我が国の憲法においては,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利」であり(日本国憲法151項),「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する」ものとされています(同条3項)。


 また,選挙に行くのは,国民の義務であるとされています。


 すなわち,選挙権の性質としては,「機関としての公務という側面と,そのような公務に参与することを通じて国政に関する自己の意思を表明することができるという個人の主観的権利という側面の二面性を有する」と解されています(佐藤幸治『憲法第三版』(青林書院・1995年)108頁)。帝国憲法時代から,「選挙投票は公務たる性質を有つて居り・・・憲法に於て衆議院議員は人民の公選に依ること定められた趣旨は,所謂る臣民翼賛の途を広めらるのである,重大なる公務である」とされていたところです(上杉慎吉『帝国憲法述義』(第9版)(有斐閣書房・1916年)400-401)。「選挙ハ公ノ職務ナルヲ以テ,選挙権ハ権利ナルト共ニ必然ニ義務タル性質ヲ有ス。法律ハ其ノ義務ノ不履行ニ対シ別段ノ制裁ヲ課セズト雖モ,選挙権ハ決シテ単ニ選挙人ノ利益ノ為ニノミ認メラルルモノニ非ズ,寧ロ主トシテハ国家ノ利益ノ為ニ認メラルルモノニシテ,随テ選挙人ハ国家ニ対シ忠実ニ其ノ権利ヲ行使スベキ義務ヲ負フモノナリ。」ということになるわけです(美濃部達吉『改訂憲法撮要』(有斐閣・1946年)308頁)。


 しかし,著名な憲法学者でありながら,しかも,東京帝国大学法学部教授という要職にありながら,「重大なる公務」たる選挙権の行使を横着にも怠る常習犯がいました。

 上杉慎吉です。


 無論,上杉も,選挙権の行使は,臣民翼賛の途たる重大な公務であることは重々承知していました。しかし,上杉の投票意欲を萎えさせ,その投票所に向かおうとする気力及び体力を奪う,やむにやまれぬ深刻な事情があったのです。

 上杉は,次のように告白しています。



・・・投票せざる者は悉く皆怠慢者のみではないのであります,現に斯く申す所の私も投票をしたことは殆んどありませぬが選挙には候補者といふものが立つのてある,此候補者に投票をしなければ実際上有効な投票は出来ぬのであります,此事は選挙の無意味なる一の理由でありますが,大勢の人の中から適任者を出すといふのが選挙の立て前でありませう,然らば誰でも自分の適当と思ふ人を投票紙に書いて来ればよいのである,然らば多数の者が適当と思ふ人が多数の投票を得て当選することが実際であるかと申すに,決してさうではないのであつて,私が或る人を衆議院議員として最も適当なる人である,是れ以上の人は無いと思つて,其人に投票をしても無駄であります,候補者として看板を上げて居る人に投票をしなければならぬ,有効な投票をしやうとすれば不適任であると思ふ人でも候補者となつて居る人に投票しなければならぬ,それ故にどの候補者も皆不満足であると思ふ人は投票をしないのであります,私の如きも其一人であります,斯かる意味の棄権は或る意味における投票であると申すことが出来る,単純な怠慢ではありませぬ,之を強制するといふことは誠に不都合であると申さなければなりませぬ。(上杉・前掲
402-403


 ろくな候補者がいないから,投票所に行くのは面倒なだけで,時間と手間との無駄だ,無意味だ,と開き直っているわけです。

 ついでに上杉は,選挙義務の強制のような投票を強いる動きに対しても八つ当たりしています。



・・・近来諸国に於て投票せざる者即ち棄権者の数が非常に多い或は半数以上にも上ぼることがある,棄権者の割合が斯様に多くなつては,当選者は実は多数を得たものと言ふことができぬ,人民多数の意思を代表するといふが如きことは全然嘘であることが最も明かになるのであります,それ故に段々此
選挙義務を強制する制度が行はれて居るのであります・・・(上杉・前掲400-401


 なかなか率直な物言いです。後の内閣総理大臣である岸信介が上杉に師事したのは,上杉のこのような性格に魅かれるところがあったからでしょう。    
 原彬久『岸信介―権勢の政治家―』(岩波新書・1995年)は,岸と上杉との出会いを次のように伝えています。

・・・岸は入学早々上杉の講義に示された国体論に共鳴するとともに,すでに上杉門下にあった山口中学の先輩たちに手引きされて上杉邸に出入りする。岸が晩年,「私は初めは上杉先生の思想よりも,その人柄に惚れた」(岸インタビュー)と回想しているように,晩酌をしながら学生たちを相手に磊落な話術を展開する上杉のその人柄は,岸を大いに魅了したらしい。紋付き袴姿で重厚,流麗に講義する上杉の国士的風格もまた,いたく岸の心を捉えたようである。(23頁)

 ちなみに,岸内閣時代の
1957827日,我が国初の原子炉である日本原子力研究所のJRR-1原子炉が臨界に達し,日本の原子の火がともりました。

 しかしそれにつけても,この日曜日,東京で気になるのは大雪とソチ・オリンピックとですね。
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(大雪の翌日)