Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

カテゴリ: 民法

1 不動産登記及び民法177条並びに対抗問題
 職業柄,不動産の登記の申請手続を自らすることがあります。(なお,登記をするのは登記所に勤務する登記官であって,申請人ではありません。不動産登記法(平成16年法律第123号)11条は「登記は,登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。」と規定しています。)

 不動産の登記といえば,まず民法(明治29年法律第89号)177条が想起されます。同条は,大学法学部の学生にとっての民法学習におけるつまづゆうなるものの一つではないでしょうか。

 

 (不動産に関する物権の変動の対抗要件)

 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。

 

この民法177条に関する知識は,それを持っていると他人を出し抜くことができる法律の知識の典型のような感じが初学者にはするでしょう。

 

・・・甲乙の売買契約により甲の土地の所有権は乙に移転するというのが民法の原則であるが,甲はなお同じ土地について丙と有効に売買契約を結べる。

しかし,土地の所有権はひとつであるから,たとえ有効な売買契約が2つあっても2人の買主がともに所有権を取得するというわけにはいかない。そこで,このとき乙と丙のどちらが勝つかを決めておく必要がある。ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。しかし,民法は,不動産については登記の先後で決めることにした(177条)。つまり,丙が甲から先に登記の移転を受けると,乙に優先するのである。したがって,結果的に,甲乙の売買による所有権の移転は確定的なものではなかったことになる。このときの登記を対抗要件と呼び,二重譲渡のように対抗要件で優先劣後を決める問題を対抗問題という・・・(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)53頁)。

2 「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」 

「ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。」というのならばその考え方を素直に採用すればよいではないか,と考えたくなるところです。

 

  ・・・ものによっては,うっかりすると〔民法典には書かれていないけれども,条文と同じ価値をもっているような法命題・準則に〕気が付かないことがあります。「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」の原則などです。私自身の学生時代の経験をいいますと,この命題は,民法では教わった記憶がなく――居眠りをしていたのかもしれませんが――ローマ法の講義と,ドイツ法の講義で教わったことを覚えています。(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)93頁)

 

「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」ということであれば,ますます売買の先後で決めればよいではないか,登記の先後で出し抜くことを認めるとは,制度を知らない普通の人間は損をするみたいでいやらしいなぁ・・・などという違和感を抱懐し続けると,法律学習から脱落してしまう危険があります。

3 フランス法における制度の変遷

しかしながら,実際に,「甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考え」,そのように民法を制定した例があります。1804年のナポレオンの民法典です。

 

  〔意思主義と対抗要件主義の組合せという我が国のやり方は,〕フランス民法に由来するが,フランスでは,1804年の民法典においては,177条にあたる規定がなく,先に買った者が,万人に対する関係で完全に所有権を取得し,後から買った者は負けるということになっていた。(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)40頁)

 

 ところが,ナポレオンの民法典における上記制度は,甥のナポレオン3世の時代に現在の日本のやり方の形に変更されます。

 

 しかし,これでは,不動産を占有するので所有者だと信じて買ったり,これに抵当権をつけても,先に買った者がいるならばこれに負けることになり,非常に取引の安全を害する。そこで,約50年後の1855年に,先に買っても,登記をしないと後から買って登記をした者に負けるということにした。取引の安全を保護するための制度だが,第三者の保護に値する事情を考慮せず,権利取得者でも登記を怠った者は保護されないという面から規定したのである。ただ,その結果,不動産を買おうとする者は,売主に登記があるならば,これを買って登記を自分に移せば,先に買った者があっても安心だ,ということになった。日本民法は,フランスにおける50年の発展の結論だけをいわば平面的に採用したのである。そのために,わかりにくい制度となっているが,この沿革を考えれば,たやすく理解できるであろう。(星野・概論Ⅱ・4041頁)

 

 「たやすく理解できるであろう」といわれても,まだなかなか難しい。


4 フランス1855年3月23日法

ところで,フランスの民法典(Code Civil)の本体が1855年に改正されたかといわれれば,そうではないようです。1855年3月23日法という特別法が制定されています。

同法の拙訳は,次のとおり。(同法はフランス政府のLegifranceサイトでは見ることができませんので,ここで紹介することに何らかの意義はあるのでしょう。条文の出典は後出のトロロンのコンメンタールです。同法の概要については,つとに星野英一「フランスにおける不動産物権公示制度の沿革の概観」同『民法論集第2巻』(有斐閣・1970年)49頁以下において紹介されています。なお,同法は現在は1955年1月4日のデクレ(Décret n˚ 55-22 du 4 janvier 1955)に代わっています。)

 

第1条 財産の状況に係る次に掲げる事項は,抵当局において(au bureau des hypothèques)謄記される(sont transcrits)。

 一 不動産の所有権又は抵当に親しむ物権(droits réels susceptibles d’hypothèque)の移転を伴う生者間における全ての証書による行為(acte)〔筆者註:acteには,行為という意味と証書という意味とがあります。星野「沿革」・論集第2巻95頁等の整理では,フランス法において登簿されるacteとは証書のことであるとされています。

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 前各号において示された性質の口頭合意(une convention verbale)の存在を宣言する全ての裁判(jugement

 四 共有物競売(licitation)において共同相続人の一人又は共有者の一人のためにされるもの(celui rendu … au profit d’un cohéritier ou d’un copartageant)を除く全ての競落許可(adjudication)の裁判〔筆者註:「共同相続人または共有者間における分割のための競売・・・において共有者の一人が競落人となったときは除かれる」のは,「共有分割と同じ関係だから」だそうです(星野「沿革」・論集第2巻52頁)。「相続財産の分割については,分割部分を受けた者は初めからその部分につき単独で直接に被相続人から相続したことになり(民883条),分割は最初からのこの状態を確認するにすぎないもので,移転行為でなく確認行為であると解されている。この理は一般原則であるとされ」ているそうです(星野「沿革」・論集第2巻54頁)。〕

 

第2条 次に掲げる事項も同様に謄記される。

 一 不動産質権(antichrèse),地役権(servitude),使用権(usage)及び住居権(habitation)の設定に係る全ての証書による行為(Tout acte constitutif)〔筆者註:我が民法の不動産質権のフランス語訳は,富井政章及び本野一郎によれば,droit de gage sur les immeublesです(第2編第9章第3節の節名)。使用権及び住居権についいては,星野「沿革」・論集第2巻48頁註11において「使用権とは,他人の物の使用をなしうる権利であり(もっとも,収益を全くなしえないのか否かの点,および,なしうるとしてその範囲につき,問題がある),住居権とは,他人の家屋を使用しうる権利である。」と説明されています。我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)110条1項には「使用権ハ使用者及ヒ其家族ノ需要ノ程度ニ限ルノ用益権ナリ」と,同条2項には「住居権ハ建物ノ使用権ナリ」と定義されています。〕

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 当該権利の口頭合意による存在を宣言する全ての裁判

 四 18年を超える期間の賃貸借(les baux

 五 前号の期間より短い期間の賃貸借であっても,3年分の期限未到来の賃料又は小作料(fermages)に相当する金額の受領又は譲渡(quittance ou cession)を証する全ての証書による行為又は裁判

 

第3条 前各条に掲げる証書による行為及び裁判から生ずる権利は,謄記されるまでは,当該不動産に係る権利を有し,かつ,法律の定めるところに従い当該権利を保存した(qui les ont conservés)第三者に対抗することができない(ne peuvent être opposés)。

謄記されなかった賃貸借は,18年の期間を超えて第三者に対抗することは決してできない(ne peuvent jamais)。

 

 第4条 謄記された証書による行為の解除(résolution),無効(nullité)又は取消し(rescision)の全ての裁判は,確定した日から1月以内に,登記簿にされた謄記の欄外に付記されなければならない(doit…être mentionné en marge de la transcription faite sur le registre)。

   当該裁判を獲得した代訴人(avouéは,自ら作成し,かつ,署名した明細書(un bordereau)を登記官(conservateur)に提出して当該付記がされるようにする義務を負い,違反した場合においては100フランの罰金(amende)を科される。登記官は,代訴人に対して,その調書に係る受取証(récépisséを交付する。

 

 第5条 登記官は,請求があったときは,その責任において,前各条において規定された謄記及び付記に係る抄本又は謄本を発行する(délivre…l’état spécial ou général des transcriptions et mentions)。

 

 第6条 謄記がされてからは,先取特権者又はナポレオン法典第2123条〔裁判上の抵当権〕,第2127条〔公正証書による約定抵当権〕及び第2128条〔外国における契約に基づく抵当権〕に基づく抵当権者は,従前の所有者について(sur le précédent propriétaire)有効に登記(inscription)をすることができない。〔筆者註:裁判上の抵当権については,「裁判上の抵当権とは,裁判を得た者のために,債務者の財産に対して法律上当然に発生する抵当権であって,法定抵当権におけると同様,債務者の現在および将来のすべての不動産に対して効力が及ぶものである」と説明されています(星野「沿革」・論集第2巻23頁註6)。〕

   しかしながら,売主又は共有者は,売買又は共有物の分割から45日以内は,当該期間内にされた全ての証書による行為の謄記にかかわらず,ナポレオン法典第2108条〔不動産売買に関する先取特権〕及び第2109条〔共有物分割に関する先取特権〕により彼らが取得した先取特権を有効に登記することができる。

   民事訴訟法第834条及び第835条は,削除される。〔筆者註:星野「沿革」・論集第2巻26頁にこの両条の訳がありますが,民事訴訟法834条によれば,抵当不動産譲渡及びその謄記があってもその後なお2週間はナポレオン法典2123条,2127条及び2128条に基づく当該譲渡前の抵当権者は登記ができるものとされていました(ただし,2108条及び2109条の権利者を害することを得ない。)。〕

 

 第7条 ナポレオン法典第1654条〔買主の代金支払債務不履行に基づく売主の売買契約解除権〕に規定する解除は,売主の先取特権の消滅後は,当該不動産に係る権利の移転を買主から受け,かつ,当該権利の保存のための法律に従った第三者を害する場合は行うことができない。

 

 第8条 寡婦(veuve),成年者となった未成年者,禁治産の宣告の取消しを受けた禁治産者,これらの者の相続人又は承継人が婚姻の解消又は後見の終了後から1年以内に登記しなかった場合においては,上記の者の抵当は,第三者との関係においては,その後に登記がされた日付のものとする(ne date que du jour des inscriptions prises ultérieurement)。〔筆者註:この条は,妻並びに未成年者及び成年被後見人の法定抵当権(登記を要しない(ナポレオンの民法典2135条)。)に関する規定であって,「法定抵当権とは,法律上当然に一定の債権について与えられるもので(2117条1項),妻がその債権等につき夫の財産に対して有するもの,未成年者および禁治産者がその債権等につき後見人の財産に対して有するもの,国,地方公共団体および営造物がその債権等につき収税官吏および会計官吏の財産に対して有するもの,の3種がある(2121条)。」と紹介されています(星野「沿革」・論集第2巻22‐23頁註6)。なお,星野「沿革」・論集第2巻51頁は,この1855年3月23日法8条について「1年内に登記をしないともはや第三者に対抗することができない。」と記しています。〕

 

 第9条 妻(les femmes)がその法定抵当を譲渡し,又は放棄することができる場合においては,それらの譲渡及び放棄は公署証書(acte authentique)によってされなければならず,並びに譲受人は,彼らのためにされた当該抵当の登記によらなければ,又は既存の登記の欄外における代位の付記(mention de la subrogation)によらなければ,第三者との関係においては,当該権利を取得することができない。

   譲渡又は放棄を受けた者の間における妻の抵当権の行使の順位は,登記又は付記の日付によって定まる。

 

 第10条 この法は,1856年1月1日から施行する。

 

 第11条 上記第1条,第2条,第3条,第4条及び第9条は,1856年1月1日より前に確定日付を付された証書による行為及び下された裁判には適用されない。

   それらの効果は,その下でそれらが行われた法令による。

   謄記はされていないが前記の期日より前の確定日付のある証書による行為の解除,無効又は取消しの裁判は,この法律の第4条に従い謄記されなければならない。

   その先取特権がこの法律の施行の時に消滅している売主は,第三者に対して,ナポレオン法典第1654条の規定による自らの解除(l’action résolutoire qui lui appartient aux termes de l’article 1654 du Code Napoléon)を前記の期日から6月以内にその行為を抵当局に登記することによって保存することができる。

       10条により必要となる登記は,本法律が施行される日から1年以内にされなければならない。当該期間内に登記がされないときは,法定抵当はその後にそれが登記された日付による順位を得る(ne prend rang que du jour où elle ultérieurement inscrite)。

   贈与(donation)に係る,又は返還を条件とする規定(des dispositions à charge de rendre)を含む証書による行為の謄記に関するナポレオン法典の規定については従前のとおりである(Il n’est point dérogé aux)。それらの規定は,執行を受け続ける(continueront à recevoir leur exécution)。

 

 第12条 特別法により徴収すべき手数料(droits)が定められるまでは,証書による行為又は裁判の謄記であって,この法律の前には当該手続に服するものとされていなかったものは,1フランの定額手数料と引き換えにされる。

  

 「謄記」という見慣れぬ用語については,次の説明を御覧ください。

 

・・・「謄記transcription」と「登記inscription」の使い分けについてである。transcriptionとは文字通りには転記することであるが,フランスにおける不動産の公示は,原因証書(売買契約書)の写しを綴じ込むことによって行われており,原因証書とは別に権利関係が登録されるわけではない。transcriptionという用語はこのことを示すものである。(大村敦志『フランス民法』(信山社出版・2010年)148頁)

 ただし,謄記の方法が,文字どおりの証書の筆写(transcription)から当事者によって提出された証書を編綴するシステムになったのは,1921年7月24日法(Loi relative à la suppression du registre de la transcription et modifiant la loi du 23 mars 1855 et les art. 1069, 2181 et 2182 du Code civil),1921年8月28日命令(Décret fixant le type et le coût des formules destinées à la rédaction des documents déposés aux conservations des hypothèques)及び192110月6日命令(Décret fixant le prix des bordereaux de transcription hypothécaire)による制度改正がされてからのことです(星野「沿革」・論集第2巻7778頁。また,同「フランスにおける1955年以降の不動産物権公示制度の改正」論集第2巻111頁)。


5 トロロンのコンメンタール 

1855年3月23日法については,第二帝政フランスの元老院議長にして破毀院院長(Premier Président)たるレイモン=テオドール・トロロン(Troplong)によるコンメンタールであるCommentaire de la Loi du 23 mars 1855 sur la Transcription en Matière Hypothècaire≫(抵当関係謄記に関する1855年3月23日法逐条解説)1856年にパリのCharles Hingrayから出ており,これは現在インターネット上で読むことができます。実に浩瀚なものです。おしゃれたるべき書籍の狙いや書籍としての編集上の事由から一次資料に基づく整理の多くを削除するような横着なことをすることなく,むしろ長過ぎる(trop long)くらいのこのような大著を出す西洋知識人の知的タフネスには,非常に知識に富んでいて聡明である程度であるところの我が国の学者諸賢では太刀打ちできないものでしょうか。無論,仕事に厳しい法律実務家は,婦女子生徒にもめちゃくちゃフレンドリーであるというようなことはなく,かえって迷惑がられ,悪くすると嫌われてしまうのでしょうが。

そのトロロンによる1855年3月23日法第3条解説の冒頭部分(167169頁)を以下訳出します。

 

142. 第3条は,謄記(transcription)の効果を定める。

 ナポレオン法典の原則によれば,合意(consentement)は,当事者間においても,第三者との関係でも,所有権(propriété)を移転せしめる。売買は,その締結により,買主を所有者とする。権利を失った売主(le vendeur dépouillé)は,譲渡された不動産に係る何らの権利ももはや与えることはできない。このように,誠実(la bonne foi)は欲するであって,そこからのインスピレーションがこの制度(ce système)の導き(guide)となったのである。売買について知らずに,所有者だと思って売主と取引をした者は,買主に対して何らの権利も絶対的に有さない。本人(leur auteur)が有する以上の権利を人々は取得することはできない。当該本人は,既に権利を失っているので,彼らに何も移転することはできないのである。

 唯一,約定(convention)が証明されなければならない。しかして,第三者との関係では,証書(acte)は,確定日付あるものとなった時から(du moment où sa date est certaine)しかその示す約定の存在を証明しないのである〔筆者註:ナポレオン法典1328条が「私署証書は,第三者に対しては,それらが登録された日,それらに署名した者若しくは署名した数名中の一人の死亡の日又は封印調書若しくは目録調書のような官公吏によって作成された証書においてそれらの内容が確認された日以外の日付を有さない。」と規定していました。〕。したがって,第三者との関係では,所有権の移転は,その先行性の証明となる証書の存在という条件の下に置かれることになる。同一の財産に係る2名の前後する買主の間においては,契約書が先に確定日付を受けた者が他の者に対して勝つのである。これが,ナポレオン法典による立法に基づく状況である。これが,1855年3月23日法まで支配した理論である。

 

143. しかしながら,不動産信用の必要(les nécessités du crédit foncier〔なお,「フランスでは1852年に抵当貸付銀行(Crédit foncier)というものができ」たそうです(星野英一「物権変動論における「対抗」問題と「公信」問題」同『民法論集第6巻』(有斐閣・1986年)145頁)。また,星野「沿革」・論集第2巻49頁(ここでは「土地信用銀行」と訳されています。)参照〕によって起動されたものであるこの法律は,前記の原則に抵触し,ナポレオン法典はその点において重大な変更を被ることとなった。もちろん,当事者及び彼らの承継人間においては,所有権の変動は常に合意のみによって行われるのであって,ナポレオン法典の母なる理念(l’idée mère),すなわち深く哲学的かつ倫理的な理念(idée profondément philosophique et morale)は,その全効力の中に存続する。しかしながら,第三者との関係においては,以後変動は,公の登記簿に証書が謄記されることによって(par la transcription du titre sur un registre public)初めて達成されるのである。謄記がされるまでは,売主は,当事者及び彼らの包括承継人(leurs successeurs universels)以外の者との関係では所有権の属性(les attributs de la propriétéを保持している。彼によって第三者に移転され,かつ,しかるべく正規化された(dûment régularisés)権利は,時期的には先行していてもその証書をいまだに謄記していなかった買主に対して対抗することができるのである。買主は,それらその契約を公告した第三者に対して,当該本人(son auteur)は彼自身有していなかった権利を彼らに移転することはできなかったのだと言うことをもはや許されない。買主は,少なくとも第三者との関係では,謄記によって日付をはっきりさせず(en ne prenant pas date contre lui par la transcription),売主は権利を失っていないと公衆が信ずることを正当化してしまった(en autorisant)ことによって,売主がそれらの権利をなお有するものとしたのである(l’a laissé investi de ces droits)。彼は,競合する権利に対抗されることによって被った損害について,自分のみを(à lui seul)及びその懈怠を(à sa négligence)咎めるべきである(doit imputer)。

 以上からして,所有権の移転は,現在は二重の原則によって規律されていることになる。当事者間においては,それは合意から生ずる。第三者との関係では,証書の謄記をもってその日付とする(elle ne date que de la transcription du titre)。同一の不動産に係る物権を主張する2名の間では,公示の法律に先に適合するようにした者が(celle qui se sera conformée la première à la loi de la publicité),その主張について勝利を得るのである。

 

144.以上のように論じたところで(Ceci posé),当該状況下においては,通常の理論では単なる承継人であって本人を代表し(représentant son auteur)かつ譲渡人の写し絵(image du cédant)であるところの者が,他の者のためにされた当該本人に由来するところの行為(les actes émanés de cet auteur)を争うことのできる第三者となるように見える。周知のとおり,当該二重効(ce dualisme)は,法においては新奇なものではない。どのようにして同一の個人が,ある場合には譲渡人の承継人であり,他の場合にはそうではないこととなり得るかについては,他の書物で示し置いたところである。

 難しい点は,どのような場合に第三者の利益が生じ,どのような他の場合に1855年3月23日法にかかわらずナポレオン法典の規定がそのまま適用される(demeure intacte)かを知ることにある。

 まず,買主は,その契約書を謄記していなくとも,売主に対しては,取得した不動産を請求する権利を有する。公示の規定は,このような仮定例のために設けられたものでないことは明白である。当事者は彼らの締結した契約を知らないものではなく,かつ,彼らに関しては公告は無用のものである。

 

 星野英一教授の以下のような論述には,上記トロロンの説明を彷彿とさせるものがあるように感じられます。

 

  ・・・つぎの疑問が出るかもしれない。甲は乙に完全に所有権を移したのなら,丙に移すべき権利を持っていないではないかということである。この点の説明は難しいように見えるが,実はなんのこともない。甲乙間において乙に完全に所有権が移っているということは,乙は甲に対して所有権から生ずる法律効果を主張でき,甲は乙に対して所有権から生ずる効果を主張できない,ということである。しかし,乙は丙に対しては所有権から生ずる効果を主張できないのであり,その限りで,乙の権利は不完全なものであり,甲になにものか,つまり,丙に登記を移転し,その結果乙が丙に所有権を対抗できなくなって,結局丙が完全な意味で所有権者になるようにすることのできる権能が残っている,ということである。(星野・概論Ⅱ・39頁)

 

  所有権を,ある物質的存在のように考えると,ある物の所有権はどこかにしかないことになり,甲から乙に移った以上甲から丙には移りえない,ということにもなりそうだが,所有権とは,そのような存在でなく,要するに誰かが他の人にある法律効果を主張するさいの根拠として用いられる観念的存在にすぎない。故に,乙は甲に対しては所有権を主張しうるが,丙に対してはそう主張できない,甲は乙に対しては所有権を主張できないが,丙に対してはこれを移転しうる,と考えることになんらおかしなところはないのである。このことは,所有権に限ったことではなく,法律概念にはこのようなものが多い。その実体化(物質的存在のように考えること)は誤りであることをはっきり弁えなければならない。どうしても実体的に考えたいのなら,先に述べたように乙の持っている「所有権」は,完全なものでなく「所有権マイナスα」であり,甲にαが残っている,といえばよい。そのαは,強力なもので,丙に移転され登記がされると,乙にある「所有権マイナスα」を否定する力を有するというわけである。いったん甲から乙に所有権が完全に移転する以上,甲にはもはやなにも残らないから,二重譲渡は論理的に不可能である,などといわれ,この点を説明しようとして,古くから色々の説が唱えられており,最近も新しい説が出ている。しかし,そもそもをいえば,もしも176条しかないならば二重譲渡は不可能だが,177条,178条がある以上,そんなことはなく,そのような説明は不要なのである。(星野・概論Ⅱ・3940頁)

 

 未謄記の買主間における優劣に関するトロロンの次の議論も面白いところです(177頁)。

 

 151. 謄記をしていない買主間においては,一方から他方に対して1855年3月23日法が援用されることはできない。なおもナポレオン法典の規律下にあるところであって,他方との関係における証書の日付の先行性によって紛争は解決せられるのである。第2の買主は,空しく第1の買主に対して言うであろう。もしあなたがあなたの取得を公示していたのならば,私は購入することはなかったでしょう,あなたの落ち度(faute)が私を誤りに陥らせたのです,と。第1の買主は論理的に(avec raison)答えるであろう。現在の原則によれば,あなたの購入を他のだれよりも先に謄記したときにならなければ,あなたは所有権について確実なものと保証されていないのです。で,あなたは何もしていませんでしたね。

 

 6 「日本民法の不動産物権変動制度」講演その他

 トロロンのコンメンタールの第151項を読んで面白がるのはméchantでしょうか。しかし,大村敦志教授の著書に次のようなくだりがあるところです。

 

  ・・・〔不動産物権変動におけるフランス法主義に関する研究者である〕滝沢〔聿代〕はここ〔「法定取得+失権」説と呼ばれる滝沢の見解〕から重要な解釈論的な帰結を導く。それは,「第一譲渡優先の原則」あるいは「非対称性の法理」とでも言うべき帰結である。滝沢によれば,第二買主は登記を備えることによって初めて権利を取得するのであり,登記以前に所有権を有するのは第一買主である。第一買主は登記を備えた第二買主に対抗することはできないが,第二買主が登記を備えるまでは第一買主はその権利を対外的に主張できるというのである。つまり,双方未登記の第一買主と第二買主とでは前者が優先する,言い換えれば,両者の立場は対等ではないというわけである。

  以上に対して,星野〔英一〕は異を唱えた(星野「日本民法の不動産物権変動制度」同『民法論集第6巻』〔1986,初出は1980〕)。星野の論点は次の3点にあった。一つは,議論の仕方についてである。滝沢のような議論はフランスではなされていないのであり,無用の法律構成であるというのである。もう一つは,歴史的な経緯の異同についてである。フランスでは,意思主義は1804年の民法典によって,対抗要件主義は1855年の登記法によってそれぞれ導入されたのに対して,日本では,両者は同時にセットとして民法典に書き込まれたことを重視すべきであるというのである。それゆえ最後に,フランス法では第一買主と第二買主の地位が非対称であるとしても,日本では両者を対称的に考えるべきであるというのである。(大村150頁)


 ここで大村教授は星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度 ――母法フランス法と対比しつつ――」講演を典拠として挙げていますが,同講演において星野教授が滝沢説(ないしはその方法)に「異を唱えた」という部分は,筆者の一読したところ,以下のようなものです。

 

 ・・・先に述べたような立場〔「・・・プロセスとしてどうしても,文理解釈,論理解釈といわれる操作から出発し,つぎに立法者や起草者がどう考えたかを探究し,進んで立法にさいしてもととなった外国法やその歴史に遡って調べなければなりません。これは,少なくとも学者にとって必要な作業です。これらの基礎的な作業を経たうえで,現在の立場から,先に述べた利益考量・価値判断をするわけです。その論証のしかたとしては,たとえば,日本の民法は,立法者の考え方そして立法のもととなっている外国法によれば,こういうもの,こう解釈されるべきものであった,しかし現在においては,社会情勢が立法者の前提としていたところと変わっていたり,人々の考え方が変わっているので,今日ではそれは取り得ない,としたうえで,現在の解釈としてはこうあるべきだ,というふうに論ずるわけです。」という立場〕から日本民法を理解するために,その沿革,そしてフランス民法の沿革に遡ったよい研究をした滝沢助教授が,この点〔二重譲渡の可能性の説明〕になると一転して――というより実はそもそも同氏の問題意識というか問題の出発点がそこにあるのですが――,フランスの学者もほとんど問題にしていないところの――このことは同氏の研究からも明らかです――二重譲渡の可能性ないし第二買主の権利取得の説明に苦心しているのは,やや一貫しない感があります。ここでも,というよりここでこそ――というのは日本民法もこの点では同じ,というより始めから二つの規定〔176条及び177条〕を併存させているのですから――,もっとあっさりと,フランス式で押しとおすほうが当初の方法に忠実であり,すなおではなかったか,と思われるのです。つまり,同助教授はせっかく立派な実証的研究をしているのに,ドイツ法学的(?)問題意識をもってフランス法をかなり強引に利用したように思われます。それとも,日本の学説が盛んに議論している問題だから,日本に密着した問題だということでしょうか。それなら一応わかりますが,日本の学界において盛んに問題とされているものがあまり問題とするほどのものではない〔すなわち,「どちらの問題〔二重譲渡の説明及び物権の「得喪及ヒ変更」の範囲〕についても,文理解釈・論理解釈ではわからないため,立法者,起草者,場合によりそのもととなった法律に遡らねばならないので,それなしの議論は,いわば砂上の楼閣になりかねないのです。率直に言って,従来の議論は,我妻〔榮〕先生のものでさえその辺が不十分で,現在もその弱い基盤の上に議論されているために,迷路に陥っている感がありました。」という情況〕,ということを外国法を参考にして明らかにするのも重要な意義のあることであり,私はこの問題についてはむしろそれが必要だと考えるものです。しかし,これも法律学の任務に関する考え方の違いによるものでしょうか。ただ,少なくとも,前述したやや一貫しない感じの所についての説明は必要でしょう。(星野・論集第6巻9495頁,107108頁)

 

上記部分は,「滝沢〔聿代「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」法学協会雑誌93巻9号,11号,12号,94巻4号,7号(昭和5152年)〕によって,ようやく論議のためのほぼゆるぎない基礎が確立されたといってよい,ただ後に二,三の点について述べるように,同論文にもなおこの点〔立法者・起草者,そのもととなった外国法に遡った議論〕でも若干の不統一ないし不徹底が見られるのは惜しい。」(星野「日本民法の」・論集第6巻97頁註8)とされた「二,三の点」に係るものでしょう。

なお,星野教授も,滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受」論文を引用しつつ,「同条〔民法177条〕をあえて説明すれば,物権を取得しても登記をしないでいて第三者が登記をすると失権する規定だともいえましょう」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)。また,「同条〔民法177条〕は物権を取得したが登記を怠った者の懈怠を咎めるという客観的意味を持つ規定だといってもよいでしょう。」との星野教授の理解(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)は,トロロンの前記コンメンタール第143項第1段落の最終部分と符合するようですが,この点に係る「民法の起草者もそんなことは言っていない」との石田喜久夫教授の批判に関し星野教授は,「民法の構造に立った理解として,滝沢助教授および私の理解以外にうまい理解のしかたがほかにあれば再考するにやぶさかではない。」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻121頁註9)。少なくともこれらの点においては,星野教授は滝沢説に「異を唱えた」ものではないでしょう。(なお,石田教授と星野教授とは,「私どもは,公刊された文章でかなり厳しい批判をしあいました。契約の基本原理から,多方面の解釈論に及びます。個人的な会話においても悪口をいいあっていましたが,学者としても,人間としても,互いに尊敬しあい,心が通じていたからだと信じています。」という間柄でした(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)288頁)。)

そもそも1977年2月11日に広島市における全国青年司法書士連絡協議会大会おいてされた星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度」講演は,「幸い,この点に関する優れた研究〔滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」〕が最近発表されましたので,これを参考にしながらお話を進める」こととしたというものでした(星野・論集第6巻89頁)。

 

7 第三者の善意要件に関して 

 なお,ボアソナアドの旧民法財産編350条1項は「第348条ニ掲ケタル行為,判決又ハ命令ノ効力ニ因リテ取得シ変更シ又ハ取回シタル物権ハ其登記ヲ為スマテハ仍ホ名義上ノ所有者ト此物権ニ付キ約束シタル者又ハ其所有者ヨリ此物権ト相容レサル権利ヲ取得シタル者ニ対抗スルコトヲ得ス但其者ノ善意ニシテ且其行為ノ登記ヲ要スルモノナルトキハ之ヲ為シタルトキニ限ル」と規定して,第三者に善意を要求していました。初学者的には違和感の無い結果となったようです。しかしながら,いろいろ問題があるということで当該規定は現行民法には採用されなかったのでしょうか。残念ながら本稿においては,そこまで現行民法の編纂過程を調べて論ずるには至らなかったところです。(この点については,多田利隆西南学院大学法科大学院教授の「民法177条と信頼保護」論文(西南学院大学法学論集47巻2=3号(2015年)129頁以下)において現行民法の起草者である穂積陳重,富井政章及び梅謙次郎の見解が紹介されており(「不動産登記が「公益ニ基ク」公示方法として十分な効果をあげるためには「絶対的」のもの〔「第三者の善意・悪意に応じて取り扱いを分けるという相対的な取り扱いはしないということ」〕でなければならないからだというのである」(穂積について),「其意思ノ善悪ニ関シテ争議ヲ生シ挙証ノ困難ナルカ為メニ善意者ニシテ悪意者ト認定セラルルコト往々コレナキヲ保セズ。故ニ法律ハ第三者ノ利益ト共ニ取引ノ安全ヲ保証スルタメニ上記ノ区別ワ採用セザリシモノト謂ウベシ」(富井の『民法原論 第二巻 物権』における記述の紹介)及び「実際には善意・悪意の区別は困難であって,第三者によって物権変動を認めたり否定したりすると「頗ル法律関係ヲ錯雑ナラシムルモノニシテ実際ノ不便少カラス」,したがって,「第三者ノ善意悪意ヲ問ハス登記アレハ何人ト雖モ之ヲ知ラスト云フコトヲ得ス登記ナケレバ何人モ之ヲ知ラサルモノト看做シ畢竟第三者ニ対シテハ登記ノ有無ニ因リテ権利確定スヘキモノトセル」立場を採用したのだと説明」(梅の『民法要義 巻之二 物権篇』の記述に関して)),「そこでは共通して,本来であれば善意の第三者のみを保護すべきであるが,公示制度の実効性を高めることや,善意・悪意をめぐる争いの弊害を防ぐことなど,実際上あるいは便宜上の理由によって,具体的な善意要件は掲げなかったことが説かれている」と総括されています(131‐133頁)。)
 ところで,トロロンは前掲書において1855年3月23日法第3条に関してつとに次のように述べていました(229230頁)。

 

 190.謄記を援用する者に対してはまた,それは悪意(mauvaise foi)によってされたものであると主張して対抗することができる。しかし,ここでいう悪意とは何を意味するのであろうか?

取り急ぎ述べれば,謄記されていない先行する売買に係る単純な認識(la simple connaissance)は,同一の不動産を新たに買った者を悪意あるもの(en état de mauvaise foi)とはしない。このことは,贈与の謄記に関して,既に確立されたものとなっている。しかして共和暦13年テルミドール3日に破毀院は,ブリュメール法〔共和暦7年ブリュメール11日(179811月1日)の抵当貸付法(Loi de crédit hypothécaire)であって,同法の内容については星野「沿革」・論集第2巻9頁・13‐14頁註5を,所有権の移転を第三者に対抗するためには謄記が必要であるとする同法の規定がナポレオンの民法典においては採用されなかった経緯については星野「沿革」・論集2巻16頁・17頁註5註6(「ある者は,不注意か手違いのためであろうかと疑い,ある者は,部会が最後の瞬間に思い直して意見を変えたのであろうか,という」)を参照〕を適用してそのように裁判している。

  「(同院は当該判決(arrêt)においていわく)最初の売買が謄記されておらず,かつ,したがって所有権の移転がない限りにおいては,既に他者に売られていることを知り得た不動産を買う者を不正行為(fraude)をもってとがめる(accuser)ことはできない。法律によって提供された有利な機会から利益を得ることは不正行為ではないからである(car il n’y a pas fraude à profiter d’un avantage offert par la loi)。しかして,証書を謄記させるために同様の注意(une égale dilligence)を用いなかったのならば,最初の買主は自分自身を咎めるべきである。」

  しかしながら,第2の買主は,第1の買主が自らの懈怠によるというよりも売主によって第2の買主と共謀の上(avec complicité)共同してされた陰謀(une manœuvre concertée)の犠牲者であるという場合においては,第1の買主を裏切る(tromper)ために売主によって企まれた(machinée)不正行為に加担したものである。この場合においては,著しく格別な悪意(la plus insigne mauvaise foi)による行為(acte)を謄記によって掩護(couvrir)せしめることは不可能である。この意見は,新法を提案するに当たっての政府のものである。実際に,提案理由中には次のようにある。「同一の不動産又は同一の物権について同一の権利者(propriétaire)によって2ないしは多数の譲渡(aliénations)がされた場合においては,最初に謄記されたものが他の全てのものを排除する(exclurait)。ただし,最初に当該手続(cette formalité)を充足した(a rempli)者が不正行為(fraude)に加担していない(n’eût participé)ときに限る。」と。


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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 グリム童話に「賢い人々(Die klugen Leute)」というお話があります(KHM Nr.104)。これがなかなか法律学的に興味深いところです。

 

1 代理

 農家のハンスが3日間家を空けることにし,その間の農畜産業経営について妻に代理権の授与を行います。

 

「トリネ(Trine)や,おれはこれから遠くに出かけて,三日ほど留守にする。その間に家畜商人がやって来て,うちの3頭の牝牛を買いたいと言ってきたら,売ってもよい。けれども200ターレルでなきゃだめだ。それより少ない額ではだめだぞ。分かったね。」「神さまの御名において行ってらっしゃい」と妻は答えた。「それはうまくやるわ。」「そうだぞ,お前!」と夫は言った。「お前は小さい子供の時に頭から落っこちて,それが今の今まで尾をひいているからな。だが,これはお前に言っておくがな,もしばかなことをやらかしたら,おれはお前の背中を真っ青にしてやるからな。色を塗るんじゃないぞ。おれが今この手に持っている杖一本でやるのだぞ。その痕は,まる一年残って,とれるのはやっとそれからだからな。」

 

心配ならばトリネに代理権を授与しなければよかったのですが,授与してしまった以上,それは有効です。我が民法(明治29年法律第89号)102条は「代理人は,行為能力者であることを要しない。」と規定しています。「本人があえて無能力者を代理人にするなら,なにも差支えはない」わけです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)213頁)。ドイツ民法165条は,「代理人によって,又は代理人に対してされた意思表示の効力は,当該代理人の行為能力が制限されていること(dass der Vertreter in der Geschäftsfähigkeit beschränkt ist)によって妨げられない。」と宣言しています。

 牝牛3頭の所有権は,ハンスに属していたのでしょう。

 

2 日常家事債務

 ところで,農家で牝牛3頭を売却するということは,さすがに日常の家事に関することではないでしょう。
 我が民法
761条は「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは,他の一方は,これによって生じた債務について,連帯してその責任を負う。ただし,第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は,この限りでない。」と規定しているところから,「日常家事に夫婦の財産を処分することも含めざるを得ず(たとえば家具を新しく買い替える場合に古い家具を中古品として売るなど),761条が当然の前提としている原則として,相互の代理権を肯定してよいだろう。」とされ(内田貴『民法Ⅳ親族・相続』(東京大学出版会・2002年)44頁。判例として,最判昭和441218日民集23122476),「妻は,夫婦共同生活の運営に必要な限りでは,夫名義の借財をする権限を有するのみならず,夫名義の財産を処分する権限をも有する。」とされていますが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)108頁),「日常の家事」という縛りがあります。
 「「日常の家事」とは,未成熟の子を含む夫婦の共同生活に通常必要とされる一切の事項を含む。家族の食料・光熱・衣料などの買入,保健・娯楽・医療,子女の養育・教育,家具・調度品の購入などは当然に含まれる(夫婦それぞれの所有動産に火災保険をつけることも含まれる(大判昭和
1212月8日民集1764頁は旧法の下で夫の管理権が及ぶという))。問題となるのは,これらの目的のために資金を調達する行為――既存の財産の処分と借財――だが,これも,普通に家政の処理と認められる範囲内(例えば月末の支払いのやりくりのための質入・借財など)においてはもとよりのこと,これを逸脱する場合でも,当該夫婦の共同生活にとくに必要な資金調達のためのものは,なお含まれると解すべきものと思う・・・。ただし,以上のすべてについて,その範囲は,各夫婦共同生活の社会的地位・職業・資産・収入などによって異なるのみならず,当該共同生活の存在する地域社会の慣行によっても異なる。」とされているところです(我妻・親族法106頁)。
 日常家事の範囲を越えた越権行為が配偶者の一方によってされた場合において(原則は無権代理),越権行為の相手方である第三者をどう保護すべきかについては,「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり,民法110条の趣旨を類推適用して,その第三者の保護をはかれば足りる」とされています(前記最判)。我が民法110条は「前条本文の規定は,代理人がその権限外の行為をした場合において,第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。〔代理人が第三者との間でした行為についてその責任を負う。〕」と規定しています。判例が「民法110条の適用」ではなく「民法110条の趣旨を類推適用」といっているのは,「〔民法110条の法理〕の適用されるのは,あくまでも,相手方が日常の家事の範囲内と信じた場合に限るべきであって,それ以外の行為について特別の代理権があったと信じた場合には及ばないと解する。従って,110条が適用されるとせずに,110条の趣旨を類推すべし,というのである。」ということでしょう(我妻・親族法111頁)。

昭和22年法律第222号によって改正される前の明治31年法律第9号804条では,「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス/夫ハ前項ノ代理権ノ全部又ハ一部ヲ否認スルコトヲ得但之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定されていました。
 ドイツ民法1357条は,「各配偶者は,家族生活に係る必要の相当な充足のための(zur angemessenen Deckung des Lebensbedarfs der Familie)行為を他方配偶者のためにも有効に行う権限を有する(ist berechtigt...zu besorgen)。当該行為によって,事情による例外の場合を除いて,両配偶者は,権利を取得し,及び義務を負う。/一方配偶者は,自分のために他方配偶者が有効に行為を行う権限を制限し,又は否認することができる。当該制限又は否認に十分な理由(ausreichender Grund)がないときは,家庭裁判所は,申立てによってそれらを取り消さなければならない(hat...aufzuheben)。当該制限又は否認は,第1412条に従ってのみ第三者に対して効力を生ずる。/配偶者が別居している(getrennt leben)ときは,第1項は適用されない。」と規定しています。

 

3 売買契約と同時履行の抗弁及び所有権移転の時期

夫が出立した翌日,トリネのところに家畜商人がやって来ます。3頭の牝牛を見て,そして200ターレルの代金額を聞いた家畜商人は言います。

 

「喜んでその額はお支払します。この牛たちは,安く見積もっても(unter Brüdern)それだけの値打ちはありますからね。早速牛たちを連れて行かせてもらいましょう。」

 

 売買契約成立です。

直ちに家畜商人は牝牛たちを鎖から外し,牛小屋から引き出し,中庭を抜けて牝牛3頭と正に立ち去ろうとしたところ,トリネはその袖を捉えて言います。

 

  「あんた,まず私に200ターレルを払ってくれなきゃいけないよ。そうじゃなきゃ,あんたを行かせるわけにはいかないね。」

 

これは,同時履行の抗弁ですね。民法533条は「双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる。ただし,相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しています。ドイツ民法320条は,「双務契約により(aus einem gegenseitigen Vertrag)義務を負う者は,先に給付する義務を負っている場合を除き,反対給付の実現まで自己の負担する給付(die ihm obliegende Leistung)を拒絶することができる。複数の者に対して給付がされるべき場合においては(Hat die Leistung an mehrere zu erfolgen),それぞれの者に対し(dem einzelnen)彼に帰属する給付の部分(der ihm gebührende Teil)が,全ての反対給付の実現まで拒絶され得る。第273条第3項の規定〔我が民法301条に相当〕は,準用されない。/一方から一部の給付がされた場合においては,事情にかんがみ,特に遅滞している部分の相対的些少性のゆえをもって(wegen verhältnismäßiger Geringfügigkeit),拒絶が信義則(Treu und Glauben)に抵触するときは,その限りにおいて反対給付は拒絶されることができない。」と規定しています。

なお,我が判例によれば,売買契約成立当時その財産権が売主に帰属していたときは,当該財産権は,原則として,当然に買主に移転するとされていますので(大判大2・1025民録19857,最判昭33・6・20民集12101585),牝牛3頭の所有者である夫の代理人であるトリネと家畜商人との間で当該牝牛3頭を代金200ターレルで当該家畜商人に売るという売買契約が成立したときには,その時において当然に所有権が家畜商人に移っているということになります。しかしながら,ドイツにおいては,状況は異なります。ドイツ民法929条は「動産の所有権の移転(Übertragung des Eigentums an einer beweglichen Sache)のためには,所有者が承継人(Erwerber)に目的物を引き渡し(übergibt),かつ,両者が所有権が移動(übergehen)すべきことに合意していること(einig)が必要である。承継人が目的物を占有している場合においては,所有権の移動についての合意をもって足りる。」と規定しているからです。したがって,トリネから家畜商人への引渡しが完了しておらず,かつ,同女は所有権の移転にはまだ合意していないようなので,牝牛3頭の所有権は,この段階ではまだトリネの夫であるハンスにあります。(「ドイツでは,契約(法律行為)が,債権を発生させる債権契約(行為)と物権を発生〔又は移転〕させる物権契約(行為)とに分かれ,前者が後者の原因(行為)であるが,前者(原因行為)と後者(物権行為)とは峻別され,前者の無効・取消は後者に影響しない(物権行為の無因性)〔ただし,「当事者間で不当利得返還としての物権の返還が問題になる」〕。物権契約(行為)と登記〔又は〕引渡とによって物権が移転する」と(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)32‐33頁)理屈っぽく晦渋に説かれていたことの背景には,上記のようなドイツ民法の条文があったのでした。)

「双務契約」とは,「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約」で,「そうでない契約が片務契約」とされています(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)49頁)。売買は「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものであって(民法555条),売主(トリネに代理されたハンス)は財産権移転債務(「観念的に財産権を買主に取得させることのほか,目的物の占有を買主に取得させること及び登記等の対抗要件を買主に取得させることをも含んでいる」とされています(司法研修所『増補民事訴訟における要件事実第一巻』(1986年)138頁)。),買主(家畜商人)は代金(200ターレル)支払債務という,互いに対価的な意義を有する債務を負担しており,典型的な双務契約であるということになります(我妻Ⅴ₁49頁)。

民法555条ただし書は「相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しているので,トリネ主張の同時履行の抗弁は,家畜商人の代金(200ターレル)支払債務が弁済期にないときには効き目がないことになります。しかしながら,心配に及ばず,「契約上の義務は,一般に,特に期限の合意がない限り,契約成立と同時に直ちに履行すべきもの」であるので(司法研修所138頁),他に期限の合意がない限り,家畜商人の代金支払債務は既に弁済期にあるわけです。

 

4 動産の売買の先取特権

しかし,家畜商人は,トリネの同時履行の抗弁を,うまいこと言って引っ込めさせます。

 

「おっしゃるとおりです。」と男は答えた。「ただ,わたくしは,がま口を腹巻に入れて来るのを忘れてしまったところです。けれども心配には及びません。わたくしがお支払するまでの担保を御提供します。2頭の牝牛は引き取らせていただきますが,3頭目はこちらに残しておきます。それであなたには立派な担保(ein gutes Pfand)があるということになるのです。」妻は納得し,男が自分の牝牛を連れて出て行くのを見送った。そして考えた。「あたしがこんなに賢くやったって知ったら,ハンスはどんなに喜ぶのかしら。」

 

 Pfandは質物とも訳せますが,この3頭目の牝牛の所有権は,ドイツ民法上はいまだ家畜商人に移転しておらず,そもそも債権者たるハンスに残っているのですね。すなわち,当該牝牛については,家畜商人から代金の支払提供のないまま,トリネ及びハンスの側において単に売買契約に係る売主としての債務が履行されていない状態です。家畜商人は当該牝牛については引渡しの請求を引っ込めているので,同時履行の抗弁を発動させるまでもないところです。

 ところで,家畜商人が連れ去ってしまった牝牛2頭については,その代金債権について何の担保もないのかといえば,実はなお先取特権(さきどりとっけん)というものがあります。我が民法311条5号によれば,動産の売買によって生じた債権を有する者は,債務者の特定の動産について先取特権を有するとされ,同法321条は「動産の売買の先取特権は,動産の代価及びその利息に関し,その動産について存在する。」と規定しています。「その趣旨は,売却がなされたからこそその物が債務者=買主の財産となり,債務者=買主の債権者が差し押さえることができるようになったのだから,売主を特に優先させるのが公平であるという点にある」とされています(星野Ⅱ204頁)。動産に対する強制執行において,「先取特権・・・を有する者は,その権利を証する文書を提出して,配当要求をすることができる。」とされているところです(民事執行法(昭和54年法律第4号)133条)。しかし,家畜商人ですから,買い取ったハンスの牝牛2頭は間もなく更に転売されてしまい,新たな買主に引き渡されてしまうことでしょう(商法(明治32年法律第48号)501条1号は「利益を得て譲渡する意思をもってする動産・・・の有価取得又はその取得したものの譲渡を目的とする行為」を,真っ先に商行為としています。「商人」とは「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」です(同法4条1項)。)。そうなると,「先取特権は,債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は,その動産について行使することができない。」ということになってしまいます(民法333条)。余り頼りにはなりません。

 なお,売買の代金の「利息」については,我が民法575条2項が「買主は,引渡しの日から,代金の利息を支払う義務を負う。ただし,代金の支払について期限があるときは,その期限が到来するまでは,利息を支払うことを要しない。」と規定しています。

 

5 DV法の解説は,なし

 三日たって旅から帰って来たハンスは,家畜商人にまんまとだまされた上にそのことにも気付いていないトリネに大いに腹を立てます。ここでハンスが前言どおりトリネをシデ材の(hagebüchnen)杖で打擲(ちょうちゃく)したのならば,本稿脱線配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)に関する解説を長々としなければならなくなります。しかしながら,ハンスはトリネが可哀想になりました。なお三日間世間を見てみて,その間にトリネよりもお人よし(noch einfältiger)な者に遭遇したのならば,トリネを赦してやることにしました。

 

6 原始的不能の債権に係る契約の効力等

 ハンスが大きな道の傍らで石に腰かけて待っていると,干し草を積んだ格子枠車に乗ったちょっと様子のおかしい(車を牽く牛の荷が軽くなるように,干し草の上に座らずに,車の上に立っている)女性が来たので,その車の前に飛び出して妙な具合に駆け回り「わたくしは天国から落ちてきた者です。どうやって戻ったらよいのか分かりません。天国にまで乗せて行ってもらえませんか?」と言ってみれば,お人よしの女性は,3年前に亡くなった夫のあの世での様子を訊いてきます。ハンスは,彼女の夫はあの世で羊飼いをやっているけれどもそれは大変な仕事で,服がボロボロになっていると答えます。彼女は驚き,ハンスに対して夫に対する差し入れを頼みます。衣服はだめだと言われたので(確かに刑事収容施設でも,紐がついている衣服などは差し入れできません。),お金を差し入れることにし,家から財布を取って来て,ハンスのポケットにねじ込みます。

 

 立ち去る前に,彼女は彼の親切(Gefälligkeit)に対してなお千回も(noch tausendmal)お礼をした。

 

 お人よしの女性が家に帰って,畑から戻って来た息子に対して天国からやって来た人の話をすると,息子も天国から来た人と話をしたいと思い,馬に乗って追いかけます。柳の木の下で折から財布の中のお金を数えようとしていたハンスに遭った息子は,天国から来た人を見なかったかと尋ねます。

 

 「ああ」とお百姓は答えた。「その人は帰りましたよ。あそこの山を登ってね。そこからだといくらか近いんですね。急いで駆ければ,まだ追いつけますよ。」

 

けれども息子は,疲れていたのでもう進めません。そこで,代わりに馬に乗って追いかけ,天国の人に戻ってくるよう説得してくれよとハンスに頼みます。

 

「やれやれ」とお百姓は考えた。「こいつもあれか,ランプはあっても芯が無いって連中の仲間だな。」「何の,あなたのために一肌脱がないってことがありますかい。」と彼は言い,馬にまたがり,全速で駆け去った。

 

息子は夜になるまで待ったけれども,ハンスも天国の人も戻って来ません。しかし,息子がたたずんでいる場所はドイツであって日本ではないとはいえ,世の中は,よい人よい子ばかりなのです。

 

「きっと」と彼は考えた。「天国の人はひどく急いでいて,戻ろうとはしなかったんだな。それであのお百姓は,天国の人に,おれの親父のところに持って行ってくれって,天国の人に馬を渡したんだな。」

 

あの世にいる亡夫に金銭の差し入れをしてくれ,又は天国の人に追いついて戻ってくるよう説得してくれとの頼みがあって(契約の申込み),ハンスはいずれの頼みについても請け合っています(承諾)。詐欺(民法96条1項)かといえば,お人よしの女性もその息子も一方的な思い込みで勝手に申込みの意思表示をしてきているので,ちょっと当てはまらないようではあります。両者の申込みに係る契約の種類は,請負(民法632条)といおうにも報酬の約束がないので,無償の準委任(同法656条)でしょうか。しかし,「原始的に不能なことについては,債権は成立しない〔略〕。従つて,その契約は効力を生じない(無効である)」ということ(我妻Ⅴ₁80頁)になるようです。ドイツ民法306条2項及び3項は「条項(die Bestimmungen)が契約の構成部分とならず,又は無効である場合においては,契約の内容は,法律の規定による(nach den gesetzlichen Vorschriften)ものとする(richtet sich)。/前項により見込まれる変更を考慮に入れてもそれに拘束されること(das Festhalten an ihm)が一方当事者に対して酷に過ぎるもの(eine unzumutbare Härte)となるときは,契約は無効である。」と規定しています。

しかし,平成29年法律第44号による改正後の民法412条の2第2項は「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは,第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。」と規定しています。債務の履行が原始的不能であってもその契約は有効であるということでしょうか。契約が有効ということになれば,お人よしの女性とその息子とが財布及びその中の金銭並びに馬の返還をハンスに請求するには,それぞれの準委任契約を解除しなければならなくなるのでしょうか。解除は,相手方に対する意思表示によってしなければならないところです(民法540条1項)。

無論,グリム童話の世界は,ドイツ民法の適用下ではあります。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 契約書チェックと「直接損害」

 企業法務の仕事の一環として,契約書のチェックがあります。

 契約書のチェックをしていて悩まされる問題は多々ありますが,次のような条項がいつも出て来るので,当該条項をどう解釈すべきか,修正すべきか否か,修正するのならどのようにすべきか,という問題が,皆さん頭痛の種となっているのではないでしょうか。

 

 (損害賠償)

第〇条 甲又は乙は,相手方が本契約に違反したことにより損害を被ったときは,相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。

 

 筆者において下線を付した「直接損害」なるものの概念が,分からないのです。

 

2 法令用語辞典・法律学辞典及び不法行為法学・債権総論と「直接損害」

 契約書案を持ち込んで来た悩みなき担当者は,「弁護士なのに「直接損害」の意味すら分からないんですか?」というような様子をしているので,こちらはなかなか弱音を吐けず,まずは自分で調べることになります。しかし,法令用語辞典・法律学辞典の類,更に不法行為法学及び債権総論の書物からは,はかばかしい解決が得られません。

 

(1)法令用語辞典

 吉国一郎等編『法令用語辞典<第八次改訂版>』(学陽書房・2001年)においては,「直接強制」,「直接請求」及び「直接選挙」の語は解説されているのですが,「直接損害」の語は取り上げられておらず,ついでながら「間接損害」も掲載されていません。同書は,内閣法制局関係者が執筆しているものですので,すなわちこれは,「直接損害」は我が国の法令用語ではないということでしょうか。

 

(2)法律学辞典と会社法学上の「直接損害・間接損害」

 金子宏等編集代表『法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣・2008年)には,「直接損害」について定義があるのですが,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人の損害賠償責任に関する講学上の概念であって,契約当事者間一般における債務不履行による損害賠償の範囲に係る法令上の概念とはいえないようです。同辞典における「直接損害」の定義は,次のとおり。

 

  株式会社の役員等(会社423①)の悪意・重過失による任務懈怠(けたい)によって第三者が直接に損害を被った場合のその損害をいう。任務懈怠により株式会社に損害が生じ,その結果として第三者が損害を被るわけではない点で,間接損害と区別される。会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)にいう「損害」には,直接損害と間接損害のいずれも含まれるというのが,判例である(最大判昭和441126民集23112150)。(金子等編871頁)

 

 会社法(平成17年法律第86号)423条1項は,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人をもって同法第2編第4章第11節(役員等の損害賠償責任)における「役員等」であるものと定義しています。また,同節はまず役員等の株式会社に対する損害賠償責任について規定していますから(同法423条以下),ここでの「第三者」とは当該役員等がその機関であるところの株式会社以外の者ということになります。

 会社法429条1項は「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。(他の役員等も当該損害を賠償する責任を負うときは,これらの者は連帯債務者となります(同法430条)。)

 第三者に「直接損害」(「典型的には,会社が倒産に瀕した時期に取締役が返済見込みのない金銭借入れ,代金支払の見込みのない商品購入等を行ったことにより契約相手方である第三者が被る損害である。」)を被らせる(会社には損害が無い。)役員等の悪意・重過失による任務懈怠は,当該任務懈怠行為における「契約相手方に対する不法行為(民709条)にも当たり得るが(最判昭和47・9・21判時68488頁),判例によれば,不法行為は第三者に対する加害についての故意・過失を要件とするのに対し,この責任は,取締役の会社に対する任務懈怠についての悪意・重過失を要件とする点が異なるという(最判昭和441126民集23112150頁)。」と説明されています(江頭憲治郎『株式会社法 第6版』(有斐閣・2015年)505頁)。

 

(3)不法行為法学における「間接損害」

債務不履行ならぬ不法行為に関する我が法学用語には,「間接損害」というものがあります。

 

 直接には甲に対する加害行為がなされることによって,同時に,かねてから甲と特別の社会関係に立っている乙にも――この甲乙間の社会関係を媒介として――損害を与える,という場合がある。このような場合に,加害者は,甲に対する不法行為責任のほかに,乙に対する関係においても不法行為を負うべき場合があるのか。あるとすれば,それはいかなる要件のもとにおいてであり,またこの責任と,甲に対する責任とはいかなる関係に立つのかという〔問題を,〕「間接損害」ないし「間接被害者」と不法行為の問題,とよぶこともできよう。具体的には,甲の生命や身体が侵害されたことにより近親者乙がある種の損害を受けた場合〔略〕,および甲の生命・身体が侵害されることにより,甲の雇主たる乙企業が企業独自の損害――いわゆる「企業損害」――を受けた場合〔略〕,が主として問題になる。(幾代通著・徳本伸一補訂『不法行為法』(有斐閣・1993年)245頁)

 

とはいえ,この「間接損害」の概念も確乎としたものではなく,「企業損害」だけを「間接損害」の語で呼ぶこともあれば,「間接損害」の語を避けて「反射損害」の語を用いる学者もいるそうです(幾代246頁)。

「間接損害」以外の損害を「直接損害」ということにして,上記の不法行為法学的用法をパラレルに契約当事者間の債務不履行の場面に当てはめると,債務者の債権者に対する債務不履行によって当該債権者に対して与えられた損害は全て「直接損害」ということになって,わざわざ「直接」との形容詞を付する必要はなさそうです。前記条項の「相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。」との規定の意味は,債権者は自分以外の者に生じた損害の賠償を請求することはしない,という当たり前のことを確認した規定ということになります。面白くないですね。
 なお,不法行為法の議論においては,次のような指摘もあります。


  ・・・同一主体に生ずる損害としては,たしかに交通事故などの場合には,最初にまずごく単純明快な「直接的」といえるような損害が生じ,ついでこの損害があったということが原因(の一つ)となって後続の「間接的」損害が発生する,という場合が多いけれども,不法行為一般についてみれば,必ずしもこのような態様のものばかりとはかぎらない。一被害主体にとっての最初の損害それ自体が,加害者(と擬せられる者)の行為から発して必ずしも直線的でない複雑で複合的な事実的因果関係の連鎖によって初めて生ずる,という場合もある。このような場合をも視野に入れて考察するとき,「直接的結果(損害)」「間接的結果(損害)」という区分の実用法学上の有用性には疑問をいだかざるをえないのである。(幾代129頁)

 

(4)債権総論

不法行為ではなく,債務不履行により生じた損害に係る「直接損害」概念について説いた書物はないものか,ということで,我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)の事項索引に当たってみると,そこには「直接損害」も「間接損害」も見出しとして掲げられてはいません。内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物権』(東京大学出版会・1996年)の事項索引にも「直接損害」は見出しとなっておらず,「間接損害」とあるのはそこでも不法行為法上の概念としての掲載です(同書173175頁)。

どうもよく分からない。

 

3 小説的会話

 

「この,「直接損害」って何ですか。」

「えっ,先生は弁護士なんだから御存知なんじゃないですか。」

「いや,日本の法学上は,株式会社の役員等の第三者に対する損害賠償責任の場面において「直接損害」と「間接損害」との区別が論じられたり,不法行為法における「間接損害」の取扱いが問題になったりしていますけれども,債務不履行により生じた損害の賠償の範囲について「直接損害」が云々という議論はちょっと聞いたことがないですねぇ。うーん,民法416条では,第1項で「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」と,第2項で「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」と規定しているんですが,第1項の損害は「通常損害」,第2項の損害は「特別損害」と呼ばれていて,「直接損害」の語は用いられていないんですよねぇ。契約書のこの「直接損害」条項は,民法416条とどう違うことになるんですかねぇ。」

「私は存じ上げません。先生がお考え下さい。」

「えっ。しかし,私にはこの「直接損害」の意味が分からないんで,困りましたねぇ。ここは日本民法416条の原則にそのまま乗っかってしまうことにして,この「直接損害」云々が含まれている条項はいっそ削ってしまいましょうか。契約書にわざわざ書かなくても,債務不履行によって債権者に損害を与えたら債務者は損害賠償しなきゃならないということは民法上当り前のことでしょう。」

「いや,契約書に書いておかないと,相手方が損害賠償に応じてくれない可能性があります。」

「(そんな屁理屈をこきそうな困った相手と何で契約を結ぶのかなぁ。)うーん,この条項は,あなたの部の契約書では昔から使っているんでしょ。」

「そうです。」

「そうだとしたら,昔からいる人もいるんでしょうから,だれか部内で「直接損害」の意味を知っている人はいませんかねぇ。」

「当部は法務部ではありません。」

「しかし,意味の分からぬ契約書をそのまま長いこと使っていたんですか。ちょっとこれは変だとか,気持ち悪いとか思わなかったんですか。」

「先生,細かいですねぇ。契約書なんてだれも細かく読みませんよ。」

「(うっ,それなら何で契約書のチェックを求めて来るんだろう。)困りましたねぇ。契約書はビジネスの基本ツールなんだけど,御存知ない,でやってこられましたか。困りましたねぇ。」

「先生,あなたは私たちが長年やってきたことを馬鹿にされるのですか。」

「いやいや,そんなことはありません。ただちょっと困っているだけです。(その「長年」のうちにだれかちゃんと調べてくれればよかったのになぁ。みんな長年しあわせに,何を考えて仕事をしていたのかしら。)・・・そうですねぇ,この「直接損害」の概念って,英文契約書の翻訳あたりからウィルスのように日本国内向けの契約書に侵入した,っていうことはないでしょうかね。その辺分かるような英文契約書とかその参考書とか,心当たりはありませんか。」

「何で契約書チェックを受けるのに,英文契約についてまでこちらで調べなければならないんですか。先生,それって,パワハラじゃないですか。」

「いやいや,パワハラなど滅相もない。(危ない,危ない,パワハラ認定がされると干されてしまう。)」

「先生は,英語はできないんですか。先生は,超一流法律事務所の先生方と違って,ナニが高くないって聞いてますからね,困りましたねぇ。」

「はは・・・。(良心的報酬額設定がかえって仇となるのかい。)」

「とにかく先生,こちらは締切りが迫っているんです。急いでいるんで早くチェックを済ませてください。先生のせいでみんなが迷惑するんです。」

「ははははいーぃ。」

 

4 英米法

 筆者が英米法の法律辞典類を見て,direct damagesとかdirect lossの定義を調べてみても,はっきりとしたことは分かりませんでした。

 ところが,最近某得意先企業の空いている役員室で作業をさせてもらっているとき,そこに置いてあった英米法辞典を見てピンと来るものがありました。(なお,この英米法辞典は,後で確認しましたが,Black’s Law Dictionaryの第10版ではありませんでした。)

 

 「これはやはり,Hadleyじゃないかな。」

 

(1)ハドリー事件判決と日本民法416

 我が民法(明治29年法律第89号)416条の規定がそれに由来するイングランドにおける1854年2月23日(嘉永七年二月二十三日ならば横浜応接所でペリー持参の献上品である汽車模型が円型レールで試運転された日なのですが,日本におけるその日はグレゴリオ暦では1854年3月21日です(『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年))。)のHadley v. Baxandale判決は,代表的民法教科書の一つにおいて,次のように紹介されています。

 

 ・・・ハドリー事件とはどのような事案だったのだろうか。原告Xは製粉所を経営していたが,製粉機の回転軸(クランク・シャフト)が壊れて製粉機が動かなくなったので,その回転軸を遠方にある機械製作所に見本として送って,新しい回転軸を作ってもらうことにした。そこで,運送会社Yに対し,その運搬を依頼したが,Yの懈怠のために運送が遅れ,結局新しい回転軸は予定より数日遅れて届くことになった。その結果,その間Xの製粉所は操業の停止を余儀なくされ,操業していたら得られたであろう利益を失った。これを賠償請求したのが,この事件である〔略〕。

  〔原審はXの請求を認容したが,控訴審の本件〕判決は,契約違反に対する損害賠償を,契約締結時に当事者が予見しえた範囲に限定すべきだとし,当該回転軸がなければXの工場が操業を停止せざるを得なくなるかどうかは,Yにはわからなかったとして(予備の回転軸がある場合もあるから),結論的にはXの請求を認めなかった。(内田148頁)

 

我が民法416条1項の通常損害の賠償請求には債権者による「予見可能性の立証は不要であるが,〔同条2項の〕特別損害なら,債権者の方で「特別の事情」の予見可能性を立証する必要がある」とされています(内田149頁)。民法「416条で予見の対象となっているのは,「特別の事情」であって「損害」そのものではないことは,文言上も明らかである」ところです(内田149頁)。民法416条2項の予見の主体である「当事者」は,富井政章及び本野一郎のフランス語訳では“les parties”と複数の両当事者とされていますが(《Code Civil de L’Empire du Japon 1896》(新青出版・1997年)),判例・通説上は債務者とされ(内田151頁),予見の時期は,Hadley判決では契約締結時とされていましたが,我が判例・通説上は履行期ないしは不履行時としています(内田152頁)。

 

(2)英米法学におけるハドリー事件判決解説と直接損害(Direct Damages)概念

英米法の法律家はどう言っているものかと“Hadley v. Baxandale”でインターネット検索をすると,カリフォルニア大学バークレー校ボールト・ホール法科大学院のメルヴィン・アロン・エイゼンバーグ教授の「ハドリー対バクセンデール原則」という論文が見つかりました(Melvin Aron Eisenberg, The Principle of Hadley v. Baxendale, 80 CAL. L. REV. 563 (1992))。以下同教授の当該論文により,ハドリー対バクセンデール事件及び判決並びにそこにおいて表明された原則を見てみましょう(なお,同教授は,「ハドリー対バクセンデール原則」のAufhebenを主張しています。)。

事件について。新しいシャフトの原型とすべく(as a pattern)壊れたクランク・シャフトが送られた先は,原製作者であるグリニッジのJoyce & Co.という会社でした。(なお,原告の製粉所はGloucesterにありました。)原告はその従業員を,Pickford & Co.の商号で営業している大きな運送事業者の現地事務所に行かせ,当該従業員はピックフォードの事務員に製粉所が止まったからシャフトは直ちに送られなければならないと告げたところ,当該事務員は正午までにシャフトを預かればその翌日にはグリニッジに届くと答えました。その翌日正午前に当該シャフトはピックフォードに委ねられ,ハドリーは運送賃として2ポンド4ペンスを支払いました。ピックフォードの事務員は,急いで送ってくれと告げられています。しかしながら,運送は何らかの懈怠("by some neglect”)によって5日間遅れます。ピックフォードは荷物をロンドンに送ったのですが,シャフトをロンドンからグリニッジに直ちに鉄道で転送せずにそのまま数日止め置き,別の鉄製品と一緒に運河でジョイスに送ったのでした。その結果,製粉所は5日間余計に操業ができませんでした。原告(複数形になっています。)は300ポンドの損害賠償を請求したところ,一審判決(陪審)は100ポンド分を認容しました。(Eisenberg pp.563-564
 ハドリーの製粉所の名前はCity Steam-Mills,ピックフォードの経営者がバクセンデールです(溜箭将之「損害賠償の範囲」『アメリカ法判例百選』(有斐閣・2012年)206頁)。 

(なお,止まってしまった機械を製粉機ではなく「製麺機」であると紹介する書物もありますが(北川善太郎=潮見佳男「§416(損害賠償の範囲)」『新版注釈民法(10)Ⅱ債権(1)債権の目的・効力(2)』(有斐閣・2011年)334頁),ハドリーの製粉所で機械が止まって供給できなくなった商品は“flour, sharps, and bran”(小麦粉,(小麦の)二番粉及びぬか・ふすま)とされていて(Eisenberg p.564),パスタ類は挙げられていません。)

ところが,原告にとって,控訴審の判決(Hadley v. Baxandale (1854), 9 Exch. 341, 156 Eng. Rep. 145)はがっかりものでした。

 

 〔控訴を受けた〕Exchequer Chamber1873年にCourt of Appealとなります(田中英夫『英米法総論上』(東京大学出版会・1980年)164頁)。〕は判決を覆した。しかしながら,〔損害の〕遠隔性の理論(theory of remoteness)によってではなかった。その代わり,当該裁判所は,契約違反(a breach of contract)によって損害を被った(injured)当事者は,「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって生ずるものと・・・合理的に認められる(“reasonably be considered … [as] arising naturally, i.e., according to the usual course of things”」べきものである損害(damages)又は「当該契約の違反による蓋然的結果として,契約の締結時において両当事者の予期するところにあったものと合理的に想定され(reasonably be supposed to have been in the contemplation of both parties, at the time they made the contract, as the probable result of the breach of it”)」得るものである損害のみを回復することができると述べた。裁判所は,原告はいずれのテストも満足させることができなかったものと結論した。当該裁判所の判決の二つの肢(the two branches of the court’s holding)は,ハドリー対バクセンデールの第1及び第2のルール(the first and second rules of Hadley v. Baxandale)として知られるようになった。(Eisenberg p.564

 

ハドリー対バクセンデールの第1ルールは我が民法416条1項(「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」)に,同第2ルールは同条2項(「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」)に対応するものであることは明らかです。ただし,ハドリー対バクセンデールでは,予期の対象は損害であって損害の原因たる事情の予見は問題になっておらず,予期の主体は契約の両当事者,予期の時期は契約の締結時です。

しかして,エイゼンバーグ論文の次の一節に至って,「直接損害」概念の英米法的淵源を尋ねんとする筆者の肩の荷は下りたのでした。

 

ハドリー対バクセンデールの二つのルールの基礎の上にあって,契約法は,伝統的に,一方における一般又は直接損害general or direct damages)と他方における特別又は派生損害(special or consequential damages)とを区別してきた。一般又は直接損害は,買主〔債権者〕に係る特有の事情とは関係なく所与のタイプの不履行から生ずる損害である。一般損害の賠償は,ハドリー対バクセンデールの原則によって妨げられることは全くない。定義それ自体によって,そのような損害は「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって当該不履行から生ずるものと・・・合理的に認められる」べきものだからである。例えば,売主が物品売買契約に係る債務を履行しなかったときには,買主は,契約代金額と市場価格又は代替品の価格との差額に等しい損害を被るということは自然の成り行きである。この差額は,通常,一般損害として回復され得る。(Eisenberg p.565。下線による強調は筆者)

 

 何のことはない,実は「直接損害(direct damages)」≒「民法416条1項の通常損害(le préjudice qu’entraînerait l’inexécution, d’après le cours ordinaire des choses (富井=本野訳))」だったのでした。


5 フランス民法

 我が民法416条のフランス語訳における“d’après le cours ordinaire des choses”と英語のaccording to the usual course of thingsとはよく似た表現ですが,これは,ハドリー対バクセンデール事件判決の理論が,「フランスのポチェという学者(フランス民法典に大きな影響を与えた学者)の理論の影響を受けているといわれ」ている(内田148頁)からでもあるのでしょうか。

 

  (b)〔債務不履行による損害の賠償の範囲〕の点の原則的な考え方および実際の範囲についての立法例は,大別して二つに分かれる。賠償すべき損害の範囲を比較的狭くしているもの(例えば英米,フランス)が多いが,比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)もある。前者は,フランスのポチエ(Pothier)という学者(さらに古くはデュムーランDumoulin, Molinaeus)に由来する。ポチエの考えは,原則として債務者が契約時に予見可能であった損害のみ賠償すればよいとすること,故意の不履行の場合については過失による不履行の場合よりも賠償すべき損害の範囲を広くしていること(損害を直接損害・間接損害に分け,前者では間接損害の賠償まで,後者は直接損害の賠償に止まる,とある)に特色がある。後者は,これを批判し,いったん債務者に故意過失があって賠償すべきであるとされた以上は,その範囲は原則として損害のすべてに及ぶとするのが債権者のために必要であるとの立場に立ちつつ,あまり範囲が広がるのは適当でないとして,相当の範囲,つまり「相当因果関係」のある損害の範囲に止めようとするものである。〔略〕

  (c)わが民法は,416条でこれを定めているが,読めばわかるとおり,基本的には前者の立場をとっている。(α)これは,ポチエの影響を受けた英米法を参照にして作られたものである(民法〔34条〕,526条〔略〕などと共に英米法の影響を受けた規定の一つである。)ポチエを祖父とするとその孫ということになり,ポチエの子法であるフランス民法とは叔父おいの関係にあることになる(フランス民法と異なり,直接損害・間接損害の区別をしていない)。〔後略〕(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1981年)6869頁。下線は筆者によるもの)

 

 フランス法には,「直接損害」と「間接損害」の区別があるようです。しかし,そこでいう「直接損害」は,ハドリー対バクセンデールの第1ルールについていわれる「直接損害(direct damages)」と同じものでしょうか,違うものでしょうか。

当該「叔父」法のフランス民法を見てみようと思いますが,実は同法は昨年(2016年)10月に改正があって,以前とは条文番号がずれたりなどしています。

 

1231条の2(旧1149条) 債権者に対する損害賠償は,以下の例外及び修正を別にして,一般に,その被った損失及び失われた利益についてである。

1231条の3(旧1150条) 不履行が重大な懈怠又は悪意(une faute lourde ou dolosive)によるものではない場合においては,債務者は,契約締結の時に予見され,又は予見されることができた(qui puvaient être prévus)損害賠償の責任のみを負う。

1231条の4(旧1151条) 契約の不履行が重大な懈怠又は悪意によるものである場合であっても,損害賠償は,不履行に接着しかつ直接の結果であるもの以外を含まない(les dommages et intérêts ne comprennet que ce qui est une suite immédiate et direct de l’inexécution)。

 

 債務者が悪意により(à une faute dolosive“dolosif”には仏和辞典的には「詐欺の」との訳語が当てられています。))債務不履行をした場合であっても,損害賠償の対象範囲は「間接損害」にまで及ぶものではなく,なおも「直接損害(une suite immédiate et direct)」にとどまるようです。

 

 〔フランス民法旧1151条(現1231条の4)〕では,間接の結果である損害は排除されている。しかも,フランス民法上,直接損害(dommage direct)は,損害の予見性とともに因果関係の制限の問題として理解されている(イタリア民法1223条も同旨)。直接損害・間接損害の古典的な例として,次のものをあげることができる。病気の馬を給付したところ,買主の所有している他の健康な馬にその病気が感染し,その馬も死亡した場合は,直接損害が発生している。他方,馬の死亡のために,農地の耕作ができず,収入を得られず,他の借金の返済にまわせず,その結果として財産の差押えを受けた場合は,(他の借金を返済できないという損害が生じているため)間接損害が発生している(Pothier, Traité des obligations)。(北川=潮見329頁)

 

  わが民法の起草者は,直接損害・間接損害という区別を〔略〕フランス流に解したうえで,直接の結果か間接の結果かという区別は不明確であるとして排斥した〔略〕。(北川=潮見329頁。また,332333頁)

 

6 民法416条の起草経緯管見

我が現行民法起草前のフランス法学者ボアソナアドによる我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)385条は,フランス民法旧1149条から旧1151条に倣って,次のように規定していました。

 

385条 損害賠償ハ債権者ノ受ケタル損失ノ償金及ヒ其失ヒタル利得ノ填補ヲ包含ス

 然レトモ債務者ノ悪意ナク懈怠ノミニ出テタル不履行又ハ遅延ニ付テハ損害賠償ハ当事者カ合意ノ時ニ予見シ又ハ予見スルヲ得ヘカリシ損失ト利得ノ喪失トノミヲ包含ス

 悪意ノ場合ニ於テハ予見スルヲ得サリシ損害ト雖モ不履行ヨリ生スル結果ニシテ避ク可カラサルモノタルトキハ債務者其賠償ヲ負担ス

 

我が旧民法財産編385条3項とフランス民法旧1151条(現1231条の4)との相違は,ボアソナアドによれば「間接の損害とは,たとえば,買主が転売契約上の債務を履行できなくなったために負うに至った巨大な賠償額のようなものであるが,フランス民法がこれを排して,悪意の不履行でも直接の損害に限定しているのは,不履行より直接生じた損害以外のものは義務不履行の確実な結果とはいえないことと,間接の損害は買主が注意すれば避けることができたものと推測されることによる。したがって,直接・間接の結果に代わって,債権者が損害を避けることができたかどうかが範囲決定の標準とされた」ということだそうです(北川=潮見330頁)。

しかし,いわゆる民法典論争を経て旧民法の施行延期,現行民法案の起草という流れとなり,債務不履行による損害の賠償の範囲に関する我が旧民法及び現行民法の各規定間に断絶が生じます。

法典調査会に提出された原案の410条は,次のとおり(北川=潮見332頁。下線は筆者によるもの)。

 

損害賠償ノ請求ハ通常ノ場合ニ於テ債務ノ不履行ヨリ生スヘキ損害ノ賠償ヲ為サシムルヲ以テ目的トス

当事者カ始メヨリ予見シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシ損害ニ付テハ特別ノ事情ヨリ生シタルモノト雖モ其賠償ヲ請求スルコトヲ得

 

原案410条にも「予見」が出て来ますが,これは旧民法財産編385条の「予見」とは「異なる原理に基づいてい」ました(北川=潮見333頁)。「つまり,旧民法上,過失による不履行は予見された損害または予見可能な損害の賠償責任を生じさせ,故意による不履行は予見することのできなかった損害の賠償責任を生じさせていた(旧民法財産編385Ⅱ・Ⅲ)。これに対して,原案410条は,「債務関係ノ性質ヨリシテ」損害賠償の範囲および額を決めるうえでは,予見を標準とせざるをえないとの理解を基礎に据え,「特別の事情より生じた損害」の予見ないし予見可能性を標準としている(法典調査会民法議事速記録185455丁)。そして,「英吉利(など)ノ有名ナ判決例ノ規則(など)デモ詰リ之ニ帰スルノデアツテ通常ノ結果カラ予見シテ居レバ特別ノ結果デモ之ヲ償フコトヲ要スル如何ニモ穏カナ規則ジヤラウト思ヒマス」(法典調査会民法議事速記録1855丁)と述べられている。」と紹介されています(北川=潮見333334頁)。これは,旧民法では損害の分類基準として「避ク可カラサルモノ」か否か(避ク可カラサルモノであれば「直接損害」として損害賠償の範囲内,避けることができたのなら「間接損害」であって範囲外)をなお採用した上でその「避ク可カラサルモノ」枠内において悪意の無い懈怠者については予見可能性をもって更に損害賠償の範囲を限定するという構造であったのに対し,現行民法416条の原案では,損害賠償の範囲自体を予見可能性でもって画するということになったということでしょう(「1項には「予見」という字句が入っていないが,「通常生スヘキ損害」は「予見スヘキモノ」(梅〔『民法要義巻之三』〕56)と考えられるものであるという理解からすれば,2項のみならず1項も含めて,「予見」という要素が,賠償されるべき損害の範囲を確定するための標準として捉えられていたとみるのが適切である」(北川=潮見334335頁)。)。「直接損害・間接損害」というフランス民法流の損害区分の概念がここで消えたわけです。

旧民法財産編385条に代わる我が民法「416条は,イギリス法の先例であるハドレー事件に大きく依拠して作られた面がある。1項の通常損害と2項の特別損害の区別は,ヨーロッパ大陸法においては一般的には認められていないものであり,すぐれてイギリス法的な区分であるといえる。」とされていますから(北川=潮見341頁),我が通常損害はハドリー対バクセンデール事件判決以来の英米法的「直接損害(direct damages)」に由来するものであるとしても,ヨーロッパ大陸法の雄たるフランス民法1231条の4的な「直接損害(une suite immédiate et direct)」とは異なることになるのでしょう。すなわち,英米法の「直接損害」とフランス法の「直接損害」とは異なるものとなることになるようです。

 

7 予見可能性の意味をめぐって

 

(1)民法416

ところで,我が民法416条における「予見することができた(予見可能)」(les parties ont…pu prévoir(富井=本野訳))については,「予見可能とは,事実可能ということでなく,予見すべきであるという規範的な意味である」とされています(星野74頁)。しかし,これに対して前田達明教授は,「ハドレー事件,ドイツ法,フランス法は,どれも『事実としての予見可能性』を述べているし,ボアソナード草案405条2項を受けた旧民法財産編385条2項も,それを受けた416条2項も,『事実としての予見可能性』を規定したものとみるのが素直である」と,予見可能性の規範的把握(これでは「極端な言い方をするならば,信義則(1条2項)でもって損害賠償の範囲が定まるというのと同じことになってしまう」)に反対しています(北川=潮見415416頁)。

この論点に関しては,平成29年法律第44号による改正後の民法416条2項は「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見すべきであったときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」となりますから(下線は筆者),我が国では規範的把握論者に軍配が上がったようです。

 

(2)ハドリー事件判決

しかしながら,予見可能性が規範的に把握されるということは,我が民法416条がハドリー対バクセンデール事件判決の準則からより遠ざかるということになりそうです。

実は,ハドリー対バクセンデール事件判決の準則における予見可能性(foreseeability)は,「伝統的」に,「当該損害が予見され得たこと,及びそれ〔当該損害〕が発生する見込み(prospect)が限界的なものを超えており(more than marginal)又は取るに足らないものではない(not insignificant)ことのみではなく,事前的に見て(viewed ex ante),当該損害が結果することが蓋然的probable)又は高度に蓋然的(highly probable)であったことまでをも要求するもの」とされていたのでした(Eisenberg p.567)。「比較的素直に(in a relatively straightforward way)適用された場合であっても,ハドリー対バクセンデール原則は,逸失利益(lost profit)を典型的に排除し(typically cuts off),本来的に損害賠償を制限するものである。」ということになります(Eisenberg p.569)。逸失利益は,special or consequential damagesの典型とされていたのですが(Eisenberg p.565)。

なお,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 App. Cas. 350 [The Heron II] (1967)事件判決においてライド卿は,ハドリー対バクセンデール事件判決におけるオールダソン裁判官の思考を次のように解説します(Eisenberg p.579)。

 

〔彼は,〕明らかに,遅滞が製粉所の操業再開を妨げるだろうということが合理的に予見可能(reasonably foreseeable)ではなかった,ということを言おうとはしていなかったし,言おうとすることはできなかった。彼は単に,非常に多くの(in the great multitude)――これは,私は大多数(the great majority)という意味にとるが――場合には,それは起こらないものである(this would not happen)と述べただけである。彼は,予見できる結果と予見できない結果とをではなく,大多数の場合に生ずるものであるのでありそうな(likely)結果と,極少数の場合(in a small minority of cases)にのみ起るものであるのでありそうにない(unlikely)結果とを区別していたのである。・・・彼は,明らかに,大多数の場合において起る結果は,両当事者の予期の中(in the contemplation of the parties)にあったものと公正かつ合理的に認められるべき(should fairly and reasonably be regarded)であるが,相当な可能性として(as a substantial possibility)予見することはできるが極少数の場合にしか起こらない結果は,彼らの予期の中にあったものと認められるべきではないということを言おうとしていたのである。・・・

  

 ハドリー対バクセンデール事件判決について「今日では,この判例は,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 A.C. 350 [The Heron II]・・・に照らして,理解されなければならない。」とされていますが(田中英夫『英米法総論下』(東京大学出版会・1980年)539頁),なかなか難しい。The Heron II判決は,後にH. Parsons (Livestock) Ltd. v. Uttley Ingham & Co., [1978] 1 Q.B. 791 (Eng. C.A. 1977)において,デニング卿によって次のようにまとめられています(Eisenberg p.580)。

 

  契約違反の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間(a reasonable man)が契約締結の際非常に大きな程度の蓋然性があるものとして(as being of a very substantial degree of probability予期するcontemplate)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

  不法行為の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間が不法行為の際上記より相当低い程度の蓋然性があるものとして(as being of a much lower degree of probability予見するforesee)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

 

 ちょっとした可能性(possibility)ではだめで,高度の蓋然性(probability)がなければ債務不履行に基づく損害賠償の範囲内に入る前に足切りをされてしまうということでしょうか。契約締結時における予見(foresee)ないしは予期(contemplate)に係る損害の可能性ないしは蓋然性の程度が問題とされているのですね。これに対して我が民法416条では,損害の原因となった事情に係る債務不履行時における予見(prévoir)の有る無しないしは予見の可能性(pouvoir)の有る無しが問題になっているということのようです。

 

8 小括

 要するに,「直接損害」は英文契約書由来の概念であるとの前提で考えれば沿革的には我が民法416条の通常損害に対応するが,必ずしも一致はしない,そこで英米法的なものとして直接理解しようとしてみれば英米法の大変な勉強が必要になってしまってとてもじゃないがやってられない,さりとて日本法においては適当な対応概念が見当たらない(フランス法的な直接損害・間接損害の区別は現行民法起草時に放棄されている。),ということでしょう。概念が曖昧な語は,使用しない方が無難だと思うのですが,どうでしょうか。

 

9 ドイツ民法

 最後は附録です。「比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)」と紹介されているライン川の向こうのドイツ民法における我が民法416条に係る対応条項を見ておきましょう。

 

  (損害賠償の性質(Art)及び範囲)

 第249条 損害賠償の義務を負う者は,賠償を義務付けることとなった事情(Umstand)が生じなかった場合において存在したであろう状態を回復しなければならない。

 2 人身の傷害又は物の損壊による損害賠償をすべきときは,債権者は,原状回復(Herstellung)に代えてそれに必要な費用の額を請求することができる。物の損壊の場合には,現実に課されたときであって,かつ,その範囲内において,消費税(Umsatzsteuer)のみが,前文の必要な金額に含まれる。

  (期間設定後の金銭による損害賠償)

 第250条 債権者は,賠償義務者に対して,当該期間経過後に原状回復を拒絶するために,原状回復のための相当の(angemessene)期間を意思表示により定めることができる。原状回復が適時(rechtzeitig)にされない場合には,当該期間の経過後,債権者は金銭による賠償を請求することができ,原状回復請求権は消滅する(ist ausgeschlossen)。

  (期間設定を要しない金銭による損害賠償) 

251条 原状回復が不可能であるとき,又は債権者の補償(Entschädigung)のために不十分であるときは,賠償義務者は,債権者に対して,金銭で補償しなければならない。

2 原状回復が過大な費用によって(mit unverhältnismäßigen Aufwendungen)のみ可能である場合には,賠償義務者は,債権者を金銭で補償することができる。傷害を負った動物の治療行為(Heilbehandlung)によって生ずる費用は,その価額を著しく超えない限り過大ではない(sind nicht bereits dann unverhältnismäßig, wenn sie dessen Wert erheblich übersteigen)。

  (逸失利益)

 第252条 賠償されるべき損害には,逸失利益が含まれる。逸失された利益とは,物事の通常の成り行きに基づき(nach dem gewöhnlichen Lauf der Dinge),又は特別の事情(den besonderen Umständen),特に,執られた手配及び備えに基づき(nach den getroffenen Anstalten und Vorkehrungen),蓋然性(Wahrscheinlichkeit)をもって期待されることができた(erwartet werden konnte)利益である。

  (非物的損害(Immaterieller Schaden))

 第253条 財産上の損害(Vermögensschaden)ではない損害については,法律によって定められた場合にのみ金銭による補償を請求することができる。

 2 身体,健康,自由又は性的自己決定の(der sexuellen Selbstbestimmung)傷害又は侵害によって(wegen einer Verletzung)損害賠償がされるべきときは,財産上の損害ではない損害についても金銭による相当な補償(eine billige Entschädigung)を請求することができる。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 定額小為替証書の「有効期間」

 

(1)規定

 ゆうちょ銀行の定額小為替証書の表面には「下記の金額をこの証書の発行の日から6か月以内にゆうちょ銀行または郵便局でお受け取りください。」との記載があり,裏面には「8 発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載があります。

 定額小為替証書表面の上記記載及び裏面第8項前段の記載は,ゆうちょ銀行の為替規定9条3項の「為替証書の有効期間は,その発行の日から6か月とします。」との規定に対応するものでしょう(なお,旧郵便為替法(昭和23年法律第59号)20条は「郵便為替証書(普通為替証書,電信為替証書又は定額小為替証書をいう。以下同じ。)の有効期間は,その発行の日から6箇月とする。/差出人又は受取人が,その責に帰すべからざる事由により,前項の有効期間内に為替金の払渡し又は払戻しの請求をすることができなかつたときは,その事由により請求をすることができなかつた日数は,それを同項の有効期間に算入しない。」と規定していました。)。旧郵便為替法20条2項を参照した上で考えると,郵便為替証書の「有効期間」とは,当該証書により為替金の払渡し(受取人が受けるもの)又は払戻し(差出人が受けるもの。後の逓信省通信局長である田中次郎の『通信法釈義』(博文館・1901年)564頁には旧々郵便為替法(明治33年法律第55号)に関して「注意すへきは払戻は差出人に於てのみ請求するを得之れ其文字より見るも明なり」とあります。)を受けることができる期間,ということのようです。

旧々郵便為替法の研究書によれば,「有効期間経過後の証書〔略〕は為替証書として全く払渡を要求するの力なかるべし」であったようでした(田中561頁)。とはいえ,旧々郵便為替規則(明治33年逓信省令第45号)30条2項は「差出人通常為替証書ノ有効期間ヲ経過シタル場合ニ於テ為替金ノ払戻ヲ請求セムトスルトキハ亦前項ノ手続ヲ為スヘシ」と規定して「通常為替証書ニ記名調印シ通常為替金受領証書ト共ニ振出郵便局ニ差出ス」こと(同条1項参照)を求めており(同規則42条及び49条によって電信為替及び小為替について準用),同規則50条2項は再度証書の交付の請求に際して「有効期間経過ノ郵便為替証書ヲ添付差出ス」ことを求めていました。「差出」が必要なのですから,有効期間が経過した郵便為替証書が全く無用無価値のものとなったわけではありません。

 

(2)趣旨

郵便為替証書に有効期間が設けられた趣旨については,旧々郵便為替法に関して,「元来証書には一定の有効期間を設けざれば永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり為替本来の精神は送達する地に於て払渡を為さしめんとするに在れば之には一定の効力期間を附し之を過れば効力を失はしむるは至当なりと謂ふべし」とありました(田中558頁)。「永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり」のみではなお抽象的に過ぎるようですが,1875年(明治8年)1月の郵便為替の「創業の際は為替資金の運転に最も苦しめたるが如し初は1ヶ所300500円を配付するとし3万1500円を予算せしが(〔明治〕7年5月太政官達あり)実際不足を感ママ取扱役の私金準備方法を設け300円以上500円迄は1年6分の利を付すとせり其間資金を増加し〔明治〕8年6月には31万円余となれり〔明治〕18年5月立替金の法を設け〔明治〕20年には10円に付3厘の利とせり此の如くして今は資金の準備整ひ其数亦大に増加し東京市内のみにても1日二三万円を要するに至れり」というような経緯があり(田中522523頁),旧々郵便為替規則には「払渡資金欠乏ノトキ」は「為替金ノ払渡ヲ停延ス」との規定(22条5号,42条,49条。なお,旧々郵便為替法15条は「郵便官署ハ郵便為替金払渡ノ遅延ニ因リ生シタル損害ニ付賠償ノ責ニ任セス」と規定していました。)もあったところからすると,振出郵便局所から通常為替又は電信為替の振出しの案内を受けた払渡郵便局所(旧々郵便為替規則13条,40条1項)における折角の為替資金のいわゆるブタ積みを避けようとするものでもあったのでしょうか。

旧郵便為替法時代の『時の法令』1320号(19871230日)の記事「郵便為替及び郵便振替サービスの改善 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(62529公布法律第39号)」(上田伸)には,旧郵便為替法20条1項の改正に関して,「郵便為替証書の有効期間は,長期間にわたって為替金の払渡しがなされないようであれば,証拠書類の保管や計算事務などの面で繁雑であること,また,亡失・盗難などによる払渡警戒に対する事務負担の問題があることなど,手作業処理においては業務運営上支障を来すことになるため,できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨から設けられているものである。/しかしながら,この有効期間を経過した場合には,証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑であるので,この期間を2か月から6か月に延長することとされた(郵便為替法20条1項)。」とあります(33頁)。しかしながら,為替金に関する差出人及び受取人の権利は,郵便為替証書の有効期間の経過によってではなく,「郵便為替証書の有効期間の経過後,普通為替及び電信為替にあつては3年間,定額小為替にあつては1年間,郵便為替証書の再交付又は為替金の払もどしの請求がないとき」に初めて消滅したのですから(旧郵便為替法22条),郵便為替証書の有効期間経過後も「証拠書類の保管や計算事務」は残っていたわけですし,「手作業処理」に係る業務運営上の支障は機械化・オンライン化によって解消されたわけでしょう。郵便為替証書の有効期間を設けてしまった結果「証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑である」というに至っては,やや本末転倒のようでもあります。結局「できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨」という郵便局側のお願いにすぎないものが,「郵便為替証書の有効期間」という仰々しい制度になっていたようでもあります。
 ただし,旧郵便為替法下では,郵便為替証書の有効期間が経過すると,有効期間が経過した当該郵便為替証書を受取人に所持させたままでも差出人が為替金の払戻しを受けることができるようになるという効果もあったようなのですが(同法
32条2項(同条1項と異なり郵便為替証書との引換えは不要),38条及び38条の2並びに旧郵便為替規則(昭和23年逓信省令第31号)38条2項,62条及び68条),同法の昭和62年法律第39号による改正に際しては,重視されていなかったようです。

 

(3)現状

 

ア 形骸化か

 実は,現在のゆうちょ銀行の取扱いでは,普通為替証書及び定額小為替証書の各「有効期間」及び当該期間経過後の為替証書の再交付の制度は形骸化しているようです。すなわち,現在の同行の為替規定においては,有効期間経過後の為替証書を所持する受取人が為替金の払渡しを受けるためには,いったん為替証書の再交付を受ける手続は不要とされるに至っています。また,為替証書の有効期間が経過したからといって,差出人が為替証書との引換えなしに為替金の払戻しを受け得るものとはされていません。

 

イ 為替金の払渡しの場合

ゆうちょ銀行の為替規定9条1項は「普通為替の為替金の払渡しを請求しようとするときは,受取人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,これを本支店等〔ゆうちょ銀行の本支店若しくは出張所又は郵便局(日本郵便株式会社の委託を受けて同行に係る銀行代理業を行う簡易郵便局を含む。)〕に提出してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」とのみ規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,郵便為替証書の再交付の請求に係る旧郵便為替法21条3号に対応する旧郵便為替規則14条ただし書が「郵便為替証書の有効期間が経過したためにする請求であつて,もとの郵便為替証書があるときは,その裏面に,再交付請求の旨及び住所を記載し,且つ,記名調印して,これを請求書とするものとする。」と規定していたことにかんがみると,「再交付請求の旨」ならぬ有効期間経過後の払渡請求である旨,ということになるのでしょうか。

 

ウ 為替金の払戻しの場合

また,有効期間経過後の為替証書を所持する差出人による為替金の払戻請求については,ゆうちょ銀行の為替規定10条1項は「普通為替の為替金の払戻しを請求しようとするときは,差出人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,本支店等に提出し,かつ,為替金受領証書を提示してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」と規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,普通為替の為替金の払戻請求に係る旧郵便為替規則38条2項が「〔前略〕普通為替証書の有効期間が経過した場合における法32条第2項の規定による為替金の払戻しの請求は,差出人が,普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日及び差出人の住所を記載し,かつ,記名調印した普通為替金払戻請求書に当該普通為替証書があるときはこれを添えて郵便局に差し出し,かつ,普通為替金受領証書を提示してするものとする。」と規定していたこと(同規則68条により定額小為替に準用)にかんがみると,為替金の払戻しを請求する旨及び「普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日」のみということになるように思われます。

なお,旧郵便為替法時代と異なり(同法32条2項及び38条の2並びに旧郵便為替規則38条2項及び68条参照),有効期間経過後の為替証書がなければ差出人は当該期間経過後であっても為替金の払戻請求ができない形になっていますので(旧々郵便為替規則30条2項に戻ったような形になっています。),実際には,当該証書を所持している受取人に対する払渡しが優先されることになるのでしょう。

 

エ 為替金に関する権利の移転との関係

為替金を受け取るためには「有効期間」経過後の為替証書でも大丈夫ということになれば,ゆうちょ銀行の為替規定11条2項の「〔前略〕為替証書の有効期間が経過したときは,差出人又は受取人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,元の為替証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。」との規定に基づく為替証書の再交付は,何のためにされるのでしょうか。「有効期間」が経過してしまうと,為替証書に差出人が受取人の氏名を記入(同規定4条1項)しても当該記入による受取人の指定は効力を生じないということでしょうか。それとも,同規定12条(「為替金に関する受取人の権利は,他の銀行その他当行所定の金融機関(次項において「他の銀行等」といいます。)以外の者に譲り渡すことができません。/他の銀行等へ為替金に関する受取人の権利を譲渡しようとするときは,為替証書を引き渡すことにより行ってください。」。また,定額小為替証書裏面の第2項には「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」と記載されています。)に基づく為替金に関する受取人の権利の譲渡は,為替証書の「有効期間」中に当該「為替証書を引き渡」してする(同条2項)のでなければ効力を生じないということでしょうか。しかし,指定受取人名記入欄には指定の日付を記入すべきものとはされていませんし,為替規定12条2項の引渡しの際に為替証書に当該引渡しの日付を記載すべきものともされていないでしょう。黙って郵便局に為替証書を提出してしまえば受取人指定日又は為替金に関する受取人の権利の譲渡日は問題にされずにそれまでのようでもあり,少々議論の実益性に疑問があるところです。

ちなみに,旧郵便為替法時代の郵便為替の為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡の方法については,旧郵便為替規則11条2項及び3項に「法第12条の規定による為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡は,受取人が郵便為替証書の裏面に2条の平行線を引き,なお譲渡を受ける銀行等を指定する場合には,その平行線内にその銀行等の名称を記載し,当該郵便為替証書を銀行等に引き渡して,これをする。/線引郵便為替証書に表示された為替金は,銀行等以外の者には,払い渡さない。又平行線内に銀行等の名称が記載されているときは,その銀行等以外の者には,払い渡さない。」という規定がありました。やはり日付の記載は求められていません。(なお,小切手の線引制度(小切手法37条・38条)が想起せられる規定です。)

 

2 為替金に関する受取人の権利の譲渡制限

旧郵便為替法12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては,銀行その他公社の定める金融機関(以下「銀行等」という。)以外の者に譲り渡すことができない。」と規定していたのに対し,ゆうちょ銀行の現在の為替規定12条1項からは「,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては」の部分が取り除かれています。定額小為替証書裏面の第2項も「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」との記載です。

差出人が受取人を指定しない普通為替又は定額小為替は想定されておらず,差出人によって受取人名が記入されていない為替証書は未完成品扱いになるということでしょうか。しかし,未完成品による不正規な払渡請求であるものとしながら「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等は責任を負いません。」(ゆうちょ銀行の為替規定9条4項)と開き直るのも変な話です。

あるいは,指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書又は普通為替証書は認められるとしても,他の銀行等以外の者に為替金に関する受取人の権利を譲渡することはやはり認められないということでしょうか。しかし,戸籍謄本等の交付申請手続において指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書を手数料の「お釣り」として役場から受け取ることがありますところ,筆者は「他の銀行等」ではありませんから,そのような「お釣り」の授受が無効ということになってしまってはいかにも不都合です。

なお,平成元年法律第26号による旧郵便為替法12条1項の改正に際して「為替金〔略〕に関する権利については,法律関係をできるだけ簡明にし,簡易な取扱いを維持するため,原則として譲渡を禁止し,銀行に対する譲渡のみを利用者の便宜のために例外的に認めておりましたが,銀行以外の金融機関であっても,利用者との間に預金その他の取引関係が多く,譲渡を認めることが利用者の取引上の利便を図ることになると考えられるところから,これらの金融機関についても譲渡ができるように譲渡制限を緩和したものです。」と説かれていましたが(寺田利信「郵便為替法及び郵便振替法の一部改正について―料金の法定制緩和の実現―」『郵便貯金』(郵便貯金振興会・1989年9月号)25頁),これは,差出人が受取人を指定しないということができなかった電信為替を専ら念頭に置いたものでしょう(電信為替における受取人の指定は郵便局にされて,郵便局は電信為替証書を当該受取人に送達しました(旧郵便為替法9条)。当該指定は,普通為替や定額小為替の場合のように郵便局の知らぬうちに郵便為替証書に記載してされたもの(旧郵便為替規則18条の2及び65条)ではありません。ちなみに,ゆうちょ銀行の現在の為替規定からは,もはや電信為替は消えています。)。

3 為替に関する契約の「解除」

 

(1)為替規定13

 定額小為替証書裏面第8項後段の「なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載は,ゆうちょ銀行の為替規定に対応する規定があるのでしょうか。当該規定の第13条は次のようなものですが,同条はいかにも解釈が難しい。

 

 13 契約の解除

(1)為替証書発行の日から5年間,為替金の払渡し若しくは払戻し又は為替証書の再交付の請求がないときは,当行は,この規定による為替に関する契約を解除します。なお,為替証書の発行の日から5年間,受取人から為替金の払渡し又は為替証書の再交付の請求がなかった場合であっても,当行から差出人へその旨の通知は行いません。

(2)前項による契約解除に関する為替金に相当する額の返還の請求は,差出人が必要事項を記入し,記名押印又は署名をした当行所定の書類に当該為替証書又は為替金受領証書を添えて本支店等に提出してください。

 

 定額小為替証書裏面第8項後段は為替金の受取債権等に係る消滅時効期間に関する記載のように見えるのですが,為替規定13条1項前段は,ゆうちょ銀行の約定解除権を定めたもののように思われます。約定解除権の行使は,相手方に対する意思表示によってされなくてはなりません(民法540条1項)。為替に関する契約におけるゆうちょ銀行の相手方は,差出人ということになります。ところが,為替規定13条1項後段を見ると,ゆうちょ銀行は,その約定解除権の行使が可能になったときであっても,差出人とは没交渉を貫くこととしているようです。すなわち,ゆうちょ銀行から差出人に対する解除の意思表示の通知はされないようです。であれば,結局,為替規定13条1項は,前段でゆうちょ銀行に約定解除権を認めつつ,後段でその行使を封印するという,いわゆる「マッチ・ポンプ」的規定であるように見えます。

 ということで,実際には発動されることはないであろうゆうちょ銀行の為替規定13条なのですが,ついでに同条2項について考えると,同項は,約定解除の効果としての原状回復義務(民法545条1項)に関する規定ということになるのでしょう。為替金の返還と為替証書及び為替金受領証との返還とは同時履行関係に立つということでしょう(民法546条参照)。なお,明文で排除されていない以上,ゆうちょ銀行は,為替金受領時からの利息(民法545条2項)も支払うことになるのでしょうか。

 

(2)差出人による解除と払渡しの停止について

ところで,為替に関する契約に係るゆうちょ銀行の解除権の話が出てくると,差出人の解除権はどうかという話もおのずと出てきます。

為替契約は一種の請負でしょうから,「請負人が仕事を完成しない間は,注文者は,いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。」(民法641条)ということになりそうです。商法582条には「荷送人又ハ貨物引換証ノ所持人ハ運送人ニ対シ運送ノ中止,運送品ノ返還其他ノ処分ヲ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ運送人ハ既ニ為シタル運送ノ割合ニ応スル運送賃,立替金及ヒ其処分ニ因リテ生シタル費用ノ弁済ヲ請求スルコトヲ得/前項ニ定メタル荷送人ノ権利ハ運送品カ到達地ニ達シタル後荷受人カ其引渡ヲ請求シタルトキハ消滅ス」とあります。

しかしながら,送金小切手などの銀行の自己宛小切手(小切手法6条3項参照)については,「振出依頼人が振出人〔銀行〕に対して自由に支払委託を撤回することはできない〔略〕。自己宛小切手の振出人は,呈示期間内に小切手が呈示された場合には遡求義務を負うし,呈示期間経過後であっても,自己宛小切手が支払われるという一般的期待があることを考えると,振出依頼人からの支払委託の撤回があったからといって,振出人が当然にそれに応じて支払を拒絶しなければならないと解することは妥当ではない。そうだとすると,自己宛小切手の振出依頼人と振出人との間には,支払委託の撤回は振出依頼人の権利としては(振出人がそれに応じて支払を差し止めることはあるとしても)認められないという前提のもとに,その振出の依頼がなされていると解すべきである。したがって,振出依頼人からの支払委託の撤回がなされても,法律的にはそれはたんに事故届として,支払人が小切手の無権利者に支払った場合に免責されるかどうかを判断する資料の一つとしての意味しか有しないと解すべきである」と説かれています(前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣・1983年)401402頁)。旧々郵便為替法3条は「郵便官署ハ差出人ノ請求ニ因リ通常為替証書及電信為替証書ニ対スル郵便為替金ノ払渡前ニ於テ其払渡ヲ停止シ又ハ其ノ払戻ヲ為スコトヲ得」と規定していましたが,これは郵便官署の権能を定める規定です。「受取人は証書を持参し強て其払渡を強要することあるべし然れども官署は本条の規定に原て之を拒絶することを得るなり」とまでの郵便官署本位の効果があったところです(田中544頁)。

旧郵便為替法は,その第37条で電信為替について払渡しの停止制度(「差出人の払渡しの停止の請求がある場合には,公社は,為替金をまだ払い渡していないときは為替金の払渡しを停止し」と,差出人の請求権とされたものと解される文言です。)を定めていましたが(同条3項に基づき料金を徴収。なお,差出人に対する為替金の払戻しは,同法38条により準用される32条2項に基づき電信為替証書の有効期間経過後にされたものでしょう。),普通為替及び定額小為替については当該制度を認めていませんでした(昭和26年法律第255号による普通為替導入の際第29条を削除)。

ゆうちょ銀行の為替規定においては為替金の払渡しの停止について規定されていませんが,これは,差出人にそのような請求権を認めないという趣旨でしょう。

 

4 定額為替証書の喪失と再交付

 

(1)為替規定11

定額小為替証書の裏面第8項前段(「発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。」)は,当該証書の「有効期間」経過後における証書の再交付に係る記載ですが,定額小為替証書が喪失された際の再交付に係るゆうちょ銀行の為替規定11条の下記規定については言及されていません。

 

11 為替証書の再交付

(1)為替証書を失ったときは,差出人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,為替金受領証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

 (2) 〔略〕

 (3)前2項の請求があったときは,当行は,為替金が払い渡されていないことを確認したうえ,為替証書を当行所定の方法により発行してこれを請求人に交付します。ただし,定額小為替証書を失った場合においては,当該定額小為替証書の有効期間内は,為替証書の発行及び交付は行いません。

 (4)為替証書が再発行されたときは,元の為替証書は,為替金の払渡し又は払戻しの請求に使用することはできません。

 

旧郵便為替法における同様の規定として,郵便為替証書の再交付に関する同法21条は,「普通為替証書又は電信為替証書を亡失したとき」(同条1号)又は「郵便為替証書の有効期間が経過したとき」(同条3号。定額小為替証書の亡失の場合は,その有効期間の経過を待って同号に基づき証書の再交付を受けたわけです。)には,日本郵政公社は,「郵便為替の差出人又は受取人の請求があるときは,郵便為替証書を再交付する」ものと規定していました。郵便為替証書の再交付に係る当該請求があったときには,「貯金事務センター又は郵便局において,当該為替金がまだ払い渡されていないことを確かめた上,貯金事務センター(郵便局長が支障がないと認めたときは,郵便局)において,郵便為替証書を再発行し,かつ,受取人の住所氏名(受取人が指定されている場合に限る。)を当該証書の相当欄に記載して,これを請求人に交付」しました(旧郵便為替規則15条1項)。そして,「郵便為替証書が再発行されたときは,もとの証書は,為替金の払渡及び払もどしの請求に使用することができない」ものとされていました(旧郵便為替規則15条2項)。

 ただし,旧郵便為替法及び旧郵便為替規則は法令であったのに対して(したがって,民法施行法57条の特則でもあり得たところです。),ゆうちょ銀行の為替規定は,同行と為替に関する契約を締結した者(差出人)との間の契約の内容をなすものにすぎません。

 とはいえ,公示催告手続を行うことに比べれば,為替証書を亡失した差出人にとっては,為替規定11条1項の為替証書再交付の制度は便利でしょう。

 

(2)元の為替証書の「無効化」について

 ところで,旧々郵便為替法12条2項では「再度証書ヲ発行シタルトキハ原証書ハ無効トス」とされていた規定が旧郵便為替法では削られ,省令である旧郵便為替規則15条2項に落ちています。

これはあるいは,再度証書発行後も原証書がなお存在する場合は,郵便局による当該原証書所持人に対する為替金の払渡しが有効であるという解釈があって,その解釈との整合性を取るためのものだったのでしょうか。すなわち,旧々郵便為替規則54条は「小為替証書ノ亡失ニ因ル再度証書ノ請求ニ対シテハ其ノ発行ノ日ヨリ150日ヲ経過シタル後ニ非サレハ再度証書ヲ発行セス但シ相当保証人ヲ立テ請求スルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定し,当該規定については「小為替に付ては亡失のとき発行日より150日を経過したる后に非れは再証書を発行せす尤も相当保証人を立て其亡失の真を証し偽なる場合の弁償義務を負はしむれは150日以内にても再証書を発行すべし」と説明されていたこと(田中563頁)が問題になります。再度証書の発行を受けた者及びその保証人のこの弁償義務は国(郵便局)に対するものだったのでしょうが,原証書が出て来ても,失効していれば,郵便局がそれに対して為替金の払渡しをすることもないし(「再度証書を発行したるときは原証書は全然其効力を失ふべし故に之を以て払戻を請ふも許されす況んや払渡をや此の如くせされば重複に為替金を払渡すの恐なしとせざるなり」(田中564頁)),仮に払い渡してしまっても国は原証書を所持していた受取人に対して不当利得として返還請求ができたはずです。(そうだとすれば,弁償義務は,むしろ本来,国の頭越しに,原証書の所持人と過誤に基づく再度証書の交付を受けた者との間でまず問題になったように思われます(原証書が無効になったことによって原証書の所持人が為替金の払渡しを受けることができなくなったことが損害)。)国に対して不当利得が全て返還されなかったときの残額部分の国に対する弁償のための保証人だったのだと考えることも可能ですが,間接に過ぎるようです。実は亡失していなかった原証書の所持人に対する為替金の払渡しを有効とした上で,その場合においては亡失に係る主張が偽であったものと発覚した再度証書の所持人に対する払渡しは無効であるものとしての当該所持人に対する弁償請求に係る保証人と考えた方が素直ではないでしょうか。1901年当時の米国,ベルギー国及び英国の各郵便為替法令においては「何れの国も原証券の無効を明記することなき」状況だったそうですが(田中564565頁),当該沈黙にはそれなりの意味があったのでしょう。

 ゆうちょ銀行の為替規定11条4項の規定も,亡失したはずの為替証書が出て来てしまったときにはその効力いかんが問われるところですが,そもそも為替に関する契約の当事者である差出人以外には対抗できないのではないでしょうか。

 

(3)普通為替証書と定額小為替証書との取扱いの違いについて

 かつては普通為替証書についても,その有効期間内の証書の再交付は認められていませんでした。定額小為替証書との差がついたのは,昭和56年法律第52号による旧郵便為替法21条の改正の結果です。

 

 《普通為替証書を亡失した場合は,当該為替証書の有効期間内においても,差出人又は受取人の請求により普通為替証書を再交付すること及び差出人の請求により払戻しをすることとされた(21条,32条2項)》

     払渡郵便局の指定がなされていない普通為替証書については,受取人は,全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができるので普通為替証書を亡失した場合に為替証書の有効期間内の再交付及び払戻しを認めると,亡失された証書による払渡しがされ,重複払が生ずる危険があることから,これまで有効期間内はこれを認めていなかった。しかしながら,全国の郵便局が総合機械化され,オンライン網が完成した時点では,郵便局で払渡しの際に,即時に重複払のチェックが可能となるため,有効期間内においても,普通為替証書の亡失再交付及び払戻しができるようサービスの改善を図ることとされた。

    (田中博「国民の要望に応えて郵便為替及び郵便振替サービスの改善を図るオンライン化に伴う改正 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(56525公布 法律第52号)」『時の法令』1128号(198112月3日)15頁)

 

払渡郵便局がされず全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができる点では普通為替も定額小為替も同じなのですが,新サービスが普通為替についてのみのものにとどまったのは,「即時に重複払のチェックが可能」となるオンライン化がなお定額小為替関係については達成されていなかったものか,あるいは単に,普通為替と料金の安い定額小為替との間であえてサービスの差別化を図ったものか。手間のコストに引き合うように郵便為替証書の再交付料金を取って調整すればよいではないかと提案しようとしても,当該料金徴収について定めていた旧郵便為替法21条旧2項は,10年振りの郵便為替料金値上げを行うために旧郵便為替法の一部を改正した昭和36年法律第79号によって削られてしまっていたところでした(なお,昭和36年法律第79号による旧郵便為替法の改正については,定額小為替制度導入との関係で,前回(2017年8月31日)のブログ記事「再び定額小為替証書について」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1067546421.htmlで御紹介するところがありました。)。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール: saitoh@taishi-wakaba.jp

1 はじめに

 前回のブログ記事(「戸籍等の謄本等交付請求に当たって定額小為替証書についてふと考える」(2017年7月31日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1067126413.html)においては,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書を総務省(旧自治省系)及び国税庁は有価証券と解しているのに対し,当のゆうちょ銀行が,印紙税法(昭和42年法律第23号)別表第1第17号の「非課税物件」欄の3(「有価証券〔略〕に追記した受取書」は非課税物件とされています。)に関してそうではないような取扱いをしていることについての奇妙な感じを指摘していたところです。

 「奇妙な感じ」は往々にして奥深い議論への入口となることがあるものです。

 今回は,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書の有価証券性いかんについて論じてみたいと思います。

 

2 有価証券

 まず,有価証券の定義から始めましょう。吉国一郎ほか編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)には「有価証券」を定義していわく。

 

  私法上の財産権を化体する証券で,その権利の行使が証券によつてされるべきものをいう。例えば,手形,小切手,貨物引換証,船荷証券,倉庫証券,株券,商品券等がこれである。運送状,保険証券,下足札等は,証券に権利が化体されていないから,「有価証券」ではなく,証拠証券又は免責証券であるにすぎない。郵便切手,収入印紙等は,私法上の権利を化体するものではないから,これらも,「有価証券」ではない。有価証券は,その流通を保護するため種々の特性を付与されている(例―商法205517519,民事訴訟法7677382等)。(722頁)

 

現在,商法(明治32年法律第48号)205条は削除されていますが,商法旧205条は「株式ヲ譲渡スニハ株券ヲ交付スルコトヲ要ス/株券ノ占有者ハ之ヲ適法ノ所持人ト推定ス」と規定していました。また,商法517条から519条も,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条によって,同法の施行に伴い削除されることになっています。民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行後は,有価証券については民法520条の2から520条の20までを見よ,ということなのでしょう。

「権利の行使が証券によつてされるべきもの」との箇所については,「有価証券法理の重点を呈示証券性に置き,いわゆる権利の「利用」の内容を主として権利の「行使」に求めようとするものである。ヒュック,ユリウス・フォン・ギールケなどが,これに属する」理論(西原寛一『商行為法』(有斐閣・1960年)103頁)を採用したものでしょうか。これに対しては,有価証券概念に係る鈴木竹雄説,すなわち,「有価証券は権利の移転・行使のいずれにも証券を要するものと認めなければならない。〔中略〕有価証券において権利の移転に証券を要するのは,権利の行使に証券が必要とされるためであって,もし権利の行使が証券と無関係になされうるものであれば,権利の移転に証券の交付を要求することは無意味であり,他面からみれば,権利の移転の際に証券の交付が必要とされればこそ,権利行使の際に証券が基準となるのである。即ち,権利移転の際における権利と証券との結合と,権利行使の際における権利と証券との結合との間には,相互に論理的関係が存するのである。このように考えれば,有価証券において権利の移転及び行使の両者に証券が必要なのはむしろ当然なことであって,そのいずれかに証券を要すれば足りると考えるのは,右の両者の関係に思いいたらないものと云うべきである。」との議論(鈴木竹雄『手形法・小切手法』(有斐閣・1957年)27頁)を補っておくべきでしょうか。

 

3 公示催告手続と定額為替証書・普通為替証書

ところで,約束手形等の有価証券では財産権が証券に「化体」しているため,有価証券が盗取されたり,又は紛失若しくは滅失した場合に当該有価証券上の権利者がどのように当該権利を行使すべきかが問題となります。そこで,公示催告手続(非訟事件手続法(平成23年法律第51号)の第4編が公示催告事件について規定しています。)が設けられています。「手形喪失者に権利行使を認めるためには,喪失手形につき善意取得者が生じていないことを確認した上で手形上の権利と手形との結合を解くという手続をとらなければならない,その手続が公示催告手続である。この手続は,有価証券一般について,その権利と証券との結合を解くためのものであって,有価証券以外のものについては認められない。」というものです(前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣・1983年)253頁)。

ところが,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書については,公示催告手続によって無効とする(改正後民法520条の11520条の18520条の19第2項及び520条の20参照)ということが想定されていないようなのです。ゆうちょ銀行の為替規定11条は,次のように規定しています。(なお,改正後民法における上記条項の整備に伴い,民法施行法(明治31年法律第11号)57条(「指図証券,無記名証券及ヒ民法第471条ニ掲ケタル証券ハ非訟事件手続法(平成23年法律第51号)第100条ニ規定スル公示催告手続ニ依リテ之ヲ無効ト為スコトヲ得」)も前記平成29年法律第45号の第1条によって削除されます。記名債券も公示催告手続で無効とし得るようにしたことについては(改正後民法520条の19第2項),「記名債券も有価証券の消極的作用によって証券なしでは権利を行使できないものであるから,それを喪失した場合には当然除権判決を認めざるをえないのであって,民法施行法〔57条〕の規定を限定的に解することが誤りなのではないかと思う」とつとに説かれていました(鈴木315頁)。)

 

11 為替証書の再交付

 (1)為替証書を失ったときは,差出人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,為替金受領証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

 (2)為替証書が汚染され若しくはき損されたため,記載事項が分からなくなったとき又は為替証書の有効期間が経過したときは,差出人又は受取人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,元の為替証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

  (3)前2項の請求があったときは,当行は,為替金が払い渡されていないことを確認したうえ,為替証書を当行所定の方法により発行してこれを請求人に交付します。ただし,定額小為替証書を失った場合においては,当該定額小為替証書の有効期間内は,為替証書の発行及び交付は行いません。

  (4)為替証書が再発行されたときは,元の為替証書は,為替金の払渡し又は払戻しの請求に使用することはできません。

 

為替規定の11条1項によれば,ゆうちょ銀行の為替証書を失ったときに再交付の請求ができるのは,差出人のみとなっています。これを有価証券無効宣言公示催告事件に係る非訟事件手続法114条の規定と比較してみると,同条では,有価証券が盗取され,紛失し,又は滅失した有価証券について公示催告手続の申立てができるのは,無記名式又は白地式裏書がされたものについては「その最後の所持人」(1号),その他の有価証券については「その有価証券により権利を主張することができる者」(2号)となっています。為替規定上は,ゆうちょ銀行の為替証書の所持者は,差出人によって受取人が指定されていない場合を含めて,「その証書により権利を主張することができる者」ではないように見えます。2007年の郵政民営化に伴い廃止された旧郵便為替法(昭和23年法律第59号)21条1号では受取人も普通為替証書亡失のときは郵便為替証書の再交付ができるものとされていましたが(旧郵便為替規則(昭和23年逓信省令第31号)14条参照。なお,同法には定額小為替証書が亡失した場合の証書再交付に係る規定はありませんでした(同法38条の2第1項は同法21条1号を準用せず。)。),ゆうちょ銀行においては差出人に限定されたわけです。
 差出人が為替証書を亡失したときは為替規定11条1項の特則により,それ以外の者が亡失したときは公示催告手続によるものとするという棲み分けは,為替規定自体には記載されておらず,技巧的に過ぎるでしょう。また,同条3項は「為替金が払い渡されていないことを確認」するのみであって為替証書が善意取得されていないことまでを確認するものではないと規定しているのですから,同条の制度は公示催告手続制度に対応したものともいえないでしょう。ゆうちょ銀行の為替証書については,善意取得ということが想定されていないのでしょうか。

 

4 郵政当局の見解:証拠証券=免責証券説

どうも不思議だということで,1955年の郵政省編『為替貯金事業概説 郵政研修所用教科書』を調べると,郵便為替証書の性質について次のようにありました(下線は筆者によるもの)。

 

 郵便為替証書は,郵政官署と差出人との間でした郵便為替送金の約束によつて,郵政官署が確実に送金の目的を達成するために発行するもので,この証書によつて,郵便為替に関する利用行為をする権利を証明する書類として役立たせるものである。したがつて,この為替証書は,為替金の払渡を受けたり又は払もどしを受けるときは,これを郵便局に提出しなければならない(85頁)

 

これは,郵便為替証書は,有価証券ではなく証拠証券だということなのでしょう。有価証券と証拠証券との違いは,「有価証券は,権利が証券に「化体」(Verkörperung)したものと言える。これに対し証拠証券というのは,単純な証明の用に供せられる文書のことであって,たとえば借用証書その他の契約書類・運送状(商570条)・預金証書などがそれである。証拠証券では,無形の法律関係が主眼であって,証券は単に証明の一方法たるにすぎない。」と説かれています(西原・商行為法104頁)。

ゆうちょ銀行の為替規定9条4項は「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等〔ゆうちょ銀行及び日本郵便株式会社(同社が同行に係る銀行代理業を委託した者を含む。)〕は責任を負いません。」と規定していますが,これは,ゆうちょ銀行の為替証書であって差出人が受取人を指定していないものに係る免責証券性を規定したものでしょうか。

 

下足札や鉄道の手荷物引換票等は免責証券といわれるものである。この場合には,債務者は証券の所持人に弁済すれば,たとい所持人が真の権利者でないときも,悪意又は重大な過失がない限り,免責を受け,従って真の権利者から請求されても,再び給付することを要しない。従って,この場合には証券が実体法上意義を有するのであるが,それは債務者のために以上のような免責の効果が認められるだけであって,債権者にとっては証明証書〔又は証拠証券〕としての意味しかない。従って問題が起れば,権利者は証券を所持しているという事実だけでは権利を行使することができないが,その代り,権利者たることを証明すれば,証券がなくても権利を行使することができる。これに対し,有価証券の場合には,証券を所持すれば,権利者たることの証明を要せず,当然権利を行使できるから,免責証券と有価証券とは明らかに異るわけである。(鈴木6‐7頁)

 

ところで,「悪意又は重大な過失がない限り,免責を受け」る免責証券の効能に関しては,「免責証券と債権の準占有との関係,民法471条と同478条との関係」について論じられていたようです(鈴木7頁)。確かに,現在の民法471条は,「債に関する証に債権者を指名する記載がされているが,その証の所持人に弁済をすべき旨が付記されている場合」に係る債務者の軽過失免責について規定しています(下線は筆者によるもの)。「かつての多数説は,これ〔免責証券〕をも記名式所持人払債権の一種となし(有価証券たる記名式所持人払債権に対し,有価証券たらざるそれとなす),これに〔民法〕第471条を適用し,その他の点では別に取り扱う(鳩山〔秀夫『増訂改版日本債権法(総論)』(1925年)〕376頁等)」ということだったそうです(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店・1964年)564頁)。しかし,改正後民法の第3編第1章第7節は,「有価証券」に係る規定の節となっています。「性質の異なるもの〔有価証券の一種たるものとそうでないもの〕を同一に取り扱うことは妥当でない。この種の債権における債務者の弁済の保護されることは(471条によることなく),その免責証券たる性質から直接にこれを説明すべきである」ということになるのでしょう(我妻564‐565頁)。ただし,その場合,「債務者が保護されるのは,理論としては,善意かつ無過失の場合に限ると解」されて(我妻565頁),免責証券の所持人に対する弁済であっても,軽過失では免責されないことになるようです。また,現在の民法478条は「債権の準占有者に対してした弁済は,その弁済をした者が善意であり,かつ,過失がなかったときに限り,その効力を有する。」と規定しています(下線は筆者によるもの。かつては「債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有ス」と規定されていました。)。

郵便為替証書は有価証券ではないという解釈は,1900年の旧々郵便為替法(明治33年法律第55号)時代から一貫していたようです。旧々郵便為替法12条(「郵便為替証書ノ有効期間ヲ経過シタルトキ又ハ郵便為替証書ヲ亡失毀損若ハ汚斑シタルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ差出人又ハ受取人ニ於テ再度証書ノ交付又ハ為替金ノ払戻ヲ請求スルコトヲ得/再度証書ヲ発行シタルトキハ原証書ハ無効トス」)に関し,後に逓信省通信局長となる田中次郎の『通信法釈義』(博文館・1901年)にいわく。

 

 (そもそ)〔郵便〕為替証書は送金手形の(たぐい)にして証書其物(そのもの)を以て権利義務の消長と共にせしむるものに(あら)又手形の(ごと)く不要因に非ず証書的に非ず(すなわ)証書は亡失し効力を失ふことあるも其送金せしもの(いま)だ払渡を()さざること(あきらか)なる以上は為替金に(つい)て権利を有するものなり〔中略〕本法は元より証書と為替金送達上の権利と始終せしめず(ゆえ)仮令(たと)ひ証書の有効期間を超過するも(払渡は為さず)其為替金に就ては払戻を請求するを得べく又は再(ママ)証書の発行を請求することを得べしとす失効のみならず証書を亡失したる場合毀損したるとき若くは汚(ママ)したるときも(また)同一なり(562563頁。下線及び振り仮名は筆者によるもの)

 

 旧々郵便為替法時代の小為替制度はいわゆる持参人払式をも認めていたものの,1954年当時の郵政中央研修所教官によれば,小為替証書はやはり有価証券ではなく,有価証券なものにとどまったものとされています。

 

  小為替制度に持参人払式のものが認められ,それが,「簡易な送金の手段」としての代表的なものとなったのは,明治32年〔1899年〕4月以降のことである。すなわち,同年3月逓信省告示第86号による郵便小為替規定の改正により,「小為替ハ差出人ノ指定シタル為替ヲ取扱フ郵便局ニ於テ其受取人ヲ指定シアルモノハ該受取人ニ又其指定ナキモノハ証書持参人ニ払渡スモノトス」ることとなったのであるが,やがてそれは,次第に有価証券的な存在として国民の多数に愛用されるところとなり,その利用度は,口数においてはもとより,金額においても,太平洋戦争ぼっ発の頃には,ついに「確実な送金の手段」としての代表的存在たる通常為替のそれをしのぐ結果となったのである。(黒田猛「郵便為替制度の変せん」逓信協会雑誌516号(1954年5月号)40頁)

 1900年の旧々郵便為替規則(明治33年逓信省令第45号)44条は,「小為替ノ差出人ハ小為替証書相当欄ニ払渡郵便局所名及受取人ノ宿所氏名ヲ記入スヘシ但シ小為替証書持参人ヲシテ為替金ノ払渡ヲ受ケシメムトスルトキ又ハ随意ノ郵便局所ニ於テ其ノ払渡ヲ受ケシメムトスルトキハ受取人宿所氏名又ハ払渡郵便局所名ノ記入ヲ省略スルコトヲ得」と規定していました。
 1948年の旧郵便為替法制定当初なお存在した通常為替については,同法8条が「通常為替においては,差出人が現金を振出請求書とともに郵便局に差し出したときに,その郵便局において,差し出された現金の額を表示する通常為替証書を発行してこれを差出人に交付するとともに,振出請求書を差出人の指定する払渡郵便局に送付し,その払渡郵便局において,送付を受けた振出請求書と通常為替証書とを対照した上通常為替証書と引き換えに差出人の指定する受取人に為替金を払い渡す。」と規定していました。通常為替証書は,送付を受けた振出請求書と「対照」するものであるという点に力点を置いて観察すると,確かに証拠証券風であります。
 再び,田中次郎の『通信法釈義』にいわく。

 為替証書は為替金の振出しを証し振宛局に於て払渡しを要求しうる権利の証票と謂つべし故に其証書に有効期間を附するも之が経過に(より)(ママ)為替金権利証書亡失毀損権利手形と大に其趣を異にす為替金は一旦振出したる上は政府の有に帰し振出人若くは受取人は請求の権利を有するのみ証書は其権利を証する一材料たるのみ唯一の材料に非ざるなり〔略〕小為替証書は無記名の場合に殆ん(ママ)流通証書(かたむき)(もと)より手形と同一にせるに非ず其証書を亡失せるも有効期間を経過せるも依然払戻請求の権利あるを認めたり(530頁。下線及び振り仮名は筆者によるもの)


5 判例=学説:有価証券説

ということで,そそくさと本稿を閉じようと思ったのですが,銀行の電信送金契約はその指定受取人に直接支払銀行に対する請求権を与えるいわゆる第三者のための契約ではないとした最高裁判所昭和4312月5日判決(民集22132876頁)がまた難しいことを述べています。

 〔郵便局による電信送金業務〕においては,送金の委託を受けた郵便局は,郵便為替法第9条,12条等の規定に基づき,原則として,その送金の支払請求権を表象する一種の有価証券たる電信為替証書を発行する(下線は筆者によるもの)


 昭和
26年法律第255号による改正後において,旧郵便為替法9条は「電信為替においては,差出人が現金を振出請求書とともに郵便局に差し出したときに,その郵便局において,その旨を省令の定める郵便局に電信で通知し,その通知を受けた郵便局において,〔差出人の指示に従い,〕差し出された現金の額を表示する電信為替証書を発行してこれを差出人の指定する受取人に送達するとともに,その電報を差出人の指定する払渡郵便局(差出人の指定のないときは,電信為替証書を発行する郵便局の指定する払渡郵便局)に送達し,その払渡郵便局において,送達を受けた電報と電信為替証書とを対照した上電信為替証書と引き換えに受取人に為替金を払い渡す〔か,又は差し出された現金の額に相当する現金を,為替金として,差出人の指定する受取人に書留郵便物として送達することにより払い渡す〕。」と(〔 〕内は昭和33年法律第74号による追加),並びに同法12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,差出人が受取人を指定しない普通為替に関するものを除いては,銀行以外の者にこれを譲り渡すことができない。」と,同条2項は「為替金に関する受取人の権利の銀行への譲渡は,当該郵便為替証書を銀行に引き渡さなければ,これを以て郵政省その他の第三者に対抗することができない。」と,及び同条3項は「前項の譲渡には,民法第467条及び第468条の規定を適用しない。」と規定していました(下線は筆者によるもの)。「有価証券は権利の移転・行使のいずれにも証券を要するもの」とする鈴木竹雄流の有価証券の定義に合致するものとして読み得ます(旧郵便為替法12条2項が郵便為替証書の引渡しを譲渡の成立要件ではなく対抗要件としているのはちょっと画竜点睛を欠きますが,民法469条の規定との関係で仕方がなかったのでしょう。)。学説においても「郵便為替では,〔略〕その通常為替証書〔ママ。「普通為替証書」の誤りと解される。〕も支払請求権を化体する構成であるのみならず,電信送金にあっても,同じ性質の電信為替証書が発行されるもの〔略〕(郵便為替9条・12条)」と説かれていました(西原寛一『金融法』(有斐閣・1968年)211頁。下線は筆者によるもの)。

現在のゆうちょ銀行の為替規定も,その第1条で普通為替証書・定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡すものとし,同規定12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,他の銀行その他当行所定の金融機関(次項において「他の銀行等」といいます。)以外の者に譲り渡すことができません。」とした上で,同条2項は「他の銀行等へ為替金に関する受取人の権利を譲渡しようとするときは,為替証書を引き渡すことにより行ってください。」と規定しています。

なお,昭和26年〔1951年〕に行われた旧郵便為替法の改正の概要は,次のようなものでした。

 

昭和2611月には,郵便為替制度は,新しい転換をなしとげた。いうまでもなく,現行の制度がそれであって,ここに,「確実な送金の手段」としての代表的存在であった通常為替と,「簡易な送金の手段」としてより多くの存在意義を持っていた小為替とが「普通為替」に統合され,この普通為替と従来の電信為替との二本建の郵便為替制度が生れたのである。しかも,前者は,現行郵便為替法第8条に見る如く,無案内式のものであり,かつ,受取人の指定も任意であって,その指定のないものは持参人払となるわけであるから,従って,その統合は,むしろ「通常為替」制度の廃止であり,いうなれば,「確実な送金の手段」にかたより過ぎた通常為替の「簡易な送金の手段」としてより多くの存在意義を持つ小為替に対する敗北と見るべきものである。(黒田41頁)

 

 現在の定額小為替の直接の前身は,1961年5月の昭和36年法律第79号による旧郵便為替法の改正によって,普通為替を母体として設けられた制度です(普通為替自体がそれより前の小為替の流れを汲むものであることは上記のとおり。)。1951年11月以来据え置かれていた郵便為替(普通為替及び電信為替)の料金の大幅引上げ(1口当たり平均送金額(1万0800円)の金額の送金をする場合について見れば,普通為替については76パーセント,電信為替については49パーセント,料金の「個々の金額」について「全部を平均」すると,普通為替32パーセント,電信為替31パーセント(1961年4月5日衆議院逓信委員会大塚茂政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号3頁)))に当たって,そのいわば見合いの措置として導入されたものです。「料金引き上げをいたしました結果,高額送金者に対して負担が多くなるようにという考慮はいたしましたけれども,やはり少額のものについては何といっても割高になりますので,それを救済する意味を含めまして,3000円以下の少額送金につきまして定額小為替制度というものを設けまして,その取り扱いを簡便にいたしまして,従って料金も安くするという制度を作りまして少額送金者の救済ということを考えたわけであります。」と1961年4月5日の衆議院逓信委員会で政府委員(大塚茂郵政省貯金局長)が説明しています(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号1頁。なお,同月11日の参議院逓信委員会において同政府委員は,「もう一つは郵便の方で,普通郵便に現金を封入することを今回の郵便法の改正でやめるというような予定になっておりますので,そうした場合に,なるべく安くそれにかわる制度を考えたいというようなことの意味も含めまして,定額小為替制度というものを設けた」たものと,理由を追加した答弁をしています(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号14頁。また,同会議録17頁)。)。
 「取り扱いを簡便にいたし」た諸点は,郵便局においては,「法律に書いてございますように,種類を100円から3000円までの14種類に限定をいたしまして,公衆から金を添えて請求がございましたならば,すでに金額の印刷してあります定額小為替証書をお渡しする」
(1961年4月5日衆議院逓信委員会における大塚茂政府委員説明(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号1頁)。また,同月6日の同委員会における同政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第19号6‐7頁))ということが第1点(これに対して普通為替の場合は,いちいち金額印を押さなくてはならない。),「普通為替につきましては原符がございます」が「定額小為替についてはその原符というものを作りません」のが第2点(同月5日同委員会における同政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号7頁)),郵便局の日報について「郵便切手の売りさばきの報告を日報で出しますが,あの下に欄を設けまして,100円券何枚,200円券何枚が売れたという報告を簡単にするというふうに考えてお」ることが第3点(同日同委員会における同政府委員答弁(同会議録7頁)),地方貯金局においては,「結局原符がございませんから,地方貯金局では,原符を,記号番号順に保管整理しておきまして,為替の払いが済んだら,その為替証書と照合,照査するというような仕事はなくなりまして,現実に小為替に現金を払った場合には,〔定額小為替証書〕そのものが上がってきますので,そのものを記号別に,また金額別に整理をしておいて,あとで再発行とか何かの要求があったときだけ,それを調べればよろしいということになりますので,手続としては非常に簡単になる」点(同日同委員会における同政府委員答弁(同会議録7頁。また,同会議録1頁))ということのようでした(まとまった答弁としては,同月11日の参議院逓信委員会における同政府委員答弁(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号21頁))さらには,従来から3000円以下の普通為替証書については紛失・盗難の申出があっても支払差止めのための非常手配は行っていなかったが,定額小為替証書についても当該非常手配はやらないつもりであるとされていました(1961年4月5日の衆議院逓信委員会における大塚茂政府委員の答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号6‐7頁))。また,為替金に関する権利の消滅期間について定める旧郵便為替法22条においては,普通為替及び電信為替に係る郵便為替証書の有効期間経過後3年間に対し,定額小為替については証書の有効期間経過後1年間となっていましたが,これについても「定額小為替につきましては,非常に少額のものにだけ限定をいたしましたので,これはそういう小さな債権債務の消滅のほかの例等も考慮し,また私どもの,いろいろ保管その他の手数省略というような点も考えまして,まあ1年ということにいたしたわけでございます。」と説明されていました(1961年4月11日の参議院逓信委員会における大塚茂政府委員の答弁(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号21頁。また,同会議録22頁))。


弁護士 齊藤雅俊

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定額小為替の利用が繁くなって,最近近所の郵便局の職員さんに名前を覚えられてしまったようです。

1 戸籍等の謄本等の交付請求と定額小為替証書

 弁護士業務の一環として,戸籍等の謄本等を取得することが必要になることが多々あります(戸籍法(昭和22年法律第224号)10条の2第3項から5項まで及び12条の2参照)。この場合,戸籍の謄本を取ると1通につき手数料450円,除籍の謄本を取ると1通につき手数料750円が必要になり,郵送で手続を行う場合(戸籍法10条の2第6項,10条3項,12条の2),その手数料は郵便局の定額小為替証書で納付することが求められます。

 

(1)手数料徴収及び手数料額

 市町村による当該手数料徴収の根拠規定は,現在は,戸籍法にではなく,「普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の事務で特定の者のためにするものにつき,手数料を徴収することができる。」と規定する地方自治法(昭和22年法律第67号)227条にあります。戸籍等の謄本交付の手数料が450円又は750円であるのは,「分担金,使用料,加入金及び手数料に関する事項については,条例でこれを定めなければならない。この場合において,手数料について全国的に統一して定めることが特に必要と認められるものとして政令で定める事務(以下本項において「標準事務」という。)について手数料を徴収する場合においては,当該標準事務に係る事務のうち政令で定めるものにつき,政令で定める金額の手数料を徴収することを標準として条例を定めなければならない。」と規定する地方自治法228条1項に基づく地方公共団体の手数料の標準に関する政令(平成12年政令第16号)の表の第8号において,当該各金額が定められているからです。

 (なお,特別区については,地方自治法283条1項が「この法律又は政令で特別の定めをするものを除くほか,第2編〔普通地方公共団体〕及び第4編〔補則〕中市に関する規定は,特別区にこれを適用する。」と規定しています。)

 

(2)地方自治法231条の2第3項の証券たる定額小為替証書

郵便局の定額小為替証書は,「証紙による収入の方法によるものを除くほか,普通地方公共団体の歳入は,第235条の規定〔同条2項は「市町村は,政令の定めるところにより,金融機関を指定して,市町村の公金の収納又は支払の事務を取り扱わせることができる。」と規定〕により金融機関が指定されている場合においては,政令の定めるところにより,口座振替の方法により,又は証券をもつて納付することができる。」と規定する地方自治法231条の2第3項の証券であることになります。

 地方自治法231条の2第3項の証券については更に,地方自治法施行令(昭和22年政令第16号)156条1項が,次のように規定しています。

 

  地方自治法第231条の2第3項の規定により普通地方公共団体の歳入の納付に使用することができる証券は,次に掲げる証券で納付金額を超えないものに限る。

 一 持参人払式の小切手等(小切手その他金銭の支払を目的とする有価証券であつて小切手と同程度の支払の確実性があるものとして総務大臣が指定するものをいう。以下この号において同じ。)又は会計管理者若しくは指定金融機関,指定代理金融機関,収納代理金融機関若しくは収納事務取扱金融機関(以下この条において「会計管理者等」という。)を受取人とする小切手等で,手形交換所に加入している金融機関又は当該金融機関に手形交換を委託している金融機関を支払人とし,支払地が当該普通地方公共団体の長が定める区域内であつて,その権利の行使のため定められた期間内に支払のための提示又は支払の請求をすることができるもの

 二 無記名式の国債若しくは地方債又は無記名式の国債若しくは地方債の利札で,支払期日の到来したもの

 

地方自治法施行令156条1項1号の総務大臣が指定するものは,平成19年9月28日総務省告示第544号によって,現在,ゆうちょ銀行が発行する振替払出証書及び為替証書とされています。郵便局の定額小為替証書は,ここでいうゆうちょ銀行が発行する為替証書に含まれます。定額小為替証書は,小切手ではないが,「金銭の支払を目的とする有価証券であつて小切手と同程度の支払の確実性があるもの」ということになるわけです。

なお,上記平成19年総務省告示第544号は,次のとおりです。

 

 地方自治法施行令(昭和22年政令第16号)第156条第1項第1号の規定に基づき,総務大臣が指定する有価証券を次のように定め,平成1910月1日から施行する。

一 郵政民営化法(平成17年法律第97号)第94条に規定する郵便貯金銀行が発行する振替払出証書

二 郵政民営化法第94条に規定する郵便貯金銀行が発行する為替証書

 

「為替証書」(及び「振替払出証書」。本稿では,こちらまでは論じません。)は,銀行法(昭和56年法律第59号)には出て来ない概念です。ただし,郵政民営化法の施行日である200710月1日(同法附則1条柱書き)から郵政民営化法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律によって廃止(同法2条2号,附則1条)されるまでは,郵便為替法(昭和23年法律第59号)が存在しました。しかしながら,現在,ゆうちょ銀行が発行する為替証書には特別の根拠法が無いことになっています。

 

(3)定額小為替証書と普通為替証書と

ところで,ゆうちょ銀行の為替証書には普通為替証書と定額小為替証書とがありますが,これは,為替金の払渡しを受ける者からすると,為替金額があらかじめ定額で定まっているか(定額小為替証書),定まっていないか(普通為替証書)の違いにすぎません。

ゆうちょ銀行の為替規定の第1条は,次のように規定しています(下線は筆者によるもの)。

 

1 適用範囲

  次に掲げる送金の取扱い(以下「為替」といいます。)については,この規定により取り扱います。

① 受け入れた為替金の額を表示する普通為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人に普通為替証書と引換えに為替金を払い渡す取扱い(以下「普通為替」といいます。)

② 受け入れた当行所定の定額の為替金の額を表示する定額小為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人に定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡す取扱い(第9条第2項及び第10条第2項において「定額小為替」といいます。)

 

廃止前の郵便為替法8条及び10条は,それぞれ次のような規定でした(下線は筆者によるもの)。

 

第8条(普通為替)普通為替においては,〔日本郵政〕公社は,受け入れた為替金の額を表示する普通為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人(その指定がないときは,普通為替証書の持参人)に普通為替証書と引換えに為替金を払い渡す。

 

10条(定額小為替)定額小為替においては,公社は,受け入れた定額の為替金の額を表示する定額小為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人(その指定がないときは,定額小為替証書の持参人)に定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡す。

  前項の定額の為替金額は,1万円を超えない範囲内で公社が定める。

 

 ゆうちょ銀行のウェッブ・ページにおいては,普通為替については「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口で,送金額の現金に所定の料金を添えてお申込みください。為替金の額を表示した普通為替証書を発行いたしますので,所定の受取人欄に受取人のお名前をご記入いただき,それを受取人にお送りください。」及び「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口に普通為替証書をお持ちください。その証書と引換えに表示された金額の現金をお受け取りいただけます。※ご本人であることを確認できる公的書類のご提示をお願いする場合があります。」と,定額小為替については「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口で,送金額の現金に所定の料金を添えてお申込みください。送金額に応じて,50円,100円,150円,200円,250円,300円,350円,400円,450円,500円,750円,1000円の12種類の定額小為替証書を発行いたしますので,所定の受取人欄に受取人のお名前をご記入いただき,それを受取人にお送りください。」及び「受け取った定額小為替証書をお近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口にお持ちください。その証書と引換えに表示された金額の現金をお受け取りいただけます。※ご本人であることを確認できる公的書類のご提示をお願いする場合があります。」と説明しています。一見,郵便為替法時代とは異なり,差出人による受取人の指定が必須になったように思われますが,これは単なるお節介な注意書きのようです。ゆうちょ銀行の為替証書の裏面にはそれぞれ,「この証書をお受取人に送る際は,表面の指定受取人おなまえ欄にお受取人のおなまえをご記入ください。なお,お受取人の指定がない証書については,証書の持参人に為替金をお支払いすることとし,これにより生じた損害については,当行および日本郵便株式会社(日本郵便株式会社が委託した者を含みます。)は責任を負いません。」と,受取人の指定は必須ではないことを前提とした記載がされています(同行の為替規定の9条4項には「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等〔当行及び日本郵便株式会社(同社が当行に係る銀行代理業を委託した者を含みます。)〕は責任を負いません。」とあります。なお,平成29年法律第44号による改正後の民法510条の10は「指図証券の債務者は,その証券の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが,その義務を負わない。ただし,債務者に悪意又は重大な過失があるときは,その弁済は,無効とする。」と規定し,当該規定は記名式所持人払証券(同法520条の18)及び無記名証券(同法520条の20)に準用されています。はて,ゆうちょ銀行は,悪意又は重大な過失があっても責任は無いと頑張るのでしょうか。)。

 定額小為替と普通為替との相違点としては,普通為替の場合には,差出人は所定の料金を支払って,為替金が受取人に払渡済みであるかどうかを調査してもらってその結果の通知を受ける取扱いを受けることができます(ゆうちょ銀行の為替規定8条)。また,差出人は為替証書を失った場合においては為替証書の再交付の請求をすることができますが(同規定11条1項),定額小為替証書を失ったときにはその有効期間内(その発行の日から6箇月間(同規定9条3項))は為替証書の再交付はされないもの(同規定11条3項ただし書)とされています。

定額小為替の料金は定額小為替証書の全種類を通じて一律に証書1枚につき100円である一方,普通為替の料金は送金額5万円未満で430円,同5万円以上で650円ですので(いずれも消費税額及び地方消費税額を含む。),定額小為替証書が5枚以上必要な送金であれば,むしろまとめて普通為替証書を発行してもらう方がよいようです。戸籍担当窓口によってはいつも見慣れた定額小為替証書ならぬ普通為替証書が来るとなるとぎょっとして防衛的姿勢となられるところもあるようですが,筆者は現に,戸籍等の謄本交付の手数料を普通為替証書でもって納付したことがあります。

 

2 普通為替証書と印紙

ところで,普通為替証書には,収入印紙貼付欄があって「課税相当額以上で営業に関するものに限り収入印紙を貼付」と記載されています。(以前は,「3万円以上で営業に関するものに限り収入印紙(200円)を貼付」と記載されていました。)これは,当該証書表面の「下記の金額を受け取りました。」との記載と受取人(住所も記入)の記名押印又は署名(ゆうちょ銀行為替規定9条1項)とをもって印紙税法(昭和42年法律第23号)別表第1の第17号の金銭の受取書が作成されるものであるものとゆうちょ銀行は解しているということでしょう。しかしながら,地方公共団体が作成した文書(印紙税法5条2号)及び地方公共団体の公金の取扱いに関する文書(同条3号,別表第3)には印紙税は課されないはずですから(また,戸籍等の謄本の交付が営業に該当するというわけでもありません(同法別表第1の第17号非課税物件欄2)。),戸籍等の謄本の交付数及び手数料額が非常に大きくなって為替金額が5万円以上(同号非課税物件欄1参照)の普通為替証書となっても(なお,定額小為替証券の額面は最高でも1000円ですから,こちらについては金額が低いことからして印紙税の心配はないわけです。),当該地方自治体のために当該手数料としてゆうちょ銀行の当該普通為替証書と引換えに為替金の払渡しを受ける方々は心配されるには及ばないわけです。

ところが,国税庁のウェッブ・ページによると,印紙税法別表第1の第17号にいう有価証券には「郵便為替」が含まれるものとされています。となると,そもそもゆうちょ銀行の為替証書に為替金の受取人が「下記〔定額小為替証書の場合は「上記」〕の金額を受け取りました。」として記名押印又は署名をしたとしても,同号非課税物件欄3の「有価証券〔略〕に追記した受取書」ということになるにすぎず,同号の課税物件たる金銭の受取書とはならないのではないでしょうか。そうだとすると,「印紙貼付欄」については,難しい記載をゆうちょ銀行はあるいはしてしまっているということにもなるのかもしれません。郵便為替法5条の「郵便為替に関する書類には,印紙税を課さない。」との規定が同法の廃止により無くなったことに伴う手当てが行われた結果である,ということになるようですが,どうでしょうか。

 

郵便局の為替証書に関しては,いろいろ興味深い法律論ができそうです。

 

弁護士 齊藤雅俊

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1 内田貴『民法Ⅳ』と浅田次郎「ラブ・レター」

 東京大学出版会の『民法Ⅰ~Ⅳ』教科書シリーズで有名な内田貴教授は,現在弁護士をされているそうです。

 専ら民事法関係の仕事をされるわけでしょうか(最高裁判所平成28年7月8日判決・判時232253頁の被上告人訴訟代理人など)。しかし,刑事弁護でも御活躍いただきたいところです。

 

 内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(2002年)6364頁に「白蘭の婚姻意思」というコラムがあります。

 

  外国人の日本での不法就労を可能とするための仮装結婚が,ときにニュースになる。そのような行為も目的を達すれば有効だなどと言ってよいのだろうか。ベストセラーとなった浅田次郎の『鉄道員(〔ぽっぽや〕)』(集英社,1997年)に収録されている「ラブ〔・〕レター」という小説が,まさにそのような婚姻を描いている。中国人女性(ぱい)(らん)新宿歌舞伎町の裏ビデオ屋の雇われ店長である吾郎との婚姻届を出し,房総半島の先端付近にある千倉という町で不純な稼ぎをしていたが,やがて病死する。死を前にした白蘭は,会ったこともない夫の吾郎に宛てて感謝の手紙を書いた。遺体を荼毘に付すため千倉に赴いた吾郎はこの手紙を読む。

  さて,白蘭の手紙がいかに読者の涙を誘ったとしても,見たこともない男との婚姻など無効とすべきではないだろうか。

  〔中略〕小説とは逆に,白蘭ではなく吾郎が病死し,法律上の妻である白蘭と吾郎の親〔ママ。小説中の吾郎の夢によれば,吾郎の両親は既に亡くなり,オホーツク海沿いの湖のほとりにある漁村に兄が一人いることになっていました。〕との間で相続争いが生じたとしたらどうだろうか。伝統的な民法学説は,吾郎と白蘭の婚姻は無効だから,白蘭に相続権はないと言うだろう。しかし,たとえ不法就労を助けるという目的であれ,法律上の婚姻をすれば戸籍上の配偶者に相続権が生ずることは当事者にはわかっていたことである。それを覚悟して婚姻届を出し,当事者間では目的を達した以上,評価規範としては婚姻を有効として相続権をめぐる紛争を処理すべきだというのが本書の立場である。つまり,評価規範としては,見たこともない相手との婚姻も有効となりうる。法制度としての婚姻を当事者が利用した以上,第三者が口を挟むべきではない,という考え方であるが,読者はどのように考えられるだろうか。

 

「裏ビデオ屋」であって「裏DVD屋」でないところが前世紀風ですね。(ちなみに,刑事弁護の仕事をしていると,裏DVDに関係した事件があったりします。証拠が多くて閉口します。)

「目的の達成」とか「評価規範」といった言葉が出てきます。これは,婚姻の成立要件である婚姻意思(民法742条1号は「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」は婚姻は無効であると規定しています。)に係る内田教授の次の定式と関係します。

 

 「婚姻意思とは,法的婚姻に伴う法的効果を全面的に享受するという意思である。しかし,〔事後的な〕評価規範のレベルでは,たとえ一部の効果のみを目的とした婚姻届がなされた場合でも,結果的に婚姻の法的効果を全面的に生ぜしめて当事者間に問題を生じない場合には,有効な婚姻と認めて差し支えない」(内田63頁)

 

法的婚姻には数多くの法的効果(同居協力扶助義務(民法752条),貞操義務(同法770条1項1号),婚姻費用分担義務(同法760条),夫婦間で帰属不明の財産の共有推定(同法762条2項),日常家事債務連帯責任(同法761条),夫婦間契約取消権(同法754条),相続(同法890条),妻の懐胎した子の夫の子としての推定(同法772条),準正(同法789条),親族(姻族)関係の発生(同法725条),成年擬制(同法753条),夫婦の一方を死亡させた不法行為による他方配偶者の慰謝料請求権(同法711条),離婚の際の財産分与(同法768条)等)が伴いますが,これらの効果は一括して相伴うmenuであって,自分たちに都合のよい一部の効果のみを目的としてà la carte式に摘み食いするわけにはいきません。

吾郎と白蘭としては,白蘭が日本人の配偶者としての地位を得て,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」といいます。)別表第2の上欄の日本人の配偶者等としての在留資格に在留資格を変更(入管法20条)することができるようになる効果のみを目的として婚姻届をした(民法739条1項)ということでしょう。
 (なお,婚姻の成立は吾郎については日本民法,白蘭については中華人民共和国民法により(法の適用に関する通則法(平成
18年法律第78号。以下「法適用法」といいます。)24条1項(旧法例(明治31年法律第10号)13条1項)。白蘭には,中華人民共和国の駐日代表機関が発給した証明書の添付が求められることになります(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)107頁参照)。),婚姻の方式は日本民法及び戸籍法により(法適用法24条2項・3項(旧法例13条2項・3項)),婚姻の効力は日本民法による(法適用法25条(旧法例14条))こととなったもののようです。ちなみに,中華人民共和国婚姻法5条は,婚姻は男女双方の完全な自由意思によらなければならない旨規定しています。)

入管法の「「別表第2の上欄の在留資格をもつて在留する者」すなわち地位等類型資格をもって在留する外国人は,在留活動の範囲について〔入管法上〕何ら制限がないので,本法においてあらゆる活動に従事することができ」ます(坂中英徳=齋藤利男『出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第四版)』(日本加除出版・2012年)366頁)。ただし,日本人の配偶者等の在留期間は,入管法2条の2第3項の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(昭和56年法務省令第54号。以下「入管法施行規則」といいます。)3条及び別表第2によれば,5年,3年,1年又は6月となります。入管法20条2項の法務省令である入管法施行規則20条2項及び別表第3によれば,白蘭は,日本人の配偶者等に在留資格を変更する申請をするに当たって,資料として「当該日本人〔吾郎〕との婚姻を証する文書及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕又はその配偶者〔吾郎〕の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」の提出を求められたようです。また,在留期間の更新(入管法21条)の都度「当該日本人〔吾郎〕の戸籍謄本及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕,その配偶者〔吾郎〕・・・の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」を提出していたことになります(入管法21条2項,入管法施行規則21条2項・別表第3の5)

(なお,入管法20条3項及び21条3項は「法務大臣は,当該外国人が提出した文書により・・・適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と規定していますが,文書審査以外をしてはいけないわけではなく,同法20条3項につき「法務大臣は原則として書面審査により在留資格の変更の許否を決定するという趣旨である。しかし,法務大臣が適正な判断を行うために必要と認める場合には入国審査官をして外国人その他の関係人に対し出頭を求め,質問をし,又は文書の提出を求める等の事実の調査(第59条の2)をさせることができるほか,審査の実務においては,任意の方法により外国人の活動実態等を実地に見聞することが行われている。」と説明されています(坂中=齋藤454455頁)。)

内田教授は,「「婚姻には婚姻意思がなければならない(婚姻意思のない婚姻は無効である)」という法的ルールが〔事前の〕行為規範として働く場面では,〔略〕やはりその法的効果を全面的に享受するという意思をもって届出をなすべきであり,単なる便法としての婚姻〔略〕は望ましくないという議論は,十分説得的である。」としつつ,「しかし,ひとたび便法としての婚姻届〔略〕が受理されてしまった場合,この行為をどのように評価するかという局面では別の考慮が働く。たとえ婚姻の法的効果を全面的に享受する意思がなかった場合であっても,当事者が便法による目的をすでに達しており,婚姻の法的効果を全面的に発生させても当事者間にはもはや不都合は生じないという場合には(たとえば,当事者間には紛争がなく,もっぱら第三者との関係で紛争が生じている場合など),〔事後の〕評価規範を〔事前の〕行為規範から分離させて,実質的婚姻意思(全面的享受意思)がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地がある。〔略〕最判昭和381128日〔略〕は,便法としての離婚がその目的を達した事案であるが,まさにこのような観点から正当化できるのである。」と説いています(内田62頁)。「最判昭和381128日」は,「旧法下の事件であるが,妻を戸主とする婚姻関係にある夫婦が,夫に戸主の地位を与えるための方便として,事実上の婚姻関係を維持しつつ協議離婚の届出を行ない,その後夫を戸主とする婚姻届を改めて出したという事案」であって,「訴訟は,妻の死後,戸籍上いったん離婚したことになっているために戦死した長男の遺族扶助料を受けられなくなった夫が,離婚の届出の無効を主張してものであるが,最高裁は便法としての離婚を有効とした」ものです(内田58頁)。

「〔以上の内田説が採用されたならば〕便法として婚姻届を出すことが増えるのではないかという心配があろう。しかし,〔当事者間で〕もめごとが生ずればいつ無効とされるかもしれないというリスクはあるのであって,それを覚悟して行なうなら,あえて問題とするまでもないだろう。なぜなら,便法としての婚姻届そのものは,道徳的に悪というわけではないからである。」というのが内田貴弁護士の価値判断です(内田63頁)。

 

2 吾郎と白蘭の犯罪

しかしながら,吾郎と白蘭とが婚姻届を出した行為は,「道徳的に悪というわけではない」日中友好のほのぼのとした話であるどころか,犯罪行為なのです。

 

 (公正証書原本不実記載等)

刑法157条 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 〔略〕

3 前2項の罪の未遂は,罰する。

 

 吾郎と白蘭との婚姻の方式は日本民法及び戸籍法によったものと解されるわけですが,「日本人と外国人との婚姻の届出があつたときは,その日本人について新戸籍を編成する。ただし,その者が戸籍の筆頭に記載した者であるときは,この限りでない。」と規定されています(戸籍法16条3項)。「日本人と外国人が婚姻した場合,婚姻の方式について日本法が準拠法になれば必ず婚姻届が出され,その外国人は日本戸籍に登載されないとしても,この婚姻は日本人配偶者の身分事項欄にその旨の記載がなされるので,婚姻関係の存在だけは戸籍簿上に表示される」ところです(澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第4版補訂版)』(有斐閣・1998年)136137頁)。「国籍の変更はないから日本人たる夫或は妻の戸籍に何国人某と婚姻の旨記載する。氏や戸籍の変更はない(夫婦の称する氏欄の記載の要がない)」ところ(谷口107頁),日本国民の高野吾郎と中華人民共和国民の康白蘭とが婚姻したからといって両者の氏が同一になるわけではありません(民法750条どおりというわけにはいきません。ただし,戸籍法107条2項により吾郎は婚姻から6箇月以内の届出で氏を康に変えることができたところでした。)。「外国人にも戸籍法の適用があり出生,死亡などの報告的届出義務を課せられ(日本在住の外国人間の子及び日本在住米国人と日本人間の子につき出生届出義務を認める,昭和24年3月23日民甲3961号民事局長回答),創設的届出も日本において為される身分行為についてはその方式につき日本法の適用がある結果,届出が認められる。但し外国人の戸籍簿はないから,届書はそのまま綴り置き戸籍に記載しない。ただ身分行為の当事者一方が日本人であるときは,その者の戸籍にのみ記載することとなる。」というわけです(谷口5455頁)。

吾郎の戸籍の身分事項欄に当該公務員によって記載又は記録(戸籍法119条1項)された白蘭との婚姻の事実が虚偽の申立てによる不実のものであれば,刑法157条1項の罪が,婚姻届をした吾郎及び白蘭について成立するようです。第一東京弁護士会刑事弁護委員会編『量刑調査報告集Ⅳ』(第一東京弁護士会・2015年)144145頁には「公正証書原本不実記載等」として2008年7月から2013年2月までを判決日とする19件の事案が報告されていますが,そのうち18件が吾郎・白蘭カップル同様の日本人と外国人との「偽装婚姻」事案となっています。大体執行猶予付きの判決となっていますが,さすがに同種前科3犯の被告人(日本人の「夫」)は実刑判決となっています。外国人の国籍は,ベトナム,中華人民共和国,大韓民国,フィリピン及びロシアとなっていて,その性別は女性ばかりではなく男性もあります。

 内田弁護士の前記理論は,見事に無視されている形です。

 実務は次の最高裁判所の判例(昭和441031日第二小法廷判決民集23101894頁)に従って動いているのでしょう。

 

 〔民法742条の〕「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは,当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり,したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいて当事者間に,一応,所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても,それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって,前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には,婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

  これを本件についてみるに,〔中略〕本件婚姻の届出に当たり,XYとの間には, B女に右両名間の嫡出子としての地位を〔民法789条により〕得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあったが,Xには,Y女との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから,右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。所論引用の判例〔便法的離婚を有効とした前記最判昭和381128日〕は,事案を異にし,本件に適切でない。

 

 内田弁護士の主張としては,最判昭和441031日の事案では「一方当事者が裏切った」ことによって「便法が失敗」したから「全面的に婚姻〔略〕の法的効果を生ぜしめることは,明らかに当事者の当初の意図に反する。そこで,原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて,結果的に意思を欠くから無効という判断」になったのだ(内田63頁),しかし,最判昭和381128日の事案では問題の便法的離婚について「当該身分行為の効果をめぐって当事者間に紛争が生じた場合」ではなかったのだ(夫婦間で紛争のないまま妻は既に死亡),最判昭和441031日で最高裁判所の言う「事案を異にし」とはそういう意味なのだ,だから,吾郎・白蘭間の「偽装婚姻」被告事件についても当事者である吾郎と白蘭との間で紛争がなかった以上両者の婚姻は有効ということでよいのだ,公正証書原本不実記載等の罪は成立しないのだ,検察官は所詮第三者にすぎないのだからそもそも余計な起訴などすべきではなかったのだ,ということになるのでしょうか。

 (なお,筆者の手元のDallozCODE CIVIL (ÉDITION 2011)でフランス民法146条(Il n’y a pas de mariage lorsqu’il n’y a point de consentement.(合意がなければ,婚姻は存在しない。))の解説部分を見ると,19631120日にフランス破毀院第1民事部は,「夫婦関係とは異質な結果を得る目的のみをもって(ne…qu’en vue d’atteindre un résultat étranger à l’union matrimoniale)両当事者が挙式に出頭した場合には合意の欠缺をもって婚姻は無効であるとしても,これに反して,両配偶者が婚姻の法的効果を制限することができると信じ,かつ,特に両者の子に嫡出子としての地位(la situation d’enfant légitime)を与える目的のみのために合意を表明した場合には,婚姻は有効である。」と判示したようです。)
 (入管法74条の8第1項は「退去強制を免れさせる目的で,第24条第1号又は第2号に該当する外国人を蔵匿し,又は隠避させた者は,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。」と規定していますが(同条2項は営利目的の場合刑を加重,同条3項は未遂処罰規定),入管法24条1号に該当する外国人とは同法3条の規定に違反して本邦に入った者(不法入国者(我が国の領海・領空に入った段階から(坂中=齋藤525頁))),同法24条2号に該当する外国人は入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者(不法上陸者)であって,白蘭は合法的に我が国に入国・上陸しているでしょうから,白蘭との「偽装婚姻」が入管法74条の8に触れるということにはならないでしょう。むしろ,平成28年法律第88号で整備され,2017年1月1日から施行されている入管法70条1項2号の2の罪(偽りその他不正の手段により在留資格の変更又は在留資格の更新の許可を受けた者等は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科)及び同法74条の6の罪(営利の目的で同法70条1項2号の2に規定する行為の実行を容易にした者は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科)が「偽装婚姻」に関係します。「偽りその他不正の手段」は,入管法22条の4第1項1号について「申請人が故意をもって行う偽変造文書,虚偽文書の提出若しくは提示又は虚偽の申立て等の不正行為をいう。」と説明されています(坂中=齋藤489頁)。「営利の目的で」は,入管法74条2項について「犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを目的としてという意味」であるとされています(坂中=齋藤1016頁)。入管法74条の6の「実行を容易にした」行為については,「「営利の目的」が要件になっているが,行為態様の面からは何ら限定されていないから,「〔略〕実行を容易にした」といえる行為であれば本罪が成立する。」とされています(坂中=齋藤1027頁)。)


3 婚姻事件に係る検察官の民事的介入

 しかし,検察官は婚姻の有効・無効について全くの第三者でしょうか。

 

(1)検察官による婚姻の取消しの訴え

 

ア 日本

民法744条1項は「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻〔婚姻適齢未満者の婚姻,重婚,再婚禁止期間違反の婚姻,近親婚,直系姻族間の婚姻又は養親子等の間の婚姻〕は,各当事者,その親族又は検察官から,その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし,検察官は,当事者の一方が死亡した後は,これを請求することができない。」と規定しているところです。検察庁法(昭和22年法律第61号)4条に規定する検察官の職務に係る「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」に当たるものです。「前記のような要件違反の婚姻が存続することは,社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでないため,たとえ各当事者やその親族などが取消権を行使しなくても,公益の代表者たる検察官をして,その存続を解消させるべきだという理由によるものと思われる。」とされています(岡垣学『人事訴訟の研究』(第一法規・1980年)61頁)。

 

イ フランス

 母法国であるフランスの民法では,「婚姻取消の概念はなく,合意につき強迫などの瑕疵があって自由な同意がない場合(同法180条),同意権者の同意を得なかった場合(同法182条)には,その婚姻は相対的無効であり(理論上わが民法の婚姻取消に相当),特定の利害関係人が一定の期間内に無効の訴を提起することができるが,検察官が原告となることはない〔ただし,その後の改正により,第180条の自由な同意の無い場合は検察官も原告になり得ることになりました。〕。これに対して,不適齢婚,〔合意の不可欠性,出頭の必要性,〕重婚,近親婚に関する規定(同法144条・〔146条・146条の1・〕147条・161条‐163条)に違反して締結された公の秩序に関する実質的要件を欠く婚姻は絶対無効とし,これを配偶者自身,利害関係人のほか,検察官も公益の代表者として主当事者(Partieprincipale(sic))となり,これを攻撃するため婚姻無効の訴を提起することができるのみならず,その義務を負うものとしている(同法184条・190条)」そうです(岡垣6162頁)。フランス民法190条は「Le procureur de la République, dans tous les cas auxquels s’applique l’article 184, peut et doit demander la nullité du mariage, du vivant des deux époux, et les faire condamner à se séparer.(検察官は,第184条が適用される全ての事案において,両配偶者の生存中は,婚姻の無効を請求し,及び別居させることができ,かつ,そうしなければならない。)」と規定しています。

 フランスにおける婚姻事件への検察官による介入制度の淵源は,人事訴訟法(平成15年法律第109号)23条の検察官の一般的関与規定(「人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。/検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。」)に関して,次のように紹介されています。

 

 〔前略〕フランス法が婚姻事件につき検察官の一般的関与を認めた淵源を遡ると,近世教会法における防禦者(matrimonü)関与の制度にいたる。もともとローマ法には身分関係争訟に関する特別手続がなく,民事訴訟の原則がそのまま適用されており,右の特別手続を定めたのは教会法である。すなわち,近世ヨーロッパでは婚姻事件は教会(教会裁判所)の管轄に属しており,174111月3日の法令をもって,婚姻無効事件には防禦者が共助のために関与すべきものとし,これに婚姻を維持するための事情を探求し,また証拠資料を提出する職責を与えたため,防禦者は事件に関する一切の取調に立ち合うことを必要とした。――今日のバチカン教会婚姻法が,婚姻無効訴訟を審理する教会裁判所は,3名の裁判官,1名の公証人のほかに,被告の弁護人で婚姻の有効を主張して争うことを職務とする婚姻保護官(defensor vinculi)からなるとしているのは(同法1966条以下),この流れを引くものとみられる。――その後婚姻事件に関する管轄が教会から通常裁判所に移るとともに,フランスでは防禦者に代って公益の代表者たる検察官が訴訟に関与するものとされたのである。(岡垣116頁)

 

  フランスでは,人事訴訟のみならず民事事件全般につき,検察官の一般的関与の権限を認める1810年4月20日の法律(Sur l’organization(sic) de l’odre(sic) judiciaire et l’administration de la justice46条が現在でも有効である。検察官は当事者でない訴訟においても,法廷で裁判官に意見を述べるため,従たる当事者(partie jointe)として関与するのである。この関与は原則として任意的であって,検察官はとくに必要であると認めるときでなければ関与しない。しかし,破毀院の事件,人の身分および後見に関する事件その他検察官に対し事件の通知――記録の事前回付――をすべきものと法定されている事件ならびに裁判所が職権をもって検察官に対し通知すべきことを命じた事件(フランス民訴法83条)については,検察官の関与が必要的であって,意見の陳述をなすべきものとされている。(岡垣118頁)

 

  1810年4月20日の司法部門組織及び司法行政に関する法律46条は,次のとおり(どういうわけか,ルクセンブルク大公国の官報局のウェッブ・サイトにありました。)。

 

 46.

  En matière civile, le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

  Il surveille l’exécution des lois, des arrêts et des jugements; il poursuit d’office cette exécution dans les dispositions qui intéressent l’ordre public.

(民事については,検察官(le ministère public)は,法律で定められた事件において職責として(d’office)訴訟の当事者となる(agit)。

 検察官は,法律並びに上級審及び下級審の裁判の執行を監督し,公の秩序にかかわる事項における当該執行は,職責として訴求する。)

 

 この辺,現在のフランス民事訴訟法は次のように規定しています。

 

Article 421

Le ministère public peut agir comme partie principale ou intervenir comme partie jointe. Il représente autrui dans les cas que la loi détermine.

(検察官は,訴訟の主たる当事者となり,又は従たる当事者として訴訟に関与することができる。検察官は,法律の定める事件において他者を代理する。)

 

Article 422

Le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

(検察官は,法律で定められた事件において職責として訴訟の当事者となる。)

 

Article 423

En dehors de ces cas, il peut agir pour la défense de l’ordre public à l’occation des faits qui portent atteinte à celui-ci.

 (前条に規定する場合以外の場合において,検察官は,公の秩序に侵害を及ぼす事実があるときは,公の秩序の擁護のために訴訟の当事者となることができる。)

 

Article 424

Le ministère public est partie jointe lorsqu’il intervient pour faire connaître son avis sur l’application de la loi dans une affaire dont il a communication.

 (検察官は,事件通知があった事件について法の適用に係る意見を述べるために関与したときは,従たる当事者である。)

 

Article 425

Le ministère public doit avoir communication:

1° Des affaires relatives à la filiation, à l’organisation de la tutelle des mineurs, à l’ouverture ou à la modification des mesures judiciaires de protection juridique des majeurs ainsi que des actions engagées sur le fondement des dispositions des instruments internationaux et européens relatives au déplacement illicite international d’enfants;

2° Des procédures de sauvegarde, de redressement judiciaire et de liquidation judiciaire, des causes relatives à la responsabilité pécuniaire des dirigeants sociaux et des procédures de faillite personnelle ou relatives aux interdictions prévues par l’article L.653-8 du code de commerce.

Le ministère public doit également avoir communication de toutes les affaires dans lesquelles la loi dispose qu’il doit faire connaître son avis.

(次に掲げるものについては,検察官に対する事件通知がなければならない。

第1 親子関係,未成年者の後見組織関係,成年者の法的保護のための司法的手段の開始又は変更関係の事件並びに子供の国際的不法移送に係る国際的及び欧州的文書の規定に基づき提起された訴訟

第2 再生,法的更生及び法的清算の手続,会社役員の金銭的責任に関する訴訟並びに個人の破産又は商法典L第653条の8の規定する差止めに関する手続

それについて検察官が意見を述べなくてはならないと法律が定める全ての事件についても,検察官に対する事件通知がなければならない。)

 

Article 426

Le ministère public peut prendre communication de celles des autres affaires dans lesquelles il estime devoir intervenir.

(検察官は,その他の事件のうち関与する必要があると思料するものについて,事件通知を受けることができる。)

 

Article 427

Le juge peut d’office décider la communication d’une affaire au ministère public.

 (裁判官は,その職責に基づき,事件を検察官に事件通知することを決定することができる。)

 

Article 428

La communication au ministère public est, sauf disposition particulière, faite à la diligence du juge.

Elle doit avoir lieu en temps voulu pour ne pas retarder le jugement.

 (検察官に対する事件通知は,別段の定めがある場合を除いては,裁判官の発意により行う。

 事件通知は,裁判の遅滞をもたらさないように適切な時期に行われなければならない。)

 

Article 429

Lorsqu’il y a eu communication, le ministère public est avisé de la date de l’audience.

 (事件通知があったときには,検察官は弁論期日の通知を受ける。)

 

ウ ドイツ

ドイツはどうかといえば,第二次世界大戦敗戦前は「詐欺・強迫などの事由のある婚姻は取り消しうるものとし,特定の私人が一定の期間内に婚姻取消の訴を提起することができるが,検察官の原告適格を認めていない。しかし,重婚,近親婚などの制限に違反した婚姻は無効とし,該婚姻につき検察官および各配偶者などにその訴の原告適格を認めていた。ところが,〔略〕右の無効原因がある場合につき,第二次大戦後の婚姻法改正によって,西ドイツでは検察官の原告適格を全面的に否定した」そうです(岡垣62頁)。

 

(2)検察官による婚姻の無効の訴え(消極)

 民法742条1号に基づく婚姻の無効の訴え(人事訴訟法2条1号)の原告適格を検察官が有するか否かについては,しかしながら,「民法その他の法令で検察官が婚姻無効の訴について原告適格を有することを直接または間接に規定するものはなく,その訴訟物が〔略〕私法上の実体的権利であることを考えると,民法は婚姻取消の特殊性にかんがみ,とくに検察官に婚姻取消請求権なる実体法上の権利行使の権能を与えたものとみるべきであり,婚姻取消の訴につき検察官の原告適格が認められているからといって,婚姻無効の訴にこれを類推することは許されないというべきである。」と説かれています(岡垣66頁)。

婚姻関係の存否の確認の訴え(人事訴訟法2条1号)についても,「この訴における訴訟物は夫婦関係の存否確認請求権であって,その本質は実体私法上の権利であるところ,民法その他の法令で検察官にその権利を付与したとみるべき規定がないため」,婚姻の無効の訴えについてと同様「この訴についても検察官の原告適格を認めることができないであろう。」とされています(岡垣73頁)。

戸籍法116条2項は,適用の場面の無い空振り規定であるものと解されているところです(法務省の戸籍制度に関する研究会の第5回会合(2015年2月19日)に提出された資料5の「戸籍記載の正確性の担保について」6頁・11頁)。戸籍法116条は,「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から1箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。/検察官が訴を提起した場合には,判決が確定した後に,遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。」と規定しています。これに対して,検察官の提起した婚姻取消しの訴えの勝訴判決に基づく戸籍記載の請求に係る戸籍法75条2項の規定は生きているわけです。

 

(3)検察官による民事的介入の実態

 婚姻の無効の訴えについて検察官には原告適格は無いものとされているところですが,そもそも検察官による婚姻の取消しの訴えの提起も,2001年4月1日から同年9月30日までの間に調査したところその間1件も無く,検察庁で「これについて実際にどういう手続をとっているかということも分からない」状態でした(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 また,検察官の一般的関与について,旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)には下記のような条項があったところですが,同法5条1項は大審院も「検事ニ対スル一ノ訓示規定ニ外ナラ」ないとするに至り(大判大正9・1118民録261846頁),弁論期日に検察官が出席し立ち会わないことは裁判所が審理を行い判決をするにつきなんらの妨げにもならないとされていたところです(岡垣129頁・128頁)。同法6条については,「人事訴訟手続法6条・26条に「婚姻(又ハ縁組)ヲ維持スル為メ」という文言のあるのは,単に〔当時のドイツ民事訴訟法を範としたという〕沿革的な意味をもつにとどまり,一般に婚姻または縁組を維持するのが公益に合致することが多く,かつ,望ましいところでもあるので,その趣旨が示されているにすぎず,それ以上の意義をもつものではない。したがって,右人事訴訟手続法上の文言にもかかわらず,検察官は婚姻事件および養子縁組事件のすべてにつき,婚姻または縁組を維持する為めであると否とを論ぜず,事実および証拠方法を提出することが可能というべきである。」と説かれていました(岡垣149頁)。要は,旧人事訴訟手続法の規定と検察官の仕事の実際との間には齟齬があったところです。2001年4月1日から同年9月30日までの間に係属した人事訴訟事件について,検察庁は4248件の通知を受けていますが(旧人事訴訟手続法5条3項),「これに対して検察官の方がとった措置というのはゼロ件」でありました(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 

 第5条 婚姻事件ニ付テハ検察官ハ弁論ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ要ス

  検察官ハ受命裁判官又ハ受託裁判官ノ審問ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ得

  事件及ヒ期日ハ検察官ニ之ヲ通知シ検察官カ立会ヒタル場合ニ於テハ其氏名及ヒ申立ヲ調書ニ記載スヘシ

 

 第6条 検察官ハ当事者ト為ラサルトキト雖モ婚姻ヲ維持スル為メ事実及ヒ証拠方法ヲ提出スルコトヲ得

 

(4)仏独における婚姻の無効の訴え

 

ア フランス

 これに対してフランスはどうか。「フランス民法は,その146条で,合意なきときは婚姻なしと規定し,婚姻は当事者の真に自由な合意の存在を要するという大原則を宣言するとともに,右の規定に違反して締結された婚姻は,前に婚姻取消の関係において述べたと同じく配偶者自身,利害関係人または検察官が主当事者としてこれを攻撃しうべく,検察官は配偶者双方の生存中にかぎって婚姻無効の訴を提起することができ,しかもこれを提起すべき義務を有するとしている(同法184条・190条)。さらに婚姻の形式的要件とされる公開性の欠如または無管轄の身分官吏の面前で挙式された婚姻は,配偶者自身,父母などのほか検察官もこれを攻撃するため,婚姻無効の訴を提起することができるとしている(同法191条)。」と報告されています(岡垣6667頁)。

 

イ ドイツ

 次は,ドイツ。「ドイツでは,もと民事訴訟法632条が婚姻無効の訴につき検察官の原告適格を認めるとともに,1938年の婚姻法は検察官のみが婚姻無効の訴を提起しうる場合,検察官および配偶者の一方が婚姻無効の訴を提起しうる場合,婚姻が当事者の一方の死亡や離婚によって解消後は検察官のみが原告適格を有すること,当事者双方が死亡したときは何びとも訴を提起しえない旨を規定し(同法21条ないし28条。同民訴法632条・636条・628条参照),1946年の婚姻法も手続的には同趣旨の規定をしていた(同法24条。1938年婚姻法28条において,検察官が訴を提起しうる場合についてはナチス的色彩が強度であったが,これが改正された点が著しく異る)。そのほか,同民事訴訟法640条3項後段は,検察官が子の両親に対して,または一方の親の死亡後生存する親に対して婚姻無効の訴を提起した場合に,判決確定前両親が死亡したときは,検察官は婚姻無効の訴を子に対する非嫡出確定の訴に変更すべきものとしていた。しかるに,西ドイツでは第二次大戦後1961年の改正婚姻法が非嫡出子確定の訴を削除したため,それにともなって右の制度も廃止されるにいたった。」とのことです(岡垣67頁)。

 

4 婚姻の無効の性質と刑事訴訟

 婚姻の無効の性質については,「多数説は当然無効説を支持」しているところ(すなわち,裁判による無効の宣言をもって無効となるとする形成無効説を採らない。),「判例も当然無効説に立つ(最判昭和34年7月3日民集13‐7‐905。その結果,人訴法2条1号の定める婚姻無効の訴えは確認の訴えと解することになる。ただし,同法24条により対世的効力がある)」ものとされています(内田82頁)。

 日本の民法の世界では検察官には婚姻の無効の訴えを吾郎及び白蘭を被告として提起する(人事訴訟法12条2項)原告適格はないにもかかわらず,刑法の世界では,婚姻の無効は当然無効であることを前提として,公正証書原本不実記載等の罪の容疑で吾郎及び白蘭を逮捕・勾留した上でぎゅうぎゅう取り調べ,公訴を提起して有罪判決を得て二人を前科者にしてしまうことができるという成り行きには,少々ねじれがあるようです。「婚姻意思」が無い婚姻であっても「社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでない」ほどのものではないから婚姻の無効の訴えについて検察官に原告適格を与えなかったものと考えれば,民事法の世界では関与を謝絶された検察官が,刑事法の世界で「夫婦たるもの必ず「食卓と床をともにする関係」たるべし(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)55頁参照),「社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体的結合」あるべし(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)14頁参照),「永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営む」べし(最高裁判所平成141017日判決・民集56巻8号1823頁参照)。そうでないのに婚姻届を出したけしからぬ男女は処罰する。」と出張(でば)って来ることにやややり過ぎ感があります。検察官が原告適格を有する婚姻取消事由のある婚姻を戸籍簿に記載又は記録させても,それらの婚姻は取消しまでは有効なので(民法748条1項),公正証書原本不実記載等の罪にならないこととの比較でも不思議な感じとなります。実質的には出入国管理の問題として立件されてきているのでしょうから,今後は入管法70条1項2号の2及び同法74条の6を適用するか(ただし,日本弁護士連合会の2015年3月19日付けの意見書の第2の1(2)は,従来の刑法157条による対処で十分だとしているようではあります。),あるいは後記フランス入管法L623‐1条のような規定を我が入管法にも設けて対処する方が分かりやすいかもしれません。

 
  
5 有罪判決の後始末:戸籍の訂正

 検察官が婚姻の取消しの訴えを提起して勝訴したときについては,前記の戸籍法75条2項が「裁判が確定した後に,遅滞なく戸籍記載の請求をしなければならない。」と規定しています。これに対して,吾郎と白蘭との婚姻が無効であることが公正証書原本不実記載等の罪に係る刑事事件の判決で明らかになり,当該判決が確定した場合は吾郎の戸籍をどう訂正すべきでしょうか。

 戸籍制度に関する研究会の第5回会合に提出された資料5「戸籍記載の正確性の担保について」に「偽装婚姻について,刑事訴訟法第498条第2項ただし書の規定により市区町村に通知があった件数は,統計を開始した平成201218日から平成261231日までの累計で448件に及ぶ。」とありますので(5頁(注17)),「偽装婚姻」に係る公正証書原本不実記載等の罪の裁判を執行する一環として,「〔偽造し,又は変造された〕物が公務所に属するときは,偽造又は変造の部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」との刑事訴訟法498条2項ただし書に基づく処理をしているようです。(この「公務所への通知も,没収に準ずる処分であるから,押収されていると否とにかかわらず,490条および494条の規定に準じて,検察官がなすべきである。」とされています(松尾浩也監修・松本時夫=土本武司編集代表『条解刑事訴訟法 第3版増補版』(弘文堂・2006年)1008頁)。)通知を受ける公務所は上記会合に提出された参考資料6「戸籍訂正手続の概要」によれば本籍地の市区町村長であり,これらの市区町村長が届出人又は届出事件の本人に遅滞なく通知を行い(戸籍法24条1項),届出人又は届出事件の本人が戸籍法114条の家庭裁判所の許可審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)別表第1の124項)を得て市区町村長に訂正申請をするか,又は同法24条1項の通知ができないとき,若しくは通知をしても戸籍訂正の申請をする者がないときは,当該市区町村長が管轄法務局又は地方法務局の長の許可を得て職権で戸籍の訂正(同条2項)をすることになるようです。

ところが,「戸籍訂正の対象となる事件の内容が戸籍法114条によって処理するを相当とする場合には本人にその旨の通知をし,本人が訂正申請をしないときは戸籍法24条2項により監督法務局又は地方法務局長の許可を得て市町村長が職権訂正をすべきであり(昭和25年7月20日民甲1956号民事局長回答),そしてこの場合のみ市町村長の職権訂正を監督庁の長は許可する権限がある」ものの,「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」ということであったようであって(谷口162頁),前記戸籍制度に関する研究会の第5回会合においても「戸籍法第114条の訂正は,創設的な届出が無効な場合が対象となるが,一つ条件があり,無効であることが戸籍面上明らかであることが必要とされている。例えば,婚姻届の届出がされ,戸籍に記載された後,夫か妻の(婚姻前の日付で)死亡届が出されて,死亡の記載がされたような場合が考えられる。」との,呼応するがごとき発言がありました(議事要旨3頁)。「戸籍法114条は,届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に,その行為が無効であることを発見したときは,届出人または届出事件の本人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができると定めている。だから,第三者が戸籍の訂正をするには審判または判決によらねばならないが,婚姻の当事者がなすには,この規定によって家庭裁判所の許可だけですることもできると解する余地がある。前記の116条は「確定判決によ(ママ)て戸籍の訂正をすべきときは,・・・」というだけで,いかなる場合には確定判決もしくは家裁の審判によるべく,いかなる場合には家裁の許可で足りるか,明らかでない。実際の取扱では,利害関係人の間に異議がないときは許可だけでよいとされており,判例〔大判大正13年2月15日(民集20頁),大判大正6年3月5日(民録93頁)〕も大体これを認めているようである。正当だと思う。」と説かれていたところですが(我妻57頁。大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)45頁は,簡単に,「婚姻が無効となった後,戸籍の記載はどうなるのだろうか。この場合,届出人または届出事件の本人は,家裁の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。」と述べています。),しかし判例はそうだが「戸籍実務上は,無効が戸籍の記載のみによって明かな場合(戦死者との婚姻届の場合,昭和241114日民甲2651号民事局長回答。甲の既に認知した子を,乙が認知する届をなし受理記載され後の認知は無効となる場合,大正5年11月2日民1331号法務局長回答)は,114条の手続でよいが,戸籍面上明かでない場合は,当事者間の異議の有無にかかわらず116条の手続即ち確定判決又は審判を得て訂正すべきものと解せられている(昭和26年2月10日民甲209号民事局長回答)。」と言われていたところでした(谷口160頁)。利害関係者に異議のないまま戸籍法114条の手続を執ってくれれば,又は大げさながら婚姻の無効の訴えを提起して同法116条1項の手続を執ってくれればよいのですが,そうでない場合,同法24条2項に基づく職権訂正にはなおもひっかかりがあるようでもあります(「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては〔管轄法務局又は地方法務局の長に〕許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」)。すなわち,「訂正事項が身分関係に重大な影響を及ぼす場合には,職権で戸籍訂正を行うことができないと解する見解」もあるところです(「戸籍記載の正確性の担保について」9頁)。しかし,「実務上は,十分な資料により訂正事由があると認められる場合には,職権訂正手続を行っている」そうです(同頁)。

 

6 吾郎と白蘭の弁護方針

吾郎又は白蘭を公正証書原本不実記載等の罪の被告事件において弁護すべき弁護人は,前記内田理論を高唱して両者間の婚姻の有効性を力説する外には,どのような主張をすべきでしょうか。

愛,でしょうか。

前記Dallozのフランス民法146条(「合意がなければ,婚姻は存在しない。」)解説を見ると,「妻にその出身国から出国するためのヴィザを取得させ得るようにするのみの目的をもって挙式がされた婚姻は,合意の欠缺のゆえに無効である。」とされつつも(パリ大審裁判所1978年3月28日),「追求された目的――例えば,在留の権利,国籍の変更――が,婚姻の法的帰結を避けることなく真の夫婦関係において生活するという将来の両配偶者の意思を排除するものでなければ,偽装婚姻ではない。」とされています(ヴェルサイユ控訴院1990年6月15日)。フランス入管法L623‐1条1項も「在留資格(titre de séjour)若しくは引き離しから保護される利益を得る,若しくは得させる目的のみをもって,又はフランス国籍を取得する,若しくは取得させる目的のみをもって,婚姻し,又は子を認知する行為は,5年の禁錮又は15000ユーロの罰金に処せられる。この刑は,婚姻した外国人が配偶者に対してその意図を秘匿していたときも科される。」と規定しており,「目的のみをもって(aux seules fins)」が効いています。

しかし,吾郎は,前年の夏「戸籍の貸し賃」50万円を仲介の反社会的勢力からもらったきりで,白蘭とは一度も会ったことがなく,翌春同女が死んだ後になって初めてその名を知った有様です。トゥールーズ控訴院1994年4月5日も,同棲及び性的関係の不存在を,婚姻が在留資格目的で偽装されたものと認定するに当たって重視しています(前記Dallozフランス民法146条解説)。

やはり内田弁護士の理論にすがるしかないのでしょうか。

 なお,内田弁護士の尽力によって吾郎と白蘭との間の婚姻は民法上有効であるものとされても,入管法上は白蘭の日本在留は必ずしも保証されません。「外国人が「日本人の配偶者」の身分を有する者として〔入管法〕別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するためには,単にその日本人配偶者との間に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足りず,当該外国人が本邦において行おうとする活動が日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当することを要」し,「日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはでき」ず,そのような「外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということができない」からです(前記最高裁判所平成141017日判決)。(しかも「婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っているかどうかの判断は客観的に行われるべきものであり,有責配偶者からの離婚請求が身分法秩序の観点からは信義則上制約されることがあるとしても,そのことは上記判断を左右する事由にはなり得ない」とされています(ということで,当該最高裁判所判決は,4年前に日本人の夫が別に女をつくって家を出て行って,その後は在留資格更新申請の際等を除いて夫に会うこともなく,また相互に経済的関係もなかったタイ人妻に係る日本人の配偶者等としての在留資格更新を不許可とした処分を是認しました。)。)入管法22条の4第1項7号は,日本人の配偶者等の在留資格で在留する日本人の配偶者たる外国人が,「その配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な事由がある場合を除く。)」を在留資格取消事由としています(同条7項により30日以内の出国期間を指定され,当該期間経過後は退去強制になります(同法24条2号の4)。)。「偽装婚姻一般に共通して見られる同居の欠如(配偶者の身分を有する者としての活動実体の欠如)は,本号〔入管法22条の4第1項7号〕にいう「配偶者としての活動を行わずに在留している場合」にも該当し,同居していないことにつき正当理由がないことも明らかであるので,本号の取消し事由は偽装婚姻対策上も有効であると考えられる。」と説かれています(坂中=齋藤498頁)。 

1 フィンテック法による仮想通貨に係る法規制

 何やら難しく響く名称の「仮想通貨」について論ずることは,一般の方々においては敬遠されているだろう,したがって,当該主題について書くと,「長い」「難しい」とつとに評判の悪い本ブログの読者を更に減らすことであろうとばかり思っていました。

 しかしながら最近,仮想通貨の将来性及びそこにおける投資機会について熱心に語られる年配の御婦人方と会う機会があり,考えを改めました。今や仮想通貨の日常化はすぐそこまで来ているのであり,そうであるのならば,あらかじめ,仮想通貨に関する法規制に関して一般の方々もある程度の知識を持っておられる方がよいと考えるに至ったものです。

 今年(2016年)6月3日に公布された情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律(平成28年法律第62号。長い題名ですので以下「フィンテック法」と呼称することにしましょう。)によって,仮想通貨概念は既に実定法化されているところです。具体的には,フィンテック法11条によって改正される資金決済に関する法律(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」といいます。)の改正後2条5項が次のように規定しています(なお,フィンテック法の施行は,公布の日(2016年6月3日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日からです(同法附則1条)。)。

 

 5 この法律において「仮想通貨」とは,次に掲げるものをいう。

  一 物品を購入し,若しくは借り受け,又は役務の提供を受ける場合に,これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ,かつ,不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り,本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

  二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

 

 なお,通貨建資産については,改正後資金決済法2条6項が次のように定義しています。

 

6 この法律において「通貨建資産」とは,本邦通貨若しくは外国通貨をもって表示され,又は本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行,払戻しその他これらに準ずるもの(以下この項において「債務の履行等」という。)が行われることとされている資産をいう。この場合において,通貨建資産をもって債務の履行等が行われることとされている資産は,通貨建資産とみなす。

 

 やはり難しいですね。

長くなりすぎず,難しくなりすぎないように注意しながら,今回の記事を書いていこうと思います。

なお,「現在交換所において法定通貨との取引が確認されている,ビットコイン(Bitcoin),ライトコイン(Litecoin),ドージコイン(Dogecoin)は①〔改正後資金決済法2条5項1号〕の定義に該当し,ビットコインと相互に交換ができるイーサ(Ether),カウンターパーティコイン(XCP)などは,②〔改正後資金決済法2条5項2号〕の定義に該当すると考えられ」ています(堀天子『実務解説資金決済法[第2版]』(商事法務・2016年)37頁)。

 

2 仮想通貨の定義に係る解釈

まず,改正後資金決済法2条5項による仮想通貨の定義についてです。この定義をかみ砕いたものとしては,次のような国会答弁が,麻生太郎国務大臣(金融担当)からされています。

 

・・・仮想通貨というものは,いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策のために国際基準というものをつくらねばいかぬということで,多国間の枠組みでありますファイナンシャル・アクション・タスク・フォース,FATFというものの定義というのがございますので,それを踏まえて,〔一,〕不特定の者に対して対価の弁済に使用でき,かつ,不特定の者を相手方として法定通貨と相互に交換できる,二,電子的に記録され,移転ができる,三,法定通貨または法定通貨建ての資産ではないとの性質を有する財産的価値と定義をいたしております。

 したがいまして,プリペイドカードなどの前払い式の支払い手段とか,その他,企業が発行しますポイントカードなどにつきましては,例えば,それらを使用可能な店舗というものが特定の範囲に限られておりますので,不特定の者に対して対価の弁済に使用できないものであるならば,これは基本的には仮想通貨には該当しない,そういうように定義をされております。

(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁)

 

 池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)は,仮想通貨とそれ以外のものとの切り分けについて次のように答弁しています。

 

  仮想通貨の定義に特定の取引が該当するかどうかは,個別の商品,サービスごとに具体的に判断されるべきものでありますが,一般論で申し上げれば,ただいまお尋ねのありましたポイント〔Tポイント,ANAマイル等〕ですとか電子マネー〔Suica等〕ですとかゲーム内で利用可能な通貨につきましては,例えば,それらを使用可能な店舗が発行者との契約や利用者への表示等で示されている,そして,そうしたものの交換を行う不特定の者が存在しないという通常の形態のものであるということでありますと,基本的には,仮想通貨には該当しないものと考えられるかと考えております。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第161920頁)

 

 FATFについては,「平成元年(1989年)に,マネロン・テロ資金供与対策の国際基準(FATF勧告)作りを行うための多国間の枠組みとして設立。FATF勧告は,世界190以上の国・地域に適用。FATF勧告の履行状況は加盟国間で相互審査がなされ,その際に特定された不備事項の改善状況についてフォローアップがなされる。」と紹介されています(金融審議会決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告「決済高度化に向けた戦略的取組み」(20151222日)27頁註63)。

 2015年6月26日のFATFの「リスクに基づく仮想通貨へのアプローチのためのガイドライン(Guideline for a Risk-Based Approach to Virtual Currencies)」(以下「FATFガイドライン」といいます。)においては,仮想通貨(virtual currency)は次のように定義されています。

 

  仮想通貨とは,価値のディジタル表現(digital representation of value)であって,ディジタル方式によって取引されることができ(can be digitally traded),かつ,(1)交換の媒体(medium of exchange)として及び/又は(2)評価の単位(unit of account)として及び/又は(3)価値の保蔵手段(store of value)として機能するものであるが,いずれの法域においても法貨(legal tender)としての地位(すなわち,債権者に対して提供されたときには,有効かつ法定の支払の提供であるもの)を有しないものである。仮想通貨は,いずれの法域からも発行又は保証されたものではなく,上記の機能は,その利用者のコミュニティ内部における合意によってのみ果たされる。仮想通貨は,発行国の法貨として指定された硬貨又は紙幣であって,流通し,かつ,発行国における交換の媒体として慣習的に使用され受領(accept)されているものである法定通貨(fiat currency)(現実通貨(real currency),リアル・マネー又は国の通貨(national currency)ともいう。)とは異なる。仮想通貨は,法定通貨建ての価値を電子的に移転するために利用されるところの法定通貨のディジタル表現であるeマネーとは異なる。Eマネーは,法定通貨のディジタル方式による移転のための仕組み,すなわち,法貨としての地位を有する価値を電子的に移転するものである。

 (FATFガイドライン26頁)

 

 仮想「通貨」と名付けられているとはいえ,フィンテック「法案では,現時点〔2016年4月27日〕で仮想通貨が通貨と同等の性質を有しないということを前提としつつ,支払い決済手段としての機能を事実として有することがあることに鑑みて,仮想通貨と法定通貨の交換業者について一定の規制を設けることとし」たものです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1611頁(牧島かれん内閣府大臣政務官))。フィンテック法によって「この仮想通貨を通貨や公的な支払とか決済手段として認定したというわけではありませんで,また,大体六百以上種類存在すると言われておりますこの仮想通貨に対してお墨付きを与えるものでもない」ところです(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1417頁(麻生太郎国務大臣(内閣府特命担当大臣(金融))))。お墨付きは与えないものの,「利用者の利便性とか経済効率性というところから,これは当事者間の自由意思を尊重するということが望ましいということになるんだと思いますけれども,いわゆる適切な判断で利用者の保護とか取引の安全確保というものが可能であることなどから,〔仮想通貨の〕全面的な禁止をするよりはバランスの取れた規制ということを考えるべき」との趣旨でされた立法であるということになります(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1418頁(麻生国務大臣))。

 「仮想通貨は,不特定の者に対して使用できるものであることを要件としており,一種の通貨的な機能を持つ財産的価値を意味しているが,一般的には,法定通貨とは異なり,強制通用力までは有しない。仮想通貨で支払いを行おうとしても,当然には通用力はなく,債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じないため,交換価値があるとまでいえないという点が法定通貨との違いとして挙げられる。仮想通貨を保有する利用者が,弁済を行う際に仮想通貨を提示して代金を支払うとの意思を表示し,債権者がこれを受容した場合には,弁済(債務の履行,民法482条)の効力が発生すると考えられる。/また,仮想通貨によっては,価格の変動幅が大きく,価値が保蔵されているといえないことも法定通貨との違いである。」ということでしょうか(堀40頁)。そこにいう民法(明治29年法律第89号)482条は,「債務者が,債権者の承諾を得て,その負担した給付に代えて他の給付をしたときは,その給付は,弁済と同一の効力を有する。」と規定する代物弁済に係る規定です。「債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じない」というより以前に,弁済の提供の効果(民法492条)に関して,仮想通貨によって金銭債務の弁済に係る現実の提供(同法493条本文)がされるものと認められるかどうかも問題となりますが,これは否定に解すべきでしょう。「強制通用力の有(ママ)とは,この効力を有する範囲の貨幣をもってする弁済は本旨に従う弁済になるという意味である。」とされているところ(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年(第10刷修正後))37頁),仮想通貨にはそもそも強制通用力がない前提でありました。信用ある銀行の自己宛振出小切手の交付は金銭債務の弁済の提供となるといっても(最判昭37・9・21民集16・2041参照),小切手は仮想通貨と異なりそもそも通貨をもって表示されています。また,「交換価値があるとまでいえない」といっても,交換価値があると思って交換する人もいるのでしょう。

 通貨の通用力の根拠としては,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和62年法律第42号)7条が「貨幣は,額面価格の20倍までを限り,法貨として通用する。」と,日本銀行法(平成9年法律第89号)46条2項が「・・・日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は,法貨として無制限に通用する。」と規定しています。ここでいう法貨とは,「取引において,法律上無制限に,又は一定の制限の範囲内において,強制通用力を有する通貨をいう。」とされ,通貨は「その抽象的な流通力を有する支払手段という点では法貨と同一の意義である」が,「法律的な強制流通力の側面に重点をおいて言い表す場合,特にその流通力の限界を規定する文脈では,「法貨」の用語が用いられている。」とされています(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)673頁)。「「通貨」という用語は,通常,強制通用力のあるもの,すなわち,法貨について用いられるが(民法402)」といわれる場合(吉国等編536頁)の民法402条1項本文は,「債権の目的物が金銭であるときは,債務者は,その選択に従い,各種の通貨で弁済をすることができる。」と規定しています。また,同条2項は「債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは,債務者は,他の通貨で弁済をしなければならない。」と規定しています(相対的金種債権と推定(我妻38頁))。現在,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律2条3項は「・・・通貨とは,貨幣及び日本銀行法(平成9年法律第89号)第46条第1項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」と定義しています。

 米国のドル紙幣について,ミルトン・フリードマンいわく(Free to Choose)。

 

 ・・・法貨であるという性質(The legal-tender quality)は,政府は自己に対する債務の弁済及び税の納付について(in discharge of debts and taxes due to itself)当該紙片(the pieces of paper)を受領し(will accept),並びに裁判所はそれらをドルで表示された債務の弁済とみなす,ということを意味する。なぜ,財及びサービスの私的交換取引においても,私人らによってそれが受領されるのだろうか。

  各人がそれらを受領するのは,他者もそうするということについて彼が確信を有している(confident)からである,というのが端的な解答(the short answer)である。当該緑色の紙片は,価値があるものと全員が思うから価値があるのである。各人が,それらが価値を有するものと思うのは,彼の経験ではそれらは価値を有していたからである。・・・

  当該習律(convention)ないしは擬制(fiction)は決して脆弱なものではない。事態は反対であって,共通の通貨(common money)を有することの価値が余りにも大きいので,人々は非常な不都合がもたらされた状態下(under extreme provocation)にあっても当該擬制に執着するのである――ここに,後に我々が見るように,通貨発行者がインフレーションから得ることのできる利益の部分(part of the gain),さらにはインフレーション惹起への誘惑が由来するのである。・・・(Avon Books, 1980, pp.237-238

 

3 仮想通貨交換業等

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法2条7項及び8項は,「仮想通貨交換業」及び「仮想通貨の交換等」並びに「仮想通貨交換業者」を次のように定義します。

 

 7 この法律において「仮想通貨交換業」とは,次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいい,「仮想通貨の交換等」とは,第1号及び第2号に掲げる行為をいう。

  一 仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換

  二 前号に掲げる行為の媒介,取次ぎ又は代理

  三 その行う前2号に掲げる行為に関して,利用者の金銭又は仮想通貨の管理をすること。

 8 この法律において「仮想通貨交換業者」とは,第63条の2の登録を受けた者をいう。

 

なお,「第63条の2の登録を受けないで仮想通貨交換業を行った者」は,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されます(改正後資金決済法107条5号)。

仮想通貨の売買とは,仮想通貨と法貨との交換ということになります。すなわち,売買は,「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものだからです(民法555条。下線部は筆者によるもの)。仮想通貨と仮想通貨との交換の契約は,正に「当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約する」ものですから,民法586条1項の交換です。

「媒介」は,「ある人と他の人との間に法律行為が成立するように,第三者が両者の間に立つて尽力すること」です(吉国等編609頁)。

「取次ぎ」は,「自己の名をもって他人の計算で法律行為をなすこと」です(近藤光男『商法総則・商行為法〔第5版補訂版〕』(有斐閣・2008年)36頁)。例として,問屋(といや)があります(商法(明治32年法律第48号)551条以下)。

仮想通貨の交換業者について,FATFガイドライン29頁は次のように定義しています。

 

交換業者(exchanger)(また,仮想通貨取引所(virtual currency exchange)と呼ばれることもある。)は,業として,手数料(コミッション)を得て,仮想通貨を現実通貨,基金又は他種の仮想通貨及びまた貴金属への交換並びにその逆方向の交換に携わる(engaged)個人又は組織(entity)である。交換業者は,一般に,現金,電信送金,クレジット・カード及び他の仮想通貨を含む広範囲の種類の支払を受領し,並びに仮想通貨発行管理人とつながりがあること(administrator-affiliated)があり,ないときがあり,又は第三者としての業務提供者であることがある。交換業者は,取引所(bourse)として,又は両替商(exchange desk)として業務を行うことがある。典型的には,個人は,仮想通貨口座にマネーを預け,及び当該口座から引き出すために交換業者を利用する。

 

FATFガイドラインは,「リスク・アセスメントはまた,マネーロンダリング対策・テロ資金供与対策規制は,換金可能仮想通貨に係る結節点(nodes),すなわち,規制された金融システムへの出入口を提供するところの交錯点(points of intersection)を対象とすべきこと及び財又はサービスの購入のために仮想通貨を入手する利用者を規制することを目指すべきではないことを示すところである。当該結節点は,第三者として業務を提供する換金可能仮想通貨に係る交換業者を含む。そうである場合(where that is the case),それらはFATF勧告の下で規制されるべきである。かくして,各国は,国際基準によって規定され求められているマネーロンダリング対策・テロ資金供与対策に係る当該事項(relevant AML/CFT requirements)を,換金可能仮想通貨に係る交換業者,及び換金可能仮想通貨の動きと,規制された法定通貨に係る金融システムとが交錯する結節点となる他の種類の機関(institutions)に適用することを検討すべきである。」と勧告していました(6頁。下線部は,原文イタリック体)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の2は,仮想通貨交換業について登録制度を設けます。登録制であって免許制を採らなかった理由については,「一般に我が国で免許と申しますと,法令による一定の行為の一般的禁止を公の機関が特定の場合に解除するという意味を持っていて,免許を受けた者をある程度独占的地位に置く性質を有するものと理解されていると思」われ,かつ,「他方,登録と申しますのは,一定の法律事実又は法律関係を行政庁等に備える特定の帳簿に記載するということで,一般には免許を付与する場合の方が登録のような場合よりも裁量が広く認められていると解されているかと考え」られることを前提に,「金融関係法令,法律では,顧客から資金を預かりリスク資産を含め運用を行う例えば銀行とか保険会社等については免許制が取られている。一方で,有価証券の売買,媒介,取次ぎなど,主として顧客から資金を預かるというようなことはありますが,運用を行うということのない金融商品取引業者ですとか受け入れた資金を顧客の指図に基づいて他者に移転させる資金移動業者,こういった者については現在〔2016年5月24日〕の金融関連法の中で登録制とされているところ」,「そうした中で,今回の仮想通貨交換業者につきましては,顧客から預かった財産を事業者の財産と分別して管理する義務が課されている〔フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の11第1項〕など,事業者において顧客の資産を自由に運用するというものではないということでありまして,こうしたことを踏まえまして,他の金融事業者との整合性等も勘案し,登録制ということで法律案を策定させていただいたということでございます。」と説明されています(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1419頁(池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)))。

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の5第1項は,仮想通貨交換業の登録に係る登録拒否事由を掲げています。同項1号によると,仮想通貨交換業者は株式会社及び外国会社に限られます。同項3号は「内閣府令で定める基準に適合する財産的基礎を有しない法人」が登録申請者である場合を登録拒否事由としていますが,最低資本金として1000万円程度を求めることが当局によって考えられています(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1620頁(池田政府参考人))。仮想通貨交換業者として登録されるためには「仮想通貨交換業を適正かつ確実に遂行する体制の整備」が行われており(同項4号),かつ,フィンテック法11条による改正後の資金決済法第3章の2となる「仮想通貨」の章の規定を遵守するために必要な体制の整備」が行われていること(同法63条の5第1項5号)等が求められています。

 

4 投資家保護規制に係る継続検討

 仮想通貨を対象とした外国為替証拠金取引(いわゆるFX)類似のハイ・リスク取引が既に行われているそうですが(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁(宮本岳志委員)),投資家保護のためのFXにおけるレバレッジの上限規制のような規制は,今回のフィンテック法においては,仮想通貨に係る取引について導入されるには至っていません。

 

  ・・・この仮想通貨を用いた取引というのを法令上どのように規制するかということにつきましては,仮想通貨と既存のいわゆる有価証券等々との類似性の程度とか,また,仮に仮想通貨を用いた取引につきましても,何らかの規制を導入する場合には,具体的にどのような類型があるかとか,また,内容の規制がふさわしいかといったことなど,これはいろいろな論点というものをもう少し整理してみる必要と,その時間も要るんだと思っております。

  したがいまして,今回の法案では,実際に投資家に被害の生じましたマウントゴックス社の破綻というものを踏まえまして,早急に仮想通貨と法定通貨との交換業者に対する登録制と,マネロンとテロ資金供与規制を導入するということにしつつ,・・・仮想通貨を用いた取引というものを法令上どのように規制するのかということにつきましては,これは今しばらく時間をいただいて,今後とも,継続して検討させていただきます。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣)。また,同号13頁)

 

ここでいうマウントゴックス社の破綻とは,「ビットコイン」の交換所である東京都渋谷区の株式会社MTGOXが2014年2月に東京地方裁判所に民事再生手続開始の申立てをし,同年4月同裁判所は当該申立てを棄却して破産手続開始を決定(その時点での同社の資産は約39億円であったのに対し負債は約87億円あって,約48億円の債務超過),更に2015年に同社代表者が業務上横領(ビットコイン売買のため顧客が預けた資金の着服等)等の容疑で逮捕されたというものです(「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案」に係る説明資料(金融庁・2016年3月)8頁)。

「ビットコイン」については,「平成20年〔2008年〕に「ナカモトサトシ」と名乗る人物が公表した論文に基づき,インターネット上で有志の開発者によって開発されたと言われている仮想通貨。ネットワークに参加する者の間において,電子的に移転がなされ,全ての取引履歴は,参加者が共有する公開台帳に記録される。なお,ビットコインには,発行者は存在せず,取引を認証し,公開台帳に取引を記帳した者(一般に採掘者といわれる)に対して,その報酬としてシステム上自動的に発行される。」と紹介されています(決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告26頁註57)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の10(「利用者の保護等に関する措置」との見出し)は,「仮想通貨交換業者は,内閣府令で定めるところにより,その取り扱う仮想通貨と本邦通貨又は外国通貨との誤認を防止するための説明,手数料その他の仮想通貨交換業に係る契約の内容についての情報の提供その他の仮想通貨交換業の利用者の保護を図り,及び仮想通貨交換業の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。

 

5 マルチ商法の客体性問題等

 

(1)連鎖販売取引の客体性

なお,消費者保護との関連でいえば,仮想通貨がマルチ商法といわれる連鎖販売取引の客体となるものかどうかも気になります。連鎖販売取引は,特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号)33条1項において「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)の販売(そのあつせんを含む。)又は有償で行う役務の提供(そのあつせんを含む。)の事業であつて,販売の目的物たる物品(以下・・・「商品」という。)の再販売(販売の相手方が商品を買い受けて販売することをいう。・・・),受託販売(販売の委託を受けて商品を販売することをいう。・・・)若しくは販売のあつせんをする者又は同種役務の提供(その役務と同一の種類の役務の提供をすることをいう。・・・)」若しくはその役務の提供のあつせんをする者を特定利益(その商品の再販売,受託販売若しくは販売のあつせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供をあつせんする他の者が提供する取引料その他の主務省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部をいう。・・・)を収受し得ることをもつて誘引し,その者と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供をいう。・・・)を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんに係る取引(その取引条件の変更を含む。)」と定義されています。

 仮想通貨は,「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)」又は「有償で行う役務の提供」に該当するものかどうか。しかしながら,仮想通貨は少なくとも「物」たる有体物(民法85条)ではないところです。他方,金銭は所有権及び占有の対象となる動産なのですから(最判昭29115刑集81675参照),役務ではないでしょう。金銭は,「財貨の交換の用具として国家がその価格を一定したものをいう。」とされています(吉国等編176頁)。金銭が役務でないのであれば,仮想通貨も役務とはいえないのでしょう。

 ただし,仮想通貨に関する「教育パッケージ」の販売ならば,連鎖販売取引の客体たる「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利」たる物品の販売ということになるのでしょう。

 

(2)売買及び交換と「採掘」との関係

 さて,フィンテック法の施行後は,仮想通貨交換業を行うには内閣総理大臣の登録を受けなくてはならず(改正後資金決済法63条の2,107条5号),更に外国仮想通貨交換業者(同法2条9項)は,当該登録を受けずに仮想通貨交換業に係る改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為の勧誘も行ってはならぬものとされています(同法63条の22)。登録を受けなければならないというのは厄介ですが,細かく見てみると「仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換」(同法2条7項1号)によらずに仮想通貨を入手することに関する行為は,規制の網の目を潜れることができそうではあります。すなわち,「トークン」などを用いて仮想通貨を原始的に自ら作成(「採掘」)するのであれば,売買にも交換にも当たらないもののごとし。商法4条2項は「鉱業を営む者は,商行為を行うことを業としない者であっても,これを商人とみなす。」と規定していますが,同項のような手当てが,仮想通貨交換業の定義に関しても今後必要となるものか否か。これはいささか,先走り過ぎでしょうか。

 

6 銀行又は金融商品取引業者による仮想通貨交換業

 銀行又は金融商品取引業者が仮想通貨を取り扱えるかどうかの問題については,金融庁当局は慎重です。

 銀行の業務の範囲について規定する銀行法(昭和56年法律第59号)10条から12条までは,フィンテック法によって改められていません。

 

  一般論で申し上げますと,御指摘の仮想通貨の販売,投資,勧誘等の業務が法令で銀行に認められております業務に該当するかどうかという点は,その業務につきまして,その銀行の固有業務との機能的な親近性やリスクの同質性があるかどうか,それから,その業務規模が銀行の固有業務に比して過大ではないかなどの観点から業務の態様に応じて判断されていくべきものであると考えております。

  また,金融商品取引業者のうち,御指摘の第一種金商業者〔第一種金融取引業の定義は金融商品取引法(昭和23年法律第25号)28条1項〕あるいは投資運用業者〔投資運用業の定義は金融商品取引法28条4項〕という者については,法令に定められた一定の業務以外の業務を行う場合には当局から個別に承認を受けることが必要とされておりますが〔金融商品取引法35条4項〕,その承認に当たりましては,業務が公益に反すると認められないかどうか,あるいはリスク管理の観点から問題がないかなどの観点から判断していくことになると考えております〔同条5項〕。

  いずれにしましても,こういう判断に当たりましては,今回の法案に基づく法的枠組みの整備等を通じて,仮想通貨が銀行や金融商品取引業者が取り扱うことがふさわしい社会的な信頼等を有する決済手段として定着していくかどうかといったことも十分見極めながら判断していく必要があると考えているところでございます。

 (第190回国会参議院財政金融委員会会議録第14号5頁(池田政府参考人))

 

7 仮想通貨と税務

 

(1)消費税

 仮想通貨の事業上の取引は,消費税法(昭和63年法律第108号)2条1項8号の資産の譲渡等(「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。」)に該当するということで,消費税が課されます(同法4条1項)。仮想通貨は,支払手段だといっても,消費税法の別表1の第2号の支払手段(外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)6条1項7号に規定する支払手段)に該当しないので,その譲渡は消費税法6条1項によって非課税にはならないから,と説明されています。「非課税として限定列挙されております支払い手段」である「法定通貨とか小切手とか,そういったような物品切手に該当しませんので」ということです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第16号7頁の麻生国務大臣の答弁)。

外国為替及び外国貿易法6条1項7号は,「支払手段」として,銀行券,政府紙幣,小額紙幣及び硬貨(同号イ),小切手(旅行小切手を含む。),為替手形,郵便為替及び信用状(同号ロ),証票,電子機器その他の物に電磁的方法により入力されている財産的価値であって,不特定又は多数の者相互間で支払のために使用することができるものであり,その使用の状況が通貨のそれと近似しているものとして政令で定めるもの(同号ハ。外国為替令(昭和55年政令第260号)2条を見ると,当該政令の定めは無いようです。)並びに同号イ又はロに掲げるものとして政令で定めるもの(同号ニ)を掲げています。外国為替及び外国貿易法6条1項7号ニの「政令で定めるもの」として,外国為替令2条1項1号は約束手形を掲げ,同項2号は「法第6条1項7号イ若しくはロ又は前号に掲げるもののいずれかに類するものであって,支払のために使用することができるもの」と規定していますが,外国為替令2条1項2号の「もの」も,やはり有体物ということになるでしょう。なお,消費税法の別表1第2号は支払手段に「類するものとして政令で定めるもの」の譲渡についても消費税は課されないものとしていますが,この「政令で定めるもの」は,国際通貨基金協定15条に規定する特別引き出権です(消費税法施行令(昭和63年政令第360号)9条4項)。

 

附:小額紙幣

外国為替及び外国貿易法6条1項7号イに「小額紙幣」というものが出て来るのでこれは何だということになりますが,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律附則2条3号によって廃止された臨時通貨法(昭和13年法律第86号)5条に「政府ハ必要アルトキハ臨時補助貨幣ノ外50銭ノ小額紙幣ヲ発行スルコトヲ得/小額紙幣ハ10円迄ヲ限リ法貨トシテ通用ス/小額紙幣ノ形式ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」と,同法6条2項に「小額紙幣ハ他ノ通貨ヲ以テ之ヲ引換フ」と,同法7条に「小額紙幣ノ発行,銷却及引換ニ関シテハ大蔵大臣ノ定ムル所ニ依リ日本銀行ヲシテ其ノ事務ヲ取扱ハシム」と規定されていたものです。臨時通貨法は,その附則2項に「臨時補助貨幣及小額紙幣ハ支那事変終了ノ日ヨリ1年ヲ経過シタル後ハ之ヲ発行セズ」とありましたから,本来は前年(1937年)からの支那事変対策のための法律だったのでしょう。政府が発行するものであるので,銀行券ではありません。

 

 「消費税の課税事業者である個人のトレーダーが仮想通貨を購入する行為,これは課税仕入れということになりますし,逆に,仮想通貨で円を買うという行為は仮想通貨の販売になりますので,課税売り上げということになります。/したがって,他の取引とあわせて,課税売り上げに係る消費税額から課税仕入れに係る消費税額を差し引いた額を納税するということになります。」(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1615頁(星野次彦政府参考人(国税庁次長)))

 なお,仮想通貨の取引に係る上記の消費税課税の取扱いは,2017年6月までのこととなりました。2016年12月22日に閣議決定された平成29年度税制改正の大綱における「四 消費課税」中「(5)その他」の「(国税)」 の「(2)仮想通貨に係る課税関係の見直し」が,「①資金決済に関する法律に規定する仮想通貨の譲渡について,消費税を非課税とする。/②その他所要の措置を講ずる。」ものとしています。これには経過措置に係る(注1)から(注3)までが付されていますが,(注1)によれば,「上記の改正は,平成29年7月1日以後に国内において事業者が行う資産の譲渡等及び課税仕入れについて適用する。」とされています。

 

(2)所得税又は法人税

 所得税又は法人税については,「ビットコイン〔仮想通貨〕の譲渡によりまして利益が生じた場合は,所得税または法人税の課税の対象」となります(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣))。

 

(3)登録免許税

 仮想通貨交換業者の登録に係る登録免許税の額は,1件につき15万円となります(フィンテック法附則9条による改正後の登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第1第49号(三))。

 

8 犯罪収益移転防止法の一部改正

 仮想通貨を用いた「いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策」(実はこれが本丸でしょう。)を直接担うものとして,フィンテック法附則14条によって犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」といいます。)の一部改正がされています。

すなわち,仮想通貨交換業者は,犯罪収益移転防止法上の特定事業者となります(改正後犯罪収益移転防止法2条2項31号)。犯罪収益移転防止法は,「特定事業者による顧客等の本人特定事項(・・・)等の確認,取引記録等の保存,疑わしい取引の届出等の措置を講ずることにより」,「犯罪による収益の移転防止を図り,併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保」する法律です(同法1条参照)。

また,改正後犯罪収益移転防止法30条は,他人になりすまして仮想通貨交換業者との間における仮想通貨交換契約(改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為を行うことを内容とする契約)に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として,仮想通貨交換用情報(仮想通貨交換業者において仮想通貨交換契約に係る役務の提供を受ける者を他の者と区別して識別することができるように付される符号その他の当該役務の提供を受けるために必要な情報)の提供を受けること等に関する罰則を定めています。

 

弁護士 齊藤雅俊

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

大志わかば法律事務所

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

今年最後のブログ記事となりました。今年は,『プレジデント』の雑誌取材を受けたほか(8月29日号に記事掲載),引き続き企業法務をお手伝いする仕事に携わる一方,相続関係事件,親族関係事件,損害賠償請求事件,民事執行事件,債務整理関係事件等々,幅広い業務経験を積み重ねさせていただきました。

来年は,更により多くの方々のために御満足いただける仕事をすることができるよう祈念し,かつ,精進を期しております。

お悩みのある方は,お気軽に御相談ください。法律面からの切り口ということになりますが,かえって確実なお答えができることになろうかと思っております。(なお,弁護士相談料は,305400円(消費税額込み)が基本ということになっています。)

刑事でも,当番弁護士・国選弁護人の仕事がありました。ただし,刑事事件については,読者の方のための仕事を多々しなければならなくなるようなことがないよう,祈っております🎍

1 民法旧34条の許可と宗教法人法の認証

 民法34条は,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成18年法律第50号)という長い題名の法律の第38条によって200812月1日から改正されてしまいましたが,かつては,「祭祀,宗教,慈善,学術,技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定していました。

「祭祀,宗教」とありますから,宗教に関する団体は,主務官庁(文部科学大臣又は都道府県知事(民法旧84条ノ2第1項,公益法人に係る主務官庁の権限に属する事務の処理等に関する政令(平成4年政令第161号)1条1項1号))の許可を得て法人になることができたのか,と考えられるところですが,宗教団体は,わざわざお役所の御機嫌次第の許可(「民法の許可主義は,許可を与えるかどうかを,主務官庁の自由裁量に委ねるものである。」(我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店・1965年)140頁))を苦労して受けなくても,宗教法人法(昭和26年法律第126号)に基づき所轄庁(文部科学大臣又は都道府県知事(同法5条))の証明がある認証を受けた規則の謄本を添えて登記所に設立の登記を申請して(同法63条2項),設立の登記がされると法人になるのでした(同法4条,15条)。ここでの所轄庁による認証については「所轄庁は,単に法律の定める要件の存否を審査する権限を有するに過ぎない点で,認可主義と同一」であるとされ(我妻141頁),「認可主義」については「法律の定める要件を具備しておれば,認可権者は,必ず認可を与えなければならない」とされています(我妻140頁)。宗教団体が法人格を得るためには,民法旧34条の出番は不要ということになっていたようです。

なお,現在の公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律2条4号の「公益目的事業」の定義は「学術,技芸,慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって,不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう。」とされていて,そこから「祭祀,宗教」は落ちています。

 

2 民法施行法旧28条と「神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂」

 

(1)民法施行法旧28

 ところで,宗教法人法の附則25項には,次のような規定があります。

 

 25 民法施行法(明治31年法律第11号)の一部を次のように改正する。

   第28条を次のように改める。

  第28条 削除

 

 宗教法人法附則25項によって1951年4月3日から(同法は同法附則1項により公布日である同日から施行)「削除」となってしまった民法施行法28条は,実は次のような条文でした。

 

 第28条 民法中法人ニ関スル規定ハ当分ノ内神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス

 

 神社や寺院の法人格の問題は,そもそも民法の問題ではなかったのでした。

民法施行法旧28条の規定の由来については,同条の「之等特殊なる歴史的所産のものに付てのみならず,一般に,宗教の宣布・儀式の執行を目的とする所謂宗教法人に関しては特別法の制定せらるべきことを予想してゐたからに外ならなかった。即ち,政府は直ちに明治32年第14議会に「宗教法案」を提出し,此の問題を整理せんとしたのである。」と説明されています(小関紹夫「宗教法人について」彦根高商論叢19号(1936年6月)64頁。当該宗教法案は1900年2月17日に貴族院で否決された(同67頁)。)。

なお,神社,寺院,教会等については,「一定の財産を中心とし,その維持を目的としながら,しかも,人的団体たる要素をも包含するのもの」として「団体と財団の中間的なもの」と説かれています(我妻135頁)。「堂宇・会堂を備え,特殊の財産を基礎とする(この物的要素は社団の財産のような,単なる手段ではない)」とともに,「檀徒・信者・宗教教師・僧侶などの団体という人的要素を包含する(この人的要素は,法人の目的の構成に参与するものであって,財団の役員とは異なる)」わけです(我妻135頁)。

ところで,民法施行法旧28条の法的意味は更に何であったかというと,神社,寺院,祠宇及び仏堂は,民法の適用がないから法人にはなれないということではありませんでした。

 

(2)寺院

我妻榮は「宗教団体法(昭和14年法77号)の施行前は,これらのもの〔神社,寺院,祠宇及び仏堂〕が法人であることは明瞭でなかったが,寺院については,民施28条及び寺院の財産に関する明治初年の多くの法令により,法人であることは疑いなかった」と説いています(我妻135頁)。寺院は法人であるとしつつ,その根拠を民法施行法旧19条1項(「民法施行前ヨリ独立ノ財産ヲ有スル社団又ハ財団ニシテ民法第34条ニ掲ケタル目的ヲ有スルモノハ之ヲ法人トス」)には求めてはいません。民法施行法旧28条は,民法33条1項の「法人は,この法律その他の法律の規定によらなければ,成立しない。」との原則を排除してはいるものでしょう。というのは,「寺院の財産に関する明治初年の多くの法令」は明文で端的に寺院の法人格を認めていたものではなかったのでしょうから。この点,美濃部達吉はあっさりと慣習法による法人の成立を認め,「寺院は旧時代からの慣習法に依り従来も法人として認められて居たもので,其の理事者としては管長の選任する住職がこれに当り,其の外寺院の財産上の行為其の他の事項に付き協議に与らしむる為めに3人以上の檀徒総代を選ばしめ,これを市町村長に届出でしむるの例であり(明治14内務達乙33号),又寺院に関する事項を登録する為めの原簿として,寺院明細帳(明治12内務達乙31号)が備へられて居た。」と説明しています(美濃部達吉『日本行政法 下』(有斐閣・1940年)567568頁)。

1940年4月1日から施行された宗教団体法(昭和14年法律第77号。施行期日は同法29条に基づく昭和14年勅令第855号による。)2条2項には「寺院ハ之ヲ法人トス」との規定が置かれていますが,これは従来から寺院は直ちに法人であったことからする規定なのでしょう。同法32条1項は「本法施行ノ際現ニ寺院明細帳ニ登録セラルル寺院ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル寺院ト見做シ本法施行ノ際現ニ存スル祠宇ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル法人タル教会ト看做ス」と規定しており,教会については同法による認可は即法人成りを意味するものではないのに対して,寺院は認可即法人成りを意味するものであることが分かります。また,祠宇について,宗教団体法は,それは同法における法人たる教会に該当するものとしていることも分かります。


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 大昌寺(札幌市白石区)の札幌薬師大仏
 

(3)祠宇

この祠宇とは何かといえば,「神道の教派に属する同様の施設〔教義を宣布し又はその儀式を執行することを目的とする設備たる教会所等〕には,特に「祠宇」と称せられて居るものが有り,法人として認められて居た。」とされています(美濃部『日本行政法 下』569頁)。その由来は,「明治14年教会所に於ける葬儀の執行が禁ぜられた為,特に神葬祭を為すものの為に祠宇と云ふものを認めたのであるが(15年)17年になつて自葬の禁が解除せられたるにより,爾後これを認むる必要なく新設を許されない。(現在19)」ということです(小関99頁)。「明治初期宗教政策によつて派生したこの祠宇なるものは,謂はば歴史的所産であつて,本質は教会と何等異なる処はないのである。」といわれています(小関100頁)。

 

(4)仏堂

仏堂は,宗教団体法に関する美濃部達吉の解説によると,「寺院の外に従来これに類似して而もこれと区別せられて居た・・・宗派に属しない独立の法人」であって,「仏堂明細帳に登録せられて居た」ものです(美濃部『日本行政法 下』568頁)。宗派に属さないところが寺院との違いになるようです。「仏堂とは「所在衆庶の信仰に基き礼拝の対象として本尊を奉祀する設備」で,宗派に属せず,宣布すべき教理の拠るものなく,只儀式の執行のみを目的とする。此の意味に於て仏堂は多分に財団的のものだと為されるのである。・・・法人格を有するのは独立仏堂たる境外仏堂であり,附属仏堂たる境内仏堂には法人格は無い。・・・仏堂には檀徒は無い・・・」ということでした(小関100頁)。仏堂については,宗教団体法35条1項は「本法施行ノ際現ニ仏堂明細帳ニ登録セラルル仏堂ハ勅令ノ定ムル所ニ依リ本法施行後2年内ニ寺院ニ属シ又ハ寺院若ハ教会ト為ルコトヲ得其ノ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノノ処分ニ関シテハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」としています。同条2項は,「前項ノ仏堂ニシテ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノニ付テハ本法施行後2年ヲ限リ仍従前ノ例ニ依ル」とあります。「従前ノ例」とは,やはり法人として扱うということでしょう。「宗教団体法第35条第1項ノ期間内ニ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザル仏堂ハ其ノ期間満了ノ時ニ於テ解散シタモノ看做ス」ものとされていたところ(宗教団体法施行令(昭和14年勅令第856号)41条),公益法人の解散に関する民法旧73条から旧76条まで及び旧78条から旧82条まで,民法施行法旧26条及び旧27条等が準用されることになっていました(同令43条,39条2項)。

仏堂なのに教会になるとはこれいかに,というと,宗教団体法では寺院たるものは宗派に属すべきことが前提になっていたのに対し(同法6条2項4号),教会であれば教派,宗派又は教団に属さないことも可能だったからでした(同項5号)。なお,仏教宗派に属する「特定の有形の施設を中心とする宗教的活動体」であっても,「寺院としての施設を備へて居らぬ」ものは教会でした(美濃部『日本行政法 下』570頁)。

 

(5)法人としての仏堂及び祠宇のその後

我妻榮は,1951年に宗教法人法の施行に伴い「民施28条を削除したから,仏堂・祠宇は法人ではなくなった」としていますが(我妻135頁),ここでいう仏堂は仏堂明細帳に登録されていなかった仏堂でしょうか。また,1940年の宗教団体法施行以前からの祠宇は法人たる教会になっていた反面(同法32条1項),同法施行後に設立された教会についてはそもそも法人たらんとせずに(同法6条1項参照)法人でないものもあったところです。宗教団体法による仏堂及び祠宇の整理についてうっかりしていた勇み足的記述でしょうか。ちなみに,宗教法人法附則3項は「この法律施行の際現に存する宗教法人令の規定による宗教法人は,この法律施行後も,同令の規定による宗教法人として存続することができる。」と規定しており,宗教団体法に代わるものとして19451228日に発せられ即日施行されたポツダム勅令である宗教法人令(昭和20年勅令第719号)の附則2項は「本令施行ノ際現ニ存スル法人タル教派,宗派及教団並ニ寺院及教会ハ之ヲ宗教法人ト看做」すと規定していました。

 

(6)公の財団法人たる神宮及び神社

神宮(伊勢の皇大神宮及び豊受大神宮)及び神社は,公の財団法人である法人格ある営造物とされていました。神宮及び神社は宗教団体法1条に宗教団体として規定されておらず,また同条の「神道教派」に属するものでは更になく,すなわち神社神道は宗教にあらずとされていたところです。とはいえ,「仮令之れが明に宗教と区別せられて居るとしても,実質的には宗教の一種であることが疑を容れぬとすれば,それは疑もなく国家的の宗教であつて,国家が国政の一部として自ら祭祀を管掌するものであり,而して天皇はその祭主たる地位に在ますのである。それはわが太古以来の不文憲法であつて,而して此の不文憲法は成文の憲法の制定に依つて変更せられたものではない」ものです(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)403頁)。

 

ア 神宮

神宮については,「神宮は歴史的に古くから財産権の主体として認められ,神宮の所領として神封及び神田がこれに属して居た。現在の法律も亦此の古来の慣習法に従ひ,神宮が自己の財産を有し,国の会計からは離れて独立に其の収入を有し支出を行ふことを認めて居ることは言ふまでもない所で,而も其の存立の目的は国家的の目的に在ることは勿論であるから,其の法律上の性質に於いては一種の公法人であり,公の財団法人である。神宮の収入は幣帛神饌料・国庫供進金・賽物・財産収入・事業収入等で,国庫からは供進金を奉り,皇室からも祭典に際し奉幣せしめられる。神宮の附属事業としては大麻及び暦の製造頒布・神宮皇學館・神宮徴古館・農業館が有る。神宮の会計に関しては神宮会計規則(昭和7内務省訓令5号)が定められて居り,それに従つて処理せねばならぬ。」とされていました(美濃部達吉『日本行政法 上』(有斐閣・1936年)662頁)。なお,ここでの「大麻」はおふだのことです。大麻取締法(昭和23年法律第124号)による取締りの対象となるものではありません。

 

イ 神社

神社については,「神明に奉祀し祭典を行ひ地方人民崇仰の対象と為す為めに社殿を作り境内地を設けて神霊を祭るもので,国の設立せる営造物であると共に,独立な財産権の主体として認められて居り(明治41法律23号神社財産ニ関スル制),即ち公法人たる営造物である。神社には官幣社・国幣社・府県社・郷社・村社・招魂社等社格の別が有る。官幣社・国幣社を官社と謂ひ,府県社以下を諸社と謂ふ。官国幣社には国庫から其の経費として毎年或る金額を供進し,又神饌幣帛料を奉る。府県社・郷社には府県又は北海道地方費から,村社には市町村から,神饌幣帛料を供進し得る。」とされていました(美濃部『日本行政法 上』663664頁)。

 

ウ 公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権

公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権については,ドイツ連邦共和国基本法140条によってなお同基本法の一部とされる(„Die Bestimmungen der Artikel 136, 137, 138, 139 und 141 der deutschen Verfassung vom 11. August 1919 sind Bestandteil dieses Grundgesetzes.“)次のヴァイマル憲法137条6項が有名です。

 

„Die Religionsgesellschaften, welche Körperschaften des öffentlichen Rechtes sind, sind berechtigt, auf Grund der bürgerlichen Steuerlisten nach Maßgabe der landesrechtlichen Bestimmungen Steuern zu erheben.“ (公法上の法人である宗教団体は,市民租税台帳に基づき,州法の規定に従って,租税を徴収する権能を有する。)

 

3 神道及び仏教以外の宗教に係る宗教団体に対する法人格付与問題

 

(1)自由裁量の結果としての設立不許可

神社,寺院,祠宇及び仏堂は民法施行法旧28条があったから法人に関する民法の規定の適用がないとしても,それでは,それら以外の宗教団体は,民法施行法旧19条又は民法旧34条によって法人となれなかったものでしょうか。確かに,1900年8月1日には明治33年内務省令第39号(宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル法人ノ設立等ニ関スル規程)が出て「宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル社団又ハ財団ヲ法人ト為サムトスルトキハ設立者ハ定款又ハ寄附行為ノ外左ノ事項ヲ記載シタル書面ヲ差出スヘシ」(同省令1条柱書き)云々と定められていました(ちなみに,宗教法人法2条は,「この法律において「宗教団体」とは,宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成することを主たる目的とする」団体であって,礼拝の施設を備えるもの(1号)又はそれらを包括するもの(2号)であると規定しています。)。しかしながら,「従前よりして独立の財産を有し来つた寺院仏堂等の未だ法律上に確然法人格を認められないのに対比し,不権衡の嫌あり」ということで,明治33年内務省令第39号「に依る宗教法人の設立は許可せらるるに至らず」ということになってしまっていました(小関67頁)。横並び論的差止めです。また,民法施行法旧19条の規定により法人となって存続するには同条2項の認可を主務官庁から受けるべきものだったのですが(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律41条参照。なお,財団法人慶応義塾は,民法施行後9年近くたった1907年5月24日に認可の申請をし,同年6月13日に文部大臣から民法施行法旧19条2項の認可を受けていますが(慶応義塾『慶応義塾百年史 中巻(前)』(1960年)553頁),ということは,同項の「民法施行ノ日ヨリ3个月内ニ之ヲ主務官庁ニ差出シ其認可ヲ請フコトヲ要ス」との部分は訓示規定だったのでしょう。),当該認可もされなかったものでしょう。いずれにせよ,前記許可主義下の自由裁量によって,主務官庁は許可をしないこともできたわけです。ただし,宗教「諸団体の宗教活動に必要なる資財の管理供給を目的とする維持法人」(小関81頁)は,民法旧34条によって許可されていました。

 

(2)キリスト教に対する反発から「公認」まで

キリスト教については,幕末の不平等条約の改正条約施行(日英通商航海条約は1899年7月17日から。フランス及びオーストリア=ハンガリーとの各条約については同年8月4日から)及びそれに伴う内地雑居の開始に際して公布(1899年7月27日)・施行(同年8月4日)された明治32年内務省令第41号(神仏道外宗教宣布及堂宇等設立ニ関スル規程)の適用がありましたが,同省令2条1項の地方長官の許可を受けた堂宇,会堂,説教所又は講義所の類は,せっかく当該許可があっても法人格を有するものとはなりませんでした(宗教団体法33条1項参照)。キリスト教に対する反発は強く,第14回帝国議会に提出された宗教法案が1900年2月に貴族院で否決された原因の一つとしては,キリスト教と同様に取り扱われることに対する仏教界からの「猛烈な反対」があったところです(小関6667頁参照)。1929年第56回帝国議会提出の宗教団体法案(結局成立せず。)に対する宗教団体法案反対仏教徒同盟(代表・近角常観)の『宗教団体法案反対理由』(1929年)においてもなおいわく。「・・・国家に於て長き歴史を有し,国民の大多数を包括する仏教宗派が,組織に於て外国に根拠を有し,少数の信徒を有する基督教各派と,劃一的に取扱はれねばならぬ筈は無い。」(2頁),「宗教法なるものありとせば,そは国家と宗教との関係を規定するものと見ねばならぬ。従来仏教神道は一種の公認教なりと断ずるが,法学者の通論である。然るに今回の法案は,新来の基督教を仏教神道と同一律に引上げて,公認教と為したもので,吾国国家宗教関係に於ける一大革命といふも過言ではない。明治32年山県内閣提案の宗教法案を,全国仏教徒が一斉に反対して,之を否決し去つたのは,実にこの理由であつたのである。」(3頁),「若し又此仏教の理想を誤解して,仏教宗派が自ら開放して,基督教其他の宗教と列を同(ママ)することが,平和を実現するものなりと考ふるものあらば,それこそ実に自己の所信を捨て,他に苟合せんとする不徹底なる悪平等と言はねばならぬ。今回宗教団体法案に於て,劃一的規定をなして,此の如くするは基督教に対して恩恵を施して,同化せしむる所以であると誤信して居る立案者がある。是実に悪平等観の極にして,国民を誤る甚しきものと言はねばならぬ。嘗て三教会同といへる不徹底極る企図をなして,信仰を傷けながら之に気付かなかつた政治家があつた。此宗教団体法案には,冥々の間此般の思想が流れて居る。是れ思想問題を解決せざるのみならず,却て思想を混乱せしむるものである。信仰を分裂せしむるものである。此法案を以て思想善導など夢想するものあらば,木に縁りて魚を求むるよりも難きのみならず,小児が火を弄して家を焼く如く,遂に国家社会を誤るの結果を齎すを虞るものである。」と(67頁)。

1939年4月7日に昭和天皇の裁可により成立した宗教団体法は,その第1条で「本法ニ於テ宗教団体トハ神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団(以下単ニ教派,宗派,教団ト称ス)並ニ寺院及教会ヲ謂フ」と規定しており,ついに仏教宗派は「基督教其他の宗教と列を同(ママ)すること」となりました。「この〔宗教〕団体法によって教団の認可を得たものは,カトリックの日本天主公教とプロテスタントの日本基督教団の二つにすぎなかった。ここにキリスト教がはじめて日本国法上の宗教団体として公認されたわけである。」ということになります(文部科学省ウェッブ・サイト『学制百年史』第1編第5章第5節)。日本天主公教の法人たる教団としての設立認可は1941年5月3日(昭和16年5月7日文部省告示第633号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは土井辰雄(昭和16年5月7日文部省告示第634号)。フランシスコ・ザビエル来日から392年。ローマ訪問中の皇太子裕仁親王に法王ベネディクトス15世が「カトリックの教理は確立した国体・政体の変更を許さない・・・従って教徒の国家観念に対しては何ら懸念の必要はない・・・更にカトリック教会は世界の平和維持・秩序保持のため各般の過激思想に対し奮闘しつつある最大の有力団体であり,将来日本帝国とカトリック教会と提携して進むこともたびたびあるべし」等と述べてから(宮内庁『昭和天皇実録 第三』(東京書籍・2015年)402頁)ちょうど20年。日本基督教団の法人たる教団としての設立認可は19411124日(昭和161126日文部省告示第839号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは富田満でした(昭和161126日文部省告示第840号)。(とき)いずれもキリスト教国たる対英米蘭戦開戦前夜。ここに遂に国家社会を誤るの結果を齎」すこととなったものか,ならなかったものか。大戦中の1942年11月26日の木曜日午前には,昭和天皇が宮中「西溜ノ間に出御され,今般宗教団体の管長及び教団統理者会同に参列の文部大臣橋田邦彦ほか,神道大教管長林五助を始め教派神道管長13名,天台宗管長渋谷慈鎧を始め仏教各宗派管長28名,及び日本天主公教教団統理者土井辰雄始め基督教教団統理者2名に謁を賜う。」ということがありました(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)845頁)。

 

4 ポツダム宣言,「人権指令」及び昭和20年勅令第718号・第719

1945年8月14日に我が国はポツダム宣言を受諾。同宣言第10項には「言論,宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」とありました。同年10月4日にGHQから発せられたSCAPIN93Subject: Removal of Restrictions on Political, Civil, and Religious Liberties. いわゆる「人権指令」)は,宗教団体法を,廃止又は直ちにその規定の施行を中止すべき法令(1.a)に含めていました(1. b(15))。「思想,宗教,集会(assembly)及び言論(天皇,帝室制度(Imperial Institution)及び帝国政府に係る制約のない議論を含む。)の自由の制限を定め,又は維持するもの」(1.a(1))の一つとしてでしょう。「官僚政治家若くは右傾思想家は,暗々裏に此〔宗教団体〕法案を以て,思想若くは信仰を監督して,善導し得るものなりと誤信しては居らぬか。是れ思はざるの甚しきものである。」との仏教徒の批判(宗教団体法案反対仏教徒同盟7頁)は,米国人にとっても共感するところが多かったのでしょう。宗教団体法は,ポツダム勅令である昭和20年勅令第718号により,「信教自由ノ保全ヲ図ル為」19451228日から廃止されました。大日本帝国憲法28条は「信教ノ自由」を保障していたにもかかわらず更に当該勅令によって「信教ノ自由ノ保全ヲ図ル」必要があったとは,宗教団体法は,大日本帝国憲法違反の余計な法律だったということでしょうか。ただし,昭和20年勅令第718号と同時に発せられた宗教法人令の第1条1項は「神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団並ニ神社(神宮ヲ含ム以下同ジ),寺院及教会(修道会等ヲ含ム以下同ジ)ハ本令ニ依リ之ヲ法人ト為スコトヲ得」(宗教法人法附則2項による廃止の前の条文)と宗教団体法1条と似た書き振りの規定をしており,キリスト教国の軍隊を中心とする連合国軍の占領下,キリスト教が我が国における宗教であることの特段の明示は続いていました。

1 相続税法34条1項の規定

 相続税法(昭和25年法律第73号)34条1項に,次のような規定があります。なお,〔 〕による補註は筆者によるもので,元の法文にはありません。

 

  (連帯納付の義務等)

 第34条 同一の被相続人〔亡くなった人〕から相続又は遺贈〔死因贈与(民法554条)を含む(相続税法1条の3第1号括弧書き)。〕(第21条の9第3項の規定の適用を受ける財産〔相続時精算課税制度に基づき贈与税額が計算される財産〕に係る贈与を含む。以下この項及び次項において同じ。)により財産を取得した全ての者は,その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責めに任ずる。ただし,次の各号に掲げる者の区分に応じ,当該各号に定める相続税については,この限りでない。

  一 納税義務者の第33条又は国税通則法第35条第2項若しくは第3項(申告納税方式による国税等の納付)の規定により納付すべき相続税額に係る相続税〔相続税法33条の規定に基づく納付は,期限内申告書を提出した者又は民法958条の3第1項による特別縁故者への相続財産の分与があった場合において既確定相続税額不足のため修正申告書を提出した者によるそれらの申告書の提出期限までの相続税の納付。国税通則法(昭和37年法律第66号)35条2項又は3項の規定に基づく納付は,前者は期限後申告書若しくは修正申告書を提出した者又は更正通知書(納税申告書が間違っていた場合)若しくは決定通知書(納税申告書の提出がなかった場合)を税務署長から発せられた者,後者は過少申告加算税,無申告加算税又は重加算税に係る賦課決定通知書を税務署長から発せられた者による相続税(なお,過少申告加算税,無申告加算税及び重加算税の税目は,その額の計算の基礎となる税額の属する税目である(国税通則法69条)。)の納付である。〕について,〔相続税法〕27条第1項の規定による申告書の提出期限〔相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内。この期限が法定納期限(相続税法33条,国税通則法28号)〕(当該相続税が期限後申告書若しくは修正申告書を提出したことにより納付すべき相続税額,更正若しくは決定に係る相続税額又は同法〔国税通則法〕32条第5項(賦課決定)に規定する賦課決定に係る相続税額に係るものである場合には,当該期限後申告書若しくは修正申告書の提出があつた日,当該更正若しくは決定に係る同法第28条第1項(更正又は決定の手続)に規定する更正通知書若しくは決定通知書を発した日又は当該賦課決定に係る同法第32条第3項に規定する賦課決定通知書を発した日とする。)から5年を経過する日まで〔なお,国税徴収権の消滅時効期間は法定納期限から5年(国税徴収法72条1項)〕に税務署長〔国税通則法43条1項によれば納税地を所轄する税務署長。なお,相続税法62条1項及び2項にかかわらず同法附則3項が存在しており,通常は被相続人の死亡の時における住所地が納税地。〕(同法第43条第3項(国税の徴収の所轄庁)の規定〔「国税局長は,必要があると認めるときは,その管轄区域内の地域を所轄する税務署長からその徴収する国税について徴収の引継ぎを受けることができる。」〕により国税局長が徴収の引継ぎを受けた場合には,当該国税局長。以下この条において同じ。)がこの項本文の規定により当該相続税について連帯納付の責めに任ずる者(当該納税義務者を除く。以下この条及び第51条の2〔延滞税の特則に関する条項〕において「連帯納付義務者」という。)に対し第6項の規定〔「税務署長は,前項の規定による通知〔連帯納付義務者に対する,督促状を発した日から1月を経過しても納付義務者がその相続税を完納していない旨の通知〕をした場合において第1項本文の規定により相続税を連帯納付義務者から徴収しようとするときは,当該連帯納付義務者に対し,納付すべき金額,納付場所その他必要な事項を記載した納付通知書による通知をしなければならない。」〕による通知を発していない場合における当該連帯納付義務者 当該納付すべき相続税額に係る相続税

  二 納税義務者が第38条第1項(第44条第2項において準用する場合を含む。)又は第47条第1項の規定による延納の許可を受けた場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 当該延納の許可を受けた相続税額に係る相続税

  三 納付義務者の相続税について納税の猶予がされた場合として政令で定める場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 その納税の猶予がされた相続税額に係る相続税〔相続税基本通達34‐4に「相続税の一部について延納の許可を受けた又は納税猶予(措置法第70条の6第1項,第70条の6の4第1項,第70条の7の2第1項又は第70条の7の4第1項)がされた場合においては,延納の許可を受けた又は納税猶予がされた相続税額以外の相続税については,法第34条第1項第1号に該当する場合を除き,同項による連帯納付の責めの対象となることに留意する。」とあります。〕

 

一般に租税法規の法文は法制執務ないしは立法技術に係る栄光と悲惨とが凝縮されたような代物で,相続税法34条1項の文言についてもまず書き写すだけで疲れ,いやになってきました。しかもそこに余計な補註を加えたので更にごてごてとし,読者にはお気の毒です。

しかし,取りあえずは,相続税法34条1項本文の規定が本稿の対象ではあります。

とはいえ,読みづらい法文をそのまま放置しておくのも無責任であるようなので,読みづらさの原因であるところの例外事項部分及び形式的部分を取り去ったものを次に掲げておきます。

 

 (連帯納付の義務等)

 第34条 同一の被相続人から相続又は遺贈・・・により財産を取得した全ての者は,その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責めに任ずる。ただし,次の各号に掲げる者の区分に応じ,当該各号に定める相続税については,この限りでない。

  一 納税義務者の第33条・・・の規定により納付すべき相続税額に係る相続税について,第27条第1項の規定による申告書の提出期限・・・から5年を経過する日までに税務署長・・・がこの項本文の規定により当該相続税について連帯納付の責めに任ずる者(当該納税義務者を除く。以下・・・「連帯納付義務者」という。)に対し第6項の規定による通知を発していない場合における当該連帯納付義務者 当該納付すべき相続税額に係る相続税

  二 納税義務者が・・・延納の許可を受けた場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 当該延納の許可を受けた相続税額に係る相続税

  三 納付義務者の相続税について納税の猶予がされた場合として政令で定める場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 その納税の猶予がされた相続税額に係る相続税

 

2 相続税法34条1項の趣旨及び解釈上の問題

 

(1)「連帯納付の義務」に関する金子宏教授の解説

 この相続税法34条1項に関して,金子宏教授は次のように説明しています。

 

  相続税法34条は,相続税の徴収確保のために,連帯納付の義務を定めている・・・。・・・同一の被相続人から相続または遺贈により財産を取得したすべての者は,その相続・遺贈にかかる相続税について,その相続・遺贈により受けた利益の価額・・・に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責に任ずる(1項)。この連帯納付の義務は,連帯納税義務ではなく,他の相続人の納税義務に対する一種の人的責任であるが,その基礎にある思想は,一の相続によって生じた相続税については,その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方である。・・・

  これらの連帯納付義務は,受益を限度とする特殊な人的責任であって・・・,その範囲は,各相続人,受遺者または受贈者の相続税ないし贈与税の納税義務の確定によって自動的に確定するから,それを確定するための特別の行為は必要でないと解されてきた(最判昭和55年7月1日民集34巻4号535頁,大阪地判平成13年5月25日月報48巻8号2035頁)。しかし,自らは,納税義務を適正に履行した者が,さらに共同相続人の納税義務について,自己の意思に基づくことなく連帯納付の責任を負わなければならないことは,その責任の内容がときとして過大ないし苛酷でありうることを考えると,今日の法思想のもとでは,異例のことであるといわなければならない。そこで,この規定の解釈・運用にあたっては,不合理な結果が生じないようにする必要がある。この連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と同様に附従性をもち,共同相続人の納税義務がなんらかの理由で消滅した場合には,消滅すると解すべきである。共同相続人に対する延納許可によって連帯納付義務が消滅することはないが,延納許可の継続中は,連帯納付義務者から徴収することはできないと解すべきである。連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と異なり,契約(当事者の自由な意思の合致)に基づくものではなく,一種の法定債務であるから,履行の請求等によって本来の納税義務者に対して生じた時効中断の効力は,連帯納付義務者には及ばないと解すべきであろう(反対,名古屋高金沢支判平成17年9月21日月報52巻8号2537頁,東京高判平成20年4月30日月報55巻4号1952頁,東京高判平成20年6月25日月報55巻4号1988頁)。連帯納付義務は補充性はもたないが,納税義務者が十分な資力をもっている場合に,連帯納付義務者から徴収することは,権利の濫用にあたり違法になると解すべき場合が多いであろう(これらの点については,名古屋高金沢支判平成17年9月21日月報52巻8号2537頁,東京地判平成10年5月28日判タ1016121頁,前掲の大阪地判平成13年5月25日月報48巻8号2035頁,大阪地判平成191031日判タ1279165頁,月報55巻1号44頁参照)。(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)521523頁)

 

(2)国税通則法8条の適用における連帯納税義務との比較

 

 ア 「連帯納税義務」

「連帯納付の義務」と非常によく似た名で呼ばれるものの,やはり別のものとして,「連帯納税義務」があります。

 

 複数の者が連帯して1つの納税義務を負担する場合に,これらの者を連帯納税義務者といい,その納税義務を連帯納税義務という。国税では,①共有物,共同事業または当該事業に属する財産にかかる租税(税通9条),②無限責任社員の第二次納税義務(税徴33条),③共同登記等の場合の登録免許税(登税3条),④共同文書作成の場合の印紙税(印税3条2項)について,連帯納税義務が成立する。・・・(金子145頁)

 

イ 国税通則法8条

 ところで,「国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め,税法の体系的な構成を整備し,かつ,国税に関する法律関係を明確にする」法律(国税通則法1条)である国税通則法の第8条は,「国税の連帯納付義務についての民法の準用」との見出しの下,「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務については,民法第432条から第434条まで,第437条及び第439条から第444条まで(連帯債務の効力等)の規定を準用する。」と規定しています。

 

ウ 連帯納税義務と国税通則法8条の適用

「連帯納税義務については,一定の範囲で民法の規定が準用される(税通8条,地税10条)」ということですから(金子145頁。下線は筆者によるもの),連帯納税義務については,国税通則法8条によって,民法第432条から第434条まで,第437条及び第439条から第444条までが全てそのまま準用されるということでしょう。

 

 エ 本稿の中心テーマ

それでは,相続税法34条1項の連帯納付の義務についてはどうでしょうか。これが本稿の中心テーマとなります。

 

3 相続税法34条1項の連帯納付義務と国税通則法8条による民法の準用

 

(1)相続税法34条1項の連帯納付義務と国税通則法8条

東京高等裁判所平成20年4月30日判決(訟務月報55巻4号1952頁[1]事件)は,相続税法34条1項の「連帯納付義務は,国税通則法8条にいう「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務」に該当するということができる」と判示しています(同判決第3,2(2)イ)。

 

(2)国税通則法8条による「準用」における民法440条の不準用及び同法457条1項の出現

 ところが,前記東京高等裁判所平成20年4月30日判決は,「ただし,「準用」とは,ある事柄に関する法規を適当な修正を施して他の事柄に適用することを意味するものである。」と述べ,かつ,相続税法34条1項の連帯納付の義務について「相続税徴収の確保の目的で,・・・他の相続人等の固有の相続税について納付義務を特別に負担させるもので,相続人の内部関係では連帯納付義務を負わされる相続人には負担部分がないことに照らすと,本来の納税義務者と当該連帯納付義務者との関係は民法上の主たる債務者と連帯保証人との関係に類似するもので,その本質は,民法上の連帯保証債務に準ずる特殊な法定の人的担保と解するのが相当である。」との「本質」論を展開した上で,「連帯保証について定める民法458条が同法434条から440条までの規定を準用しているにもかかわらず,連帯保証債務の時効の中断に関しては,同法440条が準用されず,同法457条1項が適用されると解されているのと同様に,相続税法34条1項の連帯納付義務の時効の中断に関しては,民法440条は準用されず,むしろ保証債務の時効の中断に関する民法457条1項が適用されると解するのが相当である。」と判示しています(同判決第3,2(2)イ)。国税通則法8条に民法440条(「第434条から前条までに規定する場合を除き,連帯債務者の一人について生じた事由は,他の連帯債務者に対してその効力を生じない。」)が書いてあるからといって,そのまま準用されるものと安心していると(また,民法457条1項は国税通則法8条には書いてありません。),とんだ落とし穴があるわけです。「相続税徴収の確保の目的」は重いわけです。

これについては,「履行の請求等によって本来の納税義務者に対して生じた時効中断の効力は,連帯納付義務者には及ばないと解すべき」だとして当該判例に反対する金子宏教授としては,「この連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と同様に附従性をもち」といった(以上の下線は筆者によるもの),連帯保証が出てくる比喩を用いてしまったことがまずかったでしょうか(また,国税通則法8条は民法434条(「連帯債務者の一人に対する履行の請求は,他の連帯債務者に対しても,その効力を生ずる。」)を準用しているのですから,金子教授のように「履行の請求」による時効の中断(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)414415頁参照)まで否定するのは(ちから)(わざ)でしょう。

 「国税通則法8条は,国税の連帯納付義務について民法の連帯債務に関する規定が準用されることを通則的に定めたものであるところ,民法上の個別の規定の準用の当否は,当該国税の性質や当該連帯納付義務が課されている理由を考慮して個別に判断すべき」ものであるわけです(東京地方裁判所平成23年3月23日判決(平成21年(行ウ)第301号差押処分取消等請求事件)の第3,2(3)ア(ア)。なお,当該判示の少し後で,「本来的な納税義務者に生じた時効中断の効力は,履行の請求以外の時効中断事由によるものであっても,連帯納付義務者に及ぶものと解する」との表現が見られます(下線は筆者によるもの)。履行の請求による時効の中断効は堅いところであるようです。)。

 

(3)国税通則法8条による民法442条の準用

 それでは,互いに相続税の連帯納付の責めに任ずる関係にある共同相続人間で相続税の立替納付があったときの求償額について,国税通則法8条に基づき民法442条2項(「前項の規定〔連帯債務者の弁済等による他の連帯債務者に対する求償権の取得に係る規定〕による求償は,弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。」)の準用があるものかどうか。常識的には,「相続税徴収の確保の目的」に協力するのであるから立法者はそこまで当然配慮すべく準用ありであるのだということでよさそうですが,やはり裁判所が「個別に判断」したところの結果である裁判例が現にないと一抹の不安が残るでしょう。

相続税法34条1項の連帯納付義務者については,国税通則法8条の明文からでは分からない民法457条1項が「本質」論からあれよと出てきて履行の請求によるもの以外の時効の中断も広く認められる(連帯納付義務の消滅が認められにくくなる。)というように,お国はつらく当たっていますから,神経質になるのも無理からぬところです。また,贈与税に係る相続税法34条4項の贈与者の連帯納付義務について,当該連帯納付義務を履行した贈与者は受贈者に対して求償権を取得すると判示した静岡地方裁判所平成元年6月9日判決(行裁例集40巻6号573頁)においては,当該「求償権を行使することによつてその損失を補填することもできる」と述べられつつ,「受贈者が無資力の状況にあつて求償権を行使しても納付した税額に相当する金員の返済を受ける見込みが全くないなどの特別の事情」という表現も用いられており(判決の第三,二2(一)。下線は筆者によるもの),そこでは求償の範囲が必ずしも明らかにされていませんでした(なお,「求償権がある場合において,その求償権が放棄されたことにより贈与税の課税要件が充足されれば,贈与税が課税されることは税法上当然のこと」(相続税法8条参照)になります(同判決の第三,二2(二))。)

 この点,東京地方裁判所平成28年3月29日判決(平成26年(ワ)第16522号費用償還請求事件)において裁判所は,相続税法34条1項の連帯納付義務者がした立替納付について,国税通則法8条による民法442条の準用を認めています。

 民法442条2項の準用がなく,かつ,共同相続人による相続税の立替納付が民法上の事務管理にすぎないということになると,民法702条1項では「支出した以後の利息は請求しえないとするのが民法の文理に適するらしく思われる(650条1項を準用していない(702条参照))。」ということに一応なるようでもありますが(我妻榮『債権各論下巻一(民法講義Ⅴ)』(岩波書店・1972年)919頁),他方,「管理者は支払日以降の利息も請求することができる(民650Ⅰ類推,我妻・債各下(一)919頁,三宅正男・新注民(18294頁)。」と主張する者もあったところです(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)127頁)。なお,意思無能力の相続人に係る相続税の申告及び立替納付をした共同相続人について事務管理に基づく費用償還請求権を認め得るものとした最高裁判所平成18年7月14日判決(判時194645頁)の事案では,そもそも利息の請求がされていませんでした。また,当該事案においては,委任契約又は事務管理に基づく費用償還請求がされていたものの,相続税法34条1項の連帯納付義務者のした立替納付に基づく国税通則法8条により準用される民法442条の求償権の主張はされていなかったようです。

 

4 法定利息と延滞税との比較等

 法定利率は,現在年5パーセントです(民法404条)。マイナス金利の時代においては,ウホッ!という金利です。法律の規定によって生ずる債務は別段の定めのない限り期限の定めのない債務ですので(ただし,不法行為による損害賠償債務は成立と同時に遅滞にあるものと解されています。)(我妻・民法講義Ⅳ105頁参照),それに加えて年5パーセントの割合による遅延損害金支払債務を更に発生させるには履行の請求をすることが必要ですが(民法412条3項),直ちに履行の請求やらないかと言われても世の中はいい男ばかりではなく,グズグズした人がいるものです。先んずれば人を制すとは,中華人民共和国の現在にも伝わる古代からの知恵なのでしょうが,(メー)法子(ファーズ)です。これに対して民法442条の求償に含まれる法定利息は,弁済があった日以後(弁済があった日にも発生します。),弁済したことの通知又は求償することの催告を要さずに当然生じます(我妻・民法講義Ⅳ434頁参照)。優しい仕組みになっています。

 しかし,国税通則法8条により準用される民法442条2項に基づき連帯納付義務者から求償される法定利息の利率年5パーセントを高いと恨んではいけません。お国の利率は,もっと厳しい。国税通則法60条の延滞税の利率は,特別基準割合が年1.8パーセントである2016年についてみれば,納期限の翌日から2月を経過するまでの期間は年換算2.8パーセントですが,その後は年9.1パーセントだからです(同条2項,租税特別措置法(昭和32年法律第26号)94条1項,93条2項,平成271211日財務省告示394号)。

 

1 分娩による母子関係の成立(判例)

 「生んだのは私です。」と女性が啖呵を切れば男は引っ込む。「母は強し。」ですね。

 しかし,法律的には,「母」とは何でしょう。

 民法の代表的な「教科書」を見てみると,「母子関係の発生に母の認知を要するかについては,学説が分かれていた。現在では,判例・通説は分娩の事実によって母子関係は成立するから認知は不要としている。」とあります(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)196頁)。当該判例たる最高裁判所昭和37年4月27日判決(民集1671247)は,「母とその非嫡出子との間の親子関係は,原則として,母の認知を俟たず,分娩の事実により当然発生すると解するのが相当であるから,被上告人〔母〕が上告人〔子〕を認知した事実を確定することなく,その分娩の事実を認定したのみで,その間に親子関係の存在を認めた原判決は正当である。」と判示しています。

 当たり前でしょ,そもそも「母子関係の発生に母の認知を要する」なんて何てお馬鹿なことを言っているのかしら,というのが大方の反応でしょう。

 しかし,民法には困った条文があるのです。

 

 第779条 嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができる。(下線は筆者によるもの)

 

 素直に読めば,「嫡出でない子」については,その子を分娩した女性であっても改めて認知するまではその子の法律上の母ではないということになるようです。

なお,ここで,「嫡出でない子」の定義が問題になりますが,「嫡出子」については,「婚姻関係にある夫婦から生まれた子」(内田169頁),あるいは「婚姻関係にある男女の間の子」ということになり(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)214頁),かつ,その子は「夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない。」とされています(我妻214頁)。「嫡出でない子」は,「父と母との間に婚姻関係のない子」ですから(我妻230頁),婚姻していない女性が生んだ子(「未婚の子」)及び人妻の生んだ子であるが夫との性的交渉により懐胎された子でないもの(「母の姦通の子」)ということになるのでしょう。

 前記昭和37年最高裁判所判決までの古い判例は,「民法が,非嫡出子と親との関係は,父についても,母についても,認知によって生ずるものとして差別を設けない」ことから,民法の条文どおりの解釈を採っていて,非嫡出子を分娩した女性が出生届をしたときは母の認知の効力を認めるものの,原則として非嫡出子とその子を生んだ女性との関係については「分娩の事実があっても「生理的ニハ親子ナリト雖モ,法律上ハ未ダ以テ親子関係ヲ発生スルニ至ラズ」」としていたそうです(我妻248頁)。この判例の態度を谷口知平教授は支持していて「(ⅰ)母の姦通の子や未婚の子が虚偽の届出または棄児として,身分をかくそうとしている場合に,第三者から出生の秘密をあばくことは許さるべきではない。子の朗らかな成人のためにその意思を尊重し,母または子のいずれかの発意と希望があるときにのみ母子関係を認むべきだ。(ⅱ)養育しなかった生母が,子の成人の後に,子の希望しないにもかかわらず,母子関係を認め,子に扶養義務を負わせたり(認知を必要とすれば子の承諾を要する(782条)),母の相続権を認める(認知を必要とすれば,子の死亡後は,直系卑属のあるとき(母の相続権のないとき)でないとできない(783条2項))のは不当である。」と主張していたとされています(我妻249頁)。「わが民法においては親子関係については英米法の自然血縁親子主義を採らず,親子関係を,法律関係とする社会的法律関係主義ともいうべきものを採用している。」ということでしょう(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)170頁)。

これら当時の判例及び学説に対して我妻榮は,「非嫡出子と母との関係は,その成立についても,成立した関係の内容についても,嫡出子と区別しない,というのが立法の進路であり,その途に横たわる障害については合理性を見出しえない」と宣言し(我妻232頁),「母との関係は,生理的なつながり(分娩)があれば足りる。母の認知または裁判を必要としない。従って,何人も,何時でも,この事実を主張することができる。母の認知という特別の制度は不要となる」(同235頁)との解釈論を展開していました。母子関係について「なお認知または裁判によって成立するものとしている」フランス民法的解釈から,「出生によって当然に母子関係が生ずる」とするドイツ民法及びスイス民法的解釈へと(我妻231頁参照,解釈を変更せしめようとし,前記昭和37年最高裁判所判決によってその目的が達成されるに至ったわけです。当該判例変更の理由について,当該判決に係る裁判長裁判官であった藤田八郎最高裁判所判事は,当該判決言渡しの4年後,「父と嫡出でない子の生理的な事実上のつながりは甚だ機微であって,今日の科学智識をもってしても,必ずしも明確に認識し難いのに反して,母と嫡出でない子のそれは,分娩出産という極めて明瞭な事実関係によって把握されるということに縁由するのである。」と明らかにしています(藤田八郎「「母の認知」に関する最高裁判所の判決について」駒澤大學法學部研究紀要24号(1966年4月)16頁)。ただし,これだけのようです。

以上の点に関しては,かつて,「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」の記事で御紹介したところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)。

 

2 法律の明文vs.血縁主義(事実主義)

 

(1)我妻榮の覚悟

我妻榮は,嫡出でない子に係る母子関係の成立には母による認知を不要とする自説を提示するに当たって,「非嫡出子と母との関係は,分娩という事実(生理的なつながり)によって当然発生すると解するときは,民法その他の法令の規定中の父または母の認知という文字から「または母」を削除して解釈することになる。解釈論として無理だと非難されるであろうが,止むをえないと考える。」との覚悟を開陳しています(我妻249頁)。確かに,法律に明らかに書いてある「又は母」を公然無視するのですから,立法府たる国会の尊厳に正面から盾突く不穏な解釈であるとともに,民法第4編及び第5編を全部改正した昭和22年法律第222号の法案起草関係者の一人としては立場上少々いかがなものかと思わせる解釈です(我妻榮自身としては,「戦後の大改正には,責任者の一人ともなった」が,「身分法は,私の身についていないらしい。大学では,随意科目・・・といっても,時間割にも組んでなかった。鳩山先生が,学生の希望を入れて,時間割外に講義をして下さったのだから,正式の随意科目でもなかったかもしれない。むろん試験もなかった。そのためか,どうも身についていない。」と弁明しているのですが(我妻・しおり「執筆を終えて」)。)。

 

(2)最高裁判所の妥協と「折衷説」

この点,前記最高裁判所昭和37年判決は,法律の条文の明文を完全に無視することになるというドラスティックな解釈変更を避けるためか「原則として,母の認知を俟たず,分娩の事実により当然発生すると解する」と判示して(下線は筆者によるもの),嫡出でない子に係る母による認知の規定が働き得る余地を残す形にしたように思われます。嫡出でない子の母による認知は,「棄児の場合」にはあり得ると解釈されているそうです(内田196頁)。

しかしながら,「これに対しては鈴木禄弥教授が「はなはだしく便宜的かつ非論理的」だと批判」し,「母子関係に原則として認知不要とする立場は血縁主義(事実主義)を根拠にしているが,そうであるなら,棄児であろうとなかろうと認知は不要としないとおかしい」と述べているそうです(内田197頁)。「便宜的」なのは,国会との正面衝突を避けるために正に便宜的に設けた「例外」の辻褄合わせなんだから仕方がないよ,ということにでもなるのでしょうか。民法779条の文言は男女平等に書かれていますから,同条については,憲法14条1項などを動員して「女性差別だ」として大胆に一部の文言を無効とする違憲判決をするわけにもいかなかったのでしょう。

以上の点についてはそもそも,藤田最高裁判所判事が,「〔(母の認知の存在を前提とする)最高裁判所昭和29年4月30日判決(民集84118)によれば〕認知の法律上の性質〔親子関係の確認ではなく創設〕について,父と母を区別しないのであって,今更,母の認知に,その法律上の性質に関し別異の解釈を施すの余地もなく,従来の大審院判例の趨向をも考慮しつつ,いわゆる認知説によって生ずる不都合を避けながら,法文の文理をも全然無視しないという,妥協的な態度をとって,この最高裁判決はいわゆる「折衷説」の立場に立ったものと理解されるのである。」と述べていました(藤田16頁)。

 

(3)現場の状況

ちなみに,インターネット上で認知の届書の書式を札幌市役所及び下野市役所について見てみると,「認知する父」とのみ印刷してあって,認知する母があることが想定されていないものとなっています(なお,戸籍法施行規則59条では出生,婚姻,離婚及び死亡の届出の様式について規定されていますが(戸籍法28条参照),そこに認知の届出の様式は含まれていません。すなわち,「認知届は法律上届出様式が定まっていない」わけです(内田190頁)。)。

 

3 ドイツ民法及びフランス民法と日本民法

 

(1)日本民法の解釈とその「母法」

我が民法の「実親子法は,日本的な極端な血縁主義が肯定されて,民事身分の根幹である親子関係の設定について法的な規律をいかに設計するかという議論は行われないこと」になったとみられていますが(水野紀子「比較法的にみた現在の日本民法―家族法」『民法典の百年Ⅰ』(有斐閣・1998年)661頁),民法779条の解釈も,「母法を学ぶことを基礎にして民法の条文の意味を解釈するという姿勢が財産法より弱」い中生み出された「民法の条文が本来もっていた機能を理解しない独自の日本的解釈」だったのでしょうか(同676頁参照)。ただし,我が民法の「母法」が何であるかには多様な見解があり得るようです。ドイツ法及びフランス法が民法の母法と解されていますが(水野662頁),民法779条は,ドイツ民法を継受したものなのでしょうか,フランス民法を継受したものなのでしょうか。

 

(2)ドイツ民法における母子関係の成立:分娩

ドイツ民法1591条は,「子の母は,その子を分娩した女(Frau)である。(Mutter eines Kindes ist die Frau,die es geboren hat.)」と規定しています。

 

(3)フランス民法における母子関係の成立:出生証書,任意認知又は身分占有

 フランス民法310条の1は「親子関係は,本章第2節に規定する条件に基づき,法律の効果により,任意認知により,又は公知証書によって証明された身分占有によって法律的に成立する。/当該関係は,本章第3節に規定する条件に基づき, 裁判によっても成立する。(La filiation est légalement établie, dans les conditions prévues au chapitre II du présent titre, par l’effet de la loi, par la reconnaissance volontaire ou par la possession d’état constatée par un acte de notoriété.Elle peut aussi l'être par jugement dans les conditions prévues au chapitre III du présent titre.)」と規定し,それを受けて第2節第1款「法律の効果による親子関係の成立(De l’Établissement de la Filiation par l’Effet de la Loi)」中の同法311条の25は,「母に係る親子関係は,子の出生証書における母の指定によって成立する。(La filiation est établie, à l’égard de la mère, par la designation de celle-ci dans l’acte de naissance de l’enfant.)」と規定しています。これに関して,出生証書に係る同法57条1項後段には「子の父母の双方又はその一方が戸籍吏に指定されないときは,当該事項について帳簿に何らの記載もされないものとする。(Si les père et mère de l’enfant, ou l’un d’eux, ne sont pas désignés à l’officier de l’état civil, il ne sera fait sur les registres aucune mention à ce sujet.)」との規定があります。

フランス民法316条1項は「親子関係は,本節第1款〔第311条の25を含む。〕に規定する条件によって成立しない場合においては,出生の前又は後にされる父性又は母性に係る認知によって成立し得る。(Lorsque la filiation n’est pas établie dans les conditions prévues à la section I du présent chapitre, elle peut l’être par une reconnaissance de paternité ou de maternité, faite avant ou après la naissance.)」と規定しています。同法316条3項は「認知は,出生証書において,戸籍吏に受理された証書によって,又はその他公署証書によってされる。(Elle est faite dans l’acte de naissance, par acte reçu par l’officier de l’état civil ou par tout autre acte authentique.)」と規定しています。なお,フランス民法56条1項によると,子を分娩した女性自身は出生届をすべき者とはされていません(「子の出生は,父により,又は父がない場合は医師,助産婦,保健衛生担当吏その他の分娩に立ち会った他の者によって届け出られるものとする。さらには,母がその住所外で分娩したときは,その元において分娩がされた者によってされるものとする。(La naissance de l’enfant sera déclarée par le père, ou, à défaut du père, par les docteurs en médecine ou en chirurgie, sages-femmes, officiers de santé ou autres personnes qui auront assisté à l’accouchement; et, lorsque la mère sera accouchée hors de son domicile, par la personne chez lui elle sera accouchée.)」)。

フランス民法317条1項は「両親のそれぞれ又は子は,反証のない限り身分占有を証明するものである公知証書を交付するよう,出生地又は住所地の小審裁判所の裁判官に対し請求することができる。(Chacun des parents ou l’enfant peut demander au juge du tribunal d’instance du lieu de naissance ou de leur domicile que lui soit délivré un acte de notoriété qui fera foi de la possession d’état jusqu’à preuve contraire.)」と規定しています。

 

(4)日本民法の採っていた主義は何か

 ドイツ民法の場合は,嫡出でない子を分娩した女性も当該分娩の事実により直ちにその子の母になります。フランス民法の場合は,嫡出である子を分娩した女性についても当該分娩の事実だけでは直ちにその子の母とはなりません(フランス「現行法の下では,法的母子関係は自然子のみならず嫡出子についても,分娩の事実により当然に確定するとは考えられていない。」とされています(西希代子「母子関係成立に関する一考察―フランスにおける匿名出産を手がかりとして―」本郷法政紀要10号(2001年)403頁)。)。翻って我が日本民法はどうかといえば,嫡出でない子に係る第779条はあるものの,実は,嫡出である子を分娩した女性とその子との母子関係の成立に関する規定はありません。

 この点嫡出でない子に関し,旧民法人事編(明治23年法律第98号)には母による認知に係る規定はなかったにもかかわらず(我が旧慣においても母の認知ということはなかったとされています(藤田1213頁)。)その後民法779条(旧827条)に母による認知の規定を入れることについて,梅謙次郎は次のように述べていたそうです。いわく,「生んだ母の名前で届けると姦通になるから之を他人の子にするか或は殺して仕舞うか捨てて仕舞う甚だ忌はしいことであるが西洋にはある」,そこで「原則は母の名前を書いて出すべきことであるが戸籍吏はそれを追窮して問ふことは出来ぬ」,それでも「十の八九は私生子は母の名で届けるから斯うなつても実際母なし子は滅多にはないと思ふ」と(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)155頁による。)。すなわち,母による認知を要するのは子の出生届にその子を生んだ「母」が記載されていなかった場合である,つまり,嫡出でない子については出生届において母が明らかにされないことがあるだろうとされ(なお, この民法起草時の認識とは反対に旧民法においては,母の知れない子はないものと見ていたところです(大村154頁参照)。父ノ知レサル子たる私生子(同法人事編96条)について同法人事編97条は「私生子ハ出生証書ヲ以テ之ヲ証ス但身分ノ占有ニ関スル規定ヲ適用ス」と規定していて「証ス」る対象が不明瞭ですが,同条の属する節の題名が「親子ノ分限ノ証拠」であり,かつ,定義上私生子の父は知れないのですから,同条における「証ス」る対象事実は母子関係だったのでしょう。すなわち,私生子を分娩した女性を母とする出生証書が作成されること又は当該子による当該女性の子としての身分占有(同法人事編94条)があることが前提とされています。),また,嫡出でない子であってもその分娩をした女性が母として出生届をすれば母のある子となる,ということであるようです。(なお,藤田13頁によれば,そもそも民法中修正案理由書には次のようにまとまった記述がありました。いわく,「既成法典ニ於テハ父ノ知レサル子ヲ私生子トシ父ノ認知シタル私生子ヲ庶子ト為シタルニ拘ラス母ノ知レサル子ニ関スル規定ヲ設ケス是レ蓋シ母ノ知レサル場合ナキモノト認メタルカ為メナラン,今若シ母ハ毎ニ出生ノ届出ヲ為スモノトセハ母ノ知レサル場合決シテ之ナカルヘシト雖モ或ハ母カ出生子ヲ棄テ又ハ母カ法律ニ違反シテ出生ノ届出ヲ為サス後ニ至リテ認知ヲ為スコトアルヘキカ故ニ本案ニ於テハ母ノ知レサル場合アルモノト認メ父又ハ母ニ於テ私生子の認知ヲ為スコトヲ得ルモノト定メタリ」。この母の認知の制度は,「フランス法の影響を受け」たものと認識されています(藤田13頁)。)

以上の議論では,嫡出である子については分娩した女性を母とする出生届が当然されるものであるということが前提とされているようです(専ら嫡出でない子について母を明らかにする出生届がされないことが懸念されています。)。そうであれば,嫡出である子たるべく分娩された子も当該分娩をした女性を母とする出生届がされなければ,当然されるべきことがされていないことになるので,そのままではやはり「母なし子」になる,というフランス民法的に一貫した解釈も可能であるようにも思われます。谷口知平教授は,嫡出子に係る母子関係についても「母子としての戸籍記載は勿論,血縁母子関係の存在を推定せしめるが・・・親子の如き身分の存否については,戸籍記載を唯一の証拠として身分関係の対世的統一取扱を確保することにし,先ず,人事訴訟を以て確定の上戸籍訂正をしてからでなければ,一切の訴訟において親子でないことを前提とする判断をなし得ないとする解釈が妥当だ」と,戸籍記載を重視する見解を表明しています(谷口74-75頁)。確かに,そもそも旧民法人事編92条は「嫡出子ハ出生証書ヲ以テ之ヲ証ス」と,同93条は「出生証書ヲ呈示スル能ハサルトキハ親子ノ分限ハ嫡出子タル身分ノ占有ヲ以テ之ヲ証スルコトヲ得但第291条ノ規定〔帳簿に問題があり,又は証書が作られなかったときは「証人又ハ私ノ書類ヲ以テ先ツ其事実ヲ証シ且身分上ノ事件ヲ証スルコトヲ得」〕ノ適用ヲ妨ケス」と,分娩の事実を直接援用しない形で規定していたところです。

しかし,民法779条の反対解釈からすると,嫡出である子を分娩した女性は認知を要さずにその子の母となる,すなわち分娩の事実から直ちに母子関係が成立するものとする,とここはドイツ民法流に解することも自然なようでもあります。とはいえ,やはり,「わが民法の規定にはフランス民法の影響が大きいのに,わが民法学はドイツ民法学の影響が強く,フランス式民法をドイツ式に体系化し解釈するという,奇妙な状況」(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)62頁)の一環であるということになるのかもしれませんが。

 

4 匿名出産制度について

ところで,「母子の絆は父子のそれよりも強い(意思で左右されるようなものではない)。」といわれていますが(内田198頁),万古不変全世界共通の原理ではないようにも思われます。子を生む女性の意思によって,当該女性とその子との絆を明らかにしないという選択を認める制度(匿名出産制度)がフランス民法にあるからです。同法325条は「母の捜索」を認めているのですが,その次の条が匿名出産制度について規定します。

 

326条 分娩に際して,母は,その入院及びその身元に係る秘密が保持されることを請求することができる。(Lors de l’accouchement, la mère peut demander que le secret de son admission et de son identité soit préservé.

 

「フランス人として個人の自由や権利を尊重することを当然のこととする・・・気持ちや人格」を有するのがフランス女性であるということでしょうか(東京高等裁判所平成26612日判決(判時223747)参照。なお,羽生香織「実親子関係確定における真実主義の限界」一橋法学7巻3号(200811月)1017頁は,「個人の自由の尊重要請に基づく真実主義の制限」が匿名出産から生まれた子に関して存在すると述べています。)。

歴史的に見ると,フランスでの匿名出産制度は,1556年にアンリ2世が出生隠滅を厳禁し,妊娠した女性に妊娠・分娩届の提出を義務付ける勅令を発布したことを直接の契機として,パリ施療院(Hôtel-Dieu de Paris)等による組織的対策として始まったそうです(西400頁)。その後も,「1804年に成立した民法典には匿名出産について直接規定する条項はなかったが,匿名出産を間接的に認める,あるいは意識した条項は存在していた。例えば,57条原始規定は,出生証書には,「出生の日時,場所,子の性別,子に与えられる名,父母の氏名,職業,住所,及び証人のそれら」を記載するものとしていたが,施行当初から,父母の名を記載しないことは認められていた。」という状況であったそうです(西402頁)。ナポレオン1世没落後のパルマ公国の女公マリー=ルイーズも,当該制度を利用したものか。

 

La vérité est un charbon ardent qu’il ne faut manier qu’avec d’infinies précautions.(P. HEBRAUD)

 

匿名出産制度はフランス以外の国にもあるのですが,ドイツ民法の場合,女性は分娩の事実によって当該分娩によって生まれた子の母になってしまうので,同法では親権停止のテクニックが採用されています。

 

1674a 妊娠葛藤法第25条第1項に基づき秘匿されて出生した子に対する母の親権は停止する。同人が家庭裁判所に対してその子の出生登録に必要な申立てをしたものと当該裁判所が確認したときは,その親権は復活する。(Die elterliche Sorge der Mutter für ein nach §25 Absatz 1 des Schwangerschaftskonfliktgesetzes vertraulich geborenes Kind ruht. Ihre elterliche Sorge lebt wieder auf, wenn das Familiengericht feststellt, dass sie ihm gegenüber die für den Geburtseintrag ihres Kindes erforderlichen Angaben gemacht hat.

 

 仏独のお話はこれくらいにして,我が日本民法の話に戻りましょう。

 

5 棄児に対する「母の認知」に関して

 前記最高裁判所昭和37年4月27日判決によって採用された母子親子関係の成立に係る分娩主義における例外について,藤田八郎最高裁判所判事は,母子親子関係が認知によって成立するものとされるこの例外の場合は,「判決にいうところの例外の場合とは棄児その他,分娩の事実の不分明な場合を指すものであることは,十分に理解されるのである。」と述べています(藤田16頁)。更に藤田最高裁判所判事は,棄児に対する母の認知について敷衍して説明しているところがあります。少し見てみましょう。

 まず,「棄児のごとく何人が分娩したか分明でない場合は例外として母の認知によって母子関係が発生する」ことにするとされています(藤田17頁)。そうであれば,この場合,認知をする女性も,当該棄児を自分が分娩したのかどうか分明ではないことになります。なお,分娩の事実の不分明性については,「分娩なる事実が社会事実として不明であるかぎり,法律の社会では,これを無視して無と同様に考えることもまた,やむを得ないのではあるまいか。」と説かれています(藤田18頁)。戸籍吏には実質的審査権がないということでよいのでしょうか。出生届の場合(戸籍法492項)とは異なって,母の認知の届書に出生証明書の添付が求められているわけではありません。

 任意認知の法的性質については,事実主義(血縁主義)を強調する我妻榮は,「事実の承認」であって,「父子関係の存在という事実を承認する届出」(父の認知の場合)であるとしています(我妻235頁)。「母の認知」(我妻榮自身は「母の認知」を認めていませんが)の場合は,分娩による母子関係の存在という事実が承認されるものということになるのでしょう。任意認知の法的性質を意思表示と解する立場(内田188頁等)では,「父または母と子の間に生理的なつながりのあることを前提とした上での父または母の意思表示」ということになるようです(我妻234頁)。しかし,そうだとすると,自分が分娩したのかどうか分明ではない棄児について母子関係の存在を承認し,又は当該棄児を分娩したという事実を前提とすることができぬまま母子関係を成立させる意思表示をすることを,「認知」と呼んでよいものかどうか。ここで違和感が生じます。むしろ養子縁組をすべき場合なのではないでしょうか。

上記の「違和感」については,藤田最高裁判所判事も認容するところです。「父の認知は,父子の事実上のつながりがあきらかな場合に,認知の効力を有するものであるのに,母の認知は,母子の事実上のつながりが不明の場合にはじめて認知の効力を生ずると解釈することは,同じく民法の規定する認知について余りにも父と母の間に格段の差異を作為するものであるとの非難も,もっともである」と述べられています(藤田18-19頁)。しかしながらそこで直ちに,「これは結局,父と母の間に子との事実上のつながりを探究する上に前に述べたような本質的な相違のあることに基因するものであって,これ亦やむを得ないとすべきであろう。」(藤田19頁)と最高裁判所判事閣下に堂々と開き直られてしまっては閉口するしかありません。さらには,男女間の取扱いの差異を正当化するために, いささか難しいことに「男女平等論」が出てきます。「母子の事実上のつながりが不分明の場合に母の認知によって母子関係の成立をみとめることは不合理であると考えられるのであるが,実はかような事態は父の認知の場合にさらに多くあり得るのである。父子の事実上の関係が不分明のまま,父の認知によって法律上親子関係が発生せしめられた場合には,反対の事実が立証されないかぎり,この親子関係を打破る方途はないのである。・・・花柳界に生れた子を認知する父は,多かれ少かれ,この危険を負担しているものと云っても失言とは云えないであろう。」と論じられています(藤田20頁)。花柳界の女性と関係のある男性の話が出てくるあたり,藤田八郎最高裁判所判事は意外と洒脱な人物だったのかもしれません(大阪の旧藤田伝三郎家の養子だったそうです。)。

しかし,藤田最高裁判所判事のいう,事実上の親子のつながりを探究する上での父と母との間における「前に述べたような本質的な相違」とは,「父と嫡出でない子の生理的な事実上のつながりは甚だ機微であって,今日の科学智識をもってしても,必ずしも明確に認識し難いのに反して,母と嫡出でない子のそれは,分娩出産という極めて明瞭な事実関係によって把握されるということに縁由するのである。」ということでしょう(藤田16頁(前出))。そうであり,かつ,当該男女間の「本質的相違」を尊重して更に一貫させるのであれば,むしろ,母の認知においては父の認知におけるよりも更に強い生理的ないしは事実上の親子のつながり(分娩出産)の事実に係る認識が必要である,ということにならないでしょうか。男性の場合,父子関係は「機微」でよいのでしょうが,女性の場合,母子関係は本来「極めて明瞭な事実」であるはずです。

「生んだのは私です。」と母は赤裸々に事実を語るのに対し,その地位が機微に基づくところの「父」は,「男はつらいよ。」と子ら(特に息子ら)にしみじみ語りかけるということにならざるを得ないのかもしれません。

 

承認なしの個人(子)も承継なしの個人(親)も,苦しくてはかない。(大村310頁)

 

母と父とはやはり違うのでしょう。

しかし,母と父とが仲たがいして別居するようになり,更には離婚すると,その間にあって板挟みになる子らが可哀想ですね。せっかく別居している親と面会交流ができることになっても,「監護している親が監護していない親の悪口を言ったり,相手のことを子から聞き出そうと根掘り葉掘り尋ねる,というのでは子の精神的安定に良いわけはない」(内田135頁)。セント=ヘレナ島から遠く離れたパルマの女公の場合,長男のナポレオン2世とも別居したので,その分ライヒシュタット公は父母間の忠誠葛藤に悩まされずにすんだものでしょうか。

とはいえ,話を元に戻すと,そもそもDNA鑑定の発達した今日において,認知をしようとする女性と相手方である子との間において,たといその子が棄児であったとしても,当該女性による当該子の分娩の事実の有無が分明ではないということはあり得るでしょうか。DNA鑑定を行えば,それ自体は直接分娩の有無を証明するものではありませんが,当該鑑定の結果は分娩の事実の有無を推認するに当たっての非常に強力な間接事実であるはずです(生殖医療の話等が入ってくるとまた難しくなってきますが。)。

(承前。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466195.html)

5 裁判例

 裁判所の解釈をいくつか見てみましょう。

 

(1)昭和53年富山家庭裁判所審判

 富山家庭裁判所昭和531023日審判(昭和53年(家)第326号限定承認申述受理申立事件)(家月31942,判時917107頁)は,「前示・・・1ないし5の事実は,その動機が大口の相続債権者の示唆によるものであり,また,本件遺産中の積極財産の処分が,もつぱらその消極財産の弁済に充当するためなされたものであることを考慮に容れても,処分された積極財産が本件のすべての積極財産中に占める割合などからみて,その結果,本件遺産の範囲を不明確にし,かつ,一部相続債権者(特に大口の相続債権者)の本件相続債務に対する権利の行使を著しく困難ならしめ,ひいては本件相続債権者間に不公平をもたらすことになることはこれを否定できないので,前示のような行為は,民法921条第1号にいういわゆる法定単純承認に該当する事由と解せざるを得ない。」と判示しています。「1ないし5の事実」は,次のとおり。被相続人の妻M及び被相続人とMとの間の二人の息子が相談の上行った事実です。本件における被相続人は,生前事業をしていました。

 

 1 昭和53年2月27日,前示ロの普通預金から219,000円を払い戻し,これに申述人M所有の現金を加えて資金をつくり,

 2 同年3月6日ころ,前示ハの株式全部〔株式会社A,券面額合計2,485,000円〕を,株式会社Bに対する買掛金債務(手形取引による分で,前示ホ〔支払手形(合計約2800万円)〕の一部であり,1,000万円以上と推定される)の代物弁済として提供し,

 3 同年3月20日ころ,前示1の資金をもつて前示トの買掛金債務〔株式会社Bに対するもので手形取引外の分728,147円〕を弁済し,

 4 同日ころ,被相続人が生前に受領していた約束手形1枚(額面100万円),および,前示1の資金のうちの現金58万円をもつて,前示チの買掛金債権〔株式会社Aに対する買掛金1,580,866円〕を弁済し(残額866円の支払義務は免除されている),

 5 前示ニの売掛金債権〔C合資会社に対する売掛金(373,000円)〕全額を回収して,同年4月1日ころヘの買掛金債務〔株式会社Dに対する買掛金(304,956円)〕への弁済に充当し(過払分について申述人らはまだその返還を受けていない)た事実

 

1の前半を見ると,この場合,元本の領収は保存行為に当たらないということでしょうか。2は代物弁済ですが,代物弁済については「相続人・・・カ限定承認申述前為シタル前記代物弁済ハ其ノ目的タル不動産ノ所有権移転行為トシテ被相続人・・・ノ為シタル代物弁済予約ニ基クモノナルト否トニ拘ラス相続財産ノ一部ノ処分ニ外ナラサルモノトス」とする判例があります(大審院昭和12年1月30日判決・民集161)。株式の譲渡の部分が相続財産の一部の処分ということになるようです。3は弁済。4の「弁済」中約束手形による部分は代物弁済,現金部分は弁済でしょう。5は債権の取立て及び債務の弁済ですが,債権の取立てに関しては「上告人〔相続人〕が右のように妻W〔被相続人〕の有していた債権を取立てて,これを収受領得する行為は民法921条1号本文にいわゆる相続財産の一部を処分した場合に該当するもの」とする判例があります(最高裁判所昭和37621日判決・家月1410100)。この判例に関しては「単なる取立ては保存行為管理行為と考えるべきだろうから,取り立てた金を固有財産と明分して管理している事実が証明されれば法定単純承認は否定され得る」と説かれていますが(新版注釈民法(27)〔補訂版〕491頁(谷口知平=松川正毅)),当該学説に従えば,5では取り立てた金銭は分別管理されていたようですから,専ら弁済の方が問題とされたということになるのでしょうか。

本件審判の読み方は難しい。「1ないし5の事実」は,全体として民法921条1号の法定単純承認をもたらしているのか,それとも各個の事実がそれぞれ法定単純承認をもたらしているのか,という問題がまずあります。しかし,いずれにせよ,法定単純承認となることを避けたいのならば相続債権者に対する債務の弁済のためであっても積極財産の処分は一切許されないし,相続債権者に対する相続財産からの弁済もそもそも一切許されない,ということではないのでしょう。期限の到来した債務を弁済することは保存行為に該当するのが原則であるということを前提とした上で,当該審判については次のように解せられないでしょうか。すなわち,相続債権者に対する相続財産による弁済の場合においては,弁済をするに至った事情,積極財産中処分されたものの割合の大きさ,相続財産と固有財産との分別が不明確になった度合い及び他の相続債権者に及ぶ不利益の大きさを勘案して,民法921条1号ただし書の保存行為に当たらないことになることがあり得るし,相続債権者に対する弁済のために相続財産を処分する場合には,上記事項を勘案して上記保存行為に当たるものとされることがあり得るということを示した審判であるというふうに。

 

(2)昭和54年大阪高等裁判所決定

 行方不明となっていた男性(被相続人)が死亡したと警察から連絡を受けて,その妻及び子ら2名(相続人ら)が警察署に駆けつけて火葬場で被相続人の遺骨を貰い受けた際,同署から①「金2万0,423円の被相続人の所持金と,ほとんど無価値に近い着衣,財布などの雑品の引渡を受け」,②「その場で医院への治療費1万2,000円,火葬料3万5,000円の請求を受けたので,右被相続人の所持金に抗告人ら〔相続人ら〕の所持金を加えてこれを支払つた」行為に関して大阪高等裁判所昭和54年3月22日決定(家月311061,判時93851)は,①については「右のような些少の金品をもつて相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい身回り品や火葬費用等に支払われるべき僅かな所持金は,同法〔民法〕897条所定の祭祀供用物の承継ないしこれに準ずるものとして慣習によつて処理すれば足りるものであるから,これをもつて,相続財産の帰趨を決すべきものではない)。」と判示し,②については「前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは,人倫と道義上必然の行為であり,公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであつて,これをもつて,相続人が相続財産の存在を知つたとか,債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし,民法921条1号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであつて,右のような事実によつて抗告人〔相続人ら〕が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。」と判示しています。

なお,②に関する判示は,「医院への治療費1万2,000円,火葬料3万5,000円」の債務は相続財産たる消極財産には当たらないとする客観面の部分(「相続人が相続財産の存在を知つたとか・・・いえない」)と,「人倫と道義上必然の行為であり,公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来する」弁済をもって債務承継の意思を表明したものと擬制することはできないとする主観面の部分(別の箇所で「921条による単純承認の擬制も相続人の意思を擬制する趣旨であると解すべき」と判示されています。)とに分けて理解すべきでしょうか。債務の種類及び額が問題になるようです。

 

(3)平成10年福岡高等裁判所宮崎支部決定

 福岡高等裁判所宮崎支部平成101222日決定(家月51549)は,「抗告人ら〔相続人ら〕代理人はその熟慮期間中に,本件保険契約によって受領した〔相続人らの固有財産である被相続人の死亡〕保険金〔200万円〕を,抗告人らの意向を受けて,被相続人の債務の一部である○○農業協同組合に対する借受金債務330万円の〔一部の〕弁済に充てた」行為について,「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである。」と判示して,相続人らの相続放棄の申述は受理されるべきものと判示しています。

 相続債権者に対する被相続人の債務の弁済は,相続人の固有財産からその資金を出しておけば法定単純承認になることはない,ということでしょうか。そうであれば,分かりやすい解釈です。

 しかし,自腹を切ってまでの弁済は,かえって「債務承継の意思を明確に表明したもの」(前記大阪高等裁判所決定参照)と解され,単純承認の黙示の意思表示が認定され得べきおそれがあるもののようにも思われます。

 なお,相続財産からの相続債権者に対する弁済は全て法定単純承認の事由となる,とまでの反対解釈をする必要はないのでしょう。

 

(4)平成27年東京地方裁判所判決

 東京地方裁判所平成27年3月30日判決(平成25年(ワ)第31643号求償金請求事件)は,平成25年5月21日の被相続人の死亡後熟慮期間中にその保証債務の弁済を行っていた相続人(主債務者でもある。その債務額は昭和631221日現在で1750842円であった。)がその後した相続の放棄に関して,「本件相続開始後弁済がされたのは,平成25年5月31日及び同年7月1日と,いずれもC〔被相続人〕の相続放棄の熟慮期間中のものであり・・・,かつ,本件相続開始後弁済は,期限が到来した債務の弁済として,法定単純承認事由に該当しない保存行為である(民法921条1号ただし書)。」と述べた上で,当該相続の放棄の有効性を前提とした判示をしています。弁済資金が,相続財産から出たのか相続人の固有財産から出たのかは問題にされていません。

 しかし,「本件相続開始後弁済は,期限が到来した債務の弁済として,法定単純承認事由に該当しない保存行為である(民法921条1号ただし書)」と端的に判示されると,民法103条の管理行為への該当性を問題とした当初の場面に戻って来たわけですね。すがすがしい感じがします。

 

6 フランス民法784

 なお,相続人による相続債権者に対する弁済に関する問題について参考になる規定はないかと探したところ,2006年法によって設けられたフランス民法784条(第3項4号は2015年法により挿入)が次のように規定していました(同条は,同条1項に対応する規定のみであったナポレオンの民法典の第779条を拡充したもの)。

 フランス民法では,相続の単純承認(l’acceptation pure et simple de la succession)は意思表示に基づくものであって,当該意思表示には明示のものと黙示のものとがあります(同法782条)。

 

 第784条 暫定相続人(le successible)が相続人と称さず,又は相続人としての立場をとらなければ(n’y a pas pris le titre ou la qualité d’héritier),純粋保存(purement conservatoires)若しくは調査(surveillance)の行為又は暫定的管理行為(les actes d’administration provisoire)は,相続の承認とされることなく行われることができる。

 ② 相続財産(la succession)の利益のために必要な他の全ての行為であって,暫定相続人が相続人と称さず,又は相続人としての立場をとらずに行おうとするものについては,裁判官の許可を得なければならない。

③ 次に掲げるものは純粋保存に係るものとみなされる(Sont réputés purement conservatoires)。

  一 葬式及び最後の疾病の費用,故人の負担に係る租税,家賃(loyers)並びに他の相続債務であってその決済が急を要するもの(dont le règlement est urgent)の支払(paiement

  二 相続財産に係る天然及び法定果実の収取(le recouvrement des fruits et revenus

des biens successoraux)又は損敗しやすい物の売却。ただし,当該資金が前号の債務の弁済に用いられ,又は公証人に寄託され,若しくは供託されたことを証明(justifier)しなければならない。

    三 消極財産の増加(l’aggravation du passif successoral)を避ける(éviter)ための行為

四 死亡した個人的使用者(particulier employeur)の労働者(salarié)に係る労働契約の終了(rupture)に関する行為,労働者に対する報酬及び損害賠償金の支払並びに契約の終了に係る書類の交付

 ④ 日常業務(opérations courantes)であって,相続財産(la succession)に依存した(dépendant)事業の活動の当面の継続に必要なものは,暫定的管理行為とみなされる。

 ⑤ 賃貸人又は賃借人としての賃貸借の更新であってそれをしなければ損害賠償金を支払わねばならないもの並びに故人によりなされ,かつ,事業の良好な運営(bon fonctionnement)のために必要な管理又は処分に係る決定の実行は,同様に,相続の黙示の承認(acceptation tacite)とされずに行われ得るものとみなされる。

 

およそ「期限が到来した債務の弁済」は全て純粋保存行為だとまでは広くかつ端的に規定されていません。第3項1号及び4号との関係からすると同項3号に債務の弁済まで読み込み得るのかどうかは考えさせられるところです(インターネットで調べると,同号の行為の例としては,賃借契約の解除及び応訴がパリのSabine Haddad弁護士によって挙げられていました。)。しかし,十分参考になる規定だと思われます。病院への支払,自宅の電気・ガス・水道等の料金支払はこれでいけそうです。無論,ことさらに「相続人として,親から相続した私の債務として承認して弁済します。」などと明示されると困ったことになるでしょうが。

 

 内田〔貴〕 私は〔星野英一〕先生の授業のプリントを下敷きにして講義を始めまして,そうやって徐々にできあがった講義ノートをもとに教科書を書いたものですから,私の教科書は星野理論を万人にわかるように書いたものであると言われるのです。・・・(星野英一『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)225頁)

 

星野〔英一〕 ・・・解釈論の最後のところは利益考量・価値判断だけれども,まず条文を見る。初めは文法的な解釈つまり文理解釈や他の条文との関係から考える論理解釈をしますが,それだけではよくわからないので,日本のような継受法においては,その沿革の研究が不可欠だと考えていました。これは,「民法解釈論序説」で書いていることで,「日本民法典に与えたフランス民法の影響」の二つの論文は,一体のつもりです。・・・(星野・同書155頁)

 ・・・

  ・・・特に外国法は現地に行ってよく調べてきて,単に条文上のことを知るだけでなく,実際の運用を含めて各国の制度を理解するなどは,日本の制度の理解のためにも立法論にとっても大いに役立つことでいいことです。・・・(星野・同書328頁)

追記

20161013日から成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成28年4月13日法律第27号)が施行され,民法873条の次に次の一条が加えられました。

 

  (成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限)

 第873条の2 成年後見人は,成年被後見人が死亡した場合において,必要があるときは,成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き,相続人が相続財産を管理することができるに至るまで,次に掲げる行為をすることができる。ただし,第3号に掲げる行為をするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。

  一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

  二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

  三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前2号に掲げる行為を除く。)

 

民法873条の2第3号後段は「その他相続財産の保存に必要な行為(前2号に掲げる行為を除く。)」と規定していますので,わざわざ「相続財産の保存に必要な行為」から除かれている同条2号の「相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済」は,本来「相続財産の保存に必要な行為」であるということになります。相続財産の処分であっても民法921条1号ただし書の「保存行為」に該当するものとして法定単純承認をもたらすものではないものはどのようなものか,についての解釈問題にとっても重要な条文であることになるものでしょう。(ただし,四文字熟語の「保存行為」ではなく「相続財産の保存に必要な行為」という文言が用いられています。)

平成28年法律第27号は議員立法(衆議院内閣委員会)であったのですが,法務省のウェッブ・ページに,民法873条の2第2号及び第3号の「具体例」が示されています。同条2号については「成年被後見人の医療費,入院費及び公共料金等の支払」が掲げられ,同条3号については「遺体の火葬に関する契約の締結」並びに「成年後見人が管理していた成年被後見人所有に係る動産の寄託契約の締結(トランクルームの利用契約など)」,「成年被後見人の居室に関する電気・ガス・水道等供給契約の解約」及び「債務を弁済するための預貯金(成年被後見人名義口座)の払戻し」が掲げられています。

なお,民法873条の2第3号の前段と後段とは「その他の」ではなく「その他」で結ばれていますから,「その遺体の火葬又は埋葬に関する契約の締結」は,そもそも「相続財産の保存に必要な行為」ではないことになります(「「その他」は,・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は,・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる。」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁))。遺骨についてですが,「遺骨については,戦前の判例に相続人に帰属するとしたものがあるが(大判大正10年7月25日民録271408),そもそも,被相続人の所有物とはいえないから相続の対象になるというのはおかしい」といわれています(内田Ⅳ・372頁)。

 

前編はこちら:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466195.html

    

1 熟慮期間中の相続債権者への弁済に関する「教科書」の説明あるいはその欠缺

 

(1)Tout homme est mortel.

人はだれでもいつかは死にます。

ある人が死んだ際,当該故人(被相続人)は,通常,死亡するまで入院していた病院への支払や,自宅の電気・ガス・水道等の料金支払その他に係る債務を残しているものです。親の死に目に立ち会った子(子は相続人です(民法887条1項)。)は,相続財産を管理すべき者として早速これらの債務に係る債権者(相続債権者)に応接しなければなりません(同法918条1項参照)。しかし,当該被相続人は他にも借金を抱えているかもしれないから相続の放棄(民法939条)をすべきかもしれぬとその相続人が考えている場合,当該相続人は,病院以下の相続債権者にどう対応すべきか。相続の放棄をするためには,当該相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に,その旨を,被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申述書の提出をもって申述しなければなりませんが(民法883条・915条1項・938条,家事事件手続法201条1項・5項),当該申述前に相続財産について保存行為ではない処分や長期の賃貸をうっかりしてしまうと,単純承認をしたということでもはや相続の放棄はできなくなります(民法920条・921条1号)。くわばらくわばら。さて,相続債権者に対する弁済は,法定単純承認を構成する相続財産の処分(民法921条1号)となるものか否か。親の死の時まで親身で面倒を見てくださったお医者さまや関係者には直ちに報酬を差し上げ,又は支払を済まさなければ人の道に反するし,さりとて,人の道が負債地獄につながる道となってしまっても恐ろしく,実は悩ましい問題です。

 

(2)「内田民法」

民法教科書の代表として,内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)を調べてみましょう。

まず,民法921条1号について。

 

 民法は単純承認が意思表示によってなされることを前提としつつ,以下の3つの場合に単純承認がなされたものとみなすという規定を置いている。これを法定単純承認という。

 第1に,相続人が,選択権行使前に相続財産の全部または一部を処分したとき(921条1号)。ただし,保存行為および602条に定める短期の期間を超えない賃貸をすることはここでいう処分にはあたらない。(内田Ⅳ・344頁)

 

これは,民法の条文そのままですね。本件の問題についての参考にはならない。

ちなみに,「保存行為」についての内田教授の解説は,権限の定めのない代理人の権限について定める民法103条1号の保存行為について,次のようなものです。

 

「保存行為」,すなわち,財産の現状を維持する行為は当然になしうる(1号)。例えば,窓ガラスが割れたのでガラス屋で買ってくるとか(売買契約),雨漏りするので大工に屋根を直してもらうなど(請負契約)。(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)122頁)

 

これも,債権者に対する債務の弁済について触れるところがないですね。やはり参考にならない。

相続の承認又は放棄前の熟慮期間中(民法915条1項参照)における相続財産の管理に関する「内田民法」の説明もまた,参考になりません。

 

熟慮期間中,相続財産は不安定な状態に置かれる。そこで,その管理について民法は特に規定を置いている。すなわち,相続人は選択権を行使するまで,相続財産を「その固有財産におけると同一の注意を以て」管理しなければならない(918条1項)。そして,家庭裁判所は,利害関係人または検察官の請求により,いつでも相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる(同条2項)。たとえば,財産管理人の選任などであり,その場合は,不在者の財産管理に関する総則の規定が準用される(同条3項)。(内田Ⅳ・348頁)

 

民法918条の条文そのままです。学生向けの「教科書」だから,これでよいのでしょうか。しかし,いかにもよくありそうな現実の問題について端的な回答を求めようとすると,つるつると,これほど取りつく島がないとは意外なことです。

本稿は,「教科書」の範囲を超えて,熟慮期間中の相続人による相続債権者に対する弁済が法定単純承認を構成するものになるのかどうかについて検討するものです。

 

(参照条文)

 

民法28条 管理人は,第103条に規定する権限を超える行為を必要とするときは,家庭裁判所の許可を得て,その行為をすることができる。〔以下略〕

 

同法103条 権限の定めのない代理人は,次に掲げる行為のみをする権限を有する。

 一 保存行為

 二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において,その利用又は改良を目的とする行為

 

同法883条 相続は,被相続人の住所において開始する。

 

同法887条1項 被相続人の子は,相続人となる。

 

同法915条1項 相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。

 

同法918条 相続人は,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければならない。ただし,相続の承認又は放棄をしたときは,この限りでない。

2 家庭裁判所は,利害関係人又は検察官の請求によって,いつでも,相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。

3 第27条から第29条までの規定は,前項の規定により家庭裁判所が相続財産の管理人を選任した場合について準用する。

 

同法920条 相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継する。

 

同法921条 次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。

 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。

 二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

 三 相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。

 

同法927条1項 限定承認者は,限定承認をした後5日以内に,すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し,限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において,その期間は,2箇月を下ることができない。

 

同法928条 限定承認者は,前条第1項の期間の満了前には,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。

 

同法938条 相続の放棄をしようとする者は,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

 

同法939条 相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。

 

同法941条 相続債権者又は受遺者は,相続開始の時から3箇月以内に,相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所に請求することができる。相続財産が相続人の固有財産と混合しない間は,その期間の満了後も,同様とする。

2 家庭裁判所が前項の請求によって財産分離を命じたときは,その請求をした者は,5日以内に,他の相続債権者及び受遺者に対し,財産分離の命令があったこと及び一定の期間内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において,その期間は,2箇月を下ることができない。

〔第3項略〕

 

同法947条1項 相続人は,第941条第1項及び第2項の期間の満了前には,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。

 

家事事件手続法201条 相続の承認及び放棄に関する審判事件(別表第1の89の項から95の項までの事項についての審判事件をいう〔相続の放棄の申述の受理は95の項の事項〕。)は,相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。

 〔第2項から第4項まで略〕

5 限定承認及びその取消し並びに相続の放棄及びその取消しの申述は,次に掲げる事項を記載した申述書を家庭裁判所に提出してしなければならない。

 一 当事者及び法定代理人

 二 限定承認若しくはその取消し又は相続の放棄若しくはその取消しをする旨

 〔第6項略〕

7 家庭裁判所は,第5項の申述の受理の審判をするときは,申述書にその旨を記載しなければならない。この場合において,当該審判は,申述書にその旨を記載した時に,その効力を生ずる。

 〔第8項から第10項まで略〕

 

2 民法921条1号の「保存行為」と同法103条1号の保存行為

 

(1)民法103条1号の保存行為

 前記のとおり,熟慮期間中の相続債権者に対する弁済が相続財産の処分であるとしても,民法921条1号ただし書の「保存行為」に該当するのであれば,当該弁済が法定単純承認をもたらすことはなく,相続人はなお相続の放棄をなし得るはずです。そして,民法918条3項は,家庭裁判所が熟慮期間中の相続財産の保存に必要な処分として命ずることのあることの中に相続財産の管理人の選任があり,かつ,当該財産管理人の権限には同法28条の規定が準用されることを明らかにしています。民法28条は,管理人の権限について同法「第103条に規定する権限」を問題にしています。民法918条3項に基づく相続財産の管理人についても同法103条が問題になるわけです。相続財産について問題になる民法921条1号の「保存行為」も,同法103条1号の保存行為と同じものと解してよいように一応思われます。

 民法103条1号の保存行為については,次のように説かれています(なお,各下線は筆者によるもの)。いわく,「保存行為とは,財産の現状を維持する行為である。家屋の修繕・消滅時効の中断などだけでなく,期限の到来した債務の弁済,腐敗し易い物の処分のように,財産の全体から見て現状の維持と認めるべき処分行為をも包含する。ただし,物価の変動を考慮し,下落のおそれの多いものを処分して騰貴する見込の強いものを購入することは,一般に,改良行為であって,保存行為には入らない。また,物の性質上滅失・毀損のおそれがあるのでなく,戦災で焼失するおそれがあるとして処分して金銭に変えることも,原則として,保存行為に入らないというべきであろう(最高判昭和2812281683頁(応召する夫から財産管理の委任を受けた妻は家屋売却の権限なし))。保存行為は代理人において無制限にすることができる。」と(我妻榮『新訂 民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年)339340頁)。またいわく,「保存行為とは,財産の現状を維持する行為である。家屋修繕のための請負契約,時効中断,弁済期後の債務の弁済などである。」と(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)216頁)。更にいわく,「保存行為とは,財産の保全すなわち財産の現状を維持するのに必要ないつさいの行為をいう。家屋の修繕・消滅時効の中断などだけでなく,期限の到来した債務の弁済や腐敗し易い物の処分などのように,財産の全体から見て現状の維持と認めるべき処分行為をも包含すると一般に解されている(富井504,鳩山・註釈290,沼(1)171,我妻339。岡松・理由233は,元本の弁済はなしえないという)。」と(於保不二雄編『注釈民法(4)総則(4)』(有斐閣・1967年)49頁(浜上則雄))。期限の到来した債務の弁済は,保存行為ということになるようです。

なるほど,そうであればこそ,次のように説かれ得るわけでしょう。いわく,「・・・相続人は熟慮期間中といえども相続財産を管理・保存する義務を負担するのであるから(918条),その履行としての保存行為や短期賃貸借契約の締結(602条)はここにいう処分には該当しない。また遺族としての葬式費用の支出や,慣習に基づく軽微の形見分けや,あるいは賃借料の支払のようなものも,同様に処分にはならないと解すべきである。」と(我妻榮=有泉亨著・遠藤浩補訂『新版 民法3 親族法・相続法』(一粒社・1992年)327頁。下線は筆者による。)。賃借料の支払は,債務の弁済ですね。

 

(2)管理行為など(岡松説にちなんで)

さて,これで一件落着か。しかし,「岡松・理由233は,元本の弁済はなしえないという」(前記・注釈民法(4)49頁)という辺りが不気味です。岡松参太郎は電車の回数券の性質論において松本烝治を破った恐るべきライヴァルでした(「鉄道庁長官の息子と軌道の乗車券:鉄道関係法の細かな愉しみ」donttreadonme.blog.jp/archives/1003968039.html参照)。なお,「元本」とは,「貸金・賃貸した不動産などのように,利息・賃料その他法律にいう法定果実(88条2項)を生み出す財産」とされています(我妻83頁)。岡松博士の『註釈民法理由(総則編)』(有斐閣書房・1899年・訂正12版)を見てみると,「利息ノ弁済」は民法103条1号の保存行為であるとしつつ(232頁),同条で与えられる権限(管理行為をする権限(我妻339頁等))について「〔為ス能ハサル行為ノ重ナルモノハ訴訟,和解,裁判,売買,贈与,交換,物権ノ設定,元本ノ弁済等〕。」とあります(233頁)。

これは一体どういう根拠によるものか。当該引用括弧内部分を見ると,被保佐人が保佐人の同意を得ずになし得る行為に係る民法13条1項の列挙規定が想起されます。また,『註釈民法理由(総則編)』における民法103条の解説に当たって岡松博士が掲げる参照条文には旧民法人事編193条及び194条並びに財産取得編232条があります(230頁)。旧民法人事編193条は「後見人ハ未成年者ノ財産ニ付テハ管理ノ権ヲ有スルニ止マリ此権外ノ行為ハ法律ニ定メタル条件ニ依ルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス」と規定し(下線は筆者によるもの),同編194条の第1は「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」に関しては後見人は親族会の許可を得るべきものとしています。すなわち,そうしてみると,「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」は管理行為ではないわけです(なお,同条には,債務の弁済については親族会の許可を得べきものとする端的な規定はありません。)。旧民法財産取得編232条1項は「代理ニハ総理ノモノ有リ部理ノモノ有リ」と規定し,同条2項は「総理代理ハ為ス可キ行為ノ限定ナキ代理ニシテ委任者ノ資産ノ管理ノ行為ノミヲ包含ス」と規定しています(下線は筆者によるもの。なお,フランス民法1988条1項は「総理の委任(le mandate conçu en termes généraux)は,管理行為(les actes d’administration)のみを包含する。」と規定しています。)。したがって,岡松博士は,「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」は,権限の定めのない代理人に係る現行民法103条の権限(管理行為を行う権限)にも含まれないと書こうとして「元本ノ弁済」と書いてしまったのでしょうか。「元本ノ弁済」を,元本の利用の終了に係る「元本ノ弁済ヲ受ケルコト」を意味するものと考えるとよりもっともらしいところです。現行民法13条1項1号は,「元本を領収し,又は利用する」ためには,被保佐人は保佐人の同意を得なければならないものとしています。ちなみに,インターネットで見ることのできる大津家庭裁判所の説明書「保佐人の仕事と責任」(日付なし)には,元本の領収又は利用の例として,「預貯金の払い戻し」,「貸したお金を返してもらうこと」及び「お金を貸すこと(利息の定めがある場合)」の三つが挙げられています。しかし,岡松博士の元本ノ弁済=非管理行為説の意味するところは,なおよく分からないとしておくべきでしょう。(ところで,現民法の規定によれば,未成年後見人は,未成年被後見人に代わって元本を領収し,又は未成年被後見人が元本を領収することに同意することについては,後見監督人(かつては親族会)の同意を得る必要はありません(民法864条ただし書,旧929条ただし書)。民法13条1項1号の「元本の領収」の部分が除かれているのは,梅謙次郎によれば「準禁治産者ハ元本ヲ領収スルトキハ動モスレハ之ヲ浪費スルノ危険アルヲ以テ特ニ保佐人ノ同意ヲ得ヘキモノトセリト雖モ後見人ニ付テハ同一ノ理由ナキカ故ニ敢テ親族会ノ同意ヲ要セサルモノトス」ということであったそうです(梅謙次郎『民法要義巻之四』(和仏法律学校=明法堂・1899年)480頁)。当時の準禁治産者には,心神耗弱者のほか浪費者もなり得ました。)

 

(3)民法921条1号の「保存行為」

 ところで,更に細かく考えてしまうと,民法103条1号の保存行為は管理行為の部分集合であるのに対して,同法921条1号ただし書の「保存行為」は,文言上,処分行為(「相続財産の全部又は一部を処分」)の部分集合となっているようです。しかして,管理行為と処分行為とは,対立するものとされています。「処分」とは,私法上「財産権の移転その他財産権について変動を与えることをいい,管理行為に対する意味に用いられる。」とされています(吉國一郎ほか編『法令用語辞典【第八次改訂版】』(学陽書房・2001年)428頁)。そうだとすると,民法921条1号ただし書の「保存行為」は,管理行為たる保存行為とは異なる処分行為たる「保存行為」ということになるのでしょうか。それともやはり管理行為たる保存行為なのでしょうか。この点は,「もっとも,財産全体の管理と個々の物又は権利の管理とでは,その管理も,おのずから異なるのであつて,財産の管理においては,その財産の一部を成している個々の物又は権利の処分も,その財産全体の保存,利用又は改良となつて,管理の範囲に包含されることもある(例―民法25Ⅰ・27Ⅰ・758Ⅱ・824828等)。」(吉國ほか編109頁)ということなのでしょう。民法918条1項に基づく管理行為は,個々の物又は権利に対するものではなく,財産を対象とするものですね。そうであれば,民法921条1号ただし書は,一見処分行為のように見える行為であっても,同法103条1号の保存行為に該当する行為や同条2号の利用行為中短期の賃貸に係る行為は管理行為であって処分行為には当たらないということを示すための為念規定ということになるのでしょう。なお,賃借権は旧民法では物権であったので,賃貸(賃借権の設定)は処分だったのでしょう。

 旧民法財産取得編323条1項の第1は,「相続財産ノ1箇又ハ数箇ニ付キ他人ノ為メニ所有権ヲ譲渡シ又ハ其他ノ物権ヲ設定シタルトキ」は「黙示ノ受諾アリトス」「但財産編第119条以下ノ制限ニ従ヒタル賃借権ノ設定ハ此限ニ在ラス」と規定していました。

 なお念のため,管理行為と民法921条1号の処分行為との関係及び同号の本文とただし書との関係について,梅謙次郎の説明を見てみましょう(梅謙次郎『民法要義巻之五〔第五版〕』(和仏法律学校=明法堂・1901年))。

 

 ・・・相続人ハ第1201条〔現行918条〕ノ規定ニ依リテ相続財産ヲ管理スル義務ヲ有スルカ故ニ(尚ホ10281040〔現行926940〕ヲ参観セヨ)処分行為ニ非サル純然タル管理行為ハ単ニ之ヲ為スノ権アルノミナラス寧ロ之ヲ為スノ義務アルモノト謂フヘシ故ニ相続財産ニ修繕ヲ加ヘ若クハ相続財産タル金銭ヲ確実ナル銀行ニ預入ルルカ如キハ相続人ノ尽スヘキ義務ニシテ為メニ単純承認ヲ為シタルモノト見做サルルノ恐ナシ(梅・五168頁)

 

 そもそも管理行為は,法定単純承認の事由とはならないのでした。

 

 ・・・尚ホ損敗シ易キ財産ヲ売却シテ其代価ヲ保管スルカ如キハ寧ロ其財産ヲ保存スルノ方法ト謂フヘク従テ学理ヨリ之ヲ言ヘハ処分ニ相違ナシト雖モ而モ保存行為トシテ純然タル管理行為中ニ包含セシムヘキコト第103条ニ付テ論シタルカ如シ又賃貸借ノ性質ニ付テハ多少ノ疑義アルヲ以テ立法者ハ第603条ニ於テ一定ノ期間ヲ超エサル賃貸借ニ限リ之ヲ管理行為ト見做スヘキコトヲ定メタリ是レ本条第1号但書ノ規定アル所以ナリ(梅・五168169頁)

 

民法921条1号ただし書は,要は,一見処分に見える行為であっても管理行為であれば管理行為であって処分行為ではない,という管理行為性を優先させる旨の規定であったようです。したがって,そこにおける「保存行為」は民法103条1号の保存行為より狭く,処分による保存行為ということになるようです。

 

3 中川理論:相続人による弁済=法定単純承認

 以上民法103条1号の保存行為について調べてみたところ,例外的に岡松参太郎博士の著書においては難しいことが書いてあるとはいえ,主要な学者らが同号の保存行為には期限の到来した債務の弁済が含まれると言っているのですから,民法918条1項の相続財産の管理において,相続人が相続債権者に対して期限の到来した債務を弁済しても,同法921条1号によって単純承認をしたものとみなされることはない,と一応はいえそうです。「拒絶権を行使しないで弁済した場合には有効な弁済であり,保存管理行為として放棄の権能を失わないものと解する。併し弁済資金を得るために相続財産を売却する行為は,本条〔918条〕第2項にいう「相続財産の保存に必要な処分」として家庭裁判所の処分命令を要するであろう。」ということになるのでしょう(中川善之助編『註釈相続法(上)』(有斐閣・1954年)235頁(谷口知平))。(なお,ここで「拒絶権」が出てくるのは,「限定承認をした場合には請求申出期間の満了前には弁済を拒絶しうるのであるから(928)態度決定前においては,弁済を拒絶しうると解しうるし,又相続債権者や受遺者が財産分離を請求しうる期間即ち相続開始より3箇月間は弁済を拒絶しうる(947)」からでしょう(同頁(谷口))。)

 しかし,現実はそう簡単ではありません。

 家族法学の大家・中川善之助博士が,民法918条1項に基づき相続財産を管理する相続人について,当該相続人が相続債権者に対して「拒絶権を行使しないでなした弁済は有効な弁済であるから,一種の遺産処分であり,相続人はこれによって,単純承認をしたものとみなされ(921条1号),限定承認及び放棄の自由を失う」と説いているからです(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)241頁。下線は筆者によるもの)。松川正毅教授も「相続債務の弁済は,保存行為とはならず管理人の権限でないと考えている」ところです(谷口知平=久貴忠彦編『新版注釈民法(27)相続(2)〔補訂版〕』(有斐閣・2013年)484頁)。

 中川博士の場合,民法918条1項に基づき相続財産を管理する相続人の相続債権者に対する弁済拒否権は,民法の具体的な条文からではなく,その理論に基づき導出されているもののようです。

 

 ・・・直ちに限定承認の規定を熟慮期間に類推してよいか疑わしいようにも思われる。

  しかし限定承認もしくは放棄をなすかも知れない相続人は,一債権者に対する弁済が他の債権者を害する結果になりうることを予想しうるものと考えられるから,熟慮のために猶予された期間中は,弁済を拒絶すべきであり,従って拒絶しうるものと解すべきである。この弁済拒絶が,債権者の公平のために,権利として認められる以上,拒絶はまた義務たるの性質も与えられざるをえないことになり・・・(中川241頁)

 

「べき論」から拒絶権が,更に拒絶権の権利性から拒絶の義務が導出されています。

「この解釈は,必らずしも法的知識に豊かでない一般相続人にとっては,やや酷に過ぎる嫌いもある。」とは,中川博士が自ら認めるところです(中川241頁)。そこでこれについて同博士は,「しかし熟慮期間の後に,限定承認なり放棄なりが来る場合を想像すれば,選択の自由の代価として,相続人がこれだけの責任を負うことは,やむをえないといわなければなるまい。」と主張します(中川241頁)。しかしながらやはり,「必らずしも法的知識に豊かでない一般相続人にとっては,やや酷に過ぎる」解釈は,公定解釈としては採用し難いのではないでしょうか。

 

4 単純承認の「意思表示」と民法921条1号の「処分」

 なお,どのような行為が民法921条1号の処分に該当するかについての問題については,「わが国の多数説は,単純承認を意思表示と見ながら,しかし実際には,殆どの単純承認が921条にいわゆる法定単純承認であって,任意の意思表示としてなされることはないだろうといっている。殆どないというのは,稀にはあるというふうに聞えるが,私は寡聞にして未だ曽つて単純承認の意思表示のなされたということを聞かず,また民法にも,戸籍法にも単純承認の意思表示に関する規定はない。」(中川246頁)という事情が影響を及ぼしているようにも思われます。

 立法者は,単純承認を意思表示とし「単純承認ニ付テハ別段ノ規定ヲ設ケサルカ故ニ一切ノ方法ニ依リテ其意思表示ヲ為スコトヲ得ヘシ」とし(梅・五164頁),例として「被相続人ノ債権者及ヒ債務者ニ対シ自己カ相続人ト為リ将来被相続人ニ代ハリテ其権利義務ヲ有スヘキ旨ヲ通知シタルカ如キハ以テ黙示ノ単純承認ト為スヘキカ」と述べていました(梅・五164165頁)。黙示の意思表示それ自体の認定ということがこのように一方で想定されていたため,民法の現行921条は,例外的条項ということになっていたようです。いわく,「本条ノ場合ニ於テハ仮令相続人カ単純承認ヲ為スノ意思アラサリシコト明瞭ナル場合ニ於テモ仍ホ単純承認アルモノトス蓋シ立法者ノ見ル所ニ拠レハ本条ノ事実アリタルトキハ仮令本人ハ単純承認ノ意思ナキモ他人ヨリ之ヲ見レハ其意思アルモノト認メサルコトヲ得サルモノト見做シタルナリ」と(梅・五167頁)。本人の意思に反してでも意思表示の擬制をもたらすものですから,民法921条1号の処分は,本来は限定的に認定されるべきものだったのでしょう。

 しかしながら,「単純承認は相続人の意思表示による効果ではない」(中川246頁),「921条の場合にのみ単純承認が生」ずる(新版注釈民法(27)〔補訂版〕517頁(川井健))ということになると,当初は黙示の意思表示の認定として処理されるはずだった問題が,民法921条1号の「処分」該当性の問題として取り扱われることになり,そうであればその分同号の「処分」の範囲が弛緩せざるを得ないことになるように思われます。

(後編に続きます。
http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466436.html)

 民法733条 女は,前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ,再婚をすることができない。

 2 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。

 

1 最高裁判所大法廷平成271216日判決

 最近の最高裁判所大法廷平成271216日判決(平成25年(オ)第1079号損害賠償請求事件。以下「本件判例」といいます。)において,法廷意見は,「本件規定〔女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定〕のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は,憲法14条1項にも,憲法24条2項にも違反するものではない。」と判示しつつ,「本件規定のうち100日超過部分〔本件規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分〕が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記当時〔遅くとも上告人が前婚を解消した日(平成20年3月の某日)から100日を経過した時点〕において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていた」ものとの違憲判断を示しています。

 女性が再婚する場合に係る待婚期間の制度については,かねてから「待婚期間の規定は、十分な根拠がなく,立法論として非難されている。」と説かれていましたが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)31頁。なお,下線は筆者によるもの),最高裁判所は本件判例において違憲であるとの判断にまで踏み込んだのでした。

 

2 我妻榮の民法733条批判

 待婚期間規定に対して,我妻榮は次のように批判を加えていました(我妻3132頁)。

 

  第1に,この制度が父性決定の困難を避けるためなら,後婚がいやしくも成立した後は,〔民法744条に基づき〕取り消しても意味がない。少なくとも,この制度を届書受理の際にチェックするだけのものとして,取消権を廃止すべきである。

  第2に,父性推定の重複を避けるためには,――父性の推定は・・・,前婚の解消または取消後300日以内であって後婚の成立の日から200日以後だから〔民法772条〕――待婚期間は100日で足りるはずである。

  第3に,待婚期間の制限が除かれる場合(733条2項)をもっと広く定むべきである。

  第4に,以上の事情を考慮すると,待婚期間という制限そのものを廃止するのが一層賢明であろう。ことにわが国のように,再婚は,多くの場合,前婚の事実上の離婚と後婚の事実上の成立(内縁)を先行している実情の下では,弊害も多くはないであろう。

 

 民法733条を批判するに当たって我妻榮は,同条は「専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮」から設けられたものと解する立場を採っています(我妻3031頁)。

 

  妻は,婚姻が解消(夫の死亡または離婚)しても,あまりに早く再婚すべきものではない,とする制限は,以前から存在したが,それは別れた夫に対する「貞」を守る意味であった・・・。しかし,現在の待婚期間には,そうした意味はなく,専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮である。第2項の規定は,このことを示す。

 

3 待婚期間に係る梅謙次郎の説明

民法起草者の一人梅謙次郎は,民法733条の前身である民法旧767条(「女ハ前婚ノ解消又ハ取消ノ日ヨリ6个月ヲ経過シタル後ニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得ス/女カ前婚ノ解消又ハ取消ノ前ヨリ懐胎シタル場合ニ於テハ其分娩ノ日ヨリ前項ノ規定ヲ適用セス」)に関して,次のように説明しています(梅謙次郎『民法要義 巻之四 親族編 訂正増補第二十版』(法政大学・中外出版社・有斐閣書房・1910年)9193頁)。

 

 本条ノ規定ハ血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メニ設ケタルモノナリ蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ故ニ前婚消滅ノ後6个月ヲ経過スルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルモノトセリ而シテ此6个月ノ期間ハ法医学者ノ意見〔本件判例に係る山浦善樹裁判官反対意見における説明によれば「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」〕ヲ聴キテ之ヲ定メタルモノナリ

 ・・・

 民法施行前ニ在リテハ婚姻解消ノ後300日ヲ過クルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルヲ原則トシ唯医師ノ診断書ニ由リ遺胎ノ徴ナキコトヲ証明スルトキハ例外トシテ再婚ヲ許シ若シ遺胎ノ徴アルトキハ分娩ノ後ニ非サレハ之ヲ許ササルコトトセリ〔明治7年(1874年)9月29日の太政官指令では「自今婦タル者夫死亡セシ日又ハ離縁ヲ受ケシ日ヨリ300日ヲ過サレハ再婚不相成候事/但遺胎ノ徴ナキ旨2人以上ノ証人アル者ハ此限ニアラス」とされていました。〕是レ稍本条ノ規定ニ類スルモノアリト雖モ若シ血統ノ混乱ヲ防ク理由ノミヨリ之ヲ言ヘハ300日ハ頗ル長キニ失スルモノト謂ハサルコトヲ得ス蓋シ仏国其他欧洲ニ於テハ300日ノ期間ヲ必要トスル例最モ多シト雖モ是レ皆沿革上倫理ニ基キタル理由ニ因レルモノニシテ夫ノ死ヲ待チテ直チニ再婚スルハ道義ニ反スルモノトスルコト恰モ大宝律ニ於テ夫ノ喪ニ居リ改嫁スル者ヲ罰スルト同一ノ精神ニ出タルモノナリ(戸婚律居夫喪改嫁条)然ルニ近世ノ法律ニ於テハ此理由ニ加フルニ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テシタルカ故ニ分娩後ハ可ナリトカ又ハ遺胎ノ徴ナケレハ可ナリトカ云ヘル例外ヲ認ムルニ至リシナリ然リト雖モ一旦斯ノ如キ例外ヲ認ムル以上ハ寧ロ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テ唯一ノ理由ト為シ苟モ其混乱ノ虞ナキ以上ハ可ナリトスルヲ妥当トス殊ニ再婚ヲ許ス以上ハ6月ト10月トノ間ニ倫理上著シキ差異アルヲ見ス是新民法ニ於テモ旧民法ニ於ケルカ如ク右ノ期間ヲ6个月トシタル所以ナリ 

 
4 6箇月の待婚期間の立法目的

 

(1)山浦反対意見

 梅謙次郎の上記『民法要義 巻之四』等を検討した山浦善樹裁判官は,本件判例に係る反対意見において「男性にとって再婚した女性が産んだ子の生物学上の父が誰かが重要で,前夫の遺胎に気付かず離婚直後の女性と結婚すると,生まれてきた子が自分と血縁がないのにこれを知らずに自分の法律上の子としてしまう場合が生じ得るため,これを避ける(つまりは,血統の混乱を防止する)という生物学的な視点が強く意識されていた。しかし,当時は血縁関係の有無について科学的な証明手段が存在しなかった(「造化ノ天秘ニ属セリ」ともいわれた。)ため,立法者は,筋違いではあるがその代替措置として一定期間,離婚等をした全ての女性の再婚を禁止するという手段をとることにしたのである。・・・多数意見は,本件規定の立法目的について,「父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐこと」であるとするが,これは,血縁判定に関する科学技術の確立と家制度等の廃止という社会事情の変化により血統の混乱防止という古色蒼然とした目的では制度を維持し得なくなっていることから,立法目的を差し替えたもののように思える。・・・単に推定期間の重複を避けるだけであれば,重複も切れ目もない日数にすれば済むことは既に帝国議会でも明らかにされており,6箇月は熟慮の結果であって,正すべき計算違いではない。・・・民法の立案者は妻を迎える側の立場に立って前夫の遺胎を心配していたのであって,生まれてくる子の利益を確保するなどということは,帝国議会や法典調査会等においても全く述べられていない。」と述べています。

 しかし,「蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ」といった場合の「血統」の「混乱」とは,再婚した母の出産した子について前夫及び後夫に係る嫡出の推定(民法772条2項,旧820条2項)が重複してしまうことによって父を定めることを目的とする訴え(同法773条,旧821条)が提起されたところ,生物学上の父でない方を父と定める判決又は合意に相当する審判(家事事件手続法277条)がされてしまう事態を指すように一応思われます。嫡出の推定が重複するこの場合を除けば,「生物学な視点」から問題になるのは,「前夫の子と推定されるが事実は後夫の子なので,紛争を生じる」場合(前夫との婚姻期間中にその妻と後夫とが関係を持ってしまった場合)及び「後夫の子と推定されるが事実は前夫の子なので,紛争を生じる」場合(妻が離婚後も前夫と関係を持っていた場合。山浦裁判官のいう前記「血統の混乱」はこの場合を指すようです。)であるようですが,これらの紛争は,嫡出推定の重複を防ぐために必要な期間を超えて再婚禁止期間をいくら長く設けても回避できるものではありません(本件判例に係る木内道祥裁判官の補足意見参照)。

 

(2)再婚の元人妻に係る妊娠の有無の確認及びその趣旨

 「血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メ」には,元人妻を娶ろうとしてもちょっと待て,妊娠していないことがちゃんと分かってから嫁に迎えろよ,ということでしょうか。

旧民法人事編32条(「夫ノ失踪ニ原因スル離婚ノ場合ヲ除ク外女ハ前婚解消ノ後6个月内ニ再婚ヲ為スコトヲ得ス/此制禁ハ其分娩シタル日ヨリ止ム」)について,水内正史編纂の『日本民法人事編及相続法実用』(細謹舎・1891年)は「・・・茲ニ一ノ論スヘキハ血統ノ混淆ヨリ婚姻ヲ防止スルモノアルコト是ナリ即夫ノ失踪シタル為ニ婦ヲ離婚シタル場合ヲ除キ其他ノ原因ヨリ離婚トナル場合ニ於テハ女ハ前婚期ノ解消シタル後6ヶ月ハ必ス寡居ス可キモノニシテ6ヶ月以内ハ再婚スルコトヲ得ス是レ6ヶ月以内ニ再婚スルヿヲ許ストキハ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルカ将タ後夫ノ子ナルカ得テ知リ能ハサレハナリ而シテ寡居ノ期間ヲ6ヶ月ト定メタルハ子ノ懐胎ヨリ分娩ニ至ル期間ハ通常280日ナレトモ時トシテハ180日以後ハ分娩スルコトアルヲ以テ180日即6ヶ月ヲ待ツトキハ前夫ノ子ヲ懐胎シタルニ於テハ其懐胎ヲ知リ得ヘク従テ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルコトヲ知リ得レハナリ此故ニ此制禁ハ其胎児ノ分娩シタルトキハ必スシモ6ヶ月ヲ待ツヲ要セス其時ヨリ禁制ハ息ムモノトス(32)」と説いており(2728頁。下線は筆者によるもの),奥田義人講述の『民法人事編』(東京専門学校・1893年)は「()()失踪(・・)()源因(・・)する(・・)離婚(・・)()場合(・・)()除く(・・)外女(・・)()前婚(・・)解消(・・)()()6ヶ月内(・・・・)()再離(・・)〔ママ〕()()さる(・・)もの(・・)()なす(・・)()()()()制限(・・)()()なり(・・)(第32条)而して此の制限の目的は血統の混合を防止するに外ならさるものとす蓋し婚姻解消の後直ちに再婚をなすを許すことあらんか再婚の後生れたる子ハ果して前夫の子なるか将た又後夫の子なるか之れを判明ならしむるに難けれはなり其の前婚解消の後6ヶ月の経過を必要となすは懐胎より分娩に至るまての最短期を採りたること明かなり去りなから若充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し・・・」と説いていました(85頁)。ちなみに,旧民法人事編91条2項は「婚姻ノ儀式ヨリ180後又ハ夫ノ死亡若クハ離婚ヨリ300日内ニ生マレタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました(下線は筆者によるもの)。

 しかし,民法旧767条1項の文言からすると,女性の前婚解消後正に6箇月がたってその間前婚期間中に懐胎したことが分かってしまった場合であっても,当事者がこれでいいのだと決断すれば,再婚は可能ということになります。ところが,これでいいのだと言って再婚したとしても,後婚夫婦間に生まれた子が直ちに後夫の法律上の子になるわけではありません。民法旧820条も「妻カ婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子ト推定ス/婚姻成立ノ日ヨリ200日後又ハ婚姻ノ解消若クハ取消ノ日ヨリ300日内ニ生レタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました。すなわち,前婚中前夫の子を懐胎していた女性とその前婚解消後6箇月たって当該妊娠を確実に承知の上これでいいのだと婚姻した後夫にとって,新婚後3箇月足らずで妻から生まれてくる子は自分の子であるものとは推定されません。そうであれば,後の司法大臣たる奥田義人の前記講述中「(もし)充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し」の部分に注目すると,「血統の混淆」とは,再婚した元人妻が新しい夫との婚姻早々,前夫の子であることが嫡出推定から明らかな子を産む事態を実は指しているということでしょうか。本件判例に係る木内裁判官の補足意見における分類によれば,「前夫の子と推定され,それが事実であるが,婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」事態でしょう。

旧民法人事編32条及び民法旧767条は,嫡出推定の重複を避けることに加えて,当該重複を避けるために必要な期間(旧民法で120日,民法で100日)を超える部分については,恋する男性に対して,ほれた元人妻とはいえ,前夫の子を妊娠しているかいないかを前婚解消後6箇月の彼女の体型を自分の目で見て確認してから婚姻せよ,と確認の機会を持つべきものとした上で,当該確認の結果妊娠していることが現に分かっていたのにあえて婚姻するのならば「婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」ことは君の新家庭ではないものと我々は考えるからあとは自分でしっかりやってよ,と軽く突き放す趣旨の条項だったのでしょうか。彼女が妊娠しているかどうか分からないけどとにかく早く結婚したい,前夫の子が産まれても構わない,ぼくは彼女を深く愛しているから家庭の平和が乱されることなんかないんだと言い張るせっかちな男性もいるのでしょうが,実際に彼女が前夫の子かもしれない子を懐胎しているのが分かったら気が変わるかもしれないよなとあえて自由を制限する形で醒めた配慮をしてあげるのが親切というものだったのでしょうか。そうだとすると,一種の男性保護規定ですね。大村敦志教授の紹介による梅謙次郎の考え方によると,「兎に角婚姻をするときにまだ前の種を宿して居ることを知らぬで妻に迎へると云ふことがあります・・・さう云ふことと知つたならば夫れを貰うのでなかつたと云ふこともあるかも知れぬ」ということで〔(梅・法典調査会六93頁)〕,「「6ヶ月立つて居れば先夫の子が腹に居れば,・・・もう表面に表はれるから夫れを承知で貰つたものならば構はぬ」(法典調査会六94頁)ということ」だったそうです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)2829頁)。なお,名古屋大学のwww.law.nagoya-ふu.ac.jp/jalii/arthis/1890/oldcivf2.htmlウェッブページによれば,旧民法人事編の待婚期間の長さは,第1草案及び再調査案においては嫡出推定の重複を避け,かつ,切れ目がないようにするためのきっちり4箇月(約120日)であったところ,法取委〔法律取調委員会〕上申案以後6箇月になっています。旧民法人事編の「第1草案」については「明治21年〔1888年〕7月頃に,「第1草案」の起草が終わった。分担執筆した幾人かの委員とは,熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎,井上正一であり,いずれもフランス法に強い「報告委員」が担当した。「第1草案」の内容は,かなりヨオロッパ的,進歩的なものであった。」と述べられ(大久保泰甫『日本近代法の父 ボアソナアド』(岩波新書・1998年)157頁),更に「その後,法律取調委員会の・・・本会議が開かれ,「第1案」「第2按」「再調査案」「最終案」と何回も審議修正の後,ようやく明治23年〔1890年〕4月1日に人事編が・・・完成し,山田〔顕義〕委員長から〔山県有朋〕総理大臣に提出された。」と紹介されています(同158頁)。

 

(3)本件判例

 本件判例の法廷意見は,民法旧767条が目的としたところは必ずしも一つに限られてはいなかったという認識を示しています。いわく,「旧民法767条1項において再婚禁止期間が6箇月と定められたことの根拠について,旧民法起訴時の立案担当者の説明等からすると,その当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,①再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。③また,諸外国の法律において10箇月の再婚禁止期間を定める例がみられたという事情も影響している可能性がある。」と(①②③は筆者による挿入)。続けて,法廷意見は「しかし,その〔昭和22年法律第222号による民法改正〕後,医療や科学技術が発達した今日においては,上記のような各観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難になったといわざるを得ない。」と述べていますが,ここで維持できなくなった観点は①及び③であろうなと一応思われます(③については判決文の後の部分で「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。」と述べられています。)。

 ところで,本件判例の法廷意見は更にいわく,「・・・妻が婚姻前から懐胎していた子を産むことは再婚の場合に限られないことをも考慮すれば,再婚の場合に限って,①前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間を超えて婚姻を禁止する期間を設けることを正当化することは困難である。他にこれを正当化し得る根拠を見いだすこともできないことからすれば,本件規定のうち100日超過部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとなっているというべきである。」と(①②は筆者による挿入)。さて,100日を超えた約80日の超過部分を設けることによって防止しようとした「婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態」とはそもそも何でしょう。当該約80日間が設けられたことによって,前婚解消後6箇月で直ちに再婚した妻の産む子のうち後婚開始後約120日経過後200日経過前の期間内に生まれた子には前夫及び後夫いずれの嫡出推定も及ばないことになります。むしろ父子関係が争われやすくなるようでもありました(昭和15年(1940年)1月23日の大審院連合部判決以前は,婚姻成立の日から200日たたないうちに生まれた子を非嫡出子としたものがありました(我妻215頁参照)。)。嫡出推定の切れ目がないよう前婚解消後100日経過時に直ちに再婚したがる女性には何やら後夫に対する隠し事があるように疑われ,後夫が争って,つい嫡出否認の訴えを提起したくなるということでしょうか。しかし,嫡出否認の訴えが成功すればそもそも父子関係がなくなるので,この争い自体から積極的な「血統に混乱」は生じないでしょう。(なお,前提として,「厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間」の範囲内については②の観点は依然として有効であることが認められていると読むべきでしょうし,そう読まれます。)「再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとした」ことと②の「再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点」との結び付きはそもそも強いものではなかったように思われます。また,前夫の嫡出推定期間内に生まれる子の生物学上の父が実は後夫である場合は,むしろ嫡出推定が重複する期間を設けて紛戦に持ち込み,父を定めることを目的とする訴えを活用して生物学上の父と法律上の父とが合致するようにし,もって「血統の混乱」を取り除くことにする方がよいのかもしれません。しかし,そのためには逆に,待婚期間は短ければ短い方がよく,理想的には零であるのがよいということになってしまうようです(なお,待婚期間がマイナスになるのは,重婚ということになります。)。この点については更に,大村教授は「嫡出推定は婚姻後直ちに働くとしてしまった上で,二つの推定の重複を正面から認めよう,という発想」があることを紹介しています(大村29頁)。

それでは,①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」と現在は「医療や科学技術が発達した」こととの関係はどうでしょうか。現在は6箇月たたなくとも妊娠の有無が早期に分かるから,そこまでの待婚期間は不要だということでしょう。しかし,「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」においては「女の体型」という外見が重視されているようであり,女性が妊娠を秘匿している事態も懸念されているようではあります。妊娠検査薬があるといっても,女性の協力がなければ検査はできないでしょうが,その辺の事情には明治や昭和の昔と平成の現代とで変化が生じているものかどうか。

本件判例の法廷意見は,憲法24条1項は「婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」と解した上で「上記のような婚姻をするについての自由」は「十分尊重に値するもの」とし,さらには,再婚について,「昭和22年民法改正以降,我が国においては,社会状況及び経済状況の変化に伴い婚姻及び家族の実態が変化し,特に平成期に入った後においては,晩婚化が進む一方で,離婚件数及び再婚件数が増加するなど,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情も認めることができる」ものとしています。「婚姻をするについての自由」に係る憲法24条1項は昭和22年民法改正のそもそもの前提だったのですから,その後に①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」の有効性が減少したことについては,やはり,後者の「再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情」が大きいのでしょうか。「再婚」するにはそもそも主に離婚が前提となるところ,離婚の絶対数が増えれば早く再婚したいという人の絶対数も増えているのでしょう。ちなみに,女性が初婚時よりも再婚時の方が良い妻になることが多いという精神分析学説がありますが(„Ich meine, es muß dem Beobachter auffallen, in einer wie ungewönlich großen Anzahl von Fällen das Weib in einer ersten Ehe frigid bleibt und sich unglücklich fühlt, während sie nach Lösung dieser Ehe ihrem zweiten Manne eine zärtliche und beglückende Frau wird.“(Sigmund Freud, Das Tabu der Virginität, 1918)),これは本件判例には関係ありません。

しかし,現代日本の家族は核家族化したとはいえ,「家庭の不和」の当事者としては,夫婦のみならず,子供も存在し得るところです。

 

5 待婚期間を不要とした実例:アウグストゥス

 

(1)アウグストゥスとリウィアとリウィアの前夫の子ドルスス

 ところで,前夫の子を懐胎しているものと知りつつ,当該人妻の前婚解消後直ちにこれでいいのだと婚姻してしまった情熱的な男性の有名な例としては,古代ローマの初代皇帝アウグストゥスがいます。

 

  〔スクリボニアとの〕離婚と同時にアウグストゥスは,リウィア・ドルシラを,ティベリウス・ネロの妻でたしかに身重ですらあったのにその夫婦仲を裂き,自分の妻とすると(前38年),終生変らず比類なく深く愛し大切にした。(スエトニウス「アウグストゥス」62(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 前63年生まれのアウグストゥスは,前38年に25歳になりました。リウィアは前58年の生まれですから,アウグストゥスの5歳年下です。両者の婚姻後3箇月もたたずに生まれたリウィアの前夫ティベリウス・クラウディウス・ネロの息子がドルススです。

 

  〔4代目皇帝〕クラウディウス・カエサルの父ドルススは,かつて個人名をデキムスと,その後でネロと名のった。リウィアは,この人を懐妊したまま,アウグストゥスと結婚し,3ヶ月も経たぬ間に出産した(前38年)。そこでドルススは,継父の不義の子ではないかと疑われた。たしかにドルススの誕生と同時に,こんな詩句が人口に膾炙した。

  「幸運児には子供まで妊娠3ヶ月で生れるよ」

  ・・・

  ・・・アウグストゥスは,ドルススを生存中もこよなく愛していて,ある日元老院でも告白したように,遺書にいつも,息子たちと共同の相続人に指名していたほどである。

  そして〔前9年に〕彼が死ぬと,アウグストゥスは,集会で高く賞揚し,神々にこう祈ったのである。「神々よ,私の息子のカエサルたちも,ドルススのごとき人物たらしめよ。いつか私にも,彼に授けられたごとき名誉ある最期をたまわらんことを」

  アウグストゥスはドルススの記念碑に,自作の頌歌を刻銘しただけで満足せず,彼の伝記まで散文で書いた。(スエトニウス「クラウディウス」1(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(下)』(岩波文庫・1986年)))

 

(2)アウグストゥス家の状況

しかし,共和政ローマの名門貴族クラウディウス一門(アッピア街道で有名なアッピウス・クラウディウス・カエクスもその一人)のティベリウス・クラウディウス・ネロ(前33年没)を法律上の父として持つドルススは,母の後夫であり,自分の生物学上の父とも噂されるアウグストゥスの元首政に対して批判的であったようです。

 

 〔ドルススの兄で2代目皇帝の〕ティベリウスは・・・弟ドルスス・・・の手紙を公開・・・した。その手紙の中で弟は,アウグストゥスに自由の政体を復活するように強制することで兄に相談をもちかけていた。(スエトニウス「ティベリウス」50(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 少なくとも皇帝としてのアウグストゥスに対しては,反抗の意思があったわけです。

 

 ところでドルススには名声欲に劣らぬほど,民主的な性格が強かったと信じられている。

 ・・・彼はそうする力を持つ日がきたら,昔の共和政を復活させたいという希望を,日頃から隠していなかったといわれているからである。

 ここに,ある人らが大胆にも次のような説を伝えている根拠があると私は思うのである。

 ドルススはアウグストゥスに不信の念を抱かれ,属州から帰還を命じられても逡巡していて毒殺されたと。この説を私が紹介したのは,これが真実だとか,真相に近いと思ったからではなく,むしろこの説を黙殺したくなかったからにすぎない。(スエトニウス「クラウディウス」1)

 

 自分の本当の父親が誰であるのか悩むことがあったであろうドルススの心事を忖度することには興味深いものがあります。

 アウグストゥスの家庭は,余り平和ではありませんでした。

 

 〔アウグストゥスは,リウィアと再婚する際離婚した〕スクリボニアからユリアをもうける。リウィアからは熱烈に望んでいたのに一人の子供ももうけなかった。もっとも胎内に宿っていた赤子が月足らずで生まれたことはあるが。(スエトニウス「アウグストゥス」63

 

  娘と孫娘のユリアは,あらゆるふしだらで穢れたとして島に流した。(スエトニウス「アウグストゥス」65

 

6 待婚期間を回避した実例:ナポレオン

 

(1)ナポレオンの民法典

 「我々は,良俗のためには,離婚と2度目の婚姻との間に間隔を設けることが必要であると考えた。(Nous avons cru, pour l’honnêteté publique, devoir ménager une intervalle entre le divorce et un second mariage.)」と述べたのは,ナポレオンの民法典に係る起草者の一人であるポルタリスです(Discours préliminaire du premier projet de Code civil, 1801)。1804年のナポレオンの民法典における待婚期間に関する条項にはどのようなものがあったでしょうか。

 

 第228条 妻は,前婚の解消から10箇月が経過した後でなければ,新たに婚姻することができない。(La femme ne peut contracter un nouveau mariage qu’après dix mois révolus depuis la dissolution du mariage précédent.

 

これは我が民法733条1項及び旧767条1項並びに旧民法民事編32条1項に対応する規定ですね。ただし,待婚期間が6箇月ではなく10箇月になっています。また,ナポレオンの民法典228条は,離婚以外の事由による婚姻の解消(主に死別)の場合に適用がある規定です。

共和国10年葡萄月(ヴァンデミエール)14日(180110月6日)に国務院(コンセイユ・デタ)でされた民法典に関する審議の議事(同議事録http://archives.ih.otaru-uc.ac.jp/jspui/handle/123456789/53301第1巻294295頁)を見ると,同条の原案には,décence”(品位,節度)がそれを要請するであろうとして(ブーレ発言),後段として「夫も,当該解消から3箇月後でなければ,2度目の婚姻をすることができない。(le mari ne peut non plus contracter un second mariage qu’après trois mois depuis cette dissolution.)」という規定が付け足されていました。同条の原案に対する第一執政官ナポレオンの最初の感想は,「10箇月の期間は妻には十分長くはないな。」であり,司法大臣アブリアルが「我々の風習では,その期間は1年間で,喪の年(l’an de deuil)と呼ばれています。」と合の手を入れています。トロンシェが,「実際のところ,妻に対する禁制の目的は,la confusion de partを防ぐことであります。夫についてはそのような理由はありません。彼らの家計を維持する関係で妻の助力を必要とする耕作者,職人,そして人民階級の多くの諸個人にとっては,提案された期間は長過ぎます。」と発言しています。議長であるナポレオンが「アウグストゥスの例からすると妊娠中の女とも婚姻していたのだから,古代人はla confusion de partの不都合ということを気にしてはいなかったよな。夫の方については,規定せずに風習と慣例とに委ねるか,もっと長い期間婚姻を禁ずるかのどちらかだな。この点で民法典が,慣習よりもぬるいということになるのはまずい。」と総括し,結局同条については,後段を削った形で採択されています。しかして残った同条は,端的にla confusion de partを防ぐための条項であるかといえば,アウグストゥスの例に触れた最終発言によれば第一執政官はその点を重視していたようには見えず,さりとて「喪の年」を2箇月縮めたものであるとも言い切りにくいところです。(ただし,この10箇月の期間にはいわれがあるところで,古代ローマの2代目国王「ヌマは更に喪を年齢及び期間によつて定めた。例へば3歳以下の幼児が死んだ時には喪に服しない。もつと年上の子供も10歳まではその生きた年数だけの月数以上にはしない。如何なる年齢に対してもそれ以上にはせず,一番長い喪の期間は10箇月であつて,その間は夫を亡くした女たちは寡婦のままでゐる。その期限よりも前に結婚した女はヌマの法律に従つて胎児を持つてゐる牝牛を犠牲にしなければならな」かった,と伝えられています(プルタルコス「ヌマ」12(河野与一訳『プルターク英雄伝(一)』(岩波文庫・1952年)))。また,ヌマによる改暦より前のローマの暦では1年は10箇月であったものともされています(プルタルコス「ヌマ」18・19)。なお,“La confusion de part”“part”は「新生児」の意味で,「新生児に係る混乱」とは,要は新生児の父親が誰であるのか混乱していることです。これが我が国においては「血統ノ混乱」と訳されたものでしょうか。

離婚の場合については,特別規定があります。

 

296条 法定原因に基づき宣告された離婚の場合においては,離婚した女は,宣告された離婚から10箇月後でなければ再婚できない。(Dans le cas de divorce prononcé pour cause déterminée, la femme divorcée ne pourra se remarier que dix mois apès le divorce prononcé.

 

297条 合意離婚の場合においては,両配偶者のいずれも,離婚の宣告から3年後でなければ新たに婚姻することはできない。(Dans le cas de divorce par consentement mutuel, aucun des deux époux ne pourra contracter un nouveau mariage que trois ans après la pronunciation du divorce.

 

 面白いのが297条ですね。合意離婚の場合には,男女平等に待婚期間が3年になっています。ポルタリスらは当初は合意離婚制度に反対であったので(Le consentement mutuel ne peut donc dissoudre le mariage, quoiqu’il puisse dissoudre toute autre société.(ibid)),合意離婚を認めるに当たっては両配偶者に一定の制約を課することにしたのでしょう。男女平等の待婚期間であれば,我が最高裁判所も,日本国憲法14条1項及び24条2項に基づき当該規定を無効と宣言することはできないでしょう。

 ただ,ナポレオンの民法典297条が皇帝陛下にも適用がある(ないしは国民の手前自分の作った民法典にあからさまに反することはできない)ということになると,一つ大きな問題が存在することになったように思われます。

 18091215日に皇后ジョゼフィーヌと婚姻解消の合意をしたナポレオンが,どうして3年間待たずに1810年4月にマリー・ルイーズと婚姻できたのでしょうか。

 ジョゼフィーヌの昔の浮気を蒸し返して法定原因に基づく離婚(ナポレオンの民法典296条参照)とするのでは,皇帝陛下としては恰好が悪かったでしょう。どうしたものか。

 

(2)18091216日の元老院令

 実は,18091215日のナポレオンとジョゼフィーヌとの合意に基づく婚姻解消は,合意離婚ではなく,立法(同月16日付け元老院令)による婚姻解消という建前だったのでした。合意離婚でなければ,夫であるナポレオンが再婚できるまで3年間待つ必要はありません。

 上記元老院令は,その第1条で「皇帝ナポレオンと皇后ジョゼフィーヌとの間の婚姻は,解消される。(Le mariage contracté entre l’Empereur Napoléon et l’Impératrice Joséphine est dissous.)」と規定しています。

 大法官は,カンバセレス。ナポレオンに最終的に「婚姻解消,やらないか。」と言ったのは,フーシェでもタレイランでもなく彼だったものかどうか。いずれにせよ,厄介な法律問題を処理してくれたカンバセレスの手際には,皇帝陛下も「いい男」との評価を下したことでしょう。

 こじつけのようではありますが,1809年においても2015年においても,1216日は,離婚後の長い待婚期間の問題性が表面化された日でありました。

1 責任と「責任」

責任というのは,難しい言葉です。

 

(1)日本語

 国語辞書的には,責任は,「人や団体が,なすべき務めとして,みずから引き受けなければならないもの。「それは彼の――だ」「――を取る」「――を果たす」」とされています(『岩波国語辞典 第四版』(1986年))。

 「なすべき務め」というから,責任は作為義務(なす債務)ということですね。その内容は,善良な管理者の注意義務で決まる(民法644条)ということになるようです。

 

(2)民法

 しかし,民法を勉強していると,違う「責任」が出てきて,頭を大いにひねることになります。

 

  執行力のうち,特に金銭債権について,債務者の一般財産への強制執行(差押え・換価)により債権の内容を実現する効力を摑取力(かくしゅりょく)といい,この摑取力に服することを,債務者の責任という。これに対して,債権の内容をそのままの形で強制的に実現する効力のことを貫徹力ということがある。(内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物件[第2版]』(東京大学出版会・2004年)111頁)

 

「○○力」が出てくると,自己啓発本みたいですね。

しかし,「債務者に責任があるのは当たり前だろう。」と普通に考えて(確かに,日本語では前記のとおり,責任=債務です。),この辺を気楽に読むと,少し先の頭の体操で難儀することになります。

 

 ・・・執行力のない債権はあるだろうか。/たとえば,執行しないとの特約をした債権はこれにあたる。判決はもらえる(したがって自然債務ではない)が,執行はできない。特に,金銭債権の場合,執行できないということは,債務者の一般財産が債務の引当になること(つまり責任)がない,ということを意味する。このため,責任なき債務と呼ばれる。(内田113頁)

 

「貧乏で財産がないから差し押さえるべき財産も無いということか。それで執行しないことにしてもらったのか。つまり,貧乏なくせに借金するのは無責任なやつということかな。」というわけではありません。「責任」なき債務の場合,債務者がどんなにお金持ちであっても債権者は債務者の財産に手をつけることができず,かつ,そのことは債務者の人格の道徳的評価とは無関係です。債務者の性格が無責任なのではなくて,債務に「責任」が伴っていないだけです。したがって,「責任」のない債務は,善意の第三者に債権譲渡されてもなおその「責任」のない性質を持続するものとされています(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店・1964年)74頁)。

 

  これに対して,責任だけがあって債務がない場合もある。たとえば,友人が借金するというので自分の土地を担保に提供し,抵当権を設定した場合である。このような人のことを物上保証人という。債務は負っていないが,友人が弁済しなければその土地が債務の引当になるという意味で責任のみを負っている。(内田113頁)

 

「なるほど。金を返さなきゃならないのは債務者で,物上保証人は抵当権設定のための書面に,債務者に頼まれてはんこを押しただけだからね。つまり,保証人は,自分が金を返すという債務を債権者に対して負わないってことだね。」とまとめると,間違いということになってしまうのが法律の困ったところです。物上保証人は債権者に対して債務者ではないのですが,「物上」のつかない保証人(「連帯」保証人を含む。)は,債権者に対して保証債務を負う債務者です。保証契約は,保証人と債務者との間の契約ではなくて,保証人と債権者との間の契約です。

 

(3)ゲルマン法とSchuld und Haftung

債務と「責任」とを分けて論ずる煩瑣な思考は,ゲルマン法由来であるそうです。

 

 一定の財産が債務の「引き当て」(担保)となっていること,いいかえれば,債務が履行されない場合にその債権の満足をえさせるために一定の財産が担保となっていることを「責任」(Haftung)という。債務(Schuld)は一定の給付をなすべしという法律的当為(rechtliches Sollen)を本質とするのに対し,責任はこの当為を強制的に実現する手段に当る。元来かような意味での債務と責任とを区別することは,ゲルマン法において顕著であったといわれている。そこでは,債務自体としては,常に法律的当為だけを内容とし,この当為を実行しない者が債権者の摑取力(Zugriffsmacht)に服すること,すなわち責任は,債務とは別個の観念とされた。殊に最初は,契約その他の事由によって債務を生じても,責任はこれに伴わず,責任は別に責任の発生自体を目的とする契約その他の原因によって始めて生じたものであり,またその責任も人格的責任(人格自体が債権者の摑取力に服する)と財産的責任とに大別され,それぞれ更に種々に区別されていた。・・・(我妻72頁)

 

 つまり,責任感あふるる債務者だから「責任」はいらない,ということになるわけです。すなわち,「おれが責任をもって金を返すって言ってるんだから,おれに「責任」まで負わせる必要はないだろう。」「そうだね,きみは責任を果たすから「責任」設定契約まではいらないね。」というような具合です。責任と「責任」とは食い合わせが悪いようです。

 なお,前記の人格的責任は,「ごめんなさい」と道徳的に謝罪をする責任のことではなく,「債奴,民事拘束」(我妻73頁)のように身体が抑えられ,いわばからだで償うことです。

 

2 「責任」のアヤ(und Verantwortung

 ところで,Schuld(債務,罪)とHaftung(「責任」)とは,ゲルマン人の後裔による次のドイツ文では意識的に使い分けられていたのでしょうか。

 

  Wir alle, ob schuldig oder nicht, ob alt oder jung, müssen die Vergangenheit annehmen. Wir alle sind von ihren Folgen betroffen und für sie in Haftung genommen.

 (我々は皆,罪があってもなくても,老いていても若くても,過去を受け入れなければなりません。我々皆に,その帰結はかかわるものであり,かつ,「責任」が及んでいるのです。)

 

 1985年5月8日にされたドイツ連邦共和国のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領によるドイツ終戦40周年記念日演説(我が国では「荒れ野の40年」演説として知られています。)の一節です。ヴァイツゼッカーは,東部戦線からの復員後,法律を勉強していました。(また,自分の父エルンスト(第三帝国の外交官)の戦争犯罪に係る裁判で弁護のために