(上):民法265条及び旧民法財産編171条(他人の土地の使用権vs.地上物の所有権及び権利の内容)
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3 旧民法財産編172条:「山ノ芋カ鰻ニナル」
旧民法財産編172条は「地上権設定ノ時土地ニ建物又ハ樹木ノ既ニ存スルト否トヲ問ハス設定行為ノ基本,方式及ヒ公示ハ不動産譲渡ノ一般ノ規則ニ従フ」(Soit qu’il existe déjà ou non des constructions ou plantations sur le sol, au moment de l’établissement du droit de superficie, l’acte constitutif en est soumis, tant pour le fond et la forme que pour la publicité, aux règles générales des aliénations d’immeubles.)と規定していましたが,現行民法からは落とされています。梅謙次郎の説明によれば「本案ニ於テハ既ニ第177条〔第176条〕及ヒ第178条〔第177条〕ヲ以テ物権ノ総則ト致シテモ設定ニ関スル規定カ掲ケテアリマスノテ茲ニ又地上権ニ付テ言フ必要カナイト考ヘマシタカラ取リマシタ訳テアリマス」ということでした(民法議事速記録第10巻170丁表裏)。しかしながら,当該条項について,ボワソナアドには当然思い入れがあったところです。
241. 〔旧民法財産編117条及び156条〕と対応するものである本条〔旧民法財産編172条〕の目的は,地上権と,通常のもの及び永借権を含む賃借権との間に存在する大きな相違に注意を喚起することにある。この2種類の賃貸借は各々それと同じ名称を与えられた特別の契約によってのみ設定され得るのに対して,地上権は,制約されているとはいえ何よりもまず不動産所有権であることから,土地と建物又は植物とを結び付けつつ,通常の所有権と同一の設定の方式によるのである。
地上権の移転の形式もまた同じである。特に相続であって,この点で,賃借権に似ているが,用益権とは異なるものとなっている。
242. 以上に加えて,法は本条において,別異に規整されるべき二つの仮設例を分明にしている。
第1 地上権設定の時に工作物及び植物が既に存在している場合。この場合は,これらの物の譲渡が主たるものとしてあり,土地を借りること(le bail du sol)は従たるものにすぎない。
第2 土地が特に「築造又は栽植のために」貸与された(loué)場合。この場合は,当事者間での新たな行為は不要であるが,築造自体又は栽植と共にでなければ地上権は発生しない。長期賃貸借に係る条件の成就の結果として地上権が生ずるものといってよいだろう。
第1の場合においては,売買若しくは交換又は贈与によって,地上権者が不動産の取得者となることは明らかである。したがって,地上権の設定について,処分の権能についても,契約書の書式及び本編第2部(〔旧民法財産編348条〕以下)に規定される第三者の利益のために満たされるべき公示の条件についても,不動産の譲渡に係る規整が適用される。
第2の場合においては,賃借権は長期のものか永借権であり,単なる管理者の権限を越えるので,処分の権能がまた必要である。しかしながら,賃借人によってされる築造については,そもそも土地の所有者によって当該土地上に築造がされる場合と同様,取得の公示を目的とする手続を履むことは必要ではない。
(Boissonade I, pp.345-346)
上記242の第2の場合については,「先ツ賃借権カ生シテモ家カ建チ樹木カ植ハルト同時ニ山ノ芋カ鰻ニナル様ニ賃借権カ化ケテ地上権トナルト云フ様ナ主義テアリマス」と梅謙次郎は説明しています(民法議事速記録第10巻198丁表)。山の芋が鰻になるとは,土用丑の日の折柄めでたいようではありますが,「夫レニシテモ権利カ途中カラ性質ヲ変スルト云フノハ可笑シイカ拠ロナク然ウテモ言ハヌト説明カ出来マセヌ〔のだろう〕」と,梅は辛辣です(民法議事速記録第10巻198丁表)。
なお,「地上権」設定の公示方法としてボワソナアドが想定していたものは,契約書等の謄記でしょう。ベルギー国1824年1月10日法3条は「地上権の設定証書は,当該公簿に謄記されなければならない。」(Le titre constitutif du droit de superficie devra être transcrit dans les registres publics à ce destinés.)と規定していました。(謄記については:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1068990781.html)
旧民法財産編173条は「地上権者カ譲受ケタル建物又ハ樹木ノ存スル土地ノ面積ニ応シテ土地ノ所有者ニ定期ノ納額ヲ払フ可キトキハ其権利及ヒ義務ハ其払フ可キ納額ニ付テハ通常賃貸借ニ関スル規則ニ従ヒ其継続スル期間ニ付テハ第176条ノ規定ニ従フ/右納額ニ付テハ新ニ建物ヲ築造シ又ハ樹木ヲ栽植スル為メ土地ヲ賃借シタルトキモ亦同シ」(Si le titre constitutif soumet le superficiaire au payment d’une redevance périodique envers le propriétaire du sol, à raison de l’espace occupé par les constructions ou plantations cédées, ses droits et obligations sont régis, à cet égard, par les dispositions établies pour le bail ordinaire, sauf en ce qui concerne leur durée, telle qu’elle est réglée par l’article 176 ci-après./Il en est de même, sous le rapport de ladite redevance, si le terrain a été loué pour bâtir ou pour établir des plantations.)と規定していましたが,整理されて,現行民法266条の規定は「第274条から第276条までの規定は,地上権者が土地の所有者に定期の地代を支払わなければならない場合について準用する。/地代については,前項に規定するもののほか,その性質に反しない限り,賃貸借に関する規定を準用する。」となっています。
地上権設定時における地上物の有無で旧民法財産編173条1項及び2項のように場合分けをするのをやめたのは,梅謙次郎によれば,「初メカラ地上権ハアルノテ工作物又ハ竹木カ既ニ存スルト後ニ設ケルト其間ニ権利ノ差異カナイトチラモ地上権テアルト云フコトニナツタカラ自ラ其区別カナクナツタ」がゆえです(民法議事速記録第10巻198丁裏)。地上権は飽くまでも土地の使用権であって,その成立について当該土地上の地上物の有無は関係がないわけです。
「土地ノ面積ニ応シテ」が削られたのは,梅によれば,「是ハ地上権許リテナイ普通ノ賃貸借又ハ永貸借テモ借賃ハ土地ノ面積ニ応スルト云フコトテナク此家賃幾ラト云フコトニ極メルコトカ却テ多イト思ヒマス旁々以テ「土地ノ面積ニ応シテ」ト云フコトヲ取ツタ」ものです(民法議事速記録第10巻198丁裏)。「土地ノ面積ニ応シテ」の文言の意味するところについて,ボワソナアドは特に言及していません(cf. Boissonade I, pp.346-347)。
旧民法財産編173条1項の「通常賃貸借ニ関スル規則ニ従ヒ」が,現行民法266条においてはまず第1項による永小作権の規定の準用,続いて第2項による賃貸借の規定の準用という形になったのは,旧民法成立後になってから,「地上権」の地代について「通常賃貸借ニ関スル規則ニ従」わしめることの間違いに気付かれたからでもありましょう。「旧法文においては,「通常」賃借権に関する規定を地代に適用せしめていた。しかし,筆者は,永借権に関する規定を適用する方がよいものと信ずる。なぜならば,ここではなお長期の賃貸借が問題となっているからである。」とはボワソナアドの反省の弁でありました(Boissonade I, p.347 (2)。また,民法議事速記録第10巻199丁裏)。また,地上権者と土地の所有者との関係は,土地の賃借人と賃貸人との関係よりは不人情なものであるべきなのでした。梅謙次郎いわく,「私ノ考ヘテハ賃貸借ニ於テハ賃借人カ或ル条件ヲ以テ例ヘハ不可抗力ノ原因ニ依テ其借賃ヲ減少シテ貰ウコトカアル或ル場合ハ丸テ負ケテ貰ウコトカアル是レハ地上権ニ対スル借地人ハ地主ト密着ノ関係ヲ持ツテ居ルカラトウモ然ウテナケレハナラヌ所カ夫レハ地上権ニハ当嵌ラス然ルニ若シ274条275条ノ準用ト云フコトナシニ直チニ賃貸借ノ規定ヲ準用スルト云フコトニナルト夫レカ嵌ル夫レカ不都合テアラウト思フノテ夫レテ之〔274条及び275条の準用規定〕ヲ置キマシタ」と(民法議事速記録第10巻201丁裏-202丁表)。なお,民法266条1項による永小作権に係る同法274条及び275条の準用について,梅は,同法277条も準用されるものと考えていたようです(民法議事速記録第10巻201丁表-202丁表)。
5 旧民法財産編174条と旧不動産登記法111条と:1筆中一部の地上権の原則性
旧民法財産編174条は次のような規定でしたが,削られました。梅謙次郎によれば「是レハ元来地上権ヲ以テ建物ノ所有権竹木ノ所有権ト云フ見方テアリマスト云フト幾分カ斯ウ云フ規定モ必要ニナツテ来様カト思ヒマスカ本案ニ於テハ土地ヲ使用スル方カ趣意テ其土地ヲ使用スルニハ工作物又ハ竹木ヲ所有スル為メ必要ナル範囲ニ於テモ土地ヲ使用スルト云フコトニナツテ居リマス然ウ致シマスレハ只家カ建ツタ丈ケテハ実際イカヌト云フコトハ自ラ分リマス適当ノ地面ヲ夫レニ加ヘルト云フコトハ実際ニ於テ無論出テ来様ト思ヒマスカ其広サニ付テ斯様ニ杓子定規ニ極メルノハ如何テアリマセウカ従来ノ慣習ニモナイ様テアリマスシトウモ杓子定規ニナツテ可笑シイト思ヒマス夫レハ契約其他地上権ノ設定行為ニ一任シマシテ只其設定行為ノ解釈ニ一任シタ方カ宜シイトンナ場合ニモ建物ヲ所有スルニ必要ナ空地ハ日本テハ予算シテ残ツテ居ルカラ然ウ云フコトヲ別ニ掲ケヌテモ困ルコトハ実際ナカラウト考ヘテ居リマス夫レテ取リマシタ」ということでした(民法議事速記録第10巻170丁裏-171丁表)。
第174条 既ニ存セル建物又ハ樹木ニ於ケル地上権ノ設定ニ際シ従トシテ之ニ属ス可キ周辺ノ地面ヲ明示セサルトキハ左ニ掲タル規定ニ従フ
建物ニ付テハ地上権者ハ其建坪ノ全面積ニ同シキ地面ヲ得ルノ権利ヲ有ス此配置ハ鑑定人ヲシテ土地及ヒ建物ノ周囲ノ形状ト建物ノ各部ノ用法トヲ斟酌セシメテ之ヲ為ス
樹木ニ付テハ地上権者ハ其最長大ナル外部ノ枝ノ蔭蔽ス可キ地面ヲ得ル権利ヲ有ス
Art. 174. Si, lors de l’établissement du droit de superficie sur des constructions et plantations déjà faites, il n’a pas été fait mention de la portion du sol environnant qui en dépendrait comme accessoire, il sera procédé ainsi qu’il suit:
Le superficiaire a droit, s’il s’agit de constructions, à une portion de sol égale à la superficie totale du sol des bâtiments; la répartition de cet espace sera faite par experts, en tenant compte tant de la configuration respective du sol et des bâtiments que de la destination de chaque portion de ceux-ci;
S’il s’agit de plantations, la superficiaire a droit à l’espace que pourraient couvrir les branches extérieures arrivées à leurs plus grand développement.
旧民法財産編174条は,「地上権」の設定時において既に建物又は樹木がある場合についての規定です。地上物がない土地を地上物所有のために借りる場合については,ボワソナアドもいわく,「土地が「築造のために」借りられた場合には,地上権者は彼の工作物の便益(service)のために必要な土地の大きさを考慮に入れていたものと推定され,かつ,後になってから追加を要求することはできない。」と(Boissonade I, p.348)。
なお,梅は「杓子定規」云々といっていますが,旧民法財産編174条は,飽くまでも当事者間の合意がない場合のための補充規定です。「疑いもなく,大多数の場合において当事者は,地上権者に譲渡された建物に附随する土地の広さを決めるだろう。しかし,法は常に,当事者の不用意を,彼らのそうであろうところの意思に沿いつつ補わなければならない。ところで,地上物の買主は,周囲の土地無しに建物のみを取得したものとは思っていないことは明白である。そうでなければ,彼にとってその使用はほとんど不可能になってしまうのだ。」とはボワソナアドの言です(Boissonade I, p.347)。
しかし,旧民法財産編174条の規定によれば,地上権の範囲は,その対象となる土地の筆とは必ずしも一致しないもののようです。確かに,地役権については,「承役地の利用者は,承役地が要役地の便益に供せられる範囲において義務を負う」ものであって(我妻=有泉411頁,舟橋426頁),地役権は「承役地の占有を排他的に取得するものではない。地役権は共同便益に開かれており,承役地の所有者の利用も排斥されない」と説かれており(内田168頁),1筆の土地の一部分の上に地役権を設定することも可能であるところです(不動産登記法(平成16年法律第123号)80条1項2号の「範囲」,不動産登記令(平成16年政令第379号)3条11号,7条1項6号,別表35項(添付情報欄のロに「地役権設定の範囲が承役地の一部であるときは,地役権図面」))。しかして地上権についても実は,かつては1筆の土地の一部をその範囲とする地上権の設定の登記が認められていました。すなわち,旧不動産登記法(明治32年法律第24号)111条は「地上権ノ設定又ハ移転ノ登記ヲ申請スル場合ニ於テハ申請書ニ地上権設定ノ目的及ヒ範囲ヲ記載シ若シ登記原因ニ存続期間,地代又ハ其支払時期ノ定アルトキハ之ヲ記載スルコトヲ要ス」と規定していたところです(下線は筆者によるもの)。地上権の地上物役権的把握の余響というべきでしょうか。
ところが,地上権設定の範囲は,昭和35年法律第14号による旧不動産登記法の改正によって,1960年4月1日から(昭和35年法律第14号附則1条),登記事項から削られてしまっています。「地上権の設定の範囲を明確にしますため,1筆の土地の一部についての地上権の設定登記を認めないこととし」たものだそうです(1960年2月16日の衆議院法務委員会における平賀健太政府委員(法務省民事局長)の説明(第34回国会衆議院法務委員会議録第3号6頁)。同年3月10日の参議院法務委員会における同政府委員の説明も同様(第34回国会参議院法務委員会会議録第5号8頁)。)。「土地に関する権利のうちで地上権の比重が大きくなったこともあって,権利の範囲を明確に登記面に表示する趣旨に出たものと思われる。」との忖度的敷衍説明がされています(我妻=有泉344頁)。あるいは,その範囲を登記事項とすることが観念されていなかった土地の賃借権の登記(旧不動産登記法127条)との横並びが考えられたのかもしれません。
無論,1筆の土地の一部に地上権を設定することは,「1筆の土地の一部について所有権の取引が可能であるのと同様に〔略〕,実体法上否定すべき理由はない」ところです(我妻=有泉344頁)。ただし,「1筆の土地の一部について地上権を設定することは可能であるが,これに対抗力を与えるためには,分筆した上で登記するほかはな」いわけです(我妻=有泉344頁)。
なお,「地上権は一筆の土地の全部に及ぶのが普通であり,具体的なある地上権が一筆の土地の一部にしか及ばないというのは,地上権の効力の例外的な制限と見ることができる。このことを前提とすると,かかる制限を受ける地上権が(この制限は登記する方法がないから)制限のないものとして登記されている以上,この地上権が第三者に譲渡されると,土地所有者は上述の制限をもって地上権譲受人に対抗しえなくなり,したがって,譲受人は制限のない地上権つまり一筆の土地全部に及ぶ地上権を取得することになる,と解すべきであろう。」と説かれているところの問題があります(川島=川井編873頁(鈴木禄弥))。これについては,旧民法財産編174条に鑑みれば「地上権は一筆の土地の全部に及ぶのが普通」とはいえないところ,更に“Nemo plus juris ad alium transferre potest, quam ipse habet.”(何人も自己が有するより多くの権利を他人に移転できない。)でもあるのですから,民法94条2項が類推適用されるべきものでしょう(善意の第三者のみ1筆全体に及ぶ地上権を取得する。)。
6 旧民法財産編175条と現行民法267条と:相隣関係の規定の準用及び地役権との関係
旧民法財産編175条は次のとおりですが,これが現在の民法267条では,「前章第1節第2款(相隣関係)の規定は,地上権者間又は地上権者と土地の所有者との間について準用する。ただし,第229条の規定は,境界線上の工作物が地上権の設定後に設けられた場合に限り,地上権者について準用する。」となっています。
第175条 地上権設定後ニ築造シタル建物又ハ栽植シタル樹木ニ付テハ地上権者ハ此種ノ作業ノ為メ法律ヲ以テ相隣者ノ為メニ規定シタル距離及ヒ条件ヲ遵守ス可シ縦令其隣人カ地上権ノ設定者ナルモ亦同シ
又地上権者ハ働方又ハ受方ニテ其他ノ地役ノ規則ニ従フ
Art. 175 À l’égard des constructions et plantations faites après la constitution du droit du superficie, le superficiaire doit observer les distances et conditions prescrites par la loi aux voisins pour les mêmes travaux, lors même que le voisin est le constituant.
Le superficiaire est également soumis aux autres règles concernant les servitudes actives et passives.
旧民法財産編175条1項の重点は,ボワソナアドによれば,その後段にあったようです。いわく,「たとえ彼が栽植し,又は築造することが,その隣人となる者から彼に付与された権利に基づく場合であっても,地上権者は,築造及び栽植について規定された距離(観望に関する〔旧民法財産編258条〕以下及び栽植に関する〔同編262条〕を参照)を遵守しなければならないということを表明し置くことはよいことである。当該地上権者の立場は,売主の隣人となる土地の買主のそれと異なるものではない。」と(Boissonade I, pp.348-349)。
同条2項は,ボワソナアドの草案では“Le superficiaire est également soumis aux autres servitudes légales ou du fait de l’homme et peut les invoquer.”(地上権者は,同様に,他の法定又は人為の地役に服し,及び援用することができる。)となっていますから(Boissonade I, p.341),そういう意味なのでしょう。
なお,旧民法の地役(servitudes foncières)は,ある不動産(fonds)の便益ために他人の不動産(fonds)の上に設けられるものであって(旧民法財産編214条),fondsは“immeuble bâti ou non bâti, au profit duquel est établie une servitude”(築造された,又はされざる不動産であって,その便益のために役権が設定されたもの)なのですから(Le nouveau Petit Robert, 1993),不動産たる地上物(superficie)のための役権を認めるために,あえて旧民法財産編175条が必要であったかどうかは考えさせられます。為念的規定でしょうか。あるいは同条は,地上物(建物又は竹木)についてではなく,それらの占用する地面及びそれに従として属すべき周辺の地面からなる土地について地役の規定を準用する趣旨で置かれたものでしょうか(旧民法財産編258条以下及び262条は分界線を挟んだ隣人間の問題について規定しています。)。なお,現行民法267条について梅は,単に「本条ハ財産編第175条ニ文字ノ修正ヲ加ヘマシタ丈ケテ格別説明スルコトハ要ルマイ」と述べています(民法議事速記録第10巻206丁表裏)。ちなみに,民法においては永小作権及び土地賃借権について相隣関係に係る準用規定が設けられていないのは,両者はいずれもそもそもからして土地に係る権利だからでしょうか(相隣関係の規定は,明文は無くとも,「永小作権および土地賃借権についても必要な範囲において準用すべきもの」とされています(我妻=有泉283頁。また,舟橋347頁,川島=川井編325頁(野村好弘・小賀野晶一)・883頁(鈴木禄弥))。)。
ところで,現行民法267条は相隣関係の規定の準用にとどまって,旧民法の「地上権」に係る同法財産編175条2項のように地役権の規定が包括的に地上権者及び地上権についても適用されるものとはしていません。この点について梅謙次郎は「〔相隣関係は〕所謂所有権ノ限界テ是レハ人カ拵ヘタモノテナイカラ宜イカ人カ拵ヘタ地役而シテ永久ニ有スヘキ地役ト云フモノヲ或ル期限ノ間地上権ヲ持ツテ居ル人カ土地ノ為メニ之ヲ設ケルト云フコトハ如何テアラウカ少ナクモ夫レヲ言フ必要ハナイト思フ自分ノ為メ丈ケニ設ケルト云フコトテアレハ理由ノアルコトテアリマスカ併シ然ウ云フ只土地ノ上ニ地上権ヲ持ツテ居ル人カ自分一己ノ利益ノ為メニ或ル短キ所ノ期限ニ役立ツヘキ所ノモノヲ物権トスルコトハナイ〔略〕寧ロ人権関係ニシテ置イタ方カ宜カラウ〔略〕原則トシテ地上権者ハ地役権ヲ設ケルコトハ出来ヌ〔略〕夫レカ物権トシテ長ク続クトキテアルト土地ノ所有者ニ害ヲ及ホスコトテアレハ自分ノ権利ニ存シ置ク必要ハナカラウト思ツテ十分勘考ノ上出来ヌコトニシタ案ヲ立テタノテアリマス」と述べています(民法議事速記録第10巻209丁裏-210丁裏)。しかし現在では,地上権者・永小作権者も「自分の利用権の範囲において,その土地のために,またはその土地の上に,地役権を設定することができると解すべきである。」とされています(我妻=有泉412頁)。ローマ法の地上権も,「役権取得可能の物権」とされていました(原田133頁)。(なお,ベルギー国1824年1月10日法2条2項は「地上権者は,当該権利の目的である財産に役権を設定する(grever de servitudes)ことができる。ただし,当該権利の存続期間に限る。」と規定しています。)
7 梅謙次郎の蹉跌(vs.永久地上権):幻の民法268条案
第32回法典調査会には地上権の存続期間の制限に係る次の条文案が提出されましたが,否決されています。
第268条 地上権ノ存続期間ハ50年ヲ超ユルコトヲ得ス若シ之ヨリ長キ期間ヲ以テ地上権ヲ設定シタルトキハ其期間ハ50年ニ短縮ス
地上権ノ設定ハ之ヲ更新スルコトヲ得但其期間ハ更新ノ時ヨリ50年ヲ超ユルコトヲ得ス
(ちなみに,参照条文として掲げられているベルギー国1824年1月10日法4条は「地上権は,50年を超える期間のものとして設定することはできない。ただし,更新することができる。」と規定していました。)
梅謙次郎は,永久地上権否認論者でした(梅二238-239頁。法典調査会議事速記録第10巻214丁表)。その理由付けとしては,旧民法では永久の「地上権」が否定されていたとの認識(同法財産編176条。法典調査会議事速記録第10巻214丁表・215丁表)を前提に,「本案ニ於テハ無論〔地上権を土地の〕所有権トハ認メナイ所有権ノ支分権ト云フモノテアル支分権ト云フモノハ余リ力カ強クナツテ所有権ト紛ラハシクナツテ仕舞ウト是レハ経済上甚タ宜シクナイト云フコトハ私カ弁スル迄モナイコトテ一方ニ於テハ全ク自分ノ所有物テナイノテアルカラ其土地ヲ愛スルコトハ土地ノ所有者ニ及ハヌト言ハナケレハナラヌ且又一方ニ於テハ所有権ニ似タ権利カアリマスト所有権テアルカ将タ所有権以外ノ似タ権利テアルカト云フコトニ付テ動モスレハ誤解ヲ生スルト思フ登記法カ完全スルト其弊カ少ナクナリマスカ夫レテモ多少疑ハアル地上権ト云フ名テ其実所有権ト殆ト同シモノテアルト経済上甚タ困難テアラウト思フ夫レテ永久ト云フコトニシテハイカヌト思ヒマス」と論じられています(民法議事速記録第10巻214丁裏-215丁表)。要するに「永久ノ地上権ハ殆ト所有権ニ均シキカ故ニ之ヲ認ムルコトヲ得サルモノ」ということです(梅二239頁)。
「100年テモ200年テモ宜シイト云フト永久ト云フノト殆ト同シコト」になるので,「苟モ永久カイカヌト云フコトニナレハ矢張リ幾ラカ期限ヲ極メナケレハナラヌ」(法典調査会議事速記録第10巻215丁表)ということでの第268条案の提出でした。
しかし,土方寧は「例ヘハ日本銀行ノ建物テモ三井ノ建物テモ意地悪ルク言ヘハ法律上除ケテ呉レ外ニ入用カアルカラト云ツテ50年経ツテカラ更新ヲ聞カヌト云フ様ナコトカアツタラ困リマセウ」と日本銀行及び三井財閥のために心配をし(民法議事速記録第10巻216丁表),都筑馨六は「是レハ鉄道抔ノ敷地ニ私有地ヲ貸シ又ハ府県市町村ノ私有財産ノ所有地ヲ鉄道敷地ニ貸ストキモ矢張リ適用スルコトカ出来ルノテアリマスカ」と鉄っぽい懸念を示し(同216丁裏),山田喜之助が「268条ヲ削ルト云フ説ヲ出シマス」と吠え(同217丁表),横田國臣から締めくくり反対論として「私ハ最初期限ヲ長クシタラ宜シカラウカト思ツタカ長クシテモ其期限カアツタ折ニハ矢張リ同シ弊害カアル併シ若シ50年ノ期限カ短イトカ何ントカ言ヘハ例ヘハ100年ニシタ所カ100年経テハ100年目ニカラツト壊ハレル様ナ家テアレハ宜イカ然ウハイカヌカラ年限ヲ極メテ置イテハイカヌ若シ此年限ヲ極メテ置ケハ其時分ニナツテ大変ナ不都合カ出テ来ル三井カ立除カニヤナラヌト云フ様ナ不都合ヲ妨カウト思ヘハ年限ヲ何年ニ極メテ置テモ其実イカヌ極メルコトニスレハ50年テモ100年テモソコニ余リ関係ハアルマイ是レハ削ツタ方カ宜イト思フ」との永久地上権を認容するかのような口吻の発言があり(同218丁表),議長である西園寺公望が決を採ったところ,268条案は葬り去られることとなったのでした(同)。後に梅は「地上権ノ存続期間ニ相当ノ制限ヲ設クルヲ可トスヘキカ如シ而シテ永小作権(278),不動産質権(360)皆此制限アリ然リ而シテ唯リ地上権ニ此制限ナキハ以テ缺点ト為スヘキカ然リト雖モ是レ立法論ノミ」と記していますが(梅二239頁),その背後には,「ヨモヤ削ラレマイト思ヒマシタカ削除ニナリマシテ力カ落チマシタ」😩という(民法議事速記録第10巻219丁表)1894年9月29日の悔しい体験があったのでした。
永久地上権の可否については,判例(大判明治36年11月16日民録9輯1244頁等)は肯定説を採っています。学説も「土地所有権の機能が単なる地代徴収権と化した現代の社会状態」下において同様です(舟橋400頁。また,我妻=有泉351-352頁)。法典調査会における上記の議論の流れからすると順当なところでしょうか(また,1897年9月6日の法典調査会による民法施行法案の審議の際には,土方寧,井上正一及び穂積八束が,永久地上権が存在していることを主張しています(日本学術振興会『法典調査会民法施行法議事要録』2ノ8裏・9表裏・10裏・11表)。)。
梅謙次郎としては,これではメッテルニヒ時代のオーストリアみたいではないか,「澳太利ノ如キハ〔地上権を土地の〕所有権ト見テ居ル然ウ云フ訳テアリマスカラ所有権カ永久テアルカラ是レモ矢張リ永久ト見ルカ当然テアルト云フノテアリマス」(民法議事速記録第10巻214丁裏),「澳太利民法テハ依然トシテ封建時代ノ制度ヲ此点ニ付テ脱シテ居リマセヌ地上権者ト地盤ノ所有者トハ所有権カ分レテ居ルノテ詰リ同シ土地ノ上ニ所有権カ二ツ存シテ居ル地上権ハ完全ナル所有権ヨリ力ノ弱イ所有権ト云フコトニ見テ居ル」のであって(同176丁裏-177丁表),そのようなものとなってしまう永久地上権など時代遅れではないかと慨嘆したものでしょう。しかし,地上物の所有権を中心とするものではなく土地の使用権として我が地上権を把握することとし,その結果共に土地に対する権利として,地上権と土地の所有権との競合関係を前面に押し出してしてしまったのは夫子自身だったのでした。梅は,「地上権者ハ権利カ強イモノテアル殆ト所有権ト同シ働キヲシテ居ルノテアリマス」(民法議事速記録第10巻225丁表)及び「地上権ナルモノハ殆ト所有権ニ均シキ強大ナル効力ヲ有スルモノ」(梅二236頁)とも述べています。また,日出ずる方角の同じ東方国仲間として(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079413301.html),日本国の法律家がオーストリア(Österreich)をそう悪く言ってはいけないのでしょう。梅が目にしたものであろう同国民法1125条(ただし,同条の分割所有権は1848年の土地解放令で解体されたとされ,同条は2006年に効力を失っています。)を見てみると,次のとおりです。
§1125. Ist ein Eigenthum dergestalt getheilt, daß einem Theile die Substanz des Grundes sammt der Benützung der Unterfläche, dem andern Theile nur die Benützung der Oberfläche erblich gehört; so heißt die jährliche von diesem letztern Besitzer zu entrichtende Abgabe, Bodenzins.
(所有権が,一方当事者には地下の利用と共に土地の実体が,他方当事者には地表の利用のみが世襲的に帰属するように分割されたときは,後者たる占有者から毎年交付されるべき物を地代という。)
歴史及び人智の歩みは進歩ばかりではないようですので,時に先祖返り的現象があってもよいのでしょう。(かつてはeconomic animal🐺呼ばわりされた我が日本国🌅も,西方浄土に憧れる衰退途下国(civitas occidentis solis🌇)になってしまいました。)
もう一つの東方国の大使館(東京都港区暗闇坂)
8 旧民法財産編176条と現行民法268条と:存続期間
旧民法財産編176条は次のように規定していました。
第176条 既ニ存セル建物又ハ地上権者ノ築造ス可キ建物ニ付キ設定権原ヲ以テ地上権ノ継続期間ヲ定メサルトキハ此建物存立ノ時期間其権利ヲ設定シタルモノト推定ス但其大修繕ハ土地ノ所有者ノ承諾アルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス
既ニ存セル樹木又ハ地上権者ノ栽植ス可キ樹木ニ付テハ其地上権ハ樹木ノ採伐スル時期マテ又ハ其有用ナル最長大ニ至ル可キ時期マテ之ヲ設定シタリト推定ス
此他地上権ハ通常賃借権ト同一ノ原因ニ由リテ消滅ス但所有者ノ為ス解約申入ハ此限ニ在ラス
地上権者ハ1个年前ニ予告ヲ為シ又ハ未タ払期限ノ至ラサル納額ノ1个年分ヲ払フトキハ常ニ解約申入ヲ為スコトヲ得
Art. 176. Si le titre constitutif ne fixe pas la durée du droit de superficie à l’égard des constructions déjà faites ou à établir par le superficiaire, le droit est présumé établi pour un temps égal à la durée desdites constructions, lesquelles ne pourront recevoir de grosses réparations que du consentement du propriétaire du sol.
Si le sol est déjà planté ou doit être planté par le superficiaire, le droit de superficie est censé établi pour durer jusqu’à l’époque où les arbres seront abattus, ou auront attaint leur plus grand développement utile.
Le droit de superficie s’éteint, en outre, par les mêmes causes que le droit de bail ordinaire, à l’exception du congé donné par le propriétaire du sol.
Le superficiaire peut toujours donner congé, en prévenant un an à l’avance ou en payant une annuité non échue.
現行民法268条は次のとおりです。
第268条 設定行為で地上権の存続期間を定めなかった場合において,別段の慣習がないときは,地上権者は,いつでもその権利を放棄できる。ただし,地代を支払うべきときは,1年前に予告をし,又は期限の到来していない1年分の地代を支払わなければならない。
2 地上権者が前項の規定によりその権利を放棄しないときは,裁判所は,当事者の請求により,20年以上50年以下の範囲内において,工作物又は竹木の種類及び状況その他地上権の設定当時の事情を考慮して,その存続期間を定める。
旧民法財産編176条2項に関してボワソナアドは,「〔樹木が〕それ以上保存されても価値を増さない段階に至ったときには,権利は消滅しなければならない。すなわち,地上権者はそれらを伐採し,彼の権利は,目的物の消滅に伴い消滅する。樹木が事故によって壊滅させられたときも,同様の結果となることは明白である。」と述べています(Boissonade I, p.350)。地上物の消滅が権利の消滅をももたらすか否かは,旧民法と現行民法との間の相違点の一つです。なお,旧民法財産編176条2項に関して梅は「樹木ト言ヘハ必ス採伐ヲ目的トシテ居ラヌ其樹木ヲ眺メル為メニ植ヘルノモアル桜ノ木ヲ割ツテ薪ニスルトカ或ハ板木ニスル為メニ植ヘテ居ル人ハ少ナイ寧ロ眺メル為メニ植ヘテ居ルノテアツテ古木程宜シイ然ウ云フノヲ是レカラ先ハモウ大キクナラヌカラ伐ツテモ宜カラウト云フ議論ハトウモ論理ヲ貫カヌ」と批判していますが(民法議事速記録第10巻222丁表裏),ボワソナアドとしては,そうならそうと観賞用の桜🌸(梅ではないのですね。)にふさわしい長期の存続期間を当事者が設定行為で定めておけばよかっただけではないかと反論したくなるところだったでしょう。
「地上権」の存続期間が定まっていないとき「法は,〔土地の〕所有者に対して当該〔解約の申入れの〕権利を認めない」ところ,賃貸借の場合と異なるその理由は,「地上権は,土地の借権というよりは建物及び樹木の所有権である。ところで,土地の所有者に他人の所有権を終了させることは許されるべきではない。」とのことでした(Boissonade I, p.350)。なお,通常賃借権の消滅原因は旧民法財産編145条に規定があり,解約の申入れは,賃借権に「初ヨリ期間ヲ定メサルトキ」の消滅原因でした(同条1項5号)。
現行民法268条においてはその第1項に「別段の慣習がないときは」とありますが,これは,梅によれば,旧民法財産編176条4項及び賃借権に係る同編152条(「解約申入及ヒ返却ノ時期ニ関スル前数条ノ規定ハ其時期ニ付キ地方ノ慣習ナキトキニ非サレハ之ヲ適用セス」)では「解約申入及ヒ返却ノ時期等ニ付テノミ慣習ヲ容レテ居リマスカ本案テハ解約申入ト云フコト丈ケテハナイ慣習上地上権ト云フモノハ何年ヲ限ルト云フコトカアレハ夫レ迄モ容レルト云フ積リテアリマス」ということです(法典調査会議事速記録第10巻219丁裏)。
地上権の放棄に係る現行民法268条1項は,専ら存続期間の定めのない地上権に適用があります。設定行為で存続期間の定めがある地上権については明文が無いのですが,地代のないものについては当然自由に放棄ができるとされている一方(梅二235頁,我妻=有泉382頁,舟橋408頁),地代を支払うべきものは同条1項ただし書による放棄はできず,民法266条1項により準用される同法275条の場合しか放棄できないことになるようです(我妻=有泉382頁,舟橋408頁)。梅は,「地代ヲ払フヘキ場合ニ於テ期間ノ定アルトキハ一切之ヲ抛棄スルコトヲ得ス」と述べています(梅二235頁)。
(下):旧民法財産編177条及び178条並びに民法269条及び民法施行法44条(工作物等の収去等及び経過規定)
http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079836184.html
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