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1 横領の罪と「横領」の語と

 1907年制定の我が現行刑法(明治40年法律第45号)の第38章の章名は「横領の罪」とされ,同章冒頭の同法2521項は「自己の占有する他人の物を横領した者は,5年以下の懲役に処する。」と規定しています。

「横領」とは,国語辞典的には「人の物を不法に自分のものとすること。横取りすること。横奪。押領(おうりょう)。」という意味であるものとされています(『日本国語大辞典第二版第2巻』(小学館・2001年)885頁)。

法律的には,刑法2521項の単純横領罪について「「横領」とは,自己の占有する他人の物を不法に領得することをいい,それは,不法領得の意思を実現するすべての行為を意味する。その不法行為の意思が確定的に外部に発現されたとき,本罪は既遂になる。」ということであって(末永秀夫=絹川信博=坂井靖=大仲土和=長野哲生=室井和弘=中村芳生『-5訂版-犯罪事実記載の実務 刑法犯』(近代警察社・2007年)533頁。下線は筆者によるもの),具体的には,「売却,入質,貸与,贈与,転貸(以上は物の法律的処分),費消(物の物質的処分),拐帯,抑留,隠匿,着服(以上は物の事実的処分)などによって行なわれる」ものとされています(同頁)。なお,不法領得の意思の存在それ自体のみでは犯罪とはならず,行為を要するわけです。

 「横領」は,今日,広く理解された日常的概念であるように思われます。

 

2 明治の新造語であった「横領」

 しかしながら,「横領」は,実は明治時代における新造語であって,我が日本語の伝統的語彙には含まれていないものだったのでした。

『日本国語大辞典第二版第2巻』には「「横領」の語形は明治期まで資料に見当たらないが,明治15年〔1882年〕までに脱稿したとされる「稿本日本辞書言海」に「わうりやう 横領 恣ニ他ノ物ヲ奪フ事,ヨコドリ,横奪,侵略」とあり,挙例に見られるように明治中期に至って使用が定着したか。「おうりょう(押領)」の語誌。」とあります(885頁)。ここでの「挙例」中の一番早期のものは,「*内地雑居未来之夢(1886)(坪内逍遥)11「お店をあの儘に横領(ワウリャウ)して,自己(うぬ)が物にして踏張らうといふ了見」」です(同頁)。

したがって,1880717日に布告された我が旧刑法(明治13年太政官布告第36号。188211日から施行(明治14年太政官布告第36号))には,実は「横領」の名の罪は無かったのでした。

(なお,「押領」の「語誌」には,「〔略〕所領を奪う意で中世に多用されたが,対象が土地だけではなく金品に及ぶようになって「横領」へと変化していったものか。」とあります(『日本国語大辞典第二版第2巻』885頁)。すなわち「横領」は,元々は不動産侵奪(刑法235条の2参照)から始まったということでしょうか。)

 

3 旧刑法393条,395条,397条等

 「横領」の語の確立していなかった当時,「横領」の名の罪は無かったとはいえ,現行刑法252条の罪に対応する罪は,旧刑法第3編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」の第2章「財産ニ対スル罪」中第5節「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」において,次のように規定されていました。

 

  第393条 他人ノ動産不動産ヲ冒認シテ販売交換シ又ハ抵当典物ト為シタル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス〔2月以上4年以下の重禁錮に処し,4円以上40円以下の罰金を附加〕

   自己ノ不動産ト雖モ已ニ抵当典物ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売与シ又ハ重()テ抵当典物ト為シタル者亦同シ

  第394条 前数条ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者ハ6月以上2年以下ノ監視ニ付ス〔「監視」は「主刑ノ終リタル後仍ホ将来ヲ撿束スル為メ警察官吏ヲシテ犯人ノ行状ヲ監視セシムル者」です(旧刑法附則(明治14年太政官布告第67号)21条)。〕

  第395条 受寄ノ財物借用物又ハ典物其他委託ヲ受ケタル金額物件ヲ費消シタル者ハ1月以上2年以下ノ重禁錮ニ処ス若シ騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス

  第396条 自己ノ所有ニ係ルト雖モ官署ヨリ差押ヘタル物件ヲ蔵匿脱漏シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処ス但家資分散ノ際此罪ヲ犯シタル者ハ第388条ノ例ニ照シテ処断ス〔2月以上4年以下ノ重禁錮。なお,家資分散は,非商人のための破産手続です。〕

  第397条 此節ニ記載シタル罪ヲ犯サントシテ未タ遂ケサル者ハ未遂犯罪ノ例ニ照ラシテ処断ス〔已に遂げたる者の刑に1等又は2等を減ずる〕

  第398条 此節ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者第377条ニ掲ケタル親属〔祖父母,父母,夫妻,子,孫及びその配偶者又は同居の兄弟姉妹〕ニ係ル時ハ其罪ヲ論セス

 

旧刑法393条の罪が,前記1の物の法律的処分に係る横領罪に対応するようです。しかし,詐欺取財をもって論ずるものとされています。「典物」の「典」は,「質に入れる」の意味ですが(『角川新字源』(123版・1978年)),広義には担保権を設定するということになりましょう。

旧刑法395条前段の罪は,前記1の物の物質的処分に係る横領罪に対応するようです。しかし,後段の「騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル者ハ詐欺取材ヲ以テ論ス」るものとされる「騙取拐帯其他詐欺ノ所為」が,前記1の物の事実的処分に係る横領罪に正確に対応するものかどうかは分かりづらいところです。

 

4 旧刑法393

 

(1)1877年司法省案

旧刑法393条は,187711月の司法卿への上申案では「第437条 他人ノ動産不動産ヲ冒認シ人ヲ騙瞞シテ販売交換シタル者又ハ抵当典物ト為シタル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス/自己所有ノ不動産ト雖モ已ニ抵当ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売典〔与〕シ又ハ重ネテ抵当ト為シタル者亦同シ但判決ノ前ニ於テ抵当ノ金額ヲ弁償シタル者ハ其罪ヲ論〔免〕ス」というものでした(『日本刑法草案会議筆記第分冊』(早稲田大学出版部・1977年)2441-2442頁)。

同年8月のフランス語文案では,“437. Est encore coupable d’escroquerie et puni des peines portées à l’article 434 celui qui, à l’aide de manœuvres frauduleuses, a vendu ou cédé à titre onéreux, hypothéqué ou donné en nantissement un immeuble ou un meuble dont il savait n’être pas propriétaire, ou qui, étant propriétaire, a vendu ou hypothéqué un immeuble, en dissimulant, à l’aide de mêmes manœuvres, tout ou partie des hypothèques dont il était grevé./ Le coupable, dans ce dernier cas, sera exempt de peine, s’il a remboursé, avant la condamnation, les créances hypothécaires par lui dissimulées.”となっていました。

“Nemo plus juris ad alium transferre potest quam ipse habet”(何人も自己の有する権利より大きな権利を他者に移転することはできない)原則を前提に,所有権を得られなかった買主,抵当権を取得できなかった抵当権者等を被害者とするものでしょうか。しかし,現在,不動産の二重売買の場合であっても第2の買主が先に登記を備えれば当該買主は所有権者になれますし(民法(明治29年法律第89号)177条),動産の場合には善意無過失の買主に即時取得の保護があります(同法192条)。ここで,1877年当時においては所有権を有さない者を売主とする売買によって買主は所有権を取得できなかったかどうかを検討しておく必要があるようです。

 

(2)1877年段階における無権利者から物を購入した場合における所有権取得の可否

 

ア 不動産:物権変動の効力要件としての地券制度及び公証制度

まず,不動産。「明治維新とともに,旧幕時代の土地取引の禁令が解除され(明治五年太政官布告50号),土地の所有と取引の自由が認められるにいたったが,同時に近代的な地租制度を確立するための手段として地券制度が定められた(明治五年大蔵省達25号)。すなわち,土地の売買譲渡があるごとに(後には所有者一般に),府知事県令(後に郡役所に移管さる)が地券(所在・面積・石高・地代金・持主名等を記載)正副2通を作成し,正本は地主に交付し,副本は地券台帳に編綴した。この地券制度のもとでは,地券の交付ないし裏書(府県庁が記入する)が土地所有権移転の効力発生要件とされた(初期には罰則により強制された)。/〔略〕地券制度によっては覆われえない土地の担保権設定や建物に関する物権変動につき,公証制度が採用された(明治6-8年)。その方法は,物権変動に関する証文に戸長が奥書・割印(公簿との)するものであるが,かかる公証制度は後に土地所有権にも拡げられた(明治13年)。なお,右公証は規定上は物権変動の効力発生要件とされたが,実際の運用上は第三者対抗要件とされていた。」ということですので(幾代通『不動産登記法』(有斐閣・1957年)3-4頁),1877年(明治10年)当時には,土地の所有権の移転については地券制度,その他不動産の物権変動については公証制度(奥書割印制度)がいずれも効力発生要件として存在していたということでしょう(「実際の運用上は第三者対抗要件とされていた」というのは,お上の手を煩わすことを厭う人民たる当事者間においては,公証を受けぬまま物権変動があるものとして通用していたということであって,司法省当局の建前は,飽くまでも効力発生要件であるものとしていたのでしょう。)。

未公証の売買の後に当該売主を売主として同一不動産について更に売買がされた場合において当該後からの売買について公証がされたときは,前の売買の買主はそもそも所有権を全然取得しておらず,後の売買の買主は完全な所有権者から有効に所有権を取得したということになります。自分の物を売っただけの売主に,横領罪(現行刑法2521項)が成立するということはないわけです。他方,公証された売買(したがって,所有権は買主に有効に移転して売主は無権利者となる。)の後に更に当該売主が同一不動産を他の者に対して売るというようなことは,後の売買の買主があらかじめしっかり戸長に確認するお上の制度を弁えた人物である限りは生じない建前のようです。

 

イ 動産:即時取得(即時時効)未導入

動産については,現行民法192条の案文を審議した1894529日の法典調査会の第16回議事速記録において,同条に係る参照条文は,旧民法証拠編(明治23年法律第28号)144条,フランス民法2279条,ロシア民法317条,イタリア民法707条,スイス債務法205条及びスペイン民法464条が挙げられているだけです(『法典調査会民法議事速記録第6巻』(日本学術振興会・1936年)163丁表裏)。即時時効(旧民法証拠編144条)ないしは即時取得制度は新規の輸入制度であったということでしょうか。1894529日の段階でなお土方寧は即時取得の効果について「私ノ考ヘデハ本条〔民法192条〕ニ所謂色々ノ条件ト云フモノガ具ツテ居ツテ他人ノ物ヲ取得スルトキニハ真ノ所有主即チ自分ヨリ優ツタ権利ヲ持テ居ル人ヨリ()()即チ一般ノ人ニ対シテハ所有権ヲ取得シタモノト看做スト云フコトニシテ全ク第三者ノ方ニ取ラナクテハナラヌト思ヒマス」と発言し(下線及び傍点は筆者によるもの),「夫レナラ丸デ削ツテ仕舞ハナケレバ徃カヌ」と梅謙次郎に否定されています(『法典調査会民法議事速記録第6巻』169丁裏-170丁表)。確かに,自らを所有権者であると思う善意の占有者は,結局はその物の真の所有権者からの返還請求に応じなくてはならないとはいえ,その間果実を取得でき(民法1891項),その責めに帰すべき事由によって占有物を滅失又は損傷させてしまったとしてもその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において回復者に賠償をすればよいだけである(同法191条)との規定が既にあります。

 

(3)旧刑法393条起草時の鶴田=ボワソナアド問答

ところで,旧刑法393条の規定の原型は,司法省において,187612月より前の段階で,同省の鶴田皓の提議に基づき,フランスからのお雇い外国人であるボワソナアドによって起草されたものでした。なお,鶴田皓は「同じ肥前出身の大木喬任〔司法卿〕の信頼が厚かったといわれており,また,パリでボワソナアドから刑法などの講義を受け,ヨオロッパ法にも,一応の知見をもっていた」人物です(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波文庫・1998年)113頁)。

 

 鶴田 又爰ニ議定スヘキ一事アリ即二重転売ノ罪之レナリ例ハ甲者ヘ売渡スヘキ契約ヲ為シ其手付金ヲ受ケ取タル上又乙者ヘ売渡シ其代価ノ金額ヲ欺キ取タルノ類ヲ云フ之レハ矢張詐偽取財ヲ以テ論セサルヲ得ス

 Boissonade 其二重転売ハ固ヨリ詐偽取財ヲ以テ論セサルヲ得ス即第3条〔旧刑法390条の詐欺取財の罪の原型規定〕ノ「其他偽計ヲ用ヒテ金額物件云々」ノ内ニ含(ママ)スヘキ積ナリ

 鶴 然シ二重転売ヲ以テ第3条ノ〔「〕其他偽計ヲ用ヒテ金額物件云々」ノ内ニ含畜セシメントスルハ少シ無理ナリ故ニ此二重転売ノ詐偽取財ヲ以テ論スヘキ主意ハ別ニ1条ヲ以テ特書センコトヲ要ス

 

  此時教師ヨリ加条ノ粗案ヲ出ス

 

B 然ラハ別ニ左ノ主意ヲ以テ1条ヲ加フヘシ

 

  第 条 故意ヲ以テ己レニ属セサル動産ヲ要償ノ契約ヲ以テ譲シ又ハ典物ト為シタル事ヲ欺隠シテ売リ又ハ他ヘ書入ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ス

〔筆者註:「徳川時代に諸道具または品物の書入(〇〇)と称せしもの」は,質ならざる「動産抵当」のことです(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(岩波文庫・1984年)24頁)。〕

 

 鶴 此条ヘ動産(〇〇)云々ト記シテ不動産ヲ記セサルハ差〔蓋〕シ不動産ニハ二重転売スルコトナシトスルナラン

  然シ例ハ甲ノ狭小ナル地ヲ売ランカ為メ乙ノ広大ナル地ヲ人ニ示シ其広大ナル地ノ価額ヲ受取ルノ類ナキニアラス

  最モ仏国ニテハ不動産ノ売買ハイ()テーキ役所ニ於テ登記スヘキ規則アルニ付詐偽シテ売買スルコトナキ筈ナレ𪜈(トモ)日本ニテハ未タ〔「〕イボテーキ」役所ノ規則モ十分ナラス故ニ或ヒハ区戸長ト犯人ト私和シテ詐偽スルコトナキニモアラス故ニ日本ニテハ此条ヘ不動産(〇〇〇)ノ字ヲモ掲ケ置カンコトヲ要ス

  〔筆者註:フランスの「イポテーク役所」(bureau des hypothèquesに関しては,「民法177条とフランス1855323日法」記事を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html)。〕

 

 B 仏国ニテハ不動産ノ売買ニ付テ詐偽スル者ナキ筈ナリ若シ之ヲ詐偽スル者アリタル時ハ民事上ニ於テ損害ノ償ヲ求ムル而已ナリ何トナレハ地面家屋等ノ不動産ハ他ヘ転輾セス何時迠モ其形迹ノ現在スル故ニ仮令一旦詐偽セラルトモ再ヒ其詐偽ヲ見出シ易キモノナレハナリ

  〔筆者註:これは,不動産取引についての詐欺は,どうせいつかは発覚するのであえて行う者はいないだろう,という趣旨でしょうか。〕

  然ルニ動産ハ他ヘ転輾シ竟ニ其形迹ヲ現在セサルニ至ル故ニ一旦詐偽セラレタル以上ハ到底其損害ヲ受クルヲ免レス仍テ動産ノ二重転売ハ詐偽取財ヲ以テ論スヘキナレ𪜈(トモ)不動産ハ之ヲ罪ト為スニ及ハサルヘシト思考ス

  〔筆者註:ここでのボワソナアド発言の趣旨は分かりにくいところですが,実は旧刑法393条の罪は,第1買主に対する横領の罪と第2買主に対する詐欺の罪との観念的競合であるものと考えられていたところでした。すなわち,鶴田皓が理解するところ「一体此前段ノ己レニ属セサル動産不動産ヲ要償契約ヲ以テ附与シ云々」ハ盗罪ト詐偽取財ト2罪ノ性質ヲ含畜スルニ似タリ何トナレハ其他人ニ属スル動産不動産ヲ己レノ所有物同様私ニ販売シ又ハ典物ト為ス点ヨリ論スレハ盗罪ノ性質ナリ又之ヲ己レノ所有物ナリト云ヒ他人ヲ欺キ販売又ハ典物ト為シテ利益ヲ得ル点ヨリ論スレハ詐偽取財ノ性質ナレハナリ」であって,同人が更に「然ルニ之ヲ詐偽取財ニ引付テ論スルハ盗罪ト詐偽取財トノ2倶発ト為シ其一ノ重キニ従テ処断スル主意ナリヤ」とボワソナアドに問うたところ,ボワソナアドは「然リ道理上ヨリ論スレハ固ヨリ貴説ノ如クナレ𪜈(トモ)其詐偽取財ノ成立タル以上ハ其以前ノ所為ハ之ヲ総テ1罪ヲ犯ス為メ数多ノ刑名ニ触レタル者ト見做サルヽ(ママ)ヲ得ス」と回答しています(『日本刑法草案会議筆記第分冊2488-2489頁)。このボワソナアド回答は,牽連犯規定(現行刑法541項後段。旧刑法には牽連犯規定はありませんでした。牽連犯規定に関しては,江藤隆之「牽連犯の来歴――その3つの謎を解く――」桃山法学33号(2020年)41頁以下が興味深いですね。)の先駆となるべき思考を示すものでもありましょう(また,『日本刑法草案会議筆記第分冊』2532頁では,旧刑法395条の前身条文案について「此蔵匿拐帯シタル物品ヲ以テ他人ヘ売却シテ利ヲ得タル時ハ前条〔旧刑法393条の前身条文案〕ノ詐偽取財ヲ以テ論スヘキナラン」との鶴田の問いに対してボワソナアドは「然リ此背信ノ罪〔旧刑法395条の前身条文案〕ハ蔵匿拐帯消費シタル而已ヲ以テ本罪ト為ス」と述べています。)。なお,動産の二重売買問題については,フランスにおいてはナポレオンの民法典1141条によって解決が与えられていたので,当該解決に慣れていたであろうボワソナアドにとっては,Nemo plus juris ad alium transferre potest quam ipse habet”原則が貫徹する場合における当該問題を改めて考えることには当初戸惑いがあったかもしれません。ナポレオンの民法典1141条はいわく,“Si la chose qu’on s’est obligé de donner ou de livrer à deux personnes successivement, est purement mobilière, celle des deux qui en a été mise en possession réelle est préférée et en demeure propriétaire, encore que son titre soit postérieur en date, pourvu toutefois que la possession soit de bonne foi.”2の相手方に順次与え又は引き渡されるべく義務付けられた物が純粋な動産の性質を有する場合においては,当該両者中先に現実の占有を得た者が,その権原の日付が劣後するものであっても,優先され,かつ,その所有者となる。ただし,当該占有が善意によるものであるときに限る。)と(我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)346条も「所有者カ1箇ノ有体動産ヲ2箇ノ合意ヲ以テ各別ニ2人ニ与ヘタルトキハ其2人中現ニ占有スル者ハ証書ノ日附ハ後ナリトモ其所有者タリ但其者カ自己ノ合意ヲ為ス当時ニ於テ前ノ合意ヲ知ラス且前ノ合意ヲ為シタル者ノ財産ヲ管理スル責任ナキコトヲ要ス/此規則ハ無記名証券ニ之ヲ適用ス」と規定しています。)。〕

 鶴 然ラハ不動産ヲ区戸長ト私和シテ二重転売又ハ二重ノ抵当ト為シタル時ハ其区戸長而已ヲ罰シ其本人ハ罰セサルヤ

 B 然リ其本人ヘ対シテハ民事上ニ於テ損害ノ償ヲ求ムル而已ナリ

 鶴 然シ日本ニテハ未タ「イホテーキ」ノ規則十分ナラサル故ニ不動産ニテモ或ハ之ヲ二重転売又ハ二重抵当ト為ス者ナキヲ保シ難シ故ニ右加条ノ粗案中ヘ不動産(〇〇〇)ノ字ヲ掲ケ置カンコトヲ要ス

 B 然ラハ先ツ貴説ノ如ク不動産(〇〇〇)ノ字ヲ之レニ掲ケ置クヘシ但他日「イボテーキ」ノ規則十分ニ確シタル時ハ全ク不用ニ属スヘシ即右加条ノ粗案ヲ左ノ如ク改ムヘシ

 

  第 条 故意ヲ以テ己レニ属セサル動産不動産ヲ要償ノ契約ヲ以テ譲与シ又ハ不動産ヲ書入ト為シ又ハ動産ヲ典物ト為シ又ハ所有者已ニ其不動産ヲ書入ト為シタル事ヲ欺隠シテ他人ヘ売渡シ又ハ他人ヘ書入ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論シ前同刑ニ処ス

 

 鶴 右ノ主意ニテ別ニ1条ヲ置クハ最モ余カ説ニ適スル者トス

 B 右ノ主意ニ付テ再考スルニ〔「〕不動産云々」ノ事ヲ掲ケ置クハ至極良法ナリ

  仏国ニテモ「イボテーキ」ノ規則アル故ニ必ス登記役所ヘ徃テ其真偽ヲ検閲スレハ二重転売等ノ害ヲ受クルコトナキ筈ナレ𪜈(トモ)若シ其本人ノ辞ヲ信シ之ヲ検閲セサル時ハ其害ヲ受クルコトナシトハ保シ難キ恐レアレハナリ

 鶴 然ラハ不動産ノ二重転売ハ仏国ニテハ民事ノ償ト為ス而已ナレ𪜈(トモ)日本ニテハ之ヲ刑事ニ論スルヲ適当ト為スノ貴説ナリ

 B 然リ

   (『日本刑法草案会議筆記第分冊2475-2477頁)

 

(4)ボワソナアド解説

 187711月上申案437条における「他人ノ動産不動産ヲ冒認シ人ヲ騙瞞シテ販売交換シタル者又ハ抵当典物ト為シタル者」及び「自己所有ノ不動産ト雖モ已ニ抵当ト為シタルヲ欺隠シテ他人ニ売与シ又ハ重ネテ抵当ト為シタル者」の意味に関しては,後年ボワソナアドが解説を書いています(ただし,フランス語文は“celui qui, à l’aide de manœuvres frauduleuses, a frauduleusement vendu ou cédé à titre onéreux, hypothéqué ou donné en nantissement, un immeuble ou un meuble dont il savait n’être pas propriétaire, ou qui, étant propriétaire, a vendu ou hypothéqué un immeuble, consenti une aliénation, une hypothèque ou un droit réel quelconque sur ledit bien, en dissimulant, à l’aide de mêmes manœuvres frauduleusement, tout ou partie des hypothèques autres droits réel dont il était grevé.”(自己がその所有者ではないことを知っている不動産若しくは動産を欺罔行為に基づき売り,有償で譲渡し,それに抵当権を設定し,若しくは担保として供与する者又は,それが負担する他の物権の存在の全部若しくは一部を欺罔行為に基づき隠蔽して,当該物件に係る譲渡,抵当権設定又はその他の物権の設定の合意をするその所有者である者(新4343号)。))となっていて,18778月のものとは若干の相違があります(Gve. Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour L’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire; Tokio, 1886: p.1146)。)。

 

   恐らくフランスでは,ここで詐欺(escroquerie)の第3類型として規定された欺罔行為(fraude)を罰することは難しいであろう。当該行為は,同国ではローマ起源の転売(ステ)詐欺(リョナ)stellionat)という名で呼ばれている。しかし,ステリョナは,損害賠償だけを生じさせる私法上の犯罪としてのみ認識されている(フランス民法2059条,2066条及び2136条参照)。(b

 

     (b)ステリョナ行為者に対する唯一の厳格な取扱いは,損害賠償を保証させるための身体拘束であった(前掲各条参照)。しかしそれは,私法事項に係る身体拘束の一般的廃止の一環として,1867722日法により消滅した。

 

しかし,譲渡人が当該権利を有していることに係るここで規定されている欺瞞行為(tromperie)が,虚言的歪曲(altérations mensongères)のみにとどまらず,当該権利が存在するものと誤信させる欺罔工作又は姦策に基づくもの(appuyée de manœuvres frauduleuses ou d’artifices)であるときには,フランス刑法405条によって罰せられる詐欺をそこに見ることが可能であり,かつ,必要でもあることになるものと筆者には思われる。

ともあれ,この日本法案に当該困難はないであろう。先行し,かつ,当該権利と両立しない物権のために当該法律行為が約束の効果を生じない場合に係る,有償であり,主従各様であるところの物権の多様な在り方に対応できるように努力がされたところである〔筆者註:18776-8月段階においてボワソナアドは「後来ハ動産ヲ抵当ト為ス法ハ廃セサル可カラス」と主張していましたが(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2525頁),当該主張は撤回されたもののように思われます。〕2度繰り返される「欺罔行為に基づき(frauduleusement)」の語の使用は,誤りや見落としであるものを処罰から免れさせるために十分である。しかし,法はここで精確に語の本来の意味での工作又は姦策の存在を求めることはしていない。目的物を,彼の物であるもの又は設定される権利と両立しない物権を負担するものではないものとして提示することで十分である。そして,当該法律行為は有償であるものと想定され,必然的に対価の約定又は受領があるのであるから,姦策性は十分なのである。

  (Boissonade, pp.1155-1156

 

 人の悪いすれっからしのフランス人の国ではステリョナ程度では不可罰とする伝統があるので二重売買について詐欺の成立を認めることは難しいが,他人は皆自分のために善意をもって献身奉仕してくれるものと図々しく信じている素直な心の日本人の国では,どしどし無慈悲に処罰しても問題はなかろう,ということでしょうか。

 

(5)ステリョナ

 なお,1804年のナポレオンの民法典2059条は,次のとおりでした。

 

2059.

La contrainte par corps a lieu, en matière civile, pour le stellionat.

Il y a stellionat,

Lorsqu’on vend ou qu’on hypothèque un immeuble dont on sait n’être pas propriétaire;

Lorsqu’on présente comme libres des biens hypothéqués, ou que l’on déclare des hypothèques moindres que celles dont ces biens sont chargés.

    

  第2059条 私法事項に係る身体拘束は,転売(ステ)詐欺(リョナ)について行われる。

    次の場合には,ステリョナがあるものとする。

    自分が所有者ではないものと知っている不動産を売り,又はそれに抵当権を設定する場合

    抵当権を負担する物件を当該負担のないものとして提示し,又は当該物件が負担するものよりも少ないものとして抵当権を申告する場合

  

 ステリョナが動産については認められないのは,同法1141条があるからでしょう。目的動産に係る現実の占有の取得と代金の支払との同時履行関係が維持される限り,当該目的物の所有権を取得できなかった買主も,当該代金についての損害を被ることはないわけです。当該動産の所有権を実際に取得していれば代金額を超えて得べかりしものであった利益に係る損害の問題は残るのでしょうが,その賠償を確保するために売主の身体を拘束するまでの必要はない,というわけだったのでしょう。しかしてそうであれば,いわんや詐欺罪横領罪の成立においてをや,ということになっていたものと思われます。

 

5 旧刑法395

 

(1)1877年司法省案及びナポレオンの刑法典408

 旧刑法395条の前身規定を187711月の司法卿宛て上申案及び同年8月のフランス語案について見ると,次のとおりでした。

 

  第438条 賃借恩借ノ物品又ハ典物受寄品其他委託ヲ受タル金額物品ヲ蔵匿拐帯シ若クハ費消シタル者ハ背信ノ罪ト為シ1月以上1年以下ノ重禁錮2円以上20円以下ノ罰金ニ処ス

   若シ水火震災其他非常ノ変ニ際シ委託ヲ受ケタル物品ニ係ル時ハ1等ヲ加フ

   (『日本刑法草案会議筆記第分冊』2442頁)

 

438. Est coupable d’abus de confiance et puni d’un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et d’une amende de 2 à 20 yens, celui qui a frauduleusement détourné, dissimulé ou dissipé des sommes, valeurs ou effet mobiliers quelconques qui lui avaient été confiés à titre de louage, de dépôt, de mandat, de gage ou de prêt à usage.

La peine sera augmentée d’un degré, en cas de dépôt confié pendant un incendie, une inondation ou une des autres calamités prévues à l’article 412.

 

 また,1810年のナポレオンの刑法典4081項は次のとおりでした。なお,下線が付されているのは,1832年法及び1863年法による追加(cf. Boissonade, p.1159)の部分です。

 

ARTICLE 408.

Quiconque aura détourné ou dissipé, au préjudice du propriétaire, possesseur ou détenteur, des effets, deniers, marchandises, billets, quittances ou tous autres écrits contenant ou opérant obligation ou décharge, qui ne lui auraient été remis qu'à titre de louage, de dépôt, de mandate, de nantissement, de prêt à usage, ou pour un travail salarié ou non salarié, à la charge de les rendre ou représenter, ou d'en faire un usage ou un emploi déterminé, sera puni des peines portées dans l'article 406.

  (専ら賃貸借,寄託,委任,担保の受領,使用貸借により,又は有償若しくは無償の仕事のために,返還若しくは再提出をし,又は決められた使用若しくは用途に用いる条件で預かった財産,金銭,商品,手形,受取証書又は義務若しくは弁済をその内容若しくは効果とする書面を,その所有者,占有者又は所持者の利益に反して脱漏又は費消した(aura détourné ou dissipé)者は,第406条に規定する刑に処せられる。)

 

 ここでいう第406条の刑とは,2月以上2年以下の重禁錮及び被害者に対する返還額と損害賠償額との合計額の4分の1を超えない25フラン以上の罰金並びに場合によっては停止公権でした。

 

(2)「脱漏」又は「拐帯」(détourner),「蔵匿」(dissimuler)及び「費消」(dissiper)の語義穿鑿

 フランス語の“détourner”の訳語は,我が旧刑法の立案過程において,「脱漏」から「拐帯」に改められています。鶴田皓によれば「元来蔵匿(〇〇)脱漏(〇〇)ト畢竟一事ナリ故ニ脱漏(〇〇)ノ字ヲ省キ之ニ換フルニ拐帯(〇〇)ノ字ヲ以テ塡スヘシ」ということでした(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2506頁)。「拐帯」とは「①人をかどわかして売る。②人の財物を持ちにげする。」との意味です(『角川新字源』)。「蔵匿(〇〇)脱漏(〇〇)ト畢竟一事」と鶴田は言いますが,「脱漏」がそこに含まれるという「蔵匿」こと“dissimuler”は,むしろナポレオンの刑法典408条の構成要件に含まれてはいなかったのでした。

Le Nouveau Petit Robert (1993)によれば,“détourner”は,「方向を変える(changer la direction de (qqch.))」,「流れを変える(changer le cours de)」,「逸走させる(écarter (qqch) du chemin à suivre)」というような意味ですが,法律用語としては「(所有者から託された物件を)当該所有者に回復することが不可能となる状態に(dans l’impossibilité de restituer)自らを故意に置くこと。それのために定められたものとは異なる使用をし,又は用途に用いること。」ということになるようです。同辞書はまた“restituer”は「(不法又は違法(illégalement ou injustement)にある人から得た物を)その人に返還すること」であるとしていますから,「背信ノ罪ハ盗罪ト同シク一旦其所有主ヲ害スル意ニ出テ蔵匿脱漏スルトモ其所有主ノ覚知セサル内ニ悔悟シテ先キニ蔵匿脱漏シタル金額物件ヲ旧ノ如ク償ヒ置ケハ其先キ蔵匿脱漏シタル罪ハ免スヘキ者トス」というボワソナアドの発言が想起されるところです(『日本刑法草案会議筆記第Ⅳ分冊』2491頁。同所で続けてボワソナアドは「故ニ日本文ニハ損害ヲ為シタル者云々」ニ作ルヘシ」と付言しています。)。

更に同じLe Nouveau Petit Robert“dissiper”を見ると,これは,「散逸させる(anéantir en dispersant)」とか「浪費・蕩尽する(dépenser sans compter --- détruire ou aliéner)」ということのようです。

“dissimuler”は「隠す」ということでよいのでしょう。

 

(3)未遂処罰規定:旧刑法397

 

ア 詐欺取財ノ罪と受寄財物ニ関スル罪との(かすがい)

 旧刑法397条は,旧刑法第3編第2章第5節が「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」との一つの節であって,「詐欺取財ノ罪」の節と「受寄財物ニ関スル罪」の節との二つの節に分離されなかった原因となった規定です。

それまでの「倒産詐偽取財背信ノ罪」の節(『日本刑法草案会議筆記第分冊』2493頁)を「倒産。詐偽取財。背信ノ罪ヲ3節ニ分ケ」ることになり(同2513頁),18776月中には「第3節 倒産ノ罪」(同2514頁),「第4節 詐欺取財ノ罪」(同2518頁)及び「第5節 背信ノ罪」(同2530頁)の3節分立案が出来たのですが,未遂犯処罰規定は背信ノ罪の節にはあっても(同2531頁),詐欺取財ノ罪の節にはなかったのでした(同2518-2519頁)。鶴田はその不均衡を指摘して問題視し,詐欺取財は契約成立をもって既遂となると主張するボワソナアドとの妥協の結果,「詐欺取財ノ罪」の節と「背信ノ罪」の節とは再び一つにまとめられることになったのでした。

 

  鶴田皓 〔略〕未遂犯罪ノ刑ニ照シ云々ノ法ハ詐偽取財ニ置カサルニ付背信ノ罪ニモ置カスシテ相当ナラン元来詐偽取財ニハ或ヒハ「タンタチーフ」ト為スヘキ場合ナキニアラサルヘシ例ハ甲者ヨリ砂糖ヲ売リ渡ス契約ヲ為シ而シテ乙者ニテ現ニ之ヲ受取ラントスル時其砂糖ノ内ヘ土砂ヲ混和シアル見顕シタルノ類之ナリ

  ボワソナアド 然シ甲者ニテニ契約ヲ為シ而シテ乙者ヨリ砂糖ノ代価ヲ受取タレハ即詐偽取財ノ本罪ト為スヘシ

  鶴 然シ甲者ニテ乙者ヨリ其砂糖ノ代価ヲ受取ラサル以前ナレハ仮令契約ヲ為ストモ詐偽取財ノ本罪トハ為シ難シ即其タンタチーフト為スヘキナラン

  B 然シ其已ニ契約ヲ為シタル以上ハ代価ヲ受取ルト否トニ拘ハラス詐偽取財ノ本罪ト為シテ相当ナリ

  鶴 然シ其代価ヲ受取ラサル以前ハ詐偽取財ノ取財ト云フ本義ニ適セス故ニタンタチーフト為スヘシ

 

     此時教師ニテハ右契約ヲ為ス以上ハ詐偽取財ノ本罪ト為スヘキ説ヲ反復主張ス

 

  鶴 右ノ(ママ)論ハ暫ク置キ詐偽取財背信ノ罪ニ此条ノ如ク未遂犯罪ヲ罰スル法ヲ置クヘキカ否サルカヲ決議センコトヲ要ス

   尤支那律ニハ詐偽シテ未タ財ヲ得サルノ明文アリ之レハ即〔「〕タンタチーフ」ヲ罰スル法ナリ

   然シ契約而已ニテ詐偽取財ノ本罪ト為スナレハ詐偽取財ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナカルヘシ

   然シ実際ニテハ詐偽取財ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナキニアラス却テ背信ノ罪ニハタンタチーフト為スヘキ場合ナカルヘシ

  B 然ラハ此条ハ依然存シ置キ而シテ背信ノ罪ヲ詐偽取財ニ併1節中ニ置クヘシ

  鶴 然リ之レヲ1節中ニ置キ而シテ此条ヲ詐偽取財ト背信ノ罪トニ係ラシムル様ニ為スヘシ

  B 然リ

    (『日本刑法草案会議筆記第分冊』2539-2540頁)

 

イ 後日のボワソナアド解説

鶴田は背信ノ罪に係る「蔵匿拐帯シ若クハ費消」行為には「タンタチーフ(未遂行為)ト為スヘキ場合ナカルヘシ」と解していましたが,ボワソナアドはそうは思ってはいないところでした。すなわち後日にいわく,「通常の背信ノ罪においては,この〔実行の着手と既遂との〕分別は〔詐欺取財の場合よりも〕識別することがより難しい」が,「受託者が委託を受けた物の脱漏(détourner),蔵匿(dissimuler)又は損傷(détérioer)を始めたときには,更に背信の罪の未遂の成立を観念することができる。船長の不正の場合には,進むべき航路から正当な理由なしに既に逸れたときを捉えれば,未遂の成立は極めて明瞭であり得る。」と(Boissonade, pp.1173-1174)。これは前記1の物の事実的又は物質的処分の場合に係るものですね。

他方,詐欺取財の既遂の時期については,ボワソナアドは鶴田説に譲歩したようであって,「欺罔工作をされて財物を引き渡すべき意思形成に至った者が,当該引渡しを実行する前に危険を警告されたとき,又は少なくとも引渡しを始めただけであるときには,詐欺取財の未遂の成立がある」ものと述べています(Boissonade, p.1173)。

なお,ボワソナアドは,フランス刑法においては背信の罪(当時の第4003項(「被差押者であって,差押えを受け,かつ,同人に保管を命ぜられた物件を破壊し,若しくは脱漏し,又は破壊若しくは脱漏しようとしたものは,第406条に規定する刑に処せられる。」)の罪を除く。)に未遂処罰規定はないと述べつつ(Boissonade, p.1173),ナポレオンの刑法典408条の違反者に科される罰金の額が「被害者に対する返還額と損害賠償額との合計額の4分の1を超えない25フラン以上の罰金」であることによる同条に係る未遂処罰の困難性を指摘しています。「というのは,未遂が成立しただけである場合,返還債務又は損害賠償債務が生ずることは稀だからである。」と(Boissonade, p.1173 (m)。ただし,1810年の法典にその後加えられた上記当時のフランス刑法4003項の未遂処罰規定は,そのことに頓着しなかったようです。)。我が旧民法395条の罰則はこのような不都合をもたらす価額比例(ad valorem)方式ではありませんでした。

 

(4)条文解釈

蔵匿拐帯をも構成要件に含む187711月の司法卿への上申案4381項とは異なり,旧刑法395条前段は,費消のみが問題とされています。また,同条後段は読みづらい。

 

ア 後段の解釈

 

(ア)ボワソナアド説

旧刑法395条後段を先に論ずれは,当該部分は,ボワソナアドによれば,「騙取,拐帯其他詐欺ノ所為」とは読まずに,「騙取拐帯」と四文字熟語にして,「騙取拐帯その他の詐欺の所為」と読むべきものとされるようです。当該部分の趣旨をボワソナアドは“Les peines de l’escroquerie seront prononcées dans tous les cas où la détention précaire aurait été obtenue par des manœuvres frauduleuses avec intention d’en détourner ou d’en détruire l’objet ultérieurement(それによってその後当該物件を脱漏し,又は損壊する意図を伴う欺罔工作によって仮の所持が取得された全ての場合においては,詐欺取財の罪の刑が宣告される。)と解していたところです(Boissonade, pp.1148-1149)。この場合,「当該欺罔工作の時に,その後の脱漏の意思が既に存在していなければならない」ことに注意しなければなりません(Boissonade, p.1164)。

「拡張を要さずに法の正常な解釈によってこの刑〔詐欺取財の刑〕の適用に至るべきことについては疑いがない。しかしながら,法自身がそのことを明らかにしている方がよりよいのである。」ということですから(Boissonade, p.1164),為念規定です。

 

(イ)高木豊三説

しかし,高木豊三🎴(弄花事件時(1892年)は大審院判事)は旧刑法395条後段について「是レ亦他人ノ信任委託スル所ニシテ自己ノ手中ニ在ル物件ニ係ルト雖モ騙取拐帯其他詐欺ノ所為アル以上ハ即チ詐欺取財ト異ナル無シ」と説いており(高木豊三『刑法義解第7巻』(時習社=博聞社・1881年)1034頁),信任委託を受けて占有している物について更に騙取拐帯其他詐欺ノ所為がされた場合に係る規定であるものと解していたようであります。

 

(ウ)磯部四郎説

磯部四郎🎴(弄花事件時は大審院検事)は,大体ボワソナアド説のようですが,「騙取拐帯」四文字熟語説を採らず,「騙取,拐帯,其他詐欺ノ所為」と読んで,旧刑法395条後段は「拐帯」に係る特別規定であるものだとするようです。

 

 又()()拐帯其他詐(ママ)ノ所為アル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ストハ本条後段ノ明示スル所ナリ「詐偽ノ所為」トハ信用ヲ置カシムルカ為メ欺罔手段ヲ施シ遂ニ寄託ヲ為サシメテ之ヲ費消シタル所為等ヲ云フニ外ナラスシテ是等ハ当然詐偽罪ヲ構成シ特ニ明文ヲ掲クルノ必要ナキカ如シ〔筆者註:以上はボワソナアドの説く為念規定説と同旨です。〕然レ𪜈(トモ)単純ノ詐偽トハ自ラ異ナル所アルノミナラス拐帯ノ如キハ全ク其性質ヲ異ニセリ「拐帯」トハ例ヘハ土方人足ニ鋤鍬等ヲ交付シテ土工ヲ為サシメタルノ際之ヲ持去テ費消シタル所為等ヲ云フ此所為ハ純然タル詐偽ト云フヲ得ス何トナレハ工事ノ為メ被害者ヨリ交付シタルモノニシテ犯者自ラ進ンテ之ヲ取リタルニハアラサレハナリ是特ニ「詐偽取財ヲ以テ論ス」トノ明文ヲ要シタル所以ナリ

 (磯部四郎『増補改正刑法講義下巻』(八尾書店・1893年)1034-1035頁)

 

 「持去テ費消シタル所為等」である「拐帯」は,同条前段の通常の「費消」よりも重く詐欺取財ノ罪の刑をもって罰するのだ,ということのようですが,果たしてこの重罰化を正当化するほどの相違が存在するものかどうか,悩ましいところです。

 

(エ)当局の説=高木説

 しかしながら,御当局は高木🎴説を採ったものでしょう。

1901年段階の法典調査会は,旧刑法395条について「現行法ハ又受寄財物ヲ費消スルカ又ハ騙取,拐帯等ノ行為ヲ為スニ非サレハ罪ト為ササルヲ以テ」,「修正案ハ改メテ費消又ハ拐帯等ノ行為ニ至ラストモ既ニ横領ノ行為アリタル場合ニハ之ヲ罪ト為シ」という認識を示しています(法典調査会編纂『刑法改正案理由書 附刑法改正要旨』(上田書店・1901年)225頁)。

 

イ 高木説に基づく条文全体の解釈

御当局の見解が上記ア(エ)のとおりであれば,高木🎴説的に旧刑法395条を解釈すべきことになります。

 

(ア)体系論

高木🎴によれば「此条ハ人ノ信任シテ寄託又ハ占有又ハ使用セシメタル物件ヲ擅ニ費消シ及ヒ騙取拐帯其他詐欺ノ所為ヲ以テ財ヲ取ル者ノ罪ヲ定ムルナリ」ということですから(高木1032頁。下線は筆者によるもの),旧刑法395条は,太政官刑法草案審査局での修正を経て1879625日付けで柳原前光刑法草案審査総裁から三条実美太政大臣に上申された「刑法審査修正案」において,旧刑法395条は既に最終的な形になっていました。また,同条は「旧律所謂費用受寄財産ニ類スル所為ヲ総称スル」ものだとされていますから(高木1025頁),その間新律綱領=改定律例的思考による修正があったものかもしれません。明治三年十二月二十日(187129日)頒布の新律綱領の賊盗律には監守自盗ということで「凡(アラタ)(メヤク)(アヅカ)(リヤク)。自ラ監守スル所ノ。財物ヲ盗ム者ハ。主従ヲ分タス。贓ヲ併セテ。罪ヲ論シ。窃盗ニ。2等ヲ加フ。」云々(以下「1両以下。杖70」から「200両以上。絞」までの刑が掲げられています。)とありました。),もはやボワソナード的に背信の罪(abus de confiance)一本であるものではなく,費消の罪と取財(拐帯等)の罪との二本立てとされた上で,後者は同じ取財の罪として詐欺取財をもって論ずることとされた,ということでしょう。

毀棄罪と領得財との関係が想起されるところ,それでは背信の罪はどこへ行ったのかといえば,旧刑法395条を含む節の節名はもはや「詐欺取財及ヒ背信ノ罪」ではなく,「詐欺取財ノ罪及ヒ受寄財物ニ関スル罪」となっています(下線は筆者によるもの。なお,「刑法審査修正案」での節名は「詐欺取財及ヒ受寄財物ニ関スル罪」でした。)。受寄財物に係る背信の罪ではなく,受寄財物に係る費消及び取財の罪ということであるように思われます(ただし,ナポレオンの刑法典においては,第3編第2章の財産に対する罪は盗罪(vols),破産,詐欺取財及びその他の欺罔行為に関する罪(banqueroutes, escroqueries et autres espèces de fraude)並びに損壊傷害に関する罪(destructions, dégradations, dommages)の三つの節に分類されていますが,背信の罪は第2節に属し,盗罪にも損壊傷害の罪にも分類されていません。)。187711月の司法卿宛て上申案4381項にあった「蔵匿」が旧刑法395条では落ちているのは,拐帯とは異なり蔵匿ではいまだ取財性がないから,ということなのでしょう。(なお,ボワソナアドは,「脱漏隠匿」は「盗取」よりも広い概念(「一体盗取スル而已ニアラス」)であると考えていたようです(『日本刑法草案会議筆記第Ⅳ分冊』2469頁)。)

 

(イ)「費消」論

旧刑法395条の「費消」については,「費消(○○)シタル(○○○)トハ費用消耗ノ義ニシテ必スシモ全部ノ費消ヲ云フニ非ス」とされています(高木1033頁。下線は筆者によるもの)。ここでの「費用」は,「①ついえ。入費。」の意味(『角川新字源』)ではなく,「②つかう。消費。」(同)のうちの「消費」の意味でしょう(少なくとも司法省案の元となったフランス語は“dissiper”です。)。

しかし,我が国刑事法実務界の一部では,ボワソナアド刑法学の影響が抜きがたく残っていたのではないでしょうか。磯部四郎🎴は,旧刑法395条の「費消」について「脱漏(détourner),蔵匿(dissimuler)又ハ費消(dissiper)」的解釈を維持しています。

 

 「費消」トハ必シモ減尽ニ帰セシメタルノミヲ云フニアラス所有者ヨリ返還ヲ促サレテ之ヲ返還セス又ハ返還スルコト能ハサルニ至ラシメタルヲ以テ足レリトス代替物タル米穀ノ如キハ之ヲ食シ尽スコトヲ得ヘシト雖モ金属製ノ特定物ノ如キハ決シテ其躰ヲ消滅ニ帰セシムルコトヲ得ヘキモノニアラス加害者ノ手裏ニ存セスト雖モ必ス何レノ処(ママ)ニカ存在スルコトヲ想像スヘシ故ニ費消ハ返還セス又ハ返還スルコト能ハサルニ至ラシメタルノ謂ヒタルニ外ナラス故ニ又蔵匿脱漏シタルトキト雖モ返還セサルニ至テハ費消ヲ以テ論セサルヘカラス背信ノ責メハ之ヲ自己ノ手裡ニ蔵匿シテ返還セサルト他人ノ手裡ニ帰セシメテ返還セサルトニ因テ消長スヘキモノニアラス唯タ返還セサルヲ以テ背信ノ所為トセサルヘカラス或ル論者ハ物躰ヲ消滅ニ帰セシメタルニアラサレハ費消ト云フヲ得スト云フト雖モ是レ特ニ代替物ノ場合ニ就テ云フヘキノミ特定物ニ関シテハ不通ノ説タルヲ免レス

 (磯部1032頁)

 

 磯部🎴は,現行刑法の政府提出法案が第23回帝国議会で協賛せられた際の衆議院刑法改正案委員長です。

Boissonade Tower1
Boissonade Tower2
ボワソナアド来日から150年(法政大学Boissonade Tower

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(前編):モーセ,ソロモン,アウグストゥス,モンテスキュー,ナポレオン,カンバセレス及びミラボー

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080442857.html



7 西暦1872年の監獄則(明治五年太政官第378号布告)及び西暦1881年の監獄則(明治14年太政官第81号達)

 

明治五年十一月二十七日(18721227日)の我が監獄則中典造十二条の第10条懲治監には,次のような規定がありました。第3項に御注目ください。

 

    第10条懲治監

 此監亦界区ヲ別チ他監ト往来セシメス罪囚ヲ遇スル他監ニ比スレハ稍寛ナルヘシ

 20歳以下懲役満期ニ至リ悪心未タ悛ラサル者或ハ貧窶営生ノ計ナク再ヒ悪意ヲ挟ムニ嫌アルモノハ獄司之ヲ懇諭シテ長ク此監ニ留メテ営生ノ業ヲ勉励セシム21歳以上ト雖モ逆意殺心ヲ挟ム者ハ獄司ヨリ裁判官ニ告ケ尚此監ニ留ム

 平民其子弟ノ不良ヲ憂フルモノアリ此監ニ入ン(こと)ヲ請フモノハ之ヲ聴ス

 〔第4項以下略〕

 

懲治監は,1881年に至って,明治14年太政官第81号達の監獄則では「懲治人ヲ懲治スルノ所」たる懲治場となり(同則13款),同則19条は,懲治人を定義して,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)79条,80条及び82条の不論罪に係る幼年の者及び瘖啞者(明治14年監獄則191款)並びに「尊属親ノ請願ニ由テ懲治場ニ入リタル者」を掲げています(同条2款)。この尊属親の請願による懲治人については,「前条第2款ニ記載シタル懲治人ハ戸長ノ証票ヲ具スルニ非サレハ入場ヲ許サス但在場ノ時間ハ6個月ヲ1期トシ2年ニ過ルヲ得ス」(明治14年監獄則201項)及び「入場ヲ請ヒシ尊属親ヨリ懲治人ノ行状ヲ試ル為メ宅舎ニ帯往セント請フトキハ其情状ニ由リ之ヲ許スヘシ」(同条2項)という規定がありました。

 しかし,懲治場は,明治22年勅令第93号の監獄則では専ら「不論罪ニ係ル幼者及瘖啞者ヲ懲治スル所」となってしまっています(同則16号)。なお,明治22年勅令第93号は1889713日の官報で布告されていますが,その施行日は,公文式(明治19年勅令第1号)10条から12条までの規定によったのでしょう。

その附則2項で明治22年の監獄則を廃止した監獄法(明治41年法律第28号)は現行刑法(明治40年法律第45号)と共に1908101日から施行されたものですが(監獄法附則1項,明治41年勅令第163号),そこには懲治場の規定はありません(ただし,懲治人に関する明治22年の監獄則の規定は当分の内なお効力を有する旨の規定はありました(同法附則2項ただし書。また,刑法施行法(明治41年法律第29号)16条)。)。

なお,現行刑法の施行は旧少年法(大正11年法律第42号)のそれを伴うものではなく(後者の法律番号参照),旧少年法の施行は,192311日(同法附則及び大正11年勅令第487号)を待つことになります。

 

8 西暦1890年の旧民法人事編


(1)旧民法人事編の規定


  第149条 親権ハ父之ヲ行フ

   父死亡シ又ハ親権ヲ行フ能ハサルトキハ母之ヲ行フ

   父又ハ母其家ヲ去リタルトキハ親権ヲ行フコトヲ得ス

 

  第151条 父又ハ母ハ子ヲ懲戒スル権ヲ有ス但過度ノ懲戒ヲ加フルコトヲ得ス

  第152条 子ノ行状ニ付キ重大ナル不満意ノ事由アルトキハ父又ハ母ハ区裁判所ニ申請シテ其子ヲ感化場又ハ懲戒場ニ入ルルコトヲ得

   入場ノ日数ハ6个月ヲ超過セサル期間内ニ於テ之ヲ定ム可シ但父又ハ母ハ裁判所ニ申請シテ更ニ其日数ヲ増減スルコトヲ得

   右申請ニ付テハ総テ裁判上ノ書面及ヒ手続ヲ用ユルコトヲ得ス

   裁判所ハ検事ノ意見ヲ聴キテ決定ヲ為ス可シ父,母及ヒ子ハ其決定ニ対シテ抗告ヲ為スコトヲ得

 

旧民法人事編151条は,ナポレオンの民法典375条を承けたもののようではありますが,フランスでは「日常的な懲戒権は,「監護権の存在からも出てくる」が,「自然に慣習上存する」(谷口知平『現在外国法典叢書(14)佛蘭西民法[1]人事法』有斐閣1937 p.361ものとされる」とのことですから(広井多鶴子「親の懲戒権の歴史-近代日本における懲戒権の「教育化」過程-」教育学研究632号(19966月)17頁註2)),我が国産規定なのでしょう。確かに,ナポレオンの民法典375条は厳密にいえば懲戒の手段(moyens de correction)たるその次条以下の拘禁について,更にその前身である1802930日国務院提出案6条は矯正の施設に拘禁させる父の権能についていきなり語っているものであって,いずれもそれに先立つ懲戒権それ自体を基礎付けるものではありません。旧民法人事編151条の前身は,熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎🎴及び井上正一が分担執筆し,18887月頃に起草が終了(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1977年(1998年追補))157頁)した旧民法人事編第一草案の第243条(「父若クハ母ハ家内ニ於テ其子ヲ懲戒スルノ権ヲ有ス但シ過度ノ懲戒ヲ加フルコトヲ得ス」)であったところですが,そこにおいて「画期的」であったのはただし書で,理由書によれば「「我国ノ如キ父母・・・懲戒モ往々過度残酷ニ流ル」,ゆえに「過度ノ懲戒ヲ禁」じる必要があるという趣旨」で設けられ,更に親権の失権制度までも準備されていたのでした(小口恵巳子「明治民法編纂過程における親の懲戒権-名誉維持機能をめぐって-」比較家族史研究20号(2005年)71頁)。その際の起草委員らの意気込みは,これも理由書によれば,「此思想〔「親権ハ父母ノ利益ノ為メ之ヲ与フルモノニ非ス」,「子ノ教育ノ為」であるとの思想〕ハ我国ノ親族法ニ反スヘシト雖モ従来ノ慣習ヲ維持スルヲ得ヘカラス」,「其原則ヲ一変セスンハ是等ノ不都合ヲ改正スルヲ得ヘカラス」」(小口77頁)という勢いであって,「かなりヨオロッパ的,進歩的」であるのみならず(大久保157頁),むしろフランス民法よりも更に「進歩的」であったように思われます。当時の「仏国学者中ニハ民法ノ頒布以来父母ノ権力微弱ト為リタルコトヲ歎息シ羅馬ノ古制ヲ追慕スル者」がなおあったようです(旧民法人事編第一草案理由書『明治文化資料叢書第3巻 法律編上』(風間書房・1959年)183頁(熊野敏三起稿))。

旧民法人事編152条は,フランス的伝統が原則とするナポレオンの民法典376条には倣ってはいません。同法典377条以下の規定に倣っています。

旧民法人事編1524項は入場申請に関する決定に対する抗告を認めていますが,父の権威のために父子間の争訟を避けようという1802930日の国務院審議におけるブウレ発言の立場からするとどうしたものでしょうか。旧民事訴訟法(明治23年法律第29号)4622項には「抗告裁判所ハ抗告人ト反対ノ利害関係ヲ有スル者ニ抗告ヲ通知シテ書面上ノ陳述ヲ為サシムルコトヲ得」とありました。ナポレオンの民法典3822項の手続においては,父子直接対決ということにはならないようです。

 

(2)西暦1888年の旧民法人事編第一草案244条及び245

なお,旧民法人事編152条の前身は,その第一草案の第244条及び第245条ですが,両条の文言及びその理由は,次のとおりです。

 

 第244条 父若クハ母其子ノ行状ニ付重大ナル不満ノ事由ヲ有スルトキハ地方裁判所長ニ請願シテ其子ヲ相当ノ感化場若クハ懲戒場ニ入ルコトヲ得

  此請願ハ口頭ニテ之ヲ為スコトヲ得ヘク又拘引状ニハ其事由ヲ明示シ且ツ其他裁判上ノ書面及ヒ手続ヲ用ユルコトヲ得ス

  入場ノ日数ハ16年未満ノ子ナレハ3个月又満16年以上ノ子ナレハ6个月ヲ超過スルコトヲ得ス但シ父若クハ母ハ常ニ裁判所長ニ請願シテ其日数ヲ延長シ又ハ減縮スルコトヲ得(仏第375条以下,伊第222条)

 第245条 父母及ヒ子ハ裁判所長ノ決定ニ対シテ控訴院長ニ抗告スルコトヲ得

  所長及ヒ院長ハ検事ノ意見ヲ聴キ裁判ス可シ(伊第223条)

 (理由)若シ子ノ性質不良ニシテ尋常ノ懲戒ヲ以テ之ヲ改心セシムル能ハサルトキハ法律ハ一層厳酷ナル懲戒処分ヲ用フルコトヲ允許ス即チ其子ヲ拘留セシムルノ権是レナリ本条ハ其手続ヲ規定スルモノトス父母ハ其事由ヲ具シテ地方裁判所長ニ請願スヘシ所長ハ其事情ヲ調査シ検事ノ意見ヲ聴キ其請願ノ允当ナルトキハ其允許ヲ与フヘシ此拘留ハ子ノ為メ一生ノ恥辱トナルヘケレハ成ル可ク之ヲ秘密ニシ其痕跡ヲ留メサルヲ要ス故ニ其請求ハ口頭ニテモ之ヲ為スヲ得ヘク且ツ一切ノ書類及ヒ手続ヲ要セサルモノトス拘引状云々ハ之ヲ削除スヘシ然レトモ其子ヲ拘留スヘキ場所ハ如何是レ特別ノ懲戒場タラサルヘカラス若シ之ヲ普通ノ監獄ニ入レ罪囚ト同居セシムルトキハ懲戒ニ非ラスシテ却テ悪性ヲ進ムルニ至ルヘシ拘留ノ日数ハ子ノ年齢ニ従ヒ之ヲ定メ満16年以下ナレハ3ケ月又16年以上ナレハ6ケ月ヲ超ユヘカラサルモノトナセリ但シ場合ニ由リ其期限ヲ伸縮スルヲ得ヘシ若シ子其拘留ヲ不当ト信スルトキハ之ヲ控訴院長ニ抗告スルヲ得ヘシ

   (旧民法人事編第一草案理由書187頁(熊野))

 

「拘引状云々ハ之ヲ削除スヘシ」と条文批判をしている熊野敏三は,「理由」は起稿したものの,当該条項の起草担当者ではなかったのでしょう。確かに,「拘引状ニハ其事由ヲ明示シ」では,ナポレオンの民法典3781項(身体拘束令状に理由は記載されない。)と正反対になっておかしい。あるいは,「拘引状ニハ其の事由ヲ明示シ〔する〕コトヲ得ス」の積もりだったのかもしれませんが,それでも誤訳的仏文和訳だったというべきなのでしょう(筆者も人様のことは言えませんが。)。しかし,「拘引状」が消えてしまうと,ミラボー的問題児の身柄を強制的に抑える肝腎の手段がないことになって,同人が同意して自ら感化場又は懲戒場に入ってくれなければいかんともし難いことになり,かつ,素直に感化場又は懲戒場に入ってくれるようなよい子には,そもそもそこまでの懲戒は不要であるということにはならなかったでしょうか。

 

9 西暦1898年の民法第4編第5編(明治31年法律第9号)及び旧非訟事件手続法(明治31年法律第14号)

 

(1)親権

 

  民法877条 子ハ其家ニ在ル父ノ親権ニ服ス但独立ノ生計ヲ立ツル成年者ハ此限ニ在ラス  

   父カ知レサルトキ,死亡シタルトキ,家ヲ去リタルトキ又ハ親権ヲ行フコト能ハサルトキハ家ニ在ル母之ヲ行フ

 

 親権について,梅謙次郎は次のように説明しています。

 

  我邦に於ては,従来,法律上確然親権を認めたるの迹なし。唯,事実に於て多少之に類するものなきに非ずと雖も,戸主権熾なりしが為めに十分の発達を為すことを得ざりしなり。維新後に至りては漸く戸主権の必要を減じたるを以て,茲に親権の必要を生じ,民法施行前に在りても父は父として子の代理人となり,子の財産に付き全権を有するものとせるが如し。是れ即ち親権なりと謂ふも可なり。然りと雖も,其父は子の身上に付き果して如何なる権力を有せしか頗る不明に属す。又其財産に付ても多少の制限なくんば竟に子の財産は,寧ろ父の財産たるかの観あるを免れず。

  (梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編(第22版)』(私立法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年)342-343頁。原文は片仮名書き,句読点・濁点なし。)

 

  蓋し親権は,自然の愛情を基礎とし,父をして子の監護,教育等を掌らしむるものな〔り〕。

  (梅346-347頁)

 

「自然の愛情を基礎」とする梅の考え方の根底は,ローマ法的というよりはフランス法的なのでしょう。

 

(2)懲戒権

 

ア 条文

 

  民法882条 親権ヲ行フ父又ハ母ハ必要ナル範囲内ニ於テ自ラ其子ヲ懲戒シ又ハ裁判所ノ許可ヲ得テ之ヲ懲戒場ニ入ルルコトヲ得

   子ヲ懲戒場ニ入ルル期間ハ6个月以下ノ範囲内ニ於テ裁判所之ヲ定ム但此期間ハ父又ハ母ノ請求ニ因リ何時ニテモ之ヲ短縮スルコトヲ得

 

民法旧882条の参照条文としては,旧民法人事編151条及び152条,フランス民法375条から383条まで,オーストリア民法145条,イタリア民法222条,チューリッヒ民法662条,スペイン民法156条から158条まで,ベルギー民法草案3612項及び363条並びにドイツ民法第1草案1504条及び同第2草案15262項が挙げられており(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第50巻』6丁裏-7丁表),1896115日の第152回会合において梅謙次郎が「本条ハ人事編ノ第151条及ヒ第152条ト同シモノテアリマス」と述べていますから(民法議事速記録507丁表),民法旧882条はフランス民法の影響を色濃く受けた条文であったものといってよいのでしょう。

 

イ ドイツ民法(参考)

ちなみにドイツ民法第1草案1504条は,次のとおりでした。

 

§. 1504.

      Die Sorge für die Person umfaßt insbesondere die Sorge für die Erziehung des Kindes und die Aufsicht über dasselbe. Sie gewährt die Befugniß, bei Ausübung des Erziehungsrechtes angemessene Zuchtmittel anzuwenden.

  (身上に対する配慮は,特に,子の教育に対する配慮及びその子の監督を包含するものであるとともに,教育権の行使に当たって,相応な懲戒手段を用いる権限を与えるものである。)

      Das Vormundschaftsgericht hat den Berechtigten auf dessen Antrag durch geeignete Zwangsmaßregeln in der Ausübung des elterlichen Zuchtrechtes nach verständigem Ermessen zu unterstützen.

  (後見裁判所は,当該権利者からの申立てがあるときには,適切な強制手段を執ることにより,親の懲戒権の行使において権利者を賢慮ある裁量をもって支援しなければならない。)

 

 結果として,ドイツ民法1631条は次のとおりとなりました。

 

§. 1631.

   Die Sorge für die Person des Kindes umfaßt das Recht und die Pflicht, das Kind zu erziehen, zu beaufsichtigen und seinen Aufenthalt zu bestimmen.

  (子の身上に対する配慮は,子を教育し,監督し,及びその居所を定める権利及び義務を包含する。)

      Der Vater kann kraft des Erziehungsrechts angemessene Zuchtmittel gegen das Kind anwenden. Auf seinen Antrag hat das Vormundschaftsgericht ihn durch Anwendung geeigneter Zuchtmittel zu unterstützen.

  (父は,教育権に基づき,相応な懲戒手段を子に対して用いることができる。父の申立てがあるときには,後見裁判所は,適切な懲戒手段を用いることによって同人を支援しなければならない。)

 

ウ 懲戒権に関する学説

 懲戒権については,次のように説かれ,ないしは観察されています。

 

  蓋し懲戒権は,主として教育権の結果なりと雖も,我邦に於ては之を未成年者に限らざるを以て,必ずしも教育権の結果なりと為すことを得ず。而して懲戒権の作用は敢て一定せず。或は之を叱責することあり,或は之を打擲することあり,或は之を一室内に監禁することあり。此等は皆,親権者が自己の一存にて施すことを得る所なり。唯,其程度惨酷に陥らざることを要す。法文には「必要ナル範囲内ニ於テ」と云ひ,実に已むことを得ざる場合に於てのみ懲戒を為すべきことを明かにせり。而して其方法も,亦自ら其範囲を脱することを得ざるものとす(若し惨酷に失するときは,896〔親権の喪失〕の制裁あり。)。

  (梅355-356頁)

 

  懲戒権は監護・教育には収まりきらない特殊な性質を持っている。おそらくこれは,親権が私的な権力であることが端的に表れている,と見るべきだろう。父は子に対して自律的な権力を有しており,子が社会に対して迷惑を及ぼさないよう,予防をする義務を負い権利を有するというわけである。

  (大村254頁)

 

懲戒権の対象となる子を未成年者に限るように起草委員の原案を改めるべきではないかという提案が法典調査会の第152回会合で井上正一から出ましたが,当該提案は賛成少数で否決されています(民法議事速記録5011丁表-12丁表)。その際原案維持(すなわち,成年の子も親権に服する以上懲戒の対象とする。)の方向で「実際ハ未成年者ヨリ成年者カ困ルカモ知レヌ未成年ハ始末カ付クガ成年ニ為ルト始末ノ付カヌコトカアラウト思ヒマス」(民法議事速記録5012丁表)と発言したのが村田保であったのが(筆者には)面白いところです。人間齢を取ると素直さを失って始末に困るようになる,ということでしょうが,夫子自身も,「村田は性格が執拗,偏狭という評を受け,貴族院における「鬼門」だといわれた」そうです(大久保164頁)。

 

エ 懲戒場に関して

 

(ア)梅謙次郎の説明

 

  親権者は尚ほ進んで之を懲戒場に入るることを得べし。唯,是が為めには特に裁判所の許可を得ることを必要とせり。蓋し子の身体を拘束すること殊に甚しく,且,其処分が子の徳育,智育,体育に重大なる影響を及ぼすべきを以て,単に親権者の一存に任せず,裁判所に於て果して其必要なるや否やを審査し,又之を必要なりとするも,其期間の長短に付き裁判所に於て必要と認めたる範囲内に於てのみ之を許すべきものとせり。而して,如何なる場合に於ても其期間は6个月を超ゆることを得ざるものとし,尚ほ一旦定めたる期間も亦親権者の請求に因り何時にても之を短縮することを得るものとせり。

  (梅356頁)

 

旧民法人事編1521項の「感化場又ハ懲戒場」から感化場が落ちたことについて梅は,「字ノ如ク感化丈ケテアルナラハ寧ロ之ハ教育上ニ属スヘキモノト思ヒマス夫レテアレハ之ハ教育権ノ範囲内テ態々裁判所ヲ煩スコトヲ要セス父カ勝手ニ出来ル事テアラウト思ヒマス」と述べる一方,「若シ又感化場ト云フ名ハアツテモ矢張リ幾分カ懲戒ノ方法ヲ用ヰルモノテ身体ヲ拘束スルトカ苦痛ヲ与ヘルトカ云フモノテアレハ矢張リ法律ノ上カラ見レハ懲戒場テアリマス詰リ此箇条ノ精神ト云フモノハ子ヲ監禁スルノテアリマス其監禁スルコトハ幾ラ父ト雖モ勝手ニハ出来ヌ幾ラ父ト雖モ裁判所ノ許可ヲ得ナケレハナラヌト云フコトテアラウト思ヒマス」と弁じて,懲戒場の機能における拘禁(détention)の本質性を明らかにしています(民法議事速記録507丁表裏)。

ただし,フランス語の“correction”は「懲戒」と訳し得るものの,“maison de correction”には「感化院」という訳が現在あるところです(1938年のフランス映画『格子なき牢獄(Prison sans barreaux)』の舞台であるmaison de correctionは,「感化院」であるとされています。わざわざ「格子なき」というのですから,感化院には通常は格子があるわけでしょう。)。これに対して,我が国初の感化院は1883年に池上雪枝が大阪の自宅に開設したものだそうですが,自宅であったそうですから,その周囲を格子で囲みはしなかったものでしょう。1885107日には高瀬眞卿により東京の本郷区湯島称仰院内に私立予備感化院が開設されていますが,これはお寺ですね。フランス式の方が,日本式よりごついのでしょう。

梅はフランス式で考えていたのでしょうが,感化場ではない懲戒場とは,具体的には何でしょうか。

 

   懲戒場(〇〇〇)とは如何なる場所なるか民法に於て之を定めざるのみならず,民法施行法其他の法令に於て未だ之を定むるものあらず。故に裁判所は,親権者の意見を聴き,適当の懲戒場を指定することを得べし。然と雖も,将来に於ては之に付き一定の規定を設くる必要あるべし。

  (梅356-357頁)

 

ただし,梅は,旧刑法79条(また,80条及び82条)の懲治場との関係については,当該施設において「刑事ノ被告人カ出マシテサウシテ年齢ノ理由ヲ以テ放免サレタ者ト又普通ノ唯タ暴ハレ小僧ト一緒ニスルト云フコトハ如何テアラウカ」,「例ヘハ無闇ト近所ノ子供ト喧嘩ヲシテ困ルト云フヤウナ事丈ケテ別ニ盗坊ヲスルト云フヤウナ者テモナイ者ヲ刑事ノ被告人ト一緒ニスルト云フコトハ危険テアラウト思ヒマス」ということで,「可成ハ別ナ処ヘ入レルコトカ出来ルナラハ別ノ所ニ入レタイト云フ考ヲ持ツテ居リマスカラ夫レテ態サト「懲治場」ト云フ字ヲ避ケマシタ」と述べています(民法議事速記録509丁表)。

また,梅は家内懲戒場を認めていたようであって,「此「相当ノ」ト云フコトカ這入ツテ居ル以上ハ親カ内ニ檻テモ造ツテ入レルト云フコトナラハ夫レヲモ許ス積リテアリマスカ」との横田國臣の質問に対して,「私ハ其積リテアリマス身分テモアル人ハ其方カ却テ宜シイカモ知レヌ」と回答しています(民法議事速記録509丁裏-10丁表)。しかし,当該問答がされた際の条文案は「親権ヲ行フ父又ハ母ハ必要ナル範囲内ニ於テ自ラ其子ヲ懲戒シ又ハ裁判所ノ許可ヲ得テ之ヲ相当ノ懲戒場ニ入ルルコトヲ得」というものであったのでしたが(下線は筆者によるもの),当該「相当ノ」の文言は,法律となった民法旧8821項からは落ちています。したがって,やはり「懲戒場」は「公の施設であることはいうまでもない」(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)331頁)という整理になるのでしょうか。後記17で見る平成23年法律第61号による懲戒場関係規定の削除に当たっては,法定の懲戒場の不存在がすなわち懲戒場の不存在としてその理由とされていること等に鑑みると,梅の意思にかかわらず,懲戒場=公の施設説が公定説となったものでしょう。


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20233月の称仰院(東京都文京区湯島四丁目)


(イ)手続規定

 

  旧非訟事件手続法13条 審問ハ之ヲ公行セス但裁判所ハ相当ト認ムル者ノ傍聴ヲ許スコトヲ得

 

  旧非訟事件手続法15条 検事ハ事件ニ付キ意見ヲ述ヘ審問ヲ為ス場合ニ於テハ之ニ立会フコトヲ得

   事件及ヒ審問期日ハ検事ニ之ヲ通知スヘシ

 

  旧非訟事件手続法20条 裁判ニ因リテ権利ヲ害セラレタリトスル者ハ其裁判ニ対シテ抗告ヲ為スコトヲ得

   申立ニ因リテノミ裁判ヲ為ス場合ニ於テ申立ヲ却下シタル裁判ニ対シテハ申立人ニ限リ抗告ヲ為スコトヲ得

 

  旧非訟事件手続法25条 抗告ニハ前5条ニ定メタルモノヲ除ク外民事訴訟法ノ抗告ニ関スル規定ヲ準用ス

 

  旧非訟事件手続法92条 子ノ懲戒ニ関スル事件ハ子ノ住所地ノ区裁判所ノ管轄トス

   検事ハ前項ノ許可ヲ与ヘタル裁判ニ対シテ抗告ヲ為スコトヲ得

   第78条ノ規定〔抗告手続の費用及び抗告人の負担に帰した前審の費用の負担者を定めるもの〕ハ前項ノ抗告ニ之ヲ準用ス

 

10 西暦17世紀末-18世紀前半の日本国

懲戒場に関する梅の所論がどうしても抽象的になってしまうのは,公の施設としてのhôpitaux générauxVincennes城等に対応するものが,我が国には現実のものとしてなかったからでしょうか。

我が国の伝統的な子の懲戒観及び懲戒方法はどのようなものだったのか,時代は前後しますが,ここで江戸時代の様子を見てみましょう。

 

   父母は子を懲戒(〇〇)するの権利を有す。西沢与四作「風流今平家」〔元禄十六年(1703年)〕五六之巻第三に

    「入道耳にいれず,()()()()くゝり(〇〇〇)せつ(〇〇)かん(〇〇)する(〇〇)()誰何(〇〇)といはん(〇〇〇〇),汝等がしる事にあらず」

とあるはその一例なり。この懲戒権に基づきて親はまた,子を座敷牢に監禁することを得,(みやこ)(にしき)作「風流日本(やまと)荘子(そうじ)」(元禄十五年1702年))巻之二(勘当の智恵袋の段)に,

    「父母今は詮方尽,流石(さすが)名高き山下さへ,閉口せし上からは,外の評議に及まじ,(さて)是非もなき仕合と,おどり揚つて腹立し,座敷(〇〇)()に入置,さま〔ざま〕のせつかん目も当られず,一門を初め親しき友どち集り,色替品替詫言すれど,さら〔さら〕以て聞入れず,終に公に訴へ元禄十三辰1700年〕の秋,あり〔あり〕と勘当帳にしるし,(あわせ)壱枚あたへ,それから直に追出す」

とあり。また後に出す「傾城歌三味線」〔享保十七年(1732年)〕にも,「或時は座敷(〇〇)()に追込まれ,又或時は内証勘当して云々」と見えたり。

 父母が子を勘当(〇〇)することもまた,その懲戒権の行使なり。〔後略〕

(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(岩波文庫・1984年)170頁)  

 

 座敷牢への監禁措置のためには,公儀のお許しは不要であったわけでしょう。

ただし,「親が願い出て「官獄」に入れたり,放蕩の子を他領の親類に預けるといった制度・慣習は従来から存在」してはいたそうです(広井13頁)。それらはどのようなものかといえば,「『全国民事慣例類集』によれば,「官ニテ厳戒シ手鎖足鎖ヲ加エテ拘留シ或ハ其家ニ付シテ監守セシム」(伊賀)といった監禁や,「辺土ノ村」(対馬)へ移したり,「遠島」(大隅)にするといった「流罪」の場合もあった」そうです(広井13頁)。しかしながら,あるいは当該「制度・慣習」は全国的かつ強固なものではなく,それゆえに1889年の監獄則による請願懲治廃止及び1898年の現行民法施行時における法定懲戒場不存在状態が生じていたのではないでしょうか。

 

11 西暦1900年の感化法(明治33年法律第37号)及び1933年の少年教護法(昭和8年法律第55号)

 

(1)感化法

梅謙次郎が民法旧882条の懲戒場について「将来に於ては之に付き一定の規定を設くる必要あるべし」と述べたのは,1899年のことでしたが(梅初版発行年),その翌年に当該規定が整備されています。感化法です(190039日裁可,同月10日布告)。ただし,感化法制定のための主な推進力としては,梅らの不満もあったのでしょうが,18971月の英照皇太后大喪の際に各府県等に御下賜のあった慈恵救済資金の使用先の一つに感化院が想定されていたということがあったようです(第14回帝国議会貴族院感化法案特別委員会議事速記録第12-4頁参照)。(なお,感化法の施行日は「府県会ノ決議ヲ経地方長官ノ具申ニ依リ内務大臣之ヲ定ム」ということで(同法14条),全国一律ではありませんでした。当初の政府案では,勅令で施行日を定めることとしていたものが衆議院において修正されたものです。)

感化法53号は,「裁判所ノ許可ヲ経テ懲戒場ニ入ルヘキ者」を感化院の入院者として規定しています。同号による入院者は,民法旧882条の子は未成年者に限られないものとする法意に忠実に,20歳を超えても在院できることになっています(感化法6条)。

しかし,親権の行使として子を懲戒場たる感化院に入れた父又は母は,財産の管理を除いて在院又は仮退院中の子に対して親権を行うことができなくなるという規定(感化法82項・3項。感化院長が親権を行使(同条1項))は,感化院に子の世話をお願いする以上仕方がないとしても(なお,現在,児童福祉施設に入所中の子の親権者はなお親権を行い得るものとされつつ(児童福祉法(昭和22年法律第164号)471項),児童福祉施設の長に監護・教育に関して措置をする権限が認められています(同条3-5項)。),子を退院させて自己の親権行使を再開させることが自由にできなければ本来の親権者としては変なことではあります。ところが,感化法では在院者の親族又は後見人が子を退院させようとすると地方長官に出願して許可を受けなければならないことになっています(同法12条(1度不許可となると6箇月は再出願不可(2項))・13条(不許可処分には訴願が可能))。そこで民法旧8822項により期間短縮をしようとすると,今度は裁判所の裁判が必要なようでもあります。親権を発揮したつもりが,実は自ら親権を制限ないしは停止したような形になるというのはどうしたものでしょうか(ナポレオンの民法典379条参照)。

また,旧民法人事編152条の「感化場」を排し置いた梅としては,民法旧882条の「懲戒場」とは感化院のことである,となってしまった成り行きをどう思ったものでしょうか。ただし,感化院法9条は「感化院長ハ命令ノ定ムル所ニ依リ在院者ニ対シ必要ナル検束ヲ加フルコトヲ得」と規定していますから,拘禁と全く無縁の施設ではないようではあります。しかし,この「検束」は,「矢張リ親権ノ作用ノ懲戒ニ過ギナイノデアリマス,〔略〕大体検束ト申シマスモノハ民法ナドニ申シテ居ル親ノ懲戒権ノ範囲ニ止マル積リデアリマスガ,其懲戒ノ手段トシテハ或ハ禁足ヲスルトカ若クハ必要ニ応ジマシテハ1食或ハ2食ヲ減食ヲ致シマス,又ハ一室ニ閉禁ヲスルトカ云フヤウナ懲戒手段ヲ加ヘル考デアル,是ガ若シ此規定ガゴザイマセヌト不法監禁デアルト云フヤウナ疑ヲ来スモノデゴザリマスカラ,明ニ此明文ヲ掲ゲタ方ガ明瞭ニナッテ宜カラウト云フ考デ検束ト云フ字ヲ加ヘマシタノデアリマス」ということであって(第14回帝国議会貴族院感化法案特別委員会議事速記録第14頁(小河滋二郎説明員)),感化法9条は,同法81項の感化院長の親権行使規定で本来十分であるものの誤解なきよう念のために設けた規定であるという位置付けでした。感化院は,親権を行う父又は母のためにその懲戒権の実行を専ら担当するものであるというわけではなく,親権を代行しつつ必要があれば検束を含む懲戒権の行使もするものである,ということのようです。

感化院は地方長官が管理するのが原則でしたが(感化法2条),内務大臣の認可を受けた民営の代用感化院も認められていました(同法4条)。

なお,「地方長官ハ在院者ノ扶養義務者ヨリ在院費ノ全部又ハ一部ヲ徴収スルコトヲ得」との規定(感化法111項)は,1804年のフランス民法3782項を彷彿とさせるものがあります。

明治41年法律第43号(同法の施行は,旧法例(明治31年法律第10号)1条により1908428日から)による改正後の感化法52号は「18歳未満ノ者ニシテ親権者又ハ後見人ヨリ入院ヲ出願シ地方長官ニ於テ其ノ必要ヲ認メタル者」も感化院への入院者としています(それまでの同号は「懲治場留置ノ言渡ヲ受ケタル幼者」でしたが,同年101日から施行の現行刑法では,そのような懲治場留置の幼者はいなくなります。)。受け身の裁判所よりも,積極的においコラしてくる府県庁の方が,臣民には親しまれていたのでしょうか。あるいは,「司法的措置に対抗しつつ,より教育的な子どもの保護を制度化しようとする行政的措置の流れ」(広井20頁註76))をそこに見るべきでしょうか。

 

(2)少年教護法

感化法は,1934101日からの少年教護法の施行によって廃止され(同法附則2項),従来の感化院及び代用感化院は,同法による少年教護院となりました(同法附則4項・5項)。少年教護院の入院者に「裁判所ノ許可ヲ得テ懲戒場ニ入ルベキ者」が含まれることについては少年教護法814号に,その年齢が20歳を超えてよいことについては同法11条に規定があります。また,「少年ニシテ親権者又ハ後見人ヨリ入院ノ出願アリタル者」も地方長官は少年教護院に入所させることになっていましたが(少年教護法812号),ここでの「少年」は,「14歳ニ満タザル者ニシテ不良行為ヲ為シ又ハ不良行為ヲ為ス虞アル者」です(同法1条)。

少年教護法は,児童福祉法によって,194811日から廃止されました(同法65条・63条)。従来の少年教護院は,児童福祉法44条の教護院となり(同法67条),当該教護院は,平成9年法律第74号による児童福祉法の改正の結果,199841日からは児童自立支援施設となっています(平成9年法律第74号附則1条・附則51項)。

 

12 西暦1922年の矯正院法(大正11年法律第43号)

旧少年法に併せて矯正院法が制定され,192311日から施行されています(同法附則及び大正11年勅令第487号)。矯正院法1条は「矯正院ハ少年審判所ヨリ送致シタル者及民法第882条ノ規定ニ依リ入院ノ許可アリタル者ヲ収容スル所トス」と規定しています。ただし,「矯正院ニ収容シタル者ノ在院ハ23歳ヲ超ユルコトヲ得ス」とされていました(矯正院法2条)。

感化院は内務省の所管でしたが,矯正院は司法省の所管でした(矯正院法7条)。

矯正院法は,旧少年院法(昭和23年法律第169号)19条によって194911日から(同法18条)廃止されています。

 

13 フランスにおける父の懲戒権のその後

 

(1)19351030日のデクレ

193568日にフランス共和国では,我が国家総動員法(昭和13年法律第55号)も三舎を避くべき法律が成立し(1935316日にドイツがヴェルサイユ条約の軍事条項を破棄して再軍備宣言を発していますが,戦争はまだ始まってはいません。),ラヴァルを首相とする当時の政府に,「フラン通貨の防衛及び投機との戦いを確乎たるものとするために」,法律と同じ効力を有するデクレを同年1031日を期限として発することのできる授権がされます。

同年1030日,どういうわけかこれもフラン防衛のためであるということで,駆け込み的に,父の子に対する懲戒権に係る民法376条以下の改正が同日付けのデクレによってされます(官報掲載は同月31日)。大統領宛ての内閣報告書によれば,新制度は,従来のものと違い,「懲罰の性格を失っており(…perdent leur caractère de pénalité),専ら子の利益のためのもの」であるとされています。もはや懲戒ではなく,矯正の権ということになるのでしょう。主な被改正条項を見てみましょう。

新第376条は,次のとおり(デクレ1条)。

 

  子が満16歳未満であるときは,父は,司法当局をしてその託置(placement)を命じさせることができる。そのために,民事裁判所の所長は,申立てがあったときは身体拘束令状を発付しなければならない。民事裁判所の所長は更に,その定める期間(ただし,成年期には及ばない。)について,観護教育施設(maison d’éducation surveillée),慈善教育施設(institution charitable)又はその他行政当局若しくは裁判所によって認可され,かつ,子の監護(garde)及び教育を確保する責めを負う者を指定する。

 

 新377条は,次のとおり(デクレ2条)。

 

   満16歳から成年又は解放までのときは,父は,その子の託置を請求することができる。請求は民事裁判所の所長に宛ててされ,当該所長は,検察官の意見により,身体拘束令状を発して,前条に規定する条件における子の監護を確保することができる。

 

 新379条は,次のとおり(デクレ3条)。

 

   命じられた監護措置は,検察官の要求又は父若しくはその他当該措置を求めた者の請求に基づき,裁判所の所長によって,いつでも撤回され,又は変更されることができる。

 

(2)1945年9月1日のオルドナンス

 194591日,対独敗戦後ヴィシー政権に参画していたラヴァル元首相は獄中にあって,同年10月の裁判(及び同月15日の国家叛逆罪による刑死。ただし,ギロチンによる斬首ではなく,銃殺です。)を待っていたところですが,臨時政府のド=ゴールはオルドナンス(n˚45-1967)を発し(官報掲載は同年92日),ラヴァル政権によって改正されていたフランス民法における子の矯正に関する父の権力条項(375条から382条まで)は更に全面改正されます。理由書によれば,父の恣意を避けるために,全ての場合において矯正措置は司法当局の自由な判断に服するものとされ(旧376条関係),②矯正措置の請求権は,もはや父のみにではなく,母及び子の監護権者一般に認められ,③専ら子の利益のために矯正措置が採られるよう,その裁判手続が改善され,④裁判所の職権による矯正措置の撤回及び変更,託置を請求しなかった親による変更の請求並びに検察官及び矯正措置請求者による不服の申立てがそれぞれ認められることとなり,最後に,⑤託置された未成年者の賄い費用負担の国庫による全部又は一部の肩代わり制度の導入がされています。

 改正後のフランス民法の条項は,次のとおり。

 

  第375条 21歳未満の未成年者の父,母又は監護権者は,子について重大な不満意の事由があるときは,当該未成年者の住所地の少年裁判所(tribunal pour enfants)の所長に対して,父性的矯正措置(mesure de correction paternelle)を同人について採るよう求める申立てをすることができる。

    当該の子に対して監護権を行使していない父又は母も,監護権を喪失していない限り,申立てをすることができる。

 

  第376条 所長は,申立の評価のために有益な全ての情報を取得するものとする。特に,資格のある者による,当該家族の物的及び心的状況についての,当該の子の性格及び前歴ついての並びに同人が個人財産を有しているか及び職業を営んでいるかを知るための調査を行わなければならない。

    調査期間中において未成年者の身柄を確保する必要があると判断するときは,所長は,上訴にかかわらず執行することができる仮監護命令をもって,当該未成年者の利益にかなうものと判断される託置措置を執り,及び,必要があれば,観護教育施設への付託をすることができる。

    当該所長は,前項の措置を執る権限を,未成年者の居所の少年裁判所の所長に委託することができる。

 

  第377条 検察官の意見のほか,所長は,未成年者,申立人及び,必要があれば,申立てをしなかった父又は母の陳述を聴いて裁判する。

    有益であると認められるときは,未成年者の託置を命ずる。その際所長はそのために,その定める期間(ただし,成年期には及ばない。)について,観護教育施設,慈善教育施設又はその他行政若しくは司法当局によって認可され,かつ,子の監護及び教育を確保する責めを負う者を指定する。

 

  第378条 前条の命令は,上訴にかかわらず仮に執行される。

 

  第379条 第376条,第2(ママ)77条〔第377条〕及び第381条に基づき所長のした命令に対しては,検察官,父性的矯正措置を受けた未成年者,申立人及び申立てをしなかった父又は母であって手続に関与したものは,10日以内に,裁判所に対する書面により抗告することができる。

 

380条 前条の抗告に対する裁判は,当事者の陳述を聴き又は当事者を適式に呼び出した上で,検察官の意見を聴いて,控訴院の未成年事件担当部がする。

 

  第381条 採られた措置は,職権により,検察官の申立てにより,その他措置申立権を有する者又は未成年者の請求により,当該命令をした司法当局によって撤回され,又は変更されることができる。

 

  第382条 親族(les parents)は,その貧困を証明することにより,託置を命ずる司法当局から,未成年者の賄い費用負担の全部又は一部の免除を受けることができる。免除された費用は,国庫が負担する。

 

 何だかフランス民法が日本民法に追いついてきたような感じがします。

 

(3)19581223日のオルドナンス

 ところがフランス共和国は,更に我が日本国を出し抜きます。その年105日に第五共和制憲法を公布したばかりの19581223日,ド=ゴール首相の政府はオルドナンス(n˚58-1301)を発し(官報掲載は同月24日),その第1条によって父性的矯正措置(フランス民法375条から382条まで)を廃して,育成扶助措置(mesures d’assistance éducative)に入れ替えてしまったのでした。

 当該改正後のフランス民法375条は「その健康,安全,徳性又は教育が危うくなっている21歳未満の未成年者(Les mineurs de vingt et un ans dont la santé, la sécurité, la moralité ou l’éducation sont compromises)は,以下第375条の1から第382条までに規定する条件による育成扶助措置を受けることができる。」と規定していて,もはや親がその子について「重大な不満意の事由」を有しているかどうかは問題になっていません。また,同じく改正後のフランス民法375条の11項は,未成年者自身からも育成扶助を求めて裁判官に対して申立てをすることができるものとしています。子本位の制度の作りになっているわけです。

 

14 西暦1948年の我が民法(昭和22年法律第222号による改正(194811日)後のもの)

 

(1)条文

 

  第818条 成年に達しない子は,父母の親権に属する。

    子が養子であるときは,養親の親権に服する。

    親権は,父母の婚姻中は,父母が共同してこれを行う。但し,父母の一方が親権を行うことができないときは,他の一方が,これを行う。

 

  第822条 親権を行う者は,必要な範囲内で自らその子を懲戒し,又は家庭裁判所の許可を得て,これを懲戒場に入れることができる。

    子を懲戒場に入れる期間は,6箇月以下の範囲内で,家庭裁判所がこれを定める。但し,この期間は,親権を行う者の請求によつて,何時でも,これを短縮することができる。

 

(2)学説

 

現行民法の規定(822条)は明治民法の規定を引き継いでいるが,「懲戒場」はもはや存在しない。また,懲戒権に服するのは未成年の子に限られる。そうだとすると,起草者たちの認識とは異なり,懲戒権は監護・教育権に含まれると考えてもよいことになる。こう考えるならば,懲戒権の規定も廃止してもよいということになる。ただし,ここでも若干の配慮が必要になる〔略〕。

  (大村254頁)

 

   ()監護教育のためには,時に「愛の鞭」を必要とする。しかし,その限界は,社会の倫理観念によって定まる。これを越える場合には,親権の濫用であるばかりでなく,暴行罪を構成する(大刑判明治3721日刑録122頁,札幌高裁函館支部刑判昭和28218日高裁刑集61128頁)。()「家庭裁判所の許可を得て,懲戒場に入れる」という制度は,現行法の下では存在しない。ここにいう懲戒場は公の施設であることはいうまでもない。ところが,現行制度でこれに当るものは,児童福祉法による教護院(同法44条参照)と少年法による少年院(同法24条,少年院法1条参照)とであるが,いずれも親権者の申請によって未成年の子を入所させる途を開いていない(少年法24条,児童福祉法27条参照(少年院法の前身たる矯正院法では認められていた))。

  (我妻330-331頁)

 

 なお,我妻が「少年院法の前身たる矯正院法では認められていた」という部分には,感化法及び少年教護法も付け加えられるべきものでしょう。

 

   親権者はその子をこれらの施設〔少年院,教護院など〕に入れる処分に同意しまたはすすんで申請することができる。民法はこのような親の責務を定めたものと解すべきである。

  (我妻榮=有泉亨著,遠藤浩補訂『新版民法3 親族法・相続法』(一粒社・1992年)179頁)

 

この学説では,親の権利ないしは権限ではなく「責務」であるものとしつつ,義務とまではしていません。

少年法(昭和23年法律第168号)313号の虞犯少年について,保護者(少年に対して法律上監護教育の義務ある者及び少年を現に監護する者(同法22項))は,家庭裁判所に通告ができます(同法6条)。

児童相談所に相談があり(児童福祉法1112号ロ・123項(202341日の前は2項))又は要保護児童(保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童(同法6条の38項))発見の通告があると(同法251項),相談又は通告を受けた児童相談所長がその旨都道府県知事に報告をして(同法2611号),当該報告を受けた都道府県知事が当該児童を児童自立支援施設に入所させる(同法2713号)ということがあり,また,当該入所措置には親権者の同意が必要である(同条4項)ということがあるところです。

ただし,少年院への収容についてですが,「特に親権者は,家庭裁判所に通告し,または児童相談所に相談して知事が家庭裁判所への送致措置をとった結果として(少6,児福27),家庭裁判所の行う保護処分を受けることを通して少年院収容の強制的な矯正教育を受けることもありうるが,それも本条〔民法822条〕にかかわる親権者個人の懲戒権の実行としてではない。」とされています(於保不二雄=中川淳編『新版注釈民法(25)親族(5)(改訂版)』(有斐閣・2004年)115頁(明山和夫=國府剛))。

 

   親権者にこのような懲戒権が与えられていることの法的な意味は,子の監護教育上必要な範囲で実力を行使しても,親権者が民事・刑事上の責任を問われることはないという点にあるに過ぎない。規定にある懲戒(ママ)に該当する施設は,戦後の児童福祉法・少年院法の制定とともに存在しなくなった(したがって,懲戒場に入れる期間について規定する8222項の意味は失われている)。

   懲戒権も必要な範囲を超えると親権の濫用となり(いわゆる児童虐待〔略〕),親権喪失原因になるとともに,暴行罪を構成する。

  (内田貴『民法 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)212頁)

 

 懲戒場に該当する施設はもはや存在しない,その結果(旧)8222項の意味も失われているのだ,と淡白に説明を受けて,やれ民法の勉強は覚えることばかりではなく実は覚えないということもあるのだなと安易に安堵した学生は,当面の試験を前に当該安直な感想を早々に忘れつつ,それでも心の奥底に何やら物足りない思いをその後長く抱き続けることとなったのでした。

 

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はじめに

20221210日に成立し,同月16日に公布された令和4年法律第102号の第1条によって,民法(明治29年法律第89号)の一部がまた改正されることとなり(令和4年法律第102号は,一部を除いて,2024615日以前の政令で定める日から施行されます(同法附則1条本文)。),そのうちの更に一部は公布の日である20221216日から既に改正されてしまっています(令和4年法律第102号附則1条ただし書)。2023年度版の各種「六法」が2022年の秋に出てしまった直後の改正であって,20234月の新学期からの民法(親族編)の学びにとっては余り嬉しくない時期の改正です。

令和4年法律第102号による民法改正の内容は,提出された法案に内閣が付記した「理由」によれば,「子の権利利益を保護する観点から,嫡出の推定が及ぶ範囲の見直し及びこれに伴う女性に係る再婚禁止期間の廃止,嫡出否認をすることができる者の範囲の拡大及び出訴期間の伸長,事実に反する認知についてその効力を争うことができる期間の設置等の措置を講ずるとともに,親権者の懲戒権に係る規定を削除し,子の監護及び教育において子の人格を尊重する義務を定める等の措置を講ずる」というものです。女性に係る再婚禁止期間の廃止は,愛する彼女の婚姻解消又は取消後直ちに再婚してもらいたい人妻好き男性にとっての朗報でしょうが,子の嫡出推定及び嫡出否認並びに認知に関する改正は――難しい女性との関係又は女性との難しい関係の無い者にとっては余計なこととはいえ――男性が父となることないしは父であることについての意味を改めて考えさせるものでありそうです。子の父であるということは,まずは法的な問題なのです。親権者の懲戒権に係る規定(旧822条)の削除並びに子の監護及び教育における子の人格尊重義務の規定(新821条)は,父母双方にかかわるものですが,頑固親父,雷親父その他の厳父の存在はもはや許されなくなるものかどうか,これも父の在り方にとってあるいは小さくない影響を及ぼし得るものでしょう。

本稿は,令和4年法律第102号附則1条ただし書によって既に施行されてしまっている「民法第822条を削り,同法第821条を同法第822条とし,同法第820条の次に1条を加える改正」に触発されて,旧822条に規定されていた親権者の懲戒権及び更にその昔同条に規定されていた懲戒場に関して,諸書からの抜き書き風随想をものしてみようとしたものです。どうもヨーロッパその他の西方異教の獰猛な男どもは,我々柔和かつ善良な日本男児とは異なり,歴史的に,婦女子を暴力的かつ権力的に扱ってきていたものであって,したがって,西洋かぶれの民法旧822条はそもそも我が国体・良俗には合わなかったのだ,令和の御代に至って同条を削ったことは,あるべき姿に戻っただけである,と当初は簡単に片付けるつもりだったのでしたが,確かに父子関係は各国の国体・政体・民俗の重要な要素をなすものであるのでなかなか面白く,ローマやらフランスやらへの脱線(といっても,おフランスは我が母法国(ああ,法国ではないのですね。)なので,脱線というよりは,長逗留でしょう。)をするうちに,ついつい長いものとなってしまいました。

なお,令和4年法律第102号附則1条ただし書をもって施行が特に急がれた改正は,実は民法のそれではなく,児童虐待の防止等に関する法律(平成12年法律第82号)141項の規定の差し替え(令和4年法律第1024)であったかもしれません(後編の19及び20参照)。


1 西暦紀元前13世紀のシナイ半島

 

    Honora patrem tuum et matrem tuam, ut sis longevus super terram quam Dominus Deus tuus dabit tibi.

  (Ex 20, 12

    汝の父母を敬へ。是は汝の神ヱホバの汝にたまふ所の地に汝の生命の長からんためなり。

 

これは,心温まる親孝行の勧めでしょうか。しかし,うがって読めば,単純にそのようなものではないかも知れず,異民族をgenocideしつつ流血と共にこれから侵入する敵地・カナンにおける民族の安全保障のための組織規律にかかわる掟のようでもあります。

 

2 西暦紀元前53世紀の中近東

 

  Qui parcit virgae suae odit filium suum; qui autem diligit illum instanter erudit. (Prv 13, 24)

  鞭をくはへざる者はその子を憎むなり。子を愛する者はしきりに之をいましむ。

 

  Noli subtrahere a puero disciplinam; si enim percusseris eum virga, non morietur. (Prv 23, 13)

  子を懲すことを為さざるなかれ。鞭をもて彼を打とも死ることあらじ。

 

  Erudi filium tuum ne desperes; ad interfectionem autem ejus ne ponas animam tuam. (Prv 19, 18)

  望ある間に汝の子を打て。これを殺すこころを起すなかれ。

 

これは・・・ひどい。「児童の身体に外傷が生じ,又は生じるおそれのある暴行を加えること」たる児童虐待(児童虐待の防止等に関する法律21号)など及びもつかぬ嗜虐の行為をぬけぬけと宣揚する鬼畜の暴言です。外傷が生ずるおそれだけで震撼してしまうユーラシア大陸東方沖の我が平和愛好民族には想像を絶する修羅の世界です。死んでしまってはさすがにまずいが,半殺しは当たり前であって,しかもそれがどういうわけか世にも有り難い親の愛だというのですね。正しさに酔ってへとへとになるまで我が子を鞭打ち続ける宗教的なまで真面目な人々は,恐ろしい。これに比べれば,冷静に買主の不安心理を計測しつつ安心の壺を恩着せがましく売り歩くやり手の人々の方が,善をなす気はなくとも,あるいはより害が少ない存在ではないでしょうか。

 

3 西暦紀元前後のローマ

 

(1)アウグストゥスによる三つのおでき懲戒

 

Sed laetum eum atque fidentem et subole et disciplina domus Fortuna destituit. Julias, filiam et neptem, omnibus probris contaminatas relegavit; ….. Tertium nepotem Agrippam simulque privignum Tiberium adoptavit in foro lege curiata; ex quibus Agrippam brevi ob ingenium sordidum ac ferox abdicavit seposuitque Surrentum. ….. Relegatae usum vini omnemque delicatiorem cultum ademit neque adiri a quoquam libero servove nisi se consulto permisit, ….. Ex nepte Julia post damnationem editum infantem adgnosci alique vetuit. Agrippam nihilo tractabiliorem, immo in dies amentiorem, in insulam transportavit saepsitque insuper custodia militum. ….. Nec aliter eos appellare quam tris vomicas ac tria carcinomata sua.

(Suetonius, De Vita Caesarum, Divus Augustus: 65)

けれども〔sed〕運命の女神は〔Fortuna〕,一家の子孫とその薫陶に〔et subole et disciplinā domūs〕喜ばしい期待と自信を抱いていたアウグストゥスを〔eum (Augustum) laetum atque fidentem〕見捨てたのである〔destituit〕。娘と孫娘の〔filiam et neptem〕ユリアは〔Julias〕,あらゆるふしだらで〔omnibus probris〕穢れたとして〔contaminatas〕島に流した〔relegavit〕。〔略〕3番目の孫アグリッパ〔tertium nepotem Agrippam〕と同時に〔simul〕継子ティベリウスと〔privignum Tiberium〕も,民会法に則り〔lege curiatā〕広場で〔in foro〕養子縁組を結ぶ〔adoptavit〕。このうち〔ex quibus〕アグリッパの方は〔Agrippam〕,まもなく〔brevi〕野卑で粗暴な性格のため〔ob ingenium sordidum ac ferox〕勘当し〔abdicavit〕,スレントゥムへ〔Surrentum〕隔離した〔seposuit〕。〔略〕追放した娘からは〔relegatae〕飲酒を〔usum vini〕始め,快適で優雅な暮しに必要な一切の手段を〔omnem delicatiorem cultum〕とりあげ〔ademit〕,誰であろうと自由の身分の人でも奴隷でも〔a quoquam libero servove〕,自分に相談せずに〔nisi se consulto〕面接することは許さなかった〔neque permisit adiri〕。〔略〕孫娘ユリアが〔ex nepte Juliā(孫娘ユリアから)〕,断罪された後で〔post damnationem〕生んだ赤ん坊を〔editum infantem(生まれた赤ん坊に対して)〕,アウグストゥスは認知し養育することを〔adgnosci et ali(認知されること及び養育されることを)〕拒否した〔vetuit〕。孫のアグリッパは〔Agrippam〕従順になるどころか,日に日にますます気違いじみてきたので〔nihilo tractabiliorem, immo in dies amentiorem〕,島へ転送した〔in insulam transportavit〕上に〔insuper〕,幽閉し〔saepsit〕兵士の監視をつけた〔custodiā militum〕。〔中略〕そして彼らを〔eos〕終始ただ〔nec aliter…quam〕,「わたしの三つのおでき(﹅﹅﹅)tris vomicas〕」とか「三つの癌」〔ac tria carcinomata sua〕とのみ呼んでいた〔appellare (solebat)〕。

(スエトニウス,国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)161-162頁)

 

(2)ローマ法における家父権

 

   ローマ法によれば,子供は生涯にわたって「家父権」に服した。父親が生きている限り,60歳になってもまだこの「家父権」に服しているということがあり得たし,執政官もまたそうであった。従って,そのような父を持つ子供は,その祖父の権力下におかれていたわけである。

   これに対して,「母権」のようなものは存在せず,従って,「親権」というものもない。そのかぎりで,家族の構成は,極端に家父長主義的であった。しかも,古典期の学説によると,父親は,妻を含む家族成員の全てに対して「生殺与奪の権利(ius vitae ac necis)」を有していた。これは,実際上,ある種の刑罰権として家内裁判の基礎をなしたものである。このような極端な法の中に,大ローマ帝国内部での,ほとんど君主制度に近い木目細かに監督された初期の経済的一体性を持った集団としての家父長主義的家族の興隆が,反映している。

  (オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法――ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)149頁)

 

「ほとんど君主制度に近い・・・家父長主義的家族」の理念型は共和政下の貴族階層の中にあったのでしょうが,これに関しては,次のような説明があります。

 

  〔共和革命後のローマの政治制度の成立にとって〕最も重要であったのが,政治という活動を直接担う階層の創出である。上位の権力や権威に制約されない頂点を複数確保し続けるという意義を有した。政治はさしあたりこれら頂点の自由な横断的連帯として成立した。ギリシャでもそうであったが,このために身分制,つまり貴族制が採用される。言うならば,世襲により頂点が維持され続ける仕組の「王」=王制を複数設定するのである。patriciと呼ばれる人々が系譜により特定され,彼らのうち独立の各系譜現頂点は〔略〕「父達」(patres)と呼ばれた。そしてpatriciの中から300人が(ただし選挙ではなく職権で)選ばれ元老院(senatus)を構成した。〔後略〕

 (木庭顕『新版 ローマ法案内――現代の法律家のために』(勁草書房・2017年)18頁)


Lupa Romana4

Patriam potestatem nondum habent.

 

(3)モンテスキューによるローマの家父権とローマ共和政との関係解説

しかし,アウグストゥスはなお自らの家族(おでき)に家父権を断乎行使したわけですが,当該家父権自体は,夫子御導入の元首政体がそれに取って代わってしまった共和政体の重要な支柱の一つであったとは,18世紀フランスの啓蒙主義者の観察であるようです。民衆政体の原理にとって有益なもの(moyen de favoriser le principe de la démocratie)の一つとして,モンテスキューは家父権を挙げます。

 

  家父権(l’autorité paternelle)は,良俗(les mœurs)の維持のために,なお非常に有用である。既に述べたように,共和政体には,他の政体におけるような抑圧的な力は存在しない。したがって,法はその欠缺の補充の途を求めねばならず,それを家父権によってなすのである。

  ローマでは,父たちは子らに対して生殺与奪の権を有していたe。スパルタでは全ての父が,他者の子に対する懲戒権を有していた。

  家父の権力(la puissance paternelle)は,ローマにおいては,共和政体と共に衰微した。風俗が純良であって申し分のない君主政下にあっては,各個人が官の権力の下に生活するということが望まれるのである。

  若者を依存状態に慣れさせたローマ法は,長期の未成年期を設けた。この例に倣ったことは,恐らく間違いであったろう。君主政下にあっては,そこまでの規制は必要ではないのである。

  共和政体下における当該従属関係が,そこにおいて――ローマにおいてそのように規整されていたように――生きている限り父はその子らの財産の主であることを求めさせ得たものであろう。しかしながらそれは,君主政の精神ではないのである。

 

 e)共和政体のためにいかに有益にこの権力が行使されたかをローマ史に見ることができる。最悪の腐敗の時代についてのみ述べよう。アウルス・フルウィウスは〔国家を転覆せしめようとする陰謀家〕カティリナに会うために外出していた。彼の父は彼を呼び戻し,彼を死なしめた(サルスティウス『カティリナの戦争〔陰謀〕』)。他の多くの市民も同様のことをした(ディオン〔・カッシウス〕第3736)。

Montesquieu, De l’Esprit des lois: Livre V, Chapitre VII

 

共和国を民衆政的腐敗堕落から守るのは,共和主義的頑固親父の神聖な義務であって,お上のガイドラインを慎重謙虚に待つなどと称しての偸安退嬰は許されない,ということでしょう。

 

  〔エルバ島における皇帝執務室の中〕

 皇帝ナポレオン: 私は,皇帝だぞ。

 市民ポン(=「石頭の共和主義者」): わっ,わしは市民です。

        〔ポンの両脚は震えている。〕

  〔皇帝執務室の外〕

 近衛兵A: 毎日喧嘩しているな。

 近衛兵B: うむ。

       あの爺ィ,とっちめるか。

 近衛兵A: おう。

 ベルトラン将軍: やめておけ。

   せっかくケンカ相手ができたのだ。

   皇帝の楽しみを邪魔するな。

 近衛兵A: はい?

  〔再び皇帝執務室の中〕

 P: わしを牢に,ぶち込めばええだろ。

 N: 君は法を破っていない。

   私は暴君ではない。

   だが,

    (バアン)

     〔NPの左胸に何かを叩き付ける。〕

  P: (勲章!)

  N: 君は勇敢で心正しい。

    さらにこの私を何度も負かした。

  P: あ・・・

    ありがとうございます。

    伯爵(●●)

  〔Pのいつもの言い間違いに,Nは口もとを歪めている。〕

  N: あんたは,男だ。

  (長谷川哲也「ナポレオン-覇道進撃-」129; Young Kingアワーズ 334号(202111月)538-541頁)

 

なお,君主政体(gouvernement monarchique)及び専制政体(gouvernement despotique)においては,前者には法の力(la force des lois),後者には常に行使の用意がある権力者の腕力(le bras du prince toujours levéがあるので,実直(probité)が政体の保持ないしは支持のためにさほど必要であるものとはされていないのに対して,民衆国においては,それを動かす力として更に(un resort de plus)徳(vertu)が,その原理として必要であるものとされています(cf. Montesquieu: III, 3)。しかして,共和国(république)における徳は,共和国に対する愛(amour de la république)であって,それは知識によって得られるものではなく,感情的なものであるそうです(cf. Montesquieu: V, 2)。この共和国に対する愛は,民衆政体においては,平等(égalité)及び質素(frugalité)に対する愛ということになります(cf. Montesquieu: V, 3)。

ちなみに,徳に代わる,君主政体における原理は,名誉(honneur)です(cf. Montesquieu: III, 6-7)。

 

4 西暦1790824:革命期フランス王国の司法組織に関する法律(Loi sur l’Organisation judiciaire

 

Titre X.  Des bureaux de paix et du tribunal de famille

(第10章 治安調停所及び家内裁判廷に関して)

 

Article 15.

Si un père ou une mère, ou un aïeul, ou un tuteur, a des sujets de mécontentement très-graves sur la conduite d’une enfant ou d’un pupille dont il ne puisse plus réprimer les écarts, il pourra porter sa plainte au tribunal domestique de la famille assemblée, au nombre de huit parens les plus proches ou de six au moins, s’il n’est pas possible d’en réunie un plus grand nombre; et à défaut de parens, il y sera suppléé par des amis ou des voisins.

  (子又は未成年被後見人の行状について重大な不満意の事由があり,かつ,その非行をもはや抑止することのできない父若しくは母若しくは直系尊属又は未成年後見人は,8名又はそれより多くの人数を集めることができないときは少なくとも6名の最近親の親族(ただし,親族の曠欠の場合には,友人又は隣人をもって代えることができる。)が参集した一族の内的裁判廷に訴えを起こすことができる。)

Article 16.

Le tribunal de famille, après avoir vérifié les sujets de plainte, pourra arrêter que l’enfant, s’il est âgé de moins de vingt ans accomplis, sera renfermé pendant un temps qui ne pourra excéder celui d’une année, dans les cas les plus graves.

  (家内裁判廷は,訴えの対象事項について確認をした後,事案が最も重い場合であって,その年齢が満20歳未満であるときは,1年の期間を超えない期間において子が監禁されるものとする裁判をすることができる。)

Article 17.

L’arrêté de la famille ne pourra être exécuté qu’après avoir été présenté au président du tribunal de district, qui en ordonnera ou refusera l’exécution, ou en tempérera les dispositions, après avoir entendu le commissaire du Roi, chargé de vérifier, sans forme judiciaire, les motifs qui auront déterminé la famille.

  (一族の裁判は,地区の裁判所の所長に提出された後でなければ執行されることができない。当該所長は,国王の検察官の意見を聴いた上で,裁判の執行を命じ,若しくは拒絶し,又はその内容を緩和するものとする。当該検察官は,司法手続によらずに,一族の決定の理由を確認する責務を有する。)


 1790824日の司法組織に関する法律第1015条以下の制度は,「共和暦4年風月9日〔1796228日〕のデクレによって家族裁判所〔tribunal de famille〕が廃止されたのちも,通常裁判所の関与による懲戒制度として残」ったそうです(稲本洋之助『フランスの家族法』(東京大学出版会・1985年)381頁)。


5 西暦1804年のフランス民法(ナポレオンの民法典)

 

(1)条文

 

TITRE IX

DE LA PUISSANCE PATERNELLE

(第9章 父の権力について)

 

371.

L’enfant, à tout âge, doit honneur et respect à ses père et mère.

(子は,いかなる年齢であっても,父母を敬い,尊ばなくてはならない。)

372.

Il reste sous leur autorité jusqu’à sa majorité ou son émancipation.

(子は,成年又は解放まで,父母の権威の下にある。)

373.

Le père seul exerce cette autorité durant le mariage.

(婚姻中は,専ら父が当該権威を行使する。)

 

375.

Le père qui aura des sujets de mécontentement très-graves sur la conduite d’un enfant, aura les moyens de correction suivans.

  (子の行状について重大な不満意の事由がある父は,以下の懲戒手段を有する。)

376.

Si l’enfant est âgé de moins de seize ans commencés, le père pourra le faire détenir pendant un temps qui ne pourra excéder un mois; et, à cet effet, le président du tribunal d’arrondissement devra, sur sa demande, délivrer l’ordre d’arrestation.

  (子が満16歳未満であるときは,父は1月を超えない期間において子を拘禁させることができる。そのために,区裁判所の所長は,申立てがあったときは身体拘束令状を発付しなければならない。)

377.

Depuis l’âge de seize ans commencés jusqu’à la majorité ou l’émancipation, le père pourra seulement requérir la détention de son enfant pendant six mois au plus; il s’adressera au président dudit tribunal, qui, après en avoir conféré avec le commissaire du Gouvernement, délivrera l’ordre d’arrestation ou le refusera, et pourra, dans le premier cas, abréger le temps de la détention requis par le père.

  (満16歳から成年又は解放までのときは,父は,最長6月間のその子の拘禁を請求することのみができる。請求は区裁判所の所長に宛ててされ,当該所長は,検察官と協議の上,身体拘束令状を発付し,又は請求を却下する。身体拘束令状を発付するときは,父によって求められた拘禁の期間を短縮することができる。)

378.

Il n’y aura, dans l’un et l’autre cas, aucune écriture ni formalité judiciaire, si ce n’est l’ordre même d’arrestation, dans lequel les motifs n’en seront pas énoncés.

  (前2条の場合においては,身体拘束の令状自体を除いて,裁判上の書面及び手続を用いず,身体拘束令状に理由は記載されない。)

Le père sera seulement tenu de souscrire une soumission de payer tous les frais, et de fournir les alimens convenables.

  (父は,全ての費用を支払い,かつ,適当な食糧を支給する旨の引受書に署名をしなければならないだけである。)

379.

Le père est toujours maître d’abréger la durée de la détention par lui ordonnée ou requise. Si après sa sortie l’enfant tombe dans de nouveaux écarts, la détention pourra être de nouveau ordonnée de la manière prescrite aux articles précédens.

  (父は,いつでも,その指示し,又は請求した拘禁の期間を短縮することができる。釈放後子が新たな非行に陥ったときは,前数条において定められた手続によって,新たに拘禁が命ぜられ得る。)

380.

Si le père est remarié, il sera tenu, pour faire détenir son enfant du premier lit, lors même qu’il serait âgé de moins de seize ans, de se conformer à l’article 377.

  (父が再婚した場合においては,前婚による子を拘禁させるには,その子が16歳未満であっても,第377条に従って手続をしなければならない。)

381.

La mère survivante et non remariée ne pourra faire détenir un enfant qu’avec le concours des deux plus proches parens paternels, et par voie de réquisition, conformément à l’article 377.

  (寡婦となり,かつ,再婚していない母は,父方の最近親の親族2名の同意があり,かつ,第377条に従った請求の方法によってでなければ,子を拘禁させることができない。)

382.

Lorsque l’enfant aura des biens personnels, ou lorsqu’il exercera un état, sa détention ne pourra, même au-dessous de seize ans, avoir lieu que par voie de réquisition, en la forme prescrite par l’article 377.

  (子が個人財産を有し,又は職業を営んでいる場合においては,16歳未満のときであっても,第377条に規定された形式での請求によってでなければ拘禁は行われない。)

L’enfant détenu pourra adresser un mémoire au commissaire du Gouvernement près le tribunal d’appel. Ce commissaire se fera rendre compte par celui près le tribunal de première instance, et fera son rapport au président du tribunal d’appel, qui, après en avoir donné avis au père, et après avoir recueilli tous les renseignemens, pourra révoquer ou modifier l’ordre délivré par le président du tribunal de première instance.

  (拘禁された子は,控訴院に対応する検察官に意見書を提出することができる。当該検察官は,第一審裁判所に対応する検察官に報告をさせた上で,自らの報告を控訴院長に対して行う。当該院長は,父に意見を通知し,かつ,全ての記録を受領した上で,第一審裁判所の所長によって発せられた命令を撤回し,又は変更することができる。)

383.

Les articles 376, 377, 378 et 379 seront communs aux pères et mères des enfans naturels légalement reconnus.

  (第376条,第377条,第378条及び第379条は,認知された非嫡出子の父及び母にも共通である。)

 

(2)国務院における審議模様

1804年のナポレオンの民法典における前記条文に関するそもそも論について理解するため,共和国(まだ帝国ではありません。)11葡萄(ヴァンデミ)(エール)8日(1802930日)の国務院(コンセイユ・デタ)における審議模様を見てみましょう(Procès-Verbaux du Conseil d’État, contenant la Discussion du Projet de Code Civil, Tome II; L’Imprimerie de la République (Paris, 1804): pp.43-52)。

当日の議長は,「諸君,休んでるヒマは無いぞ。国民が民法典を待っている。」と叱咤する(長谷川哲也『ナポレオン-覇道進撃-第3巻』(少年画報社・2012年)123頁参照)精力的かつ野心的な若きボナパルト(Bonaparte)終身第一統領(まだ皇帝ではありません。)ではなく,いい男・カンバセレス(Cambacérès)第二統領であって,報告者はビゴ=プレアムヌ(Bigot-Préameneu)でした。

 

ナポレオンの民法典371条に係る原案は,法律となったものと同じ内容でした。当該原案について,ベレンジェ(Bérenger)が,法律事項(disposition législative)がないから削るべきだと言いますが,ブウレ(Boulay)は婚姻の章に配偶者の義務について述べる条項を置いたのと同様,息子であることによって課される義務を章の冒頭に置くことは有用であると反論し,更にビゴ=プレアムヌが,当該条項は,他の条項はその結果を展開し確定するだけであるという関係にあるところの諸原則を含むものであること,及び他にも多くの場合において裁判官の一つの拠り所となるものであることを付言し,そのまま採択されます。

cf. Conseil d’État, p.44

 

 「「子の義務」に関する規定は,「親の義務」を基礎づけるのである。親の義務性の強調とのバランスをとるためにこの種の規定を置くことは,日本法でも考えられるのではないか。」といわれています(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)258頁)。

 

ナポレオンの民法典372条に係る原案は,「又は解放まで」のところが「又は婚姻による解放まで」となっていて,成年以外の親権を脱する事由を婚姻に限定するものでした。結果として,トレイラアル(Treilhard)の提案に基づき「婚姻により」との限定句が削られています。

当該結果自体は単純ですが,その間トロンシェ(Tronchet)からフランス私法の歴史に関する蘊蓄ばなしがありました。いわく,慣習法地域(北部)では法律行為による解放(émancipation par acte)ということはなく,そこでは,父の権力は保護のための権威(autorité de protection)にすぎず,成年に達するか婚姻するかまでしか続かなかった,これに対して成文法地域(南部)においては法律行為によって解放とするということがあったのは,そこでは父の権力は,身体及び財産についての絶対的かつ永久的なものであったからなのだ,ところが当院は財産関係の父の権力を慣習法地域式に作ったのだから,よって,法律行為によって解放するということにはならないのではないか,というわけです。また,トレイラアルは,トロンシェの紹介したもののほかに18歳での法定解放(émancipation légale)というものがあると付け足しますが,こちらは未成年被後見人に関するものです。ビゴ=プレアムヌは,交通整理を試みて,それぞれの種類の解放について固有の規定は法律で定められるのであるから混乱を恐れる必要はないと述べ,また,確かに新法においては古い成文法ほどには父の権力からの解放は必要ないであろうが,現在審議中の(父の権力に関する)当章の全条項の適用を排除するのであるから,効用がないわけではない,解放された子は父の居宅を離れてよいし,もう拘禁施設(maison de détention)に入れられることは許されないし,父母による財産の利用は終了する,これらの関係では重要な効果があるのだ,と述べています。

cf. Conseil d’État, pp.44-47

 

 家父権からの解放(emancipatio)は,ローマ法では「いくつかの法律行為の組み合わせによって行われた。すなわち,子供は,先ず親から第三者に「譲渡」され,これによって生じた「召使い」の状態から,その譲受人によって「棍棒による解放(manumissio vindicta)」の手段で解放された。そこで,子供は再びもとの家父権に服することになる。このようなことが,さらに二度繰り返されると,最終的に子供は家父権から自由となる。〔略〕この儀式は,「十二表法」にある「もし父がその息子を三度売ったなら,息子は父から自由になるべし(Si pater filium ter venum du(u)it [venumdet] filius a pater [sic (patre)] liber esto)」という文章を利用したものである。」とのことです(ベーレンツ=河上150頁)。フランス成文法地域での法律行為による解放も,この流れを汲むものだったのでしょうか。

 なお,我が旧民法人事編(明治23年法律第98号)213条以下には,自治産の制度がありました。

 

   ナポレオンの民法典373条に係る原案は,法律となったものと同じ内容でした。ルニョ(Regnaud)が,父が長期間不在のときには当該権威は母によって行使されるものと決定すべきである,提示された案のままではその間子が監督されない状態になってしまう,などと細かいことを言いましたが,トロンシェからその辺のことは不在者の章において規定されていると指摘されて,原案どおり採択となりました。

  (Conseil d’État, p.47

 

 ナポレオンの民法典375条以下の条項に対応する原案の審議は,次の原案3箇条をまず一括して始められました。

 

Art. VI.

Le père qui aura des sujets de mécontentement très-graves sur la conduite d’un enfant dont il n’aura pu réprimer les écarts, pourra le faire détenir dans une maison de correction.

   (子の行状について重大な不満意の事由があり,かつ,その非行を抑止することのできない父は,その子を矯正の施設に拘禁させることができる。)

Art. VII..

À cet effet, il s’adressera au président du tribunal de l’arrondissement, qui, sur sa demande, devra délivrer l’ordre d’arrestation nécessaire, après avoir fait souscrire par le père une soumission de payer tous les frais, et de fournir les alimens convenables.

   (そのために,区裁判所の所長に宛てて申立てをするものとし,当該所長は,父の申立てがあったときは,全ての費用を支払い,かつ,適当な食糧を支給する旨の引受書に当該父の署名を得た上で,必要な身体拘束令状を発付しなければならない。)

    L’ordre d’arrestation devra exprimer la durée de la détention et la maison qui sera choisie par le père.

   (身体拘束令状には,拘禁期間及び父によって選択された施設が記載されなければならない。)

Art. VIII.

La détention ne pourra, pour la première fois, excéder six mois: elle pourra durer une année, si l’enfant, redevenu libre, retombe dans les écarts qui l’avaient motivée.

   (初回の拘禁期間は6月を超えることができない。ただし,釈放後,前の拘禁の原因となったものと同じ非行に子が陥ったときは,拘禁を1年続けることができる。)

    Dans tous les cas, le père sera le maître d’en abréger la durée.

   (全ての場合において,父は,いつでも,拘禁期間を短縮することができる。)

 

 出来上がりのナポレオンの民法典375条以下と比較すると,原案では,子の年齢による区別も,その職業・財産の有無による区別もなしに,およそ父から子の拘禁を要求されると,区裁判所の所長殿は,費用及び食糧の提供の約束がされる限り,言われるがまま身体拘束令状を発しなければならないという仕組みになっています。身体の自由の剥奪を実現するためには国家の手によらなければならないとはいえ,子に対する父の権力の絶対性が際立っています。当該絶対性は,国務院における審議を経て緩和されたわけですが,当該緩和は,カンバセレス第二統領による修正の指示によるものです。「🌈色執政」たるカンバセレス(長谷川哲也『ナポレオン-覇道進撃-第4巻』(少年画報社・2013年)61頁)には,自らが父になるなどという気遣いはなかったのでしょうが,やはり,男の子に優しいのでした。

 絶対的であるとともに国家的手段を用いるものである父による子の拘禁権の淵源は,ベルリエ(Berlier)による下記の原案批判発言から推すに,モンテスキュー経由のローマ法的家父権の共和主義的復活と旧体制(アンシャン・レジーム)下の国王による封印状(lettre de cachet)制度の承継とが合流したmariageの結果ということになるようです。国父たるルイ16世が斬首されてしまった以上,父の権力の発動権能が個々の父に戻るということは当然であると同時に,フランス的伝統として,国家権力がその執行を担わせられるということになったものか。具体的な審議状況を見てみましょう。

 

    第6条,第7条及び第8条が議に付される。

    ビゴ=プレアムヌ評定官いわく,父の申立てと身体拘束令状発付との間に3日の期間を置くことが適当であるというのが起草委員会(la section)における意見である,と。

    ベルリエ評定官いわく,第6条は修正されなければならない,と。皆が父に与えようとしている権利に私は反対するものではない。しかしながら,この権利の行使が,他のいかなる権威の同意もなしに,一人の父の意思又は恣意のみによってされるべきものとは私は信じない。しかして本発言者としては,監禁の申立てについて審査も却下もできない裁判官なる者が,当該権威であるものと見ることはできない。

    諸君は,父たちは一般的に正しいと言うのか!しかしながら,当該与件を否定しないにしても,法は,悪意ある,又は少なくとも易怒性の父たちがこの権利を付与されたことによって行い得る濫用を予防しなければならない。

    諸君は,モンテスキュー及び他の著述家を,家父権擁護のために引用するのか?しかし,本発言者は,当該権力について争うものでは全くない。本発言者は,当該権力を,我々の良俗にとって適切な限界内に封ずることを専ら求めるものである。本発言者は,父の権威を認める。しかし,父による専制を排するものであり,かつ,専制は,国家においてよりも家庭においてよく妥当するものではないと信ずるものである。

    続いてベルリエ評定官は,王制下における状況がどのようなものであったかを検討していわく,親族による協議が,一家の息子の監禁に係る封印状(lettres de cachet)に先行しないということは非常に稀であった,と。

    いわく,本発言者は封印状及び旧体制を称賛しようとするものでは更にない,しかし,我々の新しい制度が君主政下の当該慣行との比較において劣ったものと評価され得ることがないよう用心しようではないか,したがって,本件と同じように重要な行為が問題となるときには,父の権威に加えて,明らかにし,又は控制する権力の存在が必要となるのである,と。

    当該権力はどのようなものであろうか?通常裁判所であろうか,又はその構成員によるものであろうか?それは親族会(conseil de famille)であろうか?

    多くの場合において,法的強制手段を要する事件を司法に委ねることが非常に微妙かつ難しいことになり得るのであり,当該考慮が,ベルリエ評定官をして,親族会に対する選好を表明せしめる。
 その意見表明を終えるに当たって,同評定官は,1790824日法及び多くの控訴院――特に,本件提案に係る権利に対して全て制限を求めるレンヌ,アンジェ,ブリュッセル及びポワチエの控訴院――の意見を援用する。

    ビゴ=プレアムヌ評定官が,当該条項の理由を説明する。

    同条は,次のような正当な前提の上に立つものである。父は,専ら,愛情(un sentiment d’affection)によって,かつ,子の利益のためにその権威を行使するものであること,父は,専ら,その愛する子を,その名誉を損なうことなく,名誉ある道(le chemin de l’honneur)に立ち戻らせるために行為するものであること,しかし,この優しさ(tendresse)自体が,懲戒を行う(corriger)べく父を義務付けること。これが,実際のところ,最も通常の場合(le cas le plus ordinaire)であって,したがって,法が前提としなければならないものなのである(celui par conséquent que la loi doit supposer)。1790824日法は,父に十分大きな権威を与えたものであるものとは観察されない。良俗,社会及び子ら自身のその利益とするところが,父の権力がより大きな範囲にわたることを求めるのである。警察担当官の証言するところでは,不幸な父らはしきりに,彼らの子らの不行跡問題を裁判所に引き継がなくてもよいような懲戒権を求めているのである。しかしながら,起草委員会は,父の権威の行使を和らげる必要があると信じた。しかしてその観点から,当該委員会は,裁判所の所長から身体拘束令状の発付を受けることを父に義務付けるものである。

    ブウレ評定官いわく,起草委員会は一族の前のものであろうとなかろうと父子間の全ての争訟を防止しようとしていたものである,と。すなわち,父が敗れた場合,その権威の大きな部分も同時に失われてしまうのである。また,一族は,余りにも多くの場合分裂しており,その各員は,余りにも多くの場合,その将来についての審議のために招集された当の未成年者の利害よりも自分の子らの利害の方に関心を有しているのであって,この両者の利害が競合する場合,後者が前者を全面的に圧伏するということが懸念されるのである。

    トレイラアル評定官いわく,子らの咎は通常,父たちの弱さ,無配慮又は悪い手本の結果である,したがって父たちに絶対的な信頼を寄せるわけにはいかない,と。他方,息子の懲戒を裁判沙汰にするということは,よくよく避けられなければならないのである。しかしながら,身体拘束令状の発付前に一族の意見を聴くことを裁判所所長に義務付ければ,調和が得られるのである。この令状には,更に,理由が記載されてはならない。

    カンバセレス統領いわく,2件の修正提案はいずれも不十分であると信ずる,と。

    非常に多くの場合において,憎悪と利害とが,血が結び付けるものを分裂させていることに鑑みると,一族の同意を要するものとすることを私は望むものではない。本職は,全ての紛争に係る中正かつ自然な裁判者である通常裁判所を選好するものである。

    また,父の申立てと身体拘束令状発付との間に置かれる3日の期間は長すぎるものと思う。子が企み,かつ,正に実行しようとしている犯罪を防止するということが必要となるからである。

    しかしながら,子の年齢及びその置かれた状況についてされる考慮に従って,父の権力を規制することは非常に重要である。

    既に社会的地位もあるであろう20歳と10箇月の青年を,15歳の少年同様に,父による懲戒に服させるべきものではない。

    12歳の児童をその一存で数日間監禁させる権利を父に与えることが理にかなっているのと同程度に,よい教育を受けた年若い青年であって早熟な才能を示そうとしているもの(un jeune adolescent d’une éducation soignée, et qui annoncerait des talens précoces)を父に委ね,いわば彼の裁量に任すということは不当なことであろう。父たちがいかほどの信頼に値するとしても,全員が同様に優秀かつ有徳であるという誤った仮定の上に,法は基礎付けられるべきものではない。法は,衡平との間にバランスを保たねばならず,厳しい法はしばしば国家の革命を準備するということを忘れてはならない。

    したがって,裁判所の所長及び検察官には,父が16歳を超えた若者を監禁しようするとき又は16歳未満の子を一定の日数を超えて拘禁させようとするときにおいて,その理由を検討する権限が与えられなければならない。

    彼らには,身体拘束令状の発付を拒絶し,また,拘禁の期間を定めることが許されなければならない。

    〔後略〕

    これら各種の修正は,採択された。

   (Conseil d’État, pp.48-51) 

 

 16歳以上の「よい教育を受けた年若い青年(男性形です。)であって早熟な才能を示そうとしているもの」には,第二統領閣下は,ウホッ!と格別の配慮をしてくださったものでしょう。いや「チュッ,チュッ,チュッ」でしょうか。

 

   🌈: 今夜はわたしと一緒に・・・

   若い髭の軍人: もちろんです,カンバセレス執政閣下。

   🌈: 堅苦しいな,ジャンちゃんとでも呼んでくれ。

   髭: はい,ジャンちゃん。

    (チュッ,チュッ,チュッ)

   (長谷川・覇道460頁)

 

ここで採択された制度ともはや調和しない,として削られた原案の第9条は,「父が再婚したときは,前婚の子を拘禁させるには,その子の母方の最近親の親族2名の同意がなければならない。」と規定するものでした(Conseil d’État, pp.51, 44)。出来上がりのナポレオンの民法典380条と比べてみると,当該制度(システム)の採択とは,父権行使の規制を行う者を親族ではなく裁判所とする旨の決定のことのようです。

ナポレオンの民法典381条に「かつ,再婚していない」との修飾句が付されているのは,「子に対する権力を再婚した母に保持させることには大きな難点がある。寡婦であるときに当該権力を彼女に与えるということが,既に大したことだったのである。」とのカンバセレス第二統領発言を承けてのビゴ=プレアムヌによる修正の結果です(Conseil d’État, p.51)。新しいボーイ・フレンドのみならず,前夫の息子までをも支配し続けようとする欲張り女は許せない,との憤り(死別ならぬ離別のときはなおさらでしょう)があったものでしょうか。(なお,ナポレオンの民法典381条の文言自体は,寡婦は再婚するとかえって子の父方親族からの掣肘なく子を拘禁させることができるようになるようにも読めますが,それは誤読ということになるのでしょう。)ちなみに同条については,19351030日のデクレに係るラヴァル内閣のルブラン大統領宛て報告書(同月31日付けフランス共和国官報11466頁)において,「立法者は,母の2番目の夫の憎悪を恐れたのである。」との忖度的理解が示されています。しかし,自らを女の夫の立場に置いて考えるというところまで,「🌈色執政」の頭は回ったものでしょうか。

ナポレオンの民法典383条は,非嫡出子であっても認知されたものの父及び母に父の権力を認めていますが,これについては,ブウレが「父の権力(puissance paternelle)は婚姻(mariage)に由来するのであるから,その対象は嫡出子に限定されるべきである」と反対意見を述べたのに対し,トロンシェが「出生のみ(la naissance seule)で,父とその生物学的子(enfans naturels)との間の義務が創設されるのである。非嫡出子(enfans naturels)らは,何者かによる監督(direction)の下になければならない。したがって,彼らを世話するように自然(la nature)によって義務付けられる者の監督下に当該の子らを置くことは正当なことなのである。」と反論しています(Conseil d’État, pp.51-52)。ナポレオンの民法典がトロンシェの所論に与したものであるのならば,“puissance paternelle”は「父の権力」であって,「家父権」ではないのでしょう。ブウレの考え方はローマ法的なのでしょう。ローマ法においては「合法婚姻の子のみ父に従い,父又はその家長の家父権に服する」とされ(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)296頁),家父権が取得される場合は,「合法婚姻よりの出生」,「養子縁組」及び「準正」とされています(同286-292頁)

 

(3)制度の利用状況

 ナポレオンの民法典375条以下の懲戒制度の利用状況については,次のように紹介されています。

  

  〔前略〕リペェル/ブゥランジェが引用する司法省統計では,1875年~1895年の年平均は1,200件弱,1901年~1910年の年平均は800件弱であり,その85%は――別の調査によれば――貧困家庭の子を対象とするものであった。1913年の数字では,男子271人,女子233人(その3分の2は,パリのセェヌ民事裁判所長管轄事件),1931年ではさらに減少して男子69人,女子42人となり,制度の存在理由は,その威嚇的効果を考慮しても大きく失われたことを否定することができない。Ripert et Boulanger, Traité de droit civil, t. I, n˚2305.

  (稲本93-94頁註(47))

 

6 西暦18世紀フランス王国旧体制下の封印状

 さて,ここで,時間は前後しますが,18世紀のフランス王国旧体制下における封印状(lettre de cachet)の働きを見てみましょう。

 封印状とは,「一般的には《国王の命令が書かれ,(国王の署名及び)国務大臣の副署がなされ,国王の印璽で封印された書状》と定義付けられ」,そのうち「特定の個人や団体にその意思を知らせるもので,該当者に宛てられ,封をし,封印を押した非公開の書状lettre close」が「一般に封印状と称されるもの」です(小野義美「フランス・アンシアン・レジーム期における封印状について」比較家族史研究2号(1987年)51-52頁)。

 

   18世紀のパリ市民は貴賤を問わず,家庭内で生じた深刻なトラブルを国王に訴え出ることで,その解決を図ることができた。一般の市民が,それも下層階級に属する市民までもが,殴打する夫を,酒浸りの妻を,駆け落ちした娘を,遊蕩に耽る息子を,(まかない)費の支払いを条件として総合施療院(hôpital général)に監禁してくれるよう王権に縋り出たのである。

   庶民からのこうした切実な請願に対して国王は,当事者の監禁を命ずる封印状(lettre de cachet)を発してこれに応えた。驚くべきことに君主自らが,政治や外交といった国事からすれば何とも些細な最下層階級の家庭生活にまで介入し,庶民の乏しい暮しをいっそう惨めなものとしている家族の一員を,裁判にかけることもなければ期間も定めない,拘留措置によって罰したのである。

   もちろん庶民が畏れ多くも国王にじかに願い出たわけではない。両者を仲介し,封印状による監禁という解決策を推進したのが,当時のパリ警察を統括する立場にあった警察総監(lieutenant général de police)である。〔後略〕

  (田中寛一「18世紀のパリ警察と家族封印状」仏語仏文学41巻(2015年)113頁)

 

  〔前略〕この警察総監がさまざまな警察事案を解決するにあたり,柔軟で単純で迅速な国王封印状制度を好んで多用したのである。徒党を組んだ労働争議の首謀者,公序良俗を乱す売春婦,騒乱の扇動者と化す喜劇役者や大道芸人,もはや火刑に処せられはしない魔女は,これが封印状によって監獄や施療院へ送り込んだ常連である。

   だからこそ一般市民も,民事案件に過ぎない家庭内の混乱を収拾するべく,国王からの封印状を取り付けてくれるよう警察総監に依頼することができた。封印状による監禁は法制上の刑罰ではなく,その性質から逮捕も秘密裏に行われるので,醜聞を撒き散らさずに済んだからである。警察総監にしても,民政を掌握している以上はその苦情処理も引き受けざるを得ず,持ち込まれた民事案件に介入せざるを得なかったが,むしろ「18世紀にあって警察は,そのままが民衆の幸福を建設するというひとつの夢の上に築かれている」Arlette Farge et Michel Foucault, Le désordre des familles, Gallimard/Julliard, 1982, p.345という命題からすれば,進んでこれを受け付けていたとも言えるだろう。「パリでの家族に対する監禁要請は首都に特有の手続を経る。名家はその訴え(請願書)を国王その人にあるいは宮内大臣に差し出す。請願書が注意深く吟味されるのは,国王の臨席する閣議においてである。庶民はまったく異なる手続を踏む。彼らは警察総監に請願書を提出する。総監はこれを執務室で吟味し,調査を指揮し,判断を下す。調査は必然的に地区担当警視に案件を知らしめる。警視はその情報収集権限を警部に委ねる。(・・・)情報を得た総監は大臣宛に詳細な報告書を作成し,国務大臣が命令を発送するのを待つのである。それが少なくともルイ14世下に用いられた最も習慣的手続である。これがルイ15世の治世下になると,たちまち変形し,次第に速度を増すのである。よく見かけるのは警察総監がごく短い所見しか記さず,もはや国王の返答を待つことさえなく国王命令の執行に努める姿である」Farge et Foucault, pp.15-16

   だがこうして封印状を執行された庶民が収監される施設は,身分あり高貴なる者を待遇よく監禁したバスチーユやヴァンセンヌといった国家監獄でない。民衆には民衆のための監禁施設が整備されていたのである。すなわち1657年の王令により開設されていた総合施療院がそれである。本来は当時の飢饉と疫病に苦しむ生活困窮者を収容する慈善的な目的で設置されたビセートルやサルペトリエールといった施療院が,物乞いや浮浪者のみならず,警察総監が封印状によって送り込んできた,放浪者・淫蕩家・浪費家・同性愛者・性倒錯者・瀆神者・魔術師・売春婦・性病患者・自殺未遂者・精神病者などなど,不道徳または非理性にある者すべてを公共福祉の一環として閉じ込め,これを監禁したのである。〔後略〕

  (田中114-115頁)

 

   もとより封印状とは,周知のように,反乱を企てた貴族とか不実を働いた臣下といった国事犯の追放または監禁を,一切の司法手続を経ることなく国王が専横的に命ずるために認めた書状を意味し,その措置は王権神授に基づく国王留保裁判権の一環としての行政処分と解されたが,確かにヴォルテールやディドロのように,何らかの筆禍事件により国王の逆鱗に触れたことで監禁された例も少なくはない。「封印状というのは法律とか政令ではなくて,一人の人物に個人的に関わって何かをするように強制する国王命令でした。封印状により誰かに結婚するよう強制することさえできました。けれども大部分の場合,それは処罰の道具だったのです」Foucault, La vérité et la forme juridique›, Dits et écrits, tome 2, Gallimard, 1994, p.601

  (田中116頁)

 

   ルイ15世の治世後半1741年から1775年の35年間で2万通を超える国王命令が発されたといい,確かに濫用の目立った封印状ではあったが,その大部分はしかし,庶民からの請願によって発令された家族封印状であって,君主の専横のみの結果ではなかった。家庭生活を悲嘆の淵へと追い込んだ家族の一員を排除することによって事態の収拾を図るべく,身内により請願された結果に過ぎず,その実態は国王の慈悲による一種の「公共サーヴィス」に他ならなかったのである。だから書面が画一的で半ばは印刷されており,国王は令状執行官と被監禁者の名前およびその投獄先,それに決定の日付を記入するだけでよかったというのも当然であろう。

  (田中117頁)

 

   親子間の衝突には,盗癖・非行・同棲・淫行・放蕩・怠惰などを訴因として挙げることができるが,その底には利害の対立が隠されている場合が多い。「(・・・)それは後見行為を弁明すべき時期が両親に訪れたときに,あるいは最初の結婚でできた子供がその権利を,義父母または再婚でできた子供に対して主張するときに起こるのである」Farge et Foucault, p.159

  (田中131-132頁)

 

 封印状の濫用については旧体制下において既に高等法院の批判があり,政府側にも改善に向けた動きがあります。

 

  〔前略〕1770年,租税法院長Maleshelbesも建言書を草し,その濫用を批判した。彼は後に国務大臣になり,全監獄について監禁者と監禁理由を調査したり,あるいは一時的ではあったが,家族問題のための封印状の濫用を防止すべく家族裁判所tribunal de familleを組織化した。〔後略〕

  (小野・アンシアン55-56頁)

 

  〔前略〕更に1784年には宮内大臣Breteuilが地方長官及びパリ警視総監に対し封印状の濫用を防止すべく注目すべき「回状circulaire」を発した。この「回状」はとくに家族問題のための封印状に対し大きな制約を加えるものであった。先ず監禁期間について問題とし,精神病者や犯罪者についてはともかくも,不身持,不品行,浪費等による監禁については「矯正」が目的故,原則として12年を越えてはならないとする。次に家族員に対する監禁請求について,未成年者に関しては父母の一致した要請では足らず23人の主だった親族の署名が必要である。夫の妻に対する,あるいは妻の夫に対する監禁請求については最大の慎重さで対処することが必要である。更に,もはや親族の支配下にない成人に対しては,治安当局の注意をひくに足る犯罪のない場合には,たとえ家族の一致した要請があっても監禁されてはならない,とした。〔後略〕

  (小野・アンシアン56頁)

 

「以上の如く封印状の濫用に対する批判や対策が相次いだが,実態は改められなかった」まま(小野・アンシアン56頁),ルイ16世治下のフランス王国は,1789年を迎えます。

 

   1789年に三部会が召集されることになり,それに向けて各層からの陳情書cahier de doléanceが多数提出され,その殆ど全てが市民的自由の保障と封印状の廃止を要求した。ただ,家族問題のための封印状については,全廃ではなく,親族会assemblée de familleの公正な判断に基づく封印状の必要性を主張するものもあった。封印状廃止問題が積極化したのは立憲議会assemblée constituanteにおいてであった。178911月にはCastellane伯爵,Mirabeau伯爵ら4名による封印状委員会が組織され,委員会は,封印状により監禁されている者の調査をした上で,封印状廃止に関するデクレ草案を議会に提出した。デクレ草案は1790316日可決され,326日裁可・公布された。〔後略〕

(小野・アンシアン56頁)

 

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(起)「1年以上延滞」と「1年分以上延滞」との間

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258052.html

(承)旧民法財産編3941

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258062.html



4 フランス民法旧1154

旧民法財産編3941項がそれに由来するフランス民法旧1154条は,次のように規定していました。(他方,同法旧1155条は,我が旧民法財産編3942項及び3項に対応する条項です。)

 

  Art. 1154  Les intérêts échus des capitaux peuvent produire des intérêts, ou par une demande judiciaire, ou par une convention spéciale, pourvu que, soit dans la demande, soit dans la convention, il s’agisse d’intérêts dus au moins pour une année entière.

  (元本の利息であって発生したものは,裁判上の請求又は特別の合意により,利息を生ずることができる。ただし,請求又は合意のいずれも,支払を要すべき(未払)利息であって少なくとも丸1年間分のものに係るものでなければならない。)(翻訳上難しかったのが“intérêts dus au moins pour une année entière”の部分です。ここでは“pour”が用いられていて“pendant”ではありませんから,「支払を要すべき利息であって少なくとも丸1年間分のもの」であって,「少なくとも丸1間延滞した利息」ではないものと判断しています。)

 

なお,フランス民法旧1154条の文言が,フランス語で読むと(むしろフランス語で読むのが本当なのですが。),重利許容の高らかな宣言から始まる形となっているのは,「複利(anatocismus)の契約は前51年の元老院議決より禁止せられている。」(原田157頁)とのローマ法以来の旧習を打破するのだとの意気込みを示すものでしょうか。

実は,共和暦12(ブリュ)(メール)11日(1803113日)の国務院(コンセイユ・デタ)の審議に付されたフランス民法旧1154条対応条文案(「第511項」)は,“Il n’est point dû d’intérêts d’intérêts.(「利息の利息によって支払が義務付けられることはない。」)と規定するものだったのでした(Procès-Verbaux du Conseil d’État, contenant la discussion du Projet de Code Civil, An XII. [Tome III], Paris, 1803; p.213)。これが,共和暦12霜月(フリメール)16日(1803128日)にビゴ=プレアムヌ(Bigot-Préameneu)から提出された修正案(「第55条」)においては,既にフランス民法旧1154条の条文となっています(Conseil d’État, p.322)。その間,霧月11日の国務院での審議(Conseil d’État, pp.256-261)においては,どのような議論がされていたものか。以下御紹介します。

 

ずルニョ(Regnaud)が,実際には終身年金権の年金については利息が認められていると言い出し,当該例外が認められます(我が旧民法財産編3942項参照)。

次にペレ(Pelet)が案文について,利息を締めて(liquider)元本に組み入れるという現に存在している慣行を廃止しようとしているのか,債権者が利息を元本に組み入れることによって強制執行による困難から債務者を免れさせてやるということもあるのだ,それに,利息が農地や建物の賃料よりも不利に扱われるのはなぜなのだ,と疑義を呈します。

ここでカンバセレス(Cambacérès)第二統領(第一統領は,あのボナパルトです。)が,原案511項の意味に係る考察を述べます。いわく,「当該規定は,専ら,裁判官が利息の利息の支払(une condamnation d’intérêts des intérêts)を命ずることを妨げようとするものですね。例えば,何年も延滞している金額及びその支払遅滞を理由とする利息の支払を債権者が求める場合,裁判所は,その双方を彼に認めます。しかし,裁判所は,元本から生じたものの支払の遅滞に係る利息〔利息の利息〕を同様に彼に認めることはできません。とはいえ,例えば新たな合意によって両当事者が共に取り決め,かつ,例えば元の元本に,既発生の利息を加え――当該新たな信用の対価たる利息に係る約定と共に――その全てについて債権者が債務者に対して新たな信用を供与した場合においては,当該約定がその効力を有すべきことについての疑問は全くありません。」と。

いい男(長谷川哲也『ナポレオン~覇道進撃~第4巻』(少年画報社・2013年)60-61頁参照の当該発言に対し,ビゴ=プレアムヌ及びトレイラアル(Treilhard)が,起草委員会(la section)はその意思をもって起草したのです,と直ちに協賛の意を表します。

マルヴィル(Maleville)は,当事者の合意によるものをも対象に含む重利全面禁遏原則の歴史を説きつつ,「タキトゥスいわく,Vetus urbi faenore malum(この都市に,利息による害悪は,古くからのものである)と。家庭,更には国家を滅ぼすためにこれより確かな手段はないのであります。ささやかな負債であっても,絶え間なく(sans cesse)新たな利息を他の利息について生じさせることにより,そのようにして当該負債を増大させしむることを貪欲な債権者に許したならば,その累増の厖大及び迅速(l’énorme et rapide progression)は,ほとんど観念しがたいものとなるのであります。」と獅子吼します。しかし,結論としては,重利は結局根絶できぬものではある,しかし法律で正面から認めることはやめてくれ,ということになります。いわく,「もちろん,監獄に入っている(dans les fers)債務者に請求する債権者が,彼に対し,既に生じた利息を,彼に貸し付けられた新たな元本として認めさせることを妨げることはできません。しかし,法が,彼にこの方法を示してやる必要はありません。また,何よりも,法は,利息の利息を正式かつ直截に肯認してはならないのであります。」と。

カンバセレスの発言にウホッと思ったのか,ペレは,自分の発言は,当事者による組入れについてではなく,裁判によって精算された(liquidés judiciairement)利息についてされたものである,と述べます。

ルニョは,示談によるものであっても裁判によるものであっても,全ての清算(liquidation)について,負債となる金額の総体について利息を生ぜしめるという同様の効果があるようにすべきだ,と求めます。裁判でも認めろというわけですから,すなわちこれは,原案に対する修正要求です。

これに対してレアル(Réal)は,利息が利息を生むようにするために債権者が3箇月ごとに債務者を出頭させるというような極めて大きな濫用がされるだろう,と後ろ向きかつ原案維持的な予言をします。

ここでガリ(Gally)が,債権譲渡の結果,譲渡された利息には利息が生ずるようになるのではないかと言い出し,マルヴィル,ジョリヴェ(Jollivet)及びトロンシェ(Tronchet)の間でひとしきり議論があります。

当該脱線的議論の終わったところで,ビゴ=プレアムヌが,清算された利息についての利息は支払が義務付けられるべきものかどうか国務院の見解が示されるべきだと発言したところ,ベルリエ(Berlier)は当事者の合意によるものと裁判によるものとを分けて議論すべきだとの原案維持的な分類学説を表明し,これに対してルニョは,両者間に違いはなかろうと言います。ベルリエは,合意による場合においては債務者がいったん弁済すると同時に同額の新たな利息約定付き貸付けがされたものと擬制されて新たな信用の供与がされたことになるが,裁判においては専ら既発生の利息債権に係る執行力が認められるのであって債務者にその支払が猶予されるわけではない,それに加えて裁判の通達と同時に更に利息に利息が当然発生するものとされるならば債務者に酷に過ぎると反論します。

トロンシェは,古法ではそのような(当事者の合意によるものと裁判によるものとの)区別はなかった,専ら高利(usure)対策であった,利息の混合された金額についての利息の支払を求めることはパリでは認められていなかったことは争われない,風俗が改善されていないのに立法者が(重利に対して)より甘い顔を見せるべきではない,と述べます。トロンシェは重利反対派です。

ペレは,自分の発言は高利に関するものではなかったと言います。

重利容認派のルニョは,(いわゆる高利に対する)過酷な政策は風俗を矯正するよりは悪化させ,悪意の債務者に支払を怠ることに利益を見出さしめ,債権者及びその家族に害を及ぼすであろうと述べるとともに,更に,しかし利息の利息は当然に発生すべきものではないので,利息を元本に組み入れる請求(筆者註:この請求は,裁判外のものでよいのでしょう。)の日から生ずるものとするのがよい,と提案します。

ここでカンバセレスが,高利について,「金銭の利息が法律で一定されない以上,大多数の約定が高利的であるものと判断することは難しいでしょう。商業界の動きは,利息の評価について,不確か,かつ,しばしば幻想的なものにすぎない基準しか与えてくれないものですから。」と述べます。ルニョの提案に対しては,利息が当然のものとして債務者の同意なしに生ずるようになるという点において不正義を生ずることになってしまう,というのが第二統領の判断でした。

「しかし,両当事者が歩み寄り,既発生の利息を元本に組み入れると共にその全体について合理的かつ穏当な利息を約束することによって支払を猶予することに合意したときは,これは債権者が債務者に供与した新たな元本となります。ですから,元本に本来は利息として支払われるべきであったものが混合されているからといって,債務者の誓言がこのような取決めを駄目にできるということは不正義ということになります。」というカンバセレス発言に続く,ビゴ=プレアムヌの次の言明が注目されるべきものです。

 

少なくとも丸1年間分の未払利息(intérêts dus au moins pour une année entière)に係るものでなければ,利息の利息は支払を求められ,又は合意される(être exigés ou convenus)ことができない,という手当てを少なくともする必要がありますね。

 

トロンシェ及びレアル並びにマルヴィルへの譲歩でしょうか。フランス民法旧1154条並びに我が旧民法財産編3941項及び現行民法405条の起源は,実にここにあったのでした。

なおもトロンシェが,「この,発生した利息と元本との自発的併合というやつが,一家の息子をすってんてんにするために高利貸しが用いた手段なんですがね。」と否定的な発言をしますが,いい男・カンバセレスは,「しかしここでは,成熟し,かつ,彼らの権利を行使している人々が問題となっているのですよ。」と述べ,トロンシェ発言を未成年者保護的な対策に係るものとして片付けてしまいます。第二統領は更に「高利を禁遏しようとするならば,何よりも利率を一定し,それを超過する者に対する刑罰を再導入しなければなりません。そこまでしなければ,全ての対策は幻想です。」と述べます。ウホッ,利息の元本組入れ頻度の制限は,高利禁遏策として,いい男からは高く評価されてはいないもののようです。あるいは「いい男」は,後記6で御紹介するeにちなんで,重利問題の場面においては「e男」と呼んでもよいものでしょうか。

ラクエ(Lacuée)が,債務者に甘すぎると債権者が借金をしなければならないことになって彼自身が債務者になってしまう,と述べて,重利容認の方向に背を押します。

最後にトレイラアルの発言(利息の支払請求の裁判においては当該利息の利息が認められていたこと及び利息付き貸付けが認められるようになった以上は当該貸付けに係る利息についても従来からのものと同様の規整がされるべきことについて)があって当日の審議は終了し,原案は起草委員会の再考に付されたのでした。


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第1 おさらい:奈良家庭裁判所平成291215日判決における傍論の前例

今からちょうど年前(2021119日)の「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(令和2年法律第76号)に関して」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078236437.html)において筆者は,夫の精子を用いた妻に対する人工授精(AIH=Artificial Insemination with Husband’s semen)について「ほとんど問題はない。〔AIHにより懐胎され生まれた子は〕普通の嫡出子として取扱うべきである。」とする我妻榮の見解(同『親族法』(有斐閣・1961年)229頁)を引用しつつ,その「ほとんど」の場合に含まれない例外的状況の問題として,夫の精子によって受精した妻の卵子が凍結保存され,その後当該受精卵(=胚)によって当該妻が懐胎出産した子に対して,同意の不存在を理由に当該夫が実親子(父子)関係不存在確認の訴え(人事訴訟法(平成15年法律第109号)22号)を提起した事案(第一審・奈良家庭裁判所平成291215日判決,控訴審・大阪高等裁判所平成30426日判決,上告審・最高裁判所令和元年65日決定(民事訴訟法(平成8年法律第109号)312条に定める上告事由に該当しないため棄却(稲葉実香「生殖補助医療と親子関係(一)」金沢法学632号(20213月)41頁以下の55頁註10参照)))について御紹介するところがありました。

当該事案については,当該夫婦の関係は当該の子について嫡出推定(民法(明治29年法律第89号)772条)が及ぶに十分なものであったそうで(新聞報道によれば「別居していたが,旅行に出かけるなど夫婦の実態は失われていなかった」),嫡出否認の訴え(同法775条)によるべきであったのに当該訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,ということで夫の敗訴となっています。その際第一審の奈良家庭裁判所は「生殖補助医療の目的に照らせば,妻とともに生殖補助医療行為を受ける夫が,その医療行為の結果,仮に子が誕生すれば,それを夫と妻との間の子として受け入れることについて同意していることが,少なくとも上記医療行為を正当化するために必要である。以上によれば,生殖補助医療において,夫と子との間に民法が定める親子関係を形成するためには,夫の同意があることが必要であると解するべきである。」,「個別の移植時において精子提供者が移植に同意しないということも生じうるものであるから,移植をする時期に改めて精子提供者である夫の同意が必要であると解するべきである。」と判示していますが(稲葉53-54頁),当該判示は裁判官の学説たる傍論(obiter dictum=道行き(iterのついで(obに言われたこと(dictum)にすぎないものと取り扱われるべきものでありました。すなわち,夫敗訴の結論は,嫡出否認の訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,という入口を間違えた論段階で既に出てしまっていたところです。なお,実親子関係不存在確認の訴えとは異なり,嫡出否認の訴えは,「夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない」ものです(民法777条)。入口を間違えた論というよりもむしろ,制限時間オーヴァー論というべきかもしれません。

AIH型(夫の精子を用いて妻が懐胎出産することを目的とする生殖補助医療には,人工授精によるものの外に体外受精及び体外受精胚移植によるものもあるので,AIHといいます。)の生殖補助医療において妻による子の懐胎出産に夫の同意が存在しない場合における法律問題(これには,①夫と子との間における実親子(父子)関係の成否の問題並びに②妻及び生殖補助医療提供者に対する夫からの損害賠償請求の可否の問題があります。)に関する筆者の実務家(弁護士として家事事件の受任を承っております(電話:大志わかば法律事務所03-6868-3194,電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp)。大学の非常勤講師として学生諸君に民法を講じてもおります。よろずお気軽に御相談ください。)としての検討の深化及び解明のためには,その後更に裁判例が現れることが待たれていたところでした。

 

第2 大阪家庭裁判所令和元年1128年判決(令和元年大阪家裁判決):実親子(父子)関係の成否の問題

無論,種々の問題を惹起しつつ進む生殖補助医療の発展はとどまるところはなく,その後,凍結保存されていた受精卵(胚)を用いて妻が懐胎出産した子について夫がその子との父子関係の不存在を主張するという同様の事案(夫の精子によって妻の卵子が受精したもの)で,きちんと嫡出否認の訴えをもって争われたものに係る判決が現れました。大阪家庭裁判所平成28年家(ホ)第568号嫡出否認請求事件平成29年家(ホ)第272号親子関係不存在確認請求事件令和元年1128日判決です(第272号は却下,第568号は棄却。松井千鶴子裁判長,西田政博裁判官及び田中一孝裁判官。確定。各種データベースにはありますが,公刊雑誌には未掲載のようです。「原告は,当庁に対し,平成281221日に甲事件〔嫡出否認請求事件〕を,平成29621日に乙事件〔親子関係不存在確認請求事件〕をそれぞれ提起した。」ということですから,二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』(有斐閣・2017年)683頁(石井美智子)の紹介する「2017年〔平成29年〕1月と2月に奈良と大阪の2つのケースが明らかになっている(毎日新聞20174日付朝刊,読売新聞2017221日付朝刊)」もののうちの大阪の分でしょう。)。

当該大阪家庭裁判所判決(以下「令和元年大阪家裁判決」といいます。)の法律論は,2本立てになっています。本論の外に――当該本論の迫力を大いに減殺してしまうのですが――仮定論があるところです。以下,本論及び仮定論のそれぞれについて検討しましょう。

 

1 本論:自然生殖で生まれた子と同様に解する説

まずは本論です。

 

(1)判示

令和元年大阪家裁判決は,その本論において,嫡出推定の及ぶ範囲に係る判例の外観説を前提に(「民法772条所定の期間内に妻が懐胎,出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,外観上,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は夫婦が遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ機会がないことが明らかであるなどの事情がある場合に限り,その子は同条の嫡出推定が及ばない子として,親子関係不存在確認の訴えの提起が認められる」),当該事案に係る子には嫡出推定が及ぶものと判断した上で,「原告〔夫〕と被告〔子〕との間に生物学上の父子関係が認められることは前記112)で指摘したとおり〔すなわち,「被告〔の〕母〔原告の妻〕は,平成27422日,本件クリニックにおいて,前記(2)のとおり,平成26415日に凍結保存されていた受精卵(胚)〔すなわち,「平成26410日に原告が提供した精子と被告母が提供した卵子を使用して作製された受精卵(胚)は培養され,同月15日,凍結保存された。」〕を融解させて被告母に移植する本件移植により,被告を懐胎し,●●●被告を出産した。」〕であり,原告の嫡出否認の請求は理由がない。」と夫の主張を一刀両断にしています。

「生物学上の父子関係」のみがいわれているということは,夫の同意の有無は問題にならないということでしょう。(なお,ここでの「生物学上の父子関係」は,子がそこから育った受精卵に授精した精子の提供者(提供の方法は性交渉に限定されない。)とその子との間の関係のことと解されます。)

大阪家庭裁判所は続けていわく。「これに対し,原告は,被告が,自然生殖ではなく,生殖補助医療である凍結受精卵(胚)・融解移植により出生していることから,本件移植につき,父である原告の同意がない本件では,原告と被告との間の法律上の父子関係は認められないと主張するが,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当であることは前記21)で指摘したとおりであり〔すなわち,「生殖補助医療によって出生した子についても,法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要があることは自然生殖によって生まれた子と同様であり,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当である。」〕,採用の限りではない。」と。

 

(2)「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」意味

 妻が生殖補助医療によって出産した子について,夫との法律的父子関係を「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」という場合,(ア)民法772条の嫡出推定の場面並びに(イ)当該推定の及ぶときに係る同法774条・775条の嫡出否認訴訟の要件事実に関する場面及び(ウ)当該推定が及ばないときに係る実親子(父子)関係不存在確認訴訟の要件事実に関する場面があることになります。

 

ア 嫡出推定

民法772条の嫡出推定の場面については,生殖補助医療によって出生した子についてもその出生日は当然観念できますし(同条2項),その懐胎された時期を基準とすること(同条1項)も容易に承認できます。妻の懐胎は,専ら母体側の事情です。

 

 Ecce virgo concipiet et pariet filium…(Is 7,14)

 

イ 嫡出否認訴訟の要件事実

 

(ア)生物学上の父子関係の不存在

 嫡出推定が及ぶときに係る嫡出否認訴訟の要件事実の場面については,子の嫡出を否認しようとする夫が主張立証すべき事実として「自然血縁的父子関係の不存在」が挙げられています(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)255頁)。父たらんとする意思の不存在はそこでは挙げられていません。専ら「子カ何人ノ胤ナルカ」が問題となるものでしょう(梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編 第二十二版』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年)245頁)。

令和元年大阪家裁判決が,生殖補助医療によって生まれた子についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」とあらかじめ宣言しているにもかかわらず,なお執拗に,生殖補助医療はそもそも不自然だからそれによって生まれた子には「自然血縁的父子関係」はおよそあり得ないのだ,我妻榮も嫡出子は「〔母と〕夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない。」と言っているのだ(我妻214頁)と頑張ってしまえば,「自然血縁的父子関係」の存在は認知の訴え(民法787条)の要件事実でもありますから(岡口259頁),生殖補助医療によって出生した子は,そもそも実父を有すべきものではないことになってしまいます。しかしながら我妻榮も,その嫡出子に係る定義について一貫せず,AIHによる出生子について,前記のとおり普通の嫡出子として取り扱うべきものとしています。過去の裁判例の用語としても,最高裁判所平成1894日判決・民集6072563頁の原審である高松高等裁判所平成16716日判決は「人工(ママ)精の方法による懐胎の場合において,認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情が存しない限り,子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存在することに加えて,事実上の父の当該懐胎についての同意が存するという要件を充足することが必要であり,かつ,それで十分である」と判示しており(下線は筆者によるもの),生殖補助医療によって出生した子にも「自然血縁的父子関係」が存在することが前提となっています。いずれにせよ,令和元年大阪家裁判決における「生物学上の父子関係」という用語には,「自然」か「不自然」か云々に関する面倒な議論を避ける意味もあったものでしょう。

 

(イ)ナポレオンの民法典との比較等

なお,民法774条の前身規定案(「前条ノ場合ニ於テ子ノ嫡出子ナルコトヲ否認スル権利ハ夫ノミニ属ス」)についての富井政章の説明には「仏蘭西其他多クノ国ノ民法ヲ見ルト云フト種々ノ規定カアルヤウテアリマス夫ハ前条〔民法772条に対応する規定〕ノ場合ニ於テ遠方ニ居ツタトカ或ハ同居カ不能テアツタトカ云フコトヲ証明シナケレハナラヌトカ或ハ妻ノ姦通ヲ証明シタ丈ケテハ推定ハ(〔くず〕)レナイトカ或ハ(ママ)体上ノ無勢力夫レ丈ケテハ推定ヲ覆ヘス丈ケノ力ヲ持タナイトカ云フヤウナ趣意ノ規定カアリマスガ之ハ何レモ不必要ナ規定テアツテ全ク事実論トシテ置テ宜カラウト云フ考テ置カヌテアリマシタとあります(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第50巻』143丁裏-144丁表)。

対応するフランス法の条項は,ナポレオンの民法典の第312条から第316条までとされているところ(民法議事速記録第50143丁裏),それらの法文は次のとおりです(ただし,1804年段階のもの。拙訳は,8年前の「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)のものの再録ということになります。)

 

312.

L’enfant conçu pendant le mariage, a pour père le mari.

(婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。)

Néanmoins celui-ci pourra désavouer l’enfant, s’il prouve que, pendant le temps qui a couru depuis le trois-centième jusqu’au cent-quatre-vingtième jour avant la naissance de cet enfant, il était, soit par cause d’éloignement, soit par l’effet de quelque accident, dans l’impossibilité physique de cohabiter avec sa femme.

(しかしながら,夫は,子の出生前300日目から同じく180日目までの期間において,遠隔地にいたことにより,又は何らかの事故により,その妻と同棲することが物理的に不可能であったことを証明した場合には,その子を否認することができる。)

 

313.

Le mari ne pourra, en alléguant son impuissance naturelle, désavouer l’enfant : il ne pourra le désavouer même pour cause d’adultère, à moins que la naissance ne lui ait été cachée, auquel cas il sera admis à proposer tous les faits propres à justifier qu’il n’en est pas le père.

(夫は,自己の性的不能を理由として,子を否認することはできない。夫は,同人に子の出生が隠避された場合を除き,妻の不倫を理由としてもその子を否認することはできない。ただし,上記の〔子の出生が隠避された〕場合においては,夫は,その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張することが許される。)

 

314.

L’enfant né avant le cent-quatre-vingtième jour du mariage, ne pourra être désavoué par le mari, dans les cas suivans : 1.o s’il a eu connaissance de la grossesse avant le mariage ; 2.o s’il a assisté à l’acte de naissance, et si cet acte est signé de lui, ou contient sa déclaration qu’il ne sait signer ; 3.o si l’enfant n’est pas déclaré viable.

(婚姻から180日目より前に生まれた子は,次の各場合には,夫によって否認され得ない。第1,同人が婚姻前に妊娠を知っていた場合,第2,同人が出生証書に関与し,かつ,当該証書が同人によって署名され,又は署名することができない旨の同人の宣言が記されている場合,第3,子が生育力あるものと認められない場合。)

 

315.

La légitimité de l’enfant né trois cents jours après la dissolution du mariage, pourra être contestée.

(婚姻の解消から300日後に生まれた子の嫡出性は,争うことができる。)

 

316.

Dans les divers cas où le mari est autorisé à réclamer, il devra le faire, dans le mois, s’il se trouve sur les lieux de la naissance de l’enfant ;

(夫が異議を主張することが認められる場合には,同人がその子の出生の場所にあるときは,1箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après son retour, si, à la même époque, il est absent ;

(出生時に不在であったときは,帰還後2箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après la découverte de la fraude, si on lui avait caché la naissance de l’enfant.

(同人にその子の出生が隠避されていたときは,欺罔の発見後2箇月以内にしなければならない。)

 

 ナポレオンの民法典においては例外的にのみ認められる「その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張すること」(同法典313条末段)が,日本民法の嫡出否認の訴えにおいては常に認められることになっています。とはいえ,生殖補助医療出現より前の時代のことですから,自分の胤による子ではあるがその懐胎は自分の同意に基づくものではない,なる嫡出否認事由は,日本民法の制定時には想定されてはいないものでしょう。(ちなみに,富井政章はナポレオンの民法典の第312条以下を証拠法的なものと捉えていたようですが(ナポレオンの民法典3121項を承けた旧民法人事編(明治23年法律第98号)911項の「婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子トス」を「之ハドウモ「推定ス」テナクテハナラヌト思ヒマス固ヨリ反証ヲ許ス事柄テアリマス〔略〕此場合ニハ「子トス」ト断定シテアリマス之ハ甚タ穏カテナイト思ヒマスカラ「推定ス」ニ直(ママ)シマシタ」と修正してもいます(民法議事速記録第50109丁裏-110丁表)。),それらの条項は実体法的なものでもあったところです(「民法は,嫡出子の定義を定めていない。」ということ(我妻215頁)になったのは,富井らが旧民法人事編911項の規定を改めてしまったせいでしょう。)。「フランス法においては,親子法は様々な訴権によって構成されているが,そこでの訴権は,他の場合と同様に,手続・実体の融合したもの(分離していないもの)としてとらえられていると見るべきではないか。」と説かれているところです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)132頁)。)

 昔から,人違いで結婚してしまった(imposuit mihi),目許醜い(lippis oculis),嫌いな(despecta, humiliata)嫁が,第三者の生殖補助で妊娠して(Dominus aperuit vulvam ejus)子を産んだのであっても(genuit filium),胤が自分のもの(fortitudo mea)であるのなら,その子はやはり自分の子です。

 

       [Laban] habebat vero filias duas. Nomen majoris Lia. Minor appellabatur Rahel.

Sed Lia lippis erat oculis,

       Rahel decora facie et venusto aspectu,

quam diligens Jacob ait:

Serviam tibi pro Rahel filia tua minore septem annis. (Gn 29,16-18)

 

  …vocatis multis amicorum turbis ad convivium, [Laban] fecit nuptias,

       et vespere filiam suam Liam introduxit ad eum

       …ad quam cum ex more Jacob fuisset ingressus,

       facto mane, vidit Liam et dixit ad socerum:

       Quid est quod facere voluisti?

       Nonne pro Rahel servivi tibi? Quare imposuisti mihi? (Gn 29,22-25)

 

       Videns autem Dominus quod [Jacob] despiceret Liam aperuit vulvam ejus…

       quae conceptum genuit filium vocavitque nomen ejus Ruben, dicens:

       Vidit Dominus humilitatem meam. Nunc amabit me vir meus. (Gn 29,31-32)

 

       Ruben, primogenitus meus,

       tu fortitudo mea… (Gn 49,3)

 

(ウ)子をもうけることに係る夫の「自己決定権」

令和元年大阪家裁判決事件において原告である夫は,判決文によれば,「原告の同意がない以上」「本件移植は,原告の自己決定権という重要な基本的人権を侵害するものであり,正当な医療とはいえず,許されないから,原告と被告との間の法律上の親子(父子)関係は認められるべきではない。」と主張していたところです。ここでの「原告の同意」は,「凍結受精卵(胚)を融解し,母胎に移植する時期に必要とすべきである」とされており,胚の母胎への移植時に存在する必要があったものとされています。また,「原告の自己決定権」といわれるだけでは何に関する自己決定権であるのか分かりませんが,これは,文脈上「子をもうけること」に係る自己決定の権利のことであるものと解されます。

しかし,ここで原告の「自己決定権」を侵害し得た者はその妻又は当該生殖補助医療を行った医師であって,生まれた子には関係がありませんから,当該「侵害」が当該子との父子関係の有無に影響を与えるのだとの主張には,当該子の立場からすると少々納得し難いところがあるようでもあります。

令和元年大阪家裁判決の本論においては,原告の主張に係るその「自己決定権」に言及して応答するところがありません。難しい議論をして状況を流動化させるよりも,ルールに関する明確性・安定性を求め(「法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要」ということは,ルール及びその適用の明確性・安定性が必要であるということでしょう。),生殖補助医療により出生した子の法律上の父子関係についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当」であるものと判断されたものでしょう。

 

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3 1886年のボワソナアド提案:軽罪としての侮辱罪及び違警罪としての侮辱罪

 

(1)ボワソナアドの提案

 

ア 軽罪としての侮辱罪

1886年の『註釈付き改訂日本帝国刑法案』において,ボワソナアドは,違警罪にとどまらない,軽罪(délit)としての侮辱罪を提案しています。

 

  400 bis.  L’injure, l’offense, l’outrage, ne contenant pas l’imputation d’un fait déshonorant ou d’un vice déterminé, commis envers un particulier, sans provocation, publiquement, par parole ou par écrit, seront punis d’un emprisonnement simple de 11 jours à 1 mois et d’une amende de 2 à 10 yens, ou de l’une de ces deux peines seulement.

 (Boissonade, p.1049

 (第400条の2 挑発されることなく,破廉恥な行為又は特定の悪徳(悪事醜行)を摘発せずして,公然と(publiquement)口頭又は文書で私人(particulier)を侮辱した者は.11日以上1月以下の軽禁錮及び2円以上10円以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。)

 

 第400条の2が含まれる節名は,1877年案のものから変わらず“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”のままでした。他人の評判(réputation)に対する罪ということであれば,ボワソナアドは,侮辱罪の保護法益は外部的名誉であるものと考えていたように思われます(ボワソナアドは同節の冒頭解説で人のhonneur及びdignitéの保護をいいつつ,そこでのhonneurは他人による評価(l’estime des autres)だとしています(Boissonade, pp.1051-1052)。)。フランス法系の考え方は「外部的名誉の毀損を中心とし」,「主観的感情の侵害を中心とするドイツ法系の考へ方と趣を異に」するものです(小野・名誉の保護90頁)。ちなみに,現在の刑法の英語訳でも第34章の章名は“Crimes against Reputation”になっているようです。

 

イ 違警罪としての侮辱罪

 軽罪としての侮辱罪の提案に伴い,違警罪としての侮辱罪の構成要件も修正されています。

 

   489.  Seront punis de 1 à 2 jours d’arrêts et de 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

     Ceux qui auront, par paroles ou par gestes, commis une injure ou une offense simple contre un particulier, en présence d’une ou plusieurs personnes étrangères;

  (Boissonade, p. 1277

  (第489条 次の各号の一に該当する者は,1日以上2日以下の拘留及び50銭以上150銭以下の科料に処し,又はそのいずれかの刑を科する。

    一 一又は複数の不特定人の現在する場所において,言語又は動作をもって私人を罵詈嘲弄(une injure ou une offense simple)した者)

 

なお,1886年案においては,違警罪に係る第4編においても章及び節が設けられて条文整理がされています。すなわち,同編は第1章「公益ニ関スル違警罪(Des contraventions contre la chose publique)」と第2章「私人に対する違警罪(Des contraventions contre les particuliers)」との二つに分かれ,第2章は更に第1節「身体ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les personnes)」と第2節「財産ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les biens)」とに分かたれました。しかして,第489条は,第2章第1節中に設けられていました。

 

(2)ボワソナアドの解説

 

ア 軽罪としての侮辱罪

 

(ア)ボワソナアド

軽罪としての侮辱罪に係る第400条の2に関するボワソナアドの解説は,次のとおりでした。

 

18778月の〕刑法草案は,口頭又は文書による侮辱(l’injure verbale ou écrite)であって名誉毀損(diffamation)の性質を有さいないものに関する規定をここに〔軽罪として〕設けていなかった。口頭の侮辱を違警罪として罰するにとどめていたものである(第47620号)。そこには一つの欠缺(けんけつ)une lacune)があったものと信ずる。公然と私人に向けられた侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)は,文書によるものであっても口頭によるものであっても,決闘を挑むためという目的〔〈旧刑法編纂の際「ボアソナードと日本側委員との間で,「元来,罵詈は闘殴のタンタチーフのようなもの」という発言が見られ」たそうです(嘉門7頁註9)。〉〕がある(前記第3節の2の第1条において規定されている場合)のではないときであっても,軽罪のうちに数えられなければならない。面目(considération)に対する侵害が軽いことに応じて,その刑が軽くなければならないだけである。また,禁錮は定役を伴わないものであり〔重禁錮ならば定役に服する(旧刑法241項)。〕,裁判所は罰金を科するにとどめることもできる。

法は,侮辱(une injure, une offense ou un outrage)を構成する表現の性格付けを試みる必要があるものとは信じない。すなわち,侮辱(l’injure)を罰する他の場合(第132条及び第169条)においてもそれはされていない。フランスのプレス法は,「全ての侮辱的表現(expression outrageante),軽蔑の語(terme de mépris)又は罵言(invective)」(第29条)について語ることによって,全ての困難を予防してはいない。侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)を構成するものの評価は,常に裁判所に委ねられる。侮辱者及び被侮辱者の各事情,前者の教育,なかんずくその意図.居合わせた人々の種類等がその際考慮されるのである。

しかし,可罰的侮辱の構成要素がここに二つある。それらは,いわば2個の消極的条件である。

すなわち,①侮辱は「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発を含まない」ものでなければならない。そうでなければ,名誉毀損(diffamation)の事案ということになる。〔筆者註:反対解釈すると,「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発」以外の事実の摘示を伴うものも侮辱罪に包含されることになります。〕②それは,同じように侮辱的な(injurieux ou offensants)言葉又は行為によって「挑発された」ものであってはならない。反対の場合には,各当事者が告訴できないものとは宣言されない限りにおいて,最初の侮辱者のみが可罰的である。

  (Boissonade, pp. 1060-1061

 

 フランスの1881729日のプレスの自由に関する法律29条及び33条が,ボワソナアドの1886年案400条の2に係る参照条文として掲げられています(Boissonade, p.1049)。

当該1881年プレスの自由法の第29条は名誉毀損と侮辱との分類に係る規定であって,その第1項は「当該行為(le fait)が摘発された当の人(personne)又は団体(corps)の名誉(honneur)又は面目(considération)の侵害をもたらす行為に係る(d’un fait)全ての言及(allégation)又は摘発(imputation)は,名誉毀損(diffamation)である。」と,第2項は「全ての侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言であって何らの行為の(d’aucun fait)摘発を含まないものは,侮辱(injure)である。」と規定していました。

また,1881年プレスの自由法33条はその第1項で「この法律の第30条及び第31条に規定されている団体又は人に対して同じ方法で〔裁判所(cours, tribunaux),陸海軍,法定の団体(corps constitués)及び公行政機関に対し,並びにその職務又は資格ゆえに大臣,議員,官吏,公の権威の受託者若しくは代理人,国家から報酬を得ている宗派の聖職者,公のサービス若しくは職務に服している市民,陪審員又はその証言ゆえに証人に対して,公共の場所若しくは集会における演説,叫び若しくは威嚇によって,文書若しくは公共の場所若しくは集会において販売に付され,若しくは展示されて販売され若しくは配布された印刷物によって,又は公衆が見ることのできるプラカード若しくは張り紙によって,並びに図画,版画,絵画,標章又は画像の販売,配布又は展示によって〕侮辱をした者は,6日以上3月以下の禁錮及び18フラン以上500フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第2項で「挑発が先行することなしに同様の方法で私人(particulier)を侮辱した者は,5日以上2月以下の禁錮及び16フラン以上300フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第3項は「侮辱が公然とされなかったときは,刑法第471条に定める刑〔1フラン以上5フラン以下の科料(1810年)〕のみが科される。」と規定していました。

 なお,injure, offense及びoutrage相互間の違いは何かといえば,その改訂刑法案169条の解説において,ボワソナアドは次のように述べています。

 

   我々はここに,offense, injure, outrageという三つの表現を見出すが,それらは重さに係る単純なニュアンス(simples nuances de gravité)を示すだけのものであって,刑に変化をもたらすものではない。

   (Boissonade, p. 571

 

筆者の手もとのLe Nouveau Petit Robert1993年)には,injureの古義として“Offense grave et délibérée”とあり,outrageの語義は“Offense ou injure extrêmement grave”とありますから,重さの順は,offense injure outrageとなるのでしょう。

 

(イ)フランス法的背景

ところで,旧刑法で軽罪としての侮辱罪が設けられなかった欠缺(lacune)の原因は何だったのでしょうか。どうも,今年(2021年)が死後200年になるナポレオンのようです。(前記1881年プレスの自由法は,我が旧刑法制定の翌年の法律です。)

1810年のナポレオンの刑法典375条は「何らの精確な行為の摘発を含まない侮辱であって,特定の悪徳を摘発するものについては,公共の場所若しくは集会において表示され,又は拡散若しくは配布に係る文書(印刷されたものに限られない。)に記入されたときは,その刑は16フラン以上500フラン以下の罰金である。(Quant aux injures ou aux expressions outrageantes qui ne renfermeraient l'imputation d'aucun fait précis, mais celle d'un vice déterminé, si elles ont été proférées, dans des lieux ou réunions publics, ou insérées dans des écrits imprimés ou non, qui auraient été répandus et distribués, la peine sera d'une amende de seize francs à cinq cents francs.)」と規定し,続いて同法典376条は「他の全ての侮辱であって,重大性及び公然性というこの二重の性質を有さないものは,違警罪の刑にしか当たらない。(Toutes autres injures ou expressions outrageantes qui n'auront pas eu ce double caractère de gravité et de publicité, ne donneront lieu qu'à des peines de simple police.)」と規定しており,違警罪に係る同法典47111号は「挑発されずに人を侮辱した者であって,それが第367条から第378条まで〔誣言(calomnies),侮辱(injures)及び秘密の漏洩に関する条項群〕に規定されていないものであるもの(Ceux qui, sans avoir été provoqués, auront proféré contre quelqu'un des injures, autres que celles prévues depuis l'article 367 jusque et compris l'article 378)」は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものと規定していました。ナポレオンの刑法典375条は「侮辱」(injures, expressions outrageantes)といいますが,「特定の悪徳」を適発するのであれば我が1877年司法省案的(ボワソナアド的)には誹毀の罪(後に名誉毀損罪となるもの)ですから,結局ナポレオンの刑法典においては,(日本法的意味での)侮辱罪は,違警罪でしかなかったわけです(ここでは,ナポレオンの刑法典376条における「重大性」を,同375条の「特定の悪徳を摘発するもの」の言い換えと解します。)

ナポレオンの刑法典の誣言及び侮辱に関する規定は,後に1819517日法に移されますが,同法においても,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものではない侮辱は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものとされていました(同法20条)。私人に対する侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金(軽罪の刑)に処せられるものとするという一見して原則規定であるような規定があっても(1819517日法192項),そのためには特定の悪徳を摘発し,かつ,公然とされる必要があったわけです。すなわち,ナポレオンの刑法典時代と変わっていなかったわけです。(〈旧刑法編纂の際「日本側委員である鶴田皓は,罵詈が喧嘩の原因となることが問題である以上,「公然」の字を削除すべきとしたが,ボアソナードは,対面の罵詈はフランスでは無罪であることや,実際上の証明の困難性を理由に,公然性要件の必要性を説き,維持されることとなった」そうですが(嘉門7頁),ここでのボワソナアドのフランス法の説明は,条文だけからでは分かりづらいところです。〉)

と,以上において筆者はimputationを「摘発」と訳して「摘示」としていませんが,これには理由があります。ジョゼフ・カルノー(フランス革命戦争における「勝利の組織者」ラザールの兄たるこちらは法律家)が,そのExamen des Lois des 17, 26 mai; 9 juin 1819, et 31 mars 1820 (Chez Nève, Libraire de la Cour de Cassation, Paris; 1821 (Nouvelle Édition))なる書物において,1819517日法における名誉毀損罪の成立に関し,imputationのみならず単純なallégation(筆者は「言及」と訳しました。)でも成立するものであると指摘した上で,それは「したがって,告発を繰り返したrépéter l’inculpation)だけではあるが,それについて摘発imputation)をした者と同様に,名誉毀損者として処罰されなければならない」旨記していたからです(p.36)。「摘示」と「摘発」との語義の違いについては,「〔日本刑法230条の〕事実の摘示といふは,必ずしも非公知の事実を摘発するの意味ではない。公知の事実であつても,之を摘示し,殊に之を主張することに依つて,人をして其の真実なることを信ぜしむる場合の如き,名誉毀損の成立あることは疑ひない」一方,我が「旧刑法(第358条)は悪事醜行の「摘発」を必要とし,その解釈として判例は「公衆の認知せざる人の悪事醜行を暴露することなり」とした」と説明されています(小野・名誉の保護280頁)。

筆者が「特定の悪徳」と訳したvice déterminéについてのカルノーの説明は,「vice déterminéによって法は,肉体的欠陥une imperfection corporelle)の単純な摘発を意図してはいない。そのような摘発は,その対象となった者に対して不愉快なもの(quelque chose de désagréable)であり得ることは確かである。しかし,それは本来の侮辱une injure proprement dite)ではない。特定の悪徳の摘発は,法又は公の道徳la morale publique)の目において非難されるべきことをする(faire quelque chose de répréhensible習慣的傾向une disposition habituelle)のそれ以外のものではあり得ない。」というものでした(Carnot, p.58)。

フランス法においては,vice déterminéfaitには含まれないようです。侮辱の定義(1881729日法292項と同じもの)に関してカルノーは,「侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言が何ら行為の摘発l’imputation d’aucun faitを含まないときは,単純な侮辱であって名誉毀損ではない。そこから,特定の悪徳の摘発も,告発(prévention)の性質を変えるものではないということになる。〔すなわち,名誉毀損になるものではない。〕なおも侮辱injure)があるばかりである。」といっています(Carnot, p.37)。この点ボワソナアド式日本法とは異なるようです(vice déterminéの摘発も,「悪事醜行」の摘発を「誹毀」でもってまとめる旧刑法358条の原案たる18778月案398条の構成要件となっていました。)。しかし,フランス1881729日法になると,侮辱を違警罪ではなく軽罪として処罰するための要件として,公然性は依然求めるものの,特定の悪徳の摘発はもはや求めないこととなっていたわけです。

フランス法の名誉毀損の定義はナポレオンの刑法典3671項の誣言(calomnieの定義から由来し,同項は「個人について,もしそれが事実であれば当該表示対象者を重罪若しくは軽罪の訴追の対象たらしめ,又はなお同人を市民の軽蔑若しくは憎悪にさらすこととはなる何らかの行為(quelconque des faits)を摘発」することを構成要件としていましたので(cf. Carnot, p.36),ここでのfaits(行為)は広い意味での事実ではなく,犯罪を構成し得るような限定的なものでなければならないわけだったのでしょう。これに対して日本刑法230条の「事実」は,「具体的には,政治的・社会的能力,さらに学問的能力,身分,職業に関すること,さらに被害者の性格,身体的・精神的な特徴や能力に関する等,社会生活上評価の対象となり得るものを広く含む」とされています(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)153頁)。

 

(ウ)付論:讒謗律に関して

なお,フランス法的背景といえば,明治政府による言論取締りの法として著名な1875年の我が讒謗律は,小野清一郎によって,イギリス法の影響下に制定されたものと説かれていましたが(小野・名誉の保護126-128頁),1967年には奥平康弘助教授(当時)によってフランス法を母法とするものであるとする説が唱えられています(手塚1-2頁による紹介。同5頁註(3)によれば,奥平説は,奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説(4)」法律時報39872頁において提唱されたものです。)。

小野は,讒謗律1条の「凡ソ事実ノ有無ヲ論セス人ノ栄誉ヲ害スヘキノ行事ヲ摘発公布スル者之ヲ讒毀トス人ノ行事ヲ挙ルニ非スシテ悪名ヲ以テ人ニ加ヘ公布スル者之ヲ誹謗トス著作文書若クハ画図肖像ヲ用ヒ展観シ若クハ発売シ若クハ貼示シテ人ヲ讒毀シ若クハ誹謗スル者ハ下ノ条別ニ従テ罪ヲ科ス」との条文について論じて,「茲に「事実の有無を論ぜず」とあるも恐らく1843年の誹謗文書法以前に於けるイギリス普通法の思想に依つたもの」とし,更に「なほ,讒毀又は誹謗が文書図書に依る場合に於て之を処罰すべきものとしてゐることもイギリスの‘libel’の観念を継受した証左である」とイギリス法の影響を主張しています(小野・名誉の保護127頁)。しかし,前者については,フランス1819517日法の名誉毀損についても―――名誉毀損の定義規定には「事実の有無を論ぜず」との明文はありませんでしたが――カルノーは,「517日法によってそれ〔名誉毀損〕がそう定義されているとおり,それ〔名誉毀損〕は全ての侮辱的な〔古風には,「不正な」〕行為(tout fait injurieux)に係る摘発又は言及によって成立する。事実の証明が認められないときは,たとえそれが事実であっても(fût-il même vrai)そうなのである。」と述べています(Carnot, p.35)。(事実の証明が認められる場合は,後に見る1819526日法(同月17日法とは関連しますが,別の法律です。)201項において限定的に定められていました。)後者については,あるいは単に,讒謗律の布告された1875628日の前段階においては,我が国ではなお演説というものが一般的なものではなかったということを考えるべきかもしれません。187412月に刊行された『学問のすゝめ』12編において福沢諭吉いわく。「演説とは,英語にてスピイチと云ひ,大勢の人を会して説を述べ,席上にて(わが)思ふ所を人に(つたう)るの法なり。我国には(いにしえ)より其法あるを聞かず,寺院の説法などは先づ此類なる可し。」,「然るに学問の道に於て,談話,演説の大切なるは既に明白にして,今日これを実に行ふ者なきは何ぞや。」と(第1回の三田演説会の開催は,1874627日のことでした。)。すなわち,讒謗律布告の当時の「自由民権論者の活動は,もつぱら新聞,雑誌その他の出版物を舞台として行われ,政談演説は一般にまだ普及していなかつた」のでした(手塚3頁)。

讒謗律の法定刑とフランス1819517日法のそれとを比較すると(なお,讒謗律の讒毀は専ら摘発に係るものであること等,構成要件の細かいところには違いがあり得ることには注意),次のとおりです。

天皇に対する讒毀又は誹謗は3月以上3年以下の禁獄及び50円以上1000円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律2条),フランス国王に対するそれは6月以上5年以下の禁錮及び500フラン以上1万フラン以下の罰金並びに場合により公権剥奪も付加されるものでした(1819517日法9条)。

皇族に対する讒毀又は誹謗は15日以上2年半以下の禁獄及び15円以上700円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律3条),フランス王族に対するそれは1月以上3年以下の禁錮及び100フラン以上5000フランの罰金でした(1819517日法10条)。

日本帝国の官吏の職務に関する讒毀は10日以上2年以下の禁獄及び10円以上500円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,同じく誹謗は5日以上1年以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対し(讒謗律4条),フランス王国の官吏の職務に関する名誉毀損は8日以上18月以下の禁錮及び50フラン以上3000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法16条。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条)),侮辱は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されました(同法191項。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条。Cf. Carnot, pp.38-39))。

日本帝国の華士族平民に対する讒毀は7日以上1年半以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,誹謗は3円以上100円以下の罰金に処されたのに対し(讒謗律5条),フランス王国の私人に対する名誉毀損は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法18条),侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金に処されました(同法192項。ただし,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものでない侮辱の刑は1フラン以上5フラン以下の科料(同法20条,フランス刑法471条))。こうしてみると,讒謗律1条にいう誹謗に係る「悪名ヲ以テ人ニ加ヘ」とは,vice déterminéimputationすることのようでもあります。(なお,讒謗律5条違反の刑の相場は「大概罰金5円に定まつて居た」そうです(手塚5頁註(10)の引用する宮武外骨)。)

讒謗律71項(「若シ讒毀ヲ受ルノ事刑法ニ触ルヽ者検官ヨリ其事ヲ糾治スルカ若クハ讒毀スル者ヨリ検官若クハ法官ニ告発シタル時ハ讒毀ノ罪ヲ治ムルヿヲ中止シ以テ事案ノ決ヲ俟チ其ノ被告人罪ニ坐スル時ハ讒毀ノ罪ヲ論セス」)に対応する条項は,「事案ノ決ヲ俟チ」までは1819526日法25条,「其ノ被告人罪ニ坐スル」以後はcalomnie(誣言)に係るナポレオンの刑法典370条でした(1819526日法201項は,名誉毀損(diffamation)について事実の証明が許される場合を,公の権威の受託者若しくは代理人又は公的資格で行動した全ての者に対する摘発であって,その職務に関する行動に係るものの場合に限定しています。「其の他の場合には全然真実の証明を許さざることとした」ものです(小野・名誉の保護450頁)。)。官吏の職務に関する讒毀及び誹謗並びに華士族平民に対するそれらの罪は親告罪である旨規定する讒謗律8条に対応する条項は,1819526日法5条でした。

 

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(上)日本民法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900158.html

(中)旧民法及びローマ法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900161.html


8 フランス民法673

フランス民法を見てみましょう。

 

(1)条文及びその沿革

民法233条に対応する条項は,ボナパルト第一統領政権下の1804年の段階ではフランス民法672条に,1881820日法による改正後は673条にあって,同条は,1921212日法によって更に改正されています。

共和暦12(ブリュ)(メール)4日(18031126日)に国務院(コンセイユ・デタ)に提出された案には当該条項はありませんでしたが,同12(ニヴォ)(ーズ)14日(180415日)の同院提出案に第665条として出現しています。

 

Code napoléon (1804)

1804年ナポレオン法典)

Art. 672.

Le voisin peut exiger que les arbres et haies plantés à une moindre distance soient arrachés.

  (隣人は,必要な距離を保たずに栽植された木及び生垣を抜去することを請求することができる。)

Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres du voisin, peut contraindre celui-ci à couper ces branches.

  (その所有物の上に隣人の木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。)

Si ce sont les racines qui avancent sur son héritage, il a droit de les y couper lui-même.

  (彼の地所に延びて来たものが根である場合においては,彼はそれをそこにおいて自ら截去する権利を有する。)

 

Après la Loi du 20 août 1881

1881820日法による改正後)

Art. 673.

Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres du voisin peut contraindre celui-ci à les couper. Les fruits tombés naturellement de ces branches lui appartiennent.

  (その所有物の上に隣人の木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。当該枝から自然に落下した果実は,同人に属する。)

Si ce sont les racines qui avancent sur son héritage, il a le droit de les y couper lui-même.

(彼の地所に延びて来たものが根である場合においては,彼はそれをそこにおいて自ら截去する権利を有する。)

Le droit de couper les racines ou de faire couper les branches est imprescriptible.

  (根を截去し,又は木の枝を剪除させる権利は,消滅時効にかからない。)

 

Après la Loi du 12 février 1921

1921212日法による改正後)

Art. 673.

Celui sur la propriété duquel avancent les branches des arbres, arbustes et arbrisseaux du voisin peut contraindre celui-ci à les couper. Les fruits tombés naturellement de ces branches lui appartiennent.

(その所有物の上に隣人の木,小低木及び低木の枝が延びて来た者は,当該隣人をしてそれを剪除せしめることができる。当該枝から自然に落下した果実は,同人に属する。)

Si ce sont les racines, ronces ou brindilles qui avancent sur son héritage, il a le droit de les couper lui-même à la limite de la ligne séparative.

(彼の地所に延びて来たものが根,茨又は小枝である場合においては,彼はそれらを境界線において自ら截去する権利を有する。)

Le droit de couper les racines, ronces et brindilles ou de faire couper les branches des arbres, arbustes et arbrisseaux est imprescriptible.

  (根,茨及び小枝を截去し,又は木,小低木及び低木の枝を剪除させる権利は,消滅時効にかからない。)

 

(2)破毀院1965年4月6日判決

 フランス民法673条の趣旨については,次のフランス破毀院民事第1196546日判決(61-11025)が参考になります。

 

   2項目にわたる上告理由については――

      攻撃されている原審による是認判決の確認した事実によれば,Xに属する所有地に要保持適正距離に係る規則に従った距離を隣地から保って2本のポプラの木が栽植されていたところ,それらの根が,隣人Yの地所に侵入し,そこにおいて損害をもたらしたこと,

   彼の木によってこのようにして惹起された被害についてXは責任を負うと宣告したことについて控訴院に対する不服が申し立てられたこと,すなわち,〔当該不服申立てに係る上告理由の主張するところは,〕第1に,民法673条は,根の侵襲に係る責任(la faute d’immissio de racines)を設定したものではなく,根がその土地に侵入した当該土地所有者の利益のために,添付に係る一つの場合について規整したものであって,当該根は同人のものとなりもはや相隣関係問題に係る請求の目的とならなくなるものである(…organise un cas d’accession au profit du propriétaire, sur le fonds duquel pénétrent des racines, qui, devenant la chose de ce dernier, ne peuvent plus faire l’objet d’une réclamation pour troubles de voisinage)とのこと,

   第2に,上告によれば,損害被害者である寡婦Yの懈怠(négligence)は,民法673条が彼女に与えている,オージュロー(Augerau)の木から延びた根を截去する権利を知らなかったことによるとのことに鑑み,

 

   しかしながら,攻撃されている判決は,立法者は民法673条の規定によって,発生した損害の賠償を受ける権利を制限すること(restreindre le droit à réparation du dommage réalisé)を意図していたものではなく,反対に,隣人の利益のための手段を設けることによってより有効な保護の確保(assurer une protection plus efficace en instituant des mesures de prévention au profit des voisins)を図っていたものであるということを正当な資格でもって(à juste titre)強調している(souligne)こと,

   控訴院は,このことから,木の所有者は,それが規定の距離を保って栽植されたものであっても,隣の地所に延びた根によって惹起された損害について責任を負うものであるという結論を導き出し得たことに鑑み,

   並びに,事実審の裁判官が職権をもって,被害が発生する時まで彼女の不動産に脅威を与えつつある危険を知らなかった寡婦Yには何ら懈怠はなかったものと認めたこと,

   かくして,上告理由はその両項目のいずれについても受け容れられないことに鑑み,

   以上の理由をもって,X対寡婦Y事件(61-11025パリ控訴院19601213日判決に対する上告を棄却する。

 

 上告理由の拠った,侵入した根の所有権に係る土地所有者帰属説は,破毀院の採用するところとはならなかったわけでしょう。

 

(3)破毀院2010年6月30日判決

 なお,我妻榮は,民法2331項について,「竹木の枝が境界線を越えていても相隣者に何らの害を与えない場合に,剪除を請求するのは,権利の濫用となる。多少の損害を与える場合にも,剪除することの損害がさらに大きいときは,第209条を類推して,償金を請求することができるだけだと解すべきではあるまいか(ス民6872項〔ママ。同項は越境した枝に成った果実の所有権に関する規定ですので,同条1項のことと解すべきでしょう。〕参照)」と説いています(我妻Ⅱ・295頁(なお,同書の第1版は1932年,改訂第1版は1952年に発行されています。)。また,能見=加藤編273頁(松尾))。新潟地方裁判所昭和391222日判決下民集15123027頁も「ところで,民法2331項によれば,隣地の樹木の枝が境界線を越え他人の地内にさしかゝつた場合には,その樹木の所有者をして枝を剪除させることができるのであるが,相隣接する不動産の利用をそれぞれ充分に全うさせるために,その各所有権の内容を制限し,また各所有者に協力義務を課する等その権利関係相互に調節を加えている同法の相隣関係規定の趣旨に照らすとき,右越境樹枝剪除の請求も,当該越境樹枝により何等の被害も蒙つていないか,あるいは蒙つていてもそれが極めて僅少であるにも拘らずその剪除を請求したり,又はその剪除によつて,被害者が回復する利益が僅少なのに対比して樹木所有者が受ける損害が不当に大きすぎる場合には,いわゆる権利濫用としてその効力を生じないと解さなければならない。従つて結局越境樹枝の剪除を行うに際しても,単に越境部分のすべてについて漫然それを行うことは許されず,前記相隣関係の規定が設けられた趣旨から,当事者双方の具体的利害を充分に較量してその妥当な範囲を定めなければならないと解すべきである。」と判示しています(15本の樹木の枝が隣地に越境していたのに対し,同裁判所は11本についてのみ剪除を命じ,かつ,剪除すべきものとされた枝の部分も越境部分全部ではありませんでした。)。しかしながら,我が民法と直系関係にあるフランス民法にではなく,傍系関係のスイス民法に拠るのはいかがなものでしょうか。

フランス破毀院民事第3部の2010630日判決(09-16.257)は,隣地のヒマラヤ杉(樹齢100年超)の枝の剪除を請求する訴えを,①当該樹木自体を伐採するのでなければ,枝の剪除では5メートル以上の高さから落下する針葉による迷惑は解消されないこと,②剪除請求者らは,木の多い地にあるその土地を入手する際に庭やプールを定期的に掃除しなければならなくなることを当然知っていたこと,③同人らは当該樹木の生長が弱まっていることを知り得たこと,④同人らは当該樹木の寿命を侵害する意図を有していないこと及び⑤彼らの訴えが濫用(abus)になることなしに境界内に全ての枝が収まるようにさせることを請求することはできないこと,との理由をもって退けたリヨン控訴院の2009611日判決を,フランス民法6731項前段及び3項に違背するものとして破棄しています。判決要旨は,「隣地から越境してきた木の枝に対する土地所有者の消滅時効にかからない権利には何らの制限も加えることができないところ,原告らはその訴えが濫用になることなしに境界内に全ての木の枝が収まるようにさせることはできない旨を摘示して木の剪定の請求を排斥した控訴院は,民法673条に違背する。」というようなものになっています(Bulletin 2010, III, n˚137)。無慈悲です。

(なお,ヒマラヤ杉仲間の事件としては,大阪高等裁判所平成元年914日判決判タ715180頁があります。枝が延びて迷惑な別荘地のヒマラヤ杉3本(樹齢約30年)を隣地の旅館主が伐採してしまったものですが,民法2331項等を援用しての,自救行為であるから不法行為は成立しないとの旅館主側の主張は排斥されています。「本件ヒマラヤ杉の枝が境界を越えて伸びており,そのため本件〔旅館〕建物の看板が見えにくくなり,あるいは車両等の通行の妨害となっていたとしても,控訴人〔旅館主〕らがなし得るのは枝のせん除にとどまり,木そのものを伐採することは許されない。」というわけです。ちなみに,旅館の土地に1番近いヒマラヤ杉は境界線から約1.7メートルしか離れていなかったそうですから(木の正確な高さは判決書からは不明ですが,当然2メートルは超えていたでしょう。),フランス民法6711項及び6721項の適用があれば,原則として,当該樹木の抜去又は高さ2メートル以下までの剪定を請求できたはずです。この場合,原告は特定の損害(un préjudice particulierの証明を要しないものとされています(フランス破毀院民事第32000516日判決(98-22.382))。)

                          

9 ドイツ民法第一草案

 竹木がドイツ民法流に土地の本質的構成部分(wesentlicher Bestandteil)であるのであれば,前者の後者に対する独立性は弱いことになるはずです。したがって,当該独立性の弱さを前提とすれば,竹木の一部分を構成するものである根が,そうではあっても当該竹木本体とは別に,侵入した隣りの土地にその本質的構成部分として付合してその所有権に包含されるべきこと,及びその結果,一の植物の一部に他の部分とは別個の所有権が存在することにはなるがそのことは可能であり,またむしろそれが必然であること,を是認する理解が自然に出て来るようになるもののように思われます。すなわち,越境した根の所有権に係る土地所有者帰属説は,あるいはドイツ民法的な法律構成なのではないかと考えられるところです。

 そうであれば,ドイツにおいて実際に土地所有者帰属説が採られているものかどうかが気になるところです。ドイツ民法を調べるに当たっては,筆者としてはついドイツ民法第一草案の理由書(Motive)に当たるのが便利であるものですから本稿における調査はそこまでにとどめることとし,以下においてはドイツ民法第一草案の第784条及び第861条並びにMotiveにおける後者の解説を訳出します。

 

  第784条 土地の本質的構成部分には,土とつながっている限りにおいてその産出物が属する。

    種子は播種によって,植物は根付いたときに,土地の本質的構成部分となる(eine Pflanze wird, wenn sie Wurzel gefaßt hat, wesentlicher Bestandtheil des Grundstückes.)。

 

  §861

   Wenn Zweige oder Wurzeln eines auf einem Grundstücke stehenden Baumes oder Strauches in das Nachbargrundstück hinüberragen, so kann der Eigenthümer des letzteren Grundstückes verlangen, daß das Hinüberragende von dem Eigenthümer des anderen Grundstückes von diesem aus beseitigt wird. Erfolgt die Beseitigung nicht binnen drei Tagen, nachdem der Inhaber des Grundstückes, auf welchem der Baum oder Strauch sich befindet, dazu aufgefordert ist, so ist der Eigenthümer des Nachbargrundstückes auch befugt, die hinüberragenden Zweige und Wurzeln selbst abzutrennen und die abgetrennten Stücke ohne Entschädigung sich zuzueignen.

  (ある土地上に生立する樹木又は灌木の枝又は根が隣地に越境した場合においては,当該隣地の所有者は,相手方土地所有者によって当該隣地から越境物が除去されることを求めることができる。当該樹木又は灌木が存在する土地の占有者にその旨要求されてから3日以内に当該除去がされなかったときは,隣地の所有者も,越境した枝及び根を自ら切り取ること並びに切り取った物を補償なしに自己のものとすることが認められる。)

 

  第861条解説

   第861条の第1文は,当該所有者は越境した根及び枝の除去を所有権に基づく否認の訴え(妨害排除請求の訴え)によって(mit der negatorischen Eigenthumsklage)請求することができること(第943条)に注意を喚起する。それによって,特に,次の文で規定される自救権が通常の法的手段と併存するものであること及びそれがプロイセンの理論が主張するように隣人のための排他的な唯一の保護手段を設けるものではないことを明らかにするためである。枝及び根が越境して生長することは確かに間接的侵襲にすぎず,人の行為の直接の結果ではない。しかし,当該事情は,この種の突出を被ることが隣地所有権に対する障害である事実を何ら変えるものではない。隣人はある程度の高さ――地表カラ15(ペデス)ノ高サ〔ラテン語〕――からはこの種の突出を受忍しなければならないとの法律上の所有権の制限は,確かにときおり普通法理論において及び自力での除去を一定の高さまでのみにおいて認める地方的規則の結果として唱道されるが,近代的立法においては認められていないものである。

   枝及び根の越境は,それに対して実力での防衛が可能である禁止された自力の行使行為ではないので,法が沈黙している限りにおいては,隣人は,否認訴権的法的手段(das negatorische Rechtsmittel)によるしかないという限定的状況に置かれるであろう。根の除去のためには,普通法は特段の定めをしていない。枝の張出しの除去は,その枝を耕地の上に地表カラ15(ペデス)ノ高サに,又はその枝を家の上に突き出した樹木の所有者が自ら張出部分を除去しないときは,隣人が当該張出部分を伐り取って自らのものとすることができるものとする樹木伐除命令(interdictum de arboribus caedendis 〔伐られるべき木の命令〕)によって,そこでは規律されている。プロイセン一般ラント法は,越境する枝及び根に係る自力除去権を隣人に与えるが,それを自分のものとすることは認めていない。フランス民法は,根の截去のみを認める。ザクセン法は,截去した根を当該隣人に属すべきものとする点を除いて,プロイセン法と同一である。

   草案は,植物学的表現は違いをもたらさないことを明らかにするため,及び灌木の張出し,取り分け生垣に係るそれが特に多いことから,樹木に加えて灌木にも言及している。更に草案は,枝及び根の双方を考慮しつつ自力での除去の許容について定めるとともに,低い位地の枝についての制約を設けていない。この種の区別を正当化する十分な理由が欠けているとともに,そのような区別は,法律の実際の運用を難しくするからである。事前の求めの必要性の規定及び自らの手による除去のために与えられた期間によって,樹木の所有者に対して厳し過ぎないかとの各懸念は除去されている。截去した物を自らのものとすることを隣人に認めるその次の規定は,単純であるとの長所を有するとともに,当該取得者が截去の手間(Mühe)を負担したことから,公正(Billigkeit)にかなうものである。

 

隣地から木の根の侵入を被った土地の所有者は,当該侵入根の除去を求めて当該土地の所有権に基づく妨害排除請求ができるというのですから,当該木の根の所有権は隣地の木の所有者になお属しているわけでしょう。また,截去した侵入根の所有権取得の理由も,既に当該侵入根が截去者の土地に付合していたことにではなくて,手間賃代りとして截去者に与えることの公正性に求められています。越境根の所有権に係る土地所有者帰属説は,ドイツにおいても採用されていないようです。

なお,枝の除去について,高さ15(ペデス)より上の高いものが除去されるのが原則なのか下の低いものが除去されるのが原則なのかはっきりしないのですが(特に耕地の上に枝が突き出した場合は,ドイツ語原文自体がはっきりしない表現を採っています。15(ペデス)より上又は下のものがどうなるものかがそこでは不明で,首をひねりながらの翻訳となりました。),これはローマ法自体がはっきりしていなかったので,ドイツ人も参ってしまっていたものでしょうか。この点に関するローマ法の昏迷状況に係る説明は,いわく,「樹木の枝が隣の家屋を覆うを許さず。〔略〕又樹木の枝が隣の田地を覆う場合は其の枝が15ペデスpedes (foot)[歩尺]或はそれ以上に達するときはこれを伐り採ることを要せざるも15ペデス以下の枝はことごとくこれを伐り取らざるべからず。但しこの15ペデス以上或は以下についてDigestaの中の文面が甚だ不明瞭なるために,これについて異論あり。異論とは,15ペデス以上の枝はかえってこれを伐り採ることを要す。而して15ペデス以下の枝はこれらを伐り採ることを要せずと。」と(吉原編85頁)。

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(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html

(中)ドイツ民法草案等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842106.html


4 旧民法

現行民法545条の旧民法における前身規定は,同法財産編4092項,421条,424条及び561条並びに同法財産取得編81条とされています(民法議事速記録第25108丁裏)。

 

 旧民法財産編4092項 解除ノ条件ノ成就スルトキハ当時者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシム

  (フランス語文は前掲)

 

 旧民法財産編421条 凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス

  (Dans tout contrat synallagmatique, la condition résolutoire est toujours sous-entendue au profit de la partie qui a exécuté ses obligations ou qui offre de le faire, pour le cas où l’autre partie ne remplirait pas les siennes.

  此場合ニ於テ解除ハ当然行ハレス損害ヲ受ケタル一方ヨリ之ヲ請求スルコトヲ要ス然レトモ裁判所ハ第406条ニ従ヒ他ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許与スルコトヲ得

  (Dans ce cas, la résolution n’a pas lieu de plein droit: elle doit être demandée en justice par la partie lésée; mais le tribunal peut accorder à l’autre un délai de grâce, conformément à l’article 406.

 

 旧民法財産編424条 裁判上ニテ解除ヲ請求シ又ハ援用スル当事者ハ其受ケタル損害ノ賠償ヲ求ムルコトヲ得

  (La partie qui demande ou invoque la résolution, peut, en outre, obtenir la réparation du préjudice éprouvé.

 

 旧民法財産編561条 義務ハ第409条,第421条及ヒ第422条ニ従ヒ明示ニテ要約シタル解除又ハ裁判上得タル解除ニ因リテ消滅ス

  (Les obligations s’éteignent par la résolution ou résiliation, stipulée expressément ou obtenue en justice, conformément aux articles 409, 421 et 422.

  解除ヲ請求ス可キトキハ其解除訴権ハ通常ノ時効期間ニ従フ但法律ヲ以テ其期間ヲ短縮シタル場合ハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la résolution doit être demandée en justice, l’action résolutoire ne se prescrit que par le laps de temps de la prescription ordinaire, sauf le cas où la loi fixe un délai plus court.

 

 旧民法財産取得編81条〔売買の解除〕 当事者ノ一方カ上ニ定メタル義務其他特ニ負担スル義務ノ全部若クハ一分ノ履行ヲ欠キタルトキハ他ノ一方ハ財産編第421条乃至第424条ニ従ヒ裁判上ニテ契約ノ解除ヲ請求シ且損害アレハ其賠償ヲ要求スルコトヲ得

  (Si l’une des parties manque à remplir tout ou partie de ses obligations, telles qu’elles sont déterminées ci-dessus ou de toutes autres obligations auxquelles elle se serait spécialement soumise, l’autre peut demander en justice la résolution du contrat, avec indemnité de ses pertes, s’il y a lieu, conformément aux articles 421 à 424 du Livre des Biens.

  当事者カ解除ヲ明約シタルトキハ裁判所ハ恩恵期間ヲ許与シテ其解除ヲ延ヘシムルコトヲ得ス然レトモ此解除ハ履行ヲ欠キタル当事者ヲ遅滞ニ付シタルモ猶ホ履行セサルトキニ非サレハ当然其効力ヲ生セス

  (Si la résolution a été expressément stipulée entre les parties, le tribunal ne peut la retarder par la concession d’un délai de grâce; mais elle ne produit son effet de plein droit que si la partie qui manque à executer a été inutilement mise en demeure.

 

 我が旧民法の母法は,フランス民法です。2016101日より前の同法1183条及び1184条は,次のとおりでした。

 

Article 1183

La condition résolutoire est celle qui, lorsqu'elle s'accomplit, opère la révocation de l'obligation, et qui remet les choses au même état que si l'obligation n'avait pas existé.

  (解除条件は,それが成就したときに,債務の効力を失わせ,かつ,その債務が存在しなかった場合と同様の状態に事態を復元させるものである。)

Elle ne suspend point l'exécution de l'obligation ; elle oblige seulement le créancier à restituer ce qu'il a reçu, dans le cas où l'événement prévu par la condition arrive.

  (当該条件は,債務の履行を停止させない。それは,条件によって定められた事件が発生したときに,専ら債権者をして受領したものを返還させる。)

Article 1184

La condition résolutoire est toujours sous-entendue dans les contrats synallagmatiques, pour le cas où l'une des deux parties ne satisfera point à son engagement.

  (解除条件は,当事者の一方がその約束を何ら果さない場合について,双務契約に常に包含される。)

Dans ce cas, le contrat n'est point résolu de plein droit. La partie envers laquelle l'engagement n'a point été exécuté, a le choix ou de forcer l'autre à l'exécution de la convention lorsqu'elle est possible, ou d'en demander la résolution avec dommages et intérêts.

  (前項に規定する場合において,契約は当然解除されない。約束の履行を受けなかった当事者は,それが可能なときの合意の履行の強制又は損害賠償の請求と共にするその解除の請求を選択できる。)
La résolution doit être demandée en justice, et il peut être accordé au défendeur un délai selon les circonstances.

  (解除は裁判所に請求されなければならない。裁判所は,被告に対し,事情に応じた期限を許与することができる。)

 

(1)旧民法財産編4211

「凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス」という旧民法財産編4211項(及びフランス民法旧11841項)の規定は双務契約の当事者の意思を推定した規定のように思われますが,なかなか面白い。ボワソナアドの説くところを聴きましょう。

 

  394. 黙示の解除条件(condition résolutoire tacite)は,双務契約(contrats synallagmatiques ou bilatéraux)における特有の効果の一つであって,かつ,既に〔ボワソナアド草案〕第318条〔旧民法財産編297条〕に関して述べたとおり(第22項),この種別の契約に多大の利益を与えるものである。フランス民法は,これについての一般原則を第1184条において規定し,かつ,種々の特定の契約――特に売買(第1610条及び第1654条から第1657条まで)及び賃貸借(第1741条)――について特則を設けている。イタリア民法は,当該原則を同一の文言で規定している(第1165条)。これら両法典にはなおいくつかの規定の欠缺があったところ,本案においてはそれらが補正されている。

   債務不履行によって不便を被る当事者に対して法律によって与えられた(accordée par la loi)この解除は,非常に大きな恩恵である。当該当事者がなし得ることが当初の行為(action originaire)に限定された場合においては,債務者に係る他の債権者らとの競争を余儀なくされて当該債務者の支払不能の累を被ることがあり得るところである。彼は彼自身の債務全部の履行を強いられた上で,彼が受け取るべきものの一部しか受け取ることができなくなるかもしれないのである。しかし,解除の手段によって,彼は,合意がそもそもなかったような当初の地位を回復することができる。彼が彼自身の債務をまだ履行していないときには,彼は,その債務者を解放すると同時にまた解放されるのである。彼が既に履行していたときには,現物又は代替物をもって,彼は,引き渡した物の返還を請求することができる。例えば,彼の合意のみをもって既に所有権を移転し,その上当該不動産を引き渡した不動産の売主は,買主に既に占有を移転し,かつ,権原(証書:titres)を与えてしまっている。当該買主は,定まった期日に代金を弁済しない。当該売主は,解除によって,所有権を回復し,かつ,売った物の占有を再び得ることができる。この権利は,買主に係る他の債権者らに先んじて代金の弁済を受けるために,解除を請求することなしに,売った物の差押え及び再売却を実行できる同様に貴重な権利である先取特権に類似したところがある(… a de l’analogie)。しかし,その利点自体のゆえに,解除権は,買主と取引をする第三者が不意打ちのおそれを抱かないように,本来の先取特権と同様の公示に服するものである(〔ボワソナアド草案〕第1188条及び第1276条の2を見よ。)。

売られた物を引き渡す動産,食料及び商品の売主にとって,事情はしかく良好ではない。一般に,彼は,第三取得者又は他の債権者に対しても優先して,現物で当該目的物を回復することはできない。解除は,常に,彼に債権しか与えない。ただ,当初取り決められた代金額ではなく,売られた物の現在の価額――これは増価している可能性がある――を回復し得るところである。

動産の先取特権について規定する折には,更に売主の保護のための他の手段が整えられるであろう(フランス民法2102条第4号及び同商法576条並びに本草案11382項参照)。

目的物が彼にとって便宜の時に引き渡されず,又はそれが約束された状態ではなかったときには,売主についてのみならず買主にとっても解除は役立つ。しかしながら,彼が既に代金を支払っていた場合は,その回復のために彼は,何らの先取特権もなしに,一般債権しか有しない。というのは,彼が支払った代金は,売主のもとで他の財貨と混和してしまっているからである。したがって,彼は,売主に支払能力があるときにのみ解除を用いることになる。しかしながら,売主の支払不能を知らずにうっかり解除してしまった場合には,彼は,少なくとも代金の返還までは留置権を行使することができるであろう(〔ボワソナアド草案〕第1096条を見よ。)。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxisième, Droits Personnels et Obligations. Tokio, 1891. pp.454-456。なお,平井一雄「解除の効果についての覚書」獨協法学9号(197710月)50-51頁)

 

暗黙の解除条件の制度は,法律によって与えられたものとされていますが,「解除条件は,当事者の蓋然的意思の法律による解釈(par une interprétation faite par la loi de l’intention probable des parties)以外のものによって双務契約に付与されたものではない」ところです(Boissonade, p.458)。なお,「したがって,彼らは反対の意思を表示することができる。履行に係るこの保証は,公序(ordre public)に属するものではないからである。しかし,法律上の推定(présomption légale)を覆すためには,彼らは明白にその旨の放棄をしなければならない。」とされます(ibid.)。

契約の解除を先取特権と類似のものとして説明するというボワソナアドの視角は独創的なものであるようにも思われます。この点については,「なお,ボワソナードの見解が「黙示の解除条件」の法的基礎として,部分的にではあれ,先取特権の一種という解除条件の枠組みからは外れた法理論に依拠・連関していた実際の理由としては,わが国における(旧)民法典施行後の実務および理論上の参考に供するために,このような理論を示したのではないかとも思われる。法典施行後(法典論争の結果,旧民法典の施行は実現しなかったが),裁判上の解除として解除訴訟に現れることが容易に予想される紛争類型(不動産売買の解除事案)についてのみ,踏み込んだ先取特権〔と〕いう法的基礎を示したと考えられなくもない。だが,この点はあくまで筆者の推測の域を出ない。」と評されています(福本忍「ボワソナード旧民法典草案(Projet)における法定解除の法的基礎――『プロジェ・初版』を分析素材として――」九州国際大学法学論集23123号(20173月)295-296頁・註82)。ところで,ボワソナアドの説くところを読みつつ,筆者は,古代ローマにおける「契約責任の変貌」に関する次の文章を想起していたところでした。

 

  不履行の場合に何を請求しうるかであるが,この点でも原則が変化するわけではないにかかわらず実際には少しずつ今までにはありえなかった関心が浮上していく。農場を売ったとしよう。引き渡したが代金が支払われない。代金支払いについて過失を論ずる余地は少ないから,故意責任,そして重い懲罰的損害賠償,という筋道になる。こういう場合売った農場を取り戻そうという関心は希薄であろう。売った以上金銭を欲したはずである。ところがやがてその農場自体を取り戻したいという関心が生まれる。まさにそれしかないそれを別に売りたい,そしてまた賠償を取りたくとも相手に他に資産はなく,それを他の債権者と分けるなどまっぴらごめんだ,等々。売っておきながら反対方向の金銭の流れとの関係で紐つきであるという,あの観念の再浮上でもある。同時履行の抗弁権という諾成契約に相応しからぬ観念が,しかも契約当事者間の信義の名のもとに,生まれてくる事情でもある。

  〔略〕契約を一方当事者の主張に基づいて解消するという関心が現れる。引渡をしてしまっていても契約さえ解消できれば所有権は移らない。ここからはrei vindicatio〔所有権に基づく返還請求〕が使えるではないか,というのである。所有権者が半分纏っていたbona fidesの衣装をかなぐり捨てる瞬間である。〔後略〕

(木庭146-147頁)

 

 こうしてみると,ボワソナアドの視角は,むしろ正統的なものであったといい得るようです。

 なお,旧民法財産編4092項が解除条件成就の効果は合意前に遡及するものとしていましたから,旧民法財産編4211項の解除の効果も遡及したわけでしょう。また,旧民法財産編4211項の「義務不履行」状態にあると認められる者には,同条2項に係るボワソナアド解説によれば,「障碍に遮られた誠意ある債務者(débiteur embarrassé et de bonne foi)」も含まれたようです(Boissonade, p.458)。裁判所による恩恵上の期限の許与は,このような債務者に対してされるべきものと説かれています(ibid.)。

 

(2)旧民法財産編424

 旧民法財産編424条の損害ノ賠償と民法5454項の損害賠償との関係も難しい。

民法5454項の損害賠償については,「その性質は,債務不履行による損害賠償請求権であつて,解除の遡及効にもかかわらずなお存続するものと解すべきである。近時の通説である(スイス債務法と同様に消極的契約利益の賠償と解する少数の説もある〔略〕)。判例は,以前には,債権者を保護するために政策的に認められるものといつたことなどもあるが(大判大正610271867頁など(判民大正10年度78事件我妻評釈参照)),その後には,大体において,債権者を保護するために債務不履行の責任が残存するものだと解している(大判昭和8224251頁,同昭和86131437頁など)」ところであって(我妻200頁),「填補賠償額を算定する標準は,抽象的にいえば,契約が履行されたと同様の利益――履行期に履行されて,債権者の手に入つたと同様の利益――であつて,債務不履行の一般原則に従う」ものとされています(我妻201-202頁)。

これに対して,旧民法財産編424条の損害ノ賠償に関してボワソナアドが説くところは,異なります。いわく,「法は解除した当事者に「其受ケタル損害ノ賠償(la réparation du préjudice éprouvé)」しか認めず,かつ,得べかりし利益(gain manqués)の賠償は認めていないことが注目される。また,法は,通常用いられる表現であって,「その被った損失及び得られなかった得べかりし利益(la perte éprouvée et le gain manqué)」を含むところの(〔ボワソナアド草案〕第405条)dommages-intérêtsとの表現を避けている。実際のところ,解除をした者がその合意からの解放とそれから期待していた利益とを同時に得るということは,理性及び衡平に反することになろう。彼が第三者との新しい合意において得ることのできる当該利益を,彼が2度得ることはできない。日本の法案は,このように規定することによって,通常の形式(la formule ordinaire)に従って“des dommages-intérêts”を与えるものとする外国法典においては深刻な疑問を生ぜしめるであろう問題を断ち切ったものである。」と(Boissonade, p.461。なお,平井51-52頁)。「解除は事態を合意より前の時点の状態に置くことをその目的とするものの,当該結果は常に可能であるものではない。」ということですから(Boissonade, p.460),原状回復を超えた損害賠償は認められないということでしょう。すなわち,「解除に伴う損害賠償の範囲は,現物が返還された場合であれ,返還不能で価格による償還の場合であれ,解除時における目的物の客観的価格が限度」になるものと考えられていたようです(平井52頁)。

ボワソナアドの口吻であると,フランス民法旧11842項の損害賠償についても,得べかりし利益の賠償を含まず,かつ,原状回復が上限であるものと解するのが正しい,ということになるようです。我が旧民法及びフランス民法に係るボワソナアドの当該解釈を前提とすると,民法5454項に関して「わが民法は,フランス民法・旧民法に由来し,債務不履行により損害の生じた以上民法415条によりこれを賠償すべきものとの趣旨で,ただ反対の立法例もあるので念のため規定したとされる。」と言い切ること(星野Ⅳ・93頁。下線は筆者によるもの)はなかなか難しい。梅謙次郎は対照すべき条文として旧民法財産編424条を掲げつつ,民法5454項に関して「当事者ノ一方カ其不履行ニ因リテ相手方ニ損害ヲ生セシメタルトキハ必ス之ヲ賠償スヘキコト第415条ノ規定スル所ナリ而シテ是レ契約ノ解除ニ因リテ変更ヲ受クヘキ所ニ非サルナリ故ニ当事者ノ一方ノ不履行ニ因リテ相手者カ解除権ヲ行ヒタル場合ニ於テハ其解除ノ一般ノ効力ノ外相手方ヲシテ其不履行ヨリ生スル一切ノ損害ヲ賠償セシムルコトヲ得ヘシ(契約上ノ解除権ヲ行使スル場合其他不履行ニ因ラサル解除ノ場合ニ在リテモ若シ同時ニ契約ノ全部又ハ一部ノ不履行ノ事実アルトキハ同シク賠償ノ責ヲ生スルモノトス)」と述べていますが(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)453頁・454-455頁),ここでの旧民法財産編424条は,飽くまで単に対照されるだけのものだったのでしょう。

なお,穂積陳重の「既成法典〔すなわち旧民法〕抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス」との前記発言は,文言上解除と損害ノ賠償とが併存している旧民法財産編424条の存在を前提とすると理解が難しく,あるいは選択云々ということであればフランス民法旧11842項に関する言い間違いということになるのでしょうか。それとも,旧民法財産編424条の損害ノ賠償をボワソナアド流に正解した上で,同条の損害ノ賠償は原状回復の一部であって本来の損害賠償ではない,という判断が前提としてあったのでしょうか。

 

(3)旧民法財産編412

ところで,法典調査会の民法議事速記録にも梅謙次郎の『民法要義』にも民法545条に関して参照すべきものとして挙げられていないものの,なお同条に関して参考となるべき条文として旧民法財産編412条があります。

 

 旧民法財産編412条 条件ノ成就シタルトキハ物又ハ金銭ヲ引渡シ又ハ返還ス可キ当事者ハ其成就セサル間ニ収取シ又ハ満期ト為レル果実若クハ利息ヲ交付スルコトヲ要ス但当事者間ニ反対ノ意思アル証拠カ事情ヨリ生スルトキハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la condition est accomplie, celle des parties qui doit livrer ou restituer une chose ou une somme d’argent doit en fournir les fruits ou intérêts perçus ou échus dans l’intervalle, à moins que la preuve d’une intention contraire des parties ne résulte des circonstances.

 

 ボワソナアドの解説は,次のとおり。

 

371. 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,暫定的に収取される(intérimaires)果実及び利息について規定し,解除の効果を全からしめる。フランス及びイタリアの法典はひとしくこの点について沈黙しており,意見の相違をもたらしている。

 本案は,解除の自然な帰結をたどるものである。もし,解除が直接的なもので,かつ,移転された権利の受領者に対して成就したのであれば,同人は,一定の占有期間中において目的物の果実及び産物を収取できたのであるから,それらを返還する。他方,譲渡人は,代金を受領することができたのであるから,その利息を返還する。もし,停止条件の成就によって解除が間接的に作用するときは〔筆者註:旧民法では停止条件付法律行為の効力もその成立時に遡及し(同法財産編4091項),(遡及的)解除条件付法律行為の場合の裏返しのような形で,法律行為成立時と条件成就時との間における当事者間の法律関係が変動しました。〕,権利を譲渡した者は目的物を収取された果実と共に引き渡し,受領者は代金を利息と共に支払う。かくして事態は,第1の場合においては解除条件付合意がされなかった場合においてあるべきであった状態に至り,第2の場合においては停止条件付合意が無条件かつ単純であった場合においてあるべきであった状態に至る。

 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,上記の解決を与えつつも,当事者の意図するところによって変更が可能であることを認める。実際にも,単純処理の目的のために,明示又は黙示に,条件の成否未定の間に一方当事者によって収取された果実を他方当事者から受領すべき代金の利息と相殺するように両当事者が認めることは可能である。当該相殺は,フランスにおいては遺憾にも,例外ではなくむしろ一般準則として認められているところであるが,日本においては裁判所によって極めて容易に認められるであろう。特に,合意と条件の成否決定との間の期間が長期にわたるときである。しかしながら,これは常に,状況によりもたらされた例外と観念されなければならない。

Boissonade, p.434

 

 フランス及びイタリア両民法には規定がなかったということで,穂積陳重はドイツ民法草案を参照したのでしょう。旧民法財産編412条は契約の解除の場合についてではなく条件成就の場合一般に係る規定である建前であったので,民法545条に係る参照条文とはされなかったものでしょうか。

 

跋 2021年の夏

 と以上長々と書いてきて,いささか収拾がつかなくなってきました。

 ここで原点に帰って,筆者の問題意識を再確認しておきましょう。

 そもそも本記事を起稿したのは,2021年夏の東京オリンピック大会開催に関する「開催都市契約に係るスイス債務法の適用等に関する走り書き(後編)」記事の「追記2:放送に関する払戻し契約」において(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078653594.html),平成29年法律第44号による民法改正を解説する筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)の228頁(注3)における民法536条新1項に係る御当局流解釈論を紹介したことが発端です。すなわち,当該解釈論によれば,民法536条新1項においては「債権者は履行拒絶権がある反対給付債務の履行を常に拒絶することができるのであり,このような履行拒絶権の内容からすると,この場合の反対給付債務については,そもそも給付保持を認める必要すらないことから,債務としては存在しないのと同様に評価することができる。そのため,新法においても,旧法と同様に,債権者は,既に反対給付債務を履行していたときには,不当利得として,給付したものの返還を請求することができると解される」ものとされ(下線は筆者によるもの),債務者は,原則的には「その利益の存する限度において」当該利益を返還する義務を負うことになるわけですが(民法703条),ここで債権者が一声「あなたは債務を履行することができなくなっていますから,この契約を解除します。」と債務者に契約解除の意思表示をすれば(同法54211号,5401項),債務者は債権者を「原状に復させる義務を負」い,かつ,受領の時からの金銭の利息の支払及び受領物から生じた果実の返還もしなければならないことになるわけです(同法5451-3項)。要するに,「契約解除」の単なる一声で,返還を受け得るものの範囲が結構増加することになります(民法703条と545条との違い)。実務上は,合理的な債権者としてはなるべく一声添えて契約の解除構成とし,債務者に対し,給付したものに係るより多くの返還の請求をすることになるのでしょうが(裁判所の対応としては,契約の解除構成でも不当利得構成でもよい,ということにはなるのでしょう。),たった一声で結果に大きな差が出るのは奇妙ではあり,実用法学論はともかくも,そもそも本来的にはどちらが「正しい」構成なのかしら,という危険な好奇心を抱いてしまったところです(「正しさ」の追求は,おおむね剣呑です。)。

 ということで,契約の解除の効果に係る民法545条を,最近筆者に対して気難しく反抗的な机上のPCをなだめつすかしつ,『法典調査会民法議事速記録』等を参照しながら調べ始めてみたわけです。

 民法545条の原状回復義務は,沿革的には次のように説明されるのでしょう。

契約の解除制度を構築する際,既にあった解除条件付法律行為の制度に拠ったところ(フランス民法旧11841項,旧民法財産編4211項),当時の解除条件成就の効果は法律行為成立以前に遡及するものであったため(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項。民法1272項とは異なる。),契約の解除の効果として旧民法財産編412条的な原状回復義務が疑問なく当然のものとして取り入れられ(ドイツ民法第一草案42712項,ドイツ民法第二草案298条),それがそのまま残っている,ということでしょうか。契約の解除の制度なるものに係る抽象的かつ超越的な「本質」に基づくものではないのでしょう。

遡及的解除条件の双務契約への付加及びその成就の効果は当事者の意思の推定に基づくものとされていたもののようです。しかし,当該条件付加の目的は,ボワソナアドとしては担保物権的効果を主眼としていたようであって(以上本記事41)参照),その点では,原状回復義務は債権でしかない限りにおいては重視されなかったということになるようです。確かに,原状回復債権以前に本来の契約に基づく債権があったのであって,まずはその担保の心配をせよ,ということになるものでしょうか。また,契約の解除が民法5361項の場面に闖入するに至った原因は平成29年法律第44号による改正によって契約の解除に債務者の帰責事由を不要としたからなのですが,当該改正の理由は,債権者が「契約を解除してその拘束力を免れること」をより容易にするということのようであって(筒井=村松234頁等),契約の解除の効能としては,それに伴うところの原状回復には重きが置かれていないようです(そもそも,契約が履行されていたなら得たであろう利益(履行利益)の賠償を民法5454項の損害賠償として認める解釈は,契約が締結されなかった状態に戻すはずのものである同条1-3項にいう原状回復とは食い合わせが悪いところです。)。「解除の機能は,相手が債務不履行に陥った場合に,債権者を反対債務から解放し,債務者の遅れた履行を封じ,あるいは,自らが先履行して引き渡した目的物の取り戻しを認めることによって,債権者を保護することにある。」と説かれています(内田85-86頁)。契約の解除制度の主要目的が債権の担保及び契約の拘束力からの離脱という,これからどうする的問題のみに係るものであれば,契約の成立時からその解除時までの期間における法的効力及び効果をあえて後ろ向きに剥奪しようとする債権的な原状回復の努力は,どうも当該主要目的に正確に正対したものとはいえず,過剰感のあるものともいい得るように思われます。

 契約の解除制度の基礎付けを契約当事者の意思に置く場合,民法5361項の場面において,債務者が既に受領していた反対給付に係る返還義務を契約の解除に基づく原状回復義務とすることも(従前は不当利得に基づく返還義務でした。),契約当事者の意思の範囲内にあるものと観念し得るかどうか。202041日以降の当事者の意思は制度的にそうなのだ(平成29年法律第44号附則32条),と言われればそういうことにはなるのでしょう。そうだとすると,民法536条新1項に係る御当局流の解釈論は,契約が解除されるまでは当該契約に基づき既受領の反対給付を債務者は当然保持できるのだ,との契約当事者の意思もまた措定される場合,当該意思を余りにも軽んずるものであるとされてはしまわないものでしょうか。

 以下余談。

 話題を開催都市契約ないしは放送に関する払戻し契約関係から,東京オリンピック大会開催下(2021年夏)の我が国の情態いかんに移せば,これに関しては,新型コロナウィルス感染症の「感染爆発」下にあって,我々は80年ほど前のいつか来た道を再び歩んでいるのではないか,と懸念する声もあるようです。

 しかし,ちょうど80年前の19417月末の我が国の指導者に比べれば,現在の我が国の政治家・国民ははるかに立派です。

 1941730日水曜日の午前,昭和天皇と杉山元参謀総長(陸軍)とのやり取りにいわく。

  

  また天皇は,南部仏印進駐の結果,経済的圧迫を受けるに至りしことを御指摘になる。参謀総長より予期していたところにして当然と思う旨の奉答を受けられたため,予期しながら事前に奏上なきことを叱責される。(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)445頁)

 

前年行った北部仏印進駐でも足らずに19417月にまた南部仏印進駐を更に行い,これに対して発動された関係諸国の経済的圧迫がけしからぬあの「ABCD包囲網」であるということで同年12月の対米英蘭開戦の災いに立ち至ったはずなのですが,いや,こういうことをしちゃえば当然ヤバくなることは分かっていました,と当の責任者からしゃあしゃあと言われると腹が立ちます。

前年以来重ねて緊急事態宣言を発しているにもかかわらず感染状況が改善しないところ,他方累次の宣言等によって国民が「経済的圧迫を受けるに至りしこと」を担当国務大臣に対して指摘すると,「予期していたところにして当然と思う」という他人事のような回答が返って来た,という悲劇には,今日の日本はまだ見舞われてはいないようです。

同じ1941730日の午後,今度は永野修身軍令部総長(海軍)です。

 

 永野より,前総長〔伏見宮博恭王〕と同様,できる限り戦争を回避したきも,三国同盟がある以上日米国交調整は不可能であること,その結果として石油の供給源を喪失することになれば,石油の現貯蔵量は2年分のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかない旨の奉答を受けられる。天皇は,日米戦争の場合の結果如何につき御下問になり,提出された書面に記載の勝利の説明を信じるも,日本海海戦の如き大勝利は困難なるべき旨を述べられる。軍令部総長より,大勝利は勿論,勝ち得るや否やも覚束なき旨の奉答をお聞きになる。(宮内庁445-446頁)

 

 衆議院議員の任期満了まで2月余のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかないとて,感染制圧に至る旨の説明が記載された書類と共に勇ましい新規大型施策の提案があったところ,その担当部署の長に対して「難しいんじゃないの」と牽制球を投げてみると,いや撲滅はもちろん効果があるかどうかも覚束ないんですとあっさり告白されてしまえば,脱力以前に深刻な事態です。しかし,このような漫画的事態(とはいえ,告白してしまっておけば,確実視される当該施策失敗の際に責任を負うのは,提案者ではなく採用者であるということにはなります。)が現在の永田町・霞が関のエリートによって展開されているということは,およそ考えられません。

 19417月末の大元帥とその両幕僚長との悲喜劇的やり取りにかんがみると,その4年後に我が民法等の立法資料の原本が甲府において灰燼に帰してしまうに至った成り行きも,何だか分かるような気がします。

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(上)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.html(申命記第22章第5節,禮記及び違式詿違条例)


なお,東京違式詿違条例62条ただし書にいう「女ノ着袴」の「袴」を,和服の(はかま)のことと解さずに,厳格に漢文にいう「()」として読むと(「袴」は「絝」の別体),「ももひき。ズボン。」のことになります(『角川新字源』777頁)(註)。ヨーロッパでは,女性がズボンをはくということが,女性による男装というスキャンダラスな行為を象徴するものであったはずですが(以下に出て来るフランス共和国元老院のウペール議員の用いた表現参照),我が国では,もんぺをはいていても大和撫子であることに変わりはありません。

 

  Als Lola Lola zerstörte sie 1930 im FilmDer Blaue Engel die Welt der Scheinmoral, wurde zur Ikone einer freien Sexualtät; ihr bewusstes Tragen von Hosen bei öffentlichen Auftritten beförderte ein emanzipiertes Frauenbild.

     (Edgar Wolfrum und Stefan Westermann, Die 101 Wichtigsten Personen der Deutschen Geschichte. (C.H.Beck, München, 2015) S.87)

  (1930年,映画『青い天使』の「ローラ・ローラ」として,彼女〔マレーネ・ディートリッヒ〕は見せかけの道徳(モラル)の世界を破壊し,自由な性の偶像(イコン)となった。公の場における彼女の意識的ズボン着用は,一つの解放された女性像をもたらした。)

 

4 共和国9年(ブリュ)(メール)26日セーヌ県警視総監命令第22号等

ボワソナアドの頑張りの背景には,それを支えるべきフランス法の規定があったように思われるところ,探してみると,今世紀に入ってから,フランス共和国の一元老院委員と同国政府との間で,次のようなやり取りがあったところです。

 

 アラン・ウペール君(コート・ドオル,UMP〔人民運動聯合〕)の書面による質問第00692号 

 (2012712日付け元老院公報1534頁掲載)

 アラン・ウペールは,政府の代表である女性の権利大臣の注意を,依然効力を有しているところの女性のズボン(パンタロン)着用を禁ずる18001117(ママ)日法の規定に向けて喚起する。具体的には,当該法――共和国9(ブリュ)(メール)26日法――は,「男装しようとする全ての女子は,その許可証を得るため,警視庁に出頭しなければならない。」と規定している。当該禁止は,ズボン(パンタロン)を女性が着用することを「当該女子が自転車のハンドル又は馬の手綱を把持する場合」に認める1892年及び1909年の2件の通達によって部分的に廃止されている。当該規定はもはや今日適用されないとしても,その象徴的重要性は,我々の現代的感性と衝突し得るものである。よって,同人は,同大臣に対し,当該規定を廃止する意思ありやと質問する。

 

 女性の権利省の回答

 (2013131日付け元老院公報339頁掲載)

 お尋ねの1800117日法は,「女子の異性装に関する命令」と題する共和国9(ブリュ)(メール)26日(1800117日)付けデュボワ警視総監の第22号命令である。ちなみに,当該命令は,先ず何より,彼女たちが男性のように装うことを妨げることによって,ある種の職務又は職業に女性が就くことを制限しようとするものであった。当該命令は,憲法及びフランスがヨーロッパと結んだ約束――なかんずく1946年憲法の前文,憲法第1条及び欧州人権条約――に銘記されている女性と男性との間における平等の原則と抵触している。当該抵触の結果,117日命令の明文によらざる廃止が生じたものであり,したがって,それは,全ての法的効力を剥奪されており,かつ,そのようなものとしてパリ警視庁に保存されている一片の古文書にすぎないものとなっている。

 

 共和国9(ブリュ)(メール)26日(1800117日)付けデュボワ警視総監の第22号命令は,次のとおり(Christine Bard, “Le DB 58 aux Archives de la Préfecture de Police”. Clio. Femmes, Genre, Histoire. octobre 1999)

 

  警視総監は,

  多くの女子が異性装をしている旨の報告を受け,かつ,健康上の理由cause de santé以外の理由では彼女らのうちいずれもその性の服装を廃することはできないものと確信し,

  異性装の女子は,必要に応じて提示できる特別の許可証を携帯できるようにならなければ,警察官による取り違え(méprises)をも含む数限りのない不都合(déagréments)にさらされることを考慮し,

  当該許可証は統一されたものであるべきこと及び本日まで異なった許可証が種々の当局から交付されていることを考慮し,

  最後に,本命令の発布後,成規の手続を履まずに男装する全ての女子は,その異性装を悪用する不法の意図(l’intention coupable d’abuser de son travestissement)を有するものと疑う理由を与えるものであることを考慮し,

  次のとおり定める。

  1 本日までにセーヌ県の副知事又は市長並びにサン・クルー,セーヴル及びムードンの各コミューンの市長によって交付された全ての異性装許可証(警視庁において交付されたものをも含む。)は,無効であり,そうあり続ける。

  2 男装しようとする全ての女子は,その許可証を得るため,警視庁に出頭しなければならない。

  3 当該許可証は,その署名の真正が正式に証明された保健吏(officier de santé)による証明書,並びにそれに加えて,申請者の氏名,職業及び住居を記した市長又は警察署長の証明書に基づかなければ与えられない。

  4 前各項の規定に従わずに異性装をするものと認められる全ての女子は,逮捕され,警視庁に引致される。

  5 この命令は,印刷され,セーヌ県全域並びにサン・クルー,セーヴル及びムードンの各コミューン内において掲示され,当該官吏による執行を確保するため,第15及び第17師団長,パリ要塞司令長官,セーヌ県及びセーヌ=オワーズ県の憲兵司令官,市長,警察署長並びに治安担当吏に送付される。

  警視総監デュボワ

 

「異性装を悪用する不法の意図」,すなわち男性と偽ることによる身元擬装を警戒する上記1800117日命令の発布の背景として,第一統領に対する同年1010日の共和主義者による暗殺の陰謀,同年1224日のサン・ニケーズ街における爆殺未遂事件といった出来事に象徴される,発足後1年のナポレオン・ボナパルトの統領政府(le Consulat)が治安強化を必要としていた世情があったと指摘されています(Bard: 11)。

1800117日命令に違反した罪に係る刑については,同命令自身は明らかにしていませんが,違警罪ということで科料又は5日未満の拘留ということになったはずとされ,例えば1830年にはつつましい研磨工であるペケ嬢に対して3フランの科料が科せられています(Bard: 18)。

しかし,一見して分かるように,女性の男装のみが問題とされていて,男性の女装については問題とされていません。「男性にとって,異性装は,女性的柔弱化と区別されたものとしては,疑いなく19世紀の初頭においてはなお考えることが難しかった。女性は,異性装によって,社会が彼女たちに拒否した自由を獲得する,しかし,男性は?」ということでしょうか(Bard: 14)。女性に対する警戒優先ということでは,前記申命記第22章第5節の立法趣旨⑥的です。ただし,1833531日の警視総監命令は,舞踏会,ダンス場,演奏会,宴会及び公の祝祭の主催者(entrepreneurs)が異性装をした者(男女を問わない。)の入場を認めることを禁止し,当該禁止は謝肉祭(カルナヴァル)の期間においてのみ警視庁の許可をもって解除されるものとしていました(Bard: 14)。1886年のボワソナアド刑法草案4864号にいう「公許ノ祭礼」の原風景は,フランスのカーニヴァルだったわけです。

なお,フランスの1810年刑法典の第259条は「自らに属しない服装,制服又は徽章(un costume, un uniforme ou une décoration)を公然僭用した者又は帝国の位階を詐称した者は,6月から2年までの禁錮に処せられる。」と規定していましたが,19世紀半ばのジャック=フランソワ・ルノダン(男性)はその女装について同条前段違反で何度も起訴されたにもかかわらず,常に放免されていましたし(同条は,我が軽犯罪法(昭和23年法律第39号)115号,警察犯処罰令220号(「官職,位記,勲爵,学位ヲ詐リ又ハ法令ノ定ムル服飾,徽章ヲ僭用シ若ハ之ニ類似ノモノヲ使用シタル者」を30日未満の拘留又は20円未満の科料に処する。)及び旧刑法231条(「官職位階ヲ詐称シ又ハ官ノ服飾徽章若クハ内外国ノ勲章ヲ僭用シタル者ハ15日以上2月以下ノ軽禁錮ニ処シ2円以上20円以下ノ罰金ヲ附加ス」)に類するものです。),1846年に行商人のクロード・ジルベール(男性)はその女装による公然猥褻のかど(l’inculpation d’outrage à la pudeur publique)で起訴されていますが,やはり無罪放免でした(Bard: 14)。

1800117日命令に基づく許可証を得ることができた女性は,「通常男性がするものとされている職業に従事する女性又は「髭の生えた女性のように,余りにも男性的なその外見のため,公道において好奇心の対象として曝される」女性」であったそうです(Bard: 6)。前者に係る理由が2013年の女性の権利省回答にいう「当該命令は,先ず何より,彼女たちが男性のように装うことを妨げることによって,ある種の職務又は職業に女性が就くことを制限しようとするものであった」という後付け的(デュボワは命令の趣旨として明示していません。)性格付けに対応し,後者はデュボワのいう「健康上の理由」を有する者に含まれるのでしょうか。女性の権利省の回答は,女性の男装を禁ずることは就職の場面において男女の平等原則を損ねるものであるとして,当該禁止規定の無効を導出するものですが,これは,申命記第22章第5節以来の異性装禁止の性格付けとして,同節に係る前記立法趣旨の⑤ないしは⑥を採ったような形になっています。

なお,かつての東京府知事の権限は他府県の知事のそれとは異なり,警察事務はそこには属しておらず(換言すると,現在とは異なり,府県知事は警察事務も所掌していました。),東京府における当該事務は警視庁が所掌していましたが,この「警視庁ノ制度ハ初メ仏国ノセイヌ県警察知事ノ制ニ倣ヒテ設置セラレタルモノ」です(美濃部達吉『行政法撮要 上巻(第4版)』(有斐閣・1933年)299頁)。デュボワは,ボナパルト政権下において創設された当該官職における初代在任者です(Bard: 11)。

 

5 米国における市条例

 米国では,1848年から1900年までの間に34の市が異性装を犯罪化する条例を制定し,1914年の第一次世界大戦勃発時までには更に11市が加わっています。Arresting Dress: Cross-Dressing, Law, and Fascination in Nineteenth-Century San Francisco”Duke University Press, 2014の著者であるサン・フランシスコ州立大学のC.シアーズ(Clare Sears)准教授によれば,これらの条例は,典型的には,売春取締りを主要な目的に,町の健全なイメージを醸成して中間層(ミドル・クラス・)家族(ファミリーズ)の移入を図ろうとする発展しつつあるフロンティア・タウンにおいて制定されたものだそうです。「当時は,異性装が行われる場合は多くは売春がらみでした。女性がある形で男装するということは,彼女はより冒険的であり,性的関係を結び得るより大きな可能性があるということを他の人々に伝えることでした。」,「実際は服装が問題なのではなかったのです。これらの条例は,淫らさを取り締まって,より性的に健全な町を作ろうと試みて制定されたのです。そして服装は,そこに達するための手段にすぎなかったのです。」とのことです。大きな拡がりをみせた風俗浄化運動(anti-indecency campaign)の一部として1863年にはかのサン・フランシスコ市においても「彼又は彼女の性に即するものではない服装」をして公然現れることを犯罪とする条例が制定され,19747月まで効力を保っていました。(以上,SF State News ウェブサイト: Beth Tagawa, “When cross-dressing was criminal: Book documents history of longtime San Francisco law”参照)

 なお,シアーズ准教授の前掲書の一書評(by John Carranza at notevenpast.org)によると,19世紀のサン・フランシスコでは,清国からの移民が,異性装をして上陸して来るのでけしからぬということで取り締まられていたそうです。男女不通衣裳の禁を破ったのであれば,米国法及びその執行の適正性いかんを云々する以前に,自民族の伝統的な礼の教えに背いていたことになるのでしょう。