Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

2015年09月

(前編 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144048.html からの続き)

3 日本国憲法14条1項の制定経緯瞥見

 

(1)憲法研究会の「憲法草案要綱」

 まず,1946年2月13日のGHQ草案に影響を与えたとされる高野岩三郎,鈴木安蔵らによる憲法研究会の「憲法草案要綱」(19451226日)における「国民権利義務」の部分を見てみると,次のとおりです。

 

一,国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス

一,爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス

一,国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ〔ママ〕妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス

 一,国民ハ拷問ヲ加ヘラルルコトナシ

 一,国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス

一,国民ハ労働ノ義務ヲ有ス

一,国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス

一,国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス

一,国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高8時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ

一,国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス  

 一,男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス

 一,民族人種ニヨル差別ヲ禁ス

 一,国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス

 

 これを見ると,最初の項の法律の前の平等は,出生又は身分による差別の廃止に係るもので,伝統的な身分制廃止の意味で用いられているようです。したがって,次の項の華族(=爵位を有する者(華族令(明治40年皇室令第2号)1条1項が「凡ソ有爵者ヲ華族トス」と規定))の廃止につながるのでしょう。男女平等や民族差別・人種差別の禁止は,法律の前の平等の第1項からは離れたところの第11項及び第12項に出てきます。法律の前の平等とは直結していないようです。

 ところで,他の箇所ではヴァイマル憲法的なところも多いのですが,「憲法草案要綱」の第6項及び第7項並びに第9項から第12項までは,今は亡きソヴィエト社会主義共和国連邦(同盟)の1936年憲法(スターリン憲法)の香りがしますね。

 

 第12条1項 ソ同盟においては,労働は,「働かざる者は食うべからず」の原則によって,労働能力あるすべての市民の義務であり,また名誉である。

 第118条1項 ソ同盟の市民は,労働の権利すなわち労働の量および質に相当する支払を保障された仕事を得る権利を有する。

 第119条 ソ同盟の市民は,休息の権利を有する。

   休息の権利は,労働者および職員のために,8時間労働日を制定し,かつ困難な労働条件を有する若干の職業のために,労働日を7時間ないし6時間に,かつ特別に困難な労働条件を有する職場においては,4時間に短縮することによって保障され,さらに労働者および職員に対して,年次有給休暇を設定し,かつ勤労者に対する奉仕のために,広く行きわたった療養所,休息の家,およびクラブを供与することによって,保障される。

 第120条1項 ソ同盟の市民は,老齢,ならびに病気および労働能力喪失の場合に,物質的保障をうける権利を有する。

 第122条 ソ同盟における婦人は,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野において,男子と平等の権利を与えられる。

   これらの婦人の権利を実現する可能性は,婦人に対して,男子と平等の労働,労働賃金,休息,社会保険および教育に対する権利が与えられること,母および子の利益が国家的に保護されること,子供の多い母および独身の母に対する国家的扶助,妊娠時に婦人に有給休暇が与えられること,広く行きわたった産院,託児所および幼稚園の供与によって保障される。

 第123条 ソ同盟の市民の権利の平等は,その民族および人種のいかんを問わず,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野にわたり不変の法である。

   市民の人種的または民族的所属からする,いかなる直接もしくは間接の権利の制限も,または反対に,直接もしくは間接の特権の設定も,ならびに人種的もしくは民族的排他性の宣伝,もしくは憎悪および軽侮の宣伝も,法律によって罰せられる。

  (山之内一郎訳『人権宣言集』(岩波文庫)292-294頁)

 

(2)「憲法草案要綱」のGHQへの紹介

 法律の前の平等がかかわる出生又は身分の問題と,男女平等及び民族差別・人種差別の禁止の問題とを最初に同一の範疇にひっくるめてしまったのは,GHQ「民政局法規課長として,高野岩三郎らの「憲法研究会」・・・のメンバーや,リベラルなグループとのつきあいも多く,日本側の在野の憲法草案を取り入れるに当たって,橋渡し役として動いた人物」であるマイロ・E・ラウエル中佐(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』(角川文庫・2014年(単行本1995年))47頁)でしょう。

 ラウエル中佐がまとめた1946年1月11日付けのGHQ参謀長あてのメモランダム“Comments on Constitutional Revision proposed by Private Group”(「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」)では,憲法研究会の「憲法草案要綱」における「14.素晴らしくリベラルな条項」(14. Outstanding Liberal Provisions)として,“b. Discriminations by birth, status, sex, race and nationality are prohibited. The peerage is abolished.”b. 出生,身分,性別,人種及び民族による差別は,禁止される。華族制度は,廃止される。)が挙げられています。性別,人種又は民族に基づく差別禁止問題と伝統的な身分制廃止問題とが融合されて,全体として差別禁止の話とされています。

 

(3)GHQ民政局国民の権利委員会における検討

 GHQ原案の起草に携わったGHQ民政局の国民の権利委員会(“Civil Rights Committee”は,「人権委員会」と訳するよりも,こう訳した方がよいでしょう。その構成員は,ピーター・K・ロウスト中佐,ハリー・エマソン・ワイルズ氏及びベアテ・シロタ氏)は,どのように考えていたか。実は,初稿及びそれに対する書き込みからすると,法律の前の平等と,性別,人種又は民族による差別の禁止とは,前者が後者を包摂するような関係であるものとは考えられていなかったようです。

 国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」のハッシー文書のウェッブ・ページによると,国民の権利委員会による日本国憲法14条の原型規定は,最初は次のようなものでした(102コマ目,121コマ目,123コマ目,126コマ目及び129コマ目)。

 

 6.  All persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic, educational, and domestic relations on account of race, creed, sex, caste or national origin. No special privilege shall accompany any ownership or grant of title, honor, decoration or other distinction; nor shall any such ownership or grant of distinction, whether now existing or hereafter to be conferred, be valid beyond the lifetime of the individual who owns or may receive it.

 

 挿入の書き込みがあるのは,及びの部分です。

 最初のの所には,“natural”が挿入されています(102コマ目,121コマ目,123コマ目,126コマ目及び129コマ目)。

 次のの所には,華族制度廃止規定が挿入されるべきものとされていたようです。102コマ目では“Insert”121コマ目では“peerage clause”126コマ目では“Insert peerage clause”129コマ目では“Peerage Clause”と書き込まれています。

 “Peerage Clause”とは,1946年2月3日のマッカーサー三原則の第3項における次の第2文及び第3文のことでしょう。

 

 No rights of peerage except those of the Imperial family will extend beyond the lives of those now existent.

  No patent of nobility will from this time forth embody within itself any National or Civic power of government.

 

最高司令官御自らのお筆先になる規定が脱落してしまっているということは大変なことです。慌てて原案初稿に挿入することになったようです。しかし,そこでは,華族制度の廃止こそが,法律の前の平等に直ちに続くものと考えられていたようです。換言すると,「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止より前に華族制度の廃止が先行すべきものとされていて,「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止は,法律の前の平等と直接結びついたものとは考えられていなかった,ということになるように思われます。前記憲法研究会の「憲法草案要綱」でもそのような並びになっていました。しかしながら,単に,マッカーサー元帥のお筆先を順番の上で優先させようとしていたのかもしれません。

なお,前記ラウエル中佐の「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」における14.b.の部分とは異なり,「出生,身分(birth, status)」による差別の禁止は,国民の権利委員会の案にはそれとして出ていません。法律の前に平等(equal before the law)ということで,その点は尽くされていると考えられたものでしょうか。

「性別」,「人種」及び「民族」は,憲法研究会の「憲法草案要綱」にありましたが,“creed”及び“caste”は,国民の権利委員会が付加したものということになります。“Creed”は,西洋の歴史にかんがみると宗教的なものでしょう。1786年ヴァジニア信教自由法の第2項は,“the same (their opinions in matters of religion) shall in no wise diminish, enlarge, or  affect their civil capacities.”と規定していましたから,換言すると,宗教的意見のいかんによって,市民としての資格について縮小,拡大その他の影響を受けていたわけです。“Caste”は,インドのあのカーストですね。しかし,なぜ,カーストが日本で問題になるのか。とはいえ,国民の権利委員会のロウスト中佐は,実際にインドの大学で講師をもしていたという風変わりな人物でしたので(鈴木57-58頁),その影響があったものでもありましょう。しかし,この謎は,神智をもってしないと解くことのできない神秘の謎のまま残りそうでもあります(http://www.theosophy.wiki/mywiki/index.php?title=Pieter_K._Roest#cite_note-4)。

国民の権利委員会の修正後の原案は,次のとおりです(167コマ目)。

 

5.  All natural persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic, educational and domestic relations on account of race, creed, sex, caste or national origin. No patent of nobility shall from this time forth embody within itself any national or civil power of government. No right of peerage except those of Imperial family shall extend beyond the lives of those now existent. No special privilege shall accompany any ownership or grant of title, honor, decoration or other distinction; nor shall any such ownership or grant of distinction be valid beyond the lifetime of the individual who owns or may receive it.

 

結局,華族制度の廃止規定が,法律の前の平等規定と「人種,信仰,性別,カースト又は民族的出自」による差別の禁止規定との間に割って入ることはありませんでした。確かにワイマル憲法109条でも,身分制度の廃止関係は,(公民としての)男女同権の後ろにまわっています。

 

(4)GHQ草案13

これが,1946年2月13日に松本烝治憲法担当国務大臣らに手交されたGHQ草案では次のとおりとなっています。

 

 Article XIII.  All natural persons are equal before the law. No discrimination shall be authorized or tolerated in political, economic or social relations on account of race, creed, sex, social status, caste or national origin.

         No patent of nobility shall from this time forth embody within itself any national or civic power of government.

         No rights of peerage except those of the Imperial dynasty shall extend beyond the lives of those now in being. No special privilege shall accompany any award of honor, decoration or other distinction; nor shall any such award be valid beyond the lifetime of the individual who now holds or hereafter may receive it.

 

第1項後段の差別禁止の場面から,“educational and domestic relations”が抜けています。これは,教育及び家族生活の問題は他の個別条項(現行日本国憲法では第26条及び第24条)で手当てされるからここで規定する必要は無い,ということでしょう。ところが,それに代わって,広く“social relations”(社会的関係)における差別が禁止されることになり,また,差別の理由(“on account of”という表現が用いられています。)とすることが許されないものとして“social status”(社会的身分)が加えられています。これらの修正は,国民の権利委員会によってではなく,運営委員会(Steering Committee。構成員は,ケーディス大佐,ラウエル中佐及びハッシー中佐並びにルース・エラマン氏)によってされたものでしょう。ラウエル中佐あたりが,「カーストなんてインドみたいで,かつ,特殊に過ぎるではないか。これはやはり「身分」とは違うのではないか。わしの「私的グループによる憲法改正草案に対する所見」の14.b.に,“birth, status”による差別は禁止されると書いておいたぞ。“Social status”を入れて,出生・身分を理由とした差別の禁止もはっきりさせるべきだろう。」と考えて,筆を入れたものでしょうか。“Social status”が身分制的身分であるとすると,第1項後段における「身分」による差別の禁止は,身分制の廃止に係る同項前段の法律の前の平等と相重なることになります。前段と後段との架橋が,ここでされてしまったようです。(しかし,ここまで思いつきを書いてしまうと,ブログでなければ許されない妄想の域に入ってしまうようです。)なお,ヴァイマル憲法109条2項の英訳をインターネット上で調べてみると,ドイツ語のStandを,“social standing”とするものがあります(www.zum.de)。一般には“rank”と訳されているようですが。

 

(5)日本国政府の対応

 

ア 外務省訳

 GHQ草案13条の我が外務省訳は次のとおり。

 

13条 一切ノ自然人ハ法律上平等ナリ政治的,経済的又ハ社会的関係ニ於テ人種,信条,性別,社会的身分,階級又ハ国籍起源ノ如何ニ依リ如何ナル差別的待遇モ許容又ハ黙認セラルルコト無カルヘシ

爾今以後何人モ貴族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方ノ如何ナル政治的権力ヲモ有スルコト無カルヘシ

皇族ヲ除クノ外貴族ノ権利ハ現存ノ者ノ生存中ヲ限リ之ヲ廃止ス栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ優遇ノ授与ニハ何等ノ特権モ附随セサルヘシ又右ノ授与ハ現ニ之ヲ有スル又ハ将来之ヲ受クル個人ノ生存中ヲ限リ其ノ効力ヲ失フヘシ

 

法律の「前」でも「下」でもなく,法律「上」平等ということになっています。“Creed”が「信条」と訳された以上,「宗教的信仰に限らず,政治や人生に関する信念を包含するものと解される」ことになるのでしょう(佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)471頁)。“Caste”を「階級」と訳したのは,確信犯的誤訳でしょうか。“National origin”に「民族的出自」という訳語が当てられず,帰化した国民にのみ関係しそうな「国籍起源」という訳語が当てられたのは,当時の大日本帝国の外務省においては,大日本帝国はそもそも多民族帝国ではなかったという意識があったものか,受諾したポツダム宣言の第8項に基づき,早くも朝鮮,台湾等は考慮の外になってしまっていたのか,考えさせられるところです。

 

イ 佐藤達夫部長の検討と松本烝治国務大臣の決断

 

(ア)1946年2月28日まで

これに対する日本政府(松本烝治憲法担当国務大臣,佐藤達夫法制局第一部長及び入江俊郎法制局次長)の1946年2月28日案(初稿)は,次のとおり(ウェッブ・ページ6コマ目及び7コマ目)。主に佐藤達夫部長の手になるものとされています。

 

13第5条 国民ハ凡テ法律ノ前ニ平等トス。 

  国民ハ門閥,出生又ハ性別ニ依リ政治上,経済上其ノ他一般ノ社会関係ニ於テ差別ヲ受クルコトナシ。 

  (爾今何人ト雖モ貴族(・・)タルノ故ヲ以テ政治上ノ特権ヲ附与セラルルコトナシ)

  

 ―別案―

国民ハ門閥,出生又ハ性別ニ依リ法律上差別セラルルコトナシ。

 補則, 王公族,華族及朝鮮貴族ノ特権ハ之ヲ廃止ス。

  此ノ憲法施行ノ際現ニ王公族,華族又ハ朝鮮貴族タル者ノ有スル特権ハ法律ノ定ムル所ニ依リ其ノ者ノ生存中ニ限リ仍従前ノ例ニ依ル。

 

「人種,信条」及び「社会的身分,階級又ハ国籍起源」が,「門閥,出生」に置き換えられています。ここでの「門閥」がドイツ語の“Stand”に対応するのならば,佐藤部長は,前記ヴァイマル憲法109条的条項を考えていたものでしょうか。

なお,ここで出てくる「王公族」及び「朝鮮貴族」が,日本国憲法14条2項において含意されているところの「貴族(華族を除く。)」です(会社法のような表現で,失礼します。)。いずれも日韓併合条約に基づくものでした。王公族については,大韓帝国皇帝家が王族,同帝国の皇族2家が公族となっていました。朝鮮貴族には公侯伯子男の5爵があり,華族が内地人に限られるのと対応して,朝鮮貴族の受爵者は朝鮮人に限られていました。

 

(イ)1946年2月28日の打合せとその後

佐藤達夫部長は,後に,1946年「2月28日さきの〔内閣総理大臣官邸〕放送室で松本大臣と第1回の打ち合わせをした。これには当時の法制局次長入江俊郎氏も参加したはずである。」と回想しています(佐藤達夫著=佐藤功補訂『日本国憲法成立史第3巻』(有斐閣・1994年)71頁)。入江次長はやや影が薄い。

1946年3月1日案(第2稿)では次のようになっています(ウェッブ・ページ6コマ目)。変化した部分は,松本烝治大臣の責任によるものとすべきでしょう。「法律ノ前ニ」が「法律ノ下ニ」になったのは,佐藤達夫部長としては,「表現上の変更にとどまったものと思っている」ところだったそうです(佐藤=佐藤119頁)。

 

 1314条 凡テノ国民ハ法律ノ下ニ平等ニシテ人種,信条,性別,社会上ノ身分又ハ門閥ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

   爵位,勲章其ノ他ノ栄典ハ特権ヲ伴フコトナシ。

 

ここで,「法律の下の平等」と「人種,信条,性別,社会上の身分又ハ門閥」による差別の禁止とが初めて一文に合体します。なお,ここでの「門閥」は,「階級又ハ国籍起源」(カースト又は民族)の言い換えということになるようです。

いずれにせよ,1946年2月28日の松本大臣の決断によって,19世紀トニセン流の狭い射程しかない法律の前の平等概念を超えた,広い射程の「法(律)の下の平等」概念が我が国において生まれたと評価し得るように思われます。(これも非学術的な言い過ぎのようでありますが。長尾龍一教授によれば, なお,「要するに法の下の平等の規定は, 封建制の遺産の除去という目的に限定されているのである。」ということではあります(同『憲法問題入門』(ちくま新書・1997年)97頁)。)

松本大臣は,「男女平等」についてはどのような考えを持っておられたものか。

 

松本国務相の・・・夫人は慶應義塾の重鎮小泉信吉の令嬢,つまり小泉信三の姉千子である。

松本家では,千子夫人の“威令”がゆきとどき,松本国務相はときに夫人の横に寝ころび,夫人に羊かん,果物をツマ楊枝で食べさせてもらったり,政治談議の好きな夫人の舌鋒にへきえきして,当時は草深いおもかげを残す綱島温泉に逃げだしたりした,と長女峰子は語る。

その長女峰子は,・・・東大教授田中耕太郎にとつぎ,次女文子は慶應義塾大学医学部三辺謙夫人である。そして,三辺謙は,松本国務相の秘書をつとめた・・・(児島襄『史録日本国憲法』(文春文庫・1986年(単行本1972年))88-89頁)

 

なお,松本大臣は,本業の商法学の分野では,1935年の中央大学五十周年記念論文集において「従来の定説に対し相当大胆な叛逆を試みた」ものである『株式会社に於ける定款自由の原則と其例外』という論文を発表していて,「併し乍ら解釈論上は定款規定自由の大原則に対し如何なる場合に於ても株主平等ならざるべからずとする一般的の制限を存すべき理はなく,株主平等に反する定款規定が正義衡平の観念に反するや否や,即ち公序良俗に反するや否やを個個の場合に付き考察して其規定の効力を判定するに止まるべきである。会社の個個の株主総会の決議其他の行為に付ても亦同様に解して誤ないと考へる。・・・之を要するに株主平等の原則なるものは解釈上は寧ろ之を排斥すべきものである。」「所謂株主平等の原則なるものは実際上は寧ろ誤解を招き又は膠柱の不便を生ぜしむる無用の原則であつて,法律解釈上是の如き根拠に乏しき原則を高調するは其利を以て害を償ふに足らないものと考へる。」と,平等原則中少なくとも「株主平等原則」に対しては警告を発していました(松本烝治『私法論文集(続編)』(巌松堂書店・1938年)316頁,304頁,311頁)。


 1946
年3月4日にGHQ民政局に提出された同月2日案は次のとおり(ウェッブ・ページ3コマ目及び4コマ目)。

 

13条 凡テノ国民ハ法律ノ下ニ平等ニシテ,人種,信条,性別,社会上ノ身分又ハ門閥ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

爵位,勲章其ノ他ノ栄典ハ特権ヲ伴フコトナシ。

 

なお,我が3月2日案の第14条は「外国人ハ均シク法律ノ保護ヲ受クルノ権利ヲ有ス」と規定していました。GHQ草案XVI条( “Aliens shall be entitled to the equal protection of law.”)に対応するものです。

 

(6)1946年3月4日から同月5日にかけての佐藤部長とGHQとの折衝から同月6日の憲法改正草案要綱まで

 

ア 佐藤部長とGHQ民政局との折衝

「三月四,五両日司令部ニ於ケル顛末」(佐藤達夫作成)には,1946年3月4日から同月5日にかけて徹夜で行われたGHQ民政局と日本側(佐藤達夫部長)との折衝について次のようにあります(ウェッブ・ページ6コマ目)。

 

13条 「ナチユラル・パーソンズ」ハ自然人トスベシ尚「ナシヨナル・オリジン」ヲ脱セリト云フ,之ハ「人種」ニ含ムト考ヘタリト述ベタルモ,ソレハ違フト云フ,然ラバXVIノ外国人ノ条文トノ関係如何ト述ベタルニ夫レデハXVIヲ削ツテ之ニ合スベシトテ(XVI当方案14条ノ「均シク」(equal protection)ノ意ヲ質シタルニ日本国民トイクオール(・・・・・)ナリト云フ)「自然人ハ・・・タルト・・・タルトヲ問ハズ」トシ門閥ノ下ニ「又ハ国籍」ヲ入レルコトニシテ落付ク。(ナシヨナル・オリジンハ出身国ト云フベキカ)

次ニ貴族制ノ廃止ハ何故ニ規定セザリシヤト云フ,(ママ)ハ重要問題故是非規定スベシ,トテ〔1946年2月13日のGHQ〕交付案ノ趣旨ヲ入ルルコトトス。〔「ただ「皇族(imperial dynasty)ヲ除ク外」は当然のこととして削り,その他マ草案の英文にも若干の手直しが加えられた。」(佐藤=佐藤118頁)〕

 

 閣議で配布された日本国憲法1946年3月5日案では,次のとおり。

 

 第13条 凡テノ自然人ハ其ノ日本国民タルト否トヲ問ハズ法律ノ下ニ平等ニシテ,人種,信条,性別,社会上ノ身分若ハ門閥又ハ国籍ニ依リ政治上,経済上又ハ社会上ノ関係ニ於テ差別セラルルコトナシ。

  爾今何人モ貴族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方ノ如何ナル政治的権力ヲモ有スルコト無カルヘシ。華族ハ現存ノ者ノ生存中ヲ限リ之ヲ廃止ス栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ優遇ノ授与ニハ何等ノ特権モ附随セサルヘシ又右ノ授与ハ現ニ之ヲ有スル又ハ将来之ヲ受クル個人ノ生存中ヲ限リ其ノ効力ヲ失フヘシ

 

この第13条1項については吉田茂外務大臣から「国籍により政治上差別を受けることがないという規定,すなわち外国人も日本人と同様政治上の権限をひとしく享有するが如き規定は不適当であるから改めること」については「さらにマッカーサー司令部に申し入れて再考を乞うことにしたい」との発言があり(佐藤=佐藤161頁参照),翌6日午後同大臣から文書をもって申し入れがされ,GHQは直ちに当該部分を改めたそうです(同162頁参照。「これについては,国籍云々と書いておくと,外交官の治外法権も,日本国内では認められなくなるといったら,司令部側は早速ひっこんだそうです」(同))。ただし,佐藤達夫部長は,「私が5日の夕方司令部から総理官邸にもどった後,〈3月5日案〉第13条の「国籍」及び「日本国民タルト否トヲ問ハズ」について,白洲氏から司令部に交渉してもらい,これを削ることの了解を得ていた」と記憶しています(佐藤=佐藤176頁。また,同119頁)。

なお,5日の閣議中断中の幣原喜重郎内閣総理大臣及び松本国務大臣の内奏の際,昭和天皇から「華族廃止についても堂上華族だけは残す訳には行かないか」との発言があったと伝えられています(佐藤=佐藤162-163頁参照)。

 

イ 内閣発表憲法改正草案要綱(1946年3月6日)

 1946年3月6日の内閣発表憲法改正草案要綱では,次のようになっています。

 

 第14 凡ソ人ハ法ノ下ニ平等ニシテ人種,信条,性別,社会的地位,又ハ門地ニ依リ政治的,経済的又ハ社会的関係ニ於テ差別ヲ受クルコトナキコト

  将来何人ト雖モ華族タルノ故ヲ以テ国又ハ地方公共団体ニ於テ何等ノ政治的権力ヲモ有スルコトナク華族ノ地位ハ現存ノ者ノ生存中ニ限リ之ヲ認ムルコトトシ栄誉,勲章又ハ其ノ他ノ栄典ノ授与ニハ何等ノ特権ヲ伴フコトナク此等ノ栄典ノ授与ハ現ニ之ヲ有シ又ハ将来之ヲ受クル者ノ一代ニ限リ其ノ効力ヲ有スベキコト

 

ここで「法律ノ下ニ」が「法ノ下ニ」になりましたが,それは「形式的意味の“法律”との混同を避ける趣旨」であったそうです(佐藤=佐藤179頁)。

「社会上ノ身分」が「社会的地位」になり,「門閥」は「門地」になっています。「社会的地位」は現在の日本国憲法14条1項では「社会的身分」にまた改められていますから,やはり,「社会的身分」は,身分的なものなのでしょう。GHQ草案からの由来に鑑みると,「門地」は「カースト又は民族」ということになるようです。しかしながら,門地(family origin)は,現在,「人の出生によって決定される社会的地位のことで,いわゆる「家柄」がこれにあたる。貴族制度の廃止(142項)は,その当然の帰結である。」と解されていて(佐藤幸治475頁),むしろこちらの方が本来の身分(Stand)に相当するものであるかのように理解されています。ロウスト中佐のインド体験(カースト)が悪いのか,また,スターリン憲法賛美(民族間平等)がうまく理解されなかったのか,翻訳上の辻褄合わせが,「憲法14条1項にいう社会的身分と門地との違いって何だ」という難問を生み出してしまったようです。

ハッシー中佐の文書中の1946年3月6日の日本国憲法案では次のとおり(ウェッブ・ページ5コマ目)。

 

 Article XIII.     All natural persons are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic, or social relations because of race, creed, sex, social status, or family origin. No right of peerage shall from this time forth embody within itself any national or civic power of government, nor shall peerage extend beyond the lives of those now in being. No privilege shall accompany any award of honor, decoration or any distinction; nor shall any such award be valid beyond the lifetime of the individual who now holds or hereafter may receive it.

 

 なお,3月5日案の英文は,次のようなものでした(佐藤=佐藤179-180頁参照)。

 

 Article XIII.     All natural persons, Japanese or alien, are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic, or social relations because of race, creed, sex, social status, family origin, or nationality. No right of peerage shall…… No privilege shall accompany any award of honor, decoration or other distinction; nor……

1 「法の下の平等」の用例

 

(1)憲法

 日本国憲法14条1項は,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定しています。英文では,“All of the people are equal under the law and there shall be no discrimination in political, economic or social relations because of race, creed, sex, social status or family origin.”となります。同条には,【法の下の平等,貴族の廃止,栄典】などと六法の編集者が見出しを付けています。ただし,憲法の原本には固有の見出しが付いていないので,飽くまでも編集者が私的に付けた見出しです。「昭和24年以降の法令(及び昭和22年,同23年の法令の一部)には条文見出しがついているので,( )を用いて条名の右肩(まれには下)にそのまま表示した。さらに古い法令で見出しのついていないものについては,編集委員が見出しを付し,【 】に入れて条名の下に収めた。」ということです(井上正仁=山下友信編集代表『六法全書 平成27年版 Ⅰ』(有斐閣・2015年)8頁)。見出しは「利用上の便宜が極めて大きいので,構成の極めて簡単な法令で検索の手掛かりを特に必要としないものを除いては,最近では,例外なく見出しが付けられる」ことになっています(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)155頁)。日本国憲法は,「さらに古い法令で見出しのついていないもの」に該当します。2012年4月27日決定の自由民主党の日本国憲法改正草案では,憲法14条全体に,「(法の下の平等)」という見出しが付けられています。

 

(2)男女平等関係3法律

 この「法の下の平等」の語が他の法令で用いられている例はないかと総務省行政管理局による法令データ提供システムで検索したところ,3例がありました(なお,以下引用条文における下線は筆者によるもの)。

 第1は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)1条です。

 

  (目的)

第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することを目的とする。

 

 この法律の当初の題名は「勤労婦人福祉法」で,当時の第1条は「この法律は,勤労婦人の福祉に関する原理を明らかにするとともに,勤労婦人について,職業指導の充実,職業訓練の奨励,職業生活と育児,家事その他の家庭生活との調和の促進,福祉施設の設置等の措置を推進し,もつて勤労婦人の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。」と規定していました。「法の下の平等」が入ってきたのは,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律(昭和60年法律第45号)による改正によってです。同法による改正により改題された雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律の第1条は,次のとおりとなりました。

 

  (目的)

第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇が確保されることを促進するとともに,女子労働者について,職業能力の開発及び向上,再就職の援助並びに職業生活と家庭生活との調和を図る等の措置を推進し,もつて女子労働者の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。

 

 第2は,男女共同参画社会基本法(平成11年法律第78号)の前文の第1項です。

 

  我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,男女平等の実現に向けた様々な取組が,国際社会における取組とも連動しつつ,着実に進められてきたが,なお一層の努力が必要とされている。

 

「最近では,法令の第1条に目的規定又は趣旨規定を置くものが多く・・・,わざわざ前文を置かなくても,法令の制定の目的を知ることができる」のですが,「前文は,その法令の制定の理念を強調して宣明する必要がある場合に置かれることが多く,憲法以外の法令では,いわゆる基本法関係・・・に多い。」とされています(前田146頁)。「前文は,具体的な法規を定めたものではなく,その意味で,前文の内容から直接法的効果が生ずるものではないが,各本条とともに,その法令の一部を構成するものであり,各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有する」ものです(前田・同頁)。

第3は,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)の前文第1項です。

 

 我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。

 

 この配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律は,議員立法です。前文を特に設けた理由は,「配偶者からの暴力は,犯罪となる行為であるにもかかわらず,これまで被害者の救済が必ずしも十分に行われてきませんでした。また,被害者の多くは女性であり,配偶者からの暴力は個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げとなっており,配偶者からの暴力を防止し,被害者の保護を図ることは,人権の擁護と男女平等の実現のみならず,女性に対する暴力の根絶という国際社会の要請にも沿うものであります。そのため,特に前文を設け,この法律の趣旨及び目的を明らかにしております。」と説明されています(提案者南野知惠子参議院議員・第151回国会参議院共生社会に関する調査会会議録第5号(2001年4月2日)2頁)。

 以上見た範囲では,「法の下の平等」といえば,主に男女平等を意味するものと受け取られているようです。(ただし,女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)には,「法の下の平等」の語はありません。)

 

2 法律の前の平等と「法の下の平等」との相違

 ところが,前回のブログ記事「大日本帝国憲法19条とベルギー国憲法(1831年)6条」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1038090379.html)で見た「法律の前の平等」に関するベルギーの法学者トニセンによる説明によれば,「立憲国家において法律の前の平等l’égalité devant la loiは,主に4種の態様において現れる。①全ての身分ordresの区別の不在において,②全ての市民が差別なく全ての文武の官職に就任し得ることにおいて,③裁判権juridictionに関する全ての特権の不在において,④課税に関する全ての特権の不在において。」ということでありました。19世紀立憲主義的には,法律の前の平等の主眼はAncien Régime的身分制の廃止であって,そこに「男女平等」は含まれていなかったわけです。

 20世紀に入り1919年に制定されたドイツのヴァイマル憲法109条は次のように規定していました。

 

 Art.109.  Alle Deutschen sind vor dem Gesetze gleich.

Männer und Frauen haben grundsätzlich dieselben staatsbürgerlichen Rechte und Pflichten.

Öffentlich-rechtliche Vorrechte oder Nachteile der Geburt oder des Standes sind aufzuheben. Adelsbezeichnungen gelten nur als Teil des Namens und dürfen nicht mehr verliehen werden.

Titel dürfen nur verliehen werden, wenn sin ein Amt oder einen Beruf bezeichnen; akademische Grade sind hierdurch nicht betroffen.

Orden und Ehrenzeichen dürfen vom Staat nicht verliehen werden.

Kein Deutscher darf von einer ausländischen Regierung Titel oder Orden annehmen.

 

 第109条(1)すべてのドイツ人は,法律の前に平等である。

  (2)男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。

  (3)出生または身分にもとづく公法上の特権または,不利益は廃止されなければならない。貴族の称号は,氏名の一部としてのみ通用し,将来はこれを授与してはならない。

  (4)称号は,官職または職業を表示する場合にのみ,これを授与することができる,学位はこれに関係がない。

  (5)国は,勲章および名誉記章を授与してはならない。

  (6)いかなるドイツ人も,外国政府から称号または勲章を受領してはならない。

 (山田晟訳『人権宣言集』(岩波文庫・1957年)201頁)

 

法律の前の平等を宣言した第1項に続いて,第2項で「男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。」と規定していますから,これは,法律の前の平等に「男女平等」も含めるものとしたものか。しかしながら,公民としての権利及び義務(staatsbürgerliche Rechte und Pflichten)が同一であることのみが規定されていますので,我が憲法14条1項のように,広く経済的又は社会的関係における差別までをも禁ずる射程は有していないようです。公民権(staatsbürgerliche Rechte)は個人権(bürgerliche Rechte)と対になる概念ですが,「公民権とは国,市町村等の意思形成に参与し得る権利」であり,「個人権とはそれ以外の基本権(平等権・自由権等)」であると,ヴァイマル憲法136条2項についてですが説明されています(山田217頁註3)。

 「人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」ことを含む我が憲法14条1項の「法の下の平等」は,伝統的な法律の前の平等の概念よりも射程が随分広いものになっているようです。これは一体なぜなのか。日本国憲法の立案過程を見てみる必要があるようです(国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」を参照)。

 
(以下,後編 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144259.html に続く)

 

このページのトップヘ