国裁判所ニ於テ成条ニ照シ処分セシムヘシ

 

 最後の「帝国裁判所ニ於テ成条ニ照シ処分」の「成条」が,旧刑法134条ですね。

詔勅中の「局外中立ニ関スル条規」が,旧刑法134条の「布告」ということになります。しかしてそれらは,いずれも1898430日に裁可されて同年52日付けの官報で公布された,明治31年勅令第86号(北米合衆国及西班牙国交戦中帝国臣民及帝国の版図内に在る外国人の行為に関する件)及び同年勅令第87号(北米合衆国及西班牙国交戦中其の交戦に関係ある艦船にして帝国領海内に在るものの取締に関する件)でした(なお,大塚仁『刑法概説(各論)(増補二版)』(有斐閣・1980年)537頁註(2)には「米西戦争の際の明治31430日の中立詔勅86号・87号」とありますが,「中立詔勅及び勅令86号・87号」といわんとして「勅令」を脱したものか,それとも「中立勅令86号・87号」といわんとして「詔勅」と混同したものか,悩ましい。)

これらの勅令は,旧刑法134条による委任に基づくものというよりは,大日本帝国憲法9条の「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム」る天皇の大権に基づくものでしょう。となると,旧刑法134条は,有名な明治23年法律第84号(「命令ノ条項ニ違犯スル者ハ各其命令ニ規定スル所ニ従ヒ200円以内ノ罰金若ハ1年以下ノ禁錮ニ処ス」)の特則ということになるようです。

明治31年勅令第86号の内容は,次のとおり。

 

 帝国臣民及帝国ノ版図内ニ在ル外国人ハ現ニ北米合衆国及西班牙国間ノ交戦ニ関シ左ニ掲クル行為ヲナスコトヲ得ス

  第一 私船ヲ以テ商船捕獲ヲ行フノ免許若ハ委任ヲ交戦国ヨリ受クルコト

  第二 交戦国ノ陸軍海軍ノ募集ニ応シ若ハ其ノ軍務ニ従事シ又ハ軍用ニ供スル船舶,捕獲私船ノ船員ト為リ若ハ其ノ募集ニ応スルコト

  第三 交戦国ノ陸軍海軍ノ軍務ニ従事セシムルノ目的ヲ以テ又ハ軍用ニ供スル船舶,捕獲私船ノ船員タラシメ若ハ其ノ募集ニ応セシムルノ目的ヲ以テ他人ト契約ヲ為シ又ハ他人ヲ帝国版図外ニ送遣スルコト

  第四 交戦国ノ一方ノ戦争又ハ捕獲ノ用ニ供スル目的ヲ以テ艦船ノ売買貸借ヲ為シ又ハ武装若クハ艤装ヲ為シ又ハ其ノ幇助ヲ為スコト

  第五 交戦国ノ一方ノ軍艦,軍用ニ供スル船舶又ハ捕獲私船ニ兵器弾薬其ノ他直接ニ戦争ノ用ニ供スル物品ヲ供給スルコト

 本令ハ発布ノ日ヨリ施行ス

 

 ボワソナアドからすると,第2号などは個人の自由に対する余計な制約でしょう(前記24)ウ参照)。ただし,同号の行為は,旧刑法133条では不可罰であったということになります。



私戦予備及び陰謀の罪(刑法93条)並びに中立命令違反の罪(同条94条)に関して

 (起):現行解釈 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505630.html

 (承):旧刑法の条文及び18778月案154条の2(私戦の罪)

     http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505646.html

 (結):まとめ http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505660.html

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

【広告】法律問題の御検討に当たっては😩まず,当職にお気軽に御相談ください

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp; 電話:03-6868-3194📶

大志わかば法律事務所 (初回30分は相談無料

 

第3 旧刑法及びボワソナアドに遡る。

 

1 旧刑法の条文(133条及び134条)及びボワソナアドの関与

 私戦予備及び陰謀の罪は旧刑法(明治13年太政官布告第36号)133条を,中立命令違反の罪は同法134条をそれぞれ前身規定としています。

 

  第133条 外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者ハ有期流刑ニ処ス其予備ニ止ル者ハ1等又ハ2等ヲ減ス(未遂は1等又は2等を減ずる(旧刑法112条,1131項)。)

  第134条 外国交戦ノ際本国ニ於テ局外中立ヲ布告シタル時其布告ニ違背シタル者ハ6月以上3年以下ノ軽禁錮ニ処シ10円以上100円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

旧刑法の条文に関しては,ボワソナアド(Gustave Boissonade)のProjet Révisé1886年)が国立国会図書館のウェブサイトで見ることができ,同書は,その理解の大きな助けになっています。条文のみを睨んだ上での「法的な推論」にすぎざる各論者の私見よりは,よりもっともらしい解釈論を引き出すことができるでしょう。

旧刑法の制定に当たっては「司法省では〔略〕まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続を何回かくりかえした後,最終案を作成する,という手順にした。このやり方にしたがって,「日本刑法草案・第一稿」(4524条)ができ上がり,〔明治〕9年〔1876年〕12月末,正院に上申された。〔略〕/翌〔明治〕10年〔1877年〕に入って,前年の草案は論議し直され修正されて「日本刑法草案・第二稿」(3473条)となり,さらに第4編違警罪の編纂も終了した。ボワソナアドによると,それは同年の7月のことである。その後草案は整理校正され,1128日,司法省から太政官に「日本刑法草案」(4478条)として上呈された。以上で草案は司法省の手をはなれ,またこの段階まででボワソナアドの関与も終了するのである。」という作業が司法省でされていました(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1977年(追補1998年))114-115頁)。

 

2 18778月案(フランス語)154条の2から156条まで

 

(1)条文及びその背景

司法省における作業の最終段階である18778月に司法卿から元老院に提出された刑法草案のフランス語版(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon; Imprimerie Kokubunsha, août 1879。これも国立国会図書館のウェブサイトで見ることができます。日本語訳は,中村義孝立命館大学名誉教授による「日本帝国刑法典草案(1)」立命館法学329号(2010年)260頁以下があります。)には,私戦及び中立命令違反の処罰に関して次のようにありました(pp.51-52. 同書には乱丁があるので注意)。

 

  154 bis  () Sera puni de la détention majeure, tout sujet japonais qui aura entrepris et commandé une expédition militaire ou maritime contre un pays étranger avec lequel le Japon n’était pas en guerre déclarée.

La peine sera la détention mineure contre ceux qui auront exercé dans ladite expédition une fonction ou emploi emportant autorité.

     Tous autres co-auteurs seront punis d’un emprisonnement simple 2 à 5 ans.

La peine sera diminuée d’un à deux degrés, pour tous les coupables, s’il y a eu seulement commencement d’exécution résultant d’une tentative de départ.

  Elle sera diminuée de deux à trois degrés, s’il n’y a eu que des actes préparatoires, consistant en levées ou enrôlements de troupes, en approvisionnements ou équipements militaires ou maritimes.

  Le bénéfice des articles 139 à 141 [sic] sera applicable à ceux des coupables qui se trouveront dans les cas prévus auxdits articles.

  Les articles 144 et 145 seront applicables à tous ceux qui se rendront coupables de crimes ou délits communs, à l’occasion de ladite expédition.

  S’il y a eu des actes de piraterie, les dispositions du Chapitre III bis, Sect. 1ère seront applicables.

 

   () Article proposé par la minorité de la Commission.

 

   155.  Les étrangers qui, résidant au Japon, seraient auteurs ou complices des crimes prévus aux articles 149 et suivants seront punis des peines qui y sont portées avec diminution d’un degré.

 

   156.  Sera puni d’un emprisonnement simple de 6 mois à 2 ans et d’une amende de 10 à 100 yens tout sujet japonais qui, en cas de guerre entre deux ou plusieurs nations étrangères à l’égard desquelles le Japon s’est déclaré neutre, aura commis un acte constituant une violation de la neutralité.

 

外国との私戦に係る18778月案の第154条の2154 bis)は,その註()によれば,司法省の刑法草案取調掛(Commission)中の少数意見によるものです。当該取調掛は1875915日に設けられ,掛員は鶴田皓,平賀義質,藤田高之,名村泰蔵,昌谷千里ほか合計11名,更に司法卿大木喬任が総裁,司法大輔山田顕義が委員長となり,鶴田皓が纂集長に任じられていたそうです(大久保113頁)。

ボワソナアドによれば,当該私戦処罰条項は取調掛によって当初採択されたものの,後に司法省の決定稿作成の際に削られることとなり,その後政府と元老院とによる刑法草案審査局に非公式に提出されるについては困難が伴ったものであろうとのことです(Boissonade, p.514)。刑法草案審査局は,18771225日に太政官によって設けられたもので,「総裁に参議伊藤博文(後に柳原前光にかわる),委員として幹事陸奥宗光(後に議官中島信行にかわる),議官細川潤次郎,同津田出,同柳原前光(以上元老院),大書記官井上毅(太政官法制局,途中で辞任),司法大書記官鶴田皓,(太政官)少書記官村田保および同山崎直胤が委員に任命され,そのほか,御用掛として,司法少書記官名村泰蔵と判事昌谷千里が命ぜられた。(なお後に〔明治〕11年〔1878年〕2月,司法大輔山田顕義が委員に加えられた。)」というような陣容だったそうです(大久保115頁)。

 

(2)第154条の2(私戦予備及び陰謀の罪の前身規定)解説

私戦の処罰に係る18778月案154条の2は大幅に単純化されて旧刑法133条となっています。

 

ア 第1項から第3項まで:三つの行為者類型

18778月案154条の2の構成要件及びそれに対応する刑は,既遂段階のものについて,①「日本国が宣戦している交戦相手国ではない外国に対して陸上又は海上の遠征(expédition militaire ou maritime)を企て,かつ,指揮した(aura entrepris et commandé)日本臣民」に重禁獄(同条1項),②「前項の遠征において権限ある役割又は職務(fonction ou emploi emportant autorité)を果たした者」に軽禁獄(同条2項)及び③その他の共犯には2年から5年までの軽禁錮(同条3項)というように3分されていましたが,旧刑法133条においては「外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者」に対して有期流刑と科するものと一本化されています。18778月案での重禁獄は11年から15年まで内地の獄に入れられて定役に服さないもの(同案29条),軽禁獄は6年から10年まで内地の獄に入れられて定役に服さないもの(同条),軽禁錮は特別の禁錮場に留置されて定役に服さないもの(同案31条,旧刑法24条)ですが,旧刑法での有期流刑は,12年以上15年以下島地の獄に幽閉されて定役に服さないものです(同法20条)。

(「愛の「徒」刑地?」:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079020156.html

 

イ 征韓論及び西南戦争との関係並びにフランス1810年刑法84条及び85

私戦の罪に係る旧刑法133条は,幕末の薩英戦争や馬関戦争を念頭に置いて設けられたものというよりは,西郷隆盛のごとき者を警戒して,内乱罪とパラレルのものとして設けられたもののようです。

 

  日本国においては,〔私戦の処罰に関する〕このような規定に特段の有用性があったもののように観察される。王政復古以来何度となく,国内において――特に士族の精神に対して――巨大な影響力を有する人物群が,日本国からする朝鮮国遠征の主唱者となっていた。彼らは,政府の朝鮮国人に対する宥和的かつ平和的な対応を非難し,重大な不満があるとしても日本国としては平和的かつ友好的な関係を維持したい当該隣国に対する遠征を,彼ら自身の手で(pour leur propre compte)行う姿勢を放棄してはいなかった。

  そのような企ては,確かに,不平家らがそこに身を投じた内戦ほどは不幸なものではなかったであろう。しかし,刑法に係る最初の作業の際人々には二つの企てのいずれも可能性のあるものと思われたし,内戦と同じくらい人々を懸念させていた当該企てに対する刑罰を規定することは賢明なことであった。

  政府の許可のないまま,そのようにして日本臣民によって企てられた遠征が,攻撃された国,更にはその同盟国からする重大な復仇に政府をさらすこととなるとともに,日本国を対外戦争に引き込み得るということには疑いのないところである。

 (Boissonade, pp.520-521

 

旧刑法の18778月案154条の21810年フランス刑法84条及び85条の流れを汲むものとされていますところ(Boissonade, pp.505 et 520),当該両条よりも内乱罪風に具体的かつ厳しい構成要件となっているのは,当時なお戦われていた西南戦争の影のゆえでしょうか(鹿児島城山における西郷の自刃は1877924日)。

1810年フランス刑法84条は「政府によって承認されていない敵対行為によって国家を宣戦にさらした者は,国外追放に処する。そこから戦争が生じたときは,流刑に処する。(Quiconque aura, par des actions hostiles non approuvées par le gouvernement, exposé l'état à une déclaration de guerre, sera puni du bannissement; et, si la guerre s'en est suivie, de la déportation.)」と,同法85条は「政府によって承認されていない行為によって復仇を受けることにフランス人をさらした者は,国外追放に処する。(Quiconque aura, par des actes non approuvés par le gouvernement, exposé des Français à éprouver des représailles, sera puni du bannissement.)」と規定していました。いささか抽象的です。

なお,大物ではありませんが,外務権大丞丸山作楽という者がおり,1871511日,征韓陰謀の嫌疑で拘禁されています。

 

  庶民はなお徳川体制ふうの愚民でありつづけているが,「志士」を気どる連中のあいだでは,政府の態度決定をうながすために有志で韓国に上陸し私戦を開始しようと考えている暴発計画者の一団があった。その中心人物は政府のなかにいた。外務大丞(ママ)の丸山作楽という幕末の志士あがりの男である。丸山は旧島原藩士で,幕末,狂信的攘夷主義者の多かった平田篤胤の神国思想の学派に属し,維新後,官途についたが,新政府の欧化主義が気に入らず,この征韓論をさいわい,政府を戦争にひきずりこみ,そのどさくさに乗じて一挙に政府を転覆しようと考えた。この神国思想家は単に夢想家ではなく現実的な活動能力ももっており,いちはやく横浜のドイツ商人に計画をうちあけ,その商人から軍資金20万円を借りうけ,汽船の手あてなどをする一方,過激攘夷主義の生き残りや旧佐幕派の不平士族を(かたら)って同志の数をふやした。もっとも事(あらわ)れて丸山は捕縛され,終身刑に処せられた。

 (司馬遼太郎『歳月』(講談社・1969年)173頁)

 

 ただし,丸山は,1880年に恩赦で出獄しています。

 

ウ 第4項:未遂処罰に関する規定

18778月案154条の24項は未遂に係る規定です。「進発(départ)の試みから生ずる実行の着手(commencement d’exécution)のみがあるときは,全ての犯人につき刑を1等又は2等を減ずる。」ものとされています。これに関して,ボワソナアドはいわく。

 

   失敗した犯行(crime manqué)についても規定されていない。しかしながら,特に当該場合について,法は最も重い刑で罰するものであることを考慮しなければならない。というのは,法は,出発がなされた遠征(expédition partie)の企て及び指揮を処罰するのである。日本国の港を離れた時に,出発がなされ,遠征は始まり(entreprise),犯罪がなされ(commis),完了する(consommé)。遠征が成功したか,それともあるいは外国の港に到着しただけであるかなどということを調べる必要はない。

   それとは反対に,遠征が港において制止arrêtée)されたのであれば,それは未遂tentée)にとどまったのであり,失敗したmanquée)のではない。

   (Boissonade, p.522

 

これに対して旧刑法133条は,既遂時期を外国ニ対シ戦端ヲ開キタル時まで遅らせています。同条の罪については未遂を罰するのですが(旧刑法1131項,112条(刑を1等又は2等減ずる。)),戦端を開くことに係る実行の着手の時期はどこに求められたものか。現行刑法93条が予備及び陰謀のみを罰しているところから逆算すると,日本国を遠く離れて,遠征の目的たる外国に相当近付いた時点と観念されていたのかもしれません。しかして現行刑法93条は,国内犯のみを対象としているところです(同法2条から4条まで参照)。

 

エ 第5項:予備処罰(及び陰謀処罰の不在)

18778月案154条の25項は,予備について規定しています。「兵士の徴募又は陸上部隊若しくは海上部隊に係る補給若しくは装備による予備(actes préparatoires)のみがされたときは,刑を2等又は3等減ずる。」とされています。旧刑法133条ただし書では1等又は2等減ずるのみですので,未遂と重なってしまっています。

18778月案において重禁獄を2等又は3等減ずる場合,まず1等減じて軽禁獄(6年から10年),2等減じて2年から5年の軽禁錮及び20円から50円の罰金の併科(同案82条),3等減じて1年6月から39月までの軽禁錮及び15円から3750銭までの罰金の併科(同案83条)になったようです。

18778月案154条の2及び旧刑法133条では私戦の陰謀は処罰されないことになっていました。「共謀又は陰謀については規定されていない。それを抑止することが必要であるものとするほど,社会的害悪がまだ十分はっきりしているものとは考えられなかったからである。」ということでした(Boissonade, pp.521-522)。

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

【広告】法律問題の御検討に当たっては😩まず,当職にお気軽に御相談ください

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp; 電話:03-6868-3194📶

大志わかば法律事務所 (初回30分は相談無料                                                           

 

第1 余りなじみのない刑法93条及び94

 天下太平の平和国家である日本国の司法試験では,その短答式による筆記試験の刑法科目(司法試験法(昭和24年法律第140号)313号)及び論文式による筆記試験の刑事系科目(同条23号)において,

 

刑法(明治40年法律第45号)93条(私戦予備及び陰謀) 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で,その予備又は陰謀をした者は,3月以上5年以下の禁錮に処する。ただし,自首した者は,その刑を免除する。

又は

同法94条(中立命令違反) 外国が交戦している際に,局外中立に関する命令に違反した者は,3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

 

に関する出題がされることはないでしょう(ただし,司法試験法33項の法務省令の定めである司法試験法施行規則(平成17年法務省令第84号)21項によって,両条が出題範囲から除外されているということはありませんので,念のため。)。したがって,弁護士であるからといって,刑法93条又は94条について十分な学識があるとは限りません(これは,我が国の裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識(司法試験法11項)は,刑法93条及び94条については,我らの平和の現実に鑑みるに,理想的に十分なものまでである必要は必ずしもないだろうといううがった見方,ということになるでしょうか。)。また,司法試験では「学識及びその応用能力」(司法試験法11項),「専門的な法律知識及び法的な推論の能力」(同法31項),「専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力」(同条2項)及び「法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等」(同条4項)の有無の判定はされるようですが,そこにおいて前提となる専門的な法律知識ないしは学識は,法科大学院又は予備校で素直に学ばれることが想定されており,更にその奥ないしは背後に貫穿する尖った調査研究能力までは特に求められてはいないのでしょう。

 

第2 いわゆる基本書における解説

 いわゆる基本書においても,刑法93条及び94条の解説は薄くなっているところです。

 

1 私戦予備及び陰謀の罪

 刑法93条の私戦予備及び陰謀の罪については,

 

  目的犯 外国に対し私的に戦闘を為す目的でその予備又は陰謀をする罪である。外国とは外国の一地方や特定の外国人の集団ではなく,国家としての外国である。私的に戦闘行為をするとは国の命令を経ずに組織的な武力攻撃を行うことである。ただ,日本国憲法は国権の発動としての戦争を禁じている。予備とは,兵器の調達や兵士の訓練等,外国との戦闘の準備行為一般を指す。陰謀とは,私戦の実行を目指して複数の者が犯罪意思をもって謀議することである。

   自首した者に刑の必要的免除を定める。通常の自首(42条Ⅰ項)の特別規定である。

   (前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)584-585頁)

 

とあるばかりです。なお,「組織的な武力攻撃」とありますから,さいとう・たかを(2021年歿)のゴルゴ13がするようなone-man armyによる単独戦闘行為は,私戦には含まれないようです。


 刑法学の泰斗の著書には,刑法93条が「私戦そのものについては規定を欠く」ことについて,「私戦が実際に開始されるということはほとんど想像ができないから規定を省いたのであろう。殺人罪その他の規定の適用にゆだねられることになる。」との記載があります(団藤重光『刑法各論』(有斐閣・1961年)102頁三註(1))。刑法の「各論」は「論理的よりも事実的・歴史的な考察が重視されなければならないことがすくなくない」とされておりますところ(団藤1頁),この点に関しては,後に,現行刑法案の帝国議会審議の場に遡って,法案提出者の意思に係る資料を御提供します(第411))。

  

2 中立命令違反の罪

刑法94条の中立命令違反の罪については,

 

 白地刑罰法規 外国交戦の際,すなわち複数の国家間で現に戦争が行われている場合に,局外中立に関する命令に違反する罪である。局外中立に関する命令とは,わが国が中立の立場にある場合に,国際法上の義務に従い交戦当(ママ)国のいずれにも加担しない旨指示する命令で,具体的内容は,個々の中立命令により異なる2。本罪の構成要件は,個別の局外中立命令の内容に左右されるので,典型的な白地刑罰法規とされる。

  2)具体的には,普仏戦争や米西戦争の際に太政官布告や詔勅の形で中立命令が出された。現行刑法下では,伊土戦争の際の明治44103日の詔(ママ)がある。

  (前田・各論585頁)

 

ということで,これも「構成要件は,個別の局外中立命令の内容に左右される」ということではっきりせず,肩透かしです。

 そこで,1911年(明治44年)103日付け(同日の官報号外で公布)の明治天皇の詔書(公式令(明治40年勅令第6号)1条,12条参照)を見ると,これまた,

 

 朕ハ此ノ次伊太利国ト土耳其国トノ間不幸ニシテ釁端ヲ啓クニ方リ帝国ト此ノ両国トノ間ニ現存スル平和ノ関係ヲ維持セムコトヲ欲シ茲ニ局外中立ヲ宣言ス帝国臣民並ニ帝国ノ管轄内ニ在ル者ハ戦局ノ終ハルニ至ルマテ厳正中立ト相容レサル一切ノ行動ヲ避ケムコトヲ期セヨ

 

とあるばかりです。「個別の局外中立命令の内容」なるものは,「厳正中立ト相容レサル一切ノ行動ヲ避ムコトヲ期セヨ」というものにすぎないようでもあって,甚だ漠としています。(なお,中立命令違反の罪については,国外犯の処罰はありません(刑法2条から4条まで)。)「具体的内容は,個々の中立命令によ」るものとして片付けて安心してはならなかったもので,結局,刑法94条自体についての具体的な説明が求められるもののようです(ちなみに,団藤102頁四註(2)においては,伊土戦争に係る明治44103日の詔書は,中立命令の前例として掲げられていません。)

 なお,1911年の伊土戦争は,イタリア王国がオスマン=トルコ帝国にトリポリを要求する同年928日の最後通牒を同帝国が拒絶し,同月29日に開始せられたもので,19121018日調印のローザンヌ条約によりリビアがイタリアの支配下に入る結果となっています。




私戦予備及び陰謀の罪(刑法93条)並びに中立命令違反の罪(同条94条)に関して

 (承):旧刑法の条文及び18778月案154条の2(私戦の罪)

     http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505646.html

(転):18778月案155条(外国人の刑の減軽)及び156条(中立違反の罪)並びに旧刑法133条及び134

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505655.html

 (結):まとめ http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505660.html

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

(上)法制審議会に対する諮問第118号及び旧刑法:

   http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121894.html

(中)1886年のボワソナアド提案及びフランス法:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121910.html

 

第4 侮辱罪(刑法231条)削除論

 

1 第1回国会における政府提案(1947年)

 ところで,現在の日本国憲法が施行されてから最初に召集された1947年の第1回国会において,侮辱罪は削除の憂き目に遭いかけていたところです。

昭和22年法律第124号の政府原案においては(第1回国会参議院司法委員会会議録第242頁参照),「事実の摘示を伴わない侮辱は,名誉を傷ける程度も弱く,刑罰を以て臨むのは聊か強きに過ぐるのではないかという趣旨に基」づき(1947725日の参議院司法委員会における鈴木義男司法大臣による趣旨説明(第1回国会参議院司法委員会会議録第35頁)),刑法231条は削除されるということになっていたのでした(〈ただし,政府原案の決定に至るまでの課程における刑法改正法律案の要綱においては,むしろ侮辱罪の重罰化が提案されていたそうです(嘉門9頁)。〉)

194786日の参議院司法委員会において國宗榮政府委員(司法省刑事局長)からは「34章のうちの231条侮辱罪の規定でありますが,「事実ヲ摘示セスト雖モ公然人ヲ侮辱シタル者ハ拘留又ハ科料ニ處ス」,この規定を削除いたしました。この削除いたしました趣旨は,今日の言論を尊重いたしまする立場から,たまたま怒りに乗じて発しましたような,軽微な,人を侮辱するような言葉につきましては,刑罰を以て臨まなくてもよいのではないか,かような考えからこれを削除いたしましたが,この点につきましては,尚考慮の余地があろうかと考えているのでございます。特に90条,91条を削除いたしました関係上,外国の使節等に対しまする単なる侮辱の言葉が,往々にして国交に関する問題を起すような場合も考えられまするので,これは削除いたしましたけれども,考慮を要するのではないかと考えております。」と説明されています(第1回国会参議院司法委員会会議録第94頁)。ここでは言論の尊重に言及がされています。また,軽微な侮辱は処罰しなくてもよいとされていますが,「たまたま怒りに乗じて発し」たような軽微なものではない,重大な侮辱は全くあり得ないといってよいものかどうか。ちなみに,起訴猶予制度は既に法定されていました(刑事訴訟法(大正11年法律第75号)279条)。続いて同月7日の同委員会において同政府委員は「侮辱罪は具体的な事実を示しませず,単に侮蔑の意思を表示したという場合でありましてこういう場合には被害者の感情を傷つけることはありましても,被害者の名誉,即ち社会的に承認されておるところの価値,又は地位,これを低下させる虞れは比較的少いと思われるのであります。いわば礼儀を失したような行為のやや程度の高いものに過ぎないのではないか,これに対しまして刑罰を科するのは一応適当ではない,こういう趣旨で,現に英米の名誉毀損罪は,かような行為までは包含していないというような点を参照いたしまして,一応この廃止案を立てた次第でございます。」と述べています(第1回国会参議院司法委員会会議録第102頁)。被害者の感情(名誉感情)よりもその社会的に承認されている価値又は地位としての名誉(外部的名誉)を重視するのは,侮辱罪と名誉毀損罪との保護法益をいずれも外部的名誉とする判例・通説の立場でしょう。英米の名誉毀損罪については,「イギリス法は名誉毀損defamationを其の表示の形式に従つて,文書誹謗libel及び口頭誹謗slanderの二に分かつてゐる。〔略〕前者は民事上の不法行為であると共に,刑事上の犯罪でもあるが,後者は民事上の不法行為たるに止まり,原則として刑事上の犯罪とはされないのである」ところ(小野・名誉の保護93頁),同法においては「いづれにしても単純なる侮辱mere insultは文書誹謗とならぬ」(同97頁)と説かれていました。現在では,「アメリカの連邦,イギリスのイングランドとウェールズについては侮辱罪や名誉毀損罪に相当する罰則は設けられていないと承知しております。」との状況であるそうです(侮辱罪第2回議事録12頁(栗木幹事))。1947813日の参議院司法委員会において國宗政府委員は更に「公然人を侮辱いたしますことは,我々が,希望いたしておりまする民主主義社会の人の言動といたしましては,遙かに遠いものでありまして,好ましくないところでございます。併しながらこの侮辱は時によりまするというと非常に教養のある人々でも時と場合によりまして多少感情的なことに走りまして,いわば単に礼儀を失したような行為のやや程度の高いもの,こういうふうに考えられる行動がある場合がございます。かようなものにつきましては刑罰を以つて処するということは妥当でないと一応こういう観点に立ちまして,やはりもう少し法律の規定に緩やかにして置きまして,感情の発露に任せた自由な言動というものを,暫くそのままにして置いて,これを社会の文化と慣習とによりまして洗練さして行くということも考えられるのではないか,そういうような観点から侮辱罪を廃止することにいたしたのでございます。」と,感情の発露たる洗練された自由な言動を擁護しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第1321頁)。

しかしながら,1947103日に衆議院司法委員会は全会一致で社会党,民主党及び国民協同党の三派共同提案による刑法231条存置案を可決して(第1回国会衆議院司法委員会議録第44377頁・385頁),他方では不敬罪(刑法旧74条・旧76条),外国君主・大統領侮辱罪(同法旧902項)及び外国使節侮辱罪(同法旧912項)が削除されたにもかかわらず(これについては「何人も法の下で特権的保護を享受すべきではないという連合国最高司令官の主張があったので,外国の首長や外交使節に対する犯罪を他の一般国民に対する犯罪よりも厳しい刑罰に処していた刑法典の規定を,私達も賛成する形をとって削除に導いた。」というGHQ内の事情もあったようです(アルフレッド・オプラー(内藤頼博監訳,納谷廣美=高地茂世訳)『日本占領と法制改革』(日本評論社・1990年)102頁)。),単純侮辱罪は残ったのでした。同月7日の参議院司法委員会において佐藤藤佐政府委員(司法次官)は後付け的に「極く軽微の単純侮辱罪は,そう事例も沢山これまでの例でありませんし,事件としても極く軽微でありまするから,かような軽微のものは一応削除したらどうかという意見の下に立案いたしたのでありまするけれども,現下の情勢に鑑みまして,現行刑法において事実を摘示しないで人を侮辱した場合,即ち単純侮辱罪を折角規定されてあるのを,これを廃止することによつて,却つて侮辱の行為が相当行われるのではなかろうかという心配もございまするし,又他面一般の名誉毀損罪の刑を高めて,個人の名誉をいやが上にも尊重しようという立案の趣旨から考えましても,いかに軽微なる犯罪と雖も,人の名誉を侮辱するというような場合には,やはりこれを刑法において処罰する方がむしろ適当であろうというふうにも考えられまするので,政府当局といたしましては,衆議院の刑法第231条の削除を復活して存置するという案に対しては,賛同いたしたいと考えておるのであります。」と説明しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第313頁)。

しかし,74年前には侮辱罪の法定刑引上げどころかその廃止が企図されていたとは,隔世の感があります。

 

2 最決昭和58111日における谷口裁判官意見(1983年)

その後,1983年には最決昭和58111日刑集3791341頁が出て,そこにおける谷口正孝裁判官の意見が,「このように軽微な罪〔である侮辱罪〕は非犯罪化の検討に値するとする見解」として紹介されています(大コンメ66頁(中森))。

ただし,よく注意して読めば分かるように,当該谷口意見は,端的に侮辱罪は直ちに非犯罪化されるべきであると宣言したものではありません。

すなわち,当該意見において谷口裁判官は,「侮辱罪の保護法益を名誉感情・名誉意識と理解」した上で「私のこのような理解に従えば,本件において法人を被害者とする侮辱罪は成立しないことになる。(従つて又幼者等に対する同罪の成立も否定される場合がある。このような場合こそはモラルの問題として解決すればよく,しかも,侮辱罪は非犯罪化の方向に向うべきものであると考えるので,私はそれでよいと思う。)」と述べていたところです。ただし,「非犯罪化の方向に向かうべきものであると考える」その理由は具体的には示されていません(これに対して,かえって,「たしかに,名誉感情・名誉意識というのは完全に本人の主観の問題ではある。然し・公然侮辱するというのは日常一般的なことではない。名誉感情・名誉意識がたとえ高慢なうぬぼれや勝手な自尊心であつたにせよ,現に人の持つている感情を右のように日常一般的な方法によらずに侵害することをモラルの問題として処理してよいかどうかについてはやはり疑問がある。可罰的違法性があるものとしても決して不当とはいえまい。」と少し前では同裁判官によって言われています。)。また,当該事案の解決としても,法人に対する侮辱罪の成立は否定するものの法人にあらざる被害者に対する侮辱罪の成立を谷口裁判官は是認するものでした(したがって,「反対意見」ではなく,「意見」)。

 

第5 改正刑法準備草案(1961年)及び改正刑法草案(1974年)

 ただし,谷口正孝裁判官の侮辱罪に対する消極的な態度は,侮辱罪改正に係る一般的な方向性からは例外的なものと評し得たものでありましょうか。

刑法改正準備会による1961年の改正刑法準備草案の第330条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固又は5万円以下の罰金もしくは拘留に処する。」と規定し,法制審議会による1974年の改正刑法草案の第312条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固,10万円以下の罰金,拘留又は科料に処する。」と規定していたところです。罰金の上限額は別として,法制審議会は,47年前にも同様の結論に達していたのでした。〈ちなみに,改正刑法草案における侮辱罪の法定刑引上げの理由は,「本〔侮辱〕罪に事実を摘示しない公然の名誉侵害が含まれるとすると,事実摘示の名誉毀損との間に差がありすぎる」からということだったそうです(嘉門9頁)。〉

 

第6 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会における議論(2021年)

 さて,2021年。

 

1 諮問第118号に至る経緯及び侮辱罪の保護法益論議の可能性

2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議においては,侮辱罪の法定刑引上げを求める法務大臣の諮問がされるに至った経緯が,吉田雅之幹事(法務省刑事局刑事法制管理官)から次のように説明されています。

 

  近時,インターネット上において,誹謗中傷を内容とする書き込みを行う事案が少なからず見受けられます。

  このような誹謗中傷は,容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難となります。また,匿名性の高い環境で誹謗中傷が行われる上,タイムライン式のSNSでは,先行する書き込みを受けて次々と書き込みがなされることから,過激な内容を書き込むことへの心理的抑制力が低下し,その内容が非常に先鋭化することとなります。インターネット上の誹謗中傷は,このような特徴を有することから,他人の名誉を侵害する程度が大きいなどとして,重大な社会問題となっています。

  他方で,他人に対する誹謗中傷は,インターネット以外の方法によるものも散見されるところであり,これらによる名誉侵害の程度にも大きいものがあります。

  こうした誹謗中傷が行われた場合,刑法の名誉毀損罪又は侮辱罪に該当し得ることになりますが,侮辱罪の法定刑は,刑法の罪の中で最も軽い「拘留又は科料」とされています。

  こうした現状を受け,インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題化していることを契機として,誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑みると,公然と人を侮辱する侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられます。

  そこで,早急に侮辱罪の法定刑を改正する必要があると思われることから,今回の諮問に至ったものです。

 (侮辱罪第1回議事録4-5頁)

 

 「他人の名誉を侵害する程度が大きい」ということですが,具体的には,公然性が高まって他人の名誉を侵害する程度が大きくなったということでしょうか(「容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難」),それとも「内容が非常に先鋭化」して被害者の名誉感情を傷つける度合いが高まったということでしょうか。しかし,後者についていえば,侮辱には事実の摘示が伴わない以上,付和雷同の勢いそれ自体の有する力は別として,純内容的には,少なくとも第三者的に見る場合,具体性及び迫力をもって名誉を侵害する先鋭的内容としようにも限界があるように思われます。そもそも,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする判例・通説の立場においては,侮辱罪においては「具体的な事実摘示がなく,名誉に対する危険の程度が低い」(大コンメ66頁(中森))とされていたはずです。「何等の事実的根拠を示さざる価値判断に因つて人の社会的名誉を毀損することは寧ろ極めて稀であると考へられ」(小野・名誉の保護201頁),「他人の前で侮蔑の表示をすることは,他人に自己の侮蔑の感情ないし意思を情報として伝達することにはなるが,かようなものは情報としての価値が低く伝達力も弱いから,情報状態,情報環境を害するという面はとくに考えなくてもよいとおもわれる。むしろ侮辱行為をしたという情報が流通することによって社会的名誉を失うのは,侮辱行為をした当人ではなかろうか。」(平川宗信『名誉毀損罪と表現の自由』(有斐閣・1983年)23頁)というわけです。

 しかし,インターネット上のものに限られず(これは単に契機にすぎない。),「誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっている」ということですから,公然性の高まりだけでは説明がつかないようです。むしろ侮辱罪の保護法益自体の見直しがされ,その上で新たに「厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価」を下そうとしているようにも読み得るところです。

 侮辱罪の法定刑引上げのための立法事実を示すものの一つとして,法務省当局は,「令和3年〔2021年〕49日付け東京新聞は,「侮辱罪は明治時代から変わっておらず,「拘留又は科料」とする侮辱罪の法定刑は,刑法の中で最も軽い,死に追いつめるほど人格を深く傷つける結果に対し,妥当な刑罰なのか,時効期間も含めて,法務省のプロジェクトチームで議論が進んでおり,注視したい」との意見を掲載」している旨報告しています(侮辱罪第1回議事録7-8頁(栗木幹事))。ここで「死に追いつめるほど人格を深く傷つける」といわれていますが,これは被害者の感情を深く傷つけたということでしょう。

 ということで,今次の侮辱罪の法定刑引上げは,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする従来の判例・通説から,名誉感情こそがその保護法益であるとする小野清一郎等の少数説への転換の契機になるものかとも筆者には当初思われたところです。小野清一郎は名誉の現象を「社会的名誉(名声・世評),国家的名誉(栄典)及び主観的名誉(名誉意識・名誉感情)の3種に分つて其の論理的形式を考察」し(小野・名誉の保護180頁),「主観的名誉即ち人の名誉意識又は名誉感情といふ如きものは,其の個人の心理的事実である限り,他人の行為によつて実質的に侵害され,傷けらるることの可能なるは明かである。固有の意味に於ける侮辱,即ちドイツ刑法学者の謂ゆる「単純なる」侮辱,我が刑法第231条の侮辱などは,此の意味に於ける名誉の侵害即ち人の名誉意識又は名誉感情を傷くることを謂ふものであると信ずる。」と述べています(同203頁。また,235-236頁・252頁)。

 ただし,1940年の改正刑法仮案,1961年の改正刑法準備草案及び1974年の改正刑法草案における侮辱罪の法定刑に係る各改正提案に鑑みると,「誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識」の高まりは少なくとも既に八十年ほど前からあって,今回は当該既に高まっていた意識が再認識ないしは再覚醒されたということにすぎない,ということだったのかもしれません。「文明の進むに従ひ〔略〕文明人の繊細なる感情生活そのものに付ての保護の要求は次第に高まる」ものだったのでした(小野・名誉の保護224頁)。

 (なお,ボワソナアドは,名誉意識・名誉感情が外部から傷つけられることに係る可能性については,そのような可能性を超越した強い人間像をもって対応していました。名誉毀損罪等成立における公然性の必要に関していわく,「我々が我々自身について有している評価については,我々がそれに価する限り,我々以外のものがそれを侵害することはできない。封緘され,かつ,我々にのみ宛てられたものであれば,我々が受領する侮辱的通信文が可罰的でないのは,それは我々の栄誉を侵害しないからである。立会人なしに我々に向かってされる言語又は動作による侮辱についても同様である。我々の軽蔑(mépris)のみで,正義の回復には十分なのである。」と(Boissonade, p.1052)。)


2 侮辱罪の保護法益に係る判例・通説(外部的名誉説)の維持

 いずれにせよ,法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会は,侮辱罪の保護法益について判例・通説の外部的名誉説を堅持する姿勢を崩してはいませんでした。第1回会議で栗木幹事いわく。

 

   名誉毀損罪と侮辱罪は,いずれも社会が与える評価としての外部的名誉を保護法益とするものと解されておりまして,両罪の法定刑の差は,事実の摘示の有無という行為態様の違いによるものとされております。しかしながら,これまでもいろいろ例が出ておりますが,事実の摘示がない事案であっても,その態様等によっては,他人の名誉を侵害する程度が大きいものが少なからず見られるところでございます。〔略〕

   また,事実を摘示したかどうか,すなわち,どのような事実をどの程度具体的に摘示すれば足りるかについての評価は,その性質上微妙なところがございます。事実の摘示があったと評価し難い事案は,侮辱罪で処理せざるを得ない結果,名誉侵害に対する法的評価を適切に行うことが困難な場合がございます。特に,中谷〔昇〕委員〔一般社団法人セーファーインターネット協会副会長〕からも御紹介がございましたが,タイムライン式のSNSで最初の書き込みをした者が,事実の摘示を伴う誹謗中傷を行って,これを前提として別の者が引き続いて誹謗中傷の書き込みを行った場合には,それ自体に事実の摘示が含まれておらず,したがって侮辱罪で処理せざるを得ないものであるとしても,一連の書き込みを見る者からしますと,その当該別の者の書き込みについて事実の摘示を伴っているのと同じように受け止められ,名誉侵害の程度が大きい場合があると考えられます。

   以上申し上げたことからしますと,名誉毀損罪の法定刑と比較して,侮辱罪の法定刑が軽きに失すると言わざるを得ません。侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じたものに引き上げ,厳正に対処すべき犯罪という法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられるため,侮辱罪の法定刑のみを引き上げることとしているものでございます。

  (侮辱罪第1回議事録17-18頁)

 

ここでは,保護法益を共通のものとする名誉毀損罪と侮辱罪との同質性を前提に,両者を分かつものたる事実摘示の有無に係る判断の困難性から,後者の法定刑を前者のそれに近付けることが理由付けられています。

したがって飽くまで,「侮辱行為の結果,人が亡くなったこと自体を,どこまで量刑上評価できるかについては,議論があり得ると思うのですけれども,亡くなったこと自体ではなくて,どの程度その社会的な評価を毀損する危険性の高い行為であったかを評価する限りにおいて,量刑上考慮されることはあり得るように思われます。」ということになります(侮辱罪第1回議事録22-23頁(吉田幹事))。「一般的にこういった被害者の方の感情を,裁判所が量刑に当たってどう考慮していくかということにつきましては,その感情そのものを量刑に反映させるというよりは,その罪なりの保護法益を踏まえ,例えば行為の危険性や結果の重大性の表れの一つという形で考慮していくということになるのだろうな」というわけです(侮辱罪第1回議事録27頁(品川しのぶ委員(東京地方裁判所判事)))。人を死に致すような侮辱であっても,その社会的評価を毀損する危険性の低いもの,というものはあるのでしょう。

なお,「例えば,性犯罪について考えてみますと,一般に,保護法益については性的自由,性的自己決定権ということが言われておりますが,被害者が負った心の傷,精神的な苦痛というものも量刑上考慮され得るものだと思われます。性的自由というものが,誰と性的な行為を行うかを決める自由であると捉えた場合,その自由が侵害された場合の精神的な苦痛というのは,その保護法益からやや外に出るものという捉え方もできると思われますが,そうしたものも,現在量刑上考慮されているということだと思いますので,法益侵害やその危険に伴う精神的な苦痛というのを量刑上考慮するということはあり得ることだと考えております。」とも言われていますが(侮辱罪第1回議事録23頁(吉田幹事)),侮辱を原因として死がもたらされた場合,その死をもたらした苦痛は,通常,専ら自己の外部的名誉が侮辱により侵害されたことに一般的に伴う苦痛にとどまらない幅広くかつ大きな苦痛であるものであるように思われます(外部的名誉が侵害されたことが直ちに死に結び付く人は無論いるのでしょうが。)。当該例外的に大きな苦痛を,外部的名誉侵害の罪の量刑判断にそのまま算入してよいものかどうか。〈すなわち,侮辱罪について「私生活の平穏といった法益」をも問題にすることになるのでしょうが(深町晋也「オンラインハラスメントの刑法的規律――侮辱罪の改正動向を踏まえて」法学セミナー80315。また,19),外部的名誉の侵害はなくとも私生活の平穏が害されることはあるのでしょうから,どうも単純に外部的名誉に係る「付加的な法益」視できないもののようにも思われるところです。〉

 

3 侮辱罪の保護法益に関する議論再開の余地いかん

ところで,インターネットにおける誹謗中傷の場合,「耳を塞ぎたくても塞げないような状況に現在なっていて,しかも,相手が誰かも分からないのが何十人も書き込んで,もう世間からというか,周りから本当に叩かれている感じになって〔略〕もう本当に心が折れているという」情態になるわけですが(侮辱罪第1回議事録10頁(柴田崇幹事(弁護士)発言)),ここで心が折れた被害者が感ずる侵害はその実存の基底に徹し,専らその外部的名誉に係るものにとどまるものではないのでしょう。

あるいは,侮辱には「人の尊厳を害し,人を死に追いやるような危険性を含んだものがあるという事実」という表現(侮辱罪第2回議事録14-15頁(安田拓人幹事(京都大学教授))。下線は筆者によるもの)からすると,「普遍的名誉すなわち人間の尊厳が保持されている状態」(平川宗信『刑法各論』(有斐閣・1995年)222頁・224頁・235頁参照)が