カテゴリ: 民法


(上):はじめに並びに連続複利法の場合の収束値及び旧判例

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(中):大判昭和11101日並びに山中評釈及び我妻説

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4 最判昭和45421

 

(1)最高裁判所判決

 ここで改めて最判昭和45421日の判示(前記1に掲載してあります。)を見てみると,「いわゆる法定重利につき民法405条が1年分の利息の延滞と催告をもつて利息組入れの要件としていることと,利息制限法が年利率をもつて貸主の取得しうべき利息の最高額を制限していることにかんがみれば,金銭消費貸借において,年数回にわたる組入れをなすべき重利の予約がなされた場合においては,毎期(●●)()おける(●●●)組入れ(●●●)利息(●●)()これ(●●)()対する(●●●)利息(●●)()()合算(●●)()()本来(●●)()元本(●●)()()対する(●●●)関係(●●)()おいて(●●●)1()()につき(●●●)同法(●●)所定(●●)()制限(●●)利率(●●)をもつて(●●●●)計算(●●)した(●●)()()範囲内(●●●)()ある(●●)とき(●● )()かぎり(●●●),その効力を認める(●●●)こと(●●)()でき(●●)その(●●)合算(●●)()()()()限度(●●)()こえる(●●●)とき(●●)(),そのこえる部分については効力を有しないものと解するのが相当である。」との部分のうち,下線部分には我妻説,傍点部分については山中評釈の影響が歴然としています(しかし,山中評釈から横着に「コピペ」したわけではないのでしょうが,発生した利息の全てが不払のまま元本に組み入れられるわけではなくきちんと弁済期に弁済される利息もあるのであろうところ,そのような弁済済み利息は利息制限「法所定の制限利率をもつて計算した額」と比較されるべき額に算入されないものとされてしまっているように読めます。それでよいのでしょうか・・・。また,金融法委員会「論点整理 メザニン・ローンに関わる利息制限法・出資法上の問題――重利特約の取扱いを中心に――」(201511月)7頁註19は,最判昭和45421日における「毎期における組入れ利息とこれに対する利息との合算額が本来の元本額に対する関係において,1年につき同法所定の制限利率をもつて計算した額の範囲内にあるときにかぎり」との判示の部分にいう「本来の元本額」とは,「各期における「組入れ前の元本額」(すなわち,各期の期初時点における前期までの元本組入れ額を含む元本金額)を指しているものと考えられる。」との解釈を示していますが,しかし,当該解釈は「本判決における事案への当てはめ部分を見ると,「組入れ前の元本額」という表現が用いられてお」ることからの推論であるところ,当該「当てはめ部分」は,利率が利息制限法上の上限利率であるときには利息の元本組入れを少しでもするとたちまち「1年につき同法所定の制限利率をこえる」ので「重利の約定に従つて元本に組み入れる余地を失つた」ことを説明するものです。すなわち,当該利率の場合は最初から利息の元本組入れはされないのですから,「各期の期初時点における」元本金額は最初の元本額から変わらないのであって,「前期までの元本組入額を含む」ことはそもそもないわけです。特殊な場合に係る表現を捉えて一般化することは適当ではないでしょう。)。ここでの問題は,「そのこえる部分については効力を有しない」の意味です。

前記32)第3段落(及び同(3)カ最終段落)のとおり山中評釈では,利息の計算をやり直せということになっています。しかし最高裁判所は,単に「効力を有しないもの」としています。しかしてその,効力を有しないものとなる主体は何かといえば,「年数回にわたる組入れをなすべき重利の予約がなされた場合においては」なのですから,当該「重利の予約」であるのでしょう。また,「そのこえる部分」が失効するということですから,前記33)の我妻説にも鑑みるに,不払利息の元本組入れの全部又は一部が認められなくなるということになるのでしょう。調査官解説も,我妻説式に「本件の事案についてみると,本件のような1年内に6回の組入れをする予約も全体として無効というわけではなく,1年を基準としてみて,利息制限法所定の制限利率をこえる〔筆者註:ここは,最判昭和45421日の記載にも鑑みるに,精確には「利息制限法所定の制限利率をもって計算した額をこえる」でしょう。制限利率を超える利率であれば制限利率に引き直されるだけです。〕額の部分はその組入れを認められない限度で特約が働く余地を失うことになる。」と述べています(吉井213頁。下線は筆者によるもの)。利息の発生自体には変化がないのでしょう。

 最判昭和45421日が上告論旨に直接答えている部分は,我妻説(「〔利息制限法上の〕最高の利率だから――債権者は,特約に拘わらず,単利計算による総計額を請求することができるだけである(但し,2年の後に請求する場合には,1年分の利息を催告なしに組み入れて計算してよい。その限りで特約の効力を認むべきだからである)。」)を彷彿とさせるものとなっています。いわく,「昭和32920日にその利率が日歩5銭(年利182厘強)に改定されて後は,上告人は右制限利率の範囲内〔利率年15パーセント又は18パーセント〕においてのみ利息の支払を求めうるのであるが,そればかりでなく,右利率改定の結果,重利の約定に従つて2箇月ごとの利息の組入れをするときは,ただちに,その組入れ利息とこれに対する利息の合算額が組入れ前の元本額に対する関係において,1年につき同法所定の制限利率をこえる状態に達したことになり,上告人は,右改定後は延滞利息を重利の約定に従つて元本に組み入れる余地を失つたものというべきである。それゆえ,これと同旨に出て,同32921日以降利息の元本組入れの効果を認めなかつた原判決には,なんら所論の違法はない。」と。上告論旨は,原審判決が「1年を経過しなければ利息を元本に組入れることを得ない」としたことが違法だと言っていましたが,では1年が経過したら利息を元本に組み入れることができるのかどうか,という点についてまでの判示はされていません(昭和32921日以後昭和33531日までの8箇月余間にされた利息の元本組入れの有効性が争われていたのであって,現実に1年経過前であった当該事案において,利息の元本組入れが認められないという結論を導くには,これで充分な判示であったわけでしょう。)。

とはいえ,1年が経過したら利息を元本に組み入れることができるのかどうかという点については,我妻説的には「1年分の利息を催告なしに組み入れて計算してよい。その限りで特約の効力を認むべきだからである」ということですから,肯定されるのでしょう。調査官解説も「原判決が述べるように,240万円の債権については,すでに約定利率が制限利率をこえているから,予約は制限利率に引き直された利率により単利計算をした1年分(昭3183日から同3282日まで)を元本に組み入れる限度で特約が働き,その後弁済期である同33531日までは1年に満たないから制限利率による単利計算の額を加えうるにとどまる。」と述べています(吉井213頁)。

しかし,我妻説において「但し,2年の後に請求する場合には,1年分の利息を催告なしに組み入れて計算してよい。その限りで特約の効力を認むべきだからである」とある部分の適用を,1年ずつということについて過度に限定的に考える必要はないのではないでしょうか。利率が上限利率である貸付けにおいて最終的に元本の弁済期が到来したときは,その時が直前の利息組入れ期又は当初貸付時から1年が経過する前であっても,筆者としては,「特約の効力」を認めてよいように思われます(最判昭和45421日の事案については,最後に組入れ手続のされた昭和33531日の日は各債権の弁済期であったことが,最高裁判所によっても認められています。)。この点については,前稿「(結)起草者意思等並びに連続複利法及び自然対数の底」の52)において御紹介した「日本近代法の父」ボワソナアドの見解,すなわち,旧民法財産編3941項に関する「法はそれについて述べていないが,最終的な形で(d’une manière finale)利息が元本と共に履行期が到来したもの(exigibles)となったときには,当該利息は1年分未満であっても,総合計額(la somme totale)について,請求又は特別の合意の日から利息が生ずる,ということが認められなければならない。返還期限又は支払期限が1年内である(remboursable ou payable avant une année)貸金又は売買代金に関する場合と同様である。これらの場合においては,債務者は,この禁制がそこに根拠付けられているところの累増の危険にさらされるものではないからである。」との見解が筆者を援護するものでしょう。利息制限法からする組入れ利息額の制限については,1年未満の期間については期間比例的に額を考えればよいはずです(通常の利息計算自体はそうされています。)。(ああ,心ならずも判例にケチをつけてしまった。)

 

(2)原審・東京高等裁判所昭和431217日判決に関して(及びニセ石田説再構成)

 最判45421日の事案における債権のうち,240万円の口の処理(これは上告論旨の対象となっていないものと判断されています。)及び1200万円の口のそれの是非が,筆者を悩ましています。

 まず,「昭和3181日付契約書によ」るものとされていながら,両口の貸付けについて現実に出捐がされたのは,昭和3183日であり同「日(ママ)前は利息を生ずる余地がない」もの(なお,民法5892項参照)と原審の東京高判昭和431217日によって認定されているところが,最初から少々いやらしかったところです(民集244338-339頁)。

 次に,「2箇月ごとの手形の満期日に利息を支払つて手形を切り替えて行くことにした」とされていますが,手形の満期日(利息の支払期)は精確に2箇月ごとではありませんでした。利息発生開始日である昭和3183日の後の各利息支払期は,同年930日(59日分),同年1130日(61日分),③昭和32131日(62日分),④同年331日(59日分),⑤同年531日(61日分),⑥同年720日(50日分)及び⑦同年920日(62日分)並びに⑧同年1120日,⑨昭和33131日,⑩同年228日,⑪同年331日及び⑫同年531日であったものと原審によって認定されています(民集244339頁)。

 約定利率については,240万円の口については前記1記載の判決文のとおり一貫して年36.5パーセントでしたが,1200万円の口のそれは,当初は年10.95パーセントだったものが,昭和32721日から年14.6パーセント(民集244339頁),同年921日から年18.25パーセント,同年1130日から年29.2パーセントへと変化しています。

 上記の利率のうち,年15パーセントを超えるものは利息制限法上の上限利率年15パーセントに引き直されるので(同法13号),ある意味分かりやすいところです。また,年10.95パーセントであれば,連続複利法でも1年後には元本は1.1157倍強(=e^0.1095)にしかなりませんので,利息制限法上の最低上限利率の年15パーセントを超えることはなく,同法上の問題を起すことにはなりません。しかし,年14.6パーセントは厄介です。組入れ間隔均等の年6回組入れで1年後に1.155175倍,同様の年2回組入れでも1年後に1.151329倍になってしまいます。いずれも上限利率年15パーセントに係る1.15倍を超えるものです。

 さて,筆者を悩ましている240万円及び1200万円の両口の処理に係る問題は3点ありましたが,そのうち,昭和32921日から元本弁済期の昭和33531日までの分の利息の組入れがされなかったことについては,既に前記(1)の最終段落で触れたところです。残っているのは,第1に,東京高等裁判所は,240万円の口について昭和3183日からきっかり1箇年経過時の昭和3282日限り単利年15パーセントでの利息36万円を元本に組み込んでいるが,その時点で利息の元本組入れを行う法的根拠は何か(その時点で利息の元本組入れをする旨の当事者の合意はありません。),第2に,上記のように剣呑な利率である年14.6パーセントの割合での利息62日分を当該62日経過時にあっさり元本に組み入れているが,それは許されるのか,という問題です(利率年14.6パーセントで2箇月ごとに利息を元本に組み込んでいけば,「1年につき」利息制限法所定の制限利率年15パーセントをもって計算した元利金合計額の範囲を超過する結果になることは,前記のところから明らかでしょう。)。

 前者については,民法405条に拠ろうにも同条は1年分以上といっているのできっかり1年分で組入れを行う理由付けには利用できないでしょうし,利息制限法は利息組入れを制限することはあっても積極的に根拠付けるものではないでしょう。1年経過以後最初の合意による利息組入日である昭和32920日での組入れではいけなかったのでしょうか(なお,計算上,昭和3282日組入れの場合における昭和33531日経過時の元利金合計額は3102542円であるのに対して,昭和32920日組入れの場合は310万円0316円となります。上告人としては,東京高等裁判所による2226円分の温情を感じていたかもしれません。)。

 後者については,東京高等裁判所は「1200万円〔略〕の〔略〕口につき日歩3銭〔年10.95パーセント〕或いは4銭〔年14.6パーセント〕の率により昭和32920日迄になされた大体2ヶ月毎の重利の約束による利息の元本組入れは,その結果が利息制限法の制限利率年15分〔略〕の率により単利計算した結果の範囲内であるから,有効と解すべきであるが,昭和32921日より日歩5銭〔年18.25パーセント〕と改訂された以降の前記利率の定めは利息制限法による前記制限利率を超える部分は無効であり,かつ,これらの率により昭和33531日迄になされた前記重利の約束による利息の元本組入れは,右改訂時から1年を経ていないから,利息制限法の関係で,これについて効力を認める余地がないものとするのが相当である」と判示しているところです(民集244340-341頁)。昭和32920日経過時の組入れ後元本額は13654663円ですが(民集244341頁・362頁),この額は昭和3183日から年15パーセントの利率で149日間分単利計算した場合の元利金合計額14041463円を下回るからよいのだ,ということのようです。しかし,利率年15パーセントである240万円の口については厳格に守られた端数なしの1箇年の区切りが,1200万円の口に係る利率が年15パーセント未満の期間については弛緩してしまっているようでもあります。(とはいえ実は,1200万円の口について機械的に1箇年の区切りを厳格に適用すると問題がありました。1200万円の口は,元本出捐日から1年経過時(昭和3282日経過時)において,組入れ済み元本額13324223円であったのですが(民集244362頁。なお,弁済期が未到来であるその時までの(利率年14.6パーセントの)利息分69285円との合計は13393508円。これは,利息制限法13号の上限利率である年15パーセントで単利計算をした算出額1380万円を優に下回ります。),当該元本額につき同月3日から年15パーセントの利率で単利計算をすると,元本弁済期の昭和33531日までの302日間には利息が1653663円つき,同日終了時の元利金合計額は15047171円となるはずでした(ちなみに,元本額13393508円で計算しても,15055770円)。ところが,現実に東京高等裁判所が認めた昭和33531日終了時の元利金合計額は15074373円であって(昭和32920日の組入れ後の元本13654663円及びこれに対する同月21日から昭和33531日まで253日間における年15パーセントの割合の利息1419710円の合計額),昭和3283日基準の利息制限法準拠上限額を27202円(又は18603円)超過していたのでした。1年きっかりの期間で区切って計算して見てみると,実は利息制限法違反の高裁判決に最高裁判所がお墨付きを与えていたのではないか,ということになってしまうのでした。)

東京高等裁判所の採用した理論を筆者なりに忖度してみましょう。

まず,同裁判所は,適用されている利率が利息制限法上の上限利率未満である場合と上限利率そのものである場合とを分けて処理するもののようです。

利息制限法上の上限利率未満の利率で発生する利息に係る元本組入れは,それを認めた上,その結果については――その間利率の変動があっても――通算し(実は最後まで通算せずに各1年経過以後最初の組入れ期で区切るのかもしれませんが,一応区切らずに通算するものと考えます。少なくともきっかり1年で締めるとまずいことになったのは,前記のとおりです。),これと,最初の元本額について利息制限法上の上限利率によって単利計算をし,かつ,1年ごとに元本組入れ(判決文には,単利計算をしつつも各1年経過時には元本組入れをするとは書かれていませんが,民法405条との関係で,1年ごとの元本組入れは必要でしょう。ここは正に筆者の忖度です。)をした結果たる元利金合計算定額(面倒ですから,以下「1+405条基準元利金合計額」といいましょう。)との比較を事後的にして,当該1+405条基準元利金合計額を超過していない限り有効とするのでしょう(しかし,超過した場合にはどう処理するのかははっきりしていません。本件の場合は結果オーライでしたが,厄介な問題です。むしろ,あらかじめ超過の結果が発生しないような仕組みにしておくべきもののようです。)。

利息制限法上の上限利率で発生する利息については,1年ごとの元本組入れしか認めないこととしているわけなのでしょう。しかし,上限利率も上限利率未満の利率も利息制限法上はいずれも適法な利率であるのに,利息の元本組入れの場面では取扱いが異なるのは奇妙ではあります。

以上のような筆者の諸小疑問にかかわらず,「延滞利息を元本に組み入れる重利の予約と利息制限法との関係に関する基本的なルールは既に確立されている状況にあると言ってよい」そうです(金融法委員会8頁)。所詮小疑問は小疑問にすぎず,「基本的なルール」は金甌無欠なものとして厳然と確立しているのでしょう。(なお,当該「ルール」の一環として,金利制限法規の適用において制限基準となる(それを超えてはならない)元利金合計額は,単純な単利計算に基づくものではなく,1+405条基準元利金合計額となるのだ,ということもあるものでしょうか(最判昭和45421日の射程に関する金融法委員会11-14頁参照)。)

 適用利率が上限利率である場合には1年未満の間隔での利息の元本組入れを一切認めないのは,1+405条基準元利金合計額を上回る額の組入れ後元本額(と既払利息額との合計額)の発生をもたらすこととなる余計な利息の発生をあらかじめ抑えるためなのでしょう。しかし,そうであれば,当該事前予防的効果を得るためには,組入れを制限するよりも,端的に利息自体の発生が制限されるものとする解釈を採用する方が,筆者には分かりやすいところです。上限利率が適用される場合でもそれ未満の利率が適用される場合でも,約定どおりの時期に不払利息の元本組入れを認めることとするが,その結果の組入れ後元本額と既払利息額との合計額が当該時点における1+405条基準元利金合計額を上回ることとなる場合には,(事後的に制限超過状態が発見されてしまってその修復処理を――改めて理論構築しつつ――することとなる面倒を避けるために)その都度,超過をもたらす分の利息はそもそも発生しなかったものとする(あるいは発生することに執着がされるのならば,「裁判上無効」でもよいでしょう。),というような解釈論の展開がされるわけにはいかないものでしょうか。(なお,その都度処理が望ましいことに関しては,利息制限法は「単に制限超過の利息契約(●●)をなすことを制限するに止まらず,制限超過の利息の生ずる法律(●●)状態(●●)そのものを禁圧する趣旨と解し,遡及効を認めなくとも,なお改正後における利息の発生を制限すると解するのが正当」と,利息制限法改正の際の法の適用関係に関して説かれてもいるところです(我妻51頁。下線は筆者によるもの)。ただし,経過規定の定めがなかった大正8年法律第59号による旧利息制限法の改正の際,判例は,「法律不遡及の原則」を理由として「大正7年中の契約により2000円につき12分の利息を生じているときに大正8年の改正があっても1割に制限されない(大判大正10523957頁)」としていたそうです(同頁)。しかし,当該前例にかかわらず,現行利息制限法附則4項は「この法律の施行前になされた契約については,なお従前の例による。」との明文規定を設けています。)

ちなみに,上記解釈論は,前記33)エのニセ石田説の修正版ということになりましょう(ということで,石田真説の孫だと思ってもらえば,全くの荒唐無稽の説ということにはならないでしょう。)。すなわち,その弁済期にちゃんと支払われていた利息についても忘れずに考慮に入れることとし,制限基準を純粋単利の「最初の元本に対する最高制限利率による〔貸付時からその時点までの〕利息の額」から1+405条基準元利金合計額に改め,利息の元本組入れに係る複利契約の効力を失わせるまでのことはしないこととし,「爾後は,約定利率の如何に拘わらず最初の元本に対する最高制限利率に依る利息が発生する」を「当該時点における1+405条基準元利金合計額を上回ることとなる場合には,その都度,超過をもたらす分の利息はそもそも発生しなかったものとする」と改める,というわけです。

 念のため検算すると,昭和3183日に貸付けられた1200万円について,昭和33531日経過時の1+405条基準元利金合計額は15512712円となります(=12,000,000×1.15×1+0.15×302÷365))。1200万円の口に係る昭和33531日経過時の現実の元利金合計額は,東京高等裁判所によれば,前記のとおり,元本13654663円及び利息1419710円の合計15074373円です。当該合計額について見れば,1+405条基準元利金合計額との関係はもとより問題ありません。ただ筆者としては,元金合計額ではなく,すっきりと元本額15074373円ということでもよかったのではないか,と(今年20231115日が来日150周年となるボワソナアドと共に(というProjet解釈(前記(1)最終段落参照)でよいのですよね))思うばかりであるところです。

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(上):はじめに並びに連続複利法の場合の収束値及び旧判例

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3 大判昭和11101日並びに山中評釈及び我妻説

最判昭和45421日の先駆とされる判例が,大審院第一民事部の昭和11101日判決(民集15221881頁)です。

最判昭和45421日について「本判決が右の学説の見解によったものであることは,その判文によって明らかである」といわれる場合の「右学説」は,大判昭和11101日に関する山中康雄・判民昭和11年度127事件評釈及びそれを承けた我妻榮の学説でした(吉井212頁及び216頁(注6))。

 

(1)大判昭和11101

 

ア 事案及び判示

大判昭和11101日の事案は,山中評釈によれば次のようなものでした。

 

  X(原告・控訴人・上告人)はY(被告・被控訴人・被上告人)先代に対し大正131217日より昭和673日に至る間数回に金3005010050300円を貸渡し利息を月15厘〔年18パーセント〕と定め,毎年12月末日之が支払なきときは夫々元本に組入るる旨の複利契約を為して居たのであるが,Xが先代死亡に因る家督相続を為したYに対して,右利率を〔旧〕利息制限法2条所定の利率〔元本50円の口は年15パーセント,300円及び100円の口は年12パーセント〕に引直し複利計算を為したる元利金の支払を訴を以て請求して来たのが本件である。所が一審二審共に,元本に利息を組入れ複利計算を為すべき場合と雖其の結果元本に組入れられたる利息及之に対する利息の合計額が最初の元本に対する関係に於て利息制限法の制限利息を超過するときは其の部分は無効なりとして,結局,最初の元金に前記各貸借成立の時より右制限利率に依る利息を加へたる金額の範囲に於てのみ,Xの請求を認容したに過ぎなかつた。そこで,Xは尚,制限内利(ママ)に依る複利計算の為さるべきことを要求して,上告を試みた。要するに,消費貸借に於て一定の弁済期に利息を支払はざる場合には之を元本に組入れ更に利息を生ぜしむべき旨を約した複利契約は,其の利率が利息制限法2条に定むる制限を超過せざる限り同法に抵触するものでは無く,之を有効と認むべし,と為す抽象論に関する限りは原審も又上告論旨と一致するのであるが,右の「利率が利息制限法2条に定むる制限を超過するか否か」に関して,右の有効なる複利契約に基き元本に組入れられたる利息及び之に対する利息を加へたる合算額が本来の元本自体に対する関係に於て利息制限法の制限利率の範囲を超ゆる結果を生ずる場合に,之を利息制限法2条に抵触すると見るべきか否かに関し,原審は之を肯定するに対し,上告論旨は否定する見地に立つのである。大審院は上告を容れて原判決を破毀差戻した。(480-481頁)

 

 大判昭和11101日は,次のとおり判示しています(原文は濁点及び句読点なし。)。

 

  按ズルニ,消費貸借ニ於テ一定ノ弁済期ニ利息ヲ支払ハザル場合ニハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ利息ヲ生ゼシムベキ複利契約ハ,其ノ利率ガ利息制限法第2条ニ定ムル制限ヲ超過セザル限リ同法ニ抵触スルモノニアラズシテ有効ナリト解スルヲ相当トス(大正6年(オ)第510号同年88日当院判決)。尤モ複利契約自体ガ利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出デタルモノト認ムベキ場合,例ヘバ利息組入ノ時期ヲ短期トナシ年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スルトキノ如キハ之ヲ無効ト解スベキハ論ヲ俟タズ。而シテ右有効ナル複利契約ニ基キ元本ニ組入レラレタル利息及之ニ対スル利息ヲ加ヘタル合算額ガ本来ノ元本自体ニ対スル関係ニ於テ利息制限法ノ制限利率ノ範囲ヲ超ユル結果トナルモ,之有効ナル複利契約ノ当然ノ結果ナレバ之ヲ認容スルノ外ナキモノトス。本件消費貸借ニ於テモ上告人〔X〕ガ被上告人〔Y〕ニ対スル貸金債権ノ利息ニ関シ原審認定ノ複利契約ニ基キ貸金元本ニ対スル利息制限法ノ利率ニ依ル利息(元本ニ組入レラルルモノ)ニ対シ更ニ同一ノ利率ヲ以テスル利息ヲ加算シタル結果ガ本来ノ元本ニ対スル関係ニ於テ制限法ノ利率ニ超過スルニ至ルモ,其ノ超過部分ハ法律上効力無キモノト謂フベカラズ。原審ガ,右ト反対ノ見解ニ基キ,元本債権ニ対スル利率ガ既ニ制限法ノ利率ナルトキハ複利契約アルモ結局元本ニ対スル右制限率以上ノ利息ノ支払ヲ求ムルヲ得ザルモノト判定シタルハ,利息制限法第2条ノ趣旨ヲ不当ニ厳格ニ解釈シタル違法アルモノニシテ破毀ヲ免レズ。

 

イ 利息の弁済期に関する問題

 ところで,山中評釈における事案説明を見ても利息の弁済期日がはっきりしないので(月当りの数字でもって利率が表現されていますから,1箇月ごとということでもありそうです。),大審院民事判例集15221882頁にある「事実」を見てみるのですが,そこでもやはり「利息ヲ月15厘ト定メ毎年12月末日之カ支払ナキトキハ夫々元本ニ組入ルル旨ノ複利契約」とあります。「12月末日」に元本組入れがされることは分かりますが,当該利息の支払期日はそれより前に既に到来していてもよいはずです(民法405条参照)。上告人の上告理由には「利息月15厘其ノ支払期毎年12月末日右期日ニ利息ヲ支払ハサルトキハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ月15厘ノ利息ヲ附スル約ニテ」とあるのですから(同号1883-1884頁),そうであるのならばそのとおり利息の「支払期」たるものとしての「毎年12月末日」を明示してくれればよかったのに,一体どうしたことでしょうか。

 そこで,原審札幌控訴院の判決(民集15221889-1893頁)を見てみると,同控訴院の事実認定は,「控訴人〔X〕カ弁済期及利率ヲ其ノ主張ノ如ク〔弁済期は「定ナク」,利率は「月15厘」〕約シテ〔略〕各金員ヲ被控訴人〔Y〕先代〔略〕ニ貸渡シタルコトハ当事者間ニ争ナク」,かつ,「成立ニ争ナキ甲第1,第3号証並原審〔第一審の札幌地方裁判所〕ニ於ケル被控訴人〔Y〕本人ノ供述ニヨレハ利息ハ毎年末之ヲ計算シテ元本ニ組入レ更ニ月15厘ノ利息ヲ附スル約ナルコトヲ認ムルニ足ル」ということであって,利息については「毎年末之ヲ計算シテ元本ニ組入レ」るところまでは認定されていますが,「支払期毎年12月末日」であるのだとのXの主張までは採用されていません。同控訴院は「然レトモ元本ニ利息ヲ組入レ複利計算ヲ為スヘキ場合ト雖ソハ利息制限法ノ制限範囲ニ於テノミ有効ニシテ若シ制限法ノ利率ヲ超過スルトキハ該超過部分ハ効力ナキモノ」と述べていますが,ここでは専ら複利計算の場合における利息制限法の適用がどうあるべきかが問題になっているものでしょう。大審院は,「一定ノ弁済期ニ利息ヲ支払ハサル場合ニハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ利息ヲ生セシムヘキ」ものたる複利契約の存在を前提として,当該契約がある場合の利息制限法の適用問題を論じたわけですが,札幌控訴院は,「毎年12月末日」は利息に係る当該「一定ノ弁済期」ではなく,複利計算上の区切りの日とのみ認定していたようにも思われます。

札幌控訴院は,元本弁済の時に初めて利息の弁済期も到来するものと解したものでしょうか。「当事者の意思表示,元本債権の性質,取引上の慣習などから,利息債権の弁済期を明らかにすることができないときは,利息債権の弁済期は元本債権の弁済期と同一であると解すべきであろう(勝本〔正晃〕・上248,小池隆一「利息債権」民法法学辞典(下)(昭352085)。」とされているところです(奥田昌道編『新版注釈民法(10)Ⅰ債権(1)債権の目的・効力(1)』(有斐閣・2003年)344頁(山下末人=安井宏))。当該解釈が採用され,利息の弁済期が元本の弁済期とされた場合,元本と同時にではなく,利息だけ先行して弁済できるかどうかがここでは問題になります。民法1362項ただし書は,期限の利益の放棄によって「相手方の利益を害することはできない」と規定していますが,ここでの「相手方の利益」に,元本弁済時まで期間における「利息の利息」収入を含めてよいものかどうか,という問題です。「旧法〔平成29年法律第44号による改正前の民法〕の下においては,民法第136条第2項を根拠に,利息付きの金銭消費貸借において,借主が弁済期の前に金銭を返還した場合であっても,貸主は,借主に対し,弁済期までの利息相当額を請求することができると解するのが一般的であった」ところです(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)299頁(注))。

利息の先行弁済が許されない(債権者に受領の義務がない)場合に関しては,「利息の弁済期が到来しても債権者に受領の義務はなく,当然その利息を元本に組み入れ,〔元本の〕弁済期において元利を支払うというような特約では,――各期の計算上の額は利息と呼ばれただけで――最初の元本に対して弁済期に支払われるべき余分額が真の意味の利息であるから,この数額について利息制限法を適用すべきことはいうまでもない。」とされているところです(我妻Ⅳ・46-47)。このような思考が,札幌控訴院の判決が前提とするところだったようにも思われます(ただし,大審院は,札幌控訴院の判決について,「元本債権ニ対スル利率カ既ニ〔利息〕制限法ノ利率ナルトキハ複利契約〔筆者註:利息の弁済期(及びその際における債権者の受領義務)の存在を前提とします。〕アルモ結局元本ニ対スル〔単利計算による〕右制限率以上ノ利息ノ支払ヲ求ムルヲ得サルモノト判定シタル」ものと理解しています。しかし,当該「判定」に係る理論は,札幌控訴院の判決においてその旨そこまで明示されていたわけではなりません。)。

ところで,大審院は「原審認定ノ複利契約」と判示しています。札幌控訴院の認定し得た事実をもって,十分に複利契約の存在を認定できるということのようです。元本弁済前でも,貸主には利息受領の義務があったということになるのでしょう。利息の計算が云々される以上,そのときには元本とは別個のものとしての利息が存在することになるのだから,貸主に受領義務のないことが特約されていない以上,その際借主が当該利息のみを支払い得ることは当然であるというわけでしょうか。(また,そもそもXYの先代間との消費貸借には返還の時期の定めがなかったことも大きいのでしょう。借主がいつでも元本を返還できる以上,貸主は利息ないしは「利息の利息」をもってその既得権益視することはできません(民法1362項ただし書に関しては「例えば定期預金の預り主(銀行)も,期限までの利息をつければ,期限前に弁済することができる(大判昭和9915日民集1839頁〔略〕)。」と説かれていたところです(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年(1972年補訂))422頁。下線は筆者によるもの)。反対解釈すれば,定期預金でなければ,期限までの利息をつけて返還云々ということにはならないことになります。)。当該利息の弁済期限が元本の弁済期であるとしても,当該期限は債権者の利益のためのものとはいえないことになるでしょう。そうであれば,債務者は自己の期限の利益を放棄して元本の弁済期より前に利息を支払うことができることになるわけです。その際「相手方が損害を蒙るときは,その賠償をなすべきもの」とされてはいるものの(我妻Ⅰ・422頁),貸主は余計な苦情を言うべきものではない(賠償されるべき損害はない。)と解されるのでしょう。)。「一定ノ弁済期」といっても,債務者の弁済義務までは必要ではなく,その際利息を弁済できるということであればよいようです。

 

ウ 「利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的」による複利契約の無効に関する問題

しかし,大判昭和11101日に係る最大の解釈問題は,「尤モ複利契約自体カ利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出テタルモノト認ムヘキ場合例ヘハ利息組入ノ時期ヲ短期トナシ年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スルトキノ如キハ之ヲ無効ト解スヘキハ論ヲ俟タス」との判示部分をどう理解するか,です(以下,当該判示部分を「昭和11年大判傍論」といいます。)。

 

(ア)石田文次郎による批判

石田文次郎(判批)・民商55345頁以下は,昭和11年大判傍論の存在ゆえに,当該判決におけるそもそもの本論部分についてまで,大審院の「見解の全幅的妥当性が疑はれねばならぬ」ものとなると痛論しています。

いわく,「元本(組入元本も含む)に対する利率が利息制限法に抵触しない限り,複利契約は有効と為す〔筆者註:ここの引用では,そう「為す」理論を以下「本論」といいます。〕のであるから,其の場合に当事者の目的を探究して複利契約を無効と解すべき余地は全然存在しないわけである。〔略〕60日の期限を以て手形により金を借りた場合には,年6回の利息の組入は現代に於ける取引上通常に行はれてゐる所である。然らば,毎月利息を元本に組入れらるべき複利(ママ)は,(ママ)利息制限法の規定を潜脱せんとする目的に出でたものとして,無効と解すべきか。私は大審院の如き見解に於て之を無効とすべき理由を発見し得ない。斯る複利契約を無効とせんとする考方は,既に〔本論〕の見解と矛盾し,それは〔本論〕の見解を棄たことを意味する。大審院が〔本論〕の見解を採りながら,其の見解と矛盾する但書を附けねばならぬ所に,其の見解の全幅的妥当性が疑はれねばならぬのである。」と(石田350頁)。

大審院は,蛇足👣ゆえに石田文次郎に噛みつかれる藪蛇🐍状態となったというわけです。(なお,1892年生まれの石田の干支は,巳ではなく,辰🐉です。)

確かに,次の利息弁済期到来までの期間が短く,利息弁済期が年数回到来する場合,例えば100万円を利率年15パーセント(利息制限法13号の上限利率)で貸し,かつ,年2回以上利息の弁済期が到来するものとした上での重利の予約は,直ちに「利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出テタルモノト認ムヘキ」ものではないでしょう。なるほど,約定されたとおりに利息が支払われない場合,半年複利であれば1年経過後の元金は1155625円となってしまって,単利計算による元利金合計額115万円を5625円超過します。しかし,重利の予約だからとて債務者がその利息支払債務の履行を当然妨げられるということがお約束であるわけではなく,約定どおり利息支払期の都度きちんきちんとその弁済をしていけば,元利金支払合計額は単利契約の場合と同一になるはずですし,こちらの方が普通でしょう。

 

(イ)年複数回の利息組入れを有効とする前例

なお,大判昭和11101日が前例として引用する大審院大正688日判決(民録231289頁)は,6箇月ごとに(換言すれば,年2回)利息の元本組入れがされた事案であったようで,したがって,大判昭和11101日の段階で既に「年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スル」ことのみからは直ちに当該複利契約の無効はもたらされないものであるところでした。

すなわち,大判大正688日は,「金200円ニ金1円ニ付キ1个月12厘ノ割合〔利率年14.4パーセント〕ノ利息ヲ附シ期限ニ其支払ヲ延滞シタルトキハ之ヲ元金ニ組入レ同一利率ノ利息ヲ附スヘク尚ホ支払ヲ延滞シタルトキハ6个月毎ニ元金ニ組入レ更ニ同一利率ノ利息ヲ附スヘキコトヲ契約シタルハ有効ナル旨判示シタルハ相当ナリ」と判示しているところです(民録231292頁)。ただし,大判大正688日の時点における元本200円の場合の利息制限法上の上限利率は年15パーセントであったところ,年14.4パーセントの利率で半年ごとに利息の元本組入れを行っても1年後の元本額は当初元本額の1.149184倍にしかならず(=1.072^2),年15パーセントでの単利計算による元利金合計額に係る1.15倍にはなお及ばなかったところです。

大判大正688日が更にその前例とする大審院明治44510日判決(民録17275頁)も,「当事者間ノ契約ハ利子ヲ金1円ニ付1个月金12厘宛〔利率年14.4パーセント〕ト定メ6个月毎ニ支払フヘク之ヲ怠リタル場合ニ元金ニ組入ルル」元本659円(利息制限法上の上限利率は年15パーセント)の消費貸借の事案に係るものでしたが,この場合,元本額は当初(190311日)の659円から8年たった19101231日の経過時(半年当り7.2パーセントの利率で16回(=8年間×2)回ったことになります。)には1345円余増加して2004円余となっていたわけであるところ(=659×1.072^16)),当初の元本以外については「利子ニ利子ヲ附シ請求」する「利子」の請求が債権者からされているものであって,かつ,当該請求「利子」額は利息制限法上の上限利率によって認められるものを超過しているとの理由による債務者からの上告(ただし,元本659円に対する利息制限法上の上限利率年15パーセントでの単利8年分の利息79080銭(元利金合計144980銭)までであれば支払を受け容れるのでしょう。)は「元来当事者カ延滞利子ヲ元金ニ組入レ将来之ニ制限内ノ利息ヲ附スルノ契約ヲ為スハ違法ナリト云フヘカラス何トナレハ利息ノ性質ハ契約ニ因リ既ニ元金ニ変更シタルヲ以テ利息制限法ニ違背スルモノニアラサレハナリ」との判示がされた上退けられています(なお,上告理由では,債権者の請求において当初元本額に加算された金額(いうところの「利子」の額)は1345円余ではなく「1441円余」であるものとされています。誤記でしょうか,計算違いでしょうか,それとも他に理由があるのでしょうか。)。

 

(ウ)他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為となるか否か

ところで,最初から各利息弁済期における利息の弁済が全く想定されない場合とはどのようなものかと考え,更にその場合における問題性を探ってみれば,複利契約の不当性は,弁済能力のおぼつかない危険な借主との間で,当該リスクに応じた高利率をも超える利率(これは,利息制限法上の上限利率を超えたものとなるというわけでしょう。)を実質的に実現すべく行なわれることにあるのである,ということになるのでしょうか。そうであれば,「他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為」(我妻Ⅰ・274-276頁参照(同書275頁は,当該行為の規制の一環として「金銭の消費貸借については,利息制限法の制限がある」と述べています。))であるとまで評価されるのであれば,当該契約は無効となるのでしょう。

しかし,利率年15パーセントの場合,連続複利法によっても1年後の元本額は当初元本の約1.1618倍にしかならず,1年間全く利息を支払わない危険な債務者に対するリスク・プレミアムとして十分かどうか,「利息制限法ノ規定ヲ潜脱」云々と言って騒ぎ立てるべきほどのものかどうか,という点については,既に前記2において感想を述べ置いたところです。また,年に1度まとめて利息を支払わされるよりも,数度(「年数回」程度)に分割して支払うこととする方が,債務者にとってかえって優しい,ということにもならないでしょうか。

 

(エ)支払の遅滞を条件としない利息の元本組入れを対象とするものか否か

あるいは,昭和11年大判傍論では「利息組入ノ時期」が問題とされ,利息弁済の時期は問題とされていないところから,利息弁済期が年1回(大判昭和11101日の事案におけるXの主張であり,大審院もそのように認定しているわけです。)しかないのに,当該弁済期に係るもの(「①利息の支払を遅滞することを条件として,これを元本に組み入れる場合」(奥田編361頁(山下=安井)))のほか,弁済期未到来期間中における,債務者に弁済の機会がない利息に係る元本組入れ(「利息の遅滞を条件とせず,利息が発生したときは当然に元本に組み入れる場合」(奥田編361頁(山下=安井)))が更にされる場合が問題にされている,とは考えられないでしょうか。大判昭和11101日の事案では約定利率が利息制限法上の上限利率を超えていたため裁判上は当該上限利率で計算するものとなっていたところ,確かに,上限利率は1年当りのものなので,年2度以上の利息の元本組入れがされてしまうと直ちに当該上限を超過してしまう計算になります。しかし,債務者にその弁済の機会を与えずに利息の元本組入れがされることを約することまでをも「複利契約」といったのでしょうか,大審院は「弁済期ニ利息ヲ支払ハサル場合ニ」云々と述べていたはずです(ただし,奥田編361頁(山下=安井)は,上記①及び②のいずれも「いわゆる重利の予約」であるものとしており,吉井215頁(注2)も「利息の弁済期が到来しても債権者に受領の義務がなく,当然に利息分の金額を元本に組み入れ,元本の弁済期に元利金を支払うことを約する場合」を「重利の予約の他の形態」としています。)。

 

(オ)小括

 以上要するに,昭和11年大判傍論については,「しかし,このような概括的な基準を設定することは必ずしも賢明な方法とはいえない,〔略〕どの程度の期間,回数ならよいかが問題になるし,回数だけでは判定できず,利率との関係,さらに貸借の具体的事情も考慮すべきは当然であるから,その判定は困難であり,基準は不明確といわざるを得ない。このようなことは金融取引の実際面からみても望ましいことではない。」という厳しい評価が後輩裁判官から下されていました(吉井212頁)。

 

(2)山中評釈

山中評釈の説の特徴は,昭和11年大判傍論を解釈するに当たって「〔民法〕405条の1年の要件を強行規定と解する」ことと評されています(我妻47)。

山中評釈を見ると,「蓋し元金300円,利息月1〔年12パーセントとなり,当該元本額に係る当時の旧利息制限法2条における最高利率〕の複利契約の存する場合,法定重利に(イ)〔「利息が1年分以上延滞せること」との民法405条〕の要件存在せざるものと仮定せる場合には,右〔筆者註:昭和11年大判傍論にいう「年数回ノ組入」,ということでしょう。〕に付き〔旧〕利息制限法2条の「年」の文字に力点を置き右を無効と解することは困難であり,延いて約定重利に於いても之を有効と解せざるを得ぬと思はれる」と述べた上で(484頁),「(イ)の要件を設くる事により法定重利に於ては,1箇年につきて,利息制限法所定の制限利率以上の利息をあげ得ざる効果に関しては,我が民法が重利を認める上について示した最小限度の制限として,約定重利についても之を認むべきものと私は考へる」ものとされています(485頁)。

すなわち山中説は,「利息組入の時期を短期となし年数回の組入をなすことを約する」ときのごとき場合においては,「法定重利の場合に実現し得べき結果と同一に於て――蓋し,その限度に於てのみ民法は重利を容認したと解すべきを以て――即ち組入れられたる利息並に其れより生じたる利息の合算額が元本に対する関係に於て1年に付き利息制限法の制限利(ママ)を超ゆるを得ず〔筆者註:最判昭和45421日では「同法所定の制限利率をもつて計算した額の範囲内にあるときにかぎり,その効力を認めることができ」〕,若し之を超ゆる場合には之を制限利率に引直して計算せらるべきものと考へる。私は右述の如き趣旨に於いて理論は異にするが尚判旨の結論に賛成したいと思ふ。」というものです(山中485頁)。大判昭和11101日の結論に賛成というのは,当該事案においては,利息制限法上の上限利率によることになるのではあるが利息の元本組入れがうまいことに毎年12月末日にされる(すなわち,1年ごとにされる)ということによって民法405条の示す「1年分以上延滞」との「最小限度の制限」をクリアすることになっているからだ,ということでしょう(ただし,当該事案においては,11日にされた貸付けはなかったので,厳密にいえば各初回組入れは1年経過前にされたということになるようですが,そういう細かいことを気にするのは筆者のような小人ばかりでしょう。)。

前稿(「(結)起草者意思等並びに連続複利法及び自然対数の底」)で御紹介したとおり,民法起草者たる梅謙次郎は,契約の自由を根拠に(1年未満の短期(「月月」)組入れものを含め)重利をあっさり認めており,かつ,利息制限法の廃止を予期していたのですから,「1箇年につきて,利息制限法所定の制限利率以上の利息をあげ得ざる効果」が「我が民法が重利を認める上について示した最小限度の制限」であるのだ,というのは,立法経緯に即した事実論ではなく,理論的な解釈論でしょう。重利の特約なき場合における債権者保護のための補充規定として想定されていたはずのものが,利息制限法と合して,債務者保護のための強行規定に変じているわけです。しかし,あるいは梅的所論を無視すれば(「梅は,簡単だが示唆に富むコンメンタールを民法全体について書き〔『民法要義』〕,総則,債権総論などについての詳しい講義録も残されているが,早世したこともあって〔1910825日歿〕,その後の民法学への影響はそれほど大きくなかったように見受けられる。〔略〕その再発見は,第二次大戦後,比較的最近といえよう。」と言われていますから(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)166頁),1936年の判決に係る評釈が書かれたころには,梅の所論の影響は,確かに事実として「それほど大きくなかった」わけです。),民法405条の前身規定たる旧民法財産編3941(「要求スルヲ得ヘキ元本ノ利息ハ塡補タルト遅延タルトヲ問ハス其1个年分ノ延滞セル毎ニ特別ニ合意シ又ハ裁判所ニ請求シ且其時ヨリ後ニ非サレハ此ニ利息ヲ生セシムル為メ元本ニ組入ルルコトヲ得ス」)の趣旨にかなった当然の解釈,ということにもなるのでしょう(なお,旧民法財産編3941項については,前稿「民法405条に関して」の「(承)旧民法財産編3941項」を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258062.html)。)。


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1 はじめに 

 20221222日の前稿「民法405条に関して」の最後(「(結)起草者意思等並びに連続複利法及び自然対数の底」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258087.html)において,「民法405条と利息制限法1条との関係,具体的には最判昭和45421日の研究が残っています。「最高裁は,年数回利息の元本組入れの約定がある場合につき,組入れ利息とこれに対する利息との合計額が本来の元本に対して〔利息制限〕法の制限利率を超えない範囲においてのみ有効とした(最判昭和45421日民集298頁(年6回組入れをする))。(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1978年(1981年補訂))19-20頁)」と簡単に紹介されるだけでは済まない難しい問題が,筆者にとって,当該判決及びその対象となった事案にはあったのでした。」などと思わせぶりなことを書いてしまいました。本稿は,当該宿題に対する越年回答であります。

実は,前稿において筆者は当初――その性格にふさわしく――穏健に,判例理論をその妥当性と共にさらりと紹介し,もって行儀よく記事を終わらせるつもりだったのですが,頼りの御本尊である最高裁判所第三小法廷(関根小郷裁判長)は,昭和45421日判決(民集244298頁)において当時の流行学説の口ぶりを安易に採用してしまったもののようでもあって,当該判決において提示されたものと思われる理論を直ちに実地に応用展開しようとすると,少なくとも筆者にとっては,いろいろと心穏やかならぬ問題が生起してしまうのでした。

あらかじめ,最判昭和45421日の関係部分を掲記しておきましょう。

 

   上告代理人谷村唯一郎,同塚本重頼,同吉永多賀誠,同菅沼隆志の上告理由第1点について。

消費貸借契約の当事者間で,利息について定められた弁済期にその支払がない場合に延滞利息を当然に元本に組み入れ,これに利息を生じさせる約定(いわゆる重利の予約)は,有効であつて,その弁済期として1年未満の期限が定められ,年数回の組入れがなされる場合にもそのこと自体によりその効力を否定しうべき根拠はない。しかし,その利率は,一般に利息制限法所定の制限をこえることをえないとともに,いわゆる法定重利につき民法405条が1年分の利息の延滞と催告をもつて利息組入れの要件としていることと,利息制限法が年利率をもつて貸主の取得しうべき利息の最高額を制限していることにかんがみれば,金銭消費貸借において,年数回にわたる組入れをなすべき重利の予約がなされた場合においては,毎期における組入れ利息とこれに対する利息との合算額が本来の元本額に対する関係において,1年につき同法所定の制限利率をもつて計算した額の範囲内にあるときにかぎり,その効力を認めることができ,その合算額が右の限度をこえるときは,そのこえる部分については効力を有しないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると,原審の確定するところによれば,被上告人〔債務者〕は,上告人〔債権者〕との間で,昭和31年〔1956年〕81日付契約書により譲渡担保の被担保債権合計2140万円(原判示元本1200万円,700万円,240万円の各債権〔利息制限法(昭和29年法律第100号)上の上限利率はいずれも年15パーセント(同法13号)〕)の元利金の支払のため,上告人を受取人とする約束手形を振り出し,2箇月ごとの手形の満期日に利息を支払つて手形を切り替えて行くことにしたが,その後,右利息の支払期(手形の満期日)にその支払がないときは,当然に延滞利息を元本に組み入れる旨の契約(重利の予約)が成立するとともに,後には,その被担保債権に原判示の元本25万円および50万円の各債権〔利息制限法上の上限利率はいずれも年18パーセント(同法12号)〕が加えられ,右同様の約定がなされたものであるところ,右被担保債権のうち,論旨指摘の4口の債権(前記債権のうち240万円の債権を除くもの〔当該240万円の口の債権に係る約定利率は当初から日歩10銭,すなわち365日当たり36.5パーセント(民集244338頁)〕)の利率は,昭和32年〔1957年〕920日までは日歩3365日当たり10.95パーセント〕ないし4365日当たり14.6パーセント〕の約定であつたが,同日,翌21日以降は日歩5365日当たり18.25パーセント〕に,また,同年1120日には,同月30日以降は日歩8365日当たり29.2パーセント〕に順次改定された,というのである。してみれば,右利息の約定は,各債権につき利息制限法による制限利率をこえる限度では無効であるから,昭和32920日にその利率が日歩5銭(年利182厘強)に改定されて後は,上告人は右制限利率の範囲内においてのみ利息の支払を求めうるのであるが,そればかりでなく,右利率改定の結果,重利の約定に従つて2箇月ごとの利息の組入れをするときは,ただちに,その組入れ利息とこれに対する利息の合算額が組入れ前の元本額に対する関係において,1年につき同法所定の制限利率をこえる状態に達したことになり,上告人は,右改定後は延滞利息を重利の約定に従つて元本に組み入れる余地を失つたものというべきである。それゆえ,これと同旨に出て,同32921日以降利息の元本組入れの効果を認めなかつた原判決には,なんら所論の違法はない。

 

 「日歩(ひぶ)」は,「元金100円に対する1日分の利息で表した利率」です(『岩波国語辞典 第4版』(岩波書店・1986年))。

 なお,「〔上告〕論旨指摘の4口の債権(前記債権のうち240万円の債権を除くもの)」ということですから,240万円の債権に係る原審判決(東京高等裁判所第10民事部昭和431217日判決)における処理については上告がされていないものと解されたわけです(したがって,当該債権に係る利率も最高裁判所によっては言及されていませんでした。)。確かに,上告理由第1点においては,原判決中から「昭和33531日迄になされた前記重利の約束による利息の元本組入れは右改訂時(昭和32921日)から1年を経ていないから利息制限法の関係で,これについて効力を認める余地がないものとするのが相当である」と判示する部分が取り上げられ(民集244311頁),「しかし,特約による利息の元本組入れについては1年を経過するを要せず,これより短期に利息を元本に組入れることを約するのは契約自由の原則により有効であることは大正688日第3民事部が同年(オ)第510号貸金請求事件につき判示したところである。(大審院民事判決録第231289頁同抄録16684頁)〔略〕然るに原審判決が1年を経過しなければ利息を元本に組入れることを得ない〔略〕として上告人の請求を斥けたのは法令の解釈適用を誤つた違法がある。」と論じられていますから(民集244312頁。ちなみに,当時は法令違背も上告理由でした(旧民事訴訟法(明治23年法律第29号)394条)。),昭和32921日に利率の改訂がされなかった240万円の口(民集244338-340頁)は上告対象外であるわけです。

 

2 連続複利法の場合の収束値及び旧判例

 連続複利法がとられた場合であってもその結果は拡散せずに収束するので――すなわち,利率年100パーセントでもってあらゆる瞬間に連続的に利息が発生し,かつ,それが元本に組み入れられることとしても,t年後の元本額(利息は各瞬間に発生すると共に元本に組み入れられてしまうので,元本しか残りません。)はではなく,最初の元本額のe2.7183)のt乗(=e^t)倍にとどまり,利率が年Rパーセントであれば,e^rt倍にとどまるので(ただし,r=R/100――明治以来のかつての判例――これは,「右の内容〔「債務者が利息の弁済期に支払をしないとき,その延滞利息を当然に元本に組み入れてさらにこれに利息を付することをあらかじめ約する」〕の重利の予約について,「ソノ利率ニシテ(旧)利息制限法第2条ニ定ムル範囲内ニアルトキハ同法ニ抵触セズ又民法ニ於テ之ヲ禁ズル所ナキヲ以テ契約自由ノ原則ニ依リ有効ナルモノト謂ハザルヲ得ズ」(大判大688民録231289頁,同旨,大判明44510民録17275頁ほか多数)としてその有効性を認めてい」たもの,換言すれば,「組入れ利息とこれに対する利息の合計額が本来の元本に対する関係で利息制限法の制限利率をこえる結果となることを容認し,利率自体が制限の範囲であればよいとする」ものです(吉井直昭「25 年数回の組入れを約する重利の予約と利息制限法」最高裁判所判例解説民事篇(上)昭和45年度210-211頁。下線は筆者によるもの。この吉井解説が,最判昭和45421日のいわゆる調査官解説となります。)――は,実は筆者にとっては納得し得るものでした。利息制限法の規定の数字は単利によるものであっても,連続複利法による場合における数字との幅までをもそこにおいて許容しているものと吞み込んで割り切ってしまえば,確かにそれまでのことであるからです。

 ちなみに,旧利息制限法(明治10年太政官布告第66号)2条の規定は,制定当初は,「契約上ノ利息トハ人民相互ノ契約ヲ以テ定メ得ヘキ所ノ利息ニシテ元金100以下(ママ)1ヶ年ニ付100分ノ20二割100円以上1000以下(ママ)100分ノ15一割五分1000円以上100分ノ12一割二分以下トス若シ此限ヲ超過スル分ハ裁判上無効ノモノトシ各其制限ニマテ引直サシムヘシ」であり,同法を改正する大正8年法律第59(赤尾彦作衆議院議員提案の議員立法)の施行(旧法例(明治31年法律第10号)1条により191951日から)以後は,前段が「契約上ノ利息トハ人民相互ノ契約ヲ以テ定メ得ヘキ所ノ利息ニシテ元金100円未満ハ1ヶ年ニ付100分ノ15一割五分100円以上1000円未満ハ100分ノ12一割二分1000円以上100分ノ10一割以下トス」と改められています。現在の利息制限法(昭和29年法律第100号)は,旧利息制限法を1954年に「全面的に改正して,新法(法100号)を制定した。新法は,制限率を高め,旧法が制限を超える部分を「裁判上無効」と規定した文字を改め〔筆者註:昭和29年法律第1001条旧2項は「債務者は,前項の超過部分を任意に支払つたときは,同項の規定にかかわらず,その返還を請求することができない。」と規定していました。ただし,平成18年法律第115号によって,2010618日から削られています(同法5条及び附則14号並びに平成22年政令第128号)。,天引について新たに規定を設け,かつ遅延賠償金の予定の制限内容を明確にするなど,現時の情勢に適応するものとなった」ものです(我妻榮『新訂債権総論(民法講義)』(岩波書店・1964年(1972年補訂))49-50頁)。

 なお,現行利息制限法の規定の数字(法定重利規定の適用があった場合を含む。)と連続複利法による場合との間の幅を具体的に示すと次のとおりです。

 

   元本の額が10万円未満の場合の利息制限法上の上限利率は年20パーセントであって(同法11号),当該利率による1年後の元利合計高は当初元本の1.2倍となり(①),これに民法405(「利息の支払が1年分以上延滞した場合において,債権者が催告をしても,債務者がその利息を支払わないときは,債権者は,これを元本に組み入れることができる。」)によって1年ごとに利息の元本組入れをして重利計算をするとt年後には当初元本の1.2^t倍になりますが(②),連続複利法の場合,1年後の元本高が当初元本の約1.2214倍(1.2214e^0.2)となり(③),t年後には約1.2214^t倍となります()。

   元本の額が10万円以上100万円未満の場合(利息制限法12号)の数字は,それぞれ,①は1.18倍,②は1.18^t倍,③が約1.1972倍,④が約1.1972^t倍です。

   元本の額が100万円以上の場合(利息制限法13号)は,①は1.15倍,②は1.15^t倍,③が約1.1618倍,④が約1.1618^t倍です。

   ついでながら更に,旧利息制限法2条で出てきた利率年12パーセント及び同10パーセントについてそれぞれ見てみると,

   利率年12パーセントならば,①1.12倍,②1.12^t倍,③約1.1275倍,④約1.1275^t倍,

   利率年10パーセントならば,①1.1倍,②1.1^t倍,③約1.1052倍,④約1.1052^t倍となります。

 

20パーセントが22.14パーセントになり,18パーセントが19.72パーセントになり,15パーセントが16.18パーセントになり,12パーセントが12.75パーセントになり,そして10パーセントが10.52パーセントになるぐらいであれば呑んでもいいのかな,この程度であれば,「利息の組入れ時期を短かくし,年に数回もの組入れを約する場合」は「債権者はこのような特約をすることによって文字どおり巨利を博し,債務者には極めて酷な結果となる」こと(吉井211-212頁)が実現されるものとまでは――法定重利(これは,単利で規定する利息制限法も,民法405条の手前認めざるを得ません。)の場合と比較するならば――実はいえぬだろう,などと思ってしまうのは,弱い者を助けるという崇高かつ遼遠な目標の達成に挑む気概を忘れた,資本家の走狗🐕的な弱腰というものでしょうか。


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(起)「1年以上延滞」と「1年分以上延滞」との間

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258052.html

(承)旧民法財産編3941

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258062.html

(転)フランス民法旧1154

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258084.html


 

5 民法405条に関し更に若干

 

(1)起草者意思

なお,我が現行民法起草者は,旧民法財産編394条は債務者保護のためには所詮役には立たぬものと冷淡に判断していました。「併し是は,矢張り始めからして元本の高を書換へさへ致しますれば何時でも高利貸の目的を達することが出来るのでありまして,幾らでも払ひましたものを元本に入れて実際一旦弁済して組入れることも出来まするし,又は唯(ママ)元本の数丈けを殖やして新たに書換へることも出来るのでありますからして,394条の規定と云ふものは利息制限法の精神を以て特別に債務者を保護すると云ふことの目的を達するには充分な力はあるまいと思ふのでございます。」と(民法議事速記録第17233丁表(穂積))。「貸主が借主のもとにいって今月分の利息を支払えと請求し,支払えないといったときに,元本に組み入れるなら我慢してやるといって承諾を得ることはきわめて容易であ」るわけです(我妻榮著・水本浩=川井健補訂『民法案内7 債権総論上』(勁草書房・2008年)150頁)。この間における準消費貸借の活用については,「既存の消費貸借上の債務を基礎として――多くの場合,延滞利息を元本に加え〔略〕――消費貸借を締結することもさしつかえない(通説,判例も古くからこれを認める〔略〕)。」と説かれています(我妻榮『債権各論 中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1957年(1973年補訂))366頁)。

むしろ民法405条は,債務者保護の旧民法財産編394条を換骨奪胎して反転せしめた,債権者保護のための規定とされています。「若し特約なきときは,濫に重利を附することを許さず。是れ他なし,当事者の意思の之に反すること多かるべければなり。然りと雖も,債務者が利息の支払を怠るも債権者は決して之に重利を附すること能はざるものとせば,債権者は尠からざる損害を被むり頗る不公平と謂はざるべからず。〔略〕故に本条に於ては」云々というわけです(梅三26-27頁)。第56回法典調査会で穂積は,「本案に於きましては,却て之を当然債務者が1个年分以上延滞致しました場合に,始め催告をしましても尚ほ之を払ひませぬときには,之を元本に組入れること(ママ)出来る,斯う云ふことに致しましたのでございます。〔略〕是は1个年分毎でなくても宜い。1个年又は1个年3个月でも何んでも一緒にやることが出来る。夫れから,特別の合意又は裁判所に請求すると云ふこともなくて,債権者が直ぐに之(ママ)出来る。即ち此手続が簡便になりまする。夫れから,本案に於きましては,決して高利貸に対して債務者を保護するとか云ふやうな精神(ママ)此処に這入つて居るのではないのでありまして,是は,当然斯の如く永い間払ふべき利息を払はずしてうつちやつて置きましたり何かする場合には,債権者は相当の保護を受けなければならぬから,1年分以上も延滞して催促しても尚ほ払はぬと云ふやうな場合に於ける債権者を保護する規則に致しましたのでございます。夫れで,此規則の上から見ましても,手続等のことに及ばぬのみならず,其精神に於ても既成法典とは違つております。」と述べています(民法議事速記録第17233丁表裏)。

上記穂積発言中「是は1个年分毎でなくても宜い。1个年又は1个年3个月でも何んでも一緒にやることが出来る」の部分は,ボワソナアドの前記解説(32)オ)においても旧民法財産編3941項について同旨が説かれていたところですが,「1个年分」を「1年分以上」として法文上も明らかにしたということでしょう。

「決して高利貸に対して債務者を保護するとか云ふやうな精神が此処に這入つて居るのではない」とは無慈悲なようですが,梅も,「新民法に於ては概して契約の自由を認むるが故に,利息制限法の廃止を予期せると同時に,重利の如きも敢て之を禁遏するものに非ず。故に,当事者の自由の契約に依れば,月月利に利を附するも可なり。」ということで,厳しい姿勢を示しています(梅三26頁)。金利の利率制限を不要とするのみならず,約定重利の場合における利息の元本への組入れ頻度に係る制限も不要であるとされているところです。

 

(2)最終組入れから1年未経過時点において最終弁済期が到来する場合に係る問題

何か余計な物が残ってしまうという感覚はいやなものです。

民法405条に基づく元本組入れが最後に行われた分の利息の後から発生する利息について,それに対応する元本存続期間の長さ(元本の弁済期限までの期間の長さ)が1年未満であるときにおける,当該利息の元本組入れの可否に係る問題があります。元本の弁済期限の経過によって利息は発生を止め,元本からは代わって遅延損害金たる遅延利息が発生することになります。したがって,利息が「1年分以上延滞」することにはもうなり得ません。当該残存利息について,そのままでは民法405条の適用はないことになります。

そこで遅延利息との通算を考えたいところです。大審院昭和1724日判決・民集21107頁は「民法405条ニ所謂利息ナル文字ニ付之ヲ観ルニ若シ之ヲ以テ約定利息ノミヲ指称シ遅延利息ヲ包含セサルモノトセハ債務者カ元本債務ニ付未タ履行遅滞ナク単ニ約定利息ヲ1年分以上延滞シタルトキハ債権者ハ催告シタル後之ヲ元本ニ組入ルルコトヲ得ルモ債務者カ元本債務ノ履行ヲ遅滞シ且遅延利息ヲ1年分以上延滞シタルニ拘ラス債権者ハ之ヲ元本債務ニ組入ルルコトヲ得サルコトトナリ従テ債務者トシテ情状重キ後ノ場合ニ却テ前ノ場合ニ於ケルカ如キ複利ノ責ヲ負担セサルコトトナリ正義衡平ニ合セサルヲ以テ同条ニ所謂利息中ニハ遅延利息ヲモ包含スルモノト解スルヲ相当トス」と判示し(下線は筆者によるもの),また,旧民法財産編3941項は「元本ノ利息ハ填補タルト遅延タルトヲ問ハス」と規定していたのであるから,利息と遅延損害金たる遅延利息とは民法405条において同一である,といえないでしょうか。

しかし,利息契約に基づく利息請求権と履行遅滞に基づく損害賠償請求権とはそもそも法的性質を異にし,それぞれ別個の訴訟物です。大判昭和1724日も,「民法ノ規定中ニ於テモ利息ナル文字ヲ以テ約定利息ノミナラス遅延利息ヲモ包含スル趣旨ニ用ヒタルノ例乏シカラス」との字義論の下,遅延利息は「経済上元本使用ノ対価トシテ」約定利息と「何等其ノ取扱ヲ異ニスルノ要ヲ見ス」とする経済上の同一性論及び上記の正義衡平論をもって理由付けとした上で,民法405条における「利息」なる同一の文字の下には,本来の利息に加えて遅延損害金たる遅延利息も「包含」されているとするものでしょう。同一名称下に2種のものがあるというわけです。名前が同じであっても,同一人物であるとは限りません。

「原審の確定するところによれば,本件においては,弁済期到来後に生ずべき遅延損害金については特別に重利の約束がなされた事実は認められないというのであり,その事実認定は本件記録中の証拠関係に照らして是認するに足りるし,また,利息の支払期を定めてこれについてなされた重利の約束が,当然に遅延損害金についても及ぶとする根拠がない旨の原審の判断もまた正当であるから,遅延損害金については単利計算によるべきものとした原判決に所論の違法はない。論旨引用の大審院判決(昭和1724日言渡,民集21107頁)は,無利息の貸金債権について生じた遅延損害金に対しても民法405条の適用があることを判示したものにすぎず,本件に適切でない。」と述べて利息と遅延損害金とを同一視しない最高裁判所昭和45421日判決・民集244298頁(上告代理人は上告理由において,「民法第405条に所謂利息なる文字には遅延利息を包含するものであり,利息に関する重利の特約は遅延利息にも及ぶ」と主張していました。)にも鑑みるに,利息と遅延損害金たる遅延利息とは異なるものと見るべきであって,したがって,利息と遅延利息とを当然のように通算して法定重利の規定の適用を考えることはできないのでしょう。

民法3752項(「前項の規定は,抵当権者が債務の不履行によって生じた損害の賠償を請求する権利を有する場合におけるその最後の2年分についても適用する。ただし,利息その他の定期金と通算して2年分を超えることができない。」)が利息と遅延損害金(損害の賠償)との通算を認めているではないかといっても,同項は同条1項の「利息」には遅延損害金は含まれないとの大審院の厳たる解釈ゆえに,それを前提として,明治34年法律第36号によって特に追加されたものです(梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之二 物権編(第31版)』(私立法政大学=有斐閣書房・1911年)522頁参照。なお,大審院とは異なり,政府委員(文部総務長官)として当該法改正に関与した梅は,民法3751項の「利息」には遅延利息も含まれるものと解していました。)。ちなみに,大審院の当該解釈の根拠は,民法3751項には「利息その他の定期金」とあるので,同項の「利息」は定期金たる利息でなければならないということだったそうです(第15回帝国議会衆議院民法中改正法律案委員会会議録(筆記)第11頁(花井卓蔵委員))。利息と遅延損害金との通算規定は,関直彦,平岡萬次郎及び望月長夫の3衆議院議員による原提出案(「抵当権者カ債務ノ不履行ニ因リテ生シタル損害ノ賠償ヲ請求スル権利ヲ有スルトキハ満期日ヨリ2年分ニ付亦抵当権ヲ行フコトヲ得」(第15回帝国議会衆議院議事速記録第10116頁))に対する平岡議員の最終修正提案によるものですが,同議員の認識では,その間の「〔梅〕政府委員ノ修正〔「抵当権者カ債務ノ不履行ニ因リテ生シタル損害ノ賠償ヲ請求スル権利ヲ有スルトキハ最後ノ2年分ニ付亦抵当権ヲ行フコトヲ得」〕ニ依レハ約定利息ニ付テ2年遅延利息ニ付テ2年通シテ4ヶ年ノ利息ヲ請求シ得ルコトヽナルナリ」なので,「左ナクシテ只最後ノ2ヶ年分ノミニ抵当権ヲ行フモノナリ」ということを明らかにするためにされた提案なのでした(第15回帝国議会衆議院民法中改正法律案委員会会議録(筆記)第12頁。花井卓蔵が4箇年分について抵当権の行使が可能であるようにしたいと主張しましたが,梅政府委員は,4年間では「長キニ失スル」と反対していたところです(同頁)。)。そうであれば,起草者・平岡萬次郎の意思は,約定利息と遅延利息とは同じ利息だから当然通算されるのだが確認的に通算規定を入れるのだというものではなく,やはり,本来別のものを通算するために必要な規定を提案したのであったということになります。

以上のようなことであれば,1年分に達しない額のまま残された延滞利息は,新たな利息も遅延損害金もそこから生ずることのない全くの不毛の存在である🎴,ということになるのでしょう。

しかしこの点に関しては,旧民法財産編3941項に関するボワソナアドの次の見解が,注目すべきものであるように思われます。

 

 しかし,法はそれについて述べていないが,最終的な形で(d’une manière finale)利息が元本と共に履行期が到来したもの(exigibles)となったときには,当該利息は1年分未満であっても,総合計額(la somme totale)について,請求又は特別の合意の日から利息が生ずる,ということが認められなければならない。返還期限又は支払期限が1年内である(remboursable ou payable avant une année)貸金又は売買代金に関する場合と同様である。これらの場合においては,債務者は,この禁制がそこに根拠付けられているところの累増の危険にさらされるものではないからである。

 (Boissonade (1891), p.382

 

 旧民法について,ボワソナアドも利息(填補ノ利息)と遅延損害金たる遅延利息(遅延ノ利息)とを通算しての重利を認めないものの,元本弁済期限経過後の残存延滞利息については1年分未満であっても元本組入れを認めることによって,当該延滞利息を不毛状態から救い出そうとするものでしょう。財産編3941項により「1个年分ノ延滞セル毎」にしか利息の元本への組入れを認めなかった旧民法において斯くの如し,いわんや重利契約を原則自由とする現行民法においてをや,とはならないでしょうか。

 

6 連続複利法及び自然対数の底に関して

我が現行民法の起草者は重利に対して鷹揚だったわけですが,実は確かに,ある一定期間(例えば1年)につき一定利率(例えば元本の100パーセント)の借入れにおいて,その間における利息の組入れの頻度をどんどん増加していっても(組入れ間隔が当初の当該一定期間の1/nとなると,その間隔の期間に係る利率も当初の当該一定利率の1/nとなります(設例の事案について見ると,半年(1/2年)で利息組入れをすることとした場合,その半年の期間に係る利率は――100パーセントの1/2である――元本の50パーセントとなるわけです。四半期ごとに組入れの場合は,当該各3箇月間に係る利率は元本の25パーセントです。)。このように組入れの頻度が増えるとnの増加),組入れの間隔とその間隔期間に係る利率とが共に小さくなっていきます。),それにより返還額は確かに当初増えるものの(設例の場合,半年で組み入れると,1年で,返還額は元本の2倍ならぬ2.25倍となります。),組入れ数増加に伴う返還額の増加幅は減少を続け,最終的には発散することなく一定額に収束するのです。

利率年100パーセントでもってあらゆる瞬間に利息の元本組入れを行うこと(連続複利法(ヤコプ・ベルヌーイ(1654-1795)という数学者が命名しました(遠山啓『数学入門(下)』(岩波新書・1960年)105頁)。))とした場合,1年後に支払うべき額(利息は各瞬間に生ずると同時に元本に組み入れられていますので,利息の支払はないことになり,返還すべき最終元本額ということになります。)は,最初の元本額のe2.7183)倍となるのであって,それを超えることはありません。このeは,高等学校の数学で出て来た,自然対数の底という代物です。利率をr(年3パーセントならばr=0.03という形で示す。),期間をt(単位は年)とすれば,連続複利法でt年後に返還すべき額は,最初の元本額のe^rtert乗)倍ということになります(証明は――筆者が高等学校で習った数学は,「歌う〽数学」🐘でしかありませんでしたから――省略します。)。

利息制限法11号にいう年2割は,単利ですので,1年後の元利合計額は元本額の1.2倍です。しかし連続複利法であれば,1年後の最終元本額は,最初の元本額の約1.2214倍(=e^0.2)となります。同様に,年18分(同条2号)ならば,連続複利法による1年後の元本額は最初の元本額の約1.1972倍(=e^0.18)となり,年15分(同条3号)ならば,約1.1618倍(=e^0.15)となります。こうして見ると,重利の組入れ頻度を増加させていくと「負債の累増は厖大かつ真に恐るべきもの(énorme et vraiment effrayante)」となるとまでいうべきものかどうか。何はともあれ,たとえ1年ごと(年1度)の組入れであっても重利を認めてしまう(民法405条の法定重利)という決定的な一歩を踏み出してしまうのであれば――組入れ頻度が無限大の連続複利法であっても債務者の負担の増加には限界があるのですから――それ以上組入れ頻度について神経質になる必要は,あるいはなかったかもしれません(年15パーセントの利率での借金が連続複利法で増える場合,t年後には最初の元本の約1.1618^t倍になるのに対して,組入れ頻度を法定重利並みの1年ごとに1回に制限した重利の場合であってもt年後には1.15^t倍となります。)。すなわち,連続複利法による場合の増加幅までも吞み込んで割り切ってしまえばそれまでのことである,とはいえないでしょうか。

なお,我妻榮は,利息制限法による重利の制限に関して説明し,「〔元本額9万円の1年間貸付債権につき〕もし約定利率が年18分であるときには,右と同一額まで〔利息制限法による最高利率である年20パーセントで計算した18000円に達するまで〕は,〔1年以内に組み入れる〕重利の特約も効力をもつことになる。」と述べていますが(我妻47-48頁),上記の1.1972倍(e^0.18)の数字と対照してみると,例として適切なものではないことが分かります。当該我妻設例の場合においては,1年以内に組入れを行う重利の特約の結果が利息制限法違反になること(組入れ総額(元本増加額)が18000円を超えること)は,組入れ回数をどんなに増やしても――連続複利法であっても――そもそもあり得ないことなのでした。

 

7 蛇足

 最後に,現行民法405条の富井政章及び本野一郎によるフランス語訳を見てみましょう。 1年分以上」のところが,pour une année au moins”であってpendant une année au moins”ではないことに注意してください。

 

Art. 405 – Lorsque le débiteur omet de payer, pour une année au moins, les intérêts arriérés, malgré la sommation du créancier, celui-ci peut les ajouter au capital.

(債権者の催告にもかかわらず,債務者が少なくとも1年分の延滞利息の支払を怠ったときは,債権者は当該利息を元本に組み入れることができる。)

 

 また,ここまで我慢して読み通された読者であれば,「法定重利について,利息が1年以上滞納されるときに,債権者は,催告を経て,その間に発生する延滞利息を元本に組み入れることができる(405条)。」というような晦渋な表現(磯村編165頁(北居))についても,その意図せられているところを行間から読み取ることができるでしょう。

 なお,不図気が付くと,来年(2023年)は,我妻榮の歿後50周年(1021日)及び初洋行(米国ウィスコンシン州)100周年,磯部四郎🎴の歿後100周年(91日)並びにボワソナアドの来日150周年(1115日)に当たるのでした。民法学の当り年になるものかどうか。いずれにせよ,民法は弁護士の重要な飯の種の一つですので,学界とは無縁ながら,筆者は筆者なりに研究を進め,工夫を重ねねばなりません。

 と書きつつ実は,本稿関連で,民法405条と利息制限法1条との関係,具体的には最判昭和45421日の研究が残っています。「最高裁は,年数回利息の元本組入れの約定がある場合につき,組入れ利息とこれに対する利息との合計額が本来の元本に対して〔利息制限〕法の制限利率を超えない範囲においてのみ有効とした(最判昭和45421日民集298頁(年6回組入れをする))。」(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1978年(1981年補訂))19-20頁)と簡単に紹介されるだけでは済まない難しい問題が,筆者にとって,当該判決及びその対象となった事案にはあったのでした。その点について,どうしたものかと思うところを書いてみれば,稿を継ぐほどに論点も論旨も拡大発散してしまい,連続複利法の場合のようにある一定の結論にきれいに収束してはくれそうもない状態にあるのでした。

 

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(起)「1年以上延滞」と「1年分以上延滞」との間

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258052.html

(承)旧民法財産編3941

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4 フランス民法旧1154

旧民法財産編3941項がそれに由来するフランス民法旧1154条は,次のように規定していました。(他方,同法旧1155条は,我が旧民法財産編3942項及び3項に対応する条項です。)

 

  Art. 1154  Les intérêts échus des capitaux peuvent produire des intérêts, ou par une demande judiciaire, ou par une convention spéciale, pourvu que, soit dans la demande, soit dans la convention, il s’agisse d’intérêts dus au moins pour une année entière.

  (元本の利息であって発生したものは,裁判上の請求又は特別の合意により,利息を生ずることができる。ただし,請求又は合意のいずれも,支払を要すべき(未払)利息であって少なくとも丸1年間分のものに係るものでなければならない。)(翻訳上難しかったのが“intérêts dus au moins pour une année entière”の部分です。ここでは“pour”が用いられていて“pendant”ではありませんから,「支払を要すべき利息であって少なくとも丸1年間分のもの」であって,「少なくとも丸1間延滞した利息」ではないものと判断しています。)

 

なお,フランス民法旧1154条の文言が,フランス語で読むと(むしろフランス語で読むのが本当なのですが。),重利許容の高らかな宣言から始まる形となっているのは,「複利(anatocismus)の契約は前51年の元老院議決より禁止せられている。」(原田157頁)とのローマ法以来の旧習を打破するのだとの意気込みを示すものでしょうか。

実は,共和暦12(ブリュ)(メール)11日(1803113日)の国務院(コンセイユ・デタ)の審議に付されたフランス民法旧1154条対応条文案(「第511項」)は,“Il n’est point dû d’intérêts d’intérêts.(「利息の利息によって支払が義務付けられることはない。」)と規定するものだったのでした(Procès-Verbaux du Conseil d’État, contenant la discussion du Projet de Code Civil, An XII. [Tome III], Paris, 1803; p.213)。これが,共和暦12霜月(フリメール)16日(1803128日)にビゴ=プレアムヌ(Bigot-Préameneu)から提出された修正案(「第55条」)においては,既にフランス民法旧1154条の条文となっています(Conseil d’État, p.322)。その間,霧月11日の国務院での審議(Conseil d’État, pp.256-261)においては,どのような議論がされていたものか。以下御紹介します。

 

ずルニョ(Regnaud)が,実際には終身年金権の年金については利息が認められていると言い出し,当該例外が認められます(我が旧民法財産編3942項参照)。

次にペレ(Pelet)が案文について,利息を締めて(liquider)元本に組み入れるという現に存在している慣行を廃止しようとしているのか,債権者が利息を元本に組み入れることによって強制執行による困難から債務者を免れさせてやるということもあるのだ,それに,利息が農地や建物の賃料よりも不利に扱われるのはなぜなのだ,と疑義を呈します。

ここでカンバセレス(Cambacérès)第二統領(第一統領は,あのボナパルトです。)が,原案511項の意味に係る考察を述べます。いわく,「当該規定は,専ら,裁判官が利息の利息の支払(une condamnation d’intérêts des intérêts)を命ずることを妨げようとするものですね。例えば,何年も延滞している金額及びその支払遅滞を理由とする利息の支払を債権者が求める場合,裁判所は,その双方を彼に認めます。しかし,裁判所は,元本から生じたものの支払の遅滞に係る利息〔利息の利息〕を同様に彼に認めることはできません。とはいえ,例えば新たな合意によって両当事者が共に取り決め,かつ,例えば元の元本に,既発生の利息を加え――当該新たな信用の対価たる利息に係る約定と共に――その全てについて債権者が債務者に対して新たな信用を供与した場合においては,当該約定がその効力を有すべきことについての疑問は全くありません。」と。

いい男(長谷川哲也『ナポレオン~覇道進撃~第4巻』(少年画報社・2013年)60-61頁参照の当該発言に対し,ビゴ=プレアムヌ及びトレイラアル(Treilhard)が,起草委員会(la section)はその意思をもって起草したのです,と直ちに協賛の意を表します。

マルヴィル(Maleville)は,当事者の合意によるものをも対象に含む重利全面禁遏原則の歴史を説きつつ,「タキトゥスいわく,Vetus urbi faenore malum(この都市に,利息による害悪は,古くからのものである)と。家庭,更には国家を滅ぼすためにこれより確かな手段はないのであります。ささやかな負債であっても,絶え間なく(sans cesse)新たな利息を他の利息について生じさせることにより,そのようにして当該負債を増大させしむることを貪欲な債権者に許したならば,その累増の厖大及び迅速(l’énorme et rapide progression)は,ほとんど観念しがたいものとなるのであります。」と獅子吼します。しかし,結論としては,重利は結局根絶できぬものではある,しかし法律で正面から認めることはやめてくれ,ということになります。いわく,「もちろん,監獄に入っている(dans les fers)債務者に請求する債権者が,彼に対し,既に生じた利息を,彼に貸し付けられた新たな元本として認めさせることを妨げることはできません。しかし,法が,彼にこの方法を示してやる必要はありません。また,何よりも,法は,利息の利息を正式かつ直截に肯認してはならないのであります。」と。

カンバセレスの発言にウホッと思ったのか,ペレは,自分の発言は,当事者による組入れについてではなく,裁判によって精算された(liquidés judiciairement)利息についてされたものである,と述べます。

ルニョは,示談によるものであっても裁判によるものであっても,全ての清算(liquidation)について,負債となる金額の総体について利息を生ぜしめるという同様の効果があるようにすべきだ,と求めます。裁判でも認めろというわけですから,すなわちこれは,原案に対する修正要求です。

これに対してレアル(Réal)は,利息が利息を生むようにするために債権者が3箇月ごとに債務者を出頭させるというような極めて大きな濫用がされるだろう,と後ろ向きかつ原案維持的な予言をします。

ここでガリ(Gally)が,債権譲渡の結果,譲渡された利息には利息が生ずるようになるのではないかと言い出し,マルヴィル,ジョリヴェ(Jollivet)及びトロンシェ(Tronchet)の間でひとしきり議論があります。

当該脱線的議論の終わったところで,ビゴ=プレアムヌが,清算された利息についての利息は支払が義務付けられるべきものかどうか国務院の見解が示されるべきだと発言したところ,ベルリエ(Berlier)は当事者の合意によるものと裁判によるものとを分けて議論すべきだとの原案維持的な分類学説を表明し,これに対してルニョは,両者間に違いはなかろうと言います。ベルリエは,合意による場合においては債務者がいったん弁済すると同時に同額の新たな利息約定付き貸付けがされたものと擬制されて新たな信用の供与がされたことになるが,裁判においては専ら既発生の利息債権に係る執行力が認められるのであって債務者にその支払が猶予されるわけではない,それに加えて裁判の通達と同時に更に利息に利息が当然発生するものとされるならば債務者に酷に過ぎると反論します。

トロンシェは,古法ではそのような(当事者の合意によるものと裁判によるものとの)区別はなかった,専ら高利(usure)対策であった,利息の混合された金額についての利息の支払を求めることはパリでは認められていなかったことは争われない,風俗が改善されていないのに立法者が(重利に対して)より甘い顔を見せるべきではない,と述べます。トロンシェは重利反対派です。

ペレは,自分の発言は高利に関するものではなかったと言います。

重利容認派のルニョは,(いわゆる高利に対する)過酷な政策は風俗を矯正するよりは悪化させ,悪意の債務者に支払を怠ることに利益を見出さしめ,債権者及びその家族に害を及ぼすであろうと述べるとともに,更に,しかし利息の利息は当然に発生すべきものではないので,利息を元本に組み入れる請求(筆者註:この請求は,裁判外のものでよいのでしょう。)の日から生ずるものとするのがよい,と提案します。

ここでカンバセレスが,高利について,「金銭の利息が法律で一定されない以上,大多数の約定が高利的であるものと判断することは難しいでしょう。商業界の動きは,利息の評価について,不確か,かつ,しばしば幻想的なものにすぎない基準しか与えてくれないものですから。」と述べます。ルニョの提案に対しては,利息が当然のものとして債務者の同意なしに生ずるようになるという点において不正義を生ずることになってしまう,というのが第二統領の判断でした。

「しかし,両当事者が歩み寄り,既発生の利息を元本に組み入れると共にその全体について合理的かつ穏当な利息を約束することによって支払を猶予することに合意したときは,これは債権者が債務者に供与した新たな元本となります。ですから,元本に本来は利息として支払われるべきであったものが混合されているからといって,債務者の誓言がこのような取決めを駄目にできるということは不正義ということになります。」というカンバセレス発言に続く,ビゴ=プレアムヌの次の言明が注目されるべきものです。

 

少なくとも丸1年間分の未払利息(intérêts dus au moins pour une année entière)に係るものでなければ,利息の利息は支払を求められ,又は合意される(être exigés ou convenus)ことができない,という手当てを少なくともする必要がありますね。

 

トロンシェ及びレアル並びにマルヴィルへの譲歩でしょうか。フランス民法旧1154条並びに我が旧民法財産編3941項及び現行民法405条の起源は,実にここにあったのでした。

なおもトロンシェが,「この,発生した利息と元本との自発的併合というやつが,一家の息子をすってんてんにするために高利貸しが用いた手段なんですがね。」と否定的な発言をしますが,いい男・カンバセレスは,「しかしここでは,成熟し,かつ,彼らの権利を行使している人々が問題となっているのですよ。」と述べ,トロンシェ発言を未成年者保護的な対策に係るものとして片付けてしまいます。第二統領は更に「高利を禁遏しようとするならば,何よりも利率を一定し,それを超過する者に対する刑罰を再導入しなければなりません。そこまでしなければ,全ての対策は幻想です。」と述べます。ウホッ,利息の元本組入れ頻度の制限は,高利禁遏策として,いい男からは高く評価されてはいないもののようです。あるいは「いい男」は,後記6で御紹介するeにちなんで,重利問題の場面においては「e男」と呼んでもよいものでしょうか。

ラクエ(Lacuée)が,債務者に甘すぎると債権者が借金をしなければならないことになって彼自身が債務者になってしまう,と述べて,重利容認の方向に背を押します。

最後にトレイラアルの発言(利息の支払請求の裁判においては当該利息の利息が認められていたこと及び利息付き貸付けが認められるようになった以上は当該貸付けに係る利息についても従来からのものと同様の規整がされるべきことについて)があって当日の審議は終了し,原案は起草委員会の再考に付されたのでした。


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3 旧民法財産編3941

 

(1)法文

 民法405条は,「〔旧民法〕財産編第394条を修正致したものであります」とされています(第56回法典調査会における穂積陳重説明。民法議事速記録17232丁裏)。旧民法財産編394条は,次のとおりです。

 

  第394条 要求スルヲ得ヘキ元本ノ利息ハ填補タルト遅延タルトヲ問ハス其1个年分ノ延滞セル毎ニ特別ニ合意シ又ハ裁判所ニ請求シ且其時ヨリ後ニ非サレハ此ニ利息ヲ生セシムル為メ元本ニ組入ルルコトヲ得ス

   然レトモ建物又ハ土地ノ貸賃,無期又ハ終身ノ年金権ノ年金,返還ヲ受ク可キ果実又ハ産出物ノ如キ満期ト為リタル入額ハ1个年未満ノ延滞タルトキト雖モ請求又ハ合意ノ時ヨリ其利息ヲ生スルコトヲ得

   債務者ノ免責ノ為メ第三者ノ払ヒタル元本ノ利息ニ付テモ亦同シ

 

 フランス語文は,次のとおり。

 

394  Les intérêts, tant compensatoires que moratoires, des capitaux exigibles, ne peuvent être capitalisés, pour porter eux-mêmes intérêts, qu’en vertu et à partir d’une convention spéciale ou d’une demande en justice faites seulement après une année échue, et ainsi d’année en année.〔なお,山田顕義委員長(司法大臣)に率いられた法律取調委員会が審議の対象としたボワソナアドの原案は,“Les intérêts des capitaux exigibles, tant compensatoires que moratoires, ne peuvent être capitalisés, pour porter eux-mêmes intérêts, qu’en vertu et à partir d’une convention spéciale ou d’une demande en justice faites seulement après une année échue et ainsi d’année en année.”であって(Boissonade, Projet du Code Civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un commentaire, t.2, 2ème éd., Tokio, 1883; pp.313-314),一部の語順及びカンマの有無の違いを除いて同文です。〕

Mais les revenus échus, tels que le prix des baux à loyer ou à ferme, les arrérages des rentes perpétuelles ou viagères, les restitutions à faire de fruits ou produits, peuvent porter intérêts à partir d’une demande ou d’une convention, lors même qu’ils seraient dus pour moins d’une année.

Il en est de même des intérêts de capitaux payés par un tier en l’acquit du débiteur.

 

 現行民法405条に対応するのは,旧民法財産編3941項ということになります。(旧民法財産編3942項は「土地建物の貸賃とか云ふやうなものは直接に利息とは云へぬ。無期又は終身の年金権の年金は,或場合に於ては利息でありませうが,又其利息でない場合もある。返還を受く可き果実又は産出物,こんなものは利息ではありませぬから例外として掲(ママ)なくても宜しい。ということで削られ,同条3項は「債務者の免責の為め第三者の払ひたる元本の利息,是は成程始めから見れば利息でありまするが,払つたものから見れば払(ママ)た金高が元本になりますから例外とはならない。」ということで削られています(民法議事速記録第17234丁表(穂積))。)

 

(2)解義

 しかし,旧民法財産編3941項もなかなか難しい。

 

ア 「要求スルヲ得ヘキ元本」:流動資本と固定資本との区別等

まず,旧民法財産編3941項にいう「要求スルヲ得ヘキ元本」とは何ぞやといえば,“les capitaux exigibles”ということですので,“exigible”を「支払期限の来た」の意味に解せば,同項で問題となっている利息(intérêts)は,実は,支払期限の経過した元本に係る遅延損害金のことであるのだなということになってしまいます(民法4121項)。確かに,旧民法財産編394条は,「人権及ヒ義務」(これは,「債権及び債務」の意味です。)の部における「義務ノ効力」の章中「損害賠償ノ訴権」の節における一箇条です。(ちなみに,「遅延利息債務も,一般の遅延賠償債務と同じく〔略〕,催告によって遅滞となり,その時から,それについての遅延利息を支払う〔のではなく〕,第405条を適用して,元本に組み入れることができるだけ」とされていますが(我妻139),旧民法以来の沿革からしてもそうなるということでしょう。ただし,不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は,民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないものとされています(最判令和4118日)。)

 しかし,旧民法財産編3941項の“exigible”は,特別の意味で使われているのでした。ボワソナアドの解説にいわく,「法文は,ここではexigibleの語を,フランス民法がところどころで(第529条及び第584条参照)それを用いている意味で用いている。すなわち,支払期限(l’échéance)が到来していて元本の請求がされ(être demandé)得るもの,ということをいわんとするものではない。むしろ,「債権者が支払を受けることを自ら禁じている」ものである年金権の元本(第1909条)とは異なるものであって,今後のある期日等において支払期限が到来するものである,ということをいわんとするものである。」と(Boissonade (1883), p.342 (i))。年金権については旧民法財産編3942項において規定されていますところ,“exigible”の語は,同条1項の元本と同条2項に係る「元本」との違いを表現するために用いられたもののようです。利息を生ずべき「元本債権は,特定物の返還を目的とするもの(固定資本)ではなく,同一種類の物を返還させるもの(流動資本)でなければならない」のです(我妻42)。(なお,ボワソナアドは1891年のProjet du Code Civil pour l’Empire du Japon, accompagné d’un commentaire, t.2, nouvelle éd, Tokio, 1891においては,従来の“capitaux exigibles”“capitaux dus, même exigibles”に改めるべきものとしています(p.350)。フランス語のdûは,支払を要するものであっても,履行期にまで至っている(exigible)必要は必ずしもないもののようです。)

 

イ 「損害賠償ノ訴権」の節にある理由:「債権の目的」の節の未存在

 遅延損害金に限られないものとしての,利息に係る重利に関する規定が「損害賠償ノ訴権」の節に設けられていることの問題性は残ります。しかしこれは,単に,母法であるフランス民法においても,我が旧民法財産編394条に対応するその旧1154条(後記4参照)及び旧1155条が「債権の効力について(De l’effet des obligations)」の節中「債務不履行により生ずる損害賠償について(Des dommages et intérêts résultant de l’inexécution de l’obligation)」の款に規定されていたことによるものでしょう。

我が現行民法第3編第1章第2節たる「債権の効力」の節には「債務不履行の責任等」,「債権者代位権」及び「詐害行為取消権」の3款しかないところ,405条は,フランス民法流にこれらの款のどこか(「債務不履行の責任等」の款でしょう。)に押し込まれてしまうよりは,同章第1節たる「債権の目的」の節にある方が,確かに落ち着くようです。しかして,「債権の目的」の節を設けることは,我が現行民法における発明であったところです。

1895111日の法典調査会(第55回)において穂積陳重は,「前に一旦議定になりました目録には債権の効力丈けが挙げてあつたので御座います(ママ)本案に於きましては,どうも効力丈けでは債権に通(ママ)ます規則を挙(ママ)るのに狭ま過ぎてどうも不都合なることを認めました。夫故更に其目を増して債権の目的を其前に加へましたので御座います。」と紹介しています(民法議事速記録第17110丁裏)。続けてその「債権の目的」の節についていわく,「是は前に申しました通り新たに挿入しました(ママ)であります(ママ)既成法典には此債権の目的に関する(ママ)は格別なかつたのでありますが,其目的に関しまする規定は,多くは弁済の部に這入つて居つたの(ママ)あります。併ながら,債権の目的と云ふものは,弁済に関する規則(ママ)はありませぬで,初め債権の成立ちます時より一部分を為して居つたもので,初めより存して居るものでありますから,夫故に,債権自身の目的として初めより存するものに関する規定は此所に掲(ママ)た方が宜いと思ふ。又,既成法典には合意の効力の中に其目的に関する規定が掲げてありますこともありますが,是れは合意丈けに関しませずして,孰れの債権の目的に関することも矢張り此処に挙(ママ)ましたの(ママ)あります。諸外国の例に依りましても,契約の部分には,少なくとも債権の目的と云ふものをば別々の条に置いて居ります。而て其契約の目的と云ふ中にあります規定は,外の債権の目的の中にも通じます所が随分多くあるので,夫故に此処は債権の総則を置きました以上は,初めより債権の目的を為します実体を一つの(ママ)として置いたので御座います。」と(民法議事速記録第17111丁裏-112丁表)。第56回会合においても,法定利率に係る現行民法404条を「債権の目的」ではなく「債権の効力」の節に置いたらどうかという土方寧の意見に対して,穂積は駄目押し的に「場所は,是は何うしても目的物の所でなければ往かぬと考へます。債権の効力の方に規定すれば,書き方を替えて,如何なる場合に於いては此金銭債務の目的物に付き5分の利率を以て払ふことを要す,斯う云ふ工合に書けば効力の所に入れられぬこともありませぬ。併し,此処では然う云ふ利が生ずべき債権の目的になるのでありますから,夫故に此場所を撰んだのであります。」と述べています(民法議事速記録第17231丁表裏)。確かに,ある債権にはその効力として利息が生ずるものであるところですが,他方,遅延損害金はともかくも,目的のいかんを問わず全ての債権の効力として利息が生ずるわけではありません。

現行民法404条に対応する規定は,旧民法においては――財産編ですらなく――その財産取得編1862項に,「消費貸借」の節の一部として「借主ヨリ利息ヲ弁済ス可キノ合意アリテ其額ノ定ナキトキハ其割合ハ法律上ノ利息ニ従フ」と規定されていたものです(また,当該規定は,同編190条により「〔前略〕金銭又ハ定量物ノ義務及ヒ合意上,法律上ノ利息ニ之ヲ適用ス」るものとされていました。なお,法定利息の利率を定める規定は実は旧民法中にはなく,旧利息制限法(明治10年太政官布告第66号)3条が「法律上ノ利息トハ人民相互ノ契約ヲ以テ利息ノ高ヲ定メサルトキ(トキ)裁判所ヨリ言渡ス所ノ者ニシテ元金ノ多少ニ拘ラス100分ノ6六分トス」と規定していました。同条において更に精確を期すれば「1ヶ年ニ付」との文言があるべきだったのですが,これは先行の同法2条に当該文言があるので省略されたものでしょう。ちなみに,旧利息制限法3条は,「明治10年第66号布告利息制限法第3条ハ之ヲ削除ス」と規定する民法施行法(明治31年法律第11号)52条によって削除されています(更に旧利息制限法は,現行利息制限法(昭和29年法律第100号)附則2項によって,同法施行の1954615日(同法附則1項)から廃止されています。)。)。金銭債権に関する現行民法402条及び403条の規定も「債権の目的」の節にありますが,当該両条に対応する旧民法財産編463条から466条までの規定は,「弁済」の節にありました。

 

ウ 填補の利息と遅延の利息と

「利息ハ填補タルト遅延タルトヲ問ハス」といわれれば,填補の(compensatoire)利息と遅延の(moratoire)利息とがあることになりますが,両者はそれぞれいかなるものか。そこでボワソナアドを尋ねれば,填補の利息は「貸し付けられた金銭に係る受益に対応するもの(représentant la jouissance d’argent prêté)」であり(Boissonade (1883), p.339; aussi, p.340),遅延の利息は「支払の遅れに対する補償(indemnité de son retard à payer)」ということのようです(Boissonade (1883), p.340)。利息が元本に組み入れられた後にそこから新たに生ずる利息(利息の利息)については組入れの事由によって填補の利息か遅延の利息かが分かれ,組入れが合意によるものならば「その場合一種の貸付けがされるのであるから」填補の利息であり,組入れが裁判によるものであれば遅延の利息である,とされています(Boissonade (1883), pp.341-342)。1888222日の法律取調委員会において鶴田皓委員が,填補のものとは「遅延ノ反対ヲ云フノデシヨ(ママ)ウ」と発言していますが(日本学術振興会『法律取調委員会民法草案財産編人権ノ部議事筆記自第29回至第34562丁裏),これは,おとぼけでしょう。

 いずれにせよ,旧民法財産編3941項は利息一般に関するものであって,同条についてボワソナアドは,「さてこれが,法によって債務者に与えられた,時の迅速及び利息の累進的蓄によって彼に対してもたらされる不意打ちに対する最終的防禦である。」と高唱しています(Boissonade (1883), p.339)。

 

エ 重利の制限

旧民法財産編394条が債務者のための最終的防禦(une dernière protection)といわれるのは,旧利息制限法には,最高利率に係る規制(同法2条:元金100以下(ママ)は年20パーセント以下,元金100円以上1000以下(ママ)は年15パーセント以下及び元金1000円以上は年12パーセント以下(大正8年法律第59号による改正前))はあっても(旧民法財産取得編187条の「法律ヲ以テ特ニ定メタル合意上ノ利息ノ制限」(同条1項)ないしは「法律ノ制限」(同条2項)です。),重利に関する規定はなかったからでしょう。

 (なお,旧利息制限法2条によって元本1000円以上の場合の上限とされた年12パーセントの利率は,ボワソナアドのいう古代ローマにおける通常の最高利率である月1パーセント(centesima usura)と同率ということになります(cf. Boissonade (1883), p.339)。すなわち,利率について「十二表法は利率の最高を月(新説)12分の1とする。〔略〕前346年以来は年2分の1となる。〔略〕共和政末より県に於て最高月100分の1usurae centesimae)とする規定現れ,ローマ帝政の通則となる。」とされていますところの(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)156頁),「ローマ帝政の通則」です。)

 旧民法財産編394条の目的は,ボワソナアドによれば,「anatocisme〔重利〕又は利息の組入れと呼ばれるところの利息自体による利息の産出を禁止するのではなく,制限し,妨げること」です(Boissonade (1883), p.340)。また,利息から債務者を守るに当たっては――母法であるフランス民法旧1154条及び旧1155条並びにイタリア民法を見ると――立法者は「常に彼〔債務者〕に対する警告の機会を増やすこと」に拠っていたものとされています(ibid.)。しかして,「利息ハ〔略〕其1个年分ノ延滞セル毎ニ特別ニ合意シ又ハ裁判所ニ請求シ且其時ヨリ後ニ非サレハ此ニ利息ヲ生セシムル為メ元本ニ組入ルルコトヲ得ス」との規定は,重利の制限においてどのように働くものか。

 ボワソナアドによれば,制限は3重です。

 

   ここに本案が提示する第1の制限は,前記の諸法典〔フランス民法及びイタリア民法〕と同様,組入れは1箇年ごと(d’année en année)にしか行われ得ないということである。

   第2に,それ〔組入れ〕は,当事者間の特別の合意又は債権者による裁判上の請求の効果としてしか生じ得ないということである。すなわち,一度の催告では十分ではないのである。

   第3に,当該合意は,請求と同様に,利息に係る1年の期限の前(avant l’échéance d’un an d’intérêt)にはなされ得ないということである。フランスにおいては,文言が不明確であるため,合意について議論されたところである。本案は,ここで,このことについて正式に明らかにしている。最初の1箇の合意によって年ごとの期日に利息が組み入れられることを認めてしまうと,彼の懈怠の予防手段として彼のための特段の防禦であるものと法が考えるところの反復的警告を債務者は受けないことになってしまうのである。〔筆者註:なお,現在のフランス民法1343条の2では“si le contrat l'a prévu”ということですから,事前の契約がむしろ本則のようです。〕

  (Boissonade (1883), p.341

 

オ 「其1个年分ノ延滞セル毎ニ」

前記3重の制限中第1のものに関する議論に戻れば,まず,当該制限を設ける原因となったボワソナアドの懸念は,「もし組入れが,1年ごとではなく,半年ごと,3箇月ごと又は1箇月ごとにされることになったならば,負債の累増は厖大かつ真に恐るべきものとなるだろう。」というものでした(Boissonade (1883), p.341)。後記4のマルヴィル的な懸念です。利率は利息制限法で上限が定められているとはいえ,同じ利率でも,利息の元本への組入れの頻度が増加するとその分更に債務者の負債が増大するから,当該頻度を制限しようというわけです。

したがって,「組入れは1年ごと」といわれる場合の「1年」は,組入れと組入れとの間の期間のことであって,「期限が到来して1年後に」(磯村保編『新注釈民法(8)債権(1)』(有斐閣・2022年)164頁(北居功))というような,利息に係る支払期限と当該利息の元本組入れがされる時との間に置かれるべき期間のことではないわけです。組入れが始まるまでは利息支払の最初の遅滞から1年間あるが,その後は次々続々と――1箇年の間を置かずに――月々,日々,更に極端な場合は連続的に利息の元本組入れがされ得るということでは,台無しです。ボワソナアドは,更に,「法文は,1箇年に,現在進行中の1箇年中の一部を加えた期間分の利息が既に支払を要すべきものとなっているときは(si les intérêts sont déjà dus pour une année et une fraction de l’année courante),当該発生分全てについて(pour tout ce qui est échu)組入れをすることができる,と表現する配慮を更にしているところである。しかし,更に1箇年が完全に経過した後でなければ,組入れをまた新たに行い得ないのである。」と説明しています(Boissonade (1883), p.341)。

ただし,日本語で利息の「1个年分」と表現すると,「1年分というのは合計して1年分ということで,必ずしも継続して1年分以上延滞することを要しない」(前掲奥田編362頁(山下=安井))ということになるのですが,旧民法財産編3941項のフランス語文における“après une année échue”の部分は,端的に,「1箇年の満了後」に組入れのための特別の合意又は裁判上の請求をするのだという意味ですので(なお,当該「1箇年」の起点は,そこから利息の生ずることとなる元本の交付・受領時でしょう。当該フランス語文についてボワソナアドは,1891年に,“après une année échue desdits intérêts”と修正するよう提案しています(Boissonade (1891), p.351)。これは,「当該利息(複数形です。)に係る(元本債権の存続期間たる(= de))1箇年の満了後」という趣旨と解すべきなのでしょう。ちなみに,旧民法債権担保編240条では,“pour les deux dernières années échuesが「経過シタル最後ノ2个年分」となっています(イタリック体及び下線は筆者によるもの)。),その「1箇年」の間に利息の一部が弁済されていて,未払利息額が1に満たない場合であっても,当該残余の未払利息の元本組入れはなお可能であるもののように解されます。この辺は,仏文和訳の微妙さ,ということになるのでしょうか。

 

(3)法律取調委員会における「仏学事始」

と以上,筆者は難解なフランス語文の読解に苦しめられ,かつ,なおも頭をひねりつつあるのですが,事情は旧民法のボアソナアド原案の審議に当たった法律取調委員会においても同様でした。「蘭学事始」ならぬ「仏学事始」的情況です。1888222日の同委員会会合に提出された,後の旧民法財産編3941項の日本語文案は,次のようなものでした。

 

 要求スルコトヲ得ヘキ元金ノ利息ハ填補ノモノナルト遅延ノモノナルトヲ問ハス満期ト為リタル1个年ノ後ニノミ為シ且此ノ如ク年毎ニ為シタル特別ノ合意又ハ裁判所ニ於ケル請求ニ憑リ及ヒ其時ヨリ後ニアラサレハ利息其モノニ利息ヲ生セシムル為メ之ヲ元金ト為スコトヲ得ス

 (前掲財産編人権ノ部議事筆記562丁表)

 

ボワソナアド原案の“après une année échue et ainsi d’ année en année”の部分が,「満期ト為リタル1个年ノ後ニ〔略〕且此ノ如ク年毎ニ」となっています。「満期」とは,由々しい。

本稿冒頭21)において申し述べた筆者の「素人風の考え」的な解釈が,法律取調委員間でも生じてしまっています。松岡康毅委員は「一口ニ云フト満期ニナツタヨリモ1年経タ後(ママ)ナケレ(ママ)〔組入れは〕出来ヌト云フコト」と解したようであり(前掲財産編人権ノ部議事筆記563丁裏),鶴田委員の「去年2月貸シテ今年1月迄利息ヲ払ハヌ,(ママ)ウスレ(ママ)元金ヘ入レルト云フノ(ママ)シヨ(ママ)ウ」との正解,栗塚省吾報告委員(なお,報告委員とは,「ボワソナアド案を基礎として,委員会に提出すべき草案の翻訳・調査・整理の任にあた」り,「委員会に列して草案の報告と説明をするが,議決権はもたなかった」役職でした(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1977年(1998年追補))151頁)。)のそれに対する是認(「左様デス満1年ニナレ(ママ)元金ニ繰込デ宜イト云フノデス」,「私ハ去年ノ11日カラ去年ノ大晦日マテ滞レ(ママ),今年ノ1月ハ元金ニ見積リ100円借リテ1割ノ利息ナレ(ママ)110円ニスルノテアリマス」)等に対して,「左様(ママ)ハアリマスマイ」,「ソレハ行クマイ」,「3月ヨリ3月トナケレ(ママ)ナラン」,「〔「満期」とは〕払ヒ期限ノコトデシヨ(ママ)ウ」,「間ヲ1年置カヌ(ママ)ハ徃カヌノデアリマス」,「払フ(ママ)キ期限(ママ)アル,1年経タ後デナケレ(ママ)元金ニ繰込マヌト云フノダ(ママ)ウ」と,南部甕男委員と共に異議を表明しています(同564丁表-65丁表)。これはやはり,栗塚報告委員による案文の日本語が(現在の一部民法教科書の日本語と同様)まずいのであって(「満期ト為リタル,1个年ノ後」と読むのが普通で,「満期ト為リタル1个年,ノ後」と読むのは難しいでしょう。),同報告委員は「私ハ昨年1月ニ1年中貸シテ居ルト,今年ノ1月カラ元金トシテ11円トスルノ(ママ)アリマス」などと一本調子に繰り返すものの,山田顕義委員長閣下は当該法文案につき「我輩モ左様思(ママ)テ居ツタガ,能ク見ルト1年アル様ニ思フ,来年1年ヲ置カナケレ(ママ)ナラン様原文ニ見(ママ)ルガ1年経過ノ後ト云ヘ(ママ),矢張リ間ハ1年置カナケレ(ママ)ナランノデシヨ(ママ)ウ」と,松岡委員の読み方に軍配を上げます(同565丁裏)。しかして更に同委員長は,「契約ノトキヨリ1ヶ年ヲ経過シタルトキハ」トスレ(ママ)皆サンノ云フ様ニナリマス」,「「但シ1ヶ年ノ後ニ為シ且其契約数年ニ渉ルモノハ年毎ニ為シタル特別ノ合意又ハ」トスルカ」と,案文修正の方向までを自ら示してくれていたのでありました(同566丁裏-67丁表,68丁裏)。


DSCF0598
 山田顕義委員長(東京都千代田区日本大学法学部前)


同日の審議の結果,案文は,次のように修正されました。

 

 要求スルコトヲ得ヘキ元金ノ利息ハ填補ノモノナルト遅延ノモノナルトヲ問ハス毎1ヶ年ノ後ニ為シタル特別ノ合意又ハ裁判所ニ於ケル請求ニ憑リ且其時ヨリ後ニアラサレハ利息其モノニ利息ヲ生セシムル為メ之ヲ元金ト為スコトヲ得ス

 (同572丁表)

 

これを最終的に制定された旧民法財産編3941項の法文と比較すると,「毎1ヶ年ノ後ニ」が,法文では「其1个年分ノ延滞セル毎ニ」となっていて,1箇年分相当の時間の経過のみならず,利息支払債務の履行遅滞(延滞)が元本への組入れの要件として書き加えられています。1888222日の法律取調委員会の審議の場で,「遅延ノ満期ハ入レテ宜シイト思フ」と栗塚報告委員が発言し,「満期ト為リタルハ欲シイ」と鶴田委員が和したことにようるものでしょう(前掲財産編人権ノ部議事筆記570丁裏)。栗塚としては,“après une année échue”を「満期ト為リタル1个年ノ後ニ」と訳したことについて深い思い入れがあったわけです(なお,現行民法3751項にも「〔利息その他の定期金〕の満期となった最後の2年分」という表現(富井政章=本野一郎のフランス語訳では“pour les deux dernières années échues”)がありますが,梅謙次郎によれば,ここでの「満期」は「支払期日ノ到来ヲ意味」するものであって,「仏語の「イッシュー〔échu〕」ヲ訳シタルモノ」です(第15回帝国議会衆議院民法中改正法律案委員会会議録(筆記)第11頁)。)。しかし,支分権たる利息債権については,そもそも「この〔基本的な〕債権の効果として,一定期において一定額を支払(ママ)べき支分権が生ずる」ものと考えられるべきものとされ(なお,精確には「一定額の支払を受けるべき支分権」でしょう。),それは「弁済期に達した各期の利息を目的とするもの」なのですから(前掲我妻43頁。下線は筆者によるもの),発生したことに加えて(既に弁済期です。),更に延滞要件を付することはあるいは蛇足ではないでしょうか。なお,「利息の弁済期が到来しても債権者に受領の義務はなく,当然その利息を元本に組み入れ,弁済期において元利を支払うというような特約」があった場合においては,これは延滞があるものとはいえないでしょうが,そのような場合については,「各期の計算上の額は利息と呼ばれただけで――最初の元本に対して弁済期に支払われるべき余分額が真の意味の利息」であって,「この数額について〔単利計算の〕利息制限法を適用すべき」ものとされていますから(我妻46-47),そもそも重利の場合とはいわないのでしょう。

ただし,民法892項の規定(「法定果実は,これを収取する権利の存続期間に応じて,日割計算によりこれを取得する。」)があるため,利息は弁済期において生ずるものではなく,日々生ずるものとも解され得るところから,弁済期限以後のものであることを明らかにするため「延滞」の語が用いられたのかもしれません。しかし,民法892項は,「果実権利者の変更する場合に於て,果実が前権利者に属すべきや後権利者に属すべきやを定めたるもの」であって(梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之一 総則編(第33版)』(私立法政大学=有斐閣書房・1911年)196頁),本来そのような場合においてのみ働くべきものです。また,「権利の帰属を定めたものではなく,帰属権利者間の内部関係を定めたものと解」されており,「例えば,小作地の所有権が譲渡された場合にも,毎年末に支払うべき小作料は,その支払期の所有者に帰属し,日割計算は譲渡人と譲受人との内部関係として清算されるべきである。」とされています(我妻榮『新訂民法総則(民法講義)』(岩波書店・1965年)228頁)。

(なお,「延滞」の語は,後に民法405条を債権者保護の規定と位置付け直すに当たって,あるいはその一つの手掛かりとなったものかもしれません。「延滞金」といえば「地方税及び各種の公課がその納期限までに納付されない場合に,その納付遅延に対する行政制裁として納付義務が課される公法上の徴収金」ですし(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)36頁),「延滞税」といえば「国税をその法定納期限までに完納しない場合に,その未納の税額の納付遅延に対する行政制裁として納付が義務付けられる税」です(同37頁)。「延滞」するとお仕置きが待っています。)

ちなみに,旧民法財産編3941項の「1个年」とは苦心の文字でしたが,同条2項においては,フランス語文のpour moins d’une année”の部分と対応する部分の日本語が,「1个年未満ノ」となっておらず,「1个年未満ノ」となっていて,不整合な形となってしまっています(4及び7参照)。

 

(4)強行規定性

ところで,旧民法財産編394条の規定は「前記の諸法典と同様」であるとボワソナアドにいわれた場合,フランス民法旧1154条は同国の判例(破毀院民事部1920621日,同院第1民事部196061日等)によって公の秩序(ordre public)に関するものとされていますので,我が旧民法財産編394条も強行規定(現行民法91条参照)と解され得たわけです。年2回以上の組入れを約する重利と利息制限法1条との関係で,民法405条の性格が問題となります(我妻Ⅳ・47頁参照)。



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 ille autem dixit eis

    nisi videro in manibus ejus figuram clavorum

    et mittam digitum meum in locum clavorum

    et mittam manum meam in latus ejus

    non credam

    (Io 20,25)

 

    beati qui non viderunt et crediderunt

    (Io 20,29)

 

1 はじめに

 民法(明治29年法律第89号)405条の文言は,当初の「利息カ1年分以上延滞シタル場合ニ於テ債権者ヨリ催告ヲ為スモ債務者カ其利息ヲ払ハサルトキハ債権者ハ之ヲ元本ニ組入ルルコトヲ得」から,平成16年法律第147号が施行された200541日以来(同法附則1条,平成17年政令第36号),次のように,「の支払」が挿入される形で改められています。延滞するのは――精確には――利息それ自身ではなくその支払であるからでしょう。

 

   (利息の元本への組入れ)

  第405条 利息の支払が1年分以上延滞した場合において,債権者が催告をしても,債務者がその利息を支払わないときは,債権者は,これを元本に組み入れることができる。

 

 本稿は,これに対して,小賢しく,

 

   (利息の元本への組入れ)

  第405条 支払の延滞した利息が1年分以上となった場合において,債権者が催告をしても,債務者がその利息を支払わないときは,債権者は,これを元本に組み入れることができる。

 

というような文言の方がよかったのではないか,との感慨を主に述べようとするものです。ただし,筆者においてはいつものことながら,本来は従たるべき3以下の脱線の部分が厖大なものとなってしまいました。

 

2 躓きの石とその回避と

 

(1)躓きの石:「1年以上延滞」と表現する諸書

あえて筆者が前記法文案の提示のような僭越な真似をしようとするのは,平成29年法律第44号による民法(債権関係)大改正を主導せられた内田貴・元法務省参与の著書その他における民法405条に係る次のような記載に,躓く者が多かろうと思うからです。

 

 利息が1年以上延滞して,債権者が催告しても支払がない場合には,特約がなくても,元本に組み入れて複利とすることができるとの規定(405条)

  (内田貴『民法Ⅲ 第4版 債権総論・担保物権』(東京大学出版会・2020年)68頁)

 

1年以上延滞した利息を支払わないとき,これを元本に組み入れることを認める(405条)。

(遠藤浩等編『民法(4)債権総論(第3版)』(有斐閣双書・1987年)21頁(新田孝二))

 

  民法は当事者間の合意がないかぎり,単利によるものとし,例外的に利息の支払いが1年以上遅延し,かつ債権者が催促してもなお支払いがない場合に限って,利息の元本への組入れを認めている(法定重利。405条)。

  (野村豊弘等『民法Ⅲ 債権総論(第3版補訂)』(有斐閣Sシリーズ・2012年)19頁(栗田哲男))

 

 上記のような説明を受けて素人風に考えると,次のようになります。

120万円を借りて,年に10%の利率で毎月末に利息を支払う合意」をした場合「(ママ)月末の到来とともに1万円の利息の支払を求める債権が発生」するが(内田68頁の設例。当該合意に基づく基本権たる利息債権の効果として,「一定期において一定額を支払うべき支分権が生ずる」のであり,その「支分権としての利息債権は,弁済期に達した各期の利息を目的とするもの」です(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年(1972年補訂))43頁)。なお,「当事者の意思表示,元本債権の性質,取引上の慣習などから,利息債権の弁済期を明らかにすることができないときは,利息債権の弁済期は元本債権の弁済期と同一であると解すべきであろう(勝本〔正晃〕・上248,小池隆一「利息債権」民法法学辞典(下)(昭352085)。」とされています(奥田昌道編『新版注釈民法(10債権(1)債権の目的・効力(1)』(有斐閣・2003年)344頁(山下末人=安井宏))。),当該金銭消費貸借の成立が2022年の年初であるとすると,同年1月末分の第1回の利息支払に係る1万円が弁済されないままであるときにその1万円の元本組入れが可能となるのは20231月末(この時点で当該「利息が1年以上延滞」したことになるはずです。)以後に催告をしてからのことであり,20222月末の第2回分1万円についても同様に20232月末以後に催告をしてから,そして202212月末分の第12回の利息支払に係る1万円については202312月末以後に催告をしてからの2024年になってからのこととなる,ということになるのであるな,また,1年分の利息12万円をまとめて2022年末に支払うべきものと約定された場合は,当該12万円の元本組入れができるのは,その全額につき,これも2023年の丸1年間が経過して以後催告を経ての2024年になってからであるな,と。

 

(2)躓きの石回避の道:「1年以上延滞」の意味

 

ア 梅謙次郎

 しかしながら不図,旧民法(明治23年法律第28号・第98号)の明治29年法律第89号及び明治31年法律第9号による全面改正に際しての法案起草者の一人たりし梅謙次郎・元法制局長官(在任期間:18971028日から,その月16日から現行民法が施行された1898727日まで(同年630日に第3次伊藤内閣に代わって第1次大隈内閣が発足しています。)の著作に当たってみると,次のように説かれているのでした。(なお,現行民法の施行日が1898716日(土)であったのは,民法第1編第2編第3編(明治29年法律第89号)2項,民法第4編第5編(明治31年法律第9号)2項等に基づく明治31年勅令第123号(1898621日裁可,同月22日公布)の規定によります。いわく,「明治29年法律第89号民法第1編第2編第3編明治31年法律第9号民法第4編第5編同年法律第10号法例同年法律第12号戸籍法及同年法律第15号競売法ハ明治31716日ヨリ之ヲ施行ス」と。外国人のいわゆる内地雑居の実施が,その1年後(1899717日以降(1894716日に記名調印された日英通商航海条約211項参照))に迫っていました。)

 

  本条〔405条〕に於ては,延滞せる利息1年分以上に達するまでは敢て重利を附することを許さずと雖も,若し其利息1年分以上に及ぶときは,債権者は一応催告を為すの後債務者が其延滞利息を支払はざるときは之を元本に組入れ,以て之をして更に利息を生ぜしむることを得るものとせり。例へば,年年利息を払ふべき場合に於ては,其利息を支払ふべき時期に至り債権者より一応の催告を為すも尚ほ債務者之を支払はざるときは直ちに之に重利を附することを得べく,又月月之を支払ふべきときは,12个月間は仮令債務者之を支払はざるも敢て重利を附することを得ず(12个月前と雖も月月の支払時期の到来する毎に其督促を為すことを得るは勿論,或は利息のみに付き強制執行を為すも亦可なることは固より言ふを竢たず。),然れども既に延滞利息12个月分に及ぶときは,債権者は一応催告を為したる後尚ほ債務者之を支払はざるときは,直ちに之を元本に組入れ更に之に利息を附することを得べし。

  (梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(私立法政大学=有斐閣書房・1912年)27頁。原文は片仮名書き,濁点・句読点なし。)

 

 これによれば,2022年初めに年10パーセントの利率で120万円を借り受けて利息を毎月末に支払う約束であるのに横着な債務者は月々の利息をちっとも払わない,という前記の例において債権者が延滞利息について催告後元本組入れをすることができることになる時期は,2022年中の12箇月分の利息12万円全額について2023年の初めから,ということになります(202212月末支払分については,1年以上延滞どころではなく,当該期限の経過後すぐに(民法4121項参照)ということになります。)。2023年の2月に入ってから以降毎月1万円ずつ五月雨式に催告をした上で元本への組入れを行う,という辛気臭いことにはならないようです。すなわち,民法405条は「1以上延滞」といっているのであって「1年以上延滞」といっているのではない,ここでの「1年分以上」は延滞している利息の額又は量の大きさにかかっているのであって(利息は,元本債権の「額と存続期間に比例して支払われる金銭その他の代替物」です(我妻Ⅳ・42頁。下線は筆者によるもの)。),利息の延滞期間の長さにかかっているのではない,いやしくも延滞していればその期間の長短は問われないのだ,というのが梅謙次郎による同条の読み方であるということになります。

 

イ 司法研修所

 御当局は,梅式の解釈を採用しています。

 

  例えば,利息を毎月末支払うことを約して消費貸借が成立したが,継続して1年間利息の支払を延滞した場合,延滞した利息を元本に組み入れる権利(組入権)を行使する債権者は,利息の発生要件事実〔略〕に加えて,

1 消費貸借契約成立の日から起算して1年経過したこと

     2 債権者が債務者に対し1で発生した利息の支払を求める旨の催告をしたこと

     3 右催告後相当期間が経過したこと

     4 債権者が債務者に対し右期間の経過後1で発生した利息を元本に組み入れる旨の意思表示をしたこと

      〔略〕

  を主張立証しなければならない。1は,利息が1以上延滞したことを示す事実である。

  (司法研修所民事裁判教官室編『民法の要件事実について(10)』(司法研修所・1992年)23-24頁。下線は筆者によるもの。)

(なお,上記要件事実論は「継続して1年間利息の支払を延滞した場合」に係るものですが,民法405条の「1年分というのは合計して1年分ということで,必ずしも継続して1年分以上延滞することを要しない(勝本・上274)」とされています(奥田編362頁(山本=安井))。)

 

ウ 法典調査会

 この点については既に,1895125日の法典調査会(第56回)の場で議論がされ,解答が与えられていたところでありました。

 

  土方 寧君 本条の「1年分以上延滞シタル場合」と云ふことは,例へば月に幾らと云ふ割合で利息を払ふべきのを12个月も払はぬで居つたとか,或は又1年幾らと云ふ割合(ママ)何年間年々払ふべきのを払はぬで居つたのは大変不都合である,1年分の利息を12个月の末に払(ママ)と云ふ約束である,夫れ(ママ)払はなかつたら1()()1年又は12月〕の末に払はなかつたならば直(ママ)に元本に組入れても宜いと云ふことに此文章では見えますが,其御旨意でありますか。

  穂積陳重君 明かに「1年分以上」と斯うある以上は,然うなる。能く私は知りませぬが,通常は6ケ月分とか,或は月々〔利息を〕払(ママ)のではありませぬか。

  梅謙次郎君 私共の考へでは,夫れで宜い積りであります。若し,1年の終に払(ママ)べきものを払はなかつたと云ふ場合であれば,元々1年の間債権者の方では利息なしに使はせて居るですから夫れに〔その利息に〕復た利が付ても一向構はぬ。唯,月々〔利に〕利が付くとか(ママ)或は6个月目に必(ママ)利が付くとか云ふやうなことになつては困る。併し,今日銀行抔では6个月毎に利が付く。然う云ふ契約は許す。契約のないときには1年分以上延滞した場合に利を付ける。夫れは,月々払(ママ)と云ふ約束でも,1年の終に払ふべき約束でも宜からうと私は考へて居る。

  議長(西園寺侯) 別段御発議がなくば確定致しまして次に移ります。

  (日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第17巻』237丁裏-238丁表。原文は片仮名書き,句読点なし。)



(承)旧民法財産編3941

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258062.html

(転)フランス民法旧1154

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258084.html

(結)起草者意思等並びに連続複利法及び自然対数の底

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258087.html

 

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(上):民法265条及び旧民法財産編171条(他人の土地の使用権vs.地上物の所有権及び権利の内容)

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079836154.html

(中):旧民法財産編172条から176条まで及び民法266条から268条まで(「山ノ芋カ鰻ニナル」,地代,1筆中一部の地上権,相隣関係等及び存続期間)

     http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079836168.html



9 旧民法財産編177条と現行民法269条と:工作物等の収去等

 

(1)条文

 旧民法財産編177条は次のとおりです。

 

  第177条 建物又ハ樹木ノ契約前ヨリ存スルト否トヲ問ハス地上権者之ヲ売ラントスルトキハ土地ノ所有者ニ先買権ヲ行フヤ否ヤヲ述フ可キノ催告ヲ1个月前ニ為スコトヲ要ス

   右先買権ニ付テハ此他尚ホ第70条ノ規定ニ従フ

 

Art. 177.  Soit que les constructions et plantations existent antérieurement ou non au contrat, le superficiaire qui veut les vendre doit sommer le propriétaire du fonds, un mois à l’avance, d’avoir à declarer s’il entend user du droit de préemption.

   L’article 70 s’applique audit cas, pour le surplus de ses dispositions.

 

 同編70条は次のとおり。

 

  第70条 用益権消滅ノ時用益者又ハ其相続人カ前条ニ従ヒテ収去スルコトヲ得ヘキ建物及ヒ樹木等ヲ売ラントスルトキハ虚有者ハ鑑定人ノ評価シタル現時ノ代価ヲ以テ先買スルコトヲ得

   用益者ハ虚有者ニ右先買権ヲ行フヤ否ヤヲ述フ可キノ催告ヲ為シ其後10日内ニ虚有者カ先買ノ陳述ヲ為サス又ハ之ヲ拒絶シタルトキニ非サレハ其収去ニ著手スルコトヲ得ス

   虚有者カ先買ノ陳述ヲ為シタリト雖モ鑑定ノ後裁判所ノ処決ノ確定シタル時ヨリ1个月内ニ其代金ヲ弁済セサルトキハ先買権ヲ失フ但損害アルトキハ賠償ノ責ニ任ス

   用益者又ハ其相続人ハ代金ノ弁済ヲ受クルマテ建物ヲ占有スルコトヲ得

 

 虚有権者とは,フランス語のnu-propriétaire(文字どおりには「裸の所有者」)です。

 現行民法269条は次のとおりです。

 

  第269条 地上権者は,その権利が消滅した時に,土地を原状に復してその工作物及び竹木を収去することができる。ただし,土地の所有者が時価相当額を提供してこれを買い取る旨を通知したときは,地上権者は,正当な理由がなければ,これを拒むことができない。

  2 前項の規定と異なる慣習があるときは,その慣習に従う。

 

(2)諸外国の例

 ボワソナアドによれば,当時の諸国における,「地上権」が消滅したときの地上物の取扱いの例は,次のようなものでした。

 

   常に地上権があらかじめ定められた期限と共に設定されるヨーロッパの一部の国,特にフランスにおいては,建物及び樹木は,期限の経過と共に,補償なしに土地の所有者によって取得される。地上権者はあらかじめ,法律又は合意に含まれるこの厳しい条件を承諾しているのであるから,これを不正義だということはできない。

   オランダ及びベルギーにおいては,代価支払の負担なしに,地上権者によって当初取得され,又は彼によって築造された建物を土地の所有者が再取得することはない。これは法定先買権(un droit légal de préemption)である。

  (Boissonade I, p.351

 

 ベルギー国1824110日法を見ると,次のようにあります。

 

  Art.6  À l’expiration du droit de superficie, la propriété des bâtiments, ouvrages ou plantations, passe au propriétaire du fonds, à charge par lui de rembourser la valeur actuelle de ces objets au propriétaire du droit de superficie, qui, jusqu’au remboursement, aura le droit de rétention.

  (地上権が消滅した時には,建物その他の工作物又は植物の所有権は,当該目的物の時価を地上権者に補償する負担とともに土地の所有者に移転する。地上権者は,償金の支払まで留置権を有する。)

 

Art.7  Si le droit de superficie a été établi sur un fonds sur lequel se trouvaient déjà des bâtiments, ouvrages ou plantations dont la valeur n’a pas été payée par l’acquéreur, le propriétaire du fonds reprendra le tout à l’expiration du droit, sans être tenu à aucune indemnité pour ces bâtiments, ouvrages ou plantations.

  (既に建物その他の工作物又は植物が存在していた土地の上に地上権が設定された場合であって,その価額が取得者によって支払われなかったときは,権利の消滅に伴い土地の所有者は,当該建物その他の工作物又は植物の補償をする負担なしに全てを再取得する。)

 

この「法定先買権」は,オプションというよりも,所有権移転の効果がまず当然生ずるもののようです。梅が「外国ニハ随分地上権ノ消滅シタル場合ハ建物樹木等ハ当然土地ノ所有者ノ所有物トナツテ其代リ夫レニ対スル償金ヲ払ハナケレハナラヌト云フ規定カアリマス」(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第11巻』3丁表)と言う「外国」は,ベルギー国等でしょうか。

 

(3)日本民法

 

ア 旧民法財産編177条から現行民法269条へ

 我が旧民法財産編177条の規定に対して,ボワソナアド自身は,土地所有者の先買権は当事者に特約がある場合にのみ認められるべきであって,「日本国においては,経済的に見てよく,かつ,所有権の規則に調和したものである同国の慣習を保持することが好ましいと筆者は考える。すなわち,地上権者は建物の所有権を有し,したがって,例外的な事情によって権利が当該建物の朽廃前に消滅したときには,それを収去することができるのである。」と述べていました(Boissonade I, pp.351-352)。日本国における地上物収去の容易性は,ボワソナアドに強い印象を与えていたようです。いわく,「筆者は既に,日本国においては建物(少なくとも木造のもの)が収去され,移築されることが非常に容易にできることに注意を喚起する機会〔略〕があった。喬木を含む樹木についても,移植を見越して根が幹から遠くまで伸びないようにするよう配慮された場合,又はそのような想定がなかった場合であっても,1ないし2年間,新しい根が生える間当該樹木を動かすことなく,順次太い根を切除していったときは,同様である。」と(Boissonade I, p.350 (c))。ただし,このボワソナアドの認識と梅謙次郎の認識とは異なっており,地上権者の地上物収去権のみ認めて土地所有者の買取権を認めない主義について梅は「是レハ経済上余リ面白クナイ,建物ヲ壊ハシテ持ツテ往ク樹木ヲ引キ抜イテ持ツテ往クト云フコトハ多クノ場合ニ於テハ其物ノ価ヲ減ズルモノデアリマスカラ一般ノ経済上カラ考ヘテモ面白クアリマセヌ」と述べていました(民法議事速記録第113丁裏)。

 現行民法269条の案文は,他の地上権規定が1894928日の第32回法典調査会で審議されていたのに対し,積み残されて,同年102日の第33回法典調査会で審議されています。梅謙次郎によれば,現行民法269条は旧民法「財産編第177条ト粗ホ精神ヲ同(ママ)シテ居」るものですが(民法議事速記録第112丁表),旧民法財産編177条では「地上権者カ土地ノ所有者ニ売リ度クナイノデ一旦ハ売ラナイ自分ノ方ニ都合カアツテ売ラナイト言ツテ取リ去ツテ又後日夫レヲ外ノ人ニ売ツテモ夫レハ仕方ガナイ」ということで「先買権ナ(ママ)ト云フ大層ナ名ヲ附ケルヨリモ実際双方ノ為メニ都合ノ宜イ様ニ規定シタ方ガ宜カラウ夫レデ本条ノ如ク書キマシタ」ということでした(同丁裏)。

ところで,現行2691項本文を設けた趣旨は,梅によれば「外国ノ例カ区々ニナツテ居ルシ又地上権ノ場合ニ於テハ権利ノ存在シテ居ル間ハ工作物及ヒ竹木ノ所有者テアルガ権利カ消滅スルト同時ニ添付ノ一般ノ規定カ当嵌マルト云フ様ナ学説カ立タヌコトモナイト思ヒマス又権利消滅ノ時ニ土地ヲ原状ニ復サナケレバナラヌト云フコトカアルカラ普通ノ原則ト少シ違ヒハシマセヌカ」ということです(民法議事速記録第117丁裏-8丁表)。

 

イ 土地を原状に復しつつする地上権者の地上物収去の権利に関して

 

(ア)原状回復義務のボワソナアド案における不在

 「権利消滅ノ時ニ土地ヲ原状ニ復サナケレバナラヌト云フコトカアルカラ普通ノ原則ト少シ違ヒハシマセヌカ」とは語尾がはっきりしませんが,確かに,旧民法財産編177条成立後のボワソナアドによる同条に係る理想案においては“Les constructions et plantations, tant celles établies antérieurement au contrat que celles faites par le superficiaire, peuvent être enlevées par celui-ci, à moins que le propriétaire du sol ne se soit réservé le droit de préemption.(土地の所有者が先買権を留保していない限り,建築及び植物は,契約の前から存していたものも地上権者によって設けられたものも,地上権者が収去することができる。)と規定されていて,地上物収去の際の原状回復義務については言及されていません(Boissonade I, p.342)。また,そもそも旧民法には「地上権」者による地上物収去の権利義務に関する規定がありません。

 

(イ)永借人,賃借人及び用益人による収去の際の旧状回復義務

 この点旧民法の永借権(「永貸借トハ期間30年ヲ超ユル不動産ノ賃貸借」です(同法財産編1551項)。最長期は50年でした(同条2項)。)及び賃借権並びに用益権(「用益権トハ所有権ノ他人ニ属スル物ニ付キ其用方ニ従ヒ其元質本体ヲ変スルコトナク有期ニテ使用及ヒ収益ヲ為ノ権利」です(同編44条)。)と比較すると,永借権においては「永借人カ永借地ニ加ヘタル改良及ヒ栽植シタル樹木ハ永貸借ノ満期又ハ其解除ニ当リ賠償ナクシテ之ヲ残置クモノトス」(同法財産編1701項),「建物ニ付テハ通常賃貸借ニ関スル第144条ノ規定ヲ適用ス」(同条2項)とされ,賃借権については同法財産編144条が「賃貸人ハ賃貸借ノ終ニ於テ第133条ニ依リテ賃借人ノ収去スルヲ得ヘキ建物及ヒ樹木ヲ先買スルコトヲ得此場合ニ於テハ第70条ノ規定ヲ適用ス」と規定しているところ,同編1332項は「賃借人ハ旧状ニ復スルコトヲ得ヘキトキハ其築造シタル建物又ハ栽植シタル樹木ヲ賃貸借ノ終ニ収去スルコトヲ得但第144条ヲ以テ賃貸人ニ与ヘタル権能ヲ妨ケス」(À la fin du bail, il peut enlever les constructions et plantations qu’il a faites, si les choses peuvent être rétablies dans leur état antérieur; sauf la faculté accordée au bailleur par l’article 144.)としており(下線は筆者によるもの),③用益権については「用益者ハ自己ノ設ケタル建物,樹木,粧飾物其他ノ附加物ヲ収去スルコトヲ得但其用益物ヲ旧状ニ復スルコトヲ要ス」(Il peut enlever les constructions, plantations, ornaments et autres additions par lui faites, en rétablissant les choses dans leur état primitif.)とされています(同編693項。下線は筆者によるもの。なお,同条1項は「用益者ハ用益権消滅ノ時猶ホ土地ニ附著シテ其収取セサリシ果実及ヒ産出物ノ為メ償金ヲ求ムル権利ヲ有セス」と,同条2項は「又用益物ニ改良ヲ加ヘテ価格ヲ増シタルトキト雖モ其改良ノ為メ虚有者ニ対シテ償金ヲ求ムルコトヲ得ス」と規定しています。)。こうしてみると,ボワソナアドがその「地上権」について,地上物収去に当たっての原状(旧状)回復を求めていないのは意図的なものだったと考えるべきなのでしょう。

 

(ウ)附加物収去権の由来

 賃借人の収去権(旧民法財産編1332項)に関するボワソナアドの解説を見ると,用益者のそれ(同編693項)を参照せよということになっています(Boissonade I, p.275)。そこで用益者の収去権に関するボワソナアドの解説を見ると,当該収去権は、母法であるフランス民法599条及び555条(同条は不動産に対する添付に係る旧民法財産取得編11条に対応)との関係に係る問題に遡る大層な由来を背負っているものなのでした。

 

   同様の状況〔他人の設けた地上物に係る土地の所有者からの除去請求の可否並びに除去されない場合における同人による償金支払の要否及び額が問題となる状況〕が用益地上に築造又は栽植をした用益者に生じた場合に当たっては,フランスでは,二つの主要な考え方(systèmes)が存在している。

   その一においては,用益者を,悪意で地上物を設けた者と同視するものとする〔フランス民法555条により,土地の所有者が除去を求めれば,悪意で地上物を設けた者は,その費用で,かつ,補償なしに地上物を除去しなければならず,更に土地の所有者に損害があった場合には,その賠償もしなければならないことになります(同条1項・2項)。なお,土地の所有者は,償金を払って地上物を保持することもできます(同条1項・3項)。〕。なぜかというと,彼は自分に所有権が帰属しないことを明白に知っているからである。しかして論者は,法は用益者がした改良(améliorations)に係る何らの補償も同人に認めないこととしてはいるが〔フランス民法5992項は,用益者の行った改良に対する償金を,用益物の価格が増加していても,用益権が終了した時に同人に与えることを否定しています。〕建築(constructionsは改良であるとはしていないと説きつつ,少なくともそれらの収去は同人に認め,更に,所有者がその保持を望むときは,第555条の第1の場合について規定されるところに対応する償金〔費用額又は価格の増加額〕を支払うべきだと説く。

   第2の考え方においては,論者は,第599条を,補償の否認において絶対的であるものとみなし,かつ,同条においては「粧飾物」のみが挙げられている物の収去権について〔同条3項は,原状回復を条件として,用益者又はその相続人は,用益者の設置した鏡,絵画その他粧飾物を収去することができるものとしています。〕限定的であるものとみなしている。

   この解決方法によっては,法は,論理的なものとも衡平なものとも受け取られないものとなる。〔筆者註:1885114日のフランス破毀院審理部決定は,土地に加わってその価格を高める新たな建築も,起工された建物を完成させ,又は既存のものを拡張する建築もフランス民法599条の改良とみなされねばならないものとし,かつ,用益者は用益権の消滅時において,何らの関係においても,追奪された第三占有者と同視され得ないので,その際,同法555条の適用を受け得ないものとしています。すなわち,用益者のした建築は,たとえ用益物の価格が増加されていても,フランス民法5992項の改良であるものとして,同項の規定により,用益権が消滅した時に何らの補償も受け得ないわけです。〕

  106. 日本国の〔法〕はこれらの考え方と全く異なるものである。

   〔旧民法財産編693項〕は,用益者に対して,その建築及び植物を収去することを正式に認めている。確かに彼は,彼のものではない土地に築造又は栽植をしているということを必然的に知っているわけではあるが,虚有者に対して贈与をするつもりではないということも明らかなのである。また,彼を悪意の占有者のように取り扱うことも正当ではない〔善意であれば,地上物の除去を強制されないことになります(フランス民法555条旧3項後段)。〕。なぜなら,用益物は他人のものだと知ってはいても,彼はそれを占有する正当な権原を有しているのである。

  (Boissonade, pp.159-160

 

単純に,用益者が附加物の所有者なのだ,とア・プリオリに言うことはできなかったようです。

梅謙次郎は民法旧598条(「借主は,借用物を原状に復して,これに附属させた物を収去することができる。」)について「蓋シ借主ハ物ノ使用ニ便スルタメ往往之ニ他物ヲ附属セシメテ之ヲ使用スルコトアリ此場合ニ於テハ其附属セシメタル物ハ貸主ノ所有物ニ非サルヲ以テ之ヲ収去スルコトヲ得ルハ殆ト疑ヲ容レサル所ナリ或ハ添附ノ原則ニ依リ之ヲ収去スルコトヲ得サルカヲ疑フ者ナシトセサレトモ第242条ニ依レハ権原ニ依リテ不動産ニ物ヲ附属セシメタル場合ニ於テハ敢テ添附ノ規定ヲ適用スヘカラサルモノトセリ而シテ借主ハ物ノ使用,収益ヲ為ス権利ノ結果トシテ其使用,収益ノ為メニ他ノ物ヲ附属セシムルコトヲ得ルカ故ニ之ニ添附ノ規定ヲ適用スヘカラサルヤ明カナリ」云々と述べていますが(梅謙次郎『民法要義巻之三債権編』(私立法政大学=有斐閣書房・1912年(第33版))620-621頁),用益者の収去権に関する上記の煩瑣な議論に鑑みるに,使用貸借が民法242条ただし書の権原であることが既に認められていることを前提に同法旧598条の規定が設けられたというよりは,同条があることによって,使用貸借が同法242条ただし書の「権原」であることになったというべきもののようにも思われます。

地上権の場合は,地上物が地上権者の所有物であることは定義上明らかであって(民法265条の「工作物又は竹木を所有するため」),地上権が消滅しても当該所有権の所在に変動がないこととするのならば,そのことを明らかにする条文さえあれば,地上権者の所有権に基づく地上物収去が可能であることを特に基礎付ける条文は不要であったはずです。

 

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(上):民法265条及び旧民法財産編171条(他人の土地の使用権vs.地上物の所有権及び権利の内容)

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079836154.html



3 旧民法財産編172条:「山ノ芋カ鰻ニナル」

旧民法財産編172条は「地上権設定ノ時土地ニ建物又ハ樹木ノ既ニ存スルト否トヲ問ハス設定行為ノ基本,方式及ヒ公示ハ不動産譲渡ノ一般ノ規則ニ従フ」(Soit qu’il existe déjà ou non des constructions ou plantations sur le sol, au moment de l’établissement du droit de superficie, l’acte constitutif en est soumis, tant pour le fond et la forme que pour la publicité, aux règles générales des aliénations d’immeubles.)と規定していましたが,現行民法からは落とされています。梅謙次郎の説明によれば「本案ニ於テハ既ニ第177条〔第176条〕及ヒ第178条〔第177条〕ヲ以テ物権ノ総則ト致シテモ設定ニ関スル規定カ掲ケテアリマスノテ茲ニ又地上権ニ付テ言フ必要カナイト考ヘマシタカラ取リマシタ訳テアリマス」ということでした(民法議事速記録第10170丁表裏)。しかしながら,当該条項について,ボワソナアドには当然思い入れがあったところです。

 

 241. 〔旧民法財産編117条及び156条〕と対応するものである本条〔旧民法財産編172条〕の目的は,地上権と,通常のもの及び永借権を含む賃借権との間に存在する大きな相違に注意を喚起することにある。この2種類の賃貸借は各々それと同じ名称を与えられた特別の契約によってのみ設定され得るのに対して,地上権は,制約されているとはいえ何よりもまず不動産所有権であることから,土地と建物又は植物とを結び付けつつ,通常の所有権と同一の設定の方式によるのである。

  地上権の移転の形式もまた同じである。特に相続であって,この点で,賃借権に似ているが,用益権とは異なるものとなっている。

 242. 以上に加えて,法は本条において,別異に規整されるべき二つの仮設例を分明にしている。

  第1 地上権設定の時に工作物及び植物が既に存在している場合。この場合は,これらの物の譲渡が主たるものとしてあり,土地を借りること(le bail du sol)は従たるものにすぎない。

  第2 土地が特に「築造又は栽植のために」貸与された(loué)場合。この場合は,当事者間での新たな行為は不要であるが,築造自体又は栽植と共にでなければ地上権は発生しない。長期賃貸借に係る条件の成就の結果として地上権が生ずるものといってよいだろう。

  第1の場合においては,売買若しくは交換又は贈与によって,地上権者が不動産の取得者となることは明らかである。したがって,地上権の設定について,処分の権能についても,契約書の書式及び本編第2部(〔旧民法財産編348条〕以下)に規定される第三者の利益のために満たされるべき公示の条件についても,不動産の譲渡に係る規整が適用される。

  第2の場合においては,賃借権は長期のものか永借権であり,単なる管理者の権限を越えるので,処分の権能がまた必要である。しかしながら,賃借人によってされる築造については,そもそも土地の所有者によって当該土地上に築造がされる場合と同様,取得の公示を目的とする手続を履むことは必要ではない。

 (Boissonade I, pp.345-346

 

上記242の第2の場合については,「先ツ賃借権カ生シテモ家カ建チ樹木カ植(ママ)ルト同時ニ山ノ芋カ鰻ニナル様ニ賃借権カ化ケテ地上権トナルト云フ様ナ主義テアリマス」と梅謙次郎は説明しています(民法議事速記録第10198丁表)。山の芋が鰻になるとは,土用丑の日の折柄めでたいようではありますが,「夫レニシテモ権利カ途中カラ性質ヲ変スルト云フノハ可笑シイカ拠ロナク然ウテモ言ハヌト説明カ出来マセヌ〔のだろう〕」と,梅は辛辣です(民法議事速記録第10198丁表)。

なお,「地上権」設定の公示方法としてボワソナアドが想定していたものは,契約書等の謄記でしょう。ベルギー国1824110日法3条は「地上権の設定証書は,当該公簿に謄記されなければならない。」(Le titre constitutif du droit de superficie devra être transcrit dans les registres publics à ce destinés.)と規定していました。(謄記については:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html


4 旧民法財産編173条と現行民法266条と:地代

旧民法財産編173条は「地上権者カ譲受ケタル建物又ハ樹木ノ存スル土地ノ面積ニ応シテ土地ノ所有者ニ定期ノ納額ヲ払フ可キトキハ其権利及ヒ義務ハ其払フ可キ納額ニ付テハ通常賃貸借ニ関スル規則ニ従ヒ其継続スル期間ニ付テハ第176条ノ規定ニ従フ/右納額ニ付テハ新ニ建物ヲ築造シ又ハ樹木ヲ栽植スル為メ土地ヲ賃借シタルトキモ亦同シ」(Si le titre constitutif soumet le superficiaire au payment d’une redevance périodique envers le propriétaire du sol, à raison de l’espace occupé par les constructions ou plantations cédées, ses droits et obligations sont régis, à cet égard, par les dispositions établies pour le bail ordinaire, sauf en ce qui concerne leur durée, telle qu’elle est réglée par l’article 176 ci-après.Il en est de même, sous le rapport de ladite redevance, si le terrain a été loué pour bâtir ou pour établir des plantations.)と規定していましたが,整理されて,現行民法266条の規定は「第274条から第276条までの規定は,地上権者が土地の所有者に定期の地代を支払わなければならない場合について準用する。/地代については,前項に規定するもののほか,その性質に反しない限り,賃貸借に関する規定を準用する。」となっています。

 地上権設定時における地上物の有無で旧民法財産編1731項及び2項のように場合分けをするのをやめたのは,梅謙次郎によれば,「初メカラ地上権ハアルノテ工作物又ハ竹木カ既ニ存スルト後ニ設ケルト其間ニ権利ノ差異カナイトチラモ地上権テアルト云フコトニナツタカラ自ラ其区別カナクナツタ」がゆえです(民法議事速記録第10198丁裏)。地上権は飽くまでも土地の使用権であって,その成立について当該土地上の地上物の有無は関係がないわけです。

「土地ノ面積ニ応シテ」が削られたのは,梅によれば,「是ハ地上権許リテナイ普通ノ賃貸借又ハ永貸借テモ借賃ハ土地ノ面積ニ応スルト云フコトテナク此家賃幾ラト云フコトニ極メルコトカ却テ多イト思ヒマス旁々以テ「土地ノ面積ニ応シテ」ト云フコトヲ取ツタ」ものです(民法議事速記録第10198丁裏)。「土地ノ面積ニ応シテ」の文言の意味するところについて,ボワソナアドは特に言及していません(cf. Boissonade I, pp.346-347)。

旧民法財産編1731項の「通常賃貸借ニ関スル規則ニ従ヒ」が,現行民法266条においてはまず第1項による永小作権の規定の準用,続いて第2項による賃貸借の規定の準用という形になったのは,旧民法成立後になってから,「地上権」の地代について「通常賃貸借ニ関スル規則ニ従」わしめることの間違いに気付かれたからでもありましょう。「旧法文においては,「通常」賃借権に関する規定を地代に適用せしめていた。しかし,筆者は,永借権に関する規定を適用する方がよいものと信ずる。なぜならば,ここではなお長期の賃貸借が問題となっているからである。」とはボワソナアドの反省の弁でありました(Boissonade I, p.347 (2)。また,民法議事速記録第10199丁裏)。また,地上権者と土地の所有者との関係は,土地の賃借人と賃貸人との関係よりは不人情なものであるべきなのでした。梅謙次郎いわく,「私ノ考ヘテハ賃貸借ニ於テハ賃借人カ或ル条件ヲ以テ例ヘハ不可抗力ノ原因ニ依テ其借賃ヲ減少シテ貰(ママ)コトカアル或ル場合ハ丸テ負ケテ貰(ママ)コトカアル是レハ地上権ニ対スル借地人ハ地主ト密着ノ関係ヲ持ツテ居ルカラトウモ然ウテナケレハナラヌ所カ夫レハ地上権ニハ当嵌ラス然ルニ若シ274275条ノ準用ト云フコトナシニ直チニ賃貸借ノ規定ヲ準用スルト云フコトニナルト夫レカ嵌ル夫レカ不都合テアラウト思フノテ夫レテ之〔274条及び275条の準用規定〕ヲ置キマシタ」と(民法議事速記録第10201丁裏-202丁表)。なお,民法2661項による永小作権に係る同法274条及び275条の準用について,梅は,同法277条も準用されるものと考えていたようです(民法議事速記録第10201丁表-202丁表)。

 

5 旧民法財産編174条と旧不動産登記法111条と:1筆中一部の地上権の原則性

旧民法財産編174条は次のような規定でしたが,削られました。梅謙次郎によれば「是レハ元来地上権ヲ以テ建物ノ所有権竹木ノ所有権ト云フ見方テアリマスト云フト幾分カ斯ウ云フ規定モ必要ニナツテ来様カト思ヒマスカ本案ニ於テハ土地ヲ使用スル方カ趣意テ其土地ヲ使用スルニハ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為メ必要ナル範囲ニ於テモ土地ヲ使用スルト云フコトニナツテ居リマス然ウ致シマスレハ只家カ建ツタ丈ケテハ実際イカヌト云フコトハ自ラ分リマス適当ノ地面ヲ夫レニ加ヘルト云フコトハ実際ニ於テ無論出テ来様ト思ヒマスカ其広サニ付テ斯様ニ杓子定規ニ極メルノハ如何テアリマセウカ従来ノ慣習ニモナイ様テアリマスシトウモ杓子定規ニナツテ可笑シイト思ヒマス夫レハ契約其他地上権ノ設定行為ニ一任シマシテ只其設定行為ノ解釈ニ一任シタ方カ宜シイトンナ場合ニモ建物ヲ所有スルニ必要ナ空地ハ日本テハ予算シテ残ツテ居ルカラ然ウ云フコトヲ別ニ掲ケヌテモ困ルコトハ実際ナカラウト考ヘテ居リマス夫レテ取リマシタ」ということでした(民法議事速記録第10170丁裏-171丁表)。

 

 第174条 既ニ存セル建物又ハ樹木ニ於ケル地上権ノ設定ニ際シ従トシテ之ニ属ス可キ周辺ノ地面ヲ明示セサルトキハ左ニ掲タル規定ニ従フ

  建物ニ付テハ地上権者ハ其建坪ノ全面積ニ同シキ地面ヲ得ルノ権利ヲ有ス此配置ハ鑑定人ヲシテ土地及ヒ建物ノ周囲ノ形状ト建物ノ各部ノ用法トヲ斟酌セシメテ之ヲ為ス

  樹木ニ付テハ地上権者ハ其最長大ナル外部ノ枝ノ蔭蔽ス可キ地面ヲ得ル権利ヲ有ス

 

 Art. 174.  Si, lors de l’établissement du droit de superficie sur des constructions et plantations déjà faites, il n’a pas été fait mention de la portion du sol environnant qui en dépendrait comme accessoire, il sera procédé ainsi qu’il suit:

     Le superficiaire a droit, s’il s’agit de constructions, à une portion de sol égale à la superficie totale du sol des bâtiments; la répartition de cet espace sera faite par experts, en tenant compte tant de la configuration respective du sol et des bâtiments que de la destination de chaque portion de ceux-ci;

     S’il s’agit de plantations, la superficiaire a droit à l’espace que pourraient couvrir les branches extérieures arrivées à leurs plus grand développement.

 

旧民法財産編174条は,「地上権」の設定時において既に建物又は樹木がある場合についての規定です。地上物がない土地を地上物所有のために借りる場合については,ボワソナアドもいわく,「土地が「築造のために」借りられた場合には,地上権者は彼の工作物の便益(service)のために必要な土地の大きさを考慮に入れていたものと推定され,かつ,後になってから追加を要求することはできない。」と(Boissonade I, p.348)。

なお,梅は「杓子定規」云々といっていますが,旧民法財産編174条は,飽くまでも当事者間の合意がない場合のための補充規定です。「疑いもなく,大多数の場合において当事者は,地上権者に譲渡された建物に附随する土地の広さを決めるだろう。しかし,法は常に,当事者の不用意を,彼らのそうであろうところの意思に沿いつつ補わなければならない。ところで,地上物の買主は,周囲の土地無しに建物のみを取得したものとは思っていないことは明白である。そうでなければ,彼にとってその使用はほとんど不可能になってしまうのだ。」とはボワソナアドの言です(Boissonade I, p.347)。

しかし,旧民法財産編174条の規定によれば,地上権の範囲は,その対象となる土地の筆とは必ずしも一致しないもののようです。確かに,地役権については,「承役地の利用者は,承役地が要役地の便益に供せられる範囲において義務を負う」ものであって(我妻=有泉411頁,舟橋426頁),地役権は「承役地の占有を排他的に取得するものではない。地役権は共同(●●)便益(●●)()開かれて(●●●●)おり,承役地の所有者の利用も排斥されない」と説かれており(内田168頁),1筆の土地の一部分の上に地役権を設定することも可能であるところです(不動産登記法(平成16年法律第123号)8012号の「範囲」,不動産登記令(平成16年政令第379号)311号,716号,別表35項(添付情報欄のロに「地役権設定の範囲が承役地の一部であるときは,地役権図面」))。しかして地上権についても実は,かつては1筆の土地の一部をその範囲とする地上権の設定の登記が認められていました。すなわち,旧不動産登記法(明治32年法律第24号)111条は「地上権ノ設定又ハ移転ノ登記ヲ申請スル場合ニ於テハ申請書ニ地上権設定ノ目的及ヒ範囲ヲ記載シ若シ登記原因ニ存続期間,地代又ハ其支払時期ノ定アルトキハ之ヲ記載スルコトヲ要ス」と規定していたところです(下線は筆者によるもの)。地上権の地上物役権的把握の余響というべきでしょうか。

ところが,地上権設定の範囲は,昭和35年法律第14号による旧不動産登記法の改正によって,196041日から(昭和35年法律第14号附則1条),登記事項から削られてしまっています。「地上権の設定の範囲を明確にしますため,1筆の土地の一部についての地上権の設定登記を認めないこととし」たものだそうです(1960216日の衆議院法務委員会における平賀健太政府委員(法務省民事局長)の説明(第34回国会衆議院法務委員会議録第36頁)。同年310日の参議院法務委員会における同政府委員の説明も同様(第34回国会参議院法務委員会会議録第58頁)。)。「土地に関する権利のうちで地上権の比重が大きくなったこともあって,権利の範囲を明確に登記面に表示する趣旨に出たものと思われる。」との忖度的敷衍説明がされています(我妻=有泉344頁)。あるいは,その範囲を登記事項とすることが観念されていなかった土地の賃借権の登記(旧不動産登記法127条)との横並びが考えられたのかもしれません。

無論,1筆の土地の一部に地上権を設定することは,「1筆の土地の一部について所有権の取引が可能であるのと同様に〔略〕,実体法上否定すべき理由はない」ところです(我妻=有泉344頁)。ただし,「1筆の土地の一部について地上権を設定することは可能であるが,これに対抗力を与えるためには,分筆した上で登記するほかはな」いわけです(我妻=有泉344頁)。

なお,「地上権は一筆の土地の全部に及ぶのが普通であり,具体的なある地上権が一筆の土地の一部にしか及ばないというのは,地上権の効力の例外的な制限と見ることができる。このことを前提とすると,かかる制限を受ける地上権が(この制限は登記する方法がないから)制限のないものとして登記されている以上,この地上権が第三者に譲渡されると,土地所有者は上述の制限をもって地上権譲受人に対抗しえなくなり,したがって,譲受人は制限のない地上権つまり一筆の土地全部に及ぶ地上権を取得することになる,と解すべきであろう。」と説かれているところの問題があります(川島=川井編873頁(鈴木禄弥))。これについては,旧民法財産編174条に鑑みれば「地上権は一筆の土地の全部に及ぶのが普通」とはいえないところ,更に“Nemo plus juris ad alium transferre potest, quam ipse habet.”(何人も自己が有するより多くの権利を他人に移転できない。)でもあるのですから,民法942項が類推適用されるべきものでしょう(善意の第三者のみ1筆全体に及ぶ地上権を取得する。)。

 

6 旧民法財産編175条と現行民法267条と:相隣関係の規定の準用及び地役権との関係

 旧民法財産編175条は次のとおりですが,これが現在の民法267条では,「前章第1節第2款(相隣関係)の規定は,地上権者間又は地上権者と土地の所有者との間について準用する。ただし,第229条の規定は,境界線上の工作物が地上権の設定後に設けられた場合に限り,地上権者について準用する。」となっています。

 

 第175条 地上権設定後ニ築造シタル建物又ハ栽植シタル樹木ニ付テハ地上権者ハ此種ノ作業ノ為メ法律ヲ以テ相隣者ノ為メニ規定シタル距離及ヒ条件ヲ遵守ス可シ縦令其隣人カ地上権ノ設定者ナルモ亦同シ

  又地上権者ハ働方又ハ受方ニテ其他ノ地役ノ規則ニ従フ

 

  Art. 175  À l’égard des constructions et plantations faites après la constitution du droit du superficie, le superficiaire doit observer les distances et conditions prescrites par la loi aux voisins pour les mêmes travaux, lors même que le voisin est le constituant.  

          Le superficiaire est également soumis aux autres règles concernant les servitudes actives et passives.

 

 旧民法財産編1751項の重点は,ボワソナアドによれば,その後段にあったようです。いわく,「たとえ彼が栽植し,又は築造することが,その隣人となる者から彼に付与された権利に基づく場合であっても,地上権者は,築造及び栽植について規定された距離(観望に関する〔旧民法財産編258条〕以下及び栽植に関する〔同編262条〕を参照)を遵守しなければならないということを表明し置くことはよいことである。当該地上権者の立場は,売主の隣人となる土地の買主のそれと異なるものではない。」と(Boissonade I, pp.348-349)。

同条2項は,ボワソナアドの草案では“Le superficiaire est également soumis aux autres servitudes légales ou du fait de l’homme et peut les invoquer.”(地上権者は,同様に,他の法定又は人為の地役に服し,及び援用することができる。)となっていますから(Boissonade I, p.341),そういう意味なのでしょう。

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1 他人の土地を使用する権利たる地上権と地上物の所有権たる「地上権」と

民法(明治29年法律第89号)265条以下に,地上権に関する規定があります。同条は,「地上権者は,他人の土地において工作物又は竹木を所有するため,その土地を使用する権利を有する。」と規定しています。

 

   地上権は,家屋を築造し,トンネル・溝渠・架橋などを建設し,植林をするなどの目的で,他人の土地を使用する物権である。現行法の体系では,土地所有権を一時的に制限する権利であり,その制限は,原則として,所有者の意思に基づいて成立する〔略〕。〔略〕物権法定主義〔略〕の結果,地上権を設定する以上,所有者の留保ないし獲得しうる有利な地位にもおのずから限度がある。そこで,所有者は,自分の土地を他人に使用させるという地上権と同様の目的を,賃貸借によって達成しようとする。賃貸借においては,賃借人の使用権は,土地に対する直接の支配権としてではなく,賃貸人に対する債権(土地を使用させるように請求する権利)を介して,間接に生ずる権能として,構成されている。したがって,賃借人の使用権は,地上権に比して,あたかも,債権がその効力において物権に劣る点だけ,弱いものとなる〔略〕。〔後略〕

  (我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義)』(岩波書店・1983年(1984年補正))338頁。下線は筆者によるもの)

 

  地上権(〇〇〇)jus superficies, superficie, Erbbaurecht)ハ土地ニ関スル物権ニシテ所有権ニ次イテ強力ナルモノナリ其定義ハ第265条ニ於テ之ヲ掲クヘシト雖モ従来我邦ニ行ハルル借地権ノ一種ナリ新法典ニ拠レハ借地権ハ之ヲ4種ニ分ツコトヲ得(第1地上権(〇〇〇),(第2()小作権(〇〇〇),(第3賃借権(〇〇〇),(第4使用(〇〇)借権(〇〇)是ナリ

  (梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之二物権編』(私立法政大学=有斐閣書房・1911年(第31版))224-225頁)

 

  借地借家法(平成3年法律第90号)21号 借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。

 

以上のような説明及び法文を読むと,地上権とは,土地の賃借権の物権版であって,当該土地の使用(ちなみに,富井政章=本野一郎のフランス語訳では,所有権に係る民法206条の「使用,収益」は“d’user, d’jouir”と,賃貸借に係る同法601条の「物の使用及び収益」は“l’usage et la jouissance d’une chose”となります(Code Civil de l’Empire du Japon, Livres I, II & III(新青出版・1997年))。の目的が工作物又は竹木を所有するためであるもの,というふうに早分かりすることになります。これで大過はないところです。

しかし,中小の興味深い事実を見逃してしまうかもしれません。

 

 本条〔民法265条〕ハ地上権ノ定義ヲ下シタルモノナリ地上権ノ性質ハ古来大ニ議論アル所ニシテ各国ノ法律亦一様ナラサル所ナリ旧民法ニ於テハ仏国ノ一部ノ学者ノ説ヲ採リテ地上権ヲ以テ建物又ハ竹木ノ所有権トセルカ如シ是レ必スシモ誤謬ナリト謂フコトヲ得スト雖モ若シ此説ノ如クンハ地上権ヲ以テ所有権ニ異ナレル一ノ物権トシテ視ルコトヲ得サルヘシ苟モ之ヲ所有権ノ支分権トシ所有権ニ異ナリタル一ノ物権トスル以上ハ建物,竹木ノ所有権以外ニ一種ノ権利ヲ認メサルヘカラス然ルニ他人ノ土地ノ上ニ建物若クハ竹木ヲ所有セント欲セハ勢ヒ其土地ヲ使用セサルコトヲ得ス此土地ノ使用権即チ之ヲ地上権ト謂フヘキカ如シ故ニ本条ニ於テハ地上権ヲ以テ他人ノ土地ノ上ニ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為メ其土地ヲ使用スル権利トセシナリ〔後略〕

 (梅二225-226頁。下線は筆者によるもの)

 

 「地上権ヲ以テ建物又ハ竹木ノ所有権トセル」とは,確かに奇妙ですね。所有権は所有権なので,それがどうして「地上権」なる別の物権になるものか。旧民法における「地上権」は一体いかなる権利だったのか興味が湧いてきます。また,旧民法においては,賃貸借はせっかく物権として規定されていたところ(旧民法財産編(明治23年法律第28号)115条以下),それとは別にわざわざ「地上権」の規定を設けていたのも(同編171条以下),現在の土地の賃借権と地上権との関係を考えると不思議ではあります。かくして筆者による旧民法的「地上権」に関する探訪が始まるのでした。

 

2 旧民法財産編171条と現行民法265条と:権利の内容

 

(1)旧民法財産編171条の条文及びそれに対する梅謙次郎の批判

 

  旧民法財産編171条 地上権トハ他人ノ所有ニ属スル土地ノ上ニ於テ建物又ハ竹木ヲ完全ノ所有権ヲ以テ占有スル権利ヲ謂フ

 

ここでの「地上権」は,単純な「建物,竹木ノ所有権」自体ではなく,「他人ノ所有ニ属スル土地ノ上」で自己所有の建物又は竹木を「占有スル権利」ではあります。土地所有者から旧民法財産編361項本文(「所有者其物ノ占有ヲ妨ケラレ又ハ奪ハレタルトキハ所持者ニ対シ本権訴訟ヲ行フコトヲ得」)の本権訴権の行使を受けないという附加的効能があるわけでしょう。

しかしながら,現行民法の地上権規定の審議を行った1894928(ちなみに,この月の15-16日には平壌攻略戦があり,17日には黄海海戦があって,日清戦争たけなわの時期です。明治天皇は広島に行在していました。)の第32回法典調査会において,梅謙次郎は旧民法財産編171条を酷評します。いわく,「苟モ建物及ヒ竹木ノ所有者テアレハ夫レヲ占有スルコトハ言フヲ俟タヌコトテアツテ若シ占有スルコトカ出来ナイ場合ハ所有者テナイノテ所有者ト言ヘハコソ占有スルコトカ出来ルト言ツテ宜イ位テ若シ是レカ建物又ハ竹木ノ完全ノ所有権ノ為メニ他人ノ土地ヲ()()スル権利ト言ツタラ稍々本案〔「地上権者ハ他人ノ土地ニ於テ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為メ其土地ヲ使用スル権利ヲ有ス」〕ト同シ様ニナリマスカ既成法典ハ然ウナツテ居ラヌと(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第10巻』175丁裏。下線は筆者によるもの)。

当該会合においては磯部四郎🎴が,旧民法流の「地上権者ハ他人ノ地上ニ於テ工作物又ハ竹木其他ノ物ヲ所有スル権利ヲ有ス」という保守的修正案を提出していますが,否決されています(民法議事速記録第10197丁表,184丁表-185丁裏)。

 

(2)現行民法265条とベルギー国1824110日法1条と

梅によれば,日本民法265条は,オランダ民法及びベルギー法に倣ったものです。

すなわち,「和蘭民法並ニ白耳義現行法ニ於キマシテハ地上権ハ他人ノ土地ノ上ニ建物工作物又ハ樹木ヲ有スル権利テアルト書イテアリマスカ是レカ一番日本ノ慣習ニ近クテ理窟モ一ト通リ分ツテ居ルト思ヒマス日本テハ土地ノ上ニアル建物及ヒ竹木ヲ土地ノ所有者テナイ者テモ得ラレルト云フコトニナツテ居リマスカラ夫レヲ採リマシタカ只必要ナル範囲ノ上ニ於テ他人ノ土地ヲ使用スルコトカ出来ル夫レカ(ママ)即チ地上権テアルト云フコトヲ一層明カニスル為メニ本案ノ如ク書キマシタ訳テアリマス」(民法議事速記録第10177丁裏-178丁表)ということでした。ここでの「白耳義現行法」は,同国の1824110日法で,今同法1条を見るに“Le droit de superficie est un droit réel, qui consiste à avoir des bâtiments, ouvrages ou plantations sur un fonds appartenant à autrui.”と規定しています。ちなみに,1824年にはベルギー国はまだ独立しておらずオランダの一部であり,実は梅のいう「和蘭民法並ニ白耳義現行法」の規定は同一のものであって,オランダでは当該規定が後に民法典に編入されたものです(cf. Gve Boissonade; Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Premier, Des Droits Réels (Tokio, 1890). p.315 (a))。

 

(3)旧民法財産編171条に関するボワソナアドの説明

旧民法財産編171条は,フランス語文では次のとおり。

 

 Art. 171.  La Superficie est le droit de posséder en pleine propriété des constructions ou des plantations d’arbres ou de bambous, sur un sol appartenant à un autre propriétaire.

 

 梅に酷評されつつも,旧民法財産編171条は,梅推奨のベルギー国1824110日法1条と余り変わりないようです(旧民法財産編171条では地上権が物権(un droit réel)であることを特に規定していませんが,そのことは,規定の位置からして当然明らかであったところです。)。(ただし,ベルギー国1824110日法には「土地が返還される(…que le fonds soit remis…)」という表現がありますところ(同法5条),これによって地上権者による土地の占有が間接的ながらも示され得ることが,あるいは梅が同法を気に入った理由だったのでしょうか。)

 旧民法財産編171条については,単刀直入にボワソナアドの解説を見てみましょう。

 

  240. 地価が比較的高い諸国においては,その主要な性格を本条が示しているところの所有権の変容(modification)が行われている。土地自体,すなわち底地tréfonds)はある人に属し,かつ,構築物édifices)又は地上物superfices)は他の人に属する,というように。

   地上権(le droit de superficie)は,ローマ法において見出すことができる。フランス古法ではほとんど使われていなかったものである。フランス民法においても言及されておらず,イタリア法典においても同様である。しかしながら,フランスにおいて導入され始めており,また,オランダ,ベルギー及びその他の欧州諸国において見出すことができる。〔筆者註:こういわれてみると我が旧民法の「地上権」規定は,フランス法系法域における当時の最先端のものとして立案されたようではあります。〕

   日本国においては,所有権に係るこの変容は他国より広く普及しているようである。家賃が高いことによるものであるが,当該高値自体は火災が頻繁であることに由来し,次いで当該頻繫性は,一般に木材で作られているという工作物の性質によるものであり,しかして当該工作の方法自体は,石材が少ないということによってではなく,地震が多いことによって余儀なくされているものである。

   住民らは,毎月非常に高い家賃を払うよりは,火災のリスクを冒しても,投下資本に係る利息及び地代が毎年かかるだけの自宅に住むことの方を選好しているのである。

  (Boissonade I, p.314

 

(4)ローマ法

 ローマ法における地上権については,「地上権(superficies)は地代(solarium)を支払つて他人の土地に建物を建設し,「地上物は土地に従う」(superficies solo cedit)との原則〔略〕により,土地の所有者の所有となつた該建物をあたかも所有者の如くに使用する権利である。〔略〕少くともユ〔スティニアヌス〕帝法では所有物取戻訴権類似の対物地上権訴権(actio de superficie in rem)を認められ,物権となっている〔略〕。」と説明されています(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)133頁)。

 “Superficies solo cedit.”の原則の意味するところは,かねてから筆者には悩ましいところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)。

 ボワソナアドのいう「所有権の変容」との意味は,「大陸法の地上権は,「地上物は土地に従う」の原則は適用あるが,その適用の結果土地所有者の有となつた建物をあたかも自己の所有物であるかの如く使用する物権というローマ法の廻りくどい表現法を変更し,さきの原則の適用を排除する物権と構成されている」(原田133頁)ことになった,ということでしょう。地上物を己れに従わしめるところの土地の所有権を変容せしめて,土地の所有者以外の者による地上物の所有を可能ならしめる制度である,ということでしょうか。「完全ノ所有権(en pleine propriété)」という表現が採用された理由は,ローマ法式の廻りくどい使用権ではないよとの感慨がそうしからしめたところであるようにも思われます。

 

(5)フランス法

 

ア Droit de Superficie

 フランスにおける地上権に関しては,「然し,フランスでは,地上物は土地に附属する(superficies solo cedit)という原則は,右の両民法〔ドイツ民法及びスイス民法〕ほど徹底していない(同法553条は建物だけが時効取得されることを認めている)。その結果,宅地または農地の借主が建物を建設する承諾を得ているときは,その建設した建物は賃借人の所有に属するものとみられ,学者は,かような場合の賃借人の権利を「地上の権利」(droit de superficie)と呼んでいる。然し,住宅難の解決のために特にこの権利を強化する必要も感じられていないようである。」と紹介されています(我妻榮『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1957年(1973年補訂))395-396頁)。

更に敷衍すれば,「フランス民法においては,地上権は法律の条文によって規定された権利ではなく,土地所有権はその上下に及ぶという5521項の原則に対する例外を構成するものと解されている。この意味での地上権は,わが民法における地上権と異なり,一つの真正なる有体不動産所有権(propriété corporelle, immobilière)を構成し,30年の不行使によっても消滅することなく,また所有権と同様,永久権である。地上権は契約または法律の規定によって設定されるほか,時効によって取得することもありうる。地上権が存在する場合にも,土地所有者(propriétaire de tréfonds)は,土地所有権に属するすべての権能を行使しうるが,定着物および地表に損害を与えない義務を負担する。農地の賃貸借および建物の賃貸借については特別法が存在するが,地上権について,この権利を強化する特別法は存在しない。」とのことです(川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7)物権(2)』(有斐閣・2007年)859頁(渡辺洋三))。梅は,この,地上権=「一つの真正なる有体不動産所有権」論が旧民法の「地上権」の前提になっているものと考えていたのでしょう。

なお,我が国の地上権の時効消滅(民法1662項)については,梅は「土地ヲ使用スル権利テアルカラ使用シマセヌケレハ夫レハナクナルケレトモ工作物竹木カアレハ夫レカアル以上ハ使用シテ居ルノテアルカラ使用ノ権利カナクナル気使ヒハナイ又工作物又ハ竹木夫レ自身ヲ使用シタト云フコトテナクモ夫レヲ所有シテ居ル以上ハ固ヨリ地上権ハ消滅シナイ是レハ彼ノ時効ノ所ニ規定シタ如ク所有権ノ取得時効ト云フモノカナケレハ所有権ハ消滅シナイ〔ところである〕」と述べています(民法議事速記録第10180丁表)。(ちなみに,ベルギー国1824110日法の地上権にも,30年の消滅時効の適用がありました(同法93号)。)

 

イ フランス民法553条と旧民法財産取得編8条と

 フランス民法553条は次のとおり。

 

  Art. 553  Toutes constructions, plantations et ouvrages sur un terrain ou dans l’intérieur, sont présumés faits par le propriétaire à ses frais et lui appartenir, si le contraire n’est prouvé; sans prejudice de la propriété qu’un tiers pourrait avoir acquise ou pourrait acquérir par prescription, soit d’un souterrain sous le bâtiment d’autruit, soit de toute autre partie du bâtiment.

  (地上又は地中の全ての建築その他の工作物及び植物は,その土地の所有者が自費によりこれを築造又は栽植したものと推定されるとともに,それに対する反証のない限り同人に帰属する。ただし,他人の建物の地下又は建物の他の全ての部分について,第三者が時効により取得した,又は取得する所有権を妨げるものではない。)

 

 同条は,我が旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)8条に継受されています。

 

  第8条 建築其他ノ工作(ママ)及ヒ植物ハ総テ其附著セル土地又ハ建物ノ所有者カ自費ニテ之ヲ築造シ又ハ栽植シタリトノ推定ヲ受ク但反対ノ証拠アルトキハ此限ニ在ラス

   右建築其他ノ工作物ノ所有権ハ土地又ハ建物ノ所有者ニ属ス但権原又ハ時効ニ因リテ第三者ノ得タル権利ヲ妨ケス

   植物ニ関スル場合ハ第10条ノ規定ニ従フ

 

 フランス語文は,次のとおり。

 

Art. 8  Toutes constructions, plantations et ouvrages quelconques, faits au-dessus et au-dessous du sol ou des bâtiments, sont présumés faits par le propriétaire desdits sol et bâtiments et à ses frais, si le contraire n’est prouvé.

La propriété desdits ouvrages et constructions lui appartient, s’il n’y a titre ou prescription au profit d’un tiers.

En ce qui concerne les plantations, le cas est réglé à l’article 10 du présent Livre.

 

 旧民法財産取得編8条の趣旨を,更にフランス民法553条のそれと併せつつ知るには,ボワソナアドの説くところに当たるのが捷径でしょう。

 

  24. 本条〔旧民法財産取得編8条〕は,2箇の別個,かつ,かなり異なった性質の規定を包含している 。

   フランス民法は,これらを単一の規定(第553条)にまとめたことにより,それらのうち一方の射程を弱めてしまっている。しかしながら,理論的及び法学的解釈が,その価値の回復をもたらしているところである。

   フランス民法によれば,ここには2箇の推定があり,かつ,そのいずれも反証によって否定され得る。第1の推定は,建築その他の工作物の築造及び植物の栽植は,土地の所有者がその自費をもってしたものとするものである。第2の推定は,それらの物は同人に帰属するとするものである。ところで,フランス民法は,ここで第2の推定を第1のものの上に据えて,第1の推定が否定されればその結果,第2の推定が倒れるものとしたように観察される。しかしながらこのようなことを,法は,その根底において考えていたものではない。建築その他の工作物の築造が,土地又は建物の所有者以外の者の意思に基づき,かつ,その費用によってされたことが立証された場合であっても,それゆえに,場合に応じて不当利得に係る償金を支払うべきこと又は取壊し及び材料の収去を求める権利があることは別として,当該建築その他の工作物が土地所有者に帰属しないものとなるものではない。

   これら二つの規定に法律上の推定の性格を与えるとしても,第1の推定は単純又は全ての反証を許すものである一方,第2の推定は,絶対的ではないとしても,少なくとも覆すことがより難しいものであるということが認識されるべきである。当該工作物を第三者に譲渡せしめる権原に基づく反証又は第三者による長期の占有の結果としてのもう一つの推定であるところの取得時効に基づく反証以外の反証は認められないのである。

   要するに,ここにおいては,ローマ法に遡る法原則のしかるべき再確認(consécration)がされているのである。すなわち,「土地の上に建造された全ての物は,当該土地に添付するものである(tout ce qui est construit sur le sol accède au sol)。Omne quod inædificatur solo cedit.

   この趣旨において,本案の本条は草されたものである。

   法文は,土地の所有者と建物のそれとを分けて規定する配慮をしている。この両者は,日本国においては,他国の大部分においてよりもより多くの場合において別人格である。ところで,建物の所有者は,地上権者(superficiaire),永借人(emphytéote),用益者(usufruitier),小作人(fermier)であり得る。しかして,これらのうちいずれかの者によって建物が建築され,増築され,又は修築された場合においては,工事及び出費は同人によってされたものと推定され,並びに他人に属する材料が使用されたことが立証されたときには,次条において規定される償金の支払は別として,同人がその材料を取得する。

   また,フランス民法とは異なり,本条においては建築又はその他の工作物と植物とが別異に取り扱われていることにも気が付かれるであろう。植物についても確かに,建築と同様,その栽植は土地の所有者が自費をもってしたものと推定される。しかしながら,栽植が他人の(木,灌木,草本)をもってされたことが立証された場合においては,〔旧民法財産取得編10条〕において規定されるように当該苗の所有者が1年以内に返還請求をしないときに初めて所有権が取得される。この例外の理由付けは,当該条項の解説において示されるであろう。

  (Gve Boissonade; Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Troisième, Des Moyens d’Acquérir les Biens (Tokio, 1891). pp.35-36

 

(6)日本的特性

 「日本では土地と建物とは別々の不動産だから,建物所有を目的とする借地(地上権であることも賃借権であることもある)が存在するが,欧米では「地上物は土地に従う」という原則があって,建物は土地の一部と観念される(建物が土地に附合する)。このため,日本のような借地は例外的に存在するに過ぎない。しかも,〔例外的に存在する彼の地の「借地」は〕日本のような地表を借りる借地とは考え方が違い,他人の土地所有権と一体とならずに(附合せずに)一定期間建物を所有する権利と考えられている。」との説明(内田貴『民法 債権各論』(東京大学出版会・1997年)167頁)は,この文脈の中において合点がいきます。我が国においては,「地上権を規定するにあたっては,地上物の権利関係はほとんどこれを問題とする必要なく,ただ土地の使用権たる方面だけを見ればいいわけである。民法が,地上権を,「土地ヲ使用(●●)スル権利」だとしたのは,このゆえである(ただし,永小作権の場合(270条)と異なって,工作物または竹木を「所有」するためとしているのは,ローマ法およびこれを承継した各国民法典の影響によるものと認められる。〔後略〕)」ということだったようです(舟橋諄一『物権法』(有斐閣・1960年)396-397頁)。

しかし,土地の使用権として徹底されずに「他人の土地において工作物又は竹木を所有するため」というローマ法由来の尾骶骨があえて残されている点において,地上権の特殊性がなお見出されるということは果たしてないのでしょうか。

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