1 サッカー日本代表とスペイン検察庁の裁判所への「告発」
 年末ですので,もう「今年の十大ニュース」の選択などが話題にのぼる季節となりました。とはいえ,今年
2014年にサッカーのワールド・カップ大会があったということを,最近次のニュースを見るまですっかり忘れていました。サッカー日本代表は予選リーグで結局勝てなくて,早々にブラジルから帰国して来たのでしたっけ・・・それで,監督交代・・・。えーっと,優勝チームは,ドイツ代表でしたか。そういえば,開催国のブラジル代表が,準決勝でドイツ代表に1対7の歴史的大敗を喫したんでしたっけね・・・。

 

(時事通信から201412152316分に配信されたインターネット記事)

 

スペイン・サッカーの八百長疑惑に絡み,同国検察庁は15日,バレンシアの裁判所に対し,日本代表のA監督(56)ら42人を告発した。・・・

告発が受理されれば,強い権限を持つ予審判事の下で,本格的な捜査が行われ,起訴されるかどうかが決まる。A監督は予審法廷で聴取を受けるよう命じられる可能性があり・・・(下線部は筆者)


 問題意識をそそる記事です。

 ただし,筆者がまず関心を持ったのは,サッカー日本代表のことではなくて,下線部の訳語についてでした。

 スペイン語といえば昔メキシコに行ったときにcervezamasという単語だけを覚えて安酒場でしきりにビールのおかわりをした記憶しかなく,スペインの刑事訴訟法(又は治罪法)については門外漢なのですが,前記記事における用語法は,それぞれ,「告発」を「起訴」と,「起訴」を「公判に付」とするのが正しいのではないでしょうか。

2 検察官による予審請求=起訴と予審判事による公判に付する決定 

 すなわち,前記記事には「予審判事」及び「予審法廷」という語が出てきており,スペインの刑事司法制度は予審制度を採用しているものと判断されるところ,予審制度に係る我が国の旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)上の用語では,検察官の「公訴ノ提起」(=起訴。現在の刑事訴訟法でも,起訴のことは「公訴の提起」といわれ,「公訴の提起は,起訴状を提出してこれをしなければならない。」と規定されています(2561項)。)を受けて予審判事が強制力の伴う取調べを行い,当該取調べの結果,予審判事が,更に「公判ニ付スル」ものとし,又は嫌疑不足として免訴とする等の決定をしていたところです。

旧刑事訴訟法の条文を紹介すると,検察官による予審の請求は,二つある「公訴ノ提起」方法のうちの一つであって(同法288条。もう一つの方法は,公判の請求),「予審ハ被告事件ヲ公判ニ付スヘキカ否ヲ決スル為必要ナル事項ヲ取調フルヲ以テ其ノ目的」とし(同法2951項),「公判ニ付スルニ足ルヘキ犯罪ノ嫌疑アルトキハ予審判事ハ決定ヲ以テ被告事件ヲ公判ニ付スル言渡」をし(同法3121項),「被告事件罪ト為ラス又ハ公判ニ付スルニ足ルヘキ犯罪ノ嫌疑ナキトキハ予審判事ハ決定ヲ以テ免訴ノ言渡」をしていました(同法313条)。

3 予審請求がされた場合

(1)被告人訊問
 

予審となった場合,被告人(被疑者ではない。)は予審判事に訊問されるのがお約束であって(旧刑事訴訟法3001項は「予審判事ハ被告人ヲ訊問スヘシ」と規定していました。),訊問の「可能性」があるかどうかどころではありません。なお,大日本帝国憲法59条本文は「裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス」と規定していましたが,「予審ニ於テハ取調ノ秘密ヲ保チ被告人其ノ他ノ者ノ名誉ヲ毀損セサルコトニ注意スヘシ」とされていました(旧刑事訴訟法296条)。大日本帝国憲法59条において「此に対審と謂へば,予審は其の中に在らざる」ものでした(『憲法義解』)。「予審法廷」において被告人の訊問が公開されていたわけではありません。

(2)官吏の休職 

文官分限令(明治32年勅令第62号)11条1項2号によれば,官吏が「刑事事件ニ関シ起訴セラレタルトキ」は「休職ヲ命スルコトヲ得」とされていました(昭和7年勅令第253号による改正以後。それより前はなぜか「起訴セラレタトキ」ではなく「告訴若ハ告発セラレタルトキ」との文言でした。)。ここでいう「起訴」には,当然,公判の請求のみならず予審の請求も含まれたはずです。なお,お役人の場合(現行の国会公務員法792号も文官分限令1112号と同様の規定),検察官に起訴されてしまうと多くの場合休職にならざるを得ないでしょうね。「「休職ヲ命スルコトヲ得」(又は「その意に反して,これを休職することができる。」)であって「休職ヲ命スヘシ」ではないから,自由裁量をもって休職させないことにしてもいいのだ。」とはなかなか開き直れないでしょう。

(3)「受理」 

「受理」という概念があれば,受理の有無が問題になります。「届出が届出書の記載事項に不備がないこと,届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は,当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに,当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする。」という行政手続法37条のような規定が必要になったりします。ところで,予審請求の「受理」という概念について我が旧法を尋ねると,旧々刑事訴訟法(明治23年法律第96号)69条1項本文には「予審判事ハ検事ノ起訴ニ因リ重罪,軽罪ノ事件ヲ受理シタルトキハ被告人ニ対シ先ツ召喚状ヲ発ス可シ」とあり,旧治罪法(明治13年太政官布告第37号)118条本文も「予審判事ハ検事又ハ民事原告人ノ起訴ニ因リ重罪軽罪ノ事件ヲ受理シタル時ハ被告人ニ対シ先ツ召喚状ヲ発ス可シ」と規定しています。

(4)予審判事の権利義務 

なお,旧刑事訴訟法においては,「検事の予審請求は公訴提起の一態様であるから,之に依つて事件の訴訟繋属を生じ,予審判事は之を審理するの権利と同時に義務を有する」ことになっていました(小野清一郎『刑事訴訟法講義・全訂第三版』(有斐閣・1933年)396頁)。

4 予審判事に対する告発制度の前例 

旧治罪法においては民事原告人ノ起訴(同法322節の題名)というものがあって興味深いのですが,同法においては,告訴を受ける者が検事又は司法警察官に限られず,予審判事にも告訴をすることができるものとされていました(同法931項。告訴は「何人ニ限ラス重罪軽罪ニ因リ損害ヲ受ケタル者」がする。)。告発についても同様,検事又は司法警察官のほか予審判事に対してもされ得るものとなっていました(同法971項。告発は「何人ニ限ラス重罪軽罪アルヿヲ認知シ又ハ重罪軽罪アリト思料シタル時」する。)。この点からすると,「告訴・告発は検察官か司法警察員にしかできないから(現行刑事訴訟法2411項参照),「裁判所(予審判事)に対する告発」ということは概念上あり得ない。」とは言えないことになります。

5 我が国における予審の廃止 

なお,ナポレオン第一帝政下のフランス治罪法(1808年)由来の我が国における予審制度は,日本国憲法の施行の日である1947年5月3日から昭和22年法律第76号(「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」は件名)が施行されたことにより(同法附則1項),「予審は,これを行なわない。」とする同法9条によって廃止されています。


(追記:2021513日)A監督のその後はどうなったのか,スペインの刑事訴訟手続制度の実際はどうなっているのか,当該制度と他のヨーロッパ諸国(フランス,イタリア及びドイツ),更には我が国の各制度との関係はどうか,といった点について正確な知識を得るためには,荻村慎一郎立教大学法学部兼任講師の優れた論考「比較法・外国法で学べることの活かし方――スペイン法における「起訴」を題材として――」が必読です。同論考は,2021430日に東京大学出版会から出版された,岩村正彦・大村敦志・齋藤哲志編『現代フランス法の論点』(http://www.utp.or.jp/book/b561887.html)に収載されています(同書365頁以下の第12章)。



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