1 はじめに

 前回(2022830日)の記事(「国葬儀とState Funeralとの異同に関して」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079923416.html)掲載後,202298日には英国のエリザベス2世女王の崩御があって同月19日には同国のState Funeralが現実に挙行され,更に同月27日の我が国葬儀においては弔辞中に山縣有朋による伊藤博文を悼む和歌(什)を引用するものがあって反響を呼び,筆者としては自らの予感能力的なもの(当該記事3及び1参照)の有無についていささか思うところがありました。しかしながら,筆者の記事が全く読まれていないことは結構なことで,ああ伊藤と山縣とに関するそのエピソードならば,電通の入れ知恵ならぬ元内閣総理大臣官房の広報関係者である齊藤弁護士のブログ記事からの転用でしょう,などとのテレビ・コンメンテーターによる軽薄な発言も無かったところでした。

 ということで,国葬関係噺が続きます。

 

2 国葬令の効力の有無に関する再論

 

(1)位階令との比較からする失効説に対する疑問

 さて,件名を国葬令とする大正15年勅令第324号については,「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で,法律を以て規定すべき事項を規定するものは,昭和221231日まで,法律と同一の効力を有するものとする。」とする昭和22年法律第72号の第1条によって,1947年(昭和22年)1231日限り効力を失っているものと我が国政府は解釈しています。筆者も,当該見解を承けた記事を書いたところです(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079865197.html)。

 しかしながら,天皇の栄典授与大権(大日本帝国憲法15条(「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」),日本国憲法77号「栄典を授与すること。」)に関する勅令仲間の位階令(大正15年勅令第325号)が現在政令としてなお効力を有していること(昭和22年政令第141項は,「日本国憲法施行の際現に効力を有する勅令の規定は,昭和22年法律第72号第1条に規定するものを除くの外,政令と同一の効力を有するものとする。」と規定しています。)との関係で,国葬令失効説にはなお釈然としないところが筆者には残ったのでした。

 

(2)受田衆議院議員対内閣法制局

 国葬令の効力の存否に係る問題の解明は,受田新吉衆議院議員が執念を燃やしていたところであり,同議員の質疑に基づき,当該問題に係る内閣法制局の解釈が国会答弁の形でいくつか残されています。

 

ア 吉國次長答弁:現行法令輯覧問題

 

  〇吉國(一〔郎〕)政府委員〔内閣法制次長〕 現行法令輯覧は,総理府の総務課で編さんはいたしておりますけれども,その内容につきましてまでしさいに私ども〔内閣法制局〕のほうで指導をいたしておるわけではございませんが,従来の解釈といたしましては,国葬令は昭和221231日限りその効力を失っておるというのが,ほぼ通説であろうと存じております。

  〇受田委員 通説であるならば,この廃止した法律,命令を法令輯覧の中に入れておるということは,どういう理由か,次会までに御答弁願いたい。

  〇吉國(一)政府委員 これは総理府の編さんでございますので,私が直接申し上げるわけにまいりませんが,何しろ具体的に廃止法律を出しまして,左に掲げる法律を廃止するというようなことで処理をいたしたものにつきましては議論がございませんが,その効力として解釈上失っているとかいうようなものにつきましては,議論のあるところでございます。そのような意味で,総理府におきましても国葬令がまだ効力を有するやいなやということにつきまして,確たる議論が立たないままにこれを掲げたもの,このような命令は,特に旧憲法施行前の太政官布告であるとかあるいは行政官布告等によりまして,旧憲法施行後に法律なり勅令なりの効力を持ちましたようなものにつきましては,現在でも疑義のあるようなものが若干ございます。そのようなものにつきましては,現行法令輯覧なり現行日本法規あるいはその他の法規集におきましても,その疑義の存するまま掲げてある例もございますので,国葬令も同様な例でございますというように考えております。

  196549日衆議院内閣委員会(第48回国会衆議院内閣委員会議録第304頁))

 

1965年当時,内閣総理大臣官房総務課編纂の現行法令輯覧に,国葬令はなお収載されていたのでした。

 

イ 林長官答弁:国葬令失効説の提示

 内閣法制局の奉ずる「通説」の由来するところは,1962226日の衆議院予算委員会第一分科会における林修三法制局長官の次の答弁でしょう。

 

  〇林(修)政府委員 御承知のように,これ〔国葬令〕は勅令で出ておりまして,結局,当時旧憲法下における独立命令であったと思うわけであります。従いまして,形式的に申しますと,ただいまにおいては効力は,まあちょっとないと言わざるを得ないと私は思います。しかし,これは御承知のように,実際新憲法後において問題がございましたのは,実は貞明皇后の御喪儀のときでございまして,このときには当時の政府当局は,国葬令に準じた,国葬令を実質的に踏襲したような考え方で御喪儀を営んだことになっておる,かように考えます。

  〇受田分科員 国葬令には天皇の大喪儀,それから「皇太子皇太子妃皇太孫皇太孫妃及摂政タル親王内親王」等の喪儀は国葬とする。もう一つ,国家に偉勲のある者の死亡したときには特旨により国葬を賜う,こうあるわけです。しかし,これは現実に法律か何かで廃止してはいないのでしょう。

  〇林(修)政府委員 御承知のように,旧憲法と新憲法とでは,いわゆる行政機関と申しますか,による命令のきめ方が根本的に違うわけでございます。旧憲法時代は,御承知のように憲法第8条〔法律に代わる緊急勅令の規定〕あるいは第9条で,いわゆる天皇の独立命令という規定があったわけでございます。従って,今の大権事項,しかも一面においていわれる大権事項というものが憲法にいろいろ規定がございまして,この大権事項につきましては帝国議会は関与できないという解釈が法的解釈であります。従いまして,いわゆる大権事項,特に天皇の今の御喪儀というようなことについては,大権事項として,帝国議会の議決する法律によってはきめられないと考えられております。従って,勅令をもってきまっておったわけであります。新憲法は御承知のように,国会を唯一の立法機関とする規定を置きまして,行政機関による命令というものは,憲法第73条をごらんになるとわかりますが,あそこでは政令のことを直接言っておりますが,要するに法律を執行する命令あるいは法律の委任に基づく命令,この点にだけいわゆる行政機関の立法というものを認めておるわけであります。従いまして,新憲法下におきましては,旧憲法下の大権事項に属するような勅令で,結局において大部分が法律事項になった,かように考えられるわけであります。従いまして,新旧憲法の移り変わりにおきまして,御承知のように,昭和22年法律第72号という法律がございまして,旧憲法下のいわゆる独立命令で新憲法下においては法律をもって定めることを要する事項は,法律に移す。過渡的には,〔昭和〕22年の1231日までは独立命令も効力を持つ,かような法律をあの当時立法したわけでございます。その法律の規定によりまして,ただいまお話しの国葬令は,形式的には22年の末日限りで失効になっている。かように考えざるを得ないと思います。

  (第40回国会衆議院予算委員会第一分科会議録第740頁)

 

 林長官の上記答弁には明治皇室典範下の皇室令関係の説明が足りないようにも筆者には思われます。すなわち,大喪及び大喪儀については,国務に関する法規たる勅令によってではなく,いずれも皇室令である皇室服喪令(明治42年皇室令第12号)及び皇室喪儀令(大正15年皇室令第11号)によって規定されていました。皇室令は,「皇室典範ニ基ツク諸規則,宮内官制其ノ他皇室ノ事務ニ関シ勅定ヲ経タル規程ニシテ発表ヲ要スルモノ」(公式令(明治40年勅令第6号)51項)です。皇室の喪儀は,第一次的には,皇室の家長としての天皇に属する大権(皇室の大権)に係る事項であるのです。皇室の大権は,大日本帝国憲法上の天皇の大権ではありません。明治皇室典範系列の大権です。大日本帝国憲法に基づく勅令である――あるいは勅令でしかない――国葬令では,皇族の喪儀に関しては,大喪儀等を国葬として,それらの費用の国庫負担及び事務の政府取扱いが定められただけでした(同令1条及び2条)。

以上のことどもはともかくとして,林長官の前記答弁において問題なのは――国葬令が大日本帝国憲法9条の独立命令たる勅令であったのはそのとおりであるとして――日本国憲法の下では法律をもって定めることを要する規定は国葬令のどの部分であるのかが具体的に明示されていないことです。法律事項がなければ前記昭和22年政令第141項の規定によって国葬令はなお政令として効力を有しているということになってしまいますので,国葬令の効力に止めを刺すためには,そこまでの摘示をしなければならないところです。

 

ウ 高辻次長答弁:国葬令失効説の理由付け

 

(ア)国葬令3条1項及び5条の規定を理由とする一連の法令としての同令失効説

 林長官が提示した国葬令失効説については,1963329日の衆議院内閣委員会における高辻正巳内閣法制次長による次の答弁が追完をなすものなのでしょう。

 

  〇高辻政府委員 ただいま御指摘の勅令第324号,いわゆる国葬令〔筆者註:「国葬令」は,当該勅令の題名ではなく件名です。〕でございますが,御承知の通りに,国葬令自身を廃止した法令というものはございません。ございませんが,実はもうすでに御承知だと思いますが,昭和22年法律第72号という法律がございまして,〔略〕その立法によりまして,法律事項を規定しておるものは現在効力はない。22年の12月末日まではありましたけれども,その後はないということに相なっております。そこで,この国葬令が事実的に廃止されておりませんので,どうかという問題はございますが,この国葬令をながめて見ますと,「勅裁ヲ経テ之ヲ定ム」とか「特旨ニ依リ国葬ヲ賜フコトアルヘシ」とかいうような規定があります関係からいたしまして,ただいま瓜生〔順良宮内庁〕次長が御指摘になりましたように,現在は効力がないというのが相当であろうと思います。

  (第43回国会衆議院内閣委員会議録第1413頁。下線は筆者によるもの)

 

  〇高辻政府委員 仰せの通りに,全く現在の皇室典範における25条の「大喪の礼を行う。」大喪の礼の方式をいかにするかという問題は,法律事項ではないと思います。また実際上,国葬令の形式的ないろいろなやり方というものに準じて〔筆者註:ここは正確には「皇室喪儀令及び皇室服喪令の形式的ないろいろなやり方というものに準じて」でしょう。〕やって一向にかまわないことだと思います。ただ,今申し上げましたのは,国葬令の中で,「特旨ニ依リ国葬ヲ賜フ」とかあるいは「勅裁ヲ経テ之ヲ定ム」とかいうような点がありますために,これだけを取り出して,それが効力がないといえばそれまででございますけれども,やはり一連の規定としての意味を持つものでございますので,そういう意味で,これは現在一つの法律としての効力はないだろうというわけでございまして,〔受田委員の〕仰せの中心である大喪の礼をどうするかというのは,事実としてきめればいいと思います。

  (同14頁。下線は筆者によるもの)

 

内閣法制局によれば,国葬令中第31項の「国家ニ偉勲アル者薨去又ハ死亡シタルトキハ〔天皇の〕特旨ニ依リ国葬ヲ賜フコトアルヘシ」との規定及び第5条の「皇族ニ非サル者国葬ノ場合ニ於テハ喪儀ノ式ハ内閣総理大臣〔が天皇の〕勅裁ヲ経テ之ヲ定ム」との規定が法律事項を定めるものであって,これらは19471231日限り失効し(昭和22年法律第721条),それに伴い「一連の規定としての意味を持つ」国葬令全体が失効した,ということになるようです。

 

(イ)位階令の解釈との整合性問題

前記の高辻次長説明については,まず,天皇が直接出て来るからいけないというのは,法律事項か否かの問題というよりも合憲か否かの憲法レヴェルの問題ではないか,そうであるのならば19471231日限りではなく,むしろ同年52日限りで失効したものと解すべきではないかという疑問が生じます。しかし,それ以前に,高辻次長の説明は,位階令に関する林法制局長官の次の解釈(1962226日衆議院予算委員会第一分科会)とそもそもどのように符合せしめられるべきものなのでしょうか。

 

 〇受田分科員 そうしますと,位階勲等,位階令その他の分はどうなっているのですか。

 〇林(修)政府委員 これは私どものただいままでの考え方で申しますと,大体旧憲法前のやつは,御承知のように太政官布告その他で出ております。旧憲法時代においては,文化勲章令等は勅令で出ております。これの新憲法下における効力いかんという問題が御指摘のようにあるわけでございます。これにつきましては,新憲法におきましていわゆる栄典の授与というものは,実は天皇の国事行為になっております。従いまして,新憲法下においても,天皇はもちろん栄典授与の権限を持っておられるわけであります。ただし,それを独立しておやりになるわけではもちろんなくて,すべて内閣の助言と承認に基づいてやることになっております。従いまして,新憲法下において,天皇が,栄典,たとえば勲章あるいは位階そういうものを授与される場合には,実は個別的に内閣の助言と承認ということももちろん可能だと思います。しかし,たとえば内閣が助言と承認をやるについて,内閣がその助言と承認をやる基準を,たとえば内閣の定める命令,政令でございます,の形できめることは,新憲法下においても要するに法律的にいえば可能である,かように考えるわけでございます。従いまして,そういう意味におきましては,旧憲法前のいわゆる勲章に関する太政官布告あるいは旧憲法時代に出ました文化勲章令等の勅令,これも先ほど申しましたいわゆる独立命令は効力を失なう。法律をもって規定すべき事項は効力を失ないますけれども,今言ったような勲章とか位階等の授与についての内閣の助言と承認の基準をきめたと考えられます今のもろもろの勅令あるいは太政官布告は,新憲法下においても政令の効力を持って続いているのではないか,かように考えておる次第でございます。従いまして,形式的にはこれは残っておるとわれわれは考えております。その結果から申しまして,これは御承知だと思いますが,昭和30年に褒章条例の一部を改正して二つの例の褒章〔筆者註:黄綬褒章及び紫綬褒章〕を加えたことがございます。これは政令改正の形でやっております〔筆者註:昭和30年政令第7号による改正〕。褒章条例は御承知と思いますが,たしか太政官布告だと思いますが〔筆者註:明治14年太政官布告第63号〕,これは現在においてもなお効力を持っておる,かような考え方で対処しておるわけでございます。

 (第40回国会衆議院予算委員会第一分科会議録第740頁。下線は筆者によるもの)

 

 「昭和30年政令7号による褒章条例改正を,政府は,憲法41条にいう「立法」についてせまい「法規」概念を採る解釈を前提としたうえで,憲法77号(栄典の授与)を実施するための政令として説明した〔略〕。しかし,一般的規範の定立という意味での立法が法律によらなければならない〔略〕,という見地からすると,憲法736号にいう「憲法及び法律」は一体のものとして読まなければならず,内閣は,直接には法律を実施するためにしか政令を制定できない,と考えられなければならない。」ということで(樋口陽一『憲法』(青林書院・1998年)325頁),学説からは評判の悪い解釈です。しかし,そのことは措きましょう。

 天皇が特旨により国葬を賜うこと(国葬令31項)が天皇の行う国事行為たる「栄典を授与すること」(日本国憲法77号)に該当するのであれば,当該国事行為に係る内閣の助言と承認(同条柱書き)の基準を定めるものとして,位階令,文化勲章令(昭和12年勅令第9号),褒章条例同様,国葬令はなお政令の効力をもって存続するものとしてよさそうです。

 現在政令の効力をもって存続している位階令3条は,「前条ニ掲クル者〔「国家ニ勲功アリ又ハ表彰スヘキ効績アル者」(同令21号)並びに「在官者及在職者」(同条3号。なお同条2号は削除)〕死亡シタル場合ニ於テハ特旨ヲ以テ其ノ死亡ノ日ニ遡リ位ヲ追贈スルコトアルヘシ」と規定しており,これは国葬令31項と同じ構造の条文です。

 国葬令5条も,「皇族ニ非サル者〔皇族の喪儀の式を定める皇室喪儀令は,昭和22年皇室令第12号により194752日限りをもって廃止されています。〕国葬ノ場合ニ於テハ喪儀ノ式ハ当該事務を所掌する内閣府〔内閣府設置法(平成11年法律第89号)4333号(同号は,国の儀式に関する事務に関することを内閣府の所掌事務としています。なお,栄典の授与に関することも同項28号により内閣府の所掌事務です。〕の主任の大臣である内閣総理大臣〔同法62項〕が内閣の助言と承認による天皇の勅裁ヲ経テ之ヲ定ム」と読み替えればよさそうです。要は内閣府が企画立案して閣議決定をし,天皇に裁可せしめればよいのでしょう。

 

3 日本国憲法下における栄典の授与に係る天皇の国事行為に関して

 天皇の裁可といえば大日本帝国憲法めいていますが,日本国憲法下でも天皇は次のように執務しています。

 

  〔19637月〕12日 金曜日 生存者叙勲は,昭和21年〔1946年〕53日及び昭和28年〔1953年〕918日の閣議決定により,緊急を要するものを除いて停止されていたが,この日,生存者に対する叙勲の開始,及び「勲章,記章,褒章等の授与及び伝達式例」が閣議決定され,午後,これについての上奏書類を御裁可になる。なお,生存者叙勲は栄典制度に対する国民の期待その他の事情が考慮され,この度再開されることとなったが,生存者叙位は再開されなかった。

  (宮内庁『昭和天皇実録 第十三』(東京書籍・2017年)523頁。下線は筆者によるもの)

 

 すなわち,生存者叙勲を開始するという叡旨が示され,及びその伝達式例に係る勅裁がせられています。

 なお,194653日の閣議決定(というよりは当時はなお大日本帝国憲法下であったので,むしろ天皇の決定ということになりますが)は,次のようなものでした。

 

  この日,「官吏任用叙級令施行に伴ふ官吏に対する叙位及び叙勲並びに貴族院及び衆議院の議長,副議長,議員又は市町村長及び市町村助役に対する叙勲の取扱に関する件」が閣議決定され,午後8時,これについての上奏書類を御裁可になる。これにより官吏に対する現行の叙位・叙勲制度,貴族院及び衆議院の議長・副議長・議員又は市町村長及び市町村助役に対する現行の叙勲制度は,新憲法が制定され新たな栄典制度が確定するまでの間,一時停止される。またこれに伴い,叙位及び叙勲せられなかった者に対しては,新制度実現時に新制度を遡及適用するなどの方法により不利益を蒙らないように考慮することとされる。ただし,331日までに文武官叙位進階内則により初叙又は特旨叙位位階追陞を含むの資格の発生した者並びに叙勲内則により初叙進級の資格の発生した者に対しては,特に従前の例に依り叙位及び叙勲を取り扱うこと,在官在職中死没した官吏に対する叙位・叙勲については,民間功労者に対する死亡時の特旨叙位,又は叙勲・勲章加授の例に準じて取り扱うこととされる。

  この度叙位及び叙勲の取り扱いが決められたのは,これまで官吏に対する叙位・叙勲の取り扱いについては,文武官叙位進階内則又は叙勲内則に従い,官等あるいは在職年数により叙位・叙勲が行われていたところ,今般,官吏任用叙級令の施行に伴い官等が廃止されたことから,制度を改正する必要が生じたものの,現下の状勢に鑑み,新憲法が制定され新たな栄典制度が確定するまでの間,官吏への叙位・叙勲の取り扱いを一時停止する要があることによる。また貴族院及び衆議院の議長・副議長・議員又は市町村長及び市町村助役に対する叙勲についても,これまで叙勲内則中官吏の定例叙勲に関する規定を準用してきたところ,今般,官吏と同様に取り扱う必要が生じたことによる。

  (宮内庁『昭和天皇実録 第十』(東京書籍・2017年)108-109頁)

 

 ここでいう官吏に対する叙位・叙勲制度に係る「新たな栄典制度」の確定はどのような法形式をもってされることが予定されていたのでしょうか。1946417日発表の憲法改正草案の第694号では「法律の定める規準に従ひ,官吏に関する事務を掌理すること」は内閣の行う事務とされていましたところ(日本国憲法734号参照),叙位・叙勲制度を官吏本位のものと考えれば,それは法律によって定められなければならないものとも考えられ得たところでしょう。これに対して大日本帝国憲法下では,官吏に関する事務の基準を法律で定める必要はありませんでした(大日本帝国憲法10条)。

 1953918日の閣議決定は,次のようなものでした。

 

  生存者に対する叙勲について,原則としてその取扱を停止し,栄典制度を再検討した後に実施するという昭和21年以来の方針から,最近の状況に鑑み,緊急を要するものについては,現行の勲章を授与することとする旨が,この日閣議決定され,裁可される。

 (宮内庁『昭和天皇実録 第十一』(東京書籍・2017年)588頁)

 

 位階令23号に基づく在官者及び在職者に対する生存者叙位はなお再開されていませんが,憲法15条に関する昭和天皇の次の理解からすると,今後も再開はないのでしょう。

 

  〔幣原喜重郎内閣総理大臣による憲法改正草案の奏上に際し〕公務員の任免に関する第14現行第15について御懸念を示され,改正の要ある旨を仰せになる。〔略〕天皇は,〔略〕第14条に関し,特に宮内官吏の任免について御懸念を示される。翌日〔1946416日〕午前,侍従次長木下道雄をお召しになり,宮内官吏の任免については,天皇の認証を必要としたき旨の御希望を述べられる。なお政府は,17日,この草案前文を発表する。

  (実録第十94頁)

 

 1946417日発表の憲法改正案14条は,次のとおりでした。第2項と第3項との間に1項挿入されて,現在の日本国憲法15条となるものです。

 

14条 公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。
すべて公務員は,全体の奉仕者であつて,一部の奉仕者ではない。
すべて選挙における投票の秘密は,これを侵してはならない。選挙人は,その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 

 すなわち,新たな憲法に基づく公務員は国民の奉仕者であって,もはや朕(天皇)が官吏にあらずということが昭和天皇に痛感されたものでしょう。タンプル塔内において,自ら親しく任じた忠義の臣ならざる,愛国者エベール率いる共和国の公務員らに取り巻かれていたルイ16世とその家族の姿が脳裡に浮かんでもいたものか。

 

  彼〔エベール〕はいかがわしい前歴の持主で,劇場の金を着服したかどで公けに告発され,職もなければためらうこともなく,狩り立られたけものが川に飛びこむように革命の流れに飛びこんで,うまくその流れに乗った。それは彼が,サンジュストの言うように「時代の気分と危険に応じて爬虫類のように器用に色を変える」ことによるのである。革命が血によごれればよごれるほど,彼の書く,というよりは汚物をぬったくる「ペール・デュシェーヌ」紙――最も低劣な革命の赤新聞――にとる彼の筆はいよいよ赤くなった。おそろしく低級な口調で――カミーユ・デムーランに言わせれば,「まるでセーヌがパリの下水の出口ででもあるかのように」――彼は下層階級,最下層階級の最も下劣な本能に媚び,〔略〕こうやって賤民に人気を博したおかげで,たっぷり金もうけをした上に市の委員会に地位を得,ますます大きな権力を握った。不幸にもマリー・アントワネットの運命はこの男の手にゆだねられたのである。

  (ツワイク,関楠生訳『マリー・アントワネット』(河出書房・1967年)355-356

 

 位階は,「推古天皇始めて冠位十二階を定め,諸臣に頒ち賜」うたことに起因します(『憲法義解』第15条解説)。国民の選定罷免に係る公務員であって天皇の臣ならざる者に天皇から叙位があるということは,十七条憲法時代に発する位階の本義に反しますし,日本国憲法151項・2項からしてもおかしいことでしょう。公務員たるもの,生きている間は専ら全体国民の奉仕者たるべし,死して後初めて,希望する者は天皇の直臣たることを許さるることあるべし(人民を背景に立つエベールの徒からは口汚く罵倒されるでしょうが),ということになるわけでしょう。

 しかし,国葬の場合,国葬を賜わる者は,定義上既に死んでいます。生存者叙位のような問題はないわけです。

国葬令の効力の有無問題に戻りましょう。

 


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