Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)

2014年08月

(前の記事からの続き)

 

2 児童ポルノ単純所持罪に係る立法者の意図探求の必要性

 しかしながら,「本法案による単純所持の処罰化条項が,規制目的を達するために必要最小限のものと言えるか,その妥当性には疑問を持たざるを得ません。〔児ポ法2条3項3号の〕いわゆる3号ポルノの規定は,本法案で一定の明確化を試みられたものの,依然として不明確さを残しています。その単純所持を処罰することは恣意的な捜査を拡大するおそれが大きく,処罰する必要のないものにまで広範に捜査の網を掛けることが否定できないものです。個人の私的領域にまで捜査機関が踏み込み,冤罪を生むことも懸念される」(2014617日の参議院法務委員会における仁比聡平委員(日本共産党)の法案に対する反対討論(第186回国会参議院法務委員会会議録2421頁))と批判されている児童ポルノ単純所持罪の前記関係条文については,どのような解釈が立法者においてされているのか,気になるところです。

法律の解釈に当たっては,民事法についてですが,「まず,文理解釈・論理解釈を試み,ついで立法者ないし起草者の意図を探求することが基礎的作業として必要」です(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)49頁)。いくら鋭い頭脳を誇る秀才であっても,文理解釈・論理解釈を云々しているだけではなお不十分であって,立法者ないし起草者の意図の探求までを広く行い得る強靭な知的基礎体力を有していなければなりません。我が国の民法学の伝統的解釈態度においては「立法者・起草者の意図を全くといってよいほど考慮しない」まま「適当にある「理論」を作ってしまって,各規定はその表現である,従ってそう解釈せよと論ずる」ことが多かったと批判されていますが(星野61頁),無論,現段階の法解釈においては,「基礎的作業」をないがしろにしたまま,「視点」やら「体系」やら,自らの「理論」に酔った決めつけ解釈は許されません。上記「基礎的作業」の結果,「それで特に今日でも差支えなければ,それによることとし,それでは今日妥当でなさそうなときに,規定の今日におけるあるべき解釈を求め」て,目的論的解釈がされるのが順序であるとされています(星野49頁)。

 ということで,児童ポルノ単純所持罪導入に係る立法者の意図,より具体的には,第186回国会における衆議院及び参議院の各法務委員会における議論(それぞれ2014年6月4日及び同月17日)をここに整理してまとめてみることにしました。とはいえ,これは飽くまでも一応のものであり,かつ,法的な作法云々には必ずしも厳密に従うものではないことを御了承ください。運よく来年(2015年)の春ころに,大勢の方に読んでいただけることを期待しています。

 なお,以下の記述での「衆法○」は,「第186回国会衆議院法務委員会議録第21号」の○頁という意味であり,「参法○」は,「第186回国会参議院法務委員会会議録第24号」の○頁という意味です。(ここで議事録の表題が,参議院側は「委員会会議録」なのに,衆議院側は「委員会議録」となっていますが,これは別にタイプ・ミスというわけではありません。国会において委員会が今のように重視されるようになったのは,やはり米国の影響を受けた現行憲法下であって(現行の国会法第5章の章名は「委員会及び委員」),現行憲法下設けられた参議院は「委員会会議録」と「委員会」をはっきり出しているのに対して,帝国議会以来の伝統を誇る衆議院はなお「委員会議録」という形を維持しているということのようです(議院法(明治22年法律第2号)第4章の章名は単に「委員」)。したがって,「第28回国会衆議院逓信委員会議録第27号」をもっともらしく「第28回国会衆議院逓信委員会会議録第27号」に変形させるような「校正」は,間違いであり,さかしげであるにもかかわらず(又はそうであるからこそ)対象の現物(この場合は議事録)に当たらなかった横着ゆえの残念な結果ということになります。)

 

3 児童ポルノ単純所持罪に関する国会審議のまとめ(コンメンタール風)

 

(1)児童の実在性要件

  ・・・児童ポルノの禁止法は実在の児童の保護を目的としたもの・・・(ふくだ峰之委員・衆法3;また61623,参法2。同旨,階猛委員・衆法13

  ・・・実在の子供の権利を守る,つまり,社会的法益を守るという立法ではなくて個人的法益を守る罪として考えて,この〔児ポ法〕立法をつくったわけでございます。(谷垣禎一法務大臣・衆法3

  ・・・客体となる児童については生存していることを要する・・・だからといって,死体はもう無制限にはびこらせていいということを我々も認めるわけではありませんので,こうした行為についてもちゃんと適切に規制していくようなことは立法府としてこれから取り組むべきことではないかと思っております。・・・(階衆議院議員・参法3

  CG等の創作物であったとしても,実在の児童の姿態を描写したと認められるものであれば,これはもう児童ポルノとして規制の対象になり得ると考えられます。(西田譲衆議院議員・参法8

  基本的には,被写体の児童が身元が特定されていることが要件ではない・・・(遠山清彦衆議院議員・参法12

  〔18歳未満の例えばアイドルの顔を使ったCGも児童ポルノに当たり得るのかとの質疑に対して〕・・・あくまで実在の児童を描写したものであるかどうかということでやはり判断をしなければなりませんので,たとえCGであったとしても,仮にそうであるのであれば児童ポルノに当たる場合があり得るということでございます。(西田衆議院議員・参法15

  

 

(2)児童の上限年齢を18歳未満から下げなかった理由

  ・・・既存の児童にかかわる条約,法律との整合性をとらなきゃいけないという立場からいいますと,まず,児童の権利に関する条約が,その対象となる児童を18歳に満たない者とすることを原則としております。また,日本の児童福祉法も,児童の定義というのは18歳に満たない者とされているわけでございまして,これらの基本的な条約,法律と今回の当該法改正案の目的から考えて,18歳未満の者をこの法律でも児童と捉えるということにいたしました。

  また,現実に,児童の年齢を18歳よりも引き下げた場合に,今度は処罰される対象が過度に限定されるおそれも出てくるというふうに思います。(遠山委員・衆法18

  平成25年でございますが,〔児童ポルノ事犯の年齢別被害児童は〕小学生以下が92人,中学生が272人,高校生が256人,その他が26人ということで,最近は中学生が中心になってきているというふうに考えることができるかなと思います。(宮城直樹政府参考人(警察庁長官官房審議官)・参法6-7

 

(3)年齢の錯誤

  ・・・16歳の女性が写っている写真集を20の写真集だと言って売って,購入した方が20だと思って買った場合は,児童ポルノを買ったという認識が本人にないんですね。ですから,故意でないので,処罰の対象にはなりません。・・・16歳なのに20のものだと売りながらも,買った人全員が,実は18歳以下の写真集を買ったと認識をしているような売り方をした場合は,買った人も処罰の対象になるんです。(遠山委員・衆法18

 

(4)児童ポルノ該当性判断の例

  まず,性的虐待が実際に行われているが,顔のみを写した動画ということでございますが,顔のみが描写をされていて性的部位が描写されていない場合には,本法に基づく児童ポルノには該当しないということになります。二つ目の,衣服を着けた児童に精子が掛けられているということでございますが,これもこの一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断ができません。三番目,動物の性器を触っているという例でございますが,これは,法律の中には「他人の性器等を触る」という表現がございますが,これににわかに該当するということはありませんので,この一事をもってだけで児童ポルノに該当するとはなかなか判断しにくいということでございます。それから,服の上からロープで縛られているということで,性器等の強調がないということでございますけれども,これも同じように,この一事だけをもって児童ポルノに該当するとは判断がしにくいと。最後の,性的虐待中の音声ですけれども,これも,「視覚により認識することができる方法により描写したもの」というのが児童ポルノの定義に入っておりますので,これもこのことだけをもって該当しないものと考えます。(遠山衆議院議員・参法9

 

(5)「性欲を興奮させ又は刺激するもの」の判断基準

  現行法の2条3項2号及び3号にいいます「性欲を興奮させ又は刺激するもの」といいますのは,これは一般人を基準に判断すべきものと解されていると承知しております。(林眞琴政府参考人(法務省刑事局長)・衆法7;また,参法14

  ・・・一般人から見て性欲を興奮させ又は刺激すると言えるか否かの基準によってやっぱり判断される・・・1歳未満の乳児ということでございますけれども,その画像の内容が性欲の興奮又は刺激に向けられていると評価すべき特段の事情がない限りは児童ポルノに当たらない場合が多いのではないかと考えられます。(西田衆議院議員・参法8

  〔3歳児の場合〕・・・総合的に検討して判断すべきものであります。3歳だからという児童の年齢のみをもって判断すべきものではないということであります。(階衆議院議員・参法10

  〔Tバックを着けた女子高校生,まわし姿の男の子については〕・・・やはり,どうしてもこれは個別具体的な事由になってきますので,一概的にこの場で当たります,当たりませんということを判断するのは非常に困難でございますし,総合的にやはり判断しなければいけないところでございます。・・・(西田衆議院議員・参法8

 一般人というのはどういう人を指すのかということを問題にされるのかもしれませんけれども,そこはなかなかこういう人が一般人だということは言えないわけでありまして,外形で見ていくしかないと。つまり,その問題となっている児童ポルノとされるものの外形で見ていくしかない・・・(階衆議院議員・参法10

 

 

(6)「殊更に」

  「殊更に」とは,一般的には,合理的な理由なく,わざわざとか,わざととかいう意味と解されるところでございますが,これは,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものかどうか判断するために加えさせていただきました。

  その判断は,性的な部位が描写されているのか,あるいは児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合,例えば時間だったり枚数だったりですね,そうしたものの客観的要素に基づいてなされるというものと考えております。(ふくだ委員・衆法5

  ・・・モザイクに関してでございますけれども,これも一概にどの程度であればというのは個別の事案になってきますので非常にお答えづらいんでございますが,やはりそのモザイクのきめの細かさや粗さがどうかとか範囲がどうかと,そういったことを含めて判断していかなければならないものでございます。(西田衆議院議員・参法8

 

(7)「性的な部位」

  具体的には,まず,衣服の全部または一部を着けない児童の姿態のうち,児童の性器等,例えば性器あるいは肛門または乳首が露出をしているというものを真に可罰的なコアの要素と捉えつつ,性器等のみでは処罰範囲が狭過ぎて,例えば裸の児童を後方から撮影して性器等が写っていない場合まで対象外となってしまうことから,性器の周辺,例えば臀部だとか胸部などを含む児童の性的な部位にまで対象を今回広げさせていただいたということで御理解いただきたいと思います。(ふくだ委員・衆法5

 

(8)「強調」

  露出のみでは,性的な部位が隠れてはいるけれども強調,誇張されている場合などが含まれないということになってしまいますので,性的な部位の強調も対象とすることにさせていただきました。

  具体的にどのような場合が強調に当たるかについては,描写の方法を含めた写真及び映像等の全体からこれは判断されるものであると思っております。例えば、着衣の上から撮影した場合や,ぼかしが入っている場合や,児童が意識的に股や胸を強調するポーズをとっていない場合であっても,性器等やその周辺部を大きく描写したり長時間描写しているかどうか,着衣の一部をめくって該当する部分を描写しているかどうかなどの諸要素を総合的に勘案しまして,性的な部位を強調していると判断されることはあり得るというふうに考えております。(ふくだ委員・衆法5

 

(9)「,殊更に・・・強調されているものであり,かつ,」部分挿入の趣旨

  ・・・いわゆる3号ポルノについて,その定義をより明確にするため・・・(遠山委員・衆法2

  今回の2条3項3号の改正は,当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられているかを,性的な部位が描写されているか,児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合の客観的要素に基づいて判断をするために加えさせていただいたものでございます。このような判断は,従前,性欲を興奮させまたは刺激するものの該当性判断の一要素として行われてきたところでございますけれども,今回の改正は,このような判断を行うことを明記することにおきまして,3号ポルノの定義の明確化を図るという趣旨でございました。

  これによりまして,例えば,水浴びをしている裸の幼児の自然な姿を親が成長記録のために撮影をしたようなケースとか,あるいは,その画像の客観的な状況から内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものではない限り,殊さらに露出されまたは強調されているものとは言えずに,処罰の対象外になるということでございます。

  このように,「殊更に」との文言を追加することにより,画像の客観的な状況から3号ポルノの該当性判断を行うとの趣旨が明確になり,処罰の範囲をより明確にすることができるというふうに考えておるところでございます。(ふくだ委員・衆法5;また,参法2。同旨,遠山委員・衆法16

  ・・・児童の性的な部位の描写がずっと延々と続いているのか,静止画であればそこが強調されているのか,あるいは,PCのケースでいえば,発見された写真のうちどれぐらいの割合の枚数がそういう裸の写真であるか等々から,客観的な要素に基づいて判断をされなければいけないことだと考えております。(遠山委員・衆法19

  ・・・私どもの意識としては,結論から言うと,処罰範囲を狭めるという趣旨ではないというふうに考えております。(遠山委員・衆法16;また,19

 

10)文化芸術活動と児童ポルノとの区別

  具体的に,この第2条3項の第3号,いわゆる3号ポルノでございますけれども,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という要件,この判断についてでありますけれども,児童が実際に描写された画像等の全体から見て芸術性があるかどうか,もしくは芸術的表現の上で児童の裸体等を描写する必要性や合理性が認められるかどうかといったことを一つの考慮の要素として判断することになると考えられます。(西田委員・衆法16

 

11)「みだりに」

  ・・・児童ポルノを所持する場合であっても,例えば,・・・警察が捜査の過程で持っている場合とか,あるいは警察から依頼を受けて専門家の方々が鑑定をする場合であったりとか,・・・報道記者等が取材のために取得をするに至った場合であったりとか,・・・ホットラインセンターの業務であったりとか,・・・フィルタリングソフトの開発であったり,そういったことの過程で取得した場合,これは正当な理由があるものとして,この「みだりに」という規定には当たらないというものと解されると考えます。(西田委員・衆法17

  ・・・被害者の立場に立って被害告発のために弁護士が児童ポルノを所持する場合などは,正当な理由がある・・・(遠山衆議院議員・参法5

 

12)児ポ法3条の2の趣旨

  ・・・この条文は,性的搾取または性的虐待に係る行為が許されるものではないことを理念として宣言する規定であります。

  したがって,廃棄,削除等の具体的義務を課すものではありません。(階猛委員・衆法11。同旨,遠山衆議院議員・参法45

 

13)児童ポルノ単純所持罪導入の理由

  ・・・インターネットの発達により児童ポルノ被害に遭う児童の数がふえ続けていること,児童ポルノ単純所持罪を設けるべきとの国際社会の強い要請があること等に鑑み・・・(遠山委員・衆法2

  ・・・スウェーデンの女王陛下から,直接,日本はこのようなことを取り締まれないのかという御要請を受けたことが私ございます。(谷垣大臣・衆法3

  ・・・私からも,本日傍聴をされておりますアグネス・チャン日本ユニセフ協会大使初め関係者の皆様〔に〕・・・心から敬意を表したいと思います。(遠山委員・衆法7

  ・・・供給側を中心とした処罰対象とするだけでは児童ポルノを根絶するということはなかなか厳しい・・・需要の側の行為をも処罰対象とすることが必要・・・国際的な動向・・・(ふくだ衆議院議員・参法1。また,遠山衆議院議員・参法18

  〔G8での児童ポルノ単純所持禁止国は〕現時点で掌握している限りにおきましては,カナダ,フランス,ドイツ,イタリア,イギリス,アメリカでございます。(ふくだ衆議院議員・参法2。また,遠山衆議院議員・参法18

  ・・・平成22年の6月11日には,国連の児童の権利委員会による報告書が出されまして,・・・この中で,日本において児童ポルノの所持が依然として合法であることに懸念が表明をされて,児童ポルノの所持を犯罪化すべきであるということが指摘をされておりました。(遠山衆議院議員・参法18) 

 

14)捜査機関の決意

  ・・・捜査の端緒としてはもちろん様々なものが考えられるわけでございますが,児童ポルノの例えば所持罪についていえば,例えば一般論として申し上げますと,児童ポルノを販売している者に対する捜査の際にその者が児童ポルノを販売した客のリストなどが発見されて,それが端緒となって児童ポルノを所持している者が判明すると,こういったことも考えられると思います。(林政府参考人(法務省刑事局長)・参法2

  〔18歳未満の少女が非常に露出度の高い水着を着用して,着たままでわいせつ性が高いポーズを取っている画像,映像などのいわゆる着エロは3号ポルノに当たるのかとの佐々木さやか委員の質疑に対して〕一般論として申し上げますと,今御指摘の着エロというもの,いわゆる着エロであるか否かにかかわらず,法の2条2項3号の要件を満たせば児童ポルノに該当するものと考えられます。そして,実際,捜査当局においても,この着エロであるか否かにかかわらず,児童ポルノ事犯についてその取締りに努めて適切に対応しているものと認識しております。(林政府参考人(法務省刑事局長)・参法6

  〔児童ポルノを所持していることが明らかであっても,性的目的があるかどうか,合理的な理由があるかないか分からない段階で,児ポ法に違反するかの捜査を実際行うケースというのはあるのかどうかとの質疑に対して〕・・・御指摘のような場合には,そのような目的があるのかどうかということにつきましてまさに捜査をしていくということになると承知をいたしているところでございます。(辻義之政府参考人(警察庁生活安全局長)・参法11

  我々の摘発する側といたしましては,仮に児童で,その児童の人定といいますか,どこの誰かさんだということが分からなくても,要するにその画像がまさに児童に係るものであると,もう児童ポルノであるということが分かればそれは摘発するものでございます。(宮城政府参考人(警察庁長官官房審議官)・参法15

 

15)「自己の性的好奇心を満たす目的」要件の趣旨

  ・・・例えば,嫌がらせなどによりメールでそういったものを送りつけられた場合,あるいは,本人がネットサーフィンをしている間に,意図しないアクセスで児童ポルノが自分のコンピューターに入ってしまう場合,あるいは,パソコンがウィルスに感染をして勝手に児童ポルノをダウンロードした場合,また,インターネット上の掲示板に児童ポルノが掲載された場合における,掲示板の管理者やサーバーの管理者が,自分がつくったサイトにそれが投稿されてしまうことによって事実上持ってしまうという場合がございます。

  そういった場合,それらを処罰するというのは合理的ではないということでございますので,処罰範囲を合理的に限定するために,「自己の性的好奇心を満たす目的で,」というものをつけて,所持の対象を明確化したわけでございます。(遠山委員・衆法7

  自己の性的好奇心を満たす目的を持たずに児童ポルノを所持するケースはあるかということですが,端的に答えれば,これはあり得ると思います。

  例えば,大学の研究者が研究目的で児童ポルノを,・・・所持するに至った場合。あるいは,マスコミの報道記者さんが取材の過程で,取材上の必要性から児童ポルノを所持するに至ったような場合ということもあり得るかと思いますので,それらは,自己の性的好奇心を満たす目的での所持ではないと認められた場合には,第7条1項の処罰規定は適用されないということでございます。(遠山委員・衆法8;また,参法6

  〔図書館,アーカイブス,報道機関,あるいは出版社が自分たちの出したものを歴史的にとっておくとかの形での所持〕のケースでは,そもそも,自己の性的好奇心を満たす目的という要件は満たさないことが想定されますので,第7条1項の適用の前提を欠くと考えております。(階委員・衆法11

  ・・・学術研究の目的で集めていても,実際には,客観的証拠から自己の性的好奇心を満たす目的を持って自己の意思に基づいて所持するに至ったと立証された場合は処罰の対象になり得るという理解・・・もし正当な業務行為であるとすれば,刑法35条上,違法性が阻却されるという解釈も私ども理解・・・(遠山衆議院議員・参法16

  ・・・所持の目的につきましては,所持の態様あるいは分量,それから所持している対象の内容等の客観的事情からの推認によって立証される必要がある,こういうことになっております。(遠山委員・衆法7;また,参法5-6

  ・・・先ほど来申し上げておりますとおり,客観的事情からの推認によって立証されないと,性的好奇心を満たす目的を持っているとは判ぜられないわけでございます。よって,捜査当局による自白の強要を誘発することはあってはならないということでございます。(遠山委員・衆法8

  ・・・自己の性的好奇心を満たす目的とは,当該事件において立件対象となる所持の時点においてその有無を判断すべきものであります。そしてその有無は,所持者の内心についての供述だけでなく,児童ポルノの所持の態様,分量,所持している対象の内容等の客観的事情からの推認により認定されるべきものであります。(階委員・衆法12;また,参法3

  ・・・単に婚姻関係にある男女が私的に記録で撮ったビデオを所持していることだけをもって,即この児童ポルノの禁止法の処罰対象になるとは考えにくいかと思っております。(遠山衆議院議員・参法16

 

16)「所持」

・・・自己の事実上の支配下に置くことをいう・・・自己の事実上の支配下に置いているかどうかという観点から,証拠関係で認定できるかどうかについて判断いたします。(椎名毅衆議院議員・参法12

 

17)「自己の意思に基づいて所持〔保管〕するに至った者」

  これは,所持あるいは保管開始の時点において,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったことが必要である,よって,この点を証拠により立証することを要するという趣旨でございます。(遠山委員・衆法8

  ・・・送りつけられた時点では自己の意思に基づくというものでなかったとしても,その後,メールに添付された児童ポルノ画像を開き,当該ファイルが児童ポルノであることを認識した上で,性的好奇心を満たす目的を持って,これを積極的な利用の意思に基づいて自己のパソコンの個人用フォルダに保存し直すなどしたときは,その時点で新たに自己の意思に基づいて所持するに至ったということが認められると考えております。(階委員・衆法11

  適用開始前から持っていて,仮に適用開始後,引っ越しなどで見つかったケース・・・その場合であっても,積極的な利用の意思に基づいて新たな所持,保管が開始されたと認められるかどうかということも重要なわけでございまして,そのような積極的な利用の意思に基づいて新たな所持,保管が開始されたと認められなければ,自己の性的好奇心を満たす目的という部分において否定されるということはあり得ると考えております。(階委員・衆法13

  ・・・自己の利用に向けた積極的な行為の有無というところが基準になるかと考えられます。・・・

  まず,当該行為のみをもって自己の利用に向けたと評価し得る事例でございますけれども,例えば,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルをプリントアウトしたものをファイリングして書庫に置いていた場合,あるいは,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルを受信フォルダに入れたままにしておいたが,当該添付ファイルを繰り返し閲覧していた場合,あるいは,送りつけられた児童ポルノ本を貸し倉庫を借りて預けていたような場合が考えられるかと思います。

  他方,当該行為のみをもって自己の利用に向けたと評価し得るかどうか微妙な事例としましては,まず,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルをパソコンのフォルダ,USBメモリーなどに入れて保存した場合,こうした場合は,他のポルノ画像が入ったフォルダ,USBに入れた場合は,自己の利用に向けた行為と言えるであろうし,削除の趣旨でごみ箱フォルダに入れた場合には,それのみでは自己の利用に向けた行為とは言えないという意味において微妙だということです。

  あるいは,別な事例としましては,送りつけられた児童ポルノ本を開封して自宅に保管したような事例,こうした事例においては,他のポルノ本と並べてよく使う書棚に保管した場合には自己の利用に向けた行為と言えるであろうし,いずれ廃棄予定の不要な雑誌等を平積みしている場所に一緒に保管した場合などは,それのみでは自己の利用に向けた行為とは言えないということで,微妙なケースであります。

  さらに,三つ目の事例としましては,当該行為のみでは自己の利用に向けたと評価し得ない事例でございます。

  こうした事例は,まずは,送りつけられたメールの児童ポルノ画像の添付ファイルを開いたけれども,その後,削除せずにパソコン内にデータとして残っていた場合,あるいは送りつけられたメールがメールソフトの自動ソート機能でパソコン内に保存されていた場合,あるいは送りつけられた封筒を開封して児童ポルノ本と確認したがそのまま自宅内で放置していた場合,こうしたことのみでは自己の利用に向けたと評価し得ないと思います。(階委員・衆法20頁)

  ・・・ごみ箱から削除した上でファイル復元ソフト等を入れている場合・・・復元できるような特殊ソフトを保有した上で,これによって復元する意思を明確にしているというような事情があれば〔当該ファイルを自己の事実上の支配下に置いていると認めるべき〕特段の事情に該当する可能性があるものと考えます。(椎名衆議院議員・参法12

 

18)「自己の性的好奇心を満たす目的」と「自己の意思に基づいて所持〔保管〕するに至った」との関係

  ・・・この規定は,・・・自己の性的好奇心を満たす目的での所持罪との骨格を維持しつつ,その所持について,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったという文言を追加することとされたものです。

  「自己の性的好奇心を満たす目的」は,立件対象となる所持の時点での目的についての要件でありますが,「自己の意思に基づいて所持するに至った」とは,当該所持を開始した経緯及びその時点での認識についての要件であります。

  そして,両者の関係につきましては,自己の性的好奇心を満たす目的というものが,いわゆる目的犯としての構成要件を意味するものであるのに対しまして,自己の意思に基づいて所持,保管するに至ったということは,処罰範囲に限定をかけるもので,自己の意思に基づいて所持するに至った時期やそのような所持に至った経緯などを証拠により立証することを要請する趣旨であることを明らかにするものであります。(階委員・衆法11

 

19)「当該者であることが明らかに認められる」

  ・・・これは,取得の時期などを含めて,自己の意思に基づいて所持するに至った時期とか経緯などについて,できる限り客観的,外形的な証拠によって確定するべきであるという趣旨を明確にするために加えたものでございます。

・・・しっかりとした捜査に基づいて客観的な証拠が集められ,それに基づいて立証されなければいけない,こういう趣旨でございます。(遠山委員・衆法8。また,ふくだ衆議院議員・参法2

 

20)括弧書きの法的性質

  ・・・この括弧書きの法的性質については,その前半部分,すなわち,所持の開始のときに自己の意思に基づいているということを前半が規定しておりますけれども,それは客観的なことを定めているわけですが,後半部分では立証の程度について規定しているということであります。

  これを処罰条件と見るか,構成要件と見るかということについて・・・議論になりましたけれども,いずれでもないだろう,また,こういったことについて同様の立法例もないということで,結論としましては,この括弧書きの法的性質が必ずしも明らかではありませんねということになったわけです。(階委員・衆法21

・・・実質的にも,この規定の趣旨は性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持した行為についてその処罰範囲を括弧書きの条件を満たす者に限定するものである・・・(階委員・衆法21。また,ふくだ衆議院議員・参法2

 

21)共犯

  ・・・自己の性的好奇心を満たす目的を持たない者が,当該目的を持つ者,これが正犯でございますが,この正犯の行為を容易にして,これを加功したような場合に,当該目的を有しない者がその共犯者として処罰されることはあり得るものと考えております。(林政府参考人(法務省刑事局長)・衆法21

 

22)罪数

  ・・・児童ポルノの撮影,それから所持の各行為は,別個独立の行為としてそれぞれ1罪として処罰され,そして両罪は併合罪とされると考えております。

  ・・・強制わいせつ罪と児童ポルノ所持も,それぞれ1罪として処罰をされ,両罪は併合罪とされると考えます。(遠山委員・衆法18

 

23)1年間の適用延期の趣旨

  ・・・所持罪の新設に当たり,施行前から所持している児童ポルノについて罰則の適用前に適切に廃棄等の措置を講じていただけるよう・・・(遠山委員・衆法2;また,8-9,参法520

  〔取得当時は自己の性的好奇心を満たす目的があっても,〕立件対象となる1年経過後に性的好奇心を満たす目的がなければ,処罰対象にはならないということであります。(階委員・衆法12;また,参法3。同旨,遠山衆議院議員・参法5

  ・・・かつては自己の性的好奇心を満たす目的を持って児童ポルノを収集していて,現在も家のどこかに児童ポルノが保管されていると認識している場合であっても,罰則適用開始後の所持の時点において自己の性的好奇心を満たす目的がないときは処罰されず,そのような場合に,家捜しまでして見つけ出して廃棄することは求められないと解しております。(階委員・衆法12;また,参法3

 

国会における議論について,それぞれコメントを付けることも考えましたが,大部になることもあり,今回は素材として,皆さまにそのまま提供します。

しかし,一応これだけの作業をしたのですから,「児童ポルノ単純所持罪にくわしい弁護士」と今後自称してもバチは当たらないのでしょう。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203

電話:03-6868-3194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 「姦淫するなかれ」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ,すべて色情を懐きて女を見るものは,既に心のうち姦淫したるなり。もし右の目なんぢを躓かせば,抉り出して棄てよ,五体の一つ亡びて,全身ゲヘナに投げ入れられぬは益なり。もし右の手なんぢを躓かせば,切り棄てよ,五体の一つ亡びて,全身ゲヘナに往かぬは益なり。(マタイ伝福音書527-530


1 児童ポルノ単純所持罪の導入

 今年(2014年)6月18日に児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律が第186回国会の参議院本会議で可決され成立し,同月25日に平成26年法律第79号として公布され,翌7月15日から施行されました(同法附則11項)。同法によって,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号。以下「児ポ法」)の一部が改正され,いわゆる児童ポルノ単純所持罪が導入されたわけです。改正後児ポ法(題名が「児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」に改められています。)及び平成26年法律第79号における児童ポルノ単純所持罪に関する条項は,次のとおりです(なお,小括弧の数字は,後出の国会審議概要の整理に係る番号に対応します。)。


   (定義)

児ポ法2条 この法律において「児童」1とは,18歳に満たない者2)(3をいう。

 2 ・・・性交等(性交若しくは性交類似行為をし,又は自己の性的好奇心を満たす目的で,児童の性器等(性器,肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り,若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)・・・

 3 この法律において「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。4

  一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態

  二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの5

  三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に6児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀部又は胸部をいう。)7が露出され又は強調8されているものであり,かつ,9性欲を興奮させ又は刺激するもの5)(10


   (児童買春,児童ポルノの所持その他児童に対する性的搾取及び性的虐待に係る行為の禁止)

 児ポ法3条の2 何人も,児童買春をし,又はみだりに11児童ポルノを所持し,若しくは第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管することその他児童に対する性的搾取又は性的虐待に係る行為をしてはならない。12


   (児童ポルノ所持,提供等)13)(14

児ポ法7条 自己の性的好奇心を満たす目的で15,児童ポルノを所持16した者(自己の意思に基づいて所持するに至った者17)(18であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる19者に限る。)20は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で15,第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識できる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者(自己の意思に基づいて保管するに至った者17)(18であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる19者に限る。)20も,同様とする。21)(22

 〔第2項以下略〕


  (国民の国外犯)

児ポ法10条 ・・・第7条第1項・・・の罪は,刑法(明治40年法律第45号)第3条の例〔日本国外において罪を犯した日本国民に適用〕に従う。


  (両罰規定) 

児ポ法11条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,第5条,第6条又は第7条第2項から第8項までの罪を犯したときは,行為者を罰するほか,その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。


  (施行期日等)

平成26年法律第79号附則1条2項 この法律による改正後の第7条第1項の規定は,この法律の施行の日から1年間は,適用しない。23



上記児ポ法の改正に関しては,インターネット上の世論等で盛り上がりがあるものかと思いましたが,意外と反応は激しくはないようです。法改正が終わってしまえばもうすべてが終わった気分になってあとは淡々と適応していくということなのか,それとも児童ポルノ単純所持罪に係る規定の適用は来年(2015年)7月15日からなので(平成26年法律第79号附則12項),まだピンと来ず,その時が近づいてからにわかに慌てて騒ぎ出すつもりなのか。

(ちなみに,議員立法(議案提出者は衆議院法務委員長)である平成26年法律第79号の附則1条2項では,いきなり「この法律による改正後の第7条第1項」という表現が出て来ます。これに対して,これが内閣提出に係るものであったならば,「この法律による改正後の児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第7条第1項」とされていたでしょう(下線は筆者)。平成26年法律第79号附則4条以下を見ると分かるところですが,同法によって改正された法律は児ポ法に限られていません。なお,平成26年法律第79号と児ポ法とは別個の法律であって,前者の溶け込み残りの附則が後者の条文に続いて出てくるのは,六法編集者がそのように編集してくれるからにすぎません。)


(なお,この記事はブログ記事としては長くなり過ぎて1回でアップロードできなくなったので,2回に分けて掲載します。次の記事にお進みください。)

DSCF0082

1 『東海法科大学院論集』第3号の「憲法21条の「通信の秘密」について」論文

 前回の記事(201484日,「「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」(東海法科大学院論集5号)校正中」)で御紹介した『東海法科大学院論集』は,2006年7月に第1号(創刊の辞は亀山継夫元最高裁判所判事の執筆)が出て,2010年3月に第2号,2012年3月に第3号,2013年3月に第4号が発行されています。

当該紀要の上記第3号(宇都木伸教授退職記念論文集)に,「研究ノート」として,「憲法21条の「通信の秘密」について」という論文を出しました。A5判で26頁強の分量です(うち,注が7頁分)。

 目次は,次のようになります。

 


 1 「通信の秘密」の保障の趣旨

(1)裁判例,行政解釈及び学説

(2)憲法21条の起草経緯

(3)解釈論的論点

 2 帝国憲法26

(1)ベルギー憲法,プロイセン憲法等の影響

(2)前提としての郵便国営

(3)私的生活の不可侵としての人権体系中の位置付け

 3 19世紀ヨーロッパ憲法における信書の秘密とキャビネ・ノワール

(1)精神活動の自由としての位置付け

(2)キャビネ・ノワール

 4 憲法21条の帝国憲法26条的理解の限界

(1)通信事業者の公権力性という前提の消失

(2)プライバシー保護の確立

(3)帝国憲法26条の理解に関する日本的事情

   ア 公権力に対する無警戒

   イ 出版物流通における郵便の役割の副次性

 5 人のコミュニケーションに係るプライバシー権と市民のための「通信の自由」

 


 ここ数年,急激に「通信の秘密」をめぐる議論が活性化していますが,2011年ころまではなお,30年以上前の佐藤幸治教授の「通信の秘密」論文(芦部信喜編『憲法Ⅱ 人権(1)』(有斐閣・1978年)所載)が「通信の秘密」に関して本格的な憲法学的議論をするための必読文献であり(ただし,実際に読んでいた人は,通信関係者間でも必ずしも多くはなかったようですが。),学説的に阪本昌成教授が興味深い見解を発表していたほかは(「「通信の自由・通信の秘密」への新たな視点」法セミ364号(19854月)),「通信の秘密」条項の制定・解釈に係る経緯等について,インターネット上で高橋郁夫弁護士の仕事を見ることができた程度であったように記憶します。

 「憲法21条の「通信の秘密」について」の執筆に当たっては,GHQ民政局における憲法21条2項の起草過程にまでさかのぼる高橋弁護士の仕事等に刺激を受け,「通信の秘密」条項の由来について,手の及ぶ限り(国立国会図書館に通い,恵比寿の日仏会館の図書館からも資料を借り出しました。)歴史的・比較法的調査を行ったわけですが(資料の中では,18世紀の北米やフランスにまで出かけました。),その結果,佐藤教授の見解とはまた異なった角度からの憲法21条2項の見方にたどり着けたように思います。

例えば,佐藤教授の見解においては,「通信の秘密」と表現の自由とを分離せずに同一の条において規定する日本国憲法21条は比較憲法論的には「異例」なものであるとされますが(佐藤「通信の秘密」635頁),大日本帝国憲法に先行した1831年のベルギー憲法,1850年のプロイセン憲法及び1887年のロエスレル草案における人権条項の配列においては,実は「通信の秘密」条項は精神活動の自由に係る諸条項とまとめられていました。これらの例に倣わずに,「信書の秘密」に係る条項(26条)を,言論著作印行集会及結社ノ自由に係る条項(29条)から分離して,私生活の不可侵に係る住居の不可侵条項(25条)の次に置いたのは,大日本帝国憲法における選択でした。その意味では,同一の条に規定する必要まではともかくも,表現の自由と「通信の秘密」とが並んで規定される現行憲法21条は,19世紀西欧憲法的な論理に回帰したものともいえそうであり,そう「異例」でもないように思われます。

(ちなみに,かつての岩波文庫『世界憲法集』(宮沢俊義編)には清宮四郎教授訳のベルギー国憲法が収録されていましたが,現在の同文庫『新版世界憲法集』(高橋和之編)からはベルギー憲法は落ちています。専ら「現代」国家の在り方を知るための手引きたることを目的にして編集されたということでしょうが,大日本帝国憲法等に影響を与えたベルギー憲法の歴史的重要性からすると,ちょっと残念です。憲法における「通信の秘密」条項の淵源は,ベルギー憲法にあったのですから。)

 1789年のフランス人権宣言11条においては,思想及び意見の自由なコミュニケーションは人(homme)の権利であるとされているのに対して,自由に話し,書き(écrire),出版することは市民(citoyen)の権利であるとされています。書く(écrire)ものには当然手紙が含まれるでしょうが,自由に手紙を書く権利は,人(homme)ではなく,市民(citoyen)の権利であるとされています。市民たる以上,そこには公的なもの(res publica)とのかかわりがあるものでしょう。18世紀における手紙は,「個人が特定の少数者と向き合う世界」における通信(佐藤幸治憲法学に関する蟻川恒正「体系と差異」法時82535頁参照)に必ずしもとどまらなかったもののようです。

 


 The etiquette of letters in the eighteenth century was different from today’s. It was assumed that a letter, especially one crossing an ocean, would be read aloud or handed around, as it was such a precious instrument. (Randall, W.S. Thomas Jefferson: a life. New York: HarperCollins Publications, Inc. (1994): 247)

  18世紀における手紙に係るエチケットは,今日のそれとは異なっていた。手紙は――特に大洋を越えて届いたものは――貴重な文書として,人々に読み聞かせられ,又は回し読みされるものと了解されていた。)

 


 手紙は政治的なものでもあったわけです。「国家内部における陰謀は困難になった。なぜなら,郵便制度の創設以来,個々人のあらゆる秘密は国家権力の手のうちにあるからである。」とは国営郵便制度に関する1734年におけるモンテスキューの観察です(『ローマ人盛衰原因論』(田中治男・栗田伸子訳,岩波文庫・1989年)241頁)。そこからして,特定多数者にあてた通信に係る「通信の秘密」の保障は,特定多数者により構成されるものである憲法21条1項の結社の自由の保障にも仕え得るものではないかとまで考えが及んだところです(『憲法義解』においては,大日本帝国憲法29条が結社等の自由を規定するのは正に「思想の交通」を発達させるためであるとされています。)。ただし,「通信の秘密」とパラレルに考えると出て来そうな概念である「結社の秘密」,すなわち秘密結社の権利性いかんまでは当該論文においては検討が及んでいません。ちなみに,大日本帝国憲法下の治安警察法(明治33年法律第36号)14条は「秘密ノ結社ハ之ヲ禁ス」と規定し,秘密結社の組織者・加入者は6月以上1年以下の軽禁錮に処せられるものとされていました(同法28条)。この点,佐藤幸治教授の『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)においては,現行憲法21条1項の解釈として次のように述べられています。

 


  「結社のプライヴァシー」が認められるか否かについては,議論がありうる。仮にプライヴァシーと呼ぶことが適切でないとしても,それに相当するものは,「結社の自由」の内実もしくはそのコロラリーとして憲法上の保障対象であると解される。したがって,公益上のやむをえざる必要性に基づくものでない限り,公権力は,結社の成員その他活動状況に関する資料の提出・開示を強制することは許されない。(551頁)

 


 上記の議論のために憲法21条2項後段の「通信の秘密」を援用するのは,あるいは,あながちこじつけということにはならないようにも思われます。

 他にもいろいろ論点があるのですが,それは論文に直接当たっていただくこととして,当該論文の1(3)で提起した「解釈論的論点」の部分だけ抜き書きしておきます。

 


  第1に,帝国憲法26条は,臣民の私生活上の自由ないしはプライバシーの保護のみを目的としたものとは解されない。そこでは通信事業の国営が前提とされていたものと解されるのであって,政府の行うべき行政事務に関する統治機構関連規定としての側面をも有していたところである。

  第2に,したがって,1985年4月の日本電信電話公社,200710月の日本郵政公社の各民営化を経た今日にあっては,通信事業の国営を前提としていた帝国憲法26条的理解のままで現行憲法21条2項後段を意義付けることはできないはずである。憲法の人権規定の私人間適用についてどう考えるかの問題ともからみ,新たな解釈論が必要とされるところである。

  第3に,現行憲法21条の起草過程からは,GHQは,やはり公的な言論の自由を支えるものとして,「通信の秘密」の保障を考えていたことがうかがわれるところであり,かつ,そのような「立憲民主主義」の要請を同条に読み込む解釈の存在も,政府において現に認められているところである。同条の解釈論を考えるに当たっては,「言論,出版その他一切の表現の自由」の中に「通信の自由」ないしは「コミュニケーションの自由」が含まれるという理解に対する再評価がされるべきように思われる。

 


なお,当該論文の対象を「憲法21条の「通信の秘密」」に限定して「通信の秘密」一般としなかったのは,通信事業民営化後の電気通信事業法等における「通信の秘密」規制は,飽くまでも当該法律に基づくものであって,直接憲法に基づくものとは解されなかったからです(片桐裕「電話の逆探知,通話の録音等」前田正道編『法制意見百選』(ぎょうせい・1986年)547548頁等参照)。

 

2 しょんぼり,発表後

 「憲法21条の「通信の秘密」について」論文掲載の『東海法科大学院論集』3号は2012年の春に出たものの,大学の紀要ですから書店で市販されたり,一般の図書館に架蔵されるものではありません。したがって,研究者等関係者の注意を喚起し,目に触れるための頼みの綱は国立国会図書館の検索データベースということになりました。しかしながら,いつまでたっても当該論文のデータが国立国会図書館において入力された気配は無く,しかるべきキーワードを入力して検索しても梨のつぶてという状態が続きました。

 折しも,「通信の秘密」に関する議論が活性化しだしました。業界における有力な発表の場ないしは媒体において,論者それぞれの思いを込めた理論がいろいろ表明されていました。「通信の秘密」の「現段階」が論じられ,「その先の議論」が華やかに展開されました。それらに対して,国立国会図書館に行ってベルギー憲法に係る19世紀出版の註釈本のフランス語をとぼとぼと読んだような仕事は,発表と同時に忘れられ,過去のものとなったように思われました。(なお,東海大学の創立者である松前重義は,逓信院総裁まで務めた電気通信関係者だったのですが,「法制局を支配する,国家行政の権限は法律または経済の勉強をした者に限るとの思想」に対して「技術者としての偏見」をもって技官の地位向上のための「技術者運動」を主導した技術官僚でしたので(同「逓信省を中心とした技術者運動」『逓信史話 中』(電気通信協会・1962年)参照),事務官僚的法律論は生前その好むところであったものかどうか,いささか因縁話的なことも考えたものです。)

 


3 えへん,権威づけ

 ところが,昨年(2013年)の暮れになって,京都大学の曽我部真裕教授の「通信の秘密の憲法解釈論」(Nextcom1614頁)及び東京大学の宍戸常寿教授の「通信の秘密に関する覚書」(『現代立憲主義の諸相―高橋和之先生古稀記念』(有斐閣)下巻所載)において,立て続けに我が論文が,憲法学界の諸碩学のものと並んで引用されました。

 理科系の論文の評価基準としては,当該論文がどれだけ他の論文において引用されているかということがあるそうですが,東西両旧帝国大学の憲法学教授の作品において引用を受けるとは,ちょっと以上晴れがましく感じられるところです。しかし,検索の便の悪い中,恐らく広大な大学図書館の紀要コーナーの片隅にひっそりと存在していたであろう我が論文がよく見つけられたものです。さすが横着ならざる一流の学者は,仕事が周到・丁寧です。

なお,曽我部教授の「通信の秘密と憲法解釈論」論文は,インターネット上で公表されています。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/179540/1/nextcom_16_15.pdf

最近になって,改めて我が論文について国立国会図書館の論文検索を試してみると,こちらもようやく,ヒットするようになっていました。

 曽我部・宍戸両教授によるお墨付きに力を得て,今年の正月,大学時代の恩師である憲法学の大先生のお宅に年始に伺った際「憲法21条の「通信の秘密」について」の抜き刷りを,おそるおそる献上申し上げました。大先生は,「ほう」という表情で当該抜き刷りを受け取られましたが,その後間もなく,悪くはないねとの御趣旨のはがきを頂戴しました。御査読何とか通過。有り難いことです。ただし,文体的に,「ところである」が濫用されているねとの御注意を申し受けました。

 この「ところである」濫発の原因は,反省してみると,自ら書く主題に対して少し距離を置いてみせようという潜在意識の反映であったようです。簡明直截に言い切らないで,文末に一つ屈折したような表現を置くのは,照れているのか拗ねているのか。既製品のカテゴリーの単なる当てはめ・書き写しを越えた新たな知見に係る学問的な仕事について,いかにももったいぶった人たちがちゃんと理解できているのか理解できるのか,それまで意外の感を覚え,不信を感ずることが多かったせいか,いざ学界に自らの名で自らの仕事を提出するに当たって,身構えてしまっていたのかもしれません。

 


4 抜き刷り差し上げます

 と,以上,いろいろ自分の論文についていわくありげな御紹介をしたわけですが,じゃあその内容はどうなっているのだという御関心及び御質問があろうかと思います。そこでということで,実は当該論文の抜き刷りが手元にまだ大量に残っておりますので,在庫がある限り,希望される読者の方に,無料で差し上げたく思います。(とはいえ,郵送料の御負担をお願い申し上げます。)

 具体的には,返信用封筒に返信用切手を添えて,郵便でお申込みください。あて先は下記のとおりになります。また,抜き刷りはA5判の大きさですので,折らずにお送りするには定形外郵便物の封筒が必要になります(この場合の郵便料金は120円)。定形郵便物の封筒の場合は,抜き刷りを封入するためには折らざるを得なくなりますが,郵便料金は92円です

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

151-0053 東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp

 

1 ただ今校正中

 この秋(2014年秋)に,『東海法科大学院論集』第5号が発行される予定です。東海大学法科大学院の当該紀要に掲載すべき鈴木宏昌弁護士との共同論文「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法――消費者契約法9条1号を中心として――」の最終校正を現在行っています。

 A5判で28頁にわたる分量で,当該紀要中一番長い論説になってしまったもののようです。自分たちで書いた文章であるにもかかわらず,校正のために根を詰めて読み返すと結構疲れます。

 読みやすくするためには,もしかしたらもっと紙数を図々しく頂戴すべきであったのでは,とは,さかしらな発想です。



 Abt Terrasson sagt zwar: wenn man die Größe eines Buchs nicht nach der Zahl der Blätter, sondern nach der Zeit mißt, die man nöthig hat, es zu verstehen, so könne man von manchem Buche sagen: daß es viel kürzer sein würde, wenn es nicht so kurz wäre.

 (確かにテラッソン院長は述べています。もし,本の大小を,頁数ではなく,理解するために必要になる時間でもって計るならば,多くの本について,こんなに短くなければもっと短かっただろうに,と言えるだろうと。)



 しかし,読み返すのに疲れる原因の真相は,一つの論文に,多くの論点に係る事例と説明とを,手際悪く,ごてごて詰め込み過ぎてしまったもののようです。



 …manches Buch wäre viel deutlicher geworden, wenn es nicht so gar deutlich hätte werden sollen. Denn die Hülfsmittel der Deutlichkeit helfen zwar in Theilen, zerstreuen aber öfters im Ganzen…

  (・・・多くの本はもっと分かりよくなっていただろう,もし,そんなに分かりやすくしようとされなければ。というのは,分かりやすさの補助手段(例及び註釈:Beispiele und Erläuterungen)は,確かに部分において役立つが,しかし全体についてはしばしば間延びしたものにしてしまうのである・・・)



 ごてごてと事例の紹介があり,かつ,細かな概念の説明があると,読者にとって,その特定部分に係る理解はともかく,全体の概観及び体系の構造の把握が難しくなってしまうということのようです。しかし,我々の論文は,カントがその第1版の序文で上記のように弁明している『純粋理性批判』のように原理的・思弁的な大著ではないのですが・・・。

 などと校正に疲れて物思いにふけっている時,ふと更に思い出したのが,かつて『法学教室』79号で読んだ米倉明教授の講演録の次のくだりです。当該講演録は1986年6月16日に法政大学法学部でされた講演に加筆されたもので,「民法の学び方――ひとつの実践的方法」と題されたものです。「主としてペーパーテスト,学部の試験を思ってください。それを念頭においてお話をいたします。」との前置き(20頁)に続く「表現方法について」の話において,「むだなく,正面から答える」及び「平易に,取捨選択して書く」という学生に対する有益なアドヴァイス(確かに,試験答案の作成に当たって,出題意図を取り違えていると悲惨です。)が述べられた後,講演がちょっと脱線したところの,「世界の名著は別格」との小見出しの部分です。



  もっとも,もし諸君がグレート・ブック(Great Book)を書く,世界の名著,古典をものするというのなら,混乱,整理不十分,あいまい,重複,退屈でもいいでしょう。グレート・ブックなるものは,まずそういうしろものですから。・・・バートランド・ラッセル・・・いわく,グレート・ブック,世界のベストセラーなどというのは決しておもしろいものではない。旧約聖書をみてもわかるように,いきなり何の断わりもなしに,どこの馬の骨だかわからぬ人間が山と並べられて出てきてみたり,また,論語にしたって,マルクスの資本論にしたって,退屈きわまりない部分がいっぱいあるのだ。All great books contain boring portions.・・・ラッセルにいわせると,たとえば北斗真拳みたいに――ラッセルがこれを知る由もないのですが――はじめから終りまで活気にあふれた小説(?)は決してグレート・ブックではないのです。英語でいうと,こうです。A novel which sparkles from the first page to the last is pretty sure not to be a great book. そういわれてみると,デカルトにしても,カントにしても,マックス・ヴェーバーにしても,またデュルケムにしたって,おもしろいとは決していえません。しかし,世界の名著,古典であることは否定できません。

  しかしながら,レポートや答案で世界の名著をめざすのは無理ですし,めざしてはいけない。これらの場合には論点を十分にしぼって,よけいなことを捨て去って――捨て去るのが惜しければ,本文ではなくて注にまわすなどして――ここぞいいたいというところだけを書くべきであります。・・・(22頁)



不幸中の幸いか。我々の論文は,少なくとも,Great Bookの一部となる可能性が全く無いものではないようです。

Great Bookはすべて,混乱し,整理不十分であり,あいまいであり,重複し,又は退屈である部分を有する。」という命題が真であるのですから,「混乱し,整理不十分であり,あいまいであり,重複し,又は退屈である部分を有する論文はすべて,Great Bookとなるものである。」という命題も真であるとはいえないものでしょうか。それともやはり,逆は真ならずでしょうか。



2 「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」予告編

 閑話休題。我々の論文の概要を御紹介しましょう。

 我々の「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」論文は,株式会社NTTドコモ,KDDI株式会社及びソフトバンクモバイル株式会社のいわゆる「2年縛り契約」に係る契約約款の有効性が問題になった2012年から2013年にかけての京都地方裁判所及び大阪高等裁判所の各判決(京都地判平24328判時215060から大阪高判平25711(平24(ネ)3741)までの6件)を取り上げ,分析を加えたものです。
 上記諸判決に係る事件の原告は,携帯電話事業者に対して消費者との「2年縛り契約」締結に係る意思表示の差止めを請求する適格消費者団体(消費者契約法123項,24項)及び当該事業者に対して支払った解約金(又は解除料)を不当利得であるとしてその返還を求める元契約者でした。控訴審である大阪高等裁判所の判決が出そろった段階では,原告らは返り討ちに遭っていて,いずれも携帯電話事業者側の全面勝訴となっています(現在上告中)。

 これらの訴訟の結末がどうなるかは,携帯電話が生活の不可欠の一部となってしまっている今日において,消費者及び事業者の双方が大いに注目するところでしょう。

 「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」論文の目次は,次のとおりになります。



 第1 はじめに

 第2 判決の紹介

  1 前提事案(D事件の事案を以て代表させる。)

  2 本稿の論点に関する判断

(1)中途解約金条項の解除違約金等条項該当性

ア 被告ドコモ及びSBMの主張(対価条項説)

イ 裁判所の判断(解除違約金等条項)

(2)中途解約金が前提とする携帯電話事業者に生ずる損害の性質

ア D事件各判決(基本使用料金事後清算説)

イ S判決(債務不履行損害賠償説)

ウ K事件各判決(債務不履行損害賠償否定説)

(3)消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害の額」の算定方法

    ア D事件各判決

    イ K事件各判決

    ウ S事件各判決

第3 裁判例の考察

  1 中途解約金条項の解除違約金等条項該当性

  2 中途解約金の性格

  (1)基本使用料金事後清算説(D事件各判決)

  (2)債務不履行損害賠償説(S₁判決

  (3)債務不履行損害賠償否定説(K事件各判決)

    ア 債務不履行損害賠償否定説及び約定解除説

    イ 債務不履行によらない法定解除説

(ア)民法651条2項の損害賠償

(イ)民法641条の損害賠償

(ウ)委任における不解除特約と損害賠償

    ウ K事件各判決の理論の帰結

  3 「平均的な損害の額」算定の二つの方法

  (1)最高裁の判例との相違

  (2)消費者契約法所管官庁の解説書の方法

  (3)最高裁の判例

  (4)二つの方法についての小括

  4 まとめ



 「本稿の論点」とは,①中途解約金条項が消費者契約法9条1号の解除違約金等条項(「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」)に該当するか否か,②中途解約金が前提とする携帯電話事業者に生ずる損害の性質及び③同号にいう「平均的な損害の額」の算定方法です。

各控訴審判決は,「2年縛り契約」における中途解約金支払条項が消費者契約法9条1号の解除違約金等条項であるという判断, 並びに消費者との「2年縛り契約」に係る意思表示の差止請求を認めず,及び解約金の返還を全く認めないという結論においては一致しています。

しかしながら,前記諸判決において,解約金の性格については,①中途解約の際における使用料金の事後清算金としているものと解されるものあり,②債務不履行である中途解約に対する損害賠償金としているものと解されるものあり,③中途解約は約定解除権の行使であるから債務不履行ではないとしつつ当該中途解約に対する損害賠償の範囲は債務不履行の場合と同様民法416条であるとするものありで,混沌としています。

また,消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額」の算定方法については,以前の最高裁判所平成181127日判決(民集6093437,学納金事件)における方法とは違った方法(「消費者契約法所管官庁の解説書の方法」)が採られています。これには,不当利得金返還請求だけではなく適格消費者団体による契約締結の意思表示の差止請求も一緒にされていることが影響しているのかもしれません。消費者である原告らと適格消費者団体である原告との間における訴訟物の相違に応じた「平均的な損害」概念の相違があるものと考えることもできそうです。

携帯電話役務に係る「2年縛り契約」をめぐっては,下級審裁判例が理由づけにおいて一致していない中,法政大学法学部の大澤彩准教授による「携帯電話利用契約における解約金条項の有効性に関する一考察」(NBL100417頁)を始めとする数多くの論攷があります。我々の論文もそこに何らかの寄与を付け加え得るものとひそかに自負しつつ,『東海法科大学院論集』第5号の発刊前に,「2年縛り契約」に係る裁判例の混沌を統一する最高裁判所の判決があっさり出てしまわないよう願っているところです。

紀要の本体が出る前にその内容を喋々し過ぎるのも何ですから,今回は,この辺で


(追記)携帯電話解約金事件の控訴審判決については,敗訴した適格消費者団体が最高裁判所に上告受理の申立てをしていましたが,2014年12月11日付けで不受理決定が下されたようです。「原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては,大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」ではなかったということでしょう(民事訴訟法318条1項参照)。不受理決定が下された「ようです」とちょっとあいまいなのは,毎日新聞のインターネット記事が「上告棄却」と報じているからです。報道業界も混沌としています。( 上告人のウェッブサイトに掲載された決定書によれば, やはり上告不受理決定でした。)
 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

東京都渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203(新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp



1 托鉢の聖(ひじり)

 前回(2014728日)の記事(「多摩地区の司法の中心である「聖」地・立川にちなんで」)においてお坊さんの托鉢に関し書くに当たり,一応の参考のためインターネットの記事をいろいろ見ていると,托鉢には免許証がいるのだ,という書き込みを散見しました。

 当該「免許証」の根拠規定は,国立国会図書館のウェッブ・サイトの「日本法令索引〔明治前期編〕」を調べれば分かるのですが,そうはいってもなかなかそれすらも面倒でしょうから,ここに書き写して紹介しておきます。「仏道各宗派管長」あての明治14年(1881年)8月15日内務省戊第2号達の「托鉢免許方并托鉢者心得」がそれです。内容は,次のとおり。

 


 一 托鉢ヲ免許セシトキハ左ノ雛形ニ照シ免許証ヲ交附シ其都度願者所在ノ地方庁ヘ通知シ東京ハ警視庁ヘモ通知スヘシ

 一 托鉢ヲ行フハ午前第7時ヨリ同第11時迄ヲ限リトス

   但遠路往返ノ為メ時間ヲ遷延スルハ非此限

 一 托鉢者ハ如法ノ行装ニテ免許証ヲ携帯シ行乞スルヲ常トス施者ノ請フアルニアラサレハ人家ニ接近シ濫リニ歩ヲ駐ムヘカラス且施物ハ施者ノ意ニ任セ敢テ余物ヲ乞ヲ許サス

 一 托鉢者ハ1列3人以上10人以下タルヘシ且公衆来往ノ便ヲ妨クヘカラス

 一 免許証ハ何時タリトモ警察官等ノ検閲ニ供スヘキモノトス

 


「雛形」を見ると,托鉢の免許証は,縦6寸横2寸の木製のもので,表面には,「托鉢免許之證」との記載と共に番号が記され,管長印が焼印されていました。

明治五年の教部省第25号達が托鉢を禁止したのは,托鉢僧が四六時中無統制に徘徊し,目をつけた人家の前に立ち止まっては喜捨せよと圧力をかけ,また,戸別訪問を試み,更に勝手に人家に上がり込み,施物についても「これでは足りぬ」などと図々しく強請することが目に余ったからでしょうか。

「托鉢者心得」が守られないときはどうなったかというと,同じ明治14年8月15日の府県あて内務省乙第38号達(「僧侶托鉢差許ニ依リ不都合ノ所業アルモノ処分方」)に次のようにありました。

 

・・・万一不都合之所業有之節ハ直ニ托鉢差止顛末詳細取調当省ヘ可申出此旨相達候事

 


「当省ヘ可申出」の部分は,明治19年(1886年)5月15日の内務省令第9号によって「該宗管長若クハ其地方取締ヘ通知スヘシ」に変更されています。

公衆の迷惑の除去・防止のために,不都合な托鉢の差止めはするものの,当該不都合之所業をした者のその後の処分は各宗派に任せるということでしょう。

当時における国家と仏教との関係については,次のとおり。

 


・・・明治の初年に一時神道及び仏教の宣布を以つて国家自身の事務と為し,宣教使又は教導職を置いて布教に当らしめたことは有つたが,明治17年(17811太政官布達19号)に神仏教導職を廃することとなつた後は,宗教の宣布は全く国家事務からは分離せらるるに至つたものである。〔しかし,〕大審院判例(大正7419,大正6125民)は右の太政官布達に寺院の住職を任免することは「各管長ニ委任シ」云々とあることを根拠として,住職の任免は国家から管長に委任せられたもので,現在に於いてもそれは国の行政事務の一部であるとする見解を取つて居る・・・(美濃部達吉『日本行政法 下巻』(有斐閣・1940年)564頁) 

 


なお,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の違警罪(同法13号。その主刑は拘留及び科料(同法9条))のカタログ(同法425条から429条まで)には,「こじきをし,又はこじきをさせた者」を罰する旨の規定(軽犯罪法122号参照)は見当たりません。

 DSCF0107



2 悪魔の弁護人

 さて,徳高き,聖なる宗教家に対しては,刑事弁護は不要であるものかもしれません。(しかし,鑑定はともかく情状証人を頼もうにも,控訴しようにも,「わたくしは,知りません。」などと言って逃げたであろう石某という弟子(Pierre)には困ったものですね。)

 悪人にこそ,弁護人が必要なのでしょう。

 最近,部屋に取り散らされた古雑誌を片付けようとしていてふと読んでしまった記事Obituary: Jacques Vergès, The Economist, August 24th 2013, p.78によると,昨年の今月(20138月)15日に享年88ないしは89歳で死亡したフランスのジャック・ヴェルジェス先生(Maître)は,正に極悪人の刑事弁護で名高い弁護士でありました。

 


  彼のすべての依頼者も,拭いがたく彼の一部となっている,と彼は言った。ナチス親衛隊の大尉として341件の殺人又は人身移送の罪で起訴された「リヨンの虐殺者」クラウス・バルビー。フランス及びイスラエルに対する数多くのテロ行為に係る被告人,カルロス・ザ・ジャッカル。恐らく200万人の殺害を行ったカンボジアのクメール・ルージュ政権の名目上のトップであったキュー・サンファン。バーダー・マインホフ団〔西ドイツ赤軍〕のメンバー。だれでも依頼可能であった。彼は,セルビアの独裁者であったスロボダン・ミロシェヴィッチに弁護を申し出,サダム・フセイン弁護の準備をした。ヒトラー?もちろん。ジョージ・W・ブッシュの弁護もやぶさかではない,彼が有罪を認めるのならばね。乾いた微笑。

 


ヴェルジェス先生は,ヴェトナム人の母とフランス人の父との間に生まれました。不倫関係を隠すための父の工作により,生年月日は不明です(ただし,The Economistのこの訃報記事とは異なり,多くのウェッブ・ページはヴェルジェス先生の生年月日を,特段の留保なく192535日としています。)。「ろくでなし(salaud)」,「私生児(bastard)」と言われようと,銃弾を送り付けられようと,ヴェルジェス先生は一向に平気でした。

インド洋のレユニオンで育ち,若き弁護士として,1950年代にはフランス領のアルジェリアで,独立派のテロリストたちを弁護しました。1970年から1978年まで,ヴェルジェス先生は「鏡の向こう側に渡り」,その消息が途絶えます。カンボジアか,コンゴか,シリアか――ヴェルジェス先生はいずこの悪名高き政権の顧問弁護士をしていたものか?パリに戻って来たときには,戦いを経た相貌(battle-hardened),一文無し(penniless)。

Ruptureと呼ばれたヴェルジェス先生の法廷戦術は単純にして爆弾的でした。訴追者の糾弾。戦争です。

アルジェリアのフランス人たちは,アルジェリア人を差別し,不当な仕打ちをしているではないか。イスラエルによるパレスチナ人の抑圧に比べたら,カルロスの犯罪が何だ。我らのバルビーは善きクリスチャンだ,フランスのヴィシー政権こそいそいそとナチスに協力していたではないか。サダムが自国民を殺害したって?その武器は米国から供与されたものだ。

ヴェルジェス先生は過激な刑事弁護活動を展開しましたが,悪党たちを娑婆に戻すことはなかなかうまくはいきませんでした。しかし,ヴェルジェス先生は有名になりました。先生は,名声を大いに享受しました。2008年には自らを主人公とする戯曲を書き,パリのマデレーヌ劇場で自らその役を演じました。

憎むべきものどもを徹底して弁護したヴェルジェス先生は,いかにもヴェルジェス先生らしく,ヴォルテールの寝室で亡くなりました。

 


悪名は無名にまさる。

 


「実際のところ,彼の仕事の多くは地味なものであった。破産者,窃盗犯,小悪人どもの弁護。通常,弁護士報酬は受け取らなかった。」とThe Economistは伝えますが,無報酬で弁護活動ができるまでの資産を,ヴェルジェス先生はどうやって蓄財したのでしょうか。悪の黒光りするろくでなし(salaud lumineux)どもは,報酬もはずんでくれたものでしょうか。分厚い眼鏡をかけ, キューバ葉巻をくわえるヴェルジェス先生のオフィスには,かつて弁護したアフリカの独裁者たちからの贈り物がいっぱい飾ってあったそうです。

少なくともヴェルジェス先生には,次のような「弁護士の苦悩」は無縁だったことでしょう。

 


 最判昭36330刑集153688頁に現れた事例は,職務上の義務の締め木にかけられた弁護士の苦しみを推測させるケースである。この事件の被告人は,家庭不和のため養父母を殺害し,その後,犯人であることを隠すため別人になりすまそうとして,2回にわたり殺人を重ね,一審で死刑を言い渡された。控訴審の弁護人として国選された弁護士Aは,記録を閲覧しただけで控訴趣意書を執筆し,被告人の行為は「戦慄を覚ゆる」ものであり,死刑はやむをえないと述べ,控訴の理由はないと結論した。被告人は,右Aに対して,弁護人としての義務の懈怠を責め,損害賠償を求める民事訴訟を提起し,認められた(東京地判昭381128・・・)。被告人と面会してその言い分を聞いた上,控訴趣意書の作成について技術的な援助を与える必要があったと判示されている。(松尾浩也『刑事訴訟法(上)補正第三版』(弘文堂・1991年)220頁)

 


上記最高裁判所判決は「・・・記録を調べると,原審弁護人は,量刑の当不当,法令適用の正誤,事実誤認の有無,刑訴377条,383条関係等の各事項にわたり詳細に取り調べた上控訴の理由なしとしたものであり,また,被告人の控訴趣意は,量刑不当の主張のみであつて,原判決はこれにつき詳細に説示していることを認めることができるから,原審の訴訟手続には所論違法は認められない。その他記録を調べても,本件につき刑訴411条1号ないし3号を適用すべきものとは認められない。」と述べており,「詳細に取り調べ」ているねと,最高裁判所判事らはA弁護士を一見ほめているようでもあります。しかし,弁護士と裁判官とは違います。「Jのように書くな」とは,司法研修所における司法修習生の起案指導に際しての刑事弁護教官の定番評言ではなかったでしょうか。「記録の閲覧以外何らの調査もせず,また原告〔死刑判決を受けた被告人〕に接見することもなく,「原告の行為は戦慄をおぼえるもので控訴する理由はない」との控訴趣意書を提出し,公判期日でも,これに基づいて陳述しただけにとどまった。しかも,原告に右事実を知らせず,原告が控訴趣意書の書き方について教示を求めたにも拘らず,自分の方で処理する旨の返事をしただけであったため,原告は自己の控訴趣意書を提出しなかった。」(別冊ジュリ・刑事訴訟法判例百選(第六判)(1992年)236頁)というのは,確かにどうでしょう。「基本的に事後審たる控訴審においても,弁護人の調査範囲が訴訟記録外に及ぶべき場合があり,殊に訴訟記録上控訴理由が発見できなかった場合には,当然,法の認める例外的事実または事情の有無を考慮すべく,少なくとも被告人自身につき調査することが,弁護人の義務である。その結果,なお控訴理由が発見されない場合にも,控訴趣意書作成の技術的援助以上のことはできないことを告げて,被告人の善処を求めるべき義務がある。本件の場合,被告は,以上のような義務を尽くしていないから,損害賠償の責任を負う。」というのが,前記東京地方裁判所判決の概略です(上記別冊ジュリ・同頁)。

ヴェルジェス先生は,一般的には控訴理由等が発見できないであろう被告人ともまめに接見したようです。バルビーの獄房で「リリー・マルレーン」をmon capitaine(私の大尉)と一緒に歌ってやり,カルロス・ザ・ジャッカルとは余りにも接見回数が多かったため,カルロスのネットワークの一味ではないかとまで疑われたそうです(The Economist, ibid.)。

 


Ce mec, c’est moi. (こいつは,おれだ。)

 


 「弁護士は,被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ,その権利及び利益を擁護するため,最善の弁護活動に努める。」(弁護士職務基本規程46条)

 


 


弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

渋谷区代々木一丁目57番2号ドルミ代々木1203(新宿駅南口からも近いです。)

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp


このページのトップヘ