カテゴリ: 民法

第3 大阪高等裁判所令和2年1127日判決(令和2年大阪高裁判決):妻(及び生殖補助医療提供者)に対する夫からの損害賠償請求の可否の問題

 ところで,令和元年大阪家裁判決事件の元夫婦(「元」というのは,2017年(平成29年)1130日に当該の子の親権者を妻と定めて協議離婚しているからです。)の争いは,当該判決では終わってはいませんでした。

 

1 元夫の「自己決定権」侵害に係る損害賠償の認容

 元夫は,2017年中に元妻並びに当該生殖補助医療を行った診療所を経営する医療法人及び当該診療所の院長兼当該医療法人の理事長を相手取って共同不法行為に基づく損害賠償請求を提起していたのです。

第一審の大阪地方裁判所令和2312日判決・判時24593頁は,医療法人及び院長兼理事長の責任は認めませんでしたが,「原告は,被告Y₁〔元妻〕との間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害されるなどしたものであって,これにより多大な精神的苦痛を被った」として,元妻に対して慰謝料800万円及び弁護士費用80万円の合計額である「880万円及びこれに対する平成27年〔2015年〕420(ママ)日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」との判決を下しました(なお,大阪地方裁判所(菊池浩明裁判長並びに後藤誠裁判官及び足立瑞貴裁判官)は「融解胚移植の実施日である平成27420日」といっていますが,当該胚移植の実施日は2015422日ですので,同裁判所は誤判的誤記をしてしまったものでしょうか。)。

これに対して元夫及び元妻のいずれもが控訴し(元夫は,医療法人及び院長兼理事長に対する敗訴部分については控訴しませんでした。),控訴審の大阪高等裁判所令和21127日判決・判時249733頁(以下「令和2年大阪高裁判決」といいます。確定しています。)は,「一審被告〔元妻〕は,一審原告〔元夫〕に対し,5596400円及びこれに対する平成27422日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」との判決を下しています(559万円の内訳は,慰謝料500万円,令和元年大阪家裁判決に係る訴訟のためにかかったDNA鑑定費用86400円及び弁護士費用51万円)。元妻の控訴が一部認められたわけです。

 

2 「自分の子をもうけることについての自己決定権」

 

ア 判示

 令和2年大阪高裁判決は,「自分の子をもうけることについての自己決定権」の存在を宣言しています。いわく,「個人は,人格権の一内容を構成するものとして,子をもうけるか否か,もうけるとして,いつ,誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利,すなわち子をもうけることについての自己決定権を有すると解される。」と。すなわち,本件においては,民法709条(「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」)にいう侵害された「権利」は,「子をもうけることについての自己決定権」だ,というわけです。

 堂々たる押し出しの,なかなかゆかしい「権利」のようです。子は親の自己決定権に基づいてもうけるものであってどこやらから授かるものではない,ということであれば,「子を授かった」という,最近多い表現に対する違和感の由来するところが分かったような気がします。

 

  Dixit autem Maria ad angelum:

  Quomodo fiet istud, quoniam virum non cognosco?

       Et respondens angelus dixit ei:

       Spiritus Sanctus superveniet in te et virtus Altissimi obumbrabit tibi,

       ideoque et quod nascetur sanctum vocabitur Filius Dei. (Lc 1,34-35)

 

イ 人格権であることの意味

 ところで,令和2年大阪高裁判決を「自分の子をもうけることについての自己決定権」を「人格権」に由来するものとして裁判所は基礎付けているものと読んではいけないのでしょう。これは,「自分の子をもうけることについての自己決定権」があることを先に決めた上での分類学上の整理(物権でも債権でもない。)でしょう。

「判例は,名誉,氏名,肖像等の個別の人格的利益を指して人格権概念を用いるにとどまる(最大判昭61611民集404872頁(名誉),最判昭63216民集42227頁(氏名)など)。また,人格権論の法技術的有用性も,確たるものではない。第1に,人格権概念は,保護法益性が承認された人格的利益を総称する集合概念にとどまり,そこから個別の利益の法的保護が導き出されるような性質のものではない。」と説かれているところです(窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』(有斐閣・2017年)319-320頁(橋本佳幸))。「あなたの行為は私に精神的苦痛という損害を与え,したがって,人格権という私の権利ないしは法律上保護される利益を侵害した」と宣言するだけで損害賠償金の支払を受け得るということは,本来はないはずです(「権利又は法律上保護された利益」の「侵害」とそれによって生じた「損害」とは,民法709条においては別個の要件です。)。「自分の子をもうけることについての自己決定権」の権利性を基礎付ける事由は,別途具体的に探究されなければなりません。

 

ウ その働く場面

 「子をもうけるか否か,もうけるとして,いつ,誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利」の侵害は,生殖補助医療以前の時代であれば,一般的には性的自由の侵害に包摂され,他方,特に断種手術のような場合(生殖補助医療とは反対方向です。)については,身体の自由に対する侵害ないしは身体的自己決定権(「医療による身体侵襲との関連〔における〕患者〔の〕自らの意思で治療行為を選択・決定することができる地位」(窪田編321頁(橋本)))の侵害の問題に含められ得ていたはずです。性的自由の侵害については,「性的自由(貞操)も,〔身体の自由と〕同様に,身体支配の発露として絶対的保護を受ける(絶対権侵害型)。被害者を欺罔して性的自由を侵害した場合(大判明44126民録1716頁(名誉毀損とする),最判昭44926民集2391727頁)は,情交が被害者自らの意思に基づくことになるが,詐欺の場面〔略〕と同じ図式があてはまる。」と説かれています(窪田編321頁(橋本))。「自分の子をもうけることについての自己決定権」は,専ら生殖補助医療の場面において働くようです。

 生殖補助医療の場面においても,懐胎・出産を行う女性については,従来からの,身体の自由ないし身体的自己決定権で対応できそうです。卵子を提供した女性及び精子を提供した男性について,身体から分離後の卵子若しくは精子又は受精卵(胚)の運命についてどこまでの権利を認めるべきかが「自分の子をもうけることについての自己決定権」の問題になるようです。

 

エ 「子」の範囲の問題

 なお,ここで「自分の子」という場合,その子は法的な実親子関係のある子に限られるのでしょうか,それとも生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれるのでしょうか。本件の原告は,嫡出否認の訴え(令和元年大阪家裁判決)と「自己決定権」の侵害に係る不法行為に基づく損害賠償請求の訴え(令和2年大阪高裁判決)とを同時並行的に提起し,両方とも勝訴するつもりだったのでしょうから,生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれるものと理解していたはずです。自ら出産までしなければ卵子を提供した女性は出生子の法律上の母にはならず(生殖補助親子関係等法9条),AID型の生殖補助医療による出生子が出産女性の夫の嫡出子として確定した場合は精子を提供した男性が認知の訴えを提起されることはないことになってはいますが(同法10条),将来的には「生殖補助医療に用いられた精子又は卵子の提供者及び当該生殖補助医療により生まれた子に関する情報」の「開示」もあり得るようですから(同法附則313号),生物学上の親子関係があるにとどまるものも含まれると解しておくべきでしょう。

 

3 卵子又は精子の提供者の同意と「自分の子をもうけることについての自己決定権」との関係

 

ア 同意による制約

 しかし,生殖補助医療のために卵子又は精子を提供する者の「自分の子をもうけることについての自己決定権」は,提供に当たっての当該提供者の同意により,その内容(公序良俗に反するものを除く。)に従って制約されるものではないでしょうか。

「自分の子をもうけることについての自己決定権」の具体的内容の各項目(「①子をもうけるか否か,もうけるとして,③いつ,②誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利」)に即して考えみましょう。令和2年大阪高裁判決事案の原告である元夫は,2014410日の精子提供に当たって「私達夫婦は凍結保存してあった受精卵(胚)を用いての胚移植に同意します。」,「受精卵(胚)の凍結期間は1年であり〔筆者註:この「1年」は初月不算入の月単位のものであったようで,診療所からの2015319日付け元夫・元妻両名宛て書面には「平成27年〔2015年〕4月末日をもって保存期間が満了となる」との記載があったと認定されています。〕,それ以降の継続に,毎年,継続意思確認書類の手続きと費用の支払いが必要であることを理解しています。」等との内容の同意書(「本件同意書1」)を元妻と連署して作成し,かつ,診療所に提出していますから,①「子をもうけるか否か」については,肯定,②「誰との間でもうけるか」については,元妻との間でもうける,③「いつ」もうけるかについては,20154月末頃までの懐胎(胚移植)によってもうける,との同意をしていたことになります。当該同意の範囲内であれば(元妻が胚移植を受けたのは2015422日でした。),その撤回がない限り(米国UPA707条参照),元夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権」の侵害はなかったことになる,というのが素直な結論でしょう。

 

イ 診療所の場合(責任否定)と元妻の場合(責任肯定)と

現に第一審の大阪地方裁判所令和2312日判決は,診療所についてその旨の判示をし,不法行為責任を認めていません。いわく「原告が本件同意書1に自署しているところ,同書面には,手術前に取りやめたくなった場合には同意書を取り下げることができると明確に記載されていることを指摘できるところ,原告が,本件移植以前に,被告医療法人Y₂らに対して,同意を撤回するとの意思表示をしていないことに照らせば,被告医療法人Y₂らは,胚移植の同意を含む本件同意書1に顕れた原告の同意に基づき,本件移植を実施したと認められる。」と。

 そうであると,なぜ診療所には不法行為責任が認められなかったのに元妻の責任が認められたのかが疑問となります。元妻の責任を認定する部分の上記大阪地方裁判所判決の判示は,元妻に対する元夫の明確な同意撤回までは認定しなかったものの「原告は,被告Y₁〔元妻〕が本件同意書2に原告名の署名をした平成27420日時点において,本件移植に同意していなかったものと認められ,被告Y₁も,同時点において,原告が本件移植に同意していないことを認識していたか容易に認識し得たものであったと認められる。/(2)したがって,被告Y₁は,原告に対し,被告Y₁との間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害するなどした不法行為責任を負うものである。」ということです。元妻が本件同意書2に夫の名で署名した2015年(平成27年)420日の情態が論ぜられている一方,肝腎の同月22日の胚移植については言及されていないのでよく分からないところがありますが,言葉足らずかも知れないところ(前記のとおり,大阪地方裁判所令和2312日判決は,主文において遅延損害金の発生日を2015420日としている不思議な判決でもあります。)を無理に補わずに解釈すれば,妻たるもの,明示されていない夫の内心の真実をちゃんと忖度して,よく弁えて,胚移植を断念すべきだったのだ,ということなのでしょう(令和2年大阪高裁判決に係る内藤陽「公法判例研究」北大法学論集724号(202111月)275頁以下においては,「原判決では本件移植への同意の有無それ自体に判断の重心を置いている」との読み方が示されています(同282頁)。)。しかし,「原告と被告Y₁とは,そもそも夫婦関係が良好でなかった」ものであっても,子がいったん生まれれば,夫婦にとって子は(かすがい)ということもありますから,妻にそこまで忖度及び遠慮要求することいかがなものか,過度ではないか,夫婦に子どもが出来るのは当然じゃないか,という反論もあり得そうです。

 なお,「本件同意書2」とは,本件胚移植の日に元妻が診療所に提出した「融解胚移植に関する同意書」と題する書面であって,「「私たち夫婦は,現在凍結保存中の胚を貴院にて融解し胚移植を受けることに同意します」との記載があり,夫氏名及び妻氏名をそれぞれ記載する欄が設けられているところ,被告Y₁は,妻氏名欄に自署するとともに,夫氏名欄に自署と筆跡を変えて原告氏名を記載した(以下「本件署名」という。)」ものです。ちなみに,第一審判決は,本件署名の真正を認めたことについて診療所に過失はないものとしています。いわく,「本件同意書2の原告〔名義〕の署名は,その体裁に照らして,原告の従前の署名と対比して異なることが容易に判明するものであるとはいえない上,〔公益社団法人日本産科婦人科〕学会の見解(会告)においても,本件各同意書の書式及び作成方法はこれに沿ったものであり,同意書への署名以外に,本人に直接電話をかけるなどしてその同意を確認することまでを推奨してはいないから〔略〕,このような取り扱いが不妊治療についての医療水準として不相当なものといえないことに照らすと,原告が主張するその他の事情を考慮しても,被告医療法人Y₂らが,本件移植に際して,原告に対し,直接の意思確認をすべきであったのにこれを怠ったとは認められない。」と。

 

ウ 胚移植に対する改めての明示的な同意の必要性

 

(ア)判示

 夫が明示的に同意を撤回していない以上,やはり夫婦にとって子が(かすがい)となる期待もあるのだから,そのまま胚移植に進んでも夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権が侵害されたと評価してしまうのはやはりいかがなものか論を封ずるためでしょうか,令和2年大阪高裁判決は,胚移植について,その際改めてそれに対する明示的な同意を必要とする規範があったのだ,としています。いわく,「一審被告が本件子を出産したのは本件移植を受けたからであるところ,本件移植を受けるためには夫である一審原告の明示的な同意が必要であったことは,本件同意書2に夫の署名欄が設けてあったことから明らかである。本件同意書2は一審原告・一審被告夫婦と本件クリニックとの間で取り交わされるものであるけれども,夫婦の間においても,子をもうけるか否か,もうけるとしていつもうけるかは,各人のその後の人生に関わる重大事項であるから,一審被告の立場からしても,平成26412日の別居以降,子をもうけることについて一審原告が積極的な態度を示していなかった経緯を踏まえれば,本件移植を受けるに先立ち,改めて一審原告の同意を得る必要があったことは明らかであったといえる。ところが,一審被告は,一審原告の意思を確認することなく,無断で本件同意書2に本件署名をして本件クリニックに提出し,本件移植を受けたのであるから,一審被告のこの一連の行為は,一審原告の自己決定権を侵害する不法行為(以下「本件不法行為」という。)に当たるというべきである。そして,本件不法行為のあった日は,一審被告が本件同意書2を本件クリニックに提出して本件移植を受けた平成27422日である。」と。遅延損害金は2015年(平成27年)422日から発生するものとされていますから,元夫の精神的苦痛等の損害は,移植=懐胎の時(子の出生時ではない。)に発生していることになります。

 

(イ)仕組みに対する妨害

 大阪高等裁判所(山田陽三裁判長並びに倉地康弘裁判官及び池町知佐子裁判官)は,お気楽的な「子は(かすがい)抑えるためでしょうか,子をもうけることは「各人のその後の人生に関わる重大事項である」慎重な立場採るべきことを説いています。「夫婦のその後の人生」ではなく,「各人のその後の人生」の問題とされていますから,夫婦関係の継続を前提とするにぎやかな「子は(かすがい)」論は当該裁判所からはこの形で門前払いされているのでしょう。

他方,夫婦・親子の関係についての価値判断的問題に深入りせずに結論を出すためでしょうか,令和2年大阪高裁判決の当該判示は,本件同意書2の重要性を再確認し,その意義論を展開した上で,生殖補助医療の提供の過程中における「自分の子をもうけることについての自己決定権」の尊重の必須性及びそのための仕組みの侵害を問題としたもののように思われます。すなわち,本件同意書2の取り交わしを求めた本件クリニックは,「本件同意書2に夫の署名欄が設けてあったことから明らか」なとおり,胚移植を行うためにはその段階において(その「自分の子をもうけることについての自己決定権」の侵害を避けるため,ということなのでしょう。)夫の「明示的な同意」を得ることを必要とするという規範に服していたところ,元妻は,夫名義の無断署名をして本件同意書2を作成し,かつ,提出するという欺罔行為をもって,夫の明示的な同意はないという事実を本件クリニックが了知することを妨害し,そのまま胚移植を受け,その結果夫の「自分の子をもうけることについての自己決定権」を侵害したのだ,という筋道が読み取れそうです。(一種の債権侵害的構図ともいえましょうか。)元妻による不法行為は「本件移植を受けた」ことのみならざる「一連の行為」によるものとされ,それがあった日は,単に「本件移植を受けた平成27422日」ではなく,「一審被告が本件同意書2を本件クリニックに提出して本件移植を受けた平成27422日」とされています。

なお,「本件同意書2は一審原告・一審被告夫婦と本件クリニックとの間で取り交わされるものであるけれども,夫婦の間においても,〔略〕重大事項であるから,一審被告の立場からしても〔略〕改めて一審原告の同意を得る必要があったことは明らかであったといえる。」との文の意義については,これを中心に据えた読み方もありますが(内藤291頁),筆者においては,「けれども」,「おいても」,「からしても」と「も」の多い文体から見ても,同文は,本件同意書2論にちなんだ副次的な言明と見るべきものと思われます。本件クリニックが本件同意書2をもって元夫について明示的な同意の有無を確認することを妨害してはならない,との元妻に係る当為を,違った角度からながら,重いものとして位置付けるための文ではないでしょうか。令和2年大阪高裁判決は,「不妊治療と出産に至る経緯」に係る判示を,「本件クリニックは,本件署名のある本件同意書2が提出されたからこそ本件移植を行ったのであり,その提出がなければ,本件移植は行われず,本件子が出生することもなかった。」との認識で締め括っており(その直後に「自分の子をもうけることについての自己決定権」の存在宣言が続きます。),そこでは本件同意書2こそが問題の中心に据えられているものと解されます。

 

(ウ)訴訟戦略の奏功?

 しかし以上の読み方を採る場合,元夫のためには,控訴の相手方から診療所経営の医療法人及び院長兼理事長を外したという訴訟戦略がうまく功を奏したもの,といい得ることになるように思われます。当該医療法人及び院長兼理事長が第一審で主張したところによれば,本件同意書2は,胚移植について改めて同意を取る趣旨のものではなかったからです。胚移植によって懐胎された胎児に障碍があり,母体に悪影響が生じたときのための用心だったようです。

 

   本件同意書2は,既に本件同意書1の同意を得ている本件移植を実施することに対する同意を得るためではなく,今一度,融解のリスク等を確認してもらい,万が一,そのリスクが顕在化した場合であっても被告医療法人Y₂らが損害賠償責任を負わないようにするために取得する書面であって,本件同意書2の本件署名が被告Y₁によるものであったとしても,少なくとも移植を受ける被告Y₁の同意を得ることで本件同意書2の目的は果たせているため,〔夫である〕原告の同意との関係で問題はない。

 

控訴審においてもこの説明が繰り返されると,いささか厄介なことになったように思われます。

ただし,生殖補助医療の仕組みに関しては「これらの医療行為は,一個の不妊治療行為として包括的に概念把握されるべきものではなく,多種の行為のそれぞれについて医師の説明が行われ,当事者が決定し,実施されるものである,という思想のもとで制度設計がなされている。」ともいわれています(内藤290頁)。しかしながら,現実的問題としては,「胚移植は成功率が必ずしも高くなく,多ければ月に一度,何度もチャレンジすることが多い。そのたびに夫の同意を要求すると,それこそ形式的な,妻が代筆して済むような軽い同意になりはしないだろうか。」との懸念も表明されています(稲葉62頁)。

 

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(上)令和元年大阪家裁判決本論(夫との父子関係:フランス的な方向性?)

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079345802.html


2 仮定論:胚移植時の夫の同意必要説

 次は,(„leider auch“との語句を挿むべきかどうかは悩ましい)仮定論です。

 

(1)判示

令和元年大阪家裁判決は,本論のフランス的な方向性(でしょう。)では一貫できず,なお仮定論を論ずることによって,現代日本的な(といってよいのでしょう。)迷いを公然吐露した上で,それでも結論は同じになるのだ,との正当化を行っています。いわく。

 

   なお,仮に,原告と被告との間の法律上の父子関係を認めるためには父である原告の同意が必要であるとしても,原告は,別居〔筆者註:この別居は,嫡出推定を妨げるものではないとされています。〕直前の平成26410日の体外受精に際し,精子を提供するとともに,同日付けの「体外受精・顕微授精に関する同意書」,「卵子,受精卵(胚)の凍結保存に関する同意書」及び「凍結保存受精卵(胚)を用いる胚移植に関する同意書」等からなる1通の本件同意書1に署名しており〔略〕,本件同意書1に基づく体外受精,受精卵(胚)の凍結保存及び凍結保存受精卵(胚)移植に同意したと認められる。そして,その後,〔略〕原告が,〔平成27422日の〕本件移植時までに,上記同意を明確に撤回したとまで認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,本件移植については,原告の個別の明示的な同意があったとはいえない〔略〕が,原告の意思に基づくものということができるから,本件で,原告と被告の法律上の父子関係を否定することはできない。

 

 ここで仮定論をあえて展開しなければならなかったということは,日本民法における,前記奈良家庭裁判所平成291215日判決の傍論的思考の強さを示すものでしょう。しかし,当該「思考の強さ」はどこから生じて来ているのでしょうか。

 

(2)生殖補助親子関係等法10条との関係

 

ア AID型に関する規整

AID=Artificial Insemination with Donor’s semen)型の生殖補助医療に関し,生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(以下「生殖補助親子関係等法」と略称します。)10条が「妻が,夫の同意を得て,夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎した子については,夫は,民法第774条の規定にかかわらず,その子が嫡出であることを否認することができない。」と規定していることと関係があるのでしょうか。(ちなみに,同条における夫の同意は,法案提案者によれば,「懐胎に至った生殖補助医療の実施時に存在している必要があると考えてございます。懐胎に至った生殖補助医療の実施前に同意が撤回された場合には,第10条の夫の同意は存在しないと考えてございます。」とされています(秋野公造参議院議員・第203回国会衆議院法務委員会議録第36頁)。すなわち,体外受精胚移植(「体外受精により生じた胚を女性の子宮に移植すること」(生殖補助親子関係等法22項))たる生殖補助医療(同条1項)の場合においては,当該移植時に夫の同意が必要であることになるものと解されます。)他人の精子を用いる場合には移植前に同意の撤回は可能である,いわんや我が精子においてをや,という論理は,あり得るところでしょう。

 (なお,生殖補助親子関係等法10条の法案提出者の解釈は,懐胎に至った生殖補助医療の実施時を夫の同意撤回可能の最終期限としていますが,これは,人工授精(「男性から提供され,処理された精子を,女性の生殖器に注入すること」(同法22項))の場合はよいとしても,体外受精胚移植の場合についてはどうでしょうか。体外受精(「女性の卵巣から採取され,処置された未授精卵を,男性から提供され,処置された精子により受精させること」(生殖補助親子関係等法22項))後・体外受精胚移植前に夫の同意が撤回されたときには,当該体外受精により生じた胚はどうなるのでしょうか。当該胚は破棄されるということであれば,「これを人とみるか物とみるかについて,倫理上の問題が生じる。胚は,母体に戻せば人間になり得るからである。主体的価値からは,破棄は認められないことになる。かねて胎児に関しては,母親の決定権と胎児の生存権とが独立の問題となった。胚や受精卵についても,この二重の主体の関与が不可欠となる。」という難しい話があります(山野目章夫編『新注釈民法(1)総則(1)』(有斐閣・2018年)792頁(小野秀誠))。「二重の主体」のみならず,「自己決定権」を主張する夫も加わった三重の主体が関与する問題となるようです。懐胎に至った体外受精胚移植の場合は,その前段の体外受精の実施時に夫の同意が必要であり,その後の撤回は認められないのだ,との問題回避的追加説明もあるいは可能かもしれませんが,生殖補助親子関係等法2条は,体外受精と体外受精胚移植とを一連のものとしてではなく,別個の生殖補助医療として定義しています。)

 

イ AID型における父子関係とAIH型におけるそれとの相違

しかし,AID型とAIH型との場合を安易に同一視してよいのでしょうか(同一視するのならば,結果を先取りすることになります。)。AID型の場合においては,子の出生前に夫の同意がないときはもちろん,あるときであっても,民法の文言上,出生子は夫からの嫡出否認の対象となり得るところ(同法776条は子の出生後の夫による承認に否認権喪失の効果を認めていますが,反対解釈(出生前の承認には当該効果なし。)が可能です(梅248頁)。),生殖補助親子関係等法10条は,その嫡出否認権を否認するために夫の同意の意思を改めて根拠付けに用いた上で,解釈上更に慎重に,当該意思の撤回を,懐胎に至った生殖補助医療が行われた時までは可能であるとするものでしょう。これに対して,AIH型の場合は,夫の同意がないときであってもそもそも出生子が夫によって嫡出否認され得るのかという出発点自体が問題となっています。

 

(2)精子の所有権との関係

おれの精子はおれのものだから,勝手に使ってはならぬのだ,ということでしょうか。確かに,精子の所有権は,まずはその提供者に属するものと解してよいようです。「身体から分離した,毛髪や血液は,公序良俗に反しない場合には,〔権利の客体たる〕物となる。」(山野目編790頁(小野)),「身体から分離された皮膚や血液,臓器などは,公序良俗の範囲内で物となる」(同791頁(小野))とされているところです。しかし,受精卵が育って生まれた子の実父はだれかを決めるに当たって,当該卵子を受精させた精子に係る所有権という権利がだれに属していたかを問題にするのは,いかがなものでしょうか。日本民法においては,人は,物として権利の客体となることはありません(山野目編790頁(小野))。また,素朴論としてもむしろ,勝手に使われたとしてもあなたの精子だったのであるから,勝手に使った人の責任は別としても,生まれた子はやはりあなたの子ではないですか,ということにもなりそうです。あるいは,おれは精子の所有権を放棄したから,かくして無主となった精子によって受精した卵子が育って生まれた子は実父を有しないのだ,ということでしょうか。しかし,やはり,繰り返しになりますが,父子関係の認定に当たって,精子の所有権を云々するのは筋が違うように思われます。(そもそも,あえて精子の所有権をあらかじめ放棄しなくとも,少なくとも母体内における懐胎の段階では,当該受精卵(胚)を客体とする精子提供者の所有権(共有持分でしょうか。)の存否を云々することはもうできないはずです。また,体外受精された受精卵(胚)が所有権の客体である物であるとしても,卵子と精子とを比べて卵子の方が主たる動産であるということであるのならば,精子提供者の所有権はそこでは既に消滅していることとなりましょう(民法243条)。)

(なお,所有権の効能の拡張という発想は,筆者に「「物に関するパブリシティ権」と所有権」に関する議論を想起させるところです。当該議論については,こちらは3年前の「法学漫歩2:電波的無から知的財産権の尊重を経て偶像に関する法まで」記事を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073804586.html)。)

 

(3)米国的発想?

 「今日のニュー・ヨークが,2週間後の東京です。」との警鐘が,新型コロナウイルス感染症(covid-19)に関して過去2年間頻繁に鳴らされ続けました。我が善良可憐な日本国民は真摯に当該警鐘を信じ,従順に従い,煩わしさに慣れつつ四六時中マスクを着用し,副反応に耐えつつ重ねてワクチンの接種を受けてきたところでした。

 「今日の米国の生殖補助親子関係法制が,2年後の日本のそれです。」ということにもなるのでしょうか。(ちなみに,生殖補助親子関係等法附則3条に基づく,生殖補助医療の適切な提供等を確保するための法制上の措置(同条3項参照)その他の必要な措置を講ずるための検討の期間は「おおむね2年」とされています。)

 親子関係に係る米国の州法統一のために,統一州法委員全国会議National Conference of Commissioners on Uniform State Laws. これは,民間の団体です(田中英夫『英米法総論 下』(東京大学出版会・1980年)642頁)。)によって作成された2017年統一親子法案(Uniform Parentage Act)の第7章を見てみましょう。同法案では,生殖補助医療assisted reproduction. 「性交渉(sexual intercourse)以外の妊娠をもたらす方法」と定義されています(同法案1024号)。)による出生子の親子関係については「第7章 生殖補助医療」において,性交渉による妊娠から出生した子の親子関係に係るものとは別立てで規定されています。

 

  第701条 (本章)の適用範囲

    本(章)は,性交渉(又は第8(章)の代理母合意に基づく生殖補助医療)によって懐胎された子の出生には適用されない。

 

  第702条 配偶子提供者の親としての地位

    配偶子提供者は,生殖補助医療によって懐胎された子の親ではない。

    〔筆者註:配偶子(gamete)は「精子,卵子又は精子若しくは卵子の一部」です(同法案10210号)。配偶子提供者(donor)は,「有償無償を問わず,生殖補助医療において使用されるための配偶子を提供する個人」ですが(同条9号柱書き),例外があって,「(第8(章)で別異に規定される場合を除き)生殖補助医療によって懐胎された子を出産する女性」(同号(A))及び「第7(章)に基づく親(又は第8(章)における親となる意思の表明者(intended parent))」(同号(B))は除かれています。〕

 

  第703条 生殖補助医療における親子関係

    当該生殖補助医療により懐胎された子の親となる意思をもって,女性の受ける生殖補助医療(assisted reproduction by a woman)に第704条に基づき同意した個人が,当該の子の親である。

   〔筆者註: “assisted reproduction by a woman”は,「女医による生殖補助医療」という意味ではないでしょう。〕

 

  第704条 生殖補助医療に対する同意

a)(b)項において別異に規定されている場合を除き,第703条の同意は,生殖補助医療によって懐胎された子を出産する女性と当該の子の親となる意思の個人とが署名した記録によるものでなければならない。

b)(a)項によって求められる記録による同意が子の出生の前後を通じてされなかった場合であっても,裁判所は,次のときには,親となることに対する同意の存在を認定することを妨げられない。

    (1)当該個人及び当該女性が両者そろって当該の子の親となる意思である旨の懐胎の前にされた明示の合意(express agreement)の存在を,当該女性又は当該個人が明白かつ説得的な(clear-and-convincing)証拠をもって立証したとき,又は

    (2)当該女性と当該個人とが,一時的な不在期を含めて当該の子の出生後最初の2年間,当該の子と共に同一の世帯において同居し,かつ,両者とも当該の子が当該個人の子であることを公然と示していたとき。ただし,当該個人が当該の子が2歳になる前に死亡し,若しくは意思無能力となり,又は当該の子が2歳にならずに死亡した場合においては,当該女性及び当該個人は同一の世帯において当該の子と共に同居する意思であったものであり,かつ,両者とも当該の子が当該個人の子であることを当該個人が公然と示すことを意図していたものの,当該個人は死亡又は意思無能力によって当該意図を実現できなかったということが明白かつ説得的な証拠をもって立証されたときには,裁判所は本項の親となることに対する同意を認めることができる。

 

  第705条 親であることを配偶者が争うことに対する制限

a)(b)項において別異に規定されている場合を除き,子の出生時において生殖補助医療によって当該の子を出産した女性の配偶者である個人は,当該個人が当該の子の親であることを争うことができない。ただし,次に掲げる場合は,この限りでない。

1)当該の子の出生後2年以内に,当該個人が当該個人と当該の子との間の親子関係に係る裁定手続を開始し,かつ, 

2)裁判所が,当該個人は当該の子の出生の前後を通じて当該生殖補助医療に同意していなかったこと又は第707条に基づき同意を撤回していたことを認めた場合

b)生殖補助医療によって生まれた子と配偶者との親子関係に係る裁定手続は,裁判所が次に掲げる全ての事項を認めたときは,何時でも開始することができる。

1)当該配偶者は,当該生殖補助医療のために,配偶子の提供も同意もしていなかったこと。

2)当該配偶者と当該の子を出産した女性とは,生殖補助医療がされたであろう時期以来同棲していないこと。

3)当該配偶者は,当該の子を当該配偶者の子として公然示したことはないこと。

c)本条は,生殖補助医療が行われた後に当該配偶者の婚姻が無効であると認められた場合であっても,親であることを配偶者が争う場合に適用される。

  〔筆者註:(c)項は,無効の婚姻は本来当初から無効であるところ,この場合は遡及効のないものとして取り扱おうとするものと解されます(次条参照)。しかして更に,本来無効なので,(c)項の適用は,離婚等で終らせようがないわけなのでしょう。〕

 

  第706条 婚姻に係る一定の法的手続の効果

    生殖補助医療によって懐胎した子を出産する女性の婚姻が,配偶子又は胚が当該女性に移植又は注入(transfer)される前に(離婚若しくは解消で終了し,法的別居若しくは別居手当授受関係となり,無効と認められ,又は取り消された)場合においては,当該女性の前配偶者は,当該の子の親ではない。ただし,生殖補助医療が(離婚,婚姻解消,取消し,無効確認,法的別居又は別居手当授受関係)の後に行われても当該前配偶者は当該の子の親となる旨の記録による同意が当該前配偶者によってされており,かつ,当該前配偶者が第707条に基づき同意を撤回していなかった場合は,この限りでない。

 

  第707条 同意の撤回

a)第704条に基づき生殖補助医療に同意する個人は,妊娠に至る移植又は注入の前には同意の撤回をいつでも,生殖補助医療によって懐胎した子を出産することに合意した女性及び当該生殖補助医療を提供する病院又は医療提供者に対する記録による同意撤回通知を行うことによってすることができる。病院又は医療提供者に対する通知の欠缺は,本(法)による親子関係の決定に影響を与えない。

b)(a)項に基づき同意を撤回する個人は,当該の子の本(章)に基づく親ではない。

 

  第708条 死亡した個人の親としての地位

a)生殖補助医療によって懐胎された子の親となる意思の個人が,配偶子又は胚の移植又は注入と当該の子の出生との間に死亡した場合においては,本(法)の他の規定に基づき当該個人が当該の子の親となるときは,当該個人の死亡は当該個人が当該の子の親となることを妨げない。

b)子を出産することに合意した女性の受ける生殖補助医療に記録により同意した個人が配偶子又は胚の移植又は注入の前に死亡した場合においては,次のときに限り,当該死亡した個人は当該生殖補助医療により懐胎された子の親である。

1)(A)当該個人が,当該個人の死後に生殖補助医療がされても当該個人が当該の子の親となる旨記録による同意をしていたとき,又は

B)当該個人の死後に生殖補助医療によって懐胎された子の親となろうとする当該個人の意思が,明白かつ説得的な証拠によって立証されたときであって,かつ,

2)(A)当該個人の死後(36)箇月以内に当該胚が母胎内にあったとき,又は,

B)当該個人の死後(45)箇月以内に当該の子が出生したとき。

 

 令和元年大阪家裁判決事件の原告たる夫(又はその訴訟代理人)においては,UPAの第705条(a)項(2)号を援用したものでしょうか。確かに,同号によれば,夫の同意が,生殖補助医療によって懐胎・出産された子の父を出産女性の夫とするための要件とされています。この点では,米国法は,原告側に有利に働きそうです。

しかし,UPA704条(a)項に準ずる形で同意してしまった以上,その撤回は生殖補助医療を受ける女性及び当該医療を提供する病院又は医療提供者に記録による形での(in record)通知(notice)でされなければなりません(UPA707条(a)項)。「上記同意を明確に撤回したとまで認めるに足りる的確な証拠はない」以上,米国法にすがろうとしても,結局,ゴールの手前で無情にも見捨てられることとはなるのでした。

 なお,将来的には,米国的法制の我が国への導入の可能性を全く否定することはできないでしょう。「〔生殖補助医療による〕親子関係を,実親子・養親子とは異なる第三のカテゴリーとしてとらえるべきでない」という考え方もありますが(大村123頁),生殖補助親子関係等法が「第三のカテゴリー」たる親子関係の受皿となり得るものとして既に存在しています。立派な新しい皿があれば,そこに新しい料理を盛りつけたくなるのは人情でしょう。

 

  …vinum novum in utres novos mittunt et ambo conservantur. (Mt 9,17)

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第1 おさらい:奈良家庭裁判所平成291215日判決における傍論の前例

今からちょうど年前(2021119日)の「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(令和2年法律第76号)に関して」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078236437.html)において筆者は,夫の精子を用いた妻に対する人工授精(AIH=Artificial Insemination with Husband’s semen)について「ほとんど問題はない。〔AIHにより懐胎され生まれた子は〕普通の嫡出子として取扱うべきである。」とする我妻榮の見解(同『親族法』(有斐閣・1961年)229頁)を引用しつつ,その「ほとんど」の場合に含まれない例外的状況の問題として,夫の精子によって受精した妻の卵子が凍結保存され,その後当該受精卵(=胚)によって当該妻が懐胎出産した子に対して,同意の不存在を理由に当該夫が実親子(父子)関係不存在確認の訴え(人事訴訟法(平成15年法律第109号)22号)を提起した事案(第一審・奈良家庭裁判所平成291215日判決,控訴審・大阪高等裁判所平成30426日判決,上告審・最高裁判所令和元年65日決定(民事訴訟法(平成8年法律第109号)312条に定める上告事由に該当しないため棄却(稲葉実香「生殖補助医療と親子関係(一)」金沢法学632号(20213月)41頁以下の55頁註10参照)))について御紹介するところがありました。

当該事案については,当該夫婦の関係は当該の子について嫡出推定(民法(明治29年法律第89号)772条)が及ぶに十分なものであったそうで(新聞報道によれば「別居していたが,旅行に出かけるなど夫婦の実態は失われていなかった」),嫡出否認の訴え(同法775条)によるべきであったのに当該訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,ということで夫の敗訴となっています。その際第一審の奈良家庭裁判所は「生殖補助医療の目的に照らせば,妻とともに生殖補助医療行為を受ける夫が,その医療行為の結果,仮に子が誕生すれば,それを夫と妻との間の子として受け入れることについて同意していることが,少なくとも上記医療行為を正当化するために必要である。以上によれば,生殖補助医療において,夫と子との間に民法が定める親子関係を形成するためには,夫の同意があることが必要であると解するべきである。」,「個別の移植時において精子提供者が移植に同意しないということも生じうるものであるから,移植をする時期に改めて精子提供者である夫の同意が必要であると解するべきである。」と判示していますが(稲葉53-54頁),当該判示は裁判官の学説たる傍論(obiter dictum=道行き(iterのついで(obに言われたこと(dictum)にすぎないものと取り扱われるべきものでありました。すなわち,夫敗訴の結論は,嫡出否認の訴えではなく実親子関係不存在確認の訴えを提起した,という入口を間違えた論段階で既に出てしまっていたところです。なお,実親子関係不存在確認の訴えとは異なり,嫡出否認の訴えは,「夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない」ものです(民法777条)。入口を間違えた論というよりもむしろ,制限時間オーヴァー論というべきかもしれません。

AIH型(夫の精子を用いて妻が懐胎出産することを目的とする生殖補助医療には,人工授精によるものの外に体外受精及び体外受精胚移植によるものもあるので,AIHといいます。)の生殖補助医療において妻による子の懐胎出産に夫の同意が存在しない場合における法律問題(これには,①夫と子との間における実親子(父子)関係の成否の問題並びに②妻及び生殖補助医療提供者に対する夫からの損害賠償請求の可否の問題があります。)に関する筆者の実務家(弁護士として家事事件の受任を承っております(電話:大志わかば法律事務所03-6868-3194,電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp)。大学の非常勤講師として学生諸君に民法を講じてもおります。よろずお気軽に御相談ください。)としての検討の深化及び解明のためには,その後更に裁判例が現れることが待たれていたところでした。

 

第2 大阪家庭裁判所令和元年1128年判決(令和元年大阪家裁判決):実親子(父子)関係の成否の問題

無論,種々の問題を惹起しつつ進む生殖補助医療の発展はとどまるところはなく,その後,凍結保存されていた受精卵(胚)を用いて妻が懐胎出産した子について夫がその子との父子関係の不存在を主張するという同様の事案(夫の精子によって妻の卵子が受精したもの)で,きちんと嫡出否認の訴えをもって争われたものに係る判決が現れました。大阪家庭裁判所平成28年家(ホ)第568号嫡出否認請求事件平成29年家(ホ)第272号親子関係不存在確認請求事件令和元年1128日判決です(第272号は却下,第568号は棄却。松井千鶴子裁判長,西田政博裁判官及び田中一孝裁判官。確定。各種データベースにはありますが,公刊雑誌には未掲載のようです。「原告は,当庁に対し,平成281221日に甲事件〔嫡出否認請求事件〕を,平成29621日に乙事件〔親子関係不存在確認請求事件〕をそれぞれ提起した。」ということですから,二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』(有斐閣・2017年)683頁(石井美智子)の紹介する「2017年〔平成29年〕1月と2月に奈良と大阪の2つのケースが明らかになっている(毎日新聞20174日付朝刊,読売新聞2017221日付朝刊)」もののうちの大阪の分でしょう。)。

当該大阪家庭裁判所判決(以下「令和元年大阪家裁判決」といいます。)の法律論は,2本立てになっています。本論の外に――当該本論の迫力を大いに減殺してしまうのですが――仮定論があるところです。以下,本論及び仮定論のそれぞれについて検討しましょう。

 

1 本論:自然生殖で生まれた子と同様に解する説

まずは本論です。

 

(1)判示

令和元年大阪家裁判決は,その本論において,嫡出推定の及ぶ範囲に係る判例の外観説を前提に(「民法772条所定の期間内に妻が懐胎,出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,外観上,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は夫婦が遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ機会がないことが明らかであるなどの事情がある場合に限り,その子は同条の嫡出推定が及ばない子として,親子関係不存在確認の訴えの提起が認められる」),当該事案に係る子には嫡出推定が及ぶものと判断した上で,「原告〔夫〕と被告〔子〕との間に生物学上の父子関係が認められることは前記112)で指摘したとおり〔すなわち,「被告〔の〕母〔原告の妻〕は,平成27422日,本件クリニックにおいて,前記(2)のとおり,平成26415日に凍結保存されていた受精卵(胚)〔すなわち,「平成26410日に原告が提供した精子と被告母が提供した卵子を使用して作製された受精卵(胚)は培養され,同月15日,凍結保存された。」〕を融解させて被告母に移植する本件移植により,被告を懐胎し,●●●被告を出産した。」〕であり,原告の嫡出否認の請求は理由がない。」と夫の主張を一刀両断にしています。

「生物学上の父子関係」のみがいわれているということは,夫の同意の有無は問題にならないということでしょう。(なお,ここでの「生物学上の父子関係」は,子がそこから育った受精卵に授精した精子の提供者(提供の方法は性交渉に限定されない。)とその子との間の関係のことと解されます。)

大阪家庭裁判所は続けていわく。「これに対し,原告は,被告が,自然生殖ではなく,生殖補助医療である凍結受精卵(胚)・融解移植により出生していることから,本件移植につき,父である原告の同意がない本件では,原告と被告との間の法律上の父子関係は認められないと主張するが,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当であることは前記21)で指摘したとおりであり〔すなわち,「生殖補助医療によって出生した子についても,法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要があることは自然生殖によって生まれた子と同様であり,生殖補助医療によって出生した子についての法律上の親子関係に関する立法がなされていない現状においては,上記子の法律上の父子関係については自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当である。」〕,採用の限りではない。」と。

 

(2)「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」意味

 妻が生殖補助医療によって出産した子について,夫との法律的父子関係を「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」という場合,(ア)民法772条の嫡出推定の場面並びに(イ)当該推定の及ぶときに係る同法774条・775条の嫡出否認訴訟の要件事実に関する場面及び(ウ)当該推定が及ばないときに係る実親子(父子)関係不存在確認訴訟の要件事実に関する場面があることになります。

 

ア 嫡出推定

民法772条の嫡出推定の場面については,生殖補助医療によって出生した子についてもその出生日は当然観念できますし(同条2項),その懐胎された時期を基準とすること(同条1項)も容易に承認できます。妻の懐胎は,専ら母体側の事情です。

 

 Ecce virgo concipiet et pariet filium…(Is 7,14)

 

イ 嫡出否認訴訟の要件事実

 

(ア)生物学上の父子関係の不存在

 嫡出推定が及ぶときに係る嫡出否認訴訟の要件事実の場面については,子の嫡出を否認しようとする夫が主張立証すべき事実として「自然血縁的父子関係の不存在」が挙げられています(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)255頁)。父たらんとする意思の不存在はそこでは挙げられていません。専ら「子カ何人ノ胤ナルカ」が問題となるものでしょう(梅謙次郎『民法要義巻之四 親族編 第二十二版』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1912年)245頁)。

令和元年大阪家裁判決が,生殖補助医療によって生まれた子についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解する」とあらかじめ宣言しているにもかかわらず,なお執拗に,生殖補助医療はそもそも不自然だからそれによって生まれた子には「自然血縁的父子関係」はおよそあり得ないのだ,我妻榮も嫡出子は「〔母と〕夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない。」と言っているのだ(我妻214頁)と頑張ってしまえば,「自然血縁的父子関係」の存在は認知の訴え(民法787条)の要件事実でもありますから(岡口259頁),生殖補助医療によって出生した子は,そもそも実父を有すべきものではないことになってしまいます。しかしながら我妻榮も,その嫡出子に係る定義について一貫せず,AIHによる出生子について,前記のとおり普通の嫡出子として取り扱うべきものとしています。過去の裁判例の用語としても,最高裁判所平成1894日判決・民集6072563頁の原審である高松高等裁判所平成16716日判決は「人工(ママ)精の方法による懐胎の場合において,認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情が存しない限り,子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存在することに加えて,事実上の父の当該懐胎についての同意が存するという要件を充足することが必要であり,かつ,それで十分である」と判示しており(下線は筆者によるもの),生殖補助医療によって出生した子にも「自然血縁的父子関係」が存在することが前提となっています。いずれにせよ,令和元年大阪家裁判決における「生物学上の父子関係」という用語には,「自然」か「不自然」か云々に関する面倒な議論を避ける意味もあったものでしょう。

 

(イ)ナポレオンの民法典との比較等

なお,民法774条の前身規定案(「前条ノ場合ニ於テ子ノ嫡出子ナルコトヲ否認スル権利ハ夫ノミニ属ス」)についての富井政章の説明には「仏蘭西其他多クノ国ノ民法ヲ見ルト云フト種々ノ規定カアルヤウテアリマス夫ハ前条〔民法772条に対応する規定〕ノ場合ニ於テ遠方ニ居ツタトカ或ハ同居カ不能テアツタトカ云フコトヲ証明シナケレハナラヌトカ或ハ妻ノ姦通ヲ証明シタ丈ケテハ推定ハ(〔くず〕)レナイトカ或ハ(ママ)体上ノ無勢力夫レ丈ケテハ推定ヲ覆ヘス丈ケノ力ヲ持タナイトカ云フヤウナ趣意ノ規定カアリマスガ之ハ何レモ不必要ナ規定テアツテ全ク事実論トシテ置テ宜カラウト云フ考テ置カヌテアリマシタとあります(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第50巻』143丁裏-144丁表)。

対応するフランス法の条項は,ナポレオンの民法典の第312条から第316条までとされているところ(民法議事速記録第50143丁裏),それらの法文は次のとおりです(ただし,1804年段階のもの。拙訳は,8年前の「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)のものの再録ということになります。)

 

312.

L’enfant conçu pendant le mariage, a pour père le mari.

(婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。)

Néanmoins celui-ci pourra désavouer l’enfant, s’il prouve que, pendant le temps qui a couru depuis le trois-centième jusqu’au cent-quatre-vingtième jour avant la naissance de cet enfant, il était, soit par cause d’éloignement, soit par l’effet de quelque accident, dans l’impossibilité physique de cohabiter avec sa femme.

(しかしながら,夫は,子の出生前300日目から同じく180日目までの期間において,遠隔地にいたことにより,又は何らかの事故により,その妻と同棲することが物理的に不可能であったことを証明した場合には,その子を否認することができる。)

 

313.

Le mari ne pourra, en alléguant son impuissance naturelle, désavouer l’enfant : il ne pourra le désavouer même pour cause d’adultère, à moins que la naissance ne lui ait été cachée, auquel cas il sera admis à proposer tous les faits propres à justifier qu’il n’en est pas le père.

(夫は,自己の性的不能を理由として,子を否認することはできない。夫は,同人に子の出生が隠避された場合を除き,妻の不倫を理由としてもその子を否認することはできない。ただし,上記の〔子の出生が隠避された〕場合においては,夫は,その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張することが許される。)

 

314.

L’enfant né avant le cent-quatre-vingtième jour du mariage, ne pourra être désavoué par le mari, dans les cas suivans : 1.o s’il a eu connaissance de la grossesse avant le mariage ; 2.o s’il a assisté à l’acte de naissance, et si cet acte est signé de lui, ou contient sa déclaration qu’il ne sait signer ; 3.o si l’enfant n’est pas déclaré viable.

(婚姻から180日目より前に生まれた子は,次の各場合には,夫によって否認され得ない。第1,同人が婚姻前に妊娠を知っていた場合,第2,同人が出生証書に関与し,かつ,当該証書が同人によって署名され,又は署名することができない旨の同人の宣言が記されている場合,第3,子が生育力あるものと認められない場合。)

 

315.

La légitimité de l’enfant né trois cents jours après la dissolution du mariage, pourra être contestée.

(婚姻の解消から300日後に生まれた子の嫡出性は,争うことができる。)

 

316.

Dans les divers cas où le mari est autorisé à réclamer, il devra le faire, dans le mois, s’il se trouve sur les lieux de la naissance de l’enfant ;

(夫が異議を主張することが認められる場合には,同人がその子の出生の場所にあるときは,1箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après son retour, si, à la même époque, il est absent ;

(出生時に不在であったときは,帰還後2箇月以内にしなければならない。)

Dans les deux mois après la découverte de la fraude, si on lui avait caché la naissance de l’enfant.

(同人にその子の出生が隠避されていたときは,欺罔の発見後2箇月以内にしなければならない。)

 

 ナポレオンの民法典においては例外的にのみ認められる「その子の父ではないことを理由付けるために適当な全ての事実を主張すること」(同法典313条末段)が,日本民法の嫡出否認の訴えにおいては常に認められることになっています。とはいえ,生殖補助医療出現より前の時代のことですから,自分の胤による子ではあるがその懐胎は自分の同意に基づくものではない,なる嫡出否認事由は,日本民法の制定時には想定されてはいないものでしょう。(ちなみに,富井政章はナポレオンの民法典の第312条以下を証拠法的なものと捉えていたようですが(ナポレオンの民法典3121項を承けた旧民法人事編(明治23年法律第98号)911項の「婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子トス」を「之ハドウモ「推定ス」テナクテハナラヌト思ヒマス固ヨリ反証ヲ許ス事柄テアリマス〔略〕此場合ニハ「子トス」ト断定シテアリマス之ハ甚タ穏カテナイト思ヒマスカラ「推定ス」ニ直(ママ)シマシタ」と修正してもいます(民法議事速記録第50109丁裏-110丁表)。),それらの条項は実体法的なものでもあったところです(「民法は,嫡出子の定義を定めていない。」ということ(我妻215頁)になったのは,富井らが旧民法人事編911項の規定を改めてしまったせいでしょう。)。「フランス法においては,親子法は様々な訴権によって構成されているが,そこでの訴権は,他の場合と同様に,手続・実体の融合したもの(分離していないもの)としてとらえられていると見るべきではないか。」と説かれているところです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)132頁)。)

 昔から,人違いで結婚してしまった(imposuit mihi),目許醜い(lippis oculis),嫌いな(despecta, humiliata)嫁が,第三者の生殖補助で妊娠して(Dominus aperuit vulvam ejus)子を産んだのであっても(genuit filium),胤が自分のもの(fortitudo mea)であるのなら,その子はやはり自分の子です。

 

       [Laban] habebat vero filias duas. Nomen majoris Lia. Minor appellabatur Rahel.

Sed Lia lippis erat oculis,

       Rahel decora facie et venusto aspectu,

quam diligens Jacob ait:

Serviam tibi pro Rahel filia tua minore septem annis. (Gn 29,16-18)

 

  …vocatis multis amicorum turbis ad convivium, [Laban] fecit nuptias,

       et vespere filiam suam Liam introduxit ad eum

       …ad quam cum ex more Jacob fuisset ingressus,

       facto mane, vidit Liam et dixit ad socerum:

       Quid est quod facere voluisti?

       Nonne pro Rahel servivi tibi? Quare imposuisti mihi? (Gn 29,22-25)

 

       Videns autem Dominus quod [Jacob] despiceret Liam aperuit vulvam ejus…

       quae conceptum genuit filium vocavitque nomen ejus Ruben, dicens:

       Vidit Dominus humilitatem meam. Nunc amabit me vir meus. (Gn 29,31-32)

 

       Ruben, primogenitus meus,

       tu fortitudo mea… (Gn 49,3)

 

(ウ)子をもうけることに係る夫の「自己決定権」

令和元年大阪家裁判決事件において原告である夫は,判決文によれば,「原告の同意がない以上」「本件移植は,原告の自己決定権という重要な基本的人権を侵害するものであり,正当な医療とはいえず,許されないから,原告と被告との間の法律上の親子(父子)関係は認められるべきではない。」と主張していたところです。ここでの「原告の同意」は,「凍結受精卵(胚)を融解し,母胎に移植する時期に必要とすべきである」とされており,胚の母胎への移植時に存在する必要があったものとされています。また,「原告の自己決定権」といわれるだけでは何に関する自己決定権であるのか分かりませんが,これは,文脈上「子をもうけること」に係る自己決定の権利のことであるものと解されます。

しかし,ここで原告の「自己決定権」を侵害し得た者はその妻又は当該生殖補助医療を行った医師であって,生まれた子には関係がありませんから,当該「侵害」が当該子との父子関係の有無に影響を与えるのだとの主張には,当該子の立場からすると少々納得し難いところがあるようでもあります。

令和元年大阪家裁判決の本論においては,原告の主張に係るその「自己決定権」に言及して応答するところがありません。難しい議論をして状況を流動化させるよりも,ルールに関する明確性・安定性を求め(「法律上の親子関係を早期に安定させ,身分関係の法的安定を保持する必要」ということは,ルール及びその適用の明確性・安定性が必要であるということでしょう。),生殖補助医療により出生した子の法律上の父子関係についても「自然生殖によって生まれた子と同様に解するのが相当」であるものと判断されたものでしょう。

 

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7 旧民法財産編262条4項と34条等との関係論及び「ローマ法的解決」

 

(1)民法233条の同法上の位置付け問題

民法233条の趣旨をどう考えるべきかの問題に改めて立ち戻って考えるとしても,同条の民法中における位置付けは難しい。「土地の所有権は,法令の制限内において,その土地の上下に及ぶ。」(民法207条)とされている以上,民法2331項は,当該所有権に基づく妨害排除請求権と重複します(民法・不動産登記法部会資料72頁参照)。民法2332項は,土地に侵入した根の所有権が当該土地の所有者に属するのならば(この点が正に問題ですが。),「所有物の使用,収益及び処分」(同法206条)そのものの一環ということになり得ますから,これも重複しそうです。

 

(2)旧民法財産編34条等と同編2624項(民法233条)との関係

ただし,民法233条は旧民法財産編2624項を承けた規定であるということなので,旧民法の中での位置付けを考えると,ある程度なるほどと合点し得る説明ができそうではあります。

 

ア 旧民法財産編34条論

 

(ア)旧民法財産編34

実は旧民法における土地の所有権については,民法207条のような一般的な規定は伴われてはいませんでした。確かに旧民法財産編301項は「所有権トハ自由ニ物ノ使用,収益及ヒ処分ヲ為ス権利ヲ謂フ」と規定していましたが,所有物が土地である場合について同編34条は,「土地ノ所有者ハ其地上ニ一切ノ築造,栽植ヲ為シ又ハ之ヲ廃スルコトヲ得/又其地下ニ一切ノ開鑿及ヒ採掘ヲ為スコトヲ得/右孰レノ場合ニ於テモ公益ノ為メ行政法ヲ以テ定メタル規則及ヒ制限ニ従フコトヲ要ス/此他相隣地ノ利益ノ為メ所有権ノ行使ニ付シタル制限及ヒ条件ハ地役ノ章ニ於テ之ヲ規定ス」と規定していました(フランス民法5522項及び3項に対応)。民法207条の規定と比較すると,伸び伸びとした土地所有権の行使を認めるもののようには印象されません。

なお,不動産たる土地についてボワソナアドは,「真の不動産をなすものは,土地を構成する物というよりはそれが占める空間である(ce qui constitute le véritable immeuble, c’est moins la substance du sol que l’espace qu’il occupe)」と言っています(Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Premier, Des Droits Réels ; Tokio, 1890: p.34)。(しかし,空間は,有体物でしょうか。)

 

(イ)民法207

民法207条は,旧民法財産編34条の規定だけでは「事柄が足りないので,一般的な原則」を掲げるべく「同条を修正してつくられたもの」,と報告されています(川島=川井編319頁(野村=小賀野))。189468日の第19回法典調査会で梅謙次郎は民法207条の規定を置くべき必要について「唯疑ヒノ起ルノハ空中ノ話シテアリマス譬ヘバ私ノ地面ノ右ノ方ノ隣リノ者カ恰度(ちやうど)左ノ方ニ地面ヲ持ツテ居ルト仮定スル其間ニ電話ヲ架設シヤウトシテ私ノ地面ノ上ヲ通(ママ)ス其場合ニ空中ハ御前ノ所有物テナイカラ斯ウ云フコトヲシテモ構ハヌト言ツテヤラシテハ叶ハヌ是カラ段々世ノ中カ進歩スルニ従ツテ然ウ云フ事柄ハ余程多クナツテ来ヤウト思ヒマス然ウ云フコトヲ規定スベキ必要ガアラウト思フ」(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第7119丁裏-120丁表)等と説明しています。こう言われると,土地の所有権に基づく妨害排除権の及ぶ範囲が第一に問題になっているように見えます。2055分まで審議が続き,磯部四郎からは修正案が出(追随者なし),奥田義人,村田保,菊池武夫,都筑馨六及び三浦安からは削除説が唱えられました。削除説についていえば,梅も当該規定について「若シ之カナカツタナラハ所有権ト云フモノハ土地ノ上下ニ及ハヌモノテアルノヲ此箇条ヲ以テ特ニ及ホシタモノデアルカト云フ御問ヒテアリマスガ私共ハ然ウハ思ツテ居リマセヌ」,「〔上の方,空中については〕疑ヒノアル点テアリマスカラ此処ニ規定シヤウト考ヘタノテアリマス」と述べており(民法議事速記録第7121丁裏-122丁表),したがって,民法207条は絶対不可欠とまでは言えなかったわけです。最後は議長の西園寺公望が採決し,削除説への賛成少数で梅の原案が可決されています。

 民法207条は難産で,梅謙次郎は苦労したわけですが,実は三起草委員の一人である富井政章は同条についてニュアンスの違った解釈をしていたようでもあります。同条に係る富井=本野のフランス語訳は “La propriété du sol emporte, sous réserve des restrictions apportées par les lois et ordonnances, la propriété du dessus et du dessous.” であって,直訳すれば,「土地の所有権は,法令の制限内において,その上下の所有権の取得を伴う。」でしょうか,「法令の制限内において」の部分を除いてフランス民法5521項と同じ表現となっています。しかしてフランス民法552条は,不動産上の添付(accession)に関する規定なのでした。添付は,所有権取得の一態様です。ローマの添付法には「地上物は土地に従う(superficies solo cedit)」とあります。

 

イ 旧民法財産編34条と枝の剪除請求権との関係及び同編36条の本権訴権等

 

(ア)枝の剪除請求権との関係

旧民法財産編341項及び4項を見ると,越境した枝の剪除を越境された土地の所有者が求めるためには,明文の特則があった方がよかったようです。

確かに,ボワソナアドは,「土地の所有者は,当該土地の上の空間の主人である。したがって,隣人は,分界線上において,当該分界線から垂直に伸ばした線を越える建築をすることはできない。また,隣人は,一所有地と他の所有地との間に橋を差し掛けて,中間の他人所有地の上を通過することもできない。何ら難しいことはない。」との解釈を説いてはいました(Boissonade, p.93)。しかしながら,土地上の空間に係る妨害排除のために占有訴権たる保持訴権を行使しようとすると,それは「其ノ占有ニ関シ〔略〕妨害ヲ受」けた者が「妨害ヲ止マシメ又ハ賠償ヲ得ルヲ目的」として行うものということになりました(旧民法財産編362項・200条)。そこにおいては,当該空間下の土地の占有に関する妨害の有無及び妨害を止ましめる方法は何であるべきかの判断が面倒そうでありました。

 

(イ)旧民法財産編36条の本権訴権等

ところで,従来,物権的請求権については,「民法には,所有権に基づく物権的請求権そのものの規定はありません。しかし,占有権については占有訴権が認められており,これより強力な所有権についてこれに基づく請求権を認めることが相当であることや,民法202条が占有の訴えのほかに本権の訴えを認めていることに照らし,所有権について物権的請求権が発生するものと解されています。」(司法研修所民事裁判教官室『改訂 問題研究 要件事実――言い分方式による設例15題――』と説かれていましたが(司法研修所・20069月)56頁),「本権の訴え」といわれるだけでは――筆者一人の感想でしょうか――漠としています。「本権ノ訴(action pétitoire, petitorische klage)即チ占有(ママ)ル権利其物ノ主張ヲ目的トスルモノ」とやや敷衍していわれても(梅87頁),フランス語及びドイツ語のお勉強にはなっても,なおよく分かりません。(『ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社・1984年)には“action pétitoire”は「不動産所有権確認の訴訟」とあり,『独和大辞典(第2版)コンパクト版』(小学館・2000年)には„petitorische Ansprüche“は「本権上の請求権」とあるばかりです。)しかし,せっかく旧民法財産編361項本文に「所有者其物ノ占有ヲ妨ケラレ又ハ奪ハレタルトキハ所持者ニ対シ本権訴権ヲ行フコトヲ得(Si le propriétaire est troublé dans la possession de sa chose ou en est privé, il peut exercer contre tout détenteur l’action pétitoire)」とありますから,ここで,本権訴権とは何かについてボワソナアドの説くところを聴いてみましょう。

 

  ここまで論じられてきたrevendicationの訴え(action en revendication)は,まず,本権のpétitoire)〔訴え〕との名を占有のpossessoire)訴えとの対照において称する。本権の訴え(action pétitoire)は,原告が真にvraiment)所有権を有するものかどうかを裁判させようとするものであるf。占有の訴えは,原告が現実に(en fait)所有権を行使しているexerce)こと(占有するposséder),といわれること)を確認させようとのみするものである。本権の訴えは,権利の根拠le fond)について裁判せしめる。占有の訴えは,占有すなわち現実の行使l’exercice de fait)についてのみ裁判せしめるものである。

 (Boissonade, pp.96-97

 

  (f)ラテン語のpetere,すなわち「求める(demander)」に由来するpétitoireの語は,それ自体では十分確定した意味を有しない。しかし,ローマ法に影響された全ての立法において,上記の意味と共に,術語とされている(consacré)。

   本権の訴えは,所有権のみならず他の物権の多くについてそもそものau fond)その存在について裁判させるためにも行われる。

  (Boissonade, p.96

 

 本権の訴えは所有権その他の物権の存否を裁判させようとするものであるのはよいのですが,当該争点に係る肯定の裁判の結果,どのような請求を実現させようとするものであるのかというと,旧民法財産編36条に対応するボワソナアド草案37条の第1項及び第2項を見ると(Boissonade, p.76),action en revendication(所有物取戻訴権)及び’action négatoire(否認訴権)の行使が想定されていたところです。

フランス語のrevendicationは,ラテン語のrei vindicatio(所有物取戻訴権,所有物取戻しの訴え)に由来します。ローマ法においては「所有物取戻訴権は物権中の王位の権利の最強武器である。「予が予の物を発見するところ予これを取り戻す」(ubi rem meam invenio, ibi vindico)原則は何等の制限を受けない。何人の手からでも何等の補償も要せずして取り戻せるのである。その者が如何に善意で過失なくして取得したにしても,彼は保護せられない。比較法制史上個人主義がかくほど徹底した法制も稀である。」とのことでした(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)120頁)。

ローマ法における否認訴権(actio negatoria)については,「役権否認の訴権である。ドイツ普通法時代には占有侵奪以外のあらゆる妨害排除の訴権に高められている。目的は制限なき所有権の確認,侵害の排除,目的物(人役権〔用益権(旧民法財産編44条参照),準用益権,使用権(同編1101項参照)並びに住居権(同条2項参照)及び奴隷又は獣の労務権(原田127-128頁)〕につき問題となる)利益の返還,損害の賠償及び将来妨害せずとの担保問答契約の提供である。」と説明されています(原田120頁)。ボワソナアドは,否認訴権を説明していわく,「この場合,所有権者は彼の地所をなお占有しているので,彼がそれを要求するrevendiquer),彼がそれを取り戻そうとする,とはいえない。彼は専ら自由,解放を求めるのである。したがって,彼はその所有権を確認するのではない。その権利は争われていないからである。彼は,他者によって主張されている役権を争い,否認するdénie)のである。ここから,否認négatoire)訴権の名が生ずる。全くローマ由来の名である。」と(Boissonade, p.96)。

実は,旧民法財産編36条には立法上の不体裁があって,その第1項はaction en revendicationにのみ係るものでした(cf. Boissonade, p.76)。確かに同項の本権訴権行使の相手方は「所持者」です。ボワソナアドも,否認訴権はaction en revendicationの一種であると述べつつも,「否認訴権(action négatoire)は古いテキスト(l’ancien texte [sic])においては言及されていない〔筆者註:ボワソナアドのProjet1880年版及び1882年版のいずれにも否認訴権に係る規定はちゃんとありましたので,「古いテキスト」とは旧民法財産編36条のことを指すのでしょうか。〕。これは修正されなければならなかった脱漏であった。地役権の行使によって妨害された所有権者がそれを争うのは所有物取戻しの訴えによるものでないことを理解するには,〔ボワソナアド草案〕288条〔すなわち旧民法財産編2692項〕を待つまでもない。」と述べています(Boissonade, pp.95, 96(1))。

否認訴権に係るボワソナアド草案372項は次のとおりです(Boissonade, p.76)。

 

   Il peut aussi intenter une action négatoire contre ceux qui exerceraient sur son fonds des droits de servitude qu’il prétendrait ne pas exister.

  (所有権者は,また,彼が存在しないと主張する役権を彼の地所に行使する者に対して否認の訴えを提起することができる。)

 

「否認の訴え」というと嫡出否認の訴え(民法775条等)や,破産法(平成16年法律第75号)上の否認権の行使に係る訴え(同法173条)と紛らわしいですね。やはり旧民法財産編2692項流に「拒却訴権」の行使ないしは「拒却」の訴えとでもいうべきでしょうか。いずれにせよ,否認訴権を読み出しにくい旧民法財産編361項を前提とすれば,土地所有権に対する妨害の排除手段の明示に係る同編2624項の存在はその分の有用性を有していたわけです。

なお,我妻榮は「所有権についても,これ〔占有訴権〕に対応する所有物返還請求権(rei vindicatio)・所有物妨害除去請求権(actio negatoria)・所有物妨害予防請求権が,学説上一般に認められている。のみならず他の物権にも――物権それぞれの内容に応じて多少の差はあるが――これらに対応するものが認められている。そしてこれを物権一般の効力として,物上請求権または物権的請求権という(ドイツ民法は所有権について規定し(985条以下),他の物権に準用する。〔略〕)。」と述べており(我妻Ⅱ・22頁),そこでは所有物妨害予防請求権にラテン語名が付いていません。この点に関しては,ボワソナアドも,旧民法財産編36条に関して所有物妨害予防訴権については言及していなかったところです(Boissonade, pp.95-97)。

 

ウ 旧民法財産編34条と根の截去権との関係

また,根の截去についても,旧民法財産編342項の「開鑿及ヒ採掘(excavations, fouilles et extractions de matériaux)」にぴったり当てはまらないとともに(大は小を兼ねるのでしょうが,それでも,邪魔物たる隣地からの根の截去は,有益物であろうし,かつ,土地所有者の所有物又は無主物たるべきものであろうmatériauxの採掘に含まれ得るものでしょうか。),相隣関係なので地役の章を見なければならず(旧民法財産編344項),そこで同章を見れば,旧民法財産編261条は井戸,用水溜,下水溜及び糞尿坑,地窖並びに水路用石樋及び溝渠を穿つについて分界線から保つべき距離を規定しており,すなわち,分界線付近で穴を掘ることは注意してすべきものとされてあるところ,隣地から侵入して来た根の截去のための土堀りは分界線からどれだけ離れてすべきか,又は分界線に接してすることができるかは,やはり明文で規定されるべきものだった,とも考えられないものでしょうか。あるいはこじつけ気味に,第25回法典調査会における前記土方=梅問答にヒントを探してみると,旧民法財産編2624項は,竹木の存在する隣地を要役地とし,その枝又は根が侵入する土地を承役地とする地役権の存在を否定する趣旨であるように解されます(梅の言う「時効ニ依テ取得」するものは,地役権でしょう。)。旧民法財産編2621項から3項までは竹木の栽植又は保持において保つべき分界線からの距離を規定していますが,当該距離を保ちさえすればあとは枝又は根の侵入について隣地に対する地役権までが付随して認められるというわけではないよ,ということが同条4項の趣旨だったということもできないでしょうか。

しかし,さかしらなこじつけは,素直な事実認識を阻害しそうではあります。

結局のところ,越境した根の所有権の帰属はどうなっていたのでしょうか。

ちなみに,ある土地に生立している草木(及びその根)は土地の本質的構成部分となるという,いささか重たい表現である例のドイツ民法941項後段に相当する明示規定は,管見の限り旧民法にはないようです。旧民法財産編81項第5本文は「樹林,竹木其ノ他植物」を「耕地,宅地其他土地ノ部分」(同項第1)と並置して「性質ニ因ル不動産」としており(「性質ニ因ル不動産」は,その性質に因り遷移することを得ない物(同編7条)),同編81項第5ただし書を承けた同編12条は「植木師及ヒ園丁カ売ル為メニ培養シ又ハ保存シタル草木」(第3)及び「収去スル為メニ譲渡シタル樹木及ヒ収穫物」(第4)のような「仮ニ土地ニ定著セシメタル物」を「用法ニ因ル動産」としています。ただし,ボワソナアドは,樹林,木,小低木及びその他の植物並びに果実及び収穫物について,「土地から(du sol)分離して動産にすることが非常に容易(bien facile)な物であるが,そこにつながっている間は,それと一体をなし(tant qu’ils y sont attachés, ils font corps avec lui),かつ,性質上の不動産である。」とし,また,「栽植又は播種の場合,木及び種子は,なお根を下ろしていなくとも,地中に置かれるとともに不動産となる。」と述べています(Boissonade, p.35)。

 

(3)「ローマ法的解決」

 隣地の竹木から侵入して来た根の被侵入地内における所有権について,旧民法は土地所有者帰属説及び竹木所有者帰属説のうちどちらを採っていたのかがなおよく分からないのであれば,同法の母法たるフランス民法についてそれを問うべし,ということになります(我が民法233条と同様の規定として,フランス民法673条が存在します。当該条文は,後に御紹介します。)。ということで筆者は,頑ななる我がPCに手を焼きつつ,おフランス語でインターネット検索を重ねたのですが,そこで思わぬ収獲がありました。

フランス民法の淵源であるところのローマ法においては,隣地に侵入した根(radix)について樹木所有者帰属説が採られていたことが分かったのです(フランス民法及び我が旧民法も同説採用でしょう。)。日本民法の解釈問題は残るとしても,筆者の問題意識の主要部分はこれでひとまず解消したようです。

 当該収獲は,1823年にパリのImprimerie de Dondey-Dupréから出版されたポチエ(R.J.Pothier)の『ユスティニアヌスの学説彙纂(Pandectae Justinianeae, in Novum Ordinem Digestae, cum Legibus Codicis et Novellis quae Jus Pandectarum Confirmant, Explicant aut Abrogant)』第19巻の538-539頁にありました(Lib.XLVII. Pandectarum Tit.VII: III)。

 

   Non ideo minus autem furtim caesa arbor videbitur, quod qui radices hujus caecidit, eas in suo s[o]lo caecidit.

  (しかし,木の根を截った者が彼の地所でそれをしたからといって,それだけより窃盗的にではなくその木が伐られたことにはならない。)

   Enimvero si arbor in vicini fundum radices porrexit, recidere eas vicino non licebit: agere autem licebit non esse ei jus, sicuti tignum aut protectum immissum habere. Si radicibus vicini arbor aletur, tamen ejus est, in cujus fundo origo ejus (1) fuerit. l.6. §2. Pomp. lib.20. ad Sab.

  (確かに,「木が隣人の地所に根を伸ばした場合,当該隣人はそれを截ることはできない。彼に権利はない。しかし,梁又は廂が侵入してきたときと同様に行動することはできる。隣人の木がその根で養分を吸収するとしても,しかしそれは,それが最初に生えた場所がその地所内にある者のものである1。」6節第2款ポンポニウス第20編サビヌスについて

 

    (1Nec obstat quod in institut. lib.2. tit.1. §31 dicitur, ejus arborem videri, in cujus fundo radices egit. Hoc enim intelligendum quum integras radices egit, ita ut omnino ex hoc solo arbor alatur. Quod si mea arbor extremas du[m]taxat radices egerit in solo vicini: quamvis haec inde aliquatenus alatur, tamen mea manet; quum in meo solo et radicum maxima pars, et origo arboris sit.

     (『法学提要』第2編第1章第31節において,その地所に根が張った者に木は属するものと見られるといわれていることは,妨げにならない。それは,当該土地からその木が全ての養分を吸収するように全ての根が張っている場合のこととして理解されるべきものなのである。私の木が隣人の土地にせいぜい根の先端を延ばしたとして,その木がそこから幾分かの養分を吸収したとしても,根の大部分が,及び木の生え出した場所が,私の土地内にあれば,それは依然私のものである。)

 

ローマ法では,隣地の木の根が境界線を越えるときであっても,被越境地の所有者はその根を切り取ってはならないのでした。その理由は,隣人の梁や廂が侵入してきたときと同様に振る舞えというところからすると,越境した根はなお,その木の所有者の所有に属するから,ということになるわけでしょう。この点,S.P.スコットのDigesta英訳(1932年)では“but he can bring an action to show that the tree does not belong to him; just as he can do if a beam, or a projecting roof extends over his premises.(しかし,彼は,ちょうど梁又は廂が彼の地所に突き出てきたときにできるように,その木は彼のものではないことを示すために訴えを提起することができる。)となっていますnon esse ei jus”の不定法句は,agereを言説動詞とした,間接話法の内容ということでしょうか。当該不定詞句は,ポチエのフランス語では最後の文にくっつけて訳されていて,筆者の頭を悩ませたのでした。)

邦語でも「地下にある〔突出してきた〕根についても,これを切断させることが,可能です。相手方がその作業をしないときには,その人が自力で〔略〕根を切り取る行動に出ても差し支えありません。これは,法上許された「自力救済」の一つのパターンですね。」ということが紹介されています(柴田光蔵「ROMAHOPEDIA(ローマ法便覧)第五部」京都大学学術情報リポジトリ・紅(20184月)37頁)。自力截去は直ちにはできません。「又我が樹木根が隣地[に]出でるときは,隣人はこれを有害と認むるときは任意にこれを除去することを得。」というのは(吉原達也編「千賀鶴太郎博士述『羅馬法講義』(5)完」広島法学333号(2010年)85-86頁),反対解釈すると任意の除去は有害のときに限られ,無害のときは手を出せないということですが,これは当該越境樹木根の所有権を当該隣人が有していないからでしょう。

ローマ法においては,木の所有権は,その木が最初に生えた場所(origo)の属する土地の所有者に属する,ということでよいのでしょうか。註では根の大部分の所在をも要件としていますが,本文の方が簡明であるようです。

なお,名詞origoは,動詞oririに由来し,当該動詞には太陽等の天体が昇るという意味もあります(おやじギャグ的に「下りる」わけではありません。)。日出る東方を示すOrientの語源ですね。


(4)ボワソナアドの旧民法財産編262条4項解説探訪(空振り)

なお,民法財産編2624項の趣旨をボワソナアドのProjetに尋ねてみても,空振りです。同条はフランス民法の1881820日法による改正後671条から673条まで及びイタリア民法579条から582条までを参考にしたものであること並びに旧民法財産編262条における分界線・竹木間距離保持規定の目的は通気及び日照の確保による居住及び耕作の保護であり,「市街地では木は実用のためというよりは楽しみのためのものであるし,田園地においてはその広さが規定された距離を容易に遵守することを可能とすることから」,法は遠慮なし(sans scrupules)に所有権者の自由を制限しているものであることは説かれていますが,同条4項について特段の説明はありません(Boissonade, pp.565, 568-570)。

 

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   民法2332項は,面白い条文として紹介されることが多い一方,基本書・註釈書の類ではその説明はあっさりとしたものとなっています(我妻榮著・幾代通=川井健補訂『民法案内4 物権法下』(勁草書房・2006年)においては,同項の説明に当たって,末弘厳太郎と(たけのこ)とのエピソードが紹介されています(32-33頁)。)。最近筆者のブログ記事はみな一様に長く,くどくなり過ぎて評判が非常に悪そうだと懸念していたところ,同項についてならばコンパクトにまとまった気の利いたものが落語的に書けて名誉挽回かなと楽観視しつつ本稿を書き始めたのですが,あに図らんや,問題は意外に根深く,収拾をつけるためには旧民法から更にフランス法・ドイツ法のみならずローマ法まで掘り返さなければならない破目となりました。

 

1 条文

 民法(明治29年法律第89号)2332項(令和3年法律第24号の施行(2021428日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行(同法附則1条))からは2334項)は,土地の所有者は「隣地の竹木の根が境界線を越えるときは,その根を切り取ることができる。」と規定しています。富井政章及び本野一郎によるフランス語訳文では “Quant aux racines des arbres ou bambous du fonds voisin, qui dépassent la ligne séparative, il est permis de les couper.” となります。

平成16年法律第147号が施行された200541日(同法附則1条,平成17年政令第36号)より前は,「隣地ノ竹木ノ根カ疆界線ヲ踰ユルトキハ之ヲ截取スルコトヲ得」との文言でした。

 

2 根の切取りの費用負担問題

 しかし,びっしりと,あるいは深々と伸びた竹木の根を截取するのも大変な作業で物入りでしょう。自分で截取した後に当該竹木の所有者にその費用の償還を請求できないと,せっかくの民法2332項も画竜点睛を欠きます。ところが,意外とこの辺がはっきりしません。

従来は「根の切取りについては,費用負担に関する規定がなく,現行法上は越境された土地所有者が費用を負担するものと解される」(「民法・不動産登記法部会資料7 相隣関係規定等の見直し」(法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議(2019611日))6(ただし,大谷太幹事(法務省民事局参事官)は「根の方は,これはどう考えられているのかなというのも,ややよく分からないというところがございまして,根の方も同じように,恐らく,きちんとやろうとすれば,かなりお金が掛かることもあり得ると思いますけれども,今は少なくとも,根の方は,根を切り取る方が費用を負担しているということを前提に書きました。論理的に必ずそうだというわけではないとは思います。」と述べてはいます(同会議議事録52頁)。)),「民法第233条は,費用負担に関しては何らの定めもない。枝については竹木所有者に切除させ,根については土地所有者自らが切除するわけであるから,枝の切除に係る費用は竹木所有者が,根の切除に係る費用は土地所有者が負担することになり,本条に基づく限りでは特段の費用償還関係は生じないであろう。」(齋藤哲郎「リサーチ・メモ 隣地の樹木の枝や根が境界を越えてきたら:民法233条をめぐって」(土地総合研究所・2019731日)5頁),「事前通告等なしに切除が可能である分その費用は土地所有者の負担とするものと考えられる。」(同6頁)ということであったようです。

 

3 起草者の説明

民法233条の条文は,189473日の第25回法典調査会に「第236条」として提案され梅謙次郎が説明したものがそのまま採択されていますが(その第1項は「隣地ノ竹木ノ枝カ疆界線ヲ踰ユルトキハ其竹木ノ所有者ヲシテ其枝ヲ剪除セシムルコトヲ得」),梅は「是レハ既成法典財産編第262条第4項ニ文字ノ修正ヲ加ヘマシタ丈ケデ,是レハ誠ニ当然ノ規定ト思ヒマスカラ茲ニ掲ケマシタ」と述べているだけです(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第931丁表)。

旧民法財産編(明治23年法律第28号)2624項は「右孰レノ場合〔分界線に接着して,又はそこから2尺若しくは6尺離して竹木を栽植若しくは保持することができ,又はしなければならない各場合〕ニ於テモ相隣者ハ竹木ノ所有者ニ対シ分界線ヲ踰エタル枝ノ剪除ヲ要求スルコトヲ得又自己ノ土地ヲ侵セル根ヲ自ラ截去スルコトヲ得」と規定していました(フランス語文は “Dans tous les cas, le voisin pourra requérir le propriétaire desdits arbres d’élaguer les branches qui dépasseraient la ligne séparative; il pourra lui-même couper les racines qui pénétreraient dans son fonds.” )。

なお,土方寧から「植(ママ)テカラ幾ラカ経ツタ樹木デ合意上ノ地役ト云フ様ナモノニ依ツテ隣地ノ所有者トノ約束ガ出来テ居ル場合ハ夫レデ後ノ所有者抔モ束縛スル様ナコトモ出来マスカ夫レハドウ云フ御考ヘデスカ」との質問が一つだけ出ていたところ,梅は「勿論地役ヲ設ケレバ其地役ニ依テ枝ヲ蔓コラセルコトハ相当ノコトト考ヘル,孰レ地役ノ事項ニ付テハ必ズはつきりシタ条文ガ極マルダラウト思ヒマスガ私一己ノ考ヘデハ斯ウ云フコトモ時効ニ依テ取得セシメテモ宜カラウト思ヒマス」と回答しています(民法議事速記録第931丁裏)。

梅は,その『訂正増補民法要義巻之二 物権編(第31版)』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1911年)においても,「仮令自己ノ所有地ニ之ヲ植ウルモ其枝又ハ根カ隣地ニマテ跋扈スルトキハ隣地ノ所有者ハ之ニ因リテ其土地ノ使用ヲ妨ケラレ為メニ損害ヲ受クルノ虞アリ故ニ隣地ノ所有者ハ其土地ニ蔓リタル枝ハ其所有者ヲシテ之ヲ剪除セシメ其蔓リタル根ハ自ラ之ヲ截取スルコトヲ得ルモノトセリ而シテ枝ト根トノ間ニ此区別ヲ設ケタルモノハ他ナシ根ハ自己ノ土地ニ於テ之ヲ截取スルコトヲ得ヘク又其土地ニ於テセサレハ之ヲ截取スルコト能ハサルカ故ニ若シ隣人ヲシテ之ヲ截取セシムヘキモノトセハ自己ノ土地ニ立入ラシメサルヘカラサルノ不便アルモ枝ハ往往ニシテ隣地ヨリスルニ非サレハ之ヲ剪除スルコト能ハサルカ故ニ若シ自ラ之ヲ剪除セント欲セハ隣地ニ立入ラサルヘカラサルノ不便アリ且枝ハ概シテ其価貴ク(果樹ニシテ已ニ成熟セル果実ヲ着クル場合ニ於テハ殊ニ然リトス)根ハ概シテ其価卑キヲ以テナリ」と述べているだけです(149-150頁)。

 

4 我妻榮の説明

我妻榮も「隣地の竹木の根が境界線を越えるときは,相隣者は自分で截取(●●)することができる(2332項)。枝に比して根は重要でないと考え,また,根の場合は移植の機会を与えるほどの必要はない,と考えて,枝と根との取扱いを異にしたのであろう。したがって,根の場合にも,何ら特別の利益がないのに截取することは,権利の濫用となる。なお,截取した根の所有権は,截取した者に属すと解されている(ス民6871項参照)。」と述べているだけです(我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店・1984年)295頁)。

ちなみに,スイス民法6871項は “Tout propriétaire a le droit de couper et de garder les branches et racines qui avancent sur son fonds, si elles lui portent préjudice et si, après réclamation, le voisin ne les enlève pas dans un délai convenable.(全ての所有者は,それらが彼に損害を及ぼし,かつ,催告後隣人が相当な期間内にそれらを除去しない場合においては,彼の土地に侵入する枝及び根を切断し,かつ,保持する権利を有する。)と規定するものです。

 

5 越境した根の所有権問題

しかし,截取の前後を問わず,越境した根の所有権の問題は重要でしょう。

 

(1)最判昭和461116日と物権的請求権と

 

ア 最判昭和461116

最高裁判所昭和461116日判決集民104295頁は,「原判決の認定したところによれば,本件係争地は被上告人らの所有に属し,上告人は,苗木を植え付けこれを維持管理するにつき正当な権原を有することなく,本件係争地内に本件杉および檜苗木を植え付けて同地を占有しているというのである。しかるに,権原のない者が他人の土地に植栽した樹木またはその苗木は,民法242条本文の規定に従い,土地に附合し,土地所有者がその所有権を取得するものと解されるから,右認定によれば,本件苗木は上告人の所有に属するものではなく,したがって,上告人において被上告人らに対しこれを収去する義務を負うものではないというべきである。してみれば,上告人に対して本件苗木を抜去して本件係争地を明け渡すことを求める被上告人らの請求を認容すべきものとした原判決は,右規定の解釈適用を誤り,ひいて理由にそごをきたしたものといわなければならず,論旨は理由がある。」と判示しています。

すなわち,隣地から侵入して来た竹木の根の所有権が被侵入地内の部分については被侵入地の所有者に属することになるのであれば(民法242条本文参照),当該被侵入地の所有者が自分の所有物である当該根を切り取り得ることは当然のこととなる一方,当該根の截去義務を隣地の当該竹木所有者は負わない,ということになりそうです。

 

イ 所有権に基づく妨害排除請求権

所有権に基づく所有物妨害排除請求権については,「所有権内容の実現が占有の喪失以外の事情によって妨げられている」所有者がその主体であって,「この請求権の相手方は,現に妨害を生じさせている事実をその支配内に収めている者である。」といわれています(我妻Ⅱ・266頁。下線は筆者によるもの)。確かに,自分の土地に対して,自分の土地内にある自分が所有する根が妨害を生じさせている場合,現に妨害を生じさせている当該事実をその支配内に収めている者は自分ですから,この場合には,当該土地の所有権に基づく妨害排除請求の相手方はいなくなってしまいます(自分で自分を訴えてどうするのでしょうか。)。

 

(2)土地所有者帰属説vs.竹木所有者帰属説

 

ア 土地所有者帰属説

越境した根の所有権の帰属については,一般に,「根は土地の一部となっているため,土地所有権に基づいて根も切り取ることができるなどと解することもできると思われ,実際の処理としても簡便で,〔民法2332項の規定には〕相応の合理性があると考えられる。」と(民法・不動産登記法部会資料76頁),あるいは,「侵入した竹木の根は,それが土地の構成部分か定着物かにはかかわらず,侵入当初より土地の所有権に包含」されると解すべきもの(齋藤5頁,また4頁),「境界線を越えて入り込んだ根は侵入を受けた土地の所有権の客体の一部となったと解される」もの(能見善久=加藤新太郎編集『論点体系 判例民法〈第3版〉2物権』(第一法規・2019年)274頁(松尾弘)),「竹木の根は土地の構成部分となり,土地所有者の所有に属する(242条本文参照)」もの(石田穣『民法大系(2)物権法』(信山社・2008年)327頁)とされているようです。

 

イ 竹木所有者帰属説

とはいえ根は,稈(竹の場合)又は幹(樹木の場合)及び枝葉花と共に構成される1個の竹木の一部のはずです。一物一権主義もあればこそ,「物権の目的物は独立(●●)()()であることを要する。物の一部ないし構成部分に対しては,直接的支配の実益を収めえないのみならず,公示することが困難であって,排他的権利を認めるに適さないからである。」と説かれています(我妻Ⅱ・12頁)。そこで,土地の人為的な筆界を分界線(面)として一物たる竹木の部分について各別の所有権を認めるとはいかがなものであろうかということでしょうか,民法2332項に基づき切断された根は「やはり竹木所有者に返すのが妥当であろう。」とする説もあります(川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7)物権(2)』(有斐閣・2007年)365頁(野村好弘=小賀野晶一))。

なお,土地も竹木も不動産ではないものとしての解釈論として,「集合動産である土地Aに隣地Bから竹木という動産の一部が侵入することにより集合動産である土地Aの所有権が侵害されていることになることから,この場合に限って,集合動産である土地Aの所有権の優位を認め,当該集合動産としての土地A所有者の自救行為として隣地Bから伸びてくる竹木の根を切除することを認める違法性阻却事由として同法〔民法〕2332項が存在していると解する。違法性が阻却される結果,隣地竹木所有者は,当該竹木の根の切除を理由として損害賠償請求をすることができない。」と説くものがあります(夏井高人「艸――財産権としての植物(2)」法律論叢876号(20153月)152頁)。

 

ウ 対立の現状

法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議においては,佐久間毅幹事(同志社大学大学院司法研究科教授)は土地所有者帰属説に拠って,根は土地に付合していると思うと述べつつも「間違っているかもしれませんが。」との留保を付し,水津太郎幹事(慶応義塾大学法学部教授)は「隣地の竹木の根が境界線を越える場合に,その根のうち,越境している部分だけが,越境された土地に付合するのか,それとも付合することなく,その根は,枝と同じように,越境している部分も含め,隣地の土地所有者にとどまるのかは,議論の余地がありそうです。」と竹木所有者帰属説に理解を示す発言をしています(同会議議事録49頁)。

梅謙次郎は,土地と「之ニ栽植シタル草木」とは「2物」であって一物をなすものではないと見ていましたが(梅173頁),これは竹木所有者帰属説成立の余地を示すものでしょう。

なお,栽植された草木が土地と一体となってその構成要素となってしまう(土地に包含されてしまう)というのはドイツ法においては明らかな考え方のようであって,ドイツ民法941項は „Zu den wesentlichen Bestandteilen eines Grundstücks gehören die mit dem Grund und Boden fest verbundenen Sachen, insbesondere Gebäude, sowie die Erzeugnisse des Grundstücks, solange sie mit dem Boden zusammenhängen. Samen wird mit dem Aussäen, eine Pflanze wird mit dem Einpflanzen wesentlicher Bestandteil des Grundstücks.(土地(不動産)の本質的構成部分には,大地の定着物,特に建物及び土とつながっている限りにおいて当該土地の産出物が属する。種子は播種によって,草木は栽植によって土地の本質的構成部分となる。)と規定しています。「ドイツ民法は,動産と土地(Grundstück)とを対立させ,建物・樹木などを土地の本質的構成部分(wesentlicher Bestandteil)として土地と同一にとり扱う(ド民94条以下)。」というわけです(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1972年)211頁)。

しかし,要は竹木に係る所有権の単位を法律でどう決めるかの問題です。

 

(3)竹木に係る所有権の単位と土地との関係

 

ア 樹木:立木法等

竹木のうち樹木についてですが,明治42年法律第22号(立木に関する法律(立木法)。題名のない法律です。)11項には「本法ニ於テ立木ト称スルハ一筆ノ土地又ハ一筆ノ土地ノ一部分ニ生立スル樹木ノ集団ニシテ其ノ所有者カ本法ニ依リ所有権保存ノ登記ヲ受ケタルモノヲ謂フ」と,同条2項に基づいて樹木の集団の範囲を定める勅令(昭和7年勅令第12号)の第2条には「同一ノ土地ニ生立スル樹木ノ集団ニ付2箇以上ノ立木ノ登記ヲ為スコトヲ得ズ」と,同法13条には「立木登記簿ハ1個ノ立木ニ付1登記記録ヲ備フ」とありますから,樹木に係る所有権の単位は土地の筆による(また,1個の立木の所有権に属する樹木は複数であるのがむしろ原則)ということになるようです。

立木法によらない立木も,「ある程度の独立を有するものが判例によって認められるようになった。その理論は,要するに,立木は,その生育する山林(地盤)の一部であることを原則とするが,とくに地盤から独立した別個の物として取引をすれば,別個の物権の目的となり,明認方法(例えば木を削って所有者名を墨書するなど,所有権の所在を公示すること)を施せば,第三者に対抗することもできるというのである。」ということですから(我妻Ⅰ・215頁。下線は筆者によるもの),本来各筆の土地の一部として筆を単位に取り扱われ,明認方法をもって地盤から分離されるときも一般的には地盤に係る筆がその単位となるのでしょう。樹木の所有権の単位は,当該樹木が土地の定着物たる不動産である場合においては,土地の単位に従うのが自然であるわけです。

材木(これは動産)ならざる樹木の個別取引は,移植するためでしょうが(しからざれば,他人の土地の中に自分の木が1本ぽつんと生立していてそれを一体どうするのでしょうか。),移植の際にはそれは動産となります。「個々の樹木については,一般に,独立の物権変動は認められない。けだし,取引慣行は,普通(●●)()(),かようなものを生立したままでは独立の取引価値あるものと認めないからである。しかし,とくに独立の取引価値を認められる場合には,樹木の集団と同様に取扱ってさしつかえない。判例もこの理論を認めている(大判大正611101955頁――根まわししただけで,大根を切断しない場合は動産ではなく,所有権移転を第三者に対抗するためには明認方法を必要とする)。」と説かれています(我妻Ⅱ・204頁)。

 

イ 竹:最判昭和351129

竹については,次の判例があります。

最高裁判所昭和351129日判決集民46563頁は「所論の竹は「隣地から竹の根(地下茎)が本件土地へはいつて来て,それからはえた竹」であること,原審の認定するところであり,原判決挙示の証拠からみれば右竹材を土地の果実とみた原審の判断は首肯するに足りる」と判示しています(上告棄却)。ここでは竹材が土地の果実とされていますから,元物は土地です。筍,竹ないしは竹林は,筍として頭を出した地点に係る土地の一部とされるものであり(「未分離の天然果実は,普通は,元物の一部であって,独立の物ではなく(一般に土地の一部),従って,一般に,独立の物権の客体となりえない。」とされています(我妻Ⅰ・228頁)。),かつ,隣地からの地下茎も,侵入以後の部分は当該被侵入地に付合して,被侵入地の所有者がその所有権者となるということでしょうか。

この点,上記昭和35年判決に係る事実関係を具体的に知りたいところですが,上告代理人の上告理由及び当該判決の匿名解説(判時24447頁)によれば,「本件土地」は農地改革における農地買収処分の結果上告人の所有から被上告人らの先代の所有に移ったもののその後当該買収処分が取り消されたものであって(その結果,農地買収処分時からその取消時までの期間(「本件期間」)も上告人の所有であったことになります。),本件土地上に生育していた「所論の竹」を本件期間中被上告人らの先代が「〔生えてから〕1年ないし数年の間に切りとって利用」していたところ,その伐採について上告人が被上告人らに対して損害賠償を請求したもののようであって,これに対して「被上告人等は原審に於て係争の竹林は隣地より竹の根が係争地に入り其根から生育した竹であるから此竹林は被上告人等に於て勝手に伐採し得る権利ありと抗弁」があったということのようです。当該抗弁の趣旨はなおはっきりしませんが,当該「隣地」は被上告人らの先代に属し,その結果,そこから地下茎が延びてその地下茎から生育した「係争の竹林」も被上告人らの先代の所有に係るものである(「勝手に伐採し得る権利あり」)との主張だったものでしょうか。結局上告人の損害賠償請求は認められませんでしたが,これは,切り取られた竹(生えている段階の竹ではありません。)は本件土地の天然果実であって,「その元物から分離する時に,これを収取する権利を有する者に帰属する」ところ(民法891項),被上告人らの先代は本件土地の善意の占有者として当該収取する権利を有するもの(同法1891項。上告理由には「竹林が同人〔被上告人らの先代〕の所有に属すると信じて居つたと否とに拘はらず」とのくだりがあります。ただし,果実たる本件竹材の元物は土地なので,善意で占有された物は本件土地でしょう。)と認められたものでしょう。隣地から地下茎が延びて来て生えた竹だからその所有権は隣地の所有者に属するということの認定は,されていません。この認定省略の前提は,地下茎が境界線を越えると越えた先の部分の所有権は当該被侵入地の所有者に帰属する,当該「竹木の〔地下茎又は〕根から竹木が地上に成育している場合,その成育している竹木も土地所有者の所有に属する。」(石田327頁)ということでしょうか。しかし,民法2332項の根(地下茎)の截取権の対象には当該根(地下茎)から生えた竹木までもが含まれると解すれば,当該竹木の截取(民法891項にいう「これを収取する権利」に基づく竹木材の収取)のためには土地の所有権があれば十分であって当該竹木の所有権までは不要であるということになり,したがってその所有権の帰属をあえて明らかにする必要のないまま,当該土地の善意の占有者による当該竹木に係る竹木材の取得について民法1891項の適用を見ることが可能であることとはなりましょう。

 

(4)土地所有者帰属説における付合に伴う償金問題

延びた根が隣地に付合するとなると(民法242条本文参照),当該越境した根に係る竹木の所有者が,民法248条に基づき隣地の所有者に償金を請求できるのではないかが問題になります。この点については「竹木の根は土地の構成部分であり,初めから土地所有者の所有に属する。したがって,附合による償金請求(248条)の問題は生じないと解される。」と説かれています(石田327頁。また,齋藤5頁)。少々分かりにくいので筆者なりに理解を試みると,根は延びつつ隣地に侵入するわけですが,延びて隣地に侵入する時及びその時以降は,根が新たに延びることと隣地に付合することとが同時に発生するのであって,竹木の所有者において当該延びた部分の所有権を取得する余地はなく(被侵入地の所有者が原始的に取得),したがって竹木の所有者について民法248条にいう損失はそもそも発生しない,ということでしょうか。根が延びるのは,その先端においてであるはずです。

 

 光る地面に竹が生え,

 青竹が生え,

 地下には竹の根が生え,

 根がしだいにほそらみ,

根の先より繊毛が生え,

 かすかにけぶる繊毛が生え,

 かすかにふるへ。

 (萩原朔太郎「竹」より)

 

6 法制審議会民法・不動産登記法部会における議論の揺らぎ

 しかしながら,以上の論点に係る解釈は,法制審議会民法・不動産登記法部会の場においては揺らぎを示しており,明快な公的解釈は示されなかったものと評価すべきように思われます。

 

(1)土地所有者帰属説隠し及び土地所有権に基づく妨害排除請求可能説の提起:201910

 20191029日の民法・不動産登記法部会第9回会議に提出された「民法・不動産登記法部会資料18 中間試案のたたき台(相隣関係規定等の見直し)」においては,「根については,民法第233条第2項に基づいて,隣地所有者は切り取った根の所有権をも取得すると解されており」と(10頁),截取した根の所有権を土地所有者が有するものとされる根拠が,土地への付合(民法・不動産登記法部会資料76頁)から,根の截取に係る民法2332項の効果に変更されています(水津幹事の指摘参照(第9回会議議事録58頁))。これは,「土地所有者は竹木の所有者に対し,土地所有権に基づく妨害排除請求として根の切除を請求することも可能と解され,その場合の強制執行の方法は〔略〕,竹木所有者の費用負担で第三者に切除させる代替執行の方法によることになると考えられる」とし,かつ,「隣地所有者が民法第233条第2項に基づいて切り取る場合の費用も,竹木の所有者の負担と整理することも考えられる」とするに当たって(民法・不動産登記法部会資料1810頁),侵入した根の所有権がなお竹木の所有者にあることにしようとしたゆえでしょうか(前記最判昭和461116日参照)。

なお,民法2332項を切り取った根の所有権取得の根拠条項とし得るとの主張の根拠は,筆者の忖度によれば,根は「価卑キ」ものであること(梅謙次郎前掲)のほか,旧民法財産編2624項では「截()」であった文言が平成16年法律第147条による改正前の民法2332項では「截()」となっていたことでありましょうか。

20201月付けの法務省民事局参事官室・民事第二課の「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」103頁においても,民法・不動産登記法部会資料1810頁と同様の記述が維持されています。)

 

(2)不法行為に基づく損害賠償請求権の確認:2020年6月

 2020623日の民法・不動産登記法部会第14回会議の「民法・不動産登記法部会資料32 相隣関係規定等の見直し」においては,「現行法では,竹木の枝や根が越境する場合には,所有権に基づく妨害排除請求権として枝や根の切除を求めることが可能であると考えられるが,枝や根の越境について通常は不法行為が成立し,損害賠償請求権が発生することや,切除の強制執行方法が代替執行の方法によることになることを踏まえると,特に規律を設けなくとも,切除費用は通常竹木所有者の負担となると考えられるため,規律を設けないとすることも考えられる。」との記述となり(14-15頁),不法行為法への言及が登場します(切除された根の所有権の所在に関する記述は見られません。)。

 

(3)土地所有権に基づく妨害排除請求隠し:2020年9月

 2020915日の民法・不動産登記法部会第18回会議の「民法・不動産登記法部会資料46 相隣関係規定等の見直し」に至ると,「部会資料32(第212))では,竹木の枝の切除及び根の切取りの費用の規律を設けることについて取り上げていたが,第14回会議において,このような費用については新たな規律を設けるべきでないという意見や,現行法のもとで,枝や根の越境について通常は不法行為が成立し,損害賠償請求権が発生することなどを踏まえると,特に規律を設けなくても,切除費用は通常竹木所有者の負担となると考えられるため,あえて規律を設けないという考え方もあるとの意見があった。これらの議論を踏まえて,本資料では,この論点について特別の規律を設けないこととしている。」という記述となりました(6頁)。いろいろ難しい議論があるから特別の規律を設けないことにしてこの話はおしまいにします,という曖昧な決着です。「所有権に基づく妨害排除請求権として〔略〕根の切除を求めることが可能であると考えられる」との「考え」は,結局は考えのままで終わってしまいました。せっかくの令和3年法律第24号による改正の機会でしたが,民法2332項の趣旨・性格については,なおはっきりしないままとはなりました。

 土地所有権に基づく妨害排除請求権ではなく,土地所有権に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に拠るべし,ということになるのでしょうか。(境界線を越えて入り込んだ根は侵入を受けた土地の所有権の客体の一部になると解する松尾弘慶応義塾大学大学院法務研究科教授は問題の法制審議会民法・不動産登記法部会の幹事でもありましたが,同教授の民法233条解説には「竹木の根が越境したことにより,隣地に何らかの損害があれば,隣地所有者は土地所有権に基づき,竹木の根の越境に対して何らの措置を施さなかった竹木所有者の不作為等を理由に,損害賠償請求(709条)をすることができよう。」とのみ記載されています(能見=加藤編274頁)。)

 いずれにせよ,「竹木が生物としては1個の個体であっても,土地の所有権の帰属に服する以上,法律上では,土地境界線を区切りとして異なる所有者の所有に属する財産権として扱うこととするほうが筋の通った論理になるはずである。しかし,それでは論理が破綻する。」(夏井151頁)というような,土地所有者帰属説に対する反対説は,なおもまだ,否定し去られてはいないようです。


(中)旧民法及びローマ法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900161.html

(下)フランス民法及びドイツ民法第一草案:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900162.html

 

 

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(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html

(中)ドイツ民法草案等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842106.html


4 旧民法

現行民法545条の旧民法における前身規定は,同法財産編4092項,421条,424条及び561条並びに同法財産取得編81条とされています(民法議事速記録第25108丁裏)。

 

 旧民法財産編4092項 解除ノ条件ノ成就スルトキハ当時者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシム

  (フランス語文は前掲)

 

 旧民法財産編421条 凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス

  (Dans tout contrat synallagmatique, la condition résolutoire est toujours sous-entendue au profit de la partie qui a exécuté ses obligations ou qui offre de le faire, pour le cas où l’autre partie ne remplirait pas les siennes.

  此場合ニ於テ解除ハ当然行ハレス損害ヲ受ケタル一方ヨリ之ヲ請求スルコトヲ要ス然レトモ裁判所ハ第406条ニ従ヒ他ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許与スルコトヲ得

  (Dans ce cas, la résolution n’a pas lieu de plein droit: elle doit être demandée en justice par la partie lésée; mais le tribunal peut accorder à l’autre un délai de grâce, conformément à l’article 406.

 

 旧民法財産編424条 裁判上ニテ解除ヲ請求シ又ハ援用スル当事者ハ其受ケタル損害ノ賠償ヲ求ムルコトヲ得

  (La partie qui demande ou invoque la résolution, peut, en outre, obtenir la réparation du préjudice éprouvé.

 

 旧民法財産編561条 義務ハ第409条,第421条及ヒ第422条ニ従ヒ明示ニテ要約シタル解除又ハ裁判上得タル解除ニ因リテ消滅ス

  (Les obligations s’éteignent par la résolution ou résiliation, stipulée expressément ou obtenue en justice, conformément aux articles 409, 421 et 422.

  解除ヲ請求ス可キトキハ其解除訴権ハ通常ノ時効期間ニ従フ但法律ヲ以テ其期間ヲ短縮シタル場合ハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la résolution doit être demandée en justice, l’action résolutoire ne se prescrit que par le laps de temps de la prescription ordinaire, sauf le cas où la loi fixe un délai plus court.

 

 旧民法財産取得編81条〔売買の解除〕 当事者ノ一方カ上ニ定メタル義務其他特ニ負担スル義務ノ全部若クハ一分ノ履行ヲ欠キタルトキハ他ノ一方ハ財産編第421条乃至第424条ニ従ヒ裁判上ニテ契約ノ解除ヲ請求シ且損害アレハ其賠償ヲ要求スルコトヲ得

  (Si l’une des parties manque à remplir tout ou partie de ses obligations, telles qu’elles sont déterminées ci-dessus ou de toutes autres obligations auxquelles elle se serait spécialement soumise, l’autre peut demander en justice la résolution du contrat, avec indemnité de ses pertes, s’il y a lieu, conformément aux articles 421 à 424 du Livre des Biens.

  当事者カ解除ヲ明約シタルトキハ裁判所ハ恩恵期間ヲ許与シテ其解除ヲ延ヘシムルコトヲ得ス然レトモ此解除ハ履行ヲ欠キタル当事者ヲ遅滞ニ付シタルモ猶ホ履行セサルトキニ非サレハ当然其効力ヲ生セス

  (Si la résolution a été expressément stipulée entre les parties, le tribunal ne peut la retarder par la concession d’un délai de grâce; mais elle ne produit son effet de plein droit que si la partie qui manque à executer a été inutilement mise en demeure.

 

 我が旧民法の母法は,フランス民法です。2016101日より前の同法1183条及び1184条は,次のとおりでした。

 

Article 1183

La condition résolutoire est celle qui, lorsqu'elle s'accomplit, opère la révocation de l'obligation, et qui remet les choses au même état que si l'obligation n'avait pas existé.

  (解除条件は,それが成就したときに,債務の効力を失わせ,かつ,その債務が存在しなかった場合と同様の状態に事態を復元させるものである。)

Elle ne suspend point l'exécution de l'obligation ; elle oblige seulement le créancier à restituer ce qu'il a reçu, dans le cas où l'événement prévu par la condition arrive.

  (当該条件は,債務の履行を停止させない。それは,条件によって定められた事件が発生したときに,専ら債権者をして受領したものを返還させる。)

Article 1184

La condition résolutoire est toujours sous-entendue dans les contrats synallagmatiques, pour le cas où l'une des deux parties ne satisfera point à son engagement.

  (解除条件は,当事者の一方がその約束を何ら果さない場合について,双務契約に常に包含される。)

Dans ce cas, le contrat n'est point résolu de plein droit. La partie envers laquelle l'engagement n'a point été exécuté, a le choix ou de forcer l'autre à l'exécution de la convention lorsqu'elle est possible, ou d'en demander la résolution avec dommages et intérêts.

  (前項に規定する場合において,契約は当然解除されない。約束の履行を受けなかった当事者は,それが可能なときの合意の履行の強制又は損害賠償の請求と共にするその解除の請求を選択できる。)
La résolution doit être demandée en justice, et il peut être accordé au défendeur un délai selon les circonstances.

  (解除は裁判所に請求されなければならない。裁判所は,被告に対し,事情に応じた期限を許与することができる。)

 

(1)旧民法財産編4211

「凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス」という旧民法財産編4211項(及びフランス民法旧11841項)の規定は双務契約の当事者の意思を推定した規定のように思われますが,なかなか面白い。ボワソナアドの説くところを聴きましょう。

 

  394. 黙示の解除条件(condition résolutoire tacite)は,双務契約(contrats synallagmatiques ou bilatéraux)における特有の効果の一つであって,かつ,既に〔ボワソナアド草案〕第318条〔旧民法財産編297条〕に関して述べたとおり(第22項),この種別の契約に多大の利益を与えるものである。フランス民法は,これについての一般原則を第1184条において規定し,かつ,種々の特定の契約――特に売買(第1610条及び第1654条から第1657条まで)及び賃貸借(第1741条)――について特則を設けている。イタリア民法は,当該原則を同一の文言で規定している(第1165条)。これら両法典にはなおいくつかの規定の欠缺があったところ,本案においてはそれらが補正されている。

   債務不履行によって不便を被る当事者に対して法律によって与えられた(accordée par la loi)この解除は,非常に大きな恩恵である。当該当事者がなし得ることが当初の行為(action originaire)に限定された場合においては,債務者に係る他の債権者らとの競争を余儀なくされて当該債務者の支払不能の累を被ることがあり得るところである。彼は彼自身の債務全部の履行を強いられた上で,彼が受け取るべきものの一部しか受け取ることができなくなるかもしれないのである。しかし,解除の手段によって,彼は,合意がそもそもなかったような当初の地位を回復することができる。彼が彼自身の債務をまだ履行していないときには,彼は,その債務者を解放すると同時にまた解放されるのである。彼が既に履行していたときには,現物又は代替物をもって,彼は,引き渡した物の返還を請求することができる。例えば,彼の合意のみをもって既に所有権を移転し,その上当該不動産を引き渡した不動産の売主は,買主に既に占有を移転し,かつ,権原(証書:titres)を与えてしまっている。当該買主は,定まった期日に代金を弁済しない。当該売主は,解除によって,所有権を回復し,かつ,売った物の占有を再び得ることができる。この権利は,買主に係る他の債権者らに先んじて代金の弁済を受けるために,解除を請求することなしに,売った物の差押え及び再売却を実行できる同様に貴重な権利である先取特権に類似したところがある(… a de l’analogie)。しかし,その利点自体のゆえに,解除権は,買主と取引をする第三者が不意打ちのおそれを抱かないように,本来の先取特権と同様の公示に服するものである(〔ボワソナアド草案〕第1188条及び第1276条の2を見よ。)。

売られた物を引き渡す動産,食料及び商品の売主にとって,事情はしかく良好ではない。一般に,彼は,第三取得者又は他の債権者に対しても優先して,現物で当該目的物を回復することはできない。解除は,常に,彼に債権しか与えない。ただ,当初取り決められた代金額ではなく,売られた物の現在の価額――これは増価している可能性がある――を回復し得るところである。

動産の先取特権について規定する折には,更に売主の保護のための他の手段が整えられるであろう(フランス民法2102条第4号及び同商法576条並びに本草案11382項参照)。

目的物が彼にとって便宜の時に引き渡されず,又はそれが約束された状態ではなかったときには,売主についてのみならず買主にとっても解除は役立つ。しかしながら,彼が既に代金を支払っていた場合は,その回復のために彼は,何らの先取特権もなしに,一般債権しか有しない。というのは,彼が支払った代金は,売主のもとで他の財貨と混和してしまっているからである。したがって,彼は,売主に支払能力があるときにのみ解除を用いることになる。しかしながら,売主の支払不能を知らずにうっかり解除してしまった場合には,彼は,少なくとも代金の返還までは留置権を行使することができるであろう(〔ボワソナアド草案〕第1096条を見よ。)。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxisième, Droits Personnels et Obligations. Tokio, 1891. pp.454-456。なお,平井一雄「解除の効果についての覚書」獨協法学9号(197710月)50-51頁)

 

暗黙の解除条件の制度は,法律によって与えられたものとされていますが,「解除条件は,当事者の蓋然的意思の法律による解釈(par une interprétation faite par la loi de l’intention probable des parties)以外のものによって双務契約に付与されたものではない」ところです(Boissonade, p.458)。なお,「したがって,彼らは反対の意思を表示することができる。履行に係るこの保証は,公序(ordre public)に属するものではないからである。しかし,法律上の推定(présomption légale)を覆すためには,彼らは明白にその旨の放棄をしなければならない。」とされます(ibid.)。

契約の解除を先取特権と類似のものとして説明するというボワソナアドの視角は独創的なものであるようにも思われます。この点については,「なお,ボワソナードの見解が「黙示の解除条件」の法的基礎として,部分的にではあれ,先取特権の一種という解除条件の枠組みからは外れた法理論に依拠・連関していた実際の理由としては,わが国における(旧)民法典施行後の実務および理論上の参考に供するために,このような理論を示したのではないかとも思われる。法典施行後(法典論争の結果,旧民法典の施行は実現しなかったが),裁判上の解除として解除訴訟に現れることが容易に予想される紛争類型(不動産売買の解除事案)についてのみ,踏み込んだ先取特権〔と〕いう法的基礎を示したと考えられなくもない。だが,この点はあくまで筆者の推測の域を出ない。」と評されています(福本忍「ボワソナード旧民法典草案(Projet)における法定解除の法的基礎――『プロジェ・初版』を分析素材として――」九州国際大学法学論集23123号(20173月)295-296頁・註82)。ところで,ボワソナアドの説くところを読みつつ,筆者は,古代ローマにおける「契約責任の変貌」に関する次の文章を想起していたところでした。

 

  不履行の場合に何を請求しうるかであるが,この点でも原則が変化するわけではないにかかわらず実際には少しずつ今までにはありえなかった関心が浮上していく。農場を売ったとしよう。引き渡したが代金が支払われない。代金支払いについて過失を論ずる余地は少ないから,故意責任,そして重い懲罰的損害賠償,という筋道になる。こういう場合売った農場を取り戻そうという関心は希薄であろう。売った以上金銭を欲したはずである。ところがやがてその農場自体を取り戻したいという関心が生まれる。まさにそれしかないそれを別に売りたい,そしてまた賠償を取りたくとも相手に他に資産はなく,それを他の債権者と分けるなどまっぴらごめんだ,等々。売っておきながら反対方向の金銭の流れとの関係で紐つきであるという,あの観念の再浮上でもある。同時履行の抗弁権という諾成契約に相応しからぬ観念が,しかも契約当事者間の信義の名のもとに,生まれてくる事情でもある。

  〔略〕契約を一方当事者の主張に基づいて解消するという関心が現れる。引渡をしてしまっていても契約さえ解消できれば所有権は移らない。ここからはrei vindicatio〔所有権に基づく返還請求〕が使えるではないか,というのである。所有権者が半分纏っていたbona fidesの衣装をかなぐり捨てる瞬間である。〔後略〕

(木庭146-147頁)

 

 こうしてみると,ボワソナアドの視角は,むしろ正統的なものであったといい得るようです。

 なお,旧民法財産編4092項が解除条件成就の効果は合意前に遡及するものとしていましたから,旧民法財産編4211項の解除の効果も遡及したわけでしょう。また,旧民法財産編4211項の「義務不履行」状態にあると認められる者には,同条2項に係るボワソナアド解説によれば,「障碍に遮られた誠意ある債務者(débiteur embarrassé et de bonne foi)」も含まれたようです(Boissonade, p.458)。裁判所による恩恵上の期限の許与は,このような債務者に対してされるべきものと説かれています(ibid.)。

 

(2)旧民法財産編424

 旧民法財産編424条の損害ノ賠償と民法5454項の損害賠償との関係も難しい。

民法5454項の損害賠償については,「その性質は,債務不履行による損害賠償請求権であつて,解除の遡及効にもかかわらずなお存続するものと解すべきである。近時の通説である(スイス債務法と同様に消極的契約利益の賠償と解する少数の説もある〔略〕)。判例は,以前には,債権者を保護するために政策的に認められるものといつたことなどもあるが(大判大正610271867頁など(判民大正10年度78事件我妻評釈参照)),その後には,大体において,債権者を保護するために債務不履行の責任が残存するものだと解している(大判昭和8224251頁,同昭和86131437頁など)」ところであって(我妻200頁),「填補賠償額を算定する標準は,抽象的にいえば,契約が履行されたと同様の利益――履行期に履行されて,債権者の手に入つたと同様の利益――であつて,債務不履行の一般原則に従う」ものとされています(我妻201-202頁)。

これに対して,旧民法財産編424条の損害ノ賠償に関してボワソナアドが説くところは,異なります。いわく,「法は解除した当事者に「其受ケタル損害ノ賠償(la réparation du préjudice éprouvé)」しか認めず,かつ,得べかりし利益(gain manqués)の賠償は認めていないことが注目される。また,法は,通常用いられる表現であって,「その被った損失及び得られなかった得べかりし利益(la perte éprouvée et le gain manqué)」を含むところの(〔ボワソナアド草案〕第405条)dommages-intérêtsとの表現を避けている。実際のところ,解除をした者がその合意からの解放とそれから期待していた利益とを同時に得るということは,理性及び衡平に反することになろう。彼が第三者との新しい合意において得ることのできる当該利益を,彼が2度得ることはできない。日本の法案は,このように規定することによって,通常の形式(la formule ordinaire)に従って“des dommages-intérêts”を与えるものとする外国法典においては深刻な疑問を生ぜしめるであろう問題を断ち切ったものである。」と(Boissonade, p.461。なお,平井51-52頁)。「解除は事態を合意より前の時点の状態に置くことをその目的とするものの,当該結果は常に可能であるものではない。」ということですから(Boissonade, p.460),原状回復を超えた損害賠償は認められないということでしょう。すなわち,「解除に伴う損害賠償の範囲は,現物が返還された場合であれ,返還不能で価格による償還の場合であれ,解除時における目的物の客観的価格が限度」になるものと考えられていたようです(平井52頁)。

ボワソナアドの口吻であると,フランス民法旧11842項の損害賠償についても,得べかりし利益の賠償を含まず,かつ,原状回復が上限であるものと解するのが正しい,ということになるようです。我が旧民法及びフランス民法に係るボワソナアドの当該解釈を前提とすると,民法5454項に関して「わが民法は,フランス民法・旧民法に由来し,債務不履行により損害の生じた以上民法415条によりこれを賠償すべきものとの趣旨で,ただ反対の立法例もあるので念のため規定したとされる。」と言い切ること(星野Ⅳ・93頁。下線は筆者によるもの)はなかなか難しい。梅謙次郎は対照すべき条文として旧民法財産編424条を掲げつつ,民法5454項に関して「当事者ノ一方カ其不履行ニ因リテ相手方ニ損害ヲ生セシメタルトキハ必ス之ヲ賠償スヘキコト第415条ノ規定スル所ナリ而シテ是レ契約ノ解除ニ因リテ変更ヲ受クヘキ所ニ非サルナリ故ニ当事者ノ一方ノ不履行ニ因リテ相手者カ解除権ヲ行ヒタル場合ニ於テハ其解除ノ一般ノ効力ノ外相手方ヲシテ其不履行ヨリ生スル一切ノ損害ヲ賠償セシムルコトヲ得ヘシ(契約上ノ解除権ヲ行使スル場合其他不履行ニ因ラサル解除ノ場合ニ在リテモ若シ同時ニ契約ノ全部又ハ一部ノ不履行ノ事実アルトキハ同シク賠償ノ責ヲ生スルモノトス)」と述べていますが(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)453頁・454-455頁),ここでの旧民法財産編424条は,飽くまで単に対照されるだけのものだったのでしょう。

なお,穂積陳重の「既成法典〔すなわち旧民法〕抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス」との前記発言は,文言上解除と損害ノ賠償とが併存している旧民法財産編424条の存在を前提とすると理解が難しく,あるいは選択云々ということであればフランス民法旧11842項に関する言い間違いということになるのでしょうか。それとも,旧民法財産編424条の損害ノ賠償をボワソナアド流に正解した上で,同条の損害ノ賠償は原状回復の一部であって本来の損害賠償ではない,という判断が前提としてあったのでしょうか。

 

(3)旧民法財産編412

ところで,法典調査会の民法議事速記録にも梅謙次郎の『民法要義』にも民法545条に関して参照すべきものとして挙げられていないものの,なお同条に関して参考となるべき条文として旧民法財産編412条があります。

 

 旧民法財産編412条 条件ノ成就シタルトキハ物又ハ金銭ヲ引渡シ又ハ返還ス可キ当事者ハ其成就セサル間ニ収取シ又ハ満期ト為レル果実若クハ利息ヲ交付スルコトヲ要ス但当事者間ニ反対ノ意思アル証拠カ事情ヨリ生スルトキハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la condition est accomplie, celle des parties qui doit livrer ou restituer une chose ou une somme d’argent doit en fournir les fruits ou intérêts perçus ou échus dans l’intervalle, à moins que la preuve d’une intention contraire des parties ne résulte des circonstances.

 

 ボワソナアドの解説は,次のとおり。

 

371. 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,暫定的に収取される(intérimaires)果実及び利息について規定し,解除の効果を全からしめる。フランス及びイタリアの法典はひとしくこの点について沈黙しており,意見の相違をもたらしている。

 本案は,解除の自然な帰結をたどるものである。もし,解除が直接的なもので,かつ,移転された権利の受領者に対して成就したのであれば,同人は,一定の占有期間中において目的物の果実及び産物を収取できたのであるから,それらを返還する。他方,譲渡人は,代金を受領することができたのであるから,その利息を返還する。もし,停止条件の成就によって解除が間接的に作用するときは〔筆者註:旧民法では停止条件付法律行為の効力もその成立時に遡及し(同法財産編4091項),(遡及的)解除条件付法律行為の場合の裏返しのような形で,法律行為成立時と条件成就時との間における当事者間の法律関係が変動しました。〕,権利を譲渡した者は目的物を収取された果実と共に引き渡し,受領者は代金を利息と共に支払う。かくして事態は,第1の場合においては解除条件付合意がされなかった場合においてあるべきであった状態に至り,第2の場合においては停止条件付合意が無条件かつ単純であった場合においてあるべきであった状態に至る。

 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,上記の解決を与えつつも,当事者の意図するところによって変更が可能であることを認める。実際にも,単純処理の目的のために,明示又は黙示に,条件の成否未定の間に一方当事者によって収取された果実を他方当事者から受領すべき代金の利息と相殺するように両当事者が認めることは可能である。当該相殺は,フランスにおいては遺憾にも,例外ではなくむしろ一般準則として認められているところであるが,日本においては裁判所によって極めて容易に認められるであろう。特に,合意と条件の成否決定との間の期間が長期にわたるときである。しかしながら,これは常に,状況によりもたらされた例外と観念されなければならない。

Boissonade, p.434

 

 フランス及びイタリア両民法には規定がなかったということで,穂積陳重はドイツ民法草案を参照したのでしょう。旧民法財産編412条は契約の解除の場合についてではなく条件成就の場合一般に係る規定である建前であったので,民法545条に係る参照条文とはされなかったものでしょうか。

 

跋 2021年の夏

 と以上長々と書いてきて,いささか収拾がつかなくなってきました。

 ここで原点に帰って,筆者の問題意識を再確認しておきましょう。

 そもそも本記事を起稿したのは,2021年夏の東京オリンピック大会開催に関する「開催都市契約に係るスイス債務法の適用等に関する走り書き(後編)」記事の「追記2:放送に関する払戻し契約」において(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078653594.html),平成29年法律第44号による民法改正を解説する筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)の228頁(注3)における民法536条新1項に係る御当局流解釈論を紹介したことが発端です。すなわち,当該解釈論によれば,民法536条新1項においては「債権者は履行拒絶権がある反対給付債務の履行を常に拒絶することができるのであり,このような履行拒絶権の内容からすると,この場合の反対給付債務については,そもそも給付保持を認める必要すらないことから,債務としては存在しないのと同様に評価することができる。そのため,新法においても,旧法と同様に,債権者は,既に反対給付債務を履行していたときには,不当利得として,給付したものの返還を請求することができると解される」ものとされ(下線は筆者によるもの),債務者は,原則的には「その利益の存する限度において」当該利益を返還する義務を負うことになるわけですが(民法703条),ここで債権者が一声「あなたは債務を履行することができなくなっていますから,この契約を解除します。」と債務者に契約解除の意思表示をすれば(同法54211号,5401項),債務者は債権者を「原状に復させる義務を負」い,かつ,受領の時からの金銭の利息の支払及び受領物から生じた果実の返還もしなければならないことになるわけです(同法5451-3項)。要するに,「契約解除」の単なる一声で,返還を受け得るものの範囲が結構増加することになります(民法703条と545条との違い)。実務上は,合理的な債権者としてはなるべく一声添えて契約の解除構成とし,債務者に対し,給付したものに係るより多くの返還の請求をすることになるのでしょうが(裁判所の対応としては,契約の解除構成でも不当利得構成でもよい,ということにはなるのでしょう。),たった一声で結果に大きな差が出るのは奇妙ではあり,実用法学論はともかくも,そもそも本来的にはどちらが「正しい」構成なのかしら,という危険な好奇心を抱いてしまったところです(「正しさ」の追求は,おおむね剣呑です。)。

 ということで,契約の解除の効果に係る民法545条を,最近筆者に対して気難しく反抗的な机上のPCをなだめつすかしつ,『法典調査会民法議事速記録』等を参照しながら調べ始めてみたわけです。

 民法545条の原状回復義務は,沿革的には次のように説明されるのでしょう。

契約の解除制度を構築する際,既にあった解除条件付法律行為の制度に拠ったところ(フランス民法旧11841項,旧民法財産編4211項),当時の解除条件成就の効果は法律行為成立以前に遡及するものであったため(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項。民法1272項とは異なる。),契約の解除の効果として旧民法財産編412条的な原状回復義務が疑問なく当然のものとして取り入れられ(ドイツ民法第一草案42712項,ドイツ民法第二草案298条),それがそのまま残っている,ということでしょうか。契約の解除の制度なるものに係る抽象的かつ超越的な「本質」に基づくものではないのでしょう。

遡及的解除条件の双務契約への付加及びその成就の効果は当事者の意思の推定に基づくものとされていたもののようです。しかし,当該条件付加の目的は,ボワソナアドとしては担保物権的効果を主眼としていたようであって(以上本記事41)参照),その点では,原状回復義務は債権でしかない限りにおいては重視されなかったということになるようです。確かに,原状回復債権以前に本来の契約に基づく債権があったのであって,まずはその担保の心配をせよ,ということになるものでしょうか。また,契約の解除が民法5361項の場面に闖入するに至った原因は平成29年法律第44号による改正によって契約の解除に債務者の帰責事由を不要としたからなのですが,当該改正の理由は,債権者が「契約を解除してその拘束力を免れること」をより容易にするということのようであって(筒井=村松234頁等),契約の解除の効能としては,それに伴うところの原状回復には重きが置かれていないようです(そもそも,契約が履行されていたなら得たであろう利益(履行利益)の賠償を民法5454項の損害賠償として認める解釈は,契約が締結されなかった状態に戻すはずのものである同条1-3項にいう原状回復とは食い合わせが悪いところです。)。「解除の機能は,相手が債務不履行に陥った場合に,債権者を反対債務から解放し,債務者の遅れた履行を封じ,あるいは,自らが先履行して引き渡した目的物の取り戻しを認めることによって,債権者を保護することにある。」と説かれています(内田85-86頁)。契約の解除制度の主要目的が債権の担保及び契約の拘束力からの離脱という,これからどうする的問題のみに係るものであれば,契約の成立時からその解除時までの期間における法的効力及び効果をあえて後ろ向きに剥奪しようとする債権的な原状回復の努力は,どうも当該主要目的に正確に正対したものとはいえず,過剰感のあるものともいい得るように思われます。

 契約の解除制度の基礎付けを契約当事者の意思に置く場合,民法5361項の場面において,債務者が既に受領していた反対給付に係る返還義務を契約の解除に基づく原状回復義務とすることも(従前は不当利得に基づく返還義務でした。),契約当事者の意思の範囲内にあるものと観念し得るかどうか。202041日以降の当事者の意思は制度的にそうなのだ(平成29年法律第44号附則32条),と言われればそういうことにはなるのでしょう。そうだとすると,民法536条新1項に係る御当局流の解釈論は,契約が解除されるまでは当該契約に基づき既受領の反対給付を債務者は当然保持できるのだ,との契約当事者の意思もまた措定される場合,当該意思を余りにも軽んずるものであるとされてはしまわないものでしょうか。

 以下余談。

 話題を開催都市契約ないしは放送に関する払戻し契約関係から,東京オリンピック大会開催下(2021年夏)の我が国の情態いかんに移せば,これに関しては,新型コロナウィルス感染症の「感染爆発」下にあって,我々は80年ほど前のいつか来た道を再び歩んでいるのではないか,と懸念する声もあるようです。

 しかし,ちょうど80年前の19417月末の我が国の指導者に比べれば,現在の我が国の政治家・国民ははるかに立派です。

 1941730日水曜日の午前,昭和天皇と杉山元参謀総長(陸軍)とのやり取りにいわく。

  

  また天皇は,南部仏印進駐の結果,経済的圧迫を受けるに至りしことを御指摘になる。参謀総長より予期していたところにして当然と思う旨の奉答を受けられたため,予期しながら事前に奏上なきことを叱責される。(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)445頁)

 

前年行った北部仏印進駐でも足らずに19417月にまた南部仏印進駐を更に行い,これに対して発動された関係諸国の経済的圧迫がけしからぬあの「ABCD包囲網」であるということで同年12月の対米英蘭開戦の災いに立ち至ったはずなのですが,いや,こういうことをしちゃえば当然ヤバくなることは分かっていました,と当の責任者からしゃあしゃあと言われると腹が立ちます。

前年以来重ねて緊急事態宣言を発しているにもかかわらず感染状況が改善しないところ,他方累次の宣言等によって国民が「経済的圧迫を受けるに至りしこと」を担当国務大臣に対して指摘すると,「予期していたところにして当然と思う」という他人事のような回答が返って来た,という悲劇には,今日の日本はまだ見舞われてはいないようです。

同じ1941730日の午後,今度は永野修身軍令部総長(海軍)です。

 

 永野より,前総長〔伏見宮博恭王〕と同様,できる限り戦争を回避したきも,三国同盟がある以上日米国交調整は不可能であること,その結果として石油の供給源を喪失することになれば,石油の現貯蔵量は2年分のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかない旨の奉答を受けられる。天皇は,日米戦争の場合の結果如何につき御下問になり,提出された書面に記載の勝利の説明を信じるも,日本海海戦の如き大勝利は困難なるべき旨を述べられる。軍令部総長より,大勝利は勿論,勝ち得るや否やも覚束なき旨の奉答をお聞きになる。(宮内庁445-446頁)

 

 衆議院議員の任期満了まで2月余のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかないとて,感染制圧に至る旨の説明が記載された書類と共に勇ましい新規大型施策の提案があったところ,その担当部署の長に対して「難しいんじゃないの」と牽制球を投げてみると,いや撲滅はもちろん効果があるかどうかも覚束ないんですとあっさり告白されてしまえば,脱力以前に深刻な事態です。しかし,このような漫画的事態(とはいえ,告白してしまっておけば,確実視される当該施策失敗の際に責任を負うのは,提案者ではなく採用者であるということにはなります。)が現在の永田町・霞が関のエリートによって展開されているということは,およそ考えられません。

 19417月末の大元帥とその両幕僚長との悲喜劇的やり取りにかんがみると,その4年後に我が民法等の立法資料の原本が甲府において灰燼に帰してしまうに至った成り行きも,何だか分かるような気がします。

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(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html


2 ドイツ民法草案

ところで,穂積陳重は我が民法545条の原案起草に当たってドイツ民法草案を参考にしたようですが(参照条文として,ドイツ帝国のものとしては,ドイツ民法第一草案427条,同第二草案298条,同商法354条,プロイセン国法第1部第11331条,ザクセン法911条から914条まで及び1109条並びにバイエルン草案第2326条,362条及び368条が挙げられています(民法議事速記録第25109丁表)。),ドイツ民法の当該草案はどのようなもので,当時のドイツにおける議論はどのようなものだったのでしょうか。

 

(1)ドイツ民法第一草案427

まず,1888年のドイツ民法第一草案427条。

 

  Der Rücktritt bewirkt, daß die Vertragschließenden unter einander so berechtigt und verpflichtet sind, wie wenn der Vertrag nicht geschlossen worden wäre, insbesondere, daß kein Theil eine nach dem Vertrage ihm gebührende Leistung in Anspruch nehmen kann, und daß jeder Theil verpflichtet ist, dem anderen Theile die empfangenen Leistungen zurückzugewähren.

 (解除により,契約締結者は相互に,当該契約が締結されなかった場合と同様の権利を有し,及び義務を負う状態となる。特に,いずれの当事者も当該契約により同人に与えられる給付を請求することはできず,かつ,各当事者は受領した給付を相手方に返還する義務を負う。)

   Eine empfangene Geldsumme ist mit Zinsen von der Zeit des Empfanges an, andere Gegenstände sind mit Zuwachs und allen Nutzungen zurückzugewähren, auch ist wegen der nicht gezogenen Nutzungen und wegen Verschlechterungen Ersatz zu leisten, soweit bei Anwendung der Sorgfalt eines ordentlichen Hausvaters die Nutzungen gezogen und die Verschlechterungen abgewendet worden sein würden.

  (受領された金額は受領の時からの利息と共に,他の目的物は増加及び全ての収益と共に返還されるべきものである。善き家庭の父の注意を尽くせば利益が収取され,及び劣化が回避されたであろう限りにおいて,収取されなかった利益及び劣化に係る代償も給付されるべきものである。)

   Wegen Verwendungen hat der zur Zurückgabe Verpflichtete die Rechte, welche dem Besitzer gegen den Eigenthümer zustehen.

  (支出した費用について,返還義務者は,占有者が所有者に対して有する権利を有する。)

   Kann der Empfänger einen Gegenstand nicht zurückgewähren, so ist er zur Ersatzleistung nur dann nicht verpflichtet, wenn ihm weder Vorsatz noch Fahrlässigkeit zur Last fällt.

  (受領者は,受領物を返還できない場合においては,故意及び過失が同人に帰せられないときに限り,代償給付の義務を負わない。)

 

 第一草案理由書(Motive)は,同条について次のように解説します。

 

  〔前略〕解除の意思表示(Rücktrittserklärung)によって,直接,両当事者のために(第426条第1項及び第2項),あたかも当該契約が締結されなかったごとくに,当該契約に基づく請求に対する独立の(時効にかからない)抗弁並びに返還に係る人的(persönlich)請求権及び人的義務が生ぜしめられる。原状回復義務(obligatio ad restituendum in integrum)である。債権的返還請求権に係る(des obligatorischen Restitutionsanspruches)この規格化は,解除の訴え(Wandelungsklage)に関係するところの権利と連結している(ヴィントシャイト394条第2,ザクセン法914条以下)。〔中略〕当該原則の定立と共に本案は,疑わしいときは解除による解除条件(Resolutivbedingung des Rücktrittes)の下に契約は締結されたものとみなされるという観念に――現存の諸法律においては,解除の効果を解除条件の成就に係る規定によって規整することは一般的ではなく,あるいは解除条件の成就がその結果として返還義務(die Verpflichtung zur Restitution)しかもたらさないにもかかわらず――規範として(für die Regel)依拠している通用の法律とは,その点において異なっているのである(ヴィントシャイト323条,プロイセン国法第1部第11331条,332条及び272条以下,フランス民法1184条,オーストリア法919条,1083条及び1084条,ザクセン法1107条以下,1111条,1115条,1436条及び1438条,スイス法1783項,ヘッセン草案第4部第251条,56条,57条,58条,59条以下,62条及び69-71条,バイエルン草案356条,362条,363条,364条,365条,368条,369条及び374-376条並びにドレスデン草案457条,459-463条,468条,473条,132条及び134条を見よ。)。取引の安全は,解除条件の帰結(当然直ちに生ずる(ipso jure)財産権の復帰,物権的拘束)を遠ざけておくことを要求する。本案の原則――これにより解除(Rücktritt)は当事者間における債権的法律関係のみを生じさせ,また,それにより同人らの間では契約がその効力において遡及的に(rückwärts)廃されるもの――は,両当事者の意思(Intention)の規則についてと同様,解除権の本質にもふさわしいものである。もし解除の意思表示が解除条件として働くのならば,両当事者はそのことを特約していなければならない。他者の債権に係る第三取得者の悪意は当該取得を妨げもせず当該取得者に損害賠償の義務を負わせないものとする本案の原則及び更に原理からは,同時に,解除権者は第三取得者に対して何らの請求権も有しないということが帰結される。

   第2項の規定は,原則の敷衍を含むとともに,そこにおいて,契約に基づきなされた給付は,単に理由なしにされたものとして返還請求権の規則に従って返還請求され得るものではないという当該原則の意味を明らかにする。原状回復への拘束から(Aus der Verbindlichkeit zur Herstellung des früheren Zustandes),相手方からと同様,解除権者から,受領した金額は受領した時からの利息(第217条)と共に,他の目的物は増加(第782条以下)及び全ての利益(第793条)と共に返還請求されるべきものであることが帰結される。当該原則により,返還義務者は,相手方を,具体的な状況により必要となるところの,契約がそもそも締結されなかったかのような状態に戻すための措置をするよう義務付けられる。当該契約に基づき生ずることとなった拘束からの解放及び当該契約に基づきなされた役務に対する代償給付もこれに属する。当初から解除(Rücktritt)の可能性が存在したということに鑑み,更に,各契約締結者の解除前からのものを含む過失に対する責任が理由付けられることとともに,このことから,善き家庭の父の注意を尽くせば利益が収取され,劣化が回避されたであろう限りにおいて,収取されなかった利益の又は劣化に係る代償給付の義務が帰結される。費用支出に基づき,返還義務者には,所有権主張者に対する占有者に帰属するものと同じ権利が認められる(第3項,第936条以下。ザクセン法1109条,1115条,1436条及び913条,ヘッセン草案第4部第157条,62条及び71条並びに第4部第2172条及び173条,バイエルン草案326条,362条,368条及び376条並びにドレスデン草案182条,168条,169条,460条以下及び473条参照)。第4項の規定は,既述の原理の帰結を述べるにすぎない。すなわち,ここにおいても,返還の不能(Unmöglichkeit)は,羈束からの解放としてのみ観念されるべきものなのである。

 

怪し気な翻訳ですが,要は,解約の解除の効果に係る理論構成としては間接効果説であり(「間接効果説は,解除によつて,未履行の債務については,履行を拒絶する抗弁権を生じ,既履行のものについては,新たに返還債務を生ずると説く」(我妻190頁)。),フランス民法11841項及び我が旧民法財産編4211項流の双務契約に解除条件が包含されているものとする構成は採らないということのようです。(なお,フランス及び我が国においては,解除条件は本来遡及効を有していたものです(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項)。民法1272項が条件に遡及効がないことにしたのは,「当事者ノ意思及ヒ実際ノ便宜ヨリ之ヲ考フレハ或ハ其効力ヲ既往ニ遡ラシムルヲ可トスヘキカ」と悩みつつも,「一ニハ現在ノ事実ノ効力カ既往ニ遡ルハ普通ノ法理ニ反スルモノナルト一ニハ其効力カ既往ニ遡ルカ為メ第三者ノ権利ヲ攪乱シ又当事者間ニ於テモ既往ノ事実ニ変更ヲ生セシムルニ至リ大ニ不便ヲ感スルコトナシトセサルトヲ以テナリ」との理由であるそうです(梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之一 総則編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1911年)332-333頁)。無論,これについては当事者の意思により変更が可能です(民法1273項)。)

 

(2)ドイツ民法第二草案298

1894-95年のドイツ民法第二草案298条は次のようになっています。

 

   Hat sich bei einem Vertrag ein Theil den Rücktritt vorbehalten, so sind die Parteien, wenn der Rücktritt erfolgt, unter einander so verpflichtet, wie wenn der Vertrag nicht geschlossen wäre. Jeder Theil ist berechtigt, die ihm nach dem Vertrag obliegende Leistung zu verweigern, und verpflichtet, eine empfangene Leistung zurückzugewähren. Für geleistete Dienste sowie für die Ueberlassung des Gebrauchs oder der Benutzung einer Sache ist der Werth zu vergüten.

  (契約において一当事者が解除を留保している場合において,解除がされたときには,両当事者は,当該契約が締結されなかった場合と同様の相互の義務関係にあることとなる。各当事者は,当該契約によって同人に義務付けられた給付をすることを拒む権利を有し,かつ,受領した給付を返還する義務を負う。提供された役務に対して,及び物の使用又は収益の許与に対しては,価額が償還されるものとする。)

   Die Ansprüche auf Herausgabe oder Vergütung von Nutzungen sowie auf Schadensersatz wegen Unterganges oder Verschlechterung und der Anspruch auf Ersatz von Verwendungen bestimmen sich nach den Vorschriften, welche für das Verhältniß zwischen dem Eigenthümer und dem Besitzer vom Eintritte der Rechtshängigkeit des Eigenthumsanspruchs an gelten. Eine Geldsumme ist von der Zeit des Empfanges an zu verzinsen.

  (返還及び収益の償還並びに滅失又は劣化に係る損害賠償の請求並びに費用償還の請求については,本権に係る訴訟が係属してからの所有者と占有者との関係に係る規定の例による。受領の時から利息額が生ずるものとする。)

 

1項においては,未履行債務に対する抗弁構成が明確化されています。ドイツ民法第二草案までの段階では,いわゆる直接効果説の影は極めて薄いところでした。

 第一草案に関する議事録を見ると,次のような議論がされています(Protokolle 93. VI)。

 

427条について,次の提案がされた。

1. 第一草案の規定は,次の条項によって置き換えられるべきである。

 

   契約において一当事者が解除を留保している場合においては,解除は,当該契約を原因とする債務関係が消滅(erlischt)するという効力(Wirkung)を有する。両当事者は,当該契約が締結されなかった場合と同様の相互の義務関係にあることとなる。

   各当事者は,相手方に対し,受領した給付を返還する義務を負う。受領された金額は受領の時からの利息と共に償還されるものとし,他の物は増加及び全ての収益と共に返還されるものとする。受領された役務の給付に対しては,給付の時の価額が償還されるものとする。

   収取されなかった収益に関して,返還されるべき物の維持及び保管の責任に関して,並びに当該物に係る費用に関しては,本権に係る訴訟が係属してからの所有者と占有者との法律関係に係る規定が準用される。

 

2. 上記の提案については,第2項の第2文は削られるべきであり,第3項の最初の部分は「返還及び収益の償還に関して,」云々とされるべきであり,第3項に「受領された金額については,受領の時から利息が支払われるものとする。」との文が加えられるべきである。

 

   a) 第1の提案は,その第1文において,第一草案と次の点で相違する。すなわち,当該提案は,契約を原因とする債務関係を解除によって消滅させるものとしているのに対し,第一草案においては,債務関係は存続し,かつ,解除に基づいては抗弁のみが与えられるべきものとされている。当該提案のためには,次のように論じられた。

   第一草案における法律構成の基礎たる前提は,両当事者は当該契約はもはや存在しないものとして振る舞うべきものとしているにもかかわらず契約は存続するというものであるが,自然な理解に反するものである。実体法的抗弁は不可欠の法形式ではあるが,時効と同じようにそれと共に特別の目的が達成されるべき場合においてのみ援用されるものである。ここにおいては,当該法形式を用いる必要性が認められない。第一草案理由書281頁〔前記引用部分〕は,第一草案の奇異の感じを抱かせる法律構成を正当化するに当たって,解除が直接作用すること(die unmittelbare Wirkung des Rücktritts)は,債務の履行のためにされた物権行為(所有権の移転,地役権の設定等)を解除条件に適用される原理によって無効化し,かくして取引の安全を危殆化するという事態をもたらすという理由付けをもってした。これは誤りである。直接廃棄されるものは,債務関係,すなわち有因行為のみである。有因行為のためになされた物権関係の変動はそれとして存続し,両当事者は,しかし,反対の法律行為をもってそれを取り除くことを義務付けられるのである。解除後になお再び契約関係についてそのままにしておこうと両当事者が欲する場合において新たな契約の締結を省略することができるという点においても,第一草案の法律構成の利点なるものを認めることはできない。実行された解除を取り除くためには,その都度契約が必要である。解除によって廃棄された契約の有効化のためには一定の形式が必要である場合においても,無形式の合意をもって再び効力を持たせることは認められ得ないのである。

   当該陳述に対しては次のような異議があった。いわく,提案された規定は,物権契約に対する(債務関係法の外においても)その適用において,第一草案理由書において定められた原則からすると受け容れることができないものと思われると。これに対しては,もちろん,物権契約に関してはそもそも解除について論ずることはできないとの見解が主張された。当該見解も,専ら他の側から争われた。また,同時に,提案された文は「債務関係」との語が既に示しているように債権契約についてのみ関係するものである,という点にも注意喚起がされた。多数の者は当該理解に傾きつつも,第1の提案がその第1文において意図した第一草案の変更には大きな意義を見出さなかった。

   変更案は却下された。

   その理由は以下のとおりである。

   実務的には,ある必要な形式及びその費用の支出を繰り返すことによる契約の更新の省略が,第一草案によればなされる,ということがせいぜい考慮され得るにすぎない。この点を重視しないのであれば,問題は,第1の提案における専ら理論的な第1文が表現しようとする法律構成の相違のみにかかわる。双方の法律構成に対して,正当化の弁が述べられた。第1の提案の法律構成の方が自然な理解に近いということについては,疑いが存する。両当事者の見解によればむしろ,留保された解除が実行されたときは,当該契約はその時から消滅するのではなく,遡及的に無効となるのである(der Vertrag nicht erst von jetzt an erlöschen, sondern rückwärts hinfällig werden)。当該見解に対して,第一草案は,全体的にではないとしても,物権的効力(dingliche Wirkung)が〔契約の〕消滅について(dem Erlöschen)遡って(ex tunc)認められる,という顧慮をしているところである。

   b) 第一草案の第1項は――第1の提案は実質的にはその第1文においてのみ相違していたところであるが,同文の却下後――承認された。

   第2項については,他の点では専ら字句修正的な第2の提案が,「増加と共に(mit Zuwachs)」の文字を削るべきものとしている。

   これに関して委員会は,以下のように考慮した上,同意を表明した。

   増加の概念は,何の問題もなしに自明のものであるものではないし,いずれにせよここにおいては不可欠ではない。当該概念を第1878条において維持することを欲し,かつ,そうしなければならないのであれば,その旨留保することができる。第427条のためには,土地の構成物に関する一般規定――というのは,少なくとも主だったところでは,それについてのみ増加が問題となり得るからである(プロイセン国法第1部第9222条)――で申し分なく十分である。土地が返還されなければならない場合においては,それはその全ての構成物と共に返還されるべきことは自明のことである。第2項において増加を特に強調することは,費用をかけて生じた増加に第3項の適用があることを分かりにくくする。

   c) 第1の提案の第2項第2(ママ)文において提案された,受領された役務の給付は返還されるべきものとする,種類に関する第一草案に対する補充は承認された。

   第3項については,実質的に異議は唱えられなかった。

   d) 第4項は,第1の提案に倣って削られた。ここで示された規定は,第一草案の第2項及び第3項の条文が第1の提案の第3項によってこうむった変容を通じて大部分カヴァーされているとみなされ,また,部分的には,第429条がより分かりやすく表現していること〔「解除権者が受領した物がその責めに帰すべからざる事由によって滅失したときは,解除権はなお存続する。」〕と同じことを述べている限りにおいて,当該パラグラフとの関係では余計なものとみなされる。

 

契約の解除による消滅,ということはさすがになおも由々しいものだったのでしょうか。ローマ法について,「bona fides上,契約はたとえ不履行があっても一方当事者から解消しうるものではないし,不履行に備えるためにこそ,契約は存在していなくてはならない。当事者の意思のみによる解除の制度はついにローマ法では登場しない」と説かれています(木庭顕『新版ローマ法案内 現代の法律家のために』(勁草書房・2017年)147頁)。

なお,ローマ法上の売買の付加的約款中「一定期間内に代価の支払なき場合に売買を解除する約款」であるlex commissoria(ドイツ普通法時代に契約の解除理論構成の材料に用いられたもの)については,「当初は停止条件的に理解せられていた」そうです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)188-189頁)。ここでの「停止条件」は我が民法1271項のそれでしょうから,lex commissoriaに基づく契約解除の効力は遡及的ではなかったものでしょう。

 

3 解除条件成就の遡及効に関して

解除条件の成就に遡及効がある場合(民法1273項参照)に関しては,我が国においては,「この遡及効は,物権的(絶対的)に生ずるものか,それとも,債権的(相対的)に生ずるものか。ドイツ民法は,明文規定(ド民159)をもつて債権的効力を生ずるものとしている。わが民法にはこれに対比すべき規定はない。多くの学説は,物権的にその効力を生じ,当事者間においてのみならず第三者との間においてもその効力を生ずるものと解している(鳩山537,三潴502,近藤461,今泉434)。それによつて被ることあるべき第三者の不利益は,対抗要件等(177178192467)によつて防止せられるからという(行判大6410新聞126029)。」とのことだそうです(於保編331頁(金山))。ドイツ民法159条は「法律行為の内容が,条件の成就に結び付けられた効果は既往に遡るものとしている場合においては,条件が成就したときには,各当事者は,当該既往の時点において当該効果が生じた場合に彼らが有すべきであったものを相互に与えるように義務付けられる。」と規定しています。

契約の解除に遡及効を認める直接効果説下においては,「解除の影響を受けない〔民法5451項ただし書〕の第三者とは,解除された契約から生じた法律効果を基礎として,解除までに,新たな権利を取得したものである(942項や963項の第三者の意味に同じ〔略〕)。契約の目的物の譲受人や目的物の上に抵当権・質権などを取得した者――但し,対抗要件を備えた者でなければならないことはいうまでもない(大判大正10517929頁)――は,第三者である」(我妻198頁。下線は筆者によるもの),「解除の遡及効が第三者の権利を害し得ないとう制限は,もとより,解除前の第三者に対する関係をいうに過ぎない。解除された後の第三者との関係は,対抗要件の問題として解決すべきである。」(我妻199頁)ということになっています。対抗要件が大活躍です。なお,「解除前の第三者に登記が要求されるのは,解除権者と対抗関係に立つからではなく,保護に値する第三者となるには権利者としてなすべきことを全て終えていなければならない,という発想による(〔解除の遡及効を前提とした上での〕権利保護資格要件の考え方〔略〕)。そうだとすると,第三者は解除までに登記を取得する必要がありそうである。〔中略〕少なくとも返還請求を受けるまでに第三者は登記をそなえていることが必要であり,かつ,解除権者自身は登記なくして未登記の第三者に勝てると考えるべきだろう。」との主張(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)100頁)は飽くまでも一学説であって,「判例は,対抗関係説に立っているようにみられる(大判大10.5.17民録27.929,最判昭33.6.14民集12.9.144966],最判昭58.7.5集民139.259)。解除の効果について,いわゆる直接効果説の見解に立つことを前提とした場合にも,解除者と第三者の関係を対抗関係と解することは可能であると思われる。対抗関係説によれば,Yが〔Xを売主,Aを買主とする売買契約の解除前に更にAから目的物を購入した〕解除前の第三者であるとの主張の法的構成については,目的物がAX間,AY間で二重に譲渡された場合と同様に解することができる」ものです(司法研修所『改訂 紛争類型別の要件事実 民事訴訟における攻撃防御の構造』(司法研修所・20069月)120頁)。

 

(下)旧民法等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842113.html

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