Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

カテゴリ: 民法

1 墓参り

 特別縁故者に対する相続財産分与審判の手続代理人の仕事(2018年2月25日の当ブログ記事「特別縁故者に対する相続財産分与制度等について」を御参照ください。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1070203577.html)をしていて,亡くなった被相続人の人となり,周囲の人々との交渉等を調べて書面にまとめつつ,筆者はふと,明治・大正の文豪・森鷗外の手になる史伝物を思い出したことでした。筆者は当該手続事件の被相続人の墓にも詣でて調査を行ったのですが,鷗外もその史伝の主人公について同様のことをしています。19151030日(松本清張『両像・森鷗外』(文藝春秋・1994年)147頁参照)におけるその次第は次のとおり。

 

   わたくしは谷中(やなか)感応寺(かんのうじ)に往つて,抽斎の墓を訪ねた。墓は容易(たやす)く見附けられた。南向の本堂の西側に,西に面して立つてゐる。「抽斎澀江君墓碣銘」と云ふ(てん)(がく)も墓誌銘も,皆小島成斎の書である。漁村の文は頗る長い。後に〔抽斎の息子である澀江〕保さんに聞けば,これでも碑が余り大きくなるのを恐れて,割愛して刪除(さんぢよ)したものださうである。〔略〕

   わたくしは自己の敬愛してゐる抽斎と,其尊卑二属とに,香華(かうげ)を手向けて置いて感応寺を出た。(森鷗外『澀江抽斎』(1916年)その八)

 

 当該墓参を,70年後,昭和の文豪・松本清張が自ら再現しています。

 

   本年(昭和60年〔1985年〕)6月2日の午後,私は谷中に行った。感応寺は谷中霊園の南端に相対した西側道路から横通りに入ったところにある。小さな山門に「光照山感応寺」の古い扁額がかかっている。日蓮宗。門を入った正面の本堂は四注造,前に破風造の廂が付いている。墓地は本堂の向かって左側にある。広くない墓地には石塔が密集し,仕切りの各筋の径も人一人がようやく通れるくらいである。私は抽齋墓を容易(たやす)見つけることができず,本堂前に人は居らぬかとさがしたが,そこには小学2,3年生くらいの子供が5,6人遊んでいるだけだった。右側の庫裡(くり)へ行った。私を見て犬がほえた。

   住職は居るか居ないかわからない。私を墓地へ導いたのは14,5くらいの少女だった。

   抽齋墓は本堂西から二筋目を北に入ってすぐだった。(あおぐろ)い墓石は高さ2メートル,横1.5メートル,上がゆるやかな山形をなしている。篆額に当る上部は広く仕切ってそのスペースに「抽齋澀江君墓碣銘」と2行に篆書体文字が彫られてある。したがってその下の墓誌銘は方1メートルの中に長い海保漁村の文が楷書の細字で窮屈そうに埋められている。

   抽齋の墓に詣る人の有無を少女に聞くと,ときたまに人が見えるという。私が墓の形や篆額の文字を書体どおりにノートに写し取っていると,このお墓の方はどういう人ですかと少女はきいた。むかしのえらいお医者さんで学者ですと私は答えた。少女は,そうですか,どうぞごゆっくりと頭をさげて去った。(松本148149頁)

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   〔前略〕〔永井〕荷風ですら〔中略〕谷中感応寺までは足を伸ばしていない。また鷗外研究家諸氏の文章にも抽齋墓を訪ねたとは見えないようである。「鷗外写真アルバム」といった刊行物にも,この墓の写真は載っていない。私が一応満足したのはこうした理由からである。(松本150頁)

 

2 鷗外の史伝

ところで,鷗外の史伝物に対する清張の評言は,なかなか厳しい。1909年の「「半日」は純自然派だが,早くも細君の抗議に遇っている。つづけて書いて発表した「ヰタ〔・セクスアリス〕」は陸軍次官石本新六の戒飭(かいちょく)を受け,雑誌は発禁処分を受けた。どうも自然派は難物である。(松本280頁),「諸事百般の現象はすべて仮象である,それが存在するかのように映っているだけだと「かのやうに」〔1912年〕で遁げようとしても,それも不可能になってきた。天皇制が存在する限り,狭い潜水艦の室内に居るように,ちょっと身動きしただけでも,こっちの角,あっちの角にぶっつかってしまう。」(松本281頁),「歴史小説に筆を取った。が,歴史小説が現代の寓意と取られている以上,これも窮屈を感じてくる。」(松本281頁)という諸々の「危険」を避けつつあった果ての,要は安全な場所での衒学趣味が鷗外の史伝だ,というのです。

 

   官吏の道を踏みはずさないためには,文壇の外に立つことが必要であった。文学を第二義的にする故である。しかし,常に群小の上に聳立(しょうりつ)していなければならない。類なきペダンティックの文学がそれである。

   それは,何の危険物もない考証学者の伝記にとりかかったとき,存分にペダンティックの自由が発揮された。ジェネアロジックの方向というのは,くりかえして云うように,澀江保の「抽齋歿後」によって発想を得たものだが,そうは云わないで,魏収の名を出して,ペダンティックに糊塗するところなどはいかにも鷗外らしいのである。(松本282頁)

 

ここで出て来る魏収は,『角川新字源』によると,「506572。北斉の人。(きょ)鹿(ろく)(河北省)の人。(あざな)は伯起。北魏から北斉に仕え,中書令兼著作郎となり,「魏書」を編集した。」とあります。魏収の「魏書」は南北朝の北魏439年華北統一,534年滅亡)の歴史を記したもので,邪馬台国の「魏志」とは異なります。魏収について鷗外は,次のように述べていました。

 

  わたくしは此叙法〔「一人の事蹟を叙して其死に至つて足れりとせず,其人の裔孫のいかになりゆくかを追蹤して現今に及ぶ」叙法〕が人に殊なつてゐると云つた。しかし此叙法と近似したるものは絶無では無い。昔()(しう)は魏書を修むるに当つて,多く列伝中人物の末裔を載せ,後に(てう)(よく)17271814。清代前期の史学者・詩人。〕の難ずる所となつた。しかし収は曲筆して同世の故旧に(わたくし)したのである。一種陋劣なる目的を有してゐたのである。わたくしの無利害の述作とは違ふ。〔後略〕(森鷗外『伊沢蘭軒』19161917年)その三百七十)

 

 特別縁故者に対する相続財産分与の審判の申立書などは,どうしても「無利害の述作」というわけにはいかないので,鷗外にいわせればやはり「一種陋劣なる目的を有」するものになってしまうのでしょうか。とはいえ自営業者たる弁護士は,自分で食っていかねばなりません。

 「説明を入れたくて仕方がないのは鷗外の性分である。考証物にその自由を見出したのは鷗外の幸福である。」とは清張の『両像・森鷗外』の結語です(松本283頁)。説明に夢中になってしまって脱線することを,五十代半ばの鷗外は楽しんでいたのでしょうか。『伊沢蘭軒』の書き方についてですが,清張は次のように説明します。

 

   伊澤徳の「蘭軒略傳」「歴世略傳」を骨子にして,それを編年的に順序立て,「勝手気儘に」考証随筆として書きすすめて行くことである。この方法だと,鷗外の広博強識を以てすればいくらでも思うままに書ける。話は話を生み,枝から枝へと岐れ,煩瑣な梢を茂らせる。人物は次々と出て来きて,その小伝や軼事(いつじ)(逸事・逸話)はくりひろげられる。(松本194195頁)

 

3 京水と鷗外

 

(1)京水を追跡する鷗外

 前記のような脱線のうち,鷗外が特に力を入れたのが,澀江抽斎の「痘科の師」である「池田氏,名は(いん)(あざな)()(ちよう),通称は(ずゐ)(えい)(けい)(すゐ)と号した」池田京水(『抽斎』その十四)と池田独美との関係調査です。

 

   独美の家は門人の一人が養子になつて()いで,世瑞仙と称した。これは上野(かうづけの)(くに)桐生の人村岡善左衛門(じやう)(しん)の二男である。名は(しん)(あざな)(じう)(かう),又(ちよく)(けい)霧渓(むけい)と号した。(せい)寿館(じゆくわん)〔痘科の〕講座をも此人が継承した。

   〔略〕

   独美の初代瑞仙は素源家(もとげんけ)の名閥だとは云ふが,周防の岩国から起つて幕臣になり,駿河台の池田氏の宗家となつた。それに業を継ぐべき子がなかつたので,門下の俊才が入つて後を襲つた。(にはか)に見れば,なんの怪しむべき所もない。

   しかしこゝに問題の人物がある。それは抽斎の痘科の師となるべき池田(けい)(すゐ)である。

   京水は独美の子であつたか,甥であつたか不明である。向島嶺松寺に立つてゐた墓に刻してあつた誌銘には子としてあつたらしい。然るに2世瑞仙(しん)の子(ちよく)(をん)の撰んだ過去帖には,独美の弟(げん)(しゆん)の子だとしてある。子にもせよ甥にもせよ,独美の血族たる京水は宗家を嗣ぐことが出来ないで,自立して町医になり,下谷(したや)徒士(かち)(まち)に門戸を張つた。当時江戸には駿河台の官医世瑞仙と,徒士町の町医京水とが両立してゐたのである。(『抽斎』その十五)

 

   わたくしは抽斎の師となるべき人物を数へて(けい)(すゐ)に及ぶに当つて,こゝに京水の身上に関する疑を記して,世の人の教を受けたい。(『抽斎』その十六)

 

 「調べてみても京水の身もとはよくわからない。そこで穿鑿欲が出てくる。人に知られざる人の,そのまた謎への挑みである。「抽齋」を開始したのが大正5年〔1916年〕1月である。その前年から京水を探していたと思われるふしがある」(松本77頁)ということになります。「鷗外の京水に対するモノマニアックなまでの執拗な追跡」(松本206頁)がなされます。

 

(2)向島弘福寺

 ところで,被相続人の特別縁故者であるかどうかの該当性判断に当たっては被相続人の「死後における実質的供養の程度」も考慮されますから(広島高等裁判所平成15年3月28日決定(家月55巻9号60頁)等),特別縁故者に対する相続財産分与審判の手続代理人の仕事には被相続人の菩提寺から故人の「供養」に関する事情を聴取することも含まれ,筆者は,当該手続事件の依頼者に慫慂されてお寺の住職訪問をしたのでした。鷗外もまた,池田京水の身もと調査に当たって,住職訪問をしています。池田氏の墓があったという向島の嶺松寺を探しての帰り道です。

 

   わたくしは幼い時向島小梅村に住んでゐた。初の家は今須崎町になり,後の家は今小梅町になつてゐる。〔略〕

   わたくしは再び向島へ往つた。そして新小梅町,小梅町,須崎町の間を徘徊して捜索したが,嶺松寺と云ふ寺は無い。わたくしは絶望して(くびす)(めぐら)したが,道の(ついで)なので,須崎町弘福寺にある先考〔亡父〕の墓に詣でた。さて住職奥田墨汁師を(とぶら)つて久濶を叙した。対談の間に,わたくしが嶺松寺と池田氏の墓との事を語ると,墨汁師は意外にも(ふた)つながらこれを知つてゐた。

   墨汁師は云つた。嶺松寺は常泉寺の近傍にあつた。其(しん)(ゐき)内に池田氏の墓が数基並んで立つてゐたことを記憶してゐる。墓には多く誌銘が刻してあつた。然るに近い頃に嶺松寺は廃寺になつたと云ふのである。〔略〕(『抽斎』その十六

 

 向島牛頭山弘福寺の奥田住職は,親切です。

 

   弘福寺の現住墨汁師は大正5年〔1916年〕に入つてからも,捜索の手を(とど)めずにゐた。そしてとうとう下目黒村海福寺所蔵の池田氏過去帖と云ふものを借り出して,わたくしに見せてくれた。〔略〕

   此書の記する所は,わたくしのために創聞に属するものが頗る多い。就中(なかんづく)異とすべきは,独美に玄俊と云ふ弟があつて,それが宇野氏を(めと)つて,二人の間に出来た子が京水だと云ふ一事である。此書に拠れば,独美は一旦(てつ)京水を養つて子として置きながら,それに家を()がせず,更に門人村岡晉を養って子とし,それに業を継がせたことになる。(『抽斎』その十九)

 

   〔前略〕わたくしは撰者不詳の〔京水の〕墓誌の残欠に,京水が(そし)つてあるのを見ては,忌憚なきの甚だしきだと感じ,晉が〔自分に対する〕養父の賞美の語を記して,一の抑損の句をも著けぬのを見ては,簡傲(かんがう)も亦甚だしいと感ずることを禁じ得ない。わたくしには初代瑞仙独美,世瑞仙晉,京水の3人の間に或るドラアムが蔵せられてゐるやうに思はれてならない。〔後略〕(『抽斎』その二十)

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弘福寺(東京都墨田区向島)


(3)京水廃嫡一件

前記の「ドラアム」については,その後事情が判明します。「京水廃嫡一件」と鷗外によって名づけられるところの「池田の家の床下に埋蔵せられてゐた火薬」であって,ついには「爆発」(『蘭軒』その二百三十一(1917年))させられるに至ったものです。

 

ア 独美の養子・京水

廃嫡させられることとなった京水は,独美の弟・玄俊の子として天明六年(1786年)に京都に生まれ,生後間もなく伯父・独美の養子に迎えられたのでした。現在では「成年に達した者は,養子をすることができる」わけですが(民法792条),独美は元文元年(1736年)又は享保二十年(1735年)生まれですから(『蘭軒』その二百二十三),天明六年には当然既に成人に達しておりました(というか五十代ですね。)。なお,「幕藩時代の武士が養子を願い出るときは,17歳以上,通常は30歳以上の者に限って許される慣例であった。ただやむを得ない事情がある場合,たとえば奉公相勤め難い事情があるときは,30歳以下の者にも願い出を許した。しかし16歳以下の者には,絶対に養親資格を認めなかった」そうです(中川高男『新版注釈民法(24)親族(4)親子(2)養子§§79281711』(有斐閣・1994年)792条解説・153頁)。

 

 〔独美の弟・玄俊に天明〕六年〔1786年〕五月五日に三男が生まれた。名は貞之介であつた。是が後の京水である。貞之介の母〔宇野氏〕秀は此月二十六日に死んだ。恐くは産後の病であつただらう。〔略〕

  貞之介は(はゝ)を失つた直後に,伯父瑞仙〔独美〕の養子にせられて大坂に往つた。〔京水の〕自筆の巻物に「善郷〔独美〕養て兄弟二人を祐ると云意を用て〔貞之介を〕祐二と改む」と云つてある。「兄弟二人を祐る」とは,玄俊は家に女子が無いので,赤子(せきし)を兄に託して祐けられ,兄瑞仙は男子が無いので,貞之介の祐二を獲て(たす)けられたと云ふ意であらう。〔後略〕(『蘭軒』その二百二十七)

 

 「嬰幼児をその父母が他人の養子にやるという制度は,わが国では古くから行われた。そこには,親が子を自由に支配しうるとする思想があったであろうし,子の福祉を考えるよりは,収養する方の家の承継や,養子にやる親と貰う親との経済的な理由(実質的には子の売買)もあったであろう。濫用の弊も少なくはなかった。」と説かれてはいたところです(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)269頁)。現在では「養子となる者が15歳未満であるときは,その法定代理人が,これに代わって,縁組の承諾をすることができる。」(民法797条1項)と規定されるとともに,「未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならない。ただし,自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合は,この限りでない。」とされています(同法798条)。民法798条本文の許可は,養子となるべき者の住所地を管轄する家庭裁判所の審判によってされます(家事事件手続法(平成23年法律第52号)39条,別表第一の61の項,161条)。

 

イ 独美の後妻・沢と「家庭の友」・佐々木文仲

 

   此推定にして誤らぬならば,瑞仙〔独美〕の3人目の妻沢は寛政七年〔1795年〕若しくは八年〔1796年〕に,養子祐二のゐる処へ迎へられたのである。沢は〔数え〕31歳若くは32歳で,祐二は10歳若くは11歳であつた。次で瑞仙が召されて江戸に来り,沢と祐二改杏春とを迎へ取つた。是が瑞仙62,沢33,杏春12の時である。(『蘭軒』その二百三十)

 

祐二が杏春と改められた由来については,「京水は「善郷〔独美〕(中略)〔幕府に〕実子の届に言上するに及て杏春と称す」と自記してゐる」そうです(『蘭軒』その二百二十九)。

ところで,「独美先生は還暦過ぎて,29歳も年下の若い奥さんをもらったのか,男のロマンだなぁ・・・」などと呑気なことを言ってはいけません。

 

  しかし其裏面には幾多の葛藤があつたものと看なくてはならない。わたくしは(のち)よりして前を顧み(くわ)よりして因を推し,錦橋瑞仙〔独美〕の妻沢(さいさは)を信任することが稍過ぎてゐたのではないかと疑ふ。其家に出入(いでいり)する佐々木文仲と云ふものをして,余りに深く内事に干渉するに至らしめたのではないかと疑ふ。佐々木は恐くは洋人の所謂「家庭の友」に類した地位を占むるに至つたのであらう。そして佐々木と沢との関係は,遂に養子杏春をしてこれが犠牲たらしめたのであらう。(『蘭軒』その二百三十一)

 

 「ここに云う洋人の所謂「家庭の友」とは,暗にその家の主人の黙認の(もと)にその妻と密通した男が公然と家庭に出入りすることの意味に当てているようである。とは清張の註釈です(松本76頁)。 

 

  夫と三十も年が違う沢は,自分よりずっと年下の若者を愛人にし,すでに衰老に達した瑞仙は,この後妻を寵愛しつつも佐々木との関係に眼をふさいでいたのである。(松本76頁)

 

古代ローマの2代目皇帝ティベリウスは60歳の男が50歳未満の女と結婚することを禁じ,いかなる場合でも60歳の男が罰を受けずに結婚することができないようにしたそうですが(De l’Esprit des lois XXIII, 21),このような不様な事態の発生を避けしめようとしたものでしょうか。なお,当該規定は4代目皇帝クラウディウスによって廃止されますが(スエトニウス『ローマ皇帝伝』(岩波文庫・1986年)「クラウディウス」第23章に,「元首ティベリウスが,60歳の人はもう子供が生めないかのように考えて,パピウス・ポッパエウス法に追加していた条規を〔クラウディウスは〕廃止した。」とあります(国原吉之助訳)。),クラウディウス自身が58歳の年(西暦紀元48年)になって結婚しており,25歳年下のその妻がネロの母のアグリッピナでした。しかし,クラウディウスは,その後7年目(54年)に毒殺されます。

 

 …per ipsam Agrippinam, quae boletum medicatum avidissimo ciborum talium obtulerat.

 

 クラウディウスはきのこ(boletus)が大好物で,一説によれば,毒をしみ込ませたきのこを食べさせられて死んだのでした。

 

ウ 京水辞嗣及び池田家のその後

 さて,独美先生が眼をふさぐのをよいことに,お沢さんと佐々木文仲とは散々悪乗りしたようです。京水少年は我慢がならない。

 

   京水自筆の巻物中参正池田家譜(よし)(なほ)〔京水〕の条には,「享和元年1801年〕病に依て嗣を辞するの後瑞英と改む」と書してある。嗣を辞したのと,杏春を瑞英と改めたのは,辛酉の出来事である。当時養父錦橋66,養母沢37,杏春の瑞英16であつた。(『蘭軒』その二百三十一)

 

当該辞嗣に関する事情について京水が書いたところを,鷗外は次のように紹介します。「種々謀計」というのは,お沢さんと文仲とがこもごも独美先生のところにやって来ては,京水についてあることないこと悪口を言い,告げ口してなどいたのでしょう。

 

   〔京水の家の〕生祠記は既に佚した。しかし京水は養父の幕府に呈した系図を写して,其後に数行の文を書した。わたくしは此書後に由つて生祠記の内容の一端を知ることを得た。京水の辞嗣は霧渓の受嗣と表裏をなしてゐて,其内情は(しも)の如くである。

   「右直郷(霧渓2世瑞仙晋)は初佐佐木文仲の弟子なり。文仲は於沢の方に愛せられて,遂に余を追て嗣とならむの志起り,種々謀計せしかど,余辞嗣の後にも養子の事(文仲自ら養子となる事)成らず,終に直郷に定まりたり。其間山脇道作の男玄智,瑞貞と云,堀本一甫の男某,田中俊庵の男,瑞亮と云,皆一旦は養子となれども,何れも於沢の方と文仲に追出されたり。善直(京水瑞英)誌。」(『蘭軒』その二百三十一)

 

京水辞嗣後,さすがに独美先生も,妻の愛人である佐々木文仲を自らの養子にさせられるところまでコケ(コキュ)にされることには耐えられなかったのでしょう。

しかしめげずに,お沢さんらは自分らに都合のよい弟子筋の2世瑞仙が養子になるまでは(2世瑞仙晉が正式に養嗣子となったのは,独美の死ぬる6箇月前の文化十三(1816年)年三月のことでした(『蘭軒』その二百三十二)。),不都合な養子3人を連続していびり出したのですか。恐ろしいですねぇ,お局様ですねぇ,後妻業ですねぇ。

 

4 後妻業

さて,後妻業。

 

(1)妻の相続権

現在は「被相続人の配偶者は,常に相続人となる」ものとされ(民法890条1項),「子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は各2分の1」ということになります(同法900条1号)。しかしながら,江戸時代には「被相続人に子孫なくまた養子なくして死亡せるときは,その家名は()これを相続す。」ということでしたから(中田薫『徳川時代の文学に見えたる私法』(岩波文庫・1984年)202頁),反対解釈すれば,お沢さんとしては養子の京水がいては夫の独美の遺産に係る相続権が全く無かったわけです。(しかし,いずれにせよお沢さんが自ら幕府の官医の職を継ぐわけにはいかなかったでしょうから,都合のよい後任の養子は必要です。)なお,昭和22年法律第222号による改正前の民法では,「旧法の家督相続においては,初めから配偶者の法定相続権はなく,また遺産相続においても,直系卑属なき場合にのみ,配偶者の法定相続権は認められたに過ぎなかった」ところでした(中川善之助『相続法』(有斐閣・1964年)86頁)。「子は孝養を尽くすはずのものであり,その子が父の遺産を承継する以上,別に母が遺産の一部を相続する必要はさらにないと考えられていた」ものです(中川87頁)。しかし,お沢さんとしては,生意気な小僧と思われたのであろう京水少年の「孝養」は当てにならぬものと信ぜられ,聡明でフレンドリーな男性たる文仲との愛の方が頼りがいのあるものと思われたものなのでしょう。

 

(2)養子に対する離縁の訴え

 

ア 辣腕弁護士氏登場

ところで,現代において後妻業をやるような方にあっては,富裕かつ老耄の我が夫に養子などがあった場合,遺産の2分の1(民法900条1号)では我慢できない,自分が全財産を受けるという遺言書を夫に書かせても,養子の遺留分としてなお残る4分の1(同法1028条2号)が実に惜しい,そこで,辣腕弁護士氏(「弁護士は,他の弁護士・・・との関係において相互に名誉と信義を重んじる。」ものとされています(弁護士職務基本規程70条)。)を雇い,かつ,難しいことはもう面倒くさくなっている夫を外界から遮断してあげて,夫を励まし夫の名で,養子に対して離縁の訴えを提起せしめ(民法814条),又は家庭裁判所に廃除の請求をせしめ(同法892条。家事事件手続法39条,別表第一の86の項,188条),若しくは廃除の遺言をさせる(民法893条)という内助に及ぶということが,あり得ます。そうであるのならば,鷗外のいう「火薬」の晃々たる「爆発」的紛争は,昔も今も必ずしも珍しいものではないことになるようです。

 

イ 養父の住居権等

さて,離縁の訴えに先立つ離縁を求める家事調停(家事事件手続法257条)の申立書の写しの送付(同法256条)を受けた養子は驚きます。また,そこには「縁組を継続し難い重大な事由」(民法814条1項3号参照)云々として自分が「(そし)つてあるのを見ては,忌憚なきの甚だしきだと感じ」ざるを得ません。どうせこれはあの後妻の仕業であって養父の本意ではあるまいということで養父に会いに行くのですが,養父と同居している後妻(民法752条において「夫婦は同居」するものとされています。)によって,お前なんかともう会いたくないと言っているわよと言われて家に入ることを妨げられます。正当な理由がないのに人の住居に侵入すると3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処せられ(刑法130条前段),未遂も罰せられます(同法132条)。最高裁判所昭和58年4月8日判決・刑集37巻3号215頁は「刑法130条前段にいう「侵入シ」とは,他人の看守する建造物に管理権者の意思に反して立ち入ることをいう」と判示しています。

そこで知り合いの弁護士に相談して,先生,養父と会って話をしてくれないかと頼んでも,「弁護士職務基本規程52条に「弁護士は,相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは,正当な理由なく,その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。」とあるんで,相手方に弁護士が立てられている以上,それはおれにはできない。」と頼りないことを言われます。そこでやはり自分で何とか養父と直談判しようと気を取り直すのですが,これもまた,「おれを代理人にするのならそれはやめてくれ。」と当該弁護士に止められるでしょう。日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著の『解説弁護士職務基本規程 第3版』(日本弁護士連合会・2017年)には,弁護士職務基本規程52条に関して「依頼者が相手方本人と直接交渉をしようとしているのを知って,弁護士がこれを止めなかったからといって,直接本条に違反するものではないが,弁護士は,原則として,自らの依頼者に対してそのような直接交渉を慫慂すべきではない。むしろ,依頼者に対して,そのような直接交渉を思いとどまるよう,すすんで説得すべきであろう。」とあるところです(155頁)。養子とその弁護士との間の関係は早くもぎくしゃく。後妻さんが老耄の夫のために辣腕弁護士氏を雇った効用が早速現れます。智謀恐るべし。

 

ウ 養親子関係破綻の主張

辣腕弁護士氏は,裁判所にはなかなか現れぬ存在となっている原告たる養父の離縁意思の強固性及び養親子関係破綻の事実性を見てきたように(実際見てきたのでしょう。)執拗かつ熱心に言い募ります。それまで特段の問題はなかったところで養親子間の現実の交渉が後妻さんによって遮断されてしまっているのですから,両当事者間における現実の衝突ではなく,もはや専ら養父の一方的な感情なるものに関する議論とはなります。しかし,辣腕弁護士氏による一種忌憚なき(そし)りの言をいつまでも繰り返し読まされ聞かされ,更には「当事者間の感情的・経済的な争が極度に達した場合には――真実の親子なら,親権の喪失(834条・835条参照),相続の廃除(892条)などの手段によって処置すべきだが,人為的な親子関係において,しかも一方がその解消を望むときは――これ〔離縁〕を認めるのが至当であろう。」と民法学の権威から説かれてしまい(我妻306頁),また,「「縁組を継続し難い重大な事由があるとき」とは,養親子としての精神的経済的生活関係を維持もしくは回復することがきわめて困難なほどに縁組を破綻せしめる事由の存する場合の意味である。あるいはこれ以上縁組の継続を強制しても,正常な親子的社会関係の回復は期待できない場合といってもよい。「縁組を継続し難い重大な事由があるとき」〔略〕とは養親子関係の破綻のことであるというのは,すでに指摘したように,相手方の有責事由を必要としない」などと説明されると(深谷松男『新版注釈民法(24)親族(4)』814条解説・509510頁),養子側としては,自らに有責事由の無いことは明白ながら,とうとう最後は根負けということになるようです。

 

エ 金銭的解決

やはりお金の問題になるのでしょうか。「解釈論として,離縁の止むなきに至らしめた当事者は賠償責任を負うべきである(人訴は離縁の訴に附帯して訴えることを認める(人訴26条による7条の準用)〔人事訴訟法(平成15年法律第109条)17条〕)。」とされています(我妻309頁)。賠償の範囲は「縁組によって期待された合理的な親子関係が破綻したことによる精神的苦痛が主なものであろう」と解されつつ,「財産的損害についても,理論としては,肯定すべきである。」とのことです(我妻309頁)。しかしながら,「養子が養親の財産を相続する期待権を失ったことは計算されるべきではあるまい。」と説かれてしまうのは(我妻309頁),正に遺産相続目当ての後妻さんが実質的当事者としてその背後にいるようにも思われる離縁請求事件においては,いかがなものでしょうか。本来保護に値しないのだと辣腕弁護士氏が言い募っていた「財産を相続する期待権」がどういうわけか後妻さんについては反射的に堂々保護されることになって,何だか悔しいですね。

結局,判決で損害賠償をもらうよりも,和解で和解金を得る方がよさそうです。後妻さんとしても,その献身的かつ熱意ある愛護にもかかわらず訴訟が長引いている間に富裕かつ老耄の夫が死亡して,紛争相手の養子をも共同相続人とする相続が始まってしまっては面倒でしょう。

 

(3)再び池田家

とはいえ,池田京水のように四の五の言わずにすぱっと離縁してしまうような豪胆な人が当事者では,なかなかお金は動きません。

なお,京水の「廃嫡」は京水が満15歳の時のことのようですが,現行民法でも養子は満15歳になれば自ら養親と協議離縁をすることができます(同法811条1項・2項)。いずれにせよ,既に15歳にして己が俊才に恃むところがあり,事実逆境に打ち克って痘科医として名を成したのですから,池田京水は立派な大先生でした。

これに対して,佐々木文仲はどうなってしまったのでしょうか。池田宗家にいそいそとやって来てはお沢さんと小部屋に籠り,たまに小部屋を出れば,我は一流学者なりと自得しつつ2世瑞仙晉に対して師匠(づら)していつまでもかつての「弟子」にたかっていたのでは見苦しく,かつ,迷惑だったことでしょう。


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向島の森家址(東京都墨田区)

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

石見国津和野の出身とはいえ,鷗外には,隅田川にカモメ飛ぶ向島・小梅村の少年時代の思い出も大きなものだったのでしょう。

 
 

 

1 未婚少子化社会及び特別縁故者に対する相続財産分与制度(民法958条の3)

 

(1)未婚少子化社会

 前回(2018年1月22日)の当ブログの記事(「離婚の本訴と反訴との関係,最大判昭和62年9月2日の一般論,離婚の動向その他に関して」)においては,国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集(2017改訂版)の数字を引いて,2015年次における我が国の生涯未婚率(50歳時の未婚割合)は男性が23.37パーセント,女性が14.06パーセントであると御紹介したところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1069738803.html)。婚姻が少なくなるということは,婚姻外において子が生まれることは少ないという我が国における男女親子関係の特徴を前提とすれば(上記2017年改訂版人口統計資料集によれば,2015年次の出生総数に対する嫡出でない子の割合はなお2.29パーセントです。なお,この割合は1978年次には0.77パーセントだったのですが,1950年次(2.47パーセント)以前はむしろより高く,1920年次には8.25パーセントでした。),法定相続人の無いまま死亡する者の数が増加するということになります。一人っ子の場合,特にそうなります(一人の女性が再生産年齢(15歳から49歳まで)を経過する間に子供を生んだと仮定した場合の平均出生児数である合計特殊出生率は,2017年改訂版人口統計資料集によれば,2015年次において1.45です。)。

 

(2)相続人を定める我が民法の規定

 だれが相続人になるかに関する我が民法の規定は,あらまし次のとおりです。

 

  民法887条 被相続人の子は,相続人となる。

   〔子の代襲者等の相続権に関する第2項及び第3項は略〕

  同法890条 被相続人の配偶者は,常に相続人となる。〔配偶者の相続順位に関するただし書は略〕

  同法889条 次に掲げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には,次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。

   一 被相続人の直系尊属。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする。

   二 被相続人の兄弟姉妹

   〔被相続人の兄弟姉妹の代襲者の相続権に関する第2項は略〕

 

(3)相続人の無い場合及び相続財産法人

 相続人の無いことが明らかであるときは「相続人のあることが明らかでないとき」に含まれますから,当該相続においては,「相続財産は,法人とする。」ということになります(民法951条)。(なお,同条についての法哲学の長尾龍一教授の註釈は,「私なども学生の頃,〔中略〕民法951条の規定について,講義で,「乞食がふんどし一つで行き倒れになると,そのふんどしは法人になる」という話をきき,「ふんどしを盗めば法人格そのものを盗んだことになるから,回復請求権の主体がなくなって取り得になる」などときたない議論をしたことがある。」というものです(長尾龍一『法哲学入門』(日本評論社・1982年)31頁)。ただし,刑法的には,「盗んだ」といっても窃盗(同法235条)ではなく(死者からの窃盗が認められた最高裁判所昭和41年4月8日判決・刑集20巻4号207頁の事案は,人を殺害後財物奪取の意思を生じた当該犯人が当該被害者の財物を奪取したもの),占有離脱物横領(同法254条)の成否が問題になります。)

法人たる相続財産の管理人(民法952条1項。なお,唯一の相続財産たるふんどしも奪い去られてしまった行き倒れの乞食を被相続人とする相続財産の管理人の選任の請求をしても,「相続財産が存在しても管理費用さえも充たしえない程度のものであるとか,その他選任の必要を認めないときは,家庭裁判所は相続財産管理人を選任すべきではなく,請求を却下すべきである。」とされていますので(金山正信=高橋朋子『新版注釈民法(27)相続(2)相続の効果§§896959(補訂版)』(有斐閣・2013年)952条解説・690頁),却下されるのでしょう。)は,公告をして相続債権者及び受遺者に対して弁済をし(同法957条),更に相続人の捜索の公告(同法958条)をすることになりますが,「前条〔958条〕の期間〔同条の公告に係る相続人があるならばその権利を主張すべき期間であって,6箇月を下ることができないもの〕内に相続人としての権利を主張する者がないとき」は,「相続人並びに相続財産の管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者は,その権利を行使することができない」ものと確定します(同法958条の2)。

 

(4)特別縁故者に対する相続財産分与制度(民法958条の3)

相続人としての権利を主張する者がなく相続人の権利行使はないものと確定した場合において活用されるべき規定が,「特別縁故者に対する相続財産の分与」との見出しが付された民法958条の3です。

 

958条の3 前条〔第958条の2〕の場合において,相当と認めるときは,家庭裁判所は,被相続人と生計を同じくしていた者,被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって,これらの者に,清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。

2 前項の請求は,第958条の期間の満了後3箇月以内にしなければならない。

 

2 我が奮闘及び脱線

筆者は,この特別縁故者に対する相続財産分与の審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)39条,別表第一の101の項,203条以下)に係る手続代理人(同法22条。訴訟代理人(民事訴訟法54条)ではありません。)を務めたことがあります。

 

(1)狭き門か

当該審判手続の間,尊敬する先輩弁護士に「私は今,特別縁故者に対する相続財産分与の手続代理人をやっているんですがね,うまくいけばいいんですがねぇ。」と話したことがあったところ,ああ特別縁故者に対する相続財産分与か,それは大変だ,自分は2件やったことがあるけれど家庭裁判所は実に渋い,もうやりたくない案件だ,とのお言葉。大きな不安に包まれた記憶があります。

確かに,特別縁故者該当性に係る前例として引用される大阪高等裁判所昭和46年5月18日決定・家月24巻5号47頁は「同法条にいう被相続人と特別の縁故があつた者とはいかなる者を指すかは具体的に例を挙げることは困難であるけれども,同法条の立言の趣旨からみて同法条に例示する二つの場合に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあつた者で,相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあつた者というものと解するのが相当」と判示しているところ,これが,特別縁故者たるためには専ら「被相続人と生計を同じくしていた者」又は「被相続人の療養看護に努めた者」に準じろ,ということであれば狭き門です。当該決定は,抗告人(申立人)の特別縁故者性を否定しています。

しかし,そこにおいては,「同法条に例示する二つの場合に該当する者に準ずる」場合であること(「準ずる場合」)が求められているのではなく,「準ずる程度」の「具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉」があった,との「交渉」の「程度」が求められているものと解すべきなのでしょう。しかしてその「交渉」及び「程度」はどれくらいの交渉の程度かといえば,当該大阪高等裁判所決定では抗告人(申立人)と被相続人との交渉が「いわゆる親類縁者として通例のこと」ないしは「親類縁者として世間一般通常のこと」であったかどうかが問題とされており,通常の親族間の交渉の程度を超えた交渉の程度がそれだ,ということのようです。平成になってからの裁判例を見ても,①「通常親族がなし又はなすべき相互扶助の程度を超えて援助,協力してきた」から(東京高等裁判所平成元年8月10日決定・家月42巻1号103頁。申立人は被相続人の伯母),②「被相続人と通常の親族としての交際ないし成年後見人の一般的職務の程度を超える親しい関係にあり,被相続人からも信頼を寄せられていたものと評価することができるから」(大阪高等裁判所平成201024日決定・家月61巻6号99頁。申立人は被相続人の父の妹の孫及びその夫),③「被相続人と申立人X₂〔被相続人の妻の従妹〕の関係は,通常の親戚付合いを超えた親密な関係にあったと認められ,また,被相続人が申立人X₂に財産の管理処分を託する遺言書を書いた旨伝えていたことからすれば,被相続人は,申立人X₂に相当程度の財産を遺す意向を有していたと認められる。これらの事情からすれば」(東京家庭裁判所平成24年4月20日審判・判時2275106頁),被相続人と特別の縁故があった者に該当するとする裁判例があるところです。

なお,特別縁故者は自然人に限られず,法人等でも特別縁故者として認められることができます。民法958条の3を導入すべく法案審議がされていた第40回国会の衆議院法務委員会において1962年2月23日に平賀健太政府委員(法務省民事局長検事)が,「必ずしもそういうふうに血族あるいは姻族関係があるという場合に限られませんので,たとえば孤独の老人が養老院でなくなった,若干の金品を残して死んだというような場合に,長年世話になった養老院にその遺産を与えるというようなことも考えられます。それからまた,これは非常に特殊な例かとも思うのでございますが,やはり孤独の老学者が大学の研究室をわが家同然にして生活してきた。その学者が蔵書その他のものを残して死亡したというような場合に,その蔵書なんかをその大学に与えるというようなことも,これは可能かと思います。」と,つとに答弁しています(第40回国会衆議院法務委員会議録第8号8頁)。

 

(2)脱線その1:ファウスト博士及びその研究室

1962年2月23日の前記国会答弁において平賀健太政府委員の想定する「老学者」と「研究室」とのイメージは,ファウスト博士とその研究室とのもののようなものでしょうか。

 

NACHT.

 

In einem hochgewölbten, engen, gothischen Zimmer

Faust unruhig auf seinem Sessel am Pulte.

 

・・・・・・

 

Weh! steck’ ich in dem Kerker noch?

Verfluchtes, dumpfes Mauerloch!

Wo selbst das liebe Himmelslicht

Trüb' durch gemahlte Scheiben bricht.

Beschränkt mit diesem Bücherhauf,

Den Würme nagen, Staub bedeckt,

Den, bis an's hohe Gewölb' hinauf,

Ein angeraucht Papier umsteckt;

Mit Gläsern, Büchsen rings umstellt,

Mit Instrumenten vollgepfropft,

Urväter Hausrath drein gestopft –

Das ist deine Welt! Das heißt eine Welt!

 

夜,高い天井の狭いゴシック風の部屋,牢獄,呪われたかび臭い壁の穴,虫が食い埃をかぶった天井まで届く本の山,たばこのやにが染みついた紙,ガラス容器,罐,器材,先祖伝来の古い家具・・・。

脱線ですね。

 

(3)脱線その2:「平賀書簡問題」

しかし脱線ついでにいえば,1962年の平賀政府委員は,後に1969年の「平賀書簡問題」の平賀所長として有名になります。

「平賀書簡問題」とは何かといえば,佐藤幸治教授の『憲法(第三版)』(青林書院・1995年)の事項索引には項目として堂々と立っているのですが,該当ページに当たると「地方裁判所長が,事件担当の裁判官に私信を送り,一定の方向を示唆したことが問題となったいわゆる平賀書簡問題がある。」というだけで(328頁),やや不親切です。

この点,樋口陽一教授の『憲法Ⅰ』(青林書院・1998年)における説明は,詳しい。

 

 〔裁判官の身分保障に関する〕本文でのべたさまざまの次元での問題が一連の出来事として集中的にあらわれたのが,1969年の平賀書簡事件をきっかけとする経緯である。憲法9条にかかわる長沼事件〔一審判決は1973年9月7日(判時71224頁)〕を審理していた札幌地方裁判所で,審理担当の福島重雄裁判長に,判断内容につき助言・示唆した書簡を送った平賀健太・同裁判所長に対し,札幌地裁裁判官会議〔裁判所法(昭和22年法律第59号)29条2項・3項〕が,「裁判権の行使に不当に影響を及ぼすおそれがある」との厳重注意処分を決定した(9月13日)。最高裁〔長官は石田和外〕も,9月20日,平賀所長を注意処分に付すとともに〔裁判所法80条1号〕,東京高裁判事に転出させた。この出来事につき,飯守重任鹿児島地家裁所長が自民党の外郭団体である国民協会の機関紙(10月1日号)に「平賀書簡問題の背景」と題する文章を寄せ,青年法律家協会〔略〕を問題として,事件を作り上げたのは「青法協加入の裁判官たちと,反体制弁護士集団と,これらを支援するマスコミ勢力」だとし,平賀書簡のような助言は今までも「例がなかったとは到底考えられない」として平賀前所長を擁護した。飯守所長が平賀書簡のような行為を「必要に応じて行なわれていたものと見てよい」としたことについては,福岡高裁が飯守所長を厳重注意処分に付した〔裁判所法80条2号〕。他方,平賀・福島両裁判官それぞれについて出されていた訴追請求〔裁判官弾劾法(昭和22年法律第137号)15条〕について,翌19701019日,裁判官訴追委員会〔同法5条以下。国会議員により構成される。〕は,平賀裁判官については,先輩としての老婆心から助言したもので裁判干渉ではないとして不訴追の決定をし,福島裁判官については,平賀書簡のコピーを東京の裁判官に送ってこれを公表するに任せたことにより裁判官会議非公開の原則〔下級裁判所事務処理規則(昭和23年最高裁判所規則第16号)15条1項本文〕に反して「職務上の義務に著しく違反」し〔裁判官弾劾法2条1号〕,青法協に加入したことにより「裁判官の威信」を失ったとして〔同条2号〕,不訴追ではなく訴追猶予の決定をした〔同法13条〕。〔後略〕(493494頁)

 

裁判官になってしまい,かつ,偉くなってしまうと,後輩裁判官とのお付き合いも,仕事に関する権威的講釈をせぬようおっかなびっくりになってしまわざるを得ないものでしょうか。

これに対して,検察官は,同一体です(司法研修所検察教官室『平成18年度 検察講義案』12頁参照)。

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札幌地方裁判所庁舎(札幌市中央区)

 

(4)脱線その3:検察官同一体の原則及びその相手方

とはいえ検察官はだれに向かって同一体かというと,在野の弁護士などはもちろん歯牙にもかけず,実は,裁判官に対してであったようです。

後の司法大臣にして元第一東京弁護士会会長たる貴族院議員岩田宙造,1935年1月29日の貴族院本会議における質問演説において獅子吼していわく。

 

〔前略〕検事が斯の如く予審判事〔旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)295条以下等参照〕に対して不当なる権力を持って居ると云ふことは,何に依って斯様な不当な権力を持つのであらうかと云ふことを考へて見たいのであります,是は所謂検事一体と云ふことを申すのでありまして,検事は上検事総長から下区裁判所の下級の検事に至りまする迄一体として働くのであります,で詰り上の命令に,服従しなければならぬことになって居る,なって居りまするから,普通は検事と云ふものは弱いものである,上官の命令通りに動かなければならぬから,自分の我意を,自分の独立した主張を通す訳にいかぬから,検事は普通弱いと言って居る,之に反し判事は各独立であって,上官の命令と雖も自分の意見に反すれば従ふ必要はないのでありますから,是は独立で,判事の地位は強いと普通に言って居るのであります,併ながら実際の結果はそれが反対の作用をして居る,検事は予審判事と対立を致しました場合に,検事の方は如何に下級の検事と雖も,検事総長と同じ力を以て予審判事に対抗し得るのであります,検事一体であるが故に・・・検事一体であるが故に其検事の言ふことは,検事総長が言ふことと同じ力を以て予審判事に向ふ,予審判事の方は独立でありまして,如何にも強いやうな地位に居りまするが,孤立である,孤立でありまするから,自分の言ふことは自分だけの力しかないのでありまして,決して上大審院長を初め其裁判官の同じ力を以て之に対抗すると云ふ力は無い,全く自分一個の力しかないのであります,でありまするから太刀打が出来ないと云ふことになる〔後略〕(第67回帝国議会貴族院議事速記録第6号51頁。原文は片仮名書き。なお,第一東京弁護士会会史編纂委員会編『われらの弁護士会史』(第一東京弁護士会・1971年)231232頁)

 

弱いように見える方が実は強く,強いように見える方が実は弱い。世の中には逆説が満ち満ちています。

閑話休題。

 

(5)特別縁故者該当性について

特別縁故の有無の決定は,申立人が「被相続人と生計を同じくしていた者」又は「被相続人の療養看護に努めた者」に準ずる者であるかどうかを直接検討してされるのではなく,広島高等裁判所平成15年3月28日決定・家月55巻9号60頁によれば,「その特別縁故の有無については,(1)①被相続人の生前における交際の程度,②被相続人が精神的・物質的に庇護恩恵を受けた程度,③死後における実質的供養の程度等の具体的実質的な縁故関係のほか,(2)被相続人との自然的血縁関係をも考慮して決すべきもの」とされています(番号及び下線は筆者によるもの)。

以上のゆえか,「判例上,特別縁故者に該当しないとして却下された事例は比較的少ない。」ということになります(梶村太市『裁判例からみた相続人不存在の場合における特別縁故者への相続財産分与審判の実務』(日本加除出版・2017年)42頁)。ただし,より詳しく見ると,次のような事情があります。

 

・・・たとえば2012(平成24)年の〔特別縁故者に対する相続財産の分与の審判事件の〕既済事件(総数1122件)について見てみれば,認容件数92882.7%),却下807.1%),取下げ1099.7%)となっている(2005年を見れば,認容率81.5%,却下率6.5%,取下げ率9.6%であり,それほどの違いはない)。〔家事事件手続法の〕別表一事件(旧甲類審判事件)は,もともと,認容率が高いといわれているが,その全既済事件につき,2012年の認容率は96.8%,却下率は0.4%,取下げ率2.3%であるから,別表一事件の中では,特別縁故者への相続財産分与事件の認容率は高くはないということになり,多少慎重に特別縁故関係の認定が行われるようになったといえる。他方,特別縁故者への相続財産分与事件取下げ率の高さは,依然続いている。この点について,実務家からは,死後縁故の問題との関連で,被相続人の死後,事務処理や祭祀法要等を行った者がこれら費用の清算を求めて特別縁故者としての相続財産分与を求めたような事例で,具体的・現実的縁故関係が認められないような場合は,直ちに申立てを却下せず,相続財産管理人にこれら費用の清算を認める権限外行為許可審判を出して,申立人に取下げを促しているという事情があるとの指摘がなされている・・・。(久貴忠彦=犬伏由子『新版注釈民法(27)相続(2)(補訂版)』958条の3解説・726頁)


「特別縁故者への相続財産分与申立ては,たとえ一部にせよ何らかの形で認容されることが多い」とともに「審理の途中で見込みなしと判断して取り下げられることも少なくない」わけです(梶村42頁)。

 

(6)全部分与か一部分与か

ところで,ここで「たとえ一部にせよ何らかの形で認容されることが多い」ということは,一部分与の審判が実は多いということなのでしょう。また,前記先輩弁護士の苦い体験談,丸山茂神奈川大学法務研究科教授が「特別縁故者と被相続人の意思―最近の審判例から―」(神奈川ロージャーナル9号23頁)で紹介している東京家庭裁判所平成28年5月30日審判(4分の1の一部分与)などが存在します。そうだとすると,次のような楽観的記述は,実は眉に唾をつけて読むべきものだったのでしょうか。

 

分与請求については,認容された「そのほとんどにおいては全部分与が認められている(一部分与事件は5%に満たない,と推測されたことがある(田中実ほか「特別縁故者に対する残存相続財産の分与制度をめぐる諸問題」私法30号(昭43151))。」(久貴=犬伏749頁)

 

「多くの審判例にあってかなり容易に多額の遺産の全部分与が認められている」(久貴=犬伏750頁)

 

 司法統計によると,2016年における特別縁故者に対する相続財産の分与の審判事件に係る既済件数の総数は984,そのうち認容は816件(82.9%),却下は86件(8.7%),取下げは77件(7.8%),その他5件となっています。しかしそこでは,認容された816件のうちどれだけが全部分与でどれだけが一部分与かの内訳はちょっと分かりません。「一部分与事件は5%に満たない」との「推測」は,今(2018年)を去る50年前の1968年(昭和43年)にされたものですから,安易かつ直ちに当てにしてはいけないもののようです。そもそも田中実=久貴忠彦=人見康子の当該「特別縁故者に対する残存相続財産の分与制度をめぐる諸問題」研究報告は,「制度発足の昭和37年から41年末までの相続財産の処分(家審9Ⅰ甲32の2〔民法第958条の3第1項の規定による相続財産の処分〕)審判事件申立数は672である。このうち,既済は534で,その内訳は,認容344,却下24,取下159,その他7,である」ところ,「37年10月より42年6月に至る間の,114審判事件(認容105,却下9)と4抗告事件(うち2件は取消差戻)」(審判事件申立人の内訳は「総数は149名であり,うち特別縁故者と認定された者123(うち3名は相当性なしとして却下),否定された者26」)を「報告の基礎として用いたもの」であって(私法30号150頁),その114審判事件及び4抗告事件について見れば「遺産の一部分与がなされることはきわめて少なく,本報告事例中では5件しかない。」というものだったのですから(同151頁),網羅的な調査ではないし,かつ,「報告の基礎」として用いられた事例に偏りがあった可能性もあり得るところです。また,既済534件中取下げが3割の159件では,正に「審理の途中で見込みなしと判断して取り下げられることも少なくない」状態だったわけです。

 

(7)相当性について

 民法958条の3第1項には実は二重のハードルが仕掛けられてあったのであって,でき得れば相続財産の全部の分与を受けようとする申立人は,①特別縁故者該当性のほか,②「相当と認めるときったは・・・相続財産の全部又は一部を与えることができる」ための相当性を,全部分与が受けられる程度までクリアしなければならないのでした。

 この相当性の基準について前記広島高等裁判所平成15年3月28日決定は,「被相続人と特別縁故者との縁故関係の厚薄,度合,特別縁故者の年齢,職業等に加えて,相続財産の種類,数額,状況,所在等の記録に現れた一切の事情を考慮して,上記分与すべき財産の種類,数額等を決定すべきものである」としています。

 しかし,これでは「すべては裁判所の裁量にかかり,明確な基準を見出すことはできない」ということで(久貴=犬伏749頁)抽象的に過ぎるようなので,どう対処すべきか。「親族が特別縁故者であるときは全部分与が容易に認められ,遠縁ないしは全くの他人がそれであるときには一部分与が考えられるというのであればそれは明らかに誤りである。特別縁故者としては親族であろうと他人であろうと等質でなければならない」(久貴=犬伏750頁)と裁判所に意見するより前に,足元を固めなくてはなりません。筆者は,全部分与を受けることを確保せむと申立書の補充書なるものを家庭裁判所に提出し,そこにおいて,「裁判例のうち一部分与となったものは枚挙にいとまがな」いとされたもの(梶村47頁)のうちから平成期の裁判例たる名古屋高等裁判所平成8年7月12日決定・家月481164頁,鳥取家庭裁判所平成201020日審判・家月61巻6号112頁,前記大阪高等裁判所平成201024日決定,前記東京家庭裁判所平成24年4月20日審判及び東京高等裁判所平成26年5月21日決定・判時227144頁の5件を取り上げ,それぞれについて一部分与の結論をもたらすこととなった理由であるものと考えられる特有の事情の摘出を試み,それらの特有の事情のような事情は筆者が手続代理人をしている案件においては無いのだと説明したのでした。更には,被相続人に関する諸事情の記述については申立書の段階では主に申立人の陳述に頼っていたのですが,追加的に被相続人のかつての知友親族に会い,ないしは電話をかけて,故人の人となり等を聴取しては聴取書又は電話聴取書にまとめて提出しています。Sachlichな実務家たるべき弁護士からのとんだ学者的学術論文ないしは伝記作家的文学作品の到来に,担当裁判官は苦笑されたことでしょう。

 

(8)Das Ende meines Kampfs

 筆者が頂いた審判書には,相当性判断の箇所において,申立人と被相続人との間の親族関係の存在(5親等の血族),申立人は長期間にわたって通常の親族としてのかかわりを超える援助を行っていて被相続人からも信頼を寄せられていたと考えられること並びに申立人は今後も継続して被相続人の祭祀を継続する意向を有すること及びその可能性の高さが摘示された上で,「相続財産から相続財産管理人の報酬を控除した残金を分与させるとしても,あながち不当とは言えない。」とのお言葉が記されていました。

 実質全部分与であります。しかし,「あながち不当とは言えない。」とは渋い表現です。

 とはいえ,これは,ボーダーライン・ケースではあるが何とか全部分与となることができたということでしょうか。ということは,もしかしたらそれは,担当代理人のお手柄なのかな,卓越した手腕なのかな・・・などと暫時図々しく自惚れかけていたのですが,人間自惚れると自惚れた分野において高転びに転ぶものです。

 

  …darum sollst du deine Tugenden lieben, -- denn du wirst an ihnen zu Grunde gehn. --

 

3 特別縁故者に対する相続財産分与に係る課税に関して

 最後に,税法関係についてもしっかりとフォローアップする弁護士として,特別縁故者に対する相続財産分与に係る課税に関して一言。

 特別縁故者に対する相続財産分与の「審判の確定により,特別縁故者は相続財産を取得することとなるが,その法的構成は,被相続人からの相続による承継取得ではなく,相続財産法人からの無償贈与である。」とされています(久貴=犬伏766頁。また,阿川清道「民法の一部を改正する法律について」曹時14巻4号66頁)。そこで,「当初は,所得税法による課税対象とされていた」とされています(久貴=犬伏767頁。また,梶村34頁,阿川66頁)。「贈与」だといわれるのに贈与税が課されないのはなぜかといえば,「法人からの贈与により取得した財産」の価額は贈与税の課税価格に算入されないのだ(相続税法(昭和25年法律第73号)21条の3第1項1号),と説明されたものなのでしょうか。現在の所得税法(昭和40年法律第33号)に当てはめると,「法人からの贈与」として一時所得(同法34条)になったということでしょうか(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)247頁参照。なお,1964年3月26日に泉美之松政府委員(大蔵省主税局長)は参議院大蔵委員会において「従来は一時所得といたしておりました」と答弁していますが(第46回国会参議院大蔵委員会会議録第20号9頁),「法人からの贈与」だからというような理由付けまでは述べられていません。)。しかし,相続財産法人からの無償「贈与」といっても,不動産の所有権移転の登記を行う際の登記原因は「相続財産分与の審判」であって(久貴=犬伏766頁参照),贈与ではありません。(この点については,『法曹時報』1962年4月号の記事の段階において阿川清道法務省民事局第二課長は「不動産登記の関係では,相続登記ではなく,贈与による所有権移転登記手続をなすべきこととなるわけである。」との見解を示していましたが(阿川66頁),同年の昭和37年6月15日民事甲1606号法務省民事局長通達においては登記原因は「相続財産処分の審判」であるものとされています(沼辺愛一=藤島武雄「特別縁故者に対する相続財産の処分をめぐる諸問題」判タ155号76頁注3参照)。登記原因を「贈与」であるものとする第二課長の見解は,平賀健太局長のレヴェルで排斥されたということでしょうか。)また,神戸地方裁判所昭和58年11月14日判決・行集34巻11号1947頁は「財産分与は,従前は,相続財産法人に属していた財産を同法人から役務又は資産の譲渡の対価としてではなく取得するものであるから,所得税法に規定する一時所得に該当するものとして,所得税が課税されていた。」と判示しており,そこでは「贈与」の語が用いられてはいません。
 その後「昭和39年(法23)の相続税法3条の2(現4条)の新設によって,これ〔民法958条の3第1項による財産の取得〕が「遺贈に因り取得したものとみなす」とされて相続税の課税対象」となっています(久貴=犬伏767頁。また,梶村34頁)。他方所得税については,当該所得は「相続,遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和25年法律第73号)の規定により相続,遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」として,非課税となっています(所得税法9条1項16号)。

 「相続税法は,審判確定時ではなく相続開始時のそれが適用され,この場合の課税価格の算定に当たっては,分与審判に関する訴訟費用等の額を分与財産の価格から控除することはできないとされる(神戸地判昭和581114〔略〕)」とされています(梶村34頁)。前記神戸地方裁判所昭和581114日判決では,「特別縁故者は,自ら申立を行つてはじめて分与を受けうることになるものであるから,原告の主張する訴訟費用等は,被相続人の債務ではなく,また,被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもない。/従つて,右訴訟費用等が〔相続税〕法13条1項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。」と判示されています課税価格に算入される価額から相続税法13条1項によって控除され得るものは,「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)」(同項1号)及び「被相続人に係る葬式費用」(同項2号)に係るもののみです。適用される相続税法は審判確定時のものであるべきだとする学説がありますが(金子528529頁),相続税課税が強化され気味の昨今,裁判所の見解でよろしいのではないでしょうか。なお,特別縁故者に対する相続財産分与の審判による財産取得に係る所得が一時所得であるのならば,「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」の控除が問題となったところでした(所得税法34条2項)。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 離婚請求の本訴と離婚請求の反訴との関係について

 

(1)離婚請求訴訟に対する離婚請求の反訴

 裁判上の離婚について,我妻榮はその1961年の著書において「両当事者がともに離婚を希望しながら,ただ相手方の主張する離婚原因に承服しないために訴訟となり,被告からの反訴となって争われることも稀ではない。」と述べ(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)169頁),更に「反訴に関していえば,夫が婚姻を継続し難い重大な事由を理由として離婚の訴を提起し,妻はこれに応訴しながら,さらに,夫の不貞の行為を理由として反訴を提起し,本訴では原告敗訴,反訴では反訴原告勝訴となっている事例がすこぶる多い。慰藉料を請求しうるのは,離婚の訴でその原因として主張する事実によって生じた損害に限る(人訴7条2項)のだから,現行法の適用としては,そうする他はないのであろう。」と述べています(我妻186頁註(1))。(人事訴訟法(平成15年法律第109号)附則2条によって2004年4月1日から廃止された旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)7条2項は,「他ノ訴ハ之ヲ前項ノ訴〔離婚の訴え等〕ニ併合シ又ハ其反訴トシテ提起スルコトヲ得ス但訴ノ原因タル事実ニ因リテ生シタル損害賠償ノ請求〔略〕ハ此限ニ在ラス」と規定していました。)

 その四十余年後においても,「夫が〔民法〕770条〔1項〕5号の破綻〔「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」〕を理由に離婚請求し,他方,妻は1号の不貞行為を理由に離婚の反訴を提起した。これに対して,裁判所は,夫の請求は有責配偶者からの請求であり,判例〔最高裁判所大法廷昭和62年9月2日判決・民集41巻6号1423頁〕の挙げる要件〔「①「相当の長期間」の別居,②未成熟子の不存在,③相手方配偶者が過酷な状態に置かれる等,著しく社会正義に反する特段の事情の不存在」〕も満たさないとして棄却し,他方で,妻の反訴を認容するということがある。/妻からすれば,要するに離婚できるのだから,夫からの離婚請求にあっさり応じても同じことのように思えるが,どちらの請求が認められるかで慰謝料額に影響するから,反訴を起こす意味はある。」と説かれています(内田貴『民法Ⅳ親族・相続』(東京大学出版会・2002年)121122頁)。

 上記の各著書において挙げられた例を見る限りにおいては不貞行為をしたと問題にされるのはいつも夫の方ばかりであるように印象されます。しかしながら,無論,「妻が婚姻を継続し難い重大な事由(前記昭和62年最大判によれば「夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり,その回復の見込みがなくなった場合」)を理由として離婚の訴を提起し,夫はこれに応訴しながら,さらに,妻の不貞の行為を理由として離婚の反訴を提起した。」という事件も存在します。現に筆者もそのようなこじれた事件で,原告・妻の訴訟代理人側の仕事をしたことがあります。

 

(2)有責配偶者からの本訴に対する離婚の反訴及びそれらの処理の実務

 

ア 有責配偶者からの本訴に対する離婚の反訴

 ところで,「裁判所は,夫の請求は有責配偶者からの請求であり,判例の挙げる要件も満たさないとして棄却し,他方で,妻の反訴を認容するということがある。」という前記記述に関しては,更に詳しく裁判例を見てみる必要があるようです。

 まず,当該記述のある教科書の紹介する最判昭和39年9月17日・民集18巻7号1461頁の事案は,「妻は,夫の態度はとうてい我慢できないから「離婚を継続し難い重大な事由」にあたると主張し(「悪意の遺棄」も主張),夫は妻の態度こそ「婚姻を継続し難い重大な事由」にあたるとして離婚を請求した。裁判では,妻からの請求は棄却され夫からの請求が認容されて,結局離婚が成立した。」というものですが(内田110頁),当該事案においては最高裁判所では専ら妻の主張する夫による「悪意の遺棄」の成否が問題となっています(「前記認定の下においては,上告人〔妻〕が被上告人〔夫〕との婚姻関係の破綻について主たる責を負うべきであり〔妻が夫の意思に反して自分の兄らを夫婦の家庭に同居させて兄とばかり親密にして夫をないがしろにし,かつ,兄らのためにひそかに夫の財産から多額の支出をしたりしたので,夫が妻に対して同居を拒むようになったという事案〕,被上告人よりの扶助を受けざるに至つたのも,上告人自らが招いたものと認むべき以上,上告人はもはや被上告人に対して扶助請求権を主張し得ざるに至つたものというべく,従つて,被上告人が上告人を扶助しないことは,悪意の遺棄に該当しないものと為すべきである。」と判示)。

 その後,下級審裁判例等の分析に基づき,「「有責配偶者からの離婚請求は認められない」というルール」の適用に係る「絞り」として,「第一に,相手方に離婚意思があるときは,有責配偶者からの離婚請求でも否定されることはない(〔略〕最判昭2911・5,〔略〕最判291214は,一般論としてその旨を述べる)。相手方が離婚の反訴を提起しているような場合が,その典型的な例である(東京高判昭52・2・28判時85270,横浜地判昭6110・6判タ626198など)。」と断乎として説かれ(阿部徹『新版注釈民法(22)親族(2)』(有斐閣・2008年)395頁),また,「下級審の裁判例においては,〔略〕相手方配偶者が反訴を提起する等離婚意思のある場合(長野地判昭和35年4月2日・判例時報22639頁,名古屋地半田支判昭和45年8月26日・下民集21巻7・8号1252頁,横浜地川崎支判昭和46年6月7日・判例時報67877頁,福岡地判昭和51年1月22日・判例タイムズ347278頁,東京高判昭和52年2月28日・判例時報85270頁,仙台地判昭和54年9月26日・判例タイムズ401149頁,東京高判昭和58年9月8日・判例時報1095106頁,浦和地判昭和59年9月19日・判例時報1140117頁),〔略〕有責配偶者からの離婚請求を認めるものがある。」と報告されるに至っています(門口正人[29]事件解説『最高裁判所判例解説民事篇昭和62年度』(法曹会・1990年)551頁。下線は筆者によるもの)。

 最判昭和2911月5日・民集8巻112023頁の「一般論」は「民法770条1項5号にかゝげる事由が,配偶者の一方のみの行為によつて惹起されたものと認めるのが相当である場合には,その者は相手方配偶者の意思に反して同号により離婚を求めることはできない」というものであり,最判昭和291214日・民集8巻122143頁のそれは「民法第770条1項5号は相手方の有責行為を必要とするものではないけれども,何人も自己の背徳行為により勝手に夫婦生活破綻の原因をつくりながらそれのみを理由として相手方がなお夫婦関係の継続を望むに拘わらず右法条により離婚を強制するが如きことは吾人の道徳観念の到底許さない処であつて,かかる請求を許容することは法の認めない処と解せざるを得ない。」というものでした(下線は筆者によるもの)。

 

イ 処理の実務

 前記アの多数の下級審裁判例については,裁判所ウェッブ・サイトの「裁判例情報」のウェッブ・ページからは見ることができなかったので端折ってしまいつつ,捷径をとって実務家裁判官のまとめるところを参照すれば,1995年当時には次のような実務の状況であったところです。

 

  離婚訴訟において,〔略〕反訴が提起されている場合に,①本訴,反訴の離婚原因の有無をすべて検討し判断するものと,②双方に離婚意思があるならば,「それ以上に立ち入った審理をするのは無意味である。それは訴訟経済的な観点からもいえるが,離婚するか否かはできるだけ当事者の合意でという離婚制度全体の枠のなかで考えると,被告の離婚意思が明らかになった段階で裁判所としてはそれ以上の審理・判断をさしひかえるのがむしろ望ましい」とする学説(阿部〔徹〕・総判研民法(50)「離婚原因」69頁)に従い,離婚原因の詳細について審理・判断することなく,婚姻を継続し難い重大な事由があるとして,双方の離婚請求を認容するものがある(長野地判昭和35・3・9下民集11巻3号496頁,横浜地川崎支判昭和46・6・7判時67877頁,横浜地判昭和6110・6判時1238116頁,東京地判昭和611222判時124986頁など)。従来,裁判例は①の例が多く,その場合に,有責配偶者からの請求を認めるか否かについて判断が分かれていたが,近時の傾向としては,有責であるか否かを問わず双方の離婚請求を認めるのが有力となっている。本訴,反訴において婚姻を継続し難い重大な事由があると主張している場合は右のように解されるが,問題となるのは,原告が本訴で不貞だけを主張している場合はどうかである。不貞と婚姻を継続し難い重大な事由との訴訟物は同一でないとすれば,少なくとも原告の請求を認容するためには不貞の事実を認定することが必要になってこよう。このような場合には,釈明権を行使して,原告に不貞のほかに,婚姻を継続し難い重大な事由をも離婚原因として主張させ,夫婦関係の内容に立ち入って判断するまでもなく,本訴,反訴の離婚請求をともに認容することができるとするのが,近時の実務の一般的な取扱いであるといえよう。(村重慶一「離婚原因の主張方法」『家族法判例百選[第五版]』(有斐閣・1995年)35頁。下線は筆者によるもの)

 

「異なる離婚原因を掲げて反訴が提起された場合も,双方に5号を主張させ,双方を認容するという扱いがなされることも多いとのことである。離婚の成否と離婚後の処理を切り離して,離婚訴訟を早く解決することをねらった実務の知恵であろう。」ということになります(内田122123頁)。無論,民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由があるとして離婚を請求する本訴原告に対して,同号による当該請求は有責配偶者からのものであって信義則違反であるから認められないとの抗弁を維持しつつ当該被告が反訴原告として同項1号による相手方配偶者の不貞行為を事由とする離婚を請求し,かつ,頑として当該不貞行為事由の離婚請求一本槍に固執するのであれば,審理の結果当該不貞行為の存在が認定され,本訴原告の請求は不貞行為によって婚姻関係の破綻をもたらした有責配偶者からの請求であって,かつ,判例の挙げる①「相当の長期間」の別居,②未成熟子の不存在及び③相手方配偶者が過酷な状態に置かれる等の著しく社会正義に反する特段の事情の不存在の3要件も満たさないものであるとして棄却され(ただし,実務上「有責配偶者からの請求を認めるか否かについて判断が分かれていた」ことは前出のとおりです。),他方で,本訴被告の反訴は認容されるということもあり得るところではあります。

 筆者が本訴原告側において関与した事件では,民法770条1項5号に基づく本訴離婚請求に対して,しばらくは,有責配偶者による離婚請求であるから離婚は認められないなどと主張して抵抗していた被告がとうとう離婚を決意して提起した反訴においては,当初は同項1号の不貞行為及び2号の悪意の遺棄のみが主張されていましたが,結局同項5号の婚姻を継続し難い重大な事由があるとの事由も追加され,裁判所は,4年4箇月に及ぶ別居,その間夫婦として交流が行われたことはないこと及び当該夫婦はいずれも婚姻関係は破綻した旨を主張して離婚を請求していることという諸事実を認定した上で,本訴及び反訴の離婚請求をいずれも認めました(なお,人事訴訟においては,裁判所において当事者が自白した事実は証明することを要しないとする民事訴訟法179条等の適用はありません(人事訴訟法19条1項)。)。難件でしたが,筆者らの側は負けなかったわけです。

 

2 最大判昭和62年9月2日判決及び当該判決における一般論の位置付けに関して

ところで,筆者が関与した前記事案においては,原告が有責配偶者と認められた場合には更にどのような主張をするのかとの裁判所からのお題に対して筆者が起案して提出しておいた力作準備書面は結局出番がなかったところです。当該準備書面の起案に当たっては,別居期間が5年にも満たず,かつ,未成熟の子が2名あるという状況であったので,最高裁判所大法廷昭和62年9月2日判決に係る有責配偶者の離婚要求を認めるための前記いわゆる3要件の存在が大きな障害となっていました。そこで,筆者は,当該判例において具体的な当該3要件が提示されるに当たっての前段であった一般論部分に遡り,学説的論述を懸命に展開(こういうことをするのは,実務家としてはちょっと恥ずかしい)したところです。ちなみに,当該判例の調査官解説においても,当該一般論部分については,「右判示部分は,もとより判例部分ではないが,今後,有責配偶者からの離婚請求において,相手方から抗弁として信義則違背の主張がされることがありうるであろうから,傍論部分とはいえ,重要な意義を有することは否定できない」と指摘されていました(門口582頁)。

 

最高裁判所昭和62年9月2日大法廷判決(民集41巻6号1423頁)は,「有責配偶者からされた離婚請求であつても,夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び,その間に未成熟の子が存在しない場合には,相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り,当該請求は,有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできない」と判示する。ところで,当該判示に係る定式のそもそもの前提として,同裁判所は,民法770条1項5号の事由による離婚請求が有責配偶者からされた場合において当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,有責配偶者の責任の態様・程度を考慮するほか,①相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,②離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態,③夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,並びに④別居後に形成された生活関係を斟酌するとともに,⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないと当該判決において述べているところである。すなわち,前記の定式は,有責配偶者の離婚請求であっても信義誠実の原則に照らして許されるかどうかについての上記の考慮・斟酌の結果当該請求が認められる場合の一つを示したものである。したがって,例えば未成熟の子が存在して当該定式を必ずしも満たさない場合であっても,有責配偶者からの離婚請求が認められ得るところである(最高裁判所平成6年2月8日判決・集民171417頁)。

 仮に原告が有責配偶者であっても,前記昭和62年の最高裁判所大法廷判決が挙げる前記の各事情について考慮・斟酌すれば,その離婚請求は認容されるべきものであることは明らかである。原告と被告との間の婚姻関係破綻に至る両者の責任の態様・程度については既に訴状で述べているところであるので,以下においては,前記の①ないし⑤の各事情について述べる。

 

 云々。

 調査官解説は,「夫婦が長期間にわたり別居をしている場合にも,信義則を適用するに当たって斟酌すべきであるとされた事情をなお考慮すべきであろうか。」との問いを発した上で(門口582頁。なお,ここにいう「信義則を適用するに当たって斟酌すべきであるとされた事情」とは,当該判例の一般論部分に挙示された上記諸事情のことでしょう。),「いずれにせよ,長期別居の場合になお考慮すべきは,相手方配偶者が離婚により被る苛酷な状況からの救済と未成熟子に対する監護養育の確保に限られることになる。これによって,当事者は,婚姻破綻の責任等の諸事情に係る主張立証から解放されてプライバシーも保護されることになる。」と結論付けています(門口583頁。下線は筆者によるもの)。これは,本来は一般論において挙示された諸事情を全て考慮して信義則違背の主張の当否を判断しなければならないのだが,①長期間の別居の場合には,②未成熟子に対する監護養育の確保及び③相手方配偶者が苛酷な状態に置かれることからの救済についてだけ考えればよいのだよ,ということでしょうか(「時の経過がこれらの諸事情に与える影響」とは,時の経過=長期間別居によってこの考慮事項限定効果がもたらされることになるということを意味する趣旨のように思われます。すなわち,調査官解説は「更に,本件が長期間〔本訴提起まで35年に及ぶ〕にわたる別居の事案であることにかんがみ,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないと判示したものであろう。」と述べているところです(門口582頁)。)。ということであれば,「長期別居」に当たらない場合でも,そこで直ちに諦める必要はなく,一般論に立ち返って必要な諸事情を全てクリアすることに努めていけばよいということになるはずです。「ここにいう別居期間は,有責配偶者からの請求の否定法理を排斥する要件として,前記のような有責性を含む諸事情から解放するに足りるものでなければならず」とされているところ(門口584頁),「長期別居」によって直ちに「前記のような有責性を含む諸事情から解放」されなくとも,なお当該「諸事情」の個々について別途クリアしていくことは可能であるはずだからです。(民法770条1項5号の規定については,「同号所定の事由〔略〕につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない」と当該判例自体において判示されています。)また,未成熟子の不存在要件については,つとに「これは,本件事案を前提に,未成熟子のいない多くの場合を想定して子の利益に関する特別の配慮を要しないことを示したものであって,未成熟子が存在する場合に原則的破綻主義を放棄したものではないことはいうまでもない。したがって,未成熟子が存在する場合については,おそらく,離婚によって子の家庭的・教育的・精神的・経済的状況が根本的に悪くなり,その結果,子の福祉が害されることになるような特段の事情のあるときには,離婚をすることは許されないということになるのであろう。」とその趣旨が明らかにされていました(門口585頁)。

 

なお,東京高等裁判所(平成26年(ネ)第489号)平成26年6月12日判決(判時223747頁)は,「〔民法770条1項〕5号所定の事由による離婚請求が,その事由につき専ら責任のある一方の当事者(有責配偶者)からなされた場合において,その請求が信義誠実の原則に照らして許容されるか否かを判断するに当たっては,有責配偶者の責任の態様・程度はもとより,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子,特に未成熟子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係等が斟酌されるべきである(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決(民集41巻6号1423頁)」と判示した上で,これまで有責配偶者からの離婚請求が否定されてきた実質的な理由の一つは「一家の収入を支えている夫が,妻以外の女性と不倫や不貞の関係に及んで別居状態となり,そのような身勝手な夫からの離婚請求をそのまま認めてしまうことは,残された妻子が安定的な収入を断たれて経済的に不安定な状態に追い込まれてしまい,著しく社会正義に反する結果となるため,そのような事態を回避するという目的があったものと解される」としつつ,婚姻後別居までの期間約7年,別居期間約2年の夫婦間の事案において,6歳の長男及び4歳の長女の二人の子らを連れて別居している36ないし37歳の有責配偶者である妻からする41ないし42歳の夫に対する離婚請求を,夫婦としての信義則に反するものではないというべきであるとして認容している。また,札幌家庭裁判所(平成26年(家ホ)第20号)平成27年5月21日判決は,婚姻後別居までの期間が約17年,別居期間約1年半の夫婦間の事案において,38ないし39歳の有責配偶者である夫からする,16ないし17歳の長男及び14ないし15歳の長女の二人の子らを監護する39ないし40歳の妻に対する離婚請求を,信義則上許されないものということはできないとして認容している。

  おって,最高裁判所平成161118日判決(集民215657頁)は,同居期間約6年7箇月,別居期間約2年4箇月の夫婦間において,有責配偶者である33歳の夫からされた,両者間の7歳の子を監護している33歳の妻に対する離婚請求について,別居期間は相当の長期間に及んでいないとしているが,夫の離婚請求に対して妻が離婚を拒んでいた事案であったとともに,被告である妻は子宮内膜症に罹患していて,離婚により精神的・経済的に苛酷な状況に置かれることが想定されることが明らかであると認められていた事案であって,本件とは事案を異にするものである。ちなみに,当該事案においても,原審判決である広島高等裁判所(平成15年(ネ)第307号)平成151112日判決は,離婚を認めていたものである。

 

東京高等裁判所平成26年6月12日判決については,最高裁判所に上告がされたと伝わっているけれどもさてその後はどうなっているのであろうかとは皆気にしていたところですが,東京3弁護士会の法律相談センターのウェッブ・サイトに掲載されたコラム記事(2016年6月1日)によれば,上告受理申立てがされたもののそのまま確定したそうです。

 

3 離婚の動向等に関して

 

(1)離婚の動向に関して

ところで,個別の離婚事案の法律問題を離れて,離婚事件の趨勢は今後どうなるのかを考えてみると,事件数は増加というよりはむしろ減少するのではないかと思われます。

まず,そもそもの婚姻が減少し,生涯未婚率(50歳時の未婚割合)が増加しています。すなわち,国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集(2017改訂版)によれば,我が国の2015年の生涯未婚率は,男性が23.37パーセント,女性が14.06パーセントとなっています。同年から50年前の1965年(昭和40年)に生まれた当該世代は,その二十代においてはバブル経済の恩恵を受けて明るく楽しく青春を謳歌したはずであるものの,初老の50歳になった時には,男性の約4人に1人,女性の約7人に1人は結婚できずに終わっていたのでした。その10年前の2005年においては,男性の生涯未婚率が15.96パーセント,女性の生涯未婚率が7.25パーセントだったところです。Japan as No.1時代の1990年においては,男性・女性のそれぞれについて,5.57パーセント及び4.33パーセントでした。

 同じ人口統計資料集によれば,1883年以来の我が国で離婚の総数が1番多かった年は2002年であって,289836件ありましたが,2015年には226215件になっています。ピークから約22パーセント減ということになります。判決による離婚が1番多かった年は2005年で3245件ありましたが,2015年には2383件になっています。こちらはピークから約26.6パーセント減です。離婚率は,1940年以前は総人口について,1947年以降は日本人人口1000について算出されていますが,2015年は1.81‰(パーミル)です。1947年以降で離婚率が最高であった年はこれも2002年で2.30‰でしたが,平成の世になって離婚が増えて嘆かわしいなどと速断してはならず,明治の聖代の1883年には3.38‰と,当該統計資料上の最高値を示しています。

 西洋でも離婚は最近減少傾向であるようです。「もしそれ〔婚姻〕が続くものであるようにしようとするのならば,統計的には,イングランド及びウェールズにおいて結婚する最悪の時代は1990年代半ばであった。1996年に結ばれた者たちのうち,11パーセントが結婚から5年目までに別れており,及び25パーセントが10年目までにそうなった。10年後に結婚したカップルはそれよりよくやっている。2006年に結婚したもののうちでは,8パーセントが5年目までに別れており,及び20パーセントが10年目までにそうなった。より最近の世代は,より堅確(steadfast)であるようである。」と報告されており,更に,「同様のことが他の国でも生じている。」と述べられています(“For Richer” of “Special Report: Marriage”, The Economist, November 25, 2017)。

 

(2)古く新しい関係に関して

ア 2種の同性婚の婚姻数及び3種の婚姻の離婚率

 新たな離婚市場の開拓(この言い方は変ですが)を模索する弁護士は,新たな婚姻の形にも注目すべきでしょうか。既に同性間の婚姻の法制化がされた国があり,これらの動きの影響を受けて,我が国はどうなるのかとの議論もあるところですが,婚姻あるところやはり離婚ありです。

 

  女性は,挙式により積極的である(Women have been keenest to go down the aisle. (筆者註:これはキリスト教会での挙式のイメージですね。))。英国,スウェーデン及びオランダにおいては,女性間の婚姻数が男性間のそれを上回っている。女性間の結合はまた,より破綻しやすい。同性婚を2001年に法制化したオランダにおいては,2005年に結ばれた両性婚中82.1パーセントは2016年において依然存続していたところである一方,女性間の婚姻については69.6パーセントのみであった。男性同性愛者が,コミットメントについてのチャンピオンである。彼らの婚姻中84.5パーセントが存続していた。(“Adam and Steve” of “Special Report: Marriage”, The Economist, November 25, 2017

 

女にとっても男にとっても,男のパートナーとの関係の方が長続きするということでしょうか。何だか変な一般化ではありますが。しかし,そもそも婚姻は,「父がその子らを養育しなければならないという自然の義務が,当該義務を負うべき者を定める婚姻制度を成立せしめた。(L’obligation naturelle qu’a le père de nourrir ses enfants, a fait établir le mariage, qui declare celui qui doit remplir cette obligation.)」ということに由来するものであって(De l’Esprit des lois,ⅩⅩⅢ, 2),男を義務付け大人たらしめて子に父を与えるためのものですから,婚姻というものに当たっては実は男の方が深刻真剣になるのでしょう。他方,女子会は,これまたいろいろ大変そうですね。

イ ネロ

なお,同性婚は,決して新しいものではありません。紀元1世紀の古代ローマでの話。

 

彼〔ネロ〕は少年スポルスの生殖腺を切りとり,さらに彼の性まで女に変えようと試み,嫁入り資金を与え花嫁のベールをかぶせ,結婚式をあげ,賑やかなお伴の行列と一緒に,自分の家に来させ,妻として迎えた。(国原吉之助訳・スエトニウス「ネロ28」『ローマ皇帝伝(下)』(岩波文庫・1986年)163頁)

ネロとスポルスとの婚姻を見て,確かに同性婚も悪くはないな,との評価がありました。

 “exstatque cuiusdam non inscitus iocus bene agi potuisse cum rebus humanis, si Domitius pater talem habuisset uxorem. ” 

「親父のドミティウスも,こんな妻を持てばよかったのに。」

 最後に解放奴隷ドリュポルスによって仕上げがなされた。この者に,ちょうどスポルスがネロに嫁いだように,今度はネロが嫁ぎ(「ネロ
29」国原・スエトニウス164頁)


ウ 神聖部隊
 ところで,男同士の愛こそ,なかなか恐ろしい。古代ギリシアは紀元前4世紀にスパルタに代わって覇権を握ったテーバイでの話。

 

  さて『神聖部隊』〔Sacred Band〕といふものは〔略〕或る人はこの部隊が愛慕するものと愛慕されるもの(当時の風習であつた少年愛を指す)から成つてゐたのだと云ふ。さうしてパンメネース(前4世紀テーバイの将軍)が戯れに云つた言葉を引用している。〔略〕愛慕者を被愛慕者の側に置かなければいけない〔that he should have joined lovers and their beloved〕。〔略〕愛慕を籠めた友情によつて纏まつた部隊は,愛慕者は被愛慕者に対して,被愛慕者は愛慕者に対して恥を感ずるから,危険の場合にお互のために踏み留まるので,崩れもせず敗れもしないからである。相手が居合はせなくても目の前に居合はせる他の人々に対してよりも恥を感ずるとすれば,これは一向不思議な事ではない。それはあの,倒れてゐるところへ敵が来て刺さうとしたのに対して胸に刀を突き通してくれと頼み『自分を愛慕する友が自分の屍体の背中に傷が附いてゐるのを見て羞しい思ひをすると困るから』と云つた話からもわかる。〔略〕さて,プラトーンも(『ファイドロス』255b『饗宴』179a)愛慕者を神の霊感を受けた友人と名づけてゐる〔Plato calls a lover a divine friend〕ところから見ても,前に云つた部隊が『神聖』と呼ばれたのも当然である。この部隊はカイローネイア(ボイオーティアー西境北部の町,前338年アテーナイとテーバイとの聯合軍がマケドニアのフィリッポス〔アレクサンドロス大王の父〕に敗れた場所)の戦まで敗れたことがなかつたと云はれてゐる。その戦の後に屍体を検分してゐたフィリッポスが,丁度その300人が皆武器を取つてサリーナ(マケドニア兵の長い槍)に抵抗した挙句,互に混ざつて倒れてゐる場所で立止まり,その部隊が愛慕者と被愛慕者から成ると聞いて感服し涙を流して云つたさうである。『この人々が恥づべき事をしたりされたりしたと考へる奴ら〔any man who suspects that these men either did or suffered anything that was base〕はみじめな死に方をするぞ。』(「ペロピダース18」河野与一訳『プルターク英雄伝(四)』(岩波文庫・1953年)118120頁。英語訳はDrydenによるもの)

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

 どうも筆者の悪癖で,毎年年内には年賀状がなかなか出せないところです。毎年正月少し遅れた年賀状を受け取らされることとなってしまっておられる関係の皆様には申し訳なく思っております。

 しかしながら,こうなると少々開き直りで,「そもそも年賀状ってどういう由来があるのだ。」ということがふと気になり,当該沿革を調べた上でその中で己れの所為(又は不所為)を位置付けようかと思った次第です。おいおいそんな好事家的なblog記事を書く暇があれば,とっとと年賀状を出せよ,というお叱りは,あえて甘受するところです。

 

1 年賀郵便特別取扱いの開始等

 さて,『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年)の「年賀状」,「年賀郵便特別扱」又は「年賀郵便用切手」関係の記載を拾うと,次のようになります。なお,郵便事業は,200710月1日からは民営化ということで現在は日本郵便株式会社によって行われていますが,2003年4月1日から2007年9月30日までは日本郵政公社によって行われ,2003年3月31日以前は政府(逓信省等,郵政省,郵政事業庁)直営でした。(なお,「郵便創業の日」とされている1871年4月20日はすなわち明治四年三月一日であって,同日に郵便物の第1便が発足したものです。東京・京都・大阪間における郵便開始が定められたのは1871年3月14日(明治四年一月二十四日)のことでした。)

 

 18991216日 逓信省,年賀郵便特別取扱制(元旦配達,指定局でのみ受付)実施を決定

 1927年1月1日 年賀状(東京都36局),282万通に激減(‘26年,3595万通)

 193512月1日 初の年賀郵便用切手発行

 194011月6日 逓信省,年賀郵便特別扱停止

 194812月1日 年賀郵便の特別取扱い復活

 

 1899年(明治32年)1216日には年賀郵便特別取扱制の「実施を決定」ということで,いつ実施されたのかがはっきりしないのですが,これは1900年(明治33年)1月の年賀状からということでしょう。「勾留とは,被疑者・被告人を拘束する裁判およびその執行をいう。」との勾留の定義(田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣・1996年)82頁)の話になぞらえると,勾留の裁判がされた日付は分かるけれども,勾留状を執行した年月日時(刑事訴訟規則75条1項)及び勾留した年月日時(同条3項)は分からぬぞ,という形の記載です。(なお,勾留に関しては,2015年1月22日付けの「勾留の裁判に対する準抗告をめぐって(認容決定にちなんで)」記事において,筆者の思い付きめいたことを書いたことがあります。http://donttreadonme.blog.jp/archives/1018177028.html

 郵政研究所附属資料館(逓信総合博物館)の『―人と人の心を結ぶ―年賀状の歴史と話題』(199611月。インターネットに掲載されています。)によれば,「明治32年〔1899年〕12月に,初めて一部の局で年賀郵便物の特別取扱を実施しました。1220日から30日までに,特に指定した郵便局へ出された年賀状は,翌年1月1日の日付印を押して配達局へ送っておき,元旦の最先便から配達する仕組みでした。これが現在も行われている特別取扱制度の起源です。」ということでした(11頁)。引き続き「翌明治33年〔1900年〕には年賀状郵便物特別取扱規程を定めて,特別取扱を全国の集配郵便局に拡げ,明治38年〔1905年〕12月からは全ての局で取扱うこととしました。/制度としての確立は明治39年〔1906年〕12月の年賀特別郵便規則の施行によります。この当時は,差出通数10通以上の制限があり,束ねて「年賀郵便」と記載した札を付け,窓口へ差出しました。」ということになります(郵政研究所附属資料館11頁)。年賀状郵便物特別取扱規程が定められたのは1900年(明治33年)も押し詰まった同年の12月で,「取扱い期間は12月中,把束して記票を付し,局に差出す」ということで,1905年(明治38年)12月の制度では「20通以上,種類(第何種)を問わず束ねて,年賀郵便と記載した札を付け,局窓口に差し出す」ということだったそうです(郵政研究所附属資料館10頁)。

 

2 年賀特別郵便規則

 

(1)条文

 1906年(明治39年)12月1日から施行された年賀特別郵便規則(明治39年逓信省令第51号)は,次のとおりのものでした。

 

 年賀特別郵便規則左ノ通相定ム

     明治39年11月29日       逓信大臣山縣伊三郎

    年賀特別郵便規則

第1条 10通以上ノ年賀郵便物ハ本規則ニ依リ予メ之ヲ郵便局ニ差出シ特別取扱ヲ請求スルコトヲ得

 第2条 特別取扱ヲ為ス年賀郵便物ハ料金完納ノ普通通常郵便物ニ限ル

 第3条 特別取扱ヲ為ス年賀郵便物ノ引受期間ハ毎年12月15日ヨリ29日マテトス

 第4条 特別取扱ニ依ル年賀郵便物ヲ差出ストキハ之ヲ1束トシ年賀郵便ト記載セル附札ヲ為スヘシ

 第5条 本規則ニ依リ差出タル年賀郵便物ハ翌年1月1日引受ノモノト看做シ当日最先便ヨリ配達ヲ開始ス

  前項ノ郵便物ハ到著日附印ヲ押捺セス

 第6条 本規則ニ定ムル事項ノ外一般ノ規定ニ依ル

    附 則

 第7条 本令ハ明治39年12月1日ヨリ之ヲ施行ス

 

山縣伊三郎は,長州出身の明治維新の元勲である山縣有朋の甥(有朋の姉の子)にして,かつ,養子です。

 

(2)省令の法形式

 「制度としての確立」(郵政研究所附属資料館11頁)ということの意味は,年賀特別郵便規則は,それまでの年賀状郵便物特別取扱規程等とは異なり,正式の法形式の一である省令であるということでしょう(公文式(明治19年勅令第1号)4条・5条・7条)。各省官制通則(明治26年勅令第122号)4条には「各省大臣ハ主任ノ事務ニ付其ノ職権若クハ特別ノ委任ニ依リ省令ヲ発スルコトヲ得」と規定しています。同条については,同条での「職権に依つて発する命令は,特定の事項に付き特別の委任あるを待たず,官制に依る一般的の委任に基づき,大臣の自ら必要と認むる所に依り発するもので,〔大日本帝国〕憲法第9条〔「天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス」〕に天皇は何々の命令を『発シ又ハ発セシム』とある規定に基づき,官制に依り一般的に委任せられて居るのであるから,其の委任の範囲は唯憲法第9条に依る命令にのみ止まるものと解すべきことは勿論である。憲法第9条に依る命令は,執行命令・警察命令・行政規則の3種に分ち得べきもので,随つて職権に依る省令を以つて定め得べき範囲も,此等の3種の命令に限るものである。」と説かれた上で,「即ち各省大臣は其の主任事務に付き法律勅令に抵触しない限度に於いて,或は法律又は勅令を執行するに必要な施行規則〔執行命令〕を,或は公共の安寧秩序を保持する為めに人民に或る事を禁止し又は命令する定め〔警察命令〕を,或は人民の福利を増進する為めにする公の施設に付き其の利用の条件に関する定め〔行政規則〕を,省令を以つて規定することが出来るのである。」と説明されています(美濃部達吉『日本行政法 上巻』(有斐閣・1936年)408409頁)。

 

(3)営造物規則性

 省令ではなかった年賀状郵便物特別取扱規程等は,それでは正統性を欠く違法なものかといえばそういうことはなく,「営造物規則は性質上法規ではなく行政規則の一種に外ならぬのであるから,法規命令の形式を以つて正式に公布することを要するものではなく,適宜の形式を以つて定め,適当の方法に依り其の効力を受くべき者に周知せしむる為めに告示するを以つて足れりとする。〔中略〕或は一枚刷若くは小冊子に印刷して有料又は無料で利用者に配付し,或は利用者の周知し得べき適当の場所に掲示する等は,其の告示の通常の方法である。唯営造物の利用が広く一般人民に普及し,一般人民をして普くこれを周知せしむる必要ある場合には,性質上は営造物規則たるものでも,省令又は府県令等法規命令の形式を以つて定められて居るものが少くない。」ということになっていました(美濃部達吉『日本行政法 下巻』(有斐閣・1940年)636637頁)。営造物規則とは,「営造物の役務及びその利用の条件に関する規律は,法律命令に抵触せざる範囲に於いて,管理者の当然の権限としてこれを定むることが出来る。営造物管理者の定むる此等の規律を営造物規則(Anstaltsordnung)と称する」というものであって(美濃部・下635頁),その効力の根拠は,「利用者に対しては,利用関係の成立が自由契約に基づく場合には利用者は其の関係に立入ると共に当然管理者の定むる規則に服従すべきことを承諾したものと認めらるるものであり,利用強制の場合にも,利用を強制すること自身は法律の規定を要するが,法律が利用強制を規定すれば其の規定の中には当然利用者に対して其の利用に関し営造物管理者の定むる規則に従ふべき義務を命ずる趣旨をも含んで居るものと解すべきことに在る。それは営造物職員と利用者との間にのみ効力を有するものであるから,其の利用に関係なき第三者を拘束する力を有し得ないことは勿論,他の行政庁又は裁判所を拘束する力も無く,随つて規則違反に対する制裁としては,唯利用権の停止又は排除を定め得べきに止まり,刑罰又は過料の制裁を定め得べきものではない。」(美濃部・下636頁),ただし「法律又は法規命令の形式を以つて定められて居る場合には,其の規定の違反に対して罰則の制裁の定められて居るものが少くない。」(美濃部・下631頁)とされていました。郵便関係については「郵便に付いて言へば,郵便法〔明治33年法律第54号〕は郵便の独占・郵便負担・郵便特権等に付いての定めで,勿論単純な営造物規則ではないが,其の下に於いて定められて居る郵便規則・航空郵便規則・郵便物包装規則・速達郵便規則の類は,概ね性質上は営造物規則たるもので,而も形式上は何れも逓信省令として公布せられて居る。」と紹介されています(美濃部・下637頁)。

 

3 内国郵便約款における規定

 現在の日本郵便株式会社の内国郵便約款(平成2410月1日・最近改正平成2910月2日)の第146条,第148条及び第149条は,次のように規定しています。

 

  (年賀特別郵便の取扱い)

 第146条 当社は,郵便物を12月15日から12月28日までの間に引き受け(引受開始日については,1週間を限度として繰り下げることがあります。),料金別納又は料金後納とするものの場合を除きこれに翌年1月1日付けの通信日付印を押印し,翌年1月1日の最先便からこれを配達する年賀特別郵便の取扱いをします。ただし,通信日付印の押印は,その郵便物が料額印面の付いた郵便葉書であるときは,これを省略することがあります。

 2 年賀特別郵便の取扱いは,次に掲げる郵便物につき,これをします。

(1)第一種郵便物(郵便書簡及び料金表に規定する定形郵便物に限ります。)

(2)通常葉書

(3)点字郵便物(料金表に定める定形郵便物の大きさ,形状及び重量に準ずるものに限ります。)

3 年賀特別郵便とする郵便物(以下「年賀特別郵便物」といいます。)は,これを他の特殊取扱とすることができません。

 

 (年賀特別郵便物の表示)

第148条 年賀特別郵便物には,その旨を示す当社が別に定める表示をして差し出していただきます。ただし,通常葉書(配達地域指定年賀特別郵便とするものを除きます。)は,適当な通数ごとに1束とし,これに当社が別に定める記載をした付せんを添えて差し出すことができます。

 

(注1)当社が別に定める表示は,郵便物の表面の見やすい所に「年賀」の文字を明瞭に朱記するものとします。〔後略〕

(注2)当社が別に定める記載は,「年賀郵便」の文字を明瞭に記載するものとします。

 

  (年賀特別郵便の表示をして差し出された郵便物の取扱い)

 第149条 第146条(年賀特別郵便の取扱い)第1項の期間内に,その表面の見やすい所に年賀なる文字を朱記して差し出された同条第2項(1)から(3)までに掲げる郵便物又は通常葉書を適当な通数ごとに1束とし,これに年賀郵便なる文字を記載した付せんを添えて差し出されたものは,年賀特別郵便物(配達地域指定年賀特別郵便物を除きます。)として差し出されたものとみなします。

 

なお,年賀特別郵便等の通常葉書の郵便料金が62円ではなく52円であることについては,内国郵便約款41条に基づく料金表の「第2表 第二種郵便物の料金」の「第1 適用」の「2 特別料金」が次のように規定しており,「第2 料金額」の「2 特別料金」が「52円」と規定されていることによります。

 

 次のいずれかに該当する通常葉書については,第2の1(基本料金)の規定にかかわらず,第2の2(特別料金)に規定する料金を適用します。

(1)年賀特別郵便として差し出されたもの

(2)12月29日から翌年1月7日までの間にその表面の見やすい所に「年賀」の文字を明瞭に朱記して差し出されたものであって特殊取扱としないもの

 

4 郵便物の送達に関する利用関係の成立について

 内国郵便約款上は郵便物の差出し及び引受けの概念があるようです。「郵便物の送達に関する利用関係は,郵便官署と郵便物差出人との合意に依り成立」するものとされていたところ(美濃部・下619頁),年賀特別郵便規則1条によれば差出しに請求が伴うのですから,差出しが郵便利用契約の申込みであって引受けがその承諾ということになるのでしょうか。

しかし,そうではないようです。

広島逓信局に勤務していた後の革新官僚・奥村喜和男の1927年の著書においては,当時,「逓信部内に於ては一人の例外なく郵便物の送達義務は「引受ノ完了」を以つて発生すると解してゐる。」と報告されていました(奥村喜和男『郵便法論』(克明堂書店・1927年)14頁)。しかしながら,更に詳しく見ると実は逓信省の内部は分裂していて,「甲論者は送達義務の発生は郵便物を郵便凾に投入した時であるとなし,乙論者は郵便官署に取り集めて帰り引受検査をした時であるとなしその見解が一致してゐない。而もこの両説が部内に並び行はれてゐる。」という状態だったそうです(奥村14頁)。乙論者によれば,郵便物の差出しが郵便利用契約の申込みであって,郵便事業者側が引受検査を通じて承諾の意思表示をするものということとなるようです。甲論者によれば,郵便物の投函による差出しが承諾の意思表示ということになるようです。

学説上は,「郵便官署が広く郵便函を処々に設置して居るのは,これに投函せられた普通郵便物の配送を引受くべきことの一般的意思表示を為して居るもので,何人でもこれに郵便物を投函すれば,それに依つて直ちに合意が成立する」とされています(美濃部・下618619頁。また,同622623頁,奥村1518頁)。甲論者の採る結論が正しいということでしょう。ここでは,「引受け」概念は,申込みと承諾による契約の成立に関する精確な法律論を行うには無用であって,かつ,かえって議論を混乱させるものということになります。「何となれば「引受完了」を何時と見るべきかは何等法規の示すものなく,従つて各自の主観であつて郵便凾に投入の時とも亦引受検査の時とも解し得るから」です(奥村1415頁)。郵便ポストの存在が事業者からする郵便利用契約の申込みの意思表示であって,そこへの投函による郵便物の差出しが承諾の意思表示になるのですから,郵便利用契約の成立に当たっては当該差出しに対する改めての「引受け」の意思表示の出番はありません。
 日本郵便株式会社の内国郵便約款4条1項は,「郵便の利用の契約は,差出人が,この約款の定めるところにより郵便物を差し出した時に成立します。」と規定しています。

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 郵便利用契約の申込みの意思表示(やや右肩下がりに写っているのは御愛嬌です。)

 

5 年賀特別郵便の取扱いの特別性について

年賀特別郵便規則における特別性はどこにあったのでしょうか。同規則5条が特別取扱いの本体ということになります。

年賀特別郵便規則5条1項前段は「年賀郵便物ハ翌年1月1日引受ノモノト看做シ」と規定していますが,「翌年1月1日引受」まで郵便物の送達に関する利用関係が成立しないということではおかしいですから,ここでの「引受」は郵便物の送達に関する利用関係の成立の時期とは別の意味を有するものでしょう。昭和13年逓信省令第25号の郵便規則(同規則228条により年賀特別郵便規則は廃止されています。)213条の「年賀特別郵便物ニハ翌年1月1日附ノ通信日附印ヲ押捺シ翌年1月1日の最先便ヨリ之ヲ配達ス」との規定,内国郵便約款146条1項の「翌年1月1日付けの通信日付印を押印」との規定等からすると,消印の日付を翌年1月1日にするということのようです。明治33年逓信省令第42号の郵便規則11条は「郵便ニ関スル料金納付ノ為メニ用ヰタル郵便切手其ノ他郵便料金ヲ表彰スヘキ証票ハ郵便局所ニ於テ之ヲ消印ス」と規定していました。(なお,通信日付印については,昭和22年逓信省令第34号の郵便規則3条に「郵便局において郵便物の取扱に関し使用する日附印(通信日附印という。)の形式は,これを告示する。」との規定がありました。)ただし,郵便法(昭和22年法律第165号)30条には「汚染し,若しくはき損された郵便切手又は料額印面の汚染し,若しくはき損された郵便葉書若しくは郵便書簡は,これを無効とする。」とありますから(旧郵便法(明治33年法律第54号)31条も「郵便切手其ノ他郵便料金ヲ表彰スヘキ証票ノ汚斑毀損シタルモノハ其ノ効用ヲ失フ」と規定),郵便切手等に消印がされた以上はその日付がどうあれ直ちに無効となるものでしょう。

年賀特別郵便規則5条1項後段には翌年1月1日の「最先便ヨリ配達ヲ開始ス」とありますが,これは確かに,通常の郵便物が順次そのまま直ちに送達されて行く取扱いであるのとは異なる取扱いです。

年賀特別郵便規則5条2項には年賀郵便物について「到著日附印ヲ押捺セス」とありますが,これは現在では分かりにくいところです。明治の「当時の郵便物には引受局で行う消印の外,配達局でも到着日付印を押しましたが,明治31年〔1898年〕からは1月1日から5日まで葉書の到着日付印を省略し,更に明治34年〔1901年〕からは期間を7日間に延長しました。」(郵政研究所附属資料館11頁)という背景事情があったところです。

 

6 特別取扱いを開始せしめた事由

ここまで来て,いよいよ年賀郵便物の特別取扱を開始せしめた事由とは何かということになるのですが,これは全く「元旦に殺到する年賀状」(郵政研究所附属資料館11頁)の処理に音をあげた逓信省側の受動的対応の結果であって,積極的に年賀状の差出しを大衆に勧奨して増益を図るというものではなかったようです(そもそも通信事業特別会計法(昭和8年法律第41号)に基づき1934年度から通信事業特別会計が発足するまでは,郵便事業は一般会計に帰属していました。「益金は一般会計の財源として巻きあげられ」るだけだったようです(藤川靖「苛酷な国庫納付金」逓信外史刊行会編『逓信史話 中』(電気通信協会・1962年)163頁参照)。)。

 

 明治時代の一般家庭では,元旦に年始回りを済ませ,その後で年賀状を認めることが多かったようです。書初めと合わせて2日に書く人もありました。

 年賀状が増えるに従い,郵便局は一度に差出される郵便物処理のために多忙を極め,次第に対応が困難となってきました。(郵政研究所附属資料館11頁)

 

 明治時代も中頃になると年賀状が激増し,郵便局では押印係が元日から不眠不休で消印作業を行って,日付印軸を握る手の平はマメで腫れ上がるといった有様でした。(郵政研究所附属資料館9頁)

 

年始回りは本来元日に行われるものである以上,それを代替するためのものである年賀状の差出しも正しく元日にされるべきものであり,そのようにされたことの証として年賀状には同日付けの通信日付印が押印されてあるべきもの,という認識が,年賀状の交換を始めた我が人民の間には自然なものとしてあったということでしょう。年賀状の交換は郵便局側の官製キャンペーンに応ずる人工的なものとして始まったものではないようです。

年賀状の輻輳に対する郵便局側の対策は,1890年からの正月三が日間の集配度数の減便から始まり(郵政研究所附属資料館10頁・11頁),前記の1898年からの葉書の到着日付印の押印省略を経て,189912月の年賀郵便物特別取扱開始に至ったわけです。年賀状の差出しを元日から前月の後半に前倒し分散してもらい,それらの処理のための余裕を与えてもらおうということであったようです。すなわち年賀郵便物特別取扱いは,年賀状差出数拡大キャンペーンのためのものではなく,本来は郵便局の従業員の労苦の軽減のための工夫であったもののようです。

 

7 特別取扱いの意義に係る認識の変化及び先の大戦下の特別取扱停止

しかし,194011月6日の昭和15年逓信省令第64号(「年賀特別郵便ノ取扱ハ当分ノ内之ヲ停止ス」)による年賀郵便特別扱停止は,年賀郵便物特別取扱いの制度が当時既に国民に対する年賀状差出促進キャンペーンであるものとして認識されていたということによるもののように思われます。当該キャンペーンたる国の特別取扱いの停止に応じて,従順なる国民が素直に年賀状の差出しをやめるものと考えたということなのでしょう。しかし,人民が相互の私的交誼を飽くまでも変わらず尊重して年賀状を差し出し続けていたならば,年賀郵便特別取扱いなしには,郵便局は明治の中頃同様の労苦及び混乱に再び襲われることになってしまっていたのではないでしょうか。とはいえ,「昭和12年〔1937年〕に日華事変が起って時局が緊迫すると,あらゆる面で耐乏生活が求められ,その流れの中で紙の消費節約と国家資源確保という国策上の見地から,11月には年賀状停止の申合せが閣議決定され,差出しが抑制されます。年賀切手の発行は昭和13年〔1938年〕用を最後として中止され」ました(郵政研究所附属資料館13頁),という下ごしらえが第1次近衛内閣によってされていたので(同内閣は193712月の南京陥落の前から蒋介石相手にはなかなか勝てないと既に暗く考えていたものでしょうか,それとも単に当該事変を奇貨として革新官僚的統制経済体制下における正しいmottainai精神を国民に植え付けようとしたものでしょうか。いずれにせよ1939年には「時局緊迫のため年賀郵便減少」ということになっていたそうです(郵政研究所附属資料館12頁)。),第2次近衛内閣下194011月の年賀特別郵便取扱停止に対して大きな抵抗はもはやなかったものでしょう。(しかし,194011月は紀元二千六百年式典で盛り上がっていたはずなのに,年賀状は評判が悪かったのですね。ちなみに,193512月に最初に発行された年賀用切手の絵柄は渡辺崋山の「富嶽の図」でした(郵政研究所附属資料館12頁)。)

 

8 「ノルマ」に関する発言

ところで,年賀状の制度は現在また別の形で郵便局の従業員に犠牲を強いるものとなっているのだ,とおっしゃる国会議員がおられます。例えば,2015年6月8日の参議院行政監視委員会において,山本太郎委員から次のような発言がありました。

 

〔日本郵便株式会社の現場では〕大量の年賀はがきなどの販売に,5千枚から1万2千枚など,とにかくノルマを課せられると。売り切れなかったら自腹で買い取れと,自爆営業と呼ばれているものがあり,それを強要するパワハラも横行していたといいます。非正規が自爆営業を拒否すれば,減給や雇い止めもあり得るという。地獄ですよ,こんなの。地獄のシステム。
 〇〇参考人,もちろん,〇〇社長にも年賀はがきの自爆営業ノルマあるんですか,ないですよね。現場に押し付けて,上は関係ないと,ノルマもないと。

(第189回国会参議院行政監視委員会会議録第2号23頁)

 

 「ノルマ」は元はロシア語のнормаであって,ソヴィエト社会主義共和国連邦名物であったそうです。19221230日に成立した同連邦は69年もたずに19911226日に消滅宣言。とはいえ逆に,ノルマのシステムによって69年間ももたせたというべきでしょうか。ロシア革命百周年の年(2017年)が終るに当たって考えさせられるところです。

 

9 皇位継承と年賀郵便物数との関係等

 ところで,1927年1月1日に年賀状(東京都36局)が,282万通に激減したのは,その前月25日午前1時25分の大正天皇の崩御のゆえです。19261227日の昭和元年逓信省令第1号は「本日ヨリ年賀特別郵便規則及外国郵便規則ニ依ル年賀郵便物ノ引受ヲ為サス」と規定していましたが,当該省令が出たからであるというよりは,大多数の人は1225日までぐずぐず年賀状を出さずにいたところが(年賀郵便特別取扱いは12月15日からであったところ(年賀特別郵便規則3条),既に1926年12月14日には「〔同日〕午前11時30分,皇太子〔摂政宮裕仁親王〕・同妃はこの日東京への還啓をお取り止めになり,当分〔御不例の大正天皇が病床にある〕葉山に滞在される旨が発表される。還啓お取り止めが発表されるや,周囲に異常なる緊張が走り,御用邸前には新聞記者が蝟集し,物々しき有様となる。このため警衛も一層厳重となり,儀仗衛兵・憲兵・御警衛係等が増員される。」という情況になっていました(宮内庁『昭和天皇実録 第四』(東京書籍・2015年)588頁)。),大正天皇の崩御の報を聞いて結局年賀状を出さないことにした,ということなのでしょう。ところが,1927年1月2日には,昭和天皇に対し「新年につき,スウェーデン国皇帝グスタフ5世,英国皇帝ジョージ5世より祝電が寄せられる。いずれも答電を御発送になる。」と記録されています(宮内庁620頁)。必ずしも天皇の崩御があったからとて年賀状を自粛する必要は無いということでしょうか。なお,践祚直後の昭和天皇は,父帝崩御の日の1週間後の1927年1月1日夜から風邪気味になり,同月2日「午後1時40分,入沢〔達吉〕侍医頭・侍医八田善之進の拝診の際には,御体温37度8分,御脈拍102を数え,直ちに御仮床」になっていました(宮内庁620頁)。

 天皇の崩御が年末にあって日本郵便株式会社の年賀郵便物送達収入に大打撃が与えられるという事態を避けるという意味も,天皇崩御にあらざる皇位継承の発生原因に係る今年(2017年)6月の天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)は有しているということになるのでしょう。

 

10 結語

 さて,以上長々書いてきて,結論は何かといえば,年賀郵便特別取扱制度などがあるゆえに年賀状は12月中に出して翌年元旦に宛先に届くようにしなければならないもののように思うけれども,本来当該制度の発足当初は年賀状は元日に届くものではなくて元日に出すものだったのだ,だから12月中に年賀状が出せない人間は反社会的であるということにはならないのだ,新年になってから出せばよいのだ,ということになりましょうか。また,室町時代前期頃の『書礼作法抄』には「年始ノ状ニハ正月十五日マデ慶賀ヲバ書事(かくこと)ナリ。(これ)関東ノ旧規(なり)(ただし)(その)(とし)イマダ対面セヌ人ニハ廿(はつ)()(ころ)マデハ(かく)モクルシカラズ。」とあるそうです(郵政研究所附属資料館前掲)。結構余裕があるものです。残る問題は,1月7日を過ぎると52円の特別料金では差し出せなくなるということでしょう。

 

弁護士 齊藤雅俊

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16渋谷三丁目スクエアビル2階

大志わかば法律事務所

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

よいお年を。

1 不動産登記及び民法177条並びに対抗問題
 職業柄,不動産の登記の申請手続を自らすることがあります。(なお,登記をするのは登記所に勤務する登記官であって,申請人ではありません。不動産登記法(平成16年法律第123号)11条は「登記は,登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。」と規定しています。)

 不動産の登記といえば,まず民法(明治29年法律第89号)177条が想起されます。同条は,大学法学部の学生にとっての民法学習におけるつまづゆうなるものの一つではないでしょうか。

 

 (不動産に関する物権の変動の対抗要件)

 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。

 

この民法177条に関する知識は,それを持っていると他人を出し抜くことができる法律の知識の典型のような感じが初学者にはするでしょう。

 

・・・甲乙の売買契約により甲の土地の所有権は乙に移転するというのが民法の原則であるが,甲はなお同じ土地について丙と有効に売買契約を結べる。

しかし,土地の所有権はひとつであるから,たとえ有効な売買契約が2つあっても2人の買主がともに所有権を取得するというわけにはいかない。そこで,このとき乙と丙のどちらが勝つかを決めておく必要がある。ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。しかし,民法は,不動産については登記の先後で決めることにした(177条)。つまり,丙が甲から先に登記の移転を受けると,乙に優先するのである。したがって,結果的に,甲乙の売買による所有権の移転は確定的なものではなかったことになる。このときの登記を対抗要件と呼び,二重譲渡のように対抗要件で優先劣後を決める問題を対抗問題という・・・(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)53頁)。

2 「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」 

「ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。」というのならばその考え方を素直に採用すればよいではないか,と考えたくなるところです。

 

  ・・・ものによっては,うっかりすると〔民法典には書かれていないけれども,条文と同じ価値をもっているような法命題・準則に〕気が付かないことがあります。「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」の原則などです。私自身の学生時代の経験をいいますと,この命題は,民法では教わった記憶がなく――居眠りをしていたのかもしれませんが――ローマ法の講義と,ドイツ法の講義で教わったことを覚えています。(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)93頁)

 

「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」ということであれば,ますます売買の先後で決めればよいではないか,登記の先後で出し抜くことを認めるとは,制度を知らない普通の人間は損をするみたいでいやらしいなぁ・・・などという違和感を抱懐し続けると,法律学習から脱落してしまう危険があります。

3 フランス法における制度の変遷

しかしながら,実際に,「甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考え」,そのように民法を制定した例があります。1804年のナポレオンの民法典です。

 

  〔意思主義と対抗要件主義の組合せという我が国のやり方は,〕フランス民法に由来するが,フランスでは,1804年の民法典においては,177条にあたる規定がなく,先に買った者が,万人に対する関係で完全に所有権を取得し,後から買った者は負けるということになっていた。(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)40頁)

 

 ところが,ナポレオンの民法典における上記制度は,甥のナポレオン3世の時代に現在の日本のやり方の形に変更されます。

 

 しかし,これでは,不動産を占有するので所有者だと信じて買ったり,これに抵当権をつけても,先に買った者がいるならばこれに負けることになり,非常に取引の安全を害する。そこで,約50年後の1855年に,先に買っても,登記をしないと後から買って登記をした者に負けるということにした。取引の安全を保護するための制度だが,第三者の保護に値する事情を考慮せず,権利取得者でも登記を怠った者は保護されないという面から規定したのである。ただ,その結果,不動産を買おうとする者は,売主に登記があるならば,これを買って登記を自分に移せば,先に買った者があっても安心だ,ということになった。日本民法は,フランスにおける50年の発展の結論だけをいわば平面的に採用したのである。そのために,わかりにくい制度となっているが,この沿革を考えれば,たやすく理解できるであろう。(星野・概論Ⅱ・4041頁)

 

 「たやすく理解できるであろう」といわれても,まだなかなか難しい。


4 フランス1855年3月23日法

ところで,フランスの民法典(Code Civil)の本体が1855年に改正されたかといわれれば,そうではありません。1855年3月23日法という特別法が制定されています。

同法の拙訳は,次のとおり。(同法はフランス政府のLegifranceサイトでは見ることができませんので,ここで紹介することに何らかの意義はあるのでしょう。条文の出典は後出のトロロンのコンメンタールです。同法の概要については,つとに星野英一「フランスにおける不動産物権公示制度の沿革の概観」(1954年10月のシンポジウム報告に手を加えたもので初出1957年)同『民法論集第2巻』(有斐閣・1970年)49頁以下において紹介されています。なお,同法は現在は1955年1月4日のデクレ(Décret n˚ 55-22 du 4 janvier 1955)に代わっています。当該デクレについては,星野英一「フランスにおける1955年以降の不動産物権公示制度の改正」(初出1959年)同・論集第2巻107頁以下を参照ください。)

 

第1条 財産の状況に係る次に掲げる事項は,抵当局において(au bureau des hypothèques)謄記される(sont transcrits)。

 一 不動産の所有権又は抵当に親しむ物権(droits réels susceptibles d’hypothèque)の移転を伴う生者間における全ての証書による行為(acte)〔筆者註:acteには,行為という意味と証書という意味とがあります。星野「沿革」・論集第2巻95頁等の整理では,フランス法において登簿されるacteとは証書のことであるとされています。

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 前各号において示された性質の口頭合意(une convention verbale)の存在を宣言する全ての裁判(jugement

 四 共有物競売(licitation)において共同相続人の一人又は共有者の一人のためにされるもの(celui rendu … au profit d’un cohéritier ou d’un copartageant)を除く全ての競落許可(adjudication)の裁判〔筆者註:「共同相続人または共有者間における分割のための競売・・・において共有者の一人が競落人となったときは除かれる」のは,「共有分割と同じ関係だから」だそうです(星野「沿革」・論集第2巻52頁)。「相続財産の分割については,分割部分を受けた者は初めからその部分につき単独で直接に被相続人から相続したことになり(民883条),分割は最初からのこの状態を確認するにすぎないもので,移転行為でなく確認行為であると解されている。この理は一般原則であるとされ」ているそうです(星野「沿革」・論集第2巻54頁)。〕

 

第2条 次に掲げる事項も同様に謄記される。

 一 不動産質権(antichrèse),地役権(servitude),使用権(usage)及び住居権(habitation)の設定に係る全ての証書による行為(Tout acte constitutif)〔筆者註:我が民法の不動産質権のフランス語訳は,富井政章及び本野一郎によれば,droit de gage sur les immeublesです(第2編第9章第3節の節名)。使用権及び住居権についいては,星野「沿革」・論集第2巻48頁註11において「使用権とは,他人の物の使用をなしうる権利であり(もっとも,収益を全くなしえないのか否かの点,および,なしうるとしてその範囲につき,問題がある),住居権とは,他人の家屋を使用しうる権利である。」と説明されています。我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)110条1項には「使用権ハ使用者及ヒ其家族ノ需要ノ程度ニ限ルノ用益権ナリ」と,同条2項には「住居権ハ建物ノ使用権ナリ」と定義されています。〕

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 当該権利の口頭合意による存在を宣言する全ての裁判

 四 18年を超える期間の賃貸借(les baux

 五 前号の期間より短い期間の賃貸借であっても,3年分の期限未到来の賃料又は小作料(fermages)に相当する金額の受領又は譲渡(quittance ou cession)を証する全ての証書による行為又は裁判

 

第3条 前各条に掲げる証書による行為及び裁判から生ずる権利は,謄記されるまでは,当該不動産に係る権利を有し,かつ,法律の定めるところに従い当該権利を保存した(qui les ont conservés)第三者に対抗することができない(ne peuvent être opposés)。

謄記されなかった賃貸借は,18年の期間を超えて第三者に対抗することは決してできない(ne peuvent jamais)。

 

 第4条 謄記された証書による行為の解除(résolution),無効(nullité)又は取消し(rescision)の全ての裁判は,確定した日から1月以内に,登記簿にされた謄記の欄外に付記されなければならない(doit…être mentionné en marge de la transcription faite sur le registre)。

   当該裁判を獲得した代訴人(avouéは,自ら作成し,かつ,署名した明細書(un bordereau)を登記官(conservateur)に提出して当該付記がされるようにする義務を負い,違反した場合においては100フランの罰金(amende)を科される。登記官は,代訴人に対して,その明細書に係る受取証(récépisséを交付する。

 

 第5条 登記官は,請求があったときは,その責任において,前各条において規定された謄記及び付記に係る抄本又は謄本を発行する(délivre…l’état spécial ou général des transcriptions et mentions)。

 

 第6条 謄記がされてからは,先取特権者又はナポレオン法典第2123条〔裁判上の抵当権〕,第2127条〔公正証書による約定抵当権〕及び第2128条〔外国における契約に基づく抵当権〕に基づく抵当権者は,従前の所有者について(sur le précédent propriétaire)有効に登記(inscription)をすることができない。〔筆者註:裁判上の抵当権については,「裁判上の抵当権とは,裁判を得た者のために,債務者の財産に対して法律上当然に発生する抵当権であって,法定抵当権におけると同様,債務者の現在および将来のすべての不動産に対して効力が及ぶものである」と説明されています(星野「沿革」・論集第2巻23頁註6)。〕

   しかしながら,売主又は共有者は,売買又は共有物の分割から45日以内は,当該期間内にされた全ての証書による行為の謄記にかかわらず,ナポレオン法典第2108条〔不動産売買に関する先取特権〕及び第2109条〔共有物分割に関する先取特権〕により彼らが取得した先取特権を有効に登記することができる。

   民事訴訟法第834条及び第835条は,削除される。〔筆者註:星野「沿革」・論集第2巻26頁にこの両条の訳がありますが,民事訴訟法834条によれば,抵当不動産譲渡及びその謄記があってもその後なお2週間はナポレオン法典2123条,2127条及び2128条に基づく当該譲渡前の抵当権者は登記ができるものとされていました(ただし,2108条及び2109条の権利者を害することを得ない。)。〕

 

 第7条 ナポレオン法典第1654条〔買主の代金支払債務不履行に基づく売主の売買契約解除権〕に規定する解除は,売主の先取特権の消滅後は,当該不動産に係る権利の移転を買主から受け,かつ,当該権利の保存のための法律に従った第三者を害する場合は行うことができない。

 

 第8条 寡婦(veuve),成年者となった未成年者,禁治産の宣告の取消しを受けた禁治産者,これらの者の相続人又は承継人が婚姻の解消又は後見の終了後から1年以内に登記しなかった場合においては,上記の者の抵当は,第三者との関係においては,その後に登記がされた日付のものとする(ne date que du jour des inscriptions prises ultérieurement)。〔筆者註:この条は,妻並びに未成年者及び成年被後見人の法定抵当権(登記を要しなかった(ナポレオンの民法典2135条)。)に関する規定であって,「法定抵当権とは,法律上当然に一定の債権について与えられるもので(2117条1項),妻がその債権等につき夫の財産に対して有するもの,未成年者および禁治産者がその債権等につき後見人の財産に対して有するもの,国,地方公共団体および営造物がその債権等につき収税官吏および会計官吏の財産に対して有するもの,の3種がある(2121条)。」と紹介されています(星野「沿革」・論集第2巻22‐23頁註6)。なお,星野「沿革」・論集第2巻51頁は,この1855年3月23日法8条について「1年内に登記をしないともはや第三者に対抗することができない。」と記しています。〕

 

 第9条 妻(les femmes)がその法定抵当を譲渡し,又は放棄することができる場合においては,それらの譲渡及び放棄は公署証書(acte authentique)によってされなければならず,並びに譲受人は,彼らのためにされた当該抵当の登記によらなければ,又は既存の登記の欄外における代位の付記(mention de la subrogation)によらなければ,第三者との関係においては,当該権利を取得することができない。

   譲渡又は放棄を受けた者の間における妻の抵当権の行使の順位は,登記又は付記の日付によって定まる。

 

 第10条 この法は,1856年1月1日から施行する。

 

 第11条 上記第1条,第2条,第3条,第4条及び第9条は,1856年1月1日より前に確定日付を付された証書による行為及び下された裁判には適用されない。

   それらの効果は,その下でそれらが行われた法令による。

   謄記はされていないが前記の期日より前の確定日付のある証書による行為の解除,無効又は取消しの裁判は,この法律の第4条に従い謄記されなければならない。

   その先取特権がこの法律の施行の時に消滅している売主は,第三者に対して,ナポレオン法典第1654条の規定による自らの解除(l’action résolutoire qui lui appartient aux termes de l’article 1654 du Code Napoléon)を前記の期日から6月以内にその行為を抵当局に登記することによって保存することができる。

       10条により必要となる登記は,本法律が施行される日から1年以内にされなければならない。当該期間内に登記がされないときは,法定抵当はその後にそれが登記された日付による順位を得る(ne prend rang que du jour où elle ultérieurement inscrite)。

   贈与(donation)に係る,又は返還を条件とする規定(des dispositions à charge de rendre)を含む証書による行為の謄記に関するナポレオン法典の規定については従前のとおりである(Il n’est point dérogé aux)。それらの規定は,執行を受け続ける(continueront à recevoir leur exécution)。

 

 第12条 特別法により徴収すべき手数料(droits)が定められるまでは,証書による行為又は裁判の謄記であって,この法律の前には当該手続に服するものとされていなかったものは,1フランの定額手数料と引き換えにされる。

  

 「謄記」という見慣れぬ用語については,次の説明を御覧ください。

 

・・・「謄記transcription」と「登記inscription」の使い分けについてである。transcriptionとは文字通りには転記することであるが,フランスにおける不動産の公示は,原因証書(売買契約書)の写しを綴じ込むことによって行われており,原因証書とは別に権利関係が登録されるわけではない。transcriptionという用語はこのことを示すものである。(大村敦志『フランス民法』(信山社出版・2010年)148頁)

 ただし,謄記の方法が,文字どおりの証書の筆写(transcription)から当事者によって提出された証書を編綴するシステムになったのは,1921年7月24日法(Loi relative à la suppression du registre de la transcription et modifiant la loi du 23 mars 1855 et les art. 1069, 2181 et 2182 du Code civil),1921年8月28日命令(Décret fixant le type et le coût des formules destinées à la rédaction des documents déposés aux conservations des hypothèques)及び192110月6日命令(Décret fixant le prix des bordereaux de transcription hypothécaire)による制度改正がされてからのことです(星野「沿革」・論集第2巻7778頁。また,同「改正」・論集第2巻111頁)。


5 トロロンのコンメンタール 

1855年3月23日法については,第二帝政フランスの元老院議長にして破毀院院長(Premier Président)たるレイモン=テオドール・トロロン(Troplong)によるコンメンタールであるCommentaire de la Loi du 23 mars 1855 sur la Transcription en Matière Hypothècaire≫(抵当関係謄記に関する1855年3月23日法逐条解説)1856年にパリのCharles Hingrayから出ており,これは現在インターネット上で読むことができます。実に浩瀚なものです。おしゃれたるべき書籍の狙いや書籍としての編集上の事由から一次資料に基づく整理の多くを削除するような横着なことをすることなく,むしろ長過ぎる(trop long)くらいのこのような大著を出す西洋知識人の知的タフネスには,非常に知識に富んでいて聡明である程度であるところの我が国の学者諸賢では太刀打ちできないものでしょうか。無論,仕事に厳しい法律実務家は,婦女子生徒にもめちゃくちゃフレンドリーであるというようなことはなく,かえって迷惑がられ,悪くすると嫌われてしまうのでしょうが。

そのトロロンによる1855年3月23日法第3条解説の冒頭部分(167169頁)を以下訳出します。

 

142. 第3条は,謄記(transcription)の効果を定める。

 ナポレオン法典の原則によれば,合意(consentement)は,当事者間においても,第三者との関係でも,所有権(propriété)を移転せしめる。売買は,その締結により,買主を所有者とする。権利を失った売主(le vendeur dépouillé)は,譲渡された不動産に係る何らの権利ももはや与えることはできない。このように,誠実(la bonne foi)は欲するであって,そこからのインスピレーションがこの制度(ce système)の導き(guide)となったのである。売買について知らずに,所有者だと思って売主と取引をした者は,買主に対して何らの権利も絶対的に有さない。本人(leur auteur)が有する以上の権利を人々は取得することはできない。当該本人は,既に権利を失っているので,彼らに何も移転することはできないのである。

 唯一,約定(convention)が証明されなければならない。しかして,第三者との関係では,証書(acte)は,確定日付あるものとなった時から(du moment où sa date est certaine)しかその示す約定の存在を証明しないのである〔筆者註:ナポレオン法典1328条が「私署証書は,第三者に対しては,それらが登録された日,それらに署名した者若しくは署名した数名中の一人の死亡の日又は封印調書若しくは目録調書のような官公吏によって作成された証書においてそれらの内容が確認された日以外の日付を有さない。」と規定していました。〕。したがって,第三者との関係では,所有権の移転は,その先行性の証明となる証書の存在という条件の下に置かれることになる。同一の財産に係る2名の前後する買主の間においては,契約書が先に確定日付を受けた者が他の者に対して勝つのである。これが,ナポレオン法典による立法に基づく状況である。これが,1855年3月23日法まで支配した理論である。

 

143. しかしながら,不動産信用の必要(les nécessités du crédit foncier〔なお,「フランスでは1852年に抵当貸付銀行(Crédit foncier)というものができ」たそうです(星野英一「物権変動論における「対抗」問題と「公信」問題」同『民法論集第6巻』(有斐閣・1986年)145頁)。また,星野「沿革」・論集第2巻49頁(ここでは「土地信用銀行」と訳されています。)参照〕によって起動されたものであるこの法律は,前記の原則に抵触し,ナポレオン法典はその点において重大な変更を被ることとなった。もちろん,当事者及び彼らの承継人間においては,所有権の変動は常に合意のみによって行われるのであって,ナポレオン法典の母なる理念(l’idée mère),すなわち深く哲学的かつ倫理的な理念(idée profondément philosophique et morale)は,その全効力の中に存続する。しかしながら,第三者との関係においては,以後変動は,公の登記簿に証書が謄記されることによって(par la transcription du titre sur un registre public)初めて達成されるのである。謄記がされるまでは,売主は,当事者及び彼らの包括承継人(leurs successeurs universels)以外の者との関係では所有権の属性(les attributs de la propriétéを保持している。彼によって第三者に移転され,かつ,しかるべく正規化された(dûment régularisés)権利は,時期的には先行していてもその証書をいまだに謄記していなかった買主に対して対抗することができるのである。買主は,それらその契約を公告した第三者に対して,当該本人(son auteur)は彼自身有していなかった権利を彼らに移転することはできなかったのだと言うことをもはや許されない。買主は,少なくとも第三者との関係では,謄記によって日付をはっきりさせず(en ne prenant pas date contre lui par la transcription),売主は権利を失っていないと公衆が信ずることを正当化してしまった(en autorisant)ことによって,売主がそれらの権利をなお有するものとしたのである(l’a laissé investi de ces droits)。彼は,競合する権利に対抗されることによって被った損害について,自分のみを(à lui seul)及びその懈怠を(à sa négligence)咎めるべきである(doit imputer)。

 以上からして,所有権の移転は,現在は二重の原則によって規律されていることになる。当事者間においては,それは合意から生ずる。第三者との関係では,証書の謄記をもってその日付とする(elle ne date que de la transcription du titre)。同一の不動産に係る物権を主張する2名の間では,公示の法律に先に適合するようにした者が(celle qui se sera conformée la première à la loi de la publicité),その主張について勝利を得るのである。

 

144.以上のように論じたところで(Ceci posé),当該状況下においては,通常の理論では単なる承継人であって本人を代表し(représentant son auteur)かつ譲渡人の写し絵(image du cédant)であるところの者が,他の者のためにされた当該本人に由来するところの行為(les actes émanés de cet auteur)を争うことのできる第三者となるように見える。周知のとおり,当該二重効(ce dualisme)は,法においては新奇なものではない。どのようにして同一の個人が,ある場合には譲渡人の承継人であり,他の場合にはそうではないこととなり得るかについては,他の書物で示し置いたところである。

 難しい点は,どのような場合に第三者の利益が生じ,どのような他の場合に1855年3月23日法にかかわらずナポレオン法典の規定がそのまま適用される(demeure intacte)かを知ることにある。

 まず,買主は,その契約書を謄記していなくとも,売主に対しては,取得した不動産を請求する権利を有する。公示の規定は,このような仮定例のために設けられたものでないことは明白である。当事者は彼らの締結した契約を知らないものではなく,かつ,彼らに関しては公告は無用のものである。

 

 星野英一教授の以下のような論述には,上記トロロンの説明を彷彿とさせるものがあるように感じられます。

 

  ・・・つぎの疑問が出るかもしれない。甲は乙に完全に所有権を移したのなら,丙に移すべき権利を持っていないではないかということである。この点の説明は難しいように見えるが,実はなんのこともない。甲乙間において乙に完全に所有権が移っているということは,乙は甲に対して所有権から生ずる法律効果を主張でき,甲は乙に対して所有権から生ずる効果を主張できない,ということである。しかし,乙は丙に対しては所有権から生ずる効果を主張できないのであり,その限りで,乙の権利は不完全なものであり,甲になにものか,つまり,丙に登記を移転し,その結果乙が丙に所有権を対抗できなくなって,結局丙が完全な意味で所有権者になるようにすることのできる権能が残っている,ということである。(星野・概論Ⅱ・39頁)

 

  所有権を,ある物質的存在のように考えると,ある物の所有権はどこかにしかないことになり,甲から乙に移った以上甲から丙には移りえない,ということにもなりそうだが,所有権とは,そのような存在でなく,要するに誰かが他の人にある法律効果を主張するさいの根拠として用いられる観念的存在にすぎない。故に,乙は甲に対しては所有権を主張しうるが,丙に対してはそう主張できない,甲は乙に対しては所有権を主張できないが,丙に対してはこれを移転しうる,と考えることになんらおかしなところはないのである。このことは,所有権に限ったことではなく,法律概念にはこのようなものが多い。その実体化(物質的存在のように考えること)は誤りであることをはっきり弁えなければならない。どうしても実体的に考えたいのなら,先に述べたように乙の持っている「所有権」は,完全なものでなく「所有権マイナスα」であり,甲にαが残っている,といえばよい。そのαは,強力なもので,丙に移転され登記がされると,乙にある「所有権マイナスα」を否定する力を有するというわけである。いったん甲から乙に所有権が完全に移転する以上,甲にはもはやなにも残らないから,二重譲渡は論理的に不可能である,などといわれ,この点を説明しようとして,古くから色々の説が唱えられており,最近も新しい説が出ている。しかし,そもそもをいえば,もしも176条しかないならば二重譲渡は不可能だが,177条,178条がある以上,そんなことはなく,そのような説明は不要なのである。(星野・概論Ⅱ・3940頁)

 

 未謄記の買主間における優劣に関するトロロンの次の議論も面白いところです(177頁)。

 

 151. 謄記をしていない買主間においては,一方から他方に対して1855年3月23日法が援用されることはできない。なおもナポレオン法典の規律下にあるところであって,他方との関係における証書の日付の先行性によって紛争は解決せられるのである。第2の買主は,空しく第1の買主に対して言うであろう。もしあなたがあなたの取得を公示していたのならば,私は購入することはなかったでしょう,あなたの落ち度(faute)が私を誤りに陥らせたのです,と。第1の買主は論理的に(avec raison)答えるであろう。現在の原則によれば,あなたの購入を他のだれよりも先に謄記したときにならなければ,あなたは所有権について確実なものと保証されていないのです。で,あなたは何もしていませんでしたね。

 

 6 「日本民法の不動産物権変動制度」講演その他

 トロロンのコンメンタールの第151項を読んで面白がるのはméchantでしょうか。しかし,大村敦志教授の著書に次のようなくだりがあるところです。

 

  ・・・〔不動産物権変動におけるフランス法主義に関する研究者である〕滝沢〔聿代〕はここ〔「法定取得+失権」説と呼ばれる滝沢の見解〕から重要な解釈論的な帰結を導く。それは,「第一譲渡優先の原則」あるいは「非対称性の法理」とでも言うべき帰結である。滝沢によれば,第二買主は登記を備えることによって初めて権利を取得するのであり,登記以前に所有権を有するのは第一買主である。第一買主は登記を備えた第二買主に対抗することはできないが,第二買主が登記を備えるまでは第一買主はその権利を対外的に主張できるというのである。つまり,双方未登記の第一買主と第二買主とでは前者が優先する,言い換えれば,両者の立場は対等ではないというわけである。

  以上に対して,星野〔英一〕は異を唱えた(星野「日本民法の不動産物権変動制度」同『民法論集第6巻』〔1986,初出は1980〕)。星野の論点は次の3点にあった。一つは,議論の仕方についてである。滝沢のような議論はフランスではなされていないのであり,無用の法律構成であるというのである。もう一つは,歴史的な経緯の異同についてである。フランスでは,意思主義は1804年の民法典によって,対抗要件主義は1855年の登記法によってそれぞれ導入されたのに対して,日本では,両者は同時にセットとして民法典に書き込まれたことを重視すべきであるというのである。それゆえ最後に,フランス法では第一買主と第二買主の地位が非対称であるとしても,日本では両者を対称的に考えるべきであるというのである。(大村150頁)


 ここで大村教授は星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度 ――母法フランス法と対比しつつ――」講演を典拠として挙げていますが,同講演において星野教授が滝沢説(ないしはその方法)に「異を唱えた」という部分は,筆者の一読したところ,以下のようなものです。

 

 ・・・先に述べたような立場〔「・・・プロセスとしてどうしても,文理解釈,論理解釈といわれる操作から出発し,つぎに立法者や起草者がどう考えたかを探究し,進んで立法にさいしてもととなった外国法やその歴史に遡って調べなければなりません。これは,少なくとも学者にとって必要な作業です。これらの基礎的な作業を経たうえで,現在の立場から,先に述べた利益考量・価値判断をするわけです。その論証のしかたとしては,たとえば,日本の民法は,立法者の考え方そして立法のもととなっている外国法によれば,こういうもの,こう解釈されるべきものであった,しかし現在においては,社会情勢が立法者の前提としていたところと変わっていたり,人々の考え方が変わっているので,今日ではそれは取り得ない,としたうえで,現在の解釈としてはこうあるべきだ,というふうに論ずるわけです。」という立場〕から日本民法を理解するために,その沿革,そしてフランス民法の沿革に遡ったよい研究をした滝沢助教授が,この点〔二重譲渡の可能性の説明〕になると一転して――というより実はそもそも同氏の問題意識というか問題の出発点がそこにあるのですが――,フランスの学者もほとんど問題にしていないところの――このことは同氏の研究からも明らかです――二重譲渡の可能性ないし第二買主の権利取得の説明に苦心しているのは,やや一貫しない感があります。ここでも,というよりここでこそ――というのは日本民法もこの点では同じ,というより始めから二つの規定〔176条及び177条〕を併存させているのですから――,もっとあっさりと,フランス式で押しとおすほうが当初の方法に忠実であり,すなおではなかったか,と思われるのです。つまり,同助教授はせっかく立派な実証的研究をしているのに,ドイツ法学的(?)問題意識をもってフランス法をかなり強引に利用したように思われます。それとも,日本の学説が盛んに議論している問題だから,日本に密着した問題だということでしょうか。それなら一応わかりますが,日本の学界において盛んに問題とされているものがあまり問題とするほどのものではない〔すなわち,「どちらの問題〔二重譲渡の説明及び物権の「得喪及ヒ変更」の範囲〕についても,文理解釈・論理解釈ではわからないため,立法者,起草者,場合によりそのもととなった法律に遡らねばならないので,それなしの議論は,いわば砂上の楼閣になりかねないのです。率直に言って,従来の議論は,我妻〔榮〕先生のものでさえその辺が不十分で,現在もその弱い基盤の上に議論されているために,迷路に陥っている感がありました。」という情況〕,ということを外国法を参考にして明らかにするのも重要な意義のあることであり,私はこの問題についてはむしろそれが必要だと考えるものです。しかし,これも法律学の任務に関する考え方の違いによるものでしょうか。ただ,少なくとも,前述したやや一貫しない感じの所についての説明は必要でしょう。(星野・論集第6巻9495頁,107108頁)

 

上記部分は,「滝沢〔聿代「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」法学協会雑誌93巻9号,11号,12号,94巻4号,7号(昭和5152年)〕によって,ようやく論議のためのほぼゆるぎない基礎が確立されたといってよい,ただ後に二,三の点について述べるように,同論文にもなおこの点〔立法者・起草者,そのもととなった外国法に遡った議論〕でも若干の不統一ないし不徹底が見られるのは惜しい。」(星野「日本民法の」・論集第6巻97頁註8)とされた「二,三の点」に係るものでしょう。

なお,星野教授も,滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受」論文を引用しつつ,「同条〔民法177条〕をあえて説明すれば,物権を取得しても登記をしないでいて第三者が登記をすると失権する規定だともいえましょう」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)。また,「同条〔民法177条〕は物権を取得したが登記を怠った者の懈怠を咎めるという客観的意味を持つ規定だといってもよいでしょう。」との星野教授の理解(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)は,トロロンの前記コンメンタール第143項第1段落の最終部分と符合するようですが,この点に係る「民法の起草者もそんなことは言っていない」との石田喜久夫教授の批判に関し星野教授は,「民法の構造に立った理解として,滝沢助教授および私の理解以外にうまい理解のしかたがほかにあれば再考するにやぶさかではない。」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻121頁註9)。少なくともこれらの点においては,星野教授は滝沢説に「異を唱えた」ものではないでしょう。(なお,石田教授と星野教授とは,「私どもは,公刊された文章でかなり厳しい批判をしあいました。契約の基本原理から,多方面の解釈論に及びます。個人的な会話においても悪口をいいあっていましたが,学者としても,人間としても,互いに尊敬しあい,心が通じていたからだと信じています。」という間柄でした(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)288頁)。)

そもそも1977年2月11日に広島市における全国青年司法書士連絡協議会大会おいてされた星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度」講演は,「幸い,この点に関する優れた研究〔滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」〕が最近発表されましたので,これを参考にしながらお話を進める」こととしたというものでした(星野・論集第6巻89頁)。

 

7 第三者の善意要件に関して 

 なお,ボアソナアドの旧民法財産編350条1項は「第348条ニ掲ケタル行為,判決又ハ命令ノ効力ニ因リテ取得シ変更シ又ハ取回シタル物権ハ其登記ヲ為スマテハ仍ホ名義上ノ所有者ト此物権ニ付キ約束シタル者又ハ其所有者ヨリ此物権ト相容レサル権利ヲ取得シタル者ニ対抗スルコトヲ得ス但其者ノ善意ニシテ且其行為ノ登記ヲ要スルモノナルトキハ之ヲ為シタルトキニ限ル」と規定して,第三者に善意を要求していました。初学者的には違和感の無い結果となったようです。しかしながら,いろいろ問題があるということで当該規定は現行民法には採用されなかったのでしょうか。残念ながら本稿においては,そこまで現行民法の編纂過程を調べて論ずるには至らなかったところです。(この点については,多田利隆西南学院大学法科大学院教授の「民法177条と信頼保護」論文(西南学院大学法学論集47巻2=3号(2015年)129頁以下)において現行民法の起草者である穂積陳重,富井政章及び梅謙次郎の見解が紹介されており(「不動産登記が「公益ニ基ク」公示方法として十分な効果をあげるためには「絶対的」のもの〔「第三者の善意・悪意に応じて取り扱いを分けるという相対的な取り扱いはしないということ」〕でなければならないからだというのである」(穂積について),「其意思ノ善悪ニ関シテ争議ヲ生シ挙証ノ困難ナルカ為メニ善意者ニシテ悪意者ト認定セラルルコト往々コレナキヲ保セズ。故ニ法律ハ第三者ノ利益ト共ニ取引ノ安全ヲ保証スルタメニ上記ノ区別ワ採用セザリシモノト謂ウベシ」(富井の『民法原論 第二巻 物権』における記述の紹介)及び「実際には善意・悪意の区別は困難であって,第三者によって物権変動を認めたり否定したりすると「頗ル法律関係ヲ錯雑ナラシムルモノニシテ実際ノ不便少カラス」,したがって,「第三者ノ善意悪意ヲ問ハス登記アレハ何人ト雖モ之ヲ知ラスト云フコトヲ得ス登記ナケレバ何人モ之ヲ知ラサルモノト看做シ畢竟第三者ニ対シテハ登記ノ有無ニ因リテ権利確定スヘキモノトセル」立場を採用したのだと説明」(梅の『民法要義 巻之二 物権篇』の記述に関して)),「そこでは共通して,本来であれば善意の第三者のみを保護すべきであるが,公示制度の実効性を高めることや,善意・悪意をめぐる争いの弊害を防ぐことなど,実際上あるいは便宜上の理由によって,具体的な善意要件は掲げなかったことが説かれている」と総括されています(131‐133頁)。)
 ところで,トロロンは前掲書において1855年3月23日法第3条に関してつとに次のように述べていました(229230頁)。

 

 190.謄記を援用する者に対してはまた,それは悪意(mauvaise foi)によってされたものであると主張して対抗することができる。しかし,ここでいう悪意とは何を意味するのであろうか?

取り急ぎ述べれば,謄記されていない先行する売買に係る単純な認識(la simple connaissance)は,同一の不動産を新たに買った者を悪意あるもの(en état de mauvaise foi)とはしない。このことは,贈与の謄記に関して,既に確立されたものとなっている。しかして共和暦13年テルミドール3日に破毀院は,ブリュメール法〔共和暦7年ブリュメール11日(179811月1日)の抵当貸付法(Loi de crédit hypothécaire)であって,同法の内容については星野「沿革」・論集第2巻9頁・13‐14頁註5を,所有権の移転を第三者に対抗するためには謄記が必要であるとする同法の規定がナポレオンの民法典においては採用されなかった経緯については星野「沿革」・論集2巻16頁・17頁註5註6(「ある者は,不注意か手違いのためであろうかと疑い,ある者は,部会が最後の瞬間に思い直して意見を変えたのであろうか,という」)を参照〕を適用してそのように裁判している。

  「(同院は当該判決(arrêt)においていわく)最初の売買が謄記されておらず,かつ,したがって所有権の移転がない限りにおいては,既に他者に売られていることを知り得た不動産を買う者を不正行為(fraude)をもってとがめる(accuser)ことはできない。法律によって提供された有利な機会から利益を得ることは不正行為ではないからである(car il n’y a pas fraude à profiter d’un avantage offert par la loi)。しかして,証書を謄記させるために同様の注意(une égale dilligence)を用いなかったのならば,最初の買主は自分自身を咎めるべきである。」

  しかしながら,第2の買主は,第1の買主が自らの懈怠によるというよりも売主によって第2の買主と共謀の上(avec complicité)共同してされた陰謀(une manœuvre concertée)の犠牲者であるという場合においては,第1の買主を裏切る(tromper)ために売主によって企まれた(machinée)不正行為に加担したものである。この場合においては,著しく格別な悪意(la plus insigne mauvaise foi)による行為(acte)を謄記によって掩護(couvrir)せしめることは不可能である。この意見は,新法を提案するに当たっての政府のものである。実際に,提案理由中には次のようにある。「同一の不動産又は同一の物権について同一の権利者(propriétaire)によって2ないしは多数の譲渡(aliénations)がされた場合においては,最初に謄記されたものが他の全てのものを排除する(exclurait)。ただし,最初に当該手続(cette formalité)を充足した(a rempli)者が不正行為(fraude)に加担していない(n’eût participé)ときに限る。」と。


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp



 グリム童話に「賢い人々(Die klugen Leute)」というお話があります(KHM Nr.104)。これがなかなか法律学的に興味深いところです。

 

1 代理

 農家のハンスが3日間家を空けることにし,その間の農畜産業経営について妻に代理権の授与を行います。

 

「トリネ(Trine)や,おれはこれから遠くに出かけて,三日ほど留守にする。その間に家畜商人がやって来て,うちの3頭の牝牛を買いたいと言ってきたら,売ってもよい。けれども200ターレルでなきゃだめだ。それより少ない額ではだめだぞ。分かったね。」「神さまの御名において行ってらっしゃい」と妻は答えた。「それはうまくやるわ。」「そうだぞ,お前!」と夫は言った。「お前は小さい子供の時に頭から落っこちて,それが今の今まで尾をひいているからな。だが,これはお前に言っておくがな,もしばかなことをやらかしたら,おれはお前の背中を真っ青にしてやるからな。色を塗るんじゃないぞ。おれが今この手に持っている杖一本でやるのだぞ。その痕は,まる一年残って,とれるのはやっとそれからだからな。」

 

心配ならばトリネに代理権を授与しなければよかったのですが,授与してしまった以上,それは有効です。我が民法(明治29年法律第89号)102条は「代理人は,行為能力者であることを要しない。」と規定しています。「本人があえて無能力者を代理人にするなら,なにも差支えはない」わけです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)213頁)。ドイツ民法165条は,「代理人によって,又は代理人に対してされた意思表示の効力は,当該代理人の行為能力が制限されていること(dass der Vertreter in der Geschäftsfähigkeit beschränkt ist)によって妨げられない。」と宣言しています。

 牝牛3頭の所有権は,ハンスに属していたのでしょう。

 

2 日常家事債務

 ところで,農家で牝牛3頭を売却するということは,さすがに日常の家事に関することではないでしょう。
 我が民法
761条は「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは,他の一方は,これによって生じた債務について,連帯してその責任を負う。ただし,第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は,この限りでない。」と規定しているところから,「日常家事に夫婦の財産を処分することも含めざるを得ず(たとえば家具を新しく買い替える場合に古い家具を中古品として売るなど),761条が当然の前提としている原則として,相互の代理権を肯定してよいだろう。」とされ(内田貴『民法Ⅳ親族・相続』(東京大学出版会・2002年)44頁。判例として,最判昭和441218日民集23122476),「妻は,夫婦共同生活の運営に必要な限りでは,夫名義の借財をする権限を有するのみならず,夫名義の財産を処分する権限をも有する。」とされていますが(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)108頁),「日常の家事」という縛りがあります。
 「「日常の家事」とは,未成熟の子を含む夫婦の共同生活に通常必要とされる一切の事項を含む。家族の食料・光熱・衣料などの買入,保健・娯楽・医療,子女の養育・教育,家具・調度品の購入などは当然に含まれる(夫婦それぞれの所有動産に火災保険をつけることも含まれる(大判昭和
1212月8日民集1764頁は旧法の下で夫の管理権が及ぶという))。問題となるのは,これらの目的のために資金を調達する行為――既存の財産の処分と借財――だが,これも,普通に家政の処理と認められる範囲内(例えば月末の支払いのやりくりのための質入・借財など)においてはもとよりのこと,これを逸脱する場合でも,当該夫婦の共同生活にとくに必要な資金調達のためのものは,なお含まれると解すべきものと思う・・・。ただし,以上のすべてについて,その範囲は,各夫婦共同生活の社会的地位・職業・資産・収入などによって異なるのみならず,当該共同生活の存在する地域社会の慣行によっても異なる。」とされているところです(我妻・親族法106頁)。
 日常家事の範囲を越えた越権行為が配偶者の一方によってされた場合において(原則は無権代理),越権行為の相手方である第三者をどう保護すべきかについては,「当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり,民法110条の趣旨を類推適用して,その第三者の保護をはかれば足りる」とされています(前記最判)。我が民法110条は「前条本文の規定は,代理人がその権限外の行為をした場合において,第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。〔代理人が第三者との間でした行為についてその責任を負う。〕」と規定しています。判例が「民法110条の適用」ではなく「民法110条の趣旨を類推適用」といっているのは,「〔民法110条の法理〕の適用されるのは,あくまでも,相手方が日常の家事の範囲内と信じた場合に限るべきであって,それ以外の行為について特別の代理権があったと信じた場合には及ばないと解する。従って,110条が適用されるとせずに,110条の趣旨を類推すべし,というのである。」ということでしょう(我妻・親族法111頁)。

昭和22年法律第222号によって改正される前の明治31年法律第9号804条では,「日常ノ家事ニ付テハ妻ハ夫ノ代理人ト看做ス/夫ハ前項ノ代理権ノ全部又ハ一部ヲ否認スルコトヲ得但之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定されていました。
 ドイツ民法1357条は,「各配偶者は,家族生活に係る必要の相当な充足のための(zur angemessenen Deckung des Lebensbedarfs der Familie)行為を他方配偶者のためにも有効に行う権限を有する(ist berechtigt...zu besorgen)。当該行為によって,事情による例外の場合を除いて,両配偶者は,権利を取得し,及び義務を負う。/一方配偶者は,自分のために他方配偶者が有効に行為を行う権限を制限し,又は否認することができる。当該制限又は否認に十分な理由(ausreichender Grund)がないときは,家庭裁判所は,申立てによってそれらを取り消さなければならない(hat...aufzuheben)。当該制限又は否認は,第1412条に従ってのみ第三者に対して効力を生ずる。/配偶者が別居している(getrennt leben)ときは,第1項は適用されない。」と規定しています。

 

3 売買契約と同時履行の抗弁及び所有権移転の時期

夫が出立した翌日,トリネのところに家畜商人がやって来ます。3頭の牝牛を見て,そして200ターレルの代金額を聞いた家畜商人は言います。

 

「喜んでその額はお支払します。この牛たちは,安く見積もっても(unter Brüdern)それだけの値打ちはありますからね。早速牛たちを連れて行かせてもらいましょう。」

 

 売買契約成立です。

直ちに家畜商人は牝牛たちを鎖から外し,牛小屋から引き出し,中庭を抜けて牝牛3頭と正に立ち去ろうとしたところ,トリネはその袖を捉えて言います。

 

  「あんた,まず私に200ターレルを払ってくれなきゃいけないよ。そうじゃなきゃ,あんたを行かせるわけにはいかないね。」

 

これは,同時履行の抗弁ですね。民法533条は「双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる。ただし,相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しています。ドイツ民法320条は,「双務契約により(aus einem gegenseitigen Vertrag)義務を負う者は,先に給付する義務を負っている場合を除き,反対給付の実現まで自己の負担する給付(die ihm obliegende Leistung)を拒絶することができる。複数の者に対して給付がされるべき場合においては(Hat die Leistung an mehrere zu erfolgen),それぞれの者に対し(dem einzelnen)彼に帰属する給付の部分(der ihm gebührende Teil)が,全ての反対給付の実現まで拒絶され得る。第273条第3項の規定〔我が民法301条に相当〕は,準用されない。/一方から一部の給付がされた場合においては,事情にかんがみ,特に遅滞している部分の相対的些少性のゆえをもって(wegen verhältnismäßiger Geringfügigkeit),拒絶が信義則(Treu und Glauben)に抵触するときは,その限りにおいて反対給付は拒絶されることができない。」と規定しています。

なお,我が判例によれば,売買契約成立当時その財産権が売主に帰属していたときは,当該財産権は,原則として,当然に買主に移転するとされていますので(大判大2・1025民録19857,最判昭33・6・20民集12101585),牝牛3頭の所有者である夫の代理人であるトリネと家畜商人との間で当該牝牛3頭を代金200ターレルで当該家畜商人に売るという売買契約が成立したときには,その時において当然に所有権が家畜商人に移っているということになります。しかしながら,ドイツにおいては,状況は異なります。ドイツ民法929条は「動産の所有権の移転(Übertragung des Eigentums an einer beweglichen Sache)のためには,所有者が承継人(Erwerber)に目的物を引き渡し(übergibt),かつ,両者が所有権が移動(übergehen)すべきことに合意していること(einig)が必要である。承継人が目的物を占有している場合においては,所有権の移動についての合意をもって足りる。」と規定しているからです。したがって,トリネから家畜商人への引渡しが完了しておらず,かつ,同女は所有権の移転にはまだ合意していないようなので,牝牛3頭の所有権は,この段階ではまだトリネの夫であるハンスにあります。(「ドイツでは,契約(法律行為)が,債権を発生させる債権契約(行為)と物権を発生〔又は移転〕させる物権契約(行為)とに分かれ,前者が後者の原因(行為)であるが,前者(原因行為)と後者(物権行為)とは峻別され,前者の無効・取消は後者に影響しない(物権行為の無因性)〔ただし,「当事者間で不当利得返還としての物権の返還が問題になる」〕。物権契約(行為)と登記〔又は〕引渡とによって物権が移転する」と(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)32‐33頁)理屈っぽく晦渋に説かれていたことの背景には,上記のようなドイツ民法の条文があったのでした。)

「双務契約」とは,「契約の各当事者が互に対価的な意義を有する債務を負担する契約」で,「そうでない契約が片務契約」とされています(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)49頁)。売買は「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものであって(民法555条),売主(トリネに代理されたハンス)は財産権移転債務(「観念的に財産権を買主に取得させることのほか,目的物の占有を買主に取得させること及び登記等の対抗要件を買主に取得させることをも含んでいる」とされています(司法研修所『増補民事訴訟における要件事実第一巻』(1986年)138頁)。),買主(家畜商人)は代金(200ターレル)支払債務という,互いに対価的な意義を有する債務を負担しており,典型的な双務契約であるということになります(我妻Ⅴ₁49頁)。

民法555条ただし書は「相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。」と規定しているので,トリネ主張の同時履行の抗弁は,家畜商人の代金(200ターレル)支払債務が弁済期にないときには効き目がないことになります。しかしながら,心配に及ばず,「契約上の義務は,一般に,特に期限の合意がない限り,契約成立と同時に直ちに履行すべきもの」であるので(司法研修所138頁),他に期限の合意がない限り,家畜商人の代金支払債務は既に弁済期にあるわけです。

 

4 動産の売買の先取特権

しかし,家畜商人は,トリネの同時履行の抗弁を,うまいこと言って引っ込めさせます。

 

「おっしゃるとおりです。」と男は答えた。「ただ,わたくしは,がま口を腹巻に入れて来るのを忘れてしまったところです。けれども心配には及びません。わたくしがお支払するまでの担保を御提供します。2頭の牝牛は引き取らせていただきますが,3頭目はこちらに残しておきます。それであなたには立派な担保(ein gutes Pfand)があるということになるのです。」妻は納得し,男が自分の牝牛を連れて出て行くのを見送った。そして考えた。「あたしがこんなに賢くやったって知ったら,ハンスはどんなに喜ぶのかしら。」

 

 Pfandは質物とも訳せますが,この3頭目の牝牛の所有権は,ドイツ民法上はいまだ家畜商人に移転しておらず,そもそも債権者たるハンスに残っているのですね。すなわち,当該牝牛については,家畜商人から代金の支払提供のないまま,トリネ及びハンスの側において単に売買契約に係る売主としての債務が履行されていない状態です。家畜商人は当該牝牛については引渡しの請求を引っ込めているので,同時履行の抗弁を発動させるまでもないところです。

 ところで,家畜商人が連れ去ってしまった牝牛2頭については,その代金債権について何の担保もないのかといえば,実はなお先取特権(さきどりとっけん)というものがあります。我が民法311条5号によれば,動産の売買によって生じた債権を有する者は,債務者の特定の動産について先取特権を有するとされ,同法321条は「動産の売買の先取特権は,動産の代価及びその利息に関し,その動産について存在する。」と規定しています。「その趣旨は,売却がなされたからこそその物が債務者=買主の財産となり,債務者=買主の債権者が差し押さえることができるようになったのだから,売主を特に優先させるのが公平であるという点にある」とされています(星野Ⅱ204頁)。動産に対する強制執行において,「先取特権・・・を有する者は,その権利を証する文書を提出して,配当要求をすることができる。」とされているところです(民事執行法(昭和54年法律第4号)133条)。しかし,家畜商人ですから,買い取ったハンスの牝牛2頭は間もなく更に転売されてしまい,新たな買主に引き渡されてしまうことでしょう(商法(明治32年法律第48号)501条1号は「利益を得て譲渡する意思をもってする動産・・・の有価取得又はその取得したものの譲渡を目的とする行為」を,真っ先に商行為としています。「商人」とは「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」です(同法4条1項)。)。そうなると,「先取特権は,債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は,その動産について行使することができない。」ということになってしまいます(民法333条)。余り頼りにはなりません。

 なお,売買の代金の「利息」については,我が民法575条2項が「買主は,引渡しの日から,代金の利息を支払う義務を負う。ただし,代金の支払について期限があるときは,その期限が到来するまでは,利息を支払うことを要しない。」と規定しています。

 

5 DV法の解説は,なし

 三日たって旅から帰って来たハンスは,家畜商人にまんまとだまされた上にそのことにも気付いていないトリネに大いに腹を立てます。ここでハンスが前言どおりトリネをシデ材の(hagebüchnen)杖で打擲(ちょうちゃく)したのならば,本稿脱線配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)に関する解説を長々としなければならなくなります。しかしながら,ハンスはトリネが可哀想になりました。なお三日間世間を見てみて,その間にトリネよりもお人よし(noch einfältiger)な者に遭遇したのならば,トリネを赦してやることにしました。

 

6 原始的不能の債権に係る契約の効力等

 ハンスが大きな道の傍らで石に腰かけて待っていると,干し草を積んだ格子枠車に乗ったちょっと様子のおかしい(車を牽く牛の荷が軽くなるように,干し草の上に座らずに,車の上に立っている)女性が来たので,その車の前に飛び出して妙な具合に駆け回り「わたくしは天国から落ちてきた者です。どうやって戻ったらよいのか分かりません。天国にまで乗せて行ってもらえませんか?」と言ってみれば,お人よしの女性は,3年前に亡くなった夫のあの世での様子を訊いてきます。ハンスは,彼女の夫はあの世で羊飼いをやっているけれどもそれは大変な仕事で,服がボロボロになっていると答えます。彼女は驚き,ハンスに対して夫に対する差し入れを頼みます。衣服はだめだと言われたので(確かに刑事収容施設でも,紐がついている衣服などは差し入れできません。),お金を差し入れることにし,家から財布を取って来て,ハンスのポケットにねじ込みます。

 

 立ち去る前に,彼女は彼の親切(Gefälligkeit)に対してなお千回も(noch tausendmal)お礼をした。

 

 お人よしの女性が家に帰って,畑から戻って来た息子に対して天国からやって来た人の話をすると,息子も天国から来た人と話をしたいと思い,馬に乗って追いかけます。柳の木の下で折から財布の中のお金を数えようとしていたハンスに遭った息子は,天国から来た人を見なかったかと尋ねます。

 

 「ああ」とお百姓は答えた。「その人は帰りましたよ。あそこの山を登ってね。そこからだといくらか近いんですね。急いで駆ければ,まだ追いつけますよ。」

 

けれども息子は,疲れていたのでもう進めません。そこで,代わりに馬に乗って追いかけ,天国の人に戻ってくるよう説得してくれよとハンスに頼みます。

 

「やれやれ」とお百姓は考えた。「こいつもあれか,ランプはあっても芯が無いって連中の仲間だな。」「何の,あなたのために一肌脱がないってことがありますかい。」と彼は言い,馬にまたがり,全速で駆け去った。

 

息子は夜になるまで待ったけれども,ハンスも天国の人も戻って来ません。しかし,息子がたたずんでいる場所はドイツであって日本ではないとはいえ,世の中は,よい人よい子ばかりなのです。

 

「きっと」と彼は考えた。「天国の人はひどく急いでいて,戻ろうとはしなかったんだな。それであのお百姓は,天国の人に,おれの親父のところに持って行ってくれって,天国の人に馬を渡したんだな。」

 

あの世にいる亡夫に金銭の差し入れをしてくれ,又は天国の人に追いついて戻ってくるよう説得してくれとの頼みがあって(契約の申込み),ハンスはいずれの頼みについても請け合っています(承諾)。詐欺(民法96条1項)かといえば,お人よしの女性もその息子も一方的な思い込みで勝手に申込みの意思表示をしてきているので,ちょっと当てはまらないようではあります。両者の申込みに係る契約の種類は,請負(民法632条)といおうにも報酬の約束がないので,無償の準委任(同法656条)でしょうか。しかし,「原始的に不能なことについては,債権は成立しない〔略〕。従つて,その契約は効力を生じない(無効である)」ということ(我妻Ⅴ₁80頁)になるようです。ドイツ民法306条2項及び3項は「条項(die Bestimmungen)が契約の構成部分とならず,又は無効である場合においては,契約の内容は,法律の規定による(nach den gesetzlichen Vorschriften)ものとする(richtet sich)。/前項により見込まれる変更を考慮に入れてもそれに拘束されること(das Festhalten an ihm)が一方当事者に対して酷に過ぎるもの(eine unzumutbare Härte)となるときは,契約は無効である。」と規定しています。

しかし,平成29年法律第44号による改正後の民法412条の2第2項は「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは,第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。」と規定しています。債務の履行が原始的不能であってもその契約は有効であるということでしょうか。契約が有効ということになれば,お人よしの女性とその息子とが財布及びその中の金銭並びに馬の返還をハンスに請求するには,それぞれの準委任契約を解除しなければならなくなるのでしょうか。解除は,相手方に対する意思表示によってしなければならないところです(民法540条1項)。

無論,グリム童話の世界は,ドイツ民法の適用下ではあります。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

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1 契約書チェックと「直接損害」

 企業法務の仕事の一環として,契約書のチェックがあります。

 契約書のチェックをしていて悩まされる問題は多々ありますが,次のような条項がいつも出て来るので,当該条項をどう解釈すべきか,修正すべきか否か,修正するのならどのようにすべきか,という問題が,皆さん頭痛の種となっているのではないでしょうか。

 

 (損害賠償)

第〇条 甲又は乙は,相手方が本契約に違反したことにより損害を被ったときは,相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。

 

 筆者において下線を付した「直接損害」なるものの概念が,分からないのです。

 

2 法令用語辞典・法律学辞典及び不法行為法学・債権総論と「直接損害」

 契約書案を持ち込んで来た悩みなき担当者は,「弁護士なのに「直接損害」の意味すら分からないんですか?」というような様子をしているので,こちらはなかなか弱音を吐けず,まずは自分で調べることになります。しかし,法令用語辞典・法律学辞典の類,更に不法行為法学及び債権総論の書物からは,はかばかしい解決が得られません。

 

(1)法令用語辞典

 吉国一郎等編『法令用語辞典<第八次改訂版>』(学陽書房・2001年)においては,「直接強制」,「直接請求」及び「直接選挙」の語は解説されているのですが,「直接損害」の語は取り上げられておらず,ついでながら「間接損害」も掲載されていません。同書は,内閣法制局関係者が執筆しているものですので,すなわちこれは,「直接損害」は我が国の法令用語ではないということでしょうか。

 

(2)法律学辞典と会社法学上の「直接損害・間接損害」

 金子宏等編集代表『法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣・2008年)には,「直接損害」について定義があるのですが,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人の損害賠償責任に関する講学上の概念であって,契約当事者間一般における債務不履行による損害賠償の範囲に係る法令上の概念とはいえないようです。同辞典における「直接損害」の定義は,次のとおり。

 

  株式会社の役員等(会社423①)の悪意・重過失による任務懈怠(けたい)によって第三者が直接に損害を被った場合のその損害をいう。任務懈怠により株式会社に損害が生じ,その結果として第三者が損害を被るわけではない点で,間接損害と区別される。会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)にいう「損害」には,直接損害と間接損害のいずれも含まれるというのが,判例である(最大判昭和441126民集23112150)。(金子等編871頁)

 

 会社法(平成17年法律第86号)423条1項は,株式会社の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人をもって同法第2編第4章第11節(役員等の損害賠償責任)における「役員等」であるものと定義しています。また,同節はまず役員等の株式会社に対する損害賠償責任について規定していますから(同法423条以下),ここでの「第三者」とは当該役員等がその機関であるところの株式会社以外の者ということになります。

 会社法429条1項は「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。(他の役員等も当該損害を賠償する責任を負うときは,これらの者は連帯債務者となります(同法430条)。)

 第三者に「直接損害」(「典型的には,会社が倒産に瀕した時期に取締役が返済見込みのない金銭借入れ,代金支払の見込みのない商品購入等を行ったことにより契約相手方である第三者が被る損害である。」)を被らせる(会社には損害が無い。)役員等の悪意・重過失による任務懈怠は,当該任務懈怠行為における「契約相手方に対する不法行為(民709条)にも当たり得るが(最判昭和47・9・21判時68488頁),判例によれば,不法行為は第三者に対する加害についての故意・過失を要件とするのに対し,この責任は,取締役の会社に対する任務懈怠についての悪意・重過失を要件とする点が異なるという(最判昭和441126民集23112150頁)。」と説明されています(江頭憲治郎『株式会社法 第6版』(有斐閣・2015年)505頁)。

 

(3)不法行為法学における「間接損害」

債務不履行ならぬ不法行為に関する我が法学用語には,「間接損害」というものがあります。

 

 直接には甲に対する加害行為がなされることによって,同時に,かねてから甲と特別の社会関係に立っている乙にも――この甲乙間の社会関係を媒介として――損害を与える,という場合がある。このような場合に,加害者は,甲に対する不法行為責任のほかに,乙に対する関係においても不法行為を負うべき場合があるのか。あるとすれば,それはいかなる要件のもとにおいてであり,またこの責任と,甲に対する責任とはいかなる関係に立つのかという〔問題を,〕「間接損害」ないし「間接被害者」と不法行為の問題,とよぶこともできよう。具体的には,甲の生命や身体が侵害されたことにより近親者乙がある種の損害を受けた場合〔略〕,および甲の生命・身体が侵害されることにより,甲の雇主たる乙企業が企業独自の損害――いわゆる「企業損害」――を受けた場合〔略〕,が主として問題になる。(幾代通著・徳本伸一補訂『不法行為法』(有斐閣・1993年)245頁)

 

とはいえ,この「間接損害」の概念も確乎としたものではなく,「企業損害」だけを「間接損害」の語で呼ぶこともあれば,「間接損害」の語を避けて「反射損害」の語を用いる学者もいるそうです(幾代246頁)。

「間接損害」以外の損害を「直接損害」ということにして,上記の不法行為法学的用法をパラレルに契約当事者間の債務不履行の場面に当てはめると,債務者の債権者に対する債務不履行によって当該債権者に対して与えられた損害は全て「直接損害」ということになって,わざわざ「直接」との形容詞を付する必要はなさそうです。前記条項の「相手方に対して被った直接損害に限り賠償請求をできるものとする。」との規定の意味は,債権者は自分以外の者に生じた損害の賠償を請求することはしない,という当たり前のことを確認した規定ということになります。面白くないですね。
 なお,不法行為法の議論においては,次のような指摘もあります。


  ・・・同一主体に生ずる損害としては,たしかに交通事故などの場合には,最初にまずごく単純明快な「直接的」といえるような損害が生じ,ついでこの損害があったということが原因(の一つ)となって後続の「間接的」損害が発生する,という場合が多いけれども,不法行為一般についてみれば,必ずしもこのような態様のものばかりとはかぎらない。一被害主体にとっての最初の損害それ自体が,加害者(と擬せられる者)の行為から発して必ずしも直線的でない複雑で複合的な事実的因果関係の連鎖によって初めて生ずる,という場合もある。このような場合をも視野に入れて考察するとき,「直接的結果(損害)」「間接的結果(損害)」という区分の実用法学上の有用性には疑問をいだかざるをえないのである。(幾代129頁)

 

(4)債権総論

不法行為ではなく,債務不履行により生じた損害に係る「直接損害」概念について説いた書物はないものか,ということで,我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)の事項索引に当たってみると,そこには「直接損害」も「間接損害」も見出しとして掲げられてはいません。内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物権』(東京大学出版会・1996年)の事項索引にも「直接損害」は見出しとなっておらず,「間接損害」とあるのはそこでも不法行為法上の概念としての掲載です(同書173175頁)。

どうもよく分からない。

 

3 小説的会話

 

「この,「直接損害」って何ですか。」

「えっ,先生は弁護士なんだから御存知なんじゃないですか。」

「いや,日本の法学上は,株式会社の役員等の第三者に対する損害賠償責任の場面において「直接損害」と「間接損害」との区別が論じられたり,不法行為法における「間接損害」の取扱いが問題になったりしていますけれども,債務不履行により生じた損害の賠償の範囲について「直接損害」が云々という議論はちょっと聞いたことがないですねぇ。うーん,民法416条では,第1項で「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」と,第2項で「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」と規定しているんですが,第1項の損害は「通常損害」,第2項の損害は「特別損害」と呼ばれていて,「直接損害」の語は用いられていないんですよねぇ。契約書のこの「直接損害」条項は,民法416条とどう違うことになるんですかねぇ。」

「私は存じ上げません。先生がお考え下さい。」

「えっ。しかし,私にはこの「直接損害」の意味が分からないんで,困りましたねぇ。ここは日本民法416条の原則にそのまま乗っかってしまうことにして,この「直接損害」云々が含まれている条項はいっそ削ってしまいましょうか。契約書にわざわざ書かなくても,債務不履行によって債権者に損害を与えたら債務者は損害賠償しなきゃならないということは民法上当り前のことでしょう。」

「いや,契約書に書いておかないと,相手方が損害賠償に応じてくれない可能性があります。」

「(そんな屁理屈をこきそうな困った相手と何で契約を結ぶのかなぁ。)うーん,この条項は,あなたの部の契約書では昔から使っているんでしょ。」

「そうです。」

「そうだとしたら,昔からいる人もいるんでしょうから,だれか部内で「直接損害」の意味を知っている人はいませんかねぇ。」

「当部は法務部ではありません。」

「しかし,意味の分からぬ契約書をそのまま長いこと使っていたんですか。ちょっとこれは変だとか,気持ち悪いとか思わなかったんですか。」

「先生,細かいですねぇ。契約書なんてだれも細かく読みませんよ。」

「(うっ,それなら何で契約書のチェックを求めて来るんだろう。)困りましたねぇ。契約書はビジネスの基本ツールなんだけど,御存知ない,でやってこられましたか。困りましたねぇ。」

「先生,あなたは私たちが長年やってきたことを馬鹿にされるのですか。」

「いやいや,そんなことはありません。ただちょっと困っているだけです。(その「長年」のうちにだれかちゃんと調べてくれればよかったのになぁ。みんな長年しあわせに,何を考えて仕事をしていたのかしら。)・・・そうですねぇ,この「直接損害」の概念って,英文契約書の翻訳あたりからウィルスのように日本国内向けの契約書に侵入した,っていうことはないでしょうかね。その辺分かるような英文契約書とかその参考書とか,心当たりはありませんか。」

「何で契約書チェックを受けるのに,英文契約についてまでこちらで調べなければならないんですか。先生,それって,パワハラじゃないですか。」

「いやいや,パワハラなど滅相もない。(危ない,危ない,パワハラ認定がされると干されてしまう。)」

「先生は,英語はできないんですか。先生は,超一流法律事務所の先生方と違って,ナニが高くないって聞いてますからね,困りましたねぇ。」

「はは・・・。(良心的報酬額設定がかえって仇となるのかい。)」

「とにかく先生,こちらは締切りが迫っているんです。急いでいるんで早くチェックを済ませてください。先生のせいでみんなが迷惑するんです。」

「ははははいーぃ。」

 

4 英米法

 筆者が英米法の法律辞典類を見て,direct damagesとかdirect lossの定義を調べてみても,はっきりとしたことは分かりませんでした。

 ところが,最近某得意先企業の空いている役員室で作業をさせてもらっているとき,そこに置いてあった英米法辞典を見てピンと来るものがありました。(なお,この英米法辞典は,後で確認しましたが,Black’s Law Dictionaryの第10版ではありませんでした。)

 

 「これはやはり,Hadleyじゃないかな。」

 

(1)ハドリー事件判決と日本民法416

 我が民法(明治29年法律第89号)416条の規定がそれに由来する(平井宜雄『損害賠償法の理論』(東京大学出版会・1971年)146‐158頁参照)イングランドにおける1854年2月23日(嘉永七年二月二十三日ならば横浜応接所でペリー持参の献上品である汽車模型が円型レールで試運転された日なのですが,日本におけるその日はグレゴリオ暦では1854年3月21日です(『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店・2001年))。)のHadley v. Baxandale判決は,代表的民法教科書の一つにおいて,次のように紹介されています。

 

 ・・・ハドリー事件とはどのような事案だったのだろうか。原告Xは製粉所を経営していたが,製粉機の回転軸(クランク・シャフト)が壊れて製粉機が動かなくなったので,その回転軸を遠方にある機械製作所に見本として送って,新しい回転軸を作ってもらうことにした。そこで,運送会社Yに対し,その運搬を依頼したが,Yの懈怠のために運送が遅れ,結局新しい回転軸は予定より数日遅れて届くことになった。その結果,その間Xの製粉所は操業の停止を余儀なくされ,操業していたら得られたであろう利益を失った。これを賠償請求したのが,この事件である〔略〕。

  〔原審はXの請求を認容したが,控訴審の本件〕判決は,契約違反に対する損害賠償を,契約締結時に当事者が予見しえた範囲に限定すべきだとし,当該回転軸がなければXの工場が操業を停止せざるを得なくなるかどうかは,Yにはわからなかったとして(予備の回転軸がある場合もあるから),結論的にはXの請求を認めなかった。(内田148頁)

 

我が民法416条1項の通常損害の賠償請求には債権者による「予見可能性の立証は不要であるが,〔同条2項の〕特別損害なら,債権者の方で「特別の事情」の予見可能性を立証する必要がある」とされています(内田149頁)。民法「416条で予見の対象となっているのは,「特別の事情」であって「損害」そのものではないことは,文言上も明らかである」ところです(内田149頁)。民法416条2項の予見の主体である「当事者」は,富井政章及び本野一郎のフランス語訳では“les parties”と複数の両当事者とされていますが(《Code Civil de L’Empire du Japon 1896》(新青出版・1997年)),判例・通説上は債務者とされ(内田151頁),予見の時期は,Hadley判決では契約締結時とされていましたが,我が判例・通説上は履行期ないしは不履行時としています(内田152頁)。

 

(2)英米法学におけるハドリー事件判決解説と直接損害(Direct Damages)概念

英米法の法律家はどう言っているものかと“Hadley v. Baxandale”でインターネット検索をすると,カリフォルニア大学バークレー校ボールト・ホール法科大学院のメルヴィン・アロン・エイゼンバーグ教授の「ハドリー対バクセンデール原則」という論文が見つかりました(Melvin Aron Eisenberg, The Principle of Hadley v. Baxendale, 80 CAL. L. REV. 563 (1992))。以下同教授の当該論文により,ハドリー対バクセンデール事件及び判決並びにそこにおいて表明された原則を見てみましょう(なお,同教授は,「ハドリー対バクセンデール原則」のAufhebenを主張しています。)。

事件について。新しいシャフトの原型とすべく(as a pattern)壊れたクランク・シャフトが送られた先は,原製作者であるグリニッジのJoyce & Co.という会社でした。(なお,原告の製粉所はGloucesterにありました。)原告はその従業員を,Pickford & Co.の商号で営業している大きな運送事業者の現地事務所に行かせ,当該従業員はピックフォードの事務員に製粉所が止まったからシャフトは直ちに送られなければならないと告げたところ,当該事務員は正午までにシャフトを預かればその翌日にはグリニッジに届くと答えました。その翌日正午前に当該シャフトはピックフォードに委ねられ,ハドリーは運送賃として2ポンド4ペンスを支払いました。ピックフォードの事務員は,急いで送ってくれと告げられています。しかしながら,運送は何らかの懈怠("by some neglect”)によって5日間遅れます。ピックフォードは荷物をロンドンに送ったのですが,シャフトをロンドンからグリニッジに直ちに鉄道で転送せずにそのまま数日止め置き,別の鉄製品と一緒に運河でジョイスに送ったのでした。その結果,製粉所は5日間余計に操業ができませんでした。原告(複数形になっています。)は300ポンドの損害賠償を請求したところ,一審判決(陪審)は100ポンド分を認容しました。(Eisenberg pp.563-564
 ハドリーの製粉所の名前はCity Steam-Mills,ピックフォードの経営者がバクセンデールです(溜箭将之「損害賠償の範囲」『アメリカ法判例百選』(有斐閣・2012年)206頁)。 

(なお,止まってしまった機械を製粉機ではなく「製麺機」であると紹介する書物もありますが(北川善太郎=潮見佳男「§416(損害賠償の範囲)」『新版注釈民法(10)Ⅱ債権(1)債権の目的・効力(2)』(有斐閣・2011年)334頁),ハドリーの製粉所で機械が止まって供給できなくなった商品は“flour, sharps, and bran”(小麦粉,(小麦の)二番粉及びぬか・ふすま)とされていて(Eisenberg p.564),パスタ類は挙げられていません。)

ところが,原告にとって,控訴審の判決(Hadley v. Baxandale (1854), 9 Exch. 341, 156 Eng. Rep. 145)はがっかりものでした。

 

 〔控訴を受けた〕Exchequer Chamber1873年にCourt of Appealとなります(田中英夫『英米法総論上』(東京大学出版会・1980年)164頁)。〕は判決を覆した。しかしながら,〔損害の〕遠隔性の理論(theory of remoteness)によってではなかった。その代わり,当該裁判所は,契約違反(a breach of contract)によって損害を被った(injured)当事者は,「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって生ずるものと・・・合理的に認められる(“reasonably be considered … [as] arising naturally, i.e., according to the usual course of things”」べきものである損害(damages)又は「当該契約の違反による蓋然的結果として,契約の締結時において両当事者の予期するところにあったものと合理的に想定され(reasonably be supposed to have been in the contemplation of both parties, at the time they made the contract, as the probable result of the breach of it”)」得るものである損害のみを回復することができると述べた。裁判所は,原告はいずれのテストも満足させることができなかったものと結論した。当該裁判所の判決の二つの肢(the two branches of the court’s holding)は,ハドリー対バクセンデールの第1及び第2のルール(the first and second rules of Hadley v. Baxandale)として知られるようになった。(Eisenberg p.564

 

ハドリー対バクセンデールの第1ルールは我が民法416条1項(「債務の不履行に対する損害賠償の請求は,これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」)に,同第2ルールは同条2項(「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」)に対応するものであることは明らかです。ただし,ハドリー対バクセンデールでは,予期の対象は損害であって損害の原因たる事情の予見は問題になっておらず,予期の主体は契約の両当事者,予期の時期は契約の締結時です。

しかして,エイゼンバーグ論文の次の一節に至って,「直接損害」概念の英米法的淵源を尋ねんとする筆者の肩の荷は下りたのでした。

 

ハドリー対バクセンデールの二つのルールの基礎の上にあって,契約法は,伝統的に,一方における一般又は直接損害general or direct damages)と他方における特別又は派生損害(special or consequential damages)とを区別してきた。一般又は直接損害は,買主〔債権者〕に係る特有の事情とは関係なく所与のタイプの不履行から生ずる損害である。一般損害の賠償は,ハドリー対バクセンデールの原則によって妨げられることは全くない。定義それ自体によって,そのような損害は「自然に,すなわち,通常のことの成り行きによって当該不履行から生ずるものと・・・合理的に認められる」べきものだからである。例えば,売主が物品売買契約に係る債務を履行しなかったときには,買主は,契約代金額と市場価格又は代替品の価格との差額に等しい損害を被るということは自然の成り行きである。この差額は,通常,一般損害として回復され得る。(Eisenberg p.565。下線による強調は筆者)

 

 何のことはない,実は「直接損害(direct damages)」≒「民法416条1項の通常損害(le préjudice qu’entraînerait l’inexécution, d’après le cours ordinaire des choses (富井=本野訳))」だったのでした。

 (なお,平井204頁は「イギリスにおいて,Hadley v. Baxendaleのルールは,動産売買法Sale of Good[s] Act (1893)が制定されるに及んでその51条および54条として規定されている。すなわち,51条1項は売主が買主に対し引渡をせず又は拒んだ場合において買主は損害賠償の訴を提起できる旨を定め,同2項はこの場合における賠償の範囲が売主の契約違反から事物の通常の経過にしたがって直接的かつ自然的に生じた損失であるべき旨を定める。〔略〕54条は,これに加えて特別損害の賠償を請求する買主の権利がこの法律によって影響を受けない旨を定めているのである。」と紹介しています(下線は筆者によるもの)。1893年法51条2項の文言は“The measure of damages is the estimated loss directly and naturally resulting, in the ordinary course of events, from the seller’s breach of contract.”というものです。ここで“direct”が副詞形で出てきています。Hadley v. Baxendaleでは“naturally, i.e., according to the usual course of things”であったものが,“directly and naturally, i.e., in the ordinary course of events”とパラフレーズされたものと解すべきなのでしょう。)


5 フランス民法

 我が民法416条のフランス語訳における“d’après le cours ordinaire des choses”と英語のaccording to the usual course of thingsとはよく似た表現ですが,これは,ハドリー対バクセンデール事件判決の理論が,「フランスのポチェという学者(フランス民法典に大きな影響を与えた学者)の理論の影響を受けているといわれ」ている(内田148頁)からでもあるのでしょうか。(なお,ポチェから英米法への影響は,スコットランド経由だったようです。すなわち,「Hadley事件の6年前にスコットランドの裁判所から貴族院に上告された事件があり,その時コテナム卿(Lord Cottenham)はスコットランド法にもとづいて意見を述べた。スコットランド法は大陸法系に属し,フランス民法に大きな影響を与えたポチエ(Pothier, Traité des Obligations, 1761)の学説にしたがっていた。この意見がHadley事件を審理した財務裁判所に大きな影響を与えたと言われる。」ということでした(平井156頁註(21))。)

 

  (b)〔債務不履行による損害の賠償の範囲〕の点の原則的な考え方および実際の範囲についての立法例は,大別して二つに分かれる。賠償すべき損害の範囲を比較的狭くしているもの(例えば英米,フランス)が多いが,比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)もある。前者は,フランスのポチエ(Pothier)という学者(さらに古くはデュムーランDumoulin, Molinaeus)に由来する。ポチエの考えは,原則として債務者が契約時に予見可能であった損害のみ賠償すればよいとすること,故意の不履行の場合については過失による不履行の場合よりも賠償すべき損害の範囲を広くしていること(損害を直接損害・間接損害に分け,前者では間接損害の賠償まで,後者は直接損害の賠償に止まる,とある)に特色がある。後者は,これを批判し,いったん債務者に故意過失があって賠償すべきであるとされた以上は,その範囲は原則として損害のすべてに及ぶとするのが債権者のために必要であるとの立場に立ちつつ,あまり範囲が広がるのは適当でないとして,相当の範囲,つまり「相当因果関係」のある損害の範囲に止めようとするものである。〔略〕

  (c)わが民法は,416条でこれを定めているが,読めばわかるとおり,基本的には前者の立場をとっている。(α)これは,ポチエの影響を受けた英米法を参照にして作られたものである(民法〔34条〕,526条〔略〕などと共に英米法の影響を受けた規定の一つである。)ポチエを祖父とするとその孫ということになり,ポチエの子法であるフランス民法とは叔父おいの関係にあることになる(フランス民法と異なり,直接損害・間接損害の区別をしていない)。〔後略〕(星野英一『民法概論Ⅲ(債権総論)』(良書普及会・1981年)6869頁。下線は筆者によるもの)

 

 フランス法には,「直接損害」と「間接損害」の区別があるようです。しかし,そこでいう「直接損害」は,ハドリー対バクセンデールの第1ルールについていわれる「直接損害(direct damages)」と同じものでしょうか,違うものでしょうか。

当該「叔父」法のフランス民法を見てみようと思いますが,実は同法は昨年(2016年)10月に改正があって,以前とは条文番号がずれたりなどしています。

 

1231条の2(旧1149条) 債権者に対する損害賠償は,以下の例外及び修正を別にして,一般に,その被った損失及び失われた利益についてである。

1231条の3(旧1150条) 不履行が重大な懈怠又は悪意(une faute lourde ou dolosive)によるものではない場合においては,債務者は,契約締結の時に予見され,又は予見されることができた(qui puvaient être prévus)損害賠償の責任のみを負う。

1231条の4(旧1151条) 契約の不履行が重大な懈怠又は悪意によるものである場合であっても,損害賠償は,不履行に接着しかつ直接の結果であるもの以外を含まない(les dommages et intérêts ne comprennet que ce qui est une suite immédiate et direct de l’inexécution)。

 

 債務者が悪意により(à une faute dolosive“dolosif”には仏和辞典的には「詐欺の」との訳語が当てられています。))債務不履行をした場合であっても,損害賠償の対象範囲は「間接損害」にまで及ぶものではなく,なおも「直接損害(une suite immédiate et direct)」にとどまるようです(星野教授による前記ポチエ説紹介の下線部分との関係は,ちょっと分かりづらいところです。)。

 

 〔フランス民法旧1151条(現1231条の4)〕では,間接の結果である損害は排除されている。しかも,フランス民法上,直接損害(dommage direct)は,損害の予見性とともに因果関係の制限の問題として理解されている(イタリア民法1223条も同旨)。直接損害・間接損害の古典的な例として,次のものをあげることができる。病気の馬を給付したところ,買主の所有している他の健康な馬にその病気が感染し,その馬も死亡した場合は,直接損害が発生している。他方,馬の死亡のために,農地の耕作ができず,収入を得られず,他の借金の返済にまわせず,その結果として財産の差押えを受けた場合は,(他の借金を返済できないという損害が生じているため)間接損害が発生している(Pothier, Traité des obligations)。(北川=潮見329頁)

 

  わが民法の起草者は,直接損害・間接損害という区別を〔略〕フランス流に解したうえで,直接の結果か間接の結果かという区別は不明確であるとして排斥した〔略〕。(北川=潮見329頁。また,332333頁)

 

6 民法416条の起草経緯管見

我が現行民法起草前のフランス法学者ボアソナアドによる我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)385条は,フランス民法旧1149条から旧1151条に倣って,次のように規定していました。

 

385条 損害賠償ハ債権者ノ受ケタル損失ノ償金及ヒ其失ヒタル利得ノ填補ヲ包含ス

 然レトモ債務者ノ悪意ナク懈怠ノミニ出テタル不履行又ハ遅延ニ付テハ損害賠償ハ当事者カ合意ノ時ニ予見シ又ハ予見スルヲ得ヘカリシ損失ト利得ノ喪失トノミヲ包含ス

 悪意ノ場合ニ於テハ予見スルヲ得サリシ損害ト雖モ不履行ヨリ生スル結果ニシテ避ク可カラサルモノタルトキハ債務者其賠償ヲ負担ス

 

我が旧民法財産編385条3項とフランス民法旧1151条(現1231条の4)との相違は,ボアソナアドによれば「間接の損害とは,たとえば,買主が転売契約上の債務を履行できなくなったために負うに至った巨大な賠償額のようなものであるが,フランス民法がこれを排して,悪意の不履行でも直接の損害に限定しているのは,不履行より直接生じた損害以外のものは義務不履行の確実な結果とはいえないことと,間接の損害は買主が注意すれば避けることができたものと推測されることによる。したがって,直接・間接の結果に代わって,債権者が損害を避けることができたかどうかが範囲決定の標準とされた」ということだそうです(北川=潮見330頁)。

しかし,いわゆる民法典論争を経て旧民法の施行延期,現行民法案の起草という流れとなり,債務不履行による損害の賠償の範囲に関する我が旧民法及び現行民法の各規定間に断絶が生じます。

法典調査会に提出された原案の410条は,次のとおり(北川=潮見332頁。下線は筆者によるもの)。

 

損害賠償ノ請求ハ通常ノ場合ニ於テ債務ノ不履行ヨリ生スヘキ損害ノ賠償ヲ為サシムルヲ以テ目的トス

当事者カ始メヨリ予見シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシ損害ニ付テハ特別ノ事情ヨリ生シタルモノト雖モ其賠償ヲ請求スルコトヲ得

 

原案410条にも「予見」が出て来ますが,これは旧民法財産編385条の「予見」とは「異なる原理に基づいてい」ました(北川=潮見333頁)。「つまり,旧民法上,過失による不履行は予見された損害または予見可能な損害の賠償責任を生じさせ,故意による不履行は予見することのできなかった損害の賠償責任を生じさせていた(旧民法財産編385Ⅱ・Ⅲ)。これに対して,原案410条は,「債務関係ノ性質ヨリシテ」損害賠償の範囲および額を決めるうえでは,予見を標準とせざるをえないとの理解を基礎に据え,「特別の事情より生じた損害」の予見ないし予見可能性を標準としている(法典調査会民法議事速記録185455丁)。そして,「英吉利(など)ノ有名ナ判決例ノ規則(など)デモ詰リ之ニ帰スルノデアツテ通常ノ結果カラ予見シテ居レバ特別ノ結果デモ之ヲ償フコトヲ要スル如何ニモ穏カナ規則ジヤラウト思ヒマス」(法典調査会民法議事速記録1855丁)と述べられている。」と紹介されています(北川=潮見333334頁)。これは,旧民法では損害の分類基準として「避ク可カラサルモノ」か否か(避ク可カラサルモノであれば「直接損害」として損害賠償の範囲内,避けることができたのなら「間接損害」であって範囲外)をなお採用した上でその「避ク可カラサルモノ」枠内において悪意の無い懈怠者については予見可能性をもって更に損害賠償の範囲を限定するという構造であったのに対し,現行民法416条の原案では,損害賠償の範囲(大枠)自体を予見可能性でもって直接画するということになったということでしょう(「1項には「予見」という字句が入っていないが,「通常生スヘキ損害」は「予見スヘキモノ」(梅〔『民法要義巻之三』〕56)と考えられるものであるという理解からすれば,2項のみならず1項も含めて,「予見」という要素が,賠償されるべき損害の範囲を確定するための標準として捉えられていたとみるのが適切である」(北川=潮見334335頁)。)。「直接損害・間接損害」というフランス民法流の損害区分の概念がここで消えたわけです。

旧民法財産編385条に代わる我が民法「416条は,イギリス法の先例であるハドレー事件に大きく依拠して作られた面がある。1項の通常損害と2項の特別損害の区別は,ヨーロッパ大陸法においては一般的には認められていないものであり,すぐれてイギリス法的な区分であるといえる。」とされていますから(北川=潮見341頁),我が通常損害はハドリー対バクセンデール事件判決以来の英米法的「直接損害(direct damages)」に由来するものであるとしても,ヨーロッパ大陸法の雄たるフランス民法1231条の4的な「直接損害(une suite immédiate et direct)」とは異なることになるのでしょう。すなわち,英米法の「直接損害」とフランス法の「直接損害」とは異なるものとなることになるようです(前者は我が通常損害と親和的であるが,後者はそうではない。)。

 

7 予見可能性の意味をめぐって

 

(1)民法416

ところで,我が民法416条における「予見することができた(予見可能)」(les parties ont…pu prévoir(富井=本野訳))については,「予見可能とは,事実可能ということでなく,予見すべきであるという規範的な意味である」とされています(星野74頁)。しかし,これに対して前田達明教授は,「ハドレー事件,ドイツ法,フランス法は,どれも『事実としての予見可能性』を述べているし,ボアソナード草案405条2項を受けた旧民法財産編385条2項も,それを受けた416条2項も,『事実としての予見可能性』を規定したものとみるのが素直である」と,予見可能性の規範的把握(これでは「極端な言い方をするならば,信義則(1条2項)でもって損害賠償の範囲が定まるというのと同じことになってしまう」)に反対しています(北川=潮見415416頁)。

この論点に関しては,平成29年法律第44号による改正後の民法416条2項は「特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見すべきであったときは,債権者は,その賠償を請求することができる。」となりますから(下線は筆者),我が国では規範的把握論者に軍配が上がったようです。

 

(2)ハドリー事件判決

しかしながら,予見可能性が規範的に把握されるということは,我が民法416条がハドリー対バクセンデール事件判決の準則からより遠ざかるということになりそうです。

実は,ハドリー対バクセンデール事件判決の準則における予見可能性(foreseeability)は,「伝統的」に,「当該損害が予見され得たこと,及びそれ〔当該損害〕が発生する見込み(prospect)が限界的なものを超えており(more than marginal)又は取るに足らないものではない(not insignificant)ことのみではなく,事前的に見て(viewed ex ante),当該損害が結果することが蓋然的probable)又は高度に蓋然的(highly probable)であったことまでをも要求するもの」とされていたのでした(Eisenberg p.567)。「比較的素直に(in a relatively straightforward way)適用された場合であっても,ハドリー対バクセンデール原則は,逸失利益(lost profit)を典型的に排除し(typically cuts off),本来的に損害賠償を制限するものである。」ということになります(Eisenberg p.569)。逸失利益は,special or consequential damagesの典型とされていたのですが(Eisenberg p.565)。

なお,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 App. Cas. 350 [The Heron II] (1967)事件判決においてライド卿は,ハドリー対バクセンデール事件判決におけるオールダソン裁判官の思考を次のように解説します(Eisenberg p.579)。

 

〔彼は,〕明らかに,遅滞が製粉所の操業再開を妨げるだろうということが合理的に予見可能(reasonably foreseeable)ではなかった,ということを言おうとはしていなかったし,言おうとすることはできなかった。彼は単に,非常に多くの(in the great multitude)――これは,私は大多数(the great majority)という意味にとるが――場合には,それは起こらないものである(this would not happen)と述べただけである。彼は,予見できる結果と予見できない結果とをではなく,大多数の場合に生ずるものであるのでありそうな(likely)結果と,極少数の場合(in a small minority of cases)にのみ起るものであるのでありそうにない(unlikely)結果とを区別していたのである。・・・彼は,明らかに,大多数の場合において起る結果は,両当事者の予期の中(in the contemplation of the parties)にあったものと公正かつ合理的に認められるべき(should fairly and reasonably be regarded)であるが,相当な可能性として(as a substantial possibility)予見することはできるが極少数の場合にしか起こらない結果は,彼らの予期の中にあったものと認められるべきではないということを言おうとしていたのである。・・・

  

 ハドリー対バクセンデール事件判決について「今日では,この判例は,Koufos v. C. Czarnikow Ltd., [1969] 1 A.C. 350 [The Heron II]・・・に照らして,理解されなければならない。」とされていますが(田中英夫『英米法総論下』(東京大学出版会・1980年)539頁),なかなか難しい。The Heron II判決は,後にH. Parsons (Livestock) Ltd. v. Uttley Ingham & Co., [1978] 1 Q.B. 791 (Eng. C.A. 1977)において,デニング卿によって次のようにまとめられています(Eisenberg p.580)。

 

  契約違反の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間(a reasonable man)が契約締結の際非常に大きな程度の蓋然性があるものとして(as being of a very substantial degree of probability予期するcontemplate)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

  不法行為の場合においては,裁判所は,当該結果が,合理的な人間が不法行為の際上記より相当低い程度の蓋然性があるものとして(as being of a much lower degree of probability予見するforesee)ようなものであったかどうかを検討しなければならない・・・

 

 ちょっとした可能性(possibility)ではだめで,高度の蓋然性(probability)がなければ債務不履行に基づく損害賠償の範囲内に入る前に足切りをされてしまうということでしょうか。契約締結時における予見(foresee)ないしは予期(contemplate)に係る損害の可能性ないしは蓋然性の程度が問題とされているのですね。これに対して我が民法416条では,損害の原因となった事情に係る債務不履行時における予見(prévoir)の有る無しないしは予見の可能性(pouvoir)の有る無しが問題になっているということのようです。

 

8 小括

 要するに,「直接損害」は英文契約書由来の概念であるとの前提で考えれば沿革的には我が民法416条の通常損害に対応するが,必ずしも一致はしない,そこで英米法的なものとして直接理解しようとしてみれば英米法の大変な勉強が必要になってしまってとてもじゃないがやってられない,さりとて日本法においては適当な対応概念が見当たらない(フランス法的な直接損害・間接損害の区別は現行民法起草時に放棄されている。),ということでしょう。概念が曖昧な語は,使用しない方が無難だと思うのですが,どうでしょうか。

 

9 ドイツ民法

 最後は附録です。「比較的広く,建前としては全損害を賠償すべしとするもの(「完全賠償の原則」などと呼ばれる。ドイツ)」と紹介されているライン川の向こうのドイツ民法における我が民法416条に係る対応条項を見ておきましょう。(なお,以下の条項は,「ドイツ民法典は,債務法総則の一部として債務不履行であると不法行為であるとを問わず,損害賠償一般に関する通則的規定(249‐255条)を有しており」といわれる(平井23頁)「通則的規定」に当たります。)ただし,翻訳は覚束ないところです。

 

  (損害賠償の(des Schadensersatzes)性質(Art)及び範囲)

 第249条 損害賠償の義務を負う者は,賠償を義務付けることとなった事情(Umstand)が生じなかった場合において存在したであろう状態を回復しなければならない。

 2 人身の傷害又は物の損壊による損害賠償をすべきときは,債権者は,原状回復(Herstellung)に代えてそれに必要な費用の額を請求することができる。物の損壊の場合には,現実に課されたときであって,かつ,その範囲内においてのみ,消費税(Umsatzsteuer)が,前文の必要な金額に含まれる。

  (期間設定後の金銭による損害賠償)

 第250条 債権者は,賠償義務者に対して,当該期間経過後に原状回復を拒絶するために,原状回復のための相当の(angemessene)期間を意思表示により定めることができる。原状回復が適時(rechtzeitig)にされない場合には,当該期間の経過後,債権者は金銭による賠償を請求することができ,原状回復請求権は消滅する(ist ausgeschlossen)。

  (期間設定を要しない金銭による損害賠償) 

251条 原状回復が不可能であるとき,又は債権者の補償(Entschädigung)のために不十分であるときは,賠償義務者は,債権者に対して,金銭で補償しなければならない。

2 原状回復が過大な費用によって(mit unverhältnismäßigen Aufwendungen)のみ可能である場合には,賠償義務者は,債権者を金銭で補償することができる。傷害を負った動物の治療行為(Heilbehandlung)によって生ずる費用は,その価額を著しく超えるだけでは過大ではない(sind nicht bereits dann unverhältnismäßig, wenn sie dessen Wert erheblich übersteigen)。

  (逸失利益)

 第252条 賠償されるべき損害には,逸失利益が含まれる。逸失された利益とは,物事の通常の成り行きに基づき(nach dem gewöhnlichen Lauf der Dinge),又は特別の事情(den besonderen Umständen),特に,執られた手配及び備えに基づき(nach den getroffenen Anstalten und Vorkehrungen),蓋然性(Wahrscheinlichkeit)をもって期待されることができた(erwartet werden konnte)利益である。

  (非物的損害(Immaterieller Schaden))

 第253条 財産上の損害(Vermögensschaden)ではない損害については,法律によって定められた場合にのみ金銭による補償を請求することができる。

 2 身体,健康,自由又は性的自己決定の(der sexuellen Selbstbestimmung)傷害又は侵害によって(wegen einer Verletzung)損害賠償がされるべきときは,財産上の損害ではない損害についても金銭による相当な補償(eine billige Entschädigung)を請求することができる。

  (双方の過失)

254条 損害の発生について被害者の過失(Verschulden des Beschädigten)があったときは(Hat…mitgewirkt),賠償(Ersatz)の義務又はなされるべき賠償の範囲は,どの程度まで損害が一方又は他方当事者によって主に(vorwiegend)生じさせられたかに係る事実を主要なもの(insbesondere)とするところの事情により定まる(hängt von den Umständen)。

2 被害者の過失が,債務者が知ることができず,若しくは知るべきもの(kennen musste)でもなかった特に高額な損害に係る危険(die Gefahr eines ungewöhnlich hohen Schadens)に債務者の注意を喚起しなかったこと,又は損害の回避若しくは減少について懈怠があったこと(dass er unterlassen hat, den Schaden abzuwenden oder zu mindern)に限り存在する場合(darauf beschränkt)においても,前項と同様である。第278条の規定〔履行補助者等の過失に係る債務者の責任〕が,準用される。

 (損害賠償請求権の譲渡)

 第255条 物又は権利の毀損(Verlust)に対して損害賠償(Schadensersatz)を行うべき者は,当該物の所有権又は当該権利の対第三者効に基づき賠償権利者に(dem Ersatzberechtigten)属する請求権の譲渡と引換えにのみ当該賠償の義務を負う。 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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1 定額小為替証書の「有効期間」

 

(1)規定

 ゆうちょ銀行の定額小為替証書の表面には「下記の金額をこの証書の発行の日から6か月以内にゆうちょ銀行または郵便局でお受け取りください。」との記載があり,裏面には「8 発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載があります。

 定額小為替証書表面の上記記載及び裏面第8項前段の記載は,ゆうちょ銀行の為替規定9条3項の「為替証書の有効期間は,その発行の日から6か月とします。」との規定に対応するものでしょう(なお,旧郵便為替法(昭和23年法律第59号)20条は「郵便為替証書(普通為替証書,電信為替証書又は定額小為替証書をいう。以下同じ。)の有効期間は,その発行の日から6箇月とする。/差出人又は受取人が,その責に帰すべからざる事由により,前項の有効期間内に為替金の払渡し又は払戻しの請求をすることができなかつたときは,その事由により請求をすることができなかつた日数は,それを同項の有効期間に算入しない。」と規定していました。)。旧郵便為替法20条2項を参照した上で考えると,郵便為替証書の「有効期間」とは,当該証書により為替金の払渡し(受取人が受けるもの)又は払戻し(差出人が受けるもの。後の逓信省通信局長である田中次郎の『通信法釈義』(博文館・1901年)564頁には旧々郵便為替法(明治33年法律第55号)に関して「注意すへきは払戻は差出人に於てのみ請求するを得之れ其文字より見るも明なり」とあります。)を受けることができる期間,ということのようです。

旧々郵便為替法の研究書によれば,「有効期間経過後の証書〔略〕は為替証書として全く払渡を要求するの力なかるべし」であったようでした(田中561頁)。とはいえ,旧々郵便為替規則(明治33年逓信省令第45号)30条2項は「差出人通常為替証書ノ有効期間ヲ経過シタル場合ニ於テ為替金ノ払戻ヲ請求セムトスルトキハ亦前項ノ手続ヲ為スヘシ」と規定して「通常為替証書ニ記名調印シ通常為替金受領証書ト共ニ振出郵便局ニ差出ス」こと(同条1項参照)を求めており(同規則42条及び49条によって電信為替及び小為替について準用),同規則50条2項は再度証書の交付の請求に際して「有効期間経過ノ郵便為替証書ヲ添付差出ス」ことを求めていました。「差出」が必要なのですから,有効期間が経過した郵便為替証書が全く無用無価値のものとなったわけではありません。

 

(2)趣旨

郵便為替証書に有効期間が設けられた趣旨については,旧々郵便為替法に関して,「元来証書には一定の有効期間を設けざれば永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり為替本来の精神は送達する地に於て払渡を為さしめんとするに在れば之には一定の効力期間を附し之を過れば効力を失はしむるは至当なりと謂ふべし」とありました(田中558頁)。「永く支払の義務を負はしめ頗る処理上に困難を来たす恐あり」のみではなお抽象的に過ぎるようですが,1875年(明治8年)1月の郵便為替の「創業の際は為替資金の運転に最も苦しめたるが如し初は1ヶ所300500円を配付するとし3万1500円を予算せしが(〔明治〕7年5月太政官達あり)実際不足を感ママ取扱役の私金準備方法を設け300円以上500円迄は1年6分の利を付すとせり其間資金を増加し〔明治〕8年6月には31万円余となれり〔明治〕18年5月立替金の法を設け〔明治〕20年には10円に付3厘の利とせり此の如くして今は資金の準備整ひ其数亦大に増加し東京市内のみにても1日二三万円を要するに至れり」というような経緯があり(田中522523頁),旧々郵便為替規則には「払渡資金欠乏ノトキ」は「為替金ノ払渡ヲ停延ス」との規定(22条5号,42条,49条。なお,旧々郵便為替法15条は「郵便官署ハ郵便為替金払渡ノ遅延ニ因リ生シタル損害ニ付賠償ノ責ニ任セス」と規定していました。)もあったところからすると,振出郵便局所から通常為替又は電信為替の振出しの案内を受けた払渡郵便局所(旧々郵便為替規則13条,40条1項)における折角の為替資金のいわゆるブタ積みを避けようとするものでもあったのでしょうか。

旧郵便為替法時代の『時の法令』1320号(19871230日)の記事「郵便為替及び郵便振替サービスの改善 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(62529公布法律第39号)」(上田伸)には,旧郵便為替法20条1項の改正に関して,「郵便為替証書の有効期間は,長期間にわたって為替金の払渡しがなされないようであれば,証拠書類の保管や計算事務などの面で繁雑であること,また,亡失・盗難などによる払渡警戒に対する事務負担の問題があることなど,手作業処理においては業務運営上支障を来すことになるため,できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨から設けられているものである。/しかしながら,この有効期間を経過した場合には,証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑であるので,この期間を2か月から6か月に延長することとされた(郵便為替法20条1項)。」とあります(33頁)。しかしながら,為替金に関する差出人及び受取人の権利は,郵便為替証書の有効期間の経過によってではなく,「郵便為替証書の有効期間の経過後,普通為替及び電信為替にあつては3年間,定額小為替にあつては1年間,郵便為替証書の再交付又は為替金の払もどしの請求がないとき」に初めて消滅したのですから(旧郵便為替法22条),郵便為替証書の有効期間経過後も「証拠書類の保管や計算事務」は残っていたわけですし,「手作業処理」に係る業務運営上の支障は機械化・オンライン化によって解消されたわけでしょう。郵便為替証書の有効期間を設けてしまった結果「証書再発行の手続をしないと為替金の払渡しを受けることができず,利用者にとっても,郵便局の事務取扱上も繁雑である」というに至っては,やや本末転倒のようでもあります。結局「できるだけ早めに払渡しを受けてもらうという趣旨」という郵便局側のお願いにすぎないものが,「郵便為替証書の有効期間」という仰々しい制度になっていたようでもあります。
 ただし,旧郵便為替法下では,郵便為替証書の有効期間が経過すると,有効期間が経過した当該郵便為替証書を受取人に所持させたままでも差出人が為替金の払戻しを受けることができるようになるという効果もあったようなのですが(同法
32条2項(同条1項と異なり郵便為替証書との引換えは不要),38条及び38条の2並びに旧郵便為替規則(昭和23年逓信省令第31号)38条2項,62条及び68条),同法の昭和62年法律第39号による改正に際しては,重視されていなかったようです。

 

(3)現状

 

ア 形骸化か

 実は,現在のゆうちょ銀行の取扱いでは,普通為替証書及び定額小為替証書の各「有効期間」及び当該期間経過後の為替証書の再交付の制度は形骸化しているようです。すなわち,現在の同行の為替規定においては,有効期間経過後の為替証書を所持する受取人が為替金の払渡しを受けるためには,いったん為替証書の再交付を受ける手続は不要とされるに至っています。また,為替証書の有効期間が経過したからといって,差出人が為替証書との引換えなしに為替金の払戻しを受け得るものとはされていません。

 

イ 為替金の払渡しの場合

ゆうちょ銀行の為替規定9条1項は「普通為替の為替金の払渡しを請求しようとするときは,受取人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,これを本支店等〔ゆうちょ銀行の本支店若しくは出張所又は郵便局(日本郵便株式会社の委託を受けて同行に係る銀行代理業を行う簡易郵便局を含む。)〕に提出してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」とのみ規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,郵便為替証書の再交付の請求に係る旧郵便為替法21条3号に対応する旧郵便為替規則14条ただし書が「郵便為替証書の有効期間が経過したためにする請求であつて,もとの郵便為替証書があるときは,その裏面に,再交付請求の旨及び住所を記載し,且つ,記名調印して,これを請求書とするものとする。」と規定していたことにかんがみると,「再交付請求の旨」ならぬ有効期間経過後の払渡請求である旨,ということになるのでしょうか。

 

ウ 為替金の払戻しの場合

また,有効期間経過後の為替証書を所持する差出人による為替金の払戻請求については,ゆうちょ銀行の為替規定10条1項は「普通為替の為替金の払戻しを請求しようとするときは,差出人が,普通為替証書に住所を記入し,記名押印又は署名のうえ,本支店等に提出し,かつ,為替金受領証書を提示してください。ただし,普通為替証書の有効期間が既に経過している場合は,普通為替証書に当行所定の事項を記入してください。」と規定しています(下線は筆者によるもの。同条2項は定額小為替について同様の規定)。ここでの「当行所定の事項」とは,普通為替の為替金の払戻請求に係る旧郵便為替規則38条2項が「〔前略〕普通為替証書の有効期間が経過した場合における法32条第2項の規定による為替金の払戻しの請求は,差出人が,普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日及び差出人の住所を記載し,かつ,記名調印した普通為替金払戻請求書に当該普通為替証書があるときはこれを添えて郵便局に差し出し,かつ,普通為替金受領証書を提示してするものとする。」と規定していたこと(同規則68条により定額小為替に準用)にかんがみると,為替金の払戻しを請求する旨及び「普通為替金受領証書の記号番号,為替金額,受入年月日」のみということになるように思われます。

なお,旧郵便為替法時代と異なり(同法32条2項及び38条の2並びに旧郵便為替規則38条2項及び68条参照),有効期間経過後の為替証書がなければ差出人は当該期間経過後であっても為替金の払戻請求ができない形になっていますので(旧々郵便為替規則30条2項に戻ったような形になっています。),実際には,当該証書を所持している受取人に対する払渡しが優先されることになるのでしょう。

 

エ 為替金に関する権利の移転との関係

為替金を受け取るためには「有効期間」経過後の為替証書でも大丈夫ということになれば,ゆうちょ銀行の為替規定11条2項の「〔前略〕為替証書の有効期間が経過したときは,差出人又は受取人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,元の為替証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。」との規定に基づく為替証書の再交付は,何のためにされるのでしょうか。「有効期間」が経過してしまうと,為替証書に差出人が受取人の氏名を記入(同規定4条1項)しても当該記入による受取人の指定は効力を生じないということでしょうか。それとも,同規定12条(「為替金に関する受取人の権利は,他の銀行その他当行所定の金融機関(次項において「他の銀行等」といいます。)以外の者に譲り渡すことができません。/他の銀行等へ為替金に関する受取人の権利を譲渡しようとするときは,為替証書を引き渡すことにより行ってください。」。また,定額小為替証書裏面の第2項には「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」と記載されています。)に基づく為替金に関する受取人の権利の譲渡は,為替証書の「有効期間」中に当該「為替証書を引き渡」してする(同条2項)のでなければ効力を生じないということでしょうか。しかし,指定受取人名記入欄には指定の日付を記入すべきものとはされていませんし,為替規定12条2項の引渡しの際に為替証書に当該引渡しの日付を記載すべきものともされていないでしょう。黙って郵便局に為替証書を提出してしまえば受取人指定日又は為替金に関する受取人の権利の譲渡日は問題にされずにそれまでのようでもあり,少々議論の実益性に疑問があるところです。

ちなみに,旧郵便為替法時代の郵便為替の為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡の方法については,旧郵便為替規則11条2項及び3項に「法第12条の規定による為替金に関する受取人の権利の銀行等への譲渡は,受取人が郵便為替証書の裏面に2条の平行線を引き,なお譲渡を受ける銀行等を指定する場合には,その平行線内にその銀行等の名称を記載し,当該郵便為替証書を銀行等に引き渡して,これをする。/線引郵便為替証書に表示された為替金は,銀行等以外の者には,払い渡さない。又平行線内に銀行等の名称が記載されているときは,その銀行等以外の者には,払い渡さない。」という規定がありました。やはり日付の記載は求められていません。(なお,小切手の線引制度(小切手法37条・38条)が想起せられる規定です。)

 

2 為替金に関する受取人の権利の譲渡制限

旧郵便為替法12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては,銀行その他公社の定める金融機関(以下「銀行等」という。)以外の者に譲り渡すことができない。」と規定していたのに対し,ゆうちょ銀行の現在の為替規定12条1項からは「,差出人が受取人を指定しない普通為替及び定額小為替に関するものを除いては」の部分が取り除かれています。定額小為替証書裏面の第2項も「この証書は,他の銀行その他当行の定める金融機関以外の者に譲り渡すことができません。」との記載です。

差出人が受取人を指定しない普通為替又は定額小為替は想定されておらず,差出人によって受取人名が記入されていない為替証書は未完成品扱いになるということでしょうか。しかし,未完成品による不正規な払渡請求であるものとしながら「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等は責任を負いません。」(ゆうちょ銀行の為替規定9条4項)と開き直るのも変な話です。

あるいは,指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書又は普通為替証書は認められるとしても,他の銀行等以外の者に為替金に関する受取人の権利を譲渡することはやはり認められないということでしょうか。しかし,戸籍謄本等の交付申請手続において指定受取人名記入欄空白の定額小為替証書を手数料の「お釣り」として役場から受け取ることがありますところ,筆者は「他の銀行等」ではありませんから,そのような「お釣り」の授受が無効ということになってしまってはいかにも不都合です。

なお,平成元年法律第26号による旧郵便為替法12条1項の改正に際して「為替金〔略〕に関する権利については,法律関係をできるだけ簡明にし,簡易な取扱いを維持するため,原則として譲渡を禁止し,銀行に対する譲渡のみを利用者の便宜のために例外的に認めておりましたが,銀行以外の金融機関であっても,利用者との間に預金その他の取引関係が多く,譲渡を認めることが利用者の取引上の利便を図ることになると考えられるところから,これらの金融機関についても譲渡ができるように譲渡制限を緩和したものです。」と説かれていましたが(寺田利信「郵便為替法及び郵便振替法の一部改正について―料金の法定制緩和の実現―」『郵便貯金』(郵便貯金振興会・1989年9月号)25頁),これは,差出人が受取人を指定しないということができなかった電信為替を専ら念頭に置いたものでしょう(電信為替における受取人の指定は郵便局にされて,郵便局は電信為替証書を当該受取人に送達しました(旧郵便為替法9条)。当該指定は,普通為替や定額小為替の場合のように郵便局の知らぬうちに郵便為替証書に記載してされたもの(旧郵便為替規則18条の2及び65条)ではありません。ちなみに,ゆうちょ銀行の現在の為替規定からは,もはや電信為替は消えています。)。

3 為替に関する契約の「解除」

 

(1)為替規定13

 定額小為替証書裏面第8項後段の「なお,発行の日から5年間そのままにしておきますと,証書の再交付を請求する権利および為替金を受け取る権利がなくなります。」という記載は,ゆうちょ銀行の為替規定に対応する規定があるのでしょうか。当該規定の第13条は次のようなものですが,同条はいかにも解釈が難しい。

 

 13 契約の解除

(1)為替証書発行の日から5年間,為替金の払渡し若しくは払戻し又は為替証書の再交付の請求がないときは,当行は,この規定による為替に関する契約を解除します。なお,為替証書の発行の日から5年間,受取人から為替金の払渡し又は為替証書の再交付の請求がなかった場合であっても,当行から差出人へその旨の通知は行いません。

(2)前項による契約解除に関する為替金に相当する額の返還の請求は,差出人が必要事項を記入し,記名押印又は署名をした当行所定の書類に当該為替証書又は為替金受領証書を添えて本支店等に提出してください。

 

 定額小為替証書裏面第8項後段は為替金の受取債権等に係る消滅時効期間に関する記載のように見えるのですが,為替規定13条1項前段は,ゆうちょ銀行の約定解除権を定めたもののように思われます。約定解除権の行使は,相手方に対する意思表示によってされなくてはなりません(民法540条1項)。為替に関する契約におけるゆうちょ銀行の相手方は,差出人ということになります。ところが,為替規定13条1項後段を見ると,ゆうちょ銀行は,その約定解除権の行使が可能になったときであっても,差出人とは没交渉を貫くこととしているようです。すなわち,ゆうちょ銀行から差出人に対する解除の意思表示の通知はされないようです。であれば,結局,為替規定13条1項は,前段でゆうちょ銀行に約定解除権を認めつつ,後段でその行使を封印するという,いわゆる「マッチ・ポンプ」的規定であるように見えます。

 ということで,実際には発動されることはないであろうゆうちょ銀行の為替規定13条なのですが,ついでに同条2項について考えると,同項は,約定解除の効果としての原状回復義務(民法545条1項)に関する規定ということになるのでしょう。為替金の返還と為替証書及び為替金受領証との返還とは同時履行関係に立つということでしょう(民法546条参照)。なお,明文で排除されていない以上,ゆうちょ銀行は,為替金受領時からの利息(民法545条2項)も支払うことになるのでしょうか。

 

(2)差出人による解除と払渡しの停止について

ところで,為替に関する契約に係るゆうちょ銀行の解除権の話が出てくると,差出人の解除権はどうかという話もおのずと出てきます。

為替契約は一種の請負でしょうから,「請負人が仕事を完成しない間は,注文者は,いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。」(民法641条)ということになりそうです。商法582条には「荷送人又ハ貨物引換証ノ所持人ハ運送人ニ対シ運送ノ中止,運送品ノ返還其他ノ処分ヲ請求スルコトヲ得此場合ニ於テハ運送人ハ既ニ為シタル運送ノ割合ニ応スル運送賃,立替金及ヒ其処分ニ因リテ生シタル費用ノ弁済ヲ請求スルコトヲ得/前項ニ定メタル荷送人ノ権利ハ運送品カ到達地ニ達シタル後荷受人カ其引渡ヲ請求シタルトキハ消滅ス」とあります。

しかしながら,送金小切手などの銀行の自己宛小切手(小切手法6条3項参照)については,「振出依頼人が振出人〔銀行〕に対して自由に支払委託を撤回することはできない〔略〕。自己宛小切手の振出人は,呈示期間内に小切手が呈示された場合には遡求義務を負うし,呈示期間経過後であっても,自己宛小切手が支払われるという一般的期待があることを考えると,振出依頼人からの支払委託の撤回があったからといって,振出人が当然にそれに応じて支払を拒絶しなければならないと解することは妥当ではない。そうだとすると,自己宛小切手の振出依頼人と振出人との間には,支払委託の撤回は振出依頼人の権利としては(振出人がそれに応じて支払を差し止めることはあるとしても)認められないという前提のもとに,その振出の依頼がなされていると解すべきである。したがって,振出依頼人からの支払委託の撤回がなされても,法律的にはそれはたんに事故届として,支払人が小切手の無権利者に支払った場合に免責されるかどうかを判断する資料の一つとしての意味しか有しないと解すべきである」と説かれています(前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣・1983年)401402頁)。旧々郵便為替法3条は「郵便官署ハ差出人ノ請求ニ因リ通常為替証書及電信為替証書ニ対スル郵便為替金ノ払渡前ニ於テ其払渡ヲ停止シ又ハ其ノ払戻ヲ為スコトヲ得」と規定していましたが,これは郵便官署の権能を定める規定です。「受取人は証書を持参し強て其払渡を強要することあるべし然れども官署は本条の規定に原て之を拒絶することを得るなり」とまでの郵便官署本位の効果があったところです(田中544頁)。

旧郵便為替法は,その第37条で電信為替について払渡しの停止制度(「差出人の払渡しの停止の請求がある場合には,公社は,為替金をまだ払い渡していないときは為替金の払渡しを停止し」と,差出人の請求権とされたものと解される文言です。)を定めていましたが(同条3項に基づき料金を徴収。なお,差出人に対する為替金の払戻しは,同法38条により準用される32条2項に基づき電信為替証書の有効期間経過後にされたものでしょう。),普通為替及び定額小為替については当該制度を認めていませんでした(昭和26年法律第255号による普通為替導入の際第29条を削除)。

ゆうちょ銀行の為替規定においては為替金の払渡しの停止について規定されていませんが,これは,差出人にそのような請求権を認めないという趣旨でしょう。

 

4 定額為替証書の喪失と再交付

 

(1)為替規定11

定額小為替証書の裏面第8項前段(「発行の日から6か月以内に為替金をお受け取りにならなかったときは,お申出により証書を再交付いたします。」)は,当該証書の「有効期間」経過後における証書の再交付に係る記載ですが,定額小為替証書が喪失された際の再交付に係るゆうちょ銀行の為替規定11条の下記規定については言及されていません。

 

11 為替証書の再交付

(1)為替証書を失ったときは,差出人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,為替金受領証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

 (2) 〔略〕

 (3)前2項の請求があったときは,当行は,為替金が払い渡されていないことを確認したうえ,為替証書を当行所定の方法により発行してこれを請求人に交付します。ただし,定額小為替証書を失った場合においては,当該定額小為替証書の有効期間内は,為替証書の発行及び交付は行いません。

 (4)為替証書が再発行されたときは,元の為替証書は,為替金の払渡し又は払戻しの請求に使用することはできません。

 

旧郵便為替法における同様の規定として,郵便為替証書の再交付に関する同法21条は,「普通為替証書又は電信為替証書を亡失したとき」(同条1号)又は「郵便為替証書の有効期間が経過したとき」(同条3号。定額小為替証書の亡失の場合は,その有効期間の経過を待って同号に基づき証書の再交付を受けたわけです。)には,日本郵政公社は,「郵便為替の差出人又は受取人の請求があるときは,郵便為替証書を再交付する」ものと規定していました。郵便為替証書の再交付に係る当該請求があったときには,「貯金事務センター又は郵便局において,当該為替金がまだ払い渡されていないことを確かめた上,貯金事務センター(郵便局長が支障がないと認めたときは,郵便局)において,郵便為替証書を再発行し,かつ,受取人の住所氏名(受取人が指定されている場合に限る。)を当該証書の相当欄に記載して,これを請求人に交付」しました(旧郵便為替規則15条1項)。そして,「郵便為替証書が再発行されたときは,もとの証書は,為替金の払渡及び払もどしの請求に使用することができない」ものとされていました(旧郵便為替規則15条2項)。

 ただし,旧郵便為替法及び旧郵便為替規則は法令であったのに対して(したがって,民法施行法57条の特則でもあり得たところです。),ゆうちょ銀行の為替規定は,同行と為替に関する契約を締結した者(差出人)との間の契約の内容をなすものにすぎません。

 とはいえ,公示催告手続を行うことに比べれば,為替証書を亡失した差出人にとっては,為替規定11条1項の為替証書再交付の制度は便利でしょう。

 

(2)元の為替証書の「無効化」について

 ところで,旧々郵便為替法12条2項では「再度証書ヲ発行シタルトキハ原証書ハ無効トス」とされていた規定が旧郵便為替法では削られ,省令である旧郵便為替規則15条2項に落ちています。

これはあるいは,再度証書発行後も原証書がなお存在する場合は,郵便局による当該原証書所持人に対する為替金の払渡しが有効であるという解釈があって,その解釈との整合性を取るためのものだったのでしょうか。すなわち,旧々郵便為替規則54条は「小為替証書ノ亡失ニ因ル再度証書ノ請求ニ対シテハ其ノ発行ノ日ヨリ150日ヲ経過シタル後ニ非サレハ再度証書ヲ発行セス但シ相当保証人ヲ立テ請求スルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定し,当該規定については「小為替に付ては亡失のとき発行日より150日を経過したる后に非れは再証書を発行せす尤も相当保証人を立て其亡失の真を証し偽なる場合の弁償義務を負はしむれは150日以内にても再証書を発行すべし」と説明されていたこと(田中563頁)が問題になります。再度証書の発行を受けた者及びその保証人のこの弁償義務は国(郵便局)に対するものだったのでしょうが,原証書が出て来ても,失効していれば,郵便局がそれに対して為替金の払渡しをすることもないし(「再度証書を発行したるときは原証書は全然其効力を失ふべし故に之を以て払戻を請ふも許されす況んや払渡をや此の如くせされば重複に為替金を払渡すの恐なしとせざるなり」(田中564頁)),仮に払い渡してしまっても国は原証書を所持していた受取人に対して不当利得として返還請求ができたはずです。(そうだとすれば,弁償義務は,むしろ本来,国の頭越しに,原証書の所持人と過誤に基づく再度証書の交付を受けた者との間でまず問題になったように思われます(原証書が無効になったことによって原証書の所持人が為替金の払渡しを受けることができなくなったことが損害)。)国に対して不当利得が全て返還されなかったときの残額部分の国に対する弁償のための保証人だったのだと考えることも可能ですが,間接に過ぎるようです。実は亡失していなかった原証書の所持人に対する為替金の払渡しを有効とした上で,その場合においては亡失に係る主張が偽であったものと発覚した再度証書の所持人に対する払渡しは無効であるものとしての当該所持人に対する弁償請求に係る保証人と考えた方が素直ではないでしょうか。1901年当時の米国,ベルギー国及び英国の各郵便為替法令においては「何れの国も原証券の無効を明記することなき」状況だったそうですが(田中564565頁),当該沈黙にはそれなりの意味があったのでしょう。

 ゆうちょ銀行の為替規定11条4項の規定も,亡失したはずの為替証書が出て来てしまったときにはその効力いかんが問われるところですが,そもそも為替に関する契約の当事者である差出人以外には対抗できないのではないでしょうか。

 

(3)普通為替証書と定額小為替証書との取扱いの違いについて

 かつては普通為替証書についても,その有効期間内の証書の再交付は認められていませんでした。定額小為替証書との差がついたのは,昭和56年法律第52号による旧郵便為替法21条の改正の結果です。

 

 《普通為替証書を亡失した場合は,当該為替証書の有効期間内においても,差出人又は受取人の請求により普通為替証書を再交付すること及び差出人の請求により払戻しをすることとされた(21条,32条2項)》

     払渡郵便局の指定がなされていない普通為替証書については,受取人は,全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができるので普通為替証書を亡失した場合に為替証書の有効期間内の再交付及び払戻しを認めると,亡失された証書による払渡しがされ,重複払が生ずる危険があることから,これまで有効期間内はこれを認めていなかった。しかしながら,全国の郵便局が総合機械化され,オンライン網が完成した時点では,郵便局で払渡しの際に,即時に重複払のチェックが可能となるため,有効期間内においても,普通為替証書の亡失再交付及び払戻しができるようサービスの改善を図ることとされた。

    (田中博「国民の要望に応えて郵便為替及び郵便振替サービスの改善を図るオンライン化に伴う改正 郵便為替法及び郵便振替法の一部を改正する法律(56525公布 法律第52号)」『時の法令』1128号(198112月3日)15頁)

 

払渡郵便局がされず全国のどこの郵便局でも払渡しを受けることができる点では普通為替も定額小為替も同じなのですが,新サービスが普通為替についてのみのものにとどまったのは,「即時に重複払のチェックが可能」となるオンライン化がなお定額小為替関係については達成されていなかったものか,あるいは単に,普通為替と料金の安い定額小為替との間であえてサービスの差別化を図ったものか。手間のコストに引き合うように郵便為替証書の再交付料金を取って調整すればよいではないかと提案しようとしても,当該料金徴収について定めていた旧郵便為替法21条旧2項は,10年振りの郵便為替料金値上げを行うために旧郵便為替法の一部を改正した昭和36年法律第79号によって削られてしまっていたところでした(なお,昭和36年法律第79号による旧郵便為替法の改正については,定額小為替制度導入との関係で,前回(2017年8月31日)のブログ記事「再び定額小為替証書について」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1067546421.htmlで御紹介するところがありました。)。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電子メール: saitoh@taishi-wakaba.jp

1 はじめに

 前回のブログ記事(「戸籍等の謄本等交付請求に当たって定額小為替証書についてふと考える」(2017年7月31日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1067126413.html)においては,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書を総務省(旧自治省系)及び国税庁は有価証券と解しているのに対し,当のゆうちょ銀行が,印紙税法(昭和42年法律第23号)別表第1第17号の「非課税物件」欄の3(「有価証券〔略〕に追記した受取書」は非課税物件とされています。)に関してそうではないような取扱いをしていることについての奇妙な感じを指摘していたところです。

 「奇妙な感じ」は往々にして奥深い議論への入口となることがあるものです。

 今回は,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書の有価証券性いかんについて論じてみたいと思います。

 

2 有価証券

 まず,有価証券の定義から始めましょう。吉国一郎ほか編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)には「有価証券」を定義していわく。

 

  私法上の財産権を化体する証券で,その権利の行使が証券によつてされるべきものをいう。例えば,手形,小切手,貨物引換証,船荷証券,倉庫証券,株券,商品券等がこれである。運送状,保険証券,下足札等は,証券に権利が化体されていないから,「有価証券」ではなく,証拠証券又は免責証券であるにすぎない。郵便切手,収入印紙等は,私法上の権利を化体するものではないから,これらも,「有価証券」ではない。有価証券は,その流通を保護するため種々の特性を付与されている(例―商法205517519,民事訴訟法7677382等)。(722頁)

 

現在,商法(明治32年法律第48号)205条は削除されていますが,商法旧205条は「株式ヲ譲渡スニハ株券ヲ交付スルコトヲ要ス/株券ノ占有者ハ之ヲ適法ノ所持人ト推定ス」と規定していました。また,商法517条から519条までも,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条によって,同法の施行に伴い削除されることになっています。民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行後は,有価証券については民法520条の2から520条の20までを見よ,ということなのでしょう。

「権利の行使が証券によつてされるべきもの」との箇所については,「有価証券法理の重点を呈示証券性に置き,いわゆる権利の「利用」の内容を主として権利の「行使」に求めようとするものである。ヒュック,ユリウス・フォン・ギールケなどが,これに属する」理論(西原寛一『商行為法』(有斐閣・1960年)103頁)を採用したものでしょうか。これに対しては,有価証券概念に係る鈴木竹雄説,すなわち,「有価証券は権利の移転・行使のいずれにも証券を要するものと認めなければならない。〔中略〕有価証券において権利の移転に証券を要するのは,権利の行使に証券が必要とされるためであって,もし権利の行使が証券と無関係になされうるものであれば,権利の移転に証券の交付を要求することは無意味であり,他面からみれば,権利の移転の際に証券の交付が必要とされればこそ,権利行使の際に証券が基準となるのである。即ち,権利移転の際における権利と証券との結合と,権利行使の際における権利と証券との結合との間には,相互に論理的関係が存するのである。このように考えれば,有価証券において権利の移転及び行使の両者に証券が必要なのはむしろ当然なことであって,そのいずれかに証券を要すれば足りると考えるのは,右の両者の関係に思いいたらないものと云うべきである。」との議論(鈴木竹雄『手形法・小切手法』(有斐閣・1957年)27頁)を補っておくべきでしょうか。

 

3 公示催告手続と定額為替証書・普通為替証書

ところで,約束手形等の有価証券では財産権が証券に「化体」しているため,有価証券が盗取されたり,又は紛失若しくは滅失した場合に当該有価証券上の権利者がどのように当該権利を行使すべきかが問題となります。そこで,公示催告手続(非訟事件手続法(平成23年法律第51号)の第4編が公示催告事件について規定しています。)が設けられています。「手形喪失者に権利行使を認めるためには,喪失手形につき善意取得者が生じていないことを確認した上で手形上の権利と手形との結合を解くという手続をとらなければならない,その手続が公示催告手続である。この手続は,有価証券一般について,その権利と証券との結合を解くためのものであって,有価証券以外のものについては認められない。」というものです(前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣・1983年)253頁)。

ところが,ゆうちょ銀行の定額小為替証書及び普通為替証書については,公示催告手続によって無効とする(改正後民法520条の11520条の18520条の19第2項及び520条の20参照)ということが想定されていないようなのです。ゆうちょ銀行の為替規定11条は,次のように規定しています。(なお,改正後民法における上記条項の整備に伴い,民法施行法(明治31年法律第11号)57条(「指図証券,無記名証券及ヒ民法第471条ニ掲ケタル証券ハ非訟事件手続法(平成23年法律第51号)第100条ニ規定スル公示催告手続ニ依リテ之ヲ無効ト為スコトヲ得」)も前記平成29年法律第45号の第1条によって削除されます。記名債券も公示催告手続で無効とし得るようにしたことについては(改正後民法520条の19第2項),「記名債券も有価証券の消極的作用によって証券なしでは権利を行使できないものであるから,それを喪失した場合には当然除権判決を認めざるをえないのであって,民法施行法〔57条〕の規定を限定的に解することが誤りなのではないかと思う」とつとに説かれていました(鈴木315頁)。)

 

11 為替証書の再交付

 (1)為替証書を失ったときは,差出人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,為替金受領証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

 (2)為替証書が汚染され若しくはき損されたため,記載事項が分からなくなったとき又は為替証書の有効期間が経過したときは,差出人又は受取人は,当行所定の書類に必要事項を記入し,記名押印又は署名をし,かつ,元の為替証書を添えて,為替証書の再交付の請求をすることができます。

  (3)前2項の請求があったときは,当行は,為替金が払い渡されていないことを確認したうえ,為替証書を当行所定の方法により発行してこれを請求人に交付します。ただし,定額小為替証書を失った場合においては,当該定額小為替証書の有効期間内は,為替証書の発行及び交付は行いません。

  (4)為替証書が再発行されたときは,元の為替証書は,為替金の払渡し又は払戻しの請求に使用することはできません。

 

為替規定の11条1項によれば,ゆうちょ銀行の為替証書を失ったときに再交付の請求ができるのは,差出人のみとなっています。これを有価証券無効宣言公示催告事件に係る非訟事件手続法114条の規定と比較してみると,同条では,有価証券が盗取され,紛失し,又は滅失した有価証券について公示催告手続の申立てができるのは,無記名式又は白地式裏書がされたものについては「その最後の所持人」(1号),その他の有価証券については「その有価証券により権利を主張することができる者」(2号)となっています。為替規定上は,ゆうちょ銀行の為替証書の所持者は,差出人によって受取人が指定されていない場合を含めて,「その証書により権利を主張することができる者」ではないように見えます。2007年の郵政民営化に伴い廃止された旧郵便為替法(昭和23年法律第59号)21条1号では受取人も普通為替証書亡失のときは郵便為替証書の再交付ができるものとされていましたが(旧郵便為替規則(昭和23年逓信省令第31号)14条参照。なお,同法には定額小為替証書が亡失した場合の証書再交付に係る規定はありませんでした(同法38条の2第1項は同法21条1号を準用せず。)。),ゆうちょ銀行においては差出人に限定されたわけです。
 差出人が為替証書を亡失したときは為替規定11条1項の特則により,それ以外の者が亡失したときは公示催告手続によるものとするという棲み分けは,為替規定自体には記載されておらず,技巧的に過ぎるでしょう。また,同条3項は「為替金が払い渡されていないことを確認」するのみであって為替証書が善意取得されていないことまでを確認するものではないと規定しているのですから,同条の制度は公示催告手続制度に対応したものともいえないでしょう。ゆうちょ銀行の為替証書については,善意取得ということが想定されていないのでしょうか。

 

4 郵政当局の見解:証拠証券=免責証券説

どうも不思議だということで,1955年の郵政省編『為替貯金事業概説 郵政研修所用教科書』を調べると,郵便為替証書の性質について次のようにありました(下線は筆者によるもの)。

 

 郵便為替証書は,郵政官署と差出人との間でした郵便為替送金の約束によつて,郵政官署が確実に送金の目的を達成するために発行するもので,この証書によつて,郵便為替に関する利用行為をする権利を証明する書類として役立たせるものである。したがつて,この為替証書は,為替金の払渡を受けたり又は払もどしを受けるときは,これを郵便局に提出しなければならない(85頁)

 

これは,郵便為替証書は,有価証券ではなく証拠証券だということなのでしょう。有価証券と証拠証券との違いは,「有価証券は,権利が証券に「化体」(Verkörperung)したものと言える。これに対し証拠証券というのは,単純な証明の用に供せられる文書のことであって,たとえば借用証書その他の契約書類・運送状(商570条)・預金証書などがそれである。証拠証券では,無形の法律関係が主眼であって,証券は単に証明の一方法たるにすぎない。」と説かれています(西原・商行為法104頁)。
 (為替証書は「為替の詐取を防圧し送金の安全を期」するための手段にすぎないということになれば,「場合によっては為替証書を二つに切断しおのおの別の郵便で受取人に送り,受取人がこれを貼り合わせて払渡を請求してもよいことにしたり(証書の半分が他人の手に渡っても,他の半分が盗難に罹らない以上,為替は安全なため)」し,「いろいろと為替の安全を守るために英国制度をそのまま採り入れたのが最初の〔郵便〕為替方式であって,この制度は通常為替として永く実行され〔先の大戦の〕終戦後廃止された。」ということにまでなっていました(鈴木一郎「小為替と定額為替」逓信外史刊行会『逓信史話上』(電気通信協会・1961年)24頁。下線は筆者によるもの)。為替証書を切断してしまうのですから,うっかり権利が化体されていると権利まで切断・破壊されそうで大変です。)

ゆうちょ銀行の為替規定9条4項は「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等〔ゆうちょ銀行及び日本郵便株式会社(同社が同行に係る銀行代理業を委託した者を含む。)〕は責任を負いません。」と規定していますが,これは,ゆうちょ銀行の為替証書であって差出人が受取人を指定していないものに係る免責証券性を規定したものでしょうか。

 

下足札や鉄道の手荷物引換票等は免責証券といわれるものである。この場合には,債務者は証券の所持人に弁済すれば,たとい所持人が真の権利者でないときも,悪意又は重大な過失がない限り,免責を受け,従って真の権利者から請求されても,再び給付することを要しない。従って,この場合には証券が実体法上意義を有するのであるが,それは債務者のために以上のような免責の効果が認められるだけであって,債権者にとっては証明証書〔又は証拠証券〕としての意味しかない。従って問題が起れば,権利者は証券を所持しているという事実だけでは権利を行使することができないが,その代り,権利者たることを証明すれば,証券がなくても権利を行使することができる。これに対し,有価証券の場合には,証券を所持すれば,権利者たることの証明を要せず,当然権利を行使できるから,免責証券と有価証券とは明らかに異るわけである。(鈴木6‐7頁)

 

ところで,「悪意又は重大な過失がない限り,免責を受け」る免責証券の効能に関しては,「免責証券と債権の準占有との関係,民法471条と同478条との関係」について論じられていたようです(鈴木7頁)。確かに,現在の民法471条は,「債に関する証に債権者を指名する記載がされているが,その証の所持人に弁済をすべき旨が付記されている場合」に係る債務者の軽過失免責について規定しています(下線は筆者によるもの)。「かつての多数説は,これ〔免責証券〕をも記名式所持人払債権の一種となし(有価証券たる記名式所持人払債権に対し,有価証券たらざるそれとなす),これに〔民法〕第471条を適用し,その他の点では別に取り扱う(鳩山〔秀夫『増訂改版日本債権法(総論)』(1925年)〕376頁等)」ということだったそうです(我妻榮『新訂債権総論』(岩波書店・1964年)564頁)。しかし,改正後民法の第3編第1章第7節は,「有価証券」に係る規定の節となっています。「性質の異なるもの〔有価証券の一種たるものとそうでないもの〕を同一に取り扱うことは妥当でない。この種の債権における債務者の弁済の保護されることは(471条によることなく),その免責証券たる性質から直接にこれを説明すべきである」ということになるのでしょう(我妻564‐565頁)。ただし,その場合,「債務者が保護されるのは,理論としては,善意かつ無過失の場合に限ると解」されて(我妻565頁),免責証券の所持人に対する弁済であっても,軽過失では免責されないことになるようです。また,現在の民法478条は「債権の準占有者に対してした弁済は,その弁済をした者が善意であり,かつ,過失がなかったときに限り,その効力を有する。」と規定しています(下線は筆者によるもの。かつては「債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有ス」と規定されていました。)。

郵便為替証書は有価証券ではないという解釈は,1900年の旧々郵便為替法(明治33年法律第55号)時代から一貫していたようです。旧々郵便為替法12条(「郵便為替証書ノ有効期間ヲ経過シタルトキ又ハ郵便為替証書ヲ亡失毀損若ハ汚斑シタルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ差出人又ハ受取人ニ於テ再度証書ノ交付又ハ為替金ノ払戻ヲ請求スルコトヲ得/再度証書ヲ発行シタルトキハ原証書ハ無効トス」)に関し,後に逓信省通信局長となる田中次郎の『通信法釈義』(博文館・1901年)にいわく。

 

 (そもそ)〔郵便〕為替証書は送金手形の(たぐい)にして証書其物(そのもの)を以て権利義務の消長と共にせしむるものに(あら)又手形の(ごと)く不要因に非ず証書的に非ず(すなわ)証書は亡失し効力を失ふことあるも其送金せしもの(いま)だ払渡を()さざること(あきらか)なる以上は為替金に(つい)て権利を有するものなり〔中略〕本法は元より証書と為替金送達上の権利と始終せしめず(ゆえ)仮令(たと)ひ証書の有効期間を超過するも(払渡は為さず)其為替金に就ては払戻を請求するを得べく又は再(ママ)証書の発行を請求することを得べしとす失効のみならず証書を亡失したる場合毀損したるとき若くは汚(ママ)したるときも(また)同一なり(562563頁。下線及び振り仮名は筆者によるもの)

 

 旧々郵便為替法時代の小為替制度はいわゆる持参人払式をも認めていたものの,1954年当時の郵政中央研修所教官によれば,小為替証書はやはり有価証券ではなく,有価証券なものにとどまったものとされています。

 

  小為替制度に持参人払式のものが認められ,それが,「簡易な送金の手段」としての代表的なものとなったのは,明治32年〔1899年〕4月以降のことである。すなわち,同年3月逓信省告示第86号による郵便小為替規定の改正により,「小為替ハ差出人ノ指定シタル為替ヲ取扱フ郵便局ニ於テ其受取人ヲ指定シアルモノハ該受取人ニ又其指定ナキモノハ証書持参人ニ払渡スモノトス」ることとなったのであるが,やがてそれは,次第に有価証券的な存在として国民の多数に愛用されるところとなり,その利用度は,口数においてはもとより,金額においても,太平洋戦争ぼっ発の頃には,ついに「確実な送金の手段」としての代表的存在たる通常為替のそれをしのぐ結果となったのである。(黒田猛「郵便為替制度の変せん」逓信協会雑誌516号(1954年5月号)40頁)

 1900年の旧々郵便為替規則(明治33年逓信省令第45号)44条は,「小為替ノ差出人ハ小為替証書相当欄ニ払渡郵便局所名及受取人ノ宿所氏名ヲ記入スヘシ但シ小為替証書持参人ヲシテ為替金ノ払渡ヲ受ケシメムトスルトキ又ハ随意ノ郵便局所ニ於テ其ノ払渡ヲ受ケシメムトスルトキハ受取人宿所氏名又ハ払渡郵便局所名ノ記入ヲ省略スルコトヲ得」と規定していました。
 1948年の旧郵便為替法制定当初なお存在した通常為替については,同法8条が「通常為替においては,差出人が現金を振出請求書とともに郵便局に差し出したときに,その郵便局において,差し出された現金の額を表示する通常為替証書を発行してこれを差出人に交付するとともに,振出請求書を差出人の指定する払渡郵便局に送付し,その払渡郵便局において,送付を受けた振出請求書と通常為替証書とを対照した上通常為替証書と引き換えに差出人の指定する受取人に為替金を払い渡す。」と規定していました。通常為替証書は,送付を受けた振出請求書と「対照」するものであるという点に力点を置いて観察すると,確かに証拠証券風であります。
 再び,田中次郎の『通信法釈義』にいわく。

 為替証書は為替金の振出しを証し振宛局に於て払渡しを要求しうる権利の証票と謂つべし故に其証書に有効期間を附するも之が経過に(より)(ママ)為替金権利証書亡失毀損権利手形と大に其趣を異にす為替金は一旦振出したる上は政府の有に帰し振出人若くは受取人は請求の権利を有するのみ証書は其権利を証する一材料たるのみ唯一の材料に非ざるなり〔略〕小為替証書は無記名の場合に殆ん(ママ)流通証書(かたむき)(もと)より手形と同一にせるに非ず其証書を亡失せるも有効期間を経過せるも依然払戻請求の権利あるを認めたり(530頁。下線及び振り仮名は筆者によるもの)


5 判例=学説:有価証券説

ということで,そそくさと本稿を閉じようと思ったのですが,銀行の電信送金契約はその指定受取人に直接支払銀行に対する請求権を与えるいわゆる第三者のための契約ではないとした最高裁判所昭和4312月5日判決(民集22132876頁)がまた難しいことを述べています。

 〔郵便局による電信送金業務〕においては,送金の委託を受けた郵便局は,郵便為替法第9条,12条等の規定に基づき,原則として,その送金の支払請求権を表象する一種の有価証券たる電信為替証書を発行する(下線は筆者によるもの)


 昭和
26年法律第255号による改正後において,旧郵便為替法9条は「電信為替においては,差出人が現金を振出請求書とともに郵便局に差し出したときに,その郵便局において,その旨を省令の定める郵便局に電信で通知し,その通知を受けた郵便局において,〔差出人の指示に従い,〕差し出された現金の額を表示する電信為替証書を発行してこれを差出人の指定する受取人に送達するとともに,その電報を差出人の指定する払渡郵便局(差出人の指定のないときは,電信為替証書を発行する郵便局の指定する払渡郵便局)に送達し,その払渡郵便局において,送達を受けた電報と電信為替証書とを対照した上電信為替証書と引き換えに受取人に為替金を払い渡す〔か,又は差し出された現金の額に相当する現金を,為替金として,差出人の指定する受取人に書留郵便物として送達することにより払い渡す〕。」と(〔 〕内は昭和33年法律第74号による追加),並びに同法12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,差出人が受取人を指定しない普通為替に関するものを除いては,銀行以外の者にこれを譲り渡すことができない。」と,同条2項は「為替金に関する受取人の権利の銀行への譲渡は,当該郵便為替証書を銀行に引き渡さなければ,これを以て郵政省その他の第三者に対抗することができない。」と,及び同条3項は「前項の譲渡には,民法第467条及び第468条の規定を適用しない。」と規定していました(下線は筆者によるもの)。「有価証券は権利の移転・行使のいずれにも証券を要するもの」とする鈴木竹雄流の有価証券の定義に合致するものとして読み得ます(旧郵便為替法12条2項が郵便為替証書の引渡しを譲渡の成立要件ではなく対抗要件としているのはちょっと画竜点睛を欠きますが,民法469条の規定との関係で仕方がなかったのでしょう。)。学説においても「郵便為替では,〔略〕その通常為替証書〔ママ。「普通為替証書」の誤りと解される。〕も支払請求権を化体する構成であるのみならず,電信送金にあっても,同じ性質の電信為替証書が発行されるもの〔略〕(郵便為替9条・12条)」と説かれていました(西原寛一『金融法』(有斐閣・1968年)211頁。下線は筆者によるもの)。

現在のゆうちょ銀行の為替規定も,その第1条で普通為替証書・定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡すものとし,同規定12条1項は「為替金に関する受取人の権利は,他の銀行その他当行所定の金融機関(次項において「他の銀行等」といいます。)以外の者に譲り渡すことができません。」とした上で,同条2項は「他の銀行等へ為替金に関する受取人の権利を譲渡しようとするときは,為替証書を引き渡すことにより行ってください。」と規定しています。

なお,昭和26年〔1951年〕に行われた旧郵便為替法の改正の概要は,次のようなものでした。

 

昭和2611月には,郵便為替制度は,新しい転換をなしとげた。いうまでもなく,現行の制度がそれであって,ここに,「確実な送金の手段」としての代表的存在であった通常為替と,「簡易な送金の手段」としてより多くの存在意義を持っていた小為替とが「普通為替」に統合され,この普通為替と従来の電信為替との二本建の郵便為替制度が生れたのである。しかも,前者は,現行郵便為替法第8条に見る如く,無案内式のものであり,かつ,受取人の指定も任意であって,その指定のないものは持参人払となるわけであるから,従って,その統合は,むしろ「通常為替」制度の廃止であり,いうなれば,「確実な送金の手段」にかたより過ぎた通常為替の「簡易な送金の手段」としてより多くの存在意義を持つ小為替に対する敗北と見るべきものである。(黒田41頁)

 

 現在の定額小為替の直接の前身は,1961年5月の昭和36年法律第79号による旧郵便為替法の改正によって,普通為替を母体として設けられた制度です(普通為替自体がそれより前の小為替の流れを汲むものであることは上記のとおり。)。1951年11月以来据え置かれていた郵便為替(普通為替及び電信為替)の料金の大幅引上げ(1口当たり平均送金額(1万0800円)の金額の送金をする場合について見れば,普通為替については76パーセント,電信為替については49パーセント,料金の「個々の金額」について「全部を平均」すると,普通為替32パーセント,電信為替31パーセント(1961年4月5日衆議院逓信委員会大塚茂政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号3頁)))に当たって,そのいわば見合いの措置として導入されたものです。「料金引き上げをいたしました結果,高額送金者に対して負担が多くなるようにという考慮はいたしましたけれども,やはり少額のものについては何といっても割高になりますので,それを救済する意味を含めまして,3000円以下の少額送金につきまして定額小為替制度というものを設けまして,その取り扱いを簡便にいたしまして,従って料金も安くするという制度を作りまして少額送金者の救済ということを考えたわけであります。」と1961年4月5日の衆議院逓信委員会で政府委員(大塚茂郵政省貯金局長)が説明しています(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号1頁。なお,同月11日の参議院逓信委員会において同政府委員は,「もう一つは郵便の方で,普通郵便に現金を封入することを今回の郵便法の改正でやめるというような予定になっておりますので,そうした場合に,なるべく安くそれにかわる制度を考えたいというようなことの意味も含めまして,定額小為替制度というものを設けた」たものと,理由を追加した答弁をしています(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号14頁。また,同会議録17頁)。)。
 「取り扱いを簡便にいたし」た諸点は,郵便局においては,「法律に書いてございますように,種類を100円から3000円までの14種類に限定をいたしまして,公衆から金を添えて請求がございましたならば,すでに金額の印刷してあります定額小為替証書をお渡しする」
(1961年4月5日衆議院逓信委員会における大塚茂政府委員説明(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号1頁)。また,同月6日の同委員会における同政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第19号6‐7頁))ということが第1点(これに対して普通為替の場合は,いちいち金額印を押さなくてはならない。),「普通為替につきましては原符がございます」が「定額小為替についてはその原符というものを作りません」のが第2点(同月5日同委員会における同政府委員答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号7頁)),郵便局の日報について「郵便切手の売りさばきの報告を日報で出しますが,あの下に欄を設けまして,100円券何枚,200円券何枚が売れたという報告を簡単にするというふうに考えてお」ることが第3点(同日同委員会における同政府委員答弁(同会議録7頁)),地方貯金局においては,「結局原符がございませんから,地方貯金局では,原符を,記号番号順に保管整理しておきまして,為替の払いが済んだら,その為替証書と照合,照査するというような仕事はなくなりまして,現実に小為替に現金を払った場合には,〔定額小為替証書〕そのものが上がってきますので,そのものを記号別に,また金額別に整理をしておいて,あとで再発行とか何かの要求があったときだけ,それを調べればよろしいということになりますので,手続としては非常に簡単になる」点(同日同委員会における同政府委員答弁(同会議録7頁。また,同会議録1頁))ということのようでした(まとまった答弁としては,同月11日の参議院逓信委員会における同政府委員答弁(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号21頁))さらには,従来から3000円以下の普通為替証書については紛失・盗難の申出があっても支払差止めのための非常手配は行っていなかったが,定額小為替証書についても当該非常手配はやらないつもりであるとされていました(1961年4月5日の衆議院逓信委員会における大塚茂政府委員の答弁(第38回国会衆議院逓信委員会議録第18号6‐7頁))。また,為替金に関する権利の消滅期間について定める旧郵便為替法22条においては,普通為替及び電信為替に係る郵便為替証書の有効期間経過後3年間に対し,定額小為替については証書の有効期間経過後1年間となっていましたが,これについても「定額小為替につきましては,非常に少額のものにだけ限定をいたしましたので,これはそういう小さな債権債務の消滅のほかの例等も考慮し,また私どもの,いろいろ保管その他の手数省略というような点も考えまして,まあ1年ということにいたしたわけでございます。」と説明されていました(1961年4月11日の参議院逓信委員会における大塚茂政府委員の答弁(第38回国会参議院逓信委員会会議録第17号21頁。また,同会議録22頁))。


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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定額小為替の利用が繁くなって,最近近所の郵便局の職員さんに名前を覚えられてしまったようです。

1 戸籍等の謄本等の交付請求と定額小為替証書

 弁護士業務の一環として,戸籍等の謄本等を取得することが必要になることが多々あります(戸籍法(昭和22年法律第224号)10条の2第3項から5項まで及び12条の2参照)。この場合,戸籍の謄本を取ると1通につき手数料450円,除籍の謄本を取ると1通につき手数料750円が必要になり,郵送で手続を行う場合(戸籍法10条の2第6項,10条3項,12条の2),その手数料は郵便局の定額小為替証書で納付することが求められます。

 

(1)手数料徴収及び手数料額

 市町村による当該手数料徴収の根拠規定は,現在は,戸籍法にではなく,「普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の事務で特定の者のためにするものにつき,手数料を徴収することができる。」と規定する地方自治法(昭和22年法律第67号)227条にあります。戸籍等の謄本交付の手数料が450円又は750円であるのは,「分担金,使用料,加入金及び手数料に関する事項については,条例でこれを定めなければならない。この場合において,手数料について全国的に統一して定めることが特に必要と認められるものとして政令で定める事務(以下本項において「標準事務」という。)について手数料を徴収する場合においては,当該標準事務に係る事務のうち政令で定めるものにつき,政令で定める金額の手数料を徴収することを標準として条例を定めなければならない。」と規定する地方自治法228条1項に基づく地方公共団体の手数料の標準に関する政令(平成12年政令第16号)の表の第8号において,当該各金額が定められているからです。

 (なお,特別区については,地方自治法283条1項が「この法律又は政令で特別の定めをするものを除くほか,第2編〔普通地方公共団体〕及び第4編〔補則〕中市に関する規定は,特別区にこれを適用する。」と規定しています。)

 

(2)地方自治法231条の2第3項の証券たる定額小為替証書

郵便局の定額小為替証書は,「証紙による収入の方法によるものを除くほか,普通地方公共団体の歳入は,第235条の規定〔同条2項は「市町村は,政令の定めるところにより,金融機関を指定して,市町村の公金の収納又は支払の事務を取り扱わせることができる。」と規定〕により金融機関が指定されている場合においては,政令の定めるところにより,口座振替の方法により,又は証券をもつて納付することができる。」と規定する地方自治法231条の2第3項の証券であることになります。

 地方自治法231条の2第3項の証券については更に,地方自治法施行令(昭和22年政令第16号)156条1項が,次のように規定しています。

 

  地方自治法第231条の2第3項の規定により普通地方公共団体の歳入の納付に使用することができる証券は,次に掲げる証券で納付金額を超えないものに限る。

 一 持参人払式の小切手等(小切手その他金銭の支払を目的とする有価証券であつて小切手と同程度の支払の確実性があるものとして総務大臣が指定するものをいう。以下この号において同じ。)又は会計管理者若しくは指定金融機関,指定代理金融機関,収納代理金融機関若しくは収納事務取扱金融機関(以下この条において「会計管理者等」という。)を受取人とする小切手等で,手形交換所に加入している金融機関又は当該金融機関に手形交換を委託している金融機関を支払人とし,支払地が当該普通地方公共団体の長が定める区域内であつて,その権利の行使のため定められた期間内に支払のための提示又は支払の請求をすることができるもの

 二 無記名式の国債若しくは地方債又は無記名式の国債若しくは地方債の利札で,支払期日の到来したもの

 

地方自治法施行令156条1項1号の総務大臣が指定するものは,平成19年9月28日総務省告示第544号によって,現在,ゆうちょ銀行が発行する振替払出証書及び為替証書とされています。郵便局の定額小為替証書は,ここでいうゆうちょ銀行が発行する為替証書に含まれます。定額小為替証書は,小切手ではないが,「金銭の支払を目的とする有価証券であつて小切手と同程度の支払の確実性があるもの」ということになるわけです。

なお,上記平成19年総務省告示第544号は,次のとおりです。

 

 地方自治法施行令(昭和22年政令第16号)第156条第1項第1号の規定に基づき,総務大臣が指定する有価証券を次のように定め,平成1910月1日から施行する。

一 郵政民営化法(平成17年法律第97号)第94条に規定する郵便貯金銀行が発行する振替払出証書

二 郵政民営化法第94条に規定する郵便貯金銀行が発行する為替証書

 

「為替証書」(及び「振替払出証書」。本稿では,こちらまでは論じません。)は,銀行法(昭和56年法律第59号)には出て来ない概念です。ただし,郵政民営化法の施行日である200710月1日(同法附則1条柱書き)から郵政民営化法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律によって廃止(同法2条2号,附則1条)されるまでは,郵便為替法(昭和23年法律第59号)が存在しました。しかしながら,現在,ゆうちょ銀行が発行する為替証書には特別の根拠法が無いことになっています。

 

(3)定額小為替証書と普通為替証書と

ところで,ゆうちょ銀行の為替証書には普通為替証書と定額小為替証書とがありますが,これは,為替金の払渡しを受ける者からすると,為替金額があらかじめ定額で定まっているか(定額小為替証書),定まっていないか(普通為替証書)の違いにすぎません。

ゆうちょ銀行の為替規定の第1条は,次のように規定しています(下線は筆者によるもの)。

 

1 適用範囲

  次に掲げる送金の取扱い(以下「為替」といいます。)については,この規定により取り扱います。

① 受け入れた為替金の額を表示する普通為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人に普通為替証書と引換えに為替金を払い渡す取扱い(以下「普通為替」といいます。)

② 受け入れた当行所定の定額の為替金の額を表示する定額小為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人に定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡す取扱い(第9条第2項及び第10条第2項において「定額小為替」といいます。)

 

廃止前の郵便為替法8条及び10条は,それぞれ次のような規定でした(下線は筆者によるもの)。

 

第8条(普通為替)普通為替においては,〔日本郵政〕公社は,受け入れた為替金の額を表示する普通為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人(その指定がないときは,普通為替証書の持参人)に普通為替証書と引換えに為替金を払い渡す。

 

10条(定額小為替)定額小為替においては,公社は,受け入れた定額の為替金の額を表示する定額小為替証書を発行してこれを差出人に交付し,差出人が指定する受取人(その指定がないときは,定額小為替証書の持参人)に定額小為替証書と引換えに為替金を払い渡す。

  前項の定額の為替金額は,1万円を超えない範囲内で公社が定める。

 

 ゆうちょ銀行のウェッブ・ページにおいては,普通為替については「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口で,送金額の現金に所定の料金を添えてお申込みください。為替金の額を表示した普通為替証書を発行いたしますので,所定の受取人欄に受取人のお名前をご記入いただき,それを受取人にお送りください。」及び「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口に普通為替証書をお持ちください。その証書と引換えに表示された金額の現金をお受け取りいただけます。※ご本人であることを確認できる公的書類のご提示をお願いする場合があります。」と,定額小為替については「お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口で,送金額の現金に所定の料金を添えてお申込みください。送金額に応じて,50円,100円,150円,200円,250円,300円,350円,400円,450円,500円,750円,1000円の12種類の定額小為替証書を発行いたしますので,所定の受取人欄に受取人のお名前をご記入いただき,それを受取人にお送りください。」及び「受け取った定額小為替証書をお近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口にお持ちください。その証書と引換えに表示された金額の現金をお受け取りいただけます。※ご本人であることを確認できる公的書類のご提示をお願いする場合があります。」と説明しています。一見,郵便為替法時代とは異なり,差出人による受取人の指定が必須になったように思われますが,これは単なるお節介な注意書きのようです。ゆうちょ銀行の為替証書の裏面にはそれぞれ,「この証書をお受取人に送る際は,表面の指定受取人おなまえ欄にお受取人のおなまえをご記入ください。なお,お受取人の指定がない証書については,証書の持参人に為替金をお支払いすることとし,これにより生じた損害については,当行および日本郵便株式会社(日本郵便株式会社が委託した者を含みます。)は責任を負いません。」と,受取人の指定は必須ではないことを前提とした記載がされています(同行の為替規定の9条4項には「差出人が受取人を指定していない為替については持参人に為替金を払い渡すこととし,これにより生じた損害については,当行等〔当行及び日本郵便株式会社(同社が当行に係る銀行代理業を委託した者を含みます。)〕は責任を負いません。」とあります。なお,平成29年法律第44号による改正後の民法510条の10は「指図証券の債務者は,その証券の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが,その義務を負わない。ただし,債務者に悪意又は重大な過失があるときは,その弁済は,無効とする。」と規定し,当該規定は記名式所持人払証券(同法520条の18)及び無記名証券(同法520条の20)に準用されています。はて,ゆうちょ銀行は,悪意又は重大な過失があっても責任は無いと頑張るのでしょうか。)。

 定額小為替と普通為替との相違点としては,普通為替の場合には,差出人は所定の料金を支払って,為替金が受取人に払渡済みであるかどうかを調査してもらってその結果の通知を受ける取扱いを受けることができます(ゆうちょ銀行の為替規定8条)。また,差出人は為替証書を失った場合においては為替証書の再交付の請求をすることができますが(同規定11条1項),定額小為替証書を失ったときにはその有効期間内(その発行の日から6箇月間(同規定9条3項))は為替証書の再交付はされないもの(同規定11条3項ただし書)とされています。

定額小為替の料金は定額小為替証書の全種類を通じて一律に証書1枚につき100円である一方,普通為替の料金は送金額5万円未満で430円,同5万円以上で650円ですので(いずれも消費税額及び地方消費税額を含む。),定額小為替証書が5枚以上必要な送金であれば,むしろまとめて普通為替証書を発行してもらう方がよいようです。戸籍担当窓口によってはいつも見慣れた定額小為替証書ならぬ普通為替証書が来るとなるとぎょっとして防衛的姿勢となられるところもあるようですが,筆者は現に,戸籍等の謄本交付の手数料を普通為替証書でもって納付したことがあります。

 

2 普通為替証書と印紙

ところで,普通為替証書には,収入印紙貼付欄があって「課税相当額以上で営業に関するものに限り収入印紙を貼付」と記載されています。(以前は,「3万円以上で営業に関するものに限り収入印紙(200円)を貼付」と記載されていました。)これは,当該証書表面の「下記の金額を受け取りました。」との記載と受取人(住所も記入)の記名押印又は署名(ゆうちょ銀行為替規定9条1項)とをもって印紙税法(昭和42年法律第23号)別表第1の第17号の金銭の受取書が作成されるものであるものとゆうちょ銀行は解しているということでしょう。しかしながら,地方公共団体が作成した文書(印紙税法5条2号)及び地方公共団体の公金の取扱いに関する文書(同条3号,別表第3)には印紙税は課されないはずですから(また,戸籍等の謄本の交付が営業に該当するというわけでもありません(同法別表第1の第17号非課税物件欄2)。),戸籍等の謄本の交付数及び手数料額が非常に大きくなって為替金額が5万円以上(同号非課税物件欄1参照)の普通為替証書となっても(なお,定額小為替証券の額面は最高でも1000円ですから,こちらについては金額が低いことからして印紙税の心配はないわけです。),当該地方自治体のために当該手数料としてゆうちょ銀行の当該普通為替証書と引換えに為替金の払渡しを受ける方々は心配されるには及ばないわけです。

ところが,国税庁のウェッブ・ページによると,印紙税法別表第1の第17号にいう有価証券には「郵便為替」が含まれるものとされています。となると,そもそもゆうちょ銀行の為替証書に為替金の受取人が「下記〔定額小為替証書の場合は「上記」〕の金額を受け取りました。」として記名押印又は署名をしたとしても,同号非課税物件欄3の「有価証券〔略〕に追記した受取書」ということになるにすぎず,同号の課税物件たる金銭の受取書とはならないのではないでしょうか。そうだとすると,「印紙貼付欄」については,難しい記載をゆうちょ銀行はあるいはしてしまっているということにもなるのかもしれません。郵便為替法5条の「郵便為替に関する書類には,印紙税を課さない。」との規定が同法の廃止により無くなったことに伴う手当てが行われた結果である,ということになるようですが,どうでしょうか。

 

郵便局の為替証書に関しては,いろいろ興味深い法律論ができそうです。

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16渋谷三丁目スクエアビル2階

saitoh@taishi-wakaba.jp

1 内田貴『民法Ⅳ』と浅田次郎「ラブ・レター」

 東京大学出版会の『民法Ⅰ~Ⅳ』教科書シリーズで有名な内田貴教授は,現在弁護士をされているそうです。

 専ら民事法関係の仕事をされるわけでしょうか(最高裁判所平成28年7月8日判決・判時232253頁の被上告人訴訟代理人など)。しかし,刑事弁護でも御活躍いただきたいところです。

 

 内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(2002年)6364頁に「白蘭の婚姻意思」というコラムがあります。

 

  外国人の日本での不法就労を可能とするための仮装結婚が,ときにニュースになる。そのような行為も目的を達すれば有効だなどと言ってよいのだろうか。ベストセラーとなった浅田次郎の『鉄道員(〔ぽっぽや〕)』(集英社,1997年)に収録されている「ラブ〔・〕レター」という小説が,まさにそのような婚姻を描いている。中国人女性(ぱい)(らん)新宿歌舞伎町の裏ビデオ屋の雇われ店長である吾郎との婚姻届を出し,房総半島の先端付近にある千倉という町で不純な稼ぎをしていたが,やがて病死する。死を前にした白蘭は,会ったこともない夫の吾郎に宛てて感謝の手紙を書いた。遺体を荼毘に付すため千倉に赴いた吾郎はこの手紙を読む。

  さて,白蘭の手紙がいかに読者の涙を誘ったとしても,見たこともない男との婚姻など無効とすべきではないだろうか。

  〔中略〕小説とは逆に,白蘭ではなく吾郎が病死し,法律上の妻である白蘭と吾郎の親〔ママ。小説中の吾郎の夢によれば,吾郎の両親は既に亡くなり,オホーツク海沿いの湖のほとりにある漁村に兄が一人いることになっていました。〕との間で相続争いが生じたとしたらどうだろうか。伝統的な民法学説は,吾郎と白蘭の婚姻は無効だから,白蘭に相続権はないと言うだろう。しかし,たとえ不法就労を助けるという目的であれ,法律上の婚姻をすれば戸籍上の配偶者に相続権が生ずることは当事者にはわかっていたことである。それを覚悟して婚姻届を出し,当事者間では目的を達した以上,評価規範としては婚姻を有効として相続権をめぐる紛争を処理すべきだというのが本書の立場である。つまり,評価規範としては,見たこともない相手との婚姻も有効となりうる。法制度としての婚姻を当事者が利用した以上,第三者が口を挟むべきではない,という考え方であるが,読者はどのように考えられるだろうか。

 

「裏ビデオ屋」であって「裏DVD屋」でないところが前世紀風ですね。(ちなみに,刑事弁護の仕事をしていると,裏DVDに関係した事件があったりします。証拠が多くて閉口します。)

「目的の達成」とか「評価規範」といった言葉が出てきます。これは,婚姻の成立要件である婚姻意思(民法742条1号は「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」は婚姻は無効であると規定しています。)に係る内田教授の次の定式と関係します。

 

 「婚姻意思とは,法的婚姻に伴う法的効果を全面的に享受するという意思である。しかし,〔事後的な〕評価規範のレベルでは,たとえ一部の効果のみを目的とした婚姻届がなされた場合でも,結果的に婚姻の法的効果を全面的に生ぜしめて当事者間に問題を生じない場合には,有効な婚姻と認めて差し支えない」(内田63頁)

 

法的婚姻には数多くの法的効果(同居協力扶助義務(民法752条),貞操義務(同法770条1項1号),婚姻費用分担義務(同法760条),夫婦間で帰属不明の財産の共有推定(同法762条2項),日常家事債務連帯責任(同法761条),夫婦間契約取消権(同法754条),相続(同法890条),妻の懐胎した子の夫の子としての推定(同法772条),準正(同法789条),親族(姻族)関係の発生(同法725条),成年擬制(同法753条),夫婦の一方を死亡させた不法行為による他方配偶者の慰謝料請求権(同法711条),離婚の際の財産分与(同法768条)等)が伴いますが,これらの効果は一括して相伴うmenuであって,自分たちに都合のよい一部の効果のみを目的としてà la carte式に摘み食いするわけにはいきません。

吾郎と白蘭としては,白蘭が日本人の配偶者としての地位を得て,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」といいます。)別表第2の上欄の日本人の配偶者等としての在留資格に在留資格を変更(入管法20条)することができるようになる効果のみを目的として婚姻届をした(民法739条1項)ということでしょう。
 (なお,婚姻の成立は吾郎については日本民法,白蘭については中華人民共和国民法により(法の適用に関する通則法(平成
18年法律第78号。以下「法適用法」といいます。)24条1項(旧法例(明治31年法律第10号)13条1項)。白蘭には,中華人民共和国の駐日代表機関が発給した証明書の添付が求められることになります(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)107頁参照)。),婚姻の方式は日本民法及び戸籍法により(法適用法24条2項・3項(旧法例13条2項・3項)),婚姻の効力は日本民法による(法適用法25条(旧法例14条))こととなったもののようです。ちなみに,中華人民共和国婚姻法5条は,婚姻は男女双方の完全な自由意思によらなければならない旨規定しています。)

入管法の「「別表第2の上欄の在留資格をもつて在留する者」すなわち地位等類型資格をもって在留する外国人は,在留活動の範囲について〔入管法上〕何ら制限がないので,本法においてあらゆる活動に従事することができ」ます(坂中英徳=齋藤利男『出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第四版)』(日本加除出版・2012年)366頁)。ただし,日本人の配偶者等の在留期間は,入管法2条の2第3項の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(昭和56年法務省令第54号。以下「入管法施行規則」といいます。)3条及び別表第2によれば,5年,3年,1年又は6月となります。入管法20条2項の法務省令である入管法施行規則20条2項及び別表第3によれば,白蘭は,日本人の配偶者等に在留資格を変更する申請をするに当たって,資料として「当該日本人〔吾郎〕との婚姻を証する文書及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕又はその配偶者〔吾郎〕の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」の提出を求められたようです。また,在留期間の更新(入管法21条)の都度「当該日本人〔吾郎〕の戸籍謄本及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕,その配偶者〔吾郎〕・・・の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」を提出していたことになります(入管法21条2項,入管法施行規則21条2項・別表第3の5)

(なお,入管法20条3項及び21条3項は「法務大臣は,当該外国人が提出した文書により・・・適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と規定していますが,文書審査以外をしてはいけないわけではなく,同法20条3項につき「法務大臣は原則として書面審査により在留資格の変更の許否を決定するという趣旨である。しかし,法務大臣が適正な判断を行うために必要と認める場合には入国審査官をして外国人その他の関係人に対し出頭を求め,質問をし,又は文書の提出を求める等の事実の調査(第59条の2)をさせることができるほか,審査の実務においては,任意の方法により外国人の活動実態等を実地に見聞することが行われている。」と説明されています(坂中=齋藤454455頁)。)

内田教授は,「「婚姻には婚姻意思がなければならない(婚姻意思のない婚姻は無効である)」という法的ルールが〔事前の〕行為規範として働く場面では,〔略〕やはりその法的効果を全面的に享受するという意思をもって届出をなすべきであり,単なる便法としての婚姻〔略〕は望ましくないという議論は,十分説得的である。」としつつ,「しかし,ひとたび便法としての婚姻届〔略〕が受理されてしまった場合,この行為をどのように評価するかという局面では別の考慮が働く。たとえ婚姻の法的効果を全面的に享受する意思がなかった場合であっても,当事者が便法による目的をすでに達しており,婚姻の法的効果を全面的に発生させても当事者間にはもはや不都合は生じないという場合には(たとえば,当事者間には紛争がなく,もっぱら第三者との関係で紛争が生じている場合など),〔事後の〕評価規範を〔事前の〕行為規範から分離させて,実質的婚姻意思(全面的享受意思)がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地がある。〔略〕最判昭和381128日〔略〕は,便法としての離婚がその目的を達した事案であるが,まさにこのような観点から正当化できるのである。」と説いています(内田62頁)。「最判昭和381128日」は,「旧法下の事件であるが,妻を戸主とする婚姻関係にある夫婦が,夫に戸主の地位を与えるための方便として,事実上の婚姻関係を維持しつつ協議離婚の届出を行ない,その後夫を戸主とする婚姻届を改めて出したという事案」であって,「訴訟は,妻の死後,戸籍上いったん離婚したことになっているために戦死した長男の遺族扶助料を受けられなくなった夫が,離婚の届出の無効を主張してものであるが,最高裁は便法としての離婚を有効とした」ものです(内田58頁)。

「〔以上の内田説が採用されたならば〕便法として婚姻届を出すことが増えるのではないかという心配があろう。しかし,〔当事者間で〕もめごとが生ずればいつ無効とされるかもしれないというリスクはあるのであって,それを覚悟して行なうなら,あえて問題とするまでもないだろう。なぜなら,便法としての婚姻届そのものは,道徳的に悪というわけではないからである。」というのが内田貴弁護士の価値判断です(内田63頁)。

 

2 吾郎と白蘭の犯罪

しかしながら,吾郎と白蘭とが婚姻届を出した行為は,「道徳的に悪というわけではない」日中友好のほのぼのとした話であるどころか,犯罪行為なのです。

 

 (公正証書原本不実記載等)

刑法157条 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 〔略〕

3 前2項の罪の未遂は,罰する。

 

 吾郎と白蘭との婚姻の方式は日本民法及び戸籍法によったものと解されるわけですが,「日本人と外国人との婚姻の届出があつたときは,その日本人について新戸籍を編成する。ただし,その者が戸籍の筆頭に記載した者であるときは,この限りでない。」と規定されています(戸籍法16条3項)。「日本人と外国人が婚姻した場合,婚姻の方式について日本法が準拠法になれば必ず婚姻届が出され,その外国人は日本戸籍に登載されないとしても,この婚姻は日本人配偶者の身分事項欄にその旨の記載がなされるので,婚姻関係の存在だけは戸籍簿上に表示される」ところです(澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第4版補訂版)』(有斐閣・1998年)136137頁)。「国籍の変更はないから日本人たる夫或は妻の戸籍に何国人某と婚姻の旨記載する。氏や戸籍の変更はない(夫婦の称する氏欄の記載の要がない)」ところ(谷口107頁),日本国民の高野吾郎と中華人民共和国民の康白蘭とが婚姻したからといって両者の氏が同一になるわけではありません(民法750条どおりというわけにはいきません。ただし,戸籍法107条2項により吾郎は婚姻から6箇月以内の届出で氏を康に変えることができたところでした。)。「外国人にも戸籍法の適用があり出生,死亡などの報告的届出義務を課せられ(日本在住の外国人間の子及び日本在住米国人と日本人間の子につき出生届出義務を認める,昭和24年3月23日民甲3961号民事局長回答),創設的届出も日本において為される身分行為についてはその方式につき日本法の適用がある結果,届出が認められる。但し外国人の戸籍簿はないから,届書はそのまま綴り置き戸籍に記載しない。ただ身分行為の当事者一方が日本人であるときは,その者の戸籍にのみ記載することとなる。」というわけです(谷口5455頁)。

吾郎の戸籍の身分事項欄に当該公務員によって記載又は記録(戸籍法119条1項)された白蘭との婚姻の事実が虚偽の申立てによる不実のものであれば,刑法157条1項の罪が,婚姻届をした吾郎及び白蘭について成立するようです。第一東京弁護士会刑事弁護委員会編『量刑調査報告集Ⅳ』(第一東京弁護士会・2015年)144145頁には「公正証書原本不実記載等」として2008年7月から2013年2月までを判決日とする19件の事案が報告されていますが,そのうち18件が吾郎・白蘭カップル同様の日本人と外国人との「偽装婚姻」事案となっています。大体執行猶予付きの判決となっていますが,さすがに同種前科3犯の被告人(日本人の「夫」)は実刑判決となっています。外国人の国籍は,ベトナム,中華人民共和国,大韓民国,フィリピン及びロシアとなっていて,その性別は女性ばかりではなく男性もあります。

 内田弁護士の前記理論は,見事に無視されている形です。

 実務は次の最高裁判所の判例(昭和441031日第二小法廷判決民集23101894頁)に従って動いているのでしょう。

 

 〔民法742条の〕「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは,当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり,したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいて当事者間に,一応,所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても,それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって,前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には,婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

  これを本件についてみるに,〔中略〕本件婚姻の届出に当たり,XYとの間には, B女に右両名間の嫡出子としての地位を〔民法789条により〕得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあったが,Xには,Y女との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから,右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。所論引用の判例〔便法的離婚を有効とした前記最判昭和381128日〕は,事案を異にし,本件に適切でない。

 

 内田弁護士の主張としては,最判昭和441031日の事案では「一方当事者が裏切った」ことによって「便法が失敗」したから「全面的に婚姻〔略〕の法的効果を生ぜしめることは,明らかに当事者の当初の意図に反する。そこで,原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて,結果的に意思を欠くから無効という判断」になったのだ(内田63頁),しかし,最判昭和381128日の事案では問題の便法的離婚について「当該身分行為の効果をめぐって当事者間に紛争が生じた場合」ではなかったのだ(夫婦間で紛争のないまま妻は既に死亡),最判昭和441031日で最高裁判所の言う「事案を異にし」とはそういう意味なのだ,だから,吾郎・白蘭間の「偽装婚姻」被告事件についても当事者である吾郎と白蘭との間で紛争がなかった以上両者の婚姻は有効ということでよいのだ,公正証書原本不実記載等の罪は成立しないのだ,検察官は所詮第三者にすぎないのだからそもそも余計な起訴などすべきではなかったのだ,ということになるのでしょうか。

 (なお,筆者の手元のDallozCODE CIVIL (ÉDITION 2011)でフランス民法146条(Il n’y a pas de mariage lorsqu’il n’y a point de consentement.(合意がなければ,婚姻は存在しない。))の解説部分を見ると,19631120日にフランス破毀院第1民事部は,「夫婦関係とは異質な結果を得る目的のみをもって(ne…qu’en vue d’atteindre un résultat étranger à l’union matrimoniale)両当事者が挙式に出頭した場合には合意の欠缺をもって婚姻は無効であるとしても,これに反して,両配偶者が婚姻の法的効果を制限することができると信じ,かつ,特に両者の子に嫡出子としての地位(la situation d’enfant légitime)を与える目的のみのために合意を表明した場合には,婚姻は有効である。」と判示したようです。)
 (入管法74条の8第1項は「退去強制を免れさせる目的で,第24条第1号又は第2号に該当する外国人を蔵匿し,又は隠避させた者は,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。」と規定していますが(同条2項は営利目的の場合刑を加重,同条3項は未遂処罰規定),入管法24条1号に該当する外国人とは同法3条の規定に違反して本邦に入った者(不法入国者(我が国の領海・領空に入った段階から(坂中=齋藤525頁))),同法24条2号に該当する外国人は入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者(不法上陸者)であって,白蘭は合法的に我が国に入国・上陸しているでしょうから,白蘭との「偽装婚姻」が入管法74条の8に触れるということにはならないでしょう。むしろ,平成28年法律第88号で整備され,2017年1月1日から施行されている入管法70条1項2号の2の罪(偽りその他不正の手段により在留資格の変更又は在留資格の更新の許可を受けた者等は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科)及び同法74条の6の罪(営利の目的で同法70条1項2号の2に規定する行為の実行を容易にした者は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科)が「偽装婚姻」に関係します。「偽りその他不正の手段」は,入管法22条の4第1項1号について「申請人が故意をもって行う偽変造文書,虚偽文書の提出若しくは提示又は虚偽の申立て等の不正行為をいう。」と説明されています(坂中=齋藤489頁)。「営利の目的で」は,入管法74条2項について「犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを目的としてという意味」であるとされています(坂中=齋藤1016頁)。入管法74条の6の「実行を容易にした」行為については,「「営利の目的」が要件になっているが,行為態様の面からは何ら限定されていないから,「〔略〕実行を容易にした」といえる行為であれば本罪が成立する。」とされています(坂中=齋藤1027頁)。)


3 婚姻事件に係る検察官の民事的介入

 しかし,検察官は婚姻の有効・無効について全くの第三者でしょうか。

 

(1)検察官による婚姻の取消しの訴え

 

ア 日本

民法744条1項は「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻〔婚姻適齢未満者の婚姻,重婚,再婚禁止期間違反の婚姻,近親婚,直系姻族間の婚姻又は養親子等の間の婚姻〕は,各当事者,その親族又は検察官から,その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし,検察官は,当事者の一方が死亡した後は,これを請求することができない。」と規定しているところです。検察庁法(昭和22年法律第61号)4条に規定する検察官の職務に係る「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」に当たるものです。「前記のような要件違反の婚姻が存続することは,社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでないため,たとえ各当事者やその親族などが取消権を行使しなくても,公益の代表者たる検察官をして,その存続を解消させるべきだという理由によるものと思われる。」とされています(岡垣学『人事訴訟の研究』(第一法規・1980年)61頁)。

 

イ フランス

 母法国であるフランスの民法では,「婚姻取消の概念はなく,合意につき強迫などの瑕疵があって自由な同意がない場合(同法180条),同意権者の同意を得なかった場合(同法182条)には,その婚姻は相対的無効であり(理論上わが民法の婚姻取消に相当),特定の利害関係人が一定の期間内に無効の訴を提起することができるが,検察官が原告となることはない〔ただし,その後の改正により,第180条の自由な同意の無い場合は検察官も原告になり得ることになりました。〕。これに対して,不適齢婚,〔合意の不可欠性,出頭の必要性,〕重婚,近親婚に関する規定(同法144条・〔146条・146条の1・〕147条・161条‐163条)に違反して締結された公の秩序に関する実質的要件を欠く婚姻は絶対無効とし,これを配偶者自身,利害関係人のほか,検察官も公益の代表者として主当事者(Partieprincipale(sic))となり,これを攻撃するため婚姻無効の訴を提起することができるのみならず,その義務を負うものとしている(同法184条・190条)」そうです(岡垣6162頁)。フランス民法190条は「Le procureur de la République, dans tous les cas auxquels s’applique l’article 184, peut et doit demander la nullité du mariage, du vivant des deux époux, et les faire condamner à se séparer.(検察官は,第184条が適用される全ての事案において,両配偶者の生存中は,婚姻の無効を請求し,及び別居させることができ,かつ,そうしなければならない。)」と規定しています。

 フランスにおける婚姻事件への検察官による介入制度の淵源は,人事訴訟法(平成15年法律第109号)23条の検察官の一般的関与規定(「人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。/検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。」)に関して,次のように紹介されています。

 

 〔前略〕フランス法が婚姻事件につき検察官の一般的関与を認めた淵源を遡ると,近世教会法における防禦者(matrimonü)関与の制度にいたる。もともとローマ法には身分関係争訟に関する特別手続がなく,民事訴訟の原則がそのまま適用されており,右の特別手続を定めたのは教会法である。すなわち,近世ヨーロッパでは婚姻事件は教会(教会裁判所)の管轄に属しており,174111月3日の法令をもって,婚姻無効事件には防禦者が共助のために関与すべきものとし,これに婚姻を維持するための事情を探求し,また証拠資料を提出する職責を与えたため,防禦者は事件に関する一切の取調に立ち合うことを必要とした。――今日のバチカン教会婚姻法が,婚姻無効訴訟を審理する教会裁判所は,3名の裁判官,1名の公証人のほかに,被告の弁護人で婚姻の有効を主張して争うことを職務とする婚姻保護官(defensor vinculi)からなるとしているのは(同法1966条以下),この流れを引くものとみられる。――その後婚姻事件に関する管轄が教会から通常裁判所に移るとともに,フランスでは防禦者に代って公益の代表者たる検察官が訴訟に関与するものとされたのである。(岡垣116頁)

 

  フランスでは,人事訴訟のみならず民事事件全般につき,検察官の一般的関与の権限を認める1810年4月20日の法律(Sur l’organization(sic) de l’odre(sic) judiciaire et l’administration de la justice46条が現在でも有効である。検察官は当事者でない訴訟においても,法廷で裁判官に意見を述べるため,従たる当事者(partie jointe)として関与するのである。この関与は原則として任意的であって,検察官はとくに必要であると認めるときでなければ関与しない。しかし,破毀院の事件,人の身分および後見に関する事件その他検察官に対し事件の通知――記録の事前回付――をすべきものと法定されている事件ならびに裁判所が職権をもって検察官に対し通知すべきことを命じた事件(フランス民訴法83条)については,検察官の関与が必要的であって,意見の陳述をなすべきものとされている。(岡垣118頁)

 

  1810年4月20日の司法部門組織及び司法行政に関する法律46条は,次のとおり(どういうわけか,ルクセンブルク大公国の官報局のウェッブ・サイトにありました。)。

 

 46.

  En matière civile, le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

  Il surveille l’exécution des lois, des arrêts et des jugements; il poursuit d’office cette exécution dans les dispositions qui intéressent l’ordre public.

(民事については,検察官(le ministère public)は,法律で定められた事件において職責として(d’office)訴訟の当事者となる(agit)。

 検察官は,法律並びに上級審及び下級審の裁判の執行を監督し,公の秩序にかかわる事項における当該執行は,職責として訴求する。)

 

 この辺,現在のフランス民事訴訟法は次のように規定しています。

 

Article 421

Le ministère public peut agir comme partie principale ou intervenir comme partie jointe. Il représente autrui dans les cas que la loi détermine.

(検察官は,訴訟の主たる当事者となり,又は従たる当事者として訴訟に関与することができる。検察官は,法律の定める事件において他者を代理する。)

 

Article 422

Le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

(検察官は,法律で定められた事件において職責として訴訟の当事者となる。)

 

Article 423

En dehors de ces cas, il peut agir pour la défense de l’ordre public à l’occation des faits qui portent atteinte à celui-ci.

 (前条に規定する場合以外の場合において,検察官は,公の秩序に侵害を及ぼす事実があるときは,公の秩序の擁護のために訴訟の当事者となることができる。)

 

Article 424

Le ministère public est partie jointe lorsqu’il intervient pour faire connaître son avis sur l’application de la loi dans une affaire dont il a communication.

 (検察官は,事件通知があった事件について法の適用に係る意見を述べるために関与したときは,従たる当事者である。)

 

Article 425

Le ministère public doit avoir communication:

1° Des affaires relatives à la filiation, à l’organisation de la tutelle des mineurs, à l’ouverture ou à la modification des mesures judiciaires de protection juridique des majeurs ainsi que des actions engagées sur le fondement des dispositions des instruments internationaux et européens relatives au déplacement illicite international d’enfants;

2° Des procédures de sauvegarde, de redressement judiciaire et de liquidation judiciaire, des causes relatives à la responsabilité pécuniaire des dirigeants sociaux et des procédures de faillite personnelle ou relatives aux interdictions prévues par l’article L.653-8 du code de commerce.

Le ministère public doit également avoir communication de toutes les affaires dans lesquelles la loi dispose qu’il doit faire connaître son avis.

(次に掲げるものについては,検察官に対する事件通知がなければならない。

第1 親子関係,未成年者の後見組織関係,成年者の法的保護のための司法的手段の開始又は変更関係の事件並びに子供の国際的不法移送に係る国際的及び欧州的文書の規定に基づき提起された訴訟

第2 再生,法的更生及び法的清算の手続,会社役員の金銭的責任に関する訴訟並びに個人の破産又は商法典L第653条の8の規定する差止めに関する手続

それについて検察官が意見を述べなくてはならないと法律が定める全ての事件についても,検察官に対する事件通知がなければならない。)

 

Article 426

Le ministère public peut prendre communication de celles des autres affaires dans lesquelles il estime devoir intervenir.

(検察官は,その他の事件のうち関与する必要があると思料するものについて,事件通知を受けることができる。)

 

Article 427

Le juge peut d’office décider la communication d’une affaire au ministère public.

 (裁判官は,その職責に基づき,事件を検察官に事件通知することを決定することができる。)

 

Article 428

La communication au ministère public est, sauf disposition particulière, faite à la diligence du juge.

Elle doit avoir lieu en temps voulu pour ne pas retarder le jugement.

 (検察官に対する事件通知は,別段の定めがある場合を除いては,裁判官の発意により行う。

 事件通知は,裁判の遅滞をもたらさないように適切な時期に行われなければならない。)

 

Article 429

Lorsqu’il y a eu communication, le ministère public est avisé de la date de l’audience.

 (事件通知があったときには,検察官は弁論期日の通知を受ける。)

 

ウ ドイツ

ドイツはどうかといえば,第二次世界大戦敗戦前は「詐欺・強迫などの事由のある婚姻は取り消しうるものとし,特定の私人が一定の期間内に婚姻取消の訴を提起することができるが,検察官の原告適格を認めていない。しかし,重婚,近親婚などの制限に違反した婚姻は無効とし,該婚姻につき検察官および各配偶者などにその訴の原告適格を認めていた。ところが,〔略〕右の無効原因がある場合につき,第二次大戦後の婚姻法改正によって,西ドイツでは検察官の原告適格を全面的に否定した」そうです(岡垣62頁)。

 

(2)検察官による婚姻の無効の訴え(消極)

 民法742条1号に基づく婚姻の無効の訴え(人事訴訟法2条1号)の原告適格を検察官が有するか否かについては,しかしながら,「民法その他の法令で検察官が婚姻無効の訴について原告適格を有することを直接または間接に規定するものはなく,その訴訟物が〔略〕私法上の実体的権利であることを考えると,民法は婚姻取消の特殊性にかんがみ,とくに検察官に婚姻取消請求権なる実体法上の権利行使の権能を与えたものとみるべきであり,婚姻取消の訴につき検察官の原告適格が認められているからといって,婚姻無効の訴にこれを類推することは許されないというべきである。」と説かれています(岡垣66頁)。

婚姻関係の存否の確認の訴え(人事訴訟法2条1号)についても,「この訴における訴訟物は夫婦関係の存否確認請求権であって,その本質は実体私法上の権利であるところ,民法その他の法令で検察官にその権利を付与したとみるべき規定がないため」,婚姻の無効の訴えについてと同様「この訴についても検察官の原告適格を認めることができないであろう。」とされています(岡垣73頁)。

戸籍法116条2項は,適用の場面の無い空振り規定であるものと解されているところです(法務省の戸籍制度に関する研究会の第5回会合(2015年2月19日)に提出された資料5の「戸籍記載の正確性の担保について」6頁・11頁)。戸籍法116条は,「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から1箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。/検察官が訴を提起した場合には,判決が確定した後に,遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。」と規定しています。これに対して,検察官の提起した婚姻取消しの訴えの勝訴判決に基づく戸籍記載の請求に係る戸籍法75条2項の規定は生きているわけです。

 

(3)検察官による民事的介入の実態

 婚姻の無効の訴えについて検察官には原告適格は無いものとされているところですが,そもそも検察官による婚姻の取消しの訴えの提起も,2001年4月1日から同年9月30日までの間に調査したところその間1件も無く,検察庁で「これについて実際にどういう手続をとっているかということも分からない」状態でした(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 また,検察官の一般的関与について,旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)には下記のような条項があったところですが,同法5条1項は大審院も「検事ニ対スル一ノ訓示規定ニ外ナラ」ないとするに至り(大判大正9・1118民録261846頁),弁論期日に検察官が出席し立ち会わないことは裁判所が審理を行い判決をするにつきなんらの妨げにもならないとされていたところです(岡垣129頁・128頁)。同法6条については,「人事訴訟手続法6条・26条に「婚姻(又ハ縁組)ヲ維持スル為メ」という文言のあるのは,単に〔当時のドイツ民事訴訟法を範としたという〕沿革的な意味をもつにとどまり,一般に婚姻または縁組を維持するのが公益に合致することが多く,かつ,望ましいところでもあるので,その趣旨が示されているにすぎず,それ以上の意義をもつものではない。したがって,右人事訴訟手続法上の文言にもかかわらず,検察官は婚姻事件および養子縁組事件のすべてにつき,婚姻または縁組を維持する為めであると否とを論ぜず,事実および証拠方法を提出することが可能というべきである。」と説かれていました(岡垣149頁)。要は,旧人事訴訟手続法の規定と検察官の仕事の実際との間には齟齬があったところです。2001年4月1日から同年9月30日までの間に係属した人事訴訟事件について,検察庁は4248件の通知を受けていますが(旧人事訴訟手続法5条3項),「これに対して検察官の方がとった措置というのはゼロ件」でありました(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 

 第5条 婚姻事件ニ付テハ検察官ハ弁論ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ要ス

  検察官ハ受命裁判官又ハ受託裁判官ノ審問ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ得

  事件及ヒ期日ハ検察官ニ之ヲ通知シ検察官カ立会ヒタル場合ニ於テハ其氏名及ヒ申立ヲ調書ニ記載スヘシ

 

 第6条 検察官ハ当事者ト為ラサルトキト雖モ婚姻ヲ維持スル為メ事実及ヒ証拠方法ヲ提出スルコトヲ得

 

(4)仏独における婚姻の無効の訴え

 

ア フランス

 これに対してフランスはどうか。「フランス民法は,その146条で,合意なきときは婚姻なしと規定し,婚姻は当事者の真に自由な合意の存在を要するという大原則を宣言するとともに,右の規定に違反して締結された婚姻は,前に婚姻取消の関係において述べたと同じく配偶者自身,利害関係人または検察官が主当事者としてこれを攻撃しうべく,検察官は配偶者双方の生存中にかぎって婚姻無効の訴を提起することができ,しかもこれを提起すべき義務を有するとしている(同法184条・190条)。さらに婚姻の形式的要件とされる公開性の欠如または無管轄の身分官吏の面前で挙式された婚姻は,配偶者自身,父母などのほか検察官もこれを攻撃するため,婚姻無効の訴を提起することができるとしている(同法191条)。」と報告されています(岡垣6667頁)。

 

イ ドイツ

 次は,ドイツ。「ドイツでは,もと民事訴訟法632条が婚姻無効の訴につき検察官の原告適格を認めるとともに,1938年の婚姻法は検察官のみが婚姻無効の訴を提起しうる場合,検察官および配偶者の一方が婚姻無効の訴を提起しうる場合,婚姻が当事者の一方の死亡や離婚によって解消後は検察官のみが原告適格を有すること,当事者双方が死亡したときは何びとも訴を提起しえない旨を規定し(同法21条ないし28条。同民訴法632条・636条・628条参照),1946年の婚姻法も手続的には同趣旨の規定をしていた(同法24条。1938年婚姻法28条において,検察官が訴を提起しうる場合についてはナチス的色彩が強度であったが,これが改正された点が著しく異る)。そのほか,同民事訴訟法640条3項後段は,検察官が子の両親に対して,または一方の親の死亡後生存する親に対して婚姻無効の訴を提起した場合に,判決確定前両親が死亡したときは,検察官は婚姻無効の訴を子に対する非嫡出確定の訴に変更すべきものとしていた。しかるに,西ドイツでは第二次大戦後1961年の改正婚姻法が非嫡出子確定の訴を削除したため,それにともなって右の制度も廃止されるにいたった。」とのことです(岡垣67頁)。

 

4 婚姻の無効の性質と刑事訴訟

 婚姻の無効の性質については,「多数説は当然無効説を支持」しているところ(すなわち,裁判による無効の宣言をもって無効となるとする形成無効説を採らない。),「判例も当然無効説に立つ(最判昭和34年7月3日民集13‐7‐905。その結果,人訴法2条1号の定める婚姻無効の訴えは確認の訴えと解することになる。ただし,同法24条により対世的効力がある)」ものとされています(内田82頁)。

 日本の民法の世界では検察官には婚姻の無効の訴えを吾郎及び白蘭を被告として提起する(人事訴訟法12条2項)原告適格はないにもかかわらず,刑法の世界では,婚姻の無効は当然無効であることを前提として,公正証書原本不実記載等の罪の容疑で吾郎及び白蘭を逮捕・勾留した上でぎゅうぎゅう取り調べ,公訴を提起して有罪判決を得て二人を前科者にしてしまうことができるという成り行きには,少々ねじれがあるようです。「婚姻意思」が無い婚姻であっても「社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでない」ほどのものではないから婚姻の無効の訴えについて検察官に原告適格を与えなかったものと考えれば,民事法の世界では関与を謝絶された検察官が,刑事法の世界で「夫婦たるもの必ず「食卓と床をともにする関係」たるべし(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)55頁参照),「社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体的結合」あるべし(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)14頁参照),「永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営む」べし(最高裁判所平成141017日判決・民集56巻8号1823頁参照)。そうでないのに婚姻届を出したけしからぬ男女は処罰する。」と出張(でば)って来ることにやややり過ぎ感があります。検察官が原告適格を有する婚姻取消事由のある婚姻を戸籍簿に記載又は記録させても,それらの婚姻は取消しまでは有効なので(民法748条1項),公正証書原本不実記載等の罪にならないこととの比較でも不思議な感じとなります。実質的には出入国管理の問題として立件されてきているのでしょうから,今後は入管法70条1項2号の2及び同法74条の6を適用するか(ただし,日本弁護士連合会の2015年3月19日付けの意見書の第2の1(2)は,従来の刑法157条による対処で十分だとしているようではあります。),あるいは後記フランス入管法L623‐1条のような規定を我が入管法にも設けて対処する方が分かりやすいかもしれません。

 
  
5 有罪判決の後始末:戸籍の訂正

 検察官が婚姻の取消しの訴えを提起して勝訴したときについては,前記の戸籍法75条2項が「裁判が確定した後に,遅滞なく戸籍記載の請求をしなければならない。」と規定しています。これに対して,吾郎と白蘭との婚姻が無効であることが公正証書原本不実記載等の罪に係る刑事事件の判決で明らかになり,当該判決が確定した場合は吾郎の戸籍をどう訂正すべきでしょうか。

 戸籍制度に関する研究会の第5回会合に提出された資料5「戸籍記載の正確性の担保について」に「偽装婚姻について,刑事訴訟法第498条第2項ただし書の規定により市区町村に通知があった件数は,統計を開始した平成201218日から平成261231日までの累計で448件に及ぶ。」とありますので(5頁(注17)),「偽装婚姻」に係る公正証書原本不実記載等の罪の裁判を執行する一環として,「〔偽造し,又は変造された〕物が公務所に属するときは,偽造又は変造の部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」との刑事訴訟法498条2項ただし書に基づく処理をしているようです。(この「公務所への通知も,没収に準ずる処分であるから,押収されていると否とにかかわらず,490条および494条の規定に準じて,検察官がなすべきである。」とされています(松尾浩也監修・松本時夫=土本武司編集代表『条解刑事訴訟法 第3版増補版』(弘文堂・2006年)1008頁)。)通知を受ける公務所は上記会合に提出された参考資料6「戸籍訂正手続の概要」によれば本籍地の市区町村長であり,これらの市区町村長が届出人又は届出事件の本人に遅滞なく通知を行い(戸籍法24条1項),届出人又は届出事件の本人が戸籍法114条の家庭裁判所の許可審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)別表第1の124項)を得て市区町村長に訂正申請をするか,又は同法24条1項の通知ができないとき,若しくは通知をしても戸籍訂正の申請をする者がないときは,当該市区町村長が管轄法務局又は地方法務局の長の許可を得て職権で戸籍の訂正(同条2項)をすることになるようです。

ところが,「戸籍訂正の対象となる事件の内容が戸籍法114条によって処理するを相当とする場合には本人にその旨の通知をし,本人が訂正申請をしないときは戸籍法24条2項により監督法務局又は地方法務局長の許可を得て市町村長が職権訂正をすべきであり(昭和25年7月20日民甲1956号民事局長回答),そしてこの場合のみ市町村長の職権訂正を監督庁の長は許可する権限がある」ものの,「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」ということであったようであって(谷口162頁),前記戸籍制度に関する研究会の第5回会合においても「戸籍法第114条の訂正は,創設的な届出が無効な場合が対象となるが,一つ条件があり,無効であることが戸籍面上明らかであることが必要とされている。例えば,婚姻届の届出がされ,戸籍に記載された後,夫か妻の(婚姻前の日付で)死亡届が出されて,死亡の記載がされたような場合が考えられる。」との,呼応するがごとき発言がありました(議事要旨3頁)。「戸籍法114条は,届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に,その行為が無効であることを発見したときは,届出人または届出事件の本人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができると定めている。だから,第三者が戸籍の訂正をするには審判または判決によらねばならないが,婚姻の当事者がなすには,この規定によって家庭裁判所の許可だけですることもできると解する余地がある。前記の116条は「確定判決によ(ママ)て戸籍の訂正をすべきときは,・・・」というだけで,いかなる場合には確定判決もしくは家裁の審判によるべく,いかなる場合には家裁の許可で足りるか,明らかでない。実際の取扱では,利害関係人の間に異議がないときは許可だけでよいとされており,判例〔大判大正13年2月15日(民集20頁),大判大正6年3月5日(民録93頁)〕も大体これを認めているようである。正当だと思う。」と説かれていたところですが(我妻57頁。大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)45頁は,簡単に,「婚姻が無効となった後,戸籍の記載はどうなるのだろうか。この場合,届出人または届出事件の本人は,家裁の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。」と述べています。),しかし判例はそうだが「戸籍実務上は,無効が戸籍の記載のみによって明かな場合(戦死者との婚姻届の場合,昭和241114日民甲2651号民事局長回答。甲の既に認知した子を,乙が認知する届をなし受理記載され後の認知は無効となる場合,大正5年11月2日民1331号法務局長回答)は,114条の手続でよいが,戸籍面上明かでない場合は,当事者間の異議の有無にかかわらず116条の手続即ち確定判決又は審判を得て訂正すべきものと解せられている(昭和26年2月10日民甲209号民事局長回答)。」と言われていたところでした(谷口160頁)。利害関係者に異議のないまま戸籍法114条の手続を執ってくれれば,又は大げさながら婚姻の無効の訴えを提起して同法116条1項の手続を執ってくれればよいのですが,そうでない場合,同法24条2項に基づく職権訂正にはなおもひっかかりがあるようでもあります(「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては〔管轄法務局又は地方法務局の長に〕許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」)。すなわち,「訂正事項が身分関係に重大な影響を及ぼす場合には,職権で戸籍訂正を行うことができないと解する見解」もあるところです(「戸籍記載の正確性の担保について」9頁)。しかし,「実務上は,十分な資料により訂正事由があると認められる場合には,職権訂正手続を行っている」そうです(同頁)。

 

6 吾郎と白蘭の弁護方針

吾郎又は白蘭を公正証書原本不実記載等の罪の被告事件において弁護すべき弁護人は,前記内田理論を高唱して両者間の婚姻の有効性を力説する外には,どのような主張をすべきでしょうか。

愛,でしょうか。

前記Dallozのフランス民法146条(「合意がなければ,婚姻は存在しない。」)解説を見ると,「妻にその出身国から出国するためのヴィザを取得させ得るようにするのみの目的をもって挙式がされた婚姻は,合意の欠缺のゆえに無効である。」とされつつも(パリ大審裁判所1978年3月28日),「追求された目的――例えば,在留の権利,国籍の変更――が,婚姻の法的帰結を避けることなく真の夫婦関係において生活するという将来の両配偶者の意思を排除するものでなければ,偽装婚姻ではない。」とされています(ヴェルサイユ控訴院1990年6月15日)。フランス入管法L623‐1条1項も「在留資格(titre de séjour)若しくは引き離しから保護される利益を得る,若しくは得させる目的のみをもって,又はフランス国籍を取得する,若しくは取得させる目的のみをもって,婚姻し,又は子を認知する行為は,5年の禁錮又は15000ユーロの罰金に処せられる。この刑は,婚姻した外国人が配偶者に対してその意図を秘匿していたときも科される。」と規定しており,「目的のみをもって(aux seules fins)」が効いています。

しかし,吾郎は,前年の夏「戸籍の貸し賃」50万円を仲介の反社会的勢力からもらったきりで,白蘭とは一度も会ったことがなく,翌春同女が死んだ後になって初めてその名を知った有様です。トゥールーズ控訴院1994年4月5日も,同棲及び性的関係の不存在を,婚姻が在留資格目的で偽装されたものと認定するに当たって重視しています(前記Dallozフランス民法146条解説)。

やはり内田弁護士の理論にすがるしかないのでしょうか。

 なお,内田弁護士の尽力によって吾郎と白蘭との間の婚姻は民法上有効であるものとされても,入管法上は白蘭の日本在留は必ずしも保証されません。「外国人が「日本人の配偶者」の身分を有する者として〔入管法〕別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するためには,単にその日本人配偶者との間に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足りず,当該外国人が本邦において行おうとする活動が日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当することを要」し,「日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはでき」ず,そのような「外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということができない」からです(前記最高裁判所平成141017日判決)。(しかも「婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っているかどうかの判断は客観的に行われるべきものであり,有責配偶者からの離婚請求が身分法秩序の観点からは信義則上制約されることがあるとしても,そのことは上記判断を左右する事由にはなり得ない」とされています(ということで,当該最高裁判所判決は,4年前に日本人の夫が別に女をつくって家を出て行って,その後は在留資格更新申請の際等を除いて夫に会うこともなく,また相互に経済的関係もなかったタイ人妻に係る日本人の配偶者等としての在留資格更新を不許可とした処分を是認しました。)。)入管法22条の4第1項7号は,日本人の配偶者等の在留資格で在留する日本人の配偶者たる外国人が,「その配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な事由がある場合を除く。)」を在留資格取消事由としています(同条7項により30日以内の出国期間を指定され,当該期間経過後は退去強制になります(同法24条2号の4)。)。「偽装婚姻一般に共通して見られる同居の欠如(配偶者の身分を有する者としての活動実体の欠如)は,本号〔入管法22条の4第1項7号〕にいう「配偶者としての活動を行わずに在留している場合」にも該当し,同居していないことにつき正当理由がないことも明らかであるので,本号の取消し事由は偽装婚姻対策上も有効であると考えられる。」と説かれています(坂中=齋藤498頁)。 

1 フィンテック法による仮想通貨に係る法規制

 何やら難しく響く名称の「仮想通貨」について論ずることは,一般の方々においては敬遠されているだろう,したがって,当該主題について書くと,「長い」「難しい」とつとに評判の悪い本ブログの読者を更に減らすことであろうとばかり思っていました。

 しかしながら最近,仮想通貨の将来性及びそこにおける投資機会について熱心に語られる年配の御婦人方と会う機会があり,考えを改めました。今や仮想通貨の日常化はすぐそこまで来ているのであり,そうであるのならば,あらかじめ,仮想通貨に関する法規制に関して一般の方々もある程度の知識を持っておられる方がよいと考えるに至ったものです。

 今年(2016年)6月3日に公布された情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律(平成28年法律第62号。長い題名ですので以下「フィンテック法」と呼称することにしましょう。)によって,仮想通貨概念は既に実定法化されているところです。具体的には,フィンテック法11条によって改正される資金決済に関する法律(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」といいます。)の改正後2条5項が次のように規定しています(なお,フィンテック法の施行は,公布の日(2016年6月3日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日からです(同法附則1条)。)。

 

 5 この法律において「仮想通貨」とは,次に掲げるものをいう。

  一 物品を購入し,若しくは借り受け,又は役務の提供を受ける場合に,これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ,かつ,不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り,本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

  二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって,電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

 

 なお,通貨建資産については,改正後資金決済法2条6項が次のように定義しています。

 

6 この法律において「通貨建資産」とは,本邦通貨若しくは外国通貨をもって表示され,又は本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行,払戻しその他これらに準ずるもの(以下この項において「債務の履行等」という。)が行われることとされている資産をいう。この場合において,通貨建資産をもって債務の履行等が行われることとされている資産は,通貨建資産とみなす。

 

 やはり難しいですね。

長くなりすぎず,難しくなりすぎないように注意しながら,今回の記事を書いていこうと思います。

なお,「現在交換所において法定通貨との取引が確認されている,ビットコイン(Bitcoin),ライトコイン(Litecoin),ドージコイン(Dogecoin)は①〔改正後資金決済法2条5項1号〕の定義に該当し,ビットコインと相互に交換ができるイーサ(Ether),カウンターパーティコイン(XCP)などは,②〔改正後資金決済法2条5項2号〕の定義に該当すると考えられ」ています(堀天子『実務解説資金決済法[第2版]』(商事法務・2016年)37頁)。

 

2 仮想通貨の定義に係る解釈

まず,改正後資金決済法2条5項による仮想通貨の定義についてです。この定義をかみ砕いたものとしては,次のような国会答弁が,麻生太郎国務大臣(金融担当)からされています。

 

・・・仮想通貨というものは,いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策のために国際基準というものをつくらねばいかぬということで,多国間の枠組みでありますファイナンシャル・アクション・タスク・フォース,FATFというものの定義というのがございますので,それを踏まえて,〔一,〕不特定の者に対して対価の弁済に使用でき,かつ,不特定の者を相手方として法定通貨と相互に交換できる,二,電子的に記録され,移転ができる,三,法定通貨または法定通貨建ての資産ではないとの性質を有する財産的価値と定義をいたしております。

 したがいまして,プリペイドカードなどの前払い式の支払い手段とか,その他,企業が発行しますポイントカードなどにつきましては,例えば,それらを使用可能な店舗というものが特定の範囲に限られておりますので,不特定の者に対して対価の弁済に使用できないものであるならば,これは基本的には仮想通貨には該当しない,そういうように定義をされております。

(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁)

 

 池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)は,仮想通貨とそれ以外のものとの切り分けについて次のように答弁しています。

 

  仮想通貨の定義に特定の取引が該当するかどうかは,個別の商品,サービスごとに具体的に判断されるべきものでありますが,一般論で申し上げれば,ただいまお尋ねのありましたポイント〔Tポイント,ANAマイル等〕ですとか電子マネー〔Suica等〕ですとかゲーム内で利用可能な通貨につきましては,例えば,それらを使用可能な店舗が発行者との契約や利用者への表示等で示されている,そして,そうしたものの交換を行う不特定の者が存在しないという通常の形態のものであるということでありますと,基本的には,仮想通貨には該当しないものと考えられるかと考えております。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第161920頁)

 

 FATFについては,「平成元年(1989年)に,マネロン・テロ資金供与対策の国際基準(FATF勧告)作りを行うための多国間の枠組みとして設立。FATF勧告は,世界190以上の国・地域に適用。FATF勧告の履行状況は加盟国間で相互審査がなされ,その際に特定された不備事項の改善状況についてフォローアップがなされる。」と紹介されています(金融審議会決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告「決済高度化に向けた戦略的取組み」(20151222日)27頁註63)。

 2015年6月26日のFATFの「リスクに基づく仮想通貨へのアプローチのためのガイドライン(Guideline for a Risk-Based Approach to Virtual Currencies)」(以下「FATFガイドライン」といいます。)においては,仮想通貨(virtual currency)は次のように定義されています。

 

  仮想通貨とは,価値のディジタル表現(digital representation of value)であって,ディジタル方式によって取引されることができ(can be digitally traded),かつ,(1)交換の媒体(medium of exchange)として及び/又は(2)評価の単位(unit of account)として及び/又は(3)価値の保蔵手段(store of value)として機能するものであるが,いずれの法域においても法貨(legal tender)としての地位(すなわち,債権者に対して提供されたときには,有効かつ法定の支払の提供であるもの)を有しないものである。仮想通貨は,いずれの法域からも発行又は保証されたものではなく,上記の機能は,その利用者のコミュニティ内部における合意によってのみ果たされる。仮想通貨は,発行国の法貨として指定された硬貨又は紙幣であって,流通し,かつ,発行国における交換の媒体として慣習的に使用され受領(accept)されているものである法定通貨(fiat currency)(現実通貨(real currency),リアル・マネー又は国の通貨(national currency)ともいう。)とは異なる。仮想通貨は,法定通貨建ての価値を電子的に移転するために利用されるところの法定通貨のディジタル表現であるeマネーとは異なる。Eマネーは,法定通貨のディジタル方式による移転のための仕組み,すなわち,法貨としての地位を有する価値を電子的に移転するものである。

 (FATFガイドライン26頁)

 

 仮想「通貨」と名付けられているとはいえ,フィンテック「法案では,現時点〔2016年4月27日〕で仮想通貨が通貨と同等の性質を有しないということを前提としつつ,支払い決済手段としての機能を事実として有することがあることに鑑みて,仮想通貨と法定通貨の交換業者について一定の規制を設けることとし」たものです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1611頁(牧島かれん内閣府大臣政務官))。フィンテック法によって「この仮想通貨を通貨や公的な支払とか決済手段として認定したというわけではありませんで,また,大体六百以上種類存在すると言われておりますこの仮想通貨に対してお墨付きを与えるものでもない」ところです(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1417頁(麻生太郎国務大臣(内閣府特命担当大臣(金融))))。お墨付きは与えないものの,「利用者の利便性とか経済効率性というところから,これは当事者間の自由意思を尊重するということが望ましいということになるんだと思いますけれども,いわゆる適切な判断で利用者の保護とか取引の安全確保というものが可能であることなどから,〔仮想通貨の〕全面的な禁止をするよりはバランスの取れた規制ということを考えるべき」との趣旨でされた立法であるということになります(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1418頁(麻生国務大臣))。

 「仮想通貨は,不特定の者に対して使用できるものであることを要件としており,一種の通貨的な機能を持つ財産的価値を意味しているが,一般的には,法定通貨とは異なり,強制通用力までは有しない。仮想通貨で支払いを行おうとしても,当然には通用力はなく,債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じないため,交換価値があるとまでいえないという点が法定通貨との違いとして挙げられる。仮想通貨を保有する利用者が,弁済を行う際に仮想通貨を提示して代金を支払うとの意思を表示し,債権者がこれを受容した場合には,弁済(債務の履行,民法482条)の効力が発生すると考えられる。/また,仮想通貨によっては,価格の変動幅が大きく,価値が保蔵されているといえないことも法定通貨との違いである。」ということでしょうか(堀40頁)。そこにいう民法(明治29年法律第89号)482条は,「債務者が,債権者の承諾を得て,その負担した給付に代えて他の給付をしたときは,その給付は,弁済と同一の効力を有する。」と規定する代物弁済に係る規定です。「債権者がこれを拒否した場合には弁済の効力が生じない」というより以前に,弁済の提供の効果(民法492条)に関して,仮想通貨によって金銭債務の弁済に係る現実の提供(同法493条本文)がされるものと認められるかどうかも問題となりますが,これは否定に解すべきでしょう。「強制通用力の有(ママ)とは,この効力を有する範囲の貨幣をもってする弁済は本旨に従う弁済になるという意味である。」とされているところ(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年(第10刷修正後))37頁),仮想通貨にはそもそも強制通用力がない前提でありました。信用ある銀行の自己宛振出小切手の交付は金銭債務の弁済の提供となるといっても(最判昭37・9・21民集16・2041参照),小切手は仮想通貨と異なりそもそも通貨をもって表示されています。また,「交換価値があるとまでいえない」といっても,交換価値があると思って交換する人もいるのでしょう。

 通貨の通用力の根拠としては,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和62年法律第42号)7条が「貨幣は,額面価格の20倍までを限り,法貨として通用する。」と,日本銀行法(平成9年法律第89号)46条2項が「・・・日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は,法貨として無制限に通用する。」と規定しています。ここでいう法貨とは,「取引において,法律上無制限に,又は一定の制限の範囲内において,強制通用力を有する通貨をいう。」とされ,通貨は「その抽象的な流通力を有する支払手段という点では法貨と同一の意義である」が,「法律的な強制流通力の側面に重点をおいて言い表す場合,特にその流通力の限界を規定する文脈では,「法貨」の用語が用いられている。」とされています(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)673頁)。「「通貨」という用語は,通常,強制通用力のあるもの,すなわち,法貨について用いられるが(民法402)」といわれる場合(吉国等編536頁)の民法402条1項本文は,「債権の目的物が金銭であるときは,債務者は,その選択に従い,各種の通貨で弁済をすることができる。」と規定しています。また,同条2項は「債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは,債務者は,他の通貨で弁済をしなければならない。」と規定しています(相対的金種債権と推定(我妻38頁))。現在,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律2条3項は「・・・通貨とは,貨幣及び日本銀行法(平成9年法律第89号)第46条第1項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」と定義しています。

 米国のドル紙幣について,ミルトン・フリードマンいわく(Free to Choose)。

 

 ・・・法貨であるという性質(The legal-tender quality)は,政府は自己に対する債務の弁済及び税の納付について(in discharge of debts and taxes due to itself)当該紙片(the pieces of paper)を受領し(will accept),並びに裁判所はそれらをドルで表示された債務の弁済とみなす,ということを意味する。なぜ,財及びサービスの私的交換取引においても,私人らによってそれが受領されるのだろうか。

  各人がそれらを受領するのは,他者もそうするということについて彼が確信を有している(confident)からである,というのが端的な解答(the short answer)である。当該緑色の紙片は,価値があるものと全員が思うから価値があるのである。各人が,それらが価値を有するものと思うのは,彼の経験ではそれらは価値を有していたからである。・・・

  当該習律(convention)ないしは擬制(fiction)は決して脆弱なものではない。事態は反対であって,共通の通貨(common money)を有することの価値が余りにも大きいので,人々は非常な不都合がもたらされた状態下(under extreme provocation)にあっても当該擬制に執着するのである――ここに,後に我々が見るように,通貨発行者がインフレーションから得ることのできる利益の部分(part of the gain),さらにはインフレーション惹起への誘惑が由来するのである。・・・(Avon Books, 1980, pp.237-238

 

3 仮想通貨交換業等

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法2条7項及び8項は,「仮想通貨交換業」及び「仮想通貨の交換等」並びに「仮想通貨交換業者」を次のように定義します。

 

 7 この法律において「仮想通貨交換業」とは,次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいい,「仮想通貨の交換等」とは,第1号及び第2号に掲げる行為をいう。

  一 仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換

  二 前号に掲げる行為の媒介,取次ぎ又は代理

  三 その行う前2号に掲げる行為に関して,利用者の金銭又は仮想通貨の管理をすること。

 8 この法律において「仮想通貨交換業者」とは,第63条の2の登録を受けた者をいう。

 

なお,「第63条の2の登録を受けないで仮想通貨交換業を行った者」は,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されます(改正後資金決済法107条5号)。

仮想通貨の売買とは,仮想通貨と法貨との交換ということになります。すなわち,売買は,「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」ものだからです(民法555条。下線部は筆者によるもの)。仮想通貨と仮想通貨との交換の契約は,正に「当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約する」ものですから,民法586条1項の交換です。

「媒介」は,「ある人と他の人との間に法律行為が成立するように,第三者が両者の間に立つて尽力すること」です(吉国等編609頁)。

「取次ぎ」は,「自己の名をもって他人の計算で法律行為をなすこと」です(近藤光男『商法総則・商行為法〔第5版補訂版〕』(有斐閣・2008年)36頁)。例として,問屋(といや)があります(商法(明治32年法律第48号)551条以下)。

仮想通貨の交換業者について,FATFガイドライン29頁は次のように定義しています。

 

交換業者(exchanger)(また,仮想通貨取引所(virtual currency exchange)と呼ばれることもある。)は,業として,手数料(コミッション)を得て,仮想通貨を現実通貨,基金又は他種の仮想通貨及びまた貴金属への交換並びにその逆方向の交換に携わる(engaged)個人又は組織(entity)である。交換業者は,一般に,現金,電信送金,クレジット・カード及び他の仮想通貨を含む広範囲の種類の支払を受領し,並びに仮想通貨発行管理人とつながりがあること(administrator-affiliated)があり,ないときがあり,又は第三者としての業務提供者であることがある。交換業者は,取引所(bourse)として,又は両替商(exchange desk)として業務を行うことがある。典型的には,個人は,仮想通貨口座にマネーを預け,及び当該口座から引き出すために交換業者を利用する。

 

FATFガイドラインは,「リスク・アセスメントはまた,マネーロンダリング対策・テロ資金供与対策規制は,換金可能仮想通貨に係る結節点(nodes),すなわち,規制された金融システムへの出入口を提供するところの交錯点(points of intersection)を対象とすべきこと及び財又はサービスの購入のために仮想通貨を入手する利用者を規制することを目指すべきではないことを示すところである。当該結節点は,第三者として業務を提供する換金可能仮想通貨に係る交換業者を含む。そうである場合(where that is the case),それらはFATF勧告の下で規制されるべきである。かくして,各国は,国際基準によって規定され求められているマネーロンダリング対策・テロ資金供与対策に係る当該事項(relevant AML/CFT requirements)を,換金可能仮想通貨に係る交換業者,及び換金可能仮想通貨の動きと,規制された法定通貨に係る金融システムとが交錯する結節点となる他の種類の機関(institutions)に適用することを検討すべきである。」と勧告していました(6頁。下線部は,原文イタリック体)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の2は,仮想通貨交換業について登録制度を設けます。登録制であって免許制を採らなかった理由については,「一般に我が国で免許と申しますと,法令による一定の行為の一般的禁止を公の機関が特定の場合に解除するという意味を持っていて,免許を受けた者をある程度独占的地位に置く性質を有するものと理解されていると思」われ,かつ,「他方,登録と申しますのは,一定の法律事実又は法律関係を行政庁等に備える特定の帳簿に記載するということで,一般には免許を付与する場合の方が登録のような場合よりも裁量が広く認められていると解されているかと考え」られることを前提に,「金融関係法令,法律では,顧客から資金を預かりリスク資産を含め運用を行う例えば銀行とか保険会社等については免許制が取られている。一方で,有価証券の売買,媒介,取次ぎなど,主として顧客から資金を預かるというようなことはありますが,運用を行うということのない金融商品取引業者ですとか受け入れた資金を顧客の指図に基づいて他者に移転させる資金移動業者,こういった者については現在〔2016年5月24日〕の金融関連法の中で登録制とされているところ」,「そうした中で,今回の仮想通貨交換業者につきましては,顧客から預かった財産を事業者の財産と分別して管理する義務が課されている〔フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の11第1項〕など,事業者において顧客の資産を自由に運用するというものではないということでありまして,こうしたことを踏まえまして,他の金融事業者との整合性等も勘案し,登録制ということで法律案を策定させていただいたということでございます。」と説明されています(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1419頁(池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)))。

 フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の5第1項は,仮想通貨交換業の登録に係る登録拒否事由を掲げています。同項1号によると,仮想通貨交換業者は株式会社及び外国会社に限られます。同項3号は「内閣府令で定める基準に適合する財産的基礎を有しない法人」が登録申請者である場合を登録拒否事由としていますが,最低資本金として1000万円程度を求めることが当局によって考えられています(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1620頁(池田政府参考人))。仮想通貨交換業者として登録されるためには「仮想通貨交換業を適正かつ確実に遂行する体制の整備」が行われており(同項4号),かつ,フィンテック法11条による改正後の資金決済法第3章の2となる「仮想通貨」の章の規定を遵守するために必要な体制の整備」が行われていること(同法63条の5第1項5号)等が求められています。

 

4 投資家保護規制に係る継続検討

 仮想通貨を対象とした外国為替証拠金取引(いわゆるFX)類似のハイ・リスク取引が既に行われているそうですが(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1613頁(宮本岳志委員)),投資家保護のためのFXにおけるレバレッジの上限規制のような規制は,今回のフィンテック法においては,仮想通貨に係る取引について導入されるには至っていません。

 

  ・・・この仮想通貨を用いた取引というのを法令上どのように規制するかということにつきましては,仮想通貨と既存のいわゆる有価証券等々との類似性の程度とか,また,仮に仮想通貨を用いた取引につきましても,何らかの規制を導入する場合には,具体的にどのような類型があるかとか,また,内容の規制がふさわしいかといったことなど,これはいろいろな論点というものをもう少し整理してみる必要と,その時間も要るんだと思っております。

  したがいまして,今回の法案では,実際に投資家に被害の生じましたマウントゴックス社の破綻というものを踏まえまして,早急に仮想通貨と法定通貨との交換業者に対する登録制と,マネロンとテロ資金供与規制を導入するということにしつつ,・・・仮想通貨を用いた取引というものを法令上どのように規制するのかということにつきましては,これは今しばらく時間をいただいて,今後とも,継続して検討させていただきます。

 (第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣)。また,同号13頁)

 

ここでいうマウントゴックス社の破綻とは,「ビットコイン」の交換所である東京都渋谷区の株式会社MTGOXが2014年2月に東京地方裁判所に民事再生手続開始の申立てをし,同年4月同裁判所は当該申立てを棄却して破産手続開始を決定(その時点での同社の資産は約39億円であったのに対し負債は約87億円あって,約48億円の債務超過),更に2015年に同社代表者が業務上横領(ビットコイン売買のため顧客が預けた資金の着服等)等の容疑で逮捕されたというものです(「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律案」に係る説明資料(金融庁・2016年3月)8頁)。

「ビットコイン」については,「平成20年〔2008年〕に「ナカモトサトシ」と名乗る人物が公表した論文に基づき,インターネット上で有志の開発者によって開発されたと言われている仮想通貨。ネットワークに参加する者の間において,電子的に移転がなされ,全ての取引履歴は,参加者が共有する公開台帳に記録される。なお,ビットコインには,発行者は存在せず,取引を認証し,公開台帳に取引を記帳した者(一般に採掘者といわれる)に対して,その報酬としてシステム上自動的に発行される。」と紹介されています(決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告26頁註57)。

フィンテック法11条による改正後の資金決済法63条の10(「利用者の保護等に関する措置」との見出し)は,「仮想通貨交換業者は,内閣府令で定めるところにより,その取り扱う仮想通貨と本邦通貨又は外国通貨との誤認を防止するための説明,手数料その他の仮想通貨交換業に係る契約の内容についての情報の提供その他の仮想通貨交換業の利用者の保護を図り,及び仮想通貨交換業の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。

 

5 マルチ商法の客体性問題等

 

(1)連鎖販売取引の客体性

なお,消費者保護との関連でいえば,仮想通貨がマルチ商法といわれる連鎖販売取引の客体となるものかどうかも気になります。連鎖販売取引は,特定商取引に関する法律(昭和51年法律第57号)33条1項において「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)の販売(そのあつせんを含む。)又は有償で行う役務の提供(そのあつせんを含む。)の事業であつて,販売の目的物たる物品(以下・・・「商品」という。)の再販売(販売の相手方が商品を買い受けて販売することをいう。・・・),受託販売(販売の委託を受けて商品を販売することをいう。・・・)若しくは販売のあつせんをする者又は同種役務の提供(その役務と同一の種類の役務の提供をすることをいう。・・・)」若しくはその役務の提供のあつせんをする者を特定利益(その商品の再販売,受託販売若しくは販売のあつせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供をあつせんする他の者が提供する取引料その他の主務省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部をいう。・・・)を収受し得ることをもつて誘引し,その者と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供をいう。・・・)を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんに係る取引(その取引条件の変更を含む。)」と定義されています。

 仮想通貨は,「物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。・・・)」又は「有償で行う役務の提供」に該当するものかどうか。しかしながら,仮想通貨は少なくとも「物」たる有体物(民法85条)ではないところです。他方,金銭は所有権及び占有の対象となる動産なのですから(最判昭29115刑集81675参照),役務ではないでしょう。金銭は,「財貨の交換の用具として国家がその価格を一定したものをいう。」とされています(吉国等編176頁)。金銭が役務でないのであれば,仮想通貨も役務とはいえないのでしょう。

 ただし,仮想通貨に関する「教育パッケージ」の販売ならば,連鎖販売取引の客体たる「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利」たる物品の販売ということになるのでしょう。

 

(2)売買及び交換と「採掘」との関係

 さて,フィンテック法の施行後は,仮想通貨交換業を行うには内閣総理大臣の登録を受けなくてはならず(改正後資金決済法63条の2,107条5号),更に外国仮想通貨交換業者(同法2条9項)は,当該登録を受けずに仮想通貨交換業に係る改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為の勧誘も行ってはならぬものとされています(同法63条の22)。登録を受けなければならないというのは厄介ですが,細かく見てみると「仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換」(同法2条7項1号)によらずに仮想通貨を入手することに関する行為は,規制の網の目を潜れることができそうではあります。すなわち,「トークン」などを用いて仮想通貨を原始的に自ら作成(「採掘」)するのであれば,売買にも交換にも当たらないもののごとし。商法4条2項は「鉱業を営む者は,商行為を行うことを業としない者であっても,これを商人とみなす。」と規定していますが,同項のような手当てが,仮想通貨交換業の定義に関しても今後必要となるものか否か。これはいささか,先走り過ぎでしょうか。

 

6 銀行又は金融商品取引業者による仮想通貨交換業

 銀行又は金融商品取引業者が仮想通貨を取り扱えるかどうかの問題については,金融庁当局は慎重です。

 銀行の業務の範囲について規定する銀行法(昭和56年法律第59号)10条から12条までは,フィンテック法によって改められていません。

 

  一般論で申し上げますと,御指摘の仮想通貨の販売,投資,勧誘等の業務が法令で銀行に認められております業務に該当するかどうかという点は,その業務につきまして,その銀行の固有業務との機能的な親近性やリスクの同質性があるかどうか,それから,その業務規模が銀行の固有業務に比して過大ではないかなどの観点から業務の態様に応じて判断されていくべきものであると考えております。

  また,金融商品取引業者のうち,御指摘の第一種金商業者〔第一種金融取引業の定義は金融商品取引法(昭和23年法律第25号)28条1項〕あるいは投資運用業者〔投資運用業の定義は金融商品取引法28条4項〕という者については,法令に定められた一定の業務以外の業務を行う場合には当局から個別に承認を受けることが必要とされておりますが〔金融商品取引法35条4項〕,その承認に当たりましては,業務が公益に反すると認められないかどうか,あるいはリスク管理の観点から問題がないかなどの観点から判断していくことになると考えております〔同条5項〕。

  いずれにしましても,こういう判断に当たりましては,今回の法案に基づく法的枠組みの整備等を通じて,仮想通貨が銀行や金融商品取引業者が取り扱うことがふさわしい社会的な信頼等を有する決済手段として定着していくかどうかといったことも十分見極めながら判断していく必要があると考えているところでございます。

 (第190回国会参議院財政金融委員会会議録第14号5頁(池田政府参考人))

 

7 仮想通貨と税務

 

(1)消費税

 仮想通貨の事業上の取引は,消費税法(昭和63年法律第108号)2条1項8号の資産の譲渡等(「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。」)に該当するということで,消費税が課されます(同法4条1項)。仮想通貨は,支払手段だといっても,消費税法の別表1の第2号の支払手段(外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)6条1項7号に規定する支払手段)に該当しないので,その譲渡は消費税法6条1項によって非課税にはならないから,と説明されています。「非課税として限定列挙されております支払い手段」である「法定通貨とか小切手とか,そういったような物品切手に該当しませんので」ということです(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第16号7頁の麻生国務大臣の答弁)。

外国為替及び外国貿易法6条1項7号は,「支払手段」として,銀行券,政府紙幣,小額紙幣及び硬貨(同号イ),小切手(旅行小切手を含む。),為替手形,郵便為替及び信用状(同号ロ),証票,電子機器その他の物に電磁的方法により入力されている財産的価値であって,不特定又は多数の者相互間で支払のために使用することができるものであり,その使用の状況が通貨のそれと近似しているものとして政令で定めるもの(同号ハ。外国為替令(昭和55年政令第260号)2条を見ると,当該政令の定めは無いようです。)並びに同号イ又はロに掲げるものとして政令で定めるもの(同号ニ)を掲げています。外国為替及び外国貿易法6条1項7号ニの「政令で定めるもの」として,外国為替令2条1項1号は約束手形を掲げ,同項2号は「法第6条1項7号イ若しくはロ又は前号に掲げるもののいずれかに類するものであって,支払のために使用することができるもの」と規定していますが,外国為替令2条1項2号の「もの」も,やはり有体物ということになるでしょう。なお,消費税法の別表1第2号は支払手段に「類するものとして政令で定めるもの」の譲渡についても消費税は課されないものとしていますが,この「政令で定めるもの」は,国際通貨基金協定15条に規定する特別引き出権です(消費税法施行令(昭和63年政令第360号)9条4項)。

 

附:小額紙幣

外国為替及び外国貿易法6条1項7号イに「小額紙幣」というものが出て来るのでこれは何だということになりますが,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律附則2条3号によって廃止された臨時通貨法(昭和13年法律第86号)5条に「政府ハ必要アルトキハ臨時補助貨幣ノ外50銭ノ小額紙幣ヲ発行スルコトヲ得/小額紙幣ハ10円迄ヲ限リ法貨トシテ通用ス/小額紙幣ノ形式ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」と,同法6条2項に「小額紙幣ハ他ノ通貨ヲ以テ之ヲ引換フ」と,同法7条に「小額紙幣ノ発行,銷却及引換ニ関シテハ大蔵大臣ノ定ムル所ニ依リ日本銀行ヲシテ其ノ事務ヲ取扱ハシム」と規定されていたものです。臨時通貨法は,その附則2項に「臨時補助貨幣及小額紙幣ハ支那事変終了ノ日ヨリ1年ヲ経過シタル後ハ之ヲ発行セズ」とありましたから,本来は前年(1937年)からの支那事変対策のための法律だったのでしょう。政府が発行するものであるので,銀行券ではありません。

 

 「消費税の課税事業者である個人のトレーダーが仮想通貨を購入する行為,これは課税仕入れということになりますし,逆に,仮想通貨で円を買うという行為は仮想通貨の販売になりますので,課税売り上げということになります。/したがって,他の取引とあわせて,課税売り上げに係る消費税額から課税仕入れに係る消費税額を差し引いた額を納税するということになります。」(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1615頁(星野次彦政府参考人(国税庁次長)))

 なお,仮想通貨の取引に係る上記の消費税課税の取扱いは,2017年6月までのこととなりました。2016年12月22日に閣議決定された平成29年度税制改正の大綱における「四 消費課税」中「(5)その他」の「(国税)」 の「(2)仮想通貨に係る課税関係の見直し」が,「①資金決済に関する法律に規定する仮想通貨の譲渡について,消費税を非課税とする。/②その他所要の措置を講ずる。」ものとしています。これには経過措置に係る(注1)から(注3)までが付されていますが,(注1)によれば,「上記の改正は,平成29年7月1日以後に国内において事業者が行う資産の譲渡等及び課税仕入れについて適用する。」とされています。

 

(2)所得税又は法人税

 所得税又は法人税については,「ビットコイン〔仮想通貨〕の譲渡によりまして利益が生じた場合は,所得税または法人税の課税の対象」となります(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第1614頁(麻生国務大臣))。

 

(3)登録免許税

 仮想通貨交換業者の登録に係る登録免許税の額は,1件につき15万円となります(フィンテック法附則9条による改正後の登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第1第49号(三))。

 

8 犯罪収益移転防止法の一部改正

 仮想通貨を用いた「いわゆるマネーロンダリングとかテロ資金供与の対策」(実はこれが本丸でしょう。)を直接担うものとして,フィンテック法附則14条によって犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯罪収益移転防止法」といいます。)の一部改正がされています。

すなわち,仮想通貨交換業者は,犯罪収益移転防止法上の特定事業者となります(改正後犯罪収益移転防止法2条2項31号)。犯罪収益移転防止法は,「特定事業者による顧客等の本人特定事項(・・・)等の確認,取引記録等の保存,疑わしい取引の届出等の措置を講ずることにより」,「犯罪による収益の移転防止を図り,併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保」する法律です(同法1条参照)。

また,改正後犯罪収益移転防止法30条は,他人になりすまして仮想通貨交換業者との間における仮想通貨交換契約(改正後資金決済法2条7項各号に掲げる行為を行うことを内容とする契約)に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として,仮想通貨交換用情報(仮想通貨交換業者において仮想通貨交換契約に係る役務の提供を受ける者を他の者と区別して識別することができるように付される符号その他の当該役務の提供を受けるために必要な情報)の提供を受けること等に関する罰則を定めています。

 

弁護士 齊藤雅俊

1500002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

大志わかば法律事務所

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

今年最後のブログ記事となりました。今年は,『プレジデント』の雑誌取材を受けたほか(8月29日号に記事掲載),引き続き企業法務をお手伝いする仕事に携わる一方,相続関係事件,親族関係事件,損害賠償請求事件,民事執行事件,債務整理関係事件等々,幅広い業務経験を積み重ねさせていただきました。

来年は,更により多くの方々のために御満足いただける仕事をすることができるよう祈念し,かつ,精進を期しております。

お悩みのある方は,お気軽に御相談ください。法律面からの切り口ということになりますが,かえって確実なお答えができることになろうかと思っております。(なお,弁護士相談料は,305400円(消費税額込み)が基本ということになっています。)

刑事でも,当番弁護士・国選弁護人の仕事がありました。ただし,刑事事件については,読者の方のための仕事を多々しなければならなくなるようなことがないよう,祈っております🎍

1 民法旧34条の許可と宗教法人法の認証

 民法34条は,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成18年法律第50号)という長い題名の法律の第38条によって200812月1日から改正されてしまいましたが,かつては,「祭祀,宗教,慈善,学術,技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と規定していました。

「祭祀,宗教」とありますから,宗教に関する団体は,主務官庁(文部科学大臣又は都道府県知事(民法旧84条ノ2第1項,公益法人に係る主務官庁の権限に属する事務の処理等に関する政令(平成4年政令第161号)1条1項1号))の許可を得て法人になることができたのか,と考えられるところですが,宗教団体は,わざわざお役所の御機嫌次第の許可(「民法の許可主義は,許可を与えるかどうかを,主務官庁の自由裁量に委ねるものである。」(我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店・1965年)140頁))を苦労して受けなくても,宗教法人法(昭和26年法律第126号)に基づき所轄庁(文部科学大臣又は都道府県知事(同法5条))の証明がある認証を受けた規則の謄本を添えて登記所に設立の登記を申請して(同法63条2項),設立の登記がされると法人になるのでした(同法4条,15条)。ここでの所轄庁による認証については「所轄庁は,単に法律の定める要件の存否を審査する権限を有するに過ぎない点で,認可主義と同一」であるとされ(我妻141頁),「認可主義」については「法律の定める要件を具備しておれば,認可権者は,必ず認可を与えなければならない」とされています(我妻140頁)。宗教団体が法人格を得るためには,民法旧34条の出番は不要ということになっていたようです。

なお,現在の公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律2条4号の「公益目的事業」の定義は「学術,技芸,慈善その他の公益に関する別表各号に掲げる種類の事業であって,不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいう。」とされていて,そこから「祭祀,宗教」は落ちています。

 

2 民法施行法旧28条と「神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂」

 

(1)民法施行法旧28

 ところで,宗教法人法の附則25項には,次のような規定があります。

 

 25 民法施行法(明治31年法律第11号)の一部を次のように改正する。

   第28条を次のように改める。

  第28条 削除

 

 宗教法人法附則25項によって1951年4月3日から(同法は同法附則1項により公布日である同日から施行)「削除」となってしまった民法施行法28条は,実は次のような条文でした。

 

 第28条 民法中法人ニ関スル規定ハ当分ノ内神社,寺院,祠宇及ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス

 

 神社や寺院の法人格の問題は,そもそも民法の問題ではなかったのでした。

民法施行法旧28条の規定の由来については,同条の「之等特殊なる歴史的所産のものに付てのみならず,一般に,宗教の宣布・儀式の執行を目的とする所謂宗教法人に関しては特別法の制定せらるべきことを予想してゐたからに外ならなかった。即ち,政府は直ちに明治32年第14議会に「宗教法案」を提出し,此の問題を整理せんとしたのである。」と説明されています(小関紹夫「宗教法人について」彦根高商論叢19号(1936年6月)64頁。当該宗教法案は1900年2月17日に貴族院で否決された(同67頁)。)。

なお,神社,寺院,教会等については,「一定の財産を中心とし,その維持を目的としながら,しかも,人的団体たる要素をも包含するのもの」として「団体と財団の中間的なもの」と説かれています(我妻135頁)。「堂宇・会堂を備え,特殊の財産を基礎とする(この物的要素は社団の財産のような,単なる手段ではない)」とともに,「檀徒・信者・宗教教師・僧侶などの団体という人的要素を包含する(この人的要素は,法人の目的の構成に参与するものであって,財団の役員とは異なる)」わけです(我妻135頁)。

ところで,民法施行法旧28条の法的意味は更に何であったかというと,神社,寺院,祠宇及び仏堂は,民法の適用がないから法人にはなれないということではありませんでした。

 

(2)寺院

我妻榮は「宗教団体法(昭和14年法77号)の施行前は,これらのもの〔神社,寺院,祠宇及び仏堂〕が法人であることは明瞭でなかったが,寺院については,民施28条及び寺院の財産に関する明治初年の多くの法令により,法人であることは疑いなかった」と説いています(我妻135頁)。寺院は法人であるとしつつ,その根拠を民法施行法旧19条1項(「民法施行前ヨリ独立ノ財産ヲ有スル社団又ハ財団ニシテ民法第34条ニ掲ケタル目的ヲ有スルモノハ之ヲ法人トス」)には求めてはいません。民法施行法旧28条は,民法33条1項の「法人は,この法律その他の法律の規定によらなければ,成立しない。」との原則を排除してはいるものでしょう。というのは,「寺院の財産に関する明治初年の多くの法令」は明文で端的に寺院の法人格を認めていたものではなかったのでしょうから。この点,美濃部達吉はあっさりと慣習法による法人の成立を認め,「寺院は旧時代からの慣習法に依り従来も法人として認められて居たもので,其の理事者としては管長の選任する住職がこれに当り,其の外寺院の財産上の行為其の他の事項に付き協議に与らしむる為めに3人以上の檀徒総代を選ばしめ,これを市町村長に届出でしむるの例であり(明治14内務達乙33号),又寺院に関する事項を登録する為めの原簿として,寺院明細帳(明治12内務達乙31号)が備へられて居た。」と説明しています(美濃部達吉『日本行政法 下』(有斐閣・1940年)567568頁)。

1940年4月1日から施行された宗教団体法(昭和14年法律第77号。施行期日は同法29条に基づく昭和14年勅令第855号による。)2条2項には「寺院ハ之ヲ法人トス」との規定が置かれていますが,これは従来から寺院は直ちに法人であったことからする規定なのでしょう。同法32条1項は「本法施行ノ際現ニ寺院明細帳ニ登録セラルル寺院ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル寺院ト見做シ本法施行ノ際現ニ存スル祠宇ハ之ヲ本法ニ依リ設立ヲ認可セラレタル法人タル教会ト看做ス」と規定しており,教会については同法による認可は即法人成りを意味するものではないのに対して,寺院は認可即法人成りを意味するものであることが分かります。また,祠宇について,宗教団体法は,それは同法における法人たる教会に該当するものとしていることも分かります。


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 大昌寺(札幌市白石区)の札幌薬師大仏
 

(3)祠宇

この祠宇とは何かといえば,「神道の教派に属する同様の施設〔教義を宣布し又はその儀式を執行することを目的とする設備たる教会所等〕には,特に「祠宇」と称せられて居るものが有り,法人として認められて居た。」とされています(美濃部『日本行政法 下』569頁)。その由来は,「明治14年教会所に於ける葬儀の執行が禁ぜられた為,特に神葬祭を為すものの為に祠宇と云ふものを認めたのであるが(15年)17年になつて自葬の禁が解除せられたるにより,爾後これを認むる必要なく新設を許されない。(現在19)」ということです(小関99頁)。「明治初期宗教政策によつて派生したこの祠宇なるものは,謂はば歴史的所産であつて,本質は教会と何等異なる処はないのである。」といわれています(小関100頁)。

 

(4)仏堂

仏堂は,宗教団体法に関する美濃部達吉の解説によると,「寺院の外に従来これに類似して而もこれと区別せられて居た・・・宗派に属しない独立の法人」であって,「仏堂明細帳に登録せられて居た」ものです(美濃部『日本行政法 下』568頁)。宗派に属さないところが寺院との違いになるようです。「仏堂とは「所在衆庶の信仰に基き礼拝の対象として本尊を奉祀する設備」で,宗派に属せず,宣布すべき教理の拠るものなく,只儀式の執行のみを目的とする。此の意味に於て仏堂は多分に財団的のものだと為されるのである。・・・法人格を有するのは独立仏堂たる境外仏堂であり,附属仏堂たる境内仏堂には法人格は無い。・・・仏堂には檀徒は無い・・・」ということでした(小関100頁)。仏堂については,宗教団体法35条1項は「本法施行ノ際現ニ仏堂明細帳ニ登録セラルル仏堂ハ勅令ノ定ムル所ニ依リ本法施行後2年内ニ寺院ニ属シ又ハ寺院若ハ教会ト為ルコトヲ得其ノ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノノ処分ニ関シテハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」としています。同条2項は,「前項ノ仏堂ニシテ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザルモノニ付テハ本法施行後2年ヲ限リ仍従前ノ例ニ依ル」とあります。「従前ノ例」とは,やはり法人として扱うということでしょう。「宗教団体法第35条第1項ノ期間内ニ寺院ニ属セズ又ハ寺院若ハ教会ト為ラザル仏堂ハ其ノ期間満了ノ時ニ於テ解散シタモノ看做ス」ものとされていたところ(宗教団体法施行令(昭和14年勅令第856号)41条),公益法人の解散に関する民法旧73条から旧76条まで及び旧78条から旧82条まで,民法施行法旧26条及び旧27条等が準用されることになっていました(同令43条,39条2項)。

仏堂なのに教会になるとはこれいかに,というと,宗教団体法では寺院たるものは宗派に属すべきことが前提になっていたのに対し(同法6条2項4号),教会であれば教派,宗派又は教団に属さないことも可能だったからでした(同項5号)。なお,仏教宗派に属する「特定の有形の施設を中心とする宗教的活動体」であっても,「寺院としての施設を備へて居らぬ」ものは教会でした(美濃部『日本行政法 下』570頁)。

 

(5)法人としての仏堂及び祠宇のその後

我妻榮は,1951年に宗教法人法の施行に伴い「民施28条を削除したから,仏堂・祠宇は法人ではなくなった」としていますが(我妻135頁),ここでいう仏堂は仏堂明細帳に登録されていなかった仏堂でしょうか。また,1940年の宗教団体法施行以前からの祠宇は法人たる教会になっていた反面(同法32条1項),同法施行後に設立された教会についてはそもそも法人たらんとせずに(同法6条1項参照)法人でないものもあったところです。宗教団体法による仏堂及び祠宇の整理についてうっかりしていた勇み足的記述でしょうか。ちなみに,宗教法人法附則3項は「この法律施行の際現に存する宗教法人令の規定による宗教法人は,この法律施行後も,同令の規定による宗教法人として存続することができる。」と規定しており,宗教団体法に代わるものとして19451228日に発せられ即日施行されたポツダム勅令である宗教法人令(昭和20年勅令第719号)の附則2項は「本令施行ノ際現ニ存スル法人タル教派,宗派及教団並ニ寺院及教会ハ之ヲ宗教法人ト看做」すと規定していました。

 

(6)公の財団法人たる神宮及び神社

神宮(伊勢の皇大神宮及び豊受大神宮)及び神社は,公の財団法人である法人格ある営造物とされていました。神宮及び神社は宗教団体法1条に宗教団体として規定されておらず,また同条の「神道教派」に属するものでは更になく,すなわち神社神道は宗教にあらずとされていたところです。とはいえ,「仮令之れが明に宗教と区別せられて居るとしても,実質的には宗教の一種であることが疑を容れぬとすれば,それは疑もなく国家的の宗教であつて,国家が国政の一部として自ら祭祀を管掌するものであり,而して天皇はその祭主たる地位に在ますのである。それはわが太古以来の不文憲法であつて,而して此の不文憲法は成文の憲法の制定に依つて変更せられたものではない」ものです(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)403頁)。

 

ア 神宮

神宮については,「神宮は歴史的に古くから財産権の主体として認められ,神宮の所領として神封及び神田がこれに属して居た。現在の法律も亦此の古来の慣習法に従ひ,神宮が自己の財産を有し,国の会計からは離れて独立に其の収入を有し支出を行ふことを認めて居ることは言ふまでもない所で,而も其の存立の目的は国家的の目的に在ることは勿論であるから,其の法律上の性質に於いては一種の公法人であり,公の財団法人である。神宮の収入は幣帛神饌料・国庫供進金・賽物・財産収入・事業収入等で,国庫からは供進金を奉り,皇室からも祭典に際し奉幣せしめられる。神宮の附属事業としては大麻及び暦の製造頒布・神宮皇學館・神宮徴古館・農業館が有る。神宮の会計に関しては神宮会計規則(昭和7内務省訓令5号)が定められて居り,それに従つて処理せねばならぬ。」とされていました(美濃部達吉『日本行政法 上』(有斐閣・1936年)662頁)。なお,ここでの「大麻」はおふだのことです。大麻取締法(昭和23年法律第124号)による取締りの対象となるものではありません。

 

イ 神社

神社については,「神明に奉祀し祭典を行ひ地方人民崇仰の対象と為す為めに社殿を作り境内地を設けて神霊を祭るもので,国の設立せる営造物であると共に,独立な財産権の主体として認められて居り(明治41法律23号神社財産ニ関スル制),即ち公法人たる営造物である。神社には官幣社・国幣社・府県社・郷社・村社・招魂社等社格の別が有る。官幣社・国幣社を官社と謂ひ,府県社以下を諸社と謂ふ。官国幣社には国庫から其の経費として毎年或る金額を供進し,又神饌幣帛料を奉る。府県社・郷社には府県又は北海道地方費から,村社には市町村から,神饌幣帛料を供進し得る。」とされていました(美濃部『日本行政法 上』663664頁)。

 

ウ 公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権

公法上の法人たる宗教団体の財政上の特権については,ドイツ連邦共和国基本法140条によってなお同基本法の一部とされる(„Die Bestimmungen der Artikel 136, 137, 138, 139 und 141 der deutschen Verfassung vom 11. August 1919 sind Bestandteil dieses Grundgesetzes.“)次のヴァイマル憲法137条6項が有名です。

 

„Die Religionsgesellschaften, welche Körperschaften des öffentlichen Rechtes sind, sind berechtigt, auf Grund der bürgerlichen Steuerlisten nach Maßgabe der landesrechtlichen Bestimmungen Steuern zu erheben.“ (公法上の法人である宗教団体は,市民租税台帳に基づき,州法の規定に従って,租税を徴収する権能を有する。)

 

3 神道及び仏教以外の宗教に係る宗教団体に対する法人格付与問題

 

(1)自由裁量の結果としての設立不許可

神社,寺院,祠宇及び仏堂は民法施行法旧28条があったから法人に関する民法の規定の適用がないとしても,それでは,それら以外の宗教団体は,民法施行法旧19条又は民法旧34条によって法人となれなかったものでしょうか。確かに,1900年8月1日には明治33年内務省令第39号(宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル法人ノ設立等ニ関スル規程)が出て「宗教ノ宣布又ハ宗教上ノ儀式執行ヲ目的トスル社団又ハ財団ヲ法人ト為サムトスルトキハ設立者ハ定款又ハ寄附行為ノ外左ノ事項ヲ記載シタル書面ヲ差出スヘシ」(同省令1条柱書き)云々と定められていました(ちなみに,宗教法人法2条は,「この法律において「宗教団体」とは,宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成することを主たる目的とする」団体であって,礼拝の施設を備えるもの(1号)又はそれらを包括するもの(2号)であると規定しています。)。しかしながら,「従前よりして独立の財産を有し来つた寺院仏堂等の未だ法律上に確然法人格を認められないのに対比し,不権衡の嫌あり」ということで,明治33年内務省令第39号「に依る宗教法人の設立は許可せらるるに至らず」ということになってしまっていました(小関67頁)。横並び論的差止めです。また,民法施行法旧19条の規定により法人となって存続するには同条2項の認可を主務官庁から受けるべきものだったのですが(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律41条参照。なお,財団法人慶応義塾は,民法施行後9年近くたった1907年5月24日に認可の申請をし,同年6月13日に文部大臣から民法施行法旧19条2項の認可を受けていますが(慶応義塾『慶応義塾百年史 中巻(前)』(1960年)553頁),ということは,同項の「民法施行ノ日ヨリ3个月内ニ之ヲ主務官庁ニ差出シ其認可ヲ請フコトヲ要ス」との部分は訓示規定だったのでしょう。),当該認可もされなかったものでしょう。いずれにせよ,前記許可主義下の自由裁量によって,主務官庁は許可をしないこともできたわけです。ただし,宗教「諸団体の宗教活動に必要なる資財の管理供給を目的とする維持法人」(小関81頁)は,民法旧34条によって許可されていました。

 

(2)キリスト教に対する反発から「公認」まで

キリスト教については,幕末の不平等条約の改正条約施行(日英通商航海条約は1899年7月17日から。フランス及びオーストリア=ハンガリーとの各条約については同年8月4日から)及びそれに伴う内地雑居の開始に際して公布(1899年7月27日)・施行(同年8月4日)された明治32年内務省令第41号(神仏道外宗教宣布及堂宇等設立ニ関スル規程)の適用がありましたが,同省令2条1項の地方長官の許可を受けた堂宇,会堂,説教所又は講義所の類は,せっかく当該許可があっても法人格を有するものとはなりませんでした(宗教団体法33条1項参照)。キリスト教に対する反発は強く,第14回帝国議会に提出された宗教法案が1900年2月に貴族院で否決された原因の一つとしては,キリスト教と同様に取り扱われることに対する仏教界からの「猛烈な反対」があったところです(小関6667頁参照)。1929年第56回帝国議会提出の宗教団体法案(結局成立せず。)に対する宗教団体法案反対仏教徒同盟(代表・近角常観)の『宗教団体法案反対理由』(1929年)においてもなおいわく。「・・・国家に於て長き歴史を有し,国民の大多数を包括する仏教宗派が,組織に於て外国に根拠を有し,少数の信徒を有する基督教各派と,劃一的に取扱はれねばならぬ筈は無い。」(2頁),「宗教法なるものありとせば,そは国家と宗教との関係を規定するものと見ねばならぬ。従来仏教神道は一種の公認教なりと断ずるが,法学者の通論である。然るに今回の法案は,新来の基督教を仏教神道と同一律に引上げて,公認教と為したもので,吾国国家宗教関係に於ける一大革命といふも過言ではない。明治32年山県内閣提案の宗教法案を,全国仏教徒が一斉に反対して,之を否決し去つたのは,実にこの理由であつたのである。」(3頁),「若し又此仏教の理想を誤解して,仏教宗派が自ら開放して,基督教其他の宗教と列を同(ママ)することが,平和を実現するものなりと考ふるものあらば,それこそ実に自己の所信を捨て,他に苟合せんとする不徹底なる悪平等と言はねばならぬ。今回宗教団体法案に於て,劃一的規定をなして,此の如くするは基督教に対して恩恵を施して,同化せしむる所以であると誤信して居る立案者がある。是実に悪平等観の極にして,国民を誤る甚しきものと言はねばならぬ。嘗て三教会同といへる不徹底極る企図をなして,信仰を傷けながら之に気付かなかつた政治家があつた。此宗教団体法案には,冥々の間此般の思想が流れて居る。是れ思想問題を解決せざるのみならず,却て思想を混乱せしむるものである。信仰を分裂せしむるものである。此法案を以て思想善導など夢想するものあらば,木に縁りて魚を求むるよりも難きのみならず,小児が火を弄して家を焼く如く,遂に国家社会を誤るの結果を齎すを虞るものである。」と(67頁)。

1939年4月7日に昭和天皇の裁可により成立した宗教団体法は,その第1条で「本法ニ於テ宗教団体トハ神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団(以下単ニ教派,宗派,教団ト称ス)並ニ寺院及教会ヲ謂フ」と規定しており,ついに仏教宗派は「基督教其他の宗教と列を同(ママ)すること」となりました。「この〔宗教〕団体法によって教団の認可を得たものは,カトリックの日本天主公教とプロテスタントの日本基督教団の二つにすぎなかった。ここにキリスト教がはじめて日本国法上の宗教団体として公認されたわけである。」ということになります(文部科学省ウェッブ・サイト『学制百年史』第1編第5章第5節)。日本天主公教の法人たる教団としての設立認可は1941年5月3日(昭和16年5月7日文部省告示第633号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは土井辰雄(昭和16年5月7日文部省告示第634号)。フランシスコ・ザビエル来日から392年。ローマ訪問中の皇太子裕仁親王に法王ベネディクトス15世が「カトリックの教理は確立した国体・政体の変更を許さない・・・従って教徒の国家観念に対しては何ら懸念の必要はない・・・更にカトリック教会は世界の平和維持・秩序保持のため各般の過激思想に対し奮闘しつつある最大の有力団体であり,将来日本帝国とカトリック教会と提携して進むこともたびたびあるべし」等と述べてから(宮内庁『昭和天皇実録 第三』(東京書籍・2015年)402頁)ちょうど20年。日本基督教団の法人たる教団としての設立認可は19411124日(昭和161126日文部省告示第839号),初代教団統理者として就任認可を受けたのは富田満でした(昭和161126日文部省告示第840号)。(とき)いずれもキリスト教国たる対英米蘭戦開戦前夜。ここに遂に国家社会を誤るの結果を齎」すこととなったものか,ならなかったものか。大戦中の1942年11月26日の木曜日午前には,昭和天皇が宮中「西溜ノ間に出御され,今般宗教団体の管長及び教団統理者会同に参列の文部大臣橋田邦彦ほか,神道大教管長林五助を始め教派神道管長13名,天台宗管長渋谷慈鎧を始め仏教各宗派管長28名,及び日本天主公教教団統理者土井辰雄始め基督教教団統理者2名に謁を賜う。」ということがありました(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)845頁)。

 

4 ポツダム宣言,「人権指令」及び昭和20年勅令第718号・第719

1945年8月14日に我が国はポツダム宣言を受諾。同宣言第10項には「言論,宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」とありました。同年10月4日にGHQから発せられたSCAPIN93Subject: Removal of Restrictions on Political, Civil, and Religious Liberties. いわゆる「人権指令」)は,宗教団体法を,廃止又は直ちにその規定の施行を中止すべき法令(1.a)に含めていました(1. b(15))。「思想,宗教,集会(assembly)及び言論(天皇,帝室制度(Imperial Institution)及び帝国政府に係る制約のない議論を含む。)の自由の制限を定め,又は維持するもの」(1.a(1))の一つとしてでしょう。「官僚政治家若くは右傾思想家は,暗々裏に此〔宗教団体〕法案を以て,思想若くは信仰を監督して,善導し得るものなりと誤信しては居らぬか。是れ思はざるの甚しきものである。」との仏教徒の批判(宗教団体法案反対仏教徒同盟7頁)は,米国人にとっても共感するところが多かったのでしょう。宗教団体法は,ポツダム勅令である昭和20年勅令第718号により,「信教自由ノ保全ヲ図ル為」19451228日から廃止されました。大日本帝国憲法28条は「信教ノ自由」を保障していたにもかかわらず更に当該勅令によって「信教ノ自由ノ保全ヲ図ル」必要があったとは,宗教団体法は,大日本帝国憲法違反の余計な法律だったということでしょうか。ただし,昭和20年勅令第718号と同時に発せられた宗教法人令の第1条1項は「神道教派,仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団並ニ神社(神宮ヲ含ム以下同ジ),寺院及教会(修道会等ヲ含ム以下同ジ)ハ本令ニ依リ之ヲ法人ト為スコトヲ得」(宗教法人法附則2項による廃止の前の条文)と宗教団体法1条と似た書き振りの規定をしており,キリスト教国の軍隊を中心とする連合国軍の占領下,キリスト教が我が国における宗教であることの特段の明示は続いていました。