(上):はじめに並びに連続複利法の場合の収束値及び旧判例
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最判昭和45年4月21日の先駆とされる判例が,大審院第一民事部の昭和11年10月1日判決(民集15巻22号1881頁)です。
最判昭和45年4月21日について「本判決が右の学説の見解によったものであることは,その判文によって明らかである」といわれる場合の「右学説」は,大判昭和11年10月1日に関する山中康雄・判民昭和11年度127事件評釈及びそれを承けた我妻榮の学説でした(吉井212頁及び216頁(注6))。
(1)大判昭和11年10月1日
ア 事案及び判示
大判昭和11年10月1日の事案は,山中評釈によれば次のようなものでした。
X(原告・控訴人・上告人)はY(被告・被控訴人・被上告人)先代に対し大正13年12月17日より昭和6年7月3日に至る間数回に金300円50円100円50円300円を貸渡し利息を月1分5厘〔年18パーセント〕と定め,毎年12月末日之が支払なきときは夫々元本に組入るる旨の複利契約を為して居たのであるが,Xが先代死亡に因る家督相続を為したYに対して,右利率を〔旧〕利息制限法2条所定の利率〔元本50円の口は年15パーセント,300円及び100円の口は年12パーセント〕に引直し複利計算を為したる元利金の支払を訴を以て請求して来たのが本件である。所が一審二審共に,元本に利息を組入れ複利計算を為すべき場合と雖其の結果元本に組入れられたる利息及之に対する利息の合計額が最初の元本に対する関係に於て利息制限法の制限利息を超過するときは其の部分は無効なりとして,結局,最初の元金に前記各貸借成立の時より右制限利率に依る利息を加へたる金額の範囲に於てのみ,Xの請求を認容したに過ぎなかつた。そこで,Xは尚,制限内利息に依る複利計算の為さるべきことを要求して,上告を試みた。要するに,消費貸借に於て一定の弁済期に利息を支払はざる場合には之を元本に組入れ更に利息を生ぜしむべき旨を約した複利契約は,其の利率が利息制限法2条に定むる制限を超過せざる限り同法に抵触するものでは無く,之を有効と認むべし,と為す抽象論に関する限りは原審も又上告論旨と一致するのであるが,右の「利率が利息制限法2条に定むる制限を超過するか否か」に関して,右の有効なる複利契約に基き元本に組入れられたる利息及び之に対する利息を加へたる合算額が本来の元本自体に対する関係に於て利息制限法の制限利率の範囲を超ゆる結果を生ずる場合に,之を利息制限法2条に抵触すると見るべきか否かに関し,原審は之を肯定するに対し,上告論旨は否定する見地に立つのである。大審院は上告を容れて原判決を破毀差戻した。(480-481頁)
大判昭和11年10月1日は,次のとおり判示しています(原文は濁点及び句読点なし。)。
按ズルニ,消費貸借ニ於テ一定ノ弁済期ニ利息ヲ支払ハザル場合ニハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ利息ヲ生ゼシムベキ複利契約ハ,其ノ利率ガ利息制限法第2条ニ定ムル制限ヲ超過セザル限リ同法ニ抵触スルモノニアラズシテ有効ナリト解スルヲ相当トス(大正6年(オ)第510号同年8月8日当院判決)。尤モ複利契約自体ガ利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出デタルモノト認ムベキ場合,例ヘバ利息組入ノ時期ヲ短期トナシ年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スルトキノ如キハ之ヲ無効ト解スベキハ論ヲ俟タズ。而シテ右有効ナル複利契約ニ基キ元本ニ組入レラレタル利息及之ニ対スル利息ヲ加ヘタル合算額ガ本来ノ元本自体ニ対スル関係ニ於テ利息制限法ノ制限利率ノ範囲ヲ超ユル結果トナルモ,之有効ナル複利契約ノ当然ノ結果ナレバ之ヲ認容スルノ外ナキモノトス。本件消費貸借ニ於テモ上告人〔X〕ガ被上告人〔Y〕ニ対スル貸金債権ノ利息ニ関シ原審認定ノ複利契約ニ基キ貸金元本ニ対スル利息制限法ノ利率ニ依ル利息(元本ニ組入レラルルモノ)ニ対シ更ニ同一ノ利率ヲ以テスル利息ヲ加算シタル結果ガ本来ノ元本ニ対スル関係ニ於テ制限法ノ利率ニ超過スルニ至ルモ,其ノ超過部分ハ法律上効力無キモノト謂フベカラズ。原審ガ,右ト反対ノ見解ニ基キ,元本債権ニ対スル利率ガ既ニ制限法ノ利率ナルトキハ複利契約アルモ結局元本ニ対スル右制限率以上ノ利息ノ支払ヲ求ムルヲ得ザルモノト判定シタルハ,利息制限法第2条ノ趣旨ヲ不当ニ厳格ニ解釈シタル違法アルモノニシテ破毀ヲ免レズ。
イ 利息の弁済期に関する問題
ところで,山中評釈における事案説明を見ても利息の弁済期日がはっきりしないので(月当りの数字でもって利率が表現されていますから,1箇月ごとということでもありそうです。),大審院民事判例集15巻22号1882頁にある「事実」を見てみるのですが,そこでもやはり「利息ヲ月1分5厘ト定メ毎年12月末日之カ支払ナキトキハ夫々元本ニ組入ルル旨ノ複利契約」とあります。「12月末日」に元本組入れがされることは分かりますが,当該利息の支払期日はそれより前に既に到来していてもよいはずです(民法405条参照)。上告人の上告理由には「利息月1分5厘其ノ支払期毎年12月末日右期日ニ利息ヲ支払ハサルトキハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ月1分5厘ノ利息ヲ附スル約ニテ」とあるのですから(同号1883-1884頁),そうであるのならばそのとおり利息の「支払期」たるものとしての「毎年12月末日」を明示してくれればよかったのに,一体どうしたことでしょうか。
そこで,原審札幌控訴院の判決(民集15巻22号1889-1893頁)を見てみると,同控訴院の事実認定は,「控訴人〔X〕カ弁済期及利率ヲ其ノ主張ノ如ク〔弁済期は「定ナク」,利率は「月1分5厘」〕約シテ〔略〕各金員ヲ被控訴人〔Y〕先代〔略〕ニ貸渡シタルコトハ当事者間ニ争ナク」,かつ,「成立ニ争ナキ甲第1,第3号証並原審〔第一審の札幌地方裁判所〕ニ於ケル被控訴人〔Y〕本人ノ供述ニヨレハ利息ハ毎年末之ヲ計算シテ元本ニ組入レ更ニ月1分5厘ノ利息ヲ附スル約ナルコトヲ認ムルニ足ル」ということであって,利息については「毎年末之ヲ計算シテ元本ニ組入レ」るところまでは認定されていますが,「支払期毎年12月末日」であるのだとのXの主張までは採用されていません。同控訴院は「然レトモ元本ニ利息ヲ組入レ複利計算ヲ為スヘキ場合ト雖ソハ利息制限法ノ制限範囲ニ於テノミ有効ニシテ若シ制限法ノ利率ヲ超過スルトキハ該超過部分ハ効力ナキモノ」と述べていますが,ここでは専ら複利計算の場合における利息制限法の適用がどうあるべきかが問題になっているものでしょう。大審院は,「一定ノ弁済期ニ利息ヲ支払ハサル場合ニハ之ヲ元本ニ組入レ更ニ利息ヲ生セシムヘキ」ものたる複利契約の存在を前提として,当該契約がある場合の利息制限法の適用問題を論じたわけですが,札幌控訴院は,「毎年12月末日」は利息に係る当該「一定ノ弁済期」ではなく,複利計算上の区切りの日とのみ認定していたようにも思われます。
札幌控訴院は,元本弁済の時に初めて利息の弁済期も到来するものと解したものでしょうか。「当事者の意思表示,元本債権の性質,取引上の慣習などから,利息債権の弁済期を明らかにすることができないときは,利息債権の弁済期は元本債権の弁済期と同一であると解すべきであろう(勝本〔正晃〕・上248,小池隆一「利息債権」民法法学辞典(下)(昭35)2085)。」とされているところです(奥田昌道編『新版注釈民法(10)Ⅰ債権(1)債権の目的・効力(1)』(有斐閣・2003年)344頁(山下末人=安井宏))。当該解釈が採用され,利息の弁済期が元本の弁済期とされた場合,元本と同時にではなく,利息だけ先行して弁済できるかどうかがここでは問題になります。民法136条2項ただし書は,期限の利益の放棄によって「相手方の利益を害することはできない」と規定していますが,ここでの「相手方の利益」に,元本弁済時まで期間における「利息の利息」収入を含めてよいものかどうか,という問題です。「旧法〔平成29年法律第44号による改正前の民法〕の下においては,民法第136条第2項を根拠に,利息付きの金銭消費貸借において,借主が弁済期の前に金銭を返還した場合であっても,貸主は,借主に対し,弁済期までの利息相当額を請求することができると解するのが一般的であった」ところです(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)299頁(注))。
利息の先行弁済が許されない(債権者に受領の義務がない)場合に関しては,「利息の弁済期が到来しても債権者に受領の義務はなく,当然その利息を元本に組み入れ,〔元本の〕弁済期において元利を支払うというような特約では,――各期の計算上の額は利息と呼ばれただけで――最初の元本に対して弁済期に支払われるべき余分額が真の意味の利息であるから,この数額について利息制限法を適用すべきことはいうまでもない。」とされているところです(我妻Ⅳ・46-47頁)。このような思考が,札幌控訴院の判決が前提とするところだったようにも思われます(ただし,大審院は,札幌控訴院の判決について,「元本債権ニ対スル利率カ既ニ〔利息〕制限法ノ利率ナルトキハ複利契約〔筆者註:利息の弁済期(及びその際における債権者の受領義務)の存在を前提とします。〕アルモ結局元本ニ対スル〔単利計算による〕右制限率以上ノ利息ノ支払ヲ求ムルヲ得サルモノト判定シタル」ものと理解しています。しかし,当該「判定」に係る理論は,札幌控訴院の判決においてその旨そこまで明示されていたわけではなりません。)。
ところで,大審院は「原審認定ノ複利契約」と判示しています。札幌控訴院の認定し得た事実をもって,十分に複利契約の存在を認定できるということのようです。元本弁済前でも,貸主には利息受領の義務があったということになるのでしょう。利息の計算が云々される以上,そのときには元本とは別個のものとしての利息が存在することになるのだから,貸主に受領義務のないことが特約されていない以上,その際借主が当該利息のみを支払い得ることは当然であるというわけでしょうか。(また,そもそもXとYの先代間との消費貸借には返還の時期の定めがなかったことも大きいのでしょう。借主がいつでも元本を返還できる以上,貸主は利息ないしは「利息の利息」をもってその既得権益視することはできません(民法136条2項ただし書に関しては「例えば定期預金の預り主(銀行)も,期限までの利息をつければ,期限前に弁済することができる(大判昭和9年9月15日民集1839頁〔略〕)。」と説かれていたところです(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年(1972年補訂))422頁。下線は筆者によるもの)。反対解釈すれば,定期預金でなければ,期限までの利息をつけて返還云々ということにはならないことになります。)。当該利息の弁済期限が元本の弁済期であるとしても,当該期限は債権者の利益のためのものとはいえないことになるでしょう。そうであれば,債務者は自己の期限の利益を放棄して元本の弁済期より前に利息を支払うことができることになるわけです。その際「相手方が損害を蒙るときは,その賠償をなすべきもの」とされてはいるものの(我妻Ⅰ・422頁),貸主は余計な苦情を言うべきものではない(賠償されるべき損害はない。)と解されるのでしょう。)。「一定ノ弁済期」といっても,債務者の弁済義務までは必要ではなく,その際利息を弁済できるということであればよいようです。
ウ 「利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的」による複利契約の無効に関する問題
しかし,大判昭和11年10月1日に係る最大の解釈問題は,「尤モ複利契約自体カ利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出テタルモノト認ムヘキ場合例ヘハ利息組入ノ時期ヲ短期トナシ年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スルトキノ如キハ之ヲ無効ト解スヘキハ論ヲ俟タス」との判示部分をどう理解するか,です(以下,当該判示部分を「昭和11年大判傍論」といいます。)。
(ア)石田文次郎による批判
石田文次郎(判批)・民商5巻5号345頁以下は,昭和11年大判傍論の存在ゆえに,当該判決におけるそもそもの本論部分についてまで,大審院の「見解の全幅的妥当性が疑はれねばならぬ」ものとなると痛論しています。
いわく,「元本(組入元本も含む)に対する利率が利息制限法に抵触しない限り,複利契約は有効と為す〔筆者註:ここの引用では,そう「為す」理論を以下「本論」といいます。〕のであるから,其の場合に当事者の目的を探究して複利契約を無効と解すべき余地は全然存在しないわけである。〔略〕60日の期限を以て手形により金を借りた場合には,年6回の利息の組入は現代に於ける取引上通常に行はれてゐる所である。然らば,毎月利息を元本に組入れらるべき複利契は,約利息制限法の規定を潜脱せんとする目的に出でたものとして,無効と解すべきか。私は大審院の如き見解に於て之を無効とすべき理由を発見し得ない。斯る複利契約を無効とせんとする考方は,既に〔本論〕の見解と矛盾し,それは〔本論〕の見解を棄たことを意味する。大審院が〔本論〕の見解を採りながら,其の見解と矛盾する但書を附けねばならぬ所に,其の見解の全幅的妥当性が疑はれねばならぬのである。」と(石田350頁)。
大審院は,蛇足👣ゆえに石田文次郎に噛みつかれる藪蛇🐍状態となったというわけです。(なお,1892年生まれの石田の干支は,巳ではなく,辰🐉です。)
確かに,次の利息弁済期到来までの期間が短く,利息弁済期が年数回到来する場合,例えば100万円を利率年15パーセント(利息制限法1条3号の上限利率)で貸し,かつ,年2回以上利息の弁済期が到来するものとした上での重利の予約は,直ちに「利息制限法ノ規定ヲ潜脱セントスル目的ニ出テタルモノト認ムヘキ」ものではないでしょう。なるほど,約定されたとおりに利息が支払われない場合,半年複利であれば1年経過後の元金は115万5625円となってしまって,単利計算による元利金合計額115万円を5625円超過します。しかし,重利の予約だからとて債務者がその利息支払債務の履行を当然妨げられるということがお約束であるわけではなく,約定どおり利息支払期の都度きちんきちんとその弁済をしていけば,元利金支払合計額は単利契約の場合と同一になるはずですし,こちらの方が普通でしょう。
(イ)年複数回の利息組入れを有効とする前例
なお,大判昭和11年10月1日が前例として引用する大審院大正6年8月8日判決(民録23輯1289頁)は,6箇月ごとに(換言すれば,年2回)利息の元本組入れがされた事案であったようで,したがって,大判昭和11年10月1日の段階で既に「年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スル」ことのみからは直ちに当該複利契約の無効はもたらされないものであるところでした。
すなわち,大判大正6年8月8日は,「金200円ニ金1円ニ付キ1个月1銭2厘ノ割合〔利率年14.4パーセント〕ノ利息ヲ附シ期限ニ其支払ヲ延滞シタルトキハ之ヲ元金ニ組入レ同一利率ノ利息ヲ附スヘク尚ホ支払ヲ延滞シタルトキハ6个月毎ニ元金ニ組入レ更ニ同一利率ノ利息ヲ附スヘキコトヲ契約シタルハ有効ナル旨判示シタルハ相当ナリ」と判示しているところです(民録23輯1292頁)。ただし,大判大正6年8月8日の時点における元本200円の場合の利息制限法上の上限利率は年15パーセントであったところ,年14.4パーセントの利率で半年ごとに利息の元本組入れを行っても1年後の元本額は当初元本額の1.149184倍にしかならず(=1.072^2),年15パーセントでの単利計算による元利金合計額に係る1.15倍にはなお及ばなかったところです。
大判大正6年8月8日が更にその前例とする大審院明治44年5月10日判決(民録17輯275頁)も,「当事者間ノ契約ハ利子ヲ金1円ニ付1个月金1銭2厘宛〔利率年14.4パーセント〕ト定メ6个月毎ニ支払フヘク之ヲ怠リタル場合ニ元金ニ組入ルル」元本659円(利息制限法上の上限利率は年15パーセント)の消費貸借の事案に係るものでしたが,この場合,元本額は当初(1903年1月1日)の659円から8年たった1910年12月31日の経過時(半年当り7.2パーセントの利率で16回(=8年間×2)回ったことになります。)には1345円余増加して2004円余となっていたわけであるところ(=659×(1.072^16)),当初の元本以外については「利子ニ利子ヲ附シ請求」する「利子」の請求が債権者からされているものであって,かつ,当該請求「利子」額は利息制限法上の上限利率によって認められるものを超過しているとの理由による債務者からの上告(ただし,元本659円に対する利息制限法上の上限利率年15パーセントでの単利8年分の利息790円80銭(元利金合計1449円80銭)までであれば支払を受け容れるのでしょう。)は「元来当事者カ延滞利子ヲ元金ニ組入レ将来之ニ制限内ノ利息ヲ附スルノ契約ヲ為スハ違法ナリト云フヘカラス何トナレハ利息ノ性質ハ契約ニ因リ既ニ元金ニ変更シタルヲ以テ利息制限法ニ違背スルモノニアラサレハナリ」との判示がされた上退けられています(なお,上告理由では,債権者の請求において当初元本額に加算された金額(いうところの「利子」の額)は1345円余ではなく「1441円余」であるものとされています。誤記でしょうか,計算違いでしょうか,それとも他に理由があるのでしょうか。)。
(ウ)他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為となるか否か
ところで,最初から各利息弁済期における利息の弁済が全く想定されない場合とはどのようなものかと考え,更にその場合における問題性を探ってみれば,複利契約の不当性は,弁済能力のおぼつかない危険な借主との間で,当該リスクに応じた高利率をも超える利率(これは,利息制限法上の上限利率を超えたものとなるというわけでしょう。)を実質的に実現すべく行なわれることにあるのである,ということになるのでしょうか。そうであれば,「他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為」(我妻Ⅰ・274-276頁参照(同書275頁は,当該行為の規制の一環として「金銭の消費貸借については,利息制限法の制限がある」と述べています。))であるとまで評価されるのであれば,当該契約は無効となるのでしょう。
しかし,利率年15パーセントの場合,連続複利法によっても1年後の元本額は当初元本の約1.1618倍にしかならず,1年間全く利息を支払わない危険な債務者に対するリスク・プレミアムとして十分かどうか,「利息制限法ノ規定ヲ潜脱」云々と言って騒ぎ立てるべきほどのものかどうか,という点については,既に前記2において感想を述べ置いたところです。また,年に1度まとめて利息を支払わされるよりも,数度(「年数回」程度)に分割して支払うこととする方が,債務者にとってかえって優しい,ということにもならないでしょうか。
(エ)支払の遅滞を条件としない利息の元本組入れを対象とするものか否か
あるいは,昭和11年大判傍論では「利息組入ノ時期」が問題とされ,利息弁済の時期は問題とされていないところから,利息弁済期が年1回(大判昭和11年10月1日の事案におけるXの主張であり,大審院もそのように認定しているわけです。)しかないのに,当該弁済期に係るもの(「①利息の支払を遅滞することを条件として,これを元本に組み入れる場合」(奥田編361頁(山下=安井)))のほか,弁済期未到来期間中における,債務者に弁済の機会がない利息に係る元本組入れ(「②利息の遅滞を条件とせず,利息が発生したときは当然に元本に組み入れる場合」(奥田編361頁(山下=安井)))が更にされる場合が問題にされている,とは考えられないでしょうか。大判昭和11年10月1日の事案では約定利率が利息制限法上の上限利率を超えていたため裁判上は当該上限利率で計算するものとなっていたところ,確かに,上限利率は1年当りのものなので,年2度以上の利息の元本組入れがされてしまうと直ちに当該上限を超過してしまう計算になります。しかし,債務者にその弁済の機会を与えずに利息の元本組入れがされることを約することまでをも「複利契約」といったのでしょうか,大審院は「弁済期ニ利息ヲ支払ハサル場合ニ」云々と述べていたはずです(ただし,奥田編361頁(山下=安井)は,上記①及び②のいずれも「いわゆる重利の予約」であるものとしており,吉井215頁(注2)も「利息の弁済期が到来しても債権者に受領の義務がなく,当然に利息分の金額を元本に組み入れ,元本の弁済期に元利金を支払うことを約する場合」を「重利の予約の他の形態」としています。)。
(オ)小括
以上要するに,昭和11年大判傍論については,「しかし,このような概括的な基準を設定することは必ずしも賢明な方法とはいえない,〔略〕どの程度の期間,回数ならよいかが問題になるし,回数だけでは判定できず,利率との関係,さらに貸借の具体的事情も考慮すべきは当然であるから,その判定は困難であり,基準は不明確といわざるを得ない。このようなことは金融取引の実際面からみても望ましいことではない。」という厳しい評価が後輩裁判官から下されていました(吉井212頁)。
(2)山中評釈
山中評釈の説の特徴は,昭和11年大判傍論を解釈するに当たって「〔民法〕405条の1年の要件を強行規定と解する」ことと評されています(我妻Ⅳ・47頁)。
山中評釈を見ると,「蓋し元金300円,利息月1分〔年12パーセントとなり,当該元本額に係る当時の旧利息制限法2条における最高利率〕の複利契約の存する場合,法定重利に(イ)〔「利息が1年分以上延滞せること」との民法405条〕の要件存在せざるものと仮定せる場合には,右〔筆者註:昭和11年大判傍論にいう「年数回ノ組入」,ということでしょう。〕に付き〔旧〕利息制限法2条の「年」の文字に力点を置き右を無効と解することは困難であり,延いて約定重利に於いても之を有効と解せざるを得ぬと思はれる」と述べた上で(484頁),「(イ)の要件を設くる事により法定重利に於ては,1箇年につきて,利息制限法所定の制限利率以上の利息をあげ得ざる効果に関しては,我が民法が重利を認める上について示した最小限度の制限として,約定重利についても之を認むべきものと私は考へる」ものとされています(485頁)。
すなわち山中説は,「利息組入の時期を短期となし年数回の組入をなすことを約する」ときのごとき場合においては,「法定重利の場合に実現し得べき結果と同一に於て――蓋し,その限度に於てのみ民法は重利を容認したと解すべきを以て――即ち組入れられたる利息並に其れより生じたる利息の合算額が元本に対する関係に於て1年に付き利息制限法の制限利率を超ゆるを得ず〔筆者註:最判昭和45年4月21日では「同法所定の制限利率をもつて計算した額の範囲内にあるときにかぎり,その効力を認めることができ」〕,若し之を超ゆる場合には之を制限利率に引直して計算せらるべきものと考へる。私は右述の如き趣旨に於いて理論は異にするが尚判旨の結論に賛成したいと思ふ。」というものです(山中485頁)。大判昭和11年10月1日の結論に賛成というのは,当該事案においては,利息制限法上の上限利率によることになるのではあるが利息の元本組入れがうまいことに毎年12月末日にされる(すなわち,1年ごとにされる)ということによって民法405条の示す「1年分以上延滞」との「最小限度の制限」をクリアすることになっているからだ,ということでしょう(ただし,当該事案においては,1月1日にされた貸付けはなかったので,厳密にいえば各初回組入れは1年経過前にされたということになるようですが,そういう細かいことを気にするのは筆者のような小人ばかりでしょう。)。
前稿(「(結)起草者意思等並びに連続複利法及び自然対数の底」)で御紹介したとおり,民法起草者たる梅謙次郎は,契約の自由を根拠に(1年未満の短期(「月月」)組入れものを含め)重利をあっさり認めており,かつ,利息制限法の廃止を予期していたのですから,「1箇年につきて,利息制限法所定の制限利率以上の利息をあげ得ざる効果」が「我が民法が重利を認める上について示した最小限度の制限」であるのだ,というのは,立法経緯に即した事実論ではなく,理論的な解釈論でしょう。重利の特約なき場合における債権者保護のための補充規定として想定されていたはずのものが,利息制限法と合して,債務者保護のための強行規定に変じているわけです。しかし,あるいは梅的所論を無視すれば(「梅は,簡単だが示唆に富むコンメンタールを民法全体について書き〔『民法要義』〕,総則,債権総論などについての詳しい講義録も残されているが,早世したこともあって〔1910年8月25日歿〕,その後の民法学への影響はそれほど大きくなかったように見受けられる。〔略〕その再発見は,第二次大戦後,比較的最近といえよう。」と言われていますから(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)166頁),1936年の判決に係る評釈が書かれたころには,梅の所論の影響は,確かに事実として「それほど大きくなかった」わけです。),民法405条の前身規定たる旧民法財産編394条1項(「要求スルヲ得ヘキ元本ノ利息ハ塡補タルト遅延タルトヲ問ハス其1个年分ノ延滞セル毎ニ特別ニ合意シ又ハ裁判所ニ請求シ且其時ヨリ後ニ非サレハ此ニ利息ヲ生セシムル為メ元本ニ組入ルルコトヲ得ス」)の趣旨にかなった当然の解釈,ということにもなるのでしょう(なお,旧民法財産編394条1項については,前稿「民法405条に関して」の「(承)旧民法財産編394条1項」を御参照ください(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080258062.html)。)。
(3)我妻説
ア 内容
昭和11年大判傍論及び山中評釈を承けて,我妻榮はいわく。
根本においては,判例〔大判昭和11年10月1日〕の立場を是認すべきものと思う。ただし,右の判決にいう「例ヘバ利息組入ノ時期ヲ短期トナシ年数回ノ組入ヲ為スコトヲ約スル」という標準は不明確である。一方,第405条は,〔略〕利息が1年分以上延滞した場合には,債権者は,特約がなくとも,催告をした上で組み入れることができるものとしていることを考え,他方,利息制限法が年利率をもって最高額を制限することを考えれば,1年以内に組み入れる特約は,利息制限法によって制限される,と解するのが正当であろう(前掲山中評釈は405条の1年の要件を強行規定と解する。本書とほぼ同旨に帰する)。然るときは,前段所掲の例〔9万円を年2割で貸し,「毎月末に利息1500円を支払うべきものとし,怠られた場合には当然に元本に組み入れられるという特約」の例では〕――9万円につき年2割という最高の利率だから――債権者は,特約に拘わらず,単利計算による総計額を請求することができるだけである(但し,2年の後に請求する場合には,1年分の利息を催告なしに組み入れて計算してよい。その限りで特約の効力を認むべきだからである)。もし約定利率が年1割8分であるときには,右と同一額までは,重利の特約も効力をもつことになる。(我妻Ⅳ・47-48頁。下線は筆者によるもの)
イ 「最高の利率だから――」
「最高の利率だから――債権者は,特約に拘わらず,単利計算による総計額を請求することができるだけである」云々という点に関しては,最高裁判所昭和28年12月18日判決(民集7巻12号1470頁)の原審判決たる大阪高等裁判所昭和26年9月26日判決に,「前認定の如く月1割〔年120パーセント〕の利息を短期間内に貸増の都度〔,合意により(重利の予約はなかったようです。)〕順次元金に組入れ最初の貸付日から1年を経過した昭和25年2月2日現在において貸付元金合計35万円に対しその利息として合計20万6000円を支払うも尚元金を金55万円とするが如き本件複利契約は利息制限法の規定を潜脱する目的に出たものと認め右各貸付元金に対する各貸付日から1年内の利息が同法第2条所定の年1割の範囲においてのみ有効であつて右制限を超過する利息は裁判上無効であつてこれが支払を訴求することができないものと解するを相当とする」という判示がありました(下線は筆者によるもの)。当該判示については,「1年を基準として制限利率の限度での組入れを有効とする見解に立つもののようである。」と評されています(吉井216頁(注5))。
ウ 「2年の後に」
我妻説の内容中最後の括弧書き中にいう「2年の後に」は(利息の各弁済期において弁済がされることがないことを前提としたわけでしょうが),自然数的に区切りのよいところを捉えて,1年経過時の請求可能額は当初元本額の「1+0.2」倍にすぎないが,2年経過時には当初元本額の「1+0.2×2」倍ではなくて重利が効いた「(1+0.2)×1.18」倍になるのであって(9万円に1万8000円が組み込まれると,元本が10万円以上となって,利息制限法上の上限利息が年18パーセントになります(同法1条2号)。山中483頁は「尚重利に対する利率については必ずしも原利率に依るべきではなく利息制限法の適用を受ける」ものとし,石田347頁は大判昭和11年10月1日における大審院の考え方について「最初の元本50円に対する利率が年2割である場合には,利息制限法第2条により年1割5分に引直されて其の複利契約が有効となり,更に其の後の組入〔後〕元本が100円以上に達すると,年1割2分に引直されて其の複利契約が有効となる。」と述べています。),かつ,重利を効かせるについて民法405条に基づく催告及び組入れの意思表示は不要である(事前の重利の予約で十分),ということなのでしょう。しかし,「2年目」に入れば,13箇月経過時に弁済期が到来する利息の額は当初元本額の「0.18÷12」倍のものではなく――既に1年経過時における利息の元本組入れが効いていますから――更にその「1+0.2」倍の大きさ((1+0.2)×(0.18÷12)倍)になっているはずです(ただし,当該利息が不払となった場合におけるその元本組入れは,2年経過時までお預けとなるわけでしょう。)。筆者としては,「2年の後に」よりも「2年目に」との表現の方がしっくりきます。
エ 「最高の利率」の場合の組入れ停止及び石田文次郎の所説に関して
なお,我妻説の記述ではそれとして明示されていませんが,「1年分の利息を催告なしに組み入れて計算してよい。その限りで特約の効力を認むべきだからである」との言明の反対解釈として,利息制限法上の「最高の利率」が適用されている場合,1年分までは利息の元本組入れがされないということになるようです。
ちなみに,この点に関連する先行理論として,石田文次郎が,大判昭和11年10月1日に関し原審の札幌控訴院判決を支持しつつ,「最初の元本に対する利率が最高制限利率である場合には,最初なら複利契約は無効となり,最初の元本に対する単利の契約となることは当然である。」と述べていたところです(石田349頁)。しかして当該帰結をもたらす石田理論の定式は,「複利契約は,元本に組入れられた利息及び之に対する利息の合計額が,最初の元本に対する最高制限利率に依る利息の額に達するまで,其の効力を有するけれども,一旦其の合計額が最初の元本に対する最高制限利率に達すると,複利契約は其の効力を失つて,爾後は,約定利率の如何に拘らず,最初の元本に対する最高制限利率に依る利息が発生することとなる。」というものでした(石田349頁)。この定式(ただし,これも,各利息弁済期に利息の弁済が一切ないことを前提とした定式化ですね。)は一読するだけでは分かりにくいので,例示されているところを見ると,「例へば,元金50円を利率年1割2分とし,複利契約で貸与したとする。然るときは,第1年目の利息は6円であるから,第1年目の組入元本〔筆者註:これは,「組入後元本」の方が分かりやすいです。〕は56円となる。之に対する第2年目の利息は6円72銭であるから,第2年目の組入〔後〕元本は62円72銭となる。之に対する第3年目の利息は7円52銭6厘〔筆者註:1厘未満の4毛は切捨てとなっています。〕となるが,然し,最初の元本50円に対して利息制限法の最高利率1割5分を以て計算するときには,其の利息は7円50銭であるから,2銭6厘は制限利率を超過することとなり,元本に組入れることを許されない。従つて第3年目の組入〔後〕元本は70円22銭となる。而して之に対する利息が如何なる計算となつても,最初の元本50円に対する1割5分の利息,即ち7円50銭以上を〔筆者註:精確には「以上を」ではなく,「を超える額を」でしょう。〕組入れることを許されない。従つて第4年目以後は利息は常に7円50銭となり,茲に複利契約は其の効力を失つて,最初の元本に対する最高制限利率による単利関係に転換する。」というものでした(石田348-349頁)。
ううむ,これは・・・。
実は筆者は,抽象的な定式だけを読んで,最初,次のように理解していたのでした。
「複利契約は,〔それまで〕元本に組入れられた利息及び之〔この「之」は「元本(それまでの利息組入れ後のもの)」〕に対する〔その弁済期における〕利息の合計額が,最初の元本に対する最高制限利率に依る利息の額〔貸付時からその時点までの利息の額〕に達するまで,其の効力を有するけれども,一旦其の合計額が最初の元本に対する最高制限利率〔によるその時点までの利息の額〕に達すると,複利契約は其の効力を失つて,爾後は,約定利率の如何に拘らず,最初の元本に対する最高制限利率〔約定利率ではないことに注意。〕に依る利息が発生することとなる。」と。
しかし石田文次郎の真意は,「複利契約は,〔当初の〕元本に〔それまでに〕組入れられた利息及び之〔=当初の元本〕に対する〔各〕利息の合計額〔簡単にいえば,この「合計額」なるものは,「元本(組み入れられた利息を含む。)の利息の額」です😠〕が,最初の元本に対する最高制限利率に依る利息の額に達する〔こととなる利息弁済期〕まで,其の効力を有するけれども,一旦其の合計額が最初の元本に対する最高制限利率〔による利息の額〕に達すると,複利契約は其の効力を失つて,爾後は,約定利率の如何に拘らず,最初の元本に対する最高制限利率に依る利息が発生することとなる。」ということだったのでした。
ニセ石田説と石田真説との帰結の違いを説明しなければなりません。(余計なことながら,つい「ニセ」の語を用いてしまったのはニセ巻機山からの連想であって,筆者としては決してふざけているわけではありません。昔初めて巻機山に行ったとき,ガスで視界が効かない中,「ん,ここが山頂だから。」と先輩に言われてああそうですかと納得させられてそこから引き返したピークは,後で聞いたらニセ巻機山であって,日本百名山中の一座たる巻機山の真の山頂ではなかったのでした。)
縦軸を金額,横軸を時間の経過として,複利の場合の元本額の増加のグラフと単利の場合の元利金合計額増加のグラフとを描くと,複利のグラフは「╯」のような形の最初はなだらかな傾きでその後どんどん急になっていく上昇曲線となり(指数関数のグラフというやつですね。),単利のグラフは傾き一定の「/」の形の上昇直線となるということを,まず頭の中に図示してください。筆者の誤読に係るニセ石田説では,複利元本の曲線が下から上って,利息制限法の上限利率による傾きをもって増加する単利元利金合計額の直線に(下から)交わる時点までは複利計算で,後は当該単利計算直線に乗り換えた形で計算するという結果となります。これに対して石田真説では,複利元本の曲線の傾きが急になりつつ上限利率による単利元利金合計額直線の傾きと同じになる時点までは複利計算による曲線ですが,当該時点から先は,単利元利金合計額直線と並行した同じ傾きの直線となるわけです。換言すると,ニセ石田説では,複利契約の債権者は利息制限法の上限利率による単利元利金合計額と同額を得ることができるのに対し,石田真説では,上限利率より低い利率で出発した以上,上限利率による単利元利金合計額までの金額を得ることはできないわけです。前記の石田真説の例(当初元本50万円)での具体的な数字を見ると,上限利率である年15パーセントでの単利契約の場合には3年経過時の元利金合計額は72円50銭であってその後も毎年7円50銭ずつ利息が積み重なることとなるところ,年12パーセントの複利で出発した場合,組入れ後元本額が70円22銭となる3年目経過時点からの増加額は毎年7円50銭に抑えられるということであって,2円28銭分はどうしても追いつけないことになるのでした(組入れが否定された2銭6厘が別にありますが,これの取扱いをどうするかの問題もあります。)。
オ 「年1割8分であるときには,右と同一額までは」
また,利率年18パーセントであれば,連続複利法で計算しても1年後の元本額は当初元本額の約1.1972倍(‹1.2倍)にしかならないこと前記2のとおりですから,9万円の元本について,我妻に「もし約定利率が年1割8分であるときには,右と同一額までは,重利の特約も効力をもつことになる。」といわれても,1年以内に「右と同一額〔これは,文脈からすると,10万8000円(=9万×1.2)ということでしょう。〕まで」に達することはそもそもありません。むしろ,利息不払のまま8箇月が経過すると8回の利息繰入がされて元本額が約10万1384円となり,それに伴い上限利率が年18パーセントとなるので,その後どうするかが問題となるようです。10万1384円につき年18パーセントという「最高の利率だから」,12箇月経過時までは利息の元本組入れはできないということになるのでしょう。すなわち,我妻Ⅳ・48頁の「右と同一額まで」は,「10万8000円まで」ではなく「10万円まで」というふうに読まねばならなかったわけですが,落とし穴です。
カ 元本100万円,利率年14.6パーセント及び毎日組入れの場合の処理
途中で上限利率の変動があると面倒なので,元金を100万円として(上限金利は年15パーセント(利息制限法1条3号)。これ以上元本額が増加しても上限利率はもう変動しません。),今度は利率年14.6パーセント(日歩4銭であって,ポピュラーな利率というべきでしょう。)の日ごと年365回(うるう年までは,細か過ぎるので考えません。)の組入れの場合で考えてみましょう(例によって,債務者はどういうわけか全然利息を弁済しないものとします。)。
この場合,349箇日経過時の組入れ後元本額は当初元本額の約1.149782倍(=1.0004^349),350箇日経過時のそれは約1.150242倍(=1.0004^350)となります。
利息制限法で認められている1年365箇日経過時の元利金合計額は当初元本額の1.15倍までですから,「右と同一額〔当初元本額の1.15倍〕までは,重利の特約も効力をもつことになる」とすれば,350箇日目の利息のうちの当初元本額の約0.000218倍分までについては元本組入れが認められるとしても,反対解釈で,同日分の利息のうちのそれ以外の部分及びその翌日以降の利息については当該重利の特約は効力を失い,元本組入れはできないことになります。
しかし,利息の組入れはないとしても,その発生の有無の問題はなお残っています。年末まで残余の15日間,利息はなお日々生ずるのでしょうか。なお生ずるとすれば,その元本組入れはないとしても,(当たり前のことながら)支払われるべき利息なのですから,山中評釈にいう「1箇年につきて,利息制限法所定の制限利率以上の利息をあげ得ざる効果」は,当該残余期間の利息(及び350箇日目の利息のうち元本に組み入れられなかった部分)の分については貫徹しないことになります(前年の当初元本額の1.15倍の額を元本額とする2年目以降についても,その最後の半月分について,同様のことが起ります。)。しかし,我妻説は,それでよいとして見切ってしまったものだったのでしょうか(同説は,山中評釈の説と「ほぼ同旨」であるのであって,「同じ」ではありません。)。
とはいえ,「利息制限法によって制限される」ものである以上,不払利息の元本組入れの頻度を民法405条的に云々するよりも,発生する利息額を規制(発生停止を含む。)することの方が本筋のようでもありますが,どうでしょうか(山中評釈は「若し之を超ゆる場合には之を制限利率に引直して計算せらるべきものと考へる。」といって利息の額を問題とし,その組入れの有無頻度分量を操作すべきものとはしていません。)。
(下):最判昭和45年4月21日
http://donttreadonme.blog.jp/archives/1080374782.html
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