2021年07月

(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html

(中)ドイツ民法草案等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842106.html


4 旧民法

現行民法545条の旧民法における前身規定は,同法財産編4092項,421条,424条及び561条並びに同法財産取得編81条とされています(民法議事速記録第25108丁裏)。

 

 旧民法財産編4092項 解除ノ条件ノ成就スルトキハ当時者ヲシテ合意前ノ各自ノ地位ニ復セシム

  (フランス語文は前掲)

 

 旧民法財産編421条 凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス

  (Dans tout contrat synallagmatique, la condition résolutoire est toujours sous-entendue au profit de la partie qui a exécuté ses obligations ou qui offre de le faire, pour le cas où l’autre partie ne remplirait pas les siennes.

  此場合ニ於テ解除ハ当然行ハレス損害ヲ受ケタル一方ヨリ之ヲ請求スルコトヲ要ス然レトモ裁判所ハ第406条ニ従ヒ他ノ一方ニ恩恵上ノ期限ヲ許与スルコトヲ得

  (Dans ce cas, la résolution n’a pas lieu de plein droit: elle doit être demandée en justice par la partie lésée; mais le tribunal peut accorder à l’autre un délai de grâce, conformément à l’article 406.

 

 旧民法財産編424条 裁判上ニテ解除ヲ請求シ又ハ援用スル当事者ハ其受ケタル損害ノ賠償ヲ求ムルコトヲ得

  (La partie qui demande ou invoque la résolution, peut, en outre, obtenir la réparation du préjudice éprouvé.

 

 旧民法財産編561条 義務ハ第409条,第421条及ヒ第422条ニ従ヒ明示ニテ要約シタル解除又ハ裁判上得タル解除ニ因リテ消滅ス

  (Les obligations s’éteignent par la résolution ou résiliation, stipulée expressément ou obtenue en justice, conformément aux articles 409, 421 et 422.

  解除ヲ請求ス可キトキハ其解除訴権ハ通常ノ時効期間ニ従フ但法律ヲ以テ其期間ヲ短縮シタル場合ハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la résolution doit être demandée en justice, l’action résolutoire ne se prescrit que par le laps de temps de la prescription ordinaire, sauf le cas où la loi fixe un délai plus court.

 

 旧民法財産取得編81条〔売買の解除〕 当事者ノ一方カ上ニ定メタル義務其他特ニ負担スル義務ノ全部若クハ一分ノ履行ヲ欠キタルトキハ他ノ一方ハ財産編第421条乃至第424条ニ従ヒ裁判上ニテ契約ノ解除ヲ請求シ且損害アレハ其賠償ヲ要求スルコトヲ得

  (Si l’une des parties manque à remplir tout ou partie de ses obligations, telles qu’elles sont déterminées ci-dessus ou de toutes autres obligations auxquelles elle se serait spécialement soumise, l’autre peut demander en justice la résolution du contrat, avec indemnité de ses pertes, s’il y a lieu, conformément aux articles 421 à 424 du Livre des Biens.

  当事者カ解除ヲ明約シタルトキハ裁判所ハ恩恵期間ヲ許与シテ其解除ヲ延ヘシムルコトヲ得ス然レトモ此解除ハ履行ヲ欠キタル当事者ヲ遅滞ニ付シタルモ猶ホ履行セサルトキニ非サレハ当然其効力ヲ生セス

  (Si la résolution a été expressément stipulée entre les parties, le tribunal ne peut la retarder par la concession d’un délai de grâce; mais elle ne produit son effet de plein droit que si la partie qui manque à executer a été inutilement mise en demeure.

 

 我が旧民法の母法は,フランス民法です。2016101日より前の同法1183条及び1184条は,次のとおりでした。

 

Article 1183

La condition résolutoire est celle qui, lorsqu'elle s'accomplit, opère la révocation de l'obligation, et qui remet les choses au même état que si l'obligation n'avait pas existé.

  (解除条件は,それが成就したときに,債務の効力を失わせ,かつ,その債務が存在しなかった場合と同様の状態に事態を復元させるものである。)

Elle ne suspend point l'exécution de l'obligation ; elle oblige seulement le créancier à restituer ce qu'il a reçu, dans le cas où l'événement prévu par la condition arrive.

  (当該条件は,債務の履行を停止させない。それは,条件によって定められた事件が発生したときに,専ら債権者をして受領したものを返還させる。)

Article 1184

La condition résolutoire est toujours sous-entendue dans les contrats synallagmatiques, pour le cas où l'une des deux parties ne satisfera point à son engagement.

  (解除条件は,当事者の一方がその約束を何ら果さない場合について,双務契約に常に包含される。)

Dans ce cas, le contrat n'est point résolu de plein droit. La partie envers laquelle l'engagement n'a point été exécuté, a le choix ou de forcer l'autre à l'exécution de la convention lorsqu'elle est possible, ou d'en demander la résolution avec dommages et intérêts.

  (前項に規定する場合において,契約は当然解除されない。約束の履行を受けなかった当事者は,それが可能なときの合意の履行の強制又は損害賠償の請求と共にするその解除の請求を選択できる。)
La résolution doit être demandée en justice, et il peut être accordé au défendeur un délai selon les circonstances.

  (解除は裁判所に請求されなければならない。裁判所は,被告に対し,事情に応じた期限を許与することができる。)

 

(1)旧民法財産編4211

「凡ソ双務契約ニハ義務ヲ履行シ又ハ履行ノ言込ヲ為セル当事者ノ一方ノ利益ノ為メ他ノ一方ノ義務不履行ノ場合ニ於テ常ニ解除条件ヲ包含ス」という旧民法財産編4211項(及びフランス民法旧11841項)の規定は双務契約の当事者の意思を推定した規定のように思われますが,なかなか面白い。ボワソナアドの説くところを聴きましょう。

 

  394. 黙示の解除条件(condition résolutoire tacite)は,双務契約(contrats synallagmatiques ou bilatéraux)における特有の効果の一つであって,かつ,既に〔ボワソナアド草案〕第318条〔旧民法財産編297条〕に関して述べたとおり(第22項),この種別の契約に多大の利益を与えるものである。フランス民法は,これについての一般原則を第1184条において規定し,かつ,種々の特定の契約――特に売買(第1610条及び第1654条から第1657条まで)及び賃貸借(第1741条)――について特則を設けている。イタリア民法は,当該原則を同一の文言で規定している(第1165条)。これら両法典にはなおいくつかの規定の欠缺があったところ,本案においてはそれらが補正されている。

   債務不履行によって不便を被る当事者に対して法律によって与えられた(accordée par la loi)この解除は,非常に大きな恩恵である。当該当事者がなし得ることが当初の行為(action originaire)に限定された場合においては,債務者に係る他の債権者らとの競争を余儀なくされて当該債務者の支払不能の累を被ることがあり得るところである。彼は彼自身の債務全部の履行を強いられた上で,彼が受け取るべきものの一部しか受け取ることができなくなるかもしれないのである。しかし,解除の手段によって,彼は,合意がそもそもなかったような当初の地位を回復することができる。彼が彼自身の債務をまだ履行していないときには,彼は,その債務者を解放すると同時にまた解放されるのである。彼が既に履行していたときには,現物又は代替物をもって,彼は,引き渡した物の返還を請求することができる。例えば,彼の合意のみをもって既に所有権を移転し,その上当該不動産を引き渡した不動産の売主は,買主に既に占有を移転し,かつ,権原(証書:titres)を与えてしまっている。当該買主は,定まった期日に代金を弁済しない。当該売主は,解除によって,所有権を回復し,かつ,売った物の占有を再び得ることができる。この権利は,買主に係る他の債権者らに先んじて代金の弁済を受けるために,解除を請求することなしに,売った物の差押え及び再売却を実行できる同様に貴重な権利である先取特権に類似したところがある(… a de l’analogie)。しかし,その利点自体のゆえに,解除権は,買主と取引をする第三者が不意打ちのおそれを抱かないように,本来の先取特権と同様の公示に服するものである(〔ボワソナアド草案〕第1188条及び第1276条の2を見よ。)。

売られた物を引き渡す動産,食料及び商品の売主にとって,事情はしかく良好ではない。一般に,彼は,第三取得者又は他の債権者に対しても優先して,現物で当該目的物を回復することはできない。解除は,常に,彼に債権しか与えない。ただ,当初取り決められた代金額ではなく,売られた物の現在の価額――これは増価している可能性がある――を回復し得るところである。

動産の先取特権について規定する折には,更に売主の保護のための他の手段が整えられるであろう(フランス民法2102条第4号及び同商法576条並びに本草案11382項参照)。

目的物が彼にとって便宜の時に引き渡されず,又はそれが約束された状態ではなかったときには,売主についてのみならず買主にとっても解除は役立つ。しかしながら,彼が既に代金を支払っていた場合は,その回復のために彼は,何らの先取特権もなしに,一般債権しか有しない。というのは,彼が支払った代金は,売主のもとで他の財貨と混和してしまっているからである。したがって,彼は,売主に支払能力があるときにのみ解除を用いることになる。しかしながら,売主の支払不能を知らずにうっかり解除してしまった場合には,彼は,少なくとも代金の返還までは留置権を行使することができるであろう(〔ボワソナアド草案〕第1096条を見よ。)。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Nouvelle Édition, Tome Deuxisième, Droits Personnels et Obligations. Tokio, 1891. pp.454-456。なお,平井一雄「解除の効果についての覚書」獨協法学9号(197710月)50-51頁)

 

暗黙の解除条件の制度は,法律によって与えられたものとされていますが,「解除条件は,当事者の蓋然的意思の法律による解釈(par une interprétation faite par la loi de l’intention probable des parties)以外のものによって双務契約に付与されたものではない」ところです(Boissonade, p.458)。なお,「したがって,彼らは反対の意思を表示することができる。履行に係るこの保証は,公序(ordre public)に属するものではないからである。しかし,法律上の推定(présomption légale)を覆すためには,彼らは明白にその旨の放棄をしなければならない。」とされます(ibid.)。

契約の解除を先取特権と類似のものとして説明するというボワソナアドの視角は独創的なものであるようにも思われます。この点については,「なお,ボワソナードの見解が「黙示の解除条件」の法的基礎として,部分的にではあれ,先取特権の一種という解除条件の枠組みからは外れた法理論に依拠・連関していた実際の理由としては,わが国における(旧)民法典施行後の実務および理論上の参考に供するために,このような理論を示したのではないかとも思われる。法典施行後(法典論争の結果,旧民法典の施行は実現しなかったが),裁判上の解除として解除訴訟に現れることが容易に予想される紛争類型(不動産売買の解除事案)についてのみ,踏み込んだ先取特権〔と〕いう法的基礎を示したと考えられなくもない。だが,この点はあくまで筆者の推測の域を出ない。」と評されています(福本忍「ボワソナード旧民法典草案(Projet)における法定解除の法的基礎――『プロジェ・初版』を分析素材として――」九州国際大学法学論集23123号(20173月)295-296頁・註82)。ところで,ボワソナアドの説くところを読みつつ,筆者は,古代ローマにおける「契約責任の変貌」に関する次の文章を想起していたところでした。

 

  不履行の場合に何を請求しうるかであるが,この点でも原則が変化するわけではないにかかわらず実際には少しずつ今までにはありえなかった関心が浮上していく。農場を売ったとしよう。引き渡したが代金が支払われない。代金支払いについて過失を論ずる余地は少ないから,故意責任,そして重い懲罰的損害賠償,という筋道になる。こういう場合売った農場を取り戻そうという関心は希薄であろう。売った以上金銭を欲したはずである。ところがやがてその農場自体を取り戻したいという関心が生まれる。まさにそれしかないそれを別に売りたい,そしてまた賠償を取りたくとも相手に他に資産はなく,それを他の債権者と分けるなどまっぴらごめんだ,等々。売っておきながら反対方向の金銭の流れとの関係で紐つきであるという,あの観念の再浮上でもある。同時履行の抗弁権という諾成契約に相応しからぬ観念が,しかも契約当事者間の信義の名のもとに,生まれてくる事情でもある。

  〔略〕契約を一方当事者の主張に基づいて解消するという関心が現れる。引渡をしてしまっていても契約さえ解消できれば所有権は移らない。ここからはrei vindicatio〔所有権に基づく返還請求〕が使えるではないか,というのである。所有権者が半分纏っていたbona fidesの衣装をかなぐり捨てる瞬間である。〔後略〕

(木庭146-147頁)

 

 こうしてみると,ボワソナアドの視角は,むしろ正統的なものであったといい得るようです。

 なお,旧民法財産編4092項が解除条件成就の効果は合意前に遡及するものとしていましたから,旧民法財産編4211項の解除の効果も遡及したわけでしょう。また,旧民法財産編4211項の「義務不履行」状態にあると認められる者には,同条2項に係るボワソナアド解説によれば,「障碍に遮られた誠意ある債務者(débiteur embarrassé et de bonne foi)」も含まれたようです(Boissonade, p.458)。裁判所による恩恵上の期限の許与は,このような債務者に対してされるべきものと説かれています(ibid.)。

 

(2)旧民法財産編424

 旧民法財産編424条の損害ノ賠償と民法5454項の損害賠償との関係も難しい。

民法5454項の損害賠償については,「その性質は,債務不履行による損害賠償請求権であつて,解除の遡及効にもかかわらずなお存続するものと解すべきである。近時の通説である(スイス債務法と同様に消極的契約利益の賠償と解する少数の説もある〔略〕)。判例は,以前には,債権者を保護するために政策的に認められるものといつたことなどもあるが(大判大正610271867頁など(判民大正10年度78事件我妻評釈参照)),その後には,大体において,債権者を保護するために債務不履行の責任が残存するものだと解している(大判昭和8224251頁,同昭和86131437頁など)」ところであって(我妻200頁),「填補賠償額を算定する標準は,抽象的にいえば,契約が履行されたと同様の利益――履行期に履行されて,債権者の手に入つたと同様の利益――であつて,債務不履行の一般原則に従う」ものとされています(我妻201-202頁)。

これに対して,旧民法財産編424条の損害ノ賠償に関してボワソナアドが説くところは,異なります。いわく,「法は解除した当事者に「其受ケタル損害ノ賠償(la réparation du préjudice éprouvé)」しか認めず,かつ,得べかりし利益(gain manqués)の賠償は認めていないことが注目される。また,法は,通常用いられる表現であって,「その被った損失及び得られなかった得べかりし利益(la perte éprouvée et le gain manqué)」を含むところの(〔ボワソナアド草案〕第405条)dommages-intérêtsとの表現を避けている。実際のところ,解除をした者がその合意からの解放とそれから期待していた利益とを同時に得るということは,理性及び衡平に反することになろう。彼が第三者との新しい合意において得ることのできる当該利益を,彼が2度得ることはできない。日本の法案は,このように規定することによって,通常の形式(la formule ordinaire)に従って“des dommages-intérêts”を与えるものとする外国法典においては深刻な疑問を生ぜしめるであろう問題を断ち切ったものである。」と(Boissonade, p.461。なお,平井51-52頁)。「解除は事態を合意より前の時点の状態に置くことをその目的とするものの,当該結果は常に可能であるものではない。」ということですから(Boissonade, p.460),原状回復を超えた損害賠償は認められないということでしょう。すなわち,「解除に伴う損害賠償の範囲は,現物が返還された場合であれ,返還不能で価格による償還の場合であれ,解除時における目的物の客観的価格が限度」になるものと考えられていたようです(平井52頁)。

ボワソナアドの口吻であると,フランス民法旧11842項の損害賠償についても,得べかりし利益の賠償を含まず,かつ,原状回復が上限であるものと解するのが正しい,ということになるようです。我が旧民法及びフランス民法に係るボワソナアドの当該解釈を前提とすると,民法5454項に関して「わが民法は,フランス民法・旧民法に由来し,債務不履行により損害の生じた以上民法415条によりこれを賠償すべきものとの趣旨で,ただ反対の立法例もあるので念のため規定したとされる。」と言い切ること(星野Ⅳ・93頁。下線は筆者によるもの)はなかなか難しい。梅謙次郎は対照すべき条文として旧民法財産編424条を掲げつつ,民法5454項に関して「当事者ノ一方カ其不履行ニ因リテ相手方ニ損害ヲ生セシメタルトキハ必ス之ヲ賠償スヘキコト第415条ノ規定スル所ナリ而シテ是レ契約ノ解除ニ因リテ変更ヲ受クヘキ所ニ非サルナリ故ニ当事者ノ一方ノ不履行ニ因リテ相手者カ解除権ヲ行ヒタル場合ニ於テハ其解除ノ一般ノ効力ノ外相手方ヲシテ其不履行ヨリ生スル一切ノ損害ヲ賠償セシムルコトヲ得ヘシ(契約上ノ解除権ヲ行使スル場合其他不履行ニ因ラサル解除ノ場合ニ在リテモ若シ同時ニ契約ノ全部又ハ一部ノ不履行ノ事実アルトキハ同シク賠償ノ責ヲ生スルモノトス)」と述べていますが(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)453頁・454-455頁),ここでの旧民法財産編424条は,飽くまで単に対照されるだけのものだったのでしょう。

なお,穂積陳重の「既成法典〔すなわち旧民法〕抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス」との前記発言は,文言上解除と損害ノ賠償とが併存している旧民法財産編424条の存在を前提とすると理解が難しく,あるいは選択云々ということであればフランス民法旧11842項に関する言い間違いということになるのでしょうか。それとも,旧民法財産編424条の損害ノ賠償をボワソナアド流に正解した上で,同条の損害ノ賠償は原状回復の一部であって本来の損害賠償ではない,という判断が前提としてあったのでしょうか。

 

(3)旧民法財産編412

ところで,法典調査会の民法議事速記録にも梅謙次郎の『民法要義』にも民法545条に関して参照すべきものとして挙げられていないものの,なお同条に関して参考となるべき条文として旧民法財産編412条があります。

 

 旧民法財産編412条 条件ノ成就シタルトキハ物又ハ金銭ヲ引渡シ又ハ返還ス可キ当事者ハ其成就セサル間ニ収取シ又ハ満期ト為レル果実若クハ利息ヲ交付スルコトヲ要ス但当事者間ニ反対ノ意思アル証拠カ事情ヨリ生スルトキハ此限ニ在ラス

  (Lorsque la condition est accomplie, celle des parties qui doit livrer ou restituer une chose ou une somme d’argent doit en fournir les fruits ou intérêts perçus ou échus dans l’intervalle, à moins que la preuve d’une intention contraire des parties ne résulte des circonstances.

 

 ボワソナアドの解説は,次のとおり。

 

371. 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,暫定的に収取される(intérimaires)果実及び利息について規定し,解除の効果を全からしめる。フランス及びイタリアの法典はひとしくこの点について沈黙しており,意見の相違をもたらしている。

 本案は,解除の自然な帰結をたどるものである。もし,解除が直接的なもので,かつ,移転された権利の受領者に対して成就したのであれば,同人は,一定の占有期間中において目的物の果実及び産物を収取できたのであるから,それらを返還する。他方,譲渡人は,代金を受領することができたのであるから,その利息を返還する。もし,停止条件の成就によって解除が間接的に作用するときは〔筆者註:旧民法では停止条件付法律行為の効力もその成立時に遡及し(同法財産編4091項),(遡及的)解除条件付法律行為の場合の裏返しのような形で,法律行為成立時と条件成就時との間における当事者間の法律関係が変動しました。〕,権利を譲渡した者は目的物を収取された果実と共に引き渡し,受領者は代金を利息と共に支払う。かくして事態は,第1の場合においては解除条件付合意がされなかった場合においてあるべきであった状態に至り,第2の場合においては停止条件付合意が無条件かつ単純であった場合においてあるべきであった状態に至る。

 〔ボワソナアド草案〕第432条〔すなわち旧民法財産編412条〕は,上記の解決を与えつつも,当事者の意図するところによって変更が可能であることを認める。実際にも,単純処理の目的のために,明示又は黙示に,条件の成否未定の間に一方当事者によって収取された果実を他方当事者から受領すべき代金の利息と相殺するように両当事者が認めることは可能である。当該相殺は,フランスにおいては遺憾にも,例外ではなくむしろ一般準則として認められているところであるが,日本においては裁判所によって極めて容易に認められるであろう。特に,合意と条件の成否決定との間の期間が長期にわたるときである。しかしながら,これは常に,状況によりもたらされた例外と観念されなければならない。

Boissonade, p.434

 

 フランス及びイタリア両民法には規定がなかったということで,穂積陳重はドイツ民法草案を参照したのでしょう。旧民法財産編412条は契約の解除の場合についてではなく条件成就の場合一般に係る規定である建前であったので,民法545条に係る参照条文とはされなかったものでしょうか。

 

跋 2021年の夏

 と以上長々と書いてきて,いささか収拾がつかなくなってきました。

 ここで原点に帰って,筆者の問題意識を再確認しておきましょう。

 そもそも本記事を起稿したのは,2021年夏の東京オリンピック大会開催に関する「開催都市契約に係るスイス債務法の適用等に関する走り書き(後編)」記事の「追記2:放送に関する払戻し契約」において(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078653594.html),平成29年法律第44号による民法改正を解説する筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)の228頁(注3)における民法536条新1項に係る御当局流解釈論を紹介したことが発端です。すなわち,当該解釈論によれば,民法536条新1項においては「債権者は履行拒絶権がある反対給付債務の履行を常に拒絶することができるのであり,このような履行拒絶権の内容からすると,この場合の反対給付債務については,そもそも給付保持を認める必要すらないことから,債務としては存在しないのと同様に評価することができる。そのため,新法においても,旧法と同様に,債権者は,既に反対給付債務を履行していたときには,不当利得として,給付したものの返還を請求することができると解される」ものとされ(下線は筆者によるもの),債務者は,原則的には「その利益の存する限度において」当該利益を返還する義務を負うことになるわけですが(民法703条),ここで債権者が一声「あなたは債務を履行することができなくなっていますから,この契約を解除します。」と債務者に契約解除の意思表示をすれば(同法54211号,5401項),債務者は債権者を「原状に復させる義務を負」い,かつ,受領の時からの金銭の利息の支払及び受領物から生じた果実の返還もしなければならないことになるわけです(同法5451-3項)。要するに,「契約解除」の単なる一声で,返還を受け得るものの範囲が結構増加することになります(民法703条と545条との違い)。実務上は,合理的な債権者としてはなるべく一声添えて契約の解除構成とし,債務者に対し,給付したものに係るより多くの返還の請求をすることになるのでしょうが(裁判所の対応としては,契約の解除構成でも不当利得構成でもよい,ということにはなるのでしょう。),たった一声で結果に大きな差が出るのは奇妙ではあり,実用法学論はともかくも,そもそも本来的にはどちらが「正しい」構成なのかしら,という危険な好奇心を抱いてしまったところです(「正しさ」の追求は,おおむね剣呑です。)。

 ということで,契約の解除の効果に係る民法545条を,最近筆者に対して気難しく反抗的な机上のPCをなだめつすかしつ,『法典調査会民法議事速記録』等を参照しながら調べ始めてみたわけです。

 民法545条の原状回復義務は,沿革的には次のように説明されるのでしょう。

契約の解除制度を構築する際,既にあった解除条件付法律行為の制度に拠ったところ(フランス民法旧11841項,旧民法財産編4211項),当時の解除条件成就の効果は法律行為成立以前に遡及するものであったため(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項。民法1272項とは異なる。),契約の解除の効果として旧民法財産編412条的な原状回復義務が疑問なく当然のものとして取り入れられ(ドイツ民法第一草案42712項,ドイツ民法第二草案298条),それがそのまま残っている,ということでしょうか。契約の解除の制度なるものに係る抽象的かつ超越的な「本質」に基づくものではないのでしょう。

遡及的解除条件の双務契約への付加及びその成就の効果は当事者の意思の推定に基づくものとされていたもののようです。しかし,当該条件付加の目的は,ボワソナアドとしては担保物権的効果を主眼としていたようであって(以上本記事41)参照),その点では,原状回復義務は債権でしかない限りにおいては重視されなかったということになるようです。確かに,原状回復債権以前に本来の契約に基づく債権があったのであって,まずはその担保の心配をせよ,ということになるものでしょうか。また,契約の解除が民法5361項の場面に闖入するに至った原因は平成29年法律第44号による改正によって契約の解除に債務者の帰責事由を不要としたからなのですが,当該改正の理由は,債権者が「契約を解除してその拘束力を免れること」をより容易にするということのようであって(筒井=村松234頁等),契約の解除の効能としては,それに伴うところの原状回復には重きが置かれていないようです(そもそも,契約が履行されていたなら得たであろう利益(履行利益)の賠償を民法5454項の損害賠償として認める解釈は,契約が締結されなかった状態に戻すはずのものである同条1-3項にいう原状回復とは食い合わせが悪いところです。)。「解除の機能は,相手が債務不履行に陥った場合に,債権者を反対債務から解放し,債務者の遅れた履行を封じ,あるいは,自らが先履行して引き渡した目的物の取り戻しを認めることによって,債権者を保護することにある。」と説かれています(内田85-86頁)。契約の解除制度の主要目的が債権の担保及び契約の拘束力からの離脱という,これからどうする的問題のみに係るものであれば,契約の成立時からその解除時までの期間における法的効力及び効果をあえて後ろ向きに剥奪しようとする債権的な原状回復の努力は,どうも当該主要目的に正確に正対したものとはいえず,過剰感のあるものともいい得るように思われます。

 契約の解除制度の基礎付けを契約当事者の意思に置く場合,民法5361項の場面において,債務者が既に受領していた反対給付に係る返還義務を契約の解除に基づく原状回復義務とすることも(従前は不当利得に基づく返還義務でした。),契約当事者の意思の範囲内にあるものと観念し得るかどうか。202041日以降の当事者の意思は制度的にそうなのだ(平成29年法律第44号附則32条),と言われればそういうことにはなるのでしょう。そうだとすると,民法536条新1項に係る御当局流の解釈論は,契約が解除されるまでは当該契約に基づき既受領の反対給付を債務者は当然保持できるのだ,との契約当事者の意思もまた措定される場合,当該意思を余りにも軽んずるものであるとされてはしまわないものでしょうか。

 以下余談。

 話題を開催都市契約ないしは放送に関する払戻し契約関係から,東京オリンピック大会開催下(2021年夏)の我が国の情態いかんに移せば,これに関しては,新型コロナウィルス感染症の「感染爆発」下にあって,我々は80年ほど前のいつか来た道を再び歩んでいるのではないか,と懸念する声もあるようです。

 しかし,ちょうど80年前の19417月末の我が国の指導者に比べれば,現在の我が国の政治家・国民ははるかに立派です。

 1941730日水曜日の午前,昭和天皇と杉山元参謀総長(陸軍)とのやり取りにいわく。

  

  また天皇は,南部仏印進駐の結果,経済的圧迫を受けるに至りしことを御指摘になる。参謀総長より予期していたところにして当然と思う旨の奉答を受けられたため,予期しながら事前に奏上なきことを叱責される。(宮内庁『昭和天皇実録 第八』(東京書籍・2016年)445頁)

 

前年行った北部仏印進駐でも足らずに19417月にまた南部仏印進駐を更に行い,これに対して発動された関係諸国の経済的圧迫がけしからぬあの「ABCD包囲網」であるということで同年12月の対米英蘭開戦の災いに立ち至ったはずなのですが,いや,こういうことをしちゃえば当然ヤバくなることは分かっていました,と当の責任者からしゃあしゃあと言われると腹が立ちます。

前年以来重ねて緊急事態宣言を発しているにもかかわらず感染状況が改善しないところ,他方累次の宣言等によって国民が「経済的圧迫を受けるに至りしこと」を担当国務大臣に対して指摘すると,「予期していたところにして当然と思う」という他人事のような回答が返って来た,という悲劇には,今日の日本はまだ見舞われてはいないようです。

同じ1941730日の午後,今度は永野修身軍令部総長(海軍)です。

 

 永野より,前総長〔伏見宮博恭王〕と同様,できる限り戦争を回避したきも,三国同盟がある以上日米国交調整は不可能であること,その結果として石油の供給源を喪失することになれば,石油の現貯蔵量は2年分のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかない旨の奉答を受けられる。天皇は,日米戦争の場合の結果如何につき御下問になり,提出された書面に記載の勝利の説明を信じるも,日本海海戦の如き大勝利は困難なるべき旨を述べられる。軍令部総長より,大勝利は勿論,勝ち得るや否やも覚束なき旨の奉答をお聞きになる。(宮内庁445-446頁)

 

 衆議院議員の任期満了まで2月余のみにしてジリ貧に陥るため,むしろこの際打って出るほかないとて,感染制圧に至る旨の説明が記載された書類と共に勇ましい新規大型施策の提案があったところ,その担当部署の長に対して「難しいんじゃないの」と牽制球を投げてみると,いや撲滅はもちろん効果があるかどうかも覚束ないんですとあっさり告白されてしまえば,脱力以前に深刻な事態です。しかし,このような漫画的事態(とはいえ,告白してしまっておけば,確実視される当該施策失敗の際に責任を負うのは,提案者ではなく採用者であるということにはなります。)が現在の永田町・霞が関のエリートによって展開されているということは,およそ考えられません。

 19417月末の大元帥とその両幕僚長との悲喜劇的やり取りにかんがみると,その4年後に我が民法等の立法資料の原本が甲府において灰燼に帰してしまうに至った成り行きも,何だか分かるような気がします。

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(上)『法典調査会民法議事速記録』等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842084.html


2 ドイツ民法草案

ところで,穂積陳重は我が民法545条の原案起草に当たってドイツ民法草案を参考にしたようですが(参照条文として,ドイツ帝国のものとしては,ドイツ民法第一草案427条,同第二草案298条,同商法354条,プロイセン国法第1部第11331条,ザクセン法911条から914条まで及び1109条並びにバイエルン草案第2326条,362条及び368条が挙げられています(民法議事速記録第25109丁表)。),ドイツ民法の当該草案はどのようなもので,当時のドイツにおける議論はどのようなものだったのでしょうか。

 

(1)ドイツ民法第一草案427

まず,1888年のドイツ民法第一草案427条。

 

  Der Rücktritt bewirkt, daß die Vertragschließenden unter einander so berechtigt und verpflichtet sind, wie wenn der Vertrag nicht geschlossen worden wäre, insbesondere, daß kein Theil eine nach dem Vertrage ihm gebührende Leistung in Anspruch nehmen kann, und daß jeder Theil verpflichtet ist, dem anderen Theile die empfangenen Leistungen zurückzugewähren.

 (解除により,契約締結者は相互に,当該契約が締結されなかった場合と同様の権利を有し,及び義務を負う状態となる。特に,いずれの当事者も当該契約により同人に与えられる給付を請求することはできず,かつ,各当事者は受領した給付を相手方に返還する義務を負う。)

   Eine empfangene Geldsumme ist mit Zinsen von der Zeit des Empfanges an, andere Gegenstände sind mit Zuwachs und allen Nutzungen zurückzugewähren, auch ist wegen der nicht gezogenen Nutzungen und wegen Verschlechterungen Ersatz zu leisten, soweit bei Anwendung der Sorgfalt eines ordentlichen Hausvaters die Nutzungen gezogen und die Verschlechterungen abgewendet worden sein würden.

  (受領された金額は受領の時からの利息と共に,他の目的物は増加及び全ての収益と共に返還されるべきものである。善き家庭の父の注意を尽くせば利益が収取され,及び劣化が回避されたであろう限りにおいて,収取されなかった利益及び劣化に係る代償も給付されるべきものである。)

   Wegen Verwendungen hat der zur Zurückgabe Verpflichtete die Rechte, welche dem Besitzer gegen den Eigenthümer zustehen.

  (支出した費用について,返還義務者は,占有者が所有者に対して有する権利を有する。)

   Kann der Empfänger einen Gegenstand nicht zurückgewähren, so ist er zur Ersatzleistung nur dann nicht verpflichtet, wenn ihm weder Vorsatz noch Fahrlässigkeit zur Last fällt.

  (受領者は,受領物を返還できない場合においては,故意及び過失が同人に帰せられないときに限り,代償給付の義務を負わない。)

 

 第一草案理由書(Motive)は,同条について次のように解説します。

 

  〔前略〕解除の意思表示(Rücktrittserklärung)によって,直接,両当事者のために(第426条第1項及び第2項),あたかも当該契約が締結されなかったごとくに,当該契約に基づく請求に対する独立の(時効にかからない)抗弁並びに返還に係る人的(persönlich)請求権及び人的義務が生ぜしめられる。原状回復義務(obligatio ad restituendum in integrum)である。債権的返還請求権に係る(des obligatorischen Restitutionsanspruches)この規格化は,解除の訴え(Wandelungsklage)に関係するところの権利と連結している(ヴィントシャイト394条第2,ザクセン法914条以下)。〔中略〕当該原則の定立と共に本案は,疑わしいときは解除による解除条件(Resolutivbedingung des Rücktrittes)の下に契約は締結されたものとみなされるという観念に――現存の諸法律においては,解除の効果を解除条件の成就に係る規定によって規整することは一般的ではなく,あるいは解除条件の成就がその結果として返還義務(die Verpflichtung zur Restitution)しかもたらさないにもかかわらず――規範として(für die Regel)依拠している通用の法律とは,その点において異なっているのである(ヴィントシャイト323条,プロイセン国法第1部第11331条,332条及び272条以下,フランス民法1184条,オーストリア法919条,1083条及び1084条,ザクセン法1107条以下,1111条,1115条,1436条及び1438条,スイス法1783項,ヘッセン草案第4部第251条,56条,57条,58条,59条以下,62条及び69-71条,バイエルン草案356条,362条,363条,364条,365条,368条,369条及び374-376条並びにドレスデン草案457条,459-463条,468条,473条,132条及び134条を見よ。)。取引の安全は,解除条件の帰結(当然直ちに生ずる(ipso jure)財産権の復帰,物権的拘束)を遠ざけておくことを要求する。本案の原則――これにより解除(Rücktritt)は当事者間における債権的法律関係のみを生じさせ,また,それにより同人らの間では契約がその効力において遡及的に(rückwärts)廃されるもの――は,両当事者の意思(Intention)の規則についてと同様,解除権の本質にもふさわしいものである。もし解除の意思表示が解除条件として働くのならば,両当事者はそのことを特約していなければならない。他者の債権に係る第三取得者の悪意は当該取得を妨げもせず当該取得者に損害賠償の義務を負わせないものとする本案の原則及び更に原理からは,同時に,解除権者は第三取得者に対して何らの請求権も有しないということが帰結される。

   第2項の規定は,原則の敷衍を含むとともに,そこにおいて,契約に基づきなされた給付は,単に理由なしにされたものとして返還請求権の規則に従って返還請求され得るものではないという当該原則の意味を明らかにする。原状回復への拘束から(Aus der Verbindlichkeit zur Herstellung des früheren Zustandes),相手方からと同様,解除権者から,受領した金額は受領した時からの利息(第217条)と共に,他の目的物は増加(第782条以下)及び全ての利益(第793条)と共に返還請求されるべきものであることが帰結される。当該原則により,返還義務者は,相手方を,具体的な状況により必要となるところの,契約がそもそも締結されなかったかのような状態に戻すための措置をするよう義務付けられる。当該契約に基づき生ずることとなった拘束からの解放及び当該契約に基づきなされた役務に対する代償給付もこれに属する。当初から解除(Rücktritt)の可能性が存在したということに鑑み,更に,各契約締結者の解除前からのものを含む過失に対する責任が理由付けられることとともに,このことから,善き家庭の父の注意を尽くせば利益が収取され,劣化が回避されたであろう限りにおいて,収取されなかった利益の又は劣化に係る代償給付の義務が帰結される。費用支出に基づき,返還義務者には,所有権主張者に対する占有者に帰属するものと同じ権利が認められる(第3項,第936条以下。ザクセン法1109条,1115条,1436条及び913条,ヘッセン草案第4部第157条,62条及び71条並びに第4部第2172条及び173条,バイエルン草案326条,362条,368条及び376条並びにドレスデン草案182条,168条,169条,460条以下及び473条参照)。第4項の規定は,既述の原理の帰結を述べるにすぎない。すなわち,ここにおいても,返還の不能(Unmöglichkeit)は,羈束からの解放としてのみ観念されるべきものなのである。

 

怪し気な翻訳ですが,要は,解約の解除の効果に係る理論構成としては間接効果説であり(「間接効果説は,解除によつて,未履行の債務については,履行を拒絶する抗弁権を生じ,既履行のものについては,新たに返還債務を生ずると説く」(我妻190頁)。),フランス民法11841項及び我が旧民法財産編4211項流の双務契約に解除条件が包含されているものとする構成は採らないということのようです。(なお,フランス及び我が国においては,解除条件は本来遡及効を有していたものです(フランス民法11831項,旧民法財産編4092項)。民法1272項が条件に遡及効がないことにしたのは,「当事者ノ意思及ヒ実際ノ便宜ヨリ之ヲ考フレハ或ハ其効力ヲ既往ニ遡ラシムルヲ可トスヘキカ」と悩みつつも,「一ニハ現在ノ事実ノ効力カ既往ニ遡ルハ普通ノ法理ニ反スルモノナルト一ニハ其効力カ既往ニ遡ルカ為メ第三者ノ権利ヲ攪乱シ又当事者間ニ於テモ既往ノ事実ニ変更ヲ生セシムルニ至リ大ニ不便ヲ感スルコトナシトセサルトヲ以テナリ」との理由であるそうです(梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之一 総則編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1911年)332-333頁)。無論,これについては当事者の意思により変更が可能です(民法1273項)。)

 

(2)ドイツ民法第二草案298

1894-95年のドイツ民法第二草案298条は次のようになっています。

 

   Hat sich bei einem Vertrag ein Theil den Rücktritt vorbehalten, so sind die Parteien, wenn der Rücktritt erfolgt, unter einander so verpflichtet, wie wenn der Vertrag nicht geschlossen wäre. Jeder Theil ist berechtigt, die ihm nach dem Vertrag obliegende Leistung zu verweigern, und verpflichtet, eine empfangene Leistung zurückzugewähren. Für geleistete Dienste sowie für die Ueberlassung des Gebrauchs oder der Benutzung einer Sache ist der Werth zu vergüten.

  (契約において一当事者が解除を留保している場合において,解除がされたときには,両当事者は,当該契約が締結されなかった場合と同様の相互の義務関係にあることとなる。各当事者は,当該契約によって同人に義務付けられた給付をすることを拒む権利を有し,かつ,受領した給付を返還する義務を負う。提供された役務に対して,及び物の使用又は収益の許与に対しては,価額が償還されるものとする。)

   Die Ansprüche auf Herausgabe oder Vergütung von Nutzungen sowie auf Schadensersatz wegen Unterganges oder Verschlechterung und der Anspruch auf Ersatz von Verwendungen bestimmen sich nach den Vorschriften, welche für das Verhältniß zwischen dem Eigenthümer und dem Besitzer vom Eintritte der Rechtshängigkeit des Eigenthumsanspruchs an gelten. Eine Geldsumme ist von der Zeit des Empfanges an zu verzinsen.

  (返還及び収益の償還並びに滅失又は劣化に係る損害賠償の請求並びに費用償還の請求については,本権に係る訴訟が係属してからの所有者と占有者との関係に係る規定の例による。受領の時から利息額が生ずるものとする。)

 

1項においては,未履行債務に対する抗弁構成が明確化されています。ドイツ民法第二草案までの段階では,いわゆる直接効果説の影は極めて薄いところでした。

 第一草案に関する議事録を見ると,次のような議論がされています(Protokolle 93. VI)。

 

427条について,次の提案がされた。

1. 第一草案の規定は,次の条項によって置き換えられるべきである。

 

   契約において一当事者が解除を留保している場合においては,解除は,当該契約を原因とする債務関係が消滅(erlischt)するという効力(Wirkung)を有する。両当事者は,当該契約が締結されなかった場合と同様の相互の義務関係にあることとなる。

   各当事者は,相手方に対し,受領した給付を返還する義務を負う。受領された金額は受領の時からの利息と共に償還されるものとし,他の物は増加及び全ての収益と共に返還されるものとする。受領された役務の給付に対しては,給付の時の価額が償還されるものとする。

   収取されなかった収益に関して,返還されるべき物の維持及び保管の責任に関して,並びに当該物に係る費用に関しては,本権に係る訴訟が係属してからの所有者と占有者との法律関係に係る規定が準用される。

 

2. 上記の提案については,第2項の第2文は削られるべきであり,第3項の最初の部分は「返還及び収益の償還に関して,」云々とされるべきであり,第3項に「受領された金額については,受領の時から利息が支払われるものとする。」との文が加えられるべきである。

 

   a) 第1の提案は,その第1文において,第一草案と次の点で相違する。すなわち,当該提案は,契約を原因とする債務関係を解除によって消滅させるものとしているのに対し,第一草案においては,債務関係は存続し,かつ,解除に基づいては抗弁のみが与えられるべきものとされている。当該提案のためには,次のように論じられた。

   第一草案における法律構成の基礎たる前提は,両当事者は当該契約はもはや存在しないものとして振る舞うべきものとしているにもかかわらず契約は存続するというものであるが,自然な理解に反するものである。実体法的抗弁は不可欠の法形式ではあるが,時効と同じようにそれと共に特別の目的が達成されるべき場合においてのみ援用されるものである。ここにおいては,当該法形式を用いる必要性が認められない。第一草案理由書281頁〔前記引用部分〕は,第一草案の奇異の感じを抱かせる法律構成を正当化するに当たって,解除が直接作用すること(die unmittelbare Wirkung des Rücktritts)は,債務の履行のためにされた物権行為(所有権の移転,地役権の設定等)を解除条件に適用される原理によって無効化し,かくして取引の安全を危殆化するという事態をもたらすという理由付けをもってした。これは誤りである。直接廃棄されるものは,債務関係,すなわち有因行為のみである。有因行為のためになされた物権関係の変動はそれとして存続し,両当事者は,しかし,反対の法律行為をもってそれを取り除くことを義務付けられるのである。解除後になお再び契約関係についてそのままにしておこうと両当事者が欲する場合において新たな契約の締結を省略することができるという点においても,第一草案の法律構成の利点なるものを認めることはできない。実行された解除を取り除くためには,その都度契約が必要である。解除によって廃棄された契約の有効化のためには一定の形式が必要である場合においても,無形式の合意をもって再び効力を持たせることは認められ得ないのである。

   当該陳述に対しては次のような異議があった。いわく,提案された規定は,物権契約に対する(債務関係法の外においても)その適用において,第一草案理由書において定められた原則からすると受け容れることができないものと思われると。これに対しては,もちろん,物権契約に関してはそもそも解除について論ずることはできないとの見解が主張された。当該見解も,専ら他の側から争われた。また,同時に,提案された文は「債務関係」との語が既に示しているように債権契約についてのみ関係するものである,という点にも注意喚起がされた。多数の者は当該理解に傾きつつも,第1の提案がその第1文において意図した第一草案の変更には大きな意義を見出さなかった。

   変更案は却下された。

   その理由は以下のとおりである。

   実務的には,ある必要な形式及びその費用の支出を繰り返すことによる契約の更新の省略が,第一草案によればなされる,ということがせいぜい考慮され得るにすぎない。この点を重視しないのであれば,問題は,第1の提案における専ら理論的な第1文が表現しようとする法律構成の相違のみにかかわる。双方の法律構成に対して,正当化の弁が述べられた。第1の提案の法律構成の方が自然な理解に近いということについては,疑いが存する。両当事者の見解によればむしろ,留保された解除が実行されたときは,当該契約はその時から消滅するのではなく,遡及的に無効となるのである(der Vertrag nicht erst von jetzt an erlöschen, sondern rückwärts hinfällig werden)。当該見解に対して,第一草案は,全体的にではないとしても,物権的効力(dingliche Wirkung)が〔契約の〕消滅について(dem Erlöschen)遡って(ex tunc)認められる,という顧慮をしているところである。

   b) 第一草案の第1項は――第1の提案は実質的にはその第1文においてのみ相違していたところであるが,同文の却下後――承認された。

   第2項については,他の点では専ら字句修正的な第2の提案が,「増加と共に(mit Zuwachs)」の文字を削るべきものとしている。

   これに関して委員会は,以下のように考慮した上,同意を表明した。

   増加の概念は,何の問題もなしに自明のものであるものではないし,いずれにせよここにおいては不可欠ではない。当該概念を第1878条において維持することを欲し,かつ,そうしなければならないのであれば,その旨留保することができる。第427条のためには,土地の構成物に関する一般規定――というのは,少なくとも主だったところでは,それについてのみ増加が問題となり得るからである(プロイセン国法第1部第9222条)――で申し分なく十分である。土地が返還されなければならない場合においては,それはその全ての構成物と共に返還されるべきことは自明のことである。第2項において増加を特に強調することは,費用をかけて生じた増加に第3項の適用があることを分かりにくくする。

   c) 第1の提案の第2項第2(ママ)文において提案された,受領された役務の給付は返還されるべきものとする,種類に関する第一草案に対する補充は承認された。

   第3項については,実質的に異議は唱えられなかった。

   d) 第4項は,第1の提案に倣って削られた。ここで示された規定は,第一草案の第2項及び第3項の条文が第1の提案の第3項によってこうむった変容を通じて大部分カヴァーされているとみなされ,また,部分的には,第429条がより分かりやすく表現していること〔「解除権者が受領した物がその責めに帰すべからざる事由によって滅失したときは,解除権はなお存続する。」〕と同じことを述べている限りにおいて,当該パラグラフとの関係では余計なものとみなされる。

 

契約の解除による消滅,ということはさすがになおも由々しいものだったのでしょうか。ローマ法について,「bona fides上,契約はたとえ不履行があっても一方当事者から解消しうるものではないし,不履行に備えるためにこそ,契約は存在していなくてはならない。当事者の意思のみによる解除の制度はついにローマ法では登場しない」と説かれています(木庭顕『新版ローマ法案内 現代の法律家のために』(勁草書房・2017年)147頁)。

なお,ローマ法上の売買の付加的約款中「一定期間内に代価の支払なき場合に売買を解除する約款」であるlex commissoria(ドイツ普通法時代に契約の解除理論構成の材料に用いられたもの)については,「当初は停止条件的に理解せられていた」そうです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)188-189頁)。ここでの「停止条件」は我が民法1271項のそれでしょうから,lex commissoriaに基づく契約解除の効力は遡及的ではなかったものでしょう。

 

3 解除条件成就の遡及効に関して

解除条件の成就に遡及効がある場合(民法1273項参照)に関しては,我が国においては,「この遡及効は,物権的(絶対的)に生ずるものか,それとも,債権的(相対的)に生ずるものか。ドイツ民法は,明文規定(ド民159)をもつて債権的効力を生ずるものとしている。わが民法にはこれに対比すべき規定はない。多くの学説は,物権的にその効力を生じ,当事者間においてのみならず第三者との間においてもその効力を生ずるものと解している(鳩山537,三潴502,近藤461,今泉434)。それによつて被ることあるべき第三者の不利益は,対抗要件等(177178192467)によつて防止せられるからという(行判大6410新聞126029)。」とのことだそうです(於保編331頁(金山))。ドイツ民法159条は「法律行為の内容が,条件の成就に結び付けられた効果は既往に遡るものとしている場合においては,条件が成就したときには,各当事者は,当該既往の時点において当該効果が生じた場合に彼らが有すべきであったものを相互に与えるように義務付けられる。」と規定しています。

契約の解除に遡及効を認める直接効果説下においては,「解除の影響を受けない〔民法5451項ただし書〕の第三者とは,解除された契約から生じた法律効果を基礎として,解除までに,新たな権利を取得したものである(942項や963項の第三者の意味に同じ〔略〕)。契約の目的物の譲受人や目的物の上に抵当権・質権などを取得した者――但し,対抗要件を備えた者でなければならないことはいうまでもない(大判大正10517929頁)――は,第三者である」(我妻198頁。下線は筆者によるもの),「解除の遡及効が第三者の権利を害し得ないとう制限は,もとより,解除前の第三者に対する関係をいうに過ぎない。解除された後の第三者との関係は,対抗要件の問題として解決すべきである。」(我妻199頁)ということになっています。対抗要件が大活躍です。なお,「解除前の第三者に登記が要求されるのは,解除権者と対抗関係に立つからではなく,保護に値する第三者となるには権利者としてなすべきことを全て終えていなければならない,という発想による(〔解除の遡及効を前提とした上での〕権利保護資格要件の考え方〔略〕)。そうだとすると,第三者は解除までに登記を取得する必要がありそうである。〔中略〕少なくとも返還請求を受けるまでに第三者は登記をそなえていることが必要であり,かつ,解除権者自身は登記なくして未登記の第三者に勝てると考えるべきだろう。」との主張(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)100頁)は飽くまでも一学説であって,「判例は,対抗関係説に立っているようにみられる(大判大10.5.17民録27.929,最判昭33.6.14民集12.9.144966],最判昭58.7.5集民139.259)。解除の効果について,いわゆる直接効果説の見解に立つことを前提とした場合にも,解除者と第三者の関係を対抗関係と解することは可能であると思われる。対抗関係説によれば,Yが〔Xを売主,Aを買主とする売買契約の解除前に更にAから目的物を購入した〕解除前の第三者であるとの主張の法的構成については,目的物がAX間,AY間で二重に譲渡された場合と同様に解することができる」ものです(司法研修所『改訂 紛争類型別の要件事実 民事訴訟における攻撃防御の構造』(司法研修所・20069月)120頁)。

 

(下)旧民法等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842113.html

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序 『法典調査会民法議事速記録』等と甲府空襲と

 

(1)明治の資料と国立国会図書館デジタルコレクションと

 国立国会図書館デジタルコレクションで日本学術振興会版の『法典調査会民法議事速記録』等が利用できるようになって,民法(明治29年法律第89号)について何かを語る場合,専ら学説及び判例の上に立って才気ばしった「概念による計算」を披露するだけでは許されなくなっているようです。旧民法(明治23年法律第28号)に係るボワソナアド(Boissonade)のProjet(『日本帝国民法典草案ならびに註釈』)及びその手になるExposé(制定された旧民法に係る日本政府の『公定フランス語訳および立法理由書』)も同様に当該デジタルコレクションで利用可能となっていますからなおさらです。ProjetExposéとの関係については,パリ大学法学部長宛て18911018日付けのボワソナアド書簡にいわく。「〔前略〕日本の民法典は,私の草案に対する削除と修正(これらの「修正」――私が採用しかねる「修正」――については,パリで新たな評言がありましょう)の後,公布されましたが,この時,政府は,〔削除について〕私に責任のないことを明らかにするため,私の草案と註釈を再び出版しようと申し出ました。この提案は,同時に,どうしても引き受けてくれと頼まれた,相当重く相当骨の折れる仕事を交換条件とした申し出でありました。その仕事とは,新法典の立法理由書の起草であり,できる限り草案がうけた修正を正当化し,また,私の個人的見解を捨象して書いてくれ,という注文でした。/もちろん,私の「註釈」のうち,新法典にもまだ通用するものは,そのまま使ってもよろしいといわれました。そして,新条文はごく少なく,ほとんどが削除ばかりでありましたから,私は自分自身で自分を削除する羽目になったわけです。〔後略〕」と(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)168頁)。〔 〕による付加は同書原文のもの)

 

(2)法典調査会民法議事速記録と日本学術振興会と

「これら旧民法典の審議過程の資料や現行民法典の法典調査会等での審議過程の資料は,当時の司法省に原本がわずか1部存在していたのみであって,明治29年〔1896年〕の現行民法典成立・〔1898716日の同法〕施行後も全く公刊等をされないまま昭和の時代に至った」ところであったそうです(池田真朗「法典調査会民法議事速記録等の立法資料について」同『債権譲渡の研究(増補第二版)』(弘文堂・2004年)492-493頁)。その間ドイツ法学説が,我が国を席捲します。

 

このような状況において,昭和8年〔1933年〕10月に,日本学術振興会第一(法学,政治学)常置委員会は,その最初の会合で,明治維新以後のわが国の立法資料の蒐集に関する小委員会を設置することを決定する。それが第九小委員会と呼ばれるものであり,この第九小委員会が,民法,商法,訴訟法,刑法,その他諸法(法例,戸籍法,不動産登記法等)に関する立法資料の印刷保存を行ったのである。(池田496頁)

こうして,日本学術振興会は昭和9年〔1934年〕から昭和14年〔1939年〕までにこれらの立法資料を全288巻にタイプ印刷(印書あるいは謄写印書)し,各巻とも8部製作して(製作時に各部ともタイプで印書したのか,何部ずつかを謄写印書したのかは,正確にはわからない。8部を付き合わせてミスタイプ等を点検すれば判明するであろうが),それらを同振興会,司法省,旧四帝国大学(現在の東京大学,京都大学,東北大学,九州大学)および早稲田大学,慶應義塾大学の8か所に各1部ずつ配付して保管せしめた(同振興会保管分は後に一橋大学に移管された)。その全288巻中最初の65巻が,この法典調査会民法議事速記録全65巻であり,この部分については,法典()調査会()第九小委員会委員長加藤正治博士の序によれば,昭和9年〔1934年〕11月から昭和10年〔1935年〕12月までかけて印書されたということである(先に述べたように,民法の最初の部分の審議は主査会と総会とで行われているのであるから,本来はそちらから先に印書すればよかったと思われるのであるが,実際はこの第100条(現在の99条)からの法典調査会議事速記録が先に印書され,主査会と総会の部分は,後に述べる旧民法関係の草案審議資料の後に印書された)。(池田496-497頁)

 

なお,これら全288巻の元になった原資料は,昭和20年〔1945年〕,戦災により,疎開先の甲府刑務所において,すべて焼失した。したがって,これらのタイプ印書資料がなければ,我々は永遠に民法や旧民法の立法段階の資料に接することができなくなり,民法研究にはまさに致命的な痛手となるところであった。日本学術振興会の尽力(およびそれに対する司法省の援助)に対して,感謝の念を禁じえない。(池田499頁)

 

(3)甲府空襲と歩兵第320聯隊と

194576-7日夜の甲府大空襲による立法資料焼失については,「惜しくも疎開さきの甲府刑務所で戦災のため焼失した旧民法いらいの豊富な立法資料のなかに,競売法関係のものは,無かったのであろうか。その書目(司法省調査課,和漢図書目録,昭和12年のXB300の部)から推測したところでは,どうもありそうもない。偶然にも,空襲の直後,急用で私は甲府の兵営の門に入ったが,この貴重な立法資料までやられたとは思いもよらないことであった。」との1945年当時36歳の助教授であった斎藤秀夫教授の追想があります(斎藤秀夫「「競売法」の執筆を終えて」法律学全集しおりNo.33(有斐閣・1960.33頁)。

甲府聯隊の兵舎は,甲府空襲における損害を免れていました(総務省「甲府市における戦災の状況(山梨県)」ウェブページ)。

なお,192678日生まれの星野英一教授は,「〔1945年の1月だかに徴兵検査を受けました。ただ,まさかと思っていたのに徴兵令状が来てしまいました。6月の中旬か下旬か,正確には覚えていませんが,甲府の連隊に入れということです。父が付いてきてくれ,中学からの親しい友達が二人ほど新宿駅まで送ってきてくれました。その前夜に宴会をやって,みんな悲壮な顔をしていました。」ということで(星野英一『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)40頁),当時「甲府の連隊」で服役中であったわけなのですが,甲府空襲の直後に甲府聯隊の兵舎で東北帝国大学の斎藤助教授を望見するということはなかったようです。

 

場所は,甲府に入ったその日に,行軍して石和から少し南側の村に行き,そこの農協に中隊ごとに分宿しました。それから数週間ですか,今度は岡山県の勝間田という,津山のちょっと南になる低い山の中に行きました。そこでは,これも中隊ごとで,私どもはお寺に分宿でした。いろいろな所に泊まっているので,うまく当たった中隊は,軍の演習場の宿舎で,設備も食べ物も良いのだけれども,我々はそういう所でした。それから最後にまた移りまして,今度は伯耆(ほうき)大山(だいせん)という,米子の一つ手前の村に行きました。簸川(ひのかわ)のある所で,今度は分隊ごとに農家分宿です。(星野・超えて41-42頁)

 

星野教授の属した聯隊は,有名な歩兵第49聯隊ではなく,1945年に入ってにわかに甲府で編成された歩兵第320聯隊であったようです(第59軍(同年6月広島に司令部設置)の第230師団に属する。)。なお,伯耆大山は駅名です(伯備線が山陰本線に合流する所。星野教授は「実は私はローカル線に乗ってぼんやり景色を眺めているのも好きなのである」(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)189頁)ということでしたから,つい鉄っ気のある話し方になってしまったのでしょうか。ただし,「一つ手前」といっても,米子駅と伯耆大山駅との間には1993年以降東山公園駅が存在します。)。第320聯隊の駐屯地は,1945年当時は五千石村といったようです(現在は米子市の市域に含まれます。)。

 

(4)『法典調査会民法議事速記録』の活用に関して

法典調査会民法議事速記録の原本は甲府刑務所において滅びましたが,日本学術振興会の印刷本は生き残りました。正に第九小委員会の配慮が生きたことになります。

 

 此の速記録は原本が1部僅に司法省に存するのみであつて,若し火災等の危険を考へるならば,真に慄然たらざるを得ないのであるが,今,此の印刷が完了して,適当の場処に夫々それを保管することが出来るやうになつたのは,誠に結構な次第である。(加藤正治「序」(19379月)・日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第1巻』)

 

とはいえ,第九小委員会の意図したところは資料の保存にとどまり,その普及にまでは及んでいませんでした。

 

しかしながら,この学術振興会版は右のようにごくわずかの部数しか製作されなかったため,これを利用してする研究も,戦後昭和40年代〔1965-1974年〕まではごく少なかった。また保管機関以外の研究者・実務家にとっては,利用上の不便が大きかったため,次第にその参観・入手の要望が多方面から強く出されるようになってきた。(池田499頁)

 

 1983年から1988年にかけて,商事法務研究会から『日本近代立法資料叢書』の一部として,法典調査会民法議事速記録全32巻が刊行されます。

しかし,『日本近代立法資料叢書』版を利用した研究が直ちに爆発的にされたということではないようです。我が民法の施行百周年を5年後に控えた1993年,星野教授は,「この機会に,わが民法典の本来の姿と,その後における「学説継受」の研究をすることである。この点は戦後かなり盛んに行われてきたが,これを一層進める必要がある。民法典の現代語化の研究に際して痛感しているのは,我々がいかに民法典の各条文をきちんと理解していないかということである。このことが,学生に対する民法の教育にとっても悪い結果を及ぼしていると感じている。」との所感を述べています(星野・こころ134頁)。(民法典の現代語化は,平成16年法律第147号によってなされています(200541日から施行(同法附則1条,平成17年政令第36号))。)「時々は,法典調査会議事速記録を参照することをお勧めしたい。講義の準備をしつつこれらの書に接しておくことは,研究の入口のところを歩いているようなもので,講義の準備の苦しさを少しばかり緩和してくれることになろう。」といわれても(米倉明『民法の教え方 一つのアプローチ(増補版)』(弘文堂・2003年)188頁),大学の図書館等の奥に鎮座する『日本近代立法資料叢書』にはなかなかアクセスしづらいところです。自宅の机上のPCからアクセスできる国立国会図書館のデジタルコレクションが,有り難く感じられます。

 

1 民法545条に関する法典調査会における議論

 

(1)穂積陳重の説明

とまた前口上が長くなりました。さて,筆者が最近法典調査会民法議事速記録を読んでいて面白く感じたのは,民法545条の原案(条番号は「第543条」ですが,条文はそのまま制定法律になっています。)についての穂積陳重による次の説明です(1895423日の第80回法典調査会)。

 

   本条ハ解除権行使ノ効果ヲ規定致シタモノテゴザイマシテ本案ノ中テ大切ナ箇条ノ一ツデゴザイマス,

デ解除権行使ノ結果ト云フモノハ通常是迄諸国ニ於キマシテハ所謂物権上ノ効果トデモ申シマセウカにてるれーふ〔ママ。Widerruf?〕・・・ト申シマシテ即チ当事者ハ相手方ヲ原状ニ復セシムルト云フ方テアツタノテゴザイマス本案テ採リマシタ主義ハ此解除権行使ノ効果ハ即チ人権上ノ効果テアリマシテ原状回復ノ義務ヲ負フ彼ノおふりがツしよんいんてらーぶ〔ママ。obligatio in integrum?〕原状回復ノ義務ヲ生セシメルト云フ方ノ主義ヲ採リマシタノテゴザイマス,

デ即チ此解除権ト云フモノヲ行フノハ前ノ法律行為ヲ根本カラ排斥スルノテハナイ法律行為ト云フモノハ其儘元トノ通リニナツテ居テ夫レガ其時ヨリシテナクナルノテアリマスガ之ニ代ツテ新タニ其義務ガ解ケテ而シテ新タニ法律上ノ債務ガ生ズルノテアル相手方ヲ原状ニ復セシムル方ノ債務ガ生ズルノテアル,

デ此主義ハ独逸民法ガ近頃採リマシタ主義テゴザイマスルガ経済(ママ)抔ハ何ウモ斯ウ云フ方ノ主義デナイト云フト取引上ノ保護,信用ノ保護ト云フモノハ其目的ヲ達スルコトハ出来ナイ本権カラシテ物権上ノ効果ヲ生シテ其者自身,権利自身ガ後トニ返ヘルト云フヤウナコトニ為ツテハ別シテ物ノ所有権ノ移転ヤ何カヲ目的トシテ居リマス所ノ契約抔ニ於キマシテハ第三者ニ迄其効果ヲ及ボスコトニナツテ自然信用ガ薄クナル第三取得者ノ安全ヲモ害スルコトニナツテ何ウシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ宜シイ又当事者ノ利害ニ於キマシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ簡易ニシテ双方原トニ復セシメルコトガ易イ第三者ノ権利ガ中ニ加ハツテ居ルト原トニ復スルニハ色々ノ費用ガ入ツタリ何カスルガ当事者ガ原トノ有様ニ復スルト云フ義務ヲ負フノハ当事者ノ便利ニシテ却テ其目的ヲ達スルコトハ易イト云フ斯ウ云フ主トシテ経済上ノ理由ヨリ致シマシテ人権上ノ効果則チ法律上ノ債務ヲ新タニ生スルト云フコトニ致シタノテゴザイマス

夫レテ其結果ト致シマシテ仮令斯ノ如キ解除権ガ行ハルルト云フコトガ或ハ分ツテ居リマシテモ其第三者ガ或場合ニ於テ其目的物ヲ取得致シタトシマシテモ夫レガ為メニ知ルナラハ損害賠償ノ責ニモ任セス又返還ノ責ニモ任セナイノモ勿論テアリマセウ夫レテ取引上ハ甚ダ安全ニ為ル況ヤ之ヲ知ラナイ場合ガ多ゴザイマスルカラシテ別シテ斯ノ如ク原トノ有様ニ復サセルト云フ義務ヲ負ハセル方ガ一般ノ為メニ便利テアル,

デ斯ノ如ク原状ニ復セシムル義務ト申シマシタ以上ハ矢張リ其間ノ果実抔モ元トニ返ヘスト云フコトハ之ニ這入ツテ居ル積リテアツテ果実返還ノ義務モ私共ハ別段ニ相談ハ致シマセヌガ之ニ這入ル積リテアリマス〔平成29年法律第44号による改正後の民法5453項参照〕金ハ原状ニ復スルト云ツテ元トノ高ヲ返ヘシタ丈ケテハ本(ママ)ノ元トニ復シタトハ言ヘヌ先ツ通常ノ場合ニ於キマシテハ之ガ融通セラルル利息ガ附クノガ当リ前テアリマスカラ矢張リ明文ガナケレハ徃カヌ夫レテ第2項ニ於テ即チ法定利息丈ケハ払ハナケレハ徃カヌト云フコトヲ特ニ掲ケマシタ国ニ依リマシテハ尚ホ細カニ原状ニ復スル有様ヲ規定シテアリマシテ或ハ増加シタモノハ之ニ入レナケレハナラヌ又労役ハ之ニ其賃銀ヲ払ハナケレハ徃カヌ甚タシキニ至リマシテハ損料,品物ノ使用ニ対スル損料迄計算シナケレハ徃カヌト云フ様ニ書イテアル所モ随分アリマスルケレトモ之等ノ細カイ所ニ立入ルノハ越権テアリマスルカラ一般ニ原状ニ復スルト書イテ置キマシタ

夫レカラ解除シテモ損害賠償ヲ求メラレヌト云フコトニナツテハ不都合テアリマスルカラ第3項〔現4項〕ニ於テ損害賠償ノ請求ヲ妨ゲヌト云フコトヲ殊更ニ記シタノテアリマス是ハ事ニ依ツタラハ或ハ要ラナイト云フ説モ出ルカモ知レマセヌガ併シナガラ御承知ノ通リ既成法典抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス又不履行ニ付テハ損害賠償ヲ請求スルコトヲ得ト云フノガ一般ノ原則テアリマス之等ハ不履行モナイカラ損害賠償ノ権モナクナツテ仕舞(ママ)ト云フ疑ヒモ起リ得ル夫故ニ是ハ何処ニモアリマス損害賠償ノ請求権ト云フモノハ成立シ得ルモノテアルト云フコトハ何ウモ明カニ書イテ置カナケレハ徃カナイト思ヒマス

夫レカラ尚ホ此効果ニ付テ生ジ得ヘキモノハ則チ原状ニ復スルト云フ場合ニハ保存費テアルトカ改良費テアリマスルトカ云フヤウナコトノ計算ノ問題ガ出テ参リマセウト思ヒマス併ナガラ是ハ占有ノ方ニ規則ガアリマス即チ197条〔民法196条参照〕ニ「占有者カ占有物ヲ返還スル場合ニ於テハ其物ノ保存ノ為メニ費シタル金額其他ノ必要費ヲ回復者ヨリ償還セシムルコトヲ得」「占有者カ占有物ノ改良ノ為メニ費シタル金額其他ノ有益費ニ付テハ其価格ノ増加カ現存スル場合ニ限リ回復者ノ選択(ママ)従ヒ其費シタル金額又ハ其増価格ヲ償還セシムルコトヲ得」ト云フ規定ガアリマス此規定ガ何時テモ其儘此処ニ当ル積リテ別段ニ此処ニ入レナカツタノテアリマス

(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第25109丁表から111丁裏まで。段落分けは筆者によるもの。なお,中田裕康『契約法』(有斐閣・2017年)223頁等参照)

 

(2)折衷説

 これは,あれですね,判例・通説(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)190-191頁)とされる直接効果説(契約の解除に遡及効を認めるもの)もあらばこそ,「未履行の債務については,解除の時から債務が消滅し(遡及効を認めない点で直接効果説と異なる),既履行のものについては,新たに返還義務を生ずる(間接効果説に同じ)」ところの「折衷説」(我妻190頁)ですね。

「わが民法の規定は,直接効果説から説明しやすいもの(民法5451項但書,同2項)」と,折衷説から説明しやすいもの(民法5451項本文・同3項〔現4項〕)とがある」ということでしたが(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)94頁),直接効果説に親和的であるとされる民法5451項ただし書については,法典調査会の場で土方寧から当該規定は我が民法において本当に必要なのかとの質問があり,それに対して,為念規定であって,本来は無くともよいものである旨穂積陳重が陳弁し,既に同説には梯子が外されていたところです。

 

  「第三者ノ権利ヲ害スルコトヲ得ス」ト云フコトニ付テハ吾々モ余程相談ヲシテ見マシタガドウモ前ニ申シマシタ通リ是迄諸国ニ規定モ置イテアツテ原状ノ効果ヲ生ズルト云フヤウニナツテ居リマスルシ夫レカラシテ原状ニ復セシムル義務ヲ負フト斯ウ申シマスルト云フト既ニ第三者ノ権利ガ夫レニ加ハツテ居ツタノテモ尚ホ夫レヲ害シテモシナケレハ徃カヌト云フヤウナ風ノ疑ヒモ生シハシナイカト思ヒマシタカラ之ヲ置イタ方ガ宜カラウト云フノテ遂ニ置イタノテアリマスガ此但書ガナクテモ前ノ文章ヲ注意シテ読メハ多分間違ヒハ生ジハセヌト思ヒマス(民法議事速記録第25113丁裏-114丁表)

 

民法5452項について穂積陳重は「之ガナイト利息ガ附カナイ之ガアツテ始メテ附ク」と述べていますから(民法議事速記録第25114丁表),同項は,確認的規定ではなく,創設的規定なのでしょう。遡及効があるからこそ受領時から利息が付くのだと言えば言い得ますが,当該遡及効の結果を規定したのではなく将来効のみを有する同条1項の原状回復義務の内容を原状回復の結果をもたらすように具体化させた規定であるといい得るものなのでしょう(旧民法財産編の解除(同編4211項)は効果が遡及する解除条件の成就(同編4092項:“L’accomplissement de la condition résolutoire remet les parties dans la situation où elles étaient respectivement avant la convention.”)ということであったので,契約の解除に係る民法545条の原状回復義務(富井政章=本野一郎の訳によれば“chacune des parties est obligée de remettre l’autre dans l’état antérieur à la formation du contrat”)の内容もそれに揃えて規定された,ということになるのでしょう。なお,民法1272項の解除条件の成就は――「解除」との文言は同一ながらも――その時から解除条件付法律行為が「その効力を失う」ものであって,そこに遡及効はありません。とはいえ,「解除条件附法律行為が,物権行為または処分行為なるときは,条件の成就によつてその行為の効力を失い,それと同時に,ただちにその行為以前の権利の原状に当然に復帰」し,「解除条件附法律行為が債権行為なるときは,条件の成就によつて,その債権行為の効力が当然に消滅する。その債権行為にもとづく履行請求権も,それに応ずる履行義務も,また当然に消滅する。もし,その債権行為にもとづいて,履行としての物の引渡がなされていたときは,その物を返還すべきものとなる。債権の効力を失い,債権者の給付保持力が消滅するからである。」ということになります(於保不二雄編『注釈民法(4)総則(4)』(有斐閣・1967年)326頁(金山正信))。)。

契約の解除の効果に関する理論構成については,直接効果説,間接効果説及び折衷説があって「わが国でも争われている」ということでしたので(星野Ⅳ・94頁),初学者は訳も分からぬままに当該3説を丸暗記してみるなど民法学習上悩ませられていたところですが,起草担当者の意思は何とも平明なものでした。「そもそも右の議論はドイツ民法に特殊の面をも含み,わが国ではあまり意味がない。」(星野Ⅳ・94頁),したがってくよくよ悩まなくてもよいのだよと励まされるより先に,法典調査会民法議事速記録が早くから広く流通してドイツ法学流の特殊論点の侵入に対する防壁となってくれていた方が有り難かったところです。


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承前(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078727400.html


3 民法593条の2

 

(1)趣旨

平成29年法律第44号により我が使用貸借は諾成契約化されましたが,その拘束力は弱いものとされています。

 

もっとも,これにより,安易な口約束でも契約が成立してしまうことがあり得るが,使用貸借は無償契約であることを踏まえれば,贈与における贈与者と同様に(新法第550条参照),使用貸借の貸主についても,契約の拘束力を緩和し,解除を認めるのが適切である。

そこで,新法においては,使用貸借を諾成契約とし,使用貸借は,当事者の合意があれば,目的物の交付がなくともその効力を生ずるとした上で(新法第593条),書面による場合を除き,貸主は,借主が借用物を受け取るまでは,契約の解除をすることができるとしている(新法第593条の2)。

  (筒井=村松303頁)

 

 また,「旧法下においても,明文の規定はなかったが,借主はいつでも意思表示により使用貸借を終了させることができると解されていた」ところ(筒井=村松306頁(注)),平成29年法律第44号による改正後の民法5983項は「借主は,いつでも契約の解除をすることができる。」と規定しています。(この点については,1895611日の第93回法典調査会において,穂積八束が「借主ハイツデモ返セルモノデアロウト思フ」と発言し(民法議事速記録第3278丁裏),当該認識を富井政章は否定していません(同78丁裏-79丁裏)。)

 

(2)Pacta sunt servanda?

 しかしこうしてみると,折角諾成契約になったものの,書面によらない使用貸借は,成立後も借用物の借主への引渡しがされるまではなお,各当事者から任意に解除され得るわけです(いずれの当事者が解除する場合でも損害賠償は不要でしょう(民法587条の22項,657条の21項等参照)。)。契約を解除さえしてしまえば,その履行を債務者の「良心ニ委ス」ものである(旧民法財産編(明治23年法律第28号)562条)自然債務も残らないわけで,全くの非人情状態となるということでしょう。両当事者に対する拘束力の欠如ということでは,要物契約時代と事情は変わらないようです。否,要物契約時代の書面によらない使用貸借の予約の方が,解除自由のお墨付きがなかっただけ,かえって拘束力が強かったことにならないでしょうか(「使用貸借の予約として有効としてよいが,贈与の550条本文を類推適用して,書面によらない場合の撤回権を認めるべきだろう。」とのかつての主張(内田165頁。また,星野177頁)は,飽くまでも学説でした。)。書面によらない諾成使用貸借は,拘束力の欠如にもかかわらず契約として存在するだけにかえって,“Pacta sunt servanda.”(約束は守られるべし。)の大原則を公然逆撫でするが如し。

 とはいえ,“Pacta sunt servanda.”は,「現代契約法における,輝ける(!)無限定の原則」ではあるものの「実は,非ローマ的なもの」だったそうです(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法――ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)223頁)。「ローマの契約法は,《法によって認められた一定の契約類型のみが合意によって創設され得る》という考えに基づいている。これが,ローマ契約法における「契約類型法定主義numerus clausus(「閉じた数」の意)」である。」ということでした(ベーレンツ=河上223頁)。単なるpactumだけでは不足で,法定された契約類型においてのみ“Pacta sunt servanda.”が妥当したということのようです。ところが,書面によらざる諾成使用貸借は,正に典型契約の一種として法定までされているにもかかわらず,“Pacta sunt servanda.”原則と相性が悪いのです。(要物契約時代においても「当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは,貸主は,いつでも返還を請求することができる」ことになっていたのだから(民法旧5973項)どちらも同じだ,といおうにも,要物使用貸借契約の効果として,貸主の解約告知までは借主に,現に引渡しを受けた借用物を使用収益する権利があることになりますので,当該契約には,借主の使用収益を不当利得・不法行為ではないものとするという法的効果が,直ちにあったわけです。)

 

(3)民法550条による「正当化」について

 前記の無拘束力状態は,諾成使用貸借の貸主は「贈与における贈与者と同様」である(民法550条参照),ということで正当化がされています。しかし,以前論じたことのある民法550条の由来に関する筆者の少数説的理解(「民法549条の「受諾」に関して(後編)」(20201119日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078025256.html)からすると,少々違和感があります。まず筆者の「少数説的理解」から説明しますと,それは,①民法550条の出発点は,要式契約たる贈与(公正証書によるもの)並びに単一の手渡しになる贈与及び慣習による贈物のみを有効として,方式を欠く贈与合意は無効であるとする旧民法の規定(同法財産取得編第14章(明治23年法律第98号)358条)であって,②方式を欠く無効の贈与合意に基づき,専ら当該「債務」の履行としてされた「贈与」の弁済を有効とする場合(当該「債務」が無効であることを知らずに(民法705条参照),贈与意思を失った(したがって,手渡しの贈与にもならない。)にもかかわらずされた当該弁済は,本来は非債弁済として無効のはずですが,有効としないのも変であるとの判断がされた場合)に生ずる贈与の成立時いかんという難問(そもそもは無効であった当初の合意の時か(合意が当初から有効だったことにする。),それとも履行時か(無効が治癒せられたことにする。))を解くために,③逆転の発想で,方式を欠く合意の場合でも贈与は一応成立することにするがその履行がされないうちに「取消」があったときは(原則どおり)契約が無かったことにしよう,という構成が採られたものという理解です。したがって,有効な無方式諾成契約を制約する(凹)ものとして「贈与の550条本文を類推適用」するのだというような趣旨が感じられる説明に接すると,いやいや民法550条は本来無効な無方式諾成契約の一部を救う(凸)ための規定であって凹凸の方向が逆ではないか,と思われてしまうところです。

 そもそも“Pacta sunt servanda.”ではないことになるのならば,要式諾成契約は別途認めるとしても,要物契約のままであってもさして差し支えはなかったのではないでしょうか。

 書面によらざる諾成使用貸借に基づき貸主が借用物を引き渡した場合において,平成29年法律第44号の施行前は,貸主はなお,当該「契約」に基づく借用物引渡債務が無効であることを知らず,かつ,当該引渡しは専ら当該無効の債務の履行としてされたものであってその際使用貸借の貸主たらんとする意思はなかったと主張して当該借用物の返還を請求できたが,同法施行以後はそのような面倒な主張は封じられた,という違いは,筆者にはそう大きなものとは思われません。

 

(4)旧民法財産取得編203条2項相当規定の欠如との関係

 なお,使用貸借を諾成契約としたスイス債務法には第3092項(Le prêteur peut réclamer la chose, même auparavant, si l’emprunteur en fait un usage contraire à la convention, s’il la détériore, s’il autorise un tiers à s’en servir, ou enfin s’il survient au prêteur lui-même un besoin urgent et imprévu de la chose.(借主が合意されたところに反する借用物の使用をしたとき,それを劣化させるとき若しくは第三者にそれを使用させるとき又は貸主自身に借用物を使用する急迫かつ予期せざる必要が生じたときには,期限前であっても,その物の返還を請求することができる。)),諾成契約と解しているドイツ民法には第6051号(Der Verleiher kann die Leihe kündigen: 1. wenn er infolge eines nicht vorhergesehenen Umstandes der verliehenen Sache bedarf,(貸主は,次に掲げる場合においては,使用貸借を告知することができる。/第1号 予期せざる事情により貸し渡した物を貸主が必要とする場合))の規定があります。ドイツ民法6051の「「予見されない事情」とは,病気とか貧困とかによる,その物の自己使用の必要性等である。この事情が予見可能であっても同様であると解されている。告知は必要性が生じてからなされなければならない。貸主の利益と借主の利益とが衝突する場合には,貸主の利益を優先させる。なお,1号は,借主の破産など,将来の返還請求の困難性がすでに予見されるときに類推適用される。」とのことです(右近編354頁(貝田))。我が旧民法財産取得編2032項も「然レトモ其物ニ付キ急迫ニシテ且予期セサル要用ノ生シタルトキハ貸主ハ裁判所ニ請求シテ期限前ニ一時又ハ永久ノ返還ヲ為サシムルコトヲ得」との規定がありました。同項に関してボワソナアドは「使用貸借は無償契約であること,貸主はその提供するサーヴィスに対してそれに相応するものを受け取っていないこと及び彼の意思は,絶対的にかつ何が起ころうとも彼の物を回復することはないというものではあり得なかったことを忘れてはならない。」と述べています(Boissonade, p.895)。

 民法旧財産取得編2032項が削られた理由は,第93回法典調査会における富井政章の説明によると,「是〔同項〕ハ使用貸借ト云フモノハ恩恵的ノ契約デアツテ即チ成ル可ク契約ハ結ンダトハ言ヘドノ貸主ニモ損害ヲ生ジナイヤウニスベキモノデアルト云フ所カラ出来タ規定デアラウト思フ併シ乍ラ幾ラ無償ノ契約デアツテモ一旦契約ヲ為シテサウシテ(ママ)主ガ或時期ニ返スト云フ約束ガ出来タ以上ハ借主ニ於テモ種々目的ガアツテ貸シタノデアラウ種々目的ガアツテ返還時期ヲ定メタノデアル,所ガソレヲ貸主ノ都合デ何時返スト言ハレルカ知ラヌト云フコトデアツテハ如何ニ報酬ノナイ契約デアツテモソレハ借主ニ取ツテハ非常ニ迷惑ニナルコトガアラウ〔略〕是ハ例ノ多イ規定デアリマスケレドモ如何ニモ契約上ノ拘束ト云フモノガナクナツテ仕舞ヒマスカラ是レハ思ヒ切ツテ置カナイト云フコトニシマシタ」とのこと(民法議事速記録第3273丁裏-74丁表。また,76丁表裏),また,「有名無実ノ権利シカ有シナイト云フ契約ハ法律ニ認メテ害カ多カラウ」ということ(同77丁裏-78丁表)でした。あゝ,「契約上ノ拘束」,“Pacta sunt servanda.”,有名無実の権利しかない契約を法認することの有害性――しかして民法593条の2本文・・・。


4 民法598条

 

(1)趣旨

 ところで,「解除」です。

 

   そこで,新法においては,使用貸借の借主は当該使用貸借が終了したときには目的物を返還するものであることを使用貸借の意義の中で明瞭にした上で(新法第593条),終了事由のうち,それが生じれば当然に使用貸借が終了するもの(期間満了,使用・収益の終了,借主の死亡)を新法第597条において規定し,当事者の意思表示によって使用貸借を終了させる行為を使用貸借の解除と位置付けた上で,解除原因を新法第598条において規定している。

  (筒井=村松305頁)

 

 分類学的整理がされたわけです。

 

(2)「解除」か「解約の申入れ」か

 

ア 星野分類学

しかし,民法598条の「解除」の語は,星野英一教授ならば「解約の申入れ」としていたものかもしれません。

 

   使用貸借も継続的契約関係〔略〕と解されるが,そこにおける契約の終了原因は,大別して三つある。第1は,いわばノーマルな終了原因ともいうべきもので,さらに二つに分かれる。〔①〕契約で存続期間(使用貸借では「返還」の時期と呼ばれている。賃貸借では「存続期間」という(604条など)),終了原因を定めた場合の期限の到来や原因の発生,〔②〕契約で存続期間等を定めなかった場合における貸主(または借主)からの一方的意思表示(解約(の)申入と呼ばれる(民法617条など))による終了である。第2は,いわばアブノーマルな終了原因で,両者を通じ,いわば異常事態が発生したためにノーマルな終了原因が生じなくても契約が終了する場合である(ある学者は,これらを「弱い終了原因」と「強い終了原因」と呼んでいる。)。〔略〕

  (星野179頁。下線は筆者によるもの)

 

  〔民法5981項の前身規定である民法旧5972項ただし書の返還請求について〕この場合,法律上は,返還請求と同時に解約申入がなされたものとされるわけである。(星野180頁。下線は筆者によるもの)

 

  解約申入  継続的債権(契約)関係において,期間の定めのない契約を,将来に向かって終了させる意思表示である(民法617条(賃貸借)・627条(雇傭))。解除(告知)が,期間の定めのある契約においてさえ途中でこれを終了させうる強力なものであるのに対し,こちらは,期間の定めのない継続的契約における通常の(本来の)終了原因である。従って,民法上は理由なしにすることができる〔略〕。

  (星野68-69頁。下線は筆者によるもの)

 

 星野教授の分類学では,ノーマルな契約の終了事由たる一方当事者の意思表示は解約の申入れであり,アブノーマルな契約の終了事由たる一方当事者の意思表示は解除であるということになるようです。

 

イ 我妻分類学

 しかし,我妻榮の分類学は異なります。

 

  継続的契約(賃貸借・雇傭・委任・組合など)は,一方の当事者の債務不履行を理由としてその契約関係を解消させる場合にも,遡及効を生ぜず,将来に向つて消滅(終了)するだけである(620条・630条・652条・684条参照)。民法は,かような場合にもこれを解除と呼んでいるが,その法律効果は,遡及効をもつ解除と大いに異なるので,学者は一般に告知(●●)と呼んでいる(もちろん,解除と告知と共通の点もある。その限りで告知に関する判決も引用する)。〔中略〕なお,民法は,継続的契約を終了させることを解約ともいつている。解除は直ちに効力を生ずるのに反して,解約は一定の猶予期間(解約期間)を経てから効力を生ずるのが常である(617条・618条・627条・629条・631条参照)。

  (我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)146-147頁)

 

 我妻は,ノーマル性・アブノーマル性による分類はせずに,契約を終了させる一方当事者の意思表示を解除とし,そのうち継続的契約に係るものであって遡及効を有しないものを告知とし,更に告知のうち猶予期間を伴うものを解約としています。

 

ウ 御当局

 内閣法制局筋では,「解約」は「賃貸借,雇傭,委任,組合のような現に存する継続的な契約関係について,当事者の一方的な意思表示によつて,その効力を将来に向かつて消滅させる行為をいう。学問上は,「解約告知」又は単に「告知」と呼ばれる。」ということで,「解約」に猶予期間が必ず伴うものとはしていません(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)64-65頁)。また,「解約」と「解除」との使い分けにも余りこだわらないようで,「法令上の用語としては,〔「解除」は,〕「解約」と同じ意味,すなわち,現存する継続的な契約関係の効力を,当事者の一方の意思表示によつて,将来に向かつて消滅させる意味に用いられることも多い(民法620626630651652等,国有財産法24)。」とされています(吉国等編60頁)。ノーマル性・アブノーマル性いかんに頓着しない点において,内閣法制局筋は,星野流分類学は採用していないということでしょうか。

 となると,継続的契約に係る「解約の申入れ」と「解除」(遡及効のないもの)との民法内における使い分けをどう考えるべきか。その使い分けのメルクマールはやはり我妻理論によって猶予期間の有無なのだろうな,というのが,平成29年法律第44号段階までであれば可能な結論でした。(なお,民法6262項は,文面上は,解除が直ちに効力を生ずる(猶予期間を伴わない)ことを維持した上でその前に予告をすることを求める形になっています。しかし,解約の申入れ構成でもいけそうであったにもかかわらず(同項については「起草者以来,解除前に予告をするという意味でなく,解除の意思表示さえすれば3ヶ月後に契約が終了する意味だと解されている」そうです(星野248頁。また,梅692頁)),あえてそれを採らなかった理由を考えると,契約上の雇用期間中における契約終了であることに係るアブノーマル性に行き着くのかもしれません。)

 

エ 598条vs.1014条3項

 ところで,平成30年法律第72号による改正によって,201971日から(同法附則1条・平成30年政令第316号)民法1014条に第3項が設けられ,そこには「預金又は貯金に係る契約の解約の申入れ」という表現が出現してしまっているところです。民法6663項は同法5911項を準用していないので,同法6621項が働いて,「預金又は貯金に係る契約の解約の申入れ」に猶予期間が伴うことはないのでしょう。当該契約の委任ないしは準委任的側面(山本豊編『新注釈民法(14)債権(7)』(有斐閣・2018年)441頁(𠮷永))についても,猶予期間なしに「いつでもその解除をすることができる」はずです(民法651条)。それではなぜ,「解除」ではなく「解約の申入れ」の語を採用したのか。遡及効のないことを理由として「解約の申入れ」の語を採用する必要がないことは,「寄託は,継続的な法律関係であるから,債務不履行を理由として解除される場合にも,その効果は遡及しない」(我妻榮『債権各論中巻二(民法講義Ⅴ₃)』(岩波書店・1962年)723頁)と解されていることから説明されるはずです。

 「解除」と「解約の申入れ」との使い分けに係る猶予期間メルクマール論が働かないのならば,ノーマルかアブノーマルか論になるようです。しかし,そうなると今度は民法598条が「解除」の語を採用することと衝突します。いささか厄介です。

 

(3)民法620条準用条項の要否

 また,民法598条のおかげで使用貸借に係る「解除」が目立つことになりましたが,そうなると,解除の遡及効を排除する民法620条が使用貸借については準用されていないことも目立ってしまいます。継続的契約なのだから解除に遡及効がないことは当然だ,「けだし,使用貸借のような継続的法律関係について遡及的消滅を認めることは,何等の実益なく,いたずらに法律関係を紛糾させるだけだからである。」(我妻Ⅴ₂・384頁)と開き直るべきでしょうか。しかし,そうならば,翻って民法620条,630条,652条及び684条も削除すべきことになるでしょう。

 しかして,我妻榮は,「何故に〔民法620条を〕使用貸借に準用しなかつたかわからない」と述べています(我妻Ⅴ₂・384頁)。しかし,理由はありました。使用貸借の解除にむしろ遡及効を認めるのが,民法起草担当者の意思だったのです。

 1895625日の第97回法典調査会において,民法620条の原案に関し,「一寸御尋ネヲシマスルガ賃貸借ト使用貸借トハ殆ド相似寄ツタモノデアリマスガ使用貸借ノ場合ニ於テ斯ウ云フコト〔遡及効制限規定〕ノナイノハ解除ガアツタ場合ニハ既往ニ遡ルト云フ斯ウ云フコトノ適用ニナルノデアリマスカ何ウデスカ」との重岡薫五郎の質問に対し梅謙次郎は次のように述べていたのでした。

 

  無論然ウデス夫レデ差支ナイノハ使用貸借ノ方ハ無賃デス然ウスルト若シ果実ヲ採ツタナラバ其果実ハ返サナケレバナラヌ夫レハ又返シテモ宜カラウト思ヒマス只デ借リテ居ツタノハ詰リ果実ヲ採ル権利ハナイト云フコトニナル夫レハ夫レデ宜カラウト云フ考ヘデアリマス(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第33巻』186丁裏)

 

「解除」に係る民法新598条を設けるのならば,同法620条を使用貸借についても準用する旨の明文規定も設けるべきではなかったでしょうか。

 

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