カテゴリ: 刑法

(上)法制審議会に対する諮問第118号及び旧刑法:

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(中)1886年のボワソナアド提案及びフランス法:

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第4 侮辱罪(刑法231条)削除論

 

1 第1回国会における政府提案(1947年)

 ところで,現在の日本国憲法が施行されてから最初に召集された1947年の第1回国会において,侮辱罪は削除の憂き目に遭いかけていたところです。

昭和22年法律第124号の政府原案においては(第1回国会参議院司法委員会会議録第242頁参照),「事実の摘示を伴わない侮辱は,名誉を傷ける程度も弱く,刑罰を以て臨むのは聊か強きに過ぐるのではないかという趣旨に基」づき(1947725日の参議院司法委員会における鈴木義男司法大臣による趣旨説明(第1回国会参議院司法委員会会議録第35頁)),刑法231条は削除されるということになっていたのでした(〈ただし,政府原案の決定に至るまでの課程における刑法改正法律案の要綱においては,むしろ侮辱罪の重罰化が提案されていたそうです(嘉門9頁)。〉)

194786日の参議院司法委員会において國宗榮政府委員(司法省刑事局長)からは「34章のうちの231条侮辱罪の規定でありますが,「事実ヲ摘示セスト雖モ公然人ヲ侮辱シタル者ハ拘留又ハ科料ニ處ス」,この規定を削除いたしました。この削除いたしました趣旨は,今日の言論を尊重いたしまする立場から,たまたま怒りに乗じて発しましたような,軽微な,人を侮辱するような言葉につきましては,刑罰を以て臨まなくてもよいのではないか,かような考えからこれを削除いたしましたが,この点につきましては,尚考慮の余地があろうかと考えているのでございます。特に90条,91条を削除いたしました関係上,外国の使節等に対しまする単なる侮辱の言葉が,往々にして国交に関する問題を起すような場合も考えられまするので,これは削除いたしましたけれども,考慮を要するのではないかと考えております。」と説明されています(第1回国会参議院司法委員会会議録第94頁)。ここでは言論の尊重に言及がされています。また,軽微な侮辱は処罰しなくてもよいとされていますが,「たまたま怒りに乗じて発し」たような軽微なものではない,重大な侮辱は全くあり得ないといってよいものかどうか。ちなみに,起訴猶予制度は既に法定されていました(刑事訴訟法(大正11年法律第75号)279条)。続いて同月7日の同委員会において同政府委員は「侮辱罪は具体的な事実を示しませず,単に侮蔑の意思を表示したという場合でありましてこういう場合には被害者の感情を傷つけることはありましても,被害者の名誉,即ち社会的に承認されておるところの価値,又は地位,これを低下させる虞れは比較的少いと思われるのであります。いわば礼儀を失したような行為のやや程度の高いものに過ぎないのではないか,これに対しまして刑罰を科するのは一応適当ではない,こういう趣旨で,現に英米の名誉毀損罪は,かような行為までは包含していないというような点を参照いたしまして,一応この廃止案を立てた次第でございます。」と述べています(第1回国会参議院司法委員会会議録第102頁)。被害者の感情(名誉感情)よりもその社会的に承認されている価値又は地位としての名誉(外部的名誉)を重視するのは,侮辱罪と名誉毀損罪との保護法益をいずれも外部的名誉とする判例・通説の立場でしょう。英米の名誉毀損罪については,「イギリス法は名誉毀損defamationを其の表示の形式に従つて,文書誹謗libel及び口頭誹謗slanderの二に分かつてゐる。〔略〕前者は民事上の不法行為であると共に,刑事上の犯罪でもあるが,後者は民事上の不法行為たるに止まり,原則として刑事上の犯罪とはされないのである」ところ(小野・名誉の保護93頁),同法においては「いづれにしても単純なる侮辱mere insultは文書誹謗とならぬ」(同97頁)と説かれていました。現在では,「アメリカの連邦,イギリスのイングランドとウェールズについては侮辱罪や名誉毀損罪に相当する罰則は設けられていないと承知しております。」との状況であるそうです(侮辱罪第2回議事録12頁(栗木幹事))。1947813日の参議院司法委員会において國宗政府委員は更に「公然人を侮辱いたしますことは,我々が,希望いたしておりまする民主主義社会の人の言動といたしましては,遙かに遠いものでありまして,好ましくないところでございます。併しながらこの侮辱は時によりまするというと非常に教養のある人々でも時と場合によりまして多少感情的なことに走りまして,いわば単に礼儀を失したような行為のやや程度の高いもの,こういうふうに考えられる行動がある場合がございます。かようなものにつきましては刑罰を以つて処するということは妥当でないと一応こういう観点に立ちまして,やはりもう少し法律の規定に緩やかにして置きまして,感情の発露に任せた自由な言動というものを,暫くそのままにして置いて,これを社会の文化と慣習とによりまして洗練さして行くということも考えられるのではないか,そういうような観点から侮辱罪を廃止することにいたしたのでございます。」と,感情の発露たる洗練された自由な言動を擁護しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第1321頁)。

しかしながら,1947103日に衆議院司法委員会は全会一致で社会党,民主党及び国民協同党の三派共同提案による刑法231条存置案を可決して(第1回国会衆議院司法委員会議録第44377頁・385頁),他方では不敬罪(刑法旧74条・旧76条),外国君主・大統領侮辱罪(同法旧902項)及び外国使節侮辱罪(同法旧912項)が削除されたにもかかわらず(これについては「何人も法の下で特権的保護を享受すべきではないという連合国最高司令官の主張があったので,外国の首長や外交使節に対する犯罪を他の一般国民に対する犯罪よりも厳しい刑罰に処していた刑法典の規定を,私達も賛成する形をとって削除に導いた。」というGHQ内の事情もあったようです(アルフレッド・オプラー(内藤頼博監訳,納谷廣美=高地茂世訳)『日本占領と法制改革』(日本評論社・1990年)102頁)。),単純侮辱罪は残ったのでした。同月7日の参議院司法委員会において佐藤藤佐政府委員(司法次官)は後付け的に「極く軽微の単純侮辱罪は,そう事例も沢山これまでの例でありませんし,事件としても極く軽微でありまするから,かような軽微のものは一応削除したらどうかという意見の下に立案いたしたのでありまするけれども,現下の情勢に鑑みまして,現行刑法において事実を摘示しないで人を侮辱した場合,即ち単純侮辱罪を折角規定されてあるのを,これを廃止することによつて,却つて侮辱の行為が相当行われるのではなかろうかという心配もございまするし,又他面一般の名誉毀損罪の刑を高めて,個人の名誉をいやが上にも尊重しようという立案の趣旨から考えましても,いかに軽微なる犯罪と雖も,人の名誉を侮辱するというような場合には,やはりこれを刑法において処罰する方がむしろ適当であろうというふうにも考えられまするので,政府当局といたしましては,衆議院の刑法第231条の削除を復活して存置するという案に対しては,賛同いたしたいと考えておるのであります。」と説明しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第313頁)。

しかし,74年前には侮辱罪の法定刑引上げどころかその廃止が企図されていたとは,隔世の感があります。

 

2 最決昭和58111日における谷口裁判官意見(1983年)

その後,1983年には最決昭和58111日刑集3791341頁が出て,そこにおける谷口正孝裁判官の意見が,「このように軽微な罪〔である侮辱罪〕は非犯罪化の検討に値するとする見解」として紹介されています(大コンメ66頁(中森))。

ただし,よく注意して読めば分かるように,当該谷口意見は,端的に侮辱罪は直ちに非犯罪化されるべきであると宣言したものではありません。

すなわち,当該意見において谷口裁判官は,「侮辱罪の保護法益を名誉感情・名誉意識と理解」した上で「私のこのような理解に従えば,本件において法人を被害者とする侮辱罪は成立しないことになる。(従つて又幼者等に対する同罪の成立も否定される場合がある。このような場合こそはモラルの問題として解決すればよく,しかも,侮辱罪は非犯罪化の方向に向うべきものであると考えるので,私はそれでよいと思う。)」と述べていたところです。ただし,「非犯罪化の方向に向かうべきものであると考える」その理由は具体的には示されていません(これに対して,かえって,「たしかに,名誉感情・名誉意識というのは完全に本人の主観の問題ではある。然し・公然侮辱するというのは日常一般的なことではない。名誉感情・名誉意識がたとえ高慢なうぬぼれや勝手な自尊心であつたにせよ,現に人の持つている感情を右のように日常一般的な方法によらずに侵害することをモラルの問題として処理してよいかどうかについてはやはり疑問がある。可罰的違法性があるものとしても決して不当とはいえまい。」と少し前では言われています。)。また,当該事案の解決としても,法人に対する侮辱罪の成立は否定するものの法人にあらざる被害者に対する侮辱罪の成立を谷口裁判官は是認するものでした(したがって,「反対意見」ではなく,「意見」)。

 

第5 改正刑法準備草案(1961年)及び改正刑法草案(1974年)

 ただし,谷口正孝裁判官の侮辱罪に対する消極的な態度は,侮辱罪改正に係る一般的な方向性からは例外的なものと評し得たものでありましょうか。

刑法改正準備会による1961年の改正刑法準備草案の第330条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固又は5万円以下の罰金もしくは拘留に処する。」と規定し,法制審議会による1974年の改正刑法草案の第312条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固,10万円以下の罰金,拘留又は科料に処する。」と規定していたところです。罰金の上限額は別として,法制審議会は,47年前にも同様の結論に達していたのでした。〈ちなみに,改正刑法草案における侮辱罪の法定刑引上げの理由は,「本〔侮辱〕罪に事実を摘示しない公然の名誉侵害が含まれるとすると,事実摘示の名誉毀損との間に差がありすぎる」からということだったそうです(嘉門9頁)。〉

 

第6 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会における議論(2021年)

 さて,2021年。

 

1 諮問第118号に至る経緯及び侮辱罪の保護法益論議の可能性

2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議においては,侮辱罪の法定刑引上げを求める法務大臣の諮問がされるに至った経緯が,吉田雅之幹事(法務省刑事局刑事法制管理官)から次のように説明されています。

 

  近時,インターネット上において,誹謗中傷を内容とする書き込みを行う事案が少なからず見受けられます。

  このような誹謗中傷は,容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難となります。また,匿名性の高い環境で誹謗中傷が行われる上,タイムライン式のSNSでは,先行する書き込みを受けて次々と書き込みがなされることから,過激な内容を書き込むことへの心理的抑制力が低下し,その内容が非常に先鋭化することとなります。インターネット上の誹謗中傷は,このような特徴を有することから,他人の名誉を侵害する程度が大きいなどとして,重大な社会問題となっています。

  他方で,他人に対する誹謗中傷は,インターネット以外の方法によるものも散見されるところであり,これらによる名誉侵害の程度にも大きいものがあります。

  こうした誹謗中傷が行われた場合,刑法の名誉毀損罪又は侮辱罪に該当し得ることになりますが,侮辱罪の法定刑は,刑法の罪の中で最も軽い「拘留又は科料」とされています。

  こうした現状を受け,インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題化していることを契機として,誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑みると,公然と人を侮辱する侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられます。

  そこで,早急に侮辱罪の法定刑を改正する必要があると思われることから,今回の諮問に至ったものです。

 (侮辱罪第1回議事録4-5頁)

 

 「他人の名誉を侵害する程度が大きい」ということですが,具体的には,公然性が高まって他人の名誉を侵害する程度が大きくなったということでしょうか(「容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難」),それとも「内容が非常に先鋭化」して被害者の名誉感情を傷つける度合いが高まったということでしょうか。しかし,後者についていえば,侮辱には事実の摘示が伴わない以上,付和雷同の勢いそれ自体の有する力は別として,純内容的には,少なくとも第三者的に見る場合,具体性及び迫力をもって名誉を侵害する先鋭的内容としようにも限界があるように思われます。そもそも,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする判例・通説の立場においては,侮辱罪においては「具体的な事実摘示がなく,名誉に対する危険の程度が低い」(大コンメ66頁(中森))とされていたはずです。「何等の事実的根拠を示さざる価値判断に因つて人の社会的名誉を毀損することは寧ろ極めて稀であると考へられ」(小野・名誉の保護201頁),「他人の前で侮蔑の表示をすることは,他人に自己の侮蔑の感情ないし意思を情報として伝達することにはなるが,かようなものは情報としての価値が低く伝達力も弱いから,情報状態,情報環境を害するという面はとくに考えなくてもよいとおもわれる。むしろ侮辱行為をしたという情報が流通することによって社会的名誉を失うのは,侮辱行為をした当人ではなかろうか。」(平川宗信『名誉毀損罪と表現の自由』(有斐閣・1983年)23頁)というわけです。

 しかし,インターネット上のものに限られず(これは単に契機にすぎない。),「誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっている」ということですから,公然性の高まりだけでは説明がつかないようです。むしろ侮辱罪の保護法益自体の見直しがされ,その上で新たに「厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価」を下そうとしているようにも読み得るところです。

 侮辱罪の法定刑引上げのための立法事実を示すものの一つとして,法務省当局は,「令和3年〔2021年〕49日付け東京新聞は,「侮辱罪は明治時代から変わっておらず,「拘留又は科料」とする侮辱罪の法定刑は,刑法の中で最も軽い,死に追いつめるほど人格を深く傷つける結果に対し,妥当な刑罰なのか,時効期間も含めて,法務省のプロジェクトチームで議論が進んでおり,注視したい」との意見を掲載」している旨報告しています(侮辱罪第1回議事録7-8頁(栗木幹事))。ここで「死に追いつめるほど人格を深く傷つける」といわれていますが,これは被害者の感情を深く傷つけたということでしょう。

 ということで,今次の侮辱罪の法定刑引上げは,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする従来の判例・通説から,名誉感情こそがその保護法益であるとする小野清一郎等の少数説への転換の契機になるものかとも筆者には当初思われたところです。小野清一郎は名誉の現象を「社会的名誉(名声・世評),国家的名誉(栄典)及び主観的名誉(名誉意識・名誉感情)の3種に分つて其の論理的形式を考察」し(小野・名誉の保護180頁),「主観的名誉即ち人の名誉意識又は名誉感情といふ如きものは,其の個人の心理的事実である限り,他人の行為によつて実質的に侵害され,傷けらるることの可能なるは明かである。固有の意味に於ける侮辱,即ちドイツ刑法学者の謂ゆる「単純なる」侮辱,我が刑法第231条の侮辱などは,此の意味に於ける名誉の侵害即ち人の名誉意識又は名誉感情を傷くることを謂ふものであると信ずる。」と述べています(同203頁。また,235-236頁・252頁)。

 ただし,1940年の改正刑法仮案,1961年の改正刑法準備草案及び1974年の改正刑法草案における侮辱罪の法定刑に係る各改正提案に鑑みると,「誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識」の高まりは少なくとも既に八十年ほど前からあって,今回は当該既に高まっていた意識が再認識ないしは再覚醒されたということにすぎない,ということだったのかもしれません。「文明の進むに従ひ〔略〕文明人の繊細なる感情生活そのものに付ての保護の要求は次第に高まる」ものだったのでした(小野・名誉の保護224頁)。

 (なお,ボワソナアドは,名誉意識・名誉感情が外部から傷つけられることに係る可能性については,そのような可能性を超越した強い人間像をもって対応していました。名誉毀損罪等成立における公然性の必要に関していわく,「我々が我々自身について有している評価については,我々がそれに価する限り,我々以外のものがそれを侵害することはできない。封緘され,かつ,我々にのみ宛てられたものであれば,我々が受領する侮辱的通信文が可罰的でないのは,それは我々の栄誉を侵害しないからである。立会人なしに我々に向かってされる言語又は動作による侮辱についても同様である。我々の軽蔑(mépris)のみで,正義の回復には十分なのである。」と(Boissonade, p.1052)。)


2 侮辱罪の保護法益に係る判例・通説(外部的名誉説)の維持

 いずれにせよ,法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会は,侮辱罪の保護法益について判例・通説の外部的名誉説を堅持する姿勢を崩してはいませんでした。第1回会議で栗木幹事いわく。

 

   名誉毀損罪と侮辱罪は,いずれも社会が与える評価としての外部的名誉を保護法益とするものと解されておりまして,両罪の法定刑の差は,事実の摘示の有無という行為態様の違いによるものとされております。しかしながら,これまでもいろいろ例が出ておりますが,事実の摘示がない事案であっても,その態様等によっては,他人の名誉を侵害する程度が大きいものが少なからず見られるところでございます。〔略〕

   また,事実を摘示したかどうか,すなわち,どのような事実をどの程度具体的に摘示すれば足りるかについての評価は,その性質上微妙なところがございます。事実の摘示があったと評価し難い事案は,侮辱罪で処理せざるを得ない結果,名誉侵害に対する法的評価を適切に行うことが困難な場合がございます。特に,中谷〔昇〕委員〔一般社団法人セーファーインターネット協会副会長〕からも御紹介がございましたが,タイムライン式のSNSで最初の書き込みをした者が,事実の摘示を伴う誹謗中傷を行って,これを前提として別の者が引き続いて誹謗中傷の書き込みを行った場合には,それ自体に事実の摘示が含まれておらず,したがって侮辱罪で処理せざるを得ないものであるとしても,一連の書き込みを見る者からしますと,その当該別の者の書き込みについて事実の摘示を伴っているのと同じように受け止められ,名誉侵害の程度が大きい場合があると考えられます。

   以上申し上げたことからしますと,名誉毀損罪の法定刑と比較して,侮辱罪の法定刑が軽きに失すると言わざるを得ません。侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じたものに引き上げ,厳正に対処すべき犯罪という法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられるため,侮辱罪の法定刑のみを引き上げることとしているものでございます。

  (侮辱罪第1回議事録17-18頁)

 

ここでは,保護法益を共通のものとする名誉毀損罪と侮辱罪との同質性を前提に,両者を分かつものたる事実摘示の有無に係る判断の困難性から,後者の法定刑を前者のそれに近付けることが理由付けられています。

したがって飽くまで,「侮辱行為の結果,人が亡くなったこと自体を,どこまで量刑上評価できるかについては,議論があり得ると思うのですけれども,亡くなったこと自体ではなくて,どの程度その社会的な評価を毀損する危険性の高い行為であったかを評価する限りにおいて,量刑上考慮されることはあり得るように思われます。」ということになります(侮辱罪第1回議事録22-23頁(吉田幹事))。「一般的にこういった被害者の方の感情を,裁判所が量刑に当たってどう考慮していくかということにつきましては,その感情そのものを量刑に反映させるというよりは,その罪なりの保護法益を踏まえ,例えば行為の危険性や結果の重大性の表れの一つという形で考慮していくということになるのだろうな」というわけです(侮辱罪第1回議事録27頁(品川しのぶ委員(東京地方裁判所判事)))。人を死に致すような侮辱であっても,その社会的評価を毀損する危険性の低いもの,というものはあるのでしょう。

なお,「例えば,性犯罪について考えてみますと,一般に,保護法益については性的自由,性的自己決定権ということが言われておりますが,被害者が負った心の傷,精神的な苦痛というものも量刑上考慮され得るものだと思われます。性的自由というものが,誰と性的な行為を行うかを決める自由であると捉えた場合,その自由が侵害された場合の精神的な苦痛というのは,その保護法益からやや外に出るものという捉え方もできると思われますが,そうしたものも,現在量刑上考慮されているということだと思いますので,法益侵害やその危険に伴う精神的な苦痛というのを量刑上考慮するということはあり得ることだと考えております。」とも言われていますが(侮辱罪第1回議事録23頁(吉田幹事)),侮辱を原因として死がもたらされた場合,その死をもたらした苦痛は,通常,専ら自己の外部的名誉が侮辱により侵害されたことに一般的に伴う苦痛にとどまらない幅広くかつ大きな苦痛であるものであるように思われます(外部的名誉が侵害されたことが直ちに死に結び付く人は無論いるのでしょうが。)。当該例外的に大きな苦痛を,外部的名誉侵害の罪の量刑判断にそのまま算入してよいものかどうか。〈すなわち,侮辱罪について「私生活の平穏といった法益」をも問題にすることになるのでしょうが(深町晋也「オンラインハラスメントの刑法的規律――侮辱罪の改正動向を踏まえて」法学セミナー80315。また,19),外部的名誉の侵害はなくとも私生活の平穏が害されることはあるのでしょうから,どうも単純に外部的名誉に係る「付加的な法益」視できないもののようにも思われるところです。〉

 

3 侮辱罪の保護法益に関する議論再開の余地いかん

ところで,インターネットにおける誹謗中傷の場合,「耳を塞ぎたくても塞げないような状況に現在なっていて,しかも,相手が誰かも分からないのが何十人も書き込んで,もう世間からというか,周りから本当に叩かれている感じになって〔略〕もう本当に心が折れているという」情態になるわけですが(侮辱罪第1回議事録10頁(柴田崇幹事(弁護士)発言)),ここで心が折れた被害者が感ずる侵害はその実存の基底に徹し,専らその外部的名誉に係るものにとどまるものではないのでしょう。

あるいは,侮辱には「人の尊厳を害し,人を死に追いやるような危険性を含んだものがあるという事実」という表現(侮辱罪第2回議事録14-15頁(安田拓人幹事(京都大学教授))。下線は筆者によるもの)からすると,「普遍的名誉すなわち人間の尊厳が保持されている状態」(平川宗信『刑法各論』(有斐閣・1995年)222頁・224頁・235頁参照)が侵害されているということになるのでしょうか(ただし,平川説は名誉意識・名誉感情は保護法益ではないとしており,かつ,そこでいう「人間の尊厳」は,名誉としてのそれということになっています。侮辱罪(刑法231条)は「名誉に対する罪」の章に属している以上「名誉」の縛りが必須となるものでしょう。),それとも感情に対する侵害であると素直に認めて,名誉感情=保護法益説を再評価すべきでしょうか(しかし,同説においても「人の社会的名誉に相応する主観的名誉を保護し,其の侵害を処罰する」との縛りがあります(小野・名誉の保護307頁)。)。あるいは,名誉にのみこだわらずに,ローマ法上の広いiniuria概念(「iniuriaはユ〔スティニアヌス〕帝時代には広く人格権又は名誉の侵害とも称すべき広概念であつて,人の身体を傷け,無形的名誉を毀損し,公共物の使用を妨げるが如き行為,窃盗の未遂まで包含せられるが,古い時代には第一の身体傷害のみを指していた」ものです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)230頁)。モムゼンの訳では「人格的侵害Personalverletzung」となります(小野・名誉の保護14頁)。)までをも想起すべきものでしょうか。ちなみに,ドイツ刑法のBeleidigung(「侮辱」と訳されます。)については,広く「凡そ人に精神的苦痛を与ふる行為」と解し,その結果「侮辱の罪に於ける保護法益は名誉に限らぬことになる」少数説(Barの説)があったそうです(小野・名誉の保護250頁。また,60頁。なお,ドイツ刑法においては章名も“Beleidigung”であって,すなわち同法では「Beleidigungなる語は広義に於て侮辱及び名誉毀損を含む意味に用ひられてゐ」ます(同474頁註(2))。)。しかし,日本刑法第34章「名誉に対する罪」の罪は,飽くまで,個々の人格者の名誉を攻撃の客体とするとともに当該名誉を保護の客体とする罪のはずです(小野・名誉の保護249頁参照)。しかして,名誉は「人格的法益として生命は勿論,身体・自由よりも下位に在るものと考へられる」ものとされてしまっているところです(小野・名誉の保護221頁)。(ところで,また別の問題ですが,「世間」や「周り」は,犯罪の主体たり得るものでしょうか。)

難しいところです。「直接的な保護法益ではない被害感情がいかなる法的意味を持つかは相当に難問です。〔略〕いずれにしても,侮辱罪の保護法益が外部的名誉であることはきちんと踏まえられるべきであるし,そのことの持つ意味については,理論的な整理が必要なのではないかと,個人的には思いました。」とは,現在の法制審議会会長の発言です(侮辱罪第1回議事録28-29頁(井田委員))。しかし,侮辱を苦にした被害者の死がもたらされても刑法の保護法益論上直ちに侮辱者に重刑が科されるとは限らない,被害者の外部的名誉の侵害に応じた刑にとどまらざるを得ず,かつ,事実の摘示がない侮辱ではそもそも外部的名誉の侵害も限定的であるはずだ,ということになると,「なぜ被害者の極めて重大な苦痛を真摯に正面から受け止めないのだ!」と国会審議の際に改めて問題となるかもしれません。「その点は保護法益として捉え直さなければいけない問題なのか,あるいは保護法益は現通説のままでも,そうした感情侵害の面も当然考慮できるという整理をするか,議論に値する問題ですが,個人的には後者の理解が十分可能と考えているところです。」とも言われています(侮辱罪第1回議事録30頁(小池信太郎幹事(慶応義塾大学教授)))。議論の火種は残っているようではあります。無論,社会的評価をそう気にすべきではない,「文化低き社会に於ける程個人は他人の評価に従属するの意識が強い」のであって「偉大なる精神」であれば「他人の評価から独立なることを得る」のである(小野・名誉の保護141頁参照),「他人の誹毀又は侮辱に因り自己人格の核心を傷けらるる如く考ふるは甚しき誤想である」(同221-222頁)などと言い放てば,炎上必至でしょう。

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3 1886年のボワソナアド提案:軽罪としての侮辱罪及び違警罪としての侮辱罪

 

(1)ボワソナアドの提案

 

ア 軽罪としての侮辱罪

1886年の『註釈付き改訂日本帝国刑法案』において,ボワソナアドは,違警罪にとどまらない,軽罪(délit)としての侮辱罪を提案しています。

 

  400 bis.  L’injure, l’offense, l’outrage, ne contenant pas l’imputation d’un fait déshonorant ou d’un vice déterminé, commis envers un particulier, sans provocation, publiquement, par parole ou par écrit, seront punis d’un emprisonnement simple de 11 jours à 1 mois et d’une amende de 2 à 10 yens, ou de l’une de ces deux peines seulement.

 (Boissonade, p.1049

 (第400条の2 挑発されることなく,破廉恥な行為又は特定の悪徳(悪事醜行)を摘発せずして,公然と(publiquement)口頭又は文書で私人(particulier)を侮辱した者は.11日以上1月以下の軽禁錮及び2円以上10円以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。)

 

 第400条の2が含まれる節名は,1877年案のものから変わらず“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”のままでした。他人の評判(réputation)に対する罪ということであれば,ボワソナアドは,侮辱罪の保護法益は外部的名誉であるものと考えていたように思われます(ボワソナアドは同節の冒頭解説で人のhonneur及びdignitéの保護をいいつつ,そこでのhonneurは他人による評価(l’estime des autres)だとしています(Boissonade, pp.1051-1052)。)。フランス法系の考え方は「外部的名誉の毀損を中心とし」,「主観的感情の侵害を中心とするドイツ法系の考へ方と趣を異に」するものです(小野・名誉の保護90頁)。ちなみに,現在の刑法の英語訳でも第34章の章名は“Crimes against Reputation”になっているようです。

 

イ 違警罪としての侮辱罪

 軽罪としての侮辱罪の提案に伴い,違警罪としての侮辱罪の構成要件も修正されています。

 

   489.  Seront punis de 1 à 2 jours d’arrêts et de 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

     Ceux qui auront, par paroles ou par gestes, commis une injure ou une offense simple contre un particulier, en présence d’une ou plusieurs personnes étrangères;

  (Boissonade, p. 1277

  (第489条 次の各号の一に該当する者は,1日以上2日以下の拘留及び50銭以上150銭以下の科料に処し,又はそのいずれかの刑を科する。

    一 一又は複数の不特定人の現在する場所において,言語又は動作をもって私人を罵詈嘲弄(une injure ou une offense simple)した者)

 

なお,1886年案においては,違警罪に係る第4編においても章及び節が設けられて条文整理がされています。すなわち,同編は第1章「公益ニ関スル違警罪(Des contraventions contre la chose publique)」と第2章「私人に対する違警罪(Des contraventions contre les particuliers)」との二つに分かれ,第2章は更に第1節「身体ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les personnes)」と第2節「財産ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les biens)」とに分かたれました。しかして,第489条は,第2章第1節中に設けられていました。

 

(2)ボワソナアドの解説

 

ア 軽罪としての侮辱罪

 

(ア)ボワソナアド

軽罪としての侮辱罪に係る第400条の2に関するボワソナアドの解説は,次のとおりでした。

 

18778月の〕刑法草案は,口頭又は文書による侮辱(l’injure verbale ou écrite)であって名誉毀損(diffamation)の性質を有さいないものに関する規定をここに〔軽罪として〕設けていなかった。口頭の侮辱を違警罪として罰するにとどめていたものである(第47620号)。そこには一つの欠缺(けんけつ)une lacune)があったものと信ずる。公然と私人に向けられた侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)は,文書によるものであっても口頭によるものであっても,決闘を挑むためという目的〔〈旧刑法編纂の際「ボアソナードと日本側委員との間で,「元来,罵詈は闘殴のタンタチーフのようなもの」という発言が見られ」たそうです(嘉門7頁註9)。〉〕がある(前記第3節の2の第1条において規定されている場合)のではないときであっても,軽罪のうちに数えられなければならない。面目(considération)に対する侵害が軽いことに応じて,その刑が軽くなければならないだけである。また,禁錮は定役を伴わないものであり〔重禁錮ならば定役に服する(旧刑法241項)。〕,裁判所は罰金を科するにとどめることもできる。

法は,侮辱(une injure, une offense ou un outrage)を構成する表現の性格付けを試みる必要があるものとは信じない。すなわち,侮辱(l’injure)を罰する他の場合(第132条及び第169条)においてもそれはされていない。フランスのプレス法は,「全ての侮辱的表現(expression outrageante),軽蔑の語(terme de mépris)又は罵言(invective)」(第29条)について語ることによって,全ての困難を予防してはいない。侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)を構成するものの評価は,常に裁判所に委ねられる。侮辱者及び被侮辱者の各事情,前者の教育,なかんずくその意図.居合わせた人々の種類等がその際考慮されるのである。

しかし,可罰的侮辱の構成要素がここに二つある。それらは,いわば2個の消極的条件である。

すなわち,①侮辱は「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発を含まない」ものでなければならない。そうでなければ,名誉毀損(diffamation)の事案ということになる。②それは,同じように侮辱的な(injurieux ou offensants)言葉又は行為によって「挑発された」ものであってはならない。反対の場合には,各当事者が告訴できないものとは宣言されない限りにおいて,最初の侮辱者のみが可罰的である。

  (Boissonade, pp. 1060-1061

 

 フランスの1881729日のプレスの自由に関する法律29条及び33条が,ボワソナアドの1886年案400条の2に係る参照条文として掲げられています(Boissonade, p.1049)。

当該1881年プレスの自由法の第29条は名誉毀損と侮辱との分類に係る規定であって,その第1項は「当該行為(le fait)が摘発された当の人(personne)又は団体(corps)の名誉(honneur)又は面目(considération)の侵害をもたらす行為に係る(d’un fait)全ての言及(allégation)又は摘発(imputation)は,名誉毀損(diffamation)である。」と,第2項は「全ての侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言であって何らの行為の(d’aucun fait)摘発を含まないものは,侮辱(injure)である。」と規定していました。

また,1881年プレスの自由法33条はその第1項で「この法律の第30条及び第31条に規定されている団体又は人に対して同じ方法で〔裁判所(cours, tribunaux),陸海軍,法定の団体(corps constitués)及び公行政機関に対し,並びにその職務又は資格ゆえに大臣,議員,官吏,公の権威の受託者若しくは代理人,国家から報酬を得ている宗派の聖職者,公のサービス若しくは職務に服している市民,陪審員又はその証言ゆえに証人に対して,公共の場所若しくは集会における演説,叫び若しくは威嚇によって,文書若しくは公共の場所若しくは集会において販売に付され,若しくは展示されて販売され若しくは配布された印刷物によって,又は公衆が見ることのできるプラカード若しくは張り紙によって,並びに図画,版画,絵画,標章又は画像の販売,配布又は展示によって〕侮辱をした者は,6日以上3月以下の禁錮及び18フラン以上500フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第2項で「挑発が先行することなしに同様の方法で私人(particulier)を侮辱した者は,5日以上2月以下の禁錮及び16フラン以上300フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第3項は「侮辱が公然とされなかったときは,刑法第471条に定める刑〔1フラン以上5フラン以下の科料(1810年)〕のみが科される。」と規定していました。

 なお,injure, offense及びoutrage相互間の違いは何かといえば,その改訂刑法案169条の解説において,ボワソナアドは次のように述べています。

 

   我々はここに,offense, injure, outrageという三つの表現を見出すが,それらは重さに係る単純なニュアンス(simples nuances de gravité)を示すだけのものであって,刑に変化をもたらすものではない。

   (Boissonade, p. 571

 

筆者の手もとのLe Nouveau Petit Robert1993年)には,injureの古義として“Offense grave et délibérée”とあり,outrageの語義は“Offense ou injure extrêmement grave”とありますから,重さの順は,offense injure outrageとなるのでしょう。

 

(イ)フランス法的背景

ところで,旧刑法で軽罪としての侮辱罪が設けられなかった欠缺(lacune)の原因は何だったのでしょうか。どうも,今年(2021年)が死後200年になるナポレオンのようです。

1810年のナポレオンの刑法典375条は「何らの精確な行為の摘発を含まない侮辱であって,特定の悪徳を摘発するものについては,公共の場所若しくは集会において表示され,又は拡散若しくは配布に係る文書(印刷されたものに限られない。)に記入されたときは,その刑は16フラン以上500フラン以下の罰金である。(Quant aux injures ou aux expressions outrageantes qui ne renfermeraient l'imputation d'aucun fait précis, mais celle d'un vice déterminé, si elles ont été proférées, dans des lieux ou réunions publics, ou insérées dans des écrits imprimés ou non, qui auraient été répandus et distribués, la peine sera d'une amende de seize francs à cinq cents francs.)」と規定し,続いて同法典376条は「他の全ての侮辱であって,重大性及び公然性というこの二重の性質を有さないものは,違警罪の刑にしか当たらない。(Toutes autres injures ou expressions outrageantes qui n'auront pas eu ce double caractère de gravité et de publicité, ne donneront lieu qu'à des peines de simple police.)」と規定しており,違警罪に係る同法典47111号は「挑発されずに人を侮辱した者であって,それが第367条から第378条まで〔誣言(calomnies),侮辱(injures)及び秘密の漏洩に関する条項群〕に規定されていないものであるもの(Ceux qui, sans avoir été provoqués, auront proféré contre quelqu'un des injures, autres que celles prévues depuis l'article 367 jusque et compris l'article 378)」は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものと規定していました。ナポレオンの刑法典375条は「侮辱」(injures, expressions outrageantes)といいますが,「特定の悪徳」を適発するのであれば我が1877年司法省案的(ボワソナアド的)には誹毀の罪(後に名誉毀損罪となるもの)ですから,結局ナポレオンの刑法典においては,(日本法的意味での)侮辱罪は,違警罪でしかなかったわけです。

ナポレオンの刑法典の誣言及び侮辱に関する規定は,後に1819517日法に移されますが,同法においても,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものではない侮辱は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものとされていました(同法20条)。私人に対する侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金(軽罪の刑)に処せられるものとするという一見して原則規定であるような規定があっても(1819517日法192項),そのためには特定の悪徳を摘発し,かつ,公然とされる必要があったわけです。すなわち,ナポレオンの刑法典時代と変わっていなかったわけです。(〈旧刑法編纂の際「日本側委員である鶴田皓は,罵詈が喧嘩の原因となることが問題である以上,「公然」の字を削除すべきとしたが,ボアソナードは,対面の罵詈はフランスでは無罪であることや,実際上の証明の困難性を理由に,公然性要件の必要性を説き,維持されることとなった」そうですが(嘉門7頁),ここでのボワソナアドのフランス法の説明は,条文だけからでは分かりづらいところです。〉)

と,以上において筆者はimputationを「摘発」と訳して「摘示」としていませんが,これには理由があります。ジョゼフ・カルノー(フランス革命戦争における「勝利の組織者」ラザールの兄たるこちらは法律家)が,そのExamen des Lois des 17, 26 mai; 9 juin 1819, et 31 mars 1820 (Chez Nève, Libraire de la Cour de Cassation, Paris; 1821 (Nouvelle Édition))なる書物において,1819517日法における名誉毀損罪の成立に関し,imputationのみならず単純なallégation(筆者は「言及」と訳しました。)でも成立するものであると指摘した上で,それは「したがって,告発を繰り返したrépéter l’inculpation)だけではあるが,それについて摘発imputation)をした者と同様に,名誉毀損者として処罰されなければならない」旨記していたからです(p.36)。「摘示」と「摘発」との語義の違いについては,「〔日本刑法230条の〕事実の摘示といふは,必ずしも非公知の事実を摘発するの意味ではない。公知の事実であつても,之を摘示し,殊に之を主張することに依つて,人をして其の真実なることを信ぜしむる場合の如き,名誉毀損の成立あることは疑ひない」一方,我が「旧刑法(第358条)は悪事醜行の「摘発」を必要とし,その解釈として判例は「公衆の認知せざる人の悪事醜行を暴露することなり」とした」と説明されています(小野・名誉の保護280頁)。

筆者が「特定の悪徳」と訳したvice déterminéについてのカルノーの説明は,「vice déterminéによって法は,肉体的欠陥une imperfection corporelle)の単純な摘発を意図してはいない。そのような摘発は,その対象となった者に対して不愉快なもの(quelque chose de désagréable)であり得ることは確かである。しかし,それは本来の侮辱une injure proprement dite)ではない。特定の悪徳の摘発は,法又は公の道徳la morale publique)の目において非難されるべきことをする(faire quelque chose de répréhensible習慣的傾向une disposition habituelle)のそれ以外のものではあり得ない。」というものでした(Carnot, p.58)。

フランス法においては,vice déterminéfaitには含まれないようです。侮辱の定義(1881729日法292項と同じもの)に関してカルノーは,「侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言が何ら行為の摘発l’imputation d’aucun faitを含まないときは,単純な侮辱であって名誉毀損ではない。そこから,特定の悪徳の摘発も,告発(prévention)の性質を変えるものではないということになる。〔すなわち,名誉毀損になるものではない。〕なおも侮辱injure)があるばかりである。」といっています(Carnot, p.37)。この点ボワソナアド式日本法とは異なるようです(vice déterminéの摘発も,「悪事醜行」の摘発を「誹毀」でもってまとめる旧刑法358条の原案たる18778月案398条の構成要件となっていました。)。しかし,フランス1881729日法になると,侮辱を違警罪ではなく軽罪として処罰するための要件として,公然性は依然求めるものの,特定の悪徳の摘発はもはや求めないこととなっていたわけです。

フランス法の名誉毀損の定義はナポレオンの刑法典3671項の誣言(calomnieの定義から由来し,同項は「個人について,もしそれが事実であれば当該表示対象者を重罪若しくは軽罪の訴追の対象たらしめ,又はなお同人を市民の軽蔑若しくは憎悪にさらすこととはなる何らかの行為(quelconque des faits)を摘発」することを構成要件としていましたので(cf. Carnot, p.36),ここでのfaits(行為)は広い意味での事実ではなく,犯罪を構成し得るような限定的なものでなければならないわけだったのでしょう。これに対して日本刑法230条の「事実」は,「具体的には,政治的・社会的能力,さらに学問的能力,身分,職業に関すること,さらに被害者の性格,身体的・精神的な特徴や能力に関する等,社会生活上評価の対象となり得るものを広く含む」とされています(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)153頁)。

 

(ウ)付論:讒謗律に関して

なお,フランス法的背景といえば,明治政府による言論取締りの法として著名な1875年の我が讒謗律は,小野清一郎によって,イギリス法の影響下に制定されたものと説かれていましたが(小野・名誉の保護126-128頁),1967年には奥平康弘助教授(当時)によってフランス法を母法とするものであるとする説が唱えられています(手塚1-2頁による紹介。同5頁註(3)によれば,奥平説は,奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説(4)」法律時報39872頁において提唱されたものです。)。

小野は,讒謗律1条の「凡ソ事実ノ有無ヲ論セス人ノ栄誉ヲ害スヘキノ行事ヲ摘発公布スル者之ヲ讒毀トス人ノ行事ヲ挙ルニ非スシテ悪名ヲ以テ人ニ加ヘ公布スル者之ヲ誹謗トス著作文書若クハ画図肖像ヲ用ヒ展観シ若クハ発売シ若クハ貼示シテ人ヲ讒毀シ若クハ誹謗スル者ハ下ノ条別ニ従テ罪ヲ科ス」との条文について論じて,「茲に「事実の有無を論ぜず」とあるも恐らく1843年の誹謗文書法以前に於けるイギリス普通法の思想に依つたもの」とし,更に「なほ,讒毀又は誹謗が文書図書に依る場合に於て之を処罰すべきものとしてゐることもイギリスの‘libel’の観念を継受した証左である」とイギリス法の影響を主張しています(小野・名誉の保護127頁)。しかし,前者については,フランス1819517日法の名誉毀損についても―――名誉毀損の定義規定には「事実の有無を論ぜず」との明文はありませんでしたが――カルノーは,「517日法によってそれ〔名誉毀損〕がそう定義されているとおり,それ〔名誉毀損〕は全ての侮辱的な行為(tout fait injurieux)に係る摘発又は言及によって成立する。事実の証明が認められないときは,たとえそれが事実であっても(fût-il même vrai)そうなのである。」と述べています(Carnot, p.35)。(事実の証明が認められる場合は,後に見る1819526日法(同月17日法とは関連しますが,別の法律です。)201項において限定的に定められていました。)後者については,あるいは単に,讒謗律の布告された1875628日の前段階においては,我が国ではなお演説というものが一般的なものではなかったということを考えるべきかもしれません。187412月に刊行された『学問のすゝめ』12編において福沢諭吉いわく。「演説とは,英語にてスピイチと云ひ,大勢の人を会して説を述べ,席上にて(わが)思ふ所を人に(つたう)るの法なり。我国には(いにしえ)より其法あるを聞かず,寺院の説法などは先づ此類なる可し。」,「然るに学問の道に於て,談話,演説の大切なるは既に明白にして,今日これを実に行ふ者なきは何ぞや。」と(第1回の三田演説会の開催は,1874627日のことでした。)。すなわち,讒謗律布告の当時の「自由民権論者の活動は,もつぱら新聞,雑誌その他の出版物を舞台として行われ,政談演説は一般にまだ普及していなかつた」のでした(手塚3頁)。

讒謗律の法定刑とフランス1819517日法のそれとを比較すると(なお,讒謗律の讒毀は専ら摘発に係るものであること等,構成要件の細かいところには違いがあり得ることには注意),次のとおりです。

天皇に対する讒毀又は誹謗は3月以上3年以下の禁獄及び50円以上1000円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律2条),フランス国王に対するそれは6月以上5年以下の禁錮及び500フラン以上1万フラン以下の罰金並びに場合により公権剥奪も付加されるものでした(1819517日法9条)。

皇族に対する讒毀又は誹謗は15日以上2年半以下の禁獄及び15円以上700円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律3条),フランス王族に対するそれは1月以上3年以下の禁錮及び100フラン以上5000フランの罰金でした(1819517日法10条)。

日本帝国の官吏の職務に関する讒毀は10日以上2年以下の禁獄及び10円以上500円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,同じく誹謗は5日以上1年以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対し(讒謗律4条),フランス王国の官吏の職務に関する名誉毀損は8日以上18月以下の禁錮及び50フラン以上3000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法16条。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条)),侮辱は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されました(同法191項。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条。Cf. Carnot, pp.38-39))。

日本帝国の華士族平民に対する讒毀は7日以上1年半以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,誹謗は3円以上100円以下の罰金に処されたのに対し(讒謗律5条),フランス王国の私人に対する名誉毀損は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法18条),侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金に処されました(同法192項。ただし,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものでない侮辱の刑は1フラン以上5フラン以下の科料(同法20条,フランス刑法471条))。こうしてみると,讒謗律1条にいう誹謗に係る「悪名ヲ以テ人ニ加ヘ」とは,vice déterminéimputationすることのようでもあります。(なお,讒謗律5条違反の刑の相場は「大概罰金5円に定まつて居た」そうです(手塚5頁註(10)の引用する宮武外骨)。)

讒謗律71項(「若シ讒毀ヲ受ルノ事刑法ニ触ルヽ者検官ヨリ其事ヲ糾治スルカ若クハ讒毀スル者ヨリ検官若クハ法官ニ告発シタル時ハ讒毀ノ罪ヲ治ムルヿヲ中止シ以テ事案ノ決ヲ俟チ其ノ被告人罪ニ坐スル時ハ讒毀ノ罪ヲ論セス」)に対応する条項は,「事案ノ決ヲ俟チ」までは1819526日法25条,「其ノ被告人罪ニ坐スル」以後はcalomnie(誣言)に係るナポレオンの刑法典370条でした(1819526日法201項は,名誉毀損(diffamation)について事実の証明が許される場合を,公の権威の受託者若しくは代理人又は公的資格で行動した全ての者に対する摘発であって,その職務に関する行動に係るものの場合に限定しています。「其の他の場合には全然真実の証明を許さざることとした」ものです(小野・名誉の保護450頁)。)。官吏の職務に関する讒毀及び誹謗並びに華士族平民に対するそれらの罪は親告罪である旨規定する讒謗律8条に対応する条項は,1819526日法5条でした。

 

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第1 法制審議会と諮問第118号(2021916日)

 

1 2021916日の法制審議会

 2021916日に開催された法務省の法制審議会の第191回会議において上川陽子法務大臣から諮問第118号が発せられ,当該諮問は,新設の「刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会」に付託され審議され,当該部会から報告を受けた後改めて法制審議会の総会において審議されることになりました(法務省法制審議会ウェブページ)。

 諮問第118号は,次のとおりです。

 

  諮問第118

    近年における侮辱の罪の実情等に鑑み,早急にその法定刑を改正する必要があると思われるので,別紙要綱(骨子)について御意見を承りたい。

 

  別紙

       要綱(骨子)

侮辱の罪(刑法第231条)の法定刑を1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とすること。


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 法務省(東京都千代田区霞が関)

 

2 侮辱罪関係条文

 ちなみに,刑法(明治40年法律第45号)231条の条文は「事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する。」というものです。

拘留及び科料については,それぞれ,「拘留は,1日以上30日未満とし,刑事施設に拘置する。」(刑法16条)及び「科料は,1000円以上1万円未満とする。」(同法17条)と規定されています。

また,侮辱罪は「告訴がなければ公訴を提起することができない」親告罪です(刑法2321項)。

なお,「拘留又ハ科料ニ該ル罪」ですので,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の違警罪とみなされます(刑法施行法(明治41年法律第29号)31条)。旧刑法は,罪を重罪(crime),軽罪(délit)及び違警罪(contravention)の3種に分類していましたが(同法1条),違警罪はその中で最も軽いものです。違警罪については,かつては違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)によって,警察署長及び分署長又はその代理たる官吏が,正式の裁判によらずに即決することができました。

 

3 近年における侮辱の罪の実情

 

(1)テラハ事件

 諮問第118号にいう「近年における侮辱の罪の実情」については,当該諮問についていち早く報道した読売新聞によると「侮辱罪を巡っては,フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)が昨年〔2020年〕5月に自殺した問題で,ツイッターにそれぞれ「生きてる価値あるのかね」「きもい」などと書き込んだ男2人が略式命令を受けたが,9000円の科料にとどまり,厳罰化を求める声が上がっていた。/同省は昨年6月にプロジェクトチームを設置し,罰則のあり方などを検討。SNSなどでの中傷は不特定多数から寄せられる上,拡散してネットに残り続けるなど被害が深刻化しており,懲役刑の導入は必須とした。その上で,侮辱罪は対象となる行為が広いため,名誉毀損罪と同じ「3年・50万円以下」とはせず,「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を追加することにした。」とのことです(読売新聞オンライン2021830日「【独自】ネット中傷対策,侮辱罪に懲役刑導入へ・・・テラハ事件では科料わずか9千円」)。

「被害が深刻化」ということなので,侮辱罪の有罪件数は増加傾向にあり,かつ,量刑も重罰化が進んでいるものと一応思われます。

 

(2)科刑状況に関して

 

ア 科刑状況

しかしながら,2016年から2020年までの5年間における侮辱罪の科刑状況を示す法制審議会第191回会議配布資料(刑6)によると,侮辱罪で刑を科された者の数は,それぞれ23人(2016年),16人(2017年),24人(2018年),27人(2019年)及び30人(2020年)ということで,30人まで増えたのだと言われれば確かに増えてはいるのでしょうが,その絶対数を見る限りでは,侮辱罪事件は今や「深刻」なまでに多いのだというのにはいささか追加説明が必要であるようです(2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議における井田良委員(中央大学教授)の発言によると「ドイツでは侮辱罪で年間2万件の有罪判決が出されている」そうです(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議議事録(以下「侮辱罪第1回議事録」と略称します。)14頁)。)。

また,同じ前記法制審議会配布資料によれば,量刑も,科料額は確かに上限近くの9000円以上のところに貼り付いているようですが,自由刑である拘留に処された者は当該5年間において一人もいません(当該5年間中に刑を科された120人中,116人が9000円以上の科料,2人が5000円以上9000円未満の科料(2016年及び2017年)及び2人が3000円以上5000円未満の科料(2017年及び2019年))。1万円以上の罰金刑(刑法15条)の導入は分かるけれども,拘留を使わないでいきなり懲役・禁錮を導入したいとはどういうことか,とも言われそうです(2021106日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議における池田綾子委員(弁護士)発言参照(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議議事録(以下「侮辱罪第2回議事録」と略称します。)12-13頁))。ただし,拘留には執行猶予がないこと(刑法25条及び27条の2)にも注意すべきもののようです(侮辱罪第1回議事録21頁の保坂和人幹事(法務省大臣官房審議官)発言参照)。

 

イ 拘留に関して

なお,拘留については,「現行の拘留制度は,威嚇力もなければ改善の効果もない致命的欠陥をもっている」,「現行の拘留は禁錮と同じ性格をもち,刑期が1日以上30日未満である点で異なるにすぎない。戦前の昭和3年〔1928年〕には10万人余の拘留受刑者がいたが,現在では,拘留を執行される者は年間数十名にすぎず〔司法統計年報によると,2019年の通常第一審終局処理人員中拘留に係るものは6名〕,改善の処遇は望むべくもないといわれる。このように拘留が減少したのは,制度に欠陥があるからであるとされ,また,昭和初期に比べれば,現在の拘留制度は無きに等しいともいわれている。」ということでよいのでしょうか(大谷實『刑事政策講義(第4版)』(弘文堂・1996年)137頁・138頁参照)。

しかしながら,拘留受刑者の大幅減少は,違警罪即決例の廃止(裁判所法施行法(昭和22年法律第60号)1条により194753日から(同法附則,裁判所法(昭和22年法律第59号)附則1項,日本国憲法1001項))によるところが大きいようにも筆者には思われます。すなわち,『日本国司法省第五十四刑事統計年報 昭和三年』によると,1928年(昭和3年)の第一審裁判終局被告人のうち科刑が拘留であったものは188名にすぎません(22頁)。いわれるところの10万余人の拘留受刑者は,裁判所の手を煩わさずに警察署限りで処理されたものではないでしょうか。

とはいえ拘留はなお現在も見捨てられてはおらず,「拘留は刑事施設に短期間拘置するものでありますが,特定の種類の犯罪や犯人に対するショック療法的効果が認められ,いわゆる小暴力犯罪者や営利的小犯罪を繰り返す者に対する刑罰という性格を有しているとされており,懲役・禁錮及び罰金が選択刑として定められた後も,侮辱罪については,単なる偶発的な罵詈雑言を繰り返す事案など,比較的当罰性の低い事案も想定されることからすると,拘留も存置しておくことが,個別具体的な事案に応じた適切な量刑に資するものと考えられる」とされています(侮辱罪第2回議事録13頁(栗木傑幹事(法務省刑事局参事官)))。

 

第2 法制審議会による迅速答申(20211021日)

 諮問第118号には「早急に」改正する必要があるとあり,かつ,当該改正の内容も「第231条中「拘留又は科料」を「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に改める。」とあらかじめ決められていたので,ここで法制審議会が法務省の事務当局から期待されていた機能は,rubber stamp的なものであったものと考えるのは忖度(そんたく)過剰でしょうか。いずれにせよ,同審議会の刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会の会議は2021922日及び同年106日の2回開催されて,賛成8名反対1名(第2回会議の出席委員総数は佐伯仁志部会長を除いて9名)で法務大臣提示の要綱(骨子)が可決されています(侮辱罪第2回議事録17頁)。同年1021日には法制審議会総会を経て同審議会会長から古川禎久法務大臣にその旨の答申がされました。

この迅速処理に対して,20211017日に朝日新聞Digitalに掲載された同社社説は批判的な見解を表明し,「見直しに向けた議論の必要性は理解できる。それにしても,今回の進め方は拙速に過ぎ,将来に禍根を残さないか。そんな疑問を拭えない。」,「どのような表現が「侮辱」とされ,国家が刑罰を科すべきかという線引きはあいまいだ。厳罰化の後,恣意(しい)的に運用されるようなことがあれば,言論・表現の自由の萎縮につながる恐れがある。」,「厳罰化するのであれば,免責する場合について広く意見を聞き,法律に盛り込む方向で検討を深めるべきではないか。」と評しています。朝日新聞社的角度というべきでしょうか。

なお,「「國賊朝日新聞」といふ如き」ことについては,侮辱罪の成立があり得るものであると解せられています(小野清一郎『刑法に於ける名誉の保護(再版)』(有斐閣・1956年(初版は1934年))311頁。また,212頁)。

 

第3 侮辱罪の脱違警罪化論の濫觴(Boissonade en l’année 1886

 さはさりながら,侮辱罪の重罰化(脱違警罪化)論は,旧刑法施行後(同法は明治14年太政官布告第36号により188211日から施行)程なくして生じた同法改正問題の一環としてつとにボワソナアドが提起していたところであり,百三十余年の歴史があるものです。今になって拙速云々ということになったのも思えば不思議な話です。

 

1 旧刑法及び18778月フランス語文司法省案

 

(1)罵詈嘲弄罪

 侮辱罪の前身規定は,旧刑法においては,違警罪の構成要件等を規定する第4編中の第42612号にありました。

 

  第426条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ2日以上5日以下ノ拘留ニ処シ又ハ50銭以上150銭以下ノ科料ニ処ス

   十二 公然人ヲ罵詈嘲弄シタル者但訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

同号は,187711月に司法省(司法卿・大木喬任)から太政官に提出された案のフランス語文(同年8月)においては,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877). Imprimerie Kokubunsha, Tokio, 1879. pp.154, 156)。

 

  476.  Seront punis de 1 jour à 3 jours d’arrêts et de 20 sens à 1 yen 25 sens d’amende, soit cumulativement, soit séparément:

 

      20˚  Ceux qui auront dit une injure simple à un particulier, en public ou en  présence de deux ou plusieurs personnes étrangères;

 

    Dans les deux alinéas qui précèdent [20˚ et 21˚], la poursuite n’aura lieu que sur la plainte de la personne offensée.

 

 (第476条 次の各号の一に該当する者は,1日以上3日以下の拘留若しくは20銭以上125銭以下の科料に処し,又はこれを併科する。

 

  (二十 公然(en public)又は2名以上の不特定人(personnes étrangères)の現在する場所において私人(particulier)を罵詈嘲弄(une injure simple)した者

 

  (前2号の罪は,被害者の告訴がなければ公訴を提起することができない。)

 

なお,3日間の拘留というと,逮捕されると72時間くらいはすぐ経過しそうなのですが(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)2052項参照),当時違警罪を犯した者は,氏名住所が分明でなく,又は逃亡の恐れがあるときに違警罪裁判所に引致されることはあっても現行犯逮捕はされなかったところです(治罪法(明治13年太政官布告第37号)1022項参照)。現在の刑事訴訟法においては,30万円以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕が可能であり(同法217条),逮捕状による通常逮捕は,被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく取調べのための出頭の求めに応じない場合に限り可能であるということになっています(同法1991項ただし書)。「1年以下の懲役若しくは禁錮」が法定刑に含まれれば,現行犯逮捕及び通常逮捕に係るこれらの制約が外れることになります(なお,緊急逮捕はできません(刑事訴訟法2101項参照)。)。

〈おって,旧刑法42612号の淵源を,明治618日の司法省布達第1号で第56条として東京違式詿違条例(違式詿違条例については,http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.htmlを参照ください。)に追加された「格子ヲ撥キ墻塀ヲ攀チ徒ニ顔面ヲ出シ往来ヲ瞰ミ或ハ嘲哢スル者」との条項(詿違の罪です。)ではないかと示唆するものと解される見解もあります(嘉門優「侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割――侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって」法学セミナー803号(202112月)7頁註8)。しかし,旧刑法の編纂については,「司法省では方針を大転換し,まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続を何回かくりかえした後,最終案を作成する,という手順」だったそうですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114頁),やはり直接フランス法の影響を考えた方がよいのではないでしょうか。また,旧刑法42612号の「罵詈」の語は,元の「誹謗」が鶴田皓によって改めたられたものだそうです(嘉門7頁註10)。


(2)官吏侮辱罪

ところで,「侮辱」の語が用いられている点においては,旧刑法141条の官吏侮辱罪がむしろ重視されるべきかもしれません。

 

141条 官吏ノ職務ニ対シ其目前ニ於テ形容若クハ言語ヲ以テ侮辱シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 其目前ニ非スト雖モ刊行ノ文書図画又ハ公然ノ演説ヲ以テ侮辱シタル者亦同シ

 

旧刑法141条に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は次のとおりです(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.59-60)。

 

169.  L’offense, l’injure, l’outrage, commis publiquement et directement, par gestes ou par paroles, envers un officier public dans l’exercice de ses fonctions ou à l’occasion de ses fonctions et en sa présence, sera puni d’un emprisonnement avec travail de 2 mois à 2 ans et d’une amende de 5 à 50 yens.

Si l’infraction a été commise hors la présence du fonctionnaire, par la voie de la presse ou par des discours tenus en public, la peine sera un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et une amende de 3 à 30 yens.

 

  (第169条 動作(gestes)又は言語(paroles)をもって,その職務を執行中の又はその職務に当たっている官吏に向かって,その現在する場所において(en sa présence)公然と(publiquement)かつ直接に侮辱(l’offnese, l’injure, l’outrage)をした者は,2月以上2年以下の重禁錮に処し,5円以上50円以下の罰金を付加する。

   (罪が,その官吏の現在する場所以外の場所において,出版又は公然の演説(discours tenus en public)をもって犯されたときは,1月以上1年以下の重禁錮に処し,3円以上30円以下の罰金を付加する。)

 

(3)誹毀罪

現行刑法においては,侮辱罪(231条)と名誉毀損罪(「公然と事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」(同法2301項))とは「名誉に対する罪」として同じ第34章に規定されていますが,旧刑法においては,前者の前身規定はさきに御紹介したように違警罪として第4編に,後者の前身規定は「身体財産ニ対スル重罪軽罪」に係る第3編に規定されており(同編中の「身体ニ対スル罪」に係る第1章のうち「誣告及ヒ誹毀ノ罪」に係る第12節中),泣き別れ状態でした。なお,18778月フランス語文司法省案の条文によると,第3編の編名は“Des crimes et délits contre les particuliers”(「私人に対する重罪軽罪」ということで,第2編の「公益ニ関スル重罪軽罪(Des crimes et délits contre la chose publique)」に対応しています。),第3編第1章の章名は“Des crimes et délits contre les personnes”(「身体に対する重罪軽罪」),同章第12節の節名は“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”(「人の評判に対する重罪軽罪」)でした。

旧刑法における名誉毀損関係条項は,次のとおりでした。

 

  第358条 悪事醜行ヲ摘発シテ人ヲ誹毀シタル者ハ事実ノ有無ヲ問ハス左ノ例ニ照シテ処断ス

   一 公然ノ演説ヲ以テ人ヲ誹毀シタル者ハ11日以上3月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス

   二 書類画図ヲ公布シ又ハ雑劇偶像ヲ作為シテ人ヲ誹毀シタル者ハ15日以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

 第359条 死者ヲ誹毀シタル者ハ誣罔ニ出タルニ非サレハ前条ノ例ニ照シテ処断スル(こと)ヲ得ス

 

 第361条 此節ニ記載シタル誹毀ノ罪ハ被害者又ハ死者ノ親属ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

 上記各条項に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.128-130)。

 

   398.  Quiconque aura, dans l’intention de nuire, imputé publiquement à un particulier un fait déshonorant ou un vice déterminé, sera, sans qu’il y aît lieu de rechercher si le fait ou le vice imputé est vrai ou faux, coupable de diffamation et puni comme il suit:

          Si la diffamation a eu lieu par des paroles ou des discours tenus en public, la peine sura un emprisonnement avec travail de 11 jours à 2 mois et une amende de 2 à 10 yens;

          Si la diffamation a eu lieu par des écrits ou imprimés, par des dessins ou emblèmes distribués, vendus, ou affichés en public, ou par des représentations théatrales, la peine sera un emprisonnement avec travail de 15 jours à 3 mois et une amende de 3 à 30 yens.

 

   400.  La diffamation envers les morts est punissable, d’après l’article 398, mais seulement quand elle est faite de mauvaise foi et avec le caractère de calomnie.

 

      403.  La poursuite des délits de diffamation n’a lieu que sur la plainte de la partie offensée, ou sur celle de sa famille, si elle est décédée.

 

重禁錮(「禁錮」ではありますが,定役に服しました(旧刑法241項)。)が主刑ですから,旧刑法358条の罪は軽罪です(同法81号)。

なお,旧刑法358条の「誹毀」は,後に32)ア(ウ)で見る讒謗律(明治8年太政官布告第110号)1条の「讒毀と誹謗とを合せたものであらう。」といわれています(小野・名誉の保護129頁)。

 ところで,書類を公布して悪事醜行を摘発して人を誹毀すること(旧刑法3582号)の例として大審院の明治16年(1883年)1024日判決の事案がありますが(手塚豊「讒謗律の廃止に関する一考察」法学研究4710号(197410月)6-7頁),いささか疑問を感じさせる裁判です。すなわち,「被告ハ明治15年〔1882年〕622日北陸日報第532号雑報欄内ニ於テ如何ナル者ノ所業ニヤ昨日午前6時頃本区広坂通兼六園ノ入口ナル掲示板ニ中折即チ半紙ニテ〔略〕有髷公ノ咽喉首以上ヲ画キ「恰モ獄門首ノ如シ」勿躰ナクモ我賢明ナル千(ママ)高雅氏〔石川県令〕ニ模擬シタル者カ有像ノ傍ニ国ヲ亡シ人民ヲ害スル千阪高雅ト特書シアリタルヨシ云々トノ文ヲ掲ケ」たとのことによって,当該被告人は禁錮2月及び罰金20円附加の刑に処せられてしまっているところです(16歳以上20歳未満なので罪一等は減ぜられています(旧刑法81条)。なお,原審(金沢軽罪裁判所)では讒謗律5条が適用されてしまって,罰金6円でした。)。悪口を書いた似顔絵を兼六園入口の掲示板にさらされてしまったことが千阪県令の「悪事醜行」となるわけではないでしょうし,「国ヲ亡シ人民ヲ害スル」の徒呼ばわりすることが「事実ノ有無ヲ問」い得る具体的な「悪事醜行」を千阪県令について「摘発」することになるものでもないでしょう。

 

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1 『愛の流刑地』

 筆者の郷土・北海道の生んだ偉大な文豪にして愛の街・銀座の征服者たる渡辺淳一(1933年生-2014年歿)の名作に『愛の流刑地』があります(単行本上下2006年・文庫本上下2007年,いずれも幻冬舎)。200411月から20061月まで日本経済新聞朝刊に連載されていた恋愛等小説です。

現在の衰廃長寿大国日本の朝の通勤電車内においては,背中を丸めてスマート・フォンの小さな画面をのぞき込みつつ,せわしなく指を動かしてゲームをしたり電子メールを打ったり漫画を読んだり,ちまちまとしたことをしているマスク姿の人々ばかりを見るようになりましたが,かつての興隆経済大国日本の朝の通勤電車内においては,企業戦士らは満員の乗客に身を揉まれつよじりつ,その朝入手の日本経済新聞を器用かつコンパクトに折り畳んで眼前僅かに存在する空間中に巧緻に保持し,むさぼるようにその最終面に目を通しつつ,「私の履歴書」の自慢話には,よしこの金満ラッキーじいさんができたのならばこの優秀なオレ様も!と脂肪に覆われたぽっちゃりお(なか)の上の小さな胸をわくわくと高鳴らせ,渡辺作品の男女話には,よしこの艶福ダンディ大先生に続いてこの二枚目のボクちゃんもとマスクに覆われざる露わな鼻の下をでれでれと長く伸ばし,今日もこれから打ち続く勤務先組織内における生存のための気配り(こころ)配りの辛労(仕事が大変,とはあえていいません。)に雄々しく立ち向かうべく,新たな元気をもらっていたものでした。妖艶な美女の露わな肢体の写真が大胆に掲載された賑やかなスポーツ新聞の紙面を,女性乗客の厳しい視線もかまわずその鼻先に無邪気に露呈する豪の者もいましたが,さすがにそれは下品というもの(現在であれば,セクハラということで直ちに社会的に抹殺されるものでしょう。),渡辺作品(及び小松久子閨秀画伯描くところの挿絵)までにとどめておくところが紳士の嗜みというものでありました。

ところで「名作」とは申し上げましたが,実は『愛の流刑地』の後半は殺人被告事件の被告人となった村尾菊治をめぐる刑事訴訟関係のお話になっており,「刑事訴訟法のお勉強はもういいよ」と,筆者は途中で読むのをやめてしまっていたところです。小説家としては,ストーカー行為によって自らが警察に逮捕された経験もあり(と確か「私の履歴書」に書かれていたようです。),刑事法関係の知識を誇示したかったのでしょうが,せっかくリラックスして小説を読もうとして今更昔の法律勉強の復習をさせられそうになる筆者としては,辛いところでした。(無論現在においては,お金持ちの文豪から刑事弁護の依頼があれば,二つ返事で駆けつけて,一心不乱にその刑事法関係蘊蓄話を承り,まずいところは「うーん,それは検察官が・・・」,「裁判官も保守的ですからねえ・・・」とやんわり舵取りをさせていただくことになります,とは筆者の願望的空想です。なお,読者の皆さまにおかれましては,まさかの際には筆者への刑事弁護依頼をよろしく御考慮ください(大志わかば法律事務所。電話:03-6868-3194,電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp)。)

しかしながら最近,旧刑法(明治13年太政官第36号布告)を調べていて,同法下においては我が国においても流刑というものがあったことを再確認し(同法74号・5号,20条及び21条),つい『愛の流刑地』を思い出してしまったところです(なお,現行刑法(明治40年法律第45号)下においては,流刑はありません(同法9条)。)。しかして,当該想起と共に,次のような疑問が湧いてしまったところです。

旧刑法下において,「流刑地」ってどこであったのであろうか。

 

2 「島地」(une île du Japon déterminée par le Gouvernement

旧刑法においては,無期流刑及び有期流刑(12年以上15年以下)が重罪(同法においては,罪は,重罪,軽罪及び違警罪の3級に分かれていました(同法1条)。)の主刑のうちの二つとして掲げられており(同法74号・5号,202項),かつ,「流刑ハ無期有期ヲ分タス島地ノ獄ニ幽閉シ定役ニ服セス」とありました(同法201項)。この「島地」というのが「流刑地」ということになります。なんだか江戸幕府の遠島刑のようだから八丈島等であろうかとも一見思われます。しかし,旧刑法はフランス刑法を第一の基礎としたものであり,その叩き台となった草案はフランス人御傭外国人ボワソナアドによって起草されたものですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)113-115頁),「島地」がそれに対応するところのフランス語の原語をまず見てみるべきでしょう。

18778月に大木喬任司法卿から元老院に提出された旧刑法の司法省案のフランス語版中旧刑法201項に相当する部分は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877); Tokio, Imprimerie Kokubunsha, 1879: p.7)。

 

  25.  Les condamnés à la déportation, soit perpétuelle, soit temporaire, sont transportés, dans une île du Japon déterminée par le Gouvernement.

      Ils y sont détunus dans une prison spéciale, sans travail obligatoire.

 (第25条 無期又は有期の流刑に処せられた者は,政府によって定められた国内の一島(une île du Japon déterminée par le Gouvernement)に移送される。

  (流刑受刑者は,特別の刑事施設に拘置され,所定の作業に服さない。)

 

文字どおりには島流しですが,ある一島を政府が監獄島(「島地」)として指定することが想定されていたようです。その趣旨は,1886年に印刷されたボワソナアドによる改訂刑法草案及びその解説によれば,「流刑囚を人口の集中地から遠ざけること及び何らかの混乱に乗じて流刑囚が自ら,又はその徒党の助けによって脱出することがないようにすることであった。」とのことであり,「同時に,〔ボワソナアドの改訂刑法草案〕第27条〔旧刑法21条,旧刑法附則(明治14年太政官第67号布告)13条等に相当〕に基づき一定の期間の後に与えられ得る恩典を別として,家族との引き離しがより強調されることとなるものである。」とのことでもありました(Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire; Tokio, 1886: p.143)。

なお,旧刑法21条は「無期流刑ノ囚5年ヲ経過スレハ行政ノ処分ヲ以テ幽閉ヲ免シ島地ニ於テ地ヲ限リ居住セシムル(こと)ヲ得/有期流刑ノ囚3年ヲ経過スル者亦同シ」と,旧刑法附則13条は「徒刑ノ囚仮出獄ヲ許サレタル者又ハ流刑ノ囚幽閉ヲ免セラレタル者家属ヲ招キ同居スルヲ請フ時ハ之ヲ許スヿヲ得但其路費ハ自ラ之ヲ弁ス可シ」と規定していました。

政府による流刑の島地の選択については,「立法の問題というよりは行政の問題であるので,法律と同じ固定性を有するものではない。したがって,経験によって有用性が示されれば変更がされ得る。」とのことで(Boissonade: p.143),また,流刑同様重罪(crime)の主刑である無期及び有期(12年以上15年以下)の徒刑(旧刑法72号・3号,172項)が執行される「島地」(同法171項は「徒刑ハ無期有期ヲ分タス島地ニ発遣シ定役ニ服ス」と規定していました。)と同一である必要も,法的にはありませんでした。しかし,「単一の監視並びに単一の海軍及び陸軍の備えをもって兼ねようとする経済上の理由に基づきその旨決定され得るところであるが,徒刑囚が〔流刑囚と〕同一の島地に置かれるという場合」もあり得るものとされ,その場合には「刑の執行の場所について,実際上分離(une séparation de fait)がされる。法が流刑囚は特別の刑事施設において拘置される〔幽囚される〕ものと規定しているのはこのためである。」とのことでした(Boissonade: p.144)。徒刑囚は定役に服しますが,流刑囚は定役に服しません。

他方,徒刑囚のための島地の選択については,ボワソナアドいわく。「脱獄の機会をより少なくするために,男子徒刑囚は,島地に置かれる〔女子徒刑囚は島地に発遣されず内地の懲役場に拘置されました(旧刑法18条)。〕。島地の決定は後に行われる。経験が必要とするならば,当該決定は変更され得る。それは行政上の問題であって,もはや刑事立法の問題ではない。」と(Boissonade: p.141)。当該部分に係るボワソナアドの註は,更にいわく。

 

  (h) 治罪法草案628条について既に触れる機会があったところであるが(926b),日本は列島であるので,最も大きく,最も中央にあり,かつ,政府の所在地である本州(l’île de Nippon)をもって一種の大陸(continent)とみなす慣習がある。

  刑罰の一般規則(le Règlement général des peines)は,北海道(la grande île de Yéso)を徒刑の執行地と定めた。

 (Boissonade: p.141

 

 この「刑罰の一般規則」が何なのかはボワソナアドの文章からは直接分かりませんが,これは,188211日からの旧刑法の施行(明治14年太政官第36号布告)に向けて1881919日に発せられた監獄則(明治14年太政官第81号達)でしょうか。

 

3 監獄則等と監獄と

 

(1)1881年の監獄則に関して

1881年の監獄則1条は,次のとおり。

 

1条 監獄ヲ別テ左ノ6種ト為ス

   一 留置場 裁判所及ヒ警察署ニ属スルモノニシテ未決者ヲ一時留置スルノ所トス但時宜ニ由リ拘留ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘留スルコトヲ得

   二 監倉 未決者ヲ拘禁スルノ所トス

   三 懲治場 徴治人ヲ徴治スルノ所トス

   四 拘留場 拘留ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘留スルノ所トス

   五 懲役場 懲役ノ刑及ヒ禁錮ノ刑ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

   六 集治監 徒刑流刑及ヒ禁獄ノ刑ニ処セラレタル者ヲ集治スルノ所トス

    北海道ニ在ル本監ハ徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治ス

 

特に北海道に言及されています。ただし,「北海道ニ在ル本監ハ徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治ス」の部分については,第12なのか第16後段なのかが細かいながら問題です。これについては,第12項ならば1字上がっていなければならないこと(「文語体・片仮名書きの法令では,行を変えるだけで項の区切りを付けていた」ところです(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)160頁)。)及び「本」といわれていて「監獄」ではないことからすると,第16号の一部たる同号後段なのでしょう。

禁獄囚は,「内地ノ獄ニ入レ定役ニ服セス」(旧刑法231項。下線は筆者によるもの)ということなので,そもそも,徒刑流刑に処せられた者を集治する北海道(すなわち北海道は徒刑流刑に共通の島地であるということになるようです。)で入獄することは――内地・島地の別を重んじて――ないものとされていたのでしょうか。旧刑法231項の「内地ノ」はフランス語文では “située dans l’intérieur du Japon”であるようであり(Projet (Août 1877): p.8; Boissonade: p.80),これに関してボワソナアドは,禁獄囚は「島地(une île)に押送されることはない。」と述べていたところです(Boissonade: p.149)。なお,重罪の主刑たる禁獄には重禁獄と軽禁獄とがありましたが(旧刑法78号・9号),「重禁獄ハ9年以上11年以下軽禁獄ハ6年以上8年以下」でした(同法232項)。無期流刑が二等又は有期流刑が一等を免ぜられると重禁獄,有期流刑が二等を免ぜられると軽禁獄になります(旧刑法68条)。定役に服するとなると,禁獄ではなく,懲役になります(旧刑法221項)。

しかし,監獄則16号本文によれば,集治監が北海道外にあれば,道外ながらも当該集治監に徒刑囚を入獄させ,流刑囚を幽閉することもできるわけであり,すっきりしないところが残っています(集治監が本州にあれば,徒刑流刑の執行地が島地たることを求める旧刑法との関係で疑問ですが,ボワソナアドももはや行政の問題だと言ってはいたところです。)。

ということで,旧刑法の施行当時どのような集治監があったのかを知るべく法務省の『犯罪白書 昭和43年版』第3編第22「刑務所」を見てみると,18794月に「徒刑,流刑,終身懲役などの罪囚を収容するため,内務省直轄の集治監が東京府葛飾郡小菅村および宮城県宮城郡小泉村におかれ」,「さらに,内務省は,〔1881〕年8月,開拓使管下(北海道)石狩国樺戸郡に既決監を設け,樺戸集治監としたほか,〔1882〕年6月,石狩国空知郡市来知村に空知集治監,翌〔1883〕年3月,福岡県三池郡下里村に三池集治監,〔1885〕年9月,釧路国川上郡熊牛村に釧路集治監を設置した。また,〔1884〕年7月,兵庫県下兵庫に仮留監を設置して,内務省の直轄とし,東京,宮城,三池の3集治監に仮留監を付設し,北海道集治監に発遣する囚徒を一時拘禁せしめた。〔1891〕年6月,北見国網走郡に釧路集治監網走分監を設置し,同年7月北海道集治監の組織を変更し,本監を樺戸に,分監を空知,釧路,網走に設置した。」ということでした。旧刑法施行開始の188211日の段階では,流刑囚が幽囚され得る監獄は,小菅集治監,宮城集治監及び樺戸集治監の3監であったようです。本州島にある東京府小菅村及び宮城県小泉村を「島地」とはなかなかいいにくいところですが,おフランス流の旧刑法との間のねじれではあったものでしょう。

ところで,さきに出て来た「内地」の語について更にいえば,重罪の主刑たる懲役(旧刑法76号・7号)については――島地で執行されるものとされる徒刑との関係なのでしょうが――「懲役ハ内地ノ懲役場ニ入レ定役ニ服ス」とあります(同法221項。下線は筆者によるもの)。また「内地」が出てきたぞということで,この懲役の「内地」は禁獄の「内地」と同じかと思ってフランス語の案文を見てみると,懲役の「内地」は“l’intérieur du pays”であって(Projet (Août 1877): p.8; Boissonade: p.80),禁獄の「内地」とは違った用語となっています。ボワソナアドの説明によれば,懲役の執行場所は「遠く離れた特別の島(une île, éloignée et spéciale)ではもはやなく,くにの中に置かれた刑事施設(une prison de l’intérieur du pays)においてである。一般的には,有罪判決が言い渡された地方(contrée)のものにおいてである。」となっています(Boissonade: p.148)。要は,「内地」というよりは「地元」ないしは「当地」と訳した方がよかったものでしょうか。確かに,こう解さないと,北海道内で判決を言い渡された懲役囚をその都度わざわざ道外に押送しなければならないことになります。

 

(2)1889年の監獄則及び明治16年太政官第4号達に関して

1881年の監獄則を全部改正した,1889712日裁可・同月13日布告の監獄則(明治22年勅令第93号)の第1条は次のようになっていました(なお,当該勅令には施行日の規定がありませんから,公文式(明治19年勅令第1号)10条から12条までの規定によったものでしょう。)。ちなみに,監獄則が法律ではなく勅令の法形式を採っているのは,監獄に収監中の者の監獄関係は特別権力関係だとする理論(塩野宏『行政法Ⅰ』(有斐閣・1991年)30頁参照)に基づくものでしょうか。

 

1条 監獄ヲ別テ左ノ6種ト為ス

 一 集治監 徒刑流刑及旧法懲役終身ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

 二 仮留監 徒刑流刑ニ処セラレタル者ヲ集治監ニ発遣スル迄拘禁スル所トス

 三 地方監獄 拘留禁錮禁獄懲役ニ処セラレタル者及婦女ニシテ徒刑ニ処セラレタル者ヲ拘禁スル所トス

 四 拘置監 刑事被告人ヲ拘禁スル所トス

 五 留置場 刑事被告人ヲ一時留置スル所トス但警察署内ノ留置場ニ於テハ罰金ヲ禁錮ニ換フル者及拘留ニ処セラレタル者ヲ拘禁スルコトヲ得

 六 懲治場 不論罪ニ係ル幼者及瘖啞者ヲ懲治スル所トス

 

 1881年の監獄則16号後段のような,北海道に係る難しい規定は削られています。

 なお,「旧法懲役終身ニ処セラレタル者」というのは旧刑法の施行前の裁判に係るものでしょう。旧刑法の懲役は重懲役と軽懲役とですが(同法76号・7号),「重懲役ハ9年以上11年以下軽懲役ハ6年以上8年以下ト為ス」とされており(同法222項),すなわち旧刑法には,無期といえば無期徒刑及び無期流刑があるだけで(同法72号・4号),無期懲役という刑はなかったのでした。

ちなみに,旧刑法の禁錮は,罰金と並んで軽罪(délit)の主刑であって(同法8条),無期はなくて,刑期は11日以上5年以下(同法242項),軽禁錮であれば定役に服しませんでしたが,重禁錮は定役に服しました(同条1項)。無期があり,かつ,全て定役に服さない現行刑法の禁錮(同法13条)とは,「禁錮」との名称は同一ですが,異なります。

罰金を禁錮に換えることについては旧刑法27条に規定があります。

拘留は,科料と並んで違警罪(contravention)の主刑の一つであり,「拘留所ニ留置シ定役ニ服セス其刑期ハ1日以上10日以下」のものでした(旧刑法9条,28条)。

不論罪に係る幼者及び瘖啞者の懲治については旧刑法79条,80条及び82条に規定があります。

 懲役囚のみならず禁獄囚も地方監獄で拘禁することになったのは,旧刑法231項の「内地」の解釈が,同法221項の「内地」のそれ(l’intérieur du pays ou de la contrée où la condamnation a été prononcée”. 筆者流には「地元」ないしは「当地」)に揃えられたものでしょうか。

 ところで,高倉健等ゆかりの網走分監が設置された1891年の段階では,流刑囚が幽閉され得る監獄は小菅,宮城,三池,樺戸,空知,釧路及び網走の7監であったか,といえばそうとも言い切れないようです。

 旧刑法施行から1年少しが経過した1883125日付けで,次の明治16年太政官第4号達が発せられています。

 

  沖縄県人民ニ限リ徒刑流刑ニ処セラレタルモノハ同県下八重山島ニ発配スルヲ得ヘシ此旨相達候事

  但囚人取扱方ハ旧慣ニ因リ沖縄県令之ヲ管理スヘシ

 

流刑囚が沖縄県民であった場合は,その幽囚地は,三池,小菅,宮城又は遠い北海道ではなく,八重山諸島であり得たわけです(実際には石垣島でしょうか。)。明治16年太政官第4号達は,「旧刑法施行ノ為メ公布シタル法令」の一として刑法施行法(明治41年法律第29号)附則2項によって現行刑法施行の日である1908101日から廃止(刑法施行法附則1項,刑法上諭,明治41年勅令第163号)されるまで効力を有したものとされています。ただし,1903319日に裁可され,同月20日に公布された監獄官制(明治36年勅令第35号)を見ると沖縄県の監獄は島尻郡小禄間切に沖縄監獄があるだけで,同官制2条に基づく分監も沖縄県にはなかったようです(明治36323日司法省告示第18号)。すなわち,1903年当時(なお,監獄官制は同年41日から施行(同官制附則1項))には,八重山諸島には,警察署内の留置場はともかくそれ以外の監獄はなかったようなのですが,どうしていたものでしょうか。

 

(3)1903年の監獄官制に関して

1903年の監獄官制においては,前記『犯罪白書 昭和43年版』によれば,「集治監および府県監獄署は単に監獄と改称され,小菅監獄等57監獄の名称および位置が定められた」ところです。しかし,こうなると,57監獄中の某監獄が監獄則1条における監獄6分類中のどれに当たるのかが監獄官制上の名称だけでは不明となります。したがって,監獄官制122項は「各監獄ノ種類ハ司法大臣之ヲ指定ス」と規定し,同項に基づき明治36323日司法省告示第17号が出されています。

しかし,この明治36年司法省告示第17号が難しい。

まず,57監獄中,留置場として指定されたものは一つもありません。これは,留置場は全て警察署内に設けられていたものであって,かつ,警察署内の留置場は司法大臣の管理外であるということでしょう。すなわち,内務省所管の留置場と司法大臣の管理に属する監獄官制上の監獄(同官制1条は「監獄ハ司法大臣ノ管理ニ属ス」と規定しています。)とを共に「監獄」とする監獄則上の監獄概念と,監獄官制上の監獄概念は異なるということでしょう(前者の方が留置場を含むだけ広い。)。朕の勅令で同じ「監獄」の語を使っておいてこれは何だ,とて明治天皇に逆鱗の気味はなかったものかどうか。

次に,集治監として指定されているものは,樺戸,網走及び十勝(北海道河西郡下帯広村)の3監獄だけです(いずれも地方監獄及び拘置監を兼ねます。なお,空知及び釧路の施設は消滅していますが,北海道内には他に函館監獄及び札幌監獄が存在しており,いずれも地方監獄,拘置監及び懲治場として指定されています。函館監獄には更に根室分監が設けられています。)。小菅,宮城及び三池はどうしたのだといえば,いずれも仮留監及び地方監獄としてのみ指定されています(なお,仮留監については,当該3監獄以外の監獄で指定されたものはありません。)。これは,従来からの運用の実際において,小菅,宮城及び三池は「集治監」との看板を掲げつつも,既に徒刑囚流刑囚の終着地ではなく,通過地にすぎないものとなっていたということでしょう。

結局,旧刑法下の流刑地は,(八重山諸島問題を別とすれば)やはり原作者・渡辺淳一の出身地たる北海道であったということになるようです。

 

4 「愛の徒刑地」から「女=政治の罪の流刑地」へ

 

(1)政治犯→流刑地

さて,)の最後において,筆者が「流刑地」とのみ言ってあえて「愛の流刑地」と言わなかったことには理由があります。

旧刑法における流刑は,政治犯に科せられるものとされていたからです(同法682号・3号と672号・3号とを対照)。

1886年の自らの改訂刑法草案を説明しつつボワソナアドいわく。

 

  無期流刑は,政治犯に対する死刑を廃する本草案において,政治犯に対する最も重い刑である。

  これについては,本草案は,相当の注目に値する点でフランス法と異なっている。

  フランスにおいては,政治事件について死刑が廃止された際に,それは「要塞監獄(enceinte fortifiée」への流刑をもって代えられた。これは,脱走に対する厳重な警戒をするものであると同時に,自由の剥奪をより苦しいものとするものであった。より軽い政治犯罪については,島地におけるもの(dans une île)ではあるが,監視と両立するものたる相当程度の自由が認められる,「単純」と形容される流刑が維持された。

  日本においても確かに2種類の流刑が存在する。しかし,それらは期間において相違するのみであって,その処遇内容(régime)においては相違しない。一方は無期であり,他方は有期(16年以上20年以下)である。両者のイメージは,無期及び有期の徒刑の緩和版というものである。両流刑において,流刑囚は島地において受刑することに加えて,特別の刑事施設に拘置(幽閉)される。しかしながら,後者〔幽閉〕の苦しみは必ずしも刑期中続くものではない。〔略〕〔ボワソナアド改訂刑法草案〕第27条は,その緩和をもたらす規定である。

 (Boissonade: pp.142-143

 

 旧刑法の制定に向けて「政治犯については,ボワソナアドは,フランス第二共和制以来の考え方を踏襲して,死刑の廃止を実定法化しようと努力した。そして,〔18771128日に〕司法省が太政官に上申した「日本刑法草案」の段階では,内乱罪の首魁にも,死刑は廃止され,無期流刑が科されることになっていた。」ところです(大久保119頁)。しかしながら,司法省案は太政官の刑法草案審査局における審査の段階で,「明けて〔1878〕年1月,審査局では,内閣に重要問題の予決を求め,ここで,皇室に対する罪を置くこと,国事犯(政治犯)を死刑に処すること,など4点が決定された(伊藤博文-井上毅ラインによる)。皇室に対する罪は,新律綱領では不吉であるという理由で除かれたが,今回の刑法では加えられ,また国事犯に対する死刑は,ボワソナアドの廃止論が審査局でくつがえされたのである。」ということでした(大久保115頁)。

 なお,フランス法による政治犯の流刑地は,いずれも南太平洋のマルキーズ諸島やヌーヴェル・カレドニーにあったそうです。

 国事ニ関スル罪に係る我が旧刑法第2編第2章を見ると,次のような規定があります。

 

  第121条 政府ヲ顚覆シ又ハ邦土ヲ僭窃シ其他朝憲ヲ紊乱スルヿヲ目的ト為シ内乱ヲ起シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス

   二 群衆ノ指揮ヲ為シ其他枢要ノ職務ヲ為シタル者ハ無期流刑ニ処シ其情軽キ者ハ有期流刑ニ処ス

 

  第131条 本国及ヒ同盟国ノ軍情機密ヲ敵国ニ漏泄シ若クハ兵隊屯集ノ要地又道路ノ険夷ヲ敵国ニ通知シタル者ハ無期流刑ニ処ス

    敵国ノ間諜ヲ誘導シテ本国管内ニ入ラシメ若クハ之ヲ蔵匿シタル者亦同シ

 

  第132条 陸海軍ヨリ委任ヲ受ケ物品ヲ供給シ及ヒ工作ヲ為ス者交戦ノ際敵国ニ通謀シ又ハ其賄遺ヲ収受シテ命令ニ違背シ軍備ノ欠乏ヲ致シタル時ハ有期流刑ニ処ス

 

  第133条 外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者ハ有期流刑ニ処ス其予備ニ止ル者ハ一等又ハ二等ヲ免ス

 

(2)故殺犯→徒刑地

これに対して,性交中の快感増進のためについ相手方を絞殺する行為は,「予メ謀リテ人ヲ殺シタル者」ではないから死刑にはならないとしても(旧刑法292条参照),「故意ヲ以テ人ヲ殺シタル者ハ故殺ノ罪ト為シ無期徒刑ニ処ス」との規定の適用があるものでしょう(同法294条)。徒刑であって,流刑ではありません。また,無期徒刑ですから懲役8年などというやわなものではありません。期間が無期であるのみならず,旧刑法の条文では単なる「定役」なのですが,フランス語案文によると,徒刑男囚(les hommes condamnés aux travaux forcés)の服する定役は,最も苦しい作業(les ouvrages les plus pénibles)なのです(Projet (Août 1877): p.6; Boissonade: p.78)。travaux forcésに服さしめられるのですから,徒刑は,フランス語の文字どおりには強制労働の刑です。その作業は,鬼哭啾々白骨累々,北辺の地の鬱蒼たる原生林における「囚人道路」開鑿(かいさく)作業のようなものでしょうか。五十代後半の文弱の物書きだからとて容赦はされず,徒刑囚たるもの60歳になるまでは壮丁同様の重い苦役に日々服して(旧刑法19条反対解釈),過去の性愛の悦びを思い出しては自らを慰めるその妄念も妄執も全て(ほこり)と汗とにまみれた疲労によって奪われ果てなければなりません。雪女が出て来ても,反応する元気はもうピクとも残っていないでしょう。仮出獄も,無期徒刑の場合は15年間待たねばなりませんし(旧刑法532項),かつ,仮出獄後も当該島地に留まらなければなりません(同法54条)。

定役には服さずに北海道で過ごし,5年もたったら集治監の幽閉から解放してもらって家族を呼び寄せて暮らそうかという政治犯についてならば「(家族)愛の流刑地」ともいい得たのでしょう。しかし,故殺の刑は無期徒刑である以上「流刑地」とはいかがなものでしょうか。性愛に溺れて犯した故殺の結果発遣される「愛の徒刑地」,しかして重い苦役の毎日に,みだらな性愛の思い出も(つい)には無情に解け去ってしまう最果ての徒刑地,略して「愛トケ」では駄目であったのでしょうか。

 

(3)女(les femmes)=政治(la politique

さはさりながら,我が母法国・おフランスの悪魔的外交官の悪魔的外交術をもってすれば,女は政治だから女がらみの犯罪は政治犯罪だ,だから徒刑ではなくて流刑に処せられるべきだ,と言い張り得るかもしれません。

 

  その後,タレイランについてティエールは,ガンベッタに対して次のように語った。

  ――ド・タレイラン氏のもとに僕は足しげく通ったものさ。彼は僕に対して大いに好意を示してくれていた,けれども,やり切れなかったな。僕はいつも話題を,ヨーロッパ,時事問題,要は政治に持って行きたかったんだけれども,彼ときたら専ら女の話ばかりするのだからね。僕はいらいらしていた。で,ある日彼に言ったのさ。

  ――大公,あなたはいつも女性のお話をなさいますが,私としては,むしろ政治のお話ができれば嬉しいのですが,ってね。

  で,やっこさんが僕に向かって言うにはこうだ――しかし,女・・・しかしこれは政治ですぞ,だってさ。(--- Mais les femmes, me répondit-il, mais c’est la politique.

 (Jacques Dyssord, Les belles amies de Monsieur de Talleyrand; Nouvelles Édition Latines, Paris, 2001: p.273

 

 ウィーン等の華麗な宮廷ではかようなespritに富んだ外交術が功を奏したのでしょうが,しかし,日本の質朴な法廷においてこのような“de la merde dans un bas de soie”(ナポレオンによるタレイランの人物評🧦💩的弁論術を弄せんとすると,真面目な裁判官に,ふざけないでください!と厳しく叱責されそうです。


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1 「世界が東京に押し寄せる!」2020年を前に

早や令和も第2年になろうとしています。令和2年夏には,札幌と東京とで夏季オリンピック競技会が開催されます。

夏季オリンピックの華にしてクライマックスたるマラソン競技が開催される札幌においては,準備が順調に進んでいることでしょう。とはいえ札幌市民が沿道で応援しようにも,暑さ対策ということで,競技開始時刻は朝早いようです。これは,実は米国の放送事業者の御都合により同国東海岸時間に合わさせられてしまうものだとも言われているようですが,150年前開基の札幌の創成期においては米国出身の同市関係者も多かったところですから,米国人のわがまま云々などとひがんだりせずに札幌市民はおおらかに対応するのでしょう。

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Horace Capron from Massachusetts(札幌市中央区大通公園)


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William S. Clark from Massachusetts(札幌市北区北海道大学構内)

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Edwin Dun from Ohio(札幌市南区真駒内)

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A Benson Bubbler from Portland, Oregon (札幌市中央区大通公園)

 他方,東京都においては,同都の都庁の「2020年夏/世界が東京に押し寄せる!」との警告ポスターが地下鉄駅構内(特に都営地下鉄のもの)などに貼ってあるのを見て,筆者はぎょっとしたものです。「これは・・・Aux armes, citoyens! In the coming summer of 2020, alien nations will swarm out of far corners of the world into Tokyo!”という呼びかけかいな。いかがなものかな。しかし,これから押し寄せてくるという人たちは,既に適法に居住しているところの本邦外出身者(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)2条参照)ではないから,本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律的にはいいのかな。しかし,東京都のお役人たちはオリンピックで外国から人が大勢集まってしまうことに迷惑を感じてしまっているのかな。しかし,そんなに迷惑ならば,そもそも,高い都民税を使って余計なオリンピックなどわざわざしなければよいのに。」というわけです。

とはいえ,外国人が押し寄せる押し寄せる大変だ大変だといっても,狼少年的な杞憂に終わることもあるようです。出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)を改正する平成30年法律第102号の成立・施行によって「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組み」たる特定技能外国人の在留資格制度が20194月から鳴り物入りで始まりましたが(「ウァレンス政権の入国在留管理政策に関して」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1072912488.html)参照),法務省のウェブ・ページ(http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00215.html)を見ると,同年9月末における特定技能1号資格による在留外国人はわずか219人しかいないそうです。日本は日本人自身がうぬぼれているほど人気のある豊かで上品な国ではもはやないのではないのか,という反省も,もしかしたら無用ではないものでしょう。

 

2 対女性交際における日本人男子とドイツ人男子との違い

ところで我が国の品ないしは品格の有無をいいだすと,そもそも日本人男子は国際的に見てお下劣だ,ということで従来からよくお叱りを受けてきたところです。それに引き比べると西洋人男子は上級だよね,ということになるようです。

 

   〔前略〕欧洲人の同人種間良家の女に対する感情はこれを我国人に比すれば,甚だ高尚なるを見る。単に表面の観察を以てするも,中江篤介氏が一年有半に云へる如く,欧洲人は,我国人の如く,良家の女子の(おもて)を見て,心に婬褻の事を想ひ,口に卑猥の言を出すこと無し。進んで婚姻の事に至れば,良家の男女は,多少の日子を費して相交り相知り,愛情を生ずるに非では,礼を行はず。嘗て一士官の利害上より富家の(むすめ)を娶り,一年余の間同衾せず,後に愛情を表白して,同衾するに至れりと云ふ話説あり。此の如きは彼十字軍後の武士道に伴へる,女子を尊崇する遺風にして,一説にはMADONNA信仰より淵源すと云ふ。此思想より見るときは,我国の婚姻は殆ど強姦に近き者となる。(森林太郎「北清事件の一面の観察」(19011223日於小倉偕行社)『鷗外選集第13巻 評論・随筆三』(岩波書店・1979年)71頁)

 

 日本人妻に対する日本人夫は皆強姦犯のようなものだ,という比喩はすさまじい。

 兆民中江篤介の『一年有半』(19019月)には次の一節があります。

 

   わが邦男子,その少壮婦人に接する,(ただち)に肉慾晦事に想及す,故にこれと()話する往々男女の事に及ぶを常とす,良家夫人に対するもほとんど妓輩におけると異なるなし。而して人これを怪まず,即ち当話婦人もまたこれを以て非礼と為して(いか)ることなし。これ風俗の日々に崩壊して,而して令嬢令夫人の交際の高尚に赴かざる所以(ゆゑん)なり,これ(すみや)かに改むべし。(中江兆民『一年有半・続一年有半』(岩波文庫・1995年)66-67頁)

 

 芸妓輩が令嬢令夫人を男子との高尚な交際から疎外する機序については,これも『一年有半』において次のごとし。

 

   〔前略〕かつ彼輩その業たる,専ら杯酌に侍し宴興を(たす)くるにありて,而して(しん)(しん)の徒これを聘する者,初めより褻瀆を事として少も敬意を表するを要せず,良家の令嬢令夫人に接するに比すれば,(おのづか)(ほしいまま)にしていささかの慎謹を(もち)ゐざるが故に,自然に令嬢令夫人をして,男子との交際外に斥けられざるを得ざらしむ。わが邦婦女の交際の趣味を解せざるは,芸妓ありて男子の歓を(ほしいまま)にするがためなり。(中江48頁)

 

 であるからむしろ女の敵は女か,と言うのは男の側からのいわゆるセクハラ的無責任・身勝手発言ということになるのでしょう。いけません。

 しかしながら,西洋人男子といえども常にお上品な聖人君子であるわけではありません。北清事変(義和団事件)中19008月の八か国(日米英仏独墺伊露)連合軍による在北京列国公使館の解放に際して「各国の将兵,略奪・惨殺・焼毀などをつづける」と歴史年表にあります(『近代日本総合年表第四版』(岩波書店・2001年)165頁)。この「各国の将兵」の西洋人男子ら(特にドイツ兵が目立ったようです。)の悪魔的狂態を前にして,むしろお下劣では本家のはずの日本人男子の方が引いてしまっていたようです。鷗外森林太郎,解説していわく。

 

   〔北清事変におけるドイツ兵の〕所謂(いはゆる)敗徳汚行中,婦女を犯したるは其の主なる者の一なり。皮相の観察を以てすれば,強姦の悪業たるは,東西殊なることなし。これを敢てするものゝ彼我の多少は,直ちに比較して二者の道義心を(はか)るに堪へたるが如し。然れども実は此間,少くもの顧慮す()き条件あらん。

   今省略してこれを言はん。第一,欧米白皙(はくせき)人の黄色,黒色若くは褐色人に対する感情は,頗る冷酷にして,全く白皙人相互の感情と殊なり。これを我国人の支那人に対する感情に比すれば,其懸隔甚だ大なり。何を以て然るか。欧米人は自ら信じて,世界最上の人と為す。一の因なり。欧米人は,縦令(たとへ)悉く中心より基督教を信ずるに非ざるも,殆ど皆新旧約全書を挟んで小学校に往反したるものなり。此間父兄及教師は異教の民を蔑視する心を注入せり。二の因なり。猶此条件は次の者と相関聯す。第二,欧米人は賤業婦を蔑視すること我邦人に倍()し,随て其の婦女を虐遇する習慣には,我邦人の知るに及ばざる所の者あり。我邦人は藝娼妓にもてんと欲す。ほれられんと欲す。欧米人は賤業婦を貨物視し,これに暴力を加へて怪まず。此虐遇の習慣は,或は戦敗国の異色人種に対して発動することを免れざりしならん。第三,欧米軍人は洒脱磊落にして狭斜の豪遊を為し,又同僚相爾汝(じじよ)する間に於いて,公会に非ざる限は,汚瀆の事を談ずるを怪まず。婦女を虐遇したる事と雖,又忌むことなし。〔後略〕(森69-70頁)

 

 「彼我の多少」は,無論ドイツ兵が多く,日本兵については少なかったのです。そこで「直ちに比較して二者の道義心を(はか)」れば,実は日本人男子の方がドイツ人男子よりも高尚な道義心を有していたことになっていたところなのでした。(とはいえ,1942年に至ると昭和17年法律第35号(同年219日裁可,同月20日公布)によって我が陸軍刑法(明治41年法律第46号)の第9章の章名が「掠奪ノ罪」から「掠奪及強姦ノ罪」に改められるとともに,同法に第88条ノ2が加えられて「戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ1年以上ノ懲役ニ処ス/前項ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ3年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ7年以上ノ懲役ニ処ス」と特に規定されるに至っています。これは,非親告罪(昭和17年法律第35号附則2項参照)であって,未遂も罰せられました(陸軍刑法89条)。(当時は,刑法177条の強姦罪(国民の国外犯も処罰(同法35号))の刑は2年以上の有期懲役で,かつ,同罪は親告罪であり(同法180条),また強姦致死傷罪の刑は無期又は3年以上の懲役でした(同法181条)。)盧溝橋事件から4年半たって,大陸の我が軍の軍紀は,残念ながら紊れていたのでしょう。)

 しかしながら,女性に「もてんと欲す。ほれられんと欲す。」の男子と,一部の女性を「貨物視し,これに暴力を加へて怪まず。」かつ「婦女を虐遇する習慣」を有する男子とは,妻から見た夫としてはどうでしょうか。前者の方が外の女性に余計なお金と時間とをついつい浪費してしまうのに対して,後者の方が冷酷な分なだけ余計な後腐れなく済むものでしょうか。女の敵は女,というような陳腐な感慨の繰り返しは,これまたいわゆるセクハラ的なものとして,許されません。


DSCF0765(Maibaum)

»Maibaum« aus München札幌市中央区大通公園
 

3 事後強盗をめぐる日独比較

 

(1)ヴェーデキントの「伯母殺し」

 

ア 詩と犯罪

 

(ア)詩

 狂暴なドイツ青年といえば,筆者はヴェーデキント(Frank Wedekind 1864-1918)のDer Tantenmörderを想起してしまうところです(生野幸吉=檜山哲彦編『ドイツ名詩選』(岩波文庫・1993年)174-177頁「伯母殺し」(檜山哲彦訳)参照)。

 

 Ich hab meine Tante geschlachtet,

    Meine Tante war alt und schwach;

    Ich hatte bei ihr übernachtet

    Und grub in den Kisten-Kasten nach.

 

    Da fand ich goldene Haufen,

    Fand auch an Papieren gar viel

    Und hörte die alte Tante schnaufen

    Ohne Mitleid und Zartgefühl.

 

    Was nutzt es, daß sie sich noch härme ----

    Nacht war es rings um mich her ----

    Ich stieß ihr den Dolch in die Därme,

    Die Tante schnaufte nicht mehr.

 

    Das Geld war schwer zu tragen,

    Viel schwerer die Tante noch.

    Ich faßte sie bebend am Kragen

    Und stieß sie ins tiefe Kellerloch. ----

 

    Ich hab meine Tante geschlachtet,

    Meine Tante war alt und schwach;

    Ihr aber, o Richter, ihr trachtet

    Meiner blühenden Jugend-Jugend nach.

 

(イ)殺人及び窃盗

 この青年,自分の伯母(叔母)(meine Tante)を,「そのはらわたにナイフを突き刺して(Ich stieß ihr den Dolch in die Därme)」「殺しちまった(Ich hab meine Tante geschlachtet)」(刑法(明治40年法律第45号)199条「人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」)のみならず,その前に同女の長持・箱類をあさった上で(Und grub in den Kisten-Kasten nach)「糞たくさんの金」及び多量の有価証券(Papiereを,筆者は法律家的偏屈でWertpapiereの略であろうと見て「有価証券」と訳します。檜山訳では「お(さつ)です。探し出してDa fand ich goldene Haufen, / Fand auch an Papieren gar viel),窃取していたところです(刑法235条「他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」)

窃取というのは,「おばちゃんばばあが荒い息づかいをしているのが聞こえたけれど,同情とか思いやりなんざ感じなかった(Und hörte die alte Tante schnaufen / Ohne Mitleid und Zartgefühl.)」ということですから,伯母さんは呼吸に苦しみながらも眠っていたようだからですし(伯母さんが起きていて現認し,青年による金銭及び有価証券の取得に承諾を与えていたわけではないでしょう。),見つけただけではなくて領得までしたのであって,領得後の「金は運ぶのに重かった(Das Geld war schwer zu tragen)」との供述があるところです。

 

(ウ)死体遺棄

金銭よりもっと重い伯母の死体を震えながらも襟髪つかんで地下の穴蔵深くに放り込むという(Viel schwerer die Tante noch. / Ich faßte sie bebend am Kragen / Und stieß sie ins tiefe Kellerloch)死体遺棄の罪も犯しています(刑法190条「死体,遺骨,遺髪又は棺に納めてある物を損壊し,遺棄し,又は領得した者は,3年以下の懲役に処する。」)。「殺人犯人が死体を現場にそのまま放置する行為は,〔死体〕遺棄ではない」ところ,死体遺棄成立のためには死体を「犯跡を隠蔽しようとして移動したり,隠したりすることを要する」のですが(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)499頁),そこまでやってしまっています。なお,判例上,殺人罪と死体遺棄罪とは牽連犯(刑法541項「〔略〕犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは,その最も重い刑により処断する。」)となるものとはされていません。

 

(エ)住居侵入(保留)

伯母さん宅に泊まった(Ich hatte bei ihr übernachtet)その晩における,周囲はぐるりと夜(Nacht war es rings um mich her)の闇の中での犯行ですが,その夜に伯母さん宅に泊まり込んだことは窃盗ないしは殺人の目的をもってした伯母さんの住居への侵入であったとして住居侵入罪(刑法130条「正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し,又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は,3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」)の成立までを認めるべきかどうかは微妙です。最高裁判所大法廷の昭和24722日判決(刑集381363)は「強盗の意図を隠して「今晩は」と挨拶し,家人が「おはいり」と答えたのに応じて住居にはいつた場合には,外見上家人の承諾があつたように見えても,真実においてはその承諾を欠くものであることは,言うまでもないことである。されば,〔略〕住居侵入の事実を肯認することができるのである。」と判示してはいるのですが(なお,この判例の事案は,若い男の3人組(一人は18歳未満の少年だといいますから,皆若かったのでしょう。)のうち一人が1948131日の23時頃(夜遅いですね。)に香川県の現在の三豊市の農家(世帯主の名前からすると女所帯であったようです。また,海に近い開けたところ(横に人家があると被告人が供述しています。)であったようで,人里離れた山奥ではありません。)の表口で「今晩は今晩は」と連呼したところ,丁度その頃目が覚めていた長女(24歳)が当該今晩はと言う低い声を聞いたので「おはいり」と言ったのになかなか3人は這入って来ず,そこで同女が寝床の中から起き出して庭に出て表入口の雨戸を開けてあげて,また「おはいり」と言いつつ頭を下げ云々(「丁度その頃目が覚めていた」から「云々」までは,弁護人の引用した同女に係る司法警察官作成の関係人聴取書の記載によります。),それから3人組は当該家屋(の表の土間)に入って所携の匕首の鞘を払って同女に突き付けて脅迫した上で金品を強取しようとしたが家人に騒ぎ立てられたためその目的を遂げなかった,というものでした。被告人の供述によると,3人組は,お這入りなさいと言う同女にいて表口家屋内に這入ったうです。所帯真夜中ない招じ入ってしょうか。大胆。また,寝床の中にいたままで「おはいり」と言って,そのまま自分が寝床の中にいる状態で来客を迎えようということであったのならば,横着ですね。というどうも連想が飛びますが,我が国の古俗たる若衆制に関する次のような記述を筆者は思い出してしまったところです。いわく,「若衆たちはムラの祭礼を執行する一方,自分の集落むらの娘たちについては自分たちで彼女らを支配しているとおもっていた。一種の神聖意識というべき感覚で,他村の若衆がムラに忍んでくるのをゆるさなかった。/かれらは,夜中,気に入ったムラの娘の家の雨戸をあけ,ひそかに通じる。一人の娘に複数の若衆がかよってくる場合がしばしばあったが,もし彼女が妊娠した場合,娘の側に,父親はだれだと指名する権利があった。」と(司馬遼太郎「若衆制」『この国のかたち 一』(文藝春秋・1990年)195頁)。またいわく,「高度成長へと緩やかに時代が動きだしていた1957年の『米』は,『青い山脈』(1949)で知られる今井正監督の最初のカラー映画ですが,霞ケ浦近辺の半農半漁の村落に暮らす若き男女の青春を描いて郷愁を誘います。隣村に集団でナンパ(夜這い?)に向かう船中でのアドバイスは,「俺,長男だッて言うンだぞ。次男だの三男だの言ってみれバヨ,どんな娘でも相手にしねエゾ」・・・」と(與那覇潤『中国化する日本』(文藝春秋・2011年)102頁)。「村落における若衆制は,ポリネシア,メラネシア,インドネシアなど太平洋諸島全円にひろく存在しているもので,中国(古代の越人の地だった福建省や広東省には存在したろう)や朝鮮には存在しない」そうですが(司馬193頁),ドイツにも無いのでしょう。),一応消極に取り扱うべきでしょうか。伯母さん宅に泊まっているうちに窃盗の犯意が生じたようでもあるからです。ただし,伯母殺しの兇器(Dolch)が伯母さん宅の台所辺りにあったナイフではなく青年が事前の計画に基づき自ら持参した短刀(檜山訳では「匕首」となっています。)であったのならば,別異に解すべきものでしょう。

Dolchの訳として小学館の『独和大辞典(第2版)コンパクト版』(2000年)に「⦅話⦆(Messer)ナイフ」とあったので,筆者はこの青年の供述は口語的だなと思ってこちらを採用したのですが,本来Dolchは「短剣,短刀」です。

 

イ 老婆の資産と青年の無資産と

 伯母さんの「糞たくさんの金」(Haufenには,お下劣ながら「(一かたまりの)糞便」という意味があるそうです。)及び多量の有価証券の価額はどれくらいかと,我が総務省統計局の平成26年全国消費実態調査の結果を見ると,2014年の70歳以上の女性単身世帯における平均貯蓄現在高は1432万円,うち有価証券分は2501千円,平均負債現在高は408千円(したがって,ネットではプラス13912千円)となっています。平均年間収入は2149千円,また,持ち家率は83.4パーセントです。

これに対して30歳未満の単身世帯男子はどうかといえば,同じ統計で見るに,平均貯蓄現在高は1908千円,うち有価証券分69千円,平均負債現在高4396千円(したがって,ネットではマイナス2488千円),平均年間収入3822千円,持ち家率14.1パーセントとなっています。我が伯母殺し青年は,上記のような政府の統計調査にまでわざわざ協力する意識の高い立派な30歳未満男子層(上記統計数字は,この層に係るものということになるのでしょう。)に属するものではなく,そのはるか下までこぼれ落ちてしまっている存在でしょうから,もっと悲惨な経済状況にあるのでしょう。

 

ウ 病身の老婆と華やぐ元気と若さの青年と

 「おばちゃんこれ以上悲しんでみたり嘆いてみたりしたって仕方がないだろ(Was nutzt es, daß sie sich noch härme)」と青年は思ったというのですが,伯母さんは何について悲しみ嘆くのか。大事にしていた虎の子の金銭及び有価証券がなくなってしまっていることについてか。しかし,「おばちゃん,ばばあでよぼよぼだった(Meine Tante war alt und schwach)」ということが繰り返されて強調されおり,「おばちゃんの荒い息づかいは止まった(Die Tante schnaufte nicht mehr)」と伯母さんの苦しそうな荒い息づかいに青年の注意は向けられていたのであるとも主張し得るところ,弁護人としては,いやいや青年は歳を取って健康状態が悪化している自分の伯母の身体的苦痛についてこれ以上見ていることは忍び難いと思っていたのです,と主張するのでしょう。

 老人は,確かにお医者さんの厄介になるばかりで,自らの心身の衰えを悲しみ嘆く日々を過ごすこととなるのでしょう。厚生労働省の「平成29年度国民医療費の概況」を見ると,2017年度の人口一人当たり国民医療費(保険診療の対象となり得る傷病の治療に要した費用)は,二十代前半男子が738百円,二十代後半男子は887百円であるのに対して,七十代前半女子は5677百円,七十代後半女子が7112百円,八十代前半女子が8639百万円で,85歳以上女子は大台を超えて10342百円となっています。

 ちなみに,2017年度の国民全体での一人当たり国民医療費は3399百円です。年代別に見て医療費額が一番低いのは十代後半で833百円,一番高いのは85歳以上で10829百円です。変な計算ですが,医療費額だけで比べると,十代後半と比べて八十代後半以降は13倍以上不健康であるということになります。

健康保険料の負担は重い。さりとて自分も「元を取る」んだとわざわざ病気になろうとするのは変な話です。健康保険料の年間納付総額から自己の年間国民医療費総額を減じて得られる差が相当しんどい額となってしまう者は,公共交通機関を利用して病院等に通わねばならない方々のためにも有益な存在として,せめて打ちひしがれて優先席に座っていても許されるということになるものでしょうか。しかし,そのようなせこいことを考える連中は,裁判官のように厳しく断罪する冷たい視線が周囲から自分に浴びせかけられているように感じてようやく初めて「ところであんたたち,やれやれ裁判官様方よ,あんたたちは,俺の華やぐ元気と若さと(したがって席を譲ってくれること)を狙っているんだね(Ihr aber, o Richter, ihr trachtet / Meiner blühenden Jugend-Jugend nach.)」と心の内でぼやいてから渋々席を立つような連中なのでしょう。お下劣です。華やぐ元気と若さとを謳歌する青年男女は,自ら進んで弱い者を助け,これからの長い人生,素晴らしい我が祖国日本の少子高齢化社会を支えるために生きていかなければなりません。

 

(2)日本刑法238条(及び240条)をめぐる問題

 さて,問題は,伯母殺し青年の前記窃盗及び殺人行為は,併せて事後強盗(刑法238条「窃盗が,財物を得てこれを取り返されることを防ぎ,逮捕を免れ,又は罪跡を隠滅するために,暴行又は脅迫をしたときは,強盗として論ずる。」)を構成するものとなるかどうかです。ライン川を挟んでドイツのヴェーデキントもフランスのユゴーも,どういうわけか事後強盗問題で筆者を悩ませます(ジャン・ヴァルジャンをモデルとする鬼坂による事後強盗に関しては「「和歌山の野道で盗られた一厘銭」をめぐる空想」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1046231399.html)を参照)。

 まず,刑法238条の「暴行又は脅迫」に殺害行為は含まれないのだ,という議論があり得ます。

 しかし,上告審弁護人鈴木喜三郎(これは,検事総長の経験者であって,後に司法大臣となる鈴木喜三郎でしょうか。)のそのような屁理屈に対して,大審院は,殺害行為は暴行に含まれるとし,「〔刑法238条の〕暴行トハ被害者ノ反抗ヲ抑圧スルニ足ルヘキ行為ヲ謂ヒ而シテ殺害行為ハ被害者ノ反抗ヲ全然不能ナラシムヘキモノナレハ之ヲ以テ暴行ト目スヘキコト固ヨリ論ヲ俟タス」と判示しています(大判大15223日刑集546)。

 強盗犯人が故意をもって人を殺したときの適用法条についても,①刑法240(「強盗が,人を負傷させたときは無期又は6年以上の懲役に処し,死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。」)後段のみか,②同法240条後段と同法199条との観念的競合(同法541項「1個の行為が2個以上の罪名に触れ〔略〕るときは,その最も重い刑により処断す。」)となるか,又は③同法236(「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する。/前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。」)と同法199条との観念的競合若しくは併合罪(同法45条以下)となるか,との3説間での選択の問題があります(前田254-255頁)。判例は,「強盗の機会に殺人行為が行われる場合には刑法240条後段を適用すべきもの」と判示して(最判昭3281日刑集1182065),①説を採用しています(なお,当該判示は,上告理由に当たらない旨の判断が示された上で付加された括弧書き中におけるなお書き判示でした。)。

 伯母殺し青年が伯母さんを殺した目的は,「財物を得てこれを取り返されることを防」ぐためか,「逮捕を免れ」るためか,それとも「罪跡を隠滅するため」か。これらの目的のうちのいずれかの目的がなければ,事後強盗は成立しません(前田242頁参照)。ただし,必要なのは窃盗犯人側の目的ばかりであって,「窃盗が財物の取還を拒き又は逮捕を免かれ若しくは罪跡を湮滅する為暴行又は脅迫を加へた以上」は,「被害者において財産を取還せんとし又は加害者を逮捕せんとする行為を為したと否とに拘はらず強盗を以て論」ぜられます(最判昭221129日刑集140)。

 伯母殺し青年の供述には「財物の取還を拒き又は逮捕を免かれ若しくは罪跡を湮滅する」との目的は直接現れていないのですが,しかし,常識的に考えると「罪跡を隠滅するため」にやったな,と思われるところです。

前記大審院大正15223日判決の事案も「〔被告人が〕更ニ2階ニ上リY某ノ蒲団ノ下ヲ捜リタル処同人カ目ヲ醒シタル為メ右窃取ノ目的ヲ達セス然ルニ被告人ハ右Y某ト(かね)テ面識ノ間柄ナルヲ以テ茲ニ犯罪ノ発覚センコトヲ怖レ其ノ罪跡ヲ湮滅スル為メY某ヲ殺害スヘシト決意シ携ヘ行キタル短刀(大正13年押第90号ノ1)ヲ揮ツテ同人ノ右頸部ヲ突刺シ動静両脈ヲ切断シテ即死セシメタルモノ」でした。

千葉地方裁判所木更津支部昭和53316日判決(判時903109)の事案も,被告人の自宅内で酒に酔って寝入っている被害者O(当時39年の離婚経験のある男性,9歳の一人娘を実家に預けて単身生活中。前夜20時頃から木更津市内の呑み屋を6軒,被告人におごりつつ同人とはしごをし,翌朝4時頃タクシーで被告人宅近くまで来たところで被告人に誘われて同人宅に上がり込み,炬燵に入って清酒をコップ3杯くらい飲んでごろ寝,更に720分ないしは30分ころに目覚めてコップ2杯くらいを飲み,8時過ぎ用便を済ませて家に帰ろうと言ったが腰がまだふらついていて玄関隣の6畳間に布団を敷いてもらって寝入ってしまったもの)の背広(Oが着たまま寝たので被告人が先に脱がしてやって部屋の鴨居に吊るしておいたもの)の左内ポケットから取り出した財布及び外側ポケット内から現金合計約53000円を830分頃にふと窃取した被告人が,同日19時過ぎに至って北側3畳の板の間(これは,金銭窃取後下記のとおりOの殺害を決意した被告人に8時半過ぎに引きずり込まれていた場所)でなお昏々と眠り続けているOを「北側3畳の間の手製ベッドの上に血で汚れないようにカーペットを敷き,台所から〔略〕あじ切り包丁を持ち出し,さらにベッドの側に立ち右カーペットの上に寝入っているOを両手で抱き上げて頭を南向きにして横たえ,被告人に背を向けている同人の上体を起こすようにして被告人の方に向け,長袖ワイシャツのボタンをはずすなどして胸をはだけたうえ,所携の右あじ切り包丁で同人の左胸部を心臓めがけて2回突き刺し,よって左乳部刺創による肺動脈損傷による失血死によりその場で同人を死亡させた」ものですが,その朝の窃盗後間もなく生じた「同人〔O〕が起きた際に右窃盗の犯行が発覚することをおそれて,罪跡を湮滅するため同人を殺害すること〔略〕を決意し」た決意が10時間半以上持続していたものと認定されています。「なるほど本件窃盗行為と殺害行為との間には弁護人指摘のとおり約11時間位の長時間の時間的間隔があるが,前記認定のとおり被告人は窃盗行為の後まもなく罪跡湮滅のため被害者に対する殺意を生じ,犯行を容易にするため被害者を別の部屋に移し,台所に同人殺害に使用するための兇器である包丁を取りに行こうとしたところに突然たまたま友人2名が来訪した意外の障害に本件殺害の犯行をそれ以上継続することができなかったものの,その時点ですでに本件殺害の犯行の着手に密接した行為を行っており,友人らが来てからも極力家をあけないように努め,また被害者が起きてこないように気を配っており,友人らが帰ってしまってからまもなく本件殺害の犯行に及んでいるのであって,この間殺意は依然として継続していたものと推認される。」というのが千葉地方裁判所木更津支部の判示です。

これらの前例を前にドイツの伯母殺し青年の弁護人は,被告人はその伯母の身体的・精神的苦痛を取り除いてあげるために伯母殺し行為をしてしまったのであって「罪跡を隠滅するため」などということは全く考えておりませんでした,と頑張ることになります。

 

(3)ドイツ刑法252条並びに旧刑法382条及びボワソナアド

 しかし,「罪跡を隠滅するため」との目的の存在を否認する前記の弁護人の頑張りの必要は,特殊日本的なものかもしれません。事後強盗に係るドイツ刑法252条は,次のような規定だからです。

 

  Wer, bei einem Diebstahl auf frischer Tat betroffen, gegen eine Person Gewalt verübt oder Drohungen mit gegenwärtiger Gefahr für Leib oder Leben anwendet, um sich im Besitz des gestohlenen Gutes zu erhalten, ist gleich einem Räuber zu bestrafen.

  (窃盗の際犯行現場において発覚し,盗品の占有を保持するために,人に暴行を加え,又は身体若しくは生命に対する現在の危険をもって脅迫を行った者は,強盗と同様に処断される。)

 

窃盗(Diebstahl)をした者が「逮捕を免れ,又は罪跡を隠滅するため」に暴行又は脅迫を行っても,なお強盗(Räuber)扱いはされないということです。

フランス人ボワソナアドの起草に係る旧刑法(明治13年太政官布告第36号)382条もドイツ刑法252条と同様に「窃盗財ヲ得テ其取還ヲ拒ク為メ臨時暴行脅迫ヲ為シタル者ハ強盗ヲ以テ論ス」とのみ規定していました。ボワソナアド原文の『刑法草案注釈巻之下』(司法省・1886年)の659頁には「犯者其所為ノ発露シタルニ因リ盗取物ヲ保存センカ為メ暴行又ハ脅迫ヲ用ヰルトキハ始メニハ窃カニ盗取セシト雖モ之レヲ「強盗」ト看做ス(こと)当然ナリ蓋シ此場合ニ於テハ或ハ暴行ヲ加ヘントノ予謀アラサルヘキモ其大胆心ト人身ノ危険トハ之レナシトスルヲ得サレハナリ/然レトモ犯者窃盗ニ着手シタル後チ逃走ヲ容易ナラシメントノ目的ヲ以テ人ニ暴行ヲ加ヘタルトキハ其所為ヲ強盗ト称セサルヘシ此場合ニ於テハ犯罪ノ合併即チ窃盗ノ未遂犯ト暴行又ハ脅迫(暴行ハ他ニ犯罪ノ附着スルヿナシト雖モ罰セラルモノナリ)トノ俱発アレハナリ」とあります。

「逮捕を免れ,又は罪跡を隠滅するため」は,1907年の現行刑法制定に当たり新たに付加され,窃盗犯を強盗犯並みに取り扱う範囲が拡張されたものということになります。日本人は,白皙人よりも生真面目で厳しい。

しかし,「逮捕を免れ,又は罪跡を隠滅するため」は,つまりは「逃走ヲ容易ナラシメントノ目的」ということではないでしょうか。ということであると,現行刑法238条においては,ボワソナアドが明示的に強盗扱いしないとした場合が強盗扱いされるということになってしまっていたのでした。

ところで,事後強盗成立に必要な暴行・脅迫に係る「反抗を抑圧する程度」を通常の強取の場合よりも厳しく認定すべきものとする一連の裁判例があり(窃盗犯が「逮捕を免れ」ようとする事案に主に係るもののようです。強盗傷人では刑が重過ぎるという配慮によるものです。),これに対して「ただ,逮捕を免れるにはより大きな暴行・脅迫が必要だとするのは説得性を欠くようにも思われる」と苦慮する学説が存在するところですが(前田245-246頁),泉下のボワソナアドとしては,だから窃盗犯が逮捕を免れるために暴行・脅迫しても事後強盗にならないんだよと言っておいたでしょう,西洋流では本来事後強盗に含まれないとされる類型まで日本人のさかしらで事後強盗に加えたから面倒なことになっているんですよ,と嘆息しているものかどうか。(なお,平成7年法律第91号による改正前の刑法238条は「窃盗財物ヲ得テ其取還ヲ拒キ又ハ逮捕ヲ免レ若クハ罪跡ヲ湮滅スル為メ暴行又ハ脅迫ヲ為シタルトキハ強盗ヲ以テ論ス」と規定されていて(下線は筆者によるもの),「又は」は一番大きな選択的連結に用いられ「若しくは」それより小さな選択的連結に用いられますから,同条における三つの目的は,旧刑法以来の「其取還ヲ拒キ」と現行刑法からの「逮捕ヲ免レ」及び「罪跡ヲ湮滅スル」との二つのグループに分かれるということが読み取り得る書き振りとなっていました。これに対して平成7年法律第91号による改正後の刑法238条は「財物を得てこれを取り返されることを防ぎ,逮捕を免れ,又は罪跡を隠滅するために」とのっぺらぼうに規定していますから,3者は同一平面において単純に並べられていることになります。)

  

(4)日本の木更津事件の罪と罰とドイツの伯母殺し事件の罪と罰

前記千葉地方裁判所木更津支部昭和53316日判決の事案においては,被告人は更に死体損壊(死体をバラバラにした。)及び死体遺棄(バラバラにした死体の各部を土中に埋めたり水溜まりに投棄したりした。)をも犯しています。バラバラにされた死体の部分うち「冷蔵庫に入れておいた大腿部の肉を食べてみる気になり,右肉を取り出して前記包丁で薄く刺身状に十切れぐらいに切ってフライパンで焼き,味塩をふりかけて焼肉にして皿に盛って食べようとしたが,いやな臭いがしたため食べるのをやめ内臓の入ったビニール袋の中に捨て,今度は同じく冷蔵庫に入れてあった陰部を取り出してまな板の上で陰のうと陰茎に切断したうえ,陰のうの切り口から睾丸を押し出し,また陰茎を尿道に沿って切り開くなどして弄ぶなどした後,陰のうの一部は両上,下肢のダンボール箱に,残りはごみを入れる紙袋の中に捨てた。」というのですから,ひどい。「死者に対する冒瀆行為としてこれに過ぎるものはなく,まさに天人ともに許されない行為というほかはない。」との千葉地方裁判所木更津支部の裁判官らの激しい憤りはもっともです。

と,思わず我が日本の事後強盗殺人事件の猟奇性に胸が悪くなってしまったところですが,窃盗,殺人及び死体遺棄(及び損壊)の罪ということではドイツの伯母殺し青年の犯した罪のリスト(窃盗,殺人及び死体遺棄)と揃ってはいるところです。

ということで,Der Tantenmörderの文学鑑賞においても適用法条や量刑相場という無粋なことが気になる法律家のさがとして,木更津事件判決の「法令の適用」の部分を見てみると次のようになっていました。

 

  被告人の判示1の所為〔事後強盗(窃盗及び殺人)〕は刑法240条後段(238条)に,判示第2の所為〔死体損壊及び遺棄〕は包括して同法190条に該当し,以上は同法45条前段〔「確定裁判を経ていない2個以上の罪を併合罪とする。」〕の併合罪であるが,後記の情状〔計画的な犯行ではないこと,被害者に対する殺害方法自体は通常の殺人に比べて特に残虐とはいえないこと,矯正不可能とはいえないこと(無前科でもあった。)及びある程度改悛の情が認められること〕を考慮して判示第1の罪の刑につき無期懲役刑を選択するのを相当と認め,同法462項本文〔「併合罪のうちの1個の罪について無期の懲役又は禁錮に処するときも,他の刑を科さない。」〕を適用して他の刑を併科せず被告人を無期懲役に処すべく押収してあるあじ切り包丁1丁は判示第1の強盗殺人の用に供した物で犯人以外の者に属しないから,同法1912〔「犯罪行為の用に供し,又は供しようとしたもの」は没収することができる。〕2〔「没収は,犯人以外の者に属しない物に限り,これをすることができる。ただし,犯人以外の者に属する物であっても,犯罪の後にその者が情を知って取得したものであるときは,これを没収することができる。」〕を適用してこれを没収することとする。

  訴訟費用については刑事訴訟法1811項但書〔「但し,被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは,この限りでない。」〕により被告人に負担させないこととする。

 

 無期懲役。「罪跡を隠滅するため」に暴行(殺人を含む。)又は脅迫をしたときも窃盗犯が強盗犯扱いになってしまって(刑法238条),しかして強盗犯が人を殺すと法定刑としては死刑又は無期懲役しかないということ(同法240条)が大きいところです。

 なお,我が刑法240条に対応するドイツ刑法251条は,次のとおり。

 

  Verursacht der Täter durch den Raub (§§ 249 und 250) wenigstens leichtfertig den Tod eines anderen Menschen, so ist die Strafe lebenslange Freiheitsstrafe oder Freiheitsstrafe nicht unter zehn Jahren.

  (犯人が強取行為(第249条及び第250条)によって少なくとも過失をもって(leichtfertig)他人の死をもたらしたときは,刑は,終身自由刑又は10年以上の自由刑である。)

 

ところで,我が事後強盗規定がドイツ刑法252条並みであったならば,木更津事件の犯人は事後強盗犯とはならず,窃盗,殺人及び死体損壊遺棄の3罪が併合罪となっていたのでしょう。ヴェーデキントの伯母殺し青年についても,そのようになるのでしょう。

しかし,ドイツ刑法211条は,厳しい。

 

 (1) Der Mörder wird mit lebenslanger Freiheitsstrafe bestraft.

(2) Mörder ist, wer

aus Mordlust, zur Befriedigung des Geschlechtstriebs, aus Habgier oder sonst aus niedrigen Beweggründen,

heimtückisch oder grausam oder mit gemeingefährlichen Mitteln oder

um eine andere Straftat zu ermöglichen oder zu verdecken,

einen Menschen tötet.

 ((1)謀殺犯は,終身自由刑に処す。

  2)謀殺犯とは,

    性衝動の満足のための殺意,利得欲若しくは他の低劣な動機から,

    陰険に,若しくは残虐に,若しくは公共に害のある手段をもって,又は

    他の犯罪行為を可能とするために,若しくは隠蔽するために,

   人を殺す者である。)

 

 ドイツの伯母殺し青年も,金銭及び有価証券の窃盗という他の犯罪行為を隠蔽するため(zu verdecken)に伯母さんを殺したのだということになれば,我が木更津事件の犯人が無期懲役刑に処せられたのと同様,謀殺犯として終身自由刑に処せられそうでもあります。

 結論としての罰が,妙に収束してきてしまいました。洋は東西異なっていても,法律家の世界においては,何やら不思議な統一的親和力があるということでしょうか。




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1 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決(判タ1439136頁):指定薬物

 福岡高等裁判所第1刑事部平成28年6月24日判決(平成28年(う)第181号薬事法違反被告事件)が『判例タイムズ』第1439号(201710月号)136頁以下で紹介されています。薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同様)2条14項の指定薬物を所持する罪の故意の有無が争われた事件です(故意が認められ,被告人の控訴棄却。懲役6月)。『判例タイムズ』で紹介された判決文中,下線が施されていた部分は次のとおりです。

 

   当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。

 

本件の事実関係の下では,被告人が本件植物片には指定薬物として指定されている薬物が含有されていないと信じたことに合理的な理由があったことなど,被告人の故意を否定するに足りる特異な状況も認められないというべきである。

 

 なお,薬事法2条14項は,「この法律で「指定薬物」とは,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する(がい)然性が高く,かつ,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(大麻取締法(昭和23年法律第124号)に規定する大麻,覚せい(﹅﹅)剤取締法(昭和26年法律第252号)に規定する覚せい剤,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)に規定する麻薬及び向精神薬並びにあへん法(昭和29年法律第71号)に規定するあへん及びけしがらを除く。)として,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう。」と規定していました。

 薬事法8420号は,同法76条の4の規定に違反した者(同法83条の9に該当する者を除く。)は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれを併科されると規定していました。

 薬事法76条の4は,「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(以下この条及び次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,所持し,購入し,若しくは譲り受け,又は医療等の用途以外の用途に使用してはならない。」と規定しています。これは,平成25年法律第103号により2014年(平成26年)4月1日から改正されたものです。ちなみに,平成25年法律第84号の施行日は2014年(平成26年)1125日でしたので,あとで成立した第103号の方が先に成立した第84号より先に施行された形になります。Sic erunt novissimi primi et primi novissimi.”(マタイ20.16)ということの実例の一つですね。

 

 福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,「平成26年〔2014年〕8月19日,被告人に対する脅迫の被疑事実による被告人方居室の捜索差押許可状が執行され,その際本件〔乾燥〕植物片が発見され,被告人は,自身で購入したことを自認して,それを任意提出し〔略〕,その後,本件植物片が鑑定され,本件薬物の成分が検出されたことが認められるから〔略〕,被告人が本件薬物を含有する本件植物片を所持していたことは明らかである。/また,本件薬物は,平成26年7月15日公布,同月25日施行の厚生労働省令第79号により,当時の薬事法(昭和25年法律第84号による改正前のもの,現在は法律名が「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」と改正されており,同法において同じ規制がされている)2条14項に規定する薬物に指定された(以下「指定薬物」という)ものである。」,「被告人は,本件植物片が,中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用や当該作用の維持又は強化の作用を有する蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物を含有していること,すなわち,当時の薬事法によって規制しようとしていた薬理作用やその薬理作用による危険性を十分認識するとともに,その薬理作用を期待して本件植物片を購入し所持していたということができる。そして,被告人は,本件植物片がいわゆる危険ドラッグであることを前提に,それを購入して所持していた上,危険ドラッグの危険性や取締りの強化は十分承知しており,そのため販売員に本件植物片の規制の有無を確認しているのであるから,本件植物片の含有する本件薬物が,他の指定薬物と同様に規制され得るそれらと同種の物であり,指定薬物として取締りの対象に入る可能性を認識していたものというべきである。」,「被告人は,販売員から合法だと告げられるなどしたから合法だと信じたというのであるが,販売員でしかない者が違法か合法かを適切に判断できる立場にないことも,その言葉が信頼に足りる状況にないことも,いずれも明らかであるし,取締りの対象となって閉店した店が,再度オープンしたからといって,販売店で取り扱う商品が合法なものと推認できないこともまた明らかである。」というものでした。

平成25年法律第103号によって2014年4月1日から改正する前の薬事法76条の4は「指定薬物は,疾病の診断,治療又は予防の用途及び人の身体に対する危害の発生を伴うおそれがない用途として厚生労働省令で定めるもの(次条において「医療等の用途」という。)以外の用途に供するために製造し,輸入し,販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列してはならない。」というものでしたから,2014年の3月中に当該植物片が押収されていたのならば販売又は授与の目的がない限り被告人は指定薬物所持罪に問擬されることはなかったのでした。

 

2 故意の成立に必要な事実の認識の範囲に係る判例の立場に関する説明

 ところで,『判例タイムズ』第1439号の匿名解説は「本判決は,このような判例の立場に関する説明と軌を一にするものといえよう。」と述べています。そこでいう「このような判例の立場に関する説明」は,どのようなものでしょうか。いわく。

 

判例は,故意の成立に必要な事実の認識の範囲は,当該構成要件の該当事実そのものを認識していることが必要であり,その一部である違法性の意識を喚起しうる範囲の事実を認識していることは故意の成立を認める証拠に止まるとしている。そして,さらに,構成要件に該当する自然的事実を認識しているだけでは足りず,構成要件に該当するとの判断を下しうる社会的意味の認識が必要であるとしている(香城敏麿・最高裁判所判例解説刑事篇平成元年度15事件)。

 

〔行政取締法規違反の罪については,〕違法性を喚起しうる一部の事実を認識していたことと行為当時の状況をあわせて考慮すると,少なくとも未必的,概括的には構成要件該当事実を認識していたと認定しうる場合には,その錯誤は法律の錯誤にとどまる。これに対し,自然的な意味での事実の認識は存在していたものの,それが構成要件事実に当たるという意味の認識を妨げる特異な事情が介在していたため,故意の成立に必要な程度に事実の認識があったとは判断できない場合には,事実の錯誤となる(香城・前掲261頁)

 

 この香城敏麿最高裁判所上席調査官は,後に福岡高等裁判所長官となっています。したがって,福岡高等裁判所の後輩裁判官としては,元長官閣下の見解を重視すべきことは当然,ということになったのでしょう。

 

3 同窓生たち

 香城敏麿長官は,刑事法のみならず,憲法分野でも名前の出て来る著名な裁判官です。筆者も不敏ながらも法律の勉強はしたわけなので,その際同長官の氏名を目にするたびに,香城敏麿とは変わった名前だなぁ,「まろ」といわれると京都の貴族みたいだなぁ,しかし,そういえば札幌での中学生時代に香城○麿さんという上級生がいたけど親戚なのかなぁ,などと漠然と考えることがあったところです。とはいえいつまでも漠然とした思いのままでは埒が開きません,インターネットでいろいろ便利になったのでふと香城長官の出身高等学校を調べたところ,何のことはない,長官は北海道立札幌南高等学校の御出身でした。香城一族は,男子は○麿と命名せられることとなっているらしい,札幌の名族であったのでした。

 で,堅い裁判官の香城敏麿長官が1935年生まれであると分かると,今度は柔らかい小説家の渡辺淳一先生と同じ時期に札幌南高校にいたのかしら,が気になるところです。後に男女の愛とその官能を綴ることで有名になる渡辺先生は1933年生まれでした。ということは,両者は2歳違いであって,同級生の加清純子嬢と付き合ってめろめろ中の将来の大作家が3年生になった時(1951年4月)に,その半世紀後の20011130日に電気通信事業紛争処理委員会(現在は電気通信紛争処理委員会(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)144条以下))の初代委員長(同法146条)となる香城少年が入学して来たという関係であったわけです。『阿寒に果つ』の加清純子事件は,後の電気通信事業紛争処理委員会委員長が高校1年生として迎えた新年(1952年1月)に起きたのでした。


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時計台(札幌市中央区)

 

4 東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決等:医薬品及び製造たばこ代用品

 

(1)薬事法24条1項・84条5号

 ところで,福岡高等裁判所平成28年6月24日判決の事案は,指定薬物の所持者について指定薬物を所持する故意があったということで公訴提起がされ,当該故意の認定が問題となった事案でした。他方,指定薬物に係る故意の認定の困難を回避するためか,いわゆる危険ドラッグの販売業者について,業として医薬品を販売の目的で貯蔵又は陳列したもの(薬事法24条1項違反。刑は,同法84条5号により3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科される。)として起訴した事例もあります。東京地方裁判所立川支部平成26年(わ)第1563号・平成27年(わ)第385号薬事法違反被告事件平成27年9月4日判決の事案などがそうです。薬事法83条の9の規定は「第76条の4の規定に違反して,業として,指定薬物を製造し,輸入し,販売し若しくは授与した者又は指定薬物を所持した者(販売又は授与の目的で貯蔵し,又は陳列した者に限る。)は,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。」(平成25年法律第103号による2014年4月1日からの改正以降の条文)となっていましたが,これと比べれば同法84条5号では刑が軽くなっています。検察官としては,刑が軽くなってしまうとしても故意立証における安全性を優先したものでしょう。(福岡高等裁判所平成28年6月24日判決に係る『判例タイムズ』の匿名解説は,「本判決は,指定薬物として指定された事実についての認識をまったく不要としているものとはいえないであろう。」としつつ「指定の事実についての認識を故意に必要な認識の上でどのように位置付けるかは,今後の裁判例の集積にゆだねられているとみるべきであろう。」と述べています。「指定の事実の認識」の位置付けにくよくよしなければならない指定薬物ではなく,そのような苦労のなさそうな医薬品で行こうということだったのでしょうか。)

薬事法24条1項は,「薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ,業として,医薬品を販売し,授与し,又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。ただし,医薬品の製造販売業者がその製造等をし,又は輸入した医薬品を薬局開設者又は医薬品の製造販売業者,製造業者若しくは販売業者に,医薬品の製造業者が,その製造した医薬品を医薬品の製造販売業者又は製造業者に,それぞれ販売し,授与し,又はその販売若しくは授与の目的で貯蔵し,若しくは陳列するときは,この限りでない。」と規定しています。

しかし,医薬品貯蔵・陳列罪に係る故意の認定も難しい。

 

(2)医薬品の概念

医薬品の定義は,薬事法2条1項において次のように規定されていました。

 

 一 日本薬局方に収められている物

 二 人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて,機械器具,歯科材料,医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)

 三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であつて,機械器具等でないもの(医薬部外品及び化粧品を除く。)

 

指定薬物たるいわゆる危険ドラッグは薬事法2条1項3号の医薬品であるということで起訴がされたということになったのですが,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的の医薬品である,いわゆる危険ドラッグ」というのみの簡単な言い方で,「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」としている物を皆医薬品にしてしまうということでよいものかどうか。

薬食同源といわれるところ,普通の飲食物も「人の身体の機能に影響を及ぼすこと」を「目的」として摂取されるものではないでしょうか。眠気覚ましのために砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲むことまでが,医薬品の摂取になるものかどうか。(なお,砂糖を入れたコーヒーが眠気覚ましになるのは,砂糖による胃もたれ感によるものというよりはやはり,カフェインの効果に加えて糖分が疲れた脳に速やかに栄養を補給するからでしょう。)「医薬品ノ中ニハ御承知ノ如ク薬トシテ売出シマス場合ニハ非常ニ難カシイ名前ガ附イテ居ルガ,八百屋ヘ行ケバ食物デアリ,薬屋デ売ルトキハ医薬品デアルト云フヤウナモノモ中ニハナイコトハナイ」と,つとに述べられています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁(灘尾弘吉政府委員(厚生省衛生局長)))。(ちなみに,81回帝国議会の協賛を得た昭和18年法律第48号の旧々薬事法には医薬品の定義がそもそもありませんでした。この点については灘尾政府委員から「出来ルコトナラバ,医薬品ニ関スル定義ヲ此ノ法律案ニ規定致シタイト考ヘマシタ次第デアリマスガ,色々勘考致シマシタケレドモ,中々此ノ点ハ政治的ニ非常ニ難カシイノデアリマス,形式ヲ申シマスレバ,日本薬局方ニ所載セラレテ居リマスモノハ薬品ト言フト云フヤウナコトハ簡単ニ行キマスガ,段々押詰メテ参リマスト,境目ニナツテ来マスト,曖昧ナモノガ出来テ来ルト云フ状況デアリマス,是等ヲ包括致シマシテ,総テニ妥当スルヤウナ定義ト云フモノヲ文字ニ表ハスコトハ中々困難デアリマスノデ,一応ソレ等ノ点ニ付キマシテハ,従来モ左様ニナツテ居ルノデアリマスルガ,薬ニ関スル吾々ノ通念ニ従ツテ処置シテ行キ,疑問ノモノニ付テハ行政的ニ然ルベク処理シテ行クト云フ風ナ考ヘ方ヲ致シテ居ル次第デアリマス」と説明されています(第81回帝国議会衆議院薬事法案外2件委員会議録(速記)第6回106頁)。)

 薬事法2条1項3号の前身は昭和23年法律第197号の旧薬事法2条4項3号の「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの(食品を除く。)」との規定でしたが(旧薬事法に至って「医薬品」の定義規定が設けられたわけです。),同号の括弧書きに注意すべきです。食品も,医薬品同様「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」なのでした。(この括弧書きが昭和35年法律第145号の薬事法において取り去られたことについては,「なお,食品との関係につきましては,従来現行法には「(食品を除く)」という言葉が入っておりましたけれども,これは法制上検討いたしまして,食品衛生法の方に医薬品及び医薬部外品を除くという規定をおきまして,両方の調整をはかったわけでございますが,実態としては食品と医薬品,あるいは医薬部外品との関係は現在と変わらないというふうに考えております。」と説明されていますが(第34回国会参議院社会労働委員会会議録第28号3頁(高田浩運政府委員(厚生省薬務局長))),確かに医薬品が原則で食品が例外であるというよりは食品が原則で医薬品等が例外であるとする方が「法制上」落ち着きがよいでしょう。)すなわち,「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの」との文言だけでは覚束なく,もう一つ縛りをかけなくては,食品と医薬品との分別ができません。(ちなみに,食品衛生法(昭和22年法律第233号)4条1項は現在「この法律で食品とは,全ての飲食物をいう。ただし,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)に規定する医薬品,医薬部外品及び再生医療等製品は,これを含まない。」と規定しています。)

ところで,いわゆる危険ドラッグの植物片は,喫煙用に供されています。そうだとすると,食品とはいいにくい。そうであれば,食品ではないところの「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」であるのだから直ちに医薬品なのだといえるかといえば,まだなかなかそうはいきません。

 

(3)製造たばこ代用品

たばこ事業法(昭和59年法律第68号)38条2項は,次のように規定しています。

 

製造たばこ代用品とは,製造たばこ以外の物であつて,喫煙用に供されるもの(大麻取締法(昭和23年法律第124号)第1条に規定する大麻,麻薬及び向精神薬取締法(昭和28年法律第14号)第2条第1号に規定する麻薬,あへん法(昭和29年法律第71号)第3条第2号に規定するあへん並びに医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第2条第1項に規定する医薬品及び同条第2項に規定する医薬部外品を除く。)をいう。

 

 これを見ると,喫煙用に供される植物片は,それだけでは医薬品ということにならず,積極的に医薬品等であるものとされない限り,製造たばこ代用品にとどまることになります。

 製造たばこ代用品は,たばこ事業法38条1項によって,合法の嗜好品であるところの製造たばことみなされて同法の規定が適用されるものとなっています。

 なお,製造たばこ代用品とは「葉たばこ以外のものを原料として,製造たばこと同様の形態に製造されて喫煙用に供されるもの」であって,「代用品の例としては,〔略〕アメリカにはカカオビーンズの皮を主原料としたフリーとか,イギリスではタンポポを主原料とした,どんな味がするのかよくわかりませんけれど,ハニーローズとかいうのがあるそうでございます。」と紹介されています(第101回国会衆議院大蔵委員会議録第2935頁(小野博義政府委員(大蔵大臣官房日本専売公社監理官)))。


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 札幌のタンポポ
  

(4)たばこと医薬品との分別

 ところで,薬事法2条1項3号の医薬品に該当するものとしてたばこを厳しく規制すべきだとの主張は,確かに理論の上ではあり得るところではありました。しかしながら,禁煙主義の方々のそのような主張がすげなく退けられた裁判例として,東京高等裁判所平成22年(ネ)第2176号損害賠償請求控訴事件平成24年3月14日判決があります。いわく。

 

   しかし,たばこが,大人が自由な意思で吸う吸わないを判断する嗜好品として製造・販売されてきたことは,これまで認定・説示してきたとおりである。ニコチン依存症候群に陥った者が離脱状態を緩和するために喫煙するということはあり得るが,そのことから,たばこが離脱症状の緩和を目的としているとはいえない。そして,喫煙者が喫煙をする理由の中には,手の操作的満足〔手持ちぶさた〕や娯楽的満足〔雰囲気,楽しみ〕など精神作用以外のものも含まれており〔略〕,たばこは精神作用を得ることのみを目的としているものではない。

   もっとも,たばこは,気分転換,ストレス解消,落ち着くなどの精神作用を理由としても嗜好されているものではあるが,そのことは,カフェインを含むコーヒー・茶やアルコール類など社会的に許容されている他の嗜好品においても同様である(なお,ICD-10〔略〕やDSM-(4)〔略〕においても,アルコール依存,カフェイン関連障害は一つの診断分類とされている。)しかし,薬事法が医薬品の製造・販売等について各種の規制を設けているのは,医薬品が国民の生命及び健康を保持する上での必需品であることから,医薬品の安全性を確保し,不良医薬品による国民の生命,健康に対する侵害を防止するためであり,そのため,医薬品は,治療上の効能,効果と副作用とを比較考量して,医薬品としての有用性を有しない限り,承認されることがないのである(最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁参照)。これに対して,嗜好品は,国民の生命及び健康を保持する上での必需品ではなく,一定の健康上のリスクがあっても,これを摂取することに個人が自由な意思で価値を認めて嗜好するものであって,その価値が客観的に認められる必要やその価値が客観的にリスクを上回っていることが要求されるものではない。そうすると,嗜好品として許容されている範囲内の精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には該当しないと解するのが相当である。

   そして,ニコチン依存に関する今日の知見の下でも,たばこが嗜好品として許容されていることは,被控訴人日本たばこらに対する請求について説示したとおりである〔略〕。控訴人らは,たばこが嗜好品であるから医薬品に当たらないという考え方は,ニコチンの依存性が明らかにされる以前の古い認識であると主張し,たばこが今後も許容された嗜好品であり続けるかどうかは,今後の喫煙者の状況と知見の状況等を踏まえた社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる問題であるが,少なくとも現時点においては,たばこの精神作用は,薬事法2条1項3号の人の機能への影響には当たらず,たばこが医薬品に該当するとはいえない。(第5の1(2)イ)

 

東京高等裁判所の当該判示に拠って強弁すれば,製造たばこ代用品たり得る植物片は,嗜好品たる製造たばこ代用品として許容されている範囲内の精神作用を有するにとどまる限りにおいては当該精神作用を目的として用いられる場合であっても薬事法2条1項3号にいう人の機能への影響を有するものではなく,したがって医薬品ではない,と言い得そうです。当該許容される精神作用の範囲は「社会一般の意見とそれを反映した立法に委ねられる」ということになれば,結局,当該植物片に係る医薬品の無許可販売業目的貯蔵・陳列罪の成立のためには,指定薬物として厚生労働省令によって現に指定されるに足る精神作用がある事実(既に指定された指定薬物を含有しているのであればこちらの要件は充足されるでしょう。)及び当該事実に係る認識が必要であるということになりそうです。

 

(5)指定薬物指定省令の公布後施行前の取締りについて

2014年9月19日の政府薬物乱用対策推進会議において厚生労働省の神田裕二医薬食品局長は「今日,新しく14物質を,規制対象となる「指定薬物」に指定しましたので,無承認医薬品としての医薬品としての指定を受けまして,先ほど申し上げた店舗数の多い4都府県に対しましては,本日既に立入検査に入って,今度規制する薬物を売っていたら無承認医薬品として取り締まる,というのを,早速今,立ち入りにちょうど今日行っているところです。」と発言しています。ここでいう「指定」は平成26年厚生労働省令第106号の公布のことで,当該省令が施行されるのは同月29日からのことでした。指定薬物としての指定自体の効力はいまだ発動されてはいないが,「社会一般の意見とそれを反映した立法」(この場合は当該省令の公布)によって当該14物質についてはその精神作用が嗜好品として許容されている範囲を超えることは明らかになったので,医薬品に係る薬事法24条1項・55条2項違反で取り締まるのだ,ということなのでしょう。

 

(6)東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決における医薬品性に係る故意の認定

「摂取して人の身体の機能に影響を及ぼすことが目的」であるかどうかの目的の有無についてのいわばディジタル的判断のみでは医薬品性は立証できず,更に許容範囲を超える(すなわち指定薬物指定相当の)精神作用の存在の認識が必要になるのでしょう。しかしそうであると,医薬品所持で起訴した場合であっても,指定薬物の所持に係る福岡高等裁判所平成28年6月24日判決にいう「当該薬物の薬理作用を認識し,そのような薬理作用があるために当該薬物が指定薬物として指定されている薬物と同様に規制され得る同種の物であることを認識していれば,当該薬物を所持し,販売し,譲り受けることなどが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識,すなわち故意の存在を認めるに足りる事実の認識に欠けるところはないということができる。」の判断基準と余り変わらない判断基準となるように思われます。

東京地方裁判所立川支部平成27年9月4日判決においては,薬事法84条5号・24条1項の無許可販売業目的医薬品陳列・貯蔵罪に係る被告人の故意の認定に,次のように多くの言葉が費やされています。

 

 〔前略〕本件植物片は,上記〔略〕のとおり,吸引等の方法による人体摂取を目的として販売,使用されていたものであるところ,被告人自身そのことを認識していた。そして,被告人が,上記〔略〕のとおり,ハーブ店経営者として自ら危険ドラッグの仕入れを行い,アッパー系,ダウン系,強い,弱いなどの効能を,仕入先業者から聞かされ,これを従業員に伝えるなどしていたことや,被告人自身も店内で扱われる商品のうち,リキッドやパウダーと呼ばれる危険ドラッグを使用してその使用感を確かめるなどしていたことからすれば(被告人の供述によっても,ハーブについても1回は使用している。),被告人が〔自店〕で扱っている危険ドラッグに人体への薬理作用があることを認識していたことはもちろん,その程度についてもそれなりに認識していたものと認められる。

  このことに加えて,〔中略〕などからすれば,被告人が,本件植物片が,指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれがあり,人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするものであることを十分認識していたこと,すなわち,本件植物片が医薬品に該当することの基礎となる事実を十分認識していたことは明らかである。そして,以上の経緯等からすれば,被告人が,本件植物片を販売目的で貯蔵又は陳列することが違法であるとの意識を有していたことも優に認められる。(第2の2(2))

 

 「指定薬物等を含む規制薬物を含有し,または,薬事法に基づく医薬品成分に該当する成分を含むおそれ」までの認識が必要ということで,「人の身体の機能や構造に影響を及ぼすことを目的とするもの」のみについてのあっさりとした認定では済まなかったところです。

 返す刀で弁護人の主張もばっさり。

 

 〔前略〕被告人が本件植物片を使用した経験がなかったとしても,本件植物片がそれなりに強い薬理作用を有していることを十分認識し得たといえる。これらのことに加え,上記〔略〕で認定した本件における事実経過等からすれば,被告人は,本件植物片が,嗜好品として許容されている範囲を超えた強い精神作用を有するものであり,指定薬物等の規制薬物を含有する可能性があり,購入客がその薬理作用を求めて身体に摂取する目的で本件植物片を使用しているということを十分認識していたと認められ,弁護人の主張〔「被告人は,①〔自店〕で販売されている植物片について,顧客が嗜好品として使用しているとの認識を有しており,②本件植物片を自身で使用したことはなく,仕入れ先業者からは本件植物片について大まかな定型的性質を聞いていただけである上,指定薬物を含有している商品については,そのことが発覚し次第,取扱を中止するなど,指定薬物を含有する商品を排除すべく努力をしていたものであるから,自身が,指定薬物を含有する医薬品を販売しているとの認識も抱いてはいなかった,などという」〕は採用することができない。(第2の2(3)ア)

 

 と,以上はいわゆる危険ドラッグ関係の剣呑な話でした。

 

(7)健康増進法改正に関して

 ちなみに,葉っぱに火をつけてプカプカすることについて論じてしまうとつい想起されるのは,受動喫煙対策が目玉の健康増進法(平成14年法律第103号)の今次改正案です。2018年3月に内閣から第196回国会に提出された健康増進法の一部改正法案が成立すると,製造たばこ代用品も健康増進法上の「たばこ」の一種とされます(改正後同法25条の4第1号)。「受動喫煙」は「人が他人の喫煙によりたばこから発生した煙にさらされることをいう。」と定義され(改正後健康増進法25条の4第3号),「喫煙」は「人が吸入するため,たばこを燃焼させ,又は加熱することにより煙(蒸気を含む。次号において同じ。)を発生させることをいう。」と定義されています(同条2号。ここでの「たばこ」には上記のとおり製造たばこ代用品が含まれます。)。葉たばこを原材料とする喫煙用製造たばこからの煙及び蒸気のみならず,カカオビーンズの皮やタンポポを原材料とする製造たばこ代用品からの煙及び蒸気も規制対象となるということは,要はニコチンの有無にかかわらずおよそ煙は健康に害があるので取り締まられねばならないということになるようです。PM2.5なども恐ろしいですからね。人前でわざわざ火をつけて煙を出すのはけしからんということなので,人のいるところでの焚火もしてはいけないのでしょう(関係する童謡も演奏・唱歌禁止ですね。)。焼肉焼鳥焼魚の煙はどうなるのでしょうか。今の時代,「(けぶ)(),国に満てり。百姓(おほみたから)(おの)づからに富めるか」などとのたまわれてしまうと困ってしまいます。

 

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 しかし,焼肉屋さんの焼肉は,煙が出ないのですね。
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1 内田貴『民法Ⅳ』と浅田次郎「ラブ・レター」

 東京大学出版会の『民法Ⅰ~Ⅳ』教科書シリーズで有名な内田貴教授は,現在弁護士をされているそうです。

 専ら民事法関係の仕事をされるわけでしょうか(最高裁判所平成28年7月8日判決・判時232253頁の被上告人訴訟代理人など)。しかし,刑事弁護でも御活躍いただきたいところです。

 

 内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(2002年)6364頁に「白蘭の婚姻意思」というコラムがあります。

 

  外国人の日本での不法就労を可能とするための仮装結婚が,ときにニュースになる。そのような行為も目的を達すれば有効だなどと言ってよいのだろうか。ベストセラーとなった浅田次郎の『鉄道員(〔ぽっぽや〕)』(集英社,1997年)に収録されている「ラブ〔・〕レター」という小説が,まさにそのような婚姻を描いている。中国人女性(ぱい)(らん)新宿歌舞伎町の裏ビデオ屋の雇われ店長である吾郎との婚姻届を出し,房総半島の先端付近にある千倉という町で不純な稼ぎをしていたが,やがて病死する。死を前にした白蘭は,会ったこともない夫の吾郎に宛てて感謝の手紙を書いた。遺体を荼毘に付すため千倉に赴いた吾郎はこの手紙を読む。

  さて,白蘭の手紙がいかに読者の涙を誘ったとしても,見たこともない男との婚姻など無効とすべきではないだろうか。

  〔中略〕小説とは逆に,白蘭ではなく吾郎が病死し,法律上の妻である白蘭と吾郎の親〔ママ。小説中の吾郎の夢によれば,吾郎の両親は既に亡くなり,オホーツク海沿いの湖のほとりにある漁村に兄が一人いることになっていました。〕との間で相続争いが生じたとしたらどうだろうか。伝統的な民法学説は,吾郎と白蘭の婚姻は無効だから,白蘭に相続権はないと言うだろう。しかし,たとえ不法就労を助けるという目的であれ,法律上の婚姻をすれば戸籍上の配偶者に相続権が生ずることは当事者にはわかっていたことである。それを覚悟して婚姻届を出し,当事者間では目的を達した以上,評価規範としては婚姻を有効として相続権をめぐる紛争を処理すべきだというのが本書の立場である。つまり,評価規範としては,見たこともない相手との婚姻も有効となりうる。法制度としての婚姻を当事者が利用した以上,第三者が口を挟むべきではない,という考え方であるが,読者はどのように考えられるだろうか。

 

「裏ビデオ屋」であって「裏DVD屋」でないところが前世紀風ですね。(ちなみに,刑事弁護の仕事をしていると,裏DVDに関係した事件があったりします。証拠が多くて閉口します。)

「目的の達成」とか「評価規範」といった言葉が出てきます。これは,婚姻の成立要件である婚姻意思(民法742条1号は「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」は婚姻は無効であると規定しています。)に係る内田教授の次の定式と関係します。

 

 「婚姻意思とは,法的婚姻に伴う法的効果を全面的に享受するという意思である。しかし,〔事後的な〕評価規範のレベルでは,たとえ一部の効果のみを目的とした婚姻届がなされた場合でも,結果的に婚姻の法的効果を全面的に生ぜしめて当事者間に問題を生じない場合には,有効な婚姻と認めて差し支えない」(内田63頁)

 

法的婚姻には数多くの法的効果(同居協力扶助義務(民法752条),貞操義務(同法770条1項1号),婚姻費用分担義務(同法760条),夫婦間で帰属不明の財産の共有推定(同法762条2項),日常家事債務連帯責任(同法761条),夫婦間契約取消権(同法754条),相続(同法890条),妻の懐胎した子の夫の子としての推定(同法772条),準正(同法789条),親族(姻族)関係の発生(同法725条),成年擬制(同法753条),夫婦の一方を死亡させた不法行為による他方配偶者の慰謝料請求権(同法711条),離婚の際の財産分与(同法768条)等)が伴いますが,これらの効果は一括して相伴うmenuであって,自分たちに都合のよい一部の効果のみを目的としてà la carte式に摘み食いするわけにはいきません。

吾郎と白蘭としては,白蘭が日本人の配偶者としての地位を得て,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」といいます。)別表第2の上欄の日本人の配偶者等としての在留資格に在留資格を変更(入管法20条)することができるようになる効果のみを目的として婚姻届をした(民法739条1項)ということでしょう。
 (なお,婚姻の成立は吾郎については日本民法,白蘭については中華人民共和国民法により(法の適用に関する通則法(平成
18年法律第78号。以下「法適用法」といいます。)24条1項(旧法例(明治31年法律第10号)13条1項)。白蘭には,中華人民共和国の駐日代表機関が発給した証明書の添付が求められることになります(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)107頁参照)。),婚姻の方式は日本民法及び戸籍法により(法適用法24条2項・3項(旧法例13条2項・3項)),婚姻の効力は日本民法による(法適用法25条(旧法例14条))こととなったもののようです。ちなみに,中華人民共和国婚姻法5条は,婚姻は男女双方の完全な自由意思によらなければならない旨規定しています。)

入管法の「「別表第2の上欄の在留資格をもつて在留する者」すなわち地位等類型資格をもって在留する外国人は,在留活動の範囲について〔入管法上〕何ら制限がないので,本法においてあらゆる活動に従事することができ」ます(坂中英徳=齋藤利男『出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第四版)』(日本加除出版・2012年)366頁)。ただし,日本人の配偶者等の在留期間は,入管法2条の2第3項の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(昭和56年法務省令第54号。以下「入管法施行規則」といいます。)3条及び別表第2によれば,5年,3年,1年又は6月となります。入管法20条2項の法務省令である入管法施行規則20条2項及び別表第3によれば,白蘭は,日本人の配偶者等に在留資格を変更する申請をするに当たって,資料として「当該日本人〔吾郎〕との婚姻を証する文書及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕又はその配偶者〔吾郎〕の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」の提出を求められたようです。また,在留期間の更新(入管法21条)の都度「当該日本人〔吾郎〕の戸籍謄本及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕,その配偶者〔吾郎〕・・・の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」を提出していたことになります(入管法21条2項,入管法施行規則21条2項・別表第3の5)

(なお,入管法20条3項及び21条3項は「法務大臣は,当該外国人が提出した文書により・・・適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と規定していますが,文書審査以外をしてはいけないわけではなく,同法20条3項につき「法務大臣は原則として書面審査により在留資格の変更の許否を決定するという趣旨である。しかし,法務大臣が適正な判断を行うために必要と認める場合には入国審査官をして外国人その他の関係人に対し出頭を求め,質問をし,又は文書の提出を求める等の事実の調査(第59条の2)をさせることができるほか,審査の実務においては,任意の方法により外国人の活動実態等を実地に見聞することが行われている。」と説明されています(坂中=齋藤454455頁)。)

内田教授は,「「婚姻には婚姻意思がなければならない(婚姻意思のない婚姻は無効である)」という法的ルールが〔事前の〕行為規範として働く場面では,〔略〕やはりその法的効果を全面的に享受するという意思をもって届出をなすべきであり,単なる便法としての婚姻〔略〕は望ましくないという議論は,十分説得的である。」としつつ,「しかし,ひとたび便法としての婚姻届〔略〕が受理されてしまった場合,この行為をどのように評価するかという局面では別の考慮が働く。たとえ婚姻の法的効果を全面的に享受する意思がなかった場合であっても,当事者が便法による目的をすでに達しており,婚姻の法的効果を全面的に発生させても当事者間にはもはや不都合は生じないという場合には(たとえば,当事者間には紛争がなく,もっぱら第三者との関係で紛争が生じている場合など),〔事後の〕評価規範を〔事前の〕行為規範から分離させて,実質的婚姻意思(全面的享受意思)がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地がある。〔略〕最判昭和381128日〔略〕は,便法としての離婚がその目的を達した事案であるが,まさにこのような観点から正当化できるのである。」と説いています(内田62頁)。「最判昭和381128日」は,「旧法下の事件であるが,妻を戸主とする婚姻関係にある夫婦が,夫に戸主の地位を与えるための方便として,事実上の婚姻関係を維持しつつ協議離婚の届出を行ない,その後夫を戸主とする婚姻届を改めて出したという事案」であって,「訴訟は,妻の死後,戸籍上いったん離婚したことになっているために戦死した長男の遺族扶助料を受けられなくなった夫が,離婚の届出の無効を主張してものであるが,最高裁は便法としての離婚を有効とした」ものです(内田58頁)。

「〔以上の内田説が採用されたならば〕便法として婚姻届を出すことが増えるのではないかという心配があろう。しかし,〔当事者間で〕もめごとが生ずればいつ無効とされるかもしれないというリスクはあるのであって,それを覚悟して行なうなら,あえて問題とするまでもないだろう。なぜなら,便法としての婚姻届そのものは,道徳的に悪というわけではないからである。」というのが内田貴弁護士の価値判断です(内田63頁)。

 

2 吾郎と白蘭の犯罪

しかしながら,吾郎と白蘭とが婚姻届を出した行為は,「道徳的に悪というわけではない」日中友好のほのぼのとした話であるどころか,犯罪行為なのです。

 

 (公正証書原本不実記載等)

刑法157条 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 〔略〕

3 前2項の罪の未遂は,罰する。

 

 吾郎と白蘭との婚姻の方式は日本民法及び戸籍法によったものと解されるわけですが,「日本人と外国人との婚姻の届出があつたときは,その日本人について新戸籍を編成する。ただし,その者が戸籍の筆頭に記載した者であるときは,この限りでない。」と規定されています(戸籍法16条3項)。「日本人と外国人が婚姻した場合,婚姻の方式について日本法が準拠法になれば必ず婚姻届が出され,その外国人は日本戸籍に登載されないとしても,この婚姻は日本人配偶者の身分事項欄にその旨の記載がなされるので,婚姻関係の存在だけは戸籍簿上に表示される」ところです(澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第4版補訂版)』(有斐閣・1998年)136137頁)。「国籍の変更はないから日本人たる夫或は妻の戸籍に何国人某と婚姻の旨記載する。氏や戸籍の変更はない(夫婦の称する氏欄の記載の要がない)」ところ(谷口107頁),日本国民の高野吾郎と中華人民共和国民の康白蘭とが婚姻したからといって両者の氏が同一になるわけではありません(民法750条どおりというわけにはいきません。ただし,戸籍法107条2項により吾郎は婚姻から6箇月以内の届出で氏を康に変えることができたところでした。)。「外国人にも戸籍法の適用があり出生,死亡などの報告的届出義務を課せられ(日本在住の外国人間の子及び日本在住米国人と日本人間の子につき出生届出義務を認める,昭和24年3月23日民甲3961号民事局長回答),創設的届出も日本において為される身分行為についてはその方式につき日本法の適用がある結果,届出が認められる。但し外国人の戸籍簿はないから,届書はそのまま綴り置き戸籍に記載しない。ただ身分行為の当事者一方が日本人であるときは,その者の戸籍にのみ記載することとなる。」というわけです(谷口5455頁)。

吾郎の戸籍の身分事項欄に当該公務員によって記載又は記録(戸籍法119条1項)された白蘭との婚姻の事実が虚偽の申立てによる不実のものであれば,刑法157条1項の罪が,婚姻届をした吾郎及び白蘭について成立するようです。第一東京弁護士会刑事弁護委員会編『量刑調査報告集Ⅳ』(第一東京弁護士会・2015年)144145頁には「公正証書原本不実記載等」として2008年7月から2013年2月までを判決日とする19件の事案が報告されていますが,そのうち18件が吾郎・白蘭カップル同様の日本人と外国人との「偽装婚姻」事案となっています。大体執行猶予付きの判決となっていますが,さすがに同種前科3犯の被告人(日本人の「夫」)は実刑判決となっています。外国人の国籍は,ベトナム,中華人民共和国,大韓民国,フィリピン及びロシアとなっていて,その性別は女性ばかりではなく男性もあります。

 内田弁護士の前記理論は,見事に無視されている形です。

 実務は次の最高裁判所の判例(昭和441031日第二小法廷判決民集23101894頁)に従って動いているのでしょう。

 

 〔民法742条の〕「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは,当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり,したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいて当事者間に,一応,所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても,それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって,前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には,婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

  これを本件についてみるに,〔中略〕本件婚姻の届出に当たり,XYとの間には, B女に右両名間の嫡出子としての地位を〔民法789条により〕得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあったが,Xには,Y女との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから,右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。所論引用の判例〔便法的離婚を有効とした前記最判昭和381128日〕は,事案を異にし,本件に適切でない。

 

 内田弁護士の主張としては,最判昭和441031日の事案では「一方当事者が裏切った」ことによって「便法が失敗」したから「全面的に婚姻〔略〕の法的効果を生ぜしめることは,明らかに当事者の当初の意図に反する。そこで,原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて,結果的に意思を欠くから無効という判断」になったのだ(内田63頁),しかし,最判昭和381128日の事案では問題の便法的離婚について「当該身分行為の効果をめぐって当事者間に紛争が生じた場合」ではなかったのだ(夫婦間で紛争のないまま妻は既に死亡),最判昭和441031日で最高裁判所の言う「事案を異にし」とはそういう意味なのだ,だから,吾郎・白蘭間の「偽装婚姻」被告事件についても当事者である吾郎と白蘭との間で紛争がなかった以上両者の婚姻は有効ということでよいのだ,公正証書原本不実記載等の罪は成立しないのだ,検察官は所詮第三者にすぎないのだからそもそも余計な起訴などすべきではなかったのだ,ということになるのでしょうか。

 (なお,筆者の手元のDallozCODE CIVIL (ÉDITION 2011)でフランス民法146条(Il n’y a pas de mariage lorsqu’il n’y a point de consentement.(合意がなければ,婚姻は存在しない。))の解説部分を見ると,19631120日にフランス破毀院第1民事部は,「夫婦関係とは異質な結果を得る目的のみをもって(ne…qu’en vue d’atteindre un résultat étranger à l’union matrimoniale)両当事者が挙式に出頭した場合には合意の欠缺をもって婚姻は無効であるとしても,これに反して,両配偶者が婚姻の法的効果を制限することができると信じ,かつ,特に両者の子に嫡出子としての地位(la situation d’enfant légitime)を与える目的のみのために合意を表明した場合には,婚姻は有効である。」と判示したようです。)
 (入管法74条の8第1項は「退去強制を免れさせる目的で,第24条第1号又は第2号に該当する外国人を蔵匿し,又は隠避させた者は,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。」と規定していますが(同条2項は営利目的の場合刑を加重,同条3項は未遂処罰規定),入管法24条1号に該当する外国人とは同法3条の規定に違反して本邦に入った者(不法入国者(我が国の領海・領空に入った段階から(坂中=齋藤525頁))),同法24条2号に該当する外国人は入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者(不法上陸者)であって,白蘭は合法的に我が国に入国・上陸しているでしょうから,白蘭との「偽装婚姻」が入管法74条の8に触れるということにはならないでしょう。むしろ,平成28年法律第88号で整備され,2017年1月1日から施行されている入管法70条1項2号の2の罪(偽りその他不正の手段により在留資格の変更又は在留資格の更新の許可を受けた者等は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科)及び同法74条の6の罪(営利の目的で同法70条1項2号の2に規定する行為の実行を容易にした者は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科)が「偽装婚姻」に関係します。「偽りその他不正の手段」は,入管法22条の4第1項1号について「申請人が故意をもって行う偽変造文書,虚偽文書の提出若しくは提示又は虚偽の申立て等の不正行為をいう。」と説明されています(坂中=齋藤489頁)。「営利の目的で」は,入管法74条2項について「犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを目的としてという意味」であるとされています(坂中=齋藤1016頁)。入管法74条の6の「実行を容易にした」行為については,「「営利の目的」が要件になっているが,行為態様の面からは何ら限定されていないから,「〔略〕実行を容易にした」といえる行為であれば本罪が成立する。」とされています(坂中=齋藤1027頁)。)


3 婚姻事件に係る検察官の民事的介入

 しかし,検察官は婚姻の有効・無効について全くの第三者でしょうか。

 

(1)検察官による婚姻の取消しの訴え

 

ア 日本

民法744条1項は「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻〔婚姻適齢未満者の婚姻,重婚,再婚禁止期間違反の婚姻,近親婚,直系姻族間の婚姻又は養親子等の間の婚姻〕は,各当事者,その親族又は検察官から,その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし,検察官は,当事者の一方が死亡した後は,これを請求することができない。」と規定しているところです。検察庁法(昭和22年法律第61号)4条に規定する検察官の職務に係る「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」に当たるものです。「前記のような要件違反の婚姻が存続することは,社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでないため,たとえ各当事者やその親族などが取消権を行使しなくても,公益の代表者たる検察官をして,その存続を解消させるべきだという理由によるものと思われる。」とされています(岡垣学『人事訴訟の研究』(第一法規・1980年)61頁)。

 

イ フランス

 母法国であるフランスの民法では,「婚姻取消の概念はなく,合意につき強迫などの瑕疵があって自由な同意がない場合(同法180条),同意権者の同意を得なかった場合(同法182条)には,その婚姻は相対的無効であり(理論上わが民法の婚姻取消に相当),特定の利害関係人が一定の期間内に無効の訴を提起することができるが,検察官が原告となることはない〔ただし,その後の改正により,第180条の自由な同意の無い場合は検察官も原告になり得ることになりました。〕。これに対して,不適齢婚,〔合意の不可欠性,出頭の必要性,〕重婚,近親婚に関する規定(同法144条・〔146条・146条の1・〕147条・161条‐163条)に違反して締結された公の秩序に関する実質的要件を欠く婚姻は絶対無効とし,これを配偶者自身,利害関係人のほか,検察官も公益の代表者として主当事者(Partieprincipale(sic))となり,これを攻撃するため婚姻無効の訴を提起することができるのみならず,その義務を負うものとしている(同法184条・190条)」そうです(岡垣6162頁)。フランス民法190条は「Le procureur de la République, dans tous les cas auxquels s’applique l’article 184, peut et doit demander la nullité du mariage, du vivant des deux époux, et les faire condamner à se séparer.(検察官は,第184条が適用される全ての事案において,両配偶者の生存中は,婚姻の無効を請求し,及び別居させることができ,かつ,そうしなければならない。)」と規定しています。

 フランスにおける婚姻事件への検察官による介入制度の淵源は,人事訴訟法(平成15年法律第109号)23条の検察官の一般的関与規定(「人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。/検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。」)に関して,次のように紹介されています。

 

 〔前略〕フランス法が婚姻事件につき検察官の一般的関与を認めた淵源を遡ると,近世教会法における防禦者(matrimonü)関与の制度にいたる。もともとローマ法には身分関係争訟に関する特別手続がなく,民事訴訟の原則がそのまま適用されており,右の特別手続を定めたのは教会法である。すなわち,近世ヨーロッパでは婚姻事件は教会(教会裁判所)の管轄に属しており,174111月3日の法令をもって,婚姻無効事件には防禦者が共助のために関与すべきものとし,これに婚姻を維持するための事情を探求し,また証拠資料を提出する職責を与えたため,防禦者は事件に関する一切の取調に立ち合うことを必要とした。――今日のバチカン教会婚姻法が,婚姻無効訴訟を審理する教会裁判所は,3名の裁判官,1名の公証人のほかに,被告の弁護人で婚姻の有効を主張して争うことを職務とする婚姻保護官(defensor vinculi)からなるとしているのは(同法1966条以下),この流れを引くものとみられる。――その後婚姻事件に関する管轄が教会から通常裁判所に移るとともに,フランスでは防禦者に代って公益の代表者たる検察官が訴訟に関与するものとされたのである。(岡垣116頁)

 

  フランスでは,人事訴訟のみならず民事事件全般につき,検察官の一般的関与の権限を認める1810年4月20日の法律(Sur l’organization(sic) de l’odre(sic) judiciaire et l’administration de la justice46条が現在でも有効である。検察官は当事者でない訴訟においても,法廷で裁判官に意見を述べるため,従たる当事者(partie jointe)として関与するのである。この関与は原則として任意的であって,検察官はとくに必要であると認めるときでなければ関与しない。しかし,破毀院の事件,人の身分および後見に関する事件その他検察官に対し事件の通知――記録の事前回付――をすべきものと法定されている事件ならびに裁判所が職権をもって検察官に対し通知すべきことを命じた事件(フランス民訴法83条)については,検察官の関与が必要的であって,意見の陳述をなすべきものとされている。(岡垣118頁)

 

  1810年4月20日の司法部門組織及び司法行政に関する法律46条は,次のとおり(どういうわけか,ルクセンブルク大公国の官報局のウェッブ・サイトにありました。)。

 

 46.

  En matière civile, le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

  Il surveille l’exécution des lois, des arrêts et des jugements; il poursuit d’office cette exécution dans les dispositions qui intéressent l’ordre public.

(民事については,検察官(le ministère public)は,法律で定められた事件において職責として(d’office)訴訟の当事者となる(agit)。

 検察官は,法律並びに上級審及び下級審の裁判の執行を監督し,公の秩序にかかわる事項における当該執行は,職責として訴求する。)

 

 この辺,現在のフランス民事訴訟法は次のように規定しています。

 

Article 421

Le ministère public peut agir comme partie principale ou intervenir comme partie jointe. Il représente autrui dans les cas que la loi détermine.

(検察官は,訴訟の主たる当事者となり,又は従たる当事者として訴訟に関与することができる。検察官は,法律の定める事件において他者を代理する。)

 

Article 422

Le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

(検察官は,法律で定められた事件において職責として訴訟の当事者となる。)

 

Article 423

En dehors de ces cas, il peut agir pour la défense de l’ordre public à l’occation des faits qui portent atteinte à celui-ci.

 (前条に規定する場合以外の場合において,検察官は,公の秩序に侵害を及ぼす事実があるときは,公の秩序の擁護のために訴訟の当事者となることができる。)

 

Article 424

Le ministère public est partie jointe lorsqu’il intervient pour faire connaître son avis sur l’application de la loi dans une affaire dont il a communication.

 (検察官は,事件通知があった事件について法の適用に係る意見を述べるために関与したときは,従たる当事者である。)

 

Article 425

Le ministère public doit avoir communication:

1° Des affaires relatives à la filiation, à l’organisation de la tutelle des mineurs, à l’ouverture ou à la modification des mesures judiciaires de protection juridique des majeurs ainsi que des actions engagées sur le fondement des dispositions des instruments internationaux et européens relatives au déplacement illicite international d’enfants;

2° Des procédures de sauvegarde, de redressement judiciaire et de liquidation judiciaire, des causes relatives à la responsabilité pécuniaire des dirigeants sociaux et des procédures de faillite personnelle ou relatives aux interdictions prévues par l’article L.653-8 du code de commerce.

Le ministère public doit également avoir communication de toutes les affaires dans lesquelles la loi dispose qu’il doit faire connaître son avis.

(次に掲げるものについては,検察官に対する事件通知がなければならない。

第1 親子関係,未成年者の後見組織関係,成年者の法的保護のための司法的手段の開始又は変更関係の事件並びに子供の国際的不法移送に係る国際的及び欧州的文書の規定に基づき提起された訴訟

第2 再生,法的更生及び法的清算の手続,会社役員の金銭的責任に関する訴訟並びに個人の破産又は商法典L第653条の8の規定する差止めに関する手続

それについて検察官が意見を述べなくてはならないと法律が定める全ての事件についても,検察官に対する事件通知がなければならない。)

 

Article 426

Le ministère public peut prendre communication de celles des autres affaires dans lesquelles il estime devoir intervenir.

(検察官は,その他の事件のうち関与する必要があると思料するものについて,事件通知を受けることができる。)

 

Article 427

Le juge peut d’office décider la communication d’une affaire au ministère public.

 (裁判官は,その職責に基づき,事件を検察官に事件通知することを決定することができる。)

 

Article 428

La communication au ministère public est, sauf disposition particulière, faite à la diligence du juge.

Elle doit avoir lieu en temps voulu pour ne pas retarder le jugement.

 (検察官に対する事件通知は,別段の定めがある場合を除いては,裁判官の発意により行う。

 事件通知は,裁判の遅滞をもたらさないように適切な時期に行われなければならない。)

 

Article 429

Lorsqu’il y a eu communication, le ministère public est avisé de la date de l’audience.

 (事件通知があったときには,検察官は弁論期日の通知を受ける。)

 

ウ ドイツ

ドイツはどうかといえば,第二次世界大戦敗戦前は「詐欺・強迫などの事由のある婚姻は取り消しうるものとし,特定の私人が一定の期間内に婚姻取消の訴を提起することができるが,検察官の原告適格を認めていない。しかし,重婚,近親婚などの制限に違反した婚姻は無効とし,該婚姻につき検察官および各配偶者などにその訴の原告適格を認めていた。ところが,〔略〕右の無効原因がある場合につき,第二次大戦後の婚姻法改正によって,西ドイツでは検察官の原告適格を全面的に否定した」そうです(岡垣62頁)。

 

(2)検察官による婚姻の無効の訴え(消極)

 民法742条1号に基づく婚姻の無効の訴え(人事訴訟法2条1号)の原告適格を検察官が有するか否かについては,しかしながら,「民法その他の法令で検察官が婚姻無効の訴について原告適格を有することを直接または間接に規定するものはなく,その訴訟物が〔略〕私法上の実体的権利であることを考えると,民法は婚姻取消の特殊性にかんがみ,とくに検察官に婚姻取消請求権なる実体法上の権利行使の権能を与えたものとみるべきであり,婚姻取消の訴につき検察官の原告適格が認められているからといって,婚姻無効の訴にこれを類推することは許されないというべきである。」と説かれています(岡垣66頁)。

婚姻関係の存否の確認の訴え(人事訴訟法2条1号)についても,「この訴における訴訟物は夫婦関係の存否確認請求権であって,その本質は実体私法上の権利であるところ,民法その他の法令で検察官にその権利を付与したとみるべき規定がないため」,婚姻の無効の訴えについてと同様「この訴についても検察官の原告適格を認めることができないであろう。」とされています(岡垣73頁)。

戸籍法116条2項は,適用の場面の無い空振り規定であるものと解されているところです(法務省の戸籍制度に関する研究会の第5回会合(2015年2月19日)に提出された資料5の「戸籍記載の正確性の担保について」6頁・11頁)。戸籍法116条は,「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から1箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。/検察官が訴を提起した場合には,判決が確定した後に,遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。」と規定しています。これに対して,検察官の提起した婚姻取消しの訴えの勝訴判決に基づく戸籍記載の請求に係る戸籍法75条2項の規定は生きているわけです。

 

(3)検察官による民事的介入の実態

 婚姻の無効の訴えについて検察官には原告適格は無いものとされているところですが,そもそも検察官による婚姻の取消しの訴えの提起も,2001年4月1日から同年9月30日までの間に調査したところその間1件も無く,検察庁で「これについて実際にどういう手続をとっているかということも分からない」状態でした(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 また,検察官の一般的関与について,旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)には下記のような条項があったところですが,同法5条1項は大審院も「検事ニ対スル一ノ訓示規定ニ外ナラ」ないとするに至り(大判大正9・1118民録261846頁),弁論期日に検察官が出席し立ち会わないことは裁判所が審理を行い判決をするにつきなんらの妨げにもならないとされていたところです(岡垣129頁・128頁)。同法6条については,「人事訴訟手続法6条・26条に「婚姻(又ハ縁組)ヲ維持スル為メ」という文言のあるのは,単に〔当時のドイツ民事訴訟法を範としたという〕沿革的な意味をもつにとどまり,一般に婚姻または縁組を維持するのが公益に合致することが多く,かつ,望ましいところでもあるので,その趣旨が示されているにすぎず,それ以上の意義をもつものではない。したがって,右人事訴訟手続法上の文言にもかかわらず,検察官は婚姻事件および養子縁組事件のすべてにつき,婚姻または縁組を維持する為めであると否とを論ぜず,事実および証拠方法を提出することが可能というべきである。」と説かれていました(岡垣149頁)。要は,旧人事訴訟手続法の規定と検察官の仕事の実際との間には齟齬があったところです。2001年4月1日から同年9月30日までの間に係属した人事訴訟事件について,検察庁は4248件の通知を受けていますが(旧人事訴訟手続法5条3項),「これに対して検察官の方がとった措置というのはゼロ件」でありました(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 

 第5条 婚姻事件ニ付テハ検察官ハ弁論ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ要ス

  検察官ハ受命裁判官又ハ受託裁判官ノ審問ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ得

  事件及ヒ期日ハ検察官ニ之ヲ通知シ検察官カ立会ヒタル場合ニ於テハ其氏名及ヒ申立ヲ調書ニ記載スヘシ

 

 第6条 検察官ハ当事者ト為ラサルトキト雖モ婚姻ヲ維持スル為メ事実及ヒ証拠方法ヲ提出スルコトヲ得

 

(4)仏独における婚姻の無効の訴え

 

ア フランス

 これに対してフランスはどうか。「フランス民法は,その146条で,合意なきときは婚姻なしと規定し,婚姻は当事者の真に自由な合意の存在を要するという大原則を宣言するとともに,右の規定に違反して締結された婚姻は,前に婚姻取消の関係において述べたと同じく配偶者自身,利害関係人または検察官が主当事者としてこれを攻撃しうべく,検察官は配偶者双方の生存中にかぎって婚姻無効の訴を提起することができ,しかもこれを提起すべき義務を有するとしている(同法184条・190条)。さらに婚姻の形式的要件とされる公開性の欠如または無管轄の身分官吏の面前で挙式された婚姻は,配偶者自身,父母などのほか検察官もこれを攻撃するため,婚姻無効の訴を提起することができるとしている(同法191条)。」と報告されています(岡垣6667頁)。

 

イ ドイツ

 次は,ドイツ。「ドイツでは,もと民事訴訟法632条が婚姻無効の訴につき検察官の原告適格を認めるとともに,1938年の婚姻法は検察官のみが婚姻無効の訴を提起しうる場合,検察官および配偶者の一方が婚姻無効の訴を提起しうる場合,婚姻が当事者の一方の死亡や離婚によって解消後は検察官のみが原告適格を有すること,当事者双方が死亡したときは何びとも訴を提起しえない旨を規定し(同法21条ないし28条。同民訴法632条・636条・628条参照),1946年の婚姻法も手続的には同趣旨の規定をしていた(同法24条。1938年婚姻法28条において,検察官が訴を提起しうる場合についてはナチス的色彩が強度であったが,これが改正された点が著しく異る)。そのほか,同民事訴訟法640条3項後段は,検察官が子の両親に対して,または一方の親の死亡後生存する親に対して婚姻無効の訴を提起した場合に,判決確定前両親が死亡したときは,検察官は婚姻無効の訴を子に対する非嫡出確定の訴に変更すべきものとしていた。しかるに,西ドイツでは第二次大戦後1961年の改正婚姻法が非嫡出子確定の訴を削除したため,それにともなって右の制度も廃止されるにいたった。」とのことです(岡垣67頁)。

 

4 婚姻の無効の性質と刑事訴訟

 婚姻の無効の性質については,「多数説は当然無効説を支持」しているところ(すなわち,裁判による無効の宣言をもって無効となるとする形成無効説を採らない。),「判例も当然無効説に立つ(最判昭和34年7月3日民集13‐7‐905。その結果,人訴法2条1号の定める婚姻無効の訴えは確認の訴えと解することになる。ただし,同法24条により対世的効力がある)」ものとされています(内田82頁)。

 日本の民法の世界では検察官には婚姻の無効の訴えを吾郎及び白蘭を被告として提起する(人事訴訟法12条2項)原告適格はないにもかかわらず,刑法の世界では,婚姻の無効は当然無効であることを前提として,公正証書原本不実記載等の罪の容疑で吾郎及び白蘭を逮捕・勾留した上でぎゅうぎゅう取り調べ,公訴を提起して有罪判決を得て二人を前科者にしてしまうことができるという成り行きには,少々ねじれがあるようです。「婚姻意思」が無い婚姻であっても「社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでない」ほどのものではないから婚姻の無効の訴えについて検察官に原告適格を与えなかったものと考えれば,民事法の世界では関与を謝絶された検察官が,刑事法の世界で「夫婦たるもの必ず「食卓と床をともにする関係」たるべし(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)55頁参照),「社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体的結合」あるべし(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)14頁参照),「永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営む」べし(最高裁判所平成141017日判決・民集56巻8号1823頁参照)。そうでないのに婚姻届を出したけしからぬ男女は処罰する。」と出張(でば)って来ることにやややり過ぎ感があります。検察官が原告適格を有する婚姻取消事由のある婚姻を戸籍簿に記載又は記録させても,それらの婚姻は取消しまでは有効なので(民法748条1項),公正証書原本不実記載等の罪にならないこととの比較でも不思議な感じとなります。実質的には出入国管理の問題として立件されてきているのでしょうから,今後は入管法70条1項2号の2及び同法74条の6を適用するか(ただし,日本弁護士連合会の2015年3月19日付けの意見書の第2の1(2)は,従来の刑法157条による対処で十分だとしているようではあります。),あるいは後記フランス入管法L623‐1条のような規定を我が入管法にも設けて対処する方が分かりやすいかもしれません。

 
  
5 有罪判決の後始末:戸籍の訂正

 検察官が婚姻の取消しの訴えを提起して勝訴したときについては,前記の戸籍法75条2項が「裁判が確定した後に,遅滞なく戸籍記載の請求をしなければならない。」と規定しています。これに対して,吾郎と白蘭との婚姻が無効であることが公正証書原本不実記載等の罪に係る刑事事件の判決で明らかになり,当該判決が確定した場合は吾郎の戸籍をどう訂正すべきでしょうか。

 戸籍制度に関する研究会の第5回会合に提出された資料5「戸籍記載の正確性の担保について」に「偽装婚姻について,刑事訴訟法第498条第2項ただし書の規定により市区町村に通知があった件数は,統計を開始した平成201218日から平成261231日までの累計で448件に及ぶ。」とありますので(5頁(注17)),「偽装婚姻」に係る公正証書原本不実記載等の罪の裁判を執行する一環として,「〔偽造し,又は変造された〕物が公務所に属するときは,偽造又は変造の部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」との刑事訴訟法498条2項ただし書に基づく処理をしているようです。(この「公務所への通知も,没収に準ずる処分であるから,押収されていると否とにかかわらず,490条および494条の規定に準じて,検察官がなすべきである。」とされています(松尾浩也監修・松本時夫=土本武司編集代表『条解刑事訴訟法 第3版増補版』(弘文堂・2006年)1008頁)。)通知を受ける公務所は上記会合に提出された参考資料6「戸籍訂正手続の概要」によれば本籍地の市区町村長であり,これらの市区町村長が届出人又は届出事件の本人に遅滞なく通知を行い(戸籍法24条1項),届出人又は届出事件の本人が戸籍法114条の家庭裁判所の許可審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)別表第1の124項)を得て市区町村長に訂正申請をするか,又は同法24条1項の通知ができないとき,若しくは通知をしても戸籍訂正の申請をする者がないときは,当該市区町村長が管轄法務局又は地方法務局の長の許可を得て職権で戸籍の訂正(同条2項)をすることになるようです。

ところが,「戸籍訂正の対象となる事件の内容が戸籍法114条によって処理するを相当とする場合には本人にその旨の通知をし,本人が訂正申請をしないときは戸籍法24条2項により監督法務局又は地方法務局長の許可を得て市町村長が職権訂正をすべきであり(昭和25年7月20日民甲1956号民事局長回答),そしてこの場合のみ市町村長の職権訂正を監督庁の長は許可する権限がある」ものの,「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」ということであったようであって(谷口162頁),前記戸籍制度に関する研究会の第5回会合においても「戸籍法第114条の訂正は,創設的な届出が無効な場合が対象となるが,一つ条件があり,無効であることが戸籍面上明らかであることが必要とされている。例えば,婚姻届の届出がされ,戸籍に記載された後,夫か妻の(婚姻前の日付で)死亡届が出されて,死亡の記載がされたような場合が考えられる。」との,呼応するがごとき発言がありました(議事要旨3頁)。「戸籍法114条は,届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に,その行為が無効であることを発見したときは,届出人または届出事件の本人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができると定めている。だから,第三者が戸籍の訂正をするには審判または判決によらねばならないが,婚姻の当事者がなすには,この規定によって家庭裁判所の許可だけですることもできると解する余地がある。前記の116条は「確定判決によ(ママ)て戸籍の訂正をすべきときは,・・・」というだけで,いかなる場合には確定判決もしくは家裁の審判によるべく,いかなる場合には家裁の許可で足りるか,明らかでない。実際の取扱では,利害関係人の間に異議がないときは許可だけでよいとされており,判例〔大判大正13年2月15日(民集20頁),大判大正6年3月5日(民録93頁)〕も大体これを認めているようである。正当だと思う。」と説かれていたところですが(我妻57頁。大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)45頁は,簡単に,「婚姻が無効となった後,戸籍の記載はどうなるのだろうか。この場合,届出人または届出事件の本人は,家裁の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。」と述べています。),しかし判例はそうだが「戸籍実務上は,無効が戸籍の記載のみによって明かな場合(戦死者との婚姻届の場合,昭和241114日民甲2651号民事局長回答。甲の既に認知した子を,乙が認知する届をなし受理記載され後の認知は無効となる場合,大正5年11月2日民1331号法務局長回答)は,114条の手続でよいが,戸籍面上明かでない場合は,当事者間の異議の有無にかかわらず116条の手続即ち確定判決又は審判を得て訂正すべきものと解せられている(昭和26年2月10日民甲209号民事局長回答)。」と言われていたところでした(谷口160頁)。利害関係者に異議のないまま戸籍法114条の手続を執ってくれれば,又は大げさながら婚姻の無効の訴えを提起して同法116条1項の手続を執ってくれればよいのですが,そうでない場合,同法24条2項に基づく職権訂正にはなおもひっかかりがあるようでもあります(「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては〔管轄法務局又は地方法務局の長に〕許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」)。すなわち,「訂正事項が身分関係に重大な影響を及ぼす場合には,職権で戸籍訂正を行うことができないと解する見解」もあるところです(「戸籍記載の正確性の担保について」9頁)。しかし,「実務上は,十分な資料により訂正事由があると認められる場合には,職権訂正手続を行っている」そうです(同頁)。

 

6 吾郎と白蘭の弁護方針

吾郎又は白蘭を公正証書原本不実記載等の罪の被告事件において弁護すべき弁護人は,前記内田理論を高唱して両者間の婚姻の有効性を力説する外には,どのような主張をすべきでしょうか。

愛,でしょうか。

前記Dallozのフランス民法146条(「合意がなければ,婚姻は存在しない。」)解説を見ると,「妻にその出身国から出国するためのヴィザを取得させ得るようにするのみの目的をもって挙式がされた婚姻は,合意の欠缺のゆえに無効である。」とされつつも(パリ大審裁判所1978年3月28日),「追求された目的――例えば,在留の権利,国籍の変更――が,婚姻の法的帰結を避けることなく真の夫婦関係において生活するという将来の両配偶者の意思を排除するものでなければ,偽装婚姻ではない。」とされています(ヴェルサイユ控訴院1990年6月15日)。フランス入管法L623‐1条1項も「在留資格(titre de séjour)若しくは引き離しから保護される利益を得る,若しくは得させる目的のみをもって,又はフランス国籍を取得する,若しくは取得させる目的のみをもって,婚姻し,又は子を認知する行為は,5年の禁錮又は15000ユーロの罰金に処せられる。この刑は,婚姻した外国人が配偶者に対してその意図を秘匿していたときも科される。」と規定しており,「目的のみをもって(aux seules fins)」が効いています。

しかし,吾郎は,前年の夏「戸籍の貸し賃」50万円を仲介の反社会的勢力からもらったきりで,白蘭とは一度も会ったことがなく,翌春同女が死んだ後になって初めてその名を知った有様です。トゥールーズ控訴院1994年4月5日も,同棲及び性的関係の不存在を,婚姻が在留資格目的で偽装されたものと認定するに当たって重視しています(前記Dallozフランス民法146条解説)。

やはり内田弁護士の理論にすがるしかないのでしょうか。

 なお,内田弁護士の尽力によって吾郎と白蘭との間の婚姻は民法上有効であるものとされても,入管法上は白蘭の日本在留は必ずしも保証されません。「外国人が「日本人の配偶者」の身分を有する者として〔入管法〕別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するためには,単にその日本人配偶者との間に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足りず,当該外国人が本邦において行おうとする活動が日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当することを要」し,「日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはでき」ず,そのような「外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということができない」からです(前記最高裁判所平成141017日判決)。(しかも「婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っているかどうかの判断は客観的に行われるべきものであり,有責配偶者からの離婚請求が身分法秩序の観点からは信義則上制約されることがあるとしても,そのことは上記判断を左右する事由にはなり得ない」とされています(ということで,当該最高裁判所判決は,4年前に日本人の夫が別に女をつくって家を出て行って,その後は在留資格更新申請の際等を除いて夫に会うこともなく,また相互に経済的関係もなかったタイ人妻に係る日本人の配偶者等としての在留資格更新を不許可とした処分を是認しました。)。)入管法22条の4第1項7号は,日本人の配偶者等の在留資格で在留する日本人の配偶者たる外国人が,「その配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な事由がある場合を除く。)」を在留資格取消事由としています(同条7項により30日以内の出国期間を指定され,当該期間経過後は退去強制になります(同法24条2号の4)。)。「偽装婚姻一般に共通して見られる同居の欠如(配偶者の身分を有する者としての活動実体の欠如)は,本号〔入管法22条の4第1項7号〕にいう「配偶者としての活動を行わずに在留している場合」にも該当し,同居していないことにつき正当理由がないことも明らかであるので,本号の取消し事由は偽装婚姻対策上も有効であると考えられる。」と説かれています(坂中=齋藤498頁)。 


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師直冢(兵庫県伊丹市池尻一丁目)

1 象徴的役割にふさわしい待遇を求める憲法的規範とそれに対する横着者の発言

 

 憲法は,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く」(1条)と規定する。「象徴」とは,無形の抽象的な何ものかを,ある物象を通じて感得せしめるとされる場合に,その物象を前者との関係においていうものである。鳩が「平和」の,ペンが「文」の象徴とされるがごときがその例である。したがって,この「象徴」は元来社会心理的なものであって,それ自体としては法と関係を有しうる性質のものではない。にもかかわらず,「象徴」関係が法的に規定されることがあるのは,基本的には,右の社会心理の醸成・維持を願望してのことである。・・・

  日本国憲法が天皇をもって「日本国」「日本国民統合」の「象徴」とするのも,基本的には右のような意味において理解される(ここに「日本国の象徴」と「日本国民統合の象徴」とある点については諸説があるが,前者は一定の空間において時間的永続性をもって存在する抽象的な国家それ自体に関係し,後者はかかる国家を成り立たしめる多数の日本国民の統合という実体面に関係していわれているものと解される)。・・・ただ,ここで「象徴」とされるものは,国旗などと違って人格であるため,その地位にあるものに対して象徴的役割にふさわしい行動をとることの要請を随伴するものとみなければならず,また,そのような役割にふさわしい待遇がなされなければならないという規範的意味が存することも否定できないであろう。・・・(佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)238239頁。なお,下線は筆者によるもの)

 

憲法的規範として,①象徴たる天皇の側においては「象徴的役割にふさわしい行動」をとるよう自制せられることが要請されており,②他方,国民の側においては「そのような役割」すなわち象徴的役割に「ふさわしい待遇」を 天皇に対してなすことが当然求められているということでしょう。(「国民としてもまた政府としても,象徴たるにふさわしい処遇といいますか,お取り扱いをするということは,その〔憲法の〕第1条から当然読み取れるということでございます。」との政府答弁があります(真田秀夫政府委員(内閣法制局長官)・第87回国会衆議院内閣委員会議録第8号19頁)。)しかしながら,あさましいことには,象徴的役割にふさわしい待遇をなし申し上げるのを面倒臭がる横着者もいるもののようです。

 

「都に,王と云ふ人のましまして,若干(そこばく)の所領をふさげ〔多くの所領を占有し〕内裏(だいり),院の御所と云ふ所のありて,馬より()るるむつかしさよ〔うっとうしさよ〕。もし王なくて(かな)ふまじき道理あらば,木を以て作るか,(かね)を以て()るかして,生きたる院,国王をば,いづくへも皆流し捨てばや」(兵藤裕己校注『太平記(四)』(岩波文庫・2015年)280頁・第二十七巻7(なお,この岩波文庫版は西源院本を底本とする。))

 

2 皇室費,皇室用財産等

 「若干(そこばく)の所領をふさげ,内裏(だいり),院の御所と云ふ所のありて」についての不平は,毎年度の国の予算に皇室の費用が計上され憲法88条後段。皇室経済法(昭和22年法律第4号)3条は「予算に計上する皇室の費用は,これを内廷費,宮廷費及び皇族費とする。」と規定),その額が約62億円となること(宮内庁のウェッブ・サイトによると,皇室費の平成29年度歳出概算要求額は合計6238百万円です。内訳は,内廷費が3億24百万円,宮廷費が5684百万円,皇族費が2億30百万円です。そのほか平成28年度末の予算定員が1009人である宮内庁の宮内庁費が11157百万円要求されていますが,これは大部分人件費です。),国有財産中に「国において皇室の用に供し,又は供するものと決定したもの」である行政財産たる皇室用財産(国有財産法(昭和23年法律第73号)3条2項3号)が存在することなどについてのものでしょうか。

 

(1)内廷費

 皇室経済法4条1項は「内廷費は,天皇並びに皇后,太皇太后,皇太后,皇太子,皇太子妃,皇太孫,皇太孫妃及び内廷にあるその他の皇族の日常の費用その他内廷諸費に充てるものとし,別に法律で定める定額を毎年支出するものとする。」と規定し,当該定額について皇室経済法施行法(昭和22年法律第113号)7条は,「法第4条第1項の定額は,3億2400万円とする。」と規定しています(平成8年法律第8号による改正後)。「内廷費として支出されたものは,御手元金となるものとし,宮内庁の経理に属する公金としない」ものとされています(皇室経済法4条2項)。また,内廷費及び皇族費として受ける給付には所得税が課されない旨丁寧に規定されています(所得税法(昭和40年法律第33号)9条1項12号)。
 ちなみに,宮中祭祀は「純然たる皇室御一家の祭祀であつて,皇室の家長たる御地位に於いて天皇の行はせらるる所であり,国家とは何等の直接の関係の無いもの」となっているところ(美濃部達吉『改訂憲法撮要』(有斐閣・1946年)555頁),天皇の祭祀に関与する「内廷職員とよばれる25名の掌典,内掌典は,天皇の私的使用人にすぎない」のですから(村上重良『天皇の祭祀』(岩波新書・1977年)214頁),その報酬は内廷費から出るわけです。なお,今上天皇即位の際の大嘗祭(1990年)の費用は内廷費からではなく後に説明する公金たる宮廷費から出ていますが,大嘗祭は「皇室の宗教上の儀式」ということですから理由付けは難しく,「その際,皇位世襲制を採用する憲法のもとで皇位継承にあたっておこなわれる大嘗祭には,公的性格がある,と説明された(即位の礼準備委員会答申に基づく政府見解)。ここでは,政教分離違反の問題が生じないというための大嘗祭の私事性と,それへの公金支出を説明するための「公的性格」とを,皇位世襲制を援用することによって同時に説明しようと試みられている。」と指摘されています(樋口陽一『憲法Ⅰ』(青林書院・1998年)124頁)。
 内廷費の定額は1947年当初は800万円でしたが,その内訳については,「御内帑金,これは御服装とかお身の回りの経費でございますが,その御内帑金が約50%,皇子の御養育費が約5%,供御供膳の費用,これはお食事とか御会食の経費でございますが,その供御供膳の経費が約10%,公でない御旅行の費用が約17%,お祭りの費用,用度の費用が残りというような説明がなされていた」とされています(第136回国会衆議院内閣委員会議録第3号3頁(角田素文政府委員(皇室経済主管)))。 

 

(2)皇族費

 内廷費の対象となる皇族以外の皇族に係る皇族費は,皇室経済法6条1項の定額が皇室経済法施行法8条において3050万円となっていますので(平成8年法律第8号による改正後),独立の生計を営む親王については年額3050万円(皇室経済法6条3項1号),その親王妃については年額1525万円(同項2号本文),独立の生計を営まない未成年の親王又は内親王には年額305万円(同項4号本文),独立の生計を営まない成年の親王又は内親王には年額915万円(同号ただし書),王,王妃及び女王に対してはそれぞれ親王,親王妃及び内親王に準じて算出した額の10分の7に相当する額の金額(同項5号)ということになります(なお,親王,内親王,王及び女王について皇室典範(昭和22年法律第3号)6条は,「嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は,男を親王,女を内親王とし,3世以下の嫡男系嫡出の子孫は,男を王,女を女王とする。」と規定)。部屋住みの成年の王又は女王には,年額640万5千円という計算です。皇族費も,御手元金となり,宮内庁の経理に属する公金とはされません(皇室経済法6条8項)。
 1996年当時の国会答弁によると,各宮家には平均5人程度の宮家職員が雇用されており,給与は国家公務員の給与に準じた取扱いがされ,一般企業の従業員と同様に社会保険・労働保険に加入して事業主負担分については皇族費から支弁がされています(第136回国会衆議院内閣委員会議録第3号5頁(森幸男政府委員(宮内庁次長)))。
 なお,内廷費及び皇族費の定額改定は,1968年12月に開催された皇室経済に関する懇談会(皇室経済会議の構成員に総理府総務長官を加えた懇談会)において,物価の上昇(物件費対応)及び公務員給与の改善(人件費対応)に基づいて算出される増加見込額が定額の1割を超える場合に実施するという基本方針(「原則として,物価のすう勢,職員給与の改善その他の理由に基づいて算出される増加見込額が,定額の1割をこえる場合に,実施すること」)が了承されています(第136回国会衆議院内閣委員会議録第3号4頁・同国会参議院内閣委員会会議録第3号2頁(
角田政府委員))。 

 

(3)宮廷費及び会計検査院の検査

 宮廷費は,「内廷諸費以外の宮廷諸費に充てるものとし,宮内庁で,これを経理」します(皇室経済法5条)。宮廷費は宮内庁の経理に属する公金であるので,会計検査院の検査を受けることになるわけです。会計検査院法(昭和22年法律第73号)12条3項に基づく会計検査院事務総局事務分掌及び分課規則(昭和22年会計検査院規則第3号)の別表によると,宮内庁の検査に関する事務は会計検査院事務総局第一局財務検査第二課が分掌しているところです。平成21年度決算検査報告において,宮廷費について,「花園院宸記コロタイプ複製製造契約において,関係者との間の費用の負担割合を誤ったなどのため,予定価格が過大となり契約額が割高となっていたもの」8百万円分が指摘されています。

 これは,花園天皇に関する狼藉というべきか。しかし,才なく,徳なく,勢いがなくなれば,万世一系といえどもあるいは絶ゆることもあらんかと元徳二年(1330年)二月の『誡太子書』において甥の量仁親王(光厳天皇)に訓戒していた花園天皇としては,宮廷費に一つ不始末があるぞと臣下が騒いでもさして動揺せらるることはなかったものではないでしょうか。「余聞,天生蒸民樹之君司牧所以利人物也,下民之暗愚導之以仁義,凡俗之無知馭之以政術,苟無其才則不可処其位,人臣之一官失之猶謂之乱天事,鬼瞰無遁,何況君子之大宝乎」。また更に「而諂諛之愚人以為吾朝皇胤一統不同彼外国以徳遷鼎依勢逐鹿・・・纔受先代之余風,無大悪之失国,則守文之良主於是可足・・・士女之無知聞此語皆以為然」,「愚人不達時変,以昔年之泰平計今日之衰乱,謬哉・・・」云々。唐土の皇帝らとは異なっているので何もせずとも代々終身大位に当たってさえおれば我が国の万世一系は安泰だと奏上するのは諂諛(てんゆ)之愚人で,そうか安泰なのかと思わされるのは士女之無知だ,必要な才がないのであればその位におるべからず,時変・衰乱の今日にあっていつまでも昔のやり方でよいというのは愚人のあやまであるというようなこととされているのでしょう。

なお,大日本帝国憲法下では,「皇室経費に付いては,国家は唯定額を支出する義務が有るだけで,その支出した金額が如何に費消せらるゝかは,全然皇室内部の事に属し,政府も議会も会計検査院も之に関与する権能は無い。皇室の会計は凡て皇室の機関に依つて処理せられるのである。」ということにされていました(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)686頁)。明治皇室典範48条は「皇室経費ノ予算決算検査及其ノ他ノ規則ハ皇室会計法ノ定ムル所ニ依ル」と規定していましたが,この「皇室会計法」は「法」といっても帝国議会の協賛を経た法律ではありませんでした。1912年には,皇室令たる皇室会計令(明治45年皇室令第2号)が制定されています。皇室令は,1907年の公式令(明治40年勅令第6号)によって設けられた法形式で,「皇室典範ニ基ツク諸規則,宮内官制其ノ他皇室ノ事務ニ関シ勅定ヲ経タル規程ニシテ発表ヲ要スルモノ」です(同令5条1項)。

 

(4)ちょっとした比較

 天皇制維持のための毎年の皇室の費用約62億円及び宮内庁費約112億円は高いか安いか。ちなみに,「議会制民主政治における政党の機能の重要性にかんがみ・・・政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り,もって民主政治の健全な発展に寄与することを目的」として(政党助成法(平成6年法律第5号)1条),国民一人当たり250円という計算で毎年交付される政党交付金の総額(同法7条1項)は,2016年につき31892884千円で,そのうち自由民主党分が1722079万円,民進党分が974388万円,公明党分が297209万8千円となっています(2016年4月1日総務省報道資料「平成28年分政党交付金の交付決定」)。

 

(5)国有財産及び旧御料

 GHQの意図に基づき「憲法施行当時の天皇の財産(御料)および皇族の財産を,憲法施行とともにすべて国有財産に編入するという意味」で日本国憲法88条前段は「すべて皇室財産は,国に属する。」と規定していますので(佐藤260頁),現在の「所領をふさげ」等の主体は,「王と云ふ人」ではなく,国ということになります(行政財産を管理するのは,当該行政財産を所管する各省各庁の長(衆議院議長,参議院議長,内閣総理大臣,各省大臣,最高裁判所長官及び会計検査院長)です(国有財産法5条,4条2項)。)。(なお,「皇室の御料」の沿革は,「明治維新の後は唯皇室敷地,伊勢神宮及び各山陵に属する土地及び皇族賜邸があつたのみで,その他には一般官有地の外に特別なる御料地は全く存しなかつたのであつたが,〔大日本帝国〕憲法の制定に先ち,将来憲政の施行せらるに当つては皇室の独立の財源を作る必要あることを認め,一般官有地の内から,御料地として宮内省の管轄に移されたものが頗る多く,皇室典範の制定せらるに及んでは,新に世伝御料の制をも設けられた〔明治皇室典範45条は「土地物件ノ世伝御料ト定メタルモノハ分割譲与スルコトヲ得ス」と規定〕。」というもので,「此等の御料から生ずる収入は,皇室に属する収入の重なる部分を為すもので,国庫より支出する皇室経費は其の以外に皇室の別途の収入となるもの」であったそうです(美濃部・精義685頁)。)「院の御所」は,太上天皇の住まいですから,天皇の生前退位を排除する皇室典範4条(「天皇が崩じたときは,皇嗣が,直ちに即位する。」)の現在の解釈を前提とすると,問題にはなりません。

 (ちなみに,世伝御料は「皇室ノ世襲財産」で(皇室の家長が天皇),「世伝御料タル土地物件ハ法律上ノ不融通物タルモノニシテ,売買贈与等法律行為ノ目的物タルコトヲ得ズ,又公用徴収若クハ強制執行ノ目的物トナルコトナシ」とされていますが(美濃部・撮要229230頁),これにはなかなかの慮り(おもんぱかり)があったようです。すなわち,『皇室典範義解』は「(つつしみ)て按ずるに,世伝御料は皇室に係属す。天皇は之を後嗣に伝へ,皇統の遺物とし,随意に分割し又は譲与せらることを得ず。故に,〔父の〕後嵯峨天皇,〔その兄息子であって持明院統の祖である〕後深草天皇をして〔弟息子であって大覚寺統の祖である〕亀山天皇に位を伝へしめ,遺命を以て長講堂領二百八十所を後深草天皇の子孫に譲与ありたるが如きは,一時の変例にして将来に依るべきの典憲に非ざるなり。」と述べていますが(宮沢俊義校註『憲法義解』(岩波文庫・1940年)166頁),これは,南北朝期における皇統間の争いは,皇位のみならず御料の継承をもめぐるものとの側面もあったという認識を示唆するものでしょう。また,長講堂領については正に,「若干そこばくの所領をふさげ」ということになります。ただし,現在においては,御料は前記のとおり国有財産に編入されてしまっていて皇室の所有権から離れていますから,そういう点では南北朝期的事態の発生原因の一つは消えているというべきでしょうか。)

 

3 太上天皇襲撃の罪と罰

 「馬より()るるむつかしさ」といっても,さすがに「からからと笑うて,「なに院と云ふか。犬ならば射て置け」と云ふままに,三十余騎ありける郎等(ろうどう)ども,院の御車を真中(まんなか)()()め,索涯(なわぎわ)(まわ)して追物(おうもの)()にこそ射たりけれ。御牛飼(おんうしかい)(ながえ)を廻して御車を(つかまつ)らんとすれば,胸懸(むながい)を切られて(くびき)も折れたり。供奉(ぐぶ)雲客(うんかく),身を以て御車に()たる矢を防かんとするに,皆馬より射落とされて()()ず。(あまっさ)へ,これにもなほ飽き足らず,御車の下簾(したすだれ)かなぐり落とし,三十輻(みそのや)少々踏み折つて,(おの)が宿所へぞ帰りける。」(『太平記(四)』60頁・第二十三巻8)ということが許されないことはもちろんです。しかし,この場合,院(太上天皇)の身体に対する行為に係る刑罰はどうなるか。

 

(1)暴力行為等処罰に関する法律及び刑法

傷害の結果が生じていれば,「銃砲又ハ刀剣類」を用いたものとして暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)1条ノ2第1項に基づき1年以上15年以下の懲役に処し得るものとなるかといえば,「銃砲」にも「刀剣類」にも弓矢は含まれないようなので(銃砲刀剣類所持等取締法(昭和33年法律第6号)2条),やはり刑法(明治40年法律第45号)204条の傷害罪ということで15年以下の懲役又は50万円以下の罰金ということになるようです。ただし,常習としてしたものならば1年以上15年以下の懲役です(暴力行為等処罰に関する法律1条ノ3)。

なお,暴力行為等処罰に関する法律1条ノ3にいう常習性については「反復して犯罪行為を行なう習癖をいい(常習賭博についての,大審院昭和2・6・29集6・238参照),それは行為の特性ではなく,行為者の属性であると解せられており,かような性癖・習癖を有する者を常習者または常習犯人とよぶ」と説明されています(安西搵『特別刑法〔7〕』(警察時報社・1988年)54頁)。(ついでながら更に述べれば,常習性は,必要的保釈に係る刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)89条3号においても同様に解すべきでしょう。この場合,業として行うことは,習癖の発現として行うこと(安西55頁参照)には当たらないでしょう。筆者は,「業として」長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯した被告人について,保釈許可決定を得たことがあります。)

傷害の結果が生ぜず暴行にとどまれば(刑法208条参照),「団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ・・・又ハ兇器ヲ示シ若ハ数人共同シテ」行っていますから,暴力行為等処罰に関する法律1条により3年以下の懲役又は30万円以下の罰金ということになります。暴行を常習として行ったのならば3月以上5年以下の懲役です(暴力行為等処罰に関する法律1条ノ3)。

院に傷害が生じたかどうかが明らかではないこと,また,「猛将として知られ,青野原合戦で活躍」した「元来(もとより)酔狂(すいきょう)の者」であって「この(ころ)特に世を世ともせざ」るものであっても(『太平記(四)』59頁),それだけで直ちに暴力行為を累行する習癖が同人にあるものと断定してよいものかどうか躊躇されることといった点に鑑みて保守的に判断すると,刑罰は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金ということになりましょうが,少々軽いようにも思われます(しかし,平安時代の花山院襲撃事件の下手人である藤原伊周・隆家兄弟は「むつかし」いこともなく大宰府及び出雲国にそれぞれ左遷で済んでいますから,むしろ重過ぎるというべきか。)。

 

(2)皇室ニ対スル罪

この点,昭和22年法律第124号によって19471115日から削除される前の刑法73条又は75条によれば,太上天皇襲撃事件の犯人は院に「危害ヲ加ヘタル者」としてすっぱりと死刑とされたことでしょう。皇室ニ対スル罪に係る両条における「危害(・・)とは生命・身体に対する侵害又は其の危険を謂ふ。」とされています(小野清一郎『刑法講義各論』(有斐閣・1928年)7頁)。現実にも康永元年(1342年)の光厳院襲撃犯である土岐頼遠は,「六条河原にて首を刎ね」られています(『太平記(四)』62頁)。ただし,太上天皇は「天皇,太皇太后,皇太后,皇后,皇太子又ハ皇太孫」に含まれるものとして刑法旧73条を適用するか,その他の皇族として同法旧75条を適用するかの問題が残っています。

 

4 象徴の必要性

ところで,前記横着者は,「王なくて(かな)ふまじき道理あらば」と認容的な言葉も発していますから,我が国体においては「日本国及び日本国民統合の象徴」(2012年4月27日決定の自由民主党日本国憲法改正草案1条の文言)の存在が不可欠であるということを完全に否認するものではないのでしょう。「日本国は,長い歴史と固有の文化を持ち,国民統合の象徴である天皇を戴く国家」なのであります(自由民主党日本国憲法改正草案前文)。

 

5 国王遺棄及び「金を以て鋳」た象徴の例

 「木を以て作るか,(かね)を以て()るかして,生きたる院,国王をば,いづくへも皆流し捨てばや」という発言は,王を移棄するぞということなのでしょうが,神聖王家の王を遺棄去って代わりに木造又は金で鋳造した御神体(象徴)を奉戴するという方法も含まれるのでしょう。後者については次のような前例がありますが,余り快適な結果にはならなかったようです。

 

 かくてイスラエル(みな)〔レハベアム。同王は,ソロモンの子,すなわちダビデの孫〕(おのれ)(きか)ざるを見たり(ここ)において(たみ)王に答へて(いひ)けるは我儕(われら)ダビデの(うち)(なに)(ぶん)あらんやヱサイ〔ダビデの父〕の子の(うち)に産業なしイスラエルよ(なんぢ)()天幕(てんまく)に帰れダビデよ(いま)(なんぢ)の家を視よと(しか)してイスラエルは(その)天幕に去りゆけり

 然れどもユダの諸邑(まちまち)(すめ)るイスラエルの子孫(ひとびと)の上にはレハベアム(その)王となれり

 レハベアム王徴募頭(ちやうぼがしら)なるアドラムを遣はしけるにイスラエル(みな)石にて彼を(うち)(しな)しめたればレハベアム王急ぎて(その)車に登りエルサレムに逃れたり

 (かく)イスラエル,ダビデの家に背きて今日にいたる 

(列王紀略上第121619

 

古代イスラエルでも王は臣民から推戴されるものだったようです。紀元前10世紀のソロモン王の死後その息子レハベアムを国王に推戴するためシケムで集会があった際,臣民の側からソロモン王時代の重い負担を軽減してくれとの請願があったところ,舐められてはならぬと思ったものか,偉大な親父の貫目に負けじとレハベアムは,お前らの負担をむしろもっと重くしてやると答えてしまったのでした。そこで,ソロモンの王国は,ダビデ王朝に反発して離反した北の十部族のイスラエル王国と,引き続きダビデ王朝の下に留まった南のユダ王国(ユダはダビデの出身部族)との二つに分裂したというわけです。イスラエル王国の初代国王としては,王位を窺う者として,ソロモン王の生前エジプトに逃れていたヤラベアムが推戴されました(列王紀略上第1220)。ところが,

 

(ここ)にヤラベアム(その)心に(いひ)けるは国は今ダビデの家に帰らん

(もし)此民(このたみ)エルサレムにあるヱホバの家に礼物(そなへもの)(ささ)げんとて上らば(この)(たみ)の心ユダの王なる(その)(しゅ)レハベアムに帰りて我を殺しユダの王レハベアムに帰らんと

(ここ)に於て王計議(はかり)(ふたつ)の金の(こうし)を造り人々に(いひ)けるは(なんぢ)らのエルサレムに上ること既に(たれ)りイスラエルよ(なんぢ)をエジトの地より導き上りし汝の神を視よと

(しか)して(かれ)(ひとつ)をベテルに()(ひとつ)をダンに(おけ)

此事(このこと)罪となれりそ(たみ)ダンに(まで)(ゆき)(その)(ひとつ)の前に(まうで)たればなり

(列王紀略上第122630

 

「時代の隔たりや権力の規模とかかわりなく,およそ王権は,宗教的基盤を離れては存在しえない」ところです(村上4頁)。新たに独立したイスラエル王国の初代王ヤラベアムとしては,ダビデの神聖王家が擁する宗教的権威に対抗するために,「(かね)を以て()」った(こうし)2体必要とたのでした。

けれども,「(かね)を以て()」った(こうし)では,「生前退位」云々といった面倒はないものの生きて務めを果たしてくれるものではなく,やはり霊験が不足するのか,ヤラベアムの王朝は2代目で断絶してしまいました。

 

ユダの王アサの第二年にヤラベアムの子ナダブ,イスラエルの王と()り二年イスラエルを治めたり

彼ヱホバの目のまへに悪を(なし)(その)父の道に歩行(あゆ)(その)イスラエルに犯させたる罪を行へり

(ここ)にイツサカルの家のアヒヤの子バアシヤ彼に敵して党を結びペリシテ人に属するギベトンにて彼を(うて)()はナダブとイスラエル(みな)ギベトンを囲み()たればなり

ユダの王アサの第三年にバアシヤ彼を殺し彼に代りて王となれり

バアシヤ王となれる時ヤラベアムの全家を撃ち気息(いき)ある者は一人もヤラベアムに残さずして尽く之を(ほろぼ)せり

(列王紀略上第152529

 

ヤラベアム王朝を滅ぼしたバアシヤの王朝も,2代目が暗殺され,全家が滅ぼされて断絶します(列王紀略上第161012)。イスラエル王国ではその後最後まで頻繁に王朝交代が生ずることになりました(同王国は前721年頃にアッシリアに滅ぼされ, その構成部族は離散して「失われた十支族」となる。)。これに対してダビデ神聖王家のユダ王国は,同一王朝の下に前587年頃まで存続しました(バビロン捕囚となったものの, 後に帰還。)。神聖王家を戴く方が,「(かね)を以て()」った(こうし)を戴くよりも安定するのだと言うのは即断でしょうか。

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 こちらは,銅を以て鋳った牛(東京都文京区湯島神社)

6 妙吉侍者対高師直・師泰兄弟及び不敬罪

さて,本稿における前記横着者は,一般に高武蔵(こうのむさし)(のかみ)師直(もろなお)であるとされています。しかしながら発言主体を明示せずに書かれた『太平記』の当該部分の文からは,その兄弟である越後守(もろ)(やす)の発言であるという読み方も排除できないようです。「天皇・・・ニ対シ不敬ノ行為アリタル者」として3月以上5年以下の懲役に処せられるべき不敬罪(刑法旧74条1項)を犯したということになるようですが,このことは,高師直にとっての濡れ衣である可能性はないでしょうか。

そもそも,高師直・師泰兄弟に帰せられる当該発言は,(みょう)(きつ)侍者(じしゃ)とい,高僧・夢窓疎石の同門であることがわずかな取り柄といえども道行(どうぎょう)ともに足らずして,われ程の(がく)()の者なしと思」っている慢心の仏僧(『太平記(四)』170頁・第二十六巻2)が,足利直義に告げ口をしたものです。妙吉の人となり及び学問は,兄弟弟子の夢窓疎石の成功を「見て,羨ましきことに思ひければ,仁和寺に()一房(いちぼう)とて外法(げほう)成就の人のありけるに,(だぎ)尼天(にてん)の法を習ひて,三七日(さんしちにち)行ひけるに,頓法(とんぽう)立ちどころに成就して,心に願ふ事(いささ)かも(かな)はずと云ふ事なし。」なったというものですが(『太平記(四)』267268頁・第二十七巻5),有名人(夢窓疎石)の出るような大学に入ったものの,学者としての見栄えばかりを求める人柄で(「羨ましきことに思ひ」),そのくせ腰を入れ年月をかけて学問を成就する根気及び能力がないものか,優秀な学者・実務家が集まって伝統的仏法に係る主要経典の解釈に携わる正統的な解釈学等の学問分野からは脱落して「外法」に踏み入り,速習可能で(「三七日」すなわち21日学ぶだけ),かつ,すぐ目先の願望確保に役立つであろう浮華な流行的分野(「頓法」は,「速やかに願望を成就する修法」)に飛びついて専攻し,咜祇(だぎ)尼天(にてん)が云々と一見難解・結局意味不明禅語的言辞をもって衆人をくらまし自己を大きく見せようとばかりする,一種さもしい似非学者といったような人物だったのでしょう。夢窓疎石が妙吉を,自分に代わる禅の教師として「語録なんどをかひがひしく沙汰し,祖師〔達磨大師〕の心印をも(じき)に承当し候はんずる事,恐らくは恥づべき人〔うわまわる人〕も候は」ずと足利直義に推薦し,「直義朝臣,一度(ひとたび)この僧を見奉りしより,信心肝に銘じ,渇仰類なかりけ」りということになったのですが『太平記(四)』268頁),夢窓疎石には,同一門下の兄弟弟子らが身を立てることができるように世話を焼いてついつい法螺まで吹いてしまうという俗なところがあり(頼まれれば前記土岐頼遠の助命嘆願運動もしています(『太平記(四)』62頁)。),他方,足利直義が後に観応の擾乱の渦中においてよい死に方をしなかったのは,そもそも同人には人を見る目がなかったからだということになるのでしょうか。(また,妙吉坊主なんぞの告げ口を真に受けたということは,「権貴幷びに女性禅律僧の口入を止めらるべき事」との建武式目8条違反でもあったわけです。)

しかし,高師直・師泰兄弟のような実務の実力者からすると,似非学者の中身の無さはお見通しであり,それを夢窓疎石に対する配慮か何か知らぬが妙にありがたがっている足利直義の様子は片腹痛く,妙吉は,軽蔑・無視・嘲弄の対象にしかならなかったところです。

 

 かやうに〔妙吉侍者に対する〕万人崇敬(そうきょう)