2015年01月

1 勾留の裁判に対する準抗告及びその認容率

「勾留許可に対する準抗告の認容率はきわめて低い」といわれています(『刑事弁護ビギナーズ(季刊刑事弁護増刊)』(現代人文社・2007年)49頁)。また,「弁護人においては,準抗告は認められないと自制することなく,積極的に行うようにしたい。」(刑事弁護ビギナーズ50頁)とわざわざ発破をかけられています。当該発破を反対解釈すると,勾留状発付の裁判の取消し及び勾留請求の却下を求める準抗告はどうせ認められないから申立てなどしない方が利口である,というのが弁護士間での常識であるということでしょうか。

なお,被疑者が警察官に逮捕された場合における勾留のための手続ですが,検察官への送致を経て(刑事訴訟法2031項),身体拘束時から72時間以内に検察官から裁判官に勾留の請求がされます(同法20512項)。当該請求を受けた裁判官は,被疑者に対し被疑事件を告げてこれに関する陳述を聴いた後に(同法2071項,61条(勾留質問)),勾留状を発するか,被疑者の釈放を命ずるかを決める裁判をします(同法2074項)。「勾留の期間」は,検察官が勾留の請求をした日から起算して10日間です(同法2081項)。本稿は,勾留状を発する勾留の裁判に対する被疑者側からの不服の申立て(当該裁判官が簡易裁判所の裁判官である場合には管轄地方裁判所に,その他の場合は当該裁判官所属の裁判所に対してする。)たる準抗告(同法42912号)についてのお話です。

裁判所の司法統計によれば,2013年中の刑事訴訟法429条に基づく準抗告は9438件あったうち,原裁判又は原処分の取消し・変更の結果となったものが1512件あったということです。一応,申立てがいくらかでも認められたものは約16パーセントということになります。それほど絶望的ではないような気もしますが,ただし,この数字は刑事訴訟法429条に基づく準抗告全体のものですので(したがって,勾留請求却下の裁判に対する検察官の準抗告も含まれます。),その内数である「勾留許可に対する準抗告の認容率」は,やはり「きわめて低い」ものなのでしょう(東京地方裁判所平成27年(む)第80147号平成27年1月20日決定などは珍しい例外ということになります。)。そもそも,検察官からの勾留請求は裁判官によって認められるのが原則であって(刑事訴訟法2074項本文は「裁判官は,・・・勾留の請求を受けたときは,速やかに勾留状を発しなければならない。」と規定しています。),2013年中には請求による勾留状の発付数は113483件であるのに対して,却下数は2308件にすぎません(司法統計)。当該却下率はわずか約2パーセントです。


2 旧刑事訴訟法の準抗告規定及び勾留の裁判性問題

(1)旧刑事訴訟法の準抗告規定

 刑事訴訟法429条の準抗告制度は,旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)470条の規定を前身とするものです。同条は,次のとおり。


 第470条 裁判長,受命判事又ハ予審判事左ニ掲クル裁判ヲ為シタル場合ニ於テ不服アル者ハ判事所属ノ裁判所ニ其ノ裁判ノ取消又ハ変更ヲ請求スルコトヲ得

  一 忌避ノ申立ヲ却下スル裁判

  二 勾留,保釈,押収又ハ押収物ノ還付ニ関スル裁判

  三 鑑定ノ為被告人ノ留置ヲ命スル裁判

  四 証人,鑑定人,通事又ハ翻訳人ニ対シテ過料又ハ費用ノ賠償ヲ命スル裁判

  区裁判所判事前項第1号ノ裁判ヲ為シ又ハ受託判事トシテ前項第2号乃至第4号ノ裁判ヲ為シタル場合ニ於テハ其ノ裁判所ヲ管轄スル地方裁判所ニ其ノ裁判ノ取消又ハ変更ヲ請求スルコトヲ得

  第1項第4号ノ裁判ノ取消又ハ変更ノ請求ハ其ノ裁判アリタル日ヨリ3日内ニ之ヲ為スヘシ

  前項ノ請求期間内及其ノ請求アリタルトキハ裁判ノ執行ヲ停止ス


 柱書きにある予審判事は,サッカー日本代表のアギーレ監督のおかげで,スペインのそれについて最近有名になりましたね。

 なお,現在の刑事訴訟法429条1項2号(裁判官のした「勾留,保釈,押収又は押収物の還付に関する裁判」を準抗告の対象とするもの)は昭和24年法律第116号によって改正されていますが,実は立法時には刑事訴訟法429条1項2号には「保釈」が抜けていたところです。同法280条1項(「公訴の提起があつた後第1回の公判期日までは,勾留に関する処分は,裁判官がこれを行う。」)の存在を見落としていたものか。ここにも「こっそり」改正があります。

(2)勾留の裁判性問題

 旧刑事訴訟法470条1項2号の文言は,片仮名と平仮名との違いのみで現行刑事訴訟法429条1項2号のそれと同じであり,抗告を許す裁判所の決定に係る旧刑事訴訟法457条2項の文言(「前項ノ規定〔裁判所の判決前の決定に対する抗告は原則として認められないとする規定〕ハ勾留,保釈,押収又ハ押収物ノ還付ニ関スル決定及鑑定ノ為ニスル被告人ノ留置ニ関スル決定ニ付之ヲ適用セス」)も現行刑事訴訟法420条2項のそれとほぼ同一ですが,旧刑事訴訟法においては,裁判所の決定に対する抗告について,「勾留を更新する決定(第113条)・・・等に対して抗告を為し得ることは明かである。〔しかし,〕勾留・・・の処分そのものに対して抗告を為し得るであろうか。」という問題が提起されていました(小野清一郎『刑事訴訟法講義』(有斐閣・1933年)525頁。下線は筆者)。予審制度廃止後・逮捕前置主義下における検察官からの勾留の請求に対する処分に関する裁判官の権限に関して規定するものである現行刑事訴訟法207条に相当する規定を欠いていた予審制度下の旧刑事訴訟法においては(ただし,同法255条は,捜査のため検事は予審判事又は区裁判所判事に被疑者の勾留の処分を請求することができると規定していました。),勾留は原則として裁判所又は裁判長(同法93条)によってされるものとされた上で当該規定が予審判事に準用(同法122条)されており,また,「決定」との文言が用いられていなかったところ(同法901項等は「勾留スルコトヲ得」と,同法91条は「被告人ノ勾留ハ勾留状ヲ発シテ之ヲ為スヘシ」と規定。現行刑事訴訟法も同様),勾留が裁判である側面を有することが一般にはなお明らかではなかったようです。すなわち,「多くの学者は此の点〔勾留の処分そのものに対する抗告の可否〕を考へて居らぬか又は之を否定するものの如くであるが,私は勾留及び押収はいづれも裁判所の意思表示をその要素とするものであり,其の方式は特別の規定があつて,一般決定に関する規定の適用はないが,其は尚決定の性質を有するものとして之に対し抗告を許すものと考へるのである。」というのが小野清一郎教授の現状分析及び見解でした(小野525頁)。司法試験受験生が,「勾留とは,被疑者・被告人を拘束する裁判およびその執行をいう。」(田宮裕『刑事訴訟法[新版]』(有斐閣・1996年)82頁。下線は筆者)と暗唱させられる背景には,このような事情があったわけです。

 (なお,現行刑事訴訟法においては「勾留中の被疑者については,勾留事実と同一の事実で公訴提起された場合,特段の手続を要せず公訴提起の日から当然に被告人としての勾留が開始される(
20860②)。すでに勾留の際厳格な手続が履践されているからである。」ということで(松本時夫=土本武司編著『条解刑事訴訟法〔第3版増補版〕』(弘文堂・2006年)518頁),検察官の公訴の提起により被疑者の勾留が自動的に被告人の勾留(公訴の提起があった日から2箇月(刑事訴訟法602項))に切り替わるものとされていますが,これは一見,検察官の公訴提起の意思表示に基づく準法律行為的効果のような感じですね(ただし,旧刑事訴訟法では,そもそも原則的な勾留の客体である被告人には既に公訴が提起されていて,予審判事の取調べに基づき当該被告事件が当該予審判事によって更に公判に付される形(同法312条)になっていました。また,旧刑事訴訟法113条は「勾留ノ期間ハ2月トス特ニ継続ノ必要アル場合ニ於テハ決定ヲ以テ1月毎ニ之ヲ更新スルコトヲ得」と規定していて「公訴の提起のあつた日」をもって2箇月の期間が起算されるものとはしていませんでした。起算日は,指定の監獄に引致(旧刑事訴訟法103条2項)された日だったのでしょう(松本=土本121頁参照)。そうだとすると,「第255条ノ規定ニ依リ被疑者ヲ勾留シタル事件〔捜査の必要のために検事がした請求に基づき公訴提起前の被疑者を勾留した事件〕ニ付10日内ニ公訴ヲ提起セサルトキハ検事ハ速ニ被疑者ヲ釈放スヘシ」と規定する旧刑事訴訟法257条1項の10日の制限期間は,勾留ノ期間自体というわけではないのでしょう。「直ちに」釈放ではなく,「速ニ」釈放すればよいようでもありますから。現行刑事訴訟法208条の期間の性質も,釈放すべき期限に関するものであって勾留の期間を直接制限したものではないと解すべきなのでしょうか。)。ちなみに,検察官による勾留といえば,旧刑事訴訟法1291項は,現行犯及び要急事件についての判事ならぬ検事による勾留状の発付について規定していました(同法471条1項は,検事のした勾留ニ関スル処分に対して準抗告をし得る旨規定)。更に余談ですが,旧々刑事訴訟法(明治23年法律第96号)下においては勾留期間に期限は設けられておらず(小野248頁参照),また,勾留状の執行に際しては「被告人ノ請求アルトキハ之〔勾留状の正本〕ヲ示ス可シ」ということで(同法77条2項),裁判所の意思表示の通知を全てきちんと被告人に到達させることは考えられていなかったようです(刑事訴訟法77条2項及び旧刑事訴訟法103条2項は勾留状を被告人に示すことを勾留状の執行の前提としています。)。)


3 勾留請求却下の裁判と釈放命令(それとしての「釈放命令の裁判」の不存在)

(1)勾留請求に対する裁判としての却下と釈放命令

 現行刑事訴訟法下では,裁判官が検察官からの勾留請求を却下したとき(同法2074項ただし書の場合。同ただし書は「ただし,勾留の理由がないと認めるとき,及び前条第2項の規定〔制限時間不遵守〕により勾留状を発することができないときは,勾留状を発しないで,直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。」と規定。ただし,「釈放命令」については書いてあっても「却下」のことは書いてないですね。以下この刑事訴訟法の文言と実務との関係に関して論じます。)に関して,「勾留請求を却下した裁判に対して検察官が準抗告する場合,釈放命令の執行停止を求めることができるかが争われている。却下という消極的裁判には停止すべき効力がないので,執行停止はできないという意見もないわけではないが,これは妥当でない。却下は釈放命令と一体不可分のものであり,執行停止の対象となりうる。しかし,問題はそのことではなく,停止ができるにしても,停止までの拘束の根拠がないのである。すなわち,勾留請求による留置の効力は却下までは続くが,釈放命令で消失する(2072項〔現4項〕)。したがって,釈放命令の執行停止をして,準抗告による取消しを待つということはできないと解すべきである。」という議論があります(田宮87‐88頁)。
 「これに対して,まさに勾留を継続するために却下への準抗告を許したので,それに必要な手続きが行われる時間は拘束が認められるべきだという考えがあり,実務はこの立場で運用されている(検察官の準抗告を容れて却下の裁判を取り消し勾留の裁判をしたときは,却下後の身柄拘束の有無・適否は,勾留の裁判の効力に影響を及ぼさないとした判例がある。最決昭
44217判タ236204頁)。しかし,そのような必要性があることはそのとおりだが,強制処分ゆえに法的根拠を要するというルール(憲31条,197条参照)を曲げてはなるまい。したがって,この点法の欠缺があり立法による手当てが必要である」ということですが(田宮88頁),分かりづらいですね。
 却下の裁判と釈放命令とがあるようなのですが,両者の関係はどうなっているのでしょうか。

(2)「釈放命令」の執行停止を論ずる学説
 「勾留請求を却下した裁判の場合,検察官は準抗告をするとともに,釈放命令の執行停止を求めることができるだろうか。積極説は,
432条が424条を準用していることを根拠に,準抗告裁判所(または原裁判官)に執行停止の職権発動を求め,これによって,被疑者を拘束したまま準抗告審の決定を待つことができると論ずる」そうですから(松尾浩也『刑事訴訟法上 補正第三版』(弘文堂・1991年)8990頁),当該積極説としては,準抗告に刑事訴訟法432条によって準用される同法424条1項ただし書又は2項の規定(同条は,「抗告は,即時抗告を除いては,裁判の執行を停止する効力を有しない。但し,原裁判所は,決定で,抗告の裁判があるまで執行を停止することができる。/抗告裁判所は,決定で裁判の執行を停止することができる。」と規定)に基づき,釈放命令(勾留請求却下の裁判の方ではない。)の執行停止をするものとしているようです。しかし,勾留請求却下の裁判の時から釈放命令の執行停止の時までの間のタイム・ラグ中において,「勾留請求却下の裁判から準抗告申立まで拘束を続ける法文上の根拠は見出せない。」とされています(松尾90頁。田宮上掲の「勾留請求による留置の効力は却下までは続くが,釈放命令で消失する(2072項)」という表現は,「勾留請求による留置の効力は却下までは続くが,却下=釈放命令で消失する(2072項)」との意味でしょう。確かに,前記のとおり,刑事訴訟法207条4項(かつての第2項)には「却下」との表現はありませんので「却下=釈放命令」と解すべきようであり,また,現に田宮上掲は「却下は釈放命令と一体不可分のもの」と述べています。)。
 ただし,この点の懸念は,若き平野龍一教授にはまだなかったようです。「勾留請求があれば,その効力で,逮捕期間経過後も拘禁を継続できる。勾留の請求が却下されたときも,準抗告があると,勾留請求の効力は続くから,引き続いて拘禁できることになる。そこで,これを防ぐために,法は,勾留の請求を却下するときは,釈放命令を発して,釈放させることにした。だから,準抗告があったときは,釈放命令の執行前に,その執行停止の裁判があったときにかぎり,引き続き拘禁できる。」との文章(平野龍一『刑事訴訟法』(有斐閣・
1958年)104頁注(2))は,勾留請求に基づく逮捕期間経過後の拘禁継続の「効力」(刑事訴訟法204条4項又は205条4項の反対解釈によるものでしょう。)は釈放命令の執行までは続く,という理解を前提にしているのでしょう。

(3)準抗告認容決定における釈放命令の不存在
 ところで,勾留の裁判に対する準抗告における申立ての趣旨は,「原裁判を取り消し,検察官の勾留請求を却下する/との決定を求める。」と書くものとされており(司法研修所『平成18年版 刑事弁護実務(別冊書式編)』6頁),認容決定の主文も「原裁判を取り消す。/本件勾留請求を却下する。」となるわけですが(前記東京地方裁判所平成27年1月20日決定),被疑者の釈放まで命じなくともよいものか。よく考えると議論があり得ますね。「勾留請求による留置の効力は〔略〕釈放命令で消失する」(田宮88頁),「法は,〔略〕釈放命令を発して,釈放させることにした」(平野104頁注(2)というのですから,釈放命令を発することは,素直に解すると不可欠であるように思われます。

 準抗告審の決定に対しては再抗告をすることはできませんが(刑事訴訟法432条によって準用される同法427条),憲法違反・判例相反を理由として最高裁判所に特別抗告をすることはでき(同法4331項),その場合,更に準抗告審の決定の執行停止を原裁判所又は最高裁判所はできることになります(同法434条によって準用される同法424条)。そうであれば,勾留の裁判が準抗告で覆った場合において,検察官が憲法違反等までをも理由として特別抗告し,何が何でも被疑者の身柄拘束を継続しようとするときには,勾留請求却下に対する準抗告に係る前記刑事訴訟法学諸文献記載の手続とパラレルに考えて,特別抗告と共に釈放命令の執行停止を求めることになるようです。しかしながら,勾留の裁判に対する準抗告を認容する決定の主文には,釈放命令は記載されていないのです。決定書に書いていないから執行停止の対象となるべき釈放命令はないのだという見解を採る場合においては,勾留の裁判が準抗告で覆ったときに,特別抗告がされても,準抗告審の決定に基づく身柄釈放に対する執行停止は空振りとなってできない(刑事訴訟法434条・4241項本文の原則が貫徹)ということになるようにも思われます。余り実益のない議論かもしれませんが,気にはなるところです。

(4)釈放命令ではなく却下がされることの根拠としての刑事訴訟規則140条

 この点は,検察官の勾留請求に対する刑事訴訟法207条4項の裁判官の裁判に関して「勾留請求却下の場合にも〔刑事訴訟規則〕140条が適用されると解すべきであ」る(松本=土本354頁)とされていることとかかわりがあります。
 刑事訴訟規則
140条は,「裁判官が令状の請求を却下するには,請求書にその旨を記載し,記名押印してこれに請求者に交付すれば足りる。」と規定しています。勾留状も令状の一種です。刑事訴訟規則140条の規定の上からは,勾留請求書に,請求を却下する旨のみが裁判官によって記載され,被疑者を釈放するよう命ずる旨の記載はされないようです。「〔刑事訴訟規則140〕条による却下手続がとられれば,検察官が,その裁判の執行停止を求めつつ準抗告をする場合を除き・・・,被疑者を留置しておく根拠・・・が失われるので,検察官は当然に被疑者を釈放しなければならない。実務もこのように行なわれて」いる,との記載(松本=土本354頁)は,釈放命令の記載がないことが前提になっていますね(田中智之弁護士の2013年12月19日のブログ記事に,「本件請求を却下する。」とだけ勾留請求書にゴム印などで記載するという書式(『令状実務(再訂補訂版)』(司法協会・2009年)87頁)が紹介されています。また,『刑事訴訟規則逐条説明第2編第1章・第2章捜査・公訴』(法曹会・1993年)2頁でも,刑事訴訟規則140条に関して,「本件勾留請求を却下する。理由 必要性なし」との記載形式が紹介されています。)。

(5)却下の裁判1本立て

 「法は,勾留の請求を却下するときは,釈放命令を発して,釈放させることにした。」との刑事訴訟法に関する平野教授の前記記述は,刑事訴訟規則140条に基づく実務(「釈放命令」はそれとしては発せられていない。)に裏切られている格好です。却下の裁判と釈放命令との2本立て論ではなく,却下の裁判1本立て論を採用すべきでしょうか。「その裁判の執行停止を求めつつ準抗告をする場合を除き」勾留請求の却下の裁判のみで検察官は当然に被疑者を釈放しなければならず,刑事訴訟法207条4項の「「釈放を命じなければならない」との規定はこの趣旨を強調するために置かれた」という解釈(松本=土本354頁)を採る立場は,1本立て論でしょう(裁判官が「釈放を命じなければならない」のではなく,検察官があたかも「釈放を命じ」られたかのように行為しなければならないという「趣旨」であるということなのでしょう。)。しかし,却下の裁判1本立て論では,執行停止されるのは「釈放命令」ではなく,消極的裁判たる勾留請求却下の裁判ないしは決定が執行停止されるということになるのでしょうね。「勾留請求却下の裁判に対して,検察官は,準抗告の申立てをすることができ(429(2)),実務上,この申立てと同時に原裁判の執行停止を申し立て(432424参照)て被疑者の身柄を継続している。」との記述(松本=土本354頁)における「原裁判」は,やはり「勾留請求却下の裁判」であって,「釈放命令」ではないですね。いわゆる基本書から出発しての遠回りでしたが,そういうことのようです。(なお, 捷径としては, 丸山哲巳判事の「勾留請求の却下と被疑者の釈放」(松尾浩也=岩瀬徹編『実例刑事訴訟法I捜査』(青林書院・2012年)をお読みください。)

 


4 勾留の裁判に対する準抗告の認容事例

 以上,勾留の裁判に対する準抗告をめぐっていろいろ書いてきましたが,その動機は何かといえば,実は筆者には,「認容率はきわめて低い」とされている「勾留許可に対する準抗告」の認容決定を受けた経験があるからです。

当該事案においては,被疑者国選弁護人の選任を受けた日のその晩,勾留質問から留置施設に戻って来た被疑者と当該留置施設で第1回接見を1時間半ほどかけて行い,「本件では,被疑事実に係る罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれも無いではないか。」との心証を得て準抗告申立てを行うことに心を決め,翌日他の事件の公判等のかたわら準抗告申立書案を起案の上,同日深夜再び1時間半ほどの被疑者との接見を行って内容を確認・補正,3日目の午前中に裁判所に申立書を提出したところ,同日午後5時過ぎに準抗告認容との連絡があり,それから2時間弱後の午後7時ころ被疑者は勾留から釈放されました。

ところで,被疑者においては,勾留から釈放されたとはいえ,刑事訴訟手続はまだまだ続きます。しかしながら,被疑者国選弁護人の選任の効力は,被疑者の釈放で終了となりました(刑事訴訟法38条の2)。私選弁護人の場合と異なるところでしょう。

 


 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

渋谷区渋谷三丁目5‐16渋谷三丁目スクエアビル2階

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

被疑者の身柄について,裁判所の考え方も変わってきているのでしょうか。刑事事件に限らず,ビジネス関係等,法律問題についてお気軽に御相談ください。


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1 今次会社法改正の目玉:監査等委員会設置会社制度の導入

 会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)の内閣からの提案の「理由」では「株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に鑑み,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化並びに株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図るため」,まず第一に「監査等委員会設置会社制度を創設する」ものとされていました(2014115日の記事「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html参照)。

 法務省民事局において平成26年法律第90号の立案事務に関与した人たちによって書かれた坂本三郎法務省大臣官房参事官編著の『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の編別も,第1編「総論」に続く第2編「コーポレート・ガバナンスの強化に関する改正」の第1章「取締役会の監督機能の強化」における最初の部分は「第1 監査等委員会設置会社制度」となっています。

 監査等委員会設置会社制度こそが,平成26年法律第90号による会社法(平成17年法律第86号)改正(「今次会社法改正」。201551日からの施行が予定されています。)の第一の目玉であるようです。

 「日本企業では,十分なコーポレート・ガバナンスが行なわれておらず,このことが,外国企業と比較して日本企業の収益力が低く,株価も低迷している原因となっているという,内外の投資家の不信感があると考えられ」ているところ,「会社法におけるコーポレート・ガバナンスについては,経営者から独立した社外取締役の機能を活用するなど,取締役に対する監査・監督の在り方を見直すべきである等の指摘」がされていたので(坂本2頁),「社外取締役の機能を活用」するための主な改正点の第1として「①新たな機関設計である監査等委員会設置会社制度の創設」がされたのですから(坂本3頁),我が国の企業が監査等委員会設置会社制度を大いに導入することにより,「日本企業に対する内外の投資家からの信頼が高まることとなり,日本企業に対する投資が促進され,ひいては,日本経済の成長に寄与することが期待」されているわけです(坂本2頁)。

 我が国経済の困難な情況にかんがみると,このようにすばらしい成長促進効果を有する監査等委員会設置会社制度をもって,株式会社における当然の機関設計として採用すべきもののように思われます。

 


2 監査等委員会の非必置性

 しかしながら,監査等委員会設置会社制度の採用は,義務付けられていません。今次会社法改正後の会社法(「改正会社法」)326条(株主総会以外の機関の設置)2項は「株式会社は,定款の定めによって,取締役会,会計参与,監査役,監査役会,会計監査人,監査等委員会又は指名委員会等を置くことができる。」と規定しており,監査等委員会設置会社制度は多くの機関設計の選択肢の中の一つにとどめられています。

「これまでの監査役設置会社制度および指名委員会等設置会社制度の意義を否定するものではありません。」ということです(坂本20頁)。監査役制度については,商法の数次にわたる改正及び会社法の制定を経ていますから,これを今更否定するとなると,今まで長いこと一生懸命やってきたことは何だったのかっ,という反発をかうことにもなるのでしょう。指名委員会等設置会社制度についても,「2010年当時,東京証券取引所上場会社に占める委員会設置会社〔指名委員会等設置会社〕の割合は,2.2パーセント」にすぎないとはいえ(坂本19頁(注2)の引用する同取引所『東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書201115頁),「取締役会の中に,メンバーの過半数を社外取締役とする指名委員会,監査委員会,報酬委員会の3委員会を設けて,取締役会の監督機能を強化するとともに,業務執行を担当する執行役を設け,取締役会が執行役に対して決議事項を大幅に委任することができるようにし,機動的な業務決定を可能」とするものとして(森山眞弓法務大臣・第154回国会衆議院法務委員会議録721頁),2003年4月1日からせっかく華々しく導入せしめた当該制度を軽々に廃止するわけにはいかなかったのでしょう。とはいえ,指名委員会等設置会社制度については,「社外取締役が過半数を占める指名委員会および報酬委員会に,取締役候補者の指名や取締役および執行役の報酬の決定を委ねることへの抵抗感等がある」ということですから(坂本18頁),当該制度は我が国の主流経営層からはなお嫌われているのでしょうが。(指名委員会等設置会社制度は「日本企業の主流となっておらず,実績が評価されるようにもなっていない(そのパフォーマンスは,必ずしも良好ではない)」ところです(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)455頁)。)

監査等委員会設置会社制度は選択肢の一つにすぎないというのであれば,オプションのやたらに多い情報通信機器をうまく使いこなせずせっかくのスマート・フォンでも電話機能,電子メール機能及びインターネット閲覧機能しか使用しないおじさんのように,昔ながらのやり方(監査役制度)を続けていけばよいようです。

 


3 社外取締役選任促進の動きと監査等委員会設置会社制度

 


(1)社外取締役を置いていない場合の理由の開示制度

 


ア 改正会社法327条の2

しかしながら,面倒だからといって監査等委員会設置会社制度を完全に無視するわけにいかない株式会社もあるでしょう。改正会社法327条の2の関係で,監査等委員会設置会社制度の採用を考える会社も出て来そうです。同条は,次のとおり。

 


 (社外取締役を置いていない場合の理由の開示)

327条の2 事業年度の末日において監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものが社外取締役を置いていない場合には,取締役は,当該事業年度に関する定時株主総会において,社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならない。

 


 「社外取締役が業務執行者に対する監督上重要な役割を果たし得ることに鑑み,社外取締役の選任の義務付けに代え」て設けられた(坂本79頁),「株主に対する情報提供および毎年の定時株主総会でこの説明をしなければならなくなることを前提に社外取締役を置くかどうかを会社において検討することによる社外取締役の選任の促進という趣旨・目的に基づく」規定です(坂本91頁)。

 改正会社法327条の2は「監査役会設置会社」を対象としますが,公開会社である大会社は,そもそも監査役会の設置が義務付けられている株式会社です(会社法3281項(指名委員会等設置会社である場合を除く。))。公開会社である大会社は,「類型的にみて,株主構成が頻繁に変動することや会社の規模に鑑みた影響力の大きさから,社外取締役による業務執行者に対する監督の必要性が高く,また,その会社の規模から,社外取締役の人材確保に伴うコストを負担し得ると考えられ」ている類型の会社です(坂本82頁)。

 そうだとすると,社外取締役の選任こそが日本経済を救う鍵であるのならば,株式について有価証券報告書の提出義務を負う株式会社であることとの限定を付加して,改正会社法327条2の規律の対象を「不特定多数の株主が存在する可能性が高いことから,社外取締役による業務執行者に対する監督の必要性が特に高いとかんがえられるもの」(坂本8283頁。下線は筆者)にまで更に限定する必要はないようでもあります。しかしながら,当該有価証券報告書提出義務会社という限定が更に付されたのは,やはり社外取締役選任の義務付けを見送らせるに至った(「改正法においては,社外取締役の選任を義務付ける旨の規定を設けていません」(坂本77頁)。)反対意見に相応の理由があったということでしょう。また,「社外取締役をより積極的に活用すべきであるとの指摘は,特に上場企業について,強くされてい」た(坂本82頁)ので,取りあえず当該指摘対象企業を中心に手当てすることにしたということでもありましょう。

 


イ 「理由を説明」の内容

 改正会社法327条の2の「説明」は,厄介です。社外取締役を置くことが「「相当でない」理由を説明したというためには,社外取締役を置くことがかえってその会社にマイナスの影響を及ぼすというような事情を説明する必要があります。また,例えば,「社外監査役が○名おり,社外者による監査・監督として十分に機能している」と説明するだけでは,社外取締役を置くことが「必要でない」理由の説明にすぎず,社外取締役を置くことが「相当でない」理由の説明とは認められません。」と解説されています(坂本85頁)。「このほか,例えば,「適任者がいない」ということのみの説明も,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明とは認められないこととなり得るものと考えられ」るとされています(坂本85頁(注3))。

20141125日に法務省から意見募集手続に付された会社法施行規則の改正案(「会社法施行規則改正案」)の第124条(社外役員等に関する特則)2項及び3項は次のとおり。各事業年度の事業報告(会社法4352項)の内容に関する規定です。

 


2 事業年度の末日において監査役会設置会社(大会社に限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものが社外取締役を置いていない場合には,株式会社の会社役員に関する事項として,第121条〔(株式会社の会社役員に関する事項)〕に規定する事項のほか,社外取締役を置くことが相当でない理由を事業報告の内容に含めなければならない。

3 前項の理由は,当該監査役会設置会社の当該事業年度における事情に応じて記載し,又は記録しなければならない。この場合において,社外監査役が2人以上あることのみをもって当該理由とすることはできない。

 


 会社法施行規則改正案124条2項の括弧書きが「(大会社に限る。)」であって,「(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)」ではないのは,同条自体が既に会社法施行規則第2編「株式会社」第5章「計算等」第2節「事業報告」第2款「事業報告等の内容」第2目「公開会社における事業報告の内容」の一部であって,公開会社についての規定だからですね。

 取締役が取締役の選任に関する議案を提出する場合における株主総会参考書類(会社法3011項)の記載事項に関する会社法施行規則改正案74条の2は,次のとおり。

 


  (社外取締役を置いていない場合等の特則)

 第74条の2 前条第1項に規定する場合〔取締役が取締役(監査等委員である取締役を除く。)の選任に関する議案を提出する場合〕において,株式会社が社外取締役を置いていない特定監査役会設置会社(当該株主総会の終結の時に社外取締役を置いていないこととなる見込みであるものを含む。)であって,かつ,取締役に就任したとすれば社外取締役となる見込みである者を候補者とする取締役の選任に関する議案を当該株主総会に提出しないときは,株主総会参考書類には,社外取締役を置くことが相当でない理由を記載しなければならない。

 2 前項に規定する「特定監査役会設置会社」とは,監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものをいう。

 3 第1項の理由は,当該株式会社のその時点における事情に応じて記載しなければならない。この場合において,社外監査役が2人以上あることのみをもって当該理由とすることはできない。

 


ウ 「理由を説明」に失敗した場合

 


(ア)そもそも説明せず,又は虚偽の説明をしたとき

事業年度の末日に置いて社外取締役を置いていない特定監査役会設置会社(会社法施行規則改正案74条の22項)の取締役が,定時株主総会において,「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明せず,又は説明はしたもののその説明が虚偽であったときには,取締役はその善良な管理者の注意義務(会社法330条,民法644条)に違反した状態になるとされています(坂本89頁)。社長は怒られざるを得ませんね。しかしこれは,全く説明をせず,又は説明が虚偽であった場合のことでしょう。

 


(イ)説明はしたが,不合理・不十分であるとき

一応説明自体はされ,うそでもないが,ただ,「社外取締役を置くことが相当でない理由」としてはなお不合理又は不十分であった場合はどうでしょう。

 


・・・各会社において取締役が説明した具体的な内容が,当該会社について「社外取締役を置くことが相当でない理由」として十分なものであるかどうかの判断は,第一次的には,当該会社の株主(株主総会)において行われることとなると考えられます。

 したがって,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明が,客観的に見て不合理・不十分であるということのみから,直ちに第327条の2に違反したことになるものではなく,また,当該定時株主総会における株主総会の決議に瑕疵があること等になるものでもないと解されます。(坂本91頁)

 


 株主総会が無事終われば結果オーライということのようです。しかし,「社外取締役の選任の促進」を願う御当局としては,むしろ,「こらっ,社長!それじゃ説明になっていないじゃないか」というような追及があって,多少荒れる総会になってくれる方が実は望ましいということになってしまうのでしょうか。

 そこまではいかなくとも,御当局としては,説明がされたものと認められる場合自体を限定することに腐心しておられるようです。「「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明については,各会社において,その個別の事情に応じて,社外取締役を置くことがかえってその会社にマイナスの影響を及ぼすというような事情を説明しなければならず,例えば,「社外監査役が○名おり,社外者による監査・監督としては十分に機能している」ことのみをもって説明されたりしたような場合には,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明とは認められないと解され」る(説明がされていない)というように(坂本91頁),外堀が埋められてあります。

 いずれにせよ,特定監査役会設置会社としては,社外取締役を置かないとやはりいろいろ面倒そうです。

 


(2)監査等委員会設置会社制度採用のすすめ

 そこで,そのような特定監査役会設置会社が,改正会社法327条の2に係る奔命に疲れて新たに社外取締役を置くこととした場合,是非併せて監査等委員会設置会社制度を導入してもらいたいというのが御当局のお考えのようです。

 すなわち,改正会社法327条の2のところにおいて「・・・取締役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの・・・」と定義せずにわざわざ「・・・監査役会設置会社(公開会社であり,かつ,大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの」と定義し(下線筆者),会社法施行規則74条の2第2項では正に「特定監査役会設置会社」という名称を採用しているのは,「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明という厄介なことをさせられる原因は監査役会が設置されていることであるという印象を当該特定監査役会設置会社の取締役に与えるためであるようにも思われるところです。公開会社である大会社がその本来的必置機関である監査役会の設置義務を免れる場合は,当該大会社が指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社である場合(なお,両者とも社外取締役を置くものです(改正会社法3316項,4003項)。)ですから(改正会社法3281項),監査役会を廃止したいのならば,まずは指名委員会等設置会社よりもお手軽な監査等委員会設置会社制度を採用されてはいかがですか,というように思考を誘導しようということだったのではないでしょうか。(「社外監査役に加え,社外取締役の選任を義務付けることには,重複感・負担感がある」(坂本78頁(注)で紹介されている社外取締役選任義務付けに対する反対意見の主なものの一つ)というのであれば,社外役員枠を監査役から取締役に移されてはどうですか,ということででもあるのでしょうか。監査役会設置会社における監査役は3人以上でそのうち半数以上は社外監査役でなければならないとされている一方(会社法3353項),それに対応するかのように,「監査等委員会設置会社においては,監査等委員である取締役は,3人以上で,その過半数は,社外取締役でなければならない。」(改正会社法3316項)とされています。)「社外取締役を置いていない監査役会設置会社は,社外監査役をそのまま社外取締役とすればそれだけで監査等委員会設置会社に移行できるので,移行することは比較的容易であると言われている」そうです(神田秀樹「平成26年会社法改正と社外取締役」自正201412月号46頁)。

 「社外取締役については,・・・取締役会の決議における議決権を行使すること等を通じて業務執行者を適切に監督すること等を期待」されているのですから(坂本77頁),社外取締役の機能は,取締役会で発揮されることを前提としていると考えられます。「「社外取締役を置くことが相当でない理由」の説明に係る規定は,取締役会設置会社・・・のうちの一定の株式会社に係る社外取締役の不設置に関するものである」とそもそも理解されているのならば(坂本81頁(注1)。下線は筆者),改正会社法327条の2では「監査役会設置会社」ではなく本来「取締役会設置会社」が出てくるべきであったはずです。むろん,監査役会設置会社はすべて取締役会設置会社なのですが(会社法32712号)。

 


4 監査役制度と社外取締役制度

 


(1)ドイツ法とイギリス法

 しかし,やはり,監査役制度と社外取締役制度とは,食い合わせが悪いということなのでしょうか。ちなみに,前者はドイツ法由来,後者はイギリス法由来の制度ということのようです。

 

  先づ沿革に付て論ぜんに,中世時代に続起したる株式会社には,大株主会ありて会社重役の相談役の如き位置に立ち,重大なる事件に就て重役の諮詢に応じ,又会社の諸般の業務の監督を掌れり。此大株主会は,独逸法に於ては種々の変遷の末,終に法律上独立せる会社の監督機関として認めらるるに至りたり。之を独逸法に於ける株式会社の監査役(Aufsichtsrat)とす。然るに英法に於ては,大に沿革の趣を異にし,此大株主会は漸次変更して,終に会社重役と合同するに至りたり。故に英法に於ては,重役会(board of directors)自身が会社業務の最高監督機関の機能を掌れるなり。即ち,重役中に主として業務の執行を司るものと多少監督者の地位を有するものとの2種あるを常とす。学者或は此前者を名けて業務執行重役会(Managing board)と謂ひ,後者を称して業務監督重役会(Controling board)と謂ふは此故なり。此の如く重役自身が会社の業務を執行し,又同時に之を監督するに於ては,別に株主の為めに会社会計の正否を検査する機関を置くの必要を感ぜずんばあらず。此必要を充す為めに生じ来りたる機関が,即ち英国会社法の常任検査役〔Auditor〕なり。・・・故に英法の検査役は会計の正否を審査するの機関たるに止まり,独法の監査役の如き会社業務一般の監督機関に非ざるなり。我商法の監査役は,次に述ぶる如く会社業務の最高監督機関にして,主として独法の監査役に倣ひて設けられたる制度なり。故に英法の常任検査役とは沿革上全然別物なりと謂はざるべからず。(松本烝治「監査役制度ノ改正問題ニ付テ」(初出19105月発行法協285号)『私法論文集』(巌松堂書店・1926年(復刻版・有斐閣・1989年))6667頁(原文は片仮名書き,句読点なし。))

 


昭和13年法律第72号による改正前の商法(明治32年法律第48号)の規定中監査役の主な権限に係るものとしては,同法181条(「監査役ハ何時ニテモ取締役ニ対シテ営業ノ報告ヲ求メ又ハ会社ノ業務及ヒ会社財産ノ状況ヲ調査スルコトヲ得」),183条(「監査役ハ取締役カ株主総会ニ提出セントスル書類ヲ調査シ株主総会ニ其意見ヲ報告スルコトヲ要ス」),182条(「監査役ハ株主総会ヲ招集スル必要アリト認メタルトキハ其招集ヲ為スコトヲ得此総会ニ於テハ会社ノ業務及ヒ会社財産ノ状況ヲ調査セシムル為メ特ニ検査役ヲ選任スルコトヲ得」),184条(「監査役ハ取締役又ハ支配人ヲ兼ヌルコトヲ得ス但取締役中ニ欠員アルトキハ取締役及ヒ監査役ノ協議ヲ以テ監査役中ヨリ一時取締役ノ職務ヲ行フヘキ者ヲ定ムルコトヲ得」〔第2項略〕),185条(「会社カ取締役ニ対シ又ハ取締役カ会社ニ対シ訴ヲ提起スル場合ニ於テハ其訴ニ付テハ監査役会社ヲ代表ス但株主総会ハ他人ヲシテ之ヲ代表セシムルコトヲ得」〔第2項略〕),168条(「取締役ハ定款ニ定メタル員数ノ株券ヲ監査役ニ供託スルコトヲ要ス」)及び176条(「取締役ハ監査役ノ承認ヲ得タルトキニ限リ自己又ハ第三者ノ為メニ会社ト取引ヲ為スコトヲ得此場合ニ於テハ民法第108条ノ規定ヲ適用セス」)が挙げられ,「此の如くにして,我商法の監査役は会社業務の一般的監督機関として取締役と対立するものたり。英法の常任検査役の如く会計検査の一事のみを司掌するものに非ざるなり。」とされています(松本69頁)。

ところで,我が商法が取締役会制度を導入したのは先の大戦後のことであって,GHQ時代の昭和25年法律第167号による改正の結果です。同法によってまた,監査役の任務は会計監査に限定されました。当該1950年改正に基づく株式会社の機関構成は,むしろ,board of directors及びAuditorとを有する前記イギリス法的構成のようですね。その後の監査役の強化の歴史は,ドイツ法的なものに戻るべき失地回復の歴史でもあったということになるようです。しかしてその間,Controling board的なものの導入強化は閑却されていたわけです。

 

  英米では,オーディター(auditor)には会計専門家の資格が要求され,したがって同人は,わが国の会計監査人に相当する。わが国の監査役に近い機能は,社外取締役によって構成され,オーディターおよび内部統制部門の経営者からの独立性を保障するために監視する監査委員会(audit committee)により担われており・・・わが国が平成14年改正で導入した委員会設置会社は,基本的にそれをモデルとしている。

  ドイツの株式会社では,監査役会が取締役を選任(重大事由があるときは解任)する

権限を有し(ド株式84条),特定の業務執行に対する同意権限も保有できるので(ド株式1114項),わが国でいえば社外取締役のみから構成された取締役会に近い。また,共同決定制度により,労働者代表の監査役が選任される・・・。・・・(江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣・2006年)460461頁注(1))

 


 監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社は会計監査人を置かなければなりませんが(改正会社法3275項),これは,英米法式の社外取締役と会計専門家たるauditorとの組合せの採用ですね。

 なお,会社法331条2項の「株式会社は,取締役が株主でなければならない旨を定款で定めることができない。ただし,公開会社でない株式会社においては,この限りでない。」(同法3351項で監査役に準用)との規定については,「取締役に広く適材を求めることが公開会社制度の理念と認識された結果であろう。」(江頭351頁)と説明されていますが,これは昭和13年法律第72号による改正前の商法164条1項が「取締役ハ株主総会ニ於テ株主中ヨリ之ヲ選任ス」(下線筆者。同法189条で監査役に準用)と規定していたことを前提に考えるべき規定です。すなわち,反面として,取締役及び監査役は株主でなければならないという考えにもそれなりの正統性があるわけです。「我商法は,監査役は株主中より之を選任すべきものとす・・・。此,制度沿革上は頗る根拠あり。何となれば,我商法の監査役は,前述せる如く独法の監査役と同く,中世時代の株式会社の大株主会を起源とするものなればなり。又,監査役を会社事業に直接の利害関係を有する株主中より選任するは,其職務に忠実なるべきの利益あり。」というわけです(松本70頁)。

 


(2)監査役の監査と監査等委員会の監査

 


ア 独任制の機関の自らする監査と会議体の組織的監査

 監査役の監査と監査等委員会の監査とは違います。「監査役は,独任制の機関として,通常,自ら会社の業務財産の調査等を行うという方法で監査を行う」のに対し(なお,監査役会が置かれても,監査役が独任制の機関であることは維持されています(会社法3902項ただし書参照)。),「監査等委員会は,指名委員会等設置会社の監査委員会と同様に,会議体であり,組織的な監査を行う」こととなるとされています(坂本54頁)。すなわち,「監査等委員会は,内部統制システムが取締役会により適切に構築・運営されているかを監視し,他方で,当該内部統制システムを利用して監査に必要な情報を入手し,また,必要に応じて内部統制部門に対して具体的指示を行うという方法で監査を行う」ことになります(坂本54頁)。監査等委員会設置会社の取締役会が決定しなければならない事項として「監査等委員会の職務の執行のため必要なものとして法務省令で定める事項」及び「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」が掲げられています(改正会社法399条の1311号ロ・ハ,第2項)。

 


イ NTT法15条及び18条の2

 この点,会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成26年法律第91号)60条によって挿入される日本電信電話株式会社等に関する法律(昭和59年法律第85号)18条の2第1項は,「総務大臣は,この法律を施行するため必要があると認めるときは,会社又は地域会社の監査役を指名して,特定の事項を監査させ,当該監査の結果を報告させることができる。」との同法15条1項の規定に関し,「会社又は地域会社が監査等委員会設置会社である場合における第15条の規定の適用については,同条中「監査役」とあるのは,「監査等委員」とする。」と規定していますが,監査役による監査と監査等委員会による監査との性格の違いにかんがみて,どうでしょうか(『コンメンタールNTT法』(三省堂・2011年)226頁・260頁参照)。監査等委員による監査は,監査等委員会からの選定をまって初めてされるもののようですし(改正会社法399条の31項・2項),監査に当たっても,当該監査等委員は,監査等委員会の決議に従わねばなりません(同条4項)。とはいえ,いずれにせよ,NTTに対する「監査機能の強化」に係る日本電信電話株式会社等に関する法律第15条の規定に係る政府案は,日本電信電話株式会社法案をめぐって当時激しく争っていた郵政・通商産業両省に対する1984年4月4日の自由民主党の「裁定案」をうけ,同日から翌5日にかけての一夜漬けで作られたものなので(同月6日に法案閣議決定),同条の解釈には難しいところがあるのはしかたのないことなのでしょう(『コンメンタールNTT法』225234頁参照)。

 

1984年4月「5日午前4時,〔内閣〕法制局で郵政,通産両省をはさんでの法案づくりが始まった。しかし,自民党裁定がもうひとつ不明確で作業は遅々として進まない。同午前9時半,自民党政調正副会長会議が開かれ,藤尾〔正行〕政調会長が前日の裁定案についての統一見解を提示した。初めて文章化された裁定案が出たのである。(日本経済新聞198446日朝刊5面。下線は筆者)

 


城山三郎の『官僚たちの夏』的おおわらわとでもいうべきでしょうか。昔の日本には元気がありましたよね。

 


5 会社法制改正論今昔

日本の元気は変動し,昨今は低下傾向を示しているところですが,変わらないのは会社法制変更に向けた情熱でしょうか。とはいえ,当該情熱に対する回答もそれほど変わるべきものとは思われません。今から百余年前の1910年における会社法制改正論議の中にあって,後の憲法改正担当国務大臣・松本烝治既にいわく,

 


監査役制度改正問題に関する世論の批評は,略ぼ上述せる所を以て尽せりと信ず。之を要するに,研究不十分にして議論浅薄なりとの誹を免れざるなり。而して此問題に関する余の提案自身は,未だ定見として之を公表すべきものなきなり。然れども,仮に法律の改正に因りて近時続出せる会社の不始末を剿絶することを得べきものと思料するものあらば,其根本的の誤謬なることを一言せんと欲す。実業社会に法律思想が普及せられ法律を遵法するの精神が汎布せらるるの方法を講ぜず,区区たる法条の改正に因りて之が救済を図らんとするは,所謂百年河清を待つの類のみ。問題は,世道人心に在り。法は抑も末なり。(松本7273頁)

 


しかし,こう言われてしまうと困りますね。

平成26年法律第90号附則25条は,「政府は,この法律の施行後2年を経過した場合において,社外取締役の選任状況その他の社会経済情勢の変化等を勘案し,企業統治に係る制度の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて,社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるものとする。」と規定しています。会社法の改正は,まだまだ続くようです。

 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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(前編からの続き)

 


5 子会社等及び親会社等の定義の効用

 新たに設けられた子会社等及び親会社等の定義が働く場面としては,社外取締役及び社外監査役の要件に係る規定(改正会社法215号・16号)並びに支配株主の異動を伴う募集株式の割当て等についての特則が適用される場合等(同法206条の2244条の2)に係る規定が挙げられています(坂本9798頁)。

 


(1)社外取締役の要件

 改正会社法2条15号においては,社外取締役の定義が従来のものから改められています。

そこにおける子会社等及び親会社等の定義に関係する改正部分として,次のような社外取締役の要件が加えられています。

改正会社法2条15号ハでは「当該株式会社の親会社等(自然人であるものに限る。)又は親会社等の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと」(親会社等の関係者は社外取締役となることができないこととする。),

同号ニでは「当該株式会社の親会社等の子会社等(当該株式会社及びその子会社を除く。)の業務執行取締役等でないこと」(いわゆる兄弟会社の業務執行取締役等は社外取締役となることができないこととする。)

及び同号ホでは「当該株式会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の重要な使用人又は親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族でないこと」(株式会社の取締役等の近親者は社外取締役になることができないこととする。)

が要件として加えられています。

 改正会社法2条15号ニの括弧書きで除かれている「当該株式会社及びその子会社の業務執行取締役等でないこと」は,既に現在の社外取締役の要件としてあるところです(会社法215号,改正会社法215号イ)。「業務執行取締役等」にいう「等」は,「執行役又は支配人その他の使用人」です(改正会社法215号イ)。

 改正会社法2条15号ホの重要な使用人については,会社法362条4項3号(重要な使用人の選解任は取締役会の決定によるものとする。)を参照(ただし,同号の「重要な使用人」よりも限定して解釈する余地があるともされている(坂本109頁(注2))。)。

 会社法における社外取締役制度については,従来,「その制度の趣旨が問題である。その要件は,独立性ではなく,社外性(あるいは非従属性)が問題にされているようであるが,親会社の取締役等ないし過去にそうであった者でも社外取締役だとすれば,この取締役に求める機能が問われる」というような批判(稲葉131頁)があったところですが,「社外取締役には,業務執行者から独立した立場で,業務執行全般を評価し,これに基づき,取締役会における業務執行者の選定または解職の決定に関して議決権を行使すること等を通じて,業務執行者に対する監督を実効的に行うこと等を期待することができる」(坂本18頁)という独立性重視の認識(また,江頭496頁注(1))に基づき,手当てがされたものでしょう。

 社外取締役の機能を活用するとコーポレート・ガバナンスの強化が図られ(坂本3頁参照),「十分なコーポレート・ガバナンスが行なわれ」れば,「外国企業と比較して日本企業の収益力が低く,株価も低迷している原因」が取り除かれることになるようです(坂本2頁参照)。ただし,社外取締役は,定義上,業務執行はしません。

なお,過去に親会社の取締役等であったものについては,「過去に親会社等の関係者であったにすぎない者は,もはや親会社等に対して義務を負うわけではなく,当該者と親会社等との間の現在の利害関係は失われていることから,株式会社の業務執行者が当該株式会社の利益を犠牲にしてその親会社等の利益を図ることについての実効的な監督を期待することはできないとまではいえない」とされ,改正会社法においてもなお社外取締役になり得るものとされています(坂本104105頁)。

 


(2)社外監査役の要件

 改正会社法2条16号ハは「当該株式会社の親会社等(自然人であるものに限る。)又は親会社等の取締役,監査役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと」を,同号ニは「当該株式会社の親会社等の子会社等(当該株式会社及びその子会社を除く。)の業務執行取締役等でないこと」を,及び同号ホは「当該株式会社の取締役若しくは支配人その他の重要な使用人又は親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族でないこと」を社外監査役の要件に加えています。

 従来の社外監査役の要件についても批判があって,「親会社の取締役は排除されない。集団経営(その典型は持株会社)の下では,親会社の指示で業務執行が行われていることが多い。親会社取締役やその経験者に社外監査役としての地位を認めることが,その制度設計の趣旨にかなうかどうかは,問題である。」といわれていたところ(稲葉132頁),改正会社法2条16号ハは親会社の取締役等を社外監査役から排除するものとしています。なお,「親会社関係者でも,その業務執行担当者でなければ(たとえば監査役),〔社外監査役とすることに〕問題はない」とはされていましたが(稲葉132頁),平成26年法律第90号は更に進んで,改正会社法2条16号ハにおいて例えば親会社等の監査役を社外監査役として迎えることを否定しています。その理由は,「当該株式会社とその親会社との間で利益が対立する行為につき,当該株式会社の業務執行者の善管注意義務違反の有無を監査する場面においては,当該株式会社の社外監査役には,その親会社から独立した立場で監査することが求められることから,当該株式会社およびその親会社のいずれに対しても善管注意義務を負う立場で監査を行うことは相当でありません。」と説明されています(坂本110頁(注2))。

 


(3)支配株主の異動を伴う募集株式の割当て等についての特則が適用される要件

 改正会社法206条の2(公開会社における募集株式の割当て等の特則)は,「支配株主の異動は,公開会社の経営の在り方に重大な影響を及ぼすことがあり得ますから,新たな支配株主が現れることとなるような募集株式の割当てについては,株主に対する情報開示を充実させるとともに,株主の意思を問うための手続を設けることが相当であると考えられ」て設けられたものです(坂本128頁)。

 公開会社(会社法25号。この定義規定も分かりにくいですね。)が問題になるのは,公開会社では取締役会決議で募集株式につき募集事項を決定することができ(同法2011項),募集株式の割当ても取締役(会)が決定することができ(同法2041項。同条2項参照),株主総会の関与を要しないものとされているからです。経営陣が勝手に支配株主を異動させ得るわけです。

 従来から,「支配株主を出現させるような新株発行を安易に許すことは,すべての既存の株主に重大な影響を及ぼすものとして問題があることは明らかだし,経営者が従来の株主のコントロールから脱却するためにこれを利用する危険は否定できない。その割当先の相当性の判断にも問題が起こり得る」ことから(稲葉360頁),「公開会社にあっても新たに支配株主が出現するような場合には,原則として総会の承認を要求すること,総会決議に基づかない募集の場合には,その説明を募集に当たっての開示事項(203③以下)にすること等について手当てすべきである(その説明は,総会でされるときは,賛否の議決権行使の判断資料になり,開示事項は,差止請求の要否・可否についての判断材料になる)。」と提案されていました(稲葉361頁)。

 

そこで,改正法では,第206条の2を新設し,募集株式の割当てまたは総数引受契約の締結により募集株式の引受人となった者(第206条)が,当該募集株式の発行等の結果として公開会社の総株主の議決権の過半数を有することとなる場合には,①株主に対して当該引受人(特定引受人)に関する情報を開示することとし,また,②総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主から反対の通知があった場合には,特定引受人に対する募集株式の割当て等について,株主総会の決議による承認を要することとしています。(坂本128頁)

 


 改正会社法206条の2第1項ただし書は,特定引受人が当該公開会社の親会社等であるときには同条の特則の適用を要しないものとしています。既に親会社等として当該公開会社を支配しているので,「募集株主の発行等によって支配株主の異動が生ずるわけではない」からです(坂本131頁)。

 特定引受人性の有無の決定に当たっては,当該引受人及びその子会社等がその引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数が基準とされます(改正会社法206条の211号)。「引受人による公開会社に対する支配の有無は,当該引受人が自ら直接に保有する議決権数のみならず,その子会社等を通じて間接的に保有する議決権数も合算して考慮することが相当と考えられる」からです(坂本130頁)。総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主(株主は複数も可(坂本134頁(注1)))が特定引受人による募集株主の引受けに反対するときは,当該特定引受人の子会社等による引受けにも反対がされたことになります(同条4項)。

 


(4)公開会社における募集新株予約権の割当て等の特則

 改正会社法は,「募集新株予約権を発行する場合の割当て等についても,〔同法206条の2と〕同様の規律を設けることとしています(第244条の2。・・・)」(坂本129頁(注2))。「募集株式の割当て等に関する第206条の2の規律・・・が容易に潜脱されることを防止するため」の規律です(坂本135頁)。

 改正会社法244条の2における親会社等及び子会社等概念の働きは,同法206条の2におけるものとパラレルです。

 なお,改正会社法244条の2は同法206条の2とパラレルに規定されているわけですが,募集新株予約権に係る同法244条の2第5項ただし書(「ただし,当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において,当該公開会社の事業の継続のため緊急の必要があるときは,この限りでない。〔すなわち,総株主の議決権の10分の1以上の議決権を有する株主が反対通知を行ったとしても,株主総会の決議による承認を要しない。〕」)の意味するところは,募集株式に係る同法206条の2第4項ただし書(同じ文言)と完全にパラレルではないようです(前者の働く場面は,後者に比べて狭い。)。

 公開会社の存立を維持するための資金調達として募集株式の発行等がされるということは理解できますが,新株予約権の発行自体についてはそうはいかないからです。「固有の新株予約権は,企業の資金調達の手段として機能するものとはいいにくい」ものであって,すなわち,「新株予約権の行使は,専ら権利者の選択に委ねられているから,会社の資金需要には対応しない」ものであり,「むしろ,独立の新株予約権は,株主構成の変動に関連して,ガバナンス絡みで利用されるもの」だからです(稲葉364頁)。改正会社法244条の2第5項ただし書が機能する場面は,主に新株予約権付社債(より精確には新株予約権付社債に付された募集新株予約権)についてのみ考えられることになりそうです(稲葉365頁参照)。「専ら資金調達を目的とする新株予約権すなわちその発行による対価が資金調達の意味をもつほどの額になるものは,オプションとしての価値に着目するものではなく,株式の価値を先取りするものでしかあり得ない」ので,「そのような資金調達は,新株予約権発行によるのではなく,新株発行によるべきもの」と説かれています(稲葉365頁)。

 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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(記事が長くなり過ぎて,前編及び後編に分けて掲載することになりました。御了承ください。)

 


1 会社法の一部を改正する法律(平成26年法律第90号)の成立及び予定施行期日(201551日)

 昨年(2014年)1月15日の本ブログの記事(「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)で,会社法(平成17年法律第86号)を改正する動きについて触れるところがありました。当該改正に係る法案は,2014年6月20日に第186回国会の参議院本会議で可決されて法律として成立。当該会社法の一部を改正する法律は,同月27日に平成26年法律第90号として公布されました。同法は,「公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」ものとされていますが(同法附則1条),政府においては「平成27年5月1日から施行することを予定」しています(20141125日法務省ウェッブ・サイト掲載「会社法の改正に伴う会社更生法施行令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集について」参照)。

そこで,施行を3箇月余の後に控えた平成26年法律第90号による会社法の改正内容にちなんで,改めて会社法に関して何か書いてみようと思い立ちました。

 ところが,改正会社法を読み,改正前会社法を改めて読むと,やはり相変わらず「むむむ,これは・・・」と頭を何重にもひねって脳を活性化させるべき素材に満ちています。楽しく会社法世界に遊ぶことができるかどうか,果たして会社法関係シリーズを途中で挫折することなく続けられるものかどうか・・・。とにかくやってみましょう。

 


2 子会社等及び親会社等並びに子会社及び親会社

 改正会社法(平成26年法律第90号による改正後の会社法)は,第2条3号の2において新たに「子会社等」を,同条4号の2において新たに「親会社等」を定義しています。

しかし,会社法における子会社及び親会社の定義(同法23号・4号)は,かつて新しい会社法の勉強を試みた際に,まずすっきりと頭に入らなかったつまずきの石でした。

 名が体を分かりやすく表してくれていないのです。

 所蔵の江頭憲治郎教授の『株式会社法』(有斐閣・2006年(初版))を見直すと,その8頁(「親会社・子会社の定義」という注のある頁)の欄外に,次のような書き込みがしてあります。

 

  親会社は会社に限らぬ。

  子会社も会社に限らぬ。

  しかし,親会社の「子」は株式会社に限られ,

  子会社の「親」は,会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)に限られる。

  「親」が会社でない「子」は,子会社になれぬので,子法人等になる。

 


 魂の叫びでしょうか。自分で書いたはずのものですが,はて,今読み返すと,自分に何か非常に深刻な悩みごとがあったのではないかと心配されてしまいます。

さて,それはともかく,改正会社法下では,子会社及び親会社並びにその関連事項に関する諸定義について変化があるのかないのか,変化があるとしてその内容はどのようなものか。

 


3 子会社等

 まず「子会社等」について見てみましょう。

 


(1)子会社等の定義(改正会社法23号の2

 「子会社等」とは,「子会社」(改正会社法23号の2イ)又は「会社以外の者がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と定義されています。

 


ア 子会社の定義

 


(ア)会社法23

子会社は,「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(会社法23号)。

 


(イ)会社法施行規則3条1項:子会社は会社に限らぬ。

 会社法2条3号の子会社の正確な定義は,結局法務省令を見なければ分からないのですが,当該法務省令である会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)3条1項には「法第2条第3号に規定する法務省令で定めるもの〔子会社〕は,同号〔法2条3号〕に規定する会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」と規定されています(下線は筆者)。ところで,ここでの「会社等」は,「会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう」ものとされています(会社法施行規則231号)。すなわち,子会社といっても,会社法上の会社とされる「株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社」(同法21号)には限定されず,また,法人格を有するものに限定(同条3号の「法人として」参照)もされず,広く組合及びその他の事業体をも含むものとなっています。子会社は「子・会社」ではなく,飽くまでも三文字熟語の「子会社」であって,必ずしも会社とは限られないというのが,会社法の世界における従来からの正統文法なのです。

 


(ウ)「法人として」の法人格の無いもの

 商法会社編の改正作業にかつて携わった稲葉威雄元広島高等裁判所長官は,会社法2条3号(及び4号)においては「法人として法務省令で定めるもの」と規定されているにもかかわらず,法務省令である会社法施行規則では子会社に法人ではないもの(「組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」)をも含ませていることについて,次のように疑問を呈しています。

 


  この場合,会社法が「法人として法務省令で定める」という意味は,何であろうか。法人かどうかは,実体たる事実の問題であって,法務省令の定めによって法人でないものが法人になるはずはない。組合の意味もあいまいであるが,民法上の組合であれば法人格はもたない。

  事業体というのも,法人格とは結び付かない広い概念である。そもそも〔会社法〕2条3号・4号の法人として定めるという限定の趣旨が判然としない。

  法人でないものを法人として定めたところで法人格は生まれない。親会社,子会社という用語を使うから,法人でなければならないとするのは,表現にとらわれ過ぎている。「法人として」を「ものとして」にするほうが,ずっと簡明である。(稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社・2010年)76頁)

 


法人でないものを法務省令で「法人として」定めても,確かに法人格は生まれません(民法331項参照)。しかしながら,会社法令上は「法人として」定められたことにはなるのでしょう。法人格は無いが「法人として定めるもの」は,それでは,亜法人(あほうじん)とでも称すべきものでしょうか。

 


  ・・・法の「法人として」という文言がもつ意味をどう解したのであろうか。これは,もともとの会社法の規定の詰めが甘く,文言が適切でなかったことに起因する弥縫策かもしれず,親会社・子会社という文言にひきずられて,これに該当するものは法人でなければならないと考えたのかもしれない。

  しかし,法人の実体のないものについて法務省令で定めれば法人となるものでない以上,このような限定をする意味は理解できない。

  むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか(事業体には,個人を含まないことになるか)。

  親子会社は,実質支配基準によって定まり,議決権の過半数を支配している場合は,その典型例(形式的に判断できる)であるが,これには限られない。この基準を具体化する定めが,施行規則3条3項であるが,財務・事業の方針の決定を支配しているかどうかは,事実認定の問題であるから,客観的な(第三者による)判断には困難がある(金融商品取引法の適用局面とは違って行政庁等の関与はない)。

・・・

渉外関係,企業結合(企業再編行為を含む)関係については,日本法上の形式的な意味の会社以外の存在を対象にする必要があることが,明らかであるから,その適用局面を明確にし(日本の会社法がどのような形で効力をもつか),必要に応じ,会社とか法人にこだわらない表現を採用する等の工夫をすべきであった。・・・(稲葉129130頁)

 


イ 「子会社以外の子会社等」の定義

 


(ア)会社法施行規則改正案3条の2第1項

 会社法的に表現すれば「子会社以外の子会社等」というくせのある表現になるであろう改正会社法2条3号の2ロの「もの」は,20141125日に法務省から意見募集手続に付された会社法施行規則の改正案(以下「会社法施行規則改正案」という。)によれば,改正会社法2条3号の3「ロに規定する者〔「会社以外の者」〕が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」とされています(会社法施行規則改正案3条の21項)。ここが会社法文法の精緻なところなのですが,改正会社法2条3号の2ロに規定する「者」は「会社以外の」であって,「もの」は上記のとおり同ロ(「・・・法務省令で定めるもの」)の定義対象それ自体である「子会社以外の子会社等」ということになります。

なお,「子会社以外の子会社等」たる主体の性格について,坂本三郎編著『一問一答 平成26年改正会社法』(商事法務・2014年)の97頁に,「会社以外の者がその経営を支配している法人」という表現がありますが,ここでいう「法人」は会社法施行規則2条3項2号の会社等であって,法人格の無いものをも含む概念ですよね(前記の「亜法人」ですよね。)。

 


(イ)子会社と「子会社以外の子会社等」との分別:「親」の相違

 子会社と「子会社以外の子会社等」との違いが分かったでしょうか。分かりにくいですよね。

 実は,どちらも他者に財務及び事業の方針の決定を支配されている事業体等なのですが,当該他者たる支配者(「親」)の違いが子会社と「子会社以外の子会社等」との違いです。子会社の支配者(「親」)は会社(株式会社,合名会社,合資会社又は合同会社)でなければなりませんが(会社法23号),「子会社以外の子会社等」の支配者(「親」)は,「会社以外の者」でなければならず(改正会社法23号の2ロ),会社であってはいけません。むしろ,子会社については「子会社」といわずに逆立ちして「会社の子事業体等」といい,「子会社以外の子会社等」については「会社以外の者の子事業体等」とでもいうことにすれば分かりやすいでしょうか。

 


(ウ)「子会社以外の子会社等」と子法人等との分別:「親」としての自然人の許否

 また,「子会社以外の子会社等」については,法務省は現行会社法施行規則3条の改正は考えていないようなので,同条3項1号柱書きの二つ目の括弧書き内にある「子法人等」との分別がまた問題となります。(ただし,現行の会社法施行規則では子法人等が出てくるのは同規則3条3項1号の括弧書きの中だけのようですから,子法人等の概念は実は重要なものではないのでしょうが。)

子法人等は,「会社以外の会社等が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等」であるものとされています。この場合の支配者(「親」)は「会社以外の会社等」ですから,会社法施行規則2条3項2号の会社等から会社を除いた「外国会社,組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体」ということになります。支配者(「親」)が会社でないものは「子会社以外の子会社等」でありますが,更にそのうちの支配者(「親」)が事業体等(会社を除く。)であるものが子法人等であることになります。自然人が支配者(「親」)であるものは,「子会社以外の子会社等」にはなっても,子法人等にはなりません。子法人等とは,「会社以外の事業体等の子事業体等」ということになるのでしょう。

 支配者(「親」)が自然人であり得るか否かが「子会社以外の子会社等(子法人等を除く。)」と子法人等との違いの決め手です(坂本97頁(注)参照)。子会社の「財務及び事業の方針の決定を支配している場合」の定義に係る会社法施行規則3条3項の規定と,「子会社以外の子会社等」の当該定義に係る会社法施行規則改正案3条の2第3項の規定とを見比べるとそれが分かります。会社法施行規則改正案3条の2第3項2号イ(4)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が所有している議決権」という規定が,同号ロ(1)には「自己(自然人であるものに限る。)」という規定及び(6)には「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族」という規定が,並びに同号ニの三つ目の括弧書きに「自己(自然人であるものに限る。)の配偶者又は2親等内の親族が行う融資の額を含む。」という規定があります。これらの規定にいう「自己」は「〔改正会社法2条3号の2〕ロに規定する者」(会社法施行規則改正案3条の31項)たる「会社以外の者」ですが,そこには自然人が含まれているからこそ,上記のような規定が設けられるわけです。自然人でないものに,配偶者や親族があるわけはありません。

 


ウ 子会社等,子会社,「子会社以外の子会社等」及び子法人等の相互関係

 以上,他者に支配される事業体等(「会社等」)である子会社等という全体集合があって,そのうち会社に支配されるものが子会社であり,子会社の補集合が「子会社以外の子会社等」であって,更に「子会社以外の子会社等」の部分集合として子法人等があるということのようです。「子会社」や「子法人等」といった場合,下線部分の「会社」や「法人等」は子の性質を表すものかといえばそうではなくて,むしろ「親」の性質を表すものとして考えた方がしっくりするわけです。しかし,そのようにあえて考えて納得するときであってもすべてがきれいに説明されるわけではなく,会社は法人である(会社法3条)にもかかわらず,そこには目をつぶることになります(子法人等の支配者には,法人であっても会社は含まれない。)。これもまた,会社法の味わいの珍なるところです。

 


(2)完全子会社等

 


ア 子会社等と完全子会社等との違い

 なお,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項2号で定義されている「完全子会社等」は,子会社等の延長線上にはない,一応別種のものだと考えましょう。これまた「完全・子会社等」ではなく,「完全子会社等」という六文字熟語であるからです。すなわち,改正会社法847条の3第2項2号で定義される完全子会社等は,「株式会社がその株式又は持分の全部を有する法人」でありますから,①その支配者たる株式又は持分の全部を有する者が株式会社に限定されていることによって子会社等(支配者に限定はない。),更には子会社(支配者が会社であればよい(同条3号)。)よりも狭く,②支配されるところの当の主体の性質においても法人に限定されていることによって会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体をいう(会社法施行規則232号)。)たる子会社等(同規則31項,会社法施行規則改正案3条の21項)よりも狭いものとなっているところです。「親」に完全に支配されている子会社等が,すべて完全子会社等になるわけではありません。

 


イ 完全子会社:株式会社限定

 さらに,会社法施行規則改正案218条の3(完全親会社)第1項(現行会社法施行規則2191項)に規定されている「完全子会社」は,「当該ある株式会社が発行済株式の全部を有する株式会社」とされています。完全子会社等とは,支配者が株式会社である点では同じであっても,支配されるところの当の主体が法人より狭い株式会社でなければならないところで違います。

 


4 親会社等

 「親会社等」に移りましょう。

 


(1)親会社等の定義(改正会社法24号の2

 改正会社法2条4号の2は,「親会社等」を「親会社」(同号イ)又は「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として法務省令で定めるもの」(同号ロ)と規定しています。

 


ア 親会社の定義

 


(ア)会社法2条4号

会社法上の親会社は,「株式会社を子会社とする会社その他の当該株式会社の経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」です(同法24号)。

 


(イ)会社法施行規則3条2項:親会社は会社に限らぬ。

親会社について会社法施行規則を見ると,親会社は「会社等が〔会社法24〕号に規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等」とされています(同規則32項。下線は筆者)。親会社は,会社等(会社(外国会社を含む。),組合(外国における組合に相当するものを含む。)その他これらに準ずる事業体(同規則232号))です。したがって,親会社といっても組合等を含むものであって,会社には限られません。

 


イ 「親会社以外の親会社等」の定義(会社法施行規則改正案3条の22項)

改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」は,会社法施行規則改正案3条の2第2項において「ある者(会社等であるものを除く。)が〔改正会社法2条4号の2〕ロに規定する株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該ある者」と定められています。会社等が株式会社を支配していれば当該会社等は親会社です。すなわち,株式会社を支配する者であって,親会社ではない者が,「親会社以外の親会社等」ということになります。自然人が典型的なものとして考えられるのでしょう。「例えば,株式会社の経営を支配している自然人は親会社に該当しません。」ということになっている一方(坂本98頁。すなわち,会社法施行規則232号の会社等には自然人は含まれないことになります。なお,稲葉130頁の「〔「法人として」は〕むしろ自然人以外のものとする趣旨と考えるべきであろうか」参照),改正会社法2条15号ハ・ニ等の親会社等について「株式会社の経営を支配している者が自然人である場合」が該当することになる旨説明されています(坂本98頁(注))。

なお,相続財産法人(民法951条)は会社等たる事業体ではないでしょうから,たといある株式会社を支配するに足る株式が当該法人に係る相続財産に含まれていても,当該相続財産法人は当該株式会社に係る親会社にはならないのは当然として,法人ではありますから(改正会社法24号の2括弧書き参照),その結果「親会社以外の親会社等」ともされないものとも考えられます。しかし,「株式会社の経営を支配している者(法人であるものを除く。)として」(「であって」ではない。)えいやっと法務省令で決めた会社法施行規則改正案3条の2第2項の定義のみを見ればよいのだということになれば,相続財産法人も,法人ながら,「親会社以外の親会社等」であるものとされ得そうです。

とはいえ,改正会社法2条4号の2ロの「親会社以外の親会社等」については,主に自然人が念頭に置かれていることになるとは,ちょっと文字面からは分かりにくいですね。「親会社・等」であって「親・会社等」ではないということでしょうか。会社法令の文法は,不規則活用が多いです。

 


ウ 親会社等の「子」:株式会社限定

 


(ア)株式会社以外には「親会社等の捜索は許さず」

また,親会社等が支配の対象とするのは,本来,株式会社に限られるはずです。子会社ないしは子会社等は,株式会社に限られず,会社等一般でよかったのですが,親会社等の「子」は,会社法を見ると株式会社に限られています(会社法24号及び改正会社法24号の2ロは「株式会社の経営を支配」するものと規定(下線筆者))。これはあれですね,株式会社ではない子会社等に対しては,「親」の捜索が禁止されているような具合ですね。法的には,子があれば必ずそれに対応する親があるというわけにはいかないのは,親族法について,昨年(2014年)1月3日の記事(「ナポレオンの民法典とナポレオンの子どもたち」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2166630.html)で見たところでした(「父の捜索は許さず」に一種対応する「親会社等の捜索は許さず」ですか。)。

 


(イ)例外:会社法135条1項と会社法施行規則3条4項

ところで,「子会社は,その親会社である株式会社の株式・・・を取得してはならない。」と定める会社法135条1項に関して,子会社及び親会社の各定義及びそれらの関係が問題になっています。当該問題を処理するためということで,会社法施行規則3条4項は「法第135条第1項の親会社についての〔会社法施行規則3条〕第2項の規定〔同規則における親会社の定義規定〕の適用については,〔法135〕条第1項の子会社を〔規則3条〕第2項の法第2条第4号に規定する株式会社とみなす。」とわざわざ規定しています。しかし,当該規定も難しい。一読して同項の意味が了解できるのであれば,あなたは会社法令ワールドの立派な住人です。

 


 ・・・会社法上の「親会社」は,日本法に基づき設立された「株式会社」の経営を支配するものに限られるので(会社則32項),外国会社に「親会社」は存在し得ない。ただし子会社による親会社株式の取得の禁止の規定(会社1351項)の適用に関しては,外国会社である子会社の経営を支配するものも親会社とみなされる(会社則34項)。(江頭9頁注(12))

 


 と言われただけでは,なおよく分かりませんね。更にいえば,「外国会社である子会社」ばかりが対象とされているわけではないようです。

 


 ・・・〔会社法施行規則34項は,会社法〕135条の親会社株式取得が制限される場合の子会社は,株式会社に限定されない(ここでは,〔会社法〕2条3号に定められた意味での子会社を意味する)。そのことを規定したものであるが,分かりにくい。つまり,〔会社法〕2条4号・施行規則3条2項は,日本法に基づいて設立された株式会社を子会社とするものを親会社としているが,135条の局面での子会社は,株式会社に限定されるものではない。そのことを明確にするための手当てとされる。(稲葉130頁)

 


 会社法における子会社及び親会社の各定義をそれとして読んで会社法135条1項を読むと,親会社が「子」とし得るものは株式会社に限られるはずであるから(同法24号),「子会社は,その親会社である株式会社」とある文言からは,同項の子会社は親会社の「子」である以上当然株式会社でしかあり得ないな,ということになります。しかし,そのように読まれては困るので,会社法施行規則3条4項に 晦渋ながらも規定を置いたということでしょう。

 会社法施行規則3条4項に従えば,会社法135条1項の「親会社」についての法務省令における定義規定は,同規則3条2項を読み替えた,「法第2条第4号に規定する法務省令で定めるもの〔親会社〕は,会社等が法第135条第1項の子会社の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社等とする。」となる,ということになるのでしょう。しかし,やっぱり,親会社の「子」は株式会社であるものとするはずの会社法2条4号との関係が釈然としませんね。やはり,「当該株式会社の経営を支配している法人として」えいやっと法務省令でそう決めたからそれでいいのだ,ということでしょうか。

 会社法135条1項を,「株式会社の子会社は,その株式会社の株式(以下この条において「親会社株式」という。)を取得してはならない。」とでも書いてくれれば困難が少なかったように思うのですが,どうでしょう。改正会社法においては,同項の改正はありません。

 


(2)完全親会社等

 


ア 親会社等と完全親会社等との違い:完全親会社等の株式会社限定性

ところで,改正会社法847条の3(最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え)第2項で定義されている「完全親会社等」と親会社等との関係はどうなるでしょうか。せっかく自然人を含めるために親会社等という概念を改正会社法2条4号の2で作ったのですから,完全親会社等にも自然人が含まれるのでしょうか。否,そうではありません。完全親会社等は,株式会社に限られます(改正会社法847条の3第2項柱書き)。完全親会社等は,やはり「完全親会社等」という六文字熟語であって,「完全・親会社等」(自然人が含まれる。)でも「完全親・会社等」(株式会社以外の会社,組合,事業体が含まれる(会社法施行規則232号参照)。)でもないわけです。

しかし,「会社等」といわれれば会社でないものが含まれるように考えるのが自然なのですが,完全親会社等には,「等」にもかかわらず会社以外のものは含まれず,しかも会社の中でもその一部である株式会社しか該当しないということになっています。「完全親株式会社」というのでは長過ぎるということだったのでしょうか。それとも,「株式交換完全親株式会社」(会社法76811号)及び「株式移転設立完全親株式会社」(同法8043項)との関係が面倒だったということでしょうか。しかし,引っ込むべきはずなのに出っ張るように見えるのはどういうことか。

あるいは,現行会社法804条3項の「株式移転設立完全親株式会社」は立法ミスですので,「完全親株式会社」は縁起が悪いとして忌避されたものか。すなわち,会社法2条32号の定義上株式移転で設立される会社は株式会社に限られており,当該会社については「株式移転設立完全親会社」といえば足りるにもかかわらず(同法77311号参照),現行会社法804条3項においては「株式移転設立完全親株式会社」なるものが定義の無いまま突然登場してしまっています(下線部筆者)。そこで平成26年法律第90号は「こっそり」改正を行い,改正後会社法8043項においは「株式移転設立完全親株式会社」が「株式移転設立完全親会社」に修正されているところです(姫野司法書士試験研究所のブログ2014年8月26日の記事「こんな会社法に負けるな!」参照)。

 


イ 完全親会社等と完全親会社との違い

 


(ア)完全親会社等の定義(改正会社法847条の32項)

 完全親会社等は,「完全親会社」(改正会社法847条の321号)又は「株式会社の発行済株式の全部を他の株式会社及びその完全子会社等(・・・法人をいう。・・・)又は他の株式会社の完全子会社等が有する場合における当該他の株式会社(完全親会社を除く。)」(同項2号。なお,多層にわたる完全子会社等が存在し得ます(同条3項)。)です。

 


(イ)完全親会社の定義(改正会社法847条の21項)

 完全親会社は,「特定の株式会社の発行済株式の全部を有する株式会社その他これと同等のものとして法務省令で定める株式会社」です(改正会社法847条の21項柱書き。現行会社法851条(株主でなくなった者の訴訟追行)1項)。完全親会社となる法務省令で定める株式会社に係る会社法施行規則改正案218条の3は,現行会社法施行規則219条(会社法施行規則改正案では削除)と同様の規定です。

 


(ウ)「完全親会社以外の完全親会社等」の定義:「子」・「孫」の株式会社純一性の有無

従来からの①完全親会社のほかに②改正会社法847条の3第2項2号の「完全親会社以外の完全親会社等」を設けた理由は,次の説明から理解すべきでしょう。

 


2 ①と②との違いは,株式会社Aが,その中間子法人による保有分(すなわち,株式会社Aの間接保有分)と合わせて,株式会社Bの発行済株式の全部を有する場合において,当該中間法人が,株式会社に限られるか(①),それとも,株式会社以外の法人が含まれるか(②)という点にあります。・・・(坂本163頁)

 


 そうだとすると,ブリーダー的に言えば,完全親会社の「子」や「孫」は代々折り目正しく株式会社であるのに対して,「完全親会社以外の完全親会社等」の「子」や「孫」には株式会社ならざる法人という斑(ブチ)が混ざるという点が,両者の相違ということになるわけです(親会社の「子」として株式会社以外の法人があることは,本来あるべからざることです(会社法24号参照)。)。

 


ウ 最終完全親会社等

 しかし,お話は完全親会社等では終わりません。改正会社法847条の3第1項において更に「最終完全親会社等」が規定されています。

 最終完全親会社等は,「当該株式会社の完全親会社等であって,その完全親会社等がないものをいう。」と定義されています。なお,最終完全親会社等は,「最終・完全親会社等」なので,株式会社でなければなりません。「例えば,一般社団法人がグループ企業の最上位に位置する株式会社の発行済株式の全部を有する場合には,当該一般社団法人が「最終完全親会社等」に該当してその社員が多重代表訴訟の原告適格を有するわけではなく,あくまでも,当該株式会社が「最終完全親会社等」に該当し,当該一般社団法人が当該株式会社の株主として多重代表訴訟の原告適格を有すること」となるわけです(坂本161162頁)。

 しかし,「最終」完全親会社等というネーミングも何でしょうかね・・・「最初」完全親会社等や「元祖」完全親会社等では変だということでしょうね。とはいえ,単なる○○者ではなくて,「最終○○者」と自称していた人がいましたね。終末論的響きがあるというべきか。確かに,今次会社法改正について触れるところもあった2013年6月14日の閣議決定は,「日本再興戦略―JAPAN is BACK―」と題されていました。ターミネーターですね。

 


(と,この辺で字数オーバーです。次の後編に続きます。)

 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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