Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

カテゴリ: 民法

1 フィンテック法による仮想通貨に係る法規制

 何やら難しく響く名称の「仮想通貨」について論ずることは,一般の方々においては敬遠されているだろう,したがって,当該主題について書くと,「長い」「難しい」とつとに評判の悪い本ブログの読者を更に減らすことであろうとばかり思っていました。

 しかしながら最近,仮想通貨の将来性及びそこにおける投資機会について熱心に語られる年配の御婦人方と会う機会があり,考えを改めました。今や仮想通貨の日常化はすぐそこまで来ているのであり,そうであるのならば,あらかじめ,仮想通貨に関する法規制に関して一般の方々もある程度の知識を持っておられる方がよいと考えるに至ったものです。

 今年(2016年)6月3日に公布された情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律(平成28年法律第62号。長い題名ですので以下「フィンテック法」と呼称することにしましょう。)によって,仮想通貨概念は既に実定法化されているところです。具体的には,フィンテック法11条によって改正される資金決済に関する法律(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」といいます。)の改正後2条5項が次のように規定しています(なお,フィンテック法の施行は,公布の日(2016年6月3日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日からです(同法附則1条)。)。

 

 5 この法律において「仮想通貨」とは,次に掲げるものをいう。

  一 物品を購入し,若しくは借り受け,又は役務の提供を受ける場合に,これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ,かつ,不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り,本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

  二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

 

 なお,通貨建資産については,改正後資金決済法2条6項が次のように定義しています。

 

6 この法律において「通貨建資産」とは,本邦通貨若しくは外国通貨をもって表示され,又は本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行,払戻しその他これらに準ずるもの(以下この項において「債務の履行等」という。)が行われることとされている資産をいう。この場合において,通貨建資産をもって債務の履行等が行われることとされている資産は,通貨建資産とみなす。

 

 やはり難しいですね。

長くなりすぎず,難しくなりすぎないように注意しながら,今回の記事を書いていこうと思います。

なお,「現在交換所において法定通貨との取引が確認されている,ビットコイン(Bitcoin),ライトコイン(Litecoin),ドージコイン(Dogecoin)は①〔改正後資金決済法2条5項1号〕の定義に該当し,ビットコインと相互に交換ができるイーサ(Ether),カウンターパーティコイン(XCP)などは,②〔改正後資金決済法2条5項1号〕の定義に該当すると考えられ」ています(堀天子『実務解説資金決済法[第2版]』(商事法務・2016年)37頁)。

 

2 仮想通貨の定義に係る解釈

まず,改正後資金決済法2条5項による仮想通貨の定義についてです。この定義をかみ砕いたものとしては,次のような国会答弁が,麻生太郎国務大臣(金融担当)からされています。

 

・・・仮想通貨というものは,いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策のために国際基準というものをつくらねばいかぬということで,多国間の枠組みでありますファイナンシャル・アクション・タスク・フォース,FATFというものの定義というのがございますので,それを踏まえて,〔一,〕不特定の者に対して対価の弁済に使用でき,かつ,不特定の者を相手方として法定通貨と相互に交換できる,二,電子的に記録され,移転ができる,三,法定通貨または法定通貨建ての資産ではないとの性質を有する財産的価値と定義をいたしております。

 したがいまして,プリペイドカードなどの前払い式の支払い手段とか,その他,企業が発行しますポイントカードなどにつきましては,例えば,それらを使用可能な店舗というものが特定の範囲に限られておりますので,不特定の者に対して対価の弁済に使用できないものであるならば,これは基本的には仮想通貨には該当しない,そういうように定義をされております。

(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁)

 

 池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)は,仮想通貨とそれ以外のものとの切り分けについて次のように答弁しています。

 

  仮想通貨の定義に特定の取引が該当するかどうかは,個別の商品,サービスごとに具体的に判断されるべきものでありますが,一般論で申し上げれば,ただいまお尋ねのありましたポイント〔Tポイント,ANAマイル等〕ですとか電子マネー〔Suica等〕ですとかゲーム内で利用可能な通貨につきましては,例えば,それらを使用可能な店舗が発行者との契約や利用者への表示等で示されている,そして,そうしたものの交換を行う不特定の者が存在しないという通常の形態のものであるということでありますと,基本的には,仮想通貨には該当しないものと考えられるかと考えております。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第161920頁)

 

 FATFについては,「平成元年(1989年)に,マネロン・テロ資金供与対策の国際基準(FATF勧告)作りを行うための多国間の枠組みとして設立。FATF勧告は,世界190以上の国・地域に適用。FATF勧告の履行状況は加盟国間で相互審査がなされ,その際に特定された不備事項の改善状況についてフォローアップがなされる。」と紹介されています(金融審議会決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告「決済高度化に向けた戦略的取組み」(20151222日)27頁註63)。

 2015年6月26日のFATFの「リスクに基づく仮想通貨へのアプローチのためのガイドライン(Guideline for a Risk-Based Approach to Virtual Currencies)」(以下「FATFガイドライン」といいます。)においては,仮想通貨(virtual currency)は次のように定義されています。

 

  仮想通貨とは,価値のディジタル表現(digital representation of value)であって,ディジタル方式によって取引されることができ(can be digitally traded),かつ,(1)交換の媒体(medium of exchange)として及び/又は(2)評価の単位(unit of account)として及び/又は(3)価値の保蔵手段(store of value)として機能するものであるが,いずれの法域においても法貨(legal tender)としての地位(すなわち,債権者に対して提供されたときには,有効かつ法定の支払の提供であるもの)を有しないものである。仮想通貨は,いずれの法域からも発行又は保証されたものではなく,上記の機能は,その利用者のコミュニティ内部における合意によってのみ果たされる。仮想通貨は,発行国の法貨として指定された硬貨又は紙幣であって,流通し,かつ,発行国における交換の媒体として慣習的に使用され受領(accept)されているものである法定通貨(fiat currency)(現実通貨(real currency),リアル・マネー又は国の通貨(national currency)ともいう。)とは異なる。仮想通貨は,法定通貨建ての価値を電子的に移転するために利用されるところの法定通貨のディジタル表現であるeマネーとは異なる。Eマネーは,法定通貨のディジタル方式による移転のための仕組み,すなわち,法貨としての地位を有する価値を電子的に移転するものである。

 (FATFガイドライン26頁)

 

 仮想「通貨」と名付けられているとはいえ,フィンテック「法案では,現時点〔2016年4月27日〕で仮想通貨が通貨と同等の性質を有しないということを前提としつつ,支払い決済手段としての機能を事実として有することがあることに鑑みて,仮想通貨と法定通貨の交換業者について一定の規制を設けることとし」たものです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1611頁(牧島かれん内閣府大臣政務官))。フィンテック法によって「この仮想通貨を通貨や公的な支払とか決済手段として認定したというわけではありませんで,また,大体六百以上種類存在すると言われておりますこの仮想通貨に対してお墨付きを与えるものでもない」ところです(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1417頁(麻生太郎国務大臣(内閣府特命担当大臣(金融))))。お墨付きは与えないものの,「利用者の利便性とか経済効率性というところから,これは当事者間の自由意思を尊重するということが望ましいということになるんだと思いますけれども,いわゆる適切な判断で利用者の保護とか取引の安全確保というものが可能であることなどから,〔仮想通貨の〕全面的な禁止をするよりはバランスの取れた規制ということを考えるべき」との趣旨でされた立法であるということになります(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1418頁(麻生国務大臣))。

 「仮想通貨は,不特定の者に対して使用できるものであることを要件としており,一種の通貨的な機能を持つ財産的価値を意味しているが,一般的には,法定通貨とは異なり,強制通用力までは有しない。仮想通貨で支払いを行おうとしても,当然には通用力はなく,債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じないため,交換価値があるとまでいえないという点が法定通貨との違いとして挙げられる。仮想通貨を保有する利用者が,弁済を行う際に仮想通貨を提示して代金を支払うとの意思を表示し,債権者がこれを受容した場合には,弁済(債務の履行,民法482条)の効力が発生すると考えられる。/また,仮想通貨によっては,価格の変動幅が大きく,価値が保蔵されているといえないことも法定通貨との違いである。」ということでしょうか(堀40頁)。そこにいう民法(明治29年法律第89号)482条は,「債務者が,債権者の承諾を得て,その負担した給付に代えて他の給付をしたときは,その給付は,弁済と同一の効力を有する。」と規定する代物弁済に係る規定です。「債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じない」というより以前に,弁済の提供の効果(民法492条)に関して,仮想通貨によって金銭債務の弁済に係る現実の提供(同法493条本文)がされるものと認められるかどうかも問題となりますが,これは否定に解すべきでしょう。「強制通用力の有(ママ)とは,この効力を有する範囲の貨幣をもってする弁済は本旨に従う弁済になるという意味である。」とされているところ(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年(第10刷修正後))37頁),仮想通貨にはそもそも強制通用力がない前提でありました。信用ある銀行の自己宛振出小切手の交付は金銭債務の弁済の提供となるといっても(最判昭37・9・21民集16・2041参照),小切手は仮想通貨と異なりそもそも通貨をもって表示されています。また,「交換価値があるとまでいえない」といっても,交換価値があると思って交換する人もいるのでしょう。

 通貨の通用力の根拠としては,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和62年法律第42号)7条が「貨幣は,額面価格の20倍までを限り,法貨として通用する。」と,日本銀行法(平成9年法律第89号)46条2項が「・・・日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は,法貨として無制限に通用する。」と規定しています。ここでいう法貨とは,「取引において,法律上無制限に,又は一定の制限の範囲内において,強制通用力を有する通貨をいう。」とされ,通貨は「その抽象的な流通力を有する支払手段という点では法貨と同一の意義である」が,「法律的な強制流通力の側面に重点をおいて言い表す場合,特にその流通力の限界を規定する文脈では,「法貨」の用語が用いられている。」とされています(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)673頁)。「「通貨」という用語は,通常,強制通用力のあるもの,すなわち,法貨について用いられるが(民法402)」といわれる場合(吉国等編536頁)の民法402条1項本文は,「債権の目的物が金銭であるときは,債務者は,その選択に従い,各種の通貨で弁済をすることができる。」と規定しています。また,同条2項は「債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは,債務者は,他の通貨で弁済をしなければならない。」と規定しています(相対的金種債権と推定(我妻38頁))。現在,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律2条3項は「・・・通貨とは,貨幣及び日本銀行法(平成9年法律第89号)第46条第1項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」と定義しています。

 米国のドル紙幣について,ミルトン・フリードマンいわく(Free to Choose)。

 

 ・・・法貨であるという性質(The legal-tender quality)は,政府は自己に対する債務の弁済及び税の納付について(in discharge of debts and taxes due to itself)当該紙片(the pieces of paper)を受領し(will accept),並びに裁判所はそれらをドルで表示された債務の弁済とみなす,ということを意味する。なぜ,財及びサービスの私的交換取引においても,私人らによってそれが受領されるのだろうか。

  各人がそれらを受領するのは,他者もそうするということについて彼が確信を有している(confident)からである,というのが端的な解答(the short answer)である。当該緑色の紙片は,価値があるものと全員が思うから価値があるのである。各人が,それらが価値を有するものと思うのは,彼の経験ではそれらは価値を有していたからである。・・・

  当該習律(convention)ないしは擬制(fiction)は決して脆弱なものではない。事態は反対であって,共通の通貨(common money)を有することの価値が余りにも大きいので,人々は非常な不都合がもたらされた状態下(under extreme provocation)にあっても当該擬制に執着するのである――ここに,後に我々が見るように,通貨発行者がインフレーションから得ることのできる利益の部分(part of the gain),さらにはインフレーション惹起への誘惑が由来するのである。・・・(Avon Books, 1980, pp.237-238

 

3 仮想通貨交換業等

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法2条7項及び8項は,「仮想通貨交換業」及び「仮想通貨の交換等」並びに「仮想通貨交換業者」を次のように定義します。

 

 7 この法律において「仮想通貨交換業」とは,次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいい,「仮想通貨の交換等」とは,第1号及び第2号に掲げる行為をいう。

  一 仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換

  二 前号に掲げる行為の媒介,取次ぎ又は代理

  三 その行う前2号に掲げる行為に関して,利用者の金銭又は仮想通貨の管理をすること。

 8 この法律において「仮想通貨交換業者」とは,第63条の2の登録を受けた者をいう。

 

なお,「第63条の2の登録を受けないで仮想通貨交換業を行った者」は,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されます(改正後資金決済法107条5号)。

仮想通貨の売買とは,仮想通貨と法貨との交換ということになります。すなわち,売買は,「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものだからです(民法555条。下線部は筆者によるもの)。仮想通貨と仮想通貨との交換の契約は,正に「当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約する」ものですから,民法586条1項の交換です。

「媒介」は,「ある人と他の人との間に法律行為が成立するように,第三者が両者の間に立つて尽力すること」です(吉国等編609頁)。

「取次ぎ」は,「自己の名をもって他人の計算で法律行為をなすこと」です(近藤光男『商法総則・商行為法〔第5版補訂版〕』(有斐閣・2008年)36頁)。例として,問屋(といや)があります(商法(明治32年法律第48号)551条以下)。

仮想通貨の交換業者について,FATFガイドライン29頁は次のように定義しています。

 

交換業者(exchanger)(また,仮想通貨取引所(virtual currency exchange)と呼ばれることもある。)は,業として,手数料(コミッション)を得て,仮想通貨を現実通貨,基金又は他種の仮想通貨及びまた貴金属への交換並びにその逆方向の交換に携わる(engaged)個人又は組織(entity)である。交換業者は,一般に,現金,電信送金,クレジット・カード及び他の仮想通貨を含む広範囲の種類の支払を受領し,並びに仮想通貨発行管理人とつながりがあること(administrator-affiliated)があり,ないときがあり,又は第三者としての業務提供者であることがある。交換業者は,取引所(bourse)として,又は両替商(exchange desk)として業務を行うことがある。典型的には,個人は,仮想通貨口座にマネーを預け,及び当該口座から引き出すために交換業者を利用する。

 

FATFガイドラインは,「リスク・アセスメントはまた,マネーロンダリング対策・テロ資金供与対策規制は,換金可能仮想通貨に係る結節点(nodes),すなわち,規制された金融システムへの出入口を提供するところの交錯点(points of intersection)を対象とすべきこと及び財又はサービスの購入のために仮想通貨を入手する利用者を規制することを目指すべきではないことを示すところである。当該結節点は,第三者として業務を提供する換金可能仮想通貨に係る交換業者を含む。そうである場合(where that is the case),それらはFATF勧告の下で規制されるべきである。かくして,各国は,国際基準によって規定され求められているマネーロンダリング対策・テロ資金供与対策に係る当該事項(relevant AML/CFT requirements)を,換金可能仮想通貨に係る交換業者,及び換金可能仮想通貨の動きと,規制された法定通貨に係る金融システムとが交錯する結節点となる他の種類の機関(institutions)に適用することを検討すべきである。」と勧告していました(6頁。下線部は,原文イタリック体)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の2は,仮想通貨交換業について登録制度を設けます。登録制であって免許制を採らなかった理由については,「一般に我が国で免許と申しますと,法令による一定の行為の一般的禁止を公の機関が特定の場合に解除するという意味を持っていて,免許を受けた者をある程度独占的地位に置く性質を有するものと理解されていると思」われ,かつ,「他方,登録と申しますのは,一定の法律事実又は法律関係を行政庁等に備える特定の帳簿に記載するということで,一般には免許を付与する場合の方が登録のような場合よりも裁量が広く認められていると解されているかと考え」られることを前提に,「金融関係法令,法律では,顧客から資金を預かりリスク資産を含め運用を行う例えば銀行とか保険会社等については免許制が取られている。一方で,有価証券の売買,媒介,取次ぎなど,主として顧客から資金を預かるというようなことはありますが,運用を行うということのない金融商品取引業者ですとか受け入れた資金を顧客の指図に基づいて他者に移転させる資金移動業者,こういった者については現在〔2016年5月24日〕の金融関連法の中で登録制とされているところ」,「そうした中で,今回の仮想通貨交換業者につきましては,顧客から預かった財産を事業者の財産と分別して管理する義務が課されている〔フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の11第1項〕など,事業者において顧客の資産を自由に運用するというものではないということでありまして,こうしたことを踏まえまして,他の金融事業者との整合性等も勘案し,登録制ということで法律案を策定させていただいたということでございます。」と説明されています(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1419頁(池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)))。

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の5第1項は,仮想通貨交換業の登録に係る登録拒否事由を掲げています。同項1号によると,仮想通貨交換業者は株式会社及び外国会社に限られます。同項3号は「内閣府令で定める基準に適合する財産的基礎を有しない法人」が登録申請者である場合を登録拒否事由としていますが,最低資本金として1000万円程度を求めることが当局によって考えられています(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1620頁(池田政府参考人))。仮想通貨交換業者として登録されるためには「仮想通貨交換業を適正かつ確実に遂行する体制の整備」が行われており(同項4号),かつ,フィンテック法11条による改正後の資金決済法第3章の2となる「仮想通貨」の章の規定を遵守するために必要な体制の整備」が行われていること(同法63条の5第1項5号)等が求められています。

 

4 投資家保護規制に係る継続検討

 仮想通貨を対象とした外国為替証拠金取引(いわゆるFX)類似のハイ・リスク取引が既に行われているそうですが(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁(宮本岳志委員)),投資家保護のためのFXにおけるレバレッジの上限規制のような規制は,今回のフィンテック法においては,仮想通貨に係る取引について導入されるには至っていません。

 

  ・・・この仮想通貨を用いた取引というのを法令上どのように規制するかということにつきましては,仮想通貨と既存のいわゆる有価証券等々との類似性の程度とか,また,仮に仮想通貨を用いた取引につきましても,何らかの規制を導入する場合には,具体的にどのような類型があるかとか,また,内容の規制がふさわしいかといったことなど,これはいろいろな論点というものをもう少し整理してみる必要と,その時間も要るんだと思っております。

  したがいまして,今回の法案では,実際に投資家に被害の生じましたマウントゴックス社の破綻というものを踏まえまして,早急に仮想通貨と法定通貨との交換業者に対する登録制と,マネロンとテロ資金供与規制を導入するということにしつつ,・・・仮想通貨を用いた取引というものを法令上どのように規制するのかということにつきましては,これは今しばらく時間をいただいて,今後とも,継続して検討させていただきます。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣)。また,同号13頁)

 

ここでいうマウントゴックス社の破綻とは,「ビットコイン」の交換所である東京都渋谷区の株式会社MTGOXが2014年2月に東京地方裁判所に民事再生手続開始の申立てをし,同年4月同裁判所は当該申立てを棄却して破産手続開始を決定(その時点での同社の資産は約39億円であったのに対し負債は約87億円あって,約48億円の債務超過),更に2015年に同社代表者が業務上横領(ビットコイン売買のため顧客が預けた資金の着服等)等の容疑で逮捕されたというものです(「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案」に係る説明資料(金融庁・2016年3月)8頁)。

「ビットコイン」については,「平成20年〔2008年〕に「ナカモトサトシ」と名乗る人物が公表した論文に基づき,インターネット上で有志の開発者によって開発されたと言われている仮想通貨。ネットワークに参加する者の間において,電子的に移転がなされ,全ての取引履歴は,参加者が共有する公開台帳に記録される。なお,ビットコインには,発行者は存在せず,取引を認証し,公開台帳に取引を記帳した者(一般に採掘者といわれる)に対して,その報酬としてシステム上自動的に発行される。」と紹介されています(決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告26頁註57)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の10(「利用者の保護等に関する措置」との見出し)は,「仮想通貨交換業者は,内閣府令で定めるところにより,その取り扱う仮想通貨と本邦通貨又は外国通貨との誤認を防止するための説明,手数料その他の仮想通貨交換業に係る契約の内容についての情報の提供その他の仮想通貨交換業の利用者の保護を図り,及び仮想通貨交換業の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。

 

5 マルチ商法の客体性問題等

 

(1)連鎖販売取引の客体性

なお,消費者保護との関連でいえば,仮想通貨がマルチ商法といわれる連鎖販売取引の客体となるものかどうかも気になります。連鎖販売取引は,特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号)33条1項において「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)の販売(そのあつせんを含む。)又は有償で行う役務の提供(そのあつせんを含む。)の事業であつて,販売の目的物たる物品(以下・・・「商品」という。)の再販売(販売の相手方が商品を買い受けて販売することをいう。・・・),受託販売(販売の委託を受けて商品を販売することをいう。・・・)若しくは販売のあつせんをする者又は同種役務の提供(その役務と同一の種類の役務の提供をすることをいう。・・・)」若しくはその役務の提供のあつせんをする者を特定利益(その商品の再販売,受託販売若しくは販売のあつせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供をあつせんする他の者が提供する取引料その他の主務省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部をいう。・・・)を収受し得ることをもつて誘引し,その者と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供をいう。・・・)を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんに係る取引(その取引条件の変更を含む。)」と定義されています。

 仮想通貨は,「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)」又は「有償で行う役務の提供」に該当するものかどうか。しかしながら,仮想通貨は少なくとも「物」たる有体物(民法85条)ではないところです。他方,金銭は所有権及び占有の対象となる動産なのですから(最判昭29115刑集81675参照),役務ではないでしょう。金銭は,「財貨の交換の用具として国家がその価格を一定したものをいう。」とされています(吉国等編176頁)。金銭が役務でないのであれば,仮想通貨も役務とはいえないのでしょう。

 ただし,仮想通貨に関する「教育パッケージ」の販売ならば,連鎖販売取引の客体たる「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利」たる物品の販売ということになるのでしょう。

 

(2)売買及び交換と「採掘」との関係

 さて,フィンテック法の施行後は,仮想通貨交換業を行うには内閣総理大臣の登録を受けなくてはならず(改正後資金決済法63条の2,107条5号),更に外国仮想通貨交換業者(同法2条9項)は,当該登録を受けずに仮想通貨交換業に係る改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為の勧誘も行ってはならぬものとされています(同法63条の22)。登録を受けなければならないというのは厄介ですが,細かく見てみると「仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換」(同法2条7項1号)によらずに仮想通貨を入手することに関する行為は,規制の網の目を潜れることができそうではあります。すなわち,「トークン」などを用いて仮想通貨を原始的に自ら作成(「採掘」)するのであれば,売買にも交換にも当たらないもののごとし。商法4条2項は「鉱業を営む者は,商行為を行うことを業としない者であっても,これを商人とみなす。」と規定していますが,同項のような手当てが,仮想通貨交換業の定義に関しても今後必要となるものか否か。これはいささか,先走り過ぎでしょうか。

 

6 銀行又は金融商品取引業者による仮想通貨交換業

 銀行又は金融商品取引業者が仮想通貨を取り扱えるかどうかの問題については,金融庁当局は慎重です。

 銀行の業務の範囲について規定する銀行法(昭和56年法律第59号)10条から12条までは,フィンテック法によって改められていません。

 

  一般論で申し上げますと,御指摘の仮想通貨の販売,投資,勧誘等の業務が法令で銀行に認められております業務に該当するかどうかという点は,その業務につきまして,その銀行の固有業務との機能的な親近性やリスクの同質性があるかどうか,それから,その業務規模が銀行の固有業務に比して過大ではないかなどの観点から業務の態様に応じて判断されていくべきものであると考えております。

  また,金融商品取引業者のうち,御指摘の第一種金商業者〔第一種金融取引業の定義は金融商品取引法(昭和23年法律第25号)28条1項〕あるいは投資運用業者〔投資運用業の定義は金融商品取引法28条4項〕という者については,法令に定められた一定の業務以外の業務を行う場合には当局から個別に承認を受けることが必要とされておりますが〔金融商品取引法35条4項〕,その承認に当たりましては,業務が公益に反すると認められないかどうか,あるいはリスク管理の観点から問題がないかなどの観点から判断していくことになると考えております〔同条5項〕。

  いずれにしましても,こういう判断に当たりましては,今回の法案に基づく法的枠組みの整備等を通じて,仮想通貨が銀行や金融商品取引業者が取り扱うことがふさわしい社会的な信頼等を有する決済手段として定着していくかどうかといったことも十分見極めながら判断していく必要があると考えているところでございます。

 (第190回国会参議院財政金融委員会会議録第14号5頁(池田政府参考人))

 

7 仮想通貨と税務

 

(1)消費税

 仮想通貨の事業上の取引は,消費税法(昭和63年法律第108号)2条1項8号の資産の譲渡等(「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。」)に該当するということで,消費税が課されます(同法4条1項)。仮想通貨は,支払手段だといっても,消費税法の別表1の第2号の支払手段(外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)6条1項7号に規定する支払手段)に該当しないので,その譲渡は消費税法6条1項によって非課税にはならないから,と説明されています。「非課税として限定列挙されております支払い手段」である「法定通貨とか小切手とか,そういったような物品切手に該当しませんので」ということです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第16号7頁の麻生国務大臣の答弁)。

外国為替及び外国貿易法6条1項7号は,「支払手段」として,銀行券,政府紙幣,小額紙幣及び硬貨(同号イ),小切手(旅行小切手を含む。),為替手形,郵便為替及び信用状(同号ロ),証票,電子機器その他の物に電磁的方法により入力されている財産的価値であって,不特定又は多数の者相互間で支払のために使用することができるものであり,その使用の状況が通貨のそれと近似しているものとして政令で定めるもの(同号ハ。外国為替令(昭和55年政令第260号)2条を見ると,当該政令の定めは無いようです。)並びに同号イ又はロに掲げるものとして政令で定めるもの(同号ニ)を掲げています。外国為替及び外国貿易法6条1項7号ニの「政令で定めるもの」として,外国為替令2条1項1号は約束手形を掲げ,同項2号は「法第6条1項7号イ若しくはロ又は前号に掲げるもののいずれかに類するものであって,支払のために使用することができるもの」と規定していますが,外国為替令2条1項2号の「もの」も,やはり有体物ということになるでしょう。なお,消費税法の別表1第2号は支払手段に「類するものとして政令で定めるもの」の譲渡についても消費税は課されないものとしていますが,この「政令で定めるもの」は,国際通貨基金協定15条に規定する特別引き出権です(消費税法施行令(昭和63年政令第360号)9条4項)。

 

附:小額紙幣

外国為替及び外国貿易法6条1項7号イに「小額紙幣」というものが出て来るのでこれは何だということになりますが,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律附則2条3号によって廃止された臨時通貨法(昭和13年法律第86号)5条に「政府ハ必要アルトキハ臨時補助貨幣ノ外50銭ノ小額紙幣ヲ発行スルコトヲ得/小額紙幣ハ10円迄ヲ限リ法貨トシテ通用ス/小額紙幣ノ形式ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」と,同法6条2項に「小額紙幣ハ他ノ通貨ヲ以テ之ヲ引換フ」と,同法7条に「小額紙幣ノ発行,銷却及引換ニ関シテハ大蔵大臣ノ定ムル所ニ依リ日本銀行ヲシテ其ノ事務ヲ取扱ハシム」と規定されていたものです。臨時通貨法は,その附則2項に「臨時補助貨幣及小額紙幣ハ支那事変終了ノ日ヨリ1年ヲ経過シタル後ハ之ヲ発行セズ」とありましたから,本来は前年(1937年)からの支那事変対策のための法律だったのでしょう。政府が発行するものであるので,銀行券ではありません。

 

 「消費税の課税事業者である個人のトレーダーが仮想通貨を購入する行為,これは課税仕入れということになりますし,逆に,仮想通貨で円を買うという行為は仮想通貨の販売になりますので,課税売り上げということになります。/したがって,他の取引とあわせて,課税売り上げに係る消費税額から課税仕入れに係る消費税額を差し引いた額を納税するということになります。」(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1615頁(星野次彦政府参考人(国税庁次長)))

 なお,仮想通貨の取引に係る上記の消費税課税の取扱いは,2017年6月までのこととなりました。2016年12月22日に閣議決定された平成29年度税制改正の大綱における「四 消費課税」中「(5)その他」の「(国税)」 の「(2)仮想通貨に係る課税関係の見直し」が,「①資金決済に関する法律に規定する仮想通貨の譲渡について,消費税を非課税とする。/②その他所要の措置を講ずる。」ものとしています。これには経過措置に係る(注1)から(注3)までが付されていますが,(注1)によれば,「上記の改正は,平成29年7月1日以後に国内において事業者が行う資産の譲渡等及び課税仕入れについて適用する。」とされています。

 

(2)所得税又は法人税

 所得税又は法人税については,「ビットコイン〔仮想通貨〕の譲渡によりまして利益が生じた場合は,所得税または法人税の課税の対象」となります(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣))。

 

(3)登録免許税

 仮想通貨交換業者の登録に係る登録免許税の額は,1件につき15万円となります(フィンテック法附則9条による改正後の登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第1第49号(三))。

 

8 犯罪収益移転防止法の一部改正

 仮想通貨を用いた「いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策」(実はこれが本丸でしょう。)を直接担うものとして,フィンテック法附則14条によって犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」といいます。)の一部改正がされています。

すなわち,仮想通貨交換業者は,犯罪収益移転防止法上の特定事業者となります(改正後犯罪収益移転防止法2条2項31号)。犯罪収益移転防止法は,「特定事業者による顧客等の本人特定事項(・・・)等の確認,取引記録等の保存,疑わしい取引の届出等の措置を講ずることにより」,「犯罪による収益の移転防止を図り,併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保」する法律です(同法1条参照)。

また,改正後犯罪収益移転防止法30条は,他人になりすまして仮想通貨交換業者との間における仮想通貨交換契約(改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為を行うことを内容とする契約)に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として,仮想通貨交換用情報(仮想通貨交換業者において仮想通貨交換契約に係る役務の提供を受ける者を他の者と区別して識別することができるように付される符号その他の当該役務の提供を受けるために必要な情報)の提供を受けること等に関する罰則を定めています。

 

弁護士 齊藤雅俊

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電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

今年最後のブログ記事となりました。今年は,『プレジデント』の雑誌取材を受けたほか(8月29日号に記事掲載),引き続き企業法務をお手伝いする仕事に携わる一方,相続関係事件,親族関係事件,損害賠償請求事件,民事執行事件,債務整理関係事件等々,幅広い業務経験を積み重ねさせていただきました。

来年は,更により多くの方々のために御満足いただける仕事をすることができるよう祈念し,かつ,精進を期しております。

お悩みのある方は,お気軽に御相談ください。法律面からの切り口ということになりますが,かえって確実なお答えができることになろうかと思っております。(なお,弁護士相談料は,305400円(消費税額込み)が基本ということになっています。)

刑事でも,当番弁護士・国選弁護人の仕事がありました。ただし,刑事事件については,読者の方のための仕事を多々しなければならなくなるようなことがないよう,祈っております🎍

1 民法旧34条の許可と宗教法人法の認証

 民法34条は,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成18年法律第50号)という長い題名の法律の第38条によって200812月1日から改正されてしまいましたが,かつては,「祭祀,宗教,慈善,学術,技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定していました。

「祭祀,宗教」とありますから,宗教に関する団体は,主務官庁(文部科学大臣又は都道府県知事(民法旧84条ノ2第1項,公益法人に係る主務官庁の権限に属する事務の処理等に関する政令(平成4年政令第161号)1条1項1号))の許可を得て法人になることができたのか,と考えられるところですが,宗教団体は,わざわざお役所の御機嫌次第の許可(「民法の許可主義は,許可を与えるかどうかを,主務官庁の自由裁量に委ねるものである。」(我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店・1965年)140頁))を苦労して受けなくても,宗教法人法(昭和26年法律第126号)に基づき所轄庁(文部科学大臣又は都道府県知事(同法5条))の証明がある認証を受けた規則の謄本を添えて登記所に設立の登記を申請して(同法63条2項),設立の登記がされると法人になるのでした(同法4条,15条)。ここでの所轄庁による認証については「所轄庁は,単に法律の定める要件の存否を審査する権限を有するに過ぎない点で,認可主義と同一」であるとされ(我妻141頁),「認可主義」については「法律の定める要件を具備しておれば,認可権者は,必ず認可を与えなければならない」とされています(我妻140頁)。宗教団体が法人格を得るためには,民法旧34条の出番は不要ということになっていたようです。

なお,現在の公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律2条4号の「公益目的事業」の定義は「学術,技芸,慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって,不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう。」とされていて,そこから「祭祀,宗教」は落ちています。

 

2 民法施行法旧28条と「神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂」

 

(1)民法施行法旧28

 ところで,宗教法人法の附則25項には,次のような規定があります。

 

 25 民法施行法(明治31年法律第11号)の一部を次のように改正する。

   第28条を次のように改める。

  第28条 削除

 

 宗教法人法附則25項によって1951年4月3日から(同法は同法附則1項により公布日である同日から施行)「削除」となってしまった民法施行法28条は,実は次のような条文でした。

 

 第28条 民法中法人ニ関スル規定ハ当分ノ内神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス

 

 神社や寺院の法人格の問題は,そもそも民法の問題ではなかったのでした。

民法施行法旧28条の規定の由来については,同条の「之等特殊なる歴史的所産のものに付てのみならず,一般に,宗教の宣布・儀式の執行を目的とする所謂宗教法人に関しては特別法の制定せらるべきことを予想してゐたからに外ならなかった。即ち,政府は直ちに明治32年第14議会に「宗教法案」を提出し,此の問題を整理せんとしたのである。」と説明されています(小関紹夫「宗教法人について」彦根高商論叢19号(1936年6月)64頁。当該宗教法案は1900年2月17日に貴族院で否決された(同67頁)。)。

なお,神社,寺院,教会等については,「一定の財産を中心とし,その維持を目的としながら,しかも,人的団体たる要素をも包含するのもの」として「団体と財団の中間的なもの」と説かれています(我妻135頁)。「堂宇・会堂を備え,特殊の財産を基礎とする(この物的要素は社団の財産のような,単なる手段ではない)」とともに,「檀徒・信者・宗教教師・僧侶などの団体という人的要素を包含する(この人的要素は,法人の目的の構成に参与するものであって,財団の役員とは異なる)」わけです(我妻135頁)。

ところで,民法施行法旧28条の法的意味は更に何であったかというと,神社,寺院,祠宇及び仏堂は,民法の適用がないから法人にはなれないということではありませんでした。

 

(2)寺院

我妻榮は「宗教団体法(昭和14年法77号)の施行前は,これらのもの〔神社,寺院,祠宇及び仏堂〕が法人であることは明瞭でなかったが,寺院については,民施28条及び寺院の財産に関する明治初年の多くの法令により,法人であることは疑いなかった」と説いています(我妻135頁)。寺院は法人であるとしつつ,その根拠を民法施行法旧19条1項(「民法施行前ヨリ独立ノ財産ヲ有スル社団又ハ財団ニシテ民法第34条ニ掲ケタル目的ヲ有スルモノハ之ヲ法人トス」)には求めてはいません。民法施行法旧28条は,民法33条1項の「法人は,この法律その他の法律の規定によらなければ,成立しない。」との原則を排除してはいるものでしょう。というのは,「寺院の財産に関する明治初年の多くの法令」は明文で端的に寺院の法人格を認めていたものではなかったのでしょうから。この点,美濃部達吉はあっさりと慣習法による法人の成立を認め,「寺院は旧時代からの慣習法に依り従来も法人として認められて居たもので,其の理事者としては管長の選任する住職がこれに当り,其の外寺院の財産上の行為其の他の事項に付き協議に与らしむる為めに3人以上の檀徒総代を選ばしめ,これを市町村長に届出でしむるの例であり(明治14内務達乙33号),又寺院に関する事項を登録する為めの原簿として,寺院明細帳(明治12内務達乙31号)が備へられて居た。」と説明しています(美濃部達吉『日本行政法 下』(有斐閣・1940年)567568頁)。

1940年4月1日から施行された宗教団体法(昭和14年法律第77号。施行期日は同法29条に基づく昭和14年勅令第855号による。)2条2項には「寺院ハ之ヲ法人トス」との規定が置かれていますが,これは従来から寺院は直ちに法人であったことからする規定なのでしょう。同法32条1項は「本法施行ノ際現ニ寺院明細帳ニ登録セラルル寺院ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル寺院ト見做シ本法施行ノ際現ニ存スル祠宇ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル法人タル教会ト看做ス」と規定しており,教会については同法による認可は即法人成りを意味するものではないのに対して,寺院は認可即法人成りを意味するものであることが分かります。また,祠宇について,宗教団体法は,それは同法における法人たる教会に該当するものとしていることも分かります。


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 大昌寺(札幌市白石区)の札幌薬師大仏
 

(3)祠宇

この祠宇とは何かといえば,「神道の教派に属する同様の施設〔教義を宣布し又はその儀式を執行することを目的とする設備たる教会所等〕には,特に「祠宇」と称せられて居るものが有り,法人として認められて居た。」とされています(美濃部『日本行政法 下』569頁)。その由来は,「明治14年教会所に於ける葬儀の執行が禁ぜられた為,特に神葬祭を為すものの為に祠宇と云ふものを認めたのであるが(15年)17年になつて自葬の禁が解除せられたるにより,爾後これを認むる必要なく新設を許されない。(現在19)」ということです(小関99頁)。「明治初期宗教政策によつて派生したこの祠宇なるものは,謂はば歴史的所産であつて,本質は教会と何等異なる処はないのである。」といわれています(小関100頁)。

 

(4)仏堂

仏堂は,宗教団体法に関する美濃部達吉の解説によると,「寺院の外に従来これに類似して而もこれと区別せられて居た・・・宗派に属しない独立の法人」であって,「仏堂明細帳に登録せられて居た」ものです(美濃部『日本行政法 下』568頁)。宗派に属さないところが寺院との違いになるようです。「仏堂とは「所在衆庶の信仰に基き礼拝の対象として本尊を奉祀する設備」で,宗派に属せず,宣布すべき教理の拠るものなく,只儀式の執行のみを目的とする。此の意味に於て仏堂は多分に財団的のものだと為されるのである。・・・法人格を有するのは独立仏堂たる境外仏堂であり,附属仏堂たる境内仏堂には法人格は無い。・・・仏堂には檀徒は無い・・・」ということでした(小関100頁)。仏堂については,宗教団体法35条1項は「本法施行ノ際現ニ仏堂明細帳ニ登録セラルル仏堂ハ勅令ノ定ムル所ニ依リ本法施行後2年内ニ寺院ニ属シ又ハ寺院若ハ教会ト為ルコトヲ得其ノ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノノ処分ニ関シテハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」としています。同条2項は,「前項ノ仏堂ニシテ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノニ付テハ本法施行後2年ヲ限リ仍従前ノ例ニ依ル」とあります。「従前ノ例」とは,やはり法人として扱うということでしょう。「宗教団体法第35条第1項ノ期間内ニ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザル仏堂ハ其ノ期間満了ノ時ニ於テ解散シタモノ看做ス」ものとされていたところ(宗教団体法施行令(昭和14年勅令第856号)41条),公益法人の解散に関する民法旧73条から旧76条まで及び旧78条から旧82条まで,民法施行法旧26条及び旧27条等が準用されることになっていました(同令43条,39条2項)。

仏堂なのに教会になるとはこれいかに,というと,宗教団体法では寺院たるものは宗派に属すべきことが前提になっていたのに対し(同法6条2項4号),教会であれば教派,宗派又は教団に属さないことも可能だったからでした(同項5号)。なお,仏教宗派に属する「特定の有形の施設を中心とする宗教的活動体」であっても,「寺院としての施設を備へて居らぬ」ものは教会でした(美濃部『日本行政法 下』570頁)。

 

(5)法人としての仏堂及び祠宇のその後

我妻榮は,1951年に宗教法人法の施行に伴い「民施28条を削除したから,仏堂・祠宇は法人ではなくなった」としていますが(我妻135頁),ここでいう仏堂は仏堂明細帳に登録されていなかった仏堂でしょうか。また,1940年の宗教団体法施行以前からの祠宇は法人たる教会になっていた反面(同法32条1項),同法施行後に設立された教会についてはそもそも法人たらんとせずに(同法6条1項参照)法人でないものもあったところです。宗教団体法による仏堂及び祠宇の整理についてうっかりしていた勇み足的記述でしょうか。ちなみに,宗教法人法附則3項は「この法律施行の際現に存する宗教法人令の規定による宗教法人は,この法律施行後も,同令の規定による宗教法人として存続することができる。」と規定しており,宗教団体法に代わるものとして19451228日に発せられ即日施行されたポツダム勅令である宗教法人令(昭和20年勅令第719号)の附則2項は「本令施行ノ際現ニ存スル法人タル教派,宗派及教団並ニ寺院及教会ハ之ヲ宗教法人ト看做」すと規定していました。

 

(6)公の財団法人たる神宮及び神社

神宮(伊勢の皇大神宮及び豊受大神宮)及び神社は,公の財団法人である法人格ある営造物とされていました。神宮及び神社は宗教団体法1条に宗教団体として規定されておらず,また同条の「神道教派」に属するものでは更になく,すなわち神社神道は宗教にあらずとされていたところです。とはいえ,「仮令之れが明に宗教と区別せられて居るとしても,実質的には宗教の一種であることが疑を容れぬとすれば,それは疑もなく国家的の宗教であつて,国家が国政の一部として自ら祭祀を管掌するものであり,而して天皇はその祭主たる地位に在ますのである。それはわが太古以来の不文憲法であつて,而して此の不文憲法は成文の憲法の制定に依つて変更せられたものではない」ものです(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)403頁)。

 

ア 神宮

神宮については,「神宮は歴史的に古くから財産権の主体として認められ,神宮の所領として神封及び神田がこれに属して居た。現在の法律も亦此の古来の慣習法に従ひ,神宮が自己の財産を有し,国の会計からは離れて独立に其の収入を有し支出を行ふことを認めて居ることは言ふまでもない所で,而も其の存立の目的は国家的の目的に在ることは勿論であるから,其の法律上の性質に於いては一種の公法人であり,公の財団法人である。神宮の収入は幣帛神饌料・国庫供進金・賽物・財産収入・事業収入等で,国庫からは供進金を奉り,皇室からも祭典に際し奉幣せしめられる。神宮の附属事業としては大麻及び暦の製造頒布・神宮皇學館・神宮徴古館・農業館が有る。神宮の会計に関しては神宮会計規則(昭和7内務省訓令5号)が定められて居り,それに従つて処理せねばならぬ。」とされていました(美濃部達吉『日本行政法 上』(有斐閣・1936年)662頁)。なお,ここでの「大麻」はおふだのことです。大麻取締法(昭和23年法律第124号)による取締りの対象となるものではありません。

 

イ 神社

神社については,「神明に奉祀し祭典を行ひ地方人民崇仰の対象と為す為めに社殿を作り境内地を設けて神霊を祭るもので,国の設立せる営造物であると共に,独立な財産権の主体として認められて居り(明治41法律23号神社財産ニ関スル制),即ち公法人たる営造物である。神社には官幣社・国幣社・府県社・郷社・村社・招魂社等社格の別が有る。官幣社・国幣社を官社と謂ひ,府県社以下を諸社と謂ふ。官国幣社には国庫から其の経費として毎年或る金額を供進し,又神饌幣帛料を奉る。府県社・郷社には府県又は北海道地方費から,村社には市町村から,神饌幣帛料を供進し得る。」とされていました(美濃部『日本行政法 上』663664頁)。

 

ウ 公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権

公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権については,ドイツ連邦共和国基本法140条によってなお同基本法の一部とされる(„Die Bestimmungen der Artikel 136, 137, 138, 139 und 141 der deutschen Verfassung vom 11. August 1919 sind Bestandteil dieses Grundgesetzes.“)次のヴァイマル憲法137条6項が有名です。

 

„Die Religionsgesellschaften, welche Körperschaften des öffentlichen Rechtes sind, sind berechtigt, auf Grund der bürgerlichen Steuerlisten nach Maßgabe der landesrechtlichen Bestimmungen Steuern zu erheben.“ (公法上の法人である宗教団体は,市民租税台帳に基づき,州法の規定に従って,租税を徴収する権能を有する。)

 

3 神道及び仏教以外の宗教に係る宗教団体に対する法人格付与問題

 

(1)自由裁量の結果としての設立不許可

神社,寺院,祠宇及び仏堂は民法施行法旧28条があったから法人に関する民法の規定の適用がないとしても,それでは,それら以外の宗教団体は,民法施行法旧19条又は民法旧34条によって法人となれなかったものでしょうか。確かに,1900年8月1日には明治33年内務省令第39号(宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル法人ノ設立等ニ関スル規程)が出て「宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル社団又ハ財団ヲ法人ト為サムトスルトキハ設立者ハ定款又ハ寄附行為ノ外左ノ事項ヲ記載シタル書面ヲ差出スヘシ」(同省令1条柱書き)云々と定められていました(ちなみに,宗教法人法2条は,「この法律において「宗教団体」とは,宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成することを主たる目的とする」団体であって,礼拝の施設を備えるもの(1号)又はそれらを包括するもの(2号)であると規定しています。)。しかしながら,「従前よりして独立の財産を有し来つた寺院仏堂等の未だ法律上に確然法人格を認められないのに対比し,不権衡の嫌あり」ということで,明治33年内務省令第39号「に依る宗教法人の設立は許可せらるるに至らず」ということになってしまっていました(小関67頁)。横並び論的差止めです。また,民法施行法旧19条の規定により法人となって存続するには同条2項の認可を主務官庁から受けるべきものだったのですが(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律41条参照。なお,財団法人慶応義塾は,民法施行後9年近くたった1907年5月24日に認可の申請をし,同年6月13日に文部大臣から民法施行法旧19条2項の認可を受けていますが(慶応義塾『慶応義塾百年史 中巻(前)』(1960年)553頁),ということは,同項の「民法施行ノ日ヨリ3个月内ニ之ヲ主務官庁ニ差出シ其認可ヲ請フコトヲ要ス」との部分は訓示規定だったのでしょう。),当該認可もされなかったものでしょう。いずれにせよ,前記許可主義下の自由裁量によって,主務官庁は許可をしないこともできたわけです。ただし,宗教「諸団体の宗教活動に必要なる資財の管理供給を目的とする維持法人」(小関81頁)は,民法旧34条によって許可されていました。

 

(2)キリスト教に対する反発から「公認」まで

キリスト教については,幕末の不平等条約の改正条約施行(日英通商航海条約は1899年7月17日から。フランス及びオーストリア=ハンガリーとの各条約については同年8月4日から)及びそれに伴う内地雑居の開始に際して公布(1899年7月27日)・施行(同年8月4日)された明治32年内務省令第41号(神仏道外宗教宣布及堂宇等設立ニ関スル規程)の適用がありましたが,同省令2条1項の地方長官の許可を受けた堂宇,会堂,説教所又は講義所の類は,せっかく当該許可があっても法人格を有するものとはなりませんでした(宗教団体法33条1項参照)。キリスト教に対する反発は強く,第14回帝国議会に提出された宗教法案が1900年2月に貴族院で否決された原因の一つとしては,キリスト教と同様に取り扱われることに対する仏教界からの「猛烈な反対」があったところです(小関6667頁参照)。1929年第56回帝国議会提出の宗教団体法案(結局成立せず。)に対する宗教団体法案反対仏教徒同盟(代表・近角常観)の『宗教団体法案反対理由』(1929年)においてもなおいわく。「・・・国家に於て長き歴史を有し,国民の大多数を包括する仏教宗派が,組織に於て外国に根拠を有し,少数の信徒を有する基督教各派と,劃一的に取扱はれねばならぬ筈は無い。」(2頁),「宗教法なるものありとせば,そは国家と宗教との関係を規定するものと見ねばならぬ。従来仏教神道は一種の公認教なりと断ずるが,法学者の通論である。然るに今回の法案は,新来の基督教を仏教神道と同一律に引上げて,公認教と為したもので,吾国国家宗教関係に於ける一大革命といふも過言ではない。明治32年山県内閣提案の宗教法案を,全国仏教徒が一斉に反対して,之を否決し去つたのは,実にこの理由であつたのである。」(3頁),「若し又此仏教の理想を誤解して,仏教宗派が自ら開放して,基督教其他の宗教と列を同(ママ)することが,平和を実現するものなりと考ふるものあらば,それこそ実に自己の所信を捨て,他に苟合せんとする不徹底なる悪平等と言はねばならぬ。今回宗教団体法案に於て,劃一的規定をなして,此の如くするは基督教に対して恩恵を施して,同化せしむる所以であると誤信して居る立案者がある。是実に悪平等観の極にして,国民を誤る甚しきものと言はねばならぬ。嘗て三教会同といへる不徹底極る企図をなして,信仰を傷けながら之に気付かなかつた政治家があつた。此宗教団体法案には,冥々の間此般の思想が流れて居る。是れ思想問題を解決せざるのみならず,却て思想を混乱せしむるものである。信仰を分裂せしむるものである。此法案を以て思想善導など夢想するものあらば,木に縁りて魚を求むるよりも難きのみならず,小児が火を弄して家を焼く如く,遂に国家社会を誤るの結果を齎すを虞るものである。」と(67頁)。

1939年4月7日に昭和天皇の裁可により成立した宗教団体法は,その第1条で「本法ニ於テ宗教団体トハ神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団(以下単ニ教派,宗派,教団ト称ス)並ニ寺院及教会ヲ謂フ」と規定しており,ついに仏教宗派は「基督教其他の宗教と列を同(ママ)すること」となりました。「この〔宗教〕団体法によって教団の認可を得たものは,カトリックの日本天主公教とプロテスタントの日本基督教団の二つにすぎなかった。ここにキリスト教がはじめて日本国法上の宗教団体として公認されたわけである。」ということになります(文部科学省ウェッブ・サイト『学制百年史』第1編第5章第5節)。日本天主公教の法人たる教団としての設立認可は1941年5月3日(昭和16年5月7日文部省告示第633号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは土井辰雄(昭和16年5月7日文部省告示第634号)。フランシスコ・ザビエル来日から392年。ローマ訪問中の皇太子裕仁親王に法王ベネディクトス15世が「カトリックの教理は確立した国体・政体の変更を許さない・・・従って教徒の国家観念に対しては何ら懸念の必要はない・・・更にカトリック教会は世界の平和維持・秩序保持のため各般の過激思想に対し奮闘しつつある最大の有力団体であり,将来日本帝国とカトリック教会と提携して進むこともたびたびあるべし」等と述べてから(宮内庁『昭和天皇実録 第三』(東京書籍・2015年)402頁)ちょうど20年。日本基督教団の法人たる教団としての設立認可は19411124日(昭和161126日文部省告示第839号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは富田満でした(昭和161126日文部省告示第840号)。(とき)いずれもキリスト教国たる対英米蘭戦開戦前夜。ここに遂に国家社会を誤るの結果を齎」すこととなったものか,ならなかったものか。大戦中の1942年11月26日の木曜日午前には,昭和天皇が宮中「西溜ノ間に出御され,今般宗教団体の管長及び教団統理者会同に参列の文部大臣橋田邦彦ほか,神道大教管長林五助を始め教派神道管長13名,天台宗管長渋谷慈鎧を始め仏教各宗派管長28名,及び日本天主公教教団統理者土井辰雄始め基督教教団統理者2名に謁を賜う。」ということがありました(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)845頁)。

 

4 ポツダム宣言,「人権指令」及び昭和20年勅令第718号・第719

1945年8月14日に我が国はポツダム宣言を受諾。同宣言第10項には「言論,宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」とありました。同年10月4日にGHQから発せられたSCAPIN93Subject: Removal of Restrictions on Political, Civil, and Religious Liberties. いわゆる「人権指令」)は,宗教団体法を,廃止又は直ちにその規定の施行を中止すべき法令(1.a)に含めていました(1. b(15))。「思想,宗教,集会(assembly)及び言論(天皇,帝室制度(Imperial Institution)及び帝国政府に係る制約のない議論を含む。)の自由の制限を定め,又は維持するもの」(1.a(1))の一つとしてでしょう。「官僚政治家若くは右傾思想家は,暗々裏に此〔宗教団体〕法案を以て,思想若くは信仰を監督して,善導し得るものなりと誤信しては居らぬか。是れ思はざるの甚しきものである。」との仏教徒の批判(宗教団体法案反対仏教徒同盟7頁)は,米国人にとっても共感するところが多かったのでしょう。宗教団体法は,ポツダム勅令である昭和20年勅令第718号により,「信教自由ノ保全ヲ図ル為」19451228日から廃止されました。大日本帝国憲法28条は「信教ノ自由」を保障していたにもかかわらず更に当該勅令によって「信教ノ自由ノ保全ヲ図ル」必要があったとは,宗教団体法は,大日本帝国憲法違反の余計な法律だったということでしょうか。ただし,昭和20年勅令第718号と同時に発せられた宗教法人令の第1条1項は「神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団並ニ神社(神宮ヲ含ム以下同ジ),寺院及教会(修道会等ヲ含ム以下同ジ)ハ本令ニ依リ之ヲ法人ト為スコトヲ得」(宗教法人法附則2項による廃止の前の条文)と宗教団体法1条と似た書き振りの規定をしており,キリスト教国の軍隊を中心とする連合国軍の占領下,キリスト教が我が国における宗教であることの特段の明示は続いていました。

1 相続税法34条1項の規定

 相続税法(昭和25年法律第73号)34条1項に,次のような規定があります。なお,〔 〕による補註は筆者によるもので,元の法文にはありません。

 

  (連帯納付の義務等)

 第34条 同一の被相続人〔亡くなった人〕から相続又は遺贈〔死因贈与(民法554条)を含む(相続税法1条の3第1号括弧書き)。〕(第21条の9第3項の規定の適用を受ける財産〔相続時精算課税制度に基づき贈与税額が計算される財産〕に係る贈与を含む。以下この項及び次項において同じ。)により財産を取得した全ての者は,その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責めに任ずる。ただし,次の各号に掲げる者の区分に応じ,当該各号に定める相続税については,この限りでない。

  一 納税義務者の第33条又は国税通則法第35条第2項若しくは第3項(申告納税方式による国税等の納付)の規定により納付すべき相続税額に係る相続税〔相続税法33条の規定に基づく納付は,期限内申告書を提出した者又は民法958条の3第1項による特別縁故者への相続財産の分与があった場合において既確定相続税額不足のため修正申告書を提出した者によるそれらの申告書の提出期限までの相続税の納付。国税通則法(昭和37年法律第66号)35条2項又は3項の規定に基づく納付は,前者は期限後申告書若しくは修正申告書を提出した者又は更正通知書(納税申告書が間違っていた場合)若しくは決定通知書(納税申告書の提出がなかった場合)を税務署長から発せられた者,後者は過少申告加算税,無申告加算税又は重加算税に係る賦課決定通知書を税務署長から発せられた者による相続税(なお,過少申告加算税,無申告加算税及び重加算税の税目は,その額の計算の基礎となる税額の属する税目である(国税通則法69条)。)の納付である。〕について,〔相続税法〕27条第1項の規定による申告書の提出期限〔相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内。この期限が法定納期限(相続税法33条,国税通則法28号)〕(当該相続税が期限後申告書若しくは修正申告書を提出したことにより納付すべき相続税額,更正若しくは決定に係る相続税額又は同法〔国税通則法〕32条第5項(賦課決定)に規定する賦課決定に係る相続税額に係るものである場合には,当該期限後申告書若しくは修正申告書の提出があつた日,当該更正若しくは決定に係る同法第28条第1項(更正又は決定の手続)に規定する更正通知書若しくは決定通知書を発した日又は当該賦課決定に係る同法第32条第3項に規定する賦課決定通知書を発した日とする。)から5年を経過する日まで〔なお,国税徴収権の消滅時効期間は法定納期限から5年(国税徴収法72条1項)〕に税務署長〔国税通則法43条1項によれば納税地を所轄する税務署長。なお,相続税法62条1項及び2項にかかわらず同法附則3項が存在しており,通常は被相続人の死亡の時における住所地が納税地。〕(同法第43条第3項(国税の徴収の所轄庁)の規定〔「国税局長は,必要があると認めるときは,その管轄区域内の地域を所轄する税務署長からその徴収する国税について徴収の引継ぎを受けることができる。」〕により国税局長が徴収の引継ぎを受けた場合には,当該国税局長。以下この条において同じ。)がこの項本文の規定により当該相続税について連帯納付の責めに任ずる者(当該納税義務者を除く。以下この条及び第51条の2〔延滞税の特則に関する条項〕において「連帯納付義務者」という。)に対し第6項の規定〔「税務署長は,前項の規定による通知〔連帯納付義務者に対する,督促状を発した日から1月を経過しても納付義務者がその相続税を完納していない旨の通知〕をした場合において第1項本文の規定により相続税を連帯納付義務者から徴収しようとするときは,当該連帯納付義務者に対し,納付すべき金額,納付場所その他必要な事項を記載した納付通知書による通知をしなければならない。」〕による通知を発していない場合における当該連帯納付義務者 当該納付すべき相続税額に係る相続税

  二 納税義務者が第38条第1項(第44条第2項において準用する場合を含む。)又は第47条第1項の規定による延納の許可を受けた場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 当該延納の許可を受けた相続税額に係る相続税

  三 納付義務者の相続税について納税の猶予がされた場合として政令で定める場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 その納税の猶予がされた相続税額に係る相続税〔相続税基本通達34‐4に「相続税の一部について延納の許可を受けた又は納税猶予(措置法第70条の6第1項,第70条の6の4第1項,第70条の7の2第1項又は第70条の7の4第1項)がされた場合においては,延納の許可を受けた又は納税猶予がされた相続税額以外の相続税については,法第34条第1項第1号に該当する場合を除き,同項による連帯納付の責めの対象となることに留意する。」とあります。〕

 

一般に租税法規の法文は法制執務ないしは立法技術に係る栄光と悲惨とが凝縮されたような代物で,相続税法34条1項の文言についてもまず書き写すだけで疲れ,いやになってきました。しかもそこに余計な補註を加えたので更にごてごてとし,読者にはお気の毒です。

しかし,取りあえずは,相続税法34条1項本文の規定が本稿の対象ではあります。

とはいえ,読みづらい法文をそのまま放置しておくのも無責任であるようなので,読みづらさの原因であるところの例外事項部分及び形式的部分を取り去ったものを次に掲げておきます。

 

 (連帯納付の義務等)

 第34条 同一の被相続人から相続又は遺贈・・・により財産を取得した全ての者は,その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責めに任ずる。ただし,次の各号に掲げる者の区分に応じ,当該各号に定める相続税については,この限りでない。

  一 納税義務者の第33条・・・の規定により納付すべき相続税額に係る相続税について,第27条第1項の規定による申告書の提出期限・・・から5年を経過する日までに税務署長・・・がこの項本文の規定により当該相続税について連帯納付の責めに任ずる者(当該納税義務者を除く。以下・・・「連帯納付義務者」という。)に対し第6項の規定による通知を発していない場合における当該連帯納付義務者 当該納付すべき相続税額に係る相続税

  二 納税義務者が・・・延納の許可を受けた場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 当該延納の許可を受けた相続税額に係る相続税

  三 納付義務者の相続税について納税の猶予がされた場合として政令で定める場合における当該納税義務者に係る連帯納付義務者 その納税の猶予がされた相続税額に係る相続税

 

2 相続税法34条1項の趣旨及び解釈上の問題

 

(1)「連帯納付の義務」に関する金子宏教授の解説

 この相続税法34条1項に関して,金子宏教授は次のように説明しています。

 

  相続税法34条は,相続税の徴収確保のために,連帯納付の義務を定めている・・・。・・・同一の被相続人から相続または遺贈により財産を取得したすべての者は,その相続・遺贈にかかる相続税について,その相続・遺贈により受けた利益の価額・・・に相当する金額を限度として,互いに連帯納付の責に任ずる(1項)。この連帯納付の義務は,連帯納税義務ではなく,他の相続人の納税義務に対する一種の人的責任であるが,その基礎にある思想は,一の相続によって生じた相続税については,その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方である。・・・

  これらの連帯納付義務は,受益を限度とする特殊な人的責任であって・・・,その範囲は,各相続人,受遺者または受贈者の相続税ないし贈与税の納税義務の確定によって自動的に確定するから,それを確定するための特別の行為は必要でないと解されてきた(最判昭和55年7月1日民集34巻4号535頁,大阪地判平成13年5月25日月報48巻8号2035頁)。しかし,自らは,納税義務を適正に履行した者が,さらに共同相続人の納税義務について,自己の意思に基づくことなく連帯納付の責任を負わなければならないことは,その責任の内容がときとして過大ないし苛酷でありうることを考えると,今日の法思想のもとでは,異例のことであるといわなければならない。そこで,この規定の解釈・運用にあたっては,不合理な結果が生じないようにする必要がある。この連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と同様に附従性をもち,共同相続人の納税義務がなんらかの理由で消滅した場合には,消滅すると解すべきである。共同相続人に対する延納許可によって連帯納付義務が消滅することはないが,延納許可の継続中は,連帯納付義務者から徴収することはできないと解すべきである。連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と異なり,契約(当事者の自由な意思の合致)に基づくものではなく,一種の法定債務であるから,履行の請求等によって本来の納税義務者に対して生じた時効中断の効力は,連帯納付義務者には及ばないと解すべきであろう(反対,名古屋高金沢支判平成17年9月21日月報52巻8号2537頁,東京高判平成20年4月30日月報55巻4号1952頁,東京高判平成20年6月25日月報55巻4号1988頁)。連帯納付義務は補充性はもたないが,納税義務者が十分な資力をもっている場合に,連帯納付義務者から徴収することは,権利の濫用にあたり違法になると解すべき場合が多いであろう(これらの点については,名古屋高金沢支判平成17年9月21日月報52巻8号2537頁,東京地判平成10年5月28日判タ1016121頁,前掲の大阪地判平成13年5月25日月報48巻8号2035頁,大阪地判平成191031日判タ1279165頁,月報55巻1号44頁参照)。(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)521523頁)

 

(2)国税通則法8条の適用における連帯納税義務との比較

 

 ア 「連帯納税義務」

「連帯納付の義務」と非常によく似た名で呼ばれるものの,やはり別のものとして,「連帯納税義務」があります。

 

 複数の者が連帯して1つの納税義務を負担する場合に,これらの者を連帯納税義務者といい,その納税義務を連帯納税義務という。国税では,①共有物,共同事業または当該事業に属する財産にかかる租税(税通9条),②無限責任社員の第二次納税義務(税徴33条),③共同登記等の場合の登録免許税(登税3条),④共同文書作成の場合の印紙税(印税3条2項)について,連帯納税義務が成立する。・・・(金子145頁)

 

イ 国税通則法8条

 ところで,「国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め,税法の体系的な構成を整備し,かつ,国税に関する法律関係を明確にする」法律(国税通則法1条)である国税通則法の第8条は,「国税の連帯納付義務についての民法の準用」との見出しの下,「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務については,民法第432条から第434条まで,第437条及び第439条から第444条まで(連帯債務の効力等)の規定を準用する。」と規定しています。

 

ウ 連帯納税義務と国税通則法8条の適用

「連帯納税義務については,一定の範囲で民法の規定が準用される(税通8条,地税10条)」ということですから(金子145頁。下線は筆者によるもの),連帯納税義務については,国税通則法8条によって,民法第432条から第434条まで,第437条及び第439条から第444条までが全てそのまま準用されるということでしょう。

 

 エ 本稿の中心テーマ

それでは,相続税法34条1項の連帯納付の義務についてはどうでしょうか。これが本稿の中心テーマとなります。

 

3 相続税法34条1項の連帯納付義務と国税通則法8条による民法の準用

 

(1)相続税法34条1項の連帯納付義務と国税通則法8条

東京高等裁判所平成20年4月30日判決(訟務月報55巻4号1952頁[1]事件)は,相続税法34条1項の「連帯納付義務は,国税通則法8条にいう「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務」に該当するということができる」と判示しています(同判決第3,2(2)イ)。

 

(2)国税通則法8条による「準用」における民法440条の不準用及び同法457条1項の出現

 ところが,前記東京高等裁判所平成20年4月30日判決は,「ただし,「準用」とは,ある事柄に関する法規を適当な修正を施して他の事柄に適用することを意味するものである。」と述べ,かつ,相続税法34条1項の連帯納付の義務について「相続税徴収の確保の目的で,・・・他の相続人等の固有の相続税について納付義務を特別に負担させるもので,相続人の内部関係では連帯納付義務を負わされる相続人には負担部分がないことに照らすと,本来の納税義務者と当該連帯納付義務者との関係は民法上の主たる債務者と連帯保証人との関係に類似するもので,その本質は,民法上の連帯保証債務に準ずる特殊な法定の人的担保と解するのが相当である。」との「本質」論を展開した上で,「連帯保証について定める民法458条が同法434条から440条までの規定を準用しているにもかかわらず,連帯保証債務の時効の中断に関しては,同法440条が準用されず,同法457条1項が適用されると解されているのと同様に,相続税法34条1項の連帯納付義務の時効の中断に関しては,民法440条は準用されず,むしろ保証債務の時効の中断に関する民法457条1項が適用されると解するのが相当である。」と判示しています(同判決第3,2(2)イ)。国税通則法8条に民法440条(「第434条から前条までに規定する場合を除き,連帯債務者の一人について生じた事由は,他の連帯債務者に対してその効力を生じない。」)が書いてあるからといって,そのまま準用されるものと安心していると(また,民法457条1項は国税通則法8条には書いてありません。),とんだ落とし穴があるわけです。「相続税徴収の確保の目的」は重いわけです。

これについては,「履行の請求等によって本来の納税義務者に対して生じた時効中断の効力は,連帯納付義務者には及ばないと解すべき」だとして当該判例に反対する金子宏教授としては,「この連帯納付義務は,民法上の連帯保証債務と同様に附従性をもち」といった(以上の下線は筆者によるもの),連帯保証が出てくる比喩を用いてしまったことがまずかったでしょうか(また,国税通則法8条は民法434条(「連帯債務者の一人に対する履行の請求は,他の連帯債務者に対しても,その効力を生ずる。」)を準用しているのですから,金子教授のように「履行の請求」による時効の中断(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)414415頁参照)まで否定するのは(ちから)(わざ)でしょう。

 「国税通則法8条は,国税の連帯納付義務について民法の連帯債務に関する規定が準用されることを通則的に定めたものであるところ,民法上の個別の規定の準用の当否は,当該国税の性質や当該連帯納付義務が課されている理由を考慮して個別に判断すべき」ものであるわけです(東京地方裁判所平成23年3月23日判決(平成21年(行ウ)第301号差押処分取消等請求事件)の第3,2(3)ア(ア)。なお,当該判示の少し後で,「本来的な納税義務者に生じた時効中断の効力は,履行の請求以外の時効中断事由によるものであっても,連帯納付義務者に及ぶものと解する」との表現が見られます(下線は筆者によるもの)。履行の請求による時効の中断効は堅いところであるようです。)。

 

(3)国税通則法8条による民法442条の準用

 それでは,互いに相続税の連帯納付の責めに任ずる関係にある共同相続人間で相続税の立替納付があったときの求償額について,国税通則法8条に基づき民法442条2項(「前項の規定〔連帯債務者の弁済等による他の連帯債務者に対する求償権の取得に係る規定〕による求償は,弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。」)の準用があるものかどうか。常識的には,「相続税徴収の確保の目的」に協力するのであるから立法者はそこまで当然配慮すべく準用ありであるのだということでよさそうですが,やはり裁判所が「個別に判断」したところの結果である裁判例が現にないと一抹の不安が残るでしょう。

相続税法34条1項の連帯納付義務者については,国税通則法8条の明文からでは分からない民法457条1項が「本質」論からあれよと出てきて履行の請求によるもの以外の時効の中断も広く認められる(連帯納付義務の消滅が認められにくくなる。)というように,お国はつらく当たっていますから,神経質になるのも無理からぬところです。また,贈与税に係る相続税法34条4項の贈与者の連帯納付義務について,当該連帯納付義務を履行した贈与者は受贈者に対して求償権を取得すると判示した静岡地方裁判所平成元年6月9日判決(行裁例集40巻6号573頁)においては,当該「求償権を行使することによつてその損失を補填することもできる」と述べられつつ,「受贈者が無資力の状況にあつて求償権を行使しても納付した税額に相当する金員の返済を受ける見込みが全くないなどの特別の事情」という表現も用いられており(判決の第三,二2(一)。下線は筆者によるもの),そこでは求償の範囲が必ずしも明らかにされていませんでした(なお,「求償権がある場合において,その求償権が放棄されたことにより贈与税の課税要件が充足されれば,贈与税が課税されることは税法上当然のこと」(相続税法8条参照)になります(同判決の第三,二2(二))。)

 この点,東京地方裁判所平成28年3月29日判決(平成26年(ワ)第16522号費用償還請求事件)において裁判所は,相続税法34条1項の連帯納付義務者がした立替納付について,国税通則法8条による民法442条の準用を認めています。

 民法442条2項の準用がなく,かつ,共同相続人による相続税の立替納付が民法上の事務管理にすぎないということになると,民法702条1項では「支出した以後の利息は請求しえないとするのが民法の文理に適するらしく思われる(650条1項を準用していない(702条参照))。」ということに一応なるようでもありますが(我妻榮『債権各論下巻一(民法講義Ⅴ)』(岩波書店・1972年)919頁),他方,「管理者は支払日以降の利息も請求することができる(民650Ⅰ類推,我妻・債各下(一)919頁,三宅正男・新注民(18294頁)。」と主張する者もあったところです(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)127頁)。なお,意思無能力の相続人に係る相続税の申告及び立替納付をした共同相続人について事務管理に基づく費用償還請求権を認め得るものとした最高裁判所平成18年7月14日判決(判時194645頁)の事案では,そもそも利息の請求がされていませんでした。また,当該事案においては,委任契約又は事務管理に基づく費用償還請求がされていたものの,相続税法34条1項の連帯納付義務者のした立替納付に基づく国税通則法8条により準用される民法442条の求償権の主張はされていなかったようです。

 

4 法定利息と延滞税との比較等

 法定利率は,現在年5パーセントです(民法404条)。マイナス金利の時代においては,ウホッ!という金利です。法律の規定によって生ずる債務は別段の定めのない限り期限の定めのない債務ですので(ただし,不法行為による損害賠償債務は成立と同時に遅滞にあるものと解されています。)(我妻・民法講義Ⅳ105頁参照),それに加えて年5パーセントの割合による遅延損害金支払債務を更に発生させるには履行の請求をすることが必要ですが(民法412条3項),直ちに履行の請求やらないかと言われても世の中はいい男ばかりではなく,グズグズした人がいるものです。先んずれば人を制すとは,中華人民共和国の現在にも伝わる古代からの知恵なのでしょうが,(メー)法子(ファーズ)です。これに対して民法442条の求償に含まれる法定利息は,弁済があった日以後(弁済があった日にも発生します。),弁済したことの通知又は求償することの催告を要さずに当然生じます(我妻・民法講義Ⅳ434頁参照)。優しい仕組みになっています。

 しかし,国税通則法8条により準用される民法442条2項に基づき連帯納付義務者から求償される法定利息の利率年5パーセントを高いと恨んではいけません。お国の利率は,もっと厳しい。国税通則法60条の延滞税の利率は,特別基準割合が年1.8パーセントである2016年についてみれば,納期限の翌日から2月を経過するまでの期間は年換算2.8パーセントですが,その後は年9.1パーセントだからです(同条2項,租税特別措置法(昭和32年法律第26号)94条1項,93条2項,平成271211日財務省告示394号)。

 

1 分娩による母子関係の成立(判例)

 「生んだのは私です。」と女性が啖呵を切れば男は引っ込む。「母は強し。」ですね。

 しかし,法律的には,「母」とは何でしょう。

 民法の代表的な「教科書」を見てみると,「母子関係の発生に母の認知を要するかについては,学説が分かれていた。現在では,判例・通説は分娩の事実によって母子関係は成立するから認知は不要としている。」とあります(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)196頁)。当該判例たる最高裁判所昭和37年4月27日判決(民集1671247)は,「母とその非嫡出子との間の親子関係は,原則として,母の認知を俟たず,分娩の事実により当然発生すると解するのが相当であるから,被上告人〔母〕が上告人〔子〕を認知した事実を確定することなく,その分娩の事実を認定したのみで,その間に親子関係の存在を認めた原判決は正当である。」と判示しています。

 当たり前でしょ,そもそも「母子関係の発生に母の認知を要する」なんて何てお馬鹿なことを言っているのかしら,というのが大方の反応でしょう。

 しかし,民法には困った条文があるのです。

 

 第779条 嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができる。(下線は筆者によるもの)

 

 素直に読めば,「嫡出でない子」については,その子を分娩した女性であっても改めて認知するまではその子の法律上の母ではないということになるようです。

なお,ここで,「嫡出でない子」の定義が問題になりますが,「嫡出子」については,「婚姻関係にある夫婦から生まれた子」(内田169頁),あるいは「婚姻関係にある男女の間の子」ということになり(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)214頁),かつ,その子は「夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない。」とされています(我妻214頁)。「嫡出でない子」は,「父と母との間に婚姻関係のない子」ですから(我妻230頁),婚姻していない女性が生んだ子(「未婚の子」)及び人妻の生んだ子であるが夫との性的交渉により懐胎された子でないもの(「母の姦通の子」)ということになるのでしょう。

 前記昭和37年最高裁判所判決までの古い判例は,「民法が,非嫡出子と親との関係は,父についても,母についても,認知によって生ずるものとして差別を設けない」ことから,民法の条文どおりの解釈を採っていて,非嫡出子を分娩した女性が出生届をしたときは母の認知の効力を認めるものの,原則として非嫡出子とその子を生んだ女性との関係については「分娩の事実があっても「生理的ニハ親子ナリト雖モ,法律上ハ未ダ以テ親子関係ヲ発生スルニ至ラズ」」としていたそうです(我妻248頁)。この判例の態度を谷口知平教授は支持していて「(ⅰ)母の姦通の子や未婚の子が虚偽の届出または棄児として,身分をかくそうとしている場合に,第三者から出生の秘密をあばくことは許さるべきではない。子の朗らかな成人のためにその意思を尊重し,母または子のいずれかの発意と希望があるときにのみ母子関係を認むべきだ。(ⅱ)養育しなかった生母が,子の成人の後に,子の希望しないにもかかわらず,母子関係を認め,子に扶養義務を負わせたり(認知を必要とすれば子の承諾を要する(782条)),母の相続権を認める(認知を必要とすれば,子の死亡後は,直系卑属のあるとき(母の相続権のないとき)でないとできない(783条2項))のは不当である。」と主張していたとされています(我妻249頁)。「わが民法においては親子関係については英米法の自然血縁親子主義を採らず,親子関係を,法律関係とする社会的法律関係主義ともいうべきものを採用している。」ということでしょう(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)170頁)。

これら当時の判例及び学説に対して我妻榮は,「非嫡出子と母との関係は,その成立についても,成立した関係の内容についても,嫡出子と区別しない,というのが立法の進路であり,その途に横たわる障害については合理性を見出しえない」と宣言し(我妻232頁),「母との関係は,生理的なつながり(分娩)があれば足りる。母の認知または裁判を必要としない。従って,何人も,何時でも,この事実を主張することができる。母の認知という特別の制度は不要となる」(同235頁)との解釈論を展開していました。母子関係について「なお認知または裁判によって成立するものとしている」フランス民法的解釈から,「出生によって当然に母子関係が生ずる」とするドイツ民法及びスイス民法的解釈へと(我妻231頁参照,解釈を変更せしめようとし,前記昭和37年最高裁判所判決によってその目的が達成されるに至ったわけです。当該判例変更の理由について,当該判決に係る裁判長裁判官であった藤田八郎最高裁判所判事は,当該判決言渡しの4年後,「父と嫡出でない子の生理的な事実上のつながりは甚だ機微であって,今日の科学智識をもってしても,必ずしも明確に認識し難いのに反して,母と嫡出でない子のそれは,分娩出産という極めて明瞭な事実関係によって把握されるということに縁由するのである。」と明らかにしています(藤田八郎「「母の認知」に関する最高裁判所の判決について」駒澤大學法學部研究紀要24号(1966年4月)16頁)。ただし,これだけのようです。

以上の点に関しては,かつて,「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」の記事で御紹介したところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)。

 

2 法律の明文vs.血縁主義(事実主義)

 

(1)我妻榮の覚悟

我妻榮は,嫡出でない子に係る母子関係の成立には母による認知を不要とする自説を提示するに当たって,「非嫡出子と母との関係は,分娩という事実(生理的なつながり)によって当然発生すると解するときは,民法その他の法令の規定中の父または母の認知という文字から「または母」を削除して解釈することになる。解釈論として無理だと非難されるであろうが,止むをえないと考える。」との覚悟を開陳しています(我妻249頁)。確かに,法律に明らかに書いてある「又は母」を公然無視するのですから,立法府たる国会の尊厳に正面から盾突く不穏な解釈であるとともに,民法第4編及び第5編を全部改正した昭和22年法律第222号の法案起草関係者の一人としては立場上少々いかがなものかと思わせる解釈です(我妻榮自身としては,「戦後の大改正には,責任者の一人ともなった」が,「身分法は,私の身についていないらしい。大学では,随意科目・・・といっても,時間割にも組んでなかった。鳩山先生が,学生の希望を入れて,時間割外に講義をして下さったのだから,正式の随意科目でもなかったかもしれない。むろん試験もなかった。そのためか,どうも身についていない。」と弁明しているのですが(我妻・しおり「執筆を終えて」)。)。

 

(2)最高裁判所の妥協と「折衷説」

この点,前記最高裁判所昭和37年判決は,法律の条文の明文を完全に無視することになるというドラスティックな解釈変更を避けるためか「原則として,母の認知を俟たず,分娩の事実により当然発生すると解する」と判示して(下線は筆者によるもの),嫡出でない子に係る母による認知の規定が働き得る余地を残す形にしたように思われます。嫡出でない子の母による認知は,「棄児の場合」にはあり得ると解釈されているそうです(内田196頁)。

しかしながら,「これに対しては鈴木禄弥教授が「はなはだしく便宜的かつ非論理的」だと批判」し,「母子関係に原則として認知不要とする立場は血縁主義(事実主義)を根拠にしているが,そうであるなら,棄児であろうとなかろうと認知は不要としないとおかしい」と述べているそうです(内田197頁)。「便宜的」なのは,国会との正面衝突を避けるために正に便宜的に設けた「例外」の辻褄合わせなんだから仕方がないよ,ということにでもなるのでしょうか。民法779条の文言は男女平等に書かれていますから,同条については,憲法14条1項などを動員して「女性差別だ」として大胆に一部の文言を無効とする違憲判決をするわけにもいかなかったのでしょう。

以上の点についてはそもそも,藤田最高裁判所判事が,「〔(母の認知の存在を前提とする)最高裁判所昭和29年4月30日判決(民集84118)によれば〕認知の法律上の性質〔親子関係の確認ではなく創設〕について,父と母を区別しないのであって,今更,母の認知に,その法律上の性質に関し別異の解釈を施すの余地もなく,従来の大審院判例の趨向をも考慮しつつ,いわゆる認知説によって生ずる不都合を避けながら,法文の文理をも全然無視しないという,妥協的な態度をとって,この最高裁判決はいわゆる「折衷説」の立場に立ったものと理解されるのである。」と述べていました(藤田16頁)。

 

(3)現場の状況

ちなみに,インターネット上で認知の届書の書式を札幌市役所及び下野市役所について見てみると,「認知する父」とのみ印刷してあって,認知する母があることが想定されていないものとなっています(なお,戸籍法施行規則59条では出生,婚姻,離婚及び死亡の届出の様式について規定されていますが(戸籍法28条参照),そこに認知の届出の様式は含まれていません。すなわち,「認知届は法律上届出様式が定まっていない」わけです(内田190頁)。)。

 

3 ドイツ民法及びフランス民法と日本民法

 

(1)日本民法の解釈とその「母法」

我が民法の「実親子法は,日本的な極端な血縁主義が肯定されて,民事身分の根幹である親子関係の設定について法的な規律をいかに設計するかという議論は行われないこと」になったとみられていますが(水野紀子「比較法的にみた現在の日本民法―家族法」『民法典の百年Ⅰ』(有斐閣・1998年)661頁),民法779条の解釈も,「母法を学ぶことを基礎にして民法の条文の意味を解釈するという姿勢が財産法より弱」い中生み出された「民法の条文が本来もっていた機能を理解しない独自の日本的解釈」だったのでしょうか(同676頁参照)。ただし,我が民法の「母法」が何であるかには多様な見解があり得るようです。ドイツ法及びフランス法が民法の母法と解されていますが(水野662頁),民法779条は,ドイツ民法を継受したものなのでしょうか,フランス民法を継受したものなのでしょうか。

 

(2)ドイツ民法における母子関係の成立:分娩

ドイツ民法1591条は,「子の母は,その子を分娩した女(Frau)である。(Mutter eines Kindes ist die Frau,die es geboren hat.)」と規定しています。

 

(3)フランス民法における母子関係の成立:出生証書,任意認知又は身分占有

 フランス民法310条の1は「親子関係は,本章第2節に規定する条件に基づき,法律の効果により,任意認知により,又は公知証書によって証明された身分占有によって法律的に成立する。/当該関係は,本章第3節に規定する条件に基づき, 裁判によっても成立する。(La filiation est légalement établie, dans les conditions prévues au chapitre II du présent titre, par l’effet de la loi, par la reconnaissance volontaire ou par la possession d’état constatée par un acte de notoriété.Elle peut aussi l'être par jugement dans les conditions prévues au chapitre III du présent titre.)」と規定し,それを受けて第2節第1款「法律の効果による親子関係の成立(De l’Établissement de la Filiation par l’Effet de la Loi)」中の同法311条の25は,「母に係る親子関係は,子の出生証書における母の指定によって成立する。(La filiation est établie, à l’égard de la mère, par la designation de celle-ci dans l’acte de naissance de l’enfant.)」と規定しています。これに関して,出生証書に係る同法57条1項後段には「子の父母の双方又はその一方が戸籍吏に指定されないときは,当該事項について帳簿に何らの記載もされないものとする。(Si les père et mère de l’enfant, ou l’un d’eux, ne sont pas désignés à l’officier de l’état civil, il ne sera fait sur les registres aucune mention à ce sujet.)」との規定があります。

フランス民法316条1項は「親子関係は,本節第1款〔第311条の25を含む。〕に規定する条件によって成立しない場合においては,出生の前又は後にされる父性又は母性に係る認知によって成立し得る。(Lorsque la filiation n’est pas établie dans les conditions prévues à la section I du présent chapitre, elle peut l’être par une reconnaissance de paternité ou de maternité, faite avant ou après la naissance.)」と規定しています。同法316条3項は「認知は,出生証書において,戸籍吏に受理された証書によって,又はその他公署証書によってされる。(Elle est faite dans l’acte de naissance, par acte reçu par l’officier de l’état civil ou par tout autre acte authentique.)」と規定しています。なお,フランス民法56条1項によると,子を分娩した女性自身は出生届をすべき者とはされていません(「子の出生は,父により,又は父がない場合は医師,助産婦,保健衛生担当吏その他の分娩に立ち会った他の者によって届け出られるものとする。さらには,母がその住所外で分娩したときは,その元において分娩がされた者によってされるものとする。(La naissance de l’enfant sera déclarée par le père, ou, à défaut du père, par les docteurs en médecine ou en chirurgie, sages-femmes, officiers de santé ou autres personnes qui auront assisté à l’accouchement; et, lorsque la mère sera accouchée hors de son domicile, par la personne chez lui elle sera accouchée.)」)。

フランス民法317条1項は「両親のそれぞれ又は子は,反証のない限り身分占有を証明するものである公知証書を交付するよう,出生地又は住所地の小審裁判所の裁判官に対し請求することができる。(Chacun des parents ou l’enfant peut demander au juge du tribunal d’instance du lieu de naissance ou de leur domicile que lui soit délivré un acte de notoriété qui fera foi de la possession d’état jusqu’à preuve contraire.)」と規定しています。

 

(4)日本民法の採っていた主義は何か

 ドイツ民法の場合は,嫡出でない子を分娩した女性も当該分娩の事実により直ちにその子の母になります。フランス民法の場合は,嫡出である子を分娩した女性についても当該分娩の事実だけでは直ちにその子の母とはなりません(フランス「現行法の下では,法的母子関係は自然子のみならず嫡出子についても,分娩の事実により当然に確定するとは考えられていない。」とされています(西希代子「母子関係成立に関する一考察―フランスにおける匿名出産を手がかりとして―」本郷法政紀要10号(2001年)403頁)。)。翻って我が日本民法はどうかといえば,嫡出でない子に係る第779条はあるものの,実は,嫡出である子を分娩した女性とその子との母子関係の成立に関する規定はありません。

 この点嫡出でない子に関し,旧民法人事編(明治23年法律第98号)には母による認知に係る規定はなかったにもかかわらず(我が旧慣においても母の認知ということはなかったとされています(藤田1213頁)。)その後民法779条(旧827条)に母による認知の規定を入れることについて,梅謙次郎は次のように述べていたそうです。いわく,「生んだ母の名前で届けると姦通になるから之を他人の子にするか或は殺して仕舞うか捨てて仕舞う甚だ忌はしいことであるが西洋にはある」,そこで「原則は母の名前を書いて出すべきことであるが戸籍吏はそれを追窮して問ふことは出来ぬ」,それでも「十の八九は私生子は母の名で届けるから斯うなつても実際母なし子は滅多にはないと思ふ」と(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)155頁による。)。すなわち,母による認知を要するのは子の出生届にその子を生んだ「母」が記載されていなかった場合である,つまり,嫡出でない子については出生届において母が明らかにされないことがあるだろうとされ(なお, この民法起草時の認識とは反対に旧民法においては,母の知れない子はないものと見ていたところです(大村154頁参照)。父ノ知レサル子たる私生子(同法人事編96条)について同法人事編97条は「私生子ハ出生証書ヲ以テ之ヲ証ス但身分ノ占有ニ関スル規定ヲ適用ス」と規定していて「証ス」る対象が不明瞭ですが,同条の属する節の題名が「親子ノ分限ノ証拠」であり,かつ,定義上私生子の父は知れないのですから,同条における「証ス」る対象事実は母子関係だったのでしょう。すなわち,私生子を分娩した女性を母とする出生証書が作成されること又は当該子による当該女性の子としての身分占有(同法人事編94条)があることが前提とされています。),また,嫡出でない子であってもその分娩をした女性が母として出生届をすれば母のある子となる,ということであるようです。(なお,藤田13頁によれば,そもそも民法中修正案理由書には次のようにまとまった記述がありました。いわく,「既成法典ニ於テハ父ノ知レサル子ヲ私生子トシ父ノ認知シタル私生子ヲ庶子ト為シタルニ拘ラス母ノ知レサル子ニ関スル規定ヲ設ケス是レ蓋シ母ノ知レサル場合ナキモノト認メタルカ為メナラン,今若シ母ハ毎ニ出生ノ届出ヲ為スモノトセハ母ノ知レサル場合決シテ之ナカルヘシト雖モ或ハ母カ出生子ヲ棄テ又ハ母カ法律ニ違反シテ出生ノ届出ヲ為サス後ニ至リテ認知ヲ為スコトアルヘキカ故ニ本案ニ於テハ母ノ知レサル場合アルモノト認メ父又ハ母ニ於テ私生子の認知ヲ為スコトヲ得ルモノト定メタリ」。この母の認知の制度は,「フランス法の影響を受け」たものと認識されています(藤田13頁)。)

以上の議論では,嫡出である子については分娩した女性を母とする出生届が当然されるものであるということが前提とされているようです(専ら嫡出でない子について母を明らかにする出生届がされないことが懸念されています。)。そうであれば,嫡出である子たるべく分娩された子も当該分娩をした女性を母とする出生届がされなければ,当然されるべきことがされていないことになるので,そのままではやはり「母なし子」になる,というフランス民法的に一貫した解釈も可能であるようにも思われます。谷口知平教授は,嫡出子に係る母子関係についても「母子としての戸籍記載は勿論,血縁母子関係の存在を推定せしめるが・・・親子の如き身分の存否については,戸籍記載を唯一の証拠として身分関係の対世的統一取扱を確保することにし,先ず,人事訴訟を以て確定の上戸籍訂正をしてからでなければ,一切の訴訟において親子でないことを前提とする判断をなし得ないとする解釈が妥当だ」と,戸籍記載を重視する見解を表明しています(谷口74-75頁)。確かに,そもそも旧民法人事編92条は「嫡出子ハ出生証書ヲ以テ之ヲ証ス」と,同93条は「出生証書ヲ呈示スル能ハサルトキハ親子ノ分限ハ嫡出子タル身分ノ占有ヲ以テ之ヲ証スルコトヲ得但第291条ノ規定〔帳簿に問題があり,又は証書が作られなかったときは「証人又ハ私ノ書類ヲ以テ先ツ其事実ヲ証シ且身分上ノ事件ヲ証スルコトヲ得」〕ノ適用ヲ妨ケス」と,分娩の事実を直接援用しない形で規定していたところです。

しかし,民法779条の反対解釈からすると,嫡出である子を分娩した女性は認知を要さずにその子の母となる,すなわち分娩の事実から直ちに母子関係が成立するものとすると,ここはドイツ民法流に解することも自然なようでもあります。とはいえ,やはり,「わが民法の規定にはフランス民法の影響が大きいのに,わが民法学はドイツ民法学の影響が強く,フランス式民法をドイツ式に体系化し解釈するという,奇妙な状況」(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)62頁)の一環であるということになるのかもしれませんが。

 

4 匿名出産制度について

ところで,「母子の絆は父子のそれよりも強い(意思で左右されるようなものではない)。」といわれていますが(内田198頁),万古不変全世界共通の原理ではないようにも思われます。子を生む女性の意思によって,当該女性とその子との絆を明らかにしないという選択を認める制度(匿名出産制度)がフランス民法にあるからです。同法325条は「母の捜索」を認めているのですが,その次の条が匿名出産制度について規定します。

 

326条 分娩に際して,母は,その入院及びその身元に係る秘密が保持されることを請求することができる。(Lors de l’accouchement, la mère peut demander que le secret de son admission et de son identité soit préservé.

 

「フランス人として個人の自由や権利を尊重することを当然のこととする・・・気持ちや人格」を有するのがフランス女性であるということでしょうか(東京高等裁判所平成26612日判決(判時223747)参照。なお,羽生香織「実親子関係確定における真実主義の限界」一橋法学7巻3号(200811月)1017頁は,「個人の自由の尊重要請に基づく真実主義の制限」が匿名出産から生まれた子に関して存在すると述べています。)。

歴史的に見ると,フランスでの匿名出産制度は,1556年にアンリ2世が出生隠滅を厳禁し,妊娠した女性に妊娠・分娩届の提出を義務付ける勅令を発布したことを直接の契機として,パリ施療院(Hôtel-Dieu de Paris)等による組織的対策として始まったそうです(西400頁)。その後も,「1804年に成立した民法典には匿名出産について直接規定する条項はなかったが,匿名出産を間接的に認める,あるいは意識した条項は存在していた。例えば,57条原始規定は,出生証書には,「出生の日時,場所,子の性別,子に与えられる名,父母の氏名,職業,住所,及び証人のそれら」を記載するものとしていたが,施行当初から,父母の名を記載しないことは認められていた。」という状況であったそうです(西402頁)。ナポレオン1世没落後のパルマ公国の女公マリー=ルイーズも,当該制度を利用したものか。

 

La vérité est un charbon ardent qu’il ne faut manier qu’avec d’infinies précautions.(P. HEBRAUD)

 

匿名出産制度はフランス以外の国にもあるのですが,ドイツ民法の場合,女性は分娩の事実によって当該分娩によって生まれた子の母になってしまうので,同法では親権停止のテクニックが採用されています。

 

1674a 妊娠葛藤法第25条第1項に基づき秘匿されて出生した子に対する母の親権は停止する。同人が家庭裁判所に対してその子の出生登録に必要な申立てをしたものと当該裁判所が確認したときは,その親権は復活する。(Die elterliche Sorge der Mutter für ein nach §25 Absatz 1 des Schwangerschaftskonfliktgesetzes vertraulich geborenes Kind ruht. Ihre elterliche Sorge lebt wieder auf, wenn das Familiengericht feststellt, dass sie ihm gegenüber die für den Geburtseintrag ihres Kindes erforderlichen Angaben gemacht hat.

 

 仏独のお話はこれくらいにして,我が日本民法の話に戻りましょう。

 

5 棄児に対する「母の認知」に関して

 前記最高裁判所昭和37年4月27日判決によって採用された母子親子関係の成立に係る分娩主義における例外について,藤田八郎最高裁判所判事は,母子親子関係が認知によって成立するものとされるこの例外の場合は,「判決にいうところの例外の場合とは棄児その他,分娩の事実の不分明な場合を指すものであることは,十分に理解されるのである。」と述べています(藤田16頁)。更に藤田最高裁判所判事は,棄児に対する母の認知について敷衍して説明しているところがあります。少し見てみましょう。

 まず,「棄児のごとく何人が分娩したか分明でない場合は例外として母の認知によって母子関係が発生する」ことにするとされています(藤田17頁)。そうであれば,この場合,認知をする女性も,当該棄児を自分が分娩したのかどうか分明ではないことになります。なお,分娩の事実の不分明性については,「分娩なる事実が社会事実として不明であるかぎり,法律の社会では,これを無視して無と同様に考えることもまた,やむを得ないのではあるまいか。」と説かれています(藤田18頁)。戸籍吏には実質的審査権がないということでよいのでしょうか。出生届の場合(戸籍法492項)とは異なって,母の認知の届書に出生証明書の添付が求められているわけではありません。

 任意認知の法的性質については,事実主義(血縁主義)を強調する我妻榮は,「事実の承認」であって,「父子関係の存在という事実を承認する届出」(父の認知の場合)であるとしています(我妻235頁)。「母の認知」(我妻榮自身は「母の認知」を認めていませんが)の場合は,分娩による母子関係の存在という事実が承認されるものということになるのでしょう。任意認知の法的性質を意思表示と解する立場(内田188頁等)では,「父または母と子の間に生理的なつながりのあることを前提とした上での父または母の意思表示」ということになるようです(我妻234頁)。しかし,そうだとすると,自分が分娩したのかどうか分明ではない棄児について母子関係の存在を承認し,又は当該棄児を分娩したという事実を前提とすることができぬまま母子関係を成立させる意思表示をすることを,「認知」と呼んでよいものかどうか。ここで違和感が生じます。むしろ養子縁組をすべき場合なのではないでしょうか。

上記の「違和感」については,藤田最高裁判所判事も認容するところです。「父の認知は,父子の事実上のつながりがあきらかな場合に,認知の効力を有するものであるのに,母の認知は,母子の事実上のつながりが不明の場合にはじめて認知の効力を生ずると解釈することは,同じく民法の規定する認知について余りにも父と母の間に格段の差異を作為するものであるとの非難も,もっともである」と述べられています(藤田18-19頁)。しかしながらそこで直ちに,「これは結局,父と母の間に子との事実上のつながりを探究する上に前に述べたような本質的な相違のあることに基因するものであって,これ亦やむを得ないとすべきであろう。」(藤田19頁)と最高裁判所判事閣下に堂々と開き直られてしまっては閉口するしかありません。さらには,男女間の取扱いの差異を正当化するために, いささか難しいことに「男女平等論」が出てきます。「母子の事実上のつながりが不分明の場合に母の認知によって母子関係の成立をみとめることは不合理であると考えられるのであるが,実はかような事態は父の認知の場合にさらに多くあり得るのである。父子の事実上の関係が不分明のまま,父の認知によって法律上親子関係が発生せしめられた場合には,反対の事実が立証されないかぎり,この親子関係を打破る方途はないのである。・・・花柳界に生れた子を認知する父は,多かれ少かれ,この危険を負担しているものと云っても失言とは云えないであろう。」と論じられています(藤田20頁)。花柳界の女性と関係のある男性の話が出てくるあたり,藤田八郎最高裁判所判事は意外と洒脱な人物だったのかもしれません(大阪の旧藤田伝三郎家の養子だったそうです。)。

しかし,藤田最高裁判所判事のいう,事実上の親子のつながりを探究する上での父と母との間における「前に述べたような本質的な相違」とは,「父と嫡出でない子の生理的な事実上のつながりは甚だ機微であって,今日の科学智識をもってしても,必ずしも明確に認識し難いのに反して,母と嫡出でない子のそれは,分娩出産という極めて明瞭な事実関係によって把握されるということに縁由するのである。」ということでしょう(藤田16頁(前出))。そうであり,かつ,当該男女間の「本質的相違」を尊重して更に一貫させるのであれば,むしろ,母の認知においては父の認知におけるよりも更に強い生理的ないしは事実上の親子のつながり(分娩出産)の事実に係る認識が必要である,ということにならないでしょうか。男性の場合,父子関係は「機微」でよいのでしょうが,女性の場合,母子関係は本来「極めて明瞭な事実」であるはずです。

「生んだのは私です。」と母は赤裸々に事実を語るのに対し,その地位が機微に基づくところの「父」は,「男はつらいよ。」と子ら(特に息子ら)にしみじみ語りかけるということにならざるを得ないのかもしれません。

 

承認なしの個人(子)も承継なしの個人(親)も,苦しくてはかない。(大村310頁)

 

母と父とはやはり違うのでしょう。

しかし,母と父とが仲たがいして別居するようになり,更には離婚すると,その間にあって板挟みになる子らが可哀想ですね。せっかく別居している親と面会交流ができることになっても,「監護している親が監護していない親の悪口を言ったり,相手のことを子から聞き出そうと根掘り葉掘り尋ねる,というのでは子の精神的安定に良いわけはない」(内田135頁)。セント=ヘレナ島から遠く離れたパルマの女公の場合,長男のナポレオン2世とも別居したので,その分ライヒシュタット公は父母間の忠誠葛藤に悩まされずにすんだものでしょうか。

とはいえ,話を元に戻すと,そもそもDNA鑑定の発達した今日において,認知をしようとする女性と相手方である子との間において,たといその子が棄児であったとしても,当該女性による当該子の分娩の事実の有無が分明ではないということはあり得るでしょうか。DNA鑑定を行えば,それ自体は直接分娩の有無を証明するものではありませんが,当該鑑定の結果は分娩の事実の有無を推認するに当たっての非常に強力な間接事実であるはずです(生殖医療の話等が入ってくるとまた難しくなってきますが。)。

(承前。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466195.html)

5 裁判例

 裁判所の解釈をいくつか見てみましょう。

 

(1)昭和53年富山家庭裁判所審判

 富山家庭裁判所昭和531023日審判(昭和53年(家)第326号限定承認申述受理申立事件)(家月31942,判時917107頁)は,「前示・・・1ないし5の事実は,その動機が大口の相続債権者の示唆によるものであり,また,本件遺産中の積極財産の処分が,もつぱらその消極財産の弁済に充当するためなされたものであることを考慮に容れても,処分された積極財産が本件のすべての積極財産中に占める割合などからみて,その結果,本件遺産の範囲を不明確にし,かつ,一部相続債権者(特に大口の相続債権者)の本件相続債務に対する権利の行使を著しく困難ならしめ,ひいては本件相続債権者間に不公平をもたらすことになることはこれを否定できないので,前示のような行為は,民法921条第1号にいういわゆる法定単純承認に該当する事由と解せざるを得ない。」と判示しています。「1ないし5の事実」は,次のとおり。被相続人の妻M及び被相続人とMとの間の二人の息子が相談の上行った事実です。本件における被相続人は,生前事業をしていました。

 

 1 昭和53年2月27日,前示ロの普通預金から219,000円を払い戻し,これに申述人M所有の現金を加えて資金をつくり,

 2 同年3月6日ころ,前示ハの株式全部〔株式会社A,券面額合計2,485,000円〕を,株式会社Bに対する買掛金債務(手形取引による分で,前示ホ〔支払手形(合計約2800万円)〕の一部であり,1,000万円以上と推定される)の代物弁済として提供し,

 3 同年3月20日ころ,前示1の資金をもつて前示トの買掛金債務〔株式会社Bに対するもので手形取引外の分728,147円〕を弁済し,

 4 同日ころ,被相続人が生前に受領していた約束手形1枚(額面100万円),および,前示1の資金のうちの現金58万円をもつて,前示チの買掛金債権〔株式会社Aに対する買掛金1,580,866円〕を弁済し(残額866円の支払義務は免除されている),

 5 前示ニの売掛金債権〔C合資会社に対する売掛金(373,000円)〕全額を回収して,同年4月1日ころヘの買掛金債務〔株式会社Dに対する買掛金(304,956円)〕への弁済に充当し(過払分について申述人らはまだその返還を受けていない)た事実

 

1の前半を見ると,この場合,元本の領収は保存行為に当たらないということでしょうか。2は代物弁済ですが,代物弁済については「相続人・・・カ限定承認申述前為シタル前記代物弁済ハ其ノ目的タル不動産ノ所有権移転行為トシテ被相続人・・・ノ為シタル代物弁済予約ニ基クモノナルト否トニ拘ラス相続財産ノ一部ノ処分ニ外ナラサルモノトス」とする判例があります(大審院昭和12年1月30日判決・民集161)。株式の譲渡の部分が相続財産の一部の処分ということになるようです。3は弁済。4の「弁済」中約束手形による部分は代物弁済,現金部分は弁済でしょう。5は債権の取立て及び債務の弁済ですが,債権の取立てに関しては「上告人〔相続人〕が右のように妻W〔被相続人〕の有していた債権を取立てて,これを収受領得する行為は民法921条1号本文にいわゆる相続財産の一部を処分した場合に該当するもの」とする判例があります(最高裁判所昭和37621日判決・家月1410100)。この判例に関しては「単なる取立ては保存行為管理行為と考えるべきだろうから,取り立てた金を固有財産と明分して管理している事実が証明されれば法定単純承認は否定され得る」と説かれていますが(新版注釈民法(27)〔補訂版〕491頁(谷口知平=松川正毅)),当該学説に従えば,5では取り立てた金銭は分別管理されていたようですから,専ら弁済の方が問題とされたということになるのでしょうか。

本件審判の読み方は難しい。「1ないし5の事実」は,全体として民法921条1号の法定単純承認をもたらしているのか,それとも各個の事実がそれぞれ法定単純承認をもたらしているのか,という問題がまずあります。しかし,いずれにせよ,法定単純承認となることを避けたいのならば相続債権者に対する債務の弁済のためであっても積極財産の処分は一切許されないし,相続債権者に対する相続財産からの弁済もそもそも一切許されない,ということではないのでしょう。期限の到来した債務を弁済することは保存行為に該当するのが原則であるということを前提とした上で,当該審判については次のように解せられないでしょうか。すなわち,相続債権者に対する相続財産による弁済の場合においては,弁済をするに至った事情,積極財産中処分されたものの割合の大きさ,相続財産と固有財産との分別が不明確になった度合い及び他の相続債権者に及ぶ不利益の大きさを勘案して,民法921条1号ただし書の保存行為に当たらないことになることがあり得るし,相続債権者に対する弁済のために相続財産を処分する場合には,上記事項を勘案して上記保存行為に当たるものとされることがあり得るということを示した審判であるというふうに。

 

(2)昭和54年大阪高等裁判所決定

 行方不明となっていた男性(被相続人)が死亡したと警察から連絡を受けて,その妻及び子ら2名(相続人ら)が警察署に駆けつけて火葬場で被相続人の遺骨を貰い受けた際,同署から①「金2万0,423円の被相続人の所持金と,ほとんど無価値に近い着衣,財布などの雑品の引渡を受け」,②「その場で医院への治療費1万2,000円,火葬料3万5,000円の請求を受けたので,右被相続人の所持金に抗告人ら〔相続人ら〕の所持金を加えてこれを支払つた」行為に関して大阪高等裁判所昭和54年3月22日決定(家月311061,判時93851)は,①については「右のような些少の金品をもつて相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい身回り品や火葬費用等に支払われるべき僅かな所持金は,同法〔民法〕897条所定の祭祀供用物の承継ないしこれに準ずるものとして慣習によつて処理すれば足りるものであるから,これをもつて,相続財産の帰趨を決すべきものではない)。」と判示し,②については「前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは,人倫と道義上必然の行為であり,公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであつて,これをもつて,相続人が相続財産の存在を知つたとか,債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし,民法921条1号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであつて,右のような事実によつて抗告人〔相続人ら〕が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。」と判示しています。

なお,②に関する判示は,「医院への治療費1万2,000円,火葬料3万5,000円」の債務は相続財産たる消極財産には当たらないとする客観面の部分(「相続人が相続財産の存在を知つたとか・・・いえない」)と,「人倫と道義上必然の行為であり,公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来する」弁済をもって債務承継の意思を表明したものと擬制することはできないとする主観面の部分(別の箇所で「921条による単純承認の擬制も相続人の意思を擬制する趣旨であると解すべき」と判示されています。)とに分けて理解すべきでしょうか。債務の種類及び額が問題になるようです。

 

(3)平成10年福岡高等裁判所宮崎支部決定

 福岡高等裁判所宮崎支部平成101222日決定(家月51549)は,「抗告人ら〔相続人ら〕代理人はその熟慮期間中に,本件保険契約によって受領した〔相続人らの固有財産である被相続人の死亡〕保険金〔200万円〕を,抗告人らの意向を受けて,被相続人の債務の一部である○○農業協同組合に対する借受金債務330万円の〔一部の〕弁済に充てた」行為について,「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである。」と判示して,相続人らの相続放棄の申述は受理されるべきものと判示しています。

 相続債権者に対する被相続人の債務の弁済は,相続人の固有財産からその資金を出しておけば法定単純承認になることはない,ということでしょうか。そうであれば,分かりやすい解釈です。

 しかし,自腹を切ってまでの弁済は,かえって「債務承継の意思を明確に表明したもの」(前記大阪高等裁判所決定参照)と解され,単純承認の黙示の意思表示が認定され得べきおそれがあるもののようにも思われます。

 なお,相続財産からの相続債権者に対する弁済は全て法定単純承認の事由となる,とまでの反対解釈をする必要はないのでしょう。

 

(4)平成27年東京地方裁判所判決

 東京地方裁判所平成27年3月30日判決(平成25年(ワ)第31643号求償金請求事件)は,平成25年5月21日の被相続人の死亡後熟慮期間中にその保証債務の弁済を行っていた相続人(主債務者でもある。その債務額は昭和631221日現在で1750842円であった。)がその後した相続の放棄に関して,「本件相続開始後弁済がされたのは,平成25年5月31日及び同年7月1日と,いずれもC〔被相続人〕の相続放棄の熟慮期間中のものであり・・・,かつ,本件相続開始後弁済は,期限が到来した債務の弁済として,法定単純承認事由に該当しない保存行為である(民法921条1号ただし書)。」と述べた上で,当該相続の放棄の有効性を前提とした判示をしています。弁済資金が,相続財産から出たのか相続人の固有財産から出たのかは問題にされていません。

 しかし,「本件相続開始後弁済は,期限が到来した債務の弁済として,法定単純承認事由に該当しない保存行為である(民法921条1号ただし書)」と端的に判示されると,民法103条の管理行為への該当性を問題とした当初の場面に戻って来たわけですね。すがすがしい感じがします。

 

6 フランス民法784

 なお,相続人による相続債権者に対する弁済に関する問題について参考になる規定はないかと探したところ,2006年法によって設けられたフランス民法784条(第3項4号は2015年法により挿入)が次のように規定していました(同条は,同条1項に対応する規定のみであったナポレオンの民法典の第779条を拡充したもの)。

 フランス民法では,相続の単純承認(l’acceptation pure et simple de la succession)は意思表示に基づくものであって,当該意思表示には明示のものと黙示のものとがあります(同法782条)。

 

 第784条 暫定相続人(le successible)が相続人と称さず,又は相続人としての立場をとらなければ(n’y a pas pris le titre ou la qualité d’héritier),純粋保存(purement conservatoires)若しくは調査(surveillance)の行為又は暫定的管理行為(les actes d’administration provisoire)は,相続の承認とされることなく行われることができる。

 ② 相続財産(la succession)の利益のために必要な他の全ての行為であって,暫定相続人が相続人と称さず,又は相続人としての立場をとらずに行おうとするものについては,裁判官の許可を得なければならない。

③ 次に掲げるものは純粋保存に係るものとみなされる(Sont réputés purement conservatoires)。

  一 葬式及び最後の疾病の費用,故人の負担に係る租税,家賃(loyers)並びに他の相続債務であってその決済が急を要するもの(dont le règlement est urgent)の支払(paiement

  二 相続財産に係る天然及び法定果実の収取(le recouvrement des fruits et revenus

des biens successoraux)又は損敗しやすい物の売却。ただし,当該資金が前号の債務の弁済に用いられ,又は公証人に寄託され,若しくは供託されたことを証明(justifier)しなければならない。

    三 消極財産の増加(l’aggravation du passif successoral)を避ける(éviter)ための行為

四 死亡した個人的使用者(particulier employeur)の労働者(salarié)に係る労働契約の終了(rupture)に関する行為,労働者に対する報酬及び損害賠償金の支払並びに契約の終了に係る書類の交付

 ④ 日常業務(opérations courantes)であって,相続財産(la succession)に依存した(dépendant)事業の活動の当面の継続に必要なものは,暫定的管理行為とみなされる。

 ⑤ 賃貸人又は賃借人としての賃貸借の更新であってそれをしなければ損害賠償金を支払わねばならないもの並びに故人によりなされ,かつ,事業の良好な運営(bon fonctionnement)のために必要な管理又は処分に係る決定の実行は,同様に,相続の黙示の承認(acceptation tacite)とされずに行われ得るものとみなされる。

 

およそ「期限が到来した債務の弁済」は全て純粋保存行為だとまでは広くかつ端的に規定されていません。第3項1号及び4号との関係からすると同項3号に債務の弁済まで読み込み得るのかどうかは考えさせられるところです(インターネットで調べると,同号の行為の例としては,賃借契約の解除及び応訴がパリのSabine Haddad弁護士によって挙げられていました。)。しかし,十分参考になる規定だと思われます。病院への支払,自宅の電気・ガス・水道等の料金支払はこれでいけそうです。無論,ことさらに「相続人として,親から相続した私の債務として承認して弁済します。」などと明示されると困ったことになるでしょうが。

 

 内田〔貴〕 私は〔星野英一〕先生の授業のプリントを下敷きにして講義を始めまして,そうやって徐々にできあがった講義ノートをもとに教科書を書いたものですから,私の教科書は星野理論を万人にわかるように書いたものであると言われるのです。・・・(星野英一『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)225頁)

 

星野〔英一〕 ・・・解釈論の最後のところは利益考量・価値判断だけれども,まず条文を見る。初めは文法的な解釈つまり文理解釈や他の条文との関係から考える論理解釈をしますが,それだけではよくわからないので,日本のような継受法においては,その沿革の研究が不可欠だと考えていました。これは,「民法解釈論序説」で書いていることで,「日本民法典に与えたフランス民法の影響」の二つの論文は,一体のつもりです。・・・(星野・同書155頁)

 ・・・

  ・・・特に外国法は現地に行ってよく調べてきて,単に条文上のことを知るだけでなく,実際の運用を含めて各国の制度を理解するなどは,日本の制度の理解のためにも立法論にとっても大いに役立つことでいいことです。・・・(星野・同書328頁)

追記

20161013日から成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成28年4月13日法律第27号)が施行され,民法873条の次に次の一条が加えられました。

 

  (成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限)

 第873条の2 成年後見人は,成年被後見人が死亡した場合において,必要があるときは,成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き,相続人が相続財産を管理することができるに至るまで,次に掲げる行為をすることができる。ただし,第3号に掲げる行為をするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。

  一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為

  二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済

  三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前2号に掲げる行為を除く。)

 

民法873条の2第3号後段は「その他相続財産の保存に必要な行為(前2号に掲げる行為を除く。)」と規定していますので,わざわざ「相続財産の保存に必要な行為」から除かれている同条2号の「相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済」は,本来「相続財産の保存に必要な行為」であるということになります。相続財産の処分であっても民法921条1号ただし書の「保存行為」に該当するものとして法定単純承認をもたらすものではないものはどのようなものか,についての解釈問題にとっても重要な条文であることになるものでしょう。(ただし,四文字熟語の「保存行為」ではなく「相続財産の保存に必要な行為」という文言が用いられています。)

平成28年法律第27号は議員立法(衆議院内閣委員会)であったのですが,法務省のウェッブ・ページに,民法873条の2第2号及び第3号の「具体例」が示されています。同条2号については「成年被後見人の医療費,入院費及び公共料金等の支払」が掲げられ,同条3号については「遺体の火葬に関する契約の締結」並びに「成年後見人が管理していた成年被後見人所有に係る動産の寄託契約の締結(トランクルームの利用契約など)」,「成年被後見人の居室に関する電気・ガス・水道等供給契約の解約」及び「債務を弁済するための預貯金(成年被後見人名義口座)の払戻し」が掲げられています。

なお,民法873条の2第3号の前段と後段とは「その他の」ではなく「その他」で結ばれていますから,「その遺体の火葬又は埋葬に関する契約の締結」は,そもそも「相続財産の保存に必要な行為」ではないことになります(「「その他」は,・・・「その他」の前にある字句と「その他」の後にある字句とが並列の関係にある場合に,「その他の」は,・・・「その他の」の前にある字句が「その他の」の後にある,より内容の広い意味を有する字句の例示として,その一部を成している場合に用いられる。」(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)620頁))。遺骨についてですが,「遺骨については,戦前の判例に相続人に帰属するとしたものがあるが(大判大正10年7月25日民録271408),そもそも,被相続人の所有物とはいえないから相続の対象になるというのはおかしい」といわれています(内田Ⅳ・372頁)。

 

前編はこちら:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466195.html

    

1 熟慮期間中の相続債権者への弁済に関する「教科書」の説明あるいはその欠缺

 

(1)Tout homme est mortel.

人はだれでもいつかは死にます。

ある人が死んだ際,当該故人(被相続人)は,通常,死亡するまで入院していた病院への支払や,自宅の電気・ガス・水道等の料金支払その他に係る債務を残しているものです。親の死に目に立ち会った子(子は相続人です(民法887条1項)。)は,相続財産を管理すべき者として早速これらの債務に係る債権者(相続債権者)に応接しなければなりません(同法918条1項参照)。しかし,当該被相続人は他にも借金を抱えているかもしれないから相続の放棄(民法939条)をすべきかもしれぬとその相続人が考えている場合,当該相続人は,病院以下の相続債権者にどう対応すべきか。相続の放棄をするためには,当該相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に,その旨を,被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申述書の提出をもって申述しなければなりませんが(民法883条・915条1項・938条,家事事件手続法201条1項・5項),当該申述前に相続財産について保存行為ではない処分や長期の賃貸をうっかりしてしまうと,単純承認をしたということでもはや相続の放棄はできなくなります(民法920条・921条1号)。くわばらくわばら。さて,相続債権者に対する弁済は,法定単純承認を構成する相続財産の処分(民法921条1号)となるものか否か。親の死の時まで親身で面倒を見てくださったお医者さまや関係者には直ちに報酬を差し上げ,又は支払を済まさなければ人の道に反するし,さりとて,人の道が負債地獄につながる道となってしまっても恐ろしく,実は悩ましい問題です。

 

(2)「内田民法」

民法教科書の代表として,内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(東京大学出版会・2002年)を調べてみましょう。

まず,民法921条1号について。

 

 民法は単純承認が意思表示によってなされることを前提としつつ,以下の3つの場合に単純承認がなされたものとみなすという規定を置いている。これを法定単純承認という。

 第1に,相続人が,選択権行使前に相続財産の全部または一部を処分したとき(921条1号)。ただし,保存行為および602条に定める短期の期間を超えない賃貸をすることはここでいう処分にはあたらない。(内田Ⅳ・344頁)

 

これは,民法の条文そのままですね。本件の問題についての参考にはならない。

ちなみに,「保存行為」についての内田教授の解説は,権限の定めのない代理人の権限について定める民法103条1号の保存行為について,次のようなものです。

 

「保存行為」,すなわち,財産の現状を維持する行為は当然になしうる(1号)。例えば,窓ガラスが割れたのでガラス屋で買ってくるとか(売買契約),雨漏りするので大工に屋根を直してもらうなど(請負契約)。(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)122頁)

 

これも,債権者に対する債務の弁済について触れるところがないですね。やはり参考にならない。

相続の承認又は放棄前の熟慮期間中(民法915条1項参照)における相続財産の管理に関する「内田民法」の説明もまた,参考になりません。

 

熟慮期間中,相続財産は不安定な状態に置かれる。そこで,その管理について民法は特に規定を置いている。すなわち,相続人は選択権を行使するまで,相続財産を「その固有財産におけると同一の注意を以て」管理しなければならない(918条1項)。そして,家庭裁判所は,利害関係人または検察官の請求により,いつでも相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる(同条2項)。たとえば,財産管理人の選任などであり,その場合は,不在者の財産管理に関する総則の規定が準用される(同条3項)。(内田Ⅳ・348頁)

 

民法918条の条文そのままです。学生向けの「教科書」だから,これでよいのでしょうか。しかし,いかにもよくありそうな現実の問題について端的な回答を求めようとすると,つるつると,これほど取りつく島がないとは意外なことです。

本稿は,「教科書」の範囲を超えて,熟慮期間中の相続人による相続債権者に対する弁済が法定単純承認を構成するものになるのかどうかについて検討するものです。

 

(参照条文)

 

民法28条 管理人は,第103条に規定する権限を超える行為を必要とするときは,家庭裁判所の許可を得て,その行為をすることができる。〔以下略〕

 

同法103条 権限の定めのない代理人は,次に掲げる行為のみをする権限を有する。

 一 保存行為

 二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において,その利用又は改良を目的とする行為

 

同法883条 相続は,被相続人の住所において開始する。

 

同法887条1項 被相続人の子は,相続人となる。

 

同法915条1項 相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。

 

同法918条 相続人は,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければならない。ただし,相続の承認又は放棄をしたときは,この限りでない。

2 家庭裁判所は,利害関係人又は検察官の請求によって,いつでも,相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。

3 第27条から第29条までの規定は,前項の規定により家庭裁判所が相続財産の管理人を選任した場合について準用する。

 

同法920条 相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継する。

 

同法921条 次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。

 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。

 二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

 三 相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。

 

同法927条1項 限定承認者は,限定承認をした後5日以内に,すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し,限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において,その期間は,2箇月を下ることができない。

 

同法928条 限定承認者は,前条第1項の期間の満了前には,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。

 

同法938条 相続の放棄をしようとする者は,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

 

同法939条 相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。

 

同法941条 相続債権者又は受遺者は,相続開始の時から3箇月以内に,相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所に請求することができる。相続財産が相続人の固有財産と混合しない間は,その期間の満了後も,同様とする。

2 家庭裁判所が前項の請求によって財産分離を命じたときは,その請求をした者は,5日以内に,他の相続債権者及び受遺者に対し,財産分離の命令があったこと及び一定の期間内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において,その期間は,2箇月を下ることができない。

〔第3項略〕

 

同法947条1項 相続人は,第941条第1項及び第2項の期間の満了前には,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。

 

家事事件手続法201条 相続の承認及び放棄に関する審判事件(別表第1の89の項から95の項までの事項についての審判事件をいう〔相続の放棄の申述の受理は95の項の事項〕。)は,相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。

 〔第2項から第4項まで略〕

5 限定承認及びその取消し並びに相続の放棄及びその取消しの申述は,次に掲げる事項を記載した申述書を家庭裁判所に提出してしなければならない。

 一 当事者及び法定代理人

 二 限定承認若しくはその取消し又は相続の放棄若しくはその取消しをする旨

 〔第6項略〕

7 家庭裁判所は,第5項の申述の受理の審判をするときは,申述書にその旨を記載しなければならない。この場合において,当該審判は,申述書にその旨を記載した時に,その効力を生ずる。

 〔第8項から第10項まで略〕

 

2 民法921条1号の「保存行為」と同法103条1号の保存行為

 

(1)民法103条1号の保存行為

 前記のとおり,熟慮期間中の相続債権者に対する弁済が相続財産の処分であるとしても,民法921条1号ただし書の「保存行為」に該当するのであれば,当該弁済が法定単純承認をもたらすことはなく,相続人はなお相続の放棄をなし得るはずです。そして,民法918条3項は,家庭裁判所が熟慮期間中の相続財産の保存に必要な処分として命ずることのあることの中に相続財産の管理人の選任があり,かつ,当該財産管理人の権限には同法28条の規定が準用されることを明らかにしています。民法28条は,管理人の権限について同法「第103条に規定する権限」を問題にしています。民法918条3項に基づく相続財産の管理人についても同法103条が問題になるわけです。相続財産について問題になる民法921条1号の「保存行為」も,同法103条1号の保存行為と同じものと解してよいように一応思われます。

 民法103条1号の保存行為については,次のように説かれています(なお,各下線は筆者によるもの)。いわく,「保存行為とは,財産の現状を維持する行為である。家屋の修繕・消滅時効の中断などだけでなく,期限の到来した債務の弁済,腐敗し易い物の処分のように,財産の全体から見て現状の維持と認めるべき処分行為をも包含する。ただし,物価の変動を考慮し,下落のおそれの多いものを処分して騰貴する見込の強いものを購入することは,一般に,改良行為であって,保存行為には入らない。また,物の性質上滅失・毀損のおそれがあるのでなく,戦災で焼失するおそれがあるとして処分して金銭に変えることも,原則として,保存行為に入らないというべきであろう(最高判昭和2812281683頁(応召する夫から財産管理の委任を受けた妻は家屋売却の権限なし))。保存行為は代理人において無制限にすることができる。」と(我妻榮『新訂 民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年)339340頁)。またいわく,「保存行為とは,財産の現状を維持する行為である。家屋修繕のための請負契約,時効中断,弁済期後の債務の弁済などである。」と(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)216頁)。更にいわく,「保存行為とは,財産の保全すなわち財産の現状を維持するのに必要ないつさいの行為をいう。家屋の修繕・消滅時効の中断などだけでなく,期限の到来した債務の弁済や腐敗し易い物の処分などのように,財産の全体から見て現状の維持と認めるべき処分行為をも包含すると一般に解されている(富井504,鳩山・註釈290,沼(1)171,我妻339。岡松・理由233は,元本の弁済はなしえないという)。」と(於保不二雄編『注釈民法(4)総則(4)』(有斐閣・1967年)49頁(浜上則雄))。期限の到来した債務の弁済は,保存行為ということになるようです。

なるほど,そうであればこそ,次のように説かれ得るわけでしょう。いわく,「・・・相続人は熟慮期間中といえども相続財産を管理・保存する義務を負担するのであるから(918条),その履行としての保存行為や短期賃貸借契約の締結(602条)はここにいう処分には該当しない。また遺族としての葬式費用の支出や,慣習に基づく軽微の形見分けや,あるいは賃借料の支払のようなものも,同様に処分にはならないと解すべきである。」と(我妻榮=有泉亨著・遠藤浩補訂『新版 民法3 親族法・相続法』(一粒社・1992年)327頁。下線は筆者による。)。賃借料の支払は,債務の弁済ですね。

 

(2)管理行為など(岡松説にちなんで)

さて,これで一件落着か。しかし,「岡松・理由233は,元本の弁済はなしえないという」(前記・注釈民法(4)49頁)という辺りが不気味です。岡松参太郎は電車の回数券の性質論において松本烝治を破った恐るべきライヴァルでした(「鉄道庁長官の息子と軌道の乗車券:鉄道関係法の細かな愉しみ」donttreadonme.blog.jp/archives/1003968039.html参照)。なお,「元本」とは,「貸金・賃貸した不動産などのように,利息・賃料その他法律にいう法定果実(88条2項)を生み出す財産」とされています(我妻83頁)。岡松博士の『註釈民法理由(総則編)』(有斐閣書房・1899年・訂正12版)を見てみると,「利息ノ弁済」は民法103条1号の保存行為であるとしつつ(232頁),同条で与えられる権限(管理行為をする権限(我妻339頁等))について「〔為ス能ハサル行為ノ重ナルモノハ訴訟,和解,裁判,売買,贈与,交換,物権ノ設定,元本ノ弁済等〕。」とあります(233頁)。

これは一体どういう根拠によるものか。当該引用括弧内部分を見ると,被保佐人が保佐人の同意を得ずになし得る行為に係る民法13条1項の列挙規定が想起されます。また,『註釈民法理由(総則編)』における民法103条の解説に当たって岡松博士が掲げる参照条文には旧民法人事編193条及び194条並びに財産取得編232条があります(230頁)。旧民法人事編193条は「後見人ハ未成年者ノ財産ニ付テハ管理ノ権ヲ有スルニ止マリ此権外ノ行為ハ法律ニ定メタル条件ニ依ルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス」と規定し(下線は筆者によるもの),同編194条の第1は「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」に関しては後見人は親族会の許可を得るべきものとしています。すなわち,そうしてみると,「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」は管理行為ではないわけです(なお,同条には,債務の弁済については親族会の許可を得べきものとする端的な規定はありません。)。旧民法財産取得編232条1項は「代理ニハ総理ノモノ有リ部理ノモノ有リ」と規定し,同条2項は「総理代理ハ為ス可キ行為ノ限定ナキ代理ニシテ委任者ノ資産ノ管理ノ行為ノミヲ包含ス」と規定しています(下線は筆者によるもの。なお,フランス民法1988条1項は「総理の委任(le mandate conçu en termes généraux)は,管理行為(les actes d’administration)のみを包含する。」と規定しています。)。したがって,岡松博士は,「元本ヲ利用シ又ハ借財ヲ為スコト」は,権限の定めのない代理人に係る現行民法103条の権限(管理行為を行う権限)にも含まれないと書こうとして「元本ノ弁済」と書いてしまったのでしょうか。「元本ノ弁済」を,元本の利用の終了に係る「元本ノ弁済ヲ受ケルコト」を意味するものと考えるとよりもっともらしいところです。現行民法13条1項1号は,「元本を領収し,又は利用する」ためには,被保佐人は保佐人の同意を得なければならないものとしています。ちなみに,インターネットで見ることのできる大津家庭裁判所の説明書「保佐人の仕事と責任」(日付なし)には,元本の領収又は利用の例として,「預貯金の払い戻し」,「貸したお金を返してもらうこと」及び「お金を貸すこと(利息の定めがある場合)」の三つが挙げられています。しかし,岡松博士の元本ノ弁済=非管理行為説の意味するところは,なおよく分からないとしておくべきでしょう。(ところで,現民法の規定によれば,未成年後見人は,未成年被後見人に代わって元本を領収し,又は未成年被後見人が元本を領収することに同意することについては,後見監督人(かつては親族会)の同意を得る必要はありません(民法864条ただし書,旧929条ただし書)。民法13条1項1号の「元本の領収」の部分が除かれているのは,梅謙次郎によれば「準禁治産者ハ元本ヲ領収スルトキハ動モスレハ之ヲ浪費スルノ危険アルヲ以テ特ニ保佐人ノ同意ヲ得ヘキモノトセリト雖モ後見人ニ付テハ同一ノ理由ナキカ故ニ敢テ親族会ノ同意ヲ要セサルモノトス」ということであったそうです(梅謙次郎『民法要義巻之四』(和仏法律学校=明法堂・1899年)480頁)。当時の準禁治産者には,心神耗弱者のほか浪費者もなり得ました。)

 

(3)民法921条1号の「保存行為」

 ところで,更に細かく考えてしまうと,民法103条1号の保存行為は管理行為の部分集合であるのに対して,同法921条1号ただし書の「保存行為」は,文言上,処分行為(「相続財産の全部又は一部を処分」)の部分集合となっているようです。しかして,管理行為と処分行為とは,対立するものとされています。「処分」とは,私法上「財産権の移転その他財産権について変動を与えることをいい,管理行為に対する意味に用いられる。」とされています(吉國一郎ほか編『法令用語辞典【第八次改訂版】』(学陽書房・2001年)428頁)。そうだとすると,民法921条1号ただし書の「保存行為」は,管理行為たる保存行為とは異なる処分行為たる「保存行為」ということになるのでしょうか。それともやはり管理行為たる保存行為なのでしょうか。この点は,「もっとも,財産全体の管理と個々の物又は権利の管理とでは,その管理も,おのずから異なるのであつて,財産の管理においては,その財産の一部を成している個々の物又は権利の処分も,その財産全体の保存,利用又は改良となつて,管理の範囲に包含されることもある(例―民法25Ⅰ・27Ⅰ・758Ⅱ・824828等)。」(吉國ほか編109頁)ということなのでしょう。民法918条1項に基づく管理行為は,個々の物又は権利に対するものではなく,財産を対象とするものですね。そうであれば,民法921条1号ただし書は,一見処分行為のように見える行為であっても,同法103条1号の保存行為に該当する行為や同条2号の利用行為中短期の賃貸に係る行為は管理行為であって処分行為には当たらないということを示すための為念規定ということになるのでしょう。なお,賃借権は旧民法では物権であったので,賃貸(賃借権の設定)は処分だったのでしょう。

 旧民法財産取得編323条1項の第1は,「相続財産ノ1箇又ハ数箇ニ付キ他人ノ為メニ所有権ヲ譲渡シ又ハ其他ノ物権ヲ設定シタルトキ」は「黙示ノ受諾アリトス」「但財産編第119条以下ノ制限ニ従ヒタル賃借権ノ設定ハ此限ニ在ラス」と規定していました。

 なお念のため,管理行為と民法921条1号の処分行為との関係及び同号の本文とただし書との関係について,梅謙次郎の説明を見てみましょう(梅謙次郎『民法要義巻之五〔第五版〕』(和仏法律学校=明法堂・1901年))。

 

 ・・・相続人ハ第1201条〔現行918条〕ノ規定ニ依リテ相続財産ヲ管理スル義務ヲ有スルカ故ニ(尚ホ10281040〔現行926940〕ヲ参観セヨ)処分行為ニ非サル純然タル管理行為ハ単ニ之ヲ為スノ権アルノミナラス寧ロ之ヲ為スノ義務アルモノト謂フヘシ故ニ相続財産ニ修繕ヲ加ヘ若クハ相続財産タル金銭ヲ確実ナル銀行ニ預入ルルカ如キハ相続人ノ尽スヘキ義務ニシテ為メニ単純承認ヲ為シタルモノト見做サルルノ恐ナシ(梅・五168頁)

 

 そもそも管理行為は,法定単純承認の事由とはならないのでした。

 

 ・・・尚ホ損敗シ易キ財産ヲ売却シテ其代価ヲ保管スルカ如キハ寧ロ其財産ヲ保存スルノ方法ト謂フヘク従テ学理ヨリ之ヲ言ヘハ処分ニ相違ナシト雖モ而モ保存行為トシテ純然タル管理行為中ニ包含セシムヘキコト第103条ニ付テ論シタルカ如シ又賃貸借ノ性質ニ付テハ多少ノ疑義アルヲ以テ立法者ハ第603条ニ於テ一定ノ期間ヲ超エサル賃貸借ニ限リ之ヲ管理行為ト見做スヘキコトヲ定メタリ是レ本条第1号但書ノ規定アル所以ナリ(梅・五168169頁)

 

民法921条1号ただし書は,要は,一見処分に見える行為であっても管理行為であれば管理行為であって処分行為ではない,という管理行為性を優先させる旨の規定であったようです。したがって,そこにおける「保存行為」は民法103条1号の保存行為より狭く,処分による保存行為ということになるようです。

 

3 中川理論:相続人による弁済=法定単純承認

 以上民法103条1号の保存行為について調べてみたところ,例外的に岡松参太郎博士の著書においては難しいことが書いてあるとはいえ,主要な学者らが同号の保存行為には期限の到来した債務の弁済が含まれると言っているのですから,民法918条1項の相続財産の管理において,相続人が相続債権者に対して期限の到来した債務を弁済しても,同法921条1号によって単純承認をしたものとみなされることはない,と一応はいえそうです。「拒絶権を行使しないで弁済した場合には有効な弁済であり,保存管理行為として放棄の権能を失わないものと解する。併し弁済資金を得るために相続財産を売却する行為は,本条〔918条〕第2項にいう「相続財産の保存に必要な処分」として家庭裁判所の処分命令を要するであろう。」ということになるのでしょう(中川善之助編『註釈相続法(上)』(有斐閣・1954年)235頁(谷口知平))。(なお,ここで「拒絶権」が出てくるのは,「限定承認をした場合には請求申出期間の満了前には弁済を拒絶しうるのであるから(928)態度決定前においては,弁済を拒絶しうると解しうるし,又相続債権者や受遺者が財産分離を請求しうる期間即ち相続開始より3箇月間は弁済を拒絶しうる(947)」からでしょう(同頁(谷口))。)

 しかし,現実はそう簡単ではありません。

 家族法学の大家・中川善之助博士が,民法918条1項に基づき相続財産を管理する相続人について,当該相続人が相続債権者に対して「拒絶権を行使しないでなした弁済は有効な弁済であるから,一種の遺産処分であり,相続人はこれによって,単純承認をしたものとみなされ(921条1号),限定承認及び放棄の自由を失う」と説いているからです(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)241頁。下線は筆者によるもの)。松川正毅教授も「相続債務の弁済は,保存行為とはならず管理人の権限でないと考えている」ところです(谷口知平=久貴忠彦編『新版注釈民法(27)相続(2)〔補訂版〕』(有斐閣・2013年)484頁)。

 中川博士の場合,民法918条1項に基づき相続財産を管理する相続人の相続債権者に対する弁済拒否権は,民法の具体的な条文からではなく,その理論に基づき導出されているもののようです。

 

 ・・・直ちに限定承認の規定を熟慮期間に類推してよいか疑わしいようにも思われる。

  しかし限定承認もしくは放棄をなすかも知れない相続人は,一債権者に対する弁済が他の債権者を害する結果になりうることを予想しうるものと考えられるから,熟慮のために猶予された期間中は,弁済を拒絶すべきであり,従って拒絶しうるものと解すべきである。この弁済拒絶が,債権者の公平のために,権利として認められる以上,拒絶はまた義務たるの性質も与えられざるをえないことになり・・・(中川241頁)

 

「べき論」から拒絶権が,更に拒絶権の権利性から拒絶の義務が導出されています。

「この解釈は,必らずしも法的知識に豊かでない一般相続人にとっては,やや酷に過ぎる嫌いもある。」とは,中川博士が自ら認めるところです(中川241頁)。そこでこれについて同博士は,「しかし熟慮期間の後に,限定承認なり放棄なりが来る場合を想像すれば,選択の自由の代価として,相続人がこれだけの責任を負うことは,やむをえないといわなければなるまい。」と主張します(中川241頁)。しかしながらやはり,「必らずしも法的知識に豊かでない一般相続人にとっては,やや酷に過ぎる」解釈は,公定解釈としては採用し難いのではないでしょうか。

 

4 単純承認の「意思表示」と民法921条1号の「処分」

 なお,どのような行為が民法921条1号の処分に該当するかについての問題については,「わが国の多数説は,単純承認を意思表示と見ながら,しかし実際には,殆どの単純承認が921条にいわゆる法定単純承認であって,任意の意思表示としてなされることはないだろうといっている。殆どないというのは,稀にはあるというふうに聞えるが,私は寡聞にして未だ曽つて単純承認の意思表示のなされたということを聞かず,また民法にも,戸籍法にも単純承認の意思表示に関する規定はない。」(中川246頁)という事情が影響を及ぼしているようにも思われます。

 立法者は,単純承認を意思表示とし「単純承認ニ付テハ別段ノ規定ヲ設ケサルカ故ニ一切ノ方法ニ依リテ其意思表示ヲ為スコトヲ得ヘシ」とし(梅・五164頁),例として「被相続人ノ債権者及ヒ債務者ニ対シ自己カ相続人ト為リ将来被相続人ニ代ハリテ其権利義務ヲ有スヘキ旨ヲ通知シタルカ如キハ以テ黙示ノ単純承認ト為スヘキカ」と述べていました(梅・五164165頁)。黙示の意思表示それ自体の認定ということがこのように一方で想定されていたため,民法の現行921条は,例外的条項ということになっていたようです。いわく,「本条ノ場合ニ於テハ仮令相続人カ単純承認ヲ為スノ意思アラサリシコト明瞭ナル場合ニ於テモ仍ホ単純承認アルモノトス蓋シ立法者ノ見ル所ニ拠レハ本条ノ事実アリタルトキハ仮令本人ハ単純承認ノ意思ナキモ他人ヨリ之ヲ見レハ其意思アルモノト認メサルコトヲ得サルモノト見做シタルナリ」と(梅・五167頁)。本人の意思に反してでも意思表示の擬制をもたらすものですから,民法921条1号の処分は,本来は限定的に認定されるべきものだったのでしょう。

 しかしながら,「単純承認は相続人の意思表示による効果ではない」(中川246頁),「921条の場合にのみ単純承認が生」ずる(新版注釈民法(27)〔補訂版〕517頁(川井健))ということになると,当初は黙示の意思表示の認定として処理されるはずだった問題が,民法921条1号の「処分」該当性の問題として取り扱われることになり,そうであればその分同号の「処分」の範囲が弛緩せざるを得ないことになるように思われます。

(後編に続きます。
http://donttreadonme.blog.jp/archives/1052466436.html)

 民法733条 女は,前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ,再婚をすることができない。

 2 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。

 

1 最高裁判所大法廷平成271216日判決

 最近の最高裁判所大法廷平成271216日判決(平成25年(オ)第1079号損害賠償請求事件。以下「本件判例」といいます。)において,法廷意見は,「本件規定〔女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定〕のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は,憲法14条1項にも,憲法24条2項にも違反するものではない。」と判示しつつ,「本件規定のうち100日超過部分〔本件規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分〕が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記当時〔遅くとも上告人が前婚を解消した日(平成20年3月の某日)から100日を経過した時点〕において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていた」ものとの違憲判断を示しています。

 女性が再婚する場合に係る待婚期間の制度については,かねてから「待婚期間の規定は、十分な根拠がなく,立法論として非難されている。」と説かれていましたが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)31頁。なお,下線は筆者によるもの),最高裁判所は本件判例において違憲であるとの判断にまで踏み込んだのでした。

 

2 我妻榮の民法733条批判

 待婚期間規定に対して,我妻榮は次のように批判を加えていました(我妻3132頁)。

 

  第1に,この制度が父性決定の困難を避けるためなら,後婚がいやしくも成立した後は,〔民法744条に基づき〕取り消しても意味がない。少なくとも,この制度を届書受理の際にチェックするだけのものとして,取消権を廃止すべきである。

  第2に,父性推定の重複を避けるためには,――父性の推定は・・・,前婚の解消または取消後300日以内であって後婚の成立の日から200日以後だから〔民法772条〕――待婚期間は100日で足りるはずである。

  第3に,待婚期間の制限が除かれる場合(733条2項)をもっと広く定むべきである。

  第4に,以上の事情を考慮すると,待婚期間という制限そのものを廃止するのが一層賢明であろう。ことにわが国のように,再婚は,多くの場合,前婚の事実上の離婚と後婚の事実上の成立(内縁)を先行している実情の下では,弊害も多くはないであろう。

 

 民法733条を批判するに当たって我妻榮は,同条は「専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮」から設けられたものと解する立場を採っています(我妻3031頁)。

 

  妻は,婚姻が解消(夫の死亡または離婚)しても,あまりに早く再婚すべきものではない,とする制限は,以前から存在したが,それは別れた夫に対する「貞」を守る意味であった・・・。しかし,現在の待婚期間には,そうした意味はなく,専ら父性確定に困難を生ずることに対する配慮である。第2項の規定は,このことを示す。

 

3 待婚期間に係る梅謙次郎の説明

民法起草者の一人梅謙次郎は,民法733条の前身である民法旧767条(「女ハ前婚ノ解消又ハ取消ノ日ヨリ6个月ヲ経過シタル後ニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得ス/女カ前婚ノ解消又ハ取消ノ前ヨリ懐胎シタル場合ニ於テハ其分娩ノ日ヨリ前項ノ規定ヲ適用セス」)に関して,次のように説明しています(梅謙次郎『民法要義 巻之四 親族編 訂正増補第二十版』(法政大学・中外出版社・有斐閣書房・1910年)9193頁)。

 

 本条ノ規定ハ血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メニ設ケタルモノナリ蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ故ニ前婚消滅ノ後6个月ヲ経過スルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルモノトセリ而シテ此6个月ノ期間ハ法医学者ノ意見〔本件判例に係る山浦善樹裁判官反対意見における説明によれば「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」〕ヲ聴キテ之ヲ定メタルモノナリ

 ・・・

 民法施行前ニ在リテハ婚姻解消ノ後300日ヲ過クルニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得サルヲ原則トシ唯医師ノ診断書ニ由リ遺胎ノ徴ナキコトヲ証明スルトキハ例外トシテ再婚ヲ許シ若シ遺胎ノ徴アルトキハ分娩ノ後ニ非サレハ之ヲ許ササルコトトセリ〔明治7年(1874年)9月29日の太政官指令では「自今婦タル者夫死亡セシ日又ハ離縁ヲ受ケシ日ヨリ300日ヲ過サレハ再婚不相成候事/但遺胎ノ徴ナキ旨2人以上ノ証人アル者ハ此限ニアラス」とされていました。〕是レ稍本条ノ規定ニ類スルモノアリト雖モ若シ血統ノ混乱ヲ防ク理由ノミヨリ之ヲ言ヘハ300日ハ頗ル長キニ失スルモノト謂ハサルコトヲ得ス蓋シ仏国其他欧洲ニ於テハ300日ノ期間ヲ必要トスル例最モ多シト雖モ是レ皆沿革上倫理ニ基キタル理由ニ因レルモノニシテ夫ノ死ヲ待チテ直チニ再婚スルハ道義ニ反スルモノトスルコト恰モ大宝律ニ於テ夫ノ喪ニ居リ改嫁スル者ヲ罰スルト同一ノ精神ニ出タルモノナリ(戸婚律居夫喪改嫁条)然ルニ近世ノ法律ニ於テハ此理由ニ加フルニ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テシタルカ故ニ分娩後ハ可ナリトカ又ハ遺胎ノ徴ナケレハ可ナリトカ云ヘル例外ヲ認ムルニ至リシナリ然リト雖モ一旦斯ノ如キ例外ヲ認ムル以上ハ寧ロ血統ノ混乱ヲ防クノ目的ヲ以テ唯一ノ理由ト為シ苟モ其混乱ノ虞ナキ以上ハ可ナリトスルヲ妥当トス殊ニ再婚ヲ許ス以上ハ6月ト10月トノ間ニ倫理上著シキ差異アルヲ見ス是新民法ニ於テモ旧民法ニ於ケルカ如ク右ノ期間ヲ6个月トシタル所以ナリ 

 
4 6箇月の待婚期間の立法目的

 

(1)山浦反対意見

 梅謙次郎の上記『民法要義 巻之四』等を検討した山浦善樹裁判官は,本件判例に係る反対意見において「男性にとって再婚した女性が産んだ子の生物学上の父が誰かが重要で,前夫の遺胎に気付かず離婚直後の女性と結婚すると,生まれてきた子が自分と血縁がないのにこれを知らずに自分の法律上の子としてしまう場合が生じ得るため,これを避ける(つまりは,血統の混乱を防止する)という生物学的な視点が強く意識されていた。しかし,当時は血縁関係の有無について科学的な証明手段が存在しなかった(「造化ノ天秘ニ属セリ」ともいわれた。)ため,立法者は,筋違いではあるがその代替措置として一定期間,離婚等をした全ての女性の再婚を禁止するという手段をとることにしたのである。・・・多数意見は,本件規定の立法目的について,「父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐこと」であるとするが,これは,血縁判定に関する科学技術の確立と家制度等の廃止という社会事情の変化により血統の混乱防止という古色蒼然とした目的では制度を維持し得なくなっていることから,立法目的を差し替えたもののように思える。・・・単に推定期間の重複を避けるだけであれば,重複も切れ目もない日数にすれば済むことは既に帝国議会でも明らかにされており,6箇月は熟慮の結果であって,正すべき計算違いではない。・・・民法の立案者は妻を迎える側の立場に立って前夫の遺胎を心配していたのであって,生まれてくる子の利益を確保するなどということは,帝国議会や法典調査会等においても全く述べられていない。」と述べています。

 しかし,「蓋シ一旦婚姻ヲ為シタル女カ其婚姻消滅ニ帰シタル後直チニ再婚ヲ為ストキハ其後生マレタル子ハ果シテ前婚ノ子ナルカ将タ後婚ノ子ナルカ之ヲ判断シ難キコト稀ナリトセス而シテ若シ其判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混乱スルニ至ルヘシ」といった場合の「血統」の「混乱」とは,再婚した母の出産した子について前夫及び後夫に係る嫡出の推定(民法772条2項,旧820条2項)が重複してしまうことによって父を定めることを目的とする訴え(同法773条,旧821条)が提起されたところ,生物学上の父でない方を父と定める判決又は合意に相当する審判(家事事件手続法277条)がされてしまう事態を指すように一応思われます。嫡出の推定が重複するこの場合を除けば,「生物学な視点」から問題になるのは,「前夫の子と推定されるが事実は後夫の子なので,紛争を生じる」場合(前夫との婚姻期間中にその妻と後夫とが関係を持ってしまった場合)及び「後夫の子と推定されるが事実は前夫の子なので,紛争を生じる」場合(妻が離婚後も前夫と関係を持っていた場合。山浦裁判官のいう前記「血統の混乱」はこの場合を指すようです。)であるようですが,これらの紛争は,嫡出推定の重複を防ぐために必要な期間を超えて再婚禁止期間をいくら長く設けても回避できるものではありません(本件判例に係る木内道祥裁判官の補足意見参照)。

 

(2)再婚の元人妻に係る妊娠の有無の確認及びその趣旨

 「血統ノ混乱ヲ避ケンカ為メ」には,元人妻を娶ろうとしてもちょっと待て,妊娠していないことがちゃんと分かってから嫁に迎えろよ,ということでしょうか。

旧民法人事編32条(「夫ノ失踪ニ原因スル離婚ノ場合ヲ除ク外女ハ前婚解消ノ後6个月内ニ再婚ヲ為スコトヲ得ス/此制禁ハ其分娩シタル日ヨリ止ム」)について,水内正史編纂の『日本民法人事編及相続法実用』(細謹舎・1891年)は「・・・茲ニ一ノ論スヘキハ血統ノ混淆ヨリ婚姻ヲ防止スルモノアルコト是ナリ即夫ノ失踪シタル為ニ婦ヲ離婚シタル場合ヲ除キ其他ノ原因ヨリ離婚トナル場合ニ於テハ女ハ前婚期ノ解消シタル後6ヶ月ハ必ス寡居ス可キモノニシテ6ヶ月以内ハ再婚スルコトヲ得ス是レ6ヶ月以内ニ再婚スルヿヲ許ストキハ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルカ将タ後夫ノ子ナルカ得テ知リ能ハサレハナリ而シテ寡居ノ期間ヲ6ヶ月ト定メタルハ子ノ懐胎ヨリ分娩ニ至ル期間ハ通常280日ナレトモ時トシテハ180日以後ハ分娩スルコトアルヲ以テ180日即6ヶ月ヲ待ツトキハ前夫ノ子ヲ懐胎シタルニ於テハ其懐胎ヲ知リ得ヘク従テ其生レタル子ハ前夫ノ子ナルコトヲ知リ得レハナリ此故ニ此制禁ハ其胎児ノ分娩シタルトキハ必スシモ6ヶ月ヲ待ツヲ要セス其時ヨリ禁制ハ息ムモノトス(32)」と説いており(2728頁。下線は筆者によるもの),奥田義人講述の『民法人事編』(東京専門学校・1893年)は「()()失踪(・・)()源因(・・)する(・・)離婚(・・)()場合(・・)()除く(・・)外女(・・)()前婚(・・)解消(・・)()()6ヶ月内(・・・・)()再離(・・)〔ママ〕()()さる(・・)もの(・・)()なす(・・)()()()()制限(・・)()()なり(・・)(第32条)而して此の制限の目的は血統の混合を防止するに外ならさるものとす蓋し婚姻解消の後直ちに再婚をなすを許すことあらんか再婚の後生れたる子ハ果して前夫の子なるか将た又後夫の子なるか之れを判明ならしむるに難けれはなり其の前婚解消の後6ヶ月の経過を必要となすは懐胎より分娩に至るまての最短期を採りたること明かなり去りなから若充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し・・・」と説いていました(85頁)。ちなみに,旧民法人事編91条2項は「婚姻ノ儀式ヨリ180後又ハ夫ノ死亡若クハ離婚ヨリ300日内ニ生マレタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました(下線は筆者によるもの)。

 しかし,民法旧767条1項の文言からすると,女性の前婚解消後正に6箇月がたってその間前婚期間中に懐胎したことが分かってしまった場合であっても,当事者がこれでいいのだと決断すれば,再婚は可能ということになります。ところが,これでいいのだと言って再婚したとしても,後婚夫婦間に生まれた子が直ちに後夫の法律上の子になるわけではありません。民法旧820条も「妻カ婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子ト推定ス/婚姻成立ノ日ヨリ200日後又ハ婚姻ノ解消若クハ取消ノ日ヨリ300日内ニ生レタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」と規定していました。すなわち,前婚中前夫の子を懐胎していた女性とその前婚解消後6箇月たって当該妊娠を確実に承知の上これでいいのだと婚姻した後夫にとって,新婚後3箇月足らずで妻から生まれてくる子は自分の子であるものとは推定されません。そうであれば,後の司法大臣たる奥田義人の前記講述中「(もし)充分に血統の混淆を防止せんと欲せハ此の最短期を採るを以て決して足れりとすへからさるは勿論なるのみならす既に通常出産の時期を300日となす以上は少なく共此時限間の経過を必要となさるへからさるか如し」の部分に注目すると,「血統の混淆」とは,再婚した元人妻が新しい夫との婚姻早々,前夫の子であることが嫡出推定から明らかな子を産む事態を実は指しているということでしょうか。本件判例に係る木内裁判官の補足意見における分類によれば,「前夫の子と推定され,それが事実であるが,婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」事態でしょう。

旧民法人事編32条及び民法旧767条は,嫡出推定の重複を避けることに加えて,当該重複を避けるために必要な期間(旧民法で120日,民法で100日)を超える部分については,恋する男性に対して,ほれた元人妻とはいえ,前夫の子を妊娠しているかいないかを前婚解消後6箇月の彼女の体型を自分の目で見て確認してから婚姻せよ,と確認の機会を持つべきものとした上で,当該確認の結果妊娠していることが現に分かっていたのにあえて婚姻するのならば「婚姻後に前夫の子が出生すること自体により家庭の不和(紛争)が生じる」ことは君の新家庭ではないものと我々は考えるからあとは自分でしっかりやってよ,と軽く突き放す趣旨の条項だったのでしょうか。彼女が妊娠しているかどうか分からないけどとにかく早く結婚したい,前夫の子が産まれても構わない,ぼくは彼女を深く愛しているから家庭の平和が乱されることなんかないんだと言い張るせっかちな男性もいるのでしょうが,実際に彼女が前夫の子かもしれない子を懐胎しているのが分かったら気が変わるかもしれないよなとあえて自由を制限する形で醒めた配慮をしてあげるのが親切というものだったのでしょうか。そうだとすると,一種の男性保護規定ですね。大村敦志教授の紹介による梅謙次郎の考え方によると,「兎に角婚姻をするときにまだ前の種を宿して居ることを知らぬで妻に迎へると云ふことがあります・・・さう云ふことと知つたならば夫れを貰うのでなかつたと云ふこともあるかも知れぬ」ということで〔(梅・法典調査会六93頁)〕,「「6ヶ月立つて居れば先夫の子が腹に居れば,・・・もう表面に表はれるから夫れを承知で貰つたものならば構はぬ」(法典調査会六94頁)ということ」だったそうです(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)2829頁)。なお,名古屋大学のwww.law.nagoya-ふu.ac.jp/jalii/arthis/1890/oldcivf2.htmlウェッブページによれば,旧民法人事編の待婚期間の長さは,第1草案及び再調査案においては嫡出推定の重複を避け,かつ,切れ目がないようにするためのきっちり4箇月(約120日)であったところ,法取委〔法律取調委員会〕上申案以後6箇月になっています。旧民法人事編の「第1草案」については「明治21年〔1888年〕7月頃に,「第1草案」の起草が終わった。分担執筆した幾人かの委員とは,熊野敏三,光明寺三郎,黒田綱彦,高野真遜,磯部四郎,井上正一であり,いずれもフランス法に強い「報告委員」が担当した。「第1草案」の内容は,かなりヨオロッパ的,進歩的なものであった。」と述べられ(大久保泰甫『日本近代法の父 ボアソナアド』(岩波新書・1998年)157頁),更に「その後,法律取調委員会の・・・本会議が開かれ,「第1案」「第2按」「再調査案」「最終案」と何回も審議修正の後,ようやく明治23年〔1890年〕4月1日に人事編が・・・完成し,山田〔顕義〕委員長から〔山県有朋〕総理大臣に提出された。」と紹介されています(同158頁)。

 

(3)本件判例

 本件判例の法廷意見は,民法旧767条が目的としたところは必ずしも一つに限られてはいなかったという認識を示しています。いわく,「旧民法767条1項において再婚禁止期間が6箇月と定められたことの根拠について,旧民法起訴時の立案担当者の説明等からすると,その当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,①再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。③また,諸外国の法律において10箇月の再婚禁止期間を定める例がみられたという事情も影響している可能性がある。」と(①②③は筆者による挿入)。続けて,法廷意見は「しかし,その〔昭和22年法律第222号による民法改正〕後,医療や科学技術が発達した今日においては,上記のような各観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難になったといわざるを得ない。」と述べていますが,ここで維持できなくなった観点は①及び③であろうなと一応思われます(③については判決文の後の部分で「また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。」と述べられています。)。

 ところで,本件判例の法廷意見は更にいわく,「・・・妻が婚姻前から懐胎していた子を産むことは再婚の場合に限られないことをも考慮すれば,再婚の場合に限って,①前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,②婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間を超えて婚姻を禁止する期間を設けることを正当化することは困難である。他にこれを正当化し得る根拠を見いだすこともできないことからすれば,本件規定のうち100日超過部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとなっているというべきである。」と(①②は筆者による挿入)。さて,100日を超えた約80日の超過部分を設けることによって防止しようとした「婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態」とはそもそも何でしょう。当該約80日間が設けられたことによって,前婚解消後6箇月で直ちに再婚した妻の産む子のうち後婚開始後約120日経過後200日経過前の期間内に生まれた子には前夫及び後夫いずれの嫡出推定も及ばないことになります。むしろ父子関係が争われやすくなるようでもありました(昭和15年(1940年)1月23日の大審院連合部判決以前は,婚姻成立の日から200日たたないうちに生まれた子を非嫡出子としたものがありました(我妻215頁参照)。)。嫡出推定の切れ目がないよう前婚解消後100日経過時に直ちに再婚したがる女性には何やら後夫に対する隠し事があるように疑われ,後夫が争って,つい嫡出否認の訴えを提起したくなるということでしょうか。しかし,嫡出否認の訴えが成功すればそもそも父子関係がなくなるので,この争い自体から積極的な「血統に混乱」は生じないでしょう。(なお,前提として,「厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間」の範囲内については②の観点は依然として有効であることが認められていると読むべきでしょうし,そう読まれます。)「再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとした」ことと②の「再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点」との結び付きはそもそも強いものではなかったように思われます。また,前夫の嫡出推定期間内に生まれる子の生物学上の父が実は後夫である場合は,むしろ嫡出推定が重複する期間を設けて紛戦に持ち込み,父を定めることを目的とする訴えを活用して生物学上の父と法律上の父とが合致するようにし,もって「血統の混乱」を取り除くことにする方がよいのかもしれません。しかし,そのためには逆に,待婚期間は短ければ短い方がよく,理想的には零であるのがよいということになってしまうようです(なお,待婚期間がマイナスになるのは,重婚ということになります。)。この点については更に,大村教授は「嫡出推定は婚姻後直ちに働くとしてしまった上で,二つの推定の重複を正面から認めよう,という発想」があることを紹介しています(大村29頁)。

それでは,①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」と現在は「医療や科学技術が発達した」こととの関係はどうでしょうか。現在は6箇月たたなくとも妊娠の有無が早期に分かるから,そこまでの待婚期間は不要だということでしょう。しかし,「懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見」においては「女の体型」という外見が重視されているようであり,女性が妊娠を秘匿している事態も懸念されているようではあります。妊娠検査薬があるといっても,女性の協力がなければ検査はできないでしょうが,その辺の事情には明治や昭和の昔と平成の現代とで変化が生じているものかどうか。

本件判例の法廷意見は,憲法24条1項は「婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」と解した上で「上記のような婚姻をするについての自由」は「十分尊重に値するもの」とし,さらには,再婚について,「昭和22年民法改正以降,我が国においては,社会状況及び経済状況の変化に伴い婚姻及び家族の実態が変化し,特に平成期に入った後においては,晩婚化が進む一方で,離婚件数及び再婚件数が増加するなど,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情も認めることができる」ものとしています。「婚姻をするについての自由」に係る憲法24条1項は昭和22年民法改正のそもそもの前提だったのですから,その後に①の「再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点」の有効性が減少したことについては,やはり,後者の「再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情」が大きいのでしょうか。「再婚」するにはそもそも主に離婚が前提となるところ,離婚の絶対数が増えれば早く再婚したいという人の絶対数も増えているのでしょう。ちなみに,女性が初婚時よりも再婚時の方が良い妻になることが多いという精神分析学説がありますが(„Ich meine, es muß dem Beobachter auffallen, in einer wie ungewönlich großen Anzahl von Fällen das Weib in einer ersten Ehe frigid bleibt und sich unglücklich fühlt, während sie nach Lösung dieser Ehe ihrem zweiten Manne eine zärtliche und beglückende Frau wird.“(Sigmund Freud, Das Tabu der Virginität, 1918)),これは本件判例には関係ありません。

しかし,現代日本の家族は核家族化したとはいえ,「家庭の不和」の当事者としては,夫婦のみならず,子供も存在し得るところです。

 

5 待婚期間を不要とした実例:アウグストゥス

 

(1)アウグストゥスとリウィアとリウィアの前夫の子ドルスス

 ところで,前夫の子を懐胎しているものと知りつつ,当該人妻の前婚解消後直ちにこれでいいのだと婚姻してしまった情熱的な男性の有名な例としては,古代ローマの初代皇帝アウグストゥスがいます。

 

  〔スクリボニアとの〕離婚と同時にアウグストゥスは,リウィア・ドルシラを,ティベリウス・ネロの妻でたしかに身重ですらあったのにその夫婦仲を裂き,自分の妻とすると(前38年),終生変らず比類なく深く愛し大切にした。(スエトニウス「アウグストゥス」62(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 前63年生まれのアウグストゥスは,前38年に25歳になりました。リウィアは前58年の生まれですから,アウグストゥスの5歳年下です。両者の婚姻後3箇月もたたずに生まれたリウィアの前夫ティベリウス・クラウディウス・ネロの息子がドルススです。

 

  〔4代目皇帝〕クラウディウス・カエサルの父ドルススは,かつて個人名をデキムスと,その後でネロと名のった。リウィアは,この人を懐妊したまま,アウグストゥスと結婚し,3ヶ月も経たぬ間に出産した(前38年)。そこでドルススは,継父の不義の子ではないかと疑われた。たしかにドルススの誕生と同時に,こんな詩句が人口に膾炙した。

  「幸運児には子供まで妊娠3ヶ月で生れるよ」

  ・・・

  ・・・アウグストゥスは,ドルススを生存中もこよなく愛していて,ある日元老院でも告白したように,遺書にいつも,息子たちと共同の相続人に指名していたほどである。

  そして〔前9年に〕彼が死ぬと,アウグストゥスは,集会で高く賞揚し,神々にこう祈ったのである。「神々よ,私の息子のカエサルたちも,ドルススのごとき人物たらしめよ。いつか私にも,彼に授けられたごとき名誉ある最期をたまわらんことを」

  アウグストゥスはドルススの記念碑に,自作の頌歌を刻銘しただけで満足せず,彼の伝記まで散文で書いた。(スエトニウス「クラウディウス」1(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(下)』(岩波文庫・1986年)))

 

(2)アウグストゥス家の状況

しかし,共和政ローマの名門貴族クラウディウス一門(アッピア街道で有名なアッピウス・クラウディウス・カエクスもその一人)のティベリウス・クラウディウス・ネロ(前33年没)を法律上の父として持つドルススは,母の後夫であり,自分の生物学上の父とも噂されるアウグストゥスの元首政に対して批判的であったようです。

 

 〔ドルススの兄で2代目皇帝の〕ティベリウスは・・・弟ドルスス・・・の手紙を公開・・・した。その手紙の中で弟は,アウグストゥスに自由の政体を復活するように強制することで兄に相談をもちかけていた。(スエトニウス「ティベリウス」50(国原吉之助訳『ローマ皇帝伝(上)』(岩波文庫・1986年)))

 

 少なくとも皇帝としてのアウグストゥスに対しては,反抗の意思があったわけです。

 

 ところでドルススには名声欲に劣らぬほど,民主的な性格が強かったと信じられている。

 ・・・彼はそうする力を持つ日がきたら,昔の共和政を復活させたいという希望を,日頃から隠していなかったといわれているからである。

 ここに,ある人らが大胆にも次のような説を伝えている根拠があると私は思うのである。

 ドルススはアウグストゥスに不信の念を抱かれ,属州から帰還を命じられても逡巡していて毒殺されたと。この説を私が紹介したのは,これが真実だとか,真相に近いと思ったからではなく,むしろこの説を黙殺したくなかったからにすぎない。(スエトニウス「クラウディウス」1)

 

 自分の本当の父親が誰であるのか悩むことがあったであろうドルススの心事を忖度することには興味深いものがあります。

 アウグストゥスの家庭は,余り平和ではありませんでした。

 

 〔アウグストゥスは,リウィアと再婚する際離婚した〕スクリボニアからユリアをもうける。リウィアからは熱烈に望んでいたのに一人の子供ももうけなかった。もっとも胎内に宿っていた赤子が月足らずで生まれたことはあるが。(スエトニウス「アウグストゥス」63

 

  娘と孫娘のユリアは,あらゆるふしだらで穢れたとして島に流した。(スエトニウス「アウグストゥス」65

 

6 待婚期間を回避した実例:ナポレオン

 

(1)ナポレオンの民法典

 「我々は,良俗のためには,離婚と2度目の婚姻との間に間隔を設けることが必要であると考えた。(Nous avons cru, pour l’honnêteté publique, devoir ménager une intervalle entre le divorce et un second mariage.)」と述べたのは,ナポレオンの民法典に係る起草者の一人であるポルタリスです(Discours préliminaire du premier projet de Code civil, 1801)。1804年のナポレオンの民法典における待婚期間に関する条項にはどのようなものがあったでしょうか。

 

 第228条 妻は,前婚の解消から10箇月が経過した後でなければ,新たに婚姻することができない。(La femme ne peut contracter un nouveau mariage qu’après dix mois révolus depuis la dissolution du mariage précédent.

 

これは我が民法733条1項及び旧767条1項並びに旧民法民事編32条1項に対応する規定ですね。ただし,待婚期間が6箇月ではなく10箇月になっています。また,ナポレオンの民法典228条は,離婚以外の事由による婚姻の解消(主に死別)の場合に適用がある規定です。

共和国10年葡萄月(ヴァンデミエール)14日(180110月6日)に国務院(コンセイユ・デタ)でされた民法典に関する審議の議事(同議事録http://archives.ih.otaru-uc.ac.jp/jspui/handle/123456789/53301第1巻294295頁)を見ると,同条の原案には,décence”(品位,節度)がそれを要請するであろうとして(ブーレ発言),後段として「夫も,当該解消から3箇月後でなければ,2度目の婚姻をすることができない。(le mari ne peut non plus contracter un second mariage qu’après trois mois depuis cette dissolution.)」という規定が付け足されていました。同条の原案に対する第一執政官ナポレオンの最初の感想は,「10箇月の期間は妻には十分長くはないな。」であり,司法大臣アブリアルが「我々の風習では,その期間は1年間で,喪の年(l’an de deuil)と呼ばれています。」と合の手を入れています。トロンシェが,「実際のところ,妻に対する禁制の目的は,la confusion de partを防ぐことであります。夫についてはそのような理由はありません。彼らの家計を維持する関係で妻の助力を必要とする耕作者,職人,そして人民階級の多くの諸個人にとっては,提案された期間は長過ぎます。」と発言しています。議長であるナポレオンが「アウグストゥスの例からすると妊娠中の女とも婚姻していたのだから,古代人はla confusion de partの不都合ということを気にしてはいなかったよな。夫の方については,規定せずに風習と慣例とに委ねるか,もっと長い期間婚姻を禁ずるかのどちらかだな。この点で民法典が,慣習よりもぬるいということになるのはまずい。」と総括し,結局同条については,後段を削った形で採択されています。しかして残った同条は,端的にla confusion de partを防ぐための条項であるかといえば,アウグストゥスの例に触れた最終発言によれば第一執政官はその点を重視していたようには見えず,さりとて「喪の年」を2箇月縮めたものであるとも言い切りにくいところです。(ただし,この10箇月の期間にはいわれがあるところで,古代ローマの2代目国王「ヌマは更に喪を年齢及び期間によつて定めた。例へば3歳以下の幼児が死んだ時には喪に服しない。もつと年上の子供も10歳まではその生きた年数だけの月数以上にはしない。如何なる年齢に対してもそれ以上にはせず,一番長い喪の期間は10箇月であつて,その間は夫を亡くした女たちは寡婦のままでゐる。その期限よりも前に結婚した女はヌマの法律に従つて胎児を持つてゐる牝牛を犠牲にしなければならな」かった,と伝えられています(プルタルコス「ヌマ」12(河野与一訳『プルターク英雄伝(一)』(岩波文庫・1952年)))。また,ヌマによる改暦より前のローマの暦では1年は10箇月であったものともされています(プルタルコス「ヌマ」18・19)。なお,“La confusion de part”“part”は「新生児」の意味で,「新生児に係る混乱」とは,要は新生児の父親が誰であるのか混乱していることです。これが我が国においては「血統ノ混乱」と訳されたものでしょうか。

離婚の場合については,特別規定があります。

 

296条 法定原因に基づき宣告された離婚の場合においては,離婚した女は,宣告された離婚から10箇月後でなければ再婚できない。(Dans le cas de divorce prononcé pour cause déterminée, la femme divorcée ne pourra se remarier que dix mois apès le divorce prononcé.

 

297条 合意離婚の場合においては,両配偶者のいずれも,離婚の宣告から3年後でなければ新たに婚姻することはできない。(Dans le cas de divorce par consentement mutuel, aucun des deux époux ne pourra contracter un nouveau mariage que trois ans après la pronunciation du divorce.

 

 面白いのが297条ですね。合意離婚の場合には,男女平等に待婚期間が3年になっています。ポルタリスらは当初は合意離婚制度に反対であったので(Le consentement mutuel ne peut donc dissoudre le mariage, quoiqu’il puisse dissoudre toute autre société.(ibid)),合意離婚を認めるに当たっては両配偶者に一定の制約を課することにしたのでしょう。男女平等の待婚期間であれば,我が最高裁判所も,日本国憲法14条1項及び24条2項に基づき当該規定を無効と宣言することはできないでしょう。

 ただ,ナポレオンの民法典297条が皇帝陛下にも適用がある(ないしは国民の手前自分の作った民法典にあからさまに反することはできない)ということになると,一つ大きな問題が存在することになったように思われます。

 18091215日に皇后ジョゼフィーヌと婚姻解消の合意をしたナポレオンが,どうして3年間待たずに1810年4月にマリー・ルイーズと婚姻できたのでしょうか。

 ジョゼフィーヌの昔の浮気を蒸し返して法定原因に基づく離婚(ナポレオンの民法典296条参照)とするのでは,皇帝陛下としては恰好が悪かったでしょう。どうしたものか。

 

(2)18091216日の元老院令

 実は,18091215日のナポレオンとジョゼフィーヌとの合意に基づく婚姻解消は,合意離婚ではなく,立法(同月16日付け元老院令)による婚姻解消という建前だったのでした。合意離婚でなければ,夫であるナポレオンが再婚できるまで3年間待つ必要はありません。

 上記元老院令は,その第1条で「皇帝ナポレオンと皇后ジョゼフィーヌとの間の婚姻は,解消される。(Le mariage contracté entre l’Empereur Napoléon et l’Impératrice Joséphine est dissous.)」と規定しています。

 大法官は,カンバセレス。ナポレオンに最終的に「婚姻解消,やらないか。」と言ったのは,フーシェでもタレイランでもなく彼だったものかどうか。いずれにせよ,厄介な法律問題を処理してくれたカンバセレスの手際には,皇帝陛下も「いい男」との評価を下したことでしょう。

 こじつけのようではありますが,1809年においても2015年においても,1216日は,離婚後の長い待婚期間の問題性が表面化された日でありました。

1 責任と「責任」

責任というのは,難しい言葉です。

 

(1)日本語

 国語辞書的には,責任は,「人や団体が,なすべき務めとして,みずから引き受けなければならないもの。「それは彼の――だ」「――を取る」「――を果たす」」とされています(『岩波国語辞典 第四版』(1986年))。

 「なすべき務め」というから,責任は作為義務(なす債務)ということですね。その内容は,善良な管理者の注意義務で決まる(民法644条)ということになるようです。

 

(2)民法

 しかし,民法を勉強していると,違う「責任」が出てきて,頭を大いにひねることになります。

 

  執行力のうち,特に金銭債権について,債務者の一般財産への強制執行(差押え・換価)により債権の内容を実現する効力を摑取力(かくしゅりょく)といい,この摑取力に服することを,債務者の責任という。これに対して,債権の内容をそのままの形で強制的に実現する効力のことを貫徹力ということがある。(内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物件[第2版]』(東京大学出版会・2004年)111頁)

 

「○○力」が出てくると,自己啓発本みたいですね。

しかし,「債務者に責任があるのは当たり前だろう。」と普通に考えて(確かに,日本語では前記のとおり,責任=債務です。),この辺を気楽に読むと,少し先の頭の体操で難儀することになります。

 

 ・・・執行力のない債権はあるだろうか。/たとえば,執行しないとの特約をした債権はこれにあたる。判決はもらえる(したがって自然債務ではない)が,執行はできない。特に,金銭債権の場合,執行できないということは,債務者の一般財産が債務の引当になること(つまり責任)がない,ということを意味する。このため,責任なき債務と呼ばれる。(内田113頁)

 

「貧乏で財産がないから差し押さえるべき財産も無いということか。それで執行しないことにしてもらったのか。つまり,貧乏なくせに借金するのは無責任なやつということかな。」というわけではありません。「責任」なき債務の場合,債務者がどんなにお金持ちであっても債権者は債務者の財産に手をつけることができず,かつ,そのことは債務者の人格の道徳的評価とは無関係です。債務者の性格が無責任なのではなくて,債務に「責任」が伴っていないだけです。したがって,「責任」のない債務は,善意の第三者に債権譲渡されてもなおその「責任」のない性質を持続するものとされています(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店・1964年)74頁)。

 

  これに対して,責任だけがあって債務がない場合もある。たとえば,友人が借金するというので自分の土地を担保に提供し,抵当権を設定した場合である。このような人のことを物上保証人という。債務は負っていないが,友人が弁済しなければその土地が債務の引当になるという意味で責任のみを負っている。(内田113頁)

 

「なるほど。金を返さなきゃならないのは債務者で,物上保証人は抵当権設定のための書面に,債務者に頼まれてはんこを押しただけだからね。つまり,保証人は,自分が金を返すという債務を債権者に対して負わないってことだね。」とまとめると,間違いということになってしまうのが法律の困ったところです。物上保証人は債権者に対して債務者ではないのですが,「物上」のつかない保証人(「連帯」保証人を含む。)は,債権者に対して保証債務を負う債務者です。保証契約は,保証人と債務者との間の契約ではなくて,保証人と債権者との間の契約です。

 

(3)ゲルマン法とSchuld und Haftung

債務と「責任」とを分けて論ずる煩瑣な思考は,ゲルマン法由来であるそうです。

 

 一定の財産が債務の「引き当て」(担保)となっていること,いいかえれば,債務が履行されない場合にその債権の満足をえさせるために一定の財産が担保となっていることを「責任」(Haftung)という。債務(Schuld)は一定の給付をなすべしという法律的当為(rechtliches Sollen)を本質とするのに対し,責任はこの当為を強制的に実現する手段に当る。元来かような意味での債務と責任とを区別することは,ゲルマン法において顕著であったといわれている。そこでは,債務自体としては,常に法律的当為だけを内容とし,この当為を実行しない者が債権者の摑取力(Zugriffsmacht)に服すること,すなわち責任は,債務とは別個の観念とされた。殊に最初は,契約その他の事由によって債務を生じても,責任はこれに伴わず,責任は別に責任の発生自体を目的とする契約その他の原因によって始めて生じたものであり,またその責任も人格的責任(人格自体が債権者の摑取力に服する)と財産的責任とに大別され,それぞれ更に種々に区別されていた。・・・(我妻72頁)

 

 つまり,責任感あふるる債務者だから「責任」はいらない,ということになるわけです。すなわち,「おれが責任をもって金を返すって言ってるんだから,おれに「責任」まで負わせる必要はないだろう。」「そうだね,きみは責任を果たすから「責任」設定契約まではいらないね。」というような具合です。責任と「責任」とは食い合わせが悪いようです。

 なお,前記の人格的責任は,「ごめんなさい」と道徳的に謝罪をする責任のことではなく,「債奴,民事拘束」(我妻73頁)のように身体が抑えられ,いわばからだで償うことです。

 

2 「責任」のアヤ(und Verantwortung

 ところで,Schuld(債務,罪)とHaftung(「責任」)とは,ゲルマン人の後裔による次のドイツ文では意識的に使い分けられていたのでしょうか。

 

  Wir alle, ob schuldig oder nicht, ob alt oder jung, müssen die Vergangenheit annehmen. Wir alle sind von ihren Folgen betroffen und für sie in Haftung genommen.

 (我々は皆,罪があってもなくても,老いていても若くても,過去を受け入れなければなりません。我々皆に,その帰結はかかわるものであり,かつ,「責任」が及んでいるのです。)

 

 1985年5月8日にされたドイツ連邦共和国のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領によるドイツ終戦40周年記念日演説(我が国では「荒れ野の40年」演説として知られています。)の一節です。ヴァイツゼッカーは,東部戦線からの復員後,法律を勉強していました。(また,自分の父エルンスト(第三帝国の外交官)の戦争犯罪に係る裁判で弁護のために働いています。)

過去をannehmenするのを「引き受ける」と訳すると,債務引受けが連想されそうなので,別の訳語を採用してみました。「責任」は,能動態で引き受けるものとはされておらず,受動態で及んでいるものとされています。民法の用法ですと,SchuldはないけどHaftungだけ及んでいるということになるようです。„Wir alle, ob schuldig oder nicht, sind in Haftung genommen,“であれば,そういうことでよいのでしょうね。なお, ドイツ大統領官邸ウェッブサイトの英訳版では, 「責任」にliableの語が当てられています。

 前回のブログ記事(「「七十年」と「四十年」」)で,「我々のもとでは,政治責任の分野に,新たな世代が成長してきました。若者は,かつて起こったことには責任を負いません。しかしながら,彼らは,そこから歴史において生ずることに対して責任を負うのです。」とあっさり訳したヴァイツゼッカー演説の部分における「責任」(Verantwortung, verantwortlich)も,日本語の責任とはちょっと違うようです。名詞のVerantwortungには「申し開き,弁明」という意味もあり,動詞のverantwortenには「責任を負う」と共に「申し開きをする」という意味があります。英語のaccountabilityに対する従来の訳語である「説明責任」に該当するものでしょう(ただし, ドイツ大統領官邸ウェッブサイトの英訳版ではresponsibleの語が当てられています。)。すなわち,ドイツの若者は,そこ〔かつて起こったこと〕から(daraus)歴史において生ずる(wird。現在形)ことに対しては「説明責任」を負う(申し開きができるようにする)必要がある,ということのようです。

 責任又は「責任」を論ずるには,やはり,「言葉のアヤ」等「文学方面」をもよく研究しなければならないということを,ドイツ連邦共和国の貴族的(名前にvon付き)国家元首は示しているように思います。

 

 我が国では昭和天皇がその1月に崩御した1989年の11月,東西ドイツを分断するベルリンの壁が落ちた直後,ヴァイツゼッカー大統領は同市のポツダム広場を訪れました。あたかも東側のドイツ民主共和国の兵士たちが東西間の通路を啓開しつつありました。一士官が西側のドイツ連邦共和国大統領に気付きます。同士官は気を付けの姿勢をとり,報告します。

 

 「異常なしであります。大統領閣下。」

 

 リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーは,今年(2015年)1月31日,94歳で歿しました。(Obituary, The Economist. February 14, 2015

1 相続編

 

(1)相続の開始

 フランス太陽王ルイ14世治下の文士であるペロー(Charles Perrault)の『猫大先生(Le Maître Chat ou Le Chat Botté)』の冒頭部分は,次のように物語られています。

 

  ある粉屋が,その3人の子供に,全財産として製粉所とろばと猫しか残さなかった。

 

 ここで「製粉所」と訳したのはmoulinなのですが,風車なのか水車なのか不明です。Moulin rougeといえば赤い風車ですが,パリの同所においては,粉がひかれているわけではありません。

 ろばと猫とは粉屋のもとで何をしていたか,また,製粉所,ろば及び猫が残された(laissa)原因は具体的には何だったのかは,ライン川の向こう側は19世紀の学者兄弟グリム(Brüder Grimm)による説明(„Der gestiefelte Kater)の方が詳しいようです。

 

 ・・・息子たちは粉をひき,ろばは穀物を運び入れて粉を運び出し,そして猫はねずみを駆除しなければならなかった。粉屋が死んだので,3人の息子たちは遺産を分割し,長男は製粉所を,二男はろばを,三男は猫を相続したが,三男には他に何も残されてはいなかった。

 

 父が,遺言を残さないで死亡して,相続が開始され(民法882条。なお,民法旧964条によれば家督相続は戸主の死亡のみならず隠居等によっても開始しました。),3人の息子が相等しい相続分の相続人となったわけです(民法8871項,9004号本文)。「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する」ので(民法898条),父の死亡直後は,製粉所の土地,同建物,ろば及び猫のそれぞれが3人兄弟によって共有されていたことになります(持分は各自3分の1)。

 

(2)相続財産に係る共有説

 ペローの時代はプロイセン一般ラント法(ALR)の前の時代ですから,ドイツは普通法(Gemeines römisches Recht)の時代だったということになります。「普通法時代のドイツ相続法では,共同相続人個人の利益が,相続債権者の利益に優先し,各相続人は,個々の相続財産の上に共有持分を取得し,その持分は任意に処分することを許され」ており(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)154頁),すなわち,「共同相続人が,3分の1の相続分を持っているということは,相続財産を構成するあらゆる個々の財産上に3分の1の持分をもつということであり,その持分は普通の共有持分と同じであるから,自由に他人へ譲渡することもできた。また被相続人が金銭債権の如き可分債権をもっていたとすれば,共同相続人は,相続開始と同時に,当然に分割されたその債権の一部を承継することになる。例えば100万円の預金が5人の子たちに相続されるとすれば,この共同相続人各自は,相続開始によって,20万円ずつに分割された預金債権の一つを承ける,とされたのであった。」というわけです(同155頁)。「このローマ式の考え方を共有説という。」とされています(中川155頁)。我が国の判例は,共有説です。

 

(3)遺産分割協議

 相続財産が共有になっている状態から,「共同相続人は,・・・被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができ」ます(民法9071項)。「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮」してするものとされています(民法906条)。

ところで,『猫大先生』の場合,三男坊は,遺産分割協議が調った結果猫を相続することになったのですが(なお,遺産の分割には被相続人の死亡時にさかのぼる遡及効があります(民法909条本文)。),当該遺産分割協議には不満だったようです。

 

 ・・・彼にとっては,こんなに乏しい分け前では,自らの慰めようもなかった。

  「兄さんたちは,」と彼は言った。「一緒になってやっていけば,結構な稼ぎで暮らしていける(pourront gagner leur vie honnêtement)。ところが僕ときたら,猫を食って(j’aurai mangé mon chat),その皮でマフを作らせちまったら,あとは飢え死にするしかないんだ。」

 

しかし,フランス人は,でんでん虫のみならず,猫をも食べてしまうのでしょうか。ドイツでは,猫の毛皮で手袋を作るだけだったようですが(ein Paar Pelzhandschuhe aus seinem Fell machen)。

閑話休題。

遺産「分割は,〔被相続人の〕指定または法定の相続分に従い,また906条の分割基準に従うべきを本旨とするが,相続人の自由な意思に基くものである限り,これに違反しても,直ちに無効とすることはできない。錯誤や詐欺強迫があった場合は格別,そうでなければ,自己の取得分をゼロとする如き分割協議でも有効である。」とされています(中川223頁)。「協議分割による場合は,協議が成立する限り,内容的にどのような分割がなされてもよい。具体的相続分率に従わない分割も有効」であるわけです(内田貴『民法Ⅳ補訂版 親族・相続』(東京大学出版会・2004年)423頁)。いったん遺産分割協議が調った以上,「第三者への影響を考えると,錯誤無効の認定は慎重になされる必要」があります(内田424頁)。三男坊がいくら嘆息しても,後の祭りでありました。

さて,不動産たる製粉所の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転の登記を申請すべき長男にとっては,登記原因を証する情報(不動産登記法61条)として遺産分割協議書などは必要なかったものか。法的書面の作成となれば,法律家の関与はなかったものか。しかし,『猫大先生』でペローの伝えるところでは,法律家は,当時はなはだ評判が悪かったところです。(ウィキペディア情報では,ペロー自身が弁護士をやってはみたが,すぐに辞めてしまっていたと伝えられています。)

 

・・・遺産分割がやがてされたが,公証人(notaire)も代訴人(procureur)もお呼びではではなかった。そもそも多からぬ相続財産が,ほどなくすっかり食い物にされかねなかったからである(Ils auraient eu bientôt mangé tout le pauvre patrimoine.)。

 

 Procureurは,つい「検察官」と訳したくなりますが,そのためには,ただのprocureurではなくて,“Procureur du roi”(国王の代官)でなければなりません。フランスでは「封建制が確立される以前は,刑罰権の発動が私人弾劾の方法で行われていた」が,「封建制度が確立されるに従い,国王の収入に帰する罰金や財産の没収についてまで私人弾劾の方式にゆだねるわけにはいかなくなり,13世紀ころには,国王の裁判所が職権で審判をすることとし,広い管轄地域を有する裁判所では,国王の代理人として「国王の代官(Procureur de roi)」を置いて国王の収入上の利益を監視させていた。その後,刑罰観念の進化と王権の振興に伴い,国王の代官が訴追に関与するようになり,次第にその訴追権の範囲を拡大させ,15世紀ころには,一般犯罪について訴追権を有するとともに裁判を執行し,裁判官を監督する任務をもつようになった。これが検察制度の起源であるとされている。」とされているところです(司法研修所検察教官室『平成18年版 検察講義案』1頁)。

 

(4)相続税法における遺産に係る基礎控除額

 ちなみに,粉屋三兄弟は相続税を納付する必要はなかったものでしょうか。粉屋の遺産の額は,今年(2015年)から減額されたとはいえなお相続税の基礎控除額の枠内に収まったものだったのでしょうか。遺産に係る基礎控除額は,3000万円と600万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額です(相続税法151項)。三兄弟の場合の遺産に係る基礎控除額は,4800万円になります(=3000万円+(600万円×3))。製粉所,ろば及び猫の価額の合計額が4800万円以下であれば,相続税の課税価格が無いことになって(「相続税の総額を計算する場合においては,同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格・・・の合計額から,・・・遺産に係る基礎控除額・・・を控除する。」(相続税法151項)),相続税を納付せずに済んだわけです。

 

2 物権編及び総則編

 猫大先生は,野生のうさぎとうずらとをわなにはめて捕獲し,王様に対し,カラバ侯爵(le Marquis de Carabas)こと三男坊からの贈り物だといってせっせと献上し,王様に気に入られます(なお,ドイツ版においてはうさぎの捕獲の話はなく,また,三男坊は氏名不詳の伯爵(Graf)ということにされています。)。

 

(1)無主物先占及び権利能力

 さて,この間の法律関係ですが,野生のうずら等を捕獲するのですから,「所有者のない動産は,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する。」という民法239条1項が働く場面ということになります。そうであれば,まず当該うずら等の所有権を無主物先占によって取得したのはだれになるのでしょうか。ペローのお話では猫大先生がうさぎ又はうずらの捕獲及び献上について三男坊に報告していた気配がないようなので,三男坊はその間の様子を全く知らず,そうであれば同人については所有権取得のための「所有の意思」どころではないということになりそうです。であれば,猫大先生が,無主物先占によりうずら等の所有権を取得し,当該捕獲物を王様に贈与したものであるということになるようです。しかしながら,猫大先生は,飽くまでも「猫」であって,自然「人」でもなく法「人」でもないので,権利能力を有しておらず,無主物先占によって人間の権利たる所有権を取得することはできません。したがって,無主物先占をまずしたのは,実は王様ということになります。

 

(2)所有権放棄

 それでは今度は,王様が猫大先生にお小遣いに金銭を与える場合(lui fit donner pour boire)の法律関係はどうかということになれば,権利能力のない猫大先生相手に贈与契約は成立しませんから,当該金銭に係る王様の所有権放棄がされたということになるようです。所有権放棄についてドイツ民法959条は,「所有者が所有権を放棄する意思をもって動産の占有を放棄したときは,当該動産は無主となる。(Eine bewegliche Sache wird herrenlos, wenn der Eigentümer in der Absicht, auf das Eigentum zu verzichten, den Besitz der Sache aufgibt.)」と規定しています。

 

3 親族編

 『猫大先生』の最後では,三男坊はカラバ侯爵として,世界で一番美しいお姫様(la plus belle princesse du monde)である王女と結婚します(épousa)。しかしこれは,花嫁とその父の王様とが,粉屋の三男坊を侯爵と勘違いし,かつ,本来は人食い鬼(Ogre。ドイツ版では魔術師(Zauberer))のものであった立派なお城や豊かな領地を三男坊のものだと勘違いしてされた婚姻でありました。「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に当たる無効の婚姻だということにならないでしょうか(民法7421号)。それとも王女は,「詐欺又は強迫によって婚姻をした者」であるとして,家庭裁判所に三男坊との婚姻の取消しを請求できないでしょうか(民法7471項)。

 

  この点ドイツ人は慎重で,三男坊が王女と婚約したところまでの記述となっています(Da ward die Prinzessin mit dem Grafen versprochen)。その後,国王が死んで三男坊が王となり,猫大先生が筆頭大臣(erster Minister)となったとグリム兄弟は書いていますが,あるいは当該即位は,相続によらぬ,猫大先生の策謀による王位簒奪だったのかもしれません。

 

(1)婚姻の無効

「婚姻意思は,あくまでも相手方その人と婚姻するという意思である。相手方の地位,性格,品性,才能などは,いずれも附随的なものに過ぎない。これらの点に錯誤があり,夫婦関係が円満にゆかないときも,離婚の原因となることがあっても,婚姻意思の欠缺とはならない。ただし,これらの錯誤が詐欺による場合には取消の原因となりうる・・・。」(我妻栄『親族法』(有斐閣・1961年)1516頁)ということでは,三男坊と王女との婚姻は,なかなか無効ということにはならないでしょう。(ただし,我が明治皇室典範39条(「皇族ノ婚嫁ハ同族又ハ勅旨ニ由リ特ニ認許セラレタル華族ニ限ル」)のような規定があれば,王女と華族(侯爵)ではない三男坊との婚姻は無効となり得るのでしょうが(伊藤博文の『皇室典範義解』41条解説には「皇族の婚嫁本法に違ひ勅許を得ざる者は其婚嫁を認めず。其の婦は皇族たるの礼遇及名称を得ざるべし。」とあります。なお,大正7年の皇室典範増補では「皇族女子ハ王族又ハ公族ニ嫁スルコトヲ得」としています。ここに出てくる王公族の制は日韓併合に伴い設けられたものです。),ここではこれ以上論じないことにしましょう。)

なお,フランスの裁判例では,アイデンティティの錯誤(erreur sur l’identité)ということで,「身分の同一性(l’identité civile)若しくは国籍又は名及び家柄(nom et l’appartenance familiale)に係る錯誤は,決定的(déterminante)なものでない限り同意の瑕疵を構成しない。」(反対解釈すると,決定的なものならば瑕疵になる。)とされていますが(Dalloz “Code Civil Edition 2011” p.317),『猫大先生』の場合には,王女が三男坊と結婚する気になった決定的要因は,三男坊が「美男で容姿端麗(beau, et bien fait de sa personne)」だったことであるので(ドイツ版では,更に若さも挙げられています(denn der Graf war jung und schön)。),カラバという名の侯爵家の人物でなくても問題ではないものでしょうね。三男坊を裸で川(ドイツ版では湖)にいれさせて,溺れるのではないかと心配した王様に三男坊を助けさせた上,その衣裳を着せさせてもらって,その豪奢な衣裳のおかげをもって,王様に同行していた王女の前で三男坊の男っぷりを上げることに成功(les beaux habits qu’on venait de lui donner relevaient sa bonne mine)した猫大先生の作戦勝ちでありました。

婚姻の詐欺取消しの問題に移ります。

 

(2)婚姻の詐欺取消し

「詐欺・・・とは,違法な手段によって,相手方を欺いて錯誤に陥し入れ,・・・よって婚姻の合意をさせることである。婚姻の相手方の行うものに限らず,第三者の行うものも含まれる。抽象的にいえば,一般の意思表示の瑕疵を生ずる詐欺・・・(96条)と同じである。しかし,婚姻が成立する場合のわが国社会の実情を見るときは,・・・詐欺においては,その欺罔行為の違法性は相当に強度なものでなければならないのみならず,欺罔行為によって生ずる錯誤は,一般人にとっても相当重要なものとされる程度(その人の品性・能力・地位などについての詐欺も程度が重ければ取り消しうるものとなる)でなければならない(この点普通の場合と異なる・・・)。」とされています(我妻65頁)。詐欺による婚姻取消しを認める敷居は相当高いと考えるべきでしょう。「薬剤士の免許を有し月給90円以上と偽った(免許なく月給は70円足らず)事例を詐欺とならず」とした東京地方裁判所昭和13年6月18日判決は,「むろん正当」とされています(我妻6667頁注5)。

我が旧民法人事編第4章(婚姻)第5節(婚姻ノ不成立及ヒ無効)には,「強暴」による婚姻の不成立及び無効請求に関する規定はあったものの(同編551項,63条・64条),詐欺による無効の請求に関する規定はありませんでした。

伝統的に「フランス民法(180条)は強迫だけを取消原因とし詐欺を取消原因としない」ものとしていたようです(我妻66頁注5参照)。1804年のナポレオン(Ogre de Corse)の民法典180条は「配偶者の双方又は一方において自由な同意(le consentement libre)の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方又は自由ではない同意をした一方の配偶者によってのみ攻撃され得る。/人違い(erreur dans la personne)の場合においては,婚姻は,配偶者中錯誤に陥っていたもののみによって攻撃され得る。」と規定していました。なるほど,詐欺は表に出て来ません。これに対してフランス民法1109条は,一般的に,「同意が錯誤のみによってされた場合,又は強迫によって喝取(extorqué par violence)され,若しくは詐欺によって騙取(surpris par dol)された場合においては,有効な同意は存在しない。」と規定しています。

 

(3)人の本質的資質に係る錯誤

ところで,現在のフランス民法180条は,「配偶者の双方又は一方において自由な同意の欠けたままされた婚姻は,配偶者の双方若しくは自由ではない同意をした一方の配偶者又は検事局(le ministère public)によってのみ攻撃され得る。配偶者の双方又はその一方に対する強制(l’exercice d’une contrainte)(優越者に対する畏怖(crainte révérencielle)によるものを含む。)は,婚姻の無効(nullité du mariage)原因である。/人違い又は人の本質的資質(des qualités essentielles de la personne)に係る錯誤がある場合においては,相手方配偶者は婚姻の無効を請求できる。」と規定していて,人の本質的資質に関する錯誤が婚姻無効事由として認められるに至っています(1975年の改正)。 ただし,人の本質的資質の錯誤としては,お金の有無は問題にはなり難いもののようではあります。別れるつもりの全く無い愛人がいることを配偶者に隠していた場合,離婚歴,犯罪歴若しくは売春歴があることを知らせないでいた場合,国籍,性的能力,生殖能力若しくは精神の健全性について錯誤があった場合,相手方が成年被後見人であることを知らなかった場合,相手方に婚姻意思が欠けている場合,又は婚姻数箇月後まで相手方の病気を知らなかった場合が,人の本質的資質の錯誤の認められた場合として挙げられています(Dalloz pp.317-318)。処女性に係る欺罔については認められていません(Douai, 17 nov. 2008)。

 

4 侯爵関係法編

 

(1)軽犯罪法

なお,侯爵であるとの詐称は,軽犯罪法1条15号前段の罪の構成要件(「官公職,位階勲等,学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称」)に該当する行為でしょうか。どうも,該当しないようです(安西溫『特別刑法7準刑法・通信・司法・その他』(警察時報社・1988年)152154頁参照)。侯爵は,官職又は公職ではなく,位階(正○位の類)でも勲等(勲○等の類)でもありません。学位ではもちろんないですし,法令上の根拠たるべきものとしても,大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」)と共に,爵に関する華族令(明治40年皇室令第2号)は,「皇室令及附属法令ハ昭和22年5月2日限リ之ヲ廃止ス」と規定する昭和22年皇室令第12号でばっさり廃止されてしまっています。ただし,軽犯罪法附則2項で廃止された警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)の第2条20号前段の構成要件(「官職,位記,勲,学位ヲ詐リ」(下線は筆者))には該当していたものでしょう(30日未満の拘留又は20円未満の科料)。なお,現在においては,刑事事件の被疑者として司法警察職員から取調べを受けるときであっても,位記,勲章,褒賞等について訊かれることはあっても,もはや爵について訊かれることはありません(犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)17813号参照)。そもそも,日本国憲法14条2項は「華族その他の貴族の制度は,これを認めない。」と規定しており,華族の定義は華族令1条1項で「凡ソ有爵者ヲ華族トス」とされていたのですから,爵なるものは憲法違反ということになるようです。

 

(2)宮中席次令

ちなみに,侯爵はどれくらい偉いかというと,宮中席次令(大正4年皇室令第1号)においては,侯爵は第22に出てくるところです。正二位(第23)の一つ上です。他方,侯爵より一つ偉いのが,麝香間祗候の華族で(第21),その一つ上が貴族院副議長及び衆議院副議長(第20)です。すなわち,侯爵は,従一位(第17)や勲一等(第18)よりは下ですが,勲二等(第30)よりは上です。ところで,ただの貴族院議員及び衆議院議員の席次は,第39低く,華族の中では一番下の男爵(第36)にも及びません。そういえば,大隈重信が侯爵でしたね。(なお,爵の序列は,公侯伯子男です。)

 

5 その後編

 

(1)人食い鬼の財産の行方

人食い鬼(Ogre)は,その自慢するところの変身の術について猫大先生におだてあげられて,ねずみになったところで猫大先生に食べられてしまったのですが,人食い鬼の死に伴い,その財産の帰属はどうなったものか。人食い鬼に相続人のあることは明らかでないので,人食い鬼の相続財産は,まずは法人になってしまい(民法951条),最終的には国庫に帰属してしまうことになったようです(同法959条)。そうであれば,国庫が帰属していたであろう国王の女婿となった三男坊が人食い鬼の財産を自分のものとしてしまっても,結果オーライでしょうか。

 

(2)猫大先生のその後

さて,猫大先生,ドイツ版では最終的には国王の筆頭大臣にされてしまって寧日のないところ,ペローの報告するフランス版では,大貴族(grand Seigneur)となって,余暇にねずみ狩りを楽しむ生活を送ったとされています。

これに対して,我が日本版の猫大先生はどうでしょうか。『長靴をはいた猫』(東映・1969年)における猫大先生ことペロは,政治家にもならず有閑貴族にもならず,相も変わらず刺客に追われ続ける旅の剣士であって,現在も東映アニメーション株式会社のマスコット・キャラクターとして健在です。そもそも『長靴をはいた猫』の主題歌(井上ひさし・山元護久作詞)におけるペロの人格ならぬ猫格設定は,「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」の面の皮をひっぺがし,ひっかかざるを得ない,怒れる猛烈な猫であって,そのためには「幸せすてて」「苦しみ求め」ることを厭わない,大人気なく,かつ,若々しい大先生(Maître)でありました。

当時34歳の井上ひさしが猛烈な怒りを向けていた「インチキ野郎」及び「お世辞野郎」とはどのような人々だったのでしょうか。まぁ,しかし,せっかくの大樹の下でそのような方々にいちいち怒っていては, 図々しくサラリーマンは務まりませんし,お花畑のような気持ちのよい職場も,安心と安全の老後も確保できませんよね。

しかし,1969年ころの日本では,よい子は「びっくりしたニャ」と歌声をあげて元気いっぱいでしたねぇ。お父さんに映画館に連れて行ってもらって,「長靴をはいた猫」ペロの活躍,ローザ姫のために頑張る三男坊ピエールの冒険を見て大喜びでした。

 

(と,東映アニメーション万歳というお話で終わりにしようとしていたところ,20141217日付けで公正取引委員会が,同社に対して勧告をし,その旨公表していたことをインターネットを調べていて知り,驚きました。消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(平成25年法律第41号。「消費税転嫁対策特別措置法」)という舌をかみそうな題名の法律に違反して,「買いたたき」という悪いことをしたそうです。消費税は恐ろしいですね。経済法学的思考の感じられる消費税転嫁対策特別措置法と合わせ技のカクテルとなるとなおさらです。我が国の文化産業にも影響があるようです。ぜひ,文化の柱たる新聞の販売については消費税を非課税にして(消費税法61項),我が国の文化を守りましょう。軽減税率などといって遠慮していてはいけません。ずばり非課税です。)



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 目の色が左右で違う猫。「びっくりしたニャ!」
 

弁護士 齊藤雅俊

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 「前々回(20141031日)の記事(「離婚と「カエサルの妻」」)では,諸碩学の著書を種々引用させていただきましたが,そこで紹介されている裁判例の事案が,実際にはどういうものであるのかが気になるところです。4件の裁判例について調べてみました。

 

1 名古屋地方裁判所昭和26年6月27日判決(夫が徒食して生計を顧みない場合と「婚姻を継続し難い重大な事由」)

 まずは,「2ヵ月に及ぶ異性関係を「一時の迷と考えられぬことはない」として,不貞行為の成立を否定した例」として紹介された(『新版注釈民法(22)』(有斐閣・2008年)360頁)名古屋地方裁判所昭和26年6月27日判決の事例(下級裁判所民事裁判例集第2巻第6号824頁以下)。

 実は,当該事件において離婚を求める原告(妻)の請求原因においては,被告である夫について,民法770条1項1号の「不貞な行為」があったとは主張されていませんでした。

「・・・右の次第で原告母子は被告と婚姻関係を継続していけば生活を維持して行くことが出来なくなつて自滅の他はないので止むなく被告と正式に離婚して将来原告母子が生活を立て行く途を講じ度いために,こゝに民法第770条第2号及び第5号を理由として裁判上の離婚を求めるため本訴に及んだ。」ということでした(下民集26826)。すなわち,配偶者からの悪意の遺棄(2号)及び婚姻を継続し難い重大な事由の存在(5号)が理由とされていたわけです。

 判決は,結局,婚姻を継続し難い重大な事由の存在を認めて原告の離婚請求を認容しています(下民集26829)。

 「被告が他に女をもつたといつても右は前記・・・の如く〔「・・・昭和21年2,3月から約2ヶ月程のことではあつたが他に女をもつたこともあり・・・」〕期間も短いことでもあるからこれは一時の迷と考えられぬことはないので直に離婚の事由とは認められぬ。」と判示はされていますが(下民集26828829),原告の請求は夫の当該異性関係を不貞行為として直ちに離婚を求めるもの(民法77011号)ではなかったので,当該異性関係だけからでは直ちに離婚の事由としての「婚姻を継続し難い重大な事由」(同項5号)の存在は認められないよ,ということでしょうか。むしろそもそも,本件事案の夫婦が入籍したのは昭和23年4月26日のことなので,昭和21年2,3月といえば実は婚姻前のことであったところです。

 しかし,この事案を見ていると,先の大戦で散華された若き英霊たちが不憫でならなくなりますね。

 

  被告〔仮名で「又太郎」ということにしましょう。〕は現在41歳になつているが昭和16年頃同じ会社に勤務中知り合つた5歳年上の右証人松子〔仮名〕と夫婦約束をし同女方に入つて同棲を始めたもので・・・(下民集26826

 

 昭和26年に41歳ですから,又太郎は昭和16年には31歳。すると,31歳の又太郎が,当時36歳だった松子と同棲を始めたということになります。昭和16年(1941年)といえば,西に大陸における泥沼の戦闘は長引き,東に強硬なフランクリン・ルーズヴェルト率いるアメリカ合衆国との開戦前夜という時期で,お国としては深刻な事態であったはずなのですが,職場で年上女性との恋愛やら同棲やら,何やらのどかな話です。「ABCD包囲網」ならぬ恋のABCですか。

「支那事変以前に17箇師団,20数万人であった〔我が陸軍の〕兵力が,ほぼ4年半を経過した日米開戦の時点には,51箇師団,210万人に膨れ上がってい」たとはいえ(戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社・1998年)307頁),30歳を過ぎてしまうともう召集はされなかったものでしょうか。「1927(昭和2)年の兵役法によれば,陸軍の常備兵役は現役2年,それを終えたあとの予備役が5年4ヵ月で,そのあとに10年の後備兵役に編入されることになっていた(1941年に後備兵役を廃止,予備役が15年4ヵ月となった)」そうで,「現役徴集率は1933年(昭和8)年に20パーセントだったが,37年に23パーセント,40年に47パーセント,44年には68パーセント」だったそうです(戸部327326頁)。徴兵検査の結果の「甲種と乙種が現役に適すとされたが,平時では甲種でも全員が現役徴集されたわけではなかったのに,支那事変以降は乙種まで現役徴集されるようになった」ということですから(戸部326327頁),換言すれば,現役ならぬ予備役以下の年配者には,なお余裕があったということでしょうか。

 

 ・・・〔又太郎は〕昭和20年初頃から松子の二女で当時17歳ばかりの原告〔仮名で「竹子」ということにしましょう。〕と肉体関係を結ぶようになり,間もなく松子に右関係を知られたが其頃竹子は既に又太郎の子を懐姙していて同年12月病院で之を死産し,竹子及び又太郎は其儘松子方に戻らす〔ママ〕同月から又太郎の現肩書住所地で事実上の夫婦として同棲を始めるに至つた・・・(下民集26826-827

 

34歳のおじさんが内縁の妻の17歳の娘(まあ義理の娘のようなものですね。)に手を出してしまったわけです。若い男性が戦争で少なくなると,おじさんであっても女の子にもてるようになるものでしょうか。それとも,今では児童福祉法34条1項6号,60条1項で罰せられるような情況であったのか。

ところで,昭和20年(1945年)初めといえば,硫黄島の戦いの時期です。玉砕しつつある若い兵隊さんたちに申し訳ない,とは思わなかったのでしょうかね,又太郎は。名古屋空襲で大変だったということでしょうか。いずれにせよ,松子・竹子の女性二人にかしずかれて御機嫌だったのでしょう。

 

・・・竹子と又太郎とが右の如く別居同棲を始めてから間もなく一時絶えていた松子との往来も次第に回復するに至つたものゝ右・・・記載の如く又太郎がもともと松子と内縁関係にあつたものであり,竹子より17歳も年長である等の関係から竹子と又太郎との婚姻は松子の同意が得られず為に・・・長女梅子〔仮名〕が出生した後の昭和23年4月13日〔ママ。13日は梅子の出生の日。両者の婚姻は同月26日〕になつて漸く其の届出を為した・・・(下民集26827

 

 ところで,女に囲まれていい気になるのは大好きな又太郎ですが,とにかく仕事をしない(あるいは,仕事ができない。)。ばくちと徒食と家庭内暴力との日々となりました。

 

  又太郎は右記の如く竹子と共に現在地で〔昭和2012月から〕同棲を始めて後間もなく勤先の会社を退いて独立して建築の設計,請負の仕事を始めたがこの仕事で工事の前受金等といつたような金が入つて一時手元が潤沢になると早くも喫茶店等に出入して金銭を費消することが次第に多くなり昭和21年2,3月から約2ヶ月程のことではあつたが他に女をもつたこともあり,其後も金を手にすれば賭博に費す等金銭を浪費して得意先に不義理を重ねたので次第に信用を失つて昭和24年9月頃には営業上の収入は殆んどないような状況になり,竹子及び又太郎には共に格別の資産はなかつたので生活上の借財,不義理もかさみ,豊かでもない竹子の母からもその頃までに現金で合計3万7,8千円,外に質草として衣類等を借受けたまゝになつているという始末で又太郎方の生活は全く行きづまり状態に立到つたのに又太郎は依然註文もなくなつた右営業以外の仕事には従事せぬといつて,十分健康体でありながら他に収入をあげる仕事方法を尋ねる等のこともなしに徒食し,竹子に他から金借して来ることを強要し時に暴力をふるうという始末で,為に生活の破綻から竹子と又太郎との間に風波絶えず竹子の又太郎に対する愛情も冷却の一途を辿つて,遂に・・・〔昭和24年9月〕竹子の家出となつた・・・(下民集26827

 

 よくある話ですが,才能もないのに,プライドばかり高いんでしょうかねぇ。

 困ったものです。

 

2 東京高等裁判所昭和471130日判決(夫と不貞の関係にあることの確証はないがその交際の程度が一定の程度を超えこれが夫婦の婚姻関係破綻の要因となったことを理由に妻から夫の相手の女性に対する慰藉料請求を認容した事例)

次は,「特定の女性を中心とした徹夜麻雀・グループ旅行などの交遊関係を夫が婚姻後も継続」したことが「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)東京高等裁判所昭和471130日判決の事例です(判例時報68860頁以下)。

結婚前からのグループでの交遊を結婚後も継続していたら奥さんが嫉妬したということですと,若干,いやはや悋気持ちだなぁという気にもなるようですが,どういうことだったのでしょうか。「特定の女性を中心」にしていることがやはり問題なのでしょうが,当該グループ自体は,当該女性の外は男友達ばかりのようでもあります。まあ,確かに,妻帯者となると男同士で独身時代のようにつるんでいるわけにはいかないとはいえ,同性愛(下記4参照)でなければ,男友達同士で赤ちょうちんを飲み歩く程度のようなことは「貞節義務違反」ではないですよね。「いつまでも,皆で昔のマドンナを追っかけてるんじゃないよ。」ということでしょうか。やはり具体的な状況が分からないとピンと来ません。

 

・・・原告〔妻〕は〔昭和42〕年5月ごろから〔同年2月25日挙式の上同年5月1日婚姻届をした夫である甲野〕一郎方が有限会社組織で営む食肉販売業のうち○○市内○○○にある店の手伝いを時々していたところ,客の一人から一郎と乙山〔夏子〕との間に特殊な関係があるらしきことを暗示され,このことを一郎に問いたしたが,同人はたゞ,乙山は自分のプレーン〔ママ〕の一人で,若いときから口では言えない位,世話になっていると答えるのみであったので,原告はこのころから一郎と乙山との関係につき不満の念をもつにいたった。・・・また乙山が男の子との二人住いで市内に洋裁店等を開いているうえ,男まさりともいうべき気性で気軽に男性ともつき合うところから,同人宅には麻雀や飲食のため男の仲間達が集ること多く,土曜の夜などはしばしば徹夜し,中には寝込んでしまう者もあった。一郎自身は高校時代からこのような状態でここに出入りするもっとも古い連中の一人であって,・・・〔見合いのうえ,一郎側から懇望されて婚姻した初婚の〕原告はもとよりあらかじめこのような事情を明かされることなく,前記の経緯の後も乙山と一郎との関係について疑惑をもち,それにつれて生ずる一郎に対する不信感に悩んでいた。・・・(判時68861

 

 一郎は,高校生(15歳ないし18歳)の時から徹夜麻雀と飲酒ですか,困ったものですね。

 しかし,乙山夏子は当時,色気も既に枯れた,豪快な肝っ玉中年女性ででもあったものか。

 そうではないようで,元気な盛りの男子高校生・一郎が付き合いだしたころ,夏子は12歳年上の20代後半のバツイチ女性だったのでした。

 

 ・・・ところで乙山は一郎より12才も年長で昭和30年ごろ先夫と離婚し,一人息子(現在19才位〔ということは昭和30年には2歳くらい〕)の正一と二人暮しで女手一つで○○市内に洋裁店を持ち,あわせてアパートの経営もしていて,同人の性格は男まさりのいわゆる姉御肌ともいうべきものであって,酒や遊びごとも辞さないところから同人宅には常に男性の出入りが多く,土曜の夜などは一郎や他の男性達と徹夜で麻雀をすることもしばしばあり,また,男女相携えてグループで旅行するなど,その派手で無軌道とも見える生活振りから一部世間の者のひんしゅくを買い,とかくの噂をする者もあるが,同人は一々そのようなことを気にすることなく,現在もその生活態度をかえていない。・・・(判時68862

 

麻雀と酒ばかりで学校の勉強はしないとはいえ,高校生なのですから,大人からいろいろ教えてもらうことはあったはずではあります。

しかし,「一郎同様乙山宅に出入りしていた他の男性達は,一郎と乙山との間に特に肉体関係があるなどとは疑うこともなく,現在もなお乙山宅に出入し,遊び仲間として依然交際を続けてい」たそうです(判時68862)。やっぱり夏子には色気は余りなかったものか。裁判所も,「一郎の乙山宅への出入りは度を過すものがあり,両者の関係は相当密着の感があるとはいえ,右両者間に不純な情交関係があったものと認めるには十分でなく・・・本件にあらわれたすべての証拠によっても右両者の間は怪しい,或いは原告主張の如き交情があるのではなかろうかとの推測を示すに止まるのみであって,一方前記のような乙山の性格,生活態度,交遊関係等からすれば,そのような関係はないのではないかとの合理的疑いを解消しえず,結局において一郎が乙山との間に不貞の関係を有するとの事実はこれを認定するには不十分であるとせざるをえない」と判示しています(判時68862)。「前記のような乙山の性格,生活態度,交遊関係等」は,むしろ不純な情交関係の存否の判断において消極方向に働く事実とされていますね。

とはいえ,いずれにせよ,男児たるもの,夫となった以上は,己の誕生日には注意しなければいけません。

 

・・・たまたま〔昭和42〕年1130日は婚姻後はじめて迎える一郎の誕生日であったのに,一郎が原告を避けるようで同人の挙動に不審の点があったので原告は,同日午后7時ころ乙山宅を訪れたところ,案の定一郎はそこにいて丙川夫妻や丁村ら乙山方に出入りする者達とともに誕生パーティと称して飲食していた。そこで原告はますます乙山との関係に疑惑の念を深めるにいたり,丙川夫妻らが帰宅した後,深夜まで乙山を交えて3人で話合ったが,それによっては右疑惑を解くにいたらなかった。・・・(判時68861

 

 実は筆者は,かつて,法曹関係の有名な方(男性)が,自分の誕生日の晩に職場の関係者と華やかな夜の街で豪快華麗に飲んでおられるのを見たことがあるのですが,お家の方は大丈夫だったのでしょうか・・・。

 一郎は,上記「誕生日パーティ事件」直後の昭和42年の「12月はじめごろには2度も乙山から電話で,一郎が酔っぱらって来ているので引取りに来るように連絡があり」,甲野家の家族で迎えに行くという状態だったそうですから(判時68861),相も変わらず,反省の色がありませんでした。

 また,男児たるもの,下着には常に意を払わなければなりません。

 

 ・・・一郎は,幼時特に祖母に可愛がられて育ち,一人息子であるところから比較的甘やかされていた風もあり,・・・資金の貸借とか,乙山の性格にひかれて,頻繁に乙山宅に出入りし,前記の無軌道とも見える環境に没入し,麻雀でそのまま夜を明かしたり,乙山方から洗濯に出した一郎の下着に乙山のマークがつけられても意に介せず原告の目にふれしめる等のこと〔が〕あった・・・(判時68862

 

 「乙山のマーク」とは,「乙山のネーム」だったそうです(判時68864)。

結論として裁判所は,「原告と一郎との間には民法770条1項5号にいう婚姻を継続しがたい重大な事由がある」と認定していますが,当該認定の際挙げられた事実は,一郎と乙山夏子との関係について原告が「払拭し難い疑惑の念を抱いている」こと及び「かかる場合夫たる者はよろしくその疑惑を解き妻の不信を回復するよう百方誠意を尽しその生活態度を改めるべきであるのに,一郎はなんらそのことなく」終始したこと, だけではありませんでした。原告と一郎との間の長女秋子(昭和43827日生)の「出産を是とするか否かの意見の対立〔一郎は「原告にすでに相当月の進んだ胎児をおろすよう強要」〕,秋子出産後の一郎の態度〔「秋子を一目見に来院したのみで,生活費,養育費,入院費など全く負担しようとせず秋子の健康保険加入も拒絶」〕,原告が〔昭和43年4月中旬に〕甲野家を出てすでに4年半にも達すること,両名間に互いにもはや婚姻を継続する意思が存しないことなどの事実」が徴されています。(判時68862

 

3 東京高等裁判所昭和37年2月26日判決(過去における配偶者でない者との性的交渉が「不貞な行為」にはあたらないが,それに起因する現在の言動が「婚姻を継続し難い重大な事由」にあたるとして離婚を認めた事例)

三つ目は,「妻の同意のもとでの夫の女性関係」が「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)東京高等裁判所昭和37年2月26日判決の事例(下級裁判所民事裁判例集第13巻第2号288頁以下)です。

前記1の又太郎事件では,又太郎は母・松子及び娘・竹子を相手に二股をかけていたのですが,東京高等裁判所昭和37年2月26日判決に係る事案においては,姉妹相手の二股が問題になっています。離婚を請求された二股夫(「又次」という仮名にしましょう。)は,妻である月子(仮名)と結婚する前にその妹の花子(仮名)と肉体関係があったのに,月子及び花子姉妹の母である雪子(仮名)は,「花子よりも先に月子に身を堅めさせる方が一家のために好都合であると考え」,又次に「懇望」して姉の月子と結婚してもらった,というこれまた不思議複雑な経緯がありました(下民集132289)。

「月子と又次が昭和301212日結婚の式を挙げ」たのですが,夫婦水入らずの生活ではなく,「月子の母雪子方で同棲生活を始め」ています(下民集132289)。雪子には,既に夫はいなかったものでしょう。また,「昭和34年5月頃雪子が花子を別居させれば月子らの夫婦仲も少しは良くなるであろうと考え,花子を東京都練馬区のそば屋に住込みで勤めさせた」といいますから(下民集132290),又次は,妻の月子とその母・雪子とのみならず,かつて肉体関係があった花子とも同居していたことになります。これでは問題が起きない方がおかしい。

 

・・・雪子はこのこと〔又次と花子との間に以前から肉体関係があったこと〕を知つていたが,花子よりも先に月子に身を堅めさせる方が一家のために好都合であると考え,月子にはこのことを知らせずにいた。なお,花子は雪子の説得によつて月子と又次との結婚を認め,一応又次との関係を断つた。(下民集132289-290

 

 というのですから,花子は又次に未練があったでしょうし,又次も同様

 

 ・・・結婚後も花子に未練を有し,それがまま素振りに表われた。そして,4,5カ月して月子が花子の告白により右肉体関係の事実を知り,又次をなじると,又次は月子に対し「おれは本当は花子が好きだつたが,おかあさんが引き離してお前と一緒にさせたのだ」とか「お前との結婚は同情結婚だ,花子は愛情が細やかであたかかつたがお前は冷い」等といい,その後は何かにつけて同様の侮辱的言辞を弄するばかりでなく,格別の理由もなく暴行したり,勤務先を欠勤して月子に将来に対する不安を抱かせるようにな〔った。〕(下民集132290

 

これが昭和31年の前半のことですが,依然として花子と又次らとの同居は,前記昭和34年5月ころのそば屋住込みまで約3年間続いていたわけです。花子には,実家を出て生活できないような事情があったものか。判決文からは当事者の年齢は分かりませんが,花子は若過ぎたものか。

しかし,又次は花子との同居に固執していたようで,これはまた,困ったものです。

 

・・・花子を東京都練馬区のそば屋に住込みで勤めさせたとき等は,〔又次は〕月子に対し「お前が花子を隠した」「花子は良かつた,お前のようにきつくなかつた」等といつて怒り,花子は結局〔昭和34年5〕月25日雪子によつて連れ帰られた・・・(下民集132290

 

花子を出せ,と婿の又次に言われて,雪子が素直に花子を又次のもとに連れて来てしまったというのは変ですね。又次の機嫌をとるのではなく,花子はあんたの女じゃない,と言って頑張るべきだったように思われますが,どうしたことでしょう。ただし,裁判所は,「又次が月子との婚姻中に月子の承諾なしに花子と性的交渉をもつたことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しているところです(下民集132291)。

しかしながら,

 

・・・月子は又次との夫婦生活に絶望し,その頃又次〔,〕花子,雪子の3名と善後処置を話し合い,月子と又次とは離婚し,又次は花子と結婚することとし,又次は同年〔昭和34年〕6月9日頃花子と一緒に他に引き越した・・・(下民集132290

 

というのですから,又次と花子との関係は実は切れずに続いていたようでもあります。とはいえ,月子と別れて,又次が花子と結婚するというのならば,本来あるべきであった形になったということで,一応これで落着したかと思えば,さにあらず。

 

・・・又次は〔花子との引っ越し後〕ものの半月もたつと月子に対し復縁を求めるようになつた・・・(下民集132290

 

「愛情が細やかであたか」であったはずの妹・花子の正体は,実はそうではなかったのでしょうか。分からないものです。

又次の復縁の求めに対し,月子は「子供が二人もあることを考えて又次の許に復縁した。」ということで,二人は振り出しに戻ります(下民集132290)。しかし,それからの又次がまた相変わらずいけない。

 

・・・しかるに,又次は月子が復縁すると間もなく同年〔昭和34年〕7月13日頃月子に対し金策を要求し,月子がこれを拒絶すると,折りたたみ傘で直ぐには起き上れない程に殴つた。このときは,又次が直ぐに謝つたので月子も折れて又次の許に止まることとし,又次の現住所の家を二人で探して引き越したが,10日もすると又次は勤務先を休み,月子が出勤するように勧めても出勤しなくなつた。かくて,月子は今はこれまでと思い定めて雪子方え〔ママ〕帰り,次で同年9月中又次を相手取り横浜家庭裁判所に離婚並びに慰藉料支払の調停申立をした・・・(下民集132290

 

 家事事件手続法257条1項は「第244条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は,まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。」と規定していて,離婚を求める訴えを提起する前には,まず家事調停を申し立てなければならないことになっています。同法244条は,「家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件・・・について調停を行うほか,この編〔第3編「家事調停に関する手続」〕の定めるところにより審判をする。」と規定しています。

 横浜家庭裁判所の調停委員からは2年くらい様子を見たらとの勧告があったので,月子は調停では所期の目的を遂げるのは難しいと考え,昭和35年1月14日に調停申立てを取り下げ,同年4月28日に離婚を求める訴えを提起したのですが(下民集132290-291),第一審では敗訴したようです(月子が離婚を求めて控訴しています(下民集132288-289)。)。なお,控訴審では,月子は又次に対して慰謝料請求をしていません。

 月子側は,民法770条1項1号の不貞行為が又次と花子との間にあったと主張しましたが,これは認められていません。「前認定の又次と花子の性的交渉が,或は月子と又次の婚姻前のものであり,又は月子の承諾に基くもの」であるからです(下民集132291)。この月子の「承諾」は,又次と花子とが結婚することを認めていったん又次と別れることにした昭和34年6月ころの経緯におけるものでしょう(なお,裁判所は「不承不承の承諾」であるものと認めてはいます(下民集132291)。)。

 しかし,東京高等裁判所は,民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」が月子と又次の間にあることは認めて,両者を離婚させました。

 

 ・・・夫婦の一方が婚姻前に性的交渉をもつていた異性に対し婚姻後も長く未練を有し,それを何かにつけ相手方に対する言動に表わし,果ては格別の理由もないのに暴行したり,勤務先を休んで夫婦生活の将来に不安を感ぜさせるようなことが相手方に対し致命的な侮辱感と絶望感を与え婚姻の継続を妨げる重大な事由となるものであることは疑の余地のないところである・・・(下民集132291-292

 

「未練」を月子に対して表す「言動」,月子に対する暴行及び勤め先の欠勤が,月子に侮辱感及び絶望感を与え,それが「婚姻を継続し難い重大な事由」を構成したということであって,「妻の同意のもとでの夫の女性関係」がそれとして直ちに「婚姻を継続し難い重大な事由」を構成する一要素とされてはいないようです。未練を表す言動の一環ということでしょうか。「婚姻を継続し難い重大な事由」に係る『新版注釈民法(22)』の分類(385-393頁)に従って整理すると,本件では,又次について,月子に対する「重大な侮辱」,月子に対する「暴行・虐待」及び勤労意欲がないことによる「家族の放置」があったということになるようです。

 

4 名古屋地方裁判所昭和47年2月29日判決(同性愛)

 最後に,「同性愛」が「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)名古屋地方裁判所昭和47年2月29日判決の事例(判時67077)ですが,これについては,内田貴教授の『民法Ⅳ[補訂版]』(東京大学出版会・2004年)における紹介があります。

 「結婚後数ヵ月で夫が同性愛に陥り,妻に全く性的関心を示さなくなって,その後特定の男性に執拗につきまとうようになった,という事案で,770条1項5号の離婚原因があるとして,妻からの離婚請求を認めた」ものです(内田116頁)。民法770条1項1号の不貞行為との関係については,「同性愛を,異性との不貞行為に匹敵する有責行為と考える社会意識があるかどうか」が問題であるとされ,「もしそれが怪しいのであれば,あえて「不貞行為」を拡大することなく,端的に5号で破綻を認定するのが安全であろう。名古屋地裁の事案は,原告が5号に基づく離婚を請求したために,裁判所もそれを認容したものと思われる」とされています(内田116頁)。
 時系列的には,下記のようになります。
 なお,要件事実をやってみると,離婚請求の要件事実は,①婚姻の届出がなされていること,及び②①の婚姻を継続し難い重大な事由があること,ということになります(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)240頁)。

 昭和39年11月26日に,原告(甲野花子(仮名))と被告(甲野正樹(仮名))とが結婚(婚姻届はいまだ出さず。)。
 昭和40年2月頃には早くも,正樹は,花子に対して性交渉を全く求めようとしなくなる。花子からの求めにも一向に意欲を示そうとはしない。
 同年3月5日,原被告の婚姻の届出。
  同年8月28日,原被告間に長女星子(仮名)誕生。
 昭和43年頃,正樹,乙山高和(仮名)と知り合って同性愛の関係に陥る。
 正樹・高和間では,男女間におけると同様の関係が繰り返される。
 昭和45年頃,乙山高和に結婚話が持ち上がったのを機に,いったん正樹・高和間の関係解消。
しかし,正樹は,高和に対する未練をいまだ断ちがたく,執拗につきまとう。

 昭和46年2月頃,花子,派出所の警察官から,正樹が他の男性と同性愛関係にあると知らされる。花子は,驚きのあまり,直ちに星子を連れて実家に帰り,以来正樹と別居する。
 同年6月9日 本件離婚等請求訴訟に係る訴状の正樹への送達。

 既に「セックスレス」になっていたのですから,あえて婚姻届を出すべきではなかったようにも思われますが,花子は星子を懐胎してしまっていたところです(女性を妊娠させる能力については,正樹には問題がなかったわけです。)。派出所の警察官から同性愛の事実が告げられたというのは,正樹の愛が暴走して,警察沙汰を起こしたものでしょうか。
 「右認定の事実によれば,被告は,性的に異常な性格を有していることが明らかである。」とずばり判示されていますが(判時670・77),「同性愛即異常」との認定には,現在では異議の声を挙げる人が少なくないかもしれません。
 なお,「原告が被告との離婚によって受けた精神的損害に対する慰藉料」として150万円を花子に支払うべきことが正樹に対して命じられています。
           

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所(弊事務所の鈴木宏昌弁護士が「離婚・男女関係」に強い辣腕弁護士として,週刊ダイヤモンド(20141011日号)で紹介されました。)

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1 ポンペイヤとクロディウス

 「カエサルの妻」(uxor caesaris)といった場合,「薬鑵頭の女たらし」であったカエサルの女性遍歴が問題になるというよりは,「李下の冠」又は「瓜田の履」といった意味になります。

 故事にいわく。

 

  〔カエサルは〕コルネリアの後添えとして,クィントゥス・ポンペイユスの娘で,ルキウス・スラの孫娘でもあるポンペイヤを家に迎えた。やがて彼女を,プブリウス・クロディウスに犯されたと考えて離婚した。この男は女に変装し,公けの祭礼の中に忍びこみ,ポンペイヤに不倫な関係をせまったという噂がたって,なかなか消えず,ついに元老院は,祭儀冒涜の件に関して真相を究明することを決議したほどであった。

  ・・・

  プブリウス・クロディウスがカエサルの妻ポンペイヤを犯した罪で,そして同じ理由で聖儀冒涜の罪で告発されたとき,カエサルは証人として呼び出されても,「私は何も知らない」と主張した。母アウレリアも姉ユリアも,同じ審判人の前で一部始終を自信たっぷりと陳述していたのであるが。「ではどうして妻を離婚したのか」と尋ねられ,カエサルはこう答えた。

  「私の家族は,罪を犯してはならぬことは勿論,その嫌疑すらかけられてはならぬと考えているからだ〔Quoniam meos tam suspicione quam crimine iudico carere oportere〕」と。

(スエトニウス『ローマ皇帝伝』「カエサル」6,74(国原吉之助訳・岩波文庫))

 

  ・・・カエサルに有難くない出来事がその家庭に起つて来た。プーブリウス クローディウスは家柄が貴族で財産も弁舌も立派であつたが,傲慢と横暴にかけては厚顔で有名な何人にも劣らなかつた。この男がカエサルの妻のポンペーイアに恋慕し,女の方も厭とは云はなかつたが,女たちの部屋の警戒が厳重であつた上,カエサルの母アウレーリアは貞淑な人で嫁を監視してゐたので,二人の密会はいつも困難で危険を伴なつてゐた。

  ・・・

  この祭〔男子禁制のボナ・デアの祭。男は皆家を出て,家に残った妻が主宰。主要な行事は夜営まれる。女たちで戯れ,音楽が盛んに催される。〕をこの頃(前6212月)ポンペーイアが催ほしたが,クローディウスはまだ髭が生えてゐなかつたので人目に附かないと考へ,琴弾き女の衣装と飾りを著け,若い女のやうな風をしてその家へ向つた。行つて見ると,門が開いてゐて,諜し合はせて置いた召使の女の手で無事に引入れられたが・・・クローディウスは,入れてくれた召使の部屋に逃げ込んでゐるのを発見され,何者だか明らかになつた上,女たちに戸口から追ひ出された。この事をそこから出て来た女たちが夜の間に直ぐ夫に話し,夜が明ける頃には,クローディウスが不敬な行為をして,その侮辱を受けた人々ばかりでなく国家及び神々からも裁きを受けなければならないといふ噂が町中に弘まつた。そこでトリブーヌス プレービスの一人がクローディウスを不敬の廉で告発し(前61年),元老院の有力者はこれを有罪にするために協力・・・した。しかしこれらの人の努力に対抗した民衆はクローディウスを擁護し,それに驚き恐れてゐた裁判官を向ふに廻してクローディウスに非常な援助を与へた。カエサルは直ちに(前61年1月)ポンペーイアを離別したが,法廷に証人として呼び出された時にはクローディウスに対して述べられた事実は何も知らないと云つた。その言葉が背理と思はれたので,告発者が「ではどうして妻を離別したのか。」と訊くと,「私の妻たるものは嫌疑を受ける女であつてはならないから。」と云つた。

  或る人はこれをカエサルが考へてゐる通り述べたのだと云ひ,或る人はクローディウスを一心に救はうとしてゐる民衆の機嫌を取つたのだと云つてゐる。とにかくクローディウス〔は〕この告発に対して無罪となつた・・・

(『プルターク英雄伝』「カエサル」9,10(河野与一訳・岩波文庫))

 

2 離婚原因としての「不貞な行為」

 我が民法770条1項1号によれば,「配偶者に不貞な行為があったとき」は,夫婦の一方は離婚の訴えを提起することができる(つまり,離婚できる。)と規定しています。

 カエサルの妻ポンペイヤは「不貞な行為」をしたのでしょうか。

 

 「不貞行為とは,夫婦間の貞節義務(守操義務)に反する行為をいう。姦通がその代表的な場合であり,実際上も姦通の事例が多い。しかし,不貞行為の概念はかなり漠然としている。」とされます(阿部徹『新版注釈民法(22)親族(2)』(有斐閣・2008年)360頁)。微妙な言い回しですが,これは,不貞行為を姦通の場合に限定すべきか否かについては学説上の対立があり,判例の立場も必ずしも明らかではないからです(阿部徹362頁)。「不貞行為」に含まれ得る姦通以外の性関係としては,「不正常な異性関係,同性愛,獣姦・鶏姦など」が考えられています(阿部徹363頁参照。ただし,鶏姦といっても相手は鶏ではないはずです。)。

 「姦通」は,フランス語のadultèreですね。

 1804年のナポレオンの民法典にいわく。

 

   229

 Le mari pourra demander le divorce pour cause d’ adultère de sa femme.

 (夫は,妻の姦通を原因として離婚を請求することができる。)

 

      230.

  La femme pourra demander le divorce pour cause d’ adultère de son mari, lorsqu’il aura tenu sa concubine dans la maison commune.

 (妻は,夫の姦通を原因として離婚を請求することができる。ただし,夫が姦通の相手を共同の家に同居させたときに限る。)

 

詰まるところ,おれは浮気はするけれどジョゼフィーヌに妻妾同居を求めることまではしないよ,というのがナポレオンの考えであったようです。

昭和22年法律第222号で1948年1月1日から改正される前の我が民法813条は,「妻カ姦通ヲ為シタルトキ」には夫が(2号),「夫カ姦淫罪ニ因リテ刑ニ処セラレタルトキ」には妻が(3号)離婚の訴えを提起することができるものと規定していました。

 昭和22年法律第124号により19471115日から削除される前の我が刑法183条は次のとおり。人妻でなければよかったようです。したがって,ナポレオンの民法典が気にしたようには妻妾同居は問題にならなかったようです。

 

 第183条 有夫ノ婦姦通シタルトキハ2年以下ノ懲役ニ処ス其相姦シタル者亦同シ

  前項ノ罪ハ本夫ノ告訴ヲ待テ之ヲ論ス但本夫姦通ヲ縦容シタルトキハ告訴ノ効ナシ

 

 ところで,民法の旧813条3号及び刑法旧183条並びにそれぞれの改正日付だけを見ると,19471115日から同年1231日までは,夫はいくら姦通をしても妻から離婚の訴えを提起されることはなかったようにも思われるのでドキドキしますが,その辺は大丈夫でした。昭和22年法律第74号(「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」は件名)によって,日本国憲法施行の日(1947年5月3日)から19471231日までは(同法附則),「配偶者の一方に著しい不貞の行為があつたときは,他の一方は,これを原因として離婚の訴を提起することができる。」とされていました(同法5条3項)。なお,ここでの「著しい不貞の行為」の意味は,「姦通も場合によっては著しい不貞の行為とならず,また反対に,姦通まで至らなくとも場合によっては著しい不貞の行為となりうるという趣旨であった,と解するのが正しいであろう。」とされています(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)176頁注1)。

 それでは,ポンペイヤとクロディウスとの関係が,1回限りの過ちであった場合はどうでしょうか。

 

 ・・・実際の離婚訴訟では,原告はさまざまの事実を併せて主張するのが普通であり,裁判所も,1度の性交渉が証明されただけで離婚を認めることはまずない。しかし,ときには被告が,性交渉の事実を認めながらも,それは「一時の浮気」にすぎないとか,「酔余の戯れ」でしかないといった抗弁を出すことがあり,下級審判例の中には,2ヵ月に及ぶ異性関係を「一時の迷と考えられぬことはない」として,不貞行為の成立を否定した例もある(名古屋地判昭26627下民集26824)。しかし,一時的な関係は不貞ではないとの解釈は無理であり,学説は一般に,不貞行為にあたると解している・・・(阿部徹360頁)

 

これによれば,学説では,1度限りの姦通でもやはり不貞行為になるということのようです。「離婚請求の最低線」(「裁判官の自由裁量の余地なく,必ず離婚が認められるという保障」(我妻121122頁参照))を維持するためにこそ,学説は,「不貞な行為」を「姦通(性交関係)に限ると解したい。」としています(我妻171頁)。「例えば,夫に不貞の行為があった場合にも,裁判官の裁量によって離婚の請求を棄却することができるとすることは,妻の離婚請求の最低線を崩すことになって不当ではないか。」というわけです(我妻124頁)。

「姦通の事実がある場合にも離婚の請求を認めないのは,〔民法770条〕2項〔「裁判所は,前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる。」〕の適用に限る。」とされ(我妻171頁),「原告が事後的にこれを「宥恕」したとか,異性関係を知りつつ黙認していたような場合は本条〔民法770条〕2項の問題になる。」とされています(阿部徹360頁)。

 

3 「婚姻を継続し難い重大な事由」

しかし,カエサルは,法廷において,そもそもポンペイヤとクロディウスとの間に姦通があったとの主張をしていません。(なお,「不貞行為の証明責任は〔離婚を求める〕原告側にあ」ります(阿部徹363頁)。)

そうであれば,カエサルは,我が民法でいえば第770条1項5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」があるものとしてポンペイヤと離婚したものでしょうか。「厳格な意味で姦通といえない場合(肉体的関係の存在までは立証されない場合)・・・などにも,それらの事由によって婚姻が明らかに破綻しているときは,この〔民法770条1項5号の〕重大な事由にあたる。」とされています(我妻174頁)。ちなみに,「婚姻を継続し難い重大な事由」とは,「一般に,婚姻関係が深刻に破綻し,婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがない場合をいうもの」と解されています(阿部徹375頁)。(なお,婚姻を継続し難い重大な事由存在の「証明責任は〔離婚を求める〕原告にあ」ります(阿部徹382頁)。)

 

 不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)が破綻離婚(770)の一要素として考慮され,結局,離婚が認められるに至る場合も少なくない(・・・東京高判昭37226〔妻の同意のもとでの夫の女性関係〕,名古屋地判昭47229判時67077〔同性愛〕,東京高判昭471130判時68860〔特定の女性を中心とした徹夜麻雀・グループ旅行などの交遊関係を夫が婚姻後も継続〕など)。本条〔民法770条〕1項5号は具体的離婚原因に該当しない場合を包摂する離婚原因であるから,実体法の理論としては,とくに問題はないであろう。(阿部徹366頁)

 

 実際の訴訟では,「不貞行為が認定されることはそれほどないのです。」とされています(阿部潤「「離婚原因」について」『平成17年度専門弁護士養成連続講座・家族法』(東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編,商事法務・2007年)16頁)。「もちろん,被告が不貞の事実を認めている場合は認定します。また,絶対的な証拠がある場合にも認定します。」とは裁判官の発言ですが,「しかし,多くの場合には,怪しいという程度にとどまるのです。」ということのようです(阿部潤16頁)。

 そこで,民法770条1項5号が登場します。「離婚訴訟を認容するには,不貞行為の存在は必要条件ではありません。婚姻が破綻していれば,不貞行為が認定できなくても,離婚請求は認容されます。例えば,婚姻関係にありながら,正当化されない親密な交際の事実が立証できれば十分です。」ということになるわけです(阿部潤16頁)。民法770条1項1号ばかりが念頭にあると,「親密な交際の事実を認めながら,性的関係はないので,離婚原因はないとの答弁をする場合がありますが,これは正しくはありません(これまた,弁護士が被告代理人となっていながら,このような答弁書が多いのです)。」ということになってしまいます(阿部潤1617頁)。他方,同項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由があるかどうかという観点」からは,「夫が妻以外の女性と,複数回,ラブホテルに宿泊」した場合には,被告である夫がいくら「性的関係をもたなかった」と主張しても,「すでに,自白が成立しているようなもの」だとされてしまうわけです(阿部潤17頁)。

 なお,不貞行為の立証のための証拠収集作業としては,「不貞行為の相手の住民票及び戸籍謄本の徴求,写真,録音テープ,メールの保存,携帯電話の受信・着信履歴の保存,クレジットカードの利用明細書の収集等」及び「興信所による素行調査報告書」が挙げられています(東京弁護士会法友全期会家族法研究会編『離婚・離縁事件実務マニュアル(改訂版)』(ぎょうせい・2008年)87頁)。「夫と交際相手の女性との間の不貞行為について争われた事案において,妻や娘等が夫を尾行して見た夫と交際相手の女性との行動,交際相手の女性のことで夫と妻が争っている際の夫の妻に対する発言内容,盗聴によって録音された夫と交際相手の女性との電話での会話内容などから,夫の不貞行為の存在を推定できるとした裁判例がある(水戸地判平成3年1月・・・)。」とされていますが,「収集方法によってはプライバシーの侵害,違法収集証拠性が問題となる」のはもちろんです(東京弁護士会法友全期会家族法研究会8788頁)。

 

4 ローマの離婚

 古代ローマの離婚制度に関しては,初代王ロムルスについて次のように伝えられています。

 

 ・・・ロームルスは尚幾つかの法律を定めた。その中でも烈しいのは,妻が夫を見棄てることを禁じながら,毒を盛つたり代りの子供をそつと連れて来たり鍵を偽造したり姦通する妻を追ひ出すことを認めた法律である。但し他の理由で妻を離別した夫の財産は一部分妻のものとして残りをケレース(収穫の女神)に献ぜさせ,その夫は地下の神々に犠牲を供へるやうに命じてゐる。・・・(『プルターク英雄伝』「ロームルス」22(河野・岩波文庫))

 

離婚貧乏ですね。

なお,古代アテネの法におけると同様,古代ローマの女性も,夫を離別する権利を保持していたとされています(De l’Espris des lois, Livre XVI, Chapitre XVI)。「合意による離婚の自由は,婚姻自由に対応するものとして,少なくとも古典期末までは不可侵とされてい」ました(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法―ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)146頁)。「というのは,妻又は夫がそれぞれ離別権を有する以上,両者は協議により,すなわち合意によって別れることができることはもちろんのことであったのである。」というわけです(De l’Espris des lois, Livre XVI, Chapitre XVI)。

ここで,divorcerépudiationとの意味は異なるとされています。同じ離婚の結果を生ずるとしても,前者は配偶者両者の合意によるもの,後者は配偶者の一方のみの意思によるものとされています(De l’Espris des lois, Livre XVI, Chapitre XV)。カエサルとポンペイヤとの離婚はどちらだったのでしょうか。スエトニウスは,divortium facereであったとしつつ(Divus Julius 6),法廷ではカエサルはなぜポンペイヤをrepudiareしたのかと訊問されたと伝えています(Divus Julius 74)。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 「悪法」たちの廃止

 先の大戦下の我が国民経済の運行に多大の影響を与えたお騒がせ法律である輸出入品等に関する臨時措置に関する法律(昭和12年法律第92)は,昭和20年法律第49号によって,1946116日に廃止されました。また,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の兄弟分である国家総動員法は,昭和20年法律第44号によって194641日から廃止されています。

 国家総動員法とは「悪法」仲間であった治安維持法(長尾龍一「二つの「悪法」」ジュリ769号参照)は,「聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為」ということで,昭和20年勅令第542号に基づくポツダム勅令である昭和20年勅令第575号によって,帝国議会の協賛を経ずに19451015日に廃止されています。GHQに目をつけられてポツダム命令でばっさり廃止された治安維持法に比べれば,帝国議会の協賛を経た法律による廃止といういわばノーマルな終わり方をした国家総動員法や輸出入品等に関する臨時措置に関する法律は,同じ「悪法」といっても,治安維持法に比べれば罪が軽かったということでしょうか。国家総動員法に基づいて統制経済の運行に携わっている企画院内の「赤を潰す」ために,1941年の企画院事件では治安維持法が発動されたところですが,「悪法」同士のこのけんかにおいては,歴史の発展法則に照らして実は国家総動員法側に理があった,ということになるわけなのでしょう。


2 昭和20年法律第49号と昭和12年法律第92 

 輸出入品等に関する臨時措置に関する法律等を廃止した昭和20年法律第49号の本文及び附則(本文には条は無いのに,附則は12条ありました。)の第1条は,次のとおりです。



法律第
49

左ノ法律ハ之ヲ廃止ス

 石油業法

 自動車製造事業法

 人造石油製造事業法

 製鉄事業法

 工作機械製造事業法

 航空機製造事業法

 軽金属製造事業法

 有機合成事業法

 重要機械製造事業法

 石油専売法

 戦時行政特例法

 軍需会社法

 昭和12年法律第92

 昭和17年法律第15

   附 則

1条本法施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム


 自省の権限の確保拡大を大切にする商工官僚ならば,「ああ,せっかくの業法たちが,わが省の権限が・・・ああ,もったいないもったいない」と涙が出たであろう法律ですね,昭和20年法律第49号は。


3 法令の題名と件名

 ところで,昭和20年法律第49号の本文では,廃止される法律として,「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」が挙げられていません。代わりに無愛想に「昭和12年法律第92」とのみ掲げられています。これは一体どうしたわけでしょう。

 実は,昭和12年法律第92号には,その固有の呼び名である「題名」が付けられていなかったのです。題名のない法律だったのです。


(1)題名

 法令の題名は,その法令に固有のものであり,かつ,その法令の一部を成します(前田正道編『ワークブック法制執務<全訂>』(ぎょうせい・1982年)131-132)。そして「現在では,法令には,原則として題名が付けられることとなっており,少なくとも,法律及び政令には,すべて題名が付けられている」のですが,「昭和22年ごろまでは,法律においても,題名が付けられるものと付けられないものとがあり,重要な法令は別として,既存の法令の一部を改正する法令,一時的な問題を処理するために制定される法令,内容の比較的重要でない法令,簡潔な題名を付けることが困難な法令等については,むしろ題名が付けられないのが通例」でした(前田・前掲121頁)。昭和12年法律第92号はその一例ですし,また,昭和20年法律第49号も同様です。

 昭和12年法律第92号の場合は,「一時的な問題を処理するために制定される法令」だから,あえて正式に題名を付けなかったということであるように思われます。それとも,「物品需給関係調整法」などというように,がんばって簡潔に名前を付けると,経済統制色(「色」ということになるのでしょうか。)がはっきりし過ぎて角が立つと心配されたのでしょうか。


(2)件名

 では,昭和12年法律第92号の呼び名とされている「輸出入品等に関する臨時措置に関する法律」とは,その題名でないのならば何なのだ,ということになりますが,これは「件名」であるということになります。

 件名とは,「題名の付いていない法令については,その法令の公布文に引用されている字句をもって,その法令の同一性を表す名称としている」ところの「その法令についての便宜的な呼び名」のことです(前田・前掲131頁)。

 なお「公布文」とは,「公布者の意思を表明する文書をいい,公布文は,公布される法令の冒頭に付けられ」ますが,その「法令の一部を成すものではない」ものです(前田・前掲20頁)。公布文は,大日本帝国憲法下の公式令(明治40年勅令第6号)における「上諭」に相当します(法律について同令6条。裁可も含まれるから,単なる「公布」文ではない。)。

 昭和12年法律第92号に付された昭和天皇の上諭に「輸出入品等ニ関スル臨時措置ニ関スル法律」という字句が引用されていたので,当該字句が同法の同一性を表す便宜的な名称たる件名となったわけです。(昭和20年法律第49号の場合は,「石油業法外十三法律廃止法律」が件名。

 しかし,通常の六法では,法令の名称が題名なのか件名なのかが分からないように編集されてしまっていますね。

 件名しかない法令を他の法令において引用する場合,昭和20年法律第49号においては法令番号だけで引用されていましたが,「最近では,題名と同じように取り扱って,まず件名を掲げ,その下にその法令番号を括弧書きすることとされてい」ます(前田・前掲131頁)。しかしながら,件名はその法令の固有の名称ではありませんから,「題名を引用する場合と異なり,いわゆる地の文章に従って,片仮名書き・文語体の法令に引用するときは片仮名書き・文語体で,また平仮名書き・口語体の法令に引用するときは当該件名が片仮名書き・文語体であっても平仮名書き・口語体で引用してもよいこととされ,更に,件名に常用漢字でない漢字が用いられているときは,その字を平仮名書きにすることも許され」,また,「法令の内容が改正されることによって当初の公布文に書かれたところと異なることとなったときは,改正後の内容に即した件名を付けることができる」こととされています(前田・前掲132頁)。

 平仮名書きの刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)603項を見ると,片仮名書きの件名である「暴力行為等処罰ニ関スル法律」及び「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」が,それぞれ「暴力行為等処罰に関する法律」及び「経済関係罰則の整備に関する法律」と平仮名書きになっています。


4 昭和22年法律第54号と名のはなし


(1)題名の無い昭和22年法律第54号と橋本龍伍

 さて,題名の無い法律でありながら有名な法律として,占領下に制定施行された昭和22年法律第54号があります。大日本帝国憲法下最後の第92回帝国議会の終盤においてあわただしく協賛され,1947412日に昭和天皇によって裁可されて成立,同月14日に公布されたものです。

 同法の法案作成の中心人物は,経済安定本部にいた後の厚生大臣・文部大臣である橋本龍伍。元内閣総理大臣であった龍太郎及び元高知県知事である大二郎の兄弟の父親です。

 自分の息子には「龍太郎」・「大二郎」という立派な名前をつけておきながら,大二郎(1947112日生まれ)と同年生まれの昭和22年法律第54号には,橋本龍伍(又は関係者)はなぜ正式に題名を付さなかったのでしょうか。

 全くの新規立法である昭和22年法律第54号は「既存の法令の一部を改正する法令」ではないですし,有名な法律であって「内容の比較的重要でない法令」ではもちろんないわけですから,①「一時的な問題を処理するために制定される法令」であること,②「簡潔な題名を付けることが困難な法令」であること又は③その他(「等」)のいずれかの理由により,題名が付されないことになったようです(前田・前掲121頁参照)。①「まぁ,今のところは長い物に巻かれてアメリカさんのこの妙な気まぐれに付き合ってやるかぁ。いずれにせよ,占領がいつまでも続くものじゃないからね。」と考えられていたのか,②「アメリカさんの考え方は,日本の法律家・行政官には理解が難しいよなぁ。英米法系と大陸法系との違いってやつかな。法案は作らされたものの,自分でもこの法案は何だかよく分からん。統制経済で忙しいし。簡潔でいい題名が付けられん。」という状態だったものか,それとも③単に「ま,題名が無くてもいっか。」ということだったのか。立案担当者の間においてすら無理解があったのか,無関心があったのか。いずれにせよ法律にとっては余り幸せなことではありません。重要な大法律であるぞと名乗ろうにも,正式な題名が無いというのでは,ちょっと肩身が狭いでしょう。


(2)親の命名権と子の名を有する権利

 なお,親の「命名権」については,いわゆる「悪魔」ちゃん命名事件に係る東京家庭裁判所八王子支部平成6131日審判(判時148656頁)は,「出生子の命名権の本質については,①親権の一部であり,親は自由に子の名を選択し,命名できる,と解する説と,②子自身の固有の権利であるが,子はその権利を行使できないので,親が子のために事務管理的にこれを代理行使するに過ぎない,との説があるが,何れにしても民法13項により,命名権の濫用と見られるようなその行使は許されない。」と述べています(「悪魔」と命名するのは命名権の濫用であって,出生届の不受理が可能であるとした。ちなみに,谷口知平教授は,「名は出生届に際して附せられる,之を附する権利義務を誰が有するかは明かでない・・・法務当局の見解では従来の慣習に従い命名権者の範囲,順位が定まるとし,大体父・母を考える如くである(大正3年12月9日民1684号法務局長回答)。子を創造した者がそれを命名する権利義務があるともいえよう。併し人は人格権の一内容として自らの呼称を選定する権利ありともいいう」ると述べていました(同『戸籍法』(有斐閣・1957年)77頁)。)。しかしこれは命名権が行使される場合のその限界について論じているのであって,命名権が行使されない場合(名未定の出生届)にどうするかはまた別の問題のようです(なお,棄児については市町村長が氏名をつけます(戸籍法57条2項)。)。

 ところで,児童の権利に関する条約71項は「・・・児童は,出生の時から氏名を有する権利・・・を有するものとし・・・」と訳されていますが,「出生の時から氏名を有する権利を有する」は,正文の英語では"shall have the right from birth to a name",フランス語では"a dès celle-ci sa naissancele droit à un nom"となっていて,必ずしもfamily namepersonal namenom de familleprénomとがそろっていなければならないというわけではなさそうです。歴史的には,正式な個人名が無くとも何とかやってはいけるようで,例えば,古代ローマの女性には個人名がつけられず,通常は氏族名(nomen gentile)だけで呼ばれていました。ユリアは個人名ではなく,ユリウス一族の女の意味であり,オクタウィアはオクタウィウス一族の女という意味です。さらにいえば,個人名がつけられる場合でも,西洋では親子で同じ名前をつけてしまったりしますね。アメリカ合衆国の先代大統領の名は,その父である第41代大統領と同じくGeorgeです。ブッシュ家では,バーバラ夫人が"George!"と呼ぶと,夫と長男とが同時に「はいっ」と反応したものか。

 これに対して,我が国では,子に親の名と同一の字で構成される名をつけることは,振り仮名をつけて読み方を変えても,「特定(識別)の困難」をもたらすものであってその出生届は戸籍法に反する違法なものになり,当該出生届の不受理は正当であるとされています(名古屋高決昭和38119判時36152。母「伸子」で,長女に「伸子しんこ」と命名した事案)。

 ちなみに,「悪魔」どころか,我が国の王朝貴族の女性の名前には「くそ(屎)」というのがあったようです。「源つくるが女(むすめ)」とされています。古今和歌集の1054番の歌の作者です。



    いとこなりける男によそへて人のいひければ    くそ

よそながらわが身にいとのよるといへばたいつはりにすぐばかりなり

 歌の趣旨は,いの字とばかりいちゃついて不当に他の人を差別的に取り扱っているものではありませんから御調査は無用です,ということでしょうか。


(3)昭和22年法律第54号の件名

 昭和22年法律第54号の件名は,無論「くそ法」というようなものではありません。上諭に基づくその件名は,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。(なお,昭和22年法律第54号においては,上諭及び法令番号の次に,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律目次」が冒頭に来る目次が付されていますが,当時は目次の冒頭は単なる「目次」ではなく,「刑事訴訟法目次」のように表記されたもののようです。刑事訴訟法の場合は,当該目次の次に「刑事訴訟法」という題名がしっかり掲げられていますが,昭和22年法律第54号においては当該題名部分に題名は掲げられておらず,いきなり「第1章 総則」が始まっています。)

 「題名のない法令は,改正の機会に,なるべく適当な題名を付けるように取り扱われている」そうですが(前田・前掲355頁),昭和22年法律第54号にはいまだに題名が付されていないのはなぜでしょうか。改めて題名を付するとなると,同法に対する様々な思い入れが未成熟なまま噴出し,議論が沸騰して収拾がつかなくなるおそれがあるからでしょうか。それともそもそも,いわゆる経済法ないしは競争法のアカデミズムにおいて,高尚ならざる法制執務的なこのような細かい実務問題には関心が払われていないからでしょうか。

 某立派な先生が最近書かれた独占禁止法の本の初版で「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は昭和22年法律第54号の「題名」であるとの記述を見て,おっ,と思ったことがあります。ただし,幸いにしてすぐに間違いに気づかれたようで,第2版においては「こっそり」修正がされており,「件名」に差し替えられていましたが。しかしながら,この事例から推すと,専門家を自認する学者の方々でも,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は堂々たる正式な題名であるぞと無邪気に思っておられる先生はまだ多いのではないでしょうか。

補遺:輸出入品等に関する臨時措置に関する法律の裔



 戦後,治安維持法は連合国最高司令官の通達に基づいて廃止され,その適用にあたった思想検察,特高警察関係者は一斉に追放処分に処された。それに対し国家総動員法は,
2012月の第89臨時議会において,法律の形式をもって廃止されたが,その施行は2141日とされ,しかも同法に基づく諸勅令は,「国家総動員法上必要アルトキ」の語を「終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為特ニ必要アルトキ」と読みかえて,更に6ヶ月間効力の延長が認められた。その間にこれらを承継する立法措置が多くとられて,総動員法附属勅令で,実質上は効力の存続を認められたものも多い。戦後復興の必要もまた統制経済を要求したのである。・・・(長尾龍一「帝国憲法と国家総動員法」『思想としての日本憲法史』(信山社・1997年)151頁)


 兄弟分の国家総動員法と同様,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律も,その姿を変えつつ,その実質をなおも我が法体系中に存置させていました。同法を廃止した昭和20年法律第49号の附則91項は次のように規定していました。



本法施行ノ際現ニ存スル昭和
12年法律第92号ニ基ク命令又ハ処分ニ付テハ本法施行後6月ヲ限リ旧法ハ仍其ノ効力ヲ有ス此ノ場合ニ於テハ大東亜戦争ニ関聯シ国民経済ノ運行ヲ確保スル為トアルハ終戦後ノ事態ニ対処シ国民生活ノ維持及安定ヲ図ル為トス

 6箇月の執行猶予です。

 更に1946101日,臨時物資需給調整法(昭和21年法律第32号)が公布され,即日施行されました(同法附則1項)。

 同法の第11項及び第4条は,次のとおり。



1 主務大臣は,産業の回復及び振興に関し,経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために,左に掲げる事項に関して,必要な命令をなすことができる。

一 経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給

二 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の使用の制限又は禁止

三 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の生産(加工及び修理を含む。以下同じ。)若しくは出荷若しくは工事の施行又は物資の生産若しくは出荷若しくは工事の制限若しくは禁止

四 経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資又は遊休設備の譲渡,引渡又は貸与


第4条 第1条第1項の規定による命令に違反した者は,これを10年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

 前項の罪を犯した者には,情状により,懲役及び罰金を併科することができる。

 

 この第4条の罰則は,昭和16年改正後の輸出入品等に関する臨時措置に関する法律5条の罰則よりも重い刑が定められています(7年以下→10年以下,5万円以下→10万円以下)。

 堂々と「臨時物資需給調整法」という題名が付されていますから,森田福市衆議院議員であっても,輸出入品等に関する臨時措置に関する法律のときのように,看板に偽りありと批判はできなかったでしょう。

 ただし,森田福市は,前年194586日の原子爆弾の広島投下を受けて既に死去していました。

 なお,臨時物資需給調整法の上諭に農林大臣として副署したのは,企画院事件でひっぱられた和田博雄でした。他方,「を潰すこと一点張り」だった平沼騏一郎が,今や戦争犯罪人でひっぱられていました。

 臨時物資需給調整法は,「昭和2341日又は経済安定本部の廃止の時の何れか早い時に,その効力を失ふ。」とされていましたが(附則2項),毎年1年づつ失効が先延ばしされ(昭和23年法律第16号,昭和24年法律第21号,昭和25年法律第55号,昭和26年法律第74号),失効となったのは,195241日でした。

 統制経済は,いったん始めるとやめられなくなるのでしょうか。

 臨時物資需給調整法からバトンを引き継いだのが,今度は国際的供給不足物資等の需給調整に関する臨時措置に関する法律(昭和27年法律第23号)です。195241日から施行(同法附則1項)されました。これもまた,当初195341日に失効の予定が(同附則2項),順次195361日,195441日,195541日へと失効日が先送りになりました(昭和28年法律第24号,昭和28年法律第44号,昭和29年法律第23号)。

 何やら,今年こそは(今年度こそは)統制経済と別れます,と毎年決意を新たにしつつも,結局目標が達成できずに翌年なっても同様に,今年こそは(今年度こそは),と同じ望みへの再挑戦を誓い,かつ,1年の猶予を乞うということの繰り返しでしたね。人間的ではあります。



  少々遅れましたが,明けましておめでとうございます。

 今年の初記事です

 また長々しいものになってしまいました。しかし,あえて開き直ってしまえば,生産性の高い一年の幕開けにふさわしい,ということではありましょう。


1 はじめに

 大陸軍(ダイリクグン)をもってヨーロッパを席捲したフランス皇帝ナポレオン1世(1769815日生まれ,18215551歳で没)には,複数の子どもがあったと伝えられています。(他方,大西洋の彼方のタイリクグンを率い,後にナポレオンの仇敵となるイギリスを相手に独立戦争を戦ったアメリカ合衆国のワシントン大統領には子どもは生まれませんでした。)

 公式には,皇后ジョゼフィーヌとの離婚後1810年に再婚したオーストリア皇女マリー・ルイーズとの間に生まれた夭折の嫡男ナポレオン2世(ローマ王,ライヒシュタット公。1811320日生まれ,183272221歳で没)の存在が認められているだけです。しかしながら,ナポレオンには,その他幾人かの「隠し子」があったところです。

 これらの子どもとナポレオンとの「父子」関係を,ナポレオンが自らの名の下に公布した1804年のフランス民法典(以下「ナポレオンの民法典」)を仏和辞書片手に参照しつつ,見てみることとしましょう。フランス法については門外漢であるとはいえ,ナポレオンの民法典における具体的な規定が,その後ヨーロッパ大陸法を継受して形成された我が国の民法の関係諸制度にどのような影響を与えているのかは,日本の法律家として,いささか興味のあるところです。

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立法者ナポレオン,Hôtel des Invalides, Paris

(ナポレオンの右手は「ローマ法/ユスティニアヌスの法学提要」を,左手は「ナポレオン法典/万人に平等かつ理解可能な正義」を指す。足下の言葉は「私の一箇の法典が,その簡明さによって,先行するすべての法律の総体よりも多大な福祉をフランスにもたらした。」)



2 実子かつナポレオンの嫡出子:ナポレオン2世 

 まず,ナポレオン2世。

 ナポレオン2世には,ナポレオンの民法典の「第1編 人事」,「第7章 父性(paternité)及び親子関係(filiation)」,「第1節 嫡出ないしは婚内子(enfans légitimes ou nés dans le mariage)の親子関係」(第312条から第318条まで)における次の規定がそのまま適用になります。



3121

 婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。

L'enfant conçu pendant le mariage, a pour père le mari.


 これは,我が民法7721項が「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。」として,慎重な規定ぶりになっているのと比べると,子を主語とした,堂々たる原則宣言規定になっています。

 (なお,我が民法の規定からは,嫡出子は妻と「夫との性的交渉によって懐胎された子でなければならない」(我妻栄『親族法』(1961年)214頁)のが原則であるということになるようです。これに対して,「嫡出親子関係に関する限り,フランス法の出発点は『人為』にあり,『自然』は『人為』の枠の中で一定の役割を占めるに過ぎない」とされています(大村敦志『フランス民法―日本における研究状況』96頁)。ちなみに,明治23年法律第98号として公布されながら施行されないまま廃止された旧民法人事編911項は,ナポレオンの民法典3121項と同様「婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子トス」と規定していました。)

 ナポレオンとマリー・ルイーズとのパリでの結婚式は18104月のことだったそうですから,マリー・ルイーズがナポレオンとの婚姻中にナポレオン2世を懐胎したことについては問題はありません(妊娠期間はおおよそ9箇月)。2世は,1世の嫡出の子です。

 なお,わが民法7722項の「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。」との規定に対応する規定は,ナポレオンの民法典では次のようになっています。



314

 婚姻から180日目より前に生まれた子は,次の各場合には,夫によって否認され得ない。第1,同人が婚姻前に妊娠を知っていた場合,第2,同人が出生証書に関与し(s'il a assisté à l'acte de naissance),かつ,当該証書が同人によって署名され,又は署名することができない旨の同人の宣言が記されている場合,第3,子が生育力あるもの(viable)と認められない場合。


315

 婚姻の解消から300日後に生まれた子の嫡出性は,争うことができる。


 なお,l'acte de naissance「出生証書」ではなく,「出生届」としたくもなったところですが,我が旧民法の規定から推すに,同法の母法国であるフランスにおいては,出生の届出があると証書(acte)が身分取扱吏の関与の下で作られるとともに,身分登録簿(le registre de l'état civil)に登録(inscrire)されていたもののようです。すなわち,旧民法によれば,出生があれば「届出」がされ(旧民法人事編95条,99条参照),当該「出生・・・ハ身分取扱吏ノ主管スル帳簿ニ之ヲ記載ス可」きものであるところ(同289条),その「帳簿ニ記載シタル証書ハ公正証書ノ証拠力ヲ有」するものとされ(同2901項本文),また,「身分取扱吏ノ詐欺若クハ過失ニ因リテ証書ヲ作ラサリシトキ」があるもの(同291条)とされている一方,本人は,出生証書を婚姻等の場合に提出すべきものとされていたところです(同441号等)。


3 実子であるが他の男性の嫡出子:アレクサンドル及びジョゼフィーヌ


(1)アレクサンドル・ヴァレウスキ伯爵

 ナポレオンの隠し子で最も有名なのは,ポーランド生まれで,後にナポレオン3世の政府の外務大臣にもなったアレクサンドル・ヴァレウスキ伯爵(181054日生まれ)でしょう。甥の3世よりも息子の方が当然1世によく似ているので,ヴァレウスキ家の外務大臣がボナパルト家の皇帝と勘違いされることも間々あったとか。ちなみに,1858年の日仏修好通商条約の締結は,アレクサンドル・ヴァレウスキ外務大臣時代の出来事です。

 さて,アレクサンドルの母親は,マリア・ヴァレウスカ。しかし,マリアは,1807年の初めポーランドでナポレオンに出会った当時既に,同地の貴族であるヴァレウスキ伯爵の妻でした。すなわち,アレクサンドルは,母マリアとヴァレウスキ伯爵との婚姻中に懐胎された子です。

 アレクサンドルが生まれた当時のポーランド(ワルシャワ大公国)における民法がどのようなものであったかはつまびらかにできないのですが,ナポレオンの民法典に則って考えると,前記3121項(同項の原則によれば,アレクサンドルの父は母の夫であるヴァレウスキ伯爵になる。)のほか次の条項が問題になります。



3122

 しかしながら,夫は,子の出生前300日目から同じく180日目までの期間において,遠隔地にいたこと(éloignement)により,又は何らかの事故により(par l'effet de quelque accident),その妻と同棲(cohabiter)することが物理的に不可能であったこと(l'impossibilité physique)を証明した場合には,その子を否認することができる。


313

 夫は,自己の性的不能(son impuissance naturelle)を理由として,子を否認することはできない。夫は,同人に子の出生が隠避された場合を除き(à moins que la naissance ne lui ait été cachée),妻の不倫を理由としても(même pour cause d'adultère)その子を否認することはできない。ただし,上記の場合においては,夫は,その子の父ではないことを理由づけるために適当なすべての事実を主張することが許される。


316

 夫が異議を主張(réclamer)することが認められる場合には,同人がその子の出生の場所にあるときは(s'il se trouve sur le lieux de la naissance de l'enfant),1箇月以内にしなければならない。

 出生時に不在であったときは,帰還後2箇月以内にしなければならない。

 同人にその子の出生が隠避されていたときは,欺罔の発見後2箇月以内にしなければならない。


 ヴァレウスキ伯爵がアレクサンドルの嫡出を否認することができた場合(アレクサンドルの出生は伯爵に隠避されていなかったようですから,ナポレオンの民法典313条ではなく3122項が問題になるのでしょう。また,マリア夫人は長くポーランドの家を離れてナポレオンと一緒にいたようです。)であっても,最短では, 181064日までに否認しなかったのであれば(同法典3161項参照),ことさら「認知」をするまでもなく,アレクサンドルの父はヴァレウスキ伯爵であると確定したわけです。


(2)モントロン伯爵令嬢ジョゼフィーヌ

 ナポレオンは,皇帝退位後も,別の機会に人妻に子を産ませています。

 1815年にセント・ヘレナ島に流されたナポレオンに,同島においてなおも仕えた側近の中に,モントロン伯爵夫妻がありました。その間無聊をかこつナポレオンとモントロン伯爵夫人との間には,一人の女児が生まれています。しかし,幼女ジョゼフィーヌ(1818126日生まれ,1819930日没)の父が,ナポレオンの民法典によれば,母の夫であるモントロン伯爵であることは,動かせないでしょう。

 すなわち,ジョゼフィーヌの出生はモントロン伯爵に隠避されていたわけではなく(ナポレオンの民法典313条参照),モントロン伯爵夫妻はどちらも狭いセント・ヘレナ島で生活していたのですから,「同棲することが物理的に不可能であった」わけでもないところです(同法典3122項参照)。したがって,夫であるモントロン伯爵による否認はできず,「婚姻中に懐胎された子は,夫を父とする。」とするナポレオンの民法典第3121項の原則が貫徹するのでしょう。


4 実子であるが「父が不在である子」:シャルル・レオン

 180612月(出生日は,インターネット上では,13日,15日等あって十分一定していません。)にエレオノール・ドゥニュエルから生まれたシャルル・レオンの場合は,法律の適用関係がどうなっていたのかまた難しいところです(なお,Léonというのは,Napoléonの最後の4文字ですね。。シャルル・レオンの身分登録簿には,母はエレオノール・ドゥニュエルであるが,父は不在(absent)として登録されていた(officiellement inscrit)とされています(La Fondation NapoléonのサイトにあるHenri Ramé氏による記事)。


(1)母の前夫の嫡出子とされる可能性

 ところで,実は,エレオノール・ドゥニュエルは1806429日に離婚が成立するまでは,ルヴェルという男の妻であったところです。

 通常の妊娠期間の長さから考えると,ルヴェルとの離婚の前にシャルル・レオンが懐胎されたのでしょうから,前記のとおり,ナポレオンの民法典の第3121項(また,同法典315条参照)によれば,シャルル・レオンはルヴェルの嫡出の子となるのが順当であったところです。どうしたものでしょう。

 とはいえ,実は,シャルル・レオンが懐胎されたころには,母エレオノール・ドゥニュエルの夫であるルヴェルは詐欺罪で収監されていたようですから(夫の収監で困ったエレオノールは,そこで,ナポレオンの妹であるカトリーヌの「朗読係」をすることになっていたわけです。),ナポレオンの民法典3122項に基づき,ルヴェルからシャルル・レオンが子であることを否認することは可能ではあったわけです。しかし,そのような訴訟沙汰が本当にあったものかどうか(なお,ナポレオンの民法典318条によれば,夫が訴訟外で子の否認をしても,1箇月内に訴え(une action en justice)を提起しなければ効力のないものとされています。)。いろいろと面倒ではなかったでしょうか。


(2)嫡出でない子の場合


ア ナポレオンによる認知に対する障害

 フランスにおける身分登録の手続に関する実際の詳細に立ち入るのはまた大変ですから,取りあえず,シャルル・レオンは,改めてルヴェルの嫡出子とされる可能性はないものと考えましょう。すなわち,シャルル・レオンは,婚姻外(hors mariage)で生まれた,嫡出でない子(enfant naturel)であるものとしましょう。

 その場合,ナポレオンによるシャルル・レオンの認知のいかんが次の問題になります。

 ナポレオンの民法典第1編第7章の「第3節 嫡出でない子」,「第2款 嫡出でない子の認知」(第334条から第342条まで)における第334条は,認知の手続について次のように規定しています。



334

 嫡出でない子の認知は,その出生証書においてされていなかった場合は,公署証書によって(par un acte authentique)されるものとする。


 一見単純です。しかしながら,1806年当時,ナポレオンにはジョゼフィーヌという正妻がいたところです。したがって,ナポレオンの民法典の次の条項の存在は,ナポレオンによるシャルル・レオンの認知の障害となったものでしょう。

 


335

 近親間又は不倫の関係から生まれた子(enfans nés d'un commerce incestueux ou adultérin)のためには,認知をすることができない。


 さすがに,皇帝陛下の不倫行為を示唆してしまうような身分登録はまずかったわけでしょう。


イ 「父の捜索」の否定

 同様に,エレオノール・ドゥニュエルの子であるシャルル・レオンから,ジョゼフィーヌという正妻のいるナポレオンに対して認知を求めることもできなかったところです。ナポレオンの民法典の次の条項は,このことを明らかにしています。



342

 第335条により認知が許されない場合においては,子は,父の捜索をすることも母の捜索をすることも許されない。


 ちなみに,母子関係は母の認知をまたず分娩の事実によって発生するとするのが我が国の判例(最判昭37427民集1671247)ですが,これに対して,民法の条文の文言どおり母の認知を要するものとする谷口知平教授の説は「母の姦通の子や未婚の子が虚偽の届出または棄児として,身分をかくそうとしている場合に,第三者から出生の秘密をあばくことは許さるべきではない。子の朗らかな成人のためにその意思を尊重し,母または子のいずれかの発意と希望があるときにのみ母子関係を認むべきだ」ということを実質的な根拠の一つとしているものとされているところ,当該谷口説を,我妻教授は,「虚偽の出生届を公認してまで,人情を尊重すべしとの立場には賛成しえない」,谷口「教授の懸念されることは,社会教育その他の手段によって解消すべきもの」と批判していたところです(我妻『親族法』248-249頁)。我妻教授は「非嫡出子と母との関係は,その成立についても,成立した関係の内容についても,嫡出子と区別しない,というのが立法の進路であり,その途に横たわる障害については合理性を見出しえない」として,フランス民法よりもドイツ民法・スイス民法(いずれも当時のもの)を評価して(同232頁,234頁)上記判例を先取りする説を唱えていました。

 しかしながら,ナポレオンの民法典については,その第335条との関係からして,「人情」論を別としても,認知を介さずに分娩の事実のみから直ちに母子関係を認めるものとすることに対するためらいが,立法者においてあったのではないでしょうか。

 なお,そもそもナポレオンの民法典340条が,「父の捜索は許さず」の原則を明らかにしていたところです。



340

 父の捜索は禁止される(La recherche de la paternité est interdite.)。かどわかし(enlèvement)の場合においては,当該かどわかしの時期が懐胎の時期と符合するときは,利害関係者の請求により,かどわかしを行った者(ravisseur)を子の父と宣言することができる。


 この規定と「同一」(我妻『親族法』233頁)とされるのが,我が民法施行前の,次に掲げる明治6年太政官21号の布告です(1873118日)。



妻妾ニ非サル婦女ニシテ分娩スル児子ハ一切私生ヲ以テ論シ其婦女ノ引受タルヘキ事

 但男子ヨリ己レノ子ト見留メ候上ハ婦女住所ノ戸長ニ請テ免許ヲ得候者ハ其子其男子ヲ父トスルヲ可得事


 父に対する認知請求権は,フランス革命時代に否定されるに至ったものとされますが,その理由としては,「革命以前にこの請求権が濫用されたこと」のほか,「平等の理想の他に,男女関係において,愛情とそこに向かう意思を尊重した(離婚の自由もそこから出てくる)」フランス革命時代において,「親子関係においても同様に血のつながりでなく,父としての愛情とそのような父になる意思が父子関係の基礎であると考えた」当該時代の法律家の「奇妙な論理」が挙げられています(星野英一『家族法』(1994年)112-113頁)。「通常生理的な父は子に対して愛情を持ち,父となる意思を持つが,そうでない場合には,父たることを強制することはできない」とされたわけです(同)。


(余話として)「司馬遼太郎の『歳月』の謎の読み方」補遺

 なお,明治6年太政官21号の布告は江藤新平司法卿時代のものですが,当該布告では妾(「妻妾」の「妾」)が公認されていたことになります。

 以前御紹介した司馬遼太郎の『歳月』には,江藤司法卿がフランスからの御雇外国人ブスケと「蓄妾問答」を行った場面があり,そこでは,ブスケとの議論に負けて妾の制度を「民法に組み入れる思案をすてた以上,江藤の法家的気分からいえば積極的にこの蓄妾の風を禁止する覚悟をした。上は当然,公卿,旧大名家にまで及ぶことであり,どのような排撃をうけるかわからなかったが,とにかくもここ数年のあいだには断固としてこの禁止を立法化し,違反の者に対しては容赦なく法をもってさばくつもりであった。」と,江藤司法卿の断固たる決意が力強く叙述されています。しかしながら,そもそも当該江藤司法卿の下で,妾の禁止はしないまま,かえってわざわざそれを公認してしまったような形の布告が出されてしまっていたことになります。

 となると,明治6年太政官21号の布告は上記「蓄妾問答」の前に出されたものでしょうか。しかしながら,「父の捜索は許さず」がフランス法由来の原則であるのならば,あえて当該原則を導入しようとする当該布告がフランスの法律家であるブスケの意見を徴さずに制定されたということは考えられにくいところです。『歳月』の描くような「蓄妾問答」がその際されたとなると,江藤新平は,実際には,「妾廃止」という考えに必ずしも小説で描かれているほどには固執していなかったということになるわけで,当該小説から受ける印象とは異なり,意外と妥協的ないしは便宜主義的な人物ということになるのかもしれません。

 井上清教授は,江藤新平の人物について,「本質的に保守官僚主義者であり,急進主義と見えるものは功業欲の発現にすぎない」,「貧窮のなかに成長した秀才官僚型の大物で,立身出世の機を見るに敏」と評しています(『日本の歴史20 明治維新』(中央公論社・1966年)350頁。なお,同書のしおりは,同教授と司馬遼太郎との対談)。


(余話の余話:補遺の補遺)

 江藤新平が妾廃止論者であった証拠としては,「明治五年十一月二十一日,司法卿江藤新平,司法大輔福岡孝悌両人より,「自今妾の名義を廃し,一家一夫一婦と定め度の件」を太政官に建議せり。」という事実があります(石井研堂『明治事物起原Ⅰ』(ちくま学芸文庫・1997年)269頁)。しかしながら,「翌6115なお,明治五年の十二月は2日間しかなかった。,太政官が,「伺の趣,御沙汰に不被及候事」と指令」し,江藤及び福岡の建白は採用されませんでした(石井・前掲270頁)。司法卿及び司法大輔の当該建議が退けられた明治6年(1873115日の3日後に,前記明治6年太政官21号の布告が出ています。なお,この布告は,同月13日の太政官宛て司法省伺が契機となって出されたものです(二宮周平「認知制度は誰のためにあるのか」立命館法学310号(2006年6号)316頁,村上一博「明治6年太政官第21号布告と私生子認知請求」法学論叢67巻2=3号(1995年1月)512頁)。ちなみに,当時戸籍事務を所管していたのは,民部省から当該事務を吸収していた大蔵省であって,司法省ではありませんでした(戸籍事務は,内務省設立以後は内務省に移る。)。江藤とブスケとのせっかくの「蓄妾問答」も,江藤のせっかくの妾廃止の「覚悟」も,政府内において十分かつ決定的な重要性を持ち得なかったということのようです。しかしながらそもそも,明治五年十一月二十一日(なお,村上一博「明治前期における妾と裁判」法律論叢71234頁では,同月二十三日に正院に提出されたとされる。)の妾廃止の建白は,上司である江藤新平と部下である福岡孝悌との連名で提出されています。偉い人とそうでない人との連名文書に係る通常の作成実態からすると,当該文書の実質的作成主体は偉くない方の人であるはずです。となると,妾廃止を言い出した本当の妾廃止論者は福岡孝悌であって,江藤は福岡ほどではなかったかもしれません。


5 実子ではないが「証明されない嫡出子」:アルベルティーヌ及びギヨーム

 以上は,ナポレオンが嫡出子又は隠し子の実父となった場合です。しかし,ナポレオンの「隠し子」というよりはナポレオンに隠された子ということになりますが,ナポレオンの妻がナポレオン以外の者を実父とする子を産んだ場合もあったところです。 


(1)マリー・ルイーズとナイペルク伯爵

 ナポレオンの妻マリー・ルイーズは,実は,ナポレオンの没落後,オーストリア貴族のナイペルク伯爵と愛人関係になってしまい,二人の間には1817年にアルベルティーヌという女児が,1819年にはギヨームという男児が生まれています(名前はここではフランス語読みです。)。

 さて困ったことになりました。1819年には,マリー・ルイーズの夫であるナポレオンはまだセント・ヘレナ島で生きています。マリー・ルイーズが女公となったイタリアのパルマ公国の臣民の手前も問題です。上記の子らをマリー・ルイーズが分娩した事実は,秘密とされることになりました。

 この隠避は少なくともナポレオンに対しては成功し,最期までナポレオンは,前記事情は御存知なかったものと思われます。すなわち,ナポレオンは,1821年に死ぬ前のその遺言で,「私は最愛の妻マリ=ルイーズに満足の意を表したいと常に思っていた。私は最後の瞬間まで妻に対して最もやさしい感情を抱きつづけている。妻に頼む,どうか気を配って,私の息子(mon fils)の子供時代をまだ取りかこんでいる数々の陥穽から私の息子を守ってもらいたい。」(大塚幸男訳『ナポレオン言行録』(岩波文庫)201頁)と述べているからです。当該遺言での「私の息子(mon fils)」は単数形ですので,ナポレオン2世のみを指し,ギヨームは含まれないものでしょう。


(2)否認の不存在

 ナポレオンは大西洋の孤島であるセント・ヘレナ島に流されており,マリー・ルイーズがそこを訪れていないことは明らかですから,ナポレオンは,その民法典の第3122項に基づき,あるいはまた,子の出生が隠避されたことから第313条に基づき,第3121項によって自分の子であるとされているアルベルティーヌ及びギヨームについて,子であることの否認をすることができ,その際その否認は,同法典3163項により「欺罔の発見後2箇月以内」にすべきであったところです。しかしながら,当該否認をしないまま,ナポレオンは死んでしまいました。ナポレオンの民法典第1編第7章「第1節 嫡出ないしは婚内子の親子関係」の規定の建前からすると,ナポレオンの側からの否認(なお,同法典317条は夫の相続人(les héritiers)による否認が認められる場合について規定しています。)がされない以上,パルマのアルベルティーヌ及びギヨームは,ナポレオンの嫡出子であったわけです。


(3)証明の不存在

 しかしながら,ナポレオンとアルベルティーヌ及びギヨームとの父子関係は,ナポレオンの民法典第1編第7章「第2節 嫡出子の親子関係の証明」(第319条から第330条まで)との関係で,証明ができないもの,というのが正確なところであったようです。アルベルティーヌ及びギヨームには,ナポレオンの嫡出子としての出生証書及び身分登録(ナポレオンの民法典319条)も身分占有(同法典320条)もなかったはずだからです。

 アルベルティーヌ及びギヨームにはvon Montenuovo(モンテヌオヴォ)という氏が与えられていたところです(NeippergNeuberg(ドイツ語で「新山」)→Montenuovo(イタリア語で「新山」))。(なお,Wilhelm (ギヨーム)von Montenuovoは,オーストリア帝国のFürst(公爵又は侯爵)となりました。)



319

 嫡出子の親子関係は,身分登録簿(le registre de l'état civil)に登録された出生証書によって証明される。


320

 前条による証書(titre)がないときは,嫡出子身分の継続的占有(la possession constante de l'état d'enfant légitime)による。


322

 何人も,その出生の証書(titre de naissance)及び当該証書に合致する身分の占有によって与えられる身分と異なる身分を主張することはできない。

 また,反対に,何人も,出生の証書に合致する身分を占有している者の身分を争うことはできない。


 無論,身分登録が虚偽の場合については,ナポレオンの民法典3231項は,「・・・又は子が,虚偽の名前で(soit sous de faux noms),若しくは知れない父及び母から生まれたものとして(soit comme né de père et mère inconnus)登録された場合には,親子関係の証明は,証拠によることができる。」と規定していました。民事裁判所(tribunaux civils)のみが管轄を有する事件です(同法典326条)。

 しかしながら,身分登録と異なる親子関係の証明が認められる場合については制限的な規定があったのみならず(ナポレオンの民法典3232項,324条,325条),そもそもアルベルティーヌ及びギヨームが法律上はナポレオンの子であることをわざわざ証明しようとする者はいなかったようです。

 ちなみに,我が旧民法の親子法も「フランス法と同様」に,「証拠法的な色彩を強く帯びていた」ところです(大村『フランス民法』91頁)。

画像 003

ナポレオンの墓,Hôtel des Invalides, Paris



6 おわりに:最高裁判所平成25年12月10日決定

 実は,今回の記事を書くきっかけになったのは,先月出た,我が最高裁判所の平成251210日第三小法廷決定(平成25年(許)第5号戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)でした。次にその一部を掲げます。



「特例法
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号)41項は,性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定している。したがって,特例法31項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも,民法7722項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とするところであるが(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44529日第一小法廷判決・民集2361064頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12314日第三小法廷判決・裁判集民事189497頁参照),性別の取扱いの変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。」


 ナポレオンが現在も生きているものとした場合,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が立法されたこと及び当該法律の第41項に係る最高裁判所の上記解釈についてどのような態度をとるのかは,分かりません。しかしながら,上記決定の引用部分の「もっとも」以下の判示については,ナポレオンは,その民法典の第3122項の規定(我が民法の第772条の推定を実質的に受けない場合に係る判例(特に上記決定において引用されている平成12年最高裁判決参照)のいわゆる外観説に符合)及び第313条の規定(「夫は,自己の性的不能を理由として,子を否認することはできない。」)に照らせば,是認できるものであるとの見解を表明するのではないでしょうか。

 ただし,「最後の瞬間まで・・・最もやさしい感情を抱きつづけてい」た「最愛の妻マリ=ルイーズ」に,アルベルティーヌ及びギヨームという自分のあずかり知らぬ子が生まれていたと知ったならば,嫡出父子関係ないしは嫡出否認の在り方について,改めてその見解に変化を生じさせるかもしれませんが。

 前記最高裁判所平成251210日決定においても,裁判官の意見は32に分かれていました。
(追記:最高裁判所第一小法廷平成26年7月17日判決は,DNA鑑定の結果生物学上は99.99パーセント以上他の男の子であるとされた子であっても,妻が婚姻中に懐胎した子であって嫡出推定が働く以上なお法律上は夫の子である,としました。)


補遺 出生証書に関するナポレオンの民法典の規定(抄)

  「2 実子かつナポレオンの嫡出子:ナポレオン2」の最後の部分で紹介した出生証書に関する旧民法の規定に対応するナポレオンの民法典の規定は,次のとおりです。



55

 出生届(déclarations de naissance)は,分娩から3日以内に(dans les trois jours de l'accouchement),その地の身分取扱吏に対してされるものとし,当該身分取扱吏に子が示されるものとする。


56

 子の出生は,父によって,若しくは父によることができないときは,医師,助産婦,衛生担当吏その他の分娩に立ち会った者によって,又は母がその住所外(hors de son domicile)で分娩した場合においては,分娩がされた場所を管理する者によって,届けられるものとする。

 続いて,2名の証人の立会いの下に,出生証書(l'acte de naissance)が作成されるものとする。


57

 出生証書(l'acte de naissance)には,出生の日,時刻及び場所,子の性別並びにその子に与えられる名,父母の氏名,職業及び住所並びに証人の氏名,職業及び住所が記載されるものとする。


40

 身分証書は,各市町村において,一つ又は複数の登録簿に(sur un ou plusieurs registres tenus doubles)登録されるものとする(seront inscrits)。


70

 身分取扱吏は,これから婚姻しようとする各配偶者の出生証書(l'acte de naissance)を提出させるものとする。同条以下略

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