2021年11月

(上)法制審議会に対する諮問第118号及び旧刑法:

   http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121894.html

(中)1886年のボワソナアド提案及びフランス法:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121910.html

 

第4 侮辱罪(刑法231条)削除論

 

1 第1回国会における政府提案(1947年)

 ところで,現在の日本国憲法が施行されてから最初に召集された1947年の第1回国会において,侮辱罪は削除の憂き目に遭いかけていたところです。

昭和22年法律第124号の政府原案においては(第1回国会参議院司法委員会会議録第242頁参照),「事実の摘示を伴わない侮辱は,名誉を傷ける程度も弱く,刑罰を以て臨むのは聊か強きに過ぐるのではないかという趣旨に基」づき(1947725日の参議院司法委員会における鈴木義男司法大臣による趣旨説明(第1回国会参議院司法委員会会議録第35頁)),刑法231条は削除されるということになっていたのでした(〈ただし,政府原案の決定に至るまでの課程における刑法改正法律案の要綱においては,むしろ侮辱罪の重罰化が提案されていたそうです(嘉門9頁)。〉)

194786日の参議院司法委員会において國宗榮政府委員(司法省刑事局長)からは「34章のうちの231条侮辱罪の規定でありますが,「事実ヲ摘示セスト雖モ公然人ヲ侮辱シタル者ハ拘留又ハ科料ニ處ス」,この規定を削除いたしました。この削除いたしました趣旨は,今日の言論を尊重いたしまする立場から,たまたま怒りに乗じて発しましたような,軽微な,人を侮辱するような言葉につきましては,刑罰を以て臨まなくてもよいのではないか,かような考えからこれを削除いたしましたが,この点につきましては,尚考慮の余地があろうかと考えているのでございます。特に90条,91条を削除いたしました関係上,外国の使節等に対しまする単なる侮辱の言葉が,往々にして国交に関する問題を起すような場合も考えられまするので,これは削除いたしましたけれども,考慮を要するのではないかと考えております。」と説明されています(第1回国会参議院司法委員会会議録第94頁)。ここでは言論の尊重に言及がされています。また,軽微な侮辱は処罰しなくてもよいとされていますが,「たまたま怒りに乗じて発し」たような軽微なものではない,重大な侮辱は全くあり得ないといってよいものかどうか。ちなみに,起訴猶予制度は既に法定されていました(刑事訴訟法(大正11年法律第75号)279条)。続いて同月7日の同委員会において同政府委員は「侮辱罪は具体的な事実を示しませず,単に侮蔑の意思を表示したという場合でありましてこういう場合には被害者の感情を傷つけることはありましても,被害者の名誉,即ち社会的に承認されておるところの価値,又は地位,これを低下させる虞れは比較的少いと思われるのであります。いわば礼儀を失したような行為のやや程度の高いものに過ぎないのではないか,これに対しまして刑罰を科するのは一応適当ではない,こういう趣旨で,現に英米の名誉毀損罪は,かような行為までは包含していないというような点を参照いたしまして,一応この廃止案を立てた次第でございます。」と述べています(第1回国会参議院司法委員会会議録第102頁)。被害者の感情(名誉感情)よりもその社会的に承認されている価値又は地位としての名誉(外部的名誉)を重視するのは,侮辱罪と名誉毀損罪との保護法益をいずれも外部的名誉とする判例・通説の立場でしょう。英米の名誉毀損罪については,「イギリス法は名誉毀損defamationを其の表示の形式に従つて,文書誹謗libel及び口頭誹謗slanderの二に分かつてゐる。〔略〕前者は民事上の不法行為であると共に,刑事上の犯罪でもあるが,後者は民事上の不法行為たるに止まり,原則として刑事上の犯罪とはされないのである」ところ(小野・名誉の保護93頁),同法においては「いづれにしても単純なる侮辱mere insultは文書誹謗とならぬ」(同97頁)と説かれていました。現在では,「アメリカの連邦,イギリスのイングランドとウェールズについては侮辱罪や名誉毀損罪に相当する罰則は設けられていないと承知しております。」との状況であるそうです(侮辱罪第2回議事録12頁(栗木幹事))。1947813日の参議院司法委員会において國宗政府委員は更に「公然人を侮辱いたしますことは,我々が,希望いたしておりまする民主主義社会の人の言動といたしましては,遙かに遠いものでありまして,好ましくないところでございます。併しながらこの侮辱は時によりまするというと非常に教養のある人々でも時と場合によりまして多少感情的なことに走りまして,いわば単に礼儀を失したような行為のやや程度の高いもの,こういうふうに考えられる行動がある場合がございます。かようなものにつきましては刑罰を以つて処するということは妥当でないと一応こういう観点に立ちまして,やはりもう少し法律の規定に緩やかにして置きまして,感情の発露に任せた自由な言動というものを,暫くそのままにして置いて,これを社会の文化と慣習とによりまして洗練さして行くということも考えられるのではないか,そういうような観点から侮辱罪を廃止することにいたしたのでございます。」と,感情の発露たる洗練された自由な言動を擁護しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第1321頁)。

しかしながら,1947103日に衆議院司法委員会は全会一致で社会党,民主党及び国民協同党の三派共同提案による刑法231条存置案を可決して(第1回国会衆議院司法委員会議録第44377頁・385頁),他方では不敬罪(刑法旧74条・旧76条),外国君主・大統領侮辱罪(同法旧902項)及び外国使節侮辱罪(同法旧912項)が削除されたにもかかわらず(これについては「何人も法の下で特権的保護を享受すべきではないという連合国最高司令官の主張があったので,外国の首長や外交使節に対する犯罪を他の一般国民に対する犯罪よりも厳しい刑罰に処していた刑法典の規定を,私達も賛成する形をとって削除に導いた。」というGHQ内の事情もあったようです(アルフレッド・オプラー(内藤頼博監訳,納谷廣美=高地茂世訳)『日本占領と法制改革』(日本評論社・1990年)102頁)。),単純侮辱罪は残ったのでした。同月7日の参議院司法委員会において佐藤藤佐政府委員(司法次官)は後付け的に「極く軽微の単純侮辱罪は,そう事例も沢山これまでの例でありませんし,事件としても極く軽微でありまするから,かような軽微のものは一応削除したらどうかという意見の下に立案いたしたのでありまするけれども,現下の情勢に鑑みまして,現行刑法において事実を摘示しないで人を侮辱した場合,即ち単純侮辱罪を折角規定されてあるのを,これを廃止することによつて,却つて侮辱の行為が相当行われるのではなかろうかという心配もございまするし,又他面一般の名誉毀損罪の刑を高めて,個人の名誉をいやが上にも尊重しようという立案の趣旨から考えましても,いかに軽微なる犯罪と雖も,人の名誉を侮辱するというような場合には,やはりこれを刑法において処罰する方がむしろ適当であろうというふうにも考えられまするので,政府当局といたしましては,衆議院の刑法第231条の削除を復活して存置するという案に対しては,賛同いたしたいと考えておるのであります。」と説明しています(第1回国会参議院司法委員会会議録第313頁)。

しかし,74年前には侮辱罪の法定刑引上げどころかその廃止が企図されていたとは,隔世の感があります。

 

2 最決昭和58111日における谷口裁判官意見(1983年)

その後,1983年には最決昭和58111日刑集3791341頁が出て,そこにおける谷口正孝裁判官の意見が,「このように軽微な罪〔である侮辱罪〕は非犯罪化の検討に値するとする見解」として紹介されています(大コンメ66頁(中森))。

ただし,よく注意して読めば分かるように,当該谷口意見は,端的に侮辱罪は直ちに非犯罪化されるべきであると宣言したものではありません。

すなわち,当該意見において谷口裁判官は,「侮辱罪の保護法益を名誉感情・名誉意識と理解」した上で「私のこのような理解に従えば,本件において法人を被害者とする侮辱罪は成立しないことになる。(従つて又幼者等に対する同罪の成立も否定される場合がある。このような場合こそはモラルの問題として解決すればよく,しかも,侮辱罪は非犯罪化の方向に向うべきものであると考えるので,私はそれでよいと思う。)」と述べていたところです。ただし,「非犯罪化の方向に向かうべきものであると考える」その理由は具体的には示されていません(これに対して,かえって,「たしかに,名誉感情・名誉意識というのは完全に本人の主観の問題ではある。然し・公然侮辱するというのは日常一般的なことではない。名誉感情・名誉意識がたとえ高慢なうぬぼれや勝手な自尊心であつたにせよ,現に人の持つている感情を右のように日常一般的な方法によらずに侵害することをモラルの問題として処理してよいかどうかについてはやはり疑問がある。可罰的違法性があるものとしても決して不当とはいえまい。」と少し前では言われています。)。また,当該事案の解決としても,法人に対する侮辱罪の成立は否定するものの法人にあらざる被害者に対する侮辱罪の成立を谷口裁判官は是認するものでした(したがって,「反対意見」ではなく,「意見」)。

 

第5 改正刑法準備草案(1961年)及び改正刑法草案(1974年)

 ただし,谷口正孝裁判官の侮辱罪に対する消極的な態度は,侮辱罪改正に係る一般的な方向性からは例外的なものと評し得たものでありましょうか。

刑法改正準備会による1961年の改正刑法準備草案の第330条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固又は5万円以下の罰金もしくは拘留に処する。」と規定し,法制審議会による1974年の改正刑法草案の第312条は「公然,人を侮辱した者は,1年以下の懲役もしくは禁固,10万円以下の罰金,拘留又は科料に処する。」と規定していたところです。罰金の上限額は別として,法制審議会は,47年前にも同様の結論に達していたのでした。〈ちなみに,改正刑法草案における侮辱罪の法定刑引上げの理由は,「本〔侮辱〕罪に事実を摘示しない公然の名誉侵害が含まれるとすると,事実摘示の名誉毀損との間に差がありすぎる」からということだったそうです(嘉門9頁)。〉

 

第6 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会における議論(2021年)

 さて,2021年。

 

1 諮問第118号に至る経緯及び侮辱罪の保護法益論議の可能性

2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議においては,侮辱罪の法定刑引上げを求める法務大臣の諮問がされるに至った経緯が,吉田雅之幹事(法務省刑事局刑事法制管理官)から次のように説明されています。

 

  近時,インターネット上において,誹謗中傷を内容とする書き込みを行う事案が少なからず見受けられます。

  このような誹謗中傷は,容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難となります。また,匿名性の高い環境で誹謗中傷が行われる上,タイムライン式のSNSでは,先行する書き込みを受けて次々と書き込みがなされることから,過激な内容を書き込むことへの心理的抑制力が低下し,その内容が非常に先鋭化することとなります。インターネット上の誹謗中傷は,このような特徴を有することから,他人の名誉を侵害する程度が大きいなどとして,重大な社会問題となっています。

  他方で,他人に対する誹謗中傷は,インターネット以外の方法によるものも散見されるところであり,これらによる名誉侵害の程度にも大きいものがあります。

  こうした誹謗中傷が行われた場合,刑法の名誉毀損罪又は侮辱罪に該当し得ることになりますが,侮辱罪の法定刑は,刑法の罪の中で最も軽い「拘留又は科料」とされています。

  こうした現状を受け,インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題化していることを契機として,誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑みると,公然と人を侮辱する侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられます。

  そこで,早急に侮辱罪の法定刑を改正する必要があると思われることから,今回の諮問に至ったものです。

 (侮辱罪第1回議事録4-5頁)

 

 「他人の名誉を侵害する程度が大きい」ということですが,具体的には,公然性が高まって他人の名誉を侵害する程度が大きくなったということでしょうか(「容易に拡散する一方で,インターネット上から完全に削除することが極めて困難」),それとも「内容が非常に先鋭化」して被害者の名誉感情を傷つける度合いが高まったということでしょうか。しかし,後者についていえば,侮辱には事実の摘示が伴わない以上,付和雷同の勢いそれ自体の有する力は別として,純内容的には,少なくとも第三者的に見る場合,具体性及び迫力をもって名誉を侵害する先鋭的内容としようにも限界があるように思われます。そもそも,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする判例・通説の立場においては,侮辱罪においては「具体的な事実摘示がなく,名誉に対する危険の程度が低い」(大コンメ66頁(中森))とされていたはずです。「何等の事実的根拠を示さざる価値判断に因つて人の社会的名誉を毀損することは寧ろ極めて稀であると考へられ」(小野・名誉の保護201頁),「他人の前で侮蔑の表示をすることは,他人に自己の侮蔑の感情ないし意思を情報として伝達することにはなるが,かようなものは情報としての価値が低く伝達力も弱いから,情報状態,情報環境を害するという面はとくに考えなくてもよいとおもわれる。むしろ侮辱行為をしたという情報が流通することによって社会的名誉を失うのは,侮辱行為をした当人ではなかろうか。」(平川宗信『名誉毀損罪と表現の自由』(有斐閣・1983年)23頁)というわけです。

 しかし,インターネット上のものに限られず(これは単に契機にすぎない。),「誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっている」ということですから,公然性の高まりだけでは説明がつかないようです。むしろ侮辱罪の保護法益自体の見直しがされ,その上で新たに「厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価」を下そうとしているようにも読み得るところです。

 侮辱罪の法定刑引上げのための立法事実を示すものの一つとして,法務省当局は,「令和3年〔2021年〕49日付け東京新聞は,「侮辱罪は明治時代から変わっておらず,「拘留又は科料」とする侮辱罪の法定刑は,刑法の中で最も軽い,死に追いつめるほど人格を深く傷つける結果に対し,妥当な刑罰なのか,時効期間も含めて,法務省のプロジェクトチームで議論が進んでおり,注視したい」との意見を掲載」している旨報告しています(侮辱罪第1回議事録7-8頁(栗木幹事))。ここで「死に追いつめるほど人格を深く傷つける」といわれていますが,これは被害者の感情を深く傷つけたということでしょう。

 ということで,今次の侮辱罪の法定刑引上げは,侮辱罪の保護法益を外部的名誉とする従来の判例・通説から,名誉感情こそがその保護法益であるとする小野清一郎等の少数説への転換の契機になるものかとも筆者には当初思われたところです。小野清一郎は名誉の現象を「社会的名誉(名声・世評),国家的名誉(栄典)及び主観的名誉(名誉意識・名誉感情)の3種に分つて其の論理的形式を考察」し(小野・名誉の保護180頁),「主観的名誉即ち人の名誉意識又は名誉感情といふ如きものは,其の個人の心理的事実である限り,他人の行為によつて実質的に侵害され,傷けらるることの可能なるは明かである。固有の意味に於ける侮辱,即ちドイツ刑法学者の謂ゆる「単純なる」侮辱,我が刑法第231条の侮辱などは,此の意味に於ける名誉の侵害即ち人の名誉意識又は名誉感情を傷くることを謂ふものであると信ずる。」と述べています(同203頁。また,235-236頁・252頁)。

 ただし,1940年の改正刑法仮案,1961年の改正刑法準備草案及び1974年の改正刑法草案における侮辱罪の法定刑に係る各改正提案に鑑みると,「誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識」の高まりは少なくとも既に八十年ほど前からあって,今回は当該既に高まっていた意識が再認識ないしは再覚醒されたということにすぎない,ということだったのかもしれません。「文明の進むに従ひ〔略〕文明人の繊細なる感情生活そのものに付ての保護の要求は次第に高まる」ものだったのでした(小野・名誉の保護224頁)。

 (なお,ボワソナアドは,名誉意識・名誉感情が外部から傷つけられることに係る可能性については,そのような可能性を超越した強い人間像をもって対応していました。名誉毀損罪等成立における公然性の必要に関していわく,「我々が我々自身について有している評価については,我々がそれに価する限り,我々以外のものがそれを侵害することはできない。封緘され,かつ,我々にのみ宛てられたものであれば,我々が受領する侮辱的通信文が可罰的でないのは,それは我々の栄誉を侵害しないからである。立会人なしに我々に向かってされる言語又は動作による侮辱についても同様である。我々の軽蔑(mépris)のみで,正義の回復には十分なのである。」と(Boissonade, p.1052)。)


2 侮辱罪の保護法益に係る判例・通説(外部的名誉説)の維持

 いずれにせよ,法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会は,侮辱罪の保護法益について判例・通説の外部的名誉説を堅持する姿勢を崩してはいませんでした。第1回会議で栗木幹事いわく。

 

   名誉毀損罪と侮辱罪は,いずれも社会が与える評価としての外部的名誉を保護法益とするものと解されておりまして,両罪の法定刑の差は,事実の摘示の有無という行為態様の違いによるものとされております。しかしながら,これまでもいろいろ例が出ておりますが,事実の摘示がない事案であっても,その態様等によっては,他人の名誉を侵害する程度が大きいものが少なからず見られるところでございます。〔略〕

   また,事実を摘示したかどうか,すなわち,どのような事実をどの程度具体的に摘示すれば足りるかについての評価は,その性質上微妙なところがございます。事実の摘示があったと評価し難い事案は,侮辱罪で処理せざるを得ない結果,名誉侵害に対する法的評価を適切に行うことが困難な場合がございます。特に,中谷〔昇〕委員〔一般社団法人セーファーインターネット協会副会長〕からも御紹介がございましたが,タイムライン式のSNSで最初の書き込みをした者が,事実の摘示を伴う誹謗中傷を行って,これを前提として別の者が引き続いて誹謗中傷の書き込みを行った場合には,それ自体に事実の摘示が含まれておらず,したがって侮辱罪で処理せざるを得ないものであるとしても,一連の書き込みを見る者からしますと,その当該別の者の書き込みについて事実の摘示を伴っているのと同じように受け止められ,名誉侵害の程度が大きい場合があると考えられます。

   以上申し上げたことからしますと,名誉毀損罪の法定刑と比較して,侮辱罪の法定刑が軽きに失すると言わざるを得ません。侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じたものに引き上げ,厳正に対処すべき犯罪という法的評価を示し,これを抑止することが必要であると考えられるため,侮辱罪の法定刑のみを引き上げることとしているものでございます。

  (侮辱罪第1回議事録17-18頁)

 

ここでは,保護法益を共通のものとする名誉毀損罪と侮辱罪との同質性を前提に,両者を分かつものたる事実摘示の有無に係る判断の困難性から,後者の法定刑を前者のそれに近付けることが理由付けられています。

したがって飽くまで,「侮辱行為の結果,人が亡くなったこと自体を,どこまで量刑上評価できるかについては,議論があり得ると思うのですけれども,亡くなったこと自体ではなくて,どの程度その社会的な評価を毀損する危険性の高い行為であったかを評価する限りにおいて,量刑上考慮されることはあり得るように思われます。」ということになります(侮辱罪第1回議事録22-23頁(吉田幹事))。「一般的にこういった被害者の方の感情を,裁判所が量刑に当たってどう考慮していくかということにつきましては,その感情そのものを量刑に反映させるというよりは,その罪なりの保護法益を踏まえ,例えば行為の危険性や結果の重大性の表れの一つという形で考慮していくということになるのだろうな」というわけです(侮辱罪第1回議事録27頁(品川しのぶ委員(東京地方裁判所判事)))。人を死に致すような侮辱であっても,その社会的評価を毀損する危険性の低いもの,というものはあるのでしょう。

なお,「例えば,性犯罪について考えてみますと,一般に,保護法益については性的自由,性的自己決定権ということが言われておりますが,被害者が負った心の傷,精神的な苦痛というものも量刑上考慮され得るものだと思われます。性的自由というものが,誰と性的な行為を行うかを決める自由であると捉えた場合,その自由が侵害された場合の精神的な苦痛というのは,その保護法益からやや外に出るものという捉え方もできると思われますが,そうしたものも,現在量刑上考慮されているということだと思いますので,法益侵害やその危険に伴う精神的な苦痛というのを量刑上考慮するということはあり得ることだと考えております。」とも言われていますが(侮辱罪第1回議事録23頁(吉田幹事)),侮辱を原因として死がもたらされた場合,その死をもたらした苦痛は,通常,専ら自己の外部的名誉が侮辱により侵害されたことに一般的に伴う苦痛にとどまらない幅広くかつ大きな苦痛であるものであるように思われます(外部的名誉が侵害されたことが直ちに死に結び付く人は無論いるのでしょうが。)。当該例外的に大きな苦痛を,外部的名誉侵害の罪の量刑判断にそのまま算入してよいものかどうか。〈すなわち,侮辱罪について「私生活の平穏といった法益」をも問題にすることになるのでしょうが(深町晋也「オンラインハラスメントの刑法的規律――侮辱罪の改正動向を踏まえて」法学セミナー80315。また,19),外部的名誉の侵害はなくとも私生活の平穏が害されることはあるのでしょうから,どうも単純に外部的名誉に係る「付加的な法益」視できないもののようにも思われるところです。〉

 

3 侮辱罪の保護法益に関する議論再開の余地いかん

ところで,インターネットにおける誹謗中傷の場合,「耳を塞ぎたくても塞げないような状況に現在なっていて,しかも,相手が誰かも分からないのが何十人も書き込んで,もう世間からというか,周りから本当に叩かれている感じになって〔略〕もう本当に心が折れているという」情態になるわけですが(侮辱罪第1回議事録10頁(柴田崇幹事(弁護士)発言)),ここで心が折れた被害者が感ずる侵害はその実存の基底に徹し,専らその外部的名誉に係るものにとどまるものではないのでしょう。

あるいは,侮辱には「人の尊厳を害し,人を死に追いやるような危険性を含んだものがあるという事実」という表現(侮辱罪第2回議事録14-15頁(安田拓人幹事(京都大学教授))。下線は筆者によるもの)からすると,「普遍的名誉すなわち人間の尊厳が保持されている状態」(平川宗信『刑法各論』(有斐閣・1995年)222頁・224頁・235頁参照)が侵害されているということになるのでしょうか(ただし,平川説は名誉意識・名誉感情は保護法益ではないとしており,かつ,そこでいう「人間の尊厳」は,名誉としてのそれということになっています。侮辱罪(刑法231条)は「名誉に対する罪」の章に属している以上「名誉」の縛りが必須となるものでしょう。),それとも感情に対する侵害であると素直に認めて,名誉感情=保護法益説を再評価すべきでしょうか(しかし,同説においても「人の社会的名誉に相応する主観的名誉を保護し,其の侵害を処罰する」との縛りがあります(小野・名誉の保護307頁)。)。あるいは,名誉にのみこだわらずに,ローマ法上の広いiniuria概念(「iniuriaはユ〔スティニアヌス〕帝時代には広く人格権又は名誉の侵害とも称すべき広概念であつて,人の身体を傷け,無形的名誉を毀損し,公共物の使用を妨げるが如き行為,窃盗の未遂まで包含せられるが,古い時代には第一の身体傷害のみを指していた」ものです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)230頁)。モムゼンの訳では「人格的侵害Personalverletzung」となります(小野・名誉の保護14頁)。)までをも想起すべきものでしょうか。ちなみに,ドイツ刑法のBeleidigung(「侮辱」と訳されます。)については,広く「凡そ人に精神的苦痛を与ふる行為」と解し,その結果「侮辱の罪に於ける保護法益は名誉に限らぬことになる」少数説(Barの説)があったそうです(小野・名誉の保護250頁。また,60頁。なお,ドイツ刑法においては章名も“Beleidigung”であって,すなわち同法では「Beleidigungなる語は広義に於て侮辱及び名誉毀損を含む意味に用ひられてゐ」ます(同474頁註(2))。)。しかし,日本刑法第34章「名誉に対する罪」の罪は,飽くまで,個々の人格者の名誉を攻撃の客体とするとともに当該名誉を保護の客体とする罪のはずです(小野・名誉の保護249頁参照)。しかして,名誉は「人格的法益として生命は勿論,身体・自由よりも下位に在るものと考へられる」ものとされてしまっているところです(小野・名誉の保護221頁)。(ところで,また別の問題ですが,「世間」や「周り」は,犯罪の主体たり得るものでしょうか。)

難しいところです。「直接的な保護法益ではない被害感情がいかなる法的意味を持つかは相当に難問です。〔略〕いずれにしても,侮辱罪の保護法益が外部的名誉であることはきちんと踏まえられるべきであるし,そのことの持つ意味については,理論的な整理が必要なのではないかと,個人的には思いました。」とは,現在の法制審議会会長の発言です(侮辱罪第1回議事録28-29頁(井田委員))。しかし,侮辱を苦にした被害者の死がもたらされても刑法の保護法益論上直ちに侮辱者に重刑が科されるとは限らない,被害者の外部的名誉の侵害に応じた刑にとどまらざるを得ず,かつ,事実の摘示がない侮辱ではそもそも外部的名誉の侵害も限定的であるはずだ,ということになると,「なぜ被害者の極めて重大な苦痛を真摯に正面から受け止めないのだ!」と国会審議の際に改めて問題となるかもしれません。「その点は保護法益として捉え直さなければいけない問題なのか,あるいは保護法益は現通説のままでも,そうした感情侵害の面も当然考慮できるという整理をするか,議論に値する問題ですが,個人的には後者の理解が十分可能と考えているところです。」とも言われています(侮辱罪第1回議事録30頁(小池信太郎幹事(慶応義塾大学教授)))。議論の火種は残っているようではあります。無論,社会的評価をそう気にすべきではない,「文化低き社会に於ける程個人は他人の評価に従属するの意識が強い」のであって「偉大なる精神」であれば「他人の評価から独立なることを得る」のである(小野・名誉の保護141頁参照),「他人の誹毀又は侮辱に因り自己人格の核心を傷けらるる如く考ふるは甚しき誤想である」(同221-222頁)などと言い放てば,炎上必至でしょう。

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3 1886年のボワソナアド提案:軽罪としての侮辱罪及び違警罪としての侮辱罪

 

(1)ボワソナアドの提案

 

ア 軽罪としての侮辱罪

1886年の『註釈付き改訂日本帝国刑法案』において,ボワソナアドは,違警罪にとどまらない,軽罪(délit)としての侮辱罪を提案しています。

 

  400 bis.  L’injure, l’offense, l’outrage, ne contenant pas l’imputation d’un fait déshonorant ou d’un vice déterminé, commis envers un particulier, sans provocation, publiquement, par parole ou par écrit, seront punis d’un emprisonnement simple de 11 jours à 1 mois et d’une amende de 2 à 10 yens, ou de l’une de ces deux peines seulement.

 (Boissonade, p.1049

 (第400条の2 挑発されることなく,破廉恥な行為又は特定の悪徳(悪事醜行)を摘発せずして,公然と(publiquement)口頭又は文書で私人(particulier)を侮辱した者は.11日以上1月以下の軽禁錮及び2円以上10円以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。)

 

 第400条の2が含まれる節名は,1877年案のものから変わらず“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”のままでした。他人の評判(réputation)に対する罪ということであれば,ボワソナアドは,侮辱罪の保護法益は外部的名誉であるものと考えていたように思われます(ボワソナアドは同節の冒頭解説で人のhonneur及びdignitéの保護をいいつつ,そこでのhonneurは他人による評価(l’estime des autres)だとしています(Boissonade, pp.1051-1052)。)。フランス法系の考え方は「外部的名誉の毀損を中心とし」,「主観的感情の侵害を中心とするドイツ法系の考へ方と趣を異に」するものです(小野・名誉の保護90頁)。ちなみに,現在の刑法の英語訳でも第34章の章名は“Crimes against Reputation”になっているようです。

 

イ 違警罪としての侮辱罪

 軽罪としての侮辱罪の提案に伴い,違警罪としての侮辱罪の構成要件も修正されています。

 

   489.  Seront punis de 1 à 2 jours d’arrêts et de 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

     Ceux qui auront, par paroles ou par gestes, commis une injure ou une offense simple contre un particulier, en présence d’une ou plusieurs personnes étrangères;

  (Boissonade, p. 1277

  (第489条 次の各号の一に該当する者は,1日以上2日以下の拘留及び50銭以上150銭以下の科料に処し,又はそのいずれかの刑を科する。

    一 一又は複数の不特定人の現在する場所において,言語又は動作をもって私人を罵詈嘲弄(une injure ou une offense simple)した者)

 

なお,1886年案においては,違警罪に係る第4編においても章及び節が設けられて条文整理がされています。すなわち,同編は第1章「公益ニ関スル違警罪(Des contraventions contre la chose publique)」と第2章「私人に対する違警罪(Des contraventions contre les particuliers)」との二つに分かれ,第2章は更に第1節「身体ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les personnes)」と第2節「財産ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les biens)」とに分かたれました。しかして,第489条は,第2章第1節中に設けられていました。

 

(2)ボワソナアドの解説

 

ア 軽罪としての侮辱罪

 

(ア)ボワソナアド

軽罪としての侮辱罪に係る第400条の2に関するボワソナアドの解説は,次のとおりでした。

 

18778月の〕刑法草案は,口頭又は文書による侮辱(l’injure verbale ou écrite)であって名誉毀損(diffamation)の性質を有さいないものに関する規定をここに〔軽罪として〕設けていなかった。口頭の侮辱を違警罪として罰するにとどめていたものである(第47620号)。そこには一つの欠缺(けんけつ)une lacune)があったものと信ずる。公然と私人に向けられた侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)は,文書によるものであっても口頭によるものであっても,決闘を挑むためという目的〔〈旧刑法編纂の際「ボアソナードと日本側委員との間で,「元来,罵詈は闘殴のタンタチーフのようなもの」という発言が見られ」たそうです(嘉門7頁註9)。〉〕がある(前記第3節の2の第1条において規定されている場合)のではないときであっても,軽罪のうちに数えられなければならない。面目(considération)に対する侵害が軽いことに応じて,その刑が軽くなければならないだけである。また,禁錮は定役を伴わないものであり〔重禁錮ならば定役に服する(旧刑法241項)。〕,裁判所は罰金を科するにとどめることもできる。

法は,侮辱(une injure, une offense ou un outrage)を構成する表現の性格付けを試みる必要があるものとは信じない。すなわち,侮辱(l’injure)を罰する他の場合(第132条及び第169条)においてもそれはされていない。フランスのプレス法は,「全ての侮辱的表現(expression outrageante),軽蔑の語(terme de mépris)又は罵言(invective)」(第29条)について語ることによって,全ての困難を予防してはいない。侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)を構成するものの評価は,常に裁判所に委ねられる。侮辱者及び被侮辱者の各事情,前者の教育,なかんずくその意図.居合わせた人々の種類等がその際考慮されるのである。

しかし,可罰的侮辱の構成要素がここに二つある。それらは,いわば2個の消極的条件である。

すなわち,①侮辱は「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発を含まない」ものでなければならない。そうでなければ,名誉毀損(diffamation)の事案ということになる。②それは,同じように侮辱的な(injurieux ou offensants)言葉又は行為によって「挑発された」ものであってはならない。反対の場合には,各当事者が告訴できないものとは宣言されない限りにおいて,最初の侮辱者のみが可罰的である。

  (Boissonade, pp. 1060-1061

 

 フランスの1881729日のプレスの自由に関する法律29条及び33条が,ボワソナアドの1886年案400条の2に係る参照条文として掲げられています(Boissonade, p.1049)。

当該1881年プレスの自由法の第29条は名誉毀損と侮辱との分類に係る規定であって,その第1項は「当該行為(le fait)が摘発された当の人(personne)又は団体(corps)の名誉(honneur)又は面目(considération)の侵害をもたらす行為に係る(d’un fait)全ての言及(allégation)又は摘発(imputation)は,名誉毀損(diffamation)である。」と,第2項は「全ての侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言であって何らの行為の(d’aucun fait)摘発を含まないものは,侮辱(injure)である。」と規定していました。

また,1881年プレスの自由法33条はその第1項で「この法律の第30条及び第31条に規定されている団体又は人に対して同じ方法で〔裁判所(cours, tribunaux),陸海軍,法定の団体(corps constitués)及び公行政機関に対し,並びにその職務又は資格ゆえに大臣,議員,官吏,公の権威の受託者若しくは代理人,国家から報酬を得ている宗派の聖職者,公のサービス若しくは職務に服している市民,陪審員又はその証言ゆえに証人に対して,公共の場所若しくは集会における演説,叫び若しくは威嚇によって,文書若しくは公共の場所若しくは集会において販売に付され,若しくは展示されて販売され若しくは配布された印刷物によって,又は公衆が見ることのできるプラカード若しくは張り紙によって,並びに図画,版画,絵画,標章又は画像の販売,配布又は展示によって〕侮辱をした者は,6日以上3月以下の禁錮及び18フラン以上500フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第2項で「挑発が先行することなしに同様の方法で私人(particulier)を侮辱した者は,5日以上2月以下の禁錮及び16フラン以上300フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第3項は「侮辱が公然とされなかったときは,刑法第471条に定める刑〔1フラン以上5フラン以下の科料(1810年)〕のみが科される。」と規定していました。

 なお,injure, offense及びoutrage相互間の違いは何かといえば,その改訂刑法案169条の解説において,ボワソナアドは次のように述べています。

 

   我々はここに,offense, injure, outrageという三つの表現を見出すが,それらは重さに係る単純なニュアンス(simples nuances de gravité)を示すだけのものであって,刑に変化をもたらすものではない。

   (Boissonade, p. 571

 

筆者の手もとのLe Nouveau Petit Robert1993年)には,injureの古義として“Offense grave et délibérée”とあり,outrageの語義は“Offense ou injure extrêmement grave”とありますから,重さの順は,offense injure outrageとなるのでしょう。

 

(イ)フランス法的背景

ところで,旧刑法で軽罪としての侮辱罪が設けられなかった欠缺(lacune)の原因は何だったのでしょうか。どうも,今年(2021年)が死後200年になるナポレオンのようです。

1810年のナポレオンの刑法典375条は「何らの精確な行為の摘発を含まない侮辱であって,特定の悪徳を摘発するものについては,公共の場所若しくは集会において表示され,又は拡散若しくは配布に係る文書(印刷されたものに限られない。)に記入されたときは,その刑は16フラン以上500フラン以下の罰金である。(Quant aux injures ou aux expressions outrageantes qui ne renfermeraient l'imputation d'aucun fait précis, mais celle d'un vice déterminé, si elles ont été proférées, dans des lieux ou réunions publics, ou insérées dans des écrits imprimés ou non, qui auraient été répandus et distribués, la peine sera d'une amende de seize francs à cinq cents francs.)」と規定し,続いて同法典376条は「他の全ての侮辱であって,重大性及び公然性というこの二重の性質を有さないものは,違警罪の刑にしか当たらない。(Toutes autres injures ou expressions outrageantes qui n'auront pas eu ce double caractère de gravité et de publicité, ne donneront lieu qu'à des peines de simple police.)」と規定しており,違警罪に係る同法典47111号は「挑発されずに人を侮辱した者であって,それが第367条から第378条まで〔誣言(calomnies),侮辱(injures)及び秘密の漏洩に関する条項群〕に規定されていないものであるもの(Ceux qui, sans avoir été provoqués, auront proféré contre quelqu'un des injures, autres que celles prévues depuis l'article 367 jusque et compris l'article 378)」は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものと規定していました。ナポレオンの刑法典375条は「侮辱」(injures, expressions outrageantes)といいますが,「特定の悪徳」を適発するのであれば我が1877年司法省案的(ボワソナアド的)には誹毀の罪(後に名誉毀損罪となるもの)ですから,結局ナポレオンの刑法典においては,(日本法的意味での)侮辱罪は,違警罪でしかなかったわけです。

ナポレオンの刑法典の誣言及び侮辱に関する規定は,後に1819517日法に移されますが,同法においても,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものではない侮辱は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものとされていました(同法20条)。私人に対する侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金(軽罪の刑)に処せられるものとするという一見して原則規定であるような規定があっても(1819517日法192項),そのためには特定の悪徳を摘発し,かつ,公然とされる必要があったわけです。すなわち,ナポレオンの刑法典時代と変わっていなかったわけです。(〈旧刑法編纂の際「日本側委員である鶴田皓は,罵詈が喧嘩の原因となることが問題である以上,「公然」の字を削除すべきとしたが,ボアソナードは,対面の罵詈はフランスでは無罪であることや,実際上の証明の困難性を理由に,公然性要件の必要性を説き,維持されることとなった」そうですが(嘉門7頁),ここでのボワソナアドのフランス法の説明は,条文だけからでは分かりづらいところです。〉)

と,以上において筆者はimputationを「摘発」と訳して「摘示」としていませんが,これには理由があります。ジョゼフ・カルノー(フランス革命戦争における「勝利の組織者」ラザールの兄たるこちらは法律家)が,そのExamen des Lois des 17, 26 mai; 9 juin 1819, et 31 mars 1820 (Chez Nève, Libraire de la Cour de Cassation, Paris; 1821 (Nouvelle Édition))なる書物において,1819517日法における名誉毀損罪の成立に関し,imputationのみならず単純なallégation(筆者は「言及」と訳しました。)でも成立するものであると指摘した上で,それは「したがって,告発を繰り返したrépéter l’inculpation)だけではあるが,それについて摘発imputation)をした者と同様に,名誉毀損者として処罰されなければならない」旨記していたからです(p.36)。「摘示」と「摘発」との語義の違いについては,「〔日本刑法230条の〕事実の摘示といふは,必ずしも非公知の事実を摘発するの意味ではない。公知の事実であつても,之を摘示し,殊に之を主張することに依つて,人をして其の真実なることを信ぜしむる場合の如き,名誉毀損の成立あることは疑ひない」一方,我が「旧刑法(第358条)は悪事醜行の「摘発」を必要とし,その解釈として判例は「公衆の認知せざる人の悪事醜行を暴露することなり」とした」と説明されています(小野・名誉の保護280頁)。

筆者が「特定の悪徳」と訳したvice déterminéについてのカルノーの説明は,「vice déterminéによって法は,肉体的欠陥une imperfection corporelle)の単純な摘発を意図してはいない。そのような摘発は,その対象となった者に対して不愉快なもの(quelque chose de désagréable)であり得ることは確かである。しかし,それは本来の侮辱une injure proprement dite)ではない。特定の悪徳の摘発は,法又は公の道徳la morale publique)の目において非難されるべきことをする(faire quelque chose de répréhensible習慣的傾向une disposition habituelle)のそれ以外のものではあり得ない。」というものでした(Carnot, p.58)。

フランス法においては,vice déterminéfaitには含まれないようです。侮辱の定義(1881729日法292項と同じもの)に関してカルノーは,「侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言が何ら行為の摘発l’imputation d’aucun faitを含まないときは,単純な侮辱であって名誉毀損ではない。そこから,特定の悪徳の摘発も,告発(prévention)の性質を変えるものではないということになる。〔すなわち,名誉毀損になるものではない。〕なおも侮辱injure)があるばかりである。」といっています(Carnot, p.37)。この点ボワソナアド式日本法とは異なるようです(vice déterminéの摘発も,「悪事醜行」の摘発を「誹毀」でもってまとめる旧刑法358条の原案たる18778月案398条の構成要件となっていました。)。しかし,フランス1881729日法になると,侮辱を違警罪ではなく軽罪として処罰するための要件として,公然性は依然求めるものの,特定の悪徳の摘発はもはや求めないこととなっていたわけです。

フランス法の名誉毀損の定義はナポレオンの刑法典3671項の誣言(calomnieの定義から由来し,同項は「個人について,もしそれが事実であれば当該表示対象者を重罪若しくは軽罪の訴追の対象たらしめ,又はなお同人を市民の軽蔑若しくは憎悪にさらすこととはなる何らかの行為(quelconque des faits)を摘発」することを構成要件としていましたので(cf. Carnot, p.36),ここでのfaits(行為)は広い意味での事実ではなく,犯罪を構成し得るような限定的なものでなければならないわけだったのでしょう。これに対して日本刑法230条の「事実」は,「具体的には,政治的・社会的能力,さらに学問的能力,身分,職業に関すること,さらに被害者の性格,身体的・精神的な特徴や能力に関する等,社会生活上評価の対象となり得るものを広く含む」とされています(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)153頁)。

 

(ウ)付論:讒謗律に関して

なお,フランス法的背景といえば,明治政府による言論取締りの法として著名な1875年の我が讒謗律は,小野清一郎によって,イギリス法の影響下に制定されたものと説かれていましたが(小野・名誉の保護126-128頁),1967年には奥平康弘助教授(当時)によってフランス法を母法とするものであるとする説が唱えられています(手塚1-2頁による紹介。同5頁註(3)によれば,奥平説は,奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説(4)」法律時報39872頁において提唱されたものです。)。

小野は,讒謗律1条の「凡ソ事実ノ有無ヲ論セス人ノ栄誉ヲ害スヘキノ行事ヲ摘発公布スル者之ヲ讒毀トス人ノ行事ヲ挙ルニ非スシテ悪名ヲ以テ人ニ加ヘ公布スル者之ヲ誹謗トス著作文書若クハ画図肖像ヲ用ヒ展観シ若クハ発売シ若クハ貼示シテ人ヲ讒毀シ若クハ誹謗スル者ハ下ノ条別ニ従テ罪ヲ科ス」との条文について論じて,「茲に「事実の有無を論ぜず」とあるも恐らく1843年の誹謗文書法以前に於けるイギリス普通法の思想に依つたもの」とし,更に「なほ,讒毀又は誹謗が文書図書に依る場合に於て之を処罰すべきものとしてゐることもイギリスの‘libel’の観念を継受した証左である」とイギリス法の影響を主張しています(小野・名誉の保護127頁)。しかし,前者については,フランス1819517日法の名誉毀損についても―――名誉毀損の定義規定には「事実の有無を論ぜず」との明文はありませんでしたが――カルノーは,「517日法によってそれ〔名誉毀損〕がそう定義されているとおり,それ〔名誉毀損〕は全ての侮辱的な行為(tout fait injurieux)に係る摘発又は言及によって成立する。事実の証明が認められないときは,たとえそれが事実であっても(fût-il même vrai)そうなのである。」と述べています(Carnot, p.35)。(事実の証明が認められる場合は,後に見る1819526日法(同月17日法とは関連しますが,別の法律です。)201項において限定的に定められていました。)後者については,あるいは単に,讒謗律の布告された1875628日の前段階においては,我が国ではなお演説というものが一般的なものではなかったということを考えるべきかもしれません。187412月に刊行された『学問のすゝめ』12編において福沢諭吉いわく。「演説とは,英語にてスピイチと云ひ,大勢の人を会して説を述べ,席上にて(わが)思ふ所を人に(つたう)るの法なり。我国には(いにしえ)より其法あるを聞かず,寺院の説法などは先づ此類なる可し。」,「然るに学問の道に於て,談話,演説の大切なるは既に明白にして,今日これを実に行ふ者なきは何ぞや。」と(第1回の三田演説会の開催は,1874627日のことでした。)。すなわち,讒謗律布告の当時の「自由民権論者の活動は,もつぱら新聞,雑誌その他の出版物を舞台として行われ,政談演説は一般にまだ普及していなかつた」のでした(手塚3頁)。

讒謗律の法定刑とフランス1819517日法のそれとを比較すると(なお,讒謗律の讒毀は専ら摘発に係るものであること等,構成要件の細かいところには違いがあり得ることには注意),次のとおりです。

天皇に対する讒毀又は誹謗は3月以上3年以下の禁獄及び50円以上1000円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律2条),フランス国王に対するそれは6月以上5年以下の禁錮及び500フラン以上1万フラン以下の罰金並びに場合により公権剥奪も付加されるものでした(1819517日法9条)。

皇族に対する讒毀又は誹謗は15日以上2年半以下の禁獄及び15円以上700円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律3条),フランス王族に対するそれは1月以上3年以下の禁錮及び100フラン以上5000フランの罰金でした(1819517日法10条)。

日本帝国の官吏の職務に関する讒毀は10日以上2年以下の禁獄及び10円以上500円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,同じく誹謗は5日以上1年以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対し(讒謗律4条),フランス王国の官吏の職務に関する名誉毀損は8日以上18月以下の禁錮及び50フラン以上3000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法16条。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条)),侮辱は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されました(同法191項。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条。Cf. Carnot, pp.38-39))。

日本帝国の華士族平民に対する讒毀は7日以上1年半以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,誹謗は3円以上100円以下の罰金に処されたのに対し(讒謗律5条),フランス王国の私人に対する名誉毀損は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法18条),侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金に処されました(同法192項。ただし,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものでない侮辱の刑は1フラン以上5フラン以下の科料(同法20条,フランス刑法471条))。こうしてみると,讒謗律1条にいう誹謗に係る「悪名ヲ以テ人ニ加ヘ」とは,vice déterminéimputationすることのようでもあります。(なお,讒謗律5条違反の刑の相場は「大概罰金5円に定まつて居た」そうです(手塚5頁註(10)の引用する宮武外骨)。)

讒謗律71項(「若シ讒毀ヲ受ルノ事刑法ニ触ルヽ者検官ヨリ其事ヲ糾治スルカ若クハ讒毀スル者ヨリ検官若クハ法官ニ告発シタル時ハ讒毀ノ罪ヲ治ムルヿヲ中止シ以テ事案ノ決ヲ俟チ其ノ被告人罪ニ坐スル時ハ讒毀ノ罪ヲ論セス」)に対応する条項は,「事案ノ決ヲ俟チ」までは1819526日法25条,「其ノ被告人罪ニ坐スル」以後はcalomnie(誣言)に係るナポレオンの刑法典370条でした(1819526日法201項は,名誉毀損(diffamation)について事実の証明が許される場合を,公の権威の受託者若しくは代理人又は公的資格で行動した全ての者に対する摘発であって,その職務に関する行動に係るものの場合に限定しています。「其の他の場合には全然真実の証明を許さざることとした」ものです(小野・名誉の保護450頁)。)。官吏の職務に関する讒毀及び誹謗並びに華士族平民に対するそれらの罪は親告罪である旨規定する讒謗律8条に対応する条項は,1819526日法5条でした。

 

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第1 法制審議会と諮問第118号(2021916日)

 

1 2021916日の法制審議会

 2021916日に開催された法務省の法制審議会の第191回会議において上川陽子法務大臣から諮問第118号が発せられ,当該諮問は,新設の「刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会」に付託され審議され,当該部会から報告を受けた後改めて法制審議会の総会において審議されることになりました(法務省法制審議会ウェブページ)。

 諮問第118号は,次のとおりです。

 

  諮問第118

    近年における侮辱の罪の実情等に鑑み,早急にその法定刑を改正する必要があると思われるので,別紙要綱(骨子)について御意見を承りたい。

 

  別紙

       要綱(骨子)

侮辱の罪(刑法第231条)の法定刑を1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とすること。


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 法務省(東京都千代田区霞が関)

 

2 侮辱罪関係条文

 ちなみに,刑法(明治40年法律第45号)231条の条文は「事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する。」というものです。

拘留及び科料については,それぞれ,「拘留は,1日以上30日未満とし,刑事施設に拘置する。」(刑法16条)及び「科料は,1000円以上1万円未満とする。」(同法17条)と規定されています。

また,侮辱罪は「告訴がなければ公訴を提起することができない」親告罪です(刑法2321項)。

なお,「拘留又ハ科料ニ該ル罪」ですので,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の違警罪とみなされます(刑法施行法(明治41年法律第29号)31条)。旧刑法は,罪を重罪(crime),軽罪(délit)及び違警罪(contravention)の3種に分類していましたが(同法1条),違警罪はその中で最も軽いものです。違警罪については,かつては違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)によって,警察署長及び分署長又はその代理たる官吏が,正式の裁判によらずに即決することができました。

 

3 近年における侮辱の罪の実情

 

(1)テラハ事件

 諮問第118号にいう「近年における侮辱の罪の実情」については,当該諮問についていち早く報道した読売新聞によると「侮辱罪を巡っては,フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)が昨年〔2020年〕5月に自殺した問題で,ツイッターにそれぞれ「生きてる価値あるのかね」「きもい」などと書き込んだ男2人が略式命令を受けたが,9000円の科料にとどまり,厳罰化を求める声が上がっていた。/同省は昨年6月にプロジェクトチームを設置し,罰則のあり方などを検討。SNSなどでの中傷は不特定多数から寄せられる上,拡散してネットに残り続けるなど被害が深刻化しており,懲役刑の導入は必須とした。その上で,侮辱罪は対象となる行為が広いため,名誉毀損罪と同じ「3年・50万円以下」とはせず,「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を追加することにした。」とのことです(読売新聞オンライン2021830日「【独自】ネット中傷対策,侮辱罪に懲役刑導入へ・・・テラハ事件では科料わずか9千円」)。

「被害が深刻化」ということなので,侮辱罪の有罪件数は増加傾向にあり,かつ,量刑も重罰化が進んでいるものと一応思われます。

 

(2)科刑状況に関して

 

ア 科刑状況

しかしながら,2016年から2020年までの5年間における侮辱罪の科刑状況を示す法制審議会第191回会議配布資料(刑6)によると,侮辱罪で刑を科された者の数は,それぞれ23人(2016年),16人(2017年),24人(2018年),27人(2019年)及び30人(2020年)ということで,30人まで増えたのだと言われれば確かに増えてはいるのでしょうが,その絶対数を見る限りでは,侮辱罪事件は今や「深刻」なまでに多いのだというのにはいささか追加説明が必要であるようです(2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議における井田良委員(中央大学教授)の発言によると「ドイツでは侮辱罪で年間2万件の有罪判決が出されている」そうです(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議議事録(以下「侮辱罪第1回議事録」と略称します。)14頁)。)。

また,同じ前記法制審議会配布資料によれば,量刑も,科料額は確かに上限近くの9000円以上のところに貼り付いているようですが,自由刑である拘留に処された者は当該5年間において一人もいません(当該5年間中に刑を科された120人中,116人が9000円以上の科料,2人が5000円以上9000円未満の科料(2016年及び2017年)及び2人が3000円以上5000円未満の科料(2017年及び2019年))。1万円以上の罰金刑(刑法15条)の導入は分かるけれども,拘留を使わないでいきなり懲役・禁錮を導入したいとはどういうことか,とも言われそうです(2021106日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議における池田綾子委員(弁護士)発言参照(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議議事録(以下「侮辱罪第2回議事録」と略称します。)12-13頁))。ただし,拘留には執行猶予がないこと(刑法25条及び27条の2)にも注意すべきもののようです(侮辱罪第1回議事録21頁の保坂和人幹事(法務省大臣官房審議官)発言参照)。

 

イ 拘留に関して

なお,拘留については,「現行の拘留制度は,威嚇力もなければ改善の効果もない致命的欠陥をもっている」,「現行の拘留は禁錮と同じ性格をもち,刑期が1日以上30日未満である点で異なるにすぎない。戦前の昭和3年〔1928年〕には10万人余の拘留受刑者がいたが,現在では,拘留を執行される者は年間数十名にすぎず〔司法統計年報によると,2019年の通常第一審終局処理人員中拘留に係るものは6名〕,改善の処遇は望むべくもないといわれる。このように拘留が減少したのは,制度に欠陥があるからであるとされ,また,昭和初期に比べれば,現在の拘留制度は無きに等しいともいわれている。」ということでよいのでしょうか(大谷實『刑事政策講義(第4版)』(弘文堂・1996年)137頁・138頁参照)。

しかしながら,拘留受刑者の大幅減少は,違警罪即決例の廃止(裁判所法施行法(昭和22年法律第60号)1条により194753日から(同法附則,裁判所法(昭和22年法律第59号)附則1項,日本国憲法1001項))によるところが大きいようにも筆者には思われます。すなわち,『日本国司法省第五十四刑事統計年報 昭和三年』によると,1928年(昭和3年)の第一審裁判終局被告人のうち科刑が拘留であったものは188名にすぎません(22頁)。いわれるところの10万余人の拘留受刑者は,裁判所の手を煩わさずに警察署限りで処理されたものではないでしょうか。

とはいえ拘留はなお現在も見捨てられてはおらず,「拘留は刑事施設に短期間拘置するものでありますが,特定の種類の犯罪や犯人に対するショック療法的効果が認められ,いわゆる小暴力犯罪者や営利的小犯罪を繰り返す者に対する刑罰という性格を有しているとされており,懲役・禁錮及び罰金が選択刑として定められた後も,侮辱罪については,単なる偶発的な罵詈雑言を繰り返す事案など,比較的当罰性の低い事案も想定されることからすると,拘留も存置しておくことが,個別具体的な事案に応じた適切な量刑に資するものと考えられる」とされています(侮辱罪第2回議事録13頁(栗木傑幹事(法務省刑事局参事官)))。

 

第2 法制審議会による迅速答申(20211021日)

 諮問第118号には「早急に」改正する必要があるとあり,かつ,当該改正の内容も「第231条中「拘留又は科料」を「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に改める。」とあらかじめ決められていたので,ここで法制審議会が法務省の事務当局から期待されていた機能は,rubber stamp的なものであったものと考えるのは忖度(そんたく)過剰でしょうか。いずれにせよ,同審議会の刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会の会議は2021922日及び同年106日の2回開催されて,賛成8名反対1名(第2回会議の出席委員総数は佐伯仁志部会長を除いて9名)で法務大臣提示の要綱(骨子)が可決されています(侮辱罪第2回議事録17頁)。同年1021日には法制審議会総会を経て同審議会会長から古川禎久法務大臣にその旨の答申がされました。

この迅速処理に対して,20211017日に朝日新聞Digitalに掲載された同社社説は批判的な見解を表明し,「見直しに向けた議論の必要性は理解できる。それにしても,今回の進め方は拙速に過ぎ,将来に禍根を残さないか。そんな疑問を拭えない。」,「どのような表現が「侮辱」とされ,国家が刑罰を科すべきかという線引きはあいまいだ。厳罰化の後,恣意(しい)的に運用されるようなことがあれば,言論・表現の自由の萎縮につながる恐れがある。」,「厳罰化するのであれば,免責する場合について広く意見を聞き,法律に盛り込む方向で検討を深めるべきではないか。」と評しています。朝日新聞社的角度というべきでしょうか。

なお,「「國賊朝日新聞」といふ如き」ことについては,侮辱罪の成立があり得るものであると解せられています(小野清一郎『刑法に於ける名誉の保護(再版)』(有斐閣・1956年(初版は1934年))311頁。また,212頁)。

 

第3 侮辱罪の脱違警罪化論の濫觴(Boissonade en l’année 1886

 さはさりながら,侮辱罪の重罰化(脱違警罪化)論は,旧刑法施行後(同法は明治14年太政官布告第36号により188211日から施行)程なくして生じた同法改正問題の一環としてつとにボワソナアドが提起していたところであり,百三十余年の歴史があるものです。今になって拙速云々ということになったのも思えば不思議な話です。

 

1 旧刑法及び18778月フランス語文司法省案

 

(1)罵詈嘲弄罪

 侮辱罪の前身規定は,旧刑法においては,違警罪の構成要件等を規定する第4編中の第42612号にありました。

 

  第426条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ2日以上5日以下ノ拘留ニ処シ又ハ50銭以上150銭以下ノ科料ニ処ス

   十二 公然人ヲ罵詈嘲弄シタル者但訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

同号は,187711月に司法省(司法卿・大木喬任)から太政官に提出された案のフランス語文(同年8月)においては,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877). Imprimerie Kokubunsha, Tokio, 1879. pp.154, 156)。

 

  476.  Seront punis de 1 jour à 3 jours d’arrêts et de 20 sens à 1 yen 25 sens d’amende, soit cumulativement, soit séparément:

 

      20˚  Ceux qui auront dit une injure simple à un particulier, en public ou en  présence de deux ou plusieurs personnes étrangères;

 

    Dans les deux alinéas qui précèdent [20˚ et 21˚], la poursuite n’aura lieu que sur la plainte de la personne offensée.

 

 (第476条 次の各号の一に該当する者は,1日以上3日以下の拘留若しくは20銭以上125銭以下の科料に処し,又はこれを併科する。

 

  (二十 公然(en public)又は2名以上の不特定人(personnes étrangères)の現在する場所において私人(particulier)を罵詈嘲弄(une injure simple)した者

 

  (前2号の罪は,被害者の告訴がなければ公訴を提起することができない。)

 

なお,3日間の拘留というと,逮捕されると72時間くらいはすぐ経過しそうなのですが(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)2052項参照),当時違警罪を犯した者は,氏名住所が分明でなく,又は逃亡の恐れがあるときに違警罪裁判所に引致されることはあっても現行犯逮捕はされなかったところです(治罪法(明治13年太政官布告第37号)1022項参照)。現在の刑事訴訟法においては,30万円以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕が可能であり(同法217条),逮捕状による通常逮捕は,被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく取調べのための出頭の求めに応じない場合に限り可能であるということになっています(同法1991項ただし書)。「1年以下の懲役若しくは禁錮」が法定刑に含まれれば,現行犯逮捕及び通常逮捕に係るこれらの制約が外れることになります(なお,緊急逮捕はできません(刑事訴訟法2101項参照)。)。

〈おって,旧刑法42612号の淵源を,明治618日の司法省布達第1号で第56条として東京違式詿違条例(違式詿違条例については,http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.htmlを参照ください。)に追加された「格子ヲ撥キ墻塀ヲ攀チ徒ニ顔面ヲ出シ往来ヲ瞰ミ或ハ嘲哢スル者」との条項(詿違の罪です。)ではないかと示唆するものと解される見解もあります(嘉門優「侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割――侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって」法学セミナー803号(202112月)7頁註8)。しかし,旧刑法の編纂については,「司法省では方針を大転換し,まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続を何回かくりかえした後,最終案を作成する,という手順」だったそうですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114頁),やはり直接フランス法の影響を考えた方がよいのではないでしょうか。また,旧刑法42612号の「罵詈」の語は,元の「誹謗」が鶴田皓によって改めたられたものだそうです(嘉門7頁註10)。


(2)官吏侮辱罪

ところで,「侮辱」の語が用いられている点においては,旧刑法141条の官吏侮辱罪がむしろ重視されるべきかもしれません。

 

141条 官吏ノ職務ニ対シ其目前ニ於テ形容若クハ言語ヲ以テ侮辱シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 其目前ニ非スト雖モ刊行ノ文書図画又ハ公然ノ演説ヲ以テ侮辱シタル者亦同シ

 

旧刑法141条に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は次のとおりです(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.59-60)。

 

169.  L’offense, l’injure, l’outrage, commis publiquement et directement, par gestes ou par paroles, envers un officier public dans l’exercice de ses fonctions ou à l’occasion de ses fonctions et en sa présence, sera puni d’un emprisonnement avec travail de 2 mois à 2 ans et d’une amende de 5 à 50 yens.

Si l’infraction a été commise hors la présence du fonctionnaire, par la voie de la presse ou par des discours tenus en public, la peine sera un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et une amende de 3 à 30 yens.

 

  (第169条 動作(gestes)又は言語(paroles)をもって,その職務を執行中の又はその職務に当たっている官吏に向かって,その現在する場所において(en sa présence)公然と(publiquement)かつ直接に侮辱(l’offnese, l’injure, l’outrage)をした者は,2月以上2年以下の重禁錮に処し,5円以上50円以下の罰金を付加する。

   (罪が,その官吏の現在する場所以外の場所において,出版又は公然の演説(discours tenus en public)をもって犯されたときは,1月以上1年以下の重禁錮に処し,3円以上30円以下の罰金を付加する。)

 

(3)誹毀罪

現行刑法においては,侮辱罪(231条)と名誉毀損罪(「公然と事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」(同法2301項))とは「名誉に対する罪」として同じ第34章に規定されていますが,旧刑法においては,前者の前身規定はさきに御紹介したように違警罪として第4編に,後者の前身規定は「身体財産ニ対スル重罪軽罪」に係る第3編に規定されており(同編中の「身体ニ対スル罪」に係る第1章のうち「誣告及ヒ誹毀ノ罪」に係る第12節中),泣き別れ状態でした。なお,18778月フランス語文司法省案の条文によると,第3編の編名は“Des crimes et délits contre les particuliers”(「私人に対する重罪軽罪」ということで,第2編の「公益ニ関スル重罪軽罪(Des crimes et délits contre la chose publique)」に対応しています。),第3編第1章の章名は“Des crimes et délits contre les personnes”(「身体に対する重罪軽罪」),同章第12節の節名は“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”(「人の評判に対する重罪軽罪」)でした。

旧刑法における名誉毀損関係条項は,次のとおりでした。

 

  第358条 悪事醜行ヲ摘発シテ人ヲ誹毀シタル者ハ事実ノ有無ヲ問ハス左ノ例ニ照シテ処断ス

   一 公然ノ演説ヲ以テ人ヲ誹毀シタル者ハ11日以上3月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス

   二 書類画図ヲ公布シ又ハ雑劇偶像ヲ作為シテ人ヲ誹毀シタル者ハ15日以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

 第359条 死者ヲ誹毀シタル者ハ誣罔ニ出タルニ非サレハ前条ノ例ニ照シテ処断スル(こと)ヲ得ス

 

 第361条 此節ニ記載シタル誹毀ノ罪ハ被害者又ハ死者ノ親属ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

 上記各条項に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.128-130)。

 

   398.  Quiconque aura, dans l’intention de nuire, imputé publiquement à un particulier un fait déshonorant ou un vice déterminé, sera, sans qu’il y aît lieu de rechercher si le fait ou le vice imputé est vrai ou faux, coupable de diffamation et puni comme il suit:

          Si la diffamation a eu lieu par des paroles ou des discours tenus en public, la peine sura un emprisonnement avec travail de 11 jours à 2 mois et une amende de 2 à 10 yens;

          Si la diffamation a eu lieu par des écrits ou imprimés, par des dessins ou emblèmes distribués, vendus, ou affichés en public, ou par des représentations théatrales, la peine sera un emprisonnement avec travail de 15 jours à 3 mois et une amende de 3 à 30 yens.

 

   400.  La diffamation envers les morts est punissable, d’après l’article 398, mais seulement quand elle est faite de mauvaise foi et avec le caractère de calomnie.

 

      403.  La poursuite des délits de diffamation n’a lieu que sur la plainte de la partie offensée, ou sur celle de sa famille, si elle est décédée.

 

重禁錮(「禁錮」ではありますが,定役に服しました(旧刑法241項)。)が主刑ですから,旧刑法358条の罪は軽罪です(同法81号)。

なお,旧刑法358条の「誹毀」は,後に32)ア(ウ)で見る讒謗律(明治8年太政官布告第110号)1条の「讒毀と誹謗とを合せたものであらう。」といわれています(小野・名誉の保護129頁)。

 ところで,書類を公布して悪事醜行を摘発して人を誹毀すること(旧刑法3582号)の例として大審院の明治16年(1883年)1024日判決の事案がありますが(手塚豊「讒謗律の廃止に関する一考察」法学研究4710号(197410月)6-7頁),いささか疑問を感じさせる裁判です。すなわち,「被告ハ明治15年〔1882年〕622日北陸日報第532号雑報欄内ニ於テ如何ナル者ノ所業ニヤ昨日午前6時頃本区広坂通兼六園ノ入口ナル掲示板ニ中折即チ半紙ニテ〔略〕有髷公ノ咽喉首以上ヲ画キ「恰モ獄門首ノ如シ」勿躰ナクモ我賢明ナル千(ママ)高雅氏〔石川県令〕ニ模擬シタル者カ有像ノ傍ニ国ヲ亡シ人民ヲ害スル千阪高雅ト特書シアリタルヨシ云々トノ文ヲ掲ケ」たとのことによって,当該被告人は禁錮2月及び罰金20円附加の刑に処せられてしまっているところです(16歳以上20歳未満なので罪一等は減ぜられています(旧刑法81条)。なお,原審(金沢軽罪裁判所)では讒謗律5条が適用されてしまって,罰金6円でした。)。悪口を書いた似顔絵を兼六園入口の掲示板にさらされてしまったことが千阪県令の「悪事醜行」となるわけではないでしょうし,「国ヲ亡シ人民ヲ害スル」の徒呼ばわりすることが「事実ノ有無ヲ問」い得る具体的な「悪事醜行」を千阪県令について「摘発」することになるものでもないでしょう。

 

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