1 はじめに


 一見簡単な質問ほど答えるのが難しいものです。


「今ある法律って,正式にはどこにあるの。」と尋ねられると,実は困ってしまいます。


 「うーん,現行法の姿って,実はヴァーチャルな存在なんだよなぁ。」という要領を得ない回答をせざるを得ないからです。


参照条文や,あるいは関連する判例まで各条に付された,便利に編集された各種法令集(一般に「六法全書」ないしは「六法」と呼ばれています。ちなみに,六法とは,憲法,民法,商法,民事訴訟法,刑法及び刑事訴訟法のことです。)がいろいろな出版社から発行されています。したがって,「六法全書を見ましょうね。社会人たるもの,六法の一冊くらい持っていても悪くはないですよね。」と安易に答えたくなるのですが,実は質問の「正式に」というところが曲者。民間企業が編集出版している六法は,民間企業が編集出版している意味では私的出版物であります。

 

 「そうそう,森内閣が提唱したIT革命以来精力的に拡充されている政府の電子サービスの一環として,総務省の運営しているe-Govというポータルサイトがあるんですよ。そこから「法令検索」に入れば,現行法令について,総務省の「法令データ提供システム」を便利に利用することができますよ。」と答えれば,やれやれ,責めを果たしたことになるでしょうか。総務省は,「行政機関が共用する情報システムの整備及び管理に関すること」を所掌しているお役所です(総務省設置法(平成11年法律第91号)412号)。

 しかしながら,総務省が何やら自信なさげなことを言っています。「法令データ提供システム」の「注意事項」に次のようなことが書かれているところです。


  本システムで提供する法令データは,総務省行政管理局が官報を基に,施行期日を迎えた一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い,データ内容の正確性については,万全を期しておりますが,官報で掲載された内容と異なる場合は,官報が優先します。

総務省は,本システムの利用に伴って発生した不利益や問題について,何ら責任を負いません。


 どうも法令の正しい姿を見るためには,「官報」というものに当たらなければならないようです。官報とは何でしょうか。

 また,「一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い」と何やら理解の難しいことが言われています。これはどういう意味でしょうか。



2 官報


 まず官報から。

 官報は,国立印刷局(お札に「国立印刷局製造」と書いてあります。)から,行政機関の休日を除いて毎日発行されている小ぶりな新聞といった体裁の刊行物です。その内容としては,「憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣府令〔,復興庁令〕,省令,規則,庁令,訓令,告示,国会事項,裁判所事項,人事異動,叙位・叙勲,褒章,皇室事項,官庁報告,資料,地方自治事項及び公告等を掲載するもの」とされています(官報及び法令全書に関する内閣府令(昭和24年総理府・大蔵省令第1号)1条)。

 官報は,主要地にある官報販売所から購入することができます。官報販売所は全国官報販売協同組合を設立しており,虎ノ門(住所は厳密には霞が関)の政府刊行物センターは同協同組合の直営店です。また,図書館でも官報を見ることができるでしょう。

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 「官報の編集,印刷及び普及を行うこと」は,「
…官報の編集,印刷及び普及を行い…公共上の見地から行われることが適当な情報の提供を図る…」ことを目的の一つとする国立印刷局の業務として,法律によって規定されています(独立行政法人国立印刷局法(平成14年法律第14号)32項,1113号)。

 それでは,官報というものは国立印刷局限りで編集,印刷及び普及を行っているのかといえばそうではありません。政府がそこに関与しているところです。内閣府設置法(平成11年法律第89号)4337号が「官報及び法令全書並びに内閣所管の機密文書の印刷に関すること」を内閣府の所掌事務としています。

 官報を所掌する組織が国立印刷局と内閣府とに分かれてしまっていますが,元は一つであったところです。印刷局は,元は内閣に所属していました。1924年の内閣所属部局及職員官制(大正13年勅令第307号)では,印刷局は,恩給局,拓殖局及び統計局と共に内閣の所属四局の一つとされており(同官制1条),内閣印刷局の所掌事務には「官報,法令全書及職員録ノ編輯及発売ニ関スル事項」及び「官報其ノ他ノ印刷ニ関スル事項」が含まれていました(同官制61号・2号)。先の大戦中の194311月1日に「行政機構整備」が行われ,「印刷局ハ大蔵大臣ノ管理ニ属」することになりましたが(印刷局官制(昭和18年勅令第809号)1条),同時に昭和18年勅令第799号によって内閣所属部局及職員官制が改正され,内閣官房の所掌事務として「官報及法令全書ニ関スル事項」が加えられました(改正後同官制218号)。
 1890年の内閣所属職員官制(明治23年勅令114号)では官報局長が「内閣所属ノ職員」とされており(同官制1条),官報局では「官報ノ編輯印刷発売及配送ニ関スル事項」を所掌していました(同官制81号)。それまで大蔵大臣の管理に属していた印刷局が内閣総理大臣の管理に移り,また,官報に関する事務が官報局から印刷局に移ったのは,189811
1日からでした(印刷局官制(明治31年勅令第258号))。

 

 国立印刷局では「法令全書」というものも毎月発行しており(独立行政法人国立印刷局法32項,1114号),当該法令全書は,「憲法改正,詔書,法律,政令,条約,内閣府令〔,復興庁令〕,省令,規則,庁令,訓令及び告示等を集録するもの」とされています(官報及び法令全書に関する内閣府令2条)。官報と法令全書のどちらからでも法律を見ることができるようです。内閣府が関与して国立印刷局から発行される点でも同じです。ではなぜ総務省は,法令全書ではなく,「官報で掲載された内容と異なる場合は,官報が優先します。」として,官報の方を優先するのでしょうか。

 

 法令の公布が,官報でされることになっているからです。



3 法令の公布


 ここで,法令の「公布」の意味ですが,最高裁判所大法廷昭和321228日判決(刑集11143461号)において,「成文の法令が一般的に国民に対し現実にその拘束力を発動する(施行せられる)ためには,その法令の内容が,一般国民の知りうべき状態に置かれることが前提要件とせられるのであつて,このことは,近代民主国家における法治主義の要請からいつて,まさにかくあるべきことといわなければならない。わが国においては,明治初年以来,法令の内容を一般国民の知りうべき状態に置く方法として法令公布の制度を採用し,これを法令施行の前提要件として来た現行制度の下においても同様の立前を採用している…」と判示されています。


 1889年に発布された大日本帝国憲法の第6条は「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」と規定していました。ここでの「公布」の意味は,伊藤博文の『憲法義解』では「裁可ハ以テ立法ノ事ヲ完結シ公布ハ以テ臣民遵行ノ効力ヲ生ス」と説かれていました。しかし,美濃部達吉はそれを訂正し,『逐条憲法精義』では,「公布は唯既に成立して居る法律を一般に宣示するだけの行為で,之に依つて何等の効力を与ふるものでもなければ,効力を附け加ふるものでもない。…〔法律は〕公布をその活動力発生の条件と為し,而して公布に依つて,或は期限附に,或は公布の即日より,その効力を活動せしめ得べき状態に入るのである。」と述べています。

 ちなみに,19世紀初めのナポレオン民法典の第1条1項は「法律(les lois)は,第一執政官(ナポレオン)によってそれについてされた公布(promulgation)によって,フランス全領内において施行されるべきものとなる(sont exécutoires)。」と,同条2項は「法律は,その公布が認識可能になった時から,共和国の各地において施行される。」と規定していました。


 大日本帝国憲法6条の天皇による法律の裁可及びその公布を命ずる行為は,現実には一つの行為としてされていました。

 例えば,刑法(明治40424日法律第45号)の裁可及び公布の命令は,


 朕帝国議会ノ協賛ヲ経タル刑法改正法律ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

 御名 御璽

  明治40423


という形でされており,明治天皇の親署も一つ,御璽の印影も一つだけです。(ちなみに,六法にある「明治40424日」というのは,裁可ではなく,公布の日付です。)

 なお,現行憲法下での天皇による法律の公布も同様の形式で,例えば刑法の一部を改正する法律(昭和43521法律第61)の公布文は,

 

 刑法の一部を改正する法律をここに公布する。

 御名 御璽

  昭和43521


となっています。「裁可シ」が抜けたのは国会が「国の唯一の立法機関」であるからであり(憲法41条),「公布セシム」が「公布する」になったのは,現行憲法では天皇は「公布…ヲ命ス」るのではなく,法律並びに政令,条約及び憲法改正を「公布する」もの(憲法71号)とされているからでしょう。『憲法義解』的には,公布によって法律は「以テ臣民遵行ノ効力ヲ生ス」るところです。(ちなみに,手元にあるDallozの2011年版"Code Civil"の第1条解説において紹介されているフランスのpromulgationの定義はゆゆしく,「国家元首が法律の存在を公証し,公権力に対し,当該法律を遵行し,及び遵行されるようにすることを命ずる行為」とされています。Publicationとは異なるようです。)

 公布は法令ごとにそれぞれされます。天皇の裁可の単位が法令の単位になっていたのですから,裁可に伴うものであった公布は,今でも法令ごとにされるということでしょう。

 この点に関して,昔の印刷局官制を調べていて,面白い例を見つけました。大日本帝国憲法発布前の1886年の例ですが,明治19年勅令第17号です。「朕造幣局印刷局ノ官制ヲ裁可シ茲に之ヲ公布セシム」と一つの行為で造幣局官制及び印刷局官制を裁可し,公布を命じてしまったので,両官制は実は一つの勅令のそれぞれ一部ということになってしまっています。この形は,やはり不自然な感じがします。



4 官報による法令の公布


 法令の公布が官報でされることについては,前記の昭和32年最高裁判所大法廷判決において次のように判示されています。


 公式令の廃止後は,法令公布の方法については,一般的な法令の規定を欠くに至つたのであつて,実際の取扱としては,公式令廃止後も,法令の公布は官報をもつてする従前の方法が行われて来たことは顕著な事実ではあるが…今日においては法令の公布が官報による以外の方法でなされることを絶対に認め得ないとまで云うことはできないであろう。しかしながら,公式令廃止後の実際の取扱としては,法令の公布は従前通り官報によつてなされて来ていることは上述したとおりであり,特に国家がこれに代わる他の適当な方法をもつて法令の公布を行うものである場合でない限りは,法令の公布は従前通り,官報をもつてせられるものと解するのが相当…


昭和22年政令第4号によって194753日から廃止された公式令(明治40年勅令第6号)は,その第6条において「法律ハ上諭ヲ附シテ之ヲ公布ス/前項ノ上諭ニハ帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨ヲ記載シ親署ノ後御璽ヲ鈐シ内閣総理大臣年月日ヲ記入シ之ニ副署シ又ハ他ノ国務各大臣若ハ主任ノ国務大臣ト倶ニ之ニ副署ス/枢密顧問ノ諮詢ヲ経タル法律ノ上諭ニハ其ノ旨ヲ記載ス」と,そして第12条において「前数条ノ公文ヲ公布スルハ官報ヲ以テス」と規定していました。法律の公布が官報をもってされることの根拠規定がここにあったわけです。(公式令の前には公文式(明治19年勅令第1号)という勅令があり,公文式10条本文は「凡ソ法律命令ハ官報ヲ以テ布告シ官報各府県庁到達日数ノ後7日ヲ以テ施行ノ期限トナス」と規定していました。)

 公式令は,帝国議会の協賛を要する「法律」の形式ではなく,前記大日本帝国憲法6条の天皇大権に基づき,議会の協賛を要しない天皇の勅令の形式をもって制定されています。



5 法令の一部改正の「溶け込み」方式


 次に「一部改正法令等を被改正法令へ溶け込ます等により整備を行い」ということについて。

 法律が新たに制定されるとき,又は全部改正がされたときは,その法律全体が一つの法律として成立するわけですから,官報にはその法律全体が掲載されることになります。ここまでは分かりやすいところです。

 ところが,一部改正の場合は厄介です。一部の改正をした後の姿となった法律の全体が一つの法律として制定されるわけではないからです。

 例えば,1999年の放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)を見ると,次のような法律になっています。


    放送法の一部を改正する法律

 放送法(昭和25年法律第132号)の一部を次のように改正する。

2条第2号の4中「又はこれに伴う文字,図形その他の影像若しくは信号を送る放送」を「を送る放送(文字,図形その他の影像又は信号を併せ送るものを含む。)」に改め,同条第2号の5中「,文字,図形その他の影像又は信号を送る放送」を「を送る放送(文字,図形その他の影像又は信号を併せ送るものを含む。)」に改める。

9条第1項第1号ニを削る。

    附 則
 (施行期日)
1 この法律は,公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
 〔第2項及び第3項略〕


  読みづらいですね。官報に掲載されるのはこれだけです。

なお,この放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)と元の放送法(昭和25年法律第132号)とは,飽くまでもそれぞれ別個独立の法律ですので念のため。 

「「○○」を「○○」に改める」という規定は,霞が関方面ではカイメル文とも呼ばれています。

放送法の一部を改正する法律(平成11年法律第58号)附則1項の政令(平成11年政令第342号)に基づき同法は1999111日から施行されたのですが,同日の午前零時に,上記一部改正法の本則の規定どおり,放送法本体の第2条の第2号の4及び第2号の5の文字が改められ,並びに第9条第1項第1号ニが削られたことになります。すなわち一部改正法の本則の内容が元の放送法の中に「溶け込む」わけです。

しかし,法律としての力によって一部改正法の本則の内容が元の法律に「溶け込む」といっても,それは観念的(ヴァーチャル)なものです。インターネット上ないしは印刷物上に存在する元の法律の文言までが一夜にして魔法のように自動的に変化するわけではありません。すなわち,総務省行政管理局の担当者や六法を出版している会社の担当者が,目をしょぼしょぼさせながら官報に掲載された一部改正法をチェックしつつ,手元にある元の法律の原稿を現実に修正しなくてはならないわけです。



6 おわりに


法律の公布は官報によってされるから法律の現在の姿を「正式に」知るためには官報のみに依拠しなければならない,という厳格な方針を採ると大変なことになるわけです。

一部改正後の現在のその法律の姿をそのまま内容とする一つの法律は,現実には制定されていないのでした。最初の制定時の官報掲載条文を基にして,その後の一部改正法の内容を官報で根気よくたどりながら,精確に条文に修正を加えていって,やっと現在のその法律の姿が分かるわけです。


 ところで,官報といえども絶対ではありません。

 官報掲載のための法令の原稿に誤りがある等(今では植字の誤りというのはないのでしょうが)の原因により,官報に掲載された文言が,実際に制定された法令の文言と異なるということがどうしても起こります。

 この場合,発覚すると,後の官報の正誤欄に掲載がされて訂正が行われます。

 なかなか油断ができません。

 しかも,この官報正誤欄掲載という手段も曲者のようです。

 「正誤は,原本と印刷との間に抵触のある場合に,これを訂正するに止まるべき」であるにもかかわらず,「終戦後間もない頃は,正誤の形式で,実質的な法令の改正と見るべき措置をとった例」が「ないではな」かったそうです(田中二郎『新版行政法上巻全訂第2版』165頁)。